淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
写真の修行
2020年09月05日(Sat) 14:10:50
パパ!
遠くから自分を呼ぶ声がした。
息子の保嗣(14)の声だった。
息子にしては、いつもより甲高い声だと思った。
畑川由紀也(38)が振り向くと、
保嗣は、同級生の達也の父親、間島幸雄(42)といっしょにいた。
保嗣はスカートを穿き、女の子の格好をしていた。
父親の前に、女の子の格好をさらすのが照れくさいのだろう。
長く伸ばし始めた髪の毛に縁どられた彫りの深い顔だちに、
くすぐったそうな笑みを泛べていた。
ピンクのカーディガンに、オレンジ色のブラウス。真っ赤なスカート。
ミニ丈のスカートの下には、紫のラメ入りオーバーニーソックスが、足許を華やがせている。
薄いメイクをした保嗣の面ざしは、妻に似ていて、思わず男として、はっとなった。
そしてつぎの瞬間、そんな自分を恥ずかしく思った。
保嗣の着ているその服は、見慣れない服だった。
「ああ、、これ?小父さんに買ってもらったんだ」
すこし上ずった声色は、どことなく女っぽくさえある。
女の子の服装をすると、声までそうなるのか。
まだ経験のない由紀也には、そこまでの想像力を持っていない。
わかることは、妻だけではなく息子までもが、
家族のなかに侵入しつつあるこの男の色に染められ始めている――ということだった。
「あんまりおねだりするもんじゃないぞ」
連れの男に聞こえるようにそんなふうにいうのが、精いっぱいだった。
こちらが気遣っていることを、それとなく伝えたのだ。
あと、息子をデートの相手として連れ歩いていることを、
父親として気にしていないということも。
「息子さん、お借りしますよ」
という男に、
「エエどうぞ、ご遠慮なく」
とまで、こたえてしまっていた。
妻を犯し、息子までも犯している男に、会釈をしてしまった。
その事実になぜか、勃ってしまうほどの昂りを感じた。
こんなことがつい最近、妻を交えてあったのを思い出した。
通りを歩いているとだしぬけに、キッとブレーキ音を響かせて停まった外車。
助手席に座った妻は、イタズラっぽい笑みを浮かべて、小手をかざして手を振った。
運転席の男は、「奥さん、お借りしますよ」と、あのときとおなじことを言っていた。
「帰り、遅くなるから」
悪びれずそういう妻に、
「泊りでもかまわないよ」
と言ってのける。
「お昼までにはお送りしますから」
と、調子のよいことを言う、息子の親友の父。
そのときのことを後から思い出して、
やはり勃ってしまうほどの昂りを覚えた。
妻だけでなく、息子まで。
彼におかされ、彼の色に染められてゆく。
家庭を侵蝕されてゆくことに、歓びを感じこそすれ、
そこには家長としての威厳を犯されたことへの嫌悪感はまったくない。
伝わってくる心からの敬意が、そうした憎悪の感情を、完全に封じ込めてしまっているのだ。
彼に任せておけば、少なくとも血を吸われる気遣いだけはない。
吸血鬼や、彼に咬まれて吸血鬼化した達也とは違う。
達也の父は、あくまでも自分よりも年上の、心優しい親父だった。
そう、ついこの間までは、同級生同士の下校の道々、
息子はうなじを咬まれ、ふくらはぎを咬まれして、
貧血でふらふらになりながら帰宅したものだった。
そうするときょうあたりは――
嫌な予感が、頭の隅をかすめる。
美紀也は家への帰りを急いだ。
あうううううっ・・・
目の前で妻が達也に襲われているのを、
リビングの床に転がった彼は歯噛みをしながら見守るばかり。
さきに吸い取られてしまった大量の血液が、
いまごろ吸血鬼のエネルギーになって、のぼせ上らせているに違いない。
妻は、吸血鬼の腕の中。
喘いでももがいても、その猿臂をほどくことはできなかった。
ふと、背後から肩を叩くものがいた。
見覚えのある顔だった。
それが街はずれの写真館、緑華堂だと気づくのに時間がかかったのは、
失血のおかげで記憶力が薄れてしまっているせいかもしれなかった。
「良いチャンスですね」
チャンス――?
美紀也はいぶかしげに緑華堂を見返した。
そして、すぐにおもった。
ああ、そういうことか。
いまなら撮り放題というわけだ。
被写体はむろん、犯され抜いている妻――
「これをお使いなさい。デビュー記念に差し上げます」
渡されたカメラは一眼レフ。
初めて持つ手には、ずっしりと重たかった。
震える手でなん枚も撮った、。
妻は撮られまいとして、顔を背け、やめてと懇願し、
けれどもどうすることもできないとわかると、
こみあげる性欲の虜になって、
当てられるフラッシュの閃光に身をゆだねるように、
本能のままに腰を振り、喃語を洩らし、耽り抜いてしまっていた。
やっぱり手振れがひどいね。
緑華堂は、できあがった写真を一枚一枚を丹念に点検しながら、いった。
穏やかで丁寧な話しぶりは、初めて本格的なカメラを持つものへの労わりに満ちていて、
美紀也はつられるように、つぎにはどんなふうにすればよいか?と訊ねていた。
まずは慣れることです。
愛する奥様が狼藉に遭っている。そこを堪えて撮るのですから、自分との闘いです。
でも、ご夫君にしか撮れないものが撮れるはずです。
私が撮って差し上げても良いのだが、
技術的には良くても、愛情の薄いものにしかならないでしょうから――
そこまで聞いて、美紀也はふと訊ねてみた。
どうしてそこまでして、妻が侵される写真を撮らなければならないのでしょうか?
彼が欲しがっているのです。
――ああ、それはわかるような気がするな。
美紀也はふと相手の立場になってそう思った。
夫でありながら、なんともうかつなことであったが、
妻を日常的に犯している男が、現場の写真を欲しがる心理がなんとなく理解できたのだ。
ところが緑華堂は、さらに奥深いことを口にする。
「どうして欲しがるか、わかりますか?」
「戦利品にしたいのでしょう」
「よくおわかりですね、と申し上げたいところですが、もうひとつわけがあるのです」
「わけ――というと・・・?」
「貴方を脅かすためですよ」
人妻を犯すところをその夫に写真を撮らせ、
撮った写真を巻き上げて、「女房の恥をさらしたくないだろう?」
と、人妻との継続的関係を迫る――などと。
どこまでもあつかましいのだろう。
けれども、どこまでも恥知らずなのだろう。
彼ではなく、自分が、である。
あまりのことに勃ってしまっている自分自身を自覚しながら、
その自覚を目の前の男が「わかりますよ」といわんばかりににんまりと笑むのを見ながら、
美紀也はこらえきれずに、ズボンのなかに射精してしまっている。
8月31日構想 さきほど脱稿。
写真術
2020年09月04日(Fri) 08:28:30
あ・・・う・・・っ!
妻の和江が痛そうに顔をしかめた。
痛そうではあるが、かすかに陶酔の色がよぎるのは、おそらく見間違いではない。
和江を背後から羽交い絞めにしている吸血鬼が、
肩までかかる髪の毛を掻きのけて、首すじにかぶりついていた。
流れ落ちる、ひとすじの血。
それは赤黒い直線となって、白いブラウスに点々と滴り落ちた。
ちゅーっ。
男は聞こえよがしに、音を立てて人妻の生き血を吸い上げる。
和江と向かい合わせに立ちすくむ、夫の美紀也に聞かせるために。
前のめりに倒れ込みそうになる和江を支えようと、
幹也はとっさに歩み寄って、すがりつく腕を抑えつける。
夫婦はとっさに口づけを交わし、美紀也は夫として言うべきではないひと言を口にする。
――好きなだけご馳走してあげなさい。彼はきみの血を気に入っている。
夫の指示に応えるように、和江はその場に昏倒した。
じゅうたんのうえにあお向けになった和江のうえに覆いかぶさって、
吸血鬼はなおもしつような吸血を遂げてゆく。
ちゅうっ、ちゅうっ、ちゅうっ、
意地汚い吸血の音が、夫の、妻の鼓膜を、淫らに浸していった。
血液という液体は、生命の源泉であるのと同時に、
淫らな想いを掻き立てるものでもあるらしい。
和江は夫の言いつけにそむくまいと、途切れ途切れに口にする。
「お願い、どうぞ、お好きなだけ、召し上がってください・・・
貴男にわたくしの血を気に入っていただけて、とても嬉しい・・・」
失血のあまり女が絶息すると、吸血鬼はにんまりと笑って、
乱れたスカートのすそに目を落とす。
黒のストッキングがじんわり滲んだ太ももが、男の欲情をそそったのだ。
うひひひひひっ。
男は野卑な声をあげると、和江のひざ頭の少し上のあたり、
むっちりとした肉づきのふとももに、唇を吸いつける。
欲情に満ちた唇の下、ストッキングがパチパチとかすかな音をたててはじけていった。
「だいぶ、ご執心のようですね」
妻の受難をいっしんに見守る美紀也に、先客がからかうようにいった。
「エエ、家内の血を気に入ってもらえて、嬉しいです」
こうした光景をよほど見慣れているのか、美紀也が取り乱すことはなかった。
妻のほうへと身を寄せて、あやすように頭を撫でて、乱れた髪を整えてやっている。
先客は、息子の友人の父、間島幸雄(42)だった。
彼の一家もまた、家族全員が、吸血鬼の難に遭っている。
息子が食われ、妻が食われ、自身までもが吸血鬼との和解と引き替えに食われていったことは、
やや後発ながら同じ運命をたどった畑川家とすこし似ている。
さあ、吸血鬼の宴は、最高潮に達しようとしていた。
血に昂った吸血鬼は、獲物にした人妻のブラウスを剥ぎ取って、乳首を口に含んでいた。
畑川夫人を、男として愛するためである。
ストッキングを片脚だけ脱いで、闖入者の行為に熱心に応えてゆく妻のことを、
由紀也は満足げに誇らしげに見守っている。
だしぬけに、間島がいった。
「あんた、写真術を習いませんか」
「写真術?」
「エエ、この街の街はずれに、緑華堂という写真館があるのをご存知か?
そこのあるじが、こういうところを画にするのが巧みでしてね。
家内が愛されているところを記念に撮りたいのですが、
わたしはどうしても、手が震えてしまう。
緑華堂に頼めば、綺麗に撮ってくれるのですが、
少し何かが違うと感じるのです。
それは、被写体に対する愛です。
妻の裸体を愛情をこめて撮ることのできるのは、夫か愛人に限られる――緑華堂自らが、そういっていました。
あなた、写真術を習いませんか?
そして、いまの奥さんの幸せな瞬間を、画にして残しておやりになりませんか・・・?」
撮影代は、奥さまの貞操で・・・
2019年11月04日(Mon) 15:38:49
――奥さんのヌード写真を、撮ってほしい・・・というわけですね?
エエ、そうなんです。
――ひと言でヌードといっても、いろんなジャンルがありますが・・・どんな感じのがお好みですかね?
そうですね・・・全裸よりはむしろですね、
きちんとした服装を身にまとっていて、
その服を気持ち着崩れさせていて、
悩ましいというか、嫌そうというか・・・
そうですね・・・いわば禁忌に触れる慄(おのの)きを帯びている・・・みたいな表情を浮かべている。そんなのが好みですね。
――正統派でお行儀の良い感じがお望みなのですな。
エエ、折り目正しい貴婦人が堕ちてしまう。そんなはかない風情をかもし出せないものかと。
――あなた、なかなかコアですな。ウフフ。
老いさらばえた写真家は、落ちくぼんだ眼を妖しく輝かせながら、内心舌なめずりをせんばかりにほくそ笑んでいる。
これこそ、私の望んだ客だ。
ご婦人を堕とす美学を、なんときちんと心得ていなさることか・・・
そんな相手の心情を知ってか知らずか、
いかにも品の良い五十年配のその客は、自分の口にした表現の危うさに、ちょっときまり悪げにしていた。
背後に控える彼の細君は、夫よりもやや若い面差しを、ことさら無表情に取りつくろってはいたけれど、
これもことのなりゆきの危うさを自覚してか、やはり身を固くこわばらせている。
――あまり、こわばりなさんな。
声にならない声を、写真家は発した。
こわばると、身体の動きがよくなくなる。
血行の麗しさが表情の豊かさや”ノリ”となって、しばしば傑作をもたらすことを、彼は良く知っていた。
育ちのよさだけが取り柄の、どこにでもいる、平凡な主婦。
けれどもその面差しに宿る、ちょっとそそられるような控えめな色香や、
地味な仕立てのブラウスや、身体の線を消した堅実なデザインのスーツの裏に用心深く押し隠した身体の線や、
淡い黒のストッキングに透ける脛のなまめかしい白さから、
岩根薫子と名乗るこの人妻が、ただならぬ素材であることを確信した。
夫である岩根氏は、自分の妻の素質に、どこまで気づいているのか。
結婚当初、薫子はおそらく処女。けれども岩根氏は童貞ではなかったはず。
いままで遊んできた女たちに比べて、ずっと素人くさく面白味のない身体。
もしもそのていどの見立てしかできていないようであれば、
彼はみすみす掌中の珠を砕くことになりかねない――
女の値打ちはわかったが。
はてさて、夫であるこの男の鼎の軽重やいかに?
どうやら夫妻とも、私がここまで洞察しているなど思いもよらぬことらしい。
永年の夫婦生活にマンネリを覚えて、夫がふと思いついた冒険に同意させられて連れてこられた人妻。
それが岩根薫子の今だった。
薫子はなにも発言せず、異を唱えることもなく、そこ代わり相槌さえ打つことがなく、
ただ黙々と夫の言うなりに耳を傾けづづけている。
撮影は最大で何枚、秘密は厳守、データは事後に完全消去、日取りはいつ、その時の服装は――
もろもろの条件を所定のシートに記載していく岩根氏は、生真面目な勤め人の顔つきになって、
妻のヌード写真撮影の契約をすすめていく。
湧き上がってくる妄想を完璧に押し隠した無表情を客に対して向けながら、写真家は終始事務的に振る舞った。
さいごの一行に、岩根氏の目線がとまった。
「報酬 無償。 ただし、撮影中ご婦人の貞操を写真家の手にゆだねること」
これは・・・?
メガネのふちを神経質に光らせた岩根氏は、いった。
やはりうわさどおりなのですね・・・
すべては、以前ここの顧客であった知人から聞き知っているようだった。
そして薫子夫人のほうもまた、夫にそれを言い含められているようだった。
――この条件ははずせませんよ。
写真家は、訊かれる前に先手を打つことを忘れない。
愚問を聞き飽きているからだった。
一週間後。
薫子夫人は独りで写真館を訪れた。
楚々としたよそ行きのスーツ姿――と思ったが、よく見るとそれは喪服だった。
黒一色の装いに、肌の白さがいっそう透き通るのを、
たいがいの女を素材としてしか見ない目が、眩しげにしばたたかれた。
「主人しか識らない身体です。どうぞお手柔らかに――」
感情を殺した、つぶやくような声色だった。
男はやおら起ちあがると、薫子夫人の足許に跪くようにかがみ込んで、
黒のストッキングに包まれたふくらはぎを押し戴くようにしながら、接吻を加えた。
接吻というには、露骨すぎるあしらいだった。
薫子夫人は、長いまつ毛をパチパチとさせて、それでも男を拒まなかった。
きっと、夫に言い含められてきたのだろう。
そんな薫子夫人のようすを上目遣いに確かめると、写真家は女の足許を彩る薄絹を辱める行為に、ひたすら熱中した。
薄地のストッキングごしに感じるなまの唇が、自分の素肌を欲している――
ありありとした自覚にうろたえながらも、夫人は長いまつ毛をパチパチとさせる以外、いかなる抵抗も企てなかった。
淫らな唾液にくまなく彩られたストッキングは、その素肌の下に宿る血潮に淫蕩な翳りを沁み込ませて、女は羞恥心を忘れていった。
二葉の写真が、岩根氏の手許にある。
薄暗い洋室に、高い窓から斜めの光が入り込み、
それを背景にブラウスをはだけ胸元をあらわにした喪服の女が、こちらを視ている。
じゅうたんの上に座り込んで、半袖のブラウスからむき出しになった細い白い腕が、上体を支えていて、
脱いだばかりの漆黒のジャケットは、傍らの椅子の背中に雑に掛けられていた。
ひざ下丈の地味すぎるスカートのすそはわずかにめくれ、
淡い黒のストッキングに透けるひざ小僧が、じんわりと妖しい輝きを放っている。
同じような構図の絵が二葉、夫である岩根氏の手許に添えられている。
お見事です。
岩根氏が呟くようにいった。
――どちらがどちらだか、おわかりですかな?
写真家が訊いた。
謎かけのような問いだったが、写真家がなにを訊きたがっているのか、夫はすぐに理解した。
こちらが使用前、こちらが使用後 というわけですね?
