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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

吸血鬼退治

2007年01月31日(Wed) 06:40:39

妻の帰りが、遅くなった。
いつも蒼い顔をして。それでいて、妙にウットリとした顔つきになって。
スーツの下に、ストッキングの伝線を滲ませたまま、帰宅するようになっていた。
いったいどうしたんだ?
たびたび問い詰めても、うわの空で受け流されてしまう。
妻は、浮気をしている。
絶対に、外で男をつくっている。
そんな妄想に苦しめられたころ。
いがいにも、妻のほうから切り出してきた。
好きな男のひとが、できてしまったの。
でもそのひとって・・・吸血鬼なんですの。
吸血鬼だって?明日家に連れてこい。そんなもの、退治してやるから。
妻は仕方なさそうに笑いながら。
けっこうですわね。わかりました。段取りいたしましょう。
けれどももしもあなたが仕損じても・・・わたくし怨んだりいたしませんわ。
不思議なことを、いうものだ。
その晩けれども妻は、わたしの腕のなか、いままでにないほど悶えて果てている。

とうとう夜が訪れた。
妻はいつも勤めに着てゆくえび茶のスーツに、薄手の黒のストッキング。
部屋を暗くしないと、現れてくれないわ。
言われるままに、電気を消して。
ソファに腰掛ける妻は、黒ストッキングのふくらはぎを、じゅうたんの上ゆったりと流している。
わたしは息を詰めて、木の杭を握り締め、じいっと様子を窺っている。
がたり。
窓ガラスが、音をたてた。
風だろうか?
いや・・・
錯覚ではなかった。
部屋のなか、黒い霧が立ち込めて、妻の周囲を取り巻いたのは。
まぁ、いらしたのね?早いじゃない。
妻はからかうように、呟いている。
呟きに応えるように。
影は人のかたちになった。
そのまま妻の肩に、なれなれしく腕をまわして、
早くも、うなじを吸いはじめていた。
ちゅう・・・っ。
気の遠くなるほど、濃い色に染まった音だった。

妻の体内から・・・じょじょに、少しずつ、血が抜き取られてゆく。
わたしはいままで思い描いていた意図も忘れて、ひたすら見入っている。
木の杭はとうに手から取り落としていた。
ちぅちぅ。きぅきぅ。
ひとをこばかにしたような、かすかな音を洩らしながら。
妻はまだ、血を吸い取られていっている。
口許に淡い、愉悦の色を浮かべながら。
そろり、と、ひざ小僧が崩れて。
上体がゆらりと、よろめいて。
そのまま、ソファに身を淪(しず)めていった。
そろそろと引き上げられる、タイトスカート。
うっとりするほどに肉づきのよい太ももが、あらわにされる。
薄黒いストッキングに、白い肌をじんわりと、にじませていた。
おいしそう。
そう、感じたときには。
やつが唇を押し当てていた。
そのままぐにゅり、ぐにゅりと・・・
ストッキングもろとも、脚を吸いはじめている。
太ももの周り、素肌によぎる淡い翳は。
みだらなひきつれをにじませて。
じわじわとよじれ、脚線から浮き上がってゆく。
あぁ・・・
芸術家が、作品を愛でながら仕上げてゆくように。
女の衣装はみだらにふしだらに、妖美な乱れを描いてゆく。
はだけられた衣装の奥から、こぼれるようにのぞいた白い肌。
すかさず吸いつけられた淫らな唇に。
うぅん・・・っ
妻はうめき、わたしはひそかなため息を洩らす。
昨晩賞でたばかりの、白い肌を。
巧妙な愛撫が、よりいっそうたくみに、なぞってゆく。
おれのものだ。おれだけのものだ。
そんな主張を、とおりこして。
やつは臆面もなく、妻の素肌を味わってゆく。
白い皮膚に秘められた、うら若い血をさぐるように。
深くしつように、べろの先でなぞってゆく。
上体をしならせて。乳首を震わせて。
男の求めに応じてゆく妻。
見せつけられながら、恥ずかしい昂ぶりにめざめてしまった私。
気品のあるタイトスカートは、腰までせりあげられてしまっていて。
キュッと折れ曲がったひざ小僧のまわり、
破れ落ちたストッキングがからみついて、ふしだらな情景を増幅させている。
あぁ・・・あぁ・・・
あえぎ声は、夜通しつづくのか。
深い寵愛に、女も、女のうえの男も、そして息遣いを抑える家のあるじも。
刻が過ぎるのを、忘れていた。

朝。
妻はいつもより早起きだった。
ベッドの上、目を覚ますと、もうことことと朝食の支度をしている。
濃い緑のスーツのうえ、エプロンを身につけて。
けれどもよく見ると。
首筋には夕べの名残が残っている。
どお?退治できましたか?
薄っすらと笑う顔は、すべてを察し、許している。
そうだね。退治するのはすこし、見送ることにしたよ。
いい心がけだわ。今夜もお招きしようかしら。
そのスーツも、明日はクリーニングかな?
あのひとが、洗ってくださるのよ。血がついた服は、出せないだろうからって。
お礼に、夕べ破いていただいたストッキングを差し上げているの。
そう。
今週はなん足、あげられるかな。亭主としても、気になるね。
やらしいわ。
妻はうふふ、と笑いかけ、すぐに笑みを収めて。
あらいけない。そろそろお出かけのお時間よ。
一瞬のちには、所帯持ちのよい主婦の顔に立ち戻っていた。

孤高の貴女

2007年01月31日(Wed) 06:38:32

その女と、はじめて真向かいになったとき。
女は白いロングドレスに身を包み、
大きくはっきりとした瞳を輝かせて、こちらをじいっと見つめていた。
俺の正体を一瞬で察したであろうはずなのに。
まじろぎもせずに、じいっと俺を見つめつづけて。
血が欲しいのですね?
たった一言、そう呟いていた。

さしあげましょう。
でも、生命はとらないでください。
交換条件です。
もちろん・・・力ずくで、とおっしゃるのなら。
もう、どうしようもないことですけど。
女は呟くともなくそう呟いて。
逃げも隠れもせずに。
そしてもちろん、怯えもせずに。
やはりじいっと、俺のほうをにらんでくる。

力ずくで奪ってしまうことも、できたはずだった。
女のいうことなどに、耳も貸さないで。
けれども俺は、なぜだか女にためらいがちに寄り添っていって、
まるで貴人のうなじを掻いいだくようにして、女の首筋に唇を当てていった。
痛くないように刺し込んだ牙の周りに、こぼれた涙のようににじみ出る美酒が一滴、そして一滴。
唇から喉へ、喉から胃の腑へとつたい落ちるしたたりは、
心の底にまで、透き通るように沁み込んでいった。
いつか掻いいだく両腕に、まことの力がこめられていた。

女の膚から唇を放すと、ひどく澄んだ瞳がじいっと見あげてきて。
感謝の安堵のぬくもりが、ひしひしとこみ上げるように、両腕に伝わってくる。
ありがとうございます。
女は礼儀正しく目礼をすると。
お礼に・・・いつでも癒してさしあげますから。
そういうと、つねの男に許すように、抱擁に身をゆだねてきた。
独りぼっちの女。
さびしい震えがひしひしと、薄い着衣を通して伝わってくる。
女は、なにもかも、知っている。
それなのに。
ついにじぶんを知ることができなかったのか。
美しいのに。その美しさが仇となって。
外なる美貌と、裡なるプライドが、男どもを遠ざける。
女はつねに、孤高を保ちながら。
孤高という名の牢獄に、われとわが身を閉じ込めていた。
人ではなくとも。優しいひとっているのね。
はじめてだれかに恵みを施すことで。
女は自らを、開こうとしている。

ブレンドされて。

2007年01月30日(Tue) 07:23:48

広いお屋敷に住むその美しい娘には、求婚者があまたいた。
われこそはと思うものは、ひと晩一室に集められ、
娘の父親主催の酒宴が、盛大に催される。
泊りがけの宴に、さいごまで目覚めつづけたものは、だれもいない。
どうやら、だめだったようだね。
数日たつと、誰いうともなく、そんな会話が囁かれる。
ひそかにお邸の出入りを許された限られたものたちだけは。
夜更けに訪れ、夜明けに家へと戻ってゆく。
首筋の痕を、けだるうそうに掻きながら。

まるで就職の面接みたいだね。
連れの友人が、苦笑した。
詳細に書かされた、過去の経歴。
生年月日や学歴職歴はもちろんのこと、血液型や家族構成、おまけに家族一人一人の全身撮影の写真まで求められていた。
すでに書類の段階ではねられているものも相当いるはずなのだが。
酒は平等に、振舞われる。

娘をひと目、見たときに。
胸がときめくのを、抑えることができなかった。
いまだから、いうのだが。
とりたてての美人、というわけではないのだ。
身にまとっている霞のような、幻のような、
なにかが惹きつけて、自分に吸いついた視線を、放そうとしないのだった。
ところがその夜の主役であるはずの娘はとうとう、席に姿を見せることはなかった。

娘のあいては、きみにした。
数日後呼び出されたわたしは、父親に重々しくそう告げられた。
室内では暑苦しいほど着込んだ黒衣の下。
目のまえの男が身に帯びる若々しさに嫉妬するように、苦々しい顔をして。
わかっているね・・・?
体を添わせてきたときに。
宴はてたあと、のしかかってきた重圧感が、ふたたびよみがえった。
数分後。
すべてを、察していた。
黒衣の父親の正体を告げられたあと。
娘のまとうオーラの意味が、初めてわかったのだった。
わかっているね・・・?
彼はもういちど、念を押す。
厳粛な威厳のなかに、すこしばかり卑しげなもの欲しそうな笑みを含めて。
若い女の血が、要りようなのだよ。

わたしは意思を喪ったように。
ゆっくりと、うなずいている。
母と妹を・・・
そうそう。そうだ。
男は深々と、うなずいている。
母のほうは・・・もう若いとはいえませんが。
よいのだ。じゅうぶん、お若くお察し申し上げる。
どうやらモノとして、ただの食物として扱うわけではないらしい。
いま帯びている気品と礼節をそのままに、母や妹の足許にひれ伏していって。
彼女たちの秘める若々しさを、心地よげにたんのうするつもりなのだろう。
安堵と共感と、男への不可思議な同情が、胸の奥にまで侵入してくる。
この男の乾いた血管を、家族の女たちの血で充たしてやりたい。
不思議な欲望。
ひと言でいってしまえば、まさにそのとおりなのだが。
自らの渇きを潤したいと願うほど、せつじつに。
男の飢えを救ってやりたくなっていた。

母は、未亡人です。
存じておる。
一日でもよけい、若いうちに、吸っていただきたいのです。
もっともな言い分だ。
妹は、まだ女学生です。
周りには、危ない男どもに取り巻かれています。
一刻もはやく、救っていただきたい。
もっともな望みである。
男は一週間以内に、汝の希いをかなえよう、そう約束してくれた。

幻影に、ちがいなかった。
ドアの隙間から覗いているのは、妹の勉強部屋。
仰向けにされたセーラー服のうえ、取りついているのは霧のように糢糊とした黒い影。
齢より稚ないかんじのする妹は、いつになくなまめかしいうめきを洩らしている。
白のラインが三本走った襟首に、かすかなバラ色のしずくを散らしながら。
兄さんの血とおなじくらい、美味なのだよ。
男のささやきに、あえぎながらの頷きをかえしている。
重たい紺のプリーツスカートを、さやさやとまさぐられて。
薄黒いストッキングの太ももを、さらけ出して。
ちゅ、ちゅ・・・っ。
吸われるままに、悪戯を許しつづけていた。
わたしと目が合うと。
イタズラッぽい笑みを、ニッと浮かべて。
どお?すこしはレディに、見えるでしょ?
母さんの血も、吸わせてあげようね。
ドラマのヒロインみたいに、襲ってもらっちゃおうね。
半ば開いた唇の隙間から、悪魔の囁きを洩らしてきた。

幻影は、まだつづいている。
わたしの目線は、庭先から自宅の縁側をのぞんでいた。
夜も更けたころ。
庭を照らすのは、昼間と見まごうほどの月明かり。
夕涼みをするかのように。
母は若やいだ、ワンピース姿。
後ろから寄り添う黒い影に、微苦笑を浮かべながら、応じていった。
首筋にあてがわれる、淫らな唇。
ふたつの影は、せめぎ合うように揺れつづけて。
やがてぴったりと、合わさっている。
音もたてずに・・・
わたしとおなじ血が、母の体内から引き抜かれてゆく。
家族三人ながら、生き血を抜かれて。
おなじ血が、彼の臓腑を愉しませているのを。
寄り添うほどに心地よい昂ぶりの律動で、ひしひしと感じていた。
母は年頃の娘のように、薄っすらとした笑みをたたえていて。
ストッキングがお好きなんですって?娘からうかがいましたよ。
いやらしいですわね・・・
あきらめたように、呟きながら。
差し伸べてゆく脛は、光沢を帯びた肌色のストッキングに包まれていた。
無作法を、許されよ。
黒い影は、まといつくように母の下肢へとその身をつたい落してゆく。
うふふ・・・ふふふ・・・
娼婦のように妖しくくねりる脚は、薄いナイロンの光沢をぞんぶんによぎらせて。
ふしだらなひきつれと、裂け目をひろげていって、むざんに破れ果ててゆく。
母のなかの淑女が、きれいに崩れ去るかのように。
眩暈がするのだろうか。頭に軽く手を添えて。
もう片方の腕は、縁側に突いて、かろうじて身を支えている。
これでは、娘も嫁も・・・いちころですわね。
くすぐったそうに、ころころと笑いこけながら。
解かれた長い黒髪が、ゆさりと縁側に降りかかる。
乱されてゆくワンピースのすそを、苦笑い浮かべて見おろしながら。
母の含み笑いはいつまでも、薄闇の彼方にしみ込んでいった。

処女では、ありませんのよ。
すまなさそうに囁いてくる、わたしのフィアンセ。
寛大に笑み許すことが、深い歓びにつながっていた。
妖しい想像に、胸締めつけられながら。
彼女が処女を捧げた相手は・・・もはや聞くまでもない。
お義父さん。いつでも忍んできてくださいね。
わたしの花嫁が、あなたを心待ちにしているはずですから。
彼はまなざしに深い感謝の色を浮かべながら。
娘ときみの血がほどよく交われば・・・
あとはもう、口にされることはない。
生まれてくるものたちが、年頃になったとき。
娘ならば、処女を捧げて。
息子ならば、かわいい彼女を連れてこさせる。
黙契を交わすと、彼はわたしの首筋から牙を引き抜いて、
足音を遠ざけてゆく。
行く先は、わたしの愛する妻、そして彼の愛する娘のもとか。
処女の生き血をたっぷりと秘めた、妹のところか。
埋み火を燃えたたせてしまった母の処だろうか。
妻は、父親の愛人となり、
妹は、処女の血を吸わせることを、婚約者に承知させていた。
そして母は・・・若い衣装にたち返って、父の写真のまえ深い契りを交わすのだという。


あとがき
前作「伝えられた血」のつづきです。

伝えられた血

2007年01月29日(Mon) 21:34:28

その女を初めて襲ったとき。
女はもう三十を過ぎていた。
三十を過ぎていたのに、処女。
汚れのない芳香が、豊かな翳をおびるころ。
女は吸血鬼の児をみごもった。
生まれてきたのは、娘だった。
子どもを育てながら、女は男に血をあてがい、
疲れて眠り込む夜に、飢えを抱えた男がひっそりと出かけてゆくのを。
さびしそうに見送っていた。
やがて女は年老いて、けれども男はもとのままだった。
永遠に生きつづけなければならないのだよ。
さびしそうに笑ったのは、男のほうだった。
わたしがまだ若いうちに、ぜんぶ吸い取ってしまってね。
女はこともなげに、応えていた。
夜を重ねるうちに、女は弱っていって。
けれどもその口許から笑みがたえることはなかった。
男がべつの女と夜を過ごしても。
心はつねに女のもとにあると知っていたから。
やがて、別れが訪れた。
よかったわ。
女はかさかさになった己の肌を、哀れむように見つめながら。つぶやいていた。
あなたに血を吸っていただけて。
美しくないわたしを、べつのかたちで愉しんでいただけて。魅了されてくれて。
でももうおしまい。そろそろ行かなきゃ。
幸せです。わたしの血は、あなたのなかで生きつづけてゆくのだから・・・
女の声は小さくなり、切れ切れになり、やがて途絶えた。
せがまれるまま、女に身を重ね、血を吸いつづけた男は。
なおも深く身を重ね、しずかに啜り泣きを洩らしていた。

女が残した少女は、年頃の娘になっている。
白のセーラー服に、濃紺のネクタイ。
女と瓜二つの、大きな瞳をもっていた。
母親の血を吸い尽くした父を、さしてとがめることもなく。
ひっそりと、淑やかに。
男の傍らにひかえつづけていた。
ある晩のこと。
とっくに寝んでいるはずの娘は、父親の書斎を訪れた。
おやすみになれないの?
無口な少女は、口許から。
音楽的な声を洩らしている。
どうかわたくしの血で・・・お父様の眠りをあがないたい。
さらりとかきのけた黒髪のあいだから、透きとおった首筋がのぞいている。
我知らず、娘に身を近寄せて。
恥を忘れて、影を重ねていった。
真っ白なセーラー服に、ばら色のコサアジュを彩りながら。
少女はいつまでも、瞳をひらきつづけて。
かつておなじようにして父に尽くす母を見下ろしていた天井を、見つめつづけていた。
脚を噛んでたわね?母さんの。
さし寄せられた脚を、薄手のストッキングがなまめかしく染めている。
あ・・・やらしい。
ほんのひと声が。吸血鬼を獣に変えていた。

わたくし、お父様の子どもを生むわ。
その子が女の子だったら。お父様に処女を奪っていただくの。
男の子だったら。好青年に仕立て上げて。
かわいい彼女をつくらせてあげる。
もちろんお父様に、処女の生き血をあげるために。
ずっとずっと。そばにいるわ。
お母さまとわたくしの血が、いつまでもお父様のそばに寄り添うために・・・

順番

2007年01月29日(Mon) 21:30:05

「きみは?」
「始業式のとき」
「お前は?」
「うーんと、四月の半ばかな?」
「それから、ミナオは?」
「連休の前くらい」
「じゃあ、三番めだね」
「週に一人くらいずつ、ものにしているようだね」
さいしょは、サダオ。つぎがマサヒロ。それからつぎが・・・
順々に、手を上げてゆくのは。
ママのストッキングをこっそり履いて、ヒロくんにサービスした順番。
「みんな、されちゃっているんだね」
ボクだけじゃないんだ・・・
こっそりの悪戯を共有できる、共犯者の安堵感。
「色は?」
「うーん、ふつうの肌色だったかな」
「濃いベージュ」「うちは黒」
「黒?アダルトだね・・・」
不思議な談義に花が咲いている。

