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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

【寓話】中身も愛して。

2020年07月13日(Mon) 08:31:16

着ている服を剥ぎ取って女を愛することを好む男がいた。
身近にお洒落な女がいたので、用途を告げずに彼女が要らなくなった服を高価に買い取っていた。
そして、買い取った服を行きずりの女に着せては、服を剥ぎ取って愛した。
都会とは便利なところで、そういう欲求を金次第で満たしてくれる女がいるのだった。
 
服の持ち主の女はお金持ちで、センスが良くて、飽きっぽかった。
いちど着た服は二度と着ないということがよくあったので、男は贅沢な買い物に十分、満足をしていた。
女は移り気で飽きっぽかったが、賢くもあったから、
どうして男のくせに女の古着を求めるのか?などとよけいな問いなど発せずに、ご綺麗な服を提供し続けた。

ある日女は、男に言った。
お洋服の中身ごと買い取るつもりはありませんこと?
イイエ、厳密にいえば中身はレンタルだけど。
主人もいいって、言ってくれてるの♪

出勤間際に。

2019年12月09日(Mon) 07:40:51

「いい災難だわ、もぅ」
沙恵はわざと口を尖らせると、ベッドのうえに横たわる俺の傍らから起きあがった。
上半身裸の沙恵は、小ぶりで引き締まったおっぱいをプルンとさせると、素早くブラジャーを身に着けた。
ピンク色のタイトスカートは、勤務先の制服。
ベッドの下に脱ぎ捨てたブラウスを拾いあげて身にまとうと、ぷんぷんしながら化粧台に向かった。

半同棲している沙恵とは、近々結婚する予定。
OL姿に欲情したと出勤間際に迫られて、ベッドに投げ込まれて愉しまれてしまったのだから、
彼女のご立腹はもっともだ。
ただし、OLの制服にそそられて彼女をベッドに放り込んだのは、俺ではない。
彼女を挟んで向こう側にいた、悪友のテツだった。

テツは俺の隣の隣で身を起こすと、着替えをする沙恵のようすを面白そうに観察している。
張りつめたタイトスカートのお尻と、スカートのすそから伸びる黒のハイソックスのふくらはぎは、俺の目にも美味しそうだ。
「まあ、わかるな」と、やつはいった。
俺が彼女と半同棲していることをだ。
俺も同時に、同じことをつぶやいていた。
「まあ、わかるな」と――
俺が理解したのは、やつが彼女をモノにしたがる理由。
同じ言葉を重ね合わせて、2人はベッドのうえで爆笑した。

テツは吸血鬼だった。
中学のころから、俺の血を吸って暮らしている。
そして俺に女ができると、しきりに会いたがった。
若い女の血を吸いたいのだと思った俺は、それでも彼女を紹介してやった。
やつの正体をばらす勇気はなかったから、彼女はその場でサプライズする羽目になった。
キャーとひと声あげて気絶した沙恵にのしかかって、
やつは首すじを咬んで思いきり血を吸い、
勤め帰りの黒のハイソックスのふくらはぎを咬んで、さらに血を吸った。
相手の女を女として気に入ると、やつは女の穿いている靴下を破りたがるのだ。
俺はやつが沙恵のブラウスを脱がせてゆくのを、黙って見過ごしてやることにした。
その晩以来俺たちは、ひとりの女を共有することになった。
気絶したまま、テツに犯された沙恵は、「ひどいじゃないの」と言いながら、奇妙な三角関係になじんでいった。

沙恵が出かけてしまったあと。
俺はやつに首すじを咬ませて、血を愉しませてやった。
そのまま唇を重ね合わせて貪り合ったあと。
やつはいった。
「お前の女だから、欲しくなったんだ。本命はあくまでお前」
沙恵は2人の関係を、よく知っている。
「妬けるわねぇ」といいながら、それ以上追及してこない。
そういえば。
やつが初めて咬み破った靴下は、部活帰りの俺を初めて襲ったときの、ライン入りのハイソックスだった。

あなたはどちらに並ぶ? ~成人女子の場合~

2019年11月19日(Tue) 07:17:18

「処女の子」
「そうではない子」
吸血鬼たちが採血に訪れる同じ学校でも、
大人の女性たちだと事情が少しだけ複雑だ。

どちらの行列に並ぶのか。
28にもなってまだ処女の行列に並ぶのは恥ずかしい――と囁く女子事務員。
それなりの経験はあるけど、婚約者の手前正直には並べない――と漏らす、来年結婚を控えた女性教師。
うそをつく率は、少女たちよりも大人たちのほうが高そうである。


「やだー、先生たら、処女卒業~!?」
「そうではない子」の列に並ぶ担任の教師を、2人の教え娘が大きな声で祝福する。
先週までは「処女の子」の列にいた大島みな子教諭(仮名、26)が、初めて「そうではない子」の列に並んだときのこと。
長い黒髪を恥ずかしそうに揺らしながら恥じらう大島教諭をつかまえて、セーラー服姿の2人は代わる代わる、
「おめでとー!」「やったね!」「これでアタシたちの仲間っ♪」
と、まるで姉の悪戯を見つけた悪い妹のようにさえずり続けた。

ちなみにこの学校の師弟の制服は、セーラー服ではない。
「たまたまきょうは、”セーラー服の子集合!”の日だったんです。
 だから、中学の時の制服を着てきました」
先生の処女喪失を派手にお祝いした2人の生徒の一人、奏(かなで)若菜さんは言う。
「え~、私身体入らなくなっちゃったから、お母さんに新しいの買ってもらった」
と口に両手を当てるのは、クラスメイトの黒島華(はな)さん。
この学校では、父兄も子女を対象とした吸血行為には理解があり、協力的らしい。
「初々しいほうがヨロコブから、わざとらしく履いてきた」というおそろいの白のハイソックスは、
ふくらはぎの咬み痕に、吸い残された鮮やかなバラ色の血潮を光らせている。
二人とも、彼氏持ち。
けれども初体験の相手は、彼氏ではないという。
その話題になったとたん、2人の”先生攻撃”が再開した。
「ねえねえ、先生はどっち?婚約者?吸血鬼?」
「痛かったでしょ~?それとも、最初からもう良かった?」
「あたしは痛かった」「あたしは良かった」
秘密の経験を共有した女子どうしは、会話のはずみ方も尋常ではない。
セックスを経験して間もない女子生徒たちの好奇心に輝いた瞳は、
先生があらいざらい話すまで決して視線をはずすことはないのだろう。


「初めて”そうではない子”の列に並びました!」
そういって目を輝かすのは、庶務課に勤める半井(なからい)美由紀さん(仮名、24)。
彼氏はいたものの、高校生のころに初体験を吸血鬼に捧げてしまっていた美由紀さんは過去を打ち明けることが怖かったという。
ところが、先週になって状況は急展開。
「ふたりでいるところを、あのひとに襲われちゃったんです」
昏倒寸前まで血を吸い取られた彼氏の前、首すじを吸われ、ストッキングを咬み剥がれながらふくらはぎを吸われてゆくうちに、
吸血鬼に誘導されるまま「まんまといつものペースに」。
――そう言いながら嬉しそうに恥じらうということは、彼氏さんも昂奮しちゃったの?
帰社が水を向けると、
「恥ずかしいこと言わないでください!」
と、怒られてしまった。
後ろめたい秘密が、カップルで共有する密かな愉しみにすり替わって、
美由紀さんは今週末もまた、吸血鬼の待つ公園で彼氏と待ち合わせるという。


「私は”そうではない子”ですよ、当然――」
いつも威厳たっぷりの校長夫人の高城寛子女史(49)も、この列に並ぶときだけは少しだけ恥ずかしいという。
「主人がこういう学校で、教え子の生徒さんをはじめいろいろな方々の血液を提供する勤めをしておりますから、
 私だけ無傷というわけにもまいりませんでしょう?」
まだ少しでも若いうちに血液を提供してほしい、せめて四十路のうちにって説得されましてね・・・
プライドの高い名流夫人の誉れ高い寛子女史はそういって、憂い顔にあきらめの表情を漂わせて、複雑な感情をよぎらせる。
さすがにインテリ女性ともなると、貞操喪失にも抵抗があったのか――
記者のそんな下世話な質問を、
「まるで、ほかの殿方相手のセックスをお許ししているのが当然なお話しぶりですわね」
とさりげなくかわしながら、それでも思い切ったように口を切る。
「してます。すべて主人の希望です」
キッパリと告げたそのすぐあとに、博子女史はつけ加えた。
「でも、愉しんじゃってますよ」
いままでの堅い表情とは裏腹な、なんとも言えない艶やかな笑みに、毒酒に酔ったような気分にさせられた。


少数ながら、「処女の子」に並ぶ職員も数名いた。
列の最後尾に並ぶ、制服姿の3人組。
初冬の陽射しのなか、ちょっとだけ寒そうに袖口を指でつまんで縮こまっているのは、肌寒さのせいばかりではなさそうだ。
「あ、この子初めてなんです。で、どうしても怖いから一緒に並ぼって誘われて・・・」
当校での勤務が二年目の尾高奈々子さん(仮名、23)の古風な色白のうりざね顔が、日常的な貧血のせいか蒼白く写る。
「ウソー!自分から並ぼって連れてきたじゃない!」
そういって奈々子さんの肩をどやしつけたのは、同期の友村かれんさん(仮名、23)。
もとスポーツ少女の大きな黒い瞳を、優雅なセミロングの茶髪の下で悪戯っぽく輝かせる。
小麦色の肌が陽射しに生き生きとした艶を放つ。
「私の方が体力あるから、いっしょに並んでいても色っぽいでしょ?」
そういって、記者にわざとらしいウィンクを送った。
「新人で、この街に来て間もないんです。そりゃ吸血鬼怖いのって当然よね」
お姉さん気分で横目に見られた前村加奈さん(20)は、今年短大を出たての新卒。
「新卒というか――秋に来たから旧卒だよね」
活発なかれんさんは、遠慮なく突っ込みを入れた。
事情ができて入社したばかりの会社も辞めて、家族もろともこの街に移り住んできたという加奈さんは、
この街に来てたった一週間で、母親に吸血鬼の交際相手ができたと語る。
「そのひとが実力者で、この学校に私を紹介してくれたんです。
 父は母を吸血鬼の恋人にされちゃってかわいそうだったんですが、
 ”お前まで母さんの彼氏の相手をすることはない、自分の相手は自分で見つけなさい”って言ってくれたんです」
なかなか複雑なご家庭のようではあるが――
「いつもは黒の着圧ハイソックスなんですが、それじゃだめだからって、黒の透けるストッキング穿いてきました。
 脚を咬まれちゃうのにストッキングなんてって思ったのですが・・・」
「それくらサービスしなさいよって叱ってやりました」
と、またもかれんさんがしゃしゃり出る。
「あたしも言ったんです」
控えめに発言するのが、色白のうりざね顔の奈々子さん。
「2学期に入ってから、軽く1ダースは破かせてあげてるよって」

当地の吸血鬼は、長い靴下を履いたふくらはぎを好んで狙うという。
「咬み破って楽しむんですって。絶対、エッチですよね」
生徒を対象にした「ハイソックスの子集合!」日や、「オトナの女子集合!きょうはストッキング・デー」など、
着用する靴下をモチーフにした吸血イベントもたびたび行われている。
うりざね顔の奈々子さんは、意外なくらい几帳面だ。
初体験のとき以来、咬まれた靴下の数を勘定しているという。
「処女は、50足めの人にあげることにしてるんです」
静かにほほ笑む奈々子さんに、「それってかなりアバウトだよね?」とかれんさんに突っ込まれながらも、
「あたしもかれんに負けないように、お嫁入り前に初体験済ませるから」と笑った。
「この学校で処女の血は貴重です。事務員で処女だと珍しがられて、重宝されます。
 だから入ったばかりの加奈さんには、少しでも長く処女でいてもらいたいですね」
ひっそりと笑う奈々子さんの笑みには、不思議な説得力があった。


当記事の末尾に出てくる友村かれん(仮名、23)は、記者の彼女である。
出逢ってからまだ一か月。けれども彼女の好意で取材を許可されたのだから、感謝しなければならない。
肉体関係はまだない。
そして処女の列に並んでくれたことに、ちょっとだけ安堵を覚えた。
けれども取材の過程で、並んだ列がうそだということがわかってしまった。
「バレちゃったネ」
あとで彼女はそういってフォローしたが、間違いなくわざとばらしたに違いない。
「複数相手してるの。初体験の人ともまだつながってる。それでもあたしと付き合う?」
挑発的な瞳の輝きを、あきらめ切れるわけがない。
記者はきっと、来週のデートの約束をすっぽかさないだろう。
彼女を日常的に吸血鬼に喰われる日々を、愉しめるようになるために。


あとがき
調子に乗って描いていたら・・・
超長くなってしまいました・・・ (^^ゞ

「ドレスが汚れますよ!」

2019年11月03日(Sun) 18:13:24

吸血鬼が女の首すじを咬もうとした。
女は二人の間に差し入れた腕を突っ張って、抵抗しようとした。
「ドレスが汚れますよ!」
ふたりは同時に、同じ言葉を口にした。
思わず気が合うところをみせてしまった二人は、抗いかけた手と手をほどき合って、あははははっと笑った。
あっけらかんと乾いた笑い声に、お互いの気持ちもほどけ合っていた。

吸血鬼は女の抵抗を封じるために。
女は自分のドレスを守るために。
同じ言葉を口にしたのだ。

そして二人は、ドレスを汚さぬ工夫をした。
女はおとなしく吸血鬼の猿臂に巻かれ、飢えた牙に首すじをゆだねたし、
男は女を決して荒々しく咬もうとはせずに、吸い取った血潮は一滴余さず喉の奥へと流し込んだ。

二人連れだって現場を離れる様子は、まるで長年連れ添った夫婦のように親しげにみえた。
自分の血に満足をした吸血鬼が、なおも彼女の情愛を求めるのを、彼女はドレスのすそを引き上げて応じていって、
ドレスの裏地さえ汚すことなく男がこと果ててくれたことに、むしろ感謝の念をおぼえていた。

男は女が脚にまとっていたストッキングを、記念の戦利品としてまき上げた。
女は甘んじて、男の無作法に応えていった。
ドレスのすそは長く、辱めを受けた彼女の脚をすっぽりと隠して、二人の秘密を守り通した。

魅せられてしまったカップル

2019年08月28日(Wed) 07:23:26

変わった吸血鬼だった。
初めて咬まれたのは、彼女と一緒に公園にいるときだった。
座っていたベンチの足許に忍び寄って、先に咬まれたのはぼくのほう。
履いていたハイソックスが血だらけになるまで、気がつかなかった。
「ヒロシ、足許――!」
美奈子がそう叫んだ時にはもう、遅かった。
チュウチュウ音を立てて吸われ始めた足許の感覚は鈍く、ぼくは昏倒寸前に陥った。

駈けだした美奈子のあとを追う吸血鬼を妨げることは、もうできなかった。
どうしてぼくのことを、先に咬んだんだろう?
美味しい獲物をあと回しにしたのか?
ベンチに腰かけたまま天を仰いだぼくが、そんなことを薄ぼんやりと考えていると、
芝生のかなたから悲鳴があがった。
美奈子が咬まれたのだ。
ぼくはよろよろとよろけながら、悲鳴のあとを追った。

連れ込まれた廃屋の部屋のなか。
美奈子は首すじを咬まれ血を啜られながら、ウットリとなっていた。
まるでSМ画像でも眺めているような気分になって、
ぼくは彼女が襲われている有様を、思わず立ちすくんで見守ってしまった。
いけない!こんなことをしている場合じゃない!
ぼくは突然理性を呼び覚まされて、
「血だったらこっちにもあるぞ!」
と、吸血鬼に叫びかけた。
彼が美奈子の上から起き上がってこちらを振り向いて、ぼくのほうに歩み寄ろうとするのを見届けると、
ぼくは全速力で走った。
おとりになって、美奈子を守ろうとしたのだ。

失血で言うことをきかない手足は思うように動かなくて、
50mと走らないうちに、ぼくはつかまえられて首すじを咬まれた。
鋭い牙がずぶりと突き刺さって、皮膚が生暖かい血液に濡れた。
ぼくは立ち尽くしたまま、さらにチュウチュウと生き血を吸われた。

さいしょはおとりになって彼女を逃がすことだけを考えていた。
ところが血を啜られつづけているうちに、頭のなかが真っ白になって、考えが入れ替わっていた。
吸血される歓びに、目覚めてしまったのだ。
「もっと・・・もっと吸いたまえ」
ぼくがそう呟くと、彼は声にならない声を洩らした。
お礼を言おうとしている――と、直感した。
ぼくの履いているハイソックスがよほど気になるのか、
ぼくがその場にうつ伏してしまうと、ふたたび足許にかがみ込んで、
ハイソックスを履いた脚に、唇を吸いつけてきた。
どうやら彼は、ハイソックスフェチらしい。
ぼくと同じだ――そう直感した。
ただ、楽しみかたがちがうだけ――
「ハイソックス、好きなんだね?命を助けてくれたら、また履いてきてあげるから」
そんなことが命乞いになるのか――と思ったら、
「どんな柄のを持っている?」
と、聞いてきた。

頭の上に、人の気配がした。
残してきたぼくのことが心配になった美奈子が、舞い戻ってきたのだ。
彼女は、意外なことを口にした。
「ヒロシも愉しんじゃってるの?あたしも、血を吸われているうちに、キモチよくなっちゃった」
え?と顔をあげると、彼女は屈託なく笑っている。
首すじに撥ねた血が、なぜかとても眩しい。

「一緒に吸われよ♪」
美奈子はそういうと、
「ヒロシが済んだら、つぎはあたしね」
といって、芝生のうえに腰を下ろした。
美奈子の足許は、ツヤツヤとした光沢を帯びた肌色のストッキングに包まれている。
吸血鬼は目の色を変えて、美奈子の脚に飛びついた。
彼氏であるぼくが視ている、目のまえで――
美奈子はストッキングを咬み剥がれながら、吸血されていった。

どうやら男は、ストッキングフェチでもあるらしい。
かねてから気になっていた美奈子のストッキングの脚を彼が思うさま玩ぶありさまを、
ぼくは不覚にも、堪能し抜いてしまっていた・・・

それからのことだった。
週に一度はこの公園でデートをして、2人ながら献血を愉しむようになったのは。

2019.7.26作

家庭内に吸血鬼を受け容れて ~夫の独り言~

2019年08月18日(Sun) 07:00:56

わたしが亡きあとの妻は、しばらくの間貞操堅固に過ごしていた。
ほとんど公認状態だった交際中の男性たちとの交わりも控えて、
一周忌までは喪服を脱がないつもりだったようだ。
げんにわたしの生前から交際中だった、わたしの取引先の男性に誘われたときも、
「一周忌が済むまでは待ってほしい」とお断りをしていたほどだから――

そんな静かな(ある意味寂しい)日常を変えたのは、あの男だった。
この街に流れ着いたばかりで、喉をからからにした吸血鬼。
恥を知っていた彼は、理性を失う前になんとか、生き血を得ようとしていた。
彼は行きずりの妻に声をかけて生き血を欲しいとねだり、
病院の婦長として勤め先に出勤途中だった妻は、だしぬけな切望に驚きながらも、
相手の容態を顔色で察すると、帰りまで待ってほしいとこたえた。
あり得ない願いに、あり得ない応え。
けれどもさらにあり得ないことに、彼はその場で妻を襲わずに、
律儀にも夕刻まで、ひっそりと約束の公園で待ちわびていた。
ベンチでうずくまる男を見出した妻は足を止めて、
献血が必要な病人に血液を提供するような気持で、吸血に応じた。
よそ行きのストッキングを咬み破りながらの、いささかエロティックな吸血行為すら、
精神療法の一種と割り切って、受け容れていった。

