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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

魔少女

2013年05月25日(Sat) 07:17:38

ちいさな背中の半ばくらいまでもある、長い黒髪を。
左右にきっちりと、ツインテールに結い分けて。
びっくりするほど大人びたツヤを見せる黒髪とは裏腹に、稚なげな目鼻立ちは。
どちらかというと控えめで、目だたない。
いつも顔色が悪く、うつむきがちな少女———

そんな彼女のいるクラスが、わたしが新たに受け持つクラス。
「しっかり頼みますよ」
五十がらみの年配の、席が隣の教師は、表情の見えない目を、メガネの奥で光らせた。
都会から転任してきてすぐのわたしは、まだ周囲に慣れなくて、
そわそわとした気分で、教室に向かう。
そう、結婚してまだ一年半のわたしの妻も・・・いまごろは慣れない田舎の日常に、四苦八苦しているころだろう。

がらり。
教室のドアを開くと、古びた空間はそらぞらしいほどにがらんどうだった。
え・・・?
教室間違えたかな?
あわてて廊下にぶら下がっているプレートの、学級名を確かめようとすると。
「先生、ここよ」
がらんどうの教室のいちばん奥から、小さな声が投げられてきた。

きっちり結い分けたツインテールの黒髪に、広いおでこを理知的に光らせた少女。
けれども悲しげなその表情に華は感じられず、こちらまでもが物悲しい気分になってくる。
「えっ、きょうの出席者は、きみ一人なの?」
訊き返すわたしに、少女は「そう」と応えると。
「印南みずきさん、はい」
と、独り芝居のように、自分で出欠を取っていた。

「ほかの子たちは、どうしたの?」
わたしが訊くと、みずきと名乗る少女は言いにくそうに、こう言った。
「みんな、血を吸われちゃったの・・・」

そんな噂は、赴任前から聞いていた。
妻を伴うのをどうしようか?と、迷ったくらいだった。
「そんな話あるわけないじゃない」
一笑に付した妻は、わたしについてきてくれたけど。
ほんとうは・・・転任のきっかけになった不倫事件の当事者の相手が来ないかと、警戒していたらしかった。
「ご指摘の通りです。この街には吸血鬼が棲んでいます」
そう断言したのは・・・隣の席の、あのメガネの年配教師だった。
「ほかの人に訊いても、無駄ですよ。あなたがここの人間になるまで、はぐらかされるだけですからねえ」
ため息交じりな声色は、この学校の閉鎖性を憂えているように聞こえはしたけれど。
吸血鬼がいるという事実を受け容れるだけで、それ以上どうするつもりもないらしい彼の態度は不思議だったし、
だからなおさら、真顔で応えた彼の言いぐさも、そのまま信じる気にはなれなかったのだった。
「そんな話あるわけないでしょう」
体育の先生だって、血色のよい頬にあからさまな嘲笑を泛べて、そういっていた。

新たなクラスでわたしを迎えてくれたのは、顔色のわるい少女がただ一人———
その現実を直視することが、とっさにできなくて。
わたしは少女に、たずねていた。
「血を吸われちゃった・・・って、いったいだれに?みずきちゃんは平気なのかな?」
「うん、みずきは怖くない。だって、みんなの血を吸っちゃったのは、みずきなんだもん」
え・・・
少女もまた、真顔だった。

ごめんね。先生。
気がついた時には、目線の前にあるのは教室の天井だった。
床のうえにあお向けになったわたしは、自分の身に起きたことを、とっさに理解できないでいた。
みんなの血を吸ったのは、わたし・・・そこまで語ったみずきは、わたしのほうへとまっすぐに歩み寄ってきて・・・
信じられない腕力で、わたしのことをねじ伏せて、首すじを咬んだのだ。
首のつけ根に走る、ちくりとした疼痛を感じた直後———
ものすごい勢いで体内の血液が逆流するのを、わたしは感じた。
すべてが少女の唇に吸い寄せられて、傷口を通り抜けていった。
「ま、待ちなさい!待って・・・!」
制止は懇願に代わり、しまいには意味不明なうめき声にすり替えられていた。

ごくごく、ごっくん。ぐびり。

みずきの吸いかたは、獰猛だった。
万力のような強い力で抑えつけられた両肩は、床にぴったりと貼りついたようになって。
わたしはなすすべもなく、みずきの気まぐれが収まるのを、待ち焦がれるしかなかった。

「こんなふうにね、みんなの血を吸ったの」
「みんな・・・死んじゃったの・・・?」
ううん、と、みずきはかぶりを振った。
ツインテールの髪が、ユサユサッ・・・と重たく揺れた。
「だいじょうぶ。みんな順番こに吸ってるから。プリント届けてあげると、そのおうちのお母さんも、みずきの相手をしてくれるんだよ」
少女の声色はどこまでもあどけなく、そのゆえによけい、身の毛のよだつものが色濃くよぎる。
「わたしは、いつ放してもらえるの」
「放課後」
少女はイタズラっぽくクスリと笑い、吸い取ったばかりのわたしの血を、手の甲でむぞうさに拭った。

