淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
夕べのかたは、大きかったですね。
2007年12月23日(Sun) 07:07:58
お義母さま、長いのね。
由貴子さん、若いのね。
閉ざされたふすまのまえ。
妻は、姑のことを。
母は、嫁のことを。
ちょっとうらめしそうに、つぶやいている。
吸血鬼の定宿と化した我が家。
彼らは夜更け、ひっそりと訪れて。
妻や母の血を吸い、交接を遂げてゆく。
夕べのかたは、大きかったですね。
まるで世間話でもしかけるように、さりげない口ぶりの母は。
眉ひとつ動かさずに、おっとりと嫁に声かける。
いやですわ、お義母さま。わたくし、わかりませんでした。
くすくす笑いながら受け応えする妻は、
しとやかさをとりつくろって口許を手でおおう。
あら。おわかりにならなかったの?由貴子さんは見聞が広いようね。
モット大キイヤツヲ、ドチラデ体験サレタノカシラ
母はそう言いたげにしながら、私のほうをふり返る。
ヨシオさん。いけませんよ。気をつけてあげなくちゃ。
ぼやぼやしていらたら、由貴子さんがふしだらになってしまいますよ。
あら。
妻はくすくす笑いをおさめきれない・・・という風情で。
わたくし・・・この家の嫁として、お義母さまについてゆくだけですわ。
まぁ、まぁ・・・
さすがの母も、笑いこけて。
夕べの余韻まで、ただよわせはじめる。
居合わせた父は、目のやり場に困る私に苦笑いを投げてきて。
おなじ立場の男ふたり、笑いさざめく互いの妻に、苦笑をもって報いるばかり。
和やかな朝餉。
もういくたび、こんな朝を迎えたことだろう?
どちらが、先に・・・?^^;
2006年12月04日(Mon) 02:35:52
浮気に出かけた妻が、朝になって帰宅した。
身につけているのは、派手な黄色のスーツ。
家を出るときと変わらないイデタチに、ユリのように白い頬を輝かせて。
純白のブラウスを引き締める胸元のボウタイを、フェミニンに揺らしながら。
たっぷり、かわいがっていただきましたわ。
さりげなく差し出された片脚は。
グレーのストッキングに、つつっと裂け目を滲ませている。
スカートの奥にまで這いこんだ伝線に、目線を貼りつけてしまった私のことを。
妻は薄っすらと笑みながら。
まるで見せつけるように、脚をくねらせる。
ちらちら、ちらちら、盗み見るようにして。
もてあそぶように、反応を愉しんでいる妻。
そういえば。
夕べ妻が出かけていったときに穿いていたのは、グレーではない。
スケスケに薄い、黒のストッキング。
黄色に黒では・・・目だちすぎやしないか?
控えめに、たしなめたものだが。
あのかたの、好みなのよ。
妻はわざと素っ気なく、振り切るようにして、出かけていった。
スカートの奥を、汚して遊ぶために。
私のことをどこまでも、見透かすように。
お義母さま、お見えになったわ。
妻はいそいそと、お茶の用意をし始めた。
「アラ、由貴子さんお出かけでしたの?」
母は、紅を刷いた唇に笑みをたたえ、歯並びのよい白い歯を滲ませる。
淑やかなえび茶色のジャケットに、おなじ色のスカート。
ブラウスは、純白。
妻とおなじブラウスの色に、ふとした疑念がかすめる。
疑念はすぐに、たしかなものになった。
足許を彩るのは、黒のストッキング。
夕べの妻のものよりは、奥ゆかしく濃艶なものだったけれど。
ひとすじ走る、素肌を露出させる妖しの曲線。
えっ?
と、面ざしを改めると。
「あら・・・あぁ」
改めて、自分の足許が曝露しているものに気がついたらしい。
そういえばふたりとも、妙に顔色が蒼かった。
母は妻のほうへと歩み寄って。
すすっ・・・と伸べた指を、うなじに這わせて。
からめた指先には、ぬらりと紅いものを光らせている。
母はさりげなく、その指を口に含みながら。
「抱かれてすぐなのね」
不思議に、納得した口ぶりだった。
「アラ」
妻も負けずに、やり返す。
肩に降ろした母の髪を掻き除けて。
「あなた。あなたぁ・・・お義母さま、いけないわ」
まさぐる指先が得意気に指し示すのは。
赤黒く爛れた、ふたつの痕。
「先を・・・越されていたのですね?わたくし」
妻はちょっぴり、残念そう。
「お義母さま、不貞はいけませんわ」
わざとおどけてとりつくろった、改まった口調。
「アラ・・・貴女こそ」
母も調子を合わせて、やり返している。
母の挙措は、優雅であった。
静かに微笑すると、えび茶のスカートのすそに手をやって、
なかで・・・ぴりり・・・と、なにかを引き裂いた。
二度、三度。鋭い音を走らせると。
裂き取ったスリップをひとひら、手にかざして。
隠してしまうのが、たしなみですよ。
そのままさらりと、屑篭にすべり込ませる。
「ま・・・」
妻はさすがに顔を赧らめて。
スカートのなかに入れた手は、母のそれよりぎこちなかった。
眼前に。
ふわりと流れる、ひとひらの衣。
あからさまなシミを、ひけらかしながら。
「なにも、ご覧になりませんでしたね?」
しっとりほほ笑む妻に・・・鮮やかに頷きかえした。
「夕べも、愛しい花嫁でいてくれたようだね」
夫婦の語らいに、母も少女のように笑いこけている。
齢相応に。
2006年09月18日(Mon) 07:22:30
嵐の過ぎ去った夫婦の寝室で。
妻は虚ろな無表情で、身づくろいをしている。
剥ぎ取られた衣裳をひとつひとつ、点検して。
破れがないことを確かめると、ふたたび袖を通してゆく。
白のブラウス。黒のタイトスカート。
ちりちりに破けて蜘蛛の巣みたいになった黒のストッキングを目のまえにぶら下げると、苦笑いをして傍らのくず籠に放り込む。
鏡に向かって。手際よく化粧を直して。
髪をサッととかして肩に流すと、初めて私に気がついて。
いかが?
