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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

ヴィンセントの花嫁

2023年09月11日(Mon) 16:26:23

ヴィンセントは勤め先からの帰り道、アリーとタマコに血を吸われた。
二人がかりの吸血は、はたちそこそこの若さを持つ彼にとってもハードだった。
彼の体内に蓄えられた血液の量は、みるみる減ってゆく。
微かになってゆく意識のかなた、ヴィンセントは喘ぎながら、
どうして自分が死に至るほどの吸血を享受しなければならないのかを反芻した。
理由は明らかだった。
彼のフィアンセであるナンシーを、アリーが欲したからだ。
ナンシーは19歳の女子大生で、来年の6月に晴れてヴィンセントと結婚することになっている。
碧い瞳に抜けるような白い肌、そして見事なブロンド髪の持ち主だった。
しかしアリーはナンシーを見初めて、彼女の血を吸い、その若い肉体をも手に入れたいと念願していた。
アリーはヴィンセントに、ナンシーの貞操を譲ってもらえまいかと持ちかけた。
ヴィンセントはナンシーを愛していたし、家名に瑕がつくことも恐れていた。
彼はアリーの申し出を断った。
もはや選択の余地はなかった。
アリーは仲間のタマコを語らって、ヴィンセントを夜道で襲い首すじを咬んだのだ。

この街は昨年から、吸血鬼と市民との共存を目ざすために、吸血鬼を受け容れると宣言していた。
外国から多数受け入れていた留学生たちも、血液提供の対象とされていた。
血に飢えた吸血鬼がおおぜい、この街に流れ込んできて、
市民たちを片っ端から襲うようになっていた。
市の当局は吸血事件については一貫して不介入の態度を示したので、
事件の被害者は放置――つまり吸われっぱなしになるのだった。
むしろ吸血鬼の側のほうが、ヒエラルキーを発揮して、混乱を収拾するのに有効な動きをとっているありさまだった。
そういうなかで、美少女として知られたナンシーが狙われたのは当然のなりゆきだった。

刻一刻と血液が喪われてゆくのをひしひしと感じながら、ヴィンセントはひたすら、耐えようとした。
なんとしても生き延びるんだ。彼らの食欲が去れば、手荒く解放されるのだから――
体内をめぐる血液を一滴でもよけいに喪うまいとして、彼は身を固くした。
しかし、そんな努力は無意味だった。
彼らははなから、ヴィンセントを殺害するために血を喫っているのだから――
その意図に気づいたときにはもう、遅かった。

頭がふらふらだ――
うっとりとした頭で、ヴィンセントはおもった。
もう・・・なにがどうなっているのか・・・よくわからない・・・
血を吸い取られてゆくときの唇の擦れる音が、耳もとに忍び込み、鼓膜をくすぐった。
美味しいのか?美味しそうだな・・・ボクの血・・・
ふと、そんなことを想った。
すると、まるでそれを聞いていたかのように、
「美味いぞ」
そう囁く声がかえってきた。
ああ・・・そうだよね・・・ボクもそれを感じる・・・きみが美味しそうに飲んでいるのがわかる・・・
ヴィンセントはその声にこたえた。
「でもまさか――吸い尽くしちゃうつもりじゃないだろうね??」
「いやふつうに、そうするつもりですが??」
ヴィンセントは、男がふざけているのかと思った。
「ちょ、ちょっと待って!ボクまだ死にたくないんだよ!!」
声をあげようとして、自分におおいかぶさる失血の倦怠感が、思った以上に大きいことを感じた。
ヴィンセントは、はっとした。
「・・・ボ、ボクのことを吸い殺して、ナンシーを奪う気だな?」
「・・・ご明察」
男のこたえは、冷酷なくらい穏やかだった。

すまないとは思っている。
卑怯な方法なのも、申し訳なく思っている。
でも俺はどうしても、ナンシーの肉体が欲しいのだ。
あの娘(こ)があの恰好の良い脚にまとっているグレーのストッキングをみるかげもなく咬み破って、
趣味の良いブラウスやスカートもろとも血浸しにして辱めたいのだ。
服という服を剥ぎ取った末に、あの娘の若々しい肢体を、自由にしたいのだ。
白く濁った精液を、身体の奥からあふれ出るほど、注ぎ抜いてやりたいのだ。
キミだって彼女をそうしたいのだろう?
だったら俺の気持ちも、わかってもらえないか?

そこまでいうと男は、ヴィンセントの首すじに這わせた唇にいっそう力を籠めて、血潮を啜り獲った。
なんという勝手な言い草だ。
ヴィンセントの憤慨をしり目に、男はなおも彼の生き血を啜り味わう。
キュキュキュッと鳴る唇が、傷口をくすぐったく撫でた。
「若い・・・うら若い・・・実に佳い血だ・・・」
男がヴィンセントの血に心酔しているのは、もはや疑いない。
彼はこの数少ない人間の友人の生き血の味を称賛し、彼の気前良ささえも褒め称えた。
「きみならではだ。大事な血をかくもたっぷりと馳走してくれるとは・・・」
違う!違う!そんなんじゃないっ! ヴィンセントはうめいた。
なんとかこの鉄のように硬い抱擁から抜け出して、自分の身の安全を確保しなくては!
「だったら・・・だったら・・・」
ヴィンセントはあえいだ。
「そんなに美味しいのなら、ぜんぶ吸い尽くす手はないだろう?そうだろう?」
「どういうことだ?」
「もし、もしも生命を助けてくれるなら・・・ナンシーを見逃してくれるなら・・・」
眩暈に心がつぶれそうになりながらも、ヴィンセントは言った。
「ボクの血をなん度でも、吸わせてあげるから!きみの好きな時に楽しませてあげるから!」
だから・・・だから・・・
息せき切って口走るヴィンセントの唇を、男の唇がふさいだ。
「あ・・・あ・・・」
知らず知らず、吸われる唇に唇で応えながら、ヴィンセントは激しく身もだえする。
「殺さないで!殺さないでくれ!なんでも言うことをきくからっ」
「ではこうしよう・・・
 わしはきみの血をほとんど吸い尽くす。全部ではない。あらかただ。
 きみはいったん墓場送りとなるが、七日間で生き返る。
 生き返った後、きみはわしの好きな時、ありったけの若い血液をわしに馳走する。
 それから――きみが墓場にいる間だけ、わしはナンシーを誘惑することができる。
 良いか、たったの七日間だ。
 その間にもしもナンシーが落ちなければ、わしは二度とナンシーに手を出さない。永遠にだ。
 これは賭けだ。お前はナンシーの身持ちを信じることができないのか?」
え・・・?
ヴィンセントは顔をあげた。
意識がもうろうとして来、視界が定まらない。
それでも男は、だいぶ緩慢になったとはいえ、まだ傷口に唇を吸いつけて、そこからさらに血を啜り獲っている。
これでは血の全量を費消してしまうのは時間の問題だったし、男はそれを容赦なくやり遂げようとしている。
だいじょうぶだ・・・たったの七日間だ・・・
と思ったのもたしかだった。
けれどもそれ以上に、
アリーがナンシーにどんなふうに挑もうとするのか?
その様子を想像した時にサッとよぎった妖しいときめきに、気づかざるを得なかった。
血を吸われ過ぎたのだ――と、ヴィンセントはおもった。
だから、吸血鬼ふぜいに同調する気分が芽生えたに違いない・・・彼の想いは、正しかった。
首すじに喰いつく牙の尖り具合をありありと感じながら、ヴィンセントは血を吸い尽くされてゆき、意識を遠のかせていった。


墓の中にいる間、魂は身体から離脱している――と聞かされたのを、なんとなく記憶している。
じじつ、ヴィンセントはいま、街灯の点る夜の通りを独りでいた。
目のまえでナンシーが、家の壁に抑えつけられていた。
どうやら学校からの帰り道らしい。見慣れたグレーのスーツ姿だった。
相手はいうまでもなく、アリーだった。
褐色の掌がナンシーの白いブラウスの胸に食い込んで、深い皴を波打たせていた。
アリーはいつものように、ほとんど半裸である。
襲った獲物をすぐに犯すことができるよう、余計なものは身に着けない――という主義なのだ。
赤黒く爛れて膨れ上がった唇から覗く長い舌が、ナンシーの白い首すじにからみついている。
19歳の素肌のうえ、ピチャピチャと音を立てながら、舌なめずりをくり返していた。
気の弱いナンシーはべそを掻きながら、男の蛮行を許している。
「な、なんてことを・・・・・・ッ」
自分の恋人に対するむごい仕打ちに、ヴィンセントは憤慨した。
「そう嘆くな。おとなしく舐めさせてくれれば、ひどい食いつき方をしたりはせん」
アリーは囁いた。
嘘だ。嘘に決まってる・・・ヴィンセントはなおも憤った。けれども彼の声は2人に届かなかった。
「ほんとうですね・・・?おとなしくしてれば、ひどいことなさらないんですね?」
ナンシーは頼りなげなまなざしを、アリーに投げた。
だめだ、信じちゃいけない・・・!そんな叫びも、2人には届かない。
「じゃ、じゃあ・・・どうぞ・・・」
やっとの想いでナンシーはそうこたえると、
再び首すじをヌメりはじめた舌の気持ち悪さに耐えかねたのか、静かにすすりあげていた。
「あまりなぶりものにしては、ヴィンセントのやつに悪いな」
アリーはそう呟くと、やおら牙をむき出して、ナンシーの首すじにザクリと食いついた。
白のブラウスに、紅い飛沫がサッと走った。
「キャアッ!」
鋭い悲鳴が、涙に濡れている。
なんということだ。なんということだ・・・ヴィンセントは自分の失策にほぞを噛む思いだった。

ごく・・・ごく・・・ごく・・・ごく・・・
アリーはナンシーの血を、喉を鳴らして飲み耽る。
もはや、もはや・・・とめようもなかった。
そして、ヴィンセントのなかでも、なにかが変わろうとしていた。
喉が渇いた。カラカラに渇いた。これはきっと――血で潤さないと満ち足りないのだ。
本能的に、それがわかった。
そうなると、目の前で旨そうに人の生き血を飲み耽るアリーのことが、うらやましくなる。
アリーのしていることを、肯定したくなってくる。
そうだ、やつはボクの花嫁の生き血が気に入ったのだ。
満足そうに喉を鳴らして、美味しそうに飲み耽ってるじゃないか!
悔しいけれど、嬉しいし、誇らしい・・・
ナンシーは自らの血で、アリーの渇きを癒している。
無二の親友の、アリーの渇きを。
アリーの逞しい腕に抱きすくめられながら、ナンシーは身体の力を失ってよろめき、身をゆだね、
そしてずるずると壁ごしに姿勢を崩し、尻もちを突いてしまった。

すでに意識はもうろうとしているようだった。
アリーは余裕しゃくしゃく、ナンシーの足許にかがみ込むと、
彼女の脚をおしいただくようにして、舌で舐め始めた。
ナンシーの穿いているグレーのストッキングを愉しんでいるのだと、すぐにわかった。
ほっそりとした脚を染めるグレーのストッキングはみるみるよだれにまみれ、皺くちゃにずり降ろされてゆく。
舌が躍っていた。ふるいついていた。じんわりといやらしく、ネチネチと意地悪く、這いまわっていた。
妨げる手だてもないなかで、アリーがナンシーのストッキングをあらゆる舌遣いで愉しむのを、見せつけられていた。

悔しい・・・悔しい・・・
ナンシーを無体にあしらわれたことに、ヴィンセントは当然屈辱を感じて悔しがった。
けれども彼は、自分のなかにべつな感情が芽生え始めていることを、いやがうえにも思い知ることになった。
ヴィンセントの血管からは血の気がひいて、干からびかけていた。
だから、血管の干からびた男がどれほど若い女の生き血を欲するものなのか、身に染みてわかるようになっていた。
だから、アリーがナンシーの首すじを咬んで、ゴクリゴクリと喉を鳴らし、美味そうに血を啜るの情景に、知らず知らず自分を重ねてしまっていた。
ナンシーの生き血、美味しそうだな。羨ましいな。欲しがる気持ちは分かってしまうな。
イヤだけど・・・わかってしまうな・・・
ボクだったら、もっと美味しそうに飲んじゃうだろうな・・・
悔しいけれど・・・嫌だけれど・・・ナンシーの血がやつの気に入ったことを、
どうしてこんなにも好ましく受け取ることができるのだろう・・・?


しくじった・・・
アリーは頭を抱えている。
ナンシーの血を飲み過ぎた、というのだ。
向こう三日は、立ち直れまい。
許された七日間のうちの、三日間だ。さいしょの一日も入れれば、すでに半分以上経過というわけだ。
なん度も咬まなければ、いくらわしといえども、ナンシーをたらし込むことはできない・・・
そういう悔しがり方だった。
気持ちはわかるけど・・・七日間の約束は譲れないよ。
ヴィンセントはいった。
「きみのナンシーに対する態度は、まずまず立派だった。
 ずいぶん強烈に食いつかれちゃったけど、
 きみはそうまでしてナンシーの血が欲しかったんだね。
 彼女の血は口に合ったのかい?」
「ああもちろんだ、期待以上だ。そこは悦んでくれていい」
「嬉しくはないけどさ――」
ヴィンセントはいった。
「ぼくにとっては、大事な彼女なんだ。
 必要以上に苦しめることだけはしないでくれよ」
「わかった――
 わしも初めてあの娘(こ)を襲って、いまのお前の気持ちが少しは理解できたつもりだ。
 チャンスは減ってしまったが、もう少しトライさせてもらうぜ」
アリーは不敵に笑った。
ヴィンセントは清々しく笑い返し、重ねられた唇にも熱っぽく応えてしまっていた。
それでも内心、自分の恋人を堕とされてしまうのではと、焦る気持ちで胸を焦がしてもいるのだった。


驚くべきことに。
四日かかるとアリーが請け合ったナンシーの容態は、翌々日には持ち直していた。
「来れるようになってからで良い。またお前の血を楽しませてくれ」
別れぎわ囁かれた約束に、ナンシーは律義に応じようとしていた。
その日は若草色のワンピースだった。脚にはあの夜と同じ、グレーのストッキングを脚に通している。
さすがにいつもより蒼い顔をしていることに、ヴィンセントの胸は痛んだ。
けれども、無理をおして出かけてきたナンシーに、目を見張る思いでもあった。
そんなにしてまできみは、あの男のために血を吸わせようとしているのかい?
心のなかでそう思わずには、いられなかった。

「あの・・・やっぱり破ってしまうのですか・・・?」
足許に唇を擦りつけようとするアリーに、ナンシーは脚を引っ込めながら、おずおずと訊いた。
「わしに楽しませるために穿いてきてくれたんだろう?」
アリーはヌケヌケとそういって、ナンシーをからかった。
「そんな・・・」
ナンシーは口ごもり、けれどもそれ以上はアリーの唇を拒もうとしなかった。
「あまりイヤらしくしないでくださいね・・・」
か細い声でつぶやくナンシーをよそに、アリーは舌をピチャピチャと露骨に鳴らしながら、
彼女のストッキングをもう、楽しみはじめている。
ぴちゃ・・・ぴちゃ・・・くちゅ・・・くちゅううっ。
聞えよがしな下品な舌なめずりに、
ナンシーはべそを掻きながら唾液に濡れそぼってゆく足許を見つめ続けている。
はた目には。
本人が意識するしないに拘わらず、
ナンシーが彼らのふしだらな愉悦に寛容な態度で接しているようにみえた。
学園のなかで、ナンシーが自分の婚約者の仇敵のための熱心な血液提供者であるとの評価が、たった一日で定まっていた。
男はナンシーの金髪に輝く頭を抱きすくめ、時折髪に口づけをした。
血に染まった唇は彼女の金髪に不気味な翳りを与えたけれど、
彼女はもうそんなことは気にかけようとしなかった。


ヴィンセントの蘇生を明日に控えた夜――
例によって墓場を抜け出したヴィンセントは、蒼白い頬をこわばらせ、ナンシーの家へと向かっていた。
3回咬まれてしまえば、ナンシーはアリーの所有物(もの)になる――
さいしょのひと咬みは強烈で、ナンシーは数日間は起き上がれないはずだった。
にもかかわらず彼女は三日目には再びアリーと時間を持ち、グレーのストッキングを咬み破らせていた。
アリーはナンシーの血を嬉し気に飲み、ナンシーもアリーが自分の血を敬意をこめて吸い取るのを感じ取っていた。
ナンシーは再び、病床に沈んでいた。
周囲のものはナンシーを吸血鬼に逢わせまいと考えた。
けれども意外にも、そうした彼らの動きを無にしたのは、ナンシー本人だった。
彼女がアリーと3回目のアポイントを取ったと知ると、ヴィンセントはもういてもたってもいられなくなった。
彼はいったん死んだことになっているので、昼間は大っぴらに活動できない。
けれども、アリーがナンシーを誘惑するのもまた夜であったから、
ヴィンセントはナンシーを引き留めることができればゲームに勝つことができるのだ。
すでに、3回目のアポイントをナンシーがアリーに許した段階で、彼の勝ち目はなくなっていたのであるが――


その晩アリーは、ヴィンセントの母ローザのもとに訪れていた。
ローザは緋色のドレスを着て、アリーの腕のなかで夢見心地になっている。
ヴィンセントの血が美味かったのは、きっと母親の血筋なのだろう――
そうあたりをつけたアリーは、恥知らずにも、息子を奪われた母親の首すじを狙ったのだ。
ローザは抗議し、身もだえし、絶叫してアリーを拒んだ。
けれども、それだけでは彼女の静脈が吸血鬼の牙を免れるには十分ではなかった。
夫のアーサー氏の嘆きをよそに、ローザは自らのドレスを血に浸して、
ドレスのすそをたくし上げられると、脚にまとったタイツの噛み応えまでも楽しませてしまう仕儀となったのだった。
ガーターをほどかれてだらりとずり落ちたタイツが脱げかかる脚を足摺りさせながら、
ローザは息子の仇敵によって、その貞操を汚されていった。
翌朝――アーサー氏はアリーの訪問を受け、アーサー夫人の肉体は夕べの訪問客を存分に満足させたこと、
ローザは今後もアリーの訪問を受ける義務を持つことが告げられた。
アーサー氏は観念したようにアリーと夫人との前途を祝う言葉を口にするのだった。


今宵もローザは、その身をめぐる血潮で、息子の仇敵を満足させていた。
「いかが――?わたくしの血がお口に合うようなら、とても嬉しいですわ」
ローザは人が変わったようにウットリとした目で、アリーを上目遣いに見た。
その目線には、艶めかしい媚びがにじみ出ていた。
ヴィンセントはやり切れない想いだった。
婚約者かばりか、母親までも堕落させられてしまったのだ。
「どうぞこちらへ」
ローザは艶然とほほ笑むと、吸血鬼を庭園の奥へといざなった。
ヴィンセント邸の庭園のもっとも奥まったベンチに、白い影が浮かんでいる。
確かめるまでもなかった。ナンシーがそこにいた。

「ああ――」
ヴィンセントは絶望の呻きを洩らした。
「賭けに負けたな、親友よ」
アリーは嬉し気に呟いた。
敗者となった親友を必要以上に傷つけまいという配慮が、そこにはあった。
そうはいっても、彼はすべてを奪われてしまうのを、いま目の当たりにする義務を負ってしまっていたのだが・・・

ナンシーは純白のドレスのすそをちらと引き上げて、つま先を覗かせた。
高貴な白のストッキングが、か細い足の甲に透けていた。
ヴィンセントは、それがナンシーのウェディングドレスなのだと気づいた。
彼との華燭の典にこそまとわれるべき衣装が、いま吸血鬼との密会の場に着用されている。
これを完敗といわず、なんと表現すれば良いのだろう?
そして、ナンシーのもとまで吸血鬼を案内したのは、ほかならぬかれの最愛の母親だった。

意を決して、ヴィンセントは脚を一歩踏み出した。
ヴィンセントの出現にナンシーは目を見張り、なにかを言おうとした。
その瞳にかすかな逡巡や、後ろめたさがあるのを、彼は見逃さなかった。
ヴィンセントは穏やかに笑って、ゆるやかにかぶりを振った。
「彼の牙はどうだい?ナンシー?」
生前と変わらぬ声色に、ナンシーは思わず涙を泛べた。
それでじゅうぶんだった。
アリーが言った。
「ナンシーはヴィンセント夫人となるに相応しい」
「式の日取りは変えないわね」
ナンシーがほほ笑んだ。
街灯に照らされた彼女の金髪がかすかになびき、夜風に流れた。
「それから――彼の牙は最高よ」
「同感だ。ボクはどうやら夢中になって、吸わせすぎちゃったらしい――」
「ばかね」
ナンシーが笑った。
「まったくだよ」
ヴィンセントはこたえた
「おかげで彼と、不利に決まっている競争をする羽目になっちゃった。
 きみが、ぼくの一番の親友と仲良くなってくれれば嬉しいと心から――」
ヴィンセントの言葉は途切れた。
音もなくそう――っと近寄ったアリーがナンシーを抱きすくめ、首すじを咬んでしまったのだ。
「おいおい」
ヴィンセントは困惑顔。けれどももはやナンシーは迷いもなく、
自分のほうから首すじをアリーの顔に添わせるようにして、
ただひたすらうら若い血液を、渇いたアリーの飲用に供してしまっている。
アリーが唇を離すと、ヴィンセントは感嘆の声を洩らした。
栄えある日のために用意された純白のドレスには、一点のシミも残されていなかったのだ。


いまでも彼の家に保管されているふたりの婚礼の際に着用された純白のドレスは、
裏地が真紅になっている。
けれどもその濃過ぎる裏地は表面の白を汚すことなく、あくまでも裏側に秘められている。
未来の花婿の面前でナンシーの首すじを咬んで彼女を征服した吸血鬼は、
邸のなかにナンシーを連れ戻すと彼女をベッドに横たえてドレスのすそを掲げると、
純白のストッキングに包まれた太ももに再び、牙を咬み入れた。
ストッキングはみるかげもなく破れ、血に染まった。
ドレスの裏地が真紅に染められたのは、そのときのことだった。
ウェディングドレスをまとったまま、ナンシーはアリーの手で犯された。
血を抜かれた身体を木偶のように横たえて、ヴィンセントは花嫁の処女喪失を見届けた。
「花嫁の純潔は、きみからもらったようなものだな」
アリーがそういうと、ヴィンセントは失血にこわ張った頬をかすかに弛め、
「我が家の花嫁を、ぞんぶんに楽しんで欲しい――」と呟いた。
花嫁は恥を忘れて、ひと晩ベッドのうえで狂い咲いた。
ドレスの裏地を染める真紅には、このとき流された花嫁の純潔の下肢もいくばくか、秘められているという――


あとがき
外人さんを主人公にすることは、めったにないと思います。
ここはブロンドの女性をヒロインにしたかったので・・・(笑)
血を吸い取られた後のヴィンセントが、自分の婚約者を誘惑しようとする吸血鬼の心情にじょじょに惹かれてゆくあたりは、新機軸かもしれません。
ドレスの裏地の件は――ほぼ思いつきですね。(笑)

