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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

予防接種

2013年04月17日(Wed) 08:02:20

あたりはもう真っ暗だというのに、俊作少年はまだ、昼間のように半ズボンのままだった。
白と水色のしましま模様のTシャツに、デニムの半ズボン。脛を蔽っているのは、ねずみ色のハイソックス。
俊作少年はあたりを気遣わしげに見回して、それから納屋の奥へと入っていった。
天窓から降り注ぐ月の光が、一陣の明るみをつくっていた。

小父さん、いる・・・?
ひそめた声に応じるように、納屋の隅からがさ・・・ッと、藁の上から人の起き上がる音がした。
俊作少年はびくっとして身をすくめたが、音の主が待ち人だとすぐにわかって、頬を弛めた。
待った?
すこしな。
よほど打ち解けあっているふたりらしい。
どちらからともなく影を寄り添わせていって、
いっぽうは傍らの椅子に腰かけて、ずり落ちかけたハイソックスをきっちりと引き伸ばして、
もういっぽうはその足許に屈み込んで、少年の脛にべろをなすりつけた。

うわっ、くすぐったいっ!
俊作少年は思わず肢を引っ込めたが、すぐに思い直して、
ねずみ色のハイソックスの脛を自慢するように見せびらかした。
  小父さん、まえから狙ってたでしょ?
  ボクがいつも学校に履いていくやつ。
  穴が開いたらやだからっておねだりしてみたら、
  母さんがおなじやつをなん足か買ってきてくれたんだ。
  きょうはハイソックスのまま噛んでもいいんだよ。
俊作少年の言いぐさに応えるように、なすりつけられる舌が、いっそうしつように這い回った。
  ウフフ。くすぐったい。そんなに、いいの?
男の子にしては白い頬に面白そうな含み笑いを泛べて、
しっかりとしたナイロン生地に沁み込んでくるよだれのなま温かさに、かかとを浮かせた。
  いつも、破るのガマンしてたよね?きょうは気の済むまで咬み破っちゃっていいからね。
俊作少年は謡うように、くり返していた。


家に帰ると、母親はまだ起きていた。
台所仕事が終わっていなかったのか、お皿のさいごの一枚を拭いているところだった。
  お帰り。遅かったね。
母さんの声はどことなく、引きつっていた。
たるんでよじれたハイソックスに赤黒いシミがあちこち撥ねているのを目に入れないようにしているのが、息子にもわかった。
  ただいまぁ。今夜はもう寝るね。
俊作少年はどこまでも無邪気な声で、風呂場に向かった。
まだなま温かく濡れているハイソックスを思い切りよく脱いで、洗濯機のなかに放り込む。
  捨てないでね。きれいに洗ったら、小父さんにあげる約束なんだから。
彼の声には、曇りがなかった。
洗濯機で洗っても、紅いシミはきっと、薄っすらとのこるだろう。
少年が納屋に来れない夜、小父さんはそれを見つめて、舌なめずりでもするのだろうか?


予防接種のような行列だった。
並んでいるのはほとんどが、30~40代の主婦だった。
だれもがこぎれいに、着飾っていた。
まるで息子や娘のお見合いにでも行くように。
彼女らの子たちは、窓から見えるあの古びた校舎で、授業を受けている最中のはずだった。
はい、田中さん。三番教室にどうぞ。
表情を消した教員のひとりが、一番先頭の主婦に声をかけた。
田中さんと呼ばれた主婦は、真っ白なブラウスに水色のフレアスカートをひらひらさせていた。
白のパンプスに縁どられた足首だけが覗いていた。
その足首は、どきりとするほど光沢のぎらつく肌色のストッキングに包まれていた。

田中さんが入っていった教室のすぐ隣の部屋から、入れ替わりのように出てきたミドリさんのお母さんは、ちょっと蒼白い顔をしていた。
モスグリーンのカーディガンの下には、ワインカラーのトックリセーター。
ごく目だたない濃紺のひざ丈スカートの下から覗く脛は、肌色のストッキングのうえに派手な裂け目を滲ませている。
そういえば髪型もどことなく乱れているし、カーディガンやセーターの胸元についたシミを、しきりに気にしていた。
アラ、俊作ママもいらしたの?
規子が顔をあげると、子供同士が仲の良い同年輩のママ友だちは、人懐こい笑顔を投げてきた。
笑顔とは裏腹に、うなじにふたつ綺麗に並んだ傷口に毒々しく輝く血潮をあやしたまま。

俊作の父親はこの村の出身だった。
母親は、都会育ちだった。
さいしょは父子だけの秘密が、母の知るところになり、迷った母は思い切って初めて、「予防接種の会」に顔を出したのだ。
夫も子供のころはよく、血をあげたんだ・・・そう聞かされて、すこし気持ちが楽になった。
「気絶しちゃ、ダメだよ。なにされてもかまわないってことになっちゃうから」
着飾った妻を送り出すとき、夫は念を押すようにそういった。
どこかで・・・気絶しても仕方がないか、と思っているふうに見えたのは、気のせいだろうか?

初めてなんでしょう?
お相手はもう、わかっているわ。わたし今逢ってきたから。
俊作くんの相手をしているあの方よ。
そうそう、ミドリもあの小父さまのお相手しているの。
二人して学校帰りに寄ることもあるみたい。お気づきにならなかった?
ひと息入れて、気分が変わったら、あなたお呼びがかかるわ。しっかりね。

ミドリちゃんのお母さんはそういって、手渡された脱脂綿で傷口を抑えながら、帰っていった。
破けたストッキングに、どろりとした粘液が這い降りてきて、ふくらはぎをなぞるように滴り落ちてゆくのを、彼女は見ないふりをした。


ねずみ色のストッキング、息子さんとおそろいね。
花柄のスカートによく合うわ。

ミドリちゃんのお母さんは女の目線になって、規子の服装をほめてくれた。
そしてひと言、つけ加えた。
  真っ白なブラウスは、ハデよ。
どういう意味だろう・・・?
小首をかしげる規子に、
  真っ赤にされちゃうもの。
ミドリちゃんのお母さんは、どきりとするようなことを言った。
  そう。白を指定されたのね。
  汚したくなかったら、思い切ってブラウス脱いじゃえば?
  だめとはいわれないはずよ。
ブラウスの下から透けるブラジャーの吊り紐をまじまじと見つめながら、ミドリちゃんのお母さんはよどみなくつづけた。
  でも、気絶しちゃ、ダメよ。なにされたっていいってことに、されちゃうんだから。
彼女は念を押すように、つけ加えた。
どこかで聞いたことのある言葉だった。


思ったよりも若々しい相手だと思った。
息子から聞いた小父さんは、白髪交じりの老紳士だった。
無遠慮に、というよりも、半ばぼう然としてじいっと顔を見つめる規子に気づくと、小父さんはいった。
  ああ、顔つきですね?夕べの俊作くんが、元気づけてくれたからですよ。
よどみない言葉づかいは、土地の人にはないものだった。
そういえば、ミドリちゃんのお母さんも、血を吸われた後は、よどみのない言葉づかいになる。
彼の言い癖が、うつるんだろうか?
近寄ってくる彼を無意識によけるように、壁ぎわまで追い詰められながら、規子はいった。
  あの・・・ブラウス脱ぎます。
小父さんは御随意に、というと、女がブラウスを脱ぐまでの間、腕組みをして視線をそらしてくれた。
けれどもそらされた視線が時おり戻ってきて、むき出しになった彼女の胸元や肩先を注意深く観察するのが、痛いほどわかった。
では。
おもむろに近寄ってくる男を避けることは、もうできなかった。
仰のけられたうなじの皮膚に食い込む尖った異物が、ちょっと痛痒かった。

息子もおなじことを、週になん度も経験しているのか・・・
お父さんも、子供のころはおなじ経験をしたというのか・・・
ぼうっとなった頭の隅で、けんめいになって家族の顔を思い出そうとした。
それくらい、さいしょの一撃は、衝撃だった。
眩暈も脚のふらつきも、首のつけ根に沁み込まされた痛痒さも。
決して不快なものではなかった。
  気絶するまで愉しんだら、いけないよ。身も心も奪われちゃうから。
どこかでだれかから、そんなことを言われたような・・・でもどうしても、思い出せない。
  ねずみ色のストッキング、よくお似合いですな。息子さんとお揃いですかな。
男は無遠慮に、脛に触れてくる。
ストッキングの薄い生地ごしに、尖った爪がすーっと撫でつけてくる。
どきどきしてしまった。その場に座り込んでしまった。
教室の板の間に。
  はは。貧血ですね?初めてでは、仕方ないですね。
あの・・・
規子は口を開いた。おずおずと。ひとつ、尋ねたいことがあったから。
  感想ですか?これは失礼。いいそびれてしまった。
男はつるりと、頭を撫でた。もの慣れた、如才ない感じだった。
  美味しいですよ。貴女の血。さすがは俊作くんのお母さんだ。いいお味です。
にんまりと笑んだ口許を、男はねずみ色のストッキングを穿いた脛にあてがおうとしてくる。
息子がいつも、ハイソックスに血のりを撥ねかせて帰ってくるのを、規子は知っていた。
おなじようにするというの?そんなことをしてしまうというの?
おろおろとしているうちに唇が迫り、薄地のナイロン生地にねっとりと這わされ、
ストッキングがよじれてしわになるほど、じりじりと吸われた。
唇の端から洩れてくる舌がにゅるにゅると圧しつけられてきて、なま温かいよだれがストッキングを濡らした。
ナイロン生地の舌触りを愉しんでいるのが、ありありとわかった。
ブチブチ・・・ッ
かすかな音を立ててストッキングが破けたとき、女は「あぁ・・・」と、ため息をした。
われながら女っぽい声色になっている―――

彼は規子から求められたと思い込んでいる血の味についての感想を、切れ切れに口にする。
  美味しい。ああ、美味しい。さすがは俊作くんのお母さんだ。おお、なんというお味・・・
でも彼女がさっき尋ねたかったことは、そんなことではなかった。
  どこまでお愉しみになるというんですか・・・?
それは決して発してはならない質問のような気がした。
組み伏せられてうなじを吸われ、吊り紐をひきちぎられたブラジャーからまる見えになったおっぱいをいじくられつづけながら恍惚となりはじめている自分にとっては。
花柄のスカートのすそは、いつのまにかひどく乱されていた。
どうしてきょうに限って、パンストではなくて、太もも丈のストッキングを穿いてきたのだろう?
どうしてきょうに限って、無地のではなくて、真っ赤なショーツなんかを穿いてきたのだろう?
答えはもう、わかりきっていた。
真っ赤なショーツは教室の隅っこに脱ぎ捨てられていた。
派手な伝線を拡げたストッキングを穿いたまま、規子の脚はくねくねと色っぽくくねり、
毛むくじゃらな逞しい男の脚に、蛇のようにからみついていた。
  あなた、ごめんなさい・・・
謝罪の呟きが、妻としてのさいごの理性だった。
  だれもがとおってきた道だからね。
謎めいた夫のほほ笑みのわけが、規子はなんとなく、わかったような気がした。

