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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

あなざ・すとーりぃ

2006年01月30日(Mon) 08:26:43

「貞操試験」は、すこし別なストーリーも浮んでいたのです。
柱に縛りつけられた妻の身持ちの堅さを試すのは吸血鬼ではなく。
身内の男たち・・・という設定で。

かわるがわる妻に迫ってゆく身内の男たち。
これ見よがしの愛撫を見せつけられながら、誰のときに堕ちるかを
はらはらしながら見守る夫。
それが父であれば。
絶対者としての存在に改めて摺伏するしかないのでしょうか。
それが兄であれば。
兄嫁を差し出して「筆おろし」をさせてくれた恩返しになるのでしょうか。
それが妹の夫であれば。
組み敷いたセーラー服に秘められた処女を奪ったことへの、ささやかな償いになるのでしょうか。
いけない妄想を囁きかけてきた「魔」はなぜか、それから先のことについては黙り込んだまま、
朝もやの彼方へと消えていったのでした。

我ながら

2006年01月29日(Sun) 08:26:34

熟して切っていないお話かな・・・と思います。
明け方に枕元を訪れた「魔」はいつになく性急で、
つぎからつぎへといけないお話を私の耳もとに注ぎ込んでまいりました。
私はせきたてられるように褥を去ってキーを叩いたのですが。
彼の話は濁流のように速く、どこまで細部を描きとめることができたか心もとないほどでした。
そんなふうにお読みいただければ・・・と思います。

恭しい拝礼

2006年01月29日(Sun) 08:22:37

訪れるものもまれな寒村に、旅の夫婦が迷い込んだ。
となり村の婚礼の帰りだというふたりは、きちんとした礼装をすきもなく着こなしていた。
住人たちは村をあげて、夫婦ものを歓待した。
夜も更け酒がまわるにつれて、妙な雰囲気が漂いはじめるのを夫は感じた。
若い屈強な男たちが妻に注ぐ目線が、どこか露骨で淫らなものを含んでいたからだった。
予感は不幸にして、的中した。
一座の頭だったものはじぶんよりもやや年上の、気品の漂う風貌の持ち主だった。
秀麗な目鼻だちに憂いをこめた、口数の少ない男だった。
村長だと名乗るその男はおもむろに夫の前にすすみでて、
今宵奥方の貞操を申し受ける、とそう告げたのだった。

村を訪れるものはみなひとしく、妻や娘を差し出すことを求められた。
妻や娘を見初めたものたちの求婚はとても真摯で、ひどく礼儀ただしいものだったが、
拒むことは決して許されず、夫たちは村の男たちが妻に抱いた熱い想いをかならず遂げさせてやらなければならかなった。
少しでも抗う様子をみせると、夫は殺され、妻は性の奴隷として一生を村で送ることになる。
乾いた声で手短かにそう告げた彼はみずからも、
ここの住人となるときに村のすべての男たちに妻を与えたのだといった。
真っ先に妻を抱いたのは当時の村長。
そして、それからは夜ごと、村の男たちは齢の順に、妻の寝室に忍び込んだ。
それがひと渡り済んで初めて、彼は村人としての権利を獲たという。

絶望に顔を昏くした夫婦は引き離されて、それぞれ別の納屋へと押し込まれた。
夫の納屋には三度三度、豪勢な食事が盛られたが。
そんなものには手をつける気にもなれなくて、彼はほとんどものを口にしなくなっていた。
目の前を通り過ぎる村の男たちはまっすぐと妻のいる納屋へと足を向ける。
そのたびに、彼方からは絶望にみちた女の悲鳴がこだました。
さらに耐え難いことに、女の悲鳴は日ごとに悲痛さを消してゆき、
いつか喜悦をこらえかねたような甘美な呻きへとかわっていった。
妻を犯した男たちは帰り道に必ず姿をあらわして、
遠目に夫のいる納屋のほうをのぞんでは、慇懃に鄭重に、
まるでお詣りでもするように恭しく頭を垂れてゆくのだった。
  最愛の女性を見ず知らずの村人にゆだねて、渇いた飢えを満たしてくれるほどの寛大なお人。
  村のものたちは貴方に対して、そういう敬いを抱いているのだ。
そう告げる村長の秀麗な目鼻にも、夫への心からの敬いをたたえている。

あるときふたりの若い男が納屋のまえを通りかかって、
口許に軽侮と嘲りを浮かべて、ざまはないな。お前ぇの女房はいい身体をしていたぞ、とあからさまに夫を侮辱した。
その瞬間男どもはハッとして顔をあげ、満面朱を注いだ村長を見出すと蒼くなって縮み上がった。
「不届き者!」
激怒した村長は男どもをさんざんに打ち据えた。
血みどろになるまで打ちのめされた男たちは地面に突っ伏してしまったが、
村長はそれでも怒りを納めずに、携えていた蛮刀を抜き放った。
幾多の血を吸ったらしいその刃は、銀色の蛇のようにぎらりと光り、
よけいに夫を侮辱したほうの男に差し向けられて、むぞうさに首に食い込んだ。
致命傷ではないものの、深い傷に男は呻いた。
震え上がり命乞いをする男たちの顔は真に迫っていて、
こういうとき村長が本当に殺めるのを熟知しているようすだった。
「待ってください。殺すのは・・・」
夫は思わずそう口にしたが、村長はあなたを侮辱したものを赦すわけにはいかない、と主張した。
しかし、それでも殺すのは・・・
夫はそう、いい募る。誰の命も大事ではないか。
村長は初めて口許を和ませて、この男どもの命も、貴方の命も、取るのはやめにするといった。
そしてはいつくばっている男どもに、
最愛の奥方をお前たちに与えてくれた恩人だ。鄭重にお仕えするように。
そう命じると、男どもは口々に、なんなりとお言いつけになってくださいと夫にいって、もういちど誰よりも恭しく夫に拝礼していた。

一週間後。
夫は村に迷い込んだときに着ていた礼服に着替えさせられて、悪夢の渦巻いたあの宴席にふたたび招かれた。
そこには妻の姿もあった。
妻もまた婚礼のときに身に着けていた小ぎれいなワンピースを装っていた。
すこしはれぼったい目をしていたが。
手荒に扱われたようすもなく、いつもと変わらぬようにみえた。
夫と目を合わせると恥ずかしそうに目を伏せたが、
赦すような優しい目線を注がれると、すがるような謝罪の目線をかえしてきた。
村の主だった男たちのすべてが妻を取り囲むようにして、そこに集っていた。
男たちは村長に恭しく拝礼すると、夫婦の処遇を質した。
夫は殺され妻は慰まれるという、忌むべき村の先例をひきあいにして。
誰もが先例を適用するべきでない、と主張した。
とりわけ、座の末席につらなっていた若い二人の男は熱っぽかった。
いちどは夫を侮辱した者たちだった。
妻を犯した男たちが、自分の命乞いをしている。
そんな風景に夫は唇を麻痺させたように震わせて。
村の男たちすべてを妻の婿として迎えたいと申し出た。
夫妻は即座に解放を許された。

むんむんとした熱気のうちに、その場で宴が催される。
もう妻も夫も、その身のうちに淫らな血をはずませて。
忌むべき儀式を愉しんでいた。
妻の操は初めて、夫のまえで喪われる。
嬉々として息をはずませ愉悦に乱れる妻。
そのようすをドキドキ胸わななかせて見守る夫。
こらえ切れない愉悦の叫びとともに引き裂かれてゆく、都会風のワンピースにストッキング。
乱れる衣装さながらに。
かれらは都会の慣わしを忘れ、狂った風習に身をゆだねていった。
みるかげもなくいたぶりつくされた衣裳のすき間からこぼれる白い肌に、
まるでうわぐすりのように帯びた淫らな艶をみとめて、
夫も初めて、理性を完全に崩していた。
気がつくと自分自身さえもが、男も女も熱っぽく耽りつづける輪姦の渦のなかにいた。

明日は村を出るという最後の夜。
そうなるまでに幾晩を、村で過ごしたことだろう。
もうひと晩とどまりましょう。
進んで申し出たのは、夫のほうだった。
幾多の男たちの精を注ぎ込まれた妻は前にもまして淫らな魅惑を深めていった。
そんな妻を眩しげに見つめる夫は、他の男たちを交えた夜を愉しむすべを心得ていた。
都会に戻っても。村との絆は薄れることはない。
あるときは都会の自宅に招き。あるときは村を訪れて。
洗練された衣裳を引き裂かれ愉悦に酔い痴れる妻のあで姿に、
惑溺の刻を重ねてゆくのだろう。

貞操試験

2006年01月29日(Sun) 08:07:03

新婚三か月を過ぎたとき。
新妻は、夫の父親に家のしきたりを告げられた。
娶った妻の身持ちの堅さを試すため。
夫が勤めに出てから戻るまでのあいだ。
その家に棲みつく吸血鬼の誘惑に新妻をゆだねなければならない・・・というのである。
そんなしきたりに疎い都会育ちの新妻はつよくかぶりをふったけれど。
夫も、傍らにいかめしく控えている義兄も、義妹の夫も。
誰もが首を垂れて動かなかった。

柱に縛りつけられたまま見送る妻を、夫は気遣わしそうに振り返りながら勤めに出かけてゆく。
もちろん仕事になどなるはずはないから、
事情をよく心得ている勤め先の村役場は、じつは彼に一日特別休暇を与えていた。
出かけたふりをした夫が家へと立ち戻り、ひそかに隣室から妻の様子を見届けることができるようにするために。

雨戸に薄暗く閉ざされた和室の真ん中で、新妻は立ったまま縛られている。
音もなく部屋に忍び込んだ吸血鬼はするりと彼女に寄り添って。
うなじから肩、胸、わき腹と、やわらげるように、揉みほぐすように、
若妻の肢体をなぞりはじめる。
しまいになれなれしくすり寄って、華奢な身体にすがりつくようにわが身を重ねてゆく。
妻が惑乱し、涙も涸れんばかりにして男を拒み哀訴するのを、夫はどす黒い嫉妬を渦巻かせながら隣室から見守っている。
それでも彼はふすまを開け放つような作法破りは犯さなかった。
犯せなかった・・・というほうが正しいかもしれない。
彼のなかに息づいている被虐の血はドクドクと狂おしく全身をかけめぐり、
まるで毒がまわって痺れたようにその身を昂ぶらせてしまっていたから。

かりり・・・
とうとう咬まれてしまった妻。
きゅうっ・・・くちゅう・・・っ
いやらしい音とともに吸いだされるうら若い血潮。
吸い残したしたたりを臆面もなく小ぎれいなワンピースにしたたらせてゆきながら。
吸血鬼はなおも若妻の肢体をなぞる手をとめようとしない。
咬んではなぞり、なぞっては咬みつく。
かたくなな忍耐力を解きほぐそうと、あの手この手で誘惑を重ねる刻一刻。
ここは・・・という急所に過不足なく的確に刺し入れられてくる牙とともに埋め込まれる鈍い疼きは、とうとう新妻の理性を突き崩してしまった。
牙を避けようとする身じろぎは、いつか淫らな欲求を耐えかねての身もだえへと変わってゆく。
若妻はみるみる乱れていって、堕とされた衣裳もろとも操を汚辱にひたしてしまうのだった。

「あなたも、我慢できなかったのね」
嫁を見つめる姑の目は、いつになくやさしい。
「キモチよかったでしょ?」
義兄の嫁も、夫の妹も。
親しげにそういって、イタズラっぽく笑いかけてくる。
―――みんな、堕ちているのよ。
そういって娘や嫁をかえりみる姑は、共犯者の目をして、やはりイタズラっぽく若やいだ瞳を輝かせている。
それまでのとげとげしい目線とはうって変わった周囲のようすに戸惑いながらも。
はじめて打ち解けて一家の一員として迎えられたことを彼女は実感した。

「さぁ、あなたも用意してちょうだい」
しんから嫁として受け入れられた女たちにのみ許された宴。
彼女たちにいざなわれるまま、新妻は黒のスーツに身をかため、夫の目を盗んで家を抜け出し、夜道をすすむ。
待ち受けているのは義父や義兄、そして妹の夫。
すでにいちどは凌辱を受け入れた間柄になった男たち。
夫の姿もそのなかにあったけれど。
各々、じぶんの夫を相手に選ぶことの許されない一夜。
夫は兄嫁と。義父は実の娘と。義妹の夫は姑と。
どうやら今夜のあいては義兄のようだ。
義兄の妻がちらと振り返り、咎めるような目線を投げてくる。
―――お互いさまでしょ?
そういい交わすように笑みを返して。
乱れた褥の待つ草むらに、着飾ったその身を投げ出してゆく。
輪姦好きで妻をおおぜいの悪友たちと共有している義兄は、今夜も仲間を呼んでいるのだろうか。

