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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ ≪番外編≫ まゆみ、ナギの日記を読む

2018年10月30日(Tue) 07:57:01

「いけないっ。夕べ干すの忘れてたッ!」
まゆみお姉ちゃんはナギの顔を見かけると、頭に手をやっておっきな声を出した。
いっしょに歩いていたお友だちとバイバイすると、ナギの手を引っ張って道をそれ、手近な公園のベンチに腰をおろした。
まえに朋子を襲った公園とはべつのところだったけど、噴水が静かな音をたてて、周囲を行き交う車の騒音を遮っていた。

ナギはさっそく日記帳を取り出して、「きのうの日記。」といって、まゆみに手渡した。
ところが手渡したとたんなにかを思い出したらしく、ナギは「あ!」と声をあげるといちど手渡した日記帳をまゆみの手からひったくり、ページを一枚破いた。
「な~に、それ?気になるじゃん!」
まゆみはわざとナギの手もとをのぞきこんで詰め寄り、ナギを困らせた。破かれたさいごのページには、こう書かれていた。
"父ちゃんとまゆみお姉ちゃんの母さんができていることは・・・ナギはずるくないし、正直なのが好きだから。"


自分自身がひとの目から見てどう映るのかは、とても気になるものらしい。
まゆみはとても熱心にナギの作文を目で追っていた。
ナギはむしろ、まゆみの反応が面白くて、彼女がナギの描いた日記を目で追って、そこに登場する彼女自身に照れ笑いしたり噴き出したり、口を尖らせたり妙に羞ずかしがったりするのを、興味津々に観察していた。

"そのときの顔つきがかわいかったので、血を吸いたくなりました。"
「なぁに?こんなきっかけでひとの血を吸いたくなるわけ?」
まゆみはこのくだりで、いかにも不当だという顔をした。

"父ちゃんにいったら、前から目をつけていたと言いました。そういうことなら顔役さんに話してみるっていいました。それで、父娘でまゆみちゃんの血を吸っていいことになったので、まゆみちゃんに会いに中学校に行きました。"
「ひどい父娘~っ!あたしの知らないところで勝手に決めるなんてっ。本人にもひと言、ことわりなさいよねっ!!」
口では怒りながら、言い回しがおかしかったのか、まゆみは白のハイソックスを履いた脚をじたばたさせて笑った。
「ひと言いったら吸わせてくれた?」
「ううん、吸わせてあげなかった」
「もう~!」
血を吸わせるとか吸わせないとか、かなり突拍子のないことを話題にしているのに、ふたりの雰囲気は和やかで、はた目には仲の良い姉妹のようにしか見えなかった。

"春田という教師は、ぼくのせいにならないのなら手伝ってあげてもいいよといって、"
「春田のやつぅ~~」
ここのくだりは、まじめに怒っているようだった。
奥歯をキリキリいわせるのまで聞こえてきて、ナギは春田の妻を連れて来させて父ちゃんに紹介するという自分のアイデアがまちがっていないことを確信した。

"足にはお肉がたっぷりついていて、はいていた白のハイソックスはリブ編みもようがツヤツヤしていて、とってもおいしそうに見えました。"
"でも、まゆみちゃんはまだ、あたしがそんな気持ちでお姉ちゃんのことを見ているなんて、夢にも思っていないのです。そう思うとなんだかゾクゾクしてきました。"
ここのくだりは「けだものだ。けだものだよ~。ナギちゃんやっぱり怖いよ~」なんて言いながら妙に嬉しがっていたし、

"ナギが正直に、お姉ちゃんの血を吸いたいのといったら、お姉ちゃんは、悪い冗談だよね?といってナギのことをおっかない顔でにらみました。でも、血を吸われるのならナギと父ちゃんとどっちがいい?ってナギがまじめにきいたら「うそ、うそ!」って、怖がっていました。父ちゃんは女のひとの血を吸うとき必ずいやらしいことするんだよって教えてあげました。そう聞いたら、ふつうの女の子ならナギのほうを選んでくれると思ったのです。"
こんなやり取りはなん度も読み返して面白がっていた。もっともまゆみによれば、都会の女の子としては父娘どちらにも応じることは無理で、血を吸いたいなんて言われたとたんにふつうの女の子なら逃げ出すということだそうで、やっぱり都会の女の子はなにかと難しいとナギは改めてそう思った。

"そして、まゆみお姉ちゃんの前で父娘でけんかになってしまいました。
お姉ちゃんはうんざりした顔をして、「いいわ、けんかはやめて。お姉ちゃんがちょっぴり痛いのガマンすればいいんだよね?」と言うと"
「こんなにあたし、もの分かりよかったかなぁ」まゆみはどうしても思い出せないらしく、しきりに首をひねっていた。じつはこのくだりは完璧な創作だということは、ナギはわざと黙っていた。

そのあとのくだりにまゆみの黙読が近づくにつれて、ナギはわくわくしていた。
そして、彼女が絶対ひっかかると予想したくだりで案の定まゆみがが大真面目に抗議したのて、クッククックと得意になって笑いころげた。

"そうしたらそのうちお姉ちゃんもノッてきちゃって「ああーん。もっと吸って」と言いました。"
「うそ!うそ!あたしそんなこと言ってない!絶対言ってない!!」
あまりにも憤慨しているのが面白くって、ナギはけらけらと笑いころげてしまったほどだ。意外に真剣に読まれたのがそのあとの、

"ピンク色をした乳首に父ちゃんのよだれを光らせながら、お姉ちゃんはまゆ毛をうんとよせて、苦しそうなきもちよさそうな顔つきになっていました。"
というくだりで、「ほんとう・・・?」って、かなりまじめに訊いてきた。
たしかにはた目にはこのとおりに見えたのだが、だからといってまゆみのことを「実はいやらしい人」と見なしてしまうのはフェアではないとナギは思う。
父ちゃんもナギも唇の奥に含んでいる毒は、ひとをそれくらい堕としてしまうことはわけのないことだったから。

"でもお姉ちゃんはナギにものをぶつけて逃げました。"
「かわいそう~。ごめん~、痛かった~?」
ここのくだりでは、まゆみはひどくすまなさそうに同情して、まだばんそうこうを貼ったナギのおでこを撫で撫でした。
あのときお姉ちゃんに、痛いけどゴメンね、なんて言われるとは、さすがのナギも予想していなかった。
けれども、ものを投げられてムキになったのが案外勝因だったとナギは思っている。だから、

"まだじぎょうがあるのに、学校をサボってどこかに行っちゃうのはだめだと思いました。"
というのはどちらかといえばつけたりだったのだが、まゆみには却って面白かったらしい。
「授業に出たら、ホントに赦してもらえたの?」そういうまゆみに、ナギはとうぜんのようにかぶりを振ったのだけど。


きっとこれからも、この姉妹のように仲の良い少女二人は、こんなやり取りを続けていくのだろう。
片方は血を吸って日記を書き、片方は血を吸われて日記を読む。
年上の少女がもうひとりの少女の父親に素っ裸で抱かれて、犯されてしまう日記を描く日もそう遠くないと、ナギは心のなかで思っていたし、
将来だれと結婚するとしても、いちばんはじめに自分を犯すのはこの子のお父さんだと、まゆみも心のなかで思っていた。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ ≪番外編≫ 隣町の令嬢のその後

2018年10月30日(Tue) 07:42:28

露川朋子は、高校に進学してから親しくなった隣町に住む同級生、力武賢司の家を辞去したところだった。
外の風は意外に冷たく、朋子はジャンパースカートの制服姿をちょっとすくめた。
赤と紺のストライプ柄のネクタイを締めなおし、ツインテールの豊かな黒髪をサッと撫でつける。
慣れない黒のストッキングの足許が、よそよそしい外気に触れてすーすーとした。

朋子の頬には、和やかだった力武家の温もりがまだ残っていた。
初対面だった力武夫人は気さくで話し好きだった。
「高校あがると日曜まで模擬試験あるのねぇ、たいへんねぇ」
さいしょは固くなってお辞儀をするのがやっとだった朋子もつり込まれて、むしろ賢司本人とよりもよっぽど話がはずんだくらいだった。
母親の実家がこの村だということも、賢司の母親の心証をよくしたようだった。
賢司は親切で惹かれるタイプの子だったけど、ふつうの男の子なみに口数のすくないほうだったから。
朋子ははこのあと近在の祖母のところにも用事を作っていた。
慎重な彼女は、もしも賢司の家の雰囲気が気詰まりだったら、それを口実に早々と切り上げようと考えていた。
けれどもそれは杞憂だった。
むしろ尻が長くなりすぎて、祖母のところに寄ったら帰りが暗くなってしまいそうだった。
力武夫人は早手回しに、朋子の祖母の家に電話をかけてくれた。
孫娘を引き留めてしまったことをおわびして、生真面目できちんとしたお嬢さんですね、と、抜け目なく誉めことばをつけ加えることも忘れなかった。

電話口から戻ってくると、賢司の母は話のついでのように、
「これお姉ちゃんのなんだけど、あなたも履かない?町の学校では今どきストッキングなんて履かないのかな」
と、親切にも、自分の娘が通学用に履いている黒のストッキングの未使用のものを箪笥から持ち出してきて、
朋子が遠慮したのに耳も貸さずにわざわざ封を切ってくれた。
その場で履いてみせないわけにはいかなかった。
朋子は履いていた白のハイソックスを脱ぐときちんと折り畳んで、ありあわせの紙袋をもらうとそれに包み込んで通学鞄のなかにきちんとしまった。
真新しいプリーツのきいた制服のすその下、濃い墨色に透けた脛の白さが、賢司にもその母の目にさえも目映く映った。
「アラよく似合うわぁ」
力武夫人は頓狂なくらい声をあげ、朋子の足許を本気でほめあげた。


朋子が真新しい黒のストッキングに革靴の脚をそろえて、お母さんに教えられたように玄関先できちんとご挨拶をして辞去していくと、母親は息子にこういった。
「うまくいったね。親がこの村の出だなんて、あなたいい子を見つけてきたね。身体も大きくて、美味しい生き血がたっぷり獲れそうな娘さんじゃない。母さん鼻高々だよ」
賢司は、ずるさのまったくない聡とそうな目をして、
「朋子さんって、クラスでいちばんのっぽなんだよ。性格もおとなしいし口も堅いんだ。顔だって可愛いでしょう?3つ下の妹さんもいるっていうし、今から楽しみだよね」
と、母親に応えた。どこまでも、家に招んだ彼女を母親にほめられて得意になっている少年の笑顔だった。


朋子はいま自分のことをにこやかに送り出した親子がそんな会話を交わしているなどとは夢にも思わずに、
黒のストッキングが相変わらずすーすーとする足許を気にしながら、祖母の家の方角に脚を向けた。
ここに来るまえに母さんが、あちらのお母さんとの相性はお婿さんの性格よりも重要だって言ってたけれど・・・まさか賢司くんが私のお婿さん??
母親にまじめな顔をされたとき朋子は一笑に付したけれど、いざ賢司の家に行って母親とまで実際に顔合わせまでしてしまうと、軽い気持ちで応じたきょうの訪問が、じつは深い意味を持っていたような気がしてきて、朋子はひとり顔を赤らめた。

賢司の家と祖母の家のちょうど中間くらいのところに、そこそこの大きさの公園があった。
公園の入り口を通りかかると、小さな女の子がひとり、うずくまるようにしてしゃがみ込んでいた。
朋子はなにかに怯えているらしい彼女に声をかけ、自分よりもずっと年下の少女の仕掛けたわなにまんまとかかり、善意の手を差し伸べた。
怯える少女を家まで送り届けるつもりで脚を踏み入れた公園は、魔の園だった。
現れた少女の父親に生き血を求められた朋子は、自分をだました少女に後ろから抱きつかれ、じたばたともがきながら、ヒルのように強欲な唇を首すじに吸いつけられていった・・・


「大事なところを見逃すんじゃないよ。もしかしたらうちの嫁になるかも知れない子なんだからね」
母親にそう言い含められた健司は、連れてきた彼女が辞去してすぐ、家の前の通りの曲がり角を曲がったころに家を出た。
ナギが朋子をだますところは手に汗を握って聞き入っていた。
だまされないでほしいという普通の気持ちは人並みの青年としてもちろんあったが、
自分が気に入った同級生の朋子がなにも知らずに公園に脚を踏み入れてゆくところをついに声をはさもことができないで昂りとともに送り出してしまっていた。
一瞬遅れて足を踏み出そうとした彼を引き留めるものがいた。
落ち着いた物腰の老女だった。
彼女は、朋子の祖母だと名乗った。
用意周到だった健司の母親は、同郷のこの婦人にも抜け目なく手を打って、見届け役を依頼したのだった。
ここの女たちは、彼女たちの共通の秘密を守る。
朋子の祖母も、他所の街に育った孫娘がおなじ道を歩むことを歓迎した。
村でも有数の賢夫人であった彼女は、突然の相談におどろきながらも、孫娘が血を吸われる場所を自分の家の間近にした夫人の配慮に感謝した。
電話を切るとそそくさとよそ行きのワンピースに着替え、サッと化粧を刷くと、孫娘とおなじ黒のストッキングを脚に通して出かけてきたのだった。


ジャンパースカートの制服のすき間のそこかしこから、十六歳の処女の清冽な血潮が、荒々しく抜き取られてゆく。
濃紺の制服姿に巻きつくように、二対の唇が、赤ネクタイを緩められたえり首やわきの下、ひざ丈のすそをたくしあげられてむき出しにされた黒のストッキングを履いたままの太ももと、思い思いの部位へとしつように吸いつけられてゆく。
ズルズル・・・ぢゅるうぅっ・・・っと、汚ならしい音をたてながら。


公園のベンチに尻もちをつくように腰をおろした朋子は、隣に腰かけている祖母に寄りかかった格好で、ほとんど正気を喪いながら、なにやらとりとめのないうわ言を呟きつづけていた。
暗緑色のベーズリー柄のワンピースを着た祖母はそんな孫娘をあやすように、背中ごしに回した腕で孫娘の肩を抱いてやっていた。
祖母の腕のなかで、貧血を起こした朋子はうつらうつらとなって、上体をゆらゆらと揺らし始めていた。
自分の脚の片方に草色の作業衣の腕が巻きつけられて、足許にかがみこんできた分厚い唇が黒のストッキングのうえから吸いついて、オトナっぽく足首を染める薄いナイロン生地をみるかげもなく咬み破っているのも、まるで上の空だった。
「いい子だね。朋ちゃんはほんとにいい子。とつぜんだったのに、よくがんばったね」
小声で優しく孫娘のことをいたわる祖母の足許にも、餌食になったその孫娘をだました少女が、たっぷりとした肉づきをした脛に、薄黒のストッキングのうえからかじりついている。
ヒルのように貼りつけた唇の下で、豊かな肉づきの輪郭を微妙な濃淡で縁取っているナイロン生地が、あざやかに裂け目を拡げはじめていた。
ふくよかな肉づきに、紅い歯形がくっきりと浮いている。
歯形に淡くあやされた血潮を意地汚く舐め取ると、ナギはもういちど、ストッキングの裂け目ごしに生えかけの牙を埋めた。
そうしてヒルのように貼りつけた唇を、もの欲しげにせわしなくうごめかして、朋子の祖母の脛にはりつめたストッキングをくしゃくしゃにしていった。
孫娘よりも幼い少女が自分の足許にとりついて、食べ盛りの年ごろらしい食欲を発揮するのを、朋子の祖母はそれでも穏やかな視線を逸らさない。
「お嬢ちゃん、こんなおばあちゃんの血じゃあ美味しくないだろうけど、堪忍ね。
お姉ちゃんは小父ちゃんのお相手で精いっぱいだから、きょうのところは見逃してあげてね」
祖母は足許の少女が素直にこくりと頷いたのをみて、穏やかにほほ笑んだ。
その代わり・・・というように、淑やかに装った黒のストッキングの脚を、ベーズリー柄のワンピースのすそから、さりげなく覗かせてやる。
ナギが目の色をかえて彼女の脚にとりついて、脚にまとったストッキングをひざ小僧がまる見えになるくらい手ひどく咬み破くのを、
「まぁ、まぁ・・・」
と、ころころと笑いこけていた。


「きょうはどうにも、あいすまんことで・・・」
律儀な職人の顔に戻った男は、孫娘から吸い取った血潮をまだ口許にあやしながら、老婦人に慇懃なお辞儀をくり返した。
「はいはい、どういたしまして」
老婦人はなにごともなかったように、男にむかって礼儀正しい会釈を返していた。
男の作業衣についた塗料のシミのうえには、またも赤黒い飛沫のあとを上塗りさせていて、それはまだ乾き切っていなかったし、
老婦人の首すじにも、おなじ色の飛沫が散っていた。
ベーズリー柄のワンピースの下は、ナギのおイタのせいで、濃い墨色のストッキングがひざまでまる見えになるほど、派手に伝線している。
そのすぐ傍らで、じつの祖母に甘えるように寄りかかったナギは、彼女から吸い取った血を、しきりに手の甲で拭っていた。
ぶきっちょに口許を往復したこぶしは、却って紅く汚れた部分をひろげて、頬ぺたまで紅い血のりで毒々しく光らせていた。
父ちゃんはへまをした娘のしぐさに忌々しそうに目をくれて、
「・・・ったくお前ぇは!うちさ帰ってちゃんと拭けって!」
と叱った。

朋子はひとりベンチに残って、失血で息をはずませていたが、男の叱声をきいてふらふらと立ちあがった。
赤と紺のストライプ柄のネクタイは乱暴にほどかれてブラウスから飛び出ていて、そのブラウスも、えり首や胸許にバラ色の飛沫をはねかせている。
ジャンパースカートにもところどころ赤黒いものが撥ねていたが、それは濃紺の生地のおかげであまり目だたなかった。
黒のストッキングも、祖母のものに負けず劣らず、むざんな裂け目を拡げていた。
朋子は制服のポケットからハンカチを取り出すと、ナギの頬を丁寧に拭いた。
ブラウスに撥ねた血も、まだ濡れているところは念入りにハンカチに染み込ませ、血のりがこびりついた手指も、優しく包むようにして拭き取ってやった。
拭い取った血は、祖母の血がほとんどだったが、朋子の血も含まれているはずだ。
「小父さんも」
そういって朋子は、男の頬や耳たぶにべっとり光っていた彼女自身の血も拭き取った。
「あ!?あぁ・・・わざわざすいません」
男は虚を突かれたように目を丸くし、決まり悪そうな顔をしながら朋子にされるがままになった。
襲って生き血を吸った少女に顔まで拭かれるとは、思ってもいなかったらしい。
「よくできた娘でしょう?自慢の孫娘ですのよ」
老婦人は、おだやかに笑った。
「あなたもきちんと、ご挨拶なさい」
祖母に促されて、朋子はなんと言ったものかとっさに口ごもったが、もともと躾の良い家に育ったらしく、ひと言、「ふつつかでした」といって、礼儀正しくお辞儀をした。
ほどかれたネクタイや制服の乱れは、祖母が傍らから手を伸べて整えてやっていた。
「い、いえいえ・・・こちらこそ」
喉が潤うとぼくとつな真人間に戻る男は、へどもどと要領を得ないあいさつを返し、ナギもまた神妙な顔つきをして「こちらこそ」と、父親にならった。
「お知り合いになれて、良かったわね。きょうはいきなりだったからあなたもびっくりしただろうけど、ここらあたりでは珍しいことじゃないのよ。朋ちゃん、えらいわ。よくがんばったね。お祖母ちゃん鼻が高いわ」
祖母はもう一度孫娘を褒めると、「そろそろお開きにしてもよろしいかしら?」
と、血吸い鬼のふたりに訊いた。あくまで決定権は彼らの側にあるという態度だった。ナギがいいにくそうに、朋子にいった。
「お姉ちゃん、もうちょっとだけ咬んでもいい?」
「えっ?困ったなぁ・・・」
朋子は破けたストッキングの脚を寒そうにすくめて祖母をみた。もっとも一応はためらってみせたものの、しんそこ嫌がっているふうではない。
そんな朋子の顔つきを読んで、祖母はことさら渋い顔を作って言った。
「アラ、いけないわ。せっかくのおねだりじゃないの。咬ませておあげなさいな」
祖母は孫娘の血をまだしつこく吸いたがるナギの肩をもった。
「どのみち今夜は、お祖母ちゃんのおうちに泊まりなさい。疲れているんだし、着替えもしなくちゃね。お母さんには私から電話しといてあげる。心配いらないわ。あなたのお父さんには内証だけど、お母さんもあちらにお嫁に行くまではこちらの皆さんに血を差し上げていたのよ」
「う~ん、じゃあ・・・」
母親まで・・・・ときいたことが、少女を勇気づけたようだった。
進退きわまった孫娘は、ちょっとのあいだ照れたように笑うと、
「ちょっとだけ・・・ね?」
と、うまうまとだまして手中にしたお姉ちゃんの血を父ちゃんにほとんど独り占めされるのに我慢をしていたナギのために、朋子はストッキングの破れがすくないほうの脚をすっとさし伸べてやった。
ちゅー・・・
通学鞄を抱えたままつま先を差し出す朋子の足許にうずくまって、ナギが静かな音をたてながら吸血に耽っているあいだ、男に慇懃なお礼を受けた祖母は、お互いに手短かながら事情を交換しあっていた。
――妾(わたし)は代々この村に棲む家で、還暦を過ぎたいまはお呼びがかかることはめったにないがかつては"お得意"の少ない血なし鬼を相手に手広く施しを続けていた。
朋子の母親である娘も、生娘のころには妾といっしょに"お寺詣り"に出かけてなん人もの血なし鬼の相手をしていた。
やがて隣町の家と縁談が整うと、その家は"お他所の家"だったので、さいごのご奉仕の晩に村の長老に処女を与えて嫁いでいった――と。


「ナギちゃん、お行儀よくないわ、またお口が汚れちゃったじゃない」
朋子お姉ちゃんはナギを優しくたしなめながら、少女の手を引いて祖母たちのほうへと歩み寄ってきた。
「ナギちゃん、もういいって」
そう口にするのがやっとだった。
びりびりに破けた黒のストッキングをねだられるままに脱ぎ与えた朋子は、
「お姉ちゃん、きれいなハンカチもうないんだ。良かったらこれでお手々やお口を拭いてね」
と、脱いだストッキングを少女のまえに帯のようにぶら提げた。けれどもナギはかぶりを振って、
「ううん、拭かない。お姉ちゃんの血をつけたままおうちに帰る」
よほど朋子お姉ちゃんの血が気に入ったとみえて、ナギは朋子から吸い取った血をわざと自分の頬になすりつけた。
居合わせた皆が、そんなナギのしぐさをみて、笑った。

吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ ≪番外編≫ お買い物

2018年10月30日(Tue) 07:33:23

「都会のデパートまで出かけて行くことはないわよ。すぐ隣町に、いいお店があるから。」
そう教えてくれたのは、はす向かいの奥さんだった。
夫とおなじ勤務先。越してきたのは二年まえ。
おなじくらいの年恰好でも、はるかにベテラン。相手を務める男性の数も、片手にあまるらしかった。

――もてると、お洋服代もばかにならないわ。もちろん実入りもそれなりにあるけれど。

招びもしないのにうちにあがりこんできて、さも自慢げにそういって。
尻も長く居座られたとき、彼女はふふふ・・・と、含み笑いをしながら囁いてきた。

ねぇあなた、こないだご主人が連れてきたかたから、お金預かったでしょ?
ほら、夕方にいらした父娘連れの・・・。
ご近所同士なら、お話ししたってだいじょうぶよ。お互い秘密は守ることになっているから。

妾が恐る恐る、黙って頷くと。つけ入るように彼女はいった。

お買い物に行きましょう。始めはつきあってあげるから。お店も教えてあげる。
ほかにも、ここの村のこととか、あのひとたちのやり口とかも。

そういうと彼女はもういちど、ふふふ・・・と、あのいやらしい含み笑いをくり返した。


隣町のブティックは、古ぼけた街並みのなか、場違いなほどに浮いていた。
入り口のたたずまいの、なんとなしにひっそりとした感じが、後ろめたい買い物をする身には、すんなりと入りやすかった。

ご近所のひともよく来るのよ、このお店。
知ってるひとと目が合ったら、悪びれないで挨拶なさいね。
此処に来るひとはみんな、同類なんだから。
アラ、さっそくまあまあ・・・岡原さあん!さきにいらしてたのね!?
ご存じ?このかたは月田節子さん。先月ご主人の転勤でいらしたばっかりなの。よろしくね。
あぁこちらは、三丁目の岡原麻衣子さん。三人とも、同じお勤めさきなのよ。
月田さんのお相手も三丁目だから、きっとどこかですれ違っているわね。

岡原夫人はこちらが気恥ずかしくなるほどはっきりと妾を見、落ち着いた物腰でお辞儀をしてきた。
身体の線にぴっちりとしたワンピースの腰つきが、ひどくしっとりと目に映えた。
お互いそれ以上の干渉を避けるように左右にさりげなく別れると、彼女はいった。

若いひとはいいわね。あの方これから、ホテルに行くと思うわ。
ひと言そんな陰口をたたくと、彼女は妾のための衣装選びに熱中した。自分の買い物以上に熱心に。
こちらに背中をみせた岡原夫人が脚を向けたのは、下着売り場だった。

あなたは地味な顔だちだから、服は思いきり派手な色がよろしいわ。
ここのひとたちはね、そういうの悦ぶの。
この黄色のスーツなんかどう?イイエ、こんな派手な色着たことがないなんて、そんなこと言ってる場合じゃないわ。
それからきょうは、最低限5、6着は買わなくちゃ。
汚されたり盗られたり、そんなことしょっちゅうなんだから。
手持ちの服なんか、あっという間になくなっちゃうわよ。
それから喪服も一着買いましょう。
此処はね、法事がしょっちゅうあるのよ。いまの手持ちはひと揃い?たぶんすぐに、破かれちゃうわね。つぎか、そのつぎくらいには。

妾の運転で半日がかりで買い物をすませると、
「やっぱり車は便利ね」
彼女はすまして、そういった。
両手に、妾に買わせた以上の服を抱えて。
こんなお買い物が、きっとこれからも続くのだろう。
そう思いながら、妾は薄ぼんやりと頷いていた。
耳の奥には、助手席にふんぞり返った彼女の言いぐさが、しっかりとこびりついていた。

思いきって、大胆にいきましょうよ。
だんな様も、認めてくだすっているんでしょう?
お洋服代がなくなってきたら、遠慮なくおねだりするのよ。
ご主人にも。彼氏にも。
あたしたち、そうする権利があるんだから。


初めて献血をしたのが金曜だった。
それは、なんの前触れもなく訪れた。
帰り道の途中で電話をくれた夫の言い方は、ひどくまわりくどくって、なにを言いたいのか要領を得なかったから。
茫然とする妾のことを嵐は一瞬でおし包み、うっとりとしているあいだに、なにもかもを塗り替えていった。

彼はつぎの日の朝もきた。あの汗くさい作業衣を着て。
衝撃づくめの一夜から、幾時間も経っていないのに来てくれたことに、なぜか妾はほっとしたし、嬉しかった。
嵐の過ぎ去ったあと夫とふたりきりで取り残された時間は、そう気詰まりなものではなかったはずなのに。
ほんとうは拒まなければならなかったかも知れない来客を、妾は嬉々として迎え入れてしまっていた。
夫がいないこの部屋に。

女として求められている。

そんな自覚が、妾の背中を押していた。
貧血ぎみの身体をおして相手を務めた妾を気づかってか、血を吸う量は手かげんしてくれた・・・ような気がした。
そのぶん、もうひとつのお勤めのほうは、ねっちりとしつこかった。
夕べとおなじように、着ていた服ごと辱しめられ、汗くさい口づけや荒々しいだけのまさぐりに、応えてしまっていた。

ふすまの向こうからひっそりと覗いているのが夫だと、すぐに察した。
夕べは二階と一階だった。
階下の天井がきしむ音で、夫はすべてを察しただろう。
もともと、彼らをこの家に連れてきたとき、すでに覚悟はしていたはずだ。
でも、間近に視たのは初めてだろう。それをわざわざ視るために、夫は会社を早退けさえしたのだった。

夫が妾のまえに、おおっぴらに姿をあらわしたのは、ことが果てたあとだった。
「服を汚した」さりげなくそんな表現を使うのに、ひどくどぎまぎした。
けれども夫は、妾のそんな言いぐさも聞き流しにした。
ただお洋服代を受け取ったといっときだけ、すこしだけいやな顔をした。
さすがにいけないことを言っただろうか?
内心ヒヤリとした妾に気づかなかったのか、家計とは別々に管理しますという妾の説明には、黙って頷いてくれた。
夫はただ、お金を受け取ることをいさぎよしとしなかっただけだった。いつも通りに律儀で損な性格の夫がそこにいた。
長年連れ添った妻の貞操を、あのひとは惜しげもなく、ただで手放したのだ。


はす向かいの奥さんが待ちかねたように声をかけてきたのは、週明けのことだった。

彼は妾のことを、たった2日我慢しただけだった。
真っ昼間、いきなり現れて、有無を言わせず押し倒された。「お前ぇの娘の血さ吸ってきた」
そう囁く彼に、妾は
「そう・・・」
とひと言応えただけだった。
大事な娘が生き血を吸われたというのに。われながら驚くほどに、無感動だった。
ここまで堕ちたんだもの。どうせ時間の問題だろうと諦めてもいたし、夫の会社の人が「お子さんには説明無用」といっていたとも聞かされていた。
むしろこうなって、ほっとできるような気がした。

獣のように荒々しい呼気が妾の頬に迫ってきて、無気力で無責任な母親の首すじに、娘から吸い取った血をあやしたままの牙が突き立てられた。
尖った異物が皮膚を冒すのを、妾は唇を噛みながら耐えていた。
あの娘が素肌をさらしたのと、たぶんおなじように。
じゅるじゅる・・・ずずうっ。
汚ならしい音をたてて血を啜られるのが、むしょうに小気味よかった。
恥知らずで淫らな血に、似合いの音だとおもったから。
帰ってきた娘にたしかに視られたと気づきながらも、妾は随喜のうめきを洩らしつづけた。
彼が立ち去ったあと娘は部屋から降りてきて、献血行為を始めたと正直に告げてきた。
母娘で隠し事をしなくていいのだと、妾たちは女どうしの目配せを交わして、確かめあった。


あれから幾たび、彼と逢曳きを重ねたことだろう。
理性の壊れてしまった妾は、朝夫と娘を送り出すと、良し悪しの分別もなくこちらから出かけていった。
「大胆にいきましょうよ」だれかのそんな囁きだけが、耳に残っていた。

