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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

ヒステリックに迫られて

2008年02月19日(Tue) 22:39:28

なっ、なにするの・・・っ!?
壁ぎわに追い詰められた奈津子は、怯えを隠すゆとりも喪っていて。
華奢な身体を包むエレガントなスカートスーツ姿に、嫌悪の震えを走らせる。
お願い。お願い。きょうはやめて。見逃してちょうだい。
昼間の高慢さをかなぐりすてた女は、手を合わさんばかりに懇願するけれど。
うふふふふっ。
蛭田は人がかわったように、意地悪な笑みを洩らしながら。
たったふたりだけの密室のなか、いつも強気な奈津子の硬い仮面を剥いでゆく。
すうっと伸ばされた猿臂に、身震いして飛びのいたはずが。
いつもの鈍さなど毛すじほどもないムチのようなしなやかな動きに囚われて。
いやっ、いやっ、いやっ、いやっ、いやああああっ・・・!!
女は身もだえをして、あらがうけれど。
もうなにをしても、ムダなんだよ。
男の腕は女をさとすように、あざけるように。
激しい抗いの手ごたえさえも、愉しみに変えてゆく。

高雅な色白の張りつめた肌が帯びるピンク色の生気は、
洗練されたウェーブを帯びた、つややかに黒い乱れ髪は、
敏捷な動きを封じ込めたフェミニンな装いは、
けだものの昂ぶりをいっそう高める。
ぴんと張った格好のよい胸を包むブラウスは、
裂けるほど張りつめて、ふしだらなくらいくしゃくしゃに波うって。
はからずも鮮やかに浮き彫りになる身体の線は、
取り繕われた礼節を、むき出しのなまめかしさに変えてゆく。

血に飢えた唇が、すっきり伸びた首筋に容赦なく吸いつけられて。
ひときわ、ぎゅう・・・っと、圧しつけられて。
きゃあっ・・・
たまぎるような悲鳴のあとは。
キュウ、キュウ、キュウ、キュウ・・・
人をこばかにしたような、不気味な吸血の音。

・・・・・・。
・・・・・・。
はあ。

奈津子はとつぜん、しらあっとした表情に舞い戻って。
はい、それまで。
さっきまで荒々しくかき抱いた蛭田の両腕を、こともなげに追い払った。
調子に乗るのは、そこまでよ。
リンと言い放った奈津子のまえに、蛭田はつきものの落ちたような顔つきをして。
奈津子の脛にツヤツヤ光るなまめかしいパンティストッキング姿を、残り惜しそうに盗み見ながら。
あの。せめて・・・もぅちょっとだけ。
そんなふうに、言いたげにしていたけれど。
昼間の高慢さを寸分たがわず取り戻した奈津子は、もう取り合うふうもない。
うなじに滲んだ血を、サッと手早く拭き取ると、
じゃあね。さよなら。
ジャケットに袖を通すなり、蛭田のわきをついとすり抜けて、
あれよあれよ・・・という間に、蛭田の鼻先でドアをばたんと閉ざしていた。

あらー。
九分九厘まで手中にしかけた獲物が、するりと掌のなかから抜け出してしまうと。
蛭田は阿呆のように、いつまでも口をぽかんと開けている。
だしぬけにドアが、もういちど開くと。
ホテル代、あなた払いよ。
どこまでも憎々しく笑う美貌が、あかんべえを送ってきて。
一瞬のちには、乱暴にばたんと閉じられる。
ドアの向こう側。
ざまーみろ。
奈津子が意地悪く口を突き出して笑っているようすが、マザマザと伝わってきた。

翌朝。
いつもなら。
ちょっぴり蒼ざめやつれた顔。
ことさらいつもどおりを装う、気丈な足どり。
ほかのものには見分けることができないほどの、微妙な身体の揺れ。
おはようのあいさつだけで、それらすべてを察してしまう。
夕べの満悦も。だまっておいてねのサインも。
意味深な瞬間のなか、いちぶしじゅうを嗅ぎ分けるはずが。
ふたりきりのエレベーターのなか、
女は驚いたことに、降りぎわいきなりあかんべえをかましてきたのだった。

どうなってんだろ。
悄然と入って行った営業部のオフィス。
けれどもだれも、蛭田の変化に気づいたりはしない。
だって営業成績万年びりの彼は、いつもそうやって、尾羽打ち枯らしているのがつねなのだから。
ちょっとお。あんた・・・
奈津子のトゲトゲしい声に、ぎくりとすると。
いま標的になっているのは、彼女とおなじ課の若手の男の子。
蛭田ほどではないにせよ、もの慣れずにもたもたしていると、たちまち悪罵の的にされるのだ。
隣の課の美しいお姉さまは、いつもみんなの恐怖の的。
きょうはなにがご悋気なのか、朝っぱらからじつにご機嫌がうるわしくない。
おい、おい。
脇から間々田がひじでつついてくる。
どうなってんだよ?お前、かげの奈津子係じゃないのか~?
おい、よせよ・・・
蛭田は微妙に、視線を避ける。
ははーん・・・という顔つきをする同期の切れ者に。
もう、勝手にしろ・・・
蛭田は蛭田で、やけっぱちになっている。

だいぶ、もててるみたいねー。どんな男にも、人気のつくことはあるっていうけど。
昼休み。人が散ってしまったがらんどうのオフィスのなか。
腕組みして近寄ってきた奈津子は、いきなり速射砲を浴びせかけてきた。
えっ???
虚を衝かれてオロオロする蛭田を尻目に、奈津子はくるりと背を向けて。
カッコウの良い脚も大またに、ハイヒールの音を遠ざけてゆく。
後ろから背中を、指で突っつくやつがいる。
こ~ら。わかっちまったぞ。
振り向くと。いつも蛭田に勝ち続ける同期のあいつが、ニヤニヤと笑っている。
いっつもこいつは、こんなふうに。
オレをにやにや笑いながら、同期のトップを走っていく。

からになったディッシュが乱雑に並んだ、カフェテリア。
逞しい体格の持ち主である間々田は、食欲も蛭田の倍はあるらしい。
さいきん、奈津子とどれくらいあるんだ?
頻度のことか・・・?
ばか。
いきなりばか扱いでは、いくら蛭田といえどもふくれ面のひとつもするのだが。
しょげきった声は、正直に応えてしまっている。
周囲に意味の取りにくいほどのニュアンスを込めて。
そう・・・ごとうびくらいかな。
十日にいっぺんかぁ。
間々田はばかにしたように、あからさまな表現に変換してあけすけに押し返す。
けれども放たれた二の矢は、もっと鋭い。
いままでは?
そこまでふつう、立ち入るかよ。
ふだんの蛭田でも、それくらいは感じるものなのだが。
やっぱりしょげ切っている蛭田には、それしきのことさえできないらしい。
やっぱり素直に、応えていた。
日に二回。
夜いがいは・・・仕事中か。
あははははっ。
間々田の声が大きくなったのは。
周囲から人影が消えたせいだろう。
おれはな。どんな夜でも瑞江を抱いているんだぜ?
え?
ほかの女とヤッた晩でも、瑞江のことを抱いているっていうんだよ。
ふーん。
じぶんの女に、あんたもてるわねって言われて、それを賞賛だと思い込むほど素直なの?
間々田は悪友に容赦なくとどめをさすと。
それでもふたり分の勘定書きを持って、先に出て行った。
午後は出張でもして、頭冷やすんだな。
と、いいのこして。

社に戻ったのは、一時間後。
もー!なにやってんのよっ!!!
営業部のフロアに戻ったとたん、耳をつんざいたのは、隣の課のヴィーナスの声。
ヴィーナスなんかじゃない。あれはマルスだ。
思わずきびすをめぐらそうとしたとき。
ちらりと自分をよぎった視線が、すぐに伏せられるのを感じた。
その視線は、ふしぎな温度と湿りを秘めていた。
奈津子は第二の被害者に噛みつくのをやめて、いきなりついっとフロアから出て行った。
間々田が、あごをしゃくっている。だれにも気づかれないように。
行け。と。

あまりに足早に立ち去っていった女を、さがしあぐねて。
あちらの部署。こちらのオフィス。
人のいない社員食堂にさえ、顔を出して。
思い切ってドアを叩いた役員室には、女史がいつものようにきりりと背筋を伸ばして執務していた。
あの・・・
声かける心のゆとりなんか、とてもない。
女史はちらりと冷たい視線を投げてきて。
相手がだれだか確認すると、蛭田のことなんかてんで無視して、
視線の行き先を机上の書類に直行させた。

さいごに足を留めたのは、いつもの小部屋。
蛭田に逢いたくないとき、あの女がいちばん行きそうにない処。
いるわけないよな。
冷え冷えとした気分で、通りすぎようとすると。
かすかに人の声が、洩れてきた。
声をあげそうになって、思わず口を堅く閉ざしていた。
ドアの向こう側。
感じなれた気配の主が洩らしているのは、声を忍ぶすすり泣きだったから。
立ち去ろうか。思い切って、踏み込もうか。
逡巡する、一瞬二瞬。
不覚な身じろぎを、ドアの向こうは敏感に感じ取っていた。
入って頂戴。
リンと澄み渡った声色は。
いつもと寸分たがわぬ冷ややかさを帯びている。

目を合わせる勇気なんか、なかったけれど。
むりに視線を、奈津子の顔にもっていくと。
女は蛭田のおどおどとした視線をまともに跳ね返して。
無言で脚を、さし寄せてきた。
ストッキング、破って頂戴。
え?
早く。
女は冷然と、命じてくる。
鋭く小さな声色で、おっかぶせるように。
うんと、こっぴどく引き裂いて!
さっき、まともに目を合わせたとき。
女の目を覆っている目のくまと、紅いまぶたを。
蛭田は記憶の彼方に押しやった。

震える手指は、女の脛に触れると。
別人のように、力を帯びた。
足首を包み込み、密着させるような、しつような愛撫。
かばうほどこまやかで、いやらしいほどねっちりとした指先は。
薄手のナイロンのサリサリという衣擦れを奏でてゆく。
さりげなく爪をたてて。
ぴちっ・・・と裂け目を入れて。
適確に入れられた裂け目は、ぶちーっと大胆に広がっていって。
女の脚周りに張りつめていた光沢を、ゆるゆるとほどいてゆく。
ぶりっ!びちっ!ぱりぱりっ・・・!
男の瞳が、焔を帯びるのを。
女はしずかに腰かけたまま、しんけんなまなざしをそそいでいった。

ご悋気、おさまったみたいだね。
先刻こっぴどくやっつけられていた若い男の子たちの、ひそひそ声。
もうじき、終業時間。
きょうは、定時退社日。
ただでさえ、気分がほぐれる夕暮れ刻。
隣の課の怖いお姉さまは。
昼までとは別人のように、ご機嫌うるわしく。
取り巻きの若い妹ぶんたちを相手に、ころころと笑いころげている。
奈津子の履いているストッキングの色が微妙に変わったのを、目ざとく気づいたのは。
たぶん間々田だけだろう。
やりやがったな?
さっき半秒ほど、イタズラっぽい視線をちらっと投げてきた。
蛭田はくすぐったそうにそれを受け止めて。
さっきトイレにたった帰りに、それとなく廊下で待ち構えていた奈津子のつぶやきを、反芻する。
夕べのつづき。
そっぽを向きながら、かわいくない顔をして。
声だけはハッキリと、意志を伝えてきたのだった。


あとがき
ヒステリックに迫ったのは。
前半いい思いをしそうになった蛭田のほうではなくて・・・というお話でした。

化粧落とし、持ってきて。

2007年12月22日(Sat) 09:02:57

1.
困ってるんです。
ほんとうに、困り果てているようすが、かわいくて。
事情を聞くと、おやすい御用。
だいじな書類を、シュレッダーしちゃったんだって。
そういうのをごまかすのは、大の得意という蛭田くん。
さっそくうまくとりつくろってあげて。
感謝、感謝の女の子を、さりげなくいつもの別室に連れ込んで。
あたりに人がいないのを見計らって、やおら本性さらけ出す。

きゃあっ。怖い・・・怖いです・・・
女の子はもう、半泣きで。
ひたすらかぶりを振って、いやいやをして。胸の前に手を合わせて。
ごめんなさい。そういうの、ダメなんです。お願いですから、見逃してください。
髪震わせてひたすら哀願するようすが、なおさら初々しくって。
ごめんね。きみ。でもボクももう、あとに引けないや。
正体を知ってしまった以上、きみもボクも、ひとつ運命になるしかないのさ。
蛭田くんはドキドキ、わくわく胸わななかせながら。
女の子の肩を捕まえて。
ちょっとだけ痛いけど・・・さいしょのうちだけだから。ガマンするんだよ。
そむけられた顔。キュッと閉じられたまぶた。がくがく震える、白ストッキングの脚。
どれもこれもが、いとおしくって。
つい、股間を昂ぶらせちゃって。
なだめ言葉ももどかしく、
かりり・・・
彼女のうなじを、噛んでいる。

やだっ。やだっ。お嫁にいけなくなっちゃう・・・
いまさら、なんて古風な子なんだろう。
思い切り抱きしめた腕のなか。
女の子はいっそう硬く、身をすくませる。
吸い取られてしまう血の量を、なんとかそんなことで加減できると思っているのだろうか?
涙声の下をくぐり抜けるようにして吸い出した血は、まぎれもなく処女の味。
いまどきほんとうに、珍しい。
こないだエジキにしたのは、すんでのこと蹴られそうになった奈津子の妹分ども。
テーブルの下、追いこめられて。
せぇの、せっ!で、ハイヒールで蹴られそうになって。
一発逆転、モノにしてはみたものの。
なんと処女率、0%・・・
さすがは奈津子の妹分・・・って、感心するわけないだろう?
だからなおさら、はぜるほど渇いた喉に。
この子の血潮は心地よかった。

ひどい。ひどい。
ブラウスに撥ねた血を、悔しそうにハンカチで拭おうとして。
ぺたりと腰かけた椅子の下
透きとおるほど薄いストッキングを穿いた足許に、かがみ込んでいって。
白のストッキングが光沢をよぎらせて、初々しく輝くひざ小僧のまわり。
よだれたっぷりのべろを垂らして、思いっきりねぶりつく。
ああ!もう・・・やめて・・・っ!
この子、なかなか酔わないな。
酔わせて、ふらふらにして、くたりと倒れ臥してからが、お愉しみ。^^
白のフレアスカートのすそ、もみくちゃにして。
スカートの奥まで、味わってしまおう。
いやまてよ・・・いちどで尽くすのは、もったいないかな?

くらっ。
めまいがした。
女の子が・・・ではなくて、めまいの主は、蛭田。
一瞬のこと。ぐらーんと、身体が傾いていって。
さいごに意識したのは、おでこを床で、したたかに打ったこと。
・・・・・・。
・・・・・・。
かわいいわね。いつもいつも。
初々しい髪型の下。
スッと冷めた頬に、じわりと笑みを滲ませるのは。
かつてこの会社に、秘書としてもぐり込んでいた女。
たおやかなその身をめぐる血潮に秘められた毒を、消し去りかねている女。
白鳥秘書・・・自らの名を社員の記憶から消し去ったのは、彼女自身。

2.
ふーん。
理科の先生が、ビーカーのなかの化学反応でも見るような目をして。
じっと顔を見つめてくる。
意識が戻って、美貌の主に、いきなりそんなことをされたなら。
どんな男の子だって、どぎまぎしてしまうことだろう。
ましてそれが蛭田ときた日には。
をろをろ、そわそわ・・・って。
うろたえきっているようすに、顔を覗き込んだ女も、かたわらに控える女も、
くすくす、げらげら、つつしみなんかかなぐり捨てて笑い転げている。
理科の先生は、ひさしぶりに見る知的な美貌をいっそう輝かせていて。
髪の毛をちょっと、茶色く染めて。
見慣れない金ぶちメガネの奥、あの魅惑的な瞳を、きらきらと輝かせて。
少年のような好奇心を、あらわにする。

気付け薬は、いらないようね。
岬さん、もういいのよ?
理科の先生は、かいがいしく胸をはだけた奈津子を制すると。
あなたの血は、この子なんかにもったいないから。
って。
きらきらとした知性を吹っ飛ばして、もういちど笑い転げた。
当社きってのキャリアレディにして、史上最年少の女性重役。
女史と呼ばれ畏れられる鳥飼さんが、こんなにもあけっぴろげに笑いをはじけさせるのは。
たぶん、このふたりの前だけだろう。

久しぶりの美貌に、陶然となりながらも。
どうしてこんなに、笑われなくっちゃならないのか。
蛭田には、どうしても、ぴんとこない。
そりゃ、ボクはみっともないキャラですよ。
だけど、だけど、いきなりそんなに笑うなんて・・・
内心じくじくしている蛭田の顔色を察すると。
女史はその思いを一発で吹き飛ばす妙案を持っていた。
岬さん、鏡持ってきて。
まだ、くすくす笑い崩れながら。
女史は奈津子の持ってきた化粧直し用の鏡を蛭田に向けた。
それは、ドラキュラに突きつけた十字架ほどの効果があった。
ぎゃああああっ・・・
蛭田の絶叫に、女たちはもういちど、爆笑をはじけさせた。

これが・・・ボクの・・・顔?
鏡に映っているのは、まぎれもなく女の顔。
それも、どこかで見た覚えのある美女の顔。
たしかこのひと・・・うちの会社で秘書やっていたような。
かわいい子。ちょっとイタズラ、してあげる。
遠くなった意識のかなた。
まるで鼓膜を毒液に浸されるような、甘美に濡れた、ねっとりとした声。
いまごろになって、じんじんとよみがえってきた・・・
巧みに刷かれた化粧は、なつかしくもあるその女(ひと)の面貌を
たしかにうり二つに再現ようとしていたけれど。
けれどもごつごつとした顔の輪郭と。
くっきり太い濃い眉毛は。
巧妙なメイクそのものを、裏切っている。
だれの血を吸ったんだか、よぅくわかったわね?
女史のささやきに、がっくりと。蛭田ははっきり肩を落とす。
困った女の子を助けてあげるのは、見あげたことだけど。
見返りを要求したら、そこですべてが終わるのよ。わかった?
まるで母親のようにさとされる傍らで、
奈津子はまだ、くっ、くっ、と、笑いの余韻をこらえかねている。


岬さん、化粧落とし取ってくれる?
あぁ、やっと開放されるんだ・・・
顔の皮膚から空気をさまたげる、ごつごつとこわばった化粧が、いまさらながらうっとうしい。
ファンデーションなるものの正体は、これなのか。
女の装いの裏側。
まるで手品の種をみせられたよう。
これはたしかに、苦しいや。
化粧直しのさいちゅうの女を襲うのだけは、やめとこう・・・
そんな殊勝な決意をしたときに。
女史は透きとおった頬に、意地のわるい微笑をじんわり滲ませる。
岬さん、そこの基礎化粧品も、お願い。

そおら、できあがり。
鏡のなかの自分は、もっと”美しく”されている。
おいおい・・・みんなでそこまでなぶるの?
蛭田が泣きを入れようとすると、女史はすかさず彼の心を読んでいて。
あら。感謝してもらいたいくらいだわ。ねぇ、岬さん。このひと、きれいでしょ?
ウン。
奈津子までもが、おおまじめに頷きかえしている。
よく見ると・・・鏡のなかの自分の貌は、女史とうり二つの輝きを帯びている。
はい、メガネ。
女史愛用の銀ぶちメガネをかけると、できあがり。
即席女史の、できあがりね。
奈津子がおどけると、さすがに女史は「こら」と奈津子をたしなめたけど。
すこしくらい、私たちのイタズラにも付き合ってもらわなくちゃね。
こっち来なさい。
囚われの蛭田。そこにはもう自由はない。

悪いようには、しないから。
女史のことばをいっしんに信じて。
信じて信じきっているうちに。
これ、私が若いころ着ていた服なのよ。
髪型、もうちょっとアップにしたほうが、女史に似ますわよ。
女ふたりは、蝶ちょが花と戯れるよう。
蛭田の周りを、ひとまわりふたまわりして。
サナギを蝶に、変えてゆく。

ニッと、笑ってみる。
ツンと、取り澄ましてみる。
きりりと、頬を引き締めてみる。
どう見ても、女史の顔。
それも若いころの、いっそう輝いた女史の顔。
すばらしい・・・って、奈津子がほめたのは。
蛭田の顔では、もちろんなくて。女史の腕前そのものに過ぎなかったけど。
それくらいに見栄えのする化粧だった。
男子社員をね。こうやって別会社に、女性秘書として送り込んだこともあるのよ。私。
女史はちょっぴり得意げに笑いながら。
でもこれは、禁じ手。いまのわたしなら、そんな姑息なことはやらないわ。
でも若いころって、自分の腕や才能を、なにかにつけて愉しみたくなるものなのよね。
女史はちょっと悩ましげに、長いまつ毛を震わせる。
この悩み・・・あなたになら、分かるでしょ?
そんなふうに見つめられて。
奈津子はうっとりと、頷きかえしている。

コツコツ・・・カツカツ・・・
宴会ではたしかに、女装して芸をやったこともある。
なによりも、女に身を寄り添わせるうちに。
女の身体から、生き血を盗み取ってゆくうちに。
たいがいのことは、わきまえ身に着けるようになった男。
ふつうならけつまずいてしまうような、かかとの高いハイヒールも。
蛭田は苦もなく、穿きこなしている。
まるで女史そのものになったように、カツンカツンとヒールの音を響かせて。
闊歩するのは、オフィスの廊下。
ばれるかばれないか、賭けてみようよ。
女史が奈津子をつっつくと。
ばれないと思うけど・・・じゃあ私ばれるほうに賭けますわね。
どこまでも可愛い、娘分だった。

いつものオフィスに顔を出しても。
それが蛭田だと気づかない周囲の連中は。
よどんで疲れきった空気のなか、いつもと変わりなくお仕事に励んでいる。
あの間々田にしてからが、ワイシャツ一枚のたくましい胸を突き出すようにして、伸びなんかしちゃって。
新来の”女”になんか、目もくれないで、お堅く構えきっている。
コツコツ、ツカツカ・・・
得意になって歩き回るオフィス。
さすがに周囲の連中も、異分子の存在に注意を払い始める。

オイ、あれ・・・だれだ?
さぁ。でも美人だな。
間々田んとこの、クライアントだろう。
いや、ちがうって。そうだったらあいつがちゃんとお世話するもん。
じゃー、いったい・・・?
女史の娘じゃないか?そっくりじゃん。
あっ!そういえば。
身のこなしや歩き方まで、似ているぜ。
ご本人にしちゃ、若すぎるもんな。
だれか、声かけてみろよ。
えー、だって・・・
女史とはかかわりたいような、かかわりたくないような。
しかけてみたいような、しっぺ返しが怖いような。
男子社員のあいだに漂う、ためらいの空気。

蛭田は内心、得意である。
女史の仮面をつけたまま。
みんなのまえ、ストッキングの脚をさらして歩き回る、いつものオフィス。
けれどもさすがに、おなじ課のAが前に進み出てきて、
あの・・・って、ためらいがちに声かけてきたときは、びっくりした。
さすがに声までは、変えられていない。
ちょっと顔をしかめてみせて。
相手が失望と安堵を同時に滲ませて見送る視線を感じながら。
落ち着き払って、オフィスをあとにする。

よくできました。
役員室のなか。女史はぱちぱちと軽く手を叩いて。
蛭田の労をねぎらった。
もう。早く落としてくださいよ。
そうね。
じゃ、岬さん。化粧落とし持ってきて。
それと・・・そこのファンデーションと、口紅と・・・
ええええええっ!?
真顔になって指示をつづける女史のまえ。
蛭田はほんとうに、女の子みたいにすくみあがった。

きょうはもう、お仕事あがりにしていいでしょ?
(どうせたいした仕事があるわけじゃなし)
女史の顔には、そう書いてある。
早退届、出しておきました。
奈津子の処置も、ソツがない。
じゃあこれから、ホテル行きましょ。
特等席、とっておいたわ。
そこでふたりで、このまんまの格好で。
いつものように、遊ぶのよ。
出張先(むこう)で写真術、覚えてきたの。
さっそく試してみたいものだわ。
若いときは、自分のウデや才能を、なにかにつけて愉しみたくなるものね・・・
ふふっ、と得意げに笑う女史のまえ。
奈津子は示し合わせたように、笑み返す。
賭けに負けた奈津子は、蛭田とのプレイの撮影権を女史に譲り渡したらしい。
女史と乱れているみたいで・・・昂奮できそうですわ。
相手が蛭田くんでも。
くすっと笑って、可愛く肩をすくめる奈津子を。
女史はじつの娘のようにいとおしげに見つめている。

ホテルのロビーに降り立ったのは。
きりりとしたスーツに装った、三人の女。
母娘らしいひと組と。娘のほうと同年代のOLふうの美人。
はた目にはきっと、そう映ったことだろう。
ラウンジの窓ごしに、アップル・ティーを啜る女は。
ウキウキとエレベーターの向こうへと消えて行く三人の影を目で追いかけて。
また・・・やられてしまいましたわね。
わたくしも、覗いてみたいくらだいだわ。
心の中で、そっとつぶやいている。
秘めている妍が、いつになく和らいでいて。
女はおだやかに笑みながら、カップをもてあそぶ。
体内の血に、猛毒を秘めた女。
あの子に血を吸われると毒の濃度が下がるみたい。
ふふふ。
また、愉しませてね。蛭田くん。
女はティー・カップごし、三人を見送ると。
さいごのひと口を飲み干して。
つやつやと輝く光沢入りのストッキングの脚を、退屈そうに組みなおした。

初めて操を喪って。  間々田の母の場合

2007年11月26日(Mon) 07:39:19

初めて操を破ったとき。
畳に散らかったのは、脱がされたスカート。引き裂かれたブラウス。
人前に出られないほど、振り乱された髪。
ストラップが片方ちぎれた、ロングスリップ。
ちりちりに咬み破られたストッキングの裂け目ごし。
じかに冷気に触れる素肌が、すーすーと肌寒い。
喪われてしまった操。
それでも冷静でいられるのは、どういうわけだろう?
頭の奥が、スッとした。
股間にねばつくものを、思い切りよくさっと拭い取ったとき。
傍らに寝そべる男がフフフと笑う。
蛭田と名乗る、その男こそ。
永年守り通してきた貞操をたったいま辱めぬいた、にくい男。
にくいはずの男。

ごめんくださぁい。
玄関先にのどかに響くのは。
宅配便らしい男の、若い声。
とても、人前に出られた情況ではない。
ご近所のうわさになってしまう。
代わりに、出て。
そう、目で訴えると。
男は物分りよく、さっと立ち上がる。
さっきまでの飢えた獣の面貌を、思い切り冷ややかな無表情の下にしまい込んで。

ごめんなさい。
男はすぐに、をたをたと戻ってきた。
奥さん、判こ・・・
もう!気の利かない話・・・
でももう、手早くすませた身づくろいのあとは、
もとの質素な奥方になりきっていた。
ああ、はい。ここに捺せばよろしいんですね?ごくろうさま。
届いたのは、大きな箱。
壊れ物、って書いてある。
お開けになるのは、奥さんですよね?
男はなぜかイタズラッぽく笑って、封を切るのだけは手伝ってくれた。

出てきたのは、大仰なまでのフラワー・アレンジメント。
血のようい紅いバラの花は、さっき彼女が流した本物の血のように濃い。
部屋に満ちあふれる香気にうっとりとなりながら。
女は花束に挿された紙片を手に取った。
男はさりげなく座をはずし、外を窺うように窓辺にたたずんだ。