夜這うものたち

2006年01月29日(Sun) 07:33:15

妻を娶った男たちは、一定の義務を課せられていた。
子をなして三年経つと、村の男たちの夜這いを受けるのである。
妻目当てに家にあがりこんでくる男たちを拒むことは、妻にも夫にも許されなかった。
夫婦の寝室を明け渡した夫は、ふすま一枚へだてた向こう側で妻が悩ましい吐息を洩らし続けるのを一晩じゅう耳にするはめになるのだった。
そうしてひと月を過ごしてなお睦まじく過ごす夫婦は、一生幸せに添い遂げることができる・・・と村では信じられている。

せめて・・・

2006年01月29日(Sun) 07:16:09

吸血鬼を家に迎えた夫婦があった。
寝室で夫を縛りつけると、吸血鬼は性急に妻を求めた。
妻はネグリジェ一枚の姿を抱きすくめられて、うなじをがぶりとやられていた。
牙に血潮を散らされながら、哀切な声色がだんだんと弱まってゆく。
―――せめて、命だけはとらないでくれ。
そんな夫の、息も絶え絶えな訴えに、
私を彼女の婿として受け入れるのなら、そうしよう。
そんな忌むべき要求を、つい受け入れてしまった夫。
素肌を容赦ない蹂躙にゆだねながら、妻はひたすら目を瞑り、恥辱に耐え続ける。
―――せめて、彼女の苦しみを和らげてくれまいか。
そんな夫の訴えに、
吸血鬼はにんまり人のわるい笑みを含んだ唇を、ひときわつよく妻の身体に押しつけていった。
目のまえで凌辱される妻は理性を奪われひどく悶えて、
夫のまえもはばからず愉悦の乱れをあらわにしてゆく。
夫の胸は嫉妬に切り刻まれていた。
―――せめて、私の理性を奪ってくれまいか。
そんな夫の訴えに、
こんどは彼の首筋に唇を吸いつけていた。
血を吸い取られた夫はとうとう完全に支配されて、
ひからびかけた血管をずきずき疼かせながら、妻が生き血を吸い取られ犯されてゆく有様に胸わななかせ見入っている。
咎めるような夫の視線をくすぐったそうに受け流しながら。
妻もまた、夫のまえはしたない声をおおっぴらに洩らしつづけた。
―――せめて、私たちの体面を重んじてくれまいか。
そんな夫婦の訴えに、
吸血鬼はふたりの血をそっくり奪い取り、夫妻は哀れな犠牲者として世間の同情をかうようになっていた。
首尾よく墓場から抜け出した夫婦はその後、吸血鬼の忠実なしもべとなったという。

蚊帳のなか

2006年01月29日(Sun) 06:18:19

吸血鬼が若妻に恋をした。
アプローチのしかたがひどくぶきっちょで、
周囲のものたちはほほ笑ましく見守っていた。
見守る目のなかには、夫のものさえ含まれていた。

彼は善人で、血を吸っても人を殺めたりすることがなかった。
ところが町に、血を吸われて死ぬものが出はじめた。
べつの吸血鬼が町に現われて、いままでひっそり暮らしていた彼に罪をなすりつけようとしたのだった。
恋する若妻も、狙われるときがきた。
彼女を気遣う吸血鬼は、しじゅうつかずはなれずに彼女を見守っていた。
ある晩夜道を歩く若妻は、非道な吸血鬼に襲われた。
あやうく餌食になりかけたのを、恋する吸血鬼は必死で彼女を守り抜いた。
やっとのこと敵を追い払った吸血鬼は、瀕死の重傷を負っていた。

若妻の夫は彼を家にかつぎこみ、妻の命を救った男を介抱した。
妻への想いを謝罪とともに告げる吸血鬼に、夫は優しく寂しい微笑を返した。
彼は大怪我をしていて、若くして妻を抱けない体になっていた。
「部屋にいっておやりなさい」
夫は妻にそう告げた。
「私も抱かれてきたのですよ」
未亡人になっていた姑も、少なからず恥じらいながら嫁に言った。
貴方だけのものでいたい・・・涙ながらに訴える妻を、夫は優しく抱きとめた。
心からの抱擁のなか、震える涙に温もりが混じっていった。

見られるのは恥ずかしい。けれども貴方にそばにいてほしい。
そう訴える妻のため、夫と姑は病室に蚊帳を吊っていた。
いぶかしそうに見あげる彼に、夫は告げた。
佳い夢を結ぶように、と。

蚊帳のなかには、吸血鬼に抱かれる若妻。
蚊帳のそとには、褥をひいてそれを見守る夫。
淡くけぶったとばりをへだてて握り合う、ふたつの掌。
庇うように、慰めるように。そしていとおしみ合うように。
情事のさなか、ふたつの掌は言葉を交わすように指をもつれ合わせていた。
つかの間訪れる熱狂に時には解かれることがあっても、
すぐにまたすがり合うように重ねあわされ握りしめ合う、ふたつの掌。
妻は夫のために、形ばかりのはかない抵抗をこころみる。
そうやって、獲させるものの値打ちの深さを身をもって示したのだ。
熱し始めた肌のほてりに耐えかねた華奢な身体が動きを鈍らせると。
やがて夫の掌は妻の腕を優しく撫して、その腕をたくみに情夫の背中へと巻きつけてやった。
蚊帳のなか、蒼白い焔があがるのを眩しげに目にした夫は、
己の下肢を久しぶりに訪れた昂ぶりに歓悦の疼きを感じていた。

昏くしずかに燃えあがった一夜。
朝が訪れると妻はなにごともなかったように褥を去って、
夫ならぬ身を受け入れた腰に、エプロンを巻いて、
かいがいしく朝餉の支度をする、いつもの主婦に立ち戻っている。
夫婦の営みが戻ったのは、その日の夜からのことだった。
いつまでも。いつまでも。
それまでの空閨を埋めるように、激しく愛し合うようになった。
夫のいない夜。勤めに出たあとの昼さがり。
そんなときにだけ訪れる吸血鬼が、恋いわたるその若妻と歓楽の刻を共にするのを、
もはや誰も咎めようとすることはなかったという。


あとがき
寝室に蚊帳というものが吊られることがなくなって久しいです。
「蚊帳の外」ということばも、いずれは姿を消してしまうのでしょうか。

服を引き裂く女

2006年01月28日(Sat) 06:40:00

深夜の路地裏。
男は黒衣。女は白一色。
スーツ姿のその女は、追い詰められた獣のようにブロック塀を背にしていた。
相手の男をひたと見つめる大きな瞳は、男を捉えて放さない。
なにかを切々と訴えかけてくるその視線に、女を追い詰めたはずの男は一瞬たじろいだようだった。
「吸血鬼さん・・・ね?」
女の問いに、素直に頷いてしまっている男。
「妹の血を吸ったのも貴方・・・なのですね?」
凍りついたような表情を無言の肯定と受け取った女はさすがに少しだけ躊躇いながら。
タイつきのブラウスにほっそりとした指を這わせていた。

びりり・・・

寒々とした街灯が、裂けたブラウスのすき間からのぞく白い肌をこうこうと照らし出す。
ぬるりとした艶を帯びた素肌が迫った息遣いを伝えて、かすかに上下していた。
男は微動だにせず、女の所作を見守っている。
チャッ・・・チャッ・・・
悲鳴に似た耳障りな鋭い音とともに、女は自分の着衣を引き裂いてゆく。
さいごに、浮き出る鎖骨とブラジャーのストラップのあいだに長い爪を差し込んで、
ぴちっ・・・と音を立ててストラップを断つ。
形のよい乳房を束縛するように男の視界から遮っていたブラジャーは、
はじけ飛ぶように女の胸から消え去った。
「妹とおなじようにして頂戴」
ひくい声が、怒りを帯びているようだった。
―――私を差し置いて、妹をさきに牙にかけたのね・・・?
女はあきらかに、先に酔わされた妹に嫉妬していた。

抱きすくめるむき出しの肩。
男は女を引き寄せて、うなじに唇をあてがった。
かりり・・・
かすかな音がしたように、女は感じた。
あうっ・・・。
ひくく呻き、眉をひそめて。
長いまつ毛をもったまぶたが、悩ましげに閉じられる。

引き裂かれた着衣ごしに唇を這わせ、噛んでゆく。
しつように重ねられてくる飢えた唇に、女は初めて満ち足りたように、薄い唇に淫らな笑みを滲ませていた。

さらけ出す 素肌にきざむ 愛の痕


あとがき
ひさびさの「詩歌」カテゴリです。
今回はちょっと趣向を変えて小説をからめてみましたが、お愉しみいただけましたでしょうか?
どちらが襲い、どちらが襲われているのか判別しがたいほどの熱い抱擁。
吸血鬼のまとう黒衣のうえからツタのようにからみつく女の白い腕などを思い浮かべていただけるとさらによろしいかと。^^

秋にオープンした悪鬼さまの「SM川柳」は、はや二万件のHITを数えたそうです。
来訪者はみな、畏敬すべきツワモノぞろい。
コメント欄に自作の川柳を書き込むと、あなたのブログの紹介ともどもアップしてくださいます。
ぜひいちど、御覧になってくださいませ。
http://akkikokoa.blog22.fc2.com/
上記のものも、コメント欄の片隅にひっそりと息づかせてみます。^^

後記
祥子様の「淑やかな川柳」、大変好調なようです。
先日つくった「娘の卒業式」、投句したものをもとにお話として再構成したのですが。
そういえば前にもそんなことやったっけなぁ・・・と思い出したのがこのお話。
去年の1月28日、かつての「吸血幻想」に掲載したものです。
お話そのもののできが、ちょっと地味なようなそうでもないような。^^;
よそ様からご覧いただくと、どのように見えますことやら。(笑)

芙美姉さん

2006年01月27日(Fri) 07:48:16

色白で。小太りで。
伏し目がちの目とキリッと結んだ薄い唇が控えめな意志の強さを漂わせている。
あんまり美しくなかったけれど、どこか頼りになるしっかりとしたひと。
親戚の芙美姉さんとは、親同士に引き合わされた。
「ヨシオくん、血を吸うんだって?うちの芙美をよろしくね」
芙美姉さんのお母さんはボクに優しく笑いかけながら、
イタズラっぽい目つきをしてボクたちを値踏みするように見比べていた。
はにかむような、戸惑うような。
そんな目でボクを見つめる、年上のひと。
母親譲りの薄い唇をきゅっと結んだまま、
芙美姉さんはちょっと固くなってボクにぎこちない挨拶をかえしてくる。
彼女の本当の気持ちをはかるには、中学生にもならないボクはあまりにも幼な過ぎた。

お母さんのほうが美人だな。 そんなふうに感じたのは。
ふたりの目鼻を対照的に蔽っていたゆとりにみちた和やかさと。
未知の体験に心ふるわせていた、潔癖な乙女心とのへだたりのせいだったのだろうか。
肌色のストッキングに包まれたすらりとした脚の隣りに、
鮮やかにまっ白なハイソックスを履いたふくらはぎがお行儀よく、
なにかを待ち受けるかのようにきちんとそろえられていた。
思わず遠慮なく、「太いなあ」と思ってしまった。
「さぁ、いいから血を吸ってごらん」
周囲にそうすすめられるままに、つけていった唇。
頭のうえで息を詰めて見守る視線を感じながら、
唇にはしっかりとした厚手の靴下の舌触りがくすぐったかった。

ちゅ、ちゅ~っ。
吸い出す血潮の味がとても喉にしっくりと沁みこんだのが、忘れられない。
  まるで見せ物みたいだ・・・
見つめるいくつもの目にそんなふうに閉口しながら。
ボクは芙美姉さんの血をとても美味しく吸い上げていた。
流れ込む年上の少女の血潮が帯びる鮮烈な芳香に、
そんな目線などいつか忘れて、
親戚の娘の生き血を吸い取る行為に、熱中してしまっている。
「ときどき呼んでね。いまくらいだったらご馳走してあげるから・・・ねぇ芙美」
そういうお母さんの言い草にためらうようにしながらも、芙美姉さんはしっかりと頷いてくれている。
帰りぎわ、玄関先で革靴をつっかける、白いハイソックスの脚。
すこしだけずり落ちて、撥ねかったばら色の飛沫はまだちらちらと濡れた輝きを放っていた。

学校帰りに行きあった芙美姉さん。
濃紺のセーラー服の下には、黒のストッキング。
透けて浮かび上がる白い脛が、とても大人びてみえた。
「ねぇ、血を吸ってもいい?」
そういって通せんぼするボクをみて。
しょうがないわね・・・
ちょっとだけ眉をひそめながら。
「じゃあ、少しだけ・・・ね」
芙美姉さんはそういって、自分のほうから傍らの公園に脚を向けていた。
ひざ下まで垂れ下がる濃紺のプリーツスカートのすそをかき分けながら。
お目あての薄黒いストッキングの脚をまさぐるボク。
とってもしんなりとした手触りが心地よく、
ボクはとてもむぞうさに、くちゅっと唇を吸いつける。
なよなよとした薄手のナイロンのなまめかしさに夢中になるボクのまえ、
姉さんはアッと息を呑んで、ストッキングのなかのふくらはぎをキュッと引きつらせていた。