「困った息子たちですな」
すこし離れたところでは。
サダオのお父さんが、ことさらにしかめ面をつくっている。
「まぁ、年頃ですから」
べつのお父さんが、苦笑しながらとりなしている
なだめるほうも。なだめられるほうも。
よく分かり合っている人たちらしい。
しかめ面をしたサダオのお父さんにしたって。
自分の奥さんが真っ先に目をつけられたのが、内心ひどく自慢らしい。
息子の同級生が初めて破った妻のストッキングを、いまでも後生大事にしまい込んでいると、もっぱらの評判だった。
気がつかなかったですよねぇ。
息子がまさか妻のストッキングを盗み出して、友達にサービスしているなんて。
そしてまさか、妻が魔法をかけられて、息子くらいの子どものあいてをしているなんて。
気がついたときには、もう一ダースくらい。
ストッキングに穴をあけられちゃっていたんですよ。
穴の開いたのは、そちらのほうだけじゃなかったんじゃないの?
えぇ。まぁ・・・(^^ゞ
途切れがちな会話は、それでも途切れることなく。
微かに震えを帯びた苦笑やため息とともに、いつまでも尽きることがなかった。

ゆうくんは、ママの寝姿が忘れられない。
こっそり雨戸をあけておいたあの晩のこと。
忍び込んできたヒロくんは、「しーっ」って、唇に指を当てて、ゆうくんを口止めして。
そのままふすまの向こうに忍び込んでいって。
こぎれいなワンピースを着ていたママは、よそ行きみたいにおめかししていて。
悪戯にきたのね?悪い子ねぇって言いながら。
寝そべったまま、肌色のストッキングのふくらはぎを襲われちゃっている。
あのときとおなじみたいに。
ストッキングをくしゃくしゃにされていって。
ふしだらによじれさせたストッキングを履いたまま。
スカートの奥に、ヒロくんの腰を沈められていったのだった。
うん・・・うん・・・
はぁ・・・ふぅ。
マット運動でもしているみたいに。
体を上下に入れ替えて。
転げまわって。
けれども体操とちがうのは。
ママがくすぐったそうに、ころころと笑いこけていることだった。

玄関のあたりが、にわかに騒がしくなる。
きっとマサオがママを連れてきたのだろう。
ボクよりも一人ぶんはやく、ママのストッキングを盗んだ彼。
とうとうママにばれちゃったらしくって。
お説教されにきたらしい。
「お説教だってさー」
マサオが声をかけたのは、ほかならぬヒロくんだった。
後ろに控えるお母さんは、お嬢さんみたいな色鮮やかなスーツの下、すけすけの白のストッキングを履いている。
きっと破いてもらいに、履いてきたんだね。
少年たちの目は、案外に的を射ているのだった。


あとがき
前作「たたみの上で」のつづきです。
蛇足でしたね・・・^^;
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-809.html

夜勤明け

2007年01月28日(Sun) 08:28:02

ごちそうさま。ご協力に、感謝するよ。
息子さんも、お母さんも。ふたりながら、頂戴した。
とても、いい味の血をしているね・・・
しらじらと夜が明けそめるころ。
にわかに現れた黒い影は、昂ぶりに震える声色を隠そうともせずに。
あからさまな囁きを洩らしてくる。

手にぶら下げているのは。
ふたりの脚から抜き取った薄い靴下が、片方ずつだった。
濃紺の短めなほうは、夕べ息子に手渡ししたわたしのもの。
肌色の長いやつは、妻のもの。
あいつ、ガーターなんか穿いていたのか。
はっきりと濃い口ゴムのあたりがちょっぴりよじれているのさえ、
情事のあとを髣髴とさせるのに。
太もものあたりにはべったりと。
奥の奥まで穢した痕跡を、ぬらぬらとてからせていた。
これ見よがしなことを。
やつの頬を軽くつねると。
にやけた頬を、つねられるままにしていた。

手に取った靴下は、そよそよと軽く、
情事の痕跡もありありと。
はっきりとした裂け目をにじませている。
この裂け目から、この破れから。
どれほどの血が抜き取られ、奪い去られていったのだろう。
息子がわたしの代役を果たして、ひざ下をゆだねていって。
それから妻が。
ストッキングの太ももをさらして、つづきを演じる。
仕組まれたシナリオさえも、狂おしいほどありありと。
わたしの脳裏に、再現される。
若々しく誇らしい○○家の血が。
また犠牲に供され、愛されてしまっている。

代わりの勤務者が来たようだ。
けれどもやつは、姿を消そうとしない。
原川さんだね?
なれなれしく声をかけられた新来の同僚は。
影に、慇懃な挨拶を送ってくる。
女房は、きょうは勤めではないですが。
きっとスーツ着て、家にいますよ。
きょうのストッキングは、こげ茶色だったかな。
お気に召しますかどうか。
わたしとおなじ、いけない愉しみに耽る彼。
横顔でふふっと笑みを交し合い、わたしは人けのない職場をあとにする。

おかえり。
出迎えた息子は、まだ青白い顔。
半ズボンの下には片方だけ、濃紺の長靴下を履いている。
なかなか似合うね。
冷やかすように足許を見ると。
片方、なくしちゃったんだ。
見え透いた嘘が、かえってくる。
息子の脚に残されたほうの靴下も。
ふくらはぎの真ん中を上下に走るストライプもようを。
ふたすじも、残していた。
お土産だよ。
彼から渡された、息子の靴下のもう片方と。
それからちょっとためらって。
肌色の靴下の片方も、手渡している。
はっと目をこらす息子は、わたしのほうを見あげてきた。
ご苦労様。立派にお役目を果たしたようだね。
わたしがそういうと、もじもじと照れ笑いをかえしてくる。
ママはまだ、寝ているよ。
寝ているあいだに、洗濯機のなかに返しておくんだね。
ふふふ・・・
いつまでも子供だと思っていたが。
息子はいつから、悪い男の仲間入りをしたのだろう?


あとがき
前作のつづきです。
後朝のお話は、どうも傾いたものになりがちです。^^;

真夜中の縁側で

2007年01月28日(Sun) 08:01:18

その晩、夜の勤めに出かけてゆくとき。
パパは、ボクに小さな紙袋を渡して。
今夜はこの靴下を履いて、遅くまで起きているんだよ。
イタズラッぽく笑いながら、言い置いていった。
紙袋の中に入っていたのは、ひざ丈まである薄い靴下。
たまに履いているのを、見たことがあるけれど。
ママの履いているストッキングみたいに薄くて、肌が透けてみえるやつだった。

男の人が薄いのを履くなんて。
ママはそんなふうに、父さんをとがめながら。
ちらちら、ちらちら、横目でにらんで。
透けてる透けてるっ、て。楽しそうにからかっていた。
服のサイズ、パパとおなじになったね。
ママは嬉しそうにそういいながら。
でも、薄い靴下を履くのはダメよ。
って。ボクを優しくにらんでいたっけ。

雨戸をそうっとあけて。
見あげると、そこには冷たく輝く月。
パパもいまごろ、あのお月様を眺めているのだろうか。
薄暗がりのなか。
ひざ下に、口ゴムをぴっちりと張りつめさせて。
すねに流れるストッキング地の長靴下は、じわりとした艶をてからせていた。
女もののストッキングみたいに、しっとりなよなよとした感触が。
すねの周りを、妖しくよぎる。
そうっとつま先をおろした、縁側の下。
うごめく気配が、縁側を通してありありと伝わってきた。
ぶらりと下げた足首を、後ろからつかまれて。
ボクはキャッ、と、小娘みたいに声を洩らす。

うふふ・・・ふふ・・・
くぐもる含み笑いを洩らしながら。
ボクのひざ小僧をかかえて、
薄い靴下の脚をそうっと撫でつけてくる、黒い影。
おなじ血が、流れているね。
うん、そうみたいだね・・・
ボクも素直に、うなずいている。
縁側の上と下。
交し合う、ひそかな囁き。
男が吸いつけてくる唇に。
薄手の靴下のなか、ふくらはぎをキュッとこわばらせていた。

薄っすらとしたナイロンの感触の下。
滲みわたるのは、マゾヒスティックな疼き。
そう。
おなじ血が、流れている。
おなじ血が、騒いでいる。
じわじわとせり上がってくる衝動をこらえかねて。
破って。
ボクのほうから、お願いしていた。
かりり・・・と噛み入れてくる牙が。
ひどくいとおしくって。
じわじわと血を啜り採られてしまうのを。
ウキウキしながら、愉しんでいた。
ママのお部屋に、連れて行ってあげようか?
あらかじめ教え込まれていたかのように。
ついすらすらと、口にしてしまっている。
きっとパパも。
こんなふうにして、彼をママの寝室に導いてしまったのだろう。

息を詰めて見通す、ふすまの向こう。
きっとママは、目ざめている。
ちゃんと服を着て。ばっちりと、おめかししていて。
ストッキングまで、穿いているはず。
噛み破られてしまったボクの長靴下よりも。
ママのストッキングのほうが、きっとすけすけなのだろう。

独り寝の懊悩

2007年01月28日(Sun) 07:17:49

独りで寝む、夫婦の寝室は。
物音ひとつせずに、ひっそりと静まり返っていて。
しんしんと更けてゆく刻を伝えるように、部屋の空気すら冷たい漂いをみせている。
じょじょに体温を伝えて温もる布団のなか。
脚に帯びるのは、女物のストッキング。
ノンサポートタイプと呼ばれる薄手のナイロンは、
夕べ妻が出かけるとき脚に通していたものと、おなじタイプ。
やわらかに、なよやかに。
薄っすら、じんわりと。
わたしの足許と、胸の奥とを。
切ないほどに、締めつける。

よそよそしく、丁寧に一礼して。
うつむきがちに、口数少なく。なるべくこちらを見ないようにして。
お夜食はつくっておきました。今夜は戻らないと思います。
そう告げて、出かけていった妻。
行く先に待ち受けているのは、人妻を凌辱の罠に堕とそうとする邪悪の意図。
きみの奥さんの生き血は、美味だね。
悪魔の囁きは、わたしの理性をあっけなく突き崩してしまっていた。

いま脚にまとっているのとおなじ、薄い靴下が。
いまごろ・・・妻のゆたかな脚線を、透けるように彩っていて。
あの吸血鬼の目線を、魅了しているのだろうか。
それとももはや、あの卑猥な指のまさぐりを受けて、
理性をあらぬかたにさ迷わせながら。
翳のような礼装をすら、いびつによじれさせてしまっているのだろうか。
あるいはもう、とっくに堕とされてしまった妻は。
理性を宙に迷わせて。
ちりちりに噛み剥がれてしまった礼装が、ふしだらに堕ちてゆくのを。
へらへらと薄ら笑いをしながら、見守っているのだろうか。

妻が素肌を接していた、優美になよやかな黒の薄衣。
初めてお許しした夜に・・・まとっていたものです。
うつろな呟きが、耳の奥によみがえる。
一見淑やかに落ち着いた色調のうえ、淫らな唾液が秘められている。
目にすることはできなくとも。
ありありと感じる、狂おしい情事。
持ち主を娼婦に堕とした淫らなあしらいを、いくどとなく享けつづけた薄衣は、
いまでもそのときの感触を帯びるかのように。
今宵は持ち主の夫を、妖しく締めつける。
秘された刻を、つぶさに報せるように。
しっとりとした感触を、素肌にしみ込ませながら。
じわりじわりと、責めるように・・・

たたみの上で。

2007年01月28日(Sun) 07:00:56

素肌にじわりと、滲むのは
ママがいつもはいている、薄手のストッキング。
穿いてきてくれない?
お友だちのヒロくんに、そんなふうにせがまれて。
断りきれないのと。肌色の靴下を履く気恥ずかしさにためらっていると。
ボクの心のなかを見透かしたように。
黒でもいいよ、と言ってくれた。
黒。
じわん、となにかが、心の奥に響き渡る。
先週の、法事のとき。
かちっとした、黒のスカートの下。
流れるようなふくらはぎのカーブを、色も鮮やかに縁どっていたのは。
ママご自慢の、薄墨色のストッキング。
白い肌がじんわりと、滲むように透けていて。
子供のボクの目すら、釘づけにしてしまっていた。
見ていたのだろうか。狙っていたのだろうか。
そこまで気がついたのは、ずっとあと。
ヒロくんにねだられていたときのボクは、
肌色を履かなくてもよい気安さと、
黒を履けるというドキドキ感に、つい夢中になって。
はずんだ息を、抑えかねていた。
ヒロくんは、薄ら笑いを浮かべながら。
ボクを観察するように、じろじろと眺め回して。
だいじょうぶ。
キミならちゃんと、穿いてくれるよね?
念押しするように、ボクの手を握り締めてきて。
ボクはついしっかりと、握り返してしまっていた。

ポケットのなか、握り締めているのは。
箪笥の抽斗の奥から探ってきた、黒のストッキング。
黒のスカートを履いたママの足許をなまめかしく染めていたナイロンは。
収納しやすいように、ぎゅっと結び合わされていて。
人知れず、しんなりととぐろを巻いていた。
履いていくのは、とても恥ずかしかったから。
ヒロくんの家まで、持っていって。
部屋のなかで、履き替えてあげた。
ねだり抜かれたあげく、
ママがあのとき履いていた、かちっとした黒のスカートまで、かばんのなかに忍ばせて。

脱衣所でママがそうしていたように。
おぼつかない手で、つま先をさぐっていって。
ヒロくんに教わるまま、つま先の縫い目をぴったりと爪に合わせるようにして。
そのままぐいっと引き上げると。
ぐーんと伸びるナイロンは、まるで魔法をかけるように。
ボクのふくらはぎを薄っすらと染めあげた。
女の脚みたいだね。
ヒロくんは冷やかすように、ボクの横顔を窺うようにして。
けど、とても似合うよ。
抑えた囁きが、鼓膜の奥まで忍び込む。
まるで毒がしみ込んだみたいに。
ボクの理性を痺れさせていた。

半ズボンを履くときのように。
筒のようなスカートのなか、両足をまたぎ入れるとき。
タイトスカートっていうんだよね。
ヒロくんは、さすがにくわしい。
まるでママの中身まで、吟味するようにして。
ママの服装を、こまかに観察している。
ひざのあたりでゆらゆらと揺れるスカートのすそが、
なんだかひどくたよりない心地がして。
けれどもかちっとしたタイトスカートは、
狭い部屋のなか、色鮮やかな黒一色を発散するようで。
まるでママ本人がここに来たかのように、
その存在を主張している。

さぁ、横になるんだよ。
おとなしくて引っ込み思案ないつもとは、打って変わって。
ヒロくんは、冷ややかな命令口調。
ボクもまた、不思議なくらい従順に、彼のいうまま、たたみの上に腹這いになっている。
目先ににじむ畳はすこし古びていて、ささくれだっていた。
古ぼけた部屋のなか。
ママが愉しまれてゆく。むさぼられてゆく。
ヒロくんはそうっと、ボクのうえにまたがってきて。
理性を、なくそうね。
うなじに当てられた唇は、妙になま温かくって。
刺し入れられる鋭い牙の痛みを、忘れさせてくれた。
ちゅ、ちゅう・・・っ。
体に悪戯をされている・・・
キモチいい違和感に戸惑いながら。
ボクの血は少しずつ体の中から引き抜かれ、吸い上げられてゆく。

ウフフ。
めまいを起こしたボクを、面白そうに窺いながら。
ヒロくんは、囁いてくる。
さぁ、これでもう、キミを支配してしまった。
あとはたっぷりと、愉しませてもらうからね。
上体から去った体重に、ボクはうっとりとうなずいていた。
ヒロくんは、そろそろと足許にかがみ込んできて。
なま温かい息を、ふくらはぎに吹きかけてくる。
くすぐったいよ・・・
ウン、そうだよね。
そういうと、ヒロくんはもっとかがみ込んできて。
くちゅっ。
ふくらはぎに、唇を吸いつけてきた。
あっ。
身をすくませるいとまもなく。
両方のひざ裏を、たたみの上にギュッと押さえつけられて。
身じろぎもできないほど、つよい力に支配されたまま、
ぬるり。ぬるり。
ママのストッキングのうえから、べろを這わせてきた。

慣れて・・・いるんだね。
やっとのことで、そうつぶやくと。
ヒロくんは得意そうに。
きのうはマサオに、ママのストッキングを履かせたんだぜ。
声をひそめて、囁き返してきた。
えっ。
クラスの男の子にはみんな、お母さんのストッキングを盗ませて。
こうして悪戯しているんだ。
きみで・・・もう、七人目かな。
さいしょに声、かけたかったんだけど。
どういうわけか、ためらっちゃって。
とてもきれいだもんね。キミのママって。
薄手のストッキングの向こうから。
もういちど塗りつけてきたべろが、なんだかひどくねちっこかった。

あぁ、旨い。とても、いい。こたえられないね・・・
ヒロくんはときどき、惑ったような声をあげながら。
ボクのすねの周り、ママのストッキングにべろをふるいつけてくる。
なよなよしていて、すべっこくって。
ゆうのママは、こんなイヤラシイものを、いつも穿いているんだね。
大胆な言葉を口にしながら、ぬめぬめ、ぬめぬめと、
大人のひとがするみたいに、なよなよとした薄手のナイロンをいたぶり抜いてくる。
ボクのママと顔をあわせると。
いつももじもじとして、言葉もろくに出てこないヒロくんなのに。

露骨にぬめりつけられるべろや唇は。
甘えるように、しつっこく、迫ってきて。
薄いナイロンの靴下を、せり上げるようにして波立てはじめる。
ママのストッキングは、荒っぽく撫でられるまま、
ボクのすねの周りを、じりじりとねじれていった。
せっかく手間をかけて、きっちり合わせて履いたのに。
じわり、じわりととろ火で責めつけられるように。
くしゃくしゃにされてゆく、ママの靴下の感触が。
ボクの素肌にじんわりとにじみ込んできて。
いつかボクまで、心臓をどきどきと高鳴らせてしまっていた。
きちんとした大人の礼装がよじれてゆくのが、むしょうに愉しいらしくって。
もっと、もっとヤラせて・・・
ヒロくんは、ボクを押さえつける手に、いっそう力をこめてくる。
さいしょは、悪戯のつもりだったのに。
ママを支配される。
それも、同年代の男の子に。
いつのまにか、そんなまがまがしい想像が。
ボクの心の奥を、わくわくとときめかせている。

あ・・・
ふくらはぎの一角で。
なにかがぴちっ、とはじけるような感覚が走った。
ヤッちゃった・・・
ヒロくんが、しずかにつぶやく。
破けちゃったね。
思わぬ粗相を、むしろ愉しむように。
ヒロくんは、ボクをからかうように、もういちど囁いていた。
破けちゃったよ。ママのストッキング。
いわれるまでもなく。
頼りなくじりじりとほぐれてゆく薄手のナイロンの感覚は、
上から下へとしみ透るように広がっていって、
ゆるやかな束縛が、溶けるように、ほどけるように。
ふくらはぎから、去ってゆく。
取り返しがつかない・・・
そんな思いと裏腹に。
さぁ、せっかくだから。もっと悪戯しちゃおうね。
ヒロくんは、よけい荒っぽく、ママのストッキングをいたぶり始めた。

どうするんだい?ばれちゃうじゃないか。
女の下半身をさらけ出しながら。
ボクは涙ぐみ、うめいている。
だいじょうぶ。
ヒロくんは、まるで兄さんみたいに頼もしく、ボクの肩を撫でながら。
悪魔のささやきを、続けてゆく。
今夜ひと晩くらいなら、ばれないだろう?
あしたになったら、ボクがいっしょに謝ってあげるから。
そのまえに。
きみの部屋の、庭先の雨戸を細めに開けといてくれるかな?
きみは寝たふりをしていればいいんだから。
もちろん。
そのあとママのお部屋に忍び込んだボクが、なにをするのかを。
こっそり覗いてみても、かまわないからね。