キィン・・・コォン・・・カァン・・・
遠くから、終課のチャイムが聞こえてきた。
もう・・・こんな時間になるのか・・・?
朝からずっと、この子に血を吸われつづけていたのか・・・?
ぼうっとなった頭からは、理性が消えかけていた。
ははは。
みずきが虚ろな声で、哂った。
「先生、ひどい顔しているよ。まるでミイラみたい。あとでおトイレに寄って、鏡見たら?」
そうして耳もとで、囁いた。
「先生の血は、ぜんぶあたしのもの。約束よ」

いつかどこかで、こんなふうに。
寝そべるわたしの上になって、耳元で囁いた女がいたのを思い出す。
「あなたはぜんぶ、あたしのもの」
その女はそういって、あとにスキャンダルと左遷の運命だけを残して、立ち去っていった。

「じゃあね。またあした。一時間くらい、残業していくといいよ。そしたら顔も、元に戻るから」
血に濡れたブラウスのまま、少女はスキップをして、教室から出ていった。

わたしはやっとのことで起きあがると、まるで二日酔いのあとみたいに重たい頭を振り振り、教室を出た。
途中で思い立って、トイレに立ち寄った。
ぎゃああ・・・
別人のようになった顔に、わたしは思わず大声をあげていた———

「いいお顔になりましたね」
夕陽の射し込む職員室は、ほとんどがらんどうになっていて。
けれども隣席の老教師はまだ、四角いメガネを光らせて、わたしのほうを振り向き、声をかけてくれた。
「いったい・・・い、いったい・・・」
知人の顔を見て、初めて恐怖の戦慄がわたしの身体を駆け抜けたのだ。
「ああ、だいじょうぶだいじょうぶ」
老教師はなだめるようにいうと、「ここのひとたちは、みんな経験してるから」と、こともなげに言ったものだった。


少女の襲撃はいつも突然で、発揮される食欲は貪婪きわまるものだった。
「先生!」
授業のさい中にみずきが挙手をすると、ほかの子たちは目配せし合って、教室から出ていく。
みずきはみんなが大人しく出ていくのを見送ると、
「う・ふ・ふ♪みんな協力してくれるんだ」
と、含み笑いを泛べながら、わたしのほうへと歩み寄る。
そうして立ちすくむわたしを見あげると、
「どうすんの?すわんないの?じゃあきょうは、脚からね」
といって、スラックスを引き上げると、脛にかぶりついてきた。
脚や脇腹を咬んだとしても、それはたんにわたしが苦痛の声をあげるのが面白くてしているだけだった。
さいごにはきまって、首すじに唇を這わせてくる。

ごくごくっ。ぐびっ。

あどけない顔つきとは裏腹に、少女は獣のように貪婪に、わたしの血をむさぼるのだった。
「先生、顔つきが変わったわ。奥さんにばれないように、きょうも残業していくんだね」
だれもいなくなった教室を出るとき、みずきはいつもスキップをして戸口に向かう。


ある朝出勤すると、隣席の老教師が、話しかけてきた。
いつものように、正面を向いたまま。こちらのことなど、視ようともせずに。
眼鏡の奥の瞳は、やはり表情を消していた。
「きょうは先生、授業はいいので、みずきちゃんをお宅へ連れ帰ってください」
え?
わたしが問い質すゆとりも与えずに、彼の態度は有無を言わせないものだった。
「あなたのクラスの担任は、臨時に私が拝命することになりました。みずきちゃんの教育には、専任者が必要なのでね」
校長も承諾している・・・老教師は引導を渡すように、わたしに言った。
「あちらでみずきちゃんの保護者のかたが、お待ちかねです。女の子ですから、お宅まで同伴されるそうですから」
老教師の眼鏡の奥は、さいごまで無表情だった。


妻はパートに出ていた。3時過ぎまで戻ってこない筈だった。
そのあいだに、すべてを済ませてしまうというのか?
みずきは白目の多い瞳を上向けて、わたしの顔を窺うようにしてフフフと笑う。
保護者を名乗る中年の男は、うっそりとした暗い雰囲気をもっていた。
顔色の悪さと帯びた雰囲気は、父娘そっくりだった。
四十がらみの冴えない感じの彼は口数も少なく、それでも恐縮しきったように、目で会釈をしてきた。
「おとうさん。恥ずかしがり屋なの」
みずきははっきりとそういうと、父親をかえりみ、「いつもしょうがないんだから」と、母親のような口調でいった。
この小心な男が、異常な性癖の持ち主である娘のことをどう思っているのか、皆目見当がつかなかった。
けれども、男の教師の自宅でふたりきりになるという娘の身を気遣ってついてくるというのだから、やはり人並みの愛情は持っているのだろう。
男の身なりは、ぱっとしなかった。むしろ、みすぼらしいといったほうが、ふさわしかった。
髪はぼさぼさで、よれよれのワイシャツは、失業者のように薄汚れていた。
さすがにそこまでは失礼だろうと思って立ち入れなかったが、
「きょうはお仕事休まれたのですか」
と、さりげなく訊くと、案の定、「ええ・・・まあ・・・」と、あいまいな返事ばかりが返ってくるのだった。