それ以来、ふたりはたびたび外で逢うようになって、
ふつうなら、餌食にした人妻はその場で侵すのが彼らの流儀のはずなのに、
妻の気持ちを汲んだ彼は、そうはしなかった。
淫らな習性を持ちながら、あえてそれをあらわにしようとしなかった男に、
妻はますますの信頼を寄せた。
恥知らずにもストッキングによだれをなすりつけながら脚に咬みついてくる男を寛容にも受け入れて、
気品漂う装いをすら、慰み物として惜しげもなく提供しつづけていた。

それでも妻は、彼を自宅に招(よ)ぼうとはせず、逢瀬はもっぱら公園で遂げられていた。
いちど家に招待してしまうと、いつでも招待なしに訪れることができる。
そんな習性をも、彼は前もって妻に告げていたから――
娘までも巻き込むのは良くないと、母親らしい賢明な判断から、
彼女は全幅の信頼を置きつつある彼を、まだ家庭から遠ざけていたのだ。
彼女は人目もはばからず公園で着衣を乱して逢瀬をつづけ、
近所にはそれとなく評判が立ったが気にするそぶりをみせなかった。

未亡人だった彼女は、すべてが自由であるはずなのに。
あえて喪服を脱ごうとはせず、
わたしの生前から付き合ってきた男たちとも交わろうとせず、
ただ男への献血だけは、律儀につづけていた。
生命を維持するために必要なことだからと、自分に言い聞かせるようにして。

時には淫らな気分に堕ちてしまうこともあったけれど。
男はそれに乗じて妻の意思に反した行動をとろうとはせずに、
黒のストッキングをむしり取るという非礼をあえて許してくれる妻の態度に満足していた。

わたしがこの世からいなくなって、一年が経とうとしていた。
婦長が善意の献血を施すになってからも、かなりの日数が経っていた。

そんな妻の背中を押したのは、娘だった。
母親が自分を守るために、近所の評判を落とすのを承知で逢瀬を屋外で遂げつづけていると知った彼女は、
むしろ年ごろの娘らしい興味をあらわに、母親の恋を遠くから見守っていた。
そして、ある日思い切って切り出した。
―― 一周忌にはきちんと喪服を脱いで、けじめをつけたら?
妻はそこではじめて、自分の恋人が吸血鬼なのだと娘に告げた。
娘はさすがに大きく目を見開いて驚いたが、母親似の冷静さをもった彼女はうろたえなかった。
あたしも献血に協力してもいいよ、処女の生き血は好みなんだよね?
白い歯をみせて、静かに笑ってそういった。
妻が彼を家にあげたのは、そのすぐあとのことだった。

吸血鬼を自宅に迎え入れる――
ことのなりゆきを妻の身近でひっそりと見つづけていたわたしにとっても、
それは複雑な気分のものだった。
妻の愛人を公然とわが家に迎え入れるのだ。
たしかにわたしは、いまは亡い。
それでもはっきりと意識が残っているいま、生前と同じ嫉妬にさいなまれるのは、致し方のないところだろう。
けれどもそんな想いは、かなり早い段階で和らいでいた。
家にあがり込んだ男が真っ先にしたことは、
わたしの写真のまえで鉦を鳴らし、手を合わせることだった。

鉦を鳴らされるというのは、居心地のよいものだ。
彼はわたしの立場も気分も、よくわきまえていると、おもった。
降霊術にたけていた彼は、わたしのことを呼び出して、
妻とわたしとのあいだで、意思を疎通する機会を与えてくれた。
妻はわたしに、血をあげながら抱かれる命がけの恋なのだといった。
わたしは妻に、おめでとうと告げていた。
仲良く愛し合っているのなら、吸血鬼も人間も関係ないと告げたとき、
彼はほんの少し、嬉しそうな表情を洩らした。
まるでみられることを恥じるような、ほんのりとした笑みだった。
わたしの生前から妻が遂げていた不倫は、わたしの取引先に迫られたうえでの心ならずのものだったけれど、
避けて通れない道と観念してからは、むしろ前向きに愉しんでいたことを、
わたしはすべてを知っていたと告白したうえで、許してやった。
彼女は目を見張り、大慌てに慌てながらも否定はせずに、小娘のように恥じらって、
さいごにわたしの許しに満足の笑みを泛べた。
なにもかも知っていて澄ましているなんて。ひどいんだから、もう。
図太くも口を尖らせることも、忘れなかった。
かなり楽しんだようですよ、と真面目に告げるわたしに、吸血鬼はいった。
もっと愉しませてあげますよ――と。
妻は胸を張って、いまの恋人をわたしに紹介する。
視られても恥ずかしくない、真面目な恋だと彼女はいった。

ずっと、あなたの妻でいてあげる。
だから、この不倫の恋を認めてください。
あなたの生前に私に群がった男たちよりも、ずっと実のあるひとだから――
わたしは彼女を祝福し、我が家に貴女の情夫を悦んで迎え入れたいとこたえてやった。
嫉妬にほんの少し胸は疼いたけれど、むしろ小気味よい刺激を含んだ疼きだった。
もしもこの身にまだ血液というものが宿っているときだったら、
わたし自身も進んで自分の血を、彼の渇きを満たすために提供していたに違いないと感じていた。
わたしもきみの不倫を、かげながら愉しんでいたのだ。だから同罪なのだよと、囁いていた。

生前の不倫相手たちとはその後、妻はほとんど逢わなくなった。
彼女が彼らと逢ったのは、いまの恋人が彼らの妻の宿す生き血に興味を抱いたから。
そして、自らが彼らに抱かれている隙に、吸血鬼の情夫が彼らの妻たちに忍び寄る。
高価な礼装を濡らされ、ストッキングを咬み剥がれ、股間を貫かれて堕ちていった妻たちを見て、
男たちはわたしに加えた侮辱がわが身に降りかかるのを知った。
そしてしばらくの間は後悔に沈んだけれど、やがてわたしの気持ちの奥底に宿った歓びに、目覚めていった。
彼らは熱に浮かされたように吸血鬼に友情を誓い、自らの妻や娘、それに息子の嫁までも、血液提供者として引き合わせていったのだ。
わたしの家族ももちろん、例外ではない――
すでに結婚していた息子の嫁も、
母親を恋に走らせ自らの処女の生き血もゆだねた娘も、
こぞって彼のものとなった。
娘に求婚した青年もまた、自分の未来の花嫁と吸血鬼との恋を認めて、
新妻の股間が淫らな粘液に濡らされることを受け容れていった。

だれもが歪んだ歓びに目覚めたいまも。
妻は情夫と腕を組み、幸せそうに微笑みながら、あの公園に足を向ける。
きょうも――
ロングスカートのなか、引き破かれたストッキングのすき間から、ひざ小僧がむき出しにして帰ってくるに違いない。

冥界ルポ ~貴男の死後奥さんに恋人ができたなら~

2019年08月18日(Sun) 06:35:10

自分の死後に妻が再婚したことは受け入れざるを得ないけれども、
実際に再婚した妻のその後は目にしたくない――
ここ冥界に漂う亡夫たちにアンケートを取った結果でも,
68%の亡夫たちがこうした考え方に同意している。
さらに、「妻の再婚は不倫を見せつけられているようで苦痛」という声も、38%にのぼっている。

そんな中で、山宮猛さん(48、仮名)のケースは、レアなのかもしれない。
山宮さんが亡くなった約10か月後に、未亡人の昭代さん(44)に恋人ができた。
「いつも妻の周りを漂っていましたので、いちぶしじゅうを視る羽目になりました」
苦笑いしてそう告白しながらも、その表情は決して暗いものではない。
昭代さんのお相手は、吸血鬼だった。
そもそものの馴れ初めは、人の生き血に飢えていた彼が出勤途中の昭代さんに声をかけて、貴女の生き血を吸わせてもらいたいと懇願したのがきっかけだった。
近在の病院に婦長として勤務する昭代さんは、職業柄相手の顔色で病状を察して、勤め帰りに逢うことを約束、そのまま勤め先へと向かった。

「普通に考えれば、行きずりの吸血鬼に血を吸わせる約束をするなんて、考えられないことです。
 でも家内は律儀なひとなので、これから勤務に就くという自分の都合を相手が呑んだことで、
 そういう返事をしたのだと思います。
 仮に彼がその場で家内を襲って家内の体調を悪化させ欠勤させるようなことをしたら、
 その場限りの関係で終わったことでしょう。
 家内の生真面目な職業意識を彼が尊重してくれたことが、長いお付き合いにつながったのだと思います」

生前から夫の取引先の複数の男性と不倫をくり返していたという昭代さんだったが、
彼と深い関係になるのことについては、いつになく慎重だったという。
「思ったよりも遅めでしたね。ほかの殿方のときにはその場で堕ちたと聞いていますから」
と、ご主人は生前に起きた昭代さんの不倫についても淡々と語った。
「そのときは、相手が私の大口の取引先でして。
 仕事上わたしの立場が不利になるとか、そういうことをちらつかされて無理強いをされたのです。
 むしろ、わたしのために堕ちたという面もあったわけで・・・
 でも今回は違いました。まったくの自由恋愛でしたから・・・
 もともと身持ちの堅い家内には、選択の自由があるぶん、決断に時間がかかったのだと思います」
「相手が吸血鬼だということも、むろんあったと思います。
 家に招び入れることで娘が犠牲になることを気にしていたようですから・・・」
――娘さんと彼との関係は。
「意外にもですね。恋をしている本人よりも、年頃の娘のほうがむしろ好奇心旺盛でして。
 彼との交際がどこまで進んでいるのか、関心を持っていました。
 家内の彼氏が吸血鬼であることにもあまり偏見を持っていなかったようで、
 家内が血液を提供し過ぎて気絶してしまったときには、まだ満足しきれていない彼のために
 自分から血を吸い取らせていました。処女の生き血を好むことも見越した上でのことでした。
 家内の貞操喪失も、じつは娘が後押ししたのです」
――彼は貴男にも礼儀正しく接したそうですね。
「家内とことに及ぶまえ、彼はわたしの写真のまえで鉦を鳴らしてくれました。
 あれはとても気持ちのよいものです。
 彼がわたしを尊重してくれるのがわかったので、家内をゆだねる気になりました。
 ちょっぴり悔しかったのはもちろんですが――
 おなじくものにされてしまうのであれば、彼のような男性こそが家内にふさわしいと感じたのです」
――ずっと御覧になっていたのですか。
「ハイ、そうするのが夫としての義務だと、なんとなく感じたものですから・・・
 喪服を着崩れさせた家内のうえにのしかかった彼は、スカートをたくし上げてお尻を沈み込ませました。
 たぶんわたしのときよりも、家内は愉しむことができたと思います。
 ことが果てたあとの顔つきが、わたしのときとは明らかに違いましたからね(笑)」
――奥さまをモノにされた後のお気持ちは。
「好敵手にゴールを一発キメられたような、悔しいけれど爽快な気分です。
 わたしの気配を察して照れくさそうにしている家内も、かわいかったです。惚れ直しました」
――お相手の彼に何かひと言・・・
「当家の名誉を汚すことを忍んでまで家内の貞操をお譲りしたのですから、
 いまではむしろ二人の仲が長続きすることを祈っています」

霊界のインタビューにこたえてくれたご主人の声を、昭代さん本人に伝えたところ――
「あのひとはお人好しですからね。だれとでもすぐに、仲良くなってしまうんですよ。
 あのひとの生前に私を犯した殿方たちとも、それと知りながら快く受け容れて、
 さいごまで親しく交流していました。
 ですからね、彼との出逢いがあのひとの生前だったとしても、
 結論はそんなに変わらなかったと思うんです。
 きっとあのひとのことですから、私よりも先に咬まれて仲良くなって・・・
 美女の生き血が欲しいのなら、家内の血を吸わせてあげようって、
 家に連れてきちゃったりしたでしょうから」
愉快そうに語る昭代さんの顔に、曇りはない。
その晴れやかな顔が、ご主人の穏やかな笑みとぴったりと重なった。

幽明境を異にしながら、夫婦そろって愉しむ未亡人の淫らな日常。
彼はもとより、ヒロインの昭代さんも寝取られ役のご主人も、かなり楽しそうだ。

さきのアンケート結果でも、
「妻がほかの男性とのセックスに耽るところを目の当たりにして愉しんでいる」
「私が家内とセックスできない分、彼が満たしてくれている。むしろ感謝してますよ」
「本当に息の合ったセックス――かりにわたしの生前であっても、あれを視てしまったら許してしまったかも」
といった意見も、少数ながら存在する。
どうやら自身の死後も妻の幸せと満足とを願う夫たちも、少なからずいるようである。

鉦の音

2019年07月21日(Sun) 06:10:51

ちりぃーん・・・

澄んだ鉦の音がしんとしたわたしの居所に鳴り響く。
この音を耳にするとわれに返り、気持ちが落ち着いて、癒されたような気分になる。
妻はそれと知りながら、きょうも鉦を鳴らしてくれる。
傍らにいるあの男もまた、恭しくわたしの写真の前に額づいて、彼女に倣い

ちりぃーん・・・

黙々と鉦を鳴らす。
どうやらこの男がわたしにみせる敬意は、ほんものらしい。
冥界からこの世を眺めると、そんなことまでわかってしまう。

そういえば。
わたしの生前から妻と交際していた男たちも、
ここを訪れるときには神妙に鉦を鳴らして――あとはなすべきことをし遂げてゆく。

そしてこの男も・・・あろうことかわたしの写真のまえで、妻を組み敷いていこうとする。
「あ・・・いけません。さすがにここでは」
妻はいちおうの抵抗を試みるが、
首すじに這わされた唇に隠れた牙に皮膚を破られてしまうと、
喪服のブラウスの襟首の奥に、血潮のしずくを忍び込ませ、低い呻きを洩らした。
しつような吸血に熟れた生き血で応えつづけて・・・
悩ましげにまつ毛を震わせながら、血を啜り取られてゆく。

きょうは月一度の命日。
喪服を脱いだ妻は日頃は色鮮やかなワンピースで装っているが、
この日ばかりはわたしのために、黒一色の喪服を着込む。
そしてわたしの写真のまえで、吸血鬼の餌食に堕ちてゆく――

ピロー・トーク

2019年07月05日(Fri) 04:55:04

俺が劣情をあからさまにしても、いつも従順に応えてくれる昭代さんが、珍しく苦情を口にした。
遅い時間に戻ってきた昭代さんを、勤め帰りのスーツ姿のまま背後から襲って、羽交い絞めにしたときのこと。
夕暮れどきをすぎると、喉がからからになってくる。
そうすると俺は、学校帰りの加代子さんを真っ先に襲い、制服姿のまま押し倒して。
白や淡い空色のブラウスのえり首を血浸しにしながら、十代の処女の生き血に酔いしれる。
さんざん吸血を遂げて、彼女がウットリしてしまった時分に、こんどは昭代さんが帰宅してくる。
もちろん同じ経緯で、征服だ。
母娘で扱いが違うのはそれからあとのことで、昭代さんとはとうぜんのように、熱烈な情交が始まる。
苦情をいわれたのは、そのときのことだった。

「あなたはロリコンなの?」

唐突な言葉に俺は面食らい、思わず咬んでいた首すじから牙を引き抜くと、ちょっとだけ身を起こして昭代さんの顔を見た。
昭代さんも俺のことを、目線もそらさず見返してくる。
「どうして・・・?」
おろおろと俺が問うと、昭代さんはいった。
「だって、ひとの娘のことをあんなふうにしつっこく吸血するなんて・・・」
どうやら昭代さんは、加代子さんの女学生姿に夢中になってしゃぶりつく俺のことを、
ひっそりと帰宅した後しばらくのあいだ、見つめつづけていたらしい。
俺の好みに合わせて履いてくれた白のハイソックスに、両脚ともバラ色の飛沫を撥ねかしながら、
たっぷりと舌触りを愉しみ、ずり降ろしてゆくところを、
彼女は息をつめてのぞき見していたに違いない。

俺は応えた。「かも知れないな」
「あっさり白状するのね」
昭代さんは珍しく、チラと嫌悪感を表に出してこたえた。
けれども俺にはまだ先をつづける意思がある。やり取りの主導権を握りなおすために。
「けど、俺がロリコンなだけのやつだと、思うのかい?」
え・・・?
怪訝そうな顔をした昭代さんのふくらはぎに、俺はしつっこく唇を這わせた。
薄手のストッキングは、俺の好みに合わせて装ったもの。
サラサラとした触感は、退勤のとき彼女が新しいものの封を切ってわざわざ穿き替えたことを告げている。
俺は昭代さんに顔を見られまいと、ひたすら彼女の脚に熱中しながら、つぶやくようにいった。
――マザコンなのさ。

え・・・?
彼女はまたも、怪訝そうな囁きを洩らす。
けれども俺の言い草を肯定するでもなく否定するでもなく、
それでいて、足許を装う礼装に無作法なあしらいをくり返す俺のために、
ふるいつけた卑猥な唇の下に、無防備な下肢を曝しつづけていてくれた。

ひとしきり、俺が愉しむと。
「マザコン・・・だったんだ」
彼女はもういちど、つぶやいた。
その先を聞きたがっているようだった。
俺はいった。

俺がまだ真人間で、吸血鬼に日常的に血を吸わせていたころ。
家族全員が彼の支配を受け入れて、代わる代わる吸血に応じていて。
真っ先に襲われて犯されたお袋は、やがて親父のまえでもキャッキャとはしゃぎながら誘惑に応じていくようになって。
それを親父も俺も、別々のふすまのすき間から、熱っぽい目で覗きつづけていた。

俺があんたを襲うとき。
その時のことをよく、思い出すんだ。
あいつはお袋に、いまの俺がしているのと同じことをしていたんだ。
俺があんたの素肌に唇をふるいつけるとき。
ちょっぴり抗いながらも組み敷かれていくあんたを、ギュッと抱き返しながら胸や腰つきの肉づきを全身で受け止めていくとき。
俺はあんたのご主人の視線を、まるで俺がかつてお袋に注いだ視線と同じくらい、近しく感じるのだ。
あのときあいつは、こんなふうにお袋の血を愉しんでいたんだ。お袋の身体にのめり込んでいたんだ。
美味かっただろうな。愉しかっただろうな。って、思うんだ。
そしてあのときお袋を黙って差し出した親父の気持ちも、ありありとわかるようになるんだ。
親父は親友に、一番たいせつなものを与えることで、友情に報いていたのだと。
お袋はお袋で、自分がうっかり声をあげて快感を白状してしまうことを、親父が許すだけではなく愉しんでしまっていることを、
咎めながらも許し、許しながら悦んでしまっていたのだと。
だから俺は、だれも責めない。
そしてあんたのご主人も、あんたのことを責めていないし、俺のことも憎んでいない。
遠い昔と役割を入れ替わることで、俺はあんたのご主人や娘さんと、気分を同化させながら、こんな悪さをつづけているんだ。