にゅるっ・・・にゅるっ・・・にゅるる・・・
脛の周りをずれてゆき、いびつによじれてゆく薄い靴下。
わざとたっぷりにふくませたよだれをなすりつけながら、
恥ずかしそうに、困ったように目をそむけている姉さんのようすを、チラチラと盗み見る。
ストッキングの表面にはよだれのあとが、ナメクジの這った痕みたいに薄白く光っていた。
イタズラざかりのボクは、
注がれてくる悔しそうな目線にかえってゾクゾク胸を震わせながら、
かりり。
硬くこわばらせた姉さんのふくらはぎを、思いきりつよく噛んでいた。

涙の痕のようにつつーと上下に延びてゆく、白い伝線の筋。
ウフフ・・・
女の子の衣裳にする悪戯は、悪戯心と破壊欲を思い切り満足させてくれる。
わけのわからない下腹部の昂ぶりをガマンできなくなって、
ボクはつい夢中になって、芙美姉さんを草むらに押し倒していた。
そう、いままでになく熱っぽく、息を弾ませながら。
「ねぇ、私のこと、好き?」
姉さんはめずらしくすがるような目をして、のしかかってゆくボクに訊いた。
わかんない・・・
正直、そんな気分だった。
  好き、ってゆうか。面白いな。
姉さんは諦めたように目を瞑り、
とても悲しそうな顔をして、太ももを開いていった。

いまはしっとりと落ち着いた人妻。
姓をボクの苗字にかえた芙美姉さんは、
ボクの吸血鬼仲間さえも、優しいお母さんのように笑みながら迎え入れている。
もうじき中学校にあがる母親似の娘は、
白いハイソックスに包まれたふくらはぎを健康にはち切れんばかりにしながら、
まだお転婆に、家のなかを走り回っている。
週末には親戚が、吸血癖をもった男の子を連れて、家に遊びにくる。
そのときもあの娘は、ハイソックスの脚で庭じゅうかけ回って、
無邪気にはしゃぎながら鬼ごっこを楽しむのだろうか。


あとがき
親戚のなかにまれに生れる吸血児に、年頃の娘をあてがうしきたりをもった一族のなかの挿話です。
幼な過ぎる悪戯盛りの少年にとって、女の子をいじめるのはとても愉しい遊びだったりします。
早くに大人になる女の子のほうは、その裏に秘められた淫らなものを敏感に感じ取るのですが、
悪戯をしかけてゆく当の男の子には、そういう微妙な心の揺れは、まだわかっていなかったりします。
組み敷いて牙を迫らせた年上の女の子に自分自身がどんなことをしようとしているのかをよく自覚しないまま、
せめてあのとき、ひと言「好きだ」といってもらいたかった彼女の気持ちなどまったく斟酌なしに、
白い太ももの奥を侵していったのでしょうか。

妻になり母になった彼女は、年月をかけて優しく穏やかに復讐を遂げます。
自分によく似た娘を育て、その娘を、そして自分自身をも、
いまは夫であり父である彼のまえから連れ去るのです。
しかしどうやらそんな仕返しも空回りになるのか、男は彼女の胸の裡を知らぬまま、
それを親戚うちのしきたりとしてごくとうぜんのように受け入れてしまっているようですが。

黒い愉悦

2006年01月27日(Fri) 07:12:53

妻とおそろいの黒のストッキングを穿いて、
飢えた牙の前差し出す、二対の脚。
ごつごつとした筋肉をしなやかにコーティングする淡いナイロンが、
性を離れたなまめかしい縁取りで足許をきわだたせている。
許された女の装いに人知れず心地よく酔いながら、
軽く咎めるようなイタズラっぽい視線のまえ、
薄黒くおおわれた太ももを、小気味よくさらけ出してしまっている。

妻ははしゃいだように私に抱きついて、
その実身動きできないように、両肩を抑えつけてきた。
圧しつけられる唇の下。
筋肉質の太もものうえでねじれてゆく、繊細な網目模様。
妻が崩れていったそのときのように、
妖しい快感を伴いながらいびつによじれ、歪められてゆく。

予防注射みたいにむぞうさに、突き入れられる鋭い牙。
痺れるような軽い鈍痛に呻きながら、
静かな音とともに体内をめぐる暖かい液体を吸い出されてゆく喜悦の刻。
裂けてゆくストッキングのすき間からそらぞらしい冷気が這い込んで。
お芝居の幕が開くのよ・・・
妻はそっと、ささやいた。

堕落の幕開けを祝福するかのように、破れ堕ちてゆくナイロンの被膜。
牙に酔い理性を狂わせてしまった私は、
そんなありさまをただへらへらと笑いながら見守っている。
傍らの妻はいっそうはしゃぎきっていて、
抱きついてくる吸血鬼に白いうなじをゆだねてしまっていた。
まるで少女の昔にかえったような妻。
小ぎれいに着飾った衣裳のうえに
きゃあきゃあとはじける笑いとともにばら色の飛沫を撥ねかしてゆく。

身体をよじり、突っ伏して。それから思い切りのけぞらせ。
若いころに戻って性の愉悦に耽る妻。
怒りが湧いてこないのはなぜなのか。
ふたりの所作をごく自然なこととして受け入れてしまっている、狂わされた私の理性。
異形の夜はしんしんと更けてゆき、
夫婦の淪落を音もなく包んでゆく。


あとがき
女装趣味というのは男にとって、秘すべき恥ずかしい嗜好。
それを目の当たりにしながらも許した妻。
そのかわり・・・とわりの良い取引に走ったものでしょうか。
それとも、夫自身も気づかなかったもうひとつの性向を、
自ら乱れ堕ちることによって花開かせてしまったものでしょうか。

時を超えた男

2006年01月27日(Fri) 07:07:26

妻は今宵も、銀髪の吸血鬼と歓楽の刻を営んでいる。
もう、どれほどの交わりが営まれたことか。
世間体などかえりみることなく淫らな愉しみに耽る妻を
なぜか咎めることなく受け入れて、もうなん十年も見て見ぬふりをし続けていた。
軽い嫉妬を含んだ愉悦にぐるぐると渦巻くどす黒いものが、私を異形の世界へと導いていた。

数十年もの時を超えて。
たどりついたのは新婚当時の新居。
妻はまだ若々しく初々しく、
白髪交じりのわたしは、彼女の夫とはかけ離れた存在。
見知らぬ男のはずの私を、それでも彼女はこころよく迎え入れる。
そう。たとえ新婚のころとはいっても。
こんな早い刻限に、いちどとして帰宅したことのない私。
台所で嬉しそうにいそいそと立ち働く、エプロン姿。
湯気のたった料理に、満ち足りた穏やかな笑み。
そうして和やかな食卓を終えると、
妻は恥らいながら、見知らぬ初老の男のまえ
見覚えのないガーターストッキングに縁取られた太ももを開いていった。

うっすらとよみがえる、淡い記憶。
新婚当時から妻の影にみた、私とよく似た銀髪の紳士。
あれは本当は私自身だったのだ。
あのとき愛し足りなかった妻のことを、
時を超えて愛しに訪れていたのだろうか。
ほかの男に妻を取られるなど我慢のならなかったはずの若いころ。
その男だけは、軽い愉悦を含んだ嫉妬とともに
存在を認め、許し受け入れていたのだった。


あとがき
ちょっと込み入っていますが。
妻の浮気相手は、時をさかのぼってきた年老いた自分自身だったというお話です。

千人の兵隊

2006年01月25日(Wed) 08:30:42

千人の兵隊からなる軍勢に捕らえられた姫君。
その場で犯され、すべての兵の性欲を満足させなければならない運命を負わされた。
いちどきに数十人も相手をさせられては、すぐに断たれてしまうであろう命。
しかし、戦場で若い女は貴重品だった。

姫君を真っ先に犯した大将は、姫君を生かしてやることにした。
死ぬより過酷な運命を強いたともいえた。
朝、昼、夜におのおの十人の兵たちが、姫君を犯すことを許された。
一日に三十人。ひと月で九百人。
誰もに順番が行き渡るように、隊の順、階級の順に、犯す順番までが決められていた。

やがてひと月がたち、ふた月がたった。
やがて兵たちは、飽きたりなくなってきた。
なにしろ月にいちどしか、エモノにありつけないからだ。
少なすぎる供給が、却って不満をくすぶらせていた。
大将はほかの女をなん人も、独り占めにしていた。
皆、どこかの村からさらってきた女どもだった。
それでも姫君の美しさに目をとめて、
自分だけはこっそりと毎晩、姫君の褥を襲っていた。
そんな大将の振る舞いは兵たちに知れ、不満はますますつのっていった。

兵たちはとうとう、反乱を起こした。
大将は殺され、兵たちは収拾もつかないほど暴れつづけ、しまいに同士討ちをはじめていた。
同士討ちのさなか、生き残れたのはたったのひとり。
彼の刀は腰の鞘に納まったままだった。
生きていくためにやむなく加わった軍勢で、無用の争いを好まなかったのか。
意気地がなくて周りの連中と刃を交える気持ちになれなかったのか。
そんなさいごの一人のまえに、女の影が立った。

「ぜんぶ、あなたの筋書きなんだね?」
男は勇気はなかったにしても、愚かではなかった。
女たちは逃がされ、男どもは滅んだ。
そういうことなのだろう?
おれを殺せば、あんたの怨みは晴れるんだな。さぁ早く殺れよ。
もうこんな乱れた世の中で生きていく気はしなくなったんだ。
そういって瞑目した顔を、姫君の白い手がすうっと撫でた。

私を抱くときに、心からいたわってくれたのはあなただけ。
だから、あなただけには私を本当に許してあげた。
そう。
ほかの男どもは皆、私を抱いたような気分になっただけ・・・
さぁ、私といっしょにいらっしゃい。
このような穢れた世を捨てて。
とことわに二人、幻の世界で生きましょう。

ふたりが消え去ったあとに残ったのは、限りなくつづく焦土。
このお話を幻と笑うことはやさしいけれど。
果たして幻とは何?
現世(うつしよ)で諍いを繰り返すものどもも、所詮は幻に踊らされているだけなのだから。

資料室

2006年01月25日(Wed) 08:11:00

ここは奥まった資料室。といいながら、実態は物置き部屋。
チエとアケミはさっきから、重たいファイルをばたばたと取り出してはめくり、また元に戻している。
「見つかったぁ?」「だめー。14年度のだけ抜けてる」
「もう、面倒くさいなあ」
ぶちぶち文句を言いながらの上司からの言いつけ仕事。
そのとき。
刻が止まった。

・・・・・・。
凍りついたように止まったチエのうなじに、傍らの空気に溶けるように潜んでいた男の影が忍び寄る。
ぬらぬらと唾液を光らせたヒルのような唇が、
健康そうに日焼けした肌に覆われたチエの首筋に、
くちゅっ・・・
音を忍ばせて、貼りつけられる。
ちゅ、ちゅう~っ・・・
女は「あ・・・」とかすかな呻き声を洩らして。
それでも椅子に腰かけたまま、凍りついたように動かない。
ブラウスのうえから両肩を抑えつけた掌に力がこもり、
鋭いしわがベストの奥にまで入り込んだ。
ごくり。
男が旨そうに喉を鳴らした瞬間。
チエはふらあっと白目をむいて、テーブルのうえにうつ伏した。

ショートカットのすぐ下につけたふたつの痕には、ぬらぬらとした唾液を静かに光らせている。
目だつかな・・・
男はちょっと立ち止まり、指で拭き取るように女のうなじをなでた。
まるで拭い去ったように、咬み痕は消えている。
男はフッ、と口許をゆるめると、こんどはアケミのほうへと忍び寄る。
余裕しゃくしゃく、黒光りするようなロングヘアをさらさらとかきのけて、
首のつけ根のあたりの白い皮膚に唇をあてがって。
さっき同僚にしたように、ちゅうっ・・・と力をこめて、肌を侵してゆく。

ふたりともうつ伏してしまうと、男はいっそうにんまりと頬をゆるめた。
制服のスカートからにょっきりとのぞく、二対のふくらはぎ。
各々微妙に色違いなナチュラルのストッキングにおおわれている。
このごろの若いコはストッキングに気を使わないな。
若手OLたちのストッキングは、薄手なだけがとりえらしい安物だった。
それでも男は順ぐりに、女たちの足許に唇をあてがってゆく。
ぴちぴちとした脚線美の周りでストッキングはよじれ、波立ち、さいごにひきつれるように破られてゆく。