「はじめるね」
家に着いてわたしの書斎に落ち着くと、みずきは真顔になった。
こういう顔つきになると、すぐに襲ってくるのをわたしは知っていた。
わたしは自分から、たたみのうえにあお向けになると、目を瞑った。
「いい子ね」
みずきは母親みたいな口調でわたしをからかうと、こんどこそ真顔になって、顔を近寄せてきた。
ふうっ・・・稚ない息遣いが、首すじにあたった。

ぐびっ、ぐびっ、ごくっ・・・ごくりん。

少女の飲みっぷりは、いつもながら貪婪だった。
しっとりと結い分けたツインテールからも、悲しげで控えめな目半立ちからもかけ離れたようすだった。
まるで猛禽類が獲物をむさぼるように、みずきはわたしを掴まえ、抑えつけ、生き血をむしり取ってゆく。
いつしかわたしも、うわ言のように口走っていた。

すごいん・・・だな、みず・・・きちゃん・・・は・・・っ

はっ・・・はっ・・・と、息が荒くなるのを抑えきれない。
たぶん失血によるもののはずなのだが、その幾ばくかに昂ぶりのようなものが含まれていると、気づかないわけにはいかなかった。
そう、都会にいるときに、妻のうかがい知れないベッドのうえで、しばしば交し合ったあの息遣い———
それと同種のものが含まれていないと、だれがいえるだろうか?

ぐびっ、ぐびっ、ごく・・・ごく・・・ごく・・・

唇を離すと手の甲で口許を拭い、拭った口許をまた圧しつけてくる。
稚拙で力ずくな肉薄の裏側にあるのは、性の目ざめ・・・?
身体を重ね合わせることで初めて分かり合えるものを、齢のはなれた少女とかわし始めているという現実に、
不思議と後ろめたさを感じなかった。
「すべては教育のためですからね」
言い含めるようにそういったあの老教師の囁きが、今ごろになって力を帯びてくる。

小気味よいほどに鋭い牙の切れ味に、何度目か身をゆだねたとき―――
部屋の奥から、「キャ-ッ!」とひと声、悲鳴があがった。
聞き覚えのあるその悲鳴の主は、まぎれもなく妻のはず・・・
わたしがとっさにふり返ろうとするのを、みずきは強い力で押しとどめる。
「だ・め♪」
吸いつけられた唇に帯びた魔性の愉悦に、わたしも声をあげていた。
「それでいいわ」
女は血に濡れた唇を和ませて、にんまりと笑んだ。
「わかるでしょ?お父さんもあたしと、いっしょなの。わざわざ先生の家にお邪魔したのは、先生の奥さんをお父さんに紹介してもらうため・・・でももう、手間も省けたみたいだね」
どうやらほんとうに、そうらしかった。
ひぃひぃ叫びながら助けを求めつづける声は、じょじょに弱まりくぐもってきて、
「ああっ、ああっ。ああ・・・ん・・・っ」
不思議なうめき声へと、変化していった。
「お父さんね、血を吸う相手の女のひとに、いやらしいことしちゃうの。いやだよね?でも先生も、愉しんじゃっているんだよね?」
みずきは憐れむように、首すじにつけた傷口をゆるやかにねぶり続けてゆく。
「先生浮気して、こっち来たんだって?だったら奥さんにも、赦してあげようよ。愉しませてあげちゃおうよ」
齢のずっと離れた少女は、どちらが年上かわからないような態度で、わたしを支配してゆく。
隣室では夫より年上の男に支配されてゆく妻が、あきらかに凌辱を愉しみ始めている気配を感じながら・・・わたしは畳の上に、白く濁った熱情を、吐き散らかしてしまっていた。
みずきのからかうような笑い声に、苦笑で応えながら・・・

「ご奉仕デー」

2013年05月25日(Sat) 05:44:24

入学したばかりの女生徒たちは、だれもが林檎色の頬っぺたをしていて。
都会ふうのこ洒落たブレザーの制服に身を包んでいても、やっぱりお里は知れてしまう。
三年生を受け持っている春原教師は、不慣れな若い女性教師が担任を務めるこのクラスの先導役を手伝っていた。
教師歴は、20年ちかく。その大半をこの村で過ごしている春原教師にとって。
きょうの「ご奉仕の日」は、特段目新しい行事ではなかったけれど。
都会から赴任してきたばかりの女教師には、ちょっと過激な体験だったにちがいない。
この村では日常的行事になっていて、生徒も親たちさえも納得づくでつづいていることとはいっても・・・
なにしろ———村に棲みついている吸血鬼が女生徒たちの血を吸うのの、片棒を担がされるわけだから。

一か月以上もまえから、出席簿に日にちが記されていて。
生徒によっては、相手の名前さえ書き込まれている。
その日になると担任の教師は自分のクラスの教え子たちを引率して、
とくに女性の教師の場合には、率先してお手本を見せることになっていた。
傍らの若い女教師、杉浦教師もまた、いまは首すじに紅い痕を滲ませたまま、
自分のきょうの仕事ぶりを、大先輩である春原教師に、嬉々として口にしているのだった。
———きのうはは佐川さん、左沼さん、須田沼さんを引率したんですよ。
———血を吸われているときのあの子たちの表情って、かわいいんですねぇ。
なんて。