モスグリーンのカーディガンに、黒のトックリセーター。紺のスカート。
ふだん着にしていたこの服装も、容赦も見境もない劣情のまえに、淫らにまみれた。

まだ明るかった帰り道、裂けたストッキングをまとったふらつく脚を、すれ違う人たちの視線にさらしながら、
からみついてくる好奇の視線に、どきどきと胸をはずませた。まるで小娘みたいに。

彼の家の薄暗がりのなかふだん着姿のまま組み敷かれていく妾のことを、物陰から見つめる視線があった。
たれのものよりもしつようにからみつくその視線が、妾にはひどく快感だった。
娼婦のように取り乱した妾は、視線の主が見なれた服を着たまま、「もっと・・・してぇ」と、口走っていた。

家に帰ると、夫もすぐに戻ってきた。
「まるであとを追いかけてきたみたい」
冗談ごかした妾のことを、夫はものもいわずに抱きすくめた。
もともと淡白な夫婦のはずだった。
けれどもいまは、ちがっていた。
色香というものにめぐまれなかったはずの妾は、主婦の立場のまま娼婦にすり替えられて、ふたりの男に同時に愛された。


いわゆる「法事」 にも、お招ばれをした。
彼に連れられ夫にまで付き添われて、いままで着ていたひと揃いの喪服はなん人もの男の手で裂き散らされていった。
この日妾は、彼一人の「お友だち」として、正式に認められた。


隣町のひなびた百貨店では、毎月セールをやっている。
「月田さん慣れたわね」
はす向かいのあのひとの冷やかしに耳も貸さないで、妾はひたすら服をあさる。
鮮やかな若草色のワンピースを。
シックで落ち着いたえび茶色のスーツを。
袖の透けた夏用の喪服を。
露出の大胆なショッキングピンクのタイトミニを。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ ≪番外編≫ 月田氏、吸血少女の日記に、娘の受難を読み取る

2018年10月30日(Tue) 07:23:28

私がナギの書いた日記を読んでいるあいだ、ナギは私の足許にうずくまって、私の顔つきをジーッと視ていた。
時おり指を私のくるぶしの辺りにあてて、咬み破った靴下に滲む血をすくって舐めていた。
咬みついて吸い取るほうがこの子らしいのに、そんないじましいことをするのは、日記を読んだ私の反応が気になったからだとあとからきいた。
たしかに恥ずかしいほどドキッとするくだりが多かった。
しかし日記のなかの娘の言動は、まさにまゆみそのものだった。
ただ、父娘げんかのあいだにはさまって閉口したまゆみが父娘で仲良くあたしの血を吸えばいい、といったくだりは、ちょっと首をかしげた。
この段階では娘はまだ血を吸われたわけではないので、ここまでもの分かりがよくなるものだろうか?と疑問に思ったのだ。
ナギを怒らせて逃げるときには、怖かったことだろう。かわいそうなことをしたかもしれない。
さいごに引きずり倒されて咬まれてしまうくだりでは、さすがにすこし涙が出た。
わが娘が、生き血を漁り尽くされてしまう場面だったから。
こちらの気分を察したナギはちいさな声で「ごめんね・・・」と言ってくれた。
かわいそうに、きまり悪そうに、身体を縮こまらせていた。

そう、この子は観察力が鋭くて情がこまやかなのだ。
少なくともま人間に戻るときには。押すとみせては退き、退くと思わせて押してくる。
妻を彼女の父親に引き合わすはめになったあの夜などは、手加減抜きで押しまくられて、妻の一切合財をさらい取らせてしまうことになってしまったのに、ナギは終始静かな目で、私たち夫婦を見つめていた。
無理にすりよることも、力ずくでねじ伏せることもほとんどせずに。
牙を入れてくるときも、ナギの歯に込められる力は弱い。甘く咬んで薄い皮膚を破るとあとはひっそりと唇や舌を浸してくるだけ。だからこそ怖い。
彼女はつぶらな優しい目で、じっと視ているだけ。
静かに侵され蝕まれてゆく私や家族の日常を。私の家族がじりじりと堕ちてゆくありさまを。

それに比べるとナギの父親はよほど分かりやすかった。
だれかの血で満ち足りているときにはぼくとつな真人間だった。
もっともたいがいの場合、彼が私とコンタクトを取るときは渇いているときだったから、私のほうでは彼のことを、いつも落ち着きをなくして切羽詰まっている人という印象を受けている。
妻を目の前で支配されながら黙っている私のことを、彼はいったいどう思っているのだろうか?
その彼もまゆみの血を吸ったということに、正直うろたえてしまった。妻も娘も襲われたわけだから。
吸血鬼の父娘に挟まれて、まゆみはいったいどんな気持ちで咬まれていったのだろう?
けれどもすでに、そんな想像はむなしいものとなっているはずだった。
いまのまゆみ自身が吸血されるということに、ほとんど苦痛を感じていないだろうことは明らかだから。
まゆみはこの村に棲む少女の多くとおなじように、この子としょっちゅう、これから出歩こうというのだから。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 23 ナギの日記

2018年10月28日(Sun) 23:52:41

ナギの日記

きょうは、月田まゆみちゃんという女の子の血を吸いました。まゆみちゃんは中学三年生で、ナギよりずっと年上の子です。都会から引っ越してきたばかりで、このあたりの風習のことはなにも知らなかったみたいです。お父さんは、ナギがいつも血を吸わせてもらっている親切な小父さんです。この間小父さんのおうちに遊びに行ったときにはいなくて、父ちゃんが小母さん(あたしに血をくれている親切な小父さんの奥さんです)の血を吸っていい思いをしただけでした。でもナギたちが帰るころになってまゆみちゃんはやっと戻ってきたので、ちょっとあいさつだけはしました。ナギたちがまゆみちゃんの父さんと母さんの血を吸ったことはまだ内緒になっていたので、まゆみちゃんは変な人たちだなという顔をしていました。
はじめてまゆみちゃんと口をきいたのは、こないだ道をすれちがったときでした。ナギがお姉ちゃんのことをじろじろみたら、ご用があるなら仰いと、おこられてしまいました。でもナギが、「お姉ちゃんの父さんと母さんのひみつを知ってるよ」といったら、口をぽかんとあけていました。そのときの顔つきがかわいかったので、血を吸いたくなりました。父ちゃんにいったら、前から目をつけていたと言いました。そういうことなら顔役さんに話してみるっていいました。それで、父娘でまゆみちゃんの血を吸っていいことになったので、まゆみちゃんに会いに中学校に行きました。
校長さんはまゆみちゃんの担任の春田という教師を紹介してくれました。春田という教師は、ぼくのせいにならないのなら手伝ってあげてもいいよといって、まゆみちゃんを人のいない教室に呼び出してくれました。自分のせいになるのがイヤだなんて、ちょっとずるいなと思いました。
お約束どおり、まゆみちゃんはその教室に来てくれました。ナギはまゆみちゃんが校舎に入るのをこっそりのぞいていました。足にはお肉がたっぷりついていて、はいていた白のハイソックスはリブ編みもようがツヤツヤしていて、とってもおいしそうに見えました。でも、まゆみちゃんはまだ、あたしがそんな気持ちで自分のことを見ているなんて、夢にも思っていないのです。そう思うとなんだかゾクゾクしてきました。
あたしがあとから教室に入っていくと、まゆみちゃんはビックリしました。ナギがえらそうに、お姉ちゃんのことなら何でも知ってるよといって色々ひけらかしてみせたら、気味わるそうにナギを見ました。
父ちゃんはあとから来ることになっていました。ほんとうはお姉ちゃんの血をナギにはくれないで独り占めしたがっていました。ナギが正直に、お姉ちゃんの血を吸いたいのといったら、お姉ちゃんは、悪い冗談だよね?といってナギのことをおっかない顔でにらみました。でも、血を吸われるのならナギと父ちゃんとどっちがいい?ってナギがまじめにきいたら「うそ、うそ!」って、怖がっていました。父ちゃんは女のひとの血を吸うとき必ずいやらしいことするんだよって教えてあげました。そう聞いたら、ふつうの女の子ならナギのほうを選んでくれると思ったのです。ここには父ちゃんが来るから、一度お姉ちゃんを逃がしてあげて、あとで別の場所で待ち合わせて血を吸わせてもらってもいいとも思いました。
そこに父ちゃんが来ました。父ちゃんはあたしたちの話を盗み聞きしていて、ナギがお姉ちゃんを独り占めしようとしているのに腹をたてて、ナギのことをどなりました。父ちゃんはずるいんです。いっつもナギに段取りだけさせて、自分はあとから来て、いいとこをあらかた取るんです。だからナギは「父ちゃんずるい!」と言いました。そして、まゆみお姉ちゃんの前で父娘でけんかになってしまいました。
お姉ちゃんはうんざりした顔をして、「いいわ、けんかはやめて。お姉ちゃんがちょっぴり痛いのガマンすればいいんだよね?」と言うと「ふたりで仲良くまゆみの血を吸ってちょうだいね」と、いすに腰かけて、ナギたちが血を吸いやすいようにって足とうなじを伸ばしてみせてくれました。まゆみちゃんって都会から来たのに血なし鬼に理解のあるいい子なんだな!と思いナギはうれしくなりました。
でも父ちゃんはやっぱりずるくって、おれが先だといって、ナギをろうかに追い出しました。父ちゃんがまゆみお姉ちゃんの血をちゅーちゅーおいしそうに吸っているのを順番待ちしながら、ナギはしかたなく指をくわえて見ていました。
そうしたらそのうちお姉ちゃんもノッてきちゃって「ああーん。もっと吸って」と言いました。お姉ちゃんがそういった時、病気の人がうわ言をいうみたいに、目をつぶってまゆ毛をよせていました。父ちゃんは調子に乗ってお姉ちゃんの着ているセーラー服をめくると、お姉ちゃんのおっぱいをなめたりしました。ピンク色をした乳首に父ちゃんのよだれを光らせながら、お姉ちゃんはまゆ毛をうんとよせて、苦しそうなきもちよさそうな顔つきになっていました。
お姉ちゃんは中学のセーラー服着ているしまじめっぽく見えたのに、実はいやらしい人だということがわかったので、ナギはお姉ちゃんやらしいといっておこりました。ナギがあんまりおっかない顔をしたので、お姉ちゃんは走って逃げました。せっかくいろんなことを教えてあげたのに、ナギには血を吸わせないつもりなんだと思いました。ナギはずるいずるいといいながらお姉ちゃんをトイレに追いつめました。でもお姉ちゃんはナギにものをぶつけて逃げました。その間に父ちゃんはまゆみお姉ちゃんの母さんの血を吸いに行ってしまいました。とりのこされたナギは、お姉ちゃんとふたりきりで鬼ごっこをすることになりました。
お姉ちゃんは学校の外に逃げ出しました。まだじぎょうがあるのに、学校をサボってどこかに行っちゃうのはだめだと思いました。大人も大きい子もみんなずるいと思ったら走る力がわいてきました。ナギはけんめいにはしってお姉ちゃんに追いつくと、引きずりたおして首を咬みました。お姉ちゃんの首すじは、むっちりやわらかくて、かみごたえがありました。血がいきおいよく出たので、ほっぺを真っ赤にしながらゴクゴクのみました。若い女の子の生き血のつよい香りに、くらくらしました。
そのうち、のどがかわかなくなったので、お姉ちゃんを放してあげました。さっきまでいっしょにかけっこをしていたお姉ちゃんは、息をはずませながらいいました。
「逃げちゃったりしてゴメンね。仲直りのしるしに、ナギちゃんの父さんがしたみたいにハイソックス破らしてあげる。ナギちゃんもまゆみのハイソックス破きたがってるみたいだったから、片方の足はおじ様にお願いしてとっておいたのよ。まだ飲み足りないだろうから、気のすむまで咬んでね」
お姉ちゃんは走ってる間にずり落ちていたハイソックスをわざわざおひざのところまでギュッとのばしてから、いっぱい咬ませてくれました。たてのリブ編みに真っ赤なシミがにじんでいくのを、ふたりでおもしろそうにかんさつしました。
父ちゃんがまゆみちゃんをひとりじめにしているときに咬んだ以上に、ナギはまゆみをうみちゃんのことを咬んだのです。
それでお姉ちゃんと仲直りをして、手をつないでお姉ちゃんのおうちの前まで行って、そこでバイバイしました。お姉ちゃんのおうちのなかにはまだ父ちゃんがいて、お姉ちゃんの母さんにのしかかっていつもみたいにいやらしいことをしながら血を吸ってました。お姉ちゃんがふたりのじゃまにならないようにナギのほうに背中をみせて、足音を立てずに二かいのお部屋にあがるのがみえました。
父ちゃんとまゆみお姉ちゃんの母さんができていることはナイショです。みんな知ってるみたいだけど。みんな知らないふりをしているんです。でも父ちゃんにまゆみお姉ちゃんの母さんを紹介したのがまゆみお姉ちゃんの父さんだというのは、まゆみお姉ちゃんは知りません。いつか教えてあげようと思います。ナギはずるくないし、正直なのが好きだから。


「これ、どこまでほんとうなの?」
長いこと読んでいるうちにずり落ちためがねを直しながら、親切な小父さんはあたしに訊いた。
けっこう正直に書いてしまったので(うそも書いてるけど)あたしはちょっとはらはらしながら、あたしの書いた日記帳を目で追う小父さんの顔つきをのぞきこんでいた。
ショックだったらかわいそうだなって思いながら。
でも正直に生きるには、なにごともちゃんとわかりあっていたほうがいいとあたしは思う。
家族同士ではらのさぐりあいなんて、いきがつまるだけだもの。
そうはいいながら日記帳にはいろいろぼかして書いてみた。
教室のなかであたしが父ちゃんのためにお姉ちゃんのことを抑えつけたことなんかとくに書かないでいた。
お姉ちゃんがあたしより弱かったって知ったら小父さんもやだろうなっておもったから。
あと、あたしがあんなにがんばったのに父ちゃんだけがいい思いしたのがどうしても悔しかったというのもあるけれど。
あたしは都会の人にもけっこう気を使っているのだ。
「んー、これはね、ナギの作文」
小父さんがどうとってもいいように、あたしは澄ましてそう応えた。
きょうは水曜日。さいごに小父さんの血をもらったのは、父ちゃんに小母さんを襲わせてあげた金曜の夜だから、なか4日あいていた。
小父さんはあたしの「お友だち」だから、ほかの人に血をあげることはない。
休養充分だと、やっぱり血の味が濃くて美味しくなっている。
あたしはさっき咬みついた足許に拡がる靴下の裂け目に、うっとり見いった。
女の人が穿くストッキングみたいに薄い長靴下は、縦にチリチリと破けて、ゆるくカーブを描いていた。
すね毛の浮いた脚が裂け目からのぞいて、そこだけまる見えになっていた。
きのうまゆみちゃんのふくらはぎから咬み剥いで愉しんだハイソックスよりも、ずっともろかった。
きのう父ちゃんの相手をした小母さんがひいひい呻き声を洩らしながら破かれていった肌色のストッキングも、こんな破けかたをしていた。
小母さんの血は吸ったことがないからわからないけれど、小父さんの血はまゆみちゃんの血の味とよく似ていると思った。
「まゆみお姉ちゃんの血、小父さんの血の味と似てたよ」っていったら、小父さんはちょっとうれしそうな照れくさそうな顔をして笑っていた。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 22 まゆみ、母親の不倫をやり過ごす

2018年10月28日(Sun) 23:50:12

まだ、夕暮れ刻ではないのかもしれない。
けれども、まゆみの周囲はすべてが黄色い翳に彩られていた。
刻が止まってしまったような時間が、ほとんど音もたてずに流れた。
いつも窓の外から聞こえてくる車が通りすぎる音や、干した布団を叩く音、通りでおいかけっこをする子供の声やピアノの練習のつたない音色・・・そうした日常がかもし出す雑然とした音たちは、まゆみの鼓膜には届かなかった。
いや、音といえば唯一、階下のふたりの声や、たてる物音だけは、筒抜けに伝わってきた。
それはいやというほど露骨に、すべてが未経験の少女の鼓膜に、残酷に流れ込んだ。
なんとなくいやらしさを感じた血を吸われるという行為が、いやらしいことそのものと直結していることを、まゆみは知った。

「生娘は犯しちゃなんねえ」
とナギの父親はいったが、いま階段の下では、あの旧校舎の教室でまゆみがされた以上のことを母がされていた。
まゆみはなんとなく、母さんが身代わりになって犯されているような気がした。
けれどもそれは娘を庇って恥辱を受ける、というような自己犠牲的な気高さのある行為ではなく、もっと後ろめたい、大人だけが踏み入れるどろどろとした劣情をはらんだものだった。
そこからはまゆみが予期し耳をそむけたくなる類いの、抗いの叫びやすすり泣きは、洩れてこなかった。
終始一貫して、熱っぽい喘ぎと呻き声だけだった。
それは感情の昂りやなにかがひと区切りしたような静まりをときに交えながら、いつ果てるともなくつづいていった。
こうすることが、きょうが初めてではない。そんななれあいのような雰囲気も感じた。きのうきょうの関係ではないような。

「おっ母ちゃんのおっぱいよりでけえな」
教室でまゆみを追い詰めたとき、いま階下で母を犯している男は、そういった。
「エッチ!すけべ!あんたの母さんといい勝負!」
まだ敵対関係だったとき、彼の娘もそういった。
なぁんだ、そういうことだったのか。知らなかったのは、あたしだけ。近所の小母さんだって知ってる。
だから家に入ろうとするあたしを引き留めようとしたんだ。
女はみんな、秘密を守る。
はからずも覗き込んでしまった大人の世界を、まゆみは自分でもびっくりするくらい冷静に受け止めてしまった。
「母さん、どうすんのかな?父さんに何て言い訳するんだろ」
まゆみはふくらはぎに貼りついているハイソックスの生地をつまみ上げ、ピンとはじいた。
乾いた血のりでごわごわとしてきたリブ編みのナイロン生地は、まだ弾力性を残していて、まゆみの指先を離れるとピチッと小気味のよい音をたてて皮膚を打った。
咬み痕にはふたつずつ、綺麗に並んだ穴ぼこが空いていた。穴ぼこの周りには、乾きかけた血のりが大小ふぞろいな赤黒いシミとなって、こびりついていた。
まゆみはハイソックスを履いたまま、穴ぼこの数を「ひとつ・・・ふたつ・・・」数えてみた。
父親に咬まれたほうは三ヶ所、ナギに咬ませてあげたほうには五ヶ所も、穴ぼこがあった。
咬みつきかたに手ごころを加えながらも、ナギが父ちゃんを意識して実はよけいに咬んでいるのを確かめると、まゆみは愉快そうに苦笑いした。
階下で母親が服を着崩れさせながら情事に耽っていることなんか、なんでもない普段の出来事のような気がしてきた。
母の情事がつづくあいだ、洩れてくる喘ぎ声を横っ面でうけ流しながら、まゆみは血の着いたハイソックスを降ろしたり引き伸ばしたりしていた。

男が立ち去ったあとも、母と娘のあいだには気まずい雰囲気が漂い、母親は帰宅してきた娘におかえりをいうこともなく、台所に立っていった。
むしょうにだれかと話したかった。
まゆみは足音を忍ばせて階段を降りると、階段のすぐ下にある電話の受話器をとった。指先がたどった電話番号は、ナギの家のものだった。


「はい。蛭川ですけど」
ナギの他人行儀な声が、冷ややかに流れてきた。
台所では水仕事が始まったらしく、かえって受話器の向こうの声のほうが聞こえにくいくらいだった。
「ナギちゃん?いまお話しできる?」
電話に出た第一声でナギのみせた獣の警戒心に改めてたじろぎを覚たが、受話器の向こうからは「あっ」という呟きがして、声の主はにわかに語調を和らげた。
「うん、ヘイキだよ。父ちゃんまだかえってこないし。そうそう、さっきはどうも」
「イイエ、どういたしまして。うふふ」
変なあいさつだったが、すらすらとしたやり取りだった。
さっき自分の血を吸い取った唇が、受話器の向こうで言葉を紡いでいる。
「父ちゃん帰ってきたら、悪いけど切るね。長電話大嫌いなんだ、あのひと」
「男はみんなそうだね。ナギの父ちゃん、も少ししたら帰ってくると思うよ」
「どうしてわかるの」
「・・・さっきまでうちにいたんだもん」
「やっぱりねぇ・・・そんなに長居したんだ。お姉ちゃんもやられちゃった?」
「ううん、あたしは大丈夫。目があったけど二階に逃げちゃった」
「お姉ちゃん甘いね。その気になったらあの人、どこまでも追いかけてくるよ」
「そっか」
さっきナギの物凄いねばりを見せつけられたばかりなので、まゆみはすぐに納得した。
「ほんとはね。あたしがまゆみちゃんに追いつけなかったら、父ちゃんがも一度あなたを襲う手はずになっていたんだ。
だからお姉ちゃん家(ち)に先まわりしてたの。あたしもあとから合流して、父娘で血を飲んじゃおうって」
「あっ、ヒドイ」
「あたしにつかまえられて、よかったね。父ちゃんはきっと、まゆみちゃんの靴下に両方とも血がついてるの見て、
あたしが成功したってわかったから、お姉ちゃんのこと放っておいたんだと思うよ」
「もしかして処女だったからってこともありだったりして?」
「あっ、お姉ちゃんするどい!そう、この村で処女の子勝手に犯したら村八分だからね。それにきっと、父ちゃんはあなたのおっ母ちゃんに夢中なんだよ」
「ナギちゃんも知ってたんだね。あたしショックだったー・・・」
語れる相手を見いだして、まゆみの頬に初めて涙が伝った。
「まゆみちゃん、悲しい?」
ナギの声はむしろ、不思議そうだった。
「感覚がちがうんだね。都会の人は。うちの父ちゃんとまゆみちゃんの母さんが仲良くなるの、あたしは嬉しいけどな。
お姉ちゃんとの関係が強くなるから」
思ってもみない発想だった。
それはそれで一理ある。まゆみは素直にそう思った。
でも、すぐに同調することは都会育ちのまゆみには難しいことのような気がした。
「うぅん・・・言ってることはわかるような気がするんだけど・・・」
「ついて来れなさそう?」
「うん今はキビシイかも」
「無理しないでいいよ。納得できないなら、いまのまゆみのままでいいから。そういうまゆみも、あたし好きだから」
「うん、ありがとね」
「みんなで仲良くなろ。そう考えると、ちょっと楽になれるよ」
みんなで仲良くなる。女と男が仲良くなるには、血を吸われたり、ハイソックスやストッキングを咬み破らせてあげたり、お布団のうえであんなことされたり・・・そんなことが必要なんだろうか?
「でも、あたしたちはそれでよくっても、父さんがかわいそうかなぁ」
まゆみはしぜんと、父親のことを想っていた。
「まゆみちゃん、優しいんだね。あたしの父ちゃんなんか、自分から友だち連れてきて、母ちゃんの血を吸わせたんだよ」
「えっ」
「あたしは初めて血を吸われるとき、母ちゃんがそのひととやってお手本見せてくれた」
「そんなぁ~」
まゆみは声を忍ばせながら叫んでみせた。あくまで台所からの物音に気を使いながら。
拒否反応よりはくすぐったいような好奇心のほうがまさっているのが自分でもわかった。
「そ。父ちゃんは自分の幼馴染みに、自分の奥さんと娘の血を吸わせたの。そのひとに、奥さんといっしょに住みたいってお願いされても、女房をそこまで気に入ってくれたのかって、とても喜んで聞き入れてあげたの。母ちゃんとはたまに会うけど、いつもは父ちゃんとふたりで暮らしてるの」
「ナギちゃん、寂しくない・・・?」
「みんなで仲良くなるんだから、あたしは平気。・・・でもやっぱり、おうちで独りぼっちのときは、たまに寂しいかな。あたし学校もいかないし。だからお姉ちゃん遊びに来て。だれかに甘えたいときもあるし・・・ただお腹が空いているだけのときもあるけどね」
さいごは冗談ごかしで、笑っていた。
「あっ、父ちゃんかえってきた!」
ナギがあわてた声をした。
「じゃ、切るね。話聞いてくれて、ありがとね」
「あたしも楽しかった。また会おうね」
少女たちは同時に受話器をおいた。話をし終わってまゆみはなにかすっきりした気分になった。
ずっと年下のナギに「まゆみちゃん」とか「まゆみ」とか呼ばれたけど、全然腹がたたなかった。
ナギちゃんは大人だなって、素直に思った。
なんでも自分で考えて生きてるから、きっとそうなんだと思った。
われに返ると、妙にひっそりしている母親が気の毒になってきた。まゆみはサバサバとして、起ちあがった。


「母さん、洗濯機今夜まわす?」
「べつに予定ないけど・・・急ぎの洗濯でもあるの?」
いつもの母さんの調子だった。そう、母さんは、あたしよりうわ手なのだ。まゆみはいった。
「あたし、ナギちゃんっていう女の子に献血することにしたの。初めて咬ませてあげたハイソックス、記念に欲しいっておねだりされたから、早めに洗って今夜乾かして、早ければあした、渡してあげたいの」
びっくりするくらい、すらすらと言えた。突拍子もない話のはずなのに、母さんにはすぐに意味が通じたらしい。
ごく普通のことのように「ああそうなのね」と頷いてくれた。
え?って怪訝そうに顔をしかめることも、いったいどういうことなの?って頭ごなしにとがめだてすることもなかった。
「でも母さん、今はちょっと手がはなせないな。よかったらまゆちゃん、洗濯やってくれない?ついでにほかの洗濯物もいっしょにお願いしちゃってもいいかしら?いま洗濯機のなかに入っているやつだけでいいから」
あくまで娘に家事を手伝わせようとする、いかにも専業主婦らしいいつもの母さんだった。まゆみは気持ちよく
「あっ、いいよ。きょうは宿題ないし。すぐやっちゃうね」
と、てきぱきと動き始めた。母さんはいつもの母さんだったが、まゆみはいつものまゆみと全然違っていた。
洗濯機の前で血のついたハイソックスを引っ張り抜くように片足ずつ脱いでいると、困った子ねぇと言いたげな声が追ってきた。
「あなた、宿題がどうのって・・・」
「アッ!いけないっ!」
担任に呼び出されてクラスの教室を出るとき、荷物を鞄ごと置いてきたのをすっかり忘れていた。
「まゆちゃんが帰るまえ、蛭川さんって仰るかたがみえて、学校から預かって来ましたって届けてくだすったのよ」
「よかったー!あした学校行けないとこだったー!」
もろ手をあげて喜んでみせたまゆみだったが、制服にあけられた穴ぼこのことを思い出し、ひやりとした。
ところが母さんの話は終わっていなかった。
「その蛭川さんなんだけど、まゆちゃんにって新しい制服をお持ちになったの。お礼だって本人にお伝えいただければわかりますからって仰るだけで、よくわからないままお預かりしたんだけどあなた心当たりある?」
話して差し障りのない話はなんでもしてしまおうと、まゆみは腹を決めた。そう。女はみんな、秘密を守るのだ。
「ナギちゃんってね、苗字は蛭川さんっていうの。来たのはお父さんじゃないかな?草色の作業衣着てなかった?」
「ああ、そうそう。だから学校の人にしては変だなって母さん思ったのよ。献血のお礼だったんだね」
「きょうの制服もクリーニング出すから。記念にナギちゃんにあげるの。穴ぼこ空いちゃって、もう着れないから」
「だったらおあいこだね。お礼返しに値のはるものをっていうことになったら、困っちゃうとこだった」
まゆちゃんが帰るまえ・・・か。
まゆみは心のなかで呟いた。
そうね。あたしが帰ってきたときには、そんな男の人はいなかった。
母さんがそういうことにしたいのならば、そういうことにしておこう。
それと、蛭川家にこれ以上、値のはるものを贈る必要はないわ。大丈夫。母さんは困ることないはずよ。すごく値のはるものをさっき惜しげもなく、いっぱいあげてたじゃない。
けれども、それらは口にすることではなかった。話して差し障りのあることだったから。
「まゆちゃん、新しい制服サイズが合うかどうか着てみて頂戴。スカート短すぎたら直してあげるから」
声をあげる母さんに、いつもは面倒くさがるまゆみだったが、今夜に限っては「はーい、すぐにね」と良い子のお返事をかえしていた。


「な~にやってるんだ?さっきから」
父ちゃんは苦虫をかみつぶしたようなしかめ面を作って、娘に声を投げた。
そういうときはたいがい、実は機嫌が良いときの照れ隠しなんだと、ナギはよく知っている。
あれだけ若い女の血を吸ったあとだもの。勝手なこと言ったらひっぱたいてやる・・・なんて生意気なことを思いながら、ナギは鏡に向かって手を休めずにこたえた。
「んー、ばんそうこう貼ってるの」
「なににぶつけた?」
「モップ」
「モップぅ?」
頓狂な声をする父ちゃんに、ナギはさらに手を休めずにいった。
「まゆみちゃんに投げられた」
「はっ!おお捕物なこったな」
父ちゃんはこばかにしたように言葉を投げた。娘に対してまゆみの演じた激しい抵抗を想像して、父ちゃんはにやにやと笑った。
「なにさ、いけすかない・・・あとで聞いたよ。月田の小母さん犯してきたんだって?」
ガキのくせに、澄ました顔してやけに生々しいことをいう。
「耳が速ぇな」
忌々しそうにそっぽを向く父ちゃんに、ナギはこともなげにいった。
「まゆみちゃんからきいた」
「仲のええこった」
「ウン、仲良くなった」
「うそこけぇ」
「だいぶしつこかったらしいね」
「だれから訊いた」
「それもまゆみちゃんからきいた」
「あの娘(あま)っ子もすみに置けねぇな。聞き耳立ててたんか」
「おうちの中だもん。耳ふさいだって聞こえるよ。閉口してたよ、まゆみちゃん」
「ふたりして何をよからぬ話をしてるだか」
父ちゃんはぶつぶつ言った。
「とうちゃ~ん。まゆみちゃんがいるときには止しにしときなよ。都会の人はそういうのって気にするみたいだから。たぶんあの父娘、きょう自分たちに起きたこと、半分も喋ってないと思うよ。少なくとも小父さんは、カヤの外だろうねぇ」
ナギはしわしわの婆さまみたいな口調で、親切な小父さんのことを思いやった。
お仕事に出てる最中に、妻も娘も食い物にされちゃった、かわいそうな小父さんのことを。


