fc2ブログ

妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

果報者の蛭田くん

2005年12月31日(Sat) 08:24:00

今回はいつもみたいな蛭田の失敗談・・・ではありません。(笑)
ずいぶんお間抜けな蛭田くんですが。
意外なくらいにたくさんの女性をゲットしているんですねぇ。
ちょっと、羨ましくなってきました。
そんなわけで今回は、彼がモノにした主だった女性の「淑女録」などをお届けします。

鳥飼女史
「モノにされた?」
女史はケゲンそうに柏木を見あげて。
「失礼も、たいがいにするものですよ」
と、冷たく目線を逸らしてゆく・・・
  は、はぁ、すいません・・・ ーー);
・・・しょっぱなから大しくじりの柏木でした。^^;

史上最年少で抜擢された辣腕の女重役。(8月19日付・女重役のストッキングで初登場!)
いつもセンスのよいスーツをまるで軍服のようにきりっと着こなして、黒のエナメルのハイヒールをカツカツと、これまた軍靴のように響かせてオフィスを闊歩する。
蛭田のための装い・・・かどうかは不明だが、いつもしなやかでなまめかしいストッキングでかっちりとした脚線美を彩っている。
しぐさも人柄も男っぽく、ときにはがさつですらあるが、それが却って冴えわたる色香となって周囲を魅了している。
千里眼や読心術をも兼ね備えているものか、蛭田のミスやかげでこそこそやっているワルイことなどはすべてお見通し・・・。
いつも重役室に呼びつけられいぢめられているくせに、蛭田にとっては永遠の女性でもある。
血を与えるのは蛭田にたぶらかされているせいではなくて、特異体質な部下のための慈善事業だとか。

どうやら結婚はしているようですね。(11月5日付・オフの午後)
所帯じみたところをまるで見せないので、私生活はナゾです。
あのエンディングも、車を乗り合わせてきたのが本当に夫だったのか?
そもそも同乗者そのものがいたのだろうか?
と、疑いどころは満載です。

岬 奈津子
けっこう、尊大な人ですね。^^
なまなかな男は寄せつけなさそうで。
でも、なかなかな男だと思うと、いつのまにか隣りに出向いてお酌していたり、宿泊先のキーを目のまえでチラつかせてみたり・・・
そんなイタズラ、いけないですよ。お嬢さん。^^

濃紺のジャケットの下にふんわりとしたリボンタイのついた白のブラウスの胸をまるで誇示するようにそびやかして。
「蛭田?あぁ、あの坊やね。あたしがマトモに相手しているわけ、ないじゃない。
 あんまりデキがわるいから、見ていてとても愉しいの。
 しょせんは遊びよ、あ・そ・び・・・」
でも奈津子さん。
フフン・・・と得意そうに鼻を鳴らしているのは、まんざらでもない証拠ですよね?^^
それに、純白のブラウスにばら色の・・・それ、ブローチではありませんよね?
あと。いくら肌色だからって、ストッキングの伝線も見逃せません。
だって柏木、そちらのほうには目ざといものですから。^^;
(繰り出される平手打ちを巧みによけて逃走)

蛭田と隣りの営業三課に所属する、才色兼備なベテランOL。
教養の深さ、人脈の広さ、お酒の強さ、男関係の豊富さと、
どれをとっても右に出るものはほとんどいない。目指すは鳥飼二世?
ストレスがたまったときに蛭田を別室に招んで、ストッキングを破ってもらい発散するという奇癖をもつ。(9月4日付・ベテランOLの息抜き)
鳥飼女史には才能をかわれ、かわいがられているが、蛭田をはさんでは潜在的なライバル?
もっともそれを本人がどこまで意識しているのかはわかりません。
そうそう。
両刀使いというかくし芸?も、披露してくれましたね。^^ (12月28日付・新妻を誘惑)
誘惑したのはじつは蛭田ではなくて奈津子だった・・・というお話です。
えっ。苗字ですか?すみません。今考えました。^^;

間々田 瑞枝
「あの。ちょっと・・・カンベンして下さいっ。これでも一応、結婚しておりますので。^^;」
そそくさと走り去り、前をゆく間々田の逞しい後ろ姿に追いつくと、さも仲良さそうに腕組んで行っちまいました。^^;
顔、かわいいんですけど、そっけないですよね・・・

蛭田の同期でエリート社員である間々田の婚約者。(いまはもう入籍)
ミス総務部でならした社内きっての美人だが、彼女の過去を疑う間々田の意外な小心さから、蛭田に血を吸われる間柄に。(9月16日付・同期の彼女 以降)
馴れ初めは(9月16日付・勤め帰り)にあっぷされています。
間々田が引き合わせた・・・と知るとそれをよいことに彼の出張中に蛭田に逢ったり、オフィスの裏階段の踊り場でイケナイ遊びに耽ったり。
虫も殺さないような顔をしながら、見えないところではしっかり遊んでいる、ちょっと今ふうなお嬢さんです。
結婚後も新妻のフェロモンをまき散らし、それが災いしてか?幸いしてか?奈津子の仲立ちで蛭田との関係も復活?
ただ美人だというだけで毒にも薬にもならないキャラである彼女は奈津子あたりの敵にはとうていなり得ないはずなのですが。
ほんとのところ、奈津子は瑞枝をどう思っているのでしょうか?
むしろそっちのほうが、気になります。

菱原貴恵
「×日、Hと面談。ストッキングは薄紫。反応上々。
 途中、貧血のため体調不良に陥り中断したため、会話の詳細は記憶に残らず。次回の面談を年明けに実施の要。
 ストッキングに付着した唾液反応を観察予定であったが、救急呼出の折の混乱で紛失。後日再検査を要す」
―――営業第三課 菱原課長の手帖より

「Hと面談」は必ずしも「Hな面談」というわけではないのですね?
蛭田のなにを、そんなにお調べですか?^^
いつも顔色がよくない、奈津子の上司。(12月20日付・顔色の悪い課長)
本当はなかなかの凄腕で、電話一本で部下の窮地を救ったりする。
くすんだイメージは奥さんひとすじのご主人が吸血鬼だから・・・と奈津子はいうが、
その実あちらこちらでアヴァンチュールをしっかりと愉しむしたたか者でもあるらしい。
顔色の悪いのはむしろそのせいだったりして。^^;

白鳥美和子
「・・・・・・」
無言ですうっと通り抜け、インタビューを申し込んだ筆者を無視。
すれ違いざまに向けられた白い頬に浮ぶ微笑がひどくミステリアスで、筆者ゾクッと寒気を覚える。^^;

秘書課に勤務する妖艶な日本的美人。
配属時期は不詳。年齢も未詳。
お局OLのそのまた上にさりげなく君臨している、一見とても物静かな秘書嬢。
しかしそのゆったりと優しげな微笑は、上司も避けて通るお局OLたちをダマらせる凄みを持つ。
淑やかな物腰と妖しい美貌は、おなじ制服に身を包んでいても仕立ての違う衣裳のように見えるほど。
なにを思ったか誘蛾灯か食虫植物のような引力で蛭田を誘惑した。(12月30日付・淑やかなハイミス社員)
はたして酔い酔いになってしまった蛭田は、御用納めのときに女史の血でようやく息を吹き返すほど、彼女の血液中に含まれる毒素は強烈だったらしい?
上品で、とっても優しそうなのに。怖いお姉様です・・・ ーー;

このほかにも大活躍な蛭田にとっては、オフィスも狩りの場?
通りすがりのOLの血をいただいたことも、一度や二度ではないようですし、(11月4日付・お駄賃)
知人の恋人や婚約者にも手を出すイケナイ男であったりもします。

須美子
同期の笹山の婚約者。
時代遅れなくらいにくそまじめな同期の笹山に、蛭田はとても好意を抱いています。
だから、彼の婚約者の血を吸いながらも、処女まで失敬しようとはいたしません。^^
笹山のほうも渋い顔をしながらも、血を吸うだけだぞ・・・と婚約者を貸し出すのですが。
たぶん彼のほうでもなんとなく、蛭田には憎めないものを感じていたのかもしれません。
揶揄の対象でしかなかった彼の古さに蛭田のほうが好意を持ったからでしょうか。
そんな笹山の婚約者である須美子さんに対しては、蛭田もしおらしく思い切りガマンの展開・・・だったはずなのですが。
笹山さん、ガマンできなくなっちゃって。^^;
嫁入りまえに、抱いてしまったのですね。須美子さんのことを。
あるいは彼女に課してしまった吸血体験が、刺激の発端になったのかもしれませんから、蛭田はやはり罪な男です。(けっきょくそこかい)
それにしても。
処女喪失を免罪符にして挙式まえから浮気に耽っちゃう須美子さん。
この夫婦、ほんとにうまくいくのでしょうか・・・

珠恵
蛭田の幼馴染みであるユウジの婚約者。
白鳥秘書と、どことなく似ているキャラですね。
一見淑やかで、表向きは夫となるユウジになんでも随う、従順な女です。
埃の浮いた自室にふたりを引き入れた蛭田にとって、彼女のストッキング姿は「掃き溜めに鶴」だったかも。
珠恵からは珍しく(本当に珍しく)処女をゲットできた蛭田ですが。
しかし。恋人のいうなりに蛭田に身をゆだね、処女を奪われたあとの彼女の言動は、小気味よいほどしたたかです。
こちらのカップルは「この夫にしてこの妻あり」という感じで。
とても似合いのお二人のように思えます。

康代
だいぶまえに登場しました。
鳥飼女史のライバルに当たる重役の奥さん。
もともとその重役の部下の妻であったのが奪われて、重役夫人となった過去を持っています。
女史が握られた弱みを相殺するために誘拐してきた蛭田くん、
しかし・・・きみの行動にはとても不純なものを感じるのだよ。
「つかの間の恋をしてみませんか?」だと。
そのあとに正直に奥さんに意図を告げたところはえらかったですが。
血を吸われ酔わされた奥さんのほうも、案外本気だったのかも。^^;


男っぽくても情の深い女。淑やかなようでしたたかな女。
あなたは、どんなタイプの女性の血を吸いたいですか?^^

御用納め

2005年12月31日(Sat) 05:47:00

あわただしい年の瀬がきらびやかなイルミネーションに彩られているのは25日まで。
そして、その日が終わるとあたりは張りつめたものが途切れたような空白と、よりいっそうのおしつまったあわただしさに支配される。
そう、あわただしさ・・・
忙しさ、ともせわしなさ、とも微妙に違う、あわただしさ。
だれもがそんなものに流されてしまうその濁流のなかに、蛭田もいた。

営業部の御用納めは30日である。
それまでは〆の迫った仕事に追われ、そのいっぽうでカレンダ配りに走り回る。
年内に〆なければならないはずの仕事で埋め尽くされた机のうえを、そのままにして。
  カレンダ配りなんか、片手間なんだからな。
上司はそんな無茶を堂々と言うけれど・・・
それは詰まっている自分の営業スケジュールのツジツマあわせを部下にやらせたい下心から出たものだったりもする。
しかし誰も彼の思惑なんか真に受けたりしていない。
とてもじゃないが、そんなゆとりは誰も持ち合わせてはいないのだ。
が、さいごにはふしぎと帳尻が合うのもまた、御用納めの不思議な特質であったりもする。

頭ががんがんと、割れるように痛い。
誰の唄った歌だろう?
喧騒にまみれた夕べの宴会の余韻がまだ、耳の奥にも頭のなかにも響き渡っている。
おかたい職場だと20日すぎに一回、きれいにさらりとながしておわるのだが。
営業部の忘年会がそんなひととおりのもので終わるわけがないことは、社内の常識になっている。
夕べも。そのまえも。
いったい幾晩、おなじような面子の飲み会につき合わされたことだろう?
蛭田も酒は嫌いではない。
けれども、もっと好きな飲み物もある。^^
そっちにいきたくても誰もがいかせてくれない、そんな連日連夜。

例年の彼ならそれでもじつは、年末の帳尻合せはそう難しくなかったりする。
なにしろ、時間と空間の隔たりを超越して動くことができるからだ。
  その能力、もうちょっと仕事に生かしてみたら?
奈津子などは、冷ややかに、辛辣に、そう口にするのだが。
腕組みをしてそうのたもうた奈津子の顔を思い出すと、頭痛はいっそう激しさを増してくる。
  おっかしいなぁ。どうしてこんな・・・
いつもせっぱ詰まると発揮できるはずの特殊能力が、きょうこのごろにかぎってすっかり鈍ってしまっている。

「蛭田さん、役員室」
隣りの課から、奈津子の声がした。
このところすっかりご無沙汰の奈津子の声は、妙によそよそしく響いてくる。
えっ?
奈津子の声色の冷たさなんかより、短い言葉の内容にぎくりとして、
「ぅ・・・」
蛭田は一瞬凍りつき、凍りついたまんまあたふたと部屋を出ていった。

頭痛が痛い。
日本語として間違っている・・・
そう思いながらも。
本当に、頭痛が痛い。
夕べのカラオケの喧騒が、まだ執拗に脳裡を渦巻いている。
あれはいったい、なんの歌だろう?
耳の奥を執拗にリフレインするあの歌声。
妖美に若々しい、女の声だ。
ひと晩すぎるともう意味不明な呪文のようにしか記憶に残らない歌詞。
まるでそれはなんだかラテン語だったような気にさえなってくる。
あのひと、どこからまぎれ込んだんだろう?
二次会?三次会?
おなじような場所で飲んでいれば、しぜんと起こる合流、ばっくれの離合集散。
そのなかで彼女がいつからそこにいたのか、誰も知らなかったりする・・・

ふふん。
鳥飼女史の白い面貌はこのところ、いっそう凄艶な美しさを増しているように思われた。
そんな女史の顔が、きょうはなぜかいつもよりいっそう眩く感じられるのだが。
欧州出張帰りの女史は見慣れないアクセサリーを胸元にきらめかせながら、
こつこつ。こつこつ。
黒光りするハイヒールを響かせながら、さっきから蛭田のまえを行ったり来たりして。
じろじろ、じろじろ、彼のことを眺めまわすのだ。
とても、愉快そうな顔つきで。

「あの・・・俺の顔、なにかついてますか?」
思わず口にしたひと言に。
女史はいっそう惹きたてられたように。
ニヤニヤとひとの悪そうな笑みを艶然とこぼれさせてくる。
「ついてるも、ついてないも」
くすっ、と笑い声さえ洩らして。
「留守中なかなか、いい思いばかりしていたようね」
え、えっ?
腰から力が抜けて、蛭田はひっくり返りそうになった。
ただでさえ頭痛でふらふらなのに。
だって、だって、あなたがいないのがいけないんですよ・・・
浮気の言い訳として、これほどまずいものはないのだが。
  だって、喉渇いたんだもん・・・
そういって、母親のエプロンをつかんで泣いた日のことが一瞬頭をよぎった。
「まぁ、愉しむのはかまわないわ。私ひとりでまかない切れるわけでなし・・・でも、吸ってはいけないものをだいぶ、取り込んでいるようね」
女史がすうっと頭をめぐらしたのは、秘書課のほうだった。
仕切られたついたての向こう側に好敵手の姿を見出すように、女史は肩をそびやかして。
くすっ。
と、笑んだ。そう、とても心地よく、愉しそうに。
「こっちへいらっしゃい」
目を白黒させている蛭田を抱え込むように引き寄せると、
女史はソファに腰をおろした。
蛭田の肩にかかる女史の掌の力はやたらと強く、蛭田自身はじゅうたんのうえにじかに膝をつけていた。
目のまえを、濃紺のストッキングに包まれた女史のひざ小僧が揺れている。
整然としたナイロンの織目が淡い光沢を微妙によぎらせて、
しっかりとした肉づきの脚線美を淡い濃淡できわだたせている。
まるで、蛭田を誘惑するように。
「こういう誘惑に、いつも負けてばかりいちゃダメなのよ」
まるで悪戯坊主を諭す母親みたいな口調が、頭上に降ってくる。
「ヨーロッパ土産、まだ渡していなかったわね」
耳朶に吹き込まれるなま温かい呼気に耐え切れなくなって、
蛭田はもう無我夢中になって、女史のスカートをめくり、太ももにしゃぶりついてしまっている。

「すこしは手加減、しなさいな・・・」
また言われてしまった。
散らかった自室についで二度目のお叱り。
しかしそれを心地よく受け流すほどに、蛭田は全身に満悦の気がかけめぐるのを覚えていた。
女史は白い顔をこころもち蒼ざめさせて。
チリチリに引きむしられたナイロンの包装を、チャッ、チャッと音を立てて剥ぎ落としてゆく。
髪をあげたうなじにも、ふたつの痕をくっきりと滲ませて。
女史はそつなく身づくろいを済ませると、さいごに髪をほどいて、
ばさっ。
と、肩先に揺らしていく。

まぁ、誰でもかれでも手を出したりしないことね。
そうはいっても、相手があの女(ひと)じゃ、二度三度おなじことをくり返すんでしょうけれど。
女史は目で、そういっていた。
役員室を出たときは、頭痛は嘘のように去っている。
そしてなぜか、あれだけ散らかっていた机のうえも、
部内に戻ったときには残った仕事もろとも、きれいに片づいていた。


あとがき
さいきんoffice編が相次いでいるのは、やっぱり自分が忙しいせいなんでしょうかね。^^;
家に帰るとくたびれてしまって、良い子みたいに早寝をして。
挙句、とんでもなく早くに目が覚めてあっぷをしていたりします。^^;
蛭田の「御用納め」はなん日かまえから書きたかったのですが。
どうにも構想がまとまらず。
なんとなくでもカッコウになったのは、自分の御用納めがすんだあとでした。(笑)
妖しい美女の血を吸って。襲ったのか襲われたのかわからないような前回でしたが。
あのまま年を越させてはちょっと気の毒と、女史におはらいをお願いしてみました。
  なによ、こんなありきたりなお話にしちゃって。
そんなふうに女史にとがめられそうですけど。^^;
やはり女史は最強ですね。^^

淑やかなハイミス社員

2005年12月30日(Fri) 05:30:00

どこの職場にも一人やふたり、いるようである。
古風にしっとりと落ち着いた、淑やか系の美人。
それでいて、独身。齢はあきらかに四十を越えている。
職場の女どもを取り仕切るお局さまのさらに上にいて、
威張るふうなどこれっぽっちもなさそうに見えるのに、
さりげなく君臨している、孤高のひと。
どういう住み分けがされているのか、
スカートを履いたけだもののようにしたたかな、あのお局さまも、
どうやらあの女(ひと)には一目も二目も置いているようす。
彼女とまともにタメ口をきけるのは、ごく一部の役員だけらしい。

彼女はお嬢さんのように長く垂らした黒髪をたなびかせ、
まるでお姫様か妖精のように、楚々とした歩みをすすめてくる。
―――えっ?彼女?だいぶ前からいるよなぁ。
白鳥美和子。
彼女がいつから秘書室に配属になったのか、じつは誰も知らない。
そんな彼女が目指したのは、営業部。
珍しい姫君のご入来に、営業部の面々はいちように、それもさりげなく、彼女のほうをかえりみる。
誰もすすんで声をかける度胸のあるやつはいなかった。
営業部きっての俊秀とうたわれた間々田にしてさえ、段違いの存在感にハッと身を引くほどである。
まして、声をかけられた蛭田にいたっては、もう自分の身になにが起きたのかさえ知覚できないで、
ばかみたいにぽかんと口を開けっ放しにしているほどだ。
「あの。ちょっと、お話が・・・」
なにかがねっとりとまとわりついているような物腰で。
たしかに彼女は、そういったようだ。
へ?
と思ったときにはもう、彼女はくるりと背中を見せて。
すうっ、と音もなく、営業部から立ち去ろうとしている。
どうやって部内をあとにしたのか、さっぱり記憶にない。