招かれた六人の女生徒は、教師ふたりが手分けして引率をした。
杉浦教師は春原教師のほうをちらと見て、じゃあ先生はこの三人をお願いしますね・・・と、
そのときだけは自分のほうから、仕切りをした。
心のなかでほろ苦く笑いながら、春原教師は任された三人を、杉浦教師がべつの三人を連れて入っていった空き教室のすぐ隣の教室に導き入れた。
もっぱらこういう行事のために利用される旧校舎には、日常的な授業風景は絶えていた。

教室に引き入れた女生徒は、三人。
人待ち顔の先客たちの数も、三人。
彼らはうっそりと俯けていた顔色の悪い顔を生徒たちに向けると、はじめて白い歯をみせた。
だれがだれを・・・という選択は、すでに客人たちのあいだで、あらかじめ決まっていたらしい。
迷わずに相手を択ぶと、有無を言わさぬ勢いでツカツカと女生徒たちに足を向けて、
座りなさい、というように、三つ並べられた椅子に、彼女たちを伴った。
春原教師は教室の入り口に佇んだまま、生徒たちの様子を視ている。
取り乱して泣き出す子をなだめたり、逆に積極的な応対に出て貧血を起こした子を保健室に連れて行ったり・・・が、彼の役目だった。
とくに新入生の場合、初体験で落ち着きを失くす生徒が、多いのだ。

林檎色の頬っぺたをした少女たちは、思い思いに首すじを狙って覆いかぶさってくる客人たちをまえに、従順に目を瞑る。

いい夢を見れる期待に胸をはずませて、くすぐったそうに眼を瞑る子。
仕方なさそうにため息をついて、表情を消す子。
早くも涙目になって相手を見つめ、小声でなだめすかされながら目を瞑った子。

だれもが咬みつかれた瞬間、あっと声をあげて唇を開いた。
血色の好い唇から覗く白い歯を、だれもが透きとおるほど輝かせていた。
三人ともがっくりと肩から力が抜けて、椅子の背もたれに上背をもたれかけてしまうと。
三人の客人はそれぞれに少女たちの顔色を観察し、まだ吸える、と判断すると、
こんどは足許にかがみ込んでいった。
吸い取った血をあやしたままの赤黒い唇が、紺のハイソックスを履いたふくらはぎに、ぬるりと這う。

ちゅう・・・っ。
ちゅう・・・っ。
ちゅう・・・っ。

三人三様にたてる吸血の音に。
少女たちもまた、それぞれの反応を示していった。

「やだァ・・・」
夢見るように目を瞑った子は、くすぐったそうな笑い声を洩らして、

「あー・・・」
仕方なさそうに目を瞑った子は、ハイソックスを破かれる気配に眉をしかめて、

「あ・・・あ・・・」
べそをかいて目を瞑った子は、血を引き抜かれてゆく感覚に慣れないのか、おっかなびっくり相手をし続ける。

ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ・・・
あっ・・・あっ・・・あっ・・・

血を吸う音があがるたび、少女たちの声色は和らぎとくすぐったさを色濃く織り交ぜてゆく。
しまいにはだれもが、くすくすと笑いながら。
紺のハイソックスをずり降ろされひき剥がれてゆくようすを、面白そうに見おろすようになっていた。

「ご奉仕」は、気絶するまで続けられる。
1人目の男が夢見心地の少女を促して保健室に連れてゆき、
2人目の男も諦め気分の少女を誘うと、少女のほうからすすんで起ちあがり、これも保健室に消えた。
残った少女はまだべそを掻いていたけれど、それは甘えるような態度に変わっていて。
保健室に脚を運ぶ余力もなく、その場に尻もちをついて気絶した。

「ご苦労さん」
春原教師は、あいてにぞんざいな声を投げた。
「ご馳走様」
ごま塩頭の男は、春原教師よりも十は齢が上のはずだった。
吸い取った血潮を手の甲でむぞうさに拭うと、拭った手の甲をこんどは行儀悪く、自分のワイシャツにべたべたとこすりつけている。
こんな下品な男に・・・と、ちらと思ったものの。
だれもがそうなんだ・・・という諦めが、脳裏にほろ苦く浮いた。
「お口に合ったかね?」
「んまい・・・んまかった!」
男は目を瞑り、感に堪えたように声をあげた。
「そいつはなによりだった」
春原は皮肉な口調で応えた。
「まだ喉が渇いているんだろう」
「ああ、ひどく旱(ひで)りだったからな」
「男の血じゃ・・・口直しの逆になるかな?」
春原は自分のスラックスを、ひきあげている。
ストッキング地の濃紺のハイソックスが、淡い毛脛の浮いた足許を、性差を埋めるようにコーティングしていた。
「そんなこた、ねえ」
男は強く否定すると、立ったままの春原の足首を掴まえて、薄い靴下のうえからふくらはぎに食いついた。
ストッキング地のハイソックスはぱちぱちとかすかな音をたててはじけ、裂け目が縦に拡がった。
男の吸いかたは、執拗だった。

