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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

~このサイトのご紹介~ 魔性の淫楽への招待状

2020年03月22日(Sun) 21:12:01

はじめにお読みください。
一話読み切りのお話がほとんどですが。
吸血鬼ストーリーといっても。
「他では目にすることはまずないでしょう」
そう断言できるほど?変わった世界のお話なので・・・。

カテゴリの解説

2019年08月14日(Wed) 19:11:24

ひと言で吸血鬼ものの短編といっても、それこそいろんなお話が混在していますので。
カテゴリをちょっと、整理しました。
お話に共通のおおまかな設定については冒頭↑の「招待状」に書かれてありますが。
ちょっとだけ、付け加えておきます。

洋館の淫らな夜 ~キースの場合~ 3

2018年12月09日(Sun) 08:26:27

君たち、初めてじゃないな?
慧眼な兄はひと目で見抜いた。
ええそうよ。
リディアはあっさりと、火遊びを認めた。
良家の令嬢にはふさわしくない習慣が、日常化していた。
どれくらい逢っているの?
かすかな嫉妬にかられてキースは訊いた。
週に二回・・・かな?
リディアは恋人を振り返った。
恋人にセックスの頻度を確認するような顔つきだった。
いつかどこかでこんなやり取りを見聞きしたような気がしたが、いつのことだったかすぐに思い出せなかった。

じゃあ、さっきの鬼ごっこもお芝居?
キースは、新婚初夜の花嫁が処女ではなかったことを知った花婿のように興ざめた顔をして、いった。
「ええそうよ、だからお兄様のためにふたりで話し合って、さいしょのときのようすを再現したの」
「じっさいにはもぅすこし、痛がってたけどね」
茶々を入れる吸血鬼に令嬢は、忠実な再現よ、と、訂正した。
「お兄様については大丈夫。
ドキドキの初体験しっかり拝見したわ。
ほんとうはあたしとのほうがおつきあいが先で、
彼がお兄様の血を欲しがったから、お兄様のこと書き置きでおびき出したの」
なんのことはない、かれが兄としてあれほど迷ったことを、妹は兄にたいして、なんの罪悪感もためらいもなく実行に移していたのだ。
不思議と腹は立たなかった。
なによりも、吸血される愉しみをリディアと共有していることに、キースは昂奮を覚えた。
「あたしの血だけじゃ足りないから、兄さんを襲ってってお願いしたの。いけなかった?」
リディアの諧虐味を帯びた言いぐさが、キースの被虐心をくすぐった。
「ぼくに関しては、なんの問題もなかったよ」
キースはくすぐったそうに自分の首すじを撫でた。
ちょうど妹が、同じ部位をどす黒く滲ませていた。
「おそろいだね」
キースは言いながら、自分の咬み痕に親指と人差し指をあてがってふたつ並んだ牙の間隔を測ると、それをそのままリディアの首すじにあてがってみせた。
ふたつの咬み痕は、ぴったり同じ間隔だった。
ばかね。
わざわざ寸法を測ろうとする兄を、妹は笑った。

きみのストッキングはわしときみとでさんざん愉しんだけど、妹さんのタイツは3人で愉しめるね。
ベンチに腰かけたリディアはきゃっきゃっとはしゃぎながら、ロングスカートのすそをおひざの上で抑えたまま、もう片方の脚もためらいなく差し伸べていき、
吸血鬼は黒革のストラップシューズを履いた令嬢の足首を抑えつけながら、すらりとしたふくらはぎから黒のタイツをびりびりと噛み剥いでいった。
キースはキースで、お手本に咬ませたストッキングに赤黒いシミを滲ませているのを臆面もなく外気に曝しながら、
真新しいタイツが噛み剥がれてだらしなくずり下ろされてゆくのをウキウキと見守って、さいごには自分の手でガーターもろとも足首まで引き降ろしてしまい、妹に黄色い叫びをあげさせていた。

遠くから声がした。それは若い女の声であたりをはばかる声色をしていた。声の主は黒のドレスに白いエプロンを着けていた。兄妹の家のメイドのお仕着せだった。
「ジュリア!どうしたの!?」
女主人はわれにかえって令嬢の威厳を取り戻した。あまりの豹変ぶりに兄が肩をそびやかした。
「奥さまが急にお戻りです、リディアさま」
ジュリアは狼狽を隠さなかった。


屋敷に戻ったときにはもう、屋内はほとんど真っ暗になっていた。
兄妹の母であるダイアナは、夫君の留守中をいいことに、恋人のリデル氏を自邸に連れ帰ってのご帰館だった。
逢引き先のアパルトマンから電話で侍女のジュリアをたたき起こすと、前もって家の様子を聞き出して、
兄妹が寝入っていることを聞き出すと、きみの家の夫婦のベッドできみを辱めたい――というリデル氏の願望をかなえるため、急きょ戻って来たのだった。
ただジュリアは、「マデリーンも寝ているの?」と問う女主人の問いに、この末娘の行状だけはかばい切れなかった。
ダイアナは自分の血を最もよく引いている娘の行動に疑問を持たなかった。
そして、自分の留守をいいことにマデリーンがマイケルと出かけていることを次女の態度から察すると、フンと鼻を鳴らして軽く受け流したのだった。
もっともマイケルが夜遊びに出かけたという情報は、マイケルの父でもあるリデル氏から、とっくの昔に筒抜けだったのだが。

シャワーの音を立てるわけにはいかないので、ふたりはそのままそれぞれの自室で寝むことにした。
肌に染みついた血潮は、吸血鬼が余さず舐め取ってくれたから、気にする必要はなかった。
兄妹の陰部にまで舌を這わせる吸血鬼に、さすがに初心なふたりは顔を赤らめたけれど。
年ごろになってからは初めて目にするお互いの陰部に這う舌を、そして陰部そのものを、目をそらさずに見つけ合った。
キースのそれは、妹の視線を受けて、昂ぶりにそそり立っていた。
それを目にして思わず「おっきぃ…」と洩らした妹のまえ、彼の昂ぶりはさらに勁(つよ)さを増していた。

ふたりは、母とリデル氏のなれの果てから、興味をそらすことができなかった。
肉親に対する関心と、男として女としての関心とが、半々だった。
初めて邸内に足を踏み入れた吸血鬼は、兄妹と侍女とをいざなって、屋敷のあるじのベッドルームのなかを、顔を並べて覗き込んだ。

すごい…
そういいかけてあわてて声を潜めたリディアの口許を、吸血鬼は手早く掌で制した。
キースも、息をのむ思いだった。
それほどに、ふだんあれほど見栄っ張りで子供たちにはむやみと行儀作法に厳しいダイアナの乱れかたは、日常を逸していた。
出かけていったドレス姿のまま、彼女はベッドのうえで抱かれていた。
せわしなく首すじに接吻する情夫の熱情を、かぶりを振って遮ろうとして果たせずにしまったのも、明らかに計算のうちだった。
熱っぽく交わされる唇と唇の激しさが、ふたりのあいだに芽ばえたものがきのうきょうのものではないことを告げていた。
我が物顔にダイアナの腰のくびれを掻き抱く腕は逞しく、痩せ身で神経質な父とは似ても似つかなかった。
面と向かっても、パパはかないっこないわね…リディアは冷酷に断定した。
キースは、腰までたくし上げられたドレスの裾から覗く脚に、目をくぎ付けにさせていた。
脱げかかったストッキングがしわくちゃになりながら、かすかな灯を受けて光沢を滲ませているのに、目が離せなかった。
貴婦人が堕落したように見えるわね――と、リディアは兄の想いを代弁した。
傍らに控えていた吸血鬼はキースの肩を抱き、唇を重ねた。
彼はキースのなかに芽ばえかけた母親に対する憎悪を感じていた。
それを他へと逸らすための口づけだった。
キースは重ねられた唇に、ようやくわれを取り戻した。
同性の接吻でわれにかえる自分をどうかとも思ったが、なによりも、恋人がそばにいるという心強さがすべてを救った。
彼の胸の奥から父親を裏切って不倫に興じる母親への憎悪は消えて、不道徳に歓びを見出すもの同士の共感へと塗り替わった。
「あたしもストッキング、穿いてみようかな」
兄の気持ちを見透かすように、リディアが囁きかけた。

気がつくと、すぐ傍らで吸血鬼が、侍女のジュリアにのしかかっていた。
「たまらなくなってきた」という呟きは聞こえていたが、母親の濡れ場に夢中だった兄妹はもう、上の空だった。
首すじに血を吸っているとばかり気配で感じていたけれど――吸血鬼はジュリアの首すじを吸っていただけではなかった。
メイドの黒のドレスの裾をたくし上げられて、リディアはすすり泣きながら、犯されていった。
身近で目の当たりにする処女喪失に、キースはさらなる昂ぶりを感じた。
黒タイツの脚をすくめながら、ジュリアは身体をガチガチに固くしながら、太ももを開かれ、挿入を受け入れてゆく。
やがて男の強引な上下動がジュリアの腰に伝わり、熱烈に応じていくのを見つめながら、
血を吸い取られて洗脳された自分が、ジュリアの変節を嗤うわけにはいかないと思った。
リディアは、ジュリアが目のまえで犯されるのを目にして、つぎは自分の番…と観念し、
ひとつ年上の女奴隷が自分よりもひと足早く女になるのを、ウットリとした目で見つめていた。


長い夜が明けた。
兄妹が共犯同士になり、母親の不倫を目にし、忠実なジュリアが処女を喪った夜が。
その日はさすがに兄も妹も、マイケルとのデートから帰ったマデリーンも、白い顔をして家で大人しくしていた。
夜明け前に情夫を送り返したダイアナも、珍しく昼間で寝ていた。
ジュリアだけがかいがいしく、いつもの務めを果たしていた――メイドの装いの裏側に、初めての痛みの名残りの疼きを押し隠しながら。


「やつにママの生き血を吸わせてやりたい!」
激情に声を上ずらせて、キースは吐き捨てるようにいった。
「賛成」
リディアは冷めた声で、証人の宣誓でもするように、片手をあげて兄に応じた。
「パパを裏切ったママは、死刑に値するわ。あのひとに血を吸い尽されて、ヒィヒィ言わされるところを視てみたい」
すこし目的をはき違えていないか?キースはほんのちょっとだけ疑問を感じたが、妹の語気に異議をはさもうとはしなかった。
その晩ふたりは吸血鬼を窓から自邸へと呼び入れて、母親の寝室へと案内した。
首すじから血を流した息子と娘を目にして、ダイアナは不審そうに二人を見比べたが、その背後に黒マントの男の姿をみとめ、初めて悲鳴をあげた。
生で観るドラキュラ映画は、数分間で終わりを告げた。
部屋じゅう逃げ回ったママは、ネグリジェ姿のまま寝室を逃げ回り、つかまえられて、首すじを咬まれてしまったから。
息子や娘と同じように首すじに血をあやした女は、せめて貞操だけは守ろうとした。
夫婦のベッドのうえ、両腕を突っ張って抵抗するダイアナの姿に、
キースは「しらじらしい」と舌打ちをし、リディアは「リデルさんのために守っているのね」と、冷ややかに見つめた。
そして、強引に腰を静めてくる男に、ネグリジェに包まれた肉づき豊かな腰があっさりと応じ始えてしまうのに、
「ジュリアよりぜんぜん早い」と、キースはなおも詰るのだった。
こうして誇り高い名門の令夫人であるはずのダイアナは、自分の夫以外に夫の親友のリデル氏と、吸血鬼までも受け容れて――娼婦に堕ちていった。



「お兄さんも来たの?」
やって来たキースをみて、マイケルは気軽に声をかけてきた。
キースは最初、自分に声をかけて来たのが誰だか、わからなかった。
マイケルは女の子の格好をしていた。
フリルのついた白いブラウスに真っ赤なベスト、腰から下は赤と黒のチェック柄のスカートに、ひざから下はアミアミの真っ赤なハイソックスを履いている。
見覚えのある服だと思ってよく見ると、マデリーンのものだった。
マイケルに女装癖があるのは以前から聞いて知っていたけれど、じっさいに目にするのは初めてだったし、
ましてそれがマデリーンの服だと思うと、妹が侮辱されているような、ちょっと不愉快な気持になった。
「お兄さん」と呼ばれるのも心外で、まだ認めたわけじゃないから、と、奇妙な反撥を感じたのだった。
「お兄さん」と言いながらも、マイケルはキースよりも年上だった。
だから、よけいにからかわれているような気がした。
彼はキースの顔色を察すると、素直に言葉を改めた。
「きみもこんなところに足を運ぶようになったんだね、キース」
おとといの夜、妹を犯していた男――そんな男と口を利くのは潔くない――キースはまだ、そういう子供っぽい潔癖さも持っていた。
同性愛をしながら…だって?でも、彼との関係は、決して不純なものじゃない。
「マデリーンとは本気だよ」
マイケルは真顔でいった。
「そう、それなら良いけど」
キースはやっとのことで、そう応じた。
そして、妹の履いていたアミアミの真っ赤なハイソックスを履いているマイケルの足許を、眩しそうに見つめた。

順番は、マイケルのほうが先だった。
招ばれていたのは全員が十代の青年で、まるで予防接種の順番みたいに、閉ざされたドアの外に行列を作っていた。
「いったい、いつから我が学園は吸血鬼を受け容れるようになったのか」
マイケルが声をひそめて、いった。
「きみが引き込んだんだろう」
「いや、きみだ」
「そんなことはない」
「案外、学院長だったりしてね」
たしかに、学院長の許可なしに教室を使うことはできない。
そして、きょうのこの教室に居座っているのはほかでもないあの吸血鬼だったのだ。
夕べはママを。
おとといはキースやリディア、それにジュリアまでを。
あれほど好き放題にものにしていったというのに、どれだけ喉をカラカラにしているのだろう?
見ず知らずの少年たちを、こんなにも毒牙にかけて。
べつの嫉妬が、キースのなかをかけめぐる。
「よそうよ、きりがないぜ」
マイケルがたしなめた。マデリーンの服を着ているので、まるで下の妹にたしなめられている気分だ。
ほかにも、ふたつ前の少年が、どうやら母親のものらしいよそ行きのスカートスーツを身に着けていて、
学園はいつになく、妖しく華やいだ空気を漂わせていた。
「ぼくね、マデリーンを未来の花嫁として、彼に紹介することにしたんだ」
そう言い残してドアの向こうに消えたマイケルの後ろ姿を、見逃すことはできなかった。
細目に明けたドアの向こう、マデリーンの服を着て抱きすくめられたマイケルが首すじを咬まれてゆくのを目にして、
マデリーンが咬まれているところを想像しないわけにはいかなかった。
そして、いつかここには、リディアの服を着て来ようと、心のなかで思った。



高慢ちきな少女だ、と、キースは思った。
屋敷では、父親の帰国を祝うホームパーティーが開かれていた。
招かれたのはリデル氏のご一家。
母親であるダイアナの愛人であるリデル氏とマチルダ夫人、令息であるマイケルとその妹のキャサリンだった。

その日は、マイケルとマデリーンの婚約パーティーをも兼ねていた。
マイケルがそれを、父親のリデル氏を通して望み、それを支持したダイアナが夫を説得した。
「まだ早すぎる」と最初は渋った父親のジョナサンも、妻には逆らえずに、親友の息子がまな娘を犯すことに同意した。
――もっとも周知のように、実際にはすでに彼のまな娘は、とっくに篭絡されてしまっていたのであるが。
その夜のパーティーでは、マイケルとマデリーンが二人きりで過ごす部屋まで用意されていた。
マイケルが妹のキャサリンを、キースに正式に紹介したのは、その場でのことだった。
「代わりというわけじゃないけれど」
相変わらずデリカシーに欠けたいいかたで、彼は妹を紹介した。
さすがの彼も、きょうは女の子の服装ではない。
彼の女装癖は周知の事実で、必要以上に男らしい父親のしかめ面をかっていたが、彼以外にマイケルのその風変わりな習慣を咎めるものは、この席にはだれもいなかった。
タキシードに身を固めたそのマイケルが紹介した妹のキャサリンこそが、キースが高慢ちきだと感じた相手その人だった。

眩いほどの美少女だった。
二重瞼の大きな瞳に、きっちりと引き結んだ真っ赤な唇。誇り高い金髪に、ぬけるような白い肌。
肩まであらわにしたドレスの胸もとは豊かなふくらみを帯びていて、つい先日までローティーンだったとは思えないほどだった。
「ぼくがきみの妹を犯す代わりに、きみはぼくの妹を姦(や)る。濃い関係だと思うけどどうかな」
マイケルはひそひそ声でそういって、キースの顔色を窺った。
そしてその顔つきに、興味と反感とが半々にあらわれているのを見て取って、義兄となるこの年下の青年が予想通りの反応を示したことに満足した。
「結婚することを犯すっていうのは、やめたほうがいい」
キースはどこまでも潔癖にそういうと、紹介されたキャサリンの掌をとって挨拶の接吻しようとした。
キャサリンは自分の掌を相手の男が丁寧に扱っていないと感じたらしい。
不機嫌そうに顔をしかめ、キースがとった手を振り払った。
仰天するキースに鋭い視線を投げると、キャサリンは兄の腕を取って、「行きましょ」といった。
義姉となるマデリーンをも無視した行動だった。

「おやおや、いけないね。お父さんはお前にそんな行儀作法を教えた覚えはないよ」
父親のリデル氏が、娘をたしなめた。
「そうそう、親同士はこんなにうまくいっているんですからな」
痩身のジョナサン氏もまた、リデル氏に同調した。
彼の首すじに赤い斑点がふたつ滲んでいるのを、その場にいるだれもが目にしていた。
帰国そうそう、彼は夫婦のベッドで組み敷かれ、吸血鬼に咬まれていた。
相手は、息子や娘を冒し、そのうえ妻までもモノにした男だった。
すべてを認める代わりに、吸血鬼はジョナサン氏にすべてを語ってくれた。
妻とリデル氏とが、夫以外誰もが知っている仲になっていること。
今後夫婦で円満にやっていくには、ダイアナとリデル氏の関係を認めて、こころよく受け容れるしかないこと。
家族全員が彼に血を吸われ、妻はリデル氏だけではなく彼の支配も受け容れてしまっていること。
同じく血を吸われた息子とは同性愛の関係を結び、上の娘のリディアも処女の生き血を捧げつづけていること。
短時間の吸血で洗脳されてしまったジョナサン氏は、寛大にもすべてを受け入れた。
そして妻を呼ぶと、夫婦の寝室を潔く明け渡し、ひと晩ふたりの好きなように、愉しみを尽くさせてやった
そして同じように、こんどはリデル氏を呼ぶと、彼にも夫婦の寝室のカギを渡し、ひと晩ふたりの好きなように、愉しみを尽くさせてやった。
どちらの晩も、間男たちはダイアナに対する想いを遂げると、歓びを分かち合いたいと願う夫のジョナサンを寝室に引き入れて、縛られた彼のまえでその妻を愛し抜いていったのだった。

妻の愛人として受け容れたリデル氏に、ジョナサン氏はすべてを打ち明けた。
子ども達の世代で、吸血鬼を受け容れる風潮が生まれている。
息子も娘も、そしてわたしたち夫婦まで、その毒牙にかかってしまった。
わたしの家とかかわると、貴男の家族のなかにも犠牲者が出かねない…と。
リデル氏はいった。
この街に出没する吸血鬼は強欲で好色だが、決して人は殺めないときいている。
だとしたら、家庭内に吸血鬼を受け容れることは、妻に愛人を迎えることとそう変わりはないのではないか?
それに、貴兄の懸念はすでに時機が遅くて、息子の恋人であるご令嬢も、どうやらすでに毒牙にかかっているようですね…と。

リデル氏の言葉を裏付けるように、
彼がジョナサン夫人と愉しい一夜を過ごした同じ晩に、その息子は婚約者のマデリーンを伴って吸血鬼の館へと赴き、
未来の花嫁の生き血を捧げ、その肉体までも共有することを誓わされていた。

マイケルがモノにした処女は、マデリーンだけではなかった。
義兄となるキースに、彼はただならぬことを囁いた。
「キャサリンをきみの妻として差し出すけれど――彼女は早熟だ。すでに男を識っている。相手はほかでもない、実の兄であるこのぼくだ。
 あらかじめ告げておくのが礼儀だと思うから、きみには話しておく」
結婚後も兄妹の関係を続けるつもりなのか?と訊くキースに、マイケルはいった。
「きみがリディアとの関係を続けるようにね」


すべてが、走馬灯のように過ぎていった。
結婚を明日に控えた夜、キースは自宅での最後の夜を過ごしていた。
屋敷の中庭では、婚約者のキャサリンが、明日の華燭の典にまとうはずの純白のドレスを一日早く身にまとい、
吸血鬼に裸身をさらそうとしていた。
衆目の前で行う誓いの接吻をまえに、キースは花嫁の両肩を抑えつけておとがいを仰のけ、
首すじへの接吻を果たさせてゆく。
長い長いケープを夜風になびかせながら、キャサリンは物怖じひとつせずに凛と佇み、そのまがまがしい牙を受け入れた。
ずず…っ。じゅる…っ。
幾人もの若者、そして人妻たちのうえに覆いかぶさった吸血の音が、未来の花嫁にも訪れるのを目の当たりに、キースの心は揺れたけれど。
高慢な少女の肩先を抑える手にこめられた力は、弱まることがなかった。
純白のドレスに真紅のしずくひとつ滴らせることなく、吸血鬼はキャサリンの血を飲み干した。

夫としての義務をキースが黙々と果たすのを、キャサリンは軽蔑したように視ていたが、
やがて抱きすくめられたまま夢中になってしまうと、未来の夫の目をはばからず、
「いやん!あぅん!はぁあん!」
と、良家の令嬢にあるまじきはしたない声をあげつづけた。
それは、自分の実家と婚家の名誉を辱めかねない行為であったけれど、どうしても止められないものだった。
立て続けの吶喊は、まだ少女である身体には猛毒のような刺激を与えつづけたので、キャサリンは思わず涙声で洩らしていた――
「忘れられなくなりそう」
と。
忘れる必要はないよ。きみは感じつづければ良い。
キースはそう囁いて、彼女の手首を芝生の上に抑えつけた。
「許してくれるのね…?」
初めて神妙な顔つきになった花嫁に、キースは額に接吻をしてこたえた。
「ひと晩、嫁入り前の夜を愉しむといい」
潔く背を向けた未来の夫に、キャサリンは聞こえないように囁いた。
「あなたも楽しんでね」


中庭に面したバルコニーに佇むふたつの影が、花嫁の不道徳な振る舞いに熱い目線を注いでいた。
キースとリディアだった。
「うちもリデル家も、めちゃくちゃになっっちゃったわね」
上目づかいで兄を見あげるリディアは、含み笑いを泛べている。
「そうだね。でも、だれもが愉しんでいるのなら、それでいいんじゃないのかな」
「マデリーンに子供ができたみたいよ」
「マイケルの子じゃないらしいね」
「生まれた子が女の子なら、あのひととつき合わせるって言っていたわ」
「それが良いかもしれない。――男の子だったらきっと――」
「あなたみたいに、妹や彼女をあのひとに差し出すようになるはずね」
「実の親子でも、血を吸い合うのだろうか」
「きっとそうよ、愉しむに決まってる」

キャサリンの結婚を記念して、その母親のマチルダの貞操も、堕とされることになっていた。
彼女も旧家の生まれで、もの堅い婦人だった。
上流社会きっての賢夫人とうたわれ、親友の妻同士であるふしだらなダイアナとは似ても似つかなかった。
その彼女が、夫とダイアナの不倫に気づいたのは、むしろ“彼ら”がぐるになって、知らしめたのだという。
ベッドのうえで乱れる二人を前に絶句し逆上したマチルダの背後には吸血鬼が忍び寄り、
夫を詰る声はすぐさま、血を吸われるものの悲鳴に変わった。
ダイアナとリデル氏とが明け渡したベッドのうえに、マチルダは吸血鬼ともつれ合うようにして投げ込まれ、
黒タイツの脚を舐め尽されていった。
狎れたやり口で自分の足許が辱めらるのを、マチルダ夫人は悔し気に眉をひそめて耐えた。
そのあとの吶喊も、娘が体験した身体を自分までもが受け容れさせられるという異常な状況に気をのまれながらも、涙ひとつみせず耐え抜いた。
彼女は意地の強い婦人だったので、目もくらむ凌辱をさいごまで毅然と受け止めたのだった。

――殿方を愉しませるためにまとっているわけではない
咬み破られたタイツを脱ぎ捨てた夫人は、そういいながらも気前よく、手にしたタイツを愛人として受け容れた男に与えていった。
貞淑なご婦人ほど愛着がわくと囁く吸血鬼に魅せられたように、マチルダ夫人は首すじから血を流したまま情夫を見あげ、
「今度お逢いするときには、もっと舌触りのよさそうなものを選んで、穿いてあげますね」
といった。
長年貞淑に仕えてきた妻が堕ちるところをかいま見させられたリデル氏はちょっとだけ複雑な顔つきだったが、
握手を求めてきたジョナサン氏の手を握り返す力はつよかった。


「あたしたちくらいは、まともな関係じゃないとね」
リディアは、ニッと笑って、白い歯をみせた。
兄の前で初めて吸血鬼に咬まれて兄に「堕とされちゃったみたいだね、お姫様」とからかわれたときと、同じ笑みだった。
リディアが口にした「まともな関係」とは、「まともに愛し合う関係」のことだと、キースにはすぐにわかった。
「じゃああたしたちも…しましょ」
リディアは兄とのへだたりを、さりげなく縮めた。
兄妹としては、すでにふさわしくない近さだった。
「きみももうじき、結婚するんじゃないのか」
「かまわないわ」
リディアが呟くのと同時に、キースはリディアを抱きしめていた。
「同じ血をはぐくむ同士――仲良くやりましょ」
小賢しい囁きを止めない唇を、キースの唇が熱く塞いだ。
しつような接吻にむせ返りながら、リディアが呟く。
「やっぱり初めてのときは、兄さんと迎えたかった」
兄の婚約者のおめき声が聞こえる外気を避けるように、ふたりはリディアの部屋へとさ迷い込んだ。
荒々しく押し倒す影に、ベッドに埋まった影が囁く。
「好きにして」と。
部屋の隅に佇む、もうひとつの黒い影が、部屋にわずかに人影を投げていた燭台を吹き消した。
侍女のジュリアだった。
「おめでとうございます。お幸せに――」
そっと立ち去る後ろ姿を満足そうに見やりながら、リディアはいった。
「あの子もお兄様のこと、好きだったのよ。お嫁さんが浮気で帰ってこない夜には、あの子のことも呼んであげてね」


あとがき
長々と読んでいただき、ありがとうございました。
結末をつけるためかなり端折って描いてしまいました。(^^ゞ

キースのお嫁さんをだれにするのかはちょっと葛藤がありまして。
母親と情夫との濡れ場を目撃している傍らで犯されてしまった侍女のジュリアも候補の一人です。
濡れ場を目撃して昂ってしまった吸血鬼氏の性欲処理のため、むぞうさに純潔をむしり取られてしまうのですが、
はからずもキースが目撃した処女喪失の場面は、未来の花嫁のものだった――というのもありかな、と思ったので。
あとは、リディアとの兄妹婚のセンも考慮しました。
籍を入れる入れないの問題にこだわるのでなければ、同じ家で暮らしている兄妹というのはありがちなことですし、
男と女のことですから、そこに芽ばえてはならないはずのものが芽ばえることも、決して皆無とは思いませんから。
でも最終的には、母親の情夫の娘である高慢な美少女が当選しました。(笑)
すでに処女ではない花嫁を吸血鬼に捧げようとする夫に侮蔑の視線を投げた彼女ですが、
そこはまだうら若い女性。さいごは「忘れられなくなりそう」と、純情な涙を流します。
淫乱な血は父譲りでしょうか?