通された別室は、スチール製のパーテーションに仕切られた無機質な打ち合わせルーム。
奈津子とつかの間の逢瀬を愉しみ合う秘密の空間にもしばしばなったことがある。
見慣れた打ち合わせルームも、美和子に導かれると床の間つきのお茶室かなにかのように奥ゆかしい風景に見えてくる。
そこはさすがに蛭田のことだから。
ケシカラヌことだと思いつつも、淑やかに組み合わされた足許につい目線を迷わせているのだったが。
ゆったりとした感じの肌色のストッキングが、まるで天女の羽衣のようにふんわりと、麗人の脚を包んでいる。
すらりとした、白い脚。
まだ女優さんが雲の上の人だった時代、スクリーンを闊歩する淑女の脚はこんなふうだったかも知れない。
齢不相応に古い趣味をもった蛭田はとっさにそんなことを思っていたのだが・・・
そんな想いを断ち切るように、唐突な話題にアッとのけぞることになる。
「吸血鬼なんでしょう?蛭田さんって」

目のまえの麗人はニコニコと、静かに微笑んでいる。
目じりの小じわや、微妙に型崩れをした頬のふくよかさを割引すればじゅうぶんに、
  未婚のお嬢さん
という彼女ほんらいの身分を取り戻すことができた。
かっちりとした目鼻立ちはただたんに整っている、というだけではなくて、知性と人柄と、波風にもまれたすえに初めて得られる人としての熟した芳香を馥郁と漂わせていて。
若い娘の名残りを色濃くとどめながら、若い娘の持ち得ない魅力をも放散している。
「・・・ですよね?」
にこやかにたたみかけてくる白鳥美和子の言葉が、もう半分も耳に入らない。
いつかどこかでこんな迫り方をされて困ったことがあったっけ。
そんなことを思いながらも、静かな微笑という強い縄目にがんじがらめになってしまっている蛭田だった。

「私くらいのおばあちゃんになるとね」
自分のことをおばあちゃんだなんて、これっぽっちも思っていないはず。
―――そ、そんなことは・・・
ぶきっちょに強く打ち消してくる相手の反応をありありと期待してのご発言だ。
「ちょっとかわった体験、してみたくって」
夢見ごこちな視線を傍らに逸らして、白鳥美和子はイタズラっぽく肩をそびやかしてみせる。

なんだろう?なんなんだろう?
部屋から出たあとも、まるで魔物に魅入られたみたいな顔をして。
さめやらぬ夢のあとを追うようにあらぬかたをぼう然と見やっている蛭田だった。
作法どおり、ふくらはぎを半歩まえに差し伸べて。
ちゅうっ、と無作法に圧しつけられる唇に、
はぁ・・・っ
と、恥らうように眉をひそめ、吐息を洩らして。
潤いを帯びた柔肌にぴったりと貼りついたナイロンは、とてもしなしなとしていて、彼の唇を限りなく愉悦させる。
ちゅう、ちゅう、くちゅうっ。
思いのほか多量にあふれてきたよだれを行儀悪くなすりつけながら、
素肌に沁み込ませた毒液に惑う目線の乱れをみとめると、
彼は立ちあがって、彼女のうなじを抑え、
上質の絹に縫い針を通すように、すうっ、と、音もなく。
血の気の薄そうな素肌に、牙を滲ませてゆく。
ちゅ、ちゅう・・・っ。
年増の美人秘書が裡に秘める、妖艶で繊細な芳香。
いつか両肩をつかまえて。
ぐいぐいぐい・・・っと、むさぼってしまっていた。
女はうっとりと、蛭田のことを見あげてくる。
ゾッとした。
青白い目・・・。
女の白い面貌には、あきらかに魔性の気が漂っていた。
ホホ・・・
青白く透き通った瓜実顔に軽い含み笑いを浮かべて。
女は、もうたまらなくなるくらい濃艶な媚びを含んだ目を蛭田に這わせてくる。
「たまにお相手、してくださるわね?」
蛭田が熱に浮かされたように頷くと、
女は初めてパッと顔を輝かせ、別人のように恥らうような微笑みを見せた。
「では、またいずれ・・・」
あくまで淑やかに会釈をした女は、ノーストッキングのまま出て行った。
カツカツと遠ざかってゆくハイヒールの響きは、どこまでも整然としている。
ポケットに突っ込んだ手のなかに握り締めたストッキングが、まだ女の体温を秘めたまま、男を縛りつけるようにしんなりとした感触を伝えていた。

ショーツを引き裂いて・・・

2005年12月29日(Thu) 08:20:29

はぐりあげられたスカートからのぞいたガーターに、
私の目は釘付けになっている。
てっきりパンストしか履かない女だと思っていた女房は、
意外なくらい扇情的に脚をくねらせて、
娼婦のように毒々しく、くすくす笑いを浮かべている。
ヤツはそんな女房に迫ってゆく。
私は後ろから。女房の両肩を抱き止めるように羽交い絞めにして。
二対の男の手は荒々しくブラウスをまさぐりながら。
タイをほどいて。ボタンをはずし。けっきょくのところ、引き裂いて。
ブラジャーに包まれた乳房をあらわにしていた。
女房の手がするりと入り込んできて。
レエス模様のブラジャーをべりりと剥ぎ取って、傍らに投げ捨てている。
うわぁ。そこまでするのかよ。
思わず顔をのぞきこんだ女房は、ふふん、と鼻を鳴らして。
またもや娼婦のようにすさんだ笑みを浮かべている。
さわさわさわさわ・・・
地味なロングスカートのなか、淑やかに隠された脚線美。
ふたたびあらわにされて。
どれほど見てもつややかな、黒のガーターストッキング。
淫靡に透きとおるナイロンを通して、妻の素肌がぬらりとした輝きを帯びていた。
むき出しにした鋭い牙を。
チカリ、チカリと嬉しそうにあてがって。
ヤツは妻の素肌をいたぶり始める。
そんなヤツのために。
女に飢えて、ひたすら性欲を処理したいという欲求のために。
妻の貞操を目のまえであらわにしてゆく私。
ショーツのうえから唇を這わされて。
あぁん・・・
女房は、耳にしたこともないようなふしだらなうめき声を洩らしている。
私はショーツのわきに指を刺し入れて。
女房とヤツのために、
ぶちっ。
と、断ち切っていた。
はらりと落ちた薄い生地を取り除けて。
ヤツはにんまり、と笑むと。
女房の潔い処を踏みしだいた。
迎え入れるとき。
抑えた両肩がググッと競りあがるのをおぼえて。
女房とふたりして迎え入れた貞操喪失をあらわに感じてしまっている。
  さぁこれからあとは遠慮してもらおうか。奥さんを独り占めにしたい気分なんだから。
しゃあしゃあとそんなことを抜かすと部屋から私を追い出して。
庭に回って窺った窓ガラス越し。
後ろ向きに組み伏せられた女房は、しっかり交尾されていた。
おめでとう。せいぜい、ヤツの寵愛を愉しむ事だね・・・
淫らな光をたたえた白い目に、私はズキズキとしたウィンクを送っている。

えっちな吸血

2005年12月29日(Thu) 07:52:31

傍らで女房が横倒しにされて、生き血を吸われている。
チュッ、ちゅっ、ちゅうっ、ちゅうっ。
もぅ小気味良いくらいリズミカルに、テンポの速い、吸血の音。
撥ねかった血潮でブラウスをバラ色に滲ませながら。
女房は目を瞑り、眉をひそめて、歯を食いしばって。
行儀のよくない吸血行為に、もぅひたすら耐えている。
  奥さんが持つのは、まぁ五回くらいかな・・・
ヤツはそんな冷酷なことを口にしながら。
それでもよほど口に合ったものか、女房の生き血を喰らいつづけている。
きゅっ、きゅっ、きゅっ、きゅっ、きゅうっ、きゅうっ・・・
女房の身体から血を吸い盗られてゆく音が、しまいにとても愉しげに鼓膜の奥に響いてくる。
しまいに女房のやつは、くすくす、ヘラヘラ、ふしだらに笑いながら。
ヤツの思うまま、すすんで生き血をご馳走し始めてゆくのだが。
それでもヤツはあきたらず、女房のうなじに取りついて、
ひたすら、血潮に酔い痴れてゆく。
  まぁ、私の血って、そんなに美味しいのかしら。
  ねぇあなた、私もまだまだ、捨てたものじゃないでしょう?
女房はそんなことさえ口にしながら。
もう、吸血を厭がっていないのだ。
  あのさ、頼むから・・・
私は吸血鬼に話しかける。
  頼むから、命だけはとらないでくれよ。こんなに嬉しそうに、キミの相手をしているじゃないか。
  そうよ、そうよぉ。
女房のヤツも相槌をうって。
ナレナレしく吸血鬼の肩を横抱きにして。
  一度こっきりじゃなくって、もっと吸わせてあげたいの・・・
  それならご主人悪いけど。
ヤツは臆面もなく、いいつのる。
  奥さんの操を頂戴しても、構わないだろ?オレの女房になってくれるというのなら、情も移ってくるからね。
  えっ?それはかなり悔しいな・・・
そういいながら。だんだん腰砕けになってゆく私だったが。
ヤツは意外にあっさり頷いて。
  じゃあそのかわり、脚をイタズラさせていただくぜ?
そういうと。
女房の脚もとににじり寄り。
肌の透けて見える黒のストッキングのふくらはぎに、そのまま唇を吸いつけて。
ぬるっ。
と、よだれをなすりつけていた。
  アッ、ひどい。
女房が顔をしかめると。ヤツはとても嬉しそうにして、
にゅるり。にゅるり。くちゅうっ。
わざとイヤらしい音を立てながら、女房の履いているストッキングをいたぶり続けて。
だんだんねじれてくしゃくしゃになった薄手のナイロンは、とうとう見るかげもなくチリチリに裂かれていった。
破れ果てたストッキングはあちこち肌をあらわにして。
それはひどくふしだらな眺めだった。

あら、いらっしゃい。
エプロン姿の女房は、きょうも自分の血を吸いに来る客人を、とてもにこやかに迎え入れている。
エプロンの下にはベージュのスカートを着けていて。
その下にはグレーのストッキングを着けていて。
チラチラ目線を這わされる足許を軽くすくめながら。
  珍しい色でしょ?
ちょっと得意気に、脚をぶきっちょにくねらせた。
  特別な気分の時に履くのよ。
なんて、いいながら。
もうヤツのほうへと、グレーのストッキングのふくらはぎを伸べてゆく。
目を血走らせてとりついてくる吸血鬼に、惜しげもなくストッキングのふくらはぎをねぶらせて。
きゃっ、きゃっ、と、はしゃぎながら。
ふしだらによじれてしわくちゃになってゆく薄いナイロンの波立ち具合に見入ってしまっている。
  ねぇねぇあなた。見て見てっ。
よせばいいのに、女房のやつ。
私を呼んで、見せつける。
  カンベンしてくれよぉ・・・
といいながら、それでも熱い目線を女房の足許に這わせてしまっている私。
ヤツはソファにふんぞり返って。女房を我がもの顔に抱き寄せて。
  悪いね、ご主人。
そういいながら。
女房のうなじに食いついた。
ああっ、うぅ~んっ。
女房のヤツ、きょうはえらくノッていやがる。
ダンナの前だぜ?もう少し、イヤがれよな。
ヤツもヤツだ。
こん畜生。ひとの女房をなんだと思っていやがるんだ。
さっきからちゅうちゅう、ちゅうちゅうと、
やらしい音をわざとらしく立てながら、
お前の女房はもう征服しちゃったんだぜ?
どうやらそういいたくてたまらないらしい。

そう。
おとついの真っ昼間。
女房は私しか知らない体を投げ出して。
のしかかってくる吸血鬼の下。携帯電話に唇をあてて。
勤務先に電話をかけてきた。
  ねぇねぇ、ゴメンしていい?
  どういうことだい?
愚問だと知りながら。ウキウキ浮ついた女房の口ぶりになぜか魅せられたようになって。
私はつぎの言葉を求めていた。
  あたし、情婦にされちゃいそう。いいでしょ?いいでしょ?彼、もうガマンできないんだって。
そういいながら、まるでおねだりするみたいにして。
  あいつに乗り換えるわけじゃないんだから。ちょっとだけ、味見させてあげるだけなんだから。
そこまで言い募られて。とうとう
  わかった、わかった。好きなようにしなさい。
そんなふうに、女房をねだり取られてしまった、情けない亭主。

いま目のまえで戯れあっている二人。
女房のやつ、グレーのストッキングをもうチリチリにされてしまって。
ベージュのスカートの下、浮き彫りになった太ももが、はっきりと大またに開かれているのがよくわかる。
始めるよ・・・奥さん主演のポルノ映画。
やつは得意そうに、にんまりとそう笑って、
まるで共犯者のようにニヤニヤと笑みを返してしまっている私。
組み敷かれたじゅうたんの上。
くすぐったそうなヘラヘラ笑いがひときわ高く、刺激的なうめき声に取って代わってゆく。

浮気女房の生態

2005年12月28日(Wed) 17:34:02

女房が浮気をしている・・・
ふとしたことから、それと知ってしまった私。
腹の底にはじりじりとしたものが、こみ上げてくるまでに逆巻いている。
仕事に出かける、といいながら。
ほんとうは出勤日ではないことは、用事を装ってかけた妻の勤務先の応対からそれとわかってしまっている。
いまごろどこかのホテルで。
彼氏と逢っている時分だろうか。
妄想はありありと、忌むべき刻をリアルな描写を重ねてゆく。

あらかじめ待ち合わせたワンルームの個室。
妻の今朝のイデタチは、白のブラウスに黒いタイトスカート。
脚には、黒のストッキング。
「清楚な感じがして、好きなのよ」
そういいながら。
硬質なエナメルのハイヒールに縁取られた足許から漂う妖艶さを、妻はどれだけ意識しているのだろうか?
そんなイデタチのまま、情夫を待ち焦がれる妻。
黒のストッキングに包まれた太もものそのまた奥は。
彼女が発する、もっとも淫らな液体で、しとどに濡れそぼっている。
現われた情夫に、艶然と微笑みかける妻。
そんな顔つきをしたことは、私に対してはもうしなくなってどれほどになることか。
いや、あのころの妻よりも。
いっそうあでやかで、妖しい色香を漂わせて。
妻は彼氏に熱いまなざしを与えてゆく。

男はシャワーも浴びないで。
もぎ取るように荒々しく自分のワイシャツを脱ぎ捨てると、
逞しい胸もあらわに、着衣のままの妻にのしかかってゆく。
「あら、まあ!」
うわべは驚いたような顔をしながらも。
彼氏のそんな迫りようは、とうに計算済み。
逞しい胸に手をあてて、息遣いも熱く迫ってくる男の身体をわが身から隔てようと突っ張る腕。
そんな抗いは、もちろん擬態に過ぎないのだ。
突っ張った腕をへし折るようにして取り除けて。
そうされるともう、ベッドのうえ、彼女の細腕はだらりと力なく伸びている。
剥ぎ取られるブラウス。せり上げられてゆくスカート。
男は逞しい腰を無抵抗な妻の上にすり寄せて。
ぐいぐいぐい・・・っと、私だけのための部位にもみ込んでゆく。
そう、赤黒く逆立った硬い肉塊を、ふっくらと白い秘所に突き入れて。
「アッ・・・あううううううん・・・っ」
その瞬間妻はのけぞって、
食いしばった歯並びのよい歯の間から、つい歓喜に満ちた呻きを洩らしてしまうのだ。

私とのときにはいつも、いちどしかゆかない妻。
そんな妻が、もう二度三度と、男の腕のなか、身もだえしながら。
いってしまっている・・・
ひしひしと募る、敗北感。
冷感症な妻を、やつはどうしてここまで感じさせてしまうことができるのか。
宴が果てると彼氏は乱れた妻の黒髪を優しくなで上げながら、
  由貴子・・・きょうのきみは、とても素敵だったよ。
  三回もいってくれたんだね やればできるんだよ
  そう、自信を持って。また、がんばろうね・・・
そんなふうに、囁きかけている。
そんなひと言ひと言に。
無心に頷いている妻。
よけいに募る、敗北感。
うかつにも夫であることだけに奢っていた私には、あんな気遣いは遠い昔のことになっていた。

「おや、ストッキングの色が違うようだね」
出かけるときは、肌色じゃなかったかね・・・?
眼鏡の奥からじいっと見つめて、さりげなく水を向けてみる
「あらぁ。よくお気づきなのね・・・」
妻はちょっと意外そうに、それでも落ち着き払っていた。
「ちょっと、引っかけちゃったのよ。黒だと目だつでしょ?持ち合わせを切らしていて、困ったわ」
そのほうが色っぽくて、よかったのに。
そういう私に。バカね・・・と妻は、どこまでも常識的な主婦だった。
人の悪いイタズラにちょっと夢中になりかけた私。
「ほかのヤツに破かせているわけじゃ、ないだろうね」
そういうときには、ボクにわからないように、履き替えを用意して行くんだろうね・・・
まだしらばくれるようだったら、そんなふうにからかってやろうと。
ところがテキは、薄っすらと笑みを浮かべて。
「さぁ、どうかしら?」
愛されている自信か?そこまで軽くあしらわれてしまうのか?
動揺を隠し切れなくなる私。
「だいじょうぶ。お父さんが一番よ♪」
ルンルンと台所を行き交いながら、いつものようにてきぱきと、狂いなく家事を進めてゆく妻だった。

その夜のベッドは。
とくに昂ぶってしまっている。
つい、熱い声色で、囁いてしまっていた。
―――正直に言いなさい。よその男にストッキングを破らせているのだろう?
―――ウフフ・・・
妻はあくまで笑って、応えない。
つい口を衝いて。
正直に、白状してしまっていた・・・
お前が犯されているところをみたいんだ・・・

じゃあ、見せてあげようか?^^彼、なんていうかしら。明日逢ったら、話してみるわね♪
いともかんたんに、男との情事を口にする妻。
その夜のベッドの上で、夫婦の関係は明らかに違ったものになっていた。
愚問と知りながら、どうしても聞き出さずにはいられない愚問。
「オレとそいつと、どっちがいいんだ?」
そんなくだらない問いに、彼女はとてもオトナだった。
「もちろん、貴方に決まっているわよ。彼とは割り切りづくの、あ・そ・び♪」
仮にそれが口先だけのことであっても。
そのひと言で寝取られた夫はどれほど救われることだろう。

「ご理解のあるご主人なんだね・・・ですって」
妻は帰ってくるなり、そういった。
もう咎めるつもりもない、深夜の帰宅。
情事の名残りを毛筋ほども見せないで。
妻は事務的に、彼氏との会見内容を私に報告する。
  さいしょは、びっくりしていたわ。
  でもね。すぐに、「こんな関係、ご主人にわるいよね・・・」ですって。
  彼、若いからとっても素直なの。
  許してあげてね。若いのに恋人がいなくって。
  私はかりそめの居場所だって、当然それはわかっているの。
  家庭的に迷惑かけたくないって、言ってくれているの。
どうしても刺激的に響いてしまう、もっともらしい弁解
それらは鼓膜を突き刺し、胸をえぐった。
けれどもなぜか、伴う痛みの残してゆくどうにも妖しい余韻に、
私はまるで酒に酔ったように、ついふらふらと理性を惑わせていた。

「彼とお話してみる?」
そう、妻にはすすめられたが。
とても言葉を交わす勇気のない私は、ただ黙って隣室から覗くことを望んだ。
妻がほかの男のまえで、どう変貌するのか?
母であり、主婦であり、さえないありきたりの中年女になってしまっていたはずの妻。
それが今はウキウキと、若作りな服に装って。
いそいそと支度して、黒のストッキングのつま先を、いつものように黒光りしたハイヒールのなかへとおさめてゆく。