きゅう・・・きゅう・・・きゅう・・・

よほど喉がカラカラだったのか、少女がその場で尻もちをついたのも、無理はない。
失血で頭がぼうっとなるのを感じながら、春原教師は少女のほうを見やった。
少女は尻もちをついたままの姿勢で気絶をしていた。
さっきまでの悲壮な顔つきは消えて、どこか惚けたように口を半ば開いていた。
いい夢をみているのだろうか、かすかな微笑さえ浮かべていることに、春原はすこしだけ救いを見出す思いがした。
紺のハイソックスは、糸を引いたよだれを光らせたまま、脛の半ばまでずり落ちていた。
淡い嫉妬のような感情をあわてて打ち消すと、理性を保つために荒々しい勢いの吸血に歯を食いしばる。

「この齢になっても・・・いつも気が咎めるんだよ。吸血鬼の片棒を担いでいるんだからね」
ずり落ちたハイソックスは、使いものにならないほど裂け目を拡げていた。
男がもう片方の脚をおねだりするのに仕草で応えながら、春原は独りごとを言い止めなかった。

よその家の娘さんを預かりながら、生き血を吸わせる先導役なんかをやらされて。
まあ・・・どの子もしつけは行き届いているから、さいごにはお行儀よく血を吸われて堕ちていっちゃうものなのだけど。
やっぱりそれは、気が咎めるものだよね?
教師のだれもが通った道で、いずれは自分の番が来るってわかっているから・・・まだ勤まっているのだと思うよ。
その子の血。
よほど口に合ったようだね。
まあむぞうさに吸われて捨てられちまうよりかまだいいか。
あんたがいま血を吸った生徒は、俺の娘なんだからな・・・

いい夢でもみているのだろうか?少女が笑みを滲ませて、おとがいを仰のけた。
静かに輝く白い頬には、ほんのすこしだけ、血色を取り戻しかけていた。

薄っすらとほほ笑む彼女。

2013年05月16日(Thu) 07:46:39

頬骨の輪郭をくっきりにじませた白くて薄い膚に。
きみは精いっぱいのほほ笑みを泛べて。
だいじょうぶだよ。ちょっぴり貧血なだけだから。
いつものように強がりをいうきみを抱き寄せると、
華奢な肩幅が、いっそう狭まったような気がした。

トモヤひとりで相手をするのは、無理じゃん。
夜な夜な訪れる悪友のことを知った彼女は、
同性同士の逢瀬を気味悪がることもなく。嫉妬することもなく。
ただ、ボクの身だけを気遣ってくれて。
若い女の血が欲しい・・・臆面もなく呟く彼にも、臆することなど思いもよらず、
あたしはいいよ。トモヤが嫌じゃなければ。
いよいよ血を吸い取られるという直前になってさえ。
彼女はボクのことだけを、気遣いつづけてくれていた。


一夜あけて。
おはよう。
薄っすらとした優しいほほ笑みは、夕べまでの彼女と、なにひとつ変えられていなかった。
さすがに堪えられなくなって、自ら気絶するまで血を与えたあとの貧血は。
われにかえったボクのことを、眩暈で苦しめはしたけれど。
それ以上の苦しみは、ついに訪れることがなかった。
なにが起きたのか。
どこまで許したのか。
どれほど奪われたのか・・・
そんなどす黒い妄想を、力のこもらない声が、一瞬で拭い去っていった。
あのひとね。トモヤの恋人だから、よかったんだって。
さいごまでトモヤに、感謝していたよ。


か弱げなくらいにほっそりとした首すじに、紅い斑点がふたつ。
それは、ボクと彼女にしか、目に映らないもの。
皮膚の奥深く、あの鋭い牙を滲ませられて。
身体の隅々にまでめぐる、うら若い血潮を。
一滴余さず舐め尽くされると。
身体の隅々にまでいきわたる、淫らな毒液が。
どれほどひとの理性を狂わせるのか、ボクは知り尽くしてしまっている。

きみは俺のもの。俺はきみのもの。
だからきみの最愛のひとを、すべて奪い尽くしてしまいたい。
そんな言いぐさで、彼女の血を欲しがる彼のことを、断り切ることはできなかった。
いつかうわ言のように、口にした言葉―――
彼女の血がきみのなかで、ボクの血といっしょになるんだね。
嬉々として呟いた言葉に、彼女はおっとりと肯いて、いった。
仲良くなろうね。三人で・・・


浮気、してくるね。
血を吸われちゃうのも、浮気のうちだよね?
トモヤは、怒らないよね?彼のこと。
でも、あたしが戻ってきたら、いやらしい女だって、叱ってね。
口許に、淋しげに浮いたえくぼ。
薄っすらとしたか弱げなほほ笑みが、温もりとなってボクの胸を衝いた。
その切っ先は、吸血鬼の牙よりもはるかに優しくボクの胸を浸して。
あとからじんわりと、甘美で危険な毒をしみ込ませてきた。

朝になったら、戻るから。
気になったら、あとを追いかけてきてね。
羞ずかしいけど、覗いてもいいよ。彼も、いいって言ってる。
でもできれば、来ないでね。ほんとうに、羞ずかしいから・・・
それでもやっぱり、来るかな。来ちゃうかな?無理しないでね。