「攻略おめでとう♪ 勇&瑞江」

なぁに、これ?
内心しまったと思いながら。
操子は愛人をかえりみる。
たくらんだのね?あなた達。
さぁ。。。
手をお出しになって。
え・・・?
蛭田がいぶかしそうにしていると。
女はバラを一輪つまみあげて、
蛭田の手の甲に、棘を突き刺した。
あ痛たた・・・っ!
頓狂な声をあげて飛び上がる蛭田を、くすくす笑いながら。
これでおあいこに、してあげる。
かけがえのなかったはずの貞節を。
こんなていどで惜しげもなく引き換えにしてしまうと。
女は思い切りよくサバサバと立ち上がって。
部屋の隅に脱ぎ捨てられてあった黒のストッキングを拾い上げて。
だらしなさげに、ぶら下げて。
はい。捨てといて。
男の手に、渡していた。
なぁに、捨てるはずはない。
持って帰って、息子に見せびらかすのだろうか。
嫁にまで見られるのは・・・気が引けなくもないけれど。
せめてそれが、高価なブランドものであることが。
操子のプライドをかろうじて、満足させた。

瑞江さんのときには、勇が自分で渡したのかしら?
ずばり、言い当てられて。
あのとき、照れくさそうにしていたあいつの顔を思い出すと。
瓜二つの彫りの深い面差しが、うふふふふっ・・・って、笑いこけた。
うちの人が元気だったら。
あなたに渡してもらったのにね。
賢夫人の面貌をかなぐり捨てて。
女はひとりの女に、戻っていく。

週末は、夫の法事。
親戚一同を、送り出したら。
まじめくさってしゃちこばっているであろう息子に、なんて言ってやろうか?
この男と待ち合わせるホテルに、瑞江も誘って。
おそろいの黒のストッキングの脚を、息子に見せびらかしながら。
黒のストッキング。お父様を弔う意外にも、使い道があったのね。
二人して、彼にご馳走しちゃおうね?
いつもしっくりゆかなかった嫁も、声合わせて笑ってくれるに違いない。


あとがき
奥ゆかしく秘めた貞操を食べられてしまった賢夫人さん。
凌辱のあとはよよと泣き崩れるよりも。
こんなふうにさばけてしまったほうが、愉しいかも?^^

エリート

2007年11月26日(Mon) 05:40:01

間々田は、エリートサラリーマンである。
同期の中でいちばん早く、チーフディレクターになった。
チーフディレクターというのがどれほどえらいのかは、読者の想像にお任せするが、
とにかく同期に羨まがられたことは、間違いない。
そのうえ奥さんは、ミス総務部だった同期の女子社員である。
どちらかというと、こちらのほうが羨まがられたことも、想像に難くない。
けれども誰も知らないのは・・・そうした栄光の座の裏面である。

同期に、蛭田という男がいた。
間々田と正反対の、さえない男である。
もちろんいまだに平社員なのは、想像に難くないであろう。
間々田の上には課長がいる、ということは。
チーフディレクターがいくらえらいといっても、それはせいぜい課長補佐か係長といったところだろうから。
彼よりもできのよくない蛭田は、当然に平社員なのである。
どれほどさえないかは読者のご想像に任せるが、
まずたいがいの仕事は、まともにできたためしがないといえば、容易に察しがつくだろう。
いちどだけ。
間々田に勝ったことがあるというのだが。
だれもそんなささいな勝ち負けのことなんか、もうとっくに忘れてしまっているだろう。
けれども。
蛭田はじつは、間々田に勝っているのである。
というよりも、勝ちつづけているのである。
信じられない話であろうが。
世の中、そういうこともあるのである。
そして、自分より劣ると自他ともに認めるやつが、たまさか勝ちつづけたからといって。
意外に腹立たしさを感じないということも、世の中には存在するようである。
いっぽうで。
とてもかなわない―――それもかけ離れてかなわないというほどのけた外れの相手に勝負を譲ったからといって。
力の等しい競争相手に負けるのに比べれば、
悔しいという感覚が鈍磨してしまうというのも事実である。
蛭田と間々田の関係がそのどちらにあたるのか。
それも、読者のご想像に任せるほうが、このさい適当というものだろう。

蛭田は、間々田夫人を寝取っていた。
それも、きのうやきょうからの仲ではない。
間々田との結婚前から、寝取っているのである。
夫の間々田がそれを黙認しているなどということは。
同期はもとより、この世のだれもが知らないくらいの、秘密に属するのである。
そんなことが知れ渡ってしまったなら。
もちろん、エリートサラリーマンとは見なされないであろうから。

間々田夫人の瑞江は、なかなかよくできた女である。
人妻ながら、まだお嬢さんみたいな若さを保っていた。
どれほど若々しかったかといえば、これも横着ながら読者のご想像にお任せしてしまうのだが、
透きとおるほど白い肌と、ツヤツヤとした黒髪と。
よく輝く瞳。濡れるように紅い唇。
知性的な風貌を損なわないていどに、ほどよく突き出たおっぱいと。
どう見てもすらりとしているのに、それでいてむっちりした肉づきをそなえたふくらはぎと。
そんな風情を思い浮かべていただければ、まず適切というところであろう。

よくできた・・・というのは。
たんに美貌というだけでは、むろんない。
知性や教養。所帯持ちのよさ。
そんなことは、エリートサラリーマンの女房としては、まず当然のことであって、
いちいちここで書くほどのものではないのだが。
なんといっても最も上首尾の部類といえるのは。
己の浮気を、夫にそれとなく知られながら。
嫉妬されてもおらず、夫の愛情をそこねてもおらないという点につきるのである。
これは、不思議な魔法であって。
夫にかいがいしく尽くすとか、
うまいこと、受け流しているとか。
床あしらいがいいとか。
そんなことだけでは、決してうまくいくはずもないことなのである。
それを顔色ひとつ変えずに、なんなくやり遂げてしまう・・・ということは。
ただもう、それだけで。
瑞江という女が、ただものではないことを証明しているといえるであろう。

若い妻にとって、浮気の最大の妨害者は、いうまでもなく夫である。
たまさか、夫を手なずけてしまった・・・としても。
強敵はもうひとり、この世に存在する。
それは姑という名を持つ女である。
姑というものは、嫁という種類の女にとって、いついかなるときでも天敵であり得るのだが。
さすがエリートサラリーマンの母だけあって、
操子という名を持つこの姑は、まことに手ごわい相手だった。
それがあるときをさかいに、ころりと参ってしまったのは。
まったく、瑞江という女のよくできているゆえんというものだろう。
瑞江がもちいた手段は、いたって簡単である。
愛人の蛭田に、操子を引き合わせてしまうことだったのだ。
なにしろ蛭田は、吸血鬼だったから。

操子がいかに手ごわい賢夫人であればとて、思い通りにすることは、ひと思いですむのである。
案の定、といおうか。ご多分に漏れず、といおうか。
未亡人であった操子夫人は、蛭田のためにめろめろに酔わされてしまって。
奥ゆかしくも秘めていた淑徳を、息子の悪友の劣情を前に、惜しげもなく散らしてしまったのである。
あのどん尻サラリーマンにすぎない蛭田が、人の生き血を吸って、
相手の意思を支配して、思い通りにしてしまうなどということは。
それこそ誰にとっても、想像の埒外というものであるのだが。
ラチ外・・・ということは、しばしば人を唖然とさせてしまうようで。
あまりにも唖然としてしまった彼女の息子は、貞操堅固であった母親の情事をさえも、苦笑をもって報いるだけだったという。

今の世の中は、携帯電話という便利なものがあって、
その便利さは、こうした間々田や蛭田のあいだでも、とても重宝すべきものであった。
なぜなら、お互いかち合ってしまうという気まずさを、
ワイシャツの胸ポケットに入るほどのこの小さな武器が、すっかり解決してくれるのだから。
蛭田が欲情を覚えたとき、
ないしはいつもどおりのへまを上司になじられて切なくなったとき。
彼は会社の廊下の隅っこで、ぶつくさ言いながら、間々田にあてて携帯メールを打つのである。
「今夜はお帰りは遅いですか」
とまあ、こんなような文面である。
間々田は一を聞いて十を知るようなエリートサラリーマンであるから。
たちまち同期の男のけしからぬ意図を察知するはずである。
「うちで一杯、やりますか?何時でも歓迎ですが、帰りは遅いです」
もうそれで、十分。
夜訪れる吸血鬼を歓迎するのは、親友じしんよりも、その妻のほうが適役というものであろうから。

蛭田はわくわくとして、夜の路をたどってゆく。
なにしろ、ピチピチとした若妻と、脂ののり切った熟女が、
心を込めて歓待してくれるのだから。
こういうときだけは、蛭田はかなり有能な男に早変わりする。
出迎えてくれたふたりの顔色を見比べると。
毎晩のように満たされている若妻は、それ相応に落ち着いているのに。
貞女の顔をとりつくろいながらも情事に浸る嫁が羨ましくてならない姑のほうは、
やっぱりそれなりの妍を、落ち着いた気品漂う風貌のどこかによぎらせているものなのである。
そうはいっても、瑞江といえども、そう毎晩夫からの満足を享けている訳ではない。
夫はなにしろエリートサラリーマンであるから、
仕事ができなくて早く帰される蛭田なんかよりも、ずっと帰りが遅いからである。
ふたりとも、かげながら、ほんとうにかげながら、男を求めている。
そして夫であり息子であるこの家唯一の男の住人の、今夜の帰りは遅い。
さぁ、どちらを先にしようか・・・
読者が蛭田なら、嫁と姑・・・どちらを優先なさいますか?

蛭田がさきに触手を伸ばしたのは、母親のほうであった。
もちろん、ご想像のなかでちがう選択を試みた読者諸兄諸姉もおいでであろう。
が・・・ここはまず、蛭田の選択にしたがってみようではないか。
なによりも真っ先に蛭田が考えたのは、己の食欲を満たす・・・ということばかりではなかったらしい。
たんに血に渇いた喉をうるおすだけのことならば。
その役はより若い血液を秘めた若妻のほうが適役であろうから。
蛭田が考慮したのは、ふたりの女のバランスというものである。
先に食される・・・ということは。
やはりなんといっても、女にとっては名誉なのである。
そして嫁と姑という組み合わせほど、”名誉”というもののまえに闘志をむき出しにするのは、
どこでもご多分に漏れないことである。
賢夫人である姑殿が、蛭田のまえさっと気前よく熟れた素肌をあらわにしたのは、いうまでもない。

蛭田のねらいは、べつにもある。
本命は、いわずとしれた瑞江のほうである。
けれども瑞江とはしっかり気脈を通じ合っているのであって、いまさらつまらない順序争いで嫉妬するわけではない。
そのうえ、なによりも若い素肌が放つえもいわれない香気は、
あとの愉しみにとっておくに、じゅうぶん値するのである。
けむたい姑をへろへろに酔わせてしまって。
お行儀よく、寝かしつけて。
さあ、それからが、本番だ。
蛭田のねらいは、さらにべつにもあるのだが。
それについてはおいおい触れるとして、
そろそろこの飢えた男のフラチな欲求を、少しずつ開放してやろうではないか。

姑と二人きりになると。
蛭田はだらしなく相好を崩して、この美しい姥桜によりかかっていくのである。
それは母親に甘えるような気安さで、女は母性本能をくすぐられるままに、しょうしょうのフラチには目を瞑ってしまうのである。
なにしろもう、夫はいない。
息子も嫁も、むろん口を閉ざしてなにも見ずなにも語らないのはむろんのこと。
自分はただ、愉しんでしまえばよい。
質素な黒の喪服は、彼女の気品を損なうことなく、かえって情人を欲情させるのに役立つはずだ。
気丈な賢夫人はかくて、きりりと装った高貴な衣装を、
およそ不似合いな好奇と欲情に満ちた唇だの舌だのに、惜しげもなくゆだねていってしまうのである。

携帯メールというものは、いつの場合にも便利な道具である。
布団のうえで、七転八倒、いや極楽往生を決め込んでいると。
てきとうなところでぴりりと鳴って、われに返らせてくれたりする。
「そろそろ帰りますが」
とは、この家の家長どのの弁である。
「どうぞ、お戻りください。いまお母上と面談中です」
蛭田は顔色ひとつ変えないで、返信を打つのである。
傍らに寝そべるお母上は、あまりに激しい腰使いに疲れ果て、
そのうえしたたかに相手をした吸血行為のために、すっかりへたってしまっている。

「お母上と面談中」
そんな返信を受け取って、内心間々田は困ったな、と思っているはずである。
彼の目論見では、あのだらしない蛭田のことであるから、さきにピチピチ妻を牙にかけて酔わしてしまい、
いまごろは母親にとっくりとお灸をすえられているだろうということだったのだが。
どうやら順序が、逆らしい。
いま帰宅すると、ちょうどやつが妻を食い荒らしている最中という、情けない情況に陥ること必然である。
けれども飲み疲れた上役はもう帰ると宣言しているし、
終電が迫っているいまとなっては、ほかにもう時間をつぶすよすがとてないのである。
けれどもそこは、冷静きわまりないエリートサラリーマンのこと。
かれはちっとも騒がず、返信に返信をする。
「わかりました。これから戻るので、よければ一杯やりましょう」

ええと、ここで簡単なおさらいです。

今夜は帰りは遅いですか
うちで一杯、やりますか?何時でも歓迎ですが、帰りは遅いです
そろそろ帰りますが。
どうぞ、お戻りください。いまお母上と面談中です。
わかりました。これから戻るので、よければ一杯やりましょう。

非の打ち所のない、やり取りではあるまいか?
ここからさいぜんから言及している不埒な行為の連続に察しをつけるには、よほどの想像力が要りようではあるまいか。
それでも彼はやり通し、彼はやられ通してしまっているのである。
その立場の相違は、昼間とはまったく正反対なのだが、
かえってそうであることが、お互いにとって(少なくとも片方にとって)どうやら都合のよいことのようである。

エリートサラリーマンの妻というものは、客あしらいをきちんとわきまえているものである。
なぜならそうすることで、夫の出世の糸口になったりするのだから。
ただし。
そつのない社交性というものは、社交性が必要とされない場合でも、遺憾なく発揮されるものらしい。
瑞江は勤めに出ていたときのように、きりっと装っている。
むろん、夜の客の蛭田のためだ。
ピンクのスーツに純白のタイつきブラウス、それにてかてか光る肌色のストッキングといういでたちで、
姑の身体から吸い取った血をいまだに口許から滴らせている吸血鬼と、対峙している。
瑞江はにこりともしないで、待たされた非礼を軽く責め、謝罪を寛大に受け入れると、
両腕を突き出して情夫の背中に腕を回して、目を瞑る。
長いまつ毛を、かすかに震わせながら。

あんなことを、されているのか。
こんな仕打ちも、受けているのか。
家路をたどる夫の頭のなかは、狂おしい妄想でいっぱいである。
瑞江のやつ、あのピンクのスーツを着ているのだろうか?
あれはまだつきあっているころ、オレがボーナスはたいて買ってやったやつなんだ。
ブラウスをくしゃくしゃにされるくらい、おっぱいなんか揉まれちゃって。
首筋にしつこく這わされてくる唇を、なんなく吸いつけられちゃって。
スカートのすその奥をまさぐられながら、
てかてかする薄手のストッキングを、びちびち破かれちまって。
そんな妄想がぐるぐる、ぐるぐる、頭の中で渦を巻いているのである。
ドクドク、ドクドク。
アルコールのせいで速度を増した血のめぐりは、いっそう狂おしくなっていって。
気の進まなかった足取りは、なぜか足早になっていて。
ついに間々田は我が家にたどり着く。

あはん・・・ううっ。
あれはまぎれもない、妻の声。
くくくくくっ・・・って、笑ったのは。
うだつのあがらないはずの、あいつの声。
声と声が、からみ合うように、重なり合って。
もうそれだけで、折り重なりからみ合っているであろうふたつの裸身を、思い描くことができるほどである。
間々田はインターホンを押すのもはばかられて、自宅の庭先にまわって、
雨戸をそっと、細目にあける。
ふすまの開いた隣室から覗いているのは、どうやら母親のものらしい白い脚。
放恣に伸びきった様子からは、日ごろ奥ゆかしい賢夫人らしさはどこにもない。
腰までたくし上げられた黒のスカートから、ぬるりと輝く太ももを大胆にさらけ出していて。
引き裂かれた黒のストッキングが、まだ片足に残っていて。
ふしだらにたるんで、脛までずり落ちている。

それよりも、なによりも。
妻である。
ソファの背中には、ピンクのジャケットが。
テーブルの上には、おなじ色のタイトスカートが。
しわひとつなく、きちんと折りたたまれているのは。
貞操を狙われた瑞江が、ろくろく抵抗もせずに、侵入者の意に従った証しであろう。
剥ぎ取られたブラウスはじゅうたんの上、荒々しく投げ出されていて。
胸元と肩先には、バラ色の花が咲いている。
むろん、吸血鬼のために服の持ち主が散らした痕である。
ストッキングはとうの昔に引き破られて、部屋の隅に脱ぎ捨てられているのだが。
あのてかてかとした光沢は、妻の脚をガードしていたときそのままに、透明な輝きを滲ませている。
脱ぎ散らかされた服の持ち主は、こんな観察をしているあいだじゅう、
卑猥なうめきを洩らしつづけていて、
こうこうと照らされた照明の下、輝くばかりの柔肌を、惜しげもなくさらしているのである。

あーっ、貫かれている・・・
犯されちまっている。
そんなこと、エリートサラリーマンとしては、口が裂けても洩らしてはならないのだが。
真夜中の侵入者がこの上もなく不埒に繰り広げるこの光景を、
なぜか間々田は、妨げようとしないのである。
ワクワクとこみ上げてくるどうしようもない劣情に耐えかねて。
ほんとうは受け入れてはならないものを受け入れつづけている妻の痴態に昂ぶりながら。
ほんらいは受け入れられているはずのものを、器用な手つきで逆なでしつづけているのである。

一杯やった、という情況とは、ほど遠いのかも知れない。
けれども・・・まぎれもなく一杯やったことになっているのである。
片方の男は、上役の歓心を得るための酒で。
その男の足許にも及びない、もう片方の男は、彼の母や妻の血で。
いや、何よりも。
嫉妬の愉しみと、面前で征服する満悦とが。
この両極端に傾いた男たちにとって、どうやら無上の献酬であるらしい。
お互い内心で、口をぬぐいながら。
また、一杯やろうね。
翌朝はそんなふうに、声を交わすのであろうか。
一杯食わされた。ですって?
さあ。いかがなものでしょうか・・・。

そっけない少女

2007年09月19日(Wed) 08:28:51

いつも淡々としている女子生徒だった。
むぞうさに振り分けた黒髪を左右にキュッと束ねて、
およそ色気を感じさせない小ぶりのメガネの奥には、そっけない冷めた瞳。
きっちり引き結んだ、血の気の乏しい唇。
しいて言えば肌の色が透きとおるほど白く、髪の毛のハッキリした黒さに映えて、少女らしいなまめかしさを感じさせた。

おなじクラブの彼女とは。
図書館のテーブルを隔てた間柄。
クラスではいるのかいないのかわからないほど無口な女(ひと)は。
蛭田のことなどてんで無視していたのだが。
あるときふたりきりで、図書館で調べものをしているときに。
ふと漏らした知識の集積に。
彼女はやおら深い関心と、意外な賞賛さえももたらしてくれた。
いつも人にほめられたことのない蛭田にとって。
それは慈雨のように、貴重なものだった。

それでもふたりの関係は、それ以上発展することがなかった。
時おり人のいないとき。
彼女は蛭田の披瀝する知識の園をかいま見たがって、
鋭い問いを発することはあったけれど。
どこまでいっても、テーブルひとつ隔てた関係。
ほとんどだれも知らないことなのだが。
彼女はもう、親の決めた相手と婚約さえ交わしていたのだから。

珍しく、彼女が家に招んでくれた。
初めてあがった家は、そっけないほど清潔で。
色気を感じさせない彼女の風情そのままに、簡素なたたずまいをしていた。
家人はだれも、いないようだった。
彼女は自分でお茶を淹れると、ふたつ並べたお茶碗を蛭田のほうに差し向けようとはしなかった。
「蛭田くん、吸血鬼なんでしょ?」
え・・・・・・?
どうしてそれを、知っているのだ?
ごく限られた人しか知らないはずの秘密。
度の強い小ぶりなメガネの奥、そっけない瞳はいつになく強い輝きを秘めていた。

うん・・・そうだけど・・・
一方的に、秘密をしゃべらされて。
蛭田はひどく、屈辱的な気分になった。
決して人には知られたくない、恥ずべき習性。
親からも、決して人様にさとられるなと訓えられていたというのに。
目のまえのこの小娘は、どうしてそれを知ったというのだろう?
蛭田の顔をよぎった暗い翳りを、少女は値踏みするように観察していたが。
生唾をごくり、と飲みこんで。
ひと呼吸おくと、きっぱりとした口調になっていた。
「わたしの血でよかったら・・・吸ってもいいのよ」
えっ。
大人になったあとの蛭田なら、少女に手玉に取られている・・・そう感じたかもしれなかったけれど。
はぜるほど渇いた喉は、目のまえにうつ伏せに伸べられた誘惑に、抗するすべを知らなかった。

古びた畳のうえ。
伸べられたふくらはぎは、意外なくらいかっこうがよくて。
珍しく履いていた黒のストッキングが、彼女の白い脛をいっそうなまめかしく透きとおらせている。
「早くすませて」
少女はいつものそっけなさのまま、みじかく言った。
「彼には・・・内緒なんだから」
声に支配されるように。
蛭田は身を起こし、そろそろとにじり寄って。
もうガマンできない・・・というように、
ストッキングのうえから吸いつけた唇は、性急な音をたてていた。

よほどうろたえていたのだろう。
妹や、妹の友だちを捕まえたときなどは。
よだれをたっぷり含んだぬるぬるとした唇を、ぞんぶんに圧しつけて。
薄い靴下の感覚を、それこそしつように愉しみつづけてしまうはずなのに。
ものの二、三回もねぶりつけた唇の下。
薄手のストッキングは、早くもチリチリとした伝線を走らせてしまっている。
ぶちぶちっ・・・と、ストッキングのはじけるかすかな音を耳にしたとき。
少女が目じりに湿りを滲ませたのを、有頂天な彼は気にも留めていなかった。

そっけなくもてなされたふくらはぎは、思いのほか柔らかだった。
血潮の熱さに酔いながら。
清冽な芳香が、少女の身の清さをつたえてくる。
どれほど毒液を、そそぎ込んでしまったことか。
蛭田はじぶんの毒液に酔うように、少女の肢体に己の身をからみ合わせていって。
「あっ」
ちいさく叫んだ唇を、飢えた唇をしゃぶりつけるようにして、蔽ってしまった。
抗いは、ほんのしばらくのことだった。
アイロンのきいた制服のプリーツスカートは、くしゃくしゃにせりあげられて。
さらけ出された太ももは、軽く左右に開かれて。
初めて迎え入れる男の腰がぐいぐいと力まかせに沈み込んでくるのを、
さいごまでピンと張りつめたまま、受けいれていた。

「す、すまない・・・」
彼女には、婚約者がいたんだった。
今さらながら思い出した彼は、吹きすぎた衝動がひたすら、呪わしかった。
ストラップの切れたブラジャーを、押し隠すように身づくろいすると。
彼女は、無言のまま、白い目でかれを睨めあげて。
ぱしぃん!
頬に走った平手打ちが、電光のような鋭さをよぎらせた。
「これでおあいこに、しておくわ」
だれにもしゃべっちゃ、ダメよ。
白目の多い少女の瞳が、無言のうちに命じていた。
女の肌の感触が、まだ手足のすみずみにまで、残っている。
呪わしい、といいながら。
そのいっぽうで、せめぎ合った余韻がたまらなく心地よかった。
少女が目をかすかに紅く腫らしているのに、気がつくと。
いとおしく肩を抱いてやりたくなったけれど。
どんないたわりも、言い訳も。いっさい受けまいという彼女の雰囲気に気おされて。
蛭田は悄然として、部屋を出た。
玄関を通り過ぎたときも、見送りに出てくる気配はついになかった。

ドアが閉まる音が、室内に響くと。
少女は束ねた髪のほつれを気にして、なんどか撫でつけて。
それでもうまくまとまらないと知るや、思い切ってリボンを解いた。
ばさっ・・・と肩にかかる長い髪は、ツヤツヤとした輝きを帯びていて。
いつもの少女とは別人のようななまめかしさを漂わせる。
「見たでしょ?出ていらっしゃい」
そっけない声色に応じて、隣室に初めて人の気配が立った。
気配の主は、未来の花婿。
校内随一とうたわれた秀才は、蒼白い病的な翳をもっていた。
「自分から言い出したことだからね。蛭田くんを恨んじゃだめよ」
感情を消した声に、だまって頷くと。
少女は無口の禁を破ったように、口数を増やしている。
「女の子が初めて犯されるとこ、見たかったんだよね?」
「自分の未来の花嫁が、痛そうにしているの、覗いてみたかったんだよね?」
「自分でスルよりも、よかったの?」
病気だよね、オレ・・・
男が初めて、密やかな声を漏らしたとき。
女の平手打ちが、男の頬をとらえていた。
蛭田のときは、一回だったのが。
二度、三度。
想いの深さが音の激しさになって、数を重ねていった。
「あしたまで、ダメよ。それまでわたし、蛭田の女でいるんだから」
少女の憎まれ口に、青年は目をむいていた。
整った蒼白い面貌に、初めて走る激情。
「あっ」
少女の声がひと声、部屋の外まで洩れていた。

残暑お見舞い申し上げます。
そっけないありきたりの添え書きが、ほんの二、三行。
毎年蛭田のもとにくるその葉書は、夫の姓に変わっていて。
いつも連名で、添え書きは女文字だけとは限らなかった。
「どうぞご自愛ください」
ごく当たり前に記されたきまり文句に、
いつもひやりとしたものが、胸を撫でる。
卒業してから、二度と逢っていない少女。
そしておそらく、二度と逢うことのないであろう女。
差出人の名前は、ふたり並んで、さらに増えて。
幸せな結婚をしているんだね・・・
ホッとゆるめた目じりに、なぜか潤いが沁みていた。
仰いだ窓辺には、あのときとおなじくらい深い色の空―――


あとがき
office編でおなじみの蛭田くんの、遠い日の想い出話でした。
ちょっといけない火遊びでしたが。
どうやら丸く収まったようで・・・ (^_^;)

部長の奥様

2007年07月25日(Wed) 07:58:23

奥様ですか?
今夜わたくし・・・部長に誘われているんですのよ。
何のために・・・ですって?
中年の男性が、若い女性を夜誘うだなんて。
目的はひとつしか、ございませんでしょう?

電話口に出た部長夫人は、ひどくうろたえていたようだけれど。
善良な専業主婦らしい声に、毒液たっぷりな声色を重ね合わせてしまうと。
奈津子は一方的に受話器を置いて、ふふん・・・と鼻を鳴らしている。
得意になったときの、癖だった。
どうするの?
ばかな問いをされるまえに。
わかっているでしょ?
って。
あいつに突きつけてやった。
これで今夜も、人妻の生き血にありつくことができるわね。蛭田くん。

あっ!な、何なさるんです・・・っ。
いけませんわっ。部長っ!
やめてください・・・っ。
ドアの向こう側、
芝居がかった声色なのに。
部長はなんにも気がつかないで。
てかてか光る肌色のパンストを穿いた奈津子の脚に。
ズボンを脱いでむき出しになった毛むくじゃらの脛を重ねていって。
鼻息荒く、奈津子をベッドに押し倒している。

半開きになったドアのすき間から、
なかの様子を窺いながら。
あっ、ちく生!
ひとの婚約者をつかまえて。
おっぱいをまさぐるだけじゃなくって。
あんなことまで・・・こんなことまで・・・
このヤロ。このヤロ・・・こんちくしょうっ!

