淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
母を連れていく。
2020年08月26日(Wed) 20:22:30
薄らぼんやりとした記憶なのだ。
周りじゅう、もやがかかっているなか、わたしは母といっしょに歩いていた。
もやのなかの、村はずれ一本道だった。
”いっしょに”というよりも、先導して歩いていた。
まだ年端も行かぬ頃のことだ。そんなことができたのだろうか?
一本道のことは、たしかに灼けつくくらいに、よく憶えていた。
だいぶ歩いたところに、荒れ果てた祠のようなものがあった。
そのなかにうっそりと、人の影が、こちらに背中を向けて座り込んでいる。
母はわたしに、「覗いてはいけないよ」と必ず念押しをして、祠のなかへと入っていく。
けれども、年端の行かない子どもにとって、
「覗くな」という命令はあまりにも守ることが難しいものだった。
母の禁を破って覗き見をした彼方。
こちら向きに立ちすくんだ母は、ひょろ長い男の猿臂を巻きつけられて、
うなじを咬まれて歯を食いしばっていた――
それから二十年近くの年月が過ぎた。
母と一緒に都会に出てきたわたしは、勤め帰りの家路を急いでいる。
連れの男に母を引き合わせるためだ。
二十数年ぶりの再会。
それはきっと、床に血のりをまき散らすほど、嬉しく愉しいものに違いない。
形ばかりでも。
わたしはあのとき、母の生き血を吸わせるための、手引きをしていた。
そしていまは、その意味をはっきりと自覚して、同じことをくり返そうとしている。
首すじにつけられたばかりの咬み痕を、じわじわと疼かせながら。
洋館の淫らな夜 ~キースの場合~ 3
2018年12月09日(Sun) 08:26:27
君たち、初めてじゃないな?
慧眼な兄はひと目で見抜いた。
ええそうよ。
リディアはあっさりと、火遊びを認めた。
良家の令嬢にはふさわしくない習慣が、日常化していた。
どれくらい逢っているの?
かすかな嫉妬にかられてキースは訊いた。
週に二回・・・かな?
リディアは恋人を振り返った。
恋人にセックスの頻度を確認するような顔つきだった。
いつかどこかでこんなやり取りを見聞きしたような気がしたが、いつのことだったかすぐに思い出せなかった。
じゃあ、さっきの鬼ごっこもお芝居?
キースは、新婚初夜の花嫁が処女ではなかったことを知った花婿のように興ざめた顔をして、いった。
「ええそうよ、だからお兄様のためにふたりで話し合って、さいしょのときのようすを再現したの」
「じっさいにはもぅすこし、痛がってたけどね」
茶々を入れる吸血鬼に令嬢は、忠実な再現よ、と、訂正した。
「お兄様については大丈夫。
ドキドキの初体験しっかり拝見したわ。
ほんとうはあたしとのほうがおつきあいが先で、
彼がお兄様の血を欲しがったから、お兄様のこと書き置きでおびき出したの」
なんのことはない、かれが兄としてあれほど迷ったことを、妹は兄にたいして、なんの罪悪感もためらいもなく実行に移していたのだ。
不思議と腹は立たなかった。
なによりも、吸血される愉しみをリディアと共有していることに、キースは昂奮を覚えた。
「あたしの血だけじゃ足りないから、兄さんを襲ってってお願いしたの。いけなかった?」
リディアの諧虐味を帯びた言いぐさが、キースの被虐心をくすぐった。
「ぼくに関しては、なんの問題もなかったよ」
キースはくすぐったそうに自分の首すじを撫でた。
ちょうど妹が、同じ部位をどす黒く滲ませていた。
「おそろいだね」
キースは言いながら、自分の咬み痕に親指と人差し指をあてがってふたつ並んだ牙の間隔を測ると、それをそのままリディアの首すじにあてがってみせた。
ふたつの咬み痕は、ぴったり同じ間隔だった。
ばかね。
わざわざ寸法を測ろうとする兄を、妹は笑った。
きみのストッキングはわしときみとでさんざん愉しんだけど、妹さんのタイツは3人で愉しめるね。
ベンチに腰かけたリディアはきゃっきゃっとはしゃぎながら、ロングスカートのすそをおひざの上で抑えたまま、もう片方の脚もためらいなく差し伸べていき、
吸血鬼は黒革のストラップシューズを履いた令嬢の足首を抑えつけながら、すらりとしたふくらはぎから黒のタイツをびりびりと噛み剥いでいった。
キースはキースで、お手本に咬ませたストッキングに赤黒いシミを滲ませているのを臆面もなく外気に曝しながら、
真新しいタイツが噛み剥がれてだらしなくずり下ろされてゆくのをウキウキと見守って、さいごには自分の手でガーターもろとも足首まで引き降ろしてしまい、妹に黄色い叫びをあげさせていた。
遠くから声がした。それは若い女の声であたりをはばかる声色をしていた。声の主は黒のドレスに白いエプロンを着けていた。兄妹の家のメイドのお仕着せだった。
「ジュリア!どうしたの!?」
女主人はわれにかえって令嬢の威厳を取り戻した。あまりの豹変ぶりに兄が肩をそびやかした。
「奥さまが急にお戻りです、リディアさま」
ジュリアは狼狽を隠さなかった。
屋敷に戻ったときにはもう、屋内はほとんど真っ暗になっていた。
兄妹の母であるダイアナは、夫君の留守中をいいことに、恋人のリデル氏を自邸に連れ帰ってのご帰館だった。
逢引き先のアパルトマンから電話で侍女のジュリアをたたき起こすと、前もって家の様子を聞き出して、
兄妹が寝入っていることを聞き出すと、きみの家の夫婦のベッドできみを辱めたい――というリデル氏の願望をかなえるため、急きょ戻って来たのだった。
ただジュリアは、「マデリーンも寝ているの?」と問う女主人の問いに、この末娘の行状だけはかばい切れなかった。
ダイアナは自分の血を最もよく引いている娘の行動に疑問を持たなかった。
そして、自分の留守をいいことにマデリーンがマイケルと出かけていることを次女の態度から察すると、フンと鼻を鳴らして軽く受け流したのだった。
もっともマイケルが夜遊びに出かけたという情報は、マイケルの父でもあるリデル氏から、とっくの昔に筒抜けだったのだが。
シャワーの音を立てるわけにはいかないので、ふたりはそのままそれぞれの自室で寝むことにした。
肌に染みついた血潮は、吸血鬼が余さず舐め取ってくれたから、気にする必要はなかった。
兄妹の陰部にまで舌を這わせる吸血鬼に、さすがに初心なふたりは顔を赤らめたけれど。
年ごろになってからは初めて目にするお互いの陰部に這う舌を、そして陰部そのものを、目をそらさずに見つけ合った。
キースのそれは、妹の視線を受けて、昂ぶりにそそり立っていた。
それを目にして思わず「おっきぃ…」と洩らした妹のまえ、彼の昂ぶりはさらに勁(つよ)さを増していた。
ふたりは、母とリデル氏のなれの果てから、興味をそらすことができなかった。
肉親に対する関心と、男として女としての関心とが、半々だった。
初めて邸内に足を踏み入れた吸血鬼は、兄妹と侍女とをいざなって、屋敷のあるじのベッドルームのなかを、顔を並べて覗き込んだ。
すごい…
そういいかけてあわてて声を潜めたリディアの口許を、吸血鬼は手早く掌で制した。
キースも、息をのむ思いだった。
それほどに、ふだんあれほど見栄っ張りで子供たちにはむやみと行儀作法に厳しいダイアナの乱れかたは、日常を逸していた。
出かけていったドレス姿のまま、彼女はベッドのうえで抱かれていた。
せわしなく首すじに接吻する情夫の熱情を、かぶりを振って遮ろうとして果たせずにしまったのも、明らかに計算のうちだった。
熱っぽく交わされる唇と唇の激しさが、ふたりのあいだに芽ばえたものがきのうきょうのものではないことを告げていた。
我が物顔にダイアナの腰のくびれを掻き抱く腕は逞しく、痩せ身で神経質な父とは似ても似つかなかった。
面と向かっても、パパはかないっこないわね…リディアは冷酷に断定した。
キースは、腰までたくし上げられたドレスの裾から覗く脚に、目をくぎ付けにさせていた。
脱げかかったストッキングがしわくちゃになりながら、かすかな灯を受けて光沢を滲ませているのに、目が離せなかった。
貴婦人が堕落したように見えるわね――と、リディアは兄の想いを代弁した。
傍らに控えていた吸血鬼はキースの肩を抱き、唇を重ねた。
彼はキースのなかに芽ばえかけた母親に対する憎悪を感じていた。
それを他へと逸らすための口づけだった。
キースは重ねられた唇に、ようやくわれを取り戻した。
同性の接吻でわれにかえる自分をどうかとも思ったが、なによりも、恋人がそばにいるという心強さがすべてを救った。
彼の胸の奥から父親を裏切って不倫に興じる母親への憎悪は消えて、不道徳に歓びを見出すもの同士の共感へと塗り替わった。
「あたしもストッキング、穿いてみようかな」
兄の気持ちを見透かすように、リディアが囁きかけた。
気がつくと、すぐ傍らで吸血鬼が、侍女のジュリアにのしかかっていた。
「たまらなくなってきた」という呟きは聞こえていたが、母親の濡れ場に夢中だった兄妹はもう、上の空だった。
首すじに血を吸っているとばかり気配で感じていたけれど――吸血鬼はジュリアの首すじを吸っていただけではなかった。
メイドの黒のドレスの裾をたくし上げられて、リディアはすすり泣きながら、犯されていった。
身近で目の当たりにする処女喪失に、キースはさらなる昂ぶりを感じた。
黒タイツの脚をすくめながら、ジュリアは身体をガチガチに固くしながら、太ももを開かれ、挿入を受け入れてゆく。
やがて男の強引な上下動がジュリアの腰に伝わり、熱烈に応じていくのを見つめながら、
血を吸い取られて洗脳された自分が、ジュリアの変節を嗤うわけにはいかないと思った。
リディアは、ジュリアが目のまえで犯されるのを目にして、つぎは自分の番…と観念し、
ひとつ年上の女奴隷が自分よりもひと足早く女になるのを、ウットリとした目で見つめていた。
長い夜が明けた。
兄妹が共犯同士になり、母親の不倫を目にし、忠実なジュリアが処女を喪った夜が。
その日はさすがに兄も妹も、マイケルとのデートから帰ったマデリーンも、白い顔をして家で大人しくしていた。
夜明け前に情夫を送り返したダイアナも、珍しく昼間で寝ていた。
ジュリアだけがかいがいしく、いつもの務めを果たしていた――メイドの装いの裏側に、初めての痛みの名残りの疼きを押し隠しながら。
「やつにママの生き血を吸わせてやりたい!」
激情に声を上ずらせて、キースは吐き捨てるようにいった。
「賛成」
リディアは冷めた声で、証人の宣誓でもするように、片手をあげて兄に応じた。
「パパを裏切ったママは、死刑に値するわ。あのひとに血を吸い尽されて、ヒィヒィ言わされるところを視てみたい」
すこし目的をはき違えていないか?キースはほんのちょっとだけ疑問を感じたが、妹の語気に異議をはさもうとはしなかった。
その晩ふたりは吸血鬼を窓から自邸へと呼び入れて、母親の寝室へと案内した。
首すじから血を流した息子と娘を目にして、ダイアナは不審そうに二人を見比べたが、その背後に黒マントの男の姿をみとめ、初めて悲鳴をあげた。
生で観るドラキュラ映画は、数分間で終わりを告げた。
部屋じゅう逃げ回ったママは、ネグリジェ姿のまま寝室を逃げ回り、つかまえられて、首すじを咬まれてしまったから。
息子や娘と同じように首すじに血をあやした女は、せめて貞操だけは守ろうとした。
夫婦のベッドのうえ、両腕を突っ張って抵抗するダイアナの姿に、
キースは「しらじらしい」と舌打ちをし、リディアは「リデルさんのために守っているのね」と、冷ややかに見つめた。
そして、強引に腰を静めてくる男に、ネグリジェに包まれた肉づき豊かな腰があっさりと応じ始えてしまうのに、
「ジュリアよりぜんぜん早い」と、キースはなおも詰るのだった。
こうして誇り高い名門の令夫人であるはずのダイアナは、自分の夫以外に夫の親友のリデル氏と、吸血鬼までも受け容れて――娼婦に堕ちていった。
「お兄さんも来たの?」
やって来たキースをみて、マイケルは気軽に声をかけてきた。
キースは最初、自分に声をかけて来たのが誰だか、わからなかった。
マイケルは女の子の格好をしていた。
フリルのついた白いブラウスに真っ赤なベスト、腰から下は赤と黒のチェック柄のスカートに、ひざから下はアミアミの真っ赤なハイソックスを履いている。
見覚えのある服だと思ってよく見ると、マデリーンのものだった。
マイケルに女装癖があるのは以前から聞いて知っていたけれど、じっさいに目にするのは初めてだったし、
ましてそれがマデリーンの服だと思うと、妹が侮辱されているような、ちょっと不愉快な気持になった。
「お兄さん」と呼ばれるのも心外で、まだ認めたわけじゃないから、と、奇妙な反撥を感じたのだった。
「お兄さん」と言いながらも、マイケルはキースよりも年上だった。
だから、よけいにからかわれているような気がした。
彼はキースの顔色を察すると、素直に言葉を改めた。
「きみもこんなところに足を運ぶようになったんだね、キース」
おとといの夜、妹を犯していた男――そんな男と口を利くのは潔くない――キースはまだ、そういう子供っぽい潔癖さも持っていた。
同性愛をしながら…だって?でも、彼との関係は、決して不純なものじゃない。
「マデリーンとは本気だよ」
マイケルは真顔でいった。
「そう、それなら良いけど」
キースはやっとのことで、そう応じた。
そして、妹の履いていたアミアミの真っ赤なハイソックスを履いているマイケルの足許を、眩しそうに見つめた。
順番は、マイケルのほうが先だった。
招ばれていたのは全員が十代の青年で、まるで予防接種の順番みたいに、閉ざされたドアの外に行列を作っていた。
「いったい、いつから我が学園は吸血鬼を受け容れるようになったのか」
マイケルが声をひそめて、いった。
「きみが引き込んだんだろう」
「いや、きみだ」
「そんなことはない」
「案外、学院長だったりしてね」
たしかに、学院長の許可なしに教室を使うことはできない。
そして、きょうのこの教室に居座っているのはほかでもないあの吸血鬼だったのだ。
夕べはママを。
おとといはキースやリディア、それにジュリアまでを。
あれほど好き放題にものにしていったというのに、どれだけ喉をカラカラにしているのだろう?
見ず知らずの少年たちを、こんなにも毒牙にかけて。
べつの嫉妬が、キースのなかをかけめぐる。
「よそうよ、きりがないぜ」
マイケルがたしなめた。マデリーンの服を着ているので、まるで下の妹にたしなめられている気分だ。
ほかにも、ふたつ前の少年が、どうやら母親のものらしいよそ行きのスカートスーツを身に着けていて、
学園はいつになく、妖しく華やいだ空気を漂わせていた。
「ぼくね、マデリーンを未来の花嫁として、彼に紹介することにしたんだ」
そう言い残してドアの向こうに消えたマイケルの後ろ姿を、見逃すことはできなかった。
細目に明けたドアの向こう、マデリーンの服を着て抱きすくめられたマイケルが首すじを咬まれてゆくのを目にして、
マデリーンが咬まれているところを想像しないわけにはいかなかった。
そして、いつかここには、リディアの服を着て来ようと、心のなかで思った。
高慢ちきな少女だ、と、キースは思った。
屋敷では、父親の帰国を祝うホームパーティーが開かれていた。
招かれたのはリデル氏のご一家。
母親であるダイアナの愛人であるリデル氏とマチルダ夫人、令息であるマイケルとその妹のキャサリンだった。
その日は、マイケルとマデリーンの婚約パーティーをも兼ねていた。
マイケルがそれを、父親のリデル氏を通して望み、それを支持したダイアナが夫を説得した。
「まだ早すぎる」と最初は渋った父親のジョナサンも、妻には逆らえずに、親友の息子がまな娘を犯すことに同意した。
――もっとも周知のように、実際にはすでに彼のまな娘は、とっくに篭絡されてしまっていたのであるが。
その夜のパーティーでは、マイケルとマデリーンが二人きりで過ごす部屋まで用意されていた。
マイケルが妹のキャサリンを、キースに正式に紹介したのは、その場でのことだった。
「代わりというわけじゃないけれど」
相変わらずデリカシーに欠けたいいかたで、彼は妹を紹介した。
さすがの彼も、きょうは女の子の服装ではない。
彼の女装癖は周知の事実で、必要以上に男らしい父親のしかめ面をかっていたが、彼以外にマイケルのその風変わりな習慣を咎めるものは、この席にはだれもいなかった。
タキシードに身を固めたそのマイケルが紹介した妹のキャサリンこそが、キースが高慢ちきだと感じた相手その人だった。
眩いほどの美少女だった。
二重瞼の大きな瞳に、きっちりと引き結んだ真っ赤な唇。誇り高い金髪に、ぬけるような白い肌。
肩まであらわにしたドレスの胸もとは豊かなふくらみを帯びていて、つい先日までローティーンだったとは思えないほどだった。
「ぼくがきみの妹を犯す代わりに、きみはぼくの妹を姦(や)る。濃い関係だと思うけどどうかな」
マイケルはひそひそ声でそういって、キースの顔色を窺った。
そしてその顔つきに、興味と反感とが半々にあらわれているのを見て取って、義兄となるこの年下の青年が予想通りの反応を示したことに満足した。
「結婚することを犯すっていうのは、やめたほうがいい」
キースはどこまでも潔癖にそういうと、紹介されたキャサリンの掌をとって挨拶の接吻しようとした。
キャサリンは自分の掌を相手の男が丁寧に扱っていないと感じたらしい。
不機嫌そうに顔をしかめ、キースがとった手を振り払った。
仰天するキースに鋭い視線を投げると、キャサリンは兄の腕を取って、「行きましょ」といった。
義姉となるマデリーンをも無視した行動だった。
「おやおや、いけないね。お父さんはお前にそんな行儀作法を教えた覚えはないよ」
父親のリデル氏が、娘をたしなめた。
「そうそう、親同士はこんなにうまくいっているんですからな」
痩身のジョナサン氏もまた、リデル氏に同調した。
彼の首すじに赤い斑点がふたつ滲んでいるのを、その場にいるだれもが目にしていた。
帰国そうそう、彼は夫婦のベッドで組み敷かれ、吸血鬼に咬まれていた。
相手は、息子や娘を冒し、そのうえ妻までもモノにした男だった。
すべてを認める代わりに、吸血鬼はジョナサン氏にすべてを語ってくれた。
妻とリデル氏とが、夫以外誰もが知っている仲になっていること。
今後夫婦で円満にやっていくには、ダイアナとリデル氏の関係を認めて、こころよく受け容れるしかないこと。
家族全員が彼に血を吸われ、妻はリデル氏だけではなく彼の支配も受け容れてしまっていること。
同じく血を吸われた息子とは同性愛の関係を結び、上の娘のリディアも処女の生き血を捧げつづけていること。
短時間の吸血で洗脳されてしまったジョナサン氏は、寛大にもすべてを受け入れた。
そして妻を呼ぶと、夫婦の寝室を潔く明け渡し、ひと晩ふたりの好きなように、愉しみを尽くさせてやった
そして同じように、こんどはリデル氏を呼ぶと、彼にも夫婦の寝室のカギを渡し、ひと晩ふたりの好きなように、愉しみを尽くさせてやった。
どちらの晩も、間男たちはダイアナに対する想いを遂げると、歓びを分かち合いたいと願う夫のジョナサンを寝室に引き入れて、縛られた彼のまえでその妻を愛し抜いていったのだった。
妻の愛人として受け容れたリデル氏に、ジョナサン氏はすべてを打ち明けた。
子ども達の世代で、吸血鬼を受け容れる風潮が生まれている。
息子も娘も、そしてわたしたち夫婦まで、その毒牙にかかってしまった。
わたしの家とかかわると、貴男の家族のなかにも犠牲者が出かねない…と。
リデル氏はいった。
この街に出没する吸血鬼は強欲で好色だが、決して人は殺めないときいている。
だとしたら、家庭内に吸血鬼を受け容れることは、妻に愛人を迎えることとそう変わりはないのではないか?
それに、貴兄の懸念はすでに時機が遅くて、息子の恋人であるご令嬢も、どうやらすでに毒牙にかかっているようですね…と。
リデル氏の言葉を裏付けるように、
彼がジョナサン夫人と愉しい一夜を過ごした同じ晩に、その息子は婚約者のマデリーンを伴って吸血鬼の館へと赴き、
未来の花嫁の生き血を捧げ、その肉体までも共有することを誓わされていた。
マイケルがモノにした処女は、マデリーンだけではなかった。
義兄となるキースに、彼はただならぬことを囁いた。
「キャサリンをきみの妻として差し出すけれど――彼女は早熟だ。すでに男を識っている。相手はほかでもない、実の兄であるこのぼくだ。
あらかじめ告げておくのが礼儀だと思うから、きみには話しておく」
結婚後も兄妹の関係を続けるつもりなのか?と訊くキースに、マイケルはいった。
「きみがリディアとの関係を続けるようにね」
すべてが、走馬灯のように過ぎていった。
結婚を明日に控えた夜、キースは自宅での最後の夜を過ごしていた。
屋敷の中庭では、婚約者のキャサリンが、明日の華燭の典にまとうはずの純白のドレスを一日早く身にまとい、
吸血鬼に裸身をさらそうとしていた。
衆目の前で行う誓いの接吻をまえに、キースは花嫁の両肩を抑えつけておとがいを仰のけ、
首すじへの接吻を果たさせてゆく。
長い長いケープを夜風になびかせながら、キャサリンは物怖じひとつせずに凛と佇み、そのまがまがしい牙を受け入れた。
ずず…っ。じゅる…っ。
幾人もの若者、そして人妻たちのうえに覆いかぶさった吸血の音が、未来の花嫁にも訪れるのを目の当たりに、キースの心は揺れたけれど。
高慢な少女の肩先を抑える手にこめられた力は、弱まることがなかった。
純白のドレスに真紅のしずくひとつ滴らせることなく、吸血鬼はキャサリンの血を飲み干した。
夫としての義務をキースが黙々と果たすのを、キャサリンは軽蔑したように視ていたが、
やがて抱きすくめられたまま夢中になってしまうと、未来の夫の目をはばからず、
「いやん!あぅん!はぁあん!」
と、良家の令嬢にあるまじきはしたない声をあげつづけた。
それは、自分の実家と婚家の名誉を辱めかねない行為であったけれど、どうしても止められないものだった。
立て続けの吶喊は、まだ少女である身体には猛毒のような刺激を与えつづけたので、キャサリンは思わず涙声で洩らしていた――
「忘れられなくなりそう」
と。
忘れる必要はないよ。きみは感じつづければ良い。
キースはそう囁いて、彼女の手首を芝生の上に抑えつけた。
「許してくれるのね…?」
初めて神妙な顔つきになった花嫁に、キースは額に接吻をしてこたえた。
「ひと晩、嫁入り前の夜を愉しむといい」
潔く背を向けた未来の夫に、キャサリンは聞こえないように囁いた。
「あなたも楽しんでね」
中庭に面したバルコニーに佇むふたつの影が、花嫁の不道徳な振る舞いに熱い目線を注いでいた。
キースとリディアだった。
「うちもリデル家も、めちゃくちゃになっっちゃったわね」
上目づかいで兄を見あげるリディアは、含み笑いを泛べている。
「そうだね。でも、だれもが愉しんでいるのなら、それでいいんじゃないのかな」
「マデリーンに子供ができたみたいよ」
「マイケルの子じゃないらしいね」
「生まれた子が女の子なら、あのひととつき合わせるって言っていたわ」
「それが良いかもしれない。――男の子だったらきっと――」
「あなたみたいに、妹や彼女をあのひとに差し出すようになるはずね」
「実の親子でも、血を吸い合うのだろうか」
「きっとそうよ、愉しむに決まってる」
キャサリンの結婚を記念して、その母親のマチルダの貞操も、堕とされることになっていた。
彼女も旧家の生まれで、もの堅い婦人だった。
上流社会きっての賢夫人とうたわれ、親友の妻同士であるふしだらなダイアナとは似ても似つかなかった。
その彼女が、夫とダイアナの不倫に気づいたのは、むしろ“彼ら”がぐるになって、知らしめたのだという。
ベッドのうえで乱れる二人を前に絶句し逆上したマチルダの背後には吸血鬼が忍び寄り、
夫を詰る声はすぐさま、血を吸われるものの悲鳴に変わった。
ダイアナとリデル氏とが明け渡したベッドのうえに、マチルダは吸血鬼ともつれ合うようにして投げ込まれ、
黒タイツの脚を舐め尽されていった。
狎れたやり口で自分の足許が辱めらるのを、マチルダ夫人は悔し気に眉をひそめて耐えた。
そのあとの吶喊も、娘が体験した身体を自分までもが受け容れさせられるという異常な状況に気をのまれながらも、涙ひとつみせず耐え抜いた。
彼女は意地の強い婦人だったので、目もくらむ凌辱をさいごまで毅然と受け止めたのだった。
――殿方を愉しませるためにまとっているわけではない
咬み破られたタイツを脱ぎ捨てた夫人は、そういいながらも気前よく、手にしたタイツを愛人として受け容れた男に与えていった。
貞淑なご婦人ほど愛着がわくと囁く吸血鬼に魅せられたように、マチルダ夫人は首すじから血を流したまま情夫を見あげ、
「今度お逢いするときには、もっと舌触りのよさそうなものを選んで、穿いてあげますね」
といった。
長年貞淑に仕えてきた妻が堕ちるところをかいま見させられたリデル氏はちょっとだけ複雑な顔つきだったが、
握手を求めてきたジョナサン氏の手を握り返す力はつよかった。
「あたしたちくらいは、まともな関係じゃないとね」
リディアは、ニッと笑って、白い歯をみせた。
兄の前で初めて吸血鬼に咬まれて兄に「堕とされちゃったみたいだね、お姫様」とからかわれたときと、同じ笑みだった。
リディアが口にした「まともな関係」とは、「まともに愛し合う関係」のことだと、キースにはすぐにわかった。
「じゃああたしたちも…しましょ」
リディアは兄とのへだたりを、さりげなく縮めた。
兄妹としては、すでにふさわしくない近さだった。
「きみももうじき、結婚するんじゃないのか」
「かまわないわ」
リディアが呟くのと同時に、キースはリディアを抱きしめていた。
「同じ血をはぐくむ同士――仲良くやりましょ」
小賢しい囁きを止めない唇を、キースの唇が熱く塞いだ。
しつような接吻にむせ返りながら、リディアが呟く。
「やっぱり初めてのときは、兄さんと迎えたかった」
兄の婚約者のおめき声が聞こえる外気を避けるように、ふたりはリディアの部屋へとさ迷い込んだ。
荒々しく押し倒す影に、ベッドに埋まった影が囁く。
「好きにして」と。
部屋の隅に佇む、もうひとつの黒い影が、部屋にわずかに人影を投げていた燭台を吹き消した。
侍女のジュリアだった。
「おめでとうございます。お幸せに――」
そっと立ち去る後ろ姿を満足そうに見やりながら、リディアはいった。
「あの子もお兄様のこと、好きだったのよ。お嫁さんが浮気で帰ってこない夜には、あの子のことも呼んであげてね」
あとがき
長々と読んでいただき、ありがとうございました。
結末をつけるためかなり端折って描いてしまいました。(^^ゞ
キースのお嫁さんをだれにするのかはちょっと葛藤がありまして。
母親と情夫との濡れ場を目撃している傍らで犯されてしまった侍女のジュリアも候補の一人です。
濡れ場を目撃して昂ってしまった吸血鬼氏の性欲処理のため、むぞうさに純潔をむしり取られてしまうのですが、
はからずもキースが目撃した処女喪失の場面は、未来の花嫁のものだった――というのもありかな、と思ったので。
あとは、リディアとの兄妹婚のセンも考慮しました。
籍を入れる入れないの問題にこだわるのでなければ、同じ家で暮らしている兄妹というのはありがちなことですし、
男と女のことですから、そこに芽ばえてはならないはずのものが芽ばえることも、決して皆無とは思いませんから。
でも最終的には、母親の情夫の娘である高慢な美少女が当選しました。(笑)
すでに処女ではない花嫁を吸血鬼に捧げようとする夫に侮蔑の視線を投げた彼女ですが、
そこはまだうら若い女性。さいごは「忘れられなくなりそう」と、純情な涙を流します。
淫乱な血は父譲りでしょうか?
もの堅い賢夫人であるマチルダはちょい役でしたが、好きなキャラです。
地味な黒タイツを舐め尽されたあと、こんど脚に通すのは、肌の透けるなまめかしいストッキングというパターン――
使い古されているかもしれませんが、なん度描いても嬉しいシーンです。
欲を言えば、端折ってしまったシーンで、それまで色濃かったリディアの怜悧で奔放なところとか、
その忠実な侍女であるジュリアの出番がほとんどなかったこと(ラストシーンはおまけです)、
淫らな人妻だったダイアナや、もともともは一番大胆だった最年少のマデリーンにはもう少し場数を踏んでもらいたかったというところでしょうか。
洋館の淫らな夜 ~キースの場合~ 2
2018年12月09日(Sun) 07:59:10
つづきです。
吸血鬼に魅入られてしまった青年と吸血鬼との逢瀬が延々とつづられてきましたが、
つぎは妹を巻き込んでいくくだりです。
なん度めかの逢う瀬のときだった。
吸血鬼はそろそろ、キースとその妹のことについて、仕掛けてみることにした。
きみを侮辱してるつもりはないんだ、キース。
きみのくれたプレゼントを、僕なりのやり方で愉しんでるだけなんだ。
吸血鬼はそう言いながら、キースのふくらはぎをいつものようにあちこち咬んで、
彼の履いているライン入りのハイソックスを、見るかげもなくびりびりと噛み破いていった。
キースはどこまでも、のんびり構えていた。
「あーあ、ずいぶんハデに破くんだね。
ママにばれないようにしなくっちゃ。
きみと逢うときに履いてくる長靴下は濃い色に限ると思ったけど・・・どうやら関係ないみたいだね。
こんどはさいしょのときに履いていた、ハイスクールに通うとき履いていく紺色のやつがいいかな。」
吸血鬼は、彼がどんなハイソックスをなん足くらい持っているのか、先刻承知のようだった。
「通学用のやつはきみのためによぶんに用意しておくから。
学校のそばに棲んでいる吸血鬼がうちの制服が気に入っていると知ったら、校長先生も悦んでくれるかもね
・・・そんなわけないか。」
キースはおどけて肩をすくめた。
左右まちまちの丈にずり落ちたハイソックスの足許を見下ろしながら。
ところでさ。
吸血鬼は憂鬱そうな声でいった。
このペースでいくときみの血は、あと1週間くらいで吸い尽くされて・・・きみの身体のなかは空っぽになる。
そうかもね。ここのところかなり頻繁だったから・・・
キースは意外なくらい冷静な反応をしめした。
まるで恋人同士がセックスの頻度を確認するように。
「吸血行為は、吸血鬼と人間のあいだで交わされる、もっとも崇高な儀式なのだ。
きみとの関係はぜひ長続きさせたいから、頻度を落とす必要がある。
吸血鬼が青年に飽きたとか、寵愛が落ちたというわけではなく、むしろ恋人の体調を心づかっての言葉だった。
けれどもキースはすぐには引き下がらなかった。
「ボクは我慢できるよ。
君にとってあの友愛の儀式――かれらは一連のあの行為のことをそう呼んでいた――は、きみの生命につながることなんだろう?
ボクが来てあげられないとしたら、そのあいだだれが君の相手をしてあげるというんだろう?
君が淋しい想いをするなんて、いてもたってもいられなくなるよ!」
いったいどこに、これほどまでに吸血鬼である彼のことを気にかけてくれるものがいるだろう?