小首をかしげて、笑みを送ってくる。
吸血鬼の寵愛をうけたあと。
妻はいつもそうやって、さりげない刻を取り戻す。
階上からは、かすかに洩れるひめやかな声。
重ねた齢を感じさせないほどの妙なる音色・・・ではあったけれど。
まだ若い頃。
母の口からそうしたものが洩れるのを、まだ潔しとしなかった私だった。
お義母さまも、お若いですね。
じぶんの代わりに娼婦を演じている、おなじ性の持ち主。
同志のような。ライバルのような。
そんな想いが、妻の口辺からは漂ってくる。
でも、ご無理をおかけしないように。
彼の精はわたくしが引き受けて・・・たっぷり頂戴しておきました。
きりりと引き締める口許に。
女の怖い意思を。そして・・・肌身に秘めた疼きを見たような気がする。
みな様。とても気を使ってくださるのですよ。
落ち着いた和装に着替えた母は。
さっきまでわが身に起きたことなど、露ほどもみせないで。
しっとり奥ゆかしく、応接間のソファに身をくつろげる。
由貴子さんは、身にかえてわたくしを守ってくださるし。
あのかたも・・・そう。今では。
下着を濡らしてゆかれるだけだったりするのですよ。
昔はたっぷりと、注いでいただいたものなのですがね。
それでも・・・服におイタをするのは。昔と変わりないかしら。
あら。きょうは調子がお悪かったのかしら。
わたくしも、三回ほどしか・・・
うそおっしゃい。数えていましたよ。
あらっ。ばれてました?
だって、お義母さまのお愉しみを、わたくしが横取りしたみたいですもの。
そんなこと、ないですよ。
わたくし独り求められても・・・もういかほどもお相手いたしかねますからね。
今でもね・・・ブラウスをくしゃくしゃにされるだけでも。心が震えて参りますもの。
互いに間合いを測るように。
気遣いながら。さぐり合いながら。
互いの矜持を侵すまいと、幾重にも秘められた配慮のバリヤにくるんだやり取りを交わしてゆく。
嫁・姑と。
ふたりながら犯していったあの男も。
齢相応の愉しみを・・・ふたりの女たちに墨痕のように残していったのだろう。
あとがき
年かさになった古い恋人にも。
まだ熱情を秘める、熟れた情婦にも。
相応の痕をつけてゆかれるようです。
音と気配と
2006年09月05日(Tue) 07:31:47
じゃら・・・
胸にかけた真珠のネックレスが、かすかに揺れた。
ぉ・・・。
喉でこらえた呻きが、廊下の外まで届いて。
聞き耳立てている鼓膜を震わせた。
濃い柄のワンピース姿をふらりとさせて、母はくたりと姿勢を崩す。
倒れこんだテーブルの向こう側。
ズズ・・・ッ。
啜る音だけが、ひそかにあがる。
ふたたび顔をあげたあいつの口許は、バラ色の飛沫をしたたか、散らしていた。
不健康な赤黒さ・・・ではなくて。
ナマナマしい、鮮紅色。
それに母の若さを見るべきなのか。
秘めた淫ら心を読み取るべきなのか・・・
ふしだらに乱れたワンピースの裾を、やつは得意気にたくし上げると、
黒のレエスのスリップを引き出して。
スリップの持ち主の血潮を、そっと拭った。
お母様・・・
妻の由貴子は、蒼ざめた顔をして。
ひと足、母に近づこうとしたけれど。
立ちふさがる黒い影に、ハッと身を固くする。
二歩、三歩・・・
とうとう、追い詰められてしまった。
華奢な身体つきを、ガラス戸に圧しつけられて。
レースのカーテンに半ばが埋もれる。
ぐら・・・っ。
ポニーテールの黒髪が、不自然に揺れた。
あぁ・・・
甘美な絶望を密かな吐息にかえて。
毒蛇の牙に、うなじを咬ませていた。
流れるように長い、ポニーテール。
ムチのように、しなやかに。
音もたてずに揺らしつづけながら。
きゅ、きゅう・・・っ。
押し殺すような音とともに吸われる、うら若い血・・・。
妻は胸に両手をあてがって。
恐怖に耐えているのか。
なにかを懇願しているのか。
ひたすら、いっしんに天井を振り仰いだかっこうのまま。
しずかに音を立てて血を啜る男の相手をつづけてゆく。
倒れて静かになった母の傍らに、その身を淪(しず)めてしまうまで・・・
並んで倒れた、嫁と姑。
うつ伏したふくらはぎは、色とりどりのストッキングに淡く彩られて。
部屋に差し込む微光を受けて、妖しく輝いている。
ぬるり。
ぬるり。
かわるがわる這わされる、不埒な唇に。
なよなよとした薄手のナイロンは、フラチにあしらわれる。
すす・・・っ。
ワンピースの裾から。
タイトスカートの下から。
かわるがわる差し入れられる、枯れ木のような細い腕が。
衣裳の柄を隆起させ、波立たせながら。
奥に秘めた部位を、じんわりと責めたてて。
じょじょに、昂ぶらせてゆく。
ア・・・。
どちらのあげた声だろうか?
