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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

ただいま 2

2008年10月21日(Tue) 07:26:46

妻のしずえも。娘のミカも。
息子のマサルさえも、堕とされて。
ひっそりと家に出入りするようになった、あの忌まわしい影は。
わたし以外の家族さえも、なんなく屈従させていた。
生まれ育って、物心ついたころ。
すでにそいつは、母の寝室に出入りを繰り返していて。
夜更けにおおっぴらに通ってくる彼のことを、父はにこやかに迎え入れていて。
邪魔をしては、いけないよ。
でも、覗きたければ、好きにしなさい。
母さんはこれから、あのおじさんと仲良くするのだから。
よどみない父の言葉に、なんの疑念も感じないで頷いていた。
ほんとうの仲良しには、自分の妻を引き合わせて。
夜、ふたりきりにしてやることが。
なによりの好意の証しなのだと。
なんの疑問も感じないで、思い込んでいた。

都会に移り住んで、恋をして。
恋の果実を、生まれ故郷に持ち帰って。
そこではあの男が、寸分変わらぬ年かっこうで、待ち受けていた。
すでに年老いた両親は。
そろそろあなたの番ですね・・・
おだやかにそう、頷いていた。

あのときと、おなじように。
男はひっそりと、我が家にとけ込むように入り込んでいて。
真っ先に手なずけた息子に、手引をさせて。
妻を堕とし、娘を惑わせていた。

男がひっそりと、通ってくる夜。
わたしは息をつめて、庭先に佇んで。
物音だけで、すべてを察して。
濃い闇に溶け込んだ熱情に、心焦がして愉しんでいる。

ただいま。

2008年10月20日(Mon) 05:51:13


ただいま。
夜更けの玄関に響くのは、我ながら冷え切った、うつろな声。
家に戻ってくるのは、何日ぶりだろう。
仲良しのYくんと、公園で逢って。
Yくんの友だちだという吸血鬼のおじさんに、引き合わされて。
まるでペットに餌でもやるような、あたりまえの態度で。
Yくんはハイソックスを履いた脛を差し出して、おじさんに吸わせてやって。
くしゃくしゃにずり落ちたねずみ色のハイソックスに、赤黒いシミをにじませながら。
ボク、きょうは体調よくないんだ。マサルも協力してくれるよね?
って。
言われるままに、脛を差し出したとき。
きょうのハイソックスは、おニューだったんだっけって。
見当違いな心配をして・・・

がらりと開いた引き戸の向こう。
おかえり。
含み笑いを浮かべた声は、家族のものではなかった。
ククク・・・
あのときと、そのつぎの日と。
その日の晩と。
発育し切っていない身体からすべての血液を吸い出すには。
たった三回のチャンスでじゅうぶんだった。
おじさんが今、口もとからしたたらせているのは。
ママの生き血?それとも妹のミカちゃんのぶん?

そういうボクだって、もうこのあいだまでもボクではない。
透きとおってしまった血管に、血はほとんどめぐっていない。
空っぽの血管は、さっきから、ずきずき、ずきずき、疼きつづけていて。
血が欲しい・・・本能の叫びのまま訪れた我が家は、
温かい血液を宿した人間どもの住処にしか映らなかった。
お前のぶんも、とってあるよ。
ボクをもう、身内と心得きったおじさんの声に。
ありがとう。
ボクは無表情に、こたえていた。


公園で逢った、そのつぎの日の夜。
ボクは失血で、ふらふらしていた。
きょうもおじさんは、学校帰りにボクのことを捕まえようとして。
ちょっと待って・・・そう言っただけなのに、素直に道を開けてくれた。
すぐ戻ってくるから。
目で伝えた言葉を、おじさんはすぐに信じてくれた。
校庭で暴れているうちに、泥の撥ねたハイソックスを、真新しいのに履き替えて。
数分後には、夕暮れ刻の公園に戻っていた。
真新しいハイソックスを履いたまま差し出した脚を、おじさんに吸わせてやって。
つねるようなかすかな痛みの下、滲むように埋め込まれる牙が。
破けてくしゃくしゃにたるんだハイソックスに、なま温かいシミを広げるのを。
面白そうに、見おろしていた。

マサルのハイソックスも、愉しいが。
きみのママのストッキングも、面白そうだね。
フフッ・・・
人のわるそうな笑みを浮かべるおじさんに。
ボクもおなじくらい、ダークな微笑を返している。
おなじ色をした笑みを、つぎに交わしあったのは。
その日の真夜中、家の庭先に忍び込んできたおじさんを、
雨戸をあけて、引き入れるときだった。

ひたひた・・・
ひたひた・・・
足音を忍ばせて、たどるのは。
ママの寝室に通じる廊下。
いま履いている、薄い靴下は。
パパのタンスの引き出しから勝手に拝借した、通勤用のハイソックス。
ストッキングみたいに、薄いのがいいんだ。
ボクは勝手にそう思い込んで。
パパがたまーに履いている、ストッキングみたいに薄い紺色のやつを。
ママの目を盗んで、引き出していた。
脛の周りを、ぴったり貼りつくナイロンが。
いつものハイソックスよりも、いちだんとなめらかに、ボクの足もとを締めつける。

坊やはここで、待っているんだよ・・・
おじさんはほくそ笑んで、そう言ったけれど。
ボクはゆっくりとかぶりを振って。
まだ起きていたママに、おじさんのことを引き合わせたのだった。
真夜中なのに。
ママはなぜか、お出かけのときみたいにおめかしをしていて。
ワンピースのすその下、ストッキングまで穿いていた。


うっ・・・
抱きすくめてくる吸血鬼の背中を。
ママも、しがみつくようにして、抱きしめて。
立てた爪が、マントに食い込むほどに、強く強く・・・震えながら。
ボクの身体からおじさんが吸い取ったバラ色の液体を、しずかに音をたてて啜り取られてゆく。
いまは、あの夜の再現。
倒れて折り重なった影ふたつ。
ボクは開けっ放しになった隣室に、たたずんで。
あの夜とおなじ、薄い靴下を履いたまま。
足もとに冷え冷えとしみ込んでくる冷気に、足の裏をさらしながら。
畳のうえのパントマイムを、飽きることなく見つめていた。
しだいしだいにたくし上げられてゆく、バラの花をあしらったロングスカートから。
まるで、お芝居の幕が開くようにさらけ出されてゆく脚は。
薄々の黒のストッキングに、包まれていた。

ほら、お前の番だよ。
おじさんはむぞうさに、ボクとママとを鉢合わせさせて。
ママはとがめるでもなく、けだるそうにそっぽを向いて。
噛みなさい。
無言でそう、伝えてきた。
おそるおそる、唇をあてた、むき出しの肩先は。
切れた下着の吊りひもが、まだだらりと引っかかったままだった。

うどんみり。うどんみり。
どこでそんな言葉を、覚えたのか。
量感のある血液に、むせ返りながら。
ボクは甘えるようにして、なんども唇を吸いつけていった。
ボクと同じ血。とてもなつかしい血。
初めての晩。うっとりしちゃったママを抱きしめたおじさんは。
さすがは、マサルくんのお母さんだ。佳い味だ。佳い血をお持ちでいらっしゃる。
片頬を冷酷に透きとおらせながら。
もう片方の頬は、吸い取った血のりをべっとりと光らせていた。

フフフ。やっぱりお口に合ったようだね。
おじさんは、得たりとばかりほくそ笑みながら。
黒のストッキングを履いたママの足首を捕まえて。
唇をぬるり・・・と、這わせていった。
ちゅうちゅう・・・ちゅうちゅう・・・
物音ひとつしない、畳の部屋で。
煌々と明るい照明の下。
競い合うように・・・ふた色あがる、吸血の音。
ママは一滴でも多く、ボクによけいにくれようとして。
うなじをかしげて、身を寄り添わせてきた。


わたしの血が、口に合うのなら。
今夜はサエコおばさまの処に、いらっしゃい。
おばさまは、おじさまを亡くされたあとだから。
だれにも迷惑は、かからないから――

ママのうつろな声に、引かれるようにして。
さまよい出た、夜の街。
ふらつく足取りは、家に入るまえとかわらなかったけど。
さっきは、餓えで。
いまは、酔いしれて。
天地ほど違う心地を、かかえていた。

ママから、連絡を入れておくから。
にたりと笑んだママの視線を、背中に感じながら。
ボクはけだるい気分で、ずり落ちた靴下を直していた。
ボクの体内にすこしだけ残されていた、ママとおなじ血を欲しがって。
おじさんは、薄い靴下をくしゃくしゃにしながら、唇をしゃぶりつけてきた。
ストッキングは、面白いんだね。
肌の透けるナイロンが、びちびちとかすかな音をたててはじけていって。
紺色に染まった脛が、あらわになるのを。
ボクはへらへらと笑いながら、見つめていた。

真夜中の道にさまよい出たとき、
真っ暗に寝静まったおばさんの家に。
じりりりりん!って、電話の音が響いたのだろうか。


首尾よく血を抜き取らせて、家族の血さえも与えたものは。
ごほうびに、吸血鬼にしてもらえる。
まず飢えを癒すのは、家族の血。
血の奴隷に堕ちた家族は、ほかの仲間たちにもあてがわれて。
その代りに、吸血鬼になったものは、べつの一家を割り当てられる。
多くは、家族の見知りの家―――。
その家のご主人も、奥さんも。
お嬢さんも。息子も。
息子の彼女までも。
どこまでモノにできるのかは、その吸血鬼のウデしだい。

サエコおばさんは、黒一色のスーツ姿でボクのことを出迎えた。
病気になっていなくなったおじさんを弔うための装いも。
ボクには食欲をそそられる装飾品にしか映らなかった。
なにも知らないサエコさんは、ママにおねだりされるまま。
「きちんとした服装」で、ボクのことを出迎えてくれて。
だしぬけに襲いかかったボクに、なんなく畳のうえにねじ伏せられていった。

ママより年上のサエコさんの首筋は、色白で、気品があって。
でも、まだ噛むことに慣れていないボクの牙には、ちょっぴり硬かった。

長々と伸びた、黒のストッキングの脚。
ボクは舌なめずりをして、這い寄って。
真夜中の客人を正装で迎えた、サエコさんの好意に甘えるようにして。
歓迎のしるしを、想いのままに愉しんでいた。
ぬるりとなめらかなナイロンのうえ、べろを垂らして、ゆっくりとあてがっていって。
白い脛を、鏡のように映し出した薄い生地を。
くしゃくしゃになるまで、波立てていった。


やらしい・・・なぁ。
妹のミカは、母親譲りのうつろな声をして。
ベッドのうえ、制服のまま腹ばいになって。
真っ白なハイソックスのふくらはぎを、吸わせてしまっていた。
ヒルのように吸いついた、唇の下。
鮮やかなバラ色が、無地のハイソックスに大胆な柄を描いていた。
寝そべるミカちゃんに、おおいかぶさるようにして。
ボクも・・・うなじを吸っていた。
ミカちゃんの血は、暖かくて、初々しくて、活きがよくって。
ボクがもう喪ってしまった、人間らしい懐かしいぬくもりが、まだ残っていた。

ずり落ちたハイソックスを、むぞうさな手つきで直しながら。
ミカちゃんは、こっそりと囁いたものだった。
お友だちのユウコちゃんを、襲ってあげて。
ユウコちゃんも、美人だけど。
ママはもっと、美人なんだよ。


勉強部屋の片隅に、追い詰めて。
吸いつけた唇の下、ねじれていったハイソックスは。
妹とおそろいの、真っ白なやつだった。
校名のイニシャルを飾り文字にした縫い取りを、覆い隠すようにして。
制服の一部になっているハイソックスを、堕としていった。
縦にツヤツヤと伸びた、太めのリブを。
ねじれるほどに、ねじり抜いて。
悲鳴も出ないほど怯えきったユウコちゃんは、
しまいに力の抜けた体を、ふらつかせて。
その場にぺたりと、尻もちをついていた。
あとはもう、思いのまま―ー―。
なみの身体つきをした、14歳の少女の体内に残された血液の量を。
ボクは頭のなかで正確に測りながら、もう片方のハイソックスにも、赤黒いシミを滲ませる。

とんでもない家庭教師だった。
教える科目は、血を吸われるときの逃げ方、応じ方。屈従するときの礼儀作法。
学校の成績のよいユウコちゃんは、とてももの覚えがよかった。
ママのストッキングも、愉しいだろうね?
囁くボクに、ニッと笑って。
ママがお部屋に入ってきたら、あたしがドアを閉めて、さりげなくママの後ろにまわり込んで・・・
先生に指された優等生が暗誦するように、きれいな声ですじ書きをつぶやきつづける。
カチャカチャ・・・
お盆に載せたティーカップの音が、ドアの向こうから近づいてきた。


ユウコさん。
こんど先生を、お迎えするときには。
ママみたいに、ストッキングをお履きなさい。
いつも学校に穿いて行くやつで、かまわないから・・・
ユウコちゃんのママは、うなじに紅い痕を滲ませたまま。
ボクの望むとおりのことを、娘に告げていた。
モノトーンのワンピースの下、きっちりと装われた肌色のストッキングは。
ボクのいたずらの前に、他愛なくびりびりと破かれていって。
娘と隣り合わせに、尻もちをついたときには。
くもの巣みたいに見る影もなくなって、脛の真ん中までずり落ちていた。

力の抜けた細い腕が、さっきから。
破けたストッキングの切れ端を、自堕落に引っ張っている。
お父さんに、なんて言い訳しましょうか?
言い訳言葉は・・・ね。
まるで愛人みたいに、後ろから寄り添ったボクは、囁きかえしている。
今夜忍んでくる男のひとが、考えてくれるよ。
ユウコのパパと、いっしょにね。
アラ・・・ワンピースまで汚してしまっては、だめよ。
ユウコのママは、ころころと笑いながら。
ひどくもの慣れたあしらいで、娘のまえ、自ら乳房をあらわにしていった。


ほら。
勉強部屋に顔を出したパパは、入口に突っ立ったまま。
ボクのほうに、無造作に投げてよこした。
たたみの上に落ちて、長々と伸びたのは。
黒光りのする、薄手の長靴下。
これからは、パパのたんすをあさるんじゃないよ。
ニコと笑って、背中を向けた。
夫婦の寝室からは、うめき声が洩れてくる。
覗きは悪趣味だよな?って、いいながら。
ボクたちふたりは、ママがヒロインのポルノグラフィーを、
オトナの男になって、たんのうするようになっていた。

あの晩のことかね?
あれはね。父さんが仕組んだのだよ。
うちはもともと、そういう家だから。
ママは都会の人だから。
なにも知らないまま、村に来ちゃったし。
そろそろ・・・どうかね?って、すすめられて。
引き込まれていったのだよ。

お前があのひとと、仲良くなれたのは。
たぶん、血が教えたのだろうね。
そういえば。
初めて噛まれた瞬間よぎったのは。
ボクの血をぞんぶんに、あなたの体内に取り入れて!
本能が教えた、衝動のような誘惑のまま。
ボクはお砂場で、尻もちをついいていたんだっけ。


これからお邪魔するお宅はね。
パパのライバルの家なんだ。
ご家族全員、都会育ちなんだけど。
もう・・・おじさんの手が入っている。
特別の好意だって。
ご主人だけは、たぶらかしちゃったけど。
あとは、したい放題なんだって。

お前のウデしだいで。
奥さんも、お嬢さんも、息子も、息子の彼女も・・・
さあ、どこまで堕とせるかな?


あとがき
連鎖反応的に、恐ろしく長くなりました。A^^;

伝染・伝線。

2008年09月28日(Sun) 06:43:20

もう10月になるというのに、陽射しがじわじわと暑かった。
主婦の金子昌代(38歳・仮名)はその日も、早い時間に買い物に出ていた。
行きつけのスーパーマーケットは夕方の客が多く、夫の帰りは早かった。
暑さには比較的耐性のある昌代は、買い物を客の少ない早めに済ますことにしていたのだった。
足許にかげろうがたつほどの暑さに、昌代はさすがに素足で来るべきだったとくやんでいた。
薄手のストッキングは、さすがに涼しくなった風を通すものの。
やっぱり脚いちめんをなにかにおおわれ束縛されているのは、
さすがにちょっと暑苦しい気分がした。

目のまえで、着物姿の老女がひとり、よろめいた・・・ような気がした。
あわてて抱きとめた・・・ものだろうか。
案外、老女のほうからぬるりと寄り添ってきたような気もする。
どちらにしても、よろけかかってきた老女を抱きとめるかっこうになった。
より正確には、抱きすくめられていた・・・
ちゅうっ。
かさかさに乾いた唇が、うなじに吸いついてきたとき。
唇のすき間から生々しい唾液が洩れるのを感じていた。

電信柱を背に、尻もちをついていた。
ほほぅ。この暑いのに関心に・・・履きものをきちんとお召しじゃの。
口許から、さっき吸い取ったばかりの昌代の血を滴らせながら。
老女はほくそ笑みながら、女の脚をいたぶっていた。
ふふ・・・もうひと口、よろしいの?
もうそれ以上は、女の意思を確かめようともせずに。
くちゅっ。
老婆の唇が薄い肌色のストッキングのうえ、唾をはぜていた。

           ――――――――

薄ぼんやりとした足どりで、昌代は街をふらふらと歩いていた。
通りかかったのは近所の若い主婦、桜井美鈴(27歳・仮名)だった。
つい最近都会から引っ越して来たばかりの、新婚の奥さんだった。
あら、奥様・・・
かけた声が、喉の奥に引っ付いているようだった。
昌代の発した異様な声に、美鈴はいぶかしそうに首を傾げたが、
すらりとしたワンピース姿に、昌代はためらいもなく影を重ね合わせてゆく。
あうううっ!
いきなりおおいかぶさってきた重みに、コンクリートの塀に背中を圧しつけられて。
美鈴は痛そうにうめいた。
ククク・・・
耳もとをよぎったのは、さっき老女が昌代の鼓膜に含ませたのとおなじ色合いをした含み笑い。
ほっそりとした白いうなじに重ねあわされた昌代の唇は、異様に紅く輝いていた。
ひいいいいぃっ!
唇に込められた吸引力に、美鈴はもういちど、ちいさく悲鳴をあげた。

           ――――――――

ストライプの柄がしなやかに流れる、白地のワンピース。
吸い取られた血の名残りを襟首に滲ませたまま、
美鈴は俯きがちに家路をたどっていた。
ふと・・・喉を軽く手で抑えると。
お隣のお宅の玄関先に、目を向けた。
暑さのあまり開けっ放しになった玄関の奥。
若い人影が、揺れていた。

ごめんくださーい。
のどかな声で訪(おとな)いを入れた若妻の声に、
はーい。
応えを返してきたのは、主婦の松原瑞枝(41・仮名)だった。
あら、お加減わるそうね。暑いですものねぇ。
瑞枝の気遣いなど頓着なく、
息子さん、いらっしゃる?
切羽詰った語調を、美鈴はけんめいに飲み込んでいた。
ええ、いますわよ。タカシ?お隣の若奥さんのご指名よ~。
声の返ってきた階上にあがっていく足許に、瑞枝は格段注意を払わなかった。
ストライプ柄のワンピースからひざまで覗いた脚には、
ストッキングの伝線がふた筋。
血を滲ませた噛み痕が、ふたつ。
あのあと物影に引き込まれて、若妻の生き血は近所の主婦と老女とに啜られていたのだったが。
おどけた口調の主は、気づいていなかった。