自信を持ってね。貴方。わたしの夫なんだから。
ほかの男性から目をつけられるほど魅力的な人妻の、持ち主なんだから。
飢えている男に恵んでやるような、寛大な気分でいてくださいね。
そう、妻に諭されて。
ドキドキとどろく胸と、カラカラに渇いてひきつった喉を抑えながら。
そらぞらしい隣室の空気のなか、独り熱くわが身を燃え立たせている。
いつものようにニコヤカに、彼氏を迎え入れる妻。
相手は・・・たしかにオレよりも若い。
体躯も堂々としていて、逞しい感じだ。
愛想もよく、たしかにまじめでぶきっちょな感じ。
部下にこんなのがいたら、とても歯がゆくなるようなタイプのヤツだ。
でもきっと、手堅さをかって、仕事は任せるかもしれないな・・・
こういう間柄でなければ、仲良くなれるタイプのヤツかもしれなかった。
それにしても、妻のあのうち解けた、ナレナレしい態度はなんだろう?
ちくしょう。おれのときよりもずっと濃やかじゃないか。
しかし、彼氏のほうも。
寒かったろ?仕事、押せているんじゃないの?
オレよりもはるかに、妻に対して気遣わしげだ。
だいたい、妻の仕事先の忙しさだのなんだのって、考えたこともないこのごろだった。
  貴方も私にこれくらい、気を使ってくれなきゃダメなのよ。
妻はきっと、そういいたかったのだろうか。
まるでこれ見よがしに彼に優しく接している。

彼氏は私のいるほうにちょっとだけ目を向けて、
でも妻はちいさくかぶりを振っている。
  ホントに、いいの・・・?
そういわんばかりの彼の顔色。
妻は応える代わりに、首のうしろに手をやって、ネックレスをはずしてゆく。
私の前。時間をかけた熱い口付け。
いちど口づけを許すと、人妻はとめどもなく堕ちてゆく・・・というけれど。
そんな熱い接吻を、もう私の目も気にせずに、熱く耽ってゆく私の妻。
やがて両肩にあてがわれた彼の掌に力がこもり、
首すじを吸いながら、ゆっくりと妻のことを押し倒してゆく。
上体を支えるほっそりとした白い腕がじょじょに傾いて、
手をシーツの上をすべるらせて。

きょうの妻のイデタチは、お気に入りの黒と白のプリントワンピース。
見慣れた柄のワンピースが妻のうえでくしゃくしゃに乱されて。
こぼれる胸元をおおうブラジャーのうえから、
彼はなれたように、舌を尖らせて。
妻の乳首をツンツンとつついている。
ベッドの上、くすぐったそうに相好を崩す妻。
肌に浮いた鎖骨とストラップのあいだに指をすべり込ませて。
尖った爪で、ぷちんと断ち切る彼。
私だけのものだったはずの乳房を我がもの顔になぶる彼も、
もはや、嫉妬に満ちた夫の視線を気にしていない。

足許を彩っていたストッキングはいつの間にか、ずり下ろされている。
「清楚でいいでしょ?」
そういって白い歯を浮かべる妻が、目に浮かぶ。
そんな清楚で上品な装いを堕とされて、
唾液に濡らされ、破かれて。
蹂躙された、淑女の婦徳。
妻は淫らな血潮をかきたてて、
じょじょに堕とされていったのだろうか?
ひとしく愉しむ妻の痴態。
私はいつか、相手の男といっしょに妻を犯している自分を空想している。

新妻を誘惑

2005年12月28日(Wed) 16:45:00

間々田と結婚してから、瑞枝はいちだんと女ぶりをあげたようだ。
もともとミス総務部といわれるだけの美人だったのが、
素材のよさにいっそう磨きがかかったようなのだ。
そこはかとなく漂う、華やかな色香に、だれもがぼう然とあとを見送るほどだった。
もちろん、蛭田の携帯メールには、「瑞枝」の文字はすっかりご無沙汰になっている。

うんんんんん・・・
暮も押し詰まったある晩、蛭田はじいっと庶務課のほうを見やっていた。
目線の彼方にいる瑞枝はもう私服に着替えていて、黒っぽいジャケットに身を包んでいた。
ショッキングピンクのタイトスカートの下には、黒のストッキングに映えていっそう引き締まって見えるすらりとしたふくらはぎがカッコウよく、伸びている。
彼女の話相手は、当然のように間々田だった。
結婚後もしばらくは働いている瑞枝も、近々退社の予定になっている。
間々田夫妻は、親と同居していた。
完全に家庭に入ってしまえば、もう彼の手の届かない世界の人になってしまうのだ。
悩ましい目つきをしている蛭田を、奈津子はあきれたような、憐れむような顔をして見つめていた。

♪・・・と、携帯の着信音。
瑞枝は夫との立ち話を中断して、携帯をとりあげた。
  もうじき退職だね♪ひさしぶりにうちに来ない? 奈津子
「せっかくだから、呼ばれたら?」
夫は和やかな顔をして、瑞枝の夜更かしを許可した。

久しぶりに訪れた奈津子の部屋は、やはりきれいに片づけられていて、
整然と並んだアンティーク調の家具と品の良いインテリアに満たされている。
「いつも素敵ですね♪先輩のお部屋」
瑞枝は、ソファにもたれかかるようにして、ぐるりとあたりを見回た。
くつろいだようにめ一杯伸ばしてた、黒のストッキングに包んだふくらはぎ。
なぁるほど、アイツが欲しがるワケだ。
胸の奥にチカリとしたものを覚えながらも、奈津子はみめ麗しい後輩の魅力を認めないわけにいかなかった。
もっとも、気の強い奈津子のことだから、そこは余裕たっぷり。
嫉妬の色など気ぶりほどもみせないでいる。
もっとも彼女の胸のなかは、もっとキケンな構想がワクワクと膨れ上がっていて、
とても妬いている暇などなかったのであるが。

RINRoooN・・・
鈍い感じのするインターホンの音に、奈津子は立ち上がった。
「ちょっと待ってね」
なぜかウキウキと座を立った奈津子が連れてきたのがほかならぬ蛭田だとわかって、瑞枝はちょっと身をこわばらせる。
たしかに間々田の出張中、一時の衝動に身を任せたことはあったけれど。
それからも婚約期間中にかれこれのことがあったのは否定できないのであるけれど。
結婚後はもう、そういう世界からはきっぱりと足を洗ったはずの瑞江だったのだ。
「ゴメンね。瑞枝。わるいけど今夜ひと晩、彼のものになってあげてくれないかしら?」
ええっ?
奈津子先輩まで、蛭田に味方するんですか?
わなわなと目線を揺るがした瑞江は、
「し、失礼します・・・っ!」
と、座を立ちかけた。
しゃんと立て直そうとしたひざ小僧は、飛び掛ってきた男のためにふたたび、へし曲げられている。

あっ。あっ・・・きゃあっ・・・!
隣室から洩れてくる物音やちいさな悲鳴に、
暗がりにうずくまる影が熱い吐息を弾ませている。
吐息の主はもう我慢ならない、というように、
そうっと足を忍ばせて、部屋のなかの様子を窺おうと顔を出した。
一瞬、奈津子と目が合った。
頬を心持紅潮させた小悪魔は、吐息の主を認めると、
にまっ。
と、笑んだ。
そうして、くんずほぐれつしているふたりを置いて、こちらもまたそうっ、と座を起った。
暗がりの広がる隣室に、吐息の主をふたたび呼び入れると、
見て頂戴。
と言わんばかりにして、壁にかかった鏡をはずし、覗き穴を指さした。
イタズラを愉しむ子供のような、無邪気にイタズラっぽい笑みに、「彼」はフッと目を和ませる。
吐息の主は、間々田だった。

「あうう・・・ひいっ!いけないっ!だめッ!」
覗き窓の向こう側で、妻の瑞枝が蛭田を相手に抗いつづけている。
それでもブラウスははだけて鎖骨の浮いた白い胸があらわになり、
きゅっと引き締まった乳房をぴっちりと蔽っている黒のレエス入りのブラジャーが却って男の目線を扇情的に釘付けにしていた。
蛭田は瑞枝の脚にとりついて、さっきからふくらはぎをくちゅくちゅと意地汚く舐め回している。
瑞枝は悔しそうに口許をゆがめながら、清楚な感じのする黒のストッキングを凌辱されてゆくのをどうすることもできないでいるようだ。
みずみずしい素肌の上で整然と張りつめていた薄手のナイロンが、すらりとしたふくらはぎの周りをよじれ波立っててゆくようすに、間々田は目を充血させている。
観察するような冷徹な目をした奈津子は、青白い静脈の浮いた彼の掌にそうっと触れてゆく。
激しい嫉妬がめくるめく快感となって、彼の血を淫らに騒がせているのが、ありありと感じられる。
彼女は妻を凌辱されつつある男に身をすり寄せるようにして。
耳たぶをくすぐるように、声色交じりの息吹を吹き込んでやった。
「ねぇ・・・いい眺めでしょ?」

ブラウスを通してしなやかな筋肉が昂ぶりにはずんでいるのが、むき出しの腕に心地よく伝わってくる。
目のまえでは、欲情しきった同僚に抱きすくめられ辱められてゆく妻。
ゆるやかに、執拗にすり寄ってくる腕に、いつか彼も腕を巻かれていた。
「ア・・・・・・」
奈津子は喉の奥からかすかな喘ぎを洩らして。
青白いアイラインを引いた二重まぶたをしっかりと瞑っている。
背中に巻きついて、締めつけるような強さでぎゅうっと抱きすくめてくる猿臂の逞しさに、
おお・・・!
彼女の胸はいままでになく昂ぶっていた。

はぁ、はぁ・・・
ふう、ぅふぅ・・・
壁ひとつ隔てて。
妻は夫ならぬ身と。
夫は妻ならぬ身と。
熱く、執拗にまぐわいをつづけている。
もはや、世間体などは消え果てて。
お互いに対する遠慮さえ、忘れ果てて。
じりじりと明るみを取り戻してくる長い冬の夜をまだまだ短いと惜しむように、
身を焦がれさせ、焔を逆立ててゆく二組の裸体。

かちゃり、とかすかに響く金属音が、玄関ほうから聞えてきた。
奈津子が誰を呼んだのか、蛭田にはわからない。
いちいち詮索しないで。
そう命じられるままに、彼は彼女が招んでくれた女友達を襲い、欲望のままに虐げていた。
その音を合図にするように、
すっかり己のモノとしてしまった同僚の新妻を、引き立てるようにして揺り起こしてやる。
ぼう然としている瑞枝の耳元に、奈津子は唇を寄せて。
ひくくみじかい声で祝福の言葉を吹き込んだ。
―――いいじゃないの。割り切って愉しんじゃえば。
―――ダンナのほうは大丈夫。今夜のことは何も言わないはずだから。
   女友達と飲み明かしたことにしておきなさいよ。そのとおりなんだし。
そんな悪知恵に。ふふん・・・とかすかに鼻を鳴らして聞き入る瑞枝。
「たまに招んでね。先輩」
見あげる白目に淫蕩な色が光るのを、蛭田は好もしく垣間見た。

さあ、もう気が済んだでしょう?今度は貴方が出てゆく番よ。
そう促されて蛭田が素直に部屋から出てゆくと
「介抱してあげるわね」
すらりとした指をそうっと瑞枝の肌にあてがって。
肩から二の腕、そして手の甲へとすべらせて。
やがてわき腹からせりあがるようにして、乳房へと己の手を導いてゆく。
うなじに朱唇を這わされながら、乳房をゆるやかにまさぐられながら。
同性の身体の心地よさに、瑞枝はもはやなんのこだわりも覚えずに、
まるでソファに身をもたれかけるようにして浸りはじめていた。
さんざもてあそばれた後輩の柔肌は、奈津子にとっても美味しい獲物に映っている。


あとがき
結婚してしまった気になる女・瑞枝。
そんな彼女への想いを未練がましくまだ断ち切れないでいる蛭田の欲望をかなえてやるために仕組んだ、罠。
そんな罠にかかる美しい蝶を覗き窓からうかがいながら、
傍らには凌辱される新妻の夫を呼び寄せている。
きっとあらかじめ、示し合わせていたのでしょうね。間々田とは。
しかし、本当の狙いは恋人交換ではなくて、
さいごに仕組んだ美しい後輩へのまがまがしい熱情を成就させることだったようですね。
ますます妖しさをたくましくしていく奈津子の巻・・・でした。^^;

通りがかりの人 2

2005年12月27日(Tue) 08:15:16

ごくり。
生唾を呑み込んだ。
きれいなお姉さん。それに、優しそう。
ボクは迷わずお姉さんのまえに通せんぼして。
手を引いて、公園の奥まったベンチへと連れていった。
エビ茶色のスカートの下からのぞく、薄紫のストッキングにつつまれたふくらはぎ。
肉がしっかりついて、美味しそう。
もう、見境がつかなくなっちゃって。
がりり・・・
と、後先考えないで、かじりついていた。
噛んだあとについた、赤黒い歯型。
滲んだよだれと、血潮。
むざんに破けたストッキング。
お姉さんはうつむいて、悔しそうにぶるぶるとまつ毛をふるわせている。
もう、ゾクゾクしちゃって。
も一度、お姉さんの足許にかじりついて、
ちゅうちゅう、ちゅうちゅう、血を吸い出していった。
―――悲しい・・・
どこからか、声がしたようだった。
はっとして、傷口から唇を離してお姉さんのほうをうかがうと、
うっ・・・うっ・・・
声を忍んで、むせび泣いている。
しぃん。
となってしまった。
ごめんね、お姉さん。
ボクは決まり悪くなって。そう呟いて。
どうしてあげることもできなくって、
血のしずくがにじんでくる傷口をいやすため、
べろで、くちゅくちゅとなでていった。
いいのよ。わかってくれれば。・・・続けてちょうだい。
お姉さんの声は、わりとしっかりした調子だった。
ごめんね。ごめんね。
そう呟きながら。
さっきまでとはうって変わって、しんみりとなって。
あふれてくるお姉さんの血をいとおしく、口に含んでいく。

通りがかりの人

2005年12月27日(Tue) 08:12:17

誰も、血を吸わせてくれない。
おなじクラスの女の子に行きあって。
その子は困ったように体を寄せてきてくれたけど。
何しているの?早くうちへ帰りましょう
母親が現われて連れ去ってしまう。
もうこれ以上、この子に近寄らないでくださいね。
そう、捨て台詞を残して、母娘はよそよそしくボクに背中を向けた。
あっちへ行け!こんなところでうろうろされちゃ、商売のじゃまだ。
店先で、あるじに小突かれて。
思わず逃げ込んだ、暗い路地裏。
さっきからじいっとボクを見つめていた中年の女の人が。
ぼく、吸血鬼なのね?
気遣わしそうにそういって近づいてきた。
かわいそうに。少しだけなら、私があげる。
そういって、スカートのすそをめくってくれた。
しんなりと脚をつつむストッキングが、いつも以上に柔らかく感じるひと刻。
どうも冷たい血だな・・・と思ったけれど。
やっとの想いでありついた血潮を、だいじに、だいじに、喉の奥へと流し込んでいった。
ところが女の人は、恐ろしいことを口にする。
お金が欲しいの。血をあげたお礼に、あの店に押し入って、人を殺してお金をとってきてちょうだい。
えっ。
耳を疑うぼく。
さっきまでの優しい面影はどこへやら、女のひとはとても怖ろしい形相にかわっている。
ね?わかるでしょ?あなた。なにかをもらったら、お礼をしなくちゃいけないのよ。
女のひとは低い声でそういって、迫ってくるようにボクをにらみつけている。
待って・・・
ボクは必死でいいつのる。
貴女は優しい人なんだから。
お願いだから、さっき血をくれた優しさを、優しさとしてだけボクにくれませんか?
虫がよ過ぎるわよ、坊や。
そういって、冷たい顔を横に振る。
それでもボクは、血をくれた優しさだけを胸に描いて、なおも身を揉んで言い募っていた。
こんなにきれいなひとなのに。
通りがかりのボクに、こんなに優しくしてくれたのに。
そんなあなたに、悪いことしてもらいたくないんだよ。
女の人はふうっ、と、ひと息ついて。
坊やのおかげで人殺しになりそこなっちゃったみたい。
そういって。
もう一度、ボクのことを優しく抱きとめてくれていた。

母と継母

2005年12月27日(Tue) 07:52:34

机のうえにぽつんと置かれている、母の写真。
母はサクオが十四歳のときに、この世の人でなくなった。
血を吸い尽くされて、冥界に旅たった母が戻ってくるのはまだまだ先のことだと聞かされている。
父は母がいなくなった三年後、後妻をめとった。
母とはまるで似ていない、派手なタイプの女だと、サクオは思った。
洗練された服装も、おおぎょうな身振り手ぶりも、なにもかも気に食わなかった。
―――あんな女、血を吸ってしまおうか。
なんども、そう思った。
やめとこ。大事な牙が腐る。
そう呟いて溜飲をさげたことがいくたびか。
けれど、そうすることでなんだか自分がいっそうみじめになるような予感が心のどこかでしていたのもたしかだった。
継母はもちろん真人間で、彼が吸血鬼だということもまだ知らないでいる。

継母は決して、彼に冷たくはなかった。
むしろ、過干渉なくらいにかかわろうとしてくる。
それがかえって、疎ましかった。
若作りの服装も、ストレートのロングにした髪型も、
彼の気を惹こうとしているかのようにさえ思えることがあった。
いちど、継母の清楚な装いにゾクッとしたことがある。
とてもなよやかに頼りなく、しんなりとした色気を漂わせていたのだが。
つぎの瞬間、彼は激昂していた。
―――母さんの服を着るんじゃない!
それ以来、継母は母の服を箪笥の抽斗から取り出すことはしなくなった。
いまはもっぱら、サクオ自身が亡き母の箪笥をあさり、母の服を身に着けたりしているだけである。
それが彼にとって、日に日に面影を薄れさせてゆく母をしのぶためのささやかな慰めでもあったのだ。

「この人がお母さん?きれいなひとね」
ハッと顔をあげると、うしろに継母がいた。
身近に覚える息遣いが妙に女くさく、息が詰まるような気がする。
母の写真を見せたことは、ない。
だいじなものをあの女に見せることで、母さんまでが穢れるような気がするのだ。
だから今も、とても落ち着かない、いやな気分がした。
そんな彼の気持ちを読み取るように。
「ごめんなさい」
彼女はいつになく殊勝に、目線をおとしてゆく。
「イヤなんでしょう?貴方といっしょに、お母さんをしのんであげたかったのだけど。そんなのきっと、ご迷惑よね?」
継母は無言の肯定に背を向けかけたが、
「お父さんも、あのかたの写真、見せてくださらないの」
そう呟く声がひどく淋しげに響いてきた。

黒一色の衣裳。
そのなかで継母の白い肌がいっそうひきたって、ドキドキするほどぴいんとした緊張感さえ漂わせている。
父は継母と彼を床の間のある部屋に呼びつけて。
「うまくやるように」
意味不明なことばを口にすると、そそくさとその場を立ち去っていた。
父の去ったふすまの彼方をちょっとかえりみるようにすると。
「お父様に、貴方のために血を差し上げるよう言いつかってまいりました」
継母の声はいつになく、はりつめている。
かすかに震える肩が、怯えをみせていた。
それでも彼女はなにかを自分にいいきかせるように、
「どうぞ、ご存分になさってください」
気丈にもそのまま、畳のうえに身を横たえてゆく。
左の肩を上にして。
うなじを咬むのも、足首をイタズラするのも。
想いのままにできるポーズ。
その昔、中学に上がったばかりの彼のために、母がよく取ってくれた体位。
どうしてそれを彼女は知っているのだろう?