使用後、と指さされたほうの絵のほうが、
品の良い唇によぎるほほ笑みに、わずかながらの淫らさをよぎらせて、
口許からこぼれる白い歯も、整った歯並びの間に淫蕩な輝きを帯びていた。
――さすがにお目が高いですな。
写真家は素直に、夫に対する称賛を惜しまなかった。
――奥さまは、得難い素材です。時おりお貸し願えませんか。
人嫌いで通った写真家が和やかさを片りんでも覗かせることはごく珍しいことなのだと聞かされていたけれど。
岩根氏はわざとそっけなく、考えてみましょう、とだけ、こたえた。
なに、私の承諾など、どうでもよいではありませんか。
満面に広がるのは、育ちが良くて遊び慣れたお坊ちゃん時代の若さをほんの少しだけ取り戻した、人の悪い笑み。
存じ上げているんですよ。
あの日以来、時おり家内がお邪魔しているようですね。
無償でお写真を、撮っていただいているようですね。
いえいえ、よろしいのです。
生真面目すぎる家内が、この齢になってこれほど輝くとは――ね。
いまの家内は、どこに出しても恥ずかしくない女です。
エエ、ハプニング・バーでもどこへでも、いまでは夫婦で愉しんで通っています。
わたしの力でなし得なかったことを、貴男の力で遂げてくださった。
家内が守り抜いてきた貞操を犠牲にしただけの値打ちはありました。
契約はひとつ、継続ということでお願いできませんか・・・?
男ふたりはにやりと笑い合って、どちらからともなく手を差し伸べて、握手を交わす。
うわべは写真館での撮影料金。
けれどもそこで撮られた女たちは、魂を吸い取られ、色を染められ、いちだんと妖しい女となって、夫のもとへ帰ってゆく。
濃いツタに覆われた洋館の奥深く、きょうも妖しい宴が、堅実な人妻を極彩色に塗り上げてゆく。
乱倫ロケ ~清太と菜々美の場合~
2015年03月31日(Tue) 07:36:22
青い空が、どこまでも高かった。
そよ風は、どこまでも透きとおっていた。
草原のなか、庄村清太は三脚を担いで、額の汗を拭き拭きふたりのあとを追っていた。
前を行くふたりは寄り添うでもなくはなれるでもなく、一定の間隔を保って足並みをそろえている。
ひとりは、女。ひとりは、男。
女は清太の妻、菜々美だった。
男は――本名はなんというのだろう。ある夜突然清太の家に現れ、夫婦の血を吸い取った吸血鬼だった。
吸血鬼が真っ昼間に外を歩いてもかまわないのか?
清太の持っている、創作に基く知識はあらかた、否定された。
ただどうやら――吸血鬼が若い女を好み、どうやら好色でもあるらしいという点だけは・・・はずれようがなかった。
初めて夫婦ながら襲われた夜。
首すじの傷を抑えながら、もうろうとなってしまった清太は。
妻が血を吸い取られるのを視、
そのあと服を剥ぎ取られながら情交に悶える姿まで目の当たりにする羽目になったのだから。
あの晩の昂奮を、清太は忘れることができない。
妻が犯されるという既婚男性としては最悪であるはずのの場面に遭遇しながらも。
不思議な歓びにゾクゾクと昂ぶってしまった彼は、不覚にも射精してしまっていた。
抑えた股間からヌルヌルと洩れてくる粘液の熱さが、まだ掌に残っているような気さえする。
菜々美は案外と、サバサバとしていた。
仕方ないんじゃない?この街には吸血鬼があふれているって・・・来る前から知っていたんだものね。
彼女は肩までかかる髪をさっと掻き退けると、
まだ咬まれていないもう片方の首すじも、自ら差し伸べていった。
さあ、このあたりで良いかな・・・?
背景にはすそ野の広い活火山が、噴煙をあげている。
彼の気分が険悪なときにはむやみとどす黒い噴煙は、
きょうは穏やかに凪いで、淡く白くたなびいていた。
吸血鬼はいきなり菜々美を抱きかかえ、膝をつくと。
菜々美の首すじに唇を吸いつける。
おっと、待って待って・・・・撮影の準備まだできていないんだから。
慌てて三脚を拡げる清太にかまわず、吸血鬼は菜々美の首すじに咬みつくと、
早くも・・・ごくごくと飲(や)りはじめている。
昼間の歩行に不便を感じたことはないが、陽射しはやはりこたえるものらしい。
菜々美の若さを宿した鮮血は、彼の喉を、胃の腑を、甘美にうるおしてゆく。
ファインダーのなかで、菜々美がうっとりと目を瞑る。
カシャ。
ふたたび目を開いた菜々美が、こんどは恍惚とした視線を相手に投げる。
カシャ。
足許にかがみ込む吸血鬼に応えて、菜々美が花柄のロングスカートをたくし上げる。
カシャ。
ふくらはぎに吸いつけられた唇の下、黒のストッキングが裂け目を拡げる。
カシャ。
ファインダーのなかで繰り広げられる、妻主演のアダルト劇。
けれども清太の手つきはいつものように、よどみなく一眼レフカメラを操作している。
もともと相手の男は、彼の雇い主だった。
吸血シーンを撮れるカメラマン急募。
そんな奇妙な求人に応じたのは、彼がこの世からあぶれてしまったから――
なん人もの乙女が毒牙の犠牲になるシーンを撮りつづけ、さいごに行き着いたのが、ほかならぬ妻の菜々美だった。
さいしょにシーンを撮るときは、手が震えた。
けれどもフィルム一本を使い切る前に、熟練した彼の手は本能的に、カメラを手ぶれなしに操作するようになっていた。
さすがに、プロね。
菜々美はわざと蔑んだような声色を作ったが、
果たしてそれは、最愛の女性を護ることを忘れておのれの技に没頭することを択んだ夫への怨嗟だけだっただろうか?
血を吸われ、犯されるたびに。
菜々美は声をあげ、演技に熱を入れはじめた。
夫のまえで見せつける――あなたへの仕返しよ――そういいながら。
出来上がった写真を満足げに眺める横顔には、夫へのひそかな称讃が込められていた。
やあ、待たせましたかの?
吸血鬼が能天気な声を投げたのは、山懐に近い村落のはずれにある納屋のまえだった。
相手は、作男のなりをした二人の男――どうにも見覚えがあると思ったら、
お隣のご主人とお客の一人だった。
お隣のご主人は。
不幸にも吸血鬼の子分の夫婦と隣り合わせたために、妻も娘も、息子の嫁も吸われてしまっている。
お客の一人は。
家族での記念撮影に来たときに目をつけられて。
晴れ着を着た奥さんと、上の学校への進級を控えた少女とを、かわるがわる咬んでいった。
いまではこの二人、嗜血癖もあらわに、互いの妻に迫り合う間柄だった。
いや、いや。多少お待ちしても、こういうことならね。
二人はにんまりと笑い、白い歯をみせた。
清太は、いやな予感にとらわれた。
その予感は案の定といわんばかりに的中する。
吸血鬼はいつものように穏やかな声色で、彼にオーダーをする。
さあ、きみの腕の振るいどころだ。
奥さんをまわすところを、撮ってもらうからね。
激しい吶喊の、連続だった。
菜々美は男を取り返るたびに、衣装を、髪を乱してゆく。
ブラウスをはだけられ、花柄のロングスカートをくしゃくしゃに踏みにじられ、
履き替えたばかりの肌色のパンストを引きずり降ろされ、
それらの装いにうら若い血潮を、それは景気よく撥ねかしてゆく。
ああん。だめよ。やめて――主人が視ているの。
ああ、ああ、だめっ、そんなにしちゃっ。あたし感じちゃう。羞ずかしい、侵されているのに、主人のまえで感じちゃうっ。
いったいだれを、そそろうとしているのだろう?
股間を熱くしながらも、清太の手つきは震えを帯びない。
自分のなかに、もうひとつ悪魔のような魂でも宿っているのか?
感情と意思とが裏腹な自分に戸惑いながら、彼はファインダーを覗きつづける。
一人めは、お隣のご主人だった。
奥さぁん・・・鼻にかかった声で甘えかかるのを、菜々美は思わず手で隔てようとした。
カシャ。
ブラウスの襟首を無理やり押し広げられ、ブラジャーの吊り紐を引きちぎられた。
カシャ。
はみ出たおっぱいを舐め舐め・・・
カシャ。
二人めは、写真館のお客。
まえから奥さんには、目ぇつけてたんだよ・・・
赤黒い唇が、菜々美の華奢な造りの唇に、おおいかぶさるようにして密着する。
カシャ。
強引にたくし上げられたスカートの奥に手を突っ込んで、股間に激しいまさぐりを入れる。
菜々美は表情を歪めながら、応えてゆく。
カシャ。
大またを開いて仰向けにぶっ倒れた菜々美。
破れたパンストをまとったままの脚をばたつかせ、白い脛もあらわに・・・腰を使い始める。
カシャ。
ククク・・・じゅうぶんたんのうしたか?さいごに吸血鬼が挑みかかるのを、
男ふたりは固唾を呑んで見守る。
なにしろ、自分たちの妻や娘を犯した男の所作だった。
きっと家族が汚された記憶と、二重写しにしているのだろう。
男たちの表情にも、清太はカメラを向けた。
カシャ、カシャ、カシャ・・・
こうしてはいられないな。
清太は初めて三脚から離れ、服を剥ぎ取られた妻の裸体に挑みかかった。
ははは・・・
ふふふ・・・
山を降りていく五人は、互いに談笑し合っていた。
菜々美はブラウスを剥ぎ取られ、写真館の客にせしめられていた。
お隣のご主人は、菜々美の脚から引き抜いたパンストを、満足げにぶら提げていた。
五人は三々五々、話し相手を代わっていたが。
妻の傍らを歩く男だけは、始終入れ替わっていって。
夫のまえで露骨にお尻を撫でたり、あらわになったたわわに実るおっぱいをまさぐったりしながら、
狎れ狎れしいキスを交わし合っている。
嫁の浮気って、ふつう姑さんはとめにかかるもんだども。
さすがだんなさんのお袋さん、まさかご亭主連れてきてらんこうさせてくれるなんて、思いもよらなかったなー。
周囲に人がいないのをいいことに、散々なことをあっけらかんとのたまわっていて。
そのたびに菜々美も、愉快そうにけらけらと笑っていた――
できあがった写真は、同行した男たちが分け取りをした。
二人の男は、それぞれ自分が菜々美を犯しているシーンを、携帯の待ち受け画面に設定した。
奥さんに妬かれない?という菜々美の心配は、無用のことだった。
彼らの妻は毎日のように、法事のお手伝い――にかこつけた乱交パーティーの常連になっていたから。
吸血鬼相手のセックスを日常的に提供する夫婦にとって、この街は暮らしやすい街だった。
清太と菜々美にとっても、暮らしやすい街になりつつある――
こんな画像、あったかな?
清太が首を傾げた一枚。
妻の待ち受け画面だった。
画面のなか。
清太の猿臂に巻かれた菜々美は、思い切り熱っぽく、あえいでいる。
その表情は、ほかのだれとのときよりも、切なげでイッている表情だった――
モデルとなった妻と娘
2009年08月02日(Sun) 11:14:50
1.妻の外出
じゃあ、行ってきますね。
妻はいつものように、にこやかに。
わたしに一礼して、家をあとにする。
飾りけのない濃紺のパンツルックに、シンプルなデザインの白のブラウスが眩しかった。
白髪が混じるようになってから。栗色に染めるようになったロングヘアが。
若い娘のようなゆるやかなウェーブを、肩先に踊らせていた。
心持ち腰をひねりながら歩く癖は、若いころからかわらない。
デートに浮き浮きと出かけるような足どりを。
曲がり角の向こうに消えるまで、見送っていた。
まるで青年が恋人の後姿を見送るときのような、新鮮なまなざしで。
地味なパンツルックの下、妻の裸身を装飾しているのは。
いままで目にしたこともなかったようなセクシィなブラにショーツ、それにガーターストッキング。
それらが、妻の裸身を装飾しているありさまを。
わたしは、男の視線になって、追いかけていた。
妻がモデルを務める相手のカメラマンは、娘の未来の花婿だった。
その彼が、妻のセミ・ヌード撮影を所望したとき。
わたしはなぜか、自分でもいがいなくらいあっさりと。
彼の申し出を、承知してしまっていた。
なんの心配もありませんわ。あの子のお婿さんですものね。
花のように咲(わら)う妻の横顔は、初々しい含羞を染めながら。
それでも声だけは軽やかに、わたしの鼓膜を心地よく通り過ぎてゆく。
撮影所という密室のなか。
夫ならぬ身に、下着姿をさらす妻。
危険なようで、危うくはない。
危険はないように見えて、じつは危ない。
スリリングな想像が、適度にわたしの胸を波立てていた。
2.娘の恋人
娘の恋人は、カメラマンだった。
初対面のとき。
口数少なく、おどおどとはにかみながら挨拶をしてきた。
娘の将来を委ねるのにふさわしい堅実さと、
その父親のプライドを損ねないほどの控えめさをもった青年だった。
写真を撮らせてほしい。
そういって雑踏のなか、娘を呼びとめたのがきっかけなのだと。
ちょっとはにかみながら、話してくれた。
どんな写真を、撮っているの?
水を向けたわたしに、彼はびっくりしたように蒼くなって。
その傍らで娘が彼の脇腹を、小突いていた。
わたしのヌードを、撮っているのよ。
話の中身も、娘の態度も、あまりにも意外づくしで。
こんどはわたしのほうが、息を止める番だった。
ヌード写真。娘はわざと、そういったに違いない。
ほんとうに全裸のものは、一枚もなかったのだから。
けれどもわずかにはだけた胸元に。スカートのめくれ上がった太ももに。
わたしの視線は、父親ならぬものを滲ませてしまっていたはず。
そんなわたしの真意を察してか察しないでか。
娘は面白そうに、わたしのいちぶしじゅうを、窺っていた。
状況に慣れてしまった・・・などとは。言い訳にもならない。
そのうち青年の持ってくる写真のなかの娘は、
着衣のうえから、縄をかけられ。おっぱいを露出させられ。猿轡までかまされて。
いともしどけない、禁断の姿に変わっていった。
おや。こんないけないものを、きみは撮っているのかね?
わたしの発する軽い咎めを、青年はくすぐったそうに受け流すだけだった。
3.つぐない
青年のカメラマンとしての腕前が、段違いに伸びたのは。
夏を過ぎてからのことだった。
ただでさえ刺激的な娘の緊縛写真は。
縄の食い込み方、衣装の乱れかた、モデルの表情にいたるまで。
網膜に食い入るほどに、迫真力を増していた。
魂を抜きとられるほど没頭してしまったわたしのことを、われに返らせたのは。
またしても、娘の囁きだった。
あのね。彼の写真のできのいいときって。
彼の先生が、わたしを犯しているときなの・・・と。
くすぐったそうにほほ笑む娘の顔が、魔女のような翳りをよぎらせていた。
強引に迫られた・・・ってわけではなくって。
彼の修行のためだからって、言い含められて。
初めてのときは、さすがに彼の手がぶるぶる震えちゃっていて・・・
感情を消して語る娘の、口許だけは。
なぜか得意げな笑みを絶やしていない。
そのときのことをまともに記録できたのは。
部屋の隅っこから睨んでいたビデオカメラだけだったという。
う~ん、パパには刺激が、つよすぎるかな・・・
娘はビデオを見せるとは、とうとう約束してくれなかった。
・・・さんに、あの子の不始末のつぐないをしなくちゃいけませんよね?
妻はなぜか怜悧にほほ笑んでいて。
これから・・・さんに逢ってきます。
娘の婿になるはずの男の名を、まるで情夫のことを呼ぶような声色で口にしていた。
じゃあ・・・行ってまいりますね。
漆黒のスカートをひるがえして、道のかなたにめぐらした足許は。
ついぞ目にしたことのない、濃艶な網タイツに彩られていた。
戻ってくるときには、わたしだけの女ではなくなっている。
色濃く焼きつけられた認識にもかかわらず。
わたしはなぜか、気をつけて・・・としか言葉を発しないで。
妻はわたしの反応に満足したように、いちどだけふり返って、笑みを投げてきただけだった。
ほんとうはただ、謝罪に訪問をするだけのこと。
そんな偽りのことばを、さもほんとうのことのように、自分のなかに封じ込めていた。
そのつぎの日から。
青年から手渡される写真のなかに、妻のものが混じるようになっていた。
いずれも着衣のままながら。
しどけなく着崩れしていて、情事の痕跡をあからさまによぎらせたものばかりだった。
胸のはだけたブラウス。
白く濁った粘液を点々とねばりつけられたスカート。
スカートの奥にまで、帯のように太い伝線を走らせたストッキング。
そのいずれもが、わたしの網膜を狂おしく染めた。
4.真相
で・・・きみは。
娘の純潔を、その男に譲ったのだね?
ええ。
青年は無表情に、応えている。
ずきんとした衝動に似たものを、胸の奥に抑えながら。
わたしは質問を重ねていた。
それで・・・妻の貞操も、その男が汚したのだね?
ええ。
青年はわたしの反応を愉しむように、やはり無感情を装っていた。
そのあとに、きみがお相伴にあずかったというわけか。
さっきから、「その男」と呼び捨てにしているのは、青年の師匠。
見ず知らずの間柄のはずなのに。
わたしの意思とかかわりなく、知らないところで接近していた。
妻と娘。ふたりの女性を共有する男として。
わたしは、写真を撮っただけですよ。
青年はいとも晴れやかに、そう答えたものだった。
どういうつもりなのだ?