もの堅い賢夫人であるマチルダはちょい役でしたが、好きなキャラです。
地味な黒タイツを舐め尽されたあと、こんど脚に通すのは、肌の透けるなまめかしいストッキングというパターン――
使い古されているかもしれませんが、なん度描いても嬉しいシーンです。

欲を言えば、端折ってしまったシーンで、それまで色濃かったリディアの怜悧で奔放なところとか、
その忠実な侍女であるジュリアの出番がほとんどなかったこと(ラストシーンはおまけです)、
淫らな人妻だったダイアナや、もともともは一番大胆だった最年少のマデリーンにはもう少し場数を踏んでもらいたかったというところでしょうか。

洋館の淫らな夜 ~キースの場合~ 2

2018年12月09日(Sun) 07:59:10

つづきです。
吸血鬼に魅入られてしまった青年と吸血鬼との逢瀬が延々とつづられてきましたが、
つぎは妹を巻き込んでいくくだりです。


なん度めかの逢う瀬のときだった。
吸血鬼はそろそろ、キースとその妹のことについて、仕掛けてみることにした。
きみを侮辱してるつもりはないんだ、キース。
きみのくれたプレゼントを、僕なりのやり方で愉しんでるだけなんだ。
吸血鬼はそう言いながら、キースのふくらはぎをいつものようにあちこち咬んで、
彼の履いているライン入りのハイソックスを、見るかげもなくびりびりと噛み破いていった。
キースはどこまでも、のんびり構えていた。
「あーあ、ずいぶんハデに破くんだね。
ママにばれないようにしなくっちゃ。
きみと逢うときに履いてくる長靴下は濃い色に限ると思ったけど・・・どうやら関係ないみたいだね。
こんどはさいしょのときに履いていた、ハイスクールに通うとき履いていく紺色のやつがいいかな。」
吸血鬼は、彼がどんなハイソックスをなん足くらい持っているのか、先刻承知のようだった。
「通学用のやつはきみのためによぶんに用意しておくから。
学校のそばに棲んでいる吸血鬼がうちの制服が気に入っていると知ったら、校長先生も悦んでくれるかもね
・・・そんなわけないか。」
キースはおどけて肩をすくめた。
左右まちまちの丈にずり落ちたハイソックスの足許を見下ろしながら。

ところでさ。
吸血鬼は憂鬱そうな声でいった。
このペースでいくときみの血は、あと1週間くらいで吸い尽くされて・・・きみの身体のなかは空っぽになる。
そうかもね。ここのところかなり頻繁だったから・・・
キースは意外なくらい冷静な反応をしめした。
まるで恋人同士がセックスの頻度を確認するように。
「吸血行為は、吸血鬼と人間のあいだで交わされる、もっとも崇高な儀式なのだ。
きみとの関係はぜひ長続きさせたいから、頻度を落とす必要がある。
吸血鬼が青年に飽きたとか、寵愛が落ちたというわけではなく、むしろ恋人の体調を心づかっての言葉だった。
けれどもキースはすぐには引き下がらなかった。
「ボクは我慢できるよ。
君にとってあの友愛の儀式――かれらは一連のあの行為のことをそう呼んでいた――は、きみの生命につながることなんだろう?
ボクが来てあげられないとしたら、そのあいだだれが君の相手をしてあげるというんだろう?
君が淋しい想いをするなんて、いてもたってもいられなくなるよ!」
いったいどこに、これほどまでに吸血鬼である彼のことを気にかけてくれるものがいるだろう?
かれを死なせるわけには決していかない・・・吸血鬼は改めてそう感じた。
語り合いながらキースは、ストッキングがずり落ちるたび引っ張りあげていたし、吸血鬼は始終かれの足許に唇を吸いつけ舌を這わせていった。
きみの代わりにリディアを連れてきてくれないか?
紅茶を切らしているなら、コーヒーをいただこうか・・・そんなさりげない口調で、吸血鬼はキースの妹の血を要求した。
血を提供するための身代わりに妹を要求するなんて・・・
そういうそぶりを一瞬みせた青年はしかし、その人選がじつに適切だと思い直さないわけにはいかなかった。
彼がこよなく愛するキースの血ともっとも似た血を宿しているのは、血を分けた兄妹であるリディア以外に考えられなかったから。
きっと彼は相手がボクの妹のことだから、こんなにも胸を割って前もっての相談をしてくれたのだろう。
吸血鬼はなおも躊躇うかれの耳許に囁いた。
鼓膜の奥底に、毒薬を沁み込ませるように。
――彼女が自分の血を自分自身のためだけに使うか、飢えた者と分かち合う気になるのかは妹さん自身の大人のレディーとしての判断だ。
この件に関しては、きみにはなんの責任もない。ただ僕に機会を与えてくれただけなのだから・・・
いつかどこかでこんな出まかせを言ったような・・・
吸血鬼はそんなことを思いながら、すでに己の腕のなかでウットリとなっている青年の首すじを、もう一度がぶりと咬んでいた。
「わかった。きみのリクエストに応えてリディアを紹介するよ。妹もきみのことを気に入ってくれると良いんだけど」
青年は気前よく、吸血鬼に自分の妹の生き血を振る舞うことを請け合った。



同性の恋人である吸血鬼に、妹の生き血をプレゼントする―――
このプランは、想像力と好奇心に富んだ青年を夢中にした。
夕べ誓いのキスまで交わしあったその計画で、キースは朝から晩まで頭がいっぱいになっていた。
――きみの妹さんにも、都合というものがあるだろう?
だから、わしは3日間待つことにするよ。
きみが妹さんを連れてウェストパークに入ってきたら、いつでも姿を見せられるよう用意をしておくから。
どうしても妹さんの都合がつかなかったり、話しかけるチャンスがなかったり、きみの決心が鈍ったりしたら、
3日めの晩にきみ一人で来てくれないか?そうした場合には・・・愉しい罰を与えてあげよう。
恋人のそんな寛大な申し入れに、キースは内心、彼をそんなに待たせるなんて心外だと感じていた。
けれどもたしかに、相手のいることでもあったから、親友の申し出通りの3日以内ということで誓いのキスに応じたのだった。
できれば期限ぎりぎりに独りで深夜のウェストパークを散歩したくなかった。
かれは妹たちや親たちのスケジュールを確認する作業から取りかかった。
父親はおとといから2週間の予定でフロリダに出張に出ていた
――それこそわが吸血鬼氏のように翼でも生えていないかぎり、妻が浮気しようが、息子や娘たちが吸血鬼と仲良しになろうが、なにもできないはずだった。
母のダイアナは、あすは一日じゅうスケジュールはなく、あさっての夜はかねて"うわさ"のあるリデル氏とミュージカルを観に行くはずだ。
帰りはきっと、遅くなるにちがいない―――そう、たぶん真夜中だ。
下の妹のマデリーンは、そのすきを狙って恋人のマイケルとデートのはずだ。そして肝心のリディアは―――なにも予定がないはずだった。


真新しいストッキングのパッケージの封を切るときは、いつも気分がときめくものだ。とくに愉しい計画のある場合は!
キースは鼻唄交じりに封を切ると純白のストッキングに唇を押しあてる。いつもの儀式だった。
今夜のストッキングを脱ぐときにはきっと、鋭利にきらめく恋人の牙をいくつも受けて、キースの熱い血潮に染まって淫らなキスの雨を降らされながら、剥ぎ取られていくはずだった。
このごろは自分で脱ぐことが減って、血潮をたっぷり含んでぐしょ濡れになったやつを恋人の手で脚から抜き取られる機会が増えていた。
ハデにカラーリングされてぐっしょり濡れそぼったストッキングを剥ぎ取られるようにして脱がされるとき、
キースはまるでレイプを愉しむ少女のように、マゾヒスティックな歓びにうち震えながら、されるがままになるのだった。


「御機嫌ね、お兄様」
軽くハミングしながら足音を近づけてきて、妹の部屋の開けっ放しになっていたドアに寄りかかった兄を、リディアは読みさしの本を置いて振り返った。
美しい金髪が肩先に揺れて、窓辺から逆光となって降りそそぐ夕陽が、その輪郭を染めた。
キースが妹の髪に眩しそうに目を細めたのは、夕陽のつよさのせいばかりではなかった。
目のまえの乙女がその身体に宿した血液は、純潔の誇りを湛えているはずだ。
それは必ずや、かれの恋人をもっとも悦ばせる種類の飲みもののはず――
捧げる獲物の価値の高さにキースの胸は躍ったが、反面自分の分身のような存在を汚してしまうことへの畏れが、鋭くかれの胸をさした。
吸血鬼が予期しなおかつ危惧した心理――いみじくも彼は、「きみの決心が鈍ったら」と言っていた――が、妹想いの兄の胸にきざしたのだった。
「どうしたの?お兄様?」
なにも知らない(という態度をリディアは決め込んで、キースは信じ込んでいた)少女は、無邪気な微笑みをにこっと浮かべ、キースは息苦しそうなあえぎを隠しきれないままに言葉をついだ。
「ちょっと・・・散歩しない?」
「いいわよ。この本を読み終わったら」
リディアはいったん置いた分厚い本の、まだまん中くらいのページを開きながらいった。
キースが思わずげんなりした顔をすると、リディアは可笑しそうに声をたてて笑った。
「ばかね。信じた?そんなわけないじゃない」
リディアは読みさしだったはずのページを抑えていた手を、しおりを挟みもせずに放すと、分厚い革装の本をベッドに投げ込んだ。
「きょうのお勉強はもうおしまい。
最高じゃない!
パパはずっとお留守、ママはだれかさんとデート。
マデリーンもそんなイカれたママの目を盗んで火遊び。
素晴らしい家族愛だわ。
おうちに取り残されたのは、要領が悪くておばかさんな兄貴と、くそ真面目な妹。
お似合いの兄妹ね!」
少女はけたたましい声で笑った。
キースはちょっぴり不平そうに、
「おばかさんはご挨拶だね」と言ったけれど、
一見おしとやかに取り澄ました優等生な妹の小気味よい毒舌に、本気で怒ったようすはなかった。
「おばかさんじゃなくて?」
リディアはイタズラッぽく笑った。
「きみが決めることさ」
「いいプランでも?」
「さぁ・・・?」
兄はもったいぶって受け流した。
「乗ってもいいわ」
リディアは席を起って髪をかきのけると、花柄のロングスカートをお行儀わるくサッとたくし上げ、タイツに綻びのないのを確かめた。
「あたしの用意はいいわよ」
「それはけっこう」
キースは口笛を吹いた。

リディアが無造作にスカートをはね上げたとき、黒のタイツを履いたすらりとした脚がちらっと覗き、舞台裏をカーテンが押し隠すようにすぐに視界を遮ってしまったけれど、
そのわずかなすきに、リディアの身につけたタイツが真新しさを感じさせる艶を帯びているのを、兄は見のがさなかった。
その日のロングスカートは紫とスミレ色の小さな花模様があしらわれていて、ところどころに草色の小さな葉をつけた長く長く伸びる茎がツタのように絡み合っていた。
リディアがそれと見越してわざと新しいタイツに脚を通したことまでは、キースには思いも及ばないことだった。
兄が妹を吸血鬼に遭わせる計画に胸をはずませている頃、それとは裏腹に妹は、兄にばれないように、初体験の乙女をいかに演じるかを思い描いて、胸をはずませていたのだった。

「白のストッキング素敵ね」
リディアはキースの足許を見つめて、いった。
あながち口先だけではないらしく、リディアは真新しい純白のストッキングに包まれた格好の良い兄の脚に、ちょっとのあいだ見とれていた。
「きみは世界で数少ないボクの味方だよ」
「唯一じゃなくて?
残念ながら・・・キースはそうやり返したいのをかろうじてこらえた。
「逢わせたいひとがいる」
「ハンサムな男の子?」
「化け物かもね」
「場合によっては」
リディアはひどく大人びた顔つきをして言葉をついだ。
「ハンサムな男の子より退屈しないかも」
「男の子は退屈?」
「とくにマイケルみたいなのは」
「マデリーンが発狂する」
「あの子のまえでは言わないわ」
「腹黒な姉さんだ」
「心優しい姉よ」
リディアは訂正した。
「その心優しい乙女に期待して」
兄は淑女に対するように、妹に手を差し出した。
リディアはまるでお姫様のように、片方の手でスカートのすそをつまみ、もう片方の手で兄に手を預けると、あとも振り返らずに部屋を出た。


濃いオレンジ色の夕陽が、群青色に暗くなった快晴の空に鮮やかに映えていた。
兄妹はゆっくり大股に歩みを進めながら、広壮な邸宅や古い城壁に控えめな区切りを縁取られた、この雄大なパノラマを見るともなくふり仰いでいた。
大股にゆっくりと歩みをすすめる二対の脚は、
片方は夕闇のなかでもきわ立つ純白のストッキングに包まれ、
もう片方は花柄のロングスカートのなかに黒タイツで武装した女の武器を、さりげなく隠していた。
兄に比べて妹のほうはひと周り半ほど身体がちいさく、背丈は兄の肩にやっと届くくらいだった。

「きょうはウェストパークはお休みのようね」
目的地に着いてみたら遊園地は休みだったとき間抜けな恋人に向けるようなからかいの目の色をして、リディアは兄を見上げた。
彼女は白くて細い指先にピンと力をこめて、閉ざされた公園の入り口に貼られたポスターを指さした。
"CLOSED"
と赤い字で大きく書かれた下には、「芝生の手入れのため」と、ご丁寧にも添え書きがされている。
「さあどうかな?」
兄は余裕たっぷりにウィングした。かれの手にはぴかびか光る小さな鍵が握られていて、それは重たく厳めしい錠前の鍵穴に、ぴたりと収まったのだ。
「素晴らしい!」
少女は手を叩いて、金髪を揺らして小躍りした。
「爺やから借りておいたのね?なんて手回しがいいこと!」
「これでも"おばかさん?"」
ちょっと得意げに肩をそびやかす兄に、
「こだわるのは、男らしくないわ」
リディアは相変わらずの減らず口で応じた。
耳障りに軋む鉄製の扉の向こう側は、塗りつぶされたような漆黒の闇だった。
「どうするの?」
さすがに立ち入りかねてリディアが金髪を揺らせると、それを合図にするように、公園じゅうの照明にパッと灯りが点った。
それらは、園内ぜんたいをくまなく真昼のようにするにはかなり不足だったが、闇に慣れかけた目には眩いほどの明るさに思えたし、昼間とは趣のちがう光を受けた芝生がグリーンのじゅうたんみたいになだらかな起伏のある園内に広がる光景に、少女は夢中になった。
「綺麗・・・!」
リディアはこんどこそ、ときめきの声をあげた。
「ステキよ、兄さま」
リディアは近くの手すりに腰かけてあたりを見回す兄に駈けよって、頬ぺたにキスをした。
夕風にあたったせいか、その頬は冷たかった。
有頂天になった少女の後ろで公園の入り口の重たい鉄扉が音もなく再び閉ざされ、"CLOSED"の看板が裏返されたことに、少女は気がつかなかった。
裏返された側には、「ロケ中のため関係者以外立入禁止」と、書かれていた。
なかからかりに悲鳴や叫び声がしたとしても、それは撮影中のドラマか映画の科白の一部としてしか、見なされないだろう。

リディアが重ねてきた接吻の感覚が、キースの頬にまだ残っていた。
甘美な温もりを帯びた彼女の唇は柔らかく、蠱惑的であった。
いったいこの唇を、将来どんな男性が獲得するのか、キースは多少の嫉妬を交えて思いめぐらした。
否、彼女にはそんな未来は待っていないかも知れない。
今宵彼女は兄の手引きで吸血鬼に逢い、穢れのない処女の生き血を啜られるのだ。
挙げ句、名門の令嬢であるはずの彼女は吸血鬼の女奴隷に堕とされて、なみの結婚はできない身体にされてしまうかもしれない。
今宵与えられる処女を支配するのはかれの親友であり恋人ですらある男だから、
リディアがこの公園内で徒らに十七歳の娘ざかりの生命を断たれる気遣いはなかったにしても。
兄に与えた栄誉を、妹も享受することは、キースの頭のなかでもじゅうぶんに予想されていた。

招かざる客人は、街灯の灯りの及ばない薄闇の彼方から姿を現した。
そのタイミングはキースでさえ称賛の口笛を洩らしたほどの鮮やかさだった。
短く刈り込んだ銀色の髪、どす黒い褐色の頬、ギラギラと輝く瞳。
お約束どおりの黒マントは、夜風に翻るたびに真紅の裏地があざやかに映えた。

「キャーッ!」
リディアがいきなり悲鳴をあげた。
恐怖に震えたか細い声は、園外までは届きそうになかったが、兄さんとおしゃべりしているときよりは軽く1オクターブは高かった。
あわてる兄をみて、リディアはこんどは笑い声をはじけさせた。
「お兄様にしては上出来よ!素晴らしい演出だわ。ついつり込まれてノッちゃったじゃない!」
はしゃぎ切ったリディアは恭しく片膝を突く吸血鬼に手を与え、ゆうゆうと接吻にこたえた。
「そんなことして!咬まれたらどうする!?」
キースは眉を八の字に寄せ、妹の軽はずみをたしなめた。
けれどもそれとは裏腹に、彼自身もだんだん気分ノッてきて、声色が芝居がかってくるのが自分でもわかった。
「お兄様は自分のお友だちが怖いの?」
「そういう問題じゃなくて・・・」
いい募ろうとするキースをまるきり無視して、リディアは背を反らせて吸血鬼と対峙するように向き合った。
灯りを受けて輝く長い金髪が夜風に流れて肩先にたなびき、紅潮した横顔が、挑戦的な視線を吸血鬼にそそいでいた。
――お似合いのカップルだ。
心のどこかからそんな呟きがして、キースはあわててそれを打ち消した。
やめさせなければ。
キースの胸に、遅まきながら兄としての自覚が芽生えた。
やつの牙は呪われている。あの尖った犬歯の切っ先に含まれた毒がまわったら・・・!
手の届く距離に、白く透き通ったきめのこまかい肌があった。
襟ぐりの深いブラウスから覗いた胸許が、灯りをうけていっそう気高く輝いていた。
あの気高い素肌を汚させてはならない。
「いけない・・・リディア・・・!」

兄のことを無視して、リディアはフフン、と、わざと小生意気な笑いを浮かべた。
「ムードと衣装は合格として、演技力のほうはどうかしら?
どこまで本物に迫れるのかしら。
兄からよく聞いていると思うけど、バストをおさわりしながらチューするなんて、古い手はなしよ。
あたし、助平なだけの退屈な男の子は願い下げなの」
いけない、リディアは彼に本気でケンカを売っている。相手が本物の吸血鬼だとも知らないで。
焦りを覚えたキースは、ふたりの間に割って入るようにして、
「リディア、今夜のきみは、ちょっときみらしくないな。
もっとクールにいこうよ。
こういうのはどうだい?
ボクがきみの前で、彼に血を吸わせてみせるんだ。
ボクだって、いきなり妹を咬ませるわけにはいかないからね。納得できる?」
リディアは嬉々としてキースのことを見上げた。
「お兄様のことだから、まさかひとにいきなり咬みつくようなやつを連れては来ないって思ってるわ。
レディの肌にいきなり咬みつくなんて無作法は、最低だもの。想像するだけで・・・おお嫌!」
――"おお嫌!"らしいぜ?気の毒な相棒君。
キースは半分ほっとして、半分は吸血鬼に同情して、彼を見た。
「怖くなったら、遠慮なくお逃げ」
キースは内心、かれが血を吸われているあいだに妹が怯えて逃げてくれることを願いながらそういうと、シャツのボタンをふたつ外して、吸血鬼のほうを向いた。
いつもの"儀式"だった。
キースが傍らの樹に身をもたれかけさせて、恋人の口づけを待つ乙女のように、おとがいを仰のけて目を瞑ると、
吸血鬼の唇の両端からむき出された牙が、すんなり伸ばしたうなじに、まっすぐ降りてきた。
象牙色をした犬歯がキースの首筋に埋まり、咬み痕を覆い隠すように吸いつけられた唇が、白い皮膚のうえを熱っぽく這いまわる。
やがて牙がひときわ力を込めてグイッと刺し込まれる気配とともに、
干からびかけた唇の端からバラ色のしずくがひとすじ、透き通るほど白い皮膚のうえを、たらーり、と、伝い落ちた。
「凄い・・・」
リディアは逃げもせず、兄が吸血されるシーンに、魅入られたように熱中した。
吸血鬼がキースの首筋から牙を引き抜いてかれの両肩を放すと、かれは目をひらいてうっとりとした目で恋人を見上げた。
それから、たるみかけた白のストッキングをきりりと引き伸ばして、芝生のうえにひざを突き、今までもたれかかっていた樹の幹に両手でつかまって身体を支えた。
吸血鬼はキースの足許にかがみ込んで這い依ると、革靴の足首をギュッと握って抑えつけ、白のストッキングのふくらはぎを舐めるようにして唇を吸いつけた。
キュウッ・・・
ひとのことをこばかにしたような、あからさまな音があがった。
純白のストッキングにみるみる紅いシミが拡がって、吸血鬼はゴク・・・ゴク・・・と喉を鳴らして、キースの血をむさぼった。

き・・・効くぅ・・・
キースはいつもの癖で、長いまつ毛をピリピリと震わせた。
暖かい血潮が傷口を抜けてゆく痛痒い感覚が、かれの胸の奥をじりじりと焦がしていった。
「もっと・・・もっと吸って・・・」
キースは額にうっすらと汗を浮かべて、うわ言のように口走った。
「ひと晩ガマンさせちゃって、ゴメンよ。その代わり今夜は、気のすむまでボクを辱しめて・・・」
もうリディアのまえでも、どうでもかまわなかった。
装いもろとも辱しめられながら生き血を吸われる歓びを、身近なだれかに見せびらかしてしまいたかった。
リディアの純潔な血を兄として守り抜くよりも、むしろ兄としては誇らしく捧げるべきだと思った。
随喜に目の前がかすんできた。
気がつくと、樹の根元に尻もちをついていた。
かれは、緩慢な動作でずり落ちたストッキングを直していた。
「ますます興味深いわ」
リディアは眸を輝かせていた。
「兄をそこまでにしてしまうなんて、あなた素敵ね。でも完全に信用したわけじゃないわ」
「ひどく慎重なのだね、マドモアゼル」
「もちろんそうよ。かけがえのない乙女の血をお捧げするためのお相手選びですもの。慎重な女の子は、念には念を入れるものよ」
真に迫った吸血シーンに恐れをなして逃げ出すどころか、リディアは彼に自分の血を吸わせることを本気で考えはじめている。
「退屈なの、あたし」
いつだか彼女は、たしかにそういっていた。でも、その退屈しのぎのために、あの致命的な牙を択ぼうというのか?
兄とおなじ選択を?
もっともかれのときだって、さいしょから希望してこうなったわけじゃない。
「兄とは息が合ってるようね。あたしとはどうかしら?」
「お試しになる?」
伸びてくる腕をあわててうけ流して、少女は懸命にいった。
「お芝居が上手でも、み入ったトリックかもしれない」
「ひとつの可能性ですな」
吸血鬼は否定しなかった。
「巧妙な詐欺行為?」
「獲物が美しい乙女なら、試みる値打ちはあるでしょう」
「でなければ、すべてが夢かも」
「もちろんそれも、あり得ます」
「夢だと賭ける!」
「どういう方法で?」
「かけっこ!」
少女は勇ましくこたえた。
「よろしいでしょう」
「いいの?あたし、クラスではリレーの選手なのよ」
果たして彼女は、ロングスカートでリレーの競技に出場したことがあるだろうか?と、キースは首をひねった。

「お好きなだけお逃げなさい。五つ数えたら、あとを追いかけます」
「いいわよ、手かげんしないで。なんなら、五つを早口で数えても?ども、まんまと逃げられちゃったら、お気の毒さま」
リディアはもう勝ったと言わんばかりに、彼女より頭ふたつ上背のある吸血鬼を、挑発するように見上げた。
ふたりの身長差をみて、キースはリディアをひとりで連れ出したことをすこし後悔した。
恋人の欲情を満足させるには、リディアの身体はちいさ過ぎた。
つぎにリディアを逢わせるときには、侍女のだれかか、リディアの下の妹のマデリーンを交えなければいけないと思った。
「用意はよくってよ」
リディアはきらきらと挑戦的に輝く眸で、吸血鬼を見た。
「では、どうぞ」
吸血鬼は余裕たっぷり、獲物の少女に逃走を促した。
吸血鬼はわざと、五つをゆっくり数えた。

花柄のロングスカートを腰のまわりにひらひらさせながら、か弱く舞う蝶のように覚束ない足取りで、少女はゆっくりと逃げまわり、
そのあとをぴったりと寄り添うようにして、吸血鬼があとにつづいた。
競技はあっけないほどすぐにおわった。
リディアに追いついてもすぐには捕まえようとせず、十歩ほどよけいに走って、手近なベンチのすぐそばで、彼女のことを捕まえた。
リディアは立ったまま、首すじを噛まれた。
煌々と輝く灯りの下、柔らかそうなうなじの肉に黄ばんだ犬歯が埋まるのがキースの目にありありと映り、
抱きすくめられた腕のなかリディアが痛そうに顔をしかめた。
白く透き通る肌を這う唇からは、バラ色のしずくが静かな輝きをたたえながら、たらたらと滴った。
小刻みにわななく細い肩が昂りにはずみ、刻々と変わる彼女の面差しが気持ちの変化を物語る。
力ずくで仰のけられたおとがいの下、深々と食いついた白い柔肌からは、バラ色の血潮がいくすじも流れた。

ああっ。なんて美味しそうにっ・・・!

キースは心のなかで、激しく舌打ちした。
嫉妬も羨望もありの舌打ちだった。
兄であるかれの目の前でリディアの血を吸う吸血鬼にも、悩ましげにかぶりを振りながらも牙を受け入れてゆく妹にも、同時に嫉妬していた。
いきなり素肌に咬みつくのは、無作法ではなかったのか?
「おお嫌!」ではなかったのか?
あのいまいましいやつは、細くて白いリディアの首すじに、ツタがからみつくようなしつようさで飢えた牙を迫らせてゆき、
リディアもまた、いちど咬まれてしまった傷口をなん度も吸わせてしまってゆく。
ついにはまるで求めあう恋人どうしのように、汚れを知らない生娘にはおぞましかるべき吸血に、みずから耽るように応じてゆくのだった。

やがてリディアはみずから姿勢を崩すように傍らのベンチに腰を降ろした。
貧血になったのか…?と兄は思ったが、そうではなかった。
彼女は花柄のロングスカートをはしたないほどたくしあげると、
あらわになった黒のタイツを履いたふくらはぎに、赤黒く爛れた唇がヒルのように吸いつくのを面白そうに見つめるのだった。
タイツのうえからぴったりと這わされた唇の下にあざやかな裂け目が走り、それが裂けた生地ごしに皮膚を蒼白く透き通らせながらつま先へと伸びていくのを、
キースもリディア自身もウットリとして見つめつづけていた。

堕とされちゃったみたいだね、お姫様。
キースがおどけて声をかけると、リディアはイタズラっぽく笑い返してニッと白い歯をみせた。
そして嬉し気にピースサインまでして、兄に応じるのだった。

                              ―つづく―

洋館の淫らな夜 ~キースの場合~ 1

2018年12月09日(Sun) 07:53:49

はじめに

何年かまえ、病気をして臥せっていた時に、携帯に打ち込んでいたお話を載せてみます。
長らく未完で放っておいたのですが、それもどうかと思ったので。

さいしょは未完のままあっぷしようかと思ったのですが、描いていた当時からラストは一応見えていたので、完結させることができました。
数年間の断層があるので、どこから描き継いだかバレバレかもしれませんね。(笑)

舞台は珍しく、西洋です。
吸血鬼ものの洋画でも観るような気分で愉しんでもらえると嬉しいです。

吸血鬼と同性愛的な関係を結んだ青年と、その妹たち、母親、母親の情夫やその家族――などが登場人物です。



                            洋館の淫らな夜 ~キースの場合~


石造りの高い城壁が、オレンジ色の夕焼けをおおきく遮っていた。
頭上にはすでに、藍色の闇が夜の訪れを告げている。
城壁に遮られているぶんたけ空は藍色の部分が広く、けれどもまだ色褪せしていないオレンジ色の夕焼けも、まだじゅうぶんにその存在感を主張していた。

その城壁のすぐ下の、闇に覆われかかった芝生のうえ―――
長い金髪をたなびかせながら、少女がひとり走ってきた。
こげ茶のロングスカートをユサユサと、重たそうに揺らしながら。
走りのはやさが少女にとってもどかしいものであるのが、容易にわかった。
そして、かなり狼狽しているということも。

少女のあとを追う影は、あきらかに異形のものだった。
短く刈り込んだ銀色の髪、深い皺に覆われた褐色の頬、口許から時おりチロチロとはみ出た牙には、
いま襲ったばかりのメイドから啜り取ったバラ色のしずくを、まだ生々しく滴らせている。
異形の影は、倒れたメイドの身体を乗り越えて、年若なメイドよりもさらに若い女主人に追いすがってゆく。
飢えた男の鼻先を、薄闇に透ける白のフリルつきのブラウスが、蝶のようにか細く舞った。

脚にまとわりついたこげ茶のロングスカートを重たそうに捌きながら逃れようとする少女の歩幅に合わせるように、
血に飢えた男は少女のあとからびったり寄り添うようにして追いすがって、
頃合いをみてか細い肩を後ろから抱きすくめると、力ずくであおのけた首すじに、がぶりと食いついた。

"ouch!"

少女は鋭く叫んだ。
さきに餌食にされた彼女のメイドが咬まれたときに発したのと、おなじ言葉だった。
ぱらぱらっ・・・と飛び散る血潮が、黒い影となって夕闇に散った。
抱きすくめた肩ごしに、吸血鬼は舌なめずりをして、
令嬢に接するのにはにつかわしくない意地汚いやり口で、つけたばかりの傷口に舐めるように唇を這わせた。
ちゅうっ・・・
ひとをこばかにしたような、恥ずかしいほどあからさまな音が、這わされた唇から洩れてきた。
少女は立ちすくんだまま、血を吸われた。

ふたつの影はしばらくのあいだ、揉み合うようにもつれあったが、
やがてちいさいほうの人影が耐えかねたように姿勢を崩すと、傍らのベンチの上にもたれ込むように尻餅をついた。
男が追跡を手かげんしたのは、どうやらこのベンチの在処を見当にしたようだった。
吸血鬼はどうやら、好色なたちらしい。
少女の身につけているこげ茶のロングスカートを腰までたくしあげてしまうと、
あらわにされてすくませた脚に、タイツの上から唇を這わせていった。
上品な接吻ではないことは、明らかだった。
ふくらはぎから内腿、足首と、まるでタイツの舌触りを愉しむように、男はあらわにした少女の脚のあらゆる部位にくまなく接吻を這わせていった。
真っ白なタイツには、たちまち紅いシミがあちこちに撥ねた。

"ouch! ouch!"