お母さん、お忙しいのね。
ぼんやりと呟く美鈴を背に、松原タカシ(17・仮名)はせわしなく本棚に視線をうろつかせている。
用ってなに?
のんびりとした少年の背中に。切羽詰った声が向けられた。
こっち向いてくれる?
どうしたの?おばさん・・・
いぶかしそうに振り向いたタカシの顔つきが、ほんの少し弛んでいた。
仰のけられたおとがいの下。
束ねた長い黒髪をかすかに揺らしながら。
若妻は少年の血を、飲み耽っていた。

           ――――――――

半ズボンを、ひざまで降ろさせて。
むき出された初々しい茎を、容のよい唇のまえにあてがって。
バラ色に濡れた唇に含まれたとき。
ぁ・・・。
少年は恍惚として、うめいていた。
喉が渇いたら・・・お母様を呼ぶといいわ。
ニッ・・・と笑んだ若妻の頬には、吸い取ったばかりの血潮がまだちらちらと輝いている。

母さん・・・?
気の抜けたような息子の声に、瑞枝は気がかりそうに階段を上がってきた。
あれきり美鈴は、あいさつもそこそこにふらふらと出て行ってしまうし、
息子は部屋から出てこない。
なにがあったのか、さっきから気になっていたのだ。
踏みしめた床が、かすかにきしむ。
床をきしませながら歩み寄ってくる足音さえが、
接近してくる獲物が帯びる豊かな重み――これから獲られる血の量を想像させた。
さっきから・・・ひどく喉が・・・からからに。

たたみには、赤黒いしずく。
ふすまにも、おなじ色のシミ。
柱を背にした女は、うつろな目をしながら。
息子に噛まれたうなじに触れた指先を、そのまま口に持っていっていた。
ちゅっ!
いやらしい音がした。
わたしは・・・血を欲している・・・

息子はさっきから。
黒のタイトスカートを、ひざ上までたくし上げて。
ストッキングの上から、ふくらはぎを吸いつづけていた。
瑞枝は好んで、黒のストッキングを履いていた。
その上から・・・ストッキングを脱がせようともせずに。
血を求めて、しゃぶりついているのだった。
脱がされるのと。そのまま吸われるのと。
どっちのほうが、やらしいかしら・・・
女は空っぽにになった意識をむなしくめぐらせながら。
ストッキング越し、しつように圧しつけられてくる唇の端から洩れてくる鋭利な感覚を、
知らず知らず、愉しみはじめている。
さっき彼女のうなじを侵した、鋭利な歯。
もっとわたしの血で、染めて御覧―――。
女は息子の唇に、ふくらはぎをさし寄せるようにして。
稚拙にねぶりつけられた唇の下。
ナイロンの生地に白く滲んでいく裂け目を、へらへら笑いながら、見つめていた。

           ――――――――

ただいまー。
娘の松原さゆり(14・仮名)が学校から戻ってきたのは、不幸にしてその約1時間後だった。
汗ばんだセーラー服の冬服。はずんだ息。肩先を揺れる、おさげ髪。
ひざ小僧のあたりをゆらゆら揺れる濃紺のプリーツスカートの下は、
大人びた薄墨色のストッキングに染め上げられていて。
女の肉づきを秘めはじめた脚まわりを、くっきりときわだたせている。
校則厳しいんだからー。
部活のあとも、帰りはストッキング履いて帰れなんて先生言うのよ。
さえずるような声を、いつも家事の片手間に横っ面で聞き流す瑞枝だったが。
きょうだけは、ようすが違っていた。
さゆりちゃん、ちょっと・・・
え?待ってよ。いまストッキング脱ぐから。
脱ぐ前に、ちょっと・・・
なんだか切羽詰った声色だった。
さゆりはいぶかしそうに、制服姿のまま、招ばれるままに洋間に向った。

待ってたよ。
兄貴の顔色が、ひどく悪かった。
そういえば、母さんの顔色も、ふつうじゃない。
足早に迫ってきた兄貴が、スカートの足許にかがみ込んできた。
あっ!やらしいッ!
兄貴が仕掛けてくるいやらしいいたずらには、慣れっこになっている。
いつもこうやって、スカートを撥ね退けて、パンティの色がどうだとか言い出すんだから。
素早く飛びのいた・・・はずの足首を、兄貴はギュッと握り締めている。
あ・・・ダメッ!
黒のストッキングも、どうやら兄貴の好物らしい。
そこまでは、さゆりも格別異状を覚えなかった。
唇をなすりつけ、吸いつけられたとき、はじめていつもと違うとさとった。
だって・・・母さんまでが後ろにまわって、兄貴の手助けをはじめたのだから。

いやーん。やめてぇ!ふたりとも・・・
少女の声は、一瞬にしてかき消えた。
背後の人影が、セーラー服のすき間から、少女の肩先に食いついて。
足許の人影は、黒のストッキングのふくらはぎに、歯をむき出して噛みついてきたからだ。
二人に挟まれるようにして、少女はくたりと身体を折った。

           ――――――――

もう・・・
おさげ髪を片手で所在なげにいじくりながら。
少女は口を尖らせている。
チリチリに引きむしられた黒のストッキングは、たよりなくずり落ちて。
あちこち裂け、ねじれたようなひきつれをいびつに浮き上がらせている。
タカシがね・・・ストッキングを履いた女のひとの脚を噛みたがってるの。
母さんも、いつもの黒いやつ破らせちゃったから・・・
あなたも協力しなさい。
母親の、いうなりになって。
さゆりは、無表情になって。
こくりと、頷いていた。
学校帰りじゃないと、みんなストッキング脱いじゃうからね。
美緒ちゃんだったら、まだ部活で学校に残っているかな・・・

           ――――――――

夕べの瑞枝は、すごかった。
子どもたちが珍しく早くに寝入ってしまうと。
積極的に、誘ってきたのだ。
あの子たちだって、もう年頃なのよ。
夜の営みを、そんなことを口実に拒みつづけてきた妻。
熟れた身体は、自制心を失うほどにほてっていた。
そのあとのことは、よく覚えていない。
けれども妻から引き受けた頼みごとは、終業時までにやってしまわなけれなばらない。
おい、まりあくん―――。
顔を上げた拍子に覗いたおとがいの一角に、かすかに滲んだ赤黒い痕。
けれどもそんなものに気づいたものは、だれもいなかった。

お話って、なんですか?
輝くような白いおとがいに笑みをたたえながら。
きびきびとした口調には、柔らかな親しみが込められている。
可愛まりあ(24歳・仮名)は、松原の会社に勤めるOLだった。
短大の英文科を出た彼女は優秀で、上司からも同僚からも頼りにされるベテランだが。
芳紀24歳という若さは、男の多いこの職場ではいろいろな意味で貴重だった。
とくに、いまの松原にとっては・・・
ちょっとのあいだ、目をつぶってくれるかね?
え?こうですか・・・?
なにも疑念をもたないまりあは、少女のような素直さで美しい目をとじた。
お目目をぱっちりさせているほうが、よけいかわいいのだが。
けれども松原の不埒な意図には、そのまなざしが障害になるのだった。

松原は素早く、ふたりをへだてたテーブルの下に身体をすべり込ませた。
がたり・・・と椅子が不自然な音を立てたけれど、構っていられなかった。
肌色のストッキングに包まれたつやつやと血色のよい脛が、
さっきから松原の渇きをよけいにそそっていた。
ためらいなく、足首をつかまえていた。
きゃっ!
頭上からほとばしる声も、耳には入らなかった。
薄手のストッキングは、脚の輪郭を淡い光沢で包んでいる。
薄々のナイロン生地のうえから、唇を這わせたとき。
思いのほか頼りない舌触りが、サリサリと唇にしみ込んでいた。

           ――――――――

もうー。課長ったらっ。
小声で叱声を洩らすまりあの息遣いが、いまは妖しく震えている。
きょうは、早帰りデー。
もう・・・ほとんどみんな、帰ってしまっていた。
そうでなくても、事務所から離れている打ち合わせ室に注意を向けるものは、ほとんどいなかった。
もう方っぽも、いいかな・・・?
いやらしい。
まりあは咄嗟にひざをすぼめたけれど、
もう脚を引こうとはしなかった。
ピンクのタイトスカートに、手が伸びて。
さりげなく軽くたくし上げ、むき出しになった太ももに指が軽く触れる。
軽く触れたはずの指が、にわかに力を込め、しつようにまさぐり始める。
あ、あ・・・ッ。
不覚にもはしたない声を洩らしながら、
ストッキングの裂け目の上、ヒルのようにうごめく唇に。
バラ色の血潮を、含み取られてゆく。
むさぼるような、荒々しさ。
ひそやかに抑制された、息遣い。
時おりはぜる、唾液の音―――。
まりあは夢見心地になって、すべてを受け入れ始めている。

           ――――――――

息子がね。
ストッキングを履いた女のひとの脚を、噛みたがっているんだ。
今夜・・・相手してくれるよね?
エエ・・・
口許に、ほころぶような笑みをたたえながら。
まりあはいつもの快活なOLの顔に戻っていた。


あとがき
血を吸われた女が、べつの人間の血を吸って、さらにその人が・・・というストーリーを描いてみたかったのですが。
ちょっと・・・せわしない展開ですね。(^^ゞ

雨脚の彼方

2007年09月26日(Wed) 06:53:44

ぱたぱたぱたぱた・・・
雨脚が、早まったらしい。
狭い窓から覗いた空は、気味悪いほどの鉛色。
蒼ざめた頬と、けだるい重さをかかえながら。
姫原はよろめくようにして、廊下を歩いてゆく。
「今夜、戻るんだが」
そう電話をかけたのは、妻の愛人宅。
単身赴任が決まってから、妻の遥子はほとんど入り浸るように彼の家に出入りし、彼もまた姫原家に交ってくる。
「おや、急なお帰りなのだね。今夜は遥子と約束があるのだが。キャンセルしてお宅に帰そうか?」
こちらのスケジュールに合わせてくれる気遣いと、「遥子」と呼び捨てにされるほどわがものにされきっている事実と。
姫原は苦笑しながら彼の好意を断った。
「では・・・今宵も辱め抜いてつかわそうかの」
おどろおどろしい言い草に。
「たっぷり可愛がってやってくださいね」
慣れきった交際相手に、明るく返しながら。
どこかでじわん・・・と、嫉妬がにじむ。

案の定、妻は戻っていなかった。
ついでに娘の姿も消えていた。
いまごろどこでなにを・・・?
心配は無用、と知りながら。
どこの屋根の下、もだえているのか。
ふたつの影の宿り家(が)を、熱くなったまなじりが求めている。

相手の男が吸血鬼だとわかったときには、もうすでに血を吸い取られたあとだった。
男は口許から、たったいま吸い取った姫原の血をしたたらせながら。
単身赴任、おめでとう。
ほくそ笑むように、囁いてくる。
あとに残るご家族の身が、気になるのだろう?
妻の遥子は、39歳。ひとり娘の素子は17歳。
ひとりは女盛り。もうひとりは、お年頃。
心配にならないわけはなかったけれど、妻はこの街にとどまると言い張った。
屍鬼が跳梁すると知りながら、この街に。
だれか気になる男でもできたのか?
さぁ・・・
けだるげにそむけた横顔に、蒼白いものをよぎらせて。
彼女の首筋にふと目を転じると。
そこにはありありとにじんだ、ふたつの痕。
気がついたのは、襲われたふた晩あとのことだった。
あれは、わたしなのだよ。
奥さんをモノにしたあと、きみのことを襲ったわけさ。
安心して、任地に趣くことができるようにと思ってね。
安心など、できるものか。
半ば憤りながらうそぶいたはずなのに。
胸の奥にじわん・・・と響いたのは。
えも言われない妖しげな疼き・・・
感じる・・・だろう?
いつのまにか両肩を、やつに抑えられていて。
差し込まれてくる牙を、断ることはできなくなっていた。
きょう、お宅にお招きいただけまいか?
お互い秘めたままでは、なにかと後ろめたかろうからね。
言われるままに、男を我が家に招待したときには。
もう・・・痺れがすべてを彼から奪ってしまっていた。

ちょっとだけ、遅れてくるがよい。
ふたりで、洋間におるから。
覗き見するのも、見て見ぬふりをするのも、随意になさるがよい。
十分遅れて来い・・・そういわれて。
じっさいには玄関先にたどり着くまでの逡巡が、二十分もの遅刻を生んでいる。
ちゅ、ちゅう・・・っ。
ドア越しに洩れてくる吸血の音が。
男が欲望を成就させたこと、妻が歓んでそれを受け入れたことを。
饒舌すぎるほどに、ものがたっていた。

黒のワンピースを、しわ寄せながら。
ソファにもたれかかったまま、うなじを吸われる妻。
心もちしかめた眉が、キュッと引き締められた口許が。
どこか淫蕩な翳りを帯びている。
丈の短いワンピースから大胆に覗いた太ももは。
薄黒いパンティストッキングに、なまめかしく染めあげられている。
白い脛をじわりとにじませるナイロンのうえ。
男の唇が、もの欲しげになすりつけられるのを見て、
姫原は恥ずかしいほどの発情を覚えていた。

静かに、熱っぽく・・・
真昼の情事はしんねりとつづけられてゆく。
止めようとすれば、止められたのに。
妻はこちらの気配を、ありありと感づいていたのに。
妻は挑発し続け、夫は覗きつづけていた。
互いに肌をすり合わせることのないままに。
視られること、覗くことが。
互いに互いを魅きつけあってゆく。

あすの朝は、娘ごだな。
ひとしきり、愛撫を済ませると。
身づくろいをしながら、つぎの要求を突きつけてくる。
わかりました。公園に伴いましょう。
妻は無表情に声を響かせて。
よろしいですよね・・・と、夫のほうをかえりみる。
いいだろう・・・
かすれた声ににじませたかすかな欲情を、妻は気づいたようだったが。
それでよろしいのですよ。
そう言わんばかりに。
制服姿が、よろしいわね?
連れてゆく娘の衣裳にまで、念を押してくる。

夜明けまえの公園は、人通りも絶えていて。
木陰から窺う彼方、妻は娘をベンチに腰かけさせていて。
吸血鬼の背中越し、両肩を抱かれた娘は、細い眉をピンと逆立てている。
制服のスカートから覗いたひざ小僧が、眩しいほどに白い。
ふくらはぎを包んでいる白のハイソックスには、早くもバラ色のほとびをにじませていて、
すこしたるんで、ずり落ちていた。
妻のときも、そうだった。
長い靴下が、お好きみたいよ。いやらしいわね・・・
くぐもった妻の声が、いまだに耳の奥にわだかまっていた。

ぴちっと張りつめた、柔らかそうなハイソックスと。
しっとりと染める薄手のパンティストッキングと。
留守宅では代わりばんこに、男の唇にもてあそばれてゆく。
蝕まれてゆく淑女の理性。
想像しながら独り過ごす、懊悩の夜。
けれども半吸血鬼と化した姫原は、遠く離れた自宅にまで魂を飛ばしていた。
ありありと。
目に映るのは、情夫の腕の中もだえる妻、そして娘―――・・・

がたがたっ。
ときならぬ玄関先の物音に、姫原ははっとわれに返った。
ただいまぁ・・・
ふた色ひびく、女たちの声。
じりじりと胸を焦がす熱情が、鎌首をもたげて。
彼は足早に、玄関へと向かった。
ほつれた髪。蒼ざめた頬。
のろのろとした緩慢な立ち居振る舞い。
スカートの下、ストッキングの伝線があざやかに描くカーブ。
ハイソックスに滲む、赤黒い痕。
それらすべてが、彼の網膜を彩って。
さいしょに妻の。そして娘のうなじに。
まがまがしさをよぎらせた唇をあてがってゆく。
筋張った妻のうなじからもたらされた血潮は思いのほか甘く熟して、
ほかの男に彩られた色香を紛々と漂わせている。
娘の血潮は、いまだ処女の清冽さを喪っていなかったが。
いくぶんふしだらな香りをよぎらせるのは。
重ねられてきた素肌のまさぐりのせいだろうか。
まぁ。まぁ・・・
妻はころころと、笑いこけて。
娘の制服を乱してゆく夫のありさまを、興深げに見守りつづけていた。


あとがき
ごぶさたです~。
どうも出だしのお話は、いつもながらコアです。
不健全なので、軽く読み飛ばしてくださいね。
あっ、もうここまで読んじゃいましたか。(^^ゞ
ご愁傷様。
手遅れだったようですね。
ここのお宅のご主人みたいに。^^

帰宅

2007年06月17日(Sun) 08:15:55

お邸の棺おけのなかから這い出たオレは。
人の生き血をもとめて、ふらふらと夕暮れの道をさまよってゆく。
行き先は、つい先月まで我が家だったところ。
そこに住まう中年の男女に、十代の少女は、オレの欲する若い血液を、ふんだんに蔵しているはずだ。
父だったひとは、困り顔をしながら。
自分の妻を差し招いて、オレとふたりだけにしてくれる。
隣の部屋でハラハラしている男の耳に届くように。
女に呻きをあげさせるため、スカートの奥に熱いものを吐き出してゆく。
妹だった少女は。
制服姿のまま、俯いていて。
オレの訪れを、待ち構えている。
たたみに組み伏せる快感。
恥ずかしげに閉じた瞼のいとおしさ。
薄い皮膚に、すうっと牙を通していって。
うら若い血潮に、ひたすら酔い痴れる。
辱めないのは。処女の血を吸いたいからなんだぞ。
少女は涙ぐみながら。
オレに破かれたストッキングを脱いで、むき出しの太ももをさらしてくる。
お兄ちゃんなら・・・なにをしてもいいんだよ・・・
無垢なことばに、かつてのぬくもりをフッと取り戻す。
いや、いや。そんなことではない。
お前たちから摂った血が、体じゅうにまわって、ちょっと心地よくなっただけなのさ。

みすみす・・・

2007年03月26日(Mon) 08:00:49

はじめに
すこーし、ほらーたっちです。^^


ぼうっとなった視界のむこうには、いつも見慣れた墓村のウッソリとした冴えない顔があった。
あぁ、オレはこいつに、血を吸われたのか・・・
今ハッキリと意識できることは、ただそれだけ。
夜道で出遭ったあいつは、いつも以上に蒼白い顔つきで迫ってきて。
やおら組みつくなり、ミチオの首筋をがりり・・・と噛んできたのだった。
墓村の後ろから顔をつき出したのは。
村のおさと言われる老婆だった。
薄汚く着古した着物の帯びや襟元には。
誰のものとも知れない、幾人ぶんかの血のりが、どす黒いシミになって散っていた。
ククク・・・
無言で口許をぬぐった墓村のかわりに。老婆は、いとも愉しげに。
これでお前ぇも、奴隷じゃの。
毎晩この刻限に。このあたりを通ることじゃな。
たちのわるい含み笑いとともに、逆らうことのできない囁きを口にしたものだ。