かれを死なせるわけには決していかない・・・吸血鬼は改めてそう感じた。
語り合いながらキースは、ストッキングがずり落ちるたび引っ張りあげていたし、吸血鬼は始終かれの足許に唇を吸いつけ舌を這わせていった。
きみの代わりにリディアを連れてきてくれないか?
紅茶を切らしているなら、コーヒーをいただこうか・・・そんなさりげない口調で、吸血鬼はキースの妹の血を要求した。
血を提供するための身代わりに妹を要求するなんて・・・
そういうそぶりを一瞬みせた青年はしかし、その人選がじつに適切だと思い直さないわけにはいかなかった。
彼がこよなく愛するキースの血ともっとも似た血を宿しているのは、血を分けた兄妹であるリディア以外に考えられなかったから。
きっと彼は相手がボクの妹のことだから、こんなにも胸を割って前もっての相談をしてくれたのだろう。
吸血鬼はなおも躊躇うかれの耳許に囁いた。
鼓膜の奥底に、毒薬を沁み込ませるように。
――彼女が自分の血を自分自身のためだけに使うか、飢えた者と分かち合う気になるのかは妹さん自身の大人のレディーとしての判断だ。
この件に関しては、きみにはなんの責任もない。ただ僕に機会を与えてくれただけなのだから・・・
いつかどこかでこんな出まかせを言ったような・・・
吸血鬼はそんなことを思いながら、すでに己の腕のなかでウットリとなっている青年の首すじを、もう一度がぶりと咬んでいた。
「わかった。きみのリクエストに応えてリディアを紹介するよ。妹もきみのことを気に入ってくれると良いんだけど」
青年は気前よく、吸血鬼に自分の妹の生き血を振る舞うことを請け合った。
同性の恋人である吸血鬼に、妹の生き血をプレゼントする―――
このプランは、想像力と好奇心に富んだ青年を夢中にした。
夕べ誓いのキスまで交わしあったその計画で、キースは朝から晩まで頭がいっぱいになっていた。
――きみの妹さんにも、都合というものがあるだろう?
だから、わしは3日間待つことにするよ。
きみが妹さんを連れてウェストパークに入ってきたら、いつでも姿を見せられるよう用意をしておくから。
どうしても妹さんの都合がつかなかったり、話しかけるチャンスがなかったり、きみの決心が鈍ったりしたら、
3日めの晩にきみ一人で来てくれないか?そうした場合には・・・愉しい罰を与えてあげよう。
恋人のそんな寛大な申し入れに、キースは内心、彼をそんなに待たせるなんて心外だと感じていた。
けれどもたしかに、相手のいることでもあったから、親友の申し出通りの3日以内ということで誓いのキスに応じたのだった。
できれば期限ぎりぎりに独りで深夜のウェストパークを散歩したくなかった。
かれは妹たちや親たちのスケジュールを確認する作業から取りかかった。
父親はおとといから2週間の予定でフロリダに出張に出ていた
――それこそわが吸血鬼氏のように翼でも生えていないかぎり、妻が浮気しようが、息子や娘たちが吸血鬼と仲良しになろうが、なにもできないはずだった。
母のダイアナは、あすは一日じゅうスケジュールはなく、あさっての夜はかねて"うわさ"のあるリデル氏とミュージカルを観に行くはずだ。
帰りはきっと、遅くなるにちがいない―――そう、たぶん真夜中だ。
下の妹のマデリーンは、そのすきを狙って恋人のマイケルとデートのはずだ。そして肝心のリディアは―――なにも予定がないはずだった。
真新しいストッキングのパッケージの封を切るときは、いつも気分がときめくものだ。とくに愉しい計画のある場合は!
キースは鼻唄交じりに封を切ると純白のストッキングに唇を押しあてる。いつもの儀式だった。
今夜のストッキングを脱ぐときにはきっと、鋭利にきらめく恋人の牙をいくつも受けて、キースの熱い血潮に染まって淫らなキスの雨を降らされながら、剥ぎ取られていくはずだった。
このごろは自分で脱ぐことが減って、血潮をたっぷり含んでぐしょ濡れになったやつを恋人の手で脚から抜き取られる機会が増えていた。
ハデにカラーリングされてぐっしょり濡れそぼったストッキングを剥ぎ取られるようにして脱がされるとき、
キースはまるでレイプを愉しむ少女のように、マゾヒスティックな歓びにうち震えながら、されるがままになるのだった。
「御機嫌ね、お兄様」
軽くハミングしながら足音を近づけてきて、妹の部屋の開けっ放しになっていたドアに寄りかかった兄を、リディアは読みさしの本を置いて振り返った。
美しい金髪が肩先に揺れて、窓辺から逆光となって降りそそぐ夕陽が、その輪郭を染めた。
キースが妹の髪に眩しそうに目を細めたのは、夕陽のつよさのせいばかりではなかった。
目のまえの乙女がその身体に宿した血液は、純潔の誇りを湛えているはずだ。
それは必ずや、かれの恋人をもっとも悦ばせる種類の飲みもののはず――
捧げる獲物の価値の高さにキースの胸は躍ったが、反面自分の分身のような存在を汚してしまうことへの畏れが、鋭くかれの胸をさした。
吸血鬼が予期しなおかつ危惧した心理――いみじくも彼は、「きみの決心が鈍ったら」と言っていた――が、妹想いの兄の胸にきざしたのだった。
「どうしたの?お兄様?」
なにも知らない(という態度をリディアは決め込んで、キースは信じ込んでいた)少女は、無邪気な微笑みをにこっと浮かべ、キースは息苦しそうなあえぎを隠しきれないままに言葉をついだ。
「ちょっと・・・散歩しない?」
「いいわよ。この本を読み終わったら」
リディアはいったん置いた分厚い本の、まだまん中くらいのページを開きながらいった。
キースが思わずげんなりした顔をすると、リディアは可笑しそうに声をたてて笑った。
「ばかね。信じた?そんなわけないじゃない」
リディアは読みさしだったはずのページを抑えていた手を、しおりを挟みもせずに放すと、分厚い革装の本をベッドに投げ込んだ。
「きょうのお勉強はもうおしまい。
最高じゃない!
パパはずっとお留守、ママはだれかさんとデート。
マデリーンもそんなイカれたママの目を盗んで火遊び。
素晴らしい家族愛だわ。
おうちに取り残されたのは、要領が悪くておばかさんな兄貴と、くそ真面目な妹。
お似合いの兄妹ね!」
少女はけたたましい声で笑った。
キースはちょっぴり不平そうに、
「おばかさんはご挨拶だね」と言ったけれど、
一見おしとやかに取り澄ました優等生な妹の小気味よい毒舌に、本気で怒ったようすはなかった。
「おばかさんじゃなくて?」
リディアはイタズラッぽく笑った。
「きみが決めることさ」
「いいプランでも?」
「さぁ・・・?」
兄はもったいぶって受け流した。
「乗ってもいいわ」
リディアは席を起って髪をかきのけると、花柄のロングスカートをお行儀わるくサッとたくし上げ、タイツに綻びのないのを確かめた。
「あたしの用意はいいわよ」
「それはけっこう」
キースは口笛を吹いた。
リディアが無造作にスカートをはね上げたとき、黒のタイツを履いたすらりとした脚がちらっと覗き、舞台裏をカーテンが押し隠すようにすぐに視界を遮ってしまったけれど、
そのわずかなすきに、リディアの身につけたタイツが真新しさを感じさせる艶を帯びているのを、兄は見のがさなかった。
その日のロングスカートは紫とスミレ色の小さな花模様があしらわれていて、ところどころに草色の小さな葉をつけた長く長く伸びる茎がツタのように絡み合っていた。
リディアがそれと見越してわざと新しいタイツに脚を通したことまでは、キースには思いも及ばないことだった。
兄が妹を吸血鬼に遭わせる計画に胸をはずませている頃、それとは裏腹に妹は、兄にばれないように、初体験の乙女をいかに演じるかを思い描いて、胸をはずませていたのだった。
「白のストッキング素敵ね」
リディアはキースの足許を見つめて、いった。
あながち口先だけではないらしく、リディアは真新しい純白のストッキングに包まれた格好の良い兄の脚に、ちょっとのあいだ見とれていた。
「きみは世界で数少ないボクの味方だよ」
「唯一じゃなくて?
残念ながら・・・キースはそうやり返したいのをかろうじてこらえた。
「逢わせたいひとがいる」
「ハンサムな男の子?」
「化け物かもね」
「場合によっては」
リディアはひどく大人びた顔つきをして言葉をついだ。
「ハンサムな男の子より退屈しないかも」
「男の子は退屈?」
「とくにマイケルみたいなのは」
「マデリーンが発狂する」
「あの子のまえでは言わないわ」
「腹黒な姉さんだ」
「心優しい姉よ」
リディアは訂正した。
「その心優しい乙女に期待して」
兄は淑女に対するように、妹に手を差し出した。
リディアはまるでお姫様のように、片方の手でスカートのすそをつまみ、もう片方の手で兄に手を預けると、あとも振り返らずに部屋を出た。
濃いオレンジ色の夕陽が、群青色に暗くなった快晴の空に鮮やかに映えていた。
兄妹はゆっくり大股に歩みを進めながら、広壮な邸宅や古い城壁に控えめな区切りを縁取られた、この雄大なパノラマを見るともなくふり仰いでいた。
大股にゆっくりと歩みをすすめる二対の脚は、
片方は夕闇のなかでもきわ立つ純白のストッキングに包まれ、
もう片方は花柄のロングスカートのなかに黒タイツで武装した女の武器を、さりげなく隠していた。
兄に比べて妹のほうはひと周り半ほど身体がちいさく、背丈は兄の肩にやっと届くくらいだった。
「きょうはウェストパークはお休みのようね」
目的地に着いてみたら遊園地は休みだったとき間抜けな恋人に向けるようなからかいの目の色をして、リディアは兄を見上げた。
彼女は白くて細い指先にピンと力をこめて、閉ざされた公園の入り口に貼られたポスターを指さした。
"CLOSED"
と赤い字で大きく書かれた下には、「芝生の手入れのため」と、ご丁寧にも添え書きがされている。
「さあどうかな?」
兄は余裕たっぷりにウィングした。かれの手にはぴかびか光る小さな鍵が握られていて、それは重たく厳めしい錠前の鍵穴に、ぴたりと収まったのだ。
「素晴らしい!」
少女は手を叩いて、金髪を揺らして小躍りした。
「爺やから借りておいたのね?なんて手回しがいいこと!」
「これでも"おばかさん?"」
ちょっと得意げに肩をそびやかす兄に、
「こだわるのは、男らしくないわ」
リディアは相変わらずの減らず口で応じた。
耳障りに軋む鉄製の扉の向こう側は、塗りつぶされたような漆黒の闇だった。
「どうするの?」
さすがに立ち入りかねてリディアが金髪を揺らせると、それを合図にするように、公園じゅうの照明にパッと灯りが点った。
それらは、園内ぜんたいをくまなく真昼のようにするにはかなり不足だったが、闇に慣れかけた目には眩いほどの明るさに思えたし、昼間とは趣のちがう光を受けた芝生がグリーンのじゅうたんみたいになだらかな起伏のある園内に広がる光景に、少女は夢中になった。
「綺麗・・・!」
リディアはこんどこそ、ときめきの声をあげた。
「ステキよ、兄さま」
リディアは近くの手すりに腰かけてあたりを見回す兄に駈けよって、頬ぺたにキスをした。
夕風にあたったせいか、その頬は冷たかった。
有頂天になった少女の後ろで公園の入り口の重たい鉄扉が音もなく再び閉ざされ、"CLOSED"の看板が裏返されたことに、少女は気がつかなかった。
裏返された側には、「ロケ中のため関係者以外立入禁止」と、書かれていた。
なかからかりに悲鳴や叫び声がしたとしても、それは撮影中のドラマか映画の科白の一部としてしか、見なされないだろう。
リディアが重ねてきた接吻の感覚が、キースの頬にまだ残っていた。
甘美な温もりを帯びた彼女の唇は柔らかく、蠱惑的であった。
いったいこの唇を、将来どんな男性が獲得するのか、キースは多少の嫉妬を交えて思いめぐらした。
否、彼女にはそんな未来は待っていないかも知れない。
今宵彼女は兄の手引きで吸血鬼に逢い、穢れのない処女の生き血を啜られるのだ。
挙げ句、名門の令嬢であるはずの彼女は吸血鬼の女奴隷に堕とされて、なみの結婚はできない身体にされてしまうかもしれない。
今宵与えられる処女を支配するのはかれの親友であり恋人ですらある男だから、
リディアがこの公園内で徒らに十七歳の娘ざかりの生命を断たれる気遣いはなかったにしても。
兄に与えた栄誉を、妹も享受することは、キースの頭のなかでもじゅうぶんに予想されていた。
招かざる客人は、街灯の灯りの及ばない薄闇の彼方から姿を現した。
そのタイミングはキースでさえ称賛の口笛を洩らしたほどの鮮やかさだった。
短く刈り込んだ銀色の髪、どす黒い褐色の頬、ギラギラと輝く瞳。
お約束どおりの黒マントは、夜風に翻るたびに真紅の裏地があざやかに映えた。
「キャーッ!」
リディアがいきなり悲鳴をあげた。
恐怖に震えたか細い声は、園外までは届きそうになかったが、兄さんとおしゃべりしているときよりは軽く1オクターブは高かった。
あわてる兄をみて、リディアはこんどは笑い声をはじけさせた。
「お兄様にしては上出来よ!素晴らしい演出だわ。ついつり込まれてノッちゃったじゃない!」
はしゃぎ切ったリディアは恭しく片膝を突く吸血鬼に手を与え、ゆうゆうと接吻にこたえた。
「そんなことして!咬まれたらどうする!?」
キースは眉を八の字に寄せ、妹の軽はずみをたしなめた。
けれどもそれとは裏腹に、彼自身もだんだん気分ノッてきて、声色が芝居がかってくるのが自分でもわかった。
「お兄様は自分のお友だちが怖いの?」
「そういう問題じゃなくて・・・」
いい募ろうとするキースをまるきり無視して、リディアは背を反らせて吸血鬼と対峙するように向き合った。
灯りを受けて輝く長い金髪が夜風に流れて肩先にたなびき、紅潮した横顔が、挑戦的な視線を吸血鬼にそそいでいた。
――お似合いのカップルだ。
心のどこかからそんな呟きがして、キースはあわててそれを打ち消した。
やめさせなければ。
キースの胸に、遅まきながら兄としての自覚が芽生えた。
やつの牙は呪われている。あの尖った犬歯の切っ先に含まれた毒がまわったら・・・!
手の届く距離に、白く透き通ったきめのこまかい肌があった。
襟ぐりの深いブラウスから覗いた胸許が、灯りをうけていっそう気高く輝いていた。
あの気高い素肌を汚させてはならない。
「いけない・・・リディア・・・!」
兄のことを無視して、リディアはフフン、と、わざと小生意気な笑いを浮かべた。
「ムードと衣装は合格として、演技力のほうはどうかしら?
どこまで本物に迫れるのかしら。
兄からよく聞いていると思うけど、バストをおさわりしながらチューするなんて、古い手はなしよ。
あたし、助平なだけの退屈な男の子は願い下げなの」
いけない、リディアは彼に本気でケンカを売っている。相手が本物の吸血鬼だとも知らないで。
焦りを覚えたキースは、ふたりの間に割って入るようにして、
「リディア、今夜のきみは、ちょっときみらしくないな。
もっとクールにいこうよ。
こういうのはどうだい?
ボクがきみの前で、彼に血を吸わせてみせるんだ。
ボクだって、いきなり妹を咬ませるわけにはいかないからね。納得できる?」
リディアは嬉々としてキースのことを見上げた。
「お兄様のことだから、まさかひとにいきなり咬みつくようなやつを連れては来ないって思ってるわ。
レディの肌にいきなり咬みつくなんて無作法は、最低だもの。想像するだけで・・・おお嫌!」
――"おお嫌!"らしいぜ?気の毒な相棒君。
キースは半分ほっとして、半分は吸血鬼に同情して、彼を見た。
「怖くなったら、遠慮なくお逃げ」
キースは内心、かれが血を吸われているあいだに妹が怯えて逃げてくれることを願いながらそういうと、シャツのボタンをふたつ外して、吸血鬼のほうを向いた。
いつもの"儀式"だった。
キースが傍らの樹に身をもたれかけさせて、恋人の口づけを待つ乙女のように、おとがいを仰のけて目を瞑ると、
吸血鬼の唇の両端からむき出された牙が、すんなり伸ばしたうなじに、まっすぐ降りてきた。
象牙色をした犬歯がキースの首筋に埋まり、咬み痕を覆い隠すように吸いつけられた唇が、白い皮膚のうえを熱っぽく這いまわる。
やがて牙がひときわ力を込めてグイッと刺し込まれる気配とともに、
干からびかけた唇の端からバラ色のしずくがひとすじ、透き通るほど白い皮膚のうえを、たらーり、と、伝い落ちた。
「凄い・・・」
リディアは逃げもせず、兄が吸血されるシーンに、魅入られたように熱中した。
吸血鬼がキースの首筋から牙を引き抜いてかれの両肩を放すと、かれは目をひらいてうっとりとした目で恋人を見上げた。
それから、たるみかけた白のストッキングをきりりと引き伸ばして、芝生のうえにひざを突き、今までもたれかかっていた樹の幹に両手でつかまって身体を支えた。
吸血鬼はキースの足許にかがみ込んで這い依ると、革靴の足首をギュッと握って抑えつけ、白のストッキングのふくらはぎを舐めるようにして唇を吸いつけた。
キュウッ・・・
ひとのことをこばかにしたような、あからさまな音があがった。
純白のストッキングにみるみる紅いシミが拡がって、吸血鬼はゴク・・・ゴク・・・と喉を鳴らして、キースの血をむさぼった。
き・・・効くぅ・・・
キースはいつもの癖で、長いまつ毛をピリピリと震わせた。
暖かい血潮が傷口を抜けてゆく痛痒い感覚が、かれの胸の奥をじりじりと焦がしていった。
「もっと・・・もっと吸って・・・」
キースは額にうっすらと汗を浮かべて、うわ言のように口走った。
「ひと晩ガマンさせちゃって、ゴメンよ。その代わり今夜は、気のすむまでボクを辱しめて・・・」
もうリディアのまえでも、どうでもかまわなかった。
装いもろとも辱しめられながら生き血を吸われる歓びを、身近なだれかに見せびらかしてしまいたかった。
リディアの純潔な血を兄として守り抜くよりも、むしろ兄としては誇らしく捧げるべきだと思った。
随喜に目の前がかすんできた。
気がつくと、樹の根元に尻もちをついていた。
かれは、緩慢な動作でずり落ちたストッキングを直していた。
「ますます興味深いわ」
リディアは眸を輝かせていた。
「兄をそこまでにしてしまうなんて、あなた素敵ね。でも完全に信用したわけじゃないわ」
「ひどく慎重なのだね、マドモアゼル」
「もちろんそうよ。かけがえのない乙女の血をお捧げするためのお相手選びですもの。慎重な女の子は、念には念を入れるものよ」
真に迫った吸血シーンに恐れをなして逃げ出すどころか、リディアは彼に自分の血を吸わせることを本気で考えはじめている。
「退屈なの、あたし」
いつだか彼女は、たしかにそういっていた。でも、その退屈しのぎのために、あの致命的な牙を択ぼうというのか?
兄とおなじ選択を?
もっともかれのときだって、さいしょから希望してこうなったわけじゃない。
「兄とは息が合ってるようね。あたしとはどうかしら?」
「お試しになる?」
伸びてくる腕をあわててうけ流して、少女は懸命にいった。
「お芝居が上手でも、み入ったトリックかもしれない」
「ひとつの可能性ですな」
吸血鬼は否定しなかった。
「巧妙な詐欺行為?」
「獲物が美しい乙女なら、試みる値打ちはあるでしょう」
「でなければ、すべてが夢かも」
「もちろんそれも、あり得ます」
「夢だと賭ける!」
「どういう方法で?」
「かけっこ!」
少女は勇ましくこたえた。
「よろしいでしょう」
「いいの?あたし、クラスではリレーの選手なのよ」
果たして彼女は、ロングスカートでリレーの競技に出場したことがあるだろうか?と、キースは首をひねった。
「お好きなだけお逃げなさい。五つ数えたら、あとを追いかけます」
「いいわよ、手かげんしないで。なんなら、五つを早口で数えても?ども、まんまと逃げられちゃったら、お気の毒さま」
リディアはもう勝ったと言わんばかりに、彼女より頭ふたつ上背のある吸血鬼を、挑発するように見上げた。
ふたりの身長差をみて、キースはリディアをひとりで連れ出したことをすこし後悔した。
恋人の欲情を満足させるには、リディアの身体はちいさ過ぎた。
つぎにリディアを逢わせるときには、侍女のだれかか、リディアの下の妹のマデリーンを交えなければいけないと思った。
「用意はよくってよ」
リディアはきらきらと挑戦的に輝く眸で、吸血鬼を見た。
「では、どうぞ」
吸血鬼は余裕たっぷり、獲物の少女に逃走を促した。
吸血鬼はわざと、五つをゆっくり数えた。
花柄のロングスカートを腰のまわりにひらひらさせながら、か弱く舞う蝶のように覚束ない足取りで、少女はゆっくりと逃げまわり、
そのあとをぴったりと寄り添うようにして、吸血鬼があとにつづいた。
競技はあっけないほどすぐにおわった。
リディアに追いついてもすぐには捕まえようとせず、十歩ほどよけいに走って、手近なベンチのすぐそばで、彼女のことを捕まえた。
リディアは立ったまま、首すじを噛まれた。
煌々と輝く灯りの下、柔らかそうなうなじの肉に黄ばんだ犬歯が埋まるのがキースの目にありありと映り、
抱きすくめられた腕のなかリディアが痛そうに顔をしかめた。
白く透き通る肌を這う唇からは、バラ色のしずくが静かな輝きをたたえながら、たらたらと滴った。
小刻みにわななく細い肩が昂りにはずみ、刻々と変わる彼女の面差しが気持ちの変化を物語る。
力ずくで仰のけられたおとがいの下、深々と食いついた白い柔肌からは、バラ色の血潮がいくすじも流れた。
ああっ。なんて美味しそうにっ・・・!
キースは心のなかで、激しく舌打ちした。
嫉妬も羨望もありの舌打ちだった。
兄であるかれの目の前でリディアの血を吸う吸血鬼にも、悩ましげにかぶりを振りながらも牙を受け入れてゆく妹にも、同時に嫉妬していた。
いきなり素肌に咬みつくのは、無作法ではなかったのか?
「おお嫌!」ではなかったのか?
あのいまいましいやつは、細くて白いリディアの首すじに、ツタがからみつくようなしつようさで飢えた牙を迫らせてゆき、
リディアもまた、いちど咬まれてしまった傷口をなん度も吸わせてしまってゆく。
ついにはまるで求めあう恋人どうしのように、汚れを知らない生娘にはおぞましかるべき吸血に、みずから耽るように応じてゆくのだった。
やがてリディアはみずから姿勢を崩すように傍らのベンチに腰を降ろした。
貧血になったのか…?と兄は思ったが、そうではなかった。
彼女は花柄のロングスカートをはしたないほどたくしあげると、
あらわになった黒のタイツを履いたふくらはぎに、赤黒く爛れた唇がヒルのように吸いつくのを面白そうに見つめるのだった。
タイツのうえからぴったりと這わされた唇の下にあざやかな裂け目が走り、それが裂けた生地ごしに皮膚を蒼白く透き通らせながらつま先へと伸びていくのを、
キースもリディア自身もウットリとして見つめつづけていた。
堕とされちゃったみたいだね、お姫様。
キースがおどけて声をかけると、リディアはイタズラっぽく笑い返してニッと白い歯をみせた。
そして嬉し気にピースサインまでして、兄に応じるのだった。
―つづく―
洋館の淫らな夜 ~キースの場合~ 1
2018年12月09日(Sun) 07:53:49
はじめに
何年かまえ、病気をして臥せっていた時に、携帯に打ち込んでいたお話を載せてみます。
長らく未完で放っておいたのですが、それもどうかと思ったので。
さいしょは未完のままあっぷしようかと思ったのですが、描いていた当時からラストは一応見えていたので、完結させることができました。
数年間の断層があるので、どこから描き継いだかバレバレかもしれませんね。(笑)
舞台は珍しく、西洋です。
吸血鬼ものの洋画でも観るような気分で愉しんでもらえると嬉しいです。
吸血鬼と同性愛的な関係を結んだ青年と、その妹たち、母親、母親の情夫やその家族――などが登場人物です。
洋館の淫らな夜 ~キースの場合~
石造りの高い城壁が、オレンジ色の夕焼けをおおきく遮っていた。
頭上にはすでに、藍色の闇が夜の訪れを告げている。
城壁に遮られているぶんたけ空は藍色の部分が広く、けれどもまだ色褪せしていないオレンジ色の夕焼けも、まだじゅうぶんにその存在感を主張していた。
その城壁のすぐ下の、闇に覆われかかった芝生のうえ―――
長い金髪をたなびかせながら、少女がひとり走ってきた。
こげ茶のロングスカートをユサユサと、重たそうに揺らしながら。
走りのはやさが少女にとってもどかしいものであるのが、容易にわかった。
そして、かなり狼狽しているということも。
少女のあとを追う影は、あきらかに異形のものだった。
短く刈り込んだ銀色の髪、深い皺に覆われた褐色の頬、口許から時おりチロチロとはみ出た牙には、
いま襲ったばかりのメイドから啜り取ったバラ色のしずくを、まだ生々しく滴らせている。
異形の影は、倒れたメイドの身体を乗り越えて、年若なメイドよりもさらに若い女主人に追いすがってゆく。
飢えた男の鼻先を、薄闇に透ける白のフリルつきのブラウスが、蝶のようにか細く舞った。
脚にまとわりついたこげ茶のロングスカートを重たそうに捌きながら逃れようとする少女の歩幅に合わせるように、
血に飢えた男は少女のあとからびったり寄り添うようにして追いすがって、
頃合いをみてか細い肩を後ろから抱きすくめると、力ずくであおのけた首すじに、がぶりと食いついた。
"ouch!"
少女は鋭く叫んだ。
さきに餌食にされた彼女のメイドが咬まれたときに発したのと、おなじ言葉だった。
ぱらぱらっ・・・と飛び散る血潮が、黒い影となって夕闇に散った。
抱きすくめた肩ごしに、吸血鬼は舌なめずりをして、
令嬢に接するのにはにつかわしくない意地汚いやり口で、つけたばかりの傷口に舐めるように唇を這わせた。
ちゅうっ・・・
ひとをこばかにしたような、恥ずかしいほどあからさまな音が、這わされた唇から洩れてきた。
少女は立ちすくんだまま、血を吸われた。
ふたつの影はしばらくのあいだ、揉み合うようにもつれあったが、
やがてちいさいほうの人影が耐えかねたように姿勢を崩すと、傍らのベンチの上にもたれ込むように尻餅をついた。
男が追跡を手かげんしたのは、どうやらこのベンチの在処を見当にしたようだった。
吸血鬼はどうやら、好色なたちらしい。
少女の身につけているこげ茶のロングスカートを腰までたくしあげてしまうと、
あらわにされてすくませた脚に、タイツの上から唇を這わせていった。
上品な接吻ではないことは、明らかだった。
ふくらはぎから内腿、足首と、まるでタイツの舌触りを愉しむように、男はあらわにした少女の脚のあらゆる部位にくまなく接吻を這わせていった。
真っ白なタイツには、たちまち紅いシミがあちこちに撥ねた。
"ouch! ouch!"
咬まれるたびに少女は、身を仰け反らし金髪を振り乱して叫んだが、男はかまわずに、この手荒なあしらいに熱中し続けた。
思ったよりもあっけない、拍子抜けするほど他愛のない"手続き"だった―――吸血鬼に生き血を吸い取られちゃうということは。
闇の向こうから伸びてきた腕がツタのようにからみついて、キースのことを後ろから羽交い締めにすると、
背後からぴたりと寄り添ったその人影は、おもむろに彼の首すじを唇に含んで、
この青年の理性を、痺れるような疼きで突き崩していった。
ずぶずぶと根元まで埋め込まれた魔性の牙は、活きのよい若い血潮を吸い出したのと引き換えに、
妖しい陶酔で理性や警戒心を萎えさせてしまう毒液を、かれの体内に注ぎ込んでいったのだ。
もしかするとほんとうは、すこしは抗ったり、じたばた暴れたりしたのかも知れない。
じじつあとでかれが気づいたときには、現場の泥が半ズボンの太ももにまで撥ねて、乾きかけてこびりついていたから。
けれどもキースのいまの記憶では、あの記念すべき晩、
かれはいともやすやすとたぶらかされてしまって、飢えた吸血鬼相手に、
由緒正しい名門のあと継ぎ息子の血を、十代後半の若い肉体から気前よく振る舞ってしまっていたのだった。
皮膚の奥深く埋め込まれた牙を通して、自分の身体に手ひどいあしらいをする相手の意思が伝わってくるような錯覚を、キースは覚えた。
ありがたい・・・若いひとの生き血にありついたのは久しぶりだ・・・渇いた喉がしんから癒える
・・・と、キースの生き血の質を褒め、なによりもひどく悦んでいた。
このままおとなしく血を吸わせてくれるなら、決して死なせない・・・もぅ少し血を吸って気がすんだら生かして家に帰らせてあげる。
・・・とさえ、口走っているようだった。
「きみは妹さんのことを気にしているね?ここで逢うことになっていた」
キースの生き血をひととおり吸いおわると、吸血鬼は首すじにつけた傷口から牙を引き抜いて、耳許に囁いた。
「どうしてそれを?」
キースはビクッとして、まつ毛のながい瞳をあげた。
「わしは、血を吸った人間の心のなかが読めるのさ」
恐怖にゾクッと震えるキースに、吸血鬼は裏腹なことを呟いてくる。
「ある意味それは残酷なことだぜ?たいがいのやつらはこっちのことを忌み嫌っているからね・・・」
「あぁ、そういえばたしかにそうだね・・・」
キースは相手の男の口調に、屈折した寂しさがあるのを感じた。
理性を酔わせるためにかれの血管に染み込まされた毒液に、同情と共感とが織り交ざっていった。
キースは吸血鬼のもの欲しげな視線が、いちどならず自分の足もとにさ迷うのを感じた。
舐めるようにしつような視線がからみつくのは、濃紺の半ズボンの下から覗いている、ふくらはぎだった。
発育の良いキースのふくらはぎは、半ズボンとおなじ色のストッキングで、ひざ小僧のすぐ下までキッチリと覆われていた。
真新しい厚手のナイロン生地は、太めのリブをツヤツヤとさせている。
ハイスクールから邸に戻ったばかりの彼は、ちかくの公園で待つという妹のリディアの書き置きを手に、制服を着替えもせずにふたたび邸を出てきたところだった。
「きみ、ストッキングに興味があるの?」
吸血鬼は図星を突かれたように一瞬目を見開いて、すぐに苦笑しながら肯定した。
「よかったら、きみにあげようか?学校のやつだから、ボク同じのをなん足も持っているんだ。
それとも、このまま噛ませてあげようか?」
吸血鬼は手短かに、咬んだあとできみの脚から抜き取りたいと答えた。
ずいぶんコアなんだね・・・青年は笑った。爽やかな笑いかただった。
そこには蔑みのニュアンスは全くなく、むしろイタズラ仲間としての軽い共感があるのを、吸血鬼は感じた。
「いいよ。噛み破っても。気が済むまで愉しんだら、脱いであげるから。
その代わり、きみがさっき言ったように、ボクのことを生かして家に帰してくれるかな?
そうしたらお礼に、きみのためにもぅ一足、ストッキングを履いてきてあげてもいいよ」
吸血鬼は嬉しげにほくそ笑んだ。
―――よかろう。取引成立だ。
抵抗をやめたキースのことを草むらにねじ伏せた吸血鬼は、
かれのふくらはぎにストッキングのうえからなん度も噛みつきながら、
その体内に脈打つ若々しい生き血をちゅるちゅると吸い出してゆく。
かなりの貧血で頭のなかが朦朧となりながらも、キースは自分が死ぬような気がしなかった。
しばしば、いびつによじれずり落ちたストッキングを自分の手で引き伸ばしてやり、わざと噛ませてみたりしたほどだった。
失血で息をはずませながら、青年はうわ言のようにいいつづけた。
「ねぇ、こういうのはどうだろう?