咬まれるたびに少女は、身を仰け反らし金髪を振り乱して叫んだが、男はかまわずに、この手荒なあしらいに熱中し続けた。



思ったよりもあっけない、拍子抜けするほど他愛のない"手続き"だった―――吸血鬼に生き血を吸い取られちゃうということは。
闇の向こうから伸びてきた腕がツタのようにからみついて、キースのことを後ろから羽交い締めにすると、
背後からぴたりと寄り添ったその人影は、おもむろに彼の首すじを唇に含んで、
この青年の理性を、痺れるような疼きで突き崩していった。
ずぶずぶと根元まで埋め込まれた魔性の牙は、活きのよい若い血潮を吸い出したのと引き換えに、
妖しい陶酔で理性や警戒心を萎えさせてしまう毒液を、かれの体内に注ぎ込んでいったのだ。

もしかするとほんとうは、すこしは抗ったり、じたばた暴れたりしたのかも知れない。
じじつあとでかれが気づいたときには、現場の泥が半ズボンの太ももにまで撥ねて、乾きかけてこびりついていたから。
けれどもキースのいまの記憶では、あの記念すべき晩、
かれはいともやすやすとたぶらかされてしまって、飢えた吸血鬼相手に、
由緒正しい名門のあと継ぎ息子の血を、十代後半の若い肉体から気前よく振る舞ってしまっていたのだった。

皮膚の奥深く埋め込まれた牙を通して、自分の身体に手ひどいあしらいをする相手の意思が伝わってくるような錯覚を、キースは覚えた。

ありがたい・・・若いひとの生き血にありついたのは久しぶりだ・・・渇いた喉がしんから癒える
・・・と、キースの生き血の質を褒め、なによりもひどく悦んでいた。

このままおとなしく血を吸わせてくれるなら、決して死なせない・・・もぅ少し血を吸って気がすんだら生かして家に帰らせてあげる。

・・・とさえ、口走っているようだった。

「きみは妹さんのことを気にしているね?ここで逢うことになっていた」
キースの生き血をひととおり吸いおわると、吸血鬼は首すじにつけた傷口から牙を引き抜いて、耳許に囁いた。
「どうしてそれを?」
キースはビクッとして、まつ毛のながい瞳をあげた。
「わしは、血を吸った人間の心のなかが読めるのさ」
恐怖にゾクッと震えるキースに、吸血鬼は裏腹なことを呟いてくる。
「ある意味それは残酷なことだぜ?たいがいのやつらはこっちのことを忌み嫌っているからね・・・」
「あぁ、そういえばたしかにそうだね・・・」
キースは相手の男の口調に、屈折した寂しさがあるのを感じた。
理性を酔わせるためにかれの血管に染み込まされた毒液に、同情と共感とが織り交ざっていった。

キースは吸血鬼のもの欲しげな視線が、いちどならず自分の足もとにさ迷うのを感じた。
舐めるようにしつような視線がからみつくのは、濃紺の半ズボンの下から覗いている、ふくらはぎだった。
発育の良いキースのふくらはぎは、半ズボンとおなじ色のストッキングで、ひざ小僧のすぐ下までキッチリと覆われていた。
真新しい厚手のナイロン生地は、太めのリブをツヤツヤとさせている。
ハイスクールから邸に戻ったばかりの彼は、ちかくの公園で待つという妹のリディアの書き置きを手に、制服を着替えもせずにふたたび邸を出てきたところだった。
「きみ、ストッキングに興味があるの?」
吸血鬼は図星を突かれたように一瞬目を見開いて、すぐに苦笑しながら肯定した。
「よかったら、きみにあげようか?学校のやつだから、ボク同じのをなん足も持っているんだ。
それとも、このまま噛ませてあげようか?」
吸血鬼は手短かに、咬んだあとできみの脚から抜き取りたいと答えた。
ずいぶんコアなんだね・・・青年は笑った。爽やかな笑いかただった。
そこには蔑みのニュアンスは全くなく、むしろイタズラ仲間としての軽い共感があるのを、吸血鬼は感じた。
「いいよ。噛み破っても。気が済むまで愉しんだら、脱いであげるから。
その代わり、きみがさっき言ったように、ボクのことを生かして家に帰してくれるかな?
そうしたらお礼に、きみのためにもぅ一足、ストッキングを履いてきてあげてもいいよ」
吸血鬼は嬉しげにほくそ笑んだ。
―――よかろう。取引成立だ。

抵抗をやめたキースのことを草むらにねじ伏せた吸血鬼は、
かれのふくらはぎにストッキングのうえからなん度も噛みつきながら、
その体内に脈打つ若々しい生き血をちゅるちゅると吸い出してゆく。

かなりの貧血で頭のなかが朦朧となりながらも、キースは自分が死ぬような気がしなかった。
しばしば、いびつによじれずり落ちたストッキングを自分の手で引き伸ばしてやり、わざと噛ませてみたりしたほどだった。
失血で息をはずませながら、青年はうわ言のようにいいつづけた。
「ねぇ、こういうのはどうだろう?
きみは人の生き血を欲しがっていた。
ぼくはきみの希望を快く受け入れて献血に応じてあげた。
だからきみがぼくから獲た生き血は、強圧的にむしりとったわけではなくて、
友情の証しに進んで飲ませてあげたものだ、というのは?
さっききみは取引って言ったけれど、
きょうのことは、好意的な寄付とかサーヴィスということにしてくれない?」
「素敵なアイディアだね」
吸い出した血潮の新鮮な芳香に目を細めながら、吸血鬼はいった。
まだ彼は時おり濃紺のストッキングの舌触りを嬉しそうに愉しみながら、
毒蛇のような牙をチロチロとさ迷わせては、バラ色の血を舌なめずりしながら味わっていった。
「きみは協力的なんだね。嬉しいことだ。きみの血をもう少し愉しんだら、約束どおり放してやろう」
死の恐怖を免れた青年は、求められるままに吸血鬼と口づけを交わした。
錆びたような血液の匂いが、少年の鼻腔をついた。
「ドキドキしちゃう・・・これがぼくの血の味なんだね・・・!」
キースはむさぼりあうように、自分のほうから唇を合わせていって、二度三度と口づけを交わした。
安堵が、かれを大胆にしたらしかった。
それがじつは吸血鬼のつけ目だったことに、まだかれは気づいていない。
「美味しい・・・きみがボクの血を欲しがるのは、考えてみればもっともなことなんだね」
青年は酔ったように口走りながら、なおも舌なめずりを繰り返す吸血鬼のために、
ずり落ちたストッキングをもういちど、ひざまで引き伸ばしてやった。

制服の一部でもある紺のストッキングを噛み破らせちゃっていることは、
毎日同じストッキングを履いて肩を並べて学校通いをしているクラスメートたちまで冒瀆されてしまっているような、後ろめたい憤りに似たものも覚えたけれど、
その感情とは裏腹に、かれ自身がクラスメートたちをナイショで裏切っているような、えもいわれないくすぐったいような愉悦もまた、その裏返しとして抗いがたく感じてしまっているのだった。


そんなふたりの様子を近くの物陰から見つめる、二対の視線があった。
ひとつは好奇心たっぷりの。もうひとつは、やや躊躇をみえかくれさせたもの。
躊躇しているほうの視線の主は、あの夕闇のメイドのもの。
そして前者はもちろん、その女主人のものだった。
「あぁ、キース坊ちゃままでが・・・」
絶句するメイドの理性的すぎる反応に、まだ十代半ばの女主人は軽い不平を鳴らした。
「はやくひとを呼ばないと、リディアさま。キースさまが貧血になってしまわれますわ!」
おずおずと進言するメイドを目で制すると、リディアと呼ばれた少女は目の前でくり広げられている吸血劇から目を離さずに、ゆっくりとかぶりを振った。
「まだまだ早いわ。
あの方が、お兄さまの血をあんなに美味しそうに吸い取っているところじゃないの。
あたしが兄さまのことを呼び出して、あの方にチャンスをあげたの」
十代半ばの女主人がワクワクとした目つきで見つめている吸血の光景の主人公は、ほかならぬ自分の兄だったのだ。
「あたしのときもあんなにお行儀悪く、脚をばたつかせたり叫んだりしていたのかしら。覚えていて?」
女主人は、イタズラっぽく笑った。
「存じませんわ。あたくしはすぐに気を失ってしまったんですもの」
黒い瞳の女奴隷は、小娘みたいにどぎまぎしながら、あるじの横顔を盗み見た。
まだ幼ささえ残したノーブルに整ったリディアの目鼻立ちは、妖しい歓びに輝いている。
「あっ!また咬まれたっ!痛そう~!」
なんて、クスクス笑いを浮かべながら。

主従ながら襲われて血を吸われてしまってから。
会瀬を重ねた挙げ句、男はリディアに囁いたのだ。
「きみの兄さんが自分の血を自分だけのために使うか、渇いたものに分かち与える気になるのかは、兄さん自身の判断だ。
きみは今回の件に関してなんの責任も負う必要はない。僕に"機会"を与えてくれただけなのだからね」
リディアは恋人同士の逢瀬に酔うように、ウットリとほほ笑んで頷きを与えていた。


リディアの思った通り、兄は出し抜けで無作法な吸血鬼の訪問を受けながらも礼儀正しく応対し(結果的に賢明な判断だった)、
生命の保証を得る口約束をきちんと得た上で、相手の欲しがるものを過不足なく与えていった。
まさに理想どおりの兄さまだわ・・・リディアはウキウキとして瞳を輝かせた。

あるていど二人が満足したのを見て取ると、リディアは夢から覚めたように驕慢な女主人の顔つきに戻って、命令し慣れた声色で、年上のメイドに言った。
「さっ、きちんと拭くのよ」
女主人はメイドの首のつけ根のあたりをハンカチーフでギュウッと拭うと、同様に自分の首周りを彼女に拭かせた。
ふたりとも慣れた手つきで、相手の傷口を濡らしていた吸い残しの血を跡形もなく拭い取っていった。
「これでよしと」
リディアはハンカチーフに着いた血潮を一瞬口許にあてがって、お行儀悪くチュッと舐めると、メイドに言った。
「いいこと?あなたはなにも見なかった。何も知らなかった。しっかり口裏合わせてね」
女奴隷が頷くのを見返りもせずに、リディアは気分を入れ替えるように深呼吸をした。
そしてわざとらしく大きな声で、お兄さま!?お兄さまあ!?って叫びながら、兄を探しまわる妹を、熱心に演じはじめたのだった。


「これで良かったのかな?」
白のショートパンツの下、真新しい真っ白なストッキングに覆った脛を軽く交叉させて、キースはおどけてポーズをとった。
「気に入ってなん足も買ったのに、みんな女みたいだって笑うんだ」
キースは不平そうに鼻を鳴らした。
吸血鬼は、そんなことはないさ、よく似合っているよ、と、年若い同性の恋人を褒めた。
どうやら本音でそう思っているらしい。
好色そうに目じりにしわを寄せて目を細め、男の子にしては柔らかいカーヴを帯びた脚線美が真新しい純白のナイロン生地に輝くのを、眩しそうに見つめている。
いまが真っ昼間であるだけに、真新しい白のストッキングの生地の白さがきわだって、太めのリブの陰影が鮮やかに浮き彫りになっていた。
それはしなやかな脚のラインをなぞるように絶妙なカーヴを描いて、発育の良い肉づきを惹きたてていた。

「じつに美味しそうだ」
吸血鬼は目を細めたまま、もう一度青年の脚を嘆賞した。
「ああ良かった」
キースは嬉しそうに白い歯をみせた。
十代の青年らしい、健康な笑いだった。
取り戻すことのできた健康の輝きは、吸血鬼の禁欲のおかげだった。
「中4日も猶予してもらって、ゴメンよ」
キースは神妙な顔をして言った。
「喉からからにしているんじゃないかと思って、気が気じゃなかったんだ。
それともどこかで、活きのいい血にありつくことはできたかい?」
なにも知らない青年の善意に満ちた視線に、吸血鬼は夕べとおとといのことはしばらく黙っていようと思った。
彼の妹が密会を申し込んできて、お気に入りの黒のタイツを3足も破らせてくれたということは―――
どうやら嫉妬心とは縁の薄そうなキースのことだから、親友が飢えずに済んだと知ったらむしろ安堵の笑みを浮かべてくれそうだったけれど。
「いいこと、兄さまにはナイショよ」
と、リディアにされた固い口止めを、吸血鬼は守るつもりだったのだ。
―――禁欲は正味1日だったけどな。
吸血鬼は心の奥で笑った。
たいした禁欲とはいえなかった。

キースは自分がストッキングを履いて学校に通うのを、みんなが笑うといって、不平そうに口を尖らせていた。
「ママも、学校で笑われるくらいならやめたほうがいいって言うし、このストッキングがいいって言ってくれたのは、君ぐらいのものだよ」
キースはしなやかな下肢をもて余すように、白のストッキングの脚を伸びやかに組んで、吸血鬼に見せびらかした。
さあ!早く咬んで・・・そんなふうに誘っているように、血と情欲に飢えた視線にはそう映った。
吸血鬼はそろそろと素早く自分の影を青年の均整のとれたプロポーションに忍び寄らせると、
痩せこけてはいるが力の込められた腕を毒蛇のように巻きつけて青年の身体の自由を奪った。
「あ・・・!」
キースはみじかく叫んだが、とっさの身じろぎはつよいものではなかった。
吸血鬼の本能的な征服欲を適度にそそるていどの、絶妙なものだった。
わずか二度の逢う瀬でそんなふるまいを身につけてしまったのはやはり、かれ自身吸血鬼の良きパートナーになるための素質を備えていたからに違いなかった。
「せっかくのおニューのストッキング、どこにも履いていくあてがないのなら、持っているやつ全部をきみの血でペイントしやってもいいんだぜ?」
「か・・・考えさせてもらうね・・・」
キースはわざと口ごもってみせ、それからあっけらかんと笑って、近寄せられる牙がうなじの肉にずぶりと埋め込まれる瞬間を、ドキドキしながら待った。

昼下がりの太陽の光に鮮やかに縁どられた木陰の下で。
ちぅちぅ・・・キュウキュウ・・・
キースの血を吸いあげるあからさまな音が、だれはばかることなく洩れてくる。
覆い被さってくる吸血鬼を上に、白のストッキングをひざ小僧のすぐ下までキッチリと引き伸ばしたキースの脚だけが陽射しを浴びて、じゅうたんのように広がるグリーンの芝生のうえ、緩慢な摺り足をけだるそうに繰り返していた。

「やっぱり中4日はキケンだなぁ・・・」
吸血鬼の熱い抱擁のなかキースは照れ笑いに笑った。
自分の体内に宿した若い血潮を吸血鬼が気に入ってくれて、美味しそうに飲み味わってくれていることが、むしょうに嬉しかった。
失血のために頭がぼう・・・っとしてきて、5日まえの夕闇のなかで初めて覚えた陶酔が、ありありとよみがえってくる。
むしょうに喉の火照りを覚えて、Tシャツに撥ねたばら色のしずくを指先に絡めると、青年はそれをチュッ!と口に含んだ。
ほろ苦い芳香が鼻腔に満ちて、キースは思わずむせ返った。
「きみにはまだ、刺激の強すぎる飲みものだな」
吸血鬼は嗤った。
未成年の酒かたばこをたしなめるような口調だった。
「まるできみは、ママみたいなことを言うんだね」
会話を続けようとした青年は、なん度めか首すじをつよく吸われて、ウッとうめいて言葉をとぎらせた。
吸血される歓びに、絶句してしまったのだ。
ふふ・・・
吸血鬼は青年が自分の手中に堕ちたことに、満足そうに笑った。
血のりをべっとりとあやしたままの唇で、喘ぐ唇を吸うと、キースは夢中になって吸い返してきた。
「さぁ、いよいよお愉しみだ。
きみの履いているストッキングを、よだれがくまなく沁み込むくらい、たっぷりいたぶらせてもらうよ
―――わし流の、意地汚いやり口でね」
白のストッキングの脚に男が唇を近寄せると、青年は彼の下でちょっぴり悔しそうに秀でた眉をひそめ、それから薄っすらと微笑んだ。
「きみが陽の光を怖がるたちじゃなくって、なによりだったね。明るいうちなら、ストッキングの見映えもじゅうぶん愉しんでもらえるからね」
この期に及んでも青年が立て膝をして、吸血鬼のために履いてきたストッキングに泥をつけまいとしていることに、吸血鬼は内心ちょっと感心していた。
ひざ下丈の靴下に執心するという意味では、ふたりはいわば同好の士だった。
ひとりは身に着けることで、もうひとりは咬み剥ぐことで、ストッキングを愉しんでいるのだった。

吸血鬼は、キースの身体を思い切り横倒しにした。
脚の片側が芝生にじかに着いて、かすかに泥がはねた。
青年の気づかいを無にしたわけではなく、たんにふくらはぎを咬みたかったからだった。
吸血鬼はカサカサに干からびた唇を、厚手のナイロン生地に流れる太リブのうえから、つよく圧しつけた。
キースの履いているストッキングのしなやかな舌触りにくすぐったそうに相好を崩すと、
吸血鬼は口許の両端から尖った牙をむき出しにして、カリリと咬んだ。

あー・・・

キースは眉を寄せてせつなげな声を洩らした。
抑えたうめき声の下、しつような接吻にいびつによじれたストッキングには、赤黒いシミが滲んでいった。
うひっ・・・うひっ・・・
本性もあらわにカサカサの唇を物欲しげに吸いつけ舌なめずりをしながら、真新しい純白の生地にためらいもなく、赤黒いしずくをほとび散らせていった。



「お嬢様よろしいのですか!?」
メイドのジュリアは黒い瞳に心配をあらわにして、女主人を窺った。
リディアはしらっとした顔つきをして、かぶりを振った。
「あたしもふつか続いたのよ。
さすがにいま出ていくわけにはいかないわ。
もぅ少し、ふたりを愉しませてあげましょうよ」
無感情な顔つきをしての冷静な観察のあとには、口を尖らせての感情的な文句が、可愛い唇をついて出た。
「本当にもうっ!
あのひとったら、無作法だわ。
おニューのタイツを履いて脚を咬ませてあげたのに、
タイツを脱いで履き替えて帰ろうとしたら、また捕まえられて咬まれちゃった。
おかげで、たった1日で二足も台無しよ。おまけにどっちもせしめられちゃうし・・・
ロングスカートじゃなかったら、ママに素足なのを見つかっちゃうところだったわ」
小声でブツブツ文句をいう女主人の横顔を盗み見ながら、女奴隷はなにか言おうとしてすぐに口をつぐんだ。
うわべは相手の男の無作法に文句をいいながら、少女の口調はむしろ得意げだったから。
それを正直に指摘したらお姫様のご機嫌がきっとうるわしくなくなるだろうことに察しをつけるていどには、この女奴隷には賢明さが備わっていた。
彼女はリディア付きのメイドだったので、いつもリディアと行動をともにしていた。
したがって、彼女の女主人が吸血鬼と密会するときは必ず同行しなければならず、
女主人ともどもいずれ劣らぬ非の打ちどころのない首すじを、代わる代わる咬まれてしまうのがつねだった。
順序とすればジュリアは、吸血鬼の貪婪な渇きから女主人を守るため、自身の生き血をすすんで、令嬢が受難するまえのオードブルとして供するのが常となっていた。
リディアは、兄がおニューの白のストッキングの足許に、遠目にもそれとわかるほど鮮やかに深紅の飛沫を散らすのを、密かな共犯者の視線で小気味良く眺めていたし、
その女奴隷は自分たちがふたり揃ってかろうじて相手している吸血鬼のために、たったひとりで生き血を提供し続けるキースのことを、称賛と懸念の入り交じった目で見守っていた。
おなじサイズの歯形の咬み痕がついたうなじを並べて、身分違いの少女はふたり、それぞれ別々の想いを秘めながら、青年たちのじゃれ合いを見るともなしに見つめ続けていた。


「きみと逢うときに履いてくるストッキングは、濃い色にかぎるようだね」
自身の血潮で鮮やかに彩られた白のストッキングの脛を見おろして、キースは照れ笑いしながらそういった。
「履き替えに家に戻っても平気なのかね?」
吸血鬼はかれの家族の注意力を気にしたけれど、青年は白い歯をみせて笑った。
「大丈夫さ。これはハイスクールで履き替えてきたやつなんだ。
よかったら記念にあげてもいいよ。
これからいつもの紺のやつに履き替えるから。
でも、紺のやつまで破くのは、今日のところは勘弁だぜ?」
「こんど逢うときには、黒いのにしなさい。白のラインが二本入ったやつ」
どうやら吸血鬼は、キースのコレクションのかなりを把握しているらしかった。
キースはそのことに感心しながら、いつ見たんだい?と訊いたが、ろくな応えは返ってこなかった。
吸血鬼は耳も貸さずに、キースの足もとに夢中になってとりついていたから。
青年の問いに応えるよりは、ところどころ赤黒い血糊のこびりついた白のストッキングを、思い切り噛み剥ぐほうに夢中になっていたのだ。
「あっ、ヒドイなあ・・・っ!」
噛み剥がれてゆくストッキングの持ち主のくすぐったそうなあっけらかんとした笑い声を頭上に聞きながら、
吸血鬼はだらしなく弛んだストッキングを、なおもくしゃくしゃにずり降ろしていった。



キースはそれからも、2日か3日に一度は、吸血鬼とのアポイントメントを取るようになっていた。
その間に例の白のストッキングはあらかた、パートナーの強引な牙にむしり取られ、咬み剥がれてしまっていた。
見た目は手荒なあしらいではあったものの、ふたりの間には濃やかな気づかいが通いあっていた。
片方は親友の顔色や身体の調子の変化に敏感すぎるほどに気をまわし、
もう一方も好みが同じな同性の恋人のために脚に通すストッキングの色や柄選びに余念がなかったし、
なにかの事情で密会の間隔が開いてしまうときには、相手が耐えがたいほどひもじい想いをしないかと気を揉んでいた。

吸血鬼の立場であれば、ふつうなら、一滴でも多くの血を吸い取りたい、つかまえた相手は気のすむほどに血を獲るまでは決して放すまいとするだろうし、
キースの立場であれば、血を吸われまい、装いを辱しめられまいとして、必死の逃走や抵抗を試みるはずであった。
けれどもこのふたりはふたりながら、相手を気づかって行動したのだった。
吸血鬼は自分の相手をしてくれる青年の身体のようすを気づかいながら、吸い取る血の量を手かげんしようとしたし、
そのうら若い恋人のほうは、自分の体内をめぐる血液を一滴でも多く提供し、足許の装いを少しでも愉しませてやることで、男の寂しい渇きを癒してやろうと腐心していた。

吸血鬼は彼の恋人が自分のために、どんなストッキングで足許を装ってくるか愉しみにしていた。
彼は、焦がれるほど愛していた。
あの柔らかな首すじにジリジリと牙を迫らせたとき、年若い彼の獲物が秀でた眉をキリキリと引きつらせるのを。
足許をきりっと引き締めるストッキングをネチネチといたぶって、整然と流れるリブを脛の周りにいびつによじらせるのを。
しなやかな舌触りのするストッキングごしに牙を思うさま咬み入れたときの、若々しい肉づきのもっちりとした咬み応えを。
吸いあげるたびに喉を熱く潤す血潮のほとびを。
なによりも、彼の好みに歩み寄ろうとして話を合わせ時には家族を欺いてさえ密会を示し合わせてくれる年若いパートナーの、かいがいしい心遣いの濃やかさを。

キースはキースで、歓びに目覚めてしまっていた。
あの痩せこけた猿臂に巻かれて強引に抑えつけられるときの、絶対的なものに支配を受ける歓びに。
ハイスクールの制服である半ズボンやワイシャツに泥や草切れを撥ねかしながら、
かれの体内に脈打つ生き血をグイグイとむしり取られていくときも、
恋人から求められる熱烈さを実感して、随喜に震えあがっていた。
獣が獲物を生きたまま喰らうような食欲をあからさまにした汚い音をたてて生き血を飲み味わわれたりすると、
自分の若さがパートナーを魅了しているという実感を覚えて、ついゾクゾクとした昂りを抑え切れなくなっていたし、
そのうら若い肢体にツタのように絡みつき抱きすくめてくる痩こけた手足が人肌の温みを帯びてくると、
かれの若さが恋人の慰めになっているという充足感が、失血による苦痛をむしろ陶酔にかえていった。

                                 ―つづく―

短文:少年の母親と姉と彼女(ちょっと変更♪)

2018年12月09日(Sun) 03:25:22

その少年は、母親が父親以外の男に逢っているのを知っていた。
物陰に隠れて覗き込む少年のまえ、彼女はそうとは知らず、男に身をゆだね、不倫の逢瀬に悦んでいた。
その光景に、本能的にゾクゾクしてしまった少年は、
母親の密会を父親に対して黙っていることに決めた。
相手の男もまた、少年が自分たちの密会を覗いているのを知りながら、
これ見よがしにその母親を抱きすくめ、情痴のかぎりを尽くしていった。

やがて男は、少年の姉とも逢うようになった。
母親は、娘が男の情欲に、嫁入り前の素肌を犯されていると知りながら、その行為を黙認しているようだった。
少年はやはり、ふたりの逢瀬をドキドキしながら見守っていた。

やがて少年は、つぎの男の獲物が、自分の彼女であることを覚っていた。
さすがに彼は恋人を守ろうと身構えて、男を彼女に近づかせまいとした。
ところが案に相違して、男の次の目当ては、少年自身だった。
母親や姉と同じ経緯をたどってズボンを脱がされ、女同様に犯された少年は、
男の欲望に身をゆだねて、同性同士に歓びに耽り抜いていった。
そして、男の恋人となった少年は、自分から彼女を男に引き合わせて、
未来の花嫁の純潔を、男の愉しみのために捧げ抜いていた。

母親、姉、妻と、自分にとって大切な三人の女を愉しまれながら。
彼自身も男の恋人となって、抱かれるのを覗き、自身も抱かれ尽しながら、
歓びを深めてゆくのだった。


あとがき
少しだけ、変えてみました。
吸血鬼モノから、両刀使いモノに。
どちらも同質に感じるような気がするのは、私だけ? ^^;

短文 少年の母親と姉と彼女

2018年12月09日(Sun) 03:19:20

その少年は、母親が父親以外の男に逢っているのを知っていた。
物陰に隠れて覗き込む少年のまえ、彼女はそうとは知らず、男に身をゆだね、生き血を吸われていた。
その光景に、本能的にゾクゾクしてしまった少年は、
母親の密会を父親に対して黙っていることに決めた。
相手の男もまた、少年が自分たちの密会を覗いているのを知りながら、
これ見よがしにその母親を抱きすくめ、情痴のかぎりを尽くしていった。

やがて男は、少年の姉とも逢うようになった。
母親は、娘が男の牙に、嫁入り前の素肌を侵されていると知りながら、その行為を黙認しているようだった。
少年はやはり、ふたりの逢瀬をドキドキしながら見守っていた。

やがて少年は、つぎの男の獲物が、自分の彼女であることを覚っていた。
さすがに彼は恋人を守ろうと身構えて、男を彼女に近づかせまいとした。
ところが案に相違して、男の次の目当ては、少年自身だった。
母親や姉と同じ経緯をたどって首すじを咬まれて血を吸われた少年は、
男の欲望に身をゆだねて、生き血を吸い尽されていった。
そして、男の恋人となった少年は、自分から彼女を男に引き合わせて、
未来の花嫁の純潔を、男の愉しみのために捧げ抜いていた。

母親、姉、妻と、自分にとって大切な三人の女を愉しまれながら。
彼自身も男の恋人となって、抱かれるのを覗き、自身も抱かれ尽しながら、
歓びを深めてゆくのだった。


あとがき
いつもながらの吸血鬼バージョンです。^^

吸血児童。

2018年11月26日(Mon) 07:57:45

桜井晋也が父に招(よ)ばれてこの村に来たのは、春のことだった。
お前もそろそろ、身を固めないか?いいひとがいるんだが。
勤務先がかわって山奥の田舎に母を連れて引っ越した父と会うのも、ひさしぶりのことだったが、
その誘いを断り切れない事情を、彼は抱えていた。
教師だった彼は、教え子の女子生徒にわいせつ行為をはたらいたかどで、失職していたのだ。

意外にも、相手の女性はまだ未成年だという。
晋也もまだ二十代だから、それほど不自然な年齢差ではないだろう――と、母は取って付けたようにいった。
16歳になったら、結婚は自由だからね。制服を着た女子高生を、おおっぴらに抱けるんだぞ。
父も珍しく、そんな下世話な冗談をいった。

女子高生を抱ける。
晋也のなかで初めて、血が騒いだ。
すっかりその気になっていた。

紹介されたのは、まゆみという少女だった。
白のハイソックスは、いくらなんでも子供っぽ過ぎるだろ。
晋也はそう思ったが、濃紺のセーラー服姿でお見合いの席に現れた少女に、いっぺんに好意を抱いた。
少女は緊張しているらしく、色白の丸顔に大きな瞳をはりつめて、
ほとんど口も利かずに晋也の顔を見つめるばかりだったけれど。

学校で教師として働ける。
残念ながら、小さい子ばかりの学校だったけれど、それ以外の仕事をしたことのない晋也は気が楽だった。
この村の学校はどこも私立だから、オーナーの気に入れば入れるのさ、と、父は訳知り顔にいった。

初めて学校を訪問したとき、校庭の隅に立ち尽くした、瘦せっぽちの少年がこちらをじっと視ているのに、晋也は気づいた。
あの子、さっきから俺を見ている。
そう父に告げると、あの子は吸血鬼だよ、と、父はこともなげに言った。
え?と訊き返すと、父はいった。

ほら、視て御覧。あの子のハイソックス、真っ白なのに赤いシミがついているだろう?
あの子も吸われたばかりなのだよ。
都会から越してきて、ひと晩で家族全員血を吸い取られてしまったんだ。
お前も狙われないように、気をつけなくちゃな。

あの子はあぶないな。
ふつうは目だたないように、
髪を伸ばして首すじの咬み痕を隠したり、
ふくらはぎの傷を色の濃いハイソックスやタイツで隠したりするはずなのに。
わざとわかりやすくしているっていうことは、だれかぼくに血を下さいって言っているのと、同じことなんだよ。
目を合わせちゃだめだぞ。血を吸われたいのなら話は別だけどな。

晋也は慌てて少年から目をそらした。
けれども少年は、晋也が校門を出ていくまで、じっと見つめつづけていた。
彼が、自分の新妻の純潔を狙っているとは、夢にも思わなかった。

先生、ちょっといいですか?
授業が終わるとすぐに、その少年は晋也のほうへとやって来た。
もはや避けようがなかった。
少年は晋也の受け持ちのクラスにいた。
そして授業のあいだ、ずっと晋也を見つめつづけていた。
晋也は必死に目を合わせまいとしたけれど――授業が終わって迫って来た少年と、目を合わせずにはいられなくなった。
凄い目力だと、晋也は思った。
気がつくと、教室にはもう、だれもいなくなっていた。

喉、渇いてるんです。 少年はいった。
そ、そうかい・・・? 晋也は必死に受け答えする。
水でも飲んだら?と言い添えようとしたが、かすれて声にならなかった。
本当は先生、ぼくに血を吸われるの、愉しみにしてたんでしょ?
そ・・・そんなことはない。
少年は白い歯をみせて、ニッと笑った。
いやな笑いかただった。
教室を出ようとする後ろ姿をつかまえられて、ズボンのうえからお尻を噛まれた。
ギャッ!
ひと声叫んだ彼を制するように、噴き出した血を呑み込むゴクゴクという喉鳴りが、耳ざわりに響いた。

まゆみと結婚するんだよね?
遠慮なくそうするといいよ。
村をあげてお祝いしてくれるよ。
エッチな先生、おおっぴらに女子高生を抱けるんだね。
いろんな制服を着せて、愉しむといいよ。
でも、まゆみを最初に犯すのは、ぼくだからね。約束だからね。

全身から力が抜けて足腰立たなくなった晋也の手を取りあげて、無理やりに指をからめて「指切りげんまん」をすると、
少年は「失礼しまーす!」と、いままでにない元気な声を張りあげて、教室を後にした。

すべてを知るのに、時間はかからなかった。
帰宅してみるとあの少年が家にあがり込んでいて、母親の寝室に侵入していた。
邪魔してはいけないよ、と、たしなめる父に断って中を覗くと、
ねずみ色のストッキングを穿いた母親のふくらはぎに、あの少年が咬みついていた。
そういえば父も、へんにさえない顔色をしていた。
夫は妻を守るものだからね。父はあとで晋也にそういった。
少年の欲望を満たすため、父は妻の血液を無償で提供しているのだと、初めて覚った。
お前にもそうしてもらうために、来てもらったんだ。どうやらわが家の人間の血は、彼のお気に召したらしくてね・・・

わいせつ教師の血は、意外にイケるね。
少年は白い目で晋也を見あげた。
先生はまゆみと結婚するんだろ。
もちろんそうすればいいと思うよ。
セーラー服の女子生徒と、おおっぴらにセックスできるんだものね。
でも、まゆみはぼくのものだからね。
まゆみを最初に犯すのもぼくだし、
結婚した後もぼくがその気になったら、先生はまゆみを差し出さなくちゃいけないからね。

指切りげんまん・・・
失血で動きの鈍くなった先生に、少年は小指を差し出した。
晋也は昂ぶりに声を上ずらせて、指切りげんまん、と応じながら、自分から少年の指に自分の指をからめていった。

黒沓下の男。

2018年11月26日(Mon) 07:13:33

ロングホースを履くのは、ビジネスマンのたしなみなのですよ。
男はそういって、きょうもスラックスの下にひざまである丈の長い沓下を履いてくる。
貴男もお好きだとは、嬉しい限りですね。
ふつうはすね毛を見せないために履くものなのですが・・・
足許にかがみ込んでくるみすぼらしい老人のまえ、
折り目正しいスーツ姿が身をかがめて、スラックスをたくし上げた。

ツヤツヤとしたリブタイプのもの。
水玉もようの入ったもの。
しゃれたストライプ柄のもの。

この老人のために、いままでなん足履いてきたことだろう?
老人は彼の足許に唇を吸いつけて、自慢のロングホースを咬み破りながら、血を啜る。
老人は、吸血鬼だった。

都会暮らしが長かった男は、かなり高価なものもたしなんでいたけれど。
劣情もあらわに唇を這わせてくる老吸血鬼のため、すべて気前よく咬み破らせていた。
きょう、彼のために履いてきたのは、ストッキング地の、肌の透けるタイプ。
老人も、男も、もっとも気に入りのタイプだった。


さっきから。
横たわる男の足許にのしかかるようにして。
老吸血鬼は、ふくらはぎを包む薄地のナイロン生地に、舌を這わせつづけている。
なめらかな舌触りに、ひどく満足したらしい。
なん度も舌をヌメらせて、よだれを上塗りしていった。

さっきまで。
老人が自分の妻を犯していたのを、男は察している。
初めて誘い出したときと同じ喪服姿で、妻は老人の誘いに応じていった。
丈の長い漆黒のスカートのすそからのぞく足首を、ふくらはぎを、足の裏まで。
くまなく舐められたうえ、咬み破られていった黒のストッキング。
老人は、犯した人妻が穿いていたのと同じ色の沓下を、その夫が脚に通すことを望んだ。
男は苦笑いしながら、老人の嗜好をかなえていった。