担任の先生を同伴して、乱交の宴に参加する。

2023年01月30日(Mon) 07:27:14

僕が初めて街の秘宴に参加したのは、16歳のときした。
初体験は一年前のことで、相手は学校の担任の先生で、当時26歳でした。
広野令子という人でした。
同級生の間で、乱交の宴の練習と称するけしからぬ会をもった友人もいましたが、
たしかに僕は、どちらかというと少し年上の女性に関心があったように思います。
母には愛人がいて、その愛人さんは父におかまいなく我が家に入り浸りになっているありさまでしたし、
女きょうだいもいなかったので、初体験の相手に事欠いている――と耳にしたらしく、
ある日突然、「先生が相手をしてあげる」と、ぽつりと言ってくれたのです。
広野先生は都会育ちの人で、街の風習に染まっていなかったそうです。
それどころか、親の決めた縁談がすでに整っていて、翌年春に結婚を控えている――とまでいうのです。
「ほんとうにエエんですか?」
うちの母がさすがに先生を気遣ったのも、無理はありません。
けれども先生はなぜかキッパリと、「はい、春田くんに私の初めてを挙げようと思います」と言ってくれたのです。
「私の初めて」――そう、先生は処女でした。

処女と童貞では大変だろうということで、介添えがつきました。
介添えの役は、母が引き受けてくれました。
「きょうは先生じゃなくて、広野令子という一人の女として喘原くんに接します。よろしくお願いします」
広野先生はそういうと、いつも学校に着てくるこげ茶色のスーツのまま、我が家の畳のうえであお向けになりました。
先生は、パンストを穿いたままでした。こげ茶色のパンストでした。
脱がしても良いし、着たままでもかまわない――と、先生は言ってくれました。
僕は、ドキドキしながら先生の脛に触れていって――思わずパンストを引き破ってしまいました。
先生は一瞬、息をのんだようで、少しうろたえていました。
それが、僕の嗜虐心に、火を点けたのです。
母は、あお向けになった広野先生の両肩を抑えつけて、「もっと右」とか、「もっと強く」とか、僕を促しました。
さいしょのうちは、なかなかつながることができなかったのですが、
いちど入り込んでしまうと、先生は「ウッ」と小さく呻いて、それっきりシンとなってしまいました。
ひどく、あっけなかったのを覚えています。
母はふたりがつながるのを見届けると出て行ってしまい、父がいるにもかかわらず、そのまま愛人の部屋に籠ってしまいました。
でも、そのときの僕にとって、母の行方などどうでも良いことだったのです。
急いてきた呼吸を乱れ合わせて、先生と僕は、なんどもまぐわいました。
さいしょは「きつい」だけだったのが、快感になっていくのに、さほど時間はかかりませんでした。
昼過ぎから始まったのに、先生がうちを辞去したのは、もう暗くなってからのことでした。
母に促されて、僕は先生をアパートまで送っていき、そのまま泊り込んでしまったのです。
ちょうどその夜――虫が知らせたんでしょうね――先生のお婿さんになる人から、電話がかかってきました。
息をひそめている僕を傍らに、先生はいつもと変わらぬひっそりとした語り口で、
「きょうは職員会議が長引いたから帰りが遅くなった」
と言い訳をしていました。
人妻は浮気をしたときもきっと、こんなふうに虫も殺さぬ顔をして言い訳をするのだろうと思うと、
少し気分が複雑でした。
先生のお婿さんに、少しばかり同情の気持ちもわいていました。

初めて乱交の宴に出席した時にも、先生を同伴しました。
当時の僕にとっては、唯一肌を重ね合わせた異性であり、当然たいせつな人だったからです。
そのときの僕の相手は、従姉の春江さんでした。
春江さんは、隣町に嫁に行ったばかりなのに、
乱交の宴に参加するために、お婿さんに黙ってわざわざ里帰りしてきたのです。
「洋太くん(僕のこと)がすごいらしい」と、先生に聞かされて、いちど体験してみよう――と思ったそうです。

結婚を控えているのに教え子の僕を相手に処女を捨てた、広野先生。
新婚数か月の身でありながらわざわざ里帰りをして、乱交の場で操を汚した春江姉さん。
女の人のなかには、不可解な理由でわが身を男にゆだねてしまう人がいるようです。
もしかすると――堅苦しい日常、不慣れな日常で鬱積したものを、日常を引き裂いてしまうことで、忘れようとしているのかもしれません。

広野先生との交際は、先生の結婚まで続きました。
ところが先生が僕を相手に処女を捨てたことがお婿さんにバレてしまい、すぐに不縁になってしまったのです。
街に戻ってきた先生とは、僕との結婚も取りざたされたそうです。
でも先生は、「齢が違いすぎるのに、春田くんの将来を無にしたくない」と、頑としてその勧めに応じなかったそうです。
先生の不安定な立場は、半年くらいして解消しました。
お婿さんが考え直して、先生との復縁を希望したのです。
その半年のあいだ――ぼくは先生と始終逢っていました。
同じ学校にいるわけですから、教室だろうが、体育館だろうが、逢瀬の場には事欠きません。
先生もこのころには、セックスに慣れてきて、僕を十分すぎるほど、楽しませてくれたのです。
先生は、乱交の宴にも積極的に参加していました。
同伴するのは僕でしたが、主に年配の独り者の相手をしていました。
「お相手がいないのはお気の毒だから」というのが、先生の口癖でした。
そんな中での復縁でしたから、お婿さんはいろんなものを呑み込まなければなりませんでした。
処女を捧げた相手である、僕との関係。
年配者に対する性的奉仕の場となっている、「宴」との関係。
けれどもお婿さんは、そのすべてを受け容れることにしたようです。
「時々遊びにお出で」
今ではすっかり親しくなったお婿さんはそういって、同じ屋根の下、ふすまの向こうで、僕が先生を押し倒すのを、視て視ぬふりをしてくれるのでした。

悪友の吸血鬼の毒牙にかかった婚約者の話

2023年01月30日(Mon) 04:06:11

はぁはぁ・・・
ふぅふぅ・・・
物陰から隠れて視ているボク。
その前で、ひと組の男女が、切なげな吐息を交わし合っている。
男のほうは、幼馴染の良作。生まれついての吸血鬼だ。
女のほうは、隣町に住むOLの初美さん。
なによりも。
初美さんはボクとの結婚を、控えていた。
親の決めた結婚相手だった。

良作が初美さんを見初めたのは、ボクが彼女を紹介するために、彼の家に連れて行ったときのこと。
良作の家は、ボクにとっては本家すじに当たり、いつもそうするのが慣わしだと聞かされていた。
ピンクのスーツ姿の初美さんが礼儀正しくお辞儀をして、辞去をつたえると。
直登はもう少し、ゆっくりしていけよと、彼はいった。
しかしそれは――とボクが腰を浮かしかけると。
直登さん大事な話があるって仰っていたわよね?と、初美さんのほうから気をきかせて、
先に失礼しますわと言って、座を起っていった。

ふたりきりになると。
良作は案の定、ボクに囁いた。
いい娘だな。きっと美味い血をもっているに違いない。
よければ味見させてくれ。オレがきみの未来の花嫁の身持ちを、確かめてやるよ。
本家には逆らえないしきたりで、結婚相手になる初美さんを連れてくるときっとそうなると、ボクは予期していた。
けれどももう、どうすることもできなかった。
母は良作の父に、嫁入り前に血を吸われていた。
姉も良作の叔父に、やはり女学校の入学祝いにと、血を吸われるようになっていた。
避けては通れない道なのだ。

処女の生き血を好む一族だった。
だから、嫁入り前の女たちは本家の者たちに自由に襲わせて、彼らの好物を気前よく振舞う――それが父の考えだった。
ボクは黙って肯くと、良作を行かせてやった。
今から出かければ、ちょうど人けのない丘のあたりで、初美さんに追いつくに違いなかった。
ボクが二人に追いついたとき。
良作はちょうど初美さんの前に立ちふさがって、強く強く抱きすくめたところだった。
こちらに背中を向けたまま、初美さんは首すじを咬まれた。
ジャケットにかすかに血が撥ねるのが、遠目にみえた。
初美さんは抵抗もままならず、ひたすら血を吸われつづけた。
そして、ひとしきり吸血されると、あっけないほどかんたんにくたりと姿勢を崩して、良作の腕に細身の身体をゆだね切っていた。

丘のてっぺんには大きな樹が植わっていて、その傍らには古びたベンチがあった。
ここでなん人もの少女が、良作の毒牙にかかり、このベンチに腰かけていた。

同級生の幸太郎の彼女は、下校途中を襲われて、
制服のプリーツスカートのすその下にかがみ込まれて、
白のハイソックスを真っ赤に染めながら14歳の生き血を吸い取られた。

従兄の志郎の婚約者は、勤め帰りのスーツ姿を襲われて、
肌色のパンストを見る影もなく咬み破られながら、
22歳のうら若い血潮を愉しまれていった。

ボクの未来の花嫁である初美さんも、その例外ではなく――
ピンクのスーツのスカートのすそを撥ね上げられて、
グレーのストッキングに包まれた太ももを、好餌にされてゆく。

裂き散らされた淡いナイロン生地が、まるでレイプのあとのように、彼女の足許にまつわりついた。

「視るのは良いが、手は出すな」
良作はボクに命じた。ボクは彼の言うとおり、すべてを遠くから見守っていた。
ボクの花嫁は、穢れなき処女の生き血を惜しげもなく吸い取らせて、若い吸血鬼の旺盛な食欲を満たしていった――

その日から。
良作と初美さんの密会が始まった。
婚約はごく儀礼的なものだった。
大人しくて真面目なボクを、初美さんは決して嫌ってはいなかったと思うけれど、深く愛されているという自覚もボクにはなかった。
人目を忍んで逢いつづける二人は、いつか吸血鬼と血液提供者の関係を越えようとしていた。
ふたりの交際が実りを結び始めてゆくのを、そ知らぬ顔をしながらも、ボクは胸わななかせて見守っていた。

初美さんの首すじには、だれの目にも明らかな吸血の痕跡が、どす黒い痣となって刻印されていたけれど。
だれもがそれを、あからさまに口にすることはなかった。
ボクがその密会の証しに気づいていることを、初美さんは薄々察していたけれど。
きょうは良作さんとお約束があるのといって、ボクとのデートを彼女が婉曲に断るのを、
ボクはやっぱり、胸を妖しく搔きむしられながらも承諾を与えてしまっていた。

結婚前なのにがんばるなあ――職場の同僚に冷やかされるほど、ボクは仕事に打ち込んだ。
そして、ボクが新居のための家産を増やすために尽力している最中に、
初美さんはよそ行きのストッキングをなん足も、彼の毒牙のための惜しげもなく愉しませ、破らせていった。
彼女の誕生日にプレゼントした純白のブラウスまでも、秘密の逢瀬の時にまとわれて。
熱情の痕跡が、放射状の真紅の飛沫となって染められて、
記念にとねだり取ったそのブラウスを、ボクは幼馴染から見せびらかされてしまっていた。

咬み破ったパンストを自分から脱いでくれと、良作が初美さんに望んだのは、挙式のひと月まえのことだった。
いつものように、良作に促されて覗く物陰から、いいわよという彼女の声を聞き取ると、
ボクは新婚生活をも、良作の手に塗り替えられるのだと察していた。
そして、そうであることに、なぜか忌まわしいという想いは少しもなく、
むしろドキドキと、胸はずませてしまっていた。

初美さんは良作を前に、咬み破られたパンストを、ゆっくりと脱いでゆく。
片方の脚だけ脱ぐと、良作は彼女の身体に手をかけて、二人は姿勢を崩していった。
彼の狙いが初美さんの首すじではなくて、股間であることも。もちろんすぐに、察しがついた。
彼は初美さんが腰に巻いたロングスカートを丁寧にたくし上げると、真っ白なショーツに守られた股間を露わにしていった。
ボクも、初めて目にする光景だった。
良作は、物陰にいるボクにも見えるように、初美さんの両脚を大きく開いてゆくと、
白のショーツのうえからおもむろに、唇を吸いつけてゆく。
初美さんはさすがに羞ずかしげに目を背けて、それでも従順に、ショーツの上からの唇の愛撫に、自分の秘所をゆだねていた。
くすぐったそうに唇を歪め、歯噛みをして。黒髪を揺らし、首を仰け反らせて。
覚えかけた妖しい快感に、耐えようとした。
良家の娘が決して冒してはならない過ちを、初美さんはむろん、きちんとわきまえていた。
「あくまで、吸うだけにしてくださいね。初めてのものはどうしても、直登さんにあげなければならないの」
声を潜めての彼女の訴えに、良作は鷹揚に了解の意を示した。
初美はほっとしたように肯くと、
きみのたいせつな処をもう少し愉しみたいという良作の申し出に随って、
身体を仰のけたまま、ショーツが濡れるに任せていった。
きっと――結婚した後は、ボクの新妻はすぐに、貞操を喪失してしまうのだろう。
けれども――もしも相手が良作だとしたら。
ボクはきっとよろこんで、新妻の貞操を彼の情欲のために捧げてしまうだろうと、もはや確信してしまっていた。

母は良作の父親に処女の血を吸われ、姉は良作の叔父にやはりそうされた。
そしてなによりも――母は嫁入り前に、良作の父に犯されていた。
姉もすでに嫁入り前に、良作の叔父と深い仲になってしまっていた。
それは、父から聞いたことだった。
もしも先方が望まれるなら、花嫁の純潔はお譲りしなければならないぞ――
実は父には、そう言い含められていた。
過去になん人もの少女の純潔を蝕んでいった彼の淫らな唾液が、ショーツを通して初美さんの身体の奥深くに浸潤してゆく。
クチュクチュ・・・チュチュッ・・・
唾液のはぜる音を忍ばせて、初美さんのスカートの奥に仕掛ける犯罪を。
ボクは息をこらして、見守るだけだった。

初美さんはなん度も、嫁入り前の股間を良作に許した。
そのたびにボクは呼び出され、自分の未来の花嫁がボクを裏切ろうとする有様を見せつけられた。
ボクに隠れてことを運びたくないのだと、良作はいった。
きっと、彼の言葉はそのまま彼の本音なんだろう。
そして、それとは裏腹に――
見せつけたい。
そんなどす黒い欲望も、彼は正直に打ち明けてくれていた。
凄く嫉妬している。
ボクの花嫁が不当に辱められるんじゃないかって、いつもハラハラしている。
ぼくがそういうと、
彼はとても満足そうに笑い返してくるのだった。

挙式を来週に控えた晩。
こんな遅くに電話が来るのかと思いつつ、ボクは良作の家の裏口にまわっていた。
深夜11時。
なのに初美さんは、良作の招きに応じている。
きょうの彼女のスカートは、真っ赤なミニスカート。
パンストは、いつもの肌色ではなくて、薄墨のようにうっすらと艶めかしい、黒のパンストだった。
「気合入ってるね」
良作がからかうと、
「やめてください」
初美さんは正直に、羞じらった。

墨色のパンストに包まれた初美さんの脚は、妖しく艶めかしく、
上品で淑やかなようにみえて、娼婦のように淫らにも映った。
健康に発育したふくらはぎを縁どって、絶妙なカーブを描くストッキングに、良作はわが物顔に、唇を吸いつけてゆく。
圧しつけられた卑猥な唇の下。
初美さんのパンストは、淫らな唾液にまみれ、ねじれ、ふしだらな皴を寄せてゆく。
激しく、しつように吸いつけられ舌を這わされてゆくうちに。
淡いナイロン生地は、凌辱に耐えかねたようにブチブチと微かな音をたてながら、裂け目を拡げていった。

まるでレイプのあとのようだった。
白い脚にまとわりついた、裂けた黒のパンストが、ひどく妖しくボクの網膜を射た。
パンストの向こう側でよく見えなかった初美さんの穿いているショーツが、例によってパンストを片脚だけ脱がされると露わになった。
初めて見る、真っ赤なショーツだった。
視てはならないものを視てしまったような気がした。
視たこともないほど薄地のショーツからは、淡い陰毛が微かに透けて見えたのだ。
「俺があの夜用に、プレゼントしたんだ」
あとで良作は、自慢げにそういった。
そんなことは、もちろんそのときのボクにはわからない。
あの淑やかな初美さんが、あんな刺激的なショーツを、ボク以外の若い男の前に曝すなんて――
良家のたしなみをきちんとわきまえていたはずの初美さんは、人目を忍んで深夜、良作に逢いに来て、
しかも真っ赤なショーツを露わにしているのだ。
「いいわよ、来て」
初美さんがそういうと、良作はおもむろに彼女の股の間に顔を突っ込んで、クチュッ・・・と音を立ててあそこを吸った。
自分の股間を吸われたような衝撃が、ボクの身体の芯を貫いた。
クチュッ、クチュッ、クチュウウッ・・・
密やかな音を忍ばせて、良作は初美さんの股間を吸いまくる。
そう、吸いまくるという表現が正しいほどに、
彼の唇は初美さんの潔い処から離れることなく密着し、吸い、また吸った。
初美さんはもう、立ってはいられずにくたくたと腰を落としてしまい、
ゆるくかぶりを振りながら、伝わってくる刺激をぞんぶんに受け止めている。

ガマンできなくなったら、途中で出てきても良い――良作には、そういわれていた。
けれどもボクは一度として、そうはしなかった。
不義の愉しみであったとしても、親友の幸せをみだりに妨げてはいけないような気がしたのだ。
ボクが思い切って部屋に入っていったのは。
彼が初美さんの股間から唇を離し、それから唇に唇を重ねて、熱い熱い接吻を交わし合い、
お互い名残を惜しむように身体を離しかけたときだった。

「直登さん・・・」
初美さんは絶句したけれど、ボクに知られているという予感を兼ねて抱いていたからか、さほどに驚いたようすはなかった。
「もっと早くに、俺の邪魔をすることもできたのにな」
良作の声色には、むしろ、「邪魔建てしないでくれて申し訳ない」という感謝の気持ちが込められていた。
身の潔白を証明しようと初美さんが身を乗り出して、徒労に終わりそうな抗弁を開始しようとしたのを、
自分でもびっくりするほど柔らかく、ボクは手で制していた。
「婚約解消はなしだぜ」
良作が悪びれずにそういうと、ボクはもちろんさ、と、こたえた。
初美さんは明らかに、ほっとした様子だった。

「どうしたいの?」
ボクが訊くと
「別れられない。別れる自信がない」
初美さんは、正直なことを告げた。
それは、ボクの心を踏みにじるような事実だったけれど。
「そうだよね」
と、ボクは同意を与えていた。
「お願いがあるんだ」
ボクは良作にいった。
「初美さんのことを、初美と呼び捨てにして欲しい」
「いまでも、そうしているよ」
良作は、悪びれずにいった。
「でも、きみから許可をもらえるのは、とても嬉しい」
彼はそう言ってくれた。
ボクは初美さんのほうを振り向いて、いった。
「花嫁の純潔は、誰に捧げたいと感じますか」
短い沈黙が、すべてを物語った。
このうえ、彼女になにかを言わせるべきではない。
ボクはそう思った。ボクを見つめる良作のまなざしも、同じ想いを告げていた。
「ぼくの花嫁の純潔を――きみにプレゼントするよ。どうか受け取って欲しい。
 ボクの前で、受け取って欲しい。今夜がボクにとっても、初夜のつもりだ――」

楽しい浮気ごっこが、すぐに始まった。
「お婿さんのまえで、裏切っちゃうのね♪」
血を吸われ慣れた初美さんは、もはや自分の白い肌に彼の接吻を拒むことはなかった。
それが飢えた接吻であれ、淫らな接吻であれ・・・
ボクは良作にしたたかに血を吸われ、身じろぎひとつできずにひっくり返った。
その目の前で、彼は初美さんに対して欲望を遂げる――
「いけないわ、いけないわ、お婿さんの前でだなんて・・・」
初美さんはさすがに羞じらい、腕を突っ張って、恋人の胸を拒もうとした。
せめてものこと、ボクに対して操を立ててくれようとする初美さんの気持ちが嬉しかった。
ショーツを良作のよだれにまみれさせ、陰毛までも濡らされてしまった彼女の純潔は、もはや良作の色に染めあげられている。
きゃあッ、きゃあッ・・・
はじける叫びをこらえかねて、彼女は身を揉んで羞じらったが、それはまるではしゃいでいるようにさえ見えた。
黒のストッキングを片方だけ脚に残したまま、初美さんは純潔を散らしていった。
初めての血が太ももにかすかに散るのが、
その血潮が良作の吐き散らした白濁した精液に上塗りされるのが、
スカートのすそ、洋服のすき間からチラついた。
何度も何度も、良作の逞しい腰が、初美さんのふっくらとした下肢にめり込んでゆく。
そのたびに初美さんはちいさく叫び、声をあげて、感動をあらわに振舞ってゆく。
「ああいけない、お嫁にいけなくなっちゃうこと私してる・・・」
初美さんは、両手で顔を覆って羞じらった。
ボクは彼女の傍らににじり寄って、しずかにその手を取り除けた。
「直登さん――?」
「きみが素敵な娘だというところを、ボクはもっと視たい。
 彼はボクの親友だ。花嫁を親友に気に入ってもらえて、ボクはとても満足している」
「直登さん・・・好き・・・」
初美さんの口から始めて、ボクを慕う言葉が洩れた。
そのひと言で、十分だった。
ボクは幼馴染の悪友のため、初美さんの両腕を抑えつけて、さらに何度も花嫁の凌辱を許していった。
「直登さん、わたくし、わたくし、この方に凌辱されているんだわッ!」
初美さんはそういって羞じらいながら、「ああッ、ああッ、ああッ!」と叫び、仰け反っていった。

未来の花嫁の純潔を、男らしく勝ち獲てくれた良作と。
当家の嫁のしきたりを忠実に果たした初美さん。
新婚初夜の床も、新居の夫婦の寝室も、きっと彼の精液に濡れてしまうだろうけれども。
ボクはとても、満足だった。
初美さんももちろん、満足だった。

「男らしい」ということ。

2022年12月22日(Thu) 09:26:08

道具を使うなんて、男らしくない。
睡眠薬で陥れるなんて、もっと男らしくない。
ことの善悪はともあれ――そんなら力づくで征服するほうが、まだ男らしい。

そんなことをうそぶいているあの男に、「男らしく(?)」犯されたとき。
私はまだ、男を識らない身体だった。
けれどもあの男は、とっても上手だった。
前戯に時間をかけ、
まだ受け容れたところのない私の秘密の部位をたっぷりと濡らして、
それからおもむろに、侵入してきたのだ。
もちろん痛かった。すごく痛かった。
でも――心地よい痛さだった。

結婚まで処女でいるのがポリシーだった。
「世間知らず」さんのそんな人生設計は、あっさりと覆されてしまったけれど。
そんなことは、もうどうでも良いと思えるくらい。
ひと晩たっぷりと、楽しませてくれた。
ねんねだった私が明け方に家に戻ったとき。
幸いパパが出張中の留守宅を守っていたママは、なにかに気づいたみたいだけど・・・
とうとう母娘のあいだで、具体的に言葉を交わし合うことはなかった――

あの男は面倒見のよいやつで、
結婚適齢期になった私のことを気遣って、結婚相手を世話してくれた。
色白で良家の出の、ごく大人しい人だった。
なにも知らないその人は、私を処女だと思い込んで、結婚した。
婚約中も、あの男は始終ちょっかいをかけてきて、
だれかの婚約者をモノにしてみたかったんだ――
そういって。
嫁入り前の身体に、淫らな習慣をたっぷりと、教え込まれてしまっていった。
あたしはあたしで、ドキドキしていた。
未来の夫を裏切って、結婚前から不倫に耽るのが、ひどく小気味よかった。
たぶんあいつは、私の幸せのことも考えてくれていたに違いない。
夫になるひとは、良いところのぼんぼんで、しかるべき勤め先を得ていて、なによりも優しい人だった。
あたしはその人と華燭の典をあげるまで、花嫁ならぬ淫乱振舞いに身を焦がしていた――

新婚旅行から戻ってきて、一週間経ったとき。
あたしは初めての、人妻としての不倫を愉しんだ。
夫の出張中。
新居を抜け出し、二泊三日のあいだ、ずうっとホテルに入り浸って、
それからあの男と一緒に家に戻って、
夫婦のベッドを穢し抜く歓びに、はしたないうめき声をあげていた。

長女は、あの男の種だった。
長男は、はたしてどちらだろうか?
そんなこととも夢にも知らないお義父さま、お義母さまは、善良で幸福そうな笑いにすべてを包み切っていて、
なにくれとなく、あたしたち夫婦の面倒をみてくれている。
小さい子供をお祖母ちゃんに預けて――その息子を裏切って、操を汚しに出かけたことも、二度や三度ではない。
あの男はじつは両刀遣いで、じつは夫のこともたぶらかしていて、
夫はサイズがちょうど会うあたしの服を密かに持ち出して、身に着けて、
あたしの身代わりに、不倫女房よろしく、お尻にぺ〇スを突き立てられて、昼日中から喘ぎつづけるときもあるという。

しばらくして。
あの男はあたしから、離れていった。
きっと――ほかに手ごめにして楽しむ女ができたんだろう。
あたしは平気だった。
もともと、二人の関係は、あるようでなかったものだから。
あたしはあの男の味の余韻を股間に宿したまま、品行方正な専業主婦を気取りつづけていた。

ふと気がつくと。
かたわらに、勤め帰りの主人がいた。
主人は不思議なことを、口にした。

もう彼には逢っていないの?