愛してるから。

表情を見られまいとして、サッと肩を翻す彼女は、
背すじをすっくと伸ばし、あとをふり返らずに歩みを進める。
彼女のか細い身体から、なけなしの血潮を啜ろうとする男の待つ部屋へ。
色の薄いロングスカートから覗く足首が、グレーのストッキングに透けていた。


やっぱり来るかな。来ちゃうかな。
羞ずかしいけど、覗いてもいいよ・・・

優しい彼女の誘い水が、今夜もずうっと、ボクを呻吟させ、
そして救いの手を差し伸べてくる。

いつも、きみといっしょにいるために。

2013年05月16日(Thu) 07:21:36

咬まれることには、もうだいぶ慣れたけど。
そもそも初めから、痛くないように咬んでくれるんだけど。
それでもやっぱり、他人の身体の中から生き血を吸い取って、自分のものにするなんて、
やっぱりなんとなく、ズルいと思う。

けれども今夜も、ボクは約束通り、いつもの待ち合わせの場所に行って。
タカシくんに咬まれて、血を吸わせてあげている。
なま温かい唇がヒルのように、皮膚のうえから這わされて。
尖った歯が皮膚を破って、血潮を啜り取ってゆく音に、ウットリとなりながら・・・

きみの血が、ぼくの身体をめぐっているときは。
いつもケンジくんといっしょに、いられるからね。
彼の口癖は、ボクにとっては殺し文句。
吸い取ったばかりの血のりをあやした口許を、ボクは指先でスッと撫でて。
よく似合うよ・・・って、言ってあげると。
タカシくんはくすぐったそうに、笑うんだ。

身体を離すのって、寂しいよね?
タカシくんはそういいながら、ボクの履いているライン入りのハイソックスをずり降ろして。
自分の脚に通してゆく。
代わりにきみが置いていく長い靴下は、ストッキングのように薄いやつ。
こんなのふだん、履けないよ・・・
口を尖らせて、苦笑いして。ぐーんと引き伸ばしていって。
淡い毛脛を妖しくコーティングする淡いナイロンの輝きに、陶然となっている。

こんどは、姉貴の制服でも着てきてやろうか?
いつも女装して現れるきみと、姉妹みたいに戯れるために。

重たげな紺のプリーツスカートをかすかに揺らしながら。
きみはふたたび、闇夜の彼方に、身をまぎらせてゆく。
貧血のまま取り残されたボクには、また色あせた朝が訪れる。

待っていてね。きょうも板チョコ、頬張るからね。
心のなかの呟きを、砂を咬むような日常に紛らせながら暮らしているボクには、
きみを連れてくる暗い闇が、輝いてみえるようになっていた。

早朝、制服のスカートを揺らして・・・

2013年05月13日(Mon) 06:48:13

この街の夜明けは、ゴーストタウン。
整った街並みは、ほんとうに人けがなくて。
そらぞらしいほど透明な空気のなかで、眠りこけている。
昼間だって、眠っているような街だった。
そして此処に移り住んで来てひと月経ったころには、そんな街の日常にも、慣れ始めてきた。

朝の四時に目を覚ますと。
やおら起き上がって、外に人通りのないことを確かめて。
袖を通すブラウスは、数時間後出勤していくときに着るワイシャツとは、釦が逆についていて。
その上にかぶる紺のベストはいいとして、さらにそのうえに羽織るブレザーも、おなじことだった。
腰に巻きつけるスカートの下、むき出しの脚を空々しい冷気がよぎる。
スカートの色とおなじ、グレーのハイソックスを、ひざ小僧の下までぐーんと引き伸ばすと・・・本物の女の子になった気分になる。
ロングヘアのウィッグはさいしょ、暑苦しい気がしたけれど。
頬を撫でるようにかぶさってくる髪が、カムフラージュ以上の快感を伴ってきたのは、案外すぐのことだった。
手に取る学生鞄は、実家から持ち出してきたお古。
鏡のまえでひもタイを締めながら、学ランのころは学校に行くために着替えるということがとても苦痛だったことを、ほろ苦く思い出している。

通りに出ると、遠くに人影をみとめて、はっとなる。
けれどもそれも、だいぶ慣れた。
この街の人たちは、他人のライフスタイルに、関心をもたないものらしい。
古くから住んでいる住人は、よそ者のことを相手にしないのかもしれなかった。
わたしは学生鞄をゆったり揺らして、街をそよそよと吹き抜けてゆく風に、スカートのすそを揺らしていく。
暑すぎず肌寒くもない風が、スカートをふぁさっとそよがせて、内またにまで入り込んでくるのさえ、ひどく心地のよいものだった。

―――ああ、平気平気。あんた都会からきた人でしょう?けっこういるから。そういうひと。
目があったときには至近距離まで来ていたその老人は、枯れかけた声でそういった。
―――あ・・・はあ。すみません。
間抜けなあいさつを返してへどもどするわたしを、老人は、淡々とした応対で、さりげなく救ってゆく。
―――あんたの事務所の窓際にいる女の人たち、あれ本当は男なんだよ。
―――え・・・?
―――だからあんたも、全然平気。
目じりに寄った皺が、愉しそうに、というよりは、好色そうなものをよぎらせていた。