「女子校に登校」(後篇ならずのおわびの記事です)

2013年04月09日(Tue) 07:40:46

うーむー。。。
やっぱり難しいもんですね。(^^ゞ
物理的に時間切れでどうしようもなかったのですが、
やっぱり描きあげるべきものはそのときに書かないと、像がぼやけちゃうんですね。
そのくせ何日も後になって、続編を描けるようなプロットのもあるんだけど。

おまけに書いちゃうと、
この後主人公は彼女と一緒に空き教室に呼ばれて、カップルで血を吸われます。
家に帰っても両親は吸血鬼になった知人夫婦に日常的に血を吸われていて薄ぼんやりとなってしまっていて、
朝なんか起き出してこない夫婦の寝室から、妙なうめき声まで聞こえてくる始末。
こんちくしょう!とくそ度胸のついた主人公は、着なれてきた女学校の制服に身をやつして、きょうも登校します。
周りの目もだんだん気にならなくなってきて、
街ですれ違う他校の女子生徒の尖った視線さえ、愉しくなってしまいます。

やがてヒロインの淑恵の誘いに応じて彼女の家に行き、彼女の両親の血を吸っている女吸血鬼に遭います。
もちろん、淑恵の血を吸っている男の吸血鬼(女吸血鬼とは夫婦)もいっしょです。
主人公と淑恵、淑恵の両親と、外国から来た男女の吸血鬼―――
四対二の人数差でも、人間の側にはもちろん、血を吸われる自由しかありません。
主人公が女学校に転入するのにひと役買ってくれた淑恵の母も、初めて接した男吸血鬼を相手に、惑溺してしまいます。
なぜか嫉妬を覚える主人公。
けれども、男に目覚めてしまった淑恵の母を、淑恵の父も、主人公も、どうすることもできません。
いつも自分の血を吸っている男が母親にのめり込む姿に、淑恵も嫉妬。
…と、話はどんどんと発展するはずだったのですが…

ま、気が向いたら描いてみるかもなので、期待せずにお待ちください。
いつもながらのオチで、すみませぬ。

女学校に登校

2013年04月08日(Mon) 07:52:36

「入学許可が、出たわよ」
学校から戻ると、出迎えた母は俺を家に入れ、自分は台所に戻りながら、ついでのようにそう言った。
えっ!?
やおら母のあとを追いかけるように台所に押し掛けると。
「まったく、どうしたのよ・・・」
母はからかうように、俺を見あげた。

俺の街ではここ数年、吸血鬼が増殖している。
いや・・・もちろんうわさだけだったときには、もちろんそんなウソみたいな話は、他人事に過ぎなかった。
けれども今や、危険は現実のものになりかけていた。
親父の知り合いが、夫婦して家に遊びに来た夜に。

その晩俺は、部活の合宿で家を空けていた。
それをいい機会に、ふた組の夫婦はお互いを受け入れあっていた。
親父と同年配の知り合いは、ついこのあいだ、職場の同僚の女性に、咬まれたばかりだった。
なん日かそんな逢瀬がつづいて、とうとう身体から一滴も血がなくなると、
彼はその夜のうちに、吸血鬼になった。
翌朝、出勤のまえの朝ご飯を作っている自分の妻に後ろから抱きついて、首すじを咬んでしまったのは、当然の成り行きだったという。
吸血鬼になった夫婦は、互いの欲求を満たすために、おなじ夫婦ものの相手を探すことにした。
真っ先に白羽の矢が立ったのは―――うちの両親だった。

「うちが真っ先だったんだってよ」
いったいお袋は、なにを自慢しているんだ?
俺は気が狂いそうになっていた。
まだ春だっていうのに、お袋は空色の半袖のブラウスを着ていた。
二の腕を咬まれたあとが、チラチラ見える。いや、見せようとしている。
必要以上にはだけた襟首からも。齢不相応に短かいピンクのスカートの合い間からも。
”彼”に咬まれたという痕は、ふたつ並んでくっきりとした紅い斑点になって、鮮やかに浮き出ていた。
「あなたはだいじょうぶ。子供に手を出さないって条件で、咬ませてあげてるから」
そうは言ったって・・・あんたらもじきに、吸血鬼になっちゃうんだろう・・・?
両親に構わず、俺は独自に動くことにした。俺じしんの欲求を満たすために。

えっ?淑恵ちゃんとおなじ学校に転入したい?
びっくりしたように声をあげたのは、中学のときの同級生の淑恵のお母さんだった。
ほかに、相談できる人がいないからさ。
ご両親は・・・なんて仰ってるの?
親たちはもう、あてにならないんだ。先週から入り込んできている吸血鬼の夫婦に夢中でさ・・・
なにをいいたいのか、そのていどの説明ですべてがわかってしまうのが、この街のおそろしさだった。
そうなの・・・ご両親はかまわないって、言ってくれているわけね?
淑恵がいま通っているのは、街なかの女学校だった。

淑恵の両親は、外国からきたというひとりの女吸血鬼に、夫婦交代で献血を始めていた。
いずれ・・・献血なんて生ぬるいことでは済まなくなると、夫婦とも自覚しているくせに・・・だった。
一人娘の淑恵が、女学校のなかで餌食にされてしまったと聞いた段階で、この夫婦にはそういう選択肢しかのこされていなかったのだろう。
淑恵の相手は、外人女の夫だった。
この街から新婚旅行に行ったカップルが、旅行先から連れ帰ったという吸血鬼の夫婦。
昼間この街を動かしているのは、市長さんや県会議員さんや、校長先生やお寺の住職かもしれないけれど。
夜を支配しているのは、間違いなくこの夫婦だった。
そして、市長さんも住職さんも、おかみさんもろとも、彼らの訪問を受けていた。
女学校の校長先生は、彼らが女学校に招いて、
全校集会で外国の話をスピーチしてもらったお礼に、若い生き血を求める彼らが生徒たちを物色するのを、認めてやっていた。
気に入った女生徒を目にすると、彼らは授業中でも構わずに教室に入り込み、
女生徒の手を引いて空き教室に引き込んで、
授業が終わったころにようやく、解放されたその女生徒は、ふらふらと教室に戻ってくる。
セーラー服の襟首に走る白のラインを、紅くまだらに染めながら・・・
来年は卒業を控えていた淑恵のクラスは、不幸にも、真っ先に毒牙にさらされた。
学校の帰り道、ぐうぜんすれ違った淑恵が、話しかけてきた。
「あたしも・・・咬まれちゃった・・・」
ひとに見せたことないんだよ・・・と、淑恵は羞ずかしそうにセーラー服の襟首を掻き寄せて、
ふたつ並んだ紅い咬み痕を、見せてくれた。
傷口はまだ新しく、非の打ちどころのないきめ細かい膚が、荒々しく抉られていた。
ずきん!
俺の胸の奥を、どす黒い衝動がさしたのは、そのときだった。
おだやかにすれ違ってゆくセーラー服の後ろ姿を見送りながら、
俺はずうっと、あの娘といっしょにいたいと思っていたのだと、今さら気づいていた。

女学校はもちろんのこと男子禁制でだった。
教師には男も少数ながらいたが、女の教師が圧倒的に女が多かった。
まして同年代の男などは、ひとりもいない。
閉鎖された女の園のなかで、独り生き血を吸いつづけられるようになった淑恵。
もしも淑恵といっしょに血を吸われたいのなら、方法はひとつしかない。
彼女の学校に転入して、いっしょのクラスに入れてもらう。
スカートなんか穿くのは、中学生のころお袋のよそ行きのスカートにイタズラしたのが唯一の経験だった。

淑恵の通っている女学校の制服は、セーラー服だった。
「ほら、淑恵さんが貸してくれるってさ」
母はウキウキとして、俺の部屋に入ってきて、
抱えてきた風呂敷包みを丁寧に開くと、夏用のセーラー服がひと組、姿をみせた。
濃紺の襟首に、白のラインが3本、鮮やかに走っていた。
これを俺が着るのか・・・?
いいようもない違和感がよぎり、
面白がる母親に乗せられて、
指先を震わせながら手に取って、
ホックをはずし、袖をたぐり寄せて、
頭からすっぽりと、かぶっていた。

胸元のホックを取るのを忘れ、頭を出せずにいると、
「やぁねぇ」と母はいい、ホックをはずしてくれた。
鼻先にツンとよぎったセーラー服の嗅ぎ慣れない生地の匂いに、頭がくらくらとした。

「スカートも履いてみなさい」
母はさいごまで、手をゆるめなかった。
畳のうえにまあるい輪のように拡がったプリーツスカートのまん中に片脚を踏み入れて、
スカートを引きあげながら、もう片方の脚も突っ込んだ。
「これも、淑恵ちゃんから」
母が手に取った淑恵からのプレゼントなるものは、母の小さな掌のなかにすっぽり収まるくらい小さい、黒い生地だった。
縮れたような脚の形が二本、畳のうえに拡げられている。
こんな縮こまったようなもののなかに、俺の脚が収まるんだろうか?
懸念はすぐに消えた。
手取り足取りで、母の手でひき上げられた黒のパンティストッキングは、
薄っすらと透けながら生地が伸びていった。
なよなよとした感触が、脛やひざ小僧を、居心地悪く蔽った。
女はこんなもの穿くの?俺がそういおうとしたとき、
「あらー、男の子でも似合うんだね。ユミちゃん似合うよ」
弓雄というのが俺の名前なのだが、いつもは「ユウちゃん」と呼ぶ俺のことを、女めかして「ユミちゃん」と呼んだ。
その瞬間、俺の心のなかで、なにかが入れ替わった。

黒革の鞄は、男子校のときと変わらなかったけれど。
「さいしょはこれかぶって学校行きなさい」母にかぶせられたかつらはやけに風通しが悪くて、暑苦しくて。
なんども脱ごうとして、思いとどまった。
そのうちに慣れてくると、風が吹くたびに頬を擦る長い髪の毛に、かえってドキドキと胸がはずむようになっていた。
まだカーテンを締め切っている商店のガラス戸には、自分の通学姿が嫌でも写っていた。
純白のセーラー服。白のラインの入った濃紺の襟首に、おなじ色のスカート。
そして足許は、脛が薄白く透ける、黒のストッキング。
足の甲を革紐がまたがる黒い靴は、どうしてもサイズが小さめのものしか手に入らず、「しばらくこれで我慢しなさい」と言い聞かされてしまっていた。

「おはよう」
聞き慣れた淑恵の声にふり返ると、淑恵はちょっとびっくりしたように俺を見あげて、
頭のてっぺんから黒のストッキングの革靴のつま先までじーっと眺めて、
逃げ出したいほど恥ずかしかったのに、立ちすくんだ足は、根が生えたみたいに動かなかった。
足許がガクガクと震えていたのは・・・緊張ばかりが理由じゃなかった。
彼女にこんな格好を視られている・・・点検されてるみたいに、入念に観察されている。
十重二十重に絡みつく淑恵のそんな目線が、俺に震え上がるような歓びを、植えつけていた。

