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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

婚前交渉(前作「結婚するのは、緋佐志とだから。」続編)

2018年06月04日(Mon) 05:52:06

「イヤ!服が皺になるじゃない!」
抑えつけられたベッドのうえ、京香は眉を顰めながらも、早くも男に首すじを吸わせてしまっている。
婚前交渉をするのに彼氏といっしょにホテルに行くのは、若い女の子のなかでは常識だった。
京香ももちろん、例外ではない。
ただし、相手が恋人ではなく彼女の生き血を欲しがる吸血鬼だということは除いて・・・の話だけれど。

緋佐志はきょうも、送り迎えをしてくれた。
ホテルの前で緋佐志の車を降りると、自分の背中に注がれる視線を痛いほど感じながら、
発育のよいふくらはぎをまっすぐに、ホテルのロビーに向けてゆく。
結納を済ませた後、なにも知らない京香の母親は娘にいった。
「お父さんは何ておっしゃるかわからないけど、結婚するんだからあとは京香の好きにしても良いと思うわ」と。
そう、たしかに「結婚するから」「好きにしている」。
ただし、「違う相手と」。
ホテルでの一夜で吸血レイプされたあと(まだ処女だけど)も、緋佐志はそれまでと変わらず優しかった。
ホテルで待っている彼と逢うと言ったときに、送り迎えをしてくれると言われたときには、耳を疑ったけれど、
卑屈な態度ではまるでなく、しつような吸血のあげく貧血にさいなまれる自分の恋人を気づかってのことだとすぐにわかった。
いま京香は、緋佐志に介抱されながら、血に濡れたブラウスの襟元を気にせずに、独り暮らしのマンションに、帰ることができるのだ。
いまあたしがしていることは、きっと不倫なんだろう。京香は思った。
そして隣でハンドルを握る恋人さえもまた、彼女の不倫の共犯者だった。


そうよ、不倫よ。ふ・り・ん♪
あの男の牙にかかって、あたしめろめろに酔わされちゃうの。
あなたを車で待たせて、密室のベッドのうえであいつに抱かれて、酔わされちゃうの。
あたしが処女でいられるのは、たんにあいつが処女の生き血が好きだから。
あいつの女になったあたしは、まだ犯されていなくて、処女のままだけど。
非処女の女よりもずうっと淫らに、ベッドのうえで乱れるの。
いまのあたしは、あいつの奴隷。
スポーツで鍛えた血液を愛でられるのが嬉しくて、つい余計に捧げてしまうの。
ひどい貧血は当然の報い。
でもあたしは眩暈と幸福感とで、くらくらしちゃうの。
あなたはあたしのことが気になって、あとを尾(つ)けて部屋のまえまでやって来て、
すぐにあいつに見つけられて、返り討ちに血を吸われちゃって、お部屋の前の廊下で寝るの。
わざと半開きにしたドアの向こう、
ベッドの上であたしたちがこれ見よがしに乱れるのを、したたかに見せつけられながら、

きみたちふたりはお似合いだって、あなたは言うの。
ぼくの京香を君に褒められて嬉しいって、あなたは言うの。
京香の若い血がきみを夢中にさせるのがぼくの希望だって、あなたは言うの。
結婚してからも京香を犯しつづけてほしいって、あなたは言うの。

京香はふふんと鼻で笑い、だいぶ離れてしまった車のほうをふり返り、これ見よがしに手を振った。
車の中からも、控えめに応えるのが見て取れた。


まっすぐホテルのロビーに向かってゆく恋人の足どりを、
緋佐志はズキズキ胸をはずませながら見送ってゆく。
突き刺されるような嫉妬に震えながら。
緋佐志に背を向けた彼女のキビキビとした足取りは、確かな意思をもって、不倫相手の待つベッドへと歩みを進めてゆく。
ひざ上丈のミニスカートから覗く健康そうな太ももを包むナイロンストッキングが、照りつける陽射しを照り返してテカテカと光り、リズミカルな足どりに合わせてよぎっていった。
あの太ももを活き活きとめぐる若い血液を、きみはたっぷりと吸い取られてしまうのか。
這わされてくる唇に、あのむっちりとした太ももを惜しげもなく吸わせて、ストッキングをブチブチ破かれながら吸血されてしまうのか。
緋佐志の心はざわざわと騒いだ。
でもそんなきみを、ぼくは止められない。
きみがぼくのことを裏切って、嬉しそうに笑いながら若い血液を吸い取られ、
ほかの男とベッドのうえで乱れるのを、ぼくは恥ずかしい昂奮を噛みしめながら、思い浮かべてしまうから・・・


部屋に入るとクリスはもろ手を挙げて迫って来て、京香をギュッと抱きすくめた。
「喉渇いているんでしょ」
京香が図星を指すと、「わかっているなら話は早い」といって、京香を勢いよくベッドのうえに投げ込んだ。
「あ!ちょっと!」
あわてる京香のうえに、クリスの逞しい胸がのしかかってきた。
うっ・・・
唇を奪われて嗅がされた、獣のような男の匂い。
「う、ちょっと・・・外に緋佐志がいるのよ」
婚約者の名前をわざと出すと、クリスはまんまと京香の手にのって、さらに責めを激しくさせた。

あれからクリスにもことわって、緋佐志ともキスを交わしたけれど、
クリスのときみたいな荒々しさはなかった。
幸福感と安心感はあったけれど、ドキドキさせるようなときめきはない。
――いいの。夫に求めるものと情夫(おとこ)に求めるものとは違う。
京香は車の中で息を詰めているであろう緋佐志を想いながら、クリスとの激しい口づけに柔らかな唇を痺れさせていった。


気がついたときには、部屋の前までたどり着いていた。
気がついたときには、京香の情夫に羽交い絞めにされて、首すじを咬まれていた。
気がついたときには、貧血の眩暈にあえぎながら、
ベッドのうえで乱れ合うふたりを前に、きみたちは似合いのカップルだと言いつづけていた。

さいしょの夜に。
「わかった、いいよ。あなたの女になる」
生き血をたっぷりと引き抜かれ、心の中身をそっくり入れ替えてしまった京香はそういって、吸血鬼の求愛を受け容れてしまった。
いつものハッキリとした口調だけが、以前の彼女と変わりなかった。
そのピチピチとした太ももを噛みたいとねだられると、ツヤツヤとした光沢を帯びたストッキングに縁どられた脚線美を、惜しげもなくさらしていって、
薄いナイロン生地を相手のよだれまみれにされながら、くしゃくしゃに皺寄せて、ずり降ろされていった。

京香は予定通り、緋佐志の花嫁になる。
京香が自分の恋人で、予定通り結婚をするといったのは。
吸血鬼の愛人として隠れ蓑が必要だったから。

吸血鬼のやつも案外お人好しで、
自分の地位を脅かしかねないはずの緋佐志を強いて排除しようとはせずに、
自分に会いに来る京香の送り迎えを、むしろ歓迎してくれていた。
やはり彼のほうも、隠れ蓑が必要だったから。


緋佐志は熱に浮かされたように、誰にともなく呟きはじめた。
君の牙には、京香の生き血がお似合いだ。
その牙を埋められて、ぼくの京香は君の腕のなかで、あんなに切ないうめき声をあげちゃっている。
ああ、ドキドキするな。ズキズキするな。
慎みなんかかなぐり捨てて、小娘みたいにはしゃいでいる京香。かわいいな。素敵だな。
君は処女の生き血が好きだっていうけれど、ほんとうは京香の生き血が好きなんだろう?
きっとぼくたちが結婚してからも、京香のことを襲うつもりだね?
ぼくはきみのことを、歓迎するよ。
ぼくの新妻を、ぜひ襲ってほしい。襲いつづけてほしい。
同じ女性を好きになったもの同士、ぼくたちは仲良くやれるはず。
不倫に耽る京香のために、ぼくは寛大な夫でい続けてあげるから・・・


あとがき
描いてみたかったこと。
結婚間近の女が吸血鬼を相手に、ボディコンスタイルに身を包んだムチムチと健康的な身体から、うら若い血を嬉々として引き抜かれてゆく様子。
恋人に送り迎えをさせながら、吸血鬼と熱い唇を交えてしまう女の、恥知らずな痴態。
キビキビとした足取りで情夫の待つ部屋へと足を向ける彼女の後ろ姿を、嫉妬にズキズキ胸をはずませながら見守る彼氏。
・・・まとめるのがたいへんでした。(笑)

結婚するのは、緋佐志とだから。

2018年06月04日(Mon) 00:19:48

ディスコのなかは、広々とした密室。
きらめく光芒の下、今夜も京香は踊り狂っている。

ムチのようにしなる腕。
激しいステップをくり出す、恰好の良い脚。
汗ばむ胸もと。火照る素肌。
ゆるいウェーブのかかった栗色のロングヘアが揺れる肩。

彼氏の緋佐志はそんな京香を遠くから、うっとり見つめる。
「遠くから見ているだけでも良いのかね?」
出し抜けに囁かれた言葉の主が、自分と同じ女をうっとり見つめるのを知っても、
緋佐志は自分でも訝しいほど、腹を立てなかった。

「彼女の京香です。この人、いま知り合ったばかり」
名前を言いかねて聞き直そうとする緋佐志をちらと見て、男はクリスと名乗った。
どう見ても日本人だけど・・・と訝る京香を「いいじゃない」と受け流し、
「そろそろ出るか?」と、いつの間にか三人の間を仕切っていた。
氷のように冷静なところを取り繕っていたけれど。
クリスは内心、昂ぶりを抑えかねていた。
ひざ上丈のタイトスカートから覗く京香の健康な太ももはピチピチと輝いていて、
ストッキングごしに桜色に透けた素肌が、悩ましかった。

クリスは言わずと知れた、深夜の女を狙うハンター。
しかしふつうのハンターとは違っていた。
生身の男と違って、冷えた身体を持ったこの男が欲したのは、
年ごろの女のうら若い血液を、干からびた自分の血管にめぐらせることだった。

2人で泊る予定のホテルに、「廊下に寝るさ」とうそぶくクリスと3人でチェックインしたが、
フロントはクリスのことを不思議がりもせずに、緋佐志にキーを渡してくれた。
通されたツインルームでちょっとのあいだ3人で飲んで、
あとはお2人さんを邪魔することなく廊下で寝る――そういう約束だった。
けれども男が約束を守る気がないことを、京香はとっくに見抜いている。
「緋佐志、だいじょうぶ?私のこと、ほかのやつに奪(と)られちゃうよ?」
なん度か言いかけたその言葉を引っ込めたのは。
案外京香も、この道の男にえも言われぬ期待を抱いてしまっていたから。

トイレに出た緋佐志が、なかなか戻ってこない。
いっしょについていったクリスが一人先に戻ってきたが、
2人きりの気まずい時間を過ごすのを嫌った京香は、ドアを開けて部屋を出た。
白のパンプスの足どりはすぐに止まり、その場に立ちすくむ。
首すじから血を流した緋佐志が、そこに倒れていた。
振り返ると、クリスの口許にバラ色のしずくが光っている。
緋佐志の胸もとに散った液体と同じ色だと見て取ると、
京香は男の正体を瞬時で察し、ダッシュでエレベーターホールに走った。
間一髪だった。
開放されていたエレベーターの扉は京香の目のまえで閉ざされ、
つぎの瞬間京香のスーツ姿は羽交い絞めになっていた。
「――ッ!」
息苦しいほど抱きすくめられた京香は、
首のつけ根のあたりに生温かい唇がヒルのように吸いつくのと、
その唇の両端から覗く尖った異物が皮膚を切り裂き、首のつけ根に疼痛を滲ませるのを感じた。
意識がスッと遠のいた。

気がつくと。
ベッドのうえにいた。
ホテルの部屋に引きずり戻されていたのだ。
気絶していたのは、数分間でしかなかっただろう。
傍らを見ると、緋佐志がベッドの傍らに尻もちをついて、放心したようにこちらに目を向けている。
京香のうえには、クリスがいて、薄笑いを泛べた唇を、ふたたび京香のうなじに這わせようとしている。
「うー、うー・・・」
京香はなん度もうなり声をあげて、首すじに迫るクリスの唇を避けようとした。
「だめ・・・だめ・・・だめえっ。あたし、緋佐志のお嫁さんになるんだからっ・・・」
痛切に叫ぶ京香を抑えつけて、男はなおも京香の身体から若い生き血を引き抜く行為を、力を弛めず続けてゆく。
「こ、殺さないで・・・」
ベッドの下から洩れる声に、男がかすかに頷くのを、京香も緋佐志も見逃さなかった。
男は少しだけ獰猛さを消して、京香の額を優しく撫でると、
「若い女の血が欲しい」とだけ、いった。
さすがに「どうぞ」とも言いかねて京香が黙っていると、
男は京香の両肩を抑えつけて自由を奪うと、再び京香の首すじを吸った。
抑えつけられ自由を奪われながら、京香は再び咬まれていった。
ズブッ・・・と食い込む牙が、今夜初めて受け容れるはずだった緋佐志の男性自身のように、京香の胸の奥を抉った。

セックスと吸血。
形は違うけれど、いま自分が体験しているのは間違いなく初体験なのだと、京香は感じた。
緋佐志の見守る目線をそれぞれに気づかいながら、ふたりはベッドのうえでせめぎ合い、
男は淫らな吸血行為をやめようとはせず、
女は忌むべき凌辱から逃れようとしてしくじりつづけていた。
緋佐志は自分の彼女が、吸血鬼相手にうら若い血液を提供しつづけて、
吸血鬼が彼女の血潮に魅了されてゆくのを、ただ息をのんで見つめつづけていた。
せめぎ合いを演じる若い女の肢体はじょじょに力を喪って、
やがて抵抗は屈従に変化してゆく。

クリスがやっと牙を引き抜いたとき、女と男は目を見開き合って、互いを見つめた。
女は上目づかいで。
男はまっすぐに見おろして。
京香は男のような口調で、いった。
「わかった、いいよ。あなたの女になる」
そして緋佐志のほうをふり返ると、
「でも結婚するのは、緋佐志とだからね」
というのを忘れなかった。

OLたちと吸血鬼  ~妹とその親友~

2018年02月12日(Mon) 13:18:30

勤め帰りのOLを狙う凶悪事件が、続発していた。
そのほとんどは闇に葬られたが、数人のOLが被害を届け出たことから発覚し、
オフィス街ではOLの残業を禁止する企業まで出るほどだった。
襲われたOLは深夜、ビルの警備員に発見された。
帰宅途中現れた男にいきなり首を咬まれ、そのあとのことは憶えていないという。
気絶して間もなかったらしく、幸い着衣の乱れはなかったものの、
咬まれたのは首すじだけではなく、両脚も咬まれていた。
被害は貧血とストッキングが破けただけで、本人の希望もあって大事には至らなかった。
そのような事件がすでに、知られているだけでも三度、発生していた――


夜10時。
銀行員の中平直子は勤め帰りの道を急いでいた。グレーのスーツ姿が、明るい街灯の下に照らし出される。
ひざ丈のスカートのすそから覗くふくらはぎはうっとりするほど絶妙な曲線を誇っていて、
本人の意思とはかかわりなく、なにかを引き寄せてしまいそうだった。
事実――
「ひっ」
直子はひと声悲鳴を呑み込んで、前に立ちはだかった黒い影を凝視する。
「あなた・・・だれ・・・?」
「怖がらないでください」
「私、怖がらないわ」
勝気な直子はそう答えた。
だが、そのあとのことはもう、まったく憶えていない。
気がついたら首を咬まれ、倒れたところをベンチのうえに抱きあげられて、こんどは脚を咬まれていた。
ストッキングのうえをすべる舌がもの欲しげに這いまわり、唾液で濡らされるのをわずかに自覚した。
こいつ、いやらしい。
直子は直感的に相手の卑猥な意図を察知し、脚をばたつかせようとしたが、強い力で抑えつけられてびくともしなかった。
彼女は悔しげに歯噛みをしたが、失血で頭が痺れ、身体に思うように力が入らない。
そうこうするうちに、抵抗できないままにストッキングを咬み破られて血を吸われた。
男はご丁寧にも両方の脚にかわるがわるそのけしからぬ悪戯をくり返すと、やっと直子を放した。
身体から力の抜けてしまった直子は、男の思うままに吸血行為を許してしまった。


「それがね、そいつったら私のこと、タクシーに乗せて家の近くまで送ってくれたの。ずっとこうやって手を握ってね、すまなかった、ありがとう、助かったよって、しつこいくらい何度もくり返すのよ。私、もう、うるさくなっちゃって、“少し黙って。運転手さんに聞こえるわ”って言っちゃった。そしたらさ、そいつおっかしいくらいにぴたりと黙るの。私は貧血でふらふらだったけど、そうじゃなかったら笑ってたと思う。家まで突き止められるのはマズイと思ったから、近くでおろしてくれって言ったら、大人しく言うことを聞いてくれたわ。案外義理堅くて親切なやつだった。事件が表ざたにならないのは、そのせいかもね」
親友で同期の本条沙代里が出勤してくると、直子は待ってましたとばかり沙代里を給湯室まで引っ張っていって、吸血鬼に襲われてから解放されるまでのてんまつを、一気にまくしたてた。
「え~、怖くなかったの?」
賢明で慎重な性格の沙代里は、嫌悪と恐怖に口許に手を当てながら直子の話を聞き、夕べは貧血だったという親友を気づかった。
「で、銀行には届けたの?」
「まさかぁ、そんなのやだよ。首すじを吸われただの、ストッキング穿いた脚をイタズラされただの、そんなこと男の上司に言える?ましてあたしが言うとしたらあのドスケベ中松だからね!」
「そっか」
沙代里はそういって、直子の言い分に半分賛成した。


沙代里は勤め帰りのスーツ姿のまま、いっしょに暮している兄の氷唆志(ひさし)を待っていた。
田舎から出てきた兄妹は、同じアパートに住んでいる。
氷唆志にも沙代里にも恋人はいなかったので、どうやら成り立っている共同生活だった。
いずれはどちらかが先に結婚してここから出ていくとしても、沙代里には兄との生活が楽しかったので、いまの生活が一日でも長く続くと良いと考えていた。
このごろ兄は帰りが遅い。
勤めを終えて帰宅した沙代里が作ったせっかくの心づくしの夕食も、手をつけずじまいの日が何日か続いていた。
ちょうどオフィス街で吸血事件が相次ぎ始めたころだったので、帰宅の遅い兄のことを沙代里は本気で心配し始めていた。
玄関先でドアを開ける音がした。
さよりはちゃぶ台の前から起って、兄を迎えた。
氷唆志の顔色は、真っ蒼だった。
「どうしたの?お兄ちゃん」
気づかう沙代里の声も耳に入らないように、氷唆志はその場にうずくまると、「ちょっと離れていてくれ」とだけ、いった。
そうはいわれても・・・心配じゃないの。
沙代里は苦しむ兄のそばを立ち去りかねて、ちょっとのあいだ逡巡した。
それがいけなかった。
ふと顔をあげようとした氷唆志の目のまえに、ストッキングを穿いた沙代里の脚が佇んでいた。
気分の悪い兄を気づかう妹の、頼りなげな足許――
しかし、氷唆志の目はすでに、鬼の様相を帯びていた。
肌色のストッキングに包まれたふくらはぎは、若々しい生気に満ちていて、飢えた男の目にはジューシーな血色を感じさせた。
氷唆志は素早く妹の足許ににじり寄ると、足首を抑えつけ、ふくらはぎに唇を吸いつけてしまった。
本人の意思を越えたなにかが氷唆志を動かしているような、ひどく敏捷な動きだった。
「エッ?お兄ちゃんッ!?」
沙代里は目を丸くして立ちすくみ、不覚にも兄の望むままにふくらはぎを吸わせてしまっていた。
両方の脚を代わる代わる、いとおしむようにその唇で撫でさするように舐められて、
「ちょっと・・・お兄ちゃん、なにイタズラしてるの?やらしいよ」
沙代里は兄がふざけているのだと思って、兄の大人げない行為をたしなめた。
まるで子供のころに戻ったみたい――遠い昔兄妹で吸血鬼ごっこに興じたことを沙代里は思い出した。

――じゃ、お兄ちゃんが吸血鬼になるから、沙代里は逃げるんだよ。でも最後にはつかまえられて、お兄ちゃんに血を吸われちゃうんだ。

足許に唇を這わせてくる兄の行為をさえぎろうとして、沙代里は身をかがめる。
肩までかかる黒髪がユサッと揺れて、二の腕に流れた。
遠い記憶をたぐる沙代里の想いとは裏腹に、スーツ姿のまま黒髪を揺らすOLは、なまめかしい大人の体臭を滲ませてゆく。
「ちょっと・・・ちょっと・・・やめなさいよ・・・」
兄の悪戯を制止しようとした沙代里の声が、とぎれた。
氷唆志の唇から覗いた牙が、ストッキングを破り沙代里のふくらはぎに深々と刺し込まれたのだ。

ちゅ~っ・・・
ちゅ~っ・・・

素肌から抜き取られてゆく血液が、兄の唇に経口的に含まれてゆくのを目の当たりに、
沙代里は正気を失い白目になって、身体のバランスを崩した。
アパートのほの暗い照明の下、不気味な吸血の音が、間歇的につづいた。


「ねえ聞いて。総務のサトコなんだけど、ご執心なんだって」
「・・・え?」
耳よりの話を持ちかけてきた直子に、沙代里は眠そうな声でこたえた。
「あらー、寝不足?沙代里にしては珍しいわね。夕べ彼氏とデートだったとか?」
「そ、そんなんじゃないよ」
「あつ、そうか。沙代里はお兄さんとラブラブなんだもんねー」
直子はもちろん、沙代里が兄と暮らしていることを知っていたし、どうやら沙代里に彼氏ができないのは、お兄ちゃんのことが好きだかららしいことも、おおよそ察しをつけている。
「で、サトコがどうしたのよ」
沙代里は直子の挑発をやり過ごして、話の先を促した。
「例の吸血鬼事件、サトコも被害者だったのよ。でもサトコったら銀行にも届け出ないで、それ以来定期的に相手の吸血鬼と逢っているらしいの。こないだ私、まだ残業になっちゃって、通りかかった公園でサトコがあいつに咬まれているの見ちゃったんだ」
「えー、そうなの?」
“じゃあどうしてそのとき教えてくれなかったのよ“という沙代里の表情を察して、ナオコが続けた。
「そのときはサトコが彼氏と抱き合ってるのかなって思ったんだけど、ちょっと気になったからそのへんでちょっと時間をつぶして待っていたの。そうしたらサトコのやつひとりで公園のほうからやってきて、あたし声かけたのに無視してすーっと地下鉄のほうに行っちゃったの。聞こえないわけないと思ったんだけどな。で、そのときね・・・」
直子はちょっとだけ声を潜めて、いった。
「サトコのストッキングが、破けてたの。それも両脚」
「それだけじゃ吸血鬼かどうか、わからないじゃない」
「ストッキングが破けて、血が滲んでいたんだよ。あと、ブラウスの襟首もちょっと、汚れていたな」
「あなたも観察魔ねぇ」
「それからね、あの子ったら毎日、光沢入りのストッキング穿いてくるようになったの。こないだ帰りの更衣室で一緒になって、別々に着替えていたんだけど、ロッカーの向こう側でストッキング穿き替えてるのがなんとなくわかって、私知らん顔していたんだけど、出ていく後ろ姿だけ見たら、ほら、このごろよくあるじゃない、テカテカに光る光沢タイプのストッキング。あれ穿いてるのよ――きのうは違ったけど――彼氏がいるって話も聞かないし、もしかして・・・あいつに愉しませるために穿き替えたの~?って」
直子は整った目鼻をひん曲げて、小意地が悪そうにもうクスクス笑っている。
「もう・・・吸血鬼なんてばかばかしい」
沙代里はそういって話を打ち切った。
直子に言われるまでもなく、吸血鬼に襲われながら銀行に届けを出さなかったOLが数人いることは、うわさで聞いている。
彼女たちは相性がよかったのかもしれない。
だから自分が襲われたことは表ざたにしないで、その後も“彼”と逢いつづけて、血液を与え、ストッキングを破らせているのだろう。

そんなOLが、このオフィス街に何人いるのだろう?

「そういえば夕べはノー残業デーだったからね、被害を受けた女の子もいなかったんじゃないかな」
立ち去りぎわ直子はそういってバイバイ・・・と沙代里に小手をかざして、自分の課のミーティングルームへと向かっていった。
閉店の業務が一段落した後は、4時からまた気の重いミーティングだ。
そろそろボーナス商戦が始まるから、話題はきっとそれだろう。
今夜は帰りが遅くなるかも――沙代里はふと、氷唆志のことを想った。


「な、なによいきなり急にっ」
背後にひっそりと佇んだ沙代里に気がついて、直子はびっくりして飛び上がった。
「また吸血鬼が出たかと思ったじゃない!」
「あ・・・ゴメン」
うっかり気配を消してしまっていたことに気がついて、沙代里は素直にわびた。
「いいんだけどさあ、きょうはあなた、ちょっと元気ないんじゃない?早く帰ったほうが良いわよ」
元気のないときに吸血鬼に狙われたら、貧血じゃすまなくなるじゃない・・・と続けたときにはもう、ジョークのきついふだんの直子に戻っていた。
「それでさ、よかったら明日、うちに来ない?兄を紹介してあげる」
「エッ!?ほんと?それはラッキー」
直子が快活な笑いをはじけさせた。
「明日はノー残業デーだから、直子も早く終わるよね」
沙代里は念押しをした。
賢明で慎重な同期の親友の、いつになく蒼ざめた目鼻立ちに、冷ややかな笑みがよぎるのを、いつも目ざといはずの直子はうっかり見逃していた。


翌日の夜――
ちゃぶ台には沙代里の作った手料理が、乗り切らないほどに並べられていた。
でもまだだれもそれらの食事には見向きもせず、もちろん手もつけられていない。
その料理の山を横目に見ながら、直子は氷唆志の寝室でうつ伏せに横たわり、氷唆志に脚を吸われていた。
ふつうの若い娘らしく、ちょっとだけ改まってしおらしい感じで「お邪魔します」と玄関をあがると、顔色がいちだんとわるくなった沙代里が「兄を紹介するわ」と、奥の部屋に案内をした。
だれもいない部屋の半ばまで入った時、直子の後を追うようにして入って来た男を視て、直子は絶句した。
「やっぱり知っていたのね、兄さんのこと」
沙代里は顔にわずかに嫉妬の色を泛べて、動揺の走る直子の横顔を冷ややかに見た。
回りくどい逢わせ方をしたのは退路を断つためだったのだということを、直子はすぐに自覚した。
男は無言で立ちすくむ直子に迫り、ブラウスの襟首から覗く白い首すじに牙を突き立てていった。
「ゴメン直子、あまり大声立てないで。近所迷惑だから」
直子はなぜか沙代里の言いぐさに義理堅く応じて、貧血になってひざを崩してしまうまで、ひと声も立てずに血を吸い取られていった。
あとから直子は思ったのだ。
たぶん、あのぶきっちょで誠実な男になら、もう一度血をあげてもいい――心のなかでそう思っていたに違いなかったと。

姿勢を崩して畳のうえに倒れたとき、直子はストッキングを穿いた脚を狙われると自覚した。
血を喪う恐怖よりも、真新しいストッキングをおろしてきてよかった――などと思うことができたのは、沙代里の兄が自分のことを死なさずに血を愉しむつもりにちがいないと踏んだからだ。
果たして氷唆志は、その冷え切った唇を直子のふくらはぎにあてがって、初めてのときにそうしたように、念入りになぶり始めた。
氷唆志の口許から洩れてくる唾液は足許のナイロン生地をいやらしく濡らしたが、いやらしくぬめりつけられる舌に、かすかな好意が込められているのを直子は感じた。
その好意にすがるような気持ちで直子は男の卑猥ないたぶりを許し、彼がご丁寧に両脚とも唇を吸いつけて、ストッキングを破ってしまうのを、唯々諾々と許してしまった。
趣味のスポーツで鍛えた若い血が、ヒルのようにぬめりつく男の唇に吸い上げられてゆく。
直子はうっとりとした目つきになって、自分の血が吸い取られてゆくチュウチュウという音に、聞き入っていた。

「ありがとう。失礼なことをしてしまって、すまなかった」
貧血を起こして畳のうえに転がった直子のまえで、氷唆志は正座をして頭を垂れた。
卑屈そうな様子に、自分のしていることへの後ろめたさがにじみ出ていた。
「これからも兄に逢ってくれる?」
いつになく真剣な表情でひたと見すえてくる沙代里の目が、ちょっとだけ怖いなと思ったけれど――
直子は起き上がるとすぐに、いった。
「やだお兄さん!そんなにしゃちこばらなくたっていいじゃないですか!」
ほっとした兄妹が顔を見合わせるのをみて、直子はやっぱり兄妹って顔だちが似ているんだと思った。
「新しいストッキング穿いてきてよかったー、お兄さんの前で恥をかくとこだったわよ」
直子は沙代里にそういった。
お出かけ先のおしゃれに気を使い合う同性同士の口調だった。
「さっ、御飯にしよ。せっかくのお料理冷めちゃう」
直子は貧血をこらえて起ちあがると、率先してちゃぶ台についた。


兄はね、べつの吸血鬼に襲われて吸血鬼になったの。
その吸血鬼は私たち兄妹と同じ村の出身で、都会に出てきて吸う血にこと欠いて、兄を襲ったの。
今でも都会のあちこちを徘徊しているんだけど、あのオフィス街は兄のものって認めたらしいわ。
自分の血を全部与えることで、その権利を獲得したの。
兄は私がほかの吸血鬼に襲われて死んでしまうことを心配したらしいの。
でも、いまの生活を安穏に送るにはもうひとつ条件があって――今度その吸血鬼が戻ってきたときに、処女を二人捧げなければならないの。
それが、私とあなた――そう指さされても、直子は動じなかった。
「最愛の女性ふたりをモノにしてしまって、お兄さんを完全に支配してしまおうというわけね」
頭の良い直子は、呑み込みも早かった。
「お兄さんはそれでもいいの?妹と恋人が吸血鬼に抱かれてしまっても」
女ふたりは同時に氷唆志を見た。
「奪られてしまうのは嫌だけど・・・直子さんや沙代里が血を吸われるのを見たらちょっとゾクゾクしちゃいそうだな」
「その感覚、わかんない~」
女ふたりは声を合わせて、氷唆志に反論した。