それから幾晩となく。
ミチオは夜道を帰っていった。
仕事がはやく引けても。どこかでそれとなく時間をつぶしては、あたりが暗くなるのを待っていた。
彼が屍鬼に身を落としたのは、それからひと月経った頃だった。


屍鬼のあいだでは。
家族を襲うことが、なかば奨励されていた。
身内の血は、体によくなじむものとされていたうえに。
なによりも、襲いやすい・・・
でも、それ以上に。
せつじつに血を欲する体は、家族の情愛のなかに、いつか血への渇望を織り交ぜてゆくものらしかった。
妻や娘を呼び出して、平気で牙にかけてゆく男たち。
制止しようとする父親を尻目に、母親に襲いかかる息子たち。
それでも妻たち娘たちは。申し合わせたように、着飾って。
夜道をいそいそと、出かけてゆく。
息子を制止しようとする父親も、愛する息子の狂態に憐れをもよおして。
父親みずから、妻が痛がらないようにと、手を貸して。
永年連れ添った妻の肌を、血に飢えた牙にさらさせてしまうのだった。

ミチオは、家族を襲うことを拒んだ。
とても、できたものではない。
いちじの渇きのために。愛する家族を、牙にかけるなど・・・
けんめいになって、そうした誘惑を振り切ろうとしていた。
こまったやつだな。
墓村は、若くして禿げあがった頭を、ほんとうに困ったように振りながら。
でも、血はいるんだろう?
あいかわらず、いままでとおなじように。
冴えない顔を、おずおずと親友に向けている。
じゃあ、ついてお出で。
墓村は、いかにも気が進まない、という態度で。
連れ出したのは、彼の家だった。
あまりにもひっそりとしていたので。人がいる、とは思えなかったけれど。
居間の籐椅子に、影のようにもたれていたのは、初老の女。
お袋だ。
見なよ・・・というように。
墓村は、放心したようにあらぬかたを見つめている母親の、首のつけ根を指さした。
赤黒い痕がふたつ、綺麗に並んでいる。
だれがやったんだ?
婆さんだよ。
法事に出かけたときに、遅くなってね。
黒のストッキングの脚に、ついムラムラときたんだと。
押し倒されて、うなじまで噛まれてしまえば。
魂はもう、あっち側だもんな。
ひところは、毎晩のように、忍んできて。
お袋のやつ、いつも小娘みたいにはしゃいでは、おめかしなんかしちゃって。
真っ白なブラウス、真っ赤になるまで。
おろしたてのストッキング、ちりちりになるまで。
嬉しそうに、相手してたもんな。
血が若かった頃は。それこそ毎晩だったのだよ。
今でも・・・彼女の傷口は、乾いてはいなかった。
オレがしているのさ。
血を分けてくれた、お袋だもんな。あさましいと言われるだろうが・・・旨かった。
「旨かった」といって、心地よげに口許を撫でる指を。
ミチオは怖ろしそうに見守るばかり。
そう、怖がるなよ。
墓村は、なおもつづけた。
宏海、ヒロミ・・・
声に招ばれて現れたのは、墓村の弟だった。
齢が、はなれている。
墓村はもう四十がらみだったのに。弟のほうは、まだはたちになっていなかった。
まるで子どものように、白の半ズボンにおなじ色のハイソックス。
女の子の履くストッキングみたいに薄手のハイソックスは、しなやかな筋肉を浮き彫りにしている。
もしかすると、ほんとうに女ものなのかもしれない。
ふらふらとした立ち居振る舞いは、いまのミチオとそっくりだった。
オレが、屍鬼にしてしまったんだ。
ぼそりと呟く声に、いつか頷いているミチオ。
でもな、まだ血は残っているんだぜ?お前にやるよ。
時々、吸ってやってくれ。
言うなり、すぅっ・・・と。墓村の姿は煙のように消えてしまっている。
代わりに、彼の弟が。
兄とは似ていない高貴な目鼻立ちに白痴のような笑みを滲ませながら、にじり寄ってきた。
さいしょは、太ももがいいですね。
首筋は、噛みそこねたら怖いですから。
だいじょうぶですよ。痛さには、慣れていますから・・・
どこからでも、どうぞ。
兄は長い靴下が好きなので・・・ハイソックスの上から噛んじゃったりするんですが。
そうしていただいても、いいんですよ?
十代の青年の太ももは、ひどく生気をみなぎらせて、ツヤツヤと異様に輝いていた。


間歇的にわきあがる、ほてるような渇きを、ミチオはけんめいに耐えている。
傍らには、意地悪くほくそ笑む老婆。
やつとしては、じゅうぶんに好意を示しているのだろう。
さっきからなだめるように、わななく彼の腕をたんねんに撫でさすりつづけている。
圧しつけられる掌に、不思議な力がこもっていて。
触れられるたび。ミチオの皮膚にえもいわれない妖しい疼きがしみ込んでくる。
さぁ、家の鍵をあけるのだ。いつもしているとおりに・・・な。
ニタニタ笑う老婆は、それ以上を語ろうとしないのだが。
「いつものとおり」にはならない何かを期待しているのが。
にやついた口辺に、ありありと滲んでいる。
ミチオにはわかっていた。
半吸血鬼に堕ちたこの身が、顔をあわせたさいしょの一人の血を、露骨なまでに欲することを。

いや、いや。できない。
ミチオは激しくかたくなに、かぶりを振りつづける。
開けよ。開けよ。ひと晩じゅうここで震えておるつもりかや?
老婆はゼイゼイと咳き込みながら。
お芝居の幕が開くのを待ちかねた子どものように、せがみつづける。
押し問答を断ち切ったのは、墓村だった。
傍らからグッと身を乗り出して。
鍵、貸しなよ。家族を牙にかけるんは、どうしても気が引けるものだよな。
わかったふうなことを、呟いている。
ククク・・・
老婆は墓村にも、嘲り笑いを洩らしてゆく。
そなたの母ごも、そうやって。妾(わらわ)に譲りたもうたのじゃったのう。
墓村は照れたようにそっぽを向くと、ミチオのほうに向き直り、グイ・・・と手を伸ばしてきた。
震える手が、すべての意思と理性に逆らって。
鍵を、悪友に手渡している。

すまねぇ・・・な。
墓村はいつもの無表情な面差しに、同情と逡巡をみせた。
わしがうまく、やってやる。恩返しだ。
いつもお前ぇ、独りぼっちのわしを、助けてくれたもんな。
さいごの語調は、どこかしみじみとしていた。
まだしも、やつにさせたほうがましだ。
これ以上拒んだら。
あの老婆が情け容赦なく、ミチオの家族をいたぶるのだから。
まだ若々しい妻に、女学生の娘。
白い顔がふたつ、脳裏をよぎった。
生えかけた自分の牙を家族の素肌に滲ませるのは。
まだ半分は残っている理性が、許そうとはしなかった。
開いたドアの向こう側に墓村が姿を消すと。
背後からにじり寄ってきた老婆に、グッと強く肩をつかまれた。

よぅく覧るがよい。
あの憎らしい老婆は、よくもほざいたものだった。
みすみす、目の当たりにさせられていた。
墓村が、怯えるミチオの女房を捕まえて。
かさかさの唇を、首筋に吸いつけてゆくのを。
ウッソリと立ちはだかった四十男は。
髪を後ろにきちんと束ねた妻の頭を捕まえると。
ぐいっ・・・と思い切り、片方にかしげていって。
スキのできたうなじのあたりに、若くして禿げあがった頭を埋めるようにして。
まだ若さを宿した素肌に、かさかさの唇を押しつけてゆく。
何度となく、撫でるようにして。
すり寄せていった唇は。
いつか妻の柔らかい皮膚を破っていて。
ズズズ・・・と、生々しい吸血の音を洩らしはじめている。
あぁ。オレの女房が。
みすみすあいつに、血を吸い取られてゆく。
ごく、ごく、ごく、ごく・・・
喉のひと鳴りごとに。
迫るような実感とともに。
妻の体内からは、刻一刻、血潮が抜き取られてゆく
荒々しい渇きを、そのままぶっつけるようにして。
墓村は、なまの欲情をむき出しに、妻に迫っていった。
いいのだろうか?このままで、いいのだろうか?
とろ火にさいなまれるように。
ミチオは声もなく、悶えていた。
怖ろしい深淵に引きずり込まれてゆくような気分だった。
墓村の喉が、露骨な音をたてて鳴るたびに。
まるで自分自身がそうされてしまうかのような、恐怖を帯びた無力感。
屈辱・・・というよりも。
夫婦ながら、虚無の世界に引きずり込まれてゆく引力に身をゆだねてしまうと。
えもいわれない、不思議な快感が、それに取って代わりはじめていた。
帰属感、とでもいうのだろうか。
あぁ、妻の血も。オレとおなじように、されてゆく。
乾いた喉を、暖めて。柔らかく潤し、充たしてゆく。
赤黒くなま暖かい、うら若い生命力を秘めた液体が。
この男を、充たしてゆく。
いつかミチオは、妻が血を吸われてゆくありさまを。
愉しみはじめていた。
底知れぬ深い闇に散ってゆく、暖かくうら若い妻の血潮・・・

ええか、あすの晩も来るからな。
墓村はミチオの妻の両肩を抱いて。耳もとに口を近寄せて。
脅すように、呟くと。
ミチオは妻が、ゆっくりと頷くのを目にしていた。
妻がふらふらとした足取りで、奥に引っ込むと。
墓村はぶらりと自堕落に腕を振りながら、こちらへと戻ってきた。
収まらない息遣いと、ゆるく上下する両肩に、むさぼった余韻がまだ残っている。
口許に付着しているのは、まぎれもない妻の生き血。
それをこともなげに、ぬぐい取ると。
すまねぇな。悪く思うなよ。
さすがに、後ろめたそうに。いつもの小心で卑屈な男に戻っている。
・・・旨かったのか?
おそるおそる、訊いてみた。
あぁ。
はっきりとした頷きが、つよい肯定を秘めている。
奥さん・・・若ぇな。
ためらいがちに洩らされた声色が、まだ去りやまない欲情に震えている。
傍らを見返ると、老婆がキッと睨みあげてきた。
なんとか声、かけてやれ。
急きたてるように、あごをしゃくっている。
目線を迷わせながら。
口に合って、なによりだったね。
冷ややかすぎる言葉を、選びながらも。
かすかにわななく唇は。意思を喪いかけていて。
どす黒く渦巻きはじめたものを、そのまま吐露してしまっていた。
ドキドキしちまった。こんど逢うときも。見せてもらっていいよね?


街のど真ん中にある、バーの一角は。
軽いダンスを楽しめるスペースがしつらえられていた。
激しく鳴り響く、無機質なリズムに。
一対の男女が、身を任せるように乗っている。
後ろに束ねた黒髪を、ムチのように振るいながら。
こんな激しい踊りに身をゆだねるのは、なん年ぶりだろう?
ミチオの妻の淑恵は、息をせりあげながら。
なおも踊りに、没頭する。
パートナーは、墓村。
いつも目だたない、卑屈な感じのする男だった。
決して好ましい印象を持たなかったが。
夫はなぜか、いつも彼には優しく接していて。
知らず知らず面識を深めるうちに。
若いのに禿げあがった貧相な外見とは裏腹の、詩人のように繊細な心の持ち主であることがわかってきた。
さえない外見には、不似合いに。
墓村の踏むステップは、確かなものだった。
見た目をきわだたせようなどとは、ちっともしていないのに。
洗練された身のこなしは、まるで別人だったのだ。
誘われるままくぐった、けばけばしい闇に包まれた店。
人妻の身分も忘れて、淑恵は狂ったように踊りに身をまかせ、
まだ若さを秘めた血潮を、燃やしはじめていた。

お店のいちばん奥の席にうずくまる、影ふたつ。
老婆とミチオだった。
妻はどうして、オレに気がつかないのだろう?
ひとすじに束ねた長い黒髪を、しなやかなムチのように振るいながら。
あれほど激しく、踊っているというのに。
似合い・・・じゃの?
たたみかけるような老婆の囁きに。
忌々しそうに、頷いていた。
息が合っている。
認めざるを得なかった。
きっと、それは。
夕べ。血を啜られたときに生じた結合なのだろう。
たんに血液を摂られた・・・というだけではなくて。
心の奥底に潜むもっと大切ななにかを、いっしょに吸い取られてしまっていたのだろう。
体の奥を深く抉るような熱い塊が。じりじりとはらわたを焦がしてゆく。
苦い。苦い。けれども、甘い・・・
吸いつけない煙草を床に叩きつけ、踏みにじっていた。

店の裏手は、楽屋裏のように散らかっていて。
疲れきったように、冴えない色の壁に囲われていた。
ななめにデンと据えられたソファの背中ごし。
うごめく気配が、こちらまで伝わってくる。
う・・・ん。うぅ・・・んっ。
声の主は、まぎれもない妻のはずなのに。
別人のような媚びは、耳にするだけだと、とても妻のものとは思えない。
ついど聞いたことのない、妖しい声色だった。
血を吸われているというのに・・・
どうしてあんな、切なげなうめきを洩らすのだろう?
オレの血をむさぼったとき。
墓村が滲ませてきた牙は、かすかな疼きを伝えてきて。
それはじゅうぶんに理性を奪い取るほどの快感だったけれども。
異性であるがゆえに生じる切迫感のようなものは、そこにはなかったはずだった。
来い。
老婆が、手を引いた。
しかし。
だいじょうぶ。夢中になっておるわ。お前ぇのことなど眼中になかろうよ。
老婆はざんこくなことを口にすると、理性を奪われた男の手を、さらに強く引いている。

おそるおそる、ソファの正面に目線をあげると。
思い描いたとおり、ふたつの体が悩ましく絡み合っている。
墓村と、妻。
およそ不似合いなカップルだった。
墓村のやつは、はやくもズボンをおろしていた。
カジュアルなシャツは、なん日洗っていないのだろう?
いっぽう妻は、まばゆいほどに着飾っていた。
あいつのために・・・装っている。
あらぬ嫉妬が、抑えようとした感情に、無情にも焔で包む。
なにかを弔うかのような、黒一色のスーツの下。
フェミニンな柄の純白のブラウスが、生々しいほど映えていた。

妻はブラウスの襟首をはだけていて、
胸元にこぼれる白い肌を、飢えた唇に惜しげもなくさらしている。
まさぐりを受けてくしゃくしゃになりかけたスリップは。
ついぞ目にしたことのない、妖しげなレエスもように縁取られていた。
そういえば。
いつもパートに出るときに履いているストッキングは、
あんなつややかな光沢をよぎらせていただろうか?
それも、地味な肌色ではなく、発色のよいツヤツヤと輝く黒。
墓村は妻のスカートをめくりあげ、妻の太ももをさらけ出すと。
白い肌を妖しく滲ませる薄手のナイロンのうえから、
噛みつくようにして、唇をあててゆく。
もはや、血を獲るためだけの行為ではなかった。
それを妻は、もはやなんの抗いもみせないで、従順にしたがってゆく。
あぁ。
焔に包まれたように。
強い酒にあてられたように。
ミチオは頬をほてらせ、じりじりと焦がれてゆく。
肩越しに腕を回した老婆の手が制止をくわえなかったなら。
そのまま、ソファのなかに踊り込んでいったかもしれなかった。

きょうは、ここまでだ。もうじき旦那が帰ってくるんだろう?
墓村が囁くと。女はかろうじて、理性を立ち返らせていた。
ありがとう。ガマンしてくれて。
なにを言っているんだ?なにをガマンしたというんだ?
たしかに、交合そのものには、いたらかなった。
屍鬼といえども、精のほとびは秘めている。
どれほど、そそぎ込みたかったことか・・・
わが身を思っても。墓村が自分の妻に寄せる欲情が、身に沁みるほど実感できる。
けれども彼は、とにもかくにも。妻を冒そうとはしなかった。
ガマンしてくれているというのか?
だが。
ミチオは、聞かないほうがよかったことまで、耳にするはめになる。
みじかく、声を忍ばせて。
妻は囁いたのだった。
するときは、夫のまえでして・・・


数週間が過ぎた。
夜更けだというのに。
家のどの部屋にも、灯りがこうこうとともっている。
勉強部屋の畳のうえ。
老婆が組み敷いているのは、娘の初子。
紺の制服姿に、初々しい白い肌が輝くように映えている。
老婆はほつれたおくれ毛が、きっちりとのりのきいたブラウスに投げかけられている。
少女はおとがいを仰のけて。
無表情にかえって、白いうなじを咬ませている。
キュウキュウ・・・キュウキュウ・・・
人をこばかにしたような、吸血の音。
うへへ・・・えへへぇ・・・
息をつぐたびに洩らされる随喜のうめきに、さすがにちょっと眉をしかめながらも。
少女は老婆の飲血を、拒もうとはしていない。
ひざ下からずり落ちかけた白のハイソックスには、赤黒い血のりがべっとりと輝いている。
咬ませて、ぞんぶんに愉しませてしまっていたらしい。
隣室では、妻が。
墓村と、契っていた。
いつまでも独身だった墓村は。
夫どうよう、優しく接してくれた淑恵に。
はかない好意を寄せていたらしい。
もはやミチオも、ふたりの仲をとがめようとはしていない。
綺麗に犯してやってくれよな。
そんなことを口にしながら。
貞淑だった妻を、凌辱してくれとせがんでいた。
女たちの血は、きみに進呈するよ。
やっぱりオレは、自分の家族の血は吸えないからね。
ミチオは立ち上がった。
血を吸われゆく、妻と娘とを残して。
行く先は、墓村の家。
彼の弟は、整った顔だちに、あのほうけたような微笑を浮かべて。
ミチオのことを待ちわびているはずだった。
おじさん、太ももが好きなんだね。
こんどは母さんのストッキング、履いてやろうか?
くすっ、と洩らされたイタズラっぽい笑みが。
ふしぎにミチオを捕らえて話さなかった。


あとがき
なんなんでしょうねぇ。(^^ゞ
やたらと、長くなってしまいました。
昔描いたヤツを見直していたら。
屍鬼のお話で、家族を襲うに忍びなかった男が、ナカマに妻を狙われて。
血を吸い取られてゆくのを、みすみす指をくわえて眺めているというくだりがでてきまして。
直接のヒントは、それなんですね。(笑)
で、冴えない風貌の知人に血を吸われてゆく妻を嫉妬しながら見守る夫、をテーマに描こうと思っただけなんですが。
そうするとこんどは、飢えた夫の相手が要りようになりまして。(笑)
それで、墓村の母と弟が登場したんです。
わざわざそこまで出さなくても、よかったはずなのですが。
ここでは描ききれなかったのですが。
この弟さん、じつは墓村が母と過ちをおかしたときにできた子という設定がありまして。
いつかそのへんのことも(気が向いたら)描いてみるかも・・・です。

