淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
「うちの病院は、看護婦不足でしてね・・・」
2012年11月26日(Mon) 08:10:43
「うちの病院は、看護婦不足でしてね・・・」
陰気な感じのする病院の院長は、そんなに齢ではないはずなのに、
顔いちめんを覆う翳のためにか、ひどく陰気な感じがした。
「えぇと、加瀬さんね。じゃあ明日から、事務員として採用しますのでいらしてください。始業は朝9時からね」
眼鏡の奥からそっけない視線を投げた白衣姿は、呟くような低い声で彼の採用を告げると、
加瀬ナオキ、と彼のフル・ネームを万年筆でさらさらと書いた。
看護婦不足?
加瀬は耳を疑った。
院内に足を踏み入れてからこの事務室までは、ほんの数十歩と歩いていないというのに。
いったいなん人の看護婦とすれ違ったことだろう。
十人?二十人?それとも数十人?
だれもが影絵のような無表情で彼を見ると、軽く会釈をして通り過ぎたのだ。
奇妙にも、彼に背中を向けている看護婦は皆無に近く、だれもが廊下の向こうから現れて、背後へと消えていった。
だれもが古風なワンピースタイプの白衣をまとっていたが、
足許だけはちょっと、不思議な感じだった。
ほとんどの看護婦は、これまた昔ふうに白のストッキングや、ひざ下までのショート丈のストッキングだったけれど、
おなじショート丈の白ストッキングでも柄ものを穿いていたり、黒いやつだったり、なかにはカラータイツを穿いているものまでいたからだ。
風紀が乱れているのかな?
そう思うと加瀬はちょっぴり顔をしかめて、彼のことを玄関まで送ろうとする院長を振り返った。
「ここの看護婦さんは、ずいぶん皆さん、おしゃれなんですね」
冗談ごかしの口調を作る加瀬に合わせるように、院長は「アハハ」と軽く笑っただけだった。
こちらに向かって歩いてきた丸顔の若い看護婦は、意味ありげな視線を加瀬に投げると、澄ました顔で通り過ぎてゆく。
背すじをピンと張りつめて、それは格好よく歩くので、上背のあるしなやかな身体つきがいっそう、しなやかに映えた。
アップにした黒髪から広いおでこをツヤツヤと覗かせて、くりっとした瞳がいかにも理知的に輝いている。
なにかを告げたい・・・というような、いかにもいわくありげな顔つきが、加瀬の目を惹いた。
「いやいや、とにかく看護婦不足なもんですから」
玄関で別れぎわ、院長は思い出したようにそういった。
加瀬が声を投げてからだいぶ経ってからの応えは、ひどくタイミングの悪い間の抜けたものだったが、思わず加瀬は食いついていた。
「だって、あんなに大勢いらっしゃるじゃないですか」
いま目にしただけでも、延べにして数十人はいるだろう。
比較的大きな病院だったけれど、その数は不釣り合いなほど多い。
「いや、あれでも足りんのですよ。いろいろと事情がありましてね・・・奥さんももし職をお探しでしたら、いかがですか?資格を持っていなくても、補助的なことをしてくださるだけでも、助かるんですがね・・・」
院長の言葉つきは終始ぼそぼそと冴えなかったが、誘蛾灯のように人を惹き込む引力を秘めていた。
「考えたほうがいいですよ」
勤務初日の午後、ここの仕事がだいたい見えた時分になって、妻の就職のことを切り出した加瀬に、事務長はふたつ返事のようにそういった。
「就職難のみぎりですからね。じつはうちも家内がこちらで世話になっているんです。でも決しておすすめするものじゃありません」
そういえばむやみと多い看護婦たちは、ほとんどが無表情で、声ひとつ発しないのではと思われるほど無口なものが目だっていた。
無邪気そうな若い看護婦に限って蒼い顔をしていたりして、明るい院内ぜんたいを支配しているのは、奇妙に穏やかなけだるさと空疎感だった。
患者たちの姿をみることも、きょう一日ではとうとうなかった。
入院患者は病室に缶詰めになっているというし、この病院ではほとんど外来は受け付けていない。
たまに現れる外来患者は、なぜか裏口から院内に入るよう指示されているという。
なんのための受付なのだろう?