「あなたが・・・兄を襲った吸血鬼・・・?」
勤め帰りの沙代里は息を詰めて、相手の男を見あげる。
その視線は催眠術にかけられたかのように虚ろで、本人の意思も吸い取られてしまったかのようだ。
「安心しなさい。死なせはしない。あんたはわしの親愛なる氷唆志の最愛の妹ごぢゃ。ほんの少ぅし、辱めを体験していただくことになるがな」
「わかりました。辱め、OKです」
沙代里は従順に目を瞑る。
真っ白なブラウスの襟首に、飢えた吸血鬼の牙が迫った。
妹に迫る危難を、氷唆志はただぼう然と見守っている。
氷唆志首すじからは血が流れ、さっきまで咬まれていた痕はジンジンと痺れるような疼きを帯びていた。
その疼きが、氷唆志の動きを封じてしまっていた。

吸血鬼はスーツ姿の沙代里の首すじを咬んで、沙代里は立ったまま相手への吸血に応じつづける。
ブラウスの胸元を結ぶ百合のようにふんわりとしたタイにぼたぼたと血潮がしたたって、
そのまま姿勢を崩して尻もちをついてしまった足許に、飢えた唇をなすりつけられて、
自宅のアパートで初めてそうしたときと同じように、勤め帰りのストッキングをチリチリになるまで咬み破られて・・・
沙代里が堕ちてゆくのを目の当たりに、氷唆志はそれでも、彼女の受難から視線をそらすことができなくなっている。
自分がしたときよりも、上手に破くんだな・・・やっぱり慣れてるヤツは、違うよな・・・
理性を失った氷唆志は、薄ぼんやりとそう感じた。
沙代里はブラウスをはだけられ、ブラジャーをはぎ取られ、あらわになった乳首を貪欲な唇に含まれむさぼられていった。
そして、兄の前で羞ずかしいことにスカートをたくし上げられてゆく。
肌色のストッキングの腰の部分の切り替えまでは、氷唆志も目にしたことがなかった。
もう1ダース以上も、妹のストッキングを咬み破って来たというのに。
いちど吸血鬼の腰を股間にうずめられてしまうと、沙代里は従順に相手の欲望に従いはじめてゆく。
戸惑いながら、ためらいながらも、身体を合わせ、ひとつになってゆくのだった。
そんなまぐわいが何度も何度もくり返されたが、男の振る舞いはどこか愛情に満ちていて、沙代里の身体をいつくしむようにして撫でつけ、まさぐり、舐めまわしてゆく。
氷唆志は激しい嫉妬とともに、沙代里の肉体を自らが属する吸血鬼に捧げたことや、愛する妹の肉体に吸血鬼が満足を覚えているようすであることに、えもいわれない充足感を感じていた。

すべてが果たされてしまった後、吸血鬼はいった。
明日はもういちど、お前の妹を凌辱する。そしてその翌日は、お前の恋人を抱かせるのだ――と。
氷唆志は口許をわなわなとさせながら、呟きで応じた。
「ハイ、あさって、直子を連れてきます。どうぞ直子の貞操も、心ゆくまでご賞味ください。未来の花嫁を、貴男と共有したいのです・・・」
痺れた唇がひとりでに動いているようだった。


直子は目を見開いて、吸血鬼と向かい合った。
黒い瞳もそうだが、白目も清らかに見える――氷唆志はそう思った。
その瞳はまるで催眠術にかかったように、意思が感じられなかった。
いつものあの勝気さも、饒舌さまでも失って、いま虚ろな目をしてわれとわが身をめぐる血潮を、吸血鬼の餌食にされようとしている。
未来の花嫁は、今や吸血鬼の腕のなか――けれども後悔はない。
自分の持っているすべてをあの人に捧げるのだ。そう氷唆志は思った。
「お兄ちゃんはそれでいいの?」
妹の沙代里はいった。
傍らの女二人は、自分の味方。いまもこれからも、無私の愛情を期待できる存在。
その二人を、吸血鬼の毒牙にかける。
それも、かつて自分の血を吸い尽した者の欲望のために。
氷唆志は身体じゅうの血管が震えるほどの昂奮を覚えていた。

「氷唆志さん、許してっ。許してねッ・・・」
いよいよ組み敷かれるとき、直子はそう叫んでこちらを見た。
だいじょうぶだから――という想いを込めて、氷唆志もその声に応じた。
ずぶり――
吸血鬼の牙が、直子の首すじを襲った。
あふれる血――うら若い熱情を秘めた血潮が直子のブラウスを浸し、男の唇を悦ばせる。
それがどんなに美味であるのか、体験し尽してしまった氷唆志だからこそ、相手の満足感も肌を接するほどに伝わってくる。
沙代里のとき以上の激しい歓びに、氷唆志は昂りにむせんだ。

貧血を起こした直子はその場に倒れ臥し、男は直子のふくらはぎにも、唇を吸いつける。
穿いていた肌色のストッキングが、パチパチとかすかな音を立ててはじけた。
やっぱり上手だ――氷唆志は胸を震わせて、恋人に加えられる凌辱を見守った。
妹のストッキングを咬み散らした牙が、いまは直子のストッキングまでもむざんに咬み剥いでゆく。
くたり、と首を垂れた直子が、四つん這いになり、やがてその姿勢を支えることもままらならず、うつ伏せになってゆく。
吸血鬼は直子のふくらはぎにもういちど取りつくと、チュウチュウと得意げな音を立てて、直子の血を吸いあげた。

じょじょにブラウスを脱がされてゆく直子の胸が、薄闇のなかであらわになった。
一昨夜の妹と、まったく同じ経緯だった。
吸血鬼は息荒く直子に迫り、まるでレイプのような荒々しさで、勤め帰りの直子のタイトスカートをめくりあげる。
直子が穿いていたのは、ガーターストッキングだった。
「あの晩のために、奮発したんだから」
あとで直子は沙代里に、妙な自慢をしたものだった。
ショーツをむしり取られた直子は、謝罪するように氷唆志を見、氷唆志はそれを受け容れるように、ゆっくりと肯きかえす。
むき出しになった浅黒い臀部が、開かれた白い太もものはざまに、ずず・・・っと、沈み込んだ。
ああ・・・
直子の顔が苦痛に歪み、口紅を鮮やかに刷いた小ぶりな唇から、白い歯が覗いた。
歯並びのよい歯だと、氷唆志は思った。
健全に育ってきた善意の若い女性が、いまやむざんに辱めを受けてゆく。
そんなありさまを、将来を誓いながらも許し、ただの男として愉しんでしまっている、もっと恥ずかしい自分――
けれども恥ずかしい歓びに目ざめてしまった氷唆志も、未来の夫のまえであられもない痴態をさらけ出してしまっている直子にも、後悔はなかった。

瞬間、吸血鬼は「え?」という顔で、直子のことをまともに見た。
「ウン、私――処女じゃない」
直子もまた、ぱっちりと目を見開いて、吸血鬼をまともに見た。
「貴様――」
吸血鬼の怒りは氷唆志に向いたが、本気で怒っているわけではなさそうだった。
「無理もないな、許す」
と、あっさり二人の関係を許していた。
「それでも、わしに花嫁を抱かれるのは、さぞやつらかっただろうな」
「とても悔しかったけれど・・・貴男はわたしよりも上手だし――でも、ちょっとだけ愉しんじゃいました」
エヘヘと笑う氷唆志は、沙代里の好きないままでの快活さを取り戻している。
「もう、エッチ!」
そういって恋人の背中をどやしつける直子もまた、自分を取り戻していた。

「時々なら、妹を抱きに来てくれていいんですよ。彼女はたぶん、結婚しませんから」
「それに、今度お目にかかるときには直子はぼくの妻となっていますが、好きな時に誘惑に来てくださいね。直子もきっと、ドキドキしながら貴男に抱かれるでしょうから」
「でもそういう夜にはきっと、沙代里がぼくのところに忍んできます。だからぼくは、寂しくはない」

「ひとつだけ果たされていない約束があるな――処女は2人」
吸血鬼はなおも貪欲だった。
「しつこいわね」
直子は白い歯をみせて、笑った。
「じゃ、私の妹を紹介してあげる。あの子独身主義なんだ。でも女が独りで生きていくのは、やっぱり大変だと思う。だからあなた、守ってあげて」
直子はどこまでも明るく、身勝手だった。


【付記】
このお話は5日の朝に、ほとんど完成していましたが、ちょっと直したかったのですぐにはあっぷしないでいました。
きょう、ようやく少し時間が取れたので見直しをして、あっぷしました。
細部は多少いじりましたが、おおすじはほとんど変わっていません。
モチーフとしては、バブル期のOLさんをイメージして描いてみました。
あのころのOLさんは、テカテカのパンストをよく穿いていましたっけ。
ビジネスな女性たちとオフィスな女性たちとが、装いひとつでは区別がつかなくなったのも、このころだったと思います。
「結婚するまで純潔を守る」という倫理観がおおっぴらにすたれてしまい、
女性たちが躊躇なく処女を捨てるようになったのも、このころだったかもしれません。

季節はずれの花火

2017年11月13日(Mon) 07:45:38

ひどい眩暈がぐるぐると、俺の頭のなかを渦巻いている。
闇夜でいきなり羽交い絞めにされて、首すじに尖った異物を刺し込まれて・・・
それが吸血鬼の牙だとわかったときにはもう、抵抗もできないほどに、血を抜かれてしまっていた。
その場でへたり込んだ俺のまえで。
連れだって歩いていた真由美までもが、襲われた。
「やだー!助けてー!」
悲鳴をあげて逃げ惑う真由美もすぐつかまえられて、俺と同じように首すじを咬まれてしまった。
ゴクゴクと露骨に喉を鳴らして、男は真由美の血をもの欲しげに啜りつづけた。
黒のワンピースを血しぶきに濡らしながら、じょじょに姿勢を崩してゆく真由美の姿が、薄らいだ意識の向こうへと埋没していった――
うつ伏せに倒れたまゆみの脚に、吸血鬼の老いさらばえた唇がもの欲しげに吸いついて、
ストッキングをパリパリと破りながら血を吸い上げる光景が、俺の記憶を狂おしく染めた。

気がつくと、傍らで真由美がべそをかきながら、俺の顔を覗き込んでいる。
どうやら俺のほうが、重症だったらしい。
あたりはまだ暗く、でも俺たちを襲った忌まわしい翳は、とうにその気配をかき消していた。
「血・・・吸われちゃった・・・へへ・・・」
真由美が下手な照れ笑いを作りながら、目じりの涙を拭っている。
片方だけ脚を通したストッキングは見る影もなく裂け、それだけではなく、
ワンピースのすそはめくれあがって、白い太ももが眩しく俺の目を射た。
どうやら血を吸われただけでは、すまなかったらしい。
けれども真由美は吸血鬼に犯されたことをあからさまに口にはしなかったし、
俺もそんなことを訊くことはできなかった。
話題を択ぼうとして目線をさ迷わせた真由美が、ふと自分の胸元に目を止めた。
気に入りの黒のワンピースに撥ねた血潮が折からの月の光を浴びて、チロチロと毒々しい輝きを放っている。
「花火みたい・・・だね――季節はずれだけど・・・」
放射状に伸びた血潮の痕を目でたどりながら、真由美は独りごとのように呟いた。
こんなに可愛い恋人を守り切れなかったのか――そんな無力感と敗北感にさいなまれそうになった。
そのうち沈んだ空気を追い払うように、真由美がいった。
「ねえ、もういちど、してもらお」
びっくりするほどハッキリとした、いつもの真由美らしいあっけらかんとした声色だった。

え・・・なにを・・・?
戸惑う俺に、真由美はいった。
「あの人言ってたの。週1でだれかの血を吸わないと、灰になっちゃうんだって。だから、感謝するって言ってたよ。また夜道であっても絶対死なせたりしないから、仲良くしよう、また吸わせてほしいって」
そんなバカな・・・言いかけた俺を、真由美は押しとどめた。
「ウフフ。あたしが吸われてるのを見ていて、洩らしちゃったくせにぃ~」
俺の股間に手を差し伸べて、ズボンのうえからイタズラっぽく撫で撫でをする細い指が、半透明の粘液に濡れていた――


「うわ・・・わッ!何するんだッ!?」
いきなりの襲撃にうろたえた声をあげる俺。
でもその声は、すぐに突き入れられた強烈な食いつきに、断ち切れてしまう。
「あんたの首は咬み応えがエエ」
男はそういいながら、なおも深々と、俺の首すじを抉ってゆく。
「くそ・・・く・・・そっ・・・」
歯ぎしりしながら相手を罵りつづける声は声にならず、ただ相手を愉しませるばかり。
俺の生き血がみすみす相手の栄養源になって、その力を得て真由美を犯す気だ――
そんな魂胆を知りながら、もうどうすることもできなかった。
そのうち、くらあっ・・・・とした眩暈が俺を襲い、俺はだらしなくその場に尻もちをついてしまう。
「きゃーっ!ユウくん、ユウくんっ、助けてえッ!」
真由美のあげる悲鳴はどことなく芝居じみていて、わざとらしくて。
逃げ足も遅く、ただバタバタと大げさに、かっこうの良い脚をうろうろさせている。
いくらヒールの高いパンプスを穿いていたとしても、もう少し早く逃げられそうなものだ。
これじゃあ俺の視界にいるうちに、咬まれちまうだろうが。
そんなことを薄ぼんやりと考えながら尻もちを突いたままの俺のまえ、
吸血鬼は真由美のことをつかまえて、不必要に弄ぶように振り回し、
俺によく見えるように真由美の首を締めあげて、白い首すじにガブリ!と食いついた。
「きゃあーッ!」
かん高い絶叫が、夜空にこだました。
愛しい恋人がムザムザと生き血を吸い取られるありさまを、
俺ははじめからおわりまで、たんのう――いや、見せつけられる羽目になったのだ。

「ううん・・・ううん・・・だめ・・・だめえッ・・・」
真由美の拒絶は甘えがちな声色になって、
迫って来る男をはねつけようとしているのか、そそりたてようとしているのか、わからないくらいだった。
卑猥な唇を足許に近寄せてくる吸血鬼のまえ、黒のストッキングになまめかしく染めた脚をくねらせながら、真由美はひたすらお慈悲を乞うている。
もちろんそんなものが認められるはずもなく、
吸血鬼は真由美の脚にストッキングのうえから舌を這わせ唇をふるいつけて、
むざんな裂け目をメリメリと拡げてゆく。
「ああーッ、いやぁ~ッ!ユウくーんッ!」
真由美がまたも、俺の名を呼んだ。

わざとなのだ。
すべてわざとなのだ。
襲われ始めたところから、すべては俺たちのお芝居。
吸血鬼に襲われるカップルを熱演したご褒美に、俺たちは若い血をたっぷりと吸い取られて、
あげくの果てに真由美はストッキングを剥ぎおろされて、
股間に深々と、もうひとつの牙を埋め込まれていき、
俺は俺で、恋人が吸血鬼に姦られるハードなベッドシーンを、心行くまでたんのうさせられる。
真由美はわざと、ユウくん、ユウくんと俺の名を呼びつづけて、俺のなかで覚醒してしまったマゾヒズムを、強引なまでに掻き立ててゆく。
いつもベッドのうえで、俺を無理やりその気にさせるときと、同じようにして――

「花火・・・」
貧血を起こして助け起こされた真由美が、吸血鬼の腕に抱かれたまま、
今夜のために着てきた純白のブラウスの胸に視線を落とす。
撥ねた血潮が放射状に散って、たしかに花火のように見えなくもなかった。
それ以上に真由美の脳裏には、もうひとつの花火が散っている。
恋人のまえで犯されて、ありのままの本能をさらけ出して悶え狂ってしまう――そんな衝動が昏(くら)い閃光となって、真由美の脳裏を狂おしく染めていた。
そして俺も――
植えつけられたマゾヒズムが妖しい触手を拡げ、心の奥を侵蝕し、塗り替えてゆく。
支配され飼い慣らされてゆく恋人を目の当たりにする悦びに、
今夜も不覚にも、激しい射精をくり返してしまっている。

花火は夏だけとは、かぎらない。
恋人の足どりが薄黒いストッキングに妖しく映える秋。
欲情に満ちた吸血鬼の目が次にとらえるのは、貴男の恋人の足許かも知れない――

迫られて 仲良くなって。

2017年08月28日(Mon) 05:28:58

子どものころ、吸血鬼に誘拐されたことがある。
彼は父さんよりも年上の老人で、ぼくの首すじに食いついて、貧血になるほど血を吸った。
そして、ぼくから家の電話番号を聞き出すと、すぐに母さんに電話をかけた。
隣室からの話し声は切れ切れだったけど、こんなことを言っていた。
「息子さんを預かっている。お母さんが迎えに来るまで、血をたっぷりいただくことにする。
 あんたの息子さんの血は美味いな。
 久しぶりに、いい獲物にありついたよ。
 子育て、ほんとうにご苦労さん。
 わしが吸い尽さないうちに、間に合うと好いね。
 ・・・それでもやっぱり来るのが・・・母親の務めというものではないかね?」

母さんはすぐに、迎えに来てくれた。
よそ行きのスーツをぱりっと着こなして、ぼくの目にも眩しく映ったけれど、
吸血鬼の目にはもっと、眩しく映ったようだった。
吸血鬼は母さんになにかを囁き、母さんはちょっとためらったものの、目を瞑って応じていった。
さっきまでぼくの血を強欲にむしり取った唇が、母さんの首すじにジリジリと、近寄せられていく。
「あッ!ダメだッ!いけない・・・ったら・・・っ・・・!」
ぼくの絶叫にもかかわらず、ふたりはそんなものはまるで聞こえないかのように振る舞った。
飢えた唇が母さんの白い首すじに這って、鋭い牙に侵された素肌からは、バラ色の血が飛び散る。
「あああ・・・」
悲しげなため息をひと声洩らして、母さんは姿勢を崩し、その場に横たわっていった。
ウフフ・・・吸血鬼は逆に、嬉しげだった。
吸い取ったばかりの母さんの血でヌラヌラと光る唇に、にんまりと笑みを浮かべると、ぼくのほうをふり返って、
「さすがはきみのお母さんだ。佳い血をお持ちだね。
 これからわしのすることを、じっくり見届けるがいい」
そんなふうに言い捨てると、倒れている母さんの足許に、かがみ込んでゆく。
肌色のストッキングに包まれたふくらはぎに、忌むべき唇がヒルのように吸いつけられる。
そのままひと思いに咬もうとはしないで、男は母さんの穿いているストッキングの舌触りを愉しむように、その脚のラインを唇でしつように、なぞっていった。
男の劣情に屈服するように、上品なストッキングが、皺くちゃに波打ちはじめた。
「ウヒヒ・・・いい舌触りだ・・・」
男の洩らした随喜のつぶやきは、母さんの耳にも届いたらしい。
かすかに眉を寄せ、嫌そうなしかめ面になりながらも、
失血で身体が動かないのは、ぼくと同じらしくって、
ただそのまま、男の狼藉を受け容れてしまうしかなかったのだ。
カリリ。
男の牙が、母さんのふくらはぎに埋め込まれた。
ウッとうめいてかすかに身じろぎしただけで、
そのまま生き血を吸い取られてゆくのを、もうどうすることもできなくなっていた。
ぼくもまた、同じくらい失血にあえいでいて、
吸血鬼を前にむざむざと大人しくなってゆく母さんのことを、救い出すことはできなかった。
男は毒液の効果を試すように、左右両方のふくらはぎに、代わる代わる牙を埋めて、
そのたびに母さんが「ウッ・・・」とかすかなうめき声をあげる。
伝線だらけになったストッキングをむしり取るようにして足首までおろしてしまうと、
男は母さんの身体にのしかかって、ブラウスの胸元を強引に押し拡げていった。
母さんはなにかを覚悟したように、すべてを甘受するかのように、さいごまで身体を動かそうとはしなかった。
スカートを腰までたくし上げられた母さんは、太ももを割られた格好のまま、
太ももの間に腰を割り込ませて、強引に上下動させてくるのを、ただゆらゆらと受け止めてゆくばかり。
けれどもやがて、白い歯をみせ、接吻の要求にすすんで応じ、
受ける一方だった腰の上下動に、自分から動きを合わせていった。
キスの意味だけはかろうじてわかる程度の年頃だったぼくにも、
男がしつような愛情を強要し続けて、母さんがそれを受け容れてしまったことを、わからずにはいられなかった。

別れぎわ、男はぼくの頭を撫でて、「良い子だ」といってぼくをほめた。
母さんを虐げられるのを目の当たりにしながら、歯向かわなかったから「良い子」だったのか。
美味しい血を素直に吸い取らせてしまったから「良い子」だったおか。
母さんが犯された後も男の渇きを満足させられたとき、つい気持ちよくなってしまって、頬をゆるめて白い歯を見せたから「良い子」だったのか。
とうとうわからなかった。
母さんにはむしろ事務的な口調で、「つづきはまた」と、言っただけだった。
母さんもかすかに肯いて、こたえただけだった。

帰る道すがら、母さんがぼくに言った。
「きょうのことは、父さんには内緒にしとこうね」
ぼくは黙って、頷いていた。
「母さんね・・・」
ちょっとだけ言いよどんだ母さんは、たぶんさいしょに話そうとすることと別のことをぼくにいった。
「女のひとってね、最初は嫌だと思っていても、その場で迫られると、仲良くできてしまうものなのよ。ユウくんも気をつけなきゃね」
注がれるまなざしは、母親のそれではなくて、たしかに大人の女性のそれだったのだと・・・ぼくはなんとなく、記憶している。

それ以来。
男はときどき、通りすがったぼくの前に立ちはだかって、「きみと仲良くしたい」といった。
ぼくは抵抗もしないで男の後について行って、
男の屋敷や、道ばたの納屋に引き込まれて、ハイソックスを履いた脚を舐め尽させていた。
ハイソックスを履いたままふくらはぎを咬まれるたびに、
母さんがストッキングを穿いたまま脚を咬まれつづけたあのときのことを、
胸をドキドキはずませながら思い出していた。
ぼくの血をたっぷり吸うと、男はふたたび首すじに唇を近寄せてきて、
「きみの母さんとも、仲良くしたい」といった。
ぼくは男にせがまれるまま家に電話をかけて、母さんに来てほしいと頼んでいたし、
母さんはいつもおめかしをして、迎えに来てくれた。
無事に帰宅できるのと引き換えに、
穿いているストッキングを咬み破られ、ブラウスをはぎ取られて、
おっぱいをまる出しにしながら、ぼくのまえで犯されていった。
そんな母さんのありさまを、ぼくはただ固唾をのんで、見守るだけだった。

女のひとはね。
迫られると仲良くできてしまうものなのよ。

母さんの囁きは、いまでもぼくのことを、縛りつけている。
傍らに控える若い女は、よそ行きのスーツ姿。
ショルダーバッグを手に、恐る恐る屋敷のなかを窺って、
「いらしたわ」と、ぼくに囁く。
「行ってお出で」そういうぼくに。
「ここで見ていてね。独りじゃ怖いから」
そう言い残して女は冷たい床に、ストッキングに包まれたつま先をすべらせる。
女は、ぼくの婚約者。
初めてぼくに連れてこさせて首すじを吸ったあと。
「良い子のようだね」と、彼女の身持ちをほめて、挙式のまえの晩まで犯さないと約束してくれた。
きょうも、彼女の乳首とあそこを舐めるまでで、寸止めにしてくれた。

ぼくのこと、意気地なしだと思ってない?
そんなことないよ。ユウくんにはむしろ、感謝してる。
あたしの面倒、ずっと見てくれるんでしょ?
うっとりするような黒い瞳をぼくにむけて、ナオコさんはそういった。
ぼくは、訊かずにはいられなかった。

迫られると、仲良くなれちゃうものなの?

だって、もう仲良くなっちゃってるもん。

女は、ごくあっさりと応えただけだった。

素足よりも、伝染したストッキングのほうが劣情をそそる。
そんなぼくの心理を見抜いた彼女は、ぼくの前を大またで歩いて、
吸血鬼に受けた凌辱を、意識的に見せつけつづけていった。

インテリ女性の通い道

2017年08月01日(Tue) 08:02:19

公園で襲って血を吸ったその女性は、ただのOLではなさそうだった。
そこそこの年配。
身なりも挙措動作も落ち着いた、貫禄たっぷりの女だった。
女社長なのか、議員なのか、それとも教授なのか。
そういうインテリめいた雰囲気の女だった。

初めて襲ったときは、白一色のスーツ。
撥ねた血がジャケットにもタイトスカートにもきらきら映えて、
凌辱を逃れようと懸命に抗う細腕を折るようにして掻き抱くと、
口ぎたない抗議の嵐を浴びせかけてきた。
そのつぎのときは、黒のジャケットに、やはり純白のブラウスがよく映えていた。
公園の地べたに組み敷いて、吸い取った血潮を口許からわざとしたたり落してやると、
身じろぎひとつできない身を呪うように、歯がみをして悔しがりながら、
赤いしずくのしたたりを、値の張りそうなブラウスで受け止めつづけていった。
三度目のときは、ぴかぴかとしたエナメルの白のハイヒールが、夜道によくめだっていた。
ストッキングを穿いた脚に、好んで咬みつく習性を忌み嫌って、脚をじたばたさせて抵抗した。
気品ある装いにきりりと引き締まった足許に、いつものように恥知らずなあしらいを受けたあと。
タイトスカートのすそから覗いた脚まわりの、ストッキングの裂け目もあらわにしながらも、
ハイヒールに着いた血を、女はしつっこいほど丹念に、ハンカチで拭い取っていた。

女の穿いているストッキングはいつも、かかとのついた高価なものだった。
もの欲しげに吸いつけられてくる唇を近寄せまいと、脚をじたばたさせたけれど。
気高く装ったストッキングを、思うさまよだれで汚され、舌で舐めくりまわされて。
上質なナイロン生地の舌触りを、くまなく確かめられる屈辱におののきながら。
ブチブチとみじめな音をたてて、咬み破かれていった。

いつも綺麗なストッキングを穿いていなさるね。
いちど、そんなふうにからかったとき。
女は真顔になって俺を見据えて、いった。

あなたに破かれるために、穿いているわけじゃない。
自分をきちんとした人間に見せるために、穿いているの。
だから帰り道で襲われるとわかっていても、手を抜かないのよ私。
だってそんなことしたら、あなたに負けたことになっちゃうでしょ?