吸うべきか 吸わざるべきか

2007年03月09日(Fri) 07:57:45

あなたの血を、もらいに来たのだよ。
夜更け、ママに迫った吸血鬼は。
蒼ざめた顔をして、襟元をかき合わせるスーツ姿を追い詰めながら。
ごくおだやかに、想いを告げる。
ママが怯えた顔をしているのは。
彼につれられたボクが、いまではすっかり肌を蒼くしてしまっていたから。
きっと、このひとは。
自分の息子の血が身体じゅうからなくなり果てるまで。
ほんの幾晩かで、尽くしてしまったはず。
そうである以上は。
その母親の血をねだるとき。
きっと、おなじように尽くしてしまうはず。
父が早くいなくなったあと。
母とふたり、ひっそりと暮らしてきたのだけれど。
いなくなったはずのボクを弔うためにまとった黒の喪服さえ。
彼の目には、誘いの装いとしか映らなかったようだった。
スカートのすそから覗く、薄い黒の靴下に包まれたふくらはぎを。
彼は、とてもいとおしそうに、撫でさすって。
我が物顔に、後ろから抱きすくめるようにして。おもむろに・・・
ママのうなじを、吸っていた。
きゅうっ・・・きゅうっ・・・きゅううっ・・・
血を吸い上げる音が、規則正しくあがるたび。
キュッとしかめた顔を、いっそう引きつらせて。
ママは顔を蒼ざめさせてゆく。

そんな夜を、幾晩過ごしたことか。
肌の色を、だんだんとボクとおなじ蒼さに染めはじめたママは。
あなたは、吸わないの?
幾度となく、ボクのほうを気遣わしげに、かえりみる。
あなただって、血が欲しいんでしょう?
彼に禁じられたわけではない。
血を獲たいという、衝き上げるような衝動を、覚えなかったわけでもない。
けれども、透き通るように輝くママの素肌は。
じぶんでは、決して侵してはならないもの。
彼がママに取りつくようにして。
黒のストッキングにきわだったふくらはぎを、いたぶり冒して。
真珠のネックレスでふちどったうなじを、ねぶるように抉っていったとしても。
ボクはただ・・・視ている快楽に酔い痴れるだけ。
お願いです。さいごの一滴だけでも・・・あの子にあげたい。
ボクの前、庭先で組み敷かれたママが、すすり泣くようなうめきを洩らしたとき。
はじめて彼は、ボクのほうをふり返って。
味わってみるかね?
うつろな眼をして、呟きかける。
とっさにかぶりを振ったボクだったけれど。
いつの間にか、彼の猿臂に背中を包まれていて。
目のまえに迫った象牙色の皮膚に、生えそめた牙を圧しつけてしまっていた。
稚拙な噛みかたは、ママにとって苦痛だったろうけれど。
ママは痛がるふうなどすこしも見せないで。
ホッとしたように、肌を和らげて。
幼な子だったころのボクを抱きしめるようにして。
残りをぜんぶ、あなたにあげる。
うっとりとした声が、ボクを甘く包んでいる。

透き通るほど輝いた月の下。
きょうもママは、黒の喪服に身を包んで。
黒のストッキングを履いた脚を、ボクのまえに差し伸べてくれる。
彼がママの肩先にすがるようにして。食いつこうとするのを。
ママは苦笑いしながらも、受け入れていって。
黒のジャケットを、薔薇色のコサアジュで飾ってゆく。
とうとう死なせることは、できなかったね。
ふつうならあそこで、ぜんぶ吸い取ってしまうものなのに。
彼は揶揄するような口ぶりだったけれど。
偽らざる賞賛がこめられているのを、血を吸うものも、吸われるものも、感じ取っていた。

生き延びさせてくれた、ご褒美よ。
ママが、うっとりとなった目を、背後に泳がせると。
応じるように現れたのは、年頃の娘。
再婚相手の、連れ子の娘さんよ。
妹だと思って、仲良くしてね。
ボクと同じ年恰好の少女は、白のセーラー服姿。
濃紺のスカートの下からのぞくふくらはぎを、
ママとおなじ、薄墨色に輝かせて。
小首をかしげて、ボクのことを面白そうに見つめていた。
制服の襟元から覗く白い肌は、とてもおいしそうにふっくらとしていて。
ボクはつい思わず、ふらふらと。
彼女のほうへと影を重ねてゆく。
新しい獲物に、彼は物分りよく、にやりとしながら。
今夜は母さんのこと、独り占めさせてもらうよ。私は熟女の香りが好みなのでね。
そういうと、うつむきがちに応じてゆくママのことを、丈のある草陰へと引き込んでゆく。
互いにこと果てたあと。
素敵な彼女だね。今度貸してもらおうか?
イタズラっぽくほほ笑む彼の後ろで、ママは照れくさそうに、スーツの着崩れを直している。
腕のなかにいる恋人は。すっかりボクの術中にはまってしまって。
お兄さまに血を差し上げるのが、わたしのつとめ・・・
かわいい唇で、繰り言のように呟きながら。あらぬかたに目線をさ迷わせていた。

ぶるるるるん・・・
今夜も闇に響き渡る、車のエンジン音。
運転席をおりた、見知らぬ男性は。
車のフロントを横切って、助手席の主を引き出した。
後ろの座席からは、娘くらいの年恰好の少女が、じぶんでドアを開いている。
気がかりなのでね。送り迎えをさせてもらうよ。
男性は、彼とボクとを等分に見比べると。
きみは、母さん似なんだね。
そういって、ボクに笑いかけてくれた。
母をよろしく、お願いします。
毎晩ママのことを犯している男に。
ボクはとてもにこやかに振舞っていた。
ママのお婿さんも。ボクと同じくらいからりとした笑みをみせて。
娘のことを、よろしくね。
さぞかし気がかりだっただろうのに。
いったん抱き寄せたセーラー服姿を、ボクのほうへと背中を押した。
かわいいボクの妹は。
父親のまえ、ちょっとはにかむようにうつむいたけれど。
やがていつものように、おさげにした長い髪の毛をほどいて。
月明かりに、うなじの白さを映しだしてゆく。
ママはとっくに、彼の腕の中。
悩ましい吐息に包まれるママの姿に、ママのお婿さんはちょっと眩しそうだった。
黒一色だったスーツは、いまでは明るいピンクになっていて。
それでもストッキングの色だけは、変えていない。
ピンクに黒。なかなかだね。
彼は揶揄するように、ご主人をからかいながら。
ママのスカートを、ずり上げてゆく。
どちらが脱がせるの、早いかな?
彼が投げてくるいたずらっぽい目線と。
お父さんが投げてくる、困ったような目線とを。
ボクはくすぐったく、受け流して。
恥らう妹の腰周りから、制服のスカートをはぎ取っていった。

カップリング

2007年02月18日(Sun) 07:15:23

吸血鬼が男を襲うとき。
ほんとうの目当ては、彼らの妻や、母親や、娘だったりするという。

夜明けにはまだ刻がありそうだった。
その若い男と、年配の男とは。
よろめくようにして。手を取り合って。
墓地の通用口に間近かな、一軒の家を目ざしていた。
かすかな灯りのともる家は、墓守りの家。
目ざめた屍鬼たちを迎えるため。
墓守りの妻は、ひとり正装に身を整えて。
冴えた目をして、待ち受けているという。

薄い靴下を履いた男の脚が。廊下をかすかに、きしませる。
障子の向こうから、かすかなうめき声が洩れるのを耳にすると。
やはり・・・な。
声にならない呟きを漂わせて。
そのまま、妻の寝室を素通りしてゆく。
屍鬼が、よみがえる夜。
心優しい墓守りは。
ひと刻彼らの飢えた欲望に、最愛の妻をゆだねるという。

お気が済まれましたか?
しずかな声色は、乱れた息を気ぶりにさえ交えずに。
ひっそりとした目線とともに、男たちにねぎらいを与えている。
恐れ入りました。
いま目のまえで着衣を乱している、かわるがわる犯した人妻に。
男どもは、鄭重に頭を垂れた。
お招きしてありますのよ。
なんのことだろう?
音もなく開かれたふすまの向こうには。くろぐろとした闇が広がっていたが。
闇に解けていたふたつの影が、にわかに動きをあらわにして。
顔を見合わせる男たちのまえ、うずくまるように。
さっき男たちがみせたのとおなじくらい鄭重な礼をおくってきた。

ああ。
そのせつは・・・
男どもが慇懃に挨拶をかえしたのは。
それぞれのまえにうずくまる影たちが。
かれらの血を一滴あまさず吸い尽くしたものだと察したからだ。
私どもの血は、お役にたちましたかな?
年配の男のほうが。唇に、笑みさえ含んで。慇懃に尋ねている。
働き盛りの血と。
ひとりが、つぶやくと。
まだまだ、若々しい血。
もうひとりが、それに和した。
ぞんぶんに、たんのうさせていただいた。
男たちは、ふたたび鄭重に、頭を垂れている。
もう、お察しのことと思うが。
ほんとうの目当ては・・・ね。
男たちは、ちょっとだけ顔を見合わせて。
それでも。わかっていますよ・・・というように。
苦笑をもって報いている。
おわかりのようですな。そう。ほんとうのお目当ては、ご婦人がただったのですよ。
若いほうを、指差して。
あなたのお母上と、妹ご。
年配のほうに、笑みかけて。
あなたのご妻女と、ご令嬢。
ご令嬢・・・という言葉に。あっ・・・とうめいたのは。
意外にも。若いほうの男だった。
春に、祝言を挙げることになっているのです。
そうですか。
影は、息ひとつ乱さずに。
おめでとう。
ひと言そういって、青年を祝福した。

どこまで・・・すすまれたのでしょう?
いちばん気になっていたことを、おそるおそる訊ねる青年に。
だいじょうぶ。処女はまだ、きみのためにとってあるよ。
青年の前の影が、親しげにつぶやいた。
親しさのなかに、感じられるのは。
彼とおなじ血をその身に宿すものを。
ふたりも牙にかけたからなのだろう。
母ごも、妹ごも。たいそう美味であった。
あぁ・・・
青年は、さっき洩らしたのと、負けず劣らず深い吐息を洩らしている。

あの・・・妻は。ふつつかではありませんでしたでしょうか。
失礼。奥様だけは。ご主人になり代わって。
さいごまで、遂げてしまったのですよ。
奥様は、ご立派に振舞われました。
ああ・・・
妻の貞操が喪われたことを告げられて。
男は白髪まじりのじぶんの髪をつかんで、一瞬悶えるように天を仰いだ。
ご立派に振舞われました。
どういう態度をもって、ご立派というのであろうか。
気丈に耐えたのか。放恣に乱れ果てたのか。
あらぬ憶測が脳裏によぎり、飛び交った。
けれどもさすがに年配らしく。
すぐに、落ち着きを取り戻して。
そちらのほうも・・・愉しんでいただけましたか?
かえって穏やかに。妻を犯したものの感興を求めていた。
あなたに、似合いのカップルだとお褒めいただけるのを・・・楽しみにお待ちしていたのですよ。
思い切り扇情的な応えを。
男はすでに、余裕たっぷりに受け入れている。

母娘ながら。かわるがわる、むさぼられて。
闇のなか。密やかな音をたてて啜られた、ふた色の血。
おなじ香りを、熱情のこもった血潮に秘めて。
さいしょのうちは、母は娘を守ろうとし、娘は母をかばおうとした。
けれどもやがて。
なにかが女たちを目ざめさせると。
こんどはちがう情熱が、互いに先を争わせていた。
さいごには。
これからは、大人の時間ですよ。
母親たちは、年頃の娘たちに、言い含めるようにして。
吸血鬼とふたり、寝所に姿を消したという。

お嬢様がたの純潔を・・・あきらめる気にはなれません。
影どもは、むざんな宣告を青年にくだしている。
妹も、婚約者までも。
べつべつの吸血鬼に、ふたりながら処女を奪われてしまう。
忌まわしい運命に。
けれども青年の唇に浮いたかすかな笑みは、すでに妖しささえよぎらせている。
わたしのために、取っておかれた・・・というのは。
つまり、そういうことなのですね?
犯すことが、許されぬなら。
せめて、いちぶしじゅうを見届けるほうが、良いと思わないかね?
花嫁の処女喪失シーンなど・・・そうそうおがめるものではないからね。
うふふ・・・ふふ。
含み笑いを交し合う異形の影が、四つ。
舅となる男は、未来の娘婿の肩を小突くようにして。
妻のところも、見届けたかったよ。
ゆがんだ口許に漂う笑みは、しんそこ羨ましそうだった。


あとがき
襲われた二組の母娘。
ひと組は、父親を。ひと組は、跡取り息子を。
まず、拉し去られたうえで。
思いを遂げに訪れた影たちのまえ、喪服の胸を開いていきました。
我が家でくり広げられたであろう、淫らな恋絵巻を。
目ざめた父親や花婿も、口々に祝福して、影たちと和解をします。
こんどは彼らが、ご近所の人妻や娘たちを狙う番でしょうか?

しずかな訪問者たち

2007年01月03日(Wed) 07:10:36

酔ってしまったようだね。
わたしのうえにおおいかぶさっていた影は。
いたわるように呟くと。
スッとおもむろに、わたしのうえから身を起こして。
つぎなる獲物を求めてゆく。
向かったのは、母の寝室。
まだ若さを失わない、母の素肌に。
今しがた、わたしの首筋に埋めた牙を、突き立ててしまおうというのだね?
すまないね。
きみのご一家の血が、たいそう口に合ってしまったのだよ。
かれのひと言に、理性が麻痺して。
マゾヒスティックな歓びが、全身を通りすぎる一瞬。

べつの方角から聞えてくるのは。
妻の生き血を啜られる音。
家に侵入してきた、べつの屍鬼が。
どうやら妻を、襲っているらしい。
襲う。といっても。
多くの場合。襲われる本人が、薄っすらと含み笑いを浮かべながら。
相手を部屋に引き入れたりもしているのだが。

妻が仕えるのは、村の顔役を務める三代の父子。
さいしょに襲ったのは、白髪頭の長老。
若々しい血がすっかりお気に召したものか、
ふたたび現れたときには、まだ十代の孫を連れてきた。
子供に襲われる。
そんな趣向に、頬をスリリングに輝かせながら。
妻はわざわざ大人びた衣裳を装って、少年の相手をしていた。
いま抱かれているのは。長老の息子。少年の父。
わたしより年上のかれもまた、妻の若さに魅せられてさ迷い出てきたのだという。
すまないね。若い血をいただくよ。
渇望を秘めた熱っぽい囁きに、理性を喪ったわたしは、酔ったように頷き返している。
夫婦のベッドのうえ、あたかも不倫を愉しむ如く。
妻は夫ならぬ身と肌を交わしあい、
ロマンスグレーの逞しい身体に組み敷かれて。
朱唇を歪め、歓喜の電流に全身を貫かれている。

襲うものたちは、みないちように。
影を忍ばせて。音を忍ばせて。
着飾った衣裳のうえ、まといつくように身をすり寄せて。
家族の女たちの血潮を、ひと口またひと口・・・と。
愛でるがごとく、啜り取ってゆく。
柔らかに、忍びやかに。やさしげに。酔わせるがごとく。
すべてを奪い尽くさんばかりにして、
素肌のうえ、しつような接吻を這わせながら。

固く抱きすくめてくる腕のなか。
母も。妻も。妹も。
忘我の境地に身も心も浸しながら、しばしの愛悦に耽り。
わたしも酔いを全身に行き渡らせて、
妖しい愉悦に胸を焦がし狂わせながら、かいま見つづけてしまっている。

兄嫁

2006年09月10日(Sun) 15:27:28

ここは母屋からすこし離れた、納屋のなか。
傾きかけた満月の光は、奥のほうまで差し込んでくる。
月明かりに包まれているのは、黒の礼服に身をやつした女。
洗練された都会風のデザインに、侵しがたい気品を漂わせて。
さすがに男は長いこと、ためらっていたけれど。
突き上げる欲求には、逆らえなかったらしい。
わずかな身じろぎに男の意図を察すると、
女は諦めたように目を瞑り、着飾ったその身を惜しげもなく藁のうえに横たえた。

甘えるように・・・
女の肩にしがみついて。
シフォンに透けた細い二の腕は、蒼白い艶を妖しく放っている。
なおも甘えるように。すがりつくようにして。
差し出された白いうなじに、むき出された牙が縫いつけるように埋め込まれる。
ア・・・
女は軽く、おとがいを仰のけて。
かすかにその身をしならせる。
じゅっ。くちゅう・・・っ。
生々しい吸血の音に怯えながらも。
早くも毒液に酔わされはじめて・・・
女はいつか、わが身をゆだねきっている。

ひとしきり、血を吸い取ると。
男はまだ童顔ののこる頬に愉悦を滲ませながら。
「義姉さん・・・」
と、相手の女を呼んでいた。
「雅恵・・・って呼んでも、よろしいんですよ」
もう夫のいない身ですから。
女は寂しそうに、つけ加える。
「カズヒコさんのことも、貴方の仕業なの?」
軽い詰問口調に、男はひどくうろたえたらしい。
「違う!決して・・・兄さんをやったりはしない」
強く否定はしたけれど。
「こういうことになるのなら。できれば僕の手で吸ってあげたかった」
心から敬愛していた兄のカズヒコは、彼が墓のなかにいるうちに、
誰かに吸い尽くされて、生命を落としていた。
「でも・・・義姉さんがおなじ目に遭うのは・・・たまらなかったんだ」
30過ぎても浮いた話ひとつなく、独身を通していた彼。
「義姉さんのことがどうしても気になって・・・忘れられなくって。
 それでとうとうこの齢さ」
さいごのひと言にこめられた自嘲は、義姉の耳に届いたのだろうか。
「ごめんなさい」
言葉を途切らせ、口ごもりながら。
真情を告げられて。
女はただ、謝罪を口にするしかなかった。

「体のなかが、燃えてきたわ」
雅恵は両腕で、わが身をかき抱くようにしながら囁いた。
牙に含まれた毒が、雅恵を蝕みはじめている。
「さぁ・・・もぅお好きになさってください」
女は自分から、ブラウスの胸を引き締めていたリボンをほどき始めている。

あぁ・・・あぁ・・・
うう・・・ん。ひ・・・っ。
切れ切れに洩れてくる、ふた色の呻き。
呼び交わし応え合う二重唱は、甘美な調べとなって狭い空間に満ちていた。
がさがさという藁くずの耳ざわりな伴奏も、ふたりの気を散らすことはなかった。
初めてひとつになった、一対の男女。
今夜がさいしょだったらしい男の、ぎこちなかった動きも、
やがてかすかなもだえを見せる女の肢体にしなやかに重なり合ってゆき、陶酔のままに刻が過ぎようとしていた。

おいっ!
納屋の外から届いた時ならぬ声に、ふたりはビクッと身をすくませた。
見咎められた・・・というだけならば。
相手によっては開き直って襲ってしまうほどの力を、少なくとも男のほうは持ち合わせていたのだが。
なによりも聞き覚えのあるその声色は、ただそれだけで二人を畏怖させてしまっている。
なぜならそれは、ふたりが敬愛し慕っていた兄そのひとのものだったから。
「雅恵に・・・お前、何をした?」
兄の声は、尖っている。
応えるまでもない。
返事もまたず、鉄拳が弟の頬を打った。
あなた!やめて!
起き上がって夫を制しようとする雅恵を荒々しくふりほどいて、
カズヒコは倒れた弟に馬乗りになった。
手加減のない鉄拳がいく度も、振りおろされた。