ぱりぱりとかすかな音を立てて、靴下の生地が裂けてゆく。
チクチクと素肌を侵す牙の、痺れるような疼痛に酔いながら、男は軽く歯がみをした。
女房を辱められるのが悔しいのか?
老人が囁いた。
イイエ、と、男はこたえた。
家内の生き血が貴男のお口に合って、嬉しいと思っていますよ。
あんたの血も、なかなかのもんだ。
どうぞ、気の済むままに――
男はしずかにこたえながら、足許に目を落とす。
肌の透ける、なまめかしい光沢を帯びた沓下が、意地汚い唇と牙に、凌辱されてゆくありさまを。
男も目で、愉しみはじめていた――

妻の穿いているストッキングも、こんなふうにあしらっておいでなのですね・・・?
辱められる自分の脚に、妻を凌辱する唇が、想像のなかで重なり合った。
男は股間が勃(た)つのを感じた。
裂かれたブラウスのすき間から、つり紐の切れたブラジャーの胸をチラチラさせながら、帰宅していった妻。
こういう帰り道は危なくて、二次災害もよく起こる村だった。
都会育ちの人妻たちは、女ひでりの吸血鬼のために、夫とともにこの村に招(よ)ばれたのだから。
もっとも、妻に限って帰り道が安全なのも、男はよく心得ている。
老人は村の有力者で、彼が自分のオンリーだと宣言した女に、手を出すものはいなかったから。

妻は毎日、老人と逢っていた。
妻は毎日、夫を裏切りつづけていた。
きちんとした他所いきのスーツを着こなして。
老人のもっとも好む、喪服を身に着けて。
生真面目な妻は、息を詰めて老人の邸のドアを叩き、声を忍ばせて半裸に剥かれた身体をくねらせていた。
貧血で顔色のわるいときにも、妻は出かけていった。
老人の性欲を満たすために。
なるべくなら、主人が出勤した後にしてほしい。そう願ったこともあるけれど。
夫が在宅しているときも、老人の誘いは絶えなかった。
そういうとき、夫はおだやかに妻を送り出し、あの方によろしくと言づけるのを忘れなかった。
そして、妻のあとを尾(つ)けて老人の邸に赴いて、
裂けたブラウスから胸をのぞかせ、伝染を太く走らせたストッキングから脛をのぞかせながら立ち去った後、老人に抱かれた。
先刻犯された妻と同じ色の、黒沓下を履いた脚を、咬ませていった。


あとがき
しばらくぶりに描くと、まとまりのないものになることが多々ありますね。
(^^ゞ

寵愛。

2018年11月18日(Sun) 08:34:52

不思議な街だ、と、俊哉はおもった。
田舎街なのに、どこか洗練されていて、透きとおった空気とこぎれいな佇まいとが同居していた。
通っている学校は、男子もハイソックスを履く学校だった。
大多数の少年たちは、私服でも半ズボンに色とりどりのハイソックスを履いていた。
かつて、少年たちがおおっぴらに、女の子みたいな真っ赤なハイソックスを履いていた時代があった――
いつだか父さんが、そんなことを言っていたっけ。
俊哉がそんなことを考えていると、背後からガサガサと複数の足音が近づいて来た。

急な接近にびっくりして顔をあげると、そこには同じクラスの少年が5~6人、俊哉を見おろしていた。
都会から引っ越してきた俊哉を、目の仇のようにしていた少年たちだった。
両親の生まれ故郷というこの街で唯一なじめないのが、彼らだった。
けれども、いつも敵意に満ちた視線を送ってきた彼らの態度が、あきらかにちがった。
頭だったタカシという少年が、俊哉にいった。
「お前、親方に寵愛されているんだって?」
「寵愛」という言葉をこの年代の少年が使うのを、俊哉はこの街に来て初めて知った。
寵愛――・・・って・・・?
問い返す俊哉に、親方のお〇ん〇んを、お〇りの穴に容れられることだよ、と、タカシはかなり露骨な表現を使った。
タカシの態度からは、俊哉と親方の関係を皮肉るというよりも、手っ取り早く意思を疎通したいという思いの方を、より強く感じた。
「そう・・・だけど・・・」
戸惑いながらもはっきりと肯定した俊哉の顔を、タカシはまじまじと視た。
「お前ぇ、えらいな」とだけ、彼はいった。
「だったら俺たち仲間だから」
ぶっきら棒にタカシは告げた。
これから血を吸われに行くんだけど、相手がまだいないんならお前も連れてこうと思ってたんだ。
でも、親方が相手じゃ、邪魔できないな――タカシは口早にそんなことをいうと、
仲間を促して、あっけに取られている俊哉に背中を向けて、立ち去っていった。
少年たちは、ひとり残らず、ハイソックスを履いていた。
この街に棲む吸血鬼が、ハイソックスを履いた男子の脚を好んで咬む――
そんなうわさを移り住んですぐに俊哉は耳にし、それからすぐに、実体験させられていた。

少年たちが”親方”と畏敬をこめて口にした男は、60代のごま塩頭。いつも地下足袋に薄汚れた作業衣姿だった。
もともとは、女の血だけでは満ち足りなかったので、少年たちを埋め合わせに襲っていたのだが、
いまでは少年も、女たちと同じくらい愉しみながら手籠めにするのだ、と、その老人は俊哉に語った。
初めて襲われた日のことだった。

その日俊哉は担任に残されて、遅くなった帰り道を急いでいた。
その前に立ちふさがったのが、親方だった。
避けて通ろうとした俊哉の手首をつかまえると、傍らの公園に強引に引きずり込んだ。
あれよあれよという間に、首すじを咬まれていた。
この街に吸血鬼がいるといううわさがほんとうだったのだと、俊哉は思い知らされた。
シャツをまだらに汚しながら、俊哉は若い生き血をむしり取られた。
親方の目あては、俊哉の履いている濃紺のハイソックスだった。
通学用に指定されているハイソックスはまだ真新しく、街灯に照らされてツヤツヤとした光沢を帯びていた。
舌なめずりしながら足許に唇を近寄せ吸いつけてゆく吸血鬼に、失血で力の抜けた身体は抵抗を忘れていた。
ちゅううっ・・・
口許から洩れる静かな吸血の音の熱っぽさが少年に伝染するのに、そう時間はかからなかった。
俊哉はもう片方の脚も気前よく咬ませ、クスクス笑いながら吸血に応じていった。
別れぎわには、見るかげもなく咬み剥がれたハイソックスを、唯々諾々と足許から抜き取られていった。

母親を連れて来いという親方の要求にも、もちろんこたえた。
素足で返って来た息子を、母親のみずえは咎めることもなく、息子に連れ出されるままに親方の家を訪問していた。
母親はなぜか、すべてを予期したように、よそ行きのスーツで着飾っていた。
その日初めて、少年は男が女を犯すところを目の当たりにした。
裂き散らされたストッキングをまとい残したままの脚が、地下足袋を履いたままの逞しい脚に、絡みついていった。
それが、父親を裏切る行為だということを、少年はなんとなく直感したけれど、
「父さんには黙っているから」
とだけ、母親に告げた。
(だからまたお招ばれしようというのね?)と言いたげにみずえは俊哉を見つめ、
母親を連れてくる代わりに覗くことを黙認すると息子に親方が約束したのまで、見抜いてしまっていた。
見抜いたうえで母親は、親方のところに通っていったし、息子もそのあとをついていった。
母親が都会から持ってきた洋服がすべて破かれてしまうのに、たいした日数はかからなかった。


「だんな、すまんですね。ちょっと寄り道していきますで」
透一郎と肩を並べて歩いていた農夫は、すれ違った学校帰りの少年たちをふり返ると、ニタニタと笑いながら足を止め、
ちょっと会釈を投げて、きびすを返していった。
似たような手合いが数人、少年たちを取り囲むようにして近づいて行くのを、透一郎は見た。
お互いに同数だと確かめ合うと、少年たちはなにも抵抗するそぶりもなく、彼らの意図に従った。
あるものは傍らのベンチに座り込み、あるものは塀に押しつけられるように立ちすくみ、あるものはその場にうつ伏せになって、
むき出された牙に、首すじや胸もとをさらしていった。
半ズボンの下から覗くピチピチとした太ももや、おそろいの紺のハイソックスに包まれたふくらはぎも、例外ではなかった。
紺のハイソックスを履いた少年たちのふくらはぎに、飢えた吸血鬼の唇がもの欲しげに這わされてゆくのを、
透一郎は遠くからじっと見守った。
吸われる彼らのなかに息子がいるような気がした。
吸っている彼らのなかに親方がいるような気がした。
「あっ・・・ちょっと・・・」
口ではたしなめようとしながらも、自分たちに対するしつような吸血を止めさせようとはしない彼らの姿に、息子のそれが二重写しになった。

「息子に手を出すのはやめてくれませんか?」
いちど透一郎は、家族にも黙って、親方のねぐらを訪れていた。
「そのつもりで帰って来たのではないのかえ」
親方は野太い声で応じていたが、透一郎を見る目は息子を見る父親のようないたわりに満ちていた。
「すっかり都会の水になじんじまったようだな」
といいながら、親方は少し待て、と、透一郎にいった。お前の息子をきょうここに招んであるから――と。

父親が物陰に隠れていちぶしじゅうを視ているとはつゆ知らず、
俊哉はいつものようににこやかに親方のねぐらの薄汚れた畳のうえに、通学用のはいハイソックスのつま先を滑らせて、
まるで恋人同士のように口づけを交わすと、
服の上から二の腕や胸、腰周りを撫でまわされながら、なおもディープ・キスをねだっていった。
太ももに思い切り喰いつかれたときには、さすがに声をあげていたが、その声もどことなくくすぐったげで、嬉しげだった。
親方が随喜の声を洩らしながら息子の生き血を吸い取るのを、透一郎は息を詰めて見守っていた。
父親として止めさせることもできたはずだが、あえてそれをしなかったのは、
少年時代の自分と二十年以上まえの親方とが、むつみ合う二人の姿に重なり合っていたためだった。

        ―――――

透一郎の母は、息子に誘い出されるままに親方の餌食になって、熟れた生き血をふんだんに振る舞うはめになっていた。
そして、男女の交わりがどんなものなのかまで、息子に見せつけてしまっていた。
はじめのうちは、自分の意思に反して。それからやがて、自ら肩を慄かせ昂ぶりに夢中になりながら――
母の不始末を知った父は、親方を咎めに出かけていったが、帰宅した時には別人になっていて、
あのひととは家族ぐるみでのおつきあいをすることになったから、とだけ、ふたりに告げていた。
それ以来、学校帰りには体調の許すかぎり、親方の家へと立ち寄った。
両親の血を吸った親方が、自分の血に興味を示すのは当然だ、と、子ども心に思っていた。
おふたりの血がブレンドされたお前の血はとても美味だという奇妙なほめ言葉を、肩を抱かれながらくすぐったく耳にしていた。
そして、結婚相手が決まったらわしに紹介しろ、良い子を産めるかどうか、血の味で確かめるから――といわれるままに、
みずえをねぐらへと連れて行った。

みずえは親から土地のしきたりを言い含められていたので、こういうときにどうすれな良いのかを知っていた。
婚約者である透一郎の手前、形ばかり抗ったのち抱きすくめられて、首すじを咬まれていった。
新調したばかりのブラウスに血が撥ねて、クリーニング代がかかるわねと思ったときにはもう、正気をなくしていた。
こぎれいな訪問着を着崩れさせながら抱きすくめられ生き血を吸い取られてゆく婚約者をまえに、息を詰めて見守る透一郎の視線を怖いと思った。
華燭の典の席上、純白のウェディングドレスに包まれた新妻は、前夜に呼び出されて犯された余韻に股間を深々と疼かせながら、意義深い刻を過ごしていた。

        ―――――

息子が帰ったあと、透一郎は親方を見つめた。
親方は、透一郎が子供のころの目に戻ったと感じた。
透一郎は勤め帰りのスラックスをそろりとたくし上げると、かつて親方に賞玩された足許をさらけ出した。
彼の足許は、ストッキング地の黒の長靴下に染まっていた。
「なまめかしいの」
親方は目を細めた。彼が露骨に示した好色そうな色に、透一郎は満足した。
押しつけられてくる唇の下、なよなよと薄い沓下はふしだらに皺寄せられて、
力を込めて咬み入れられた牙に、ブチッと裂けた。
顔をあげた親方は笑った。透一郎も笑っていた。
透一郎は親方の背中に両腕を回し、親方は刈り込んだ髪の生え際に唇を這わせた。
ワイシャツの襟首を濡らしながら、久しぶりの陶酔に、透一郎はため息をもらした。
身体がバランスを失って、背中に畳を感じながら、靴下一枚だけをまとった下肢をめいっぱい拡げる。
物陰に隠れた妻の視線をありありと感じながら、透一郎はむしろ昂ぶりを覚えていた。
夫の前で抱かれるみずえの歓びも、きっとこんなふうなのだろう――
息子をさえも犯した逸物に狂おしさに息を詰まらせながら、透一郎はふとそう思っていた。


あとがき
思いきり、男物でした。^^;

自分のお通夜。

2018年11月18日(Sun) 06:22:26

してやられた・・・!
男は悔しそうに、歯噛みをした。
ここは墓の中。理不尽にも生きたまま、埋められている。
だがそれは、すこし事実をはずした言いかただろう。
総身をめぐる血管が干からび切っていることが、そのなによりの証しだった。
そう、彼は血を吸い取られ吸血鬼になってしまったのだ。

やつらのこんたんは、わかっている。
ほんとうの狙いは妻なのだ。
失血に目を回してぶっ倒れてしまったあと。
やつらが口々に呟くのが、聞こえていた。
もしかすると、わざと訊かせていたのかもしれない。
俺たちは、喪服を着た女を襲うのが好きなのだ――と。

今ごろ妻は、自分の通夜を営んでいるはず。
寺のひつぎは空っぽで、夫の自分が地下で呻いているとも知らないで。
たったひとりで見知らぬ土地で、これからどうやって生きて行けばよいのか。
きっと、そんなことで頭がいっぱいになっているはず。
夫婦でこの地に移り住んで、たったひと月しか経っていなかった。

妻の心配は、たぶん無用のものなのだろう。
喪服姿を襲われて、通夜の夜が明けきらぬうち、
総身をめぐる生き血を吸い尽されて、夫のあとを追うのだろう。
もしかすると、妻のほうは生かしておく気なのかもしれない――そう、別の目的で。
やつらは口々に、女旱(ひで)りだと言っていたから。
久しぶりにありつく人妻の血に、やつらはとても、昂奮していた。悦んでいた。

こうしていてはならない。
男は自分の真上に覆いかぶさるひつぎのふたを、力任せにこじ開けた。
上にはたんまり泥がかけられていて、容易なことでは開かなかったけれど。
妻に対する執念からか、苦心惨憺、開けることに成功した。
はあはあと息をはずませながら、(死んだはずなのに息ができるものなのか)と、呟いた。
やっぱり生きているのだ、と、確信した。
死んでいない以上、夫として生きるべきなのだ。
男はふらつく足どりで、寺への道を懸命にたどった。

寺では盛大に、男の通夜が営まれていた。
どうやら参会者は、かなりおおぜいいたらしい。
勤務先の出張所の同僚たちは、たしか十人に届かなかったはず。
家族総出で来てくれたとしても、せいぜい二、三十かそこらだろうし、
そこまでしてくれる義理などないはず。
だとすると、見ず知らずの村の連中が来ていたというのか。
通夜の終わりかけた寺はほとんど人がいなかったけれど、
ついさっきまで大勢の人がいた雰囲気が、ありありと漂っていた。

もどかしい足どりで、本堂を目ざした。
参会者を受け付けるテントは、すでに無人だった。
ちょうどお手伝いらしい地元の婦人が二、三人、黒一色の姿で寺を出ていくところだった。
妻もあの格好をしているのか。
喪主の席に、独り居心地悪そうに腰かけながら、
帰らぬ夫の帰りを待ちわびて、
いまごろ自分の身体をめぐる熟れた生き血をむさぼる者たちの、強引な来訪を受けているのか――
ああっ、まがまがしい。不埒すぎるぞ!
男は歯噛みをして、足どりを速めた。

本堂の片隅の小部屋から、切れ切れに悲鳴が洩れてくる。
あそこだ、まちがいない。
本堂のど真ん中にしつらえられた祭壇に、ちょっとだけ目をくれる。
ふたの開け放たられた空っぽのひつぎのまえ、
自分の顔が白黒写真になって、無表情にこちらを見ていた。
これから妻を犯されるんですという顔をしているように見えた。
なぜか、自分とは別人のような気がした。

小部屋のドアを開け放つと、そこにはまがまがしい光景が繰り広げられていた。
半脱ぎになった喪服から、白い肩をむき出しにして、
脛をなまめかしく透きとおらせた黒のストッキングを、ひざ下まで脱がされた女が、
上からのしかかってくる礼服姿の男を相手に、ウンウンと押し殺した呻きをあげながら――激しく腰を振っていた。
悲鳴は随喜に、なりかかっていた。

目をむいて、周囲の男どもを見回した。
だれもが礼服姿を着崩れさせていて、
あるものは上半身裸、あるものは腰から下がまる見え、あるものは靴下だけを履いていた。
妻の着崩れた姿はむざんで艶めかしくさえあったけれど、
男の半脱ぎというのは、ばかみたいなものだな、と、男はおもった。
「思ったより早かったね」
男のなかの一人が言った。
見知らぬ男だった。
白髪頭に銀縁めがねをかけた、穏やかそうな男だった。
知っている顔はほとんどいなかったけれど、
勤め先の同僚が二人、きまり悪そうに隅っこに佇んでいるのが目に入った。
だれもが思ったよりも、和やかな視線を向けてくる。
「待っていた。あんたにも吸う権利があるから」
妻の上からは、男が去っていた。
おおいかぶさった男の背中に隠れていた全身を、さらけ出していた。

引き裂かれたブラウスのすき間から、豊かなおっぱいがまる見えになっていた。
夫婦の交わりは、このところたえてなかった。
まして、あからさまな灯りの下で妻の胸もとなど見ることなど、何年ぶりのことだろう?
さっきまでくり広げられていた痴態の名残りで、妻の胸もとは軽く上気して、肩でセィセィと息をはずませていた。
妻が牝になったのを、男はかんじた。
信じられないという顔で男を見つめる妻を、男はまともに見返した。
なにかを言うべきだと思ったが、言葉は出てこなかった。
「好きにおやんなさい」
めがねの男が耳打ちした。
言われるまでもなかった。
妻の首すじにはふたつみっつ、すでに咬み痕がつけられていた。
おのおのの咬み痕にあやした血潮が、男の欲情を激しくあおった。
男は妻をその場に組み敷いて、胸もとをがりッと噛んでいた。

錆びたような血の芳香が、鼻腔の奥をツンと突いた。
口許にこぼれ落ちた妻の血が、喉を伝って、胃の腑に落ちる。
干からび切った唇が、喉が、身体の芯が、胃袋が。
四十代の人妻の熟れた血潮に、心地よく浸された。
男は吸血行為をやめようとはしなかった。周りも止めようとはしなかった。
妻は最初のうちは抗って、なんとかその場を逃れようとしたが、
男たちの輪にさえぎられて、果たせなかった。
そしてすぐに、あきらめきったように身体の力を抜くと、
夫の新たな欲情に、わが身を投げ出し、さらけ出していた。

胸もとに一か所。首すじに一か所。喉笛にも喰いついた。
黒のストッキングを脱がされてしまったことが今さらながらに悔しくて、
半脱ぎになったストッキングをわざわざ履き直させて、食い破った。
妻は夫の欲望にかしずくように、咬まれるままに咬まれ、吸われるままに吸われ、犯されるままに犯された。
8回も貫いたあと、さすがに息が切れて、妻の裸体のうえに突っ伏したら、
周囲の男たちから、拍手がわいた。

「おめでとう。これであんたも、一人前の吸血鬼だな」
めがねの男がいった。
そうかも知れない――男はおもった。
喉の渇きは心地よく充たされていたし、干からび切った血管には、妻から吸い取った血液がふたたび脈打ち始めていた。
「奥さんの血は、あんたのものだ。わしら、味見はしたが、大した量は吸うておらん」
どういうことだ?と問う男に、めがねの男がぼそぼそと告げた。

この村は、吸血鬼と仲好う暮らしている。
妻や娘の血を自由に吸わせ、吸血鬼と懇意になった村人のなかには、自分持ちを吸い取られて吸血鬼になるやつもおる。
だが、だれもそうしたことを咎めようとは思っていない。
吸血鬼になった者は、家族の血を与えたものに限られていたから、
その男が望んだ女がいれば、彼女の夫も父も、妻や娘が押し倒されるのを、見て見ぬふりをして受け容れる。
あんたの場合はよそ者だから、つい後先が逆になったけれど。
たいがいはだんなの了解を得てから奥さんを襲うのだ。
ここにいるあんたの勤め先の同僚どもも、
片方は持っていった地酒に酔いつぶされながら、奥さんをモノにされるところを夢中で覗いていたし、
もう片方は自分が先にたぶらかされて、わしらを家に招いてくれた。
そうなったあとは、だれもが奥さんと交際できるし、もちろん奥さんにも選ぶ権利がある。
ご主人は優先的に奥さんの血を吸うことができるけれども、
内輪のあいだでは通い合うのは自由だから、このなかのものの妻や娘ならだれでも、気軽に声をかければよい――

「私の知らないところでやってくださいね」
男の妻は男にそういうと、夫の浮気を咎める妻の目になって、軽く睨んだ。
ふつうの夫なら、こういう妻の睨みには辟易するものだけれども。
目のまえでおおぜいの男どもとの痴態をさらけ出してしまったあととなっては、その威力は半減以下だった。
あれ以来。
男どもは代わる代わる、妻を訪ねて自宅にやって来る。
外出嫌いだったはずの妻も、足しげく出かけて行って、どこのだれとも知らない男に抱かれてくる。
”初七日”のあいだは、喪服を着通すのだという妻は、
「それが貞淑な未亡人の証しなんですって」といいながら、
きょうも不倫の床に熟れた血潮をあやしている。

同僚だったふたりの男も、妻と逢っていた。
一人は誘い出したし、一人は家までやって来た。
「〇〇さんからお誘いを受けたの」
しらっと告げる妻に、「行ってお出で」と返す夫。
とてもヘンな関係だと、さいしょのうちは思った。
こころよく送り出した相手の男も、家にやって来てのぞき見させてもらった男も、自分の妻を襲わせてくれた。
だから、おあいこだった。
いちばん若い同僚は、自分の奥さんが一番訪問が多いと口先では嘆いていたけれど、
それがあくまで口先なのは、よく心得ている。
少しだけですよ、乱暴はよしてくださいよ――そう言いながらその男は、妻を襲われるリビングに、ことが終わるまでずっといた。
もうひとりの同僚は、自分より年輩だったけれど、年増の女もいいものだと初めて思った。
年増女の夫もまた、ちょっとだけですよ、あんまり奥まで入れないで、あっ、そんなに乱暴に胸を揉んじゃ・・・といいながら、
夫婦のベッドをギシギシさせてなん度も射精して、事が果てて立ち去るまで、必ず妻といっしょにいた。
もっとも、ふたりの夫を詰る資格など、彼の側にもなかった。
恥かしがる妻を強引に巻き込んで、夫の前での輪姦プレイを提案したのは、ほかならぬ彼自身だったから。

やっぱりあの晩は、お通夜だったのかもしれないとふと思う。
それまでのどこにでもいそうな自分は、吸血という名の変態プレイに焦がれて堕ちた。
ついでに、寝取られプレイという、ある意味もっとまがまがしい遊戯にも。
妻もまた、貞淑だった過去をあっという間に散らしていた。
夫の目のまえで見せつけるプレイにも、「刺激感じる!」とはしゃぐようになっていた。
「あの晩は、夫婦そろってのお通夜だったのよね」
妻はくったくなく笑いながら、そういった。
抵抗したのよ、信じてね――そう言いながら。
夫がその光景を想像して昂奮するのさえ、いまのこの女のなかでは、計算済みなのだろう。
投げ出されたふくよかな脚にまとったパンストは、今夜もだれかの手で破かれるはず――

なに不自由ない生活を手に入れた男は、早すぎる退職をした。
彼の勤め先では、そうするものがかなりいた。
そしてその空席を埋めるために再び、なにも知らないものが赴任してくる――妻や娘を伴って。
「こんどの人は五十代だけど、奥さんは上品できれいで、娘は高校生だそうだ」
「独立した息子は結婚したばかり――早くご夫婦でたぶらかして、息子夫婦も巻き込もうよ」
村のものたちも、村に居ついたかつての同僚たちも、口々にそう言って、彼らの移住を待ち焦がれている。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる ~月田家の場合~ きまぐれなかいせつ6

2018年10月30日(Tue) 08:08:42

長々と綴って来たこのシリーズも、ここでいちおうの完結です。
完結という気がしないというかた、それはたぶん、気のせいです。(笑)
ほんとうは、月田氏と月田夫人とお父ちゃんとの、まったりとした三角関係な日常をもう少しねっちりと描いたり、
まゆみが校庭の真ん中で校内のみんなが見つめる中で処女を喪失したり、
そのまえに、練習台にされてしまった心優しいお嬢さんである霧川朋子が、「齢の順だ」と理不尽な選択をされて、
やはりお似合いなくらいお人好しのお兄ちゃんに見守られながら、お父ちゃんに純潔を散らされていったり、
きっとそんな場面が必要なのだとは思うのですが――いまはそれを描く力がありません。

さいごの数編は、≪番外編≫とあるとおり、かなり不ぞろいです。
ナギの日記に対する月田父娘の反応とか、公演で襲われた善良な霧川朋子のその後とか、
不倫のときに着ていくお洋服を買いあさるようになった月田夫人とか、
それぞればらばらに語られます。

たぶんこのあたりで、妄想の闇が薄らいでしまったのかもしれません。
さいごの作品の二行は、あまりにも尻切れトンボだったお話の末尾として、さきほど付け足したものです。
違和感がなく読まれると良いと思います。

長々とお付き合いいただいたみな様、どうもありがとうございました。

追記
このお話はあまりにも長いので、お話のすじのころあいをみて、あっぷを一段落させてあります。
そして、あっぷした日のさいごの記事を毎回、「きまぐれなかいせつ」にしてあります。
描きたかったことなどなどは、こちらの「きまぐれなかいせつ」にまとめてありますので、
ネタバレがあってもよいというかたはコチラだけ読んでいただいても、意味は通じるかもしれません。
(通じないかもしれません 笑)
本編と合わせて、お愉しみください。^^

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ ≪番外編≫ まゆみ、ナギの日記を読む

2018年10月30日(Tue) 07:57:01

「いけないっ。夕べ干すの忘れてたッ!」
まゆみお姉ちゃんはナギの顔を見かけると、頭に手をやっておっきな声を出した。
いっしょに歩いていたお友だちとバイバイすると、ナギの手を引っ張って道をそれ、手近な公園のベンチに腰をおろした。
まえに朋子を襲った公園とはべつのところだったけど、噴水が静かな音をたてて、周囲を行き交う車の騒音を遮っていた。

ナギはさっそく日記帳を取り出して、「きのうの日記。」といって、まゆみに手渡した。
ところが手渡したとたんなにかを思い出したらしく、ナギは「あ!」と声をあげるといちど手渡した日記帳をまゆみの手からひったくり、ページを一枚破いた。
「な~に、それ?気になるじゃん!」
まゆみはわざとナギの手もとをのぞきこんで詰め寄り、ナギを困らせた。破かれたさいごのページには、こう書かれていた。
"父ちゃんとまゆみお姉ちゃんの母さんができていることは・・・ナギはずるくないし、正直なのが好きだから。"


自分自身がひとの目から見てどう映るのかは、とても気になるものらしい。
まゆみはとても熱心にナギの作文を目で追っていた。
ナギはむしろ、まゆみの反応が面白くて、彼女がナギの描いた日記を目で追って、そこに登場する彼女自身に照れ笑いしたり噴き出したり、口を尖らせたり妙に羞ずかしがったりするのを、興味津々に観察していた。

"そのときの顔つきがかわいかったので、血を吸いたくなりました。"
「なぁに?こんなきっかけでひとの血を吸いたくなるわけ?」
まゆみはこのくだりで、いかにも不当だという顔をした。

"父ちゃんにいったら、前から目をつけていたと言いました。そういうことなら顔役さんに話してみるっていいました。それで、父娘でまゆみちゃんの血を吸っていいことになったので、まゆみちゃんに会いに中学校に行きました。"
「ひどい父娘~っ!あたしの知らないところで勝手に決めるなんてっ。本人にもひと言、ことわりなさいよねっ!!」
口では怒りながら、言い回しがおかしかったのか、まゆみは白のハイソックスを履いた脚をじたばたさせて笑った。
「ひと言いったら吸わせてくれた?」
「ううん、吸わせてあげなかった」
「もう~!」
血を吸わせるとか吸わせないとか、かなり突拍子のないことを話題にしているのに、ふたりの雰囲気は和やかで、はた目には仲の良い姉妹のようにしか見えなかった。

"春田という教師は、ぼくのせいにならないのなら手伝ってあげてもいいよといって、"
「春田のやつぅ~~」
ここのくだりは、まじめに怒っているようだった。
奥歯をキリキリいわせるのまで聞こえてきて、ナギは春田の妻を連れて来させて父ちゃんに紹介するという自分のアイデアがまちがっていないことを確信した。

"足にはお肉がたっぷりついていて、はいていた白のハイソックスはリブ編みもようがツヤツヤしていて、とってもおいしそうに見えました。"
"でも、まゆみちゃんはまだ、あたしがそんな気持ちでお姉ちゃんのことを見ているなんて、夢にも思っていないのです。そう思うとなんだかゾクゾクしてきました。"
ここのくだりは「けだものだ。けだものだよ~。ナギちゃんやっぱり怖いよ~」なんて言いながら妙に嬉しがっていたし、

"ナギが正直に、お姉ちゃんの血を吸いたいのといったら、お姉ちゃんは、悪い冗談だよね?といってナギのことをおっかない顔でにらみました。でも、血を吸われるのならナギと父ちゃんとどっちがいい?ってナギがまじめにきいたら「うそ、うそ!」って、怖がっていました。父ちゃんは女のひとの血を吸うとき必ずいやらしいことするんだよって教えてあげました。そう聞いたら、ふつうの女の子ならナギのほうを選んでくれると思ったのです。"
こんなやり取りはなん度も読み返して面白がっていた。もっともまゆみによれば、都会の女の子としては父娘どちらにも応じることは無理で、血を吸いたいなんて言われたとたんにふつうの女の子なら逃げ出すということだそうで、やっぱり都会の女の子はなにかと難しいとナギは改めてそう思った。

"そして、まゆみお姉ちゃんの前で父娘でけんかになってしまいました。
お姉ちゃんはうんざりした顔をして、「いいわ、けんかはやめて。お姉ちゃんがちょっぴり痛いのガマンすればいいんだよね?」と言うと"
「こんなにあたし、もの分かりよかったかなぁ」まゆみはどうしても思い出せないらしく、しきりに首をひねっていた。じつはこのくだりは完璧な創作だということは、ナギはわざと黙っていた。