「いったい何をしゃべっているの?」
昭代さんは呟いた。
「いいわよ、もっと吸って・・・あたし、娘の若さにちょっぴり、嫉妬していたのかも」
後半の白状は、声が決まり悪げに細くなっていた。
「嫉妬なんか、しないで良いのに」
俺は昭代さんの股間をまさぐりながら、囁いた。
彼女の秘所は、まだショーツとパンストにぴったりとガードされていた。
俺がパンストのうえから太ももを撫でまわし、それからブチブチと音を立てて引き裂くと、
今度は昭代さんが、自分のショーツを引き裂いた。
熱っぽい吶喊が、長時間つづいた――

昭代さんのご主人の霊魂が、まぐわう俺たちに熱っぽい視線を送りつづけているのを、背中にありありと感じる。
すまないね、ご主人。あんたの奥さんをもう少し、愉しませてもらうからね。
ふたりで悦びあっているところを視て、あんたも歓んでくれるのが、いまの俺には幸せだし、あんたの気持ちもよくわかっているのだから――


あとがき
ベッドのうえでの男女のやり取りのことを、”ピロー・トーク”というそうです。
そして、そのなかのいくばくかは、えてして相手への怨み言になるようです。
そうしたやり取りを交し合うのはきっと、仲が良く心が通い合っている証拠です。
柏木ワールドの世界の吸血鬼たちは、自分が襲って欲望を遂げる相手のことをただの獲物として扱うのではなく、
家族として恋人として受け止めているようです。

息子の呟き

2019年07月01日(Mon) 07:41:58

妹が高校にあがったとき。
母さんはひと周り大きい制服を、取り寄せていた。
ぼくに着せるためだった。

それは、ふたりの身代わりに吸血されるときの衣装として、用意された。
ぼくにとっては、ある意味ご褒美だったかもしれない。
幼いころから、女の子の着る洋服に、憧れていた。
恐る恐る脚に通した、母さんのストッキング。妹のハイソックス。
ドキドキしながら腰に巻いた、母さんのスカート、妹のスリップ。
でももう、そんなふうにこそこそしなくたって、かまわない。
いまはおおっぴらに、女の子の服を着て、妻の華恵を伴って実家に帰る。
妻もまた、ぼくの女装を認めてくれている。
ぼくが彼との交際を認めた見返りに――

おそろいの制服を着た妹は、さっきからぼくの足許を舐めまわしている。
ひざ小僧の下までぴっちりと引き伸ばしたハイソックスが、ひと舐めごとにずり落ちてゆくのを、
ぼくは落ち着かない思いで眺めていたけれど。
妹が楽しそうにくり返すままに、好きにいたぶらせてしまっている。
「兄さんどう思う?母さんの背徳・・・」
妹の口から「背徳」なんて言葉を聞こうとは、つい最近まで夢にも思わなかった。
「父さんは”交際”って言っているみたいだね」
「そうか、”交際”なのか・・・」
父さんは、吸血鬼と母さんとの関係を、そう呼んでいる。
たしかにふたりはいやらしい関係を結んでいて、時折ぼくも覗いて愉しんでしまっているのだけれど――
ふたりの間に流れるものに、まじめな感情が交錯しているのを、認めないわけにはいかなかった。
だからぼくは、中立を守って「お付き合い」と呼んでいた。
優しい父さんにも、義理立てしたかったから。
けれども、純潔な血をまだその身にめぐらせている加代子には、まだ早すぎるのかもしれない。

そのくせ、「背徳」という言葉に、どきりとしてしまう自分もいる。
「お義姉さまも背徳。母さんも背徳・・・」
妹が生真面目な顔をして、指折り数える背徳の数。
「ぼくの背徳。加代子の背徳」
ぼくは加代子の指をとって、もう二本、丁寧に折ってゆく。
「加代子が”背徳”って呼びたいのなら、ぼくも加代子と話すときはそう呼ぶね」
加代子はウフフと笑って、自分の表情をごまかすためにもういちどぼくの足許にかがみ込んで、脚を咬んだ。
ハイソックスのしなやかな生地に、生暖かい血潮がしみこんでゆくのが、むしょうに心地よい。
「こんど、同じクラスの子、引き入れちゃおうかな」
口許にぼくの血をあやしながら、妹は素直な顔つきで微笑んだ。
ぼくも妹と目線を合わせて微笑んで、唇と唇とを、重ね合わせていった。

血液交換会 ~獲物を取り換え合う母娘~

2019年07月01日(Mon) 07:27:39

嗜血癖にめざめた妻と娘は、息子夫婦にのしかかってゆく。
しまいには獲物を取り換え合って、
妻は息子に、
娘は嫁に、
とりついてゆく。

妻と嫁は、A型。息子と娘は、O型。そしてわたしも、O型。
嫁は娘に吸われるのに、しり込みをしていた。
「加代子ちゃんO型でしょう?良くないわ、それに、あなたまで、淫乱になっちゃうわ」
そういって抗う義姉を組み敷きながら、「少しなら大丈夫」といって、
加代子は面白そうに顔を覗き込んで、毒づいた。
「いやらしいお姉さま。あたしがあなたの血を吸うのは、兄さんを裏切った罰よ、思い知るがいいわ」
言葉は尖っていたが、口調は甘え切っていた。
そして、ワンピースの襟あしを掻きのけるようにして、がりりと噛みついていった。
「あぁああ!」
おおげさに悲鳴をあげる華恵。
聞こえよがしに音を立てて、義姉の血をすする加代子。
「あたしが結婚しても、お婿さんには手を出さないでね」
義姉の思惑をすっかり読み取った加代子は、口許を義姉から吸い取った血で濡らしながら、そういった。
そして、うっとりと見上げる義姉と、唇と唇を合わせて、交歓していった。

帰宅した母娘 ~血液交換会~

2019年07月01日(Mon) 06:25:59

ただいまぁ。
玄関口に響くのは、娘の加代子の声だった。
真っ暗だった部屋に灯りが点けられ、ほんの少しだけ疲れを滲ませた制服姿が浮かび上がる。
白のベストに淡いブルーのプリーツスカート。
ハイソックスは中学のころの真っ白から、濃いグレーに変わっている。
「母さん、まだかぁ・・・」
独りごちる加代子の背後に、黒い影がひっそりと立った。
親としては、教えてやりたい。
親友としては、黙っていたい。
そんなジレンマに陥るひと刻。
けれどもそもそも、霊魂だけになってしまったわたしには、なんの手出しもすることはできないのだが。

だしぬけに背後から羽交い絞めにされた加代子が、キャッと短い悲鳴をあげる。
羽交い絞めにした腕はツタのように伸びて、学校帰りの制服姿をあっという間に緊縛してゆく。
白い首すじに吸いつけられた唇に力がこもり、娘はもういちど、悲鳴をあげた。
――近所迷惑にならないていどに。
ちゅうっ・・・
ヒルのように這いまわる唇から、バラ色のしずくがかすかにこぼれて肩先にしたたり、
くつろげられたブラウスの襟首にシミを拡げる。
「あッ、ヒドい」
加代子はひと言呟くと、白目を剥いて脚をふらつかせた。
男は娘を抱き支えながらも、なおも容赦なく、血液を摂取しつづけた。

ただいまぁ。
玄関先に、妻の昭代の声が響く。
部屋の灯りで娘の先着を感じた声は、明らかに娘に向けられていた。
「あら、加代子はシャワー?」
応えのないのをかすかにいぶかる声とともに、妻は白の半袖のブラウスを着けた上半身を現した。
濃い紫のロングスカートを微かに揺らしながら、淡いグレーのストッキングを穿いたつま先を、
たった今惨劇の起きたリビングの床にすべらせてゆく。
立ち込めるほのかな血の香りに、母親は敏感に反応した。
「あのひとに、血をあげてるの?」
なんともおぞましい科白だが、女たちが日常的に吸血を受けるわが家では、ごくありふれた出来事になりつつある。

「あッ!」
昭代が呻いたのは、
制服姿のまま半死半生であえいでいる娘を目の当たりにしたのと、
巻きつけられた猿臂の力強さと、どちらのせいだったのだろう?
娘と同じ経緯で、母親もまた首すじを咬まれ、容赦なく生き血をむしり取られていった。
いつになく飢えていた彼は、獲物として狩った母娘を相手に、捕食行為のような吸血に耽ってゆく。

じゅうたんの上に伸べられた、二対の脚。
娘は制服のチェック柄のプリーツスカートの下に、通学用の濃いグレーのハイソックス。
母親は濃い紫のロングスカートの下に、淡いグレーのストッキング。
母娘から獲た血液で、わずかに顔色を取り戻した男は、愉しむゆとりを取り戻している。
今度はふたりが脚に通した靴下をいたぶりながら、愉しむつもりなのだ。

やつはこれ見よがしに舌なめずりをくり返したあと、
まず娘のふくらはぎにとりついた。
発育の良いふくらはぎに、ハイソックスのうえから舌を這わせ、唇を吸いつけ、牙をずぶずぶと埋め込んでゆく。
わたしの視線を十分に意識した仕打ちだった。
濃いグレーのハイソックスには、みるみる赤黒いシミが拡がった。
男はそれでも、かすかにうごめく脚を抑えつづけて、掌の下でよじれてゆくハイソックスをしわ寄せながら、吸血をつづけた。

昭代はかすかに意識を残していた。
男がもういちど、娘の首すじに唇を吸いつけて、しつような吸血に耽るのを、恨めしそうに睨んでいる。
「安心しろ、お前の血ももう少し、吸ってやるから」
あまりにも見当違いな言い草に抗弁しようとする妻もまた、グレーのストッキングの足許に、卑猥な唇の刻印を捺されてゆく――
ぴちゃ、ぴちゃ・・・
くちゃ、くちゃ・・・
几帳面な昭代は、装いを辱められることに人一倍敏感だった。
淡く透き通るストッキングによだれをしみ込まされ、
弄りまわされてしわくちゃにされ、
牙で咬み剥がれて蹂躙されてゆくのを、
悔し気に見おろしつづけていた。

「娘さんのハイソックスは、なかなか美味い。
  高校にあがって、ハイソックスの色も変わったけれど。
  ちょっと色っぽくなったんじゃないかな」
男の言い草は明らかに、妻のプライドを逆なでしていた。
「あんたのストッキングは、娘さんのより破きやすい。
  そこがまた、なんとも言えず良い」
男が口にしているのは、母娘の足許を彩るナイロン生地の強度の問題だけではない。
「あんたの下腹は緩いな」
そう言いたいのに違いない。
夫として抗議したかったが、その前に男がいった。
「わかっている。奥さんは貞操堅固だ。
  エッチな身体が敏感過ぎるだけなのだ。
  だから今夜も、あんたの前で昭代を抱く」

長い夜は、始まったばかりだった。
わたしは冒される妻の艶姿から、視線を外すことができずに立ち尽くし、
貧血から立ち直りかけた娘までもが、薄眼を開けて成り行きを見守る。
「明日もお勤めなのよ・・・」
昭代が弱々しい声色で抗議すると、
「じゃ、息子夫婦を呼べばいい」
男はぞんざいに、指図を下した。


華やいだローズブラックのワンピースの華恵の後ろには、娘と同じ制服姿。
女装姿が板についてきた息子は、学校帰りの少女に見まごうようになった。
親として悦んで良いことなのかどうか――
けれども息子は、娘に成り代わって吸血を享けることを、むしろ悦びはじめていた。

「華恵さん、ごめんなさい」
「兄さん、ゴメン」
昭代は嫁の華恵に。
加代子は兄に。
むしゃぶりついてゆく。
華恵はきゃあきゃあとはしゃぎながら、新調したワンピースを惜しげもなく血浸しにしていったし、
息子は、妹とおそろいのハイソックスの脚に妹が咬みつくのを、理解ある同級生のように見つめつづけていた。

親族同士の血液の交換会。
慢性的な貧血と引き替えに得た吸血能力を得た母娘は、身内の血液にうっとりとなって、ひたすら啜りつづけてゆく――

夫の呟き。~若い日の記憶~

2019年06月23日(Sun) 09:53:09

まだ息子が中学生くらいのころのことでした。
わたしが昭代の浮気旅行に気がついたのは。

その週末、昭代は病院の慰安旅行があるからと、荷物をまとめていそいそと出かけていきました。
気丈な人柄で、若くして婦長となったほど有能な看護婦ではあったけれど。
真っ正直な女だったから、うそをつく器用さには恵まれていませんでした。
荷造りをしているとき、足りないものを買いに昭代が家をあけたとき。
わたしは昭代の荷物を開いて、なにか気になるものはないかと物色をしたのです。
まだ荷造りは始まったばかりで、入れていないものもいろいろあるに違いないとは思ったのですが。
妻がいない自宅という特殊な空気は、わたしにそんな恥を忘れた行為に駆り立ててしまったのです。

ボストンバックのなかからは、勤務の時に穿いている白のストッキングが3足、出てきました。
こんなものを仕事でもないのに、どうして持っていくのだろう?と思い、その理由にすぐはっとしました。
家内がいそいそと浮気に出ていくときには必ず、ストッキングを脚に通していったのです。
相手はストッキング・フェチなのだ。
もしかすると勤務中の昭代のストッキング姿を目にして、見染めたのかもしれない。
そう思うとむしろ、わたしは相手の純情さにほだされる思いがしました。
玄関で物音がするのを耳にしたわたしは、白のストッキングを1足だけ抜き取ると、素早く書斎の机の引き出しにしまい込んでいました。

昭代の旅行中。
幼かった娘は昭代の実家に預けられ、中学生の息子はスポーツに興じて家にはほとんどいませんでした。
たまの休みの真昼間に訪れた、妻のいない時間。
わたしは机の引き出しに忍ばせた白のストッキングを取り出すと、
自分の脚に通していったのです。
淡い脛毛の浮いた脚を、しなやかに包み込むナイロン生地の感触と、
すっかり女の脚のように見違えた足許にわれを忘れながら。
じかに穿いたパンティストッキングの股間に手を当てて、
我慢することのできなかった熱いほとびで、思う存分濡らしていったのです。
きっと同じことを、今夜昭代の情夫は冒すはずだ――そんな妄想に昂りながら。

週明けの月曜日。
体調がすぐれず欠勤したわたしを気遣いながらも、彼女は旅行の後始末に追われていました。
彼女がクリーニング店に携えていった衣類のなかに、勤務中にまとっている白衣が覗いているのを目にしたわたしは、
旅行先でなにが行われていたのかを、容易に想像することができました。
そう、お相手は妻にナース服を着せて、看護婦を犯す遊戯に耽ったに違いありません。
十数年連れ添った夫婦のあいだでは、ついぞ行われなかった戯れを許したところに、昭代の本気度を視る思いでした。

もっともいま思えば、彼女がいくら相手にほだされていたとしても、わたしと別れてその男といっしょになるという考えは、さらさらなかったようです。
家庭は家庭。遊びは遊び・・・そんなふうにはっきりと、割り切っていたのでしょう。
だからこそ。
日常をいっしょにすごすわたしとは決してしないような、「看護婦ごっこ」のような無軌道なことを、
恋人には許してしまうものなのかもしれません。

つぎの週。
「ちょっと・・・泊りで出かけなければならないのですが・・・」
昭代は言いにくそうに、わたしに言いました。
「今週も、慰安旅行かね?」
わたしは努めて明るい声で言いましたが、昭代は言葉の裏に毒をかぎ取ってしまったようです。
まるでおぼこ娘みたいに、ますます小さくなっていました。
そういう昭代をむしろいとしいと、わたしは自然に想えたのです。
「いいよ、行っておいで。きっとたいせつな御用なのだろう?」
わたしはむしろ優しく彼女を促して、浮気旅行へと背中を押していたのです。
股間に歪んだ昂りを、目いっぱい覚えながら・・・

家内がいない週末の真昼間。
ふと書斎の机の引き出しを開くと、そこには家内が脚に通していったのと同じ、肌色のストッキングが2足、
ひっそりと入れられていたのです。
きっと、お礼のつもりだったのでしょうね・・・


あとがき
・・・とまあ、あっという間に元の世界に戻ってしまいました。
A^^;

息子の嫁・華恵のその後 2

2019年06月22日(Sat) 12:07:52

吸血鬼を相手に献血をしている家族のなかで、華恵の役割は大きかった。
熟女である母さんや処女である加代子にも増して華恵が呼び出される割合が増えたのは、
彼女が自由の身である専業主婦であることと、
若々しい肢体に豊かな血液をめぐらせていることが、気安く誘う種になっていた。
ああもちろん、ぼくが寛大すぎる夫であることも、忘れてしまってはならないのだが。

そのために、華恵といままでの不倫相手との交際が、少しおろそかになったのは否めなかった。
しかし彼らは華恵から遠ざかるどころか、ますます華恵に執心したのだ。
特に彼女の元上司である花沢という50男は、
ぼくが自分と妻との交際に見て見ぬふりを決め込んでいるのを嗅ぎ当てると、
しきりにぼくに接近してきた。
ぼくはしばしば彼に誘い出されて高級な料亭でもてなしを受け、
今度のプロジェクトで奥さんを借りるのでよろしくと言われたのだ。
もちろんぼくに、いなやはなかった。
どうぞ妻をよろしくと、別の意味を込めて返したとき。
マゾの血が波打って、ズボンの股間をかすかに逆立てるのを必死にこらえていた。

その彼は、ぼくの許可を得て、昼間にぼくの家で華恵との”打ち合わせ”をくり返すようになった。
その”打ち合わせ”とやらが夫婦のベッドのうえで行われたのは、いうまでもない。
仕事を終えて家に戻って、ベッドに身を沈めるとき。
きれいに洗濯されたシーツはきっと、華恵の爛れた情事に擦り合わされたのだろうと想像して、独り布団のなかで昂っていた。
そういう夜ほど濃密な夜になることを、華恵はひっそりと笑いながら受け入れていった。

やがて花沢の奥さんが、夫の浮気に感づいた。
「弱ったな・・・家内がわしときみの奥さんとの仲を、疑っているのだよ」
呼び出された高級料亭の密室で、彼はそう言って困り顔を作った。
そして、きみからもただのプロジェクトの打ち合わせなのだと、家内に話してもらってはくれまいか?と、
ひどくムシの良い依頼さえ託されたのだった。

妻の華恵を日常的に抱いている男を弁護するため、ぼくは花沢の奥さんに連絡を取った。
手にしたメモは、花沢の筆跡。
奥さんを寝取ってほしいと頼まれたご主人に託されたような錯覚をおぼえながら、
豊かな声色をした五十代のご婦人を、そのご主人とぼくの妻との不倫現場へといざなう連絡をしたのだった。
もちろん、花沢の思惑とは、裏腹に。

組んずほぐれつの濡れ場の最中に、わが家の夫婦の寝室のドアが、だしぬけに開け放たれた。
ドアの向こうには、憤怒に満ちた花沢夫人――
花沢が仰天したのは、いうまでもない。
けれどもそのつぎの瞬間、今度は花沢夫人が驚きうろたえる番だった。
背後からだしぬけに羽交い絞めにされた彼女は、華恵のもう一人の情夫に、首すじに食いつかれていったのだ。
「な、奈々恵・・・っ!?」
よそ行きのスーツの襟に赤黒い液体を滴らせる妻の姿に、花沢は顔色を変えて起き上がろうとしたが、
それを引き留める華恵の腕は意外に強く、彼はベッドから起き上がることができなかった。
不覚にもまぐわいを再開してしまった夫の手の届かないところで、
長年連れ添った夫人は、よそ行きのスーツに血を撥ねかせながら、熟れた生き血を餌食にされていった。