そういえば。
着飾った女の装いは軍服のように見えたし、
淡いストッキングに包まれた脚も、武装しているような張りつめた雰囲気をもっていた。

あんたは俺に、負けてなんかいない。
出会ってからこのかた、俺がひとりで勝手に負け続けているんだ。
俺は心の中で、そう呟いていた。


その夜はまだ、早い時間だった。
女はいつものように、カツンカツンとヒールの音を鳴らして、公園の真ん中を通り抜けようとしていた。
立ちはだかる俺の姿に、一瞬わが身をすくめてみせて。
珍しく逃げようとはせず、自分の威厳を誇示するように、小柄な身体を目いっぱい反らして、
「どいて」
と言った。
「これから、講演があるの。お願いだから、恥掻かせないでちょうだい」
どこかいつもと違う雰囲気に、俺は気おされるように道を譲る。
女は俺をふり返って、ニッと笑うと。
「舐めるだけならいいわよ」といった。
キリッと立ちすくむ足許にかがみ込む。
ちょっとだけためらうと、女はむしろ促すように、「どうぞ」といった。

まるで奴隷が女主人の身づくろいを手伝うようなしぐさで、
女の足許に舌を這わせる。
街灯に浮かびあがるふくらはぎに、淫らな唾液がじわっと浮いた。
じわじわ。じわじわ。
女の足許に唾液をたっぷりと含ませていって。
でも女は動じることなく、ハイヒールの足を踏ん張って、立ちつづけていた。
女は「見逃してくれてありがと」とひと声言い捨てると、
何事もなかったようにそのまま、歩みを続けていった。
カツンカツンと遠ざかるヒールの音に、ちょっぴり敗北感を噛みしめる。
不思議に爽やかな敗北感だった。
俺にストッキングを咬み破かれたところで、ハンドバックのなかに穿き替えの一足や二足は隠し持っているはず。
女がほんとうに侵されたくなかったのは、人前での本番を控えた気組みのほうだったのだろう。

それから何時間経っただろうか。
だいぶ遅い時間になって、女は来た道を戻るように、公園の真ん中を通り抜けていった。
「先生、お勤めご苦労様」
俺のおどけた言いぶりを、女はまともに受け止めて、
「私、あなたに先生なんて呼ばれる覚えはない」とだけ、いった。
「喉、渇いてるんだ。恵んでくれよな」
ぞんざいな誘い文句に、いつものように嫌悪感をあらわにしながらも。
迫ってくる俺の胸を隔てようとつっかえ棒した腕にこもる力は、いつになくかたくなさをひかえているようだった。
女の首すじに咬みついて、純白のブラウスのえり首に、ジュワッと血潮を撥ねかしてやる。
「ひどい」
恨めしそうに見あげる女の視線を受け流して、今度は足許にかがみ込む。
「恥掻かせないで頂戴」
逃げようとする足首をつかまえて、ふくらはぎにヌメヌメと唇と舌を、這わせていって。
薄地のナイロン生地にたっぷりと、淫らなよだれを塗りつけていった。
「ああ~っ、もうっ!」
女はひと声、じれったそうに叫ぶと、歯がみをして悔しがりながら、
いつものように薄地のストッキングを咬み破かれていった。


女はいまでも、毎晩のように公園を闊歩する。
脚に通したストッキングは相変わらず高価で、
ほかの女たちの穿いているものとはひと味もふた味も違う、なめらかは舌触りをしていた。
高価なストッキングを通した脚を誇らしげにくねらせて、
女は俺を誘ってくる。
「誘ってなんかいない。私は迷惑なだけ」
女はそう口にするし、たぶんそれが正しいのだろうけれど。
講演の夜の一件以来、すこしだけかたくなさを解いた女を、
今夜はどんなふうに辱めてやろうかとワクワクしながら、待ち伏せをする。

気の強い女

2017年05月22日(Mon) 06:58:15

侮辱しないで。好き好んでストッキングを破ってもらってるわけじゃないのよ。
女は言葉で、抗った。
では、毎回真新しいのを穿いてきてくれるのは、どうして?
吸血鬼は舌なめずりをしながら、訊いた。
恥を掻きたくないからよ。
女はけんめいに抗いながら、答えた。
心意気はあっぱれだけど。俺はやっぱり愉しませてもらう。
男の言いぐさに、女は無言で目を瞑る。観念した――ということなのだろう。
好色な舌なめずりが足許の装いをいびつに皺寄せてしまうのを、
女は歯を食いしばって耐えていた。
許してほしい。
男は女の髪を撫で、それからおもむろに、ふくらはぎを咬んでいった。
すすり泣きの下、女の足許をしつような唇が這いまわり、ストッキングを剥ぎ破っていった。

抱きしめた女をちょっと放して、目と目を合わせると。
女は涙目で、「ばか」といった。
「たしかにばかです」
男は神妙な目で、女を見返した。
「まじめな顔しないで」
女はそういうと、目を背ける。
そむけられた首すじに魅入られるように、男の唇が女のうなじを這った。
至福のひと刻――
女は目を見開いたまま、男が自分の血を飲み耽るのに耐えていた。

一回だけぶっていい?
女の問いに男が頷くと。
女はばしぃん!と男に手ひどい平手打ちを食らわせて。
頬を抑える男に「これでおあいこね」と言い捨てて、きびすを返してゆく。
行きかけた女はふと立ち止まり、
「また来るから」
「明日」
「手かげんしてくれたしね」
思いつくたび切れ切れに追加される言葉は、言葉の主が意外にぶきっちょなのだと告げていた。
貧血がほどほどで済んだ証しに、女の頬はいつも以上にほてっている。

路上で襲われたOL

2017年01月04日(Wed) 08:00:30

路上をつんざく悲鳴の主は、勤め帰りのOLだった。
街をふらつく吸血鬼の、恰好の餌食になったのだ。
ウフフフ・・・いい子だ。おとなしくおし。
男はOLを道ばたに追い詰めて抱きすくめ、首すじにクチュッと唇を吸いつけた。
ちゅうっ・・・
自分の血を吸いあげられる音にOLはビクッと身をすくませて、それきり大人しくなっていた。

あんた、処女だね?血が美味しいね。
そんな囁きを耳にしたときにはもう、気づかないうちに路上にあお向けになっていた。
男はなおも首すじから唇を離そうとせず、うら若い血をチュウチュウと、それは美味しそうに吸い取ってゆく。
頭がくらっとしてきた。
貧血が、身体のすみずみまでをけだるくして、忌まわしい唇から肌を遮ろうとする努力を衰えさせてゆく。
いけない。いけない・・・このままじゃ、血を全部吸い尽されてしまう!
女は焦り、恐怖し、嫌悪しながらも、男の好意を遮るすべを喪っていった――

数分後。
路上に静かに横たわる女は、ただ従順に、男の渇きを満たすため、わが身をめぐる血液を提供しつづけていた。
吸血鬼に襲われてモノにされてしまった女は、求められるまま血を吸い取られる義務を負う。
どうやらそれは、この街の暗黙のルールらしい。
ふたたび目ざめたとき、女は自分の生命がまだ尽きていないことを訝しんだけれど。
男は顔をあげ身を起こして、女を立たせ、服に着いた泥をはたき落としていた。
「感謝する。あんたのおかげで、生きのびることができそうだ」
「死にたくないッ!」
いまさらのように叫ぶ女に、男はいった。
「俺もまったく、同感なんだ」
ふたりはしばしの間、お互いをにらみつけるようにして、見つめ合った。
「・・・そういうことなんですね」
「・・・そういうことなんですよ」
クスッと笑おうとして、眩暈にそれを遮られた。
男はとっさに、女を支えた。
「家まで送ろう」
「いいわ。送り狼になってほしくない」
「あんたの家は、見当がついている」
「え・・・?」
「血を吸っている間に、大概のことはわかってしまうんでね」
そういうものなのか・・・女はぼう然として男を見つめ、いつの間にか自分が住んでいるアパートの玄関の前に佇んでいるのに気づいた。
「あがってください」
「そのほうが賢明だ」
男はそういうと、勝手知ったる我が家のように彼女の家に上がり込み、どこから取り出したのか、ビニールシートをだだっ広い洋間に敷いた。
「この上に寝るとよい」
女は自分の着ているスーツが血浸しになっているのに、やっと気づいた。
「部屋が汚れるからね」
男はそういいながら、女の服をはぎ取ってゆく。
「悪いが、きょうのかけっこの賞品がわりにいただいておくよ」
男は女の裸体を自分の視線からさえぎるために、またもどこから取り出したのか、大きな布を女の身体の上に被せた。
びろーどのようなしんなりとした感触が、女の旨の奥にかすかな安堵をもたらした。
「今夜はこのまま、寝てしまうがいい。明日はどうせ休日で、デートの予定もないのだろう?」
図星を刺されて女はひと言、「ばか!出ていって」と言った。
懇切な介抱のお礼に罵り言葉をもらった男は肩をすくめ、それでも言われたとおりに部屋から出ていった。
純潔までも奪われることがなかったことに安堵を覚えながら、女は眠りに落ちていった。

「また来たのね?」
「俺は死にたくない」
「私も死にたくない」
「同意できるか?」
女はかぶりを振って、後ろを向いて駆け出した。
着地点は、街はずれの公園だった。
「格好の場所だね」
「ばか」
女は組み敷かれながらも、立膝をして抵抗した。
それでも、首すじを咬まれるのを防ぐことは、できなかった。
「ごほうびをいただくよ」
この前の夜と同じように、男はストッキングを穿いた女の脚に唇を這わていった。
薄いナイロン生地の舌触りを愉しむように、なんども舌をぬめらせると。
悔しそうに顔をゆがめる女の目の前で、これ見よがしにストッキングを咬み破り、脚線美を牙で侵してゆく――

「ストッキング、お好きなの?」
「ああ」
応えもそこそこに、男がまだ自分の足許に執着しているのを見つめながら、女はいった。
「今度の夜、また穿いてきてあげる」
「ありがとう。こんどはアダルトな黒を期待しているよ」
女はいつものように、「ばか」とだけ、いった。

潔癖OLのストッキング 2 ~恋人の視線~

2016年10月10日(Mon) 11:51:33

「具合悪そうですね、寺浦次長」
出勤してきた瀬藤は、部署の席につかずにまっすぐ寺浦の席に来ると、そういってねぎらった。
どうやらきのうも、徹夜だったらしい。
次長というのは、割の合わない仕事らしい。すべてのトラブルが持ち込まれる。
新人時代のさいしょの半年だけその下で仕事をした経験のある瀬藤には、
部署を離れてしまったいまでも、不思議な愛着と共感を抱いていた。
「これから朝いちで、お客に会いに行く」
寺浦の言葉に瀬藤はびっくりした。
「えッ、これからですか!?」
「めんどうくさい案件になりそうでね。だから初期消火しておくのさ」

寺浦の話術は、超一流である。
だれかが「あいつの言いぐさには、麻薬が混じっている」と評したが、まさに言い得て妙だった。
彼が本気になると、だれもが魔術にかかったように、いうことを聞いてしまう。
そのくせ欲のない世渡りをするものだから、そうした話術でセコいもうけを得たという話を、瀬藤は聞いたことがない。
表向きは、苦労ばかりで貧乏くじを引きっぱなしの不器用な上司だった。
そう、吸血鬼であるという影の顔を別としたら――

思わず「だれかの血を吸ってから出かけたほうが、いいんじゃないですか?」と、口走ってしまいそうになる。
でも寺浦は、よほどのことがないかぎり、出勤してきたばかりのOLを襲うことはない。
「これから仕事をするという緊張感に包まれてやって来るものの気持ちを、むやみとそぎたくない」というのだ。
瀬藤の懸念は顔に出たらしい。そうでなくても、彼は寺浦に血を吸われたことがある。
いちど血を吸った相手の想いは、寺浦の胸の奥に直感的に伝わるという。このときの寺浦もそうだった。
「だいじょうぶだ。俺には夕べもらったお守りがあるから」
ポケットから取り出したのは、薄手の肌色の、ナイロン製のストッキング。
見覚えのあるかかとのあるストッキングに、瀬藤はぎくりとした。
よく見ると裂け目が広がり、ところどころ赤黒いしずくが凝固してこびりついている。
節くれだった掌にもてあそばれるストッキングは、もとの持ち主の脚の輪郭をかすかに残し、
その輪郭をいとおしむかのように、寺浦は手にした薄衣を慕わしげに撫でていった。


「美織、さいきん顔色悪いわよ。少し無理し過ぎなんじゃない?」
母親が部屋の向こうから、気づかわしげな声をかけてくる。
「ううん、大丈夫。ちょっと疲れただけ・・・」
目のまえに漂う眩暈を押し隠しながら、美織は無理に強い声で、母の気遣いを打ち消した。
母さんたら、心配性なんだから、って。
美織の母は、心配性というわけではない。カンが鋭いのだ。それは美織も、わかっている。
けれども、上司に血を吸われているなんて、とてもいえない。
まして、さいきんは血を吸われることを愉しめるようになってきた なんて。とてもいえない。
親は間違いなく、嘆くだろう。

明日も朝、早いから。
風呂場のまえのユーティリティーで、脱ぎ捨てたストッキングを洗濯機に放り込みながら、
美織はことさら、いつもの声音でそういった。
洗濯もののいちばん上にふぁさっと帯のようにたなびいたのは、かかとのついた、真新しいストッキング。
今朝家を出るときに穿いていたのとは、べつのものだった。
明日の朝、出勤するときに脚に通すものも、あの飢えた唇に、むざんに噛み破かれてしまうのだろうか。

あくる朝、出勤していく美織を見送る母親の目は、まだ心配そうにしていた。
そんな母親の気遣いに気づかないふりをして、美織は家を出る。
きのうの終業後、したたかにあたしの血を吸い取った次長は、夕べも徹夜だろうか。
出勤そうそうに血を吸われたりしなければ、たぶんきょうも一日持つだろう。
でも――いっそ朝から咬みつかれてしまったほうが、よほど安心できる。
あのひと、それくらい働き過ぎだから・・・


ふたりきりで過ごす4階の部屋に、逢引きを妨げに来るものはいない。
4時過ぎが寺浦の吸血タイムだということは、オフィスのだれもが知っていたから。
だれ一人、近寄ろうとはしないのだ。
初めてこの部屋に呼び出されて、吸われたとき。
素肌にヒルを這わされたような不快感と恐怖感とを、人並みに感じたけれど。
床にあお向けになってしまったときにはもう、噛み破かれたストッキングと同じように、
それまでの潔癖な理性は、すりむけていた。
そのあと――
どれほど彼に、咬ませてしまったことか。
どれほど彼を、愉しませてしまったことか。
吸血行為は、たんなる献血だと思っていた。慈善事業だと思っていた。けれどもそうではなかった。
結婚退職で辞めていった先輩OL、「逃げ足の尾藤」は、かんじんなことを美織に告げずに、自分の役割を引き継いでいった。

ふだんは冷静で温厚な寺浦が、部屋のなかでだけは、ひょう変した。
美織の両肩を掴まえて、強いて椅子に腰かけさせると。
そのまま牙を、首のつけ根におろしてきて。
制服のブラウスを、血で濡らしてしまったことも、二度や三度ではなかったはず。
いきなり非日常的な衝撃を加えて、美織の脳天から日常業務の緊張感を強引にぬぐい取ると。
いつもそのまま、足許にかがみ込んできて。
きょうもかかとのついた高価なストッキングを穿いた脚に、唇を、舌を、狂おしく這わせてくる。
ロコツで下品な舐めっぷりに、思わず声をあげかけたこともある。
男は美織の穿いているストッキングの舌触りを愉しむように、なん度もなぞるように舌をあてがうと、
やがて牙をむき出しにして、がぶりと食いついた。
美織のストッキングはパチパチと音をたてて裂けて、
拡がった伝線のすき間から、冷え冷えとした外気が、じかに素肌を嘗める。
それでも男は、ふだんの冷静さをかなぐり捨てて、美織の足許をしつように凌辱していった。
男の熱っぽさに気おされながら、美織はためらいながらも、もう片方の脚を、そろそろと差し伸べてゆく。


4階から独りおりてきた美織に、熱っぽいまなざしが密かに注がれる。
まなざしの主は、瀬藤だった。
瀬藤は、美織の同期で恋人だった。
咬まれたことのないものには見えない、咬まれたものの咬み痕が。
咬まれたことのある彼には、くっきりと映っている。
黒髪のすき間からのぞく、白い首すじに。
穿き替えられた真新しいストッキングに透ける、ふくらはぎに。
それは口許の両端から滲み出された牙の間隔さえわかるほどはっきりと、これ見よがしに刻印されていた。
自分の血を吸った男が、恋人の血まで吸ってしまった――その事実を聞かされたのは、美織本人からだった。

その日の夕方は、習い事がある日だからと早く帰る曜日だったのに。
美織は夜ごいっしょして・・・と誘いかけてきた。
まだ、つき合っているといえるのかどうか?
おくての美織の好意を疑うことはなかったけれど、セックスはもちろんキスさえも交わしていないカップルだった。
いつものレストランの食卓で向かい合うなり、美織はいった。
「あたし、寺浦次長に血を吸われちゃった」
「え・・・!」
たしかにそのときの美織の頬は、ほんのりと蒼ざめていて。
その蒼さは、血を吸われたもの独特の翳を帯びていた。
「尾藤先輩に一方的に引き継がれて・・・呼び出されたその場でだったの。ごめんなさい」
「いや・・・謝ることは・・・それよりも大丈夫?」
明らかに貧血だった美織を瀬藤は恋人らしく気遣ったが、美織はすぐにかぶりを振った。
「あたしは大丈夫。でも――」
「でも・・・?」
「いままで意識してなかったんだけど・・・吸血されるのって、なんかいやらしい」
「・・・」
「このまま寺浦次長とつき合っっちゃっても、あたしいいのかな」
「・・・」
「いちばんたいせつなのは、あなたなの。それだけはわかって」
最後のひと言に思わず目を見張った瀬藤に、美織ははっとわれに返って、
「・・・ごめんなさい。あたし・・・」
戸惑う目線を遮るように、スープが運ばれてきた。
いままでは。瀬藤が一方的に誘い、美織がそれに従(つ)いてくる。それだけの関係だった。
好きだなどとお互いに口に出すこともなく、なんとなく夜を一緒に過ごし、
それも深夜と呼ばれる刻限が近くなると、帰りたいのを何と切り出したものかと居心地悪そうな顔つきになる美織を、それと察してバイバイする。
それだけの関係だった。
美織はおくてだったが、瀬藤も負けず劣らず、おくてだった。
それなのに、吸血を受けてしまったというただならぬ状況のあとだったとはいえ、きょうは美織から誘って、一方的に話した。
瀬藤が無言なのに焦ったのか、日頃の美織には見られない大胆さだった。
「いちばんたいせつなのは、あなたなの」
そのひと言で、じゅうぶんだった。
「あなたが逢っちゃダメっていうなら、逢わない。でもその代わり、会社にはいられなくなる――」
言いかけた美織を遮るように、瀬藤はいった。
「だいじょうぶだよ、信じてるから。きみがぼくから離れないって」
「そお?」
憂い顔だった美織の目鼻が、嬉しそうにぱっと輝くのがわかった。
「4階で二人きりになっちゃうのは、ちょっぴり嫉妬するけど――素敵な関係だと思うな。
それに、うちのオフィスではふつうにあることだし」
瀬藤は悩む美織のために、理解ある恋人を演じることを決意した。
そう。
美織のためにも、自分のためにも・・・

いつものように4階から降りてきた美織のすぐあとから、寺浦が階段を下りてくる。
ふたりは一瞬、意味深げなまなざしを交し合うと、それぞれの部署へと戻ってゆく。
いちぶしじゅうをそれとなく見届けてしまうと。
瀬藤は、胸の奥が甘美でどす黒い歓びで満たされるのを感じた。
俺は、寝取られマゾだったのか。
スラックスをたくし上げ、ひざ丈の靴下を引き下ろすと、そこにはふたつ並んだ赤い斑点。
先刻、寺浦に咬まれたあとだった
咬み痕にわだかまる疼痛が、瀬藤の理性を蝕んでいる。
それだとわかっていても・・・蝕まれていることが・・・小気味よかった。

恋人が尊敬する上司にうら若い血を愉しまれ、自分の知らないところで逢っている。
そんな非日常的な状況が、瀬藤の脳裏と心の奥とを、妖しい色に塗り替えてゆく。
もちろん嫉妬はあった。
部下想いの寺浦が彼の恋人を地位にものを言わせて奪うとは思えなかったが、
恋人が寺浦に夢中になってしまう可能性は、たぶんにあった。
なにしろ瀬藤ですら、恋人の血を吸われているというのに、寺浦に対する尊敬や慕情に近い感情が、損なわれることがなかったくらいだから。
むしろ――美織が選ばれたのか。そんな想いさえある。
美食家らしい寺浦は、自分の相手を勤める女性をはっきりと選別していた。
それはもちろん、必要以上に”被害“を拡大させまいとする意思の表れでもあったが、
同時に彼の好みがはっきりしていることを自ら白状する結果にもなっていた。
選り好みをする寺浦が、美織と毎日のように逢っている。
寺浦はきっと、美織が瀬藤とつき合っていることに気づいている。
瀬藤の恋人と知りながら美織の血を吸いつづけるということは、瀬藤もまた恋人を寺浦に捧げることで、彼に尽くしていることになる。
美織を通して、俺は次長とつながっている―――瀬藤はくすぐったそうに、ひとり笑いを泛べた、。


「すまないね。残業中なのに呼びつけて」
支店長の退勤した後の支店長室に瀬藤を呼び出すと、寺浦は瀬藤にソファを進め、自分も瀬藤の向かいのソファにどっかりと腰をおろす。
「取引、うまくいったんですね」
「ああ、もうちょっとでしくじるところだった。胃が痛いよまったく」
こういうときの寺浦は、ちょっとヘタレで気さくな上司。仕事の悩みを聞いてもらうことも再三だった。
その寺浦が、ちょっとだけ本性をあらわにする。
「きみの協力のおかげだった。いつも献血してもらってすまないね」
「いえ・・・」
「きみだけじゃない・・・んだよね?」
瀬藤はぎくりとした。美織のことだ、と、直感した。
「え・・・エエ」
我ながら歯がゆいような、煮え切らないなま返事。
「すまない。灰田くんの血を吸うまで、気がつかなかった。ぼくとしたことが」
「・・・」
「彼女と逢うのを、やめようと思う」
「え・・・?」
「きみに悪いからな。将来結婚するんだろう?」
「え・・・いや、まだそこまでは」
「彼女はその気になっている」
「そんなこと・・・灰田が次長に言ったんですか?」
どうして本心を俺より先に次長に言うのだろう?
本物の嫉妬心が鎌首をもたげかけたのを、寺浦はそれと気づかないふりをして和らげてゆく。
「きみも知ってのとおり、本心が伝わってきちゃうんだよ。血を吸っているとね」
ああ、そうか。そうだったんだ。俺としたことが、うろたえちゃった。
瀬藤は自分の不注意を恥じた。何年、寺浦といっしょに仕事をしているのだろう。
瀬藤の気持ちを無視するように、寺浦は続ける。
「きみのほうは、そういうつもりで彼女とつき合っているわけじゃないのかね?」
「そんなことないです――結婚したいです。彼女さえよければ」
「よかった」
部下同士の恋愛が良い結論に結びつくことに安堵を泛べる上司の表情が、そこにあった。
でも――
瀬藤は知らず知らず、言葉をついでいる。

このあいだ彼女と食事をしているとき、言ったんです。きみがぼくから離れないって信じていると。
だから――次長が美織の血を気に入っているなら、吸ってあげてください。
美織も次長に吸われるの、嫌じゃないはずです。
ぼくも、美織が次長に血を吸われるの、嫌じゃありませんから。
むしろ、嬉しく感じてますから。
きょうは美織、まだ残業してますよ。声、かけてあげてくださいよ。
帰りは、ぼくが家まで送って行きますから――

彼女を家まで送る。
それは、彼女の親と顔を合わせるということ。
ふつうは彼も彼女も、いちどは躊躇を感じる行動を、瀬藤はあえて踏み越えようとした。

その代わり――俺も4階に招(よ)んでください。
彼女がどんなに乱れても、気持ちを変えない自信ありますからね。


薄暗い4階のがらどうのオフィスのなかで。
「ああっ・・・ああっ・・・ああっ・・・」
迫ってくる寺浦を相手に、美織は髪を振り乱して、ひたすら惑いつづけている。
まんざらではないことは、白い豊かな頬に、かすかに朱がさしているのでそれと知れた。
恋人の視線を意識して形ばかり演じかけた抵抗は、いつか悩ましいせめぎ合いにすり替えられていて。
素肌から飢えた唇を隔てよう説いた細腕は、いつか男の背中にまわり込んでいた。
潔く首すじを差し伸べて、ブラウスを惜しげもなく血浸しにしたあとは。
制服のタイトスカートを、ちょっとだけたくし上げて。
「いやらしい・・・いやらしいです・・・」と、くり返しながら。
ストッキングを穿いた脚を、情夫の唇にさらしてゆく。
すねや足首、太ももにくり返される貪欲なキスに曝されて。
装われたかかと付きのストッキングはみるかげもなく破れ果て、
ひざ小僧の下までふしだらにたるんで、ずり落ちてゆく。
男はふたたび、美織のうえにのしかかった。
「やだっ・・・やだっ・・・ああッ・・・瀬藤くん・・・っ」
唐突について出た自分の名前に瀬藤は不覚にも、股間をじわりと濡らしてしまう。
ブラウスの胸に寺浦の掌が、美織の豊かな乳房をまさぐってゆくのを、ただの男として愉しんでしまっていた。


「きょうは、お疲れさん。ちょっと、栄養つけに行こう」
気を利かして姿を消した寺浦の行く手を背に、瀬藤は美織をいつものレストランへと誘った。
ふたりが注文したのは、血もしたたるようなビーフ・ステーキ。
「お互い元気つけなきゃね。次長のためにも」
「そうね」
自分の言葉が美織の胸にもしっかりと落ちたらしいのに満足して、瀬藤は料理を口に運んだ。
「ごめん、あたし――」
美織が言いさして、俯いた。
「どうしたの?」
「あたし、これからも次長に逢うわ」
「いいと思うよ。ぼくのことを忘れなかったら」
「忘れない――されちゃってる最中でも、あなたの名前呼びつづけるから」
ひたと見すえてくるまっすぐな視線を、瀬藤はしっかりと受け止めた。
「結婚しても連絡しちゃうような・・・悪いお嫁さんになっちゃうかもよ」
ウフフ。
瀬藤は自分の意思をみなまで言わず、含み笑いで受け流す。
夫に隠れて情夫に逢いに行くという嫁の濡れ場をのぞき見したがる、趣味の悪い夫がそこにいた。
瀬藤の考えてることをおおよそ察した美織は、やっと安心したらしい。
「このステーキ、おいしい」
さっきまでの深刻な話題など忘れたように、無邪気な女の子に戻って料理にぱくつき始めていた。

潔癖OLのストッキング

2016年10月08日(Sat) 10:37:01

灰田君、きょうからきみの血を吸うから。
寺浦次長に呼び止められた灰田美織は、ビクッとして振り向いた。
あ・・・は・・・はいッ・・・
うろたえてつんのめった声で、あいまいな返事をくり返す美織に、
寺浦はニッと笑ってこたえた。
あとで、4階に来てね。
4階はもともと庶務部のあったところだが、今は空き部屋になっている。
そこは、寺浦が女子社員を呼び出して吸血する、「吸血部屋」と呼ばれていた。

寺浦に吸血の性癖があるのは、社内でもだれ一人知らない者はなかった。
吸血鬼と人間とが共存するこの街で、彼は排除されることも制圧されることもなく、
といっても本人も必要以上にのさばるということはまったくなく、
ふだんは人望もあって温厚な一社員の日常で通していた。

灰田美織は、OL3年生。
先輩の尾藤が結婚退職するとき、陰に呼ばれて言われたのだった。
――あたし、美織のこと次長に推薦しといたから。
えっ?私――?
戸惑う美織に、尾藤はいった。
あたし結婚しちゃうし、当分次長と逢うわけにいかないでしょ?それで、後任さがしてたの。
しっかりあなたに引き継ぐからねっ。
いつだか、それまで手こずっていた小面倒な顧客と本格的にモメた尾藤が、担当を美織に振り替えたとき。
たしかこんなふうに気軽に、言われちゃったっけ。
そう思い出したときにはもう、尾藤は目の前から立ち去りかけていた。
逃げ足の尾藤。
そう呼ばれたこの女はしかし、ランナウェイしようとしたきびすを返して、もういちど美織に向き直る。
いいこと教えてあげる。あいつ、ストッキング・フェチだから。
吸血するときは首すじももちろんアリだけど、脚咬まれるからねー。
美織の高そうなストッキング、あいつお目当てみたい。
ぼう然とする美織を取り残して、尾藤はわざとらしく幸せそうなハミングをしながら、今度はほんとうに背中を向けた。

終業後。
4階のフロアの照明は、ところどころ間引きされていて、ほかのフロアよりも薄暗かった。
ふだん使われていないこの部屋には、それまで同様スチール製の机がそれらしく並べてあったが、
壁ぎわには不要物が雑然と折り重ねられていて、いかにも見捨てられた部屋の様相を呈している。
「吸血部屋」というおどろおどろしい異名を想像させるものはなにもない、なんの変哲もない空き部屋。
けれども複数の先輩後輩から体験談を聞かされている美織には、
そうした机やついたてや、なにが入っているかもわからない段ボール箱たちさえもが、いかにもいわくありげに映るのだった。

呼び出されてあとから部屋に入った美織は、さっきまで寺浦以外のだれかがここにいたのを、なんとなく感じ取る。
寺浦の口許に紅いしずくがまだ滲んでいるのを認めた美織は、自分の直感が正しいのを知った。
美織の視線を敏感に受け止めた寺浦は、「おっと失礼」といって、口許をハンカチで拭う。
「尾藤とはもう、逢えなくなるからね」
寺浦の言葉で、さっきまで逢っていたのが尾藤なのだとわかった。
結婚して、ほんとうに切れるのだろうか?このふたり――妖しい疑念が、美織の胸をかすめる。
そんな美織の心境などおかまいなしに、寺浦はいった。

「ぼくがどこから咬むか、彼女から聞いてるね?」
寺浦の問いは、いかにも直截的だった。
「あ・・・は、はい・・・っ・・・」
美織はどぎまぎして、またもあいまいなあいさつをくり返す。
もともと小心で、さいしょに接客したときにはしどろもどろで舌が回りかね、あとで物陰で泣いたことが何度もある――
そんなとろくさい性格が、われながらもどかしい。
けれども同時に、いちど覚えた仕事はなにがなんでもやり抜く実直さと丁寧さとが評価され、
この春からは新人トレーナーを任されているのも美織なのだ。
彼女の目つきがほんの少しだけ、色を変えた。
「脚から・・・ですよね?」
「ご名答」
寺浦の応えはいささかシニカルだったが、思ったほどのいやらしさはそこにはない。

教わるまでもなく、美織はそうした光景を目の当たりにしていた。
10年選手の河西主任が執務中に脚を咬まれ、それでもなにごともないかのように執務をつづけ、
打ちつづく吸血に耐えかねて、とうとう突っ伏してしまったのも、つい先週のことだった。
気の強い河西主任は終始気丈に振る舞っていたけれど、
裂けたストッキングを穿きながら執務をつづけざるを得なくなったことを、しきりに恥じていた。
わたしもあんなふうに、気丈に振る舞うことができるのだろうか――?
そう思いながらも、そろそろ鈍い疼痛をしみ込まされるはずの足許が気になって、肌色のストッキングの脚をもじもじさせ始めていた。

「きみはまじめだし、身体も強そうだ。以前から気になっていたんで、尾藤に紹介させた」
あの・・・
美織にしては、人の話を遮るなど異例のことだったけれど。
口をついて問いを発してしまったのは、美織なりに気になっていたのだろう。
「あたしの穿いているストッキングのこと気にしてるって・・・尾藤先輩から・・・」
「いまどき、かかとのついているストッキングをちゃんと穿いてくる子は、珍しいからね」
寺浦はどこまでも、悪びれない。
「そういう礼儀正しさ、気に入っているんだよ」
言う人が言えば、気持ち悪いの一語に尽きそうなセリフが、なぜかしっくりと胸に落ちる。
まったくもって、うらやましい性格だ。
美織は思わず、寺浦を上目づかいに見あげた。
「高いんです、このストッキング」
「弁償しようか?」
「イイエ、そんなこと望んでません」
「じゃあ、私に咬まれるときには、安いのを穿いて来たまえ」
「そんな失礼なこと、できません――する以上は、きちんとお相手させていただきます」
口にした科白の大胆さに気づいて再びもじもじを始めた美織を見て。
肚が据わると、こいつ河西よりもしゃんとするな――寺浦はメガネの奥で獣の瞳を光らせた。
寺浦は腰かけていた上司の席から起ちあがると、すぐ斜め前の部下の席に座っている美織のほうへと歩み寄り、その足許にかがみ込んだ。

あ・・・・・
とっさに、逃げなきゃ、と、思った。
けれども脚は床に根を下ろしたみたいに、微動だにしなかった。
ストッキングごしに男のなまの唇を感じて、美織は縮みあがった。
唾液に濡れた舌が、唇が、美織の足許に吸いつき、しつように這いまわるのを。
恋愛経験が皆無の、うぶな小娘の本性をさらけ出して、しきりに恥じらいつづけていた。