蛭田はいつになく、目を血走らせて。
奈津子に言われるがまま、彼女の婚約者になりきってしまっている。

がちゃり。
背後のドアが、つっけんどんに開かれたのを。
不覚にも、一歩遅れて気づくほど。
なかでくり広げられるシーンは、刺激に満ちたものだった。
肩で息をはずませている、四十後半ときいた奥様は。
さすがに顔を、蒼ざめさせて。
細い眉には、ピリピリと。
ナーバスな妍をたたえていたけれど。
抜けるように白い肌に、ノーブルで控えめな目鼻だち。
後ろに縛った長い黒髪の、つややかさ。
上品なスーツのすき間からのぞく、豊かな胸。
淑やかな黒ストッキングに包まれた、すらりとしたふくらはぎ。
どれをとっても、まず十歳は若くみえた。
まさに・・・おいしい獲物♪

どいてください。
女は荒々しく、蛭田を突きのけようとした。
どうやら蛭田のことを、夫と示し合わせたお気に入りの部下だとでも、思い込んだらしかった。
こういうときの蛭田は、俊敏なのだ。
器用にサッと身をかわすと、片方の手で奥様の腕をねじりあげて。
もう片方の掌で、奥様の口を、ギュッとふさいで。
掌のなか、もぐもぐさせる唇の柔らかさに、なかば陶然となりながら。
はしたないですよ。取り乱しちゃ。
わたしは彼女の、婚約者です。
きっぱりとしたささやきに。
女はびっくりしたように、蛭田の顔を見つめて。
見つめた瞳は、すぐに力を喪って。
とろんと甘く、崩れてゆく。

うふふふふうっ。
蛭田はお行儀わるく、手の甲でよだれを拭いながら。
じゅうたんの上、大の字になってあお向けになった奥様に、這い寄っていって。
透明な黒ストッキングごしににじみ出る白い脛に、
ぬらぬら唇を這わせていった。
ぁ・・・
突き刺されたとき。
奥様は眉間にかすかなしわを寄せて。
眉をひそめたその表情に、蛭田は躍りあがって・・・
ブラウスのタイをほどく手も、もどかしく。
思い切り、引き剥いでしまっている。

濃い紫のタイトスカートの奥。
びゅう・・・っ
思わず洩らしてしまった、熱い精液。
女はさいごまで、あらがっていたけれど。
涙のしずくをひとすじ、頬に伝い落としてしまうと。
むしろじぶんのほうから、大胆に腰を合わせてきた。
上品で地味な服装のうえ、意外に起伏のある肢体をなぞってゆくと。
嫌悪のあまり身を硬くしていたおなじ身体が、
こんどは昂ぶりに引きつっていた。
ひとしきり、女をかわいがってしまったあと。
しまった。
蛭田はハッと、身を起こした。
思うまでもない。
ドアの開きかかった向こう側。
コトはすでに、済まされてしまっている。
制服の紺のベストが脱げ落ちた肩は、むき出しの肌を輝かせていて。
奈津子は朱色に刷いた唇を、ふしだらな愉悦に弛めきっていた。

ちく生!ちく生!ちっく生うっ!
幾ら言ったって、遅いって・・・
自分で自分を嘲りながら。
せめても・・・と。
新たな獲物を、いっそう辱め、踏みしだいていた。
生まじめいっぽうで通っていた部長夫人は、
意外なくらい床上手で。
離れたり、くっついたり。
拗ねたり、甘えたり。挑発したり。
目線だけは、控えめに伏せながら。
わずかに頬を染めながらも、ほとんどかわらない面差しのまま。
やることだけは、おそろしく大胆で。
髪をユサユサ振り乱し、装いをしどけなくゆるめ切って。
蛭田の相手を、身を添わせるようにして、つとめてゆく。
一物を口に含み、ねぶりまわし、それを己の股間にあてがって、思い切り貫かせ、
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・
ひそめた息は、ひそかに荒く、昂ぶっていて。
鼻筋のとおったノーブルな面差しに、淫らな血をいきわたらせてゆく。

部長。感心してたわよ。
夫婦が引き取ったあと。
乱れ髪のままの奈津子は、制服もやはり着崩したまま。
怖い目で、蛭田を見つめている。

あくる朝。
叩かれた頬が、じんじんと痛い。
そんな蛭田を見慣れているのか、営業部のだれもが、頬っぺの痕の由来をただそうともしなかった。
おっ、こんどはどこの女に手を出した?
同期のコウノだけが、おどけた口調で突っついてくる。
こいつの女もいちどだけ、ご馳走になったっけ。
甘い追憶はそのまま、夕べの責めに直結して。
蛭田はあわてて、妄想を追い払った。

エイノ部長がお呼びです。
隣の課の新人社員が、蛭田を呼んだとき。
来やがった。
蛭田はあやうく、うめくところだった。
夕べ奈津子を組み敷いて思い通りにしたやつと、はっきり決着をつけてやる。

びっくりしたよ。
二人きりになるのも、もどかしく。
部長は眼鏡の奥、意外なくらい晴れ晴れとした目線を投げてくる。
まさか妻に、かぎつけられるとはねぇ。
あいつはいつも大人しくって。
そのくせ、きみ相手に、あそこまで乱れるなんて。
あちこち攻め取っていくうちに、つい本丸がおろそかになっていたようだな。
自分のしたことを、棚にあげて。
ひとしきり、蛭田のお手並みを褒めちぎると。
ときどき、家内を頼むよ。
そのかわり、ボクも・・・
「おいし過ぎやしませんか?部長」
どれだけいい女だったとしても。
むこうは古女房、こっちはピチピチOLの婚約者なのだ。
そう。オレは奈津子の許婚なんだぞ。
思わず蛭田が力んで、反り返ろうとしたときに。
がちゃり。
現れた女たちに、度肝を抜かれてしまっている。
ひとりは奈津子、そしてもうひとりは、ほかでもない部長夫人。

岬くんから、話は聞いたよ。(^^)
えっ・・・? **;
(ば、ばらしたの・・・?(ーー;) )
(ふんっ! (ー_ー)!! )
そこまでして、家内に照準を合わせるなんて。きみもなかなか見あげたものだね。
改めて紹介しよう。家内の八千代だ。
これからはきみの愛人として、仕込んでやってくれ。
さっそくだから・・・
隣は、寝室になっている。
どうかね?そこで、ふた組で・・・。^^
きみが彼女を抱かれて萌えるように。
ボクもどうやら、似たものどうしのようだから・・・


あとがき
どこかそそられませんか?
上品なスーツを装ったノーブルな面差しのご婦人が。
表情をかえずに乱れる光景って。^^

偽りの通夜

2007年07月08日(Sun) 06:05:46

その日は憂鬱な曇り空。
いま思えば、あたかも不吉なことの前兆だったのかもしれません。
従兄にあたる烏森さんの訃報は、そんな日に届きました。
あの精力家の静雄さんが・・・
とにかく、動転してしまったのです。
夫に電報を見せると、「すぐ用意しなきゃ」といって、あちこちに電話をかけたり、家の戸締りをしたり。
ひどくさっさと手ぎわよく支度を済ませると、妾(わたし)を引き立てるようにして喪服に着替えさせました。
夏のことでしたから・・・スカートの下には、透けるような黒のストッキング。
ぞくぞくするねぇ・・・夫の揶揄にいつになくいきどおりながら、夫の呼んだタクシーに夫婦で乗り込みました。

着いてみると、あの顔、この顔・・・
ふだんは行き来のない親類が、ほぼ全員、一堂に会しているのです。
おなじ静雄さんの妹のヤエちゃんは、この春中学にあがったばかりの娘さんを連れて来ていました。
胸元に長めの紺のリボンを結んだ夏ものの純白のセーラー服姿が初々しくて、母親譲りの白い頬によくマッチしています。
それだけに、濃紺のプリーツスカートの下に履いた黒のストッキングがいっそうお気の毒でした。
奥様の晴枝さんが丁寧に御挨拶をなさって、どうぞ会ってやってくださいませ、と頭を垂れます。
ぞろぞろと奥の部屋に招き入れられてゆく重たい礼装の後ろ姿につづいて、妾も夫といっしょに、座を立ちました。

招き入れられた部屋はぴかぴかに磨かれた木の床に、急ごしらえのパイプ椅子が数列、並べられています。
テーブルの前に立っている男女は、会社のかたがたでしょうか。
スーツ姿の若い男性と、やや年配の美しい女性。
ところがその女性の身なりに、妾はちょっと眉をひそめてしまいました。
こういう場に・・・ぴかぴかのハイヒールを履いてくるものでしょうか?
それにストッキングは、濃紺。
ややきつめにぎらつく光沢が、室内の照明を照り返して、毒々しく輝いています。
重役だというその女性のたしなみのほどに、妾は我慢ならないものを感じました。
どうやら静雄さんは、さらにその奥の部屋にいるようです。
席に着くことなく、妾たちはそのフロアを通りすぎ、さらに次の間に招じ入れられました。

「あれ?みんな、どうしたの?」
ええっ!
一同が仰天したのは、いうまでもありません。
だって、なくなったとばかり聞かされた静雄さんが、浴衣一枚のラフなかっこうで、ベッドの上にあぐらをかいていたからです。
後ろに控える晴枝さんが、とても申し訳なさそうな顔をして、
それでも噴き出したくなるのをこらえかねているのか、ことさらにきっちりと引き結んだ唇のすき間から、くっ、くっ、と笑みが洩れかけています。
「どういうことなんですか?」
たちの悪い悪戯に憤然となったのは、静雄さんの甥にあたる本家の靖治さんでした。
靖治さんはまだ三十そこそこの若さでしたが、とある中堅企業を経営している有望株だったのです。
昨年の秋式を挙げた新妻の淑子さんも、唖然としているようすです。

まぁ、まぁ・・・
一堂の怒りにさすがにへきえきなさったのか、静雄さんは手を挙げて皆を制して、
これには深いわけがあるのですよ・・・
いやに落ち着いた口調に、皆静まり返ってしまいました。
妾は、いやな予感がいたしました。
だってこういうときの静雄さんのにやにや笑いは、ある意味有名だったのです。
この場に居合わせた奥様たちの幾人かは、静雄さんと差し向かいになってこのにやにや笑いを投げかけられて、
そして・・・その部屋を立ち去るときには、もう淑女ではない身体にされてしまっていたからなのです。
なん年もまえ、妾も彼のにやにや笑いに接して、守り通してきた操を堕とされてしまった一人ですもの。

実は・・・吸血鬼になってしまったのです
静雄さんの説明は、さいしょから突飛でした。
ひとを食ったようなことをしばしば口にする彼の説明を、額面どおり受け取った人はあまりいないようでした。
けれども一堂は、笑いも不信の嘲りも洩らさずに、静雄さんの言葉に聞き入っていました。
なによりも、しっかり者の晴枝さんが神妙に頭を垂れておりましたから。

部下の一人に、吸血鬼がまぎれ込んでおりまして。
わたし、ご存知のとおり、女性には目がないものですから、
うかつにもその男の彼女に・・・手を出しちゃったんですね。
その見返りが、これです。
思いを遂げちゃったあとでしたから、もうどうしようもありませんな。
それで、これを・・・(と、晴枝さんを指さして)ねだられてしまったのです。
えぇ、ええ。
このなかのいくたりかの男性軍には、ご迷惑をかけました。
わたしが奥様がたにしたのとおなじようなことを、こんどはわたしが、その若手社員にされてしまったのですな。
いやぁ、元気でしたぞ。
うちのリビングのソファがひっくり返るくらい、暴れましたからな。
晴枝のほうは覚悟のうえで、彼に応接しましたから。
まったくの無抵抗だったというのに・・・ね。

はっ、はっ、はっ・・・
乾いた笑い声に応じるものはありません。
「で、私たちに、どうしろと?」
本家の靖治さんは、いかにも納得がいかないご様子で言い募ります。
けれどもさすがに静雄さんは貫禄でした。
甥のストレートな感情をこともなげに受け流して、
えぇ。
じつはその男性、黒のストッキングに目がありませんでな。
家内も・・・その・・・ワンピースの下に黒のストッキングを履いて、彼に破かれてしまったのですよ。
わたしもどうやら、そのケが映ったようで・・・
さすがにそのあとを口ごもる静雄さんのあとを、晴枝さんが引き取りました。
「どうか主人の献血に、ご協力いただきたいのです」
とうとう来たか・・・
そんな空気がサッと流れました。
だれもが話の途中から、雲行きを察していたのでした。

晴枝さんの申し出は、率直なものでした。
主人はもう、吸血鬼なのです。
わたくしも、もうなん度も襲われてしまいました。
ちょっと、顔色が蒼いでしょう?
このままだと、長く持ちません。
娘のさゆりも、処女なのですが。
じつはその若い社員さんに取られてしまいまして・・・
父親にも時おりは、奉仕しているのですが。
なにぶんまだ若すぎるものですから、一夜にふたり・・・というのは耐え難いようでございます。
昨晩も烏森に、血をたくさんあげ過ぎてしまいまして、伏せっております。
欠席のご無礼を、どうかお許しくださいませ。
奥様方に喪服姿でお越しいただきましたのは、主人とこちらの方への献血を心からお願い申し上げたいからなのです。

見回すと、男性はほとんどおりません。
そして居合わせたすべての殿方は、奥様やお嬢様をお連れになっています。

なん人か、ご主人の承諾を得ておきたいかたがたがおいででしたのでな。
ご主人にも、ご足労いただいたのですよ。
もしもガマンならないようでしたら、晴枝を召し上がってください。
若手社員に肌を許すまでは、わたししか存じなかった身体です。
決して恨みには思いませんので、どうかぞんぶんにしていただきたい。
そう仰ると、静雄さんは晴枝さんを引き寄せて、
今までの話が嘘ではない証拠をお目にかけよう・・・
と、晴枝さんのうなじにがぶり・・・と噛みついたのでした。

黒一色のワンピースに縁どられた晴枝さんの白い肌に、バラ色の血がほとばしります。
アッ・・・
さすがに気丈な晴枝さんも、声を飲み込んでおりましたが、
うううううっ・・・
たくまず洩らされるうめき声は、あの行為のときに感じてしまった女性が発するのとおなじ色を帯びていました。
あっ、ちょっと・・・
年配で思慮深いお人柄で、親戚のなかで信望のあつい清祐叔父様が、割って入ろうとしましたが、
夫婦は後ずさりして、抱きあった手を離しませんでした。

仕方ありませんな。
清祐叔父様が諦めきったように奥様を御覧になると、
奥様も覚悟を決めたらしく、ご主人に深々と頭を下げました。
いっとき、わたしの妻であることを忘れなさい。
清祐叔父様はしずかな口調で奥様にそう告げると、
武士の情けです。これからさきは、どうぞご容赦を・・・皆様別室で順番をお待ちください。
そう仰ると、妾たち一同をさきほどのフロアに下がらせたのでした。
部屋を出るとき思わず振り返ると、清祐叔父様の奥様は喪服のスカートを心もちたくし上げていらっしゃって、
肌の透ける清楚な黒のストッキングのうえから、浴衣一枚の静雄さんに唇を吸いつけられていらっしゃいました。
清楚な風情をたたえた薄墨色のストッキングになすりつけられた唇はねばねばとした唾液を光らせていて、ひどくいやらしく映ります。
それがヒルのようにぬるぬると、奥様の足許を這いまわり、きちんと装われたナイロンをふしだらにねじれさせてゆくのです。
妾と目の合った清祐叔父様は、穏やかにほほ笑みながら、さぁ、行きなさい・・・と妾を目で促しました。
つぎは貴女の番ですよ・・・
そう言われたような気がして、妾はじぶんが静雄さんの唇を受けたような気がして、黒のストッキングの下で肌をゾクゾクと粟立てていました。

ほぅ・・・
嘆声が洩れたのは。
清祐叔父様が奥様を伴われて、奥の間から姿をあらわしたときでした。
わたしも咬まれちゃいましたよ。とてもしらふじゃ、見ていられませんからね。
清祐が照れくさそうにスラックスをひき上げると、薄い沓下に鮮やかな裂け目が滲んでいました。
これも目出度く、静雄のものになりました。
ほら、御覧下さい・・・とひき上げられた喪服のなかは、
荒々しい蹂躙のあとが一目瞭然でした。
清祐叔父様は何事もなかったようににこやかに笑みながら、
恥はお互いに、掻き合いませんとな。
さ、さ。ご夫婦連れの方から、どうぞ・・・
まずご主人がお手本を示したほうが、恰好がつきますよ。
つぎに立ち上がったのが、静雄さんの妹のヤエちゃんご夫婦でした。
兄妹で、契るというのでしょうか。
けれども幼いころから仲良しだったヤエちゃんが、初めてセーラー服を着た春に、お兄さんに手ごめにされたと聞いたのは。
まだ潔癖な女学生のみぎりだったと記憶しております。
中学に上がったばかりのお嬢さんも、犠牲を逃れられないのでしょう。
お母さんのヤエちゃんがセーラー服の背中に軽く手を添えてお部屋にお入りになるのでした。

御覧あそばせ。
ヤエちゃんは持ち前の気風のよさもあらわに、皆様のまえ、大胆に喪服のスカートをたくし上げます。
こちらが娘です。
だいじょうぶ。
身持ちにかかわるようなことは、私だけで済みましたから。
お嬢さんが処女でしたら、心配いりませんわ。
処女の生き血は、ことのほか珍重されるようですから・・・
お隣で恥ずかしそうに目を伏せているお嬢様のスカートには、さすがに手をかけられませんでしたが、
かわりにご自身のスカートをもっとめくりあげてゆかれました。
ガーターストッキングの吊り具がみえるまで思い切りよくひき上げられた下肢の眺めに思わず見入った若い男性が、つぎの餌食でした。
それが、若社長の靖治さんだったのです。

うら若い新妻を伴ってお部屋に入るときは、さすがに脚をがくがくさせていらっしゃいましたが、
滞りなく”式”をすまされたものか、戻ってみえられたときには、むしろ活き活きと目を輝かせておいででした。
淑子に苗字を変えたいといわれました。
いえもちろん、旧姓に・・・ではなくて。(微苦笑)烏森、という苗字にです。
静雄さんは養子に入られたので、皆様はちがう苗字なのでした。
若社長はまるでプレゼンテーションを愉しむように、妻の若々しい肢体を見せびらかすように、
えぇ。ざっと、こんな感じなんです・・・
と、淑子さんのスカートのすそをサッとたくし上げます。
夫の手でむぞうさにひき上げられた喪服のスカートの下は、薄墨色のパンティストッキングが蜘蛛の巣みたいにちりちりに引き破られていて、
ところどころ白く濁った液体が粘り付けられておりました。
目をおおうほどの惨状なのに・・・
なぜか妾も、主人も、そのほかの皆様も、さも素晴らしい眺めを見入るようにして、新妻の淑子さんのスカートのなかを拝見させていただいたのでした。

つぎは・・・そう、とうとう妾たち夫婦の番でした。
単独でお越しになっていらしたご婦人たちは、案外ご主人の内諾を得てお見えになっていらっしゃるのでしょう。
とてもしっとりと落ち着いていて、むしろご自分の順番を愉しそうに待たれていらっしゃいます。
あとで伺うと、お部屋に案内される前ご婦人がたに振舞われたカクテルのようなもののなかに、一種の媚薬が含まれていたとのことでした。
そう。その媚薬が・・・まわってきたようです。
妾は頬を赤らめて、主人のあとに続きました。

やあ、しばらく。
静雄さんは浴衣姿で、奥様の晴枝さんがつつましく後ろに控えているのもさっきとかわりはありません。
ただ、晴枝さんの喪服はやや着崩れしていて、黒のストッキングにも鮮やかな伝線がスカートの奥にまで這いこんでいます。
清祐叔父さんはさすがにかんべんしてくれたけど、靖治くんはこらえ切れなくてね。
スカートのなかを、まさぐられてしまいましたよ。
さすがに若い男性は、激しいですな。
あまりにもストレートな説明に、ストッキングの裂けるびちッという音が聞えるような錯覚を受けました。

静雄さんは例のにやにや笑いを満面に浮かべながら、妾の喪服姿を舐めるように窺っています。
それは穴があったら入りたいほど、恥ずかしいことでした。
主人は妾が静雄さんに凌辱を受けたことを、知らないのです。
妾はせめてそれだけは暴露されまいと、求められるままに夫の前、
素直にスカートをたくし上げてゆきました。

ぬるり・・・
太もものうえ、塗りつけられるように這わされた静雄さんの唇は、熱い唾液を含んでいました。
淑やかな清祐叔父様の奥様も、新妻の淑子さんも、おなじ唾液をストッキングに滲ませたのでしょう。
しつようなほどにすりつけられてくる唇にクギづけになった主人の目を、かえって厭わしく感じました。
薄いストッキングごし、むさぼるように、ぬるぬる、ザリザリと・・・
ひどくナマナマしく、素肌に迫らせてくるのです。
いい眺めだよ、ママ。
軽く揶揄するような主人の囁きがいとわしく、妾はかえって顔にあらわにした不快な翳をいっそう濃く滲ませてしまいます。
そう・・・その面差し。こたえられんな・・・
静雄さんの囁きに、妾はビクッと身をこわばらせてしまいました。
いいんだ。いいんだよ・・・
背中には、なだめるようにさする主人の手。
聞いていたんだ。静雄さんとのことは。
えっ。
主人の言葉に、妾がハッとしたのはいうまでもありませんでした。
いいんだ。いいんだよ・・・
主人はなだめるようにくり返しながら、妾の背中をいとおしげに撫でさすりつづけたのでした。
それからも自棄にならずに、よく良妻賢母を演じてくれた。礼を言うよ。
もしも相性がそれほど合う・・・というのなら。
ボク公認で、吸血鬼さんのお妾になりなさい。
ア、そんな・・・
どうして、どうして、妾があの夜もだえてしまったことまで、主人は知っているのでしょうか?
視ていたんだよ。美しかった・・・
見せびらかすのが好きなひとだったからね。
じつはあの晩のことは、ふたりで示し合わせていたんだ。
きみがひどく傷ついてしまったようだから・・・とうとうあれっきりになってしまったけどね。
きみが若いうちに、もっともっと、乱れるところを視たかった。
さいごの囁きが、妾を理性を忘れた淵に、投げ込んだのでした。
偽りの通夜。
それははからずも、淑女として通してきた妾の人生の節目となるものとなったのです。
吸血鬼の訪問、歓迎いたしますよ。
妾を組み敷いた静雄さんの耳もとに囁く主人に、静雄さんはくすぐったそうに笑み返すと、
開かれた喪服のスカートのなかに逞しい腰を沈めて、妾を狂わせてしまったのでした。

連休明け

2007年05月07日(Mon) 07:04:17

昨日までは、雨だった。
そして今朝は・・・雲ひとつない、憎らしいほどの五月晴れ。
逆だったらいいのに・・・と思うのは、蛭田ばかりではないだろう。
連休最後の日の雨は物憂く、連休明けの青空は視界の外だった。
せめて頭の中だけは、お休みの延長でいたい。
そういう蛭田がワイシャツの胸の奥ヒシと抱いているのは、おとといの記憶。
同期の妻となった瑞江が、半裸のまま髪振り乱し、悩ましくあえいでいたあの夜のこと。
よそよそしい化粧に、口紅。
蛭田の好みに合わせて装った、濃紺のスーツに肌色のストッキング。
着崩れした礼装は、居合わせた夫の間々田さえも狂わせてしまっていた。
奥さんの血を吸わせて欲しい。
求められるままに、妻を伴ってきた間々田。
この場にいさせてもらうよ・・・と告げる彼に、むしろ妻の瑞江のほうがそそるような笑みを含ませてきた。

オイ、午後の会議の資料、そろってる?
えっ?
びっくりして顔をあげる蛭田を、間々田はいつものように冷ややかな目線で突き刺した。
何だ。先週のうちに用意しておかなかったのかよ。
顔にはありありと、書いてある。
きょうの会議は、女史が臨席だぞ。
そういえば、連休前にそんな話があったような。
すべては・・・われながらあきれるほどに、記憶の彼方だった。
連休の谷間があるからって、余裕かませてたっけ。
ぼうっと出勤してきた1日と2日。
どんな仕事をしていたのか、どうもよく思い出せない。
間々田は、こんなやつに構っていられるかという顔をして、さっさとじぶんの仕事に戻ってゆく。
敏腕な同期の、精悍きわまりない顔に、あのときの余韻などみじんもうかがえない。
この冴えを得るための行動だったのか・・・
蛭田が気づいたときには、べつの書類の束がどさっと机のうえに投げ出されている。

やっといたわよ。
蛭田がふたたび見あげると、そこには奈津子がいつものように、意地悪い笑みを満面にたたえている。
今夜はなにを、してもらおうかなぁ。
蛭田にだけに聞える小声で脅しをかけると、涼しい顔をして行ってしまった。
連休?もうふさがっているわよ。
本命のつもりだった彼女は、蛭田の誘いに乗らなかった。
南の島で、バカンスよ。あなた向きじゃないスケジュール入れちゃった♪
ダンディな佐合専務のお伴だといわれ、蛭田はぐうの音も出なかったのだ。
制服のタイトスカートの腰を、しゃなりしゃなりと思わせぶりに振りながら退社していった奈津子。
わざとこれ見よがしにしていることは、いかに鈍い蛭田でもわかっている。
こういうときは・・・どんなに引き止めたって、無駄なのだ。
あぁ、いったいどんな夜を過ごしたというのだろう?
行ったこともない南の島の夜が、焦げるほど呪わしい。
それでさ。
あれ?まだいたの?
そんな蛭田の表情さえも見取っていたらしい。
ぎゅうっ、と、頬をつねられた。
今夜はなにを、してくれるのかしら?
ェ・・・
そうだ。会議の資料、作っておいてくれたんだったっけ。
え~と・・・

いつもの会議スペース。
男女の影の重なりは、逆光になって、さだかに面差しをうかがうことはできないが。
濃密なひと刻に翳らせているのは、間違いないところだろう。
破かれたストッキングを惜しげもなく、チャッ、チャッと音を立ててむぞうさにむしり取りながら。
奈津子は人ごとのように、告げている。
専務、いい度胸ね・・・
あなたとの関係知りながら、誘いかけてくるんだから。
それでさ、見返りに奥さんのこと、あなたに紹介してくれるんだって。
知っているでしょう?ダンディな専務が、五年前にミス総務部の子と再婚したって。
あの子、わたしの同期なのよ。
どうしてあなたばっかり、いい思いするのかなあ・・・
じぶんのしてきたことを棚にあげて、得意そうにうそぶく奈津子。
もっともじぶんの留守中に蛭田が励んだ悪事のことも、きっと棚にあげてくれているのだろうけれど。
経営会議が終わったらしい。
ドアの向こう、廊下のかなたが、にわかにざわついてきた。
出るわよ。
奈津子は油断のない目つきで蛭田を促すと、素早くドアを開いている。

あら、おふたりおそろいなのね?
ひくく響いた、音楽的な声。
蛭田は痺れたように歩みを止め、
奈津子は見られたかっ、という苦笑を滲ませて、脚をすくめた。
ふふふ・・・
鳥飼女史は余裕たっぷりにふたりを見つめて、
お互いいい休暇を過ごしたようね。べつべつに。
休みが明けてから。
ふたりのようすを目にしたのは、今が初めてのはずなのに。
女史はどうして、なにもかもお見通しなのだろう?
ふたりして、だれかえらい人に逢うようね。
どうせお夜食をごいっしょするのでしょう?
えっ?えっ?
戸惑う奈津子は、なに喋ったのよ?という目で蛭田をにらんだが。
もちろんそんな報告を入れるいとまも、入れるつもりも、蛭田がもっているはずはなかった。
女史の声が、にわかに厳しさを滲ませた。
今夜のご予定は?
あっ、いえ・・・
ぼくも・・・とくに。
じゃ、ちょっとつきあいなさい。
ホテルの個室を予約してあるから。
岬さんとふたりで、チェックしないとならないわ。
蛭田くんのテーブルマナーは、最低なんだから。

ご恩がえし?