目のまえの褥

2007年01月27日(Sat) 07:38:03

「来なさい」
昂ぶってくると、外人のようにたどたどしく言葉をつづる彼。
妻は戸惑いを装って、わたしのほうをちらちらと窺いながら。
それでも手を引かれるまま、腰掛けていたソファから立ちあがる。

由貴子・・・ユキコ・・・
離さない。死なせない・・・
母親に甘える幼な子のように、頑是なく。
男は断固とした口調で、支離滅裂な言葉を迷わせる。
夫婦のベッドのうえ。
はだけられたブラウスから、すこしずつあらわにされてゆく、白い肌。
首筋にしっかりと這わされた唇は、
さっきからどれほどの血液を抜き取ったことだろうか。
妻は蒼ざめた頬に、かすかな笑みを含ませながら、
主人が見てます。
熱っぽい求愛をあらわにする吸血鬼に、理性を取り戻させようとするのだが。
いいや!違う!
きみの主人は、彼ではない。私だ。
彼は、ただの夫なのだろう?きみは私の奴隷なのだろう?
聞き分けもなく言い募る男に、妻は苦笑いをうかべて。
困ったひと。
ぽつりと呟くと、心を決めたように、口ぶりをあらためて。
そう。あのひとはただの夫。ご主人さまは、あなた様おひとかた。つい、言い間違えてしまいましたわ。
吸血鬼の娼婦に、なりきっていた。
結婚の誓いを忘れて、淫らに腰をあわせても・・・かまわないというのだね?
ええ。
はっきりと、うなずく妻。
胸をぐさりと突き刺されたように。
わたしはかすかな呻きを洩らす。
あぁ、きみはわたしのことなど忘れてしまうというのかい?
心の問いが、とどいたものか。
いいえ。夫を忘れることは、できませんわ。
目線はまっすぐに、彼のほうへと向けながら。
声色は明らかに、わたしに向けられている。
忘れることはできないから・・・こうやって・・・見せつけてしまうのよ。
いけない妻ね。
自らすり寄せていった肌が、かすかな血の気を帯びている。
彼の首筋に這う細い指が。
まぐわおうとして沈み込んでくる臀部に応えてゆく腰つきが。
これ見よがしに、愉悦を滲ませている。
さあ、わたくしは、あなたの所有物(もの)。
犯し抜いて。辱め抜いて。恥を・・・忘れさせて。
ぎしぎしときしむベッドのうえで。
今夜も令夫人の操は、むさぼり尽くされてゆく。
吸血鬼は女を酔わせ、己も酔い、盗み見る夫さえも、酔い痴れさせて。
ひたすら、精をそそぎ込んでゆく。

オードブル

2007年01月27日(Sat) 06:53:37

おとなしくしなさい。きみたちは今宵のオードブルなのだから。
恐怖に引きつった人妻を、ひとり。また、ひとり。
怯える腕を手にとって、引きずり出すようにして、じゅうたんの上にまろばせる。
クククク・・・
たちのわるい含み笑いを浮かべながら、吸血鬼どもは、寄り添うようにして後ずさる女たちににじり寄って、一歩一歩距離を詰めてゆく。

家から、そのまま誘われたのだろう。
スカートはつけているものの、服装も、化粧も、決してよそ行きの派手さはない。
それがかえって、吸血鬼どもをいたく刺激しているようだ。
ひとりのスカートは、えび茶。もうひとりは、濃紺。
ひざ丈のスカートから覗くふくらはぎを包む肌色のストッキングが、ひきつる足首の辺りでかすかな弛みを滲ませている。

ふふっ。
ひとりが、女の腰に手を伸ばした。
たくし上げられはしまいかと、えび茶のスカートを抑えた手を、うえから抑えつけて。
そのままふくらはぎに、唇を這わせてゆく。
「きゃっ!」
女はうろたえて、つま先立ちになっている。

「いい子だ」
いい齢の人妻なのに、いい子呼ばわりされた濃紺のスカートの主は、
意思を喪失したかのように、もうひとりの吸血鬼に抱かれるまま、うなじを差し出していた。
ちゅっ。
きゅきゅう・・・っ
ふた色あがる、吸血の音。
物陰の男たちは、昂ぶる息遣いを懸命に抑えている。

他愛なくくず折れた女たちにのしかかって、
吸血鬼どもは、まるで用を足すようにスカートの奥に腰を沈めた。
ひいっ
あうう・・・っ。
人妻たちは、ひと声ずつ呻きをあげると、それをさいごに人妻であることを忘れている。
理性を忘れた夫たちの目の前で、えび茶と濃紺のスカートが踊るように揺れ、踏みしだかれてゆく。
凌辱は、短時間ですんだ。
「さて。本命のところに出かけるとしようか」
吸血鬼どもは、べつの女を目当てに来たらしい。
白目を剥いて気絶した女たちに、背を向けて。
たったいま血を吸い取った女体のことは、意識のなかから消えている。
つかつかと足音をそろえて目指すドアの向こう側には、今宵の主賓が着飾って待ち構えているようだ。

「ひとりでは、足りないのでね。すまないが、奥さんを貸していただくよ」
悪魔の囁きに、夫たちは魅入られたように首を縦に振り、
その妻たちは、ふらふらと立ち上がって、コートを手に取っている。
片手間に血を吸われ犯されてゆくことに、
却って欲情をかきたてられるかのようにして。

再あっぷ情報

2007年01月27日(Sat) 06:38:39

ちょっぴりご無沙汰していました。(^^ゞ
「魔」がなかなか遊びに来てくれないので、再あっぷに励み?ます。
今回は「幻想」時代の初期作品です。

「娘のハイソックス 母親のストッキング」(2005.6.19、6.21掲載)
「吸血相手の夫たち」(2005.6.29掲載)
『屍鬼』シリーズの続き物です。
屍鬼に堕ちた少年が、兄嫁の血を吸い、親友の妹を襲い、その母を狙い・・・すべて親族のひそかな諒解のもとに、吸血行為に耽ってゆくというストーリーです。
タイトル自体が、いまでもありがちなものなのですが。
通読したいかたは、←のカテゴリ「屍鬼」をクリックして、最初からお読みになることをおすすめします。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-803.html
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-804.html

「夜道の婚約者」
おなじ日の夜明けごろ、四回に区切ってあっぷしました。
このころはお話が思い浮かぶと、その区切り目ごとに短く切ってあっぷしていたんですね。
勤め帰りの婚約者が夜道で吸血怪人に襲われて・・・というお話です。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-805.html

廃墟の美女

2007年01月25日(Thu) 07:17:55

どこまでが、夢。どこまでが、うつつ。
境界も定かではないほど、おぼろにまぎれたお話です。

まだ半ズボンにハイソックスの少年時代のころのことです。
その建物は、いつも遊びに行く森のなかにひっそりとうずくまっていました。
平屋の多かった村には珍しく、六階もある高い建物でした。
鉄筋コンクリート建てのビルなど、村はもちろん、鉄道の通っている隣町にすら、駅前の大きな建物一軒きりなかったころのことですから、
それが目を引かないはずはありませんでした。
けれどもその建物はひどく古びてもいて、いつ倒壊するか分からないから子供は決して近寄るなと親たちには言われていたのです。
だれも近寄らない建物は、だれ言うともなく「廃墟」と呼ばれ、じっさいうっそりとした森の木々に囲まれて、人を寄せ付けない雰囲気をもっていました。

学校が終わってから、僕はいつものように、幼馴染のY君と連れ立って、森に遊びに行きました。
盛りを過ぎた夏の時分。
蝉取りや石投げにも飽きてしまった僕たちは、やがでどちらから言い出すともなく、森のはずれにあるあの建物のうわさ話をしていたのです。
時おり通りかかると、どす黒いはずの壁が真新しい白亜の壁にみえるらしい・・・とか。
夜になるとしらじらと浮かび上がって、だれが住んでいるのか灯りがともっている・・・とか。
夜更けにわかに若い女の絹を裂くような叫び声がした・・・とか。
じつは「廃墟」は吸血鬼の棲み処になっていて、子供が遅くまで遊んでいると連れて行かれるのだ・・・とか。
今にして思えば、いかにもありがちな、嘘ばなしのようなものばかりだったのですが。
それを僕たちはしんけんに顔つきあわせて、ひどくまことしやかに語りあっていたのです。
「行ってみようか」
「行ってみようよ」
どちらから言い出すともなく、ふたりは「廃墟」に足を向けていました。

おい・・・
廃墟が間近に迫ったとき。
ぎょっとしたように声をあげたのは、Y君のほうでした。
あと百歩もいけば、廃墟の入り口です。
うっそうと生い茂った緑の葉にかこまれた廃墟は、ところどころガラスのはまっていない窓を大きな口のようにぱっくりと開けていて、くろぐろとした闇に包まれた内部をうかがうことができました。
けれどもY君の指差しているのは、それよりもはるかに手前の、いびつな形をした大きな石の上でした。
子供用の靴下が片方、脱ぎ捨てられたまま落ちていたのです。
白っぽい靴下は丈が長く、ちょうど僕たちが履いているハイソックスとおなじようなものでした。
拾いあげてみると、ちょうどふくらはぎのあたりに、どす黒いシミがついていました。
「これ・・・血じゃないか?」
「まさか」
僕は笑って恐怖をごまかしました。
けれども黒いシミ以上に僕がどっきりしたのは、その靴下に見覚えがあったからなのです。
Y君は気づいていないようでしたが、それは近所に住んでいる同い年のヨシミちゃんのものとそっくりだったのです。
ふたりは顔を見合わせて、もういちど廃墟のほうを見やりました。
廃墟の入り口にかつてはあったはずの大きな扉はとうにはずされていて、
大きな開口部となった入り口からは、なかの深々とした真っ暗闇が、僕たちを誘うように広がっていたのでした。

こつん。こつん・・・
一歩歩みをすすめるごとに、足音が耳障りな木霊となってはね返ってきます。
あたりは、真っ暗闇・・・と思ったのですが。
枠だけになった窓から射し込む外の明るさのおかげで、足許に不自由するほどではありませんでした。
あたりの空気は埃くさく、割れたガラスの破片や何物ともしれない曲がりくねった鉄材だのコンクリ片だのが、そこかしこに転がっています。
もとは立派なビルディングだったらしく、階段の手すりだけはいまでもまだぴかぴかと輝いていて、それがかえって場違いなくらいでした。
「おい」
Y君がまた、僕のことを呼び止めます。
「ここだけやけに、新しくないか?」
足許をみると、階段のステップだけは真新しい感じがして、やけにてかてかと輝いていました。
材質の関係だろうと思ったのですが、そこだけがあらかじめ掃き清められていたのは確かでした。
階段をまっすぐ上がった突き当りの踊り場には、しゃれた感じの飾り窓があり、青やオレンジの菜食の施された窓ガラスが、まだ昔のままに残されていました。
Y君は傍らの石を取り上げると、びゅんっ、と腕を振るって、投げていました。
石はまっすぐに飛んで、正確に窓ガラスに当たりました。
ぴしゃんっ・・・!
ガラス窓はちいさな音を立てて、粉々に砕けました。
そこから先は、なぜか記憶が朦朧とした霧に包まれています。

どうやら長いこと、気を失っていたようです。
ひんやりとした床が頬に冷たく、僕はうつぶせに倒れていました。
かつてはレストランだったフロアのようです。
スチール製の床は、黒と白の模様が交互に並び、ところどころはまだ真新しく、ところどころは剥げてコンクリの地肌を見せています。
わずかに残されたテーブルや椅子はフロアの片隅に乱雑に積み重ねられていて、積み残されたいくつかが、まだ間近のあたりに不規則に置かれていました。

ホホ・・・
冷たく澄んだ笑い声が、頭のうえに響きました。
みると、そこには黒っぽいワンピースに身を固めた、埃っぽい廃墟にはまったく不似合いなくらいこぎれいな女のひとが、僕のことを見下ろしていたのです。
「窓ガラスを割ったでしょう?いけないおイタをなさいましたね?」
女のひとは、このへんでは見かけないくらい高貴な独特の雰囲気を持っていて、
倒れている僕の周りをゆっくりとひとめぐり、歩きながら、見下ろしてくるのです。
僕を包囲するようにコツコツと規則正しく響くハイヒールの、冷たい音。
目の前を通りすぎるワンピースのすそが、さやさやと微かにそよぐ気配。
まつ毛の長い、おおきな黒い瞳でした。
それがまるで吸いつけられたかのように、片時も僕の顔から離れないのです。
ねっとりと絡みついてくる視線に、なぜかゾクゾクとしてきました。
廃墟のなかの貴婦人。
なぜかそんなロマンチックな言葉が、頭のすみをかすめました。

Y君はどこに行ったのだろう?
さがすまでもありませんでした。
彼は僕からそう隔たっていないあたりに、やはり倒れていました。
どうやら気を失っているようです。
薄ぼんやりとした顔は、まだ眠りこけているように見えました。
ホホ・・・
女のひとはもういちど、手を口に当てて笑みを洩らすと、やおらY君のほうへとにじり寄って行きます。
さっきまでの高貴さとは打って変わって、顔つきがひどく浅ましく、もの欲しげな色に染まったようにみえました。
女のひとはうつ伏せに倒れているY君に寄り添うように身を重ねてゆき、ハイソックスのふくらはぎに唇をつけてゆきました。
ちゅ、ちゅ・・・っ。
奇妙な音が、薄闇のなかにあがりました。
女のひとは人目もはばからず、Y君のハイソックスをくしゃくしゃにしながら、なおもしつこくふくらはぎを吸いつづけています。
真っ赤な唇の下、ずり落ちかけたねずみ色のハイソックスには赤黒いシミが滲み、ひろがっていきました。
吸血鬼・・・?
背筋にゾッと、寒気が走ります。

ホホ・・・ホホホ・・・
勝ち誇ったような、上品な含み笑い。
Y君はそれでも意識を取り戻すことがなく、女のひとに吸われるままに、血を吸い取られていきました。
「待って・・・殺さないで・・・」
「死なせはしないわ」
女のひとは、ひどくハッキリとした口調で応えました。
こちらをじいっと窺う白い頬にも、白い肌によく映えた真っ赤な唇にも。
Y君の体から吸い取った血が、点々と撥ねています。
ゾクゾクとしながらも、身動きのできない僕。
気がつくとさっきから、ふくらはぎのあたりがじんじんと疼いています。
ふと見ると。
僕の履いていた紺色のハイソックスは、すねまでずり落ちていて、ちいさな穴がふたつ、肌をのぞかせています。
濃い色の靴下に目だったシミは見分けられませんでした。
けれどもじわりと滲んだ濡れた感覚は、僕がなにをされたのか、あきらかに物語っていました。
女のひとは、抵抗する意思をなくした僕のほうへともういちど這い寄ってきて、
こんどは僕を仰向けにして、うなじに唇を近寄せてきました。
両肩を、信じられないほどつよい力で押さえつけられたまま。
僕は身動きひとつできないで、女のひとの腕に巻かれてゆきました。
つけられた唇は、ゾッとするほど冷たくて。
それでいて、かすかな息遣いから伝わるほのかな口臭と、首筋に漂う香水の甘ったるい香りとが、僕のことを陶然と包み込んでいったのです。

お願い。お願い。
吸い取らないで。せめて、吸い尽くさないで・・・
そんな願いが、どこまで通じたのでしょうか。
女のひとは、高雅な雰囲気に似合わないほど浅ましく喉を鳴らしながら、
僕の体から、容赦なく血を吸い上げてゆきます。
なんとか逃れようとする身じろぎは、一方的に封じられたままでした。
けれどもその容赦ない唇のうごきが、無我夢中で僕を求めてくる気配に、
僕は正常な意識を惑わせてしまっていて、
いともおいしそうに血をすする彼女のうごきに、いつか身を寄り添わせていって、
若い血にうっとりとなる彼女に、みずからの血を自慢したいような、もっと言ってしまえば、さらにうっとりとなってもらいたいような、
ひどく不思議に満ち足りた気分になって、血を吸われるがままになっていったのです。
意識はふたたび、彩の深い濃い闇に包まれてゆきました。

帰りが遅くなったことも。
靴下がひどく汚れていたことも。
母さんは気づいたふうもなく、とがめられることもありませんでした。
そうして翌朝になると、いつもの服のいちばん上に、真新しいハイソックスが重ねられていました。
僕はその服を着、ハイソックスを履いて学校に行き、帰りにはまた、廃墟に寄り道をしていました。

それから十年以上も経ったのでしょうか。
あざやかだった奇怪な記憶はいつか忘却の霧に包まれていて、
どこまでがほんとうで、どこまでが幻だったのか、定かではなくなっていました。
僕は都会に出、そこでぐうぜん幼馴染のヨシミさんと再会し、やがて恋に落ち、結婚することになりました。
行く先は、ふたりの育ったあの村。
ぴかぴかの新車は快調に飛ばして、あと数分で実家に着く、というところでした。
「あら」
助手席でヨシミさんはにわかに声をあげ、止めて、と囁きました。
急ブレーキにふたりの体が大きく前のめりになるほどでした。
傍らを見ると、鉄筋コンクリートの古びたビルが、鬱蒼とした枯れ木に包まれてそびえ立っています。
幼いころの記憶が、いっぺんによみがえりました。

「行こうよ」
一刻もはやく立ち去りたかった僕の言葉を、ヨシミさんは逆の意味にとったようです。
「そうね」
いつになくうつろな声をして、ヨシミさんは車から降りて、そのまま運転席のほうにまわって、ドアを開けていました。
肌色のストッキングにつつまれた白い脚が、夕陽を照り返してひどく眩しく感じました。
「行きましょ?」
上目遣いに僕を窺うヨシミさんに、知らず知らずうなずきかえしていました。

こつり。こつり。
足音を忍ばせたつもりでも。
彼女のハイヒールの音は、耳障りなくらいの反響をうつろな室内に響かせていました。
「まだ、あったのね。この建物」
ほんとうに、そうでした。
村の家々も子供のころとはうってかわって、二階建てが当たり前になり、そこかしこに残っていた藁葺き屋根のかわり、いまではモダンな近代住宅が軒を連ねているのです。
ましてあのころすでに廃墟であったものがいまこうして昔と変わりなく残されているなど、信じられないくらいでした。
「ヨシミさんも、遊びに来てたの?」
なぜかおそるおそる、僕は訊きました。
当時の男の子は、女の子と遊んだりする習慣がなかったので、おなじ村に住んでいるときの彼女とは縁が遠く、親しくなったのは大人になってからでした。
そのせいか僕はいまだに彼女のことを「さん」づけで呼んでいたのです。
「ええ」
ヨシミさんはなま返事をして、それでもまだ懐かしそうに、コツコツとハイヒールの音を響かせていました。

ふと気がつくと。
あたりは暗く、なっています。
まだ、そんな時分ではないはずだ。
時計をみると。
針が止まっていました。
え?
時間が止まる。
やな心地がしました。
そういえば。
さっきから。
彼女の足音が、途絶えています。
「ヨシミさん?ヨシミさん?」
僕はあわてて、あたりを見回しました。
応えは、かえってきませんでした。
そのときのことでした。
濃い闇が、ぐるぐると幻惑するように僕の目の前に迫ってきたのは。