はぁはぁ・・・はぁはぁ・・・
打たれたほうも。打ったほうも。
荒々しく息を弾ませている。
傍らにいた雅恵は、すがるものさえ見出せないまま、静かに泣き伏していた。
「悪かった」
さきに謝ったのは。意外にも兄のほうだった。
「そんな。兄さんがわびるなんて」
ふたりの男は向かい合って、互いの想いを胸に突っ伏したままでいる。

いつから、雅恵に惚れたんだ?
ずっと前からだよ。本当に、ずっと前・・・
兄さんが彼女を初めて家に連れてきただろ?
あのときの服まで、いまでも忘れていないよ。
濃紺のスーツに、黒のストッキング。
都会の人だなって、思った。
僕はずっと、田舎育ちだったから。
東京の大学に進んだ兄さんが、とても眩しかった。
それで、ずっと独りでいつづけたんだな?
ああ・・・。誰にも迷惑、かけたくなかったんだけどな。
どうしたの?兄さん?
・・・俺は恥ずかしい。
どうして?
お前たちがまぐわっているのを見て・・・昂奮してしまった。
え?
血を吸うところからね。さいしょから、見ていたんだよ。
止めようとすれば、止められたはずなのに。
俺の身体は、金縛りにあったように、動かなかった。
いよいよ雅恵が喪服の裾を乱したときには、
ほら、この通り・・・
指さした兄のズボンは、濡れを帯びていた。

莫迦なものたちよ。
にわかに声がしたのは、そのときだった。
三人は驚いてあたりを見回したが、
声はあざ笑うように、手の届かない虚空の闇から響いてくる。
無駄なことに精力を使いおって。
血が要りようだったのだろう?
だとしたら、吸血を専一にすればよかったものを。
もう、ダメだ。
明日の夜を迎えたかったら。
その女の血を、ふたりして・・・余さず吸い取ってしまうことだ。
それが、屍鬼というもののさだめ・・・言われずとも、察しておろうが。
それきり声は、とだえていた。
雅恵は真っ青になって、ふたりを見比べている。

口許から滲むのは、不自然なほどに長く鋭い犬歯。
兄も弟も・・・すでにこの世のものではなくなっている。
いいですよ。
ふたりして、愉しい夜を迎えて下さい。
雅恵は礼服のジャケットを取り去った。
ノースリーブのブラウス姿に、白い二の腕が流れるように目映ゆかった。
素肌に絡みつく獣の目線を感じながら。
首筋は、夫に咬ませてあげたい。
じっと見つめる目線にたじろいだように弟が頷くと。
妻は夫の前、はだけたブラウスをためらいもせず引き裂いて、
熟した乳房を誇示するように、さらけ出している。

初めて味わう、人の生き血。
それもほかならぬ、いとしい妻の血潮。
吸いすぎてはならない・・・お前は生きなければならない・・・
そんな理性に逆らって、カズヒコは喉の疼きをこらえきれなくなっている。
藁のうえに組み敷いた妻の身体は今更ながらに華奢で、
永く吸血に耐えられる身体ではないことを・・・吸血鬼としての本能で嗅ぎ取っていたけれど。
唇は彼の意思を裏切って・・・
深く抉った傷口のうえ、ひくひくと震えながら。
せわしなく、絶えることなく・・・血をむさぼっている。

「やらしい・・・」
腕の中で、妻が呟き、軽く舌打ちをする。
べつの衝撃が妻の身に差し入れられたのが、彼の体にも伝わった。
どうやら脚を、咬まれたらしい。
ショウジのやつ・・・
兄は苦笑いを浮かべる。
弟が時折、兄嫁の箪笥の抽斗からストッキングを失敬しているのを、彼は抜け目なくかぎつけていた。
夫婦のなりわいを始めた兄と兄嫁に、始めのうちこそ身を引いていた彼だったが、
黒のストッキングに染めあげられたふくらはぎは、こらえ切れないほど魅惑的だったのだろう。
「いいよ。いっしょに吸っちまおう」
弟への言葉はすでに、吸血鬼仲間としてのものだった。

跪いた姿勢のままで。
吸血魔どもは、前と後ろから挟むようにして、女に迫っていた。
狙いをつけたのは、左右のうなじ。
最も新鮮な血液をめぐらせている、太い血管。
通過儀礼として。
それを断たれることによって、女もまた蘇えりを迎えるのである。
女は髪を振り乱して。
頬には薄っすらと、撥ねた血潮を輝かせて。
まだ活き活きとした潤いを湛えた唇は、虚ろな声を洩らしていた。
どうぞ・・・
あとはウットリとして・・・眠るように目を瞑るだけ。
月は早くも、母屋の軒先に淪(しず)もうとしている。

連れだって歩く、三人の男女。
真ん中に挟まれているのは、黒のスーツ姿の女。
夫は「雅恵」と。
義弟は「雅恵義姉さん」と。
名前を加えて呼ぶようになったのは。
ふたりの仲を兄が喜んで受け容れるようになってから。
あの夜の納屋での出来事も。
今では、愉しい想い出となっている。
生前と変わらぬ生気を帯びた彼らは、互いの身に少しだけ遺された血を互いに啜りあいながら。
きょうも、獲物の到来を待っている。
母と妹を呼ぶわ。
きっと私と味が似ててよ。
母もまだ若いし・・・若いうちに、貴方たちに吸わせてあげたいわ。
ショウジさんにも気に入ると思いますよ。
いつもは若い人がお好みのようだけど。(笑)
だって。
私が亡くなった・・・と報せがいきましたから。
きっとふたりとも、黒のストッキング履いてくるはずですから。

鎖のように

2006年07月24日(Mon) 06:47:20

ごめんなさい。
妻はハッと我に返ると。
拝むように手を合わせ、謝罪をつづける。
口許にも。ブラウスの胸元にも。
ぬらぬらと光らせているのは、私から吸い取った血――― 。

あの子がね。
指さす彼方にあるのは、かつて私の息子だった男。
いまはしずかに瞳を蒼白く輝かせ、夫婦の有様を見つめている。
わかっているよ。
友だちに血を吸い取られ、屍鬼に堕ちた息子。
夜な夜なたずねてきて、ほとほとと、扉を叩く。
妻は切なさに耐えきれず、家の扉を押し開いていた。
密会は、ほんの数夜―――。
そのわずかな隙に、妻の体内を流れる血液は、ほとんどが息子のものになっていた。
それでも、いいんです。
俯きながらも、妻の語調はしっかりしている。
おいしかったんでしょう?
幼な児をいたわるように、うずくまる息子の頭を撫でて。
さぁ。もっと。
妻は居ずまいをただすと、息子と向き合って。
スッと近寄せられる唇に、みずからうなじを傾けてゆく。

ちゅ、ちゅ・・・っ。
さっき妻が、私に対して立てた音。
随喜のなか、頬ずりせんばかりに、身を寄せて。
受難を受難とも受け止めないで。
もう、息子のなすがまま。
嬉々として、生き血を吸い取らせてゆく。
四十半ばの熟女の血は、さぞや美味かったことだろう。
息子は手の甲で口許をぬぐい、
ぬぐったものを妻の胸になすりつけ、ブラウスを赤黒く染めた。

細く白い腕が、闇の向こうに手招きしている。
さあ、いらっしゃい。だいじょうぶよ。父さん怒ったりしないから。
母親に招び寄せられた娘は、
いつも学校に着てゆく、紺のジャンパースカートに黒の長沓下を履いていた。
闇夜に、白百合の花びらが揺れるように。
戸惑いに頬を揺らす娘。
肩まで垂れた黒い髪の毛が、そのうごきに合わせていちだんと揺らいだ。
若々しい。いつの間にか少女に育っていた娘。
その娘さえ、兄の腕の中身を投げかけて。
ちゅ・・・・・・っ
母とおなじ音をうなじにすべらせてゆく。

さぁ、あなた・・・
妻に促されるままに。
身はひとりでに、闇をすべってゆく。
行き着いた真下には、目を瞑った娘。
胸元を引き締めているリボンを、震える手で解きはなって。
あらわになった白珠のような胸に、生え初めたばかりの牙を突き立ててしまっていた。
もっとも禁忌とすべき行ないを。
妻と息子は手に手を取り合って、いちぶしじゅうをみとどけていた。
ほんの、つかの間。
父娘を襲った、衝動の嵐―――。
娘は一瞬、身じろぎして。苦痛に身を引きつらせ。
それでもすぐに、安心しきったように、背中に腕をまわしてくる。
まるで、恋人同士のように。
重たい濃紺のスカートのなか、かすかにぬるぬるとするものは。
うなじに流れるものとおなじくらい紅い、ひとすじの糸。
ぎこちなく合わさる腰と、腰。
傍らでは妻と息子が、私たちとおなじ行為に耽りはじめてゆく。

一条の鎖のような。
まがまがしい連環に身をゆだねて。
昏く落とした灯火の下、獣のにように。
代わる代わる、血を啜りあう。
いつかそのなかに、息子の恋人や娘の婿。
それに彼らの姉妹や親たちまでもが加わるまで。
血の交歓は夫婦のあいだ、親子のあいだ、秘められながら。
音も無くひそかやに、交わされつづける・・・

灯りの落ちた家

2006年07月23日(Sun) 23:55:58

月に何軒となく、増えてゆく・・・
夜も灯りの点らない家。
住人たちが血を吸われ、生命の灯をとうに消した家。
それでも以前とおなじように。
家の主たちはその家に住みつづけている。

仲良しだったヒデキの家が。
週末から灯りを落としている。
さいごに会ったのは、金曜日。
下校の道でさよならをいうときに。
ここ数日具合を悪くしたのか、ちょっと蒼くなった顔色をしていて。
返してきた寂しそうな笑みに、薄ら寒いものを覚えたけれど。
昨日の夜家族で通りかかったとき。
いつもこうこうと室内を照らしている灯りが、
蛍火のような蒼白さを帯びて揺らいでいた。
「あっ」
すべてを察して、ボクは涙声になっていた。

学校帰りの途中だった。
「ごめんよ」
ヒデキはさいごに会ったときよりも、いっそう頬を蒼くしていた。
あとの言葉を口にするまいとして、
さいごの理性が口許をかたくなに引き締めていたけれど。
なにを言いたいのか、ボクにはすぐにわかっていた。
血をくれないか。喉、渇いちゃったんだ。
ボクはすすんで、ヒデキのあとについていった。
「姉さんも、欲しがっているんだ。いいよね?」
笑んでいるつもりなのか、
蒼い唇から滲んだ前歯の白さに、
ただ惹きつけられたように、魅入ってしまっていた。

「怪我をしたのね?」
母さんは、そういって。
うなじの傷をさりげなく、包帯でくるんでくれた。
包帯の下、じくじくとした疼きを我慢していると。
父さんは僕の肩を優しく抱いて。
「ヒデキとは、生まれたすぐからの仲良しだったんだよね」
そうして、母さんのほうを振り返って。
「家族ぐるみの付き合いだったけど。マサヨさんも、ケイタのやつも。サユリちゃんも。
 ・・・みんなあちら側に行っちまったようだね」
ふだんと変わらない、さりげない口調に。
母さんも、笑みを含んで応えている。

灯りの消えたヒデキの家の玄関に。
影が三つ、寄り添うように伸びている。
今晩は。おかげんいかが?お見舞いに来たんですよ。
お薬に、暖かい生き血はどうですか?
ギイ・・・
開いた扉の彼方は、いちめんの闇―――。
けれどもボクも、父さんも。母さんまでも。
怖がることなく、入ってゆく。
そう。ひとりでに、闇に吸い込まれてゆくように。
お邪魔しますね。
母さんがいつものように、ストッキングのつま先を板の間に滑らせる。
足首をつかまれて。
ふくらはぎを吸われて。
いいんですよね?あなた・・・
ヒデキのお父さんに組み伏せられるまえ。
父さんに向けた母さんの笑みは、ちょっぴり悪戯っぽかった。

父さんは、ヒデキの母さんと。闇の彼方―――。
母さんとはべつべつの方角へと消えていた。
子供は、子供どうし。
仲良くしようね。
薄闇ごしに浮かび上がるサユリ姉さんの白いセーラー服が、
いつもよりずっと、眩しく映った。
ひとりでふたりに与えていたら。
きっと、うちでいちばん早く灯りを落とすのはボクの部屋だろうか。
冷たく濡れた、サユリ姉さんの唇が。
うなじに、柔らかく貼りついて。
ちゅ、ちゅ・・・っ。
玉子の黄身を吸い出すようにして。
ボクの血を、吸い取ってゆく。
血が抜けてゆく感触がひどくくすぐったくって。
ボクはクスクス笑いながら、
太ももに吸いついてくるヒデキの唇に、
やっぱりドキドキしながら脚を伸べてやってしまっている。

・・・ア・・・
母さんの消えた方角だった。
喉に詰まったような。ひどくせつじつな呻き・・・
見慣れた濃紺のスカートがまくれあがるのが闇に透けて見えたのは。
錯覚・・・だろうか?
仲良しの姉弟はにんまりと顔を見合わせて。
してるね。
うん・・・
申し合わせたように、愉しげに笑みあって。
ねぇ。わかる?お母さん・・・うちのパパのお嫁さんになっているんだよ。
賢しげに尖らせた口許が、闇夜に濡れて輝いていた。
まね・・・してみない?うちの姉さんで。
ヒデキはそういって、ボクのわき腹を軽く突っついている。

逢瀬それぞれ

2006年05月15日(Mon) 07:42:14

早く見つかるといいわね。あなたの餌になってくれる人。
おれの血を吸い取ったその女は、ちょっとずる賢そうな顔をして。
肩をすくめてくすり、と笑っていた。

家族や知り合いを襲ってもいいのよ。
いっそそのほうがやりやすい、って言う人もいるわ。
なにか見透かすような目色をしてそんなふうにそそのかしてくる女に、反撥を覚えながらも。
墓場から抜け出して。
心当たりのある若い女といえば、妻以外の女は思いつかなかった。
足音を忍ばせて家路をだとり、いよいよ・・・と窓からなかを覗き込むと。
予期してはいたものの・・・
夫婦のベッドのうえ、妻は喪服をはだけて、白い肌をべつの男に見せびらかしていたのだった。

妻を犯しているユウイチは、名うての女殺し。
おれが生きているときにも冗談ごかしで
  こんど、奥さんを抱かせてくれよ。
しきりに戯れかけてくるその目は、ひどく真剣だったのだ。
こんなふうにしてよみがえることなど頭になかったおれは、
  おれが死んだら妻を犯してもいいんだぜ?
そんなふうにうそぶいていたのだが。
早すぎる。
おれが墓場に入ってから、まだ一週間と経っていなかった。
夜道を引き返したおれは、迷わずやつの家へと足を向けていた。

堂々とインターホンを鳴らして。
でてきた女はおれを見ても驚くふうもなく迎え入れて、
薄暗く照明を落とした寝室に、先に立って案内して。
ネグリジェをはだけて、うなじをあらわにしていった。
初めて咬みついたとき。
さすがにちょっとだけ、身じろぎしたけれど。
なぜか怯えるふうもなく、おれの欲求に応えていった。

朝方人目を忍ぶようにして、家に戻ってきた人影に。
  お疲れさん。人の女房の味はいかがかな?
ユウイチは目を丸くしていたけれど。
おあいこというわけか。
そう、察すると、すぐに。
  なかなかのお味だったよ。ご馳走さま。
そんなふうに、笑み返してきたものだった。

妻はおれに血を吸わせると、手際よく傷口のあとをぬぐい取って。
身づくろいをすませ、おめかしをして。
まるでファッションモデルを気取るように、くるりとひと回りして。
  どう?
にっこりと、ほほ笑みかける。
きれいだよ。
わたしも笑って、そう応えてやる。
  あの人と、お約束なの。
その身を情事に染めるため、今夜も喪服に身を彩って。
  しっかり、挑発してくるからね。あなたもうまくおやりになってね。
軽い含み笑いを残して、家を出る。

やつの家に着いたのは、ちょっと早かった。
  主人からききましたわ。女もののストッキングがお好きなんですって?
妻から聞き出した手のうちを、やつは自分の女房にまで伝えていたらしい。
奥さんの足許を彩るストッキングが、これ見よがしなほどにつややかな光沢を放っていた。
  さいきん女房のやつ、ストッキングに凝りはじめてね。
  青とか紫とか、妙な色のを穿くんだよ。誰かさんの入れ知恵かね?
やつもそんなことをうそぶきながら。
自分の女房と、おれとを見比べて、にやにやとしている。
  どうせなら、気に入りの服のほうがノルだろう?
  女房の血が役に立つんなら、いつでも誘ってやってよ。
ひとの妻を寝取る男は、自分の妻にも寛大だった。
  たっぷり吸わせてやれよ。
ぽん、と女房の尻を叩くと。
  じゃあ、おれも出かけるかな。お邪魔だろうしね。
そそくさと、腰を浮かしかける。
  また、どこかの奥さんといけない遊びをするのね?
ちょっと怨ずるような上目遣いに、きらきらとした好奇の輝きをみとめると。
  そう、友だちの奥さんを、犯しにいくのさ。
おれのほうをみて、にんまりと人のわるい笑みを残して、
  ごゆっくり・・・
いそいそと出てゆくようすが、どことなくねたましかった。


あとがき
人間のレディキラーと吸血鬼とのあいだの夫婦交換の情景です。
どちらがトクをするのか?なんて、下司の勘繰りですよねぇ・・・^^

兄嫁

2006年04月19日(Wed) 07:02:17

暗くなった夜道を抜けて。
ぶらりと家に上がりこんできたのは弟だった。
頬にちょっぴり、泥を撥ねかして。
「とうとう相手、見つからなかった」
ぶあいそな言葉遣いが照れ隠しからくるものだと、誰もがとっくにわかっていた。
まだ肌寒い春先の夜に、のどかな散策を愉しむ若い女は少なかろう。
「義姉さん・・・招んでくれる?」
兄をみあげたとき、少年はちょっとはにかんだような童顔になっている。

表情を消して現われた兄嫁。
飾りけのない白のブラウスに、黒のキュロットスカート。
伏し目になって遠くから、儀礼的な無言の会釈をかえしてくる。
「ごめんね。兄さん」
無言の裡に交錯する、謝罪といたわりと。
少年は自分よりも背の高い義姉の手をひいて、
床の間のある部屋のふすまをしめた。

灯りを消すことは禁じられている。
「何するか、わからないからな」
油断のならないやつだ、と言いたげに弟を睨んだ目つきは
それでもどこか親しみを含んでいた。
ふたりの間の近すぎる間合いにとまどうように、
兄嫁は不意に合わせてしまった視線をそらそうとする。
腰を抱かれて。のがれられなくなって。
黒のストッキングに包まれたひざを崩してゆく。

ふくらはぎにねっとりと這わせた唇に、
さらさらとした薄手のナイロンが心地よい。
ねじれたストッキングの向こう側、かたくなに張りつめた皮膚に牙を刺してゆく。
服、脱がせるのはカンベンな。
兄貴はたしかに、そういった。

むしょうに、くすぐったかった。
ふすまの向こう側から注がれてくる、しつような視線。
義姉もそれとなく察しているのか、時折かすかにためらうしぐさを見せてくる。
けれどもそんなことは許さずに、むしろいっそう嗜虐心を昂ぶらせて。
少年は義姉を抑えつけていた。
うなじのあたりに漂う、ほのかな体温と香水がつむぎだす大人の香り・・・
疼いた牙をもういちど、拒みつづける両肩を抱きすくめて埋めてゆく。
兄への義理は、そこまでだった。

ふすまの向こうから洩れてくる、荒い息遣い。
それは和室の外からのものだった。
「弓恵ちゃん、ね?」
囁きかけてくる義姉の声に、どこかせっぱ詰まった妬みの色を読み取って。
しかたなかったんだよ。三人兄妹のなかで、弓恵だけが女の子だったから。
真っ先に襲われちゃったんだ。
いまでも兄貴のことを慕っていて、ああやって突然現われるんだよ。
口先でなだめられたって、納得できるものじゃないわ。
義姉がにわかに見せた人くさい感情が、かえってむしょうにかわいらしくて。
少年はさっきから結び合わせてしまっているスカートの奥に、若い熱情の残滓を思うさま降り注いでゆく。

年下の子

2006年03月22日(Wed) 21:53:43

こげ茶色のスーツを着た母さんはその場にしゃがみこんで、
その男の子が吸いやすいように、うなじをちょっと仰のけていた。
男の子は母さんのうなじに口をくっつけて。
ちゅうちゅうと音をたてて、母さんの血を吸い取っている。
お互い身体をささえ合うように。
母さんの腕が、その子の背中にまわっていた。

美味しそうな、吸血の音。
母さんの血がそんなに気に入ったのかい?
さっきからあんまり強く口を押しつけるものだから。
母さん、のけぞって倒れそうになっているぜ?