行ってきまーーすっ!
通学鞄を手にしたまゆみは、あいさつもそこそこに、ばたばたと登校していった。
月田は娘の姿が消えたあとも、まだ玄関先に視線を残していた。
廊下を飛び越えるようにおお股で跨いでいった白のハイソックスの両脚が、妙に目に灼きついていた。
娘の着ていたセーラー服も、気のせいか真新しくなったように、彼の目には映った。
「まゆみのやつ、こっち来てから元気になったな」
「そうか知ら」
妻はのんびりと、洗濯ものを干している。きょうはいつものトックリセーターにパンツルックだった。
「東京にいたときは不登校だったものな。こっちで仲良しでもできたのかな」
「さぁ~、どうか知ら。あの子学校のことはあんまり話さないですからねぇ」
「おいおい、頼むよ。父親にはもっと話さないんだから。お前がしっかり訊いといてくれないと」
夫は口を尖らせたが、柔らかな口調は変わらなかった。
「はい、はい」
月田夫人も軽々と夫をうけ流し、洗濯物をいっぱいぶら提げて庭に出ようとした。
「ばっかねぇ、あの子ったら。夕べのうちに干しとけば、きょう渡せたのに」
「なんだ?」
なんでもないわぁ・・・といいながら彼女は夫に背を向け、小物のいっぱいぶら提がったトレーをひとつ落っことしたのを取り残して庭に出た。
妻のお尻を視線で追いかけていた月田は、妻の落とし物に目をやった。
娘のものらしい白のハイソックスが、洗濯ばさみに挟まれたまま、たたみの上にとぐろを巻いていた。
ハイソックスにはところどころ穴があいていて、白い生地には洗い落とせなかった紅いシミが残っていた。
「?」
月田の目が釘付けになった。
さいしょはそういう柄なのかと思ったほど、その紅いシミは目だったまだら模様になっていたから。
それがなにを意味するのか、彼にはすぐにわかった。娘の洗濯物をみた母親が、初潮をさとるときのような的確さで。
思わずズキリ!ときた。とうとうまゆみまで・・・そんな想いももちろんよぎった。
さいしょからそのつもりだったとはいえ、娘にだけは説明を一日延ばしにして、人事の担当者に「どのお宅でも、お子さんには直接仰らないみたいですねぇ」などといわれたのをいいことに、とうとう何も言わずに済ませていたという心のとがめもあった。
そのくせ、娘がきちんと状況に順応して母親と示しあわせるまでになっていることに安堵もし、半面自分だけがつんぼ桟敷におかれたという身勝手な悲哀も淡くではあるが感じていた。
証拠物件を目の当たりにして、(ずいぶんはでにやったなぁ)と内心思ったもののそんなことはおくびにも出さず、「母さん落としたよ」と夫はあくまでおだやかな声をあげただけだった。
「まゆちゃんねー、献血するようになったんですって」
母さんは手仕事の手も休めずに世間話をするみたいな調子でそういうと、さりげなく父さんの顔色を窺った。
娘がなにか一人前のことをしてきた、といいたげな口ぶりだった。
「ふーん」
父さんは一見気のなさそうな返事をして、「さてそろそろ行くか」と、起ちあがって伸びをした。
なにかを紛らすような感じに、妻の目には映った。父さんは大きく伸びをすると思い出したように訊いた。
「母さんだれか紹介したの?」
(やっぱり気になるんだ)彼女は多少の安堵と少しばかりの危惧を感じながら、
「あらっ?あなたが紹介したんじゃなくって?」
といった。父さんがちょっとあわてたのが、背中ごしに伝わってきた。
「えっ、私が?」
「蛭川さんですよ」
向き直った妻のまともな視線を浴びて、父さんは気の毒なほどおろおろした。こんどは母さんがあわてた。夫が誤解したのにすぐに気がついたからだ。
「あー、ごめんなさい。ひと言足りなかったわね。ナギちゃんっていう娘さんのほう。会社でよく会ってるはずだってあの子が言ってたわ」
「アッ、あの子か!そういえば私のとこにはきのう、来なかったな。週末会社休んだしお腹すかしてるかな?って覚悟してたんだけどね」
フフフ・・・度のつよい眼鏡の奥で父さんの目が優しく笑うのを、母さんはおっとりと見つめた。
いつの間にか地元の風習にお互いがどれほどなじんだか、かなり大っぴらな会話を交わすことができるようになっていることに、夫婦のどちらもが気づいていた。
吸血鬼相手に家族のめいめいが相手を選んで血をひさぐようになり、妻は夫や娘の間近で娼婦のように振る舞い、夫はすすんで妻にそうするように仕向け、自ら招いた結果がもたらした昂りが夫婦の営みを復活させる。
互いにあらわにしない部分を秘めあいながらの平穏な日常・・・こういう関係もありなのか。安堵と悲哀、嫉妬や昂り・・・いろんな感情がいっしょくたにわきあがってくるのを吹っ切るようにして「母さん行くよ」といっていつものように出勤していった。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 21 教師への制裁

2018年10月28日(Sun) 23:47:25

「担任さんブラジャー没収よ」
職員室のなか、ナギは春田教諭のまえにまっすぐ手のひらを差し出した。
「な・・・なんのことですかっ」
神経質そうな色白の頬を蒼白にし、七三にきっちり分けた髪を震わせててうろたえる春田教諭に、ナギはどこまでも高飛車にたたみかけた。
「あの教室のあと始末はお願いしたけど、拾い物を自分のものにしていいなんて言わなかったよね。
あなたの役得なんて、なにもないの。早く出して頂戴」
スーツばかりの室内で明らかに浮いているはずの子供服が、冷然と目の前の教師を追い詰めていた。

朝はもっと露骨だった。
校長に呼ばれた春田はそこでナギという少女を紹介されて、部屋を出てゆく校長の背後で少女に首を咬まれていた。
痺れるような疼痛は、元々もろい彼の理性をかんたんに突き崩し、その場で言われるがままの奴隷になった。
要求されたことはかんたんだった。
旧校舎の鍵を渡すこと、受け持ちのクラスの月田まゆみという生徒を呼び出して、いまから説明する口実でその旧校舎に行かせること、ころあいを見計らってあと始末をすること、そしてそこで起きたことは一切報告しないこと。
ナギはずうっと春田の首を咬んだまま、埋め込んだ牙を通して意思を伝えてきた。
そのあまりの異常さに、春田はしたがうしかなかった。
「あなたのせいになんかならないから」
少女の言いぐさになわかな安堵をおぼえ、みっともなくその場で尻もちをついてしまったくらいだった。

春田は通勤鞄をあけるとがたがた震えを帯びた手で中をさぐった。
吊り紐の切れたブラジャーがそこから出てきた。ブラジャーの裏側にまわったかすかな血痕は、彼の目に留まっていなかった。
ナギは澄ました顔をして周囲を見回した。
「いまのとこ、だれも視てないわよ。ね・・・?」
教師たちはふたりをわざと無視することで、彼女の期待に応えた。
「よかったね、教え子のブラジャーせしめようとしたの、だれにもばれなくて。お礼を頂戴ね」
「え・・・このうえなにを」
教師は再びうろたえた。ナギは冷ややかに言った。
「あんたの奥さん連れてきて。お腹がすいた時に声かけるから。できるはずよ・・・あんたは恥知らずだから」
凶暴な目付きで春田を射すくめると、ナギは表情を一変させて普通の女の子の顔に戻って、無邪気な笑いをはじけさせた。
操作ひとつで形相一変する文楽人形みたいに不自然だった。
凍りついた男を自分のつごうで一方的に取り残し、ナギは「じゃ~ね~♪」といって背中を向けた。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 20 母の醜聞

2018年10月28日(Sun) 23:45:10

部屋の隅に押しやられたちゃぶ台の前、ひざを突いた格好で上背を反らせた母親は、まつ毛を震わせ口許を喘がせながら、父さんではない男のひとに抱きすくめられていた。
抱きつかれたあとひざを落としたようにみえた。男は草色の作業衣を着ていて、母さんの背中に腕をまわし、片方の掌で母さんの頭を、もう片方の掌でこちら側のうなじを掴まえて、むこう側のうなじに顔を埋めていた。
男は、くいっ・・・くいっ・・・っと喉を鳴らしていた。
鈍くて重たい音だった。
母さんがなにをされているのか、さっきおなじことを経験してきたばかりの娘には、すぐにわかった。
母さんは腰にエプロンを巻いたまま、そのエプロンにも、エプロンのうえに着た空色のブラウスにも、モスグリーンのカーディガンにも、赤黒いしずくを点々と滴らせていた。
しずくは母親の生命を映すように、しずかな光をたたえながら彼女の身体を伝い落ちていった。
ひっ・・・
声をあげたのは、まゆみだったのか母親のほうだったのか。
やがて母親は姿勢を崩して、身体を転がすようにたたみのうえにひっくり返った。
紺のスカートがめくれ上がり、すそにレエスをあしらった薄いピンクのスリップがちらっと覗いた。
まだ意識は残っているのか、たしなみのあるいつもの母さんらしく乱れかけたスカートのすそをしきりに気にかけていた。
立て膝をした向こう側に倒れ込んだので、ふたたびうなじを狙った男の顔つきもろとも、すべては肌色のストッキングを穿いたふくらはぎに遮られてしまった。
母親が珍しくスカートを穿いていることに、まゆみは初めて気がついた。

くちゃ、くちゃ・・・じゅるうっ。
のしかかってくる生々しい吸血の音を払いのけるすべもなく、モスグリーンのカーディガンの腕がだらりとたたみのうえに伸びた。男はそれでもしばらくの間、まゆみの母親の首すじにうずくまっていたが、やがておもむれに顔をあげた。
「やめて・・・!」
声をあげてしまったことに気づいたのは、不用意にあげたまゆみの声に反応して男が振り向いたあとだった。

ナギの父親は、両脚を血で濡らしたまゆみを見ると、険しい顔つきを変えずにいった。
「あっちさ行ってろ。生命まで取んねえ」
――ナギの相手さしてくれて、すまねぇがったな。
初めて聞くしみじみとした声音に、まゆみは茫然と立ち尽くした。
男はそれ以上まゆみを振り返ろうともせず、ちゅうちゅうと音を立ててまゆみの母の血を吸った。
「ぁ・・・。ゥ・・・」
旨そうに啜る音に応えるように、母さんは呻いていた。いつかの晩ふすまごしに耳にした、夫婦の営みごとのときとそっくりな声音だった。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 19 かえり道

2018年10月27日(Sat) 10:08:05

その日中学校近くのはたけ道で、女学校の制服と赤い子供服のふたり連れが姉妹のように仲良く手をつないで、いっしょに童謡を唄いながら家路をたどる光景がみられた。
はた目には仲のよい姉妹としか見えなかったが、女学校の制服にはあちこち黒っぽいシミのついた穴ぼこがあり、丈長の靴下は左右まちまちの高さにずり落ちて、赤黒いシミをべっとりとにじませていた。
背丈のちいさいほうの子はTシャツに赤黒いものでまだらもようにはねあとを作っていたし、頬や口許にもおなじ色をした液体をべたべたと毒々しく光らせていた。
子供服の少女は集落に顔見知りが多いらしく道行くなん人もが彼女に声をかけた。
「おや、お友だち?」
「そう。新しいお友だち!」
少女が無邪気に笑って嬉しそうに白い歯をみせると、集落のものたちは「よかったねえ」と口々にいった。
年上のほうの少女は、ニコニコとほほ笑むだけで、ほとんどなにもいわなかった。
人々は、年上の少女の顔色のわるさを気づかって、いつ木乃伊(ミイラ)みたいになってぶっ倒れるのかと内心はらはらしたが、
少女は時おり小またになって脚を引きずることはあったものの倒れる気づかいはとうぶんなさそうだった。

「おなかいっぱいになったかな」
「ウン、これでしばらく持ちそう」
「お腹空いたら、いつでも声かけてね」
「ありがと。こんどからそうするね」
「血が足りてても会いに来てね。おうちで仲良くお話ししよ」
「あー、ウン。嬉しいな、それ。ナギはお友だち少ないから・・・お姉ちゃん音楽は好き?
鼓笛隊やってるんだよね?うちに音楽関係の本いっぱいあるんだ。古いのばっかりだけど」
「エッ!?見たい。見たい!」
「じゃ、約束ね」
指きりげんまんをするふたりは、ふつうの女の子に戻っていた。
たんなる食べ物扱いされていないことが、まゆみの胸をあかるくした。
血を吸う以外に用がなくて、ほかのお話しはいっさい耳を貸さないといわれたら、悲しかったから。
けれどもナギは、血が足りてるときでもまゆみといっしょにいたいと言ってくれた。
血が足りてま人間に戻ると、ナギはいい子になるのだ。
ふたりはさっきまでいがみあいながら続けていた鬼ごっこのときの手の内まで、ばらし合いっこまでしていた。
ながい距離をいきせききって走りあった連帯感に似たものだけが、意地を張り合った鬼ごっこのあとに残った。
「きょう中に血をもらえないと死んじゃう、って言ってたけど、あれウソでしょ?」
「ウン、よくわかったね。まゆみお姉ちゃんにしては上出来」
「こら」
「お姉ちゃんは意地っ張りだけど、お涙ちょうだいをしたらちゃんとワナにはまってくれる気がしたんだ。いい手だと思ったんだけど、惜しかったなぁ」
「けどあのときは、かけっこおしまいにしようかとチラッと思った」
「そっか。いいセンはいってたんだね。次回もこの手でだましてみよう」
「だーめ。もうだまされないわよ。でも、吸血鬼と人間が仲良く暮らしてるっていうのもウソなの?」
「はずれ。あれはほんとだよ。さっきの人たちも、あたしにお友だちができたってよろこんでいたでしょ?
あたしや父ちゃんがまだ新米でお友だちが少ないの知ってるからよろこんでくれたんだよ。
あの人たちもたいがい、だれかとお友だちだからね」
「ふーん、そうなんだ」
血の抜けた身体のわりには、全身が火照っているような気がした。
ナギに咬まれたところも、父ちゃんに咬まれたところも。ずきずきしていたけれど、苦痛には感じなかった。
どちらかといえば痛痒い感じで、傷口のひとつひとつに、あの尖った牙が傷口の寸法どおりにぴったりと埋め込まれている感じがした。
それは決して不快で落ち着かない気分のものではなく、素肌にしっくりと食い込んでいるようだった。
まゆみの首すじに食いつく直前に約束したとおり、ナギが女の子らしく気をつかって、素肌に必要以上の傷をつけないよう柔らかな甘咬みをしたのを、まゆみは父ちゃんに咬まれた感触との比較で気づいていた。
彼女の父親の相手をするのは気が進まなかったが、ナギがひもじいと訴えてきたら、こたえてあげたいと思った。
「だまされててもいいや」
大人を相手に平気でずるをするナギのことだからあり得ると思ったけれど、こだわるのはやめようとまゆみは思った。
ナギのおうちに遊びに行くようになったら、やはり自分の家にも招ぶべきだろうか。
ナギがひもじくなったらお紅茶やお菓子の代わりにあたしが首すじを咬ませてあげるのはいいとして、母にも事情を話しておいたほうがいいのだろうか?
万一のときには母にも血を分けてもらえるように・・・
「お姉ちゃんはまだそこまで考えてくれなくていいよ」
ナギは謎めいた微笑を返して話題をかえた。
「あ、もうじきお姉ちゃん家(ち)だ。あたしはここでさよならね」
みると、まゆみの家のすぐ前に着いていた。


ナギちゃん・・・?
ふとわれに返ったまゆみは脚を止め、辺りを見回した。
さっきまですぐ隣で腕を触れ合わせていたナギは、もう影も形もなく姿を消していた。
周囲を静寂が支配するのが、シンシンと胸に響いた。
陽ははやくも傾いて、街並みに翳りを投げはじめていた。
いったいナギとはなん時間、刻をともにしたのだろう?
担任の春田教諭に呼ばれてクラスの教室を離れたのは、一時間目の授業が始まる前だった。
まゆみは黄色く翳る風景のなか、とぼとぼとした足取りで家路をたどった。
血なし鬼の父娘にしたたかに血を抜かれたあとのけだるさが、身体を重くしていた。
われに返ることで、失血によるダメージがのしかかってきた。
「あらっ、月田さんとこのお嬢さん。どうなさったの?大丈夫?」
声をかけてきたのは、顔見知りの近所の小母さんだった。毎日登下校のとき顔を合わせる、父さんの会社の人の奥さんだった。
お互い下の名前もろくに知らない同士だから、まさか血なし鬼の女の子と仲良くなって生き血を吸われて来たんですとは言えなかった。
あっ、大丈夫ですから。ちょっと貧血ぽいので早退けしてきたんです・・・といって、そのままやり過ごそうとしたのだが、
小母さんはまゆみの手を握らんばかりにして、
「顔色よくないよ、ちょっとうちに寄っていかない?」
と、やけにしつこく引き留めようとする。すぐそこが家なのに、なかなか放してくれそうにない。
いつにないしつこさにむしょうにいらいらしてきて、
「家で休みますからいいです!」
とピシャリと言い返して振り切ってしまった。
背後から、せっかくひとが親切に・・・というブツブツ声がしたが、聞こえないふりをして家の門をくぐった。
「ただいまぁ」
薄暗い玄関から母さんのいるはずの居間に向かって声を投げた。
われながら、うつろな声をしていた。奥から反応はなかった。
だらしなくずり落ちかけて赤黒い飛沫の散ったハイソックスのつま先を板の間に降ろしたとき、居間のほうから
「・・・ァ」
と、声が洩れてきた。
母さんの声だった。ただならない雰囲気を感じて、「母さん・・・?」といいかけたまゆみは、ハッと息を呑んで立ちすくんだ。
悪夢は終わっていなかった。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 18 まゆみとナギの鬼ごっこ

2018年10月27日(Sat) 10:05:39

まゆみは無我夢中だった。
どれだけ血を吸われたのかもよくわからなかったが、とにかく全速力で走ることができるのだけは確かだった。
走る方向を間違えたのを惜しいとおもった。
まゆみのいた教室は旧校舎の二階の最後部にあり、彼女がこの旧校舎に入った入口にいちばん近い側だった。
彼女がとっさに出たのは、前の扉だった。後ろの扉からすぐのところに階下に続く階段があったが、ナギがいたから通れなかった。
しかたなく彼女は、廊下のいちばん向こうまでそのまままっすぐ走り抜けた。そちら側にもたしか、昇降口があったはず・・・。
旧校舎内で土足がオーケーだったのは、まゆみに幸いだった。上履きから履き替えることなく、そのまま表に逃げてしまえばよかったから。

ナギもおんなじことを考えていた。もちろん舌打ちしながら。
へんに行儀のよいまゆみのことだから、上履きのまま外に逃げ切ろうなんて機転のきくわけがない。必ず帰巣本能みたいに、本校舎の昇降口をめざすはずだった。
それにしても父ちゃんはばかだ。どうしてこういうときにばかり、変に情をかけるんだろう?
おまけに助平ときているから、娘に分け前渡すのも忘れていやらしいことなんか始めて、あんな間抜けな姉ちゃんに油断を突かれるようなへまをするんだ。
まゆみお姉ちゃんの身体から吸い取った血が父ちゃんの身体をまわり始めるには、もう少し時間が必要なはず。
はやいとこあたしに引き継いでくれれば、あたしがまゆみを大人しくさせてる間に、父ちゃんの身体にもまゆみの血がめぐってきて、あとはふたりして好き放題にできたはずなのに。
ちっきしょう!逃がすもんか!
ナギは駆ける脚に力を込めた。

えっ!?そんなっ!
こんどはまゆみが仰け反る番だった。
校舎の最前部の昇降口は、閉鎖されていたのだ。
まゆみはナギがばか正直に彼女のあとを追ってくることを願った。そうであれば、いくらナギだって大人の足には追いつくまい。
でも・・・ナギが持ち前のずる賢さを発揮してただしい選択をしていたら、まゆみは袋のネズミ・・・勝利はあの子のものになる。
果たして・・・階段を飛び降りるようにかけ降りたまゆみが視たのは、校舎からの唯一の出入口に佇む小さな人影だった。
獣じみたカンの鋭さ・・・まゆみはゾッと震え上がった。
ふたりの間には女子トイレがあった。トイレはまゆみの側に、やや近かった。
あそこに入れば活路があるかも・・・一階の教室の窓から降りることも考えたが、脚力でもナギに勝てるかどうか、あやしくなってきた。
ナギは彼女よりも身軽に窓を乗り越え、校庭でまゆみのことをかんたんにつかまえるだろう。
そのときこの学校では、生徒も、教職員すらも、ナギの振る舞いを表だって制止してはくれないような気がした。
そして、まゆみのその直感はただしかった。

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飛び込んだトイレの鏡をみると、そこには顔色をなくした少女が立ちすくんでいた。
髪を振り乱し、うつろな目をして、自分とはまるで別人のようだった。
セーラー服の襟首に沿った三本の白線ははねた血のりでところどころ消えかかり、胸許に締めた純白のタイはほどけかかって、やはり赤黒い血のりがまだらに撥ねていた。
首すじにはふたつ並んだ咬み痕が、黒々とつけられていた。まゆみはせっぱ詰まった状況を一瞬忘れ、棒立ちになった。

ナギは怒りを込めた口許を、かたくなにひん曲げていた。まゆみは泣きべそを掻いていた。
女子トイレの入口側に、ナギが。
奥まったほうに、追い詰められたまゆみが。
いままで余裕の薄笑いで彼女をあしらっていたナギを、どうやら本気で怒らせてしまったらしい。
「ナギちゃんお願い!お姉ちゃんのこと見逃してっ!あたしこういうの、ほんとにだめなの・・・」
見栄もプライドもかなぐり捨てて、まゆみは手をあわせて哀願した。
ナギは、聞いちゃいられないという顔をした。彼女の怒りの理由は、まゆみにとってすごく理不尽なものだった。
「お姉ちゃんの意地悪っ!どうしてあたしにだけ血を吸わせてくれないのっ!?」
理不尽すぎる主張というのは、意外にやっかいなものだ。理不尽すぎて、抗弁の方法が見あたらなくなるからである。
「えっ?その・・・だって・・・」
まゆみはたじたじとなり、しどろもどろになった。
ナギは女の子らしい潔癖さをあらわにしていい募った。
「あれほど仲良くしてねってお願いしたのに、父ちゃんとばっかりいちゃついて、あんなにイヤラシイことまでやっちゃうんだから!
エッチ!すけべ!ばいた!ヘンタイっ!あんたの母さんといい勝負っ!」
よくもまあこんなにも、女が女を罵る言葉を知ってるものだ。
「ばいた」なんて言葉は、まゆみですらなかなか思いつかない語彙だった。
たまたま国語の時間に習った古い小説に出てきて、注が振ってあったからわかったようなものだった。
きっとあの粗野な父親の影響だろう。
いまこの子につかまったら、あのひとのところにまた連れて行かれる・・・虫酸が走ったのをどうやって見抜いたか、ナギは嘲るように白い歯をみせた。
「大丈夫だよ。父ちゃんのとこになんか、連れて行かないから。あなたの血の残りは、あたしが独り占めにするんだ」
ナギは獣のように吼えると、口許から初めて牙をむき出しにした。父親のそれと同じくらい、尖っていた。
「痛いけどゴメンね」
ナギが呟いたのとおなじ呟きを、まゆみも同時に口にした。
えっ?と目を見開くナギの顔面に、モップが投げつけられた。
それから、亀の子たわしやら、ホースの切れ端やら、雑巾やら、ありとあらゆるものが降ってきた。
やわなものもあったが、力いっぱい投げつけられる物たちを避けるのに、ナギは思わず頭を庇って俯いた。
特に丈の長い雑巾は効果的で、ナギの顔に巻きついて、格好の目つぶしになった。
ナギが苛立たしげに雑巾をはね除けたとき、目の前からまゆみの姿が消えていた。
見ると、ナギの手の届かない高窓が開けっ放しになって、その真下にはスチール製の小さな踏み台が転がっていた。
ナギは踏み台をおき直し高窓に手を伸ばしたが・・・すこしだけ、背丈が届かなかった。おかっぱ頭の黒髪が、激怒に逆立った。


はっ、はっ、はっ・・・
中学校の旧校舎は、はるか向こうになっていた。
まゆみは学校の裏口を出て、その周りの住宅街を駆け抜けて、街なみをはずれた坂道の白く乾いた砂利道を、息せききって駆けのぼっていた。
とっくにけりがついているはずの鬼ごっこが、いったいいつになったら終わるのかとうんざりしながら。
遠くに小さくではあるが、赤いしま模様の入った白のTシャツに真っ赤なスカートの女の子が、あとを追いかけてくるのがみえた。
小学校のころ、かけっこはいつも一番だったのに、中学に入っておっぱいが大きくなってから、すっかり身体が重たくなっていた。
砂利道の石ころに足を取られるのも、もどかしかった。
すべてはナギとおなじ条件のはずなのに、距離が少しずつ縮められていくような気がしてならなかった。
まゆみはもつれそうになる足どりを励ましながら、ゆるくて長い坂道をかけのぼった。

はぁ、はぁ、はぁ・・・
まゆみは立ち止まってうつむいて、両手で両ひざを抑え、肩で息をしていた。もう限界だった。
こんなに長く走ったの、きっと中学に入ってからは初めてだろう。
もしも今ナギが追いついてきて「よくがんばったねお姉ちゃん」と囁いたとしても、頷くのがやっとで首すじをゆだねてしまいそうな気がした。
幸いそうなるには、ふたりのあいだにはまだへだたりがあったけれど。
あとを追いかけてきたナギも、まゆみが立ち止まったのをみて、足をとめた。石を投げれば届く距離にまで、差は縮まっていた。
「いったいどこまで、ついてくる気っ!?」
投げた叫びに苛立ちがこもった。
「もうかけっこやめようよー」
陰にこもったナギの声色は、お陽さまの下ではか細く響いた。
「あなたがやめるまで、あたしはやめないっ!」
まゆみは叫び返した。
「じゃあ、あたしもあきらめないっ!」
か細い叫び声がかえってきた。交渉決裂だった。鎮まりかけた息を再び弾ませて、ふたりの少女はまた走りはじめた。

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ふぅ、ふぅ、ふぅ・・・
何度めか振り返ったとき、ナギが足をとめているのがみえた。
ナギが立ち止まったのをみるとまゆみも息が切れて、走るのをやめた。
どちらの足どりものろのろとしてきて、ほとんど意地の張り合いみたいになっていた。
「ナギちゃん、もうあきらめようよっ!」
声を投げたのはやはり、まゆみのほうからだった。
「お姉ちゃんの血が欲しいのっ!」
か細い声はどこまでも真剣だった。
「きょうじゅうにだれかの血をもらえないと、ナギ死んじゃうんだもん!」
叫び声には、切実さがこもっていた。
「全部ちょうだいなんてひどいこと言わないから・・・ほんの少しでいいから分けて・・・」
追い風に乗ってくる声は、すすり泣きをしているように聞こえた。まゆみは歯を食いしばって、また駆け出した。

もぅ・・・だめ。
もういちど、ナギの邪まな望みをなんとかあきらめさせようと、振り返ったときだった。
まゆみが立ち止まるのをみたナギは、自分も立ち止まろうとして、足がばかになったのか、前のめりにひっくり返ってしまった。打ち所が悪かったのか、そのままぴくりとも動かない。
えっ!?どうしたの?大丈夫っ!?まゆみは相手が血なし鬼だということも忘れて、思わず駆け寄った。
ふたりのへだたりは、もう十数歩に迫っていた。
「ナギちゃん?ナギちゃん?だいじょうぶっ!?」
仰向けに倒れたナギを抱き上げて揺すったが、反応がなかった。
「やだ、どうしよう・・・」
血がもらえないと死んじゃう。ナギはそういっていたはずだ。
でもここでは、人間と吸血鬼が仲良く暮らしている、ともいっていた。
通りがかりのだれかが、助けてくれるかもしれない。
まゆみは辺りを見回したが、いちめん背の高い草むらが続くばかりで、人の気配はなかった。
ふとナギの顔に視線を落として、まゆみはぎょっとした。
抱き上げられた腕のなか、ナギがあの冷ややかな薄笑いで、まっすぐまゆみのことを見上げていたのだ。

イヤッ!だめっ!ひいっ・・・!
組んづほぐれつ、上になり下になり、ふたりの少女はつかみ合った。
踏みしだかれた草の青臭い匂いがふたりの鼻をつき、服は葉っぱにまみれていった。でももう、勝負はついていた。
「お姉ちゃん、懲りないね。ナギは嘘つきだって、よく知ってるくせに」
薄笑いを浮かべた唇の両端から、ナギは尖った牙を再びむき出した。
「でもそういうおばかさんなところ、あたし好きかも。いっぱい走っちゃったけど、おトイレよりはお外のほうがまだいいよね?」
「殺さないで。殺さないで」
まゆみは必死にかぶりを振った。ナギは父親がむざんにつけた首すじの咬み痕を見つめて、さも気の毒そうにいった。
「かわいそう。父ちゃんにやられたんだね。やだったでしょう?ナギは女の子だから、お肌が荒れないようにもっとやさしく咬んであげる」
まゆみはちいさく、かぶりを振った。
同情といたわりに満ちた声色を裏切って、迫ってくる牙は父親のそれと変わらない鋭さをもっていた。
ナギは嬉しそうにニッとほほ笑んだ。
そして、あきらめのわるいライバルがなにか言おうとするのをまるきり無視して、
ニッと笑った可愛い口許から尖った牙をさらけ出し、父ちゃんが咬んだのとは反対側の首すじに、牙を突き立てた。

くいっ・・・くいっ・・・くいっ・・・
猛禽類が獲物を漁る獰猛さで、ナギはまゆみのうなじをくわえたまま、喉を鳴らした。
そのあいだずっと、まゆみはキュッと目を瞑り、歯を食いしばってナギの吸血に耐えた。
濃紺のセーラー服のあちこちに葉っぱをつけて、片方は乾きかけた血のりのはねたハイソックスの脚を立て膝して踏んばりながら。
自分のなかに脈打つ血潮を一滴でも多く体内に留めようと、まゆみはのしかかってくるナギの身体と隔たりをつくろうとし、
やめて、よして、と、声で制止しようとし、
かぶりを振って拒絶の意思をあらわにし、
それらがすべて無視されると、ただひたすら身をかたくこわばらせて、ひと口でもよけいに血を抜き取られまいと身体をこわばらせながら願いつづけた。
けれどもまゆみの首すじに吸いつけられた唇はたゆみなくうごめきつづけ、ナギはものもいわずに食べ盛りの食欲を見せつけつづけた。
ナギがようやく牙を引き抜いたとき、まゆみの身体からはもう、力が抜けきってしまっていた。
ナギは口許を毒々しいくらい真っ赤に濡れ光らせて、相手に力の差を見せつけるように、引き抜いた牙からわざと吸いとった血をぼとぼととまゆみの胸許にほとばせた。