裡にゆらいだほむらを消し止めることは、
いかなる淑女にとっても、至難のこと。
ずりっ。
ふたりの傍らのテーブルが、露骨にずれる。
どうやらきょうも、先に手本を示すのは母のほうらしい。
あとがき
姑が嫁に対して模範を示して。
そうした姑の態度に、嫁は内心安堵を覚えつつ、
夫ならぬ相手に身をゆだねてゆく。
そんなふうに、見せかけて。
じつは若い嫁の血を、あとの愉しみに取っておくんですね。きっと。^^;
中休み
2006年05月21日(Sun) 16:28:38
お昼は、サンドイッチとお紅茶。
いかが?
いつものくせで小首をかしげ、お盆に載せたお昼を書斎に持ち届けてくれる妻。
わざとドアを開け放して、そそくさと出て行った。
きちょうめんな妻がドアを開けっ放しにするとき。
そういうときは決まって、何かがある。
「お義母さま、お昼ですよ」
のどかに響く、若い声。
ふすまの向こうから、和装の母が顔を出す。
ちょっとやつれた頬に、びんの毛がひとすじ、まとわりついている。
「なん人、お逢いになられましたの?」
不穏な会話が、始まった。
「まぁ、由貴子さんたら」
はしたないわ、と眉をひそめる母に。
妻は白い頬をきらきらと輝かせて。
「わたし、十人もお相手してしまいました」
恥ずかしそうに、すまなさそうに。
けれどもとても自慢げに、そんなことを口にしている。
後ろに束ねた黒髪ひとすじ乱さずに。
ワンピースにしわひとつ、とどめずに。
そういえば。
ろくろく言葉も交わさずに、そそくさと書斎を去ったのは。
吐く息の乱れを気取られたくなかったのだろう。
そういえば、さすがの彼女もちょっと、肩をかすかにはずませている。
「あら まあ」
母はあきれたように
「若いかたは、うらやましいわね」
そういいながら。
「わたくしも七人、お世話したんですよ」
「まぁ!」
ころころと笑いころげる、女ふたり。
一服したら、まだ戻らなくちゃね。
ちらちらこっちを窺いながら。
ひそひそと自慢話めいたやり取りをしたり。
午後に履いてくストッキングを吟味したり。
魔物は果たして、ふすまの向こうで待つ側だけなのか。
ティーカップ片手に笑い興じる、美しい妖女たち・・・
あとがき
情事のあとはやはり、髪の毛ひとすじ乱さずに現れて欲しいものです。
深夜のドライブ 2
2006年02月24日(Fri) 07:33:17
行き先は、告げられるまでもない。
「好みは、年増の女・・・だったよね?」
傍らでそう嘯いた彼の所望の相手は、ここから車で十分ほどの大きな邸に住んでいる。
そこはほかの何処でもない、私自身の実家であった。
携帯の発信音に代わって聞えてきたのは、母の声。
ひくくてまろやかな声色は、まだじゅうぶんに若さを秘めている。
「若いね、母さんの声」
「どうしたのよ、いきなり・・・」
母は素っ頓狂に笑いこけていたが、客人の来意を伝えると改まった声になり、
「心からお待ちします、って伝えてくれる?お父さんには私からうまく話しておくからね」
今夜の凌辱の対象となることに、遠まわしに承諾を与えてきた。
子供のころから見慣れている、古びた日本間。
そこに通されたとき、床の間の置き時計の針はすでに午前一時をまわっている。
ふすまがスッと、音を忍ばせるようにして開かれる。
肌色のストッキングのつま先が、畳の上をすべるように歩みを進めてきた。
ダークグリーンの膝丈までのスカートから覗くふくらはぎは、まるで和服のように楚々とした風情を漂わせていた。
「アラ、よくお似合いね」
黒のストッキングに彩られた私の脚をまじまじと見つめると、助手席から青年が投げてきたのとそっくり同じな言葉を口にした。
「由貴子さんの靴下ね。よく似合ってるじゃないの」
夫婦仲もうまくいっているようね・・・
言外に、そんな想いが滲んでいる。
少女のようなイタズラっぽい目色の母。