事務所と一体になっている受付では、いまも数人の白衣姿の事務員がひどく所在無げにしていて、
人の現れないエントランスホールでつけっ放しになっているテレビの画面に見入っている。
「ちょっとご一緒しますか」
事務長の声は問いかけのようだったが、加瀬が当然ついてくるという前提があるように、有無を言わさず起ちあがった。
ああ・・・っ。あああああぁ・・・っ
鉄扉の向こうから洩れてくる声は、間違いなく女のもの。それもひどく悩ましい声だった。
上ずったかすれ声のもたらす切迫感が、扉の向こう側で起きているのがただごとではないことを告げるようだった。
「なんだかわかりますか」
「さぁ・・・?」
そうでしょうね、と、事務長は、知っているものが知らないものに見せる独特な優越感をあらわにしながら、肩をそびやかした。
ごらんなさい、というように指差した頭上には、鉄扉に閉ざされた治療室のプレート。
加瀬は目を疑っていた。
「吸血治療室」
そう書かれていたのだった。
この病院の患者は、吸血鬼である。
たまに現れる見舞客は患者に血液を提供しようとする、患者の家族だったり善意の奉仕者だったりする。
看護婦たちももちろん、吸血に応じる。
それがもっとも有効な“治療”であり、求められている職務の重要な一部なのだから。
「吸血鬼のほとんどは、男性です。男性相手の吸血行為には、しばしばセックスがつきまといます。
看護婦の全員が・・・というわけではありませんが、そういう状況に対応できるものが殆んどです。
いい思いをしている・・・と思われるでしょうが、この世界はお互いさまなのですよ。
患者の男性も、もとはふつうの人間だった人たちですが、既婚男性の場合留守宅を守る奥さんが、べつの吸血鬼に血を吸われていることもありますからね。」
淡々と解説をする事務長のそっけない口調が、彼の言を加瀬に信じさせていた。
すべてがつじつまが合うからだ。
「まあ、強姦とか、そういう犯罪めいたものには、うちは無縁でありたいと願っています。ですからセックスにまで応じる看護婦は全員、本人の同意のもとでそうした治療に従事しています。
事情を知らない新入りさんは、いずれセックスに応じるか、事情を知らないまま短期間でお引き取り願うことになっているんですね」
解説口調だった彼は、ちょっと得意そうに言った。
「院長夫人も、ここの看護婦をしているんですよ。彼女が夜勤のときには、院長も泊りがけになるそうです」
ふふふ・・・と人のわるそうな嗤いを泛べた事務長は、ちょっと声を落としてこうもいった。
「ちなみにさっき鉄扉の向こうにいたのは、うちの家内です」
「うちの病院は、看護婦不足でね・・・」
眼鏡の奥で光っていたいわくありげな昏い瞳を、加瀬はありありと思い出していた。
「べつにどうということは、ないんじゃないの?」
加瀬からおおまかな説明を聞き終えると、妻の瑞枝は、白い顔で夫をみた。
「安全が保障されているのなら、ただの献血だと割り切ればいいんだし・・・そんな高いお給料、みすみす素通りできるほど、うちは景気よくないのよ。
家のローンだってあるんだし、子供たちの教育費だって・・・」
夫の再就職を祝うのもそこそこに、彼女は夫が口にした仕事の口に、意欲満々のようだった。
なまめかしい色つやを帯びた黒髪に、白い膚。
ノーブルな細い眉とつり合った、控えめな瞳。
ふっくらとした頬。小ぶりだがピンと突き立った鼻梁。
かつて恋人だったころの面影を残しながらも、そこにあるのはしたたかな主婦の顔だった。