そのあとのくだりにまゆみの黙読が近づくにつれて、ナギはわくわくしていた。
そして、彼女が絶対ひっかかると予想したくだりで案の定まゆみがが大真面目に抗議したのて、クッククックと得意になって笑いころげた。

"そうしたらそのうちお姉ちゃんもノッてきちゃって「ああーん。もっと吸って」と言いました。"
「うそ!うそ!あたしそんなこと言ってない!絶対言ってない!!」
あまりにも憤慨しているのが面白くって、ナギはけらけらと笑いころげてしまったほどだ。意外に真剣に読まれたのがそのあとの、

"ピンク色をした乳首に父ちゃんのよだれを光らせながら、お姉ちゃんはまゆ毛をうんとよせて、苦しそうなきもちよさそうな顔つきになっていました。"
というくだりで、「ほんとう・・・?」って、かなりまじめに訊いてきた。
たしかにはた目にはこのとおりに見えたのだが、だからといってまゆみのことを「実はいやらしい人」と見なしてしまうのはフェアではないとナギは思う。
父ちゃんもナギも唇の奥に含んでいる毒は、ひとをそれくらい堕としてしまうことはわけのないことだったから。

"でもお姉ちゃんはナギにものをぶつけて逃げました。"
「かわいそう~。ごめん~、痛かった~?」
ここのくだりでは、まゆみはひどくすまなさそうに同情して、まだばんそうこうを貼ったナギのおでこを撫で撫でした。
あのときお姉ちゃんに、痛いけどゴメンね、なんて言われるとは、さすがのナギも予想していなかった。
けれども、ものを投げられてムキになったのが案外勝因だったとナギは思っている。だから、

"まだじぎょうがあるのに、学校をサボってどこかに行っちゃうのはだめだと思いました。"
というのはどちらかといえばつけたりだったのだが、まゆみには却って面白かったらしい。
「授業に出たら、ホントに赦してもらえたの?」そういうまゆみに、ナギはとうぜんのようにかぶりを振ったのだけど。


きっとこれからも、この姉妹のように仲の良い少女二人は、こんなやり取りを続けていくのだろう。
片方は血を吸って日記を書き、片方は血を吸われて日記を読む。
年上の少女がもうひとりの少女の父親に素っ裸で抱かれて、犯されてしまう日記を描く日もそう遠くないと、ナギは心のなかで思っていたし、
将来だれと結婚するとしても、いちばんはじめに自分を犯すのはこの子のお父さんだと、まゆみも心のなかで思っていた。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ ≪番外編≫ 隣町の令嬢のその後

2018年10月30日(Tue) 07:42:28

露川朋子は、高校に進学してから親しくなった隣町に住む同級生、力武賢司の家を辞去したところだった。
外の風は意外に冷たく、朋子はジャンパースカートの制服姿をちょっとすくめた。
赤と紺のストライプ柄のネクタイを締めなおし、ツインテールの豊かな黒髪をサッと撫でつける。
慣れない黒のストッキングの足許が、よそよそしい外気に触れてすーすーとした。

朋子の頬には、和やかだった力武家の温もりがまだ残っていた。
初対面だった力武夫人は気さくで話し好きだった。
「高校あがると日曜まで模擬試験あるのねぇ、たいへんねぇ」
さいしょは固くなってお辞儀をするのがやっとだった朋子もつり込まれて、むしろ賢司本人とよりもよっぽど話がはずんだくらいだった。
母親の実家がこの村だということも、賢司の母親の心証をよくしたようだった。
賢司は親切で惹かれるタイプの子だったけど、ふつうの男の子なみに口数のすくないほうだったから。
朋子ははこのあと近在の祖母のところにも用事を作っていた。
慎重な彼女は、もしも賢司の家の雰囲気が気詰まりだったら、それを口実に早々と切り上げようと考えていた。
けれどもそれは杞憂だった。
むしろ尻が長くなりすぎて、祖母のところに寄ったら帰りが暗くなってしまいそうだった。
力武夫人は早手回しに、朋子の祖母の家に電話をかけてくれた。
孫娘を引き留めてしまったことをおわびして、生真面目できちんとしたお嬢さんですね、と、抜け目なく誉めことばをつけ加えることも忘れなかった。

電話口から戻ってくると、賢司の母は話のついでのように、
「これお姉ちゃんのなんだけど、あなたも履かない?町の学校では今どきストッキングなんて履かないのかな」
と、親切にも、自分の娘が通学用に履いている黒のストッキングの未使用のものを箪笥から持ち出してきて、
朋子が遠慮したのに耳も貸さずにわざわざ封を切ってくれた。
その場で履いてみせないわけにはいかなかった。
朋子は履いていた白のハイソックスを脱ぐときちんと折り畳んで、ありあわせの紙袋をもらうとそれに包み込んで通学鞄のなかにきちんとしまった。
真新しいプリーツのきいた制服のすその下、濃い墨色に透けた脛の白さが、賢司にもその母の目にさえも目映く映った。
「アラよく似合うわぁ」
力武夫人は頓狂なくらい声をあげ、朋子の足許を本気でほめあげた。


朋子が真新しい黒のストッキングに革靴の脚をそろえて、お母さんに教えられたように玄関先できちんとご挨拶をして辞去していくと、母親は息子にこういった。
「うまくいったね。親がこの村の出だなんて、あなたいい子を見つけてきたね。身体も大きくて、美味しい生き血がたっぷり獲れそうな娘さんじゃない。母さん鼻高々だよ」
賢司は、ずるさのまったくない聡とそうな目をして、
「朋子さんって、クラスでいちばんのっぽなんだよ。性格もおとなしいし口も堅いんだ。顔だって可愛いでしょう?3つ下の妹さんもいるっていうし、今から楽しみだよね」
と、母親に応えた。どこまでも、家に招んだ彼女を母親にほめられて得意になっている少年の笑顔だった。


朋子はいま自分のことをにこやかに送り出した親子がそんな会話を交わしているなどとは夢にも思わずに、
黒のストッキングが相変わらずすーすーとする足許を気にしながら、祖母の家の方角に脚を向けた。
ここに来るまえに母さんが、あちらのお母さんとの相性はお婿さんの性格よりも重要だって言ってたけれど・・・まさか賢司くんが私のお婿さん??
母親にまじめな顔をされたとき朋子は一笑に付したけれど、いざ賢司の家に行って母親とまで実際に顔合わせまでしてしまうと、軽い気持ちで応じたきょうの訪問が、じつは深い意味を持っていたような気がしてきて、朋子はひとり顔を赤らめた。

賢司の家と祖母の家のちょうど中間くらいのところに、そこそこの大きさの公園があった。
公園の入り口を通りかかると、小さな女の子がひとり、うずくまるようにしてしゃがみ込んでいた。
朋子はなにかに怯えているらしい彼女に声をかけ、自分よりもずっと年下の少女の仕掛けたわなにまんまとかかり、善意の手を差し伸べた。
怯える少女を家まで送り届けるつもりで脚を踏み入れた公園は、魔の園だった。
現れた少女の父親に生き血を求められた朋子は、自分をだました少女に後ろから抱きつかれ、じたばたともがきながら、ヒルのように強欲な唇を首すじに吸いつけられていった・・・


「大事なところを見逃すんじゃないよ。もしかしたらうちの嫁になるかも知れない子なんだからね」
母親にそう言い含められた健司は、連れてきた彼女が辞去してすぐ、家の前の通りの曲がり角を曲がったころに家を出た。
ナギが朋子をだますところは手に汗を握って聞き入っていた。
だまされないでほしいという普通の気持ちは人並みの青年としてもちろんあったが、
自分が気に入った同級生の朋子がなにも知らずに公園に脚を踏み入れてゆくところをついに声をはさもことができないで昂りとともに送り出してしまっていた。
一瞬遅れて足を踏み出そうとした彼を引き留めるものがいた。
落ち着いた物腰の老女だった。
彼女は、朋子の祖母だと名乗った。
用意周到だった健司の母親は、同郷のこの婦人にも抜け目なく手を打って、見届け役を依頼したのだった。
ここの女たちは、彼女たちの共通の秘密を守る。
朋子の祖母も、他所の街に育った孫娘がおなじ道を歩むことを歓迎した。
村でも有数の賢夫人であった彼女は、突然の相談におどろきながらも、孫娘が血を吸われる場所を自分の家の間近にした夫人の配慮に感謝した。
電話を切るとそそくさとよそ行きのワンピースに着替え、サッと化粧を刷くと、孫娘とおなじ黒のストッキングを脚に通して出かけてきたのだった。


ジャンパースカートの制服のすき間のそこかしこから、十六歳の処女の清冽な血潮が、荒々しく抜き取られてゆく。
濃紺の制服姿に巻きつくように、二対の唇が、赤ネクタイを緩められたえり首やわきの下、ひざ丈のすそをたくしあげられてむき出しにされた黒のストッキングを履いたままの太ももと、思い思いの部位へとしつように吸いつけられてゆく。
ズルズル・・・ぢゅるうぅっ・・・っと、汚ならしい音をたてながら。


公園のベンチに尻もちをつくように腰をおろした朋子は、隣に腰かけている祖母に寄りかかった格好で、ほとんど正気を喪いながら、なにやらとりとめのないうわ言を呟きつづけていた。
暗緑色のベーズリー柄のワンピースを着た祖母はそんな孫娘をあやすように、背中ごしに回した腕で孫娘の肩を抱いてやっていた。
祖母の腕のなかで、貧血を起こした朋子はうつらうつらとなって、上体をゆらゆらと揺らし始めていた。
自分の脚の片方に草色の作業衣の腕が巻きつけられて、足許にかがみこんできた分厚い唇が黒のストッキングのうえから吸いついて、オトナっぽく足首を染める薄いナイロン生地をみるかげもなく咬み破っているのも、まるで上の空だった。
「いい子だね。朋ちゃんはほんとにいい子。とつぜんだったのに、よくがんばったね」
小声で優しく孫娘のことをいたわる祖母の足許にも、餌食になったその孫娘をだました少女が、たっぷりとした肉づきをした脛に、薄黒のストッキングのうえからかじりついている。
ヒルのように貼りつけた唇の下で、豊かな肉づきの輪郭を微妙な濃淡で縁取っているナイロン生地が、あざやかに裂け目を拡げはじめていた。
ふくよかな肉づきに、紅い歯形がくっきりと浮いている。
歯形に淡くあやされた血潮を意地汚く舐め取ると、ナギはもういちど、ストッキングの裂け目ごしに生えかけの牙を埋めた。
そうしてヒルのように貼りつけた唇を、もの欲しげにせわしなくうごめかして、朋子の祖母の脛にはりつめたストッキングをくしゃくしゃにしていった。
孫娘よりも幼い少女が自分の足許にとりついて、食べ盛りの年ごろらしい食欲を発揮するのを、朋子の祖母はそれでも穏やかな視線を逸らさない。
「お嬢ちゃん、こんなおばあちゃんの血じゃあ美味しくないだろうけど、堪忍ね。
お姉ちゃんは小父ちゃんのお相手で精いっぱいだから、きょうのところは見逃してあげてね」
祖母は足許の少女が素直にこくりと頷いたのをみて、穏やかにほほ笑んだ。
その代わり・・・というように、淑やかに装った黒のストッキングの脚を、ベーズリー柄のワンピースのすそから、さりげなく覗かせてやる。
ナギが目の色をかえて彼女の脚にとりついて、脚にまとったストッキングをひざ小僧がまる見えになるくらい手ひどく咬み破くのを、
「まぁ、まぁ・・・」
と、ころころと笑いこけていた。


「きょうはどうにも、あいすまんことで・・・」
律儀な職人の顔に戻った男は、孫娘から吸い取った血潮をまだ口許にあやしながら、老婦人に慇懃なお辞儀をくり返した。
「はいはい、どういたしまして」
老婦人はなにごともなかったように、男にむかって礼儀正しい会釈を返していた。
男の作業衣についた塗料のシミのうえには、またも赤黒い飛沫のあとを上塗りさせていて、それはまだ乾き切っていなかったし、
老婦人の首すじにも、おなじ色の飛沫が散っていた。
ベーズリー柄のワンピースの下は、ナギのおイタのせいで、濃い墨色のストッキングがひざまでまる見えになるほど、派手に伝線している。
そのすぐ傍らで、じつの祖母に甘えるように寄りかかったナギは、彼女から吸い取った血を、しきりに手の甲で拭っていた。
ぶきっちょに口許を往復したこぶしは、却って紅く汚れた部分をひろげて、頬ぺたまで紅い血のりで毒々しく光らせていた。
父ちゃんはへまをした娘のしぐさに忌々しそうに目をくれて、
「・・・ったくお前ぇは!うちさ帰ってちゃんと拭けって!」
と叱った。

朋子はひとりベンチに残って、失血で息をはずませていたが、男の叱声をきいてふらふらと立ちあがった。
赤と紺のストライプ柄のネクタイは乱暴にほどかれてブラウスから飛び出ていて、そのブラウスも、えり首や胸許にバラ色の飛沫をはねかせている。
ジャンパースカートにもところどころ赤黒いものが撥ねていたが、それは濃紺の生地のおかげであまり目だたなかった。
黒のストッキングも、祖母のものに負けず劣らず、むざんな裂け目を拡げていた。
朋子は制服のポケットからハンカチを取り出すと、ナギの頬を丁寧に拭いた。
ブラウスに撥ねた血も、まだ濡れているところは念入りにハンカチに染み込ませ、血のりがこびりついた手指も、優しく包むようにして拭き取ってやった。
拭い取った血は、祖母の血がほとんどだったが、朋子の血も含まれているはずだ。
「小父さんも」
そういって朋子は、男の頬や耳たぶにべっとり光っていた彼女自身の血も拭き取った。
「あ!?あぁ・・・わざわざすいません」
男は虚を突かれたように目を丸くし、決まり悪そうな顔をしながら朋子にされるがままになった。
襲って生き血を吸った少女に顔まで拭かれるとは、思ってもいなかったらしい。
「よくできた娘でしょう?自慢の孫娘ですのよ」
老婦人は、おだやかに笑った。
「あなたもきちんと、ご挨拶なさい」
祖母に促されて、朋子はなんと言ったものかとっさに口ごもったが、もともと躾の良い家に育ったらしく、ひと言、「ふつつかでした」といって、礼儀正しくお辞儀をした。
ほどかれたネクタイや制服の乱れは、祖母が傍らから手を伸べて整えてやっていた。
「い、いえいえ・・・こちらこそ」
喉が潤うとぼくとつな真人間に戻る男は、へどもどと要領を得ないあいさつを返し、ナギもまた神妙な顔つきをして「こちらこそ」と、父親にならった。
「お知り合いになれて、良かったわね。きょうはいきなりだったからあなたもびっくりしただろうけど、ここらあたりでは珍しいことじゃないのよ。朋ちゃん、えらいわ。よくがんばったね。お祖母ちゃん鼻が高いわ」
祖母はもう一度孫娘を褒めると、「そろそろお開きにしてもよろしいかしら?」
と、血吸い鬼のふたりに訊いた。あくまで決定権は彼らの側にあるという態度だった。ナギがいいにくそうに、朋子にいった。
「お姉ちゃん、もうちょっとだけ咬んでもいい?」
「えっ?困ったなぁ・・・」
朋子は破けたストッキングの脚を寒そうにすくめて祖母をみた。もっとも一応はためらってみせたものの、しんそこ嫌がっているふうではない。
そんな朋子の顔つきを読んで、祖母はことさら渋い顔を作って言った。
「アラ、いけないわ。せっかくのおねだりじゃないの。咬ませておあげなさいな」
祖母は孫娘の血をまだしつこく吸いたがるナギの肩をもった。
「どのみち今夜は、お祖母ちゃんのおうちに泊まりなさい。疲れているんだし、着替えもしなくちゃね。お母さんには私から電話しといてあげる。心配いらないわ。あなたのお父さんには内証だけど、お母さんもあちらにお嫁に行くまではこちらの皆さんに血を差し上げていたのよ」
「う~ん、じゃあ・・・」
母親まで・・・・ときいたことが、少女を勇気づけたようだった。
進退きわまった孫娘は、ちょっとのあいだ照れたように笑うと、
「ちょっとだけ・・・ね?」
と、うまうまとだまして手中にしたお姉ちゃんの血を父ちゃんにほとんど独り占めされるのに我慢をしていたナギのために、朋子はストッキングの破れがすくないほうの脚をすっとさし伸べてやった。
ちゅー・・・
通学鞄を抱えたままつま先を差し出す朋子の足許にうずくまって、ナギが静かな音をたてながら吸血に耽っているあいだ、男に慇懃なお礼を受けた祖母は、お互いに手短かながら事情を交換しあっていた。
――妾(わたし)は代々この村に棲む家で、還暦を過ぎたいまはお呼びがかかることはめったにないがかつては"お得意"の少ない血なし鬼を相手に手広く施しを続けていた。
朋子の母親である娘も、生娘のころには妾といっしょに"お寺詣り"に出かけてなん人もの血なし鬼の相手をしていた。
やがて隣町の家と縁談が整うと、その家は"お他所の家"だったので、さいごのご奉仕の晩に村の長老に処女を与えて嫁いでいった――と。


「ナギちゃん、お行儀よくないわ、またお口が汚れちゃったじゃない」
朋子お姉ちゃんはナギを優しくたしなめながら、少女の手を引いて祖母たちのほうへと歩み寄ってきた。
「ナギちゃん、もういいって」
そう口にするのがやっとだった。
びりびりに破けた黒のストッキングをねだられるままに脱ぎ与えた朋子は、
「お姉ちゃん、きれいなハンカチもうないんだ。良かったらこれでお手々やお口を拭いてね」
と、脱いだストッキングを少女のまえに帯のようにぶら提げた。けれどもナギはかぶりを振って、
「ううん、拭かない。お姉ちゃんの血をつけたままおうちに帰る」
よほど朋子お姉ちゃんの血が気に入ったとみえて、ナギは朋子から吸い取った血をわざと自分の頬になすりつけた。
居合わせた皆が、そんなナギのしぐさをみて、笑った。

吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ ≪番外編≫ お買い物

2018年10月30日(Tue) 07:33:23

「都会のデパートまで出かけて行くことはないわよ。すぐ隣町に、いいお店があるから。」
そう教えてくれたのは、はす向かいの奥さんだった。
夫とおなじ勤務先。越してきたのは二年まえ。
おなじくらいの年恰好でも、はるかにベテラン。相手を務める男性の数も、片手にあまるらしかった。

――もてると、お洋服代もばかにならないわ。もちろん実入りもそれなりにあるけれど。

招びもしないのにうちにあがりこんできて、さも自慢げにそういって。
尻も長く居座られたとき、彼女はふふふ・・・と、含み笑いをしながら囁いてきた。

ねぇあなた、こないだご主人が連れてきたかたから、お金預かったでしょ?
ほら、夕方にいらした父娘連れの・・・。
ご近所同士なら、お話ししたってだいじょうぶよ。お互い秘密は守ることになっているから。

妾が恐る恐る、黙って頷くと。つけ入るように彼女はいった。

お買い物に行きましょう。始めはつきあってあげるから。お店も教えてあげる。
ほかにも、ここの村のこととか、あのひとたちのやり口とかも。

そういうと彼女はもういちど、ふふふ・・・と、あのいやらしい含み笑いをくり返した。


隣町のブティックは、古ぼけた街並みのなか、場違いなほどに浮いていた。
入り口のたたずまいの、なんとなしにひっそりとした感じが、後ろめたい買い物をする身には、すんなりと入りやすかった。

ご近所のひともよく来るのよ、このお店。
知ってるひとと目が合ったら、悪びれないで挨拶なさいね。
此処に来るひとはみんな、同類なんだから。
アラ、さっそくまあまあ・・・岡原さあん!さきにいらしてたのね!?
ご存じ?このかたは月田節子さん。先月ご主人の転勤でいらしたばっかりなの。よろしくね。
あぁこちらは、三丁目の岡原麻衣子さん。三人とも、同じお勤めさきなのよ。
月田さんのお相手も三丁目だから、きっとどこかですれ違っているわね。

岡原夫人はこちらが気恥ずかしくなるほどはっきりと妾を見、落ち着いた物腰でお辞儀をしてきた。
身体の線にぴっちりとしたワンピースの腰つきが、ひどくしっとりと目に映えた。
お互いそれ以上の干渉を避けるように左右にさりげなく別れると、彼女はいった。

若いひとはいいわね。あの方これから、ホテルに行くと思うわ。
ひと言そんな陰口をたたくと、彼女は妾のための衣装選びに熱中した。自分の買い物以上に熱心に。
こちらに背中をみせた岡原夫人が脚を向けたのは、下着売り場だった。

あなたは地味な顔だちだから、服は思いきり派手な色がよろしいわ。
ここのひとたちはね、そういうの悦ぶの。
この黄色のスーツなんかどう?イイエ、こんな派手な色着たことがないなんて、そんなこと言ってる場合じゃないわ。
それからきょうは、最低限5、6着は買わなくちゃ。
汚されたり盗られたり、そんなことしょっちゅうなんだから。
手持ちの服なんか、あっという間になくなっちゃうわよ。
それから喪服も一着買いましょう。
此処はね、法事がしょっちゅうあるのよ。いまの手持ちはひと揃い?たぶんすぐに、破かれちゃうわね。つぎか、そのつぎくらいには。

妾の運転で半日がかりで買い物をすませると、
「やっぱり車は便利ね」
彼女はすまして、そういった。
両手に、妾に買わせた以上の服を抱えて。
こんなお買い物が、きっとこれからも続くのだろう。
そう思いながら、妾は薄ぼんやりと頷いていた。
耳の奥には、助手席にふんぞり返った彼女の言いぐさが、しっかりとこびりついていた。

思いきって、大胆にいきましょうよ。
だんな様も、認めてくだすっているんでしょう?
お洋服代がなくなってきたら、遠慮なくおねだりするのよ。
ご主人にも。彼氏にも。
あたしたち、そうする権利があるんだから。


初めて献血をしたのが金曜だった。
それは、なんの前触れもなく訪れた。
帰り道の途中で電話をくれた夫の言い方は、ひどくまわりくどくって、なにを言いたいのか要領を得なかったから。
茫然とする妾のことを嵐は一瞬でおし包み、うっとりとしているあいだに、なにもかもを塗り替えていった。

彼はつぎの日の朝もきた。あの汗くさい作業衣を着て。
衝撃づくめの一夜から、幾時間も経っていないのに来てくれたことに、なぜか妾はほっとしたし、嬉しかった。
嵐の過ぎ去ったあと夫とふたりきりで取り残された時間は、そう気詰まりなものではなかったはずなのに。
ほんとうは拒まなければならなかったかも知れない来客を、妾は嬉々として迎え入れてしまっていた。
夫がいないこの部屋に。

女として求められている。

そんな自覚が、妾の背中を押していた。
貧血ぎみの身体をおして相手を務めた妾を気づかってか、血を吸う量は手かげんしてくれた・・・ような気がした。
そのぶん、もうひとつのお勤めのほうは、ねっちりとしつこかった。
夕べとおなじように、着ていた服ごと辱しめられ、汗くさい口づけや荒々しいだけのまさぐりに、応えてしまっていた。

ふすまの向こうからひっそりと覗いているのが夫だと、すぐに察した。
夕べは二階と一階だった。
階下の天井がきしむ音で、夫はすべてを察しただろう。
もともと、彼らをこの家に連れてきたとき、すでに覚悟はしていたはずだ。
でも、間近に視たのは初めてだろう。それをわざわざ視るために、夫は会社を早退けさえしたのだった。

夫が妾のまえに、おおっぴらに姿をあらわしたのは、ことが果てたあとだった。
「服を汚した」さりげなくそんな表現を使うのに、ひどくどぎまぎした。
けれども夫は、妾のそんな言いぐさも聞き流しにした。
ただお洋服代を受け取ったといっときだけ、すこしだけいやな顔をした。
さすがにいけないことを言っただろうか?
内心ヒヤリとした妾に気づかなかったのか、家計とは別々に管理しますという妾の説明には、黙って頷いてくれた。
夫はただ、お金を受け取ることをいさぎよしとしなかっただけだった。いつも通りに律儀で損な性格の夫がそこにいた。
長年連れ添った妻の貞操を、あのひとは惜しげもなく、ただで手放したのだ。


はす向かいの奥さんが待ちかねたように声をかけてきたのは、週明けのことだった。

彼は妾のことを、たった2日我慢しただけだった。
真っ昼間、いきなり現れて、有無を言わせず押し倒された。「お前ぇの娘の血さ吸ってきた」
そう囁く彼に、妾は
「そう・・・」
とひと言応えただけだった。
大事な娘が生き血を吸われたというのに。われながら驚くほどに、無感動だった。
ここまで堕ちたんだもの。どうせ時間の問題だろうと諦めてもいたし、夫の会社の人が「お子さんには説明無用」といっていたとも聞かされていた。
むしろこうなって、ほっとできるような気がした。

獣のように荒々しい呼気が妾の頬に迫ってきて、無気力で無責任な母親の首すじに、娘から吸い取った血をあやしたままの牙が突き立てられた。
尖った異物が皮膚を冒すのを、妾は唇を噛みながら耐えていた。
あの娘が素肌をさらしたのと、たぶんおなじように。
じゅるじゅる・・・ずずうっ。
汚ならしい音をたてて血を啜られるのが、むしょうに小気味よかった。
恥知らずで淫らな血に、似合いの音だとおもったから。
帰ってきた娘にたしかに視られたと気づきながらも、妾は随喜のうめきを洩らしつづけた。
彼が立ち去ったあと娘は部屋から降りてきて、献血行為を始めたと正直に告げてきた。
母娘で隠し事をしなくていいのだと、妾たちは女どうしの目配せを交わして、確かめあった。


あれから幾たび、彼と逢曳きを重ねたことだろう。
理性の壊れてしまった妾は、朝夫と娘を送り出すと、良し悪しの分別もなくこちらから出かけていった。
「大胆にいきましょうよ」だれかのそんな囁きだけが、耳に残っていた。

モスグリーンのカーディガンに、黒のトックリセーター。紺のスカート。
ふだん着にしていたこの服装も、容赦も見境もない劣情のまえに、淫らにまみれた。

まだ明るかった帰り道、裂けたストッキングをまとったふらつく脚を、すれ違う人たちの視線にさらしながら、
からみついてくる好奇の視線に、どきどきと胸をはずませた。まるで小娘みたいに。

彼の家の薄暗がりのなかふだん着姿のまま組み敷かれていく妾のことを、物陰から見つめる視線があった。
たれのものよりもしつようにからみつくその視線が、妾にはひどく快感だった。
娼婦のように取り乱した妾は、視線の主が見なれた服を着たまま、「もっと・・・してぇ」と、口走っていた。

家に帰ると、夫もすぐに戻ってきた。
「まるであとを追いかけてきたみたい」
冗談ごかした妾のことを、夫はものもいわずに抱きすくめた。
もともと淡白な夫婦のはずだった。
けれどもいまは、ちがっていた。
色香というものにめぐまれなかったはずの妾は、主婦の立場のまま娼婦にすり替えられて、ふたりの男に同時に愛された。


いわゆる「法事」 にも、お招ばれをした。
彼に連れられ夫にまで付き添われて、いままで着ていたひと揃いの喪服はなん人もの男の手で裂き散らされていった。
この日妾は、彼一人の「お友だち」として、正式に認められた。


隣町のひなびた百貨店では、毎月セールをやっている。
「月田さん慣れたわね」
はす向かいのあのひとの冷やかしに耳も貸さないで、妾はひたすら服をあさる。
鮮やかな若草色のワンピースを。
シックで落ち着いたえび茶色のスーツを。
袖の透けた夏用の喪服を。
露出の大胆なショッキングピンクのタイトミニを。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ ≪番外編≫ 月田氏、吸血少女の日記に、娘の受難を読み取る

2018年10月30日(Tue) 07:23:28

私がナギの書いた日記を読んでいるあいだ、ナギは私の足許にうずくまって、私の顔つきをジーッと視ていた。
時おり指を私のくるぶしの辺りにあてて、咬み破った靴下に滲む血をすくって舐めていた。
咬みついて吸い取るほうがこの子らしいのに、そんないじましいことをするのは、日記を読んだ私の反応が気になったからだとあとからきいた。
たしかに恥ずかしいほどドキッとするくだりが多かった。
しかし日記のなかの娘の言動は、まさにまゆみそのものだった。
ただ、父娘げんかのあいだにはさまって閉口したまゆみが父娘で仲良くあたしの血を吸えばいい、といったくだりは、ちょっと首をかしげた。
この段階では娘はまだ血を吸われたわけではないので、ここまでもの分かりがよくなるものだろうか?と疑問に思ったのだ。
ナギを怒らせて逃げるときには、怖かったことだろう。かわいそうなことをしたかもしれない。
さいごに引きずり倒されて咬まれてしまうくだりでは、さすがにすこし涙が出た。
わが娘が、生き血を漁り尽くされてしまう場面だったから。
こちらの気分を察したナギはちいさな声で「ごめんね・・・」と言ってくれた。
かわいそうに、きまり悪そうに、身体を縮こまらせていた。

そう、この子は観察力が鋭くて情がこまやかなのだ。
少なくともま人間に戻るときには。押すとみせては退き、退くと思わせて押してくる。
妻を彼女の父親に引き合わすはめになったあの夜などは、手加減抜きで押しまくられて、妻の一切合財をさらい取らせてしまうことになってしまったのに、ナギは終始静かな目で、私たち夫婦を見つめていた。
無理にすりよることも、力ずくでねじ伏せることもほとんどせずに。
牙を入れてくるときも、ナギの歯に込められる力は弱い。甘く咬んで薄い皮膚を破るとあとはひっそりと唇や舌を浸してくるだけ。だからこそ怖い。
彼女はつぶらな優しい目で、じっと視ているだけ。
静かに侵され蝕まれてゆく私や家族の日常を。私の家族がじりじりと堕ちてゆくありさまを。

それに比べるとナギの父親はよほど分かりやすかった。
だれかの血で満ち足りているときにはぼくとつな真人間だった。
もっともたいがいの場合、彼が私とコンタクトを取るときは渇いているときだったから、私のほうでは彼のことを、いつも落ち着きをなくして切羽詰まっている人という印象を受けている。
妻を目の前で支配されながら黙っている私のことを、彼はいったいどう思っているのだろうか?
その彼もまゆみの血を吸ったということに、正直うろたえてしまった。妻も娘も襲われたわけだから。
吸血鬼の父娘に挟まれて、まゆみはいったいどんな気持ちで咬まれていったのだろう?
けれどもすでに、そんな想像はむなしいものとなっているはずだった。
いまのまゆみ自身が吸血されるということに、ほとんど苦痛を感じていないだろうことは明らかだから。
まゆみはこの村に棲む少女の多くとおなじように、この子としょっちゅう、これから出歩こうというのだから。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ きまぐれなかいせつ5

2018年10月28日(Sun) 23:59:27

月田家の崩壊物語も、このあたりで一段落の気配です。
妻も娘も、吸われてしまいましたからね。!(^^)!
ですんで、お話の内容も、やや散漫になっているかもしれません。
じゅうぶん濃いですって?^^
そう言ってくださる方がおひとりでもいらっしゃれば、この連載は成功♪ということにしたいと思います。