「アハハハハハッ」
あっけらかんとした笑い声をたてたのは、まゆみのほうだった。ナギもまゆみに声を合わせて笑った。
「ちょっとー。ひどーいっ!」
さっきまでとはまるで別人のように、能天気な声色をしていた。もう、すっかり毒がまわってしまったらしい。
教室でこの子の父ちゃんに咬まれつづけたあたりから自覚し始めていた妖しい歓びが、まゆみの理性をすっかりかき消してしまっていた。
まゆみは胸許に締めていた白のタイをほどいて、それが派手なまだらに赤黒く染まったのをナギに見せて口を尖らせた。
それまでみたいな差し迫った敵意は、すでに消えていた。
うなじの傷口にべろを這わせてくるのをされるがままに受け入れると、
「ナギちゃんにもハイソックス破らせてあげるね」
といった。
まゆみのハイソックスは、ナギの父ちゃんの乱暴狼藉やその後の逃走劇で、どちらも脛の半ばや足首までたるんでずり落ちていた。神妙にお座りしながらも露骨に舌なめずりをしているナギのために、まゆみは靴下を左右両方ともめいっぱい引っ張りあげた。
「これでよし・・・と」
リブがまっすぐになるように、ハイソックスのゴムをひざ小僧のすぐ下のあたりまで念入りに引きあげると、まゆみは得心がいったように、呟いた。せっかく咬ませてあげるんだから、きちんと履いた状態で愉しませてあげよう。
まゆみは、ナギが彼女のふくらはぎに咬みつきやすいように、セーラー服に泥がつくのもかまわずに、その場に腹這いになった。
脚の輪郭に沿ってゆるやかなカーブを描いたリブ編みのハイソックスが、肉づきの良いまゆみの足許をきりっと引き締めている。
「父ちゃんひどいよねぇ」
ナギはまた気の毒そうに、ハイソックスが赤黒く汚れたほうのふくらはぎを見、まゆみの足許にそろそろとかがみこむと、それでもしっかりと、まだ咬まれていないほうの足首を選んで抑えつけた。
あくまで父親の手をつけたほうを避けるナギの態度にまゆみは苦笑しながら、
「きょうのやつ、履き古しなんだよ。前もって言ってくれれば新しいのおろしてきたのに」
といった。
「ふふふ。でも履き古しもなかなか、味があるよね?」
可愛い口許からピンク色の舌がのぞいて、リブ編みのハイソックスの白い生地のうえから、毒蛇のそれのようにちろちろとさまよった。
父親の粗野なあしらいとちがってもの柔らかで丹念で、姉を慕う妹のような甘えを帯びていたが、
却ってそれだけに、しつようないやらしさがこめられていた。
「ナギちゃんもやっぱり、やらしいね?」
お姉ちゃんは顔をあげて足許のナギをかえりみ、ナギはそれに対して「ウフフ」と応じただけだった。
「やっぱり履き古しは履き古しでいいなぁ」
舌で舐めくり回したハイソックスの生地を、よだれでじっとりと濡らしてしまうと、ナギはかなり濃いことを呟いた。まゆみも
「どうぞ、召し上がれ」
と、脚をすらりと伸ばした。まゆみのひざから下を包む白のハイソックスは、ほんりと汗の沁みたリブをツヤツヤさせていた。
「ウフフ。じゃあ遠慮なく、いただきまぁす♪」
ナギはニマッと歯をみせて笑うと、たっぷりと肉のついたふくらはぎに、美味しそうに咬みついていった。
真っ白なナイロン生地に、赤黒い血潮が勢いよく撥ねた。
ふた色の含み笑いがくすぐったそうにからみ合うなか、まゆみの足許に縦に流れるリブ編みに沿ってバラ色のシミがじわじわ拡がっていった。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 15 まゆみの担任

2018年10月27日(Sat) 09:58:35

まゆみが教室に入ると、転校してきてすぐに仲良くなった同級生が、「あっ、まゆみ・・・職員室来てくださいって」
なにか言いにくそうな顔をしたのを、まゆみはうっかりと見落とした。

担任の春田教諭の席は、職員室いちばん奥のほうにあった。
なにも悪いことをしていなくても、職員室という部屋は、まゆみのようなごくふつうの生徒にとって、あまり居心地のよい場所ではない。
だから、その職員室のいちばん奥まったところに席のある春田のところに行くのは、いつもすこしばかり気詰まりだった。
おまけに、この春田という教師は、若くて整った顔つきをしているのに、どうもなじみにくいところがあった。
それはことさらまゆみだけが感じていることではなかったらしく、ようやく打ち解けて話のできるようになった他の女子生徒たちも、ほぼおなじ感情を抱いていた。
春田教諭は去年の秋に都会から転入してきたばかりの教師だった。
すでに三年ほど前に結婚していて、村には妻を伴っていた。
色が白く、髪の毛をきれいに七三に分けたすぐ下には、いかにも理知的な広い額と銀ぶちメガネの奥によく光る黒い瞳が、美男というにはやや鋭角的すぎる印象を与えたが、女子生徒たちが共通に抱くかすかな反感は、そういうところにはなかった。
あるものは「なんとなく冷たそう」と評し、あるものは「都会っぽさが鼻についていやだ」といったあと、あわてて、「ううん、都会から来たからって、まゆみはちがうからね」と言ってくれたが、もっとずけずけとしたことを言う女子生徒は、「逃げるんだ、あいつ」と、露骨にこきおろした。
たしかに彼女のいうことはある程度的を射ていて、それは春田のどこか弱々しい言動や、とかく「校長」だの「村のえらい人」だのの名前を、ふた言めには出すというところに現れていた。
それは、彼がまだ地元の流儀をじゅうぶん理解していないことを意味していた。

まゆみが職員室に入ると、春田教諭はいつものように、あまり思いやりのなさそうな冷たい視線を注いできた。
そして、おはようのあいさつも抜きに、いきなり本題に入った。
気持ちにゆとりのなさそうな、性急で強圧的な態度だった。
こういうときには必ず、この教師がおかしなことを言い出すのをまゆみは経験で知っていたし、いやな予感が彼女の胸をよぎった。
「月田くんは、"来賓当番"って知っている?」
春田の質問は唐突だった。まゆみがそのことについてなんの知識もないことを態度で知ると、にわかに安堵か優越感のようなものをありありとよぎらせて、それでも自分の表情をまゆみに読まれたのに気がつくと、
「いや・・・ぼくも去年の秋にこちらに来たばかりだから、あまり詳しいことまでは聞かされていないんだけどね」
と、弁解がましく不自然につけ加え、決まり悪そうなごまかし笑いをした。
「ぼくも校長や村の顔役さんから聞かされただけなんだけど」
と、教諭はまたも言い訳がましい前置きをして、その"来賓当番"というものについて説明をした。
およそまとまりのない、要領を得ない説明だった。しいて要約すれば、つぎのようなことらしかった。

毎月定期的に、村のえらい人ほか数名の同行者が、視察のために来校する。
そのお世話は、当校の女子生徒がなん人か組になって、交代で務めることになっている。
これは昔からの習慣で、教育の一環としての校内行事として位置づけられている。
長上を敬うという趣旨もあるので、来賓はほとんどが年配の男性であるが、そうでない場合もある。
一部、地元に長く住んでいる家の生徒のなかには、当番を免除されている生徒もいるが、彼らはその代わり、縁故のある人に個別の接遇をすることになっている。
4月は新入生が対象だったが、それが一巡したので、上級生に順番がまわってくることになる。
とくに三年生は、下級生にお手本をみせるという意味で、二年生よりもさきに順番がまわってくる。
個々人の順序は、不公平のないように、クラス順、出席番号順になっている。
うちのクラスでまだ"来賓当番"を経験していないのは転入してきたばかりのまゆみだけで、彼女と仲の良い有働や市宮も、入学以来の行事なので慣れている。

終始一貫、なんとなくだれかに言わされているような棒読み口調なのが、まゆみには妙に気になった。
あきらかに、本人の実感が伴っていなかった。
「きみだけなんだよねぇ、まだなのは」
と、そこだけに実感を込めた春田教諭に、まゆみはがまんし切れなくなって、訊いた。
「先生も、経験あるんですよね?」
春田は、なにを言っているんだ?と言わんばかりに、「いやこれは女子生徒だけの行事だから・・・」と、自分は関係ないと言いたそうな顔をしたが、まゆみはなおも突っ込んで、
「でも、引率とかしないんですか?学校行事なんだし」
と訊いた。春田は、え?と、虚をつかれたように目を見開いた。
「いや、担任は引率しないんだよ。女子生徒だけでやるんだから。ぼくも立ち会ったことがないんでね。」
口ごもってうつむいた春田教諭は、これから未経験者対象に説明があるので、××教室に行きなさい、授業のほうはきょうは出席にしておくから・・・と、しつこく食い下がるまゆみを厄介払いするようにして、自分の目のまえから追い払った。

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≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ きまぐれなかいせつ3

2018年10月24日(Wed) 06:20:02

すこし中途半端な長さなんですが、いったんここで切ります。
最新話でナギちゃんた言っている「おお捕り物」が、次回以降けっこう長く語られますので。^^

さいしょのお話は、一転してべつの女の子の受難話です。^^;
今回の餌食は、ナギが日常的に血を分けてもらっている隣家の優しいお兄ちゃんの彼女です。

こういう、「通りがかりの少女の受難」のシーンは、吸血鬼物語ではたいがい、冒頭で使われることが多いです。
どこのだれともわからない女の人が吸血鬼に襲われて、あっという間に咬まれてしまい、「キャー」という叫びひとつを残して絶命・・・なんてシーンが多いです。
たいがい地味めで、そこはかとなくはかなげな美人さんが演じることが多いです。

でも、こんなふうな扱いを受けてしまう「ヒロイン以外の犠牲者」にも、それなりの人生があるはずです。
どんなふうに両親に育まれて、
どんな友だちと出会ってきて、
どんな努力をして第一志望の高校に合格して、
さっきまでどんな日常を送って来たのか?
ワンシーンの女性のこうした背景は、ふつうだとあっさり省略されてしまいます。

こうした「ヒロイン以外の犠牲者」のことを、ついたんねんに描いてみたくなるのが、柏木の悪い癖です。
そうすることで、ちょい役はちょい役ではなくなり、準ヒロインくらいに格上げされてしまうだけのことかも知れないのですが・・・

舞台となっている村よりはやや都会っぽいところからやってきた彼女、霧川朋子さんは、高校生。
見慣れぬジャンパースカートの制服に、足許は黒のストッキングで大人っぽく染めて登場です。
そのストッキングに包まれたひざ小僧を、もの珍しげに見つめるナギちゃん。
「大人っぽいお姉さんだなぁ・・・」とあこがれつつも、結局は獲物を値踏みする吸血少女の目で、なにも知らない善意の持ち主であるこの年上のお姉さんのことを冷ややかに観察しています。
「大人をだますのを何とも思わない」と、前段の科白で呟いたナギちゃんの、本領発揮といえるでしょう。
「うまく捕まえたっ!」というくだりには、獲物を捕食する猛禽類のような、獣じみた無同情さが伝わります。
悲痛な叫びを残して血を流す彼女・・・その運命はこのさいばっさりと省略して、
吸い取った血潮で顔や手を真っ赤にした父娘を描くことで、ホラーさを演出してみました。^^
その辺の扱いは、「通りがかりの少女の受難」の定石?どおり、あえてあっさりとやってみたのですが、果たしてどんなものでしょうか?
じつは朋子さんのその後については、「番外編」も用意しています。
気が向いたら、掲載するかもしれません。(そこまで連載を続けたいものです・・・)

はっぴぃ・えんどを専門とする?柏木ワールドでは、けっきょく彼女も吸血される歓びに目ざめて、
ふつうの人間の女の子として生きつづけるのですが。^^

こんなふうに、善意の少女をずる賢く料理してしまうこの吸血父娘の冷酷さを描いた後、いよいよ「まゆみの捕物」の段取りです。
「通りがかりの少女の受難」のシーンの役割は、ヒロインがたどるかもしれない悲劇をほかの人物に投影させることにあるので、朋子はどこまで行ってもやはり、わき役なのです。

もっとも柏木は、しょうしょう頭が悪く、お行儀もよくなさそうなまゆみよりも、こういう控えめで奥ゆかしい美人のほうに気が行くので、しょうしょう描き方が濃くなったかもしれませんが。
^^;


★前回の「かいせつ」は、コチラ。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-3652.html

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 14 明日の悪だくみ

2018年10月24日(Wed) 05:53:16

―――父ちゃんはあしたの朝、力武の小母さんから忘れずに血をもらってね。
明日はおお捕物だから、力をつけとかなくちゃね。
朋子お姉ちゃんを襲ったときみたいな、あんなのろまなことやってたら、すばしこいまゆみに、してやられちゃうから。
あのときのの父ちゃんの動きの鈍さったらなかったよ。身体のなかの血がなくなると、あんなふうになっちゃうんだね。
力武の小父ちゃんが仕事に出てったら、すぐにお隣に行くんだよ。
小母ちゃん、お昼はどこか出かけてたみたいだから、もしかしたらどこかのだれかさんといいことしてきちゃったかもしれないけれど、このさい容赦しないで。
お腹がいっぱいになるまで、血をもらってくるんだよ。きっとだよ!
まゆみちゃんはきのうのお姉ちゃんよりも太っちょだけど、案外すばしこそうだから、しくじると逃げられちゃうからね。
きょうのお姉ちゃんとちがってあたしたち、あの子には面が割れちゃってるから、うんと用心してかからなくちゃね。
力武の小母ちゃんの血だけで足りるかな?心配だったら豊原のお祖母ちゃんにも無理してもらう?
朋子お姉ちゃんはもう、隣町に帰っちゃったかな。まだこっちにいるのかな。
あれだけ血を漁ったあとだから、くたびれちゃってお祖母ちゃんのうちにいるかもね。豊原を使えないのは、痛いなあ・・・
エッ!?お祖母ちゃん言ってたの?「月曜1日くらい、学校休んだっていいじゃありませんか」って?
そういうのって、黙ってないで教えてよ。
あたしに聞こえるような声で話していたって言われたって、あのときあたしはお姉ちゃんから血をもらうのに夢中だったんだもの、聞いてるわけないじゃない!

あしたのことなんだけど、まゆみの担任の春田って教師に、まゆみのこと呼び出してもらうことになってるから。
父ちゃんもあいさつしたんだよね?おとつい?なにかそのことで話はあった?
全ったくうっ!
男どうしって、腹芸だの、以心伝心だの、あたしにわかんない大人の言葉でかっこばっかりつけちゃって、どうして肝心なことの話しをしないんだろう。
月田の小母さんのときだって、あたしがぜんぶ仕組んだんだよ。公園のお化けは父ちゃんの考えだけどさ・・・
あぁ、あのときのロボットみたいなぎくしゃくした動き、いま思い出しても笑っちゃう!
お姉ちゃん怖がらせるためにわざとしてるんだと思ってた・・・
で、話は戻るけど、春田がまゆみをだれもいない教室に呼び出すから・・・それからあたしがあの子を教室から連れ出して・・・父ちゃんは体育用具入れの倉庫のところで・・・あの子にはあたしたち面が割れてるから、きっと用心してかかるからね・・・どうしても追い詰めることができなかったら、そのときはね・・・。

中学3年のまゆみは、ナギよりずっと歳上だった。
けれども、学年がもっと上である賢治の姉や彼女を餌食にしたナギは、「まゆみちゃん」と対等あつかいしていて、話が熱してくると時には「まゆみ」と呼び捨てにしたりした。
いつも親切に血を分けてくれる都会の小父さんの娘ではあったが、すでに父ちゃんの言うなりになったその母親とは違って、まゆみはまだ風習の領域外にいる"敵"にすぎなかった。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 13 独りぼっちのナギ

2018年10月24日(Wed) 05:48:24

週明けの月曜日は、地元の学校は開校記念日で休みだった。
中学も高校も休校になるのだが、女の子のいる家はたいがい、忙しかった。
というのも、女子生徒の約半数は記念行事のため登校させられたし、それ以外の少女たちも、あるいはお寺の本堂に集められ、あるいは個別に縁故のある家を訪問したり、逆にだれかを自宅に招いたりすることになっていたからだ。
ナギの隣家の娘は優等生で、いつも学校の来賓たちのお世話掛りをしているくらいだったから、とうぜんのようにセーラー服を着て登校していった。


ナギの家では、そうする必要がなかった。
だってナギはもう、ふつうの女の子みたいに、血を吸う人に吸わせてあげるためのうら若い血をもっていなかったから。
吸ってもらえる血がないというのは寂しいことだとナギは思った。
せめて吸わせてあげる血をもっていれば、独りぼっちで過ごさなくて済むのに。
少なくとも、ふつうの女の子だったころ、彼女は大好きな顔役の小父さまに血を吸ってもらえるのが愉しくてしかたなかった。
こういうときに"お友だち"のすくない血なし鬼というのは、寂しい想いを抱えることになる。
どこの家からも、どんな意味でも、声がかからないのだから。
隣家の姉娘はさばさばとした顔をして登校していったし、優しいお兄ちゃんの賢司は隣町の学校なので、やはりふつうに学校に行っているはずだった。
小母さんはお寺に手伝いに出かけたから・・・もしかすると少しばかり血を吸われてくるかもしれない。
どちらにしても、隣家の人たちは、ナギ父娘専属の"お友だち"ではなかったから、たとえ彼女たちがどこかの男に血を吸われようが交わってこようが、文句をいえる筋合いはなかった。

きのう初めて襲った朋子は、夕べの別れぎわ、ナギと「指切りげんまん」までして"お友だち"になる約束をしてくれた。
彼女は隣町に住んでいて、賢司とおなじ学校に通っていたけれど、
吸血されたのが初めてでしかもあれだけしたたかに生き血を吸い取られた後のことだから、
いまごろは疲れはてて、祖母の家でぐったりしているかもしれない。
それとも、あの善良な生真面目ぶりを発揮して、夕べのうちに隣町の家に帰宅して、気丈にも登校したのだろうか?

夫婦して"お友だち"になってくれたあの親切な都会の小父さんの家も、きょうは頼るべきではなかった。
ご縁が始まったばかりなのに、金曜土曜と連日訪問していたから。あんなに頻繁に血を吸われるなんて、慣れない人たちにはかなりの負担だったはずだ。
土曜の朝にお邪魔したときにはさすがに遠慮しぃしぃ戴いたと父ちゃんは言っていた。
翌日朋子を襲ったときの、電池の切れかかったお人形みたいな、あのみっともない動きをみると、あながち嘘ではないらしい。
父ちゃんはいつも、変なところで義理堅いのだ。
いや、月田家にかんするかぎりは、血を吸っただけではなくて、大人の男女が息をぜいぜいさせて身体をもつれ合わせるあの変な遊びでだいぶ発散してきたみたいだから、たんに助平なだけだったかもしれないけれど・・・
なんにせよ、あの夫婦は中四日くらい置かないと、使いものにならないかもしれない。
そして、あの愚かな夫婦の娘のまゆみは、地元の中学校に通っているくせにまだ風習の存在すら知らないで、なにもない休日をただ手持ちぶさたに過ごしているはずだった。

あぁ、切ない・・・
ナギはひざ小僧を抱えて座り込んで、ひどく寂しい顔をした。
こういうときにはいつも、空っぽの血管がシクシクと疼くのだ。

血が欲しい。
ピチピチとした活きのいい血が・・・

暖かくてうら若い血を持ちながら、なにも知らずに身体をもて余しているまゆみのことを、つくづくもったいないと思った。
昨日打ち解けて仲良くなってしまった朋子だったら、体調さえ許せば優しく笑ってうなじを咬ませてくれるだろうに。

夕方、父ちゃんは手ぶらで帰ってきた。塗料と脂まみれのいつもの草色の作業衣を、肩からぶさ提げたように引っ掛けて。
「手ぶらで」ということは、血を吸える人間をお土産に持ち帰ってこなかったということだ。
今夜はお互い、ひもじい想いをするのだろうか。
父ちゃんはそれでも、とっておきのひとつ話しでも披露に及ぶような勢いで、隣家の力武の息子は戻ってきたか?と、娘に訊いた。
「知らない」って答えると、行って確かめてこいと言った。
なんのことはない、ナギに賢司の血を吸わせて、自分はナギからその血を分けてもらう魂胆らしい。
「どうして自分で吸ってこないの」
と訊いたら、
「男が男の血を吸って愉しいわけがあるか」
という。
まんざら横着で言っているわけではないらしい。
そういえば都会の親切な小父さんの血も吸わなかったし、隣家の奥さんから血をもらってくるときも、たまたまご主人がいても目もくれないで奥さんひとりにのしかかっていた。
どうせきょうだって、たぶん選り好みばかりして、女の人ばかり訪ねていったのだろう。
こんな日につかまる"自由な"女なんか、よほどのあてがないかぎり、いないだろうはずなのに。
唯一父ちゃんがえらかったのは、それだけ窮しても、都会の小父さんの奥さんのところに行かなかったことだろう。
何しろ、なじみになっていきなり二日つづきだったから。
父ちゃんはこういうところだけは、変に義理堅いのだ。

「あしたの段取りだけどさ」
すこしして家に戻ってきたナギは、差し出した手首に目の色をかえてしゃぶりついてくる父ちゃんをしらっとした目で見ながらいった。
口許と頬ぺたに、隣家のお兄ちゃんから吸い取ってきたばかりの血を、くろぐろと光らせながら。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 12 餌食にしている少年の彼女を練習台にする

2018年10月24日(Wed) 05:37:39

公園のまえを通りかかった霧川朋子は、〇学生くらいの女の子が公園の入り口ちかくにうずくまるようにしてしゃがみ込んでいるのを見かけた。
学校帰りの彼女は黒のストッキングを履いた脚をとめて、ちょっとのあいだ怪訝そうにその女の子のことを窺った。
女の子は、ひどく怯えているようだった。
朋子は素通りしてはいけない気がして、
「どうしたの?お腹でも痛いの?」
と、その女の子に声をかけた。
女の子はしゃがんだままこちらを振り向いて、見慣れないお姉さんのことを疑り深そうな目つきで見あげた。
このあたりでは見かけないジャンパースカートに赤い紐ネクタイの制服が珍しいのか、彼女は朋子の制服姿を頭のてっぺんからつま先まで、無遠慮にじろじろと眺めた。
朋子は明るく笑って、
「べつに怪しい者じゃないわ。あたし隣町の学校に通っていて、お友だちのうちに寄り道してきたの。お祖母ちゃんもこの村に住んでて、これからお祖母ちゃんのおうちに行くところなの。三丁目の豊村っておうち、知ってる?」
女の子はみじかく、「知ってる」とだけ答えた。消え入りそうな声だった。
朋子は女の子のそばに自分もしゃがんで、彼女とおなじ高さの目線になって、
「どうしたの?お姉さんにできることがあったら、話してみて」
と、親身に話しかけた。
女の子は、黒のストッキングに透けた朋子のひざ小僧をもの珍しそうに、間近にじいっと見つめると、「怖いの」とだけいった。
「えっ、なにが?」
「ナギのおうちね、公園の向こうにあるの。でもこの公園怖いお化けが出るの。ひとりじゃおうちに帰れない!」
女の子はやっとのようにそう呟くと、もうなにも訊かれたくない、というように、両手で顔を覆ってしまった。

「困ったなァ・・・」
どうやらナギというこの女の子は、鍵っ子らしい。
それにしてもまだこんなに明るいのに、「お化け」とはどういうことだろう?
朋子は公園の向こう側にあるというナギの家の方角をみたが、ちょっとした木立ちや生け垣があるだけの見通しのよい公園で、左右は住宅地に挟まれていた。
それらの家々の二階の窓からは、公園の隅々まで見渡すことができるはずだった。
奥行きこそ多少はあるものの、向こう側の家並みの屋根瓦も、わずかながらではあるが木立ちの向こうに見え隠れしているのだった。
朋子は三丁目の祖母の家に行くのに、この公園を横切るほうが近道だと気がついた。
「いいわ。お姉ちゃん、ナギちゃんのこと公園の向こうまで送ってってあげる。お祖母ちゃん家(ち)に行くのも、そのほうが近そうだから」
「ほんと!?本当?お姉ちゃん、ありがとう!!」
ナギは無邪気に笑って、小躍りした。さっきまでの塞ぎ込みようなど、きれいに忘れてしまったようだった。
「じゃっ、行こ」
朋子なナギと手をつないで、なんの警戒心もためらいもなく、公園のなかに脚を踏み入れた。
よっぽどこの公園が怖いのか、ナギは朋子の手を痛いほどギュッと握り締めていた。


不幸にして朋子は、この公園が村でなんと呼ばれているのか、祖母からまだ聞かされていなかった。
さすがにそれを教わっていたとしたら、彼女も公園を横切ることを躊躇したに違いなかった。
この公園はこの界わいで、「お嫁に行けなくなる公園」と呼ばれていた。


公園の中程まで来たときだった。
ナギは朋子の手を掴まえていないほうの手の指をいきなり自分の口に突っ込んで、「ピィー!」と唇を高く鳴らした。
「?」
朋子が訝しげにナギを見返ると、ナギは親切なお姉ちゃんのほうには目もくれないで、
「父ちゃん、こっちこっち!うまく捕まえたっ!」
まるで草むらできれいな蝶々を捕まえた子どもみたいに、得意そうな声を張り上げた。
「えっ!?」
朋子が目をまるくしたときにはもう、遅かった。
公園の出口のほうに向き直ると、そこには薄汚れた作業衣の年輩の男が、赤ら顔を怒らせて立ちはだかっていた。

「お姉ちゃん、怖いっ!」
ナギはあくまでも怯える女の子を装って、朋子のジャンパースカートの腰に抱きついた。
意外に強い力だった。
お化けの小父さんのことを怖がってすがりつくように見せかけて、ナギは自分よりずっと歳上の女学生を、たくみに羽交い締めにしていくのだった。
朋子は事態がよくのみ込めないままに、さいしょはナギの手を引いて公園の向こうの出口まで走ってたどり着こうとし、
その逃げ道を未知の男に遮られると、ゆっくりと迫ってくる男の脇をなんとかすり抜けようとした。
しかしナギが朋子のことを後ろからしっかり掴まえていたのに手足をとられ、思うように動きがとれず、ただ徒らに身を揉んで脚をばたつかせるばかりだった。
どういうわけか、男の動きはやけにスローモーで、まるで電池の切れかかった人形のようだった。
相手がこの年輩男だけだったら、朋子は辛くも難を逃れることができたかもしれない。
けれどもナギに掴まえられた朋子はどうすることもできずに男に抱きすくめられていった。
「アァーー!」
悲しげな悲鳴がひと声、あたりの空気をつんざいた。
後ろから腕をまわしてお尻に抱きついてくるナギと、前から迫ってくる作業衣の男に挟まれるようにして、朋子は男に咬まれた首すじから赤い血を滴らせた。
あれよあれよという間に、濃紺のジャンパースカートを着た朋子の身体は草色をした作業衣の腕に巻かれていって、
白いブラウスのえり首に紅い飛沫を散らしながら、白いうなじをなん度もなん度も、繰り返し咬まれていった。
あたりには少女の悲鳴が切れ切れにあがったが、周囲の家々からはなんの反応もなく、ただ無表情に窓を締め切っていたのだった。

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二時間後――
あたりはすっかり、薄暗くなっていた。
「いい練習になったね」
ナギは得意げに、父ちゃんのことを見上げた。
「あんなにうまくだませるなんて、思わなかった」
「あの娘の親が見てたら、泣くだろうな」
男は、父親らしい感想をいった。
通りすがりに目にした小さな女の子が怯えているのを気の毒がって、善意に手をさし伸べたのが、まちがいのもとだった。
「あの子が優しいばっかりに、こんなことに・・・」
もしもあの女学生が死んでいたら、母親が涙声を詰まらせるところだろう。

「きょうの子は、かなりなお人好しだな。都会の娘っ子は警戒心が強そうだから、きょうみてぇにひとすじ縄じゃいかねぇかも知んねぇぞ」
男は考えぶかげに目を細めた。
「ウンウン。あたしもそんな気がする。まゆみちゃんってのんびりしてそうで、意外と抜け目ないかも」
ナギは調子のよい声で父親に応じ、まだ口許を濡らしている血のりを手で拭った。
「ほれ!そうすっからまた顔が汚れる・・・」
「いいもん。あたしあのお姉ちゃんの血、気に入った」
ナギは父ちゃんが叱るのも聞かずに、血のりで毒々しく光る頬を街灯にさらした。
「まるで化けもんと歩ってるみてぇだ」
おっかないものでも見るような目つきをして毒づく父親に、
「化けもんじゃない。あたしたち」
ナギは明るい声で父ちゃんの言いぐさを肯定して、開きなおった。娘の言い分もとうぜんだった。
きょうの獲物は、ナギにいつも血を吸わせてくれている隣家の少年の彼女だった。

「あのひと、賢司お兄ちゃんのお嫁さん候補なんだよね?」
春先までつづいた受験勉強の合い間に、息抜きをかねて血を吸わせてくれた善意の少年は、隣町の高校に進むとすぐに彼女をつくり、ナギとの約束どおり吸血の対象として朋子を紹介してくれたのだ。
「あした僕の家を訪ねてきた女の子が、家を出るとき黒のストッキングを履いていたら、お父ちゃんとふたりで襲ってもいいよ」
賢司は清々しく整った顔だちに、いつものような優しげな笑みをみせて、そういってくれた。

どういう手を使って彼女に靴下を履き替えさせたのかは本人に訊いてみないとわからないが、
きっと母親がぐるになって一枚かんでいるに違いない。
賢司がナギに血を与えるようになったのとほぼ同時に、男は賢司の母親を手ごめにしていた。
賢司の母親は、献身的な女性だった。
薄汚れた作業衣姿の血吸い人である情夫のために、わが身をめぐる血を一滴でも多く振る舞おうとし、
それだけでは足りないとさとると、何とか一人でもよけいに、情夫の獲物を増やそうとした。
息子の彼女は、絶好の獲物だった。
既婚の女性が家の外の男相手に血を与えるということは、同時に肌身を許すことを意味していた―――だから、あの都会の会社に勤める月田家を訪ねたとき、血を提供してくれた月田の妻を、なんの躊躇もなく犯したのだが―――隣家に棲む吸血鬼の情婦となったうえに、その情夫の娘にひとり息子の生き血をあてがう女が、息子の彼女をおなじ災難に引きずり込むことを、躊躇するわけがなかった。

「しっかしあの二人、そろいもそろってお人好しじゃ。似合いのカップルってやつかね・・・こっちが心配になるくらいだな」
身体に人の血がかようと、気分も人間らしさを取り戻すらしい。
男は若いふたりのために歯がゆそうにひとりごちたが、ナギは他人事みたいに淡々と、
「得な性格だよね。みんなに気にしてもらえて」
と論評した。
「それより明日のまゆみちゃんだよ。ちゃんと段取り確かめとかなきゃ」
少女の関心はすでに、つぎに初めて牙にかけるつもりの年上の少女のことに移っている。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ きまぐれなかいせつ2