ホホ・・・
ゆったりと澄んだ、冷たい笑い声。
黒のワンピースのすそが、踊るようにさやさやと、目のまえを通りすぎてゆきます。
「おイタをなさいましたね?」
信じられないことに。
女のひとは、薄闇のなか。
子供のころの記憶のままに若々しい白い頬を輝かせています。
「悪戯なんか、していません」
僕ははっきりと、いい返していました。
「彼女はどこです?知っているんでしょう?」
ヨシミさん、と名前を口に出すのが、なぜかはばかられます。
私たちの身許を知られてはならない。
なぜかそう、直感したからなのです。
女のひとは、応える代わり。
白くてほっそりとした指で、自分の唇をすうっと撫でました。
そうして、その指先を、僕のほうへと突き出して、ワイシャツの襟にぬるりとなすりつけたのです。
両肩を抱かれるようにして、割れた鏡のまえに導かれると。
ワイシャツの襟には、真っ赤なものがじわり、と鮮やかに浮いています。
「いらっしゃい」
命じられるまま、僕は隣のフロアへと足を向けていました。

そのフロアもまた、廃墟そのものにさびれた、鉄筋コンクリート製の骸骨のような部屋でした。
ガラスのない窓を覗くと、下界は折り重なった枯れ木にさえぎられ、見えるのは冬の陽にすみずみまで透き通った青い空ばかりです。
隅に一段高く、畳がしつらえられた一角だけが、そとの光を映してやけに明るく見えました。
はっと息を呑んだのは。
白のスーツに身を包んだヨシミさんが、正体もなく横たわっていたからだけではなく。
その傍らに、半裸の若い男を見出したからでした。
男があのときのY君だと、なぜかありありとわかりました。
男はヨシミさんのブラウスを剥いでいて、あらわに見たこともない乳房の付け根に、早くも唇を滲ませています。
白い肌に、赤黒い唇が這うありさまに。
ズキズキとした昂ぶりを覚えてしまったのはなぜでしょうか。
「横になるのよ」
女のひとの声が、高く冷たく響き渡りました。

男は無我夢中で、ヨシミさんの肌を吸いつづけています。
頬にも、口の端にも。
ばら色のしずくが、散っていました。
それだというのに、ヨシミさんは、ひどくうっとりとした表情をして、恍惚となってわが身を彼にゆだねきっているのです。
「あなたは、ここ」
指さされたのは、ふたりからわずかにへだたったあたりでした。
機械仕掛けの人形みたいに、唯々諾々としたがって横たえた畳は、場違いなほど真新しくて、まだ青くさい香りを放っています。
仰向けに横たわったつぎの瞬間。
女のひとは、まるでついたてが倒れるようにして、僕におおいかぶさってきたのです。
ひっ、と思ったときには。
もう、うなじを吸われていました。

ホホ・・・ホホホ・・・
うふふ・・・ふふ・・・
澄んだ冷たい嘲笑に重なるのは。
夢見心地に笑みつづける、ヨシミさんの声。
肌色のストッキングを、ひざ下までずり落として。
腰までたくし上げられたまっ白なタイトスカートから、ツヤツヤと輝く太ももがあらわに覗いていて。
彼女にのしかかっている男と、腰のうごきはひとつになっています。
さいしょの痛みに耐えた苦痛の色は、もはやあとかたもなく。
いまは甘く苦しげな悶えにすり替わっていました。
きょうはわたくしたちが、おイタをする番ですね。
女のひとは、ちらりと僕の耳もとに毒液を注ぎ込むようなささやきを洩らして。
くすっ、と笑って。
お互いあらわにした腰を、包み込むような柔軟さでまぐわらせてきたのです。

どこまでが、夢。どこまでが、うつつ。
妻となったヨシミさんは、時おり一人であの廃墟に通い、僕は息を詰めてあとを尾けていきました。
そしていまは。
年頃になった娘が濡らして戻ったハイソックスを、妻はだまって真新しいものとすり替えているのでした。


あとがき
やたらと長くなってしまいました。^^;
昔郊外には、こんなかんじの得体の知れない建物が、そこかしこにあったように記憶しています。
もとより、夢か、うつつか・・・という記憶の彼方の風景ですが。

再あっぷ情報

2007年01月21日(Sun) 23:34:56

このところずっと、旧ブログ「吸血幻想」時代のお話を復活させるときにはこのタイトルでお伝えしています。
今月は数としては不作の部類・・・だと思っているのですが。
二十以上登録されているうちのかなりの部分が、「再あっぷ情報」だったりいたします。^^;
(今回でもう五つめだ。^^;;;)
季節ちがいのものをあっぷすることもあるのですが。
ここんところは、昨年のいまごろのものなどをあっぷしております。
なるべく、季節感を狂わせないように。
(いつまでつづくかな?・・・苦笑)

今回のものは、処女喪失にまつわるものが多いみたいです。
ちょうど去年の二月の初めころあっぷしたお話です。

「言葉交わす人 交わさぬ人」(2006.2.10掲載)
これは人妻もの。
旦那さんがけっきょく一番♪みたいなお話です。

「描かれた未来図」(2006.2.10掲載)
どこまでも妄想でつづられてゆく、未来のシナリオ。
なぜか生き生きしている文体が、不思議です。(苦笑)

「草むらの彼方で」(2006.2.10掲載)
婚約者の少年が見守るまえで・・・というシーンなのに。
この牧歌的?な雰囲気はなんなんでしょうねぇ。A^^;

「処女喪失の神秘」(2006.2.10掲載)
処女喪失と吸血鬼ものの映画とをオーバーラップさせた随筆です。
いつもながらわかりにくくって、すみませぬ。m(__)m

行き着く先

2007年01月19日(Fri) 06:09:57

また、駄目だった・・・
苦い敗北感は、甘い安堵を伴っている。
見送る後姿は、両親に付き添われた十代の少女。
寄り添いあった三つの影は、なにも気づかず、なにも覚らないで、夜の街に消えてゆく。
「また、しくじったな」
嘲りを含んだ声は、相棒の吸血鬼。
すでにどこかで、獲物にありついたらしい。
それも、ひとりではなさそうだ。
口許にも、頬にも、着衣にも。
そこかしこに赤黒い翳を滲ませている。
道ゆく人はそれでもきっと、彼の正体に気がつかないのだろう。
「あいつらか?」
折から降りしきる雪の彼方に消えかかった三人の影をみとめ、相棒はあごをしゃくった。
「ああ」
うつろに応えを返しながら。
襲うなよ
無言のメッセージを発している。
「飢えてるくせに。情が移ったのか。お人よしもいいとこだな」
嘲りに、濃さが加わっただけのようだった。
相棒は手を突き出して、なにかをぎゅっと握らせてくる。
四角い物体の縁が、掌のなかで鋭角的な痛みをもたらす。
掌のなかを見ると、マッチ箱だった。
「そのうちくたばるぜ」
目深にかぶった帽子のなか。
嘲りと憐憫にみちたまなこが輝いている。
雪降りしきるなか凍え死んだ、あの少女の話を引き合いにしているつもりなのだろう。
マッチ箱には「めい くらぶ」と、書かれていた。
裏は、お店の地図になっている。
どうせ、いかがわしい店だろう。
「わかるよな?『く』の字をすこし、ずらすとだな」
小学生に教えるような、ことさらな口調。
「わかったよ」
彼は嘯いて、相棒を厭うように身を離した。
「そこの通りをまっすぐ行って、突き当りを右だ。狩りをする気がないのなら、さっさとしけこむんだな」
表向きの嘲りのなか。
奇妙なほどの同情と気遣いを、背中に感じていた。

店内は薄暗かった。
客はおおぜ、いるらしい。
ごみごみとした喧騒と、猥雑な空気。
彼のもっとも厭うものが、そこにあった。
はめられたかな。
一瞬、そう思ったが。
いらっしゃいませ。お一人様で?ご指名は?
すかさず出てきた若い男が、なれなれしいもみ手をしながら、矢継ぎ早に言葉を発すると、
おひとりさまー!奥のお席へ♪
うっとうしいほどあけっぴろげに、奥の店員に彼をひきついでしまった。

チーク・タイムらしい。
客は、白髪頭をした中高年の男がほとんどだった。
相手は皆、お店の女の子のようだった。
大半がスーツ姿の客たちは、服装とつりあわない、低い品性の持ち主らしい。
時おり必要以上に女の子に体をくっつけていって、
そのたびごとに、フロアのあちこちから下品な嬌声があがった。
男はもういちど、手にしたマッチ箱を見た。
「めい くらぶ」が、だんだん「めいく らぶ」に見えてくる。
来るんじゃなかった。
身の置き所のなさが、苦い思いをさらに増幅させる。

「踊らないのぉ?」
蓮っ葉な声が、不満そうにとがっている。
L字型にしつらえられた席には、いつのまにか、
若い女の子が、なれなれしくすり寄ってきている。
放っといてくれ。
そういわんばかりにして。
男はかぶりを振っていた。
女の子はじろじろと男を見つめると、
やがて頬をぷっとふくらませて、そそくさと席を立った。
不合格か。じゅうぶんけっこう。
あんな女の血など。口にするのも身のけがれだ。
内側からじりじりと体を灼く飢えにもかかわらず。
男はからになった隣席を、ほっとした面持ちでうかがっている。

いらっしゃい。
そよ風のような声は、煙草のけむのたった店内には不似合いなくらいだった。
蓮っ葉娘のあと隣席を占めた女は、すこし大人びた物腰で。
黒い瞳が生気を帯びた輝きを秘めている。
身なりも決して、下品ではない。
紫のスーツに、黒のストッキング。
ちりちりに巻いた髪型のけばけばしさをのぞけば、どことなしの気品すら漂っている。
そういえば店の女の子は、どれもこれも。みな決まりきったように。
髪型までが、けばけばしかった。
周囲のようすに、むりにあわせたものだろうか。
女は、ひくく落ち着いた声色をしている。
「踊らないんですか?」
ごくひかえめに、そうたずねてきた。
チーク・タイムは終了したらしい。
ゆるやかに流れる調べは、ブルースだろうか。
ステップを踏む心得のあるものは、さすがに少ないらしい。
フロアは間引かれたように、影を減じている。
それでも若いころそうした踊りが流行った世代の頭の白い男性が数組、
ベテランらしい女性を伴って、緩やかに影を前後させてゆく。
男はスッと手を伸ばし、女はそくざに応えて座を起った。

高くかかげたホールドは、ふたりのあいだに適度なへだたりを作っている。
女は男の意思の赴くまま、寄り添わせるように軽々と動きを合わせてゆく。
ほどほどの距離感が、女の居心地をよくしているのが。
わずかに触れる腕や掌から伝わってくる。
ああ、これでいい。
男はかえって、くつろぎを覚えた。
二曲、三曲。気がついたら、うごきの激しいジルバまで交えていた。

「ふぅ、くたびれた」
もとの席にもどって女が脚を投げ出したときには、
ふたりとも、少し汗をかいていた。
薄暗い店内のスポットライトが、女のうなじを妖しく照らし出している。
ァ・・・
にわかに襲ってきた衝動が、男の本性を目ざめさせた。
じぶんのほうから女のほうへと影を重ねていって、
白く浮き上がったうなじにかいなを伸ばし、陰のほうへと引き込んでいる。
牙をうずめた皮膚は、思いのほか肉厚で、しっかりとした歯ごたえがした。

ふたたび身を離したとき。
予期した驚愕の色はなかった。
女はすこし、顔を蒼ざめさせているのだろう。
まだ接しつづけているその身からは、やや生気が喪われていた。
どうぞ。
ひくく聞きとりにくい声が、男の鼓膜を刺して、
伸べられた足許に、おのずとかがみ込んでいた。
店内はくらく、周囲はもっといかがわしいことに身をゆだねる男女ばかりだった。
濃いめのナイロンの硬質な感触が、唇にあたった。
いいのよ。
ストッキングの向こう側にあるふくらはぎから、女の意思が伝わってくる。
かりり・・・
噛んでいた。
痛くはないのか?
いいえ・・・
伝えあい、応えあう、唇と素肌。
男の喉に、生き生きとしたものがはじけ散り、
酔い心地に似た暖かい潤いが、体のすみずみにまで沁み透ってゆく。

煙草くさくなかった?
女はちょっと恥じるように、破けたストッキングの足許を見た。
平気なのか?
ええ。
うつむき加減の胸元に、われ知らず手が伸びてゆく。
ジャケットの下にのぞくビスチェから、豊かな胸があふれそうになっている。
白い肌に透き通る、青白い静脈。
牙がふたたび、うずきはじめる。
・・・!?
さっきまで気がつかなかった。
ダイヤ型の、ヒスイのブローチ。
これは・・・?
ふたたび目が合った。
女の瞳には、深々とした色がたたえられている。
けばけばしいちりちりパーマに、厚化粧。
その奥深く、忘れかけていた初恋が、ありありとよみがえった。
あなたは・・・
しっ。
女はいっそう恥じるように、男に身を寄り添わせ、翳りかけた顔をかくしていた。
ぜんぶ・・・吸っちゃって。もう汚れた女だもの。
ちがう。そんなことはない。
かぶりを振っていたのは、男のほうだった。
「お持ち帰りで・・・いらっしゃいますか?」
入り口にいたなれなれしい男の店員が、男の顔をのぞき込む。
ああ。
男は応えて、店員にチップを握らせて。
ひと言、周囲に聞えないようにささやいた。
やつによろしく言ってくれ。
店員の顔は、相棒のふるいなじみだと、いまさらのように気がついていた。


あとがき
お店のなまえは、でまかせです。(笑)
いかにもありそうな名前でしょ?^^

さいの目

2007年01月18日(Thu) 23:12:52

あてもなく、さいの目を振る。
からり、からりと空しい響きをたてながら。
さいは踊る、さいは戯れる。
人の世そのものを、あざ笑うように。

さいの目を振る。さいの目を振る。
空しい人の世を、占うように。
さいは跳ねる。さいは舞う。
人の心を、見透かすように。

さいの目を振る。さいの目を振る。
行ってしまったあのひとの心を追うがごとくに。
さいは響く。さいはすすり泣く。
からり、からりと、乾いた音で。

再あっぷ情報♪

2007年01月18日(Thu) 21:41:05

ここのとこ「魔」の訪れが遠くなり、「お風邪でも?」なんてご心配までおかけしてしまいました。^^;
それくらいに毎日、更新しているんですよね。ここ。(^^ゞ
ねたがないときには、再あっぷに限るなぁ。と。
旧ブログ「吸血幻想」の幻と化した作品をお届けいたします。

「許された夜」「許された夜 2 甥の許婚」(2006.2.6掲載)
村に秘められた淫らな夜の一風景。
しょうしょうワイルドかも。です。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-788.html
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-789.html

「奥様吸血・輪姦プラン♪」(2006.2.7掲載)
ちょっとアレなタイトルですが・・・^^;
本気で応募するかた。いらっしゃいませんよね?^^
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-790.html

「囚われた夫婦」(2006.2.7掲載)
ご主人のまえで縛られた奥さんが・・・
迫真の?シチュエーションのわりに。
ご夫婦ともに愉しそうで。
とても囚われたようにみえないかも。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-791.html

「友だちの妻~兄の嫁と弟の嫁」(2006.2.7掲載)
今夜のお相手は兄の嫁か、弟の嫁か。
比べっこは、いけない趣味ですね。^^;
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-792.html

秘するが花  ~連れ込み宿 3~

2007年01月16日(Tue) 06:50:32

あら、あら。
ご熱心ですねぇ。この寒いのに。
八十を越えた女将は、背筋をしゃんとさせて。
にこやかに、夜の客人を迎え入れる。
ここは、都会の一隅。
平屋のつづく古くさい街並みの面影を色濃く残した裏町。
過ぎ去り忘れ去られた時とともに積もり積もった、人々が裡に秘める心の滓(おり)が澱む処。
一見古びた民家に似たその宿を、人は「連れ込み宿」と呼ぶ―――。

男は、泊り客ではなかった。
挨拶もそこそこに、女将のうながすまま。
狭い裏庭へとまわってゆく。
雨戸を閉め切った庭先は、ほとんど真っ暗で、
宿の所在をわずかに示す行灯が、生い茂った常緑樹の葉裏を通して射し込んでくるだけ。
男はコートの襟をかき合わせ、ここと見定めた一角の縁側に腰を下ろす。
なかに憩うものたちの耳をそばだてぬよう、音を忍ばせて。

雨戸を通して、なかの熱気が伝わってくる。ありありと。
トーンをひそめながらも。
馴れ馴れしい語調がつづく、秘密のやり取り。
女は男に甘え、拗ねてみせ、ちょっとだけ、諍(いさか)って。
やがて、いつもの落ち着きどころを得たらしい。
しゃらり、しゃらり、と。衣装を解く音。
あの女が家を出るとき。
身につけていたのは、ボウタイつきのブラウス。
いまの音は、ひらひら、しっとりした純白のタイをほどいた音だろうか。
そう。
声の主は、じぶんの妻と、その密夫。
秘されたみそかごとに勘付いた夫は、けれども妻を驚かそうとはしないでいた。

やだわ、もぅ。
甘えた声色が、洩れてくる。
勤めに出るときと。帰宅するときと。
時おり、ストッキングの色が変わっている。
相手の男は、女の脚が好みらしい。
戯れにねぶりつけられた唇に。
熟れたふくらはぎをなまめかしく彩る薄手のナイロンは、
しわを波立て、妖しくよじれているのだろうか。
妻のストッキングを悪戯されて。
どうして昂ぶりを覚えてしまうのだろう。

はあっ、うぅん・・・っ。
愛するものは、裏切りさえもが美しい。
女の行為は裏切りでありながら。
夫じしんの存在を否定するほうへは、向かっていない。
体だけの浮気。
熟れた肉体をもてあましたあの女には、空気とおなじくらい要りようなものだった。
気づかぬうちに。
夜は更けている。
女将ももう、寝静まったらしい。
くろぐろとうずくまる宿の一角だけが。
いまだ眠りにつかず、熱っぽく息づいている。
夫のためにだけ、秘められたはずの処を。
妻は気前よく、情夫の欲情に供していた。
コートを通して。並ではない冷気が突き刺さってくる。

あら。お熱?だいじょうぶ?会社、お休みになったら?
妻はしんそこ気遣わしげに、腋から引き抜いた体温計に顔をしかめる。
そうだね。きょうは無理しないでおこうか。
こちらは、寝巻き。出勤前の妻は、地味なえび茶のスーツ。
いまの彼氏は、落ち着いた色が好みらしい。
えび茶色のスカートは丈がみじかく、
黒のストッキングに透けたひざ小僧を、なまめかしく露出させていた。
じゃね。行ってくるわね。今夜もすこし、遅くなりそう。
お夜食作っておいたけど・・・もしも具合が悪くなったら、連絡してね。
妻らしい気遣いも怠りなく、けれどもばたんと閉めたドアの音に、どこかそわそわとしたものがよぎっていた。

