~プロローグ~
村を訪れてから数ヶ月後。
私はある男性と親しくなり、彼の過去を聞きだすことに成功した。
吸血鬼が棲む・・・といわれるこの村で、おもてむき隠蔽されたその存在のかすかな痕跡が、そこに残されていた。
彼がぽつりぽつりと語ったのは、婚約者の女性を自らともなって、吸血鬼の家に伴ったときのこと。
旧知の仲である彼に未来の花嫁を引き合わせ、その場で生き血を提供した・・・というのである。
衝撃的な内容の思い出話をむしろ淡々と語る彼の横顔に、ひそかな戦慄を覚えたひと刻であった。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-1190.html ~二回目のインタビュー~
前回のインタビューを終えたあと、私は自分の犯した初歩的な手落ちに気がつき、しばし愕然としていた。
というのも、せっかくK氏という無二のクライアントを見出しながら、肝心のことを、それも数多く聞き落としてしまっていたからなのだ。
村の住民たちへの取材をするときしばしば思い知らされたのは、当地におけるよそ者に対する異常なまでの警戒心であった。
そう、彼らは都会からの興味本位な侵入者と見なされた私に対して、
問われぬことは、答えない。
・・・という、きわめて隠微でかつ目に見えない防衛線を、強固に張り巡らしていたのである。
比較的友好的に接してくれたK氏ですらその例外ではないという事実に、私はしばし埋め切れないギャップの大きさに呆然としたのであった。
K氏との再度の対談をもうける機会は、意外に早く訪れた。
私は彼との初会談の数日後、再び彼の自宅を訪ねる許しを得たのである。
以下はそのときのもよう・・・
問
先日はいろいろと・・・
答
いえ、いえ。お役に立てませんで。
貴方のご質問のおかげで、いままで忘れかけてきた懐かしいことどもを、いろいろと思い出しました。
つづけてもよろしいですか?
問
ぜひ、お願いします。
答
まだ母や妹のことについて語るほど、心の用意が出来ていませんので・・・
そちらのほうは、必要最小限のお話にとどめさせてもらいます。
こうして私たちの対談は、彼の意向に反する問いには答えないでよいという同意のもとに再開された。
問
破れたストッキングを穿いたままの未来の奥様を連れて、お邸を辞去されたのでしたね?
答
ええ。未来のK夫人が足許にストッキングの伝線を滲ませたまま、私に伴われてお邸から出てきた・・・といううわさは、たった一日で街じゅうに広まってしまいました。
覚悟していた・・・とはいえ、くすぐったかったですね。
問
あからさまに、誰かに言われた?
答
ええ。
都会育ちの婚約者を連れ帰ったということで、親類の者たちがお祝いに来てくれたのですが。
私が彼女を連れてお邸から出るときに、彼女が裂けたストッキングに血をしたたらせていたということを知らないものは、だれ一人いませんでした。
みんな口々に、おめでとうって、それは意味ありげに言うのです。
たんに結婚する・・・というだけではなくて、
別世界からきた彼女が私たちとおなじ秘密を共有することに同意を与えた・・・ということが、身内のなかでは深い意味を持ったのです。
彼女は、首筋にくっきりと、あのときの痕を残していました。
けれどもみんな、まるでそんなものは目に入らないかのように、ごく自然に彼女に接してくれるのです。
それでも、
マア、柔ラカソウナ肌ヲシテイラッシャルノネ。
とか、
コノ街、変ワッテイルトオ思イデショウ?
とか、わかるものにはわかる・・・ような口ぶりで。
こちらは気恥ずかしさを募らせるばかりでしたね。
問
奥様はどんな応対を?
答
ええ、びっくりするほど、よどみなく。
お互いに、あのときのことには触れようともしないのですが。
マダキレイナウチニコチラニ伺エテ、ヨカッタデス。
とか、
イイエ・・・変ワッテイルダナンテ。トテモ住ミ心地ノヨサソウナ処デスネ
とか、
やっぱりわかるものにだけわかるような答えを返してゆくのですよ。
問
未来の花嫁の処女の生き血を吸われてしまう・・・というのは、どんな気分のするものですか?