ふたり連れだって入った教室には、女の匂いがむんむんとしていた。
見渡す限り、セーラー服、セーラー服、セーラー服・・・
ごめんね、ユミさん、夏ものしか予備がないのよ。
登校初日のまえの晩。俺は母に連れられて、初めてセーラー服で夜の通りを歩いた。
淑恵の母にお礼を言うために。
淑恵の母はは済まなさそうにそういったけれど。
夏服の子は、意外に多かった。

「おはよう」「おっはよ~♪」「おはようございます」
トーンの高い声、落ち着いた低い声、元気に弾んだ声。
淑恵の友人たちが口々に、その性格のまんまの朝のあいさつを投げてくる。
それは俺に対しても投げられたものだった。
女声の練習はまだまだ慣れていなかったから、俺は無言の会釈を返しただけだったけど。
ひとりじゃないという心証が、極度に緊張した俺自身を、落ち着かせ始めていた。
授業が始まるころ。
窓際に一人。
廊下側に一人。
俺の同類がいるのを、発見した。
ひとりは、顔見知りですらあった。
自分の妹が、おなじ教室にいたのだ。
きっと・・・兄妹ながら血を吸われることを承諾したんだろう。
「あんまり詮索しないでね」
隣に座った濃紺の冬服の淑恵が、声をひそめてそういった。


あとがき
シリキレトンボですね。^^;
はい、時間切れです。
後半・・・描けるんだろうか?とおもいつつ、あっぷしてみますね。^^

ブログ拍手♪  な、なんと・・・! (*^^)v

2013年04月07日(Sun) 07:42:08

あっぷしたばかりのお話に、その日のうちに拍手がいただけるというのは、とてもありがたいことですが。
じつは~。昨日はふたつアップしたお話の二つともに、合計3つも拍手をいただきました!
ウチとしては、大変速い反応で、数的にも「とても多い」といえます。
拍手をくださったかた、ありがとうございました!

これ実はとある海外の漫画の一コマに触発されて書いてみたのです。
被害者も漫画と同じくあちらの人にしようかどうか、かなり迷いました。
けっきょく、新婚旅行のカップルを襲わせていっしょに日本に行かせて、仲間を増やす展開にしました。
お弔いが要らないというのも、お手軽でいいですね。
死んだことを公表することなく、日常に戻れるので、正体を隠すのも楽だと思います。

両親を吸血の対象にすることに、ケンジは比較的悩んでいるようですが、ナオミはそんなに悩んでない印象があります。
むしろ積極的に両親の血を吸いたい、とさえ、口にしています。
このセリフは、意図せずに、衝きあげるように飛び出してきまして、作者の柏木がびっくりしたくらいです。
「2」の途中辺りからだんだん、ナオミの変容が始まります。
さいしょは柏木ワールドとしては異例なくらい、男に依存的でしおらしい可愛いタイプの女性なのですが、
だんだんと、柏木ワールド的な不倫妻に塗り替えられていきます。
「1」のほうが拍手が多いのは、そういうところもあるのかもしれませんね。

仲間が増えすぎますと、それはそれで困ることになります。
協力者が非常に限られる世界のはずですから、無尽蔵に増えてしまいますと、正体がばれてしまう危険が増していきます。
もともと新婚旅行の寝室を襲われた段階でも、「お前たちの血を吸い尽くすのは、数か月ありついていなくてガマンが効かないから」という説明でした。
両親とか身近な人たちは仲間に繰り入れてしまったほうが、お互いのためになるかもしれないのですが、
このあとは方針転換されて、柏木ワールドの「定石」どおり、普通の人間として日常生活を送る理解ある供血者を増やしていくようになる・・・までは考えていました。

続編も昨日までは考えかけていたのですが、「2」と同工異曲になりそうだと感じ、いまのところあっぷする予定はありません。
携帯電話やパソコンのような、世代を特定するような機器類を描きいれなかったのは、そんな布石もあったのですが。

どっちでも、いいよ。 2

2013年04月06日(Sat) 12:22:28

新婚旅行から戻った俺たちには、息もつかせない間隔で、戻るべき日常が迫ってきた。
旅先から新居に戻ると、荷物の整理をするだけでその日は終わって、
俺たちはそれでも愛し合う時間だけは、しっかりと確保した。
翌朝、ナオミははやばやと起き出して、出勤する俺のために朝ご飯を用意してくれた。
血は一滴もないのに、いつもどおりに身体が動くのが不思議だった。
「結婚すると、行動まで落ち着いてくるものかね」
日頃あまり好意的ではない上司の揶揄に、しぜんに頷いてしまうほど、
あれほどみなぎっていた気負いは抜けて、冷やかなくらい物静かに、業務に対応している俺がいた。
ふざけたことばかり言っていると、血を吸うぞ。
俺は心のなかで、上司に毒づいていた。

家に戻ると、ナオミはなんとなく、すっきりとした顔をしていた。
シャワー浴びたあとだからだよ。
いつもの和やかな笑いを交えてそんな言い訳をしていたけれど、
あいつが来ていたのは、明白だった。
すでにナオミの血を吸い尽くしてしまったあいつが求めるものは、ひとつしかなかった。
夕飯がすむと、ナオミは息荒く俺に迫ってきて、俺を押し倒さんばかりにして、布団のうえにもつれ込んだ。
「忘れさせて。」
たったひと言にすべてを籠めて、ナオミは俺の首を抱いて、目を瞑った。


「殺すか、増やすかだ」
あいつはそんなことを、嘯いていた。
まずさいしょに、あいつらにもてなさなければいけなかった。
そのために、周囲のだれかを家に招ぶか、訪ねていく必要があった。
でも、だれを・・・?
「増やすんだよね?」
ナオミは確認するようにそういって、俺が頷くのをみとめると、
「やっぱり親からじゃない?」
口にすることを避けていた考えを、ストレートにつきつけてきた。
「やっぱりそうだよね」
俺も肯かざるを得なかった。
「どっちが、先・・・?」
俺は、返事に詰まった。
「どっちでも、いいよ。ケンジのいいほうを択んで」
どこかで聞いたことのある科白だった。
そのときと同じ可愛いほほ笑みも、そこにあった。
「あたしたちと、いっしょになるだけじゃない」
これから起きることに、むしろナオミのほうが、前向きだった。


男が妻のほうを、女が夫のほうを襲う。
それが彼らの―――いや、俺たち夫婦を含む―――ディナーの愉しみかただった。
「あたしたちの分も、いるよね?そのあたりも考えて」
ナオミの誘導は、巧みだった。
そう。俺たちも、自分自身にあてがう血のことを考えなくちゃいけなかった。
「どっちかの親は、あたしたちでやろうよ」
ナオミは、おそろしいことを口にした。

あいつは、ナオミの母親の血を吸いたがるだろうか。
それとも、相手を択ばず食いつくつもりだろうか。
思い切って、訊いてみることにした。
次の日、俺は会社を休んで、あいつが来るのを待った。

「昼間でも動けるんだね」
「空港でわしが焼け死んだかね?」
吸血鬼は、表情も変えずにいった。
「奥さんは?」
「あいつは雑食なんだ。お前らに頼らずに,片っ端から漁っている」
「すごいね」
「ああ、女はすごいぞ」
暗にナオミのことを言われたような気がした。
ちょうど、お茶が入った。
「これが日本茶というものか」
お茶の色が緑色をしているのが、ヨーロッパ育ちの彼には、何としても不思議だったらしい。
「サンドラもいまごろ、手に入れたばかりの老夫婦に、同じ色の茶を点ててもらっているんだろう」
この夫婦は、重要なとき以外顔を合わせないらしい。
ふだんはめったに、連絡もないのだという。

サンドラはしょっちゅう出かけて行って、食の細い身を養うために、時間をかけて相手を啜りつづける。男も女もかまわず、見境なく襲う。
エルコレは、そんなに頻繁にひとを襲わないが、いざというときにはたちどころに、吸い尽くしてしまう。ただし、めったなことでは男の血は口にしない。
どちらが流儀として、おだやかなのだろう?
エルコレの人の選び方には美学があるようだった。
食欲だけをあらわにする妻とちがって、あきらかにえり好みをしていたから。
移住を考えていた彼らにとって、俺たちとのことはやはり重要なことだったに違いない。
珍しく、夫婦連れ立って、俺たちの寝室に入り込んだのだから。

俺たち夫婦を狙ったときも、じつは空港からから尾(つ)けてきたのだ、と彼は明かした。
外国からの旅行者を物色するために、何日も空港に通い詰めて、
これはと見定められたのが、俺たちの運の尽きだった。

「殺すのは出来る限り、遠慮してくれないか」
おそるおそるそう切り出すと、
「ここはあんたの国だから、あんたの考えを尊重しよう」
「居心地が悪くなったら、故郷に帰るかい?」
ほのかな期待は、「その気はない」のひと言にかき消されていた。

さりげなく、俺のななめ後ろに、ナオミが座った。
話を切り出すのを、さりげなく促されたような気がした。
「両親のことなんだけど・・・」

結論は、すぐについた。
ほとんど、あうんの呼吸だった。
「さいしょに、俺の実家を案内したいんだけど」
自分でも不思議なくらいすらすらと、口にする直前まで考えていなかったことを、俺は自分から口にしていた。
両親の血を吸ってほしい、と。
「いいだろう。それが順序だな」
俺の意見に、彼は即座に賛成した。
未経験の俺たちに、襲った相手を独力で吸血鬼にすることはできなかった。
どちらの親から血を分けてもらうにしても、彼らの同席が必要だとわかった。
「お前たちは、自分の親の血を吸いたいかね」
彼の問いに、俺は即座にいった。
「俺は吸いたくない」
「あたしは吸いたい」
後ろからあがった声に、俺はびっくりしてふり返った。
―――女はすごいぞ。
彼の囁きが、耳の奥によみがえった。

「やっぱり自分の親だから。人まかせにしたくないの。でもケンジはケンジだから。その気持ちは大事にして」
ナオミは俺のことを、さりげなくフォローしてくれた。

まず、俺の実家に彼らを連れていき、親たちと逢わせる。
それから、ナオミの両親のところに、俺たちが行く。もちろん彼らも連れて。
つぎの週末、家に帰るから、と、俺は実家に電話をかけていた。
電話に出たお袋は、外国で知り合った人を連れていくから、という俺の言いぐさに格別不審感を持ったようすもなく、
「親子水入らずのほうがよかったんだけどねえ。さきさまの都合がそうなら、仕方ないよね」
と、ありきたりの返事をくれただけだった。
いま受話器の向こうでお袋の唇を動かしている血液も、吸い尽くされる―――そんな想像にどきりとしながらも、俺はふつうにやり取りをして、受話器を置いた。
「すごいじゃない」
ナオミは俺の手際をほめると、「ご苦労さま会やるから」と、いった。
「どういうこと?」
問い返す俺に、
「今夜招(よ)んであるから」とだけ、ナオミはいった。