いままでものにしたご婦人のなかでは、最年長だね。
ぼくが声をかけると、彼はうれし気にウィンクを返してきて、口許に撥ねた血を手の甲で拭った。
ご主人も首すじに同じ咬み痕をつけられたまま、ぼう然として座り込んでいた。
「わかっていると思うが、これからは奥さんを餌食の一人に加えさせていただくよ。
 その代り、華恵の肉体はいままでどおり愉しむがいい。
 ご主人も寛大なひとだから、あんたを妻の愛人の一人として歓迎すると言っている」
ぼくの気持ちまで勝手に代弁した彼は、
まだ腕の中にいる花沢夫人の胸元をブラウスの上からまさぐりながら、
なおも首すじから血をすすった。
花沢夫人がそのまま、ストッキングをみるかげもなく咬み剥がれたうえ、
薄茶のタイトスカートを腰までたくし上げられながら犯されていったのは、いうまでもなかった。
ぼくは父さんよりも年上の花沢を妻の愛人として歓迎する約束をさせられて、
それでも花沢とまぐわう華恵から、目を離せなくなってしまっていた。
花沢はぼくと、あいまいな笑みを浮かべながら握手を交わして、去っていった。
自分のしでかしている不倫を、不倫相手の夫と自分の妻とが認めてくれる見返りとして、
長年連れ添った妻が吸血鬼の奴隷に堕ちてしまったことは、果たして彼にとって有利な取引だったのか、高くついた火遊びだったのか。


華恵のもう一人の不倫相手は澤松といって、華恵の取引先の重役だった。
華恵は彼のことを花沢よりは信用していて、自分が吸血鬼の愛人になったと告げていた。
相手の吸血鬼とは愛し合っていて、夫も関係を認めてくれていて、良好な関係を築いていること、
夫は貴男との関係も薄々勘づきながらも黙認してくれていること、
だから澤松と吸血鬼とは、いわば同じ女性を好きになった同好の士という関係だと思っていることを伝えたのだ。

澤松は実のある男だったので、まず華恵の健康状態を心配してくれた。
当座、失血死の危険がないことを聞かされると、それでも献血の頻度が多いことを気にして、
採血のためだけなら、ぼくの家内にも頼んでみると申し出たのだ。
澤松夫人は控えめな女性で、夫のことを愛していていた。
夫が外に愛人をこさえてくることにも、苦情を申し立てることはなかった。
けれども澤松はそのことをひどく苦にしていて、「せめてあいつも浮気のひとつくらいしてくれていれば、まだ気が休まるのだが」と、
ムシの良い感想を漏らすのだった。
華恵の情夫のための献血相手を澤松夫人に依頼する話は、澤松と、華恵と、わたしとのあいだでとんとん拍子に進んだ。

いちぶしじゅうを言い含められたうえで、よそ行きのスーツ姿の澤松夫人を家に迎えたのは、早くもその二週間後だった。
澤松夫人は折り目正しくぼくにお辞儀をした。
そして、主人が大変ご迷惑をかけていると伺いました。妻として申し訳なく思っております、といった。
澤松夫妻はぼくの両親と同じ年恰好だったけれど、ぼくは夫人に対する思慕をほんの少しだけ覚えていた。

献血の儀式は、家の一番奥の日本間で遂げられた。
そこには床がのべられていて、ジャケットを脱いでブラウス姿になった夫人は、あお向けに横たわることになっていた。
けれども夫人が寝そべってお相手をするのはふしだらであるからと固辞したために、
その部屋で立ったまま、吸血を受けることになった。
わたしたちは部屋から引き取り、隣のリビングに移ることにした。
そして、二つの部屋を隔てるふすまを開け放っておいて、
「気になるようなら、様子を窺うこともできますよ」と、澤松氏に告げた。
澤松氏は丁寧に感謝の言葉を返しながらも、半開きになったふすまに背を向けてソファに腰かけた。
わたしたち夫妻と澤松氏とが華恵の淹れたお紅茶をたしなんでいるあいだ、
彼は澤松夫人を相手に、熟れた血潮に酔いしれていった。

その日澤松夫人は、夫以外の男から女の歓びを初めて識った。

こと果てたのちも、澤松夫人はなにごとも怒らかかったかのように、穏やかな笑みを浮かべるだけだった。
栗色の髪の生え際に、首すじの咬み痕が赤黒くにじんでさえいなければ、なにも起きなかったのかといぶかるほど、
彼女はさりげなく佇んでいた。
澤松夫人はご主人に、おだやかに微笑みかけながら、いった。
「これは献血というよりも、恋愛ね」
「そうかもしれない。
 きみがほかの男の味を識ってしまったことは夫として悔しいけれど、
 きみにもぼくと同じように、自由に生きてもらいたい。
 子供たちも大きくなったのだから、限りある人生を愉しむように」
「子供達には手を出さないでね」
賢妻である澤松夫人は吸血鬼に、さりげなく区切りをつけた。
「そうさせてもらいます」
吸血鬼は夫人の手を取って、手の甲に恭しく接吻を重ねた。
「このひとは、熟年女性殺しなんですよ。母もやられました」
ぼくがいうと、「まぁ、そう」と、澤松夫人は柔らかく微笑んだ。
「お母さまを、どうぞおたおせつに」
夫に庇われながら丁寧に会釈を返しながら帰宅していく澤松夫人は、どこまでも奥ゆかしかった。


あとがき
華恵というよりも、華恵の浮気相手の奥さんのお話でした。。 ^^;
ひさびさに入力画面じか打ちで描いたので、変なところがあったらごめんなさい。
m(__)m

息子の嫁・華恵のその後

2019年06月22日(Sat) 11:26:17

妻の華恵に吸血鬼の恋人を迎え入れてから、半月になる。
もともと母の情夫だったその男に妻の肉体を譲り渡したとき。
彼は華恵よりも先にぼくのことを襲って、血を吸った。
そして、失血でもうろうとなっているぼくのまえで、華恵を堂々と?奪っていった。
黒一色の喪服をしどけなく乱し、裂かれたブラウスのすき間から白い肌を露出させながら,堕ちていった華恵――
いままでも、結婚前から交渉のあった男性たちとの逢瀬を半ば公然とつづけていた彼女だったが、
実際に抱かれてしまうのを夫として目にするのは、もちろん初めてのことだった。
なん度もまぐわううちに、ふたりの息が合ってきて。
やがて華恵のほうから求め始めるようになったとき、
ぼくは彼女との夫婦生活の終焉を覚悟した。
けれどもそのすぐあとに、男の直感というものはどれほど見当違いなのだろうと反省することになった。

華恵は確かに、新しい恋人に夢中になった。
それからは毎日のように出かけていって、
毎日あくせくと仕事をしているぼくをしり目に、ぼくの実家の畳やじゅうたんを、ふしだらな汗や体液で、濡らしていった。
けれどもだからといって、ぼくとの結婚生活を解消しようなどとは、彼女はさらさら思わなかったのだ。
彼女は平凡で心優しい夫を必要としていた。
大胆な火遊びを絶やさないのと同じくらい、彼女には安定した家庭の存在がもたらす安心感を、必要としていたのだ。
ふつうの夫たちにとっては、たしかに「いい面の皮」かもしれないけれど。
ぼくには魅力的な妻がそばにいてくれることが欠かせなかったし、
目の前の妻がぼくに優しくさえあれば、ぼくの見えないところでぼくを裏切っていたところで、そこは目を瞑ってしまおう、いけない昂りの種にしてしまおうと割り切ることにしていた。

彼にしてもそうだった。
いやむしろ、彼のほうこそ”信頼”できた。
なぜなら彼は、人妻を独り占めにすることよりも、
彼女の夫の目の前で抱いて、見せつけることに関心を寄せていたからだ。
女性との関係は華恵とが初めてで、そもそもがうぶだったぼくは、彼にとってかっこうの”餌食”だった。
ぼくの血液は彼の華恵に対する性欲を高めるために消費されて、
そのうえさらに、目の前で妻を犯される夫を演じることで、彼を愉しませた。
彼にとってぼくは、二重に好都合な獲物だったのだ。

彼は必要以上に、ぼくをあざけることをしなかった。
「息子をあまりみじめな立場にしないでくださいな」
きっと母さんはそんなふうに、彼に頼んでくれたはず。
けれども彼は母さんに頼まれるまでもなく、
ぼくのことを最愛の女性の一人息子として遇してくれた。
そして、華恵を間にはさんだ遊び相手としても、ぼくのことを明らかに重宝していた。
華恵の不倫に見て見ぬふりを決め込んで、想像のなかだけで昂りをくり返していたぼくは、
彼によって「視る歓び」を、植えつけられていったのだ。
だから、「夫の前で妻を犯して見せつける」ことを彼がしたくなったときにはいつでも、ぼくは華恵を伴って実家に顔を出すのだった。
彼とぼくとのあいだでは、意識して紳士的なやり取りが交わされて、
それでいながらぼくは、彼に対して絶対的な帰属感を寄せるようになっていた。
しばらく後には、ぼくは彼のことを時折「義父(とう)さん」と呼ぶことに、抵抗を覚えなくなっていた。

彼が「義父さん」であるとしたら、ぼくはかなりの親孝行をしていることになる。
華恵を「義父さん」の血液摂取欲や性欲を満足させるために差し出すことは、もちろん「義父さん」の悦ぶところだったし、
華恵が「義父さん」の相手をしている間、母さんは父さんと過ごすことのできる時間を作ることができるのだから。

華恵が浮気に出かけるときは、ふだんよりもぐっとひきたつ服を着ていくことが多い。
だから、複数の男性と不倫の夜を重ねるときは、
「今夜は遅くなるから、先に寝ていて」
などといわれるまでもなく、ぼくはほぼはっきりと、それと察することができていた。
反面、彼との逢瀬を遂げに母さんの住む実家に向かうときには、華恵は必ず喪服を着ていた。
「亡くなったほうのお義父さまのお参りをしに行く」というのが、表向きの言い訳だったからだ。
もちろんほんとうは、黒のストッキングを通した脚に欲情する彼の欲求を満たしてやるために過ぎなかったのであるが。
しかしそのうちに、もうひとつの理由があることを、母さんから教えられた。
ぼくの実家に喪服を着て出かけていく華恵とは裏腹に、母さんは若やいだ服装を好むようになっていた。
「母さんはこのごろ、喪服を着ないんだね」
実家にもどったときにぼくが何気なしにそういうと、母さんはいった。
「ばかねぇ、華恵さんが引き立て役になってくれているのよ」
と。
華恵が地味な喪服姿で彼に抱かれる一方で、母さんは華やかな若作りの衣装を身に着けて、彼に接するというのだ。
「もちろんたまには、私も喪服を着るけれど」
そういって笑う母さんの口許には、いままでに目にしたことのない艶が漂っている。
華恵は、彼が母さんの情夫であることを気にかけていて、自分は引き立て役に徹しようとしているのだった。


「結婚するのなら、私が男友達と逢うのをとやかく言わないでね」
ぼくのプロポーズに応えるときに、華恵が繰り返し告げた条件を、ぼくは寛大すぎる夫になって、飲み込んできた。
――この子のお人好しにつけ込んで、驕慢な嫁にならなければ良いけれど。
父さんがなくなるのと前後してとり行われた華燭の典の席上で。
さいしょのうち華恵にあまり良い感情を抱かなかった母さんは、品行方正な姑の顔つきでそんなふうにうそぶいていた。
けれども現実は、逆だった。
敏腕のキャリアレディで、仕事の出来でも足許にも及ばないはずのぼくのことを、華恵はとことん立ててくれた。
家のことを完璧にこなすのはもちろんとして、ぼくの身の回りだのスケジュールだの、こまごまとした手続きだのをすべて受け持って、最良のマネージャーを演じてくれたのだ。
華恵と語らって何かの段取りを決めているときのぼくは、まるで一流のビジネスマンになったような錯覚さえ抱くようになっていた。
彼女はどこまでも、賢妻として振る舞ったのだ。

その賢妻ぶりは、母さんも一目おくほどになっていて。
――さいしょはどうなることかと思ったけど。
と言わしめるほどになったのだけれども。
彼女が賢妻としての才能を開花させた最大の原因は、ほかでもない複数の男性との結婚前からの不倫のおかげだった。
男なしではいられない体質の妻は、自分の”持病”に理解を示すぼくに、どうやら心からの感謝をしてくれていたらしい。
彼女の賢妻ぶりには、感謝と贖罪が込められていた。

三人目の不倫相手を、夫から紹介された後もまた、彼女のぼくへの配慮はいっそう濃やかなものになっていった。
もっとも、彼女の配慮が濃やかであるほど、時に嫉妬に打ち震えることにもなったのだけれど。
ぼくの嫉妬が兇暴なものになるのでは?という華恵の心配は、杞憂におわった。
ぼくは嫉妬しつつも彼と華恵との濡れ場をのぞき見して昂ってしまうような、いけない大人に育ってしまっていたから。

「そんな子に育てた覚えはないけれど」
母さんはため息しながらも、自分の不倫に寛大になっている息子に安堵を覚えていたし、
「まさか寝取られ好きだとは知らなかったけど――利害が一致しているから良しとしましょう」
華恵もまた、夫の理解しがたい歪んだ性癖に驚き苦笑しながらも、
実情に適切に対応し、自らも新しい不倫をしたたかに愉しむようになっていた。

なにしろ相手は身内である。もっとも信頼できる相手といえた。
姑がまじめに交際している愛人で、事実上夫の義父になりかかっている男なのだ。
ぼくも――時には嫉妬にかられてどうにもならない昂りに目覚めてしまううらみはあるけれど――彼を華恵のためにもっともつり合いのとれた情夫であると、認めないわけにはいかなかった。


あとがき
なぜかNTR話ばかりがすらすら描けてしまう、きょうこのごろ。^^;
カテゴリは、昭代さんがヒロインだった当初から「成人女子」としていましたが、
どちらかというといつものノリの「家族で献血」に近くなっていますが、
とりあえずこのままいきます。

夫の呟き。

2019年06月18日(Tue) 05:12:34

はじめに

最近ずっと続いている「看護婦・昭代」シリーズの続きです。
今回はちょっと長いので、てきとうに読み流してください。 (笑)


昭代の夫です。
わたしの死後、家内が行きずりの吸血鬼に生き血を望まれて、
律儀にも勤め帰りに待ち合わせて、無償で血液を提供して、
それも一度ならず継続的に、女の生き血を供給するために家庭に迎え入れて、
母娘ながら日常的に毒牙にかかる道を選ぶのを、まるで生きているときさながらにつぶさに見聞する羽目になろうとは――
もっともいまのわたしは、家内の善行を歓びこそすれ、忌むべきこと、呪わしいことだとは、決して感じてはおりません。
いままで語られてきたことと重複するところもあるのでしょうが、
わたしはわたしなりに、自身が視たこと聞いたことを、皆さまにお伝えしてみたいと思うのです。


死後も意識があって、
自分の身体がこの世から消えてしまったとしても、
心だけは残るものだと知ったのは、もちろんわが身がそうなった後のことでした。

自分がいなくなった家庭が冬枯れのように寂しい空気に包まれるのを、やるせない気持ちのままに看つづけていました。
家庭内でそんなに重んじられていた覚えも、ございません。
年ごろの娘との会話もさほどなく、看護婦という多忙な職業を持っている妻とも会話は途切れがちだったはずでした。
それでも3人いた家族が2人になるということが、これほど空疎な空気感をかもし出すことになるとは、思ってもいませんでした。
結婚したばかりの息子が時折新妻を伴って訪れたときにだけ、家の中はほんの少し華やぐのですが、
彼らが引き上げてしまうとまた、元どおりの静寂が訪れてしまうのでした。

わたしのいないわが家に変化が訪れたのは、1年ちかく経ったころのことでした。
実をいうと、妻とあの男とのなれ初めの場も、わたしは見ていたのです。
それを黙っていたのは、二六時中わたしに視られているなどと知った家族が、決して良い気分にはならないだろうと思ったからでした。

あの日、出勤途中に見ず知らずの男に呼び止められた妻は、怪訝そうな顔をして。
やがてなにかを囁かれて、びっくりしたように男のことを見返していました。
そして、仕事をしているときと同じ、冷静で真剣な目線を男に返すと、
二言三言なにかを囁き返して、あとをも振り返らずに、元どおりのあ歩みをふたたびつづけたのです。
いままでよりはかなり急な、そそくさとその場を離れたいような足どりでした。
相手の男が吸血鬼で、行きずりの妻に生き血をねだったことを、彼女の心の動きから読み取ることができました。


さいしょのうちは、そのような突飛な話を信じまいとする気持ちが、妻のなかでは強いようでした。
しかし病院の患者さんたちと向き合う仕事に入ると、彼女の心から雑念が消えました。
それどころではない目まぐるしい日常業務に、忙殺されたのです。
つぎに妻の彼に対する意識が戻ったのは、勤務を終え病院を出るときでした。
その時には妻の考えは、出勤してきたときとは真逆のものになっていました。
――私が約束通りに公園に行かなければ、
きっとあのひとは、見境なくほかのだれかを襲うだろう。
それは、こういう職業に携わっている自分のような者がとるべき道ではない。
家内は家内なりに厳しい職業倫理を持っていて、
その職業倫理が、
生き血をすすり取られるというおぞましいはずの体験に対する本能的な恐怖を越えて、
彼女の歩みを公園へと向けさせていたのです。
あとは、あの男が語ったとおりの経緯で、四十代の職業婦人の血液は、飢えた吸血鬼の喉の奥へと、吸い取られていったのです。

ベンチに腰かけて背すじを伸ばし、目を瞑った家内の首すじに、
男の唇がいよいよ近寄せられてゆくのを、
わたしは数歩離れた距離から、どうすることもできずにただ見守っておりました。
もちろん、吸血行為が行われているあいだ、家内のそばから離れることは可能でした。
けれども、そうすることはなぜか、潔いことではないように感じて、
わたしは棒立ちになったまま、ふたりのそばを離れようとはしませんでした。
仮に男が家内との約束を破って、
家内がそのまま生き血を吸い尽くされてしまったとしても、
指一本触れることはできないはずなのに・・・

咬まれて生き血を吸い取られているあいだ、
平静を取りつくろって目を瞑る家内の面差しはつとめて穏やかで、
けれども神経質に震えるまつ毛だけが、彼女の想いを伝えているようでした。

四十代の職業婦人の活力を、男は不当にもむさぼりつづていったのですが、
そのあいだじゅう、
わたしはえも言われぬ昂りを胸に秘めながら、
ただひたすらに佇んで、家内が吸われてゆくのをただぼう然と見守っておりました。

男に家内を吸い殺す考えがないと確信したのは、
吸い過ぎたと悟った彼が吸うのをやめたときでした。
思惑以上に性急な欲望をぶつけられた家内が、眉を寄せて額を指で抑えたとき。
彼はいいようもないほどうろたえてしまっていて。
自分のふるまいが相手の男をうろたえさせたと知った家内は、
むしろ余裕の笑みさえ含んで小休止を告げていました。
吸血される側が、吸血する側をリードするなど、どんな吸血鬼ものの映画でも、目にしたことはありません。
けれども被害者であるはずの家内は、それをこともなげにやってのけていたのです。

しばらくの間、ふたりでおだやかに会話を交わしたあと、
家内は明日は非番だと告げると、彼の欲求を満たすためにもう少しだけ、自身の血液をゆだねる意思を伝えました。
ふたりが息が合っていることを、わたしは認めざるを得ませんでした。
けれども、家内に対する吸血行為が、ただのがつがつとした捕食行為ではなくて、
おだやかなに流れる刻のうちに終始したことに、どこかで安堵を禁じえませんでした。
自らの欲望を抑えてまで紳士的に振る舞おうとした、お相手の吸血鬼氏にも、
その異常な欲望を容れて、課せられた役目を立派に果たそうとした妻にも、
拍手を送りたい気分でした。