え?
振り向くあたしに、主人は意外なことを口にする。
昔――あいつがぼくに、言ったんだ。
お前、いつまで経っても、結婚しない気なのか?って
そんなわけないだろ・・・?って、ぼくがこたえたら。
でもお前――女に声かける勇気ないんだろって言われた。
俺がいい女紹介してやるから。
でもその代わり、その女の処女は俺がもらうぜ って。
そのひと言を、聞いたとき。
ぼくは、ゾク・・・ッとしてしまったんだ。

ぼくと出会った時、きみはまだ、男を識らない身体だった。
あいつはぼくにきみの存在を見せつけると、すぐにきみに言い寄って――
きみのことを、自由にしてしまった。
でもぼくは、あいつに自分の花嫁の純潔を捧げたような気分になって――凄く凄く嬉しかったんだ。
毎日毎日、あいつはぼくの視線に見え隠れしながら、きみになれなれしくすり寄って、
ぼくの未来の花嫁を、じょじょに、じょじょに、少しずつ侵蝕していった。
それがたまらなく、ドキドキしたんだ。
嫉妬に震えて、胸の奥がズキズキしたんだ。
清純な花嫁の貞操が揺らいで、こらえ切れなくなって、弛み堕ちてゆくのを――
ぼくは視て視ぬふりをしながら、マゾの血を高ぶらせていたんだ。

きみも、いやというほど思い知らされているだろう?
ぼくは、あいつのぺ〇スの味を知っている。きみと同じように。
あんなに大きいもの突っ込まれたら、あんなにぐりぐりとかき回されちゃったら、理性なんて忘れちゃうよね。
きみが初めて体験したぺ〇スが、あいつのあのぺ〇スで、ぼくは良かったと思っている。
そして、いまでもあいつがきみのことを愛し抜いていてくれたことを、誇らしく思っている・・・

あたしを夢中にしたあの男が、ふたたびこの街に舞い戻ってきたのは。
子どもの世話が一段落した、ちょうどそのころのことだった。

みずきの結婚

2022年11月05日(Sat) 12:11:06

上背の乏しい、ずんぐりとした背格好のOLだった。
遠藤みずきという名のその彼女は、OL2年生。
いつも気難しそうなしかめ面をして、机に向き合っている。
仕事はできるのだが、とにかく地味。質素。
千鳥格子のベストにボウタイつきの白のブラウス、黒のスカートという制服を地味に着こなして、
他の多くのОLたちが、うっすらと光沢を帯びたストッキングで競うように脚を彩るなかにいて、
いつも見映えのしない野暮ったい肌色のパンストに脚を通していた。
お洒落な女のあいだでは、映画女優が身に着けるようなガーターストッキングを穿く子もいるときいている。
だがきっと、遠藤みずきの履いているのは間違いなく、国産の量産型の安価なパンストに違いなかった。

その彼女の、太くてむっちりとした脚周りを、薄地のパンストが張りつめたように包んでいるのを、
同期入社になる笹森隆一は、われ知らずうっとりとした目で追っているときがある。

太っちょな女は男にモテない――遠藤はそう思い込んでいるのだろうか?
彼の母親は恰幅が良く、そのせいか隆一には豊かな肢体の持ち主に対する憧憬こそあれ、偏見はまったくない。
もしかしたら安産型かもしれない――と、時折彼女のしっかりとした足許を、密かに盗み見てしまうのだった。


老舗と言われる会社ではあったが、大株主である本家は、途方もない田舎に暮らしているという。
隆一の入社したその会社には、本家である創業者の地元の出身者が、多く採用されていた。
とはいえ、なんの変哲もない一般企業であったから、都会生まれの隆一には創業者の出身地など、たいした意味を持ってはいない。
けれども――気になるあの遠藤もまた創業者と同郷だと聞くと、やはり関心を持たないわけにはいかなかった。

うわさでは、その街は遠い以前からずっと、吸血鬼が棲んでいるという。
たいがいの住民たちは、吸血鬼に妻や娘を逢わせてうら若い生き血を吸わせ、
なかには吸血鬼を家庭に受け容れて妻や娘を犯すことを許容しているものすらいるという。
夢のように現実味のない話なので、隆一はそんなうわさは無視していた。
けれども、遠藤みずきに対する関心が日を追って深まるにつれ、そうしたうわさにも無関心ではいられなくなっていた。

はたして遠藤みずきは、吸血鬼に遭っているのか?
遭っているとしたら、それはいつからのことなのか?
聞けば、彼らは上品に装われた女たちの脚に目がないという。
だとすると――遠藤みずきもまた、通学用のハイソックスやストッキングを、吸い取られた血潮に濡らした過去もあったのだろうか?
あの太めの脚にとおした質素な肌色のストッキングを、彼女はふしだらに剥ぎ堕とされたりしているというのだろうか?

どういうわけか。
ズキズキとした嫉妬心に似たものが、まるで雷をはらんだ黒雲のようにむくむくと、隆一の脳裏に広がっていった。

ある飲み会の帰り、隆一は普段は付き合わない三次会にまで合流していた。
すでに、同僚の若手社員たちは三々五々散ってしまって、周囲にいるのは古参の年配社員ばかりだった。
けれども彼らは、そんな隆一の存在を苦にするでもなく、隔てなく杯を酌み饒舌な世間話に興じていた。
やがてその一座からも、一人また一人と人が減っていき、
いつの間にか隆一の隣には、古崎という50年配の社員が一人、まだ未練がましく最後の一合瓶をかざしていた。

「そろそろあがりますかな」
古崎がそういうと、隆一はふと、彼が創業者一族と同郷だということを思い出した。
ふと、思いもしない言葉が、口を突いて出た。
「遠藤みずきって、どういう子なんですか?」
「みずきちゃん?」
酔眼を少しだけ見開いて、古崎は応じた。
「あー、地味だけどいい子だよね。嫁にもらうには向いたおなごだと思うよ」
古崎はざっくばらんにそういうと、
「なんだ、みずきちゃんに気があるのか?なんなら橋渡ししてやろうか?」
と水を向けてきた。
渡りに船だった。
「あの人、付き合っている男の人とか知っていますか?もう決まった人がいるのかな――って」
「うぅーん・・・」
古崎は、遠くを見るような目になった。
「そりゃ、本人に聞くのが一番よかよ」
どこの方言かわからない言葉を口にすると、ほんとうに酔いが回ってきたのか、古崎は黙りこくってしまった。


「みずきちゃん、ちょっと悪いがな、笹森くんといっしょに、深山壮(みやまそう)さんまで使いに行ってくれんかね」
古崎がきのうのことはまるで忘れたような顔をしながら、
いつものように仏頂面を決め込んで机に向かうみずきに不意の依頼を投げたのは、果たして偶然だったのか。
隆一の運転する社用車にみずきが同乗し、ふたりはお得意先である深山壮へとむかった。
ただし、その深山壮というお得意先との取引内容は、隆一もよく聞いてはいなかった。
助手席に座ったみずきに、いつものソツのない口調で「なにか聞いてる?」と問いかけたが、
「行けばわかるそうです」と、いつもの無色透明な声色が返ってきただけだった。

ふつうなら。
社の女の子との車の出張なんて、軽口をたたいて楽しいはずなのに。
みずきは怖い顔をしてじいっと押し黙っているし、隆一も彼女のことをヘンに意識して、いつもの軽口が上ずってしまうのだった。

深山壮は、都会からは車で半日もかかる、かなりの郊外にあった。
名前の通り、背後に山林を抱え、ツタの絡みついた古い洋館は、どれほどの年月を経てきたものかというくらい厳めしく映った。
「きみは来たことがあるの」
隆一が聞くと、みずきはなん度かあるとこたえた。
大きな扉がきしみながら開かれると、扉の向こうには八束と名乗る初老の男が佇んで、丁寧に二人を招き入れた。
八束は隆一をキラリと光る瞳で見つめたが、隆一は彼の視線に気づかなかった。


結局その日は、深山壮で昼食をとっただけでおわった。
しかし、しきりと会話に水を向ける隆一の熱意が伝わってか、寡黙なみずきもぽつりぽつりと自分のことを話し始めて、
彼はその夜にみずきを彼女の行きたいというバーに誘うことに成功した。
みずきにバーなどおよそ似つかわしくなかったが、隆一はあえて理由を尋ねず、彼女の言に随うことにした。

「きみは結婚したいと思う相手はいるの?」
単刀直入な隆一の問いに、みずきは相変わらずのポーカーフェイスだった。
聞こえていないのか?と思うほどの無反応に隆一が少しうろたえると、みずきはいった。
「言おうかどうしようかと思ったんだけど――」
実は、付き合っている彼氏がいる――そういわれたらおしまいだ。
隆一の脳裏にそんな不吉な予想がよぎったとき。
みずきは意外なことを口にした。
「笹森くん、吸血鬼の存在って信じますか?」
「え・・・?」
「いるんです。じっさいに」
「・・・」
「あたし、そのうちのひとりに、高校生のころから血を吸われています」
「え・・・」
「死ぬほど吸い取られることはないけれど、なん度か気絶したことがあります」
「・・・」
「信じられないですか」
「いや・・・そんなことはない。みずきさんの言うことなら信じます」
それはやはり、あなたが処女だから・・・?と言おうとした刹那、みずきは裏腹なことを口走っていた。
「その方にあたし、処女を差し上げました」
「えっ」
隆一は仰天した。
少なくとも彼の知るみずきはごく控えめで物堅い娘なので、自分からそのようなことをあからさまに言い出すタイプではなかったから。
「これからもきっと、抱かれつづけるし、あたしもお慰めしたいと思っています――たとえだれかと結婚したとしても」
さいごのひと言は、声色は低かったが、その分固い決意が感じられた。
「八束さんだね」
隆一は、単刀直入にいった。
みずきの瞳に、驚きの色が広がった。


遠藤と書かれた表札は、さいしょのころに比べるとかなり古びてはいたものの、
まだ誇らしげに高々と、門柱にいかめしく掲げられていた。
その家名が汚辱にまみれたものになっているなど――とても信じられないくらいに、それは立派なお屋敷だった。
品の良い初老の紳士である遠藤氏は、自分の娘の婿になりたいという隆一を、丁寧に邸内へと導き入れてくれた。
「でも、先客がおりますでな。貴方のお相手はそのあと――ということになりますでの」
淡々と語るその口ぶりからは、これから妻を犯される男の悲哀は、なにひとつ感じられない。

「様子が気になるときは、いつもここからこうやって、のぞき見することにしておるのです。
 でも二人とも、たいそう機嫌よくお相手を務めては、たんと悦ばされてしまいますでな。
 わたくしなどはもう慣れましたが、それでも家内をあのように愛し抜いていただけるのは、
 夫として嬉しいことだと思うようにしておるのです」
遠藤氏が指さしたふすまのすき間からは、隣室のようすが手に取るように見て取れた。
地味な薄茶のスーツを着込んだみずきの母親に、
同じくらい地味な会社の制服であるねずみ色のジャケットを身に着けたみずき。
ふたりとも、神妙な顔つきで正座をしていて。背後にまわった八束のために気持ちを集中させているようだった。

八束はまず、みずきの母親の背後に近寄ると、彼女のうなじをつかまえた。
そして口の両端から牙をむき出しにすると、がりりと咬んだ。
黄ばんだ犬歯が象牙色の皮膚に食い込んで、赤黒い血潮がビュッ・・・と潤び出る。
「真緒や・・・」
遠藤氏が、妻の名を呼んだ。
真緒夫人は、肩先に撥ねた血潮には目もくれず、ひたすらに目を瞑り、強欲な吸血に耐えている。
「まず母親が、手本を見せることになっておりますでな。なので、家内のほうがいつも先なのです」
遠藤氏は、なおも淡々とした口調を崩そうとはしない。
自分の愛妻の体内をめぐる血液が、チュルチュルと人をこばかにしたような音を洩らして渇いた喉に吸い込まれてゆくのを、
じいっと凝視するばかりだった。
「つぎは、娘の番ですじゃ」
遠藤氏の枯れ切った声色の矛先が、自分の恋人に向けられたのに、隆一はゾクッとする。
みずきもやられてしまうのか?
彼女の母親と同じように、あのうら若い身体から、血潮を抜き取られてしまうのか?
いや、そんなはずはない。そんなこと、あってはならない――
隆一の想いは、虚しかった。
母親と同じ経緯でみずきもまた首すじを噛まれ、ブラウスに赤黒い斑点を拡げてゆく。

ふたりが失血のあまりまろび伏すと、八束は容赦なく、二人の足許を狙った。
さいしょに真緒夫人の足許が狙われた。
男は好色な唇を、ストッキングのうえから真緒夫人の脛に這わせてゆく。
こげ茶のスカートにはあまり合わないねずみ色のストッキングがねじれて引きつりながら、チリチリと引き剥がれてゆく。
娘と同様倹しげで、見映えのしないながらも気品をたたえた目鼻立ちが、悩ましい翳をよぎらせた。
ちゅうっ・・・ちゅうっ・・・
リズミカルな音を立てて、真緒夫人の血潮がふたたび吸い上げられてゆく。
彼女の顔色は明らかに貧血の症状を呈していたが、夫である遠藤氏は制止する気振りすら見せず、
真緒夫人もまた、その色褪せかけた頬に、自分の吸血相手に少しでも豊かにわが身をめぐる血潮を与えたい――という意思をありありと滲ませていた。

「みずきの足許はよう狙われたもんです。
 あの子も健気に尽くしよるので、八束殿にはたいそう愛おしがられておるのです」
見慣れた野暮ったい肌色のパンストが張りつめるふくらはぎに、八束は母親の血に染まった唇を圧しあてる。
ぬるり・・・ぬるり・・・
卑猥な舌が、みずきの足許をヌメヌメと這いまわる。
がちがちと歯の根が合わなくなる心地に耐えながら、隆一はみずきの受難の光景に目を凝らした。
喉がからからになっている。
なんという不埒なやり口だろう。なんという恥知らずな仕打ちだろう。
けれどもみずきは、父親の言うとおり、眉を軽くひそめたまま、
ストッキングに装う足許を、恥知らずな凌辱にゆだねてしまっている。
しっかりとした肉づきのふくらはぎの周りに張りつめた薄地のナイロン生地がブチブチとはじけ散ってゆく有様に、隆一は思わず失禁した。

「ああ・・・」
遠藤氏がしんそこ悲し気な声色になったのは。
女ふたりの生き血を吸い取って精を増した男が、彼の愛妻のうえに欲情もあらわにのしかかったためだった。
「真緒・・・真緒や・・・えぇのぅ、似合いの殿方じゃ。
 可愛がってもらうがええ、誰が何と言おうと、お前は三国一の嫁御じゃ。
 長年わしに尽くしてくれた褒美に、ときめく恋に身をゆだねるのじゃ・・・」
老人の切れ切れな声色に応えるかのように、真緒夫人はのしかかってくる逞しい肩に細腕をまわし、
力づくで圧しつけられてくる唇に、薄い唇で精いっぱい応えようとしていた。

こげ茶色のスカートを揺らしながら、真緒夫人は三度も果てた。
引き抜かれた一物から滴る粘液が、ボトボトと畳のうえに滴り落ちた。
妻を犯した淫らな粘液を、このあと老人はくまなくふき取るのだという。
それがこの家のあるじの役目なのだと――
「あなたに、それがよう勤まりますかの」
遠藤氏は穏やかに目を細め隆一のほうを窺った。
無理なさらんでええのですよ――と、その眼は語っているようだった。

次はいうまでもなく、みずきの番だった。
グレーのジャケットを脱がされて、千鳥格子のベストと黒のスカート姿をあお向けにされて
あの太い脛を、自宅の畳のうえに横たえている。
男はもういちど、みずきの脛を愛おしげに舐めた。
脛だけではなく、内ももも、太ももも、ひざ小僧も。
脚の輪郭をなぞるようにくまなく、好色な唇や舌を、破れ果てたパンストの舌触りをなおも愉しむように、なぶり抜いてゆく。
男の唇が、みずきの首すじを吸った。
ああ――
みずきが犯される。みずきが汚される。
丸顔に団子鼻、薄い眉に細くて楚々とした目じり。
あまり美しくない容貌に、それでも初々しい翳をよぎらせて、
かつては野暮ったく厚ぼったい黒のタイツに包んでいた足許に、
嬲り抜かれ剥がれ落ちた肌色のストッキングをまだからみつかせて、
静かに足摺りをくり返してゆく。
切なげにくり返される足摺りは、婚約者のまえで犯される悲哀を示すのか。
それとも、未来の花婿が受け容れた情事を、ひとりの女として悦び抜くためなのか。
かりに後者でもかまわない――と、隆一はおもった。
俺はこのさして美しくない、太い脚と質素な装いをたしなむ女を、妻にする。
彼女の純潔ははるか以前に奪われて、婚礼を控えたいまもまた、その身を淫戯にゆだねようとしているけれど。
俺はこの人を妻にする。
笹森夫人のまま犯され辱め抜かれる彼女を、愛し抜く。

さいしょのうちはひたすら忌まわしく、早く過ぎてほしい刻だったはずなのに。
夜通し愛し抜かれる婚約者の姿から目を離すことができず、ひたすらに昂りつづけてしまっていた。


街で行われる婚礼に、礼装に身を包んだ笹森家の面々が、一列となって入場する。
隆一の母は、そのふくよかな身から、夫の目の前で生き血をたっぷりと引き抜かれ、三人もの吸血鬼の輪姦に身をゆだねていた。
隆一の父は、自分の妻を犯した吸血鬼と意気投合して、三人にそれぞれ、隆一の兄嫁、姉、妹を引き合わせてしまっていた。
隆一の兄は憤慨しながらも、自分の愛妻が辱められるあで姿から、弟と同じように目を離せなくなってしまい、
姉も妹も、それぞれの婚約者を目の前に、競うように純潔を散らしていった――
華やかな礼装のスカートの裏を、夫ならぬ身の粘液で濡らした女たちは、
いつこの街に移住しようか――と、そればかりを心待ちにしているのだった。

婚約者の初体験。 ~組み敷かれたピンクのスーツ~

2022年02月06日(Sun) 03:36:50

親孝行なのだ、と、言い聞かされた。
花嫁を娶るとき、最初のセックスを父親に譲ることが。
今にして思えば、少しだけ惜しかった。
ピンクのスーツとチャコールグレーのストッキングに包まれた、初々しい許婚の肢体――
お前は視ていろ。視ることで花嫁の初体験をともに分かつのだ――
父の言い草は、どこまでが言い訳でどこまでが訓えだったのか。
たんに見せつけたかっただけではなかったのか。
では、見せつけられることで昂りを覚えてしまった自分は、なんなのか・・・

唐突に強いられ望まれる真紗湖が不憫だとおもったが、じっさいはそんな想いは見事に裏切られた。
これから嫁に行く娘としての、義父となる男性への礼儀作法は、
両家育ちの娘にしては濃すぎるものだったのを、目の当たりにする羽目になった。

未来の婚家に一人招び出された真紗湖は、そこに義父しかいないのを見て取って、すこし怪訝そうな顔をした。
けれども、父が臆面もなく――物陰から息子が覗いているということさえ知りながら――真紗湖に迫っていくと、
彼女はすぐにすべてを察したらしく、無理やりこじ開けるように重ね合わされてくる唇を、受け口をして受け止めて、
むしろ自分のほうから貪欲に、むさぼるように吸い返していた。
処女ではないのか――と思った。
父はわたしにそういって苦笑いしたけれど。
でも・・・あのキスは良い味だった。
と、下品に舌なめずりをしたときには、ゾクリとするものを覚えてしまった。


そんな舌なめずりを目にしたさいしょの生々しい記憶は、中学のころのことだった。
「二学期からは女子の制服を着て、学校に行きなさい」
旧家である父親の命令が絶対だったとはいえ、
母も、もちろんわたし自身も、その指示には驚いて、思わず見返してしまっていた。

学校の女子の制服は、ブレザーだった。
指定のグレーのハイソックスを脛にツヤツヤさせている同級生の足許が眩しくて――
けれども彼女たちとお揃いのハイソックスを脚に通して通学するなど、思いもよらぬことだった。
わたしは――思わず勃起していた。

父の舌なめずりを目にしたのは、女子の制服を着けて通学を始めて、一週間経ったころだった。

学校帰りに、畳の上で仰向けにされていた。
穿きなれてきたグレーのスカートは腰までたくし上げられて、同じグレーのハイソックスは片方だけずり落ちていた。
脱がされたパンツは、部屋の隅に放り投げられていて、
強引に突き込まれた衝撃が、股間を抉るように、ジンジンとした疼痛になって残っていた。
初めての時には、血が出るものだ。
父は嬉し気にそういって、自分の息子の”処女”を勝ち得たことを、目を細めて悦んでいた・・・


あのときと、同じだった。
結婚を控えた生娘に向けられた強引なキスに、真紗湖は大胆に応えていって、
お互いヒルが生き血を吸うような貪欲さで、むさぼり合っていた。
初々しいピンクのスーツの下には、淫欲みなぎる牝の発育しきった四肢が隠されていた。

父は息子の婚約者のスカートの奥に手を入れて、ショーツを荒々しく引きずりおろした。
たくし上げられたスカートのすそから覗いたのは、白い太ももを鮮やかに横切るガーターだった。
この娘はガーターストッキングなんぞを穿いている。
まるで娼婦のような女だな・・・父がそう呟くと、
そんなことないです、と、真紗湖は、初めて娘らしい抗弁をした。
けれども、それが彼女がみせた嫁入り前の娘らしい唯一のそぶりだった。
男は女の股ぐらを嗅ぐように顔を突っ込み、舌であそこを舐めた。
ピチャピチャ・・・クチャクチャ・・・
生々しい音に、わたしは戦慄を覚えた。
いま、わたしの婚約者の純潔は、危機にさらされている。
紙一重のところで、水際で、かろうじて踏みとどまっている。
けれど、もはや劣情にとり憑かれた獣を遮ることは、もはやできない――

