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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

深夜の公園 ~少年と吸血鬼と母さんと~

2013年03月17日(Sun) 22:30:20

ヘンだよね?絶対、ヘンだよね?
タカシはいつになく、羞じらいながら、半ズボンの下を吸血鬼の目線にさらした。
少しばかり寸足らずな太もも丈の婦人用ストッキングは、ゴムの部分までまる見えになっていた。
肌色という色の目だたなさを割り引いても、少年の羞恥心は減じようもないらしい。
吸血鬼はわざとすぐには猿臂を伸ばさずに、ニヤニヤと面白そうに、タカシのようすを窺っている。
男の子が婦人用のストッキングを脚に通している・・・というのも愉しめる趣向であったけれど、
それ以上にタカシ自身の、いかにも決まり悪げな態度が、吸血鬼を明らかに面白がらせていた。

ほら、早く噛んでよ。いつもみたいに、チャッチャと破いちゃってよ。
そういってせかすタカシの切羽詰ったような声を、意地悪く受け流して、
そんなに早く血を吸われたいの?
吸血鬼はからかい口調を隠さない。
ほら・・・ほら・・・だって、だって、小父さん血が欲しいんだろう?
薄いナイロンにくるまれたひざ小僧を鼻先に圧しつけられるようにされてしまうと、
さすがの吸血鬼も本能に目覚めてしまい、落ち着きを失くして、浮足立ってきた。

ククク・・・後悔しなさんな。
男が少年のひざ下あたりに唇を吸いつけかけたとき。
カサ・・・
草地を踏みしめて近寄る足音が、ふたりの鼓膜を刺していた。
え・・・・・・っ!?
タカシの狼狽は、極に達した。
足音の主は、ほかならぬ母さんだったから。

アラ、いつの間に母さんの箪笥の抽斗を開けたのかしら?
落ち着いて構えた母さんは、息子の狼狽など目に入らぬように、
ことさら不思議そうな視線を、彼の足許に絡みつけてゆく。
あ・・・っ、ごめんよ。これはほんのちょっとの・・・出来心で・・・
とっさに父からもらったことは隠したほうがいいと判断したのは、賢明な気遣いだったけれど。
その代わり女もののストッキングをくすねた罪を一身にしょい込む羽目になった少年は、
弁解の口実に窮して、しどろもどろになっていた。

まぁまぁ・・・男が言い逃れなんて、みっともないわ。
母さんはあくまで、泰然としている。
よぅくお似合いじゃないの。お家に帰ったらもういちど鏡の前に立って、しっかりご覧なさいね。
皮肉られたと思ったタカシがあたふたするのを面白がるように、
母さんはタイトスカートの足許を見せびらかすように、吸血鬼のまえに差し伸べていた。

よくご覧なさい。
男のひとがストッキングを穿くのなら、黒の方が似合うのよ。
ふだん見慣れないでしょうから、母さんが手本を見せてあげるわね♪
母さんはそういうと、さっきタカシがしたみたいに、薄手のストッキングに黒光りする脛を、吸血鬼の鼻先に圧しつけた。

ちりちり、ぱりぱりと剥がれ落ちてゆく黒のストッキングに。
タカシは我を忘れて、見入ってしまっていた。
片脚だけ咬ませてしまうと母さんは、順番を横取りしちゃって、悪かったわね。つぎはあなたの番ね、って。
タカシの両肩を掴まえると、吸血鬼のまえに引き据えた。
逃げることも避けることもできないで、タカシは母親に視られながら、肌色のストッキングのふくらはぎに、不埒な唇を這わされて、淫らなよだれをなすりつけられてゆく。
ねぇ・・・ねぇ・・・母さん、やっぱりマズイよ。というか、絶対マズイよ。
父さんだって、父さんだって、きっといい顔しないんじゃないかな?
血を吸われる快感にぼうっとなりかけるのを必死でこらえながら、タカシは母親に訴えた。
けれども母さんはそ知らぬ顔で、
さぁ~?なにを仰っているのかな?
鼻歌交じりに息子の肩を抑えつづけて、「ほら。もっと召し上がれ♪」なんて、あべこべに吸血鬼をけしかけちゃっていた。

マズイよ。マズイったら・・・
タカシの訴えは、淫らな眩暈に遮られて。
いつしか両ひざからガクンと力が抜けて、ひざ小僧を地面に突いてしまっていた。
あーあー。ストッキング汚れちゃうじゃない。
母さんはのんびりと、そう嘯いたけれど。
そのまえにいく筋も、裂け目を拡げられてしまっていた。
つぎは母さんの番よ。あなたズルして、順番抜かしたでしょう?両脚ともご馳走しちゃうんだから♪
そういってもう片方の脚もご馳走し始めた母さんは。
あー・・・
と唸って、黒のストッキングを伝線させて。
あー・・・
と喘いで、後ろから羽交い締めにされながら、首すじまで咬まれちゃって。
あー・・・
と悶えて、ブラウスをびりびりと、裂き散らされちゃっていた。

どうするの?母さんどうするの?
いいから・・・あなたは、先に帰ってらっしゃい。父さん心配するわよ・・・
母さんの言っていることは、つじつまが合っていない。
だって母さんが襲われたまま帰っちゃったら、父さんそのほうが気にするじゃないか。
いいから・・・いいから・・・子供は帰って早く寝るのよっ。
母さんの言いぐさは、どこまでもつじつまが合っていない。
けれどもタカシは仕方なく、きびすを返して家路をたどる。
家で待っているはずの父さんが、いつの間にか植込みのかげからこちらを窺っているのを、
母さんに耳打ちされて気がついたから・・・