首すじから血を吸い取らせた後、
男がそろそろと足許ににじり寄り、ストッキングを穿いた足許に唇を近寄せるのを、
表現は婉曲ながら、家内はさすがに色をなして咎めました。
「ストッキング、脱ぎましょうか?」
穏やかな声色ではあったけれど、
相手の無作法を咎める尖った気分が、ありありと伝わってきました。
きちんとした装いをした婦人のだれもが感じるように、
彼女もまた、自身の装いを辱められることをきらったのです。

既婚の夫人が夫以外の男性のまえでストッキングを脱ぐ――そんな行為自体が、じつは禁忌に触れるものではあったのだけれど。
穿いたまま破かれるよりはまし――そんな彼女の気分が、わたしにもありありと伝わってきました。

それでも男は、家内が脚に通しているストッキングを破きながらの吸血行為を臆面もなく望み、
家内はやむなく・・・という態度で、足許に這わされる唇に、なおも尖ったままの目線を注ぎ続けました。
きちんと穿きこなされた肌色のストッキングに好色なよだれを滲ませながら、家内はふたたびの吸血に応じていったのです。

それからのひと刻は、
家内の身に強いられている行為が、
吸血行為という枠を越えた猥褻なものであることを、家内もわたしも感じていました。
もちろん彼自身も、自覚していたことでしょう。
けれども、おぞましい凌辱になりかねないその行為は、
だれにもさまたげられることなく、
さっきまでと同じ色合いの、静かにで穏やかな雰囲気のうちにつづけられていきました。

堅実で常識的な婦人であるはずの家内が、ストッキングを破られながらの吸血を受け入れていったとき、
わたしは家内に対する男の想いと、
それを受け入れようとしている妻の想いとを自覚して、
かすかな嫉妬が胸を刺すのを感じました。

目を背けたい思いと、
見届けたい思いとを交錯させながら、
わたしはふたりの行為からとうとう、目を離すことができませんでした。
男は家内の前に跪くようにしてその足許に唇を這わせ、
家内はそうした男のしぐさを庇うように、男の肩や背中に手をまわし、
穏やかに撫でつづけていたのでした。


その日家内は帰宅すると、
いつものようにわたしの仏壇に行儀よく手を合わせ、
心を込めて線香をあげてくれました。
そのとき妻が帯びていたウキウキとしたようすは、
後ろめたいことをしてきた人にはみえませんでした。

娘もまた、いつになく上機嫌な母親の様子をいぶかっておりましたが、
その理由を妻が口にすることは、ついになかったのです。
「お父さんに線香をあげたとき、後ろめたい気分が全くなかった」
あとで家内は、彼とわたしの前でそう告げたものでしたが、
お線香をあげてくれた時の彼女の想いが彼との交際をつづけるきっかけのひとつになったのは、間違いありません。
お仏壇に向かうという行為で彼女は自分を取り戻して、自分の想いをもういちど反芻し、結論を手にしたのです。

それでも、彼の存在をわたしまでもが受け入れているいま――
通りがかりの家内に彼が声をかけてきたこと、
真面目な家内が勤務時間に遅れまいとして、勤め帰りに逢うといった約束をきちんと守ったこと、
彼が家内の言い草を容れて、律儀に待ちつづけたこと、
喉をからからにしていたはずの彼が、初めての吸血に欲望をあからさまにしながらも、
マナーを忘れずに家内に接してくれたこと。
家内も初めて体験する吸血行為をおぞましいことだと見なすことなく、寛容に振る舞いつづけたこと、
そのことをきっかけに、ふたりの交際が円満にスタートしたこと、
それらすべてに、わたしは深く感謝しているのです。心から――




あとからの彼と家内との仲睦まじい関係を考えたなら。
彼が家内に求愛したのが、かりにわたしの生前のことだったとしても。
わたしは彼を家内の交際相手として、受け容れてしまったかもしれません。
恥ずかしい告白をするようですが、
わたしは本来、そうした男だったのです。

わたしは生前から、
家内がわたしの取引先の複数の男性と関係を結んだのを、
見て見ぬふりをしていました。

――いうことを聞いてくだされば、ご主人の仕事がうまく運ぶんですよ・・・
かれらはいちようにそういって家内に迫り、
家内はわたしのためと思いつつ、心ならずも抱かれていって、
けれどもしまいにはその行為じたいに惑溺して、
それからはむしろ積極的に、関係をつづけていったのです。

それでもわたしは、わたしを想いながらわたしを裏切りつづける家内を咎めようとはしませんでした。
むしろ彼女がいやおうなく突きつけられた不当なはずの関係に、むしろきちんと向かい合って、
前向きな気持ちで不倫を愉しみはじめたことに、
歓びさえ感じるようになっていったのです。

妻に浮気されたことを汚名を被ったととらえたり、
取引先の男たちに内心ほくそ笑みながら付き合われたり、
そうしたことで対面を損なわれたなどと、誇り高い夫としての見栄を張ることよりも。
妻が後ろめたい思いを抱きながら暮らすことなく、
むしろ若やぎを取り戻しながら前を向いて生きていくことのほうが、
ずっとずっと良いことのように感じたのです。

いま家内は、かつて浮気を重ねたときのように、
こんどは生身の人間ではない異形のものに身をゆだねようとしていました。
けれどもそのことで、妻の身体をめぐる血液が活かされることを、悦ばしいことだと思いました。
そして――わたし自身がその献血行為にもはや加わることができないことを、むしろ残念にさえ感じていたのです。



家内が初めて彼を家に招んだとき。
そうすると決めるまでには、かなりの時間がかかりました。
血に飢えた彼のことをひとたび家庭内に受け入れてしまえば、
家内ばかりか娘までも生き血をねだり取られて、母娘ながら餌食になってしまうのです。
娘の危機を、彼女なりに考慮しないわけにはいかなかったのです。
いまはわたし自身さえもが、彼を家庭内に迎え入れた家内が、
娘ともども競うようにして血液を与えるようになった日常を、歓迎してさえいるのですが――

初めてわが家の敷居をまたいだ彼は、
”これからあなたの奥さんをいただきますよ”
とわたしに告げるべく、丁寧な手つきでお線香をあげてくれました。
お線香をあげてもらうとね、気持ちがよくなるものなのですよ。
生死の世界に通じていた彼は、そうと知りながら、きちんとお線香をあげてくれたのです。

ふつう、人妻を狙う男というものは、亭主のことなどまるっきり無視して、ふらちな欲望のままに獲るべきものを手にするはずです。
ところが彼は、わたしに敬意を払って、お焼香までしてくれました。
妻のことをそれだけたいせつに想っている――そういう想いが伝わってきて。
その段階ではもう、家内のためには彼ほどふさわしい相手はいないだろうと思わざるを得ませんでした。
わが身のことは、さておいて。

家内の抱えている寂しさをだれかが紛らわしてくれるというのなら、
たとえ彼女の身体だけが目当てだという男であっても、
もしかしたら歓迎してしまったかもしれないけれど。
彼は家内の身体だけではなく、心も満たす存在になるのだと、夫の直感として感じたのでした。

勘の良い乙女が、初めて男と逢ったとき、
その男が自分の処女を奪うであろうことを予感するといいますが、
さほど勘の良いわけではないわたしでも、
初めての吸血のときから、彼が家内の貞操を勝ち得るだろうことを、ありありと予感していたのです。

”奥さんを頂戴します”と掌を合わせる彼にわたしは、
”どうぞお手柔らかに”と、思わずにはいられませんでした。
身体においてわたしよりもはるかに秀でている彼が、
生理的な意味で家内のことを容易に満足させてしまうだろうことを、
そしてそのことが、家内がわたしをまるきり忘れる契機になりかねないということを、
同じ男として、妻を奪われる夫として、ありありとわかってしまったから。

それでも彼は、勝利者の余裕からだろうけれど、わたしへの礼儀を捨てようとはしませんでした。
”俺にとって最愛の昭代さんの、そのまた最愛のひとなのですから、俺が貴方に礼を尽くすのは当たり前のことです”
と、彼は言いました。
意外に古風なやつなのだな、と、わたしは彼に対して、すこしだけ好感を持つことができました。
そのあと彼は、よけいなことをつけ加えます。
”俺は、ご主人のまえで奥さんを征服して見せつけるのが好きなんですよ”と。
ぬけぬけとした彼の言い草に、わたしはちょっとだけむかっ腹を立てながらも、
あまりにもあっけらかんとした正直すぎる告白を、受け入れないわけにはいかないと思いました。
同じ男として、彼のしたいことが、よく理解できたのです。

これから妻を犯そうという男に対して、
ふつうの夫なら、仇敵だという感想しか持ちえないはずなのに。
けれどもわたしは彼に対して、不思議にそういう感情を抱くことがありませんでした。
その仇敵になりかねなかったはずの男に、むしろ好感を覚えることができたことを、
いまでは幸せに感じています。


いちばんの気がかりは、すでに彼に心を移してしまった家内ではなく、娘のことでした。
娘の加代子は、制服姿で彼を迎えました。
わざわざよそ行きの服を選んだことは、礼儀を尽くすということよりもむしろ、
”私は貴男を警戒している”と告げるためのものでした。
近い将来自分の純潔を勝ち得ることになる男が来たのだと、
娘はどこまで直感していたのでしょうか?
白のハイソックスの足許にしげしげと這わされる視線に、わたしは不吉なものを感じるばかりでした。
ふたりは部屋を隔ててよそよそしい挨拶を交わし、それ以上どちらからも、近づこうとはしませんでした。
娘の敷いた決壊を踏み越えなかったことは、彼にとって賢明でした。
娘はこちらに背中を向けてわたしにお線香をあげるふたりのことを、じいっと見つめつづけていました。

彼の行った降霊術は、娘の警戒心を解くのに大きな役割を持ちました。
彼と家内とわたしとは、胸襟を開いて本音を交し合い、娘はそれを離れたところからつぶさに聞き取っていたのです。
彼と家内とのなれ初めや、いまでもキスさえ交わしていないという交際の実態から、
家内の旧悪である不倫の事実や、そのことをわたしが知りながら許していたことまで、
娘はあらいざらい、知ることになったのです。
「あの時はドキドキしちゃったけど、でもなにもかも知られてむしろスッとしたわ」
家内はあとでわたしにそう告げたものですが、隠していたことを離してしまうことは、信頼しあっている夫婦のあいだではたいせつなのだと、死後になってからわかったのでした。
「あなたには申し訳ないと思っていたし、後ろめたかった。
 でもまさか、愉しんでいたなんて。 笑
 でも、それでよかったのかも。
 今度は私、彼と同じことをして愉しむわ。
 貴方も貴方なりに、愉しんでくださいね」
家内は嬉しそうに、なんのわだかまりもなく”不倫宣言”をしたのでした。
わたしもまた、胸のわだかまり――妻の浮気を知りながらそのことを黙っていて、むしろ愉しんでしまっていたことからくる後ろめたさ――が消えていました。
「きみの浮気を愉しみたい」
などと、面と向かって口にすることができるとは、生前は思ってもいませんでしたから。



いまは家内も娘も、わたしと入れ替わりに同居するようになった彼に、かわるがわる生き血を提供して暮らしています。
それぞれにひとつ部屋に彼を迎え入れて――娘は自身の勉強部屋に、家内は夫婦の寝室に――恋人のように抱きすくめられ、首すじを吸われ、脚を吸われ、胸の周りまで吸われていくのです。
かつて家内は勤め帰りのストッキングを舌で愉しまれ咬み破かれることを厭いましたが、
いまでは嬉々として惜しげもなく、ストッキングを脚に通しては辱めにゆだねるようになっていますし、
娘も母親を見習って、好んで女学生を襲ってきた彼の不埒な愉しみのために、通学用のハイソックスをなん足も血浸しにしてしまっています。
やがて娘はストッキングを穿く年代になって、母親と同じようにされてしまうのでしょう。
そう、めでたく貞操を喪失した家内につづいて、つぎに狙われるのは娘に違いないのです。
しばしのあいだは処女の生き血を提供することで見逃してもらえるのでしょうが、それも時間の問題でしょうから――


あとがき
このシリーズ、意外に長続きしています。
大概のお話は、衝動的にその場で描き切ってしまうので、長編を描くことはめったにないのですが、
続くところまでは続けてみたいと思います。

お話のテーマはいろいろあるのでしょうけれど、
看護婦としての職業意識から、自身の血液を経口的に輸血することに同意した昭代さんや、
母親ゆずりの気の強さで、ハイソックスの脚を咬まれながらもつとめて平静さを取りつくろおうとする加代子さん、
それに死後に妻の実質的な”再婚”を見せつけられる夫の、悲喜こもごもな複雑な感情を描いてみたいと思います。

タイミング ~娘・加代子のつぶやき~

2019年06月06日(Thu) 07:04:35

どういうわけか、タイミングが良いのよね――
母さんはあのひとのことをそういうと、
そうなのよ、どういうわけか断りにくいときに来るんだから――
私もあのひとのことをそういった。
夜勤で疲れて帰ってきた母さんのことは、決して襲わない。
つぎの日が非番だというときには、したたかに吸いまくるし、犯しまくってしまう。
(あらいやだ、嫁入り前の娘のいうことではないですね・・・)
私のときも、中間テストの前だからと、気を使ってくれた。
そのくせ、部活の練習試合で勝ってハイになって戻ってきたときには、
制服姿のまま組み敷かれて、首すじを吸われ、ハイソックスを血浸しにされた。
もう・・・ってふくれ面をしながらも、もう一足・・・ってねだられたリクエストにお応えして、履き替えてしまった私も私なのだけど。

彼が断わりにくい時を選んでいるということは。
きっと、衝動をこらえてガマンするときも多いということだ。
自分だけの都合で動かないところに、人間の男どもに見習ってほしいくらいのマナーの良さを感じていた。
こんどはこちらが気を遣う番だとふと思って、
そんなことを思ってしまった自分を、ばかみたい、と思った。
けれどもやっぱり、母さんも私も、気を使ってしまう。
珍しく白衣を着ることをねだられた母さんは、ナースキャップまで着けて完全武装で彼に抱きすくめられていったし、
私は私で、母の夜勤中、試験勉強中に禁欲してくれたあのひとの部屋に出向いて行って、
ストレス解消したいのといって、制服姿を襲わせていた。

きっと――
彼は私が断わらないタイミングで、私の純潔を獲ようとするのだろう。
そして私もきっと、もしかするとそういうタイミングのときではなかったとしても、
望みのものをすすんで、彼に与えようとしてしまうのだろう。

母さんのコスプレ ~娘・加代子の手記~

2019年06月06日(Thu) 07:00:55

きょうから喪服を脱ごうかな。
母さんが言った。
いいんじゃない、明るい服のほうがひきたつよ。
あたしはこたえた。
喪服を脱ぐってことはね、
父さんの未亡人として生きるのをやめて、
あのひとの恋人として生きるっていうことなのよ。
母さんは言った。
いいんじゃない?
でも母さんは未亡人なんだから、たまには喪服を着たほうがいいんじゃない?
そう、父さんを弔うためよりも――
むしろあのひとのために、着てあげたら。
母さんは、うふっと笑った。
あなたも言うわね、大人をからかうもんじゃないわ・・・と言いながら、
まんざらでもないのがよくわかった。
母娘ふたりであのひとに血を吸われるようになってから、母さんはわかりやすい存在になっていた。
私が大人になったのか。
母さんがわかりやすくなったのか。
それはいまでも、よくわからない。

母さんが、あたしの学校の制服を買ってきた。
自分用に着るのだという。
それはなにより・・・と私はいって、初めて着るのを手伝ってあげた。
姿見のなかの母さんは、まるでいつもの母さんとはちがっていて、
女学生の昔に戻ったみたいにみえた。
勤めに出るときにいつもキリキリと頭の上に巻いてしまう髪の毛を、
お嬢さんみたいに肩に流していたのが、よけいにパンチ力を発揮したのだ。
こんど、おそろいの制服で、ふたりで吸われてみようね、と囁かれて。
それ、面白そう・・・!って、思ってしまった。
一瞬、母さんのことが同級生のように思えてしまった。
そして数日後、
私たちは父さんのお仏壇のまえで、おそろいのスカートのすそを血で浸しながら、
齢の順に生き血を吸い取られていった。
そうされているあいだ、ふたりはあお向けに横たわりながら、
本当の同級生のように、手と手をつなぎあっていた。

母さんは、白のストッキングも、好んで穿いた。
それは、勤務先で脚に通しているのと同じものだった。
堅物の母さんは夏でも厚手のタイツを履いていることが多かったけれど。
あのひとを満足させるために喪服のスカートから覗くストッキングが肌の透けるものになってからは、
勤務先でも脛が透けるストッキングを穿くようになっていた。
そもそも、どういう風の吹き回しだったのだろう?
あのひとと出逢ったあの日にかぎって、母はスカートの下に肌色の透けるストッキングを穿いていたのだ。
タイツだったとしても、目に留めたよ――あのひとはきっと、そういうに違いないけれど。
母さんはいまや、あのひとを悦ばせるためにだけ装う。
白のタイツは全部、あのひとのために咬み破らせてしまっていて、もう冬場までお目にかかることはないだろう。
いまではもっぱら、勤務先に穿いていくのは薄地のストッキング。
勤務中に脚に通しているストッキングを破りたがるあのひとのため、思うままに破らせてしまっている。
けれども白衣はあまり、着たがらない。
手術のときのことを思い出してしまうから。
だからあのひとも、彼女に白衣姿を強要したりはしない。
けれども白のストッキングは好物で、
きみの天職を辱めているわけではない――とか囁きながらも、
ふらちなイタズラをネチネチとつづけ、白く濁ったよだれをぬらぬらとしみ込ませてゆく。

母さんに、好きな人ができた ~娘・加代子の手記~

2019年06月06日(Thu) 06:53:12

母さんに、好きな人ができた。
父さんがいなくなってからずっと、独りで看護婦していて、
家族の会話も人が少なくなった以上に、めっきり減った。
母はもちろん優しかったし、しっかり者で通っていたから、生活にはなんの不安も感じなかったけれど。
それでも話し声や笑い声がぐっと減ってしまったのは、私なりにかなりこたえていた。
うちはこのまま、先細りになってしまうのかも・・・ふとそんな予感がかすめて、ぞっとしたこともあった。
留守がちになった家のなかは冷え冷えとしていて、たまに顔を合わせても気まずい沈黙が漂うことが、少なくなかった。
そんなある日、母さんは珍しく、ウキウキとした顔をして病院から戻ってきた。
父がいなくなって以来、絶えてみないほどの明るさに、私までもがいままでのことを忘れたように快活になっていた。
その日は母さんは、自分がご機嫌な理由は決して口にしなかったけれど。
私はこの明るさがいつまでも続いてくれると良いなと思っていた。
男の人と逢っている――
なんとなくそう感じるようになったのは、それから数日後のことだった。
その日帰った母さんは、ハミングしながら晩御飯の支度をした。
こんなことも、絶えてなかったことだった。
数日前ご機嫌で家に帰ってきて以来、しばらくトーンダウンしていた母さんの明るさが、また華やぎを取り戻していた。
母さんに好きな人ができた――
私はちょっとだけ、複雑な気分だった。
父さんのことを忘れちゃったのだろうか?という想いもあった。
けれどももうひとつの想いは――口にするのも恥ずかしいけれど――母さんが私以外のひとに注目し始めたことが、娘として複雑な気分だったのだ。
家に二人きりでいたせいもあるかもしれないけれど・・・
それは私がまだまだ子供だ――ということを、自覚してしまったような気分だった。