お嬢さんのようにすらりとしたふくらはぎの周りを、整然とはりつめた薄手の黒のストッキング。
母の履いていた地味なものとはちがって、薄っすらとつややかな光沢を帯びている。
昼とはいえ陽のささない部屋は薄暗く、てかりを淡く滲ませたナイロンはすこし淫らな趣きをたたえていた。
「失礼・・・・・・」
息を詰めて。喉を引きつらせて。
本能のおもむくままに、彼は継母の足許に牙をおろしてゆく。
ちゅうっ・・・
湧きあがるような、吸血の音。
初めての経験に心持ち身を固くして。
それでも継母は足許に刺し込まれたつねるような痛みに奥歯をかみしめながら。
サクオの熱っぽい振る舞いを反芻するようにして、じいっと耐えつづけている。

流れ込む血潮の熱さに酔い痴れて。
サクオはいつか、継母を横抱きに抱いていた。
さしむけられたうなじに深々と食いついて。
母があいてしてくれていたときそのままに、ちゅうちゅうと音をたてて血を吸い出してゆく。
「わたしの血、美味しいですか?」
いつもはうとましいだけの控えめな口調に強く頷きながら。
衣裳を破いたり汚したり。
子供っぽい悪戯心をあらわにする彼に、継母は心から協力的だった。
身をまろばすようにして、彼の吸いやすいように姿勢を変えつづける継母。
太ももに這わされた彼自身の熱い昂ぶりを知ると、口許に甘い苦笑を泛べながら。
すすんでそれをスカートのさらに奥へと導いてゆく。

―――こんど逢うときは、母さんの服を着てくれる?
おずおずと切り出した少年に、継母は優しく頷いていた。
あなたのお母様になり切って。どこまでなり切れるか分からないけど。
そういう継母に少年は、
―――いいんだよ。貴女は貴女のままで。
そう、囁き返していた。


あとがき
しょうしょうマザコンな少年です。
たいがい継母は悪役と相場がきまっているのですが。
父親も前妻の写真を見せていないそうですし、継母は父子の間になかなか入り込めずにいたようですね。
優しく接しようとしても過干渉とか、そういう受け止められ方をされてしまって。
秘密を共有するようになって初めて、めでたく家族として受け入れられたようです。

親友の婚約者

2005年12月27日(Tue) 07:17:00


「お前は特異体質だから」
同期の笹山は渋面を作りながら口を切った。
「仕方がないから、彼女の血を吸うのは許してやる。でも、処女だけは奪うなよ」
いまどき珍しいくらいに謹厳な彼。
仕事は折り目正しく、立ち居振る舞いも古式ゆかしく。
そんな彼にしては、上出来だった。
もちろんそんな彼にとって、吸血鬼に婚約者の肌を許すなどということは、論外だったにちがいない。
誰に言い含められたのか?
・・・わかるような気がする。
笹山はたしかに線が細く、プライドが高く、近寄りがたいかんじの男である。
といって、ただ気むずかしいばかりではなく、なかなか人情家であることも、
彼にとっては数少ない打ち解けた親しい友人である蛭田は知っている。
勤め先の同期である男に、婚約者の処女まで盗み取られるのは、耐え難いことに違いない。
蛭田は時折須美子を誘いながら、一線だけは守ってきた。
どう言い含められているのか、須美子はただ目をつむって、彼になされるままに肌を咬まれて血を吸い取られてゆく。
かすかにあえぐ白い柔肌と悩ましげな吐息。
衝動のままにゆらめく情炎に身を任せかかったことも、一度や二度ではなかったが。
蛭田は意外なくらいに強い意志で、彼女の操を守り通した。

「ねぇ、夕べ彼と・・・ヤッちゃった」
須美子は彼の腕のなか、ニッと笑っていた。
部屋に入ってくるなりウキウキと、ショルダーバックを傍らに投げ捨てるようにすると、自分のほうからブラウスの胸をはだけた彼女。
いつも人なみ以上にためらいや恥じらいを見せるふだんの彼女とはうってかわったものを感じながら吸った肌はやはりみずみずしく、
しかし飲み込んだ血潮はいつにない淫らな熱さを秘めていた。
「そおか。そいつはおめでとう」
いまのオレ、きっと間の抜けた顔をしているに違いない。
そう蛭田は思いながら、なおも彼女の胸元に唇を這わせてゆく。
冷静な吸血鬼を装いながら、その実どう反応しようかと思いあぐねたのだった。
「どぅ?味、変わった?」
一見控えめな彼女は、意外に容赦く答えを求めてくる。
「ウン、変わった・・・」
仕方なく、応える蛭田。
「彼ねぇ、私のこと抱いて、ホッとしたみたい」
処女だとわかったから・・・だという。
旧家の跡継ぎである彼にとって、ほかの男の手のついた女を嫁に迎えるようなことは、プライドが許さなかったのだろう。
「と、いうことは・・・」
須美子はふたたび、ニッと笑う。
「今夜は何しても、いいわよ」
いままでにないうちとけた笑みに誘われるように、蛭田は本能をふるいたたせて彼女に襲いかかっていた。

まともに笹山の顔を見ることができなかった。
向こうもそれで、夕べの出来事を察したに違いない。
しかし、意外にも笹山は感謝するようなまなざしを送ってきた。
顔つきも、すこし険が取れたような感じがする。
生れて初めて女を抱いて、彼も少しは変わったのだろうか?
都合の良い解釈だ、と蛭田は自分に言い聞かせる。


「なん年ぶりかな、東京出て来たの」
幼馴染みのユウジが、婚約者の珠恵をつれて現われたのは、週末のことだった。
「相変わらず、散らかってるなぁ」
許しもなくずかずかと部屋に上がりこんできた彼は、崩れかけた本の山やごみのあふれかえったゴミ箱などの形づくる風景を無遠慮に眺め回した。
(どうしようが、勝手だろう)
蛭田は心のなかで、口を尖らせる。
まだ暑いころ、鳥飼女史の突然の来訪でさすがに反省して片づけたはずだったが。
心待ちにしていた彼女の再訪がないままに、自然現象のように部屋はふたたび、散らかりはじめている。
(いいじゃないか。誰もくるあてのない部屋に)
あとをつづく珠恵の、グレーのストッキングに包まれたつま先を掃除機をかけていないフローリングに触れさせるのは、すこしもったいない気がしたのだが。
そんな彼の気分を知ってか知らずか、ユウジはさらに勝手なことを言い出した。
「ホテル、取りっぱぐれたんだ。今夜は泊めてくれよな」

サラリーマンとして振る舞って、吸血鬼である己を日常に見え隠れさせている毎日。
そんな日常をもつ男が、己を隠したがる性癖をもつのは、容易に察しがつくであろう。
ユウジはもちろん、そんな彼の心情を知りながら、わざとそんなふうにたたみかけてくるのだから始末がわるい。
一見さわやかなスポーツマンタイプだったユウジは学生時代はモテまくり、ふらふらとついてくる女は片っ端からモノにしていた。
そのなかにしばしば友だちの彼女が含まれていることもあったのに、
そういうことは一切関知しないで、ふたりきりになるとなんのためらいもなく迫っていって、押し倒していく。
少女たちはまるで誘蛾灯に引き寄せられるように、日頃の慎みも賢明さも、周囲の男性の熱いまなざしをさえも振り切って、彼の毒牙にかかっていったのだ。
(お前も吸血鬼なら、すこしはオレを見習えよな)
これ見よがしな態度を通してそう嘲られているようで、蛭田は彼といっしょにいるととても不愉快な気分に襲われる。

婚約者の珠恵は、彼に似つかわしくないくらいの淑やかな美人だった。
彼とおなじ大学に通っていた彼女は、もちろんユウジに「モノにされた」ひとりだったが、
そうした少女たちのなかでも飛びぬけて家柄のよい、知的な女性だったのだ。
そうした本命をモノにしながらも、なおも女あさりをやめないあいつに、どうしてこんな美人が大人しくつき随っているのだろう?
やっぱりわが身が、うらめしくなってくる。

夜は三人で、酒になった。
ユウジは当然のように、酒も強い。
棚の一番奥にあった蛭田秘蔵の洋酒を勝手にあけて、もうボトルの中身は半分になっている。
珠恵もそれなりには飲めるのか、控えめにグラスを口にもっていきながらほんのりと頬を染めている。
湯上がりにもかかわらず、彼女は鮮やかなエンジのブラウスに黒のタイトスカートといういでたちだった。
すらりとしたふくらはぎは、肌の透けて見える黒のストッキング。
突然。
アルコールにのぼせ上がっていた蛭田は、衝動を抑え切れなくなっていた。
異様な唸り声をあげてユウジに襲いかかると、ポケットに忍ばせていた強靭な糸を逞しい体に素早く巻きつける。
「うっ、何するんだよっ!?」
友人の抗議には耳も貸さずに縛り上げてしまうと、
驚いて両手で口をふさいでいる珠恵のほうへと、すすっとにじり寄っていた。
ユウジが初めて目にする、見違えるような敏捷さ。
その目のまえで、婚約者の白い首すじが、吸血鬼のまがまがしい唇に侵されてゆく。
「ア・・・」
咬まれた瞬間、珠恵はキュッ、と眉をつり上げた。
ゾクゾクするような、美しさだった。
蛭田は、彼をわが身からへだてようとする細腕を苦もなくねじ伏せると、
くっつけてやった傷口にウットリと見入り、
そして自らも魅入られるようにして、も一度牙をむき出して、
傷口にずぶりと埋め込んでゆく。
「お・・・おい・・・やめろ・・・」
苦しげなユウジの制止が、かえって昂ぶりを増幅させた。
「ウフフ。美味いぜ。お前の婚約者・・・処女だろう」
うー。
苦しげに唸るユウジは、とても悔しそうだった。
悔しがれ、悔しがれ。
いままでそうやって、幾多の男どもが、お前に苦杯を飲まされたのだぞ。
たまには思い知るがいい。
珍しく悪辣に笑んだ蛭田はなおも女の白い肌にべろを這わせて、ぬらぬらと舐めまわしてゆく。
ぐいっと食いつくと、腕のなかで激しく身をしならせる華奢な身体。
もぅ、むしょうにいとおしさを覚えはじめる。
ちゅうっ。ちゅううううっ。
吸い取ったバラ色の血潮をこれ見よがしに彼女のブラウスにしたたらせ、
「珠恵さんだったね。悪いが今宵ひと夜、相手をしていただくよ」
長い黒髪を上から下へ、すうっと撫でつけると、
彼はおもむろに、珠恵の足許にかがみ込んだ。
「やめろ・・・やめろぉ・・・」
弱々しく、ユウジが呻く。
いつもとまったく、逆だった。
ウヘヘヘヘヘ・・・
飢えと昂ぶりに疼いた唇をいつになく下品に笑み崩れさせて、
蛭田は黒のストッキングに透ける白いふくらはぎにかぶりついていた。

「いけない・・・ダメッ!」
女が咎める。
「うー。うー」
ユウジが、猿轡のすき間から悔しげなうめきをあげる。
第二幕。
珠恵はブラウスをひき剥かれ、素肌をあらわにしている。
黒のキュロットスカートの奥に秘めた純潔は、太くそそりたった蛭田自身のために、むざんに蹂躙されていた。
恋人の目のまえで。恋人以外の男に肌をなぶられて。婦徳をさえも堕とされて。
振り乱された黒髪に涙を光らせて、女は胸を大きく波打たせている。
蛭田はなおも、裂けた黒ストッキングを玩びながら、華奢な女体から勝利の美酒を吸い取っている。

一夜明けて。
ユウジは意外にも、ニマニマと笑んでいる。
蛭田はがっかりと興ざめしたように、ふたりを部屋から送り出していた。
全部、芝居だったのだよ。
猿轡を自分ではずすと、ユウジはすっかりたんのうした、という顔をして、得意気ににんまり、と笑んでいた。
ひとの女の処女を奪るのは飽きちゃったからね。
こんどは自分の婚約者をほかの男に抱かせて、奪われるのを見てみたかったんだ。
彼女にもよく言い聞かせて、協力してもらった、というわけさ。
やれやれ・・・
酔いが醒めると、己の犯した鬼畜な行為に自己嫌悪まで覚えたのだったが。
ヤツほどにもなると、度しがたいことを想うようになるらしい。
すっかり身づくろいした珠恵さんも、謝罪のまなざしを送ってくる。
どこか憐れまれているような気がして、敗北感がよけいに募った。
「ひと晩、お世話になりました」
良家の令嬢を取り戻した彼女は礼儀正しく頭をさげて、
そうしてニッと笑いながら。
「近いうちまた遊びに来ますね。こんどはカレに内証で・・・」
ホホホ・・・
愉しげな笑い声を残して、彼女はさきに玄関を出ていった。
あっけにとられて立ち尽くすユウジを置いて。


あとがき
やっと復活です。^^;
珍しく強暴だった蛭田くんですが、手のうち知り尽くしていた幼馴染みの思う壺だった・・・という、いつもながらのお話ですが。
婚約者たちの振る舞いはそんな蛭田に対する少なからぬ想いを感じさせます。
ひとりは生真面目な恋人に処女を与えたあとに抱かれに来ました。
もうひとりは言い含められるままに恋人の前で処女を散らし、そのうえでちょっぴり仕返しを愉しんでいます。
どちらのほうが実のある女なのだろう?
と、明け方急にあらわれたふたりの女の振る舞いに、しょうしょう戸惑う柏木でした。
さいしょの女性は佐智恵・淑恵・美果・・・と、なかなか名前が決まりませんでした。
いつだかみたいに、また直しそびれていませんよね?^^;

一日だけの受付嬢

2005年12月23日(Fri) 08:03:00

おや。まりあくん。珍しいね。
外勤の多いきみが、受付嬢してるなんて。
そのわりに、さえない顔をしているね?
どーして?
受付嬢って、オフィスの看板みたいなものだから、
もっとニコニコしてなくちゃ。
え?
足もとをみて・・・って?
見てるよ。もちろん。
そりゃもう、頼まれなくたって。^^
きれいなダイヤ柄の黒ストッキングだね。
というか、ダイタンな。
スケスケのナイロンのうえを、黒くて、帯みたいに太いラインがななめに走っているね。
え?規則では、無地のしかダメなんだって?
それなのに柄ものを履いてきたから、きょうは一日、受付を?
なるほど。スタンド式のカウンターだから、足もとはたしかに隠れるね。
まるでデパートの受付窓口みたいだね。
でもそうやって背筋伸ばした立ち姿、なかなかイカすよね。^^

柄もののストッキングも、なかなか似合うじゃない。
ボクは無地のほうがそそられるけど、ひと味ちがうのもウレしかったりするんだな。
それにしても、肝心のところの視界を遮られるなんて、
無粋なことおびただしい。
きみの会社の社長さんは、どうかしているんだよ。きっと。

どれどれ、ゆっくりと拝見しようか。
え?ダメだって?関係者以外立ち入りご遠慮願いますって?
どうも、よそよそしいんだね。
でも、私はまりあの関係者だからね。
ぐるりと後ろから回りこんで、とくと拝見させていただくよ。
よぅく、見せて御覧。^^
色っぽい。じつに色っぽいなぁ。
ダイヤ柄のラインもこれだけ帯みたいに太くてハッキリしていると、
クリスマスプレゼントのリボンみたいだね。
せっかくだから、プレゼントを愉しませてもらおうかな?
プレゼントは、ぴちぴち、むっちりのふくらはぎ・・・と。♪
えっ?お客さま?
おっとっと・・・

だぁいじょうぶ。
きょうの私の姿は、きみ以外の誰にも見えないからね。
安心して、私のイタズラを愉しむことだね。
え?イヤだって?やらしいって?
何、言ってんのか、よく聞えないなぁ。^^
私のべろのほうが、こんなちっぽけなヒーターよりか、
芯からよおく、暖まるじゃないか。
ほらほら、早くお客様の相手をしなくちゃ。
さっきから、ケゲンそうな顔して待ってるよ。
 いらっしゃいませ。お待たせしました。
 総務課でございますね?
 総務課は階段を上がりまして、右に参りまして、突き当たったところを左でございます。
そぉら、まりあの受付嬢。なかなかサマになってるじゃないか。
 もうっ!さっきから何してんのよっ。くすぐったいじゃないのっ!
まぁまぁ。
そうテレないで。^^

えっ、またお客さま?
きみの会社は本当に、来客が多いんだねぇ。
まっ、年末だから、仕方がないか。
そのたびにヒールをキリッと合わせて。
手を前に重ね合わせて。
丁寧に礼をして。
なんか、いつものきみとは別人みたいだ。
いや、もちろんいい意味で言っているんだよ。
ちょっと取り澄ましたお嬢さんぽくって。
・・・そそられてくるじゃないか。^^
ウフフ・・・いいことを思いついたぞ。
慣れない受付でもリラックスできるように、
お客さんがくるたびに、きみの脚を舐めてあげようね。

あっ、ダメ・・・って、もう来ているぜ。お客さん。^^
 いらっしゃいませ。どちらに御用・・・きゃっ!
ほらほら。ちゃんと正面向いて。
 あ、はい、総務課でございますね?
 総務課は階段を上がりまして、右に参りまして、突き当たったところを左でございます。
 ・・・もうっ!
 黙っていたら、よだれでこんなに濡らしちゃって。
って、キモチいいだろ?^^
気分も落ち着くし。
 落ち着かないですっ!ヘンなことやめてちょうだいね。
さぁ、またお客さま。^^
 いらっしゃいませ。どちらに御用でいらっしゃいますか?
 企画二課の蛭田でございますね?しょうしょうお待ちくださいませ。
 お電話で確認いたします・・・ううっ・・・!ヘンなとこ、撫でないでよっ。
 アッ、失礼いたしました・・・っ(><;)
 なんでもございませんの。端末の具合がちょっと・・・
 ア、蛭田は三階でお待ち申し上げているとのことでございます。
うしししし・・・ご馳走になってます。^^
 もうっ!ひどいっ!
いい眺めだよ。まりあ。^^
こういう暗がりで拝見すると、ナイロンの生地がメタリックに輝くんだなぁ。
とてもきれいだ。神秘的で・・・
ほらほら、またお客さま。
 あっ、いらっしゃいませ。どちらに・・・
ちゅうっ。
 そっ、そうむか・・・で・・・ございます・・・ねっ?
ぬるり・・・ぬるり。。ぬらりん。
 え、ええっと、そうむかはぁ・・・
にゅるり。くちゅうっ。
 あっ、ううん・・・っ
 右に参りまして、つきあたったところをぉ。また右にぃ。
おいおい、お客さん、行っちゃったけど。案内、違うんじゃない?
総務課は二階だろう?
 あっ。
なにも追いかけることはないさ。
そのうち気づいて戻ってくるって。
さぁ、怒られたらつまらないから。
早くこんなところからは、ばっくれて、
さっさと別室にシケこんじゃおうよ。
ほらほら、急いで。
え?ダメだって?持ち場を離れたら怒られるって?
だってきみ、気がつかなかったの?
このオフィス。
いつもこんなところに受付なんかなかったはずだぜ?^^


あとがき
出勤してきたまりあのセクシーな柄ストッキング姿にくらくらしてしまった社長さん、
急ごしらえに受付作ってまりあのことを放置プレイ?
いささかお下品になってしまいました。^^;

たいせつに

2005年12月22日(Thu) 07:11:32

公園のベンチに腰かけるヒトシ君。
半ズボンの脚には、ママがいつも履いているストッキング。
夜目なら目だたない肌色だったが、かすかな光沢がテカると、男の子の脚とはおもえない彩を帯びている。
不埒に吸いつけられた唇に、ちりちりに破かれてしまっていた。
もう、今夜で三足目。
三足破くと、持ち主を襲うことにしている。

「じゃあ、これからお宅にお邪魔させていただこうかな?」
「母さんのこと、襲うつもりなんだろう?」
すこし怯えたような目をして私をにらむヒトシ君をなだめすかすようにして、
「だいじょうぶ、ちゃんとお許しを頂いてから愉しむようにするからね。
 他ならぬきみのお母さんだ。たいせつに味わうから・・・さ」
そんなのなぐさめにならないよ・・・という顔をしながらも、家路を辿るために立ち上がる彼。