いいこと?子どもは却って、早く寝るのよ。
あ・・・はい、そうするね・・・
タカシはいったん公園を出て、それからすぐに、引き返す。
父さんのいる側ではない場所に、かっこうの植え込みがあるのを見かけてしまったから。

深夜の大人だけの番組は、これから幕を開こうとしている。
ひいー・・・
と惑って、スカートをたくし上げられて。
ひいー・・・
と涙ぐんで、ショーツをずり降ろされて。
ひいー・・・
と声をあげて、なにかたいせつなことを、夫に伝えようとして。
ニュアンスのすべてまでは伝わらなくても・・・それが父さんと母さんにとってひどく重大なことだというのは、タカシにも伝わった。

こんどは黒のストッキングを穿いて来ればいいんだよね。
タカシは母さんに言われたことを忘れずに、夜目で手さぐりしながら、メモ書きをつづけていった。

深夜の公園 ~少年と吸血鬼~

2013年03月17日(Sun) 04:19:15

だいぶ暖かになったとはいえ、半ズボンにはまだ早い季節だった。
むき出しの太ももにひんやりと夜風が当たるのを、タカシは肩をすくめながら受け流した。
ひざ小僧のすぐ下にぴっちりと張りつめた長靴下のゴムが、ギュウッと握り締めるような密着感を伝えてくる。
太めの口ゴムに引き伸ばされた薄手のナイロンは、少年の脛をじんわりとほの白く浮かび上がらせていて、
しみ込んでくる冷気が、小気味よくしみ込んできた。
少年はその脚を、照明の消えた公園の敷地に踏み入れた。

「小父さん・・・いるかい・・・?」
そうっとかけた声は、人の聞き耳を避けるように控えめだった。
がさ・・・
声に応えるように、闇の向こうから草を掻きわける音がきこえた。
闇の彼方から人の輪郭がぼんやりと浮びあがり、それが少年の予期したとおりの姿になると。
タカシはホッとしたように、表情を和ませていた。
「今夜は無理かと思ったな」
からかうような声色は、本気で相手のことを咎めてはいなかった。
少年よりはだいぶ年上の、しわがれた声だった。
「ゴメンよ、遅くなっちゃって。パパもママも夜更かしをして、なかなか抜けられなかったんだ」
少年はちょっとだけ言い訳をすると、ことばをついだ。
「今夜は愉しみにしてたんだ・・・小父さんにボクの血を吸ってもらうのを」
黒衣に身を包んだその男は、吸血鬼だった。

きらりと輝く牙が、しずかな欲望をみなぎらせていた。
タカシは自分の皮膚を切り裂くはずのその鋭さに、うっとりと見入っている。
「今夜も脚から吸うんでしょ?靴下のうえから」
男が頷くと、少年は半ズボンの下のふくらはぎを自慢げに見せびらかした。
「父さんのやつ、だまって借りてきちゃった。小父さん薄いの好きなんだろう?」
「あとで叱られないかね?」
「だいじょうぶだよ。おんなじようなやつ何足もあるから、きっと気がつかないさ」
「それじゃあ、手早くやってしまおうか?」
男の声色はあくまでそっけなかったが、少年の太ももに当たる呼気は、すでに熱を帯びていた。

「発情してる・・・でしょ?」
「そんな大人がするような挨拶をするもんじゃない」
老吸血鬼は、少年の悪乗りをたしなめた。
公園の敷地の外から射し込む街灯の薄ぼんやりとした灯りに、濃紺の半ズボンの下から覗く太ももが白く浮かび上がった。
なよなよと薄い、ストッキング地のナイロンにくるまれた足首は、
カッチリとした革靴に縁どられて、少年の足許に妖しい艶めかしさを漂わせている。
男はタカシの足首を、痛いほどにギュッと捕まえた。
「あ・・・・・・っ」
初めて掴まえられたときと同じ、驚くような呟きが少年の唇から洩れるのを、男はほくそ笑みながら耳にして、
笑みに弛んだ唇を、薄手のハイソックスごしに這わせていった。

ぬるり。
ハイソックスごしに、なまの唇がなすりつけられるのを感じて、少年は浮足だった。
脛の周りの皮膚に、じわじわじわっと鳥肌が立ってくる。
潔癖な感情が、男の不埒なあしらいを拒んでいたが、
同時にその皮膚の下に脈打つ血潮は、淫らな脈動に昂ぶりはじめている。
男はすぐには咬みつかずに、薄手のナイロンの舌触りを愉しみながら、
少年の足許を彩るナイロン生地に、汚らしいよだれを、じくじくとしみ込ませていった。
「いやら・・・しい」
「そうかね?」
ひとごとのように嘯きながら、男はなおも舌を這わせて、蒼白く浮き上がる脛を透明に彩る薄手のナイロンに、凌辱を加えてゆく。
タカシは細い眉をナーヴァスにピリピリと逆立てて、喰いしばった白い歯を覗かせながら囁いていた。
「もっと・・・もっと辱めて・・・」

ひざ小僧から力が抜けて、すぐ傍らの切り株にタカシが尻もちをつくと、
くふふふふふっ。
男は濁った声で随喜の嗤いを泛べて。
透けるハイソックスのふくらはぎに、ひときわつよく、唇を吸いつけた。