ふふぅ・・・
口許についた血を手の甲で拭い、蛭田はとても満足そうに笑んでいる。
手をひと振りすれば女たちは目覚めて、何事もなかったようにふたたびけだるそうにファイルを繰りはじめることだろう。
と。
震えるような怯えた視線を感じて、蛭田はハッと振り返る。
両手を口に当てて怯えて立ちすくむ若い女。
大きな瞳を小心そうに震えさせ、その場を立ち去ることもママならず脚をすくませている。
女の足許は、薄手の黒のストッキングに彩られている。
庶務課の満智子だった。

透明度の高い黒ストッキングに縁取られた脚線の輪郭は、主の思惑をはなれて艶めかしく薄闇に浮かびあがっていた。
相手が怯えきって身動きできずにいるのをいいことに、
蛭田はすすっと素早く満智子の傍らに寄り添うように迫ってゆく。
「アッ!」
うなじを咬まれて、満智子はのけぞった。

「ごめんよ」
血に濡れたうなじから唇を離して、蛭田は囁いた。
「・・・・・・。」
女は答える気力もないようすで、震える息に肩を上下させている。
大人しくて目だたない女。できれば牙にかけたくなかった。
でもまぁ、見られてしまった以上は仕方がない。
記憶を消そうか・・・
そう思いながら。
喉の奥に漂う処女の血潮の余韻に、濃い欲情を覚えはじめていた。

ストッキングの色が変わったことを、誰かに気づかれるだろうか?
満智子は内心びくびくしながら、持ち合わせていた少し濃い目の肌色のストッキングに包んだ脚を進めてゆく。
あのあと別室に引き入れられて、黒のストッキングに魅了された蛭田によって足許をぞんぶんにあしらわれてしまったのはいうまでもなかった。
「悪いね。ちょっとだけ、目をつぶってくれる?」
そういって足許に迫る蛭田の言うとおりにした数刻を、彼女はよく思い出すことができずにいた。
うなじのつけ根はまだひりひりと、痛んでいる。
蛭田の毒液は女が当然感じたはずの屈辱や不潔感をきれいに拭い落としていたけれど、
素肌に初めて受けた男の唇の感覚は、拭いようがなかった。

「また、逢ってくれるね?」
男は、そう囁きかけてきたけれど。
たしかにその場でなんとなく、肯いてはしまったけれど。
性感の乏しい満智子ですら、彼の言葉の裏にあるなにか淫らなものがまとわりついてくるのを、どうすることもできずにしまっていた。


あとがき
社内のOLを、つぎつぎと毒牙にかけてゆく蛭田くん。
前作があまりにもかっこうわるかったので、少しいい思いをしてもらいましょうか・・・。^^

家庭内監禁 2

2006年01月22日(Sun) 08:12:23

「今夜はどなたがお相手をしてくださるのかな?」
男は、顔をそろえた妻や娘たちに物欲しげな視線を這わせてゆく。
「あ・・・それではわたくしが」
いちばん熱い視線を注がれた妻はそれと察して、ふたりの娘を目交ぜで遠ざけた。
「あなた、今夜はちょっと、失礼しますね」
いつも貧血ぎみで冴えない顔色をしている妻は声をこわばらせながらソファから立った。
心ならずも・・・
そんなそぶりを取りつくろいながら。
胸に渦巻く淫らなものが語尾を上ずらせているのは周囲にもはっきりと受け取れた。
大人の女性だけに許された、密やかな交接。
それを欲するときには必ず視線を受ける妻。
ひそめたはずの眉が、じつはひどく嬉しげに輝いている。

音をしのばせて閉じられたふすまの向こうに、静かに消えた妻。
廊下で息をひそめていた娘たちに声を聞かせまいと、それぞれに部屋に引き取らせ、
私はひとり、ふすま一枚隔てた居間に居残って妻を気遣う。
あらわに窺う度胸のなさを責めながら。
勉強部屋に引き取ったはずの娘たちはきっと、
客間と隣り合わせのお姉ちゃんの部屋で身を寄せて、壁に耳を当てているにちがいない。

処女の血を味わうために、まだ犯されていない娘たち。
―――友だちを三人連れてきてくれたら、いいことを教えてあげよう。
男親の私のまえでぬけぬけとそう語る吸血鬼に真顔で頷いていた、おそろいのおさげ髪。
それ以来ふたりとも。おとなしそうな友だちをつかまえて。
せっせと声をかけては、制服姿をゆだねるよう仕向けているようだ。

閑静な住宅街の只中にある、ごく普通の家。
普通に勤めに出、学校に通いながら。
そこはコンクリートに囲まれた、監禁部屋。
住み着いた吸血鬼に家族の血を提供することを強いられながら。
いまではその行為をとても愉しんでしまっている、狂わされた私・・・

あとがき
前作のつづきです。
さいしょからこれを描くつもりでいたのですが。
お茶目な少女たちの言動にどうしても、ページを割きたくなってしまいました。^^;

家庭内監禁 1

2006年01月22日(Sun) 07:51:48

ただいまあ・・・
下の娘の張りのない声が、玄関に響く。
きょうは友だちを連れてきたらしい。
おそろいの制服姿が他愛ないおしゃべりといっしょに廊下を通り過ぎてゆく。
廊下越しに覗くと、わざとあけっぱなしになっている娘の部屋。
ふたりはセーラー服の襟首を並べて、腹ばいになって寝そべっている。
雑誌かなにかを読みながら。
おしゃべりは途切れなく、ぺちゃくちゃと続いていた。
足許にそう、っと忍び寄る影にも気づかぬように。

ふと娘が顔をあげ、友だちを振り返る。
「ちょっとのあいだだけ、大人しくしてくれる?」
え・・・?
友だちは怪訝そうに顔をあげて、そのまま頬を凍りつかせた。
黒のタイツの上から、ふくらはぎに押し当てられる冷たい唇。
ちぅぅぅ・・・っ。
女学生の足許からあがる、まがまがしい吸血の音。
娘は無表情のまま友だちの肩を押さえつけながら、彼女の足許をじいっと見つめている。

慣れたものだった。
娘は白い顔をして。
自分の足許でチリチリになった黒ストッキングの伝線を面白そうに見おろして。
それから血を吸い終わった吸血鬼の顔を見あげて、ニッとほほ笑んでいる。
「ごめんね。びっくりしたでしょ?」
そういってかえりみる友だちも、もうすっかり落ち着いていた。
首すじは怖いから・・・
そうしり込みした彼女には無理じいしないで、
うなじを咬まれたのは娘のほうだけだった。
帰りぎわ。
「こんどは私も、薄めのストッキング履いてくるわね」
友だちはさっきまでと変わらないはずんだ声で、じぶんの血を吸い取った男に笑いかけた。

上の娘はふたり、友だちを連れてきた。
チェック柄の制服のスカートの下には、おそろいの白のハイソックス。
途中で履き替えてきたのだろう、
ぴちぴちとしたふくらはぎを蔽うハイソックスはどれも真新しくて、太さも長さもとりどりの娘たちの脚に目映く輝いている。
足許にかがみ込んでくる男を前に娘たちは
「だれから先?」
と、意味ありげに目配せを交わし合う。
コトはもう、玄関先で始まっていた。

「きゃっ!」
さいしょに咬まれた子がくすぐったそうに声をあげて、黒の革靴を履いたまま脚を揺らした。
「やだぁ・・・」
ハイソックスに撥ねかされた赤黒い飛沫に口を尖らす少女。
その傍らで早くもふたり目の子が、やはりハイソックスのうえから濡れた唇を吸いつけられている。
すらりとしたふくらはぎをひざ下までぴっちりと蔽っていたハイソックスはくしゃくしゃにされて、だらしなくずり落ちてゆく。
きゃっ、きゃっ、とはしゃぐような声をはずませながら続いてゆく、キケンな遊戯。
勉強部屋に移っていった、はしゃいだ声。
その声が途切れるころには、かわるがわるうなじを咬まれてゆくのだろう。
「こんどはママも連れてくるね」
なん回も遊びに来ている少女のひとりは、玄関先でそういい残して。
母親と同年代にみえる吸血鬼をにんまりさせた。


あとがき
さいきんすっかり定着した紺色のハイソックスとは別に、
都会の女学生は白のハイソックスも好んで履くようです。
なんのオチもない他愛のない話ですみません。
時折ひどく、こういう話を描きたくなる、いけない柏木でした。^^;

潔癖な女(ひと)

2006年01月20日(Fri) 08:09:00

いつもかたくななあのひとが、
ひとりオフィスに残って傍らのソファに腰かけて。
脚に悪戯してもいい・・・
ちょっとためらうように、そう呟いてくれた。
―――そうすると、お気が休まるのでしょう?
それがお許しする理由なんですよ・・・そう言いたげに瞳をかすかにうるませて。

制服の下からのぞいた、すらりとした脚をきちんとそろえて、
あのひとは白い頬にいつもの控えめな笑みを浮かべている。
ぴかぴかの黒のハイヒールに、黒のストッキング。
オフィス内ではストッキングの色は肌色だけ・・・という規則なのに。
夜遅く、彼女と私だけになったオフィスのなか。
あのひとは、私の好みの色で、脚許を染めてくれている。

お行儀悪いおこない・・・と恥じながら。
そろそろとかがみ込みにじり寄る、ハイヒールの足許。
かすかに震える掌で足の甲を覆うようにつかまえて。
目のまえには、繊細な黒糸にじんんわりと染めあげられたふくらはぎ。
たまらず、くちゅっ、と吸いつけてしまった。
さらさらとしたストッキングの舌触りに夢中になって。
あのひとの育ちのよさ、気品漂うしぐさ、肌の裏側に満ちている気高い熱情・・・
そうしたもろもろのものをつぶさに感じ取りながら、
つい本性をむき出して、意地汚くねぶりつづけてしまっている。
ストッキングはふくらはぎの周りで波立って、整然とした網目模様をいびつによじれさせていた。

ふと顔をあげると。
足許を見おろす瞳が濡れていた。
やはり、耐えられなかったんだ・・・
そう思うとたまらなくなって。
ソファの隣りに腰かけて。
激しく横抱きにしていた。
抱きすくめた腕のなか。
華奢な身体を心もとなげに震わせて
ブラウス越しにかんじる体温が、切々と悲しげに伝わってきた。

血を・・・吸うのでしょ?
声をつまらせながらも気丈に振る舞おうとするあのひとは、
かすかな笑みを立ち戻らせようとしている。
やむみやまれず。もういちど。彼女を優しく抱き締めて。
唇と唇を合わせていた。
貴女のことが本当に好きなのだ・・・と思いをこめながら。
心なしか。
冷たい涙に閉ざされた硬い緊張がほどよく解けて。
頬に滲む涙が温もりを帯びてくる。
あのひとはまだ涙で濡れた瞳をはばかることなく振り向けながら。
―――ストッキング、破ってもいいわよ。
くすくす・・・とイタズラっぽく笑んでいた。


あとがき
泣いたカラスが・・・と申しますが。
女性にとって、ストッキングを濡らされたり破られたりする行為はとても恥ずかしいものですね。
そのようなフラチな悪戯心をかなえてくれようというけなげな女性には、
まず心からの口づけと抱擁を捧げるべきだ・・・と思うこのごろです。

真面目な先生

2006年01月16日(Mon) 05:05:25

狙いをつけたのは夜道を歩く、女学生の一群。
おそろいの制服の下には、色とりどりのハイソックスやストッキング。
ぴちぴちとした色香を闇に放ちながら、こちらに歩みを進めてくる。
いちばんどきどきとするのは、なにも知らない彼女たちの行く手を遮ってまえに立ちはだかるとき。
彼女たちの顔いろがいっせいに、驚きと恐怖にかわるのだ。
うろたえて後ずさりしかける女どもの様子に言い知れない快感を覚え、
思い思い、ひとりひとり相手を選んで突き進んでゆくのだが。

「待ってください!」
女学生たちをかばうように、先頭に飛び出してきた女がいた。
引率の先生らしいその女は、精いっぱいに目を見開いて、
教え子たちをかばうように両手を広げ、オレたちを制止にかかった。
大人しやかであまり見映えのしないその顔は、
若い教え子たちのなかにいるといっそう見劣りがした。
ひゅ~。
誰かが口笛を吹いた。
それを合図に、みないっせいに、娘たちへととびかかった。
つきのけられた先生はよろけて、オレと鉢合わせになった。
「お願い!やめさせてくださいっ!」
オレの手を握り締め、必死に訴える先生。
言葉の響きのせつじつさに、払いのけようとした手にふと鈍りを覚えた。