気がつくと。
床に大の字にあお向けになっていた。
貧血が思ったよりも心地よく、頭のなかを空っぽにしてくれている。
立て膝になった片脚は、ストッキングが太くひと筋、裂け目を拡げていて、裂け目から露出した脛が、外気に直接触れてすーすーするのを感じた。
寺浦は、もう片方の脚のふくらはぎを舐めつづけていた。
すでにどれほど、血を吸い取られたのだろう?頭が、ぼうっとしている。
父さんと母さんから受け継いだ血を、こんなふうに愉しまれてしまうなんて。
中学・高校のころ不純異性交遊という言葉さえ嫌い抜いていた美織だったから、ハンパではない後ろめたさが心に満ちた。
そんな気持ちが、寺浦に伝わったらしい。
「気にするな。あんたが今しているのは、慈善事業だ。あんたが相手してくれてなければ、俺は明日から会社にいない。この世にもいない」
潔癖な罪悪感をたったひと言で斥けると。
寺浦はふたたび美織の足許に唇をおろして、薄地のストッキングに包まれたふくらはぎを、それはいやらしくいたぶり始めた。

嫌・・・厭・・・いやっ。
激しくかぶりを振る以外の抵抗を思いつくことができずに、美織はひたすら悩乱した。
無抵抗な悩乱に乗ずるかのように、男は美織の足許からストッキングを見る影もなく咬み剥いでゆく。
ふくらはぎから太もも、さらにその奥――
制服のピンストライプのタイトスカートをたくし上げられながら、美織はパンツが見えちゃう・・・と、見当違いな拒否反応を示す。
生命が危うくなるくらいの吸血をされているかもしれないのに。
男はあお向けの美織のうえにのしかかってきて、こんどは髪の毛を掻きのける。
豊かな黒髪は、丸ぽちゃで容貌がいまいちと自認する美織にとって、ほぼ唯一の自慢だった。
その黒髪を、男はまるで貴重品を取り扱うかのように、丁寧に搔きのけてゆく。
掻きのけられた黒髪のすき間から、白い首すじが覗くと――分厚い熱情のこもった唇が、強引に押し当てられてきた。
ナメクジかヒルのように這いまわる唇に秘められた唾液の熱さにへきえきしながら、美織は逃げ出したい思いをけんめいにこらえている。
その思いが通じたのか、寺浦は美織の肩をギュッと抱きすくめ、抑えかねた息遣いを性急に首のつけ根へとおろしてゆく。
ぢゅぶ・・・っ。
不気味だ・・・ホラーだよっ。
美織はそう叫びたいのをかろうじてこらえ、寺浦の吸血に身をゆだねた。
ちゅう――っ。
熱烈に這わされた唇が、けんめいに自分の血を吸い取ってゆくのを感じながら。
美織もまたけんめいに、悲鳴をこらえつづけていった。

きみは自分のことを、でぶだと言って、自虐しているそうだね。
でもぼくにとっては、きみのそうした肉づきのよさも、十分魅力なんだけどな。
なにしろ、きみの身体からは、血液がたっぷり採れる。これはありがたいことなのだ。
きみを襲う日は、同僚が1人よけいに助かるだろう。毎日2~3人襲っているからな。

寺浦の言いぐさに、美織は組み敷かれたまま冷ややかな視線を返しながら応える。

それだけじゃないでしょ?ストッキング・・・

う、ふ、ふ、ふ。
寺浦はくすぐったそうに笑う。
こんどから、穿き替えをいつもよりよけいに一足、持ち歩くことをすすめるよ。
もちろん、そうするつもりです――2足でも3足でも・・・
オフィスに救う魔物に魅入られた娘は、自分が術中に堕ちたとも気づかずに。
いつものひたむきさをひたすら、あこがれていた上司にぶつけつづけてゆく。

相姦企業 ~一社員の手記から~

2016年08月19日(Fri) 08:05:09

会社勤め20年になる社員です。
もちろんおおっぴらにではないのですが、当社ではフリーセックスが奨励されています。
そのせいか、比較的大きな会社であるはずなのに、社の雰囲気はアット・ホームです。
なにしろわたし自身、そのセンでは社長ともつながりがあるくらいですから・・・
社長の愛人を専務が共有していて、
その専務と結婚前まで肉体関係のあった(もしかしたら今でも?)もと秘書嬢の夫がわたしの部署の部長で、
妻はその部長の愛人になっています。
妻とは社内結婚なのですが、そのころから複数の幹部社員と関係を持っていました。
結婚して家庭に入る場合でも、かなりの場合そうした夫以外との関係は持ち越しになるようです。
そのことが、夫の社内での立場をよくする場合が多いので、
夫たちのなかには自分の新妻と上司や同僚との関係を、ほぼ公然と認めている人も多いのです。
さすがにわたし自身、もらったばかりの嫁に対し浮気を奨励するほどの心臓ではなかったのですが・・・
出勤後に妻が着飾っていそいそと家を出、だれかと逢っていることは薄々知っていました。
本人がそういう重たい告白をするまでもなく、
社内ではそういう自慢話が飲み会のねただったりするんですね。(苦笑)
「お前の奥さん、いい身体してるな」
そんなあいさつが、そこかしこで花咲くのです。

社内婚の場合、その部署の所属長や役員は新婦に対する初夜権を持っています。
「初夜権」とは、結婚を控えた女性の処女をGETできる権利のことです。
特定の女子社員の純潔に対してだれが初夜権を持つかは、本人の部署や夫の立場により変わりますが、
夫になる男性が自発的に新婦の処女をだれかに捧げる意思を持っている場合は、決定権を与えられるみたいです。
私の場合、妻は入社とほぼ同時に某役員に処女を捧げてしまったので、そのあたりの事情には詳しくないのですが・・・
新郎に無断で・・・というのはよくある話ですが、わたしの場合などは、別部署で働いていた妻を紹介された時点ですでに、なん人も男がいたくらいですから。

単身赴任をした場合、その妻はパートとして出勤することができます。
当然、恋愛も自由です。
だから、美人の妻を持った社員は、単身率が非常に高いです。
子供のいない家の場合、留守宅がラブホテル同然になるケースも、多々あるようです。
夫の側にも、妻の貞操をすすんで譲り渡す場合にはそれなりの見返りがあって、
多くは赴任先の女子社員と関係を持ちます。
現地採用のパートさんのうち20代から40代くらいの女性は、現地妻要員として採用されています。

取引先にそうした女子社員や社員の妻を貸し出す制度もあるみたいです。
特に経営者の方に多いのですが、社の制服を着用した女性の派遣を好んで依頼してくる場合があります。
先方が、デートの場所を確保できない場合には、社にお招きします。
そうした女子社員や社員の妻が取引先の接待をするための特別室が、オフィスのなかにいくつもあるのです。
わたしの妻も――そうした接待の経験者です。
そういうときの彼女は、わたしの出勤時間に合わせてオフィスの制服を身に着けて、いっしょに家を出ます。
わたしが生活費を稼ぐために働いているあいだ、妻は同じオフィスの別の部屋で、頭のはげた取引先の社長を相手に情事に耽ります。
そういうときにはさすがに、なかなか仕事にならなかったりしますね・・・
なにしろ相手の社長さんは、わたしが窓口だったりするくらい、ごく身近に顔を合わせる間柄ですから。

こうした関係は、お互いを尊重することが鉄則なりますし、それが守れる人の間でのみ成立しています。
社内に存在する、まるで村社会のような人間関係。
けれどもそれに関わる男女はだれもが、節度をわきまえ、相手を思いやる、ちょっと見には模範的な社会人なのです。
模範を演じるには、少なからぬストレスがつきまといます。
そうしたストレス社会を乗り切るために、このような常識を突き抜けたアブノーマルな世界に身を浸すことも、ひとつの解決策なのかもしれません。
昼は良妻賢母、夜は娼婦と化す妻も、わたしと同じ意見です。

町工場の兄弟 4 ジュンの家。

2016年02月27日(Sat) 11:25:00


いいよ。トシヤとも、初キス済ませたから。
目をつむって差し出された唇に、欲望のまま熱い吐息を含ませてしまうと。
女はいともあっさりと、その行為のくり返しに応じてきた。
うふっ。一歩前進♪ トシ、悪く思うな。
男としての勝利を得る味は、相手が弟の婚約者であっても変わりはない。
いや、むしろ増幅するとは、思ってもみなかった。
俺はこの女を、モノにしたい。
最近つのりはじめてきた想いが、いま爆発寸前まで、昂りつつあった。
それでもそのいっぽうで。
せっかく初めてできた女を、弟から奪ってはならない。
そんな想いもまた、兄としては当然ある。
どっちなんだよ――自分で自分に突っ込んでおいて、答えがみつからない。


俺のキスが強烈だからって、トシヤとの想い出も忘れてくれるなよな。
いい気な言いぐさを、「当り前じゃない」と、手厳しくはね返しながら。
それでも手慣れたキスが求めてくる強さに、不覚にも夢中で応えてしまっている。
やっぱりこのひと、女殺しだ。
弟の婚約者という縛りがあっても、お互いにこれなのだ。
妹の加奈がいともかんたんに堕ちたのは、無理もない。
ついでに乳首も舐めさせて。
つい悪のりをしてしまっては、「ダメ!」と拒否されているあたりが、この男らしいけれど。
そのあとに性懲りもなく、スカートのなかに手を入れてこようとしてきた。
かろうじて自制して振り払ったけれど。
順序が逆だったら、もしかしたらショーツを脱がされてしまっていたかもしれない。
それをねらって、わざと順序を間違えてきたのか。
問いただしたところで、まともな答えが期待できないのはわかり切っていたので、
敏恵もまた、愚問を投げかけることは控えていた。

脱がされてしまったパンストは、初手からネチネチといたぶられて、あちこち穴だらけにされていた。
穿いてたらかえって、みっともないだろ。トシにも見られたくないし。
そんなもっともらしい言いぐさにつられて、つい脱ぎ捨ててしまったのだが。
あいつ、私のショーツまで狙っていた。
気づいたのは、スカートのすその取り合いをかろうじてはね返したあとだった。
本気で狙う気だったら・・・まんまとせしめられていた。
それなのに。やつはわざと失敗をして、戦利品はパンストだけで満足するつもりらしい。
いったいどうして?
女たらしのくせに、露骨に欲しがったり、さりげなく手を引いたり。
そんな矛盾し合った行動の裏に、弟に対する逡巡を見抜くのは、そう難しいことではなかった。

ありがとうございました。
こっちが恥ずかしくなるほどばか丁寧に、義姉になるはずの女に、ジュンはいつも最敬礼をする。
弟には面と向かって礼を言いにくいから、あんたからうまく、伝えといて。
ジュンはそういうと、敏恵を解放した。
あのばか丁寧な最敬礼。慇懃無礼なわけじゃない。そんな器用な男じゃない。
たぶん半分は、弟への謝罪で頭を垂れているのだ。
そんなもの、すぐにうやむやにするに決まっているのに。
でもたぶん、このひとは私を犯しても、弟への想いは忘れないはず。
たった30分足らずの吸血プレイに応じるなかで、女はそこまでのことを感じ取ってしまっていた。



婚約者が忠実なのを、トシのために祝いたいね。
枕元においた寝酒を引っかけると。
ジュンはふたたび、敏恵の胸に顔を埋めてくる。
いままで敏恵の胸元を覆っていたブラウスは脱ぎ捨てられて、部屋の隅っこにきちんと折りたたまれていた。
ここは、ジュンの棲むアパート。
想像していた通り、たたずまいは古くさくてみすぼらしく、
部屋のなかも、これまた思った通りの散らかり具合。
わずかに畳の覗いた床にハンドバックを置いて、あきれて周囲を見回していると。
後ろからいきなり、抱きついて来た。

裏切らないようにしよう。トシくんのこと、裏切らないようにしよう。
必死でそう言い募るうちに、相手がいったん手をゆるめかけたのを、敏恵は感じた。
だいじょうぶだから。二人きりのときには、さいごまではしないから。
その囁きを信じて、こちらも身体の力を抜いたのは。
半分は、この男の弟想いの部分に、信頼を寄せたから。
半分は・・・欲望に逆らえなくなりかけてきたから。認めたくないけど。
けれども、ブラウスを脱いだのは、自分のほうからだった。
「乳首を舐めたい」とふたたびせがまれて、とうとう断り切れなくなっていた。

きょう、兄貴の家を訪れることは、あらかじめトシヤにも告げている。
というか、トシヤがわざと、敏恵を兄貴のところに行かせたのだ。
加奈ちゃんがずっと具合悪くって、兄貴も「ノドカワ」だから。
でもきょうは工場にお客が来て、支払いとか契約とかで立て込んじゃって、そういうことに使えないし。
ふたりのこと信じているから、行ってきて。

もしもかりに、私がこのひとの信頼を裏切るようなことをしてしまっても。
たぶんこのひとは、許してくれてしまうだろう。
でもそれは、あまりにもムシの良すぎる不当利得なのだと、敏恵は自分に言い聞かせた。
そのギリギリの落としどころが、「乳首舐め」?
だれの乳首とも、ひと味ちがう。いや、ふた味はちがう。
そんな勝手なことをほざいて舌なめずりをする男は、ジュルジュルと聞こえよがしな音をたてて、敏恵の乳首を吸った。



契約で来店をしたお客は、急ぎの用を控えているとかで、手早く手続きを済ませると、
ポンコツになった車を置いて、代車のエンジンをふかしてそそくさと走り去った。

ジュンは意外に顔が広く、ときどきこういう客を拾っては、工場に新たな収入をもたらしてくれる。
兄貴は仕事人としてはどうしようもなかったが、弟の律儀な仕事ぶりは評価されて、
すこしずつではあるけれども、お客がつくようになってもいた。

お疲れさまでした。
お茶出しを頼んだ加奈は来客のためか、いつもよりいいカッコをしている。
真っ白なニットに、ピンクのミニスカート。ショートの黒髪も、美容院に行ったばかりらしく、きちんと整えてくれていた。
姉の敏恵はいつも、都会のオフィスか街なかの大通りに似合いそうな、キリッと隙のないスーツかワンピース姿。
それにくらべると加奈はもっとカジュアルで、ふんわりとした感じの服装を好むようだった。
そのふんわり感が、いまのトシヤには癒しにさえ感じられる。

張り切り過ぎじゃない?お客さん、15分で帰っちゃったよ。
初対面の客を苦手とするトシヤも、十分気張り過ぎていたのか、拍子抜けした安ど感が満面に出ていた。
余りのコーヒーでごめんなさい、といって淹れてくれたコーヒーも、とびきり旨かった。

コーヒーぐらいで、ごめんなさい。
小さな声を重ねて、加奈が言う。振り向くと、申し訳なさそうな顔をしていた。
そう、いまごろ兄貴は、自分のねぐらに敏恵をひき込んで、コーヒーよりももっと熱い飲み物に、舌鼓を打っているはず。
シンコクに考えないほうがいいよ、とだけ言って、トシヤは仕事に戻ろうと工具に手を伸ばす。
その手に、白くて小ぶりな掌がおずおずと重なって、工具を持とうとする手を止めさせた。
もう少し、いいじゃないですか。コーヒー、もう一杯淹れますから。
あんまり飲んだら、茶腹になっちゃうよ。
笑って取り合わないでいたら、加奈は不意に悲し気な目になって、こんどはトシヤのまえに立ちふさがった。
ジュンがごめんなさい。
あまりシンコクに構えるなって。そう言おうとしたら、加奈がいきなり抱きついて来た。

どうやって受け止めたものか――ただいえることは、それはまずい。マズイよ・・・
持っている理性を振り絞って、抱きついて来た腕を振りほどく。
落ち着いて!
加奈に対するのと同時に、自分にもそう、言い聞かせる。
もっともっと、ややこしいことになっちゃうぜ?
ただでさえおれ、ヘンなヤツだから。
きみの姉さんのこと兄貴に襲われると、変に昂奮するんだ。ぜったい・・・変だよね?
ヘンなヤツなんだから、おれにあまりかかわらないほうがいい。
トシヤは自分を「ヘンなヤツ」と片づけることで、加奈との間合いを作ろうとした。

加奈は姉譲りの大きな瞳を見開いて、トシヤを見る。
怜悧で美しい姉の瞳の色とは別な、もっと穏やかで優しい色が、そこにあった。
それ、姉からききました。あたし、変じゃないと思います。
姉を愛しているからそう感じるんだって。うらやましいかもしれません。
でも、女の側だと、そうは感じられないんです。
姉にジュンを取られちゃうみたいで――あたしはたぶん、素直に姉貴孝行は、できそうにない。

おれは、兄貴に婚約者を犯されかけている。そういう意味では被害者だけど。
でもおれなりに納得して、状況を受け容れてしまっている。
でこのひとは、うちの兄貴に血を吸われたうえに、実の姉と浮気までされてしまっている。
状況を黙認しているおれだって、このひとから見たらどう映っているのか・・・
いつも軽い足取りで気軽に工具を取り、お茶を淹れたり買い物してきてくれたり、
みんなへの愛をさりげなく、行動で表してくれる人――
無邪気な明るさの裏側に、こういう心理が隠れていたのか。
やっぱりおれは、なんにもわかっちゃいない。これじゃ兄貴と変わらない。女をただ無自覚に、傷つけているだけの男――
しみじみとした後悔が、胸をかんだとき。

シンコクに考えないほうがいいよ。

はっと前に向き直ると、加奈はイタズラっぽくほほ笑んでいた。
だいじょうぶですよ。ふだんはいい子にしていますから。
でも時々ね、言ってみたくなるんです。そういうときには、つきあってやってくださいね。
あのひとたちがいないとき限定になると思うけど――

なにごともなかったように給湯場へと背中を向ける彼女の、ミニスカートの下から覗く生足が眩しかった。
あっ、それと。
加奈はいきなり振り向き、トシヤの視線が自分の後ろ姿に注がれているのを確認すると、
そんなことはあっさりと黙殺をして、いった。
ガマンできなくなっちゃったら、あたしのこと犯してくださいね。
こんど、いつか、きっと。

町工場の兄弟 3 初キス。

2016年02月27日(Sat) 09:56:58


視てたでしょ?
視てないって。
ウウン、視ていた。
だから、視てなんかいないって。
だって。
敏恵が上目づかいに、トシヤをにらむ。
この目つきは、無敵だった。勝てたためしがない。
そんな不吉な予感は、確信になって上塗りされた。
だって、擦りガラスに頬ぺた貼りつけて視てたじゃない。
敏恵の首すじには、兄貴が吸い残したバラ色のしずくが、まだしたたり落ちていた。

言いかえすこともできなくて、ちょっと目をそらそうとしたら。
目をそらさないで。
そんなつぶやきが聞こえたような気がして。
ふと見返した目と目とが、不意に近づいた。
近づいて近づいて・・・二対の唇が、重ね合わされていた。
お互いにぶきっちょなのだ。
もしかして、敏恵さんも初めてだったのかもしれない。
不器用に重ね合わされた唇は、いちど離れて、お互い離れがたいようにさ迷い合って。
ふたたび重ね合わされた――こんどは、結び合わせたように、しっくりと。

お兄さんには、血を吸われて、肌も舐められちゃってるのに。
あなたとは、キスもまだだった。
初めてのキスくらい――あなたといっしょに済ませとかないと。けじめつかないし。
おいおい、そこで「けじめ」かよ。マジメすぎるじゃん。
思いかけたのを、すぐに振り払った。
重なり合いかけた想いから気を散らすのが、もったいなさ過ぎたから。
うまい言葉が、思いつかない。
けれども、初心な男は初心な男なりに、もっとも適切な返しをいれた。
もういちど。
それだけで、じゅうぶんだった。
ふたりはさらに身を近寄せあって、結び合わされた唇と唇とで、熱い息をはずませ合った。

むこう視ないで。
いま、あなたの兄さん、加奈のこと押し倒してる。
懲りねぇ兄貴だな。まったく。
いいのよ。あのふたり、夫婦になるんだから。
腕のなかで抱きしめた身体は、意外にも頼りなげでか細かった。

お兄さんね。あたしにキスせがむの。
貴男とまだだから、それはダメって、断りつづけたんだよ。
いい子にしてたから、ほめてちょうだい。
小さな女の子が親のまえで胸を張っているみたいだ――そう思うとくすぐったいほどほほ笑ましかったけれど。
いっぽうで。
おれと済ませたってことは・・・兄貴とも近々、するってことだよね?
問うてはならない問いを、恋人の横顔に投げかけていた。
敏恵の横顔はいままでみたどの時よりも柔らかく、か弱げにほほ笑んでいた。
もういちど振り向かせて、キスを重ねることしか、ぶきっちょな彼にはできなかった。

結び合わせた唇をほどくと、女はイタズラっぽく笑った。
こんどお兄さんにせがまれたら、断り切れなくなっちゃいそうで。

初キスを済ませたから、そんな気分になったのか。
断るのが限界に来たから、トシヤを受け容れたのか。
たぶん二番目のほうだろう、と。トシヤは自分に都合のいいほうで、受け取った。



よくがんばったね。
クッションがばかになった古ぼけたソファからフラフラと起きあがる妹を、
姉は気丈に励ましていた。
敏恵の血を吸って、それだけでは足りなかったらしい。
キスを拒んだ敏恵がトシヤの腕のなかに甘え込んだとき、
トシヤの兄のジュンは、加奈をひき込んでいた。

引かれた手を、わざと邪慳に振り払って。
もうっ、イヤっ。
姉さんのあとだなんて・・・と言いつのろうとする口を、熱いキスでふさいだときにはもう、加奈は夢見心地になっている。
わきの下に腕を入れたら、くすぐったがって笑った。
ミニスカートのなかに手を入れてパンツを引き下ろしたら、エッチ!といって、なおも笑った。
まくりあげたTシャツの下、ノーブラの胸にむしゃぶりついて、ピンク色の乳首を舌でくすぐってやる。
いつもならけらけら笑うはずの加奈が、めずらしく歯を食いしばって横顔を見せている。
姉さんとどっちがいいのよ?
そう訴えているようにも見えた。
俺にぞっこんなのと、女としての嫉妬とは、別次元で同居し合うものらしい。
めんどくさいことを考えるのが、しんそこめんどくさいらしいジュンは、
かまわず女の顔をこっちにねじ向けると、
必殺の熱い吐息を喉が灼(や)けるほど、そそぎ込んでやっていた。
忘我の刻は、こうして過ぎた。

ずいぶん吸われちゃったんだね。だいじょうぶ?
あんなにすごいの、ひとりで抱えたら大変だよ。
姉さんの言いぐさは、実体験がこもっているだけに、加奈の耳にも生々しい。
忘れようとしていた嫉妬が、またチロチロと埋火になった。
わかってる。ひとりで抱えきれるわけないって。
だから、姉さんが来てくれた時には、頼もしかった。
でも――そんなにすごかったの?
敏恵は妹の嫉妬心に、あまり気づいていない。
すごかったよぉ。ひと咬みされただけで、姉さんだって舞い上がりそうになった。
そう。
微妙に顰めた声色にかまわず、敏恵は妹の服に着いた血を、せっせと拭き取っていく。
あんなひとに抱かれたら、もっとすごいんだろうね。
敏恵の言いぐさを断ち切るように、加奈は口を開いた。
だったら、姉さんがあのひとと結婚すれば?

わかってるよ。言いたいこと。
姉は冷静になると、白目がやけに目だつ。
いまもそうだった。
さっきまでの世話好き姉さんの面貌は消えうせて、妹のことをしっかりと見つめ返していた。
あたしのが優等生だったし、大学にも行ったし。一流企業にも、ほんの少しだけど勤めた。
でもね。そんなの関係ないじゃん。
あの人は、あなた向きよ。決してあたしじゃない。
あたしはたぶん――
トシヤくんと結婚して、たまにジュンと浮気するのがちょうどいいのかも。
ぽつりとつぶやく姉の本気な横顔に、加奈は息をのむ。
いつも冷静で、頭がよく、しっかり者の姉。
いつも絶対にかなわない、高くて遠い存在だった姉。
その姉がいま、加奈と同じ高さで、同じ男のことで戸惑い悩んでいる。
トシヤさんいいひとだし、裏切ったらかわいそうだよ。
加奈も姉と同じ低い声色になって、姉を諭していた。
もしも姉さんがジュンと仲良くなっちゃったら、あたしもトシヤさんとどうにかなっちゃうかも。
でも――いままでみたく、仲良くしてね。
ウン、そうだね。
交し合ったほほ笑みは、互いに邪気のなさを察し合う。
じゃ、指切りげんまん。
しみじみとなりそうになったのを、事務室の外の騒音が掻き消した。
おーい、頼むぜ!手伝うのはいいんだけどよお。車壊さないでくれよなー!
なんの気まぐれか、ジュンがトシヤの仕事を手伝おうとしたらしい。
そして案の定、弟の邪魔をしただけに終わったらしいことに、姉も妹も、ぷっとふき出していた。
ぐーたらな兄貴が急にそんな気になったのは、姉妹の話題が深刻になりかけたときだったと、賢明な姉だけは気づいている。



初めての夜、おれといっしょにいてくれるって、言ってたよな?
工場の隅っこに呼び出すとき。
トシヤはジュンや加奈に聞かれたくないことを話す。
そんな呼吸が、ようやくわかりかけてきたとき。
トシヤのお願いはやっぱり、ストレートだった。
おれも一緒にいるから・・・先に兄貴に抱かれてくれないか?
どうしてもお前の彼女を征服したいって言われて・・・なんだかゾクゾクきちゃったんだ。
あたしのこと・・・好きなんだよね・・・?
見開いた大きな瞳を、トシヤはまともに見返している。
愛しているから、そうして欲しいんだ。
こんどは敏恵が、はっとする番だった。
そういう好きになり方って、あるんだね・・・
うつろにこぼれた言葉が、ぽつんと薄闇のなかに佇んだ。
お、おかしいよね?おれってさ・・・
俯いて口ごもるトシヤに、敏恵はスッと身を寄り添わせる。
甘えるように回した両腕のなか、切なげに求めてくる唇に、敏恵は安堵しながら応じてゆく。
わかった。
あなたが望むのなら、そうする。
でも、お兄さん強烈だから・・・
あたしが夢中になっちゃっても、許してね。
さいごは笑ってごまかしたけど。
わかった。罰だと思って我慢する。
照れ笑いが潔さにみえたのは、たぶん錯覚なのだろう。
おれ、仕事戻るわ。兄貴の相手、してやって。加奈ちゃん顔色悪そうだから。
さりげなく工具を片手に、車の下へともぐり込んでいく。
そこでいったい、なにを視ようとしているのか――本気で修理に取り掛かるには、持ち込んだ工具が足りないのも、わかるようになっていた。

夕暮れ時になるのに、事務室は灯りを落としていて、薄暗かった。
敏恵を抱きすくめ、はずんだ息を首すじに吹きかけてくるジュンをまえに、
敏恵はゆうゆうとブラウスの胸元をくつろげ、スリップの吊り紐を見せつける。
ブラウス、血が撥ねても構わないですからね。
白のブラウスだといつも手加減をしてくるジュンは、そういうときだけはぐーたらでもいい加減でもない。
弟の恋人の血を吸うのも、心の奥底では少しだけ、気が引けているのだろう。
熱い息遣いと一緒に耳もとに吹きかけられるのは、かなり心のこもった謝罪のセリフだった。
わ、悪りぃ、いつも、わ・・・っ、悪りぃなっ。
昂奮すると口ごもるの、お兄さん譲りなんだね。
さっきのあなたも、そうだった。
ジュンの腕のなかでトシヤを想いながら、敏恵はニッと白い歯をみせる。
痛い思いして、せっかく血を吸わせてあげるんだから、少しくらい夢中にさせてちょうだいね――
荒々しく求めてくる唇に、惜しげもなく唇を奪わせてやって。
いつか敏恵も夢中になって、タイトスカートのすそを抑える掌を、相手の背中にまわしていった。

≪後記≫
これもすぐに続編を描きました。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-3277.html
止まらんな・・・

町工場の兄弟 2

2016年02月27日(Sat) 07:57:28


こないだの言いぐさが、妙に耳にこびりついている。

あたし、まだ処女なんですからね。初めての夜は、トシヤくんと過ごすから。
それまであたしに、手を出したりなんかしないでね。

弟のトシヤのやつのフィアンセになった、元OLの女。
ことの始まりは、ディスコでつかまえた、この女の妹がきっかけだった。
パンクな格好で踊っていたから・・・いかれた子だとばかり、思っていた。
だから踊っている最中に首すじを咬んで、思いっきり喉の渇きをうるおしていた。
案外純情で生真面目な子だとわかったのは。
弟と二人でやっている小さな修理工場に毎日やって来ては。
寂しそうに日がな一日、待ち続けていると聞いてから。
ちっくしょう。まずいな。俺は女から女に渡り歩くのがモットーなんだ。
おぼこ娘だということは、血を吸ってわかったが。
一人の女に縛られるには、俺の食欲はせっぱ詰まって強すぎる・・・

実質弟がひとりでやってる修理工場に、その子の姉貴がかたき討ちにと怒鳴り込んできて。
勇ましい姉さんにつかまって、すっかり困り果てていた弟までも、巻き込んで。
どたばたの修羅場のあげく、急転直下、俺は妹と。弟は姉と、婚約が成立した。
そのすぐあとにいわれたのが、冒頭の科白。
まったく、勘のいい女ってやつは、始末が悪いぜ・・・



トンテンカンと器用に金槌をあやつっているときは、夢中になってヤなことをすぐに忘れる。
そんな自分の傍らで。
兄貴が連れてきた妹娘は、デニムのショートパンツから、恰好の良い生足をさらして、
わけがわかっていないなりにも、道具をさがして持ってきてくれたりして、けなげに張り切ってくれている。
道端に可愛く咲いた、たんぽぽの花のような女。
ぐーたらな兄貴とは、大違い。
そのぐーたらな兄貴はさっきから、事務所で書類と格闘している気難しい姉さんを相手に、口説いている真っ最中らしい。
自分の婚約者が、兄貴にくどかれている。
そんな感覚が、まだしっくりとこないのは。
絶賛修理中の車の下からいきなり引きずり出され、シャツにかぎ裂きを頂戴した初対面からこのかた、
汗だく油まみれの自分に、洗練されたスーツをばりっと着こなす敏腕OLが自分の相手になるということに、まだ実感がわかないからだろう。

兄貴の女癖は、きょうに始まったことじゃない。
吸血鬼になる以前からずっと、あんな感じだったし。
どうにも憎めない性格で、だれもかれもがなんとなく、兄貴のささいな悪行やつまみ食いは、見て見ぬふりをするのがマナーみたくなっちゃっている。
おれも・・・いかにもしっかり女房になりそうな姉娘――未来の自分の花嫁――を兄さんが口説くのは、見て見ぬふりを決め込むつもり。
そうなんだ。
兄貴は処女の生き血が、大好きだった。
だからいま隣にいる可愛いこの娘のことも、すぐには犯さなかったんだ。
気の強い姉娘と初めての夜を過ごす権利を、兄弟どちらが勝ち得るかは別として。
そんな兄貴のため、婚約者の処女の生き血はよろこんで進呈するつもりでいるのだから。
兄貴が彼女の首すじを咬むくらいのことは、とっくにアリだと思っていた。
影と影とが重なり合うところだけは、そっぽを向いておけばいい。



いちどだけだよ。
敏恵はむーっとして、トシヤを睨んだ。

そう、言いそびれたが、姉娘の名は敏恵、妹のほうは加奈という。
そんなに齢が離れているわけじゃないのに、名前の響きの古さ新しさは、ふたりの性格と同じくらい、きわだっている。
長女が生まれ、次女が生まれるまでの数年間に、どうしてこんなふうに違ったふうな名前を思いつくようになるんだろう?
ひとごとながら、不思議に思える。
その敏恵のほうが、いま婚約者のトシヤと向かい合って、熱烈交際中という表向きとは裏腹な仏頂面で、恋人のはずのトシヤのことを、むーっと睨みつけているのだ。
それはそうだろう。
珍しく、「敏恵さん、話あるんだけど」と、誘い出したトシヤが、工場の隅っこで囁いたお願いに、ものに動じないはずの姉さんは大きな瞳をなおさら大きく見開いてしまったのだから。
――兄さんに、処女の生き血を飲ませてあげられないかな・・・?