2018年10月22日(Mon) 07:54:27

第8話から第11話では、ナギと月田氏のひとり娘であるまゆみとの絡みが描かれています。
まゆみは、都会の生活で病んだ少女です。
彼女が引き籠りになってしまったことが、月田夫妻が都会を引き払うことを選択した原因のひとつにあげられています。
もっとも、多少身勝手な夫妻のことですから、もしかすると娘の引き籠りさえもが、言い訳の一部でしかなかったのかもしれません。
ナギによると、「お姉ちゃんは太っちょ」と形容されていますが、発育の良い女子中学生だったようです。
体格は良くても心は病んでいる少女。つぎに毒牙にかかるのは彼女だと、すぐに察することができます。

下校してきたときに入れ違いのようにはち合わせた父娘が、まさか両親の血を吸いに来た吸血鬼だなどとは、まゆみは夢にも思っていません。
その夜も、持参された赤飯をふしぎそうに口にするばかりです。
お赤飯の見返りに、自分の生き血をねだられるなどとはつゆ知らず、多少気ままな彼女の日常が語られます。
(遅刻寸前に登校したり)
けれども彼女は、帰宅したときに感じた違和感から、母親の態度に疑念を抱きます。
その疑念は正しいのですが、はぐらかす母親のほうが、女としては一歩うわてでした。
まゆみはナギからの積極的なアプローチを受けて、自分の周囲に漂う不吉な雰囲気を感じ取るのです。

後半は、ナギの独白です。
そこでは、ナギのいびつな前半生が語られます。
首すじに傷跡をもつ吸血鬼がいますが、彼らもかつては人間だったはずです。
そして、自身が血を吸い取られた場面も存在するはずです。
そこを再現してみたくなりました。(ここでは使い古された技法ですが)
父ちゃんが母ちゃんを吸血鬼に紹介して寝取らせたうえ、ナギは母ちゃんの間男になった顔役氏に気に入られ、自分のほうからも顔役氏になついて、全身をめぐる血をぜんぶ、すすんでプレゼントしてしまいます。
自分の血を吸い取らせることと、自分が吸血鬼になってだれかの血を吸うこととは、表裏一体のことのように思われませんか?
人間だったときから、血を吸う人たちへの共感をはぐくんだ少女は、自身が吸血鬼となることを、すんなりと受け入れます。

彼女のなかには、いろんな種類の寂しさがあるようです。
母親との別離。血を吸う人になったのに、血を吸わせてくれるひとがいないこと。そして、大人はずるいという観念――
そこからは、親切に血をくれる都会の小父さんをだましても良いという、身勝手な確信まで生まれてきます。
けれどもどうやら、すべてを観念してこの街に来た月田氏は、家族もろとも吸血されることを消極的ながら受け容れていました。
だまされているとわかっていても彼は、少女への献血を拒むことはないかもしれません。

第8話「お洋服代」で描かれる月田夫人の節子は、すでに犯され吸血鬼の情婦になった状態です。
つましい暮らしに狎れた節子は、吸血鬼から「お洋服代」として差し出された現金を、いともあっさりと受け取ります。
夫が露骨にも「売春ではないか」と疑念を持つのに対して、彼女は吸血鬼のために汚されるお洋服を弁償してもらうという態度です。
節子はあくまでも夫に従順な妻ですが、それでも女のしたたかさを時折、ちらちらさせるようになるのです。

■この記事の前編「≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ きまぐれなかいせつ」はコチラ。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-3648.html

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 11 ナギの独白

2018年10月22日(Mon) 07:34:25

砂ぼこりの風に真っ赤なスカートをひらひらさせながら、少女はつまらなそうに通りを歩いていた。
さえない曇り空の下、家々の窓ガラスは締め切られていて、狭い路上には人影がなかった。
この週末、彼女は血を吸わせてもらえるあてがなかった。
ここ1週間くらい、毎日のように遊びに行った都会の会社の事務所で働いているあの親切な小父さんは、きょうはお仕事を休んでいた。
こないだ父ちゃんを家に連れていって小母さんの血を吸わせてもらったときに、うっかり調子に乗りすぎて、小父さんが貧血になるまで吸いすぎちゃったらしい。
事務所に遊びに行ったら、べつの人が出てきて、月田さんは具合が悪くなって勤めを早退けしたよと言われて、すげなく追い返されてしまったのだ。
代わりに応対に出てくれたそのひとは、気の毒そうにいった。
「すまないねぇ。みんな身体がふさがっててね。ぼくもお昼過ぎにお友だちと約束があるんだよ」
ひとの分け前を横取りすることはできなかった。血を吸う人々は、お互い譲り合って生きていた。
限りのある餌は、仲良く分け合うことになっていたから。
吸血鬼になって日が浅く、まだそんなに「お友だち」のいない者は、訪ねていくあてがなくなると、ちょっぴりひもじい想いをしなければならなかった。
でも、数少ない「お友だち」に、あまり無理なお願いをすることはできなかった。
お願いをすればきっと、優しい小父さんやお兄さんは、いくらでも血を吸わせてくれる。
でもそうすると、彼らはみるみる痩せ衰えてしまって、血の味が落ちてしまうのだ。
もちろん度を過ぎると死んでしまうことになりかねないのだが、それはひとの分け前を横取りすること以上に厳しく禁じられていた。
いくら仲良しにせがまれたからといって、持っている血をあんまり気前よく与えすぎてしまうとどういうことになるのか・・・それを彼女は自分自身の経験として識っていた。
少女に血を吸う習慣を与えたのは、村でも指折りの長老で、「顔役」と呼ばれている男だった。


―――父ちゃんの幼なじみだったその顔役の小父さまは、子供のころから父ちゃんの血を吸いなじんでいて、父ちゃんの手引きでまず母ちゃんの血を吸って、それからあたしの血を吸った。
でもさいしょのうち顔役の小父さまは、母ちゃんの血だけで満足していて、娘のあたしのことまで狙ってるなんて、父ちゃんにさえ、おくびにも出さなかった。
母ちゃんとはひどくウマがあったらしくて、顔役の小父さまは母ちゃんだけのための家を建ててくれた。
その家にはあたしと父ちゃんは招ばれなくって、これからは父ちゃんとふたりだけで暮らすんだよって聞かされて。
母ちゃんと離れて暮らすのを寂しがって泣いたら、「めでたいことなんだぞ」って、逆に父ちゃんに叱られた。
ふつうは他所の家の奥さんから血をもらうことがあっても、家まで建ててくれるというのは、村じゅうでもなん年かにいちど、あるかないかということだった。
血をもらう人が血をあげるおうち人たちとよほど仲良くなって、そのおうちの旦那さまがそうして欲しいといわないかぎり、絶対といってないはずの、よくよくのご縁なのだと、あとから聞かされた。
きっと父ちゃんは、兄弟みたいに育った幼なじみが自分のお嫁さんを気に入ってくれたことが、とても自慢だったんだろう。

それでも母ちゃんはあたしのことを、新しい家にこっそり招んでくれた。
それを知った顔役の小父さまも、いつでも遊びにお出でと言ってくれて。
「お嬢ちゃん、今度のお休みにはおめかしして遊びにお出で。小父さまも都合をつけるから。いっしょに遊んであげよう」
って、言ってくれて。
まえの日にはわざわざ、母ちゃんも久しぶりに家に戻ってきて、父ちゃんとふたりで、あした着ていく訪問着を選んでくれた。
おニューの服を着てお出かけするのが嬉しくて、両親に挟まれて手をつないで出かけていって・・・帰りは真夜中どころか、つぎの日の日が暮れた後のことだった。

顔役の小父さまにいっぱい遊んでもらったあたしは、首すじを吸われながら尻もちを突いちゃって。
そのままひどい貧血になって立ち上がれなくなっちゃったから。
その日おニューの真っ白なハイソックスを履いたのは、小父さまがくまなく舐めて愉しんで、よだれでびしょ濡れにするためだったと、じっさいそうされて初めて知った。
まず母ちゃんがお手本を見せてくれた。父ちゃんも視ているまえでブラウスのえり首を拡げて、顔役の小父さまに、うなじを咬ませて。
母ちゃんはうっとりとして口をぽかんと開けたまま、仰のけられたおとがいの下から洩れてくる、チュウチュウと美味しそうに血を吸い上げる音に聞き入っていた。
父ちゃんも惚けたような顔をして、母ちゃんが生き血を吸い取られてゆく音に聞き入っていたくらいだから、きっといいことなんだろうとあたしは思い込んでいた。
そう。生き血を欲しがるひとに自分の血をあげるのは、とても良い子のすることなんだ。
吸い残された紅いしずくを首からしたたらせたまま、母ちゃんは顔役の小父さまの前に肌色のストッキングを穿いたふくらはぎを差し出して、やっぱり同じように咬ませてあげていた。
ストッキングの薄い生地は、べっとりと圧しつけられた小父さまの唇の下、ブチブチと面白いようにはじけていって、父ちゃんも母ちゃんも、それを面白そうに見つめていた。
父ちゃんはあたしの肩を抱いて、つぎはお前ぇの番だぞって言ったけれど、なんの疑問もいだかずに、うんうん、ってうなずいていた。
とうとうあたしの番がきた。
母ちゃんがあたしのブラウスのボタンをふたつはずして、えり首のあたりを拡げるときに、胸のあたりまで空気が入り込んで、すーすーしてちょっと震えた。
「怖がらんでえぇぞ」
父ちゃんは優しい声で頭を撫でてくれたし、母ちゃんはずうっと手を握ってくれていた。
血を失くした母ちゃんの掌はいつもより冷たかったけれど、あたしの手を放さずにしっかり握りつづけてくれたのが心強かった。
顔役の小父さまは、怖いまんがに出てくる吸血鬼みたいに、あたしの目の前で前歯をむき出した。
唇の両端に伸びた犬歯が尖っていて、さっき吸い取ったばかりの母ちゃんの血がまだしたたっていた。
血を吸われちゃうんだ、あたし。
改めて実感したけど、案外冷静でいられたのは、小父さまの牙についていた母ちゃんの血のせいかもしれなかった。
だって、母ちゃんとおなじようになるだけなんだもの・・・
そのあとあたしが目をつぶったのは、べつに怖かったからじゃない。
お隣のお姉ちゃんから借りたコミックスで、かっこいいお兄さまとファースト・キスを交わすとき、女の子は必ず目をつむっていたから。
そう、血を吸われちゃうのって、キスとおなじようなものだって、あたしは思った。
たぶんそれは、まちがいじゃない。
だって、血を吸うときの小父さまって、女の子のことをあんなにもうっとりさせちゃうのだから。
首のつけ根がチクッとして。硬くて尖ったものが皮膚を破って、さらにその奥にずぶりと埋まってきて・・・
あとはもぅ・・・よく覚えていない。
かたわらから父ちゃんが、「えぇ子じゃ、えぇ子じゃ。ナギは強いな」って、いつもはあたしのことを叱ってばかりいるくせに、うそみたいにほめてくれたけど・・・
でもあたしは、小父さまにほんのふた口み口吸われただけで、もぅ夢中になっちゃっていた。
痺れるぅ・・・
あたしは自分でもおかしいくらい、けらけらと笑い転げちゃって、母ちゃんがストッキングを破かれたみたいにハイソックスの脚を吸われたときも、真っ白なハイソックスに血がはねて、すこしたるんでずり落ちながら真っ赤に染まってゆくのを、大はしゃぎしながら見つめていた。
さいしょからさいごまでずうっと手を握ってくれていた母ちゃんの掌は、さいしょのうちこそ冷たく思えたけど、いつもの温もりがだんだん戻ってきた。
もしかすると、身体じゅうの血を抜き取られて、あたしのほうが冷たくなっていたのかも。
でもほんとうは、ナギのことを逃がさないようにって掴まえてただけなんだ・・・って、あとから母ちゃんが教えてくれて。なぁんだって思っちゃった。
あたしが大人を信用しなくなったのは、それからのことだった。
べつに傷ついたとか、そんなシンコクなものじゃない。ふーん、大人ってそういうものなんだって、ふつうに思っただけ。
だからあたしは、あてがわれたおうちに行くときは、そのおうちに住んでいる大人をだましても、なんとも思わない。

父ちゃんに連れられて家に戻ったあたしは、つぎのお休みの日も真っ白なハイソックスを履いて顔役の小父さまのところに遊びに行きたいっておねだりをした。
それに、1週間も待ちきれないから、いっそ学校を休んででも小父さまにつごうをつけて欲しい・・・って。
もぅ、血を吸われることに夢中になっていた。
顔役の小父さまがあたしにもう一度会いたがっているって母ちゃんから聞いたときには、舞い上がっちゃうくらい、有頂天になっていた。
せがまれるままに、あたしの身体のなかにめぐる血を小父さまにぜんぶ吸い取らせてしまうのに、たいした日数はかからなかった。
だってあたしの身体はまだ小さかったし、ひと足さきに血を吸うひとになった父ちゃんにも吸わせてあげなくちゃならなかったから。
あたしもそれなりに、苦労はしているのだ。


身体じゅうの血を抜かれ、血を吸う習慣をもつようになったあたしたちは、これまでどおりひとつ家で暮らしていた。
そして、あたしの血をそっくりあげた小父さまに言われたおうちに行って,こんどは血をもらうようになっていた。

さいしょに遊びに行ったのは、いつもコミックスを貸してくれた、お隣のお姉ちゃんの家だった。
お姉ちゃん自身はもう売れ口が決まっていて、通ってる女学校の来賓の人のお世話係を勤めていた。
みんなが、あそこのうちのお姉ちゃんはできがいいってほめるのも、もっともだとあたしは思った。
だからさいしょのご馳走は、お姉ちゃんのすぐ下の弟で、来年受験を控えている男の子だった。
男の子といっても、あたしよりはいくつも、年上だったけど。
このお兄ちゃんとは、もともとあいさつ程度のおつきあいしかなかったけれど、性格はお姉ちゃんに似て小さい子にやさしくて、おまけにお人好しだった。
小母さんは、お兄ちゃんが受験を控えていることを気にして、あたしが来ることにあまりいい顔をしなかったけれど、
お兄ちゃんが自分から、ナギちゃんの相手をしてあげてもいいって言ってくれたらしい。
まだ小さいのに血を吸う人になってしまったあたしのことを、とてもかわいそうがってくれた。
あたしはあたしのことを、べつにかわいそうだなんて思わなかったけど、そう思われていたほうがつごうがよかったので、もっともらしく悲しそうな顔つきをしていた。

お兄ちゃんは、勉強の合い間に時間を作ってあたしを招んでくれて、息抜きの時間ぼーっとしながら首すじを咬ませてくれた。
スポーツマンのお兄ちゃんの活きの良い血が、あたしのことをしっかりと支えてくれた。
階下の茶の間では、うちの父ちゃんが小母さん――お兄ちゃんのお母さん――のことを押し倒していた。
顔役の小父さまが、あたしと母ちゃんの血をプレゼントした父ちゃんへのお礼に、小母さんのことを襲っていいって言ったらしい。
小父さまも、いくら村の顔役だからって、お礼に他所のおうちの人をあてがうなんてずるいなって思ったけど、いい思いをしているのはあたしもいっしょだったから、知らん顔して黙っていた。
お兄ちゃんは、高校に受かったら彼女を作って、あたしと父ちゃんとに紹介してくれるって約束してくれた。
コミックスを貸してくれたお姉ちゃんも、たまにはいいからって、血を分けてくれた。
こんなふうにして、あたしたちは「お友だち」を殖やしていった。


都会の会社の事務所に新しい転入者がくるって聞いて、運良くあたしたちに出番がまわってくると、顔役の小父さまがくれた家族構成の書かれた走り書きをまえに、あたしたちは額を寄せあって相談した。
だれもが気を許す小学生の女の子がまず事務所に入り込んで、小父さんと仲良くなって、小父さんの帰りを待ち伏せして、おうちに連れて行ってもらって・・・あまり考える時間をあげないほうが、小父さんのためにもいいって、みんなが言っていた。
都会の小父さんにもプライドというものがあって、時間が経ちすぎると気が変わることもあるから、さきにいろいろとするべきことを済ませちゃったほうが分かりが早いからって。
うちのときには父ちゃんが、すすんで顔役の小父さまに母ちゃんやあたしの血をあげたのに、
お隣のおうちの小父さんも家族の血を吸われていてもとやかく言うことは全然なかったのに、
都会の人はそういうことに慣れていないから、随分勝手が違うなって思った。

父ちゃんとの相談では、小父さんの血はあたしが独り占めしていい代わり、父ちゃんが小父さんのおうちに上がり込む手引きはあたしがやることになっていた。
小父さんにお願いして父ちゃんを小父さんのおうちに連れて行ってもらって、小母さんの血を分けてもらうのは、そんなに難しいことではなかった。
けれどもあのおうちのお姉ちゃんの血をだれが吸うのかは、まだちゃんと決めていなかった。
父ちゃんは「お前ぇは小せぇんだからちっとでエエじゃろ」って言うけれど、あたしだってひもじいのは嫌だもの。
さいしょにモノにする役目は父ちゃんでも、あたしも絶対、お裾分けに与ろうと思っていた。
だってあのおうちのお姉ちゃん、お隣のお姉ちゃんよりも太っちょだし、いっぱい血が採れそうなんだもの。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 10 まゆみの疑念

2018年10月22日(Mon) 07:25:26

「お帰り、遅かったわねぇ」
娘の遅い帰宅を口でいうほど訝しんだようすもなく、母親はいつもと変わらず台所仕事の手を休めずに、こちらに背中を向けたままだった。
「お父さん、会社早引けして寝ているから、静かにね」
母親はひっそりと、そういった。
「ねぇ、最近変わったことなかった?」
単刀直入に訊いたつもりだった問いは、
「さー?なにかあったか知ら?」
と、あっさりと受け流されてしまった。
母親のほうがずっとうわ手なのか。自分の思い過ごしなのか。判断がつかなくなりそうだった。
けれどもあの出来事はまぎれもない。
あの無気味な少女は夕べ、下校してきた彼女と入れ違いに家から出てきた父娘連れの娘のほうだったはず。
少女は獣みたいに冷たい目をして呟いていった。
「あなたの父さんと母さんの秘密を知っている」
と――

夕べからなんとなく、家じゅうに変な匂いが立ち込めていた。初めてそれを感じたのは、家の階段をあがって部屋に戻り通学鞄を置いたときだった。
「ヘンな臭い・・・」
彼女は思わず呟いて、臭いのもとを探ろうと、周りを見回した。どこか変だった。
部屋ぜんたいがなんとなくいつもより片づいていて、不自然な落ち着きかたをしていた。
だいいち、今朝始業時刻に遅れまいと急いで飛び出した部屋のまん中にほうり出していったはずの鼓笛隊のバトンが、部屋の隅っこにきちんと立て掛けてあった。
すぐには倒れないように立て掛けられたバトンの入念な角度に、几帳面な母親の気配を直感した。
晩ごはんがお赤飯だったのも、妙に気になった。
自分の帰宅と入れ違いに帰っていった父娘連れのことが、頭をよぎった。
あのふたりはあたしにろくろくあいさつもせずに、どうしてあんなにこそこそと立ち去ったのだろう。
そういえば、おかえりなさいを言ってくれた母親の態度も、いつになく決まり悪げで、よそよそしかった。

入浴を終えて部屋に戻っても、臭いはまだ消えていなかった。かえってよけいに、気になるくらいだった。
パジャマに着替え灯りを消して横になったが、目が冴えて寝つかれない。
真っ暗な部屋の中、周りに立ち込める饐えたような臭いが、よけいに耐え難くなった。
こんな部屋ではとても寝られないと思った。階下で両親が寝支度にかかった気配を見越して、「やっぱ下で寝る」と、彼女は呟いた。
寝具をまとめるのに意外に手間取って、枕や蒲団を抱えて階下に降りたときには、茶の間も両親の寝間も真っ暗になっていた。
茶の間に降りてきてもまだ、さっきの臭いが鼻先を去らない。
二階の部屋から臭いを引きずって来てしまったのか?どうやらそうではないらしかった。
臭いは茶の間の壁やふすまにも沁みついているようだった。
それ以上に、ふすま一枚へだてた両親の寝間から間断なく洩れてくる物音が、少女を悩ませた。
両親も寝つかれないのかと声をかけようとして、出かかった声をすぐに引っ込めた。
赤ちゃんがどこから来るのか、教えられなくても識っている年ごろだった。
親たちは、娘がすぐ隣の部屋に降りてきても気づかずに、どう考えてもそれとしか思えない行為に熱中している。
だいいち、母さんの声がふつうじゃなかった。
嫌悪感に、耳をふさぎたくなった。
まゆみは結局音を忍ばせて蒲団をたたみ、あの忌まわしい臭いの待つ自室に戻っていった。

ひと晩まんじりともしなかったまゆみは、朝起きると寝不足の赤い目をこすりながらもそそくさと支度を整え、
いつも朝ごはんをいっしょに食べるはずの父親が寝坊をしているのに注意を向けるゆとりももたず、そそくさと登校していった。

学校から家に戻ってきて。
ふたたび夕べの夜遅くに洩れ聞こえたのとおなじ声色を耳にして。
なんとなく家の中には入りにくい雰囲気を感じてまわり道をした挙げ句、あの無気味な少女との不愉快な邂逅をして、まゆみは再び、家に戻ってきた。
夕べ一睡もできなかった自室からは、あの嫌な臭いはほぼ消えていた。
でも、どこかにまだ残り香が潜んでいるような気がして、まゆみはしばらくのあいだ、部屋のあちこちに顔を向けて、鼻をひくつかせていた。
「お姉ちゃんの父さんと母さんの秘密を知ってる」
あの少女の呟きの理由が、気になってしかたなかった。
ふと何げなく目をやった勉強机の下に、なにか光る丸いものを見つけた。
拾い上げてみると、それは洋服の釦だった。自分のものではなかった。
まゆみは釦のことを言い出せないまま、気詰まりな週末を過ごした。

週明けの朝、まゆみは出がけに母親を振り返り、思い出したようにいった。
「この釦、あたしの部屋から出てきたんだけど、母さんのカーディガンのじゃないかな」
出かけていく娘に背を向けて台所に向かっていた母親はお皿を拭く手をとめて、娘のほうをふり返った。
手渡された釦をみて一瞬表情を凍りつかせたが、すぐに家事の合い間の顔にもどり、
「アラ。いつ落としたのか知ら」
といっただけだった。
娘はそんな母親のいちぶしじゅうを、注意深く観察していた。
けれどもまさか、母親が娘の部屋でカーディガンの釦を飛ばしたとき、女の操まで捨てたなどとは、さすがに夢にも思わなかった。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 8 お洋服代

2018年10月22日(Mon) 06:48:37

節くれだった掌に籠められた握力が、ヒリヒリとした余韻となってまだ残っている。
この握力が妻の身体を抑えつけたのか。
痩せ身の妻に備わった貧しい筋力では、とうてい抗いようがなかったにちがいない。
抵抗を諦めた妻の股間を、血を吸う男は容赦のない荒々しさで踏み荒らしていった。

夫が濡らしたスラックスまで自分の情夫となった男にていよく押しつけてしまった妻は、そそくさとお昼の支度に取りかかっていた。
「かんたんなものしかできませんよ。あなた帰ってくるなんて、思わなかったから」
日常にかえった妻はいつもの愚痴っぽさを取り戻して、台所で立ち回りはじめている。
昼食の支度は手を抜いて、火を使わないですますつもりのようだった。
「これは・・・?」
ちゃぶ台に座ると、見なれない封筒が置かれているのを夫は見とがめた。
「あぁ、それ?お洋服代ですって」
こともなげに応えを投げてきた妻に、夫はちょっと顔をしかめた。
「お返ししてきなさい。こんど伺ったときでいいから」
任地になじむために地域の風習に従うのは、今さら異存をいう筋合いではなかった。
しかしそれはこちらからの一方的な好意によるもので、金銭ずくでどうこうするのはなんとしても気が引けるのだ。
「そうか知ら」
夫人は同意しかねる、という顔つきをした。こちらをまともに見返してくる妻の視線にたじろいで、夫はすこし、いいよどんだ。
「だってお前・・・それじゃあ売春みたいじゃないか」
え?
小首を傾げて怪訝そうな表情だった。
あからさまな情事の現場をこの目で視なければ、男との肉体関係について、妻の潔白を信じたかもしれなかった。
夫人はいずまいを正すと、
「あなたのおっしゃる通り、あなたも含めて皆さん善意でなさっていることだから、血を差し上げることへの見返りは、もらうべきじゃないですわね?」
そこまでいうと、彼女は穏やかなほほ笑みを浮かべた。
「献血のときにお洋服が汚れるのは仕方のないことだけど、クリーニング代や着替え代はわしのほうでどうにかすべきだろうって、先様は心配してくだすっているの。でも、貴方の仰るとおりお金のことはきちんとしましょうね。このお金はわたしが責任もってお預かりします。家計簿とはべつにして、あの方たちにお目にかかるときのお洋服代だけに使いますから」
節子は言い終わると、ニッと笑った。
血を吸う男の腕のなか、あらぬことを口走ったときと同じ笑みだった。
淡いピンクの唇が弛んで、白い前歯が淫蕩な輝きをみせた。
思わず伸びた腕がモスグリーンのカーディガンを着た節子の肩を掴まえた。
節子は軽く吐息を洩らし、戸惑ったようにいった。
「あの子・・・きょうは午前中で帰ってくるわ・・・」
首筋に這わされた唇の熱さに声を詰まらせながら、女はひくい声で夫をたしなめつづけた。


ただいまぁ・・・
まゆみはそういって玄関に入ろうとして、危うく声を呑み込んだ。なかの雰囲気があきらかに胡散臭かったから。

「・・・ァ。」

圧し殺すような女の呻きが、低くくぐもって聞こえてきた。
屋内に立ち込める薄い闇を見透すように、少女は上背の足りない制服姿をつま先立ちさせたが、やがてなにかを追い払うようにかぶりを振って、セーラー服の襟をひるがえしてまわれ右をした。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 7 目の当たりにした情事

2018年10月21日(Sun) 08:36:40

ふたりが言葉を交わしていると思い込んで踏み入れた茶の間には、だれもいなかった。
その代わり、寝室に接しているふすまが半開きになっていて、夫婦の寝間のなかが見通せた。
ねずみ色のストッキングに染まったふくらはぎがうつ伏せになって、畳の上にゆったりと伸べられていた。
侵入者は妻の片方の足首をつかまえて、ふくらはぎのうえに赤黒く膨れあがった唇を、ぴったりと這わせていた。
ねずみ色のストッキングのなかで、か細いふくらはぎの筋肉が、キュッと引きつり隆起するのが透けてみえた。
不健康に赤黒く爛れた分厚い唇は、ねずみ色のストッキングのうえからねっちりと這わされてゆく。
なよなよとか弱い感じのする薄手のナイロン生地を、男はネチネチと意地汚くねぶりまわしていた。
ヒルのようにいやらしくねぶりつけられた唇から分泌されるあぶく混じりの唾液が、肌目こまやかなナイロン生地にからみついて、チロチロと光っていた。

ピチャ・・・ピチャ・・・
くちゅ・・・くちゅ・・・

都会妻の礼装に唾液のはぜるいやらしい音が、うわべの静謐に支配された部屋のなかを淫らに塗り替えるように、深く、静かに沁み込んでいった。

「えぇ色した靴下じゃね」
長いことふくらはぎを舐めた挙げ句、男は顔をあげてそういった。
足許を濡らす唾液の薄気味悪いなま温かさに辟易しているらしい節子が押し黙っていると、応えを要求するように、男はなおもくり返した。
「えぇ色した靴下じゃね」
「お気に召したのですか」
女は取り澄まして、他人行儀な口のききかたをした。
「舌触りもえぇ。うんめぇわ」
女は男の下品な言いぐさに不快そうに眉をひそめ、再び畳に目を落とした。
こんなことをされるために脚に通したのではない、と言いたげな顔つきに、男はいった。
「わしのためにえぇ服着こんで待ちかねとっただろうが?じゃから、お前ぇの服は、わしへの馳走に違いなかろうが」
女は黙っていた。
「穿きかえあんのか?おなじやつ」
「これしかありませんよ」
女はいった。
「じゃ、噛んじまうわけにいがねぇな」
「かまいませんよ。あなたのために穿いたんだから。思い切りよく破いちゃって頂戴」
女は初めて自堕落な言葉つきをして、ストッキングの脚を自棄になったように投げ出した。
「えへへ・・・そう出られちまうとな」
男はニタニタと相好を崩して、女の足許に這い寄った。
獣じみた呼気が間近に迫るのを、女はストッキングごしに感じた。
息づかいの熱さが皮膚の奥深くに脈打つ静脈に伝わって、こらえようもないほどずきずきと疼きはじめた。
さっきからふすまの向こうに身を潜ませた人影がこちらに視線を注いでくるのに、女は気づいていた。
その視線は、情夫のそれと負けず劣らず、彼女の身体にしつように絡みついてきた。
視線の主がこっそり帰宅してきた夫であることを、女はすでに察していた。
他人行儀な言葉づかいをやめたのは、そのせいだった。
ジリジリとこの身を灼くような嫉妬の視線が、女の感情に火をつけた。
「夕べみたいに、めちゃくちゃに咬み破って、お願い」
随喜のあまりだらしなく弛んだ唇が強引に圧し当てられて、露骨な舌舐めずりが薄いナイロン生地をよだれでしたたかに濡らし、いびつによじれさせてゆくのを、女は悦んだ。
じぶんでもびっくりするくらいに、あからさまな喜色を滲ませて。
ふたりの痴態をいじましくも物陰から覗き込む夫をまえに、よそ行きの礼装がぱりぱりと音をたてて裂け、脚ぜんたいを覆っていたゆるやかな束縛がほぐれてゆくのが、むしょうに小気味よかった。

チリチリに裂けたストッキングの裂け目から露出したふくらはぎを、空々しい外気がひんやりと打った。
裂け目は面白いように拡がって、ひざ小僧までまる出しになった。
男がくまなく脚を吸えるように、わざと脚をくねらせて、いろいろ向きをかえてやって、くまなく吸わせていった。
素肌を覆っていたナイロンの被膜はもはや面ではいられなくなって、引きつれねじれた糸のかたまりに堕ちていった。