父は悪魔に違いない、とおもった。
そして、お見合いの席であれほど上品に構えていたあの女も、やはり魔女だとおもった。
さらに、そのありさまを目にしながらいっさい咎めだてをしないわたし自身も、きっと悪魔なのだと感じていた。


短剣で刺し貫くようにして、父は豪快に、真紗湖の純潔を抉り抜いた。
度重なる吶喊に、さすがの真紗湖も少しだけ、涙ぐんだようにみえた。
けれどもそれもひとときのこと――
男と女は、上になり、下になり、組んづほぐれつ、腕を、脚をからめ合って、
息をはずませ、髪を振り乱し、なん度も姿勢を変えながら、むさぼり合った。

初めてだったんだな。初めてのときには、血が出るもんな。
いつかどこかで耳にした呟きを、父はその時も口にした。

真紗湖は肩で息をしながら、なにも応えなかった。
はだけたブラウスから覗いた乳首は、飽きるほど舐めさせてしまっていたし、
恥知らずな唇から分泌された唾液は、あぶくになっていた。
肩に上品に流れていたセミロングの黒髪は、流れる汗に濡れぼそり、首すじに貼りついてしまっていたし、
足許を気高く染めていたグレーのストッキングハ、ふしだらに弛み破れ堕ちていた。

真紗湖がよろめきながら起きあがると、父が女の足首を掴んで、いった。
「こいつを俺にくれ」
片方だけ脱がせたグレーのストッキングが、ごつごつと節くれだった掌を、薄っすらと染めていた。
女はちょっとだけ姸のある顔つきになり、目つきを尖らせたが、いやとは言わなかった。
そして、ちょっと不平そうに口を尖らせると、脚に残っていたもう片方のストッキングもしゅるしゅると足首にずり降ろして、
男の掌に圧しつけるように、手渡した。
真紗湖が口を尖らせたようすは、情婦の不埒な戯れに本気で怒っているようには見えず、
むしろ甘えて拗ねるようなそぶりがあった。すくなくとも、わたしにはそう見えた。

花嫁の純潔を父親に与える――
ふつうの体験では、もちろんない。
けれども、初めて性体験を共にした男性が妻を抱くことに、わたしは不快感を覚えなかった。
あとで父は、真紗湖はいい女だったといってくれた。
それがいまでは、くすぐったいほど誇らしい記憶になって、長く残っている。


あとがき
婚約者の純潔を他の男性に散らされた体験が、青春の小気味よい記憶となっている――
屈辱にまみれただけかもしれない出来事を、このように昇華させる男性もいるのでしょうか――

ホテルでの再会

2021年10月07日(Thu) 07:37:34

前作のつづきです。


山村の純朴な青年に彼女の純潔をプレゼントしたあと。
彼は親切にも一夜の宿を貸してくれて(もちろん彼女は、独り占めにされちゃったけど・・・)、
見せつけられてしまった昂奮で寝不足気味のぼくに、彼はいった。

きのうは、きみの彼女を狩らせてもらったけど。
こんどはぼくが彼女を狩りに、都会に行くよ。

楽しみに待ってる・・・と口走ってしまったぼくは、
自分の口走ってしまった言葉に、なんとなく納得してしまっていたし、
そんなぼくのことを嬉し気な上目遣いで振り向く彼女の視線が、たまらないほどくすぐったかった。

彼がぼくの目のまえで、彼女の連絡先を訊くのを、
ぼくはやっぱり、くすぐったそうに見守ってしまっていた。


そんな彼から不意の電話が来たのは、土曜の昼間のことだった。
「こんにちは、憶えてる?ぼくのこと」
「忘れるわけないよ。彼女の純潔を捧げたんだから」
とっさにそんなふうに受け答えするほど、ぼくたちは打ち解けてしまっていた。
彼とはあの山道が初対面だったはずなのに、
三人のなかではいつの間にか、ぼくが彼に、彼女の純潔をプレゼントするためにあの山道に迷い込んだ――ことになっていた。
そう、奪われたのではなくて、お願いして奪ってもらったのだ。
すべては、ぼくの意思から出たことで、ふたりはそれをきっかけに、仲良くなったんだ。

「彼女にデート断られただろ」
彼のことばは、とうとつだった。
「どうしてそんなこと、知ってるの?」
「だって、彼女は俺との先約があったんだもの」
都会に彼女を狩りに来る――
別れ際の約束をすぐ思い出したぼくは、「都会に来てるの?」と訊き返した。
「ウン、これから来るかい?」
いなやはなかった。
ぼくは彼の泊まるホテルへと、出かけていった。


一時間後。
ぼくは彼の部屋のクローゼットに閉じ込められて、ぐるぐる巻きに縛られていた。
山小屋のなかの空気は埃っぽかったけれど、お陽さまの匂いがした。
ここではお陽さまの匂いはしなかったけれど、空調に整えられた空気があった。
クローゼットの扉は細目に開かれていて、そのままベッドの様子がわかるようになっていた。
「こういう間取りの部屋、さがすのに苦労した」
彼は、都会に出てくるのは初めてだった。

それからすぐに、ぼくとのデートを理由も告げずに断った彼女が、
彼の部屋の入口に、人目を忍ぶような顔つきをして、佇んでいた。
よくデートのときに着てくる、こげ茶色のブラウスに、細かいプリーツの入った薄茶のロングスカート。
スカートのすそから控えめに覗くふくらはぎは、茶色がかったストッキングに透きとおっていた。
ストッキングの脚をしつこくいたぶる彼の好みを、ありありと思い出していた。
彼女は、彼の好みに合わせて装ったのだ。

セミロングの黒髪を揺らして部屋に入ってくる彼女を見て、
ぼくの血は被虐の悦びに湧きたった。
彼女はぼくにも告げずに、彼に逢いに来た。そう、ぼくを裏切る行為のために。
ためらいながらも彼の好みに合わせた服装をし、気に入りのハンドバッグを提げて、
秘密の待ち合わせ場所に歩みを進めてきた彼女—―。
それなのに。
ぼく自身が彼の立場で、躍り上がるほどの歓びを感じてしまったのはなぜだろう?
いちど抱いた女をそそのかし、婚約者を裏切らせて、
密会の場に現れた女を目にしたときの満足感。制服達成感。
彼の立場でありありと、彼の得意が伝わってくる。
それでもぼくは、彼がぼくの彼女をゲットしたことを、彼の立場で歓んでしまっている。

「よく来たね、彼氏にはなんて言ってきたの」
「・・・話してないから」
目を背けて口ごもる彼女にも、通りいっぺん以上のやましさはあるのだろう。
ぼくはといえば、傍らに置こうとするハンドバックを軽々と受け取って、鏡台のまえにきちんと置いた彼のことを、
意外に紳士的な奴だと感心してしまっていた。
「悪い子だね、こんどは彼に正直に話して逢いに来てね」
婚約者にむかって、これから浮気をしに出掛けてくる――そんなことを言わせようとする彼は、
素早く彼女の傍らに寄り添って、後ろから羽交い絞めにするようにして、彼女の方に腕をまわしている。
ぼくに覗かせながら傍若無人に振る舞う、わがもの顔なその態度に、ぼくのペ〇スはゾクッと鎌首をあげた。

「いい子だね、素敵な肌だ。透きとおるみたいに輝いていて・・・」
もっと見せて・・・と言いたげに、ブラウスの襟首に手をやる彼に、
彼女は目を瞑って、ブラウスの釦を好きにさせた。
胸もとから覗く黒のスリップが、彼女の覚悟を示していた。
――今夜は割り切って、娼婦に堕ちる。
きっと彼女は、そんなつもりで出かけてきたはず。

「首尾一貫しませんね」
悪い子といわれたすぐあとに良い子といわれたことを、彼女はちょっとだけ、根に持っている。
そして吹っ切るように、彼を見あげて、
「悪い子になりに、来ちゃいました」
澄んだ瞳が、いつも以上に魅惑的に、輝いていた。

彼は彼女をベッドに腰かけさせて、細いプリーツの入ったロングスカートを、そろそろとたくし上げてゆく。
ぼくも彼も見たかった、ストッキングに包まれた彼女の脚—―
薄地のナイロンは、かすかな光沢をよぎらせて妖艶に透きとおり、すらりとした彼女の脚をなまめかしく彩っている。
あっ、無作法な・・・
彼女はとっさに口を開こうとし、ぼくも声をあげそうになった。
透きとおる薄地のナイロン生地ごしに、飢えた唇がねっとりと吸いつけられたのだ。

「うふ・・・ふ・・・うふふふふっ・・・」
彼女の足許にくまなく唇を這わせてゆきながら、彼は満足げに、くすぐったそうな笑い声を時おり洩らす。
「すべっこい、すべっこいなぁ・・・」
山小屋のなか、藁まみれにされた彼女の足許に取りついて、
都会育ちの娘を押し倒していったときとおなじ呟きを、都会のホテルの一室で、ふたたび聞かされている。
じょじょに征服されてゆく彼女のことを、
クローゼットのなかで、ぼくは歯噛みし、嫉妬し、なおかつ昂りながら見届けてゆく。

彼女はぼくに告げずに、彼と密会の場を持っている。
その意味で、彼と彼女とは、共犯者。
彼女はぼくの存在を知らない。
その意味で、彼とぼくとは、共犯者。
二重の共犯関係が、ぼくたちをがんじがらめにしていた。
そして彼は、不倫のベッドのうえで、彼女に対する欲望を遂げてゆく――

片脚だけ脱がされたパンティストッキングがふしだらに弛み、ひざ小僧の下までずり降ろされているあの光景が、いまでも忘れられない。


あとがき
肝心のところを掻けよ・・・といわれそうですが、時間切れです・・・ーー;
密会の後の彼氏いわく、
スカートを脱がされて、パンティストッキングを半脱ぎにされた彼女は、
お尻の奥の奥までむさぼられてしまいました。
ブラウスだけはきちんと着けているのが、むしろいやらしく映りました。
かれはどこまでも、ぼくに見せつける演出を怠らずに、
ベッドのうえの彼女を夢中にさせて、
クローゼットのなかのぼくまで昂らせてしまったのです――と。

荒々しすぎる一目ぼれ

2021年10月07日(Thu) 00:25:33

目の前で彼女を強姦された。
なのに、不覚にも昂ってしまった。
犯された彼女も、しだいしだいに妖しい歓びに目ざめていって、
気がつくともう、相手の男の腕の中、身を仰け反らせて悶えまくっていた。
旅先の田舎道での出来事だった。

道に迷ったぼくたちは、純朴で親切そうなその男に出会った。
村ならすぐそこですよ――朗らかにそう応えた彼がぼくたちを引き入れたのは、
村に間近の藁小屋だった。
そこでぼくは、あっという間にぐるぐる巻きに縛られて、
彼女の身に着けた洗練されたよそ行きのスーツは、
この田舎育ちの若者の、粗暴な戯れに曝されて、一枚一枚、剥ぎ取られていった。

荒々しい所作のなか、
彼女はうろたえ、拒み、ためらい、羞じらいながら、
華奢な身体を力づくでこじ開けられていって、
息せき切った接吻を圧しつけられた唇に、
初々しい唇を踏みしだくようにこじ開けられていって、
とうとう接吻を受け容れてしまうと、
観念したように、身体の力を抜いていった。

若いふたりが感じ合うのに、さほどの時間は要らなかった。

はだけたブラウスから覗く胸を荒々しくまさぐられながら、
たくし上げられたスカートの奥に、逞しい腰を沈められながら、
引き裂かれたストッキングを、ひざ小僧の下までずり降ろされながら、
いつしか、大人の女だけが識る淫らな舞いを、覚え込まされてゆくのだった。


嵐はあっという間に過ぎ去って、
彼女はストッキングを剥ぎ降ろされた真っ白な太ももに、赤いしずくを滴らせていた。
処女喪失を告げるそのしずくの瑞々しさが、自分の恋人が行きずりの暴漢のオンナにされてしまったことを
残酷なまであからさまに、告げていた。

彼は彼女を、四回も犯した。
そのたびに、彼女の身体の奥に、彼の熱情のほとびが、熱く熱くほとばしり、
彼女の身体の奥を、熱く熱く浸していった。
かち得た獲物を彼が気に入ってしまったのを、ぼくは否応なく見せつけられていた。
逞しい狩人は、ぼくの美しい恋人を、実力でかち得ていったのだ。

ぼくが不覚にも、ズボンの股間を熱い粘液で濡らしてしまったのを、
彼も彼女も気づいていた。
彼女もぼくも、愉しんでしまっていたことを、
加害者の彼も、被害者の彼女も、あえて触れようとはしなかった。
だって彼女も、未来を誓い合ったはずのぼくの目のまえで、悦んでしまっていたのだから。


感じ合ってしまったことに羞じらいや屈辱を感じるいとまを与えずに、
男はぼくたちふたりに告げた。
お互い、感じ合っちゃったみたいだね。
ぼくたちは男の言葉に無言で頷きながら、
互いに互いの顔いろをうかがいながらも、
覚え込んでしまった歓びを忘れられないと観念した。

男はどこまでも礼儀正しく、
彼女を犯しているときでさえ、唐突な愛情をさらけ出していた。
それは粘着的で、独りよがりな執着心に満ちていたけれど、
息せき切った野蛮な振る舞いにも、まっすぐな熱情をあらわにするのだった。

一目ぼれだからといって、
衝動的だからといって、
気まぐれの行為ではなく、戯れの振舞いでもなかった。
慎重で堅実な彼女がその場で蕩けてしまったのも、
自分が出遭った男が抱いた熱情が、類いまれなほどしんけんなものだと、
擦り合わされた素肌を通して感じてしまったからだろう。
――彼女はまだ、処女だった。

あたしの想いを言ってもいい?
大きな瞳を見開いて、彼女は声をひそめた。
瞳にたたえる魅力的な輝きは、犯される前と寸分、変わらないものだった。
ぼくは無言で、頷いていた。

予定通り、あなたと結婚する。
でももういちどだけ、あのひとに犯されてみたい。

彼女の言葉は鋭いナイフのように、残酷にぼくの心を突き刺した。

苦しみにあえぐ人のように、唇をわななかせながらも。
ぼくははっきりと、応えていた。自分でもびっくりするくらい、はっきりと。

ぜひ、そうしてもらおうよ。
ぼくも・・・きみが夢中になっているところを、もういちど視たいから――

やだ、エッチ!
彼女は羞じらいながら、ぼくの背中をどやしつけた。
そんなところは、いつもの彼女に戻っていた。


ねえ。
ぼくが声をかけたとき、彼は藁小屋の外にいた。
ぼくたちを、藁小屋のなかで二人きりにしてくれていたのだ。

話し合いは済んだかい?
振り向く彼に、ぼくはいった。

きみは彼女をおもちゃにしたの?

おもちゃじゃない、って言ったら?

え?

一目ぼれだった。本気なんだ。

でも彼女は、ぼくの妻になる女(ひと)なんだ。
そこだけは、譲ることができなかった。

わかってる。すまなかった。
夕陽の陰になった彼の顔が、しんそこすまなさそうに翳っていた。

でも――と、彼はくり返した。
おれも本気なんだ。でも、きみとはケンカしたくない。

きみたちの結婚をお祝いするよ。でもそのかわり、時々彼女に逢うチャンスをくれないか?
ムシの良いお願いだとは、わかっているけれど。
きみの奥さんを、時々俺の彼女にさせてほしいな。

ふつうなら、とうてい容認できないはずの申し出を。
ぼくはよろこんで、受け容れることにした。


処女を奪われちゃったのは、悔しいけれど。
きみはいちずに彼女のことを気に入ってくれたみたいだから。
まだしもあきらめがつくかな。
彼女を落とされたのは、悔しいけれど。
そこまで欲しがってくれたのならば、
むしろぼくのほうから、きみに彼女のことを、プレゼントするべきだったのかも。
ぼくの未来の花嫁の純潔を、きみがかち得たことに、お祝いを伝えるよ。

おめでとう。


彼はあっけに取られたようにぼくを見、そして自分のオンナにした彼女を見た。
そして、純朴そうな顔をほころばせて、黙って頷いた。
そして、掌を差し出した。
彼女の胸をまさぐった掌はまだ熱く、握手を求めたぼくの掌を、痛いほど握り返してきた。

きみは男らしい男だね、彼女のご主人にふさわしいと思う。
きみは男らしい男だと思うよ。彼女にお似合いだと、ぼくは思う。
ふたりはお互いをたたえ合い、
ぼくは、もういちど目の前で彼女を犯して欲しいと、心から願った。
こんどはぼくから、未来の花嫁をきみにプレゼントさせてもらうよ、と告げながら。

そして彼女もまた、淫らな粘液にまみれることを、自ら希望した。
ぼくの目を気にしながら、あんまり視ないでね、と羞じらいながら、
彼女はいちどは身づくろいしたはずのブラウスの釦を、じぶんからはずしていった――

ストッキングを剥ぎ降ろされた皎(しろ)い脚が、射し込む夕陽に照らされて、眩しいほど輝いていた。


≪ご注意≫
ごうかんは、犯罪です。このお話にあるような展開は、現実には奇跡的な確率でしか起こりえません。良い子は絶対、まねしないでくださいね。

絵里子さんの純潔。

2021年07月22日(Thu) 06:45:46

は じ め に

婚約者を伴い生まれ故郷に戻ってきた若い男性が、彼女を吸血鬼の親友と引き合わせて、
目の前で未来の花嫁を征服されてしまうお話です。
柏木の好きなプロットの、代表的なひとつです。^^
テーマ・シチュごとに、ワンフレーズにまとめてみました。
出来は、いつもとそう変わらんのですが。。。^^;


「すまない。きみの絵里子さんに怪我をさせてしまった。」
ぼくのほうを振り向いた友作は、まだ口許に絵里子さんの血を滴らせていた。
抱きすくめられた友作の腕の中、
ぼくの婚約者の絵里子さんは、よそ行きのスーツ姿のまま、
ぐったりとおとがいを仰のけて、
かすかに息づく首すじから、バラ色の血を流している。
ブラウスの襟首に血が着かないよう、友作はしたたる血潮をハンカチで拭い、
唇でもういちど傷口を含んで、血止めを施してくれた。

友作は、ぼくの幼なじみの吸血鬼。
結婚を控えた絵里子さんを伴い、久しぶりに実家に帰ったときの出来事だった。

絵里子さんがわれに返ったとき、
ベンチにもたれかかった彼女のことを、ふたりの男が両側にかしずくように見守っていた。
友作とぼくだった。
「もう大丈夫。血は止まっているから」
と、友作は絵里子さんを安心させようとして、いった。
彼のひと言は、絵里子さんには効き目があったらしい。
ほっとひと息ついた彼女は、ぼくをみて、いった。
「このひと、わたしを咬んだんです」
大きな瞳をもの静かに見開いて、謡うような声色がむしろ、愉しげに響いた。
「血を吸われちゃいました」
冷静な彼女は、自分の身になにが起きたのかを、きちんとわきまえていた。
「吸血鬼がいるって、本当だったんだね」
彼女はそういって、友作を見かえると、
「でも、悪い人じゃなさそうみたい」
と、こんどは友作を安心させるようなことを呟いていた。
「気にしないでね。貴方はわたしを騙したりしてないし、
 吸血鬼がいるって正直に教えてくれた。
 友作さんもそう。
 若い女の血が欲しくて、たまらなかったのね。
 悪いのは、それを真に受けなかったわたしだけ」
さっきからわたしばかり言ってる――絵里子さんは初めて、口を尖らせた。
「二人とも黙ってないで、なんとか言ってよ」
とわざと身を揉んで、よそ行きに装った脚を、ちいさく足摺りさせた。
「護れなくてごめん・・・っていうのは、なしにして」
――なんだかぼくのほうが、慰められているような気がした。

「ご馳走様」
友作は悪びれずに、そういった。
過去になん人もの女性を襲っているだけあって、
結婚相手を連れ帰ったぼくよりも、ほんの少しだけ、女あしらいに長けていた。
「美味しかったですか、わたしの血」
絵里子さんは愉快そうに、もの静かな瞳に笑みをたたえた。
「ああ、美味しかった」
白い歯をみせる友作に、
「なら、よかった」
と、絵里子さんはにこやかに応じる。
打てば響くようなタイミングだった。
ふたりは気が合うな――ぼくはそう感じて、ちょっとだけ嫉妬を覚えた。
「あなたには、責任取ってもらうからね」
絵里子さんはぼくのほうを振り向いて、そういって笑った。
――友作さんに乗りかえるなんてことは、考えないから。
彼女は黒い瞳で、そう伝えてきた。

「あの、もう少しだけ、いいかな・・・」
友作はぬけぬけと、絵里子さんに血をねだった。
タメ口になっているのがちょっとだけ気になった。
絵里子さんがもう一度ぼくを見て、許しを請うような視線を投げてきて、
ぼくの懸念をあっさりと晴らした。
――決定権は貴方にある。わたしはどこまでも、貴方のものだから。
彼女の黒い瞳は、あきらかにそういっていた。

脚を咬むんですか?
絵里子さんの足許にかがみ込んでくる男に、さすがに彼女は戸惑いを見せた。
ストッキング脱がなきゃ・・・と焦る彼女に、ぼくが耳打ちをした。
「女もののストッキング、破くのが好きなんだ」
え?と瞳で訴えた絵里子さんはそれでも、まあいいか、とあきらめたように笑い、
「それならどうぞ」
と、意外なくらいあっさりと、ストッキングを穿いたままの脚を彼のほうへと差し伸べた。
「ありがとう」
友作が絵里子さんを見あげる。
絵里子さんが、黒い瞳で応える。
友作はもういちど、絵里子さんの足許にかがみ込んで、
肌色のストッキングのうえから唇を吸いつけた。
そして、絵里子さんのストッキングをブチブチと破りながら、ふくらはぎに咬みついていった。
ちゅうっ・・・
ひそかにあがる吸血の音を、彼女は肩をすくめてやり過ごし、
ぼくは聞こえないふりをしながら、彼女の足許を這いまわる唇から、目が離せなかった。

ぼくの実家の畳を踏んだストッキングを、両脚とも咬み破らせてしまうと、
ストッキングを脱がせようとする友作を制して起ちあがり、
「自分で脱ぎます」というと、周りを見回した。
数分後。
女子トイレから出てきた彼女は、
脱いだストッキングをあり合わせの紙袋に入れて手にしていた。
自分の脚を通していたものをそのまま渡すことは、さすがに憚られたのだろう。
彼女の所作から、良家に育った彼女の、育ちの良さを、ぼくも友作も感じ取っていた。
「はい、どうぞ」
とり澄ました声が、凛と響いた。
彼女は脱いだストッキングを男に手渡し、男は固い顔つきをしてそれを受け取った。
「感謝します」
と、真面目な顔をする友作を、
「まるで賞状でもらったときみたいですね」
と、絵里子さんはからかった。
トイレのなかで少しだけ流したかもしれない涙の余韻は、気ぶりにもみせなかった。


「すまない。彼女にまた怪我をさせてしまった」
友作がそういってぼくをふり返ったのは、真夜中の公園。
さいしょに彼女を咬んだのと、同じ場所でのことだった。

若い女の血に飢えて、夜も眠れず公園をさ迷い歩いていた勇作。
血が騒いでホテルから抜け出して公園にやって来た絵里子さん。
胸騒ぎがして夜中に起き出して公園に向かったぼく。
期せずして三人はほぼ同時に、おなじ場所にやってきた。
わずかに遅れたぼくは、
絵里子さんの澄んだ目が彼の目線に射すくめられて抱き寄せられるのを、
目の当たりにすることになった。
人目を忍んで夜中に逢瀬を遂げる男女のように、
ふたりは熱い抱擁を交わし、絵里子さんはためらいなく、首すじを彼の唇にゆだねた。
じゅるうっ・・・
生々しい音を立てて啜られる、絵里子さんのうら若い血潮――
あの音は、そうとう喉が渇いているときのもの。
すぐにわかった。
絵里子さんの身を案じるよりも、
友作が絵里子さんの血に満足していることへの満足感と嫉妬に、ぼくの心は乱されていた。