夜遅くなってから、おずおずと訪いを入れてきたのは、披露宴にも来てくれたナオミの親友たちだった。
ふたりとも、きちっとした正装だった。
「週末の練習、しようよ」
ナオミは、イタズラっぽく笑っていた。

ひとりは、披露宴で見覚えのある紺のスーツに、肌色のストッキング。
ゆるやかにウェーブした長い髪が、肩まで伸びている。
もうひとりは、スカートのすそにフリルのついた真っ白なスーツに、黒のストッキング。
こちらは対照的に思い切りショート・カットで、首すじには赤い斑点がふたつ、あらわになっていた。
「バンドエイド取ったんだね」
ナオミは親しげに、ショート・カットのほうに声をかけた。
「うん、隠すこともないから」
度胸のいいらしい彼女は、男っぽい声色でそう応えた。

あたしはユリエの相手をするわ。ケンジには貴美子をあげるから。
あなた、披露宴のあいだじゅう、貴美子のことずうっと視ていたでしょ?
身に覚えのないことだったけれど、ナオミの招待客のなかで、貴美子の美貌がずば抜けていたのは事実だった。
血を吸うにはやはり、美人に限る。
俺が仕事に出ているあいだ、ナオミは新居に友人たちを招んで、せっせと吸血行為に励んでいたらしい。
「ケンジにご馳走しようと思って。だって、仕事ちゅうじゃ、相手探せないでしょ?」
事務所を出たら、喉がカラカラに渇いていた。
そんな日常を、ナオミはどうやって察したのだろう?

早くもナオミに組み敷かれて、「ひい~っ!」とうめきをあげたユリエは、黒のストッキングの両脚をおっ広げて顔をゆがめていたが、むしろおふざけモードだった。
同伴した親友の首すじに、やはり親友のはずのナオミががぶりと食いつくのを見た貴美子は、ちょっと怯えたように肩をすくめ、俺の顔色を窺った。
眉をしかめたその表情が、俺の渇きに火をつけた。
じゅうたんの上に組み敷いた濃紺のジャケットに、金のボタンが輝いていた。

「ね?吸い尽くすのってやっぱり、大変でしょう?」
ふたりが傷口にバンドエイドを貼って帰ってゆくと、ナオミはいった。
「貴美子やユリエも、さいごはあのひとたちにお願いするつもり」
ちょっと目を伏せてそういうと、「ケンジもがんばってね」と、笑いかけた。
いつもの無邪気な笑いだった。
なにをがんばるというのだろう?爽やかに放たれた言葉の意味を噛みしめて、俺は慄然とした。
差し出されたティッシュに、俺はわれに返った。
「寝る前に、拭こ」
「ああ、そうだね・・・」
吸い取った血潮が、頬に散っていた。ティッシュは意外なくらい、なん枚も要りようだった。
最近俺よりも、ナオミのほうがしっかりしているような気がする。
そう思った時、不意にナオミがしなだれかかってきた。
久々に体内に廻った若々しい血が、俺たちの営みを激しいものにしていた。


週末、俺たちは、外国からの客人を連れて、タクシーで実家に乗りつけていた。
「まあ、まあ、いらっしゃい」
お袋は珍しく、和服姿だった。
なにもそこまで、気を使わなくたっていいのに。
「だって、はるばる外国からいらしたんだもの。日本らしいところを見せてあげなくちゃ」
「お義母さま、おきれいだわ。あたしも着付けを習おうかな」
ナオミもうまいこと、調子を合わせていく。
正念場を目のまえに、ことの重大さを自覚して却って薄ぼんやりとしてしまった俺のまえで、ありきたりのやり取りがつづけられていく。

一時間ほど経ったころだろうか。
トイレに立った父が戻ってくるところを見計らって、サンドラが立ちあがった。
明らかに、顔つきが変わっていた。
トイレの順番を待っていたのではないと、容易に分かった。
ああ・・・
声を出そうとしたが、声にならない。
サンドラが開けっ放しにしたドアの向こうから、「わっ」という声がした。
怪訝そうに立ちあがって廊下に出るお袋のあとを、エルコレが追った。
「お、お父さんっ・・・!?」
震えた声は、一瞬で凍りついた。
「ひいっ!」
すくみ上った声が、さいごだった。
「あたしたちのときと、いっしょだね」
ナオミが俺の脇腹をつついて、無邪気に笑った。
「見に行かないの?」
「その勇気はない」
「でも、お手伝いしないと」
「それには及ばないようだ・・・」
廊下の気配が、目で見通しているように、敏感に伝わってくる。
彼らがそれぞれの獲物を担いで、いま俺たちがいる居間の隣の六畳間に入り込むのがわかった。
「視よ」
ナオミが促した。俺は黙っていた。
「あたしは視たい」
さらにナオミが催促した。俺は仕方なく、居間と六畳間とを仕切っているふすまをあけた。

「すごい」
さすがのナオミも、絶句していた。
親父は蒼白になって、すでに意識がもうろうとしていた。
サンドラは俺のときとおなじように、親父に馬乗りになって、首すじにぴったりと唇を吸いつけていた。
お袋はそのすぐ傍らで、「助けて…助けて…」と小声で呻きながら、やはり首すじを咥えられていた。
うなじをクチュクチュとあからさまにいたぶられて、お袋は「ひー」と唸って、静かになった。
吸っていた首すじから牙を引き抜くと、エルコレは手の甲でお袋の血を拭った。
それから、俺のほうに軽くウィンクを投げると、もういちどお袋にのしかかっていった。
なにをする気なのかは、すぐにわかった。

「キモノ・・・キモノ・・・」
エルコレは、初めて出くわしたお袋の和服を、扱いかねていた。
帯をほどこうとしているのだが、手つきももどかしく、どこをどうしたらいいのかわからないようだった。
「あたし、手伝う」
ナオミは決然として席を起つと、お袋の傍らに寄り添って抱き起こし、背中に手をまわして、帯を解いていった。
「着付けはできなくても、脱がせることはできるわ」
あとでナオミは、そうもいったものだった。
サンドラが親父のうえに馬乗りになり、エルコレがもろ肌脱ぎになったお袋を凌辱していくありさまを、
俺は棒立ちになって、見守るばかりだった。


「玄関先で失礼するわね」
すべてを視られてしまったことへの照れ隠しなのか、それからのお袋は始終、へらへらと笑いつづけていた。
いつも無口な親父は、無口なままの親父に戻っただけなので、なにをどう感じているのかよくわからなかった。
ひとしきり行為がおわると、ふた組の夫婦は俺たちのいる居間に戻ってきて、
お袋の淹れた日本茶を飲んで散会となった。
訪問客をにこやかに送り出す親父は首のつけ根を腫らしていて、
お袋は着くずれした和服の襟足に、紅い飛沫を撥ねかしていた。
にこやかな表情とは裏腹のようすだったが、だれもが不思議に感じなかった。

無口な親父は、最後にエルコレに声をかけた。
「また来てくださいね。できれば今夜・・・家内をよろしくお願いします」
自分が昏倒してしまったすぐ隣でなにが起きていたのかを、ちゃんと弁えていた。

その晩、エルコレとサンドラはふたたび俺の実家を訪れた。
実家からかかってきた電話は、お袋からだった。
「うちも、あなたたちと同じになったから。仲良くやろうね」
「あんなことで、よかったのかな」
思わず漏らした俺に、
「なに言っているの。いいと思ったから父さんと母さんにも勧めたんでしょう?」
お袋の言いぐさには、一言もなかった。
はたで電話のやり取りを聞いていた親父が、席を起った気配がすると、お袋が声をひそめていった。
「あした、お父さん珍しく出かけるんだって。だから、エルコレさんとお約束しちゃった。彼氏を取っちゃってゴメン!って、ナオミさんに伝えといてね」
―――女はすごいぞ。
どこかからそんな声がしてくるのを、また感じた。


そのつぎの週は、ナオミの実家の番だった。
新婚旅行後の挨拶をかねての訪問だった。
こちらも、外国からの客人を、なんの疑いもなく、受け入れていた。
「しっかりやろうね」
ナオミは日に日に、たくましくなってゆく。
俺のときには足がすくんでしまったのに。やはり女は、肝が据わっているのだろうか。

こんどは、まず自分たちが最初に咬まなければならなかった。
次に襲うのは赤の他人だから、失敗できないからだった。
いちどナオミの親友相手に経験済みだったとはいえ、あのときには最初から、納得づくだったから。
不意打ちをしなければならない今回は、さすがにナオミも緊張しているようだった。
血の供給先を複数確保しているナオミは膚の色つやを取り戻していたが、今朝はやはり蒼白になっていた。

話の途中で、ものを取りに行った父親を、ナオミは追いかけて、隣の部屋で掴まえていた。
「あっ・・・」
義父はひと声、声をあげたが。
「ああ、なんでもない。なんでもないから・・・」
と、穏やかな声に戻っていた。
なんでもないわけはなかった。
やはり気遣って隣の部屋を覗いた義母を、サンドラに促された俺は追いかけていた。
黒のワンピースの二の腕は、意外なくらい華奢だった。
ナオミの身体つきは母親に似たのだと、今さら気づいていた。
あてがった唇の下、か細いうなじに帯びた暖かな体温に、俺は心が和む気がした。
叫び声をあげたはずだ・・・と、あとで義母はいっていたが、俺の記憶には残っていない。
身じろぎをくり返す身体を夢中になって抱きすくめて、力まかせにかぶりついていた。

のしかかる体重を、ずん、と感じた。
血の気を喪った義母が、ひざを折って姿勢を崩し、全身をあずけてきたからだ。
ナオミが寄ってきて、義母を畳のうえに寝かせるのを、手伝ってくれた。
「気分が乗ったら・・・いいよ」
ナオミはなぞをかけるように囁くと、俺からサッと離れて、父親のほうへと身を寄せた。
視てはならないものを、視てしまった。
今度こそ・・・相手は人間だったから。
実の父親の上にまたがったナオミは、か細い太ももをまる見えにさせながら、
馬乗りになって腰を振りつづけた。
サンドラが俺に対してしたときと同じように、男の股間をしごく手つきまで、手慣れていた。
じわっ、と、どす黒い衝動が、俺の理性を逆なでした。
ひっ。
われにかえった義母が、俺と目を合わせた。
怯えきった目をしていた。
俺はだまって、女の唇を奪った。
女は、畳に仰向けになったまま俺に抱きすくめられていると気がつくと、身を揉んで抗おうとした。
俺は力づくで、女の首を彼女の夫と娘のほうに振り向けた。
「あんなふうにするんだ」
いつしか、命令口調になっていた。
女は諦めたように俯いて・・・自分から、脚を拡げていった。
ナオミが父親を相手にスリップのすそを体液に浸しているすぐ傍らで、
俺は義母を組み敷いて、ワンピースの裏側に、白く濁ったほとびを吐き散らかしていた。