その子が口を離すころ。
母さんはちょっとだけ頬を蒼ざめさせていた。
手にしたハンカチで軽く、うなじにつけられた傷口をぬぐい取ると。
もう、気が済んだ?
まるで息子をなだめるように、両肩に手を置いた。
その子は聞き分けのない態度で、つよくかぶりを振っている。
さよ子姉さんに会わせてくれる?
しょうがないわね。
母さんはちょっとうつむいてため息をつくと。
それでもさよ子姉さんを小声で呼んでいた。

黒のベストに、まっ白なブラウス。
プリーツスカートと同じ柄の赤いチェック柄のリボンがひきしめる胸元は、
弟のボクの目にも眩しいふくらみを帯びている。
男の子にむかってぎこちなくお辞儀をするときに。
三つ編みのおさげがゆらりと揺れた。
姉さんが三つ編みのおさげをするのは、家のなかだけになっていた。
だって、編まないでそのまま肩に垂らしたほうが、
首すじの傷をかくすのにつごうがよかったから。

傍らのベッドに腰かけると、
姉さんは男の子の目線を避けるようにうつむいた。
まだ、かれの相手をするのに慣れていないのだ。
その子が血を吸ったのは、母さんの方が先だったから。
背伸びしながら姉さんのうなじに唇をふれさせてゆくときに。
ボクの胸のなかにちろりちろりと焔のようなものがひらめいて。
そのたびに、痛いような、くすぐったいような、そんな想いがこみ上げてきて。
落ち着かない気分に体をむずむずさせていた。

ちゅうっ。
母さんのときと、同じ音。
ちゅうっ、ちゅうっ、ちゅうっ・・・
男の子は容赦なく、姉さんの血を奪ってゆく。
ブラウスの肩先に撥ねた血に、姉さんはちょっと眉をひそめ、
それでも胸のリボンを解いてゆき、
彼の吸いやすいようにと、眩い肌を惜しげもなくあらわにしてゆく。
ぬるりと輝く、乳色の肌。
その子は嬉しそうに唇を吸いつけて。
ちゅ、ちゅ~っ。
吸われる音といっしょに、姉さんの顔色がじょじょに翳りを帯びてくるのを見つめながら。
あぁ・・・どんどん吸われちゃう。
あんな小さな子に姉さんを好きなようにされてしまっている悔しさと。
それとは裏腹に、まるで自分が姉さんの血を味わっているかのような甘美な歓びと。
そんな相反する感情の、せめぎ合い。

さよ子姉さんの血、美味しいよ。
男の子がそういうと。
そう?
姉さんはひとごとのように、上の空な返事をかえしている。
まだメイワクそうに眉をひそめながら。
それでも紅い血をあやす傷口にくり返し重ねられてくる唇に、いともやすやすと肌を吸わせてしまっていた。

ねぇ、もうよして。
ダメ。もうちょっと。
ちゅう、ちゅう、ちゅう・・・
だったら、この手を放して。
ううん。ダメだよ。逃がさないからね。
ちゅっ、ちゅううううっ。
お願い・・・っ。もうかんにん・・・
ダメ、ダメ。あと少し。
男の子は手をゆるめずに、姉さんを責めつづける。
ボクのパンツに薄っすらと、潤んだものが滲みはじめてゆく。

まだ血を持っているころに。
独りぼっちに見えたその子は転校してきたばかりのボクとすぐ仲良くなっていた。
弟が欲しかった、ボク。
打ち解けて戯れているうちに。
その子の口が、首のつけ根にあてがわれた。
ちょっとの痛みと、軽い口臭。
どうしてか、痺れてしまったようになったボクは、
そのまま、彼の妖しい欲望を充たしつづけてしまっていた。
お母さんやお姉さんの靴下を履いてきて。
そんなふうに、ねだられて。
内緒であけた箪笥の抽斗。
肌色のストッキングを破らずに脚に通すのは、難しかった。
タイツを履いていた幼稚園のころを思い出しながら、
すねの上、たぐり寄せるようにして引き伸ばしていった。
オトナの衣裳だ・・・そう感じた。
だって薄いナイロンは男の子の唇の下、
とても刺激的な疼きを帯びて、
滲み込んでくる唾液と妖しい感触と。
そんなものをこともなげに増幅させていったのだから。

きみの血、おいしいな。全部吸っちゃうのがもったいないや。
そんなふうにいいながら。
ほんとうは、全部吸い取ってしまいたいのだ・・・そう直感していたボク。
惜しげもなく。我ながら思いきりよく。
全部あげるよ。
足りなかったら、母さんや姉さんにおねだりしなよ。
そんなふうにいいながら。
ボクは気分よく、屍鬼となって目ざめるまでのつかの間の睡眠に落ちていった。

いま目のまえで。
母さんは濃いブラウンのストッキングを咬み破られて、
姉さんはまっ白なハイソックスに紅いシミをつけられてゆく。
やがて行為がたび重なると。
よく似た二重まぶたは眠たそうにとろんとしてきて。
いつか、彼の吸いよいように、脚の向きまで変えていったりしている。


あとがき
小さな男の子の意のままになって、つぎつぎと血を吸い取られてしまう小奇麗な母娘。
そんなようすをドキドキしながら見守る息子。
どういうわけか、そういう情景に奇妙な昂ぶりを覚えます。

無表情な女

2006年03月20日(Mon) 00:02:00

その女はいつもここを訪れるとき、とても無表情だった。
週に一度、きまって水曜日にやって来る女。
村での決めごとに逆らえず、ほとんど義務的にこうやって、
屍鬼となったわが身に血を与えるために、アパートのドアをノックする。
口数も、いたって少ない。
ドア越しに、
―――失礼します。
ひくい声でそういうと。
ドアを開けても目を合わせることを避けるように、伏し目がちに会釈をするだけ。
アパートのいちばん奥の、窓際の和室に通してやると、
無言のまま自分から仰向けになってゆく。
―――どうぞ。
目を瞑った女のうなじに、チカリと牙をあてがって。
ぴんと張りつめた素肌は、女がまだ若い血潮をその身にたっぷりめぐらしていることを感じさせる。
ドクドクと静かに胸をはずませながら。
そうっ、と、牙をうずめてゆく。
痛いのだろうか。なるべく苦痛は取り去ってやっているつもりなのだが。
ぐぐ・・・っと咬みつくと、女は頑なに身をこわばらせ、
いっさいの愉悦を感じまいとしている。
ちゅ、ちゅーー・・・っ。
脂ののり切った女が秘めている熟れた血潮をむさぼる、
屍鬼としては至福のひととき。
血とひきかえに注ぎ込んで遣った毒液が、身体のすみずみにしみ込んで、
ほどよい陶酔が行き渡っているはずなのに。
それでも女は身じろぎひとつせずに、
ひたすら身体を固くして、じいっと耐えているだけだった。
口を離すと。
糸を引いた唾液をうろたえもせずに拭き取って。
約束ごとを守るような律儀さで、無表情のままうつ伏せになってゆく。

女が脚に通しているのはいつも、光沢のない地味な肌色のパンティストッキング。
いまどき珍しくなったノンサポートタイプ。
あくまで事務的な女の対応とはうらはらに、
ぼくは冷えた皮膚の下、活き活きとめぐりはじめる新鮮な血潮に胸躍らせて、
貧しい肉づきのふくらはぎにべろを這わせ、唇で吸って。
じわじわといたぶりはじめてゆく。
柔らかいナイロンは手ごたえを感じないほど他愛なく、ぐねぐねとよじれて、
それでも女は冷ややかな自分を変えようとしない。
飽きるほど血を吸い取ると、こちらが身を離すのを推し測るようにして。
―――よろしいですか?
シミだらけの壁と古びた天井に囲まれたうらぶれた部屋のなか、冷たい響きが凛と耳を打つ。
―――いつも、悪いですね。
冷静なひとのまえで見せてはいけないもののように、昂ぶりを押し隠しながら。
きまり悪げにそういうと。
―――いえ。
ひと言みじかくそう答えて。軽く身づくろいを済ませて。
玄関さきにきちんと外向きに自ら並べたかかとの低いパンプスに、
靴下を脱ぎ捨ててむき出しになったつま先を差し入れて。
入ってきたときとおなじように、目線を避けるように会釈をして。ドアを閉じる。
まるで悪夢を追い払うようにそそくさと階段を駆け下りてゆく足音だけを残して。

所帯じみた感じのする地味な服装や年恰好から、結婚しているようだったけれど。
じぶんの身許を示すようなものはいっさい見せずに、つかの間の逢瀬を遂げてゆく女。
あるとき入ってきた彼女の肩を抱いて、
有無を言わさず、唇を重ねた。
女はちょっとの間ぼうぜんとなって。涙の出そうになった顔を隠すようにして俯いて。
それでも、いつものように仰向けになって目を瞑る、義務的な所作をくり返した。
後悔に疼く心の裡を、暖かい血潮がなだめるようにゆるゆるとめぐり始める。
―――いつも、なにも話してくださらないのですね。
気後れしながら、そう話しかけると。
女はちょっとだけ顔を曇らせて、やっぱりさりげなく、目線を避けてゆく。
責めるようないい方をしてしまったことをまた悔やみながら。
もうどうしようもなく壊れた空気を立て直すことをあきらめて。
ただ正直に、告げてゆく。
―――とても感謝してます。ありがとう。
―――お気が進まないのなら、なにもおっしゃって下さらなくてかまわないです。
女はハッと顔をあげたようだった。

―――人に接するチャンスがなくて。来てくれる人とせめて仲良くなりたくて、それで話しかけているだけですから。
―――かえって気まずい思いをさせてないですか?
―――ごめんなさい。
女が初めて、口を開いた。
昂ぶってしまうとつい、背中を優しく撫でたり、きつく抱きしめて身を接してみたくなったり、
そういう気分に囚われてしまうのです。
ぼくの気持ちを淫らだというのなら、たしかにそうなのかもしれません。
しょせんは鬼・・・ですからね。
でも、そのなかにいくらかだけでも、感謝と謝罪・・・伝えたかった。
堰を切ったようにひと息に。
そう、女の耳元で囁くと。
もうそれ以上告げることばは、ぶきっちょな自分には残されていないようだった。
女の表情がくすんで見えたのは、失血のせいだけだったろうか?
やがて女はもう耐え切れない、というふうに。
―――愛されているのか、追いやられているのか、わからない。
なんの脈絡もなく呟いた。
ご主人のことですよね?
咄嗟にひらめくままに問いかけると、かすかな頷きがかえってきた。
見て。
ぼくは彼女を立たせ、硝子戸のカーテン越し、外を見るよう促していた。
見おろした通りは人もまばらな細道で、二軒むこうで突き当たりになっている。
その突き当りの曲がり角。
電信柱の陰から目線を送ってくる切なげな男の顔をみて。
女は初めて、救われたように肩の力を抜いた。
足許に、破れ落ちた肌色のストッキングがくしゃくしゃにたるんでいる。
白い頬に不思議な笑みを浮かべて、
―――ごめんなさいね。いつも安物ばっかりで。
ひと言だけ、そういうと。
あとはいつものように、楚々とした物静かな物腰で会釈をして帰っていった。
めずらしく、目を合わせて。

二日後は、だれも来ないはずだった。
それなのに、女はいま、ぼくのまえにいる。
驚くぼくの顔つきを面白そうにうかがう様子は、まるで別人のようだった。
「主人を待たせていますの。土曜も来てくれる、って言ってくれたので」
めずらしく長い挨拶をすると、じぶんから部屋にあがりこんできて。
―――お部屋に入るのはどうしてもいやだっていうから、あそこでああやって、立ちん坊。
イタズラっぽく、くすり・・・と笑った。
―――寒いのにかわいそうだから。手早くすませてくださらない?
ええもちろん・・・と、初対面のときみたいにへどもどとするぼくに、
少しだけなら、エッチないたずらしてもいいのよ。
たくし上げられたロングスカートの下には、つやつやとしたなまめかしい光沢に彩られた脚が隠されていた。

訪ねてくる女たち

2006年03月20日(Mon) 00:01:00

隠れ家のアパートには。
あてがわれた女たちがいくたりか、代わりばんこにやって来る。
たいがい、週に一度ずつ。
おなじ女が三回以上来てくれることは、ほとんどなかった。
体力的に、ムリがあるのだよ。
屍鬼となって墓から這い出してきたぼくを家に迎え入れてくれた墓守は、
このアパートにぼくを隠すとき、そう説明してくれた。
ご家族の血がいちばんよいのだが。
きみの家は果報ものだね。いまちょうど、
母さんと妹さんが、代わるばんこにひとりの屍鬼をもてなしているよ。
もう少し落ち着いたら、必ず連れてきてあげるから。
しばらくはほかの女のひとの血で、我慢するのだよ。
あれ以来、家族の誰とも顔を合わせていない。
家族の血、だなんて。とても気恥ずかしかったから。
いいですよ。
そう口にしたあとで、墓守の説明をもういちど、反芻してみる。
―――母さんと妹さんが、代わるばんこにもてなしている。
そうなんだ・・・
もはや血の流れていないこの身には、さほど違和感を覚えることのできなくなっている事柄。
血を持っているものが血のないものに恵むのはとうぜんのことなのだと、芽生えたばかりの本能が囁きかけてくる。
そういうものなのか。
墓守が実家を見せたがらないのは、
まだ母も妹も、訪れる屍鬼たちに見苦しく抗っているからなのだろう。
そんなひとときが過ぎ去って、素肌に牙が滲むのに慣れてしまうと、
客あしらいの良い主婦や気前の良いお嬢さんになってしまうのだろうけれど。
ちょうどぼくがそうだったように・・・

アパートにやって来る女たちは、どれも見覚えのないものたちばかり。
年代もまったく、まちまちだった。
夜ごと女の血を採るためにはね。いろんな女を知らなければならないのだよ。坊や。
まるで幼い子供をあやすような墓守の言い草にちょっとだけ反撥を感じたものの。
真っ先に妻をあてがってくれたうえ、さらにいくたりもの供血者をあてがってくれるというものにたいしては、なにもいうことはできなかった。

村の配慮で屍鬼たちにつけられた女たち。
素性は明らかにしないで、
この家はだれと、あのお宅はかれと・・・
まるで当番を決めるように事務的に割り振られているようだった。
それは、屍鬼たちを危険に飢えさせないための、村での決めごと。
若くして未亡人となったものは、選定の対象となることを通夜の晩から覚悟をかためるという。

ぼくのアパートの玄関に立つのは。
ひとりは母親くらいの年配者。
未亡人だというその女は、いつも黒のスーツに身を固めて、
いつもいく筋も伝線させてしまう黒のストッキングを脱ぎもせずに、
裂け目に白い脛を滲ませたまま、まだ明るいうちに立ち去ってゆく。
運の良いことに、女学生もいた。
下校途中に友達とふたり連れだって、制服姿でやって来る。
おそろいの黒タイツを履いたまま差し出されるふくらはぎはとてもぴちぴちとしていて、
圧しつけた唇を跳ね返しかねないほどに生気を放っている。
どうみても母娘なのに、きまってべつべつに訪問してくるふたりの女。
母親は平日の日中に。
亭主の目を盗んでくるものか、エプロン姿のまま現われたこともある。
娘のほうは、勤め帰りの夕方に。
ストッキングを破ってみたい。
そんなけしからぬ言い分に、
仕方ない子ね・・・
おなじような口調で。瓜ふたつの面差で。
母娘とも、おなじ答えを返してくる。
地味なスカートから覗く、肌色のストッキング。
きりっとしたスーツのすそから覗く、グレーのストッキング。
母親は豊かな太ももを、娘は発育のよいふくらはぎを、それぞれにさらけ出して。
色とりどりのストッキングのうえから咬ませてくれる。
ストッキングを破らせてくれたあと。娘のほうは
スーツ汚されると困るから。
スリップ一枚になって、嫁入り前の肌を惜しげもなく外気に触れさせて。
そのまま目を瞑り、ぼくの腕に抱かれてゆく。

そんな日々を送ったぼくのところに、
べつの母娘があらわれた。
ふたりとも、きまり悪げに顔を見合わせながら、
それでもイタズラっぽい笑みをちらちらこちらに送りながら、
―――母さんが先よ、年の順でしょ?
―――なに言ってるの。若いあなたが先よ。兄さんでしょう?
母も妹も、とても楽しそうにして。淫らを共有し合う血の娼婦になっている。

侵入者

2006年02月02日(Thu) 10:04:15

夜のとばりがおりるころ。
屍鬼たちはそれぞれの家から、まるで鎖をたぐるようにして、
お目あてのもののもとへと血を求めて彷徨い出る。
職場のハイミスの事務員さんのところには高校生の甥が。
お向かいの奥さんのところには、ご主人の弟が。
そして、私の妻のもとへは・・・

こつこつ。
ごく控えめに、音を忍ばせるようにして。
今夜も夜更け、ドアがノックされる。
あけるのを拒むことは許されない。
というよりも、まるで引き寄せられるようにして夫である私みずからが扉を開いてしまっている。
私もまた首すじに、深くくい入れられた痕をもっている。
おずおずと中を覗き込むようにしてあがりこんでくる、若い男。
妻の職場の人だという。
独身だという彼は妻のどこに魅せられたのか。
待ち受ける妻は着飾っていて、まっ白なブラウスに銀のネックレス。
清楚な黒のスカートの下には肌の透ける黒ストッキングというシックないでたち。
そのまま二人手を重ね合わせて、夫婦の寝室へと消えてゆく。
「あなた、御免なさい。今夜はほかの部屋で休んでね」
そういい残して。