きみは人の生き血を欲しがっていた。
ぼくはきみの希望を快く受け入れて献血に応じてあげた。
だからきみがぼくから獲た生き血は、強圧的にむしりとったわけではなくて、
友情の証しに進んで飲ませてあげたものだ、というのは?
さっききみは取引って言ったけれど、
きょうのことは、好意的な寄付とかサーヴィスということにしてくれない?」
「素敵なアイディアだね」
吸い出した血潮の新鮮な芳香に目を細めながら、吸血鬼はいった。
まだ彼は時おり濃紺のストッキングの舌触りを嬉しそうに愉しみながら、
毒蛇のような牙をチロチロとさ迷わせては、バラ色の血を舌なめずりしながら味わっていった。
「きみは協力的なんだね。嬉しいことだ。きみの血をもう少し愉しんだら、約束どおり放してやろう」
死の恐怖を免れた青年は、求められるままに吸血鬼と口づけを交わした。
錆びたような血液の匂いが、少年の鼻腔をついた。
「ドキドキしちゃう・・・これがぼくの血の味なんだね・・・!」
キースはむさぼりあうように、自分のほうから唇を合わせていって、二度三度と口づけを交わした。
安堵が、かれを大胆にしたらしかった。
それがじつは吸血鬼のつけ目だったことに、まだかれは気づいていない。
「美味しい・・・きみがボクの血を欲しがるのは、考えてみればもっともなことなんだね」
青年は酔ったように口走りながら、なおも舌なめずりを繰り返す吸血鬼のために、
ずり落ちたストッキングをもういちど、ひざまで引き伸ばしてやった。
制服の一部でもある紺のストッキングを噛み破らせちゃっていることは、
毎日同じストッキングを履いて肩を並べて学校通いをしているクラスメートたちまで冒瀆されてしまっているような、後ろめたい憤りに似たものも覚えたけれど、
その感情とは裏腹に、かれ自身がクラスメートたちをナイショで裏切っているような、えもいわれないくすぐったいような愉悦もまた、その裏返しとして抗いがたく感じてしまっているのだった。
そんなふたりの様子を近くの物陰から見つめる、二対の視線があった。
ひとつは好奇心たっぷりの。もうひとつは、やや躊躇をみえかくれさせたもの。
躊躇しているほうの視線の主は、あの夕闇のメイドのもの。
そして前者はもちろん、その女主人のものだった。
「あぁ、キース坊ちゃままでが・・・」
絶句するメイドの理性的すぎる反応に、まだ十代半ばの女主人は軽い不平を鳴らした。
「はやくひとを呼ばないと、リディアさま。キースさまが貧血になってしまわれますわ!」
おずおずと進言するメイドを目で制すると、リディアと呼ばれた少女は目の前でくり広げられている吸血劇から目を離さずに、ゆっくりとかぶりを振った。
「まだまだ早いわ。
あの方が、お兄さまの血をあんなに美味しそうに吸い取っているところじゃないの。
あたしが兄さまのことを呼び出して、あの方にチャンスをあげたの」
十代半ばの女主人がワクワクとした目つきで見つめている吸血の光景の主人公は、ほかならぬ自分の兄だったのだ。
「あたしのときもあんなにお行儀悪く、脚をばたつかせたり叫んだりしていたのかしら。覚えていて?」
女主人は、イタズラっぽく笑った。
「存じませんわ。あたくしはすぐに気を失ってしまったんですもの」
黒い瞳の女奴隷は、小娘みたいにどぎまぎしながら、あるじの横顔を盗み見た。
まだ幼ささえ残したノーブルに整ったリディアの目鼻立ちは、妖しい歓びに輝いている。
「あっ!また咬まれたっ!痛そう~!」
なんて、クスクス笑いを浮かべながら。
主従ながら襲われて血を吸われてしまってから。
会瀬を重ねた挙げ句、男はリディアに囁いたのだ。
「きみの兄さんが自分の血を自分だけのために使うか、渇いたものに分かち与える気になるのかは、兄さん自身の判断だ。
きみは今回の件に関してなんの責任も負う必要はない。僕に"機会"を与えてくれただけなのだからね」
リディアは恋人同士の逢瀬に酔うように、ウットリとほほ笑んで頷きを与えていた。
リディアの思った通り、兄は出し抜けで無作法な吸血鬼の訪問を受けながらも礼儀正しく応対し(結果的に賢明な判断だった)、
生命の保証を得る口約束をきちんと得た上で、相手の欲しがるものを過不足なく与えていった。
まさに理想どおりの兄さまだわ・・・リディアはウキウキとして瞳を輝かせた。
あるていど二人が満足したのを見て取ると、リディアは夢から覚めたように驕慢な女主人の顔つきに戻って、命令し慣れた声色で、年上のメイドに言った。
「さっ、きちんと拭くのよ」
女主人はメイドの首のつけ根のあたりをハンカチーフでギュウッと拭うと、同様に自分の首周りを彼女に拭かせた。
ふたりとも慣れた手つきで、相手の傷口を濡らしていた吸い残しの血を跡形もなく拭い取っていった。
「これでよしと」
リディアはハンカチーフに着いた血潮を一瞬口許にあてがって、お行儀悪くチュッと舐めると、メイドに言った。
「いいこと?あなたはなにも見なかった。何も知らなかった。しっかり口裏合わせてね」
女奴隷が頷くのを見返りもせずに、リディアは気分を入れ替えるように深呼吸をした。
そしてわざとらしく大きな声で、お兄さま!?お兄さまあ!?って叫びながら、兄を探しまわる妹を、熱心に演じはじめたのだった。
「これで良かったのかな?」
白のショートパンツの下、真新しい真っ白なストッキングに覆った脛を軽く交叉させて、キースはおどけてポーズをとった。
「気に入ってなん足も買ったのに、みんな女みたいだって笑うんだ」
キースは不平そうに鼻を鳴らした。
吸血鬼は、そんなことはないさ、よく似合っているよ、と、年若い同性の恋人を褒めた。
どうやら本音でそう思っているらしい。
好色そうに目じりにしわを寄せて目を細め、男の子にしては柔らかいカーヴを帯びた脚線美が真新しい純白のナイロン生地に輝くのを、眩しそうに見つめている。
いまが真っ昼間であるだけに、真新しい白のストッキングの生地の白さがきわだって、太めのリブの陰影が鮮やかに浮き彫りになっていた。
それはしなやかな脚のラインをなぞるように絶妙なカーヴを描いて、発育の良い肉づきを惹きたてていた。
「じつに美味しそうだ」
吸血鬼は目を細めたまま、もう一度青年の脚を嘆賞した。
「ああ良かった」
キースは嬉しそうに白い歯をみせた。
十代の青年らしい、健康な笑いだった。
取り戻すことのできた健康の輝きは、吸血鬼の禁欲のおかげだった。
「中4日も猶予してもらって、ゴメンよ」
キースは神妙な顔をして言った。
「喉からからにしているんじゃないかと思って、気が気じゃなかったんだ。
それともどこかで、活きのいい血にありつくことはできたかい?」
なにも知らない青年の善意に満ちた視線に、吸血鬼は夕べとおとといのことはしばらく黙っていようと思った。
彼の妹が密会を申し込んできて、お気に入りの黒のタイツを3足も破らせてくれたということは―――
どうやら嫉妬心とは縁の薄そうなキースのことだから、親友が飢えずに済んだと知ったらむしろ安堵の笑みを浮かべてくれそうだったけれど。
「いいこと、兄さまにはナイショよ」
と、リディアにされた固い口止めを、吸血鬼は守るつもりだったのだ。
―――禁欲は正味1日だったけどな。
吸血鬼は心の奥で笑った。
たいした禁欲とはいえなかった。
キースは自分がストッキングを履いて学校に通うのを、みんなが笑うといって、不平そうに口を尖らせていた。
「ママも、学校で笑われるくらいならやめたほうがいいって言うし、このストッキングがいいって言ってくれたのは、君ぐらいのものだよ」
キースはしなやかな下肢をもて余すように、白のストッキングの脚を伸びやかに組んで、吸血鬼に見せびらかした。
さあ!早く咬んで・・・そんなふうに誘っているように、血と情欲に飢えた視線にはそう映った。
吸血鬼はそろそろと素早く自分の影を青年の均整のとれたプロポーションに忍び寄らせると、
痩せこけてはいるが力の込められた腕を毒蛇のように巻きつけて青年の身体の自由を奪った。
「あ・・・!」
キースはみじかく叫んだが、とっさの身じろぎはつよいものではなかった。
吸血鬼の本能的な征服欲を適度にそそるていどの、絶妙なものだった。
わずか二度の逢う瀬でそんなふるまいを身につけてしまったのはやはり、かれ自身吸血鬼の良きパートナーになるための素質を備えていたからに違いなかった。
「せっかくのおニューのストッキング、どこにも履いていくあてがないのなら、持っているやつ全部をきみの血でペイントしやってもいいんだぜ?」
「か・・・考えさせてもらうね・・・」
キースはわざと口ごもってみせ、それからあっけらかんと笑って、近寄せられる牙がうなじの肉にずぶりと埋め込まれる瞬間を、ドキドキしながら待った。
昼下がりの太陽の光に鮮やかに縁どられた木陰の下で。
ちぅちぅ・・・キュウキュウ・・・
キースの血を吸いあげるあからさまな音が、だれはばかることなく洩れてくる。
覆い被さってくる吸血鬼を上に、白のストッキングをひざ小僧のすぐ下までキッチリと引き伸ばしたキースの脚だけが陽射しを浴びて、じゅうたんのように広がるグリーンの芝生のうえ、緩慢な摺り足をけだるそうに繰り返していた。
「やっぱり中4日はキケンだなぁ・・・」
吸血鬼の熱い抱擁のなかキースは照れ笑いに笑った。
自分の体内に宿した若い血潮を吸血鬼が気に入ってくれて、美味しそうに飲み味わってくれていることが、むしょうに嬉しかった。
失血のために頭がぼう・・・っとしてきて、5日まえの夕闇のなかで初めて覚えた陶酔が、ありありとよみがえってくる。
むしょうに喉の火照りを覚えて、Tシャツに撥ねたばら色のしずくを指先に絡めると、青年はそれをチュッ!と口に含んだ。
ほろ苦い芳香が鼻腔に満ちて、キースは思わずむせ返った。
「きみにはまだ、刺激の強すぎる飲みものだな」
吸血鬼は嗤った。
未成年の酒かたばこをたしなめるような口調だった。
「まるできみは、ママみたいなことを言うんだね」
会話を続けようとした青年は、なん度めか首すじをつよく吸われて、ウッとうめいて言葉をとぎらせた。
吸血される歓びに、絶句してしまったのだ。
ふふ・・・
吸血鬼は青年が自分の手中に堕ちたことに、満足そうに笑った。
血のりをべっとりとあやしたままの唇で、喘ぐ唇を吸うと、キースは夢中になって吸い返してきた。
「さぁ、いよいよお愉しみだ。
きみの履いているストッキングを、よだれがくまなく沁み込むくらい、たっぷりいたぶらせてもらうよ
―――わし流の、意地汚いやり口でね」
白のストッキングの脚に男が唇を近寄せると、青年は彼の下でちょっぴり悔しそうに秀でた眉をひそめ、それから薄っすらと微笑んだ。
「きみが陽の光を怖がるたちじゃなくって、なによりだったね。明るいうちなら、ストッキングの見映えもじゅうぶん愉しんでもらえるからね」
この期に及んでも青年が立て膝をして、吸血鬼のために履いてきたストッキングに泥をつけまいとしていることに、吸血鬼は内心ちょっと感心していた。
ひざ下丈の靴下に執心するという意味では、ふたりはいわば同好の士だった。
ひとりは身に着けることで、もうひとりは咬み剥ぐことで、ストッキングを愉しんでいるのだった。
吸血鬼は、キースの身体を思い切り横倒しにした。
脚の片側が芝生にじかに着いて、かすかに泥がはねた。
青年の気づかいを無にしたわけではなく、たんにふくらはぎを咬みたかったからだった。
吸血鬼はカサカサに干からびた唇を、厚手のナイロン生地に流れる太リブのうえから、つよく圧しつけた。
キースの履いているストッキングのしなやかな舌触りにくすぐったそうに相好を崩すと、
吸血鬼は口許の両端から尖った牙をむき出しにして、カリリと咬んだ。
あー・・・
キースは眉を寄せてせつなげな声を洩らした。
抑えたうめき声の下、しつような接吻にいびつによじれたストッキングには、赤黒いシミが滲んでいった。
うひっ・・・うひっ・・・
本性もあらわにカサカサの唇を物欲しげに吸いつけ舌なめずりをしながら、真新しい純白の生地にためらいもなく、赤黒いしずくをほとび散らせていった。
「お嬢様よろしいのですか!?」
メイドのジュリアは黒い瞳に心配をあらわにして、女主人を窺った。
リディアはしらっとした顔つきをして、かぶりを振った。
「あたしもふつか続いたのよ。
さすがにいま出ていくわけにはいかないわ。
もぅ少し、ふたりを愉しませてあげましょうよ」
無感情な顔つきをしての冷静な観察のあとには、口を尖らせての感情的な文句が、可愛い唇をついて出た。
「本当にもうっ!
あのひとったら、無作法だわ。
おニューのタイツを履いて脚を咬ませてあげたのに、
タイツを脱いで履き替えて帰ろうとしたら、また捕まえられて咬まれちゃった。
おかげで、たった1日で二足も台無しよ。おまけにどっちもせしめられちゃうし・・・
ロングスカートじゃなかったら、ママに素足なのを見つかっちゃうところだったわ」
小声でブツブツ文句をいう女主人の横顔を盗み見ながら、女奴隷はなにか言おうとしてすぐに口をつぐんだ。
うわべは相手の男の無作法に文句をいいながら、少女の口調はむしろ得意げだったから。
それを正直に指摘したらお姫様のご機嫌がきっとうるわしくなくなるだろうことに察しをつけるていどには、この女奴隷には賢明さが備わっていた。
彼女はリディア付きのメイドだったので、いつもリディアと行動をともにしていた。
したがって、彼女の女主人が吸血鬼と密会するときは必ず同行しなければならず、
女主人ともどもいずれ劣らぬ非の打ちどころのない首すじを、代わる代わる咬まれてしまうのがつねだった。
順序とすればジュリアは、吸血鬼の貪婪な渇きから女主人を守るため、自身の生き血をすすんで、令嬢が受難するまえのオードブルとして供するのが常となっていた。
リディアは、兄がおニューの白のストッキングの足許に、遠目にもそれとわかるほど鮮やかに深紅の飛沫を散らすのを、密かな共犯者の視線で小気味良く眺めていたし、
その女奴隷は自分たちがふたり揃ってかろうじて相手している吸血鬼のために、たったひとりで生き血を提供し続けるキースのことを、称賛と懸念の入り交じった目で見守っていた。
おなじサイズの歯形の咬み痕がついたうなじを並べて、身分違いの少女はふたり、それぞれ別々の想いを秘めながら、青年たちのじゃれ合いを見るともなしに見つめ続けていた。
「きみと逢うときに履いてくるストッキングは、濃い色にかぎるようだね」
自身の血潮で鮮やかに彩られた白のストッキングの脛を見おろして、キースは照れ笑いしながらそういった。
「履き替えに家に戻っても平気なのかね?」
吸血鬼はかれの家族の注意力を気にしたけれど、青年は白い歯をみせて笑った。
「大丈夫さ。これはハイスクールで履き替えてきたやつなんだ。
よかったら記念にあげてもいいよ。
これからいつもの紺のやつに履き替えるから。
でも、紺のやつまで破くのは、今日のところは勘弁だぜ?」
「こんど逢うときには、黒いのにしなさい。白のラインが二本入ったやつ」
どうやら吸血鬼は、キースのコレクションのかなりを把握しているらしかった。
キースはそのことに感心しながら、いつ見たんだい?と訊いたが、ろくな応えは返ってこなかった。
吸血鬼は耳も貸さずに、キースの足もとに夢中になってとりついていたから。
青年の問いに応えるよりは、ところどころ赤黒い血糊のこびりついた白のストッキングを、思い切り噛み剥ぐほうに夢中になっていたのだ。
「あっ、ヒドイなあ・・・っ!」
噛み剥がれてゆくストッキングの持ち主のくすぐったそうなあっけらかんとした笑い声を頭上に聞きながら、
吸血鬼はだらしなく弛んだストッキングを、なおもくしゃくしゃにずり降ろしていった。
キースはそれからも、2日か3日に一度は、吸血鬼とのアポイントメントを取るようになっていた。
その間に例の白のストッキングはあらかた、パートナーの強引な牙にむしり取られ、咬み剥がれてしまっていた。
見た目は手荒なあしらいではあったものの、ふたりの間には濃やかな気づかいが通いあっていた。
片方は親友の顔色や身体の調子の変化に敏感すぎるほどに気をまわし、
もう一方も好みが同じな同性の恋人のために脚に通すストッキングの色や柄選びに余念がなかったし、
なにかの事情で密会の間隔が開いてしまうときには、相手が耐えがたいほどひもじい想いをしないかと気を揉んでいた。
吸血鬼の立場であれば、ふつうなら、一滴でも多くの血を吸い取りたい、つかまえた相手は気のすむほどに血を獲るまでは決して放すまいとするだろうし、
キースの立場であれば、血を吸われまい、装いを辱しめられまいとして、必死の逃走や抵抗を試みるはずであった。
けれどもこのふたりはふたりながら、相手を気づかって行動したのだった。
吸血鬼は自分の相手をしてくれる青年の身体のようすを気づかいながら、吸い取る血の量を手かげんしようとしたし、
そのうら若い恋人のほうは、自分の体内をめぐる血液を一滴でも多く提供し、足許の装いを少しでも愉しませてやることで、男の寂しい渇きを癒してやろうと腐心していた。
吸血鬼は彼の恋人が自分のために、どんなストッキングで足許を装ってくるか愉しみにしていた。
彼は、焦がれるほど愛していた。
あの柔らかな首すじにジリジリと牙を迫らせたとき、年若い彼の獲物が秀でた眉をキリキリと引きつらせるのを。
足許をきりっと引き締めるストッキングをネチネチといたぶって、整然と流れるリブを脛の周りにいびつによじらせるのを。
しなやかな舌触りのするストッキングごしに牙を思うさま咬み入れたときの、若々しい肉づきのもっちりとした咬み応えを。
吸いあげるたびに喉を熱く潤す血潮のほとびを。
なによりも、彼の好みに歩み寄ろうとして話を合わせ時には家族を欺いてさえ密会を示し合わせてくれる年若いパートナーの、かいがいしい心遣いの濃やかさを。
キースはキースで、歓びに目覚めてしまっていた。
あの痩せこけた猿臂に巻かれて強引に抑えつけられるときの、絶対的なものに支配を受ける歓びに。
ハイスクールの制服である半ズボンやワイシャツに泥や草切れを撥ねかしながら、
かれの体内に脈打つ生き血をグイグイとむしり取られていくときも、
恋人から求められる熱烈さを実感して、随喜に震えあがっていた。
獣が獲物を生きたまま喰らうような食欲をあからさまにした汚い音をたてて生き血を飲み味わわれたりすると、
自分の若さがパートナーを魅了しているという実感を覚えて、ついゾクゾクとした昂りを抑え切れなくなっていたし、
そのうら若い肢体にツタのように絡みつき抱きすくめてくる痩こけた手足が人肌の温みを帯びてくると、
かれの若さが恋人の慰めになっているという充足感が、失血による苦痛をむしろ陶酔にかえていった。
―つづく―
紳士用ハイソックスと光沢ストッキング
2018年06月28日(Thu) 07:02:46
バブルのころ、OLたちは毒々しい光沢を帯びたストッキングを脚に通し、
男たちはストッキング地のハイソックスにくるぶしを染めた。
娘たちは気に入った男ができると躊躇なく処女を捨て、
男たちはそんな若い女たちを物色して、自分の嫁にしていった。
華やかな巷のネオン街の片隅にひっそりと棲みついていた吸血鬼は、
そんな女や男たちが迷い込んでくるバーのなか、自らの餌を物色した。
不思議な趣味だね。
男はそう言って、舌なめずりをくり返す吸血鬼の前、スラックスをたくし上げた。
筋肉質の彼の脛は、なよなよとした薄地のナイロンに青黒く染められていて、
その筋肉のおりなす陰影が、淫らな翳をよぎらせている。
吸血鬼はもういちど舌なめずりをすると、
自分のためにあらわにされた男の足許にかがみ込んで、
薄地の靴下のうえから、これ見よがしに舌をなすりつけてゆく。
透きとおるナイロン生地は繊細なしわを波打たせて、
男は苦笑しながら辱められてゆく自分の足許をじいっと見つめた。
ぴちゃ・・・ぴちゃ・・・
意地汚い音を立てながら男の足許は卑猥なよだれに濡れてゆき、
やがて突き立てられた牙に冒されて、薄い靴下はブチブチと鈍い音を立てながら、咬み破られていった。
女はそのかたわらに立ちすくんで、いちぶしじゅうを見守っていた。
緋色のタイトスカートの下は、肌色のストッキングに覆われていて、
薄暗い照明が照り返して、つややかな光沢を放っていた。
高貴にも淫靡にも映る輝きだった。
だらりと長く伸ばした黒髪は、肩先の張った流行のデザインの派手なスーツにしなだれかかり、
普通のOLとは思えないけばけばしい匂いの香水が、女の首すじにまとわりついていた。
男が献血を終えて、ぐったりとなってしまうと、吸血鬼は男の足許から顔をあげ、女を視た。
女は男の婚約者だったが、すでに何年も前に男以外の男性を相手に処女を捧げていた。
後ずさりするスーツ姿を抱きすくめると、吸血鬼は素早く唇を女の首すじに這わせて、カリリと咬んだ。
あっという間の出来事だった。
ちゅー・・・ちゅー・・・
女の生き血はその持ち主の体内から、小気味よい音を響かせて奪われてゆく。
彫りの深い顔だちに泛べる憂いは、若い血を辱められることへの悔い?それとも、喪われてゆく血液への哀惜?
きっとその両方なのだろう。
女は惜しみなく自らの血を捧げると、男の傍らに突っ伏した。
四つん這いになった足許に吸血鬼が這い寄って、さっき婚約者にしたのと同じように、
自分の穿いているストッキングに舌を這わせるのを、唇を噛んで見おろしていた。
吸血鬼は咎めるような女の目もはばからず、女の穿いているストッキングを波打たせ、くしゃくしゃになるまでいたぶり尽し、しまいにがぶりと喰いついて、毒々しい光沢を帯びたナイロン生地を、咬み破っていった。
女に対する行為は、もちろんそれだけでは済まされなかった。
ジャケットを脱がせ、ブラウスとスカートを戦利品にせしめてしまうと、
ブラジャーの吊り紐を引きちぎって、胸をあらわにする。
とっさに抱きかかえる細腕を虐げるように抑えつけて、あらわになった乳首を唇に含んでいった。
失血でわれを忘れた男は、自分の未来の妻と決めた女が吸血鬼の手ごめにされて犯されるのを、
女が夢中になって、腰を振りながら応えてしまってゆくのを、血走った眼で追いつづけていた。
静かになった男の足許からは、濃紺の薄地のハイソックスが引き抜かれ、
放恣に開かれた女の下肢からは、ぎらぎらと輝くストッキングがずり降ろされる。
2足の靴下を丁寧に結び合わせると、吸血鬼はそれをむぞうさにポケットに押し込んで、立ち去った。
夜明けになるとたぶん、我に返った男は起き上がり、女を抱き支えながら家路につくのだろう。
そしてふたたび、このバーのくぐり戸を押し開くのだろう。
もちろん、未来の妻である彼女を連れて。
俺のハーレム 2
2018年01月14日(Sun) 00:44:56
吸血鬼になってハーレムを構えた良作のところに、いの一番に棲みついたのは、叔母の奈津江だった。
それ以来。
女たちは一人また一人と、年齢の別なく集まって来た。
つぎにやってきたのは、母の春江だった。
春江は、良作が初めて血を吸った女だった。
ついでにいえば、筆卸のあいても春江だった。
「吸血鬼になったんだから、そのうちどこかのお嬢さんたちを相手に、”姉妹で味比べ”なんてする機会あるでしょ?」
まず私たちが、お手本になってあげる――春江はそんな奇妙な理屈をつけて、息子のハーレムにあがり込んできた。
たしかに。
ちょっと着飾ってばっちりとメイクをすれば、40代の人妻と30代のピアニストである。
決して悪い取り合わせではない。
ほかにだれもいないハーレムで、良作は、実母と叔母との3Pなハーレムを、幾夜も楽しんだのだった。
やがて父親が出張から戻ってきて、「世間体が悪いからそれだけは勘弁してくれ」と言い出して、母は連れ戻されていった。
入れ違いにやってきたのは、妹の冬美だった。
叔母の奈津江がピアノのお稽古のためにハーレムを空けたとき、学校帰りの冬美がたまたま、ハーレムの前を通りかかった。
窓辺からそれを見かけた良作は、ベッドのうえで組み敷いていた母の春江に、
「”母娘の味比べ”をやりたい」とねだり、冬美をハーレムに引きずり込んで、セーラー服のまま犯した。
お兄ちゃんに犯されるのは初めてではなかったけれど、母親といっしょのベッドでというのは、さすがにこたえたらしい。
「お兄ちゃんやめて」と激しく恥じらう冬美のようすにそそられた良作は、
まくり上げた濃紺のプリーツスカートの奥に、白く濁った体液をとめどなく吐き散らした。
「やり過ぎでしょ」
逃れるように帰宅していった妹と入れ違いに戻って来た叔母に、良作がきついお灸をすえられたのは、いうまでもない。
隣町に嫁に行った従姉の照美がふらっと現れたのは、ハーレムを作ってふた月ほど経ってからだった。
「もっと早く来てあげるつもりだったけど、いろいろあって出てこれなかったのよ」
「いろいろ」の中身を従姉はついに語らなかったが、婚家での気苦労がそれこそ「いろいろ」あるらしいことは、
さすがの良作にも容易に見て取れた。
良作が中学生のころには、眩しくてまともに見つめることのできなかった白い顔が、かすかにやつれを見せていた。
ミセスの女の悩ましい翳が秘める魅力を、良作もそろそろわかりかけていた。
周りに、大人の女が多すぎたせいかもしれない。
「リョウくんがハーレム作ったっていうから、あたし絶対来てあげようと思ってたの。
でも、だんなもいるし家をあまり長く空けるわけにいかないから、実家に戻ってきたときだけだからね」
さいごに逢ったのが、二年前の春だった。
結婚のあいさつに来た照美は、ピンクのスーツ姿。
良作はもう高校生になっていたけれど、眩しさに変わりはなかった。
それを意識してか、ハーレムにやって来た照美は、あのときと同じピンクのスーツを身につけていた。
「人妻になってまでピンクなんて、おかしいよね」
自虐してみせる照美に、良作は囁いた「似合うよ、従姉(ねえ)さん」
「この子ったら、もう!」
とっさに良作のお尻を叩いて照れ隠しをした照美は、かつて中学生の良作を恥じらわせたころの女子大生と変わらなかった。
――照美従姉さんは、あのときの自分を取り戻しに来たのかもしれない――
度重なる吶喊にわれを喪って白目を剥いた従姉を見おろしながら、良作は思った。
だらしなく半開きになった口許からよだれを垂らし、ピンクのタイトスカートを腰までたくしあげられて、
あのときと同じグレーのストッキングを見る影もなく引きむしられた両足を大の字に伸ばしながら、
細い肩先をセイセイとはずませて失血に耐える照美の瞼に、良作は優しく口づけを重ねた。
高校のころ在籍していた読書部の後輩だった浩子を誘ったときは、いままでより積極的だった。
吸血鬼になってこの方、陽の光に当たるのを恐れていた良作が珍しく、母校のかいわいまで出かけていって、
部活を終えて浩子が出てくるまで、2時間以上も辛抱強く(執念深く?)待ち受けていたのだから。
引き締まった足許を覆う真っ白なハイソックスに目をくらませて迫って来る良作を前に、
学校帰りを襲われた浩子は、校庭を這いずるようにして逃げ回ったが、
良作はお目当ての真っ白なハイソックスに赤黒いシミを撥ねかせながら17歳の生き血にありついて、啜り取っていった。
いちど咬まれてしまうと、思い切りの良い子だった。
赤黒いシミの撥ねたハイソックスのまま良作に送られるようにして帰宅すると、
「私明日から、先輩のハーレムから登校するね」と母親に宣言して、
娘と同じくらい思い切りのよい母親は、
「おめでとう。幸せにしてもらうんだよ」といって、娘を潔く送り出していた。
その母親も、「お父さんの出張の時だけね」といって、
娘の隣室に入居して、よそ行きの時だけ脚に通すパンストを惜しげもなく、性急でぶきっちょな手にむしり取らせてやっていた。
「若い子は駄目」
といっていた叔母は、自分の教え娘以外の少女の運命まで関知しないことにしているらしく、このときはなにも言わなかった。
「結婚退職することになったの」
高校の時の担任の女教師だった貴子が良作のハーレムを訪れたのは、そのすこしあとのことだった。
いまどき結婚退職なんて珍しいねという良作に、貴子は言った。
「だんなになる人が、嫉妬深いの。
この街が吸血鬼と共存していて、女教師も狙われる対象だって知っちゃったものだから、もう大変」
そんなめんどくさい男、別れちゃえばいいのにという良作に貴子は、「結婚のチャンスをふいにしたくない」とだけ、言った。
貴子は28だった。
結婚するのに決して遅すぎる年齢ではなかったけれど、子どもが欲しければ職を離れる覚悟をしなければいけないものらしい。
「先生って言いながら犯して」
貴子に頼まれるまま、良作はかつての教え子と女教師の関係に戻って、貴子を襲い、犯しつづけた。
いいのかい?結婚前なのに・・・という良作に、
いいのよ、もともと学校に来る長老に処女奪られちゃってるし・・・と、貴子は理屈にならない理屈をこねた。
貴子は寿退職をしてすぐに街を去り、しかし1年も経たずにまた、街に戻って来た。
「だんなと別れちゃったの?」と訊く良作に、貴子は笑ってかぶりを振った。
「この街でいっしょに住むことになったの。教師の仕事も、つづけるわ。
あたしが処女じゃなかったことで、われにかえっちゃったみたい」
女の悪行は、男の愚かな独占欲を無毒化することができるのか――良作はちょっとだけ、ぼう然とした。
俺にはまだ、わからないことが多すぎる――
菜穂子がハーレムに棲みついたのは、ふとしためぐりあわせだった。
ピアニストの叔母はレッスンが立て込んで良作一人にかまけてはおれず、
母や妹は父の差し金で足が遠のき、従姉は婚家に帰り、後輩は貧血を起こして一時帰宅していた。
喉が渇いた良作は、このごろ時折そうするように、ハーレムの近くの公園に出没していた。
むろん、学校帰りの少女や、勤め帰りのOLが目あてだった。
不運にもやって来た女は、良作をみとめるとすぐにその正体を察したらしく、立ちすくんだ。
お通夜か法事の帰りなのか、女は黒一色の礼服姿だった。
白い脛の透ける薄手のストッキングの脚が、街灯になまめかしく映えていた。
「お嬢さん、悪いが脚を咬ませてくれないか?」
良作は怯えて立ちすくむ女の前に立ちはだかって、露骨なことを言った。
発した言葉の露骨さに自分でドキドキしながら、俺はなんてガキっぽいやつなんだと思いながらも、
やはりこういうドキドキがこたえられない――そんなふうにも思っていた。
「あんたの穿いているストッキングの舌触りを、ためしてみたいんだ」
股間がギュッと逆立つのを、こらえることができない・・・と思う刹那、女は意外なことを囁いて来た。
「ごめんなさい、私・・・男なんです」
え?