肩までゆるやかに流れていた黒髪は、いまはきちんとセットされて頭のうえにまとめられていたし、目映い初々しさを漂わせていた頬は、いまは巧みな化粧に塗り込められている。
「具合が悪くなったところで、そこは病院なんですものねえ」
ぬけぬけとそういう妻に、加瀬はたしなめる夫の顔になっていた。
「もうひとつ、話していないことがあるんだ・・・」
「なぁに?」
どんなことでも受けて立つわ、という瑞枝の顔つきに泥を塗りたくりたいような衝動に駆られた彼は、思わず口走っていた。
「ふつうの主婦が、耐えられるのか?患者のセックスの面倒も、見るんだぜ!?」
おうむ返しにかえってきた女の応えは、加瀬の胸の奥をずきん!と衝いた。
「そういうほうがあなた、愉しめるんじゃなくて?」
夫の急所をよく弁えている妻だった。
瑞枝の勤務は、夫の再就職の翌週からだった。
未成年の子供を抱えている事情もあって、夜勤は当面ないということが、加瀬をちょっと安心させた。
「真っ昼間から・・・ってことだって、ここではしょっちゅうなんですよ」
懸念を消さない事務長がいう通り、彼の妻が患者に犯されていたのは、たしかに昼日中のことだった。
「そうね。自分の勤務先で奥さんに、真っ昼間から浮気されたんじゃ、あなたも合わないわよね」
まるで事務長と結託しているかのように、瑞枝の言いぐさは、事務長の言と呼び合うほどの近さを持っている。
妻がいつかは・・・そんな予感に危機感を深めなければならない立場のはずの彼は、胸の奥底になにかを期待するようなゾクゾクとした昂ぶりを、抑えきれなくなっている。
俺はマゾなのか・・・
暗澹とする思いだったが、そうした忌むべき性癖が、じつは周囲のだれもが期待しているものだということも、認めないわけにはいかなかった。
「制服が支給されます。きょうからはこの制服に着替えて勤務してください」
事務長は院長と負けず劣らずの無表情だった。
この病院のなかで男性は、院長と数人の医師、それ以外には事務長と加瀬だけだった。
事務長も白衣だったが、いっぷう変わった服装だった。
白の開襟シャツに、おなじく白のハーフパンツ。ひざ下まで覆う長い白のストッキングは、看護婦のそれと同じくらい、肌が透けるほど薄かった。
「まるで探検隊みたいですね」
加瀬の表現は、そう的外れではなかったらしい。
「わたしもそう思ったんですよ。ささ、着替えは更衣室でどうぞ」
薄いストッキングの脚を衆目にさらすことには、羞恥心と裏腹の昂奮に似た感情を覚えた。
それは、吸血鬼の看護に妻が当たるというときと同じ種類の感情だった。
毛深くない脛にぴったりと吸いつくように密着する薄いナイロン生地は、さして違和感なく加瀬の足許を彩った。
じつは女装願望のある加瀬は、震える指先でストッキングのつま先を探り、脛のうえをぐーんと伸ばしていった。
「加瀬さん、ちょっと・・・」
事務長はいつもながらの渋面をつくったまま、彼を手招きした。
「こちらへどうぞ」
連れて行かれたのは、あの「吸血治療室」。
なにが起きているのか?なにを見せられようとしているのか?
自分のなかのマゾヒズムに目覚めてしまった加瀬は、すでに心臓の激しい鼓動を自覚していた。
無表情な鉄扉が、彼の前に立ちはだかる。
あ・・・う・・・ッ。ひい・・・っ!
切れ切れに洩れてくる悲鳴は、まごうことなく妻のもの。
「奥様の初仕事です」
事務長のいつもながらの無表情には、ちらと同情の色がよぎったが、
「そのままどうぞ」
言い捨てるようにして、靴跡だけを残して立ち去ってゆく。
こういう場に慣れている彼らしい、正確で冷静な足取りだった。
あっ、あっ、あっ、あっ・・・!