いつまでも天真爛漫な彼女はそうやって、もはや遠くなった若い日に、吸血鬼との初めての夜を迎えたのだった。
「ごめんね、小母さん」
そういいながらも青年は、敏捷な身のこなしで母のほうへとにじり寄っている。
母は青年を受け入れるように、うなじを垂れた。
まるでこれから重ねる不倫を父に謝罪するしぐさのようだった。
そんな想いとは無関係に。
伸べられたうなじにむぞうさに這わされてゆく、飢えた唇。
そのとき。
はにかみを含んだ童顔は一瞬に、うって変わった変貌を遂げていた。
蒼白く輝く肌。
尖った耳。
なによりも、凶暴な紅い輝きが閃く瞳。
それはモノトーンな和室の落ち着いたたたずまいを、場違いなまでの毒々しさに塗り替えてしまう。
鋭く研ぎ澄まされた爪が、柔らかな二の腕にくい込んでいた。
本性を現した彼に、母はちらと目線を投げて。
―――困った子ねぇ。
そう言いたげな微笑を滲ませて、じぶんのほうからうなじを彼の口許に押しつけていったのだ。
くちゅ・・・っ。
さっき私の足許に忍ばせたのとおなじ、唾液のはぜる音。
ちゅっ。ちゅうううぅぅ・・・
姿をみせない父はどこかから、己の妻の血を吸いとられるひそやかな音に聞き入っているに違いない。
絶え間なく続く、うら若さとはひと味ちがう濃艶な趣きとの深いやり取り。
美味しいね。 そぅお?私もまだ、捨てたものじゃないかしら・・・ 貴女の魅力を、とことん味わうよ。 ええ、ぜひそうして頂戴・・・
無言の対話をききとるすべを、私はいつか体得するようになっている。
肌色のストッキングの表面をちりちりとせりあがってくる、鋭い裂け目。
初めて犯された夜とおなじようなうっとりとした面持ちで、母は淑女の装いに受ける不埒なあしらいを愉しんでしまっている。
息子の私も。
開かれたふすまの奥から注がれてくる、もうひとつの熱い視線の主も。
今宵のプリマドンナを演ずる女の、たくまぬ淫事のいちぶしじゅうを包むように見守っていた。
吸血の音とおりなすように、濡れるようにしっとりと協和する、震えを帯びた妙なる呻き・・・
ひくく落ち着いたメゾ・ソプラノで綴られる夜想曲は、いつ果てるともなく夜のしじまにこだました。
ふたたび闇にもどった実家の窓を、私は車のなかからちょっとのあいだ見つめていた。
遠目に望む夫婦の寝室は、闇に閉ざされていたが。
いつもより濃いようにみえるその闇は、ぬらりとした濃厚な艶を澱ませているようにみえる。
「さぁ、行こうか」
小僧は私をうながした。
これ以上ここにとどまるのは無粋というものだろう。
私はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
静かなエンジン音をすこしでも早くふたりの耳から遠ざけるために。
「もう、すませているだろうね。由貴子さん」
小僧は生意気にも、妻のことを名前で呼んでいる。
モノにした女のことは、名前で呼ぶのが礼儀だろう?
私を見透かすように、蒼白い面貌の主は嘯いている。
そんなものかね・・・
どこまでも小生意気な青年の口ぶりが、ひどくくすぐったかった。
たったいま、お袋を犯したくせに。たいしたものだな。
まぁ・・・ね。彼女は由貴子のまえのオードブル、かな。
もちろん、ここだけの話だけれど。
ひとをなぶるようなもの言いに、悪意は含まれていない。
悪戯心に通が邪気を、私はいく度も耳の奥に反芻している。
―――いまならまだ彼女、起きているよね。彼のあとでも、いやじゃないからさ。
鼓膜をくすぐるような彼のリクエストをかなえるべく、私はいつか無意識のうちに車を急がせていた。
あとがき
イラストは、リンクをいただいているHAIREIさまから頂戴したものです。
いただいたあと。
しばらくのあいだじいっと、私は彼と目を合わせつづけていました。
そう、対話するように。
憂鬱な鋭さを秘めた彼。
一見酷薄そうな面持ちをあらわにしながらも。
胸の奥に漂う寂しさを認めるのは私だけでしょうか?