「気がついたら、このひとの腕のなかにいた」
絵里子さんはぽつりと、そう呟いた。
弁解めいた色もなく、事実をそのまま告げているような口調だった。
「ストッキングまで穿いてきたのに?」
ぼくに指摘されるまで、自分がよそ行きの服装で出てきたことさえ、
まるきり気づいていないようだった。
ぼくは自分の立場を、明確にする必要を感じた。
友作が絵里子さんの血を気に入ってくれて嬉しいし、
絵里子さんが友作に血を許してくれて、感謝している――
ぼくの言いぐさに、ふたりとも満足したようだった。
「せっかく穿いてきたんですから」
絵里子さんは白い歯をみせて、
薄茶のロングスカートの下に隠した脚を、友作の目線に惜しげもなくさらした。
肌色のストッキングの薄い生地が街灯に照らされて、淡い光沢をよぎらせていた。
それでも友作の唇が太ももに吸いついたとき、
「やっぱり、やらしいわよね?」
と、だれに向かってともわからないまま、呟いていた。
そして、欲情を滾らせた唇がストッキングを唾液で濡らし、
まさぐるように揉みくちゃにして、
ビリビリと喰い破かれて、ふしだらな裂け目を拡げてゆくのを、
黒く大きな瞳で、じいっともの静かに見つめつづけていた。


「責任、取ってくださるわよね!?」
絵里子さんが問い詰めたのは、自分を犯した友作のほうではなくて、
ふたりのまえで痺れたように身体を硬直させつづけていた、婚約者のほうだった。
腰までまくり上げられた薄茶のロングスカートから覗く太ももには、
初めての痕が赤い滴りとなって、むざんなほどに鮮明に刻印されていた。
「責任、取るよ」
やっとの想いでぼくがいうと、絵里子さんはこわばらせていた頬を和らげ、
「よかった・・・」
とだけ、いった。

嵐は突然吹き荒れて、一瞬にして三人の間を通り過ぎた。
夕べと同じように、友作は絵里子さんを招び出して。
ぼくも同じように、夜の公園に出かけて行って。
抱きすくめられた絵里子さんは、恋人にそうするように首すじを接吻に委ねながら、
吸血される恍惚の刻をすごした。
わざわざ穿いてきたストッキングも、ためらいなく破らせていた。
そこまでで終わるはずだった。
けれども、そこまででは、終わらなかった。
男は熱い息を迫らせて、絵里子さんの着ているこげ茶のブラウスを引き剥いで、
まっ白な胸もとを鮮やかに区切る黒いブラジャーの吊り紐を、尖った爪で断ち切った。
目の前の女を犯したいという、明白な意思表示に、
ぼくたちふたりは戸惑い、うろたえ、けれどもぼくよりも素早く状況をのみ込んだ彼女は、
すべてを覚悟したように目を瞑った。
暴漢は無抵抗になった彼女のロングスカートを荒々しくたくし上げると、
ストッキングを穿いた脚になん度もくり返し接吻を加え、
よだれで濡れそぼるくらいに接吻を重ねたあと、ゆっくりとずり降ろしていった。
「絵里子さんが処女のうちに、自分で脱がしてみたかったんだ」
あとでそう告白されたけど。
さいしょの刻も、友作が絵里子さんのストッキングを脱がそうとしたのを、思い出した。

友作が女の子を襲うところは、なん度も見てきた。
妹も、犠牲者のひとりだった。
女の子はたいがい泣きじゃくりながら、せめてもの抵抗を他愛なくねじ伏せられて、
咬み破かれたストッキングを、じりじりとずり降ろされていって、
逞しくそそり立った一物を、色とりどりのスカートの奥へと忍び込まされて、
さいごに腰を深々と沈められ、とどめを刺されてしまうのだった。

絵里子さんは、泣かなかった。
さすがにまつ毛をピリピリと震わせていたけれど。
あくまでもの静かに振る舞って、令嬢としての気位を捨てようとはしなかった。
未来の花婿の見ている前で処女を散らせる。
「少しは無念でしたよ」
あとでそう告げられた時、
彼女は白い歯をみせて、笑った。

いつもの要領で、友作が絵里子さんに、いうことを聞かせてしまうのを。
ぼくは嫉妬と不思議な歓びに打ち震えながら見つめつづけ、
花嫁の純潔が散らされてゆくのを、息をつめて見届けたのだ。

初めてのときは、無理しないほうがいいんだ。
そういう主義だった友作が、珍しく五回も六回も果たしていくとき。
やつが絵里子さんのことをほんとうに気に入ったのだと、思い知らされていた。
婚約者のまえで形ながら抗っていた白い細い腕がねじ伏せられ、野放図に野原に伸べられ、
やがて自分のほうから逞しい背中に巻きついてゆくのを、
呪わしい思いを抱えて見守りながら、
うごきがひとつになった二対の腰が、静かに熱くまぐわうのを、
親友と婚約者とがひとつになって、男と女の営みに耽ってゆくのを、
認めないわけにはいかなかった。
注ぎ込まれた粘液は彼女を狂わせて、
おっきぃ、おっきぃ・・・痛あいっ・・・と、無我夢中で歯がみしながら身もだえて、
そのたびに頭を撫でられ、胸をまさぐられ、言葉でなだめすかされて、
もう一度、もう一回・・・と迫ってくる腰を遮る意思を喪っていった。


責任、取ってくださるわよね?
彼女にそう言われたのは。
すべてが過ぎ去って、絵里子さんのすべてを奪い尽くされてしまったあとのことだった。

責任を取る ということは、
目のまえで過ちを犯した絵里子さんを予定通り娶って、
新妻の純潔を親友に捧げることを認めた ということ。
けれどもぼくには、一点の後悔もなかった。
未来の花嫁の肉体を、親友に与えたことも含めて、一点の後悔もなかった。

「じゃあ、確認の意味でもう一度」
こんなときにこんなところで「確認」なんていう事務用語を使ってしまうOLぶりに、
友作はにんまりとして、絵里子さんは恥じらって、
でもすぐに彼女は自分を取り戻して、しゃんと背すじを伸ばして、彼と対峙して。
差し伸べた首すじにもう一度、熱い牙を刺し込まれてゆく。
ごく、ごく、・・・ちゅうっ・・・
貪欲に飲まれるのが好き。
そんなことを口にするようになった絵里子さんは、
あのとき求められた性急さが嬉しくてたまらない、と、ぼくに告げた。
彼女は細身の身体をふりたてて、彼の欲求に応えてゆき、
貧血を起こして彼の腕のなかで姿勢を崩すと、もういちど芝生の上に横たえられて、
それまで潔く守り抜いていた股間を無防備にさらし、
獣じみた劣情に、惜しげもなくゆだねてゆくのだった。


「行ってしまうのか」
友作は、しんそこ寂しそうだった。
「ぼくたちの住まいは、都会だからね」
しんそこ気の毒な気がしながら、ぼくはこたえた。
「だいじょうぶ。また来るから」
絵里子さんは賢明にも、友作のことを具体的に慰めた。
「いいでしょ?」
とふり返る絵里子さんに、笑顔で応えるぼく――
ふたりのあいだには、なんにわだかまりもなかった。
「そのときにはまた――」
友作は言いかけて、絵里子さんの下腹部に目をやった。
「な、なによ。もう・・・」
いつも冷静な絵里子さんが、薄茶のロングスカートを揺らして、珍しくうろたえた。
かすかに泛んだ照れ笑いが、ひどく可愛らしかった。

「ご両親にあいさつに来たというよりか、このひとに純潔をプレゼントしに来たみたいね」
友作の態度にあわせて、彼女の態度までちょっとずつ、露骨になってゆく。
「いいことをしたと思っているよ」
と、ぼく。
「わたしもいいことをしに来たとおもってるわ」
と、負けずに彼女。
「こんど来るときも、ぼくが連れてくるから。たっぷり見せつけてもらうからね」
――あのときのきみの笑顔が、ひどく清々しかった。
あとで友作に、そういわれた。
もしかすると、未来の花嫁の純潔を彼に愉しまれてしまうことは、
ぼくの長年の願望だったのかもしれない。
「さあ行こう。
 男を識った都会女がこれ以上うろうろしていると、まさされてしまうからね」
ぼくはそういって、渋る彼女をひき立てるようにして、友作に背を向けた。
「また来いよ」
「ああ、またね」
ぼくたちは幼なじみの昔にかえって、あのときと同じ言葉を交し合った。



7月20日構想、本日脱稿。


あとがき
かなり長々としてしまいました。
長いのは大概、駄作の可能性が高いのですが(だったらごめんなさい)、いかがでしたでしょうか?
婚約者が処女の生き血を吸い取られ、挙げ句の果てに犯されてゆく。
けれども結婚を控えた彼は、親友が自分の彼女を気に入ったことに満足し、誇らしくさえ感じ、
彼女のほうもまた、恋人の目の前で初めての歓びを識って、処女を捧げた男に特別の感情を抱くようになっていきます。
親友の彼は、絵里子さんに対して、もしかすると純愛めいたものを感じているのかもしれません。
それを初めてのセックスの回数で表現してしまうのは、ちょっとよろしくないのかもしれないけれど。^^;

三人の間を吹き過ぎていった、一陣の嵐。
もしかするとそれは、彼らにとって避けては通れない通過儀礼だったのかも知れません。
絵里子さんの義実家参りは、以後毎月のように続けられた ということです。

不倫の予行演習。

2021年06月19日(Sat) 08:38:38

結婚する慶びを吸血鬼の親友と分かち合うため、
未来の花嫁である貴美恵を伴って、彼の邸を訪問した。

持参したお菓子の包み紙を器用にほどくと、彼は中身を口にした。
大の甘党だったのだ。
そしてちょっとの間ぼくが座をはずしたその隙に、
同伴した貴美恵の洋服を器用に脱がせて、ベッド・インした。
大の女好きだったのだ。

邸を辞去した後、彼女はいった。
「ストッキング、取られちゃった」
「なんか、いやらしいね」
「結婚するまでにあと1ダース、あたしからせしめるんだって」
式は二カ月後だった。
「かなりハードだよね・・・」
貴美恵を寝取られる悔しさも忘れて、ぼくは彼女の身体を気遣った。
「花嫁修業だと思って、がんばるわ」
真面目な横顔に戻った貴美恵は、いつもの気丈さを取り戻していた。
不倫の予行演習――そういいかけたぼくは、その言葉をのみこんで、
「しっかりね」
とだけ、こたえた。


かいせつ
すでに身体の関係もあるカップルが、彼氏の親友と懇親を深めるお話です。^^

タイツ、タイツ、タイツ

2020年09月12日(Sat) 09:01:25

長い靴下の脚を咬むのが好きな吸血鬼と、仲良くなった。
スポーツ用のライン入りのハイソックスを履いた脚を咬ませてやったら、
ストッキングを穿いたご婦人の脚を咬みたいとほざかれた。
それで彼女を呼び出して、黒タイツのふくらはぎを咬ませてやった。
さいしょは嫌がっていた彼女も、予想通りウットリとした顔つきになって、
穿いてきた真新しいタイツを、存分に破かせてしまった。

つぎにバレエをしている妹の、白タイツの脚を。
それからいつも地味ーな服装のお袋の、肌色のタイツの脚を。
少しイカレたいとこの、緑色のタイツの脚を。
さいごにしっかり者の伯母の、ねずみ色のタイツの脚を。

順繰り順繰りに、咬ませてやった。

やつは彼女と妹の身持ちの良さを保証してくれて、
イカレた従姉はわしで4人目だとほざきやがった。
そして地味ーなお袋は意外にも7人も経験していて、
しっかり者の伯母までも、お袋よりも多い11人だときかされた。

いまは四人の女たちは、そろいもそろって、申し合わせたようにして。
薄いスケスケの、黒のストッキングにふくらはぎを染めて、
順繰り順繰りに、吸血鬼のお邸にご機嫌伺い。

経験者の伯母と従姉とお袋は吸血鬼の愛人にされてしまって、
妹も黒のストッキングを引きずりおろされて、
まだ男を識らなかった彼女までも、
処女の生き血をたっぷり吸い取られたあと、モノにされてしまっていた。

父と伯父とは、お前のおかげで女房を寝取られたと、笑いながらぼくを責め、
ぼくはぼくで、婚約者の純潔を捧げた男の悲哀を自慢する。
きょうも四対の薄黒く濡れた脚線美が、ぼくの目線を誘惑しながら、
ひとり、またひとりと、吸血鬼の邸へと姿を沈めていった。

【寓話】姦の系譜

2020年07月29日(Wed) 08:03:50

長男の嫁は、吸血鬼に魅入られて、純潔を捧げた。
次男の許婚も、吸血鬼に洗脳されて、純潔を捧げた。
三男は幼なじみを吸血鬼のところに連れてゆき、想い人の純潔を捧げた。
三組の夫婦は想い合いながら、幸せに暮らした。

長男の妻はその後も吸血鬼に愛されて、不倫をつづけた。
次男の嫁も吸血鬼になじまれて、不貞を愉しんだ。
三男の夫人も吸血鬼に気に入られ、寵愛を受け続けた。
夫たちは苦笑いしながらも、妻たちの不倫を黙認した。

長男の跡取り娘は、吸血鬼の訪いを受けて、処女を捧げた。
次男のまな娘も、吸血鬼に狙われて、処女を捧げた。
三男の令嬢も、吸血鬼に誘惑されて、処女を捧げた。

少し待て。
吸血鬼は近親相姦を、3回犯している!


あとがき
当話のカテゴリについて
さいごのオチは「近親」なのですが、お話の流れからすると「嫁入り前」かな?と思い、そのように分類しました。

許された逢引き。

2020年01月07日(Tue) 08:07:30

くぐもったような電話機の音が、部屋に鳴り響いた。
「あなたじゃない?」
母の気づかわしそうな声。
エプロンの下のスカートは、裏地を父以外の男の粘液で濡らされているはず。
その相手が誰だかを、父も俺も良く知っているけれど――あえて口には出さない。
受話器を取ると、父も俺もヤツの仕業――と思っているその本人の声が響いた。
「お袋さん、ご馳走様。久しぶりのよそ行きのスーツ、美味しかった」
「よけいなこと言うなよ」と、わたし。
「ところでさ」
彼は改まった声で、いった。
さっき、俺がこの街に初めて連れてきた婚約者の首すじを、咬んだばかりの男。
今朝お袋を襲って、夕方には彼女を咬んでいった。
お風呂と妹で母娘丼を楽しんだ男は、こんそは嫁姑を二人ながら愉しもうとしている。
そんなシチュエーションに昂りを憶えて、協力者になってしまう、不埒な俺――
「夜10時。〇時△分、ホテル××801号室。来てほしい」
それは、遠方から訪問してきた彼女が独り泊った部屋だった。

わざと半開きにされている、部屋のドアごしに。
「ああ・・・っ、ああ・・・っ、ああ・・・っ・・・」
悩ましい声がひめやかに洩れてくる。
ドアのなかを恐る恐る覗くと、そこに佇むのは昼間のワンピース姿のままの彼女。
吸血鬼の熱っぽい抱擁に身をゆだね、まつ毛を震わせて、
だらしなく半開きにした可愛い口許から、悩ましいうめき声を洩らしている。

「えっ・・・?」
抱擁を解かれてこちらを見た彼女は、俺を見て身をすくめた。
「わかってくれてるから大丈夫」
ヤツはもの慣れたようすで、とっさに彼女を黙らせる。
友人の彼女や婚約者、妻を次々と堕とした男だ。
俺のフィアンセは、なん人めになるのだろう?

足許に唇を近寄せるヤツを前に、おずおずと脚を差し伸べる彼女。
ストッキングを破らせながら、吸血される歓びに目ざめていった。
そして俺も、彼女を吸血される歓びに、目ざめていった。

未来の花嫁の純潔さえ捧げ抜いた一夜。
代わりばんこに血を吸われた俺たちは、幼なじみの奴隷と化して、朝を迎える。

ライン。

2020年01月07日(Tue) 07:55:56

婚約者を伴っての里帰り。
吸血鬼の幼なじみに襲われた彼女は、その場でラインを交換してつながった。
現代はとても便利だ・・・と、のんきなことを考えてしまった、不覚なわたし――

わたしは実家に泊り、彼女はひとりホテルに泊まる。
何しろここは、都会から遠く離れた土地だから。
ホテルのロビーで彼女と別れてすぐ、ラインが鳴った。
ヤツからだった。
「彼女が俺と密会したがってる。夜這いをしても好い?^^」
好いわけがない――そう返答しようとした手の指がとまる。
いったいいつの間に、彼女はヤツと連絡を取ったのか?
それともヤツの嘘なのか?
逡巡する間もなく、彼女からのラインが入る。
「今夜、さっきの方に誘われました。私の血を吸いたいと仰るの。お逢いしても良いですか?もしOKなら、心細いので一緒にいてほしいです」
「きみは血を吸われても平気なの?」
「あなたの街の風習ですよね」「大丈夫です」
わたしはひと呼吸置いてから、レスを入れる――
「彼を連れてきみの部屋へ行きます」

いったい、どういう夜になるのだろう・・・?

どちらの意図で・・・?

2020年01月07日(Tue) 07:48:28

婚約者を伴っての里帰り。
俺は彼女を幼なじみに引き合わせていた。
彼の正体は吸血鬼。
かつては俺の血を吸い、お袋の血を吸って、ついでに筆おろしまでしてしまった間柄。

俺は一体、何をしに来ているのだろうか?
幼なじみに婚約者を紹介するため?
若い女の血を欲しがる悪友に、獲物をあてがうため?
きっとそのどちらでもあるのだろう。

まだなにも知らない彼女は、よそ行きのスーツのタイトスカートのすそから、
健康そうなひざ小僧とふくらはぎを、なまめかしいストッキングごしに美味しそうに透き通らせている――

チャレンジャー

2020年01月07日(Tue) 07:32:02

里帰りをしてひさびさに、幼なじみの吸血鬼に会ったときのこと。
彼が突然、獣めいた目つきになった。「見慣れない若い女がいる」
まさか、血を吸いたいとか言い出すなよ・・・と思ったが、案の定だった。
街の女たちなら、彼の正体も欲求のほども知っていて、ほどほどに相手をしてくれるのだが、
他所から来た女では、なかなかそうはいかないはず。
「全くお前は、チャレンジャーだな」
あきれてみせる俺のまえ、
「けれどあの女なら、すべてを失うリスクを取っても良い」
なんて言い出しやがった。
「ちょっと待ってくれ、話をつけてきてやるから」
踊り出そうとする彼をとっさになだめて、女のところに飛んでいった。

駆け戻る俺の背中を見つめながら女は佇みつづけていて、
ふたたび彼を伴い取って返すと、
あいさつもそこそこに彼は女の首すじを噛んでいた。
路上で組み伏せ抑えつけ、気絶した女のうえから起きあがると、彼はいった。
「お前の婚約者だったのか!?」
血を吸った相手の意識を読み取る能力が、困ったところで発揮された。
「お前こそチャレンジャーだな」
彼女の血をしたらせながら感心してみせるヤツの頬ぺたを、俺は軽くひっぱたいていた。

「愛する女(ひと)」が「信頼できる女」に ~里帰り~

2020年01月03日(Fri) 08:51:16

高校を出るまで棲んでいた故郷の街に、彼女を伴って帰ったのは、結婚の約束をしてすぐのころだった。
「あなたのすべてを知りたい」と望む彼女に、故郷のことを打ち明けるのは勇気が要った。
彼女に嫌悪されて、せっかく得た恋を喪ってしまうのが怖かったから。
けれども彼女は、ぼくが思っていたよりもずっと、強いひとだった。
「なあんだ、そんなことか。面白そうじゃない」
ふつうの女性なら、卒倒するかもしれないことを軽々と乗り越えてくれたのは、彼女の強さのおかげだと、いまでも思っている。

そんな彼女が、都会ふうのワンピースを身にまとい、ぼくの傍らで背すじをシャンとひき立てて、ハイヒールの音を響かせている。
胸ぐりの深いワンピースから覗く肌は滑らかで白く、クリーム色のストッキングに包まれた足許は艶やかに輝いている。
「タカシが美味しそうな女を連れて戻ってきた」
そんな声にならない声が、街のあちこちからあがるのを、ぼくは感じた。

ごくふつうの閑静な住宅街のそこかしこに吸血鬼が潜み、人間と穏やかに共存しているこの街では。
人妻が襲われて生き血を吸われ、ことのついでに犯されてしまうことが、ごく日常的にくり返されている。
結納の席で顔を合わせた両親のところには、まっすぐ目ざす必要はない。
ぼくたちが実家よりも先に訪れたのは、ぼくの幼なじみの棲む邸だった。
濃いツタに覆われた古びた壁を持つこの邸で、彼は独りで喫茶店を営んでいた。

「こちら、新藤佳世子さん。学生時代からの付き合いで、こんど結婚することになったんだ」
ユウと呼ぶこの幼なじみは、吸血鬼。
物心ついたころから一緒に遊んできたので、気がついた時にはもう、血を吸われる関係になっていた。
「脚に咬みつく癖があってね。おかげで中学のころは、ライン入りのハイソックスを何足も汚されて困ったっけ」
ぼくがそういって苦笑いすると、寡黙な彼も同じような苦笑いを恥ずかし気に浮かべて、
照れ隠しに熱心にコーヒー豆を挽きつづけた。
彼がちょっとはずしたとき。
「ぶきっちょそうだけど、悪い人ではないわね」
と、佳世子さんはこっそりと、ぼくに囁いた。
長男の嫁は最低一人は吸血鬼の相手をしなければならない――
彼女には当地のそんな風習を打ち明けてたうえでプロポーズした。
奇妙な風習の存在に戸惑いながらも、彼女はその場で結婚のOKをくれた。

いちおうお店だから、支払いはしてもらうけど――と、彼は前置きして、意味ありげに訊いた。
「支払いは現金?それとも・・・」
濁した語尾に物欲しげな風情を隠しおおせたことを、あとで佳世子さんは「さすが」と感心してみせてくれた。
「エ、エエ。御挨拶代わりに、私もタカシくんと同じくしてもらおうかな」
ボーイッシュにそう応えると、
佳世子さんはクリーム色のストッキングを穿いた脚を見せびらかすようにして、さりげなく前に差し伸べた。

佳世子さんの傍らにかがみ込んだユウの唇が、クリーム色のストッキングの足許にゆっくりと近寄せられてゆく。
時間を止めてしまいたい衝動をこらえながら、ぼくはドキドキとした視線を彼女の足許に這わせていた。
「あなたの視線のほうが怖かった」と、あとで佳世子さんは笑ったけれど――ぼくはぼくなりに、しんけんだった。
最愛の彼女の生き血を、幼なじみに捧げる神聖な儀式だったから。
彼の唇がストッキングの上に吸いついて、心持ち舐めるように這いまわり、それからギュッと力がこもる。
「ぁ・・・」
その瞬間。
佳世子さんはわずかに顔をしかめて、額に手を当てて俯いた。
ちゅうっ。
静かで薄暗い店内に。
佳世子さんの血を吸い上げる音が、ひっそりと洩れた。
白いワンピースのすその下。
佳世子さんのふくらはぎを吸いつづける唇のうごめきが、整然と織りなされたナイロン生地に唾液をしみ込ませ、
真新しいストッキングがじょじょに裂け目を拡げ剥がれ堕ちてゆくありさまを、
ぼくはただぼう然と、見つめていた――