ちゅう・・・っ。

はじける血潮が革靴を濡らすのを、少年は感じた。
同時に眩暈が、襲ってきた。
ワクワクするような鈍い痛みに、淫らな疼き。そして心地よい喪失感が少年を酔わせた。
どす黒い眩暈が、壁に吹きつけられた塗料のように視界に散った。
少年は尻もちをついたまま、きぅきぅと忍びやかな音をたてて足許から洩れつづける吸血の音を、
もうどうすることもできなくなっていた。

「どれだけ破いたら気が済むの?」
タカシが呆れるほどに、男は薄い靴下の足許に執着した。
どちらの脚にも、いく筋となく裂け目が走っていて。
その裂け目が増えるたび、拡がるたびに、少年のくすぐったそうな笑い声があがった。
「貧血になってきた・・・」
そう訴える少年の呟きに耳も貸さずに、男は彼の頭を抑えつける。
しなやかな首すじが、女の子の肌のような白さをもっていた。

ククク。
男の含み笑いに、
「いやらしいなあ」
タカシがため息をつくと。
ずぶり・・・
足許を辱めつづけていた唇が、こんどはうなじに這わされてきて、
尖った異物が少年の皮膚をいく度も冒した。
視界に明滅するはじけるような眩暈にうっとりとしながら、
タカシはされるがままに、男の行為を受け入れていた。
肩を抱き寄せる節くれだった掌が、自分から吸い取った血液でじょじょに体温を取り戻すのに歓びをおぼえながら・・・

別れぎわ。
男はからかうような口調に戻っていた。
「こんどは母さんのストッキング穿いておいで」
「また・・・おバカなことを」
少年も、いつもの無邪気な明るい表情を取り戻していた。
どちらもさっきまでの昂ぶりを相手に伝えまいと、しらふの自分を取り戻していた。
「肌色のパンストを穿くときには、脛の毛を剃っておくのだぞ」
男の言いぐさに、少年も本気で応えていた。
「ダメダメ。今じゃボクのほうが、ママよりも背丈があるんだから。サイズが合わないよ」
ははは・・・
どちらからともなく洩らした哄笑が、闇夜に低く流れた。

家に戻ると、家人が寝静まったあとの静けさがただよっていることに、タカシは安堵の吐息を洩らした。
門灯はこうこうと点いていたが、むろんそれはだれかが起きていることを告げるものではない。
素足に革靴で、彼は玄関のドアをそうっと開け、なかに入った。
彼の部屋は二階だった。
足音を忍ばせて階段の踊り場を目指すと、意外にもリビングに灯りが点いている。
寝そびれただれかがソファでひとときをすごすときの、オレンジ色のほのかな灯り―――
灯りの下にいたのは、さっきタカシが思う存分噛み破らせてしまった靴下の持ち主だった。
「寝てなかったの?」
「もう寝るさ」
父親は読みさしの本を傍らにおくと、のろのろとソファから起ちあがった。
起ちあがりざま、息子のほうへとなにかをポンと放っていた。
薄くて軽いその物体は、ひらひらと流れながら息子の手首に巻きついた。
女もののストッキングだと、すぐにわかった。
「なにこれ」
「母さんのだ。黙っておけよ」
「え・・・?」
「太もも丈のやつなら、サイズが小さめでもちゃんと穿けるだろう?」
「えっ?・・・えっ?」
タカシは目を白黒させたが、
父親はもうなにもいわずに、夫婦の寝室へと向かっている。

忍び足は、父親に気づかれた後も変わらなかった。
勉強部屋に戻り灯りをつけると、手渡されたストッキングを丁寧にほぐすようにして左右に分けた。
目のまえにぶら下がった薄手のナイロン生地が、淡い光沢を放っている。
きみの母さんは娼婦なのだよ・・・と、告げるように。
母親の秘密を盗み見てしまったような、妙な落ち着かなさを感じた。
衣装の下に秘められた、舞台裏を覗いてしまったような。
ひらり。
紙片が一枚、たたみに落ちた。
拾い上げると、そこには父親の筆跡があった。
「着用の際にはすね毛の処理を怠らないこと」
どこかでそんな言いぐさを聞いたような気がした。
タカシはクスッと笑うと、母親のストッキングを父のメモと一緒に紙袋にしまい込むと、
その紙袋を通学鞄のなかに手早く押し込んでいた。
明日も・・・貧血の夜が訪れることになるらしい。

嵐の去ったあと。

2013年03月13日(Wed) 08:23:57

嵐のような一夜が、通りすぎて。
わたしたち夫婦をなぎ倒し、蹂躙していった吸血鬼が立ち去ると。
血の気がなくなり冷え切った身体を、すり合せるようにして。
妻はわたしの腕のなかに、戻ってきた。

だいじょうぶだよ。やっていけるよ。わたしたち。
自分に言い聞かせるように、何度も何度もそういいながら。
わたしを掻きたてるように、両のかいなを背中に回して、
原始人が火を創るほどの熱心さで、
熱を取り戻しかけた股間を、重ね合わせてきた。

目がくらむほどの勢いで血を抜かれ
尻もちをついたまま、茫然としてことの成り行きを見つめつづけるわたしのまえで、
ブラウスを剥ぎ取られた妻は、血潮のしたたる首すじを傾けながら、絶頂に達した。
同時にわたしも・・・恥知らずな股間が鎌首をもたげて、
妻のなかにそそぐべき熱情が、闇の彼方へと放物線を描いていた。

妻の絶頂をわたしは認め、わたしの昂ぶりを妻は盗み見た。
互いに互いを許し合う以外、どうすることができただろう?