思わず顔をあげたが、きちんとしたメイクの向こう側に男の顔だちを思い浮かべるのにちょっと時間がかかった。
良作はしかし、喉がカラカラだった。もうこのさい、男でも女でもかまわない・・・
「あんたがヤじゃなければ、”女”として相手してくれないかな」
「わかったわ・・・ありがとう」
”女”はすぐに、気持ちを決めたらしい。おずおずとだったが、黒のストッキングの脚を差し伸べてきた。
「黒のストッキング、お好きなんですね」
凛とした透きとおった声が、良作の頭の上に降って来た。
”女”も、黒のストッキングを好んで脚に通す習慣を持っているらしい。
気に入りの装いをいたぶられ辱められることが、どんなに嫌なことか・・・と思ったけれど、
やめることができなかった。
良作は”女”の足許に唇をふるいつけ、薄手のナイロン生地をべろでいたぶり、くしゃくしゃにずり降ろし、咬み剥いでゆく。
けれども”女”のほうも、良作が自分の吸いやすいように気づかうように脚をくねらせ、角度を変えて、応じてきた。
片方の脚を辱め抜かれたあとは、まだ侵されていないもう片方の脚まで、差し伸べてくれた。
「ありがとう・・・すまないね」
良作は息を切らしながら、やっとの想いでお礼を口にした。
「あたしを女として扱ってくれたから・・・感謝のしるし」
”女”は口早にそういうと、礼儀正しいお辞儀さえ残して、楚々とした足取りで立ち去っていった。
以来2度3度、女は公園に現れて、良作になまめかしく装ったストッキングの脚を差し伸べて、
誘われるままにハーレム入りをした。
”女”は菜穂子といい、この街では女性として暮らし、あるオフィスでOLとして働いているという。
彼女はやがてハーレムに移り住んできて、長く住まうことになった。
良作は自分でもびっくりするほどすんなりと彼女の立場を受け容れて、
彼女もまた、どの女にも劣らない女らしさで、良作に尽くした。
すべては最初の夜、良作が菜穂子を女として遇したことから、始まったのだった。
兄貴が未来の花嫁を連れて都会から戻ったのは、ちょうどそのころだった。
生真面目な兄は相変わらず物堅く、良作はけむたい印象しか持てなかった。
いずれは家を継ぐ――といっても、これといった正業を営んでいるわけでもないこの家に、兄夫婦が棲みつくことはあるのだろうか?
相手の女は兄貴の上司の親類で、上司の紹介だというから、そんなところも兄貴は義理堅すぎると、良作は思った。
そんな兄貴が、ハーレムにやって来た。
「処女のうちは犯さないって、ほんとうなんだな」
兄貴はくどいほど念押しをすると、乃里子をハーレムで預かってほしい、と申し込んできた。
未来の花嫁の身持ちを確かめたい――独占欲が強く潔癖な兄貴の考えそうなことだった。
なにも知らない乃里子を兄貴ともどもハーレムに招いた良作は、その場で乃里子を襲った。
吸血鬼の本性をさらけ出した弟が、自分の婚約者の白い首すじに咬みつくのを、
兄貴は血走った眼で、こちらが照れくさくなるくらい長いこと、見つめつづけていた。
以来、兄貴は隣の部屋に泊まり込んで、
弟とひとつ部屋を共にする乃里子が咬まれるのを、いちぶしじゅう見守りつづけた。
服の上から胸を触れるくらいまでは許す――と言われていた。
うっかり唇でも奪おうものなら、隣室から逆上してなぐりかかってくるかもしれない・・・と思ったが、
かりにも兄嫁になる女を、そうそう気軽に犯せるものではなかったし、
処女の生き血に飢えていた良作の本能が、生身の男女としての一線を越えさせようとはしなかった。
兄貴は予定通り乃里子と結婚し、新婚旅行へと旅立っていった。
「結局お預けを食っただけだったね」
叔母の奈津江にはそんなふうにからかわれたが、良作はそれで良かったと思っていた。
ところが――
兄のすすめで新婚旅行帰りの乃里子の首すじを咬んだとき、良作は驚くべきことに気がついた。
乃里子はまだ、処女だった――
「初夜浪人ってやつさ。どういうわけか、体がいうことをきかないんだ。
乃里子がお前に血を吸われているのを覗き見していたときのほうが、よほど昂奮するんだ。
だからお前、もういちど乃里子を咬んでくれないか?」
咬まれた乃里子を見て俺が満ちてきたら、交代するんだ――兄貴は昔と変わらず尊大で、勝手だった。
乃里子さんがそれで良ければ・・・良作がそういうと、
乃里子は白い顔で肯いた。
どこまでも従順な女なのか。
尊大な兄貴には、似合いの嫁のようだった。
良作は、兄貴をお約束どおりぐるぐる巻きに縛り上げて、部屋の隅に転がすと、
やおら乃里子の首すじに牙を突き立てた――
乃里子は声をのんでその場に倒れた。
じゅうたんの上に、ワインカラーのロングスカートのすそが拡がった。
ロングスカートを、太もも丈のストッキングの口ゴムが見えるほどたくし上げて、
ブラウスの胸元を引きしめる百合の花のようにふんわりとしたタイを荒々しく解くと、
純白のスリップのうえからDカップの胸を揉みしだく。
「ァ――」
兄貴が嫉妬のうめきをあげる。
悩まし気に半開きになった乃里子の唇に、自分の唇を強引に押し重ねる。
「ゥ・・・っ」
兄貴がふたたび、嫉妬のうめきをあげる。
じたばたと暴れる足許から、ストッキングを見る影もなく咬み剥いでやる。
「おい・・・こら・・・ッ!」
兄貴がまたも、咎めるような声を洩らした。
「あいにくだけど、兄さん、義姉さんの処女はぼくがいただくぜ」
良作は逆立った一物を扱いかねて、
放恣に伸び切った乃里子の両太ももの間に股間を肉薄させ、吶喊を開始した。
すでになん人もの女を相手に、知り尽くした行為だった。
同じ手順を踏んで、兄嫁を兄貴の目のまえで犯すことに、刺激や愉しみを感じ始めていた。
「ウウ・・・ッ、ウウ・・・ッ、ウウ・・・ッ」
兄貴が鼻を鳴らし、無念そうに歯がみをしている。けれどももう、かまうものか。
俺は、あんたの都合どおりに動く人形じゃない。
こわばった肢体の生硬な秘所がじょじょに潤いを帯び、満ちていた。
良作は無念そうなうめきをあげる兄貴の尖った目線をくすぐったそうに受け流して、乃里子をぞんぶんに犯し、愛し抜いた。
いつの間にか、兄貴が乃里子の上にいた。
いまや夫婦の交歓は、最高潮に達している。
いったい、どういうことなんだ?
兄貴は乃里子の上で果てると再び良作を促して、新妻と義弟との交合を血走った眼で目の当たりにする。
そして、弟が果てるとふたたび、嫉妬のほむらをたぎらせるようにして、新妻にいどみかかってゆく。
そういうことだったのか。
潔癖で尊大な兄は、こうすることで初めて、歓びを感じることができるのだ。
乃里子もまた、虐げられる歓びを、婚前から、義弟の牙を通して体得してしまっている。
夫に視られながらの好意を彼女がじゅうぶんに愉しんでしまっていることを、
腕の中の華奢な身体が包み隠さず告げていた。
背徳の宴はいつ果てるともなく続き、兄弟は真の和解に至る。
「ほかのやつは、わかってくれなくて良い。
俺たち夫婦はお前のハーレムを新居にする。
だからお前、できれば夫婦の営みの間に割り込んで、俺と乃里子とを昂奮させてくれないか」
兄貴の申し出はありがたかった。(多少身勝手だったけど)
そして乃里子は、兄貴がいないときにもしばしば俺のところに忍んできたし、俺の来訪をこっそり迎えるようになっていた。
あとがき
久しぶりに描いたと思ったら、ばかみたに長くなってしまいました。^^;
良作という新米吸血鬼が、ハーレムのあるじとなりながらも、
決して思い通りにならない周囲の思惑に振り回される――そんな話にしたかったんですがねぇ・・・
(^^ゞ
俺のハーレム
2018年01月13日(Sat) 23:12:37
吸血鬼と人間とが共存するこの街に育った良作は、19歳の時に血を吸い尽されて、吸血鬼になった。
自分の意思で吸血鬼になることを選択した彼は、血を吸い尽された瞬間ふと、
――女の子が処女を捨てる時も、きっとこの程度にしか感じない。
と、ふと思った。
その直感は、たぶん正しかった。
彼の血を吸った吸血鬼は、長老と呼ばれる存在だった。
長老の手で吸血鬼にされた良作は、自身の欲する血液を確保するために、ハーレムを持つことを許された。
ハーレムといったところで・・・
あてがわれた邸のがらんとした無駄に広い空間を見回しながら、ふと思う。
てっきり、活きの良い若い女の子が初々しい身体をピチピチとはずませながらそこかしこを行き来している――
そんな風景は、しょせん妄想の産物だった。現実は厳しい。
そう――ハーレムに住まう女は、自分の腕で狩ってこなければならなかったのだ。
街では有数の良家の生れとはいえ、特別な将来が約束されているわけでもない次男坊である彼は、
無条件に女の子にもてるほど、魅力のある男ではない。少なくとも自分でそう自覚してしまっている。
供給が無くても需要はつねにわいてくるものらしく、さっきから喉がむしょうに渇いて仕方がなかった。
これから女を狩りに行かねば・・・
たいびそうに起ちあがった良作のようすは、どうみてもあまり、恰好のよろしいものではない。
ふと人の気配を感じた玄関先に、
りぃん・ろぉん・・・
だれかの訪問を告げるインターホンの音が、能天気に響いた。
たいぎそうに開け放ったドアの向こうにいたのは、叔母の奈津江だった。
齢は30代半ば、母とは年の離れた妹にあたる。
白い肌と高雅な目鼻立ちの持ち主で、人並みならぬ教養の持ち主だというのに、
どういうわけか独身を通し、
半吸血鬼になった良作がふとした衝動で押し倒してしまうまで、なんと男を識らない身体だった。
ピアノ教師の顔を持つ彼女は、それ以来、教え娘たちをこの甥っ子に引き合わせ、
つぎからつぎへと毒牙にかけさせてやっているという、ありがたい存在。
その美貌の持ち主が、飛んで火にいるなんとやらといっていいような状況で、
にわか吸血鬼になって喉をカラカラにしている甥の目のまえに姿を現したのだった。
奈津江はもの欲しげな甥っ子の様子など眼中にないらしく、
さっきから物珍しそうに、だだっ広いだけのお邸のようすを物色している。
「リョウくんがハーレムをかまえたってお姉さんに聞いたから来てみたけれど、
なぁんだ、ただの家じゃないの」
奈津江は小ばかにしたように鼻を鳴らして、スリッパをつっかけた脚をずんずんと奥へと進めた。
一階はリビングに書斎、それに台所。
二階には長い廊下に面してほぼ等間隔に小ぎれいなドアが並んでいる。
全部で10室ね、と、奈津江は目で数えて良作をふり返る。
「で、なん人つかまえたわけ?」
ドキドキするほど綺麗な輝きをたたえた瞳をまえに、良作はどぎまぎしながら目をそらす。
なりたての吸血鬼はまったく、かたなしだ。
「ははーん。やっぱ噂どおり、閑古鳥か~」
奈津江は後ろから自分のことを羽交い絞めにしようとした猿臂をするりと切り抜けて、
ドアというドアを片っ端から開け放ち、なかががらんどうであることを確かめていく。
良作はもう、ばつの悪そうな顔をして後につき従うしか手がなかった。
「いいわ、決めた。このお部屋」
奈津江はいちばん奥の一室に入り込むと、ベッドのうえに勢いよく飛び乗って、
気持ちよさそうに横たわった。
「あたしがリョウくんのハーレムの、最初の住人になってあげる」
気がついたときにはもう、翌朝になっていた。
「咬んでもいいのよ」と囁いて叔母がブラウスの襟首をくつろげた後は、もうあまり記憶が定かではない。
びろうどのような輝きを秘めた首すじのきめ細かい素肌に唇を這わせると、
奈津江が邸にあがり込んでからずっと疼きつづけていた牙を、グイっと埋め込んでしまっていた。
しっくりと吸いついた唇はもう、本能のままにうごめいて、
力まかせに巻きつけられた猿臂は、叔母の華奢な肉体を折れるばかりに抱きすくめていた。
何度めかの抱擁のあと、戯れに足許に這わせた唇が、ストッキングのしなやかな感触に触れたとき、ウットリとした気分になって、
そのままブチブチと、無作法に咬み破っていって、
「まあ」と奈津江がさすがに眉をひそめるのも構わずに、はしたない裂け目を拡げていったときには、
ずっと鼻づらをひきまわしていた叔母に仕返しをできたような気分にさえなっていた。
先月の奈津江のリサイタルには招待されて出向いたけれど、
濃い緑のドレスに身を包んだ叔母の奥ゆかしい風情に良作はたちまち参ってしまい、
公演を終えた直後の叔母に楽屋で迫ってドレス姿のまま素肌に牙を埋め、犯しながら生き血を吸ったときのあの快感を、再び彼は味わっていた。
そんな夢心地を、奈津江はだしぬけに、やけに現実的な声色で、容赦なくぶち破る。
「あと9人、引き込まなくちゃいけないんだよね?」
ゥ・・・
良作は、一言もなかった。
高校生のころも、まったく女の子にはもてなかったし、
そういう状況は吸血鬼になったからといって、急変するものではなかったのだ。
良作がなにか言いかけるのを、賢明な叔母はすぐに制した。
「あたしの教え娘は駄目。あの子たちはまだ幼いから、女としての判断ができるまでここには来させないわ」
叔母のところに出入りしている少女をすでに5~6人、良作は毒牙にかけていたのだが、
これでまたもや話が振り出しに戻ってしまった。
「なんか、何やってもうまくいかないんだよなあ・・・」
良作は泣きそうな声になって愚痴った。
「かっこ悪い吸血鬼もあったものね。自分の獲物くらい自分で狩りなさいよ」
私は明日、引っ越してくるから――叔母はそういうと、
軽くはない貧血を起こしているはずの身体を勢いよく立て直して、辞去を告げた。
でも帰り際、彼女は愛しの甥っ子に囁くのを忘れなかった。
「あんた、見込みあるわよ。あんたは女の子のことを人として見ているから、踏ん切りがつかないの。
吸血鬼になったからといって浮かれまくって、周りの女を手当たり次第にハーレムに引き込んで、
みんなに総スカンを喰らって吸血鬼の看板を下ろしたやつもいるんだからね」
「吸血鬼の看板を下ろす・・・?」
そんなことがあるのか?と問いたげな良作に、奈津江は言った。
「周囲の和を乱したペナルティで、そいつはもとの真人間に戻ったわ。
それで、親友の奥さんを引きずり込んだ見返りに、自分の奥さんをほかの男たちにまわされて、
同僚の娘さんを引きずり込んだ報いに、自分の娘がほかの吸血鬼のハーレムに住まわされて、
親戚の息子さんをたぶらかした落とし前に、息子はふたりとも血を吸われたわ」
要するに、見境なく寝取った代償に、自分が逆の立場に戻されて見境なく寝取られたってわけか――
薄ぼんやりと反応する良作の顔を、女は覗き込んで、言った。
「それってだれだかわかる?」
「知らないよ」
「あんたのお父さん♪」
奈津江は来た時と同じくらい軽やかな足どりで、若い娘のようにほっそりとした肩にロングの黒髪をなびかせて、
優雅にハミングしながら後ろ姿を遠ざけてゆく。
さっきまで自分のものだと思い込んでいた華奢な肢体は、
しっかりとした骨太な意思をもって、力のある足どりで前へ前へと進んでゆく。
女は自分の意思で相手を選び、自分の居所を決めていた。
「あんた、見込みあるわよ」
女の声がふたたび、良作の耳の奥によみがえる。
「もっと自信持ちなさい。この私が、あなたのハーレムの、最初の住人になってあげるんだから」
年上の女との、微妙な力関係の日常が、良作のハーレムでその日から始まった。
むかし話~鬼と新妻
2017年02月09日(Thu) 07:23:38
昔々、ある村に、凄腕の吸血鬼が棲んでいた。
かつては村人たちを吸い殺し、屍体を寺の山門の梁にぶら提げてさらしものにしたというが、真偽のほどは定かではない。
いまでも人妻や娘をかどわかしては血を吸い、生娘はそのまま家に帰したが、
人妻やすでに男を識っている女は、夜もすがら愛し抜かれて骨抜きにされ、夢見心地で家路をたどったそうな。
生娘が無傷で返されるのは、鬼が生娘の生き血を好むからだと言われていて、
その証拠にいちど吸われた娘はなん度でも、鬼に誘い出されて、村はずれにある鬼の棲み処に自分から出向いていくようになるのだった。
作治は去年、隣村から嫁をもらったばかりだった。
嫁の齢は19、鬼がこれに目をつけぬはずはない。
鬼は作治の新妻をなん度か狙ったものの、
それが白昼だったためか、女にのぼせあがって手元が狂ったものか、まだ想いを遂げ切れないでいた。
けれども鬼が嫁を汚してしまうのは時間の問題と、だれもが観念していた。
どうやら鬼は、いつにもまして真剣なようだったから。
嫁の不行儀をしつけるのは姑の役割であったけれど、
その姑にしてからが鬼にモノにされていて、もう長いご縁もあるものだから、
下手をすると姑が嫁を村のしきたりになじませるために、作治の嫁を連れ出しかねないふうだった。
作治は身体の弱い男だった。
鬼を退治して嫁を守るなど、思いもよらず(作治に限らず、そんなことのできる男はいなかった)、
とうとう思いかねて鬼の棲み処を訪ねていった。
作治は鬼に頭を下げて、自分の嫁を襲わないでくれと願ったが、
鬼はあべこべに言ったものだった。
お前の嫁に惚れてしもうた。いちどで良いから想いを遂げさせてくれまいか。
旧家の跡取りだった作治は自尊心の強い男だったので、憤然としてそれを断り、家に一歩も近寄るなと言ったものだった。
その翌日、鬼は作治の嫁をつかまえて、ひと晩かけてたっぷりと、愛し抜いたものだった。
数日後。
病弱な作治の財産を狙っていた近場の悪党どもが、こぞって何者かにひねりつぶされたと、村の者たちは噂した。
さらに数日後。
作治がふたたび、鬼の棲み処を訪ねてきた。
お前のおかげでわしの嫁は、めろめろになってしもうた。
夜な夜なお前を恋しがって、夜の営みもままならぬ。
勝手に通え。
そのかわり、わしがおらぬ昼間の間だけぢゃぞ。
そして一年後。
鬼に惑った作治の嫁は、作治と鬼とに代わる代わる愛されて、
それでも立派に作治の跡取りをもうけていた。
鬼は種なしだったので、女を犯してもその家の血すじを乱すことはしなかったのだ。
作治の家は裕福だったので、嫁は子供を下女に任せて自由に昼間は出歩いて、鬼の棲み処を訪ねていった。
「勝手に通え」と突き放したはずの作治は、嫁の後をひっそりと尾(つ)けていって。
行先を確かめるだけでは済まさずに、鬼が嫁を愛し抜いて行く様を、やはりひっそりと、見届けていくという。
見栄っ張りな作治の、さいきんの言いぐさは
「うちの嫁は身持ちが固くて、鬼に迫られても三月は操を守った」とか、
「鬼のやつ、たいがいの家の嫁はすぐに手なずけてしまうのに、
うちの嫁に限ってはそうはいかず、のぼせあがったあまりに、想いを遂げるまでになん度も仕損じたそうな」
とか抜かしてをるそうな。
きっと。
作治の跡取りが成人して嫁を迎えたあかつきには。
姑だけではなくて義父までも、鬼が跡取りの嫁の密(みそ)か夫(お)となるよう、そそのかしていくのだろう。
タウン情報 町営のスポーツ施設、服装規定を大幅に改訂。
2017年01月24日(Tue) 06:29:37
町営ゴルフ場の「地水カントリークラブ」は、創立以来初めて服装規定を改訂すると発表した。
内容は、男女ともにハイソックスもしくはストッキングを着用するというもの。
先日来吸血鬼に解放された同ゴルフ場には、プレー中にも多数の吸血鬼が出没するようになり、
被害を受けるプレー客が続出するようになった。
若い人が好んで襲われる傾向が高いほか、同ゴルフ場では被害者の服装に共通点があることを発見。
ハイソックスを着用したプレーヤーがほぼ全員襲われるという結果が出た。
失血でプレー中に調子を崩すケースが相次いだことを理由に、スコアの公平性の観点から、
プレーをするものは全員、ハイソックスの着用が義務づけられた。
「これで健全で公平なプレーが期待できます」と、同ゴルフ場の支配人(50)はほほ笑む。
最近は、男性客のあいだでもストッキングを着用してプレーする客が増えたという。
女性が好んで襲われることを警戒した夫たちが女装をして妻を守ろうとしたというのがきっかけというが、
「ひそかな願望の成就」として利用されるケースも少なくないらしく、
「そういうお客様はことのほかご機嫌でお帰りになります」(同)と、
町内では一風変わった風景が目になじみつつあるようだ。
去る18日、町立体育館で行なわれた中学校対抗のバレーボール大会では、
同じ理由から選手は全員オーバーニーソックスの着用が義務づけられた。
当日は会場側の制止が功を奏し、全試合とも貧血を起こす選手もなく、滞りなく実施されたが、
試合後選手は全員、吸血行為に応じたという。
「あくまで生徒さんの自発的な献血行為と聞いています」(体育館関係者)というのが公式見解で、
父兄を含め被害届はいっさい、出されていないという。
「実はうちの息子も参加していましてね。つきあっている彼女とおそろいのオーバーニーソックスを着用して献血したんですよ」
上記の体育館関係者は、そう明かす。
試合後の献血行為は、きわめて友好裡な雰囲気で行われているようだ。
「このごろ、白のソックスが目だって売れなくなりました」
体育館併設の売店では、黒地のオーバーニーソックスの販売が倍増し、白地のものは半減したという。
もっとも、咬まれた後の履き替え用に買われるケースも多く、
「血のシミをみせびらかしたい」というコアな需要も生まれてきたことから、ニーズは一様ではないらしい。
今後の成り行きが注目される。
ひとりごと。
2016年09月21日(Wed) 07:24:28
ふと思うときがある。
自分のなかでもっとも不純で不潔だと思っているところが、
じつはいちばん純粋な部分なのかもしれない と――
それぞれの時代。
2015年12月10日(Thu) 06:15:34
ハイソックスが流行っていなかった、私の学生時代。
丈長の靴下を、目いっぱい引き伸ばして。
ふくらはぎを咬みたがるあいつに、サービスしていた。
真新しいしなやかな生地にしみ込む、生温かい血潮の感覚に。
ひとり、胸震わせていた。
社会に出たころには、サポートパンストなるものが、流行り始めていた。
強度が強く、いままでよりも発色が鮮やかなストッキングを穿いた脚に、
あいつは夢中になって、しゃぶりついてきた。
光沢よぎるふくらはぎに、よだれをたっぷりとなすりつけられて。
それでもあたしは、ボディコンといわれた流行りの服を着たまま、
脚をばたばたさせて、はしゃぎ切っていた。
ルーズソックスが流行ったころは、三十代の主婦。
ラブホテルの部屋のなか。セーラー服に着替えてやって、
長すぎる分厚い靴下を、くるぶしの当たりでぐにゅっとたるませて。
やっぱりお前イカスよという、ウソだらけの囁きを、
あえて真に受けて、うなずいていた。
おばさんタイツに身を包む日々も、
たまにはと張り切って、今夜も薄々のストッキングを穿いて。
淹れたてのお茶を、部屋へと運び込む。
あなた、よろしかったら今夜もいかが?
刺激的だった毒のある誘惑は、いまでは情けないほど穏やかな、優しい声。
永年連れ添った吸血鬼の夫は、
いつになく優しく、ふくらはぎを咬んできた。
12月9日 7:35脱稿
夜盗。
2015年08月17日(Mon) 07:56:56
その昔、村の近くには夜盗が一人棲みついていて。
追い剥ぎをしたり、女をかどわかしたり、悪さのし放題をしていた。
ある旅の商人は身ぐるみ剥がれたうえに、いっしょにいた女房を目の前で犯されたし、
村いちばんの裕福な商家はなん度も押し入られて、そのたびに女房も娘も手ごめにされて、色とりどりの高価な着物のすそを、太ももが丸みえになるほどに割られていったし、
お代官の奥方までもがかどわかされて、身代金をせしめるまで弄ばれたりしたのだった。
金も奪ったし、女も犯した。
けれども男は絶対に、人を殺めることだけはしなかった。
それがためにお目こぼしにあずかっていたのだと、村のものたちは噂し合った。
お代官の奥方をかどわかして辱めをみたことだけは、
夜盗は決してひとに吹聴することはなかったので、
世間体をつぶされずに済んだ代官が、なんとなしの引け目を感じていることなどは、
村の者たちもさすがに、知らないでいた。
ある晩村はずれの百姓家に押し入った夜盗は、その家の女房をさらっていって、
なん日ものあいだ、自分のねぐらで慰みものにした。
女房は涙ながらに、旦那のところに帰してくれと訴えた。
いまさら汚れた体では戻れまい――夜盗は女房を嘲ると、すっかりなじんだ素肌を求めて、またも体を重ねてゆくのだった。
刈り入れはひとりじゃできねえだ。かんにんしてくだされよお・・・
女房は亭主のことを想って、ひたすら泣き濡れた。
百姓家に押し入ってから十日も経って。
夜盗は夜中に、その女房を連れて百姓家の扉をたたいた。
その晩のまんじりともできずにいた亭主は、そこにいる女房をみて、しっかりと抱き留めていた。
どうしても帰りたがるんでな。帰してやる。
夜盗の言い草は横柄だったが、どことなくきまり悪げだった。
まだ秋だというのに、外は凍りついたような底冷えだった。
百姓は夜盗にいった。
外は寒かろ。ひと晩だけ、泊まってけ。
ひと晩だけじゃぞ――そのはずが、幾晩にもなった。
夜盗は持ち前の腕っ節の強さで、百姓夫婦の手で刈り入れられた稲の束を引っ担ぎ、
おかげで刈り入れははかどって、百姓は女房ともども豊作を祝うことができた。
夜百姓が寝入ってしまうと女房は、夜盗が独り寝している納屋に忍んできて。
だまって肌身をさらして、体をあずけていった。
から寝入りしていた百姓は薄々そんなことにも気づいていたが、
他国に売り飛ばされていたかもしれない女房を、黙って返してくれた夜盗に口うるさいことを言いたくなかったのか、なにも言わずに見過ごしていた。
時には二人が睦んでいるところをこっそりと覗きにくるのを、
女房も夜盗も気づいていたけれど。
亭主のひそかな愉しみにけちをつけるでもなく、お互いに息をはずませ合っていた。
夜盗はすっかり、村に居つくようになっていた。
腕っ節は強かったので、どこの百姓家でも手伝いに重宝された。
盗品を売り飛ばす商才があったから、不景気で困窮した商人たちに、独自に見つけた逃げ道を算段してやった。
剣術はお手の物だったから、代官のお坊ちゃんの剣術の指南まで引き受けていた。
夜盗はやがて、押し入り強盗のお得意先だったあの商家の婿に収まった。
生娘のまま汚されたはずの商家の娘は、あの晩お嫁入りをしたことになっていた。
時には義母になった商家の女房にまで、手を伸ばすこともあったけれど。
強盗に遭うよりは・・・と観念をした主人は、小言ひとつ言うでもなく、
納屋に引きずり込まれた女房が、高価な着物を草切れだらけにして戻ってくるのも、見て見ぬふりをするのだった。
坊ちゃんの読み書きから剣術まで教える夜盗に、お代官は「ご苦労である」と、格式ばって声をかけたが、
たまに奥方がかんざしを買いに商家を訪れて、夜盗と不義密通を重ねるのを、やはり見て見ぬふりをするのだった。
坊ちゃんが年ごろになると、母上を迎えに行くと称して屋敷を出、日ごろ厳しい訓育を受けている母上の、あられもない有様に息をのんで夢中になっていたという。
旅の商人だけは、見て見ぬふりをするということでは済まさなかった。
行きずりに襲われて女房を強姦されていた男は、着物を剥がれて犯されてゆく女房が、歯を食いしばって抗って、さいごにいかされてしまうあで姿に惚れ直してしまって――
金品は奪らなくなった夜盗のために、わざと帰り道をおしえてやるのだった。
案の定あらわれた夜盗に、女房はから騒ぎをして手足をばたつかせ、男ふたりを悦ばしていた。
夜盗の商才にあずかった商人は、商家とも取引を許されるようになって、小さなお店(たな)をひとつ持って、村に落ち着くことになった。
それでも時に夫婦で外商に出向くのは――途中の山道で夜盗に待ち伏せされて、女房を目の前で強姦される――あのころの再現をするためだった。
犯される女房の姿に昂ぶった亭主は、夜盗が済ませた後の女房にまたがっていって・・・陽射しに包まれる女房の肌を、男ふたりで愉しむのがつねになっていた。
腕っ節と商才と、剣術の腕前と。
すっかり村のものになり切った夜盗は、己の才をはたらかせて、村を豊かにしていた。
女ぐせの悪さだけは終生おさまらず、
上は代官所から下は水呑み百姓まで。
あらゆる家で歓迎されながら、
うえは代官所から下は水呑み百姓まで。
あらゆる女房たちの着物のすそをまくり上げ、
あちらこちらに子種を落としていったという。
男の血を受け継いだ子供たちは、あるものは腕っ節が強く、あるものは算術にたけていて、ますます村を、富ましていった。
けれども同じくらい濃く流れる好色な血もまた、受け継がれていって。
いちど日が暮れてしまうと――村では和気あいあいの夜這いの風習が、蔓延していったと伝えられている。
母娘丼と、嫁しゅうとめの味比べ。
2014年09月24日(Wed) 06:33:43
熟女好きの先輩が、ぼくの母親に目をつけた。
「きみの母さん、きれいだね。紹介してよ」
って、頼まれたけど。
なにもわかっていなかったぼくは、
「あんな五十のおばさん、どこがいいんスか?」
って、相手にならなかった。
ご執心だったのか。先輩がたくましかったのか。
二か月後。
とうとう独力で、モノにしてしまった。
父さんが海外赴任して、三年目のことだった。
いつもは厳しい母さんが。
その男のまえに出るときだけは、小娘みたいにおずおずする。
しょーもない命令されてるのに、律義に守ってしまう。
こないだなんか、スケスケのシャツにノーブラで。
乳首が薄っすら、透けて見えた。
先輩に、お袋さんのいま着ている服は?ってメールで訊かれて返事を出したら、こうだった。あとで、「お前に見せつけたかったんだ」っていわれて。
なぜかひどく、ドキドキした・・・
思い切って、切り出してみた。
母娘丼って、興味あります?