無理ッ!無理。あのひとだけはゼッタイ、むりっ。
さいしょは顔をくしゃくしゃにしてうつむいて、頑なに肩をすくませてそう口走っていた。
いつもは冷静なくせに、いったん感情が昂ると、なりふりかまっていられなくなるらしい。
持って回った言い方のほうが傷つけてしまうかと思い、つとめてストレートに言ったつもりが、かえって裏目に出てしまった。
気の強い女の癇の虫というやつは、計測不可能なんだ。
女慣れしていないトシヤは、またひとつ経験を積むことになる。

それはともあれ、なんとか女をなだめなくちゃならない。
言うに事欠いて余計なことを口走り、そのやっかいな後始末をするはめになったことにおろおろしながらも、
こっちに背を向けて羞じらいつづける敏恵のことを、(意外とかわいいじゃん)と感じてしまっている自分がいる。

おれと結婚するのは――無理じゃないの?
無理なわけないでしょう。決めたことなんだから。
後半のひと言はよけいだったが、気の強い女はどこまでも、律儀で生真面目らしいから。
そこは割引して、聞き流してやる。
きつい言葉を浴びせられても被害を最小限度にとどめる心の工夫は、さすがにトシヤもできるようになっている。
――ありがとう。
しぜんと、そんな言葉が出た。
かりそめにも、大学出の才媛OLが、こんなみすぼらしい町工場に嫁に来てくれるというのだ。
兄貴とは似ても似つかぬぶきっちょで、一生独身でもおかしくないと自覚していたトシヤには、天から降って来たような展開だった。
お礼のひと言くらい言ってみたって、罰は当たらないだろう。
けれども敏恵は、トシヤに「ありがとう」といわれて、急にしゅんとなっていた。

どういたしまして。

言葉だけは気丈に作ったけれど、かたくなにすくめていた肩が、ちょっぴり震えている。
ああ、この人はやっぱり、生真面目なんだ。
妹の加奈のことを「純情」といっていた姉さんも、やっぱり純情だったのだ。
妹の婚約者で、おまけにいけすかない女たらしの吸血鬼でもある兄貴の相手をして、自分から血を吸わせるなんて。
それをよりにもよって、未来の夫にそんなお願いをされちゃうなんて。
心が千々に砕けても、とうぜんのことだったんだ。

あなたのことは、おれが一生、守ります。決めたことなんだから。
意趣返しのつもりはなかったけれど。
つい洩らしてしまった後半に、せっかくの決めセリフがフイになった。
決めたことって――もう。
言い出したのは自分なんだと、さすがに自覚が伴ったらしい。
敏恵は俯いたまま、サンダルの脚を自堕落にぶらぶらさせる。
真っ白なサンダルはおしゃれで、都会を歩いてもおかしくないくらい恰好よかった。
てかてかとした革製のストラップが、肌色のストッキングに包まれた足首に、グッと食い込んでいる。
おれには、もったいないくらいの女性(ひと)――
思わず後ろから、肩を抱きとめていた。
ばか。
優美なウェーブを描いた豊かな黒髪に隠れた顔をわざと見ないように目線をそらしたのは、
初心なトシヤにしてはあっぱれな態度だった。

この狭い工場で、4人で一緒に暮らしていたら。
いろんなことがあるだろう。
兄貴は女たらしの吸血鬼。
そんな兄貴にどこまでもついていくという加奈のひたむきな純情さをもってしても、その食欲と性欲とは、補いきることはできないはず。
といって、外でのつまみ食いもほどほどにしないと――とは、明らかに感じているらしく、このごろはすっかり、盛り場に出没する機会を意図的に減らしているのが、近くにいるだけでよくわかる。
無理してるな、兄貴――
ここを牢屋にしちゃったら、いけないよな。
トシヤがいつも感じるのは、がみがみと口うるさい義理の姉――トシヤを通せば義妹といえなくもないが、お互いにとってそんな気分はみじんもない――に、兄貴がいつも負けかかって、みるからに煙たそうにしていることだった。
敏恵の存在が兄貴のなかで重たいだけだったら、いつか兄貴は敏恵も加奈までも置き捨てて、ここを出ていってしまうに違いない。
せっかく兄貴のために立ち上げた小さな工場も、そうなってしまったらトシヤのなかでも無意味になる。
だから、敏恵さんにも兄貴のことを受け容れてもらいたいんだ。
あんな兄貴だけど、許してやってくれないかな・・・

兄さん孝行したい気持ちは、わからなくもないけれど。
工具の詰まった木箱に腰をおろしながら、敏恵は仏頂面に戻っている。
やくざな木箱の上、茶色に白の水玉もようのワンピースが、明らかに不似合いに映った。
でもね、あたし気が強すぎるでしょ?さすがに自分でも、これじゃいけないって思ってはいるの。
もっと打ち解けてほしい・・・って、あなたの気持ちはよくわかった。
でも、かりにも自分の婚約者を、危険な男と二人きりにさせることだっていうのだけは、わかっておいて。
ウン、わかった。じゃあいちどだけ・・・
トシヤはそう応えてはみたものの――
いかに気の強い敏恵が相手でも、生き血の味が気に入ってしまったら、
二度や三度じゃ終わらないのが兄さんだって、わかりすぎるほどわかっちゃっている。



わかってるって。
あんたはかりにも、トシヤの婚約者――未来の花嫁なんだから。
それにそもそも、加奈の姉さんなんだから。
犯したりなんか、しないって。
兄さんは顔赤らめて力説する。
それをすぐかたわらで耳にしながらも、トシヤは自分でもびっくりするほど、冷静だった。

おれを好いてくれているのも、ぶきっちょなおれのことをいつも案じてくれているのも、決して嘘じゃない。
けれども、どうしようもない女好きだというのも、もちろんほんとうだ。
彼女はむーっとして兄さんのことを睨みつけ、そして言った。
じゃあいちどだけ。
どっかで聞いた言葉だなあって、そのときは軽く考えていた。
ボクは思わず、言い添えていた。
ぼくにとって敏恵さんが大事なひとだっていうことだけは、忘れないで。
作った仏頂面のやり場に困るほど敏恵が内心の感激を抑えかねているのを、トシヤはわざと受け流したけれど。
そんなセリフももしかしたら、しんそこ抱いた危機感の表れだったのかも知れない。



逢瀬は、ちっぽけな事務室で交わされた。
加奈はちょっと出かけてくるといって、ショルダーバック片手に工場から出ていった。
さすがに、自分の彼氏が姉さんの血を初めて吸うという状況と、同居する気にはなれなかったらしい。
ついていってやったほうがいいのか?ちょっぴりだけためらったトシヤは、かろうじてその場に踏みとどまった。
オレはあのひとの婚約者なんだから。自分でそう、言い聞かせた。
視ないでちょうだい。恥ずかしいから・・・そういって声を尖らせる敏恵も、じつは不安でたまらないらしい。
咬まれちゃったら、すぐなのにな。
その後の展開をわかりすぎるほどわかってしまっているトシヤとしては、内心いたたまれない気分ではあったけれど。
言い出しっぺのおれが、逃げ出すわけにはいかないよな、と。
すべての後始末を引き受けるつもりになっていた。

ものの5、6分。
気持ちのうえでは、ほんの一瞬でしかなかった。
擦りガラス越し、2人の影が重なって。
兄貴の唇が、たしかに敏恵の首すじに吸いついた・・・ように見えた。
内心、ずきり!とするものを抑えきれなくなって、トシヤは思わず股間を抑えた。
どうして自分がそんなことをしてしまったのか、自覚できなかったけれど。
たまらなくなっちゃったのは、間違いなかった。
兄貴が女を事務室に引きずり込んで、両肩を抑えつけ、首すじを咬んで、相手を夢中にさせてしまう。
そんな光景、いままでなん度目にしたことだろう?

いつもなら。

またかよー。たいがいにしろよな。事務所汚れるし、匂いもつくじゃんかよー。
おれのやってるコトったら、まるでエッチのあと始末じゃんよー。

そういってぶーたれながら、勝手に夢中になっている二人を追い出して、
血の撥ねた床をモップ掛けしたり、そそくさと後始末に励むのがいつものことだったけど。
きょうの兄貴の獲物は、おれの婚約者なのだから――
さっきから、ぞくぞく、ぞくぞく、慄(ふる)えがとまらない・・・
ワンピースの肩を、我が物顔に抱きすくめる、むき出しの猿臂。
のしかかってくる兄貴を少しでも近寄せまいと、か弱く突っ張った細くて白い腕。
エンジ色のワンピースに乱れかかった、ゆるやかにウェーブした黒髪のつややかさ。
「血が撥ねても目だたないから」と、そんな色を選んだあたりにも、敏恵の賢明さがあらわれているだけに――そこがトシヤとしてもたまらない。
なによりも。
黒髪を掻きのけられあらわにされた白い首すじに、ぴったりと密着する、兄貴の唇――
その一点が、てこになって。
あの気丈で誇り高い敏恵のすべてを、塗り替えてしまう光景に。
トシヤは擦りガラスに頬ぺたを圧しつけるようにして、見入ってしまっていた。

彼女を束縛していた猿臂が、急にほぐれた。
敏恵は男を振りほどくと、よたよたと事務所から逃れ出た。
擦りガラスに頬ぺたを圧しつけていたトシヤは、それを視られまいとして、あわてて頬ぺたをガラス窓から引き離す。
それと同時に、敏恵が腕のなかに入ってきた。
人目もはばからず抱きついて来るなど、この女にはあってはならないことだった。
自分のしたことにわれにかえって、さすがに敏恵は身を離したけれど。
掴まえたままのトシヤの両ひじに、痛いほど力を込めて。

びっくりした。びっくりした。衝撃強すぎる・・・

息遣いも荒く、なん度もそうくり返していた。
白い首すじに滴るバラ色のしずくが、吸い残されてしまったのを恨むかのようにしずかにうなじを伝い落ち、
女の気づかぬ間にエンジ色のワンピースのえり首を、濃く染めていった。



いちどだけだよ。
敏恵が睨みつけている相手は、もちろん兄貴。
請求書と領収書の整理が一段落するのを待ってから口説き始めるようになったのは、
兄貴としては進歩したつもりなんだろう。
もうっ。いけすかないっ。
傍らで様子を見ていた加奈が、プンとむくれてそっぽを向いて、
4つ分のコーヒーカップを、ひとりで片づけにかかる。
口ではすねてみせるけれど。
兄貴にぞっこんなのは、かわいそうなくらいにバレバレで。
文句を言いながらも、尽くしちゃっている。
今だって。
自分がいたら姉さんを口説くの遠慮するだろうなって気を使って、怒ったふりをして座をはずそうというのだろう。
こんなにいい子がいるのに、なんなんだよ。
そんなふうに愚痴ってみたところで、はじまらない。
兄貴の必要とする血の量は、ひとりの女で受け止めるには、あまりにも負担が重すぎた。
コーヒーカップをお盆に載せて、加奈がツンツンしたふりをして退場すると。
つぎに気を利かすのは、おれの番なのだろう。
じゃ、おれ仕事戻るわ。
背後の気配に未練を残しつつ、俺はいかれた車のほうへと無理に自分を引っ張っていく。
じゃあ~、いちどだけ・・・
兄貴はおれに気を使ったつもりでも。
女の肩に手を伸ばすタイミング、いつもちょっとだけ、早すぎるんだよな・・・

そもそも、だいたい、その「いちどだけ」っての、きょうだけでなん回誓い合うんだよ?
いかれた車の下は、いまでは便利な隠れみのだった。
気になる恋人の危機を、トシヤは仕事をするふりをして、いつもここから息をひそめて見守っていた。
敏恵は兄貴に求められるまま、ストッキングを穿いた脚を恐る恐る、差し伸べてゆく。
ねずみ色のタイトスカートはひざ上丈で、引き締まった太ももがお行儀よく収まっている。
上品なはずの肌色のストッキングが、どことなくいやらしく映るのは・・・たぶん気のせい。きっと、気のせい・・・
部屋の照明を照り返して、薄いナイロン生地がテカっているだけじゃないか。
その薄々のストッキング越し、兄貴の唇がじんわりと、敏恵のムチッとしたふくらはぎに、吸い寄せられる。
吸いつけられた唇の下、ストッキングにキュッと引きつれが走り、そしてメリメリと裂けてゆく・・・

知的なOLの象徴みたいな、気品のある足許を 惜しげもなく辱めさせてしまいながら。
ウットリとなった敏恵は、そんな自分を気取られまいと、ひたすら天井の照明とにらめっこしている。
俺がいると羞ずかしがって、決して許そうとはしない吸血を。
俺の目がないと本人が思い込んでいる場所では、「じゃあいちどだけ」という呪文をかけられると、あっさり許すようになっていて。
さいきんは、夢中になってしまっている横顔を、隠そうとしない。
気取られていないと思いこんでいるのは、本人だけだった。

気が強くて、プライドが高くて、男たちを寄せつけなかった女は。
血をあげているのは、慈善事業なんですからねっ。
愛してるのは、トシヤくんのほうなんですからねっ。
そんな言い訳を口にしながら――いや、彼女の名誉のために言い添えれば、どちらも本心には違いない――首すじに這わされてくる唇を、もう拒もうとはしていない。
息せき切って、せっぱ詰まったうめき、もだえ――
視て見ぬふりをすることができている周りの連中は、なんて大人なんだろう。
気がついたら、またも股間に手をやってしまっていることに苦笑いを泛べながら。
俺も加奈ちゃんと同じくらいには、オトナにならなくちゃな。
そう思いこんで、工具を握る。

処女の生き血は、兄さんの大好物だから。
きょうも、婚約者の敏恵と二人きりにさせてやって。
加奈が顔色を蒼ざめさせている日は、兄さんにたっぷりと、栄養を摂らせてやるんだ。
兄さんが大好物なのは、処女の生き血なんだから。
きっと、兄さんが敏恵さんを犯すことはないはず。
妹よりおくてなのを恥じる姉は、吸血鬼を兄に持つおれの希望を入れてくれて。
きょうも吸血鬼のお目当てを、望まれるままにたっぷりと、提供して。
善意の婚約者の存在のおかげで、おれはまたきょうも、兄貴孝行をする。
こんな日常が、いつまで続くのだろうか?
考えてみれば・・・妹のほうの加奈は、とっくに女にされちゃっているのだ。

初めての夜は、トシヤくんと過ごすんだから。
敏恵の希望は、いまでもそうに違いない。
けれども――
兄貴に直接望まれても、きっとそういって相手の欲望を斥けてくれるに違いないのだけれども。
もしも兄貴が、おれにそのことを望んできたら・・・
そのときおれは、もうひとつの兄貴孝行を、果たしてしまうかもしれない・・・

あー。
不覚にも洩らした声は、事務室から筒抜けになった。
トシヤは思わず工具を取り落し、きょうの作業をあきらめた。
集中できないのは、いかれちまった車に悪いからな――
いかれた車の下。
いかれちゃいかけている恋人が、兄貴を相手に遂げる逢瀬を。
いつかおれ自身が、愉しみはじめてしまっている――



敏恵に感じるまっとうな愛情も。
兄貴に感じるまっとうな愛情も。
ふたりが交し合ういけない関係のかもし出す、妖しい雰囲気も。
トシヤのことを支配し始めている、兄貴に過度に貢献したいという衝動も。
どれも・・・ほんとうのトシヤの一部分であることに・・・違いはなかった。


≪後記≫
続きはこちら。

http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-3276.html
どういうわけか、とまりませんねぇ。 A^^;
結論はほぼ見えちゃっていて、コチラの読者のみな様ならご賢察のとおりの展開ですが。。。

町工場の兄弟

2016年02月25日(Thu) 07:11:43

いかれた車の下に這いずり込んで、
工具片手に真っ黒になって手探りをしていたトシヤは、
カンカンと硬い音を立てて駆け寄ってくる足音を耳にした。
だれもいないちっぽけな工場の、兄貴はエントランスなんてしゃれた言葉を使うけど、
その実ただの開口部に過ぎないところに一瞬佇むと、
人の気配を察してすぐに、硬いハイヒールの駆け足は、こっちへと矛先を向けた。
あわてて車のバンパーの下から顔を出すのと、女の手が彼を力任せに引きずり出すのとが、同時だった。
あまりのタイミングの良さに、ずるりと車の下から這いずり出た瞬間、
なにかをひっかけたのか、時間の節約と引き換えにシャツには無同情なかぎ裂きができた。
アッ、ごめんなさい!――くらい言っても、罰は当たらないよな・・・
と思ったときにはもう、見慣れない美貌の持ち主の悪罵が、頭上からガンガンと降りそそいでいた。

妹はどこ?
純情な子なのに食い物にしてっ!
ちゃんと責任取ってくださいッ!
でもあなたなんか、義理の弟として認められないわッ!

ちょっと待ってくださいよ。
車の下の真っ暗闇に慣れた目をしょぼつかせながら、トシヤは言った。
それ、兄貴のことでしょう?

美貌に似合わずそそっかしい女は虚を突かれたように、えっ!?と目を見開いて、トシヤを見た。
アッ、ごめんなさい!
女はやっと、トシヤが期待した通りの言葉を口走る。
けれどもそのあとのひとことは、まったく余計だった。
弟さんだったのね。どうりで、似ているけれどちょっとやぼったい・・・

やぼったくって、すみませんね。
頭を掻き掻きトシヤは、車の下から這い出てきた。
女は、相手の男のみすぼらしいシャツにできたかぎ裂きが、自分の狼藉に起因してできたものだということも念頭にないらしく、
思いっきりぶつけた怒りの鋭鋒が見当はずれのところに落下してしまったことに気勢をそがれたことを、ひたすら悔しがっていた。

兄貴のことですよね?
いつも違う女の人連れて、出歩っていますからね。
どこまでわかってるか知らないけれど、妹さん、兄貴とはてきとうなところで別れたほうがいいですよ。
女好きだし、浮気性だし、おまけに吸血鬼なんだから。
たいがいの女の子がね、ディスコとかで知り合って、暗闇の中で血を吸われたことにも気づかないままのぼせちゃうんだって、兄貴いつも言ってますから。
そんな不用心な女のほうにも、問題はあるだろうって。
兄貴がいいかげんなほうにも、問題は大ありなんですけどね、本人、どこまでわかっているのか・・・
まあ・・・ね、兄貴も気の毒なんです。
吸血鬼になっちゃうとどういうわけか、子供ができなくなるんですよね。
兄貴、子供好きだったですからね。
でも、それいいことに、人間だったころ以上に、遊んじゃってるみたいなんです。
女の子のことも、子供に負けず劣らず、好きだから。
やけになってるんだったら、ちょっとかわいそうな気もするんで・・・
弟としてはもっぱら、こうして押しかけてくる女の人をなだめてお引き取り願うのが役回りになってるんですけどね。
でも、お姉さんがかたき討ちに来たのは、さすがに初めてだなあ・・・

妹はどこにいるんです?
人違いを素直に謝るには気が強すぎるらしいお姉さんは、
よそ行きのスーツ姿のオーラを、場違いなみすぼらしい町工場のなかで無自覚にめいっぱいひけらかしながら、
そんな自分の場違いさにも気づかずに、トシヤを問い詰めた。

えーと・・・
わかりますよ。そっくりですよね。大きい目とか、ふさふさした黒い髪の毛とか。
ストレートで、短くしてるでしょう?色が白くって、でも大人しそうな人ですよね?
兄貴のこと訪ねてきては、いつもいなくって。
寂しそうに半日、そこのベンチに座って待ってたことがあったっけ。
あのときはちょっと、かわいそうだったな。
遠い目になったトシヤの思いやりの深い低い声色に引き込まれたように、女はトシヤの横顔に見入っていた。
ふと振り返る顔と視線があって、女はあわてて目をあさってのほうに向ける。
そんなやさしそうなこと言って・・・あなたも実は吸血鬼なんじゃないの?
ア、おれは違います。兄弟では片方しか、なれないらしいんです。
だから、いつも貧乏くじです。
彼女もできないし、作ったってどうせ、兄貴に摂られちゃうのがオチだろうし。
たしかに――このさえない風采ではそれもありだろう。
人の好さそうな困り顔に、女はちょっとだけ、同情を感じた。
吸血鬼になるのと引き換えに、この人の兄は兄弟の幸せのあらかたを、持っていってしまったようだ。

あっ!
遠くから若い女の声がした。
声は、狭い工場のなか、不必要に大きく響いた。
開口部だけがやたらと多い工場のなかは明るく、声の主がだれなのか、トシヤにも女にも、すぐにわかった。
トレーナーにジーンズのラフな格好でも、それを着ているのが可愛い女の子だと、おしゃれにしか映らない。
そんなお手本みたいな少女は、姉とそっくりな顔つきで、
ケンのある美貌から気の強さを引いて善良さとか弱さとを足し算するとそうなるというくらい、似通った面立ちをしていた。
彼女の細い肩に我が物顔に腕を回した男は、さらに大きな声で、「わっ!」と叫んだ。
街でひっかけた女の子のこうるさいお姉さんに、明らかに見覚えがあるようだった。

こんな男と早く別れて、家に帰ってらっしゃい!父さんも母さんも心配してるわよ!
お姉ちゃんあたしのことに口出ししないでって、あれほど言ってるでしょ?
好きな人と一緒にいて何が悪いの?
だまされてるのに、まだ気がつかないの?あなた本当に世間知らずなんだからっ!
変に知恵を回すより、あたしは好きな人を好きなだけ信じるタイプなのっ。
・・・
・・・
(以下略)

あーあ、修羅場だよ。
姉妹できゃあきゃあ騒いでいると、耳元がガンガンしてくる――
ふだん聞きなれた工具の立てるけたたましい騒音のほうが、数等ましだ。
トシヤはまったく閉口していたが、兄貴のほうは逆にこんなのは慣れっこらしく、
そのぶん工場の作業の汗臭さ油臭さには閉口するタイプの男だった。

どうするよ。
兄貴もさすがに困り果てて、こっちを見る。
おれのこと見たって、なんにも解決なんかしないじゃないかよ。
トシヤもわざと顔をしかめて、騒ぎのもとを作った兄貴の、救いを求めるような視線をはじき返す。
ところが騒動は急転直下、意外な結論に到達していた。
兄貴は責任を取って、妹娘を嫁にもらう。
妹娘は工場を手伝い、兄貴の病気には多少、目をつむる。
(というか、本人はさいしょから、それでいいと感じている)
しっかり者の姉娘は敏腕OLとしての取り柄を生かし、工場の経理や事務を手伝いながら、妹夫婦のお目付け役として、居座る。
そのままでいるのもなんだから、ついでに弟のトシヤと結婚する。

おい、ちょっと待ってよ。どうしてそこにおれまで入るワケ?
トシヤの抗議は、一蹴された。
あなたも責任取りなさい、って、一喝されて。
でも、おれ嫁さんもらったって、どうせ兄貴にとられちゃうんだぜ?
兄さんに私がよろめくと思う?
さあ・・・それはどうだか・・・
さすがにへらへらっとなってしまったトシヤに、姉さんはなおも、たたみかける。
でも、もしそうなっちゃっても、あなた兄さんのこと許しちゃうんでしょう?
そうだね。兄さんとなら、自分の嫁が浮気しても許してしまうと思う。
しぜんと口をついて出てきた弟の言いぐさに、さすがの兄貴がしんみりとなった。
けれどもすでに、
(姉貴のほうも案外、イケるじゃん)
なんて思いはじめてしまっている、救いようのない兄貴のことだから、
きっと“病”のとばっちりがこの気丈な姉にまで及ぶのはもう、時間の問題だっただろう。

じゃあ決まり決まり!・・・ということで、このどたばたはどうやら、唐突な大団円を迎えたらしい。
トシヤから工場の説明を受けている妹娘は、弟の発する善良な雰囲気をしっくり受け止め始めている。
その傍らで、ふたりきりになった姉娘と兄貴は、どうやら同い年のようだと自覚し合っていた。
ねえ。あんたさぁ・・・
性懲りもなく“病状”を発揮し始めた兄貴に、お姉さんはくぎを刺した。
あたし、まだ処女なんですからね。初めての夜は、トシヤくんと過ごすから。
それまであたしに、手を出したりしないでね。
睨みつける大きな瞳が、本人の自覚とは無関係に、魅惑的な輝きをたたえていた。

≪後記≫
続編描きました! (^^)/
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-3275.html
しっかり者のお姉さんと、ジダラクなにーさんが、どうなることかと気になって・・・。
(^^ゞ

ライオンに出くわしたウサギ。

2016年01月26日(Tue) 07:52:24

ライオンとウサギが道で出くわしたら、ウサギがライオンに食われるという運命しか訪れないように。
吸血鬼と勤め帰りのOLが夜道で出くわしたら、OLが吸血鬼に生き血を吸われるという運命しかあり得ないだろう。

コツコツとハイヒールの足音を響かせて、一人歩みを進めるそのOLのまえに。
嫁入り前の若い女がもっとも忌むべきそいつは、おもむろに立ちふさがっていった。
えっ!?
両手を口許に押し当てて、かろうじて悲鳴をこらえるOLを。
吸血鬼はこれ幸いとばかりに横抱きにして、近くの公園へ連れ込んだ。
その公園――地元では、「お嫁に行けなくなる公園」なんて、呼ばれている。
処女の生き血は貴重品だから。
彼らの多くはみだりに処女を犯さないとはいうけれど。
やっぱり半々くらいの確率で、処女も侵されてしまうというのが、実情らしかった。

あの・・・あの・・・許してください。見逃してください。
女もいちおうは、懇願するのだが。
希望が聞き取られる可能性は低いのだと、かろうじて残された理性は冷酷に告げる。
なにしろ相手は血に飢えて喉をカラカラにしているのだし、
自分はといえば相手の好みそうなうら若い生き血を、その身にたっぷりと宿しているのだから――
お互いにその事実を確かめ合うのに、ものの数秒とかからなかった。
でも吸血鬼のほうも、老いたりとはいえ紳士のようだった。
女はそこに、わずかな希望を賭けようとした。
そうだ、ここの人たちは、映画で見るような、脳みその欠落したモンスターみたいな獣じゃない。
人の言葉をきちんと話し、昼間はふつうの人間と同じように暮らすという。
たしかい老紳士は、女に話しかけてきた。選択肢を与えるために。
もっともそのどちらもが、女の好みに合ったものとは、限らなかったが。
首すじからと脚からと、あんたはどちらをご希望かね?