2007年04月17日(Tue) 07:21:02

手のなかでもてあそんでいたお洒落な柄の湯呑みを、軽くぽんとほうりながら。
奈津子はフフン・・・と、得意げに。
いつものようにお行儀わるく、鼻を鳴らしている。
誰だったのかな~?やけどになるはずを、助けてあげたのは。
上目遣いに、冷やかすように。
こういう視線が、苦手な蛭田。
だって。
とろ火であぶられているような気がするのだから。
こういうときの奈津子の視線は、とても軽く受け流せるものではない。
かといって。
なにかを約束してしまうと。
もちろん口先だけで許してもらえるほど、甘くはない。
そうかといって。
かんたんな約束であとに引いてくれるわけは、さらにない。
困った・・・
いとも情けない顔つきで、奈津子をみると。
あっはっはっはっは・・・
奈津子は男みたいに豪快な笑い声をたてて、ひょうしにイスから転がり落ちそうになっている。
「見たかったのは、その顔よ」
奈津子は蛭田の頬っぺをぎゅううっとつねりあげると。
う~ん。いい顔。かわいいお顔。
あんたにはその困り果てた情けない顔が、いちばんのお似合いね。
ころころと笑いこける横顔が。
もうこれくらいで、許してあげる。
そう告げているようにみえた。

・・・で。
で・・・?
どんな芸をしてくれるの?
笑いをおさめた奈津子の瞳が帯びるのは、あのにらむようなまっすぐな輝き。
え・・・えっ?
蛭田は身を浮かさんばかりに、ひるんでいる。
だって、さっき、あなたは・・・(許してくれるって)
なんにも言ってないわ。わたし。
キッパリとした奈津子の口調に、蛭田の面持ちはふたたびげっそりと情けないものにかわってゆく。
いかにも奈津子好みな、情けない顔つきに。

丸テーブルの下。
ぐるりと取り囲むのは、若い女たちの脚、脚、脚・・・。
丈の短めな制服のタイトスカートから、にょっきり伸びる、いずれ劣らぬ脚線美。
着まわしができるよう紺とグレーの二色になっているのだが。
あちらの濃紺の下からは、薄い黒のストッキング。
こちらのグレーの下は、薄っすら透きとおるピンク色。
正面の、いかにもたくましい肉づきたっぷりのふくらはぎは、てかてか光る肌色の。
若々しくピチピチと輝くばかりのふくらはぎが、色とりどりのストッキングに包まれている。
な、なんという・・・
この世の天国ではないか。
蛭田はごくりと生唾を呑み込むのだが。
じつはまったく、天国じゃなかったりする。
  噛んだりしたら、だ~めよ。みんなわたしの子分なんだから。
  あなたはおあずけ。指をくわえて見ているの。
  時々テーブルの下覗き込んで、あなたの情けない顔、楽しんであげるから。
色白な奈津子の、ノーブルで、闊達で、優しげでさえある目鼻立ちが。
いかにも得意そうに、意地悪そうに、くしゃくしゃになるのを。
蛭田は哀願するようなまなざしをそそいだけれど。
今回は効き目がなかったらしい。
やけどを救ってあげたのは、だれだったかな~?
頭上に落ちてきた湯呑みを、目にもとまらぬ早業でキャッチしてくれたのは。
間違いなく、この女だった。
さっとひざをすくめて、煮えたぎったコーヒー入りの湯呑みを受け止めて。
いともあでやかな笑顔で。
あぶないあぶない。せっかくの湯呑み、台無しになるところでしたわね。
さすがの女史が、ぐっと言葉に詰まるくらい。
迫力のある笑みだった。

う・う・う・・・
テーブルの下から、蛭田のうめきが聞えてくるようだ。
なぁんて、小気味良い。
われながら鮮やかな快勝に、奈津子はじつに得意げだった。
テーブルを囲んでいるのは、奈津子の後輩の女子社員たち。
上は二十代後半のベテランから、いちばん若いのはおなじ課に配属になった、まだ初々しさの残る三年生。
幹部格の恵理子は、色白の頬、長い黒髪、輝く大きな瞳をめぐらして。
いかにも気の強そうな、意地悪そうな目線を後輩たちにめぐらしている。
(下に面白いご馳走が、いるようね)って。
下から見あげるもの欲しげな観客のまえ、
これ見よがしに、脚を組んだり、セクシーに流したりしているのが。
かすかな肩の揺れで、それとわかるのだ。
わかっているじゃないの。あなた。
奈津子はウフフ・・・と、恵理子を見やると。
ねぇ岬先輩。もういちだん面白いことがあるんでしょ?
エ・・・どんなことですか?
豊かな茶髪をふさふさと揺らしながら、そのすぐ下の後輩の結華がウキウキと目線を浮つかせている。
蹴っちゃお。
恵理子の囁きに。一同はさすがにえっ?と顔を見合わせたけれど。
いいんじゃない?
後輩の提案に真っ先に乗ったのは、奈津子本人だった。
どうする?どうする?
女の子たちは、片寄せあって、顔つき合わせて。
さざめくように意思を交換し合ったけれど。
こたえはもはや、きまっている。
おいしいエモノを、逃す手はない。
せ~のっ・・・

危険な囁きはテーブルの下まで、届かなかったけれど。
女どものよからぬ意図はなんとなく、さすがの蛭田にも察しがついていた。
セクシーで優雅な曲線をもったハイヒールは。
そういうことになると、兇暴な武器に早変わりする。
尖ったつま先も、鋭いヒールも。
いいのかな?いいのかな?そんな、そんな・・・
さっきまで弱々しかった蛭田の目に、一瞬異様な光がよぎった。

片脚をさっと引いて。攻撃直前のかすかな身じろぎが。
アッ!
ちいさな叫び声を真っ先にあげたのは、だれだっただろう?
こちら側を向いている恵理子の気の強そうな顔が、苦痛にキュッとゆがんで、
テーブルのうえ、ばったりと臥せってしまう。
きゃっ。あうぅ・・・
女たちは、つぎつぎと。
ちいさな悲鳴とともに、なぎ倒されるようにして。
ひとり、またひとりと。まろび伏すようにして。
テーブルのうえ、頭をがくりと垂れていった。
奈津子はさすがにテーブルを立って。
ちょっと・・・ねぇ。
困ったように、口尖らせて。
下を覗き込んでいる。
もぅ。
ダメだって、言ってるじゃないの。
テーブルの下に叱声を飛ばしても、もう遅い。
だって・・・蹴られるのヤだもの。
蛭田は悪戯っぽく、得意げに笑いながら。
奈津子の後輩たちの血を、ちょっぴり誇らしげな口許に光らせていて。
スカートの下から、もう三人めのストッキングをはぎ取っていた。


あとがき
人のわるい奈津子とその子分たちのかさにかかった攻撃を危うくかわした、珍しい?ケースです。
それにしても奈津子、ほんとうにやばいときにはさりげなく、蛭田のことを救っているようですね。
後半のあつかいが、いささかひどすぎますが。(苦笑)

つり。

2007年04月17日(Tue) 00:01:27

窓辺からさす陽が、日一日と眩しくなる季節。
桜の花びらはもう去ってしまったけれど。
代わりに芽吹いた初々しい若葉が、人の目にもいっそう鮮やかな昼下がり。
奈津子は真新しいハイヒールの足音も高らかに、重役室への廊下を歩んでいる。
いつかは私も・・・
そんな想いが、ないわけではない。
キリリと伸ばした背筋は、引き締まったプロポーションとつり合って。
高い知性と張りつめた感性を、圧倒的なオーラとして発散しながら。
ひとり、役員室へと足をはこぶ。

アラ。早かったわね。
鳥飼女史は眼鏡の縁をチカリときらめかせて。
にらむようなまっすぐな眼で、奈津子を見た。
まるでわたしの若い頃みたい。
むき出しにした気負いが、よけいに若々しく、彼女の眼に映っている。

どうなさいましたの?
波打つウェーブを肩先に流しながら。
奈津子は切り込むように、問うている。
エ・・・?わたし?
鳥飼女史は、おっとりと。
手の甲に顔を乗せて。ひいでた面差しを心もち傾けて。
若くて美しい部下に、からかうような上目遣いをおくっている。
いつも活発に部屋のなかをうごきまわる女史にしては。
どうも腰を、落ち着け過ぎていた。
女史はちらり、と笑みを洩らして。
ん。ちょっと、釣りをね。楽しんでるの。
え・・・?釣り、ですか?
奈津子が珍しく相手のいうことを真に受けてしまったのは。
相手があいて・・・だったからだろう。
ウフフ。
鳥飼女史は邪気のない笑みを洩らした。
ほんとうに。かわいい子。
今ね。
ええ・・・
なま返事の奈津子に、女史はよどみなく続けている。
じぶんが釣っているつもりで、釣られてしまうやつもいるのよ。
貴女は、釣られるほうではなくて。釣るほうの素質がありそうだから。
きっともうじき・・・釣りを、楽しむことになりそうね。
え?もうじき・・・釣りを・・・?
なんの謎だろう?
ふと考え込んだ奈津子は。つぎの瞬間あやうく飛び上がりそうになっている。
ひざ小僧の下あたり。
ぬらりと生温かく濡れた感触が。
だしぬけにぬめりつけられてきたのだ。
肌色のストッキングが、くしゃくしゃに波立つほどに。しつように。
あ・・・っ。
奈津子が足許を見ようとするのと。
ごめんあそばせ・・・
机のうえの湯呑みを、女史がペン先で小突くのと。
いったいどちらが、早かっただろう?
淹れたてのコーヒーがたっぷり入った湯呑みは、奈津子の足許近くに落下した。
真下にいた蛭田が、転がり落ちた湯呑みをうまくよけたのか。
まともに直撃をくって、全治一週間のやけどを負ったのか。
残念ながら、そこから先は知られていない。


あとがき
久しぶりに出てきたと思ったら・・・(^^ゞ
しょうのない話を描いちゃいました。^^;;;
あっ、作者への湯呑み攻撃は、かんべんですよ~。(笑)

妖しいカウンターの美女

2006年12月30日(Sat) 10:26:49

仕事納めの日は、午後になるとオフィス内でビールの栓が抜かれ、あとは自然解散となる。
冬至を過ぎたとはいえ、まだまだ日の短い冬の午後。
四時半を回ると、あたりはもう暗くなってしまう。
里心のついたものは家路をいそぎ、
帰るあてをもたない若いものは、見慣れぬ平日の街中を、あてもなくさ迷い、
寄り添う相手をもつものは、さりげなく年末の挨拶を告げて気配を消してゆく。

なにか特別の行事があるときは。
去年はどうだったっけ?つい思い出してしまいがちだが。
去年は・・・悲惨だったよなぁ。
蛭田はゾクッと、肩をすくめる。
ひどい二日酔いに苛まれて。
後片付けはすべて、奈津子がやってくれて。
もちろん、いやな顔ひとつしないで・・・とは、問屋が卸さない。
年の暮れはは腰が抜けるほど。
情事ならぬ奈津子の家の大掃除にこき使われたのだった。

その、後片付けをしたり大掃除をさせたりした女が。
いま澄まし顔をして、隣を歩いている。
「どこ行くぅ?」
さりげなく訊いてくるのだが。
本音というフィルターで変換すると。
「どこでご馳走、してくれるのかな?」
ということになる。
自分のサイフを開かないのが身上の奈津子が、年の暮れだからといって自らの信念を枉(ま)げるはずもない。
で、さらに意地悪なことに。
連れて行った店の格で、男を判断するのである。
去年はたしか、女史に役員室に呼ばれて・・・
酷い頭痛が治った代わりに目にしたものは、がらんとしたオフィス。
誰もかれもが蛭田のことなど思い出しもせずに、事務所をあとにしていたのだった。
奈津子はあれから、だれと何処へ行ったのだろう?

ぎぃ・・・っと、古びた扉を開いた向こう側には。
煙草の煙が立ち込めている。
蛭田は煙草を、好まない。
思わずむっと顔をしかめて、開いたドアを閉めようとしたが。
「いらっしゃいませ」
間髪入れないマダムの声が、「逃がさないぞ」というように。
新来の客に、クリアな声を投げてくる。
「いいわよ。ここで」
マダムと奈津子に挟まれて。
まるでピストルを突きつけられた人質みたいに、
気の進まない足どりが、入口ちかくのカウンターに向かった。
あたりはいちめん、煙草の煙。
蛭田はブルッと、身震いしたが。
男ずれした奈津子のほうは、煙草の煙などへいちゃららしく、
「ふーん、しゃれたお店じゃん」
あんたにしては、見直したわ。
そういいたげに、蛭田のことを舐めるように見つめる。
蛭田はまたも、ビクッとする。
(コンナ洒落タオ店。イツノ間ニ開拓シタノヨ?一体誰ト?)
じろじろさぐる目線が、痛いほど突き刺さってくるのだ。
あぁ、もうすこし。もうすこしの辛抱だ。
吸血タイムになると、力関係は逆転する。
  あぁ、許して。放して。もういやあああっ。
身を揉んで泣きむせぶ奈津子の姿が、じわりと意識を彩った。
あくまで強気に彩られた日常とは、まるっきり別人になって。
蛭田に苛め抜かれることで、あらわな愉悦を滲ませるのだ。

「ねー!なにぼけっとしてんのよ。乾杯乾杯!」
蛭田の妄想などお構いなしに、奈津子姐さんに仕切られて。
いつの間にか、マダムも乾杯の輪に交じっている。
「いつから来てるのー?」
いかにも無邪気そうな質問を、マダムは「さぁ、お客さまはいつからでしょうか」と軽く受け流しているのだが。
いつ、来たんだろう?こんな店・・・
いちばん不思議そうなのは、じつは蛭田本人だったりする。
「なぁによ、あそこのステーキ。看板倒れもいいとこね」
蛭田が一生けんめい探したレストランの味は、女王様のお気に召さなかったらしい。
「それにひきかえ。こちらのお店はなかなかいいじゃない?見直したわよ」
声色から毒が去っていない証拠に、
「マダムもとても。美人・だ・し♪」
わざわざマダムがはずしたときに、囁いてきたりする。

奈津子が手にしているのは、見慣れない琥珀色の飲み物。
「それ、何てカクテルですか?」
必死になって話題をそらそうとする蛭田の手に、めずらしく乗って
「あら、ギムレットよ。違うかな?なんだっけ?」
うわばみな奈津子は、さっきから手当たり次第に注文しているカクテルの銘柄など、忘れてしまっているらしい。
「あの、これは・・・?」
蛭田の問いは、マダムの耳に届かないらしい。
すぐ目のまえでシェーカーを振っているのに。
長い黒髪を後ろで束ね、ストレートに垂らし、
シェーカーを振るたびに、揺れる髪がツヤツヤと光る。
齢は、いくつくらいだろうか?すぐ手の届くくらいの年上?
それとももう四十?あるいは五十?
女の齢のことは、蛭田にはわからない。
いや、だれにもわからないのかもしれない。
透きとおるような白い頬に、謎めいた微笑を含みながら。
女は蛭田の声になど耳も貸さずにシェーカーを振り続ける。
上下に振られる銀色のシェーカーが、蛭田のまえ、
かしゃかしゃという音を子守唄のように響かせながら。
幻惑的な輝きを滲ませてくる。
あんたはいったい・・・誰?

「マッカラン 25年もの」
傍らの席に腰をおろした女が、落ち着き払った声でオーダーを告げる。
マダムが一瞬顔色を変えたのを、蛭田は気づかない。
席の主に、目線が釘づけになってしまったから。
釘づけになったのは、奈津子とてかわりはない。
「ロックで」
まるで追い打ちでもかけるように、カウンターごしに高飛車な声を投げると。
「火をくれる?」
わざわざ蛭田のまえを遮って、奈津子のほうへと高価な葉巻を差し伸べたのは。
ほかならぬ、鳥飼女史だった。
両手で握った奈津子のライターから火をもらうと。
「あなた、煙草吸わないのに。気の利いたものを持っているのね」
誰からもらったの?
そう、訊きたげに。
ふふふん・・・と含み笑う女史の頬を、奈津子は小娘みたいにどきどきしながら見つめている。
「間々田は煙草を、吸うんだっけ?」
人のわるい流し目に、ふたりは別々の思惑でぎょっとして。
「いえ!これは・・・べつのひとからもらったんです」
もっと怖ろしい真相を奈津子が口にするのをみて、
あー・・・!
蛭田は、目を覆いたくなってくる。
すかさずどすん!とわき腹を小突かれて。
「しっかりするのよ。盗られちゃうわよ」
女史の尖った声が、鼓膜をジンと刺激する。
「あの、わたし・・・今夜はこれで失礼します」
傍らのショルダーバックをつかんで、あわてたように立ち上がる奈津子。
「お、おい!待てよっ」
逃げるように店から飛び出した奈津子を、蛭田は夢中で追いかけていた。

「どうして逃げるんだよっ」
ふたりとも、肩で息をしている。
どこの路地裏だろう。
盛り場から遠く離れてしまったのは。
蛭田の声が場違いによく響くことで、察しがつく。
「だって・・・だって・・・」
奈津子は小娘みたいに、泣きじゃくっている。
「女史にかなうわけ、ないじゃないの」
「だから、泣くなって・・・」
内心おろおろしながらも、蛭田はとりつくろった叱声をゆるめない。
それが作った声であることくらい、奈津子にわからないはずはなかったが。
カッコウだけでも、いま自分がしゃんとしていないと。
なにもかも、どろどろに崩れてしまいそうだった。
「あっ!」
だしぬけに。
さっきまで俯いていた奈津子が、顔をあげている。
「お勘定・・・あなた払ってきた?」

そそくさと逃げ出した女と、あたふたとあとを追いかける男とが足音を遠のけてゆくと。
女史はおもむろにマダムを見あげていた。
マダムもカウンター越し、一見にこやかに女史に目線を送ってくる。
ばちり。
視線のからみ合う、音にならない音を聞くはめにならなかったのは。
若いふたりには幸運というべきだろう。
「あの子がどこで、このお店を知ったのだか」
火のついた葉巻をくわえようともせずに。
女史はさらりと、嘯いている。
「さー、お客様も多いですから。なんのことだか・・・」
盛り場には場違いな、薄っすらとした気品を滲ませて。
開き直ったようにしらばくれるマダムの頬には、研ぎ澄まされた妖しい艶が秘められている。
「おかげさまで、ここ。繁昌しておりますのよ」
蒼白く輝く瞳が、いっそう妖しい艶を帯びたとき。
ばちっ。
すべてが一瞬で、真っ暗闇に包まれた。

闇に浮ぶのは、透明なグラスにたゆたう琥珀色の酒。
奈津子の飲み残したものだった。
女史はそれを小手にかざして。
グラスをとおして、カウンター越しの相手に対峙している。
「こんな子供だましを、子供に飲ませちゃダメよ」
  また、蛭田に毒を盛ろうとしているのね?
火花の散った向こう側。
白い女は相変わらず薄っすらとした微笑にすべてをおし包み、
  さぁ、毒なのかなんなのか。
あざやかにむき出した富士額を、ついっと横に向けていた。

ばたん!
お店の古びたドアをあけたとき。
蛭田はぼう然となって、周りを眺めていた。
さっきまでの洒落たバアは、どこに行ったというのだろう?
すすけた壁には、もう何年も払い落とされていない埃がこびり付き、
テーブルも椅子も、あるいは傾き、あるいはひっくり返り、まるで嵐のあとみたいに雑然と散らかって。
まともに座れそうなのは。いま女史が腰かけているカウンターの並びくらい。
ダクトも、換気扇も。抜け殻のようになっていて。
蝶番が片方はずれた奥の棚には、まだ飲みさしの酒が居並んでいる。

あたりいちめんの、廃墟の風景に。
男も女も、夢から醒めたように、ぽかんとしていた。
まるで、毒気を抜かれたように。
「十六年前、閉店しているみたいよ。なかなかセンスのあるお店だったみたいだけど」
「どうして・・・」
奈津子が口を開きかけ、黙った。
女史が歩み寄ってきて、向かい合わせに見おろしてきたからだ。
「今夜、蛭田くんと過ごしたい?」
「え、ええ・・・」
ためらうことなく決然とした口調に、フッと苦笑いを浮かべながら。
「上司としては、聞き捨てならないけど。まぁ、いいでしょ」
スッと奈津子にすりつくと。
娘くらいの年恰好の両肩を引き寄せて、着飾った上体を抱きすくめてゆく。
え・・・?
とまどう奈津子のうなじに、鮮やかな朱を刷いた唇が、ねっとりと吸いついた。
ぅ・・・
陶酔したような横顔に。蛭田はぞくり、とした。
ひとしきり。恋人の若い肌に唇を這わせた女は、おもむろに顔をあげると。
「だいじょうぶ。美味しく吸えるわよ」
ヘンなもの、飲ませるな・・・と思って、ちょっと警戒したけど。
疲れた血液に、気持ちのいい香気を寄り添わせただけ。
あの女。いったいなにを、したかったのかしらね。
薄闇のなか。蒼白く浮かび上がる女史の頬を、蛭田は魅入られたように見つめている。
「あら」
虚を衝かれたように。女史はちいさく声をあげた。
目にもとまらぬ素早さで。
濃紺に装った足許に、蛭田がかがみ込んでいたからだ。
ちくり・・・と刺す、かすかな痛みに、女史はちらと翳をよぎらせて。
気を喪った奈津子を傍らの椅子にもたれさせると。
すうっと抜き取られてゆく血潮を、情愛をこめて送り出す。
ちくり。ちくり。
止まり木に腰かけた女史の脚を、蛭田はなおも、放さずに。
左右かわるがわる。太ももからふくらはぎ、足首までも。
舐めるように、唇を這わせていって。
女史のストッキングが見るかげもなくチリチリにすりむけてしまうまで、行為を繰り返していった。
「どうしたのよ」
女史はちょっと咎めるように、口を尖らせて。
裂かれたストッキングを、じぶんの足許からぴりぴりと引き剥いてしまうと。
  わたしにだって、吸血の心得くらいあるのよ。
  あなたといっしょにされちゃ、迷惑だけど。
ふふ・・・っ、と笑んだ口許を。
蛭田はやはり、魅入られたように見つめつづける。
「お嬢さんを、送るのよ」
今夜は、見逃してあげるから・・・と。
女史はそっけなく、いつもの命令口調に戻っている。

男が女を、お姫様抱っこして退場すると。
女史はもういちど、カウンターの向こう側、マダムのいたあたりにグラスをかざして。
  メリー・クリスマス♪ ・・・ちがうわね。(苦笑)
  でも、そちらはどうなのかしら?
人とは異なる時の住人に、エールを送る。
そうして、奈津子の飲みさしを、ひと思いにグッと飲み干すと。
わたしもあの子のまえ、飲んでみたかった。
人知れず、呟いていた。


あとがき
さいごのさいごに、女史の登場です。^^
ご愛読のかたならお察しのとおり。
バアのマダムの正体は、誰の記憶からも自らを消し去ったもと重役秘書の白鳥さんです。
かつて自らの血液にめぐる毒を蛭田に含ませて、酔い酔いにしてしまった彼女。
なにも知らない奈津子に今回含めたのは・・・どうやら媚薬の一種らしいですな。^^
女史の吸血シーン。まえにもいちど、描きました。
ご不審の向きもあるでしょうけど。
いったいどういうひとなのか・・・と。ナゾを深めてみました。(笑)

すり寄って・・・

2006年12月08日(Fri) 23:20:34

一瞬のスキだった。
ふと気を抜いた瞬間に、そいつは影のように忍び寄ってきていて、
気づいたときには、ぬるりとした唇を女史の首筋に吸いつけていた。
ひっ、蛭田くん・・・っ?
相手の正体に気がついたときにはもう、がんじがらめに抱きすくめられていて。
鋭い牙を皮膚に刺し通されてしまっている。
ベストな角度。
相手にも苦痛を与えずに、いちばんおいしい血管を断っている。
あっ。
めくるめく衝撃に、さすがの女史も目をくらませて、のけぞっていた。
下腹にまで・・・
不覚にも、じわっとした潤いが滲んで、
目のまえがぼうっとかすんだ。
あ・・・ダメ・・・
ううん。もう、離さない。^^v
手加減、しなさいよ。
ダメ。気の済むまで吸わせてね。
ちゅ、ちゅう―――っ・・・
頭がふらりと揺れて、気の遠くなるような眩暈が陶酔を帯びていた。
こうなると、女史ですら。
蛭田の術中。なされるがままだった。

あ。ダメ。そんなに血を引き抜かないで・・・
おいしい。おいしいね。やめられないよ・・・
ちょっと、ちょっと・・・・調子に乗りすぎよ・・・っ。
緊張が張りつめていた身体から力が抜けて、じゅうたんの上、女史は膝を突いてしまった。
濃い紫のじゅうたんに、肌の蒼白く透けた濃紺のストッキング。
シックな色の取り合わせが、蛭田の目に心地よく映えた。
ごくり。
蛭田は、生唾を呑み込む。
いただきまぁす。
にんまりと笑んだ唇を、ストッキングを履いた女史のふくらはぎになすりつけて。
にゅるにゅる、にゅるにゅる、いたぶるようにもてあそんでゆく。
く、く・や・し・い・・・っ。
血を通して伝わってくる、心のなかの呻き。
ウフフ。ダメだよ。愉しませてもらうよ。
唾液を帯びた唇をひときわ笑み崩れさせると。
ぴりっ。
唇の下、淡いナイロンの包装が、他愛なく裂けた。
びりっ、つつつつ・・・っ
思うさま、破いちゃっていた。
あぁ・・・もぅ。たまらない。
蛭田は、呻くように呟くと。
もういちど、うつ伏した背中に寄り添うように影を重ねていって。
ちゅう・・・っ。
甘えるように、ゆるやかに。
うなじの傷を吸いつづけていった。

もう。
腕の中。夢見ごこちで口を尖らせて。
ひとしきり、落ち着くと。
腕を上げたわね。あなたがすり寄ってくるの・・・ちっとも気がつかなかったわ。
女史なぜか得意気に、ふふん、と鼻を鳴らした。
蛭田はいたわるように女史の身体をソファに横たえて、
なおもにやにやとにやけながら、破けたストッキングをずるずるとずり下ろしていった。
やるじゃないの・・・
でも、おイタはそこまでよ。

脱いだズボンを傍らに。
破けてないほうのガーターストッキングを、女の脚から引き抜いて。
じぶんのひざ上まで、ぴっちりと引き上げて。
女史の目のまえ、これ見よがしに。
蒼く染まったふくらはぎを、さらりと撫であげる。
そして素早く身なりを繕うと、
お邪魔しました。
部下の顔にもどって、深々と一礼した。
ズボンのすそと革靴の間からのぞく薄く浮き出た踝を。
女史は苦笑いしながら、ドアが閉まるまで見送っていた。
ほめ言葉と同じくらい。その苦笑交じりのまなざしを。
彼は嬉しく背中に受け止めていたのだろう。