ほら、思い出してみて・・・?
あなた、どんなことになっちゃったのかしら?
あたし、どんなことしてしまったのかしら?

身体の隅々まで血を舐め尽くされたうえ、
嫉妬の昂ぶりに、持てる熱情のことごとくを吐き尽くしてしまったあとのはずなのに。
どこにそんな熱情が、残されていたのだろう?
小悧巧な囁きにくすぐられるようにして、
股間にみなぎる熱情を、なすべきところへと、そそぎ込んでしまっていた。

だいじょうぶ。やっていけるよ、あたしたち。
妻の言葉に、くり返し頷きつづけるわたしのまえで。
彼女はふふ・・・っ、と含み笑いを、泛べながら。
美酒のなかの毒液のように、呪わしい言葉を紛れ込ませてくる。

ふたりして、お招ばれしちゃったね。
来週の金曜の夜だったよね。
献血・・・お約束通り、いっしょに行こうね。
あたしが犯されちゃっても、あなた怒らないよね?
今夜みたいに、昂奮してくれるよね?恥を忘れて・・・

わたしはまんまとだまされたふりをして、ひたすら頷きをくり返していた。

弱い子、強い子。

2013年03月12日(Tue) 08:16:05

「放してください。怖いんです。厭なんです。血を吸われるのなんて・・・
 あたし、そんなに強い子じゃないんです。お願いだから、見逃して・・・」
半べそをかいた少女は、セーラー服の身を揉みながら、それでもどうすることもできなくなって、
吸血鬼の腕に身体を巻かれていった。
いよいよ首すじに唇を這わされたときには、
「ウ、ウーンッ!」
とうなって、白目を剥いて気絶していた。

莫迦な女だ。
俺のまえで気を失うということは。
好きなだけ生き血を吸い取ってくださいといっているのと、おなじことなんだぞ。

男はそう呟きながら、少女をあおむけに寝かせると。
もういちどおもむろに、首すじに唇を吸いつけていった。
くちゅっ。
ひそやかな音ににんまりと笑みを泛べると。
チュウチュウ・・・キュウキュウ・・・
いやらしい音をたてながら、処女の生き血を吸い取っていった。
襟首に血が一滴も撥ねないくらい、吸い取った生き血は一滴残らず、のどを潤し、胃袋におさめていった。

強くなんて、なくたっていい。
弱いあんたに、甘えたかったのかもしれないな。

口許を拭った男は、うつむいたまま。湿った声色でそう呟くと。
少女の髪を丁寧に撫でつけ、華奢な身体を抱き上げていた。
そのまま少女の家に向かうと、玄関の脇に彼女の身体をそっと置き、ベルを鳴らして急ぎ足で立ち去った。
母親らしい女の驚く声と、家人を呼ぶ叫び声とを背中でききながら。


なん年経ったことだろう。
昔ながらのセーラー服の襟を翻すようにして逃げ去ろうとした獲物を、男はあっという間に追いつめていた。
林檎のように赤らんだ頬は、寒風のせいばかりではなかった。
無念そうに歯噛みしながら男を見つめるまなざしを、遠い昔に見たような気がした。
「待って!」
声の主は少女ではなく、もっと齢を帯びた女の声だった。
獲物を覆い隠すように立ちふさがったその女は、少女とうり二つの顔をしていた。

なん年ぶりの邂逅だろう?
互いが互いを、はっきりと思い出していた。
かつて、「あたし弱いですから」といって難を免れようとしていた少女は、
あのころと変わらない色白の頬を、ハッキリとした輪郭に縁取っていて。
眼差しにはかつてなかった強い意志を秘めていた。
「あたしが身代わりになりますから。この子は見逃してくださいね」
さいごの言葉だけは、あのときとおなじだった。

母親の背中で、セーラー服姿がきつくかぶりを振っている。
「いいの、母さん。あたし平気だから。強い子だから」
え・・・?
訝る母親を押しのけるようにして。
「みんな聞いてるわ。だれかの血を吸わないと、死んじゃうんでしょう?
 だから弱そうな子を、狙っているんでしょう?
 でもあたし、平気だから。強い子だから」
気遣わしげな母親の視線と、いつになくためらいを漂わせる男の腕とに囲まれて。
少女は母親をかえりみて、クスッとわらう。
「やっぱり心細いな。母さん、手だけ握ってくれる?」
男は、襟首さえ汚さないくらい丹念に、少女の首すじに唇を這わせて、
吸い取った血は一滴余さず、胃袋におさめていった。

「帰るわよ」
素っ気ない声色の母親に、
「はーい」
と少女は、いつも以上に素直に応えて。
去り際に男に、囁いていた。
「経験のある女のひとは、これだけじゃすまないんですって?
 母さんにそんなこと、させるわけにいかないんだから」
痕のくっきりと浮いたうなじを、長い黒髪でサッと隠すと、
少女は後も振り返らずに、立ち去っていった。

「弱い子だから」
「強い子だから」
うり二つの少女はけっきょく、それぞれに好意を与えてくれた。
男は照れたような苦笑いを一瞬泛べると、その苦笑いすら忘れたいように口元を引き締めて、
コートの襟を立てて、家路を急ぐ母娘に背を向ける。
木枯らしはまだ寒々として、路を吹き抜けていった。