ぎこちなくにらみ合うオレたちにはおかまいもなく。
連中はみなおもいおもいに相手をえらび、お目あての娘にかじりつくと、
うなじを咬んだり足許に口をなすりつけたりして、もう随喜の声もあらわに愉しみはじめている。
教え子たちがむざむざとヤツらの毒牙にかかってゆくのを、先生はとても悲しそうに見つめていた。
牙を通して媚薬を注入され、くすぐったそうにはしゃぎ声をたてながら舞い狂ってゆく女学生たち。
なかには催淫させられないうちに、じぶんから制服を脱ぎはじめている子までいる。
ひどい・・・
襲うほうを咎めているのか。乱れてゆく側をたしなめているのか。
顔を伏せた先生の肩に、オレは軽く手を添えた。
行こうぜ。
先生には悪いが。
内心、はずれ籤かな・・・そう思っていた。
乱されたブラウスからのぞく女学生たちの白い肌に残り惜しげな一瞥をくれると、
オレは先生を暗がりに引き込んだ。

若い女の生き血にありつくのは、ひさしぶりのことだった。
咬んだうなじからあふれる血潮は意外なくらいに清冽で、とてもいい香りがした。
ごくごく・・・ごくごく・・・
正気を喪うまいともがく先生を抑えつけて。
ひさしぶりに本気になって、女教師の血を飲み耽っていった。
つい、飲り過ごしてしまった。
先生は色を失って、ぐったりとなっている。
悪いね・・・
たちの悪い笑みをこらえきれなくなって、ニヤニヤとにやけながら、
オレは先生のブラウスを引き剥いでいった。
28にもなるのに、先生はまだ処女だった。

数日後。
荒々しい物音が手がかりになって、
街の人間どもはオレたちの悪行に気がついた。
本気で団結した人間どもにとって、オレたちは敵ではなかった。
ほとんどのヤツが、祓われてしまったのだ。
―――このひとはちがうんです。あの晩の人ではありません。まじめに交際してくださっているかたなんです。
先生はそういって、オレの素性をひた隠しにして、
とうとうかばい通してしまった。
仲間のうちではひとりだけが、オレと同じく人間界にのこった。
その場で処女を捧げてくれた女学生のことを、本気で好きになってしまって。
やっぱりオレとおなじように、女がやつをかばい通したのだった。
人間になりすまして、めでたく婿入りしたそいつは、姑の血までうまうまと頂戴しながら。
それでも女ひとりを守りとおして、円満に年を重ねてゆく。

いまは別人のように穏やかに、面相一変してしまったオレ。
その傍らで、女教師はもう家庭の主婦におさまっていた。
大人しやかであまり見映えのしない顔だけは、わかいころと変わらずに、
ひとりの女として、影のようにひっそりと。
目だたず、控えめに。いつも身辺に添いつづけている。
飲む血の量も、減ってきた。
人間界にのこったものの宿命だった。
いずれは寿命も限られて、あの女といっしょに老けてゆく。
素性を秘めて、人知れず・・・


あとがき
吸血鬼の側では「仲間が二名、人間界に取り込まれ失われた」と記録されているようです。
なんぱされている教え子を暴走族から守ろうとする女教師と暴走族との恋・・・みたいな側面もありかも・・・ですね。(笑)
(「女教師」改題)

疑うもの 信じるもの

2006年01月14日(Sat) 07:02:22

人妻に恋した吸血鬼がいた。
吸血鬼になってこのかた、恋など忘れていた。
この世にそういう感情があることじたい、忘れかけていた。
単に食欲を満たすためではなく。
初めてせつじつに想った。
恋するあの女の血を吸いたい、と。
男が恋を忘れたのは、まだ人であったころ。
妻が己に背いてほかの男に走ったためだった。

誘惑に成功して。夫のいない夜に招かれて。
まるでかつて己がされたのとおなじ罪を、
ほかの男に対して犯しているような気分になった。
遠目にしかうかがうことのできなかったその女は、夜目にもとても美しかった。
月の明かりに照らされた肌は白磁のように輝き、妖しい魅惑を放っている。
男は惹き入れられるようにして、女のうなじに牙を埋めていた。
肌をすり合わせながら。その温もりにわが身を浸しながら。
男は恋する女をものにする愉悦を、しんから味わっていた。

夫ならぬ身をわが身に受け入れようとするとき。
女は男をかるく拒んで。
私を永く愛してくれるつもりなら、夫と会ってほしい。
そう望んだ。
唐突な申し入れをいぶかりながら、
お前がそれを望むなら・・・
そういって。
吸血鬼はわが胸にひしと女を掻き抱いた。

女の夫は、吸血鬼を歓待した。
血が足りないのですね。お気の毒に。
意外なことを言われて、吸血鬼は答えに迷った。
いいのよ。
人妻は穏やかに笑んでいた。
妻の生命を奪らないと、約束してくれますか?
真剣な夫の問いに、彼もまた真剣に頷き返していた。

どういうことなのだ?
恋する女を望みどおりにかき抱きながら。
訊かずにはいられなかった。
だいじょうぶ。安心して。
情夫の腕のなか、人妻はくすり、と笑んでいた。
あのひとは、わたしを疑わないのだから。
そういって胸に顔をうずめてくる女を、
すがるように抱擁せずにはいられなかった。
ひと夜、夫が譲り渡してくれた褥のなか。
彼は満ち足りたまぐわいを明け方まで交わしつづけた。

朝日を浴びると死ぬわけではないのだね。ちょっと心配だったのですよ。
寝室から出てきた吸血鬼に、夫はそういった。
女は毎朝そうするように、シャワーを浴びている。
妻を奪われて悔しくはないのか?
そう問いかける吸血鬼に、夫はこたえた。
だってボク、彼女のことを信じているもの。
さりげない口調の裏に、信じきったものの自信があふれていた。
どちらが負けたのか?
吸血鬼はふと、疑った。
勝ち負けなんかじゃありませんよ。
夫は言った。
彼の心のなかを見透かすようだった。
変わっている・・・と言われそうだけれども。
夫ははじめて、はにかむように俯いた。
自分の胸に抱き寄せても。ほかの男に抱き寄せられても。
ボクは彼女のことを愛することができるのですよ。

少年のようにはにかみながら。
少年のように凛としている彼。
きっと彼のなかには、少年のように研ぎ澄まされた、純粋な愛情がみちあふれているのだろう。
いつの間にかその妻が、ふたりの傍らに戻ってきた。
気がつかなかった?
夫は悪戯っぽい目をして吸血鬼を見た。
ボクはきみの奥さんを取った、悪い男なんですよ?
振り返った女はたしかにかつての妻だった。
別人のようにとても美しく、魅惑にあふれた女になっていた。


あとがき
その後ふたりの男は仲直りをし、互いに相手を思いやり、夜の居場所を譲り合ったという。
吸血鬼になるまえに男が妻を疑ったとき。
妻はまだ無実の身だったのかもしれない。
疑いが却って妻の愛を冷えさせて、べつの男に走らせたのだ。
きっとそうした暗い心映えが、彼を吸血鬼に仕立てたのだろう。
新しい夫は、信じる男だった。
たとえ妻がひと時ほかの男と愉しみを分かち合うことがあっても、
彼は妻を信じつづけた。
信じつづける彼は、妻を真に失うことはないのであろう。
・・・ってなんか、不倫賛歌みたいになってしまいましたね・・・^^;

亡き夫の贈り物

2006年01月14日(Sat) 05:06:47

愛し合っている夫婦がいた。
広い額。切れ長の目。高い鼻。分厚い唇。
妻は夫のすべてを愛した。
不幸にして夫は吸血鬼に遭い、生命を落とした。
悲嘆にくれる幾晩かの後。
ある夜更け、妻は外からほとほとと扉を叩く音を耳にした。
開けてはならない、と周囲のものから聞いていた。
血を求めるものはまず、肉親を毒牙にかけようとするものなのだと。
そして扉の向こうから聞えてくるのは紛れもなく、懐かしい夫の声だった。
妻は寂しさに耐え切れず、扉を開けてしまった。

幾晩も。幾晩も。
逢瀬は続いた。
妻はすっかりやつれ果て、誰の目からも血を吸い取られゆく女に映った。
ある晩夫との逢瀬を愉しんでいる最中に、
村の男たちが踏み込んできて、たちまちのうちに夫の胸を杭で貫いてしまった。
目のまえで夫を灰にされてしまった女は半狂乱になったが、
そのときすでに彼女は夫の子を宿していた。

必死で生まれ月を偽って。
女が生んだのは男の子だった。
優しく逞しく成長した息子はやがて、かつての夫そっくりの少年になっていた。
きざしがあらわれたのは、彼が大人になりかけた年頃だった。
にわかに胸を押さえて苦しむ息子に、母親はなにが起こっているのかを察していた。
生え初めた牙を、息子はもう隠しきれなくなっていたのだ。
母親はもっとも母親らしく振る舞った。
息子の口許から洩れてきた牙をわが胸にあてがって、彼の欲望どおりに遂げさせてやったのである。

それからは昼となく夜となく。
息子は恥じらいながら母の寝室を訪れるようになった。
月夜の晩。
すっかり逞しくなった息子の腕に抱かれながら。
広い額。切れ長の目。高い鼻。分厚い唇。
かつての夫が自分のもとに戻ってきたのだと女は感じた。
太ももに触れ、押し当てられてくる少年の下半身は熱く逆立って、
やり場のない熱情をもてあましているようだった。
女はもうためらいもなく、押し当てられた熱い塊をあるべき部位へと導いていった。
―――ありがとう。
初めて女を征服する歓びに満ち足りた男が発した声は、まぎれもなく夫のものだった。

母さんの血を吸って。ぜんぶ貴男にあげるから。
息子は本能の赴くまま、毎晩のように母の寝室を訪れて。
とうとう女はその身を巡るすべての血潮をわが子にプレゼントしていた。
そしてある晩。
息子でもあり最愛の夫ですらあるかもしれない男とともに姿を消した女は、二度と村に戻ってはこなかった。


あとがき
「魔」がささやきかけてきました。
夜更けに扉を叩く音が聞えたら。
それがたとえこの世のものならぬ相手であっても。
肉親であれば扉を開いてしまうであろうということを。
それは決して間違った選択とはいえないのだということを。
そして、夫の形見は時として、最愛の夫そのものであるかもしれないのだと。
姿を消した女はきっと、愛するものとともにいつまでも歩みをともにすることになるのだろうと・・・

納屋の宴

2006年01月13日(Fri) 08:40:12

―――もしもし?
受話器の向こうの声は、お隣のご主人。
―――今夜はお宅で、まちがいございませんか?
そんな問いに、
―――エエ、当家の当番です。どうぞお越し下さい。
そう答える、私。
(お手柔らかに・・・)
そう言いさして。さすがに飲み込んで受話器を置いた。
日が暮れると三々五々。
裏手の納屋に集る男たち。
妻は黒一色のスーツ姿に身を固め、三つ指ついて
―――行ってまいりますわね。
と、そう囁いた。
頭を垂れるとき、黒髪に隠れた白い顔は、悪戯っぽく笑んでいた。

納屋は真夜中まで、こうこうと明かりがもれている。
夫以外のあらゆる男たちが招かれる、夜。
独り寝室にこもることとなっている夫にとっては、長い夜。
ちりんちりん。
時折電話のベルが鳴り、訪いを乞うる男の声。
そのひとつひとつに丁寧に、許しを与える私。
夜が更けるにつれて。
納屋から洩れるひそやかな呻きは、ひくく、ゆるやかに、熱を帯びて。
私の胸の焔をひと晩じゅう、かきたてる。

お隣のご主人は、さいごの訪客だった。
納屋を出てゆくとき、ちらりとこちらを振り向いて。
目のあった私の目を避けようとして。
すぐに思いなおして会釈を送ってくる。
そう。明晩はお宅の番でしたね・・・


あとがき
妻たちを分かち合う風習をもつ村での、一夜の風景です。

乾いた白い道を歩いて

2006年01月13日(Fri) 08:39:00

あなたぁ。
下から、妻の声がする。
いつになく華やいだ、少しはしゃいだような雰囲気につい窓の外を見おろすと、
水玉模様のワンピースを着た妻が、おおぜいの男たちに囲まれている。
その真ん中で陽の光に輝いた白い顔をはじけさせ、
妻はすっかりはしゃぎきった面持ちで、こちらに手を振っている。
親しげに妻を眺めまわす男たち。
白髪頭や禿げ頭。もちろん、若い男の黒い頭。
みないちように、慇懃に。こちらを見あげ、会釈してくる。
嬉しそうな、照れくさそうな。なんともいえない顔つきで。
妻はいっそうはしゃぎ切り、私のほうへと呼びかけた。
よく通る、澄んだ声で。
「まわされて、まいりますわねっ。」
ちょっとそこまで買い物にいってくる・・・
そんなのどかな語調で。
なんと不穏なことをかたるのだろうか。
近所の耳もあるのに・・・
そんなことは眼中にないらしい。
私の返事も待たないで、ぞろぞろと動き始めた人ごみの先頭に立って、
乾いた白い道に歩みを進める、
ストラップシューズにおさまった、黒ストッキングの脚。
お嬢さんのように清楚、貴婦人のように高貴。そして、娼婦のように、妖艶。
そんな装いを惜しげもなく、陽射しの下にのびのびとさらけ出しながら。
ここね?
というように周囲の男たちをにこやかに眺めまわすと、
傍らの草むらへと踏み入れてゆく。
浮世ばなれした、お姫様みたいな優雅さで。