物陰でひたすら、月田は息をひそめていた。
「えへへ・・・そう出られちまうとな」
妻の言いぐさに相好を崩した男の声色が、彼の鼓膜をぐさりと刺した。
あれほどぶきっちょで、卑屈でさえあった男が。
そのうえつい今しがたまで、若やいだ彼の妻のまえで気後れをして、会話の主導権を取られっ放しだったしわがれ男が。
いまや都会育ちの妻を洗練された装いもろとも辱しめようと、舌舐めずりしてのしかかっていく。
不覚にも月田は、その場で尻もちを突いた姿勢のまま、失禁していた。
スラックスの股間を濡らす居心地のわるい温もりは、どろどろとした粘ばり気を帯びていた。
恥ずべきことだ、と、彼は思いながら、そういう自分をどうすることもできなかった。
自ら禁じたにも拘わらず、嬌声をあげてはしゃぐ妻がみすみす相手の男に組伏せられていって、作業衣を着たままの肩幅の広い背中にためらいながらも腕を巻いていく有り様から、目が離せなくなっていた。
自分よりずっと頑丈そうな背中をまさぐる妻の薬指には、結婚指輪が鈍く輝いていた。
月田は、妻がいつも結婚指輪をしていたかどうか、意識していなかった。もしかすると、ふだんはつけていなかったのかもしれない。
だとしたら、これも男のための馳走なのか?
貴男が犯しているのは人妻なのよ、というアピールのために、夫婦の誓いを果たした証しの品を、わざわざつけているのか?
その結婚指輪をはめた指が、自分ではない男の背中をまさぐり、背中に廻した両の腕を重ね合わせて、男をしっかりと抱きしめる。
妻としての自覚を忘れた女の指にはめられた結婚指輪の鈍いきらめきが、月田を悩ましく苦しめた。

破けたストッキングをまだ脚にまとったまま、妻は白のミニスカートの内股深く、情夫の逞しい腰を迎え入れていた。
スカートの脇の切れ込み(夫はスリットという語彙をもたなかった)からは、ねずみ色をしたストッキングのゴムが太ももを横切っているのが、チラチラと覗いた。
太ももの内側についた肉づきは意外に豊かで、彼女自身を刺し貫いた逸物が引き抜かれ夫の視界をよぎるたびに、悦びにはずむのが見てとれた。
ピンと伸びたつま先も、靴下の裂け目から露出してまる見えになったひざ小僧も、花びらみたいに裂き散らされたブラウスから覗くおっぱいも、半開きに弛んだ唇から覗く前歯、あの晩以来解かれたままの波打つ黒髪・・・どれもがいままで目にしたことのない女のものだった。
足首まで降ろされたショーツを自分の手で引き裂いて部屋の隅に投げた女。
薄い唇からこぼれる前歯の淫蕩な輝き。
瞳の色まで変わったかと思うほど表情豊かなウットリとした上目遣い。
妻であって妻ではない、妻とは別人の女がそこにいた。
ここは彼の家ではなくて、彼の家はべつにあって、そこには彼の本当の妻がいつものくたびれたトックリセーターを着て色褪せた頬をすぼめてなにかぶつぶつ文句を呟きながらアイロンをかけている―――そんな妄想がひどく現実味をもって彼の脳裡をよぎるのだった。
けれども、控えめな造りをした乳房はたしかに見覚えある妻のものだったし、淡いピンクの口紅を刷いた薄い唇もまごうことなく妻のものだった。
貧しい隆起は節くれだった手指に揉みくちゃにされ、黒々とした乳首は強欲な分厚い唇に我が物顔に呑み込まれ、控えめな造りをした唇が
「もっと・・・深くぅ・・・」
などと、卑猥きわまることを口走っていたとしても。
夫の見ている前での行為ということも、彼女ははっきりと自覚していた。月田のほうも、妻が気づいているのを自覚していた。
仰向けの姿勢で天井を見上げる蒼白い目が、時おりこちらを気にするように、半開きになったふすまの縁をかすめ、ふすまの向こうの月田を見据えているような気がした。
そればかりではなく、月田をぞくりと昂ぶらせるようなことを、妻はあからさまに口にし始めさえしていた。
弛んだ口許からはいちどならず、
「あなた・・・あなたァ・・・ごめんなさい。視ないで。視ちゃダメ」
そんな言葉さえ、よどみなく洩らされてくるのだった。
自ら招いた結果とはいえ・・・
萎えかけた頬を紅潮させて淫らな舞踏に息はずませる妻―――まさに白昼の悪夢だった。
けれども、その悪夢に歓びを見出してしまった男は、ひたすら失禁をくり返すばかりだった。



「献血ご苦労さん」
彼がそういって自身の妻に表だって声をかけたのは、情事のあとの身繕いや後始末が済んだあとだった。
さっきまで妻を犯していた男は、ふてぶてしくも居座って、何食わぬ顔をして自分の情婦となった人妻の身づくろいを見守っていた。
「2日続きですものね、さすがに疲れたわ」
萎えかけた頬を穏やかに和めた表情にはついさっきまでの娼婦のように奔放なセックスの名残は微塵もなく、
経口的な供血行為という、少しばかり猟奇的な地元の風習に好意的に協力した、都会育ちで健康体の四十代主婦がいるばかりだった。
「すっかり御厄介になりまして」
いまや妻の情夫となった男は、膝を丸めるように正座して、彫りの深く兇暴な顔立ちにはおよそちぐはぐな、昨日と変わらない卑屈なまでの慇懃さで、ぺこぺことぶきっちょなお辞儀をくり返していた。
彼もまた、悪鬼のように妻に挑みかかって白いミニスカートを精液でどろどろにしたことなど、おくびにも出さないふうだった。
「きょうはそんなに頂いてねえです。夕べの今日ですて」
男はどこまでもかしこまって、夫を立てる態度をとった。
「まゆみが学校に行ったあとなら、こちらから伺ってもいいんじゃないか?」
彼のほうもそういって、相手の意を迎えてやらざるを得なかった。
「奥さんが体力的に大丈夫なら、うちに来てもらってもエエです。こっちなら着替えがあるから奥さんの都合がエエかな、というだけで」
男はつい、語るに落ちるようなことをいったが、月田夫妻は気にとめることなくあえて聞き流した。
「じゃあこんどはいちど、伺わさせていただきなさい」
月田は妻を促し、妻は「そうですね。こんどぜひいちど」と、謝罪するように頭をさげた。
浮気に出向くことをすすめる夫に、それに応じて出かけようとする妻――これがわたしたちのこれからのありかたなのか。
月田は淡々とそう思った。
そして、怒りも屈辱も居心地の悪さも感じない自分に、すこしだけ驚いていた。


着替えたあとの妻は、モスグリーンのカーディガンに黒のトックリセーター、紺のひざ丈スカートに肌色のストッキングを穿いている。
朝とちがう服装をしていることをあえて夫は咎めなかったし、
妻のほうでもまた、脱衣場に脱いであったスラックスのシミが取りにくいことを話題にしようとしなかった。
男は玄関に向かうとき、洗濯機の傍らに置かれた風呂敷包みをさりげなく手に取った。
もう片方の手には、大きな紙製の手提げをぶら提げていた。
手籠めにした女の身に付けていた着衣を夫のまえから公然と持ち去るのを、月田はわざと見過ごしにした。
「クリーニングに出しときますで」
慇懃な語調は、どこまで本当なのだろう。
もっとも今朝彼が目にしたショッキングピンクのカーディガンやボーダー柄のブラウスや白のミニスカートは、その後も時おり見かけたから、男が手許においたのは初めてのときのものだけだったのかもしれない。
帰りぎわ、男を門の外まで見送った夫の耳許に、彼はぼそぼそと囁いた。まるで毒液のような囁きだった。

「奥さんが穿いてる肌色のストッキング・・・ぜんぶ咬み破っちまうけど、おおめに見てくださいよ」

うかつにも頷いてしまった自分に内心舌打ちをした彼は、それでも差し出された掌に自分の手を差し伸べて、グッと力を籠めた握手まで交わしていた。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 6 後朝(きぬぎぬ)~妻の変貌

2018年10月21日(Sun) 08:28:47

出勤時刻が迫っているというのに、身体のうごきが鈍かった。
すっかり寝不足だった。
夕べ、二階の部屋の灯りが消えて娘が寝静まると、スリップ一枚の妻がものもいわずに挑みかかってきたのだ。
男の吸血鬼から解放されて戻ってきたとき妻は、いつも頭の後ろで結わえてひっ詰めていた髪をほどかれいて、それをくろぐろと、両肩に波打たせていた。
夕食のときも、娘はそうした母親の変化に目ざとく気づいて「母さんいつもより女っぽいね」などと言っていたけれど、
昨晩、いつものように家に戻るまでは常識まみれの四十女に過ぎなかった妻は、髪型を崩してからどことなく雰囲気を変えていた。
夫婦の寝床のうえ、彼の上に跨がってきた妻は、そんな体位で夫婦の営みに臨むなど初めてなのに、まるでさかりのついた牝馬のように息せききって、身をはずませて、自らくわえ込んだ一物から一滴のこらず絞り取るように腰を激しく上下させた。
娘の成長とともに途絶えかけた営みはいつも正常位で消極的な受け身といういつもの妻とはうって変わって、獣じみた狂おしさをあらわにしていた。
とつぜんの椿事で体験した夫以外の男とのまぐわいが、まだ妻の身体のすみずみに余韻を秘めているのを、彼はありありと感じた。
異常な記憶が甦ってくると、彼のほうもまた、若いころでさえなかったほどの怒張をおぼえた。

外が薄明かるくなるのをおぼろげに覚えているのだから、ほぼひと晩じゅうつづいたのだろう。
血を吸う父娘を相手に夕べこうむった、したたかな失血のあとでもあった。
「あなた、無理しないほうが」
さすがに妻が気にしたくらい、彼の顔色はわるかった。
けれども強いて家を出たのは、目が覚めたときに目にした妻の服装のせいだった。
まゆみはもう出ましたよ・・・そういう妻は夜中の、そしてそれ以前の、しつように重ねられた情事の名残は気振りにもみせていなかったが、身に付けた装いは、いつもとうって変わってこぎれいなものだった。
いつもの野暮ったい着古しのトックリセーターに毛玉の浮いたパンツなどではなくて、
ショッキングピンクのカーディガンに、白地に黒のボーダー柄(もっとも彼にはそんな気のきいた語彙はなくて、「縞模様」と表現するしかなかったが)のブラウス、両脇が深いスリットで大胆に切れあがったひざ上丈の純白のタイトスカート。
いまどき珍しいねずみ色のストッキングはご愛嬌だったが、しいてよそ行きということでわざわざ箪笥の奥から引っ張り出して選んだのだろう。
カーディガンやブラウスにはかろうじて記憶があったが、あんな大胆な切れ込みのあるミニスカートなんか、持っていたのだろうか?
「似合わない・・・かしら」
夫の感想もいちおうは気になるらしく、妻は小首を傾げ、ほどいて肩に流したままの黒髪を揺らした。
「まぁ・・・まんざら捨てたもんじゃないな」
似合うよ、きれいだ。とか、見違えるね。とか、気のきいたことでも言えればよかったのだが、
ひと回りは若返った感じの妻はそれ以上ぶつぶつ文句をいうこともなく、機嫌よくその場をはなれた。

まさかとは思った。まだ、きのうのきょうなのだから。
いちどモノにした獲物ははやいうちに再び征服して、得た果実は手堅く手中に収めてしまおうというのだろうか。
「かなりご執心のようなんだな」
とだけ、夫はいった。お前たちがなにをしようと邪魔するつもりはない、といったつもりだった。

昨日渡したつもりだった彼の勤務割りが、ちゃぶ台の上にあった。
いちど四つ折りにされて、改めて開いた状態だった。
その勤務割りの、きょうのます目に深々と爪痕が残っていた。
真夜中に別人のように乱れた妻の胸の谷間に残されていた爪痕と、おなじ形をしていた。
ふたりはこんなふうにして、きょうの逢い引きを示しあわせていたのか。
あのみすぼらしく貧相な作業衣の男は、二十年連れ添った夫婦の日常に、しっかりと割り込んでいた。
淡い嫉妬がジリジリと、彼の胸の奥をとろ火で炙りたてた。
彼は素知らぬ顔で自分の勤務割りをちゃぶ台に戻すと、いつものように薄い靴下に透けた足首を革靴のなかに突っ掛けた。


出勤はしたものの、彼は事務所の席に鞄を置く間もなく、ほとんどまわれ右をするように家路につく羽目になった。
なにもかも心得ているらしい事務所長が、謹直なしかめ面をいつになく和らげて、
「きみ、顔色よくないね。きょうのとこれは仕事はいいから、いつ帰っても構わんよ」
「うちに帰ればいいことがあるんじゃないかな。ぐずぐずしていると見逃してしまうよ」
「だれもが経験していることだから・・・まぁ良かったじゃないか」
仲間が増えたことを露骨に悦んでいる様子だった。
彼の夫人は着任そうそう因習に染まり、いまは村の長老のひとりの公然の愛人になっていた。
こちらにきて三年になる年若な部下を振り返ると、これもまたなにもかもわきまえた顔をして、「所長がああいってくれてるんだから、大丈夫ですよ」と、こたえを返してきた。
これまた露骨なまでに、(許しをもらえてラッキーですね!)と、顔にかいてあった。
もはや、苦笑を浮かべたまま席を起つことしか、彼にはすることが残されていなかった。


自分の家に帰るのに、どうしてこんなにもこっそり振る舞わなければならないのか?
そう自問しながらも、月田は足音を忍ばせて庭先にまわり、いつも施錠されてないことを知っている勝手口から身を屈めて上がり込んだ。
庭先を横切るとき、背の高い生垣ごしに、すこししゃがれた男の声がした。夕べの男の声だった。
勝手口の木戸を開くと、声はいちだんと身近になった。
浴室の前まできたときには、なにを話しているのかまで、筒抜けだった。
話の内容は、ほとんどどうでもいいような天気の話しとか、いつ越してきたのかとか、ありきたりのことばかりだった。
たまたま自分の話題が出たときだけはビクッとしたが、それもだんなは何時に出かけたの?とかそのていどの当たり障りのないものばかりだった。
きのうと変わらない調子の訥々とした、ちょっと卑屈な声色がぶきっちょに途切れがちになると、沈黙を怖れるように彼の妻が穏やかに言葉をついだ。
さほど社交上手というわけではない妻も、田舎育ちの男に比べればよほどうわ手で、齢は年若な妻のほうがまるで姉のような物腰だった。
夕べ唐突に招いた客に妻がゆき届いた応対をしていることに、彼は不可解な満足感を覚えていた。
どうやらつきあい下手らしいあの男が、無器用に言葉を途切れさすたびに妻が救いの合いの手を入れるたびに、彼自身が救われたような気分がした。

ふと身じろぎをすると、手の甲に洗濯機のへりが当たった。暗い槽のなかに、吊り紐の切れたブラジャーがみえた。
洗濯機の傍らには風呂敷包みがあった。中身は衣類で、えび茶色の生地がはみ出て見えた。
ぴんとくるものを感じて風呂敷包みをほどくと、きのう妻が身に付けていた着衣がひと揃いたたんで重ねてあった。
黄色のカーディガンとねずみ色のブラウスにはところどころ乾いた血糊がこびり着いていて、釦もひとつふたつ飛んで失われていた。
いずれも、夕べの狼藉のあとを、あからさまにとどめていた。
えび茶色のスカートのすそをめくると、裏地に白っぱくれたシミが濃淡不規則なムラをつくってべっとりと付着していた。
震える指でそっと触れると、まだかすかな湿り気を帯びていた。
なにかを叫びそうになって、思わず数歩足を踏み出した。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 5 嵐のあと、なにも知らない娘のまゆみ

2018年10月21日(Sun) 08:24:25

月田夫妻から血を吸い取った父娘が月田家を辞去したのは、娘のまゆみが帰宅するのとほぼ入れ違いだった。
制服姿で帰宅したまゆみは、自宅から出てきた見なれない父娘にちょっと怪訝そうに目をやったが、親を訪ねてきた客人らしいと察すると、それ以上の関心を払わずに、軽く会釈をして家の門をくぐった。
男はすれ違いざま、月田家の娘の発育のよいふくらはぎが白のハイソックスに覆われて、紺のプリーツスカートのすそからにょっきりと伸びているのに目をとめると、その瞳の奥に一瞬もの欲しげな輝きをぎらつかせて、彼女の姿が玄関のなかに消えるまで立ち止まって見送っていた。
「父ちゃん欲深ね」
少女は吸血鬼の父親の脇腹を小突いた。
「生意気言うでねぇ」
男は図星を指されながらも、娘に対して減らず口を叩いた。
「あたし誘い出してこようか」
少女はこともなげにそういったが、男は口のなかでぶつぶつと、学校さ行けばええとか、その前ぇに顔役にかけあいに行くとか、生娘を犯すとあとがうるさいからなとか、あいまいに呟いただけだった。

「小母さんと仲良くなれて、よかったね。パンストもらったでしょ」
娘は父親をからかった。ついでにポケットからはみ出していた節子のストッキングのつま先を、わざとのように引っ張った。ストッキングはポケットからすっぽりと抜け落ちて、少女の指先につままれたままひらひらと風に舞った。
「洗濯して取っとくね。いつもみたいに袋作って。あ、箱もいる?」
男は、もうなにも応えずに、娘の言いぐさを横っ面で受け流していた。


「ねぇ、どうして今夜はお赤飯なの?さっきのお客さんだれ?」
なにも知らないまゆみは、久しぶりの赤飯をもりもりと口に頬張りながらいった。
その赤飯が、母親を犯す見返りにさっきのみすぼらしい中年男が持参した手土産だとはつゆ知らず。
母親は娘の問いにはこたえずに、いつになく黙りこくって単調に箸をあやつりつづけた。
「お前はなんでもよく訊くなぁ。」
父親も苦笑交じりに、娘をたしなめるようにそういっただけで、やはり単調に箸でつまんだ赤飯を口にもっていくだけだった。
ふたりとも、鼓膜にキンキンと響く娘の声に、顔色をよけいにくすませていた。
「つまんないの」
張り合いのない両親の反応にまゆみはちょっとふくれ面を作ると、ごちそうさま、と箸を投げ出すようにして、ちゃぶ台から起ちあがった。
ジーンズ生地のスカートがはち切れそうなくらいにおっきなお尻を親たちに向けて、まゆみはふすまをぴしゃりと閉めた。
学校帰りのままの白のハイソックスを履いたふくらはぎに帯びた、たっぷりとした肉づきが、父親の目に眩しく灼きついた。
血液の喪われた血管が、むやみともの欲しげに疼くのを感じた。
娘の血を欲しがるなんて、あさましい――しいてそう言い聞かせることで、月田は自分のなかに沸き起こるどす黒い感情を、躍起になって打ち消した。
「自分のお茶碗くらい片付けなさい」
といつも口うるさく追い打ちをかけてくるのを見越したように、
「お風呂入るからー」
と昇りはじめた階段からはずんだ声が響いてきたが、それにも母親は無反応だった。
浴室からシャワーの音が気持ちよさそうに洩れてくると、はじめて母親はわれに返ったように表情を動かし、夫にいうともなしに呟いた。
「あの子もそろそろね」

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 4 月田夫人の堕落

2018年10月21日(Sun) 08:19:53

四十路を半ばすぎた月田節子は、色褪せた頬に珍しく頬紅を薄っすらと刷いて、
ややくたびれた黄色いカーディガンに地味なねずみ色のブラウスを着て、
それでも彼女には珍しくいちおうスカートを着けていた。
えび茶のスカートの下には肌色のストッキングを穿いていたが、それは先週娘の学校のPTAの会合で脚に通して以来のものだった。

「なんだ、よそ行きのいいかっこしておけって連絡したのに」
帰宅した夫はすこし不満そうに顔をしかめたが、妻は
「急にそんなこと言われたって・・・」
とぶつぶついった。それでも見慣れない新来の客人たちには丁寧に
「ようこそ初めまして、むさ苦しいところでなんのお構いもできませんが」
と、敷居の板の間にひざを突いて神妙な顔をして改まった声色をした。

夫からは改まった説明はなに一つなかったけれど、彼女はなにもかも察しているようだった。
すべては暗黙の諒解のうちに、夫婦は見ず知らず同然の父娘に、家の敷居をまたぐことを許していた。
吸血鬼にいちど家の敷居を跨がせてしまうと、彼らはいつでも自由に出入りすることができるようになって、その家の家人の血を獲ることができる――
人事担当者から聞かされたはずだったが、それと知りながら、夫婦はその父娘に、まんまと家につけ入る隙を与えてしまったのである。
彼らの訪問はどんなに突拍子のない刻限でも許されたし、かりに家主が彼らを拒んで堅く施錠をしたとしても可能だった。
懐柔した家人を操って手引きをさせることもできたし、ひとの助けを借りないでも「いつの間にか入り込んでいた」ということもふつうにあった。
夫が父娘を自宅に招いて、妻がふたりを何気なく奥に通したことで、村に棲む吸血鬼に対しての唯一の結界は容易に破られていた。

人間の夫婦と吸血鬼の父娘は、人間の家のお茶の間で立ったまま向かい合った。
緊迫しかけた空気を気づかうように、節子が夫に訊いた。
「あなたはどちら」
夫婦のどちらが、父娘のどちらを相手にするのか、という露骨な問いを、未経験ながら発してしまったのを、節子は意識していなかった。
月田は、わたしは娘さんに吸われているから・・・と応えると、妻に背中を見せてのそのそと沓下を履き替えにかかった。
夫の勤務先に顔を出したことのない彼女は、事務所の掲示板をみたことはなかったが、業務連絡用の月間予定表に唯一書かれてある内容だけは心得ていた。

   供血希望者はストッキング地の膝下丈のハイソックス(紳士用可)
または婦人用ストッキングを着用の上勤務すること。

夫が出勤のときに穿いて出かけるあのストッキングみたいに薄い沓下は、帰宅のときには大きな穴をあけているか違うものに穿き替えられていた。
きょう夫が脱ぎ捨てた靴下にひきつれひとつないことに、彼女はわるい予感を持った。
「薄い靴下がお好きなんですよね?」
彼の妻は呟くようにそういうと、肌色のストッキングを穿いた自分の脚を改めて見おろした。
「さいしょは首すじだから」
夫は赤黒い痣の滲んだ自分の首すじを指差して、穏やかにほほ笑みながらいった。
共犯者のほほ笑みだった。
部活や補習に明け暮れる娘のまゆみがいつも下校してくる刻限には、まだ相当の間があった。

まだ顔なじみすらろくにいないこの村で。
いつかちかいうち、にわかな客人の来訪を受けて吸血されることを、彼女は夫のようすで実感していた。
まだ都会にいるときに、赴任の条件を夫の会社の人事担当者から告げられたときからそれは納得ずくのことだったが、
夫の何気ないしぐさのひとつひとつにまがまがしい背景が生じたのを感じて、それはひどくうそ寒い予感を、彼女の胸の奥に植えつけていた。

夫を見捨ててひとり都会に戻ることもできないわけではなかったのに、彼女はそうする意思をまったく持たなかった。
周囲のだれもが受け入れている習慣を、いずれはこの村のだれかを相手に許さなければならないのだ・・・と、無気力な彼女は、なかば諦めているようだった。
せめて娘を守る配慮は女親としてしなければならなかったはずなのに、そうした配慮さえ放棄しているふうだった。
「あなたは寝室を使って下さい。私はお茶の間で」
さすがにおなじ場所は避けたいところだったが、ひと部屋しかない階上の部屋は娘の勉強部屋になっていて、そのほかに部屋らしい部屋といえば、隣り合わせになっている寝室と茶の間のふた部屋しか、この家にはなかったのだ。
夫人が茶の間を選んだのには、わけがあった。
玄関に近いほうの茶の間に彼女がおれば、娘がいつもより早い刻限に急に戻ってきたとしても、なんとか取り繕うことができると思ったのだ。

ふすま一枚隔てた向こうとこちらで、夫婦はお互いの振る舞いを意識しあいながら、行為に及んだ。
夫は勤め帰りのネクタイをとり、スラックスまで脱ぎ捨てて部屋の隅に押しやると、濃紺のストッキング地の長沓下一枚の脚をうつ伏せに投げ出した。
自分の血をいつも吸っている少女が、四つん這いになってうつ伏せになった彼の足許ににじり寄り、幼いが獣じみた呼気を薄いナイロン生地ごしにふくらはぎに当ててくるのに、いつにない昂りを覚えていた。
「おじちゃん、おっきくなってるね」
少女は笑った。
気がつくと、ブリーフごしに、小さな掌が両方とも、彼の股間をまさぐっていた。
妻にも聞こえている・・・そう感じて彼はぎくりとしたが、少女はかまわずにつづけた。
「いいんだよ。そのほうがあとあと、楽になれるから」

いままでなん組みの夫婦を、こうやって堕としてきたのか。
少女はあくまであっけらかんとしていて、ひどくもの慣れているようだった。
彼女はもう一度彼の股間に、こんどはブリーフのなかにまで掌をすべらすと、
「ガマンしなくていいからね」
と、彼だけに聞こえる声で囁いた。
彼はふすまの向こうの気配に耳を澄ませたが、なにも伝わってこなかった。


夫の月田とふすま一枚隔ててしまうと、節子はすくなからぬ気詰まりを覚えた。
初めて差し向かいになってみると、相手の男は年配こそ夫と似たり寄ったりではあるものの、
塗料や脂で薄汚れた草色の作業衣といい、ボサボサの白髪交じりの頭といい、陽灼けで赤茶けたシワだらけの頬といい、
どれもがスーツ姿にネクタイの夫を見なれた都会妻の目には、予想よりも見劣りするものばかりだった。

隣家に住む夫の上司夫婦のところに夜這いをかけてくるのは、みすぼらしい鼻垂れの不良少年だったし、
いつも2、3人連れだって現れてはお向かいの若奥さんを近くの納屋に連れ出して輪姦どうぜんのあしらいをくり返していくのが、
節子の父親以上の年恰好の野良着姿だったり―――

そういうところを見てきた彼女のまえに、若くて気分のいい男性が訪れるとは、さすがに期待してはいなかったけれど。
もう少しなんとかなったひとはいなかったのかしら?と自分の相手をみつくろってくれた夫に不満がよぎった―――と思う間もなく、汗臭い作業衣がいきなりのしかかってきた。

相手が長いこと節子に手を触れずにしげしげと眺めているばかりだったのは、たんに自分の獲物としてあてがわれた女の品定めに時間をかけていただけだったらしい。
ひきつった節子の喉もとに黄ばんだ前歯が性急に突き立ち、つけられた擦り傷のあとに紅いものが滲んだ。
ひりひりとした疼痛が、抗う人妻を苛立たせた。
組んずほぐれつ、互いに無言のまま、熱っぽい息づかいの応酬がつづいた。
ふすまの向こうの夫を刺激すまいと悲鳴をこらえたままの節子を、男はたたみの上に押し倒した。
そして意地汚く舌をふるって、擦り傷に滲んだ血をピチャピチャと舐め取っていった。

茶の間の雰囲気の急変に月田が気づいたのは、少女の巧みなまさぐりに負けて、ブリーフをしたたかに濡らしてしまった直後だった。
なま温かいいやな感触が、股間に気味悪く広がった。
どろりとした粘液を畳にこすりつけまいとして、あわてて自分の腰を畳からへだてようとすると、少女が上からのしかかってきた。
畳に貼りついた粘液の塊を、上から抑えつけられた彼の下腹部や腰骨が踏みしだき、念入りに畳に擦り込んでいった。
う、ふ、ふ、ふ・・・
少女は白い歯をみせてイタズラっぽく笑いながら、「わざとそうしてるのよ」と言いたげに、彼の鼓膜に自分の熱した呼気だけを注ぎ込んだ。
娘よりもずっと幼い少女相手になんという不覚・・・そんな想いが胸を噛んだ矢先、ふすまの向こうからなにかを耐えかねたような女のうめき声があがった。

あううううっ!

もう何年も、夫との営みさえ忘れかけた主婦は、強引に唇を奪われることで,自分のなかの女を否応なく呼び覚まされていた。
生臭い口臭にむせ返りながら、女は強引に重ねあわされた唇を、はずすことができなかった。
それどころか、粗暴に圧しつけられてくる分厚い唇に、つい自分のほうから応えてしまった。
胸許に擦り傷をつけられたすぐあとに、したたかに咬まれた首すじからは。
なま暖かい血がタラタラとしたたり落ちて、くたびれかかった黄色のカーディガンや地味なねずみ色のブラウスのえり首をべっとりと赤紫色に濡らしはじめていた。
けれども節子は、それをあまり苦には感じなくなっている。

男は節子のブラウスを引きちぎるようにはだけ、ブラジャーを剥ぎ取った。
ブラジャーの吊り紐がバチッ!と音をたててはじけ、むき出しの肩を鞭のように打った。
女の胸のふくらみはあまり豊かではなく、むしろ貧しげだった。
羞じらう乳房を男は掌をひろげて、たしかな手触りを確かめるようにくまなくまさぐり、支配していった。
あらわになった乳首は性急な唇に含まれて、クチュクチュと露骨な音をたてて、いまだかつて経験したことがないほど、下品に責められた。
「そこは咬まないで」
月田夫人はそういって相手を制しながらも、かりにそんなことをされてしまってもかまわないような気がしていた。
不思議に、痛みはほとんど感じなかった。
柔肌のうえから咬み入れられてくる牙の痛痒いような感触が、むしろ小気味よかった。
それは彼女の脳裏の奥深いところをジリジリと焦がれさせ、彼女の持っている常識や理性を突き崩していった。
さして美しいわけでもない中年女に過ぎない自分に、この貧相な作業衣の男は魅了されたように息荒くのしかってきて、欲情もあらわに迫ってくる。
夫さえ見捨てたかも知れないこの身体に。
女冥利―――ふだん使ったこともないそんな言葉が思い浮かんだのは、なにかのメロドラマの影響だろうか?
自身のそんな心の変化に戸惑いながら、節子はたたみの上に、展翅板の上の蝶の標本のように抑えつけられて、なん度もなん度も咬まれていった。
咬まれるたびに、古ぼけた畳には、この家の主婦の血潮が飛び散り、しずくを拡げていった。

えび茶のスカートから覗く脚にも、容赦はなかった。
肉づきのいちばん豊かなあたりに、男は目の色を変えて、力任せにかぶりついてきた。
「あぁ・・・」
かなりつよく咬んだのに、女の反応は鈍かった。
どこか鼻にかかったような、甘い媚びを含んでいた。
肌色のストッキングには、あぶく混じりのよだれが滲み、食いついた牙の下で他愛なくほぐれていって、ジリジリと裂け目を拡げていった。
節子は男が彼女の穿いているストッキングを愉しみながら咬み剥いでいるのを感じた。
夫の電話を受けてストッキングを脚に通したとき、ふと都会女に戻った実感が彼女の胸をよぎったが。
いまは、その都会女のシンボルのようなストッキングをよだれまみれの唇に汚され無残に破かれてゆくことに、不思議な快感をおぼえていた。
この男が愉しいというのなら、破かせてしまってもいい――そんな気分になっていた。


いつの間にか、ふすまは開け放たれていた。
お茶の間にいた節子の側の大立ちまわりのおかげで、しぜんと開いたのかもしれなかった。
着衣を着崩れさせながらねじ伏せられた月田夫人が、むざむざとストッキングを咬み破られていくのを目の当たりに、夫はなん度めかの射精をした。
みじめだという気は、不思議としなかった。
「ごめんなさい、あなた。我慢できなくなっちゃった。階上に行きますね」
妻が俯いて彼の視線を避けながらそういったときも、ああやっぱりあいつも女なんだな・・・と、そんなことをぼんやりと思っただけだった。

たたみの上に精液を散らした夫の様子になど全く関心を払わないで、節子は夫と少女のいる寝間を横切って、箪笥の抽斗からショーツの穿き替えを取り出すと、すぐにまわれ右をして情夫にひきたてられていった。
着ていたカーディガンやブラウスは、袖を片方脱がされて背中の後ろにだらしなくぶら下がり、ぶらぶらと揺れる片袖ごしに、半ばあらわになった貧相な背中が見え隠れしていた。
妻の白いふくらはぎの上で裂けた肌色のストッキングが、夫の目にはなせまかむしょうに艶かしかった。

彼の視界の届かないところでふたりがなにをするのかは、だれにでもわかることだった。
新婚以来二十年ちかくのあいだ、妻に浮いた噂などなかった。
長年連れ添った妻の婦徳が汚される。
夫人を強姦どうぜんに辱しめられることで、彼自身の名誉や体裁も損なわれる・・・そうした自覚はたしかにあったはずなのに、彼は自分の妻を凌辱の猿臂のなかから救いだそうとは、思わなかった。
階上は娘の勉強部屋のはずだった。
娘が戻ってくる前に、臭いや粘液などの後始末はつくのだろうか?どうせなら庭でやればいいのに・・・と、むしろ見当ちがいなことばかりが、彼の気になっていた。

頭の上で、古びた木目の天井がギシギシと軋んでいた。
天井の軋みは間断なくつづき、そのあいだじゅうずっと、彼の妻がひとりの女として振る舞っていることを伝えてきた。
彼にとって、決して名誉なことではないはずだった。
けれども彼にすれば、その軋みが長続きすればするほど、むしろ誇らしい気分になるのを自分に禁じることができなくなっていた。
だって、軋みが長ければ長いほど、今夜の客人が自分の妻のもつ魅力に満足しているということなのだから。
どうせ凌辱を遂げられてしまうのなら、自分の妻を魅力的な女として扱ってくれるるほうが、よほど歓ぶべきことではないか?

