坊ちゃんたち、ちょっとだけ脚を留めてくれんかの・・・?
背中ごしおずおずとかけられた声に、タカシとトオルは立ち止まって振り向いた。
サークル活動を終えて、すこし遅めの学校帰りだった。
声の主は、顔見知りの近所の四十男三人連れだった。
えへへ。悪りぃね・・・
頭だった男が決まり悪げに頭を掻くと、少年たちはなにもかも心得た顔つきになって、打ち解けた口許から白い歯を見せた。
「わかってます。献血ですよね?」
えへへへへ・・・
四十男たちは遠慮がちにではあったが、照れ隠しに下品な嗤いを浮かべた。
好色そうな嗤いかただった。
秀でた目鼻立ちの少年たちの横顔に、健康そうな頬の輝きが眩しかった。
街では名門とされているその私立学校の生徒たちは、吸血鬼を相手に血液を提供することを義務づけられている。
とくに月の第三木曜は、いわゆる”解禁日”というやつで、
下校してくる制服姿の少年少女たちを、吸血鬼たちは見境なく襲ってよろしいことになっている。
この学校では、女子はセーラー服を、男子はブレザーを制服に採用していたが、
男子の制服も半ズボンが推奨で、その下に紺のハイソックスを履くことになっていた。
男性が圧倒的に数が多い吸血鬼のなかでは、もちろん女子生徒が人気の的であったけれど
ユニセックスな雰囲気を持った紺のハイソックスを目当てに群がる吸血鬼どももまた、けっして少なくはなかったのである。
特定の相手のいる生徒はこの義務を免れることになっていて、そうした生徒たちは目印に、胸に赤いワッペンをすることになっていた。
タカシもトオルも、もちろん経験者であったけれど、まだ特定の相手はいなかったのだった。
「でも・・・頭数が合いませんね」
なにごともはっきりと言うたちのタカシは、ふだんは挨拶ていどにしか言葉を交わさない彼らに対してそういった。
もちろん、二人がかり三人がかりで、ひとりの生徒を襲う・・・という例も、ないではなかったけれど。
「やっぱり一対一のほうが、落ち着いて愉しめるんじゃないですか?」
タカシはトオルと手分けをして、もうひとり相手をしてくれそうな仲間を当たってみることにした。
代わる代わるかけた携帯は、なかなかつながらなかった。
「ヒデキも出ないや」
口を尖らせるトオルに、
「ケイタが塾だって言ってたね?」
確認を取ると、こんどはタカシが携帯をとっていた。
「ああ、ケイタ・・・?きょう身体あいてるかな?塾に行く前にちょっとだけ、奉仕しないか?うん、うん。公園でひとり、待ってるから・・・」
さて、お待ちかねだな・・・
少年たちが血を吸わせてくれる仲間を求めて携帯をかけ合っているあいだに、四十男どもはくじ引きを済ませていて、当たりを取ったふたりのなかで、だれがどっち、と相手の少年までも決めてしまっていた。
「お手柔らかにお願いしますね?」
さすがにちょっぴり顔をこわばらせたタカシをしり目に、
トオルは欲情に満ちた視線のまえに半ズボンの太ももを潔くさらして、
ずり落ちかけていた紺のハイソックスをひざ小僧のすぐ下までピチッと引き伸ばしていた。

タカシには浅黒く痩せぎすな黒岩という男が、
トオルにはでっぷりと太ったはげ頭の肥田という男が、
のしかかるように迫っていった。
おあずけを食った寺前という冴えない顔色の男は、ふた組の同性のカップルとは距離を取って、所在無げに獲物を待ち受ける姿勢を取った。
「あっ、すぐ噛んじゃうんですね?」
”解禁日”のためにわざわざ新しいハイソックスをおろしたらしいタカシは、
芝生の上に腰をおろし楽な姿勢になって脚を伸ばすと、噛まれてゆく足許をちょっぴり残念そうに見つめた。
太めのリブをツヤツヤとさせた真新しいナイロン生地ごしに、黄ばんだ犬歯が突き立てられて、グイッと埋め込まれてゆく。
そのすぐ隣で、おなじ姿勢をしたトオルは、
「やらしい・・・ですねえ・・・」
頬をこわばらせ口を尖らせていた。
相手の男に、なまの唇をあてがわれ舌まで這わされて、
ふたたびずり落ちたハイソックスはくしゃくしゃにされて、整然と流れるリブをねじ曲げられていった。
ああ・・・
押し倒された芝生の青臭い匂いが、鼻腔を打った。
相手にあぶれて待ちかねていたもうひとりの吸血鬼が、小走りに駆けてきた制服姿の少年に抱きつくようにして覆いかぶさっていくのが、遠めに映った。
遅れてやって来たケイタが戸惑うように立ちすくんで、その場に座り込むいとまも与えてもらえずにハイソックスのふくらはぎを舐められてゆくのを、タカシは面白そうに見つめていた。
うなじのつけ根に、鈍い疼きがズブリと埋め込まれるのを、くすぐったそうに受け流しながら・・・
少年たちは、知っている。
男の子を求める吸血鬼どもが、さらに強欲であるということを。
生き血を吸い取って相手の少年を酔い酔いにしてしまうと、
彼らはまだ血が足りないと主張して、母さんか姉さんを連れてこい・・・そんな要求をするはずだから。
お目当ては、少年たちのハイソックスなんかではもちろんなくて、
その母や姉たちの穿いているストッキングや、スカートのさらに奥を蔽っているショーツだったりするのだから。