わたしの問いかけに、青年はとうとう答えなかった。
謎のような笑みを残したまま。
その日をさいごに、彼はわたしの視界から消えた。
5.後日譚
妻も娘も、申し合わせたように笑み交わしながら。
まるで結婚式にでも出席するように、着飾って。
深夜、わたしに冷ややかな憐憫を投げて、行ってまいりますを告げてゆく。
一時間もするとかかってくる、折り返しのような無言電話。
うう・・・っ、うう・・・っ、あぁあん・・・っ
切れ切れに洩れてくる呻き声の主は、かわるがわるになっていて。
ときに二重唱に折り重なってゆくのは、愉悦を交わす相手が複数であることを告げている。
世間体を取り繕うあまり妻と娘の情事を黙認している苦しい夫を演じながら。
時折送られてくる写真に、ひそかに胸ときめかせていることを。
おなじ作風の撮影者は、おどろおどろしい画像のかなたから見つめているに違いない。
見覚えのあるブラウスを、引き裂かれて。
このあいだのお見合いに着けていったスカートを、くしゃくしゃにめくりあげられて。
結婚記念日に買ったスーツを、精液まみれにさせて。
色とりどりのストッキングに裂け目を走らせながら、凌辱に応えてゆくモデルたち。
彼女たちをじかに目にしたのは、もうじき年が暮れるというころのことだった。
古びたブラウン管の、向こう側。
熱した呻き声をもらしているのは、スーツ姿の娘。
破れたストッキングを脚にまといながら。
着衣のまま四つん這いになって後ろから突かれているスタイルは、いつか写真で目にしたはず。
第二幕、さらにいちだんと深いおらびを洩らしているのは、漆黒のスーツを装った妻。
毒々しい網タイツは、娘婿になるはずだった男につぐなうときに身に着けたものだった。
娘が処女を喪失してゆくシーンと。
妻が貞操をむしり取られてゆくシーンとが。
交互にくり返し流される密室のなか。
花柄のワンピースを装った妻は、ガーターストッキングの毒々しい光沢に足許を染めながら。
青年の師匠だった男に、征服されているさいちゅうだった。
そして、わたしの下には。
一糸まとわぬ娘がいた。
夜が明けたら、ぜんぶ忘れてちょうだいね。
でもひとつだけ、憶えていて。
ママとわたしが、あのひとの奴隷になるってことを。
娘のほほ笑みは、いつもと変わらないくらい無邪気だった。
写真館・緑華堂の過去
2009年06月14日(Sun) 15:40:16
ひっそりと静まり返った、古びた洋館。
なかば生垣に埋もれ、なかば錆びついた看板には、
「写真館 緑華堂」
なんの説明も、うたい文句もなく。
ただ、館の名前だけが、記されている。
その門をくぐる女たちはみな、
縛られて、撮られて、犯される。
そうと知りながら、それでも客は後を絶たないらしい。
表向き、まったく人通りが絶えたかのような門構えをしているのに。
玄関のインターホンが、虚ろな響きをたてると。
やや間をおいて現れるのは、洋館の主。
年齢は、不詳。
だれと暮らしているのか。はたして家族はいるのか。
なにもかもが、不詳。
けれども彼の目に射すくめられた女たちは、痺れたように意思を喪って。
やがて、蕩けたように、理性までも忘れ果ててしまう。
同伴した夫さえもが、己を取り戻すことができなくなって。
撮りおろされたばかりの写真を手に、ぼう然と立ち尽くして。
役得に・・・と、わが妻が凌辱されてゆくのを、みすみす横目にやり過ごしてしまうのだった。
けれども、知るものはいないだろう。
かの魔性の腕前が、ほんとうに磨かれたのは。
己の妻をモデルにしたときだったなどと。
そう―――。
師匠に犯される妻のことを。
手の震え、心の震えを忘れるまで。
男は無心になって撮りつづけていたのだった。
まるで、憑かれたようにして。
彼女を撮られる
2009年05月18日(Mon) 07:31:28
女性タレントのブロマイドのように。
ユウジは一枚一枚、大きく焼いた写真を見せてくれた。
どれもこれもが、クラスメイトの女子ばかり。
それも・・・ほとんど服を身に着けていない、露出度の高いものだった。
この写真を撮ったあと。絶対、姦ってる。
露骨にそうわかるものさえあった。
香織、ゆきみ、エリカ・・・
一枚一枚、いつもの彼女たちとは別人のような刺激的なポーズたちをめくっていいくと。
さいごの一枚に、どきりとした。
大きく写し出されたモデルは、俺の彼女のみどりだったから。
みどりはほとんど、全裸。
足許には脱ぎ捨てられた制服が散らばっていて。
太ももまでの黒のストッキングだけが、ぴっちりと引きあげられていた。
いつも上品に映る薄手のナイロンが、ひどく刺激的な彩りを添えている。
みどりはいつもの健康的な笑いにえくぼを滲ませて。
あらわになったあそこを、両手で隠していたけれど。
やつのひと言が、むざんな追い打ちをかけてきた。
撮った後。すみからすみまで、味わった。おいしかった。
―――。
刻が止まった一瞬だった。
おい、おい。泣くなよ。
焦ったのは、やつのほうだった。
こいつはたんに、女が好きなだけ。
おろおろしている態度からも、それは伝わってくる。
けれども、それとこれとは、違うだろう。
フォローのつもりだったらしいやつの言葉も、大した救いにはならなかった。
ついでにプロポーズしたんだけど・・・断られちまった。
本気だったのにな。お前たち、本当に仲がいいんだな。
一発だけ、殴らせろ。
俺の言い分に、やつは神妙に目をつぶった。
ユウジったら、頬ぺた腫らして。どうしたんだろうね。
また、だれかの彼女の写真、無断で撮っちゃったのかな?
いつものようにさわやかに笑うみどりは、なにも知らないようだった。
ふたりきりで歩く、下校の途中。
いつもの黒ストッキングが、いつも以上になまめかしく、脛を透きとおらせているようだった。
なーによ。人のことじろじろ見ちゃって♪
みどりはどこまでも、無邪気だった。
やつの頬についた痣で、なにもかもを察しているくせに。
こんどはどんなポーズで撮るんだ?
うーん、大股開かせてみようか?
あそこの毛の写ったやつは、没収だぞ。
わかってるって。
いつもの仲良しに戻った俺たちの傍らで。
素っ裸になったみどりは、バスタオル一枚で震えていた。
ストッキングも、いろんな種類があるんだぜ。
ハイソックスのときは、スカートの色と合わせなくちゃな。
やつは女の服のことまで詳しい。
撮った女子からもらった服で、ひそかに女装を愉しんでいることも。
俺はこっそりと、教えてもらっていた。
なにもかもを、打ち明けあった男。
俺は彼女に聞こえるくらいの声で、囁いていた。
処女を奪うとこ、再現しようよ。俺が撮ってやるから。
つま先まで真っ赤になって恥じらうみどりが、いつも以上にかわいかった。
血まで再現しなくっても、よかったのに・・・
やつがすみからすみまで味わったのは、ファインダーを通しただけだったのだと。
シーツのシミを見るまで、知らなかった。
あと戻り、できないよー。
みどりは無邪気に、笑っていた。
結婚して何年にもなるのに。
写真館を開業したやつのところに、みどりは時々写真を撮ってもらいに行っている。
わくわくしながらおこぼれを見せてもらうのは、つぎの週末になるだろうか。
ポートレイト ~妻三態~
2008年03月10日(Mon) 07:44:18
眩しいはずの、朝の陽の光も。
この邸の、ツタの絡まる窓辺からうかがうと。
まるでフィルタでもかけたように、くすんで写る。
ここは、古くからの親友が個人でやっているフォト・アトリエ。
目のまえに広げられている大判の写真は、
結婚記念日に頼んだ、妻のポートレイト。
おりしも単身赴任が決まった直後で、妻はわたしに贈るために、写真を撮ると言い出したのだ。
ほんとうは、いっしょに撮るつもりだったのだが。
急な夜勤が入ってしまい、写真館のまえまで送っていって。
別れぎわ、紫のスーツにめかしこんだ妻は、なぜかイタズラっぽい笑みを滲ませて。
いってらっしゃい。
いつもとおなじ挨拶を、口にしたのだった。
白一色の壁面のまえ。
きちんと腰かけたアームチェアに。
小柄な身体つきはぴったりとお行儀よく、収まっている。
着やせするタイプなのよ・・・と、妻はいう。
衣裳をはぐりあげた裸身が、どれほど艶っぽい肉を豊かに熟れさせているか。
それは、夫婦だけの秘密。
紫のタイトスカートからのぞく、ふくらはぎは。
肌色のストッキングに包まれて、むっちりと輝いていた。
ファインダー越しに、悪友の抜け目ない観察眼は。
どこまで妻の色香を見透したものだろう?
ぜんぶで三枚、撮影したよ。
えっ、一枚でよかったのに。
あとの二枚は、サービス。おまけ。
限られた人間だけにしか見せることのない、気さくさと濃やかさの込められた穏やかな声色で。
彼はもう一枚を、私に差し出した。
奥さん、黒も似合うねぇ。
いつ撮ったものだろう?
アップにした髪型は、紫のスーツとおなじだったが。
写真のなか、妻がまとっているのは黒の礼服。
きっと、べつの機会に、撮ったものだろう。
妻が此処に来るのは、昨日が初めてというわけではないのだから。
礼服姿の妻は。
シックな落ち着きが、ぜんたいにいきわたっていて。
いつも以上に、大人の艶を感じさせる。
喪服というのはね。なかなかエロチックな衣裳なんだよ。
親友の言葉に、すなおに頷いているわたし。
たしかに・・・色香というものが。画面のすみずみにまで、いきわたっている。
これもきのう、撮ったやつだぜ?
わたしの心のなかを、見透かすように。
彼はわたしの目を覗き込んでくる。
えっ?
では・・・ここで着替えたのか?
そういえば妻は、あのとき大きなバックを提げていた。
服を替えた妻は、一枚目よりも色っぽい雰囲気をたたえている。
どす黒い疑念がわくわくと、胸の奥底をくすぐりはじめた。
いい写真だろう?被写体がいいからな。
いやぁ。カメラマンの腕・・・だろう?
いつになく機嫌をとるような口ぶりになったのは、なぜだろう?
まぁ・・・ね。
ヤツはおもむろに、腕組みをほどいて。
三枚目。見るかい?
水を向けてきた。
これがとっておきなんだ、といわんばかりに。
差し出された三枚目に、わたしはアッと声を呑んでいた。
おなじ白一色の背景に。
純白のシーツ。
アンティークな調度。
手の届きそうな場所にある電話の子機までが、このスタジオそのものだったけれど。
シーツのうえ、横たえられた妻は。
一糸まとわぬ全裸に剥かれ、縄をぐるぐる巻きにされて。
不自然なまでに折れ曲がった片脚には、荒縄を痕が残るほどに食い込まされている。
ふかふかのベッドのうえ、まるでエモノのように転がされた妻は。
なにを想っているのか、心もちおとがいを仰のけて。
向こうに顔を、そむけていた。
首筋に流れる染めた髪は。
きれいにほどかれて、枕元に流れていた。
子機をとって、助けを呼ぼうにも。
かたく縛められた手足は、いうことをきかなかったことだろう。
なんてことを・・・
あたりまえの夫として。
絶句するのは、とうぜんとしても。
股間を締めつける昂ぶりは、じくじくとしたほとびさえ滲ませて。
曲がりくねった裸体に、熱っぽい視線を食い入らせてしまっている。
すべてを見透かしたように。
悪友は落ち着いたまなざしのまま。
私のコレクションは、知っているよね?
穏やかな声のまま、語りかけてくる。
近所の人妻。
親戚の娘。
取引先の、オフィスレディ。
それに、知人の妻。
だれといわず、見境なく。
撮らせてくれ。
そのひと言に乗った女たちは。
いつか、蜘蛛の糸に巻かれるように。
容赦ないファインダーのまえ、自ら裸体を曝し、堕ちてゆく。
そのときの写真を、まるで戦利品か記念碑のように。
写真館の奥まった一室、許されたものにしか立ち入ることのできないスペースに。
ずらりと壮観なまでに、飾られている。
わたしの妻も、コレクションの一部にされてしまったのか・・・
あきらめとも、むなしさともつかない哀しみが、ほんの一瞬よぎったけれど。
男は泰然として。
奥さんの肉体は、わたしのファインダーにかなったのだよ。
いい気なヤツめ。
舌打ちするわたしは、いつもの悪友同士の語らいに戻ってしまっている。
よく御覧。
指先に示されたのは、黒の礼服の足許。
ちょっと見ただけでは、わからないかもしれんがね。
肌の透けた薄手の黒ストッキングごし。
ななめに走る縄目が、ありありと浮かび上がっている。
すこしまえ、お帰りになったばかりだよ。
ひと晩、過ごしたというのだね?
ああ・・・あちらのほうも。美味だった。うらやましいね。
撮られ、脱がされ、征服されて。
それだのに、これほどに昂ぶるのはなぜ?
清楚な礼装が、淫靡な娼婦の装いと、ありありと重なり合ってくる。
だから・・・夜勤明けに来いといったのさ。
奥さん、かわいがってやれよな。
夜が遠のいていたことを、暗にさとされていた。
行ってまいります。
背後から、おずおずと声かけてくる妻に。
写真を撮ってもらうの?
わたしがあらわに問いかけると。
妻は、小娘みたいに頬を紅く染めている。
浮気に出かけるときはね。そんなことだとご主人にばれてしまうよ。
まるで迎え取る愛人のような言葉が。
こうもすらすらと出てくる自分をいぶかしみながら。
妻の両肩にかけた掌に、若やいだ体温が伝わってくる。
あとがき
とある緊縛写真を見て、イメージしたお話です。
あっぷ。あっぷ。あっぷ。・・・。
2007年12月26日(Wed) 07:11:30
あっ、これは・・・
女房の目を盗んで開く、エッチな画面。
とあるサイトの片隅の。
「着衣のエロス 秘められた人妻の柔肌!」
とかいう、陳腐なタイトルのページ。
タイトルはともかくとして。
ダークグリーンのスーツに身を固めて、小首を思わせぶりにちょいと傾げた女の画像。
よく輝く大きな瞳。彫りの深く、それでいて奥ゆかしさをよぎらせた目鼻だち。
頭の後ろにきりりとひっ詰めて、ポニーテールを背中に垂らした黒い髪。
それになによりも、新調したばかりの深緑のスーツ。
どれひとつとっても、女房じしんではないか。
いったいどうしてこんな・・・っ。
自分の妻がエロサイトの画像のひとつになっていたら。
どんな亭主だって、動転するだろう。
けれどもじっさい、よく撮れている。
楚々とした風情は、いつも見慣れた妻ばなれしているし、
きもちほつれた黒髪は、きっとわざとの演出だろう。
ふだん滲ませるよどんだ疲れの色さえもが、どこか悩ましげなフェロモンを漂わせていた。
写真はどれも、着衣姿。
どれも、これも、一枚の例外もなく、しわひとつ見せない着衣姿。
いったいこんな写真のどこに欲情するというのだろう?
そう思い込んでいるあなた。まだまだ、シロウトですね・・・
撮ったやつのそんな呟きさえ、聞えてくるようで。
なんの変哲もない画像の数々に、オレは却って視線を浮わつかせて。
狂おしい妄想を、ぐるぐるめまぐるしく、かけめぐらしはじめている。
オレは画像の一枚一枚を、隠しフォルダに保存してからサイトを閉じた。
右クリックで落としてゆく手がかすかに震えたのを、笑えるものはいないはず。
翌日のこと。
オレは女房が寝入るのを待ち構えて、あのサイトを開いていた。
「着衣のエロス 秘められた人妻の柔肌!」
陳腐なタイトルは、そのままで。
けれども早くもパート2が、できあがっている。
画像なかの女房は、ゆったりと思わせぶりに笑んでいて。
熟女のゆとりを、婉然とただよわせていた。
その笑みの下、ほっそりとした指たちがまさぐるのは、ブラウスの襟首。
あっ。
胸をはだけている。それも、自分から・・・
画像は別の機会に撮られたらしい。
純白のブラウスは、きのうといっしょだったけれど。
ジャケットはなく、腰に着けた紺のスカートは、すそをしどけなく乱していて。
フローリングにぺたりとしりもちをついたまま、
脛を一対、見るものの面前にさらけ出している。
ふだんは脚に通すのを見たこともない薄い黒のストッキングが。
見慣れたむっちり脚を、じわりと淫らな色に染めあげている。
オレはまたしても、画像の一枚一枚を落としてゆく。
震える手に、昂ぶりを込めながら。
そのまたつぎの晩。
女房は頭が痛いといって、久しぶりの夜の誘いを振り切って、寝てしまった。
オレは昂ぶるものを抑えかね、独りパソコンのまえに向かっている。
ひらいたページは、一新されていて。
淡いブルーのブライトな背景が一転して、毒々しい濃い紫に変えられている。
目指すところは、そのページのほんの片隅。ごく目だたない小さな画像のバナー。
小首を傾げたポーズに、はっとして。
あわててクリックしたのは、ついおとといの晩のこと。
けれどもそのページは、どこにも見つからない。
「着衣のエロス 秘められた人妻の柔肌!」
どこだ?どこだ?どこだ・・・?