きちんと装われた都会ふうのワンピースの下、ストッキングだけがむざんに破け、ふしだらな裂け目を拡げている。
吸い残された血潮が傷口を薄っすらと彩っている。
「思ったほど痛くなかった」
佳世子さんは、白い歯をみせて笑った。
愛するひとが、信頼できるひとになった瞬間を実感した。


1時間後。
ぼくと佳世子さんを出迎えた母は、「あらあら」といった。
彼女の脚に通したストッキングが、ひきつれひとつないのを見て取ったのだと、ぼくも彼女も察しをつけた。
「穿き替えくらい用意しているからね」
あけすけにそういったぼくのお尻を、佳世子さんはいやというほどつねっていた。

帰る道々、佳世子さんはいった。
「あたし思うんだけど――結婚式もう少し延ばさない?」
やはりきょうの経験は重すぎたのか・・・ドキリとしたぼくの顔色をすぐに察して、彼女はつけ加えた。
「ううん、タカシくんと結婚するのをためらっているわけじゃないの。
 ユウくんが私の血を気に入ったみたいだから、処女のうちに一滴でも多く血を吸わせてあげたいなって」
佳世子さんのふくらはぎに咬み痕がふたつ、綺麗に並んで刻印されているのが、透明なストッキングごしに鮮やかに映る。
「そうしてもらえると嬉しい・・・かな」
ぼくは即座に応えていた。


それ以来。
週末になるとぼくたちはユウの喫茶店を訪れてひとときを過ごし、
彼女のうら若い血液で支払いを済ませた。
ぼくの血も、懐かしがってよく飲まれた。
お互い貧血になりながら。彼女はいった。
「ねーえ。あたしたちの血。いまユウくんのなかで仲良くひとつになっているんだね」
「ふたりは相性が良いと思うよ」
カウンターの向こうからユウくんに合いの手を入れられて、ふたり顔を見合わせて照れ笑いをした。


結婚後、ぼくたちは実家のそばに新居をもった。
就職先も、地元になった。
佳世子さんは都会を捨てて、この街の人になることになった。
ユウくんは、そんなぼくたちを、1年間待ってくれた。

「行ってくるわね」
出勤前の身支度をしてくれた佳世子さんは、いつになく化粧を濃いめに刷いている。
みると、初めてユウくんの喫茶店を訪れたときの、白いワンピース姿だった。
「彼のリクエストなの」
照れ笑いを浮かべる佳世子さんが、なにを言おうとしているのかわかっている。
結婚して初めて、ユウくんに血を吸われに行くのだ。
まだ処女だったころとはちがって、ユウくんは佳世子さんのことを、既婚の婦人として接するだろう。
セックス経験のある女性を襲った吸血鬼が、性行為まで遂げてしまうことを、佳世子さんは結婚のOKをする前から知っている。
「ついてきちゃダメよ。ご主人さまは真面目にお仕事に励んで頂戴」
佳世子さんはひっそりと笑っている。

「すみません、きょうちょっと体調不良で・・・」
ごもごもと嘘の言い訳をする電話口、ぼくの上司は如才なくOKをくれた。
「体調不良じゃしょうがないな。奥さんを大切にね」
彼の奥さんには吸血鬼の恋人がいたっけ。
そう、ぼくの職場では、そういうことは決して珍しいことではない。

喫茶店は表向き、「都合により閉店」となっていた。
ぼくはためらわず、裏庭にまわる。
全面ガラス張りで陽あたりのよい、南向きの応接間――。
佳世子さんの貞操は、そこで喪われるはず。
決して最後まで止め立てしないで、さいごまで見届けるつもり。
ぼくはいちぶしじゅうを見せつけられながら、我慢できずにきっと、昂ってしまうのだろう。
母の時や、妹の時がそうだったように・・・・・・

フェイク披露宴

2019年12月22日(Sun) 09:17:32

≪犯される花嫁――フェイク披露宴の鮮烈な光景≫
「ああん!そんなの嫌です!こんなところでッ!」
純白のウェディング・ドレスを身にまとい、むらがってくる男性たちの坩堝のなか、嫌悪の情もあらわにまつ毛を震わせるのは、粟国理沙さん(24、仮名)。
しかし理沙さんの細い両腕は左右から別々の男性に羽交い絞めにされて、ドレスのすそは太ももがあらわになるまではぐりあげられてしまっている。
脚に通した太もも丈の白のストッキングが初々しく映え、淡いピンク色に昂ったひざ小僧を淫らに彩っていた。
早くも一人目の男性が、理沙さんの両脚を開いてそのすき間に腰を引き寄せ、吶喊を開始しようとする。
うろたえて歯を食いしばる理沙さん。
獣のように夢中になっておおいかぶさる男性。
理沙さんの周囲に群がっててんでに抑えつけている男性たちの目も、やはり獣のように輝いている。
太もも丈の白のストッキングの脚をばたつかせながら、理沙さんは強引な淫姦を、それから2時間にわたって強いられつづけた。

市内で一番の規模を誇る結婚式場である「しあわせホール」で行われた、「フェイク披露宴」の一場面である。

「フェイク披露宴」とは、文字どおり、本物の披露宴ではない。
本物の結婚式同様、式場スタッフと入念な打ち合わせのうえとり行われるところだけは共通だが、
その内容多くは、途中までは本物さながらの披露宴ではあるものの、
式場で花嫁や新郎新婦の母親、
姉妹をはじめとする親族の女性、
出席した若い女性たちが男性たちに輪姦を受けるという、
かなり過激なクライマックスが含まれている。

新郎新婦からその両親や親族、出席者はいずれも希望者で、時には公募されたり、欠員がある時には式場のスタッフが代役を務める。
もっとも人気が高いのは輪姦を受ける当の花嫁役。
この日の花嫁役である理沙さんは、すでに経験6度めのいわば”ベテラン”。
今回も、出席者の男性20数名を相手に、辱め抜かれる花嫁の役を「本気で(理沙さん)」演じ抜いた。
「はまっちゃったんです」
と照れ笑いする横顔は、新婚3ヶ月のまだ初々しい新妻そのものだった。

犯される花嫁を終始おどおどと見守る花婿役を務めるのは、理沙さんの実際のご主人である粟国透一郎さん(25)。
隣町から嫁いでくることになった理沙さんを友人たちに紹介したのは、挙式を一週間後に控えたある日のこと。
「その場でね、もう輪姦パーティーになっちゃったんです」
透一郎さんはこともなげにそう告白するが、泛べる苦笑に翳りはない。
「この街に嫁いでくる女性は、街の男性大勢と仲良く暮らさなければなりません。
 わが家に伝わるしきたりで、長男の嫁は夫の友人たち全員の相手をすることになっているんです」
そんな風習を理沙さんに打ち明ける勇気?のないまま、両親にあいさつに来た理沙さんを、透一郎さんは友人たちに引き合わせたという。
「みんな真顔になって、迫って来るんです。あたし、うろたえちゃって、え?え?と彼のほうを見たんですが、彼は決まり悪そうにもじもじしているだけで・・・ちょっとかわいそうでした」
そういって笑う理沙さんは、初めて体験する輪姦の渦に巻き込まれ、夢中になってセックスに応じていったという。
強引に迫られるセックスに思わず女として反応してしまった・・・と、理沙さんは告げる。
「そういう女だと見抜いて、主人も私にプロポーズしたんでしょうね」と、肩をすくめた。
「泣いちゃったんです、キツかったというよりも、むしろ感動しちゃいました」
しんどかったのは、身体だけかな。でも反応し通しでしたし、お別れするときには「またお願いします」って、言ってしまいました。
「お義母さんもいらしたんです。ええもちろん、私の隣で服を剥ぎ取られて・・・でもさすがに”またお願いします”は失言よねって、たしなめられちゃいました」
そうはいいながら、嫁と姑で肩を並べて輪姦を受け容れる経験を、フェイク披露宴のたびにともにしてくれているという。

さすがに事情を知らない花嫁のご両親は巻き込めないということで、本番の披露宴は「まともに」執り行われたが、
この街ならではの本来の”披露宴”が行われたのは、それからわずか一週間後。
参加した花婿の友人の一人は語る。
「費用はみんなで持ちました。粟国くんの花嫁をタダで頂けるんですからね。
 でも、数日前からもう、理沙さんのウェディング・ドレス姿を想像しちゃって、股のあいだが勃ってしまってしょうがなかった」
透一郎さんはいう。
「花婿役は花嫁を守らなければいけませんから、”お前らやめろ”って叫んで、制止しようとするんです。
 もちろん、だれも思いとどまることはないのですが。(苦笑)
 でもね、みんなに取り囲まれて無理やり犯される嫁の姿にこれほど昂奮できるとは思いませんでした。
 ばたつかせる白のストッキングを穿いた理沙の脚が、瞼の裏から消えないですね」
以来、月に2、3度というハイペースで、お二人は”披露宴”を開催しているという。

ほかにもこんな利用のされ方が――

≪職場結婚で≫
職場結婚を控えたカップルが、職場の男性全員を招んで開かれたフェイク・パーティー。
パーティーを立案したのは、花嫁に気があったと自ら告げる、新郎の同期。
「はじめは二人とも気が進まないようでしたが、まんざらでもなさそうだったので、強引に押し切りました」
と胸を張る幹事氏は、花嫁を最初に犯すという一番おいしい役をゲットした。
「お互いの家が別々の街なので、本物の親族を招いてこんなことはできなかったのですが・・・」
と肩をすくめる花嫁も、
「またやろうよ」と誘う花婿に、恥ずかしそうにうなずき返していた。
フェイク披露宴の相手役の男性が、花嫁のリアルな不倫相手になることも珍しくない。
「しばらく独身を楽しみますよ」
と、件の幹事氏は心から楽しげにそういいながら、
「でも、ぼくの番がまわってきたら、覚悟しないと」
と、首をすくめてみせた。

≪かなえられた結婚願望≫
「このひとと結婚したい」という密かな願望を抱く独身男性が、憧れの女性に花嫁役を依頼して行われたのが、その前の週のフェイク披露宴。
自らの願望をフェイクの形でかなえようとしたのだが。
披露宴が済んだあと、花嫁役を引き受けてくれた彼女から、「責任を取ってください」と告げられた。
「怖い顔をつくっていましたが、これじゃお嫁に行けなくなるといわれまして・・・よろこんで、責任を取ることにしました」
件の男性は嬉し気にそういって、頭を掻く。

≪脇役にもそれなりのニーズが≫
妻を犯される親族役をやりたいというご主人にせがまれて参加したというご夫婦。
「いけすかないと思ったんですが、終わった後真っ先に思ったのは、”あぁスッとした。私って意外に若いな”と」
フフっと笑う奥方は、ご主人に訊かれないよう声をひそめて告げた。
「セックスしている間になん人か、連絡先のメモをくれたんです。さっそく連絡とってみますね」
結婚前の息子がいるので、いずれ花婿の両親役にもトライしたい・・・とご夫婦は屈託なく語る。

≪全員男性≫
参加者は花嫁や花嫁の女友達役も含めて全員男性・・・というフェイク・パーティー。
同性婚をすることになった同好の同性カップルを祝うために企画したという。
着飾ったスーツのすそから、色とりどりのストッキングに淡い毛脛を滲ませて次々と席に着く女役の男性たち。
そうしたフェイクレディたちをエスコートする男性たちは、”彼女”たちの同性のパートナー。
「ここに出席している子たちはみんな、パートナーとほかの人との関係に寛容なんです。
 輪姦というようなまがまがしいことではなくて、照明を落とした式場のなかでしっとりと懇親を深める感じで愉しんでいます」
と語るのは、交際3年になる”彼女”を伴って参加した男役の参加者。


フェイク披露宴には、こんなふうに、さまざまな人間模様が隠れ潜んでいる。


あとがき
すこし、まとまりがなかったですかねーー
(^^ゞ
でも、また取り組んでみたいプロットです。^^

婚前。

2019年12月01日(Sun) 10:09:25

結婚を控えた初夏のころ。
わたしは彼女とのデート中に、吸血鬼に襲われた。
先にわたしが咬まれ、身じろぎひとつできなるなるほど血を吸われた。
彼女がジュースを買いに行っているあいだの出来事だった。

彼女の戻りを待つあいだ、自分の血を吸い取った相手に、わたしはこんなふうにいったそうだ。
  いま連れだって歩いていたのは結婚を控えた彼女で、
  もしきみの気に入ったのなら紹介してあげるから、思うと存分生き血を愉しむが良い――と。
もちろん、そんな記憶はどこにもなかったが、いまではそんなことはどうでも良かった。

2人分のジュースを買って戻ってきた彼女は、身じろぎひとつできないでいるわたしの前で吸血鬼に襲われて、
わたしのときと同じように首すじを咬まれてしまった。

わたしの場合、咬まれた途端あっという間に身体じゅうの血液のあらかたを持っていかれたけれども、
彼女の番になると念がいっていた。
髪の毛を掻きのけて首すじをあらわにすると、なめらかな素肌に舌を這わせてじっくりと嘗め味わって、
それからがぶりと食いついたのだ。
悲痛な叫びをひと声あげた彼女は、しつけの良い家の出のお嬢さん育ちだったので。
もうそれ以上はしたない大声を出すのをためらいながら、
抱きすくめる吸血鬼の腕のなか、歯を食いしばって悲鳴をこらえながら、
うら若い血潮をじわりじわりと抜き取られていったのだった。
このさい泣きわめいた方が効果的だったはずだから。
吸血鬼は彼女が自分に血を吸わせてくれるためにわざと黙っているのだと、自分に都合のよい解釈をして、
彼女の生き血を啜りつづけた。

彼女が血を吸われているあいだ、
彼女が買ってきてくれた缶ジュースが芝生のうえに転がっているのを、わたしは眺めるともなく眺めていた。
なにしろ、彼女が咬まれているシーンは、濡れ場どうぜんに生々しかったからから、
とても見るに堪えなかったのだ。
というよりも。
彼女が悲痛に歯を食いしばり、悔し気にまつ毛を震わせて、
そのうちだんだんと表情が別人のようにほぐれていって、
しまいにはウットリとした顔つきをして血を吸い取られてゆくありさまに、
つい見蕩れそうになってしまっていたから――

ひとしきり彼女の血を吸うと、
男はわたしの前で彼女の唇を奪い、彼女に対する並々ならぬ執着を見せつけた。
真面目に育てられた彼女はもちろん処女で、
キスさえも、結納帰りにわたしと交わしたのが初体験だったという。
わたしの妻となった後で彼女から聞いたのだが、
キスを奪われたのはかなり決定的で、わたしの妻でありながらこのひとの奴隷になるしかないと感じてしまったらしい。
吸血鬼に言わせると。
血を吸った相手が非処女のときは、躊躇なくその場で犯すのが習性だという。
そこに夫や婚約者がいてもおかまいなしだというから、ひどい話だ。
そして、彼の言い草では、
彼女がジュースを買って戻って来るのをふたりで待つあいだ、
わたしのほうから「彼女を咬んで身持ちのほどを占ってほしい」と頼んだのだとことになっていた。
キスで済んだのは御の字ださと言いたいのだね?とわたしが問うと、そのとおりだとヌケヌケとこたえたものだ。

彼女は、吸血鬼のしつような腕のなかからなんとか抜け出すと、
芝生のうえに落ちていたジュースを手に取って、
「ジュース飲も。」
と、照れ隠しするようにいった。
その時にはわたしも、昏倒どうぜんの状態からなんとか立ち直っていたので、
「ああ、そうだね。」
と応じ、照れ隠しするように、
「吸血鬼さんも要るかな」
と水を向けた。

彼は忌々しいことに、指に着いた彼女の血を、まだ意地汚くもチビチビと嘗めていた。
彼は、いまさっききみとこのお嬢さんからたっぷりと頂戴したから、ジュースは要らないと応えた。
ジュースが欲しいと言われたら、買いに行くのはわたしだったはず――
吸血鬼を彼女とふたりきりにしてやりたいという奇妙な衝動がわたしの胸の奥を初めてかすめたのは、そのときのことだった。

3人は、だれからともなくその場に腰を下ろした。
彼女はわたしに寄り添うようにして。
吸血鬼はそれとなく察してくれて、すこし離れた場所に座った。
彼女は白い歯をみせて、
「シャツ」とだけ言って、吸血鬼のシャツが血に濡れているのを指摘した。
「あんた方もだ」
吸血鬼は即座に応え、わたしたちのシャツやブラウスのえり首を指さした。
ふたりの上着にはそれぞれ、初めての血がもともと描かれた柄のように、露骨なほどにしぶいていた。

「お二人には感謝している」
と、彼はいった。
今夜じゅうにだれかの血を吸わないと、灰になるところだったと告げてくれた。
きみたちの血は無駄に流れたのではないと言いたいらしい。
「お気づかいありがとう。」
と、わたしは冷ややかにこたえた。
未来の花嫁を目の前で咬まれたのだから、わたしが彼を冷たくあしらうのは当然なのだと思った。
そうすることでふだんのプライドを取り戻そうとする意図を彼女は賢明に読み取って、
「そんな言い方をするものじゃないわ」と、わたしをたしなめた。

「さっきのふしだらを赦してくださるのなら」
と、彼女は言葉を次いで、
「私、貴方と予定どおり結婚する」
といった。

彼女の意見に、わたしにもちろん、否やはなかった。
わたしの考えを表情で察した彼女は、もうひとつつけ加えた。
「この街に住む以上、この人これからも私の血を狙うと思う。
 でも望まれたら私、断り切れない。
 だから、決めとこ。
 生命をとらないでくれるのなら、このひとに交代で献血しよ」
それもわたしには、否やはなかった。
すでに皮膚を侵されたわたしは、体内に注ぎ込まれた淫らな毒液に理性を侵食されてしまいはじめていた。
それは彼女らも同様だった。

吸われる前と変わらない賢明さを失っていなかった彼女は、
「まだ吸い足りないのではないですか」
といい、すこしのあいだならまだお相手できますと彼に告げた。
彼は、彼女の脚から吸いたいと望んだ。
「ストッキング脱ぎますね。」
という彼女の手を押し留めると、そのまま咬みたいと、重ねて望んだ。
彼女はちょっとだけ、わたしのほうを省みたが、すぐに芝生のうえから起き上がり、
十歩ほど離れたところにあるベンチに腰掛けると、
肌色のストッキングを穿いた脚をもじもじとさせながら、どうぞといった。

吸血鬼が彼女の足許にかがみ込んで、ふくらはぎに唇を吸い着けるのを、
まだ失血から回復していないわたしは、みすみす見せつけられてしまう憂き目に遭った。
なにか、彼女の礼節を汚されるのを黙認してしまうような気がした。
事実、そのとおりだったのだが、いまでもわたしはそのとき彼らの行為を黙認したことを、あまり後悔していない。
彼女の穿いていた肌色のストッキングはみるみるうちに咬み剥がれて、健康に輝く脛を外気にさらけ出して
しまった。
それでも彼女は満足げだった。
そしてわたしも、満足していた。
彼女のうら若い生き血がだれかを悦ばすことに、歓びを覚えるようになっていたのだ。

「口づけするなら、いま奪って。」
わたしからすこしの隔たりを置いてふたたび首すじを咬まれながら、彼女は吸血鬼にそう囁いたという。
ふたりはわたしの見えない角度で唇を重ね合わせたが、
そんな気づかいにもかかわらず、二人がなにをしているのか、わたしにも察しがついていた。
わたしは二人のいるベンチにすぐに歩み寄ることを控えて、ふたりがむさぼり合うのを黙認した。
そして、ふたりが交わしあう接吻に満足し切る頃合いに、ごく控えめに、「大丈夫?」と声をかけた。
吸血鬼は彼女のうえから起きあがると、心配をかけてすまないとこたえた。
彼の口許から吸いとったばかりの血が滴って彼女のブラウスを汚しそうになったので、わたしはハンカチで彼の口許を拭ってやった。
「そろそろ行こう」
とわたしが促すと、彼女は素直に随った。
連れだって立ち去ろうとする私達を見て吸血鬼は、
「お似合いのご夫婦だと思う。」
と言ってくれた。

咬み破られたストッキングは彼の手で彼女の脚から抜き取られて、ポケットのなかにさせめられていったが、彼女もわたしも、彼のさもしいやり口を咎めようとはしなかった。
挙式を半年延期して、彼女を処女のまま吸血鬼に逢わせることを極めたのは、その翌日のことだった。

打ち解けた関係になったころ。
わたしは彼に、どこで彼女を見染めたのかと訊いた。
きみたちがこの公園に入ってきたとき道を尋ねたら、ふたりともにこやかに応じてくれたではないか、と、彼はいった。
わたしたちはどちらも、彼に道を尋ねられたことを記憶していなかった。
わざと記憶を消したからね、と、彼はイタズラっぽく片目をつぶった。

さいしょはね、
きみの彼女の装いに目がいったのだよ。
彼はいった。

夏も近いのにストッキングを穿いていたので、礼儀正しいお嬢さんなのだと最初から好印象を抱いたそうだ。
わたしにとって彼女が吸血鬼の目に留まることは、たとえそれが名誉なことであったとしても、迷惑な話だった。
少なくとも最初のうちは。
けれどもわたしたちは徐々に慣れてゆき、彼との距離を知らず知らずのうちに近寄せていった。

さらに親しくなった時、逆に彼に訊かれた。
どうして私の無礼な行為を許してくれたのか?と。
きみが彼女をたんなる欲望のはけ口として扱うのではなくて、紳士的に振る舞うからだ、と、わたしはこたえた。
そのころにはもう、彼女は嫁入り前の身を、彼に完全に捧げ抜いてしまっていた。


逢瀬を重ねる度に、芝生のうえに座る三人の距離感は変わっていった。
わたしにぴったりと寄り添って怯えていたうら若い婚約者は、3人肩を並べて座ることに同意し、
それから手を握ってくる吸血鬼に自分の手を握らせるようになっていた。
じかに素肌を吸って吸血するという行為を通して、彼女は育ちの良さに由来する潔癖な壁を融かされてゆき、
彼に血液を捧げることを悦ぶようになっていた。
わたしは3人ぶんのジュースを買いうために芝生を離れ、その間にふたりは、つかの間の逢瀬を愉しんだ。
ジュースを買うのは、彼らをふたりきりにしてやるためだった。
彼はわたしのいない間に、ストッキングを穿いた彼女の脚を咬んで、
彼女の礼装を辱めながら、思う存分血を吸い取った。
それでも彼女もわたしも、彼の振舞いに紳士らしさを見出していた。

初体験を彼に捧げたいと打ち明けたとき。
わたしはひとつだけ、顔を立てさせてほしいと望んだ。
そして――
わたしの希望として、彼女の純潔をきみにプレゼントしたいと、つぎのデートの時に告げていた。
希望はその場でかなえられた。
いつもの芝生のうえで、
彼は彼女に対して、存分に紳士的に振る舞っていった――

半年遅れで挙式を挙げた彼女とは、仲睦まじく暮らした。
さいしょの一箇月はふたりきりで過ごすが良いと、彼はわたしたちの前から姿を消した。
最初はみつきと言っていたのを、それはどうかしらと告げたのは妻のほうだった。
そしてわたしたちはちょうどひと月過ごした後、あの公園に脚を向けた。