洋館の誘惑

2013年03月04日(Mon) 06:51:43

都会の郊外にあるその洋館の奥深くにある寝室は、ルイ王朝風の豪奢な造りだった。
学生時代にヨーロッパ旅行をして以来、税所江津子がこんな室内を目にするのは、たぶんはじめてのことだった。
その彼女はいま、ベッドのうえにいる。
訪れたときのスーツ姿のまま襲われた彼女は、ブラウスやスカートをまだ身に着けたまま、犯されているのだった。
すぐ傍らにある古風な椅子の背もたれには、江津子の着てきた黒のジャケットが、きちんと掛けられている。
綺麗な洋館に伺う。
そう誘われた彼女は目いっぱいおめかしをして、此処に来たのだ。
新品のガーター・ストッキングは彼女の脛を淫靡な輝きで包んでいたが、
ストッキングのうえからするりと抜かれたショーツはベッドの傍らに落ちていて、深紅の絨毯のうえにショッキングピンクの彩りを添えていた。

初めての痛みに打ち震えながら涙を浮かべた江津子は、歯を食いしばってかぶりを振っていた・・・はずだった。
「痛い」
江津子がそういうと、
「じきに慣れる」
そんな応えがかえってきた。
たしかにそうだった。
二度三度・・・とくり返すうち、痛いだけだったはずの衝撃は、じょじょにきわどい疼きのようなものを濃くしていって、さいごに苦痛が快感にすり替えられていった。
「相性がいいようだ」
いい気な言いぐさに女は、
「そうね・・・」
仕方なくそう、応えていた。
相手の男は、日本人ではない。
銀色の髪の下の広い額、そして彫りの深い目鼻立ちがそう語っていた。
かといって純粋なアーリア人種でないことは、逞しい筋肉を蔽う褐色の肌が示していた。
齢のころは、三十くらいだろうか。いや、もっと上だろうか?案外江津子の父と、同年齢くらいかもしれない。
逞しさとしなやかさによろわれた老練な手管が、彼の年齢をわからなくさせている。

しだいに意気投合し始めた江津子はしかし、(これでいいはずはない)と、思っていた。
結婚するまでは肌を許さない・・・いまどきではないかもしれない保守的な感覚がそうさせていたこともあったのだが、
それ以上の理由として、もうひとつのっぴきならない事情が、隣室でくり広げられていたから。
廊下をへだてた真向かいの部屋。
この部屋とまったくおなじ造りらしい其処には、木藤喜美恵がべつの男とふたりきりでいた。
喜美恵は江津子の兄の婚約者で、挙式を来週に控えているのだった。
誘いをかけてきたのは、喜美恵のほうからだった。
―――お兄様と婚約している身なのに、これでは不倫ではないか。
―――許せない。あたしをこういう立場に追い込んで、自分の不倫を通そうなんて。
そんな想いが江津子の胸の奥に、澱のような不純物となってむくむくと湧き上がっていた。

「兄嫁のことを考えているな」
男はすべて、見通しているようだった。
「不純だわ」
「ははは。いいじゃないか。あんたはあんたで、愉しめば良い」
「そんな・・・そんな・・・」
露骨な言いぐさに腹を立てて、江津子は暴れた。
けれども彼女の四肢は、展翅板に拡げられたチョウのように自由を失っていた。
力いっぱいの抵抗は、わずかな身じろぎに抑え込まれて、シーツの皺を深くしただけだった。

男の唇が、江津子の首すじを這った。
唇の下には、一対の咬み痕が疼いていた。
なにも知らない江津子をこの部屋に招き入れた男は、彼女をベッドの傍らに立たせて背後から忍び寄り、さいしょに首すじを咬んでいた。
尖った二本の犬歯に皮膚を冒された江津子は、激しい眩暈を覚えて、そのままベッドに倒れ伏したのだった。
ちゅう・・・っ。
江津子の血を吸い上げる音が、静かな昂ぶりのこもった室内に洩れた。
ひいっ・・・
体内をめぐる血潮が傷口を抜ける感覚のおぞましさに、江津子は声を洩らして縮みあがった。
「じきに慣れる」
男はさっきとおなじ言葉をくり返した。
「そんな・・・」
江津子は悶えたが、男は放さなかった。
ちゅうっ・・・ちゅうっ・・・ちゅうっ・・・
静かになった女の身体に覆いかぶさった黒い影は、女の二の腕をしつようなくらい撫でていた。

ブラウスに散ったなま温かい飛沫が、サテンの生地にじょじょにしみ込んでいって、その下に着けたブラジャーを濡らし、さらにその下に秘めた乳房を浸す。
着衣のうえからのまさぐりは、すでに十分に、その豊かなふくらみに熱を与えていた。
江津子は無念そうにキュッと目を瞑り、それからゆっくりと、ガーターストッキングを穿いたままの脚を、披いていった。
「お嬢さん、なかなかタフだね」
男はクスッと笑い、女は「ばか」といって、顔をそむけた。
なん度めかの吶喊が、江津子の局部を冒した。


部屋を出たときちょうど、向かいの部屋のドアも開いた。
江津子の真向かいには、来週から兄嫁になるはずの女が、蒼い顔をして佇んでいた。
振り乱された長い黒髪。
血色を喪いやつれを帯びた頬。
肩ひもが片方二の腕に落ちた、ふしだらに着崩されたブルーのワンピース。
青みがかったグレーという珍しい色のストッキングはむざんに引き剥かれて、ひざのあたりまで破れ落ちていた。
江津子は自分自身を鏡で見ているような気分がした。
「ブラウスに血が撥ねているわ」
義姉になる女の指摘に、
「真っ赤なブラウスだから目だたない」
江津子は意地を張るように、ぶっきら棒にこたえた。