ページのあちこちをクリックして。それらすべてが徒労となって。
ふととあるページを開いてみると。
ムードたっぷりな字体が、すべてを物語っていた。
「人妻 開花」
ああ・・・
まぶたを羞ずかしげに、キュッと閉じて。
そむけた横顔に、さりげない愉悦を滲ませて。
スリップ一枚の女房は。
見たこともないガーター・ストッキングの脚を、おおまたにひらいていて。
薄墨色になまめかしく染めあげられた脛と。
あらわに輝く太ももと。
鮮やかなコントラストを横切るガーターの、ツヤを帯びたてかりと。
包み込んだ貞操を、あらわな輪郭にかたどるタイトなパンティは。
ぎらぎらとした紫色を、誇示するように輝いていた。
つぎの夜も。またつぎの夜も。
日替わりになってゆく女房を。
日を追うごとに大胆に肢体をさらけ出す女房を。
オレは狂おしく、追いかけていた。
アップしているヤツは、いったいどんなやつなんだろう?
まるでオレが見ていることを知っているかのように。
見ているオレを、あざけるかのように。
これ見よがしに、女房の挑発画像を新調してゆく。
決定的な数葉が載ったのは。
週末の夜のことだった。
「人妻 堕ちる」
そんなバナーを、震える手でクリックすると。
そこは見慣れた、リビング・ルーム。
ペルシャ風のじゅうたんに、こげ茶のソファー。
木目もようのテーブルの上には、アンチークなランプ。
まさに、この部屋ではないか・・・
オレは慄として、あたりを見回した。
間違えようもない。
テーブルの木目さえ、ぴったりと一致している。
その木目もようのうえ、女房はだれかに組み敷かれていて、
黒一色のフォーマルウェアから、おっぱいをまる見えにされている。
悩ましい面差し。キュッと閉じられたまぶた。
かすかな震えさえ伝わってくるような、ナーバスな長いまつ毛。
静脈の透けるほど白い肌は、漆黒の衣装に映えて、エロチックなコントラスト。
ああ、そう。二枚目があった・・・
二枚目こそ。見ものだった。
揉みくちゃにされたブラウスと。
腰までたくし上げられたスカートと。
ガーターに区切られた上と下。
なまめかしい気品漂わせる薄手のナイロンと。
眩しいほどに目を吸いつける白い臀部と。
黒のレエスのパンティから、かすかにはみ出た体毛と。
ああ・・・もうこのへんで、やめておこう。
けれども、クリックする指は、もうさいごの一枚を求めていた。
ああ。
決定的だった。
ここは我が家の、台所。
裸体をじかにおおっているエプロンは、妻好みのストライプもよう。
エプロン一枚に、黒のガーター・ストッキング一枚。
身に着けているのは、ただそれだけで。
あくまで貴婦人らしさを主張するナイロン・ストッキングの下肢は、それでも本能のおもむくまま、。
裸エプロンの奔放さそのままに、放恣に開かれていて。
はっきりと沈み込んだ男の腰は、きっと女房の奥の奥までまさぐり抜いてしまっているはず。
ある一定の深度と角度とが、あらぬ想像をたしかなものにした。
びゅうびゅうと・・・注がれてしまっているのだろうか。
女房のやつ、あんなにキモチよさそうに、口許ゆるませちまって・・・
気がつくと、オレの手はズボンのなかをさぐっていた。
御覧になったわね?
部屋のすみから投げかけられる声に。
ぎくりとして、振り向くと。
ブラックフォーマルに、黒のストッキング姿の妻は、薄っすらとほほ笑みながら、歩みをこちらへ進めてくる。
しずしずと、楚々とした透明感をたたえた脛を進ませてきて。
娼婦に、堕ちてしまいました。
深々と、頭をたれる。
いつもきりりと結い上げている黒髪は、すこしすさんだほつれを見せていて。
つややかな輝きが、かえってふしだらなものを増幅させているようだった。
思わず飛びかかって、剥ぎ取る衣装の下。
画像そのままのレエスのスリップと、ガーター・ストッキングに。
理屈ぬきで、欲情している。
びゅうびゅうとほとばしらせたのは、ほんとうに久しぶりのことだったけれども。
この女はどれほど頻繁に、おなじ色をした液体をそそがれつづけているのだろう?
つづきが、見たいね・・・
囁くオレに。
うん。見てね♪
女房は初めて安堵したように、こんどこそ淫靡な娼婦となって挑みかかってきた。
あのひととは、別れない。こっそり盗んでさらすのが、好きなんだって。
そんな勝手な言い草に、憤慨よりも劣情のほうがまさった夜。
顔だけは、隠せよな。アブナイだろ・・・
だから、愉しいのよ。
女房のほつれ髪を震わせてへらへらと笑う女房が、むしょうにいとおしくって。
あいつとどっちが、いいんだ?
いっそうの力をこめて、抱いている・・・
あとがき
やっぱ顔出しだけは、やばいと思いますけど・・・。(^^;)
奥さんの写真、撮らせてもらえますか?
2007年12月26日(Wed) 06:25:27
奥さんの写真、撮らせてもらえますか?
写真館の主、緑華堂にそう囁かれたら。
すべてがおしまい。。。
一日妻を行かせると。
見返りに撮った写真をまるごとくれるのだが。
あ~、やっぱり姦られちまった。
どこのご主人も、洩らすため息はおなじ。
どうです?結婚十周年のお祝いに。
わざわざ女房のまえで、そんな囁きすることはないだろう?
その瞬間オレはぎくりとして。
しわくちゃな老人顔をした緑華堂のことを、思わずにらみつけてしまったが、
時すでに遅し。
女房はウキウキと乗り気になって。
スーツ新調したのよ。ばっちり撮ってもらわなくっちゃ。
あなた。いいわよね?
奥さん仲間のあいだで、噂になっていないはずがない。
あそこの写真館は人妻を迎え入れると、スタジオは淫ら部屋に早変わりするのだと。
おい。おい・・・
それとなくたしなめようとするオレを尻目に。
女房殿はウキウキとして、真新しいサテンのスーツの袖を通してゆく。
足許を彩るのは、ついぞ見かけないぎらぎら光る黒のストッキング。
お前、そんなやつ持っていたっけ?
口にするいとまもないほどに。
女房は得意そうに、言ったものだ。
気合い、入れなきゃ♪綺麗に撮ってもらいたいし。
ほ~ら、見て♪
無邪気にブラウスはだけて見せつけられたのは、
ぴかぴか光る黒のスリップ。
じわりと浮いたシルクの光沢が、むっちりとしたおっぱいを、妖しい輝きで包んでいた。
ほら、ほら。ほ~ら♪
三時間後、戻ってきた女房は。
まるでオレを挑発するように。
一枚、一枚、写真を見せびらかしてくる。
無関心を、装いながら。
けれどもそんなポーズはすぐに見抜かれていて。
いつか、女房と額をあわせるほどにして。
トランプのカードみたいにもったいぶってめくられてゆく一葉一葉に、見入ってゆく。
さいしょはただの、着衣姿。
思わせぶりなポーズは、自分からとったのだという。
どお?決まってる?
女房の得意そうな呟きが、いつになく腹立たしい。
そのうちいつか、セミ・ヌードにかわっていって。
ブラウスの襟首が、ちょっとはだけたり。
スカートを気持ち、たくしあげたり。
鼻から上がわざとカットされている立ち姿は。
ぎらぎらとしたストッキングの光沢を、娼婦のように滲ませていて。
笑んだ口許も得意げに。
スリルたっぷりの遊戯を愉しんでいる。
ねー、ここからが本番よ。
ホンバン・・・どういう意味で使っているんだよ?
咎める視線を、心地よげに受け流しつつ。
トランプのカードはまた一枚、めくられてゆく。
ブラウスの釦を、ぜんぶはずして。
ストッキングを、ひざまでおろして。
いやいや、片脚は完全に、脱いじゃって。
片方の脚だけ、ハイソックス丈ほどに、淫らに濡れるように足許を彩っていて。
たるんだナイロンが、はだけられたブラウスが。すそのめくれあがったスカートが。
ふしだらな雰囲気をよけい、ひきたてている。
あげくの果ては・・・
おおまた開き。
縛り。
ろうそく責め。
さいごはもう、お定まり。
髪振り乱しての、ベッド・イン。
さいごの一枚。
男の裸体が、おおいかぶさっていた。
しわくちゃな老人顔のふだんとは似ても似つかない、若い身体。
これは、だれ・・・?
恐る恐る、たずねると。
写真師さんよ、と、とうぜんのような答えがかえってくる。
ほっほ。奥様、いいノリでしたぞ。
目のまえの写真師は、どう見ても好々爺にしか映らない。
こんな爺さんが、赤ら顔をして迫ってくるのを。
女どもはどうして、避けようとしないのだろう?
手ずから淹れたコーヒーカップを三つ。
カチャカチャ響く器の音が、妙なリフレインを呼んでいる。
傍らの女房とふたり、顔見合わせて、カップを手にとって。
女房はオレの、オレは女房の。うなじのあたりにどす黒い痕を盗み見ている。
そこから理性とともに吸い出されていった血液は。
ひと刻、目のまえの写真師の臓腑を暖めたはず。
ごりやくはね。三日ともたんのですよ。
緑華堂は、なんとも申し訳なさげにつぶやいた。
せっかくあんなにもてなしてくれたのにねえ・・・
悲しげにうつむく風情に、引き込まれるように。
あなた、いいわよ・・・ね?
女房は有無を言わせぬ態度で、オレに同意を求めると。
さ・・・どうぞ。
って。
黒のストッキングの脚を、スーツのすそからさらけ出してゆく。
あ~あ・・・オレのまえでまで、そうするの?
口にしかけた抗議は、声にならない。
女房の足許にかがみ込んだ老写真師の唇が、ヒルみたいにぬめるのを。
オレは息を詰めて、見守るばかり。
つけられたうなじの痕を、じんじんと疼かせながら・・・
女房のやつ、余裕しゃくしゃくに。
ふんぱつして、あちらのブランドもの買ったんですよ。
破くまえに、たっぷり愉しんでくださいね。
ころころと笑いこける声だけは、少女のように無邪気だった。
命じられるままに
2007年11月20日(Tue) 08:01:00
奥様のちょっと恥ずかしい写真を撮影いたします。 写真館 緑華堂
生垣に隠れるようにして、ひっそりと佇んでいる看板を。
だれがどこで盗み見ているものか。
あるご夫婦は、夜更けに目だたないようにして。
またあるご夫婦は、いかにも家族写真を撮るようなふりをして、着飾って。
写真館のドアを、ノックする。
いらっしゃい。
痩せぎすなあるじはぶっきら棒で、さえない顔色をしていて。
頭の白髪だけが、異様につやつやと輝いていて。
あの・・・表の看板見たんですが。
家内とふたり、決まり悪げに切り出すのに、
ごく事務的に、応対した。
ウン。ウン。結婚十周年ね。お子さんはまだいない。
処女と童貞で知り合った。なるほどね。
構図は・・・?着衣のまま。スカートたくし上げるくらいはOKね?
胸は?そう。あそこの毛までは写らないようにするんですね?
そつのない応対に、さいしょはほんとに決まり悪かったのに。
家内までもが、セミ・ヌードまではよろしいですよって、大胆なことを口走りはじめている。
撮影は、その場で始まった。
さいしょはふつうの、ポートレイト。
デラックスな撮影室にしつらえられた、ルイ王朝風の豪華ないす。
家内はいすに座らせられたり、脚を組まされたり。
いすの端に立ってポーズをとったり。
キュッとひねった腰つき。
意味ありげに胸の上に重ねられた両手首。
ツンとそむけた首筋。
命じられたポーズは、いつになく色っぽくて。
家内もだんだん、その気になってゆく。
タイトスカートから覗く太ももをよぎるストッキングの光沢が、夫のわたしにまで眩しかった。
さあ、脚を開いて。
撮影師の命じるまま、家内は素直に脚を開いた。
コンパスみたいにまっすぐに伸ばして、大胆に広げられた両脚は。
肌色のストッキングをてかてかと光らせていて。
ポーズを変えるたび、ヘビのようにくねる脚をよぎる光沢が。
わたしと撮影師の目の前を、毒々しくよぎるのだった。
さあ、ご主人も入ってください。
命じられるままに。
わたしは家内の後ろに立って。
後ろから家内のスカートを、まくりあげた。
きゃっ!
さすがに飛び上がったところを。
パシャッ。
眩いフラッシュが容赦なく、あられもないシーンを印画紙に灼きつけた。
いい調子。もういちど。
ひざまであった花柄のスカートは、ひらひらと薄く、
わたしは容赦なく、腰まであらわにしていった。
パシャッ。
いい感じですね。
奥さんもノッちゃって、かまいませんよ。
無表情な声に、家内は素直に反応していって。
スカートを抑える手。
扇情的に突き出した腰つき。
なにもかもが、初めてとは思えないほど堂にいってきた。
やられた・・・ね。
家内とわたしは、苦笑いを交し合って。
できたばかりの写真を一枚一枚手に取っている。
まだほんの一部しか焼きあがっていませんから。
あとは後日、お届けにあがりますよ。
撮影師はどこまでも、無表情。
クールなまでのそっけなさが、かえってわたしたちを煽り、夢中にさせていた。
見て、見て。
勤めから戻ったわたしに、家内はいつになくはしゃいでいる。
写真館から戻るとすぐに。
めまぐるしい撮影現場で弾ませた息が、まだ落ち着きを取り戻していなくって。
わたしは思わず家内を、着飾ったスーツのままベッドに押し倒していた。
あの日以来。
家内はひどく、若やいでいる。
しばらくご無沙汰だった夫婦の夜も、このところ毎晩狂おしくつづいていた。
家内の手にしているのは、あの日の写真。
花柄のスカートから覗いた太ももが。
広げられた襟首からかいま見える、ブラジャーに包まれた豊かな胸が。
きちんとセットした髪をほどいたとき。
娼婦のようにふしだらに流れた黒髪が、ひどくなまめかしかったのまでも。
カメラは克明に、とらえていた。
妻のあらゆる部位を、見通すように。
うん、うん・・・
一枚一枚に、納得がいった。
家内がいつの間にか、傍らからいなくなったのにも、気がつかなかった。
ふと、手を止めた。
見覚えのない構図のものが、一枚。
家内の後ろにまわって、スカートをたくし上げたときと、まったくおなじ構図。
けれどもこの写真では。
家内は自分から、スカートをたくし上げている。
肌色のストッキングの光沢が、いっそう淫靡に脚を撫でているように見えた。
ご満足が、いったかい?
会社の同僚の沼瀬に、後ろからぽんと肩を叩かれたときも。
わたしは覚えのないあの一枚のことで頭がいっぱいになっていた。
写真館を教えてくれたのは、沼瀬だった。
ボクも女房を、時々連れていくんだよ。
あいつ、あそこに連れて行くとはしゃいじゃって、いつもとノリが違うんだ。
知っているかい?別室があるの。
若いカップルなんか、撮られているうちに昂奮しちゃって。
本気で抱き合わないと、気がすまなくなっちゃうんだって。
ボクも恥ずかしながら・・・
三回めのときだったかな。
使わせてもらったんだよ。
きみもこんど、訊いてみるといい。
その日の家内のいでたちは。
白のジャケット。白のブラウス、白のスカート。
白ずくめの衣装の足許だけは、黒のストッキング。
合わないだろ・・・と戸惑うわたしに。
そお?
家内は足首をくねらせて、脚を見せびらかすようにした。
ストッキングごし蒼白く透けたふくらはぎが、ひどくなまめかしくって。
ぴちぴちとはずんだ、はち切れそうな生気のふくらはぎを包むストッキングは、すぐに破けてしまいそうなくらいに薄かった。
上品なのに、危うい光景。
それを、あの容赦ないファインダーの前に立たせるのだ。
わたしはなぜか、ぞくり・・・とした昂ぶりを覚えていた。
撮影師はどこまでも冷静で、そつがなく。
よく響く声でよどみなく、クールに的確な指示をつづけていた。
家内はリズミカルに手足をうごかして。
彼の命じるままに、ポーズを変えてゆく。
パシャパシャと眩いフラッシュを焚かれることにも、慣れたらしく。
むしろ小気味よげに、フラッシュを浴びつづけていた。
奥様は、いすに脚を乗せて。そう、ハイヒールを穿いたまま。
ご主人は、奥様の向こう側にまわって。ひざを突いて。
わたしたちは命じられるままに、体位を入れ替えて。
家内の足の甲に、自分の手を置いていた。
ぱしゃ。
フラッシュが横顔を、眩しく染める。
ではご主人。奥様のストッキングを破ってください。
え・・・?