ウフフ。^^
まだ、なんにも知らないようだね。
もちろん、すこし力をこめて迫るつもりだよ。
細い腕をねじ伏せて。白いうなじを仰のけて。
がぶりと食いついて。
そうやって、ふた口三口頂戴すれば、
誰だってこころよく、お許しくださるものなのさ。
それに、たいせつに吸う、っていうのはね。
ブラウスごしにおっぱいをまさぐりながら。
ストッキングをねちねちといたぶりながら。
眉をひそめて翳る横顔をうかがいながら。
ちびりちびりと、少ぅしずつ、
愉しみながら、生き血を吸い取らせていただくことなのだよ・・・^^

顔色の悪い課長

2005年12月20日(Tue) 06:33:00

蛭田にしては珍しく。
おそろしくむかっ腹を立てていた。
細かい上司に説教されたり。うるさいクライアントに無理難題をつきつけられたり。
やっぱりエリートな同期のあいつに断然、差をつけられていたり。
いくら蛭田でも、ストレスがたまればイラつくのだ。
そういうときは―――。
三課に目をやると、しかし奈津子の姿はない。
こちらがイライラしてくると顔色ひとつ変えないで相手をしてくれるうえに。
向こうがストレスをためると、「ストッキング、破って頂戴」
そう、おねだりしてくる女。
どちらにころんでも、つごうのよい相手。
いないとなるとますます、イライラがつのってくる。
鳥飼女史は、海外出張中だった。

「蛭田くん、ちょっと・・・」
彼を呼び止めたのは、奈津子の上司、菱原貴恵だった。
いつも顔色のわるい、ぱっとしない印象の女課長。
まず四十代後半・・・というところだろうが、顔色の悪さで割を食っているのかもしれない。
見ようによってはまだ三十前にさえみえるくらいの初々しさを漂わせることもある。
まず、年齢不詳という感じだった。
仕事の面ではなかなかの凄腕で、いつか奈津子が窮地にたったとき、電話一本でかたをつけてしまうのを彼も目撃したことがある。
「お話があるの。ミーティングルームに来てちょうだい」
よその課の課長からお話とはなんだろう?
自分の上司のほうへと目をやると、課長は行け、といわんばかりに目配せする。
蛭田はあいかわらず、いぶかしそうな顔をしたまま立ち上がった。

聞き取りにくいくらいに低い単調な声色で。
「吸血鬼なんでしょ?あなた」
ずばり、と切り出してきたのには、さすがの蛭田も仰天した。
「ェ・・・・・・」
思わず口ごもっていると
「顔色見てればわかるわよ。どんな人とおつきあいしているのかも、なんとなくわかるし」
相手をからかうつもりの語調がなぜか、すこしいらだたしげによどんでいる。
窓を背にしてこちらを向いた菱原課長の顔がよけいにくすんで見えるのは、
逆光のせいなのか、それとも、そもそもの顔色のせいなのか。
「すぐに誰かを襲いたいような顔をしていたわよ。周りに気取られたら大変」
彼女はなぜか、自嘲するような嗤(わら)いを泛べながら、
「心当たりがいなかったら、私を呼んでもいいですからね」
くすっ、と静かに笑う頬が、少女のような初々しさをたたえる。

ごくり、と生唾を呑み込んで。
いつものように、獲物の足もとを窺いはじめる蛭田。
白茶けた感じのする冴えない色のタイトスカートから覗いた脚はにょっきりと太く、淡い色のストッキングに包まれている。
ストッキングは薄紫色・・・なのだろうか。あまり見かけない色だ。
じつは朝からずっと、このさえない感じの女課長が脚に通しているストッキングが気になって仕方がなかったのだ。
「失礼・・・」
カラカラに渇いた喉が、もう険悪に引きつっている。
蛭田は女課長の足許に、ぬるり・・・と、唇を這わせていた。

なよなよとたよりない感じのするストッキングだった。
蛭田の唇になぶられて、肉づきの豊かなふくらはぎの周りをしなしなとよじれながら、ずるずるだらしなくずれてゆく。
このまま、引き破ってしまおうか。
ズキズキ胸をはずませながら、片方の手で女課長の足首を抑えつけ、もう片方の手でふくらはぎをなで回してゆく。
密室の情事は、好んでやまないところだった。
が。
・・・・・・。
肌の下の脈動が、ひどく弱っているような気がする。
蛭田はつい、唇を足もとから離すと、彼女を見あげた。
菱原課長は気を失って、テーブルの上に突っ伏していた。

とっさに、部屋の片隅にある内線電話で奈津子を呼んだ。
運よく席に戻っていた奈津子はすぐにかけつけて、救急車を手配してくれた。
過労による貧血らしい、ということだった。
すぐにご主人のところにも連絡がいき、病院に着いたご主人からは折り返し、なんでもないようだから付き添って帰宅させますとのお礼をこめた電話があったという。

「ったくもう。ちょっと目を離すとすぐこれなんだから」
奈津子にわき腹を小突かれて、蛭田はきまり悪げにもじもじしている。
もともと席にいなかった先輩がよくないんですよ・・・
そんな身勝手な言い分を口に出す勇気はとてもない。
「知らなかったの?」
奈津子は、声をひそめて囁いてくる。
「課長のご主人も、吸血鬼なのよ」

ご主人、まじめな方で、奥さんひとすじなんですって。
だからいっつも菱原課長、あんなに顔色わるいのよ。
まじめいっぽうも、時と場合によるわよねぇ。
神妙な顔をしながらそこまで語った奈津子は急に蛭田のほうをふり向いて、
「あなた、課長のストッキングに痕、つけたでしょ?」
にやりとした口許から、白い歯をのぞかせた。
え?
しらばくれようとしたが、遅かった。
「ストッキングに付着した唾液から、彼は居合わせた相手が誰だかわかるわね」
ゾッとしてすくみ上がる蛭田に、ふふん・・・と、奈津子は嬉しそうに鼻を鳴らすと、
「はい。」
そんな蛭田の鼻先に、なにかをぐっと突きつけた。
くしゃくしゃに丸められた、柔らかいナイロンの塊。
「救急車くる前にね。とっさに脱がせたの。具合がわるくなった人の衣類はゆるめるものなのよ」
それとこれとはすこし違うような・・・
とは言わせない語調だった。
「もう少し、あたしのことを信用してくれてもいいんじゃないかな?」
フフン、と得意そうにすそをつまんだスカートは、どこかで見たようなくすんだ白茶けたタイトスカートだった。

大好きな兄

2005年12月19日(Mon) 08:40:45

兄さん、兄さん・・・
透きとおるように凍りついた月を見あげながら、
少女は独り、呟きつづけている。
私にとても優しくて、美しかった。とても大好きな兄さん。
いい人すぎて、それで吸血鬼にさらわれて。
血を一滴残らず吸い取られてべつの世界に行ってしまったひと。
それ以来少女は、黒い服しかまとわなくなっていた。

ふと見ると、
足許におちている影が、ふたつになっている。
もう一つの影は、彼女よりもひと周り大きかった。
ふと見あげた目線の向こうに。
慣れ親しんだ優しい愁い顔がそこにあった。
兄さん・・・
少女の顔がひさしぶりに、喜色に満ちる。

あれこれと、いろいろなことを語った。
兄さんが死んでからの家のこと。
別の世界での暮らしのこと。
兄は路傍の花を手折って、妹の髪に挿してやった。
挿された大輪の花をつけたまま、少女はなおも愉しげに、話に興じつづけていた。
早くも、夜明けが近づいていた。
また、来てね。喉渇いているんでしょう?私の血をあげようか?
兄はしばらくのあいだかぶりを振っていたけれど。
どうしてもそうしてもらいたい・・・そう訴える妹にほだされたように。
黒タイツの足許にそろそろと唇を近寄せていった。
初めてだったんだ、血を吸うの。
そういう兄の頬には、妹の血潮と己れの涙とが光っていた。

来る日も来る日も。
妹は庭先に現われて。
兄に血を与えるようになっていた。
うなじは、目だつから・・・
そういって、足許に口を寄せてくる兄。
そんな兄のために装う足もとは、なまめかしい薄手のストッキングになっていた。
女学校にあがったの。いつも黒のストッキング履いていくのよ。
兄さんにも、愉しんでもらわなくちゃ。
そういって妹は、くすっ、と、イタズラっぽく笑いかける。
兄は濃紺のプリーツスカートをたくし上げて、妹の脚を押し開き。
突き入れられるものの痛みも快く受け入れて、
妹は密かな愉しみに時を忘れていた。

年月が重なった。
困ったわ・・・
そういってそむける目色が、大人びたものになっている。
婚約したのだという妹は、今宵別れを告げに来たのだが。
兄はもう、あきらめることができなかった。
ほかにも血をくれる女の人はいたけれど。
いちばん近い血をもつ妹が、なによりも大切だったのだ。
どうしても。
そうせがむ兄を断りきれず、妹は今夜も身をゆだねてしまっていた。

もう、大人の関係だった。
夫に知られないように、妹は兄との逢瀬を重ねていった。
あるときは、罪の意識に怯えながら。
あるときは、諍いをした夫を忘れたくて。甘えるように。
まぐわいつづける秘密の夜を持ちつづけていた。
いく度、断ち切ろうとしたことか。
そのたびに、切ない想いがこみ上げてきて。
近い血を与えるものが誰もいない・・・
そんな兄の苦境を思っては、つい関係を遂げてしまっていた。
妹のなかで、だんだんと不安と罪の意識が澱んだ淵のような暗さを帯び始めていた。

おじさま。
セーラー服の少女は三つ編みに編んだ長い髪の毛を肩先に揺らして、
こちらへとやってくる。
雪色の肌も。無邪気なしぐさも。
あのときの妹と生き写し。
少女は怖がるふうもなく、兄の腕に身をゆだねて。
誰はばかることもなく、うなじを兄に与えてゆく。
妹が引き合わせてくれた、まな娘。
そんな彼女をたいせつに、押し戴くようにして。
彼はいとおしむようにして牙を埋めてゆく。
これでよかったのかしら。
妹は夫をふり返る。
夫は目を細めて、ふたりの戯れを見守っていた。
初めて、夫だけのものになることができて。
娘は人身御供、などということばとは裏腹に。
無邪気に遊ぶように、兄に戯れている。
そんな少女の若さと無邪気さを。
そして、兄の向ける視線の眩しさを惜しむようにして。
妹は心のなかで、兄への別れをそっと告げる。

通過儀礼 3

2005年12月19日(Mon) 07:30:51

母は今朝も、朝帰りしてきた。
いつもの黒のスーツの下で、装っていった黒のストッキングをちりちりにひん剥かれてしまっていたけれど。
そんなふしだらな恰好に悪びれるふうもなく。
父に迎え取られて、浴室に導かれてゆく。
しとどに濡れているであろう下腹部を、父に洗ってもらうのだろうか。

母の体内から吸い取った血潮をまだ口許に光らせたまま、おじさんはイタズラっぽくボクにウィンクを送ってきた。
前にもあんなふうに笑いかけられて。
かあさんのやらしいところ、見たいかね?
そんなふうに誘われて。
ふたりが逢っているところを盗み見させてもらったこともあったっけ。
でも、きょうのウィンクは特別だった。

「フィアンセの血を、馳走になった」
父にいうときそうするように、おじさんは恭しくボクの手を取って、拝礼した。
もうお前は一人前のあつかいなのだよ。
そう告げるようにして。
「弘美さんの血は、なかなかいい味をしているな」
なんのてらいもなく、そう語る彼。
すこしでも、あざ笑うふうやなれなれしい様子を漂わせていたりしたら、救いようもないくらい傷ついたかもしれないのに。
彼はそんなふうは気ぶりにも見せないで。
おなじ立場の吸血鬼どうしとして、ボクを遇してくれているようだった。
いい獲物をモノにしたね・・・と、祝福するように。
「美味しかったかい?」
彼を見あげて、思わずそう訊いてしまうボク。
「初々しい処女の生き血だった。それも吸われ初めの女学生。いいときにモノにしたようだね」
身を固くして拒んでくる風情がこたえられなかった・・・といいながら。
あいつも、夕べやっと、男になったらしくてね・・・
嬉しそうに、そう呟いた。
ハルトが優子さんのうちへ招ばれていったのを、ボクは本人から聞いて知っている。
「思わず昂ぶっちゃって。お母さんもろとも犯しちまったそうだ。不心得もはなはだしい。あとでご夫君におわびにまいるつもりだが。お前は真似するなよ」
ひとの婚約者を夜道に襲ったり。
おまけにひとの母親を朝帰りさせたり。
思い切り不道徳なことばかりしているくせに、もっともらしく忠告をしてくるおじさんの口ぶりがおかしくて。
思わず、声をたてて笑っていた。
おじさんも照れくさそうに苦笑いして。
まだまだ、弘美さんが処女のまま、血を愉しみたいのでね・・・
そう囁いて。
ボクをたちまち、凍りつくような昂ぶりに連れ戻してしまっている。


あとがき
こういう家では、花嫁の処女はどちらがかち得るのでしょうか。
あくまで「あとからいただく」のかも知れません。

通過儀礼 2

2005年12月19日(Mon) 07:15:47

「弘美ちゃんの血を吸ったんだって?」
おなじクラスにいるハルトは吸血鬼。
母の血を吸っている吸血鬼のおじさんといっしょに暮らしていた。
「弘美ちゃん、いくつだっけ。十三才?中一か。初体験にはちょうどいいお年頃だね」
ちょっと冷やかす口ぶりだった。
反撥を覚えたボクのとがった目線をかるく受け流して、
「いや、悪かった。大切なフィアンセだもんね。で、どうだった?」
ついつい語ってしまう、一部始終。
誰にでも聞かせてよい話では、もちろんなかった。
うんうん、と、くすぐったそうに聞きほれる彼。
「うまくやったようだね。きみのやり口も、作法どおりだし。誰から教わったの?」
いやぁ、無意識に、ひとりでにね・・・
ちょっと得意になってそういうと。
「キミには素質があったんだよ。教わらないでできる人はすくないんだ。なんにしても、フィアンセをモノにできたんだ。おめでとう」
祝福の言葉に心がこもっている。

本当は頭もよくて感受性も深いのに。
ものごとをはすに構えて受け止める傾向のある、ひねくれた彼。
同級生の優子に憧れているのに。
そんなことをそぶりにあらわすこともなく、近寄ろうとすらしない彼だった。
お前ももっと、素直になればいいのに。
そう思ったせつな、やはりこいつはひねくれ者だ、と思ってしまったのは。
うつむいていた彼がにわかに、くっ、くっ、と含み笑いをこらえ切れずに口にした言葉のせいだった。

うちはね。きみのうちの人からね。
なんでも後からいただくしきたりになっているんだ。

夜の風がさやさやと、背丈のある雑草の穂先をかすめていた。
「よぅく、見ておくんだぜ?見せるのは特別なんだからな」
ハルトの声は、いつになくきびしかった。
「絶対に、声をたてるな。なにがあっても、ここから動いたらダメだぜ?」
そういう横顔には、昼間の含み笑いの余韻がまだ残っているようだった。
「でかけるの?」
母はちょっとのあいだ、ボクを止めようかどうしようか躊躇っているみたいだった。
きっと、この夜何が起こるのかを知っているのだろう。
通過儀礼は、まだ終わっていない。

むこうのほうから、ひたひた、ひたひた・・・と、足音が聞えてくる。
一人、らしい。
夜道は暗くて、目の前の街灯の下だけが、舞台のスポットライトのようにこうこうと照らし出されている。
足音の主がスポットライトの下に姿をあらわしたとき。
アッと声をあげそうになって、ハルトの手に口許を遮られていた。
夏用の白のセーラー服に濃紺のプリーツスカート。
黒のストッキングを履いた脚が、てかてか光る真新しいストラップシューズのなかにお行儀よくおさまっている。
夜道の女学生はほかならぬ、弘美さんだった。

ハッと息を呑んで立ちすくむ、黒いストッキングの脚。
まえを遮っているのは、吸血鬼のおじさんだった。
いつもボクや、母の生き血を吸い取っているひと。
それが、ボクのフィアンセのまえに立ちはだかっている。
あ、そうか・・・
うちの女のひとは皆、おじさんに血をあげることになっていたんだっけ・・・

驚いて。両手で口許をおおって。縮みあがっている弘美さん。
蝙蝠が飛びつくように敏捷に、おじさんは弘美さんを抱きすくめていた。
白のセーラー服がたちまち、黒マントにおおわれる。
あ・・・!
おさげの黒髪のすき間からのぞいた白いうなじ。
ねじあげられて、煌々と照らし出す街灯のライトに肌の白さをさらけ出して。
ボクが噛みついたのとは反対側に、ぬらぬらとした唇が
ぬるり。
と、吸いつけられた。
あっ、あっ・・・弘美さん、血を吸われちゃう・・・っ。
立ち上がろうとするボクを、強い腕が押さえつけた。
無情にも。
きゅうっ。
ここまで聞えてくる、吸血の音。
「アッ、あっ・・・アア~ッ・・・」
抱きすくめられたセーラー服が、黒い腕のなかで身をのけぞらせ、
血を吸い取られる苦痛に悶える少女。
すぐに白目を剥いて、ふらふらと己の血を奪ったものの腕に抱きとめられてゆく。
ふぅ・・・ふぅ・・・
初めてのエモノに、おじさんの息が荒い。
その場にうつ伏せにさせると、
ああ。
むき出された牙の下、薄墨色のナイロンに薄っすらと染められたふくらはぎがツヤツヤと輝いていた。
か細いふくらはぎに情け容赦なく吸いつけられる、おじさんの唇。
くちゅっ。ずぶり。
そんな音がここまでするわけはないのに。
目のまえでおじさんは、弘美さんのふくらはぎに咬みついて、早くも血を吸いはじめている。
相手がボクの婚約者だと知りながら、
おじさんは弘美さんをつかまえて、あくまでエモノのひとりとしてあしらってゆく。
咬み破られた黒のストッキングがちりちりとほつれて裂け目をひろげ、
まっ白な素肌をじょじょにあらわにして・・・
すべてがボクがしたときとおなじように。
衣裳を乱されてゆく少女。
ちゅうっ・・・ちゅうっ・・・くちゅううっ・・・
汚い音をたてて血潮をむさぼられながら、眉を顰めていた弘美さんの表情が、いつかほぐれて甘えた顔つきになってゆく。
ああ・・・彼女は変えられてしまうのか・・・

なぁ?いい眺めだろう?
得意気にささやきかけてくるハルトのほうなど、もうかまっていられなくなっている。

あとがき
ほかのうちとおなじように。
この家の跡取り息子は、婚約者を吸血鬼に捧げる義務をもっているようですが。
半吸血鬼な息子さん、先取り特権だけは確保しているみたいです・・・

通過儀礼

2005年12月19日(Mon) 06:42:04

弘美さんと婚約をしたのは、まだほんの子供のころだった。
ボクは十一歳、弘美さんはまだ九歳だった。
色が白くて、年よりちょっと、大人びて入る子だった。
そのころは振り分けてお下げにした髪の毛の間からおでこの広いのと、両眼が心持ち離れすぎているのが気になって、あまり美人じゃないな、と密かにがっかりしたものだったが・・・
それでも無邪気に輝く瞳がかわいらしくて、そんなことを口にして傷つけちゃいけないな、と子供心にもそう感じたのだが。

中学にあがると、弘美さんは見違えるように美しくなった。
みずみずしさを帯びた乳色の肌はいっそう透き通り、
髪の毛をあげた額は相変わらず広かったけれど、
肩まで垂らした黒髪に映えて、とてもノーブルな感じに変わっていた。