アアー。
絶望のうめきを女が洩らしたとき。
背後から遠慮がちに、男が声をかけてきた。
あのう・・・
はい?
吸血鬼も若いOLも、声のするほうをふり返る。
あ、すいません。こんばんは。お邪魔でしたか・・・?
頭を掻き掻き現れたのは、若いサラリーマンだった。
女はちょっとだけ、安堵したのは。彼がおなじ勤め先の顔見知りだったから。
でもこの時点で、彼女はまだ知ってはいない。
勤め帰りにこの吸血鬼に脚を咬みたいとねだられて、いつも穿いている脛の透ける薄い長靴下を、気前よく咬み破らせてしまっていた――なんていうことは。

お邪魔ではないけれど。
言葉を継いだのは、吸血鬼のほう。
ちょうど、食事にかかるところだったんだがね。
ああ、やっぱりそういうことですね。失礼しました。お二人、案外お似合いな感じがしますよ。
憤慨したのは、若いOLのほうだった。
この人は、なんという寝ぼけたことをいうのだろう?
せっかくこの場に居合わせながら、私を助けてはくれないの?
ひどいじゃないですか!!――女が発した叫びを遮ったのは、吸血鬼。
まあ、まあ、ひとの話はさいごまで聞くものだ。
女は、都会から来たばかりのこの同僚の男が、人は好いけれども小心者なのを知っていた。
もうひと言くらいは、チャンスをあげよう。
いま自分が置かれた立場を棚に上げて、女は値踏みするように、同僚を見た。

ああ、ごめんなさい。ご不快ですよね。おわびします。
男はもじもじと、けれども意外なくらい冷静に言葉を返す。
僕がお似合いといったのは――お二人の出会いがあまりにもうってつけ過ぎるからそういったんです。
だって、小父さんは若い人間の血をほしがっているし、若野さんは若いOLなんだし――
この人、変態なんですよ。
長い靴下を穿いた脚に咬みついて、靴下を破きながら血を吸うんです。
そうするのが、愉しくて仕方がないという人なんです。
小父さん、喉が渇いてしょうがないのなら、僕が代わりに相手をしますよ。
でも、若野さんも気持ちに余裕が持てるのなら、すこしだけでも協力してくれると助かるんですが。
この村にいる限り、吸血鬼の毒牙を逃れることは難しい――男は同僚にそういった。
彼女もまた、都会から転属してきたばかりだと知っていたから。
あなたも血を吸われちゃってるの?
恐る恐る、彼女が訊く。
ウン、ついこの間からね。
軽々と、彼が答える。
さいしょは少し痛いけど、すぐになじむよ。
男の言いぐさが、ひどくリアルに女の鼓膜に伝わった。

わかりました。協力します。仕方ないです。
女がしょうしょう投げやりにそういったのは。
男が自分から率先してベンチに腰かけて、スラックスを引き上げていったから。
老紳士は男の動きに合わせるように、彼の足許にかがみ込んで――長靴下のうえから男の脚を咬んだ。
お互いの動きがひとつになって、息が合っているのがはた目にもわかった。
このひと、相当慣れている――
ためらう女の怪訝そうな視線を受け流して、男は薄笑いさえ泛べて吸血鬼の欲望に応じてゆく。
ストッキングのように薄い靴下は、這わされた唇の下でみるみるうちにくしゃくしゃになって、ブチブチと裂け目を拡げてゆく。

だいじょうぶですよ。お隣にどうぞ。
男に促されるままに、女もベンチに腰を掛けた。男とすこしだけ、距離を保って、それでもすぐ隣に、ピンクのスカートを穿いた腰を落ち着けた。
ひざ丈のスカートのすそからは、黒のストッキングに包まれた肉づきのよいふくらはぎが、にょっきりと覗く。
薄手の黒のストッキングに透ける女の脛は、ジューシィなピンク色を滲ませていて。
はた目にもひどく、美味しそうに映った。
欲しがるのも、無理はないよねぇ。
同僚の囁きに、つい頷いてしまったのは――いったいどういうことなのだろう?
吸血鬼を受け容れて、自分の血を吸わせてしまうほど、果たして私は心の寛い人だったの?
あっ、唇が吸いついて来た・・・っ。

わずかな唾液を帯びた分厚い唇が、ストッキングを穿いたふくらはぎを、ヒルのように這いまわる。
生温かくねばねばとした唾液が、薄地のナイロン生地を通して素肌にしみ込むのを、女は歯を噛みしめて我慢をした。
隣の男は寄り添うように彼女の片方の肩に手をかけ、もう片方の手は女の手を励ますように握りしめていた。
掴まえられているみたい――きっとそういう意図もあるのだろう。
そうは思いながらも。
どうやら少し変態のケがあるらしい吸血鬼が、もっとストッキングの舌触りを愉しめるようにと、時折脚の角度を変え始めてやっている。
そんな仕草をするなど、屈辱以外のなにものでもないはずなのに――
ぴちゃぴちゃ。くちゃくちゃ・・・
唾液のはぜるいやらしい音を洩らしながら。
吸血鬼はストッキングを穿いたOLの足許を辱める行為に熱中し、
女は息をつめて、脚に通した礼装をくしゃくしゃにされて、じょじょにずり降ろされてゆくのを見守りつづけ、
男は女に寄り添いながら、ほのかな交情をわきたたせはじめたふたりを、サポートしつづけていた。

どうぞ、咬んでもいいですよ。
女は思い切って、声をかける。
自分の足許にすがりついた白髪頭は、それには応じずに舐めつづける。
女は思い切って、もういちど声をかける。
お願い、ストッキング破ってちょうだい!
傍らの同僚がビクッとするのが、妙に楽しい。
彼が横顔を見つめるのを完全に無視して、
ストッキングを破りながらチクチクと咬み入れられてくる牙が皮膚を冒すのを。
女は小気味よいと感じはじめていた。

彼女、頭の悪いひとでは、ないんだろう?
吸血鬼は男に、話しかける。
女の応えは、ない。
提供可能な血を吸い尽された彼女は、同僚にもたれかかったまま、気を喪っている。
自分のまえで気を失うということは、「血をいくら吸い取ってもかまわない」という意思表示をしたのと同じ。
だから、気絶した相手から血を全部吸い尽してしまうのは当然の権利だし、
仮にそうされても文句は言えないのだ――と、彼らは言い張っていた。
まあ、血を吸い尽されたうえで文句を言うとしたら、すでに吸血鬼になってしまっているわけだけれども・・・
彼らも競争相手をむやみと増やすのは本意ではないので、今夜の彼女が最悪の結末を引き出さずに済んだのも、そういう利害に由来するのに過ぎないのだが。
彼女は頭、悪くはないですよ。むしろ、賢いほうですよ。
よく気の回る同僚なのだ、と、男はふだんの彼女の仕事ぶりを説明した。
ちょっとぶきっちょなところは、あるけどね。
そこはあんたも、ひとのことは言えないだろう。
吸血鬼にそう言いかえされて、「傷つくなあ」とはいったものの。
彼女が気絶しちゃったのは、彼女がばかだからじゃなくって・・・気前が良すぎたか、あんたに同情しすぎたのか、そのどちらかだから――と、同僚のことをかばうことは忘れなかった。

この子は、処女だ。たしかにいい子だぞ。
吸血鬼は吸い取った血を滴らせながら、そういった。
街灯に浮かぶ鉛色の横顔に、撥ねた血潮をテラテラと光らせている。
黒マントの下に着込んだ真っ白なブラウスも、赤黒い血のりを毒々しく、輝かせていた。
あー、あー、せっかくの晴れ着が、台無しですね。
いつものことだ。
吸血鬼は吸い取ったばかりのうら若い血を、手の甲でむぞうさに拭った。
女は、黒のストッキングを半ばずり降ろされながらも、まだ脚にまとっている。
男は女の足許に手をかけて、破れた蜘蛛の巣のように裂けたストッキングを、たんねんに引き剥がしにかかっている。
男が穿いている薄地の長靴下さえ欲しがる相手だった。
彼女の足許からストッキングをせしめる行為をしているあいだに彼女が目覚めないことを、彼はひそかに祈った。
ストッキングを抜き取られた女の脚が、薄闇のなかで眩しく浮かび上がる。
送っていってやれ。
吸血鬼がそういうと、男はもちろん、と、頷き返す。
しかしあんたら、案外お似合いなような気がするな。
若い男はいつかどこかで似たようなセリフを聞いたような気がしたが、あえて深く考えようとはしなかった。

この間招んだ両親は、すべてを知りながら息子の招きに応じた。
父さんは自分の息子と同じ薄い靴下を、久しぶりに穿くんですよといいながら脚に通して、真っ先に血を吸い取られて気絶した。
だんなを見捨てて逃げたりはしないよな?
そう話しかけられた母さんは、恐る恐る頷くと。
若いころそうされていったように、肌色のストッキングの脚をばたつかせながら咬まれていって。
さいごはストッキングを片方だけ穿いた脚を足摺しながら、スカートの奥に割り込んでくる陽灼けした逞しい腰を、どうすることもできなくなっていった。
それを眺めている僕は、久しぶりの親交をあたため合う両親のことを、誇らしく見守りつづけていた――ひと晩じゅう。

そして今は。
もしかすると結婚相手になるかもしれない同僚のOLが、むざむざと吸血鬼の餌食になる手助けを買って出て、
彼女もまた持ち前の気前の良さをみせ、体内をめぐる血液をたっぷりと、血に飢えた男の渇きを癒すためにプレゼントしつづけた。
きっとこの関係は、どこまでも続くのだろう。
彼女のブラウスが公園の泥にまみれ、スカートの裏地やずり落ちたストッキングに初めての血が伝い落ちる日は、そう遠くないような気がした。

おっ・・・大人をからかうもんじゃありませんッ!

2016年01月14日(Thu) 22:17:57

「おっ・・・大人をからかうもんじゃありませんッ!」
嫌がる久美子叔母さんのひざ小僧を抑えつけて、ボクは叔母さんのふくらはぎにかじりつく。
通勤用のスーツのスカートのすそから覗いた脚は、肉づきたっぷりで、
吸血鬼になったボクの目からみると、熟れた果物と同じくらいの価値がある。
「ダメでしょう。いけないでしょう。私はかりにも、あなたの叔母さんなんですよ!」
久美子叔母さんは気丈にも口で反撃を試みるけれど、ボクには痛くもかゆくもない。
肌色のストッキングを穿いた脚に、なん度も唇をしゃぶりつけちゃっている。
いつも気が強くて厳しい久美子叔母さんのストッキングは鋼鉄製かと思っていたけれど。
意外にもなよなよと頼りなく、女っぽかった。
それがボクのことを余計に昂奮させて、嗜虐心に火をつけた。
べろを下品に這わせてさんざんいたぶった薄地のナイロン生地は、
みるみるよじれ、よだれでぐしょぐしょに濡れて、
破れ落ちてくしゃくしゃになってたるんで、脛からずり落ちてゆく。
「もうッ!嫌ッ!」
叔母さんはヒステリックな叫び声をあげた。

叔母さんは、誇り高いキャリアウーマン。
ブランド企業の管理職をしていて、その収入と肩書と、余計なプライドのおかげで・・・
こないだ離婚して、姉である母さんのいるこの実家に、出戻りになって来ていた。
二階の離れた部屋を占拠して、そこから勤めに出る毎日。
母さんとは違うばりっとしたスーツ姿に、ボクの目が釘付けになったのは、いうまでもない。
久美子叔母さんが家に来た頃は、内気で気弱なボクだったけど。
吸血鬼の小父さんに血を吸われてからは、そうでもなくなってきている。
クラスの女の子の大半は、一度はボクに血を吸われていたし、
そういうのを厳しく取り締まらなければいけない立場の担任の永沢先生まで、足許にまつわりつくボクのおかげで、ストッキングをもう何足もだめにしている。

「こっ、子供のくせにっ!」
叔母さんはそういっていきどおるけど。
半ズボンにハイソックスを履いているからって、子ども扱いしたら大間違いだよ。
ボクは久美子叔母さんの穿いているストッキングをあちこち咬み破って愉しみながら。
わざと音をチュウチュウ立てて、叔母さんの血を吸い取っていった。
叔母さんのふくらはぎは、母さんのみたいに筋ばってはいなかったけど。
けっこう逞しくって、歯ごたえがあった。

足許からチュウチュウ血を吸い取られた久美子叔母さんは、貧血を起こしてぐったりとなる。
大人の女のひとがボクの魔術に屈する瞬間。
これが愉しくて、大人の女をつかまえて、血を吸っているのかも。
でも唇についた久美子叔母さんの血は、ひどくねっとりといやらしく、唇にまつわりついてきた。
識ってる男も、ふたりや三人じゃないな。それも結婚してからもやってる。
そんな子供らしからぬ感想は決して口にしないで、ボクは叔母さんの血を愉しみつづけた。
叔母さんが「もうダメ・・・」と呟いて、ほんとうにぐったりとしてしまうと。
こんどは首すじに、とりかかる。
まだ人を襲うことに慣れていないボクにとって、太い血管の埋まった首すじを咬むのは、まだひと仕事だったから。
相手が抵抗をやめてから、おもむろに咬みつくことにしていた。
血が勢いよく飛ぶので、飲める血の量よりブラウスに撥ねかるほうが多かったりして、もったいないからだ。
叔母さんの首すじは皮膚が厚く、大人の女のなまぐささを感じる。
すっかりノビちゃった叔母さんは、ボクが両方の牙を首すじに咬み入れても、まるきり無抵抗だった。

吸い取った血を口に含んだまま、そのいくらかをわざと、ブラウスの上にしたららせてみる。
叔母さんの血はボクの口許からぼとぼとと落ちて、真っ白なブラウスのうえには持ち主の血で赤黒い花がいくつも咲いた。

はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・
叔母さんは肩で息をしている。
母さんが戻ってこないうち、征服しちゃおう。
どす黒い欲望が、はじめて鎌首をもたげた。
ボクのいけない意図を瞬間で察したらしく、力の抜けた腕で必死に抗おうとしたけれど。
ボクはもう、母さんと担任の永沢先生とで、大人の女性の身体を識っている。
抵抗はすぐに止んで、なにも感じまいとして意固地に身体をこわばらせる叔母さんのスカートを、ボクは腰までたくし上げていた。
もどかしい手をもぞもぞさせて、ショーツを足首まですべらせて。
ゾクッとするほど濃い茂みの奥に、狙いを定めると。
ボクは手探り・・・いやちがう、ナニ探りっていうんだろう?
もたげた鎌首をすり寄せて、久美子叔母さんの太ももの奥を、こじ開けにかかった。
「こっ・・・子供のくせにぃ・・・」
悔しそうにうめく叔母さんに、ボクは心の中でつぶやいている。
だから叔母さん、それ反則だって。その言葉は禁句なんだって。
そういうことを考えてるから、ボクが荒れるんだよ。

学校に帰ってから夕暮れまでが、いつもよりずっと、早かった。

夜になって、すごく満ち足りた気分で、勉強部屋でひとりでいると。
ドアをノックする音がした。
母さんだったら、さっき淹れたての紅茶を乗せたお盆を持ってきて。
ついでにエプロンをはずして、一発やらせてくれたあとだった。
だれだろう?と思ってドアを開けると、ネグリジェ姿の久美子叔母さんがいた。
叔母さんは息荒く、ボクに迫ってくる。

いやらしい毒を、あたしの身体に入れたでしょう?
いいわよ、もう。大人の女の味を、ひと晩たっぷり、味わわせてあげるから・・・

セックスはもう、何回となくしちゃっていたけれど。
その晩ボクは、初めて男になったような気がした。

女事務員の血 -3-

2016年01月11日(Mon) 19:54:11

吸血鬼の侵入を受けるようになってから、事務室の机の配置が変わった。
もともとは、生徒向けの窓口に向けて二列に横向きに並んでいたのが。
室内にカウンターがひとつよけいに配置され、生徒たちからの視界を遮っていた。
血をあやした女子事務員の足許を見られないためである。
事務室の一番奥には、パーテーションでかなり広いスペースが仕切られている。
そこでは、男子生徒が気づいたら、目の色を変えそうな光景が繰り広げられていた。

初川は鈴尾のところにきて、ぶーたれた。
「・・・ったく、お前がよけいなものを引き込むからだぞ。佳奈美がオレとデキてること、みんなにバレバレじゃないか」
バレバレだったのは元からなんだよ・・・という返しを危うく呑み込んで、鈴尾はもっともらしく相槌を打った。
「桑江はちょっと、気の毒だったな」
「ま、同情無用だけどね。いきなり吸血鬼ふたりに犯されたのに、つぎの日ちゃんと出てきたもんな」

すでに血を吸われてしまっている初川も、彼女が血を吸われたり犯されたりすることに、ある程度は寛容になっているようだ。
それはほかの男子事務員たちも同じのようで、
初老の事務長は自分の血を吸い取って昏倒させた男と意気投合して、その日の夕食には彼を自宅に招(よ)んでいた。
一家団欒と夕食の場が、吸血鬼が一方的に人妻や生娘相手にありつく夕餉の場と化したのは、いうまでもない。
事務長のすぐ下の、40代の主査の男も、たまたまその日は結婚記念日だったのだが、
永年連れ添ってくれた妻へのお礼に、情婦を世話する羽目になっていた。
彼らは、セックス経験のある女性には容赦なく、血を吸って抵抗の意思を奪うと、むぞうさに犯していったのだ。

「お前、中屋とはまだだったんだな。ずるいぞ」
中屋は佐恵子の苗字である。お互い、相手の恋人の名前は苗字で呼び合うことにしている。
ずるいというのは、みんなの前で犯されたのが自分の恋人だけだったことを意味するのだろう。
でも、果たして初川の批難をどこまでまともに受けてよいものか。
いま、その佐恵子は、初川の彼女である桑江佳奈美といっしょに、ついたての中にいる。

佳奈美はさっきから、男三人を相手に、くんずほぐれつの真っ最中だった。
首すじや脚やおっぱいまで咬ませては、順ぐりにセックスにも応じていたのだ。
トレード・マークのミニスカートは、きょうは純白だったけれど。
スカートの中身はもっとエッチな色に染まっているはず。
しゃなりしゃなりと穿いてきた光沢入りの透明なストッキングは初手からブチブチと破かれて、いまはそのなごりが足許にまとわりついているだけだった。
廊下の前を生徒が通るたびに、男たちの吶喊がくり返される。
佳奈美は声をあげまいと、必死に歯を食いしばる。
男どもは佳奈美ちゃんの声を聞きたいと、ここを先途と責めたてる。
ばれてしまってはお互いまだ具合が悪い段階だから、じっさいにはすれすれの寸止めである。
声をこらえるぶん、佳奈美の身じろぎはいっそうあからさまになって、それがまた男どもをそそるのだ。

ベテラン女性たちは既婚者だった。
彼女たちはさすがに肝が据わっていて、パーテーションの裏側に引き込まれても、
「若い子といっしょじゃ、気が引けるわよねえ」
とか言いながらも、ブルーの事務服の下にわざと露出の多い服を着込んできて、ばっと見せびらかせて反応を愉しんだりしている。
「あっ、和藤さんのおっぱい、あたしよりも大きい♪」
なんて言いながら、同年輩の同僚とたわむれあっているところなどは、さすがに貫禄といったところなのだろう。

佐恵子は、そのどちらでもなかった。
まだ処女だったので、たとえ佳奈美といっしょに床に転がされても、犯されることはなかった。
相手はほとんどの場合、最初に襲われたあの男だったが、たまに相手がすり替わるときもあった。
男が、女とのセックスを望んだときだった。
そんなときでも、男と入れ替わりに佐恵子の上にまたがる吸血鬼は、彼女を犯そうとはしなかった。
男の目が光っているといこともあったのだろうが、仲間の獲物は決して横取りしないという、彼らなりの仁義もあるようだった。

隣で男に犯されている佐恵子やほかの女性たちを横目で窺いながら。
犯されながらもよがり続ける同僚たちのようすを気配で感じながら。
男に制圧されてゆく自分自身が、いやでも二重写しになってしまう。
いつか自分も、そうされるときがくるのだ――と。
セックス経験のある女性は容赦なく彼らに犯されてしまうわけだし、
佐恵子はもうじき、鈴尾との結婚を控えていた――

               ―――――

学校の事務室が吸血鬼の楽園と化して2週間ほど経ったころのこと。
いつもハイソックスを履いて来る佐恵子が珍しく、肌色のストッキングを穿いてきた。
「お宅の彼女、ハイソックス全部咬み破らせちまったのかよ」
初川が小声で、陰口をたたく。
「あのひとのリクエストだってさ」
たまにはあの薄々のストッキングを穿いてこないかい?と彼に言われたのだ。
「そう」
初川は不機嫌そうに黙った。
中屋はなんでも、話してくれるんだな――不機嫌の向こう側には、そんな羨望がわだかまっていう。
初川の彼女はこのごろ、初川に無断で吸血鬼に逢っているらしい。
彼女たちにも「お得意様」がいて、桑江佳奈美の場合にはさいしょに咬まれた男がその相手のようだった。
たしかに、訪問を受けたときに”ご指名”をもらう頻度も、佳奈美が圧倒的に多い。
セックスのできる若い女子事務員は佳奈美だけだったので、よけいそういうことにもなったのだろうが、
初川のライバルはほぼ決まって佳奈美を指名していた。
佳奈美もまんざらではないらしく、彼に指名をされるときには、パーテーションの向こうから這い出てくるまでの時間が目だって長かった。
いまも、佳奈美はパーテーションの向こうにいる。
初川はそういうときは仕事が上の空になるらしく、神経質そうにチラチラと様子を窺っているのだ。

鈴尾も、佳奈美といっしょにパーテーションの向こう側にいる佐恵子のことを気づかっていた。
いまごろは。
さいしょに鈴尾を制圧してこの事務室への切符を手に入れたあの男が、佐恵子の上にのしかかっているはずだったから。
鈴尾は何を思ったか、スッと起ちあがると、パーテーションのほうへと、近づいていった。
あられもない光景が、目の前に広がっていた。

事務服のジャケットを着たまま、佐恵子はブラウスをはだけられていた。
肩には鋭い爪で断ち切られたブラジャーの吊り紐が、まだ残っている。
男は、むき出しになった佐恵子のおっぱいを、片方を揉みながら、もう片方の乳首を口に咥えている。
唇の奥で器用な舌先が、彼女の乳首をチロチロと刺激しつづけているのは、みなまで視なくてもそれとわかった。
「どうだ?どうだ・・・?」
男の責めになんと応えたものか、佐恵子は目を瞑った顔をそむけながら、歯を食いしばってかぶりを振っている。
横顔は引きつり、長いまつ毛がピリピリと神経質に震えていた。
「あの、ちょっと・・・」
思わず声をかけたのが、いけなかった。
顔をあげた佐恵子は恋人の姿をみとめると、羞恥に耐えかねたのか、パッと顔を両手で覆ってしまった。
「いけませんねぇ」
吸血鬼はこちらをふり返り、鈴尾をたしなめた。
どこまでも冷静な口調だった。
「御覧になったら彼女も、緊張するじゃないですか」
けれども鈴尾は、なにかに突き動かされているかのようにふたりのほうへと近寄ると、彼女の耳もとにかがみ込んで、囁いた。
「もう、構わないから――」

ひと言で、すべてが解凍されていた。
足首まで降ろされたショーツに。スカートの奥に見え隠れするスリップに。ずり降ろされたストッキングに。
吸い取られるのとは違ったことで流された血が、かすかに撥ねた。
淫らな輝きだと、鈴尾は思った。
肌を擦り合わせ、まさぐりを深められることで、佐恵子の感受性はとっくに、開花していたのだ。
彼女が必死に声をこらえたのは、廊下を行く生徒の気配がせわしくなったからだろう。もう昼休みだった。
職場セックスの常習犯になり果てていた桑江佳奈美さえもが、生真面目な同僚の抑制した媚態に、目を見張っていた。
事務室のだれもが、鈴尾の過剰なサービスと佐恵子の初々しい羞恥とに魅了されて。
すべてが果てると、ささやかな拍手が周囲を包んでいた――

               ―――――

「だいじょうぶだよ。結婚は初川とだから」
吸血鬼との行為のあとパーテーションの向こうから出てきた佳奈美は、無邪気に笑いながらそういった。
全裸の身体に、スカートだけ着けて。
ブラジャーをはぎ取られたおっぱいを、誇らしげにぷるんぷるんとさせて。
言われた初川は、目を丸くして凍りついていた。
生徒からまる見えじゃないか・・・
でもこの時分には、もう生徒たちさえもが、侵蝕され始めてしまっていた。
そして、校内で真っ先に陥落したのが事務室だということも、公然の事実になってしまっていた。
「だから、いまさらいいの」
佳奈美は白い歯をみせて初川にそういうと、
窓口のカウンターに群がってこちらに視線を釘づけにさせている生徒たちに、「やっほー♪」と、手を振った。
「寿退社なんですってね。おめでとう」
ベテラン女性のひとりが、佳奈美にまっすぐな祝福をする。
「惜しいねえ。きみにはもっといてほしかった」
本気で惜しがっているはずの事務長は、
「佳奈美ちゃんのときには事務長、いつも覗いてましたよねえ?」
って、べつのベテラン女性に、いつものささやかな愉しみを暴露されてしまっている。
「これからは彼がいっしょうけんめいお仕事がんばっている最中に、彼と浮気に励むから♪」
能天気な佳奈美は、恋人のツボをよく心得ている。
「気が向いたら、パーテーションのなかも使いに来なよ。
 あっ、そうそう。初川のお母さん未経験者だから、引きずり込むといいよ」
いつ果てるとも知れない嬌声の応酬に閉口したのか、初川は「おい」と、鈴尾を小突いた。

「お前んとこ、うまくいってるのか?」
「いってる。イッてる。あいつ、しょっちゅううちに泊まりに来るしさ」
「夜もかよ」
「ウン、あいつが抱かれてるの視てると、つい昂奮しちゃってさあ」
「お前、マゾだな?」
「佳奈美が抱かれるのを見て昂奮してるやつに、言われたかないね」
「まあ、お互いさまだな。でも、人は見かけによらないもんだな。
 あの生真面目な佐恵子が、あいつといっしょのときにはノリノリになるんだもんなあ」
互いの恋人のことを苗字で呼び合っていたふたりは、いまでは下の名前で呼び捨てにしている。
くり返し血を吸われているうちに少量だけ血を吸う癖がついてしまっていた二人は、
相手を取り替え合って、血を吸い合う時間を持つようになっていた。
そう――吸血鬼はセックス経験のある女性の血を吸うときは、身体までも愉しんでしまうのだ。
「けど、佐恵子のこと考えて、妬けない?」
「妬けない妬けない。あいつ、いつでも周りの人を悦ばそうとしんけんなんだ」
「まったく・・・幸せなやつだな」
「初川も、もうじき幸せになるんだろ?」
「そうだな・・・」
初川は窓の外に広がる空を見あげた。
淫靡なことを語るには似つかわしくないはずの、青々とした空。
あの明るい太陽の下で、ふたりの若妻を吸血鬼どもに輪姦させちゃうのも、悪くないな――
あいつら、日光の下でも参らないものな――
ふたりはそんないけないことを思い浮かべて、思わず顔を見合わせて、そしてフフッと笑い合っていた。

女事務員の血 -2-

2016年01月11日(Mon) 18:53:30

つぎの日からは、学校の事務室は真昼間から、吸血鬼たちのあからさまな訪問を受けた。
事務所に勤務するスタッフは、初老の事務長に、鈴尾を含む男子事務員が3人。
ベテランの女子事務員が2人に若い事務員が3人だった。
女子事務員と同じ数の吸血鬼が送り込まれたのは、鈴尾からあらかじめ職場の構成をきいたからだろう。
無断で事務所に入ってくるなり女子事務員たちに好色な牙をむきだした吸血鬼たちを制止しようとした3人の男性は、すぐに別の吸血鬼に制圧された。
3人の吸血鬼は、男子事務員たちの血を事務的に吸い取ると、血の気の失せた彼らはその場に倒れて転がった。
きゃあ~っ!
はなやかな悲鳴があがったが、授業中ということもあって、廊下を通りかかる教職員はいなかった。
若い女子事務員の桑江佳奈美は、ふるえあがって立ちすくんでいた。
さっき若い男性事務員の首すじを咬んで床に転がしたやつが、佳奈美のほうに一直線に向かってくる。
周りの女たちは、全員脚を咬まれていた。
自分を狙って突き進んでくるやつもそのつもりらしくって、佳奈美の恐怖の表情や哀願のまなざしなどには目を留めず、
ひたすら足許だけを見て突進してくる。
ブルーの事務服のジャケットの下は、ほんとうは規則違反な短い丈の真っ赤なスカートだった。
スカートの下からは、発育のよい脚がにょっきりと伸びている。
ねずみ色のストッキングに包まれた脚は、太ももの半ばくらいまで、まる見えになっていた。

アーッ!
彼女は無抵抗なまま、太ももを咬まれた。
真っ赤な血が飛び散って、男の頬を濡らした。
男は女の両脚を抱きかかえるようにして、ストッキングをびりびりと咬み破りながら、血を啜りはじめた。
ねずみ色のストッキングはみるかげもなく裂け目を拡げ、白い皮膚を露出させていった。

夕べ佐恵子を襲った男が、ふたたび彼女のうえに覆いかぶさるのを。
鈴尾は制止ひとつしようとしないまま、ただ茫然と見つめていた。
あれから家に戻り、なおも血を啜り取られながら。
いま自分の首すじを侵している牙が、佐恵子の柔肌を咬んだ。
そんな事実に昂奮を感じているのを自覚してしまっていて。
それ以来おかしくなってしまった感覚を、どうすることもできないでいたのだ。
佐恵子は椅子から起とうともせずに、かがみ込んできた男にされるがまま、ふくらはぎを咬まれていった。
きょうのハイソックスは、空色だった。
空色のハイソックスの生地のうえを、どろりと流れる血が、赤紫に光った。
青の飾り文字のワンポイントが、ほとび散る血潮に塗りこめられてゆくのを見おろす佐恵子の頬に、かすかな苦笑いがよぎるのを、鈴尾は見逃さなかった。
彼女もきっと、理性を冒され始めているのだ――
その行き着く先のことを想像すると、ぞっとするようでもあり、ドキドキするようでもある。

阿鼻叫喚というにはかけ離れたほど弱々しい悲鳴は、やがてかすかな嬌声にすり替えられた。
さっきまで立ち尽くしていたもうひとりの若い獲物――桑江佳奈美の姿がみえない。
机の向こう側に倒れているらしいのが、転がったサンダルでそれと知れた。
どういうことをされているのか、ここからは見えないけれど。
やはり机の向こう側に倒れている同僚の男性である初川が、目を真っ赤に充血させて佳奈美の倒れているあたりに視線を固着させているのをみると、それとなく察しをつけることができた。
――桑江は処女じゃ、なかったんだな。

授業が終わって廊下に生徒が満ちるころには、吸血鬼どもは姿を掻き消していて、
事務室の面々もまた、なにごともなかったかのように机に向かっていたし、生徒の応対を受けていた。
女子事務員たちのストッキングの伝線や、ハイソックスを濡らす赤黒いシミは、生徒たちの目に触れることはなかった――

女事務員の血

2016年01月11日(Mon) 18:30:43

夕暮れの公園で、その男は独りうずくまるようにして、ベンチに腰かけていた。
鈴尾の姿を認めると顔をあげ、「待っていたぞ」と、低い声でいった。
鈴尾は意思を喪ったようにふらふらと男に歩み寄ると、男の隣に腰かけて、スラックスをたくし上げた。
丈の長めの薄い靴下に透けて、白い脛が浮き上がる。
男はベンチから身体をずり落とすようにして地べたに這いつくばり、鈴尾の足許ににじり寄ると、
スラックスの下から覗くふくらはぎに、唇を吸いつけた。
ちゅうっ・・・
ひそやかな音が、薄闇を侵した。