鉄扉の向こうの妻の声が、切迫してきた。
いまごろ妻は白衣をはぐりあげられて・・・
そんなまがまがしい想像に矢も楯もたまらなくなって、彼はドアノブに手をかけて、グイと引いた。
扉に、鍵はかかっていなかった。
がらんどうの治療室のいちばん奥深く、扉と向かい合うようにベッドが横に長く置かれていた。
そのうえから、とっさに身を起こそうとしたふたつの身体。
下にいるのは、妻の瑞枝。
その瑞枝を組み敷いているのは・・・ほかならぬ院長だった。
「お邪魔をしないのなら、どうぞ・・・」
眼鏡をはずした院長の瞳は、いつもの静謐さとはべつな、獣のような荒々しさを湛えている。
ひと言言い捨てた彼は、瑞枝の胸元に顔を埋めた。
瑞枝もまた、首すじを狙われていると知りながら、おとがいを仰のけて、応じてゆく。
ちゅう・・・っ。
生々しい潤いを帯びた吸血の音―――
瑞枝は細い眉をキュッと顰めながらも、さいしょは痛そうに白い歯をむき出して、
けれどもやがて、引き締めた口許にかすかな笑みが交じり、拡がりはじめた陶酔に目じりをゆるめてゆく。
「奥さまの血の味は、なかなかよろしいですね」
瑞枝の胸元から顔をあげると、冷静に診断を下す医師のように院長は告げ、ふたたび顔を獲物の胸のはざまへと、埋めてゆく。
ああ・・・っ。
夫のことなど眼中にないらしい妻のあげるうめき声には、深い随喜の響きがあった。
ちゅうっ・・・ちゅうっ・・・ちゅうっ・・・ちゅうっ・・・
妻の身体から生き血を吸い取られてゆくいまわしいはずの音が、加瀬の鼓膜に妖しい囁きとなって、しみ込んでいった。
院長によって妻に加えられる接吻には、明らかに敬意と称賛が籠められている。
それは加瀬に対するものでもあった。
院長の声が、胸の裡に響いてくる。
『これほど魅力的な奥さまをこの世界に引き込んでくれるとは。貴男の篤志には頭が下がりますよ』
『いえいえ、院長のまねをしているだけですよ』
『ハハハ…これは耳が痛い』
短い時間だったが、濃いやり取りだった。
「御覧になりたければ、どうぞ」
もういちど顔をあげた院長は、いつもと変わらぬ低い声色だった。
口許には、吸い取ったばかりの瑞枝の血を、チラチラと光らせていた。
「あんまりしつこく見ちゃイヤよ」
瑞枝までもがウキウキと、院長の気分に合わせている。
「主人のまえでだなんて、昂奮しちゃう♪」
娼婦のように濃密な媚びを満面に浮かべた妻の白い腕が、院長の意外に逞しい背中に、ヘビのようにからみつく。
そして、夫がふたりの行為を妨げようとしないのを確認すると・・・自分からショーツをつま先へと降ろしていった。
「主人のまえだなんて・・・主人のまえで犯されるなんて」
ことさらに夫を刺激するような言葉を口にしながら、瑞枝は太ももをあらわにした。
いままでパンストしか目にしなかった瑞枝の太ももを、白のガーターが鮮やかに横切っていた。
むき出しにした太ももを、そらぞらしい外気がくすぐるように撫でつけて、
ひざ小僧のすぐ下を緩く締めつける純白のストッキングのゴムの感覚が、じわりといやらしく皮膚にしみ込んでくる。
加瀬は意気地なくも失禁を覚え、足許を伝い落ちるなま温かい体液が自分のストッキングを濡らしてゆくのを感じた。
妻の足許を彩っている純白のガーターストッキングが、くしゃくしゃになってずり落ちてゆくありさまを、目の当たりに見つめながら。
「奥さまの貞操喪失、おめでとうございます」
冷ややかで事務的な口調だった。
制服の下だけを変えた加瀬のまえに現れたのは、あの丸顔の若い看護婦。
今夜は夜勤なんですよね?
わたくしがお相手することになってますから、ご遠慮なくどうぞ。
女は額の広い理知的な顔だちに、無感情で儀礼的な笑みを湛えながら、加瀬にそういった。
「もうどなたにも、遠慮は要りませんものね」
背中を向けてから投げた言葉に、果たして甘んじてよいのだろうか?