人に視られたすぐあとに、何食わぬ顔をして職場に入るのは、ちょっと後ろめたい気分がしたけれど。
事務所の面々は、わたしが入ってきたことにさえ関心がない様子で、すでに執務に取りかかっていた。
席の空いているなん人かは、もう外商に出てしまっているらしい。
さりげなく、窓際の席に目をやった。
その席はかなり離れていて、特段用もなかったこともあって、足を向けたのは着任のあいさつのときだけだった。
妙に静かなひとたちだな。
そのときにはそう感じただけだったけれど。
作りつけたようなヘアスタイルに、不自然なくらいに濃いアイラインの理由が、いまになってみるとよくわかる。
―――気になりますか。いちど試しに、あちらにいらしてみたら、どうです?
ふと耳もとでささやかれた声にぎくりとしてふり返ると、同僚の岩原が、いつもの無表情な白皙に、かすかな親しみを滲ませていた。
―――戻ってくることも、もちろんできますからね。
そう言い捨てて背中をみせると、もうそれっきりだった。
―――あ・・・
声をかけようにも、とりつくしまもないようすだった。
異変がおきたのは、その晩のことだった。


いつもの公園。
そこでわたしは、グレーのプリーツスカートを揺らしながら歩いていた。
ひざ小僧のすぐ下までグンと伸ばした白のハイソックスが、暗い砂地に映えるのを、目で愉しみながら。
なにをするでもなく、ほどほどに散歩をして、人目につかないようにアパートに戻る・・・はずだった。
ところが、ひとつしかない公園の入り口から入ってきたその人影は、有無を言わせずこちらへと、距離を詰めてきた。
―――逃げることないです。羞ずかしいのはあなたじゃない。私のほうだ・・・
その声が先日の早朝に行き会った老人のものだと気付いた時には、わたしは声の主に制服姿を抱きすくめられていた。
うなじに貼りつけられた唇に痛いほど吸われた皮膚に、尖った異物が食い込んできた。

ちゅうっ・・・

だれが羞ずかしくて、だれが羞ずかしくないのだろう?
ぼう然としたわたしは、自問をくり返すばかりだった。
ベンチの背もたれに身をゆだねるわたしは、さっき首すじに沁み込まされた疼痛を、足許にも刺し込まれていくのを、もうどうすることもできなくなっていた。
じりじりとずり落ちてゆく白のハイソックスに、なま温かいシミが拡がってゆくのが、なぜかむしょうに小気味よかった。

この街で献血を希望する男は、女の格好をして、街を歩くんです。
はからずも、趣味の相性が合ったのだろうね。
老人はそう、独り決めを決め込むと。
ふたたび、いやおうなく、わたしの首すじに牙を突きたててきた。
わたしはもう、避ける意思も喪ったまま。
ずぶり!と食い込んでくる切っ先に、ひそかに胸を躍らせていた。

「おはよう」「おはようございます」
こもごもに交わされる、朝の挨拶の声をかいくぐって。
わたしは靴音を響かせて、事務所に脚を踏み入れる。
スラックスの代わりに、ミニのタイトスカート。
光沢の浮いた肌色のストッキングを穿くために、夕べは遅くまでかかって、脚の手入れをしていた。
いつもの席には目もくれずに、わたしは窓際の机の一群をめざしていく。
それをだれもが、止めようとはしない。
「おはよう」「ああ、おはよう」
―――席、ここでいいですか・・・?
上目遣いに尋ねるわたしは、ちょっとだけ気遣わしい表情をあらわにしたけれど。
必要以上に濃すぎるアイラインの主は、甘ったるい笑みにロングヘアのウィッグを揺らし、無言で応えてくる。
きょうから女として、この事務所に勤務する。
いま始まったばかりの、わたしにとっての新しい時代を祝福するように、窓辺の梢で新緑が揺れていた。

姉ちゃん、気分悪いのか?

2013年05月13日(Mon) 06:16:00

この街には、なん人もいるってきいていた。
夕方から夜明けにかけては、ふつうに出没するともきいていた。
近所にあるあの奥行きのある公園とか、出入りしては危ないスポットがあるときいていた。
そういう場所を避けて通れば、だいたい平気・・・ともきいていた。

けれどもまさか、まさかあたしが出くわすなんて、思ってもみなかった!

「ゴメン、みゆき。きょうはあたし用事があるから、ここでバイバイするねっ☆」
親友のマミが、かざした小手を振ってあたしに背中をみせたのは。
その、例の、いつもの道とは三本向こうにあるはずの、あの公園の入り口だった。
マミはもう、あたしのことなんか振り返らずに、いちもくさんに奥へ奥へと駈けていった。
白のハイソックスの足許を、紺のチェック柄のスカートのすそを、踊るように揺らしながら。