あとがき
珍しく?蛭田の成功談です。^^
たまにはこうして、女史を術中に落とすこともあるみたいです。

か弱き幻影

2006年12月08日(Fri) 23:13:57

あっ、お許しくださいませっ。
色白の富士額に、憂いを帯びた眉を寄せて。
追い詰められた壁を背にした女は、ひたすら手をあわせて哀願する。
けれども男の手は容赦なく、
ボウタイのついた純白のブラウスに手を掻けて。
むしり取るように、剥いでゆく。
あれっ!なにをなさいます・・・
女は古風な咎めを口にしながら、
羽交い絞めにされた腕のなか。
整った顔を苦しげにゆがめる。
恐怖にこわばった横顔を愉しむように、
うなじに唇を近寄せてゆく男。
男の名は、蛭田。
都会の人通りをほんの数歩深めただけの路地裏で、
今夜も若い女を狩っている。

今夜の獲物は、すこしとうがたっていたけれど。
年配の女性の若作りは・・・いっそう蛭田の好み。
純白のブラウス。透けるほど軽やかな、やはり純白のフレアスカート。
お嬢さんのようなしとやかな身なりに引き込まれるようにして。
女の術中にはまるがごとく、女を術にかけてゆく。

だめ、だめ、だめです・・・っ。
抗う細い腕を、押し伏せると。
女はそれでも逃れようとして。
およしになって。わたしの血には、毒が入っておりますのよ・・・
ひめやかに、そう囁いたけれど。
男は指先でなぶるようにして、女のうなじに触れてゆく。
ひ、ひどいです・・・っ
消え入るような、哀願に。
すまないね。
生唾を呑み込んだ、せっぱ詰まった声をする。
ひどくみじめな、やるせない気分。
わが身を苛む心の翳が、やむにやまれない狂態に駆り立てるのを、どうすることもできなくなっている。
おとなしくさえしていれば、生命までは取りはしない。すぐに済ませるから。
ごく事務的に、みじかく囁いたのは。
弱いところを獲物のまえで見せまいとしたからか。
囁きと入れ違いにくり出した牙を、
薄い皮膚に、さくりと突き通してしまっている。
ああ・・・っ。
悲痛な呻きを洩らしながら、女は立ったまま、生き血を吸い取られてゆく。

うふふ・・・ふふふ・・・
男はなおも、しつようだった。
腰が抜けたようにその場にへたり込んだ女の膝を立たせて、
肌色のストッキングに映えるふくらはぎに、べろを這わせてくる。
ああっ、厭・・・ッ。
女は恥ずかしそうに、眼を伏せ眉をひそめたけれど。
そんな風情にいっそうドキドキをつのらせた唇が、
礼節に満ちた衣裳になすりつけられてゆく。
すまない・・・本当に、すまないね。
厭、イヤッ!
女は激しく身を揉んで、嫌がって。
なすりつけられたべろに、
う・・・うぅんん・・・っ!
すらりとした上背をひときわ、しならせる。
己の腕のなか。
術中に落ちた女体のうごめきを。
蛭田はしっかりと感じ取ってゆく。
闇に浮いた白い頬に、己のそそぎ込んだ毒液が陶酔を滲ませるのを認めると。
ぴりっ。ぴりぴり・・・っ
いともむぞうさに、女の足許からストッキングを噛み剥いでゆく。
あっ、ひどい・・・
女は眉をひそめつづけながらも。
もう、抗おうとはしていない。

・・・・・・。
・・・・・・。

ここは、アルコール臭漂う診療室。
年老いた医師は、しらけた顔をして。
患者を触診している。
横たわっているのは、蛭田。
・・・どういうわけか、急にフラフラとお倒れになってしまって。
申し訳なさそうに口を開いたのは、
着衣を乱したままの女。
裂けたブラウスから、下着の白いストラップをはしたなくのぞかせながら。
びりびりに破かれたストッキングを、ひざ下にまとわりつかせながら。
すこし泣いたらしい名残りで、目許を赤く染めている。
まったく・・・困ったやつだ。
白髪頭を振りたてて、医師が呟きを吐き捨てた相手は、蛭田のほう。
あの・・・恥ずかしいお話なのですが。
女はおどおどと、口を挟む。
このひとが、悪いわけじゃ、ないんです。
ほんとうに、お恥ずかしいのですが・・・わたくし、その・・・
なんだね?はっきり言いなさい。
お医者はどこまでもうるさげに、女の控えめな口調さえ厭う様子。
女はしばらく、ためらいながら。
それでも意を決したように、ひくい声で。
マゾヒストなんです。
俯きながら、そう告げた。
行きずりのこのひとに、
襲ってください・・・って。
わたくしのほうから、お願いしたんです。
びっくりなさっていましたけど・・・こころよく応じてくださいました。
感謝こそすれ、訴えたりなんて、いたしません。
女のことばを皆まで聞こうともしないで。
わかったわかった。
医師はむぞうさに、手を振った。
早いとこ、ずらかるんだな。悪い女め。
ふふっ。
女は初めて・・・白百合のような白い顔を。
うって変わって、愉しげな笑みに染めている。
だってこのひと・・・かわいいんですもの。

白鳥と名乗る、苗字そのままに。
ふわりとしたフレアスカートを、妖精のようにたなびかせて。
女はお嬢さんのように、しとやかに。
丁寧に礼をして、古風な挙措も奥ゆかしく、診療室をあとにする。
かつてはどこぞの会社で、役員秘書をしていたという。
けれどもかつての同僚たちのなかには、だれ一人。
彼女のことを記憶するものはいないという。


あとがき
以前描いたお話と、同工異曲になってしまいました。^^;
動機がないぶん、蛭田の行動は不埒です。
さびしい心をかかえながらいらついていた蛭田くんを慰めようとして。
またも毒液でへろへろにしてしまったようです。
助けようとして、かえって毒に当ててしまった・・・というよりも。
今度は白鳥秘書も、ちょっと蛭田のことをからかっているような気がします。

きっかけ

2006年11月29日(Wed) 23:50:33

ほれぼれするくらい、素晴らしい脚だった。
流れるようなライン。
太すぎも細すぎもしない、ゆるやかな起伏を持った筋肉。
かっちりとした輪郭は、鮮やかな発色の黒ストッキングに彩られていて。
そのなかでツヤツヤと輝く白い皮膚が、居心地よさそうに、なまめかしい潤いを帯びていた。

女は本を、いっしんに読みふけっている。
少なくともはためには、そう見えた。
つやつやと輝く、長い黒髪。抜けるように白い顔。
頭のよさそうな、整った目鼻だち。
それでいて、堅物ではないようだ。
くっきりと刷かれたルージュが、すこし妖しい、派手な赤みを伴っている。
平社員に与えられる、スチール製の狭い席。
置かれた場所に不似合いなくらい、まるで部長さんのように堂々と腰をおろして、
周囲のものなどまるで鼻にもかけないという態度。
あれは、そう。隣の課の・・・たしか岬という女だ。

思わず、つ・・・っ、と手が伸びて。
音もなく、ひざ小僧の下に爪を立てている。
ひきつれひとつ見あたらない、涼やかな艶のよぎるふくらはぎ。
指を、掌を這わせたい衝動に駆られていると・・・
ぷつっ。
指先に走ったかすかな震えが、わずかにひっかかった。
かすかな音とともに、ストッキングに裂け目が走る。
脚の主がおもむろに、読み止しの本から目線をあげた。

ぱしいっ。
頬に、熱湯を浴びせられたのかと思った。
周囲に響き渡るほどの、平手打ち。
あまりの不意打ちに、くらくらと眩暈がした。
女は・・・と見ると、もうなにごともなかったかのように、目線を本に戻している。
ほんの一瞬遅れて、みんなが目線をもとにもどすのが、
気配を消した動作でそれとわかった。

ひざ下に走る伝線が、シャープな切れ目をひろげはじめている。
まるで、涙の痕のような軌跡をにじませて。
女はスッと席を立つと、ぐるりとあたりを見まわした。
周囲のものは目を伏せて、間違っても目線をあわさないようにしている。
そのようすに納得したように後ろで結んだ長い髪をひるがえすと、
どこまでも落ち着き払って、女は更衣室へと足を向ける。

退社したあと。
ひたすら、女のあとを追っかけていた。
追い詰めてゆくのは、遊戯のひとつのはずなのに。
そのときにかぎってなぜか、自分から誘蛾灯に飛び込む夜光虫になったような錯覚を覚えている。
曲がり角で、追いついて。
二の腕を、捕まえて。
腕づくで、こちらにふり向かせて。
がぶり・・・
と、うなじを噛んでいた。
ひどくうろたえていたのは、自分のほう。
女はあくまで、落ち着き払っている。

複雑な味。
処女ではない。
純潔な女が秘めているはずの澄んだ芳香は、女の血からはとうに失せている。
それどころか・・・
大変な、経験者だ。
澄んでいないからといって。
澱んでいる・・・とは、限らない。
高価なワインほど、芳醇で複雑な香りを秘めるもの。

気に入った?
女は自分の腕の中、冷やかすようにこちらを見あげてくる。
よして頂戴。わたしを酔わせようなんて・・・
完敗・・・
男の胸が屈辱にまみれそうになったとき。
女はもっと哀しげに、呟いている。
酔うことなんかできないのよ。私。


あとがき
ちょっと、中途半端だったでしょうか?^^;
蛭田と奈津子の出会いのシーンです。
彼女に関するいちばん古い記録は↓の、「ベテランOLの息抜き」です。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-42.html

生まれ育った街

2006年11月13日(Mon) 14:55:01

ぐず・・ず。
営業用車のタイヤが砂利を噛んで、鈍い音を立てた。
昼下がりの青空は、周囲の雑多な建物に狭く仕切られている。
南向き建った古ぼけた小料理屋からも。北向きのマンションからも。
そして、左右にうずくまる民家からも。
死角になっている、ささやかな空間。
仕事に疲れると。
蛭田はいつも、ここに車を止める。
わざわざ一時間も、遠回りをして。

車のキーを、引き抜いて。
シートをがたんと倒して。
あらかじめ開放した窓からは、自然の風がそよそよと流れ込んでくる。
さっきまでの息の詰まるような仕事の世界とは、隔絶された。
身勝手な目上やしたたかなクライアントのなまな声からも、遠くかけ離れた。
ベッドタウンの、静かな昼下がり。
ピーポー、ピーポー・・・
遠くでサイレンが、鳴っている。
ぱん、ぱん。
近所の家では、干した布団をひっくり返しているようだ。
ガタタン、タン。
遠鳴りのように聞えるのは、新築工事が始まっているのだろうか。
あとは、雑多な日常の奏でる、音にならない音。
その静けさのなか。フッと自分を取り戻すとき。
ここはかつて、彼の住んだ街だった。

ここからわずかに見える、古びた民家。
幼馴染みのUちゃんは、いつも彼のためにハイソックスを履いて、畳のうえにうつ伏してくれた。
おやつがわりに、愉しんだ血。
Uちゃんがうっとりとなるころには。
こんどは彼のお母さんがお勤めから戻ってきて。
いそいそと、真新しいストッキングに履き替えて。
おおらかに笑いながら、Uちゃんの隣に、寝そべってくれた。
いまは住む人もなく、穏やかな静けさに埋もれた家。

小学校のころ同級生だったS代と、たまたま行き合わせた四つ角。
見慣れないセーラー服姿が眩しくて、つい道端の草むらに引き込んでいた。
うなじに唇を吸いつけながら、困り顔をしながら抗う手足を抑えつけて。
勝つに決まっている愉快な力比べのあと。
しずかになった身体から、重たいプリーツスカートをたくし上げていって。
手探りでパンティを脱がせていった。
あのときの草むらにはもう、鉄筋コンクリートのマンションが建っている。

風のうわさに、あのふたりはいっしょになったときいた。
結果として・・・たしかに幼馴染みの血を吸い、花嫁までもモノにしたことになるのだが。
ふたりのことを思い出すと。
独り取り残された気分になるのは、なぜだろう?
いまごろどこかの街で。
幸せな主婦をしているだろう彼女は、ぱんぱんと音を立てて。
干した布団をひっくり返しているところかもしれない。

みんなみんな、優しかった。
想い出のよすがはまだこの街の、至るところに残されているけれど。
ところどころ唐突に、見慣れない真新しい構築物が出現して。
その部分だけ、甘い追憶が断ち切られていた。
微かな風に吹かれて。
いま、ここにいる。
あんなことやこんなことがあった、この街に。
長いあいだそこにある生垣も。
咲き乱れる秋の花も。
あのころと同じように、手の届くところにある。
なによりも。
あたりに漂う安らかな空気は・・・
まごうことなく、あのときのもの。
けれどももう、過去に戻ることは・・・
と、顔をあげると―――
フロントガラスのまえに出現した唐突な光景はに、蛭田の甘い追憶を見事に切断していた。
一分のスキもない、キリッと着こなしたスーツの立ち姿。
ふさふさとしたボウタイに覆われた、豊かな胸元。
髪をあげてきりりと眩しい首筋。
そしてなによりも―――金縁メガネの奥に光る、魅惑的なまでに鋭利なまなざし。

えっ!!?どうしてここに?
数秒後。
営業用車のドアは外から開かれて、蛭田は女に苦もなくつまみ出されている。
「あっ、あの・・・その・・・え~と」
濃紺のスーツの主は、静かに腕組みをして、佇みながら。
見苦しく弁明の言葉を探し出そうとする蛭田のことを、
まるで滑稽な見世物でも見るように、しばし眺めていたが。
「いいわよ。もう」
蛭田を促して、車のなかに乗り込んだ。
彼女は助手席。彼は運転席。
「さ・・・こっち来なさい」
助手席の女は蛭田を引き寄せると、おもむろに胸をくつろげた。
解かれるボウタイ。
ふたつ、みっつと外されるブラウスのボタン。
フェミニンなレエスのスリップのすき間から覗く谷間は深く、
むっちりとした白い乳房には、静脈が薄っすらと、青白く透けている。
母鳥が雛を抱え込もうとするように。
左右から伸びてきた女の腕が、蛭田を抱き取った。
「いっしょに、サボろ」
懐のなかでむき出された牙が落ち着きどころを見出したように、乳房のつけ根に食い込んで。
鈍い疼痛を伴いながら、吸いついた唇が吸血をはじめると。
「やっぱりムリかな?金縁メガネ」
奈津子はのんびりと呟いて、メガネをはずす。

ちぃちぃ・・・ちぃちぃ・・・
名も知らぬ鳥が飛び交う下で。
みじかい晩秋の昼下がりはじょじょに光を弱めていって。
しずかな終りを告げようとしている。
遠くからきこえる、子供たちのはしゃぎきった声。
それが追いかけあいながら、間近になってくると。
女は一方的に、男を放した。
「そろそろ隠れんぼは、おしまいね」
男はまだ、残り惜しそうに。
女の足許に唇を這わせた。
女はあえて逆らわず、男の思うまま、ストッキングを破らせてしまうと。
「ったく、もう」
口を尖らせながら。
「気が済んだら、行くわよ」
いつものきつい先輩口調を取り戻して。
男の背中を叩いて、車を発進させる。

ここが蛭田くんの育った街・・・か。
どこでどんなおイタをしていたんだか。
あの家あの草むらに目を転じながら。
ふふっ。
いとも愉しそうに、笑っている。
さいごの赤信号。
ここから先は、いたるところ仕事の待ち構える、いつもの街並み。
「こんどまた、来ようね。お休みの日に。・・・いっしょに、来させてくれるよね。」
応える代わりに、男は空いた片手で奈津子の手をギュッと握りしめてくる。
頑是無い子供のような、手加減しない力をこめて。


あとがき
半分蔵出しです。^^;
さいしょは敏腕重役・鳥飼女史をモデルにしようと思っていたのですが。
女史を気取ろうと背伸びをする奈津子に切り替えてみました。
果たして成功しているかどうか・・・
このシリーズにしては珍しく、とくにストーリーのない展開になってしまいましたが。
蛭田の少年時代を少しのぞいてみたくなりまして。
たまにはこんなのも、よろしいでしょうか?^^

ダブルパンチ

2006年11月05日(Sun) 23:35:57


おい。雅江はいるか?ちょっと貸せよ。ここんとこ、女ひでりなんだ。
耳ざわりな声といっしょに勝手に上がりこんできたその男は、明らかに酒気を帯びている。
ぼさぼさの頭に、着崩れたシャツ。放蕩にやつれた、蒼い顔。
たばこの臭いまでぷんぷんさせながら、そいつは我が物顔でずかずかと夫婦の寝室まで入り込んでくる。
「おい!雅江!どこだ?」
ひとの女房を大きな声で呼び捨てにして、男はうろうろと家捜しするようにして女を求めた。
その声に堪えられなくなったのか、女はじぶんから出てきた。
白のブラウスに紺のスカート。
地味だがこざっぱりとした身なりは、侵入者には明らかに不似合いだった。
「おう、久しぶりにつきあわないか?おれのモノでイカしてやるからよ」
男はなれなれしく雅江の肩に腕をまわしてくる。
雅江は夫のほうを怨めしげにかえりみたが、どうすることもできないのはわかっているらしい。
そのまま何も言わないで、されるがままに寝室に引きずり込まれていった。

坂崎はその男に、多額の借金をしていた。
脱サラではじめた事業が失敗したのだ。
いやというほど分かりすぎていることなのだが、すべては彼の見通しの甘さが原因だった。
そしていま、彼はもうイヤということすら、できなくなっている。
ドアの向こう側から、妻の啜り泣きが洩れてきた。
やり場のない怒りに震える肩に、ぽんと置かれる手があった。
「坂崎社長ですね?そこまで我慢すること、ないじゃないですか」
顔見知りの、取引先の男だった。
いつもぶきっちょで落ち着きがなく、かえってそんな取り繕わない態度に好感をもって、取引を始めた男。
どうして自宅を知っているのか、そんなことはもうどうでもよかった。
「自己破産でもして、すべてやり直す方が男らしいと思いますよ」
そういう男の言葉に、いつになく強く頷いている。
「その覚悟があるのなら・・・」
男はにやりとして、あっけに取られた坂崎をおいて、寝室にむかった。
蛭田というその男の名前を思い出したのは、もう彼がドアの向こうに消えたあとのことである。

ぎゃあああ・・・
弱いものだけに横柄な男の粗雑な声が、情けない悲鳴にかわった。
ひぃ、ひぃ、ひいっ。助けてくれぇ。悪かった、悪かったよおお・・・
ベッドから転がり落ちるような音。
「痛ぇぇぇ・・・」
金貸しはまたも情けない声をたてると、寝室から飛び出してきた。
ぼさぼさの髪をいっそうみっともなく振り乱しながら、坂崎のほうに紙切れを一枚、投げ捨てるようにすると、
どたどたと慌しい足音だけを残して白昼の通りに姿を消した。

目を丸くしている坂崎のまえ、蛭田は呼吸ひとつ、髪の毛ひとすじ乱さずにいる。
連れられて出てきた雅江はうつむいていたが、あきらかに安堵の色をうかべていた。
スカートのすそはめくれ上がり、ブラウスは釦をひとつ飛ばしていたが、
それでも最悪の事態だけは免れることができたらしい。
「もうだいじょうぶですよ。やつは二度とこの家に来ないでしょう」
坂崎の足許に落ちているのは、長いこと彼を苦しめていた借用証だった。
「あんたはいったい・・・?」
「たいしたことではありません。私ね、吸血鬼なんですよ。野郎の血を吸い取って、いうことをきくようにしてやっただけ。ついでに記憶も消しておきましたから。もう二度とここには、来たくても来れないはずですよ」
とても信じられないようなことをさらりと口にすると、蛭田ははじめて、はにかむような色をうかべた。
「ついでのついでですが・・・奥様の血もしょうしょう、頂戴しましたが」
たしかに妻のブラウスには、目だたぬほどの少量だったが、なにか赤黒い飛沫が散っていた。
「じつはね。このあいだの御社のパーティーで奥様を初めてお見かけして。その・・・見初めてしまったんですな。・・・ほんのすこしでよろしいので・・・」
皆までいわせずに、坂崎はふたりの前につかつかと近寄ると、男を思いっきり、殴り飛ばしていた。
「どいつもこいつも、いい加減にしろ!雅江はおれの女房だッ!」
いい気になっていた吸血鬼は、ひとたまりもなく消し飛んだ。
あなた!と叫んだ坂崎の妻は夫にかけ寄って、力いっぱいすがりついている。

痛ぇぇ。
こんどは蛭田が呻く番だった。
起き上がったときには、夫婦の姿は目のまえにない。
睦まじさを取り戻そうとするふた色の声が、寝室のなかから聞えてくる。
状況をみるかぎり、肩を落としてすごすごと退散するよりなさそうだった。
なによりもすっかり、興ざめしてしまったから。


とんでもないよなあ・・・
薄暗さをみせてきたあたりの空気が、寒さをいちだんと伝えてくる。
ヒーローになったところでやめておけば。
感謝に満ちた夫婦のまなざしを背に、かっこよく退場できたものを。
前半戦は我ながら、じつに堂に入っていたのだが。
だからこそ、救いようもない後半戦の記憶が、いっそうみじめさを添わせてくる。
自分で自分の記憶を消せたら・・・しかし、そういう術は不思議と身についていないのであった。
「うぅ。喉が渇いた・・・」
さすがに切なくなってきた蛭田のまえ、フッとよぎったのは長い髪の毛の女の影。
蛭田の瞳に、ふたたび紅いものが宿った。
不運な女は、三十そこそこだろうか。
落ち着いた物腰に、大人の女の色気を漂わせている。
こぎれいに装った、スーツ姿。
服装からして未婚の女のようだった。
「あっ・・・あの・・・っ」
戸惑う肩を抑えつけて、荒々しくコンクリートの壁に押しつける。
あんなことがあったせいだろか。
もう、自分でも抑制がきかなくなっていた。
お前のいうことなんか聞くものか・・・
いつにない憤りをこめて、むき出した牙を女のうなじにグッと突き立てている。
飢えた牙は面白いように、薄い皮膚にめり込んだ。
「きゃっ!」
咬みつかれた女が洩らした悲鳴は、人が通りかかっても聞き取れないほどちいさかった。
悪童みたいな破壊欲がふきつける。
女を抱きすくめる腕に、いっそう力がこもった。

ぎゅうっ・・・ごく・・・ごく・・・っ。きゅうっ・・・きゅうっ・・・
貪婪な食欲もあらわに、食いついて。
瞳のなか、紅いものをますます兇暴に燃えあがらせて。
切なくなるほど熱い液体を、喉を鳴らして呑み込んで。
ブラウスにぼとぼととしたたる血すら気にもとめずに、ただ、ただ、ひたすらに貪っている。
   お願い。お願い。もう赦して・・・
必死の懇願がブラウス越しに伝わってくるまでに、ずいぶんな刻が必要だった。
   ああ、すみません。でも、もう少し・・・
   わかりました。我慢します。声もたてません。
   でも、ほんとうに、いま少しで見逃してくださいね・・・
ひどく物分かりの良い女だった。
鋭い牙の切っ先に秘めている毒が、女をそんな気分にさせているのだろうか。
いやいや。蛭田は思いなおす。これがおれの実力なんだ・・・
弱々しくなってきた女の鼓動をかき立てるように、優しく強く女の背中をさすってやる。
女もまた、それに応えるように、必死になってわが身をふるいたたせようとする。
   せめてもうすこし、貴方に血を差し上げたいの・・・
甲斐甲斐しい女の振る舞いに、蛭田は本当にいとおしくなってしまって。
いつか女をいたわりかばいながら。
さっきまでの荒々しさは影をひそめて。
いまは甘えるように、すがりつくように、女の肩を抱きしめていた。
撫でさする女の身体はそのまま力を失って。
蛭田の腕のなか、ずるずると姿勢を崩してしまっている。
あきらかに、やり過ぎたようだった。



まったく、ばか者が。
年老いた医師は吐き捨てるようにそういうと、
蒼い顔をしている蛭田のほうなどちらりとも視線を送らずに、
なれた職人のような手でベッドに横たわる女を触診している。
ちいさな懐中電灯で瞳孔まであらためている医師のしぐさには、さすがの蛭田もどきりとしたが。
「だいじょうぶ、すこし休んでおればよくなるわい」
「たぶらかすのはよいが、こういうことじゃ修行が足らんな」
医師の声色は蔑みにみちていたが。
女の安静をさとると、かれもようやくホッとした色を浮かべた。
いくら罵られようとも、いまさら痛くもかゆくもない。
それよりも、通りすがりの女が示してくれた善意の余韻が、まだ男の胸を甘く締めつけている。
いわれのない凌辱を受けたのに、女はこちらのきわめて風変わりな愛し方を受け入れてくれて。
ためらいなくわが身を犠牲にしてくれたのだ。
すこし不思議なのはね。
そんな蛭田の感傷を完全に無視して、医師の声色はあくまでも冷たい。
牙の入った角度なのさ。ようくご覧。じつに自然な角度だろう?
この角度だと相手もそんなに痛がらないだろう?
苦痛が、ごく軽いものですむのだよ。
あんたにしたってそうすれば、皮膚の奥深くのいちばん美味しい血管を食い破ることができるのだ。
吸うものと吸われるものとが、よほど息が合っていないと、難しい角度なんじゃが。
女はあんたの知り合いかなにかなのかね?
どうも、女のほうからあんたに血をやろうとしたとしか思えんのだが。
ベッドのなかの女は、白い顔をして眠り続けている。
失血でやつれた顔色は、初めて襲った瞬間のうろ覚えな面差しよりも、ちょっと老けてみえたけれど、
目鼻に滲ませている地味な色気は、淡いオーラのような香気を放っている。
女の顔に、身覚えはなかった。
あんなに親切にしてもらえるような覚えも、もちろんなかった。
あるとすればさっき、すこし調子に乗ったばかりに善意で助けたはずの男に殴られたぶざまな体験があるばかり。
ヘンなところで遠慮をしたせいで。
毒消しに吸い取った人妻の血は、身を持ち崩した男から取り込んだ毒をまぎらすには少量過ぎたのだ。

「不思議といえば」
老医師は感情を消した顔で蛭田のほうを振り返った。
「お前にしても、不思議なやつだな。血を吸った女をわざわざ病院につれてくるとはね」
からかうような目をして男と女を見比べながら、老医師は人のわるい笑みをうかべた。
「女のことは任せなさい。どうせあんたのことだから、記憶を消しているんだろう?行き倒れだということで処理しておくから、あんたは早く家に戻って休んだがいい」
いや、そのひとを家まで送るのはせめておれが・・・
そういいかけた蛭田が女よりも顔色を蒼ざめさせてその場にぶっ倒れたのを、医師は驚きもせずに見おろしている。
「だからばか者だというのだ。いまだに見分けがつかんのか」
しんそこばかにしたように独り呟くと、
「おおい、誰か。接待用の看護婦を呼んでくれ。」
奥に向かってせわしなく、声を投げている。
あっ、はい。ただいま・・・
表向き怖がりながらも期待するような若い声にはお構いなく、
医師は傍らに置いたカルテに、手早く患者の名前を書き入れる。
蛭田が女の名前を聞いているはずがない。
けれども医師は顔色も変えず、白鳥美和子、とペンをさらさらと走らせていた。


あとがき
ぐうぜんに発見した、「蛭田物語」の埋没原稿です。
「幻想」が突然消滅する直前に描いて、消滅騒ぎにまぎれてしまっていました。
唐突に消えてしまった美人秘書の白鳥さんをどこかで復活させようと目論んでいて、描いたものなのですが。
どうしてすぐにあっぷしなかったのか、自分でもよく憶えておりません。
ともあれ、復活できてよかったです。^^

白鳥さんは善意のひとで。自分から蛭田に血を吸わせてやったりするのですが。
どういうわけか彼女の血液には吸血鬼を退治してしまうほど強度な毒気が秘められていて。
いつもこんなふうに、彼女のけなげな好意とは裏腹な結末になってしまうのです。
周囲の記憶を消して、自らも姿を隠した白鳥女史。
蛭田はとうとう、彼女のことを想い出せないまま、またもノックアウトされてしまいました。
いつもながら・・・な展開ですが。(^_^;)