少女はそのあいだも、月田の身体のあちこちに取りついて、首すじや肩先、わき腹、お尻、太ももやふくらはぎ、それに足首にまで咬みついて、身体じゅうから血を抜き取っていった。
そのたびに、つねられるような疼痛が、彼の理性を挑発するように、皮膚の奥にまで沁み込んだ。
実の娘よりも幼い少女に支配されながら、情けないとは感じていなかった。
「良い子だね。おじちゃんの血でよかったら、もっとおあがり」
彼は優しい声で少女に呟き、少女は遠慮会釈なく与えられた権利を行使した。
二階では妻が犯されている。
そういう異常な情況におかれた彼が本来感じなければならないはずの救いようもない屈辱を、少女は嘲ることもなく、むしろ理解さえ示していて、彼女の幼い牙が、それを抑えがたい妖しい歓びにたくみにすり替えていくのがわかったから。

まだ天井ごしの物音が途切れないうちに彼が始めたのは、階下の部屋の後始末だった。
寝間に散らばった彼自身の血や体液は、少女がすでに丹念に拭い取って、きれいに隠滅してしまっていた。
父娘連れだってのこうした悪事に慣れているのだろう。手慣れたものだった。
身を起こすと軽い目眩がした。
「小父ちゃん、いつもよりがんばったもんね」
少女は屈託なげに笑った。
失血の眩暈に身体が痺れるのを感じながら、這うようにして隣の茶の間に向かうと、すべてが乱雑にひっくり返されていた。
ちゃぶ台は隅に押しやられて斜めになっていたし、差し向かいに置かれていたはずの二枚の座布団もてんでんばらばらに散らかって、二つ折れになった一枚にもう一枚が折り重なっていた。
少女が、雑巾を手渡してくれた。
雑巾は多少の汚れならそれ一枚で拭き取れてしまいそうな大きさで、きつめに絞ってあった。
畳には、まだ乾き切っていない血糊が不規則に幾すじとなく延びていた。
どちらかの身体がその上に乗っかったらしく、所々擦りつぶされていた。
おぞましいことに、白く濁った男の体液らしきものが、茶の間のそこかしこに付着していた。
それは、妻の身になにが起きたのかを、いやがうえにも想像させてくれた。
いや、この場ではまだ、妻の名誉は決定的な汚辱を受けていなかったはずだ・・・彼はそんなことを呟きつつ、しつように覆いかぶかさってくる妄念とたたかいながら、ちゃぶ台の脚にはね畳のへりに沁み込んだ体液を、不器用な手つきで拭っていった。
妻が生き血を吸われ弄ばれた現場に遺された血糊を拭き取るという卑屈な作業に、いつかマゾヒスティックな歓びを感じはじめていた。
いま雑巾にしみ込んでゆく赤黒い液体は、ついさっきまで妻の体内に脈打っていたはずだった。
妻はいったいどんな気持ちで、この深紅の血液を抜き去られていったのだろう?
少女は彼が妻を弄ばれた痕跡を隠滅する作業を手助けしながらも、時々ニタニタと薄笑いを浮かべては彼のことをちらちら盗み見ていた。
そして、飛び散った血潮のしずくに指先を染めては、チュッと行儀のわるい音をたてて舐め取っていた。
ふたりは無言のまま、畳やちゃぶ台や家具、ふすまや壁から血糊や体液を拭き取る作業に熱中した。
たまに交わされるのは「そこは?」「こっちも」「あぁ、こんなとこまで」と、拭い残しがないか確かめ合うための手短かに端折った言葉だけだった。
その間もずっと、顔を俯けて雑巾でこすり続けるふたりの頭上では、古びた木目の天井が重苦しい音をたてて軋みつづけていた。


階下の後始末がほぼすんだ頃、ふた色の足音が階段を降りてくるのが聞こえた。
降りてくるふたりの間に、そこはかとなしに通いあうものがあるのを、階下のふたりは感じた。
少女のほうはしてやったりという得意そうな色を一瞬あらわにしたが、すぐにあわててそれを押し隠した。
月田のほうは月田のほうで、ああやっぱりという諦めに似た想いと、なにかがうまく成就したあとの不思議な安堵と充足感とを同時に覚えていた。

さきに部屋に入ってきたのは、男のほうだった。
作業衣のズボンのベルトを、歩きながら締めなおしていた。
草色をした薄手のジャケットは、もともと塗料や脂で薄汚れていたが、情事のさなかに散らされた女の血が、それとわかるほどに上塗りされて、乾き切らないままにこびりついていた。
あとから男の背中に隠れるようにして現れた彼の妻は、さすがに後ろめたそうに目を伏せていた。
ざっと身づくろいをしてきたのだろう。夫人の着衣は、夫が懸念したほどには乱れていなかった。
階上にあがっていくときに片袖だけ脱がされていたカーディガンもブラウスも、いちおうはもとの通り着込んでいたし、失血のせいでさすがに顔色はよくないものの、蒼白く萎えた素肌の色は、いつもより濃いめに刷き直された化粧に紛れていた。
足許だけは、破れ落ちたストッキングがそのままになっていて、乱暴狼藉の痕をはっきりととどめていたのだけれど。

嵐が通り抜けたあとの夫婦は、互いにどう言葉を交わして良いのか口を開きかねて、しばらく気まずそうに視線をそらし合っていた。
吸血の習慣をもつこの父娘は、こうした夫婦ものをあしらうのに慣れていて、互いに困惑し合う夫婦の気分もほぼ正確に察しをつけていた。
旦那は女房に意気地無しと思われたくないだろうし、女房は女房でふしだらな淫乱妻と見なされて離婚でもされたら・・・などと余計な心配をすることなども。
どうやらこの夫婦はとくに、そんな感じがした。
生真面目で小心者どうしだったから、自分の恥ずかしい立場を誤魔化すために互いに相手を責めて修羅場を演じるほどの度胸も厚かましさもないのだ。
そして―――そうした小心者の善良さこそが、彼らにとっては何よりも好都合だった。

男はここの敷居をまたいだ直後の、あの冴えないウッソリとした様子に戻って、ぶきっちょに口ごもりながらいった。
「すいません。つい長居しちまって・・・世話んなりました」
平身低頭された夫のほうは、妻を犯した男がごく下手に出てきたことに軽い狼狽さえ滲ませながら、
「ああ、いえいえ・・・こちらこそ何のお構いもできませんで」
と、こちらもまたへどもどとした間抜けな返事を返していた。
かなり見当ちがいな挨拶ではあったけれど、状況を穏便に済まそうとする夫の事なかれな態度に、妻が少なからず安堵を覚えたのは間違いなかった。
あれだけ明白な事態になったのに、夫は献血行為以上のことはなにもなかったことにしてくれようとしている。
お互いを責めるよりも、いま崩されかけている日常の体裁をなんとか取り繕うことのほうが、この夫婦にとってはずっと重要なのだった。

なによりも、部活動帰りの娘の帰宅時間が迫っていることが、夫婦にとっての最優先の懸念事項になっていた。
ちゃぶ台まで蹴転がすようにして立ち去った茶の間がとにもかくにも片付けられているのに初めて気がつくと、
「後片付けまで・・・すみません」
節子はそういって伏し目がちに夫のすぐ脇をすり抜けて、そそくさと台所に立ち、ボールに浸された雑巾を手に取ると、それをギュッ、ギュッ、と手際よく絞った。
作業を始めると気分がすこし落ち着いたらしく、おなじものをふたつ用意すると、
「ごめんなさい。ここと、ここと、あとこっちにも」
と、階下に残った夫と少女が見落とした、当事者にしかわからないような場所に残されたシミや汚れを、くまなく拭き取っていった。
夫婦が身を寄せ合うようにうずくまって共同作業に熱中し始めるのを、吸血鬼の父娘は、虚ろな目をして見つめていた。

拭き掃除が終わると男は節子を手招きして彼女のまえに蹲り、両手で自分の肩につかまらせると、
節子の脚にまとわりついていた肌色のストッキングを片足ずつ丹念に脱がせていった。
彼女の夫は、その様子を、黙って見ていた。
妻を強姦した男が、妻の装身具を戦利品としてせしめていくところを。
節子が脚を代わる代わる上下させる拍子に、太ももやスカートの裏側が見え隠れした。
えび茶色のスカートには、裏地にべっとりと男の体液がこすりつけられていた。
もちろんそれは夫の目にとまったはずだし、節子もスカートの裏側に夫の視線が這うのを自覚したが、
男が否応なく動作を強いたので、立ち止まることはできなかった。
節子は夫のまえ、凌辱を受けた明らかな痕跡をさらけ出しながら、身繕いをすませていった。

節子の穿いていたストッキングを脱がせてしまうと、男はそれを押しいただくようにして口づけすると、
くしゃくしゃに丸めたまま作業衣の上着のポケットにねじ込んだ。
都会育ちの婦人の装いには不似合いな無造作なあしらいに、夫はズキリと胸を衝かれた。
塗料や脂の染み込んだ作業衣のポケットから、ねじ込まれた妻のストッキングのつま先がはみ出してひらひらと漂っていたが、男は気がつかなかった。

「おじちゃんはこの日なら会社にいるんだよ」
月田は、勤務先から持ち出した勤務割りを、少女に手渡した。
夜勤もあるし、せっかく来てくれても無駄足になったら可哀想だからねと夫がいうと、妻のほうもまた優しい小母さんの顔になって、
「お嬢ちゃん、よかったわね。小母さんもよかったらお相手してあげるから、よかったらうちにも遊びにいらっしゃいね」
などと、猫なで声を出した。
「あなたの参考にもなりますかね」
彼が男に遠慮がちに声をかけると、男はむしろ卑屈そうに身を屈め、すまんこって、あとでゆっくり見させてもらいます、というと、
その受け答えとは裏腹に、娘の手から取りあげた勤務割りに視線を落とした。
最初だから3、4日休むとして・・・男は小声で呟きながら、考え深げに目を細めた。
「日中お越しになれるんでしたら、私も娘もおりませんよ」
「ハハァ、たしかにそうですな」
「夜勤明けには家におりますから・・・その日だけはかんべんしてもらえたら」
月田はそう言いかけたが、男がちょっと不快そうな顔色になるのを見越すとすぐに、
「いや、どうしてもというのなら、無理には願いませんけれど」
と、言い直した。月田の協力的な態度に、男はあきらかに、心証をよくしたらしい。
「なに、いまさっきとほとんど変わりはしませんよ・・・せっかく仲良くなったんだ、奥さんに逢いたくなったら、いつでも来ますで」
とぼけた口ぶりで、夫の言いぐさに応じた。
男ふたりは声をあわせて低く笑った。
節子は茶の間に背を向けて台所に立ち、男ふたりの笑い声を背中で聞きながら、自分たち夫婦の血のついた雑巾を洗っていた。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 3 月田氏、吸血娘の餌食になる。

2018年10月21日(Sun) 08:03:29

「あー、お嬢ちゃん、もぅ少し手加減してくれないかな?おじちゃん貧血になっちゃうよ。」
月田はきょうも、濃紺の薄手の沓下を履いていた。
彼はさっきから足許にうずくまっている少女に、まるで近所の顔見知りの女の子に対するように親しげに話しかけたが、
そのじつ彼女の素性については、村に棲む血を吸う習性をもった女の子という知識しかないのだった。
何しろ顔を合わせるのは、きょうみたいに血を吸い取られるときだけだったから。

少女は案外もの分かりよく顔をあげて、吸い取った血に染まった口許から白い歯をみせ、ニッと笑った。
「ああそうね。おじちゃんトシだもんね。いいよ、きょうはこれくらいで勘弁してあげる」
彼女は、男の履いている沓下の破れ目にもう一度口をつよく吸いつけて血をもうひと啜りだけすると、
たくし上げていたスラックスをあきらめ良く降ろして口を拭った。
「お嬢ちゃん、聞き分けがいいね。いつも私なんかのまずい血を吸ってもらって、すまないね」
しんそこそう思っているらしく、彼の言葉つきは、少女の小さな背中を撫でるようないたわりに満ちていた。
少女は、今年中学二年になる彼の娘よりも、まだずっと小さかった。

少女がこの事務所にくるようになって、1週間くらいになるだろうか。
それともすでに、10日ほどにもなるのだろうか。
記憶のほうもさだかではない。
執務中首のつけ根のあたりにチクリとかすかな痛みが走ったのが始まりだった。
噛まれた首すじを抑えて振り返ると、いつの間にそんなことをしたのだろうか、彼の席のすぐ後ろにわざわざ椅子をひとつ持ってきて、その上によじのぼって背伸びをして、少女は彼の首すじを吸いはじめていたのだった。
気がついたときにはもう、咎めることさえできない状態になっていた。
彼女はがんじがらめにした獲物の首すじに取りついて幼い歯で皮膚を咬み破ると、おもむろに血を吸いつづけたのだった。
くいっ・・・くいっ・・・と、猛禽類が獲物を漁るときのような、獰猛な音を立てて。
それが、月田の供血体験のはじまりだった。

少女が事務所に現れるようになって数日後のことだった。
吸い取られる血の量はさほどでもなかったけれど、毎日ともなるとさすがに、疲労が累積する。
きょうは退勤まで来なかったなと内心ほっとしながら、それでも半分は拍子抜けして通勤鞄を手にすると、スラックスのすそを引っ張られた。
事務所のまえには彼女の父親らしい、自分とほぼ同年輩のごま塩頭の男が、草色の作業衣姿で佇んでいた。
「おとうさん」少女はひと言そういって、あとは目で訴えている。
どうやら父親の目当ては彼の血ではないらしい。
ああそうか。彼はすぐに気がつくと、自分の察しのわるさを恥じるように頭を掻いて、「どうも」と相手の男に会釈した。
男もぎごちなく挨拶を返すと、これも一言だけ「よろしく」と低い声でいった。
不器用なもの同士の共感がお互いのあいだに流れ、ちょっとだけ打ち解けた雰囲気が漂った。

それでじゅうぶんだった。

月田は、この男なら妻を襲わせてもよいという気になった。
この村に越してからもいまだに都会妻としてのプライドを捨てず、いつもこぎれいに装っている妻と、
薄汚れた作業委姿の貧相な男とが、なぜかとても似合いなように感じられた。

「行こう、ね?」
ナギは得意げに、ニッと笑った。
三つの人影は都会から越してきたばかりの彼の宿舎――なにも知らないその妻が待つ――を、まっすぐ目指した。

≪長編≫ 田舎町の吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 2 黒沓下の男の身の上

2018年10月21日(Sun) 07:57:02

黒沓下の男の妻が長老の愛人の一人に加えられたのは、着任そうそうのことだった。
老人の家の法事の手伝いという名目で寺に集められた婦人たちの中に含められた彼女は、そこが初めての供血の機会になることを薄々予感していた。
むろん彼女も、夫が彼女を伴って赴任するという土地の風習を、あらかじめ聞かされていたのだった。
そうまでしてまでいままでの日常を捨てざるを得なかった理由は、ひととおりでないものがあるはずだったが、彼女は決してそれを語ろうとはしなかった。
寺に集められた婦人たちは、黒の礼服の着用を義務づけられていた。
彼女もまた他の婦人たちと同じように、薄黒の沓下に足許を染めて、よく磨かれた本堂の床につま先をすべらせた。
そこには仕事らしいものはなにも用意されてなく、広間に居並んだ彼女たちは一人一人、それぞれ別々の男女に手を引かれ、小部屋へと引き入れられていった。彼女はそこで初めて血を吸われた。
首すじを咬まれ痛痒く疼きはじめた傷口を抑えた彼女は、どうして黒の礼服なのか覚ることになった。
たたみの上に彼女の脚を抑えつけた吸血鬼は、黒のストッキングのうえから存分に舌をふるって欲情もあらわに辱しめをくわえ、挙げ句にブチブチと咬み破っていったのだ。
彼女は、弔いのための装いがそのまま、彼らのふらちな欲情を満たすための馳走になることを知った。

礼服を着崩れさせながら、当然のように犯された彼女は、
齢不相応に旺盛な老人の性欲に戸惑い、辟易し、そしてさいごに、積極的に応えてしまっていた。
別れ際投げられた、夫に黙って呼び出しに応じるように・・・という誘いに、目を瞑ったまま頷いていた。

老人には六、七人ほどの専属の愛人がいた。
それ以外に、不特定の吸血鬼の相手をする一般の住人たちからも、時々血の提供を受けていた。
ひとりの人間から採れる血の量には限度があり、善意の供血者の健康を損ねないために、老人は愛人たちのあいだを順繰りに往き来しているのだった。
老人は、みずからの干からびた血管を、この都会育ちの人妻の血潮で浸すことに満足を覚えた。

妻が密会をしているという事実を黒沓下の夫が知ったのは、長老本人からだった。
寺での密会の直後、事務所にあらわれた長老は、着任そうそうというだけの理由で、中年でさして血の美味そうなわけでもない彼を指名した。
大物のご指名ということで周囲から驚きと称賛のどよめきを勝ち得た彼は、他の同僚がそうしているように、会議テーブルに移ってスラックスのすそを引き上げ、まだ履きなれない薄い沓下の脛をあらわにした。
沓下の色は、老人が指定した。
さっきこの男の妻の脚から咬み剥いだストッキングと、同じ色だった。
夫婦で同じ色の靴下を履かせてそのふくらはぎに咬みつくことに、老人は異常な歓びを覚えた。
夫はまだその時点では知らないことではあったが、妻が経験したのとおなじ初めての疼痛を、足許に染み込まされていった。
相手の男がさっき妻を犯してきた男とはつゆ知らない夫の体内から獲た働き盛りの血液は、老人の体内で妻から吸い取った熟れた血液と交じり合った。
夫婦の血からもたらされる温もりに、老人は目を細めた。

「いい人に見込まれましたね」
同僚たちは、真顔で彼を祝ってくれた。
初めて供血をしたその日は、事務所内でビールが振る舞われ、ふくらはぎに疼痛の余韻をじんじんさせながら、本人だけは特別にと、祝い酒の盃まで用意された。
帰宅した夫の沓下が破れていたことに、妻はなにもいわなかった。
もちろん彼女は、何もかも弁えたうえで黙っていたのだが、
自分の身になにが起きたのか言葉を交わすことなく事情を伝えることができたことを、彼は好都合だと感じた。

早くも翌日には二度目の御成りがあった。地位の高い吸血鬼の来訪は、とくにそう呼ばれていた。
さっそくスラックスをひきあげた片脚に咬みついて、ストッキング地の沓下をはでに破いてしまうと、
もう片方の脚にも取りついて、薄い沓下の生地をクチャクチャと露骨に舌を鳴らしてしわ寄せながら、彼のことをにんまりと見上げていうのだった。
「奥さんの沓下とはまた違った、エエ舌触りじゃ」
え?と怪訝そうに首を傾げた彼は、すぐにすべてを理解した。
男が黙って差し出した紙片には、こう書かれていた。

貴方のご令室には何月何日に当家の法事にご列席賜り、
その席上で格別のご厚意を頂戴した。
当村の仕来たり上、吸血の際は夫婦同然の縁をとり結ぶことになっているが、
ご令室には忝なくもご快諾いただき、その場でことの成就に及んだ次第。
夫君におかれては本来、事前のご承知おき賜るべきところであるが、
時宜やむを得ず次第が前後した。
まげてご承引ありたい。

なお、貴兄の好むと好まざるとにかかわらず、
今後、貴兄のご令室がその身に宿す血液を日常的に摂取することを申し添える。

                   (署名)

貴殿の有難いお申し出とご配慮に感謝し、
ここに改めて、貴殿と妻との交際を認め、
最愛の妻の貞操を貴殿に無償で進呈することを誓約します。


よく見ると紙は、視たこともないほど上質のものだった。
注がれる鋭い視線に辟易しながらも、夫は持たされた筆で、さいごにかかれた三行のすぐあとに、自分の氏名を書き込んでしまった。
書き込む瞬間、男に咬まれた傷口が狂ったように疼き、異様な歓びに胸の奥が打ち震えるのを、はっきりと感じながら・・・

黒靴下の男がほろ苦い笑みを含んで見せた誓約書の内容に、新来の同年配の赴任者である月田は、濃紺に染まった足首を震わせて、自分たち家族のまがまがしい行く末を、はっきりと予感したのだった。

≪長編≫ 吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる  ~月田家の場合~ 1 勤め人たちの献血

2018年10月21日(Sun) 07:45:57

はじめに。
今回は珍しく、長編です。
しばらくまえに病気をしたときに書きためたものを、すこし直してあっぷしてみました。

じつは、まだ完結していません(ほぼ完結状態なのですが)。
そのおつもりで、お愉しみください。^^


「お互い、情けないことになりましたな」
「いや、まったくそうですな…」
向かい合わせに腰かけて、背中を丸めて愚痴りあっているのは、ほぼ同年輩の五十に手が届こうかという分別ざかり。
しかし交わされる言葉の内容のわりには、彼らの語調には卑屈さも悲壮感もなく、職場の片隅でひっそり語られる世間話のような穏やかさに終始していた。
二人ともスラックスを片方ずつ、ひざのあたりまでたくしあげていて、淡い毛ずねの浮いた脛は、ひとりは黒、ひとりは濃紺の、ストッキング地の長沓下に包まれている。
傍らの壁に掲示されている月間予定表の罫線の引かれた業務連絡用の黒板はすべて空欄になっていて、注意事項が一箇条だけ黄色のチョークでおおきく書かれていた。

   供血希望者はストッキング地の膝下丈のハイソックス(紳士用可)
または婦人用のストッキングを着用の上勤務すること。

濃紺の沓下の男の足許には小学生くらいの女の子が、もうひとりの黒沓下の男のほうには野良着姿の老人がむしゃぶりついて、薄黒いナイロン生地にしわを寄せている。
この村に棲む吸血鬼たちは、ストッキングを穿いた女の脚に好んで咬みつく習性をもっていた。
すね毛の浮いた中年男の脚などに咬みついて頂くには、“みば”だけでも良くするのがエチケットとされていたのだ。

吸血鬼たちは、働き盛りの男性の持つ活力のある生き血を求めてこの事務所に出入りしては、馴染みになった職員をつかまえて、日常のご馳走にあずかっている。
事務所内に立ち入ってきた吸血鬼にひっそりと手招きされると、職員たちは執務中でもペンをおいて席を起ち、この打ち合わせスペースにしつらえられた会議用机の席に移ってきて、自分の血を目あてに現れた顔色のわるい老若男女のために、スラックスのすそをむぞうさに捲りあげるのだった。
濃紺の靴下の主も、黒靴下を履いた男も、いつもと同じ相手に手招きされると、片手間のような不熱心さで取り組んでいた事務仕事を放りだして、こちらの席に移ってきた。
ふたりとも、咬まれるまえのすこしの間、小首を傾げしかめ面をつくった。
ストッキング地の薄手のナイロン生地ごしに、なま温かいべろがねっとりとしつこくなすりつけられて、ぬるっとしたよだれをジュクジュクと沁み込ませてくるのを感じたからだ。
自分の父親ほどの齢と思われる男が、同性である自分に欲情している――そう思わざるを得ない状況に、黒沓下の男はゾクリと胸をわななかせた。
足許に這いつくばったみすぼらしい老爺は、都会帰りの息子の嫁をモノにしたと自慢していたが、同じ年恰好をした自分の妻もモノにされてしまっていることを改めて思い出す。
彼らは寝取った人妻の夫までも、愛する性癖をもっていた。

表情を消した中年男たちは、向かい合わせに座ったまま、
互いの視線をさけるようにして、足許からチュウチュウとかすかにあがる吸血の音に、薄ぼんやりと耳を傾けていた。



濃紺の長沓下の男は月田といって、この春当地に転任してきたばかりだった。
それまではずっと、都会の事務所を転々としてきた。
妻も娘も、都会生まれの都会育ち。この村とはなんの縁故もなかった。
しいていえば―――この会社のオーナーが、この村の出身だった。
入社してすでになん十年ともなると、任地についてのぜいたくは禁句というのが常識だった。
まだしも、彼の場合は恵まれているというべきだった。
かなり込み入った性格試験や何回にもわたる面談のすえ、秘密厳守という誓約書にサインまでさせられた上ここのポストを打診されたのだから。

不思議な部署だった。
仕事らしい仕事はとくに与えられず、そのくせ彼のキャリアや年齢からすると、びっくりするほどの高給。
ただし家族を帯同することが義務づけられていた。
この部署の人間にしいて仕事があるとすれば、それは地域との交流・親睦活動だった。
この村には、外部には固く秘された風習があった。
一部の村人の間に吸血の習慣があり、それは直接皮膚を咬んで経口的に行われるという。
この村の赴任者が要求されたのは。
村に棲みつく吸血鬼たちに血液を提供することであり、家族を帯同するのもまさにそのためであった。
山あいの小さな村に棲む住民たちの限られた血液提供者だけでは、吸われるべき血液の量が不足がちになることを憂慮した会社のオーナーが、
過疎化で慢性的になりつつあった血液不足を解消するために、自社の社員や家族で埋め合わせをはかろうとしていたのだ。
家族全員が血液提供者の輪にくわわると、その社員はぶじ職責をはたしたものと見なされるのだった。

田舎の歪んだ風習に染まって、自分ばかりか家族までもが土地の者たち相手に生き血を吸われる―――
なんとも異常でおぞましいはずの部署だったが、会社の打診に応じて赴任してくるものも、細々とではあるものの、あとがたえないのも事実だった。

月田の場合、身内の金銭トラブルで巨額の借金を抱えていた。
娘は引きこもりになりかかっていた。
生命の保証付きときいて、なにかに追われるような日常に疲れきった彼の妻も、気抜けのした顔で賛同した。
娘さんにはあとからの説明でじゅうぶんでしょう、という人事担当者のいうことを鵜呑みにして、めんどうなことは後で考えることにした。
というよりも、いまの出口のない状況を考えると、ほかにもっとましな選択肢は、ないように思われた。
しかしその見込みがやや甘かったことを、彼は薄々ながらさとることになる。
ほかならぬ目の前に向かい合わせに座って、せっせと地域交流に励んでいる男の送る日常が、彼とその家族の未来を憶測させてくれたのだ。

いま彼の向かいに座っていて、老人の農夫に黒靴下を噛み破らせてやっている男は、妻を帯同していた。
息子はすでに成年に達していて同居もしていなかったので、帯同の義務は生じていなかった。
月田よりも半年ほど前に着任した彼の妻には、すでに公然の愛人ができていた。
妻の情夫は村の長老のひとりで、現にいま、夫である彼自身の黒沓下の脚に噛みついている男だった。
そう、いま彼は、自分の妻を日常的に犯している男のために、血液まで提供している・・・

ウチに棲む女たちは、全員網タイツです。

2018年06月28日(Thu) 06:38:18

ウチに棲んでいる女どもは、全員網タイツですよ。
母に姉、それにわたしの妻の3人です。
3人とも未亡人なので、いつも喪服で暮らしています。
喪服にはふつう、黒のストッキングを合わせます。
でもある時期から、彼女たちは3人とも、黒のストッキングを脱ぎ捨てて、網タイツになってしまったんです。

え?わたしの妻も未亡人というのはおかしい、ですって?
わたし・・・死んでいるんです。吸血鬼に血を吸われて。
表むきは病死になっているのですが、ほんとうは・・・エエ、こうしてちゃんと、生きています。
全部吸い取られた生き血を戻してもらって、半吸血鬼として暮らしているんです。
生き血を戻してもらう代わりに、妻を性奴隷として差し出しました。
妻も納得づくで、夫の仇敵に抱かれています。
毎晩のように抱かれているので、きっと愛されているのでしょう。
自分の妻が魅力的な女性として愛されていることについては、夫としては満足を感じます。

この街が吸血鬼と共存する街とは知らないで。
事業に失敗してすべてを失ったわたしは、夫婦でここに流れてきました。
そして、この街でさらにすべてを喪うことになったのです。
わたしは夜の通りでたまたま遭遇した吸血鬼――実は妻目あてで夫のわたしを待ち伏せていたのですが――に襲われて、
その場で生き血を一滴残らず、吸い取られてしまいました。
彼はわたしの血も美味しかったと言ってくれます。
それは、せっかく捧げた血液ですから、不味いと言われるよりは幸せなことだと感じます。