そつなく続けられる命令口調は、なんの違和感も感じさせずに。
あらぬことを、命じていた。
さすがにためらった手を、射るように。
奥様のストッキングを、破ってください。やり方は、任せます。
ふたり、顔を見合わせると。
家内は意外にも、目で合図して促してくる。
よぅし・・・
肌にぴったりと密着した薄いナイロンを破るのに、意外に手間取っていると。
家内はわたしの手をスカートのすそまで導いて、
ひざの周りのわずかなたるみを手がかりに、指先でつまませて。
ぴりり・・・
見事なまでに、あざやかに・・・
薄墨色をしたナイロン生地のうえ、裂け目が白い素肌を露出させた。
パシャ。
冷静なフラッシュが容赦なく、ふたりを照らした。
数分後、撮影の終了を告げる彼に、わたしはおずおずと、別室を貸してくれるよう依頼をしていた。
はぁ・・・はぁ・・・
家内はまだ息荒く、ほどいた黒髪をむき出しの肩に波打たせている。
飛び散った劣情の残滓をいとおしむように口に含むと、
わたしのほうを振り返り、くすりと笑った。
口許に精液を散らしたまま、白い歯を見せてわらう家内。
なぜか、べつの女を見るような気分になった。
裂けたストッキングは、汗で太ももにへばりついていて。
家内はけだるそうに髪をゆすりながら、ストッキングをむぞうさにずり降ろしてゆく。
わたしは家内の手に自分の掌を重ねて、脱ぐのをやめさせると。
パチパチッ・・・ブチチッ・・・
思うさま自分の手で、引き裂いていた。
稲妻のように吹きつけた黒い衝動が、わたしにわれを忘れさせていた。
ふふふ・・・
家内はどこまでも白い顔をして。
白い歯を隠さずに、わたしに笑いかけて。
娼婦のように、しなだれかかってきた。
写真が届いたのは、木曜日の晩だった。
わざわざ、届けてくれたんですよ。
お行儀よく、和室の中できちんと正座している家内は、
いつもの地味なくすんだブラウスに、えび茶のスカート姿。
二枚・・・三枚・・・
いつもながら鮮烈なショットは、
夫の気づかないところまで秘めた魅力をあらわにさらけ出している。
いつも、こうやって。
写真を見て、悦に入って。
それからベッド・インするのが、このごろわたし達夫婦の習慣になっていた。
いよいよだった。
わたしが家内のストッキングを引き裂くシーン。
ごくりと生唾を、呑んでいた。
まるで強姦しているように、家内に迫っているのは。
ほんとうに、わたしなのだろうか?
それにしても
さいごの数葉に、わたしの手が止まっていた。
見覚えのない構図。
それは後ろから家内の胸を揉み、ブラウスをくしゃくしゃにして、
白のプリーツスカートを、淫らな粘液で彩っていた。
決まっているじゃないか・・・
瀬沼はむしろ淡々として。
思いつめたわたしに囁きかけてきた。
奥さんだって・・・女なんだから。
撮影は、ふたりきりで愉しむようになるんだよ。
ボクの女房だって。
きょうはひとりで写真館に出かけていったから。
いまごろきっと。
フラッシュの下で食われちまっているんだろうな。
タイマーのかかったフラッシュの下。
表情を喪った家内が、両肩をむき出しにして。
たくし上げられたスカートの奥を蹂躙されながら、
まゆひとつ、動かさずに。
操を汚してゆく・・・
ぞくり・・・
こんな昂ぶりに慣れてしまったのは・・・いったいいつの日のことからだろう?
行ってまいります。
ああ、行って来なさい。
家内はきょうも、ひとり写真館へ出かけてゆく。
妻をモデルに ~重なり合うオブジェ~
2007年07月02日(Mon) 05:17:30
あお向けになったわたしの上で。
悶えているのは、妻。
黒のレエスのスリップのすそから覗く太ももを、
ストッキングを吊ったガーターが、鮮やかに横切っている。
区切られたようにむき出しになった白い肌は、ピンク色に染まっていて、
淫らに染まった血潮をめぐらせたひざ小僧が、
薄墨色のナイロンごしに、ジューシィに浮かびあがっている。
久しぶりの夫婦のセックスに昂ぶったのか、
妻は別人のように激しく乱れ、瞼をキュッと閉じたままこちらを見ようとはしない。
下着の肩紐がずり落ちるのも、かまわずに。
ウェーブのかかった黒髪を、娼婦のようにユサユサと揺らしながら。
妻はあられもなく、身をのけぞらせる。
カシャッ。
眩い光。耳ざわりにあからさまな音。
傍らでカメラをかまえる男は、あくまでも無表情だった。
緑華堂。
秘されたスタジオに夫婦で足を運ぶようになってから・・・どれほどの刻が過ぎたのだろうか。
すぐに見れますよ。
まだ息を弾ませている妻のほうは、かえり見もせずに。
男は抑揚のない声のまま、処理をつづけた。
さて、次は・・・
男はわたしのほうに向き直ると。
どこから取り出したのだろう。
やおらロープを握り締めて、おおいかぶさるようにして、迫ってきた。
ぎゅぎゅ・・・っ。
背広の上から食い込んでくる荒縄を。
恥ずかしいほど・・・心地よくかんじるようになっていた。
失礼。
男はあくまでも無表情に。
さっき夫婦で乱れたばかりのベッドのうえ、
半裸の妻を、引き立てるようにして。
さっきと同じポーズを、強制している。
あお向けになった男のうえ。
妻はためらいながら、脚を開いてゆく。
チラチラとわたしのほうを盗み見る目が、挑発的な光を帯びるようになったのは。
情況になじんだからなのか。
男の体に、狎れてしまったからなのか。
いままで以上の昂奮が、わたしの理性を痺れさせていた。
はあっ・・・はあっ・・・はあぁぁっ・・・
妻は切なげに首を振り、吐息に熱をよぎらせながら。
ユサユサと揺れる黒髪を、肩の辺りに渦巻かせて。
しっくりと結び合わされた股間に、自ら支配されるように。
淫らな血潮で裡から素肌を染めながら。
狂おしい舞いに、身をゆだねてゆく。
男は怜悧な視線のまま。
女がいくら乱れても。
フラッシュのリモコンを手放すことはない。
時おり焚かれるフラッシュが、妻の痴態を容赦なく眩い閃光に照らし出してゆく。
見て御覧。
差し出された二葉の写真に。
妻もわたしも、息を呑む。
オブジェとなった妻の裸体は、
まるでなぞったように、同一の曲線を描いている。
しいて違うのは・・・相手の男。
わたしの代わりに褥に寝そべった緑華堂を、
カメラと向かい合わせに椅子に縛られたわたしは、
眉をひそめて見つめていた。
妻が犯されるとき・・・俺はこんな顔をしているのか。
目ざめてしまった被虐の血が、
ワイシャツとネクタイの下、ドクドクと狂おしい鼓動を昂ぶらせてゆく。
こんどは、貴方の番ですね。
怜悧な声色を、ことさら高く響かせて。
男はわたしに、カメラを握らせる。
さぁ、お撮りなさい・・・貴方の愛する妻が辱められるところを。
終始無表情だった男は、意味深な含み笑いをチラとよぎらせると。
くるりと背中を向けて、身づくろいをはじめた妻にむき出しの裸体を迫らせていった。
きゃっ。
シナリオになかった振る舞いに、妻はあわてて身を逸らそうとした。
男の唇がうなじに這い、つくろわれた黒髪が再びの乱れをみせる。
カシャ・・・
われ知らず、シャッターを切っていた。
手がかすかに、震えている。
スカートのなかに、突っ込まれる掌に。
ああっ!
妻は狂ったように、声をいちだんと昂ぶらせた。
黒のストッキングの上に、ヌメヌメと舌を這わされて。
いとわしげに翳る頬に、平手打ちを当てられて。
噛みつくように吸われる唇に、反応しはじめて。
とりつくろわれた礼装を、惜しげもなく、ふしだらに乱してゆく。
それでもわたしは、シャッターを切りつづけた。
ガクガクと・・・震えながら・・・
いいですね。・・・これも、いいですねぇ・・・
男はわたしの作品を逐一見回して。
よく撮れているやつを、お渡ししましょう。
つぎにお越しのときまでに、仕上げておきます。
だいぶ上手になりましたよ・・・
男が賞賛したかったのは。
カメラの腕前なのか。妻の肢体まで、言外に含んでいたのか。
手の震えがおさまるまで。
いい絵はなかなか、撮れません。
でも・・・いい絵をモノにしないでいると。
みすみす奥さんを長時間、辱められてしまうのですよ。
うふふふふっ。
含み笑いを交し合ったのは。
男たちだけではなかった。
週に、いちど。
夫婦連れだって、闇に身を潜めるようにして訪れる写真館。
壁を覆いつくしているツタに、埋もれるように。
スタジオでは今夜も、異形の儀式が演じられている。
いかがでしょう?
奥さんのヌード写真を、撮ってみませんか?
授業料は、いっさいかかりません。
奥様の貞操以外には・・・
脚写真を撮られながら。
2007年06月07日(Thu) 08:00:21
あのぅ・・・
業務終了時間を過ぎてから。
おずおずと声をかけてきたのは、隣席の男。
黒ぶちめがねに、もさもさの頭。
決して見苦しくはないまでも。
おだやかで冴えない雰囲気は、見るからにオタクな中年男性。
めんどうな仕事でも、嫌な顔ひとつしないで引き受けてくれる、重宝な男なのだが。
若い女子社員たちは、キモチわるがって、とおりいっぺんにしか近寄ってこようとしない。
独身なのか。妻子もちなのか。
隣同士でありながら、そんなことすら知らないでいたのだが。
きっと、独身なのだろう。
心のなかで、そう決めてかかっていた。
悪いひとじゃ、ないのにねぇ・・・
あら、なんですか?
応える声は、おっとりと落ち着いていて。
三十そこそこの、まだ若い娘の面影さえ宿す若さとは裏腹の、
ミセスの余裕が見え隠れする。
そんな自分の変化を、このごろはどこか誇らしく思っている。
なんでも聞いて御覧なさい。
若い子とちがって。ちっとも、驚かないから。
男は周りに人がいないのを、見計らって。
いつになくおずおずと、切り出した。
脚の写真、撮ってもいいですか?
え?
さすがに、聞き返していた。
若い子だったら、間違いなく引くだろう。
もっと、ノリがよければいいのにね。
となりの課の若い彼など、能天気なくら明るい態度で、ヌケヌケと。
いつも若い子たちの群れのまん中で、のうのうと振舞っていて。
もっとひどいことだって、まんまとやらせてもらっちゃってるくらいだし。
え・・・女の人の靴下。興味あるんです。
へぇ~、変わってるんだ。
黒のナイロンハイソックスを履いた脚を、わざとぶらぶらさせてみる。
どこにでもある、ダイヤ柄のハイソックスなのに。
男はとたんに反応し、そわそわと落ち着かなくなった。
応対に、余裕をかませてしまうのも。
相手が相手・・・だからなのだろう。
同年輩の男が、自分の脚を撮る。
危険のない状況・・・とは言い切れないはずなのに。
いいわよ。お撮りなさい。
その代わり、撮った写真はわたしにも頂戴ね。
男は嬉しそうに、冴えない面貌にはじめて青年のような輝きをよぎらせた。
パシャ。パシャ。パシャッ。
昔の一眼レフのように、重々しくはないけれど。
デジタルカメラが放つ眩いフラッシュの前、脚をさらしていると。
ちょっぴり、モデルさんになったような気分になる。
脚を組んだり。そろえたり。
ななめ前から。真横から。正面から。
いったい何枚、撮らせてあげたことだろう。
見せて。
男のパソコンのディスプレイに映し出された自分の脚は。
まるで別人のようになまめかしく、流れるような脚線美を誇示していた。
身を乗り出して、差し出した手に。
男は慣れた手つきで二枚、三枚・・・と、写真を載せてゆく。
ねぇ、あなた。見て。
写真、撮られちゃった。
勤め帰りのダンナに自慢して、見せびらかしてみた。
気にもとめてくれないかな。
と、思ったけれど。
ダンナは案外。ノッてきて。
へぇ。うまく撮れてるねぇ。
プロの手にかかると、お前の足なんかでも、綺麗に写るものなんだね。
「なんか」って、何よ?「なんか」って。
思わず、ぶーたれてみたけれど。
ことさら「綺麗」と、言ってもらったのは。
なんヶ月ぶりのことだろう?
明日もね。撮らせてあげるの。
こんどはもうちょっと肌の透けるやつ、履いてってあげようかな。
あなた、嫉妬する?しないよねぇ。
あのひと。どうせ、靴下目当てなんでしょうから。
外で撮らせてくれる?という頼みに、さすがにやぁよ、と言ってみる。
だって・・・だれに見られるか、わからないでしょ?
じゃあ、うちのスタジオで。
スタジオ?
家が、写真館なんです。ボクんとこ。
両親も、写真家でしてね。
へぇー。そうなんだ。
両親、という言葉に。
オフィスでのツーショットよりも気安いものを覚えて。
まだ時間も早かったので、即座にOKしてしまった。
今夜のダンナは、たしか飲み会のはずだった。
古風で瀟洒な洋館は、小説にでも出てきそうな趣で。
思わず「すごいね」と言ったけれど。
長年棲んでいる家は、彼の眼には変哲もないらしくて。
「そうですか?」と、冷淡な返事がかえってきただけだった。
表の古めかしさとは打って変わって、
スタジオは明るく、近代的だった。
まちまちな角度にしつらえられた大小のレンズが、なぜかいちようにこちらをにらむように向けられている。
じゃ、撮るね。
身のこなしが、いつもよりてきぱきとしているのは。
やっぱり慣れた空間のせいだろうか。
脚、組んでみて。
いま、気がついた。
男の声色が、命令口調になっている。
何回、フラッシュを当てられただろう?
幻惑されるほどの眩しい閃光に包まれて、意識が遠くなるほどだった。
ほら、見て御覧。
時おり手を休める彼は。
プリントアウトされたばかりの画を、まるで自分の獲物のように見せびらかして。
微妙なツヤが、あるでしょう?脚の線を縁どるみたいに。
これが・・・いいんだよなぁ・・・
自分で撮った写真を、自分でしんけんに見入っている。
そんな顔つきがなんだかこっけいで、しまいにはくすくす笑ってしまったのだけれど。
もっといろいろ、持って来てあげたのよ。
二足、三足と、つぎつぎに。
男のまえで、靴下を変えていった。
さいごに取り出したのは。
無地の薄手のハイソックス。
ストッキングのように薄い靴下は。
蒼白く浮き上がる脛もなまめかしく、足許を染めていた。
柄もののほうが、面白いんでしょ?
いや。無地がいちばんなんだ。
気のせいか・・・
男の目が、獣のように輝いたような気がした。
くたびれちゃった~。
夜遅く帰宅すると、先に戻っていたのは夫のほうだった。
おや、おや。ずいぶん熱心なモデルさんだね。
あのあと、お父さんにつかまっちゃって。話し好きなんだもの。
それはそれは、ご苦労さん。
しっかり女房に、お人よしの亭主。
そういう組み合わせだから、気の強いわたしでもうまくやってこれたのだろう。
どんな写真、撮られたの?
夫も、無関心ではないらしい。
ふぅーん。
印画紙を見つめる眼が、昨日よりも熱心だった。
どれもこれも、色とりどり、柄もさまざまな靴下を通した脚、脚、脚。
なんのへんてつもないはずの脚写真に、しばし彼の眼はクギづけになっていたようだ。
まるで、成人雑誌のグラビアでも覗いているときのような眼をしていた。
ねぇ、きれい?
あぁ、きれいだよ・・・
なぜか放心したように。夫はぼうぜんと、まだ印画紙から目をそらさない。
また、撮ってもらいにいくんだろう?
ウン、約束しちゃったぁ。
エヘヘ・・・と、イタズラっぽく笑うわたしを、咎めるふうもなく。
彼はウフフ・・・と、人のわるい笑いを浮かべて。
彼。きみの写真をどうしているか、知ってる?
わからない。って、応えると。
おなねたにしているに、決まってるじゃないか。
もうっ!
思わずふりかざしたハンドバッグに、夫はおどけて逃げるそぶりをした。
お邪魔しまぁす。
彼のスタジオに来るのが、愉しみになっていた。
きょうは上半身も、おめかししている。
とはいっても、地味好きな彼の好みに合わせたので、
シックな濃い紫のワンピースだったけれど。
ねぇ。こんなのどう?
バッグのなかから取り出したのは、濃紺のハイソックス。
服と色が合いそうですね。
品定めするような彼の目のまえで、ひざ下までぴっちりと引き上げてみせる。
足の裏の補強を見咎めた目線のまえ、てかてかとした光沢を滲ませる脛を見せびらかしながら。
主人のやつなの。借りてきちゃった。紳士用とは思えないでしょう?
光沢がウットリするくらい、なまめかしくて。
いちど、履いてみたかったんだ。
男の目が獣のように輝いたとき。
昨晩ちらとよぎらせたあのときの目線を思い出していた。
気がつくと、男の腕のなかにいた。
うなじをちゅうちゅうと、吸われてしまっていた。
ふつうの男のひとが、するようにではなく。
皮膚に咬みついて、血を啜っているのだった。
あぁ。何するの・・・?
声色は甘く、見せかけの抵抗をする腕から、とうに力は喪われていた。
おいしい。
わたしの目の前で、吸い取った血で、ゴクリと喉を鳴らす彼。
ワイルド・・・ねぇ。
されていることのまがまがしさも忘れて。
わたしは、いつになく精悍になった彼の横顔に見入っている。
噛み破られた夫のハイソックスは、彼の手で引きずりおろされて。
むき出しの脛を、彼はいつまでも舐めつづけていた。
行って来るね。
いつもは職場から直行するスタジオに。
週末の自宅から、足を向ける。
わたしを送り出してくれた夫は。
きみの写真をおなねたにして、待っているよ。
と、笑ってくれた。
なんだか・・・ね。
ちょっぴり肩をすくめて、ため息ついてみせて。
わたしはショルダーバッグをひるがえす。
今夜、わたしの足許を彩るのは、黒のガーターストッキング。
ぜひ、履いてってやりなよ。
すすめてくれたのは、夫のほうだった。
あのカメラマン、モデルの履いている靴下を自分で脱がせるんだってね。
うふふふふっ。
恋人どうしのような異性どうしのむつまじさが、ふたりのあいだにもどってきたのは。
淡い嫉妬・・・という。妖しいスパイスのせいだろうか。
持たされた写真のなかに、妻の濡れ場を見出して。
ドキドキしながらうつむいてしまったわたしの肩を。
かわいいよ・・・と、抱き締めてくれた彼。
きみ、彼のお父さんになんか、会っていないんだろう?