え・・・?
わが目を疑う思いだった。
江津子の傍らにいた男が、義姉を抱きかかえるようにして、隣の部屋に入った。
喜美恵の隣にいた男は、入れ替わるようにして、江津子を抱えてもとの部屋に後戻りさせた。
両方のドアが、ほぼ同時に閉じられた。
向こうの部屋のドアが閉まる寸前、ベッドに投げ入れられた義姉の陶然とした表情が白い顔に浮かぶのが見えた。
「愉しみましょう、マドモアゼル」
洋風の顔をした男が口にすると、ちっとも気障に聞こえなかった。
そのうえ男は、真顔だった。
さっきの男よりやや老けているものの、うり二つの顔だち。
一見して兄弟とわかる関係だった。
有無を言わせず追い詰められたベッドのきわで、江津子はあくまで拒絶のことばを口にし続けたけれど。
抵抗する意思を失った身体はそのままシーツに沈められていって、二人めの男を体験させられていた。


白百合のような。
そう表現したくなるほど、広間にひかえていた二人の婦人は、色が白かった。
アーリア系の肌の白さに、江津子は目のくらむ想いがした。
ふたりは薄紫とピンクの、色違いのロングドレスに身を包み、
アップにした金髪の下にむき出しになった首すじには、今夜の女の賓客ふたりとおなじ、赤黒い咬み痕を滲ませていた。
「姉妹なんです、妾たち」
年かっこうから見て姉らしい、薄紫のドレスの女がそういった。
「あたしたち、どうなるんですか?」
性急すぎる問いに、ピンクのドレスの女がこたえた。
「くり返し、いらしていただくことになるでしょう」
「そんな・・・」
江津子は身を揉んだ。
ちょうど真上の部屋では、喜美恵が男ふたりを相手に、宴のつづきを演じていた。
「どうすれば抜けられるの?」
「さあ・・・それがわかっていれば、妾たちも抜け出していることでしょう」
江津子の目のまえが真っ暗になったのは、貧血による眩暈ばかりではなかった。


「ここでお別れしましょうね。ひとりで帰れる?」
兄嫁らしい気遣いは、この洋館の玄関をくぐる直前と変わりなかった。
江津子は24歳。
喜美恵は27歳。
一本気な江津子を、喜美恵は洗練された優雅さと計算し尽くされた話術とで、かんたんに籠絡していた。
「じゃあね。お兄さんによろしく」
まったく悪びれずに別れのあいさつを口にする喜美恵を遮るように、
「わたしが送る」
さいしょに江津子の相手をした弟のほうが、冷然とした語調でいった。
「夜は危ないからな」
あなたほど危ない男はいないのに。
自分より頭ひとつ背丈のすぐれた男を、江津子は上目づかいでにらんだ。
江津子自身は気がついていなかったが、まるで恋人を見あげるまなざしになっていた。



「いつまでお寝み?」
透きとおったきれいな声が愉しげに響いて、目覚めたばかりの江津子を弄りものにした。
はっとして起き上がったのは、自室のベッドだった。
あれは悪夢だったのか?
断りもなく部屋に入り込んできた喜美恵を咎めることも忘れて、江津子は頭を抱えた。
目もくらむような貧血に、夕べの出来事が事実なのだと思い知らされた。
喜美恵はゆったりとほほ笑んで、上品な紫のスーツがよく似合うすらりとした肢体をくつろげている。
「もう夕方よ。初めてだったから、しかたないでしょうけれど」
喜美恵のおとがいのすぐ下には、ふたつ綺麗に並んだ痕が滲んでいる。
白い皮膚の底だけがむざんに抉られて、赤黒い痣になっていた。
そのコントラストは、醜さよりもむしろ、もっと蠱惑的なものがただよっていて、江津子はついうっとりと、見とれてしまった。
「あなたにだけ、いいこと教えてあげる」
喜美恵は愉しげな微笑を絶やさずに、ウフフ・・・と白い歯をみせて肩をすくめた。

いちど帰宅した喜美恵は、肩先に血のにじんだ青のワンピースを脱ぎ捨てると、
ベッドにつくこともなくシャワーを浴び、紫のスーツに着替え、
かねて約束していた婚約者の輝夫とその両親との待ち合わせ場所に急いでいた。
朝の10時。
待ち合わせ場所は、あの洋館のすぐ前だった。

「晩御飯ですよ」
母の声が、階段の下からした。
いつになく、疲れたような声だった。
江津子は喜美恵の脇をすり抜けるようにして、部屋を出た。
喜美恵は相変わらず含み笑いを絶やさずに、江津子のあとにつづいた。