「玄関先で失礼させてもらうよ」
お義父さんは、どこまでもおだやかな声色をしていた。
「そうね、そうさせていただくわ」
お義母さんが俺を視る目は、どこか媚態を含んでいた。
その華奢な身体から吸い取った血が、俺の身も心も満たしていた。
俺自身気づかなかったことだけれど。
ナオミの血を独り占めにされてしまったことを、俺はかなり悔いていたのだった。
最愛の妻の血を吸う機会を喪った俺に、お義母さんは娘のつぐないをさせていただきます、といった。
サンドラのような扇情的なあしらいこそしなかったけれど、
その実浮気歴もあるらしいお義母さんは、どこまでも相手に尽くす振る舞いを通してくれた。
「いいよ」と俺に囁いた娘とも、もしかしたらそれとなく話をつけていたのかもしれない。
けれども、俺がお義母さんの血を口にするのは、これが最初で最後だろう。
俺の両親だって、その日のうちに、二人ながら血のない身体にされてしまったのだから・・・

エルコレとサンドラは、残るといっていた。
このあとすぐに、ふたりの血を吸い尽くしてしまうのだろう。
「ふたりとも、父や母の血が気に入ったみたい」
ナオミの口調は、誇らしささえ漂わせていた。
「お義父さまとお義母さまが、その日のうちに血を全部失くされたんだから・・・うちだって同じにしなくちゃ申し訳が立たないわ」
そういうナオミに、
「いなくていいの?」
俺が訊いても、ゆっくりとかぶりを振った。
「あとは、独り占めさせてあげようよ」
ははは・・・
若い夫婦のやり取りに、だれからともなく、笑い声があがった。
理性を塗り替えられてしまった者だけが、この場に居合わせていた。
「ケンジさんも、初美のことをよろしくお願いしますね」
なにもかも弁えているらしいお義父さんは、これからの関係を暗に認めると告げてくれた。
自分のすぐ傍らで、淫らに堕とされてしまった妻。
それを昂ぶりのうちに受け容れてしまった夫。
そんな経験を共有するもの同士の共感が・・・あったのかもしれない。

「では、御機嫌よう・・・」
俺たち夫婦は低調に腰を折って、血を獲る男女と血を与える夫婦とを、視界の向こうへと押しやった。
コツコツとハイヒールの音を響かせながら、ナオミが俺に話しかけた。
「あなたの上司さんから、きのう電話が掛かって来たわ。食事をどうかって。あのひと、あたしに気があるみたい」
「えっ」
「このさい・・・してしまいましょう。披露宴に来て下さった奥さんと娘さん、きれいだったじゃない」
―――女はすごいぞ。
何度か耳にした幻聴が、いく度目か、俺の鼓膜を染めていた。



あとがき
ちょっと熱度が薄れましたでしょうか?
不健全な背徳感をもー少し、表に出したいところでした。^^;

どっちでも、いいよ。

2013年04月06日(Sat) 09:37:14

俺たち夫婦が吸血鬼に襲われたのは、新婚旅行先のホテルだった。
「新婚旅行は、ヨーロッパがいい!」
そういうナオミのために、会社に無理を言って長期の休暇をもらっていた。
永い休暇になるかもしれない・・・などとは、俺は思ってもいなかった。

特定の国や地名は事情があるので伏せておくが、
とあるひなびた街にとった宿は、想像していたよりもずっと古くさかった。
ベッドだけは新しく、シーツもきれいで、そこだけがピカピカしている感じだった。

お互いが初めての異性同士。それも、初夜がほんとうの意味での”初夜”だったという、
いまどき珍しいほど、オクテなカップルだった。
シャワーを浴びて疲れをほぐすと、俺たちはさっそくベッドに転がり込んだ。
ナオミは、真っ白なキャミソールだけを身に着けて。俺はそのままの格好で―――

どれほどの刻が過ぎただろうか。
交わし合った熱情が虚脱とまどろみにすり替わって、
俺たちはいつの間にか、うとうととしていた。
目が覚めたときには部屋は真っ暗で―――どちらも灯りを消した覚えはなかったのに―――だしぬけにのしかかってきた重圧に、ほとんど同時に、声をあげていた。
ぐいぐいとのしかかってくるのは、若い女の呼気だった。
え?なに?なに・・・?
訳も分からずうろたえているスキに首すじをがぶりとやられて、
灼けるような疼痛とともになま温かい血がしたたるのを感じて、俺は初めてなにをされているのかを理解した。
ナオミも同じ運命だった。
キャッ!とひと声叫ぶと、俺の名前を呼び、それが届かないことを知って絶望の呻きをあげた。
息荒く必死に抵抗するのが、気配でわかった。
俺も同じことを試みていたから。
ふたりはべつべつに、自分にのしかかってくる相手に、独力で抵抗しなければならなかった。
けれども相手の力は強く、傷口から唇をひき離すこともできず、
失血も手伝って、抵抗はじょじょに緩慢になってゆく。自分の意思とは裏腹に。
どうやら徒労におわりそうだ・・・そう思わざるを得なかった。
どちらからともなく、俺たちは互いに手を差し伸べあっていた。
ナオミの掌は、すでに冷たくなりかかっていた。
相手の吸血鬼は男で、俺よりも頭ひとつは長身だった。
小柄なナオミには、負担が重すぎたのだろう。
それでも俺がギュッと手を握ってやると、だいじょうぶ・・・というように、握り返してきた。
切ない力の込めかたがいとおしくて、
握った掌をちょっと離すと、手の甲を、手首を、なだめるように撫でさすっていた。
そう。俺たちはもう、抵抗をあきらめていた。

少しばかり感じた痛みはすぐに和らいで、
むず痒い疼きに戸惑いながら、どうすることもできなくなって、
互いに互いを掌で慰め合いながら・・・いつの間にか、夢中になっていた。

気がつくと、灯りがふたたび点けられていた。
すでに三時をまわっていた。
申し遅れたが・・・と、男のほうが名前を名乗り、事情を手短かに話してくれた。
低く圧し殺したような声色だった。
心の奥底に、じかに伝わってくるような声だった。
いま考えてみると、声など出していなかったのかもしれない。
俺もナオミも、まるで催眠術にでもかかったように、
むき出しの肩を並べて吸血鬼の男女と向かい合い、黙って耳を傾けていた。

男はエルコレと名乗った。本当の名前かどうか、わかったものではない。
それから相方を促すと、女吸血鬼はぶっきらぼうに「サンドラ。」とだけ、名乗った。
口を開いたついでのように、頬にべったりと貼りついた血のりを指で撫でて、ぺろりと舐めた。
しぐさが下品で、猥雑な感じがした。
ついさっきまで、俺の身体のなかをめぐっていた血だった。
無造作な仕草に、ナオミが声を殺した。

ふたりは夫婦で、いつ吸血鬼になったのかはすでに、記憶がないこと。
若い男女の生き血を求めて、長いことヨーロッパじゅうをさまよっていること。
ここ数か月は、生き血にありついていないこと。
だから、俺たち夫婦の血を吸い尽くそうと思っていること。
話の内容は、そんなことだった。

「死んじゃうんですか?あたしたち」
涙声のナオミが寄り添ってきて、ふたりの肩がかすかに触れ合った。
「せっかく結婚したのに・・・」
声を殺して、泣き伏した。
「お気の毒だが」男は婉曲に肯定した。
ただし・・・
え・・・?
問い返す俺に、
吸血鬼となって、生き続ける手はあるがね。
男は邪まな微笑を洩らした。

血を吸い尽くされたら、その晩のうちにお前たちは吸血鬼になる。
弔いも要らなければ、表面上いままでどおりに暮らしていくこともできる。
ただ・・・時おりこみあげてくる吸血衝動をこらえきれないだろうから、
そのときにはだれかを襲って、仲間を増やしていくことになる。
「仲間を増やすか、殺すかだ」
吸血鬼の言いぐさは、やはり残忍な日常を過ごしてきた男のものだった。
ほんとうは、生かしたまま血を吸いつづける方法もあるのだが、
数か月も血にありつけずにいた彼らに、そこまでの忍耐力は残されていない、と彼は告げた。

「どうする・・・?」
互いに顔を見合わせると。
ナオミの瞳は、意外なくらいに、澄んでいた。
涙目に、目じりを紅く染めながらも。
瞳にはいつものように、混じりけのない輝きがあった。
「どっちでも、いいよ。ケンジの好きなほうを択んで」
いつもの可愛い丸顔が、ほほ笑んでいた。
俺はナオミの手を握って、囁いた。
「いっしょに生きたい。生き続けたい」と。

ナオミが腕を伸ばして、女吸血鬼の頬を撫でた。
細くて白い腕が、俺の視界を横切った。
指先についた赤い液体をナオミは口に含んで、「おいしい」と、いった。
「おいしいよ、ケンジの血」
ナオミは、イタズラっぽく白い歯をみせた。
歯並びの良い、きれいな歯だった。
ピンク色の歯ぐきが、輝いて見えた。

俺は同じことを、男のほうの吸血鬼にした。
ナオミの身体から吸い取られた血潮が、薄っすらと指先を染める。
引き込まれるように口に含んだ指先は、たしかにうっとりとするような芳香を帯びていた。
ナオミが思い切ったように、いった。
「つづけよ。つづけてもらお」
もう、涙声ではなかった。

ダブルベッドのうえ、つなぎ合っていた手は、いちどだけ離れ離れになった。
ナオミにのしかかっていた吸血鬼が、男としてナオミに挑むのが、気配でわかった。
あれよあれよ・・・という間のことだった。
俺はふたりのあいだを隔てようと、片腕だけで抗った。
けれども、淫らな重圧は、俺のうえにも迫っていた。
自分自身の身体さえ、もうどうすることもできなかった。
女は俺の腰周りを抑えつけ、自分は馬乗りになって、
おそろしく扇情的な手つきで俺のペニスをしごくと、力ずくのようにして勃たせていた。
慣れたやり口らしい。これでいうことをきかない男はいない、という態度だった。
やけ火箸のように熱したペニスを手づかみに掴まえると、
開いた股間に押し当てるようにして、女は挿入を強いていた。
隣から「ウッ!」と声があがり、下腹にそそり立つ剛直な筋肉がナオミの局部を冒すのがわかった。
ナオミは、わななく口許からすすり泣きのようなものを洩らしたが、すぐに泣きやんだ。
さっきまで俺の掌を握り締めていた腕が、相手の背中にまわるのが見えた。
ホホ・・・
女は嗤って、なおも腰を強く振りながら、俺に射精を強いていた。