まゆみは母の不倫を知り、母はまゆみが献血を始めたことを知り、
互いに知っていることを自覚し合いながらも、うわべは平穏な日常を過ごしつづける・・・というのが、メインのすじ書きになります。
合い間に、例のダメ教師がナギにやっつけられたりとか、ナギの稚拙な言葉遣いの日記がどうにもホラーであるとか、そんな脱線をしながら・・・ですが。

このお話、あと若干の番外編がありますので、さいごにそれを載せてお茶を濁そうと思います。
濁った粘液をたっぷりと股間に注ぎ込まれた母娘に、祝意を表しながら。^^

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 23 ナギの日記

2018年10月28日(Sun) 23:52:41

ナギの日記

きょうは、月田まゆみちゃんという女の子の血を吸いました。まゆみちゃんは中学三年生で、ナギよりずっと年上の子です。都会から引っ越してきたばかりで、このあたりの風習のことはなにも知らなかったみたいです。お父さんは、ナギがいつも血を吸わせてもらっている親切な小父さんです。この間小父さんのおうちに遊びに行ったときにはいなくて、父ちゃんが小母さん(あたしに血をくれている親切な小父さんの奥さんです)の血を吸っていい思いをしただけでした。でもナギたちが帰るころになってまゆみちゃんはやっと戻ってきたので、ちょっとあいさつだけはしました。ナギたちがまゆみちゃんの父さんと母さんの血を吸ったことはまだ内緒になっていたので、まゆみちゃんは変な人たちだなという顔をしていました。
はじめてまゆみちゃんと口をきいたのは、こないだ道をすれちがったときでした。ナギがお姉ちゃんのことをじろじろみたら、ご用があるなら仰いと、おこられてしまいました。でもナギが、「お姉ちゃんの父さんと母さんのひみつを知ってるよ」といったら、口をぽかんとあけていました。そのときの顔つきがかわいかったので、血を吸いたくなりました。父ちゃんにいったら、前から目をつけていたと言いました。そういうことなら顔役さんに話してみるっていいました。それで、父娘でまゆみちゃんの血を吸っていいことになったので、まゆみちゃんに会いに中学校に行きました。
校長さんはまゆみちゃんの担任の春田という教師を紹介してくれました。春田という教師は、ぼくのせいにならないのなら手伝ってあげてもいいよといって、まゆみちゃんを人のいない教室に呼び出してくれました。自分のせいになるのがイヤだなんて、ちょっとずるいなと思いました。
お約束どおり、まゆみちゃんはその教室に来てくれました。ナギはまゆみちゃんが校舎に入るのをこっそりのぞいていました。足にはお肉がたっぷりついていて、はいていた白のハイソックスはリブ編みもようがツヤツヤしていて、とってもおいしそうに見えました。でも、まゆみちゃんはまだ、あたしがそんな気持ちで自分のことを見ているなんて、夢にも思っていないのです。そう思うとなんだかゾクゾクしてきました。
あたしがあとから教室に入っていくと、まゆみちゃんはビックリしました。ナギがえらそうに、お姉ちゃんのことなら何でも知ってるよといって色々ひけらかしてみせたら、気味わるそうにナギを見ました。
父ちゃんはあとから来ることになっていました。ほんとうはお姉ちゃんの血をナギにはくれないで独り占めしたがっていました。ナギが正直に、お姉ちゃんの血を吸いたいのといったら、お姉ちゃんは、悪い冗談だよね?といってナギのことをおっかない顔でにらみました。でも、血を吸われるのならナギと父ちゃんとどっちがいい?ってナギがまじめにきいたら「うそ、うそ!」って、怖がっていました。父ちゃんは女のひとの血を吸うとき必ずいやらしいことするんだよって教えてあげました。そう聞いたら、ふつうの女の子ならナギのほうを選んでくれると思ったのです。ここには父ちゃんが来るから、一度お姉ちゃんを逃がしてあげて、あとで別の場所で待ち合わせて血を吸わせてもらってもいいとも思いました。
そこに父ちゃんが来ました。父ちゃんはあたしたちの話を盗み聞きしていて、ナギがお姉ちゃんを独り占めしようとしているのに腹をたてて、ナギのことをどなりました。父ちゃんはずるいんです。いっつもナギに段取りだけさせて、自分はあとから来て、いいとこをあらかた取るんです。だからナギは「父ちゃんずるい!」と言いました。そして、まゆみお姉ちゃんの前で父娘でけんかになってしまいました。
お姉ちゃんはうんざりした顔をして、「いいわ、けんかはやめて。お姉ちゃんがちょっぴり痛いのガマンすればいいんだよね?」と言うと「ふたりで仲良くまゆみの血を吸ってちょうだいね」と、いすに腰かけて、ナギたちが血を吸いやすいようにって足とうなじを伸ばしてみせてくれました。まゆみちゃんって都会から来たのに血なし鬼に理解のあるいい子なんだな!と思いナギはうれしくなりました。
でも父ちゃんはやっぱりずるくって、おれが先だといって、ナギをろうかに追い出しました。父ちゃんがまゆみお姉ちゃんの血をちゅーちゅーおいしそうに吸っているのを順番待ちしながら、ナギはしかたなく指をくわえて見ていました。
そうしたらそのうちお姉ちゃんもノッてきちゃって「ああーん。もっと吸って」と言いました。お姉ちゃんがそういった時、病気の人がうわ言をいうみたいに、目をつぶってまゆ毛をよせていました。父ちゃんは調子に乗ってお姉ちゃんの着ているセーラー服をめくると、お姉ちゃんのおっぱいをなめたりしました。ピンク色をした乳首に父ちゃんのよだれを光らせながら、お姉ちゃんはまゆ毛をうんとよせて、苦しそうなきもちよさそうな顔つきになっていました。
お姉ちゃんは中学のセーラー服着ているしまじめっぽく見えたのに、実はいやらしい人だということがわかったので、ナギはお姉ちゃんやらしいといっておこりました。ナギがあんまりおっかない顔をしたので、お姉ちゃんは走って逃げました。せっかくいろんなことを教えてあげたのに、ナギには血を吸わせないつもりなんだと思いました。ナギはずるいずるいといいながらお姉ちゃんをトイレに追いつめました。でもお姉ちゃんはナギにものをぶつけて逃げました。その間に父ちゃんはまゆみお姉ちゃんの母さんの血を吸いに行ってしまいました。とりのこされたナギは、お姉ちゃんとふたりきりで鬼ごっこをすることになりました。
お姉ちゃんは学校の外に逃げ出しました。まだじぎょうがあるのに、学校をサボってどこかに行っちゃうのはだめだと思いました。大人も大きい子もみんなずるいと思ったら走る力がわいてきました。ナギはけんめいにはしってお姉ちゃんに追いつくと、引きずりたおして首を咬みました。お姉ちゃんの首すじは、むっちりやわらかくて、かみごたえがありました。血がいきおいよく出たので、ほっぺを真っ赤にしながらゴクゴクのみました。若い女の子の生き血のつよい香りに、くらくらしました。
そのうち、のどがかわかなくなったので、お姉ちゃんを放してあげました。さっきまでいっしょにかけっこをしていたお姉ちゃんは、息をはずませながらいいました。
「逃げちゃったりしてゴメンね。仲直りのしるしに、ナギちゃんの父さんがしたみたいにハイソックス破らしてあげる。ナギちゃんもまゆみのハイソックス破きたがってるみたいだったから、片方の足はおじ様にお願いしてとっておいたのよ。まだ飲み足りないだろうから、気のすむまで咬んでね」
お姉ちゃんは走ってる間にずり落ちていたハイソックスをわざわざおひざのところまでギュッとのばしてから、いっぱい咬ませてくれました。たてのリブ編みに真っ赤なシミがにじんでいくのを、ふたりでおもしろそうにかんさつしました。
父ちゃんがまゆみちゃんをひとりじめにしているときに咬んだ以上に、ナギはまゆみをうみちゃんのことを咬んだのです。
それでお姉ちゃんと仲直りをして、手をつないでお姉ちゃんのおうちの前まで行って、そこでバイバイしました。お姉ちゃんのおうちのなかにはまだ父ちゃんがいて、お姉ちゃんの母さんにのしかかっていつもみたいにいやらしいことをしながら血を吸ってました。お姉ちゃんがふたりのじゃまにならないようにナギのほうに背中をみせて、足音を立てずに二かいのお部屋にあがるのがみえました。
父ちゃんとまゆみお姉ちゃんの母さんができていることはナイショです。みんな知ってるみたいだけど。みんな知らないふりをしているんです。でも父ちゃんにまゆみお姉ちゃんの母さんを紹介したのがまゆみお姉ちゃんの父さんだというのは、まゆみお姉ちゃんは知りません。いつか教えてあげようと思います。ナギはずるくないし、正直なのが好きだから。


「これ、どこまでほんとうなの?」
長いこと読んでいるうちにずり落ちためがねを直しながら、親切な小父さんはあたしに訊いた。
けっこう正直に書いてしまったので(うそも書いてるけど)あたしはちょっとはらはらしながら、あたしの書いた日記帳を目で追う小父さんの顔つきをのぞきこんでいた。
ショックだったらかわいそうだなって思いながら。
でも正直に生きるには、なにごともちゃんとわかりあっていたほうがいいとあたしは思う。
家族同士ではらのさぐりあいなんて、いきがつまるだけだもの。
そうはいいながら日記帳にはいろいろぼかして書いてみた。
教室のなかであたしが父ちゃんのためにお姉ちゃんのことを抑えつけたことなんかとくに書かないでいた。
お姉ちゃんがあたしより弱かったって知ったら小父さんもやだろうなっておもったから。
あと、あたしがあんなにがんばったのに父ちゃんだけがいい思いしたのがどうしても悔しかったというのもあるけれど。
あたしは都会の人にもけっこう気を使っているのだ。
「んー、これはね、ナギの作文」
小父さんがどうとってもいいように、あたしは澄ましてそう応えた。
きょうは水曜日。さいごに小父さんの血をもらったのは、父ちゃんに小母さんを襲わせてあげた金曜の夜だから、なか4日あいていた。
小父さんはあたしの「お友だち」だから、ほかの人に血をあげることはない。
休養充分だと、やっぱり血の味が濃くて美味しくなっている。
あたしはさっき咬みついた足許に拡がる靴下の裂け目に、うっとり見いった。
女の人が穿くストッキングみたいに薄い長靴下は、縦にチリチリと破けて、ゆるくカーブを描いていた。
すね毛の浮いた脚が裂け目からのぞいて、そこだけまる見えになっていた。
きのうまゆみちゃんのふくらはぎから咬み剥いで愉しんだハイソックスよりも、ずっともろかった。
きのう父ちゃんの相手をした小母さんがひいひい呻き声を洩らしながら破かれていった肌色のストッキングも、こんな破けかたをしていた。
小母さんの血は吸ったことがないからわからないけれど、小父さんの血はまゆみちゃんの血の味とよく似ていると思った。
「まゆみお姉ちゃんの血、小父さんの血の味と似てたよ」っていったら、小父さんはちょっとうれしそうな照れくさそうな顔をして笑っていた。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 22 まゆみ、母親の不倫をやり過ごす

2018年10月28日(Sun) 23:50:12

まだ、夕暮れ刻ではないのかもしれない。
けれども、まゆみの周囲はすべてが黄色い翳に彩られていた。
刻が止まってしまったような時間が、ほとんど音もたてずに流れた。
いつも窓の外から聞こえてくる車が通りすぎる音や、干した布団を叩く音、通りでおいかけっこをする子供の声やピアノの練習のつたない音色・・・そうした日常がかもし出す雑然とした音たちは、まゆみの鼓膜には届かなかった。
いや、音といえば唯一、階下のふたりの声や、たてる物音だけは、筒抜けに伝わってきた。
それはいやというほど露骨に、すべてが未経験の少女の鼓膜に、残酷に流れ込んだ。
なんとなくいやらしさを感じた血を吸われるという行為が、いやらしいことそのものと直結していることを、まゆみは知った。

「生娘は犯しちゃなんねえ」
とナギの父親はいったが、いま階段の下では、あの旧校舎の教室でまゆみがされた以上のことを母がされていた。
まゆみはなんとなく、母さんが身代わりになって犯されているような気がした。
けれどもそれは娘を庇って恥辱を受ける、というような自己犠牲的な気高さのある行為ではなく、もっと後ろめたい、大人だけが踏み入れるどろどろとした劣情をはらんだものだった。
そこからはまゆみが予期し耳をそむけたくなる類いの、抗いの叫びやすすり泣きは、洩れてこなかった。
終始一貫して、熱っぽい喘ぎと呻き声だけだった。
それは感情の昂りやなにかがひと区切りしたような静まりをときに交えながら、いつ果てるともなくつづいていった。
こうすることが、きょうが初めてではない。そんななれあいのような雰囲気も感じた。きのうきょうの関係ではないような。

「おっ母ちゃんのおっぱいよりでけえな」
教室でまゆみを追い詰めたとき、いま階下で母を犯している男は、そういった。
「エッチ!すけべ!あんたの母さんといい勝負!」
まだ敵対関係だったとき、彼の娘もそういった。
なぁんだ、そういうことだったのか。知らなかったのは、あたしだけ。近所の小母さんだって知ってる。
だから家に入ろうとするあたしを引き留めようとしたんだ。
女はみんな、秘密を守る。
はからずも覗き込んでしまった大人の世界を、まゆみは自分でもびっくりするくらい冷静に受け止めてしまった。
「母さん、どうすんのかな?父さんに何て言い訳するんだろ」
まゆみはふくらはぎに貼りついているハイソックスの生地をつまみ上げ、ピンとはじいた。
乾いた血のりでごわごわとしてきたリブ編みのナイロン生地は、まだ弾力性を残していて、まゆみの指先を離れるとピチッと小気味のよい音をたてて皮膚を打った。
咬み痕にはふたつずつ、綺麗に並んだ穴ぼこが空いていた。穴ぼこの周りには、乾きかけた血のりが大小ふぞろいな赤黒いシミとなって、こびりついていた。
まゆみはハイソックスを履いたまま、穴ぼこの数を「ひとつ・・・ふたつ・・・」数えてみた。
父親に咬まれたほうは三ヶ所、ナギに咬ませてあげたほうには五ヶ所も、穴ぼこがあった。
咬みつきかたに手ごころを加えながらも、ナギが父ちゃんを意識して実はよけいに咬んでいるのを確かめると、まゆみは愉快そうに苦笑いした。
階下で母親が服を着崩れさせながら情事に耽っていることなんか、なんでもない普段の出来事のような気がしてきた。
母の情事がつづくあいだ、洩れてくる喘ぎ声を横っ面でうけ流しながら、まゆみは血の着いたハイソックスを降ろしたり引き伸ばしたりしていた。

男が立ち去ったあとも、母と娘のあいだには気まずい雰囲気が漂い、母親は帰宅してきた娘におかえりをいうこともなく、台所に立っていった。
むしょうにだれかと話したかった。
まゆみは足音を忍ばせて階段を降りると、階段のすぐ下にある電話の受話器をとった。指先がたどった電話番号は、ナギの家のものだった。


「はい。蛭川ですけど」
ナギの他人行儀な声が、冷ややかに流れてきた。
台所では水仕事が始まったらしく、かえって受話器の向こうの声のほうが聞こえにくいくらいだった。
「ナギちゃん?いまお話しできる?」
電話に出た第一声でナギのみせた獣の警戒心に改めてたじろぎを覚たが、受話器の向こうからは「あっ」という呟きがして、声の主はにわかに語調を和らげた。
「うん、ヘイキだよ。父ちゃんまだかえってこないし。そうそう、さっきはどうも」
「イイエ、どういたしまして。うふふ」
変なあいさつだったが、すらすらとしたやり取りだった。
さっき自分の血を吸い取った唇が、受話器の向こうで言葉を紡いでいる。
「父ちゃん帰ってきたら、悪いけど切るね。長電話大嫌いなんだ、あのひと」
「男はみんなそうだね。ナギの父ちゃん、も少ししたら帰ってくると思うよ」
「どうしてわかるの」
「・・・さっきまでうちにいたんだもん」
「やっぱりねぇ・・・そんなに長居したんだ。お姉ちゃんもやられちゃった?」
「ううん、あたしは大丈夫。目があったけど二階に逃げちゃった」
「お姉ちゃん甘いね。その気になったらあの人、どこまでも追いかけてくるよ」
「そっか」
さっきナギの物凄いねばりを見せつけられたばかりなので、まゆみはすぐに納得した。
「ほんとはね。あたしがまゆみちゃんに追いつけなかったら、父ちゃんがも一度あなたを襲う手はずになっていたんだ。
だからお姉ちゃん家(ち)に先まわりしてたの。あたしもあとから合流して、父娘で血を飲んじゃおうって」
「あっ、ヒドイ」
「あたしにつかまえられて、よかったね。父ちゃんはきっと、まゆみちゃんの靴下に両方とも血がついてるの見て、
あたしが成功したってわかったから、お姉ちゃんのこと放っておいたんだと思うよ」
「もしかして処女だったからってこともありだったりして?」
「あっ、お姉ちゃんするどい!そう、この村で処女の子勝手に犯したら村八分だからね。それにきっと、父ちゃんはあなたのおっ母ちゃんに夢中なんだよ」
「ナギちゃんも知ってたんだね。あたしショックだったー・・・」
語れる相手を見いだして、まゆみの頬に初めて涙が伝った。
「まゆみちゃん、悲しい?」
ナギの声はむしろ、不思議そうだった。
「感覚がちがうんだね。都会の人は。うちの父ちゃんとまゆみちゃんの母さんが仲良くなるの、あたしは嬉しいけどな。
お姉ちゃんとの関係が強くなるから」
思ってもみない発想だった。
それはそれで一理ある。まゆみは素直にそう思った。
でも、すぐに同調することは都会育ちのまゆみには難しいことのような気がした。
「うぅん・・・言ってることはわかるような気がするんだけど・・・」
「ついて来れなさそう?」
「うん今はキビシイかも」
「無理しないでいいよ。納得できないなら、いまのまゆみのままでいいから。そういうまゆみも、あたし好きだから」
「うん、ありがとね」
「みんなで仲良くなろ。そう考えると、ちょっと楽になれるよ」
みんなで仲良くなる。女と男が仲良くなるには、血を吸われたり、ハイソックスやストッキングを咬み破らせてあげたり、お布団のうえであんなことされたり・・・そんなことが必要なんだろうか?
「でも、あたしたちはそれでよくっても、父さんがかわいそうかなぁ」
まゆみはしぜんと、父親のことを想っていた。
「まゆみちゃん、優しいんだね。あたしの父ちゃんなんか、自分から友だち連れてきて、母ちゃんの血を吸わせたんだよ」
「えっ」
「あたしは初めて血を吸われるとき、母ちゃんがそのひととやってお手本見せてくれた」
「そんなぁ~」
まゆみは声を忍ばせながら叫んでみせた。あくまで台所からの物音に気を使いながら。
拒否反応よりはくすぐったいような好奇心のほうがまさっているのが自分でもわかった。
「そ。父ちゃんは自分の幼馴染みに、自分の奥さんと娘の血を吸わせたの。そのひとに、奥さんといっしょに住みたいってお願いされても、女房をそこまで気に入ってくれたのかって、とても喜んで聞き入れてあげたの。母ちゃんとはたまに会うけど、いつもは父ちゃんとふたりで暮らしてるの」
「ナギちゃん、寂しくない・・・?」
「みんなで仲良くなるんだから、あたしは平気。・・・でもやっぱり、おうちで独りぼっちのときは、たまに寂しいかな。あたし学校もいかないし。だからお姉ちゃん遊びに来て。だれかに甘えたいときもあるし・・・ただお腹が空いているだけのときもあるけどね」
さいごは冗談ごかしで、笑っていた。
「あっ、父ちゃんかえってきた!」
ナギがあわてた声をした。
「じゃ、切るね。話聞いてくれて、ありがとね」
「あたしも楽しかった。また会おうね」
少女たちは同時に受話器をおいた。話をし終わってまゆみはなにかすっきりした気分になった。
ずっと年下のナギに「まゆみちゃん」とか「まゆみ」とか呼ばれたけど、全然腹がたたなかった。
ナギちゃんは大人だなって、素直に思った。
なんでも自分で考えて生きてるから、きっとそうなんだと思った。
われに返ると、妙にひっそりしている母親が気の毒になってきた。まゆみはサバサバとして、起ちあがった。


「母さん、洗濯機今夜まわす?」
「べつに予定ないけど・・・急ぎの洗濯でもあるの?」
いつもの母さんの調子だった。そう、母さんは、あたしよりうわ手なのだ。まゆみはいった。
「あたし、ナギちゃんっていう女の子に献血することにしたの。初めて咬ませてあげたハイソックス、記念に欲しいっておねだりされたから、早めに洗って今夜乾かして、早ければあした、渡してあげたいの」
びっくりするくらい、すらすらと言えた。突拍子もない話のはずなのに、母さんにはすぐに意味が通じたらしい。
ごく普通のことのように「ああそうなのね」と頷いてくれた。
え?って怪訝そうに顔をしかめることも、いったいどういうことなの?って頭ごなしにとがめだてすることもなかった。
「でも母さん、今はちょっと手がはなせないな。よかったらまゆちゃん、洗濯やってくれない?ついでにほかの洗濯物もいっしょにお願いしちゃってもいいかしら?いま洗濯機のなかに入っているやつだけでいいから」
あくまで娘に家事を手伝わせようとする、いかにも専業主婦らしいいつもの母さんだった。まゆみは気持ちよく
「あっ、いいよ。きょうは宿題ないし。すぐやっちゃうね」
と、てきぱきと動き始めた。母さんはいつもの母さんだったが、まゆみはいつものまゆみと全然違っていた。
洗濯機の前で血のついたハイソックスを引っ張り抜くように片足ずつ脱いでいると、困った子ねぇと言いたげな声が追ってきた。
「あなた、宿題がどうのって・・・」
「アッ!いけないっ!」
担任に呼び出されてクラスの教室を出るとき、荷物を鞄ごと置いてきたのをすっかり忘れていた。
「まゆちゃんが帰るまえ、蛭川さんって仰るかたがみえて、学校から預かって来ましたって届けてくだすったのよ」
「よかったー!あした学校行けないとこだったー!」
もろ手をあげて喜んでみせたまゆみだったが、制服にあけられた穴ぼこのことを思い出し、ひやりとした。
ところが母さんの話は終わっていなかった。
「その蛭川さんなんだけど、まゆちゃんにって新しい制服をお持ちになったの。お礼だって本人にお伝えいただければわかりますからって仰るだけで、よくわからないままお預かりしたんだけどあなた心当たりある?」
話して差し障りのない話はなんでもしてしまおうと、まゆみは腹を決めた。そう。女はみんな、秘密を守るのだ。
「ナギちゃんってね、苗字は蛭川さんっていうの。来たのはお父さんじゃないかな?草色の作業衣着てなかった?」
「ああ、そうそう。だから学校の人にしては変だなって母さん思ったのよ。献血のお礼だったんだね」
「きょうの制服もクリーニング出すから。記念にナギちゃんにあげるの。穴ぼこ空いちゃって、もう着れないから」
「だったらおあいこだね。お礼返しに値のはるものをっていうことになったら、困っちゃうとこだった」
まゆちゃんが帰るまえ・・・か。
まゆみは心のなかで呟いた。
そうね。あたしが帰ってきたときには、そんな男の人はいなかった。
母さんがそういうことにしたいのならば、そういうことにしておこう。
それと、蛭川家にこれ以上、値のはるものを贈る必要はないわ。大丈夫。母さんは困ることないはずよ。すごく値のはるものをさっき惜しげもなく、いっぱいあげてたじゃない。
けれども、それらは口にすることではなかった。話して差し障りのあることだったから。
「まゆちゃん、新しい制服サイズが合うかどうか着てみて頂戴。スカート短すぎたら直してあげるから」
声をあげる母さんに、いつもは面倒くさがるまゆみだったが、今夜に限っては「はーい、すぐにね」と良い子のお返事をかえしていた。


「な~にやってるんだ?さっきから」
父ちゃんは苦虫をかみつぶしたようなしかめ面を作って、娘に声を投げた。
そういうときはたいがい、実は機嫌が良いときの照れ隠しなんだと、ナギはよく知っている。
あれだけ若い女の血を吸ったあとだもの。勝手なこと言ったらひっぱたいてやる・・・なんて生意気なことを思いながら、ナギは鏡に向かって手を休めずにこたえた。
「んー、ばんそうこう貼ってるの」
「なににぶつけた?」
「モップ」
「モップぅ?」
頓狂な声をする父ちゃんに、ナギはさらに手を休めずにいった。
「まゆみちゃんに投げられた」
「はっ!おお捕物なこったな」
父ちゃんはこばかにしたように言葉を投げた。娘に対してまゆみの演じた激しい抵抗を想像して、父ちゃんはにやにやと笑った。
「なにさ、いけすかない・・・あとで聞いたよ。月田の小母さん犯してきたんだって?」
ガキのくせに、澄ました顔してやけに生々しいことをいう。
「耳が速ぇな」
忌々しそうにそっぽを向く父ちゃんに、ナギはこともなげにいった。
「まゆみちゃんからきいた」
「仲のええこった」
「ウン、仲良くなった」
「うそこけぇ」
「だいぶしつこかったらしいね」
「だれから訊いた」
「それもまゆみちゃんからきいた」
「あの娘(あま)っ子もすみに置けねぇな。聞き耳立ててたんか」
「おうちの中だもん。耳ふさいだって聞こえるよ。閉口してたよ、まゆみちゃん」
「ふたりして何をよからぬ話をしてるだか」
父ちゃんはぶつぶつ言った。
「とうちゃ~ん。まゆみちゃんがいるときには止しにしときなよ。都会の人はそういうのって気にするみたいだから。たぶんあの父娘、きょう自分たちに起きたこと、半分も喋ってないと思うよ。少なくとも小父さんは、カヤの外だろうねぇ」
ナギはしわしわの婆さまみたいな口調で、親切な小父さんのことを思いやった。
お仕事に出てる最中に、妻も娘も食い物にされちゃった、かわいそうな小父さんのことを。


行ってきまーーすっ!
通学鞄を手にしたまゆみは、あいさつもそこそこに、ばたばたと登校していった。
月田は娘の姿が消えたあとも、まだ玄関先に視線を残していた。
廊下を飛び越えるようにおお股で跨いでいった白のハイソックスの両脚が、妙に目に灼きついていた。
娘の着ていたセーラー服も、気のせいか真新しくなったように、彼の目には映った。
「まゆみのやつ、こっち来てから元気になったな」
「そうか知ら」
妻はのんびりと、洗濯ものを干している。きょうはいつものトックリセーターにパンツルックだった。
「東京にいたときは不登校だったものな。こっちで仲良しでもできたのかな」
「さぁ~、どうか知ら。あの子学校のことはあんまり話さないですからねぇ」
「おいおい、頼むよ。父親にはもっと話さないんだから。お前がしっかり訊いといてくれないと」
夫は口を尖らせたが、柔らかな口調は変わらなかった。
「はい、はい」
月田夫人も軽々と夫をうけ流し、洗濯物をいっぱいぶら提げて庭に出ようとした。
「ばっかねぇ、あの子ったら。夕べのうちに干しとけば、きょう渡せたのに」
「なんだ?」
なんでもないわぁ・・・といいながら彼女は夫に背を向け、小物のいっぱいぶら提がったトレーをひとつ落っことしたのを取り残して庭に出た。
妻のお尻を視線で追いかけていた月田は、妻の落とし物に目をやった。
娘のものらしい白のハイソックスが、洗濯ばさみに挟まれたまま、たたみの上にとぐろを巻いていた。
ハイソックスにはところどころ穴があいていて、白い生地には洗い落とせなかった紅いシミが残っていた。
「?」
月田の目が釘付けになった。
さいしょはそういう柄なのかと思ったほど、その紅いシミは目だったまだら模様になっていたから。
それがなにを意味するのか、彼にはすぐにわかった。娘の洗濯物をみた母親が、初潮をさとるときのような的確さで。
思わずズキリ!ときた。とうとうまゆみまで・・・そんな想いももちろんよぎった。
さいしょからそのつもりだったとはいえ、娘にだけは説明を一日延ばしにして、人事の担当者に「どのお宅でも、お子さんには直接仰らないみたいですねぇ」などといわれたのをいいことに、とうとう何も言わずに済ませていたという心のとがめもあった。
そのくせ、娘がきちんと状況に順応して母親と示しあわせるまでになっていることに安堵もし、半面自分だけがつんぼ桟敷におかれたという身勝手な悲哀も淡くではあるが感じていた。
証拠物件を目の当たりにして、(ずいぶんはでにやったなぁ)と内心思ったもののそんなことはおくびにも出さず、「母さん落としたよ」と夫はあくまでおだやかな声をあげただけだった。
「まゆちゃんねー、献血するようになったんですって」
母さんは手仕事の手も休めずに世間話をするみたいな調子でそういうと、さりげなく父さんの顔色を窺った。
娘がなにか一人前のことをしてきた、といいたげな口ぶりだった。
「ふーん」
父さんは一見気のなさそうな返事をして、「さてそろそろ行くか」と、起ちあがって伸びをした。
なにかを紛らすような感じに、妻の目には映った。父さんは大きく伸びをすると思い出したように訊いた。
「母さんだれか紹介したの?」
(やっぱり気になるんだ)彼女は多少の安堵と少しばかりの危惧を感じながら、
「あらっ?あなたが紹介したんじゃなくって?」
といった。父さんがちょっとあわてたのが、背中ごしに伝わってきた。
「えっ、私が?」
「蛭川さんですよ」
向き直った妻のまともな視線を浴びて、父さんは気の毒なほどおろおろした。こんどは母さんがあわてた。夫が誤解したのにすぐに気がついたからだ。
「あー、ごめんなさい。ひと言足りなかったわね。ナギちゃんっていう娘さんのほう。会社でよく会ってるはずだってあの子が言ってたわ」
「アッ、あの子か!そういえば私のとこにはきのう、来なかったな。週末会社休んだしお腹すかしてるかな?って覚悟してたんだけどね」
フフフ・・・度のつよい眼鏡の奥で父さんの目が優しく笑うのを、母さんはおっとりと見つめた。
いつの間にか地元の風習にお互いがどれほどなじんだか、かなり大っぴらな会話を交わすことができるようになっていることに、夫婦のどちらもが気づいていた。
吸血鬼相手に家族のめいめいが相手を選んで血をひさぐようになり、妻は夫や娘の間近で娼婦のように振る舞い、夫はすすんで妻にそうするように仕向け、自ら招いた結果がもたらした昂りが夫婦の営みを復活させる。
互いにあらわにしない部分を秘めあいながらの平穏な日常・・・こういう関係もありなのか。安堵と悲哀、嫉妬や昂り・・・いろんな感情がいっしょくたにわきあがってくるのを吹っ切るようにして「母さん行くよ」といっていつものように出勤していった。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 21 教師への制裁

2018年10月28日(Sun) 23:47:25

「担任さんブラジャー没収よ」
職員室のなか、ナギは春田教諭のまえにまっすぐ手のひらを差し出した。
「な・・・なんのことですかっ」
神経質そうな色白の頬を蒼白にし、七三にきっちり分けた髪を震わせててうろたえる春田教諭に、ナギはどこまでも高飛車にたたみかけた。
「あの教室のあと始末はお願いしたけど、拾い物を自分のものにしていいなんて言わなかったよね。
あなたの役得なんて、なにもないの。早く出して頂戴」
スーツばかりの室内で明らかに浮いているはずの子供服が、冷然と目の前の教師を追い詰めていた。