電車はとうに、なくなっている。
行き先の見当は、容易についていた。
いちど選んだ宿を、妻はあまり変えたがらない。
知らないところって・・・気分が落ち着かなくなるの。
そんなつぶやきさえ、聞えてきそうな気がする。
昼には下がったとみえた熱が、またすこしぶり返したらしい。
けれども、それ以上に。
雨戸の向こう側から伝わってくる懊悩が、男の体内を狂おしくかけめぐっていた。

ふと気づいたとき。
見上げる天井の木目は、鉄筋コンクリートの自宅にはない古びたしみが広がっている。
どこか懐かしさを帯びた、木造モルタルの部屋。
遠くから聞えるテレビの音声もどこか古くさく、
男はタイム・スリップでもしたような錯覚にとらわれた。
だいじょうぶ、ですか?
いそいそとお盆に載せた白湯をもって現れたのは、宿の老女将。
奥様のことが気になるのは、ごもっともですけど。体はだいじにしなくちゃねぇ。
女将にかかっては、どんな男も女も、きっと子供にうつるのだろう。
傍らには、男のかばんから引き出された常備薬。
奥さんは、もうお発ちになりました。お仕事があるんですってね。
きょうは一日、ここで体を休めて・・・明日から週末ですわね。
目だたない柄の着物に身を包んで。
女将は白皙の頬を微笑ませる。
きりっとした襟足に、かつての色気をちらと漂わせて。

妻にはどこまで、感づかれたのだろうか。
女将はなにも、いわなかった。
秘するが花と、申しますでしょ。
顔にはありありと、そう書かれていた。
来週は、木曜にお見えになるようですねぇ。
ほんとうなら洩らすはずのない客の秘密を、さりげなく口にするのは。
きっと、なにもかも事情を心得てのことなのだろう。
お代は結構です。奥様からいただいておりますので。
女将は背筋をしゃんと伸ばして、謝礼をきっぱりと断わった。
毎晩こちらにお見えになるときにも。
いつもあのかた・・・きまった料金に上乗せして置いていかれますのよ。
お支払いは、相手のかたと交代で。
縁側のきしむ音に、よけいそそられてしまうのですって。
殿方も皆様、いけない趣味をお持ちなのですねぇ。

木曜日まで。あとなん日あるだろう。
きっとそれまでに、風邪は治っている。
その晩だけは、
今夜は残業だろう?夕食はいらないからね。
いつもの週とかわりなく。
妻にはさりげなく、告げておこう。

あとがき
だんな様。お風邪をお召しにならないで。
そんなお話に、なってしまいましたね。^^;

夢かうつつか ~遠来の客人 続編~

2007年01月16日(Tue) 06:44:09

また目の下に、くまを作ったね?
浮気がばれたとき。
夫はいつもそういって苦笑いを浮かべ、
由貴子さんは、くすぐったそうに微笑み返している。


こんどばかりは、ほんとうに。
眩暈がした。
海の向こうからわざわざ自分の血を吸いに来たという、ふたりの女吸血鬼。
夫や娘、息子たちまで交えて・・・とはいいながら。
その直前、彼女たちになりすましたべつの吸血鬼に襲われて。
甘美な夢をともにした、すぐあとのことだったから。
かりそめにも抱かれた、男の老吸血鬼。
あのときうなじに這わされた口づけの、熱っぽさに。
たぶんいつわりはなかったのだろうと、感じていた。

女どうしなのに・・・体を求められてしまいました。
いかにも申し訳なさそうに、傍らの夫に流し目を送りながら。
それでもいとも愉しげに、由貴子さんは遠くに目線を迷わせている。
密室のなか。
目覚めたときには、傍らのひとは、失血に惑っていた。
お目覚めね?
容赦のない女吸血鬼は、悪戯っぽく小首を傾げて。すり寄ってくる。
吸い取ったばかりのだれかの血をあやした唇を。
べったりと、這わされながら。
すぐにまた、夢のかなたへと堕ちてゆく。
目覚めたものが尽くされるころには、べつのだれかが意識を取り戻し、
そしてまた、夢に迷わされてゆく。
都内のホテルの一隅で、夢とうつつの境界をさまよった、三日三晩。
戯れかかってくる金髪と、褐色の肌と。
半ば困惑し、半ば悩乱し、ほとんど理性を迷わせながら。
魔性の痴態の渦に巻かれてゆく。
体のすみずみまで、血を漁り採られてしまったか。
そう思えるほどだったが。
実際に喪われた血は、いがいに多くはなかったらしい。
頭数なら、夫も入れてこちらは四人。血を吸うのはふたり。
むしろたんのうされたのは、性別をこえた念入りな愛撫のほうだったかもしれなかった。

ふたりを村に伴うと。
一瞬の恐慌がかけめぐり、そしてすぐに、うそのような静謐が訪れる。
今夜は、どこの家の娘や人妻を押し倒しているのだろうか。
女吸血鬼どもは、若くて色っぽい女から血をすするのが好みらしい。


独り歩く夜道には、ひんやりとした冷気が冴えわたり、
澄んだ月影だけが、くろぐろとつづく一本道をわずかに照らしている。
さっきまでベッドをともにしていたのは、黒衣の情夫。
じゅうたんのうえ、夫の目線もはばからず。
あらぬ痴態を、飽きるほど尽くしてしまっていた。
夫にしてからが。
村の女たちを狩りにゆく異国の吸血鬼どもから、
オードブルを漁りとられて、もぅとっくに正気をなくしていたのだが。
情事を済ませると、シャワーを浴びて。お着替えをして。
お色直しはばっちりと、すきもなく。
そうしていまは、家路をたどっている。
めずらしく、だんな様が朝帰りだわ。
心地よい疲労が、体の隅々に疼いていた。


闇のかなたに、いちだんと濃い闇を見出したのは。
都会の夜以来、神経が鋭くなっていたせいだろうか。
左右は、背のたかい草むら。
といっても、季節が季節だから、そよいでいるのは枯れ草ばかり。
からからと、乾いた葉ずれをたてている。
草むらのまん中を、どこまでもつづく一本道は、わずかに月明かりに浮かび上がっていて、
かろうじて夜道を急ぐものの道しるべとなっているのだが。
視界の果てとおぼしきあたり、なにかがたしかに、黒々とうずくまっている。
男女が夜道に夢をむさぼり合うのは、例の公園と決まっている。
乱倫・・・といっても。
むりむたいに、襲うわけではなく。
永いあいだのしきたりが、依然として村には厳存しているのだった。
まして吸血鬼の愛婦である由貴子さんに、危害をくわえようとするものなど、いるはずもない。

だれ?
由貴子さんは、いぶかしげに、小首をかしげ、
闇の奥を見通そうとしている。
慄っ、としたのは。
あいての正体を、ほぼ一瞬にして察してしまったからだった。
空港の屋上で、殺害を意図として彼女の血を吸った男。
しつような目線がじりじりと、清楚な立ち姿に注がれてくる。


逃げられない。決して、逃げられない。
油断のない身のこなしは、天性のものだろう。
由貴子さんは硬直したように立ちすくんでしまっていて。
その隙に、音もなく。
二十歩ほどもあったはずのふたりのへだたりは、あっという間に詰められていた。
手を伸ばせばすぐに、抱きすくめることのできるほどの間近さに。
ヘビに魅入られた、小動物のように。
由貴子さんはただ、怯えるばかり。

月明かりに浮かび上がる、冷えた手が。
すーっと。
一直線に、差し伸べられてくる。
つかんではいけない。つかまれてもいけない。
直感的に危機を覚っていたけれど。
由貴子さんの手は、それに応えるように、うつろに伸びていって。
ほっそりとした白い指を、とうとう冷えた掌につかまれてしまっている。

握られた手首に伝わってくるのは、厭わしいほどの情念を帯びた痛み。
痛いわ。
思わず、つぶやいていた。
いったんこめられた力が、手首からスッと引いてゆく。
女の手首の、思いのほかの頼りなさに、たじろぎを覚えたらしい。
こんどは、そうっ、と身を寄せてきて。
かすかな声で、耳元に囁きかけてきた。
息をしていない。
ゾクッとしたのは、つかの間のこと。
ふっ、と息をはずませて。
由貴子さんは邂逅した紳士にたいして、頬に薄っすらとほほ笑みかけている。
みずからだけは口許に、白い息を漂わせながら。

いい月夜ですわね。
なにごともなかったように。
念のこもった目線を受け流して。
由貴子さんはのどかな声で、澄んだ月をみあげている。
これ見よがしに。
白い首筋を月明かりにあてながら。
抱きすくめてくるかと思ったが。
熱いものを押し当てられたのは、手の甲だった。
男の手にゆだねられたままの華奢な手に、恭しい接吻が重ねられる。
すみませんでした。マダム。
男の発した声は、物柔らかだった。
だましつづけて、空港の屋上にいざなったときとおなじくらい。
けれどもあのときとちがう真情がこめられているのを、
由貴子さんは聞き逃さなかった。
わたしの邪悪な接吻を・・・貴女は決して、拒まなかった。
偽り吸い取った貴女の血に。
汚れた魂さえ、浄化されてしまったのですよ。
この世はむろん、あの世にすら居場所のなくなったものに。
いますこし、お情けをたれ給え。
男はそう囁くと、少年のように震える唇を、はじめて女のうなじに這わせていった。
ア・・・
厭わしげにひそめた眉は、ただ体面をとりつくろっただけ。
襲うほうも。襲われるほうも。暗黙の裡に、察しあっている。
ちゅ、ちゅー・・・・・・
夜の闇の中。
しつような吸血のひびきがひとすじ、いつまでもつづいてゆく。


だいじょうぶなのか?
シッ!
さいしょの声の主は、柏木だった。
それを制したのは、由貴子さんの情夫のほう。
過度の失血は、意識を宙に迷わせた柏木から、寒ささえも忘れさせている。
妻の体におおいかぶさる、しつような吸血の音に。
いつか夫までも、われを失ってしまっていた。

男の腕のなか、華奢な体が平衡を失いかける。
草の褥など・・・マダム。貴女には似合うまいが。
まるで壊れものを扱うような用心深さで、男は由貴子を傍らの草むらに横たえる。
お許しを。
主に拝礼するように、鄭重な声色だった。
かつての倣岸さは影をひそめ、いまは老いさらばえた震えが、怯えにさえ似た畏れをたたえている。
由貴子さんの下肢をおおうのは、真っ白なタイトミニ。
このような薄い服を。さぞや、寒かろうに。
男の声は、どこまでも思いやりに満ちている。
スカートのすそを、そうっとたくし上げてゆく。
草陰からドキドキとした目線が注がれていることには、まったく気づいていないようだった。
ストッキングに包まれた白い脛が、月明かりに滲み出た。
うふふ・・・うるわしい。
獲物を賞玩するように。
男は気を失いかけている由貴子さんの太ももを、ゆるゆると撫でまわしている。

圧しつけた唇の下。
透明なストッキングに、かすかなしわが波打つ。
薄い生地の向こう側で、うら若い血潮を秘めた柔肌が、ぴちぴちとはずんでいた。
お許しあれ。
男のつぶやきに、女はかすかに頷いている。
きゅうっ。
押し殺すような吸血の音が、ふたたびあがった。
あぁ・・・
陶然となった妙なる声に、男はくすぐったそうに笑んで、
薄い皮膚に突きたてた牙を、いっそう深く沈めてゆく。


ぜんぶ、差し上げなければならないのでしょうか?
抱きすくめた腕のなか、女はうっとりと囁きかけてくる。
皆さん、欲しがっていらっしゃるのですよ。由貴子の血を。
困ったわ。
そういいたげに、薄っすらと笑みかけてくる白い頬を。
男はむしょうにいとおしそうに撫でさする。
訴えるような目線に、獣じみた飢えが、癒されるように引いてゆく。
そもそも、飢えを満たして支えるべき魂そのものが、すでに失せていた。
魂魄すらない、幻影。
いまはただ、かつての劣情と怨念の残滓だけが、幻のように、男の影をかたどって、闇のなかをさ迷うばかり。
どうぞ、召し上がれ。由貴子は怖くありませんから。
夢見心地に囁きかけてくる声色は、空港で襲ったときそのままだったのだが。
そう、あのときも。
ただの体温ばかりではないぬくもりに、男はただ夢中にすがりつくように寄り添っていって。
一瞬、魂を女にあずけたものだった。
しっとりとした、いたわりに満ちた笑み。
奥ゆかしい・・・
日本の婦人というのは、かつてもいまも。こんなふうに男を癒すものなのか。
男は黒髪に覆われた小さな頭を抱きかかえ、
まるで娘をいとおしむように、ゆっくりと頬ずりを繰り返す。
「精をつければ・・・いますこしは耐えられような?」
震えを帯びた声色に。
えっちですね。
由貴子はくすり、と笑い返している。


ゆさ、ゆさ。ゆさ、ゆさ。
背の高い枯れ草の穂先が、不自然に揺れている。
あたりの微風にさからうように、草陰に秘めた熱情を伝えて、
がさがさと耳障りな音をたてていた。
時おり茂みのむこうから。
ぬるりとした艶をおびた太ももが、にょっきりとのぞいた。
のぞいては隠れ、隠れてはあらわになる。
そのたびに、まとわれていたストッキングはすこしずつずり落ちていて、
女の淑女ぶりを、あらわに見せつけるようだった。
はぁ、はぁ。せぃ、せぃ。
届くはずもない息遣いが、間近に響くような錯覚に。
柏木はいくたび昂ぶってしまったことか。
立ち上がりかけては、引き止められ。
引き止められては、かぶりを振って。
草陰のかなたをうろうろと窺っている。


出ていらして。
もう行ってしまわれましたわ。
澄んだ闇のなか。
落ち着き払った由貴子さんの声が、虚ろを帯びて響き渡った。
耐えかねたように、がさがさっと枯れ草を踏みしだく音が、白い華奢な立ち姿へと向かってゆく。
いつものように、軽く小首をかしげて。
由貴子さんはゆったりと、少女のような笑みをたたえている。
ごめんあそばせ。たっぷりと。注がれてしまいました。
薄っすらとした笑みの裡に。
もう永遠に訪れないであろうものへの悼みが秘められている。
よくがんばったね。
いいえ。
ねぎらう夫。いたわる妻。
どうやら危機はほんとうに、去ったらしい。
怨念を消した魂が、村を囲む木立ちの奥深く、さまようことがあったとしても。
もはや邪悪な危害とは遠くへだったった、透明な焔としてのみ、くゆらぎつづけることだろう。
失血に頬を心持ち蒼ざめさせてはいるものの。
由貴子さんは、いつもの挑発する妻にたち戻っている。
黒のストッキングのほうが、よろしかったかしら。ねぇ。
ひざ下まで破れ落ちた透明なストッキングをもてあそびながら。
じいっと注がれてくる上目遣いが、夫の頬に心地よかった。


あとがき
完全に魂を澄みとおらせるまでに。
いまいちどの逢瀬を重ねることが、必要だったようです。
冬の夜道の寒さをだれもが忘れるほどの、熱っぽい邂逅でした。

遠来の客人 ~国際空港にて~

2007年01月14日(Sun) 14:02:13

きみたちの生き血を、遠来の客人に振舞いたい。
吸血鬼はいつものように、紳士的なもの柔らかな声色で。
ただし、拒絶を許さないハッキリとした口調で、目のまえの男女に告げている。
いちようにうなずいているのは、柏木家の人々。
あるじの好夫を筆頭に、その妻由貴子、それに息子や娘たち。
だれもが皆、いちように。
彼の冷ややかな笑みに、まるで催眠術に酔わされたようにうっとり聞きほれながら。
われこそはいちばんに牙を享けたいと・・・口々につぶやいている。

遠来の客人とはね。
わたしの遠縁にあたるものたちなのだよ。
わざわざ東ヨーロッパから、ご入来あそばされる。
写真をあげるから、空港まで迎えに行ってくれるかね?
都内のホテルをふた晩、オーダーしてあるから。
ぞんぶんに、振舞ってもらいたいのだ。
「本場の牙を、たっぷりと愉しめるわけですね・・・?」
由貴子さんは、うっとりとした口調で、吸血鬼を見あげる。
かつて、みずからの処女を与えたひと。
そしていまなお、夫も認める不倫の仲。
子供たちすら、揶揄しながらも。母親の火遊びを、面白そうに観察している。
性教育なのよ。
そんな奥さんの言い草に、柏木はいつも騙されたふりをしているのだが。
夫婦のあいだに漂う密着するほどの情愛が、三者の危うい関係をみごとに整合させていた。

差し出された写真には、ふたりの美女が並んで写されている。
ひとりは黒髪に褐色の肌。もうひとりは金髪。
それほど対照的な特徴なのに、血はつながっているのだろうか。
ふたりの顔は日本人離れして彫りが深く、面差しが似通っている。
いずれ劣らぬ美貌をに、競うような笑みをたたえていた。
肌の色は違うがね。姉妹なのだよ。家族ぐるみで、仲良くするといい。
吸血鬼はイキのよさそうな獲物を見つめるときの眩しそうな目になって、かわるがわる写真をのぞき込む四人を見つめている。
「金髪美人♪あなた好きそうね?」
じいっと見つめる由貴子さんの怖い目線を、柏木は困ったように受け止めて。
わざと目線をそらし、そわそわとしてみた。
もう・・・っ!
妻の振り上げたショルダーバックが背中を軽く叩くのが、奇妙に心地よい。


空港の混雑と喧騒は、空気の澄んだ村からすると耐えられないほどのものだったが。
なれるのは、すぐだった。
由貴子さんはピンクのジャケットに白のタイトミニ、ご自慢の黒髪はふさふさとしたウェーブのまま、軽く束ねただけで背中に流している。
足許は、ぴかぴかに磨かれた黒のエナメルのハイヒール。
あらわになったひざから下は、肌色のストッキングがつややかな光沢を放っている。
遠目にもそれとわかるほどの、どきどきするほどの光沢に、息子の目線は釘づけになっていたけれど。
さすがにもの慣れた夫の目線までは、ひきつけきれずにいるようだ。
「あ・な・た。どこ見ていらっしゃるの?」
訊かずとも、夫の目線の行く先は知れている。
空港といえば、行き交うキャビン・アテンダント。それにグランドホステスたち。
黒や濃紺、色とりどりのストッキングに彩られた脚は、
太さ長さもおもしろいほどさまざまに、
明るいフロアに、張りのある足音をリズミカルに響かせている。
「よそ見しちゃ、だーめ。貴方のお目当ては、金髪美人のはずでしょう?」
あ。はいはい。^^;
柏木はいつも、妻には頭が上がらないらしい。
子供たちの手前、もっともらしい態度を取りつくろって、妻のあとにくっついてゆく。

「どうにもならないわねぇ」
指定された便は、とっくに到着している。
けれども姉妹はいっこうに、姿をみせないのだ。
「別れて捜そう」夫の提案に、「そうね」妻はすぐさま賛同して、
「あなたたち、いいわね?写真持って探すのよ。集合場所は此処」
てきぱきと子供たちに指図をしている。
写真はかねて人数分、妻の手でスキャンされて、あらかじめめいめいに配られていた。