ベンチからずり落ちて尻もちをついた鈴尾の血を、男はなおも吸っていた。
服は汚さないという約束だったのに、首すじに食いついた男は、彼のワイシャツに平気で血を撥ねかしている。
ストッキング地の長靴下に広がった裂けめからは、血の気の引いた脛が露出している。
ずり落ちかけた長靴下を所在なげに引き伸ばそうと、鈴尾の指がもどかしげに足許をまさぐっていた。
「喉、渇いているんですか・・・」
うつろな声になった鈴尾に、男は「すまないね」と言いながらも、なおも鈴尾の首すじを吸いつづける。
あー・・・
鈴尾が顔をしかめた。失血が限界に来たらしい。
男は残り惜し気に鈴尾の首すじから牙を引き抜くと、長い舌を傷口に這わせて、よだれをたんねんになすりつける。
男が分泌する唾液には、失血作用があるらしい。
なすりつけられたよだれは、じゅくじゅくとあぶくを立てながら、鈴尾の血をみるみる凝固させてゆく。

「生命は奪らない約束ですよね?」
すこし切り口上になった鈴尾を軽く受け流して、男はいった。
「仕事場に案内してもらう約束のほうは、どんなだね?」
「ああ・・・いいですよ・・・内諾も取りましたし・・・」
鈴尾は声の調子を落として、言いにくそうに応えた。

夕焼けの名残りが闇に吸い込まれてゆく空に、住宅街の屋根たちがくろぐろと、うずくまっていた。
この街は、吸血鬼の侵蝕を受けはじめている。いや、ほぼ制圧されてしまっている。
うわべだけでも平穏な日常がくり広げられているのは、
応対したものたちが賢明な選択を取りつづけているから。
そう、生命の保証と引き換えに自分たちの血を自由に吸わせるという。

鈴尾は、市内にある私立高校に、事務員として勤めていた。
街に出没する吸血鬼のうわさが出はじめた最初のうちこそ、自警体制が取られようとはしていたけれど。
オーナーである学校長の一族が、実験者である会長夫人が吸血を受け容れてからというもの、学校側の姿勢は正反対に転じた。
会長夫妻にその娘、娘婿である校長、校長の息子夫婦・・・と、だれもが血を吸われてしまった今は、もう陥落寸前といってよかった。
つい先日まで職員室に掲示されていた「吸血鬼から街を護ろう!」というスローガンの描かれたポスターは、もはやどこにも見当たらない。
それどころか、堅物で知られた事務長までもが、
「生徒の血を吸わせるわけにはいかんけれども、きみたちが自主的に協力するぶんには、構わんじゃないか」
などと言い始めていた。
そんな事務長の首すじにも、赤黒く爛れた醜い咬み痕がふたつ並んでいるのを、鈴尾は見逃さなかった。
そして――ひと月ほど前からは、その鈴尾までもが、帰り道を襲われていた。
吸血鬼たちは彼らなりに、学校に侵入するルートを求めていたのだ。

咬まれた鈴尾は、強引に手繰り寄せられるようにして、蟻地獄に堕ちた。
独り暮らしの境遇も、あだとなった。
彼のアパートは吸血鬼の巣窟になり、入れ代わり立ち代わり現れる彼らのために、鈴尾は自分の血液を供給するはめになった。
ふしぎと生命の危険は感じなかったし、彼らが摂取する血の量はさほど多くはなかったので、
たたみに転がされた彼は失血でぼうっとなりながらも、咬み痕に疼く痛痒さを、けっこう心地よく受け止めていたのである。
勤めから戻り、アパートで血を吸われ、大の字になって寝そべりながら余韻に浸っている時間が、彼はけっこう好きだった。

日常的に血を吸われていることは、まだ職場には黙っていた。
けれども、同僚の佐恵子だけには、それを告げていた。
大きな瞳を見開いて、佐恵子は怯えをあらわにした。
けれども、殺される気づかいはないらしい・・・というのを鈴尾の語気から感じ取った彼女は、必要以上に怖がったりはしなかった。
「ひとりでだいじょうぶ?もし具合悪くなるくらいだったら、あたしも協力するから」
とまで、言ってくれたのだった。
ストッキング地の長靴下を穿いた脚に好んで咬みつく・・・ときいてからは、
それまでの素足をやめて、ハイソックスやストッキングを穿いて来るようになった。
ちょうど秋の入り口だったから――彼女のみせたささやかな変化に、違和感を抱くものはいなかった。

勤務先である学校の事務室に男を引き入れる約束をしたのは、先週のことだった。
ふだん感情を表に出さないその男の顔つきが色めきたったのを、鈴尾は容易に見て取ることができた。
「嬉しそうな顔してやがる・・・って、思っているな?」
男は干からびた声色に戻って、そういった。
鈴尾が素直にうなずくと、男は言った。
「仲間がおおぜいいるんだ。協力してくれるお人がいたら、女でも男でも、しんそこ有り難いのだ」
さっきまでふんだんに鈴尾の血をむさぼったはずなのに、男の語尾は渇きに震えていた。

「仕事場に案内してもらう約束のほうは・・・」
男にそういわれたとき、鈴尾はさっき出てきたばかりの事務室を思い描いた。
佐恵子が、まだひとりで残業しているはずだった。
「今からでも、いいかい?」
鈴尾がうつろな声でこたえると、男はちょっとびっくりしたように彼を見た。
「思い立ったが吉日・・・というからな」
男のつぶやきには、実感がこめられていた。
血を吸われることに夢中になった男でも、自分の勤め先や家庭を襲わせるということは、かなりの抵抗感を伴うらしい。
当然といえば当然だが、血を吸った相手の意識をある程度意のままにできる彼らが、その程度の催眠しかかけずにいるのは、ある意味街の人々への好意といってよかった。
すべてを奪いたくない――そういう思い。
けれども、人形になっていな者たちにとって、家族や同僚の血を与えることは、結果としてはかなり高いハードルになっていた。

ふらふらと起ちあがった鈴尾のあとを、男はついてきた。
「きょうは・・・あんたひとりにしてほしい」
鈴尾の要求を、男はそのまま呑んだ。
学校に勤務する事務員を引き込んだのは彼だったから、その程度の抜け駆けは、役得として認められるはずだった。
鈴尾は、事務室には若い女が一人残っているだけだと言っていた。
たぶんそれが、鈴尾にとっては自信のある獲物なのだろう――男はそう、勝手に解釈した。

事務所のドアを開くと、暖かい空気が流れてきた。
ドアの音に振り向いた佐恵子は、そこに鈴尾を認め、ほぼ同時に鈴尾の背後に影のように寄り添う未知の男を認めた。
仕事の手を止めて佐恵子が起ちあがると、鈴尾は「シッ!」と一本指を唇にあてた。
起ちあがりかけた佐恵子は鈴尾のいうことに従って、再び席に着いたが、視線は未知の男から離さないでいた。
「賢そうなお嬢さんだな」
男の囁きに、鈴尾はだまって頷いた。
「あんたたちに協力してもいいって言ってくれている」
「それはありがたい」
低い声のやり取りは、佐恵子まで届かなかった。

男の姿が流れるように、こちらの席に近づいてくる。
相手が危険な意図をもってこの事務所の扉を開けたこと。
頼りの鈴尾さえもが、男の従属下にあること。
どちらもすぐに、察しがついた。
逃げなくちゃ。逃げないと血を吸われてしまう!
佐恵子のなかの理性は、鋭い警告を発しつづけた。
でももう、だめなのよ。彼があのひとを、ここに引き入れてしまった・・・
どんよりとした諦念が、佐恵子の心を占めていた。

「あの・・・どこから吸うんですか?」
血色がよく厚みのある唇から白い歯を覗かせながら、女は目の前でそう口走った。
女の口許からかすかに発する呼気が、若々しい生気を放つのが伝わってくる。
男はごくりと、生唾を呑み込んだ。
「賢いだけではなくて、もの分かりのよいお嬢さんでもあるようだな」
男は若々しい獲物から視線をはずさずに、自分の男奴隷のほうに向かっていった。
「協力してくれるって、言ってくれてるんです」
それが彼女を必要以上に傷つけないための唯一の護符だと言わんばかりに、愚かな男はそうくり返した。
「首すじからいただくんだが・・・ここでそれやっちゃうと、ブラウスや机が汚れるね」
具体的な情景を思い描いたのか、女の顔に恐怖がよぎった。
「安心しなさい。手荒なことはしない。それは鈴尾君がよくわかっている」
男は自分の同僚を襲う機会をくれた鈴尾に引導を渡すつもりでそういうと、
素早く女の足許にかがみ込んで、説明抜きで足首を掴まえた。

ブルーの事務服のジャケットの下、佐恵子は地味なグレーのスカートを着けていた。
スカートのすそからは、健康そうな血色をたたえたひざ小僧がのぞいている。
膝から下は、チャコールグレーのハイソックス。
リブ編みの縦じまが室内の照明を受けて、肉づきの豊かな脚線を浮き彫りにしている。
「靴下の上から咬んでもいいかね?」
佐恵子は男の嗜好を、鈴尾から聞かされていた。
「・・・破けてもいいです」
必要以上に口をききたくなかったのか、与えた答えは簡潔であからさまだった。
満足そうな笑みを含んだ唇が、ハイソックスの生地のうえから、押し当てられた。

ちゅうっ・・・

呪わしい音に、鈴尾は耳をふさいだ。
けれどもその忌むべき吸血の音は、いくら耳をふさいでも、彼の鼓膜へと侵入しつづけ、しみ込んでいった。
事務机のまえに腰かけたまま、佐恵子は気丈にも、背すじを伸ばして、しつような吸血に耐えていた。
チャコールグレーのハイソックスが咬み破られてくしゃくしゃにずり落ちてゆくのを、まばたきひとつしないで、見おろしていた。
片脚だけでは、男を満足させることはできなかった。
もう片方の脚をねだるそぶりをみせる男に、佐恵子はちょっとだけ口をひん曲げると、
それでも勢いをつけてスチール製の椅子を半回転させ、まだ咬まれていないほうの脚を差し伸べた。
ずり落ちかけていたハイソックスを、ひざ小僧の下までぴっちりと引き伸ばすのも、忘れなかった。
女のふくらはぎに再び牙を沈める前に、ちょっとだけ拝むそぶりをしたのは。
たぶん、彼女をからかうためではないのだろう。
しなやかなナイロン生地ごしに刺し込まれてくる鋭利な異物が、さっきよりは緩やかに埋め込まれるのを、佐恵子は感じた。

さいしょのひと咬みは、有無を言わさず強引に。
もう片方の脚に忍ばされた第二撃は、ひっそりと忍び込むように。
さいしょの吸い方は、ゴクゴクと荒々しく。
二度目のそれは、しのびやかにゆっくりと――
咬み痕に滲むじんじんとした疼きを、軽く歯がみをして抑えると。
左右かわるがわる咬みついて来る男のため、佐恵子はスカートのすそを抑えながら、ふくらはぎをさらしつづけた。
鈴尾はとうに、姿を消していた。
立ち去ってしまったわけではない。
佐恵子を独り占めにさせようとして、男に遠慮をして座をはずしたのだろう。
ちょっとだけ開かれた廊下に面した窓ガラスのすき間から、しつような視線があてられるのを、彼女は敏感に察していた。
鈴尾が佐恵子の身に、取り返しのつかないことをさせるわけがない。
そんな確信が、彼女の理性をかろうじて支えている。
自身の失血の度合いを推し量りながら。
男の抱える渇きがじょじょに満たされてゆくのと、
獣のような劣情を抱きながらも、彼女に対してはあくまで礼儀正しく自分に接しているのと、
廊下で待ちあぐねている鈴尾がどんな想いでいるのかということと。
それらすべてを理解できたのは。
いまを少しでも賢明に振る舞いたいという想いが、いちずだったからであろう。

廊下から出てきた男は、ドアを閉める間際に丁寧に会釈をしていた。
彼女が顔色を蒼ざめさせながらもそれに応えているのが、男のようすでわかった。
こちらを振り向いた男は、佐恵子から吸い取った血を、まだ口許に光らせていた。
鈴尾は思わず、目をそむけた。
男は、そんな鈴尾の様子を無視して、いった。
「まだ仕事が残っているから、残業を続けるそうだ。仕事熱心なお嬢さんでも、あるようだな」

賢いお嬢さん。
もの分かりの良いお嬢さん。
仕事熱心なお嬢さん。
どのほめ言葉も、彼女を汚していなかった。
凌辱した女をまえに、わざとほめ言葉で愚弄する手合いとは別であることに、鈴尾はわずかな救いを感じた。
鈴尾の顔つきがすこしばかり和むのを見て、男はいった。
「あんた、えらいな。あのお嬢さんも、えらいな。
 明日から遠慮なく侵入させてもらうが、あのお嬢さんは侮辱しないし、させもしないぜ?」
鈴尾は苦々しげに、やっとの思いでいった。
「彼女は、俺の恋人だ。もうじき結婚する」

わかっていたさ。だから紹介したんだろう?
自分の秘密の片棒を担ぐには、やはりそういうひとじゃないとな。
あんたの勤め先がおれたちの手に堕ちるのは、時間の問題だった。あんたのせいじゃない。
知っているだろうが、おれたちは、セックス経験のある女は、つい犯してしまうんだ。
もちろん、侮辱するつもりじゃない。おれたちなりに、その女を賞賛しているだけなんだがな。
でもあんたら特に男性たちには、評判がすこぶるよろしくない。
だから、「侮辱」という言葉を使ったんだ。
彼女、処女なんだな。もうつきあってだいぶになるってのに。どっちもウブなんだな。
だから彼女は、最悪の事態を免れたんだ。
処女の生き血は、貴重品だ。
ほかのやつらに彼女の血を舐めさせることはあるだろが、あんたの気持ちは大事にするからな。
俺が彼女をほんとうにモノにするのは・・・その愉しみは、あんたらの結婚祝いに取っておくさ。

ひと言ひと言が、胸の奥に妖しく突き刺さった。
これからもきっと自分は、恋人の生き血を吸血鬼たちに提供しつづけるのだろう。
賢くて気づかい豊かな佐恵子が、ハイソックスを咬み破られながら、足許を冒される。
いずれは首すじまでも咬まれて、白のブラウスやブルーの事務服にも、血のりをあやすようになるのだろう。
忌むべき想像に昂ぶりを覚えてしまう自分を、いぶかしく思いながら。
いっぽうで、そんな恥知らずでいびつな衝動がどす黒く頭をもたげるのを、鈴尾はどうすることもできなくなっていた。

約束どおり。 ~婚礼の帰り道~

2015年02月16日(Mon) 07:50:34

かっ、・・・勘弁してくださいっ!
壁ぎわに追い詰められたその若い女は、うろたえながらも慈悲を乞う。

これから友達の結婚式なんです。
ストッキング破かれたら、すごく恥ずかしいです。
お願い、恥ずかしい思いをさせないで!

どうやらこの娘は、ルールをわきまえているらしかった。
うろたえかたからすると、実際に襲われるのは初めてのようだったが。

首すじを咬まれて生き血を吸われ、貧血でふらっ・・・と姿勢を崩すともうそれまで。
穿いているストッキングに舌を這わされ、ブチブチと咬み剥がれてしまう。
そんな不埒なルールを、この街の住民の多くが聞き知っている。

すでに咬まれてしまった首すじを、抑えながら。
早くも舌を這わされ始めた足許から、息遣い荒く迫ってくる男の劣情を、必死になって遮ろうとしている。
思うさま舌で舐めくりまわして、よだれをたっぷりとなすりつけてしまってから。
男は残り惜しげに、女を放した。
女のしんけんさに、毒気にあてられたかのように。

いいだろう。じゃあ約束だ。
帰り道にはかならず、この道を通ってくれ。
夕方の6時なら、ゆっくり間に合うだろう?

女はしんけんな顔をして、こくりと頷いた。
ありがとう。必ず寄るから。約束守りますから。
悲壮な顔をしてそういうと。
よだれのしみ込んだストッキングの足取りを、駅に向かって急がせていた。


ばっかじゃないのお・・・
着飾った女友達らは、宴席のテーブルに自堕落にひじを突きながら梨恵の話を聞くと、
こぞって梨恵を嘲笑った。
それであんた、約束守って咬まれにいくの?
じゅーぶん貧血になったじゃない。約束破ったって、それでもうおあいこだよ。
さ、二次会行こ。男あさり男あさり・・・
披露宴が終わるのもそこそこに、女どもはばたばたと騒々しく席を起つ。
梨恵はそんな友人たちを見あげながら、控えめな声でいった。
やっぱりあたし、約束守る。


ばーかだよねえ。あの子。ほんとうに帰ったんだ。
一見目を惹くその横顔は、けばけばしい厚化粧をいつも以上に塗りたくられている。
彼女の相方も行儀悪く脚を組み、男が席に寄りつかないのを察してバッグから煙草を取り出しながら応じていく。
ほんとだよねー、なに考えてんだろ。
でもさー、正解かもしれない。梨恵。
どーして?
女はひじを突いた格好のまま額に手を当てて、呟いた。
あたしも約束破ったことがあるんだけど・・・あとで見つかって、半死半生の目に遭わされた・・・
そお。
相方はさして同情するふうもなく、タバコに火を点けた。


6時を10分まわっていた。
息せき切ってやってきた梨恵は、そこにあの時と同じ黒い影を見出すと、
来ました、あたし。
やっとの思いで、そういった。
遅れてごめんなさい。
ばか律儀に、頭までさげて。

ほんとうに来たのだな。
男は感心したように、女をみた。

こんなことだから、いっつも損ばっかりするんですよね。ばか正直だから・・・

女はべそを掻いているらしい。
それでも男を受け入れる用意があるのか、真新しい黒のストッキングの脚を、スッと差し伸べてゆく。
済まないね・・・
婚礼のテーブルの下、自分のよだれがしみ込んだストッキングを、この女はまといつづけていた。
不埒な想像が淫らな劣情を伴って、男の舌先を滾らせた。
男は女のひざ小僧を押し戴くようにして抱きすくめると。

にゅるっ。

見せつけるような露骨さで、舌を這わせた。

・・・?

男はちょっと首を傾げ、女を見あげる。

わざわざ家に戻ったのか?

わかるの・・・?

女は薄ぼんやりとした目で、男を見おろす。
舌先をよぎった薄手のナイロンには、昼間に出会ったときとおなじくらい、よごれもひきつれも認められなかった。

くたびれたものを穿いていたら、悪いと思って・・・

そういってうつむく女の肩を、そのすぐ傍らに起ちあがった男は抱き留めている。

もうすこしだけ、すまんね。

首すじに吸いつけられた唇のすき間から、尖った牙がにじみ出てくる。
すこし吸われると、楽になるぜ。
男の言い草を、ずるい、と感じながら。

ちゅーっ。

自分の血を吸い取られてゆく音に、うっとりと聞き惚れていた。

いいわよ、もう。

宴席のお酒が、いまごろまわってきたのか・・・
ほんのりと頬を染めながら、這い寄ってくる男のまえ、
真新しいストッキングのつま先を、含み笑いしながらすべらせてゆく。

あー、ひどいわ。ひどいわ・・・

女はわけもなく口走りながら。
くまなく唾液をしみ込まされた薄衣が、見るかげもなく咬み剥がれてゆくのを見守って。

無作法だわ。礼儀知らずだわ・・・
口だけは相手を非難しながら、男が自分の脚を吸いやすいように、角度を変えてやっている。

すまないね。すまないね・・・
男はしきりとわびながら。
それでも女の脚に魅せられたように、舌を慕い添わせ続けていった。


あとがき
吸血鬼との約束を、ばか律儀に守るぶきっちょな女。
そんな女に甘えてゆく男。
甘々な話も、好きなのです。^^

ご注文は、何になさいますか?

2014年05月25日(Sun) 07:31:18

ご注文は、何になさいますか?
茶色の制服に身を包んだ若いウェイトレスは、茶髪のポニーテールを振り振り、お客の注文を待った。
ぼくの注文は・・・きみ。
男はいともあっさりと、不可解なことを口にした。
え・・・わたくし・・・ですか??
怪訝そうなウェイトレスの腕をとると、男はやおら立ち上がり、うむを言わさず女をプライベート・ルームへと引きずり込んでゆく。

あああああ・・・っ!
とざされた<Private>と書かれた扉の、向こう側。
絶叫の声のあるじがさっきのウェイトレスだと、だれもが察しながらも。
ほかの客は無表情にナイフとフォークをあやつり、
ほかのウェイトレスたちも無表情に、お客の注文を取ったり料理を出したりしている。

街はずれの、小ぎれいなレストラン。
どこにでもありそうな店内の、ありふれた光景―――

あの・・・ご注文は・・・
新顔らしいべつのウェイトレスが、まだ悲鳴の消え切らない店内で、新来の客におずおずと話しかける。
ああ、俺の注文は、あんた。
男はむぞうさに、そう応えた。

えっ・・・私・・・ですか??

新顔のウェイトレスはアッと叫んだが、すぐに二の腕を掴まれて。
先刻のウェイトレスとまったく同じように、強引に引き立てられていって。
<Private>と書かれた扉は、またしても無感情な音をガチャリとたてて、とざされた。

下火になりかけた悲鳴に、新たな悲鳴が重なった。


あの・・・結婚してるんです。きょうのことは黙っていてもらえませんか?
一人めのウェイトレスが、ためらいがちに相手に告げる。
茶色のタイトミニの制服をまくり上げられて、まだお尻をあらわにした格好のまま。
もう一回姦(や)らせれば、約束守ってやるよ。
じゃあ・・・
瞬時に成立した取引に、女はこんどは自分から、操を捨てる動作に移ってゆく。
片脚に絡みついていたショーツを脱ぎ捨てて、裂けたパンストをいさぎよく破り捨てて。
突き出したお尻に沈み込んでくる逞しい臀部に、あがった悲鳴は甘い震えを帯びていた。

あの・・・彼氏いるんです。ナイショにしてくださいね。お願い!
手を合わせて懇願する二人めのウェイトレスに、男は口も利かずにかぶりを振った。
まだまだ・・・といわんばかりに、女のうえにのしかかって。
猛り立つ魔羅を見せつけるようにして、女に咥えさせると。
しゃぶれ、とだけ、いった。
クチュ・・・クチュ・・・
ためらいがちにあがる音に、男はいった。
ふふん。慣れてやがるな。
そう誘われちゃ、黙ってらんねぇな。すべりもよくなったし、たっぷり喰らわせてやるからな・・・
ヒーッと叫ぶ女の唇を呑み込むように、強圧的な唇が覆いかぶさった。

つぎの勤務は、いつだい?また来てやるよ。
男どもは異口同音に、そういうと。
女たちは素直に、自分のローテーション割りを口にしてゆく。

旦那、僕の知り合いでね。
彼氏、俺の友達なんだ。

そんな言葉を、どこまで信じていたのか・・・
けれども夫や彼氏に会ったあとの二人は、きょうも元気に仕事に励む。
姉妹のように、茶髪のポニーテールを振り振り、ヒールの音を響かせて。
お目当てのお客の前にすすみ出ると、いつものように口にする。

ご注文は、何になさいますか・・・?

吸血居酒屋

2014年01月06日(Mon) 04:21:50

「キャーッ!だめぇ・・・」
ショートカットの髪を掻きのけられて、真由美は俺の目のまえで、首すじを吸われていった。
きょう一緒に酒を飲むやつ、人間の生き血を吸うやつなんだぜ?
俺がそういって、暗に遠慮するように言ったのに。
真由美はどういうわけか、ひどく積極的だった。
分け隔てをするのが嫌いな性格が、かえって「吸血鬼」呼ばわりされる男のことを不憫に感じさせたらしい。
居酒屋のこあがりで、いきなりそんなことするわけないじゃない。
そういって堂々と、俺の行きつけの居酒屋ののれんをくぐったのだ。
オレンジ色のワンピースに、陽灼けした膚。キビキビした足どりをした脛も、肌色のストッキングが白っぽくみえるほど、小麦色に灼けていた。
おいおい、そのイデタチは、やつのためにあまりにも刺激がきつ過ぎるぜ・・・
思った時には、すでに後悔が始まっていた。

遅れて現れたやつは、真由美のことを、例によっての巧みな話術で引き込んだ。
社交的な真由美は黒い瞳を輝かせて、意識してか無意識か、ウキウキとした視線をやつに投げる。
あー。あー。いけないパターンだ。
知らず知らず蜘蛛の巣に引っかかったチョウを狙うジョロウグモのように、やつの目つきがただならなかった。

血を吸うって、ほんとなんですか?彼が言うんですけど。
ああ、もちろんほんとうだとも。
嘘!ウソでしょう?
じゃあ、試してみるかね?
エエ、やってみて。

売り言葉に買い言葉。
いや、ジョロウグモの投げた罠だったに違いない。
やつはまんまと、真由美の無防備な首すじに唇を近寄せて・・・吸いつけてしまった!

ちゅう・・・っ
驚きに目を見張る真由美が引きつらせた頬に、頭をこすりつけるようにして。
やつはなおもしつっこく、唇を蠢かせる。
バラ色のしずくが伝い落ちて、オレンジ色のワンピースのえり首を浸す光景に、俺は思わずイッてしまっていた。
そのまま押し倒されていって・・・冒頭のような仕儀に相成ったのだった。

ちゅちゅっ・・・じゅるじゅるっ。
やつはあからさまな音を立てて真由美の血を啜り取ると、やおら身を起こしてハンカチで口許を拭いている。
慣れたやり口だった。
無理やりキスを奪っておいて、次の瞬間は紳士面 というやつだ。
真由美も真由美で、のしかかってくる体重が去ったとみるや、遅れまいとするように素早く身を起こしている。
「失礼」
やつが取り澄ますのに負けないように、
「いえいえ、どういたしまして」
さすがにちょっと俯いていたが、まんざらでもなかったのだろうか?
口許にちょっぴりよぎった微笑が、まぶたに残った。
追い打ちをかけるようなひと言が、鼓膜にも残った。
「お口に合ったようで、嬉しいです」

三人連れだって、居酒屋をあとにすると。
そのあとふくらはぎまでねだられて噛ませてしまった真由美は、ストッキングの伝線をひどく気にしていたけれど。
「こんどご一緒するときは、穿き替え用意しなくちゃね」
次回があることを、しっかり期待しているのだった。

おいおい、カンベンだぜ。一回きりの約束だぜ。
真由美とは秋に、結婚するんだからな。
俺の抗議などものともせずに、やつは真由美の血を吸いたくてたまらない・・・と、しきりに催促する。
きみ抜きで逢っても、かまわないかね?
そうまで言われてしまうと・・・あの居酒屋に連れ出すしかなかった。

「お猪口をふたつ」
え?と訊きかえす俺に、
「このひとは要らないでしょ?」
こないだだって、ひと口も飲まないんだもの。お酒がもったいないわぁ・・・
真由美は伸び伸びとした口調で、うそぶいている。
「こちらのお目当ては、あたしの血ですものね」
肩をすくめてふふ・・・っと笑う。
さ、どうぞ と言いたげに。
真由美はうなじを差し伸ばした。
いつの間にか、俺の隣をすり抜けるようにして、やつの隣へと移動している。
やつの牙が、これ見よがしにむき出されて、真由美の首すじに咬みついていった。

ちゅうっ・・・じゅる・・・っ
恋人の生き血を啜られる音を耳にしながらのお酒は、やけにほろ苦かった。

「やだ・・・あ・・・っ。貧血ぅ・・・」
ホテルの密室で俺相手のときにしか洩らさないような声色で。
真由美は生き血を、吸われつづける。
とうとうミニのワンピースのすそをまくって、太ももまで許してしまった。
圧しつけられる唇の下、肌色のストッキングがパチパチと裂ける。
「新しいのおろしてきて、よかったあ。恥掻くとこだった」
形の良い唇がヘンな安ど感を洩らす下、真由美の穿いているストッキングが、唯々諾々と破かれていく。
裂け目はじょじょに拡がって、整然と流れるナイロン糸が、引き破られた蜘蛛の巣のようにいびつに歪んでいった。

へろ・・・へろに、なっちゃいましたっ。
勝手なものだ。
逃げるように座を移してきた真由美は、俺の肩によりかかるようにして、とろんとなってしまっている。
「どうするんだ?これから」
「それはこっちが訊きたいぜ」
男二人はちょっとの間にらみ合ったが、もとより悪友同士のことだった。
それに、知らないわけではなかった。
やつらのルールでは、いちど血を吸った女は、親友の妻であっても犯すことになっているんだと。

「ほらほら、選手交代!きみが寄っかかるのはこっち」
しきりに甘えかかってくる真由美を支えてやりながら、こんどは俺のほうから席を替えてやる。
「あらー、冷たいわねん」
奇妙な巻き舌で拗ねてみせると、隣に来たやつの肩にもたれかかった。
「男ならだれでもいいんだろう」
畳み掛ける俺に。
「そんなことないもん。ユウタとこの人だけだもん」
すでに俺は、やつと同列になっていた。
そんな俺の気分を察したのか察していないのか。
やつは悠然と、真由美を抱きとめていた。
「もう片方の脚も、パンスト破り愉しませてもらおうか?」

真由美はじっと息を詰めて、自分の太もものあたりを見おろしている。
きょうのワンピースは、真っ赤なミニ。
まるで先手を打つように、
「子供っぽいでしょ」
と口をとがらせて照れてみせていたけれど。
ゾクッとするほどの風情だった。
そういえば、吸血鬼に襲われる淑女は、たいがいこんな服装をしていたかもしれない。

とっくに気がついていた。
真由美がきょう、穿いているのは。太もも丈のストッキング。パンストではない。
たくし上げられたワンピースのすそから覗いた健康そうな太ももから、
ゴムをちょっぴりだけ降ろして、素肌のうえから咬ませてやっていた。
「首すじだって、じかに咬むんだもん。脚だって意味は同じよ」
あとで真由美はそう言ったけれど。
絶対、意味深であったはずだ。
そのあと坂道を転がり落ちるようにして・・・
真由美は俺にしか許したことのなかった茂みの奥に、やつの毒牙を埋め込ませてしまったのだから。
いや、案外と。
「意味は同じ」
だったのかもしれない。
そう。
やつに真由美の首すじを咬ませた瞬間、すべては塗り替えられてしまったのだろう。

あお向けになって、白目を剥いて。息も絶え絶えに肩を上下させている女を前に。
やつは上目遣いに、俺を見る。
「いちど血を吸うと、親友の奥さんでも犯すことになるわけだが・・・」
分かり切ったことを、念押しするような、口調だった。
「かまわないさ」
つとめてサバサバとした口調で、俺は応える。
「さいしょから、結婚前の身体をあんたに進呈するつもりだったんだからな」
語尾が震えたのは、屈辱のせい?それとも、さっきからしきりに胸をそそり続ける妖しい昂ぶりのため?
結婚前の身体・・・といっても、すでに真由美とはセックスを経験している。
だからこそ、気楽に捧げられるものなのかもしれない。
彼らの間では処女は尊重されていて、みだりに犯すことは許されていない。
けれどもセックス経験者が相手の場合には、必ずといっていいほど、女は凌辱をも受け容れさせられるという。

たしかお袋が、そうだったな・・・
目のまえに居る男が、昼下がりから、書斎にこもりきりの亭主の目を盗んで、お袋を抱いていた。
あるいは親父も、すべてを知った上で、書斎に陣取りつづけていたのかもしれない。
親子二代、同じ男に嫁を寝取られるのか。
ほろ苦いものが胸をよぎったが、未来の牧岡夫人を籠絡した吸血鬼が彼女の身体のあちらこちらを想い想いに牙で侵しつづけていくのを、熱っぽい視線で見つめてしまっている自分がいた。

不埒な腕の中でいびつな夢をむさぼっている女は、半開きになった唇から、淫らに輝く白い歯並びを覗かせている。
ああ・・・ああ・・・だめぇん・・・
半ば意識が朦朧となりながらも、されていることだけは自覚しているらしい。
ハイソックスと同じ丈までずり降ろされた太もも丈のストッキングを、ふしだらにたるませながら。
女はゆっくりと、下肢をひらいてゆく。
あしたになったらおそらく―――
「あなた夕べは、しつこかったね」
しらっとそんなことを、口にするのだろう。
まくれあがったワンピースを着た真由美の身体に、やつの臀部が筋肉を緊張させて、ググ・・・ッと沈み込んでゆく。
あー、モノにされちまう。おれの未来の女房が・・・
思わずそんなことを口走ると、やつはこっちを見て、ニヤッと笑う。
俺もほろ苦い笑みを返しながら、頷き返してやる。
おめでとう。今夜はたっぷり、汚してくれ。
それからこれからは、うちの嫁をよろしくね。末永く・・・

マネージャーの責任感

2013年10月21日(Mon) 20:53:45

「アッ!ちょっと!やめてくださいッ!」
23歳のOL中延安奈は、背後から抱きついてきた戸村を突き飛ばそうとしたが、
首すじに這わされた唇を取り除けあぐねて、「あうううっ・・・」とうめき声をあげた。
ちゅう・・・っ
血を吸い上げる音が、オフィスの廊下に忍びやかに洩れるが、だれもが見て見ないふりをしている。
おひざを突いてしまったら、穿いているストッキングをびりびりと破いてしまってもいい。
数は少ないながらも吸血鬼を社員に含むこのオフィスでは、そういう暗黙のルールになっていた。
そしてまさに、戸村にしてみれば、安奈の足許をぎらつかせている光沢たっぷりのストッキングが、お目当てだったのである。

バシッ!!