がらんどうのオフィス

2006年10月30日(Mon) 15:42:14


はい。今月の営業成績びりの蛭田くん。
罰として、開かずの間にお入り。
そこで、ひと晩たっぷり反省すること。
金曜日の夕方に、そんな宣告をする課長。
ほかの奴らもにやにやと、そ知らぬ顔してほくそ笑む。
だれ一人フォローしてくれるやつのいない、いまの部署。

開かずの間。
本社ビルの一角に、ひっそりと埋もれた闇の部屋。
昼間でも照明はなく、時おり漂う生温かい空気には、
かすかな呻き声のようなものが混じっているという。
若い女性社員など怖がって、まえの廊下さえ歩こうとはしないのだった。

ひゅう・・・ひゅううう・・・
虚ろな風が漂う廊下。
じゃな。気をつけてな。明日になったら家帰っていいから。
同僚の一人はさも小気味よげな顔をして、形だけのねぎらいをかけてくる。
明日になったら・・・って。
土曜日じゃん。
蛭田はぼっそりと、嘯いた。
その同僚も、開かずの間から洩れてくる照明ではない光がじんわりと滲むのをみとめると。
ゾクッ・・・と、怯えに体をこわばらせて、足早に立ち去っていった。

ギィ・・・
古びたドアを、押し開く。
油を差していないシリンダーが、鈍い音をきしませて。
ひょおうう・・・っ。
ガラス窓はたしかに締められているように見えるのに。
どこからともなく吹いてくる風が、蛭田の頬を薄ら寒くかすめていった。
けれども・・・
包み込んでくるような暗闇に、えもいわれぬ温もりがこもっていた。
今は、蛭田にしか感じ取ることのできなくなっている温もり。
よく、来たね。待っていたよ。
闇に目が慣れずとも。
蛭田にはわかっている。
ここには、テーブル。あそこには、書類棚。
ドア際にひっそりうずくまるデスクには、派遣社員の女の子。
窓際にあるあの大きなデスクは、所長席。
所長席のまえ、すこし間をあけて向かい合わせになった机には、万年係長が。
そして、向かい側には、ほかならぬオレが座っていた。
ドアぎわにひっそりとうずくまるデスクからは。
あの派遣の女の子が、おだやかに暖かい視線を。
懐かしい微笑みとともに送ってくる。
今はもう、知る人も少ないけれど。
ここは彼がひととき籍を置いたことのある、かつての職場。
いまは訪れる人もなく、骸骨のように原形をとどめているだけだった。


こんど配属になる男。人の血を吸うらしいぞ。
えっ・・・?
まじに・・・?
部屋の空気が、サッと変わった。
そんなことも知らないで。
はじめてその職場に配属になり、真新しいスーツに身を固めた蛭田は、
緊張に息をつめ、さっそうと出勤してきたけれど。
案の定・・・
周囲の目は、冷たかった。
そらぞらしい目線をまともに受け止めると、蛭田の悪い癖が出る。
存在を感じてもらえなくなるくらい、萎縮してしまうのだった。

そんな蛭田のことを、とにもかくにもフォローしてくれたのは所長だった。
役目柄、仕方なかったのかもしれないけれど。
いつかふたりのあいだには、和やかな空気さえ流れるようになっていた。
やがて、家に招ばれるようになって。
ときどき、病気の奥さんに逢いに行っていると噂が立つと。
またもや、やなムードが部屋に流れた。
それが少しずつ、変わってきたのは。
奥さんの病気が全快してからのことだった。
蛭田の持つ牙の毒液が病魔を鎮めたのである。

きゃーっ、怖い。
そういいながら。
派遣の子は、首筋を咬ませてくれるようになった。
彼氏がいるの。
そういいながらも。
事務所が閉鎖になるまえの晩、いちどだけ。
ふたりきりになったとき、キスを許してくれた。

女房、吸血鬼に興味あるんだってさ。
万年係長も、家に招いてくれて。
もっさりとした旦那に不似合いなくらいエレガントな奥さんは、
銀のネックレスを外してうなじをゆだね、
濃紺のストッキングを装ったふくらはぎまで、舐めさせてくれた。
中学に通う娘さんまで、お母さんのまねをして。
ハイソックスに包まれた脚に、触れさせてくれて。
娘はまだ、処女だろうね?
あくる朝訊いてくるときの万年係長は、気がかりそうな優しい父親の顔になっていた。

いまはもう、誰もいない。
信じられないほど、隔たって。
それぞれべつの世界に身を置いているはずだった。
きっとそれぞれに。
寂しい想いを抱いているのだろう。
そんな悲しい妄念が、愉しいやり取りを交わしあったかつての集いの場に舞い戻ってくるのだろうか。
埃交じりの静寂に支配された、かつてのオフィス。
どこからか洩れてくるすき間風が、すすり泣きのような奇妙な音をたてながら。
時おり蛭田の耳もとをかすめ通り過ぎてゆく。
かつて、自分の座っていた席に腰をおろして。
蛭田はうずくまり、目じりに熱いものを滲ませていた。


がた、がた。
きゅっ、キュ・・・
つぎに頭をあげたとき。
朝の光が眩しく、周囲に降り注いでいた。
オーロラのように濃い斜光線の向こう側。
ふたつの影がいそいそと、ずれた机を直し、窓ガラスに磨きをかけている。
「さ。そっちはもう片づいた?じゃー、ドア際の机、拭いてもらおうかな?」
鋭い声で指図をしながら、自らもキリキリと立ち働く、スーツ姿。
「あっ、蛭田くん。目、覚めた?早く手伝いなさいよ」
頭のうえから鋭い声をふりかけてくる、もうひとつのスーツ姿。
「まずその前に、顔洗ってくることね」
怜悧に研ぎ澄まされた声は、鳥飼女史と奈津子のものだった。
敏腕重役とやり手のオフィスレディがふたりながら、
エプロンに三角巾までつけて、部屋の手入れに励んでいる。

手近なトイレで、頭から水をふりかけるようにして、眠気を追っ払って。
涙はいつか、忘れている。
あ、そうだ。
足許においたバケツに水を汲んで。ぞうきんを絞って。
要領の悪い男手が、器用な女手を気遣うように加わってゆく。

また、この部屋に帰っていらっしゃい。
あんたが偉くなったらね。
足許に甘えてくる男をさりげなく脚で追いやり振り払いながら。
女たちはきょうも愉しげに、彼を揶揄してやまなかった。

受付窓口の怪

2006年10月30日(Mon) 15:34:15

ねぇねぇ。
受付、出てごらん。愉しいよっ。
女の子たちはひそひそと、耳打ちしあっている。
人目を気にしながらの情報伝達は、恐ろしいほど速かった。
コツコツ・・・カッカッ・・・
ヒールの音を響かせて。
あちらのオフィス、こちらの部署。
どういうふうに順番が決まるものなのか。
正確な間隔をおきながら、順序よく入れ替わり現われる、女たち。
女たちが向かうのは、正面ロビーの受付カウンター。

あっ、代わる?
同期の子がきたのを認めて、さえ子が軽く、手を振った。
済んだぁ?
ウン・・・
応えるさえ子の足許は。
ぬらあっ・・・とした透明なものを、ストッキングのうえからねばりつけられている。
廊下を行き交うOLたちは、互いの足許を盗み見合って。
あの子も、つけられたわね。やらしいわ。
あのひとまで、あんなに濡らされちゃって。うふふ。
内心の声は、男性社員の耳にまでは届かない。

きょうはずいぶん交代が早いんだな。
なんの疑念もなく声をかけて通り過ぎてゆく次長を見送ると。
しーっ。
足許から、トーンを落とした声がする。
うずくまる男の姿は通りすぎるものの目には触れないらしく、
なぜかカウンターに立ったものにだけ、目に見える。
いいの?
うん。
じゃ~、いただきまぁす。
声の主は、蛭田。
肌色のストッキングに包まれたオフィス・レディの足許に、
ぬらりとべろを這わせていった。

きみは、11人目。惜しかったね。
でも、たっぷり舐めてあげるからね。泣いちゃ~ダメだよ。^^
じゃあ次のひと、呼んできて♪
おっ、お洒落だね。きょうは黒だね。^^
キミのだけは特別に、うんとイタズラしちゃおうかな?
おどけた口ぶりにきゃっ、きゃとはしゃぎながら。
訪問者の少ない時間帯。
女たちは脚を迷わせながらも、舐めさせてしまっている。

さっきの子は、光沢てかてかのストッキング。
そのつぎは、ダイヤ柄の黒のハイソックス。
そのまたつぎは、オーソドックスなベージュ色。
めまぐるしく交代する脚たちに、
次から次へと唇を吸いつけて。
たま~に、そう。五人ごとに。
ちゅちゅ・・・っとよけいに、しつっこく吸って。
生き血を飲ませてもらったりしている。
たまにはいいこと、なくっちゃね♪
能天気な男は、後ろにたった黒のストッキングに気がつかない。

つぎのコは?
おや、珍しい。しっとりとした濃紺だ。
きみ。なかなか、オトナだね。セクシーじゃん。
思い切りなすりつけた唇に、きりっとした足許がしんなりと応えて。
応えるとみせて、サッと受け流してゆく。
逃げかたもなかなか・・・人をそそるようなことをするんだね。
なおもにじり寄って、ひざから下を抱きすくめようとして顔をあげて。
あげた顔が、凍りついていた。
蛭田くん、ね。
こんなとき、女史の浮かべる微笑ほど。
世にも恐ろしいものはない。
とっさにあとずさろうとすると。
背後に回った脚に、軽く蹴られた。
「どうして、招んでくれないの?わざわざ黒に、穿き替えてきたんだけど。」
奈津子がいつも以上に意地悪そうな笑みを、にたーりと滲ませてくる。
さ。役員室にいらっしゃい。
きょうのお仕事はもういいんでしょ?
こんなところで遊んでいるくらいだから。。。

美人局

2006年07月30日(Sun) 22:13:07

「お願い。これ以上は許して。処女のまま、お嫁に行きたいの」
女が哀願するのはいつものことだ。
蛭田はあやすように女を撫す手をとめないでいる。
辛い涙は、やがて甘さを滲ませて。
女の理性を流し去ってくれるはず。
ところが。
こんどは見当ちがい・・・だったらしい。
女は、しんけんだったのだ。
「お願い。お願い」
蛭田のしつような吸血にもめげず。
息も絶え絶えになりながら、哀訴をくり返す。
口調は弱々しくとも。
語勢は却って、力を増したようだった。
・・・しまったな。
白布に落とされた一点のシミのように。
後悔がかすかに、胸を刺した。
刺し傷は、時間の経過とともに。
もう、なすすべもなく、深みを広げていく。
こうなると、蛭田は弱い。
ほんのちょっとの淫ら心に火をつけて。
互いに快楽をむさぼるのは愉しくとも。
自分のしたことで相手がちょっとでも傷ついた。
そう感じると。
とめどもなく、だめになっていってしまう。
甘く哀切なものの漂っていた密室は、とうに空気を変えていて。
蛭田はけんめいになって、泣き崩れる女を慰めにかかっている。

「・・・で。どうだったの?」
「どうだった・・・って?」
蛭田は浮かぬ顔をして、奈津子の傍らで横っ面を向けていた。
「ハルミちゃんはめでたく、処女のまんまお嫁にいきました・・・とさ」
ホホホ・・・
投げやりになった蛭田の口調が、よほどおかしかったらしい。
ころころと、くすぐったそうに、じつに小気味よげに。
奈津子は椅子からのけぞり落ちんばかりにして、笑い崩れていた。
「そんなに笑うこと、ないじゃないですか。(((ーー;」
取り残されたような気分になった蛭田だが。
あのとき女に謝罪して、清いまま別れたその記憶は。
なぜか揺りかごのなかで心地よく揺られている赤ん坊だったころを思い出させるような、甘い懐かしさに包まれている。
それにしても。
どうしてこんなことまでべらべらと・・・
あぶないなぁ・・・と予感しながらも。
誘いをかけてきた奈津子の口車にまんまと乗って、
過去の悪事をべらべらと喋ってしまった自分を責めても、もう追っつかない。

RRRRR…
蛭田の家に電話がかかってくることは、あまりない。
それも、真夜中を少しまわった時分。
奈津子に飲まされたテキーラが、まだ頭のなかをぐるぐると回っている。
処女さんとの思い出、大切にね。あたしこれから約束があるんだ。
と。
いともかんたんに、振られてしまったのだった。
そりゃ、そうだよな・・・
あんな話を自分のまえでしみじみ語るような男と、ベッドを共にするわけがない。
と、さすがの蛭田でもわかっている。
それでも奈津子の蛭田への由来不明な情念が、まだ身辺にまとわりついているのを、彼の本能はなんとなく、感知している。
だからてっきり、奈津子からの電話だと思った。
「蛭田くん?いまホテル。迎えにきてくれる?」
にべもなく別れておいて。
そんな電話を平気でしかねない女なのだ。
寝ぼけ眼で起き上がり、受話器を取った。
声の主は、奈津子ではなかった。
くぐもるような、ひそやかな声。
もしもし?あたし・・・憶えてる?
もう何年も逢っていないのに。
先刻の話題の主だと、すぐにわかった。

そのあとの展開を、どう考えたらいいのだろう?
考えるよりも先に、行動がすべてに優先していた。
電話、かわるわ。
挨拶もそこそこに、代わって受話器をとったのは。
彼女の夫の沼居だった。
ハルミから聞いたよ。あいつの血をずっと吸っていたんだって?
ェ・・・(-_-;)
旧悪をあばかれるのか。
とっさにした警戒は、無用のようだった。
沼居はあくまで穏やかだった。
「まぁまぁ。昔のことだし。べつに怒ってはいないから・・・
  それよりも、よくガマンしたな。ハルミ、処女だったぞ」
お礼をしたい気分だよ。
そういうと、沼居はちょっと口ごもる。
生唾を呑み込んでいるのが、気配でそれとわかった。
蛭田をずきっとさせたのは、そのあと洩れた彼の言葉だった。
ハルミを、抱いてくれないか?

最近、夫婦生活がマンネリでね。
あいつがほかの誰かに抱かれるところを見れたら・・・なんて。
妙な話だろ?
でも不思議と、そういう会話をすると、燃えるんだよ。
会話だけじゃもの足りなくなっちゃってね。
誰か、信用のおけるやつはいないかって。
さいしょは口ごもっていたくせに。
堰が切れた、というのだろうか。
恥ずかしい願望を平気な口調で、すらすらと語りはじめている。
沼居とは部署も違うし、顔をあわせることもほとんどない。
そんな関係の薄さに、却って気安いものを覚えるのだろうか?
いずれにしても蛭田は、飛ぶような速さで約束のホテルへと向かっている。
一日の通常業務が終わるのがこれほど待ち遠しかったことは、このごろ絶えてないことだった。

来ていたのは、ハルミだけだった。
「挨拶なんかやめて」
ハルミはひたと蛭田を見据えている。
服装も。髪型も。
あのころとはうって変わって、落ち着いた雰囲気を漂わせている。
娘から、妻になった。
そんな変化が、惻々と伝わってくるのだが。
くたびれいてる・・・
そんなふうに感じるのは、なぜだろう。
ほつれたおくれ毛が。憂えるような目じりが。
なにかを蛭田に、訴えていた。
そんな蛭田におかまいなく。
かれの前、女はそそくさとブラウスを脱ぎ始めている。
即物的なまでの振舞いに、夫の願望が妻には無理だったのでは・・・蛭田はとっさにそう思う。
しぐさのひとつひとつに、無理が感じられるのだ。
昔、おもしろ半分に手を出した女。
婚約しているときいて。
それでも、処女の血をむさぼるチャンスは、手放しがたいほど貴重だった。
さいごの一瞬、処女を守ろうとして。
聞いている蛭田がすっかり決まり悪くなるほどの心情を吐露した彼女に、一抹の人らしい愛着を覚えたものだったが。
いま人妻となった目のまえの女は、あまりにも現実的な行動に出ようとしている。
ねぇ・・・
声をかけようした、そのときに。
すっ・・・、と差し出されたのは。
ヘビのようにしなやかにくねる脚だった。
地味なベージュ色をした無地のロングスカートをむぞうさにたくし上げると。
ふくらはぎを包む肌色の薄いストッキングが、かすかに波打っていた。
瞬間、蛭田の理性はかけらもなく、消し飛んでいた。

服は汚さないで。
女はみじかく、囁いた。
ブラウスを取り除けて。
うなじを吸って。
いぜんあれほど親しんだ清冽な芳香は、今はどんよりと澱んだ熟れた濃密さに変化している。
腰はとうのむかしに、ひとつに合わさっていた。
まるで過去にいくどもそうしていたかのような、自然さで。
女経験も、それなりにあるとはいえ。
醒めたものが終始、蛭田のなかにわだかまり続けている。
すぐ傍らで作動しているカメラのせいだけではない。
こんな安直な・・・
相手への想いがなまじ深かっただけに。
淡い失望が、蛭田を興ざめさせている。

・・・・・・!
頭の上から、冷たい氷の柱を。
まるで胸に打たれた杭のように覚えていた。
ない。ない。ない!
鞄のなかに、たしかに忍ばせておいたのだが。
ぴかぴか光る、オレンジ色の円盤。
あのなかに秘められた情報は、決して洩らしてはならぬもの。
なのに・・・
冷静になりきれない記憶を辿ったけれど。
もどかしい記憶の糸は、あのホテルの一室で断ち切られていた。

―――面白いものが、手に入ったの。
未知の女の声が冷ややかに、耳朶を打つ。
―――なぁに?
鮮やかに刷かれたルージュが、おもむろに白い歯を覗かせた。
―――さぁ・・・当ててみて。
声はあくまでもいたぶるように、たたみかけてくる。
―――切るわよ。忙しいの。
受ける女の声の、冷たく尖った落ち着いた声に。
受話器の向こうはちょっと狼狽したらしい。
―――ほんとに知らないの?
―――さぁ、なんのことかしら。
嘲るのは、こちらの女の側になり始めている。
本末転倒よ。そう言わんばかりに。
未知の声は初めて、苛立ったような妍をみせた。
―――蛭田さんからね。お預しているのよ。CDを一枚・・・
―――そう・・・
―――中身は、まぁまぁ…あなたの部署も、乱脈なことね。外に出たら、まずいんじゃない?
フフン。
得意になるときと。相手を哂うとき。
鼻を鳴らすのが、女の癖。
―――で、どうしてほしいわけ?
―――そうねぇ・・・三日間、時間をあげる。私がどうして欲しいか考えて。
電話が切れた。
女は初めて苛立たしげに首を振って。
カツン!
もっと苛立たしげに、ヒールのかかとを鳴らした。
かっちりとした脚を包んでいるのは、かすかな光沢を帯びた、濃紺のストッキング。
「私。蛭田くんを呼んでくれる?」
鳥飼女史は不機嫌そうに、ちかりと金縁のメガネを光らせた。

蛭田を迎え入れると。
いつになく、女史は優雅なしぐさで、席をすすめた。
遠慮する蛭田をソファに腰かけさせて。
自分はゆっくりと、向かいの席に腰をおろす。
濃紺のストッキングの脚を、これ見よがしに優雅に組んで。
かすかにくねる、流れるような脚線美が、光沢をきらりとよぎらせる。
あたかも、研ぎ澄まされた刀身のように。
「誰と寝たのかしら?」
もうこれだけで、じゅうぶんだった。

夜の街。
繁華街から離れた一角は、まえも見えないほど暗い。
街灯は切れて点かなくなっているし、足許には時折、
おりからの風に吹き寄せられた新聞紙が、足元にまとわりつく。
女はそんなことも苦にするふうもなく。
ひたと前を見つめて、歩みを進めてゆく。
ふっ・・・と、カーテンがおりるように。
女史のまえ、白いものが舞い降りてきた。
イブニングドレスか?と見まごうほどに。
優雅な白い衣裳を着た女。
お嬢さんのように両肩に流した黒髪が、濡れるような艶を放っている。
「通してくれる?」
女史の声が尖ったのは。
相手に、ただならぬものを感じたから。
そう。電話の主などとは段違いに鋭く、閃くものを。
「さぁ・・・」
女は、ひとごとのように、横っ面で受け流す。
「あなたじゃないことはわかっているけれど。邪魔するつもりなのかしら?」
まるであの世から響いてくるような声色だった。
―――邪魔してみたい気はするけれど。
冷たく鎖されている口許から、言葉だけが幻のように、洩れてくる。
―――そんなことしたら、あの子がかわいそう・・・よね?
ぴかぴかと光る、オレンジ色をした円盤。
女はまるでフリスビイでも愉しむように。
女史に向かって、投げてよこした。
「いいの?」
あんまりつまらない手だったから。組みする気になれなかったの。
あの子のほうが、はるかにましだもの。世間の評価は、どうだか知らないけれど。
感謝するわ。
女史はいいたくもない、というように。
口を「へ」の字にしながら、そういった。
「それをいちばん、聞きたかった」
女はにんまりと笑むと。にわかに唇が、薔薇色を帯びた。
そうして、うって変わって。
お嬢さんのように淑やかに一礼すると。
フッ・・・と、幻のように、かき消えている。

うー。うー。
沼居は縛られたように、身動きできなくなっている。
けれど、彼をいましめる縄もロープも、目にすることはできない。
どうやらこれが、金縛り、というやつらしい。
朝になったら解けるわよ。
白衣の女は嘲るように、沼居の頭上に言葉を浴びせた。
あなたが奥さんに言わせた欲しいもの・・・って。何だったのかしら?
もういちど、蛭田に奥さんを犯してほしい?
本当は、そうなんでしょ?
だいじょうぶ。安心して。
奥さんもきっと、おなじ気分よ。
だって。あなたあのとき・・・
さいごのひと言は、ハルミに向けられたものだった。
女が消えると。
沼居は声をひそめて、
なにがあった?あの女はなにを言おうとしてたんだ?
妻を問い詰めた。
ハルミはフッと、あきらめたような、投げやりな口調になって。
ヤッちゃったのよ。彼と。
えっ。それはお前・・・
しないって約束だったろ?なんのために催眠薬、持っていったんだ?
そんなことは、いえた義理ではなかったが。
彼の書いた筋書きとは微妙にちがう、別のストーリーを妻は描いていたらしい。
ヤツは、来るのか?本当に・・・?
せっぱ詰まった口調の夫を憐れむように。
さぁ。どうかしら。来たら・・・そうね。私も貴方といっしょに、ぜんぶ血を吸ってもらおうかしら?
ハルミは優しい妻の口調を取り戻している。

「か・え・し・て・あ・げ・な・い」
困り果てた蛭田の前。
女史はオレンジ色の円盤を、器用にもてあそんでいる。
「中身も、み・ちゃ・っ・た」
そ、それは・・・どうか。中身は、プライバシイのしんが・・・
よく言えたわね。
ぎらりとブッソウに光る、そんな女史の目線に出くわすと。
蛭田の抗議は意気地なく、止まってしまう。
「貴方の華麗な過去が、これ一枚に♪」
あああああああ!
内容まで告げられると。もう蛭田はぼろぼろだった。
「貴方は増やしていく。奈津子は減らしていく。どうなってるの?あなた達」
女史は、真顔になっている。
えっ・・・?
と、思う間に。
傍らから綺麗な白い手が、スッと伸びた。
「この人の恥は、わたしの恥。返していただきます」
キリッと結ばれた口許に。女史は初めて、相好を崩した。
「閲覧は役員室かぎりにしようかと思ったけれど。岬さんなら、管理できるわね」
奈津子のことを苗字で呼ぶと、じゃあこれは、あなたに。と。
円盤を、奈津子の手に渡してやった。
「面白いわよ~。とっても。でもあんまり、怒らないでね♪」
青くなったり赤くなったりする蛭田の顔を横目にしながら。
ふたりは同僚の女の子みたいにはしゃいでみせる。
「それから」
女史は改まった顔で、蛭田を見つめる。
「内容を精査したところ。
 当部の女性で特定できるのは、岬さんひとりだけ。どうするの?蛭田くん?
 わが社では社内恋愛はご法度になっているはずよ?」


あとがき
「美人局」と書いて、「つつもたせ」と読みます。
内容は・・・もうみなさんよくおわかりですね。^^
ちょっとちゃちなお話になってしまいました。
苦手なんです。陰謀もの。
結論がお気に召したかどうか。皆様のご意見をお待ちしています。^^;

交際許可権

2006年07月26日(Wed) 07:02:25

「蛭田君。折り入って、相談が・・・」
いつになく改まった口調で招かれた役員室。
営業部のイスなどとは比べものにならないほど居心地のよいソファの上。
蛭田は居心地悪く、縮こまってしまっている。
役員室は鳥飼女史とのイキサツで、散々慣れているでしょう?
そんなふうに冷やかされても。
冗談じゃない。あれは慣れる・・・なんて。そんなものじゃない。
蛭田はきっと、首をすくめて口ごもりながら、頑強に反論するだろう。

「お願いがある」
三十分も待たされて。慌しく現れた烏森専務は、向かいにどっかと腰をおろすと、
いさぎよいほど鮮やかに、白髪頭を垂れていた。
専務の傍らには、いっしょに部屋に入ってきた岬奈津子。
隣りの課の、こわもての・・・いや、うるわしの先輩が。
お姫さまのように艶然と。堂々と。
そして、ひっそりと控えている。
「奈津子さんを愛している。交際を承諾してもらいたい」
―――えっ?どういうことよ?
蛭田は混乱して、専務の顔をまともに見てしまった。
―――それはこっちの言いたいことだ。
専務の顔つきは、蛭田のそれとおなじくらい、混乱をあらわにしている。
「奈津子さんとは、去年の夏、大阪の出張に同伴してからの付き合いなのだが。どうしてもこれからは、君の承諾を取ってくれと言うんだ。・・・いったいどういう関係なのだね?君たちは」
さいごの一句は、無意識に詰問口調になっている。

どういう関係?
課は隣同士。
じつに優秀で切れ者な女の先輩と、どじばかり踏んでいるできのわるい男の後輩。
そこまでは、誰だって知っているはずだ。
たまにツーショットで一杯ひっかけにいくのも。(むろん蛭田のおごりで)
そこまでの関係も、知っている人は知っているだろう。
けれど。
女のストレスが嵩じたときに、別室で。
求められるまま、身に着けているストッキングを破ってやったり、
もののはずみで本性あらわに血を吸ったり、
あげくの果てに、やりすぎて。手厳しいお返しを頂戴したり。
そんなことは誰も、知らないはずだ。
―――まさか、そんなことまでしゃべったの?
チラと向けた視線を、奈津子はそ知らぬふりで受け流している。

きみは、奈津子の婚約者でもあるのか?
専務がいいたいのは、そこだろう。
まさか・・・
一笑に付すべきか?
それも怖いような気がする。
だが、この奇妙にのっぴきならない状況は、いまこの場で解決しなければならないようだ。
「どうだろうか?許可してもらえるかね?」
息せき切っていた専務は、少し余裕を取り戻したのか、
ちょっと蛭田をからかうような目をして、問い質してくる。
もういちど、奈津子を見ると。
試すような顔つきで。さっきから。
じいっと、蛭田を見つめている。

「困りますよ。そんなことを私に言われても。
 そもそも私にそんなことを許可する資格なんかありませんし。
 専務だってご家庭をお持ちのわけですから、
 『それはまずいじゃないでしょうか?』としか申し上げられませんね」
蛭田にまともに言い返されて。
専務は人が変わったように、赤くなり、蒼くなり。
しばらくものも言えないで口ごもっていたけれど。
「わかった。もうふたりとも部署に戻ってくれ。それから、わかってくれるだろうが、こんな話はくれぐれも口外しないように」
さいごの語尾は、不安げに震えていた。