答
けっして悪いものではないのですよ。
彼女を共有することで、彼との近い関係を実感しました。
共犯者みたいな、奇妙な一体感を覚えましたね。
彼女の血を通して、彼と特別なつながりができたみたいな・・・
問
当時、貴方はもう、半吸血鬼だったのですよね?彼女の血を吸ったりしなかったのですか?
答
それは彼から禁じられていました。
ほんのしばらくのことであっても、彼女のことを独り占めにしたかったのでしょう。
そうなんです。未来の花嫁を捧げるときは・・・いっとき独り占めにされてしまうことになっているのですよ。
花嫁を共有することで、彼と家との交わりを深めるために。
まあ・・・かなり妬けましたが。(苦笑)
問
彼女の血をはじめて吸ったのは?
答
それでも・・・内緒でこっそり、吸わせてくれたのですよ。
ええもちろん。彼女のほうから・・・
彼の支配を受けるようになってから、ひと月ちかく経ったときのことでした。
支配をされても、貴方を嫌いになったわけではない・・・という、意思表示のようで。
生理的な渇きが癒えた・・・というよりも、変わらずに受け入れられているということに安堵を覚えました。
もっとも、あとから知ったことですが、彼にそうするようにと指示を受けていたらしいのです。
すこし、吸わせてやるように・・・って。
許可するまで、彼女の血を口にする権利はきみにはない・・・と言われまして。
いつか、適当と認められたときに必ず許可してやるからって。
でもそれが、彼女を経由したものになるとは思っていませんでした。
すべてが彼の手のひらのうえの出来事だったのですね。
問
どれくらいの頻度で、婚約者の血を要求されたのですか?
答
週に2、3日という約束でした。
けれども、彼女はほぼ毎日、お邸通いをつづけていました。
ときおり蒼い顔していましたが。それでもぴんぴんしていましたよ。
若かったんですね。(笑)
吸われる量はごくわずかだったのですが、どちらかというと彼女の服を汚すことに、彼は興味を覚えたようでした。
お邸を出てくる彼女を迎えるのは私の役目だったのですが、よくブラウスを血でべったりと濡らしたりしていて・・・
改めて、支配されちゃっているんだなあと実感しました。
問
やっぱり、ストッキングに裂け目を滲ませて?
答
そうそう。(笑)
わたしとのデートで手を振って別れると、彼女は私が視界から消えたあたりでまわれ右をして、お邸に足を向けたんです。
わたしはそのあとをついていきまして。(笑)
出入りは自由に許可されていましたので、あがりこんで、隣室から未来の花嫁が吸血鬼の餌食になるところをかいま見たんです。
問
嫉妬はしなかった?
答
そりゃあ、もう。(笑)
股間が痛いほどずきずきして、まともに立っていられないくらいでした。
彼女、自分の愛用のストッキングをわたしに貸してくれていたんですが。
ズボンの下にそれを穿いて、伺うんです。
それが、太ももを縛りつけるみたいに、ぴっちりと張り詰めて、
皮膚にじわーっと、妖しい疼きがしみ込んでくる感じがしました。
いけない光景を覗き見している彼女が、わたしを咎め苛めているような錯覚を覚えました。
薄手のナイロンが、私の理性を縛りつけていたのでしょうか。
問
処女の生き血を吸われつづけた?
答
ええ、もう、もったいないくらい・・・
問
もったいない?
答
さいしょはね、たいせつな彼女の血が喪われてしまうことへのもったいなさだったのですが。
そのうちニュアンスが、変わってきたのですよ。
考えてみれば、人の生き血を数百年間も吸いつづけてきた彼のことですから、
「もったいないくらいにありがたい」というやつです。
むしろ、彼にとって彼女の血はいままででなん番めの味なのかな?とか。
妙な想像をして、悦に入ったりしていました。(笑)
問
別れ話とかは起きなかった?