真っ暗な密室に立ち込める、煙草の煙。
旧式の八ミリカメラがじりじりと音を立てながら、不鮮明な映像をスクリーンに映し出している。
ばらばらの機会に撮られたらしい。
あるものは庭先で、あるものは街を歩いているところを。
被写体たちは、撮られているとも気づいていないらしく、態度も目線もごく自然で、却って人物の特徴がよく表現されていた。
棒読みのような無表情な解説に、ふたつの影が聞き入っていた。
「夫  柏木好夫、四十×歳。身長180cm、痩せ型。血液型はO型。知性は高いが好人物で、騙されやすい。
自ら家族を紹介して、その血を吸血鬼に与えている。気前のよい亭主ほど、好都合なものはないな」
聞き役のふたつの影は、くすくすと笑いを洩らした。
「妻  柏木由貴子、年齢不詳。三十後半から四十くらいか。歳を訊かれるのを嫌がる年代だな。
いつもこぎれいにしているのは、夫のためというよりはじぶんの血を吸いに来る愛人のためらしい。
ま、細君というものは、長年連れ添った亭主にこれ見よがしな愛情は振りまかないものらしいが。
これほど不倫を重ねながら亭主を騙しつづけているところをみると、顔に似合わずそうとうな悪女かも知れんて」
聞き役のふたりは、女性らしい。
必ずしも声の主の推測に賛意を表していないようだったが、活き活きと輝く白い肌に、食い入るように見入っている。
「娘  柏木百合枝。高校二年。母親似で、肌の色が白い。
ふたりの娘だから、弟ともどもとっくに血を吸われるようになっている。痛みへの耐性もじゅうぶんらしい。
初めて血を吸われたのは中学にあがったころだが。
やつの牙にかかりながら、いまだに処女でいるとは。やつにしては賢明な処置だな。すくなくともわれわれにとっては。
・・・愉しめるぞ」
「息子  柏木正久。中学二年。父親同様のお人よしだ。恋人を吸血鬼に逢わせているらしい。
当然、求められればすぐに首筋を差し出すことだろう。なんの疑念もなく、ね。
紳士的な態度が身についているのは、母親の影響だろう。
礼儀正しい母子をいたぶるのは、愉しかろう?」
影どもは顔を見合わせ、ほくそえんだ。
たちのよくない笑みかただった。
声の主が、ぱらりと一葉の写真をふたりのあいだに舞わせる。
ひとりは黒髪に褐色の肌。
もうひとりは、金髪に白い肌。
写真の主と、写真を見つめるものと。
髪型はたしかに写真と瓜ふたつに似せてあるものの。
顔立ちは、似ても似つかない。
なによりも険悪な形相が、邪悪な意図をあらわにさせている。
声の主は、打って変わって、それまでの理性的な声色をやぶって、感情をあらわにした。
「あいつらに、仕返しをしてやるのだ。さきに村にいたわたしを追い出して、好き勝手をしおって」
さっきまでの無表情をかなぐり捨てて、怒りに肩を震わせている。
日本に戻るのは、数十年ぶりのことだった。
褐色の女が、怒りに震えるボスのまえに、すっと手を突き出した。
「ボス」
声の主をそう呼んでおきながら。声色にも態度にも、あまり敬意はかんじられない。
手には細長い紐のようなものが三本、握られている。
ボスと呼んだ男に、合図するようにあごをしゃくった。
「くじ引き、か」
ボスは人のわるい笑みを含みながら、一本引いた。
女たちも、どちらからともなく残る二本を分け合っている。
「マサヒサ」「ユリエ」
女どもが、くすっと含み笑いをはじけさせると。
「ユ・キ・コ」
男がさいごに、ほくそ笑んだ。
「人妻か。役得だな。存分に、狂わせてやろう」
「少年も・・・」「娘さんも・・・」「亭主は、分け取りだな」
ククク・・・
邪悪な響きがいつまでも、もはや映像を写さなくなったスクリーンにしみ込んでゆく。


「あのう・・・」
柏木ジュニアが声をかけたのは、黒髪の女性だった。
呼び止められた女は、褐色の頬ににこやかな笑みをうかべて、
「HAI!」
小手をかざして、少年の無言の問いに答えている。
女は、グレーのジャケットに、おなじ色のパンツルック。
ジャケットのなかに着込んでいるエンジ色のセーターは、暖かそうなタートルネックだった。
「カルパチアのかたがたでも、東京はやっぱり寒いんですね?」
少年の言葉に女はちょっとびっくりしたように肩をそびやかし、
「寒がりなのよ」
とだけ、答えた。
きれいな日本語だった。
相手が日本語を話すことは吸血鬼からきいていたが、英語も覚束ない少年はひどく安堵を覚えた。
女はじぶんよりも背丈のひくい少年にスッと近寄って、両肩を抱きしめるように手を回し、ニッ、と微笑んだ。
「あなたの血で、暖めてもらわないと♪」
音楽的に響く軽い口調に、少年は酔ったように頷いてしまっている。

後ろからぽん、と肩を叩かれた。
「ユリエさんね?」
日本人そのままといえるほど、クリアな日本語だったけれど。
背後で微笑んでいるのは、黒のサングラスをした白人の女性。
肩先に流れるさらさらとした金髪が、うっとりするほどの輝きを放っている。
「あっ、失礼しました。お捜ししていたんですのよ」
ふだんの無邪気なさえずりを押し隠して、柏木百合枝はちょっぴり顔を赤らめる。
取り去られたサングラスの下から現れた碧眼は、それほどまでに深い輝きを秘めていたから。
「ねぇ、こっちへいらっしゃい。ご両親をびっくりさせてあげましょうよ」
音楽的な声色と、どことなくミステリアスななまめかしさが、目に見えない霧のように彼女の周囲に立ち込めている。
思慮深いふだんの彼女なら絶対ついてゆかないはずの誘い文句に、ついふらふらとのってしまっていた。

「どこまで行くんですか?」
少年は手をぐいぐいと引っ張られながら、すこし戸惑った声をしていた。
女は応えずに、足は送迎ロビーからどんどんと遠ざかってゆく。
どうするつもりだろう?抜け駆けで、ここで血を吸うつもりなのだろうか?
けれども少年は、抗おうとも拒もうともしていない。
初対面とは思われないその強引さに、とても惹かれるものをおぼえていたから。
たどり着いたのは、屋上にある送迎デッキだった。
雲ひとつなく晴れ上がってはいるものの、吹きさらしのデッキは寒々としていて、きょうは人影もほとんど見られなかった。
「here・・・」
女はことばを切って、
「give me your blood...すこし、いただくわ。いいでしょう?」
軽く、息をはずませて。
ぴたりと照準を合わせるようなつよい目線と、ほのかに濡れた唇が、ひどくセクシーだった。
なによりも思いつめたようなブルーの瞳が、少年に拒絶を忘れさせている。
ふたつの影が、ひとつに重なる。
ちゅーっ・・・
妖しい吸血の音がひとすじ、淫らな音色をたてた。

「あのぅ・・・」
送迎ロビーからどんどん離れてゆく足取りを、さすがに娘は気になっていた。
「両親を呼びますね」
娘が手にした携帯電話を取り上げて、女は自分のポケットにねじ込むと、
「隠れんぼ、っていうのでしょ?日本では。すこし愉しみましょうよ」
ロングブーツの性急な足音は、いつか人けのほとんどない野天の送迎デッキに向かっていた。
寒い・・・
木枯らしのなか。
ふたりの女は、いつか身を寄せるように歩みをすすめ、フェンスのきわで立ち止まる。
「きれいな肌、しているのね・・・あなた。ここでいただくわ」
ほほにかかる金髪を払いのけようともせずに、ひたと見つめてくる女。
瞳の魔力に十代の小娘を酔わせるくらい、かんたんなことだった。
百合枝はほんのりと焦点を喪った目線のまま、頷いてしまった。
ちゅーっ・・・
妖しい吸血の音に、女も少女も、理性を迷わせてしまっている。


ぜんぶ、吸っちゃうの?
少年は、すでに肩で息をしている。
思いのほか、失血がひどい。
つい夢中で吸われているうちに、かなりの刻が経っているような気がする。
だいじょうぶよ、だいじょうぶ。
背中に回してくるお姉さんの腕が居心地よくて、どう考えてもおかしい失血のほどをかんたんに忘れさせてしまっている。
まさか彼女が偽者の魔女とは、思いも寄らないことだった。
おいしい、おいしいわ。あなたの血。
ひくい囁きに陶然となって、うっとりと頷きさえしてしまっているのだ。
見て。
指さすさきには、ふたつの人影。
フェンスぎわに押しつけられるようにして覆いかぶさっているのは、金髪の女。
スカートを履いた少女はゆるやかにかぶりを振りながら、うなじを捕まえられたまま、
彼とおなじように、女に唇を許している。
蒼ざめた頬に、うっとり夢みるような笑みを滲ませて。
少女はひたすら、血を吸われつづけている。
姉さんだ。
気がつくまでに、かなりの時間がかかった。
あぁ。吸われているんだね・・・
狂ってしまった理性は、なかなかもとに戻らない。
それから、あそこにも。
囁きは、誇らしげに震えている。
あっ、ママ・・・
由貴子におおいかぶさっているのがふたりの女のボスで、じぶんたちのことを密かにビデオに撮りためをしていたなどと、彼らは夢にもしらないのだが。
由貴子は娘や息子ともども、小娘みたいにうっとりとなって、白のブラウスにかすかに血をしたたらせている。

「なんとか、赦していただけませんか?」
懇願する夫のまえ、飲血魔はなおも由貴子さんを放そうとしない。
ただ、むざんな食欲のまえに、若々しい血潮を吸い取りつづけている。
あなたがたがお客人と違うことは、わかっていました。
どういうかたがたなのか、おおよその察しもついています。
すこしでも、お気持ちが癒えるのなら・・・血を差し上げるのもよろしいのです。
でも、生命だけは助けていただきたい。
無力な夫。
そんな侮蔑をかえすほど、ボスも一筋縄ではなかった。
あくまで紳士的に振舞って、声で彼を酔わそうとしている。
「あなたがミスター・柏木ですな?ご挨拶があとさきになり申し訳ない。わたしどもの怨みを、ご存知だと?それならばなおのこと。いま少し尽くさせていただこう。ご家族が血を吸われるのをご覧になるのは、そうお嫌いではないそうな」
そうしてなおも、夢見心地な由貴子のうえへと、おおいかぶさってゆく。
もうそろそろ限界だ・・・
柏木は、体の芯が異様に震えるのを覚えていた。
マゾヒズムの戦慄とは別物の、闘争的な血がかけめぐり、白熱を強める。

強い腕が、ボスの胸倉をつかもうとしたとき。
柏木の両脇を、凄まじい烈風が吹きすぎた。
ボスが顔をあげたときには、
“Hold up!”
前後を挟んだ金髪と黒髪が、拳銃を構えていた。
柏木が振り向くと、娘も息子も、黒い塊に成り果てたそれぞれのパートナーの残骸にぼう然としている。
両手を挙げておずおず立ち上がるボスに、女たちは容赦なく拳銃を発射した。
銀の弾丸が二発。男の断末魔をジェット機の着陸音がかき消した。
姿はやがて霧のようにかすんでゆき、ほんの数秒ですべてが幻のように消え去っていた。
三人の存在を示す痕跡は、もはやどこにも残されていない。
「良い手向けになったわね。あなたたち。血を吸わせてやってくれてありがとう」
褐色の頬が、ニッとほほ笑んだ。
「怨念だけで生きながらえてきたヤツだからね。あれだけ血を吸ったら・・・気持ちも癒えたはず。もうじゅうぶん満足して、復活することもないでしょう」

昔ね。あなたがたの村にいた連中なの。
見境なく村人を襲って、血を吸い尽くして。
共存しようという考えがなかったから、放逐されたの。
もとの故郷のカルパチアに戻っていたのだけれど。
あちらでももちろん、鼻つまみだったみたい。
舞い戻って、あのひとに仕返ししようとしたのね。
気がついたのは、ここへくる途中。
すぐに、手を打てたのだけど。
同属だから、気の毒だと思ったから。
さいしょはすこしだけ、まんまとしてやられたふりをしていたの。
あなたたちなら、成仏させて上げることができると思って・・・ね。

女たちの説明は淡々としていたが。
同属を滅ぼさなければならなかったためだろうか。
どことなく沈みがちだった。
「ユキコ。ブラウスを汚してしまいましたね?」
「すみません。不注意ですわ」
「いいえ。彼らのためにそこまでしてくれて。同属として、礼を言います」
たとえ彼らの霊魂がいましばらく漂うとしても。
きっと、貴女には悪さをはたらかないでしょう。それくらいの恩は心得ているはずですから。
イントネーションが微妙に異なる日本語が音楽的に響くのを。
由貴子さんはうっとりと聞きほれていた。
ユキコ。また、うっとりなさっていますね・・・?
今宵はもっと、うっとりしていただかなければなりませんよ?
「あの・・・手加減なしですか?」
間抜けなことを訊く夫に
「ばかねぇ」
由貴子さんはいつもの薄っすらとした笑みを浮かべて、ショルダーバックで小突いている。
「さぁ、今夜の貴方たちは、わたくしたちの囚われ人。愉しい夜を過ごしましょうね♪」
息子も娘も、いなやはないようだった。


あとがき
かなり異色なお話ですね。成功しているかどうかは別として。A^^;
さすぺんす・たっちといえるかどうか。自信はまったく、ございません。はい。(笑)

再あっぷ情報 ~ごく初期のお話~

2007年01月14日(Sun) 13:35:13

正直再現しようかどうか、迷っていたのですが。
ふんぎりをつけて、再あっぷいたしました。
二年前の6月始めころにあっぷしたものです。

「境界」(2005.6.11掲載)
吸血鬼、、フェティシズム、公認の婚外恋愛等々、コラボレーションを描きはじめたころの正直な感想です。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-777.html

「夜光虫」(2005.6.11掲載)
母親の服を着て夜家をさまよい出る少年の心裡。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-778.html

「隣はなにを」「日常の再開」「朝帰りを出迎えて」「早朝の喫茶店」「井戸端」(2006.6.12掲載)
カテゴリは「ご近所」「妻の情事」と分かれていますが、一連のお話です。
さまよい出て行った妻に取り残されて家に残った夫が、お隣の訪問者の生態をまざまざと見届ける→夜が明けると日常に戻る隣家→妻を出迎えて、喫茶店に→隣のご主人と苦笑いを交し合う
みたいな流れになっています。
かなり冗長なので、長いこと再あっぷをためらっていたのですが。
多少すてがたいところもあるので、思い切って再あっぷいたします。
お時間のあるときにどうぞ。^^;
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-779.html
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-780.html
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-781.html
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-782.html
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-783.html

再あっぷ情報

2007年01月13日(Sat) 20:32:24

遅ればせながらの、再あっぷ作品の紹介です。^^;

1月9日掲載分
「保険の先生」(2006.2.2掲載)
保険の先生って、天使のように優しくて。^^
男子生徒にとっては、憧れの的だったりいたします。
ちょっぴり切ないエンディングが気に入っています。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-762.html

「共犯者」(2006.2.2掲載)
婚約者の由貴子さんは、クローゼットに閉じ込めた私を挑発するように。
いけない愉しみに耽ってゆきます。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-763.html

1月11日掲載分
「お嫁に行けなくなる公園」(2006.2.2掲載)
周囲になんとなくなじめない、図書係の転校生。
放課後本の整理をしていると、そこには妖しいストーリーが。
薄暗がりの中で読んだ怖いお話が、帰り道現実になってしまいますが・・・
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-769.html

「幼馴染の三人組」(2006.2.2掲載)
男ふたり、女ひとりの幼馴染み。
血を吸い取られてしまった男の子が、婚約したふたりのまえに再び現れたとき・・・
柏木流甘々なはっぴぃ・えんどです。^^
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-770.html

「侵入者」(2006.2.2掲載)
ハイミスのOLには、高校生が。
お向かいの奥さんには、義理の弟が。
妻のところには、職場の同僚が。
そして、娘のところには、やはりご近所の奥さんが。
夜更け、静かな訪いを告げるのです。^^
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-771.html

「娘と愛人と」(2006.2.2掲載)
前作侵入者とやや同工異曲なのですが。
父の愛人という、仇敵であるはずの女吸血鬼に、いつか身も心もゆだねてしまっています。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-772.html

それにしても。いったいこの日はどうしたんでしょうね。^^;
ここにあげた六話を含めて、じつに九話もお話があっぷされております。

ひきつづきまして。おなじく1月11日掲載分をもうひとつ。
「お嫁にいけなくなる公園 2」
どういうわけか、旧「幻想」時代には「3」と書かれていました。
でも、どこ見ても、「2」が見当たらない。
きっと、描いたつもりになっていたんでしょうね。(^^ゞ
それとも、ほんとうは幻の話がどこかにあったのでしょうか??
>父親になった彼らはまた、娘たちをおなじ公園に送り出している。
というところに、時のうつろいを感じます。^^
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-773.html

1月12日掲載分
「時をへだてて」(2005.10.25掲載)
遠い日に、いけない悪戯を許してくれた少女。
人妻となってふたたび現れた彼女は、やはり悪戯っぽく身をゆだねてきたけれど・・・
少女と人妻のギャップに戸惑う吸血鬼さんのお話です。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-774.html

「寝室で」(2005.10.27掲載)
寝ている夫の傍らで、スーツのまま乱れる妻の情景です。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-775.html

だれにも、言っちゃあなんねぇぞ。 ~寝取る男 続編~

2007年01月10日(Wed) 21:16:51

艶笑。
そんな世界がまだ日常に息づいている、名もない村の出来事だった。

女好きなのに。いつまでも独り身なあの男。
どんな女もその気になって、なびくのに。
亀次がつねに狙うのは。
悲しいかな、いつも人妻。
ひとの嫁じゃないと、もえないんよ。
そんなあけすけな言い草に。
亭主どもも苦笑いをして。
じぶんの嫁が火遊びするのを、
あるものは、仕方なさそうに。
あるものは、面白がって。
黙認したり迎え入れたりしてやっている。

「困った、困った」
ふさふさとしていた黒髪は、いまは白髪が混じるようになったのに。
亀次のお盛んな行状は、いつも村人の笑のたね。
あそこの嫁にも、夜這いをかけた。
あちらの家では、祝言の夜に嫁を食われた。
あたかも怪談でもかたるように、ひそひそと。

「亀次さん、なにを困ったの」
一座のなかの頭だった男は、亀次とほとんど同年輩だったけれど。
女房を寝取られつづけて、もうなん年になるのだろう。
「まぁ、まぁ」
奥の台所から出てきた、男のお内儀は。
酔いに任せての放談を、いいかげん聞き飽きたのだろう
お盆の上に乗っているのは、渋茶だった。
「えっ、しょうがねぇな。もっと気のきいたものはないのかい」
「だめ、だめ」
女房は亭主じゃないほうから伸びてきた手をさりげなくどけながら、
ひとつひとつ、渋茶を皆にすすめてゆく。
「亀次さんのは、これね。惚れ薬が入っているだよ」
わははは・・・
なにもかもご存知な一座の笑いに、亀次も、亭主も、しきりに頭を掻いている。

「娘の祝言のことな、お前ぇは反対なんかね」
座がひけて、亀次と夫婦だけになると。
亭主は酔眼を改めた。
「やぁ、めでたいことだからよ、反対、ってわけじゃないんだが」
亀次はまだ、頭を掻いている。
娘のほうまで、手ぇ出すなよ。
村長はそういうと、いつもとはべつの部屋に自分の床をひかせていた。