さいしょのデートのときと、同じように。
彼女は悲鳴をあげて逃げ回り。わたしは血を抜かれた身体を横たえながら焦がれ抜いた。
息を弾ませながら口づけを交し合い、よそ行きのワンピースを惹き剥がれ、公園の外気に素肌をさらしながら、
新婚一箇月の身を、夫ならぬ身に抱きすくめられていった。
彼女はとても、満足そうだった。
わたしももちろん、満足だった。

ぼくの彼女だけが、彼になん回も逢われてしまったわけ。

2019年10月21日(Mon) 07:19:07

学校時代の同窓生のなかに、吸血鬼になった男がいた。
ぼくたちの住む街は吸血鬼と共存していたので、ぼくの周りの友人たちは、
彼が自分の母親や姉妹を襲って血を吸うのを、とめだてしたりはしなかった。
彼は処女の生き血を好んだので、結婚の決まった同級生のなん人かは、
許嫁を彼に紹介して血を吸わせ、花嫁の身持ちを占ってもらっていた。
けれども彼は、幼なじみに許嫁を紹介されると、たいがい1度か2度生き血を吸っただけで、それ以上深入りすることはほとんどなかった。

ぼくの場合も、結婚が決まると母に勧められるまま、彼に許嫁を紹介することにした。
母はごく若いうちから彼に血を与えていて、もちろん身体の関係もあった。
セックス経験のある女性を餌食にするときには必ず犯すといういけない習性を、ほかの吸血鬼同様彼も持っていたのだ。
周囲でも母親や結婚した姉や兄嫁を吸われた友達はなん人もいたし、
かなり以前から母がスカートのすそを乱しながら彼の相手をしているところをのぞき見していたので、
それはごく当然のことだと思っていた。

どうやら母は、息子以上に親密になった彼のために、息子の嫁までプレゼントする気になったらしい。
ぼくは母のせかされるまま、彼女に事情を告げて同意を得ると、結婚することになったから彼女を紹介したいと、彼に電話をかけていた。
場所は彼の家が選ばれた。
初めての訪問に緊張した彼女が、真新しいストッキングのつま先を彼の家の廊下の古びた床にすべらせたとき、
なぜかゾクッとした昂りを覚えた。

彼は女性の脚に執着が強く、
首すじを咬んだ後は決まって、ストッキングを咬み破ってふくらはぎから吸血する習慣をもっていた。
彼はぼくの未来の花嫁に対しても、作法通り首すじを咬んで、
貧血でくらくらとした彼女のためにソファを進めると、腰かけた足許に唇を吸いつけていった。

あなたがいっしょだったから、血を吸われるのは怖くはなかったけど。
人前でストッキングを破られるほうが恥ずかしかった――
初めての体験にちょっと涙ぐみながらも、彼女は気丈に声を張って、ぼくにそんな苦情を言いたてた。
けれどもそのうちに、「なんだか身体がじんじんしてきた」と呟くと、
もしもあちらのご希望があるようなら、もう一度くらいならストッキングを破らせてあげても良い――と、言ってくれた。

意外だったのは、彼女がいちどで済まなかったことだった。
ほかの友人たちの彼女は、たいがいいちど招ばれただけで終わったのに。
彼女は3日にいちどは呼び出されて――それが健康を損ねることなく献血を続けるための限界だった――時にはぼくにも黙って彼との逢瀬を重ねるようになった。
彼とは学校時代いちばん仲の良いほうだったので、ぼくの嫁だからことさら仲良くしたがっているのか?と自分を言い聞かせようとしたけれど。
どうやらそういうことだけではなくて(それももちろんあったと彼は後で話してくれたけど)、
彼女そのものが気に入ったらしかった。
ぼくもまた、のんきなもので、彼がぼくの未来の花嫁を気に入ってくれたことを嬉しく思っていたし、
ふたりが仲良くすることをむしろ歓迎していた。

てっきり彼女の純潔もヨコドリされてしまったのでは?と思いながら――
ぼくはそんな状況さえも、マゾヒスティックな気分で愉しんでしまっていた。
むしろぼくのほうから、許嫁の純潔を捧げてしまおうかかとさえ思ったし、
さすがにそんなことは彼女の手前口に出すことも遠慮したけれど、
ぼくにナイショの逢瀬を遂げてきたと感じたある日などは、彼女の純潔をプレゼントやったつもりにさえなっていた。

挙式を数日後に控えたある日、彼はぼくを呼び出して言った。
今までゆう子さんの処女の生き血を愉しませてくれてありがとう。
じつは、みんなが紹介してくれた許嫁たちのなかで、彼女だけが処女だった。
だから、ついつい美味しい血をせがみ続けてしまったんだ。

きみもよく知っているだろう?
セックスの経験のある子に当たると、相手が友だちの彼女でも、ぼくは犯してしまうんだ。
だから、ほかの女の子たちは1度か2度しか逢わなかった。
なん度も常習的に犯してしまうのは、せっかく嫁さんを紹介してくれた彼らにに悪いからね。
でもきみの彼女は違った。
だから彼女のことはまだ犯してはいないし、きょうまでずっと、処女の生き血を愉しませてもらっていたんだ。
でも、もうじきお二人は結婚するんだね?
僕はきみの花嫁を処女のままお返しするよ。
どれだけ、我が物にしてしまおうかと思ったけど・・・
そこまでしたらだれのお嫁さんだかわからなくなりそうって彼女に言われたからね。
でも・・・結婚してからも、彼女に逢ってかまわないかい?
・・・・・・かまわないよね?・・・・・・

ぼくはゆっくりと大きく、頷き返していた。
きっと彼女も別の機会に同じことを告げられて、結婚してからも逢う約束をしているはず。
いまのぼくがそうしているように、ゆっくりと大きく頷き返して・・・
ふたたび彼と目線を合わせたとき。
マゾヒスティックな歓びが、どす黒い稲妻のように、ぼくの胸を小気味よく切り裂いていた。

結納を迎える。

2019年05月15日(Wed) 07:43:24

ふつう、結納まえにいちばんもめるのは、花嫁の父親のほうだという。
でも、わたしたちの結婚の場合には、逆だった――

彼女は少女のころから吸血鬼に血を吸われていた。
処女の生き血をたっぷり吸い取られた身体は、彼の牙に反応するようになっていて、
たとえ結婚した後でも、別離ということはあり得なかった。
「あのひとに血液を供給する手だてを、減らすわけにはいかないのです」
彼女のお父さんも、そういった。
そして彼自身も、自分の妻――彼女の母親――を、同じ吸血鬼に”進呈”していた。
彼女を家庭に迎えることは、わたしの実家を含め、吸血鬼の”ファミリー”となることを意味していた。
「そういうことなら、理解のある貴方を歓迎します」
お父さんは、そういった。

花婿としての権利は、侵害されないという。
その代わり、新婚初夜にはわたしの母が花嫁の身代わりになって血を吸われ、ひと晩愛され続けるという。
そして、ひと月の猶予期間を”蜜月”として許されたあとは、
わたしの新妻もまた、吸血鬼の情婦に加えられることになる。
わたしも、父も、自分の妻の貞操を彼に捧げなければならなかった。

わたしにいなやはなかったけれど、父が渋るのはとうぜんだった。
母は思い切ったことに、自分のほうから彼を訪ねて、咬まれてしまった。
吸血鬼に襲われた既婚の女性はほぼ例外なく、その場で貞操を奪われることになるはずが、
「お父さんと相談してからにしてくださいね」のひと言で、彼女はスカートの中を視られることなく帰宅した。
それからあとは、夫婦の会話――
「あの子の幸せのために、私は淫乱女房になりますから」と、さいごにそういわれたそうだ・・・

結納の席には、彼女とご両親は、一時間もまえに現れていた。
ふた組の家族は数時間歓談し、そのあいだ二人の母親は交代で、奥の間に呼び込まれていった。
ふすまの向こうでどういうことが行われているか、だれもが察していたけれど。
着物の襟を掻き合わせ、ほつれた髪を繕いながら戻ってくるお内儀たちを目で迎え入れると、
そのまま何事もなかったかのように、歓談をつづけるのだった。

婚約者の情事・後日譚

2019年04月17日(Wed) 07:43:25

S夫人とわたしとの交際は、結婚後もつづいた。
勤め帰りに立ち寄る趣味のサークルがひけるのは夜遅くであったし、
わたしは頼もしいエスコート役として、S夫人の夫である義父にも重宝がられた。
彼は体が弱く、家から出ることはめったになかった。
夫人との深夜の「お茶」が、いつか「お酒」を交えるようになっていたのは、
すでにわたしが夫人の娘むことなっていたから、その種の警戒心から夫人が自由になったためだろう。
むろんだからどうということもなく、わたしは夫人を自宅まで送り届けると、
義父に礼儀正しく挨拶をして、家路をたどるのだった。

怜子はそういう夜は、彼と過ごすことにしていたから、夫婦の間にもなんの問題も起こらなかった。
時には新居に彼氏を招ぶこともあったから、むしろ気を利かせて帰宅を遅らせているという部分も、わたしのなかにはあった。
いちどだけ、彼氏とはち合わせてし合ったことがあった。
男同士、お互いきまり悪そうに会釈をし合って、そのようすを怜子は腕組みをして、ふたりを面白そうに見比べていた。
わたしがシャワーを浴びている間、ふたりが夫婦のベッドを使うのを許してしまった。
ふたりのための時間を少しでも長くしてやろうとして、シャワーが風呂になり、湯気にあがってしまい、
気がつくと彼氏に介抱されていた。
あがるのが遅いと心配して風呂場をのぞき込んだのは、彼氏のほうだった。

体格も風采も、彼氏のほうが上だった。
けれども怜子はわたしのことも夫として十分尊重していたし、彼氏もふつうに親しい同性としてわたしを遇したから、
わたしの劣等感が無用に刺激されることはなかった。
ときにはふたりのセックスのことを、夫として問いただすこともあった。
「この間の出張で留守をしたときには、ひと晩じゅうだったの?」
「そうね、明け方までずっといたわね」怜子が悪びれずにそうこたえると、
「こいつ、けっこう上手になりましたね、もしかして優志さんのしつけかな?」
彼氏も笑いながら応じた。
そんなはずはないとわたしがいうと、
「じゃあ、別に男ができたのか?」
彼氏はおどけて怜子を問い詰める。
「じつはちょっとだけ付き合い始めた人がいて・・・」
と決まり悪げに怜子が告白するのを、夫と情夫は顔を並べて、面白そうに聞き入っていた。

S夫人が、まな娘の”乱行”を知ったのは結婚して半年ほど経ったころのことだった。
「ヒロシから聞いたわ、あの子浮気しつづけているんですって?」
いつもの「お茶」が「お酒」に変わってしばらくして、いきなり切り出した彼女の言葉を、かわすいとまはなかった。
「エエ・・・はい・・・」
「ご迷惑な縁談だったかしら」と、S夫人は自分の娘よりもわたしのほうを気づかった。
「イイエ、そんなことはありません」
わたしはふたりのために弁護をした。
夫として、新妻とその浮気相手とを弁護するなどあってはならない・・・はずだった。
けれどもわたしは憑かれたように、三人の奇妙な関係を、夫人に告白しないわけにはいかなかった。
結納帰りにふたりの情事を視てしまったこと。
それは、ヒロシとの関係を続けたがっていた怜子さんが、わたしの気持ちを確かめるために仕組んだものだったこと。
わたしは2人の関係を受け容れ、むしろ昂ったり愉しんだりしてしまっていること。
「男として、夫として恥ずべきことですが」
そうつけ加えたわたしに、S夫人はどこまでも同情的だった。
「自分を責めることはないですよ、貴方は優しい男性です。
 怜子のことを愛して下すっているからこそ、あの子の過ちも受け止めて下すっているのでしょう。
 妻が他の男に抱かれることで昂奮を覚える夫がいることは、知っています。
 女の私にはよく理解できないけれど、どなたも無類の愛妻家のようですね」
とまで、いってくれた。
怜子と彼氏とは従兄妹どうしだったから、S夫人にとって彼氏は甥にあたる。
ヒロシがS夫人と仲が良かったことが、怜子とヒロシとの関係を長引かせてしまったのかも――
そう呟いて悔やんだS夫人は、いつになく酔っていた。
今夜はもう帰りましょうというわたしに、S夫人は素直にしたがった。

玄関先で別れようとすると、夫人はいった。
「あの子は今、ヒロシと逢っているんでしょう?」
「エエ、たぶんそうだと思います」
「ご自宅で?」
「さあ、今夜はどうでしょう、映画を見て帰ると言っていましたから、ホテルかもしれません」
「まあ、どっちでもいいわ」
夫人は少し蓮っ葉な口調でひとりごちると、いった。
「あがっていきなさい、お宅のお母さまにも私、申し訳ないから」
唐突に母の名が出たためか、わたしは素直に夫人の言に随った。

S家のリビングは、いつもながら落ち着いた雰囲気だった。
深夜に訪れたのは初めてだが、広い窓から陽の光がふんだんに注がれる日中とは違って、
暖色の照明だけが支配する空間だった。
「化粧直してくるわね」
夫人はそう言い残して、座を起った。
向かい合わせのソファに、長々と衣類がひとつ、掛けられていた。
よく見ると、黒のスリップだった。
夫人が日ごろ身に着けているものだろうか。
長々と伸びる優雅なレエス入りのスリップが夫人のしなやかな肢体を包むところを想像して、
わたしはちょっとのあいだかすかな陶酔をおぼえた。
夫人の化粧直しは、やけに時間がかかっていた。
十数分も待たされただろうか、ふたたび姿を現した夫人を見て、わたしは息をのんだ。
夫人は、いつもの黒のワンピースから濃い紫のスーツに着替えていた。
ひざ丈のスカートから覗く格好の良い脚は、薄地の黒のストッキングに艶めかしく縁どられていて、齢を忘れさせた。
「娘のおわびに、ひと晩私が貴方専属の娼婦をつとめます。お義父さんのことは気になさらないで」
間近に顔を近寄せた彼女の口許からは、刷きなおしたルージュの芳香が、ほのかに漂っていた。

どうやって振る舞ったものか、よく憶えていない。
けれども、わたしの意思に反して、わたしの掌は、
義母の着ていた漆黒のブラウスの胸を揉みしだき、
ストッキングに包まれたひざ小僧を撫でさすり、
豊かな太ももの肉感をたっぷりと感じながら、その掌をスカートの奥へとすべらせていった。
脂粉の芳香に包まれた濃密な接吻はすべてを忘れさせ、
目のまえにいる女性が夫人なのか怜子なのかさえ、定かではなくなっていった。
ふたりの身体はソファからすべり落ち、わたしはじゅうたんのうえにS夫人を組み敷いた。

あらわにしてしまった熱情に、夫人はよく応えてくれた。
「主人のことは気になさらないで」
くり返し言われるたびに、同じ屋根の下にいるはずの義父の存在を思い出したが、
却ってそのことが刺激を生み、わたしの股間を昂らせた。
「怜子も今ごろ、愉しんでるわね。あなたも愉しむ権利がある。それに私も・・・」
夫人はうわ言のように口走った。
「今夜は母娘で娼婦に堕ちるわ」とも、口走った。
なん度めかの吶喊を受け入れた後、夫人がふと口にした言葉に、わたしはぎくりとした。
「じつは主人も、愉しんでるの」
え?と身を起こしかけたわたしを夫人は制すると、
「いいの、あなたはあなたの役目を果たして」
夫人は巧みに腰をくねらせてわたしを誘い、さらなる吶喊を快感たっぷりに受け容れた。

血は繋がっていないけど、主人と貴方は似てるわ・・・
貴方と夜の帰りが遅くなると、よく言われたの――ホテルに寄ってくればよかったのにって。
怜子とヒロシができちゃったとき、私は母親として二人の関係を止めようとした。
でも二人きりでヒロシと会ったのがよくなかった。
その場で私はヒロシに犯されて、主人に隠れて関係を続けたの。
あの子とヒロシが離れることになるならと思ってしたことだけど、そうはならなかった。
ヒロシは母娘とも、自分の奴隷にしたのよ。
でも主人は、私を怒らなかった。別れなかった。
それで知ったの。妻をそんなふうに愛する男性がいることを。
あなたも主人と同類ね。あの子のためにも、ヒロシのためにもよかったわ。
お願いだから、これからもふたりが逢うのを許してあげてね。
そして、身の置き所がなくなったときには、私のところに来て頂戴ね。

以来、しげしげと義母のもとを訪れるようになったわたしを、怜子は怪しんだが、
ある時点からは納得したらしく、わたしが怜子の実家を訪れるのを歓迎するようになった。
義父もまた、わたしのことを歓迎するようになった。

婚約者の情事

2019年04月17日(Wed) 07:04:32

趣味のサークルで知り合ったS夫人が、自分の娘をお見合い相手にと紹介してくれた。
わたしはS夫人が好きで、時には夜遅くお茶をする間柄になっていた。
「お酒」とならなかったのは、一見派手な美人である夫人が、その実堅実な主婦で、夫を愛していたからである。
一緒に歩いていると、不倫カップルに見えませんか?
冗談ごかしに気づかうわたしに、夫人は面白そうに笑っただけだった。

夫人の一人娘は、彫りの深いエキゾチックな目鼻立ちが特徴の、母親譲りの美人だった。
夫人を溺愛していた夫は、「きみが選んだ人なら」と、さいしょからこの縁談に乗り気だった。
「世間知らずの娘です。ものの役に立ちますかどうか」
と謙遜してみせたが、娘のことを夫人と同じくらい溺愛しているのが、容易に見て取れた。
当の本人はというと、風采のあがらないわたしのことなど鼻もひっかけないかと思っていたが、
意外にも真面目に応接してくれた。
「わたくし、外見の良い男性のことを、あまり信用していませんの」
良家に育った彼女は、言葉遣いも礼節に満ちていて、わたしをうっとりとさせた。
小さい頃からちやほやされてきたことが、むしろ彼女を賢明にしていた。
ハンサムでやたらとかっこいい男が、その実下衆なやからであることが多いということも、知り尽くしているようだった。
「男の友だちはいたけれども、本気でつき合ったひとはいない」と、彼女はいった。
おそらくそれは、真実なのだと、わたしは感じた。

話はとんとん拍子に進み、やがてわたしは夫人の令嬢である怜子さんと結納を交わした。
視てはならなものを視てしまったのは、そのかえり道でのことだった。
両親と別れて買物をするために街に残ったわたしは、通りすがりに怜子さんを見かけた。
淡いピンクのスーツに黒のストッキングのいでたちは、遠目にも惹きたっていてとても目だっていた。
わたしに気がつけばきっと、「あら」と言って足をとめて、
「先ほどはふつつかでした」と、礼儀正しいお辞儀が帰って来るのを、わたしは予期した。
声をかけようかと歩みを急がせて彼女との距離を狭めたとき、わたしははっとした。
彼女はとつぜん足を止め、傍らの路地から姿を見せた人影と、ふた言三言ことばを交わすと、
申し合せたように路地の奥へと姿を消したのだ。
わたしは思わず足を速め、ふたりのあとを追った。

曲がりくねった路地を、どこまで進んだことだろう。
ふたりはわたしの追跡に全く気づかず、あとをふり返ろうともせずに一目散に歩みを進めて、
一軒のビルの入り口に吸い込まれるように身を沈めた。
雑居ビルのようなうらぶれたビルだった。
いつも小ぎれいで高雅な雰囲気の怜子さんには、まるで似つかわしくない建物だった。
そのビルの入口に佇んだ時、わたしはがく然とした。
ドアの上のけばけばしい色彩の看板には、こう書かれてあった。
「ご宿泊・ご休憩 ホテル ロマンス」

そのホテルにどうやって押し入ったのか、さだかな記憶がない。
フロントには、さっき入って来た二人組のカップルを追いかけている、隣の部屋を貸してほしい、といったような気がする。
フロントの年配の女性は無表情に応対して、即座に隣の部屋のキーを渡してくれた。
一時間3000円といわれた法外な料金に、1万円札を渡して釣りは要らないというと、機嫌よくわらって、
「いいこと教えますね、テレビをずらすと覗き穴があります」
と囁いた。
その言葉を頼りに、まるで押し入るようにして、怜子さんが男と消えた部屋の隣室へと入っていった。

フロントの女性がいう覗き穴は、すぐにみつかった。
わたしはくいいるようにして、隣室のようすをうかがった。
怜子さんはピンクのスーツをまだ着ていて、男と差し向いになっていた。
「・・・そうよ、緊張してくたびれちゃった、だって結納だよ?」
怜子さんの男に対する話しかけ方は、わたしに対する礼儀正しいそれとは違って、打ち解けたものだった。
「シャワー浴びるわね、そ・の・あ・と・で♪」
と彼女がいったとき、わたしは疑念が確信に変わるのを感じて、衝撃を受けた。
あの高雅な怜子さんが、こんな男とつるんでいたなんて!!
男は怜子さんの手を取り、いますぐに、と、小声でいった。
「だぁめよ、それはシャワーのあとまでオアズケよ」
怜子さんは男の不埒をとりあえず拒んだが、男の迫りかたはしつようだった。
「あ・・・ん・・・だめ、ダメだったら!お洋服がしわになるじゃないの」
男のふしだらな行為と等分に、自分の装いへの気遣いを忘れない――こういうときでも怜子さんは、良家の令嬢ぶりをさりげなく発揮していた。
ゆるやかに拒みつづける怜子さんに、男はなおも肉薄した。
彼は怜子さんを後ろから羽交い絞めにすると、ゆるやかにウェーブした栗色の長い髪をかきのけて、首すじを吸った。
吸い吸われるどうしのしぐさが、ふたりの親密さを示すようで、わたしは胸が締め付けられた。
少なくとも、隣室に押し入って男の狼藉を咎める権利は、自分にはないような気さえしてきた。
もしかすると、この時点で、わたしは婚約者の貞操を放棄してしまっていたのかもしれない。

「いけない、いけないったら・・・ッ!結納帰りのお洋服なのよっ」
蓮っ葉な声で拒みつづける怜子さんの声が、やけに扇情的に響いた。
ブラウスのうえから胸をまさぐられ、スカートの奥に手を突っ込まれ、どちらのまさぐりも拒もうとはしないくせに、
怜子さんは口では婚約者への貞節を守ろうとしている。
けれどもわたしは、身じろぎひとつできなかった。
いくら鈍いわたしでも、怜子さんは本気で男を拒んでいるわけではないことを察していた。
そうでなければこんな密室で、ふたりきりになることはないだろうから。
男女のせめぎ合いは、半ば戯れを帯び、半ば本気を交え、長々とつづけられた。
男女の交わりを目にするのは、生れて初めてだった。
それがどうして自分の婚約者と別の男の情事である必要があるのか・・・息も詰まるような嫌悪感にむせびながらも、わたしは怜子さんの痴態から、目を離すことができずにいた。

男と揉み合いながら、怜子さんが思わず口走った。
「優志さんに悪いわ、私、もう結婚相手がいるのよ」
わたしの名前を怜子さんがとつぜん口にしたことに、わたしはずきり!と、胸をわななかせた。
どうしてこんな場違いなところで、わたしの名前が出てくるのか?
自分の名前が怜子さんの口で汚されたような気分がした。
それは嫌悪感であり、屈辱感であり、それ以外のなにかであった。
いったいなんなんだろう?この感情は!?
つきつめたわたしは、さらにがく然とした。
「私、もう優志さんと結婚するの、だからあなたにこんなところでお逢いするのはもう止さないと!」
怜子さんはさっきから、しきりとわたしの名前を口にするようになっていた。
彼女はわたしの援けを本気で求めはじめたのか?腰を浮かしかけたわたしを、彼女のひと言が制した。
「優志さんにばれちゃったら、ぜんぶおしまいなんだわ!」
そうだ、いま出て行ったら、すべてはおしまいになりかねない。
良家の令嬢との夢のような婚約も、高雅なほほ笑みに包まれた交際の日々も、瞬時に終わってしまうのだ――