朝はもっと露骨だった。
校長に呼ばれた春田はそこでナギという少女を紹介されて、部屋を出てゆく校長の背後で少女に首を咬まれていた。
痺れるような疼痛は、元々もろい彼の理性をかんたんに突き崩し、その場で言われるがままの奴隷になった。
要求されたことはかんたんだった。
旧校舎の鍵を渡すこと、受け持ちのクラスの月田まゆみという生徒を呼び出して、いまから説明する口実でその旧校舎に行かせること、ころあいを見計らってあと始末をすること、そしてそこで起きたことは一切報告しないこと。
ナギはずうっと春田の首を咬んだまま、埋め込んだ牙を通して意思を伝えてきた。
そのあまりの異常さに、春田はしたがうしかなかった。
「あなたのせいになんかならないから」
少女の言いぐさになわかな安堵をおぼえ、みっともなくその場で尻もちをついてしまったくらいだった。

春田は通勤鞄をあけるとがたがた震えを帯びた手で中をさぐった。
吊り紐の切れたブラジャーがそこから出てきた。ブラジャーの裏側にまわったかすかな血痕は、彼の目に留まっていなかった。
ナギは澄ました顔をして周囲を見回した。
「いまのとこ、だれも視てないわよ。ね・・・?」
教師たちはふたりをわざと無視することで、彼女の期待に応えた。
「よかったね、教え子のブラジャーせしめようとしたの、だれにもばれなくて。お礼を頂戴ね」
「え・・・このうえなにを」
教師は再びうろたえた。ナギは冷ややかに言った。
「あんたの奥さん連れてきて。お腹がすいた時に声かけるから。できるはずよ・・・あんたは恥知らずだから」
凶暴な目付きで春田を射すくめると、ナギは表情を一変させて普通の女の子の顔に戻って、無邪気な笑いをはじけさせた。
操作ひとつで形相一変する文楽人形みたいに不自然だった。
凍りついた男を自分のつごうで一方的に取り残し、ナギは「じゃ~ね~♪」といって背中を向けた。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 20 母の醜聞

2018年10月28日(Sun) 23:45:10

部屋の隅に押しやられたちゃぶ台の前、ひざを突いた格好で上背を反らせた母親は、まつ毛を震わせ口許を喘がせながら、父さんではない男のひとに抱きすくめられていた。
抱きつかれたあとひざを落としたようにみえた。男は草色の作業衣を着ていて、母さんの背中に腕をまわし、片方の掌で母さんの頭を、もう片方の掌でこちら側のうなじを掴まえて、むこう側のうなじに顔を埋めていた。
男は、くいっ・・・くいっ・・・っと喉を鳴らしていた。
鈍くて重たい音だった。
母さんがなにをされているのか、さっきおなじことを経験してきたばかりの娘には、すぐにわかった。
母さんは腰にエプロンを巻いたまま、そのエプロンにも、エプロンのうえに着た空色のブラウスにも、モスグリーンのカーディガンにも、赤黒いしずくを点々と滴らせていた。
しずくは母親の生命を映すように、しずかな光をたたえながら彼女の身体を伝い落ちていった。
ひっ・・・
声をあげたのは、まゆみだったのか母親のほうだったのか。
やがて母親は姿勢を崩して、身体を転がすようにたたみのうえにひっくり返った。
紺のスカートがめくれ上がり、すそにレエスをあしらった薄いピンクのスリップがちらっと覗いた。
まだ意識は残っているのか、たしなみのあるいつもの母さんらしく乱れかけたスカートのすそをしきりに気にかけていた。
立て膝をした向こう側に倒れ込んだので、ふたたびうなじを狙った男の顔つきもろとも、すべては肌色のストッキングを穿いたふくらはぎに遮られてしまった。
母親が珍しくスカートを穿いていることに、まゆみは初めて気がついた。

くちゃ、くちゃ・・・じゅるうっ。
のしかかってくる生々しい吸血の音を払いのけるすべもなく、モスグリーンのカーディガンの腕がだらりとたたみのうえに伸びた。男はそれでもしばらくの間、まゆみの母親の首すじにうずくまっていたが、やがておもむれに顔をあげた。
「やめて・・・!」
声をあげてしまったことに気づいたのは、不用意にあげたまゆみの声に反応して男が振り向いたあとだった。

ナギの父親は、両脚を血で濡らしたまゆみを見ると、険しい顔つきを変えずにいった。
「あっちさ行ってろ。生命まで取んねえ」
――ナギの相手さしてくれて、すまねぇがったな。
初めて聞くしみじみとした声音に、まゆみは茫然と立ち尽くした。
男はそれ以上まゆみを振り返ろうともせず、ちゅうちゅうと音を立ててまゆみの母の血を吸った。
「ぁ・・・。ゥ・・・」
旨そうに啜る音に応えるように、母さんは呻いていた。いつかの晩ふすまごしに耳にした、夫婦の営みごとのときとそっくりな声音だった。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ きまぐれなかいせつ4

2018年10月27日(Sat) 11:00:32

ちょっと日があいてしまいましたが、本編のクライマックス?であるところの、ヒロインのまゆみが血なし父娘に咬まれるシーンです。
(^^)
いつもよりすこしだけ、しつような咬み方(とくに父ちゃん)になってしまいました。^^; まゆみちゃんごめんなさい。(^人^)

唐突に登場する担任の春田ですが、ダメ教師の典型のような人として描きました。
学校教師の若妻が吸血鬼に犯されるシーンもあってよいはずなのですが、ココはどうにも筆が進みませんで、存在していません。
読者諸賢は、てきとうに想像してくださいますように。^^
どちらかというと、旧校舎でナギが年上のお姉ちゃんを手玉に取るくだりのほうが、個人的にははるかに魅かれますね。^^
吸い取られた春田の血は、ナギの卑劣な千変万化のために役だっただけでした。(笑)

ここでナギは初めてまゆみに、自分は本当は死んでいるのだと打ち明けます。
もしかするとナギは、生前の最後の姿のまま齢をとり、じつはまゆみと同年代の女の子だったのかもしれません。
いずれにしても、彼女のまゆみにたいする愛着と憎悪とは、すくすくと年頃の娘に育った女子への羨望と反感があるのだと思います。
まゆみの血を得ることで、自分自身もまた、年ごろの女の子になれるのでは・・・みたいな。
父親に襲われるのとどっちがいい?と選ばせてみたりとか、かけっこの終盤戦で甘えてみたりとか、
同性愛的な愛着を感じさせる部分もあります。
どちらにしても、ナギのまゆみに対する感情は、ひと筋縄ではいかないように感じます。

血を吸い尽されたまゆみが一転して笑いこけてしまい、ナギと仲良くなるシーンは、すこし唐突だったでしょうか?
すっかり洗脳されてしまったまゆみは、以後はナギの姉代わりのような存在になってゆくのです。

付記
いま現在、16・17話が表示されていません。「ちゅうがくせい」という単語がひっかかっているようです。(どうしてこんな単語が?)
でも、本文をちょっと見ても、それがどこにあるのか発見できません。
よって、当面はこのままとなります。
このくだり、お手数ですが、弊ブログのミラーサイトがありますので、コチラで御覧になってください。
m(__)m

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 15 まゆみの担任
http://aoi17.seesaa.net/article/462409874.html

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 16 旧校舎の教室にて
http://aoi17.seesaa.net/article/462409904.html?1540602087

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 17 血なし鬼の父、まゆみを咬む
http://aoi17.seesaa.net/article/462409934.html?1540602212

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 19 かえり道

2018年10月27日(Sat) 10:08:05

その日中学校近くのはたけ道で、女学校の制服と赤い子供服のふたり連れが姉妹のように仲良く手をつないで、いっしょに童謡を唄いながら家路をたどる光景がみられた。
はた目には仲のよい姉妹としか見えなかったが、女学校の制服にはあちこち黒っぽいシミのついた穴ぼこがあり、丈長の靴下は左右まちまちの高さにずり落ちて、赤黒いシミをべっとりとにじませていた。
背丈のちいさいほうの子はTシャツに赤黒いものでまだらもようにはねあとを作っていたし、頬や口許にもおなじ色をした液体をべたべたと毒々しく光らせていた。
子供服の少女は集落に顔見知りが多いらしく道行くなん人もが彼女に声をかけた。
「おや、お友だち?」
「そう。新しいお友だち!」
少女が無邪気に笑って嬉しそうに白い歯をみせると、集落のものたちは「よかったねえ」と口々にいった。
年上のほうの少女は、ニコニコとほほ笑むだけで、ほとんどなにもいわなかった。
人々は、年上の少女の顔色のわるさを気づかって、いつ木乃伊(ミイラ)みたいになってぶっ倒れるのかと内心はらはらしたが、
少女は時おり小またになって脚を引きずることはあったものの倒れる気づかいはとうぶんなさそうだった。

「おなかいっぱいになったかな」
「ウン、これでしばらく持ちそう」
「お腹空いたら、いつでも声かけてね」
「ありがと。こんどからそうするね」
「血が足りてても会いに来てね。おうちで仲良くお話ししよ」
「あー、ウン。嬉しいな、それ。ナギはお友だち少ないから・・・お姉ちゃん音楽は好き?
鼓笛隊やってるんだよね?うちに音楽関係の本いっぱいあるんだ。古いのばっかりだけど」
「エッ!?見たい。見たい!」
「じゃ、約束ね」
指きりげんまんをするふたりは、ふつうの女の子に戻っていた。
たんなる食べ物扱いされていないことが、まゆみの胸をあかるくした。
血を吸う以外に用がなくて、ほかのお話しはいっさい耳を貸さないといわれたら、悲しかったから。
けれどもナギは、血が足りてるときでもまゆみといっしょにいたいと言ってくれた。
血が足りてま人間に戻ると、ナギはいい子になるのだ。
ふたりはさっきまでいがみあいながら続けていた鬼ごっこのときの手の内まで、ばらし合いっこまでしていた。
ながい距離をいきせききって走りあった連帯感に似たものだけが、意地を張り合った鬼ごっこのあとに残った。
「きょう中に血をもらえないと死んじゃう、って言ってたけど、あれウソでしょ?」
「ウン、よくわかったね。まゆみお姉ちゃんにしては上出来」
「こら」
「お姉ちゃんは意地っ張りだけど、お涙ちょうだいをしたらちゃんとワナにはまってくれる気がしたんだ。いい手だと思ったんだけど、惜しかったなぁ」
「けどあのときは、かけっこおしまいにしようかとチラッと思った」
「そっか。いいセンはいってたんだね。次回もこの手でだましてみよう」
「だーめ。もうだまされないわよ。でも、吸血鬼と人間が仲良く暮らしてるっていうのもウソなの?」
「はずれ。あれはほんとだよ。さっきの人たちも、あたしにお友だちができたってよろこんでいたでしょ?
あたしや父ちゃんがまだ新米でお友だちが少ないの知ってるからよろこんでくれたんだよ。
あの人たちもたいがい、だれかとお友だちだからね」
「ふーん、そうなんだ」
血の抜けた身体のわりには、全身が火照っているような気がした。
ナギに咬まれたところも、父ちゃんに咬まれたところも。ずきずきしていたけれど、苦痛には感じなかった。
どちらかといえば痛痒い感じで、傷口のひとつひとつに、あの尖った牙が傷口の寸法どおりにぴったりと埋め込まれている感じがした。
それは決して不快で落ち着かない気分のものではなく、素肌にしっくりと食い込んでいるようだった。
まゆみの首すじに食いつく直前に約束したとおり、ナギが女の子らしく気をつかって、素肌に必要以上の傷をつけないよう柔らかな甘咬みをしたのを、まゆみは父ちゃんに咬まれた感触との比較で気づいていた。
彼女の父親の相手をするのは気が進まなかったが、ナギがひもじいと訴えてきたら、こたえてあげたいと思った。
「だまされててもいいや」
大人を相手に平気でずるをするナギのことだからあり得ると思ったけれど、こだわるのはやめようとまゆみは思った。
ナギのおうちに遊びに行くようになったら、やはり自分の家にも招ぶべきだろうか。
ナギがひもじくなったらお紅茶やお菓子の代わりにあたしが首すじを咬ませてあげるのはいいとして、母にも事情を話しておいたほうがいいのだろうか?
万一のときには母にも血を分けてもらえるように・・・
「お姉ちゃんはまだそこまで考えてくれなくていいよ」
ナギは謎めいた微笑を返して話題をかえた。
「あ、もうじきお姉ちゃん家(ち)だ。あたしはここでさよならね」
みると、まゆみの家のすぐ前に着いていた。


ナギちゃん・・・?
ふとわれに返ったまゆみは脚を止め、辺りを見回した。
さっきまですぐ隣で腕を触れ合わせていたナギは、もう影も形もなく姿を消していた。
周囲を静寂が支配するのが、シンシンと胸に響いた。
陽ははやくも傾いて、街並みに翳りを投げはじめていた。
いったいナギとはなん時間、刻をともにしたのだろう?
担任の春田教諭に呼ばれてクラスの教室を離れたのは、一時間目の授業が始まる前だった。
まゆみは黄色く翳る風景のなか、とぼとぼとした足取りで家路をたどった。
血なし鬼の父娘にしたたかに血を抜かれたあとのけだるさが、身体を重くしていた。
われに返ることで、失血によるダメージがのしかかってきた。
「あらっ、月田さんとこのお嬢さん。どうなさったの?大丈夫?」
声をかけてきたのは、顔見知りの近所の小母さんだった。毎日登下校のとき顔を合わせる、父さんの会社の人の奥さんだった。
お互い下の名前もろくに知らない同士だから、まさか血なし鬼の女の子と仲良くなって生き血を吸われて来たんですとは言えなかった。
あっ、大丈夫ですから。ちょっと貧血ぽいので早退けしてきたんです・・・といって、そのままやり過ごそうとしたのだが、
小母さんはまゆみの手を握らんばかりにして、
「顔色よくないよ、ちょっとうちに寄っていかない?」
と、やけにしつこく引き留めようとする。すぐそこが家なのに、なかなか放してくれそうにない。
いつにないしつこさにむしょうにいらいらしてきて、
「家で休みますからいいです!」
とピシャリと言い返して振り切ってしまった。
背後から、せっかくひとが親切に・・・というブツブツ声がしたが、聞こえないふりをして家の門をくぐった。
「ただいまぁ」
薄暗い玄関から母さんのいるはずの居間に向かって声を投げた。
われながら、うつろな声をしていた。奥から反応はなかった。
だらしなくずり落ちかけて赤黒い飛沫の散ったハイソックスのつま先を板の間に降ろしたとき、居間のほうから
「・・・ァ」
と、声が洩れてきた。
母さんの声だった。ただならない雰囲気を感じて、「母さん・・・?」といいかけたまゆみは、ハッと息を呑んで立ちすくんだ。
悪夢は終わっていなかった。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 18 まゆみとナギの鬼ごっこ

2018年10月27日(Sat) 10:05:39

まゆみは無我夢中だった。
どれだけ血を吸われたのかもよくわからなかったが、とにかく全速力で走ることができるのだけは確かだった。
走る方向を間違えたのを惜しいとおもった。
まゆみのいた教室は旧校舎の二階の最後部にあり、彼女がこの旧校舎に入った入口にいちばん近い側だった。
彼女がとっさに出たのは、前の扉だった。後ろの扉からすぐのところに階下に続く階段があったが、ナギがいたから通れなかった。
しかたなく彼女は、廊下のいちばん向こうまでそのまままっすぐ走り抜けた。そちら側にもたしか、昇降口があったはず・・・。
旧校舎内で土足がオーケーだったのは、まゆみに幸いだった。上履きから履き替えることなく、そのまま表に逃げてしまえばよかったから。

ナギもおんなじことを考えていた。もちろん舌打ちしながら。
へんに行儀のよいまゆみのことだから、上履きのまま外に逃げ切ろうなんて機転のきくわけがない。必ず帰巣本能みたいに、本校舎の昇降口をめざすはずだった。
それにしても父ちゃんはばかだ。どうしてこういうときにばかり、変に情をかけるんだろう?
おまけに助平ときているから、娘に分け前渡すのも忘れていやらしいことなんか始めて、あんな間抜けな姉ちゃんに油断を突かれるようなへまをするんだ。
まゆみお姉ちゃんの身体から吸い取った血が父ちゃんの身体をまわり始めるには、もう少し時間が必要なはず。
はやいとこあたしに引き継いでくれれば、あたしがまゆみを大人しくさせてる間に、父ちゃんの身体にもまゆみの血がめぐってきて、あとはふたりして好き放題にできたはずなのに。
ちっきしょう!逃がすもんか!
ナギは駆ける脚に力を込めた。

えっ!?そんなっ!
こんどはまゆみが仰け反る番だった。
校舎の最前部の昇降口は、閉鎖されていたのだ。
まゆみはナギがばか正直に彼女のあとを追ってくることを願った。そうであれば、いくらナギだって大人の足には追いつくまい。
でも・・・ナギが持ち前のずる賢さを発揮してただしい選択をしていたら、まゆみは袋のネズミ・・・勝利はあの子のものになる。
果たして・・・階段を飛び降りるようにかけ降りたまゆみが視たのは、校舎からの唯一の出入口に佇む小さな人影だった。
獣じみたカンの鋭さ・・・まゆみはゾッと震え上がった。
ふたりの間には女子トイレがあった。トイレはまゆみの側に、やや近かった。
あそこに入れば活路があるかも・・・一階の教室の窓から降りることも考えたが、脚力でもナギに勝てるかどうか、あやしくなってきた。
ナギは彼女よりも身軽に窓を乗り越え、校庭でまゆみのことをかんたんにつかまえるだろう。
そのときこの学校では、生徒も、教職員すらも、ナギの振る舞いを表だって制止してはくれないような気がした。
そして、まゆみのその直感はただしかった。

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飛び込んだトイレの鏡をみると、そこには顔色をなくした少女が立ちすくんでいた。
髪を振り乱し、うつろな目をして、自分とはまるで別人のようだった。
セーラー服の襟首に沿った三本の白線ははねた血のりでところどころ消えかかり、胸許に締めた純白のタイはほどけかかって、やはり赤黒い血のりがまだらに撥ねていた。
首すじにはふたつ並んだ咬み痕が、黒々とつけられていた。まゆみはせっぱ詰まった状況を一瞬忘れ、棒立ちになった。

ナギは怒りを込めた口許を、かたくなにひん曲げていた。まゆみは泣きべそを掻いていた。
女子トイレの入口側に、ナギが。
奥まったほうに、追い詰められたまゆみが。
いままで余裕の薄笑いで彼女をあしらっていたナギを、どうやら本気で怒らせてしまったらしい。
「ナギちゃんお願い!お姉ちゃんのこと見逃してっ!あたしこういうの、ほんとにだめなの・・・」
見栄もプライドもかなぐり捨てて、まゆみは手をあわせて哀願した。
ナギは、聞いちゃいられないという顔をした。彼女の怒りの理由は、まゆみにとってすごく理不尽なものだった。
「お姉ちゃんの意地悪っ!どうしてあたしにだけ血を吸わせてくれないのっ!?」
理不尽すぎる主張というのは、意外にやっかいなものだ。理不尽すぎて、抗弁の方法が見あたらなくなるからである。
「えっ?その・・・だって・・・」
まゆみはたじたじとなり、しどろもどろになった。
ナギは女の子らしい潔癖さをあらわにしていい募った。
「あれほど仲良くしてねってお願いしたのに、父ちゃんとばっかりいちゃついて、あんなにイヤラシイことまでやっちゃうんだから!
エッチ!すけべ!ばいた!ヘンタイっ!あんたの母さんといい勝負っ!」
よくもまあこんなにも、女が女を罵る言葉を知ってるものだ。
「ばいた」なんて言葉は、まゆみですらなかなか思いつかない語彙だった。
たまたま国語の時間に習った古い小説に出てきて、注が振ってあったからわかったようなものだった。
きっとあの粗野な父親の影響だろう。
いまこの子につかまったら、あのひとのところにまた連れて行かれる・・・虫酸が走ったのをどうやって見抜いたか、ナギは嘲るように白い歯をみせた。
「大丈夫だよ。父ちゃんのとこになんか、連れて行かないから。あなたの血の残りは、あたしが独り占めにするんだ」
ナギは獣のように吼えると、口許から初めて牙をむき出しにした。父親のそれと同じくらい、尖っていた。
「痛いけどゴメンね」
ナギが呟いたのとおなじ呟きを、まゆみも同時に口にした。
えっ?と目を見開くナギの顔面に、モップが投げつけられた。
それから、亀の子たわしやら、ホースの切れ端やら、雑巾やら、ありとあらゆるものが降ってきた。
やわなものもあったが、力いっぱい投げつけられる物たちを避けるのに、ナギは思わず頭を庇って俯いた。
特に丈の長い雑巾は効果的で、ナギの顔に巻きついて、格好の目つぶしになった。
ナギが苛立たしげに雑巾をはね除けたとき、目の前からまゆみの姿が消えていた。
見ると、ナギの手の届かない高窓が開けっ放しになって、その真下にはスチール製の小さな踏み台が転がっていた。
ナギは踏み台をおき直し高窓に手を伸ばしたが・・・すこしだけ、背丈が届かなかった。おかっぱ頭の黒髪が、激怒に逆立った。


はっ、はっ、はっ・・・
中学校の旧校舎は、はるか向こうになっていた。
まゆみは学校の裏口を出て、その周りの住宅街を駆け抜けて、街なみをはずれた坂道の白く乾いた砂利道を、息せききって駆けのぼっていた。
とっくにけりがついているはずの鬼ごっこが、いったいいつになったら終わるのかとうんざりしながら。
遠くに小さくではあるが、赤いしま模様の入った白のTシャツに真っ赤なスカートの女の子が、あとを追いかけてくるのがみえた。
小学校のころ、かけっこはいつも一番だったのに、中学に入っておっぱいが大きくなってから、すっかり身体が重たくなっていた。
砂利道の石ころに足を取られるのも、もどかしかった。
すべてはナギとおなじ条件のはずなのに、距離が少しずつ縮められていくような気がしてならなかった。
まゆみはもつれそうになる足どりを励ましながら、ゆるくて長い坂道をかけのぼった。

はぁ、はぁ、はぁ・・・
まゆみは立ち止まってうつむいて、両手で両ひざを抑え、肩で息をしていた。もう限界だった。
こんなに長く走ったの、きっと中学に入ってからは初めてだろう。
もしも今ナギが追いついてきて「よくがんばったねお姉ちゃん」と囁いたとしても、頷くのがやっとで首すじをゆだねてしまいそうな気がした。
幸いそうなるには、ふたりのあいだにはまだへだたりがあったけれど。
あとを追いかけてきたナギも、まゆみが立ち止まったのをみて、足をとめた。石を投げれば届く距離にまで、差は縮まっていた。
「いったいどこまで、ついてくる気っ!?」
投げた叫びに苛立ちがこもった。
「もうかけっこやめようよー」
陰にこもったナギの声色は、お陽さまの下ではか細く響いた。
「あなたがやめるまで、あたしはやめないっ!」
まゆみは叫び返した。
「じゃあ、あたしもあきらめないっ!」
か細い叫び声がかえってきた。交渉決裂だった。鎮まりかけた息を再び弾ませて、ふたりの少女はまた走りはじめた。

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ふぅ、ふぅ、ふぅ・・・
何度めか振り返ったとき、ナギが足をとめているのがみえた。
ナギが立ち止まったのをみるとまゆみも息が切れて、走るのをやめた。
どちらの足どりものろのろとしてきて、ほとんど意地の張り合いみたいになっていた。
「ナギちゃん、もうあきらめようよっ!」
声を投げたのはやはり、まゆみのほうからだった。
「お姉ちゃんの血が欲しいのっ!」
か細い声はどこまでも真剣だった。
「きょうじゅうにだれかの血をもらえないと、ナギ死んじゃうんだもん!」
叫び声には、切実さがこもっていた。
「全部ちょうだいなんてひどいこと言わないから・・・ほんの少しでいいから分けて・・・」
追い風に乗ってくる声は、すすり泣きをしているように聞こえた。まゆみは歯を食いしばって、また駆け出した。

もぅ・・・だめ。
もういちど、ナギの邪まな望みをなんとかあきらめさせようと、振り返ったときだった。
まゆみが立ち止まるのをみたナギは、自分も立ち止まろうとして、足がばかになったのか、前のめりにひっくり返ってしまった。打ち所が悪かったのか、そのままぴくりとも動かない。
えっ!?どうしたの?大丈夫っ!?まゆみは相手が血なし鬼だということも忘れて、思わず駆け寄った。
ふたりのへだたりは、もう十数歩に迫っていた。
「ナギちゃん?ナギちゃん?だいじょうぶっ!?」
仰向けに倒れたナギを抱き上げて揺すったが、反応がなかった。
「やだ、どうしよう・・・」
血がもらえないと死んじゃう。ナギはそういっていたはずだ。
でもここでは、人間と吸血鬼が仲良く暮らしている、ともいっていた。
通りがかりのだれかが、助けてくれるかもしれない。
まゆみは辺りを見回したが、いちめん背の高い草むらが続くばかりで、人の気配はなかった。
ふとナギの顔に視線を落として、まゆみはぎょっとした。
抱き上げられた腕のなか、ナギがあの冷ややかな薄笑いで、まっすぐまゆみのことを見上げていたのだ。

イヤッ!だめっ!ひいっ・・・!
組んづほぐれつ、上になり下になり、ふたりの少女はつかみ合った。
踏みしだかれた草の青臭い匂いがふたりの鼻をつき、服は葉っぱにまみれていった。でももう、勝負はついていた。
「お姉ちゃん、懲りないね。ナギは嘘つきだって、よく知ってるくせに」
薄笑いを浮かべた唇の両端から、ナギは尖った牙を再びむき出した。
「でもそういうおばかさんなところ、あたし好きかも。いっぱい走っちゃったけど、おトイレよりはお外のほうがまだいいよね?」
「殺さないで。殺さないで」
まゆみは必死にかぶりを振った。ナギは父親がむざんにつけた首すじの咬み痕を見つめて、さも気の毒そうにいった。
「かわいそう。父ちゃんにやられたんだね。やだったでしょう?ナギは女の子だから、お肌が荒れないようにもっとやさしく咬んであげる」
まゆみはちいさく、かぶりを振った。
同情といたわりに満ちた声色を裏切って、迫ってくる牙は父親のそれと変わらない鋭さをもっていた。
ナギは嬉しそうにニッとほほ笑んだ。
そして、あきらめのわるいライバルがなにか言おうとするのをまるきり無視して、
ニッと笑った可愛い口許から尖った牙をさらけ出し、父ちゃんが咬んだのとは反対側の首すじに、牙を突き立てた。

くいっ・・・くいっ・・・くいっ・・・
猛禽類が獲物を漁る獰猛さで、ナギはまゆみのうなじをくわえたまま、喉を鳴らした。
そのあいだずっと、まゆみはキュッと目を瞑り、歯を食いしばってナギの吸血に耐えた。
濃紺のセーラー服のあちこちに葉っぱをつけて、片方は乾きかけた血のりのはねたハイソックスの脚を立て膝して踏んばりながら。
自分のなかに脈打つ血潮を一滴でも多く体内に留めようと、まゆみはのしかかってくるナギの身体と隔たりをつくろうとし、
やめて、よして、と、声で制止しようとし、
かぶりを振って拒絶の意思をあらわにし、
それらがすべて無視されると、ただひたすら身をかたくこわばらせて、ひと口でもよけいに血を抜き取られまいと身体をこわばらせながら願いつづけた。
けれどもまゆみの首すじに吸いつけられた唇はたゆみなくうごめきつづけ、ナギはものもいわずに食べ盛りの食欲を見せつけつづけた。
ナギがようやく牙を引き抜いたとき、まゆみの身体からはもう、力が抜けきってしまっていた。
ナギは口許を毒々しいくらい真っ赤に濡れ光らせて、相手に力の差を見せつけるように、引き抜いた牙からわざと吸いとった血をぼとぼととまゆみの胸許にほとばせた。

「アハハハハハッ」
あっけらかんとした笑い声をたてたのは、まゆみのほうだった。ナギもまゆみに声を合わせて笑った。
「ちょっとー。ひどーいっ!」
さっきまでとはまるで別人のように、能天気な声色をしていた。もう、すっかり毒がまわってしまったらしい。
教室でこの子の父ちゃんに咬まれつづけたあたりから自覚し始めていた妖しい歓びが、まゆみの理性をすっかりかき消してしまっていた。
まゆみは胸許に締めていた白のタイをほどいて、それが派手なまだらに赤黒く染まったのをナギに見せて口を尖らせた。
それまでみたいな差し迫った敵意は、すでに消えていた。
うなじの傷口にべろを這わせてくるのをされるがままに受け入れると、
「ナギちゃんにもハイソックス破らせてあげるね」
といった。
まゆみのハイソックスは、ナギの父ちゃんの乱暴狼藉やその後の逃走劇で、どちらも脛の半ばや足首までたるんでずり落ちていた。神妙にお座りしながらも露骨に舌なめずりをしているナギのために、まゆみは靴下を左右両方ともめいっぱい引っ張りあげた。
「これでよし・・・と」
リブがまっすぐになるように、ハイソックスのゴムをひざ小僧のすぐ下のあたりまで念入りに引きあげると、まゆみは得心がいったように、呟いた。せっかく咬ませてあげるんだから、きちんと履いた状態で愉しませてあげよう。
まゆみは、ナギが彼女のふくらはぎに咬みつきやすいように、セーラー服に泥がつくのもかまわずに、その場に腹這いになった。
脚の輪郭に沿ってゆるやかなカーブを描いたリブ編みのハイソックスが、肉づきの良いまゆみの足許をきりっと引き締めている。
「父ちゃんひどいよねぇ」
ナギはまた気の毒そうに、ハイソックスが赤黒く汚れたほうのふくらはぎを見、まゆみの足許にそろそろとかがみこむと、それでもしっかりと、まだ咬まれていないほうの足首を選んで抑えつけた。
あくまで父親の手をつけたほうを避けるナギの態度にまゆみは苦笑しながら、
「きょうのやつ、履き古しなんだよ。前もって言ってくれれば新しいのおろしてきたのに」
といった。
「ふふふ。でも履き古しもなかなか、味があるよね?」
可愛い口許からピンク色の舌がのぞいて、リブ編みのハイソックスの白い生地のうえから、毒蛇のそれのようにちろちろとさまよった。
父親の粗野なあしらいとちがってもの柔らかで丹念で、姉を慕う妹のような甘えを帯びていたが、
却ってそれだけに、しつようないやらしさがこめられていた。
「ナギちゃんもやっぱり、やらしいね?」
お姉ちゃんは顔をあげて足許のナギをかえりみ、ナギはそれに対して「ウフフ」と応じただけだった。
「やっぱり履き古しは履き古しでいいなぁ」
舌で舐めくり回したハイソックスの生地を、よだれでじっとりと濡らしてしまうと、ナギはかなり濃いことを呟いた。まゆみも
「どうぞ、召し上がれ」
と、脚をすらりと伸ばした。まゆみのひざから下を包む白のハイソックスは、ほんりと汗の沁みたリブをツヤツヤさせていた。
「ウフフ。じゃあ遠慮なく、いただきまぁす♪」
ナギはニマッと歯をみせて笑うと、たっぷりと肉のついたふくらはぎに、美味しそうに咬みついていった。
真っ白なナイロン生地に、赤黒い血潮が勢いよく撥ねた。
ふた色の含み笑いがくすぐったそうにからみ合うなか、まゆみの足許に縦に流れるリブ編みに沿ってバラ色のシミがじわじわ拡がっていった。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 15 まゆみの担任