ある日母はボクを呼ぶと、
「あなたからだといって、プレゼントしなさいね」
と、黒のストッキングをそっと渡した。
どういう意味かわからないで不思議そうな顔をしているボクに、母はフフ・・・と意味深な含み笑い。
母は、父の実家に住み着いた吸血鬼に夜な夜な血を吸わせている。
そういうことは我が家では常識になっていたので、
大人になったらそうするものなんだな、と
なんの疑問も抱かずにいたのだけれど、
もしかしてそれってかなりやらしいことなんじゃ・・・
という想いが兆し始めたのも、そのころのことだった。
そういうボクも、ちょうど婚約をした時分から、彼に血をあげるようになっていたのだけれど、
男同士ならともかく、吸血鬼のおじさんが母を抱くのはなあ・・・なんて。
あるいはちょっと、妬きもちをやいていたのかもしれない。
吸血鬼に逢いに行くとき、母はいつも黒のストッキングを身に着けていた。
それは中学生のボクにとっても、とてもドキドキする眺めだった。

つぎの日学校に行くと、
弘美さんを校舎の裏に呼び出して、母から託されたストッキングを差し出した。
いくら婚約したといっても。
学校で下級生の女の子を呼び出すのは初めてで。
彼女のクラスメイトはどぎまぎしているボクを見て、くすっと笑った。
そうしてこましゃくれたことに、
わかっているわ。もう子供じゃないんだから、こういうこと慣れているのよ。
そう言わんばかりに、窓辺のほうで友だちと輪になって談笑している弘美さんを連れてきてくれた。
一斉に注がれる視線から逃れるように、校舎の裏に連れ出して。
ボクの前には不思議そうに小首をかしげるセーラー服姿。
彼女にストッキングを渡すというただそれだけのことなのに。
なぜだかちょっと、ラブレターでも手渡すみたいな気分になって、胸がはずんだ。

あくる日、遊びにきた弘美さんは、ボクの手渡したストッキングを履いてきた。
「似合うかしら?」
ちょっと不安げに、ボクを見あげる弘美さん。
いままでむき出しだったふくらはぎが薄黒いナイロンに包まれて、
あれっ、と思うほど大人っぽく、なまめかしく染めあげられていた。
似合うよ・・・と口にするのが、せいいっぱいだった。
「よかった」
白い顔にほっとしたような笑みがぱっと広がる。
「これからはお出かけのときにはいつもストッキングを履くように、母に言われたの」
大人びたかんじのするストッキングの脚が自分でももの珍しいのか、
きゃっきゃとはしゃぎながらボクに見せびらかしている弘美さん。
そのときだった。
目のまえで無邪気に揺れる白い肌がボクになにかの衝動を与えたのは。

「どうしたの?」
怪訝そうにボクの顔をのぞき込む弘美さんに、思わぬことを口走っていた。
「きみの血を、くれないか」
しまった、と思った。
喉が、はぜるように引きつっていた。
「血・・・?」
弘美さんはおっとりと顔をあげ、ボクを見つめる。
すっきり伸びたうなじが折からさしこんできた夕陽を受けて輝いている。
惹きこまれるように、うなじに取りつこうとするボク。
「怖い・・・」
恐怖に顔を翳らせて、弘美さんはじりじりと後ずさりしようとしたけれど。
カーディガンを着た両肩をボクがつかまえるほうが先だった。

だいじょうぶ、痛くないから。すぐ済むからね・・・
そういいながら、初めての経験に不得要領なボク。
ひっ・・・
ちいさく声を洩らした弘美さんはしかし、めいっぱいガマンするように、
洩れそうになる悲鳴をこらえて、ボクの下でかたくなっている。
親に言い含められてきたのだろうか。
ふくらみかけた胸に迫らせまいと、ほんの少し腕を突っぱったけれども、
もうそれ以上抗おうとしなかった。
ドキドキとふるえる初めて唇が彼女の肌に触れたとき、
びくっ、と身じろぎするのをありありと覚えながら。
ボクは彼女の素肌に唇をあてていく。
裏側に生え初めた牙を秘めながら。

暖かい肌―――。
焦がれるくらいに想いをかきたてて、うなじをねぶりまわす。
わずかに散った唾液を厭うように、彼女の両手はまだ、ボクの両肩を拒みつづけていたけれど。
ああ・・・
気づいたときには、白のカーディガンが持ち主の血潮に濡れていた。
ごく、ごく、ごく、ごく・・・
切迫した脈動にあわせて泉のように滾々と湧きあがる血潮に唇を浸して、
忌むべき愉悦が、もうあらがいようもないほどの勢いで、ボクのなかに沁みとおってくる。
うなじを噛みながら。
どうして天井をふり仰いだ彼女のせつじつな目線が見えるような気がするのだろう?
怖いわ・・・怖いわ・・・でもガマンしなくちゃ。
喉から流れ込んでくる弘美さんの血をとおして、そんな想いが伝わってくるような錯覚。
錆びくさいはずの血液が、いつしかえもいわれないほどに甘く、ボクの喉を浸してゆく。
彼女が体の力を抜いてしまってからも、思うさま血を抜き取って。
体のなかに彼女の血がいきわたって、和らいだ温もりが、ポッと灯った。
気がついたときにはボクを拒んでいたはずの両腕が、しっかりとボクの背中にかじりついている。

ごめんね。怖かったろうね。
そう、呟きながら。
眠るように気を失っている弘美さんの足許ににじり寄って、
赤いチェックのプリーツスカートに、黒のストッキング。
とても、お似合いだよ・・・
謝罪するような目をそんぶんになげかけると。
スカートのすそをめくっていた。
正気のときには、どんな女の子にもやったことのない行為。
スカートのなかにかくれていた太ももは、びっくりするほど充実した肉づきをしていて。
黒のストッキングがあざやかに、その輪郭をひときわ際だたせている。
そうっ、と唇を吸いつけてゆく。
しっとりと潤いを帯びた薄手のナイロンを通して、柔らかい皮膚が迎え取るように唇に馴染んでいく。
少女の装いのうえから、なおも唇で愛でつづけたあげく。
ぱりっ。
ぱりぱりっ。
かすかな音をたててはじけたナイロンのすき間から、白い肌がひときわ輝くように、ボクの目を射た。
ずっきん。ずっきん。
口から心臓が飛び出るのではと思うほどに昂ぶりながら。
初々しい処女の生き血に初めて酔い痴れる夕べ・・・


あとがき
母親から託されたストッキングは、やはり恋文の役目を果たしたようです。
むろん母親もそれと心得て息子をたきつけたのでしょうが。

己れの所有(もの)、他人の所有

2005年12月18日(Sun) 07:41:20

下着女装が好きな男がいた。
彼は真っ昼間でも人知れず、女物のスリップやストッキングを服の下に身に着けていた。
そうしていると、誰か優しい女といっしょにいるようで、不思議に気分が休るのだ。

妻の下着に、手を出した。
思ったほどの昂ぶりを覚えなかった。
他人の妻のもののほうが、昂ぶりそうだった。
仲の良い友人にお願いして、その男の妻のものをナイショで貸してもらうことになった。
友人も、彼の趣味に関心をもったようだった。
男は、自分の妻の下着をこっそりと、友人に与えるようになった。
妻たちのいない家。
男たちはこっそりと人妻の下着を身につけて、自らを慰めた。

友人の妻~下着の持ち主~は、美人だった。
結婚してからも仕事をばりばりこなす、キャリアウーマン。
いちど街で、夫婦つれだっているところに出くわした。
さっそうと街を闊歩する奥さんは、ダンナよりも輝いて見えた。
いま彼の支配下にあるストッキングは、あのとき脚に通していたものかもしれない。
下着の持ち主を犯しているような気分になった。
そのいっぽうで。
いまごろ自分の妻の下着もこんなふうにされているのかと思うと、なぜだかよけいに昂ぶりを覚えた。
妻の下着を身に着けることで、ではなく。
他の男に妻の下着を玩ばれることで、初めて妻の下着に欲情した。
相手も、おなじことを考えていたようだ。
借りた下着を返すとき。
目のまえの男に自分の妻の下着が思うさま穢された有様に、それぞれに欲情を覚えて。
男たちはお互いの妻を、誘惑し合うことにした。

友人はなかなかの手だれだった。
専業主婦である妻は、あっけないほどかんたんに堕ちていた。
いまではすっかり地味で、夢も希望もないうらぶれた中年女になってしまった妻。
それが、ほかの男の腕のなか、もとの輝きを取り戻していた。
いやむしろ、彼の恋人であったその昔よりも、はるかに妖艶な色気をたたえて、むき出しの素肌を輝かしていた。
妻の肌の上、巧みにすべる唇を、彼は固唾を呑んで見守った。

すべての筋書きが妻にわかってしまっても。
妻は意外に寛大だった。
もう子供を産む歳でもないし、こんな愉しみがあってもいいんじゃないの?
不貞をはたらいた妻は、うって変わって大胆になっていた。
もうひと組のカップルをつくり上げるために、
妻とその愛人は計略をめぐらせた。
妻にとってはそのほうが、己の不貞もおおっぴらに愉しむことができそうだから、とても協力的だった。
愉しげにハミングしながら、相手の妻をおびき寄せる宴のために料理を作る妻。
その先にみえるものは、日常を離れた淫靡な世界。
夫に愛人を作らせることで、自分も堂々と浮気を愉しもうとしている妻の姿に、男はあらためて胸を波立たせた。

首尾よく、友人の妻も彼の腕のなかに堕ちた。
どうやら家庭の外のあちこちで浮気を愉しんでいたらしい友人の妻は、とても物慣れていて、男を歓ばすすべを心得ていた。
ふた組のカップルはおなじ部屋のなか、
お互いの妻を組み敷いて、情事に耽る。
他人の所有(もの)を組み敷いて、奥の奥を探って。
怒張したものを根元まで突き刺して。
激しく注ぎ込む充実のひと刻。
そうしてふと我に返って、傍らをうかがう。
自分の妻が、ほかの男に操をむさぼられている光景。
妻は、夫婦の営みのときよりもはるかに乱れて夫ならぬ身に抱かれている。
初めて、己の妻に欲情した。
男たちは、自分の妻の上にいる男を押しのけるようにして。
こんどはそれぞれの妻たちの上に身を投げて。
長いこと営まれなかった甘美に熱い刻を、夫婦で味わうようになる。


あとがき
ひとのものになるところを目の当たりにして、初めて妻への欲情をかきたてる男たち。
とても、歪んでいます・・・

交際日記

2005年12月16日(Fri) 06:42:32

初めて襲ったのは、学校帰りの途中だった。
近くの公園でねじ伏せて。首すじにかぶりついて。
泣きじゃくる少女を抑えつけ、いやおうなく生き血をむさぼった。
まるでモンスターのようだった。
レイプされるように血を吸い取られた少女は、逃げるように走り去ってゆき、
牙から血をしたたらせた吸血鬼は、したたかに咬み破った黒のストッキングを手にして満悦していた。

数日後。
黒ストッキングの脚が立ち止まり、すくみ上がる。
道をかえたはずなのに。
少女を待ち伏せていた男は、もろ手を広げて、彼女の前に立ちふさがる。
この前とおなじような展開。
嬉しそうに足許にむしゃぶりつく吸血鬼を、少女は涙も涸れる思いで見つめていた。

翌週。
初めて、言葉のやり取りがあった。
―――ひどいです。つらいんです。やめてください・・・
―――すまないね。どうしても、血が要りようなのだ。大人しくしていれば、生命までは取らない。
男は少女を抑えつけ、しかしいきなり食いついたりしないで、彼女をきつく掻き抱いて。
しばらくのあいだ、優しく背中を撫でていた。
咬みつくときに、いつもより手加減しているように、少女は感じた。
―――靴下破くの、やめてくれませんか?
そういう少女に、許しを乞うようにかぶりを振る吸血鬼。
感謝の色さえ浮かべながら、少女の脚をおし戴くようにして。
うやうやしく、しかし執拗に、唇を押しつけてくる。
それでもこの前までよりは少しだけ、優しかった。
足元の装いをいたぶる唇に、いとおしむような熱情を感じて、
しらずしらず脚を差し伸べて、欲情のままにゆだねていた。

その翌週。
少女は泣きながら手を合わせていた。
―――お願い。きょうは勘弁して。明日、試験なんです。それなのに、カゼ引いちゃって・・・
抱きすくめた身体は、確かに熱くほてっていた。
うなじをぐいと仰のけて食いついてきたとき。
(やっぱりこの人は鬼だ)
そう、少女は思ったが。
ぐいぐいと吸いだされたのは血ばかりではなく、自分の身体に巣食った病魔だったと、少女はなんとなく感じ取っていた。
―――家に戻って、朝まで眠るがよい。明日はしっかりと励むことだ。
囁かれるいたわりに、少女は素直に頷いている。

三日後。
少女は自分のほうから、いつもの公園に足を運んだ。
もう、怖がっていなかった。
いつものようにうなじを咬まれて。
このまえまでは嫌がってすくめた足もとは、いつもより薄手のストッキングで彩っている。
―――好きな人にふられちゃった。
少女は俯きながらそういった。
試験のあと、告白したら。
いきなり体を求められて。
そんなのイヤよ、と逃げ帰ってきたという。
心のどこかで。
処女じゃなくなったら、貴方が困るような気がしたの。
そう告げた少女は、吸血鬼の腕のなか、堰を切ったように泣きじゃくっていた。

絵のあるじ

2005年12月15日(Thu) 08:38:28

妙に気に入ってしまった。
行きつけの画廊に飾られていた絵。
きょうはなんとやらいう無名の画家の展示即売会だった。
その絵はどちらかというと目だたない絵柄で、画廊でも一番隅っこのほうに、隠すようにして展示されていた。
一面、漆黒の闇。
そのなかで、なにを語らうのか、ふたりの男が描かれている。
こちらを向いているほうの男は黒っぽい衣裳を身につけて、物腰柔らかく、口許には不思議に魅力的な笑みを泛かべていた。
手前に座っている男は横顔だけ描かれて、俯きがちになっている。
じいっと考え込んでいるらしいようすが、誰かに似ていると思った。
よく見ると、絵の隅のほうがすこし明るくなっていて、
半開きになった扉の陰から、女の顔が覗いている。
細い眉にさらりと長い黒髪を肩まで垂らしていて、
ノーブルに整った顔が気遣わしそうに二人の様子を窺っていた。
思い出した。
その女性は、知人の奥さんにそっくりだった。
そういえば、男のほうは、知人とすこし似ているような感じがする。
もしかしたら画家は、ふたりを知っているのかもしれない。
むしょうにその絵が欲しくなり、代価をきくと。
絵描きは白い口ひげの下でパイプをくゆらせながら、
―――その絵がご所望でしたら、ただで差し上げましょう。
と、信じられないことを言った。
絵のモデルは知っている人なのか?という問いに、
―――さぁ、どうでしたでしょうか。なにしろ昔に描いたものなので。
どこか謎めいて、口を濁したのがすこし気になった。

丁寧に梱包された絵が届いたのは、それから数日後のことだった。
さっそく夫婦の寝室にその絵を架けると、
日頃絵などには無関心な妻が珍しく絵をまじまじと見つめると、
「その男の人、貴方にちょっと似ているわね」
「え?そんなことないだろう?むしろあいつに似ているよ。丸田のやつに」
丸田は学生時代からの友人で、美人の奥さんと二人暮しである。
たまたま近くに住んでいるというのに、ここ何年と会っていない。

その丸田が、どういう風のふきまわしか、家に訪ねてきた。
しばらく会わないうちに、すっかり老け込んでしまっていた。
話はしぜんと、手に入れた絵のことになっていた。
「オレはお前に似ているというし、家内はオレに似てるっていうんだ」
むろん、ふたりは似ても似つかない顔をもっている。
「ふぅん・・・」
何気なく発したため息に似た声色が、どこか震えを帯びていたが。
それに気づいたのは妻だけだった。
「早いとこ、転売したほうがよさそうだな」
丸田は、意外なことを口にする。
「え?」
と、振り向いた私に、
「イヤ、どちらに似てるとも言えないけれど・・・あまり面白くないのではないかね?そういう絵って」
絵の話はそれぎり、気まずい感じで途切れてしまった。

けだるい朝だった。
洗面台の顔も、蒼ざめていた。
首のあたりが、凝るなぁ・・・
ふと手をやった首筋に、なにか黒っぽい痣のようなものが浮いているように見えたのだが。
よく見るとそんな痕はどこにも見あたらなくなっている。
私よりも早く起きて、いつものように台所に立っている妻も、どこかけだるそうにしていた。
夕べはちょっと、冷えたかな?
寝心地のよくない夜だった。

「あの絵、怖くない?」
食後のコーヒーカップを手に、妻が呟くとなしにそういった。
どこか、さぐるような目線を感じ、訝しく見返すと、
「怖いところが、かえっていいのかも」
そんなふうにも言った。
「丸田さんのことは、気にしないでいいんじゃない?気に入って買った絵なんだし。でも気になるのなら、人にはあまり見せずにおいて、あのまま寝室にかけておくといいわ」

その夜のことだった。
夕べの寝不足を補おうとして早寝をして。
一度は寝入った真夜中のことだった。
なにかを啜り取るような、しのびやかな音が、妖しく鼓膜を震わせて。
目ざめた私を押し包んでいたのは、なにかが重苦しくのしかかってくるような感覚。
もがいて。身をよじって。しばらくすると、私のうえにいた影のようなものは去っていた。
金縛りのような経験は以前からも経験していたのだが。
どうもそれとはすこし様子が違っていた。
くらくらとした眩暈に数刻、悩まされて。
ふと目をやった傍らで、
ベッドの上の妻に、黒い影がのしかかっていた。
身をよじり、呻吟している妻。
あ、いけない・・・
声にならない声は、喉元で凍りついている。
じゅるり・・・じゅるり・・・
妻のうなじにとりついたそいつは、静かに低い音をたてながら、
妻の血を啜っていた。
さっき私の耳もとを濡らした啜る音が、妻の上に覆いかぶさって。
妻は切なげに吐息を洩らし続けている。
しどけなく悶える妻の、どこか愉悦に似た風情に魅入られるようにして、
私もまた、体も理性も痺れさせてしまっている。

カチリ。
ふたつ合わせる、ペアのワイングラス。
グラスの主は、妻ではない。
黒衣の男は口許に笑みを浮かべて。
あくまでしんそここちらをいたわり気遣うように。
穏やかに響く低い声が、男のそれとは信じられないくらいに魅惑に満ちている。
おふたりの血を、頂戴したいのですが。
そんな彼の申し出を、ついふらふらと快く受け入れてしまっている私。
―――ふたりの血が、あなたのなかで仲良くまぐわう・・・というわけですね?
まるで誰かに言わされているように。
唇を震わせて、そんな世迷言を呟いていた。
―――よろしい。夫婦の血潮であなたの渇きを癒して差し上げましょう。
いいのだろうか?ほんとうにいいのだろうか?
しかし、もう後戻りできないということを、グラスの中身が告げている。
ワインの代わりになかを満たしているのは、たったいま妻の体内から吸い取られた血液だった。
グラスを合わせた上は、飲み干さなければならない。
わたしはもはやためらいもなく、グラスの中身をあけていた。
ぬらりとした喉越しが意外なほどに心地よく、胃の腑に流れ込んでゆく。
脂の乗り切った女ざかりの情念を秘めた、妖しくも芳しい液体。
それが胃の腑のなかで、ぱっと火を灯すように広がって、体の芯を疼かせる。
―――うるわしい血潮につい我を喪って、奥方の操に手をかけることなども・・・
皆まで言わせずに、私はすべてを捧げよう、と誓ってしまう。

ふと絵のほうをみると、灯し火に浮かび上がった絵のなかで、俯いた横顔は確かに私のものになっている。
そして、覗き込む女の顔は、初めてみたときとは似ても似つかない、濃い眉を持った太り肉の妻と瓜ふたつにすり変わっていた。


あとがき
絵のまえの持ち主は、「秘密」(12月9日記)http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-199.htmlの夫婦のようです。
ちょっと思いついたので、描いてみました。