振り向くと、紫色のセーターがよく似合うお隣の奥さんが、嬉しげに私のほうを見つめている。
―――お嬢さん、まだ起きているでしょ?
妻が情事に耽るのを見越して忍び込んできた彼女の目当ては、中学にあがったばかりの娘。
私に痕をつけた張本人も、妻に彼を引き合わせたのも、彼女。
伸びた牙をひけらかすように輝かせながら、洋間にあらわれた娘をせわしない手つきで招き寄せる。
娘は仏頂面をして、ふてくされたようにして。
それでも部屋を横切ってこちら側のソファに腰をおろしている。

「あらぁ、いいストッキング穿いているのね。ちょっと咬ませてね」
「そのまえにちょっとだけイタズラ、いいよね?」
「うぅん・・・いい感触ね。お母さんのお見立てかな?」
娘の装いを言葉では褒め、べろではいたぶりながら。
足許に這いつくばるそんな中年女の様子を咎めるように見おろしながら。
いつか娘の目線は眠そうに、険しさをひそめてゆく。
しつこく吸いつけられた唇の下。
学校に通うときに履いている黒のストッキングに、鮮やかな縦縞を走らせながら。
のしかかってくる体重を支えかねて、じわじわと姿勢を崩してゆく娘。

・・・若い子の血は美味しいわ・・・
私の愛人は娘を愛でることをやめようとしない。

幼馴染の三人組

2006年02月02日(Thu) 08:55:26

「ジュンくんが、訪ねてきたの」
家にやって来たクラスメイトの大瀬治子は、ちょっと怯えたような顔つきで、ボクにそう告げた。
ジュンくん。
ボクとは大の仲良しで、三人兄妹のような遊び友達だったけど。
つい半年前のことだった。
屍鬼となった親戚の叔父さんにつかまって、血を全部吸い取られてしまったのは。
彼の百箇日がすんだあと。ボクと治子は婚約をした。

その彼が、治子のところに来た、という。
「私の血を欲しがっていたの。でもアキオに悪いから・・・って。なにもしないで帰ったわ」
いつも控えめで寂しそうに笑っていた面影が、胸を刺すほどに懐かしかった。
叔父さんに迫られたときも、きっとあんな微笑を浮かべながら。
断りきれずに求められるまま、血を与えてしまったのだろうか。
「私の血、あげてもいい?」
治子はいつになくしんけんにボクを見すえていた。
「ジュンくんに血をあげたいの」
ボクは正直に、一昨日彼がボクのところにきて、血をやったことを告げている。

村はずれの木立ち。
そこがいつもの待ち合わせ場所だった。
彼が顔を見せなくなってから、二人きりで逢うようになった想い出の場所。
そこに久しぶりの顔が、照れくさそうに笑っている。
「元気だったんだね」
へんなやり取りだったかもしれないけれど、ボクたちはひどく自然にもとの三人にもどっていた。
きちんと結ばれた制服の胸リボンに伸ばされてゆく、ジュンの手。
いいのかな・・・こんなことさせちゃって、いいのかな・・・
さすがにじりじりとしたものを覚えはじめる一刻、二刻。
やつは治子の両肩を遠慮がちにそっと抱いて、うなじにちくりと牙を刺した。
ちゅ、ちゅっ・・・ごく・・・っ。
治子の血が、ナマナマしい音をたてて吸われてゆく。
行為は数分で済んだ違いない。
素早くくれてしまうはずの夕陽はまだ、あたりを赤々と染めている。

「おわったの?」
意外ね・・・怖くない。そんな表情をうかべる治子。
「時々、いいわよね?」
有無を言わせない強い口調に、ボクはついそのまま頷いてしまっている。

屍鬼相手の逢瀬は浮気ではない、という。
治子は結婚してからも出かけてゆき、ジュンに逢ってやっている。
彼の精はね。子供ができないのよ。
そういいながら悪びれもせず彼に抱かれてくる妻からは、
かつてのボーイッシュな雰囲気はなりをひそめている。
別人のように色っぽくなっていったのは、ジュンとの関係を認めてやってからのことだった。

あとがき
ライバルになるはずだった片方が屍鬼となり、
人間の世界にのこった男女は結婚によって結ばれた。
けれども屍鬼となった彼との絆が断ち切れたわけではなく。
夫も認める特別な関係が静かな日常に埋没しかかりながら、淫らな翳をよぎらせてゆく。

墓守り

2005年12月01日(Thu) 23:52:03

棺から這い出てきたばかりの少年は、着ている経帷子にまだ泥をつけたまま、墓地の向こうにある建物に向かってふらふらと歩いていた。
首すじには、ふたつの咬み痕。
大量に吸い出されたあとの名残りのしずくがぽっちりと、赤紫色に凝固している。
どうやら、屍鬼となってしまったらしい。
そのまま死んでしまった級友もいたというのに。
家には戻れるのだろうか?これからどうやって生きていけばいいのだろうか?
それ以前に。
なによりも、寒い。それに、お腹が減っている。

お寺の離れになっているその建物には、桐原という名前の墓守り夫婦が長年住んでいる。
夫婦とも、もう五十がらみになるだろうか。
あたり立ち込めた霧の彼方。
母屋のまえで奥さんがひとり、庭先で水打ちをしているのが見えた。
いつもきちんとした身なりをしていて、きょうもよく見かける黒っぽいワンピース姿だった。
黒のストッキングに映えるサンダル履きのつま先が、少年の目にもなまめかしく見える。
旦那のほうは出かけているのか、姿はみえない。
好都合だ・・・
少年の胸の中に、まがまがしいものが疼いた。

雨上がりの冷気は、しっとりと落ち着いている。
ぱしゃっ。
なにかを喚び起こそうとするかのように、桐原夫人はさっきから、湿った地面に水打ちを繰り返していた。
それに応えるかのように。
ぼんやりと漂う霧のなかから、白い姿がゆっくりとこちらに向かってくる。
ふらふらと頭をかすかに揺らしながら歩いてくるその姿は、まさしく屍鬼のものだった。
まだ魂が入れ替わりきっていないような、不安定な状態にいるのだろう。
来訪者が昨晩弔われた少年だということを、桐原夫人はすぐに察した。
「あら、いらっしゃい」
ためらったように足を止めこちらを窺っている少年に、彼女は自分から声をかけている。
つとめて明るい、穏やかな声色だった。

包み込まれるような温かい声色が、干からびた胸にじいんと沁みとおるような気がして、
少年はいまさっき覚えたまがまがしい妄想を気恥ずかしく打ち消した。
「あの・・・すみません」
いいかける少年を、どうやらもの慣れているらしい奥さんは手で制して、
「あぁ、だいじょうぶ。わかっているわ。大きな声をたてないで。家にあがってちょうだい」
大きな声をたてないで。
さっき彼自身が奥さんに対してそういって迫ろうとしていたのだが・・・

古い木造の家は黒木で造られたように、壁も廊下も暗い色合いをしていた。
所帯持ちのいい家らしく、どこもぴかぴかに磨かれていて、すこしも朽ちた感じが漂ってこない。
古ぼけた、というよりも、古寂びた、という風情をもっている。
あたりにぴいんと張りつめた、清浄な空気。
心地よいほどに漂う冷気に乗って、厳かな香りが静かに揺らいでいるのに気がついた。
線香かな?
とおもったが、もっと奥深くなまめいたものを感じる。
少年は知らなかったが、たきしめられた沈香のたぐいだった。
ささ・・・どうぞこちらへ。
老舗の田舎旅館の女将がお客を招じ入れるように慇懃に、奥さんは彼を畳部屋の一室に通した。
丈の低い経机のうえに、香炉がしつらえられている。
香りの源は、ここだった。
澱むような香気がむせかえるほどの濃厚さをもって、むっと鼻腔に沁み込んでくる。
それが雨上がりの湿った空気に織り交ざり、謎めいた誘惑に少年をかりたててゆくようだった。
荘重で禁欲的な。
それでいてどこか淫靡さをさえ含んだ、甘美な芳香。
「いやな匂いではないでしょう?気分が落ち着きますよ」
桐原夫人はそう言って、自分も彼の傍らに腰を下ろした。
崩した膝が、薄墨色の沓下に清楚に彩られている。
むっちりとした太ももの肉づきが、ワンピースのすそからちょっぴりのぞいていた。
ぴったりと密着した薄手のナイロンがおりなす濃淡が、豊かな肉の起伏をいっそう際立たせている。
少年の胸の裡に、まがまがしい焔がふたたびくゆらぎ始めた。
「お食事・・・すまさなければなりませんね」
奥さんの声色がちょっと震えを帯びたように感じたのは、気のせいだろうか。
「ふつうのお食事じゃありませんことね」
私でよろしければ・・・
奥さんはそういって、ごめんあそばせ、と、戸惑う少年の前でうつ伏せになっている。

慣れないうちに首すじを噛むと、頚動脈を断ってしまうことがある。
熟練した屍鬼ならそれでも処置ができるが、おびただしく噴き出す血に我を喪うと、せっかくの供血者まで失うことになりかねない。
だから、貴方はまず脚を狙うようになさい。
母親が息子をさとすような口ぶりで、墓守の妻は少年にそう告げた。
靴下、脱がなくてもいいのですか・・・?
そんな質問はからからの喉の奥に呑み込んでしまっている。
少年は差し伸べられたふくらはぎのうえに這いつくばるようにかがみ込む。
くちゅっ。
すがりつくようにして押し当てた唇に、たっぷりと柔らかい肉づきが心地よかった。
くちゅううっ。
思わず、つよく吸っていた。
すべすべとしたストッキングの感触が、ひどく心地よい。
ぬるっ。にゅるん。
つい舌を這わせてしまったあとに、唾液が光る。
―――いいのかな、こんな失礼なことしちゃっても。
心のなかで自分を咎めながらも、奥さんがなにも言わないのをいいことに、ふたたびだらしなくべろをなすりつけてゆく。
しなやかで、キモチよかった。
そうしているあいだにも、お香の匂いが執拗に、彼の鼻先にまとわりついてくる。
高貴な香りが却って昂ぶりを誘い、異形の境地に導いてゆく。
清楚なものを辱める。
それも、なるたけ下品に。ただし、物静かに。
少年はいつか、夫人の礼装を辱める行為に熱中した。

散々足許を舐めさせてしまいながら。
―――なかなか・・・だわね。
桐原夫人はひそかに笑んでいる。
ちくん。
ちゅうっ・・・
冷たい牙が刺し込まれ、血を吸い上げられる感覚。
足許にぽたりとしたたる血潮の生温かさ。
ちゅ、ちゅ―――っ
目ざめたように活発に動く、唇。そして、喉。
ああ、とうとう思い切り吸い始めたわね。
抜き取られる量は知れている。
最初のころはなによりも昂ぶりのせいで、そんなに沢山は口にできないものなのだ。
ほら。
もう、はぁはぁ言っている。
畳の上にぼたぼたと血潮が散るのがわかる。
そんなに散らかしちゃ、ダメよ。もったいないじゃないの。
咬み破られたストッキングがじょじょにほぐれてゆくのを感じながら、夫人は少年が獲てゆく血の量を勘定するように目を細めていた。
高雅な芳香はいつか鉄くさい香りをも織り交ぜて、夫人の鼻腔をも昂ぶらせはじめている。

「おちつきましたか?」
目のまえで、桐原夫人が正座している。
痴態に似た先刻までの所作のなごりを、見事なまでにかき消して。
お香の匂いはいつの間にかかき消えて、ほとんどあとをとどめないくらいに雲散していた。
少年は逆に、畳に手を突いて突っ伏している。
まだ、荒い息がおさまらないのだ。
このまま里におりてはいけませんよ。いましばらくこちらで、作法を覚えてからになさるように。
貴方のお母様と妹さんをお招びしています。
お昼過ぎには見えられるでしょうから、お二人からも血を分けていただきなさい。
妾からよく話してありますから・・・
学校の子と会いたいの?そう。気になる子がいるのね?誰かな?話して御覧なさい。
ああ・・・緑畑の和代さんね。
あの子ならだいじょうぶ。そういう家の子ですから。
慣れてきたら、私が招んであげますね。
遠慮なく襲ってごらんなさい。
でもそのまえに、うんと練習しなくちゃね。
その子を歓ばせてあげられるように・・・


あとがき
この村の墓守りの奥さんについて描いてみました。
なりたての屍鬼が真っ先に接触する人間がこの夫婦です。
いつのころからか、奥さんが彼らに血を振る舞うようになり、
じゅんじゅんに心得などを説き聞かせたうえで里に戻らせているのです。
さいしょの行き先はふつう家族のところになりますから、
事前に家族を招んで引き合わせ、あらかじめ血を与える行為に慣れさせておきます。
見境なく人を襲っていたずらに犠牲者を増やすことのないように振る舞う彼女の役割は、見逃しがたいものがあるようです。

縁の深い彼

2005年10月20日(Thu) 22:35:43

明け方の薄闇を通して、雑木林にはなん人もの人影がしらじらと、見え隠れしている。
夏休みなのに制服姿の女子学生たち。
顔見知りの近所の小父さんや小母さん。
そういう種々雑多な老若男女が家を抜け出して集っている。
屍鬼たちに、血を与えるために。
さいきん越してきた、近所に住む中年の夫婦。
ご主人はこれから早い出勤なのか、スーツにネクタイ。
奥さんは都会風の洗練されたかんじのワンピースにストッキング。
まずご主人がうなじを咬まれてウットリとなり、それから奥さんの両肩を抑えて自分を咬んだばかりの吸血鬼をにこやかに促している。
ご主人の腕のなか、羽交い絞めになった奥さんの顔をあおのけて。
夫婦よりやや年配な男の屍鬼は白髪頭をふりたてて、うなじにぐいいっ、とかぶりつく。
びゅっとワンピースに散る血潮。
奥さんもまた、真っ赤な血が自分の衣裳を染めるのを面白そうに見つめている。

同級生の沙織。
濃紺のベストとスカートという制服姿に、
いつも学校に履いてくる白のショートストッキング。
肌の透けて見えるストッキング地の長靴下のなかでピンク色に輝くふくらはぎに、授業中にも目が行ってしまう。
そんな彼女の足許にかがみ込んで、ショートストッキングのふくらはぎに遠慮なく唇を吸いつけているやつがいる。
ちゅ、ちゅうっ。
鈍い音とともに男の喉の奥に散り、吸い取られてゆく沙織の血。
沙織はそれでもぼうっとなった顔をして、足許に加えられる悪戯を咎めようとはしなかった。
沙織がよりかかった木の幹にもたれるようにずるずると姿勢を崩して尻もちをついてしまうと、
そいつはこちらを振り向いて、親しげに
「よぅ」
と、声をかけてきた。
同級生のケイタだった。
初めてわたしの血を吸ったあいつ。
「いつもわるいな」
そういいながら。
いつものように口を近づけてきて、
かすか口臭と唾液を感じながら、わたしのほうへと顔を近寄せて、黄ばんだ犬歯をむき出した。
さっきの奥さんみたいに、両肩に手を置かれ。
それでもわたしはひとりでに、うなじを彼のほうへと差し伸べてやっている。
フウッと当てられる、なま温かい呼気。
首のつけ根のあたりに走る、ちくりとした鈍い痛み。
くいっ。
なにかを力まかせに、引き抜かれるかんじ。
くらっと眩暈を覚え、よろめいていた。
「だいじょうぶ?」
そういいながら。
「ほんとは女の子のほうがいいんだろ?」
わたしから吸い取った血潮を口許にてらてら光らせながら、ニッと笑うあいつ。
「しょうながいじゃん」
わたしも照れ隠しに笑いながら、傷口についた血を手で拭っている。
漂いはじめる、錆びたような匂い。
ちょうどいま、あいつの喉がぐびぐびと鳴っている。

もうひと口。
「どお?いい気分だろ?」
そういうあいつに、無言で頷いてしまっている。
「これ、妹」
ボクは後ろからついてきた妹のしおりを紹介する。
妹も、中学のセーラー服に、黒のストッキング。
集いに参加するのは、今朝が初めてだ。
「いいの?」
「親にはまだ、ナイショだぜ?」
「わかってるって」
そういいながら。
わたしの血をまだべっとりとほっぺたにつけたまま、
あいつは黒ストッキングを履いた妹の足許にかがみこんでゆく。
さっきの沙織とおなじように。
ちゅうっ。
いやらしい音をたてて吸われる、妹の血。
妹はちょっと痛そうに顔をしかめて目をつむり、
「痛―っ」
そういいながら、うずくまるあいつの両肩に、しっかりと両手をかけて体を支えている。
「うぅん、やっぱ処女のコの血はいいなあ」
かけがえのない大切な妹の血をしたたかに吸い取っておいて。
あいつはいつものように、勝手なことを行っている。

「しおりちゃん、あたしもいいかな?」
そういって近寄ってきたのは、去年の秋に死んだはずの蝶子叔母さんだった。
まだ屍鬼として未熟だったあいつが死なせた叔母も、いまは自分の血を余さず吸い取った男と恋仲だったりする。
「ええ、どうぞ」
しおりはもうなんの抵抗もなく、叔母さんにうなじをさしだしていた。
ちょっともうろうとなった目線が、あらぬかたを虚ろに迷っている。
「制服汚したらごめんね」
そういいいながら姪娘に咬みついてゆく叔母。
さっきはちょっと躊躇していた妹も、
いまはすっかり慣れて、ウットリとなって血を吸い上げられている。

傍らに
さくり。
雑草を踏みしめる、別の足音。
振り向いて、びっくりした。
わたしの許婚の喜美子だった。
「ごめんね。わたしもケイちゃんに血をあげてるの」
そういって恥らう喜美子。
「ケイちゃん」
いつからそんなふうにあいつを呼ぶようになったのだろう?
ずいぶんなれなれしいんだな。
薄闇をとおりぬける微風のようによぎった、軽い嫉妬。
「いいよね?」
と、ふりかえるあいつ。
「構わんさ」
ちょっとだけ投げやりにいいながら、
それでも真っ白なハイソックスのうえから這わされるあいつの唇から目を離せなくなってしまっている。
きゅうっ。
いい音だ。
畜生。旨そうに吸いやがって。
じりじりとじれながら、許婚が血を吸い取られてゆく現場をただ見ているしかすべがない。

気になる同級生。妹。そして許婚。
あいつとはよくよくの縁なんだな。
もしも血をぜんぶやってしまうとしたら、そのときの相手はやっぱりあいつなのだろうか・・・

夜明けの訪問者

2005年09月29日(Thu) 07:35:18

午前四時。
りぃぃん・・・
ひそかに鳴り響く、音量をさげたインターホン。
扉の向こうには、血に飢えたものの黒い影。
―――奥様とお嬢様の血をいただきにあがりました・・・
そういう彼をにこやかに招じ入れる私。
妻と娘はすこし眠そうな顔をしながらも、
とっくに通勤のスーツと学校の制服に着替えている。
年の順だといいながら
順繰りにうなじを牙で冒し、
かわるがわる差し出される、肌色のストッキングと白のハイソックスのふくらはぎにも唇を吸いつける。
女たちはぼうっとなって、
さらに眠そうな顔つきをしながらうなじの傷をけだるげに撫でつけている。