そんな日々が続いてしばらく経ってから――
とうとう母さんから、決定的なことを聞いてしまった。
口火を切ったのは、母さんのほうだった。
「母さんに恋人ができたといったら、あなたどう思う?」
恋人――私がまだいちども口にしていない言葉を口にしたとき、母さんはちょっぴり照れくさそうにしていて、そんな母さんのことが可愛く思えた。
私は、えー?良いんじゃない?どんなひと?と訊いた。
母さんの恋人というひとの話を聞こうとしたとき、
私自身が同じ女性の目線になっていることに気がついた。
私も母さんと同じくらい、ウキウキとした気分になっていた。
けれども母さんが語り始めた「恋人」のイメージは、ちょっと変わっているなと思った。
たしかに――母さんは父さんのことを愛していたと思うから、ふつうの人に心を移すわけはないとは思っていた。
だから、相手の男のひとが、勤め先の病院のお医者様とか、患者さんとか、趣味のサークルの連れ合いをなくした退職者のおじいさんとか、そういうありきたりな人ではなかったことに、不思議な嬉しさを覚えていた。
吸血鬼だときいても、怖いという気がしなかった。
むしろ、母さんがその男のひとと、どこまで進んでいるの?とか、そんなほうに関心が移ってしまって、たいせつなことを切り出したはずの母さんを閉口させてしまっていた。
母さんがそのひとを家に招ばないのは、そのひとが吸血鬼で、
いちど家にあげてしまうと、あとはいつでも自由に我が家に出入りできるようになってしまって、
そのうち私の血まで狙うようになりかねないと、警戒してのことだった。
かりに母さんのことがどんなに好きでも、人の生き血を求める習性はどうにもならなくて、どうしてもそういうことになってしまう・・・と、母さんは私に説明した。
そのひとを家に招ばないのは、恋人の娘であっても見境なく襲われてしまうということに母親としての危機感を持ってのことだったと知って、私はむしろ嬉しい気がした。
そのひとを私から隠したくて招ばないわけでは、決してなかったからだ。
けれども母さんのなかでは、じょじょに考えが変わっていったようだった。
むしろ、「たいせつなカコちゃん(私のこと)の血だから、吸わせてあげたい」と思うようになったそうだ。
母親が吸血鬼の情婦となり、浮気相手の求めるままに娘の血を吸わせてしまう――
場合によってはそんなふうな、身の毛もよだつシチュエーションだったのかもしれないけれど。
私はむしろ母さんの気持ちを、納得づくで受け入れ始めていた。
だって、母さんは私ひとりの母さんだし、その母さんが自分の血を吸わせている相手に、たいせつなまな娘の血を与えたがっているのは、むしろ自然な気持ちだと感じるようになっていたからだ。

連れてきたその人は、思ったよりも若く、ほっそりとしていてハンサムだった。
あとでそのひとともっと親しくなったときそう言ったら、「ハンサムだといわれたことはいちどもない」と言っていたけれど――
吸血鬼が我が家の敷居をまたぐ――いよいよそのひとが家に来たときは、さすがの私も身構えてしまった。
そんな私の雰囲気を察したのか、母さんもそのひとも無理に近づこうとはしなかった。
意図的に距離を置こうと、隣の部屋からドア越しにあいさつを交わす失礼を、
むしろとうぜんのように受け入れてくれた。
初対面になるそのひととあたしとは、ぎごちない挨拶を交し合った。

ちりん、ちりぃーん・・・
お仏壇にあげられた線香の香りが廊下にまで漏れてきていた。
どうやらそのひとは、母さんとことに及ぶまえに、父さんのお仏壇にお線香をあげているらしかった。
細目に開いたふすまごしに窺うふたりはこちらに背中を見せていて、
身内の人がなき人の写真に向き合うときとまったく同じように、心を込めて額づいている。
良いひとなのだ――と、素直に思えた。
そうでもないわよ、と、あとで母さんはいった。
「要するにね、”これからあなたの奥さんをいただきますよ”っていう、けしからぬご挨拶だったのよ、きっと」
そういって、私が示したあのひとへの敬意に冷や水をあびせながらも、母さんは楽しそうに笑っていた。
お線香をあげたあと、母さんはそのひとに求められるままに首すじをゆだね、思う存分血を吸わせたのだった。
母さんの身に降りかかる吸血シーンを初めて目の当たりにした私は、つい目を離せなくなっていた。
そのひとは母さんの首すじを咬んで生き血を吸い上げ、
母さんがうっとりとしてその場に横たわってしまうと、こんどはスカートをたくし上げて太ももを吸った。
母さんの穿いていた肌色のストッキングを破りながら――
そのひとはもしかすると、母さんのストッキングも愉しんでいたのかもしれない。
脚に咬みつくまえに、まるで脚の輪郭をなぞるようにネチネチと、ストッキングをしわくちゃにしながら舐めまわしていたから。
日頃は厳しくて潔癖で、身なりもきちんとしていた母さんが、そのひとの前では従順で、身に着けた衣装に対するふしだらな仕打ちを唯々諾々と受け容れている――
好きになるということは、受け入れがたいことさえ許してしまうことなのだ――と、母さんの態度をみてそうおもった。
その日ふたりがしたのは別れ間際のキスだけで、そのものずばり・・・は、とうとうなかった。
キスにしても、そのときのキスが初体験だったと、あとで聞かされた。
けれども、お仏壇を前の献血行為は、あきらかにラブ・シーンと呼ぶべきものだと私は直感した。
ふたりとも、父さんのことを辱める意図は、まったくなかったと思う。
けじめを重んじる母さんは母さんなりに、新しい恋人ができたことを父さんに報告したかったのだろう。
もはやあなたの妻ではない――という意思表示をすることで、母さんなりにけじめをつけようとしたのかもしれなかった。
それは少し寂しいことだったけれど、仕方ないのかもしれないと思った。

そのつぎにそのひとが現れたとき、そのひとは父さんの霊を招き寄せた。
なにかのトリックだなどとは、まったく思わなかった。
うっすらと輪郭が透けて見えるその姿は、間違いなく懐かしい姿だった。
家のなかで家族三人がふたたび揃う――そんな奇跡をくれたそのひとに、むしろ感謝したい気持ちだった。
父さんは母さんに恋人ができたことを「おめでとう」とよろこんでいた。
優しい父さんらしいなと思った。
もともと優しくて控えめだった父さんは、母さんが連れてきたそのひとにも穏やかに接した。
そして、そのひとのことを「よろこんで家庭に迎えたい」と告げて、「最愛の妻の貞操を差し上げます」とまで言ったのだ。
三人の合意はすぐにできた。だって、三人とも、同じようなことを考えていたのだから。
母さんは、父さんのことを決して忘れないと約束した。
だからだれとも再婚はしない、このひとともずっと、あなたの未亡人のままお付き合いをすると告げていた。
そして父さんも、母さんが自分の未亡人のままそのひとの恋人になることに同意した。
父さんも寂しくはなく、母さんは恋人を得、そのひとは人妻とのいけないラブ・ロマンスを愉しむ――という三者三様の幸せ。
私ももちろん、いなやはなかった。
母さんが父さんと決別してけじめをつけるのではなくて、ふたりの男性の間でうまく折り合いをつけようとしたこと、
父さんも母さんと同じように、吸血鬼だからといって分け隔てをしようとしなかったこと、
そしてお互いがお互いの立場を思いやり、それぞれの居場所を見出したことが、私をびっくりさせていた。
急転直下――といいたいくらい、話がすぐにまとまったからだ。
それからは注目の・・・いや、そこから先は、娘としては語るべきではないのだろう。
母さんは父さんのお仏壇のまえで、初めてそのひとに抱かれたのだから。
いや、正確には、さすがに父の前での情事にしり込みをした母さんは自室にそのひとを引き入れて結ばれて、
交し合った情熱の残り火にひかれるようにしてお仏壇の前に戻ってきて、ふたりが幸せに結ばれたことを、着崩れした喪服姿からあらわになった素肌を吸われながら報告したのだ。

私も、その日のうちに忘れられない体験をした。
母さんを抱いた直後、そのひとは二人で過ごした居間から出てきて、
母さんが失血で気を失ったすきに私を抱いたのだ。
処女の生き血が好きだというそのひとが、私のことを初手から犯したりはしないだろうと思ったし、事実私が処女を卒業したのは、もっとあとのことだった。
彼に抱きすくめられた私は、自分のなかですぐに決意がまとまったのを自覚した。
猿臂にまかれることを本能的に抗おうとした身体は、いつの間にか自律的にしゃんとしていて、自分でもびっくりするくらいはっきりと、お相手をさせていただきますと告げていた。

ふたりの情事を覗いていた後ろめたさもあって、私は罰ゲームを受け入れるいたずらっ子のような気分で、彼の行為を受け入れた。
やはり、結婚前の娘が、母親の情事をのぞき見するというのは、よくないことだと思っていた。
もっともあのひとに言わせれば、きみは貴重な体験をした、ということになるのだが。
いよいよ吸血されると自覚したら、ちょっとだけ脚がすくんだ。
怖かったので、テレビをつけてもいいかと訊いたら、もちろんかまわないと言ってくれた。
震える手でテレビのスイッチを入れた。
なにを放送していたのか、全く頭に入ってこなかった。
彼はそろそろと私の足許ににじり寄った。
事前に、母が脱がされたストッキングを見せられていたので、彼が私の履いているハイソックスが目当てなのだとすぐにわかった。
制服を汚すのを避けて、私は私服を着ていた。
血浸しになってしまうことを考えたら、もちろん着古した服を着たほうが賢明だったのだろうけれど、
私はそうする気にはならなかった。
たいせつな初体験の記憶は、きちんとした服と一緒にとどめておきたかったから。
咬み破られてしまうと知りながらも、ハイソックスも真新しいのをおろしていた。
へんに節約を考えて、履き古しを脚に通してお相手することで、恥を掻いてしまいそうな気がした。
私の予感は正しかった。
彼は舌なめずりをくり返しながら、ハイソックス越しに舌をふるいつけてきて、
しなやかなナイロン生地の感触を愉しむように、しばらくのあいだ真新しいハイソックスに唾液をすり込むことに熱中したのだから。
私の履いている白のハイソックスを咬み破りながら、そのひとは初めて私の血を吸い上げた。

十代の若い血液が彼を愉しませたことには、多少自信があった。
母さんが情事のあとに覚えていた貧血よりもずっと思い貧血が、その確信を裏づけた。
うっかり吸い過ぎたことを悔いて、あのひとは終始私の背中をさすりながら、親身に介抱してくれた。
初体験を愉しんだばかりの母さんのあと、私まで交えてしまったことを、ちょっとだけ後ろめたく思ったけれど、
やがて起き出してきた母さんは、むしろあのひとと私とのことを祝ってくれた。
このひとの干からびていた血管のなかを、母さんの血とあなたの血とが、仲良く織り交ざってめぐっているのよ――
母さんはそういって、満足そうに目を細めた。
そして、あなたも大きくなったわね、と、優しく笑った。
まるで、初潮を迎えたときみたいに――

余韻

2019年06月01日(Sat) 16:19:55

夕陽のなかのラブ・シーンは、ふたたび生々しいまぐわいへと変わっていた。
長い長い口づけを終えると彼女は、
お仏間で報告しなくちゃね。
そういうと俺の手を引くようにお仏壇の前へと俺をいざない、
すすんでブラウスのボタンを二つ三つはずした。

このひとの未亡人として、貴男に抱かれるわ。
そのほうがこのひとも寂しくないだろうし、
貴男も娘に平気で手を出すことができる。
あたしと貴男との関係が、義母と娘婿になってもかまわない。
でもほんのしばらくは、あたしだけのあなたでいて。
どうしても若い子を抱きたくなったら、
あたし、あの子の制服を借りて、あの子の身代わりになって抱かれてあげる――

あんたの足許には、ストッキングのほうがお似合いだ。
勤務中の白いやつも。
旦那を弔う気分のときの、黒いのも――

俺はそういいながら彼女をご主人の写真のまえで抱きすくめ、
唇を吸い、うなじを吸い、胸元をまさぐって、股間に臆面もなく手をすべらせた。
彼女も俺の求めに応えるように、
夫の写真のまえで身体を開き、あえぎ声もあらわに、乱れていった。

あなた、視て、視て。御覧になって――と、くり返しながら。

昭代さんの願い

2019年06月01日(Sat) 16:16:06

熟妻の熟れた血潮。
女学生の清冽な血潮。

母娘ながら同時に咬まれていった女たちの身体からもたらされたふた色の血液が、
俺の喉と胃の腑と心とを、暖かく染めていた。

ふたりの身体から吸い取った血は、母娘らしく仲良く織り交ざって、
他では得られない歓びと力とを、与えてくれた。

おれはもういちど、ご主人のお仏壇に向かって、感謝の手を合わせた。
――まったく、あなたというひとは。
ご主人の霊が再び舞い戻ってきて、俺の合掌に苦笑で報いた。
――うちに上がり込んできた段階でもう、家内も娘も支配されてしまうものと観念しておりましたが・・・
というご主人に俺は、
「あなたの最愛のあのふたりを、俺は俺なりにたいせつに扱いますよ」
と、ぬけぬけとこたえた。
――娘だけは見逃してもらえるかと、かすかに期待しておりましたが・・・
  まぁ、あきらめがつきました。
ご主人の霊はただ、苦笑するばかりだった。
――わたしに視られながらするのは、落ち着かないものではないですか?
そんな気遣いまでみせてくれるご主人に、俺はいった。
「俺はけしからぬ趣味の持ち主で、旦那に見せつけながら奥さんを玩ぶのが好きなんですよ。
 むしろ愉しめました。お礼を言いたいくらいですな。
 でも案外、ご主人も愉しんでいるようですね」
そこまでいうとご主人は、フッと照れくさそうに笑ったような気配をみせ、
そして静かにその気配を消していった。

「あら、あら、まぁ・・・まぁ・・・」
ため息交じりの静かな呟きが、いかにもあきれたという声色を作って、
俺の耳もとに歩み寄った。
ため息交じりではあったが、そのため息はどこか、いたわりに満ちたたしなめになっていた。
彼女がたしなめのほこ先は俺のほうではなく、むしろ娘に対するものだった。
「こんなときでも、がんばり屋さんなんだから」
昭代さんは片方の掌で娘のおとがいに手を添え、もう片方の掌で黒髪を優しく撫でた。
おとがいに添えられた片方の掌は、そのまま肩先に滑り降りて、
肩や二の腕の輪郭をなぞるように、いたわりをこめた愛撫をくり返す。

「弱みを見せまいとして意地になって平気そうな顔をするから、
 このひと真に受けてまだだいじょうぶって思っちゃったじゃないの」
たしかに、ハイソックスを咬み破りながら吸い上げた血潮を通して、加代子さんは訴え続けていた。

”あたしは平気。まだまだ平気・・・あなたなんか、怖くないもの!”

俺も大人げもなく、少女の見栄をねじ伏せようと、やっきになった。

≪ほんとうに怖くないんだな?まだまだ平気なんだな?≫

つけっぱなしになったテレビに見入っているふりをした少女の目線が虚ろになっているのを知りながら、
俺はこの子の怯えるところを見たくなって、くいくい、くいくいと、わざと喉を鳴らしながら、加代子さんの生き血を吸い取っていったのだった。
加代子さんが吸血されているあいだ、昭代さんはずっと気絶していたはずなのに。
まな娘が生き血を吸い取られてゆくそんな光景を、正確に見抜いていた。

しょうしょうばつが悪くなった俺は、母娘のほうには振り向きもせず、
加代子さんからせしめたハンカチで、加代子さんの血に濡れた口許を拭った。
やりすぎた悪戯を隠そうとする、悪童のような気持になって。
そんなところもきっと、昭代さんは見通していたのだろう。
「お口を拭うには、こちらのほうがよろしいのではなくて?」
お母さんはイタズラっぽく俺に笑いかけ、娘のスカートを控えめにめくりあげた。
レエスのついた真っ白なスリップが眩しく、スカートのすそから覗いた。
俺はものも言わずにお母さんの手許から加代子さんのスリップのすそをひったくるようにつまみあげ、
頬にべったりと付いた加代子さんの血を拭いた。
静かになった娘の足許に突っ伏した格好で吸い取った血潮を頬から拭っている俺のことを、
昭代さんは静かに見おろしつづけていた。
すでに昭代さんのスカートはなん着も、こんなふうに吸血後のハンカチ代わりにされていた。

「残念ながら、娘の生き血も、お口に合ってしまったようですね」
すっかり身づくろいを済ませた昭代さんは、まだ蒼白い顔をしていた。
けれども彼女の表情は落ち着いていて、透き通る肌は気品をたたえ、すこし乱れた栗色の髪さえも、ふしだらなものを感じさせなかった。
「女を抱くと喉が渇く」
照れ隠しに吐いた勝手きわまる俺の言い草をさらりと受け流して、昭代さんはいった。
「せめて、お口に合ったと仰ってくださいな。痛い思いをした娘が浮かばれませんから」
後ろ半分の声色にほんの少しにじみ出た昭代さんの気持ちが、荒れた気分をしっとりと包んだ。
「娘さんの血は美味かった。つい夢中になって、やり過ぎちまった」
すこしだけ神妙な声色になった俺は、とうとう本音を吐いた。
自分の弱みを見せてしまったような気分になったけれど、
むしろそのことが、昭代さんには受け入れられたようだった。
「よくできました。素直でよろしい」
折り目正しい女教師のような口調で、婦長さんは俺の行為を受け入れてくれた。

「年頃の女の子ですから、あまり乱暴になさらないでくださいね」
彼女は暗に、これからも娘を襲ってかまわない、と俺に告げた。
「けれども――」
昭代さんは娘の血が撥ねたじゅうたんを見おろしながら、すこしだけ口ごもり、それからいった。
「娘の純潔だけは、まだきれいなままにしておいてくださいね」
それは――まったく異存がなかった。
好物の処女の生き血を、まだまだ愉しみたかったから。
「せめてあたしの気のすむまでは、まってくれないかな」
顔にはっきり書かれてあるような俺の本音を正確に読み取りながら、彼女はいった。
「気のすむって、どれくらい?」
俺の問いに彼女は苦笑して横を向く。
「そうね――そんなに待たせるつもりはないわ」
母親としての願いと言いたいけれど・・・といいつつ、昭代さんは口ごもる。
そしてしずかに、あとをつづけた。

だってあたし・・・あなたの女になったばかりなんだもの。
主人を裏切って操を汚してまで貴男に抱かれたのだから。
すこしのあいだで良いから、あたしだけのあなたでいてほしい。
これは、女としてのお願い――

加代子さんの傍らにうずくまる俺と、同じ高さの目線に彼女はいた。
その目は気のせいか、すこしだけ潤んで見えた。
俺は静かに彼女を抱き寄せ、
こわれものでも扱うようにそっと抱きすくめて、
唇に唇を重ねていった。