ちゅう、ちゅう・・・
ごくっ・・・。ごくっ・・・。
若い血液が、まるで競い合うように、ふたりの身体から引き抜かれていった。
じつに旨そうな仕草と態度だった。
くり返し吸いつけられる唇に、俺は抗い、戸惑い、さいごに惑溺した。
相手が自分の血の味を気に入っていることに満足を覚え、誇らしい気分がした。
身体のなかをめぐる血潮を抜かれる感覚が、脳裏を染めた―――それは心地よく!
もっと吸え。いっぱい味わえ。愉しんでくれ・・・
妖しい想いが、理性を忘れた頭のなかを、ぐるぐると渦巻いた。
ナオミも同じようすだった。
俺の目を気にしてか、しきりにいやいやをくり返しては、それでもうなじをくり返し咬ませてしまい、
「あん・・・」
「いやん・・・」
と、俺にしかみせなかったはずの甘えるような声を洩らしつづけていた。

性的な抱擁の次には、ふたたび吸血の歓びが待ち受けていた―――明らかに、”歓び”にすり替わっていた。
ふたたび握りしめたナオミの掌は、さらに冷たくなっていたけれど。
だいじょうぶ。
そういうように、すがりつくように切なげに、握り返してきた。
窓の外が白みかけて、吸血鬼たちが去ったあと。
俺たちは明るくなるまで、愛し合った。
「許してね。忘れてね」
ナオミの呟きを聞くまいとして、俺はかたくなに口を閉ざして、
べつの男に踏み荒らされた楽園を取り戻そうと、躍起になっていた。


俺たちの血を吸い尽くすのに、けっきょく2晩かかった。
つぎの日も俺たちは、きのうとおなじように、新婚旅行先の観光を楽しんでいた。
夕べはなにごとも起こらなかったような顔をして。
いちどだけ、出し抜けにナオミに囁いた。
「当局に相談しよう。保護を求めるんだ」
「だめだよ」
ナオミは言下に、かぶりを振った。
「あのひとたち、どこにでも現れるよ。それに、もう約束しちゃったんだから」
いつものお人好しとばか正直さをまる出しにするナオミに、俺はそれ以上さからわなかった。
土産品店で俺は大き目のカメオを買い求め、ナオミの胸元につけてやった。
ナオミは銀の指輪を買って、俺の指にはめた。

宿泊先は大都市で、ホテルも大きくて新しかった。
俺たちは昨晩のようにシャワーを浴びて、ベッドに転がり込んで、明るい照明の下で、愛し合った。
真夜中を過ぎると、俺たちはもういちどシャワーを浴びて、どちらからいうともなく、スーツに着替えていた。
正式なディナーをとるために、用意してきたものだった。
ネクタイをギュッと締めた俺に近寄ると、ナオミは小柄な背筋を伸ばし、ワイシャツの一番上のボタンをはずして襟元をくつろげた。
ふふっ・・・と、イタズラっぽく笑うナオミは、いつものままのナオミだった。
純白のブラウスに、ピンク色のスカートのとり合わせが鮮やかだった。
スカートのすそからは、光沢のかかった白のストッキングが、眩く映えていた。

ラジオをかけると、甘い音楽が流れてきた。
ふたりで互いの肩を抱き合って、チーク・ダンスを踊った。
時おりおどけてキスをし合い、そのたびに笑い声がはじけた。
音楽が途切れると、ナオミはちょっと笑って、甘えるようにいった。
「電気、消そ」
ナオミに促されて、俺は枕元の照明だけを残して、部屋の隅の照明を切った。
ふたりともジャケットは脱いで、イスの背中にかけて、ベッドのうえに身を横たえた。
並んであお向けになったワイシャツ姿とブラウス姿のうえに、黒い影が漂って、それは人の形になった。
夕べの悪夢が、再来した。

きひひひひひっ。
女は下品な金切り声をあげて俺に抱きつくと、ネクタイを弛める手ももどかしく、俺の首すじに食いついた。
くふふふふふっ。
男はいやらしく笑い、ナオミの足許ににじり寄ると、すらりとしたふくらはぎに、唇を吸いつけた。
ピンクのタイトスカートの下、光沢入りのストッキングがふしだらによじれ、弛み、突き立てられた牙に踏み躙られていった。
正装をして最期の刻を過ごそうとした俺たちの気持ちを、彼らなりに汲んだつもりなのだろう。
純白のブラウスをみるみるうちにバラ色の飛沫に染めながら、ナオミは衣装もろとも辱められてゆき、
俺はブランドもののワイシャツがぬるぬるするのも忘れて、ナオミの見せる媚態に、焦れに焦れた。

ずるっ。じゅるっ。じゅるうっ・・・
生き血を啜る音は、夕べにもまして、露骨だった。
もう少し行儀よくできないものか・・・俺が苦言を呈すると、「黙っておれ」と、逆に叱られてしまった。
女も切羽詰ったような荒々しさで俺に迫ってきた。
夕べ突き立てた傷口をふたたび抉って、それは旨そうに、ひとの血をむさぼり啜った。
あっ・・・ウッ・・・
ナオミが悲鳴を洩らすたびに、俺は気が気ではなく、自分が失血を深めるのも忘れて、ナオミの手を握りつづけた。
やがて、ナオミの手が、俺の手から離れるときがきた。
女吸血鬼は、俺たちが手を離すのを待っていたらしい。
すぐに俺をかかえ込むように抱きすくめると、股間に手をやって、昨日と同じように強引なやり口で俺を昂ぶらせた。
俺が射精させられた瞬間、ナオミが声をあげた。
「あ、あ~っ!」
ナオミは、両手で顔を蔽っていた。
「いいッ・・・!」と言いかけてあわてて呑みこんだのを、俺は聞き逃すことができなかった。
けれどももうどうしようもなく、俺は女吸血鬼に射精しつづけていた。
貧血の眩暈を感じながら、どんよりと鈍磨した体内のどこにあれほどの精力が残っていたのか?
女は俺の身体じゅうの血をかき寄せるようにして、俺を勃たせつづけた。
傍らで肢をばたつかせてはしゃいでいるナオミに嫉妬しながら、
俺も夢中になって、べつの女を相手に四肢をもつれ合わせていった。

さきに血を吸い尽くされてしまったのは、ナオミのほうだった。
無理もなかった。
ただでさえ小柄で、華奢な身体つきで、
自分よりも頭ふたつ分は大きい身体に抱きすくめられて、
貪婪な食欲をあらわにされていったのだから。
肌を鉛色にして動かなくなったナオミの姿に、俺は悔し泣きに泣いた。
「俺の血も、はやく全部吸い取ってくれ。ナオミと同じ身体にしてくれ」
男の吸血鬼は黙って頷くと、俺の首すじを離そうとしない妻をしり目に、俺の太ももに食いついた。
ちゅうっ。
これが・・・ナオミの肌を吸った唇か・・・
男のものとは思われない柔らかさを帯びた唇が、ヒルのように吸いついて、
鋭利な牙が皮膚の奥へと埋め込まれると、小気味の良い手際のよさで血管を断ち、
あふれる血潮を容赦なくむしり取ってゆく。
つけられた傷口には妖しい疼きがジンジンと沁みてきて、
それは女吸血鬼のもたらすよりもさらに濃厚な誘惑となって、俺の脳裏を狂わせた。
こんな手口で・・・ナオミのことを・・・
呪いの言葉は、もう声にはならなかった。
意識がウットリと遠のくのを感じ、ザワザワとした幻聴が鼓膜を浸す。
それは、結婚披露宴で包まれた拍手の記憶だったのか。すべてを捧げ尽くしたものに贈られる、異形のものたちからの祝福だったのか・・・


飛行機を降り、カートを転がしながら、俺とナオミは冗談を交わし合いながら、空港の長い通路を歩いていた。
ふたりとも、膚の色が褪せた鉛色に変わっていた。
けれどもその変化はかすかなもので、はた目には言われないとそれと判別できないていどのものだった。
お互い顔を見合わせるたびに、互いの首すじについたかすかな痕跡に目が行った。
綺麗にふたつ並んだ、かすかに浮いた赤黒い痣―――そこから抜き取られた血液の量が半端じゃなかったとは、とても思えないほど目だたなくなっていたけれど。
かすかな斑点はほろ苦い嫉妬の記憶につながって、
彼女の一部があの男に支配されてしまったことを、いやがうえにも自覚させてくれた。
けれどももう、ベッドのうえで流した悔し泣きの涙は、ほぼ忘れかけていた。
「ボクたちには、新しい生活が待っているんだね?」
俺の問いかけに、吸血鬼は黙って頷いた。頷きの強さが、俺たちに選択を誤らなかったという確信を与えていた。
新婚旅行帰りの幸せなカップルからすこし離れて、白人の夫婦がひっそりと歩みを進めてくる。
つかず離れずの歩みを、俺は時折チラチラと窺っていたが、道に迷うようすもなく、彼らはまっしぐらにあとを尾(つ)いてきた。
生き血を求めるすべを知らない俺たちのために、吸血鬼の夫婦は行を共にすることになったのだ。
あるいはあちらが住みにくくなって、適当なカップルを探していたのかもしれない。

並んで歩くナオミは、そんなことは全く気づいていないようだった。
もしかしたら、そもそも彼らの存在を、そんなに気にかけていなかったのかもしれない。
「ケンジといっしょなら、どこ行ってもいいよ」
裏表のない笑顔が、眩しかった。
夕べのベッドのうえ、俺の真横であれほど乱れたナオミが、偽らざる彼女自身だとしても、
いまこうして変わらぬ愛を誓ってくれているナオミもまた、真実の彼女自身だった。
出発便のロビーを大またに闊歩したナオミの足許は、
思わず俺が「眩しいぞ」とからかったくらいどぎつい光沢を帯びたストッキングに、その輪郭をきわだたせていた。
「えっ?いいじゃない。ケンジこういうの好きでしょっ?」
ナオミは俺の言いぐさにはしゃいで、テカテカと光る足許をわざとのように見せびらかしていた。
到着便のロビーに歩みを進める彼女の足取りはしっかりしていたけれど、
ピチピチとはずんだ生気は、もはやそこにはなかった。
薄いナイロン生地の光沢に包まれたふくらはぎは、色あせた皮膚に蔽われている。
「ナオミをもっと、ピチピチとさせなきゃな」
すっかり顔色の良くなった後ろのカップルを心のなかで睨むと、
俺はナオミの手を引いて、足早にタクシー乗り場へと向かっていった。

視る男の呟き。

2013年04月04日(Thu) 07:59:44

妻を激しく抱くのは、愛情のある夫婦のセックスの姿。
ほかの男が妻を激しく抱くのを見せつけられるのは、愛情ある夫婦のセックスの、べつの姿。
決して邪道ではない・・・と思っている。
セックスを通して得る歓びであることに、変わりがないのだから。

妻の情夫は、ある種のセックス・パートナー。
夫と妻。妻と情夫。ひとりの女を心から愛するようになった、男性同士。
互いにとって互いが、重要であると感じられるなら。
いびつな不等辺三角形のようなこの関係は、どこまでもつづいていくはず。