けれども加瀬を支配しているのは、すでに不道徳な衝動だけだった。
「夜まで待てない・・・と言ったら?」
駆け寄って背後から抱きすくめた白衣姿は、意外なくらい肉感的だった。
「廊下でなさるの?」
女はくすっと笑い、すこしでも背中を痛くしたくないらしく、廊下の真ん中に敷かれた赤いじゅうたんの上にナースサンダルを脱いだ脚を踏みしめた。
白衣の下には、むき出しの裸体があった。
あらかじめ、男との情交を予定していたようだった。
相手の思惑に乗ったという不快感は、もはやない。
女は自分に襲われるのを予期して、それを受け入れるつもりでいたのだ。
男の狂った手指が、純白のパンティストッキングの腰周りを裂き散らし、
女の計算し尽くされた手つきが、自分自身の穿いているピンクのショーツを引き裂いていた。
レイプされる本人と共同作業をしているような錯覚に陥りながら、加瀬は女を押し倒した。
病院の廊下の床は冷たかったが、熱くほてった二人の身体には、むしろ心地よかった。
日ごろの冷静さをかなぐり捨ててひぃひぃ喘ぐ女から白衣をはぎ取ると、
加瀬は四つん這いになった裸体に、逆立った自分自身をぶち込むような手荒さで、何度も突き入れていった。
しなやかでタフな牝豹はそのたびに、あたりをはばからない声をあげ、狂おしいよがり声で男を狂わせていくのだった。
妻はなにごともなかったような顔つきで彼よりもあとに帰宅して、
いつもどおりに晩ご飯を作り、
いつもどおりに子供たちを寝かしつけ、
いつもどおりに夫婦のセックスに励んで、
そしていつもどおりに、出勤していった。
病院で顔を合わせたのは、二回だけ。
ちょうど患者らしいごま塩頭の年配の男に、吸血治療室に連れ込まれてゆくところだった。
その約二時間後、治療室の近くを素足でふらふらと歩いていた妻は、破けた白のパンティストッキングを、指先にひらひらとぶら提げていた。
「お土産に持って帰るわね♪」
この頃妻は、見せつけるような笑いが得意になっていた。
「罰ゲームですよ」
事務長の人のわるそうな薄ら嗤いは、むしろ嬉しげだった。
「なにしろ院長の女に、手を出したんですからね。重罪ですよ」
院長だって俺の妻を抱いたじゃないか・・・そんな抗議をするつもりは、いまの加瀬にはさらさらなかった。
「きょうの貴男の着る制服は、こちらです」
加瀬の目を射たのは、女もののナース服だった。
えっ?と事務長を窺う眼を、事務長はしずかに見返してきた。
―――貴男の願望をかなえてあげているだけですよ?