娘のことも、咬んでしまう。

2019年05月30日(Thu) 07:40:15

部屋に敷かれた布団のうえで、昭代さんは顔色を土気色に変えて、横たわっていた。
自分の部屋に戻った、というよりは、俺に担ぎ込まれた、といったほうが正しかった。
つい度を過ごしてしまった俺は、吸い取った血液のいくばくかを昭代さんの体内に戻してやり、
とうの昔に閉じられた瞼とおでこにキッスをしてから放してやった。
それでも俺は抜かりなく、彼女の身体からスリップと剥ぎ取り、ストッキングを脚から抜き取ってせしめることだけは、忘れなかった。

ふすまの向こうに気配を感じてふり返ると、あわてた様子の忍び足がリビングに向かって退却するのが伝わってきた。
昭代さんを寝かしつけた俺は、もういちどだけ昭代さんの頭をなぜると、立ち去ろうとする足音を追いかけた。

リビングのドアを開けると、ソファに腰かけた加代子さんの白いカーディガン姿が、こちらに背中を向けていた。
テレビを観ているようなそぶりをしていたけれど、テレビはついていなかった。
開かれたドアの音にびくっとしてふり返る加代子さんが目にしたのは、俺の口許だったに違いない。
唇の周りといいあごといい、そこには自分の母親の身体から吸い取られた血液が、まだぬらぬらと光っていた。
彼女の鋭い目線で、そのことに初めて気づいた俺は、せしめた昭代さんのハンカチで、口許をゆっくりと拭った。
わずかにうろたえた加代子さんは、「あの、母は・・・」と、そこは娘らしく母親を気遣う姿勢をみせた。
「だいじょうぶ、よくお寝(やす)みだ」
たっぷり血を吸い取ったあとに俺がみせた昭代さんに対する鄭重な態度で、「この人はこの人なりに、母さんのことを大切にしている」と感じた――と加代子さんが言ってくれたのは、すこし後のことだった。

「まだ血が付いています」
加代子さんはハンカチを取り出して、俺のあごの輪郭をなぞるようにして、丁寧に拭いた。
散らされた母親の血をいとおしむように、たんねんにたんねんに、拭きとっていった。
俺は彼女のするがままに任せて、じっとしていた。
母親を襲った吸血鬼のあごに付いた血のりを拭うという行為で、彼女が俺の行為を受け入れようとしていることを感じたからだ。
俺は加代子さんに礼を言うと、昭代さんの血の付いた加代子さんのハンカチを受け取って、滲んだ紅いシミに深々とキスをした。
「本当に、母のことが好きなんですね」
加代子さんはいった。
「母を死なせないでくださいね」
「もちろんですよ」
「一途なひとですから、心配なんです」
娘は母親の気性を、よく心得ていた。
「ですから、母の具合がよくなくてまだ血が欲しいときには、私お相手します」
最後のひと言に力を込めたのは、怯える自分自身をふるいたたせようとしたからだ。
「まだ喉が渇いていると、俺が言ったら・・・?」
俺はあくまでも、たちの悪い男だった。

囁きと同時にギュッと抱きすくめた腕に、かすかな抗いを感じ取りながら、
俺はさらに力を込めて、若い身体に猿臂を巻いてゆく。
少女のなかで、身体の芯がしゃんとふるいたつのを、はっきりと感じた。
「もちろん、お相手します」
びっくりするほど、はっきりとした口調だった。
彼女の楷書体な発声に、俺は好感を持った。
きっと学校でも、とびきりに元気がよくて、学級委員とかをしているような活発な優等生なのだと思った。
「きみを初めて咬むのは日を改めてからにしようかと思っていたが――やはりきょう、いただこう」
「母を自分の女にした、記念すべき日だから・・・?」
加代子さんは挑戦的に輝く瞳を、俺に向けた。
「そうだね」
俺がみじかくこたえると、彼女は意外なくらい素直に、うなずき返してくる。
冷静で毅然とし過ぎる彼女をちょっとうろたえさせてやりたくなった。

「俺は脚を咬むのが好きでね」
「知っています」
彼女は言葉で、はね返してくる。
「いつもそうなさっているみたいですね、先日も、きょうも――」
俺は黙って、昭代さんの足許から抜き取ったばかりの黒のストッキングをポケットから取り出し、彼女のまえにぶら下げた。
「きゃっ」
ちいさく声をあげて口許を両手で覆う彼女に、やり過ぎたか?と思ったが。
彼女はあちこち破れ血濡れた母親のストッキングをまじまじと見つめ、手に取って、咬み痕の破れ目を確かめるように丹念に拡げていった。
「きみが今履いているハイソックスも、こんなふうにしてみたい」
両腕を後ろからつかまえて、ムードたっぷりにひっそりと囁く――
獲物のお嬢さんに対して、いちどはしてみたい行為だった。
彼女はおずおずと、頷き返してきた・・・



差し伸べられたふくらはぎはすんなりとした肉づきをしていて、
少したっぷりすぎると本人が羞じらう足許は、血を獲たいと願う俺にはむしろ、ひどく魅力的に映った。
俺はそろそろと彼女の足許にかがみ込み、彼女はちょっとだけ怯えを見せて脚をすくめた。
「あの――」
少し震えた声を頭上に受け止めると、俺はふり返り、彼女の顔を見上げた。
怯えていることを悟られまいとして、母親譲りの薄い唇を強く引き結んだ顔が、すぐ間近にあった。
「テレビつけてもいいですか?」
「もちろん、どうぞ」
俺はこたえた。

彼女がしたかったのは時間稼ぎではなくて、気分を紛らすためなのだと、すぐにわかった。
雑駁なコマーシャルの声が、空虚な部屋に満ちた。
彼女はテレビから離れると元通りソファに腰を下ろして、「どうぞ」とだけ、いった。
俺はもういちど、彼女の足許にそろそろと唇を近寄せた。
自室で気絶しているはずの昭代さんも、気配を消したはずのご主人の魂も、いまのたいせつな瞬間を息をつめて見守っているのを、俺はかんじた。
擦りつけた唇の下、加代子さんの履いている白のハイソックスに、泡交じりの唾液がじょじょにしみこんでゆく。
厚手のナイロン生地のしっかりとした舌触りを愉しみながら、
俺は牙の疼きをこらえ切れなくなって、
加代子さんのふくらはぎのいちばん肉づきのよいあたりに、ずぶりと牙を埋めていった――


あとがき
未亡人の看護婦と制服姿の娘は、同じ日に犯され初咬みを受けてしまいます。
おとーさんの霊、哀れ。
いや、案外愉しんでいるのかも。^^

喪服の人妻、初めて堕ちる。

2019年05月30日(Thu) 07:34:38

人妻との行為はかなり経験があるはずなのに、
昂りすぎて何をどうしたのやら、細かいことが思い出せない。
ブラウスのボタンをひとつふたつ外したのは、彼女のほうからだったはず。
喪服のボタンはいわゆる「くるみボタン」といって、慣れていないと外しにくいのだ。
俺が手こずっていると、彼女のほうからうなずき返してきて、ひとつひとつ器用に外していった。
姦通の手助けを自分からするのははしたないと思っていたようだが、ボタンを飛ばされたくなかったという現実的な事情もあったらしい。
俺は昭代さんの首すじにキスをくり返しながら、着衣越しに彼女の腰周りに手をかけて、むっちりとしたくびれをなぞりつづけていた。
うなじを咬み、胸元を牙で侵して、
スカート越しにお尻を責めて、
もちろんふくらはぎも、黒のストッキングをブチブチと咬み破りながら愉しんだ。
ストッキングを片方脱がせると、ショーツは昭代さん自身が引き裂いていた。
そこからはもう、昭代さんも息を弾ませ始めて、いつもの昭代さんではなくなっていった。
物静かな奥ゆかしさと入れ替わりに、大胆な娼婦のように、はだけた胸を見せびらかすようにして身体を擦りつけてくる。
羞じらいながらも欲求もあらわにしてくる昭代さんがひたすらいとおしく、
俺はなん度もなん度も彼女の背中をさすり、お尻に掌をすべらせて、
熱い口づけを交わしつづけた。
いよいよ昭代さんの股間に突き入れる――というときに俺の昂奮は絶頂を迎えた。
彼女は俺を昂らせようと、「あなた・・・あなた・・・」とご主人の名を呼びつづけた。
初歩的なそそのかしにまんまとひっかかって、気がつくと俺は彼女のなかで射精していて、
彼女の身体の裏側を、しとどに濡れそぼらせていた。

こと果てると昭代さんはちょっとだけわれにかえって、
傍らのテーブルに置かれた夫の写真に初めて気づいたようにうろたえて、
きまり悪そうに目をそらしつづけていたけれど。
「ここにも主人はいるのね、だったら同じことか」
と呟くと、俺をお仏壇の前に誘っていった。
「どうせなら、主人にも視せてあげようよ」
と、大胆なことを口走って、お仏壇のまえにためらいもなく、
着崩れさせた喪服のまま大胆に下肢を広げた。
ふしだらにずりおちた黒のストッキングをひざ下にたるませた太ももが、俺をいっそう熱く誘っていた。

娘は座をはずし、俺たちは部屋を変えた。

2019年05月30日(Thu) 07:31:41

――ところで、あなたは加代子の血も狙っていますね?
≪エエ、大好物の処女の生き血ですからね≫
ご主人がこの問いに対する答えをじつは恐れているのを知りながら、俺は臆面もなくそう言い放った。
傍らで加代子さんが息をのむのを、気配で感じながら。
――そうですか、やっぱり。
声色に、父親としての寂しさがありありと響いている。
すこし萎えかけた俺の気分に、ご主人は却って気を使い、とりなすようにつけ加えた。
――家内が貴男を家に連れてきた時点で、娘の運命も定まったのです。
家内も承知のうえでそうしたことですし、わたしは家内の考えに反対をしません。
貴男は遠慮なく、貴男の獲物をお取りなさい。
≪ご不満でしょうね?奥さんだけで満足せずに、娘にまで手を伸ばすなど≫
――いえ、必ずしもそうではありません。
ご主人は、不思議なことを口にした。
――むしろ、家内を満足させた同じ身体が娘を大人の女に変えることは、
そんなに悪いことではないと思っている。いつかは娘も大人の女になるのです。
≪物わかりのよいご主人ですね≫
――さぁ、はたしてどうでしょうか。
けれどもやはり、娘の行く末は心配なのです。
できればふつうに結婚して、子供を作り、齢を重ねて行ってもらいたい。
俺は昭代さんと顔を見合わせた。
「それはあたしもそう思う」
昭代さんは、まじめな母親の顔に戻っていた。
俺も、娘を想う彼らの前では、神妙にならざるを得なかった。
――加代子がだれを初体験の相手に選ぶかは、本人が決めることだけれども、
どうか選択の自由は与えてやってもらいたい。
お婿さんができるまで処女を守り通すのか、それ以外のだれかと契るのか。
それともあなたにたぶらかされるまま、女になってゆくのか・・・
「きっと、たぶらかされちゃうわよ。このひと、初めからそのつもりなんだから」
”お母さんたら!”
加代子さんは初めて、顔を赤くした。
――あまり顔を赤らめていると、血を吸い取られてしまうよ。
ご主人は、父親らしい気づかいをみせた。



――そろそろ加代子は、はずしなさい。嫁入り前の娘が目にするものではない。
”ハイ、そうします!”
加代子さんは、ご両親のまえでは礼儀正しい娘で通しているようだった。
けれどもその横顔にありありと、言葉とは裏腹な意思がよぎっているのを、三人の大人たちはだれひとり、見逃してはいなかった。
きっと彼女は、これから母親がすることをお手本にするつもりなのだろう。
――加代子は加代子。好きにすれば良い。
ご主人が、わたしだけに聞こえる声で告げた。

加代子さんが部屋を出、ご主人の気配が消えると、昭代さんはもういちど、お仏壇に手を合わせた。
わたしも昭代さんにならって、ならんでご主人のお仏壇に向かって、手を合わせた。
ひとしきり神妙に頭を垂れた後、「いただきます」といったら、昭代さんにひっぱたかれた。
「ここではさすがにちょっと」としり込みする昭代さん。
もっともだと思い、彼女の居室に移動した。

昭代さんは喪服を着ていた。
夫を弔うための装いだった。
夫を弔うための装いのまま自分の情夫を愉しませることが、なにを意味しているのか知っている様子だった。
彼女は夫に忠実な未亡人の表向きのまま、俺の奴隷に堕ちる気なのだ。
ふとためらいの色を泛べた横顔に、俺はどす黒い衝動を覚えた。
漆黒のスカートのうえに行儀よく重ねられた掌を押し包むようにひっつかまえて、
横抱きに抱きすくめ仰のけられたおとがいに引き込まれるようにして、
俺は唇に唇を、重ねていった。
横目で見たご主人の遺影は、イタズラっぽく笑っているように見えた。

心まで許してしまったのは、いつ?

2019年05月27日(Mon) 07:49:51

――ところで、彼に心を許したのは、いつのことだったのかね?
「そんなこと訊いて、どうなさるの?」
――少しは嫉妬してみたくなったのでね。
「変わったひと」と笑いながらも、昭代さんは夫の求めに応じていった。
それは俺にとっても、彼女の心中を知ることのできる、得難い話だった。

「さいしょのときからです。出勤の途中でヘンなこと言われて、とても気になって。
 でもだんだん心配になってきちゃって。
 看護婦の職業柄ですね。そこまでは、私も正常だったんですよ。
 でもこの人の待っている公園に脚を向けたときには、もう、少しはおかしくなっていたのかもしれない。
 首すじを咬まれて血を吸われて、そこまでは気持ちを強く持っていました。
 死んでしまうかもしれないと思っていたし。
 でもしばらく吸われつづけているうちに、このひとのしていることは愛情のこもった行為なのだと気がついて。
 それからは、夢中になって吸わせていたの。
 セックスもしたがっているって、わかっていたけれど。
 そこまで許す気はなかったんです。
 まだ明るいうちから、路上に等しい場所でなんて、あまりに非常識でしょう?
 でも、ストッキングを破らせてしまった時にはもう、もうだめだと思いましたわ。
――だいぶ、恥ずかしがりながら破らせていたね。
「視ていらしたの?助けてくださればよいのに」
――ぼくはぼくなりに、きみが出逢った男がきみにふさわしいパートナーかどうか、気にしていたのだ。
そう、たしかに昭代さんを襲っているときは、だれかに視られているという感覚が、常に付きまとっていた。
「もちろん、さいしょは厭々でしたよ。勤め帰りの装いを辱められるわけですから。
 このひとは私を侮辱するのが楽しいのか?って思いました。
 でもどういうわけか、応じてしまった。
 厭々応じることがこのひとを愉しませるというのなら、
 お相手すると決めた以上は愉しませてあげるのが務めだと思ってしまいましたの。
 だから、つぎに逢うときからは、ストッキングの穿き替えを携えるようにしました。
 伝線したストッキングのまま街を歩くのは、公衆の面前で恥を掻くようなものでしょう?
 もっとも――穿き替えは一足では足りなくて、2~3足用意しておくべきだとわかりました。
 このひと、助平ですから」
――ははは・・・
愛人のことをはにかみながら助平だと口にしたとき、ご主人は愉快そうに笑った。

――貴男のおかげで、わたしにも出番ができて、想いの丈を家内につたえることができた。
感謝します。
お礼に貴男には、最愛の家内の貞操をプレゼントしましょう。
貴男がご自分の力で獲たものを、わたしから差し上げる――というのは僭越でしょうか?
≪イイエ、そんなことはありません。ありがたく頂戴します≫
俺は神妙な顔つきになって、ご主人に頭を下げた。
「あなた、ありがとう。背中を押してくださって、妻として感謝します♪」
――未亡人には、引導を渡してやらないとね。
すでにこの世のものではないご主人にそういわれて、俺たちは声をあげて笑った。
傍らで聞き入っていた加代子さんまで、笑っていた。

降霊術

2019年05月27日(Mon) 07:47:10

お仏壇での逢瀬のとき、さいごにしたのが初めて唇を交し合うことだった。
まるで初体験を迎える女学生のように、彼女は目をつむって唇を軽く突き出し、待ちの姿勢を形作った。
俺は引き入れられるように、彼女の唇に唇を重ね、ゆっくりと抱きすくめながら唇を吸った。
女の匂いが、俺の鼻腔の奥までも、生暖かく浸していった。
軽度の昂奮が彼女の息をはずませて、
吸い始めた生き血が俺の体内に満ちるときと同じように、
俺のなかを女の匂いで満たしていった。
これがまぐわうということなのか。
俺たち男にとっては、挿入行為こそが女をモノにすることであるのに。
その前段階であるはずの接吻を受け入れることで、女はすでに心を移してきているのだ。
お仏壇の主は、すでにそのことに気づいているのだろうか?