圧しつけられた強引な唇に、怜子さんの唇が応えはじめたとき、わたしはわたしをわななかせているものの正体を知った。
それは、嫌悪感、屈辱感、敗北感、無力感に裏打ちされた、「歓び」だった――

「優志さん、ごめんなさい、ごめんなさい」
ベッドのうえに抑えつけられ、ブラウスをはだけられながら、怜子さんは目に涙を浮かべながらも男を拒みつづけた。
それがうわべだけの拒絶だったとしても、婚約者たるわたしは満足しなければいけないと思った。
怜子さんがわたしの名前を口にするのは、痴情の相手をそそるために過ぎないのだと、今や確信していたけれど、
その言葉にほんの少しの真情が存在することもまた、認めないわけにはいかなかった。
「私、淫らな女になっちゃう・・・」
涙声の怜子さんは、それでも男の侵入を拒みながらも許しつづける。
度重なる接吻を積極的に受け止め、
あらわになった乳房を吸われると身を仰け反らせて反応し、
ふくらはぎへのしつような口づけが黒のストッキングをくしゃくしゃにしてゆくのを、面白そうに見つめつづけた。
結納帰りの装いもろとも凌辱される婚約者を、わたしはただ息を詰めて見つめつづけた。
不覚にも、股間の昂ぶりを抑えることができなかった。

長いこと睦み合ったものの、狎れ合ったセックスだったに違いない。
けれどもわたしの目には、婚約者が純潔を散らしてゆく光景としか映らなかった。
それくらい、ふたりのまぐわいは色濃くわたしの網膜に灼(や)きついていったのだ。
狎れあったカップルのはずなのに。
怜子さんは終始、ぎこちない応対を続け、
身体を合わせてくる男を、うわべだけにせよ拒みつづけた。
まるで、わたしの視られているのを意識しているかのようだった。
わたしへの礼節を守ろうとしていたのか、
わたしを引き合いにして情夫をそそらせつづけるためだけだったのか、
いまでもよくわからない。



数日後、独りで盛り場を歩いていた時だった。
酒でも飲まないと、やっていられなかった。
周りの連中は、わたしの幸運な婚約をやっかみ半分にからかって、途中までは相手になってくれた。
けれども、もう一軒、もう一軒と帰宅を遅らせるわたしにあきれたように、周りからは誰もいなくなっていった。
「やあ」
親し気に声をかけてきた男に、わたしはぎくりとして立ちすくんだ。
あのときのホテルの男だった。
「視ちゃったよね?」
あけ広げな笑みに、わたしは隠すことを断念した。
「一杯飲もう、おごるよ」
男は気前よく、そういった。

怜子は俺の従妹でね、中学のころから俺とああいう関係になっていた。
けれども血の濃くなる結婚に、どちらの親も反対だった。
だが、怜子が結婚するまでの間、怜子が俺と付き合うのを、どちらの親も黙認してくれた。
血が濃い分、相性が近かったんだろうな。無理に引き離すのは良くないと思ったんだろう。
でもまさか、ここまで続くなんて、どちらの親も、俺たちさえも思っていなかった。
そこで景子夫人――怜子の母親――は、身近でみつけたあんたを花婿候補に選んだ。
怜子はあんたのことも、かなり好きだよ。そこは保証していい。
だからあんたは、予定通り怜子と結婚すればいい。
ところで相談なんだが――結婚した後も時々、怜子と逢わせてくれないか?
あんたもあの部屋でけっこうノッっていたみたいだし、
よかったら、逢うときを予告してもいい。
あんたはあとから隣の部屋に入って、気の済むまで見物していったら良いだろう。
それからね、怜子はあんたに視られていたのを知ってるから。
ふだんはもっと大胆なのに、さすがにあんたに視られていると意識していたからか、いつになくよそよそしかったな。
付き合い始めたころを思い出しちゃった。
あのころ怜子はまだ女学生だった。
紺色のセーラー服を押し倒して、黒のストッキングをずり降ろしてね・・・たまらなかったな、あのころは。
妻の浮気を視るのは恥ずべきことかもしれないけれど、そのときは俺に脅されたと思えばいい。
あんたの奥さんの過去をばらすといわれたら、たいがいのご亭主はいうことを聞くもんな。


男の言いぐさは勝手だと思ったけれど。
わたしは予定通り、怜子さんと挙式をあげた。
周囲に羨まれながらも、わたしは時折落ち着かない気分を味わう羽目になる。
彼は約束どおり、「その時」を予告してきた。
新妻となった怜子さんはそのたびに「ちょっと出てきます」と、言いにくそうに告げて、
礼装に着飾ってひっそりと新居をあとにする。
わたしは息も詰まる想いで、時をおいて彼女を追いかけ、
路地裏のあのうらぶれたラブホテルの隣室へとしけ込んでいく。
「優志さん、ごめんなさい、ごめんなさい」
うわべだけでも、怜子は男を拒みつづけて、わたしの名前を口にして謝罪をつづける。
それが怜子さんの貞節の証しなのだと、男はいった。
たぶんきっと、そうなのだろう。
それまでのふたりのあいだには、夫であるわたしという別の男性は存在しなかったのだから。

盛り場でいっしょに飲んだ時、わたしは男に告げた。
今夜はあなたの気前良さに敬意を表するけれど、口で言ったとおり、わたしの名誉にも敬意を表してほしい。
そうするならば、わたしは貴男の脅迫を受け入れて、怜子さんを差し出しましょう。
その代わり――
怜子さんの純潔は、新妻の貞節は、わたしから貴男へのプレゼントということにしてもらえまいか?
そして貴男はその返礼として、あの下品なラブホテルのベッドのうえで、わたしの名誉をいくらでも辱めていただけまいか?

男はにんまりと笑ってわたしの提案を容れ、
寝取る情夫と寝取られる夫とは、恥ずべき握手を密かに交し合った。

洗脳。

2019年02月26日(Tue) 07:56:31

空色のブラウスを赤黒い血に浸しながら、彼女はぼくの目のまえ、吸血鬼に咬まれつづけた。
それがたんなる養分の摂取から、愛情表現に変わるのに、さして時間はかからなかった。
ぼくは歯噛みをしながら、自分の恋人が吸血鬼の奴隷にされてしまうのを見守るばかり――
先に咬まれたぼくはすっかり血を抜き取られ、やめさせる力は残されていなかった。
短パンの下に履いていたライン入りのハイソックスが血に浸された足許を彼女は盗み見ると、
自分の履いている紺のハイソックスも、惜しげもなく咬ませていった。
たんなる養分の摂取が、愛情表現に塗り替わったのに気がついた彼女は、
ぼくだけに許したはずの口づけを重ねて、
ぼくにさえ許していないはずのスカートの奥にまで、逞しくむき出された腰を、受け容れてゆく――
初めての痛みに歪む口許からこぼれる歯の白さを、ぼくはきっと忘れない。

吸血鬼は、ぼくと彼女の仲を尊重してくれたので、
ぼくたちは交際を重ねて、結婚をした。
いまはもう、ぼくたちの頭のなかは、すり替えられてしまっている。
彼女はぼくのまえで彼に奪われたのを誇りに思い、
ふたりの男に愛されることを歓びとした。
ぼくは彼女の前で手本を見せるため、先に咬まれた。
大切な親友である彼に、
うら若い乙女の生き血を得させるために。
ぼくの未来の花嫁の、純潔を得させるために。


あとがき
養分の摂取から愛情表現へ。
強奪から、納得づくのプレゼントへ。
吸血鬼は人への認識を改めて、彼らを末永いパートナーに選ぶ。
そして、選ばれた人の記憶は、3人の心の平安のために、都合よく塗り替えられてゆく。

悩み。

2018年09月06日(Thu) 08:00:53

ぼくには吸血鬼の幼馴染がいます。
中学生のころから、血を吸わるようになって、
社会人になったいまでも時々家まで訪ねていっては血を分けてあげている間柄です。

お互い適齢期になりましたが、彼にはお嫁さんになってくれる女性がいません。
彼は処女の生き血を吸いたがっているのですが、
血を吸わせてくれる若い女性がなかなか見つからないのです。
一方で、ぼくには彼女ができて、来年の春には結婚の予定です。
それで、処女の生き血を欲しがっている彼のために、自分の彼女を紹介してあげることにしました。

彼女の名前はキヨミさん、22歳のOLです。
ぼくはキヨミさんに事情を話して、親友の彼に処女の生き血を吸わせてあげたいと頼みました。
彼女はこころよく引き受けてくれて、3人で会うことになりました。
未来の妻になる彼女を連れて、親友の家に遊びに行ったのです。

彼はぼくの彼女の首すじを咬むのを遠慮たので、脚から血を吸うことになりました。
ストッキングが破れてしまうことを気にする彼女に、それが彼の好みだと告げると、
それなら仕方ないわね、と納得してくれました。
彼がキヨミさんの足許に唇を吸いつけて、キヨミさんの履いているストッキングを破りながら吸血する光景を、
ぼくはなぜかゾクゾク昂奮を感じながら見守ってしまいました。

キヨミさんは、時々なら彼と逢っても良いと言ってくれました。
ストッキングを破かれた以外は、とても紳士的だったとも言いました。
ただしぼくが必ず同席するという条件付きでした。
彼はもちろん、ぼくもキヨミさんの好意に感謝しました。

けれどもぼくは、キヨミさんにたいせつなことをひとつ、告げていません。
彼はセックス経験のあるご婦人から吸血するときには、必ず性的関係を結ぶ習性をもっているのです。
ぼくとキヨミさんとの結婚を、彼は心から祝ってくれています。
けれども、これからも彼をキヨミさんと逢わせると、いったいどういうことになってしまうのでしょうか。

キヨミさんは、ぼくの同席が絶対条件だといっています。
ぼくは彼とキヨミさんがどんなふうになってしまうのか、さいごまで見届けなければならない義務を負ことになりそうです・・・

思い出。

2017年09月15日(Fri) 07:06:01

まぁ・・・いい想い出だったかも。
修学旅行先で迷子になって、吸血鬼の棲む村にアベックで迷い込んで、
いっしょに咬まれてしまったたか子ちゃんは、そんなふうにうそぶいた。
不敵な横顔が、妙に頼もしかった。
制服のスカートの下、血に濡れた真っ白なハイソックスが、妙に眩しかった。

いい思い出ってことにしとこうよ。
新婚旅行先はどうしてもあの村だと言い張った、たか子さん。
案の定、新婚初夜は彼らにも祝われてしまった。
処女の生き血を吸い取られ、ぼくの視ている前で、初めて女にされて。
それでもたか子さんは満足そうで、
これ見よがしに、わざと悩ましい声を、ぶきっちょにあげていた。
なかばはぎ取られたよそ行きのスーツのすそから覗く太ももをよぎるストッキングの伝線が、妙にエロチックだった。

ゴメン、思い出だけじゃ、すまなかったみたい。
結婚一年で発覚した、たか子の“お里帰り”。
いちど吸血鬼に咬まれた女性は、その場所をじぶんの故郷なのだと植えつけられて、
遠く離れた街にいても、彼らの誘いを拒めなくなるという。
意思の強い彼女でさえ、例外ではなかった。
ぼくは思い切って、口にする。
夫婦で此処に住もう。きみのことを思い出にしたくないから と。
犯されるきみのあで姿を、ぼくの思い出にしても構わないから と。
ぼくにとってもエロチックで、愉しい思い出になりそうだから と。

気がつけば、周囲には、降り注ぐ拍手。
こうしてぼくは、新妻の夜這いをゆるす寛大な夫の役にハマり込んでいった。

いまはまだ、それで良いのですが・・・

2017年08月27日(Sun) 07:38:55

子どものころから慣れ親しんでいる、吸血鬼の小父さんがいます。
いつのころか咬まれるようになって、いまでは週2,3回は会って、血を吸わせてあげています。
ぼくと小父さんの関係は、両親も認める仲です。
特に母は、父に勧められるまま小父さんと週2~3回は会っています。
セックス経験のある女の人が血を吸われると、性行為まで迫られる・・・というルールを知ったのは、年ごろになってからのことでした。
でも母は小父さんと交際していることを誇りに思っていますし、父もそんな二人をを暖かく見守っているようです。

この間、ぼくには彼女ができました。
相手は、幼なじみのヨシ子さんです。
彼女とは、たぶん結婚すると思っています。
お互いの両親も、ぼくたちの仲を認めてくれています。
子どものころ、ぼくは小父さんに約束をしました。
「ぼくに彼女ができたなら、父がそうしているみたいに、彼女のことを小父さんに紹介してあげる」って。
そのことが気になって、ぼくはヨシ子さんに相談しました。
「ぼくには子供のころから仲良くしている吸血鬼がいて、いつも血を吸わせてあげている。ヨシ子さんの血も、吸ってもらいたいと思っている」って。
ヨシ子さんはこころよくぼくの希望をかなえてくれました。
二人で小父さんに会いに行って、さいしょにぼくがお手本で咬まれて、
そのあとヨシ子さんもぼくと同じようにして、首すじや脚を咬まれたのでした。
セーラー服姿のヨシ子さんが小父さんに抱きすくめられて首すじを咬まれたり、
真っ白なハイソックスを履いたふくらはぎを咬まれたりしているのを視ているうちに、
なんだかゾクゾクとした、落ち着かない気分になってしまいました。
ヨシ子さんの白いハイソックスにバラ色のシミが拡がってゆくのが、なんともいえず毒々しくて・・・
それ以来、ぼくはいつも彼女を連れて、二人ながら血を吸わせてあげるようになったのです。

でもさいきん、あたりまえのことに気づいて、ハタと当惑しています。
いまはそれで良いのですが・・・
小父さんがセックス経験のある女性を相手にするときには、性行為まで迫るはず。
そしてきっと、それがぼくのお嫁さんであっても、例外ではなくそうするはずですから。
ぼくが当惑しているのは、それだけではありません。
そうなることと知りながら、ぼくは結婚後のヨシ子さんが小父さんに会って犯されてしまう光景を想像して、ゾクゾク昂ってしまうことなのです。
白いハイソックスの脚を咬まれながら、ヨシ子さんが恥じらっているのを視てさえ昂奮するぼくです。
新妻のスーツ姿を抱きすくめられて、なまめかしいストッキングで装ったふくらはぎを冒されるのを見たら、もっとドキドキしてしまうことでしょう。
夫として、妻の身を守らないでどうするのだ?という気持ちも、むろんあります。
でもきっと、やはりぼくは、子どものころから慣れ親しんだ小父さんが悦んでくれるように奉仕することを選んでしまうことでしょう。
ヨシ子さんは、そういう遠くない未来に起こるいびつな関係を、とっくに意識しているみたいです。
「タカトくんのお嫁さんになっても、襲われちゃうんですよね?」
「いやだ~、夫ある身で生き血を吸い取られちゃなんて♪」
などと冗談ごかしに口にするのも、
小父さんばかりではなくぼくのことまでそそる意図で言っているに違いありません。
そして、二人して若い生き血をたっぷりと吸い取られた後、家路をたどる道すがら、
ヨシ子さんはぼくをふり返って、爽やかに笑いながら言うのです。
「あたしがまちがえちゃっても、タカトくんは責任取ってくれるわよね?」
って。

「いいとこをみんな持っていかれる」と、ひとは言うけれど・・・

2017年08月23日(Wed) 07:33:36

会社の同期、島原郁代は、ぼくの婚約者――
彼女が社長室に呼ばれた・・・と聞いたみんながヒソヒソ声で、それでいてぼくに聞こえよがしに囁いている。

「聞いたかよ?島原が社長室に呼ばれたって」
「ウチの社長、女子社員が結婚すると初夜権を行使するんだろ?」
「初夜権・・・って、何?」
「知らねーの?花婿より先に、花嫁を姦っちゃう権利のことだよ」
「うそー。今でもそんなのあるの?」
「ウチの会社、体質が古いからな」
「あぁ~、郁代ちゃん姦られちゃうんだ!花町のやつ、それ知ってんの?」
「あらかじめ聞かされてんじゃない?因果を含められて、社長に婚約者の処女を進呈・・・」
「それ、なんだかいいね・・・ウフフ・・・」

社長に申し渡されたのは、きのうのこと。
「結婚おめでとう。
 わかっていると思うが、 わが社の社則で社員同士の結婚の際は
 女子社員に社長から特別の贈り物がある――わしの精液だ。
 きみは終始、知らん顔しているんだぞ。
 みんなもそうするのが、社内のルールになっているんだからな」

「花町さん、社長がお呼びです」
秘書室の桜貝姫子がぼくのところにきてそういうと、みんながいっせいに、ぼくのほうを見た。
背中越しに、ヒソヒソ声がした。
「いよいよクライマックスか・・・あいつ、社長と花嫁が姦ってるところ、見せつけられるんだぞ~」
「結婚後も社長の気が向いたら呼び出して、新妻を餌食にするんだってさ」
「給料を稼ぐために働く旦那の隣室で、嫁は婚外セックス・・・すげぇ」
「かわいそ~。いいとこ全部持ってかれるんじゃん」

さいごのひと言が、ぼくの胸を刺した。「いいとこ全部持っていかれる」

でも・・・
じつはいいとこを味わうのは、社長だけではないのだ。
社長との愛人契約にサインさせられた郁代は、いまごろ社長室で迫られてる真っ最中のはず。
そして僕は、同僚たちの予測(期待?)どおり、社長室に入ると秘書の桜貝にぐるぐる巻きに縛られて、
郁代が処女を奪われるところを見せつけられる――
でもそれは・・・
ぼくが心の奥底で切望していた光景なのだから。

花嫁の処女を勝ち得るのが花婿の権利のはずだけれど。
花嫁が処女を奪われるのを目の当たりにするのは、ぼくみたいなマゾ男の願望。
社長はいま、ぼくの願いをかなえてくれようとしている・・・

婚前交渉

2017年05月18日(Thu) 07:49:54

婚約者の血を吸われるのって、ドキドキするよな。
デートの帰りに2人ながら襲われたのが、さいしょなんだ。
意識がもーろーとなったボクのまえで彼女が生き血を吸い取られて、
さいしょは痛そうに顔をしかめているのが、みるみるうちにウットリしてきて。

まだ処女のようだから犯さないって言いながら。
ストッキングを穿いた脚を咬むときの唇の這わせ方が、すごくいやらしかったんだ。

犯さない代わりに、時々処女の生き血を吸わせてほしいって、せがまれて。
思わず彼女と目を見合わせて。
彼女がなぜか、ウンと肯いて。
ボクもそれにつられて、ウンと肯いちゃっていた。

それからは。
デート帰りに、初めて襲われたのと同じ場所で。
ボクたちは代わる代わる、ヤツに咬まれるようになっていた。
意識がもーろーとなって尻もちをついたボクの前。
ウットリしながら血を吸い取られてゆく彼女の横顔に、なぜかドキドキと胸を震わせていた。

今ではたまに、ボクには内緒で2人きりで逢っているらしい。
でも、2人の間に芽ばえたそんな妖しい習慣を、ボクは咎めることもできないで。
あとを尾(つ)けていっては独りのぞき見をしながら、ウットリし合っている2人の横顔に、なぜかドキドキと胸を震わせているんだから。


あとがき
婚約者の純潔を吸血鬼に譲り渡してしまった彼にとっては、これが形を変えた婚前交渉なのかもしれません。

ホテルに消えてゆく、婚約者の後ろ姿。

2017年02月23日(Thu) 06:59:42

来月結婚するはずだった瑠美子さんが、ぼく以外の男といっしょに、ホテルのなかへと消えてゆく。
セミロングの黒髪をかすかに揺らし、淑やかな雰囲気のロングスカートを風にたなびかせて、
肌色のストッキングと白のパンプスで装った足取りは、意外なくらいまっすぐに、
ホテルのなかへと消えてゆく。
相手の男は、ぼくが幼いころから慣れ親しんだ、吸血鬼の小父さん。
「すまない、瑠美子さんの血を吸ってしまった」
絶句するぼくの前。
羞ずかしそうにうつむく瑠美子さんの前。
小父さんもちょっぴりだけすまなさそうに、表情を翳らせた。
「私は別れたくないけど・・・いまでもあなたのこと愛してるけど・・・タカシさんが厭だったら私と別れて」
そんなこと。結納も済んだ後に言われて、どう振る舞えばよいのだろう?

瑠美子さんがぼくと一生添い遂げる覚悟をしていることに変わりがないのを確かめたうえで、
ぼくは式の日取りを三か月だけ、引き伸ばすことにした。
――小父さんに少しでも長く、瑠美子さんが処女のまま血を吸わせてあげるために。

人目を忍ぶ逢瀬とはいえ、意味はふつうの男女のそれと違っている。
真っ昼間の公園で、若い娘が吸血鬼に首すじを咬まれて血を流していたら、
だれでもびっくりしてしまうだろう。
それに――小父さんは処女の生き血を最も、好んでいた。
もっとも、既婚の女性の生き血を吸うことも、ぼくははっきりと知っている――母の記憶を通して・・・

2時間後。
瑠美子さんは小父さんに伴われて、ホテルのロビーから姿を現す。
悪びれることなく、いつも淑やかな彼女らしくない、おおらかな笑いを泛べて、
活き活きとした足取りで、ぼくのほうへと歩み寄って来る。
「お待たせ。行こ」
セミロングの黒髪をふさふさと揺らし、白い歯までみせて、
瑠美子さんは何事もなかったように、ぼくに朗らかな声を向ける。
ぼくは小父さんに見せびらかすように彼女と腕を組み、
小父さんとはひと言も言葉を交わさずに、きびすを返してゆく。
朗らかに笑う瑠美子さんの横顔は、いつもと変わらないみずみずしさをたたえていたけれど。
首すじにつけられた咬み痕に浮いたかすかな血潮と、
ふくらはぎの上、ストッキングにひと筋太く走る裂け目とが、
交々に、ぼくの網膜を悩ませた。

式を挙げてしまったあと。
「きみたちには小さな子が要りようだから」
そう言い残して、小父さんはぼく達新婚夫婦のまえから姿を消した。
それから十数年、当たり障りのない日々を経て――
目許にすこしだけ小じわが浮いた瑠美子さんは、昔と変わらない黒い瞳を輝かせて、
整った目鼻だち、淑やかな振る舞いも若い日のままに、
若作りかも知れないけれどよく似合うピンクのブラウスにロングスカート。
足許を染める、グレーのストッキング。
「じゃあね」
と、いつもの無邪気な声色を残して、
初々しい装いのまま、小父さんに伴われて、ホテルのロビーへと消えてゆく。

密室のなかでくり広げられるのは、
週に2~3回はくり返される、当家と彼との間の懇親の儀式。
良妻賢母のかがみのような、一家の主婦が。
そのときだけは、娼婦に変わる。

ホテルのなかで起きたことが、夫婦の間で話題になることは、決してない。
彼について瑠美子さんが声を開くのは、
年ごろになった娘を、いつ小父さまに逢わせるか――
「真奈美の初体験は、あのひとにあげたいな。私の代わりに」
そんなことをさりげなく口にして、
どきりとして固まったぼくから、さりげなく目線をはずしてゆく。