このお話は、そうした「彼」との対話のなかから生まれたものなのです。
追記
彼がわざわざ熟女ばかりを狙うのは。
初めて男、として振る舞った相手が実の姉。
それ以後モノにした女たちも、ほとんどことごとくが年上の女性だったせいでしょうか。
初夜を過ごした姉から。
初めて犯されることには深い意味がある・・・と訓えられて。
処女を受けつけなくなったのかもしれません。
既婚女性であれば、皆さん一定の心得は持っていますからね。
濃い淡いの違いこそあれ。^^
深夜のドライヴ 1
2006年02月24日(Fri) 07:16:01
ぶるぅぅん・・・
エンジンキーを差し込んでくるりとひねると、車は軽い振動と共に快調な音を心地よげに夜のとばりに響かせた。
その振動にちょっとの間身をゆだねていると、傍らのシートに人の気配がするのに気がつく。
横を見ると、助手席には冷めた顔つきの青年がいつの間にか入り込んできていて、じいっとこちらを窺っている。
まだ少年の純粋さを残した顔だちに、獣じみた憂鬱さをたたえる青年―――。
かつて悪戯小僧と呼んでいた彼は、いまでは一人前の男性となっていた。
「似合うね、小父さん」
彼はちょっと冷やかすような口調で、私の足許を見おろしている。
カーキ色の半ズボンの下には、黒のストッキング。
妻がいつも脚に通しているものだった。
青年の刺すような視線に、ひどくくすぐったい想いがよぎる。
私はちょっと黙って、肩をそびやかした。
深夜のドライヴを私が愉しもうとするとき。
それがどういうときなのか、彼はじゅうぶん心得ていた。
女の装いに彩った脚を、空々しいほどの夜の冷気にさらすとき。
嫉妬に昂ぶり燃え立つ血管に、初めてクリアーな静寂さを取り戻すことができるのだ。
夫婦の寝室に、吸血鬼を迎え入れる夜。
「ごめんなさい。ちょっとのあいだだけ、ガマンしてくださる?」
組み敷かれた褥の上。
妻はもう悩ましげな目になって、その場をはずしてほしい・・・目線でそう、訴えてきた。
ふくらはぎを、太ももを。
しんなりと包む、薄手のナイロン。
それは嫉妬にほてり昂ぶった私の肌をなだめるように、そしてあおるように、
なまめかしい薄墨色は私の脚を、まるで夜のとばりのようなつややかな翳に染めている。
「よく、似合うよ」
決して皮肉ではない・・・そう言いたげに、小僧はまだ私の足許を見つめている。
そうして、おもむろにすいっと口を近寄せると。
くちゅうっ。
臆面もなく、黒ストッキングのうえから唇を吸いつけてきた。
くちゅ・・・くちゅ・・・くちゅう・・・っ。
小僧はもう夢中になって、私の脚に愛撫を加えてくる。
唇から洩れてくる舌がナイロンの表面をぬめり、くすぐるような感覚を素肌にじかに伝えてきた。
嫉妬のほてりを鎮めるように。それでいてややもするとあおるように。
ぞんぶんに這わされる舌は薄手のナイロンの感触を明らかに愉しみながら、飢えた唾液を滲ませてゆく。
ひとしきりそんな行為に耽ったあと。
「さぁ、行こうか。狩りに」
身を起こした青年は、挑発的に獣の眼を輝かせる。
隣の書斎から 3 とうとう妻の番
2005年06月26日(Sun) 07:10:40
襖ごしに聞える声の主は、妻に代わっていた。
母を散々犯し抜いた挙句、それでもまだ渇いているというのだろうか。客人は妻を望んだ。
否やはなかった。私の返事も待たず、妻はちょっとだけ身づくろいをし、真新しいストッキングに脚を通すと、ほどいて肩に垂らした長い黒髪とワンピースの裾をひらひらとなびかせて襖の向こうに消えたのだ。
母が出てきたのは、入れ違いだった。
さすがにえび茶色のスーツを羽織っていたが、きっちり合わせたはずの襟元から、ブラウスの裂け目がのぞいている。
うなじにはぽっちりと、まだ赤く濡れた傷口がふたつ。いかがわしい凌辱の痕。
胸までかかる黒い髪の毛が心もち乱れているのが、破れ果ててひざ下までずりおちているストッキングともども、娼婦のようにすさんだ女の色香を感じさせる。
妻もいまごろ、こんななりにされているのだろうか。
「由貴子さん、やっぱり若いのねぇ」
母がうらやましそうにそう呟いた。
もうそれだけで、大胆に身をくねらせておねだりをしている妻がありありと浮んでくる。
いまごろ私のことなど忘れ果てて、愉楽にふけっているのだろう。
嫁の乱行を咎めるべき立場の母は、率先して妻の不倫行為に加担している。
嫁と姑、仲良く連れだって、不倫に励むふたり。
嫁は守るべき貞操を惜しげもなくほかの男にふるまい、
姑は息子の仇敵であるはずの男に、すすんで肌身をゆだねる。
とてもハッスルしていたわよぉ。
サービス、お上手なのね。
いつもああなの?