降霊術、してみないか?
俺は彼女に問いかけた。
お父さんを呼び出すっていうこと?
振り向いた彼女は、真顔になっていた。
夫のことをわざと「お父さん」と、かつて家庭で与えていた役割で呼びながらも、
内心では「夫」であることをありありと意識していた。
そう。
お仏壇のまえでさっき彼女がしたことは、取りようによっては明らかに――
夫を裏切る行為、辱める行為だった。

「そう」と応える俺に、「ちょっとだけ怖いな」と呟きながら。
「でもそれはしとかなくちゃね」と、すぐに納得してくれた。
そんなことができるのか?という顔を彼女はしなかったし、
俺も彼女をだましたりごまかしたりするつもりなど毛頭なかった。
ある一定の範囲内で、俺にはそうしたことが可能なのだ。
その霊が比較的近くにいて、心を通わすことができる場合に限られるのだが――彼女の夫とは、そうしたことが可能だった。
彼は俺の周りを、ある種の親近感を抱きながら、付きまとっているような気がしたし、
俺自身、彼の存在は邪魔でも不快でもなく、むしろ相談相手、見せつける相手として尊重していた。
見せつけるのに尊重するのかって?
そういう愉しみを愉しみあうことのできる夫がいることを、俺は数多くの経験のなかから知っている。

「ああ、いるわね」
お仏間で始めたすぐの段階で、彼女は夫の存在を察知したようだった。
ずっと目を瞑っていること――といった俺の言に従って、彼女は正座して目を瞑り、お仏壇のほうへと掌を合わせて心から手向けつづけていた。
「あたし、好きなひとができたの。変わったひとだけど、いいひとなの。
 吸血鬼との恋って、命がけの恋なの。
 逢うたびに、血を吸われるのよ。
 最初のうちは、目を白黒させながらお相手していたけれど、
 いまではもう、慣れちゃった。
 彼があたしの血をむさぼってくれるのが、むしょうに嬉しいの。
 彼、あたしの血を気に入ってくれているのよ。
 あなたがいなくなってから、毎日の生活が白黒写真になっちゃったけど、
 彼のおかげでまた色が戻ってきたの。いまはあなたがいたときと変わらないわ。
 だから――もう独りを守らなくって、良いわよね?」
彼女が俺にも聞かせようとしているのは、明白だった。

彼女の声にこたえるように、部屋の隅から、ひっそりとした声が返ってきた。
その声はたしかに、
――おめでとう、昭代
と、彼女の名を呼んだ。
――仲良く愛し合っているのなら、吸血鬼も人間も変わらないのではないかね?
「ウフフ、視られちゃった?」
――いやでも見えるさ。きみはぼくに見せたくて、あえてそうしたんだろう?
「そうね、見せたくはないつもりでいたけれど、見せたかったのかも。
 そうすることで、あなたの妻でいることを、卒業しようとしたわけではなくて、
 あなたに視られても恥ずかしくないって思えるくらい、
 彼とのお付き合いがまじめなものだということを、確かめてみたかったの。」

なるほど、そういうことだったのか。
俺ははたと納得した。
女というのは、とてもしっかりしていると、改めておもった。
なよなよと頼りなく、俺の魔術にたぶらかされているようにみえて、
彼女は彼女なりに自分の心を推し量り、
たぶんまだ身辺にとどまっているであろう夫の存在を認識しながら、
夫とのけじめをつけないと前に進めないということを自覚していたのだろう。

――ずっと、わたしの妻でいつづけてくれるということか?彼といっしょになっても。
「そうね、あなたの妻でいてあげる。この世に一人くらい、あなたのことを覚えているひとがいないと、あなた寂しがるでしょう?」
――しかし、いまの彼氏さんがそれではご不快ではないかね?
「そうかもしれない。そうではないかもしれない。でもあなたがそう思うなら、彼と話してみてくださる?」
≪不愉快などではないですよ。≫
問われるまえに俺はいった。
≪人妻とのセックスを、旦那に見せつけながら愉しむのが、俺のいけない好みなので。
 むしろあなたがそばにいるほうが、燃えると思います。≫
「いけないひとね」彼女はいった。「こういうやつなのよ」
俺の頬を手ひどくつねりながらも、彼女の頬は少しだけ、笑み崩れていた。
≪俺は貴方のことを、昭代のご主人として尊重します。
 奥さんをモノにしているところを見せつけながら尊重されても迷惑だろうけど、
 俺は俺なりに貴方を尊重するし、尊敬もしつづけるでしょう。
 貴方の奥さんは、俺の女です。天国で、せいぜい悔しがってください≫
ふふっ・・・と俺が笑うと、相手は間違いなく笑い返してきていた。
「このふたり、どうやら気が合いそうね」傍らで彼女がいった。
「私のことを呼び捨てにされても、悔しくないの?」
――それくらい、親しまれているということだろう?
お前はそこできまり悪そうに照れていれば、それで良い。
「ウフフ、遠慮なくそうするわ」
そういう彼女は、ほんとうに照れくさそうな顔になった。
彼は俺にも語りかけてきた。
――良いでしょう。わたしは貴男のことを、わたしの家庭に歓迎します。
幸い貴男も、わたしのことを昭代の夫として認め続けてくれるようだから、
わたしも貴男に礼を尽くすことにしましょう。
最愛の家内の貞操を、貴男にプレゼントします。
どうぞわたしの前で、家内を愛し抜いていただきたい。
どうやら生前から、わたしにはそういうところがあったらしい。
こんなふうになってから、願望が叶うとは、恐れ入ったことですね。


――ふたりのなれそめは、家内から聞きました。
なんでも、駅前の広場でいきなり血を吸いたいとねだられて、
勤め帰りならといわれたのを真に受けて本当に公園で待っていらしたとか。
多分その律義さが、家内に受けたのでしょう。
そうでなければ、会ってすぐの殿方に、ストッキングを破らせるような無作法を、
許すような女ではないのです。
≪性格きついですよね?^^;≫
俺がそういうと、ご主人も応じた。
――ええ、かなりきついほうですよ、覚悟してくださいね。
ご主人も応じた。
――でも、かわいいやつです。いちど結ばれたら、心で裏切ることはまずないでしょう。
身体では、じつはだいぶ裏切られていたようですが。
こんどは昭代が、あわてる番だった。
むしろ諭したのは、ご主人のほうだった。
――生前からわかっていたよ、〇〇さんや△△さん。どちらもわたしの仕事関係の方だったね?
「〇〇さんは主人の勤め先の同僚のかた、△△さんは、取引先のかただったのです」
思わず羞ずかしそうに目を伏せる昭代さんに、ご主人はどこまでも優しかった。
――わたしの仕事がうまくいくようにと、迫られたときに拒まなかったのです。
もっともおふたりとも、セックスの相性はかなりよくて、
家内のほうもだいぶ楽しんだようですが。
さいしょは心ならずものはずが、何年もつづいたのは、そのせいだよね?
「なにもかも見通して、ひどいんだから、もう」
さすがの昭代さんも、娘をまえに情事を暴露されて、口をとがらせるしかなかった。
――わたしもむしろ、昭代の不倫を愉しんでいたのです。ですから同罪ですよ。
ヘンな両親で、すまないね加代子。
賢明な加代子さんは、何も言わないでただかぶりを振るばかりだった。

見せたあと。

2019年05月27日(Mon) 05:11:46

「ドキドキしちゃった」
娘がいった。
「のぞき見したの?しょうがない子ね」
母親がたしなめた。
「だって・・・気になるもの」
「手当をしてくれる気だったのね」
ちゃぶ台のすみに控えめに置かれた包帯やばんそうこうを、彼女は淡々と見やっていた。
「こういうときには、タオルも余計に用意しておくものよ」
冷静な言葉の響きに、彼女の娘――加代子さんは確かに、圧倒されていた。
彼女のほうが一枚も二枚も、役者が上なのだと、娘である加代子さんはすぐに、納得したに違いない。
「でもありがとう、気にしてくれて」
彼女は頬を和らげて娘をねぎらうと、それでも続けていった。
「だいじょうぶよ、あのひと、私を死なせるつもりなんてないから」
ゆったりとした声色は、謡うようになおもつづいた。
「私のことを死なせずに、私の血をずうっと、愉しみ続けたいのだから」
加代子さんはまじまじと、母親を視た。
人に恋するというのは、こういうことなのか――
見開かれた瞳に、そう書かれているかのようだった。
加代子さんは母親の後ろに回り込み、甘えるように両肩を抱きしめて身を持たれかけると、いった。
「母さんおめでと。父さんもきっと、よろこんでいるよね」
加代子さんは自分の母親に、女の先輩を見ているのだろう。
それは賢明で正しい見方だった。

「でもきっと、あの人、あなたの血も吸うわよ」
母親の言葉は、娘の胸に射込まれるように、静かで鋭かった。
「そう・・・」
娘は薄ぼんやりとこたえた。
「あたしそれでも、かまわない」
「そうなの?」
「うん、かまわない。母さんの貧血の埋め合わせになるのなら――」
きっと加代子さんには想う男性はまだいないのだろう。
彼女はまだどこまでも娘であって、女ではなかった。
娘は母親の身体を気遣い、自身の身に及ぶ純潔の危機には気が回っていないようだった。
「お気をつけなさい、男のひとは怖いから」
女の先輩は、娘を訓える姿勢を、どこまでも崩そうとはしなかった。


つい数刻ほど前のこと――
仏間に引きこもった彼女と俺とは、吸血鬼のやり方で睦みあっていた。

凛とした彼女の首すじを、せわしなく這いまわる唇を。
上品に装われたストッキングにふるいつけられ、卑猥なよだれで濡れそぼらせる舌を。
切なげに肩を揺らしながらの息遣いを。
乱されたブラウスの襟首から覗くスリップのレエス飾りを。
乱れあうふつうの男女と変わらない、悩ましく絡み合う手足を。
もっと、もっと・・・とうわごとのようにくり返す囁きを。
ふすまのすき間から、彼女の娘はどんな想いで見つめつづけていたのだろう?

それでも彼女は、俺が自分の母親に加える行為に、邪魔だてをしなかった。
吸血される母親を目の当たりに怯える娘としてではなく、
愛情の込められた腕のなかに安住する彼女のことを、同じ女として肯定したのだろう。
背後から注がれるまなざしに敵意も嫌悪も込められていなかったことを背中で感じながら、
逆立つほどに勃っていた股間を露骨に押し付けることをかろうじて回避した自分の理性に、俺は心からの安堵を覚えていた。

母親は娘に、わざと見せたに違いない。
お仏壇の前で乱れることも。
けれどもそのまえに、いまの恋人が、お仏壇に敬意を示すことも。
そして亡夫のために守り通してきた女の操を、遠からず俺に捧げようと思っていることまでも。

娘を紹介される。

2019年05月27日(Mon) 05:08:26

母「母さんに恋人ができたといったら、あなたどう思う?」
娘「えー、良いんじゃない?どんな人?」
母「・・・人の血を吸うのよ。」
娘「どういうこと?」
母「言ったとおりの意味よりその人、母さんの血を吸うの。」
娘「・・・母さんそんな人が相手で、平気なの??」
母「大丈夫よ、その人、母さんのこと愛してるから。」
娘「母さんが良ければ、あたしはいいよ。で、もうエッチしたの?(興味津々)」
母「ばかねぇ、そんなこと親に訊くもんじゃないわよ。」
娘「えっ、でも気になるよ。キスはしたでしょ?」
母「キスもまだよ、そういうことしたら、離れられなくなっちゃうでしょ?
  身体の関係というのは、慎重にするものなのよ。」
  あの人、まだ母さんの手も握らないのよ。――あっ、でも抑えつけられたことはあるわね。」
娘「やだっ(真っ赤)その人、家に招ばないの?」
母「あなたが良ければ・・・ね。」
娘「ねぇ、招んで招んで♪」
母「家にあげたらね、あなたも血を吸われちゃうかもしれないでしょ?だから招ばないのよ。」
娘「母さんがダメって言っても?」
母「招んだらダメとは言わないわ。だって、私のたいせつなカコちゃんの血を、吸ってもらいたいと思うもの。この家にあの人を招んだら、私カコちゃんのこと紹介しちゃうわよ。だからあの人、加代子ちゃんの血も吸うわ、きっと。」

母娘のあいだできっと、そんなやり取りがあったに違いない。
看護婦であるその人は、娘が貧血を起こしたくらいでは動じないし、賢明な人だからすぐ適切な処置を施すだろう。
俺を家に招ぶということがどういうことなのか、きちんとわきまえているのだから。
きっとあの人のなかで、娘を売る――みたいな感覚はまったくないはずだ。
自分と同じことを体験させようとするのなら、そこには親としての前向きな意思しか存在しないはず。
そしてなによりも彼女は、一人娘をだれよりも愛していた。
もちろん、俺なんかよりも。

いつもよりほんのすこしだけ他人行儀に俺を迎え入れたそのひとは、
隣の部屋から開いたドア越しにこちらを窺う娘に、
「お母さんの好きな人」
とだけ、目で促しながら俺のことを引き合わせた。
俺とはじゅうぶんすぎるほどの距離をとって、恐る恐るお辞儀をした少女に、
俺もぎこちないあいさつを返すのを、
彼女は面白そうに眺め、俺と娘とを見比べた。
制服のスカートの下から覗く白のハイソックスのふくらはぎが、ひどく眩しく俺の目を射た。
彼女は俺の視線の意図を正確に察したに違いなかったが、あえてなにと言おうとはしなかった。
獲物でも、ちゃんと礼儀は忘れないのね?
彼女はそう言って、イタズラっぽく笑った。
あんたのお嬢さんじゃないか。
気がつけば、相手をたしなめているのは、俺のほうだった。

いつものようにして構わないのよ。
芝生の上だと、芝だらけ。
お砂場だと、砂だらけ。
腕白少年じゃないのだから、そんなに毎回、お洋服を汚すわけにはいかないわ。
彼女はゆったりとほほ笑んで、いつもよりかなり余裕たっぷりに、俺を受け入れた。
チン、ちぃーん・・・
お仏壇にお線香をあげ、鉦を鳴らし、背すじを伸ばして掌を合わせる彼女の後ろで、
俺も神妙に掌を合わせた。
あら、お参りしてくださるの、うれしいわね。主人もたぶん、よろこぶわ――
果たしてご主人はほんとうに、よろこぶのだろうか?
自分の妻を犯そうとする男を、妻自身が自宅に引き入れてしまったことを?
よろこぶわよ。
彼女がいった。
だってあのひと、変態だったんだもの。
近くに娘がいないことを見計らったうえで矢のように射込んだ囁きが、俺の鼓膜をじんわりと貫いた。


あとがき
前作がまだ続きそうなので、ちょっとだけ続けてみます。

礼節と露骨

2019年05月23日(Thu) 07:59:42

なん度となく、公園でのアポイントメントを重ねていくうちに。
彼女が迷っているのを俺は感じた。
吸い取った血液は、彼女の思惑を余すところなく、伝えてくる。
彼女は思ったよりずっと年上で、娘がひとりいた。
夫はかなり以前にいなくなっていて、以後は彼女の看護婦としての収入が、母娘の日常を支えていた。
通りがかりの吸血鬼に献血をするという破格の好意を、彼女がどうして示してくれたのかまではわからなかったが、
彼女は自分の選択を悔いてはおらず、俺のふるまいにも満足していた。
ストッキングを破かれながら脚から吸血されるのは、
さすがにさいしょは厭々だったけれど。
そうすることが俺の満足度を深めると知ると、
同じく血液を喪うのなら、相手の満足のいくようにして、少しでも有効度を高めようと、
職業意識を奮い立たせて、応じてくれた。
俺が性交渉をした衝動をこらえているのも、察してくれていた。
いますぐ許すつもりはないにしても、俺のふるまいに彼女は、つねづね敬服してくれているようだった。
そうとわかるとなおさら、彼女を抱く猿臂に、いやらしさを込めるわけにはいかなくなった。
それくらい、彼女の好意と信頼とは、俺のなかで貴重なものになっていた。

うちにいらっしゃい。
そう誘いかけるのを、彼女はずっと、ためらっていた。
家に吸血鬼を招くことで、娘に岐南が及ぶことを、じゅうぶんに察していたからだ。
彼女が俺を招待すると決めるまでに、ストッキングを1ダースも破らせる羽目になっていた。
そんな生真面目な人の勤め帰りをつかまえて、ストッキングを破りながら吸血する。
一定のルールを守りながらも、俺は不埒な遊戯をやめられなくなっていて、
いつも脚に通している地味目なストッキングに、きょうもいやらしいよだれを塗りこめていった。

ナースストッキング、穿いてきてあげたわよ。興味あるんでしょう?
彼女は冷やかすようにニッと笑って、白ストッキングに透けた脚を見せびらかした。
そして、俺が目の色を変えてむしゃぶりつくのを、
勤務先で立ち働くときの装いをふしだらに乱されてゆくのを、
しまいに見る影もなくチリチリにされて、ひざ小僧がむき出しになっていくのを、
面白そうに見おろしていた。

礼節をもって。
けれども露骨に。
俺は彼女に迫り、彼女も毅然と胸をそらして、それを受け入れた。

物腰の落ち着いたご婦人だった。

2019年05月23日(Thu) 07:48:49

20代にしては、しっかりしていると思った。
たぶん結婚しているだろうとは、もちろん思った。
そういう物腰と落ち着き、貫録を漂わせたひとだった。

彼女は朝すれ違った時と同じ、白の半そでのブラウスに紫のスカート姿。
裾の長い紫のスカートを、ゆっくりとした大またでさわさわとさばきながら、歩み寄ってきた。
ほんとにいらしたのですね。
彼女はいった。
ほんとに来てくださったのですね。
俺はこたえた。
患者さんの症状を診るのが仕事ですからね。
まともに目線を合わせてくる彼女は、ちょっと得意そうだった。
脱帽です。
俺はほんとうの患者になったみたいな気分になって、頭を垂れた。
これではだめなのですか?と、彼女が差し出したのは、輸血パックだった。
残念ながら・・・と、俺はこたえた。
女のひとの素肌を咬んで、人肌の血液を摂らなければ、干からびた血管が満ちることはないのだと。
面倒なひとですね。
女は顔をしかめた。
ご迷惑ですみません・・・といいながら、我ながらムシの良い願いごとなのだと実感した。

では、どうぞ。
女のひとはベンチに腰かけて、目をつむる。
俺は定番通り、彼女の腰かけたベンチの後ろに回り込んで、両肩を抱いて、唇を首筋に近寄せた。
つかんだ両肩は意外に肉づきがしっかりとしていて、相手が鍛えられた人なのだと改めて実感した。
恐る恐る這わせた唇は、自分の意図を裏切って反応が早く、あっという間に食いついていた。
じゅわっ・・・とあふれ出る血を、一滴余さず口に含んでいく。
いつもの馴れた行為――それなのになぜか、初めて血を吸うようになったころと同じように、胸震わせながら、含んでいった。

あっ・・・
女のひとが声をあげ、額を指で抑えた。
しまった。少し吸いすぎた。
俺は慌てて首筋から唇を離し、それでもこぼれ落ちたさいごの一滴を、余さず舌で舐め取ってゆく。
彼女はしばらくのあいだ、ベンチの上でうずくまるようにしていたが、
やがて気を取り直すとハンドバッグから手鏡を取り出して、自分の顔色をみた。
そして、看護婦が患者を診るような目で手鏡を念入りに覗き込み、
取り乱してごめんなさいと、俺にいった。
俺はどうこたえて良いかわからなくて、ただだまってもじもじしていた。
恐縮する気持ちはあるのね・・・言葉には出さないけれど、彼女はそう言いたげに、白い歯をみせて笑った。
ちょっとだけ、小休止。
彼女の宣言に俺は素直に従って、同じベンチにちょっとだけ離れて腰かけた。

ご不自由なお身体ですね。
他人行儀に声をかけてきたそのひとは、まだきっと、俺とは距離を置きながらコミュニケーションをとりたいようだった。
なによりも、彼女の体から吸い取った血液が、そうした彼女の慎重さと潔癖さとを俺に伝えてくれていた。
そうですね、不自由なものです。
俺は正直に、そういった。
どれくらいの血液が必要なの?
彼女の口調は、親身な女医さんのようだった。
人がふたりいれば、なんとかなるくらいの血の量です。
大雑把な俺のこたえに、彼女はちょっと考え深い顔つきをした。
それからしばらく、俺たちは当たり障りのない会話を交わした。
自分の血を吸い取った相手がどんなやつなのか、彼女が知りたがっているのだと感じて、
俺は正直に、問われるままにこたえていった。

吸血鬼になったのは、十年近くまえのことだと。
家族全員が咬まれて、俺だけが吸血鬼になって、
両親と妹は、一人の吸血鬼への献血にかかりきりで、たまに母や妹が、空いた身体を預けてくれて。
でもいつまでも、頼り切るわけにはいかなくて、
相手を求めるともなく求めて、街をさまよっていたのだと。

会話が尽きると、彼女はいった。
もう少しなら、お相手してもよさそうです。明日は非番ですから――と。
好意を辞退する余裕は、そのときの俺にはなかった――
ふたたび吸いつけた唇は、彼女の足許を狙っていた。
本能のままに、ふくらはぎを吸いはじめていた。
あの・・・彼女は控えめな声色で、いった。
ストッキング脱ぎましょうか?
よだれで濡らしたり、咬み破るのが好きなんです。下品でごめんなさい。
そう。
彼女はちょっとばかり不平そうに鼻を鳴らして、
それでもよだれの浮いた唇を足許に擦りつけられてくるのを、止めさせようとはしなかった。
俺は彼女の穿いている肌色のストッキングを下品にいたぶり抜いて、
いびつによじれさせ、よだれをしみこませた挙句、ブチブチと咬み破りながら、吸血を始めた。

結婚している女のひとを襲うとき、犯すのが礼儀なのだと教わっていた。
けれどもそのときはどういうわけか、この場で彼女を犯してはいけないと思った。
彼女もまた、自分が犯される危機に立っていることを直感したようだった。
そして、俺がどうにか自制するのまで、見通したようだった。
さいごまで紳士的に振る舞おうとしたたことを、彼女がどうやら評価しようとしてくれている様子なのを感じて、
俺は心から良かったと思った。
彼女は翌々日の勤め帰りにここを通ると、次のアポイントをくれた。