お通夜の晩、こんどは妻が襲われました。
喪服妻の黒ストッキング姿に、彼が魅せられてしまったからです。
借金取りから逃れて隠れ住んでいる身の上、身内は呼ぶことができませんでした。
それでも周囲のものたちは総出で妻を援けてくれていました。
弔問客を送り出してひとりになった妻のもとへ、彼はやってきました。
夕べわたしの身体から吸い取った血を、口許にあやしたままの姿で――
妻は声をあげ、抗議し、夫を返してと泣き叫び、
しまいに抱きすくめられて、わたしのときと同じように、首すじを咬まれてしまいました。
妻は夫の血を吸い取った男の喉の渇きを紛らわせるため、その身をめぐる血潮を提供させられる羽目に遭ったのです。
失血のあまり目まいを起こし、黒のストッキングのひざ小僧を床に突いてしまうともう、彼の思うままでした。
うつ伏せに横たわる妻の足許に這い寄って、ふくらはぎを、太ももを、足首を、あちこち咬んで血を吸い取っていったのです。
妻がみすみす、ストッキングをブチブチと破られながら吸血されてゆくのを、わたしはありありと記憶しています。
ひつぎの中でもわたしには意識が残っていて、
妻が彼の恋人にされてゆくいちぶしじゅうを、見届ける羽目になりました。
けれども、妻が第二の結婚を遂げるのを見届けることができたのは、いまでは得難い経験だったと感じています。

全身の血を漁り取られたわたしのために、妻は夫を生き返らせてほしいと、新しい愛人に願いました。
犯されてほかの男のモノにされてしまった後も、妻はわたしのことを愛してくれていたのです。
――ご主人が生き返ったら、ご自分の愛妻が吸血鬼相手にむざむざとむさぼられてゆく日常を見せつけられる羽目になるのだが。
彼は妻にそう警告しました。
けれども妻は、いいました。
――私を守ることのできなかった主人に、見せつけてやりたいんです。
妻は、わたしのすべてを心得ていたと感じています。

ふたたび血液を注入されて生き返ることのできたわたしは、彼の申込を受け容れて、妻を彼の愛人として提供することに同意しました。
毎日のように逢いに来て、三日に一度は妻の生き血を吸って、愉しんでゆくのです。
彼は自分が妻に逢いたいと感じたときにやって来るので、わたしの在宅中でも構わずに、我が物顔で妻に接するのです。
そういうときにわたしは、隣室から様子を窺うばかり。
立ち去ることも許されず、妻がわたしの目を気にしぃしぃ抱かれてゆくのを、強制的に見せつけられるのです。
けれども――自分の愛妻がヒロインのポルノビデオを目にすることのできる夫は、まれだと思います。
わたしは、彼が妻を愛し抜いていくことに、感謝の気持ちを感じています。

夫婦ながら奴隷になったわたしたちは、もっと血が欲しいとせがむ彼のため、姉夫婦を招ぶことにしました。
そして、密かにこの街を訪れた姉夫婦もまた、都会の生活を放棄することになるのです。
さきに義兄が生き血を吸われ、それから姉が襲われました。
義兄は薄れゆく意識と戦いながら、迷惑だ・・・迷惑だ・・・と、呟きつづけていました。

義兄と姉の弔いに、両親を招ぶことにしました。
喪服姿でかけつけた母に、彼はぞっこんになりました。
そして驚くべきことに、父に向って母への気持ちを告白し、交際を希望していると告げたのです。
いちぶしじゅうを聞かされた父は、立派でした。
娘も息子も血を吸われ、その血が気に入ったというのなら、きっと家内の血もお気に召すことだろう。
永年連れ添った妻を売り渡す気にはなれないが、きみとの交際を勧めてみよう――と応えたのです。

さいしょのうち母は、息子と娘を牙にかけた吸血鬼など、仇敵ではありませんか・・・と、父の言を肯んじなかったそうです。
けれどもすべてを支配されてしまったことは認めざるを得ず、
くり返される娘の不倫を娘婿に償わなければならないこと、
くり返される嫁の不倫を認めて、わが身で手本を示さなければならないことを自覚して、
自ら夫のために数十年秘めつづけてきた素肌を、忌むべき吸血鬼の毒牙にさらすことを決意したのです。
父が望むなら――と、さいしょは嫌々咬まれていった母でしたが・・・
ひと晩で、堕ちてしまいました。
女の操というのは、あっけないものです。
いえ、たとえ夫のいる身でも、ほかの男に捧げた操は、もうその男のものなのでしょう。
わたしは、女3人が彼の気に入ったことに、満足を感じています。
そのうち2人は血のつながった母や姉であり、もう1人は他ならぬ最愛の妻だからです。

不治の病にかかっていて、余命いくばくもないと宣告されていた父は、自ら望んで吸血鬼に首すじをゆだね、
血液を全部吸い取らせていきました。
けれども彼は、わたしが尊敬している父を、母が愛している夫を、死なせることを好みませんでした。
――きみも息子や婿どうよう、最愛の妻が辱め抜かれるのを愉しむ余生を送るがよい。
重々しくそう告げた吸血鬼の宣告に、父は神妙に聞き入っていました。
そして母のことをふり返ると、淡々と言ったのです。
「今夜からは、喪服の下に彼のお好きな網タイツを穿いておやり」
それ以来――3人の未亡人は、喪服の下に網タイツを穿くようになったのです。

かっちりとした礼装の下、網タイツに毒々しく染められた脚を連ねて、
未亡人たちは吸血鬼の邸を訪れます。
吸血鬼の正体を受けた夫たちは、自分の妻を清楚に装わせて帯同し、すすんでその欲情にゆだねるのです。
吸血鬼は彼一人のときもあれば、3人の女のために3人で待ち受けていることもありました。
いずれも彼の気の置けない仲間たちで、自分の愛するものを躊躇なく委ねることのできる間柄のようでした。
大理石の大広間のうえ、喪服を着崩れさせながら悶え始める女たち――
自宅の畳の上で悶えるその姿とはまたひと味ちがった趣があるのです。

かりに事業が成功していたら、借金が無かったら、この街を訪れることはなかったことでしょう。
けれどもわたしは、この街を訪れたことを後悔していません。
父も、義兄も、きっとそう思っていることでしょう。
もっとも義兄は、さいしょに襲われたあの夜以来、妻を襲われるたびに「迷惑だ、迷惑だ」とくり返していますが・・・

いかがですか?貴男もこの街にいらっしゃいませんか?
なにも知らない奥様を連れて・・・
貴男が奥様ともどもたどられる淪落の通が、貴男にとってもっともふさわしいと、強く感じるこのごろです。

夏休みの自由研究

2018年02月11日(Sun) 06:42:10

ぼくたちは、青木先生からもらったヒントをもとに約一か月、吸血鬼に関する自由研究に取り組みました。
メンバーはAくん、Bくん、それにぼくCの3名です。
ぼくたちはまず、街に棲みついているという吸血鬼と接触を図るために、濃紺の半ズボンお制服を着用して夜の街を歩きました。

(Aくん)娼婦になったみたいな気分になって、ちょっとドキドキしました。(笑)

その晩襲われたのは、ぼくとAくんでした。
Bくんだけは、ハイソックスを履いていませんでした。
それで、次はBくんもハイソックスを履いてみたところ、ぼくたちを襲ったのとは別の吸血鬼が洗われて、脚を咬まれて血を吸われました。

(Bくん)あくまで実験だったので、条件を変えてみたのです。AくんとCくんが吸われた時点で、ぼくだけが無事でした。もしかしてぼくだけ真人間で帰れるかも・・・って正直思いましたが、ぼくだけ仲間外れになっちゃうのがやはり怖くて、すぐに血をあげました。数人でいるところを吸血鬼に襲われた場合全員咬まれてしまうというのは、そういう仲間意識が影響しているかもしれないと、あとで3人で話し合いました。

こうしてぼくたちは3名とも、さいしょの夜に吸血体験を遂げたのです。
3名全員が咬まれてしまうと、彼らは獲物を取り替え合って、ぼくたちの血を吸いました。
あとで吸血鬼の人たちに直接ヒアリングしたところ、血の味には個体差があるので、もっとも好ましい血を択ぶための作業だということでした。
でも、その後も彼らは分け隔てなくぼくたちを取り替え合って血を吸っていたので、嗜好にかかわりなく血液の摂取は行われることがわかりました。
全員が均等に吸血を受けるもうひとつの理由としては、血液の喪失量を同じにするためで、1人に負担が片寄らないための生活の知恵ではないかという意見が出ました。

でもそういう状態はさいしょの一週間だけでした。
初めのうち彼らがぼくたちを均等に分け合っていたのは、喉がカラカラの状態だったからでした。
ある程度飢えを満たされると、彼らはそれぞれにパートナーを決め合いました。
それはぼくたちの意思とは関係のないところで決められていて、
いつの間にかそれぞれの男子のところには決まって同じ人が来るようになりました。


次にぼくたちは、彼らに女子の血を吸わせてみることにしました。
実験に協力してくれたのは、Aくんの彼女のαさんと、ぼくの彼女のγさんでした。
Bくんにはまだ彼女がいないので、βさんを誘って自由研究の仲間になってもらいました。
彼らと相談したところ、ぼくたちみたいに3人同時にではなく、思い思いに襲いたいということでした。
あくまで実験なので、襲うときには事前にぼくたちに連絡をするようにお願いをしました。
彼らもぼくたちの自由研究には協力的で、αさんたちを襲うときには必ず教えると約束してくれました。
さいしょに咬まれたのは、γさんでした。
彼女は学年が三つ下で、女子たちのなかでは最年少でした。
襲った吸血鬼は、おもにCくんの血を吸っていた男でした。
彼がぼくをパートナーに選んだとき、すでにぼくがγさんと付き合っていることを知っていたそうです。
さいしょからγさんを目あてに、ぼくを選んだことになります。
γさんを襲った吸血鬼は、仲間の吸血鬼から、「こいつ、ロリコンなんだよ」って笑われていましたが、彼は苦笑いするだけで怒ることはありませんでした。
3人の間柄は、ぼくたちと同じように、円満だったのです。
彼がγさんを狙ったのは、彼自身が吸血鬼に家族ともども血を吸われたとき、娘さんがいまのγさんと同じ年頃だったことを聞かされました。

γさんが襲われた直後ぼくが介抱をしている間、彼女の感想を聞くと、「さいしょは怖かったけど、血を吸い取られていくうちにぼーっとなって、しまいには夢中になってしまった」ということでした。
異性のパートナーのいる女子の場合、パートナーに対する軽い罪悪感が芽生えることもわかりました。
次の日に襲われたAくんの彼女のαさんの場合も、ほとんど同じ感想を得ることができました。
罪悪感を持った理由は、「血を吸われているときに、キスしているときみたいな昂奮を感じてしまったから」であることを、二人の女子から聞き出すことができました。
(「お前ら、もうそこまでイッているんだな」との野次が、しきりにあがる)
興味深いのは、彼女ではないβさんも、Bくんに対して同じような感情を抱いたということです。
状況を遠くから観察していたBくんは、公園の草むらでβさんが血を吸われながら、「Bくん、ゴメン」と口走るのを聞いています。
βさんを介抱している最中にBくんがそのことについてβさんに訊くと、
さいしょのうち彼女は自分の発言を思い出せなかったようですが、やがて記憶が回復すると、
「なんとなくBくんに悪いような気がした」ということでした。
女子たちには全員ハイソックスを着用してもらいましたが、男子のときと同じように両脚とも咬まれていました。
女子たちの履いていた真っ白なハイソックスが血でべっとり濡れているのを見て、なぜかぼくたちもドキドキしてしまったのを憶えています。

興味深いのは、それまでつき合っていなかったBくんとβさんが、自由研究の期間中からつき合い始めたことです。
βさんはメンバーに加わった最初から、「Bくんのために自分の血をだれかにあげている」という意識を持っていました。
一方Bくんのほうは、さいしょはβさんに特別な感情は特になかったそうですが、
βさんが初めて咬まれるのを見て昂奮を感じてしまったそうです。
「責任取らなきゃっていうマイナスな感覚よりも、もっと彼女が咬まれるところを見たいという恥ずかしい感情のほうが大きかった」そうですが、βさんはそういうBくんの感情にも寛大で、お互いの気持ちを打ち明け合うことで、距離が縮まったと話しています。


さいごの実験は、1人の吸血鬼がひとつの家族を征服するのにどれくらいの時間がかかるか?というものです。
Aくんの家の家族構成は、Aくんとお父さん・お母さん・妹さんの4人家族。
Bくんの家は、両親のほか、離れに独立したお兄さんが半年前に結婚したお嫁さんと同居していて、さらに隣には叔父夫婦と従妹が住んでいます。
ぼくの家は両親と、近所に叔母夫婦が住んでいます。ちなみにγさんは叔母夫婦の娘です。
このように、それぞれの家族の人数は、Aくんが本人を含めずに3人、Bくんが同じく2人、近所の親類まで含めると7人、ぼくのところが2人もしくは4人です。

それぞれの家庭で頭数は違ったのですが、家族全員が吸血されるのに要した期間は、ほとんど同じでした。
従って、1人あたりの襲われた回数はAくんのところがもっとも頻度が高く、Bくんのところが低いという結果になりました。
いちど咬まれてしまうと気持ちの上でほぼ征服されてしまうことが経験上分かっているので、家族全員を支配下に置くにはそれでじゅうぶんだということが、両親の行動をみてもわかりました。

セックス経験のある女性が襲われた場合、性的関係を結ぶと言われていますが、この点の確認は取れませんでした。
親たちがいちように口を閉ざして、教えてくれなかったためです。
でもそれは、学校の課題よりは重要度の濃い話題であることだけは、確認することができたように思います。
3人の家庭を侵食している吸血鬼と父親たちとの関係性は必ずしも悪くなく、Aくんのお父さんは吸血鬼をゴルフに誘っています。父親が吸血鬼を伴って帰宅した際、履いて行ったロングホース(長靴下)に赤いシミが付着しているのを、Aくん自身が確認しています。
Bくんのお父さんも、自宅に居ついてしまった吸血鬼とBくんのお母さんとの交際には寛大で、2人でドライブに出かけたり、ホテルで待ち合わせをして2人きりで献血を行なうことにも、不機嫌になった様子はないということです。
ぼくの家でも吸血鬼が母とひとつ部屋で2人きりでいるときには、
「2人のじゃまをしないで、親子で将棋を指す」ことが習慣になっています。

A家、B家、C家のどの家庭でも、両親は吸血鬼の侵蝕を受ける以前よりも仲良くなったように感じられ、父子の関係も円満な形で経過しています。
状況証拠としては、日常的に吸血を体験している家庭の主婦は、吸血鬼と恋愛関係になっている可能性が大であると推測していますが、お互いの母親の名誉に関する部分でもあり、深く踏み込むことができなかったというのが今回の実験結果です。
吸血鬼が人妻とどんな関係を結んでいるかについての解明は、今後の課題です。
ぼくたちにとっても、自分や彼女の血を吸った吸血鬼によって、母親の貞操がどんな扱いを知るのはたいせつなことだと思うので、今後も観察を継続していくことで3人の意見が一致しました。
これで発表を終わります。



その晩生徒A・B・C3名の担任の教師(男性、43歳)が自宅でまとめたレポートの一部――


吸血鬼による家庭侵蝕の実態を探るため、良家の子弟であり身許の信頼できる生徒3名を抽出、吸血鬼に関する研究を夏休みの課題とするアドバイスを与えることに成功した。

彼らとその家族を被験者として実験を開始して1か月が経過し、このほど彼らの手による研究成果がクラスで発表された。
結果、生徒3名の家族を含む全員が吸血行為を体験するに至ったが、死亡した例は皆無である。
3名の吸血鬼はそれぞれの被験者の自宅に棲みついて、家族全員を対象に血液を日常的に摂取するようになった。
被験者の自宅に棲みついた時点で、彼らの吸血対象はほぼ固定化したと考えられる。

しかし、例外は非常にしばしば発生している。
その1は、生徒Aと交際しているαが塾からの帰り道に生徒Cと同居している吸血鬼(丙)に襲われたケース、
その2は生徒Bと同性愛関係に至った吸血鬼(乙)が、吸血鬼(甲)と共謀して、甲が自分の棲みついている生徒Aの自宅からその母親を誘い出し、街はずれの公園で輪姦に及んだケースである。
彼らの間では独占欲といったものはあまり存在せず、むしろ楽しみを共有することに意義を見出しているという印象を受ける。
もともとは彼らも人間であり、自分たちを襲った吸血鬼に妻を与えた経験もあり、そうした過去から仲間との強い共有意識が醸成されているのかもしれない。

3家庭及びその近在に住居する叔父・叔母夫婦や兄夫婦もまた、家族ぐるみで吸血の対象とされ、献血に応じている。
生徒Bの自宅近くに居住する叔父夫婦には娘がいる。
当初のうち両親は娘を吸血鬼にゆだねることに拒否反応を示していたが、
やがて母親のほうから「早めに体験させたい」という意思を持つようになり、
最終的には夫婦で相談をしたうえで娘の初体験の相手を選んでいる。
両親が自分の意思で選んだ相手は、生徒Aの血を吸っている吸血鬼であった。
最も縁の深い生徒Bのパートナーを択ばなかったのは、彼が生徒Bが実験を通して得た恋人の血を日常的に摂取していることと関係があるようだ。
3人の生徒が選んだ女子のパートナーもいずれも、自分の意思で相手を選んではおらず、男子の指示に従って吸血鬼との関係を結んでいる。
未婚の女子については、本人の意思よりも周りの意思によって吸血相手が選ばれる傾向が感じられる。

各々の家庭を構成する主婦たちは全員、最初に咬まれた段階で貞操を喪失し、
なおかつ1か月以内に3人の吸血鬼すべてと性的関係を結んでいることが確認されている。
夫たちが不平を鳴らさないのは、吸血鬼が彼らと主婦たちとの結婚生活を維持したまま自らの欲望を遂げ続けているためと推察される。
夫婦間も吸血鬼との距離感も円満裡に経過しているのは、従来よりも濃厚な夫婦生活に満足を感じた夫たちが、妻たちの不倫行為についてとやかくいわないことを決め、見て見ぬふりを決め込んでいるためであると思われる。

これらのレポートをまとめるにあたり、妻・華恵の献身的協力に謝意を示すことを許されたい。
生徒たちがさぐり得なかった夫婦の事情を本人たちから聞き出すことに成功したのは、ひとえに彼女の功績である。
生徒及びその家族を被験者として抽出する以前に、わたしは吸血鬼に妻を紹介し血液の摂取を許した。
そうすることで研究成果の実が深まると確信していたためである。
妻は当初、常識的な日常を送る健全な女性としての羞恥心から、吸血鬼と関係を取り結ぶことに躊躇していたが、
わたしが自宅に3人を連れてくると、「私はどうなってもあなたの妻です」と言って、求められるままに首すじをゆだね、
その晩のうちに3人の吸血鬼全員と交合を遂げた。
いまでも彼女はわたしの最愛の妻であり、吸血鬼の欲求の良きはけ口として振る舞いつづけている。
今後の研究に彼女の協力は不可欠であるし、妻を汚された経験を持つ夫として、同様の運命をたどる人妻を1人でも多く増やしたいと熱望しているところである。


あとがき
生徒たちが自分自身を始め、彼女や家族まで巻き込んで行う吸血鬼研究。
それがじつは教師の陰謀であったというオチでまとめてみました。

淫らな関係を客観的で乾いた文体で表現すると、不思議な妖しさを帯びるように感じます。

乱倫な家庭。

2017年09月25日(Mon) 07:43:42

妻の美緒が着ている薄紫のスーツを身にまとい、
毒々しい光沢のよぎる黒のガーターストッキングを脚に通して、
あお向けに横たわるたたみの上、
息せき切ってのしかかってくるのは、息子のタツヤ――
太く逞しく育った茎が、志郎の臀部を犯し、さっきから熱いほとびをはじき散らしていた。

激しく交し合う息遣いだけの無言のやり取りに、
いまはなんの不自然さも感じない。
ふたりの意識は、抱き合っている相手と等分に、ふすまの向こうにも注がれていた。
妻の生き血を求め続ける吸血鬼のために、身代わりに妻の服で女装して、
生き血を吸い取られたうえに、男の身でありながら淫らな欲求にも応じていって、
けれども隣室では、息子が吸血鬼にそそのかされるまま、妻のうえにおおいかぶさっていって、
不覚にも妻は、声をあげながら応じてしまっていた。
ひとしきり行為をおえると、男ふたりは相手を取り替え合って、
妻のうえには、吸血鬼が。志郎のうえには、タツヤが。
相手選ばず息荒く、身体を重ねて迫ってきた。

犯す悦びと犯される歓び――
いま息子の胸を染めているのがその両方なのだと、気づかずにはいられない。
いっぽうで自分の胸を染めているのは、
妻を犯される歓びと、自身が犯される悦び――
息子が女装していたこのあいだとは立場が逆の行為に、
昂ぶりにむせ返りながら耽ってしまっていた。

ちょっとのスキを突かれて首すじを咬まれ、生き血を吸い取られて、
息子、妻、夫の順に狂わされて、
お互いうかつな家族だったとため息をつき合いながらも、
しかたがないね、せっかくのご縁だから大切にしようねと、
夜な夜な訪問をくり返す吸血鬼のため、それまでの枠組みを突き抜けた交わりを遂げ合うようになっていた。

父さんがだらしないから、母さんが犯されちゃうんだ。
父さんがうかつだから、ボクまで母さんとできちゃったんだ。
ふたりしておかしいから、こんなふうになるんだね――
そう囁きながら責め言葉でイカせつづけたタツヤが、唇を重ねてくるのに応じてやると、
どこで覚え込まされたのか舌まで入れてきて、からみあわせて応えてゆく。

たしかにうかつな一家にちがいなかった。
男女どちらにも長けてしまったタツヤは数年後、良家の子女である珠美と結婚した。
珠美の処女を獲る代わりに、タツヤは吸血鬼と姑との仲を取り持つことになる。
人妻好きな吸血鬼が、タツヤの嫁とその母とを餌食にするのは明白だったから、
タツヤは美母娘を堕落させる行為に、すすんで協力したのだ。
すべてが仕組まれた結納の席――
珠美の母親は結納の引き出物がわりに、夫の前で貞操を侵奪される。
前もって首すじに咬み痕をつけられた珠美の父親は吸血鬼の求愛をこころよく許して、
永年連れ添った妻との交際を
夫を愛している。だから離婚はしない。
夫がいる身のまま、愛していただけるのなら――と、珠美の母親はもっとも賢明な選択をして、娘に模範を示していた。


独りの部屋のインターホンが、明るくはずんだ音色で鳴った。
美緒が吸血鬼の邸に入り浸っているあいだ。
だれかしらが、志郎を慰めることになっていた。
あるときは、息子の嫁が。あるときは、その母親が。
妻を寝取らせた夫が独り身で暮らす家をひっそりと訪れて、夜通しの奉仕をつづけてゆく。
開いたドアの向こうに佇むのは――
妻の服で装った、タツヤだった。
「今夜は屋敷をハレムにするんだって。
お義父さんはお義母さんのことが気になる~って出かけていったけど、
じゃあ父さんを慰めるのはボクの役目だねっていって、
美緒と珠美にオーケーもらって来たんだ」
愛人にしてしまった美緒のことを「母さん」と呼ばず、呼び捨てにするのに、志郎はどきりとしたけれど。
ドアを閉めるなりタツヤの唇を自分のそれで密封するようにして、息苦しいほど熱い口づけを交し合うと、
まるで妻が帰宅したかのように夫婦の寝室に引きずり込んで、
しなやかな若い肢体ともつれあうようにして、ベッド・インしていった。
歪んだ家族が性愛に耽る夜は、今夜も長く深い――


あとがき
後日談まで入れたところで、本シリーズはいちおうの「はっぴぃ・えんど」でしょうか。
当ブログでも最も乱れた部類のお話になってしまいましたが、どういうわけか筆が進みました。
たまには、はっちゃけたお話を描きたくなるモノですナ。
(^^ゞ

靴下交換  ~第二夜~

2017年09月24日(Sun) 09:16:26

貴男のいつも勤め先に履いて行くハイソックス、履き心地がちょっといやらしい。
女のひとが履いても、見映えがしそうね。
妻の美緒がそういいながら、自分の愛用しているストッキング地のビジネスソックスをまとった脚を見おろしている。
妻が吸血鬼の相手をする前に、志郎はあらかじめすっかり血を抜かれて、部屋の隅に転がされていた。
薄ぼんやりとした視界の目の前に、ペルシャじゅうたんの幾何学模様が迫っている。
さいしょのころは、二日酔いのような不快さがあったものが、
いまではこの無重力状態がもたらす陶酔感が、たまらなくなっていた。
きっと自分が倒れてしまった後、目の前で妻と息子が支配を受けて、
唯々諾々と振る舞って志郎のことを裏切ってゆく光景に、歓びを覚えてしまって、
その歓びが失血に伴う無重力状態と二重写しになっているからなのだろう。

志郎が履いているのは、息子が初めて咬まれたときに履いていたのと同じ、真っ白なハイソックス。
先週は妻の美緒がまとい、高校時代の制服まで着込んで、犯されながらくねる脚を眩しく彩っていた。
その光景が網膜に灼(や)きついてしまった志郎は、「こんどはぼくの番だね」と妻にいい、
妻もまた「そうね。でもタツヤから借りるのは、自分でしてくださいね」と返してきた。
「タツヤのハイソックスを履いて、あのひとに会いたい」
父親としては口にするべきではないはずの振る舞いも、いまはすらすらとデキてしまう。
それがむしょうに、小気味よかった。
いままで彼のことを縛りつけてきたあらゆる束縛が断ち切られた開放感が、
彼の胸を少年のようにドキドキさせているのだった。
働き盛りの血潮は若返って、いっそう活き活きと彼の血管をかけめぐって、
淫らな鼓動をドクドクと脈打たせながら、妻の情夫の渇いた喉をうるおす機会を欲していた。

息子のタツヤが、青春の活力を生き血もろとも惜しげもなく自身の身体から抜き取らせてしまうのも、心から共感できた。
これは献血なのだ。決して堕落ではない。
志郎はそう自分に言い聞かせ、妻が奴隷のように犯され、吸血鬼の性欲のはけ口として貞操を汚されてゆくのを、歓びをもって受け入れるようになっていた。

あッ!やめてッ!
靴下破かれたら、通勤できなくなっちゃうわッ!
〇〇重役や××局長に叱られるぅ・・・
実在の夫の上司の名前まで口にしながら、半分夫になり切りながら、
足許を狙われた美緒は、夫の愛用の靴下を咬み剥がれてゆく――
片方はくしゃくしゃになって、くるぶしまでずり落ちて、
もう片方も吸われた痕跡を伝線も鮮やかに走らせながら、剥ぎ堕とされてゆく。
あらわになった脛は、淫らな血色を帯びてピンク色に輝いていた。

妻があっさりと股を割られて男の侵入を受け容れてしまうのを、
夫は息子と2人ながら見届ける羽目になった。
自分の靴下を履いたまま犯されてゆく妻――
先日男のためにビジネスソックスを脚に通して愉しませてやったその後の記憶が、志郎のなかで二重写しになっていた。
俺はこんなふうにして、男に犯されてしまったのだ――
妻のまえでくり広げてしまった異常な痴態が、まっとうだった家庭の枠組みを瞬時に変えてしまったのだけれど、
もう、後悔は感じていなかった。

息子はセックスを視るのが初めてだったらしく、自分の母親だった女の裸体を、舐めるような目線を這わせてゆく。
危険な予感が志郎の胸をよぎったが、このさい深く考えないことにした。
だって息子はいま、妻の黒の礼服を借りて女の姿になってしまっているのだから。

「どれでも好きな服を選んでいいのよ」
美緒は寛大にも、息子のまえで色とりどりの衣装で満たされたクローゼットを開け放って、
吸血鬼を迎えるときに着る服を選ばせていた。
真っ赤なワンピースやショッキングピンクのミニスカートはちょっと見ただけで、
意外にも息子が選んだのは、地味な黒の礼服だった。
伯父さんの法事にお寺に行ったとき、美緒が着ていたのが気になったのだという。
そして、ストッキングには、この種の衣装につきものの黒のストッキングを、
上ずった声でリクエストしていた。

犯され抜いた妻がその場にへたり込んで、伸びてしまうと、
男の魔手は、女の姿になったタツヤへと向けられた。
「ひっ」
タツヤは女のように声をあげ、飛びのこうとしたけれど、吸血鬼の猿臂を避けることはできなかった。
そのまま首すじを咬まれ、ひと重に巻かれた真珠のネックレスに若い血潮をしぶかせながら、
男のあくなき渇きを、自身の身体をめぐる血潮でうるおしていく。
その姿に、いつか吸血鬼と心理を同化させてしまった志郎は、
「息子が気の毒」というよりも、「やつは美味しそう」という思いで受け止めていた。
目のまえで妻を犯されることが照れくさく、誇らしいと感じてしまう志郎としては、きっとそれがもっとも自然な感情だったのだ。

ああーッ・・・
息子は悲痛なうめき声をあげてその場であおむけに倒れ、
黒のストッキングのふくらはぎに飢えた唇をくまなく当てられ、
ところどころ気まぐれに咬まれながら、ストッキングをチリチリに引きむしられてゆく。
女の衣装を身にまとい、男の欲情に奉仕する――
母さんの身代わりになりたい。
というタツヤの気持ちに嘘はないはず。
でもその裏返しに、
女になってあのひとに奉仕したい。
そんな想いも強くあることが、キスを交し合い手足を巻きつけ合って息をはずませ合うふたりをみて、いっそうひしひしと感じられた。

先週。
志郎が妻の服を着て吸血鬼と初めてのセックスを交わしたとき、
美緒はそのすぐ傍らで、乱れた制服姿で息子に組み敷かれ、制服のプリーツスカートのすそを、ふたたび乱していった。
美緒は息子のことを名前で呼び、息子も母親のことを美緒と呼んだ。
交し合う息遣い。
巻きつけ合う手足。
それらが新しい家族の関係を、志郎のまえに見せつけていたのだった。
きょうはどんな組み合わせが、待っているのだろう?
男どうしで交し合うすべは、先週たっぷりと教え込まれていた。
まだいちどしか冒されていない息子のお尻は、まだ瓜のように硬いのだろうか?
父親として持ってはならない危険な感情におののきながら、志郎もまた、罪深い欲望を抑えきれなくなっていった。


あとがき
かなり背徳的なお話になってしまいました。^^;
このお話、前作と同じ日に描き上げていたのですが、あっぷするのが時間切れになってしまいました。
今朝読み直して若干直したうえであっぷしました。