誰に教えてもらったんだろう。私なんかとぜんぜん違うわ。
べつの種類の女みたい。
とっても、いかがわしかったわ。
あなた、気をつけないとダメよ
無神経な挑発。
じぶんのしてきたことを棚にあげて。
天真爛漫な彼女は、父に対してもおなじように話しているに違いない。
けれども息子に嫁の情事を語るときの彼女の言葉には、かすかな毒がこめられている。
部屋の外と、中と。
ふたりのあいだに交錯する微妙な嫉妬に、どこまでつきあったものだろうか・・・
隣の書斎から 2 嫁と姑 味比べ
2005年06月24日(Fri) 10:45:03
「お義母様、お見えになっていらっしゃるのに」
妻はぷっとふくれて、まだふくらはぎをいじくりながらにんまりとしている吸血鬼をにらみつける。
子供のいたずらを咎めるような甘い目で。
ネチネチと太ももにまで唇を這わせてくるのを拒みかねながら、
「お義母様、紅茶が入りましたわ」
たまりかねたように、妻は声をあげた。
実家が近いので、母はよく遊びにくる。
「アラ、それじゃあ呼ばれようかしら」
奥の居間から返事がかえってくる。
肌色のストッキングに包まれたつま先が、応接間に踏み入れられる。
落ち着いた渋いえび茶色のスーツが、年相応の気品を引き立てていた。
やな予感がしたが、そのまま書斎で紅茶を啜り続ける私。
母の声があがった。
「まぁ、まぁ。はしたないですよ由貴子さん」
苦笑交じりのおだやかな声色。
「じゃあ、私もお相手させてもらうわね」
物分りよく、母は妻の傍らのソファーに腰を下ろした。
「よろしくお願いしますね」
ちょっとだけ、救われたような顔になる妻。
前は姑のまえで恥ずかしいようすをみせることを忌み嫌っていたのだが。
年月はすっかり二人を気安い関係にしたようだ。
妻の脚を艶めかしく彩っていた黒のストッキングは、みるかげもなく脛から剥がれ落ちてしまっている。
広がった裂け目からなまめかしい白い脛がのぞいていた。
「もぅ・・・」
ふしだらな仕打ちに口を尖らせる妻を尻目に、吸血鬼は、ぴっちりとした肌色のストッキングに包まれた母の足もとに、むしゃぶりついてゆく。
「アラ・・・まぁ・・・」
妻よりもはるかに前からなれ初めてしまっている母。
にこやかにスーツの裾をめくるとストッキングの脚を惜しげもなくさらけ出し、無理無体に圧しつけられてくるなまの唇に吸わせてゆく。
それっきり、声は途絶えてしまう。
みるみる唾液に浸ってゆくのを面白そうに眺めているらしい。
やがて、くすぐったそうな忍び笑い。
「まぁ・・・まぁ・・・」
無体なあしらいを受けて、真新しいストッキングがパチパチとかすかな音をたててはじけてゆく。
溶けかかったオブラアトみたいに、ストッキングが母の足許から破れ落ちるのが、視界に入った。
昼さがり。のどかに紅茶をすすりながら、とりとめもないおしゃべりに興じる嫁と姑。
その足許には、好色な唇がかわるがわる吸いついて、清楚に装われたストッキングのうえから無体なあしらいを重ねてゆく。
「由貴子さん、居間を借りるわね」
ちょっと血を吸われすぎたみたい。介抱していただくわ、といって、母は吸血鬼にほとんど寄りかかるようにして、襖の向こうへと消えた。
「オオゥ・・・」
喉の奥から振り絞るような呻き声が洩れはじめるのに、それからいくばくもかからなかった。
「五十になったらお父さんだけの女に戻るわね」
そういいながら、いまだに父を裏切り続けている母。
大人物な父は、そういう母を笑って許してしまっているのだが。
「もう!」
妻はいつになく、不機嫌だ。
「妬けちゃう。私をほったらかしにしておいて。ひどいわ」
そう口を尖らせる妻が、いつになく可愛い。
もしかして、父よりも妬いているのは、妻・・・?
隣の書斎から 1 おもてなし
2005年06月24日(Fri) 10:38:42
夕べも妻は、ストッキングを破られた。
欲望に渇いた吸血鬼は、劣情もあらわに妻に挑みかかる。
私が在宅していても、臆面もなく。
渇いたとき、襲う。ただそれだけ。
「見せつける快感も、たまらないからね」
彼はそう笑って、たちのよくない趣味をひけらかす。
そういうとき、決まってくすぐったそうに笑みを返す私。
ふたりは仲が良い。
彼は家にやってくると、小ぎれいに装った妻のことをつかまえて、しょうしょう強引にソファに座らせる。
ツヤツヤとした真新しいストッキングの上から唇を吸いつけられて、ぬるり、ぬるりとやられると、妻はきまって迷惑そうに眉をひそめる。
「まぁ、お行儀のわるい」
軽く、たしなめさえするのだが、
しかし、不埒な行為をやめさせようとはしない。
だんだん正気を喪ってゆくのだ。
隣の書斎にいる私は、何食わぬ顔で書物に目を落としている。
しかし開け放たれたドアからは、すべてが丸見えになっていた。
「なかなか、なめらかな舌触りだね・・・」
「まぁ・・・」
妻は小娘のように羞じらう。
「いつものと違うブランドなのよ。おわかりかしら・・・?」
知らず知らず、相手をし始める妻。
しどけない流し目。白目が淫蕩に輝いている。
幾度目にしても、妻がほかの男に送る秋波にはゾクゾクさせられてしまう。