ひと晩、村長の家にやっかいになると。
亀次が翌晩訪れたのは、幼馴染みの美雄のところ。
亀次が美雄の嫁と契るようになってから、はや二十年ちかくが過ぎていた。
「あら、あら。いらっしゃい」
美雄の嫁の華代がまだまだ若く、どうもすると嫁入り前の生娘のようにみえるという評判だ。
果報ものだね、美雄さんは。
村のものたちはからかうように評するのだが。
そのなかにたくまぬ羨望が混じっているのを、語るものも聞くものもよく心得ている。

美雄はもともと、女と契れぬ体。
それが亀次にそそのかされて、嫁をもらって。
もらった嫁を初夜から寝取られて。
むらむらときたある晩に、まんまとふたりの思惑どおり、
夫としての役目を取り戻していた。
感謝のしるしに、子がふたりさずかると。
美雄は亀次が嫁めあてに通ってくるのをこばまなかった。
それいらい。
女ひでりはいつも、美雄の嫁で充たし続けている。
果報は、亀次にもあるようだ。

「いや、困った、困った」
亀次はここでも、頭を掻いている。
「どうしたんだね」
「村長の娘と、お医者の息子が祝言をあげるだろ」「あぁ、聞いてる」
まずいんだよ・・・
だれにもいうなよ。
いかにも深刻そうに眉を寄せると。亀次の顔はよけいにおかしくなる。
ふふふ。
傍らに控えていた華代さえ、困り果てた顔つきの情夫をみて、笑いをこらえかね、そそくさと座を立っていた。

おなじタネなんだよ。
亀次が、声をひそめて語るには。
村長の嫁と契ったのと。
お医者の奥さんとできたのと。
ほとんど変わらぬ時分のことで。
月を数えると、どうしても。
どちらも亀次の子なのだという。
「どちらの親も、知っているのかね」
「さぁ、どうだか」
亀次は相変わらず困り果てたように、かぶりを振った。
誰が結びつけたわけでもないのだが。
息子と娘は互いに好き合うようになって。
親どうしも、ひどく乗り気なのだという。
「罪作りな、こと。しちまったなぁー」
苦しそうにうなり声をあげる亀次を、美雄はあわてて制している。

血が呼び合ったものかね。
美雄はつぶやいた。
からかいのようすは、すこしもなかった。
そうかも知れねぇな
亀次もいつになく、神妙に頷いている。
だったら、しょうがないだろう?
美雄がまた、ささやいた。
そうかも知れねぇな
亀次も、さっきとおなじに頷いている。
じゃが、だれにも言っちゃあなんねぇぞ。
わかってるって。

男どもは灯を消して、ひとつ部屋で横になった。
ひとりが寝息を立てると、もうひとりは足音を忍ばせて部屋を出て、
この家のお内儀の寝所にもぐり込んだ。
寝息を立てたはずの亭主は、足音が消えるころ。
やはり、そうっと起き出して。
足音を忍ばせて、女房の寝所を覗き込んでいた。

お・・・っと。
女房と契ったすぐあとに。
出会い頭に亭主にあえば。
いくら黙認とはいえ、間男たるものびっくりするのはとうぜんだった。
あたりはまだ、暗い。
しーっ。
美雄はじぶんの唇に人差し指をたてて、亀次をこちらへ・・・といざなった。
途絶えたはずの、秘めやかな声が。
まだどこぞから洩れてくる。
どういうことだい?
亀次はうろうろと、視線を迷わせる。
だれにも、言っちゃあなんねぇぞ。
どこかでおなじ言葉を耳にしたっけ。
亀次はそう思いながら、幼馴染みのささやきに耳を貸していた。
里香ちゃんの部屋じゃねぇか。
口をついて出たのは、美雄のひとり娘の名前。
だれ、忍んできてるだ?
亀次は許せねぇ、と、じぶんが父親であるかのように息巻いた。
もちろん小声で。
だれも、忍んできちゃ、いねぇよ。
えっ。だって・・・
みなまで言わせず、美雄はそうっと亀次の耳もとに口を寄せる。
兄妹で、契っている。
えっ。
里香は、お前ぇのタネだったよな。
うそぶくようなささやきに、亀次はぞうっとしたように頷いて。
それに、息子が惚れた。里香は母親そっくりだからな。
母親とは、寝ちゃなんねぇ。あいつもそう、思ったんだろう。
半分の血が、引き寄せて。
のこり半分が、心のいましめを解いたのさ。
どんな子が生まれるか、知れねぇが。
都会の縁類に、事情を含ませてある。
どうしても、離れたくねぇ、というから。
べつべつに、出してやって。
向こうで、めおとにしてやろうと思うのよ。
ここじゃあ、どうしようもなんねぇからな。
だからお前ぇも、村長とお医者のとこ、祝ってやれ。
なんにも言わねぇで。

初夜をとるのは、気の毒だぞ。
いやぁ・・・
やつは困ったように、あたまをかいて。
じぶんの娘と知りながら・・・だいぶまえに、契っちまった。
村長はいいひとだから。
妻と契りにきても。娘と契りにきても。
おなじように、迎え入れてくれるのだ。
亀次はどうやら、いつもの亀次に戻ったらしい。

あとがき
2月28日付「寝取る男」の続編です。
子孫を残していないはずの亀次は、村のそこかしこにじぶんの子供を残していて。
いけない性癖も、しっかり受け継がれているようです。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-347.html

早起きなんです。  息子の恋人 2

2007年01月10日(Wed) 20:47:07

おや、早いんですね。
朝のしじまが消えない時分。
息子の恋人である律子さんは、今朝も濃紺のセーラー服に装って。
インターホンの音さえも、軽やかに響き渡らせている。
おはようございます♪
爽やかななかにも、いまどきの子にはないほどの礼儀正しさをこめて。
会釈をかえす少女の肩先を、長い黒髪がつややかに揺れた。
早いんですね。
わたしのひと言にハッとしたように、少女はちょっぴり顔を赤らめて。
あわててそれを押し隠すと、
・・・いらっしゃいます?
息子のことを、訊いてきた。

おや、早いね。
異口同音に、そういわれると。
少女はすっかりいつもの落ち着きを取り戻していて。
「早起きなんですー」
いけしゃあしゃあと、応えている。
スカートのすその下。黒のストッキングに滲んでいる、一条のほつれ。
縦に細長く、ふくらはぎのカーブに沿っている。
よく見ると。
白い頬も、どことなく妖しく蒼ざめていて。
色の失せた唇を、すこし寒そうにかみ締めている。
どこに寄り道してきたのか。
夜を過ごしたのは、何処なのか。
問うのはさすがに、無粋というものだろう。

あとがき
先日再あっぷした、「息子の恋人」。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-753.html
どうしてこんな朝早くから?という疑問を頂戴しました。
お答えになっているかどうかは「?」ですが。(笑)
ふと、こんな情景がかすめたのでした。

宴過ぎて ~能舞台にて 続編~

2007年01月10日(Wed) 07:29:57


凌辱の嵐が通りすぎたあと。
忍び寄る冷気が、人々の素肌をふたたび寒々と凍えさせていたが。
皮膚の下を巡る血潮にしみ込んだ淫らな熱は、
かれらの体内をじわじわと侵しつづけていて。
もはやふたたび、もとに戻ることはない。

妻が犯されるところを。娘が犯されるところを。
母が犯されるところを。妹が犯されるところを。
目の当たりにしてしまった男たち。
あらたに塗り替えられた日常に、
いままでの常識は遠い忘却の彼方となる。

御所のなかでは。好きにしてよいのだぞ。
長に告げられるままに。
その夜、相手を替えて、まじわってしまっていた。
もはや、無言で。
息子は母の。父は娘の。
気品ある礼装を、淫らに着崩れさせてゆく。
はぁはぁと荒い吐息をあらわにして。
女たちは、ブラジャーのストラップを引きちぎって。
脚もとを装ったストッキングをずり落ちさせて。
獣のようなまぐわいに、刻を浸してゆく。

目ざめたようだな。
明け方になって。
長がそれぞれの新床を訪れて、そう告げる。
目ざめ。
睡眠からの覚醒だけを意味するのではないのだと。
だれもが気づいてしまっている。
女どもは、村の若者が慰むことになる。
その間は・・・お前たちも村の女と好きにしてよいのだぞ。
長はそういったけれども。
ふたりとも、それぞれのパートナーの近くから、決して離れようとしなかった。



眠れない。
ここは都会の自宅。
夜更け、夫婦の寝室に迷い込んできた息子は。
みじかいことばで、父親にその妻を要求した。
要求された男は、やはりみじかく頷いて。
冷えた廊下を足音忍ばせて。
階上にある娘の勉強部屋に向かってゆく。
娘はきっと。
制服好きな父親の好みに合わせて。
濃紺の制服と黒のストッキングで待ちうけているのだろう。
いまでも生娘のように。稚拙な演技でつくられた羞い。
すぼめた脚のすき間とおなじくらい、稚ない芝居に、いっそうそそられる。
背後の闇は、悩ましさをいっそう、濃くしている。


あとがき
蛇足でしたでしょうか?
何処からか拉し去られてきた、都会の男女。
夫と妻。兄と妹。
ふたつのカップルは、いったいどういう人たちだったのだろう?
想いを馳せるうち、両者が別々のものではない、と感じるようになって。
キーの赴くまま、つむいでみました。

再あっぷ分をもとのさやにおさめました。(^^ゞ

2007年01月09日(Tue) 20:13:08

えー、再あっぷ分については再掲直後に解説を加えていたのですが。
諸般の事情で遅れまして。(^^ゞ
もとのさや(当初のアップ月)におさめたあとでのご紹介となります。

1月6日再掲分
「饗応」(2005.7.23掲載)
目のまえで血を吸われようとする妻が、立ち去ろうとする私の手首を握り締めて囁いた。
「ここにいらして。心細いわ」
数回に分けてあっぷしていたものを、ひとまとめにしました。
表現は、やや濃いです。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-747.html

「妻の朝帰り」(2005.7.23掲載)
妻の朝が襟を待ちわびる夫。
話し相手の息子もじつは婚約者を・・・というお話です。
本人たちがさいしょからさいごまで登場しない(吸血&えろしーんがない)というのが特徴といえば特徴です。(笑)
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-748.html

「複数の吐息重なり合う夕べ」(2005.7.26掲載)
複数の男性が待ちうける館への招待。
お相手の数を自慢し合う夫たち。
だれもが寝静まった夜更け。ひそかに展開される、歪んだ悦楽。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-749.html

「夕べの出来事」(2005.8.5掲載)
明け方になって。夫婦の寝室から忍び出てきた彼は。
「奥様に救っていただいたよ」
そう告げて、静かに去ってゆく。
リアルタイムな表現で描いてみました。
初期の一人称ものは、かなり丁寧な言葉遣いなんですね。^^;
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-750.html

1月7日再掲分
「供血」(2005.7.21掲載)
夜の訪客は、固く閉ざされているはずのドアをどのようにして開いてしまうのでしょうか?
今回は祥子さまが、素敵なコメントをいれてくださいました♪
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-751.html

「クラスメイト」(2005.8.5掲載)
仲良しの女学生三人組は、血を吸う老婆の相手をする順番をじゃんけんで決めています。
無邪気な女学生と無気味な吸血老婆とのシュールな組み合わせ。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-752.html

「息子の恋人」(2005.8.6掲載)
朝早くから吸血鬼相手にはしゃいでいる、無邪気なカップルです。
※前段をあっぷしそびれているのを発見。大幅に追加しました。要チェック?
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-753.html

1月8日再掲分
「せめて・・・」(2006.1.29掲載)
妻を襲う吸血鬼と夫との対話。仇敵同士のはずのふたりは、いつか共感を深めていって・・・
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-755.html

「夜這うものたち」(2006.1.29掲載)
村の歪んだ因習について、ちょろりと短く描かれてあります。^^;
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-756.html

「貞操試験」(2006.1.29掲載)
妻を縛って出かける夫たち。
果たして侵入者の誘惑に耐えることができるのでしょうか?
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-757.html
あとがき「あなざ・すとーりぃ」
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-764.html

「恭しい拝礼」(2006.1.29掲載)
村に囚われた都会の夫婦を待ちうける運命とは?
洗練された衣裳に不似合いな蛮行を体験しながらも、交流が深まってゆくみたいないささかちぐはぐなプロット、気に入っているんです。(笑)
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-758.html
あとがき「我ながら」
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-759.html

コメを頂戴した「恭しい拝礼」とそのあとがき「我ながら」、おなじくあとがき「あなざ・すとーりぃ」をつけ加えた「貞操試験」はもうすこしトップに残しておきます。

おやおや、こんなにいっぺんに移してしまうと。
今月分が、ずいぶん寂しくなりますねぇ。^^;
まっ、気分だけはにぎやかにまいりましょう♪

声 励まして

2007年01月09日(Tue) 18:54:45

だいじょうぶ。貴男は、だいじょうぶ。
せつせつと声を励まして、俺を支えようとする女。
けれども、いちばん傷つき疲れ果てているのも、彼女。
自らのことは意識の向こうにほうり投げて、
顔蒼ざめさせ、よろめきながら。
ただひたすらに、目のまえの俺を救おうとする。

だいじょうぶ。俺は、だいじょうぶ。
手負いの獅子ほどの頑敵はいない。
だれもが、分かっている。俺に手出しをできるやつなど、いはしない。
だから貴女も・・・
腕のなか、倒れかかってきたその身は思いのほか嫋々としていて。
天女の羽衣の頼りなさを抱えて、俺は途方に暮れる。

血を吸いあって、生きているのね。わたしたち。
魔性の瞳が、ときとして真実のきらめきを宿すことを。
誰が知ろうか。

能舞台にて

2007年01月08日(Mon) 09:11:00

雑木林の向こうに佇むのは。
古風な寝殿とも見まがう、壮麗な黒木の築地。
ひとはそれを、
御所
と呼んでいた。

御所の甍がそのままに映じる水面を。
無言の行列が踏みしだいてゆく。
輿のうえには、白無垢の女。
ややおいて、紋付姿の男。
担ぐものも。担がれるものも。ただひたすらに、無言。
脛ほどの水かさの川面に、ばしゃばしゃと踏み入れながら。
袴をたくし上げた逞しい脛たちは、ひたすらに御所を目指している。

久々に点じられた燈火に、古びた灯籠は蘇えったようにかつての輝きを取り戻し、
主なき宮殿はつかの間、甍や欄干から枯れた落ち葉を払いのけられる。
庭の中央には、吹きさらしの能舞台。
周囲を取り囲む篝火は、赤々とした焔をあげて。
あたりいちめんにたちこめた冷気のなか、あたかも結界をなすがごとく、
ほてるほどの熱気を散じつづけている。
行列をなしていた数十人ほどは。すべて男。
いずれも厳粛の裡に表情を消して、
輿からおりた花嫁と花婿を、引き立てるようにして舞台の上へと促してゆく。
黒木の床は、ぴかぴかに磨かれている。
篝火の熱気はまだそこまでは届かないものか、
素足には氷板のように冷たい。

ぬばたまの 夜の闇こそ うれしけれ 夫(おと)は夫ならず 妻(め)は妻にあらじ
夜這いわたる この夜の闇に 見まほしき しとど濡れたる 濃ゆき繁りを 
おのがめを ひとにまじらす ひとよゆえ せのきみましませ 木下闇に
まれびとに おのが妻(め)まゐらす 濡れ床の 夢めくるめき しじまのなかに

古風で露骨な謡い文句が、呪文のように秘めやかな韻律を伴って、
澄み渡る冷気を淫らに染めはじめた。
花嫁は手を引かれるままに。
背すじをしゃんとさせ、しずしずと舞台の中央に歩みをすすめ、
花婿はまた周囲の男どもとおなじように、口許を引き結んで表情を消している。
花嫁の手を引く男の顔が、にわかにおもてをあらためて。
丁重に引いていた花嫁の白い手をぐいと引き、
荒々しく、その場に引き倒す。
ずだん・・・
場違いなほどの転倒の音が、周囲の静まりかえった空気を一気に乱した。
和装の男どもが、まろび臥した白無垢のうえ、いっせいに踊りかかってゆく。
いなやはなかった。

ぬばたまの・・・
夜這いわたる・・・
おのがめを・・・
まれびとに・・・

呪文は花嫁の嘆声を呑み込み、そのうえに群がる獣どもの息遣いを消してゆく。
袴の裾をぎゅっとつかまえたまま。
花婿だけがひとり、恍惚と傍らに控えている。

能舞台の袖に引き出されたのは、ふた組の男女。
いずれも都会ふうの洋装に身を包んでいる。
男ふたりは、暗い色の背広。
年嵩の女は、グレーのスーツ。
十代の少女は、純白のセーラー服。
周囲の寒気には場違いな夏服の胸もとを、青いスカーフが引き締めていて、それが折からの風になぶられている。
能舞台のうえの凌辱を、ぼうぜんとして見つめるまなざしを。
引き立ててきた男どもは、面白げに眺めている。
女たちの洋装が、よほど珍しいのか。
見慣れないよそ者に興味をそそられたのか。
熱っぽい目線は淫らなものを含んで、
きちっと束ねられた黒髪から、むき出しの白いうなじから。
ゆるやかな隆起を帯びた礼装、そしてスカートの下を染める色とリどりのストッキングまで。
まるで舐めるように、見つめつづけている。
女を伴った背広の男たちは。
そうした目線をさすがに察して。
時おり咎めるような目線を送り返すのだが。
無遠慮な目線はたえて、女たちから離れることはない。

儀式は整然さを取り戻していた。
呪文はあいかわらず、流れている。
能舞台の中央。
仰向けになった花嫁は、氷のような無表情に感情を押し隠して。
その上に、着物をはだけた男たちが、
かわるがわる、順ぐりにおおいかぶさってゆく。
必要以上の乱れをみせない白無垢が、却って場の淫らさをひきたてていた。
声ひとつ、咳払いひとつ、許されない。
時おりこらえきれないのか、花婿の耳にまで届くか届かないかの嘆声が、女の唇から洩れるいがいは。

さあ・・・というように。
洋装の二組が、能舞台にあげられる。
鏡のように磨かれた舞台の床は、まだ冷たくて。
薄い沓下に包まれたつま先が、黒木のうえに寒々と映えている。
一同の長らしき白髯の男は、逆立った髪を振りたてて。
そこになおるがよい。
ひと言、重々しく告げた。
戸惑うように、顔を見合わせる女たちを。
数人の男が肩を捕まえて、引き据えた。
あ・・・
連れの男たちの制止は、両脇についたべつの男どもに遮られている。

皆の衆。祝言の引出物じゃ。ぞんぶんに愉しむがよい。
長老が厳かに、女たちの処遇を宣告する。
あ・・・そればかりは・・・
戸惑う男女を、一群の男どもが呑み込んでゆく。
引き剥かれたブラウス。あらわにされたレエスのスリップ。
人妻は激しくかぶりを振りながら、涙をひとすじ、頬に伝わせた。
スカートはたくし上げられて、奥まで手を這わされて。
じょじょに狂わされてゆく理性。
ここに連れてこられるまえに含まされた毒酒が、いまごろになって、
灼けつくほどの焔を体内にぐるぐるとくゆらせてくる。
あ、ダメ。見ないで。あなたっ・・・
淫婦だそうだな。
長が、女の夫に囁きかけた。
夫は無表情に、頷いている。
仕置きじゃ。悪う思うな。
そんな囁きにも。
せんこくの花婿とおなじように感情を消した頬が、頷き返している。
行き渡った毒酒が、男の血管を紫色に浮き上がらせていた。