先生の奥さん

2005年12月14日(Wed) 01:07:29

<その1・訪問>
学校の先生の奥さんに萌えたことがあります。
顔もスタイルもごく十人並みな人だったのですが。
そのころで三十そこそこだったと思います。
萌えたわけは、お宅にお邪魔したときに奥さんがよく穿いていた、濃紺のストッキングのせいかもしれません。
地味めな服装の人なので、こういう色のストッキングと必ずしも合っていないな、と、男の私ですら思ったのですが。
その時分は、そういう色のストッキング、かなり流行っているようでした。
人妻になってからもそんな流行を取り入れようとしている若やいだところと、
コーディネートがいまいち決まっていないイモっぽいところとが、どうにも気に入っていたのです。
地味めな装いのなかにとり込まれた、不似合いにワイセツな濃紺のストッキング。
先生の奥さんという犯しがたい立場の人がワンピースのすそからかいま見せる娼婦の色に、私は敏感に反応してしまったのです。

濃紺のストッキングを脚に通すと。
血色のよいふくらはぎが涼しげな彩りに透けて、全体がディープな紫にみえるのです。
たまらなく、そそられてしまいました。
妄想しました。
一方的に襲わせてもらうのは悪いかな・・・と思いまして。
そのころ中学生だった妹を連れて行って、先生にお願いして、交換してもらっちゃおうか・・・などと。
妹の学校の制服は、セーラー服でした。
黒のストッキングを履かせてやってもいいかな、と思いました。
妹はもうすでに、母親どうよう、悪友の吸血鬼に血を吸われています。
ことのついでに、処女も卒業していました。(誰と?^^)
ですから、殿方の相手の仕方は知っています。

いつも案内される応接間で、先生が妹を組み敷いて。
そのすぐ傍らで、私は奥さんに迫っていって。
妹のことを処女だと思い込んでいる奥さんは私に、
「いいの?いいの?妹さん、取り返しのつかない体になるわよ」
そんなふうにたしなめながら。
じつは、若い娘に目の色を変えている旦那様のほうがよほど気がかりなんです。
で、セーラー服の襟首を強引に押し広げようとしている先生のほうをチラチラ見やりながら。
私はというと、そちらに気を取られている奥さんの足首抑えつけて。
紺のストッキングの上からまんまと唇を吸いつけて。
くしゃくしゃになるまでいたぶっているんです。

一見若い娘を譲った私のほうがソンをしたような取引ですが。
はたしてそうでしょうか?
先生はすぐに、妹が処女じゃなかったと気づきます。
でもそのときに、振り返ってみると、奥さんはとっくにワンピースをひん剥かれてしまっていて。
若い教え子の精液を、びゅうびゅうと注ぎこまれてしまっています。
そうなると、最愛の妻の貞操が喪われてしまったことのほうが、彼にとってはるかにシンコクなものになってしまいます。
きょうの出来事は黙っていてあげるから。
たまに淋しくなったら奥さんをモノにさせてくれませんか?
私に血を吸い取られてへろへろになってしまった奥さんも、もう私の味方です。
箪笥の引き出しをあさっては、こんなストッキングどうかしら?とか、学生時代に着ていた服よ、とか、
そんなふうに私の歓心を得ようとしたりし始めます。
先生、無念そうに苦笑いしながらも、私と奥さんとの交際を認めざるを得なくなってゆくのです。

恩師の妻をエモノにしてしまう、というのは、とても禁断な愉しみのように、まだはたち前だったころの私は思っていたのでした。


<その2・かえり道>
妹をエサに先生の奥さんを頂戴した帰り道。
宴のあとの余韻にほてる肌に、夜風がとても心地よい。
大柄な妹はのしのしと大またで歩いている。
ぶらぶらと歩きたい私は、どうしても少し遅れがちになって。
思わず視線を這わせるのは、妹のふくらはぎだった。
まるで袴をさばくような色気のない足取りで、
長めの濃紺のプリーツスカートを揺らしながら。
それでも素肌にぴちっと密着した薄手のナイロンは、
神秘的なまでになまめかしく、白い肌を染めている。

奥さんと乱れる私のかたわらで。
白い太もももあらわに先生に組み敷かれていた妹。
ひざから下には、破けてずり落ちた黒のストッキング。
記念にどうぞ、と手渡したら、先生はちょっと嬉しそうにして。
放心状態で身づくろいをしている奥さんのほうをちらと横目でうかがっていた。
どうも、と、先生に軽く頭をさげて。
履き替えのストッキングを手にして無造作に脚に通してゆく妹のなれた手つき。
こちらも奥さんに負けず劣らず娼婦なのだ・・・
てっきり手のうちにあるものばかりとカン違いしていた私。
妹は、私が思い込んでいるよりか、はるかにオトナになっていたようだ。

「どうだった?先生」
そんなふうに声をかけたセーラー服の後ろ姿。
妹はびくっとして立ち止まり。真顔でまじまじと私の顔をみあげて。
「お兄さん、えっち。」
たったひと言、そういった。
私が二の句も継げずにいると、こんどはうって変わって無邪気に笑い崩れて、
「困っちゃうよお、そういう質問・・・でもまた行こうね。先生のうち」
そういって、すたすたと私をおいて家に向かってゆく。


あとがき
「先生の奥さん」の、続きです。
唐突に登場した妹ですが。・・・賢明でクールな共犯者です。
ところで、私たちが辞去したあとの先生宅は、どんなふうだったんでしょうね?^^
今にして、気になります・・・

<その3・ふたたび・・・>
「あら、いらっしゃい」
玄関に出てきた奥さんはちょっとびっくりして、
そしてすこしメイワクそうに、ボクを見た。
白地に黒の水玉模様のワンピース。
真っ赤なチラチラをつけて、アクセントにしたい。
正直すぎるボクの目をそれと察して、
奥さんは戸惑うように先生を振り返る。
「おやぁ、妹さんは・・・?」
「ごめん。きょうはちょっと生理だって」
そういい捨てるともうものもいわないで敷居をまたぎ、
奥さんの手を引いて応接間に引きこんでいる。

膝丈のすそからのぞく太めの脚には、
例の濃紺のストッキング。
血色のよいピンク色の素肌が、淫らなダークブルーに透けて、
濃い紫色に輝いている。
すかさずワンピースのすそをたくし上げていくと、
いやいやをする奥さんにおかまいなく、
唇をイヤらしく、にゅるうっと吸いつける。
薄いナイロンのなめらかな舌触りに夢中になって、
くちゅっ、くちゅ、っといたぶりまわしてしまっている。
ふすまの細い隙間からじいっと注がれる、熱い視線。
いいんですよ。先生。
黙って、独り昂ぶりながら。
奥さんの痴態、ぞんぶんに愉しんでくださいね。

~後記~
去年の12月14~15日&22日にかけて描いたお話の再あっぷです。
語調が変わっているのが難ですが、ひとつにして再掲してみました。

迎え

2005年12月12日(Mon) 07:19:19

「では、奥様をお連れしますわね」
いまどき珍しいほどに淑やかな、お嬢さんみたいな物腰で。
けれども、実年齢はもっと上なのだろう。
目じりにわずかに滲ませた小じわをさして、
「少ぅし、若返らせていただきますわ」
小じわを取るために、妻の血を採る・・・とでもいうのだろうか?
待ってくれ。
優しげな顔だちにすがるように、私は彼女を引きとめようとする。
「ごめんなさいね。どうしても必要なの」
うって変わって、キッと睨み返してきたその目つきは、まるで般若のように怖ろしかった。
なにかの力を秘めているのか、じぃんと痺れて身動きできなくなった目のまえから。
妻はちょっとお出かけしてくるわ、と言い置いて、ショルダーバックをさげて迎えの車に乗り込んだ。
そう、顔色ひとつ変えないで。
だいじょうぶ。
女は囁く。
死なせたりは、いたしませんわ。奥さまの血、とっても質がよろしいの。
たいせつに、吸ってあげるから。
ほんの少しのあいだ、お預かりさせて下さいな。

不思議な派遣社員

2005年12月12日(Mon) 00:07:00

ねぇねぇ。来てみる・・・?
悪戯っぽい微笑もなぜかミステリアスで。
とても意外。
このひとがこんな笑いかたをするなんて。
そう思いながら、恵子は引きこまれるように、ウン、と頷いてしまっていた。
相手は、理恵という派遣社員。
いつのころ採用されたのか、そんな記憶すらあやしくなるほど存在感の薄い人。
吸血鬼の小説、書いているの。
そんなふうに打ち明けてくれたのは、つい数日前。
大人の童話みたいなものよ。
そういってはにかみながらその場で読ませてくれた数々のお話のなか、
ちょっと意外だったのは、登場する吸血鬼が咬みつくのがストッキングを穿いた脚だったりするところ。
ちゃんとモデルがいるのよ。
そういう彼女に誘われて。
言われるままについて行ってしまった恵子には、いつの間にか呪縛がまとわりついていたものか。
オフィスを出るとき脚に通していた黒のストッキングは、帰宅したときにはベージュに変わっていた。
もちろんそんなささいなことは、家族の誰も気がつかなかった。

あれ?○○くんは?
理恵の上司がふと気づいたようにあたりを見回す。
―――え?彼女先月辞めたんだろう?
同僚にそう言われて。
そうだったっけ。
とにかく、印象のない人だったなあ。
そういえば、水沼くんも最近見かけないな。
―――え?彼女もいっしょに辞めたんじゃなかったっけ?
またも同僚にそう言われて。
え、そうだったっけ・・・
ほかにも辞めた女子社員が数名、いたのだが。
もとより視界にはいるもの以外、凡庸な上司氏の意識の外である。

目ぼしい女をあるていどモノにすると。
理恵はそうっ、と派遣先に辞表を提出する。
一見恭しく頭を下げて、目のまえの上司がもっともらしく頷いたとき。
理恵は心のなかで笑っていたりする。
だって、このひと、こないだ家にまで招んでくれて。
そのときいっしょに連れて行った吸血鬼に奥さんを紹介したの、もう忘れちゃったのかしら・・・って。

あとがき
自分の印象をわざと薄くして、周囲の警戒をかいくぐって。
いちばん美味しいところだけを引き抜くと、音もなくすうっ、と去ってゆく。とても有能なアシスタントです。

窓辺

2005年12月11日(Sun) 23:44:25

オフィスから去ったまりあは、まるっきりの別人に変わる。
もうベテランの入口にさしかかりながら、無邪気なキャピキャピOLしているまりあ。
少女とキャリアウーマンの境目にいる女。
おおかたの評価はまずそんなところなのだろうが、
いま彼女が夢中に書きすすんでいる作品をみたら、職場の男たちの目はきっと180度、変化するだろう。
もちろんそんなことはおくびにも出さないで、どこにでもいるOLをたくみに演じつづけているまりあだったのだが。
いま彼女が目にしているディスプレーには、こう書かれてある。

・・・誰かが廊下を通りかかれば、思わず聞き耳を立ててしまうであろう、そんな艶声だった。

オフィスの一室で乱れる男女。
躍動する一対の体と交錯する情念とが巧みにリアルに描かれていた。

ひゅう~。
冷やかすような口笛に、ハッとまりあは振り向いた。
いつの間にか、開け放たれた窓。
その窓辺のベランダの手すりにヤツは腰かけて、いつものような冷ややかな笑みを浮かべている。
あいかわらず、見てきたようなことを描いているね。
そんなふうにうそぶいてフフンと鼻を鳴らす男を、憎らしそうにみつめるまりあ。
とがった視線をくすぐったげに受け流して、
彼は持ち主を押しのけるようにして、ディスプレーの前に座り込む。

ふんふん。なるほど・・・
なかなかいけるじゃないの・・・

口では軽く挑発しながらも、文章のうえに熱っぽく走らせる目線は偽りではないらしい。
読み終えた彼はにやりとすると、

ごほうびだ。

そう言って。
まりあの目のまえに、これ見よがしに牙をむき出した。
えっ?
まりあは困ったように、周囲を見回した。
となりの部屋からは、テレビの音。家族の団らんする話し声。
人はまだ、起きている刻限である。

「まだ、早いわよ・・・」
声をひそめて異議を唱えるまりあに、
ふふん。
男は嗤った。
ここにこう、描いてあるではないか。

・・・誰かが廊下を通りかかれば、思わず聞き耳を立ててしまうであろう、そんな艶声だった。

「やだっ。いやらしい・・・っ」
あくまで声をひそめるまりあの両肩を抱きすくめて、男はおもむろに迫ってくる。
「あ、あ・・・っ」
獣じみた熱い呼気が、まりあのうなじにふりかかる。
ちゅぶ・・・っ。
なすりつけられる、なまの唇。
かすかに唾液がはねたのを覚え、まりあはいつもの癖で、無意識にみずからの髪の毛をかきのけている。

ぐぐっ・・・じゅうっ。
ちゅ、ちゅうう~っ・・・
おどろおどろしい吸血の音に包まれて、まりあは恍惚となりながら。

決して声をたててはならないよ。近所迷惑だからね。

うっとりするほどに意地悪い微笑を浮かべた吸血鬼の言いつけにそむくまいと、
必死で身をくねらせて、声を忍ばせる。
ヤツは、そんなことを口にするくせに。
あくまで誘惑の意思を捨てない掌で、まりあの微妙な部位に、卑猥きわまりないまさぐりを加えてくる。
淫らな力をみなぎらせた指の一本一本が、まりあの柔肌に食い込んできて。
それでもまりあは必死にこらえて。
もう夢中になって、歯を食いしなっていた。
お笑い番組だろうか?
隣室の一家は、あっけらかんとした笑い声をあたりはばかることなくまき散らしていた。
そんな・・・ずるいっ!
ひとときの憤慨に、かえって均衡が乱れた。
ウ、ううう・・・っ。
いつかまりあの口許から、洩らしてはならない快楽の声色が洩れはじめている。

静かに。静かにね・・・
男は念を入れるように、そう、耳もとで囁きつづけるのだが。
いちど切れてしまった堤防は、もう用をなさなくなっている。
あああああああ・・・っ
ひいいいいっ。
あ、は。ぁ。んん・・・っ。
この身にのこった僅かなプライドすらもかなぐり捨てて、
とうとういつものようによがりはじめてしまっていた。
あまりはしたない声色が、かえって彼の興を殺ぐことをしっているまりあ。
そんな彼女が食いしばった歯のすき間から洩らす、忍んだ声色の玄妙な響きを、彼が小気味よげに愉しんでいる。
そう知りながら。
まりあはもう、彼の術中にはまり込んでしまったことをすら愉しむように。
もうあたりはばかることもなく、愉悦の歌を謳いはじめていた。
何も知らない隣家では、団らんが続いている。

あとがき
ごちそうさまでした。
いつものようにとてもひたむきで、熱のこもった歌いっぷりだったね。^^
闇夜のなかのプリマドンナどのへ。♪

かたくなな女

2005年12月11日(Sun) 09:11:21

―――苦しくはないですか?
―――ええ、だいじょうぶ・・・
―――ご迷惑ではないでしょうね・・・?
―――いいえ、けっして・・・
女は彼の下でそういいながら、それでも身を震わせて涙をこらえている。
シーツの上、ふたりはとっくに腰をひとつにしていた。
吸い取った血潮はあきらかに、女の屈辱や悔しさに染められて、
かたくななまでに凍えている。
どんなに技巧をこらしても。
並みの女ならばとっくに堕ちているはずなのに。
この女の生硬な体は、溶け込もうとする彼の肉体を、頑ななまでに拒んでいた。

吸血鬼というのはね。
行く先々で真剣に恋しないといけないのだよ。
そうでないと、恋する相手を死なせてしまうよりなくなるのだよ。
父からそう教わった彼。
抱き締め、撫でさすり、もみくちゃになるまで踏みしだいて。
それでも腕の中の女は冷えていた。
―――別のかたにも同じように、振る舞われるのですよね・・・
彼女の肌が、そんなふうに覆いかぶさってくる体温のない肌を跳ね返していた。

そうではないのに。
貴女を、死なせたくないだけなのに。
彼はもう必死になって、あらゆる手だてをつくして女を燃えあがらせようとした。
手段が尽きて。
とうとう彼は力なく、泣き伏すように彼女の胸に突っ伏した。
そのときだった。
透きとおる胸に暖かい血潮が初めて沸きあがり、
柔らかい腕がためらいがちに彼の背中を包んだのは。


あとがき
もっと血を吸って。
切ない求愛に身を焦がす女たちの生命を奪るまいとして。
ほかの女に手を出して。
けっきょく、意中の人の嫉妬を招いてしまう。
そういうタイプの男だったのかもしれません。
万策尽きたはずのそのときに、女がどうして心を許してくれたのか。
プレイボーイを父に持つ青年はこの夜、ひとつ成長したのかも知れませんね。

秘密

2005年12月09日(Fri) 07:55:01

秘密にしていたほうがよろしいのかな?
それとも、あからさまに振る舞ってしまったほうが、あきらめがつくものかな?
吸血鬼はそういいながら、私に盃をすすめた。
決しておためごかしではなく、心からの恭しさがこもっているのを感じながらグラスを受け取ると、
なみなみと注がれた深紅の液体は高貴な輝きを秘めて、ゆるやかにグラスのなかを踊った。

貴方に内証にしながら、奥方にいい寄ろうか。
それとも、逐一様子をききたいか?
奥方は貴方に対して情事を秘めるのがたしなみか。
それとも、貴方にそれを告げることで、罪の意識から解放して差し上げるべきなのか。

己の妻を秘密裡に彼に寝取らせることで、昂ぶりを覚える夫たちもあるという。
貞淑な主婦の裏にある淫女の顔を垣間見たいという欲望のもとに。
しかし。
不実に走る妻を、私はしんから許すことができるのだろうか。
―――やはり妻には、隠し事をしてもらいたくないものだね。
そうであればこそ、妻の愉しみを許すこともできるのだから・・・
よく申された。
にんまりとした笑みを頬のそばまで近寄せながら。
彼はグラスの中身を干すようにと、私に告げる。

ねっとりとした喉越しだった。
液体のなかに秘められた妖しい熱情が胃の腑に散って、焔をあげる。
中身は、ワインでもブランデーでもなかった。
昨晩襲った妻から奪い取った血潮。
それを共有することで、すべてのものをともにすることになるのであろうか。
契約は、結ばれた。
核シェルターのように堅牢な信頼関係におおい隠された密なる空間で、不道徳な愉悦が美酒の如く熟成の刻を迎える。

気がつくと、傍らに妻の陰があった。
安堵の色をありありと浮かべながら、
彼女はむき出しにした腕を私の肩にすがるように触れ合わせてくる。


あとがき
不道徳な愉しみは、至高の信頼と至福の情愛に裏打ちされて初めてなりたつもの。
寝取られる夫のストーリーに萌えを感じても。
しんそこなうら切りにはそそられないものです。

2005年12月09日(Fri) 07:28:54

薄暗く、大人のムードに満ちたショット・バー。
もう真冬だというのに、まりあはノースリーブの服を着て、
しなやかな筋肉におおわれた腕をむき出しにして男のまえにさらしている。
さっきどやどやと入ってきて店内の静寂を乱したサラリーマンどもが無神経に排出し始めたタバコの煙にうんざりしたように、男は河岸を変えようか、と女にささやく。
歌でも唄いたくなったの?
のぞきこんでくるまりあに、
あんた、歌うのは嫌いだったよな。
横っ面でそう応えて。
マスターはお代はツケでもいいよ、と、雰囲気の悪くなった店内からの出口を目色でうながしてくれた。

店を出ると、真っ暗闇とともに怖ろしいほどの寒気がふたりをすっぽりと包んだ。
つかまって。
男がそういうと、まりあは目を伏せて男の腰に腕をまわしてゆく。
代わりに、ぎゅっと抱きすくめる腕を感じて、
つぎの瞬間、けだるいほどの暖気に包まれたほの暗い空間が訪れていた。
見慣れた暗い照明に、インテリア。
向こうの部屋にはいまは身を横たえるばかりに用意されたベッド。
そこはまりあの部屋だった。
おなじく歌を聞くのならば。
吸血鬼はご自慢の牙を見せびらかすようにしながら、
ここで聞きたいね。

白々と夜が明け初めるころ。
女はまだけだるげに、ひくくふるえる声色で、
ひめやかな歌を謳いつづけている。


あとがき
どんなに歌が苦手でも、女であれば妙なる声で、心のかぎりに謳える歌。
そんな歌、ありますよね?^^
夜のとばりがおりる頃。
貴女もそれを口ずさまれるのでしょうか・・・

似合わない?