なまめかしいふた色の血潮を胃の腑に収めると、
彼は気分よげに顔を赤らめて出かけてゆき、
こんどは若夫婦の住まう隣家のベルを鳴らしている。

屍鬼のいる森

2005年09月28日(Wed) 08:32:09

夜明け―――。
まだ薄暗いなか。
家のなかで灯りもつけないで。
私は音を忍ばせて着替えをする。
白のブラウスに、漆黒のスカート。
そんなシンプルないでたちを好む男(ひと)に逢うために・・・
夫が起きだしてきた。
けれど、彼は私の行動を咎めない。
もう数年来つづいている、そんな習慣。
「行くのか?気をつけて・・・」
夫は口数をすら惜しむように、そういって私のことを送り出す。

村はずれの夜明けの森。
真っ白なワンピースやロングスカート。
純白のスカーフ。
黒一色の礼装。
白と黒。
モノトーンに統一された衣裳の女たちが精霊のように行き交う、木立ちの彼方。
足許の下草を踏みしめながら、近づいてゆく。胸をはずませながら。
早足になる足どりに、肌の透ける黒のストッキングが淫蕩に映える。

モノトーンの女たちのなかにまじる、うす汚れた身なりの哀れな屍鬼たち。
かれらのために血潮をあたえるための、物静かな集い。
つれだって、かわるがわる首すじを吸わせている、年配の夫婦もの。
初めてそでを通したロングドレスに夢中になりながらうなじを咬まれ、ちょっと痛そうに顔をしかめる女の子。
―――やはり、若い子はいいなぁ・・・
そう呟きながら、隣家に住むOLのうなじに唇を近寄せてゆく年老いた屍鬼。

少し遅れて現われた、洋品店の若奥さん。
声をひそめたどよめきが、屍鬼たちのあいだから湧きあがる。
「よく旦那が出したねぇ」
と、ご主人をほめたたえるもの。
「内緒で、出てきたんですよ」
と、声をいっそう忍ばせる若奥さん。
肌色のストッキングを履いたその足許に、しっとりと這わされる飢えた唇。
そのありさまをにこやかに見おろしながら、べつの屍鬼にうなじをゆだねてゆく若奥さん。

傍らにいた彼が、私の肩に手を添える。
フッとうなじに吹きつける呼気が、冴えた冷気のなかで生々しい。
―――どうぞ。
わざと冷たく囁いた私を後ろから羽交い締めにして。
彼は私のうなじを牙で貫いた。
つ、つーーーっと伝い落ちる、吸い残しの血。
ブラウスにひとすじ、ふたすじ。
涙の痕のように鮮やかな軌跡を描く。
白ブラウスの二の腕、わき腹。それに太もも・・・
愛情をこめて、あちこち咬みついてくる彼。

さいしょに私を襲ったとき。
「こんないい女房を喰われちまって。莫迦なダンナだな」
彼はそう、嘯いた。
「夫を莫迦にするのはやめて」
みじかく告げた私に、素直に従ってくれた。
それ以来、私は彼に心まで許しはじめている―――。

汚れない女

2005年09月06日(Tue) 21:41:00

誰かに幾度となく襲われて。
繰り返し血を吸い取られて。
一度死んで、甦って。屍鬼となり果てた私。

血を吸うことは悪くない。
甦ったときにはそう教わった。
襲われるほうも、いちど咬んでしまえばあとは大人しくなると。
人によっては吸われることに歓びを覚え、自ら招く者さえあると。
そういわれて引き入れてしまった親友のひとり。

女のほうがよかったかね・・・
さきに屍鬼となった仲間にそう冷やかされながらも、
働き盛りの血液を声もなくむさぼってしまった私。

親友は快く、私の所行を赦してくれた。
しかし、それはあくまでも、正気を喪ったがゆえの好意。
私は夜、彼を伴ってねぐらを抜け出す。

目指したのは彼の家。
もともと離れた隣町にある。
あそこまで離れれば。二度と再び村に近寄らなければ。
もう、襲われることはないだろう。
けれども道は遠く、帰りにはどこかで必ず夜が明ける。
日光を浴びると、私の体はみるみる炭化してしまうはず。
呪わしいさだめを断ち切るいい機会だ・・・
とうに虚無的になっていた私には、それがさして恐ろしいものとは思えない。
むしろ、顔見知りを襲って血を採りつづけることのほうがよほど虚しいことだった。

首尾よく彼の家に着いた。
出迎えてくれたのは彼の妻だった。
大きな瞳。長い黒髪。そして、何よりも透きとおるような白い素肌。
初めてみる彼の妻にひととき魅了され、求められるままに家にとどめられた。
急げば夜が明けるまでにはかろうじて、ねぐらに戻れるほどの刻限だった。
彼女に引き留められたところで、私の運命は定まった。

疲れのあまり気を喪ったようにベッドに倒れた彼。
彼に関するかぎり、もう安心だった。
二人きりになったとき、私に注がれる、潤いを帯びた瞳。
―――もう、助からないのですよね?
―――そうとわかって、俺を引き留めたの?
―――・・・ここにいたがっているように見えたから。
―――もう、このへんで、しまいにしたいんだ。
―――そう・・・
彼女はしばらく黙って、闇の薄れかけた窓辺に寄った。
そして、黙って立ち上がり、厚いカーテンを閉めて、これから昇る太陽を私から遮ろうとした。
それでも私の口許から、虚ろな笑みは消えなかった。我ながら、潔いくらいに。
―――もう、いいんですよ。本当に。
―――お気の毒ですね。
憂いと同情を帯びた目線。
このまなざしを得ただけでも、墓場から泥だらけになって這い出してきた甲斐があった。
彼女は黙って、長い髪の毛を掻きあげる。
そして、それほど高価ではなさそうなネックレスをはずし、飾り気のない無地のブラウスのまえをはだける。
白磁のような素肌を惜しげもなくさらすと、さあ、と囁いて。
私の牙に豊かな胸を押しつけてきた。

・・・・・・。
僅かな時間許された、至福の沈黙。
彼女の華奢な身体を掻き抱き、じゅうたんの上でもつれ合っていた。
まるで恋人同士のように。
もうなにも遮るもののない開放感に浸りながら。
初めて心から、暖かい血潮を快く感じながら
硬くそそり立った部分で彼女の秘奥を思うさま侵しつづけていた。
不意に覚えた活き活きとしたものをどくどくと注ぎ込み、それでも彼女はしっかりと目を開いていた。

―――行ってしまうんですね。
なにごともなかったように落ち着いた口調に、本当の淑女を感じながら、私は強く頷いている。
貴女を辱め抜いたはずなのに。
貴女はちっとも、汚れていない。
さいごの瞬間に逢った人が貴女であって、とても幸せだった。

O型血液の味

2005年07月22日(Fri) 06:21:21

白一色の服だった。
純白のプリーツスカートのすそを軽やかにそよがせて、彼女は歩みを進めてくる。
ひざ下まできっちりと引き上げられたハイソックスが、踊るような足取りを包んでいる。
たっぷりとした感じの白いハイソックス。
すらりとした脚にとてもよくマッチしていた。
恥ずかしい欲求を告白する私にクスリと笑みを洩らして、悪戯を許してくれた彼女。
差し伸べられた脚もとに、きょうも私は接吻を繰り返していく。

しばらくすると彼女はスッと私のほうへ顔を近寄せる。
無言のうちに交わされるキス。
ときにはかさかさに乾いている彼女の唇――そういうときの彼女はとても執拗だった――が、きょうはみずみずしくうるおっている。
蜜のように甘美な口づけを繰り返し繰り返し交し合う、忘我のひととき。
キスを重ねるうちに、その蜜の内奥に秘められたべつの芳香を感じ取る。
怪訝な視線を彼女も感じたらしい。
「わかる?」
と、訊きかえしてくる。
まちがいなく、血の匂いだった。
「あなたのお母様にお目にかかって、血を頂いてきたのよ」
どこかのお店でおいしいデザートを食べてきた、というような軽い口調で彼女は私にそう告げた。
「どうだった・・・?」
息を詰めて問いかける私。
「美味しかったわ。nice taste・・・」
流暢な発音の英語。きっと彼女は優等生だったにちがいない。
「あなたのことも、お話したの。無事でいるって・・・私とおつきあいしてくださるのって話したら、『世間ずれしてない子ですから物足りないでしょうけれど、よろしくね』って、おっしゃっていたわ」
「そう・・・」
この期に及んでそんな気遣いをされてしまっている私。
きっと母は。
己の血も。息子である私の血さえも。
ともどもに尽くされてしまうことを予感しているに違いない。
それでいて。
まるで、息子の恋人に接するような物腰で。
しずかに対峙している。
「『息子とおなじO型なんです。お口に合って何よりですよ』ですって。」
彼女はくすっ・・・と笑った。
素敵なお母様。気に入ったわ。あなたとおなじくらい。
そう、言いたげに。

かわるがわる、吸ってあげるわね・・・
身をゆだねた唇が、いつも以上に欲情している。
いま私のなかに埋め込まれている牙が、ついさっきまで母のうなじも侵していたのだ。
母の血と、私の血。
ふた色の血がいま彼女のなかで、ひとつに織り交ざっているのだろうか・・・
マゾヒスティックな歓びに、知らず知らず下半身がいつもより剛く、鎌首をもたげはじめている。

好み

2005年07月22日(Fri) 05:57:11

二十歳になるこの歳まで、女の子とつきあった経験がほとんどない。
高校は男子校、中学のころはおくてだった私にとって、女子生徒は遠い憧れでしかなかった。
初めてつきあった少女は、皮肉なことに私の生命を枯らそうとしている女吸血鬼。
透きとおるような蒼白い肌に清楚な黒髪。
薄い眉毛の下に、控えめだがノーブルな目鼻立ち。
地味だが清潔で娘らしい服装で現われる彼女だった。
初めて会ったときよりも、今のほうがより私の好みに適っている。
聡明な彼女は敏感に私の気持ちを察知するらしい。

「こういうタイプ、お好みに合うんでしょう?」
からかうように私を窺う彼女。
潤んだ瞳に吸いこまれそうなくらいゾクゾクしている私。
初めて体を許してくれたとき。
「処女じゃなくて、ゴメンネ」
ちいさく、彼女は呟いた。
私はゆっくりとかぶりを振る。
きっと、若い男の血を吸いながらも、彼女はその時々の恋人たちの欲求に我が身をさらしてきたのだろう。

まえの男の血を吸い尽くすまでは、別のタイプの女の子だったのよ。

イタズラっぽい含み笑いを浮かべながら、彼女はそういった。

そうやって、好みのタイプに合わせてあげるの・・・相手の男の子がわくわくしているときのほうが、おいしく血をいただけるから。
そういう女の子なのよ、私・・・

そういいながら彼女はきょうも容赦なく、私の首筋に唇を這わせてくる。

たとえ私を骨抜きにするために過ぎないとしても。
おいしい・・・
笑みを浮かべた唇に、私の血――生命の源泉――を含みつづける娘。
想いを伝えたい・・・せつじつに思う。
その希いはおそらく、かなっているはずだ。
けなげに私の恋人を演じてくれる彼女への愛が。
情容赦なくぐいぐいと抜き去られてゆく血液に、いくばくかでも融け込んでいるだろうから・・・

お腹が空いたの

2005年07月21日(Thu) 08:50:01

邸に軟禁されている私。
その少女は、毎晩のようにかよってくる。
私の血を吸うために。
ごく普通の会話を交わしながら、首筋に牙をつきたててくる少女。
柔らかで生温かい唇がヒルのようにぬるりと這いつき、その裏側に隠された牙が皮膚を破る。
静かな音を立てながら抜き去られてゆく血液。
血を吸われているあいだ。じつは、そんなに悪い気分ではない。
むしろウットリとなりながら、血を吸い取らせてしまっている。
「いっときだけ、夢を見させてあげる」
少女はイタズラっぽく私に笑いかけてくる。
そうして、小悪魔のように身をすり寄せてくる。
そこには敵意も侮蔑も感じられない。
ひとつの行為を表と裏から共有し、愉しみあえるパートナー。
彼女の私への想いはそういうことにあるらしい。

少女は私の身体を思いやりながらも、喉が渇くと容赦なく私の血を求めてくる。
そういうときの彼女は、お小遣いを要求してくる援助交際の女の子よりも露骨である。
躊躇なくそれに応じてゆく私。
命乞いは許されないのか?
幾度か少女に、そう尋ねた。
答えはいつも決まっている。
「あきらめたほうが賢明よ」
と。
真顔で、気の毒そうに。
けれども、すべての希望を断ち切るような、ハッキリした口ぶりで。
仕方ないね・・・
力なく微笑みながら首筋を彼女の唇にゆだねていく。

供血

2005年07月21日(Thu) 08:37:21

「血を吸いたい」
愛する人にそう告げられたら、あなたはどうしますか?

夜更け、外からドアをノックする吸血鬼。
中から鍵がかかっているはずなのに、なぜか吸血鬼は侵入に成功しています。
一度家に招かれたことがあるから?
でも、生前に受けた招待はすでに無効になっているそうです。
真相は。
なかの住人が自分から鍵をあけて、吸血鬼を部屋に引き入れているんです。
どうしてか?
それは、外からドアをノックしているのが、かつての夫や息子だったりするためです。
血を吸われてしまうと分かっていながらドアを開いてしまう妻たち、母親たち。

死後もあなたのことが忘れられない・・・
自発的な供血は、そんな彼女たちによる愛の表現。

吸血相手の夫たち

2005年06月21日(Tue) 08:21:05

奈緒美の父が、痩せこけてきた。
「パパの血も、吸っているの?」
と尋ねる奈緒美に、
「いいや、オレじゃない」
と応えた。
「そう・・・」
奈緒美はいつになく静かな目をして、父のいる部屋のほうを見やった。
「パパもノリ兄さんに吸ってもらえばよかったのかも・・・でも、そうじゃないならいいわ」
尊敬する父親が私に組み敷かれて生き血を啜られるところは、どうしても想像できないという。
「パパがほかのひとを択んだのなら、きっとパパも思い通りにしたいんだろうから・・・」
言葉と裏腹に、まなざしが悲しげに揺れる。

「奈緒美と仲良くしてくれているようだね?」
いつお目にかかっても、お父さんはおだやかで口数が少ない。
家族の血を吸いに来る私にさえ、こころよく会ってくれる。
「ええ・・・」
どうこたえてよいかわからずに、私は口ごもる。
男同士、といっても、こういう関係はちょっと特殊だった。
兄とは、さしあたって、うまくやっている。
「夕べ、こっちまで聞えたぞ。エッチなやつだな」
おかげでひと晩、眠れなかったじゃないか、と、明るく背中をどやしつけにくる。
こちらの気分を察したのかどうか、お父さんはつづけた。
「裕美の血も、吸ってくれているようだね」
「うん・・・」
さすがに口ごもる私。
「いいんだよ、気にしなくって・・・きみが来た晩に、こうなるだろうと思っていたしね」
とりなすように、言葉をついだ。
「父親というのは、哀しいものだね」
メガネの奥で感情を消している。
「手塩にかけた娘をほかの男に取られ、犯されてしまうんだ。
 この村だけが狂っているわけじゃない。どこの親もいっしょだよ。
 娘を嫁にやる、というのは、そういうことだからね。
 でも、男親にはそれが嬉しいんだ。娘がそれで幸せになるのだったらね。
 おかしななものだ。吸血鬼のキミに娘を取られても、同じように思えるなんてね。
 あの子はキミといっしょになれて、喜んでいる」
痩せこけた五十男の頬に、死の翳が忍び寄っている。
相手は、幼馴染みの男性だと告げた。
自分の家族の血を吸っていたのが、それだけでは足りなくて、たずねてきたのだという。
私の来訪よりも、ちょっとだけ早かったようだ。
Yのやつ、そいつに妹を奪られたくなくて、おれに頼んだのか。
そんな思いが、頭をかすめる。
「ほんとうは裕美の血も吸わせてやろうと思ったんだが、キミのほうが早かったようだね」
「すみません」
「できれば、末永く、生かしてやってもらえないか?」
妻や娘の長命をねがうなら、そのまま生き血を吸われ続けることを許さなければならない。
ただ自らだけは、姿を消そうとしている。
愛する村の崩壊をみたくない、口ではそういっていた。
しかし。
愛する家族の生き血を吸われ続けるという、
そういう境涯に、己だけは身をおくことを肯んじないで、すすんで生を終えていこうとしているでは。
そう思えてならない。
兄と違って、あなただけは幸せにしてあげることができませんでしたね。
吸血鬼としての魔力。
吸血相手の夫や父の理性をも麻痺させて、己が妻や娘を捧げることにある種のマゾヒステリックな歓びさえ感じさせてしまうという。
家族の歓迎を得ることで、夫たちや親たちへの罪悪感を消し去って、エモノにありつけるはずなのだが。
お父さん。そんな小細工、あなたには通じなかったようですね。

娘のハイソックス 母親のストッキング

2005年06月19日(Sun) 07:45:44

学校に行くとき、奈緒美はいつもハイソックスを履く。
それ以外ではお呼ばれか、来客のときか、特別なときにだけ履く。
「どお?ちょっぴりお嬢様ぽいかな?」
兄のYを誘って映画に行くときについてきた奈緒美が得意そうに、おニューのハイソックスをそれとなく見せびらかしていたのを覚えている。
口に出しては言わなかったけれど、すねを蔽う厚手のナイロンはたしかに上品に映った。
最近の奈緒美は、いつもハイソックスを履いている。
「ノリ兄さんの好みでしょ?」
恩着せがましくいいながら、奈緒美はきょうも真新しいハイソックスをひざ下までぴっちりと引き伸ばす。
咬まれて血で汚されると知りながら。
さいしょの夜からしつこく唇を這わせたり、咬みついたりしていたから、よく心得ているのだ。
「はい、プレゼント」
スカートをひらめかせて無邪気に脚を投げ出す奈緒美。すっかり私の――屍鬼のモノになり果ててしまっていた。
純潔の証のように輝く無垢なかんじのふくらはぎが目映い。
わきあがる欲情が、抑えがたく胸を焦がし始める。
肉づきのいちばんたっぷりしているあたりに唇を這わせてゆく。
圧しつける唇を跳ね返すように、ももの筋肉がピチピチとしている。
しっかりとしたナイロンの生地の、しなやかな感触。じっとりと愉しむうちに、口許から洩れる唾液。
ちょっと、からかってやる。
「いい舌触りだね」
「えっち・・・」
奈緒美はもう、夢見心地に目を閉じている。
ハイソックスの向こう側から、まあ侵されていない青白い静脈が健康な血液を含んでたしかな脈動を伝えてくる。
ピチピチとはずむようなふくらはぎの張り具合を愉しみながら、ちくりと牙を突き刺した。
わずかに身じろぎするのを抑えつけて、牙を根元まで沈み込ませる。
純白の生地のうえに、バラ色のしたたりが不規則な水玉模様を広げた。

応接間では、母親の裕美が、小ぎれいにおめかしして待ちうけているはずだ。
娘のハイソックスとおなじように、自分の履いている濃紺のストッキングを破ってもらうために。
センスのよい柄物のプリントワンピース。
銀のネックレスに囲われたうなじには、ぽっちりとした赤黒い斑点がふたつ。
お母さんの首筋は、娘のよりもすこし、硬かった。