スタジオでの愉しみ

2013年04月04日(Thu) 07:52:47

逃げも隠れもしません。訴えたかったら、どうぞ。
そういうつぐないかたで納得いただけるのなら、よろこんでそうしましょう。

旦那のまえで、その妻を強姦した・・・つもりだった。
けれども女は俺の下で馬脚をあらわしてしまっていて。
裂けたストッキングを着けたままの脚を、毛深い俺の脚に巧みに絡みつかせてしまっていた。
しなやかに細く、意外に強靭な太ももに。
ごつごつとした筋肉に蔽われた、丸太ん棒のような太ももを重ね合わせていって。
激しい嫉妬に満ちた尖った視線に後押しされるように、
彼の女房のスカートをぐしょぐしょに濡れそぼらせてしまっていた。

一見いさぎよさげな俺の言葉に、女は「じゃあ・・・」と振り向いて、
ぱしぃん!
目のくらむような、平手打ち。
これでおあいこに、しておきますね。
女はそっけなく、そういうと。
ふつつかでした。
旦那に向かって神妙に、頭を垂れた。
いや・・・まあ・・・
夫は妻の手をギュッと握り、ふたりは肩を並べてドアの外に出た。

見送りは此処で、けっこうですから。
Tシャツにジーンズ姿になった妻は、背中までかかる黒髪をサバサバと風になびかせ、
破れたブラウスや汚れたスカートの入った包みを、旦那が後生大事に抱えていた。
ブラとパンティとパンストだけは記念にとせしめようとするのを、旦那は黙ってみているだけだった。


つぎの撮影日程は、一週間後だった。
女はきっと、キャンセルしてくるだろう。
あんなことがあった後だから、キャンセルの連絡は、約束の時間に彼女が来ない、ということでしか、伝えられないだろう。
午後いっぱい、ひまになるな。
俺は諦めたように、スタジオ内に煙草の煙をくゆらせていた。
インターホンが鳴ったのに、耳を疑った。
どうせ郵便かセールスだろうと思って無防備に立った玄関には、女が佇んでいた。
驚いたことに。
女の旦那も、いっしょだった。

再現してみたいんですって。
え・・・?
先週のアクシデント。
女は意味ありげに、ウィンクした。
ああ・・・アクシデントね。
事件と呼ぶのでなければ、そう呼ぶしかなかっただろう。
あのあとね、夫婦で仲良く、セックスしたの。何か月ぶりだったかしら。
ここでのこと話題にすると、このひとノルのよ。
うふふ・・・
女の含み笑いは、悪魔のそれのようだった。
ズボン脱いでもかまいませんか?濡らしちゃうとたまりませんから。
旦那の言いぐさに、俺はまじめに「どうぞ」と答えた。
ことに及ぶ前にズボンを脱がせた俺の配慮に、彼はだいぶあとになってから気づいたらしい。


たっぷりと愉しんだ後。
もう・・・窓の外は暗くなりかけていた。
来たときには髪をきちっと結わえていた女は、解いた髪を肩に揺らして、カーテンを閉めた。
歩くたびに豊かなおっぱいが、ぷるんぷるんと震えるのを。
男ふたりは生唾を呑みこんで見つめていた。

カメラ・・・だんだん上手になっていくね。
俺は正直に、旦那をほめた。
さいしょのころは、ぶれまくりだった。
それはそうだろう。
女房が犯されているところを冷静に写真撮影できるようになっては、夫婦はおしまいだから。
三脚のおかげとはいえ、かなりピントが合って来ていた。
所作のあいまに、彼の女房と俺とは、撮影のために時おり動きをとめて、
シャッターチャンスをそれとなく知らせた。
さいしょのうちはともかく、旦那は的確に反応するようになった。
そのうちの一枚は、いまは夫婦の寝室におかれたパソコンのデスクトップを飾っているという。

お洋服代、なくなっちゃった。
格好のよい脚に破けたストッキングをひらひらさせながら、女がいった。
こら、こら。
咎める亭主は、「すみません」といった。
初めて札束の入った封筒を手渡そうとした時に、亭主は意外にも、いやな顔をした。
俺はそのときの亭主の言いぐさが、すっかり好きになっていた。

あなたに差し上げたのは、おカネで買えるようなモノではないはずですから。

満点答案だった。
遠慮し合うふたりのあいだに入った女房は、封筒をサッと取り上げて。
お洋服代として、いただくわ。家計簿とは別に私が管理しますから・・・そういうことならいいでしょ?
有無を言わせないふうだった。
女に逢うたび、着飾った装いを引き裂く趣味を持っていることに、女は警戒心を抱いていたのだ。

料理長のようなものですよ。
旦那はあるとき、俺に囁いた。
腕を振るって、料理を出して、客に食べてもらう立場。
着飾った女房を連れてきて、褒めていただいて、写真に撮っていただいて・・・それから目の前で犯していただく立場。
どきり!
としたのは、俺だけではなくて。
発言者のほうも、頬を軽く上気させていた。
ね・・・?
同意を求める彼に、俺はいままでにないほど素直に、同意をしていた。

こんどはいつ、家内をレイプしていただけますか?
内心ドキドキしながら言っているのが、手に取るようにわかった俺は。
旦那の鼓膜に毒をそそぐ愉しみを覚えながら、囁いてやる。
こ・ん・や。今すぐに。
我が意を得たような含み笑いをかわしあう二人のまえに。
帰るわよ~
鮮やかな黄色のスカートを振り振り、女は着替えたばかりの姿をさらしてきた。

濃いコーヒー

2013年04月04日(Thu) 07:29:34

過去になん回も、自分の専属モデルに手を出した。
そのうちなん人かは、人妻だった。
堂々と俺に応じるものもいれば、小心翼々に黙って抱かれるだけの女もいた。
三回だけ旦那にばれて、どろどろになった。
カネで解決したところ、けろりとなった旦那もいたし、
女房にはいつまでもぐちぐち言うくせに、夫婦のセックスがしつこくなったと告白する女もいた。
離婚というバッド・エンドがないことだけは、ホッとするものがある。
四度目にばれた旦那は・・・マゾだった。
人妻を狙うには、まず亭主を見定めなくてはならないと・・・そのとき初めて、俺はおもった。

撮影風景を見たいなどという亭主は、いままでにいなかった。
俺の撮る写真はセミヌードがほとんどで、ときには素っ裸になることもある。
そんなところをほとんどさしで撮るわけだから、いちど耳にしたら気になってしまうのは当然だろう。
関係者以外はお断り・・・撮影に専念できないからな。
俺はいつもそういって、猜疑に満ちた亭主どもの申し出を断りつづけていた。
たいがいそういうモデルとは、なにもないものなんだ。
ところが・・・その時だけはどういうわけか、俺はかんたんにOKしてしまった。
もちろん本人直接ではなく、モデルであるあの女を通しての申し出だったが―――
亭主の申し出には内心不承知だったらしい女は、俺があっさりOKしたので、面食らっていた。
俺じしんさえ、そうだった。ひとりでに唇が動いてしまったような気がした。

どうしてそういうことになったのだろう?
きちんとお辞儀をしてスタジオに入ってきた亭主は、気弱で潔癖そうな男だった。
俺は挨拶もそこそこに亭主に近寄ると、有無を言わさずに手近な椅子に縛りつけて、
ついでのことに、亭主のズボンを引きずり降ろし、
着飾ったその妻に、強姦どうぜんに挑みかかっていた。
「嫌っ!嫌っ!主人のまえだけは、許してッ!」
女は身を揉んで抗ったが、語るに落ちることを口走っていた。
冷静な男なら、すでになんらかの関係が成立しているのを察するようなことを。
俺は亭主のまえで、女のブラウスをびりびりと引き裂いて、
むしり取ったブラジャーを片手に、雪のように白い膚に覆われたおっぱいの先端を、
にゅるにゅると口に、含んでいった。

男に犯された人妻と、妻を目のまえで犯された夫。
これほど気まずいカップルは、この世にそうざらにはない。
俺の専属モデルになった妻のほうは、
紺のスカートをふつうに着けていたが、上半身はむき出しで、豊かな乳房をぷるんとさらけ出していた。
スカートの裏側は俺の吐き出しつづけた精液で濡れ濡れになっていて、
引き裂かれた黒のストッキングは、脛までずり落ちていた。
青いショーツは持ち主に忘れ去られて、部屋の隅に脱ぎ捨てられたままになっていた。
お互い決まり悪そうに目線を避けながら、ふたりはちょっと離れたイスとソファに、腰かけていた。
コーヒー淹れてくれ。
俺が女に命じると、「わかったわ」女は意外にもサバサバと席を立って、台所に向かった。
気まずい三人組の輪を抜け出せて、ホッとしたのかも知れなかった。

台所に立つ女房が、紺のスカートの腰を振り振り立ち働くのを、旦那はじいっと見ていた。
スカートの裏側は俺の精液でしたたかに濡れていたが、
ズボンを脱がされた格好のままの亭主は、おなじ種類の粘液を太ももにヌラヌラと光らせていた。
まだ縛られたままだったから、どうすることもできなかったのだ。
俺は女に温かいおしぼりを持ってこさせた。
この夫婦がここを訪問するまえから、用意してあったものだった。
俺はてきぱきと、自分の手で旦那の粗相のあとを始末してやった。
恥ずかしいほどの豊かなほとびを皮膚から拭い去ってやると、旦那は身じろぎしながら、拭き取れていないところをもあらわにしてきた。
男ふたりの無言の共同作業を、女は背中で視ていた。

コーヒー入りましたけど。
女の口調からは、感情が消えていた。
ああ、ありがとう。
まるで秘書が淹れてくれたときのようにそつなく応じると、
旦那を縛りつけているイスを、もっとテーブルに近寄せてやった。
俺と女とが、はす向かい。
亭主はそのふたりの間。

ご主人をほどいてあげて。
俺は女に、手短かにいった。
旦那はぎょっとしたような顔をして、臆病な敵意を籠めた目つきで俺を見、
女は夫の後ろにサッと立つと、手際よくロープをほどいていった。
旦那は表情を消して、ほどかれるままにさせていた。

あなたの濃いわよ。
カップを口に持っていく旦那に、女がいった。
うっ。
濃すぎるコーヒーに旦那は顔をしかめて、
おほほほほほっ。
女は愉快そうに笑った。
ちょっと待て。
旦那のコーヒーカップを取って口にすると、たしかにどぎついほど濃かった。
「どうぞ、全部お飲みになって」
口を開いたのは、旦那だった。
「いちど口を着けられたら、ぜんぶ飲んじゃうのがいいですよ」
自分の妻を犯した男を目の当たりに、旦那はなんともいえない表情をしていた。
俺は旦那の要望に応えるように、もの凄く苦いコーヒーを、ひと息に飲み干した。
「お見事。」
旦那が無表情にいった。
「これで、きょうのことは帳消しにするわ」
女が愉快そうに、白い歯をみせた。
いつの間にか、紅を鮮やかに刷きなおしている。
賢い女は、痕跡を残さないもの。
ふたりの男をまえにおっぱいをまる見えにしたまま、女は早くも完全犯罪の証拠隠滅にとりかかっている。

抵抗。

2013年04月03日(Wed) 08:02:40

あっ!あなた・・・あなたあっ。助けてっ!早く、は・や・く・ぅ・・・っ!!