そう言いたげな目から目をそらして、加瀬は低い声色で訊いていた。
「女ものじゃ、サイズ合わないでしょう」
「だいじょうぶ、ぴったりなはずです。貴男を診察するとき、しっかり採寸してありますから」
「家内と行き会うときにも、この制服でしょうか?」
「はい、もちろんですよ。きょうは奥さまと隣のベッドでの奉仕も、予定されています」
「男の血なんか、面白くないでしょう」
「女装した男の血を好んで喫(す)う患者さんも、いるんですよ」
問いと答えが交わされる中、加瀬の手足はひとりでに動き、着替えをはじめている。
本人の意思と裏腹・・・というべきなのか。
本人の意思に素直になって・・・というべきなのか。
「よくお似合いですよ。白のストッキングの脚、きれいですね」
制服を支給されてからすね毛の手入れを入念にするようになった脚は、いまは白のパンティストッキングに包まれて、さながら女の脚そのものだった。
眩しげな事務長の視線を、むしょうに嬉しく受け止めている自分を、加瀬はどうすることもできなかった。
「毎日この格好で、出勤するのですか」
「エエ、ぜひそうしてください」
事務長はフフフ・・・と嗤って、こうもいった。
「奥さんと足許の艶比べなんて、いいご夫婦だと思いますよ」
妻のまえで看護婦の格好で生き血を吸われて、それを手本に妻もまた、同じ吸血鬼に襲われる・・・
狂った日常、忌まわしいはずの運命なのに。
彼は自分を呪うことは、できなかった。
きっとこれからは、妻と連れ立って、
看護婦の白衣の裾の下、白のストッキングの脚をさらして街を歩いて、
乗り合いバスに、夫婦でストッキングの脚を揃えて乗り込んで、
病院のベッドのうえ、夫婦並んで横たわって、血に飢えた患者に奉仕するために、淫らな治療行為に応じてゆく・・・
狂った想像が彼の理性のさいごのひとかけらを突き崩し、
妻の貞操と引き替えに手にした淫らな歓びが、彼の心の奥までも極彩色に彩っていった。
あとがき
ひさびさの新作です。
描くのに二時間かかりました。(^^ゞ
薄っすらと構想したのが夕べのこと。
ここ最近にしては、すんなりとお話になってくれました。
ほんとうはさいごの看護婦女装シーンだけを考えていたのですが、どうも寝取られの要素のほうがまさってしまいましたね。。 苦笑
取り持つ男
2012年11月12日(Mon) 04:18:04
吸血鬼が街を、襲いはじめたころ。
むしろ協力者になって、女を取り持つ男がいた。
男は某名門女学校の教諭で、若い女の心当たりには、こと欠かなかったから。
さいしょに襲わせたのは、教え娘とその母親。
誘い込んだ空き教室の窓から。
キャーッ!
ひいいいいッ・・・!
ふた色の叫びがあがるのを、男はくすぐったそうに聞き惚れていた。
扉を開けてなかから出てきた吸血鬼が、ワイシャツのボタンが取れたと愚痴をいうと。
男は器用に、縫い物をはじめている。
―――奥さんが堕ちると、娘のほうは羊みたいにおとなしくなった。
自慢半分の報告を口にしながら。
代わる代わる唇を摺り寄せた首すじの感覚を思い出すように。
吸血鬼は下品な手つきで、自分の唇を撫でていた。
つぎに襲わせたのは、自分の母親。
くうううううう・・・っ。
夫のいなくなったあと独り身を守ってきた初老の婦人までも。
吸血鬼は狂わせて、憚らなかった。
半開きのままのふすまの向こう。
肌色のストッキングを派手に伝線させた脚が、大の字になっているのがこちらからも窺える。
平手打ちを食ったよ。
そう愚痴る吸血鬼に。
わたしも子供のころ、よくやられましたよ。
男はこともなげにそういうと、母を再び女にした相手の頬を、軽くぴんぴんと、引っ叩いた。
まだお前の妻を、襲っていないぞ。
吸血鬼の要求は、端的だった。
さすがに自分の妻となると、躊躇するものらしい。
男はちょっとのあいだ、ためらっていたけれど。
やっぱり相方を、自分の家に引き入れてしまっていた。
あっ!あなたあ―――ッ!
鼓膜をつんざく悲鳴に、さすがに男は耳をふさぐ。
派手に引っ掻かれたぞ。こんど逢うときには、爪を切っておくようにいうんだな。
そう愚痴る吸血鬼の横顔に、男は慣れた手つきで、膏薬を塗ってゆく。
妻が貞節を守るために抗って、相手の男につけた傷を癒すために。
つぎは娘の番ですね・・・?