さっきからコツコツというハイヒールの音だけが、廊下に響いている。
ピンと背筋を張った奈津子の歩きぶりは、脚さばきもさっそうとしている。
狭い廊下にこだまするハイヒールの音も、その小気味良い歩みぶりを映して。
どこまでもリズミカルに奈津子のあとをつづいてゆく。
お互い無言。
探り合っている・・・などと思い込んでいたのはきっと、蛭田のほうだけだっただろう。
営業部が近づいてくると。
奈津子は一瞬足をとめ、
「よかったわね。殴られなくて」
リンと取り澄ました、冷たい声。
「専務のこと?」
「私に・・・よ」
相変わらずニブいのね・・・
奈津子はいつも蛭田をなじるときのあの顔つきを残して、そそくさと部署に戻っていった。

つぎに会ったとき。
烏森専務は、憔悴し切っていた。
服装は社内にいるときよりはさすがにラフだったが。
ブレザーにスラックス姿。決して自堕落な服装ではない。
家に客人を招くときは、必ずそうしているのだろう。
「家内の晴枝だ」
引き合わされた夫人も、地味だがきちんとしたベーズリ柄のスーツを着て、夫の傍らに控えている。
蛭田のかたわらには、奈津子。
先日は、専務の隣。きょうは、蛭田の隣。
おなじように、淑やかめかして。きりっと背すじを伸ばして。
ピンストライプのスカートの膝のうえ、両手を丁寧に組み合わせている。
このごろ濃い目になっていた化粧が、きょうは清楚に薄っすらとしているのは。
初めてお邪魔した重役宅・・・だからだろうか。
貸しを作った専務の手前。初対面の夫人のまえ。
ことさらお嬢様をとりつくろおうとする下心・・・だなどとは、思っても口にできまい。
清楚な衣裳の下。
足許を黒く淫靡に染めているストッキングはきっと、インポートもののガーターストッキングだろう。
こういうときの蛭田の推測は、はずれたことがない。

さっきから、蛭田の目を捕らえて離さないのは。
目のまえで上品に流された、晴枝夫人の脚。
先日開かれた社内のとある式典に、重役の多くは夫人同伴で現れた。
晴枝夫人を目にしたのはそのときが初めてだったけれど。
齢より若く瑞々しい白い肌が、濃い紫のワンピースに映えて。
ひときわなまめかしい風情に、目を釘づけにされたのが。
あれからもう数ヶ月も経つというのに、いまだに鮮やかな記憶となって残っていた。
晴枝夫人の脚を染めるのは、あのときとおなじ黒のストッキング。
薄手のナイロン越しに滲むように透けている白い肌に、蛭田は牙の付け根を疼かせてしまう。

見かけの淑やかさとは裏腹に。
かなりあけっぴろげな人らしかった。
「アラ。あなたったら。何口ごもっているのよ」
晴枝は口を尖らせて、夫を軽く非難する。
「貴方がそうしたいっていうから、お呼びしたらって申し上げたのに。決心つかなくなったの?」
夫婦というよりも。息子の悪戯を咎める母親のようだった。
「ああ。いやいや・・・」
夫の曖昧な態度のなかに、「予定変更はない」という意図を見抜いたのだろう。
夫人のほうがはるかに、思い切りが良かった。
「男のひとのまえで裸になるんですから、あなたたちはずしてくださいね」

「いや、いや!」
専務は気の毒なくらいに、狼狽している。
わかっているわよ・・・
晴枝は白い眼で夫を見返して。
「はい、はい。気の毒な貧血症の社員さんに血を差し上げるだけ・・・でしたよね?」
さあもういいですから。おふたりで寝室へでもどこへでも消えて頂戴。
そんな態度で、夫を追っ払うように夫人のほうから立ち上がっていた。
そわそわと、そそくさと座を立って。
奈津子を引き立てるようにして、専務は廊下に通じるドアをあけた。
では。
ソファから立って、礼儀正しく一礼して通り過ぎようとする奈津子に。
油断のならない子。
晴枝はそんな一瞥を、送っている。

階段のきしむ音がゆっくりと遠ざかってゆくと。
夫人は蛭田と差し向かいになって。
「どこから、お吸いになるの?」
脚・・・といいかけて。
どこからでも来なさい。
そんな印象すら窺える夫人の態度に気圧されて。
蛭田はちょっと、口ごもる。
初めての女性を襲うとき。
初めは、首すじか、胸。
あるていどの量の血液をひと息に、理性とともに奪い取って。
それからゆっくりと、ストッキングの脚を愉しむことにしている。
いつものまがまがしい野性がぐぐっと鎌首をもたげて。
蛭田はいっしんに、ブラウスの襟首からわずかにのぞく胸許に眼を馳せた。
わかったわ。
晴枝夫人は蛭田の目線に敏感に応えてきた。
もの分かりよく一歩まえに出ると。
頭ひとつは丈のある蛭田と、まともに目線をあわせてくる。

いざとなると、きつい眼をするひとだ。
そんなふうに思いながら。
蛭田は咎められたような後ろめたさを隠しながら、晴枝夫人の目線をかいくぐり、
うなじに唇を押し当てていた。
暖かい―――。
ほどよく柔らかい皮膚の下に息づくぬくもりに、理性をさきになくしたのは男のほうだった。
牙を入れた瞬間。
女はさすがにびくっと四肢をこわばらせて。
それでもなんとか、姿勢を保とうとした。
ちゅ・・・っ・・・ちゅう・・・
勢いよくはじけた生温かい鮮血は、蛭田の喉を心地よく浸してゆく。

「なんだか、眠くなってくるわ。あまり失礼なこと、なさらいわよね?」
念を押すように、そういうと。
返事も待たず、蛭田の腕の中。晴枝夫人は気を喪った。
しずかになった身体にのしかかって、なおも傷口を吸いつづけ。
豊かな肢体が意思を喪ったのを確かめると。
黒のストッキングに包まれたふくらはぎに、欲情をズキズキ滲ませた唇をあてがってゆく。
自分のために装われた、薄手のナイロンが。
微光の差し込む密室のなか。かすかな光沢を滲ませて。
豊かな脚線美をなまめかしく、きわだたせている。
過去になん人の女が、こうしてストッキングを破られていったことだろう。
専務の妻でありながら。
晴枝夫人もまた、蛭田の牙に毒されてゆく。
スキひとつない装いに、手抜きはなかった。
蛭田のための装いは、よほど高価なものらしい。
サラサラとした舌触りが、ひどく心地よかった。
蛭田のしつような嬲りに応えるように。
豊かなふくらはぎを柔らかにコーティングしたナイロン製のオブラアトは、
しなやかな色気を滲ませて、ギラギラと脂ぎったものを輝かせながらなすりつけられてくる唇や舌を迎えてくる。
すぐに破るのはもったいないな。
侵しがたい風情の貴婦人をまえに。
蛭田はけしからぬ感想を抱きながら、晴枝夫人のスカートに手をかけた。
奥までしのび込んでゆく手の動きにあわせ、スカートを彩るベーズリ柄がうねうねと波打ってゆく。
ほぅ・・・
太もものつけ根まで忍ばせた蛭田の掌が、うごきをとめた。
ガーターストッキング・・・
そして、そのうえは。
予期された特定の衣類の感触が、ない。
秘所をおおいかくすため、女がふつう身に着けている衣類の感触が。
いっしょに此処にやってきた女が、ピンストライプのスカートのなか装ったように。
この女もまた、おなじ装いに身をやつしている。
むき出しにされた部分の体毛が。
まるで抜き身の刃のようにチクチクと、蛭田の指先に触れてきた。
「失礼なこと、なさらないわよね?」
ああ、やっぱりそういう意味だったのか・・・
蛭田はにんまりと、笑んでいた。

精緻な画質だった。
さっき妻をおいてあとにしたばかりの応接間が、激しい情事を痕づけるように。
ソファやイスの置き所までも変えている。
大画面に映し出された、一対の男女の所作。
かがみ込んだ蛭田の牙に、濃艶な風情に包まれた脚線美を侵されてゆく妻。
じゅうたんの上、転がされ。
毒虫に養分を吸い取られるようにして、血を啖らわれてゆく妻。
見慣れた外出着に、かすかなバラ色を散らしながら。
半ば気失しつつも、男の求めるまま。
清楚な薄墨色の長沓下の脚を放恣に開いてゆく妻。
「ズキズキ・・・する?」
可愛く笑んだ柔らかな唇が、イタズラっぽい響きを耳もとに吹き込んでくる。
眼は、うっすらと夢見心地。
それでいて。患者の容態を注意深く見守る看護婦のように。
怜悧な輝きを秘めていた。
「たまには、いいでしょ?こういう覗き見も・・・」
スカートを剥ぎ取られてあらわになった太ももは、ガーターで鮮やかに区切られて。
素肌の地の白さをいっそうきわだたせている。

勇姿と嘆声

2006年05月18日(Thu) 21:48:13

後ろの座席に端座している横顔は、
ついさっきまでいつものようにきりりと引き締まっていたはずなのに。
運転席を降りた向こう側、ふたたび外気に横顔をさらした女史は、
うって変わってしずかだった。
そのままオフィスに戻って、ふたりで重役室の扉を開いて。
慌しく資料を整えると。
まっすぐ社長室に向かうはずの足許が、わずかながら揺らめいた。
え?
振り返る目のまえで、女史の顔色は真っ青になっている。

疲れたわ。

フッと洩らした、ただならぬ声色。
激務につぐ激務は、これほどの女(ひと)さえも圧し潰すというのか。
どさり。
わが身を投げ入れるようにソファに腰を落とすと、
行きかけた足取りを180度めぐらした脚がぞんざいに投げ出される。
緊張に包まれたスケジュールに、ほんのすこし逸脱が生じた。

顔を仰のけて。
ひと息ふう・・・っ、とおおきく深呼吸して。
それでもまだ、おさまりきらないものがわだかまっている。
どうしようか。どうしたものか。
想像はひとつ。
しかし今、その手は使えない。
なにしろ、顔色が真っ青なのだ。
そして社長との要談は、あと五分後に迫っている。

あら。
襲ってこないのね?
珍しいわ、と言いたげに。
ぞんざいな言葉遣いだけは、変わらない。
けれどもそれが負け惜しみにみえるほど、
いまの女史は痛々しい。
一時間。いえ、せめて30分もてばいいのに。
そう言いたげな顔つきをみるのは、これが初めてのことだった。
見てはいけないものを見ているのか。
それとも、そこまでの裏をさらけ出してくれているのか。
判断を迷わせる、一瞬。二瞬。

はっとした。
瞬間想い描いたのは、もっと若々しい横顔。
神経質で気位高いその女は、こういうときにいつも呟く。
ストッキング、破ってくださらない?

いつになく。
恐る恐る伸ばした、手。
鋭く尖った爪が本性をあらわにして、
女史の脛に突き立った。
淡い光沢を帯びた肌色のナイロンは、
ぴちちっ・・・
ちいさな音をたてて、はじけてゆく。

瞬間。
ぱしぃん!
脳震盪をおこしかねないほどの衝撃だった。
雷鳴の閃光のように鋭い平手打ちに、横っ面をすっ飛ばされた。

「ばかね。何してんのよ!」
瞬間、いつもの女史が戻っている。
ひらめく怒声も、逆巻く髪も。
そしてなによりも、焔のように燃えたつオーラが、女史そのものだった。
「行くわよ」
ついて来なさい。
いつもと微塵も変わらない、キリッと伸びた上背のある背中が。
蛭田にそう命じている。


あとがき
私にしては珍しいのですが。
帰る道々、思いついたお話です。
男女を問わず。
いつも気丈で勇ましい人が、フッと洩らすため息、弱音。
ときに芸術的といえるほど、人を動かすこともあるのですが。
蛭田のしたことが適切だったかどうか。
どちらにしても、女史は一瞬で復活し、蛭田は例によってつんのめっています。^^;
あ、そうそう。女史。
社長のとこ行く前に、ストッキング履き替えていったほうがいいですよ~。^^

迫る女

2006年05月07日(Sun) 14:24:48

お待ちしていたのよ。いつまでたっても、いらしてくれなくて。
女は着飾った衣裳をひらひらさせて、男のほうへと駆け寄った。
さぁ・・・
エレガントな面差しに不似合いなほど荒々しく。
引き裂くばかりにむぞうさに、ブラウスのまえをはだけて、
血を吸ってくださるお約束よ。
月明かりに浮かび上がる、白い肌。
青白く透ける静脈。
皮膚に伝わるかすかな拍動。
男はぞくぞくと震える指をうなじにかけて。
ちょっとためらったすえ、
ぐいとおとがいを仰のけて。
ぐぐ・・・っ。
鋭い牙を根元まで埋め込んでいる。

ずずっ・・・じゅ・・・っ。
ナマナマしい吸血の音にひるむふうもなく。
女はもううっとりとなって、
焦点の定まらない瞳を、きらきらと輝かせている。
これから受ける辱めを厭うように顰めた眉に。
男はますます焔をかきたてて、
草の褥のうえ、女にのしかかってゆくのだが。
ウ、ウ・・・ッ
苦しげに呻いたのは、男のほう。
どうしたの?
訝しげに見あげる女の目を避けるように、
激しくかぶりを振って、身を翻してゆこうとする。
待って!!
女は男の二の腕をつかまえて、
ふりほどこうとする男に、必死になってむしゃぶりついた。

どうして?どうして離れていってしまうの?
いつも、いつも、そうなのよ。
わたし独り、取り残されてしまう。
切々たる訴えに、男は無言でかぶりを振って。
哀しい諦めに力をなくした細腕を、今度こそふりほどく。

泣き崩れる女。
振り返りもせずに、去る男。
男の顔は、蒼い。
とても血を吸ったあと、とはみえないほどに。
今宵のうちに、2、3人は餌食にせねば・・・
女の体内をめぐる、毒を含んだ冷たい血。
解毒するには、真人間の女の血が、ふんだんに入り用なのだ。
男は気ぜわしくあたりを見回すと、
街灯に照らし出された丸みを帯びた人影を見出して、足を止める。
勤め帰りらしい、スーツ姿の女。
スタイルと髪型からその若さを察すると、
狙いを定めたハゲタカのように、人影のほうをさして、
すう・・・っと影をよろめかせてゆく。

遠くからこだまする切れ切れな悲鳴は、哭きつづける女の耳には届かない。
どうしてみんな、逃げていってしまうの?
夜空に問うても、応えは返ってこない。
女は気づいていない。
己の血に含まれる毒のことも。
そして、涙の滲む瞳から蒼白い獣の輝きが満ちていることも。
心の優しい男たちは、それを女に告げることができないままに、
女のもとから去ってゆく。
求めれば求めるほど、失う女。
もっと冷酷な男が現われてくれるまで、悩み深い放浪は終わることがない。
闇のなか、魂を蒼白く燃えたたせながら・・・

部署をうつされて

2006年04月21日(Fri) 07:43:59

カツン、カツン、カツン、カツン・・・
廊下に響くハイヒールの硬質な音が、こちらに向かって近づいてくる。
蛭田は心臓がとび出そうなくらい胸をズキズキと弾ませて、物陰にひそんでいた。
軽くもたれたスチール製のロッカーの真横を通り過ぎる人影をやり過ごす。
女はひたと前を見すえるようにして。
背筋を格好よくピンと反らせていた。
颯爽と歩みを進める足許を彩るのは、濃紺のストッキング。
女王の風格・・・というべきか。
そんな威厳に気圧されるようにして。
のそのそと追いかける足どりは、我ながらひどくぶざまに思えた。

「あの・・・失礼します・・・」
不覚にも喉がひきつって、舌が回らない。
オフィスきっての美人である奈津子をはじめ、幾人も女たちを毒牙にかけているというのに。
いつになってもオドオドと萎縮してしまうのは、最年少重役の鳥飼女史ただひとりのような気がする。
「そんなことはないわよね?」
目のまえに立ちふさがった若い吸血鬼に、不敵に笑う。
えっ?なにが?
想いを読まれたことに愕然とする蛭田をからかうように。
「いつだって、おどおどしているくせに」
嘲りの言葉にこめられた親しみに、蛭田はぼうっとノボセあがってしまう。
こんな未熟者が、このごろ殊勝に語ること・・・
心のなかでそう思いつつ、
「来なさい。渇いているんでしょ?」
硬質に輝くエナメルのハイヒールと、なめらかな光沢を帯びるストッキング。
そんな風景をこれ見よがしに見せつけながら。
女史は飢えた吸血鬼にためらいもなく背中を向けて、ふたたび歩みを速めてゆく。

どっしりと腰を下ろしたアームチェアのまえに立たされると。
どうしてこうも、萎縮してしまうのか。
目のまえに惜しげもなくさらけ出されたふくらはぎは、
かっちりとした輪郭をしなやかでなまめかしい薄手のナイロンでコーティングしている。
手の届くところにありながら、侵しがたいものに遮られているかのようだった。

ああ、部署のことね?ご不満なわけね?
それはそうでしょうとも。
春になったら営業部は新入の女子社員であふれかえるんだもの。
あなたなんか危なっかしくて。とても置いてはおけないのよ。
職級のこと?ばかをおっしゃい。どうして間々田といっしょに進級できるなんて思いこめるの?
身の程をしることよ。
リンと響き渡る女史の声。
まるで氷の結晶みたいに冷たく澄んでいた。
鞭のように鋭くしなやかな叱声に、小気味よく切り裂かれながら。
蛭田はいつか、陶然となっている。

まぁ、そうはいっても。
男だけの部署じゃ、お気の毒よね。
同期のフィアンセに、声かけたくもなるわよね。
・・・どうしてそれを知っているんですか?
丸田重役に見初められるほどのお嬢さんですもの。大事になさいね。
・・・どっ、どうしてそんなことまで知っているんですか?
もう手も足も出ない蛭田のまえで、
女史はチラとタイトスカートをせり上げていた。

くちゅ。くちゅ。にゅるり・・・
シャープで男勝りな、俊秀のひと。
それほどの存在にはおよそ不似合いな卑劣な音を忍ばせながら。
母親に甘えるようにしてひざ小僧にすがりついてしまっていた。
女史はとろんとした目をしてほほ笑みながら。
ストッキングの凌辱に熱中する蛭田の痴態を見おろしてくる。
もうこうなると、女史の目線は怖くない。
むしろ、痺れるほどの快感を疼かせながら。
蛭田は精力をみなぎらせた唇を、執拗になすりつけてゆくのだった。
唇の下でねじれてゆくストッキングは、妖しい光沢を過ぎらせて。
男の劣情を焙りたてるように、そそってゆく。

若い女なんか、メじゃないんですよ。女史。
いまどきのコはストッキング似あわなかったりしますからね。
力の抜けた脚もとに、思い切り研ぎ澄ませた牙を埋めながら。
意識の落ちた肢体をいたわるように、いつまでもいつまでも撫でつづけている。


あとがき
前作にひきこまれるように。
突然再来しましたね。鳥飼女史。^^
新入社員との不祥事を気遣う女史。
でもそれは取り越し苦労だったようで。
蛭田くんにはどうやら、ちょっとオトナな年上の女性のほうがよろしいようですね。^^

浮気なフィアンセ

2006年04月21日(Fri) 07:02:56

あちらへいそいそ。
こちらへいそいそ。
一見手当たり次第のようでいて。
彼女の選ぶ男はだれひとり、
その行為ゆえに未来の夫を莫迦にするようなことはしなかった。

情事の果てに戻ってくるのは、決まって婚約者の腕のなか。
あなた、こうすると愉しいのよ。
こんなふうにすると、もっとキモチよくなれるのよ。
女嫌いだった男をそんなふうにしつけてしまっていて。
浮気相手から教わってきた性技のすべてを、身を寄り添わせながら教え込んでゆくのだった。
重たい鎧を脱ぎ捨てるように
いつもの堅苦しいほどの謹厳さをふり捨てて。
ベッドのうえ男は苦笑しながら、相手の女に主導権をゆだねている。
浮気とか。不倫とか。
そういう不埒なことをなによりも受けつけられなかった男。
女づきあいになじめずに、30近くまで童貞でいた男。
かたくなに閉ざされた扉をこじ開けるようにして。
女は男の懐に器用に入り込んできて。
男自身をも閉じ込めていた殻を、いともむぞうさにつき崩してしまっていた。

素晴らしい奥さんになるだろうね。
男として羨ましいよ。
できれば結婚してからも、奥さんを開発させてもらえまいか。
彼女にもっとも好意を寄せる重役は、礼儀を尽くして。
それでも男らしく、面と向かってそう申し入れた。
  おつきあいは、ご自由に。
  そういう妻のプライベートには立ち入らないことにしていますから。
昇進と引き換えにすることをきらった男に、重役はよけい好意を持ったようだった。
謹厳な面持ちのまえにさらす言葉ではないと遠慮したものの。
籍を入れたあとは中に出すことはするまい・・・などと。
部下の女を抱くくらいなんとも思わないはずの彼さえも、
三歩さがりたい気分になっていた。

春に受け取った辞令は、融通のきかない彼にとってまたとないほどの配置。
いいのかな。不当な優遇を受けるのは、かえってプライドが傷つくな。
そう独りごちる彼に、蛭田は言った。
相性だろうよ、なにごとも。
ボクにそれをやれといわれたら、間違いだらけで目も当てられないさ。
たしかにな・・・
軽く苦笑を浮かべる頬に、落ち着いた安堵があった。
妻になる女を、蛭田にだけはおおっぴらに抱かせている。
あいてが魔物じゃ、しょうがないしな。
そういいながら。
女の肌に牙をうずめて、いそいそと栄養補給している親友のようすを、
まるで昆虫の生態でも観察するような目つきをして
面白そうに見つめている。
見せものじゃないんだぜ?
困惑する蛭田をからかうように。
もっと吸いなよ。須美子のやつ、今夜のために下着をぜんぶ新調したんだぜ?
扉を開きかけたとはいえ。
誰にも見せないほどの悪戯な笑みさえ浮かべて。
今夜のブラを、見せてやりなよ。
それとも、ガーターのほうがこいつ悦ぶのかな?
そんなふうにフィアンセをけしかけたりしてしまっている。

きれいだなあ・・・
ロングスカートからさらけ出された脚線美を目のまえに。
蛭田は切なそうに、ため息をした。
落ちる夕陽を眺めても。
野辺に咲く名もない花を目にしても。
おなじようにうっとりと目線を迷わせる。
哀しげな翳さえよぎらせて。
そういうやつだから、許せるんだろうな。
笹山は同僚の肩を抱くように引き寄せると。
あとはよろしくな。
そう言い置いて。
二人になりたがっていた須美子の下心を見透かすように、片頬で笑んでみせる。
マタ教エテアゲルワネ・・・
はじけ合う二人の目線を羨ましそうに眺めながら。
蛭田は自身が昂ぶりはじめるのを抑えかねていた。


あとがき
久しぶりのoffice編です。
蛭田と同期の笹山はぶきっちょで潔癖な男。
初登場は、去年の12月27日でした。
かたくなな性格ゆえに周囲からも認められず、女とも縁遠かったのですが。
処女を奪わないことを条件に婚約者の血を吸うことを認めてしまってから、運命が変わります。
とうとう我慢できなくなって初めて抱いた須美子さんは目ざめてしまい、
嫁入り前の体をあちらこちらでさらけ出すようになってしまいます。
処女を得たことで満足したためなのか。
男女の悦びを知ることで、もっと深いものにも目覚めてしまったせいなのか。
そんな彼女の振る舞いを寛大に許すようになった彼。
彼女とは、与えられた役職以上に相性がよかったようです。

資料室

2006年01月25日(Wed) 08:11:00

ここは奥まった資料室。といいながら、実態は物置き部屋。
チエとアケミはさっきから、重たいファイルをばたばたと取り出してはめくり、また元に戻している。
「見つかったぁ?」「だめー。14年度のだけ抜けてる」
「もう、面倒くさいなあ」
ぶちぶち文句を言いながらの上司からの言いつけ仕事。
そのとき。
刻が止まった。

・・・・・・。
凍りついたように止まったチエのうなじに、傍らの空気に溶けるように潜んでいた男の影が忍び寄る。
ぬらぬらと唾液を光らせたヒルのような唇が、
健康そうに日焼けした肌に覆われたチエの首筋に、
くちゅっ・・・
音を忍ばせて、貼りつけられる。
ちゅ、ちゅう~っ・・・
女は「あ・・・」とかすかな呻き声を洩らして。
それでも椅子に腰かけたまま、凍りついたように動かない。
ブラウスのうえから両肩を抑えつけた掌に力がこもり、
鋭いしわがベストの奥にまで入り込んだ。
ごくり。
男が旨そうに喉を鳴らした瞬間。
チエはふらあっと白目をむいて、テーブルのうえにうつ伏した。

ショートカットのすぐ下につけたふたつの痕には、ぬらぬらとした唾液を静かに光らせている。
目だつかな・・・
男はちょっと立ち止まり、指で拭き取るように女のうなじをなでた。
まるで拭い去ったように、咬み痕は消えている。
男はフッ、と口許をゆるめると、こんどはアケミのほうへと忍び寄る。
余裕しゃくしゃく、黒光りするようなロングヘアをさらさらとかきのけて、
首のつけ根のあたりの白い皮膚に唇をあてがって。
さっき同僚にしたように、ちゅうっ・・・と力をこめて、肌を侵してゆく。

ふたりともうつ伏してしまうと、男はいっそうにんまりと頬をゆるめた。
制服のスカートからにょっきりとのぞく、二対のふくらはぎ。
各々微妙に色違いなナチュラルのストッキングにおおわれている。
このごろの若いコはストッキングに気を使わないな。
若手OLたちのストッキングは、薄手なだけがとりえらしい安物だった。
それでも男は順ぐりに、女たちの足許に唇をあてがってゆく。
ぴちぴちとした脚線美の周りでストッキングはよじれ、波立ち、さいごにひきつれるように破られてゆく。

ふふぅ・・・
口許についた血を手の甲で拭い、蛭田はとても満足そうに笑んでいる。
手をひと振りすれば女たちは目覚めて、何事もなかったようにふたたびけだるそうにファイルを繰りはじめることだろう。
と。
震えるような怯えた視線を感じて、蛭田はハッと振り返る。
両手を口に当てて怯えて立ちすくむ若い女。
大きな瞳を小心そうに震えさせ、その場を立ち去ることもママならず脚をすくませている。
女の足許は、薄手の黒のストッキングに彩られている。
庶務課の満智子だった。

透明度の高い黒ストッキングに縁取られた脚線の輪郭は、主の思惑をはなれて艶めかしく薄闇に浮かびあがっていた。
相手が怯えきって身動きできずにいるのをいいことに、
蛭田はすすっと素早く満智子の傍らに寄り添うように迫ってゆく。
「アッ!」
うなじを咬まれて、満智子はのけぞった。

「ごめんよ」
血に濡れたうなじから唇を離して、蛭田は囁いた。
「・・・・・・。」
女は答える気力もないようすで、震える息に肩を上下させている。
大人しくて目だたない女。できれば牙にかけたくなかった。
でもまぁ、見られてしまった以上は仕方がない。
記憶を消そうか・・・
そう思いながら。
喉の奥に漂う処女の血潮の余韻に、濃い欲情を覚えはじめていた。