姉は母親似の美人で、母親似の勝ち気な性格。
母さんのときには、してあげられなかったから。
姉さんのときには、ちょっぴりだけ、きっかけを作ってあげた。
ふたりの留守中、なん度も家に上がり込んで。
ぼくは先輩を、姉さんの部屋に入れてやった。
きみん家(ち)は、隅から隅まで知り尽くしていたつもりなんだけどね。
さすがに先輩は嬉しそうに、ぼくに照れ笑いしてみせた。
そうだね。
先輩は母さんのあそこの隅々まで、知り尽くしている男(ひと)なんだもの。
姉さんの部屋に入り込んだ先輩は。
定番どおり、姉さんの下着に悪戯をして。
ヤバくなったやつは、無断で拝借していって。
持ち帰っておなねたにされているのを想像したぼくは、不思議なほど昂奮していた。
いちどなんか、姉さんのスーツのスカートの裏に、シミまで付けていったりして。
薄々気づいていたはずの姉さんは、とうとうなにも言ってこなかった。
母さんに似て勝ち気で美人な姉さんは。
父さんに似て、言い出せない人だった。
夢の母娘丼が実現したのは・・・それから一週間と経たないある日のことだった。
「知ってたんでしょ?」
なにもかも知ってしまった姉さんは、口をひん曲げてぼくをにらんだけれど。
いつもの威力は、そこにはなかった。
女にされたばかりの姉さんは、しきりにひざ小僧をすぼめていた。
初めて経験した痛みに、太ももの奥が疼いて疼いて、しょうがなかったらしかった。
母さんの浮気は、口外無用。
姉さんの処女喪失は、部外厳秘。
わかってますって。
ぼくはひと言、こういった。
「男は黙って・・・だよ」
あと、
「おめでとう」
って。
最初にひと言に、「まるで禅問答みたい」って笑いかけた姉さんが、ぴたりと黙って。
小娘みたいにかわいらしく、恥ずかしがっていた。
父さんが帰国してきた。
そのあいだの一年間は、あっという間のことだった。
「まだ婿にもなってないのに、留守を守ってくれてありがとう」
にこやかに声をかけられた先輩は、すぐ隣にぴったりと姉さんを引き寄せていて。
母さんと並んだ父さんのまえ、今まで見たこともないような殊勝な顔つきを作っていた。
まえの晩。
「重大会議」そういって部屋に連れ込んだぼくに、姉さんは言った。
ふたりきりの部屋のなか。
この部屋で先輩とふたり過ごしたあんなときやこんなことのことを思い出して。
ちょっぴりだけ、ドキドキした。
父さんは、なにもかも察していたはずなのに。
「仰っていただいても、いいんですよ。すべてご破算になっちゃうけど・・・」
母さんは口ごもりながら、父さんにそう言ったと姉さんから聞かされたけど。
おずおずと気づかわしげに夫を窺う母さんに、気づかないふりをして。
なにもかも察していたはずの父さんは、「留守を守ってくれてありがとう」
そう言っただけだった。
言い出せない人だった。
非難と譴責の場になりかねないその席で。
父さんは母さんに、お茶を出すように命じて・・・いつの間にか、もてなしてしまっていた。
我が家の未来の娘婿として。
ほんのちょっとだけ、相手のプライドに配慮をするだけで。
温厚な老紳士は、妻の浮気相手を家族の一員として、やすやすと受け容れていた。
「留守を守ってくれてありがとう」か。
帰る道々、送っていったぼくに、先輩がうそぶいた。
さすがにきょうの成功は、素直に嬉しかったらしい。
「家内を犯してくれてありがとう」だよね?
ぼくがそういって、茶化したら。
「うまいこと言うじゃん」って、にんまりしていたけれど・・・
父さんのいる夜に、母さんが外泊をしたのは、その次の週のこと。
姉さんが外泊をした、つぎの夜のことだった。
妻と娘とを、とっかえひっかえで抱かれた男(ひと)は、なにを思ったことだろう?
母と姉とを、とっかえひっかえで抱かれたぼくは、夜通し昂奮で、寝られなかった。
「婚約おめでとう」
義兄さんはそういってぼくを祝福すると。
姉さんが座をはずしたのを見計らって、「で?」といった。
相手は姉さんの友達だったから。
姉さんはわざと台所で、聞こえないふりをしている。
「息子としては、父親のいいところは見習わなくっちゃね」
淡々とこたえたつもりの語尾は、恥ずかしい昂奮に震えていた・・・
母娘丼って、興味あります?
って、訊いたぼくは。
嫁姑の味比べって、面白そうですよね?
って、好色そうににやけるぼくの先輩のことを、そそのかしていた。
母娘丼は、男の夢だという。
嫁姑の味比べも、男の夢だよって、言ってもらえた。
でもね、先輩。
花嫁をウェディングドレスのまま姦(や)られちゃうのって、ぼく夢だったんですよ―――
初めてきみを、咬んだのは・・・ 別題:優しい街
2014年09月16日(Tue) 07:13:12
初めてきみを、咬んだのは。
デニムのミニスカートからむき出しになった太ももが、あまりに眩しかったから。
素肌の咬みごたえときゃあきゃあ叫ぶきみの悲鳴とを、いまでも愉しく思い出す。
初めてきみを、咬んだのは。
スーツの襟首から覗く首すじが、あまりになまめかしかったから。
生き血を吸われることよりも、高価なスーツが汚れるのを気にかけたひと。
こだわり抜いて咬ませてもらった紺のストッキングも、ブランドものだった。
初めてきみを、咬んだのは。
招ばれた法事で、喪服の立ち姿がだれよりもひきたっていたから。
気がついたときには、もうきみを。本堂の片隅でねじ伏せてしまっていて。
黒のストッキングの足首に・・・ジュクジュクよだれを、しみ込ませてしまっていた。
ああ、でもきみたちがだれだったのかを。
思い出すことはもう、難しい。
それほどに・・・悪行を重ねてしまったから。
それほどに・・・身体の部位しか思い出が残らなかったから。
初めてきみを、咬んだのは。
学校帰りの紺のハイソックスに包まれたふくらはぎが、大人の生気に満ちていたから。
おうちに帰り着くまえに、あのハイソックスを咬み破ると・・・きみの彼氏に宣言していた。
吸血鬼さんだって、生きていたいんだよね。
自分の生命まで奪られるわけではないと納得したきみは、俺の身の上にまで同情してくれていた。
初めてきみを、咬んだのは。
彼女が咬まれることを恐れたきみが、おずおずといいにくそうに言い出したから。
男の血なんて、興味ないよね?ハイソックスならボクも履いているけれど・・・
差し伸べられた、ライン入りのハイソックスのふくらはぎ。
スポーツに鍛えた血潮は、思いのほかのど越しが心地よかった。
わるいね、きみ―――
俺のひと言に、マゾッ気のあるきみは、こくりと素直に、頷いていた。
初めて貴女を、咬んだのは。
咬まれた娘を迎え入れた、玄関先。
あなたがついていらっしゃりながら・・・そういって恨みがましく彼氏を睨み、
彼氏は玄関の隅っこで、小さくなって立ちすくむ
優しい彼氏を弁護したくて、俺はきみのことを、咬んでいった―――
深緑のべーズリー柄のスカートの下、肌色のパンストを、思い切りよく引き裂きながら。
毎日お食事、どうしているの・・・?
ブラウスを惜しげもなく赤いシミに彩ってしまったきみは、いつか主婦らしい気遣いをしてくれていた。
もういい加減、貧血でしょう?
気遣う俺は、穿き替えてくれた三足めのパンストをきみの脚から抜き取ってぶら提げながら。
気遣われているんだか、ねだられているんだか。
きみは蒼い顔をしながら、かぶりを振っていた。
娘にお手本、見せなくちゃ。あなた悪いひとじゃないんだもの。
襲った俺が、かえって庇われていた。
ブラウス、クリーニングに出さなきゃね。
またも主婦らしいことを口にしたきみに、俺がお使いに行ってやるからと、せいぜい憎まれ口をたたいていた。
初めて貴男を、咬んだのは。
貧血でぶっ倒れたまま、夫の早すぎる帰宅を迎えた妻を、もの静かに抱き起して。
あんたも生きるのに、大変なのだろうけれど。
やはり最愛のひとを、いきなりこんなふうにされたくはないものだね。
一回だけ、撲らせてくれ。
無抵抗に垂れた頭を、貴男はただ、撫でてくれただけだった。
妻も娘も、明日は朝早いのだよ。これ以上貧血にさせるわけにはいかないからね。
仲直りのしるしにと、貴男は箪笥の抽斗を自分で探って、紳士用のハイソックスに履き替えてくれた。
どうやらお好きなようだから――――
あのときわざわざ、パンストみたいに薄地のやつを択んでくれたのは・・・せめて少しでも、俺の趣味に合わせようとしたからに違いなかった。
奥さんの穿いているパンストが、しつように破かれているのを目にして、賢明にも察しをつけていた、寛大な人。
屈辱による苦痛の裏に、じつは快感が秘められていることを―――そのあと貴男は、初めて知った。
初めてきみを、咬んだのは。
お兄ちゃんや、お義姉さんになるひとのかたきだと、一方的に詰め寄られたときのこと。
じゃあきみもいちど、咬まれて御覧。
性懲りもなくぬけぬけという俺を、きみは挑戦的に睨みつけてきた。
じゃあいいわよ。あたし咬まれたって、夢中になんかならないから。
差し伸べられた白のハイソックスのふくらはぎは、思い切り咬むにはまだ、か細かった。
夢中になんか・・・ならないんだから・・・っ・・・
思わず姿勢を崩して、声をかすれさせたきみのことを。俺はしがみつくようにして抱き留めていて。
あんたの勝ちだ。きみは強い子なんだねえ。
じつは両親や兄たちを気遣って、自分の血も献血にまわそうとしたきみを―――俺はずっと抱き留めていた。
この街で、生きてゆく。
俺を分け隔てしない人たちが暮らす、この街で・・・
あとがき
わざわざ別題を附したのは単にどちらがいいか決められなかったからです。
(^^ゞ
おみやげ
2014年04月30日(Wed) 05:53:28
待ち合わせた公園に。
ぼくは約束どおりの時間に着いて。
咬まれたばかりの姉さんは、5分遅れでやって来た。
1時間もまえから待ちぼうけていた吸血鬼の小父さんは。
「はい、おみやげ。」そう言って。
袋を開けてみたら、まん丸のぼた餅がふっくらと顔をのぞかせた。
ちゅーっ。
ちゅーっ。
ぼた餅にぱくついているぼく達に。
小父さんは、さいしょはぼく、それから姉さんの首すじに咬みついて。
このあいだつけられたばかりの傷口を、さらに拡げにかかってゆく。
ふくらはぎにまで咬みついてくる小父さんを、姉さんはくすぐったそうに見おろして。
真っ白なハイソックスに赤い点々が撥ねるのを、困ったように見つめていた。
きょうは脱いで帰るけどー・・・履いてくやつがなくなったら、ママにばれちゃうよー。
小父さんはにんまり笑って、こう答えた。
「こんどはママに、おみやげを持っていこうかな」
「いいね!いいね!それ、名案!」
ぼく達は口をそろえて、そういった。
つぎの日小父さんは、約束どおりうちに来た。
「はい、おみやげ。」そう言って。
破った袋からのぞいたぼた餅は、ブラウスをはだけた女のひとのおっぱいみたいに輝いていた。
きゃーっ。
ちゅう~っ。
ふすまの向こうからあがる声を聞きながら、ぼた餅にぱくついて。
ふと思った―――
「どうしていつも、ぼた餅なんだろう?」
国語が得意な姉さんが、とっさに言った。
「棚からぼた餅・・・って、言うじゃない」
なあるほど・・・
夕暮れ刻になっても、ママも、小父さんも、部屋から出てこなかった。
「どうしたんだろ?ママ、生き血を吸い尽されちゃったのかな~」
のんきにそんなことを言っているうちに・・・まずい!パパが帰ってきた。
「はい、おみやげ。」
この言葉。いつかどこかで聞いたことがあったっけ?
そう思いながら破った袋のなかから出てきたのは、ぼた餅だった。
「だぶっちゃったね」
ぼくと姉さんは、そう言いながら。
晩ご飯がまだでお腹がすいていたものだから、すぐにそのぼた餅を、ぱくついていた。
「でも、血を吸う人だけじゃなくって、血を吸われる人も買ってくるんだね。おみやげ。」
姉さんは他人事みたいに、そういった。
ぎゃーっ。
ちゅーっ。
「ママのときより、音がそっけない。」
姉さんの観察力は、鋭い。
ぼくにはちっとも、聞き分けられなかった。
どうやら今夜の晩ご飯・・・ぼた餅だけですませることになりそうだ。
「持ってく?おみやげ」
あくる朝、ぼくがそう言うと。
「ばっかじゃない?」
姉さんはぼくの言い草を、一蹴した。
「だって、血を吸われる人も買ってきたじゃん、おみやげ。」
ぼくがなおも、そう言うと。
「・・・ぼた餅にする?」
姉さんは笑って、お気に入りのピンクのハイソックスを、わざとらしく引っ張りあげる。
「なんか、違うんだよね・・・」
考え込むぼくに、姉さんはだしぬけに、大きな声を出した。
「そうだ!チョコレート!」
姉さんが声をあげるのと同時に、スッと差し出された板チョコ2枚。
なにごともなかったかのようにエプロンをしたママは、
夕べの晩ご飯がなかったことに、なに一つ言い訳もしないで。
いつもどおりに、朝ごはんの支度をつづけてゆく。
父さんはとっくに・・・出勤したみたい。
さて・・・と。
そろそろ学校、行こうかな。
姉さんと待ち合わせた帰り道を、楽しみにして・・・
きょうのぼた餅は、いったいどんな味がするのだろう?
あとがき
起き抜けにふと、浮かんだお話です。
^^;
ご城下狼藉異聞
2014年01月12日(Sun) 09:35:33
壱
雨の降りしきる作事場であった。
夜だというのに無数の人夫が、うずくまるように背中を丸め、黙々と地を掘っている。
あちらのものは、四人がかりで大石を担ぎ出し、
向こうのものは、小石を拾い集めて塚を積み上げている。
老若男女、身分の差もまちまちで、人の衣服も粗末なもの、一見して名のあるものとおぼしきもの、とりどりであったが。
だれもが人間業とは思えぬほどの素早さで、目の前の仕事を片づけてゆく。
そのあいだ雨はひと刻も止まず、人々を打ちつづけていたが。
だれひとりとしてそれが身にこたえると感じるものもないらしく、ものともせずに作事にいそしんでいた。
「あれ、幻真(げんしん)さま、お久しゅうごぜえやす」
幻真がふり返ると、野良着姿の年配の男が、目を細め眩しげにこちらをみている。
「よう、治五郎どんか。まことに久しいの。いつ以来であったかな」
「慶長のころでごぜぇますだ。あれから何度かお呼びを賜っておりやすが、なかなかお声がかけられんで」
治五郎と名乗る野良着の男は、申し訳なさそうに目じりを垂れたが、
幻真はそのようなことは気にならないらしく、手を振って男の陳謝を打ち消していた。
「それよりも、娘ごとは逢えたか」
「へえ、ここにおりやす」
傍らでうずくまっていた娘が、だしぬけに起ちあがる。
これもまた、貧しげな野良着姿。
けれども活気に満ちた笑みは、すべての顔色を鉛色に消している夜の闇を射とおすようだった。
「何より何より」
幻真は笑っている。
「そもじたちとは・・・どれほどになるかのう」
「はあ、かれこれ百五十年ほどになりますような。わしらの子孫はいまごろ・・・どこにおりますことやら」
「ここに住むもの皆が子孫であると思えばよい」
はたから聞いていると奇妙な会話であったが、だれもがそれを不思議とも思わないらしく、
ふり返るものはおろか、手を休めるものさえいなかった。
弐
高桜藩五万石。
実高はおよそ十万石といわれ、ひなびたこの国の諸藩のなかではきわだって豊かであったのは。
藩侯の善政宜しきを得て、城下は殷賑をきわめていた。
困難を極めると予想された治水工事も、予定の半分の費えと日数で見事に仕上がりをみせたことは、
その実高をあげるのにおおいに貢献があったと言われるが、
あれほどの作事がどうしてそのようにとんとん拍子になったのかを知る者は、あまりなかった。
まして、あばれ河をみごとにせき止めているあの大きな堤防が、たった一夜にしてできあがり、
いまでも一夜堤といわれる所以など、庶民の知るところではなかったのである。
参
高桜のご城下は、このかいわいでも一二を争う宿場町でもあった。
痩せ身に骨張った頬をもつ、五十年輩とみえるお武家がこの宿にあらわれ、長逗留を決めこんだのはそのころのこと。
一見して旅人とわかるその風体にも似ず、男は軒を連ねる旅籠には見向きもせずに、一見の大店(おおだな)めざして歩を進めていった。
男が目指した高力屋は、このご城下でもとりわけ店構えの立派な、呉服問屋であった。
人の足しげく行き交う正面から堂々と入ってゆくと、古参の女中がひとり、目を丸めて男を視た。
どんぐりまなこに分厚い唇、置物のように恰幅のよい身体つきをした女中は、珍しい訪客に口をあんぐりとさせている。
「あんれ、まあ。お武家さま・・・もしや幻真さまではございませぬか」
「いかにも幻真である。あるじはおられるか」
「へえ、へえ」
女中が奥へと引き取ると、ほとんど入れちがいのように高力屋があらわれた。
五代目の主人である高力屋庄次郎は、四十年輩の小男で、つるりとした人好きのする面貌と如才無げな物腰の持ち主だった。
四代前のとき、長男が非道な行いを重ねていたのを斥けて、働きものの次男坊があとを継いでから、この家は代々庄次郎を名乗っているのだが、
遠祖の兄庄一郎を回心させ僧侶として生き続けさせたのが幻真と名乗るお武家だということは、代々のあるじだけが口伝えに伝える当家の秘伝となっていた。
ひとしきり久闊を叙し合うと、庄次郎は、
「おときさん、おときさん」
みずから手を叩いて、お内儀を呼びつけた。
現れたお内儀は、お勝手で御飯支度の最中であったらしい。
締めていたたすきをほどきながら現れると、身を二つに折るようにして幻真にお辞儀をした。
「おときさん、ここはもういいですから、今夜は幻真さまのお世話を頼みます」
庄次郎は手短かに告げると、そそくさと商いに戻ってゆく。
ひと言お内儀に耳打ちするのを忘れずに―――
朝まで、表には出なくてよろしいですからね。
「ご城下には、どんな御用で?」
幻真とはすでに気安い間柄であったお内儀のおときは、気さくでサバサバとした口調であった。
あるじの古いなじみであると夫から聞かされている幻真に、
遠慮もせず、狎れすぎもせず、つかず離れずの距離を保っているようだった。
それは幻真にとっても、好ましい関係だった。
「ウン、数日か半月ほど、やっかいになる。じつは女に懸想をした」
男もまた、軽々とした語調だった。内容の濃さとは裏腹に。
まるで焼き芋でも買いに来たような口ぶりがおかしかったらしく、妻女はほほほ・・・と、忍び笑いをする。
「幻真さまでしたら、どんなおなごでもすぐに、着物のすそを割りましょうほどに」
「ははは。はしたないことを言うでない。相手は武家の妻女なのじゃ」
女は目を見開いて、息をのむ。
数日か半月というのは、目当ての女を堕とすのに所要の日数なのだろう。
なんとお手の早い・・・
女が思ったことを、幻真はほぼ見通していたようだった。
「武家の作法というのは、面倒なことよ。そなたなら、宿をとればすぐさま、気安うしてくれるというのにな」
あてがわれた部屋で二人きりになったのを良いことに、臆面もなく肩を掻き抱こうとしてきた猿臂が伸びてきた。
「あらあら、おたわむれを」
お内儀はたくみに、伸びてきた猿臂を避けようとする。
「まだ昼日中でございましょうに」
けれども女のあらがいも、ほんのひとときのことに過ぎなかった。
畳のうえに圧し臥せられたお内儀は、「ああ・・・」とひと声うめいて、男の口づけに、けんめいに応えてゆく。
幻真の喉の奥に、脂の乗り切った人妻の艶めかしい呼気が、濃厚に充ちた。
しつようなくらい熱っぽく唇を重ねると。
「よろしいな?」
男は謎めいた笑みを浮かべ、念を押すようにお内儀を見つめた。
「はい、つつしんで」
お内儀もまた、男に劣らぬ謎笑いを泛べて、言葉を返してゆく。
男の唇が、結わえるように濃く重ね合わせていた女の唇からそれていき、おとがいからうなじへと、流れていった。
女は息をはずませて、その身をかすかにわななかせている。
なん度回を重ねても、このときばかりは気が張るものらしい。
男の唇は、しばらくのあいだ女のうなじを撫でるように這いまわっていたが。
一点をここと決めると、ググッ・・・と力を籠めてきた。
男の口許から覗いた犬歯は鋭利な尖りをみせ、お内儀の首すじに深々と埋められてゆく。
「ああ・・・」
お内儀は悲しげに声をたてたが、男はゆるさなかった。
見るからに値の張りそうな着物の衿足に、赤黒い血潮がぼとぼととほとび散る。
「ああ・・・ああ・・・ああ・・・」
生き血を吸われていることを実感しながら、お内儀は男の腕の中で、もはや抗おうとする気色を見せなかった。
着物の汚れを苦にするふうもなく、ひたすら小さくなって、男の欲求に応えつづけてゆく。
くちゅ・・・くちゅ・・・
生き血を啜る音が、人を遠ざけられた密室の畳を、深く静かに浸していった。
もろ肌を脱いだ着物は、帯で縛りつけられたようにして、まだ女の身体に残っている。
すその前は割られ、足袋を穿いたままの肉置きのよい脚が、太ももまで露わになっている。
男は女の豊かな乳房をまさぐりながら、乳首を吸い、唇を吸い、うなじにつけた噛み痕を吸った。
「幻真さま、お強い」
すでに男女の交わりを果たした後の女の満悦が、お内儀の総身にみなぎっている。
夫の庄次郎は、まだせわしなく商いの渦中に身を置いている時分だろう。
しかし、城下一の甲斐性とうたわれた夫の働きぶりも、迫ってきた夕暮れも、女には関心のないことだった。
いまはひたすら、夫よりも十は年上にみえるお武家の逞しい身体が迫ってくるのに身を任せ、痴情をあらわにひたすら、乱れるばかり。
夫は稼ぎ、妻は不義をはたらく。
いいじゃないの。あたしは商家の女。お武家さまとはわけがちがう。
いまはただ、ひたすらに。酔っていたい。莫迦になっていたい。
女はなおも求め、男はなん度も身を重ねた。
男の掌が、まだおときの乳房にあった。
片手間のようにまさぐる手つきが、痴情の余韻をまだやどしていて、
時おり想いを深めて素肌に迫ってくる。
こんな有様をこの大店の使用人が目にしたら、ひっくり返ってしまうだろうか。
それともそ知らぬ顔をして、通り過ぎてゆくだろうか。
あるじのお仕込みのよろしいこの店のことだ。きっと素通りしてゆくに違いない。
男はおもむろに、女に訊いた。
「おみよは幾つになった」
「ハイ、今年で十六に」
おみよはおときが嫁いですぐにもうけた娘で、男の児に恵まれなかったこの家の惣領娘だった。
あるじは働き者ではあったが、子種にめぐまれないらしかった。
なかには口さがないものがいて、あの娘もお内儀が嫁ぐまえに、実家の使用人相手にできた子だと陰口をたたくものがあったのだが、それは違うと幻真は思っていた。
つるりとした娘の面貌は、おときよりもむしろ、庄次郎に似ていたのだから。
「あの小娘も、わしと初めて契ってから、はやみとせになるか」
幻真が露骨なことをいうと、おとせもさすがに母親の顔に戻っていた。
「困りますよ、あまり軽々しく仰ると。評判になります。嫁にいけなくなります。婿も取れなくなります」
「そなたとの仲も、ご城下で知らぬ者はおらぬまい」
「妾(わたくし)と嫁入り前の娘とでは、違いましょう」
「ははは。そう申すな。あの娘には近々、婿を取って、跡取りを決めねばなるまい」
幻真はまるで、この大店のあるじのようなことを言う。
「幻真さまのお種が、いただきたかった」
女もまた、こわいことを口にした。
「わしの種ではの・・・そんなものができたら、寺に入れて坊主にするしかない」
あるじだけが知っているという、この家の長男坊の仕儀を、このお内儀は聞いているのだろうか?
「わしの部屋には、おみよも寄越せよ」
「妾しだいでございますとも」
「ということは、母娘で毎晩通うということだな」
「おたわむれが過ぎます」
「構わぬ、そなたも時には亭主と寝るがよい。娘に代わりを務めさせれば済む話」
「まあ」
今夜はつきっきりですよ、というお内儀に、幻真は悪戯心を沸かせていた。
「あるじとも一献、まいりたいの。今夜はおとき、夫婦の寝間に戻るがよい」
「え・・・?」
抱いてはくださいませぬの?と言いたげなおときのおとがいを掴まえると、男は囁いた。
「あるじの前で乱れるのも、また一興であろうが」
ははは・・・ふふふ・・・
性悪な男女の忍び笑いが、昏くなった窓辺を染めた。
あるじは幻真の、たちのよくない性癖をじゅうぶん心得ているのだろう。
今ごろ早手回しに、お銚子の支度をしているはずであった。
四
「ご下命を受けてきた」
河原太郎左衛門は、おごそかな顔をして、妻女の芙美に告げた。
「であるからによって、そなたも左様心得るがよい」
「は・・・はい」
瞬時でもうろたえたことを恥ずるように、芙美は茶室の畳に三つ指を突いて頭を垂れた。
仲睦まじい夫婦のあいだで、茶事は日課のようなものであった。
「ご逗留のあいだ、わしはこの茶室には足踏みをしない。人も立ち入らせない。よいな」
「心得ました」
神妙に頭を垂れる芙美は、夫の言を反芻するように、須臾の間目線を畳の上にさ迷わせた。
「名誉のことであるぞ」
「もとよりのことでございます」
芙美は初めて夫の目を見返した。
当家に嫁入って、はや二十年が経とうとしていた。
すでに嫡子の勇之進は一家をたて、夫婦とは別棟を構えている。
大身の家柄にして、初めてできることではあった。
「かえってそのほうが、好都合であろうの」
夫の言いぐさに、妻もまた肯いていた。
夫婦の間で交わされた謎めいたやり取りに、耳をそばだてるものはいなかった。
太郎左衛門は語り終えると、なにごともなかったような顔つきで、妻女にいった。
「さて、もう一服いただこうか」
伍
幻真と名乗るその五十年輩の男は、藩では古くから、ひどく重んじられ畏れられているという。
彼の事績がもっとも古く残るのは、あの治水工事のときのことだった。
出どころ不明の人々を差配した幻真は、一夜にして堤を築きあげ、あばれ河の氾濫を防いだのである。
それがかれこれ、百五十年も前のことだった。
そのおなじ人間が、まだこの世にあって、しばしば城下に現れるという。
さいごに現れたのは、二十年ほど前だった。
藩政を壟断していた家老が驕慢のあまり家中を乱したさい、ご公儀にも知られずにことを裁くことができたのは、ひとえに幻真のおかげであったという。
秘密裏に永の暇を賜った悪家老の家の末路も、だれ知らぬものはなかった。
はばかりの多いことだったので、記録に残されることはなかったから、見聞きした者たちがいなくなったあかつきには、すべてが忘却のうちに葬られることだろうが・・・
当時四十を過ぎたばかりであった家老には、嫡子夫婦と己の妻、それに還暦を過ぎたばかりの母儀をもっていた。
永蟄居を命じられた当主が引き籠る離れからは、母屋で行われていることすべてを、気配で察することができたであろう。
嫡子は寺に入り、お家は断絶。
夫に去られた若妻は、たちまち幻真の餌食にされて、邸の広間で幻真に組み伏せられ、生き血を吸われた。
白昼の狼藉に泣き叫ぶ声が、邸じゅうに響き渡ったといわれている。
家老の妻女もまた、自らの節操を泥濘にまみれさせる仕儀と相成った。
それは離れにほど近い庭先で行われたという。
驕慢に満ちた態度もとともに謳われた城下一の美貌を悔しげに歪めながら、
豪奢な打掛姿で幻真に対し、脂の乗り切った膚をあらわに庭先で乱れたという。
年老いた家老の母儀さえも、おなじ災厄を免れることはなかった。
家老の広壮な邸は売り払われ、跡地には女郎宿がたった。
幻真がどこぞから連れてきた手練れの女将が差配する宿で、
気位と精気を抜き取られた妻女たちは、武家の身なりのままに客をとって、春をひさぎつづけたという。
六
「なんとか儂だけで、ご勘弁願えぬものですかな」
河原太郎左衛門は、なにごともなかったような温顔で、相手を視た。
男が唇を吸いつけたあとには、かすかにではあったが、まだ赤い血潮が撥ねている。
傷口に帯びた痺れるような疼きは、尋常のものではない。
修練を積んだ武家ですら、取り乱しかねないほどの、濃い誘惑に満ちている。
じんじんと疼く傷口に顔をしかめながら、太郎左衛門はなおも、淡々と告げていた。
「芙美にこのような目をみさせて、あれの節操を試すようなことをするのは、不憫ですでな」
幻真と名乗るこの男の、苗字すらも訊かされていない。
はたしてそれが本名なのかどうかすら、分明ではないという。
そのような素性妖しきものに、わが妻女を―――
ひとりの男として、そう思わないわけにはいかなかった。
まして、藩の権柄づくで妻女の節操を地に塗れさせるなどという恥辱を受けるいわれは、どこにもなかった。
いっそのこと・・・若者のように暴発しかけた太郎左衛門のことを制したのは、三十年来の上役だった。
「儂にも所存がある。こたびのことは、忍んで享けよ。まずは幻真どのに逢うてから所存を決めてもよろしかろう」
短慮はならぬぞ、といったその上役もまた、妻女を密通されていたと知ったのは、だいぶあとのことだった。
「貴殿を辱めるつもりは、毛頭ない。御当家の名誉を穢すつもりも、もちろんない。家老殿のことがどうやら、悪く伝わっているようですな」
幻真の言葉に、太郎左衛門は、もしやご下命の内容は僻事ではないかと思ったほど、彼の態度は慇懃を極めていた。
けれどもその見通しは、すぐにくずれた。
―――ご妻女に、懸想をしておる。見染めたのは、昨年の秋。晩龍寺に参詣されておられたであろう。
男の言い方は、直截的だった。
晩龍寺は、例の家老の嫡子が隠棲している寺であった。
遠縁でもある河原家は、しばしばこの寺に詣でて、かつての家老の嫡子とも親交があったのである。
そのときの妻女の立居振舞も、帯びていた着物の柄も、なにもかもが、芙美のそれと符合していた。
―――ご妻女をお見かけしてから、儂は狂ってしもうた。この鬱念晴らすには、ひと夜ふた夜では、とうていすまぬ。
掻き口説く口ぶりはまるで狂人のようであったが、同時に男がただ者ではないことも、太郎左衛門は知るのだった。
お城に出仕して数十年。そのあいだに見聞きしたこと、交わしてきた言葉のすべてが、この男が瞠目に足る人物であることを告げていた。
小半時も言葉を交わしていたであろうか。
さいごに力なく呟いたのは、太郎左衛門のほうであった。
「この齢で、妻女の不義を見届けることになるとは、思いも寄りませなんだよ」
「不義ではござらぬ」
幻真は言下にいった。
「ご厚誼と承りたい」
七
茶釜のお湯が沸き立つシュウシュウという音を耳にしながら、芙美は淡々と茶事に集中した。
傍らに居住まいを正しているのは、夫ではない。
そもそも夫以外の男を一人でこの茶室にあげたことは、初めてだった。
男女でひざを交え、差し向かいになるということが、思わぬ恥辱をもたらす・・・武家の婦女として当然わきまえてきたはずのことであった。
客間で引き合わされた幻真は、思いのほか涼やかな面貌をもっていた。
頬の輪郭が濃く彫りの深い顔立ちに永年の労苦が滲んでいるのを、炯眼なこの婦人は、ひと目で見ぬいていたのだった。
百年以上もまえに一夜堤を築かれた・・・というのも、僻事ではないような。
そう思わせる風儀が、この男には漂っていた。
それと同時に―――
この男は極端なくらいの脆さをも、兼ね備えている。
それに気づかないわけには、いかなかった。
深手を負って、息も絶え絶えな男。
それだのに、己に無理強いして、ほほ笑みしか見せていない。
永年連れ添った自慢の妻女を、いよいよひきあわせる というときに。
太郎左衛門は幾度も逡巡し、己の逡巡を恥じ、己を叱りつけて強いてこの座に自らを引き据えた。
余所着に使っている緋色の単衣に身を包んだ芙美が姿を現して、客人の視線に注視されると。
思わず、生贄を捧げるもののやり切れなさが男を一瞬浸したけれど。
太郎左衛門もまた、人の目利きでは妻女に劣るはずもなかった。
十年に一度。
節操高き武家の女を数名、懐抱せねばならない性を、河原家として受け容れる覚悟が、一瞬にしてできあがっていた。
「当家自慢の妻女でございます。ふつつかではございますが、どうぞご存分に果たされますように」
太郎左衛門は、これから芙美を穢そうとする男に、深々と頭を垂れた。
「貴殿の欲するところは、当家の名誉とするところにて候」
しずしずと去ってゆく妻女の衣擦れの音が遠ざかってゆくのを、太郎左衛門は目を細めて聞き入っていた。
育ちの良い、楚々とした立ち姿。
武家の妻女らしい、無駄のないきびきびとした立居振舞。
ふとした口吻から窺える、深いたしなみと高い教養。
そのいずれもが、幻真を惹きつけてやまなかった。
あの晩龍寺での、参詣の折そのままであった。
晩龍寺の住職は、十年前に失脚した家老の嫡子であった。
芙美との面談に応じた彼は、男子としては繊弱な細面に笑みさえ浮かべて、当時のことを語ったのだった。
わたしこそが、罰を享けねばならなかったのです。妻女にそれを追わせてしまったのは、拙僧生涯の不覚でありました。
身を淪(しず)めて身体をこわした妻女を身請けして、尼寺に入れて下さったのも幻真さまでございまする。
いまは恨みも消え果て、ただ感謝と誇りだけが、不思議と胸中を去りませぬ。
妻女の身から若妻の生き血を召されたこと、昼日中からうら若き身で幻真どのの煩悩を去らしめたこと。
妻女のしたことを、拙僧いまは誇りに感じておりまする。
はたして妾(わたくし)は、誇りを感じることなどできるだろうか。
これからなされてしまうことに対して・・・
芙美がもの想いに耽った一瞬の隙を、幻真は見逃さなかった。
気がつくともう、彼女自身の身体が男の猿臂に巻かれているのを知って、芙美はうろたえた。
「なりませぬ」
かまわず、男の唇が芙美の襟足を這い、うなじに近寄せられる。
「なりませぬ」
掻き抱いた両掌が、着物のうえから芙美の肢体をまさぐり、節くれだった指先が、えり首に忍び込む。
「なりませぬ!」
女は身を揉んで抗ったが、婦女を凌辱することに狎れた男のやり口を遮ることはできなかった。
無体な狼藉など、この身に及ぶとは、夢想だにしなかった数十年の生涯の果て―――このような恥辱を享けねばならないのか?