「きょうは皆さん、早く寝ましょう」
母はまだ、和服姿だった。
いつもお茶会やお招ばれのときに見慣れた、濃い紫の和服だった。
蘇芳色の帯も、きちんと締めたままだった。
けれどもどこかに、違和感があった。
和服の時にはいつもきりりと結い上げているはずの黒髪が、妙に乱れていた。
ほつれた後れ毛がいくばくか、頭の輪郭からはみ出している。
面やつれもひどく、頬がこけているように見えた。
なによりも、和服の感じが変だった。
着くずれした襟元が微妙に曲がっていて、見慣れない赤い斑点が付着していた。
なによりもその首すじにふたつ綺麗に並んだ痕に―――江津子は危うく声をあげそうになった。
黙々と箸を動かす父や兄の首すじにも、おなじものがついていた。
ふたつの傷口の間隔は、母のそれに比べてひと周り狭かった。
「吸血鬼なの。あのひとたちも」
身を寄せ合うように怯えた顔をしていた薄紫とピンクのドレス姿が、記憶の彼方でかすんでいた。


週明けの出勤のあわただしさは、江津子の気分を入れ替えてくれた。
けれどもどうしても、みんなのまえに出るのに気後れがあった。
父も兄も、送り出す母も、だれひとり気にかけていないようだったけれど。
だれもが首すじに帯びている、あのふたつの痕―――
問いただされたら、なんと応えればいいのだろう?
始業まえトイレでいっしょになった同期の江藤沙希に、「ちょっとちょっと」と、江津子は手招きをしていた。
「ここ、変じゃない?」
自分の首すじを指さして、思い切って、訊いてみた。
「え・・・?」
沙希からは、薄ぼんやりとした反応しか、かえってこなかった。
「なんともなってないけど」
え・・・?
鏡を見直す江津子の目には、咬まれた痕がありありと滲んで見えるのだった。


白のタキシードも凛々しい兄。
そのあとを楚々とつき随う、青のカクテルドレス。
俯きがちな面差しにかすかな羞じらいさえ浮かべて、喜美恵は初々しい花嫁を完璧なまでに演じていた。
江津子は終始、落ち着かなかった。
彼女を含む家族全員がまだ首すじに滲ませているはずの咬み痕は、だれの目にも触れないらしい。
それは一週間の勤務を経て、じゅうぶん自覚はしていたけれど。
鏡を見るたびに目に入るくっきりとした痕は、あの狂おしい一夜の記憶と結びついて、江津子をひどく苦しめた。

そのうえ、きょうの会場の新婦側の席には、あの兄弟がひっそりと腰かけていた。
ふたりはそれぞれ、あの姉妹を傍らに随えていた。
どういう関係なのかいまだに判然としないけれど、はた目には二組の夫婦にみえた。
彼らは部屋の片隅で気配を消すようにひっそりとしていたが、会場のすべてを見渡していた。
そうして、足音も立てずに狙いを定めた夫婦の傍らに佇むと、夫の側にお酒を注ぎ、
連れ立った女のほうが、夫人の側にお酒を注いだ。
ほんの数秒歓談したかと思うと、女は夫のほうを、男は夫人のほうを伴って広間を出、しばらくのあいだ戻ってこなかった。
用を足しに席を立ったとき、ふと気になって辺りを伺うと、宴席のちょうど隣室に小部屋があるのに気がついた。
ちょっとのあいだためらったけれど、好奇心が理性にまさっていた。
見てはならない光景に、江津子は息を呑んで、そして見とれてしまっていた。
金髪の女は、ソファに横たえた夫君の首すじに、吸い取った血を滴らせて、
褐色の男は、絨毯に組み敷いた夫人のスカートの奥に、ひたすら吶喊を試みていた。


披露宴の会場を後にすると、江津子は両親と別れ、まっすぐ洋館を目ざした。
出迎えたのは、金髪の婦人の姉のほうだった。
あの晩とおなじ、薄紫のドレスを着ていた。
披露宴の会場では、どんな服装だったのか・・・どうしても思い出せなかった。
たぶん、こんな時代がかったドレスなどでは、なかったはずなのに。
女は「やっぱりいらしたのね」という表情をありありと泛べながら、江津子をなかに招じ入れた。
「きょうはおひとりなのですね」
「はい」
「二人同時に、相手をする羽目になりかねませんのよ」
からかうような女の口調に、江津子はことさら感情を消して、
「はい」
と応えていた。
女に招き入れられた寝室で、待ち時間はほとんどなかった。
うり二つの兄弟が肩を並べて、江津子のまえに立ちはだかった。

はぁ。はぁ。はぁ・・・
江津子の髪は黒々として、豊かだった。
汗を含んだその髪が、ひどく重たくユサユサと揺れるのを感じた。
ひとりは首すじに、ひとりはふくらはぎに唇を吸いつけていた。
あるいは二の腕に、あるいは手首に。
着衣のまま、かぶりついてきた。
披露宴会場で、あれほど多くの人を毒牙にかけていたのに。
このひとたちは、まだ渇いているというのか・・・
ブラウスの袖が裂け、二の腕がむき出しになっていた。
力を込められた筋肉がキュッとしなやかに浮き立ち、すぐに弛んだ。
咬まれるたび、抵抗は徐々に和らいでいった。
着衣越しに密着させられてくる逞しい胸についドキドキと胸を高鳴らせ、背中に腕を巻いてしまっていた。
ガーターストッキングごしにすり合わされてくるごつごつとした太ももに欲情を覚えて、脚までからめ合わせてしまっていた。


血の抜けた身体が、ひどくけだるい。
意識を取り戻した江津子の傍らには、だれもいなかった。
頭が重たい。視界が霞んでいた。
帰らなければ―――
江津子はこのまえの晩とおなじように椅子の背もたれに掛けられたジャケットを手にすると、
裂けたブラウスを覆い隠すように袖を通した。
なぶり抜かれた足許には、ストッキングの裂け目が縦横に滲んでいた。
すでに外は暗くなっていた。
肌色のストッキングの裂け目は、夜目には見えないだろうか?
江津子はフフッと口許に笑みを泛べた。