どうしてそんなことを知っているのかは、わたしにはいまだにナゾである。
願望撮影術
2007年05月15日(Tue) 03:43:46
あぁ、お待ちください。いま、お茶を淹れますから。
男はわたしを招じ入れると、いつものように気さくに台所へと立ってゆく。
真紅のベレー帽。
千鳥格子のチョッキに、おなじ柄の半ズボン。
ひざ下まである、白の長靴下。
場違いなほどにクラシックなイデタチが、妙に似合う男。
本名は、だれも知らないが。
だれもが彼のことを、写真館の名のままに、”緑華堂”と呼んでいる。
齢はいくつに、なるのだろう。
もう、枯れ切った、かなりな老齢にも見えるのはむろんだが。
時にはもっと若く、脂ぎった五十代くらいにさえ見えるほどの、ひらめくような鋭さを覗かせることもある。
祖母と淡いロマンを交し合ったというのは、果たしてほんとうなのだろうか?
その彼が。
最近婚約をした弟のことを話すという。
だれにも言いなさんな。
もとより、この場だけの話にするつもりなのですが。
今から淹れる紅茶には。
忘れ薬が入っているのですよ。
男はにたりと得意げに、人のわるそうな笑みを浮かべている。
御覧なさい。
見せられた写真に、ハッとする。
弟と、その婚約者になった少女の写真。
しかしそれは、初々しかるべき二人にはあるまじき、まがまがしい絵柄に彩られている。
年頃のままに、セーラー服を着ている少女。
けれども彼女の頬は苦痛に歪み、目をキュッと瞑り白い歯を見せている。
弟はカメラに背中を見せていたが、ノーブルな面差しをかすかに伝える輪郭が、それが明らかに弟であると語っていた。
モノクロの印画紙のなか。
弟は少女を手荒に抑えつけ、セーラー服を引き裂いている・・・
いかがです?
奥ゆかしく、遠慮深く控えているようで。
そのじつ、ひとの顔色をじいっと冷静に窺っている。
とんでもないやつだ。
わたしは思わず彼を見返した。
おやおや。怖ろしいお顔を・・・
ご存知でしょう?これはもちろん、現実では、ないのですよ。
人の妄想をそのままに写すという男。
信じられない写真術だが。
わたしは彼を疑うことは、もはやできない身の上だった。
これは・・・誰の妄想なのかね?
いうまでもないこと。弟さんご自身のものですよ・・・
緑華堂は、クックッと含み笑いを浮かべながら。
これを、お嬢さんに見せたと思し召せ。
もちろん、この紅茶を飲みながら・・・なのだね?
えぇ。だって、それは・・・
緑華堂は、女のようにか弱く震えるような声色で。
良家のお嬢さんのお目にかける図柄じゃ、ござんせんからね。
わざと伝法を気取った声色が、却って妖しくくぐもっていた。
お嬢様は、頬を紅潮させて見入っておいででしたが。
ほら、御覧下さい。
差し出された二枚目の写真では。
白のレエスのスリップ姿の少女が、妖しく黒髪を振り乱して、
弟に抱きすくめられている絵柄だった。
か細い弟の腕は、初々しい肢体に、ツタのようにしつように巻きついていて。
歪められた衣裳のしわさえが、リアルに悩ましく写し出されている。
彼女にカメラを向けたのだね?
ご賢察・・・
緑華堂はいつも、みなまで語らない。
ご主人のときは、こうでしたな。
レトロなイブニングドレスに身を包んでいるのは、婚約当時の妻。
真っ白なドレスの襟元を、真紅に濡らしながら。
彼女を抱きすくめている黒い影は、吸い取ったばかりの血潮で、彼女のドレスを彩ってゆく。
素敵な想像力をお持ちですな。
緑華堂は、にこりともせずに。
おなじ絵柄を、彼女の奥底に描いて進ぜましょう。
まるで独り言のように、呟くと。
別室に待つ彼女のほうへと座を移していった。
彼女の前に置かれている紅茶は、ほとんど飲み干されていたけれど。
撮影のあと、彼女はもう一杯、おかわりを頼んでいたようだ。
ほら。御覧なさい。
見せつけられた印画紙のうえ。
彼女は長い黒髪を、さらさらと素のままに流していて。
うっとりと瞑った瞼から、長いまつ毛がピンと格好よくはねていた。
いくぶん反らした上体には、正体のみえない黒い影がのしかかっていて。
真っ白なブラウスの上、不規則なバラ色の斑点を散らしてゆく。
半開きにされた扉の向こう、おぼろげに写っているのは。
イスに座ったまま縛られた、スーツ姿の若い男。
男の顔は、予想通り。わたしのものになっていた。
エ?それからなにが起きたか・・・ですって?
さぁ・・・古いことは、忘れるようにしておりますからね。
ありありと憶えている。
そう言いたげな含み笑いを、隠そうともせずに。
彼は、あなただけにお見せするのですよ、といいながら、
べつの絵を、ひろげてゆく。
油絵なのか。写真なのか。
写したものだ、と判断する眼と。
創作にちがいない、と訴える理性と。
どちらを信じれば、よいのだろう?
妻の上には、弟が。
そして、セーラー服の少女の足許には、ほかならぬわたしが。
弟は妻のうなじを、咬みつくようにして吸いつづけ、
わたしは少女の足許から、黒のストッキングをむしり取っている。
相手を取り替えてまぐわう兄と弟。
いかがです・・・?
お望みでしたら。
写されたままに・・・
あとがき
ふと目が覚めてみたら。こんなお話が・・・
いけませんねぇ。
相伴
2007年05月09日(Wed) 00:02:32
真っ赤なじゅうたんの上。
それよりもはるかに鮮やかで深い真紅のドレスに身を包んだ女は。
茶色く染めた髪を振り乱し、顔を向こうに背けたまま。
ひくくて悩ましい声で、あえいでいる。
おおいかぶさっている黒い影は、女のうなじに咬みつくように、唇を吸いつけて。
ヒルのようにしつように這った、赤黒い唇が。
あきらかに、女を狂わせる支点になっている。
めくれあがったドレスからあらわになった脚は、
ひざ上まで黒のストッキングに包まれていて。
肌の透ける薄手のナイロンごしに蒼白く浮かび上がった脛は、
よりいっそう妖しい翳りに、輝いていて。
くっきりと走る静脈をめぐる血潮は、淫らな色に染め上がっている。
もうひとりの男は。
しばらくのこと、じゅうたんのうえ、じっと佇んでいたのだが。
とうとうこらえきれなくなったらしい。
むぞうさに投げ出された女の足許に、跪くと。
押し戴くようにして、ひざ小僧をつかまえて。
ひざ下の、内側の腿に、薄っすらと唇を吸いつけていった。
女のかすかな身じろぎに、黒影は相棒の所作を察したらしい。
男は女から口を離すと、ヘビが鎌首を擡げるように、身をめぐらして。
夢中になって女の脚を吸う男を、振り返ると。
やはり・・・酔ってしまったようだな。
軽い呟きに似た咎めに、第二の男はハッと身を起こしたけれど。
ありありと浮かべた後悔のまなざしを、黒影は冷ややかに受け流してゆく。
約束だぜ?
薄っすらと笑んだ黒影の口許には、バラ色のしずく。
女の体内に脈打っていた、熱い熱情が。
あれほど素肌に執着した証しとなって、かすかな彩りをたたえていた。
弟の嫁を抱くとは・・・罪な男だ。
黒影はそううそぶくと。
嘲るように。憐れむように。
女の足許にうずくまる第二の男を、じいっと静かに見おろしていた。
いいだろう。その女はくれてやる。その代わり・・・わかっているな?
男に、いなやはなかった。
冷ややかな嘲りに、応えるかのように。
男は上背のある女の胸に這い寄っていって、そのまま体を重ねてゆく。
ひいっ・・・。
随喜とも、怯えともつかぬうめきを、ひと声洩らすと。
女はそれきり、しずかになって。
義兄の欲望に、わが身をゆだねきってゆく。
ぎし、ぎし・・・
ゆさ、ゆさ・・・
音にならないほどのかすかな身じろぎだけが、
照明を落とした狭い密室にこだまする。
さて・・・と。
落ち着き払った黒影は。
第二幕へと、男を招きいれてゆく。
飲み干されたビール瓶のように、じゅうたんの上転がされた女は。
正体もないほどに、酔わされて。
白目を剥いて、気絶している。
開かれたドアの、むこう側。
撮影室、と書かれたちいさな表札に、
男はかえって淫靡な予想をよぎらせた。
カメラを取るんだ。
被写体は・・・分かっているね?
犯される、きみの愛妻。
犯して撮る。そういう写真家になりたいならば。
まず真っ先にモデルにするのは。己の妻・・・それも最愛の。
それが最善の修行なのだよ。
黒影は軽く鼻唄を洩らしながら、真っ黒なジャケットを脱いでゆく。
たたみに転がされた、うら若い和服姿は。
あでやかな花鳥柄にはまるで不似合いな荒縄でぐるぐる巻きにされていて。
早くも、口もきけないほどの陶酔に、わが身を浸しはじめている。
うなじに黒々とつけられた、忌まわしい痕跡に。
男は目を血走らせながらも。
悩ましく身を揺らす愛妻が、命じられるままに、
侵入者の黒々とした魔羅を、かすかに震える指先でつまみあげ、淑やかな口許に持ってゆくのを。
ワナワナとした不可思議な昂ぶりのうちに、ファインダーに収め、フラッシュを浴びせてゆく。
家の不名誉を、印画紙に刻印するために・・・
あとがき
正体不明な男女ですが。
あるていどの推定を加えておきます。
若い頃の緑華堂と、その妻。弟の嫁。
そして、女をふたりながら狂わせた黒影こそは。
きっと彼の師匠なのでしょう。
被写体の少女たち
2007年05月07日(Mon) 08:07:53
あらー、まゆちゃん、黒のストッキング履いてきたの?
差をつけられちゃった。
思いがけず、写真館で鉢合わせしたのは、娘の同級生のご一家だった。
まゆちゃんと呼ばれた少女は、恥ずかしそうにほほ笑みながら、
制服のスカートの下から、黒ストッキングに滲んだ白い脛を、そっと見せびらかしている。
娘は薄手の白のハイソックスに、ピンク色のふくらはぎを滲ませていて。
負けないわよ、という顔つきで、友だちとふたり、はしゃいだ声をはじけさせていた。
父親同士、苦笑を交し合うのは。
出てきた奥さんが、なにごともないように着飾りながらも。
髪の毛のかすかなほつれにだけ、スタジオで起きたことの余韻をさりげなく残していたから。
娘は、気づいていないのだろうか?
スタジオのなか、先に来ていた友だちが、
恥ずかしそうに、ストッキングをずりおろしていったのを。
あの賢明な奥さんのことだから。
もしかすると、娘には。
脱ぐ必要がないように、太ももまでのやつを履かせてきたのかもしれないけれど。
つぎは、妻と娘の番。
しっかりお楽しみになってくださいね。
眼鏡の奥に同情と共感を滲ませていったご主人の目に、妙になつかしさを覚える。
さぁ、もう・・・妻も娘も、白髪頭の主の手中に堕ちていた。
衣裳はね。カメラマンに対するもてなしなのですよ。
もっともらしい口ぶりの、老写真家は。
きょうも眼鏡の奥に、冷たい瞳の輝きを滲ませて。
ファインダーを覗き込んでゆく。
まず、奥様の足許から撮りましょうかな・・・
脚が被写体だというのに。
妻は息を詰めて、ブラウスの襟元を、しきりに掻き合わせている。
ふふふ・・・ふふ・・・
娘は含み笑いを洩らしながら。
足許ににじり寄る若い男に、スカートのすそを与えていって。
足許に加えられる、不埒なあしらいを許してゆく。
肌の透けて見える白のハイソックスごしに這わされる唇は。
たぎる欲情のあまり、赤黒くふくれあがって、
かすかな唾液さえ、滲ませているというのに。
ふだん淑やかに振舞う娘には、なんでもないことなのだろうか。
お気に入りのハイソックスが、しわくちゃによじれさせられてゆく有様を。
くすぐったそうな含み笑いに、塗りこめていってしまっている。
傍らで自失している妻は、破かれたばかりの黒のストッキングの裂け目に指を突っ込んで、
へらへらと笑いながら、素肌の露出を広げてゆく。
着飾った妻と娘を、年の順にもてあそんでゆく、黒い影。
老写真家は、あくまでも冷静に。
わたしは、冷静をとりつくろって。
くり広げられるまがまがしい所行の、参加者、共犯者となってゆく。
修行が、かんじんですよ。
写真家はわたしに、囁いている。
こうなるまでに、どれほど刻をかけたことか。
わたしが最初に手がけたモデルはね。
ほかならぬ、妻だったのですよ。
結納を交わしてから、少女のままに・・・彼に捧げていって。
わたしが画家なら、うら若い血潮を絵の具がわりにしたことでしょう。
いまでももちろん、わたしのなかでは、永遠の少女。
最高の被写体なのですよ。
あとがき
加害者でありながら、被害者でもあったのでしょうか。
家族写真の撮影
2007年05月07日(Mon) 07:43:03
連休明けになると、かならずひとりやふたり、現れるのだ。
緑華堂さんに家族を連れて行って、写真を撮ってきましたよ。
そういって、照れくさそうにほほ笑む同僚が。
そういうときには、こんなふうに応えるようにしている。
そう、それはよいご経験を。
アルバムができたら、見せ合いっこしましょうね・・・と。
緑華堂に、家族写真を撮りに行く。
意味するところは、ただひとつ。
妻は喜悦しながら凌辱を受け、
娘は嬉々として、処女の生き血を捧げる。
ツタの深く生い茂る写真館のなか。
昼なお暗い、スタジオでは。
きっとそんなまがまがしい儀式が、くり広げられている。
緑華堂は、精力的な写真家だ。
いちど写真館にお邪魔すると、それこそ何枚も、何枚も、撮ってゆく。
イメージを重なるんです。こうやって。
度の強い眼鏡の奥で、笑っているのか泣いているのか分からない光をたたえた瞳が、案外冷徹に光っていたりするのだが。
そんな油断のない目つきを、夫たちはもちろん、先刻承知で訪れる。
ご家族ごいっしょに。
それから、ひとりひとり。
とおりいっぺんの撮影がひとしきり、すまされると。
ここからは、ご主人禁制・・・ですよ。
緑華堂は悪戯っぽく、そう囁いて。
早くも奥さんと、意味ありげな目線を交し合っている。
あなたも、残る・・・?
ご主人を完全に無視した奥さんが、お嬢さんを振り返ると。
制服姿にきれいなリボンを蝶ちょのように髪に飾ったお嬢さんは、
いかにも世間知らずなそぶりでおずおずと、パパとママの顔を等分に見比べる。
じゃあ、おひとりずつ。順番に撮りますよ・・・
ご主人は、すべてを心得て。
では、わたしも用事を済ませてこようかな。
そそくさと、ドアの向こうへと消えてゆく。
どんな御用が、どれほど近くに待っているのか。
お嬢さんだけが、きづいていない。
なれた手つきでカフスをはずし、ブラウスをはだけてゆくお母さんを見習って。
お嬢さんも羞じらいながら、学校の制服のリボンを解いてゆく。
きらきらとしたブラウスがはだけられると、
制服のベストを取り去って。
タイトスカートが、足許に落とされると、
プリーツスカートが、ちょっぴりたくし上げられる。
髪をほどいて肩に流すと、姉妹のようなふたり。
母親がくすくすと含み笑いすると、娘も照れくさそうに応えてゆく。
いちぶしじゅうを、見守りながら。
昂ぶりを抑えきれずにいるのは・・・あとの結末まで、ちゃんと心得てしまっているからだ。
娘は、気絶するほど血を吸われ、
母親は、娘の仇敵の手に堕ちる。
処女は、とっておきましょうね。
あとあとの愉しみのために・・・
緑華堂は、たしかにそう囁いていた。
そう、あいつ・・・処女の生き血を愉しむ嗜好があったのだな。
かつて遠い昔、婚約したばかりの妻をいちどだけ、つれてきた。
自分ひとり、さきに帰されたあのときに。
彼のそういう嗜好を、あらかじめ親から聞かされていたけれど。
いまごろ血を啜られているであろう婚約者の、うっとりとした頬を覗きたくなって。
うかつにも帰宅しようとした脚をめぐらせて。
あえて禁を冒して、庭先に回りこんでいた。
あの日から・・・すでにきょうまでの構図を。
かれはきっと、精緻に描ききっていたのだろう。
まじめな子の履く テカる靴下
2007年05月06日(Sun) 07:24:56
さいきんのお嬢さんは、皆さんテカる靴下を履くんですね。
昔ふうの大仰なカメラを抱えながら、写真館の主は眩しげに娘の足許を見る。
ここは小ぢんまりとした、撮影スタジオ。
やけに明るい照明が、いつもより色鮮やかにわたしや家族の服装を照らし出している。
妻の着ている、紫のスーツも。
娘の制服の、紺のジャンパースカートも。
いつもわたしが着ているこげ茶の背広まで、まるで新調してあつらえたように見えるのだった。
写真館の主は、まだこだわっている。
テカる靴下というと。昔は娼婦の穿くもの・・・って先入観がありましたがね。
いまではごくまじめなふつうのお嬢さんが、なにも意識しないで履くんですね。
怪訝そうにしている娘は、地味な制服のひざ丈のスカートからのぞいたひざ小僧を、ちょっとすくめてみせる。
娘の脚の、ひざから下は、真っ黒なハイソックスに覆われているのだが。
なるほど、無地のハイソックスはいちめんに、ツヤツヤとした光沢をよぎらせている。
光線の関係が、気になるのですか?