妹さん、なのだな?
長の息子が、もうひとりの青年に語りかける。
えぇ・・・
小心らしい青年は、整った目鼻立ちをひきつらせながら。
虐げを受けてゆく妹から、目を離せないでいる。
ひざ丈のプリーツスカートは、太もものすこし上あたりまでたくし上げられていて。
大人びた薄墨色に染まった脚には、淫らなものに満ちた手や指が這わされあてがわれている。
ほら。舐めるやつがいますよ。
長の息子が告げるまでもない。
黒のストッキングのうえから、よだれをたっぷりと光らせた野卑な唇があてがわれてゆき、
いたぶるように吸いつけられてゆく。
少女はすでに表情を消していたけれど。
さすがにむたいなあしらいが気になるらしく、
時おり咎めるような目を、じぶんの足許に送っている。

とりどりの手が。
ふたりの女の胸をまさぐり、太ももを撫でさする。
素肌からにじみ出る若やぎを奪い取るように、荒々しく。
呪文のむこうでは、誰もが、無言。
ただ、秘めた息遣いから伝わる熱気だけが、あたりを妖しく包んでいる。
足許を彩るグレーや黒のストッキングは。
都会の気品や理性を忘れさせようとするように。
かわるがわるすりつけられてくる唇やべろの下。
青白く浮き上がる脛の周り、ふしだらなよじれを深めてゆく。

ぬばたまの・・・
夜這いわたる・・・
おのがめを・・・
まれびとに・・・

意味はさだかに取れないまでも。
禁忌の歌、ということは、都会のものたちにも察しがついた。
古から伝わるらしい、それらの淫歌は。
その場のものたちすべてを支配するごとく、
艶麗な旋律に合わせ舞うように、人々の鼓膜に妖しく沁み入って。
裡なるものを狂わせてゆく。

ぶちっ。
肩先からストラップがはじける音。
人妻の乳房のふくらみを蝟集(いしゅう)する目線から遮っていた薄衣が、
皮一枚めくるほどの他愛なさで取り除けられる。
おぉ・・・
声にならない声が、賞賛をつたえていた。
ぱちぱちっ。
妹の脛から、黒のストッキングが裂け目を滲ませた。
かわるがわる舐めいたぶられてきた女たちのストッキングは、
もはやあらわな欲情から素肌をさえぎる役割から解放されている。
女たちがみせた衣裳の隙に、獣たちは瞳を昏く輝かせて、
見境なく襲いかかってゆく。
グレーのストッキングのなか、キュッと丸められた足指が。
禁じることのできない歓びをつたえ、
濃紺のプリーツスカートから鮮やかにはみ出した白い太ももが。
少女が一人前の女になったことを物語る。

妻や妹を穢された都会の男たちは。
周囲の男どもに親しげに肩をたたかれて。
いまは淪落の渦のなかに身を投じている。
青年の下には、妹がいた。
手を貸さないまでも、相姦の風景を見入るもの。
見境なくなった同類のために、突っ張る腕を取りのけてやるもの。
兄に吸われる唇が、いまは応えるように。
けんめいに、吸いかえしてゆく。
夫の下には、白無垢の女。
自らの婚礼を祝う引出物たちが淫らな誘惑に身をさらしているあいだにも。
なおも数人の凌辱を、まるで娼婦のような無表情を保ちながら受け入れていたのだが。
身を合わせてくるのが都会の男と知ると、ほんの少し羞じらいをみせた。
拒むような仕種が、夫の心に火をつけた。
狂ったような吶喊の果て。
妻よりも若々しい、なめしたような皮膚がみずから吸いついてくるのを。
どうしようもないほてりとともに受け止めている。
見て。
自分の下にいる女が囁いた。
あざやかに朱を刷いた唇が、毒蛇の舌のようにぬめらかに光っている。
花嫁は、うまれて初めて感情をあらわにするように、おっとりと笑みながら。
男の目線を傍らに促してゆく。
妻が、はしたなくも、悦んでいた。
乱れたネックレスを輝かせた、むき出しの胸。
すりむけたストッキングに淫らに彩られた立て膝。
躍動するがごとくくねる全身に、淫らな歓びをしんから滲ませて。
氷板のような黒木の床のうえ。
淫靡な舞踏に、身をゆだねている。
妖しい呪文の旋律に、あたかも合わせるように、舞うように。

ぬばたまの・・・
夜這いわたる・・・
おのがめを・・・
まれびとに・・・

ぱちぱちと静かにはじける篝火に取り囲まれて。
能舞台のうえ、くり広げられる秘められた宴。
渦巻く禁断の熱情は、築地の向こう側に洩れることはない。

あとがき
こちらに時おりお越しいただいているmasterblueさまが、華麗極まる禁断の世界をくり広げていらっしゃいます。
向こうを張ったわけでは、決してないのですが・・・^^;(ムリだって)
つい、触発されてしまいました。(^^ゞ
村の因習・・・のような世界。
妖しを覚えますね。

masterblueさまのサイトはこちら。
「日々の妄想を形にして」
http://pettrainer.blog34.fc2.com/

姫はじめは、お振袖♪

2007年01月07日(Sun) 07:50:26


鶴か、白百合か。
己の妻をそこまでたとえるのは、さすがに気恥ずかしいのだが。
振袖に着替えた由貴子さんは、楚々とした風情に華やぎを添えて。
ノーブルな口許に、薄っすらと笑みをたたえている。
笑みに秘められたのは、いくばくかの恥じらい、翳り。
「行ってまいりますわね」
小首をかしげて、わたしの顔色を窺って。
耳もとに口を寄せ、そっと囁きかける。
「ま・わ・さ・れ・に♪」
あとからあなたも、いらっしゃるのよ。必ず・・・
ひとの耳の奥まで毒液をそそぎ込んだあと。
毒殺者は愁いを秘めた笑みにすべてを押し隠す。
結婚して、もう何年になるのだろう。
それだというのに、楚々たる気品はいっそう冴えわたり、
裡に秘めた淫ら心を、ちらとも漂わせることがない。
ゆらゆらと揺れる髪飾りが。
過去の記憶をまるで昨日のように、よみがえらせる。


秋にはあげるはずだった祝言は、年越しに繰り延べられていた。
もちろんそのあいだ、婚約者の由貴子さんは処女の血を吸われ、
酔わされるままに吸い尽され、
汚れを知らぬ透きとおった素肌には、淫らなものさえ含まされていた。
それでいながら。
由貴子さんは初々しい笑みに白い面差しをいっそう透きとおらせていて。
まるで生娘みたいに、振袖に包んだ肢体からぴちぴちとしたオーラをはじけさせている。
注ぎ込まれた毒液を、若い素肌を装ううわぐすりに変えて。
「さぁ、おうかがいしましょ」
小首をかしげて。誘うように。それでいて、はっきりと。
淫らな宴へと、わたしをいざなってゆく。

しんしんと雪の降る大晦日だった。
「大晦日くらい、ご実家に帰らなくてよかったの?」
急須でお茶を注ぎながら、母はにこやかに由貴子さんをかえりみる。
まだ、四十代の人妻だった母。
若さをじゅうぶんに帯びたうなじには、くろぐろとした痕をくっきりと浮かべている。
由貴子さんは、あら・・・と呟いて、さりげなく肩まで流した髪をかきのけた。
首筋にはやはり、母とおなじ赤黒い痕を浮かべていた。
うふふ・・・ふふ・・・
意味深な含み笑いにすべてを隠して、女たちはなにごともなかったように日常にかえってゆく。
一日おいて。
「いっしょにいらしてくださいますね?」
あでやかな振袖の由貴子さんは、小首をかしげて、わたしにいなやを言わせない。

渦を巻く花鳥模様の振袖を着崩れさせて。
畳に広がるのは、淫らな絵巻物。
素肌をほんのりとほてらせて。
整えた黒髪を、わずかにほつれさせて。
割られた裾から、秘めていたものを見え隠れさせながら。
密やかな吐息は、熱く濃く、あらわにされた乳房を深々と上下させている。
ひとつになった腰のうごきは。
まだ、初々しい戸惑いをみせていたけれど。
リズミカルな律動に、理性のすべてをうち砕かれて。
清楚な目許を、病めるが如く、淫らな色で縁どりながら。
長い睫毛を、ぴりぴりとナーバスに、震わせながら。
いやですのよ・・・お嫁入りまえなのですよ・・・あぁ、それなのに。このようなはしたない・・・
はっきりと肩肘張っていた言葉づかいが。
深まるまぐわいとともに、すこしずつみじかく途切れていって。
あっ・・・ううっ・・・視ないで。ご、ら、ん、に、な、ら、ない・・・で・・・っ
やがて、間歇的なうめき声に、すべてが飲み込まれてゆく。


「どうしても、姫はじめには・・・由貴子が要りようだね」
受話器の奥から響く、くぐもった声。
わざとつくったものではなく。ほんとうに飢えているのだと。
彼は声色で告げている。
いまはもう、「さん」づけですらない。
妻はそれほどまでに彼に愛され、なくてはならないものとなっている。
飢えた幽鬼を癒す、救いの女神。
彼はそう呼んで、妻を惜しみなく讃え、
讃えの証しに、色濃いものを透きとおる素肌にしみ込ませてゆく。
わたしはしきたりどおり、いつものように物分かりよい亭主を演じていた。
「ああ、いいでしょう。・・・今回もまた、お振袖かな?」
「う・ふ・ふ。お宅のお姫様を、思う存分汚してあげるよ」
じわりと渦巻く血潮の妖しい疼きを皮膚の下におぼえながら。
わたしはしずかに受話器をおいた。
装った寛大さは、どこまで装いのままなのだろう・・・?
そんな訝りを振り払うようにして。
「由貴子さん、今年もお呼びがかかったよ」
あら・・・
忙しく立ち働く台所から、困惑の声
困ったわ。迷惑ね・・・といいたげに。
妻は咎めるような目線を、わたしのほうへと注いでくる。
あなた、断ってくださらなかったの?
と、いいたげに。
ただし・・・
けっして、額面どおりに受け取ってはいけないのだ。
彼女の非難には、いつも甘い毒が秘められているのだから。

もう、いい齢ですのにね。
そんなふうに、恥じらいながら。
しゃりしゃり・・・っ、と。
密やかな衣擦れの音に、細腕を包んでゆく。
嫁入りまえの娘が身にまとうはずの、あでやかな花鳥模様は。
楚々とした大人の色香と、しっくりと重なり合っていた。

姫はじめが済むまでは。
夫婦の交わりさえ、禁じられている。
淫らを知った熟れた血潮は。
清楚な肌に、うわぐすりのような翳を滲ませている。
生娘のころには見られなかった潤いが。
花鳥模様に包まれて、清かな艶麗を帯びていた。
「では・・・まいりますわね」
迎えの馬車に、手を取られ乗り込んでゆくお姫様は、
窓越しにもういちど、艶然とした笑みで小首をかしげてくる。
ふたたびお邸で顔をあわせるとき。
妻としての仮面を捨てて。
彼の愛人になりきって。
娼婦のわざを尽くしているのだろう。

さて。わたしも出かける用意をしなければ。
真冬には寒すぎる薄い靴下が、起き抜けのよどんだ脛をひんやり、しっとりと包んでゆく。

楽屋裏の舞台監督

2007年01月05日(Fri) 19:56:43

試験が明日に迫っているというのに、俺はあてもなく街中をほっつき歩いていた。
大学四年というのは、行き止まりの、どんじりの境地。
とくに、俺のように今もって就職の決まっていないものにとっては。

一年先輩だったAは、来年もまた留年するつもりらしい。
さっきまで俺といっしょにいて、何か面白いあてがあるのか、スッとどこかへ消えていった。
似たり寄ったりの出来にしか見えなかった同輩連中も、さっきまでいっしょにいたのだが、
きょうは内定先の行事がある、とか言い出して。
いつの間にか、俺のまわりからは、だれもいなくなってしまった。
予備校、とはいえないまでも。
大学院受験専門の勉強室のようなものがあって、やはりあてどもなく出入りしていたのだが。
そこに行ってみることにした。
先刻Aたちと出て行ったばかりの俺をみて、講師の先生はおや、という顔をしたけれど。
もはやそれ以上の関心を示すこともなく、そそくさと自分の仕事に戻ってゆく。
どこにも行くあてのない自分。
窮すれば通ず、とはいうけれど・・・

勉強室は、とある雑居ビルのなかにあった。
雑居ビル、といっても、新築のビルで、どのフロアもぴかぴかに磨かれている。
古くさいうらぶれた感じは、どこにもなかった。
いつも通りすぎるその階に、どうして目がふれていなかったのか。
階段をぼんやりと降りてゆく俺の目に、そのフロアの奥まった扉が目についた。
映画館か劇場のようだった。
扉の奥から洩れてくる、作られた声色の幼稚さからすると、どうやら子供向けのお芝居らしい。
そのまま行き過ぎようとしたのだが、
どういうわけか足が床に吸いつけられたように動かなくなった。
受付の女性が、いやに親しみの込もった笑いを投げてくる。
決して若くはないそのひとの顔が、ひどく若やいでみえた。
「監督でしたら、いまならお時間あるようですよ」
まるで、顔見知りに声をかけるような気軽さだった。
どこかで会ったことがあるのだろうか?
あぁ、もっとも・・・
毎日ここを通っているじゃないか。

監督の控え室は、ロビーの脇の、階段からはちょうど死角になるあたりにあった。
狭い室内は散らかっていて、お芝居の衣裳だの小道具らしきものが散乱している。
人がほとんどいないのに、雑然とした室内には、さっきまで詰めていた出演者やスタッフ達の気配を残すように、妙な活気にはずんでいた。
「やぁ、いらっしゃい」
入ってきた俺と目が合うと、初老で痩せぎすな監督は親しみを込めて席をすすめてくれた。
席といっても、そのへんに斜めに放置されていたパイプイスに過ぎなかったけれど。
人に歓迎される。
そんなこと、絶えてないことだった。

「ここはもう、五十年もやっていましてね」
監督自身のことではないらしい。
彼の年齢自体、せいぜいそんなものだろう。
劇団がそれだけ、長命だということのようだ。
こういう世界の人に対して勝手に想像したイメージとはかけ離れて、ごくふつうの目だたない柄の背広を着、きちんと分けた髪形をしている。
しいていえば、黒のサングラスの奥に輝く瞳が、なにか得体の知れない輝きを放っているところだろうか。
それとても、穏やかすぎるほどの物腰にすこし失望し安心した俺自身が、彼のなかになにか特別なものを見出したくて、勝手に描いた幻想なのかもしれないが。
「ふしぎなものでしてね。どこにもそれなりのファンはいらっしゃるもので・・・食いっぱれはないのですよ」
そういいながらも、
何処と、何処と、何処。
監督は日本全国のあらゆる地方の地名をあげて、
その街でのお芝居の終演を語っていた。
サラマンダーという不思議な名前の正義の味方は、もうかれこれ半世紀近くまえに登場し、いまではほとんど誰からも忘れられた存在だった。
そんなお芝居をえんえんと、全国各地渡り歩いて興行しているらしい。
「あの女性は、(と、受付にいた女性のことをさして)それらの終演をすべて、取り仕切ったのです。終演というものは、諸刃の剣だ、っていいながらね」
それはそうだろう。
終演とは・・・もうその土地ではお芝居をやらない、という行為。
即、業務の縮小を意味する。
どうして終演せねばならなかったのか、監督はついに語ることはなかったのだが。

一部が終わったらしい。
狭い控え室にはふたたび、出演者やスタッフ達の熱気がもどってきた。
「やぁ、お疲れさん」
監督はそれぞれに気さくに声をかけ、部屋には入ってきたものたちもいちように会釈をしたが、
俺にはわざとのように関心を示さず、黙々と後片付けや第二部の用意に余念がないようす。
無関心、というよりも。これから俺がどういうかかわりをしてくるのかを、さりげなく窺っているようだった。
ふつうなら見知らぬ来訪者に抱きがちな、異物に対する警戒感とは違って、
ちらちらと投げられる視線には、不思議な親しみが込められていて、
そのことが俺をやけにリラックスさせていた。
しらずしらず、俺は監督に、自分のおかれた立場を語っていた。
すんなり就職する道は、ほほ100%閉ざされていること。
かといって、留年するつもりはまったくないこと。
あるとすれば、大学院への進学だが、そもそも学者や先生になるほどの覚悟は定まっていないこと。
そして、大して積んでいない勉強の成果を問われるのは、明日であること。
ひとつひとつに監督は頷きながら耳を傾け、えっ、きみみたいな有望そうな学生さんが?といわんばかりに、同情のまなざしをそそいでくる。
あたりはじゅうぶん、ありそうだった。
しばらく、世話になるわけにはいかないか。
つんのめるような臆病な声色で切り出したそんな申し出に、おいでなすった、といわんばかりに。
監督はにやりと口辺に笑いを浮かべ、拍子抜けするほどかんたんに、いいでしょう、と言った。

「では、うちの専任ということで。明日から来て下さい。そのまえに・・・」
監督はちょっと変な笑いを浮かべながら、
「貴方の身体に、埋め込まなくちゃならないものがあります。べつに健康に害があるものではないのですが、よろしいでしょうか?」
ここまで言って、いなやはなかった。
男はおおいかぶさるようにこちらにスッと近寄って、気がついたときには、首のつけ根のあたりに、なにか硬いものを圧しつけられていた。
皮膚が裂け、なにかがはじける感覚が走る。
うん。合格。
両肩を捕まえられていたので、どうにかその場で倒れることはなかった。
男の口許に光っているは、さっきまで俺の血だった赤い液体。
体温とともに去った理性が、俺の心のなかをがらんどうにしていた。
恋人がいますね?明日連れてきてください。若い女の血が必要なのです。
あの子たちも・・・そうやって長いこと、この劇団に籍を置いているのでね。
あごをしゃくった向こうには、若いのかかなりの齢なのか、さだかに見分けのつかない女たちが、色とりどりの衣裳に着飾っていた。
第二部が始まるらしい。
女性スタッフ達は、みないちように、こちらを振り返ろうともせずに、細い肩を並べて立ち去ってゆく。
色鮮やかなワンピースの下、肌色のストッキングに包まれた脚がばらばらな歩みを進めてゆくのが、ぼんやりとした視界に映った。
あのなかのひとりに、いかがです・・・?
悪くないですね、うわ言のように呟いている俺。
あなたとは仲良くなれそうだ。
監督はフフッと笑って。
ズボンの下を見通すように、俺の足許に目をやって。
長い靴下、履いていますね?わかるんですよ。
有無を言わさず、スラックスをたくし上げている。
もうすこし、やらせていただきますよ。靴下の上から噛んでもいいですね?
わたしの趣味なので。
スッと意識が遠くなるなか。
  終演は、もろ刃の剣なのよ。
どこかでそんな声が、きこえたような気がした。