「あ!やだ・・・」
妻の声色が、一段トーンをあげた。
咬みつかれたのだろう。
鮮やかな伝線が、つま先からスカートの奥まで微妙なカーブを描いている。
「破けちゃった・・・」
つま先に目線を落としながら、妻はひとりごちる。
ストッキングの脚を吸う音に、吸血の響きが重なる。
妻の若々しい血に潤う喉が、くぐもるような露骨な音をあげ続けていた。
招かれた淑女たち
2005年06月07日(Tue) 20:13:00
1.招待
彼方にきらめくシャンデリアの下、白い衣裳に身を包んだふたりの女が、燕尾服の男たちと向き合っている。
ひとりは若く、ひとりは初老。
いずれ劣らぬ気品をそなえた良家の夫人たち。
それがにこやかな笑みをたたえて、密会の相手と言葉を交し合っている。
若いほうは、妻。
そして年配のほうは・・・母だった。
母もまた、夫-私の父-に黙って出かけてきたのだろうか。
わが家に出入りして、家族の生き血で喉を潤おしている吸血鬼。
時折、同類を招いて、深夜密かなパーティーに耽る。
母によると、相手として選ばれた女性たちは、遅くとも前の日の晩までには招待を受けるという。
妻は深夜のスケジュールについて、私にはひと言も洩らさなかった。
着飾った姿で私以外の男性のまえで抜群のプロポーションをさらけ出している妻。
これだけでもう、充分に不倫の罪を犯している。
そう感じる私。
刺すような嫉妬の思いがじわじわと、胸の奥を焦がしはじめる。
妻は私がここに来ていることを知っている。
密会の現場をどこかから覗き見されていることも、充分に意識している。
わかっているのよ。貴方が見ていることも、愉しんじゃっていることも。
見ていてね。美しく装った私が抱かれるところを・・・
一見清純にさえに映る笑みが加虐的な翳を含んで、嫉妬に満ちた夫の視線をクールに受け流す。
磨きぬかれた白い肌を輝かしながら、ノーブルな目鼻立ちに濃厚な媚びを浮かべて、上目遣いに相手の男に笑いかけている。
「夫に黙って抜け出してくるの、大変でした」と、妻。
「アラ、私はちゃんと、お父さんにお話してから来たのよ」
嫁のやり口を軽く非難するような口ぶりで、母は眉をひそめる。
しかし、イタズラっぽく笑う嫁を見やる目線はあきらかに、共犯者同士の共感をたたえている。
「ふつつかではございますが、どうかお手柔らかに・・・」
やや低めで穏やかな母の声も、いつもよりまろやかに響く。
あとはもう、言葉のいらない世界・・・
2.遊戯
母は未知の吸血鬼と。
妻はいつもの吸血鬼と。
それぞれ向かい合わせになって立っている。
母なりに、未知の危険から息子の嫁を守ろうとしたのか。
姑として、未知の客人を先にもてなそうとしたのか。
それとも単なる歳の順か・・・
渦巻く妄想をとめることができないままに、ふたりはそれぞれを迎える好色な腕に我が身をゆだねた。
上目遣いに各々のあいてを覗き込むようにしておとがいを仰のけて、おろされる牙を受け容れてゆく。
ふたつの細い首すじに吸いつけられる、飢えた唇。
女たちは、紳士の接吻を受け容れるときの優雅さでそれに応えてゆく。
肌を吸うひそやかな音が、ふた色。
ちゅうっ・・・ くちゅうっ・・・
ひそやかにあがる吸血の音に、女たちは黙りこくる。
愛する女たちの体内から、かけがえのない血液が刻一刻と吸い出され喪われてゆく、呪わしい音。
それはかすかに淫靡さを帯びながら、広間の壁に沁み込むように重く静かにつづいた。
ふたりが我が身に牙の侵入を許した瞬間、決して不愉快なだけではない衝動が、閃光のようにちかちかと胸の奥ではじけた。
母も妻も立ったままお相手の紳士に抱きすくめられて、乞われるままに供血に応じている。
さきに、ふらりと頭を揺らしたのは母のほう。
つづいて妻も、吸血鬼にもたれかかるようになっていた。
逞しい肩を我が身から引き離すようにした胸元に、バラ色の飛沫が鮮やかに散っている。
純白のブラウスに散らされた不規則な水玉模様。
清楚な衣裳を汚す愉しみ。
衣裳を濡らす鮮血が鮮やかに映えるよう、申し合わせたように白のブラウスを身に着けてきた二人。
意図したとおりの効果に、ふたりの顔は満足そうな笑みを含んでいる。
「どうかね?ご気分は」
お邸のあるじに促され、ふたりは並んでソファに腰をおろす。
「エエ、だいじょうぶですわ、これくらい。慣れていますもの…ねぇ、由貴子さん」
うなじの傷が疼くのか、軽く押さえたまま、母は嫁を見返る。
「ハイ。ちょっといい気分になっただけですわ。お義母さま」
心持ち蒼ざめながらも、うっすらとした笑みを浮かべる妻。
「まだお若いのですから、しっかりなさいね」
「だから、いっぱい吸われちゃったんです…私の血、美味しいんですよ」
「まぁ」
ふたりの女たちは互いに顔を見合わせて、くすくすと笑いこけている。
「どうぞ、お楽になさってください。おしゃべりでもしながら・・・」
「そうねぇ」
促されて母は、妻に語りかける。
いつものような、当たり障りのない世間話。
私の仕事のこと。忙しくて夜が遅いこと。こっそりと抜け出してくるのが面白かったこと。