ああ・・・ん・・・っ。
向かいの部屋の閉ざされたドア越しに、女のうめき声がした。
喜美恵が招ばれていたのか?江津子はどきりとした。
けれども悩ましいその声色は、喜美恵のものではなかった。
もっと年かさの女性のものだった。
はっとして、江津子はドアノブをまわしていた。ドアは音もなく開いた。
細目に開いたすき間の向こうには、さっきまでの江津子自身がいるようだった。
母の孝枝が、男ふたりの相手をしていたのだ。

披露宴では黒留袖だった母は、黒一色の洋装に着替えていた。
正装の礼服は、ルイ王朝の寝所のなか、黒光りしているようにみえた。
ひざ丈のスカートは腰までたくし上げられていて、黒のパンティストッキングは引き破られて、やはり引き裂かれた真っ赤なショーツを露出させていた。
漆黒のブラウスの裂け目からは、娘の江津子さえ目を背けたくなるほど、乳房が露出していて、
黒ずんだ乳首はふたりの男の唇にしつようにとらえられ、唾液を光らせていた。
母は悶え、喘ぎ、汗みずくになって・・・むしろ積極的に腰を上下させていた。
「どうして着替えてきた?きょうならではの装いではなかったのか?」
男の問いに母は臆面もなく答えていた。
「だってあなた、このあいだは和服だったから、こんどはお洋服がいいって、仰っていたじゃないの」
むっちりと肉のついたふくらはぎは、薄黒いナイロンに淫靡に染まっていた。
ひとりが母を犯しているあいだ、もうひとりは黒ストッキングの脛をねぶり抜いていた。
評判の賢妻のすがたは、もうそこにはなかった。
いつの間にか、部屋のなかに入り込んでいた江津子を、男のひとりがふり返った。
「視て・・・いたね?」
江津子はだまって、うなずいていた。
「愉しい・・・だろう?」
江津子はやはりだまって、うなずいていた。
「仲間に加わろうね」
江津子はもういちど頷くと、しっかりとした足取りで、ベッドに近寄った。
母娘はじゅうたんの上に並べられて、相手を取り替え合っていた。

ギシ・・・
ドアの向こうの廊下がかすかにきしむのを、江津子は耳にした。
あの姉妹のどちらかが来たのか?と思った。
気がつくと、だれかが江津子の手の甲を抑えていた。
体温の冷えかかった、母親の掌だった。
「視ちゃダメ」
母が囁いた。
「え・・・?」
「お父さん、家に帰ったわけじゃないのよ」
それ以上は母も、なにも応えずに。
のしかかってきて吶喊を試みる男にうごきを合わせて、スカートの裾を自分からたくし上げていた。


一年後。
江津子は、真っ赤なカクテルドレスに身を包んでいた。
兄のときとおなじ披露宴会場で。
いっしょに腕を組んでキャンドルサービスをする彼女の新郎は、あくまでにこやかだった。
彼女にしか見えない、幅の小さな咬み痕を、首すじに滲ませながら。
ふたりを拍手で迎える新婦の両親はやはり、おなじ痕を滲ませていた。
やはり拍手をし続ける新郎の両親も同じく、咬まれた痕を滲ませていた。

お義母様は、きれいな方。
ほかに兄夫婦と、高校生の妹がふたり。
妹さんは、仲良く分け合ってね。
彼のお母様と兄嫁は、どちらがどちらの相手をするの?
あたしのときみたいにまた、くじ引きで決めるのね?

先週、彼氏と新しい両親を洋館に招く前の晩。
江津子は白い歯をみせて、笑みを絶やさずに過ごした。

義父は一瞬顔をしかめ、すぐに穏健な微笑を取り戻して。
羞じらう妻が堕ちてゆくのを、薄紫のドレスに身を埋めながら横目で見守りつづけていた。
ほどかれてゆく黒留袖は、男が念願していたものだった。
深紅の絨毯に拡がる長い黒髪がとぐろを巻くのを、女の江津子までが見とれてしまっていた。

義兄は顔を真っ赤にして、これでは強姦だ、侮辱行為だ・・・と、口では罵りながら。
覆いかぶさってくるピンクのドレスを避けようもなく受け止めていた。
手だれの女吸血鬼の身体と引き換えに。
真っ赤なスーツを着込んだ夫人が、首を咬まれて大人しくなって。
ピンと張ったふくらはぎが、グレーのストッキングをぴっちりと密着させたまま、ゆっくり開かれてゆくのを、
固唾をのんで視つづけていた。
一児の母はきっと今夜、子種を授かって帰宅するのだろう。

ふたりの妹たちも、セーラー服の胸元を引き締める純白のタイを取り去られて。
それぞれべつべつの部屋で、犯されていった。
黒のストッキングに走った伝線をチリチリ拡げながら足摺りをくり返していた姉も。
真っ白なハイソックスを太ももを伝い落ちる血に浸してしまった妹も。
パートナーを取り替え合ったときにはもう、夢見心地になっていた。

供血の連鎖は、どこまで続くのか。
江津子はただ陶然となって、夫の家族が破滅してゆくのを見守っていた。
寝室の姿見に映る、ゆったりとした含み笑い。
そこに映っていたのはもしかすると、あの晩の兄嫁そのものだったのかもしれない。