主の言い草を真に受けた妻は、まじめな口調で問い質すと。
なぁに、だいじょうぶ。だいじょうぶですよ・・・
写真館の主は、白髪頭を振り振り、ふたたびカメラを覗き込んでいる。
たしかに娘の足許は、異様にまばゆい。
けれどもことし高校に進んだ娘は、ほどよく陽焼けした地の肌を化粧っけもなくさらけ出していて。
スタジオの過剰な照明に上気した頬は、まるで男の子のようにつやつやと健康な輝きをもっていた。
それでも頭の後ろでむぞうさに束ねた黒髪は濡れたような艶を秘めていて、
男親のわたしが、ハッとするほどのものを、どことなしに滲ませ始めている。
さぁ、できあがり。
職人の顔に戻った主は慣れた手つきで、大きなカメラを器用にいじくりまわして、
家族ひとりひとりのポーズにやかましく注文をつけながら、二、三枚撮影をすると、
そっけないほど手早く、店じまいにかかっている。
あぁ、奥さんには・・・お残りいただきましょうかな。
写真をお渡しできると思うので。
主はとってつけたように言い足したけれど。
わたしには、よく分かっている。
紫のスーツのすそから覗いた脛は、
じわりとなまめかしい、艶のある黒ストッキングに包まれて。
色白な肌をなまめかしく滲ませていたのだから。
テカる靴下をお召しになるのは。娼婦と相場が決まっているのですよ。
主の勝手な思い込みは、ここではちゃんとつじつま合わせをしているのだった。
お母さん、どうして残ったの?
娘は終始、怪訝そうな顔をしていて。
わたしと二人、写真館を出てからも、言葉少なに俯いていたけれど。
やがてキッと顔をあげ、きっぱりと。
私、お母さんといっしょに帰るね。
くるりときびすを返して、もときた道を引き返していった。
明るい陽射しの下。
ぴかぴか光る黒の革靴に収まった足許に、黒のハイソックスのテカりは、
本人が意識する以上に、目についていた。
「緑華堂」と書かれた、古びた看板。
表門からみると、そこが写真館だとは気づかないほどの門構えだった。
わたしは訪いもいれずに庭先に回りこむと、
人けのなくなった撮影スタジオが、カーテンもしていない窓ガラスの向こう側、薄暗く広がっていた。
壁をいちめんに覆っているツタの葉っぱが、なにもかも知っているといわんばかりに、
かすかな微風にカサカサと音なき音に揺れている。
あぁあぁぁぁ・・・
にわかにあがる、かすれたうめき声。
妻のものだということは。
こうした経緯を察していなければ気がつかないほど、日常ばなれしていた。
覗き込んだ窓ガラスの向こう側。
古びた窓枠に縁取られた一幅の絵は、息をのむほどに淫靡だった。
いかにも重たげな紫のスーツのジャケットは、傍らの椅子の背中にお行儀よく架けられて。
そのすぐ手前には、スカートまでも、きちんと折りたたんで置かれている。
スーツの主の有様とは、うらはらに・・・
ついぞ見慣れぬ黒のレエスのスリップに。
太ももまでの薄黒い靴下を、差し込む陽の明かりに滲ませながら。
ヘビのようにくねる白い脚は、薄手のナイロンの翳りのなか、
いっそうなまめかしく輝いている。
男数人を相手に、スタジオルームの床の上、乱れる妻は。
もう、幾度も幾度も受け入れてしまったのだろう。
口のはたにかすかな唾液を滲ませて。
うつろな眼に、蒼白い焔をひらめかせている。
あまりにも刺激的な構図に、体の平衡をふらふらと傾けて。
隣の小窓にもたれかかると。
こちらでも・・・予期したとおりの構図が展開されている。
娘は、さっきから目鼻に漂わせていた無表情を、よりいっそう澄みとおらせて。
かがみこんでくる男に求められるがまま、足許を伸べている。
黒光りするハイソックスに迫らされた唇は、チロチロと毒蛇のような舌を滲ませていて。
まだ色気のとぼしい女学生姿に、いびつなゆがみを加えはじめていたけれど。
知らん顔して男のなすがまま、ハイソックスの舌触りを愉しむかのようになすりつけさせてしまっている。
ぽきり。
踏んづけた小枝が、耳ざわりな音をたてた。
なかから聞えるはずのないほどの音のはずが。
ハッと顔をあげた娘と・・・ふと目が合ってしまった。
けれども娘は、どこかよその家の少女のようによそよそしく目をそらして。
じぶんの礼装をいたぶっている足許の男の所作に、くすぐったげに目線を転じてゆく。
うなじの下、かすかにはずむのは。
うっとりするほどのカーブを帯びた、胸のふくらみ。
きわどいほどに上下し、さいごにゆるいまさぐりにゆだねられてゆく。
少年のように浅黒い、生硬な肌は。
淫らな唇の求めに応えるように、はずんでいて。
辱められることを、いとわずに。
惜しげもなく、ためらいもなく、ゆだねられてゆく。
撮って、犯す。犯して、撮る。
そんないかわがしいうわさがからみつく、古びた写真館。
数年前。
そこで写真を撮ろうといいだしたのは、妻のほうだったのか。わたしのほうだったのか。
いまではさだかに、想い出すことさえできないでいる。
妄想撮影師
2007年04月23日(Mon) 03:11:20
差し出されたのは、一冊のアルバム。
豪奢な装丁のうえ、行書体で書かれたタイトルは。
環境改変計画
いったい、どういうことなのかね?
懇意になったその写真家は。
まあ、御覧になってくださいと言うばかり。
いぶかしげに表紙をめくると。
目に飛び込んできた衝撃的なフレーズが。
私の脳裏を塗り替えていた。
××家 夫人・令嬢凌辱計画
家の名前は、もちろん私の姓。
そして、そこに貼られているのはまさしく、
盛装して、イスに腰掛けた妻。傍らに立つ私と娘。
凛とした品格を滲ませた妻と。
童顔にそこはかとない色香を漂わせはじめた娘と。
いったいなにを、されるというのだろう?
どうぞ、めくってみてください。
緑華堂、と呼ばれるその写真師は。
あくまで慇懃に、私の手を促してゆく。
おそるおそる開いた第一ページ。
ハッと顔をあげる私に、彼は気の小さそうな目鼻をいっそう弱々しく翳らせながら、訊いてきた。
吸血鬼は、お嫌いですか?
好き・・・というものではないまでも。
現実世界とは遠くかけ離れたそうした存在に、ついぞ意識を払ったことのない私。
好き嫌い・・・というよりも。なじみがないといったほうが適切かな。
私がそう応えると。
いずれ、なじみになりますよ。こんなふうにね。
なじみ・・・どころの話ではない。
吸血鬼映画のスチールから取り出してきたような写真。
黒衣の男に抱かれるヒロインは、ほかならぬ妻の利栄子だった。
男は口許に鋭い牙を滲ませて。
牙の切っ先から、吸い取ったばかりの血潮をたらたらとしたたらせていた。
その血潮は、妻の体内を流れていたもの。
見覚えのある、縦のストライプもようのワンピース。
整然と流れるストライプもようの上を、紅いしたたりが点々と滲んでいる。
そう、ナマナマしいほどに・・・
さぁどうぞ。つぎのページを。
言われるまでもない。
ためらいなくひらいた、つぎのページ。
予期したとおり、ヒロインは娘の有里にすげ替わっている。
いまはまだ春先・・・だというのに。
有里は夏用のセーラー服を着て。
襟首に三本走る白ラインに、赤黒いものを滲ませている。
薄暗い室内に、輪郭ばかり浮かび上がった頬に、
にじみ出るような愉悦を秘めながら。
夢見心地に、抱かれてしまっている。
つぎのページを、めくる勇気はおありかな?
緑華堂の、そそるような含み笑いに。
震える指は、意思と離れて。
機械的に、ページを繰ってゆく。
きりりとしたスーツの胸元を乱し、肌をしどけなくあらわにする妻。
濃紺のプリーツスカートを、ひざ上までの靴下があらわになるほどたくし上げてゆく娘。
スカートの裏地に、射精を許す妻。
セーラー服のまえをはだけて、襟首から指を差し入れられる娘。
制服の胸に不自然な起伏がよぎるのを。
むしろ面白そうに見おろしている。
次は・・・そのつぎは・・・
いかがです?
昂奮するね・・・
つい、呟いてしまった声に。
もはや、いささかのためらいもない。
色濃くきざした狂気を見つめ、緑華堂は嬉しげに。
ではこのとおり・・・実行させていただきますよ。
え・・・?
訝しげに問う私に。
すべては私の描いた幻影を、そのまま印画紙に落としたまでのことなのですよ。
奥さんも娘さんも、じっさいにはまだ犯されておりません。
でも・・・
あなたがそれを、望むなら。
かなえて進ぜましょう。そう。今夜にも・・・
あとがき
緑華堂は、だいぶ以前にいちど登場した、不思議な写真師です。
その話では、浮気に走った夫に取り乱す人妻を。
姑の機転で、伴われて。
じぶんもまた、姑とおなじ淪落の道をたどる・・・
たしか、そんなお話だったと記憶しています。
アルバムは、そう、きっと・・・
「凌辱アルバム」という、やっぱりべつのお話から紛れ込んできたもののようです。
重ねられる血 ~謝恩会の夜 外伝~
2007年02月11日(Sun) 21:14:14
これを・・・くれるというのかね?
教授が手にしたのは、一葉の写真。
キャビネ版といわれるほどほどの大きさのそれは、いまではめったにお目にかかることがない。
あるとしても・・・そう。
結婚式の集合写真くらいであろう。
色とりどりに着飾った、年頃の娘たち。
よく顔を知っている教え娘たちのイデタチは、みな申し合わせたように。
卒業式のときに目にした衣装そのままだった。
帰りに、撮られたのか。
それともべつの機会に、ふたたび集まったものか。
被写体のひとりである教授の娘は、卒業式の夜・・・とうとう戻ってこなかった。
写真のなかの娘は。
友人たちのまん中に腰かけて。
半身にポーズをとって、小首をかしげて。
口許には、いつものあのイタズラッぽい笑み。
いつにかわらない落ち着いた物腰とは裏腹に。
ひざから下、てかてかと光る肌色のストッキングが、たてに大きく裂けていた。
部屋の背景は、教授もしばしば出入りしているあの男の邸の応接間。
撮り手がだれであるのかは、いまさら問うまでもない。
何しろ彼は、目の前でほくそ笑んでいるのだから。
影村くんにも、渡したのか?
教授はおそるおそる、まな弟子の名を口にしている。
娘は来春、彼とおなじ苗字を名乗るはずだった。
ほくそ笑みは、かわらない。
ええ。もう一枚、よけいにね。
お父様が御覧になるのは、ちょっとはばかられるようなやつを。
かれも、承知のうえなのかね?
ええ・・・処女さえ獲られれば・・・と。すべては、諒解ずみなのですよ。
けしからん。けしからんことだ。
ええ・・・まったく。ごもっとも。^^
きみも。だよ。
はぁ。なんと申しましょうかな。いいお味でしたぞ。
男が差し出したのは、ワイングラスにそそがれた真紅の美酒。
口許にもっていった教授は、苦々しげに眉をしかめた。
ちょっと、なまぐさいですかな?
いや・・・いただこう。
ごくり。ごくり・・・ごくり・・・
教授が喉を鳴らすひそかな音に。
男は相変わらずほくそ笑みながら、聞き入っている。
いかが?摘みたてのぶどうと思し召されますかな?
口に含んで。舌に転がして。胃の腑に染み透らせて。
教授は、なにも応えずに。
ハンカチを口にあてがって、たんねんに拭い取っている。
影村さまも、お招きしているのですよ。
男が目線を転じた先にいるのは、娘の未来の花婿。
いつから、気づいていたのだね?きみ。
エエ、さいしょから。お嬢様に聞かされておりましたから。
かれもまた。手にしたグラスを、かるがると飲み干している。
母にも、逢っていただきました。
披露宴の席上がはじめて・・・ということでは。
なにかと粗相だと思ったものですから。
娘の未来を託そうとしたまな弟子は、たんたんと。
母親の和服を持ち主の血潮で彩ったことを告げていた。
うまい酒ですね。おかわりはありますか?
こいつも・・・娘の血を飲んでいる。
どす黒い嫉妬がぐるぐると、教授の胸の奥を浸しはじめていた。
いえ・・・いえ。必ずしも。ですよ。
いただいたのは、お嬢様ばかりとは限りませんから。
なに?
お姑さんとして・・・末永く深い交わりを願いたかったものですから。
この器の中身は、母の血を差し上げた代わりなのですよ。
どす黒い渦巻きは、いつか二重の螺旋を描きはじめていた。
闇の彼方に、なにかぐるぐると渦巻くものが漂っている。
せん、せい・・・。あれは・・・?
うむ・・・
教授はなにも、応えない。
己の下で悶えているのは、実の娘。
すべすべとした素肌に、飽きることなく舌を這わせて。
娘婿のまえ、新妻を虐げてゆく。
その娘婿を慰めているのは、三十年連れ添った最愛の妻。
たけりたつものを口に含む。
そのようなはしたないことを、妻はいちどたりとも許さなかったものなのに。
いまはただ。男に支配されるまま。
きっちりと整えられた黒髪を、むぞうさにつかまれて。
奥の奥まで、突き入れられている。
どす黒い、どす黒い霧。
歪んだ血が、またひとつ。
彼の家系に重ねられてゆく。
謝恩会のあと
2007年02月09日(Fri) 09:24:43
格式ばった卒業式のあとは、場所をうつしての恒例の謝恩会。
今年はバラ色のコサージュが、ばかに目だつね。
華やかな雑踏のなか。
白髪頭の先生がたは、着飾った教え娘たちのあいだをすり抜けながら、囁きあっている。
色とりどりに着飾った、スーツ姿。
それでも、申し合わせたように身につけているのは。
バラ色のコサージュに、黒のストッキング。
そんなイデタチの乙女たちが数人連れだって、夕闇迫る街角を闊歩してゆく。
丈がまちまちのすそをさばいて。
黒ストッキングの脚を見せびらかすように、リズミカルな靴音を響かせて。
行く先は、街はずれの古びた邸。
鼻筋の通った総白髪のご主人は、にこやかに女の子たちを迎え入れる。
ほぅ、ほぅ。みんなきれいに装ったね。
華やいだざわめきが、静まり返っていた邸にぱっと広がり、
冷え冷えとした空気を一変させていた。
あたかも吸血鬼のひからびた血管を、乙女の血潮が暖かくうるおすように。
撮影スタジオにしつらえられた、応接間。
まん中の豪華なソファに、女の子たちを腰掛けさせると。
カシャ。カシャ。
フラッシュとともに連続する、シャッター音。
一見なんでもない卒業記念写真なのだが。
それでは、彩を添えようね。
ご主人はカメラのまえに進み出て、乙女たちひとりひとりにかがみ込むように、うなじに接吻を重ねてゆく。
さぁ、どうだい?
ご気分は、いかがかな?
囁かれる言葉を、くすぐったげに受け止めながら。
乙女たちはウットリと、頷きかえしてゆく。
さっきまでの喧騒を、すっかり忘れたかのように。
ブラウスやワンピースの肩先に散らされたのは。
色鮮やかな、放射状の飾り糸。
バラ色のコサアジュの花の色がにじみ出たような風情に。
男も、女たちも、いちように含み笑いを滲ませる。
さぁ、もうひとつ。
淑やかにそろえられた足許に。
ご主人はさらに頭を低くして、かがみ込んでゆく。
きゅうっ。ごくり・・・
あからさまな物音に、応えるように。
女の子たちは、体のかすかな変調に、頭を揺らしながら。
夢見るように、うっとりと、微笑みながら。
衣装からにじみ出てくる色香を、狭い室内にむせ返るほど発散させてゆく。
あら・・・
きゃっ・・・
かすかな声を、くすぐったそうに洩らしながら。
無地のストッキングにつけられたストライプ模様が、
女の子たちをいちように、足許をすくめさせている。
さぁ、記念になんでも、撮っておこうね。
カシャ、カシャ、カシャ・・・
連続するシャッター音、フラッシュの瞬き。
ストッキングの裂け目もあらわになった脛を。
どの子もいちように、見せびらかすように前に差し伸べていた。
ここから先は、ひとりひとり・・・かな?