芙美は悔しげに唇を噛み、忍び泣きに泣いた。
男はそれでも容赦なく、手を緩めることなく芙美を責めつづけた。
解かれた帯は茶室の隅にとぐろを巻いていた。
結わえをほどかれた黒髪は背に波打って、ユサユサと揺れつづけた。
はだけられた襟足から覗く乳房の輝きに、女は恥じ入って目を逸らしたが、
下前を割られていたことには、不覚にも気づいていなかった。
ヒルのようにヌメヌメと這う唇に、グッと力が込められる。
ああ・・・
生き血を吸われてしまったら。もうおしまいだ。
女の想いとは裏腹に、尖った異物が素肌を冒した。
圧しつけられた犬歯が皮膚を破り、ずぶずぶと埋め込まれる。
首すじに撥ねた血潮のなま温かさが、濃い敗北感となって女の胸に黒い影を落とした。
夫が何日もかけて、己の血だけで満足してもらおうとしていたのは、このためだったのか。
じりじりと痺れるような、咬み痕の疼き。
そのままじゅるじゅると啜られるたびに、頭のなかが真っ白になり、魂まで吸い取られるような気がする。
それが悦びに変化するのに・・・さして時間はかからなかった。
男の掌が、あらわになった乳房をわがもの顔にまさぐりつづける。
ああ・・・
いちど受け容れてしまったら、どうして耐えることができようか。
膚を許す殿方は、夫ひとり―――つい数日前まで、そのつもりであった。
永年心を温め続けてきた想いが、いまや覆されようとしている。
その事実が、こともなげに、目のまえにあった。
しみ込んでくる指先の感触が。
あてがわれてくる唇の熱さが。
命がけで節操を守ろうとする女の手足を、痺れさせる。
「なりませぬ。な・・・なりませぬッ!」
芙美は歯を食いしばり、河原家の妻女としての務めを全うしようとした。
手足をばたつかせ、男の意図をさえぎることで。
下腹に衝きあげてくるものが、すべてを塗り替えたのは、そのときだった。
ずぶ・・・
女にも、切腹ということはあるのかもしれない。
芙美はあとから、そう思ったという。
衝きあげてくるものは硬く猛くいきりたっていて、女の秘所に乱入してきた。
熱いものを吐き散らされるのを感じ、自分の節操が好みから喪われたと知ると、
女の身体から、すべての力が去った。
なり・・・ませぬ。いけ・・・ませぬ。人がまいります・・・
女はなよなよとした声色で、甘く囁きつづけていた。
芙美は歯を食いしばり、河原家の妻女としての務めを果たそうとしている。
足袋を穿いたままの脚を大またに開いて、男の劣情を我が身に受け止めて。
河原家の妻女の貞操を蹂躙されることを、自らの歓びに変えていったのだ。
ご主人・・・さまよりも・・・いえ、太郎左衛門よりも・・・幻真さまが・・・好き。
障子一枚隔てた外では、折からの寒気に震えながら。
妻の裏切りを言葉で洩れ聞いた男は、べつの昂ぶりから、もういちど身震いをする。
つぎは、勇之進の妻女の番じゃな。
十七で嫁いできたばかりの、まだ童顔の稚な妻。
幻真どののお口に、合うだろうか―――
魂の入れ替わった男は、驚きながらも不承不承に肯いた跡取り息子が目じりに泛べた好色の翳りを、見逃してはいなかった。
救国のひとを、煩悩から救ったことで。
汚された節操は、じゅうぶんに報いを受けたのだろうか。
あとがき
珍しく、二時間くらいかかりました。A^^;
ひさびさの時代ものの登場です。
前作は、「武家女房破倫絵巻」。
このたいとるで、けんさくしてみてくだされ。^^
支配された西洋館
2013年01月03日(Thu) 11:33:59
魅力的な夫人。寛大そうな夫君。利発そうな令息に、大人しそうな令嬢。
夫人の手作りの料理に、さいごは紅茶まで振る舞われて。
辞去するとすぐ、男は言った。
「今夜もういちど、お邪魔する。お前も手伝え」
あれほどにこやかに接し合っていた人たちを、早くも今夜襲おうというのか?
ネックレスの清楚な輝きに縁どられた夫人の首すじに、やつが獣のように食いついて血を啜る場面を、わたしはすぐに想像した。
それは彼がわたしの妻にしたのとおなじ所業として、二重写しになったのだった。
「大(で)ぇ丈夫だ。やつらも薄々、気づいているって。この街に棲みついて二週間もたてば、吸血鬼様の訪問を受けるってことをな」
そう。それはそのまま、わたしたち夫婦のたどった運命でもあった。
もちろんのことだったが、昼間のときとは裏腹に、ジョーンズの邸は暗がりに支配されていた。
「夫婦は一階。子供たちは二階だ。俺はだんなと女房をやる。お前ぇには子供をやらしてやるよ」
活きの良い血に、たっぷりとありつけるぜ・・・
やつの言いぐさはしかし、すでにわたしの心の奥深く根ざすようになった第二の本能を、的確にくすぐったのだった。
人の寝静まった真夜中にはふさわしくない騒々しいもの音がにわかにあがる階下を背にして、わたしは二階に通じる長い階段を、ひと息に昇りつめた。
開いたドアの向こう、窓際のベッドには、少年の影。
「来たんだね」
トニーと呼ばれる少年は、白い頬でこちらを向いた。
―――やつらも薄々、気づいているって。
やつの言いぐさを裏打ちするように、少年は昼間の服を着込んでいた。
白のブラウス、濃紺の半ズボンに、おなじ濃紺のハイソックス。
半ズボンとハイソックスのすき間から覗く太ももは、月の光に照らされて、白い膚をいっそうツヤツヤと光らせていた。
階段ごし、悲鳴がふた色、つぎつぎにあがるのと、そのどちらもがすぐになりをひそめてしまうのを。
少年は無表情に、じいっと聞き入っていて。
「パパやママもやられちゃったんなら、ボクだけ逃げても意味がないよ」
ぽつりとそう呟くと、
「どこから吸うの?」
自分のほうから、ブラウスの襟首をくつろげていた。
「ひとつ、頼みがあるんだ。ミーナだけは、怖がらせたりしないでね」
「それは、きみ次第だね」
わたしの言っている意味を、利発な少年はすぐに察したらしい。
「ウン、わかったよ」
そういって、なんの抵抗も示さずに、首すじをこちらに振り向けていた。
ふさふさとした金髪の頭を押し頂くようにして、すんなり伸びた首すじに唇を近寄せる。
もう、喉が、胃袋が、たとえようもないほどに昂ぶったどす黒い衝動にわなないていて、
性急にかぶりつくことの愚かさを知りながらも、こらえることはできなかった。
むき出した牙を首すじに突き立てると、そのままずぶずぶと、もぐり込ませていった。
十代の少年の柔らかな皮膚は、それは心地よい噛み応えだった。
「あ・・・」
トニーはさすがにかすかに声をあげ、とっさにわたしの身体を引き離そうともがいたけれど。
それはわたしが帯びた嗜虐心を逆なでして、即座にねじ伏せられてしまうことで忌むべき征服慾を満足させただけだった。
ズズッ・・・じゅるうっ。
むざんなくらいナマナマしい音を立てて、わたしは少年の血を啖った。
若い生命力を秘めた芳香にただ惑溺して、陶然となった数分、数十分。
ふたたび起きあがったとき、少年もつられるようにして身を起こしたけれど。
「貧血・・・」
額に手をやって、「ちょっと勘弁」と言いたげに、拒絶の掌を拡げていた。
わたしは少年の恢復を待ったが、それは意外なくらいすぐのことだった。
「だいじょうぶ。ちょっとのぼせただけみたい」
トニーは女の子みたいに華奢な造りの口許をせわしなく動かして、「ボクはだいじょうぶ」と、なんども強調した。
欲望に負けてついかがみ込んだ足許に、少年は視線を落としたけれど。
紺のハイソックスのふくらはぎに再び近寄せられてくる唇を避けようとするでもなく、
ハイソックスを履いたまま唇を這わされ、突き立てられた牙がしなやかなナイロン生地の向こう側へと通り抜けるのを、顔をしかめて見つめるだけだった。
「ミーナの脚にも、そうするつもり?」
「・・・避けられないんだ」
自分でも意外なくらいに、申し訳なさそうな口調だった。
まだわたしのどこかにも、寸分くらいの理性は残っていたらしい。
「小父さん、ついこないだまで普通の人だったんだろ?」
少年はむしろ気遣うようにわたしを見つめると、「絶対死なせちゃだめだからね」と念押しするように言うと、ベッドに腰を下ろしたまま顔を抱えて俯いたわたしの側をすり抜けるようにして、隣室に走っていった。
トニーが妹のミーナを連れて再び現れるのに、数分かかった。
ためらう妹をなだめすかして連れてきたのだろう。
それまでのあいだ、時折切れ切れにあがる階下からのうめき声がひとつの効果を持ったのは、ほぼ間違いなかった。
そのうめき声は、回を重ねるたびに、苦痛よりも随喜を色濃く滲ませていたのだが、果たして幼すぎる彼らがどこまでそれを察したのか、いまでもわからない。
「階下にいるのは、ほんとうに怖い小父さんだから。いまのうちに、ボクを噛んだのと同じ優しい小父さんに噛まれちゃったほうが、楽だよ」
少年はそういって、妹を促したのだという。
恐る恐る引き上げられた、ピンクのスカート。
殿方でスカートのすそをあげるなどという教育は、節度をきちんと弁えた賢明な主婦らしいあの母親からは、きっと受けていないはずだった。
妹がかろうじてその姿勢を取り得るまでに、少年は自分でお手本を示すために、
ずり落ちかけていた紺のハイソックスを引き伸ばして、わざとわたしに噛ませてみせた。
「ほら、なんでもないだろ?ちょっぴりくすぐったいんだぜ?」
努めて明るく、そんなふうに言っていた。
少年の血の味からすると、その妹の血もきっと、健全な知性と生命力を秘めた味がするのだろう。
ストラップシューズの足首を床に軽く抑えつけ、少女の目線からは牙が見えないようにしてかがみ込むと。
白のタイツにおおわれたか細いふくらはぎに、わたしはゆっくりと、牙を降ろしていった。
脚をすくませたまま受け容れた牙を、容赦なくグイッと埋め込みながら。
白タイツのしなやかな舌触りに、タイツの向こう側の柔らかな肉づきに、ほとび出る血潮の生気を帯びた味わいに、わたしは獣の本能を満足させてしまっている。
床に尻もちをついた姿勢のまま、兄のベッドに頭をもたれかけさせて、少女はうつらうつらするように、半ば気を喪いかけている。
生命がけの献血が、よほどこたえたらしい。
「やっぱり女の子の血が目当てだったんだね?吸い過ぎだよ、小父さん」
少年はわたしのことを咎めながらも、なおも自分の首すじに唇を吸いつけようとするわたしを、拒もうとしなかった。
少年の身体から吸い取った血液が、しなやかに喉を通り抜け、胃の腑に居心地良く澱んでいた。
明るく、心優しいたちの生まれつき。清潔な日常。質素だが行き届いた生活水準。
そうしたもののすべてを、彼の血はわたしの本能にじかに伝えてきた。
わたしの胃の腑のなかで兄の血潮と仲良く織り交ざったその妹の血も、わたしをうっとりさせるのにじゅうぶんだった。
「大きくなったらまちがいなく、別嬪になるね」
思わず呟いたわたしを、
「そんな下品なこと言わないでよ」
少年はまるでわたしよりも年上の兄のように、笑って咎めている。
階上からこちらへ上ってくる足音に、少年はちょっぴり眉をひそめた。
「彼・・・母さんになにをしたの?」
「だいじょうぶ。死なせてはいないはずだから」
「それはそうだけど」
言いさしたそばから姿を現したのは、噂の主だった。
「うまくやったようだな」
「ああ、なんとかね」
「お嬢ちゃんは貧血かね?」
「年齢制限ぎりぎりだからな」
度を越して吸い過ぎたわけではない・・・と、とっさに言い抜けするのを見抜いた彼は、にんまりと嗤った。
その嗤いかたが、気に入らなかったのか。
少年は起って彼の正面に立つと、いきなり横っ面をはり倒した。
目にもとまらぬ勢いだった。
張られた彼も、目の当たりにしたわたしも、手をあげた本人までもがぼう然としていた。
少年はすぐに気を取り直すと、
「母さんになにをした?」
切羽詰まった口調だった。
「まだこの子は若い」
わたしはトニーのために、弁護した。
「ああ・・・そうだな」
張られた頬をさすりながら、彼は少年のことを怒りもせず、もういちど張り手を食うまいと距離を置きながら、弁解するような声色でこたえた。
「母さんはどこまでも、レディだったぜ。父さんに訊いて御覧」
「そう信じていいんだね?」
少年の目は、なおも険しかった。
「ミーナはきみのことを、嫌がっている」
少年の主張を、彼はすんなりと受け容れた。
「きみの意向を尊重しよう」
邸を辞去するのは、ぎりぎり夜明け前だった。
身づくろいをしているらしい母親は顔を見せなかったが、子供たちが無事なのを確かめた父親は安堵したようにふたりを抱き寄せた。
「あんたのとこも、こういうことだったのかね?」
彼はわたしを見てそういった。
「おおむね、どこも違いはないと思いますよ」
「奥さんとはいまでも・・・いっしょに暮しているの?」
「夫たるもの、寛大でなければなりませんからね」
「なるほど」
彼は苦笑して、わたしに握手を求めてきた。
「こちらとは打ち解けるのに時間がかかりそうだが・・・あんたは子供たちの好い遊び相手になってくれそうですな」
理性もろとも前身の血を吸い取られてでくの坊のようになった夫は、夫婦のベッドで自分以外の男を相手にしている妻を目の当たりに、ただ苦笑いをしているよりなかったのだろう。
覚え始めた血の味を確かめるため、首のつけ根に滴る血潮を、時折指先で舐め取りながら。
昼間はお紅茶を淹れた客人のために、もっと濃い赤い液体を気前よくご馳走する妻の裸体を、ただの男としてたんのうしてしまったはず。
けれども賢明な夫なら、おそらく彼女となんらかの折り合いをつけて、それ以上子供たちを泣かせるような行動はとらないはずだった。
帰り際。
トニーは脱いだハイソックスを片方だけぶら提げて、「記念に」といって、わたしの掌に押しつけた。
「穴のあいたやつだけど。もう片方は、ボクなくさずに持っているから」
ミーナも兄に倣って、白のタイツを片方、わたしのまえにぶら提げた。
ふくらはぎのあたりに赤黒いシミがついているのを、父親も、遅れて顔を出した母親も、見て見ぬふりを決め込んでいる。
「子供たちの遊び相手になってくれるらしいよ」
さっきと同じことを、夫は妻を顧みて言い、妻もまた「よろしく」と、短いながらも気持ちのこもった会釈を投げてきた。
「けっきょくあんたの、独り勝ちか」
さっきまでの尊大な態度をかなぐり捨てて、やつはげんなりとした顔をしてそういった。
「わざとそうしてくれたんだろう?」
やつはくすぐったそうに、笑っただけだった。
奪(と)られた妻 ~ひとしの場合~ 3 住宅街の公園で
2012年10月29日(Mon) 08:01:43
ブルルルルルルル・・・
愛車のエンジンが轟きを停めると。
あたりはまだ明るいうちとは思われない静寂に包まれました。
ここは自宅からほど近い場所にある、広い公園。
都会の郊外にありがちな、真四角な住宅のすき間に無理やりしつらえられたような一角。
申し訳ばかりに木立ちが佇む、その公園に、
わたしは妻の智美を伴い、降り立ったのでした。
デンさんは、真正面のベンチに腰かけています。
日向ぼっこをしていた老爺が、そろそろ日が落ちたので帰ろうか・・・としているふうにしか、みえませんでした。
もっともその老爺のなりは、街の景色にはおよそ不似合いな、泥まみれの野良着姿でしたが。
都会のどこかに根城を持ったらしい彼は、時おりこうやって、わたしたち夫婦を、あらぬところに呼び寄せるのです。
ベンチにどっかりと腰をおろしたデンさんのまえ。
わたしは妻の細い両肩を抱いて、囁きかけます。
しっかりね。ぼくへの気遣いはいいから、ゆっくり愉しんでお出で。
田舎に同伴して狂わされた智美の身体には、すでに狂疾の血がめぐり始めています。
そう、吸血鬼であるこの老爺は、妻の生き血をぞんぶんに吸い、それと引き換えに淫らな毒液を、四十二歳の一般家庭の主婦の体内に、そそぎ込んでいったのです。
夫の理解のもと、不倫の痴情に耽る都会の人妻―――
それがわたしたち男ふたりが思い描いていた、妻に対する願望でした。
ふたりながら、おなじ女を好きになった。
吸血鬼とはいっても、彼は女を食い物にするだけの男ではありませんでした。
妻への真摯な感情を察したわたしは、妻との間を懸命に取り持つことに腐心して、
彼は彼で、吸血鬼に対して共感を示した私たち夫婦のそうした気遣いに、一定の配慮をする。
そんな関係が、形作られはじめていたのでした。
そういうひとだから・・・
きっと、最愛の妻を、それも夫しか識らなかったはずの妻を、還暦を過ぎようという年配男の劣情に、
すすんで随わせようという意思を、わたしが抱いたのだと思います。
ええもちろん・・・彼に吸血される官能が、わたしを支配したという面も、もちろん否定することはできないのですが。
あなたを裏切ることになってよ?
妻は気遣いに満ちた上目遣いを、わたしに注いでくるのです。
いいとも、きみになら、よろこんで裏切られるさ。
わたしは余裕の笑みで、妻をもういちど抱きしめます。
花柄のワンピースのすそが、揺れ、夕風になびきました。
ロマンチックなのは、其処まででした。
じゃ、車で待っているから。
立ち去ろうとしたわたしのことを、
イイエ。
智美は握ったわたしの手を、放そうとはしませんでした。
あなたも、ごいっしょして。
わたし、あなたの前で、デンさんと愉しみたい気分なの・・・
え?
わたしは驚いたように妻を見ます。
真正面から見返してくる智美の瞳は、蒼白い焔を帯びていました。
ぜひ、そうしてちょうだい。
あなた、自分の奥さんが弄ばれるのを、この目で見届けるのよ。
そのほうがあなたも・・・愉しめるでしょう・・・?
抗すべくもないままに、
ふたりがかりで、縛られて。
芝生のうえに、転がされて。
妻は自分で、ワンピースを引き裂くと。
セクシィなブラジャーをあらわにした胸を見せつけて。
そのブラジャーすら、目の前で剥ぎ取らせて。
がぶり。
食いつかれた首すじから、バラ色の血潮をほとばせると。
わたしの血・・・花柄のワンピースに、似合うかしら。
呟くように、そういいました。
似合うとも、あんたの白い素肌にもな。
デンさんはそういうと、あとはもう息の合ったカップルでした。
それから小一時間というもの・・・
わたしは見せつけられ続けたのです。
びゅうびゅうと吐き散らしてしまった粘液に、スラックスの股間をびしょびしょに濡らしながら・・・
・・・・・・。
・・・・・・。
わたしたち夫婦のうえを、異形の刻が通り過ぎたあと。
ずり降ろされたストッキングを直しながら。
妻は低い声で、囁くのです。
愉しいでしょう?
奥さんが娼婦に化(な)ってくれて、あなた愉しいでしょう?
ああ、、愉しいとも・・・
きみは、素敵な妻だ。いつまでも、愛している。ずっと・・・
でもあたしは、あのひとのことも愛しちゃってるわ。
あなたそれでも、よかったの?
すべてを知り抜いた手指が、濡れたスラックスの股間にまとわりつきました。
しっかりと握りしめてくる掌のなか。
わたしの一物はまたもや、恥ずかしいほどの昂ぶりに、鎌首をもたげ始めていったのです。
奪(と)られた妻 ~ひとしの場合~ 2 都会のマンションで
2012年10月29日(Mon) 07:41:48
1.
その夜わたしは、デンさんと逢っていました。
デンさんは、わたしの生命の恩人。
出張先のとある村里で出逢った彼は、吸血鬼でした。
ほんらいならば一滴残らず吸い取られてしまうはずのわたしの血を。
生き続けるのにじゅうぶんなだけ、体内に残してくれて。
お礼にわたしは、彼の棲む村に、最愛の妻を呼び寄せて。
まだうら若さを宿した、四十二歳の人妻の熟れた生き血を与えたのです。
そして、都会妻の肢体に魅了された彼の劣情の赴くままに、
夫しか識らなかった貞潔をすら、淫らに散らされてしまったのです。
ここは、都会のマンションの一室。
ストッキングを穿いたおなごの脚を吸いたい。
露骨にそんな連絡を寄越したデンさんでしたが、さすがに都会でそのようなあてがそうそうあるわけではありません。
さっそくわたしのところに、連絡を寄越したのです。
折悪しく妻の智美は、不在でした。
わたしは妻の身代わりに、彼の待つマンションへと、ひっそりと出かけていったのでした。
ともかくも、あのどうしようもない渇きを、癒してやる必要をおぼえたので。
とっさに脚に通したのは、紳士用のハイソックスでした。
いまではめったに見かけることのなくなった、ストッキング地のものでした。
紳士用とはいえ、なまめかしいほどの光沢を帯びた薄手のナイロンに、スラックスの足首が透けるのを。
わたしはまるで娼婦のように見せつけて。
彼はものもいわずに、足許にむしゃぶりついてきたのでした。
うつ伏せに押し倒されたじゅうたんの上。
よだれに濡れた唇を、ヒルのようにしつように、這わされながら。
ふくらはぎを締めつけていた薄手のナイロン生地の緩やかな束縛感が、じょじょにほぐれてゆくのを。
真っ赤なじゅうたんに手指の爪を、カリカリと突き立てながら、
妖しい快感に、ひたすら耐えていたのでした。
智美は遅いの。
すでに妻のことは、もう呼び捨てでした。
なぜなら、名義上はわたしの妻でありながら。
智美はもう、彼専用の娼婦に堕とされてしまっていたのですから・・・
都会に戻ってどうにか理性を取り戻した智美は、あの屈辱の宴のことは決して、口にしようとはしませんでした。
けれどもあの熟れた肢体を蔽う柔らかな皮膚は、
突き入れられた牙によって沁み込まされた淫らな衝撃を忘れることがあるでしょうか?
脂の乗り切った肉づきは、夫の前で巻きつけられた猿臂の熱っぽい呪縛から、逃れることができるでしょうか?
いったん汚辱を識ってしまった貞潔を、ふたたび辱められまいとする意志を、守りつづけることができるのでしょうか?
わたしは彼女の厳しい倫理観をまぎらわせるために、彼にせがまれるままに、携帯を取ったのでした。
―――取引先のお通夜に招ばれているんだ。急いで支度をして、出てきてくれないか?
幸か不幸か、娘のひとみは、塾で帰りが遅くなるということでした。
2.
あっ!あなた・・・っ!?
事態を一瞬で察した妻は、両手で口許を抑え、立ちすくみました。
玄関先の板の間に、淡い黒のストッキングのつま先が、寒々と映えていました。
それこそが、この不埒な田舎出の老爺が、しんそこ求めていたものでした。
きみの代役を・・・おおせつかっちゃってね。
すこしのあいだ、愉しませてあげてくれないか・・・?
わたしはやっとのことで、そう言いました。
それは、いまから繰り広げられる儀式の、屈辱に満ちた予感のせいばかりではありませんでした。
失血のため、ほとんど口がきけなくなっていたのです。
血管という血管から血潮を抜き取られてしまったわたしは、いつかデンさんの心中に共感を覚えていたのです。
かれの体内には、うら若い血潮が一滴でも多く、取り込まれなければならない・・・
かれの劣情を成就させることで、血潮の涸れ切ったわたし自身も満ち足りるような・・・そんな錯覚に陥っていたのでした。
伸びてくる猿臂に、妻はとっさに飛びのきました。
虚空を引っ掻いたデンさんの、熊手のような掌を、かわしつづけることはできませんでした。
彼は身体ごと、黒一色の喪服姿の智美に、飛びかかっていって。
妻に対する自らの好意と劣情のつよさとを、全身で露わにしていったのです。
目のまえで繰り広げられるドラキュラ映画のヒロインに妻が選ばれたことに、
わたしは言い知れぬ満足を覚えていました。
胸元に輝く真珠のネックレスを引きちぎられた智美は、
ほどかれた長い黒髪を振り乱しながら逃げ惑い、
「厭ですッ!勘弁してくださいッ!」
とか、
「いけない、主人のまえでなんてッ!」
とか、
「恥知らずッ!」
とか、
かなわぬ抵抗に夢中になり、切れ切れに叫びながらも、
手首を握られ、
肩を抱きすくめられ、
無理やりに唇を奪われ、
音をたてて押し倒され、
ねじ伏せられ、
抑えつけられて。
しまいには、
「あああッ・・・!」
ひと声呻いて、そしてすべてを、思い出してしまったのです。
そう。あの屈辱の儀式で初めて味わった、抗いがたい快感を。
夫の前ですべてをさらけ出し、ありのままの牝にかえってしまう、あの歓びを―――
「あなたっ。あなたっ!あなたあっ・・・ごめんなさい・・・っ」
絞り出すような呻き声が、わたしのまえで見せた妻の最後の理性になりました。
苦悩する整った白い横顔が一瞬覗いて、すぐに伏せてくるデンさんの背中に隠れました。
立て膝をした薄黒のストッキングの脚が、ただじたばたと虚しい抗いをつづける向こう側。
しっかりと結び合わされた唇と唇を、わたしは鮮烈なまでにナマナマしく、想像してしまっていたのでした。
わたしはといえば。
ぐるぐる巻きに縛られて、じゅうたんの上に居心地良く転がされていて。
ただ、妻に対するおぞましい凌辱を、視て愉しむ権利しか、許されておりませんでした。
こういうときほど、ほんの取るに足らない些細なことが、気になるものです。
スラックスを脱がされていたことに、わたしは安堵の念を憶えていました。
むき出しにされた男自身は、恥ずかしいほどに怒張を窮めて、
しまいには真っ赤なじゅうたんのうえ、どろりとした粘液をびゅうびゅうと、吐き散らかしてしまったのですから・・・
おなじ色をした粘液が。
妻の股間の奥をじわじわと染めるのを。
わたしはみすみす、目にする羽目になりました。
彼は妻を荒々しく引きずり回すと。
わざと姿勢を変えて、わたしのために獲物にした女のようすがよく見えるようにしてくれたからです。
無念そうに顔をしかめ、眉を逆立てている智美の首すじに、赤黒く膨れた唇をヌメヌメと這わせたあと。
その唇のすき間から、どきりとするほど真っ赤な舌を、チロチロと覗かせて。
黒の喪服に眩しく映える白い皮膚を、ぬるぬる、ピチャピチャと、
わざとお行儀悪く、ねぶり抜いていくのです。
エエのお。エエのお。あんたの女房の素肌は。なまっ白くて、すべっこくって。
えぇ?あんたも嬉しそうに、〇んぽこおっ立てて・・・女房を乳繰られるのが、そんなに嬉しいかや?
デンさんの辱めは、わたしにも向けられるのです。
これ、なんとか云うたらどうぢゃ?愉しんどるんぢゃろ?え?
畳み掛けるように問いかけるデンさんの声色に、わたしはつい、口車に乗ってしまいました。
はい・・・愉しいです。嬉しいです。
家内の肉体を貴男が気に入ってくれるのが、視ていて無性に惹かれるんです。。
わたしの言葉に思わず顔をそむけた智美の、首根っこをつかまえて。
わざとのように、グイッとわたしのほうへと振り向けさせて。
まんまと術中に堕ちた夫を指さしながら、デンさんはもう得意満面です。
ほれ見ろ。お前ぇの亭主は、変態だ。
お前ぇが犯されるってのに、あんなに悦んでいやがるんだ。
ええ亭主と添うたものぢゃのお。え・・・?え・・・?
あとはお前ぇの身体に訊いてやる・・・そう言わんばかりに、
漆黒のブラウスからはみ出た乳房を、デンさんはじわり、じわりと、責めたててゆきます。
百合の花びらのように気品を添えていた胸元のリボンはむしり取られ、
素肌をかすかに透けさせていた上品な薄手のブラウスの生地は、むざんにむしり取られて、
黒のレエスつきのブラジャーを剥ぎ取られた無防備な乳房は、
その豊かな輝きを喪服の黒い生地越しに、あらわに放っていたのです。
おぉ、旨そうぢゃ。
デンさんは唇をわざといやらしくすぼめて、妻の乳房を口に含みました。
え?あんたの女房、生意気を言う割には淫乱じゃのお。ほれ、乳首が勃っとるわい。
言われるまでもなく、干しブドウのように熟れた智美の乳首は、格好のよい乳房の頂上で、ピンと張りつめていたのでした。
ああ・・・っ。
絶望の呻きをあげて、智美が顔を蔽います。
顔を蔽う両手はすぐに、男の手で荒々しく払いのけられてしまいます。
余計なことするでねぇ!
ビシ!ビシ!
分厚い掌の平手打ちが、智美の頬をなんども過ぎりました。
ああっ!乱暴はよしにしてくださいっ。
思わずわたしが叫ぶと、デンさんは優しい声になって。
でぇじょうぶだ。手加減しとる。わしはおなごには優しいのぢゃ。
ああ、そうでしたね・・・
わたしが思わず声色を和めたほどに、そのときのデンさんはほのぼのとした表情を過ぎらせたのでした。
智美、デンさんの言うことをきいて、お相手をしてあげなさい。
声を低めたわたしに、妻は童女のように素直に、「はい・・・」と応えると。
股ぐらを引き剥かれた黒のパンストを穿いたままの脚を、ゆっくりと、披(ひら)いていったのでした。
ああああああ・・・っ!
すすり泣くような声を、洩らしながら。
視ないでっ!視ないでッ!