2005年12月07日(Wed) 07:57:59

いつも素足が好きなその少女が黒のストッキングを履くのは、
冬服を着て登校するときと、吸血鬼のお邸にお呼ばれするとき。
あるとき彼女のふくらはぎに唇を当てながら、吸血鬼が呟いた。
―――お嬢さん、いつも素足なんだろう?
う~ん、ゴメンね。私、ストッキングあまり好きじゃないのよ。
ストッキングのうえから吸いついた唇が、
ウフフフ・・・
イタズラっぽく笑み崩れた。
―――妙に、似合っていない。
まぁ、失礼ね。
少女が、ぷっとふくれる。
せっかく装ってきたのをくさされたことと、
笑んだ拍子にお行儀悪く唾液が散ったのと、
どちらが理由だったものか。

―――きみ、お仕置きをしてあげようか。
えっ?どうして?ストッキング似合わないから?
―――そうそう。
ひどぉい。そんなのないよぉ。
―――これから毎日、外出のときにはストッキングを履くように。どうかね?
だって、今は夏よ。ストッキングなんか、学校にだって履いていかないのよ。
―――いいじゃないか・・・
イタズラっぽい笑みが、いつの間にかうなじのちかくにある。
生臭いはずの呼気が、なぜか少女をゆるりと包んで。
とてもいい気分にさせられてしまう。
うん。わかった。
似合うようになったら、突然襲われちゃうのかな。
それが、罪の解けるときなのかな。

落葉の敷きつめる、雑木林のなか。
ひんやりとした夜露に制服を濡らしながら、
少女はさっきから、彼に足許をなぶり抜かれている。
ひどく満足したようだ。
似合うよ。
そうひと言、口にすると。
ストッキングのうえからぬら~り、と。
唇に含んだ唾液をだらしなく、沁みわたらせてきた。
足許をゆるやかに束縛していたナイロンが緊張を失って、じょじょにほぐれてゆくのを覚えながら、
おじさま、これからも毎日、履いてあげるからね。
少女はそんなふうに、呟いている。

懊悩の昼下がり

2005年12月07日(Wed) 07:46:16

書斎にしつらえた液晶画面に展開される、まがまがしいドラキュラ映画。
ヒロインは、私の妻。
正座をして、三つ指ついて。
まるで主人の私に対するように、訪れた黒衣の男に接している。
あの男の服の色に合せたものか、黒一色のワンピース。
すこし短めのすそからは、まだ年齢の熟していないお嬢さんみたいに、
なまめかしいナイロンに薄黒く染まったひざ小僧があらわになっている。
真珠のネックレスをはずして傍らのテーブルに置くと、
妻はみずからうなじを仰のけていた。
テーブルのうえには、はっきりと正面に向けられた、私の写真。
とても白くて、ほっそりとした首すじに、ぎらぎらと飢えた牙がむき出される。
ヤツは妻の細い肩を抱き寄せて、
がぶり!
と食いついていた。
うなじそのものが折れてしまいそうなくらいの、強い力で。

ひいっ・・・
ちいさな悲鳴をのみ込んで。
うめき声を忍ばせて。
ひくく長く洩れてくる辛吟に、私はいつか釘づけになっている。

あんなこともされて。
こんなことも愉しんで。
私の写真のまえで私を裏切り続ける妻は、限りなく愉悦していた。
くすぐったそうに、ちいさく笑い声さえたてながら。
妻としての夜の勤めをさえも、惜しみなく彼に捧げつづけている。

いつものように私の足許を締めつける、妻のストッキング。
私に貸し与えた持ち主の意図を秘めているのか、
さっきからまるで真綿で首を絞めるように、しっとりと。
なよやかに、しなやかに、私の皮膚に滲むように食い込んできた。

夜遊びのツケ

2005年12月07日(Wed) 07:34:20

週末のつきあい酒がまだ残っている、土曜日の朝。
重い頭を抱えつつふらふらとリビングに出てゆくと、
妻はいつもより蒼い顔をして、黙りこくって家事をしている。
(ご機嫌が悪そうだ)
と、思う私。
いささかカン違いだったのだと、あとで思い知ることになるのだが。
妻は他人行儀によそよそしく、
湯気のたったコーヒーとトーストをテーブルに並べながら、
「たまには早くお帰り遊ばせ。わたくし、とても淋しかったのよ」
上目遣いな白い目をして、そういった。
すまないね・・・どうしても断れない席だったので。
妻は、そんなありきたりな私の反応などさらりと受け流して、

あのかたがお見えになってね。ひと晩じゅう、お相手させられてしまいましたの。

そういった。
えっ。
二日酔いも思わず吹き飛んで、思わず顔をあげる私。

本当ヲイウトネ。チットモ淋シクナカッタノ。
トテモ愉シイ夜デシタノヨ。
貴方モオ気ニナサルデショウカラ、
アノ方ニオ願イシテ、一部始終ヲ録画シテアリマスノ。
御覧ニナラレマスワヨネ?

いわずと知れている。
見ろ、ということなのだ。
色の白いぶんいっそうノーブルに映る目鼻立ちに、
妻は無邪気な笑みを浮かべている。

お仕置きよ。

そう言いたげに。

悪戯坊主 9

2005年12月06日(Tue) 09:48:35

―――もしも孕んだら、流してしまえ。オレの胤だ。きっと意気地なしの弱虫に違いないから。
組み敷いた人妻にそう囁くと、吸血鬼は合せた腰にいっそうふるいついて、欲情のほとびを放射していた。
うぅぅんっ・・・
人妻は眉をつり上げ、とても切なさそうにかぶりをふり続けている。

情事が果てると、なおもからみついてくる吸血鬼をいとわしそうにふり払うようにして、玄関を出た。
外は雪だ。
冷えた空気が、爛れた情事を咎めるように彼女を包み、
そして彼女を通り過ぎた罪悪を、じょじょに取り払っていった。
踏みしめた足跡が、家路をたどってゆく。
なにをされるのかを察していながら自分のことを家から送り出した夫のもとへもどるために。

―――思い通りにするといいよ。あの娘にもきょうだいがあってもいいだろうから。
―――弱虫。意気地なし。
あのときの吸血鬼のささやきのをそのままに心の中で夫を罵りながらも、彼女は静かに頷いている。
あのひとの胤ならば、大人しくて優しい子供かもしれない・・・
彼女が産み落としたのは、男の子だった。

女の子のようにか細くて、病気がち。
時折蒼白い顔をにっこりさせて母親にすり寄ると、血をねだる。
そんな彼に、まるで授乳をするように応えてゆく彼女。
わたしが守ってやらなければ。
母鳥が翼でヒナを覆うようにして、彼女は少年を庇護し続けた。

体も大きくなり、背丈はとうに母親を抜いている。
そんな青年が下校してきて、耐えかねたように彼女におおいかぶさってくる。
きゅうっ・・・きゅう・・・っ
・・・・・・!
まがまがしい気配に彼女はうろたえながら、少年にささやいた。
―――母さん、具合悪くなってきた。もしも母さんがいなくなったら、約束して頂戴ね。人をあやめずに暮らしてゆくって。
少年ははっと我に返ると、涙ぐんで。
そしてあわてて、吸い取った血潮を母の体内に戻していった。

少年は声変わりして、大人の体つきになっていた。
組み敷かれた肩先に這う指に男の情念を覚えたころ。
うかつにもちょっと目を離した隙に・・・
「お姉ちゃんと、契ってしまったのね?」
いつもの優しい口調をかえまいと、けんめいになっていた。
「初めての人に、むやみにそんなことをしたらダメですよ」
姉さんにもそう言われたんだ・・・
淋しい翳をたたえながら、それでも少年は衝動をこらえ切れないで。
吸血の余韻のあとのまがまがしい愉楽に身をゆだねようとしてた。
不器用にスカートをせぐり上げようとする手に手を添えて、
彼女は自らショーツを引き裂いている。

ゆっくりと。なにかを確かめるように。
少年は挿入行為を繰り返してゆく。
激しく深い上下動に身をゆだねながら、
女のなかの罪悪感も恨みも、いま淡雪のように消えようとしている。
意気地なしの弱虫と。
大人しい優しさと。
やっぱり、紙一重だった。
迫ってくる胸に、なぜかなさぬ仲のはずの、父親の血潮を感じる。
この子はほんとうに、吸血鬼の子供なのだろうか。
彼と夫と。かわるがわる、彼女に身を寄せてきた男たち。
思えば、似たもの同士の二人だった。

あとがき
ネット落ちしたときにお話が浮かんでも、やっぱり忘れてしまうものですね。
これは、そんなお話のうちの一つです。
もっと違った話だったような気もしますが。

紙一重な性格。
責めるべき夫と、受け入れてしまった愛人と。
じつはそっくりな二人だった。
そんな話・・・だったと思います。
喉に刺さった小骨のようなもので、描いてしまわないと次行けなかったりするので、アップしてしまいました。^^;

撫してゆく・・・

2005年12月02日(Fri) 08:20:15

そうよ・・・女ざかりの私をいつまでも放っておく貴方が悪いのよ・・・
女は震える唇でそう呟きながら、相手の男の胸に身をなげた。
漆黒の衣裳に顔をうずめて、声を忍んですすり泣く。
どれ・・・
男は女のあごに手をあてて、ぐいっと力づくに涙に濡れた顔を仰のける。
泣き顔を見られまいとして女が顔をそむけると、
彼のほうもまた、女が顔をそむけた反対側に口許を沈めていった。
ぐいっ。
つよく、抓られるような感触。
鋭利な牙の切っ先が、血潮を活き活きとめぐらせている血管を食い破る気配に、女は目を見開いた。

よしよし・・・
ぼう然とあらぬ方をみている女の背中を抱いて、吸血鬼は長い黒髪をいつまでも撫している。
ゆったりと、深く。
それはいとおしげに。
―――今宵は体調がお悪いようだね。
いいえ・・・いいえ・・・
女はつよくかぶりを振った。
けれども、いつもの半分も喪われていないはずなのに。
いつもよりも蒼い顔。
もう何もいうな。
そういうように、吸血鬼は黒髪を撫す手によりいっそう深く思いを込める。

「抱いて」
女の声は、切迫している。
「あのひとに、恥をかかせたいの」
吸血鬼は、困ったように微笑んだ。
「憎しみは、憎しみしか呼ばないものなのだよ」
そういいながら、着衣のうえからのまさぐりをいっそう深く、女の肌に滲ませてゆく。
女の気持ちを楽にさせるように。
とても濃厚に。
そのなかに、下品な卑猥さはかけらもみられない。
ただ深く、しっとりと。女の身体を撫してゆく。

ああ・・・
ふたつの影が、薄闇のなかに崩れた。
女の声にはもはや憎しみはなく、かぎりないいとおしみだけに満ちている。

墓守り

2005年12月01日(Thu) 23:52:03

棺から這い出てきたばかりの少年は、着ている経帷子にまだ泥をつけたまま、墓地の向こうにある建物に向かってふらふらと歩いていた。
首すじには、ふたつの咬み痕。
大量に吸い出されたあとの名残りのしずくがぽっちりと、赤紫色に凝固している。
どうやら、屍鬼となってしまったらしい。
そのまま死んでしまった級友もいたというのに。
家には戻れるのだろうか?これからどうやって生きていけばいいのだろうか?
それ以前に。
なによりも、寒い。それに、お腹が減っている。

お寺の離れになっているその建物には、桐原という名前の墓守り夫婦が長年住んでいる。
夫婦とも、もう五十がらみになるだろうか。
あたり立ち込めた霧の彼方。
母屋のまえで奥さんがひとり、庭先で水打ちをしているのが見えた。
いつもきちんとした身なりをしていて、きょうもよく見かける黒っぽいワンピース姿だった。
黒のストッキングに映えるサンダル履きのつま先が、少年の目にもなまめかしく見える。
旦那のほうは出かけているのか、姿はみえない。
好都合だ・・・
少年の胸の中に、まがまがしいものが疼いた。

雨上がりの冷気は、しっとりと落ち着いている。
ぱしゃっ。
なにかを喚び起こそうとするかのように、桐原夫人はさっきから、湿った地面に水打ちを繰り返していた。
それに応えるかのように。
ぼんやりと漂う霧のなかから、白い姿がゆっくりとこちらに向かってくる。
ふらふらと頭をかすかに揺らしながら歩いてくるその姿は、まさしく屍鬼のものだった。
まだ魂が入れ替わりきっていないような、不安定な状態にいるのだろう。
来訪者が昨晩弔われた少年だということを、桐原夫人はすぐに察した。
「あら、いらっしゃい」
ためらったように足を止めこちらを窺っている少年に、彼女は自分から声をかけている。
つとめて明るい、穏やかな声色だった。

包み込まれるような温かい声色が、干からびた胸にじいんと沁みとおるような気がして、
少年はいまさっき覚えたまがまがしい妄想を気恥ずかしく打ち消した。
「あの・・・すみません」
いいかける少年を、どうやらもの慣れているらしい奥さんは手で制して、
「あぁ、だいじょうぶ。わかっているわ。大きな声をたてないで。家にあがってちょうだい」
大きな声をたてないで。
さっき彼自身が奥さんに対してそういって迫ろうとしていたのだが・・・

古い木造の家は黒木で造られたように、壁も廊下も暗い色合いをしていた。
所帯持ちのいい家らしく、どこもぴかぴかに磨かれていて、すこしも朽ちた感じが漂ってこない。
古ぼけた、というよりも、古寂びた、という風情をもっている。
あたりにぴいんと張りつめた、清浄な空気。
心地よいほどに漂う冷気に乗って、厳かな香りが静かに揺らいでいるのに気がついた。
線香かな?
とおもったが、もっと奥深くなまめいたものを感じる。
少年は知らなかったが、たきしめられた沈香のたぐいだった。
ささ・・・どうぞこちらへ。
老舗の田舎旅館の女将がお客を招じ入れるように慇懃に、奥さんは彼を畳部屋の一室に通した。
丈の低い経机のうえに、香炉がしつらえられている。
香りの源は、ここだった。
澱むような香気がむせかえるほどの濃厚さをもって、むっと鼻腔に沁み込んでくる。
それが雨上がりの湿った空気に織り交ざり、謎めいた誘惑に少年をかりたててゆくようだった。
荘重で禁欲的な。
それでいてどこか淫靡さをさえ含んだ、甘美な芳香。
「いやな匂いではないでしょう?気分が落ち着きますよ」
桐原夫人はそう言って、自分も彼の傍らに腰を下ろした。
崩した膝が、薄墨色の沓下に清楚に彩られている。
むっちりとした太ももの肉づきが、ワンピースのすそからちょっぴりのぞいていた。
ぴったりと密着した薄手のナイロンがおりなす濃淡が、豊かな肉の起伏をいっそう際立たせている。
少年の胸の裡に、まがまがしい焔がふたたびくゆらぎ始めた。
「お食事・・・すまさなければなりませんね」
奥さんの声色がちょっと震えを帯びたように感じたのは、気のせいだろうか。
「ふつうのお食事じゃありませんことね」
私でよろしければ・・・
奥さんはそういって、ごめんあそばせ、と、戸惑う少年の前でうつ伏せになっている。

慣れないうちに首すじを噛むと、頚動脈を断ってしまうことがある。
熟練した屍鬼ならそれでも処置ができるが、おびただしく噴き出す血に我を喪うと、せっかくの供血者まで失うことになりかねない。
だから、貴方はまず脚を狙うようになさい。
母親が息子をさとすような口ぶりで、墓守の妻は少年にそう告げた。
靴下、脱がなくてもいいのですか・・・?
そんな質問はからからの喉の奥に呑み込んでしまっている。
少年は差し伸べられたふくらはぎのうえに這いつくばるようにかがみ込む。
くちゅっ。
すがりつくようにして押し当てた唇に、たっぷりと柔らかい肉づきが心地よかった。
くちゅううっ。
思わず、つよく吸っていた。
すべすべとしたストッキングの感触が、ひどく心地よい。
ぬるっ。にゅるん。
つい舌を這わせてしまったあとに、唾液が光る。
―――いいのかな、こんな失礼なことしちゃっても。
心のなかで自分を咎めながらも、奥さんがなにも言わないのをいいことに、ふたたびだらしなくべろをなすりつけてゆく。
しなやかで、キモチよかった。
そうしているあいだにも、お香の匂いが執拗に、彼の鼻先にまとわりついてくる。
高貴な香りが却って昂ぶりを誘い、異形の境地に導いてゆく。
清楚なものを辱める。
それも、なるたけ下品に。ただし、物静かに。
少年はいつか、夫人の礼装を辱める行為に熱中した。

散々足許を舐めさせてしまいながら。
―――なかなか・・・だわね。
桐原夫人はひそかに笑んでいる。
ちくん。
ちゅうっ・・・
冷たい牙が刺し込まれ、血を吸い上げられる感覚。
足許にぽたりとしたたる血潮の生温かさ。
ちゅ、ちゅ―――っ
目ざめたように活発に動く、唇。そして、喉。
ああ、とうとう思い切り吸い始めたわね。
抜き取られる量は知れている。
最初のころはなによりも昂ぶりのせいで、そんなに沢山は口にできないものなのだ。
ほら。
もう、はぁはぁ言っている。
畳の上にぼたぼたと血潮が散るのがわかる。
そんなに散らかしちゃ、ダメよ。もったいないじゃないの。
咬み破られたストッキングがじょじょにほぐれてゆくのを感じながら、夫人は少年が獲てゆく血の量を勘定するように目を細めていた。
高雅な芳香はいつか鉄くさい香りをも織り交ぜて、夫人の鼻腔をも昂ぶらせはじめている。

「おちつきましたか?」
目のまえで、桐原夫人が正座している。
痴態に似た先刻までの所作のなごりを、見事なまでにかき消して。
お香の匂いはいつの間にかかき消えて、ほとんどあとをとどめないくらいに雲散していた。
少年は逆に、畳に手を突いて突っ伏している。
まだ、荒い息がおさまらないのだ。
このまま里におりてはいけませんよ。いましばらくこちらで、作法を覚えてからになさるように。
貴方のお母様と妹さんをお招びしています。
お昼過ぎには見えられるでしょうから、お二人からも血を分けていただきなさい。
妾からよく話してありますから・・・
学校の子と会いたいの?そう。気になる子がいるのね?誰かな?話して御覧なさい。
ああ・・・緑畑の和代さんね。
あの子ならだいじょうぶ。そういう家の子ですから。
慣れてきたら、私が招んであげますね。
遠慮なく襲ってごらんなさい。
でもそのまえに、うんと練習しなくちゃね。
その子を歓ばせてあげられるように・・・


あとがき
この村の墓守りの奥さんについて描いてみました。
なりたての屍鬼が真っ先に接触する人間がこの夫婦です。
いつのころからか、奥さんが彼らに血を振る舞うようになり、
じゅんじゅんに心得などを説き聞かせたうえで里に戻らせているのです。
さいしょの行き先はふつう家族のところになりますから、
事前に家族を招んで引き合わせ、あらかじめ血を与える行為に慣れさせておきます。
見境なく人を襲っていたずらに犠牲者を増やすことのないように振る舞う彼女の役割は、見逃しがたいものがあるようです。