思わぬ方向からの平手打ちに、目がくらんだ。
頬を抑えて振り向いた目線の先に、橋詰雅子の怒色あらわな視線が、もろにぶつかってきた。
「若い子をそうやって襲うのは、やめなさい!」
雅子は戸村の、直接の上司に当たる。
三十過ぎの未婚。いわゆる、「お局さま」になりかけのベテランだ。
「だって・・・」
雅子の血を吸おうとおずおずと申し出て、手きびしく撥ねつけられたことがあった。
そのことを口にしようとしたら、相手もそれは通じたらしい。
「ああ、そうだったわね。でもあたし、侮辱されるのは許せないから」
「死ねっていうんですか・・・」
「そうはいわないけど」
ちょっと口ごもったのは、雅子の生まじめさゆえだろう。
相手がだれであれ、反駁は理路整然としていないと気が済まないたちらしい。
吸血鬼社員たちによる真っ昼間からの不埒なやり口を真っ向から否定する雅子だったが、
さすがに生存権まで冒すようなことまで口にするつもりはないらしい。
「侮辱しなければ・・・いいんじゃない?」
それが難しいんだから・・・
言いかけた言葉を呑み込んだ戸村は、不承不承にその場を立ち去るしかなかった。

喉が渇いた。
喉が渇いた。
きょうじゅうに、なんとかしなければ・・・

来る日も来る日も、だれからも拒絶されるようになったのは。
周囲の女性社員がことごとく雅子の部下で、雅子が戸村をどうあしらったのかはその日のうちに彼女たちの間に広まってしまっていた。
だれもが、戸村の求めをあからさまに拒むようになっていた。

木曜日。
週末までだれの血も吸うことができなければ、いよいよ灰だ。
けれども、女性社員から吸血してもいいことになっている反面、たとえば見ず知らずの通りがかりの人間を襲うことは、社則上禁止されているのだった。
こうなったのも、すべては橋詰マネージャーのせいなのだ。
責任とってもらいますよ。マネージャー・・・
廊下に響くハイヒールの足音の背後を、戸村はぴったり寄り添うように尾(つ)けていった。

「あっ!ちょっと!何するのよッ!?」
果たして雅子は激しく抵抗して、戸村を振り切ろうとした。
ここで振り切られては、あとがない。
なん日も生き血にありついていない戸村の体力は、ほぼ限界に達していたが、それでもしょせんは女と男。
食いついたうなじは、小気味よい咬みごたえがした。

ちゅうっ、ちゅうっ、ちゅうっ・・・
ざまあ見ろ。この腕を振りほどけるものなら、やってみろ。もうできないだろう・・・?
力ずくで抱きすくめた身体が、しだいしだいに力を失ってゆく。
それにつれて戸村の猿臂はますます力を得て、意外に小柄な女の身体を、ギュウッと抱きすくめていった。
おひざを突いたら、きみの負け。その肌色のストッキング、びりびりにしてやるからな。
「侮辱だけは・・・厭・・・っ」
いよいよおひざを突いてしまうと、廊下の床に伸べられたふくらはぎに、戸村は嬉しげに唇を吸いつけていた。
「恥知らずッ!」
なんと罵られようが構わない。あんたの息のかかった女どもの身代わりを、きょうこそ引き受けてもらうんだからな。
舌をふるいつけた薄手のナイロン生地が、かすかに皺を波打たせる。
しなやかな舐め心地が、男の舌をよぎった。

「ちょっと待って・・・ひとこと言わせて・・・」
なにを?と思い、ふと唇を放すと。
雅子はぜいぜいと息を喘がせていて、いまの制止のひと声が精いっぱいだったことを、自分の態度で白状している。
「あしたの会議・・・」
「会議って。マネージャー明日有給じゃないですか!」
思わず仕事モードの口調になっている。
「そんなのキャンセルよ。どうしても出てくれって言われて・・・」
上役たちは、自分の都合で、平気で残業を強いたりひとから休みを取り上げたりする。
吸血鬼とどっちが悪い?
思わず自問したことさえ、しばしばだった。

したたかに血を吸い取られた雅子の顔は、蒼い。
あしたの会議に出るということは、きょうだって結局、大残業するつもりだったのだろう。
戸村はもう一度、雅子の首すじに唇を這わせた。
「くう・・・っ!」
後輩社員のしつような吸血を予想して、雅子は悔しげに眉を吊り上げたが、なにかがちがった。
彼女の頬は血色を取り戻し、喪われかけた気力がふたたびみなぎりはじめる。
「どういうことなの?」
戸村は答えない。
「血を戻してくれたの?」
和らいだ口調に、かろうじて応えることができた。
「侮辱するつもりなんか・・・ないですから。だれに対しても」
「そう」
雅子はいつものようにそっけなく、後輩の声色を受け流す。
「デスクに戻るから」
朱の唇から整然と流れる表情のない声色が、戸村の耳に無機質に響いた。

会議の結果は、好調だったらしい。
雅子は上機嫌な顔つきで、子分の女子社員連中に缶コーヒーを配り歩いている。
「あっ、ありがとうございます!」
こないだ襲いそこねた安奈も、嬉しげな声をあげた。
だれもが雅子がきょう有給だったことを、思い出すものはいない。
「はい、あんたにも」
雅子は戸村に缶コーヒーを渡しかけて、「やっぱりやめた」と、缶を引っ込めた。
「こっちいらっしゃい」

オフィスの反対側の打ち合わせスペースで雅子と差向いになるときは、決まってお小言を頂戴するときだった。
「何かやりました・・・?」
あれ以来ほとんど言葉を交わしていない雅子に、これ以上落ち度をできようはずがない。
どこまで不当に叱られるのか?
戸村は蒼い顔にうんざりした感情を露骨によぎらせる。
「侮辱しないって言ったわよね?」
「・・・・・・いつも感謝しか、感じないですけど」
「伝わっていないわよ。そんなこと言ったって」
「そうですか・・・」
「伝わるように、やってみたら・・・?」
「え・・・?」
「練習相手になってあげる」
さりげなく差し伸べられた雅子の脚は、プレーンな色を好む彼女にしては珍しく黒のダイヤ柄のストッキングに包まれていた。
「こういうの、嫌い?」
礼なんか言うつもりないから。あんたみたいなのに借りを作ったら、あとで返すのがめんどうなだけだから・・・
口ごもりながらの言い訳。しかし、いかにも雅子らしい言い訳だった。

「侮辱だ。ぜったい、侮辱しているようにしか思えない」
「そんなこと・・・ないですって・・・」
しがみつくようにして抱きすくめた腕のなか、雅子はけんめいにいやいやをくり返す。
「伝わってこない。感謝の念なんか、ほんとはないんでしょう?」
詰問口調はしかし、いつものそれよりは柔らかだった。
「そんなこと、ありませんって・・・」
戸村の抗弁もまた、いつものような妍は感じられない。
慕い寄せる唇は素肌のうえを甘く這いずって、ちくりと突き刺す牙も、痛みを伝えまいという配慮に満ちていた。
雅子は「厭、厭・・・」と呻きながら足摺りをくり返し、そのたびに破れ落ちたストッキングが、ひらひらと虚空に揺れた。

「ローテーション作ったから。交代で相手させるから」
ぶっきら棒な口調が、戸村を許すと語っていた。
「その代わり・・・あたしに当たったときには、お小言覚悟しなさいよ」
雅子のデスクで盗み見た時間割。たしか週に3回は彼女自身の名前が書かれていたはず。
戸村は苦笑いをしながら、それでも「はい」と素直に応えて、何度目かの不埒な接吻を、彼女の首すじに加えていった。

夕暮れのカップル

2013年10月15日(Tue) 07:45:48

夕闇が迫ってくると、良太の本性があらわになる。
吸血鬼としての本能がしぜんと芽生えてきて、
自分という生き物が内面からそっくり入れ替わってしまうのを感じるのだ。

夜が更けてしまうと、若い人間の生き血を吸うことが難しくなる。
そんな時間に出歩いている男女は、たいがいろくでもないものだ。
そうした人種の血を喫(す)うと、時には身体をこわすことがある・・・
だから、この刻限がもっとも重要なときなのだ。

ふと目に留まったのは、夕暮れの街を歩くカップルの姿。
仲睦まじそうに寄り添うふたつの人影が彼の網膜を刺激したのは、彼女の足許。
デニムのショートパンツからにょっきりと伸びた発育のよい脚は、黒の薄々のストッキングになまめかしく染められている。
気の毒だが、俺の目に触れたのが運の尽きだ。

きゃあーっ!
悲鳴をあげる彼女のまえで、良太はまず男のほうの首すじにかぶりついていた。
不意打ちを食らった彼氏は、手足を羽交い締めにされて、身じろぎもできないままに、
目を白黒させながら、生き血を吸い取られていった。

ふー。
若い血は、やっぱり旨い・・・っ!
眩暈を起こしてその場に尻もちをついた彼氏を背に、良太は彼女のほうへと身体を向ける。

彼女は気丈にも、その場から逃げ出そうとはしなかった。
いい子だ。彼氏のこと見捨てないんだね。
おひざがガクガク震えていて、立っているのもままならないのを見透かしながら、
良太は軽く、彼女の臆病さにフォローを加えてやる。
すぐに楽にしてやるよ。目をつぶっていな。
掴まえた細い肩は、見てくれ以上に弱々しかった。
咥えたうなじの皮膚はひどくなめらかで、恐怖のあまり上ずった息遣いを伝えてきた。

やめろ!やめてくれえ・・・
弱々しい懇願が見あげてくるのをつとめて受け流しながら、良太は女のうなじを咬んだ。
ずぶ・・・
恋人の血に染まった牙が薄い皮膚を突き破って、なま温かい血液がドクドクと溢れてきた。

生き血と引き換えに体内にそそぎ込んだ毒液が、恋人たちの理性を狂わせはじめていた。
幸せな理性崩壊―――良太たちがそう呼んでいるたぐいのものだった。
人間の心の奥底に眠るマゾヒズムを、瞬時に目覚めさせる。
男は自分の女が吸血鬼に支配されるのを目の当たりにすることで、性的昂奮を掻きたてられて。
女は彼氏の目のまえで吸血鬼の意のままにされることに、見せつける快感に目覚めてしまう。

きょうの彼女は、しっかり者らしい。まだ理性が残っているほうだった。
涙ぐみながら懸命にいやいやをするのをなだめすかして、
路上に身を横たえて薄ぼんやりとなってしまった彼氏のまえ、
羞じらいながらすくめる太ももから、黒のタイツをびりびりと噛み破いてゆく。
小気味よく裂き散らしたタイツのすき間から、白い脛をいやというほど露出させてしまうまで。
薄手のナイロン生地のしなやかな舌触りをなんども愉しんだあげく、
彼氏の目のまえで、装いもろとも辱めを加えてゆく。
恋人たちにとってはおぞましいかぎりの、そして良太自身にとっては至福の刻だった。

お似合いだね、おふたりさん。
冷やかす彼に、
もうっ!
むくれて見せる彼女。
血の撥ねたTシャツ、悪くないかもよ。
まじめな口調の彼に、
ほんとう・・・?
ちょっぴり本気になる彼女。
なんでだろう?悔しいけれど、ゾクゾクするんだ。
口ごもる彼氏に、
じゃあ~、もっと見せつけてあげる。
陽気に笑う彼女。
お兄さん、彼女のタイツもっと破いてみてよ。
呼びかける彼氏に、
ま~ぞ♪♪
あくまで愉しげな彼女。

ちっともおかしくなんかないよ、全部おれのせいなんだから。
口ごもる吸血鬼に、
俺の彼女、奪(と)らないでくれよな。
せつじつな顔つきの彼氏は、ついでにつけ加えた。「守り切れなかったやつに、言う資格ないけど」
そんなことないよ。
良太は男を慰めていた。「相手がすこし悪すぎただけさ」
さっきから彼女の素肌を舐めくりまわして・・・正直妬ける・・・
俯く彼氏に、
好きになっちゃったわけじゃない。おれの目当ては彼女の生き血だから。
会話の成り立つ相手に対して、ほんのすこしだけ、嘘をついてやる。
タイツもでしょう?
すかさず彼女が、図星を突いてきた。

時どき逢ってくれると約束したら、無事に家に帰してやるよ。
ああ、よろこんで・・・彼女さえよかったら。
あたしはいいわよ。マゾな彼氏もいっしょでよければ。
見せつけて愉しむの?
そう、見せつけちゃうの。嬉しいでしょ~?
なんとでも言ってくれ~。
自暴自棄になった彼氏に、彼女は容赦なく、追い打ちをかける。
帰りにタイツの穿き替え買ってよね。弁償だよ~。
彼女がタイツをねだった相手は、あくまで彼氏のほうだった。
その代わり、あなたの気に入ったやつ穿いてあげる。
・・・こんどこのひとに逢うときに、見せつける用に。

あはははは・・・
星が瞬きはじめた夜空に、女の笑いはどこまでも虚ろに響いていく・・・


あとがき
こないだたまたま路上で見かけたカップルの姿から、こんなお話が浮かびました。
どこのだれとも知れない、あのお二人さん。
まさかこんな話の主人公にされてるなんて、夢にも知らないだろうなあ。
(^^ゞ

薄っすらとほほ笑む彼女。

2013年05月16日(Thu) 07:46:39

頬骨の輪郭をくっきりにじませた白くて薄い膚に。
きみは精いっぱいのほほ笑みを泛べて。
だいじょうぶだよ。ちょっぴり貧血なだけだから。
いつものように強がりをいうきみを抱き寄せると、
華奢な肩幅が、いっそう狭まったような気がした。

トモヤひとりで相手をするのは、無理じゃん。
夜な夜な訪れる悪友のことを知った彼女は、
同性同士の逢瀬を気味悪がることもなく。嫉妬することもなく。
ただ、ボクの身だけを気遣ってくれて。
若い女の血が欲しい・・・臆面もなく呟く彼にも、臆することなど思いもよらず、
あたしはいいよ。トモヤが嫌じゃなければ。
いよいよ血を吸い取られるという直前になってさえ。
彼女はボクのことだけを、気遣いつづけてくれていた。


一夜あけて。
おはよう。
薄っすらとした優しいほほ笑みは、夕べまでの彼女と、なにひとつ変えられていなかった。
さすがに堪えられなくなって、自ら気絶するまで血を与えたあとの貧血は。
われにかえったボクのことを、眩暈で苦しめはしたけれど。
それ以上の苦しみは、ついに訪れることがなかった。
なにが起きたのか。
どこまで許したのか。
どれほど奪われたのか・・・
そんなどす黒い妄想を、力のこもらない声が、一瞬で拭い去っていった。
あのひとね。トモヤの恋人だから、よかったんだって。
さいごまでトモヤに、感謝していたよ。


か弱げなくらいにほっそりとした首すじに、紅い斑点がふたつ。
それは、ボクと彼女にしか、目に映らないもの。
皮膚の奥深く、あの鋭い牙を滲ませられて。
身体の隅々にまでめぐる、うら若い血潮を。
一滴余さず舐め尽くされると。
身体の隅々にまでいきわたる、淫らな毒液が。
どれほどひとの理性を狂わせるのか、ボクは知り尽くしてしまっている。

きみは俺のもの。俺はきみのもの。
だからきみの最愛のひとを、すべて奪い尽くしてしまいたい。
そんな言いぐさで、彼女の血を欲しがる彼のことを、断り切ることはできなかった。
いつかうわ言のように、口にした言葉―――
彼女の血がきみのなかで、ボクの血といっしょになるんだね。
嬉々として呟いた言葉に、彼女はおっとりと肯いて、いった。
仲良くなろうね。三人で・・・


浮気、してくるね。
血を吸われちゃうのも、浮気のうちだよね?
トモヤは、怒らないよね?彼のこと。
でも、あたしが戻ってきたら、いやらしい女だって、叱ってね。
口許に、淋しげに浮いたえくぼ。
薄っすらとしたか弱げなほほ笑みが、温もりとなってボクの胸を衝いた。
その切っ先は、吸血鬼の牙よりもはるかに優しくボクの胸を浸して。
あとからじんわりと、甘美で危険な毒をしみ込ませてきた。

朝になったら、戻るから。
気になったら、あとを追いかけてきてね。
羞ずかしいけど、覗いてもいいよ。彼も、いいって言ってる。
でもできれば、来ないでね。ほんとうに、羞ずかしいから・・・
それでもやっぱり、来るかな。来ちゃうかな?無理しないでね。

愛してるから。

表情を見られまいとして、サッと肩を翻す彼女は、
背すじをすっくと伸ばし、あとをふり返らずに歩みを進める。
彼女のか細い身体から、なけなしの血潮を啜ろうとする男の待つ部屋へ。
色の薄いロングスカートから覗く足首が、グレーのストッキングに透けていた。


やっぱり来るかな。来ちゃうかな。
羞ずかしいけど、覗いてもいいよ・・・

優しい彼女の誘い水が、今夜もずうっと、ボクを呻吟させ、
そして救いの手を差し伸べてくる。

ご退院、おめでとうございます。

2012年09月28日(Fri) 07:26:40

ご退院、おめでとうございます。
病室に入ってきた白衣姿が、改まった態度で丁寧に頭を垂れた。
いつも面倒を見てくれた看護婦の樋口夕子が、退院を告げてきたのだった。
夕子は俺とおなじ年恰好。つまり四十そこそこの、一見して冴えない中年の看護婦だった。
血なし病と名づけられた俺の病に、数名の看護婦があてがわれたが。
入院以来つきっきりになってくれたのは、彼女ひとりだった。
血なし病とは、いい名前をつけてくれたものだ。
本来は、病気でもなんでもない。ただたんに、俺の正体が吸血鬼だということを隠すための、擬態にすぎなかったのだ。
俺は片っ端からこの病院の看護婦を襲い、女の生き血というやつを口にし続けていた。
量はさして、必要なかった。
食事はふつうの人間とおなじだったし、たまの発作さえ訪れなければ、正確には半吸血鬼と呼ばれる俺の正体は、だれにもわかりようがなかったから。
女の素肌を噛んで血を吸う・・・という行為をしんそこ愉しむ、一種の心の病だと診断された。
治る病では決してなかったのに、退院とはどういうことだろう?
俺は夕子に付き添われるままに退院手続きを取り、彼女の運転する車に乗って、見知らぬ街角に降りたっていた。

案内されたのは、ほかでもない夕子個人の家だった。
一戸建ての古い家は、周囲の家とは深い生垣や雑木林によって、隔絶されていた。
社会復帰するまでの間は、ここでお過ごしください。
血が欲しくなったら、いつでもお相手いたします。
そのあいだ、病院はどうするのか?と訊いてみたら、
これは治療の一環ですというこたえが、かえってきた。
いずれはここからも出て、ふつうの社会人に戻るということなのだろう。
そう、独りぼっちの世界に。

それまでのあいだは・・・
夕子は生真面目そうな地味な目鼻立ちにちょっとだけ戸惑いをよぎらせながら、
いつものように白衣のすそをたくし上げて、白のストッキングの脚を垣間見させてくれた。
渇いた俺は本能のままに夕子を押し倒し、
夕子は、厭・・・厭・・・と呟きながらも、
白のパンストにくるまれたふくらはぎを俺のいたぶりにゆだね、パンストを噛み破かれていった。

入院中、どれほどくり返されたかわからない行為。
一般家庭という風景のなかで、二人きりでそれを演じることに、ひどく刺激を感じた。
いつもより多く血を吸い取った女体は、さすがに肩で息を点き、ほつれた髪をつくろう横顔は、色を喪っていた。
こういうことで、よろしいのですよ。
女は苦しい息をはずませながら、ふたたび俺に組み敷かれていった。

俺の相手をするときには、夕子はいつも白衣姿だった。
血の着いた白衣は、手術後の看護婦のそれに紛らせて、院内のクリーニングに出してしまうのだという。
もとより一般の患者も多い病院内で、俺の存在は秘密にされていたし、接する看護婦も限られていた。
離婚歴もある冴えない四十女が、どうして俺にあてがわれたのか?
その理由はいまでもわからないし、じつはとっくにわかっているような気もする。
勤務から戻ると夕子は、家のなかでも白衣に着替えて、あの薄々に透ける純白のナイロン生地で、自らの足許を染めてゆくのだった。

あたしより、何年か長生きしても。
そのあいだたまにでいいから、思い出してくださいね。
もしそういうふうなお約束をしてくださるのなら、わたしはよろこんで、最後の一滴まで血をあげます。
苦しい息の下でそう告げてくる女の、いつしか俺は抱きついて、涙を流していた。

首尾よく社会復帰を果たした俺は、いまでは院長の紹介で、そこそこの大企業に勤めている。
時には若くて美人なOLを籠絡して、女たちの生き血に酔い痴れる日々―――
しかしそれでいて、あの古びた邸にひっそりと暮らす女のところに、通う足取りが絶えることはなかった。
いつかふたたび、いっしょに暮らすようになるのだろうか・・・?
夕子は今夜も、白衣姿で俺を出迎える。

醜女の真心

2011年08月03日(Wed) 23:39:52

男と変わらない肩幅に、長いだけの黒髪をユサユサと揺らして。
かかとの低いサンダルを履いても、上背の高さは隠しようもなかった。

女にしてはごつ過ぎる、黒ぶちの度の強い眼鏡の奥、
大きな瞳を見開いて。
ああ、そうですか、当番なんですね。
携帯を耳から話した彼女は、大またに歩きはじめる。
これだけは忘れない女のたしなみ、というように。
フェミニンに軽やかなロングスカートの下、脛には薄手のストッキングの光沢をきらめかせながら。

自分に対して加えられる吸血行為が、さしたる愛情を伴なうわけでもなく。
たんに栄養補給という位置づけに過ぎないのだと。
さいしょから納得していた彼女。
初めて相手をした吸血鬼は、露骨なまでの食欲ばかりをあらわにして。
ふとした出来心で、彼が彼女のバストに触れてきたときに。
彼女は顔いろも変えないで、拒絶の意を表していた。
処女の血が、たくさん採れる。
行ないの清潔な彼女に与えられたレッテルは、果たして名誉なのか不名誉なのか。

あるときあてがわれた吸血鬼は、見ず知らずの外来の男。
初老の頬にはいやしさはなく、まあまあの相手と女は相手の値踏みをする。
抱きついてきたときには、よほど喉が渇いていたらしく。
ひどく露骨に悦ぶようすは、いままでの男どもと変わらなくって。
女はまたか・・・と言いたげに、目を閉じた。

首すじに深々と食い入る、鋭利な牙が。
くすぐるような痺れを伴ないながら、彼女の皮膚を切り裂いて。
なま温かい血潮を、ドクドクと。
ブラウスに染みがつくまで、抜き取られていった。
男は女のうなじに、腕をまわして。
ありがとう、ありがとう。ほんとうに、助かった・・・
露骨な歓喜の声を、まだくり返している。

有難う、助かるよ。
男の言い草は、描いを重ねても変わらなくて。
けれども女はいつか、納得と満足とを覚えはじめている。
男はしんそこ、女を気に入って。
いつも手の甲に接吻を重ねて、女に許しを乞うのだった。
おなじ供血行為でも、愛情の重なるそれが、いままでになく心地よいことを。
女はすぐに、理解していた。
いつになく荒々しく加えられる、豊かな胸もとへのまさぐりに。
めずらしく黒のガーターストッキングに装った両脚を、彼女はゆっくりと、押し開いていった・・・

老婦人

2011年08月03日(Wed) 23:29:56

吸血鬼が見初めたのは。
還暦をずっと越えた、老婦人。
いつも優しく、穏やかで。
気品ということばが、服を着て歩いているような彼女。
とっくに寡婦になっていて・・・とくれば、周囲の連中が想像する関係は、ただひとつ。
ところがどうやら、この吸血鬼。
彼女にはいっさい、手を出していないらしい。
毎日のようにしげしげと、彼女の家を訪問しては。
陽だまりのなか、静かに婆さん座りをする彼女の傍らで。
らちもない無駄話を、飽きもせずに繰り返している。
夕方になると。
別人のように押し黙って、ひっそりと。
黒マントを羽織り直す彼に。

あんまり若い女のひとを、苦しめちゃいけませんよ。

彼女はかなわぬたしなめを、遠ざかってゆく後ろ姿に投げてやる。
死なせるほどに愉しむわけではないのだと。
いつだか彼は、イタズラっ子の弁解のように歯切れ悪く。
彼女にひざ枕をしながら、語っていたことがある。

あるときとうとう、
嫉妬深い男たちに、つかまえられて。
彼は灰にされてしまった。
奥さん、悪い虫は退治しておきましたよ。
親切ごかしにそういって、彼女のところに灰を置きに来た連中がいなくなると。
彼女は悲しそうに、ため息をして。
そうして、おもむろに呟くのだった。

悪い子だね。こうなったときに、わたしを必要としていたのね。

彼女はほっそりとした白い指をナイフで切ると、
渇ききった灰の上、バラ色のしずくを一滴また一滴と、
静かに、静かに、垂らしていった。

いけない・・・いけない・・・

2011年07月30日(Sat) 10:51:47

いけない。いけない・・・
抑えつけられた芝生の上で。
勤め帰りのスーツに、泥を撥ねかしながら。
ひたすら、つぶやきつづけていた。
首すじに思うさま、牙を埋めてきたその男は、
強引なまでに、彼女の血を抜き取りつづけていて。
すぐに、吸い尽くされてしまいそうな気がしたものだから。

いけない・・・いけない・・・
切れ切れに声をあげる、その女(ひと)を。
男はいとおしげに、抱きよせて。
なおも逃れようとするその肩を、ひどく丁寧にさすりつづける。
与えられた至福の刻に、しんそこ酔い痴れ感謝しているのだと。
その想いは、荒々しい所作に隠れてしまいがちだったけれど。
逃げないで。
なおも這わされる唇を通して、想いが素肌にしみ込んでいった。

いけない・・・いけない・・・
女は帰り道を変えようともせずに。
レイプどうぜんに辱められた足許に、今夜も黒のストッキングをまとっている。
舐め心地を愉しまれている。その不快さ、おぞましさとはべつに。
あくまで女のたしなみを捨てまいとするように。
女はかたくななまでに装いを整え、ストッキングを脚に通しつづけていく。

いけない・・・いけない・・・
いかにも舐め心地よさそうに舐めつくされたあと。
おなじブランドのストッキングを、今夜も脚に通してしまった。
男の不埒な愉しみに、嫌悪に眉を逆立てながら。
失礼でしょう?いけすかないっ。
女はつよく咎めながら。
制止の言葉を口にしつづける。

いけない・・・いけない。
女はおなじことばを、今夜も男に囁きつづける。
それはすでに、自分の身体に加えられる苛みを制止しようとするものではなかった。
女は自分にたいして、つぶやきつづけていた。
男の想いに、引きずり込まれまいとして。