わたしへの懇願を、くり返しながら。
男ふたりは、行為のなかでも、見入っていました。
獲物の人妻が振り乱す黒髪の、淫らさを。
食いしばった歯のすき間から洩らされる声の、はしたなさを。
口許からヌラリと垂らしたよだれの、生々しさを。
四十二歳の主婦の足許を淑やかに染めていた薄手の黒ストッキングは、
ずるずると脱げ落ちてゆくにつれて、ふしだらな皺を寄せてくしゃくしゃになってゆき、
腰回りまでまくりあげられたスカートは、ピンク色に染まった筋肉がムチムチと輝くのをあらわにして、
そのうえで、吐き散らかされた男の淫らな粘液を、目いっぱいなすりつけられていったのでした。
あお向けになった妻は、もう恥ずかしげもなく横顔を見せて。
瞳には蒼白い焔がチロチロとよぎり、
細いかいなは夫の前で臆面もなく、のしかかってくる逞しい背中に巻きつけられていったのでした。
まして腰のあからさまな上下動は、わたしとの夫婦のセックスの時にはついぞ経験したことのないほどに、
痙攣に似た激しさと、すき間もなく密着した熱っぽさを見せつけて。
夫であるわたしを嫉妬に焦がれさせ、完膚なきまでの敗北感を与えてくれたのでした。
3.
指切り、げんまん。
ぐるぐる巻きに縛られて転がされた夫の前。
一糸まとわぬ肢体を惜しげもなくさらしながら。
智美はデンさんと、指切りをしていました。
甘えた声色、媚びるような上目遣いは、わたしにではなく、デンさんに向けられたものでした。
しょうもない亭主を縛りあげて、また愉しんじゃおうね♪
つい一週間まえには、夢にも思いつくことのできなかったことを。
智美はわたしに見せつけるように、ごま塩頭の助平爺ぃを相手に、いともやすやすと約束してしまったのでした。
ねっ?あなたいいでしょ?たまにはあなたを裏切っちゃっても。
そうすることであなた、昂奮するんだよね?
智美の浮気を、愉しむことができちゃうんだよね?
言ってみて。智美がほかの男とお〇んこするのが嬉しい・・・って。
媚びるような声色は変わりませんでしたが。
きつく責める目線に、かすかな憐憫とイタズラっぽい意地悪さを湛えて。
時おり乳首を狙う情夫の手をゆるやかに払いのけながら、智美はわたしへの罪のない意地悪を、くり返すのでした。
さあ、言ってみて。
妻の命令どおりに、わたしはくり返すのでした。
ああ、そうだよ。ぼくの妻であるきみが、デンさんに犯されるのがぼくは嬉しいんだ。
見ていて無性に、ドキドキしちゃうんだ。
ぼくはやっぱり、マゾだったんだな。
きみがデンさんとお〇んこするの、もっともっと視てみたい。
デンさんといっしょのときには、結婚していることを忘れて、愉しんでくれないか?
目いっぱいの屈辱の歓びに目をくらませながら言いつのるわたしに、智美はさらに残酷な嗤いを泛べました。
イイエ。
あなたの妻であることは、忘れないわ。
だって、智美は、N嶋夫人として、デンさまに辱め抜かれるんですもの。
N嶋家の恥を、おおっぴらに上塗りさせていただきますからね♪
妻の言いぐさに抗弁もならず、わたしはただ、肯定しつづけざるを得なかったのです。
うん・・・うん・・・そうだね。きみがそう言ってくれるのが、ぼくはむしょうに嬉しいんだよ・・・
胸の内を、限りない歓びで満たされながら―――
あとがき
うーん、マゾですね。。。 (^^)
やっぱりマゾは、イイですね♪
依頼主殿、もしまだこちらを御覧でしたら、ナイショのコメでメアドを教えて下され。
訊きたいことがでてきそうなので。^^
制服少女に捧げる吸血
2012年10月02日(Tue) 21:58:56
濃紺のプリーツスカートのうえ。
ぎゅっと握りしめたふたつのこぶしを撫でながら。
その老紳士は少女の背後に寄り添うようにして、もう片方の腕でブレザーの肩を拘束している。
少女のうなじに沿わされた唇は、白い皮膚のうえ、ヒルのようにじかに吸いついていて。
さっきから。
チュウチュウ・・・きぅきぅ・・・
耳ざわりで異様なもの音をたてながら、少女の生き血を吸い取っていた。
きちんと着こなしたブラウスの、真っ赤な胸リボンだけが、故意にずらされていて。
第一ボタンを外された胸元が、かすかに覗いている。
柔らかい体温を湛えた髪の生え際を間近に、老紳士はうっとりと目を細めていて。
ただひたすらに、少女の身体を拘束し、握ったこぶしを撫でつづけていた。
いい子だね、よくがんばったね。もういいよ。
解き放たれた華奢な身体は、起ちあがると、ふらふらと二、三歩、歩みを進めたが。
自分の血を吸った男から一刻も早く離れようとする、けんめいの努力を裏切って、
黒タイツのひざ小僧からは、力ががくりと抜けていた。
思うツボ・・・
薄っすらとほほ笑んだ、老いた頬。
老紳士はうつ伏せに倒れた少女に、もう一度近づいて。
まだ恵んでくださる、というのだね?
念押しするように、耳もとに囁きかけて。
悔しげに唇をキュッと引きつらせる少女のうなじに、ふたたび牙を埋めてゆく。
じゃあ遠慮なく、いただくよ・・・
それは嬉しげに、囁いてから。
さて、愉しませてあげたご褒美は、黒タイツのおみ脚・・・というわけだね?
おしゃれだね。お似合いだね。オトナッぽいね。。。
老紳士は少女を褒めながら、黒タイツのふくらはぎに頬ずりをして。
厚手のナイロン生地になすりつけた舌の痕を、粘りつく唾液でじっくりと光らせてゆくと。
ふたたび、飢えた牙をきらめかせて。
黒タイツの脚に、埋めてゆく。
ブチブチブチ・・・ッ
かすかな音を立てて裂けてゆくタイツの生地から。
肢の白さがほんのりと、露出してゆく―――
その肌の白さを、いとおしむように。
老紳士はタイツを引き破り、なおも肢をあらわにしていった。
悔しげに引き結ばれていたはずの、少女の唇が。
吸血魔の目を盗むかのように、愉悦の花を開かせる。
白い前歯を、滲ませて。
ふふ・・・うふふ・・・ふふふ・・・
くすぐったそうに笑みを洩らしつづける少女の声色は、辺りの薄闇を蠱惑的に浸していった。
あとがき
時おりお邪魔させていただいているサイトさま「着たいものを着るよ」の、こちら ↓ の記事に目を惹かれ、描いてみました。
http://manndokusai.blog77.fc2.com/blog-entry-982.html上から4番目の画像のイメージです。
http://farm9.staticflickr.com/8029/7976360736_349836dd62_b.jpg一番下の画像も、じつは気になっているんです。^^;
奪(と)られた妻 ~ひとしの場合~
2012年09月16日(Sun) 07:13:10
1.
妻を売る。
そんな感覚は、微塵もありませんでした。
わたしは妻を愛しておりますし、それは結婚して十五年経った今でも、なんのためらいもなく言い切れることでした。
けれどもわたしには、果たさなければならない”約束”がありました。
相手はいちおう、生命の恩人と言えるでしょう。
わたしを狩った男とはいえ、ともかくもわたしを、生かして家に帰してくれたのだから。
それは、社命で短期出張をした、とある山里でのことだでした。
村に着くなり真っ昼間からの宴席に引き入れられたわたしは、
男ばかり二十人はいようかという見ず知らずの連中のなかの真ん中に座らせられて、
名刺の交換すら抜きにして、いきなり地酒の献酬となったのでした。
酔いが回った時には、すでに遅かったのです。
そして「遅かった」と気がついた時にはもう、脱出する糸口は、もうどこにもなかったのでした。
わしらはの、皆吸血鬼なのぢゃよ。^^
さいしょの一杯からずうっとわたしに酒を注ぎ続けたその頭だった年配男は、
好色そうな皺を満面に滲ませて、はじめてわたしに正体を告げました。
え・・・?
伝治と呼ばれるその男は、「デンさんでええ」と言いながらわたしに、身の上ばなしをさせて、
自分が42歳のサラリーマン、妻の智美はひとつ下の専業主婦、娘のひとみは14歳の中学二年生・・・と、家族のことまでぺらぺらと喋らされていたのでした。
妻と娘の年齢を訊かれたとき、相手がグッと身を乗り出してきたことに、どうしてわたしはもっと敏感ではなかったのでしょうか?
いつの間にか周囲から人はいなくなり、吸血鬼だと名乗るデンさんとわたしを遮るものは、だれ一人いませんでした。
思わず飛び退いて逃れようとしたわたしは、デンさんに後ろから羽交い締めにされ、首すじを噛まれてしまっていました。
「逃げようたぁ、エエ根性しとるな、あんた。ここには仕事で、来たんぢゃろ?」
耳もとで叱声を発したデンさんに、ワイシャツの肩先を自分の血で濡らしたわたしは、とっさに肯いてしまいました。
「す、すみません・・・でも、びっくりするじゃないですか!」
「びっくりか。びっくりはよかった・・・」
お人よしにもほどがある・・・って、お叱りを受けそうです。
自分の血を吸おうという人間に、謝ってしまったのですから。
けれどもいちど血を吸われてしまったわたしには、どうしてもそういう態度が自然なのだと、思わずにはいられなかったのです。
こんなに欲しがっている血を早く吸わせてあげようとしなかったことを、「すまないな」と思ってしまったわたしは、すでに吸血鬼の毒に脳を侵されていたのかもしれません。
デンさんはなおも傷口に唇を吸いつけて、その唇にキュウッ・・・と力を込めていきます。
傷口に痛痒い疼きを滲ませながら吸い取られてゆくわたしの血液は、この還暦すぎの男の喉を、ゴクリゴクリと露骨に鳴らしながら、いとも旨そうに飲み込まれていったのです。
「あんた、なかなか正直なところがあるな。さすがにあの会社が寄越した人間だ。逃げようとしたのはまあ、許してやるよ」
「すみません。。」
何が済まないのか自分でもよくわからないままに、わたしは謝罪の言葉に不自然な熱がこもるのを感じていました。
いまにしてみるとあれが、吸血鬼の毒がわたしの理性を侵蝕したさいしょだったのでしょう。
けっきょくその場で打ち解けた関係になったわたしは、若い女の血を欲しがるデンさんのために、最愛の妻とまな娘をこの村に連れてくることを約束してしまったのです。
「旅行ということで、どうでしょう?」
とっさにそう言ったわたしに、デンさんははっきりとかぶりを振りました。
「ここにはじめて来るおなごは、きちんとした服さ着けてなくちゃなんねぇ」
デンさんの言いぐさは、もっともでした。
「人と人でないものが仲良うなるための、大事な儀式じゃからのお」
見慣れたベージュのスーツに血を撥ねかせながら生き血を吸い取られてゆく妻―――
そんなまがまがしいはずの情景を思い浮かべて、わたしは失禁するほどの興奮を覚えてしまっていたのです。
「それじゃ、こうしましょう。ゴルフの接待のあとのパーティーに、ふたりを呼ぶ・・・というのはいかがでしょう?」
「なるほど。ゴルフかの。都会もんらしい考えぢゃ。ま、旦那の仕事先の人間と会うのなら、ええ服着てくるぢゃろうのう」
話はすぐに、まとまりました。
わたしは自分の親ほどの年かっこうの老吸血鬼に、妻と娘のうら若い血潮をプレゼントする約束をしてしまったのです。
2.
村でたった一軒のホテルは、意外にモダンな造りでした。
建てられてまだ数年という洋風のビルは、周囲のひなびた家並みのなかでは明らかに不ぞろいでしたが、
なかに入るとそこはもう、都会の世界さながらでした。
先日訪れたときに顔なじみになった農家の主婦たちも、バブルのころか?と思うほど鮮やかな色づかいのスーツやワンピースに身を固めていて、
なまりの強い言葉さえ聞きとがめられなければ、いいとこの奥さまにさえ見えたものでした。
わたしを初めて襲った時には粗末な野良着だったデンさんもまた、黒の礼服に身を固めて、慇懃な老紳士を演じていたのです。
彼が、これから血を吸おうとする妻に近寄り、物腰の柔らかい初対面の挨拶をすると、
それとは知らぬ妻の智美(41歳)は、にこやかに応対しています。
「主人が大けがをしたときに、助けていただいたそうで・・・そのせつはありがとうございました」
・・・そういうことになっていたのです。
わたしは思わず、だれにも気づかれないていどに、肩をすくめました。
「いえいえ」
老人は大仰に手を左右に振って妻の謝辞を制すると。
「なぁに、とうぜんのことをしたまでです。どうかそんなことはもう、ご放念ください」
そういってすぐに、立ち去ってしまったのでした。
妻のことが気に入らなかったのだろうか?
わたしはにわかに不安を覚えて、デンさんを廊下に探しました。
老化の片隅のガラス窓越しに、ワイングラスを手にしたデンさんは、外を眺めています。
「どうでしょう?妻はお気に召しませんでしたか?」
恐る恐るわたしが訪ねると、彼は裏腹なことを言ってきたのです。
ええおなごぢゃ。^^
その言葉にいいようもない安堵を覚えたわたしの体内には、すでにもうマゾの色に染まった血が流れていたに違いありませんでした。
「村のおなご衆に、だいぶチラチラよそ見をしておったようぢゃの。
きょうの返礼に、いずれ、あん中のひとりやふたり、手籠めにしてもええよう、話つけてやるからの。」
イイエ。
わたしははっきりと、かぶりを振りました。
妻を襲わせる行為で、見返りを求めるつもりはなかったのです。
払う代償の大きさを考えれば、見返りなどいくらにもならない。デンさんへの好意と服従のしるしは、無償で捧げるべきものだ―――そんなふうに考えていたからです。
娘は部活の合宿で、今回は出てこれません。
そのことを詫びるとかれは、むしろそのほうが好都合だった、と言いました。
今回は、あんたの女房ひとりに集中して、うつつを抜かしたいでの・・・
好色そうな目じりの皺を、いっそうくしゃくしゃにしながら、彼は口許から牙を覗かせました。
わたしの血をそれはおいしそうに吸い取り、理性を狂わせてしまった牙を・・・
「うつつを抜かす」
老人のそんな言いぐさに、わたしはまたもいけない欲情を覚えて、
彼が妻を狩るために必要な精力を、すすんで与えていったのでした。
3.
本題に入るのは、いかにも唐突でした。
デンさんはわたしを広い立食パーティーの宴席とは別にしつらえられた、控えの小部屋に導いたのです。
わたしはラフなゴルフウェア姿。
ひし形もようのベストにベージュのハーフパンツ、ひざ小僧まである濃紺のソックスを履いていました。
好んで脚に咬みつくこの老吸血鬼は、わたしをぐるぐる巻きにして縛り上げてしまうと、
床に乱暴に転がして、濃紺のハイソックスを履いたふくらはぎを咬んだのです。
じわり・・・
なま温かい血潮が、厚手のナイロン生地に沁み込みます。
ちゅう・・・っと啜り取られた血潮に、わたしは思いを込めていました。
こうしてわたしは、このひとと一体になる。
わたしから獲た精を妻にぶつける以上、彼の劣情の半分は、わたし自身のもの。
そう、思い込もうとしたのです。
彼のほうでもそれを、歓迎している様子でした。
なんどもしつように、ふくらはぎを噛まれているうちに。
わたしはふと、妻が襲われるありさまを想像しました。
ベージュのスーツのすそから覗く、黒のストッキングに包まれた、妻のむっちりしたふくらはぎを。
デンさんはきっと、いまわたしに示しているのとおなじやり口で、
肌の透けて見える薄手のストッキングを、びりびりと噛み破っていくに違いなかったのです。
智美は、村人のひとりによって、小部屋に送り込まれてきました。
「あなた・・・っ!?」
部屋に入るなり声を上げた智美が、大きな声を尖らせるほど、わたしの取らされていた姿勢は異常だったのです。
縛られて床のうえに転がされたわたしは、ハーフパンツを脱がされていました。
しつように噛み破られたソックスは、露出した脛をあちこちに滲ませながら、片方は弛んでずり落ち、もう片方は太めのリブをねじ曲げられて、丈足らずに履かれていました。
首すじにもざっくりとした咬み痕をつけられて、ひし形もようのベストの肩先には、赤黒いシミが点々とついています。
くくくくくく・・・っ
老吸血鬼は下品な嗤いを洩らすと、妻とドアの間に立ちはだかりました。
これで、妻の退路は断たれてしまったのです。
「あっ、なにをなさるんですっ!?」
さっきまでの慇懃さはどこへやら、もの欲しげな劣情もあらわにのしかかってくる男の猿臂をかいくぐろうとして、
妻は男と揉み合いました。
老吸血鬼の前に曝された、むっちりとした肉づきの肢体、それに色白な頬に映えた黒髪が、夫のわたしの目にもひどく美味しそうに映りました。
「うへへへへへっ。わしゃ吸血鬼ぢゃ。奥方の血をいただくぞい」
「た、助けてっ!あなたあっ!だれか・・だれかいらしてくださいッ」
妻は声をあげ、外に向かって援けを求めましたが、もとよりだれも部屋に入ってはきませんでした。
たちまち抱きすくめられてしまった妻は、わたしのときとまったくおなじように・・・
後ろから羽交い締めにされたかっこうのまま、首すじをがぶり!と噛まれてしまったのです。
「あっ!う、うぅ~~~っ・・・」
念入りに化粧をした整った目鼻立ちに、苦悶の色が浮かびます。
柳眉を逆立てて・・・というのでしょう。
濃く刷いた眉をピリピリと震わせて、喰いしばった歯を薄い唇のあいだから滲ませながら。
ちゅうっ・・・ちゅうっ・・・ちゅうっ・・・ちゅうっ・・・
ひとをこばかにしたようなあのおぞましい吸血の音が、妻の素肌に吸いつけられた唇のすき間から、洩れてきたのです。
ああ・・・妻が・・・妻が・・・最愛の智美が・・・
とうとう、爺さんの毒牙にかけられてしまった・・・
なにもできなかった。
そんな悔恨の念が、理性の戻りかかったわたしの胸を、毒々しく浸していきます。
俺は妻を売ったのだ。
そうとまで思った時。
―――そうではない。
心の中に、べつの声が聞こえてきたのです。
まぎれもなく、いま目のまえで智美の血を愉しんでいるデンさんのものでした。
―――お前ぇは、だいじなものをわしにくれたのだ。めいっぱいの好意のしるしにな。
―――わしは、好みの獲物を目いっぱい愉しむ、それがお前ぇさまに対する、礼儀というものぢゃろう?
―――お前ぇの愛するおなごは、わしの目にもかのうた。好みがおなじなのぢゃな。色白の肌。うめぇのお・・・
さいごはもう、親しげなからかい口調でした。
目のまえで妻に絡みつきながら、わたしの心の奥にまで想いを伝えてくる。
吸血鬼という生き物には、なんと器用なことができるのでしょう?
そうなんだ。
わたしは妻を裏切ったのではない。
仲良くなったご老体に、妻の魅力を自慢したくて。ご披露に及んでいるだけなのですから。
智美には、わたしの悪友を相手に妻として供応する義務があるはず。
唐突に求められたおぞましいもてなしに、さすがに少しは戸惑いをみせたものの。
智美はその役目を見事に果たし始めているし、仲良しのデンさんも幸い、妻のうら若い生き血を気に入ってくれているようでした。
夫として、これほど至福の刻があるでしょうか・・・?
27でわたしと結婚した時、智美はまだ処女でした。
良家の箱入り娘として育った、身持ちの堅い女だったのです。
新婚初夜のホテルの一室で、痛がりながら流血をした智美―――
いま、そのときと寸分たがわぬ顔つきで、色白の頬をちょっぴり引きつらせながら、智美は初めて体験するしつような吸血に応じていったのです・・・
あの豊かな黒髪は、我が物顔にまさぐりを受けて。
あの鮮やかに刷いた唇は、もの欲しげな唇を重ねられて、揉みくちゃにされて。
あのむっちりとした太ももには、節くれだった手指とだらしなく這わされた舌に蹂躙されて・・・
わたし一人だけのものだった妻は、男のたくみなまさぐりの侵入を受けて、共有され始めていったのでした。
欲情に満ちた吸血行為の行きつく先は、やはり察していた通りでした。
―――そこは察しがよかったようぢゃな。
後刻、妻をモノにしてしまったあと、老人は冷やかすようにわたしたち夫婦を見比べてそういいました。
「わしは、どちらでもよかったのぢゃ。
そもじが奥方を辱めてもらいたいとせがむゆえ、望みを遂げてやったまでぢゃ。
あとは淫乱になろうが孕んでしまおうが、わしのせいではなかろう?」
「はい、もちろんあなたのせいではありません。わたしは望んで妻を堕落させていただくのですし、
妻もきっと、あなたに感謝すると思います。
わたしは、わたし一人のものだった妻を、貴男と共有したいのです」
そう言い切っていた、わたしでした。
キュウキュウ・・・ちぅちぅ・・・
取り乱す妻を焦らしながら、男は吸血がてらのまさぐりをやめませんでした。
むしろそれは、見慣れたベージュのスーツの奥深くに進入していって。
剥ぎ取られたブラウスからあらわになった胸もとは、ブラジャー一枚しかさえぎるものがないまでにされて。
そのブラジャーすらもが、吊り紐をかたほう、ブチリと噛み断たれてしまったのです。
執拗ないたぶりを受けて剥ぎ堕とされた黒のストッキングは、智美のひざ小僧のすぐ下までずり降ろされて。
花柄の刺繍のしてある白いショーツもまた、足首まで引きずりおろされてしまっていました。
もはや妻にも、この場でどういう応対を強いられなければならないのか、察しはついていました。
「イヤです私!主人以外の男性は、識らないのですっ」
髪を振り乱して、涙を散らしながら哀訴する妻に。
「うひひひひひっ」
男は野卑な嗤いで応えると。
「そういって誘われちゃ、断れねぇな」
貞淑であることがよけいに男をそそる・・・という初歩的なことを、妻は知りもせず、そのように曲解されたことにいっそうまなじりをあげて、妻は言いつのるのです。
「いけません!夫ひとりにしか、お許ししたくないのッ!」
けれどももう、男を止める手立ては、夫婦どちらにも残されていませんでした。
智美は床に抑えつけられて、もう何度目かの牙を、うなじに埋め込まれていったのです。
「あなた。あなたあっ・・・助けてえっ」
哀切な声色に、夫としての理性を再び目覚めさせられるかと思えば。
「主人しか・・・主人しか…識らない身体なのですよっ」
という制止の言葉が微妙にニュアンスを変えて、
「主人以外の男は、初めてなのッ!」
と、トーンを変えたことにいけない昂ぶりを覚えていたり。
わたしのなかでも、夫としての誇りと男としての劣情とが、入れ代わり立ち代わり、昂ぶりを帯びて行ったのです。
蹂躙はあっけなく、成就されました。
男は荒々しく妻のベージュのスカートをたくし上げると、逞しい腰をあの豊かな白い臀部に重ね合わせていって・・・
妻を狂わせたのです。
両手で頭を抑えられ、肉薄してくる逞しい腰に両ひざを割られて。
もはや逃げようもない姿勢のまま、智美は犯されていったのです。
その瞬間、智美は喉の底から絞り出すような呻き声を発して。
白目を剥いて、歯を食いしばりました。
「う・・・う・・・んん・・・っ・・・」
隠しても隠してもあらわになってくる愉悦を、それでも必死に押し隠そうとして。
それが虚しい努力に終わると、「ひー」とひと声あげて。
黒のストッキングが半ばはぎ取られた脚を、ただいたずらにじたばたと、摺り足していたのでした。
初めての挿入を受け入れたあと。
さすがの妻も、すこし泣いて。
けれども肩を震わせてのすすり泣きが、随喜の呻き声にかわるのに、そう長くはかかりませんでした。
「あっ、あっ、あっ、あっ・・・」
間歇的に洩れてくるみじかい叫びは、確実に愉悦を滲ませていったのです。
ああ・・・
妻との挿入行為を、わたしはありありと思い描いていました。
こすり合わせた性器が熱を帯びて擦過する、あのときの昂ぶりを。
いま、おなじ処(ところ)を、別の男のぺ〇スが通過している。我が物顔に、居座っている。
けれども男は、妻の頭を抱えながら、ユサユサ揺すった女体にしがみつき、その上にまたがりながら。
ひどく満足げなおらびを、あからさまにあげていたのです。
「うう、智美!ええおなごじゃ。ええおなごじゃあ・・・」
わたし一人だけのものだった、従順な智美・・・
それがいまでは、野良着姿の野獣のような老人をまえに、屈従を強いられている。
そしてわたしはといえば、恥ずべき歓びに打ち震えて、妻に加えられる凌辱を、ただの男として愉しみはじめてしまっている。
かれがわたしのハーフパンツを脱がしたのは、いたずらに羞恥心をあおる姿勢を強要するだけのものではなかったのです。
危うく、パンツを一着だめにするところでした。
最愛の妻が演じるポルノビデオさながらの淫らな吸血行為をまのあたりに、
歪んだ嫉妬といびつな歓びに目覚めてしまったわたしは、
熱い精液をびゅうびゅうと、股間に散らしてしまっていたのでした。
最愛の妻中嶋智美41歳は、こうしてめでたくわが悪友の手で手際よく堕とされて、吸血鬼の情婦となったのでした。
「つぎは、娘ごの番じゃな?」
好色そうに相好を崩した老人のまえ、妻もわたしも、真顔になって。
「お願い致します」
神妙に頭を下げている。
「これでひとみも、一人前になるわね?」
傍らの妻は共犯者の顔つきで、白い歯を覗かせます。
淫蕩な輝きをおびた綺麗な前歯に、引き入れられるように。
「きみはそれで、満足なのか?」
「娘にわたしがされたのとおなじ、キモチいいことをさせてあげたいのよ♪」
デンさんはさっきから相好を崩して、智美のお尻をベージュのスカートのうえから撫でさすりながら、
「娘ごは、父親似のようじゃな。血液型もおなじA型か・・・これは愉しみぢゃのう」
そういってまたも、わたしのうなじに食いついてきました。
ちゅう・・・っ
男同士・・・という趣味は、わたしにはないはずなのですが。
妻に視られながらの吸血に、なぜか強い昂ぶりを覚えてしまったのでした。
さほど長くはなかった、村での滞在中。
夫婦の身体に、代わる代わるのしかかり、吸い取った血潮をしたたらせながら。
「つぎは、娘ごの番じゃ。どうやって苛めてやろうか?いまから愉しみじゃ・・・」
老人は、くり言のようにそう、呟きつづけていたのでした。
9月15日起草 16日7;12校了。
詩織里の献血。
2012年06月14日(Thu) 05:30:08
~はじめに~
stibleさまの「着たいものを着るよ」というサイトさまをご存知ですか?
http://manndokusai.blog77.fc2.com/柏木お気に入りのサイトさまです。
ときにはフェミニンに。ときにはユニセックスに。
ときには男女取り混ぜた装いなのに・・・違和感はまったくなく、妖しい魅力漂う世界。
その魅力はもう、言葉ではたとえようがありません。
時おりお邪魔している柏木は、こちらのサイトさまから享けたインスピレーションで、お話をいくつか描いております。
リンクを貼らせていただいたこともございます。(むろんご本人にはお話したうえで)
最近アップされたある記事に目が行き、そして。。。いままで以上に目を離せなくなりました。
いつも30分~1時間くらいでお話を仕上げてしまう柏木にしては珍しく、数日かかりまして、一編のお話を創りまして。
描いたお話を添えておそるおそる・・・stibleさまご本人に、画像使用の許可をお願いしたのです。
ふつうの神経では、できるお願いではないはず・・・なのですが。
そうしたらなんと!そっこーで、OKの返事が来ました。
つつしんで、記事の画像を使用させていただきます。
ご快諾をいただきましたstibleさまに、この場で厚く御礼申し上げます。
本記事にアップした画像の著作権は、stibleさまご本人にあります。
このブログにあるほかの画像と同様、
複製・無断転載等は固くお断りいたします。なにか問題がありましたら、画像は削除いたします。あらかじめご了承ください。
なお、stibleさまは決して吸血フェチではございません。
撮影された画像の意図も、柏木の作り話とはなんらかかわりはございません。
お話の内容は柏木の一方的な好みによるものですので、念のため・・・
それではお話の、はじまり、はじまり・・・
―――詩織里の献血―――
ちょっぴり、気の毒だと思うけど。
あの小父さまはもう長いこと、パパの大の仲良しなんだ。
いちどでいいから、逢ってあげてくれないか?
そういうパパの、首すじにも。
初めてだとちょっぴり羞ずかしいし、痛いかもしれないけど。
慣れちゃえば案外、愉しめちゃったりもするのよ。
明日はそんなに心配しないで、学校行きましょうね。
そういうママの、首すじにも。
ふたつ綺麗に並んだ噛み痕が、どす黒い痣のようにしみ込んでいる。
そのすぐ真上の、おとがいに。
しいて屈託のない笑みを泛べてくれていたとしても…どうしたって作り笑いに見えてしまう。
詩織里は華奢な肩を心細げにすくめて俯きながら、両親の説得を横顔で聞いている。
男の子なのに、女子としての教育を受けている彼女―――
通っている女学校の制服姿が、色白で華奢な身体つきを、女よりも女らしく、惹きたてていた。

彼女の通う学校は、良家の子女にしか門戸を開放していない、名門中の名門校。
けれどもその伝統の裏側には、昏(くら)い習わしが秘められていた。
創立者の一族と懇意にしている吸血鬼の一族が、入れ代わり立ち代わり女学校に現れて。
彼らの渇きを飽かしめるため、女学生たちの多くは、不公平のないよう、出席番号順に呼び出されていた。
詩織里の在籍するクラスは、最上学級と呼ばれていて、そうした無差別な吸血行為からは免れていたけれど。
特別な賓客が来校したときには、妖しく時として淫らな選択の視線に、真っ先にさらされることになっていた。
そうした日常に、ようやく気づき始めたころ―――
この女学校で無償であてがわれる若い生き血を目当てにした彼らのひとりが、詩織里を見初めて・・・とうとう白羽の矢を立てられたのだ。
―――パパの大の仲良しなんだ・・・
嘘ではないのだろう。
だって、初めて家に招いた彼のことを、気に入って。
その場で意気投合して、妻や娘のストッキングを履いた脚を咬ませるまえに・・・って。
彼の好みに少しでも応えようと、紳士用のストッキング地のハイソックスをわざわざ履いて。
ママのまえでお手本に・・・って、わざとふくらはぎを咬ませていったのだから。
―――初めてだとちょっぴり羞ずかしいし、痛いと思うけど・・・
嘘ではないはずだ。
だって、血を吸い取られてわれを喪ったパパの、焦点の合わない目線をまえに、夫とおなじように血を吸われるのをあれほど嫌がって。
脚をばたつかせて、抵抗したのに。
いちど咬まれてしまうと、そのおなじ脚を。
こんどは小娘みたいにはしゃぎながらばたつかせて、ストッキングがちりちりになるまで、咬み破らせていったのだから。
おなじことを・・・詩織里にもしろというの?
厭わしい・・・おぞましい・・・
両腕で胸を掻き抱いた詩織里は、若い血潮が全身をめぐる感覚を、初めてのように実感した。
この身をめぐる、うら若い血を―――
喉をからからにした小父さまの、飲み物に提供しろというの・・・?
安心をし。そう・・・っと優しく、引き抜いてくれるわ。
詩織里の耳もとに、唇を近寄せて。
ママはそういって、娘を安心させようとした。

翌日の一時限めが、はじまるまえのことだった。
詩織里さん、詩織里さん。
赤い縁のメガネをかけたハイミスの担任が、彼女のことを呼んだのは。
いつもは苗字で呼ぶ詩織里のことを、きょうにかぎって名前で呼んだ。
クラスメイトたちは、いちように顔を見合わせて。
お行儀よく結ったおさげ髪を、かすかに揺らし合って。
こちらをチラチラと窺いながら、ひそひそと囁いている。
先生がお名前で呼ぶときって・・・アレの時よね?
そうよ。詩織里ちゃんかわいそうに・・・とうとう血を吸われてしまうんだわ。
だってあの子、男の子なんでしょう?