どれほど刻が。流れたものか―――
そのあいだ草むらの背の高い穂先はざわざわと、
風向きとは無関係なざわめきを、はげしく波立て続けていた。
お姫様の周りにむらがる、フカの群れ。
礼儀正しいフカどもはおずおずと遠慮しながらも、かわるがわるお姫様のうえに乗っかって、
青年のように逞しい筋肉を朱に染めながら荒々しい交接を遂げてゆく。
ふたたび乾いた道のうえに現われた妻のワンピースには、
水玉模様が増えたようだ。べっとりと。不規則に。
元どおりストラップシューズにおさまった脚は、
ストッキングをきれいに剥かれてしまっていて、磨かれたような白さを輝かせている。
草むらに分け入ってゆくまえとおなじくらいにこやかに、それははしゃぎ切って。
妻は周囲にむらがる男たちと笑いさざめきながら家に戻ってくる。
「よぉ、ダンナさん。すっかりたんのうしたぜ。お前ぇのかあちゃん、いい身体しているな」
それくらい、野卑なことばを浴びせかけてくるはずの男どもは、
泥や草っ葉のついたシャツをそのままに、
無言でとても慇懃な会釈を返してくる。
逞しい腕が幾本も、妻の華奢な身体に巻きついて。
肌についた泥を拭い、はだけた着衣を合わせ肌をおおってく。
とても大切なこわれものの貴重品のように妻をあつかうと、
私のことを察するように、言葉すくなに帰ってゆく。
―――いかが?
得意そうに見あげてくる妻は、何事もなかったように
白い肌を、満面の笑みを、きらきらと輝かせていた。

きみに捧げる歌

2006年01月13日(Fri) 08:34:48

さあ、怖がらないで。
手を握っていてあげるから。
腰かけたままで、構わないから。
半歩だけ、かたほうの脚を差し伸べて。
彼の掌に触れさせてあげなさい。
薄手のストッキングの、濡れるような光沢に包まれたきみのふくらはぎ。
かれはとても気になっているようだから・・・

そう、ためらわないで。
そばにいてあげるから。
ストッキングを穿いたままでかまわないから。
ゆったりと脚をくねらせて。
彼の唇に触れさせてあげなさい。
礼譲の薄絹が唾液をあやし、ふしだらにねじれひきつれてゆくありさまを、
ボクもいっしょに見つめていてあげるから。

ああ、戸惑わないで。
肩を抱いていてあげるから。
すこしだけおとがいを仰のけて
その白く輝いたうなじのあたり、彼の牙を滲ませておやりなさい。
食い込んでゆく牙に怯えるように、びくっと身をしならせているきみ。
厭わしそうなきみの目色が、とても悩ましくボクの胸を締めつける。
だってその厭わしさのなかに、ありありと色づいた陶酔を認めないわけにいかないのだから。

さあ、恥らわないで。
ずっと見ていてあげるから。
しどけなく乱された衣裳から見え隠れする肌を
もっと見せつけておやりなさい。
そう。痛いほどきつく抱きすくめられて。彼の求婚を受け入れるといい。
ボクが抱いているときは決してみることのできない
痴情に乱れるきみの素顔を、心に永くおさめておきたいのだから。

少女とその母

2006年01月10日(Tue) 13:52:15

痛いほどきつく抱きすくめられた腕の中、
少女は夢見心地になりながらも、懸命にいやいやをくり返していた。
あいては自分より、ずっと年上の女のひと。
しゃがみこんだ深いスリットから、セクシーに装うガーターストッキングの脚をのぞかせながら。
優雅にきらめくネックレスをしゃらしゃらとかすかにふるわせながら。
女は思い入れたっぷりな目線を、少女の肌に這わせている。
きらきらとした瞳。長いまつ毛。魅惑的にゆるめられた紅い唇。
そのひとはとても優しそうな顔をしていたけれど、
いまは本性もあらわに少女に迫り、その身をめぐる生き血を啖らい尽くそうとしている。

―――あなたの若さが妬ましいの。とても妬ましいの。
女はそうくり返しながら。
少女のうなじに唇をつけ、吸い、また吸った。
柔らかな素肌に、ほんのりと滲んだ咬み痕がふたつ。
あやされた血潮はほんの少しであったけれど、そこからどれほどの血を吸い取られたのか、
少女の悪い顔色がよく証明していた。
―――お気の毒ね。でもダメよ。赦せないわ・・・
女はそうくり返しながら。
少女の脚を辱めるように、吸い、また吸った。
たあいなくチリチリに破れてゆく、黒のストッキング。
女に逢うまでは、初々しいふくらはぎをとても濃やかに大人びた彩りで染めあげていた。
―――ごめんなさい。ごめんなさい。
少女はもうなにに対して謝っているのかもわからなくなりながら、
ひたすら、うわ言のように、女の慈悲を願っている。
けれども女の唇は、少女の肌を撫でるようにして。
じんじん疼く傷口をくり返し、吸い、また吸った。
あぁ、もうダメ・・・
突き上げてくる妖しい快感に酔い痴れてゆく自分をどうすることもできなくなりながら、
少女はなおも己の生を希った。

―――アラ、その子の血がそれほど、お気に召して?
女が振り返ると、そこにいたのは少女の母だった。
ふたりの女は親しげに笑みを交し合う。
―――まぁ、すっかりご馳走になっちゃって。
―――よろしいのよ、たんと召し上がっていってくださいね。
お互い、まるで共犯者のように。
ニッとゆるめる、美しい口許。
―――よかったわね、あなた。こんなきれいなおばさまに愛でていただけるなんて・・・
―――あなたもおばさまにうんと、可愛がっていただくといいわ。
少女の母はワンピースのすそを引きあげて、肌色のストッキングに彩った脚をさらけ出す。
少女が息を呑んで見守るなか。
女はまるで接吻を寄せる恋人のように、母の足許に唇を吸いつけていった。
くちゅくちゅといやらしい音をあげながら、
女はストッキングを履いた母親の脚をためらいもなくいたぶり続けた。
―――ブランドものね?いい舌触りよ。
女がいうと、
―――よくお分かりね。あなたのためにちょっと気張ってみたの。
自慢げに、母親が頷く。
あてがわれた唇の下、ぱりりっ・・・とかすかな音をたてて、ナイロンの皮膜に裂け目が走る。
母親の足許に卑猥にすりつく唇ににわかに力がこもると、
ぶちっ。ぶちぶちっ・・・
素肌にぴっちりと密着していたナイロンは、ふくらはぎの周りからだらしなく浮き上がり、
少女の脚もとでそうされたように、他愛なく剥がれ落ちてゆく。
それを面白そうに見守る母親の目線が、ひどく悩ましく揺れていた。
じゅうたんの上。ヘラヘラと笑いこけながら戯れる母親を組み敷いて、女はちらちらと少女に目線を這わせる。
―――きょうのところは勘弁してあげる。また、あなたを殺めそこなったわね。
暗黙の裡にそう告げてくる瞳。
狂った理性に悩ましく揺れる少女の瞳は、べつのこたえを返しはじめていた。
―――あたしの若さが妬ましいとおっしゃるのなら、あたしの若さをあなたにあげる。
うら若い血をぞんぶんに味わわれる愉しみが、いつか少女の肌に滲みこむようにいきわたってゆく。

おなじじゅうたんの上、少女もいつか、ふたたびわが身をまろばせていた。
にこやかに見守る母親の前。
ヘビのように絡みついてきた女の腕に巻かれていって、ウットリと夢みるように笑んでいる。
すすんでゆだねた首すじに、チクチクと心地よく踊る飢えた切っ先。
ブラウスを濡らし、髪をしどけなく乱しながら。
―――どうぞ、あたしの若さを愉しんで。気の済むまで味わって。
誇らかにそう胸をそらせながら、若い女の血をせがむどん欲な女のために惜しげもなく素肌をさらけ出してゆく。
大人の女のみが漂わせる香気が、むせ返るように迫ってきた。
目のまえにあるのは、熟した女のなまめかしい皮膚。
とろりとした乳色の肌に透けている静脈に、あたしの若い血がめぐってゆく・・・
ああ、うれしいわ、おばさま。わたくしの若さがおばさまの一部になってゆく。
わたくしの血を気に入ってくださるのね?
それがおばさまの綺麗なお肌をうるおして、若さを沁みとおらせてゆくというのね?
ゾクゾクとする昂ぶりに胸を震わせて、少女はいつか夢中になって、女のために生娘の血を捧げつづけていった。

あとがき
少しだけ、同性愛ぽい香りを含ませてみましたが。
まだまだ修行が足りませんね・・・^^;
少女の若さが妬ましい・・・と訴える女吸血鬼。
自分と同年輩の母親とは打ち解けた間柄のように見えますが。
少女を殺めようとするまでの妬心は、はたしてどこまで本気なのでしょうか・・・

いつもは直接キーを叩いてあっぷしているのですが、きょうは珍しく下書きをしてからあっぷしました。
こんな短時間でなん作も書き上げるほど、柏木も速くありません。(笑)

死霊に捧げる恋

2006年01月10日(Tue) 13:29:02

―――主人の作品を聴いていただきたいんですの。
そういって老女が取り出したのは、真っ黒なラヴェルの一枚のレコードだった。
老女の訪問を受けた男はもういい中年になるのに、まだ嫁をとらずに独りで暮らしている。
―――ああ・・・そうですか。この家には私ひとりしかいませんが。
男はさらにもの問いたげな顔をしたが、老女を拒むふうでもなく、なかに招き入れていた。
室内はひんやりと薄暗く、男の独り住まいにしてはよく片づいている。
ぴかぴかと冷たい光を帯びたフローリングに、薄い黒のストッキングを履いた女の脚が寒々と映えて、
あたりの薄暗がりのなかでただの黒よりもいちだんと深みのある色合いを伴っていた。
居間に置かれたレコード・プレーヤーは、かなりの年代ものだった。
楚々として歩みを進める鶴のように気品のある痩身を、男はなかばうっとりとして見守った。
―――ひと晩、かかりますことよ。よろしくて?
小首をかしげて、少女のように悪戯っぽく笑みかける老女に、男は黙って頷いた。

音楽が、始まった。
妖しく、ねっとりと耳の奥に沁みこんでくるような音色だった。
男は浮かされたように立ちあがり、落ち着きをなくして室内を歩き回る。
老女はそんな彼の様子を、含み笑いしながら見守り続けた。
―――本当に、よろしいのですか?
女の問いに、男は振り返った。
さっきまでまっ白だった髪はわずかに艶を帯びはじめ、
ゆるみかけた朱唇はぬめるようになまめかしく、
ならびのよい前歯の両脇からのぞく犬歯はふだんより尖ってみえた。
男はすっと彼女の傍らにすり寄ると、ちょっとのあいだためらうようにして、
やがておもむろにもういちど身を近寄せて、耳もとになにかを囁きかけた。
―――まぁ。
女は恥らうように肩をそびやかせ、
―――そんなことでよろしいの?わたくしは、よくってよ。
そういうと、奥ゆかしいしぐさでそろそろと、身にまとうワンピースのすそをせり上げた。
ストッキングのガーターがみえるまですそをたくし上げると、女は上目遣いで男に笑いかけた。
女の太ももを締めつける帯のようなゴムの部分が、
むき出しの白い肌と薄黒く染まったひざ上とをあざやかに区切っている。
媚態を含んだウキウキとした視線を、男は眩しそうに受け止めた。
ほっそりとした女の指が、太ももとストッキングの隙間に差し入れられて、
その指に絡みつくように、女の脚もとを彩っていた薄いオブラアトは崩れるように皺を波立たせながら踝へと引きおろされていった。
音楽は粛々と、続いている。
指先からだらりと垂れ下がる黒の薄絹は、かすかに揺らいだ空気に乗ってふわりとそよいだ。
女の手からそれを押し戴くようにして受け取ると、男はそれをみずからの脚へと通してゆく。
男の指は、密かな昂ぶりにふるえていた。
女の衣裳がごつごつとした筋肉質のふくらはぎを蔽って、無器用にひざの上までぴっちりとまとわれるころ、
彼女は手早く、代わりを脚に通していた。
黒とみえたナイロンのストッキングは、男のふくらはぎの周りでいつしか深紅の色合いを放っている。