フフフ。。。
そよ風に頭を揺らす百合の花園のように。
乙女たちは互いの顔を窺いながら。
わたしが、先。
秘めやかな声色で順番を争っているのは、恥辱を受ける順番。
応接間の奥、半開きになったドアの向こうに。
順ぐりに、引き入れられてゆく。
待っている諸君は、息子の相手でもしていておくれ。
いつの間にか傍らには、まだ少年というほどの年頃の子たちがふたり、三人。
礼儀正しくお辞儀をして。
眩しそうに、お姉さんたちを見上げている。
ふふふふふっ。
お姉さんたちは、いちように。あらためて顔を見合わせて。
じゃあ、わたくしから。
貴方は、わたくしが。
ゆずり合い、しめし合わせて。
男の子たちをひとりひとり、惹きつけてゆく。
ブラウスの襟首を、すこしだけゆるめて。
中身を、見たい?
あら、ダメよ。スカートの下なんて・・・
更けはじめた夜。
卒業祝いはひと晩じゅう、つづいてゆく。
秘めやかに、熱っぽく・・・
写真館の主
2006年09月07日(Thu) 00:56:33
ご覧になってくださる?
もう何ヶ月も言葉を交わしていない妻。
とつぜん話しかけてきたのがきかっけで、久しぶりに訪れた彼女の寝室。
そう。夫婦で寝室を共にしたのは、去年のあの日がさいごだった。
差し出されたのは、数葉の写真。
つやつやとした表面に輝く白っぽい絵柄に、いやな胸騒ぎがした。
口許をきっと結んで、張りつめた面持ちの妻。
そのまえで不覚にも、一枚一枚を、声もなく見入ってしまっていた。
見慣れた外出用のスーツに身を包んだ、妻の写真。
どれもが、日常ではついぞ見かけることのない蟲惑的な笑みをたたえている。
俯いた面差しに、翳のある笑みをたたえたもの。
組んだ脚をすらりと流して。しどけなくソファに横たわって。スカートをたくし上げているもの。
たくし上げられたスカートから覗かせた太ももは。
ついぞ見たことのないような、てかてかと光るストッキングの光沢に包まれていた。
さらに扇情的な一枚では。
もろ肌脱いだ妻が。
スカートから下はそのままに。
じいっとこちらに笑みかけている。
すこしすさんだ誘惑を漂わせたその笑みは、勿論私に、ではなくて。
ファインダーの主に向けられたものにちがいない。
惜しげもなくさらされた豊かな胸は、妻ではないべつの女のもののように、よそよそしい輝きにつつまれていた。
これは・・・?
写真屋さんにお願いしたの。お義父様やお義母様もよくご存知の、緑華堂さんよ。
だいじょうぶですよ。これ以上の関係ではありませんから。
冷ややかな声でそこまでいうと。
―――あなたにそれ以上、言われる筋合いはありませんことよ。
皮肉に歪んだ笑みは、あきらかにそう告げていた。
律義者で通っていた私が、たったいちど犯した、男女のあやまち。
それを妻は、決して許すことはない。
いずれわたくしも。それなりの男性をみつけたら。好きなようにさせていただきますわ。
そう口走ったときから、ふたりは夫婦ではなくなっている。
撮った写真は、必ずお見せします。撮り損じも含めて。
けれどもあなたはその内容に、一切の苦情をつつしんでくださいね。
あまりにも一方的な、妻の言い分。
それを唯々諾々と受けざるを得ない、ふがいない私。
同居している両親は、そんな妻の意図を知ってか知らずか。
妻が写真館に出かけてゆくときにはいつも、
ひきこもった邸の奥から音も立てずに現れて。
いってらっしゃい。
ごく尋常に声をかけ、妻のことを送り出す・・・という。
妻もまた、私以上に冷ややかな交流しかもたない父や母に、
そのときだけは鄭重に礼を返して、家をあとにするのだった。
すべては私が勤めに出ているあいだの出来事。
勤めから戻るころには、もう。
妻はいつもの彫像のような無表情に立ち返って、
隙なく並べられた夕餉の膳を整えている。
「撮り損じも含めて」
隠し事は、いたしません・・・そういう意味だと、思い込んでいた。
しかしどうやらそれは、すこし思惑違いだったようである。
カメラマン、という職業は、様々なアングル、構図、それにおなじ方向からでも幾枚も撮影し、ようやく一枚会心のものを得る、という。
その言葉を実感するはめになったのだ。
相当な枚数の写真に目を通すのはたいへんな労力だった。
それにもまして。
視界を遮られた撮り損じ。
奇妙な恰好をした被写体。
それらひとつひとつが謎めいた符合のように。
妄想をいたずらに深く、かたどってゆくようになったのだ。
密かに手渡される写真は、いっそう濃艶さを増してゆく。
緑華堂は、ブラウスを脱がせるのが好みらしい。
あられもないポーズに身をゆだねた妻。
あたかもバレリーナが舞うように。
むっちりとしたむき出しの二の腕を、まるで白い蛇のように妖しくくねらせて。
あるときはソファに。あるときは畳のうえに。
またあるときは、庭先に。
彩り豊かな装いを、半ばだけまといながら。
時として、その身に泥が撥ねるのもいとわず横たえている。
紅葉の散りばめられた庭は、たしかに緑華堂のギャラリーからその一端を垣間見ることができた。
妻と緑華堂とのあいだには、ほんとうに何もないのだろうか?
さいごに差し出されるのはいつも、その日に撮られたいちばん大胆なポーズのもの。
それは決まって、ほかのものより大判にプリントされていた。
ある晩渡されたのは、荒々しく半裸に剥かれた・・・という風情の写真。
乱れた髪。放心したような、虚ろな眼。
うなじや胸にまで撥ねた、泥。
手にあやされたねばねばとした液状のものは、何だったのか?
私の思惑を見透かして、詮索をあざ笑うように。
写真のなかの妻は小首をかしげ、小気味よげな笑みをたたえている。
見せつけるように間近に流された脚線美からは、ストッキングが半ばまで引きおろされていた。
大変です。奥様が急に倒れられて・・・
緑華堂からかかってきた電話が急を告げたのは、週末のこと。
その時分には私が在宅のときも、逢引は重ねられていた。
逢引。そう。私のなかではそうとしか、いいようがなかった。
いくのかね?
白皙の頬をわずかに紅潮させた父は、口調だけはあいかわらず冷ややかだった。
万一のときは。家にいれるわけにはいきませんよ。
いちぶしじゅうを知っているらしい母は、世間体を気にしてか、そんな冷酷なことを口にした。
薄い敷布団に横たえられた妻は、彫像のように整った顔をしていた。
いつもより蒼白い肌をしている以外は、生きているときそのままの姿。
密葬は人目に触れないように、ごくわずかの立会いで行なわれた。
すべては、変事のあった緑華堂の奥まった一角で営まれた。
あきらかに変死であったのに。その筋への届出がされた形跡もなく。
なにかを言おうとする私を、父は頑なにかぶりを振って、沈黙を強いていた。
こざっぱりとしたワンピースに包まれた妻の華奢な身体がひつぎに納められると。
父は母をかえりみて、ふしぎな言葉を口にする。
来週はお前、こちらに寄らせていただきなさい。
母は驚いたふうもなく、むしろ予期していたかのように。深い頷きを返している。
その日から。
母は毎日のように着飾って、緑華堂に出かけていった。
ある日は改まった和装に身を包み、
ある日はあのとき身にまとっていた黒衣の礼装を着けていた。
帰りはいつも遅く、ときには深夜になることもあったけれど。
父はいやな顔ひとつせず、そうした母をいたわるように迎え入れていた。
つぎの週末のことだった。
母に招ばれて、住まっている離れを訪れた。
珍しく彩りのある洋装を身に着けた母。
紅蓮の焔、と見まごうほどの真っ赤なブラウス。
かすかな艶を帯びた、漆黒のロングスカート。
若さとはほど遠かったはずの母のたたずまいは、
思わず声をあげたくなるほどの風情をたたえている。
差し出されたのは、数葉の写真。
紙の古さからみて、ここ数日で緑華堂が撮ったものではないようだった。
一枚目を目にして、驚愕が声になるのをとめることができなかった。
花鳥模様の和服を着た母は、写真のなかで若さを誇るように艶然と笑んでいる。
若々しく豊かな頬は、遠い少年の日の記憶を呼び覚まさせた。
まさに、妻の年頃の母である。
しかしそのあでやかな風情と面差しとは裏腹に。
はだけた着物からは、むき出しの肩と二の腕が。
ぬらぬらとした輝きを帯びた肌を見事なまでに露わにしていたのだ。
若いころの写真ですよ。
母は落ち着き払った声色を崩さない。
どれも。これも。
肌の一部をしどけなくさらした母。
惜しげもなく、かえって誇らしげに露出させた肌が、なめらかに輝いている。
あのころの写真技術で、よくここまでの艶を忠実に残せたものだ。
賞賛をおぼえるほどの出来であった。
妖しい絵柄も。口許に浮いた笑みも。
あの妻の写真と不思議なほどに符合している。
肌をあらわにした写真。あのひともお持ちだったわね。
母は息子の嫁を、他人行儀にそう呼んでいた。
あれを見たとき、すぐにわかったんです。
ああ、緑華堂さんのものにされてしまったのだわって。
操に手をかけるとき。あのひとはモデルの女性の襟首をくつろげて。
そういう写真を撮るんですよ。
だからもう、ダメだと思いました。
どうして言わなかったか・・・ですって?
そりゃ、女どうしですからね。
人のわるそうな含み笑い。母のなかにも、たしかに「女」は息づいていた。
ハッと気がついた。
もろ肌をあらわにした妻が緑華堂と契っていた・・・としたら。
母自身は、どうなるのだ?
混乱する私を見透かすように。
あらあなた。血の巡りが悪いこと。
ホホ・・・
冷ややかな声が、チクチクと。
張りつめた神経を、心地よくくすぐった。
代々の嫁の務めなのですよ。
私はお義母さんに連れられて。
初めて緑華堂さんにお伺いしたの。
子供が大きくなって、手が離れるようになってからね。
へんな男の人と浮気しないように・・・って。
あらかじめ浮気相手を決めておくなんて。
気が利いているんだか、不自由なんだか。
不自由・・・
そういいかけて。初めて母は苦笑を滲ませた。
あのひとがお嫁に来るときも。
声、かけられたんですよ。緑華堂さんに。
生娘のうちに、連れてくることはできまいか、って。
それはまぁ、あまりにも。・・・ねえ。
それにもう、こんな風習は私の代で終わりにしましょうって。
ほんとうは、そうお願いしていたの。
でも。
あなたが不始末を、しでかして。
あのひと、好きにさせてもらいますって、そう言ったでしょ?
それでね。お手伝いしたのよ。あのひとの浮気を・・・ね。
ごめんなさいね。悪い母親ですよね?
でもあのときには、そんな知恵しか浮ばなかったのですよ。
泥・・・ですって?
モノクロ写真だから、わからないだけ。
あれは、血なのよ。
あのかたは。私たちの家系の血を、とても愛していらっしゃるの。
貴方のお嫁さんに興味をもったのも。
うちの家系を愛しているから・・・
とても、悦んでおいででしたよ。
せわしなく写真をめくる手がとまる。
母の写真のなかに、なぜか一葉。
あきらかに最近撮ったであろう、鮮やかなカラー写真。
空気の色さえ身近に映るそのなかで。
漆黒のドレスに輝く飛沫は、たしかに赤黒く。
黒のストッキングは、ひざ下までずり降ろされている。
いつかどこかで、似たような絵柄のものを目にしたはずだ・・・
そう思いつつ、もう一葉めくると。
・・・どうして気がつかなかったのだろう?
はだけたスリップを、くしゃくしゃにして。
裂かれた衣裳を、シーツがわりにして。
緑華堂と肌を交わらせているのは、まぎれもなく妻だった。
今ごろ、お気づきになったの?
ぜんぶお見せする・・・わたくしたしかに、そう申し上げたはずですのに。
こちらを見ている妻は、まるで生けるが如く、
嘲っているのか。悦んでいるのか。
案外、わたしの愚かさを、いとおしんでいたものか。
口許に秘めた微笑の意味は、おそらく一生かかっても・・・解くことはできない。
あとがき
これも、「落穂拾い」です。^^;
下書きメモの前後関係から、8月7日か8日のあいだに描かれたもののようです。
最後まで描ききれずに時間切れ・・・となったようですが。
すこし加筆しましたら、どうにかモノになりました。
(なったのかな?^^;)
若奥さん、じつはどこかで生きているのでは・・・と思うのは、私だけでしょうか?
凌辱アルバム
2006年05月20日(Sat) 09:37:09
部屋を支配する薄闇を、たった一条の灯りが斜めによぎっていた。
男は重々しい書物を持ち出して、私の側に向けて扉を開いた。
大判のアルバムほどの大きさだった。
革装の扉に刻印された文字を、読む遑もないほどに、素早く。
なかの表紙には、
「環境改造計画」
と、ただそれだけ、書かれている。
男は表情を消したまま、つぎの頁をめくった。
そこには大判の写真が一枚。
写されているのは、私と、妻と、娘。
まるで写真館のショーケースに飾れそうなほど、たいそう改まったものだった。
妻と私は、スーツ姿の正装。娘は学校の制服に、白のハイソックス。
この男が、写真家と称して撮ったものだった。
「写真を撮られると魂を吸い取られる、というが」
男は人のよくない親しみを込めて、私ににやりと笑いかける。
「いまのあんたなら、信じるだろうね?」
男にしてはほっそりとした指が、ふたたび頁を繰る。
妻と娘をひとりずつ、全身を写した写真が見開きになっている。
服装は、さっきとおなじ。
背景は、漆黒の闇。
まえの頁とちがうのは、写真の随所に書き入れがしてあること。
首筋。胸元。それに、ふくらはぎ。
赤いペンによる書き入れは、子供の落書きのように、ふたりの姿に挿入されていた。
男は興味なさそうに、つぎの頁を繰った。
「初夜」
と、ただそれだけ、書かれていた。
男は表情を消したまま、次のページをめくる。
アッ、と叫びそうになるのを、かろうじて呑み込んでいた。
写真はやはり、見開き。
左の頁には妻が。右の頁には娘が。
妻はさいきん見かけなくなった黒と白との柄物のプリントワンピースを着ている。
娘は相変わらず、濃紺の制服姿。
ふたりとも衣裳に血を撥ねかして、仰向けにされて。
虚ろな目は、すでに意識を喪っていること示している。
乱れた胸元。
肩先にコサアジュのようにつけられた血痕。
足許の靴下はちりちりに裂かれている。
「さいしょのときのものだ。あんたも生で見るべきだったな」
男は一瞬得意気に笑んで、すぐにその笑みをおさめて、次の頁を繰っていた。
大判の写真のなかで。
妻が、甘苦しく俯いている。
足許に唇を這わせているのは、他ならぬ目のまえの男。
まくれあがったワンピースのすそから覗く太ももには、
ストッキングの伝線が鮮やかなカーブを描いている。
もう一枚。
妻はたたみの上、仰向けに組み敷かれている。
男は柔らかそうなうなじを咥えて。
女の顔色を窺いながら、血を吸い取っていた。
女は眉をひそめ、目鼻をゆがめて。
けれどもそのゆがみのなかにありありと滲む、愉悦の翳。
男はさらに頁を繰った。
娘がおなじような姿勢で、組み敷かれていた。
振り乱された黒髪の向こうに写っているのは、勉強部屋にある椅子の脚。
長いまつ毛のかすかな震えまで伝わってくるような、生々しさが焼きつけられていた。
心地よい眠りにおちたように、うっとりとした寝顔。
白い夏服を、己が血で汚され放題に汚されてしまっているというのに。
なにも気がつかないで、目を瞑っている。
もう一枚。
普通に制服を着て、勉強部屋の椅子に腰かけているところを、横から撮っているのだが。
唯一尋常でないのは、
黒のストッキングを履いたふくらはぎに、男の唇を享けていること。
ちょっと厭わしげに振り返って。
足許を見つめようか、見つめまいかと曖昧に目線を迷わせていた。
「どうやって、撮ったのかね?」
第三者の存在が、どうしても気になった。
「安心したまえ。あくまで私だけの愉しみだ」
愉しみ・・・その言葉に胸の奥をツンと突き刺されるような疼きが走る。
「お互いに、写真の撮りっこをしたのだよ。母娘で、ね」
えっ。
色をなしている私。
血を吸われながら。衣裳を辱められながら。
妻と娘は戯れ心に、相手の受難にカメラを向けたというのだろうか?
私の心の渦を見透かすように。
「どうかね?征服される・・・という気分は」
からかうような口調とは裏腹に。
男の瞳には、深い色あいが漂っている。
さいごの頁が、めくられた。
そこにはまだ、写真は貼られていなかった。
写真のあるべきところにあるのは、軽いデッサンによるカリカチュア。
凌辱される女を描いた戯画だった。
左の頁には妻と。右の頁には娘と。
瓜ふたつに似せて描かれた、二葉の絵。
「剥がして、家に持ち帰りたまえ」
男は命じた。
「代わりに、写真を貼って。あなたの記念品として進呈しよう」
男はぱたりと、アルバムの扉を閉じた。
表紙の金文字が毒々しく、私の胸を染める。
「○○家 夫人・令嬢凌辱計画」
家の名を穢すことを。代々強いられつづけている家系。
狂った血はそんな文字を目の当たりにしてさえも。
ドクドク、ドクドクと、無軌道に脈打つのだった。