ご指名があったんですって。なにもかも承知のうえで・・・
へぇ~、いいなあ・・・
さいごに羨望の声を洩らしたのはきっと、経験者の子なのだろう。
クラスのだれもが、彼女の正体を知っていて。
それでもうわべは、女の子として接してくれて。
けれども時折注がれるのは、女の子ならではの意地悪な視線―――
こちらを窺うひっそりとした目線たちが、制服の背中に痛かった。
踏みしめた廊下の木の板が、ミシミシとかすかな音をたてる。
学園のいちばん奥まったところに佇む、古い木造校舎。
真新しい鉄筋コンクリートの本棟とのつなぎ目を境に、そこは別世界になっていた。
毎週クラスメイトのなん人かは、いつも見慣れた白のハイソックスの代わりに、
肌の透ける薄手のストッキングで、脛をお姉さんみたいになまめかしい墨色に染めて、
呼び出されるとその日のうちは、ずうっと帰ってこなかった。
そんなふうにクラスメイト達をのみ込んでいった廊下に、
詩織里は独り、墨色に染めた脚で踏み入れてゆく。
女の子の制服で初登校した、あの入学式の日。
陽の光に目映く照らされた白タイツの足許を、誇らしげにおおっぴらにさらしながら。
微妙な顔つきをした両親の視線をよそに、おおまたに歩みを進めていった。
どういうわけか、そのときの記憶が脳裏をよぎる。
みじめな気持は、不思議としなかった。
―――慣れちゃえば案外、愉しめたりもするのよ。
昨夜のママの囁きが、胸の奥によみがえってきた。

がらり・・・
空き教室のドアを開けると。
そこにはいちめんの、深紅のじゅうたん。
このじゅうたんの上、なん人の同級生がまろばされ、そして血を吸い取られていったのだろう?
このじゅうたんの色・・・もしかして、みんなの血がしみ込んだ色?
詩織里はじいっと、足許の深紅を見つめた。
よく来たね。
何度となく、パパといっしょに家に遊びにきた小父さまが。
いつものように朗らかな低い声で、詩織里を迎えた。
ああ・・・この小父さまに、あたし血を吸われるんだ。血を吸われちゃうんだ・・・
すでに厭わしい気分は、ほとんど消えていた。
上履きに黒のストッキングという、ちょっと不自然な取り合わせは。
少女の決意の表れだった。
パパやママからいただいた、たいせつな血を差し上げるのだから。
プレゼントは、きれいな包みでくるまなくちゃね。
わが身をめぐる、暖かい血潮の気配―――
詩織里の胸をひたひたと浸し始めたのは、渇きをけんめいにこらえて、しいて笑みを作っている優しい表情。
血を吸われるのは、厭だけど・・・愉しませてあげちゃおう。あたしの血。
横たえた脚を、詩織里はいとおしそうに、なでさする。
すりすり・・・サリサリ・・・
薄手のナイロン生地が擦れる、かすかな音。
しなやかな手触りの向こう側にある、たしかな温もり―――
少女はよどみなく、呟いている。
似合うかしら?
小父さまのために、履いてきたのよ。
街を歩くとき目だって、とても羞ずかしかったけど。
だから小父さまの好きなように、愉しんで。
せっかくだから・・・破く前にたっぷり、辱しめて頂戴・・・

~ご注意およびご案内~
やや画質を落としてあります。
本物をご覧になりたいかたは、↓どうぞこちらにお越しくださいませ。
「着たいものを着るよ」 制服スカートに薄地黒タイツ
http://manndokusai.blog77.fc2.com/blog-entry-960.htmlなお冒頭に申し上げましたように、stibleさまのワールドと柏木ワールドは、必ずしも一致いたしません。
念のため再度、申し添えておきます。
おりく
2012年05月22日(Tue) 07:00:16
はじめに!
珍しく、時代モノです。
1.
おりくは、書見をしている夫の部屋のまえ、三つ指をついて、
障子ごし、ひっそりと声をかける。
若妻だったころとおなじように、おずおずとした声色で。
お見えになりました。
庭先を、お借りいたします。
障子ごしに、肯定ととれる身じろぎを感じ取ると、
初老の妻女は白髪交じりの髪を撫でつけて、それをむぞうさに、ほどいていった。
蛇がとぐろを巻くように、するすると乱れ落ちる髪―――
女はひっそりと笑んで、夫の居間をあとにする。
2.
他国から嫁いできたおりく殿に、当家の作法を教え込むのはいかがかと思いましたが。
五十を過ぎたというのにまだうら若さを帯びた姑は、ホホ・・・と笑んだ口許を手で軽く抑えていた。
妾(わたくし)は参りますよ。ご家老様のお召しですからね。
楚々とした立ち姿をそのまま、脂ぎった家老の猿臂にゆだねてしまうのか。
おりくは白い目で、姑の後ろ姿を見送った。
間もなくおりくの相手も、この屋敷に現れるのだろう。
相手は夫の下僚である、若侍だった。
貞操を女の誉れと教え込まれてきたおりくにとって。
乱倫を極めたこの城下町の気風は、衝撃以外のなにものでもなかった。
自害をせぬかと案じて、みなで寝ずの番をしたのですよ。
おっとりと嗤う姑は、あの忌まわしい夜。
必死でもがき泣き叫ぶおりくの両腕を抑えつけて。
己の情夫であるご家老が、息子の嫁の着物をはだけていくお手伝いに、余念がないふうだった。
それ以来。
お手伝いにうかがいます。
義父にそう告げる姑に従って、ご家老の屋敷に往来する日常が待っていた。
ふすま越しの姑の、あられもないうめき声を、かしこまったまま耳にし続けて。
いいかげん、気がおかしくなりそうになったころ、
しどけない格好で寝所を出てきた姑に、抱きかかえられるようになかに入れられて。
息荒くのしかかってくる夫の上司の言うなりに、身体を開いていった。
姑は悩乱をする嫁のようすを、逐一窺いながら。
真っ赤な腰巻をふたたび、ご家老を狂わせた細い腰に、巻きつけていった。
姑が真っ赤な腰巻を着ける日は。
忌まわしい歓びが待つ日だった。
やがて。
婚礼を控えた夫の妹が、玉の操を散らした後、嫁いでいって。
そのあとを追うようにご家老は居所を移して。
姑もまた、まな娘の不行儀に、せっせと加担するようになっていた。
取り残されたおりくは、出入りの魚屋と契りを結び、
それをきっかけに出入りの町人たちをつぎつぎと敷居をまたがせて、
緋の腰巻をほどいていった。
3.
いい魚が入りましたよ。だんな様にいかがです?負けときますぜ。
威勢のいい魚屋の言いぐさに、おりくは小銭をすこしよけいにはずんでやって。
夫もまた、「精が出るな」と、魚屋をねぎらっている。
どこのお武家でもありそうな光景。
けれども夫は、すべてを心得ているようだった。
逞しい猿臂に酔った自分の妻女が、しとやかな武家装束のすき間から、白い脚をあられもなくむき出して、
組み敷いた男の言うなりに、精を吐き出されている日常を。
そういう晩には必ず、夫は激しく求めてくるのであった。
お子が生まれたあとは、ぞんぶんになさいませ。
姑は厳粛な顔つきで嫁の不行儀を赦すと。
おりく殿はしもじものものが、お好きだそうな。
たいがいに、慎まれませ。
去り際、ウフフと笑んだ横顔が、言葉を裏切っていた。
らっせい。らっせい。
きょうもシジミ売りが、威勢の良い声をあげて武家屋敷を過ぎてゆく。
シジミ売りは自分の声に耳を向けさせようとして、
時折商売となんの関係もない、他愛のない冗談をおり交ぜてゆく。
お奉行の妻女のおりくさまが、きょうも魚屋と逢い引だよ~
塀ごしに呼ばわる声におりくは頬を赤く染め、あわててシジミ売りを家にあげて、お代はいくらと問うのであった。
夫はそういうときも、知らん顔をして書見を続けていた。
4.
庭先を、お借りいたします。
そう夫に言い置いて、おりくは白足袋の足を、沓脱ぎ石におろしていった。
あれからなん年、経ったことだろう?
女の操を汚されるという、あるまじきことを。己の歓びと変えてから。
やはり同じように年老いた魚屋は、そんなおりくのしぐさを、固唾をのんで見守っていた。
庭先にひざまずいている魚屋と、おなじ高さの目線に降りると。
ふつつかですが。
おりくは雨上がりの庭先の地べたに、ひざを突いて。
着物を泥に浸しながら、女は身分ちがいの男に、頭を垂れる。
どうぞお情けを、くださいませ。
泥に堕ちよう―――
そう心得た女は、あえて夫の在宅のときを選んでは。
魚屋を相手に、衣装を泥に浸してゆく。
身分ちがいの男を、そうそう屋敷にあげることは、かなわなかったから。
はぁはぁ・・・ぜいぜい・・・
荒い吐息は、お隣のお邸まで届いているだろうか。
はだけた着物からあらわになった両肩に、かわるがわるあてがわれる唇に酔い痴れながら。
女は姑のことを、思い出していた。
いま着ているこのお召し物も、姑のものだった。
母が侵されているような気がするな。
ふと言いかけた夫が、言いかけた言葉を決まり悪げに飲み込んだことがあった。
姑も、この魚屋の相手をしたことが、あるのだろうか?
そういえば、うす紫のこの着物に袖を通すとき。
あの魚屋は昂ぶりようを変えているような気がする。
さ。ぞんぶんになさいませ。
おりくはいつか、姑の声色になって。
喉を引きつらせて首すじにかぶりつく魚屋に、われとわが身をゆだねていった。
あとがき
意味不明なお話・・・?
描きたいことが、いろいろとあり過ぎたのですよ。^^
村に関する報告文~「御紹介状」という古文書について~
2012年04月22日(Sun) 23:24:37
一、「御紹介状」と当村旧家本澤家
同村の古寺には、「御紹介状」と称する大量の書状が残されている。その一例を示すと、概ね次のようなものである。
当村御居住 しやるろ 殿
本澤氏当主三郎 謹んで記す
当家内儀たよ女儀 参拾弐歳
右の者相差し遣はし候上は、きけつ致され候もくるしからず、只一身のみ無事帰されたく御願い申上候
某年某月某日(筆者により伏せ字)
ここにみる「本澤氏当主三郎」とは、本澤家の当主ではなく「本澤三郎」なる人物でもないことが明らかである。なぜなら某年当時の本澤家の当主は「三郎」という名前ではなく、同家にも「三郎」と呼ばれる人物は存在しないからである。
本澤家で当時「たよ女(たよめ)」という名前の婦人を娶っていたのは××という男子であり、彼は本澤家の三男であった。たよ女がこの年三十二歳だったことは、同村の戸籍謄本により明らかである。
この書状は、「しやるろ」なる人物に宛てて書かれているが、これが同村に居住した「シャルロー」と呼ばれる異国生まれの吸血鬼であることも明らかにされている。
すなわちこの書状は、本澤家の三男である××が、自らの妻たよ女を同村に居住する吸血鬼のもとに遣わして、吸血させるという内容のものなのである。
妻に対する吸血行為を「きけつ」という一見するかぎり意味不明瞭な言葉に置き換えていることから、書状の意図を秘する意図がみえることは、内容のまがまがしさからも十分納得がいく。
一方たよ女に関する生命の安全の保障も求められており、それがこの人妻から血液の提供を受けた吸血鬼によって忠実に遵守されたことが、以下の記録で確認される。
本澤家当主三郎内儀たよ女儀、目出度相媾事祝着至極と存候、向後五ヶ日に一度この儀を相遂ぐべきの由本夫より重ね重ね懇望あり
(ほんざわけとうしゅ さぶろうないぎ たよめ ぎ、 めでたく あいあうこと しゅうちゃくしごくと ぞんじ そうろう こうご ごかにちに いちど このぎを あい とぐべきのよし ほんぷより かさねがさね こんもう あり)
ここに「媾」とあるのは文字通り、性的関係を意味するのであろう。すなわちたよ女の本夫本澤××は、妻が血液の提供相手と情交することを寛大にも容認してしまっているのである。
吸血鬼とその血液提供者との間の性的関係が本夫によって容認され、そうすることが本夫にとって理想的対応であると見做されたのは、このように、じつに人間・吸血鬼両者が平和裡に共存するようになったごく初期から知られているのである。
たよ女とシャルローとの関係が成就された某年の直後、古寺の記録には次のような記録がある。
本澤家当主内儀 還暦法要成就の儀、弥栄(いやさか)
執行沙老
この「当主内儀」とあるのは、たよ女の本夫××の実母にあたる婦人であろう。
同村戸籍謄本によると、彼女はこの年数えで六十歳となっている。
ここに「法要」とは字義通りにとらえるべきではなく、もっと特殊な解釈を要するようである。同寺の記録で同じ時期に「法要」とある例は多数散見されるがたとえば次のようなものがある。
柳沼御一家相集い法要、御母堂ナラビニ令室きけつの衆に応接すること懇ろなり、令嬢また羞じらひつつも初めてきけつセラル、
「きけつ」が吸血行為を、「懇ろ」な「応接」が性的関係を結ぶことをさすのは、容易に察することができよう。この家は姑・嫁・娘が三人ながら複数の吸血鬼による吸血をうけ、ないしは情交を遂げたのである。
話題を戻すと××の母堂が体験した「法要」とは、吸血行為ないし貞操の喪失、おそらくはその双方だったものと想像される。
「執行沙老」とあるのは、シャルローの当て字であろう。彼女の相手が三男の嫁の情夫であることを示している。
すなわち、嫁と姑は、同じ吸血鬼の毒牙にかかったのである。
還暦にも達するこの本澤家当主の夫人ともあろうものがかような災厄を余儀なくされた理由は、何に求められるべきだろうか?それを推測するための有力な手掛かりは、やはり冒頭の「御紹介状」のなかに求めることができる。すなわち母堂が堕落を余儀なくされた日付より一週間後のものである。
本澤氏当主正嫡 謹んで記す
当家内儀テルノ儀 参拾九歳
身を慎むこと厳にして、当家に嫁してより未だ二夫にまみえず、
相差し遣はし候上は、きけつ致され候もくるしからず、只一身のみ無事帰されたく御願い申上候
某年某月某日(筆者により伏せ字)
冒頭の「御紹介状」とほぼ同文である。
察するに、本澤家の母堂は自ら身を汚すことによって、長男の嫁にほんらいの義務を果たすよう促したのであろう。まことにこの「当主内儀」は、賢夫人の誉れ高い婦人であった。
その約一ヶ月後、別の機会におこなわれた「法要」における貞操喪失者のなかに「当家二郎内儀」の名前を見出だすことができる。
三男・長男につづいて次男の嫁までもが、乱交に近い状況のなかで吸血鬼との情交を結んだのである。
「当主正嫡内儀」や「当家二郎内儀」がこのような仕儀に至った背景は、別に求めることができる。
本澤家の男子五人のうちこの年までに成人したものは四人、妻帯するものは三人であった。
すなわちこれらのことが起こった翌年、四男の??が同村の医師沢内善吾郎長女なみ十七歳と婚姻しているのである。
「当家二郎内儀」の「御紹介状」には、以下のとおりである。
当家二郎内儀ヤエノ儀 参拾七歳
かねて懇望を蒙ること度々ながら、当家にては適当な女子を供するあたはず、徒らに日を重ねること無面目の至りこの度漸く一女を供するものなり
相差し遣はし候上は、きけつ致され候もくるしからず、只一身のみ無事帰されたく御願い申上候
某年某月某日(筆者により伏せ字)
恐らく「当家二郎内儀」のヤエノは、近く婚姻するうらわかい花嫁の身代わりに、人身御供とされたもののようである。
この婦人の表記が「当主二郎内儀」ではなく「当家二郎内儀」とあるのは、この次男がまだ実家に居住していたものを意味するようである。
どのような事情から三男が兄より先に独立し、その嫁が真っ先に「きけつ」されたのか知るすべはないが、本澤家の婦人たちは異国生まれの単独の吸血鬼によって、三男の嫁→当主の嫁→長男の嫁→次男の嫁の順番に吸血され、相前後して貞操喪失に至ったことが一連の記録から判明する。
二、「きけつ」される婦人の夫たち
この種の書状が数多く存在することはかなり以前から知られていたが、なんらかの強迫ないし洗脳行為を伴うものであろうとされてきた。
しかし目覚ましい進展をみた最近の研究では、この見解はほぼ否定されていると言ってよい。
それは、侵される嫁たちの夫の応対によって裏付けられている。
ごく内々に閲覧することを許された当家の長男の日記によれば、姑の指嗾によって姑や義妹の情夫に献血する習慣を持たされた彼の嫁本澤テルノは、以後毎週最低二回は血液提供の勤めを果たしている。
(註:指嗾=しそう=そそのかすこと。)
こうした機会は多くの場合夜間に持たれ、子息らを寝かしつけた妻は「そそくさと手早く身繕いをし、通夜にでも赴くが如くヒッソリと(同日記)」自宅を後にし、そうした妻を夫もまた「無言で目を合わせずに(同)」送り出したのだった。
消極的態度ながら夫によって許容された吸血行為は深夜に及び、しばしば翌朝に至ることがあった。ある晩の日記には「当夜御奉仕の為妻テルノ出立、着替え持参」とあり、翌日の日記には「早暁妻帰宅」と、こともなげに記されている。
生命の保障をされている以上、ひとりの婦人から獲られる血液の量には、おのずから限度がある。それにも拘わらず応接が終夜に及びなおかつ彼女がそのたびに生還を果たしているということは、どうしたことだろう?場合によっては帰宅直後に姑に従って朝餉の用意やその他の家事を果たし、主婦としての多忙な日常を過ごしているのである。
夫によって「着替え持参」と手短かに書き込まれた一文は、まことに示唆に富んでいるといえよう。
本澤家の長男は、時期をほぼ同じくして妻を望まれた次男の相談を受けている。
「最愛の妻を売り渡す心地」に悩む弟を諭して、「最愛の者を分かち合うは遠来の客人に応えるに最良なる礼遇」であり「己が婦の吸血され痴情に惑ふを目の当たりにするは一見恥辱と思はるるも、さはがら妖しく酩酊するに似たる想ひあるを告白せざるべからず」と、妻を征服される妖しい歓びをさえ告白し、弟にその妻を吸血に委ねることを奨めている。
事実長男の夫人が貞操喪失に至ったのは、この相談に応じた二日後のことであった。
さらにその一週間後、「当家二郎内儀ヤエノ」が某所で行われた「法要」で吸血され、貞操を喪失している。
三、禁断の古文書群
上記の文書群は、もとより非公開のものとされている。
古寺に伝わる「御紹介状」は、旧家の夫たちが自分の妻を吸血させるため、親しい関係にある吸血鬼にあてて書いた書状。
各旧家に伝わる「日記」は、血を吸い取られ征服されていく妻たちの動向を記した、符牒交じりの秘記。
そのいずれもの閲覧を許されるには、おなじ体験を経なければならない。
読者の賢察にゆだねることとなるが、いま一通、ごく最近に書かれた「御紹介状」を披露して、この稿をとじたい。
当村御居住 本澤甚六 様
当家内儀喜美恵儀 参拾壱歳
身を慎むこと厳にして、当家に嫁してより未だ二夫にまみえず、
相差し遣はし候上は、きけつ致され候もくるしからず、只一身のみ無事帰されたく御願い申上候
某年某月某日(筆者により伏せ字)
註:此処に喜美恵とあるは、筆者の令夫人の名の如し。都会風の名前が同書簡内に交じりたること、恂に以て悦ばしきことと覚え候。
血液の用途。
2012年02月17日(Fri) 07:28:31
血の用途によって、彼はご指名の相手を選ぶらしい。
喉が思い切り渇いて、量をむさぼりたいときには、わたしや息子を。
処女の生き血を愉しみたいときには、娘を。
そして、セックスつきの吸血に耽りたいときには、妻を。
きょうは夫婦で、招待を受けている。
そういうときにはきっと・・・わたしの目の前で見せつけたいのだろう。
三十分後。
2012年02月17日(Fri) 05:55:01
飲み屋で意気投合した吸血鬼に。
家族の生き血を吸わせてやると、約束をして。
連れて帰った、真夜中の家。
おしゃれしておきなさいと妻に電話をかけたのは。
綺麗な服を汚したいって、仲良くなった彼にせがまれたから。
「ようこそ」
にこやかに出迎えた、スーツ姿の妻は。
三十分後。
妻はわたしと同じ咬み痕を首すじにつけられていて。
ストッキングを破るなんて、失礼ですよね?って、言いながら。
ツヤツヤ光る肌色のストッキングを穿いた、もう片方の脚も、自分から差し出していた。
「息子です」
週末の朝、夫婦の寝室から三人で出てくると。
息子は白い歯を見せて、爽やかな笑顔ではじめまして、とお辞儀をした。
デニムの半ズボンの下。
白地にグリーンのラインが二本入ったハイソックスの脚に、彼はまじまじと見入っていた。
三十分後。
ソファからすべり落ちてその場にへたり込んだ息子は、
赤黒いシミを撥ねかせたハイソックスを、けだるそうに引っ張り上げて。
せっかくだからもっと愉しんでよ・・・っていいながら。
もう片方のハイソックスに、じわじわよだれをしみ込まされていった。
「娘です」
ほら、はじめましてって仰い。
妻に促された娘は、はにかみながらお辞儀をして。
三十分後。
きゃ~。血を吸われちゃうっ。
はしゃぎながら、いやいやを繰り返しながら。
お気に入りの黒のオーバーニーソックスのふくらはぎに、
飢えた唇を、なすりつけられていった。
スラックスの下、ストッキング地の長靴下の脚を隠して。
2011年11月09日(Wed) 07:40:35
スラックスの下、ストッキング地の長靴下の脚を隠して。
真夜中に家を出る。吸血男に逢うために。
通された古びた畳部屋のなか、なにかを探し求めるように、見まわすわたしに。
すべてを見抜いている吸血男は、呟きかけてきた。
さっきまで奥さんの血を吸っていたんだよ。
なんと応えたものか、とっさに言葉を詰まらせたわたしは、あいまいに笑って。
美味かったかね?
そう訊くと。
応えのかわりに目のまえにぶら下げられたのは、肌色のストッキング。
妻の足形を残して、ふやけたようになって。室内の微風を受けてそよいでいた。
ふくらはぎのあたりには、大きな裂け目。そして、赤黒い血のりがかすかに、けれども毒々しく、こびりついている。
しつこく噛んだね?
咎め口調になるわたしに、
ウフフ・・・と照れ笑いする吸血男。
よほど、ご執心なんだね?
問わずにいられないわたしに、
こんど、プロポーズしようと思っている。
ヌケヌケとそんなことまで、口にしている。
応援しちゃおうかな?
冗談ごかしに、そう応えると。
夜だけ、るす中だけ、おいしい所だけいただくよ。
夫婦関係を壊すことなく遂げられる、よこしまな劣情に。
わたしはチン、とグラスを鳴らす。
こちらのグラスには、なみなみとワインが。
けれどもかれのグラスの中身は―――どうやら今宵の獲物から絞り取った血のようだった。
まだ吸い足りないのか?
息荒くわたしの肩を掴まえて、むき出した牙を首すじに近寄せられたとき。
わたしはあきれる想いで、そういった。
犯した女の亭主の血は、格別なんでね。
情交を遂げたのだと聞かされて、血が燃えた。
こぼれた血が、ワイシャツを濡らしている。
帰り道は暗いから、見とがめられることもないだろう?
彼の言い草に、しずかに頷くわたしだった。
もっと愉しむだろう?
わたしのぶきっちょな誘いかけにさえ、まんまと乗って。
吸血男の目線は、薄い沓下に透ける足の甲に注がれていた。
家内のストッキングほどには、愉しくないだろうけど。
スラックスを引きあげて、薄い沓下に透けた脛を見せてやると。
そんなことはないさ・・・
男はスラックスをさらにたくし上げて、ふくらはぎのいちばん肉づきのよいあたりに、唇を吸いつけた。
言葉はまんざら、嘘でもなさそうだ…
そう感じたのは、薄いナイロン生地ごしに這わされた唇が、それはしつような熱っぽさを帯びているのを感じたから。
彼のため履いてきたストッキング地のハイソックスは、噛み破られるまえに、
にゅるにゅると舌まで這わされ、よだれをたっぷりとしみ込まされて、
履き口から脛周り、くるぶしやつま先までと、すみずみまで愉しまれてしまっている。
妻の膚を侵した牙が、わたしのふくらはぎにも食い込んでくる。
チクッとした刺すようなこの痺れを、妻も味わったのだろうか?
器用ななつだ。家内があんたに夢中になったの、判るような気がするな。
あんた、優しいんだな。奥さんがあんたを慕うのが、わかるような気がするね。
ちゅうっ・・・ちゅうっ・・・ちゅぱっ。
わざとらしい音まで立てて、愉しまれてゆくのが。
なぜか自慢に思えるようになっていた。
わたしの血もたいそう気に入られてしまったらしい。
もう・・・かなり貧血になっているというのに。
男はなかなか、吸いやめようとしなかった。
わたしも、つよく抱きすくめられた猿臂を、ふりほどこうとはしなかった。
通された別室で見合わせる、血の気が抜けて蒼ざめた顔と顔。
ごくろうさま。
いいえ、あなたこそ。
しぜんとのは、ねぎらいのことば。
血を吸われるものどうしの連帯感が、夫婦のきずなにべつの色を添えていた。
長かったわね。
なかなか放してもらえなくてね。
奇妙な嫉妬が、やはり夫婦のあいだに別のフィルタで蔽っていった。
スラックスを脱いだまま。
欲情に満ちた猿臂のなかであえぐ妻の横顔に。
さかんな射精が、裂け目を滲ませた長靴下を濡らし、むき出しの太ももに散った。
あとがき
きのうの朝ほぼ描きあげたものに、ちょっと加筆したお話です。
女吸血鬼の唇
2011年10月26日(Wed) 08:09:25
白いうなじに吸いつけられた、赤黒くただれた唇は。
ひと晩じゅう、ヒルのようにうごめきつづけて。
彼女の生き血を、吸い尽くしていった―――
一週間後の夜。
恋人同士として愛し合ったあの肢体が、
ふたたびわたしの身体に、ツタのように絡みついてきて。
あのうっとりとする唇が、わたしの血を吸いはじめた。
彼女の干からびた血管を、自分の血で潤すことに、
わたしは夢中になっていた。
俺の血なんか、似合わないだろう・・・?
そういってふり返ると。
ジュースのストローを咥えた彼女は、夢見るような視線をさ迷わせて、こういった。
ピンクの口紅を刷いた唇で、謡うような声色で。
う~ん、ずうっと宿していたいな。
こんどはあなたの身体に、女のひとの血をめぐらす番ね。
妹さん、お呼びなさいよ。
手伝って・・・あげるから・・・
都落ち貴族のひとりごと。
2011年09月20日(Tue) 06:12:18
予は、戦乱の都を逃れてきた、みかどの血すじにつながるもんお。
領主であるはずのその土地は、当地に棲む狐狸妖怪に支配されていて。
わが身さえもが、その支配を受ける身に。
人の生き血を啖らう老婆と昵懇になり、妃の血を吸わせる談合を。
妃に老婆の夜伽を申し渡すと、
―――貴顕の出である妾(わらわ)が、若い身空でなにとてそのような無体の仕打ちを
と、身をよじって厭がるものの。
現れた吸血妖女に、またたく間にたぶらかされて。
もっと・・・もっと妾(わらわ)の生き血を愉しみなされ と。
夜な夜な忍んで来る妖女と、淫らな逢瀬。
血の気をひそめ、頬蒼ざめさせながら尽くすほどに。
妾の具合がよろしうない折は、姫を・・・とのたもうて。
今年で十三になる姫を、惜しげもなしに生贄に。
緋色の単衣もあでやかな姫は、哀れ老婆の毒牙にかかり、
生母と同じく、たったひと夜でたぶらかされて。
いずれはどこぞの尼寺へと望んだ前途を裏切って、
老婆の隠し持ちたる魔羅に狂わされて。
家門の栄えを地に堕とされながら。
夜な夜な、そのありさまをかいま見んとする、わが身のあさましさ。
貴殿、まろを頼って当地にまかり越されたは、まことに僥倖というもの。
娶られてより、いっそうあでやかなる奥方も。
花ならつぼみの姫君も。
お連れになられた若君の許嫁も。
うば桜とはいえ、美女の誉れ高かりし母御前も。
ひとしくそのたおやかな柔肌をめぐる生き血もて、当地の狐狸妖怪を慰められるがよろしいぞ。
では。。。あとの話は貴殿から・・・ご披露なさるがよい。
たんと愉しまれたうえで・・・の。
さらば。さらば。
あとがき
チャットルブルというオープンチャットがありましてね。
本格的に見に行ったのは、きのうが初めてだったのですが。
これがけっこう、想像を刺激するメッセが立ち並んでいるんですな。
そのなかのひとつ、
古来和風世界淫猥絵巻
という、一年ほど放置されていたところに、上記のような落書きをしてみました。^^
表現は多少、なおしてありますが、ほぼ原形どおりです。
あとにつづくかたは・・・いないでしょうなぁ。(^^ゞ
Fuck my wife! 愉しかるべき交流の夕べ
2011年05月31日(Tue) 05:26:13
それはがっしりとした、白人の男だった。
吸血鬼だからといって、黒のマントをまとっているわけではない。
そんな当たり前のような認識を、はじめてもったときには。
すべてが結び合わされようとしていた。
小柄な四肢を白っぽいスカートスーツに身を包んだわたしの妻は、
石臼のように逞しい彼のまえで、いっそう華奢に映った。
ユウ・アー・ウェルカム
独身のころには、英会話学校に通っていたという妻。
付け焼き刃みたいな、稚拙な発音だった。
男はあけっぴろげに明るく両腕を広げて、
金髪の体毛に包まれた厚い胸に、妻の肢体を迎え入れる。
ぎゅっと抱きすくめられた彼女は、一瞬絶息したように、
ごほっ、と、咳き込んでいた。
You're afraid?(きみ、怖い?)
あの茶目っ気たっぷりな笑み顔で、のぞき込まれたら。
妻ならずとも、きっとかぶりを振ることだろう。
げんに妻はそうしたし、笑った瞳にイタズラッぽい目つきで応えていった。
鋭利な牙が二本、彼女のうなじに突き刺さる。
まるで予防接種のように事務的に、妻は目を瞑ったまま受け容れた。
バラ色のしずくのしたたりが、我が家のじゅうたんを濡らしていった。
あぁ・・・
けだるげに額を抑える妻を励ましながら、あやすように肩を撫で、
それでも彼は、手を緩めることなく、幾度も彼女に噛みついた。
Ouch!ouch!
さいしょは英語で意思を伝えるほどのゆとりをみせていた妻も、
度重なるにつれて顔色を蒼ざめさせて。
痛いっ!痛(つ)・・・っ!あぁ―――っ!
日本語で絶叫を、くり返す。
肌色のストッキングを履いたか細いふくらはぎに食いついた彼は、
ぱりぱりと他愛なく、彼女のストッキングを裂いた。
洋服はあちらのほうが、本場だったな。
ふと思ったわたしは彼に、ほんとうはキモノのほうがよかったかね?
精一杯のジョークを飛ばす。
Kimonoはきみのマザーでたんのうしたよ。
こともなく彼は、応えを投げてきた。
帯が多くて、かなわんな。
彼女のハズバンドのまえでファックするまでとうとう、帯を解くことができなかったよ。
着物の母を、父のまえで犯したのだと、ぬけぬけと語る彼。
でもしっかり、感じてくれたからね。ダンナのまえで♪
彼女は、きみのワイフとおなじくらい、いい女だった。
わが家の女たちの佳さを目を輝かせて語る彼のかたわらで、
虚ろな目をした妻が、足首まで弛み堕ちたストッキングを、けだるそうな手つきで引っ張り上げている。
家族の女たちを相手に、飽食する彼。
まだ小学生の娘が襲われるようになるのもきっと、時間の問題なのだろうけれど。
あっけらかんと打ち解けながら凌辱をくり返す彼に、悪気はかけらもない。
家族の血を吸われ、貞操を汚してもらうことが、懇親を深めることになるのだ。
無邪気にそう信じているらしい彼のまえ、
楚々とした装いの淑女たちは、今夜も嬉々として、身体を開いてゆく。
あとがき
自分の妻を襲わせるときも。
他人の妻を襲うときも。
外人らしくひとしくあけっぴろげな、おじさん吸血鬼。^^