いく度、やり取りされたことだろう。
女が脱ぎ、男がまとう。脱ぎ捨てられたストッキングはどれも、黒の生地になまなましいほどの薔薇色を帯びていた。
曲も終りに近づくころ。
女は抱かれて、じゅうたんの上に仰向けにされていた。
男の腕のなか、女は優しく男の背中をすうっと撫であげながら、
―――わたくしなどで、よろしかったの?
心から恋していた・・・
男は初めて、自分の心の奥を明かしていた。
秘め続けた想いを告げることのできた男は、安らかな顔で女を見おろしている。
曲は軽やかに諧調を帯びて、淫らなほどになめらかな旋律を謡っていた。
―――主人も、悦んでいますわよ。
女は悪戯っぽく、くすっ、と笑うと、神妙に目を瞑り、男になされるがまま、ワンピースをせり上げられていった。

一夜が明けるころ。
男は冷たくなって、フローリングのうえに身を横たえていた。
死に顔には、満ち足りたような笑みが色濃く、刻まれている。
彼を発見した者たちは、永く独身だったこの男がどうして女もののストッキングを身に着けているのかと、不思議そうに首をかしげていた。

あとがき
老音楽家の夫から託された秘曲を携えて、老女は今宵も犠牲者を求めて街を彷徨いました。
多くは家族もちの邸であったため、彼女がじゅうぶん満足のいく量の血を獲たとしても、
彼らは生命を脅かされることもなく、一夜明けると全てを忘れたようです。
しかし独りで暮らしながら人生の半ばを終えた男は、彼女を迎え入れるとき、
すでに死を覚悟していたものでしょうか。
それでもためらいなく彼女を招きいれた彼。
かつて音楽家の妻であった彼女に恋していたから。
ひととは変わった嗜好を持ち、己を隠した人生を生きつづけた彼。
名もない一生のしめくくりに彼は彼女への想いを打ち明け、彼女の身に着ける衣裳をねだり、
受け容れられたことに満足してすべての血を捧げます。
前作では亡夫の化身らしきヒルのような生物を介して血を採り、
今回は牙ににた犬歯、吸血性のあるらしい衣裳を使っています。
柏木ワールドではかなり変り種の吸血鬼といえましょう。
でもやはり、夢からさめる間際に耳にした歌はやや色あせて、
しょうしょう前作よりも興趣が落ちたのではないかと気にしております。

吸血奏鳴曲(ソナタ)

2006年01月10日(Tue) 13:18:02

―――これはショパンですね?
そのレコードを聴いた男はそう言った。
―――アラ、何をおっしゃっているの?これはベートーベンよ。
男の妻は反論した。
―――え?そうかしら。あたしもっと今どきな曲だと思うけど。
娘はそう呟いた。
そのレコードを携えた老女が現われるのは、きまって週末の夜。
それは老女の夫の命日にあたるという。

彼女の夫は、音楽家だった。
鋼のタッチと呼ばれたピアノの腕はなかなかのもので、
地元でしばしば開かれた彼のピアノ・リサイタルは上々の評判だった。
黒のタキシードに包んだ大きな身体を揺するようにして、
鍵盤に叩きつける指は、ぞっとするほどの冷たい音色をともなって、観客を魅了し続けた。
そんな日々も、やがておわるときがきた。
いく晩も、いく晩も、男の家からはピアノの調べが響いてきた。
その旋律は、あるときは暗く熱情的、あるときはひどく重く荘重な悲愴美にあふれていた。
男が本当に志していたのは、作曲のほうだった。
そちらのほうではついに無名のまま終わることをみずから惜しむかのように。
最期をさとった彼は、心のかぎりに己の歌を謳っていたのだった。
曲が尽きるころ、男は息絶えていた。
音楽家の妻がレコードを携えて知人の家々を訪れるようになったのは、それからいくばくもたたない頃からだった。

老女はいつも、白くなった長い髪を丸めるようにうしろで束ねていた。
漆黒のワンピースに、黒のストッキング。
それはあたかも先に逝った夫を弔う喪服のようであった。
彼女は白くほっそりとした指をのべて、楚々としたしぐさでレコードを取り出す。
レコードのラヴェルは、真っ黒だった。
よく見ると銀色で文字が書いてあった・・・というものもいたが、それは判読不能であった。
あるものはラテン語のようだったといい、あるものは古代のルーン文字のようだったという。
―――夫が作った曲ですの。今宵はどうしても、聴いていただきたくて。
老女ははにかむようにそういうと、ほとんど有無を言わせぬようなそぶりで、レコードをプレーヤーのうえに置いた。
家人たちは皆、気圧されたようになって、本当は気が進まない、と言いたげに顔を見合わせて、
けれどもけっきょく、彼女をとめるものはいなかった。
黒い円盤はかすかなうねりを伴いながら、まるでみずから円舞曲を舞うように、
盤面に刻まれた溝に艶やかな光沢をよぎらせてゆく。

音楽に魅せられるように聴き入っていた家人たちはやがて、
ひとり、またひとりとくらくらと眩暈をおこしたようになって、
ソファやじゅうたんの上に倒れ込んでゆく。
誰もが身を横たえて静かになると、老女はニッとほくそ笑んで、ハンドバックのなかに手を差し入れた。
取り出されたのは、大きなヒルのような生き物だった。
大ビルはぬらぬらと黒光りしながら彼女の掌につかまれて静かにのたうっていたが、
彼女は家人たちの一人一人にかがみ込んでいって、
彼等のうなじやふくらはぎに、順繰りに大ビルをあてがっていった。

夜明けまえ。
ひとり家を忍び出る老女は、別人のように若やいでいる。
黒くつややかな髪を長く肩に流していて、
ワンピースもストッキングもきらきらしく真っ赤なものをまとっていた。
鳴り終えたレコードを老女が取りあげるとき、
繰り返し彼女の訪問を受けたあるものは、薄ぼんやりとした意識のなかで、
レコードのラヴェルが真っ赤に変わっているのを見ることがあったという。
朝になると起きだした家人たちは皆彼女のことをよく憶えておらず、
夕べ宴のさいちゅうに眠り込んでしまったことだけにばつの悪そうな顔をして、
うなじのあたりを掻き掻き日常にもどってゆく。

皆はよく知っていたという。
音楽家がこの世を去るときにつむぎ出された音楽を、
老女はわが身を包むように毎晩聴き続け、
遺作のすべてを聴きおえた晩、静かに息を引き取っていたのを。
老女の身体はひからびたようにかさかさに乾いていて、
傍らでは真っ赤なラヴェルのレコードが主のようすも知らぬげにくるくると静かな旋回を続けていたという。


あとがき
しばらく「魔」が降りてまいりませず、更新がおろそかになっておりました。
久しぶりに耳にした妖しい調べはいつもとはややトーンのことなるものでした。
すでに屍と化しているはずの老女が、さながら生けるが如く夜の街を彷徨い、知人の家の扉を叩く。
迎え入れるものたちは彼女の正体を知りながらも邸の中に彼女を招きいれ、ひと夜妖しい宴に身を浸す・・・
老音楽家が遺した魔性の調べには催眠、催淫、いずれの効能があったものか。
譜面が今に伝わらないのが惜しまれます・・・

ひとりひとり・・・呼び入れて。

2006年01月05日(Thu) 08:20:17

家に上がりこむと。
その家のいちばんの部屋に陣取って。
ひとりひとり、呼び入れてゆく。
あいつの妻を。妹を。叔母を。そして、母親を。
呼び入れられた女たちは皆、化粧を刷いて。盛装して。
伏し目がちになって、
色とりどりのストッキングに装った脚を、畳のうえに伸べてゆく。

衣裳のすき間からのぞいた白い肌に、我が物顔に牙を迫らせて。
畳のうえ、抑えつけた淑女たちの血を啜る、至福のとき。
花柄のブラウスに白のタイトスカート。
セーラー服。
質素なブラックフォーマル。
奥ゆかしい和服。
とりどりの清楚な衣裳をはだけてゆくと、
ドキドキするようなレエスのスリップ。
妖艶に脚線美を縁取る、グレーのストッキング。
通学用の黒のストッキング。
淫らな茂りを透かせている白のショーツ。
そんな淫らな小道具に魅せられて、
ついまさぐりを深めてしまう、なめらかな素肌。

真っ先に組み伏せたやつの血は、とても旨かった。
それでつい、やつの血縁の血を、ねだっていた。
やつはそれでも、ほろ苦い笑いを浮かべながら。
村の風習をどおり、お前をもてなしてやるよ。
そう言って。
近親たちを娼婦に仕立ててくれたのだ。
庭先からがさりと、身じろぎの音。
せっぱ詰まった息遣い。
彼がいっとき理性を迷わせて、
人知れぬ愉楽に耽るのを、誰がとがめることができようか。
ガラス窓の向こうとこちら。
犯す情事と、視るだけの情事。
どの女の皮膚を破っても。
あふれる血潮はそれぞれに、淫らな色を秘めていた。

ローテーション? 2

2006年01月05日(Thu) 07:33:00

蛭田が逢引をするときに、しばしば好んで安っぽいラブホテルを好むのだと耳にしたのは、ほかならぬ妻の瑞枝からだった。
「蛭田くんてねぇ。いっつも安ホテルなのよぉ。あたしを誘うとき。
あれって軽く見られてるのかなぁ」
吸血儀式の催眠状態に陥っているときの、おぼろげな記憶だったが。
そのときに、妻はたしかにそういった。
―――男として、どう思う?
あのとき。まじめにそう問いかけてくるような瑞枝の頬は冷たいまでに白かった。

―――んー。あのムードって、好きなんだよね。現実から違うところに行くような感じがしてね。 一流ホテル?旅行じゃないんだし。
それとなく訊きただしたときに、ヤツはたしかにそういった。
好みの違い・・・
それだけのこと。ヤツは安宿を。そしてベッドの傍らでいま自分と抱き合っているこの女は一流ホテルを。逢瀬の場として好むだけ。
そういう瑞枝は、こぎれいなシティホテルを好んでいた。
気の利いたインテリアと明るい照明のある真新しい部屋に通されて、得意そうに周囲を見回す瑞枝。
そんな彼女はいまごろ蛭田のために、ばっちりとおめかししているはず。
いつものあの従順な嫁の顔をして。
どんなふうにもっともらしく、姑に言いつくろって家を出たのだろうか。
行き先は・・・自分の好みとちがった、安っぽいラブホテル。

ばか律儀にも、寝物語におしえてやった蛭田の趣味。
―――あいつの好みみたいだぜ?女とはわざわざ安ホテルで遊ぶんだって。
オレの腕の中、妻の瑞枝は白い華奢な身体を寒そうにすくめながら、じいっと黙って話を聞いている。
唐突に切り出したのに。
あのときの答えだと妻ははっきり認識しているようなふうだった。
同期のあいつ。
いつもしんけんなのに恐ろしくぶきっちょで。とんまな失敗ばかり重ねている。
決して莫迦ではない。おまけに気配りや心遣いをするタイプでさえある。
あれこれ苦心して。周りがうまくいくように、場が和むようにとない知恵しぼって。
そのあげく、いつもずっこけた結論ばかりひっかぶっている男。
そんなあいつが憎めなくって。いつか、誰知る人もないほどの心のなかのことまでも話す相手に選ぶようになって。
いまでは最愛の妻さえも、たまに見て見ぬフリをして逢わせてやっている。
虫も殺さないような顔をして、すでにいくたりもの男と結ばれていた妻。
―――お前をくっつけておけば、浮気防止になりそうだな。
揶揄するようなオレの口調に
―――まるで防虫剤じゃん。
と、肩をすぼめたあいつ。
ヤツと奈津子のなかを知りながら、つい魅かれるようにアポイントを取ってしまったのはなぜか気がひける。
お互い様のはずなんだがな。むしろそれ以上か。
オレの場合は、もらったばかりの妻なのだし。
ヤツと奈津子は、どこまでの付き合いか分からないほどの関係なのだし。
そんなはずなのにどうしてオレはこうも、後ろめたい気分になるのだろう。
同僚とつきあっている女を抱いたことくらい、ほかにいくらもあるはずなんだけどな・・・
自分のお人よしを自分で嗤(わら)いながら、間々田はふたたび湧き上がってきた衝動のままに、傍らの女を逞しい猿臂のなかに巻き込んでゆく。

見るからにデラックスな、貴族の臥所のような部屋のなか。
オレは瑞枝に合わせ、瑞枝は蛭田に合わせ、蛭田はこの女に、好みを合わせている。
やっぱりこいつは、女王様なんだな・・・

ローテーション?