恐る恐る顔色を窺う男に、吸血鬼が頷くまえに。
娘の介添えは、わたくしがいたします。
夫のまえ、乱れ髪も隠さずにそういったのは、妻のほうだった。
お、お母さまあ―――っ。
自分のことを呼びつづけるまな娘を抑えつけた掌に。
彼女は娘の純潔が喪われるまで、力を込めつづけていた。
夫がするよりも、適切だっただろう。
気絶した娘を介抱する手は、いたわりに満ちていて。
傍らで見守る夫の教え娘が、自分の着ているセーラー服を黙って脱ぎ与えたのを、そっと娘に着せかけていた。
闇夜に下着姿を惜しげもなくさらしながら、夜道の彼方に立ち去った娘の同級生のことは、振り返りもせずに。
自分と同じ道に堕ちたまな娘を、ひしと抱き寄せて涙を流す。
おずおずと近寄る夫に、似たもの夫婦―――と、
投げつけた罵り声は、半分は自分自身にも、向けていた。
夫婦ながら・・・
2012年11月12日(Mon) 03:16:47
男子がおおっぴらにオレンジや真っ赤なハイソックスを履きたければ・・・
ある種のスポーツをやるしかない。
この街にいくつかあるクラブ・チームには。
そうした嗜好の男子がなん人となく、加入している。
彼らは練習のとき、いつもストッキングを二足持っている。
ひとつは、練習用。もうひとつは、「ご馳走用」
「ご馳走用」のストッキングはいつも真新しく、初めて脚を通すもの。
サポーターの幾人かのなかに、吸血鬼を抱えるこのチームでは。
ファン・サービスにも、怠りがない。
チーム指定の真っ赤なストッキングを履いたふくらはぎに。
血に飢えたものたちは次々とかぶりついて。
働き盛りの世代の身体を脈打つ生き血に、酔い痴れるのだった。
もとより彼らの目当ては、チームのメンバーだけではない。
なにしろ彼らのほとんどは、同性愛者ではないのだから。
パートナーを組んだメンバーから摂取する血だけでは、足りなくなったとき。
彼らは遠慮なく、その妻たちを所望する。
すでにたぶらかされた夫たちは、むしろ自分の妻を襲われることを望んでいて。
すすんで彼らを自宅に招き入れると、なにも知らない夫人に、馳走を申しつけるのだった。
嫌です。なにを・・・っ。
黒の礼服に身を包んだ、四十半ばになろうというその人妻は。
生き血を抜かれて酔い酔いになった夫のまえ。
取り乱しながらも、はだけかかったブラウスの襟首をかき合わせる。
けれども女の胸へと伸びた魔手は、容赦を知らず、とどまるところを知らないで。
ただいっしんに、女の身体を求めてゆく。
ひい・・・っ。
あお向けに押し倒された妻が首すじに咬みつかれて、
ちゅうっ。
生々しくも妖しい吸血の音が、洩れるのを。
半死半生の夫は、むしろ陶然として聞き惚れる。
しだいしだいに吸血がすすんで、
女の体内から血液と、それと同量だけの理性が奪い取られてしまうと―――
ああ・・・もっと。
もっと、お飲みになって・・・
女もおのずから、魔物となって。
夫によって自分の情夫と選ばれた男を相手に、
己の品位と貞節を守る礼服を、みずから着崩れさせていき、
足許を淑やかに染める、黒のストッキングさえも。
招かれざる訪客に求められるまま、惜しげもなく噛み破らせてしまってゆく。
あられもない裂け目を帯びた黒のストッキングをまとった脚で、立て膝をして。
女はスカートの奥を、まさぐり抜かれ、
ああ・・・あなた。ごめんなさい・・・っ
喰いしばった歯のすき間から、随喜のうめきを洩らしてゆく。
薄黒く染まった脚が、すり足をくり返すほど。
太ももからひざ小僧を経由して、つま先まで。
つつっと走る裂け目は、じょじょにじりじりと拡がってゆく。
女が淫らに堕ちるのを、夫に見せつけるように。
夫人の饗応に満足を覚えると。
男は再訪を約して、立ち去って行って。
嫉妬に狂った夫との熱いまぐわいに、女はふたたび、みだらなため息を漏らしてゆく―――
つぎに餌食になるのは、自分たちのまな娘だと、愉しい直感に胸躍らせながら・・・
夫人が夫同様、「ご馳走用」のストッキングを脚にまとうのは、その日からのことだった。