答
だいじょうぶでしたよ。
むしろ・・・村で挙げることになった祝言の席に招く彼女のお母さんやお友だちを、村の人たちにどんなふうに紹介しようかとか。
いけない相談に熱中していました。(笑)
問
では、彼女は処女のまま、めでたくお嫁入りしたわけですか?
答
処女でしたよ。挙式直前まではね。(苦笑)
ある晩、私は母に呼ばれまして。
今夜吸血鬼さんが由貴子さんに夜這いをかけるから、あなたは黙ってみていなさいって、言われたんです。
わたしがすんなりとうなずくまで、怖い顔をしていました。
彼は夜中にやって来て。
母も彼女も、昼間みたいに着飾っていて。
母はオードブルだといいながら、自分の血を彼に提供していました。
珍しくてかてか光る肌色のストッキングを脚に通していて、「貴方たちへのはなむけです」って、
目のまえで噛み破らせて。
お手本ですよ、って、彼女に向けた視線が「もう逃げられないわよ」って言っているように窺えました。
女はいざとなると、怖いですよね・・・
けっきょく由貴子さんは、彼に連れられて用意された別室に連れ込まれていきました。
彼が後ろ手にしてドアを閉める間際。
肩に流れた彼女の黒髪がゆさっと揺れたのと、
彼女の細い腰を彼の腕がグッと引き寄せたのとが、いまでも目に灼きついています。
ひと晩じゅう、ドア越しに声だけ聞かされました。
母はお茶を淹れてくれましたが、もちろんお茶どころじゃありません。(笑)
もう・・・悶々としていましたね。^^;
ドアひとつ向こうで、未来の花嫁が犯されているわけですから。
処女でしたからねぇ・・・どんなふうにされちゃうんだろうって。もう気が気じゃなくって。
そんな私を見透かすように、母はドアに耳をつけて、
「まー、あんなに取り乱しちゃって。かわいいわね」なんて、やっているわけです。
こうしてわたしの未来の花嫁は、めでたく彼のところにお嫁入りしたんです。
問
そのときも・・・別れるようなことはお考えにならなかったわけですね?
答
村のしきたりですから、通過儀礼みたいなものですね。
ですからもちろん、別れるなんて発想はそもそもないのですよ。
それにしても・・・刺激的すぎる経験ですから。
あまり若いうちに、結婚なんて考えるものではありませんねぇ。(笑)
―――こうして彼は、時おり笑みさえ交えながら、婚約者の処女喪失のようすを語っていました。
むしろ、自慢げに、誇らしげに。
問
翌朝は?
答
母はさっさと寝んでしまいましたが、私はもちろんまんじりともしませんで。
ずっとドアごしに張り付いていましたっけ。(^^ゞ
呻き声は断続的に、夜明けごろまでつづきましたから。
声が絶えたのは、もう明るくなり始めたころでした。
しばしソファでまどろんで、台所のほうから朝の支度をしている物音で目が覚めて。
彼女はなにごともなかったように、母と二人で朝ご飯の用意をしていました。
問
どんなふうに、声かけたんですか?
答
さすがにまともには、彼女の顔を見れなかったですね。
彼女はこぎれいなワンピース姿で、いつもきちっと束ねている髪の毛をほどいたまま、肩まで流していたんですが。
肩のあたりでユサユサ揺れる髪の毛を見ても、
こぎれいなワンピースの襟首からちらっと覗いた胸元を覗いても。
もー!夕べはなにがあったんだ!?って状態で・・・
お茶碗を並べに行き来するたびに、ワンピースのすそがふわふわするのが気になって気になって。
太ももの奥を汚されちゃったのを、知っているわけですからね。
そのうち母が、彼女に声かけたんです。
「由貴子さんおめでとう。よくがんばったわね」って。
問
彼女はなんて応えていましたか?
答
(忍び笑い・・・)
さすがにちょっと、口ごもっていまして。
私のほうを、ちらっと盗み見て、
イタズラっぽくほほ笑みながら、
「衝撃的・・・でしたっ」ですって。
問
ゾクゾクした?
答
ええ・・・もうとっても。