2006年01月05日(Thu) 07:06:00

―――間々田くんたらねぇ。お気に召しちゃったんだって。私のお振袖。
得意気にお行儀悪く鼻をうごめかせながら、奈津子が耳もとに囁いてくる。
―――でぇ。明日、デートするんだ。彼と。
えっ?
そういう仲だったのか?
さすがの蛭田も、おだやかではない。
訊きただしてみると。
―――あらー。知らなかった?貴方とよりか、早かったのよ。新歓のときからずっとだもん。
しゃあしゃあとのたまう奈津子に、もっとがっくりとした蛭田だった。
奈津子の男ぐせはよく知ってもいたし、見てもいた。
しかしよりにもよって、間々田がなぁ。
婚約者の純潔がどうとかとか、そんなことを気にするくせに。
案外なヤツだ・・・
いっしょになった出張先で、そうとう悪いお店に行ったこともあるくせに。
オフィスで手近なOLをいく人となくつまみ食いしていたことも、蛭田はしっかり知っているくせに。
(なにしろそのすき間を縫って、瑞枝を籠絡したりしていたのだから!)
相手が奈津子となると、どうしてこうもイライラするんだろう?
間々田の女ぐせも。奈津子の男ぐせも。
知りすぎるほど知り尽くしているほどのものなのに。

奈津子が情事の場に選ぶのは、決まって一流ホテルだった。
間違っても、うらぶれた連れ込み宿のようなラブホテルなどは使わない。
―――おトイレじゃあるまいに。
と、ずいぶん高慢なことを言いながら。
   お泊りでございますか。ご休憩でございますか。
クロークでそう尋ねられても顔色ひとつ変えないで、
―――えぇ休憩を。
男づれで堂々とそう受け答えする彼女は、いっしょにいると心強いほどの同行者なのである。
―――お振袖でホテル行ってね。お洋服に着替えてチェックアウトするの。
蛭田の横顔をひとわたり小気味よげに見回して。
息がかかるほどの近くで、ふふっ、と笑むと、女は足早に立ち去っていった。
引きとめようとしたところで、引きとめられるものではない。
そうわかっていながらも、強引に抱き寄せて
「行くな」
といえない自分が腹立たしい。
いく度もベッドをともにしながら。
なんリットルもの血液を供されて口に含んでおきながら。
面と向かっては彼女に対していまだになんの資格も持たない彼だった。

じゅうたんの上に組み敷いているのは、瑞枝だった。
振り乱した黒髪に、白い肌。
しどけなく肌を露出させている衣裳は独身時代そのままで、
彼女自身もフリーの昔にもどったように、もうあられもなくふしだらに身をくねらせている。
蛭田もまた、そんな彼女の切迫した息遣いを顔に浴びながら、スカートをはぐり上げた奥の奥へと腰を合わせてゆき、
衝動のおもむくまま、しっくりと結合させたまま激しい上下動に身をゆだねている。
熟れ具合をいっそう増したかのような乳房がそれ自体命をもつように、
ゆるやかに、切なげに、息づいていた。
   まだ子供を作るつもりはないからね・・・
間々田はちょっとばつの悪そうな顔をして、そういったものだ。
   オレの目に触れなければ、たまに瑞枝のやつと逢っても・・・
さすがに語尾をのみ込んで、立ち去ったヤツ。
その足できっと、奈津子の待つホテルに向かったのだろう。
妻とのアポイントを知ってから知らずか。
それとも奈津子と逢うまえの、暗黙の謝罪のつもりか。
もう、そんなことはどちらでもよかった。
自分の下で牝のケモノとなり果てたこの若妻に、蛭田はいつもより大量の精液を、びゅうびゅうと注ぎ込んでしまっている。


あとがき
どうも蛭田にはまってしまっております。^^;
いったい、どうしたわけでしょうねぇ。
瑞枝からゲットしたアポイントに夢中になっている蛭田の内心を見透かして、
奈津子は昔からの遊び相手を久しぶりに誘ったのでしょうか。
ふつうのストーリーですと、こういうときに瑞枝をふってでも奈津子を止めなければならないわけですが。
ひとりの男に固執しない(あるいはされたくもないらしい)奈津子にとっては、蛭田の妨害などもとより想定していなくて。
たんに冷や水ぶっかけて愉しんでいるようにさえ思えます。

御用始め

2006年01月04日(Wed) 07:23:00

ざく、ざく、ざく、ざく・・・
暗い色のスーツに身を固め、いちように無言で歩みを進める男たちの一団。
ここ十年でそのなかに、女性の割合も増えてきたとはいえ。
その多くもまたあまり華やがない色合いのスーツに身を固め、無表情にこわばった顔はまるで男のようである。
いちように重苦しい雰囲気を漂わせた、どこの駅前にも、オフィス街にもある朝の通勤風景。
それも御用始め(仕事始め)ともなると、重苦しさはふだんの休み明けの比ではない。

蛭田にしても。
いくら血を吸わせてくれる美女たちがいたとしても。
ふだんの業務がそればかりで済むはずもなく。
口やかましい上司とか。そりの合わない同僚とか。
そういったもろもろの不愉快要素が彼の実生活のほとんどを塗りこめているといっても過言ではない。
だから彼にとって娑婆に戻る初日のきょうは、誰にもまして憂鬱なのである。

オフィスの入っているビルの玄関をくぐると、見知った顔がちらほらと増えてくる。
意外なもので、実際に知った顔を見ると却ってそうした閉塞感はほどけてきたりする。
ましてむんむんと人いきれのするような営業部に入ってゆくと。
人々の発散する気迫というか、オーラというか。
一種独特な圧倒的な雰囲気がたちこめていて。
それは、頭のなかで思い描いていた憂鬱などは面に出すゆとりもないほどのものであった。
間々田と顔があった。
おはよう、といいかけて、それはすぐ新年の挨拶になる。
お屠蘇も飾りもない殺風景なオフィスのなかで、それはちょっと場違いだな・・・などという思いもよぎるのだが。
挨拶をかわすとふたりは、チラ、と庶務課のほうを見た。
主のいない席がひとつ。
瑞枝は昨年いっぱいで退社していた。
もちろん間々田は瑞枝に見送られて出社してきたのだが。
やはり何かにつけて便宜をはかってくれた「同僚」としての瑞枝にも、お互いひととおりでない愛着があったのだ。

「お・め・で・と・うっ!」
そんなふたりの気分などお構いなしの能天気な声が、横からワッと割り込んだ。
「ちゃんと見なさいよね。早起きしてがんばったんだから」
そういう奈津子はばっちりと、振袖を着込んできていた。
―――ちょっと無理がありませんか?もうそういうトシじゃないでしょ?
なんて間違っても口にしたら、多分首と胴体は離れているだろうな。
とっさに思った蛭田より一歩先んじて、間々田のやつはもう巧みなほめ言葉で女をはしゃがせていた。
こちらをチラと見やる奈津子の顔にありありと、
―――まー、あんたからは気の利いたセリフなんか誰も期待していないから。
そう書いてある。

はぁぁ・・・
新年そうそう、これかよ。と、思いつつ。
じつは文句など言えた義理ではないのである。
旧年の御用納めがぶじ片づいたのは、彼が女史の”治療”を受けているあいだ、彼女がぜんぶ片づけてくれたからなのだ。
   まったくもうっ。どうして私が他の課のヤツの尻ぬぐいしなくちゃいけないんだろ。
もちろんわざと。みんなに聞えるように愚痴りながら。やり残した仕事もろともまたたく間に蛭田の机の大掃除をしてしまった彼女。
―――代わりに私の家の大掃除、手伝ってね。
そんな言い分になにひとつ反論できずに。
・・・・・・本当にまる一日大掃除をさせられていた。
あのときの腰の痛みが、まだ治らない。

きょうは実質、午前中だけの勤務である。
大口の取引先をかかえた、たとえば間々田などはそういうわけにもいかず、そのあと挨拶周りに忙殺されるのだが。
幸か不幸か、蛭田にそういうアテはない。
せっかくだから留守宅にお邪魔して、瑞枝に新年の「あいさつ」をしていこうか・・・などとフラチなことを考えていると。
「蛭田くん、こっちこっち」
奈津子が向こうで、呼んでいる。なにか用事を言いつけるときの顔つきだ。
  あいつ。とうぶん、奴隷あつかいだなー。暮にあれだけやらせたんだもんなー。
あわれなヤツ・・・
そんな同僚たちの無同情な憫笑に背を向けて、いわれるままに廊下を出る。

「お振袖、ぜったい汚さないようにヤッて頂戴ね」
奈津子に命じられるままに、首筋に唇を吸いつけて。
ちゅうっ・・・ちゅうっ・・・
血を撥ねかせて愉しむのが好みなのだが。
こういうシチュエーションもなかなか、スリリングだ。
ぱりぱりにセットした黒髪。華やいだ柄と対照的にごつごつと重厚な振袖の手触り。
豪奢な装いに包まれた華奢な身体が時折発する、切なげな息遣い。
両肩を抱きすくめる掌に、思わず力がこもる。
「んもぅ・・・」
華やいだ振袖に隠れていたが、蒼白かった顔。
それをいっそう蒼白くさせているというのに。
さっきよりも逆に顔色がよくなったように思えるのは、じつは極端に神経質な彼女が休み明けに覚えた、過度の緊張のせいだろう。
「これからね。女史や取り巻きさんたちといっしょに、お食事会なの」
男の子は呼んであげないからね・・・
あかんべえでもしかねない彼女。
なるほど、緊張の原因はそっちだったのか。
失血と引き換えにでも取り戻したかった、自分自身。
彼女の瞳にいつもの活き活きとした闊達さが、戻ってきたようにみえた。
「ご褒美にストッキング、破らせてあげるわよ」
下なら見られないからね・・・
彼女はいつものように悪戯っぽく、着物の下前をお行儀悪くはぐってゆく。


あとがき
仕事始めの皆様にエールを送りたくて(エールになるのだろうか?)描いてみました。
ちょっと前置き部分が長くなりましたが。
デキる社員ならではのプレッシャーに包まれる奈津子さん。
女史のまえで最高の自分を魅せるため、いつもの冷静さを取り戻したかった・・・というお話です。
実のところ。キー叩きながら、「オチが見えない、見えない」と内心アセッていたりしたのですが。^^;
さすがに抜け目のない奈津子さん、さいごはちゃんといつものミーティング・ルームできれいに堕としてくれました。(笑)

姫始め♪

2006年01月03日(Tue) 07:50:04

姫始めにと、妻を望まれて。
きらびやかな着物姿の妻は戸惑いながらも。
―――ご安心めされよ。衣裳に血の沁みをあやさずに済ませよう
そういう吸血鬼に安堵をしたように。
  では、ほんのしばらく、失礼いたしますわ。
そう言って、私に一礼して。
息子や娘には、しばらく部屋に来ないようにと手みじかに告げて。
腰に腕をまわされたまま、夫婦の寝室へと向かう妻。
それは姦通、というまがまがしいものではなく、我が家にとって神聖な儀式となりつつある。

柳眉を逆だてて。うなじを咬まれて。
嬉しげな微笑をさえ浮かべながら、その場に身を崩してゆく妻。
ここから先は見ぬがよかろうと部屋の前を立ち去ると、
イタズラっぽいいくつもの視線が、私のほうへと向けられる。
息子と娘。そして息子の婚約者。
年始伺いに立ち寄ったという彼女は、とても小ぎれいに装っている。
どこで咬まれてきたのだろう、うなじにべっとりと血のりのあとをあやしていたが。
来訪してすぐに咬まれた娘とふたり、きゃっきゃとはしゃぎながら、傷の見せ合いっこをしていたようだ。
「姫はじめに、当たっちゃったんだよ。お袋」
という息子、どこか誇らしげな照れ笑い。
「あらぁ。あたし狙ってたのに。残念ねぇ」
もちろん処女を狙うときにはもう少し、彼のことだから礼を尽くして手順を踏むことだろう。
それとわかりながら彼女が洩らすきいたふうな言葉に、息子も苦笑を返している。
じゃあ、ボクたちも・・・
彼の目線が、妖しく輝いて。
女たちはにわかに腰を浮かし始めている。

―――変わった取り合わせがいいですよね?
そういう息子に、頷く私。
息子は娘を。私は彼の婚約者を。
それぞれにいざなって、キッチンを離れる。
誰のための装いか。
他所のお宅のお嬢さんをたたみのうえに組み敷いて。
ブラウスに、ばら色の血潮をしとどに散らしていきながら。
いっとき耽る、吸血の愉悦。
処女を喪うことはまだ禁じられている少女たち。
その清冽な熱情に唇を、舌を。
浸らせ慕い寄らせてゆく、至福の刻・・・