妻の声色は、真に迫っていた。

だめっ!ダメッ!絶対ダメッ!
主人以外の人なんて、断じて嫌っ!!!

抵抗も、熾烈を極めていた。
相手の顔を引っ掻いて、裂けたストッキングを穿いたままの脚をばたつかせ、
迫る顔につばきを吐きかけ、のしかかってくる逞しい胸を、腕を突っ張って隔てようとした。

ひどい!ひどい!嫌です!お願い!堪忍して・・・っ

妻はどこまでも、抗いつづける。
わたしに操を立てて、自分の誇りを守り抜こうとする。
けれどもそのかいもなく、酷い平手打ちが女を黙らせ、
閉ざそうとする太ももは、丸太ん棒みたいに太い毛むくじゃらの太ももに蹂躙される。

あ・・・あ・・・あ・・・あああ―――っ!!

ひと声、絶叫。
そして、あとは熱い沈黙―――

亭主の目のまえでの情事は、果てることもなくつづいていって、
さっきまで夫への忠誠を訴え、潔癖なまでに嫌悪していたはずのおなじひとが。
ねっちりとしたまさぐりには淫らに応え、情夫への服従を誓っている。

そう。

すべては見せつけるための、罠。
うそのためらいと抵抗をみせた女は、男ふたりをそそらせて。
犯すもの。犯されて歓ぶもの。
どちらの男をも、充たそうとしていた。

学校の対応。

2013年04月03日(Wed) 07:52:48

うちの学園に、吸血鬼の集団が侵入した。
いまサッカー部の生徒たちが対応しているから、帰宅はもう少し待つように。
教諭の指示は、絶対だった。
だれもが内心、あきらめていた。
だってうちのサッカー部は、県下でも最弱でならしたチームだったから。

ちゅうちゅう。ちゅうちゅう。
体育館にこだまする、競い合うような吸血の音。
試合用の濃いブルーのストッキングの脛をぐったりさせて、サッカー部員はひとり残らず気絶していた。

侵入した吸血鬼の一団は、いま生徒会の役員の生徒たちが対応している。
だから帰宅は、もう少し待つように。
教諭の指示は、絶対だった。
生徒会長は男子、副会長は女子。
ふたりが親も認める仲で、結納まで済ませているのを、全校生徒が知っていた。
経験者の女子は、女生徒といえども制服を脱がされて、犯されてしまう。
だれもが知っているその知識どおりのことが、狭い生徒会室で、いまごろ繰り広げられているのだろう。
マサオのやつ、どんな気分で真智子が犯されるのを視ているんだろう?
あいつ、マゾだったよな・・・そう思うと、ちょっと胸の奥が、ゾクゾクとした。

きみたち、大変申し訳ない。1組の生徒だけは全員、吸血の対象になる。
そのセンで彼らは、ようやく妥協してくれた。
男女部屋を分かれて、対応をお願いする。
教諭の指示は、絶対だった。
いやぁ・・・
女子生徒の誰かが、ちいさな悲鳴をあげたけれど。
多くは紺のハイソックスをきっちりと引き伸ばしたり、黒のストッキングに引きつれがないかと足許を見おろしたり。
半ズボンにハイソックスの男子の制服は、こういうときには吸血鬼を魅了する。
まるで女の脚に執着するように、濃紺のハイソックスに包まれたふくらはぎに唇を擦り寄せてくるのだった。
どうせなら、男女同じ部屋でもいいんじゃないですか?
だれかの声に、教諭は手短に、「それでもよろしい」とだけ、いった。

ちゅうちゅう・・・
ちゅうちゅう・・・
競い合うような吸血の音が、狭い教室にあがった。
親友のタカシも。班長の渚も。隣の席の美香も―――
制服の襟首から覗いた首すじや、ハイソックスやストッキングの脚に、牙を埋められて。
さっきから「あー・・・」とか、「ひぃ~」とか、呻いている。
そういうボクも、さっきから。
わざと穿いてきたストッキング地の薄々のハイソックスに、べろを迫らされて。
よだれをたっぷりと、塗りつけられていった・・・

罵り合って。

2013年04月03日(Wed) 07:41:32

きみんとこの母さん、ずいぶん腰振っとるのー。
あっけらかんとのたまう小父さんに。
そんなこと言わないでください!
ボクは猛烈に、抗議していた。

ここは広い広い畳部屋の片隅。
婚礼のあとの宴は、羽目をはずし放題だった。
自分も輪姦の輪の中に加わるもの。
犯される妻や娘が気になって、さいしょから視るだけの立場を択ぶもの。
ボクの側にまわった男のひとも、案外多かった。

だってだって、ほらもう、6人めだぜ~?
小父さんはなおも、揶揄をやめない。
かっ、数えているんですかっ!?ボクの母さんのそんなこと・・・
だってなにしろ、あんたの母さんに最初に夜這いかけたのは、わしなんだもの。
小父さんは過去の悪事をこともなげにばらしてしまうと、
あー、また、また、大またおっ拡げて!
着飾ったスーツを着くずれさせて、セットした黒髪も振り乱す母さんの痴態に、目をくぎ付けにさせていた。

そういう小父さんだって・・・
母さんのすぐ隣で、さっきから犯されつづけてるじゃないか。
ひざ小僧の下まで、パンストを引きずりおろされて。
お尻にぴちっと密着したタイトスカートを、めくりあげられて。
太ももにだれかの白い粘液をねばねば光らせながら、ひーひー喘いでいるじゃないか。

ボクが負けずに押収すると、あとはもう言葉の投げ合いになっていた。

母ちゃん、嬉しそうに歯ぁ食いしばっとるなぁ。
小母さんだって、ブラジャーはぎ取られてはしゃいでいるじゃないか!
きみの母ちゃん、どこまで男好きなんだあ?
小母さんだって、淫乱そのものじゃないか!
きみの父ちゃんも、大人物だねー。なにが起きるか知りながら、きょうはご出張かい。

会合は重ねるにつれて、だんだん若い世代の頭のうえに降ってくるようになった。
さいしょに小父さんの娘が犯されるようになって、
ボクの妹まで、中学にあがると、進学祝いと称して魔手が伸びた。
男たちは、根っからの村人も、ボクのような都会育ちの人間も、みんな婚礼に顔を出した。
小父さんはやはり、視るほうの立場で。
ボクも張りあうように、おなじ立場だった。

妹さん、おっぱいでけぇなー。と、小父さん。
娘さんだって、いやらしいじゃないですか。きっと、お母さん譲りですよね!?
ほれ、あんなに脚さばたつかせて。白のハイソックスの脚でばたつくと、見映えすんなぁ。
娘さんだって、せっかくの上品な黒のパンスト破かれて。かえってふしだらじゃないですか!
まり子ちゃん~。こんどはわしに抱かれてくれぇ。
ひとの妹に、なんてこと言うんですか!ダメ!ぜったいダメですっ!

やがてボクは、知ることになる。
ボクが淫乱だと罵っていた娘は、ボクと結婚することになっていて。
その披露宴の宴席で、小父さんは母さんと妹と、ふたりながら犯していくのだと。
母さんやまり子との関係は、じつはずうっとまえからつづいていて。
都会から移り住んだすぐの晩に、初めて母さんに夜這いをしたのも。
中学の入学祝いにって、父さんに招ばれて、
新調したばかりの制服のスカートの奥から、まり子の純潔をむさぼっていったのも。
じつはこのひとだったのだと。

花嫁が嫁入り前に男を識ってしまうここの習わしにボクを馴染ませようと、
彼は彼なりにがんばっていたのかもしれない。
お疲れさま。お義父さん。 笑

被害届をあきらめた朝。

2013年04月03日(Wed) 07:25:40

われにかえったのは、外が明るくなったからではなかった。
けたたましくベルを鳴らす電話に出てみると、受話器から聞こえてきたのは上司の声。
―――体調不良なら、休暇を取得するように。
感情の消えた、ごく事務的な口調に、素直にお願いしますとうなずいていた。
夕べ退勤してきたときのままの格子縞の柄ワイシャツに、
赤黒いシミが点々とこびりついていた。

ふふふ・・・ラッキーだったね。
少女のように微笑む妻は、髪の毛を振り乱し、ブラウスをはだけている。
首すじにはわたしがつけられたのと同じ、赤黒い咬み痕。
貧血で目がくらみ、ちょっとのあいだうつ伏せてしまう。
だいじょうぶ~?
妻は歌うような声で、それでも心配そうにわたしの顔を覗き込む。
身体拭いてくるからね♪
いちど身を起こした彼女は、シャワーの音を心地よく響かせて。
ふたたび戻ってくると、わたしのワイシャツを脱がせ身体を寄り添わせてくる。
湯あがりの水気を含んだ肌が、しっとりとすり合わされてきた。
体温の恢復し切っていない身体―――
彼女は夕べわたしのまえで、思うさま生き血を吸い取られていった。

―――おカネも取られてないし、カードもあるわねえ。
のんびりとした口調に戻った彼女は、あのときの衝撃をどう感じているのだろう?
―――こんな土地で、カード使うやつなんかいやしないよ。
投げやりに応えたわたしは、彼らの目的が純粋にわたしたち夫婦の生き血と妻の身体だったと知った。

被害届、出すの?出さないの?
様子を見に来た大家の女は、ぶあいそに訊いてきた。
言いにくいなら・・・ほれ。
口は悪いが、心遣いはそれなりにあるらしい。
手渡されたメモ用紙に鉛筆。
わたしは戸惑いながら、書きかけた。

夫婦の血液。
妻の貞操。
夫の精神的損害。

ばっかねえ。
あっけらかんとした声が耳もとでして、声の主はわたしから鉛筆をとりあげると、すべてにばってんをつけた。
―――だいじょうぶですよ、大家さん。ぜんぶタダであげたものばかりですからね~。
妻の声はどこまでも、天真爛漫で。かえって大家のほうが、狼狽していた。
―――え?いいのかい?見返りいらないの?
―――だって、いちばんたいせつなものの見返りなんて、ありませんからー。
―――言われてみりゃ、そりゃそうね。
大家は納得したようだった。
―――だんなさん、大丈夫かえ?
それでも声をひそめて訊いてくると。
―――精神的損害なんて、ウ・ソ♪このひとけっこう、愉しんでましたよ。男のひとって、エッチですね。
聞こえる程度にひそめた小声で、いとも楽しげに返してゆく。

今朝は思い切って、焼き肉にしようよ。
あのひとたち、きっとまた来るわよ。
それまでに、栄養たっぷりつけておかなくちゃあね。

女はどこまでも、たくましい・・・