ストッキングの色が変わったことを、誰かに気づかれるだろうか?
満智子は内心びくびくしながら、持ち合わせていた少し濃い目の肌色のストッキングに包んだ脚を進めてゆく。
あのあと別室に引き入れられて、黒のストッキングに魅了された蛭田によって足許をぞんぶんにあしらわれてしまったのはいうまでもなかった。
「悪いね。ちょっとだけ、目をつぶってくれる?」
そういって足許に迫る蛭田の言うとおりにした数刻を、彼女はよく思い出すことができずにいた。
うなじのつけ根はまだひりひりと、痛んでいる。
蛭田の毒液は女が当然感じたはずの屈辱や不潔感をきれいに拭い落としていたけれど、
素肌に初めて受けた男の唇の感覚は、拭いようがなかった。

「また、逢ってくれるね?」
男は、そう囁きかけてきたけれど。
たしかにその場でなんとなく、肯いてはしまったけれど。
性感の乏しい満智子ですら、彼の言葉の裏にあるなにか淫らなものがまとわりついてくるのを、どうすることもできずにしまっていた。


あとがき
社内のOLを、つぎつぎと毒牙にかけてゆく蛭田くん。
前作があまりにもかっこうわるかったので、少しいい思いをしてもらいましょうか・・・。^^

潔癖な女(ひと)

2006年01月20日(Fri) 08:09:00

いつもかたくななあのひとが、
ひとりオフィスに残って傍らのソファに腰かけて。
脚に悪戯してもいい・・・
ちょっとためらうように、そう呟いてくれた。
―――そうすると、お気が休まるのでしょう?
それがお許しする理由なんですよ・・・そう言いたげに瞳をかすかにうるませて。

制服の下からのぞいた、すらりとした脚をきちんとそろえて、
あのひとは白い頬にいつもの控えめな笑みを浮かべている。
ぴかぴかの黒のハイヒールに、黒のストッキング。
オフィス内ではストッキングの色は肌色だけ・・・という規則なのに。
夜遅く、彼女と私だけになったオフィスのなか。
あのひとは、私の好みの色で、脚許を染めてくれている。

お行儀悪いおこない・・・と恥じながら。
そろそろとかがみ込みにじり寄る、ハイヒールの足許。
かすかに震える掌で足の甲を覆うようにつかまえて。
目のまえには、繊細な黒糸にじんんわりと染めあげられたふくらはぎ。
たまらず、くちゅっ、と吸いつけてしまった。
さらさらとしたストッキングの舌触りに夢中になって。
あのひとの育ちのよさ、気品漂うしぐさ、肌の裏側に満ちている気高い熱情・・・
そうしたもろもろのものをつぶさに感じ取りながら、
つい本性をむき出して、意地汚くねぶりつづけてしまっている。
ストッキングはふくらはぎの周りで波立って、整然とした網目模様をいびつによじれさせていた。

ふと顔をあげると。
足許を見おろす瞳が濡れていた。
やはり、耐えられなかったんだ・・・
そう思うとたまらなくなって。
ソファの隣りに腰かけて。
激しく横抱きにしていた。
抱きすくめた腕のなか。
華奢な身体を心もとなげに震わせて
ブラウス越しにかんじる体温が、切々と悲しげに伝わってきた。

血を・・・吸うのでしょ?
声をつまらせながらも気丈に振る舞おうとするあのひとは、
かすかな笑みを立ち戻らせようとしている。
やむみやまれず。もういちど。彼女を優しく抱き締めて。
唇と唇を合わせていた。
貴女のことが本当に好きなのだ・・・と思いをこめながら。
心なしか。
冷たい涙に閉ざされた硬い緊張がほどよく解けて。
頬に滲む涙が温もりを帯びてくる。
あのひとはまだ涙で濡れた瞳をはばかることなく振り向けながら。
―――ストッキング、破ってもいいわよ。
くすくす・・・とイタズラっぽく笑んでいた。


あとがき
泣いたカラスが・・・と申しますが。
女性にとって、ストッキングを濡らされたり破られたりする行為はとても恥ずかしいものですね。
そのようなフラチな悪戯心をかなえてくれようというけなげな女性には、
まず心からの口づけと抱擁を捧げるべきだ・・・と思うこのごろです。

ローテーション? 2

2006年01月05日(Thu) 07:33:00

蛭田が逢引をするときに、しばしば好んで安っぽいラブホテルを好むのだと耳にしたのは、ほかならぬ妻の瑞枝からだった。
「蛭田くんてねぇ。いっつも安ホテルなのよぉ。あたしを誘うとき。
あれって軽く見られてるのかなぁ」
吸血儀式の催眠状態に陥っているときの、おぼろげな記憶だったが。
そのときに、妻はたしかにそういった。
―――男として、どう思う?
あのとき。まじめにそう問いかけてくるような瑞枝の頬は冷たいまでに白かった。

―――んー。あのムードって、好きなんだよね。現実から違うところに行くような感じがしてね。 一流ホテル?旅行じゃないんだし。
それとなく訊きただしたときに、ヤツはたしかにそういった。
好みの違い・・・
それだけのこと。ヤツは安宿を。そしてベッドの傍らでいま自分と抱き合っているこの女は一流ホテルを。逢瀬の場として好むだけ。
そういう瑞枝は、こぎれいなシティホテルを好んでいた。
気の利いたインテリアと明るい照明のある真新しい部屋に通されて、得意そうに周囲を見回す瑞枝。
そんな彼女はいまごろ蛭田のために、ばっちりとおめかししているはず。
いつものあの従順な嫁の顔をして。
どんなふうにもっともらしく、姑に言いつくろって家を出たのだろうか。
行き先は・・・自分の好みとちがった、安っぽいラブホテル。

ばか律儀にも、寝物語におしえてやった蛭田の趣味。
―――あいつの好みみたいだぜ?女とはわざわざ安ホテルで遊ぶんだって。
オレの腕の中、妻の瑞枝は白い華奢な身体を寒そうにすくめながら、じいっと黙って話を聞いている。
唐突に切り出したのに。
あのときの答えだと妻ははっきり認識しているようなふうだった。
同期のあいつ。
いつもしんけんなのに恐ろしくぶきっちょで。とんまな失敗ばかり重ねている。
決して莫迦ではない。おまけに気配りや心遣いをするタイプでさえある。
あれこれ苦心して。周りがうまくいくように、場が和むようにとない知恵しぼって。
そのあげく、いつもずっこけた結論ばかりひっかぶっている男。
そんなあいつが憎めなくって。いつか、誰知る人もないほどの心のなかのことまでも話す相手に選ぶようになって。
いまでは最愛の妻さえも、たまに見て見ぬフリをして逢わせてやっている。
虫も殺さないような顔をして、すでにいくたりもの男と結ばれていた妻。
―――お前をくっつけておけば、浮気防止になりそうだな。
揶揄するようなオレの口調に
―――まるで防虫剤じゃん。
と、肩をすぼめたあいつ。
ヤツと奈津子のなかを知りながら、つい魅かれるようにアポイントを取ってしまったのはなぜか気がひける。
お互い様のはずなんだがな。むしろそれ以上か。
オレの場合は、もらったばかりの妻なのだし。
ヤツと奈津子は、どこまでの付き合いか分からないほどの関係なのだし。
そんなはずなのにどうしてオレはこうも、後ろめたい気分になるのだろう。
同僚とつきあっている女を抱いたことくらい、ほかにいくらもあるはずなんだけどな・・・
自分のお人よしを自分で嗤(わら)いながら、間々田はふたたび湧き上がってきた衝動のままに、傍らの女を逞しい猿臂のなかに巻き込んでゆく。

見るからにデラックスな、貴族の臥所のような部屋のなか。
オレは瑞枝に合わせ、瑞枝は蛭田に合わせ、蛭田はこの女に、好みを合わせている。
やっぱりこいつは、女王様なんだな・・・

ローテーション?

2006年01月05日(Thu) 07:06:00

―――間々田くんたらねぇ。お気に召しちゃったんだって。私のお振袖。
得意気にお行儀悪く鼻をうごめかせながら、奈津子が耳もとに囁いてくる。
―――でぇ。明日、デートするんだ。彼と。
えっ?
そういう仲だったのか?
さすがの蛭田も、おだやかではない。
訊きただしてみると。
―――あらー。知らなかった?貴方とよりか、早かったのよ。新歓のときからずっとだもん。
しゃあしゃあとのたまう奈津子に、もっとがっくりとした蛭田だった。
奈津子の男ぐせはよく知ってもいたし、見てもいた。
しかしよりにもよって、間々田がなぁ。
婚約者の純潔がどうとかとか、そんなことを気にするくせに。
案外なヤツだ・・・
いっしょになった出張先で、そうとう悪いお店に行ったこともあるくせに。
オフィスで手近なOLをいく人となくつまみ食いしていたことも、蛭田はしっかり知っているくせに。
(なにしろそのすき間を縫って、瑞枝を籠絡したりしていたのだから!)
相手が奈津子となると、どうしてこうもイライラするんだろう?
間々田の女ぐせも。奈津子の男ぐせも。
知りすぎるほど知り尽くしているほどのものなのに。

奈津子が情事の場に選ぶのは、決まって一流ホテルだった。
間違っても、うらぶれた連れ込み宿のようなラブホテルなどは使わない。
―――おトイレじゃあるまいに。
と、ずいぶん高慢なことを言いながら。
   お泊りでございますか。ご休憩でございますか。
クロークでそう尋ねられても顔色ひとつ変えないで、
―――えぇ休憩を。
男づれで堂々とそう受け答えする彼女は、いっしょにいると心強いほどの同行者なのである。
―――お振袖でホテル行ってね。お洋服に着替えてチェックアウトするの。
蛭田の横顔をひとわたり小気味よげに見回して。
息がかかるほどの近くで、ふふっ、と笑むと、女は足早に立ち去っていった。
引きとめようとしたところで、引きとめられるものではない。
そうわかっていながらも、強引に抱き寄せて
「行くな」
といえない自分が腹立たしい。
いく度もベッドをともにしながら。
なんリットルもの血液を供されて口に含んでおきながら。
面と向かっては彼女に対していまだになんの資格も持たない彼だった。

じゅうたんの上に組み敷いているのは、瑞枝だった。
振り乱した黒髪に、白い肌。
しどけなく肌を露出させている衣裳は独身時代そのままで、
彼女自身もフリーの昔にもどったように、もうあられもなくふしだらに身をくねらせている。
蛭田もまた、そんな彼女の切迫した息遣いを顔に浴びながら、スカートをはぐり上げた奥の奥へと腰を合わせてゆき、
衝動のおもむくまま、しっくりと結合させたまま激しい上下動に身をゆだねている。
熟れ具合をいっそう増したかのような乳房がそれ自体命をもつように、
ゆるやかに、切なげに、息づいていた。
   まだ子供を作るつもりはないからね・・・
間々田はちょっとばつの悪そうな顔をして、そういったものだ。
   オレの目に触れなければ、たまに瑞枝のやつと逢っても・・・
さすがに語尾をのみ込んで、立ち去ったヤツ。
その足できっと、奈津子の待つホテルに向かったのだろう。
妻とのアポイントを知ってから知らずか。
それとも奈津子と逢うまえの、暗黙の謝罪のつもりか。
もう、そんなことはどちらでもよかった。
自分の下で牝のケモノとなり果てたこの若妻に、蛭田はいつもより大量の精液を、びゅうびゅうと注ぎ込んでしまっている。


あとがき
どうも蛭田にはまってしまっております。^^;
いったい、どうしたわけでしょうねぇ。
瑞枝からゲットしたアポイントに夢中になっている蛭田の内心を見透かして、
奈津子は昔からの遊び相手を久しぶりに誘ったのでしょうか。
ふつうのストーリーですと、こういうときに瑞枝をふってでも奈津子を止めなければならないわけですが。
ひとりの男に固執しない(あるいはされたくもないらしい)奈津子にとっては、蛭田の妨害などもとより想定していなくて。
たんに冷や水ぶっかけて愉しんでいるようにさえ思えます。

御用始め

2006年01月04日(Wed) 07:23:00

ざく、ざく、ざく、ざく・・・
暗い色のスーツに身を固め、いちように無言で歩みを進める男たちの一団。
ここ十年でそのなかに、女性の割合も増えてきたとはいえ。
その多くもまたあまり華やがない色合いのスーツに身を固め、無表情にこわばった顔はまるで男のようである。
いちように重苦しい雰囲気を漂わせた、どこの駅前にも、オフィス街にもある朝の通勤風景。
それも御用始め(仕事始め)ともなると、重苦しさはふだんの休み明けの比ではない。

蛭田にしても。
いくら血を吸わせてくれる美女たちがいたとしても。
ふだんの業務がそればかりで済むはずもなく。
口やかましい上司とか。そりの合わない同僚とか。
そういったもろもろの不愉快要素が彼の実生活のほとんどを塗りこめているといっても過言ではない。
だから彼にとって娑婆に戻る初日のきょうは、誰にもまして憂鬱なのである。

オフィスの入っているビルの玄関をくぐると、見知った顔がちらほらと増えてくる。
意外なもので、実際に知った顔を見ると却ってそうした閉塞感はほどけてきたりする。
ましてむんむんと人いきれのするような営業部に入ってゆくと。
人々の発散する気迫というか、オーラというか。
一種独特な圧倒的な雰囲気がたちこめていて。
それは、頭のなかで思い描いていた憂鬱などは面に出すゆとりもないほどのものであった。
間々田と顔があった。
おはよう、といいかけて、それはすぐ新年の挨拶になる。
お屠蘇も飾りもない殺風景なオフィスのなかで、それはちょっと場違いだな・・・などという思いもよぎるのだが。
挨拶をかわすとふたりは、チラ、と庶務課のほうを見た。
主のいない席がひとつ。
瑞枝は昨年いっぱいで退社していた。
もちろん間々田は瑞枝に見送られて出社してきたのだが。
やはり何かにつけて便宜をはかってくれた「同僚」としての瑞枝にも、お互いひととおりでない愛着があったのだ。

「お・め・で・と・うっ!」
そんなふたりの気分などお構いなしの能天気な声が、横からワッと割り込んだ。
「ちゃんと見なさいよね。早起きしてがんばったんだから」
そういう奈津子はばっちりと、振袖を着込んできていた。
―――ちょっと無理がありませんか?もうそういうトシじゃないでしょ?
なんて間違っても口にしたら、多分首と胴体は離れているだろうな。
とっさに思った蛭田より一歩先んじて、間々田のやつはもう巧みなほめ言葉で女をはしゃがせていた。
こちらをチラと見やる奈津子の顔にありありと、
―――まー、あんたからは気の利いたセリフなんか誰も期待していないから。
そう書いてある。

はぁぁ・・・
新年そうそう、これかよ。と、思いつつ。
じつは文句など言えた義理ではないのである。
旧年の御用納めがぶじ片づいたのは、彼が女史の”治療”を受けているあいだ、彼女がぜんぶ片づけてくれたからなのだ。
   まったくもうっ。どうして私が他の課のヤツの尻ぬぐいしなくちゃいけないんだろ。
もちろんわざと。みんなに聞えるように愚痴りながら。やり残した仕事もろともまたたく間に蛭田の机の大掃除をしてしまった彼女。
―――代わりに私の家の大掃除、手伝ってね。
そんな言い分になにひとつ反論できずに。
・・・・・・本当にまる一日大掃除をさせられていた。
あのときの腰の痛みが、まだ治らない。

きょうは実質、午前中だけの勤務である。
大口の取引先をかかえた、たとえば間々田などはそういうわけにもいかず、そのあと挨拶周りに忙殺されるのだが。
幸か不幸か、蛭田にそういうアテはない。
せっかくだから留守宅にお邪魔して、瑞枝に新年の「あいさつ」をしていこうか・・・などとフラチなことを考えていると。
「蛭田くん、こっちこっち」
奈津子が向こうで、呼んでいる。なにか用事を言いつけるときの顔つきだ。
  あいつ。とうぶん、奴隷あつかいだなー。暮にあれだけやらせたんだもんなー。
あわれなヤツ・・・
そんな同僚たちの無同情な憫笑に背を向けて、いわれるままに廊下を出る。

「お振袖、ぜったい汚さないようにヤッて頂戴ね」
奈津子に命じられるままに、首筋に唇を吸いつけて。
ちゅうっ・・・ちゅうっ・・・
血を撥ねかせて愉しむのが好みなのだが。
こういうシチュエーションもなかなか、スリリングだ。
ぱりぱりにセットした黒髪。華やいだ柄と対照的にごつごつと重厚な振袖の手触り。
豪奢な装いに包まれた華奢な身体が時折発する、切なげな息遣い。
両肩を抱きすくめる掌に、思わず力がこもる。
「んもぅ・・・」
華やいだ振袖に隠れていたが、蒼白かった顔。
それをいっそう蒼白くさせているというのに。
さっきよりも逆に顔色がよくなったように思えるのは、じつは極端に神経質な彼女が休み明けに覚えた、過度の緊張のせいだろう。
「これからね。女史や取り巻きさんたちといっしょに、お食事会なの」
男の子は呼んであげないからね・・・
あかんべえでもしかねない彼女。
なるほど、緊張の原因はそっちだったのか。
失血と引き換えにでも取り戻したかった、自分自身。
彼女の瞳にいつもの活き活きとした闊達さが、戻ってきたようにみえた。
「ご褒美にストッキング、破らせてあげるわよ」
下なら見られないからね・・・
彼女はいつものように悪戯っぽく、着物の下前をお行儀悪くはぐってゆく。


あとがき
仕事始めの皆様にエールを送りたくて(エールになるのだろうか?)描いてみました。
ちょっと前置き部分が長くなりましたが。
デキる社員ならではのプレッシャーに包まれる奈津子さん。
女史のまえで最高の自分を魅せるため、いつもの冷静さを取り戻したかった・・・というお話です。
実のところ。キー叩きながら、「オチが見えない、見えない」と内心アセッていたりしたのですが。^^;
さすがに抜け目のない奈津子さん、さいごはちゃんといつものミーティング・ルームできれいに堕としてくれました。(笑)

果報者の蛭田くん

2005年12月31日(Sat) 08:24:00

今回はいつもみたいな蛭田の失敗談・・・ではありません。(笑)
ずいぶんお間抜けな蛭田くんですが。
意外なくらいにたくさんの女性をゲットしているんですねぇ。
ちょっと、羨ましくなってきました。
そんなわけで今回は、彼がモノにした主だった女性の「淑女録」などをお届けします。

鳥飼女史
「モノにされた?」
女史はケゲンそうに柏木を見あげて。
「失礼も、たいがいにするものですよ」
と、冷たく目線を逸らしてゆく・・・
  は、はぁ、すいません・・・ ーー);
・・・しょっぱなから大しくじりの柏木でした。^^;

史上最年少で抜擢された辣腕の女重役。(8月19日付・女重役のストッキングで初登場!)
いつもセンスのよいスーツをまるで軍服のようにきりっと着こなして、黒のエナメルのハイヒールをカツカツと、これまた軍靴のように響かせてオフィスを闊歩する。
蛭田のための装い・・・かどうかは不明だが、いつもしなやかでなまめかしいストッキングでかっちりとした脚線美を彩っている。
しぐさも人柄も男っぽく、ときにはがさつですらあるが、それが却って冴えわたる色香となって周囲を魅了している。
千里眼や読心術をも兼ね備えているものか、蛭田のミスやかげでこそこそやっているワルイことなどはすべてお見通し・・・。
いつも重役室に呼びつけられいぢめられているくせに、蛭田にとっては永遠の女性でもある。
血を与えるのは蛭田にたぶらかされているせいではなくて、特異体質な部下のための慈善事業だとか。

どうやら結婚はしているようですね。(11月5日付・オフの午後)
所帯じみたところをまるで見せないので、私生活はナゾです。
あのエンディングも、車を乗り合わせてきたのが本当に夫だったのか?
そもそも同乗者そのものがいたのだろうか?
と、疑いどころは満載です。

岬 奈津子
けっこう、尊大な人ですね。^^
なまなかな男は寄せつけなさそうで。
でも、なかなかな男だと思うと、いつのまにか隣りに出向いてお酌していたり、宿泊先のキーを目のまえでチラつかせてみたり・・・
そんなイタズラ、いけないですよ。お嬢さん。^^

濃紺のジャケットの下にふんわりとしたリボンタイのついた白のブラウスの胸をまるで誇示するようにそびやかして。
「蛭田?あぁ、あの坊やね。あたしがマトモに相手しているわけ、ないじゃない。
 あんまりデキがわるいから、見ていてとても愉しいの。
 しょせんは遊びよ、あ・そ・び・・・」
でも奈津子さん。
フフン・・・と得意そうに鼻を鳴らしているのは、まんざらでもない証拠ですよね?^^
それに、純白のブラウスにばら色の・・・それ、ブローチではありませんよね?
あと。いくら肌色だからって、ストッキングの伝線も見逃せません。
だって柏木、そちらのほうには目ざといものですから。^^;
(繰り出される平手打ちを巧みによけて逃走)

蛭田と隣りの営業三課に所属する、才色兼備なベテランOL。
教養の深さ、人脈の広さ、お酒の強さ、男関係の豊富さと、
どれをとっても右に出るものはほとんどいない。目指すは鳥飼二世?
ストレスがたまったときに蛭田を別室に招んで、ストッキングを破ってもらい発散するという奇癖をもつ。(9月4日付・ベテランOLの息抜き)
鳥飼女史には才能をかわれ、かわいがられているが、蛭田をはさんでは潜在的なライバル?
もっともそれを本人がどこまで意識しているのかはわかりません。
そうそう。
両刀使いというかくし芸?も、披露してくれましたね。^^ (12月28日付・新妻を誘惑)
誘惑したのはじつは蛭田ではなくて奈津子だった・・・というお話です。
えっ。苗字ですか?すみません。今考えました。^^;

間々田 瑞枝
「あの。ちょっと・・・カンベンして下さいっ。これでも一応、結婚しておりますので。^^;」
そそくさと走り去り、前をゆく間々田の逞しい後ろ姿に追いつくと、さも仲良さそうに腕組んで行っちまいました。^^;
顔、かわいいんですけど、そっけないですよね・・・

蛭田の同期でエリート社員である間々田の婚約者。(いまはもう入籍)
ミス総務部でならした社内きっての美人だが、彼女の過去を疑う間々田の意外な小心さから、蛭田に血を吸われる間柄に。(9月16日付・同期の彼女 以降)
馴れ初めは(9月16日付・勤め帰り)にあっぷされています。
間々田が引き合わせた・・・と知るとそれをよいことに彼の出張中に蛭田に逢ったり、オフィスの裏階段の踊り場でイケナイ遊びに耽ったり。
虫も殺さないような顔をしながら、見えないところではしっかり遊んでいる、ちょっと今ふうなお嬢さんです。
結婚後も新妻のフェロモンをまき散らし、それが災いしてか?幸いしてか?奈津子の仲立ちで蛭田との関係も復活?
ただ美人だというだけで毒にも薬にもならないキャラである彼女は奈津子あたりの敵にはとうていなり得ないはずなのですが。
ほんとのところ、奈津子は瑞枝をどう思っているのでしょうか?
むしろそっちのほうが、気になります。

菱原貴恵
「×日、Hと面談。ストッキングは薄紫。反応上々。
 途中、貧血のため体調不良に陥り中断したため、会話の詳細は記憶に残らず。次回の面談を年明けに実施の要。
 ストッキングに付着した唾液反応を観察予定であったが、救急呼出の折の混乱で紛失。後日再検査を要す」
―――営業第三課 菱原課長の手帖より

「Hと面談」は必ずしも「Hな面談」というわけではないのですね?
蛭田のなにを、そんなにお調べですか?^^
いつも顔色がよくない、奈津子の上司。(12月20日付・顔色の悪い課長)
本当はなかなかの凄腕で、電話一本で部下の窮地を救ったりする。
くすんだイメージは奥さんひとすじのご主人が吸血鬼だから・・・と奈津子はいうが、
その実あちらこちらでアヴァンチュールをしっかりと愉しむしたたか者でもあるらしい。
顔色の悪いのはむしろそのせいだったりして。^^;

白鳥美和子
「・・・・・・」
無言ですうっと通り抜け、インタビューを申し込んだ筆者を無視。
すれ違いざまに向けられた白い頬に浮ぶ微笑がひどくミステリアスで、筆者ゾクッと寒気を覚える。^^;

秘書課に勤務する妖艶な日本的美人。
配属時期は不詳。年齢も未詳。
お局OLのそのまた上にさりげなく君臨している、一見とても物静かな秘書嬢。
しかしそのゆったりと優しげな微笑は、上司も避けて通るお局OLたちをダマらせる凄みを持つ。
淑やかな物腰と妖しい美貌は、おなじ制服に身を包んでいても仕立ての違う衣裳のように見えるほど。
なにを思ったか誘蛾灯か食虫植物のような引力で蛭田を誘惑した。(12月30日付・淑やかなハイミス社員)
はたして酔い酔いになってしまった蛭田は、御用納めのときに女史の血でようやく息を吹き返すほど、彼女の血液中に含まれる毒素は強烈だったらしい?
上品で、とっても優しそうなのに。怖いお姉様です・・・ ーー;

このほかにも大活躍な蛭田にとっては、オフィスも狩りの場?
通りすがりのOLの血をいただいたことも、一度や二度ではないようですし、(11月4日付・お駄賃)
知人の恋人や婚約者にも手を出すイケナイ男であったりもします。

須美子
同期の笹山の婚約者。
時代遅れなくらいにくそまじめな同期の笹山に、蛭田はとても好意を抱いています。
だから、彼の婚約者の血を吸いながらも、処女まで失敬しようとはいたしません。^^
笹山のほうも渋い顔をしながらも、血を吸うだけだぞ・・・と婚約者を貸し出すのですが。
たぶん彼のほうでもなんとなく、蛭田には憎めないものを感じていたのかもしれません。
揶揄の対象でしかなかった彼の古さに蛭田のほうが好意を持ったからでしょうか。
そんな笹山の婚約者である須美子さんに対しては、蛭田もしおらしく思い切りガマンの展開・・・だったはずなのですが。
笹山さん、ガマンできなくなっちゃって。^^;
嫁入りまえに、抱いてしまったのですね。須美子さんのことを。
あるいは彼女に課してしまった吸血体験が、刺激の発端になったのかもしれませんから、蛭田はやはり罪な男です。(けっきょくそこかい)
それにしても。
処女喪失を免罪符にして挙式まえから浮気に耽っちゃう須美子さん。
この夫婦、ほんとにうまくいくのでしょうか・・・

珠恵
蛭田の幼馴染みであるユウジの婚約者。
白鳥秘書と、どことなく似ているキャラですね。
一見淑やかで、表向きは夫となるユウジになんでも随う、従順な女です。
埃の浮いた自室にふたりを引き入れた蛭田にとって、彼女のストッキング姿は「掃き溜めに鶴」だったかも。
珠恵からは珍しく(本当に珍しく)処女をゲットできた蛭田ですが。
しかし。恋人のいうなりに蛭田に身をゆだね、処女を奪われたあとの彼女の言動は、小気味よいほどしたたかです。
こちらのカップルは「この夫にしてこの妻あり」という感じで。
とても似合いのお二人のように思えます。

康代
だいぶまえに登場しました。
鳥飼女史のライバルに当たる重役の奥さん。
もともとその重役の部下の妻であったのが奪われて、重役夫人となった過去を持っています。
女史が握られた弱みを相殺するために誘拐してきた蛭田くん、
しかし・・・きみの行動にはとても不純なものを感じるのだよ。
「つかの間の恋をしてみませんか?」だと。
そのあとに正直に奥さんに意図を告げたところはえらかったですが。
血を吸われ酔わされた奥さんのほうも、案外本気だったのかも。^^;


男っぽくても情の深い女。淑やかなようでしたたかな女。
あなたは、どんなタイプの女性の血を吸いたいですか?^^