「あらっ?」
突然、妻が声をあげる。
「まぁ・・・」
続いて母も。
いつのまにか吸血鬼たちは、ふたりの足許にかがみこんでいる。
視界の向こう側でなにをされているのか、察しはついていた。
足許に、唇をねばりつけられたのだろう。
「まぁ、まぁ、いやらしいわ・・・」
母が困惑したように脚をすくめて嫁のほうを見返るが、妻のほうは
「ちょっとォ・・・」
と、照れ笑いをしながら早くも相手の要求に応えはじめていた。
スカートやワンピースのすそをせり上げられて、ストッキングに包まれた脚線美があらわにされる。
妻は黒。母は肌色の。
飢えた唇から素肌をガードしているはずのストッキングは、かえって吸血鬼たちを誘惑するように、それぞれ濡れるような光沢を放っている。
臆面もなくべろをあてがい、唇をぬめらせる男たち。
やがて吸いつけられた唇に、キュッと力がこもる。
ストッキングがいたぶりに耐えかねたように、太ももの上でパチパチと音を立ててはじけていった。
すでに酔わされてしまっているのだろう。
ふたりは刺し込まれる牙の心地よい痛みにくすぐったそうに肩をすくめ、上品なストッキングがむざんに咬み破られ、剥がれ落ちてゆくのを面白そうに見つめつづけていた。
いいように衣裳を辱められていながら、妻も母もウットリとなってしまい、ことの善悪もわきまえず、吸血鬼の欲望のまま、玩ばせてしまっている。
ちゅっ…ちゅ、ちゅう~ッ…じゅるっ…
もはや、量を貪るようなやり口ではない。
むしろ風情を愉しむように、吸血鬼たちは、女たちの衣裳を熱っぽく、荒々しく引き裂いて、あらわになった素肌に、思い思いに咬みついていく。
嫁と姑とをかわるがわる取り換え合って、順繰りに生き血の飲み比べに耽る吸血鬼。
まるで利き酒でもするように、低く言葉を交し合って、血の香り、活きの良さはもちろんのこと、身に着けているスーツやワンピースの品質や、ストッキングの舌触りにいたるまで堪能し、引き比べ、悦に入っている。
ふたりの若さ、美しさ、淑やかな装い。すべてが賞玩の対象だった。
それから先は・・・?
ご想像のままに。
ここに集う夜の紳士達は、深夜に呼び出したご婦人に恥をかかせるようなまねはしなかった、とだけ言っておこう。
恐らく、母も妻も、夜明け前にはエスコートつきで帰宅を許されて、何食わぬ顔で早起きをして、何事もなかったかのように朝食を作って、それぞれの夫たちを笑顔で迎えることだろう。
音
2005年06月07日(Tue) 08:34:09
夜更け。
かすかにベッドをきしませて、妻は寝室から抜け出してゆく。
ネグリジェの裾に引っ掛けたのか、机の上にあったペン立てを不用意に落とした音がなければ、気づかなかったかもしれない。
少し間をおいて、私もベッドを抜け出した。
そらぞらしい外気に淡い鳥肌が滲み、もっとマゾヒスティックな歓びからくる寒気ににたようなものが、さらにそれを上塗りした。
しなやかな女体が音もたてずに、隣室のかすかな灯りの下でシースルーのネグリジェを脱ぎ捨てると、ゆるやかな白のブラウス、黒のタイトスカートを身にまとい,黒のストッキングに脚を通してゆく。
娼婦が身づくろいするような、手馴れた動き。
髪を整え、メイクをすませ、音を忍ばせて、妻は玄関から出てゆく。
吸血鬼に血を吸われる美女は正気をうしなって、命じられるままに夜中に自室からさまよい出るという。
しかしそれは本当だろうか?
完全に支配され、吸血鬼に心を奪われてしまったものたちは、己の密かな愉しみにふけるため、はっきりと自分の意思で家から抜け出してゆく。
「気づいたら、あのお邸におりましたの・・・」
困惑の表情をつくって、彼女たちは必ずそう口にする。
しかし、その語尾の震えは、ほんとうに恐怖からくるものなのか。
瞳の奥に少しでも、愉悦の曇りが漂うようなら・・・
妻の身持ちをいちどは疑ってみるべきである。
私も彼女と同じように、音もなくベッドを出る。
傍らをみると、テーブルの上にあるのは女性の下着。
ロングドレスのようにすその長い、黒一色のワンピース。
サイズが妻のものとちがうことを、私はよく知っている。
ムチの痺れを快感と受け取るある種の人たちと同じ種類の衝動が、心の奥に閃く。
「ここまでおいで」
人をあざけるのが面白くてたまらない、という感じに意地悪な笑いに崩れる妻の顔が浮かんだ。
そういうときの妻は、ひどく無邪気である。
私はいつのまにか、女の衣裳を手に取っている。
身支度するときの密かな音。
つけっぱなしになっている隣室の灯りの下、不倫の装いに身を飾ってゆく妻の姿が、幻のようによみがえる。
女装に身を包もうとする私の傍らで、洩れそうになる淫らな息遣いを忍ばせながら。
時折立てる不用意な物音。
あれは私が気配を察することができるほどに、わざと立てた物音だったのか。
薄笑いのすき間から白い歯を覗かせながら、寝入っている私の枕許でペン立てをわざと床に落とす妻・・・
音を忍ばせながら。
忍ばせた音に気づくよう、それとなく音を立てる。
手の込んだやり口に、甘い苦笑いが浮かぶ。メイクの下にこわばった唇から。