2018年10月27日(Sat) 09:58:35

まゆみが教室に入ると、転校してきてすぐに仲良くなった同級生が、「あっ、まゆみ・・・職員室来てくださいって」
なにか言いにくそうな顔をしたのを、まゆみはうっかりと見落とした。

担任の春田教諭の席は、職員室いちばん奥のほうにあった。
なにも悪いことをしていなくても、職員室という部屋は、まゆみのようなごくふつうの生徒にとって、あまり居心地のよい場所ではない。
だから、その職員室のいちばん奥まったところに席のある春田のところに行くのは、いつもすこしばかり気詰まりだった。
おまけに、この春田という教師は、若くて整った顔つきをしているのに、どうもなじみにくいところがあった。
それはことさらまゆみだけが感じていることではなかったらしく、ようやく打ち解けて話のできるようになった他の女子生徒たちも、ほぼおなじ感情を抱いていた。
春田教諭は去年の秋に都会から転入してきたばかりの教師だった。
すでに三年ほど前に結婚していて、村には妻を伴っていた。
色が白く、髪の毛をきれいに七三に分けたすぐ下には、いかにも理知的な広い額と銀ぶちメガネの奥によく光る黒い瞳が、美男というにはやや鋭角的すぎる印象を与えたが、女子生徒たちが共通に抱くかすかな反感は、そういうところにはなかった。
あるものは「なんとなく冷たそう」と評し、あるものは「都会っぽさが鼻についていやだ」といったあと、あわてて、「ううん、都会から来たからって、まゆみはちがうからね」と言ってくれたが、もっとずけずけとしたことを言う女子生徒は、「逃げるんだ、あいつ」と、露骨にこきおろした。
たしかに彼女のいうことはある程度的を射ていて、それは春田のどこか弱々しい言動や、とかく「校長」だの「村のえらい人」だのの名前を、ふた言めには出すというところに現れていた。
それは、彼がまだ地元の流儀をじゅうぶん理解していないことを意味していた。

まゆみが職員室に入ると、春田教諭はいつものように、あまり思いやりのなさそうな冷たい視線を注いできた。
そして、おはようのあいさつも抜きに、いきなり本題に入った。
気持ちにゆとりのなさそうな、性急で強圧的な態度だった。
こういうときには必ず、この教師がおかしなことを言い出すのをまゆみは経験で知っていたし、いやな予感が彼女の胸をよぎった。
「月田くんは、"来賓当番"って知っている?」
春田の質問は唐突だった。まゆみがそのことについてなんの知識もないことを態度で知ると、にわかに安堵か優越感のようなものをありありとよぎらせて、それでも自分の表情をまゆみに読まれたのに気がつくと、
「いや・・・ぼくも去年の秋にこちらに来たばかりだから、あまり詳しいことまでは聞かされていないんだけどね」
と、弁解がましく不自然につけ加え、決まり悪そうなごまかし笑いをした。
「ぼくも校長や村の顔役さんから聞かされただけなんだけど」
と、教諭はまたも言い訳がましい前置きをして、その"来賓当番"というものについて説明をした。
およそまとまりのない、要領を得ない説明だった。しいて要約すれば、つぎのようなことらしかった。

毎月定期的に、村のえらい人ほか数名の同行者が、視察のために来校する。
そのお世話は、当校の女子生徒がなん人か組になって、交代で務めることになっている。
これは昔からの習慣で、教育の一環としての校内行事として位置づけられている。
長上を敬うという趣旨もあるので、来賓はほとんどが年配の男性であるが、そうでない場合もある。
一部、地元に長く住んでいる家の生徒のなかには、当番を免除されている生徒もいるが、彼らはその代わり、縁故のある人に個別の接遇をすることになっている。
4月は新入生が対象だったが、それが一巡したので、上級生に順番がまわってくることになる。
とくに三年生は、下級生にお手本をみせるという意味で、二年生よりもさきに順番がまわってくる。
個々人の順序は、不公平のないように、クラス順、出席番号順になっている。
うちのクラスでまだ"来賓当番"を経験していないのは転入してきたばかりのまゆみだけで、彼女と仲の良い有働や市宮も、入学以来の行事なので慣れている。

終始一貫、なんとなくだれかに言わされているような棒読み口調なのが、まゆみには妙に気になった。
あきらかに、本人の実感が伴っていなかった。
「きみだけなんだよねぇ、まだなのは」
と、そこだけに実感を込めた春田教諭に、まゆみはがまんし切れなくなって、訊いた。
「先生も、経験あるんですよね?」
春田は、なにを言っているんだ?と言わんばかりに、「いやこれは女子生徒だけの行事だから・・・」と、自分は関係ないと言いたそうな顔をしたが、まゆみはなおも突っ込んで、
「でも、引率とかしないんですか?学校行事なんだし」
と訊いた。春田は、え?と、虚をつかれたように目を見開いた。
「いや、担任は引率しないんだよ。女子生徒だけでやるんだから。ぼくも立ち会ったことがないんでね。」
口ごもってうつむいた春田教諭は、これから未経験者対象に説明があるので、××教室に行きなさい、授業のほうはきょうは出席にしておくから・・・と、しつこく食い下がるまゆみを厄介払いするようにして、自分の目のまえから追い払った。

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≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ きまぐれなかいせつ3

2018年10月24日(Wed) 06:20:02

すこし中途半端な長さなんですが、いったんここで切ります。
最新話でナギちゃんた言っている「おお捕り物」が、次回以降けっこう長く語られますので。^^

さいしょのお話は、一転してべつの女の子の受難話です。^^;
今回の餌食は、ナギが日常的に血を分けてもらっている隣家の優しいお兄ちゃんの彼女です。

こういう、「通りがかりの少女の受難」のシーンは、吸血鬼物語ではたいがい、冒頭で使われることが多いです。
どこのだれともわからない女の人が吸血鬼に襲われて、あっという間に咬まれてしまい、「キャー」という叫びひとつを残して絶命・・・なんてシーンが多いです。
たいがい地味めで、そこはかとなくはかなげな美人さんが演じることが多いです。

でも、こんなふうな扱いを受けてしまう「ヒロイン以外の犠牲者」にも、それなりの人生があるはずです。
どんなふうに両親に育まれて、
どんな友だちと出会ってきて、
どんな努力をして第一志望の高校に合格して、
さっきまでどんな日常を送って来たのか?
ワンシーンの女性のこうした背景は、ふつうだとあっさり省略されてしまいます。

こうした「ヒロイン以外の犠牲者」のことを、ついたんねんに描いてみたくなるのが、柏木の悪い癖です。
そうすることで、ちょい役はちょい役ではなくなり、準ヒロインくらいに格上げされてしまうだけのことかも知れないのですが・・・

舞台となっている村よりはやや都会っぽいところからやってきた彼女、霧川朋子さんは、高校生。
見慣れぬジャンパースカートの制服に、足許は黒のストッキングで大人っぽく染めて登場です。
そのストッキングに包まれたひざ小僧を、もの珍しげに見つめるナギちゃん。
「大人っぽいお姉さんだなぁ・・・」とあこがれつつも、結局は獲物を値踏みする吸血少女の目で、なにも知らない善意の持ち主であるこの年上のお姉さんのことを冷ややかに観察しています。
「大人をだますのを何とも思わない」と、前段の科白で呟いたナギちゃんの、本領発揮といえるでしょう。
「うまく捕まえたっ!」というくだりには、獲物を捕食する猛禽類のような、獣じみた無同情さが伝わります。
悲痛な叫びを残して血を流す彼女・・・その運命はこのさいばっさりと省略して、
吸い取った血潮で顔や手を真っ赤にした父娘を描くことで、ホラーさを演出してみました。^^
その辺の扱いは、「通りがかりの少女の受難」の定石?どおり、あえてあっさりとやってみたのですが、果たしてどんなものでしょうか?
じつは朋子さんのその後については、「番外編」も用意しています。
気が向いたら、掲載するかもしれません。(そこまで連載を続けたいものです・・・)

はっぴぃ・えんどを専門とする?柏木ワールドでは、けっきょく彼女も吸血される歓びに目ざめて、
ふつうの人間の女の子として生きつづけるのですが。^^

こんなふうに、善意の少女をずる賢く料理してしまうこの吸血父娘の冷酷さを描いた後、いよいよ「まゆみの捕物」の段取りです。
「通りがかりの少女の受難」のシーンの役割は、ヒロインがたどるかもしれない悲劇をほかの人物に投影させることにあるので、朋子はどこまで行ってもやはり、わき役なのです。

もっとも柏木は、しょうしょう頭が悪く、お行儀もよくなさそうなまゆみよりも、こういう控えめで奥ゆかしい美人のほうに気が行くので、しょうしょう描き方が濃くなったかもしれませんが。
^^;


★前回の「かいせつ」は、コチラ。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-3652.html

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 14 明日の悪だくみ

2018年10月24日(Wed) 05:53:16

―――父ちゃんはあしたの朝、力武の小母さんから忘れずに血をもらってね。
明日はおお捕物だから、力をつけとかなくちゃね。
朋子お姉ちゃんを襲ったときみたいな、あんなのろまなことやってたら、すばしこいまゆみに、してやられちゃうから。
あのときのの父ちゃんの動きの鈍さったらなかったよ。身体のなかの血がなくなると、あんなふうになっちゃうんだね。
力武の小父ちゃんが仕事に出てったら、すぐにお隣に行くんだよ。
小母ちゃん、お昼はどこか出かけてたみたいだから、もしかしたらどこかのだれかさんといいことしてきちゃったかもしれないけれど、このさい容赦しないで。
お腹がいっぱいになるまで、血をもらってくるんだよ。きっとだよ!
まゆみちゃんはきのうのお姉ちゃんよりも太っちょだけど、案外すばしこそうだから、しくじると逃げられちゃうからね。
きょうのお姉ちゃんとちがってあたしたち、あの子には面が割れちゃってるから、うんと用心してかからなくちゃね。
力武の小母ちゃんの血だけで足りるかな?心配だったら豊原のお祖母ちゃんにも無理してもらう?
朋子お姉ちゃんはもう、隣町に帰っちゃったかな。まだこっちにいるのかな。
あれだけ血を漁ったあとだから、くたびれちゃってお祖母ちゃんのうちにいるかもね。豊原を使えないのは、痛いなあ・・・
エッ!?お祖母ちゃん言ってたの?「月曜1日くらい、学校休んだっていいじゃありませんか」って?
そういうのって、黙ってないで教えてよ。
あたしに聞こえるような声で話していたって言われたって、あのときあたしはお姉ちゃんから血をもらうのに夢中だったんだもの、聞いてるわけないじゃない!

あしたのことなんだけど、まゆみの担任の春田って教師に、まゆみのこと呼び出してもらうことになってるから。
父ちゃんもあいさつしたんだよね?おとつい?なにかそのことで話はあった?
全ったくうっ!
男どうしって、腹芸だの、以心伝心だの、あたしにわかんない大人の言葉でかっこばっかりつけちゃって、どうして肝心なことの話しをしないんだろう。
月田の小母さんのときだって、あたしがぜんぶ仕組んだんだよ。公園のお化けは父ちゃんの考えだけどさ・・・
あぁ、あのときのロボットみたいなぎくしゃくした動き、いま思い出しても笑っちゃう!
お姉ちゃん怖がらせるためにわざとしてるんだと思ってた・・・
で、話は戻るけど、春田がまゆみをだれもいない教室に呼び出すから・・・それからあたしがあの子を教室から連れ出して・・・父ちゃんは体育用具入れの倉庫のところで・・・あの子にはあたしたち面が割れてるから、きっと用心してかかるからね・・・どうしても追い詰めることができなかったら、そのときはね・・・。

中学3年のまゆみは、ナギよりずっと歳上だった。
けれども、学年がもっと上である賢治の姉や彼女を餌食にしたナギは、「まゆみちゃん」と対等あつかいしていて、話が熱してくると時には「まゆみ」と呼び捨てにしたりした。
いつも親切に血を分けてくれる都会の小父さんの娘ではあったが、すでに父ちゃんの言うなりになったその母親とは違って、まゆみはまだ風習の領域外にいる"敵"にすぎなかった。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 13 独りぼっちのナギ

2018年10月24日(Wed) 05:48:24

週明けの月曜日は、地元の学校は開校記念日で休みだった。
中学も高校も休校になるのだが、女の子のいる家はたいがい、忙しかった。
というのも、女子生徒の約半数は記念行事のため登校させられたし、それ以外の少女たちも、あるいはお寺の本堂に集められ、あるいは個別に縁故のある家を訪問したり、逆にだれかを自宅に招いたりすることになっていたからだ。
ナギの隣家の娘は優等生で、いつも学校の来賓たちのお世話掛りをしているくらいだったから、とうぜんのようにセーラー服を着て登校していった。


ナギの家では、そうする必要がなかった。
だってナギはもう、ふつうの女の子みたいに、血を吸う人に吸わせてあげるためのうら若い血をもっていなかったから。
吸ってもらえる血がないというのは寂しいことだとナギは思った。
せめて吸わせてあげる血をもっていれば、独りぼっちで過ごさなくて済むのに。
少なくとも、ふつうの女の子だったころ、彼女は大好きな顔役の小父さまに血を吸ってもらえるのが愉しくてしかたなかった。
こういうときに"お友だち"のすくない血なし鬼というのは、寂しい想いを抱えることになる。
どこの家からも、どんな意味でも、声がかからないのだから。
隣家の姉娘はさばさばとした顔をして登校していったし、優しいお兄ちゃんの賢司は隣町の学校なので、やはりふつうに学校に行っているはずだった。
小母さんはお寺に手伝いに出かけたから・・・もしかすると少しばかり血を吸われてくるかもしれない。
どちらにしても、隣家の人たちは、ナギ父娘専属の"お友だち"ではなかったから、たとえ彼女たちがどこかの男に血を吸われようが交わってこようが、文句をいえる筋合いはなかった。

きのう初めて襲った朋子は、夕べの別れぎわ、ナギと「指切りげんまん」までして"お友だち"になる約束をしてくれた。
彼女は隣町に住んでいて、賢司とおなじ学校に通っていたけれど、
吸血されたのが初めてでしかもあれだけしたたかに生き血を吸い取られた後のことだから、
いまごろは疲れはてて、祖母の家でぐったりしているかもしれない。
それとも、あの善良な生真面目ぶりを発揮して、夕べのうちに隣町の家に帰宅して、気丈にも登校したのだろうか?

夫婦して"お友だち"になってくれたあの親切な都会の小父さんの家も、きょうは頼るべきではなかった。
ご縁が始まったばかりなのに、金曜土曜と連日訪問していたから。あんなに頻繁に血を吸われるなんて、慣れない人たちにはかなりの負担だったはずだ。
土曜の朝にお邪魔したときにはさすがに遠慮しぃしぃ戴いたと父ちゃんは言っていた。
翌日朋子を襲ったときの、電池の切れかかったお人形みたいな、あのみっともない動きをみると、あながち嘘ではないらしい。
父ちゃんはいつも、変なところで義理堅いのだ。
いや、月田家にかんするかぎりは、血を吸っただけではなくて、大人の男女が息をぜいぜいさせて身体をもつれ合わせるあの変な遊びでだいぶ発散してきたみたいだから、たんに助平なだけだったかもしれないけれど・・・
なんにせよ、あの夫婦は中四日くらい置かないと、使いものにならないかもしれない。
そして、あの愚かな夫婦の娘のまゆみは、地元の中学校に通っているくせにまだ風習の存在すら知らないで、なにもない休日をただ手持ちぶさたに過ごしているはずだった。

あぁ、切ない・・・
ナギはひざ小僧を抱えて座り込んで、ひどく寂しい顔をした。
こういうときにはいつも、空っぽの血管がシクシクと疼くのだ。

血が欲しい。
ピチピチとした活きのいい血が・・・

暖かくてうら若い血を持ちながら、なにも知らずに身体をもて余しているまゆみのことを、つくづくもったいないと思った。
昨日打ち解けて仲良くなってしまった朋子だったら、体調さえ許せば優しく笑ってうなじを咬ませてくれるだろうに。

夕方、父ちゃんは手ぶらで帰ってきた。塗料と脂まみれのいつもの草色の作業衣を、肩からぶさ提げたように引っ掛けて。
「手ぶらで」ということは、血を吸える人間をお土産に持ち帰ってこなかったということだ。
今夜はお互い、ひもじい想いをするのだろうか。
父ちゃんはそれでも、とっておきのひとつ話しでも披露に及ぶような勢いで、隣家の力武の息子は戻ってきたか?と、娘に訊いた。
「知らない」って答えると、行って確かめてこいと言った。
なんのことはない、ナギに賢司の血を吸わせて、自分はナギからその血を分けてもらう魂胆らしい。
「どうして自分で吸ってこないの」
と訊いたら、
「男が男の血を吸って愉しいわけがあるか」
という。
まんざら横着で言っているわけではないらしい。
そういえば都会の親切な小父さんの血も吸わなかったし、隣家の奥さんから血をもらってくるときも、たまたまご主人がいても目もくれないで奥さんひとりにのしかかっていた。
どうせきょうだって、たぶん選り好みばかりして、女の人ばかり訪ねていったのだろう。
こんな日につかまる"自由な"女なんか、よほどのあてがないかぎり、いないだろうはずなのに。
唯一父ちゃんがえらかったのは、それだけ窮しても、都会の小父さんの奥さんのところに行かなかったことだろう。
何しろ、なじみになっていきなり二日つづきだったから。
父ちゃんはこういうところだけは、変に義理堅いのだ。

「あしたの段取りだけどさ」
すこしして家に戻ってきたナギは、差し出した手首に目の色をかえてしゃぶりついてくる父ちゃんをしらっとした目で見ながらいった。
口許と頬ぺたに、隣家のお兄ちゃんから吸い取ってきたばかりの血を、くろぐろと光らせながら。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 12 餌食にしている少年の彼女を練習台にする

2018年10月24日(Wed) 05:37:39

公園のまえを通りかかった霧川朋子は、〇学生くらいの女の子が公園の入り口ちかくにうずくまるようにしてしゃがみ込んでいるのを見かけた。
学校帰りの彼女は黒のストッキングを履いた脚をとめて、ちょっとのあいだ怪訝そうにその女の子のことを窺った。
女の子は、ひどく怯えているようだった。
朋子は素通りしてはいけない気がして、
「どうしたの?お腹でも痛いの?」
と、その女の子に声をかけた。
女の子はしゃがんだままこちらを振り向いて、見慣れないお姉さんのことを疑り深そうな目つきで見あげた。
このあたりでは見かけないジャンパースカートに赤い紐ネクタイの制服が珍しいのか、彼女は朋子の制服姿を頭のてっぺんからつま先まで、無遠慮にじろじろと眺めた。
朋子は明るく笑って、
「べつに怪しい者じゃないわ。あたし隣町の学校に通っていて、お友だちのうちに寄り道してきたの。お祖母ちゃんもこの村に住んでて、これからお祖母ちゃんのおうちに行くところなの。三丁目の豊村っておうち、知ってる?」
女の子はみじかく、「知ってる」とだけ答えた。消え入りそうな声だった。
朋子は女の子のそばに自分もしゃがんで、彼女とおなじ高さの目線になって、
「どうしたの?お姉さんにできることがあったら、話してみて」
と、親身に話しかけた。
女の子は、黒のストッキングに透けた朋子のひざ小僧をもの珍しそうに、間近にじいっと見つめると、「怖いの」とだけいった。
「えっ、なにが?」
「ナギのおうちね、公園の向こうにあるの。でもこの公園怖いお化けが出るの。ひとりじゃおうちに帰れない!」
女の子はやっとのようにそう呟くと、もうなにも訊かれたくない、というように、両手で顔を覆ってしまった。

「困ったなァ・・・」
どうやらナギというこの女の子は、鍵っ子らしい。
それにしてもまだこんなに明るいのに、「お化け」とはどういうことだろう?
朋子は公園の向こう側にあるというナギの家の方角をみたが、ちょっとした木立ちや生け垣があるだけの見通しのよい公園で、左右は住宅地に挟まれていた。
それらの家々の二階の窓からは、公園の隅々まで見渡すことができるはずだった。
奥行きこそ多少はあるものの、向こう側の家並みの屋根瓦も、わずかながらではあるが木立ちの向こうに見え隠れしているのだった。
朋子は三丁目の祖母の家に行くのに、この公園を横切るほうが近道だと気がついた。
「いいわ。お姉ちゃん、ナギちゃんのこと公園の向こうまで送ってってあげる。お祖母ちゃん家(ち)に行くのも、そのほうが近そうだから」
「ほんと!?本当?お姉ちゃん、ありがとう!!」
ナギは無邪気に笑って、小躍りした。さっきまでの塞ぎ込みようなど、きれいに忘れてしまったようだった。
「じゃっ、行こ」
朋子なナギと手をつないで、なんの警戒心もためらいもなく、公園のなかに脚を踏み入れた。
よっぽどこの公園が怖いのか、ナギは朋子の手を痛いほどギュッと握り締めていた。


不幸にして朋子は、この公園が村でなんと呼ばれているのか、祖母からまだ聞かされていなかった。
さすがにそれを教わっていたとしたら、彼女も公園を横切ることを躊躇したに違いなかった。
この公園はこの界わいで、「お嫁に行けなくなる公園」と呼ばれていた。


公園の中程まで来たときだった。
ナギは朋子の手を掴まえていないほうの手の指をいきなり自分の口に突っ込んで、「ピィー!」と唇を高く鳴らした。
「?」
朋子が訝しげにナギを見返ると、ナギは親切なお姉ちゃんのほうには目もくれないで、
「父ちゃん、こっちこっち!うまく捕まえたっ!」
まるで草むらできれいな蝶々を捕まえた子どもみたいに、得意そうな声を張り上げた。
「えっ!?」
朋子が目をまるくしたときにはもう、遅かった。
公園の出口のほうに向き直ると、そこには薄汚れた作業衣の年輩の男が、赤ら顔を怒らせて立ちはだかっていた。

「お姉ちゃん、怖いっ!」
ナギはあくまでも怯える女の子を装って、朋子のジャンパースカートの腰に抱きついた。
意外に強い力だった。
お化けの小父さんのことを怖がってすがりつくように見せかけて、ナギは自分よりずっと歳上の女学生を、たくみに羽交い締めにしていくのだった。
朋子は事態がよくのみ込めないままに、さいしょはナギの手を引いて公園の向こうの出口まで走ってたどり着こうとし、
その逃げ道を未知の男に遮られると、ゆっくりと迫ってくる男の脇をなんとかすり抜けようとした。
しかしナギが朋子のことを後ろからしっかり掴まえていたのに手足をとられ、思うように動きがとれず、ただ徒らに身を揉んで脚をばたつかせるばかりだった。
どういうわけか、男の動きはやけにスローモーで、まるで電池の切れかかった人形のようだった。
相手がこの年輩男だけだったら、朋子は辛くも難を逃れることができたかもしれない。
けれどもナギに掴まえられた朋子はどうすることもできずに男に抱きすくめられていった。
「アァーー!」
悲しげな悲鳴がひと声、あたりの空気をつんざいた。
後ろから腕をまわしてお尻に抱きついてくるナギと、前から迫ってくる作業衣の男に挟まれるようにして、朋子は男に咬まれた首すじから赤い血を滴らせた。
あれよあれよという間に、濃紺のジャンパースカートを着た朋子の身体は草色をした作業衣の腕に巻かれていって、
白いブラウスのえり首に紅い飛沫を散らしながら、白いうなじをなん度もなん度も、繰り返し咬まれていった。
あたりには少女の悲鳴が切れ切れにあがったが、周囲の家々からはなんの反応もなく、ただ無表情に窓を締め切っていたのだった。

縮小p130512 018! 0 20 30 07 (2)06じ04 - コピー

二時間後――
あたりはすっかり、薄暗くなっていた。
「いい練習になったね」
ナギは得意げに、父ちゃんのことを見上げた。
「あんなにうまくだませるなんて、思わなかった」
「あの娘の親が見てたら、泣くだろうな」
男は、父親らしい感想をいった。
通りすがりに目にした小さな女の子が怯えているのを気の毒がって、善意に手をさし伸べたのが、まちがいのもとだった。
「あの子が優しいばっかりに、こんなことに・・・」
もしもあの女学生が死んでいたら、母親が涙声を詰まらせるところだろう。

「きょうの子は、かなりなお人好しだな。都会の娘っ子は警戒心が強そうだから、きょうみてぇにひとすじ縄じゃいかねぇかも知んねぇぞ」
男は考えぶかげに目を細めた。
「ウンウン。あたしもそんな気がする。まゆみちゃんってのんびりしてそうで、意外と抜け目ないかも」
ナギは調子のよい声で父親に応じ、まだ口許を濡らしている血のりを手で拭った。
「ほれ!そうすっからまた顔が汚れる・・・」
「いいもん。あたしあのお姉ちゃんの血、気に入った」
ナギは父ちゃんが叱るのも聞かずに、血のりで毒々しく光る頬を街灯にさらした。
「まるで化けもんと歩ってるみてぇだ」
おっかないものでも見るような目つきをして毒づく父親に、
「化けもんじゃない。あたしたち」
ナギは明るい声で父ちゃんの言いぐさを肯定して、開きなおった。娘の言い分もとうぜんだった。
きょうの獲物は、ナギにいつも血を吸わせてくれている隣家の少年の彼女だった。

「あのひと、賢司お兄ちゃんのお嫁さん候補なんだよね?」
春先までつづいた受験勉強の合い間に、息抜きをかねて血を吸わせてくれた善意の少年は、隣町の高校に進むとすぐに彼女をつくり、ナギとの約束どおり吸血の対象として朋子を紹介してくれたのだ。
「あした僕の家を訪ねてきた女の子が、家を出るとき黒のストッキングを履いていたら、お父ちゃんとふたりで襲ってもいいよ」
賢司は清々しく整った顔だちに、いつものような優しげな笑みをみせて、そういってくれた。

どういう手を使って彼女に靴下を履き替えさせたのかは本人に訊いてみないとわからないが、
きっと母親がぐるになって一枚かんでいるに違いない。
賢司がナギに血を与えるようになったのとほぼ同時に、男は賢司の母親を手ごめにしていた。
賢司の母親は、献身的な女性だった。
薄汚れた作業衣姿の血吸い人である情夫のために、わが身をめぐる血を一滴でも多く振る舞おうとし、
それだけでは足りないとさとると、何とか一人でもよけいに、情夫の獲物を増やそうとした。
息子の彼女は、絶好の獲物だった。
既婚の女性が家の外の男相手に血を与えるということは、同時に肌身を許すことを意味していた―――だから、あの都会の会社に勤める月田家を訪ねたとき、血を提供してくれた月田の妻を、なんの躊躇もなく犯したのだが―――隣家に棲む吸血鬼の情婦となったうえに、その情夫の娘にひとり息子の生き血をあてがう女が、息子の彼女をおなじ災難に引きずり込むことを、躊躇するわけがなかった。

「しっかしあの二人、そろいもそろってお人好しじゃ。似合いのカップルってやつかね・・・こっちが心配になるくらいだな」
身体に人の血がかようと、気分も人間らしさを取り戻すらしい。
男は若いふたりのために歯がゆそうにひとりごちたが、ナギは他人事みたいに淡々と、
「得な性格だよね。みんなに気にしてもらえて」
と論評した。
「それより明日のまゆみちゃんだよ。ちゃんと段取り確かめとかなきゃ」
少女の関心はすでに、つぎに初めて牙にかけるつもりの年上の少女のことに移っている。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ きまぐれなかいせつ2

2018年10月22日(Mon) 07:54:27

第8話から第11話では、ナギと月田氏のひとり娘であるまゆみとの絡みが描かれています。
まゆみは、都会の生活で病んだ少女です。
彼女が引き籠りになってしまったことが、月田夫妻が都会を引き払うことを選択した原因のひとつにあげられています。
もっとも、多少身勝手な夫妻のことですから、もしかすると娘の引き籠りさえもが、言い訳の一部でしかなかったのかもしれません。
ナギによると、「お姉ちゃんは太っちょ」と形容されていますが、発育の良い女子中学生だったようです。
体格は良くても心は病んでいる少女。つぎに毒牙にかかるのは彼女だと、すぐに察することができます。

下校してきたときに入れ違いのようにはち合わせた父娘が、まさか両親の血を吸いに来た吸血鬼だなどとは、まゆみは夢にも思っていません。
その夜も、持参された赤飯をふしぎそうに口にするばかりです。
お赤飯の見返りに、自分の生き血をねだられるなどとはつゆ知らず、多少気ままな彼女の日常が語られます。
(遅刻寸前に登校したり)
けれども彼女は、帰宅したときに感じた違和感から、母親の態度に疑念を抱きます。
その疑念は正しいのですが、はぐらかす母親のほうが、女としては一歩うわてでした。
まゆみはナギからの積極的なアプローチを受けて、自分の周囲に漂う不吉な雰囲気を感じ取るのです。

後半は、ナギの独白です。
そこでは、ナギのいびつな前半生が語られます。
首すじに傷跡をもつ吸血鬼がいますが、彼らもかつては人間だったはずです。
そして、自身が血を吸い取られた場面も存在するはずです。
そこを再現してみたくなりました。(ここでは使い古された技法ですが)
父ちゃんが母ちゃんを吸血鬼に紹介して寝取らせたうえ、ナギは母ちゃんの間男になった顔役氏に気に入られ、自分のほうからも顔役氏になついて、全身をめぐる血をぜんぶ、すすんでプレゼントしてしまいます。
自分の血を吸い取らせることと、自分が吸血鬼になってだれかの血を吸うこととは、表裏一体のことのように思われませんか?
人間だったときから、血を吸う人たちへの共感をはぐくんだ少女は、自身が吸血鬼となることを、すんなりと受け入れます。

彼女のなかには、いろんな種類の寂しさがあるようです。
母親との別離。血を吸う人になったのに、血を吸わせてくれるひとがいないこと。そして、大人はずるいという観念――
そこからは、親切に血をくれる都会の小父さんをだましても良いという、身勝手な確信まで生まれてきます。
けれどもどうやら、すべてを観念してこの街に来た月田氏は、家族もろとも吸血されることを消極的ながら受け容れていました。
だまされているとわかっていても彼は、少女への献血を拒むことはないかもしれません。

第8話「お洋服代」で描かれる月田夫人の節子は、すでに犯され吸血鬼の情婦になった状態です。
つましい暮らしに狎れた節子は、吸血鬼から「お洋服代」として差し出された現金を、いともあっさりと受け取ります。
夫が露骨にも「売春ではないか」と疑念を持つのに対して、彼女は吸血鬼のために汚されるお洋服を弁償してもらうという態度です。
節子はあくまでも夫に従順な妻ですが、それでも女のしたたかさを時折、ちらちらさせるようになるのです。

■この記事の前編「≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ きまぐれなかいせつ」はコチラ。
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