早く帰んなくちゃ。
ヤバい場所から一刻も早く逃れようと、行き先にむけて顔を向けたその時だった。
目の前の彼は、とても険悪な視線を、白ブラウスの制服を着たあたしの両肩に、ぐさりと突き刺してきた。
だれなのか。どういうことをするひとなのか。そしてあたしを、どうするつもりなのか。
一瞬で、わかってしまった。
「姉ちゃん、気分わるいのか?」
柄の悪そうな声を投げてきたその兄(あん)ちゃんは、両手で隠そうとしたあたしの顔を、覗き込むようにして近寄ってくる。
声色は、そんなに怖い感じじゃなかった。あたしの具合を、ほんとうに心配している口ぶりだった。
けれども彼は、あたしのいちばん耳にしたくないことを、こともなげに口にした。
「あんた、俺があんたになにをしたいか、察しがついているようだな」
って。

ギュウッと掴まえられた二の腕が、痛い。
不自然なくらい足早に歩かされて、いったいあたしをどこへ連れて行こうというのだろう?
歩みを急がせる白のハイソックスの両脚が、雨降りのあとの公園の地面に、呪わしく映えた。
マミもこのあたりに、いるんだろうか?
助けを呼んでもムダ・・・それはすぐにわかっていた。
ベンチに腰掛け寄り添う女の子は、だれもが相手の男に、首すじを吸われていた。

死なせない。仲間にもしない。約束する。
ああ・・・念のため。仲間にしないってことは、あんたが吸血鬼にならないってことだから。

男はぶっきら棒にそういうと、やおらあたしに、のしかかってきた。

ああああああ!

がくがくぶるぶる。
こわばって逃げることを忘れた脚は、ベンチからすべり落ちまいとして、むやみと地面に踏ん張っていて。
痛いほど強く吸いつけられた唇に含んだ異物が、とげとげしく、皮膚を引っ掻いて。
ホチキスの針でも刺さるような無神経な痛みを、うなじにもぐり込ませてきた。
じわあ・・・っ、と、滲むなま温かい血が。吸いつけられた唇の奥へと、啜り込まれていった。

眩暈。眩暈。め・ま・い。
あたしはぼう然となって、頭上の新緑を見あげながら。
引っつかまれた両肩をベンチの背中に抑えつけられたまま、じわじわと血液を、抜かれていった。


男はあたしを放すと、軽く肩をはずませていた。
あたしはもっと、肩を上下させていた。
目のまえをよぎる闇のようなめまいに、両手で顔を蔽っていた。
「だいじょうぶか?」
男のいたわり文句は、気分悪いのか?って訊いてきたときよりも、親身にきこえた。
「だいじょうぶ。平気」
あたしは、強がってみせた。
ほんとうは、きつかった。きつかった以上に、羞ずかしかった。
自分の奥底を見られてしまったような、たいせつなものをおもちゃにされちゃったみたいな、すごい不快感。
けれども男は、あたしの気分をあっさりとスルーした。
「じゃあ、悪りぃが、も少しもらうぜ」
彼はあたしの足許にかがみ込むと、白のハイソックスのうえから、ふくらはぎに唇を吸いつけた。
足許をきりっと引き締めたナイロン生地に、薄気味の悪いよだれがなま温かくしみ込んでくるのは、
雨あがりのベンチに濡れたスカートよりも、居心地がわるかった。


ちゅうっ、ちゅうっ、ちゅーっ。
他愛ない音をなん度も洩らしながら。あたしの血は、男の喉の奥へと、吸い取られていった。
待って。待って。待って・・・
意識を泥沼の底に引きずり込まれてしまいそうな感覚に、あたしは戸惑い、
うわ言のように、「待って、待って」と、くり返していた。


「今夜じゅうに、だれかの血を吸わないと、灰になるところだった」
あたしの耳たぶを、男の呼気がなま温かくかすめた。
初めて弱みを見せる口調だった。
「そうなの・・・?」
相手が吸血鬼なのも忘れて、あたしは男の目を見た。
うつろな目に、恐怖のようなものを見出すと、男はいった。
「俺だって、死ぬのが怖いんだ。だから、あんたが死ぬのが怖いのも、よくわかる」
「そう」
乱れたスカートのすそをさりげなく戻すと、ずり落ちたハイソックスをひざ小僧の下まで引き伸ばす。
ハイソックスの真っ白な生地に、あたしの血が、赤黒くべっとりと、貼りついていた。
「ひどい」
あたしの目が、怒りに燃えた。
ひとの血をもてあそんだうえに、ハイソックスまでこんなに汚しちゃうなんて、あんまりだ。
男はあたしの態度からさりげなく目をそらし、「歩けるか」とだけ、訊いた。
「きょうはもう、だれにも襲われたりしないよ」
あからさまに撥ねた痕跡が、ほかの魔をさけるのだということを、あたしはだいぶあとになってから知った。
「帰んな。母さん心配するぞ」
男はそう言い捨てると、革ジャンの背中を向けた。
とぼとぼと歩み去って小さくなってゆく後ろ姿は、ひどく縮こまっていて、むしろみじめそうにみえた。


家にたどり着くまで。
なま温かく染まった足許に、すれ違う人が目をやらないかと、ずいぶんとヒヤヒヤした。
けれども夜道を足早に家路をたどる人たちは、意外なくらい無関心で。
気がつくともう、まだ灯りの点いていない家が、すぐそこにあった。
母さん今夜は遅いんだった。食事も自分で作らなくちゃいけない。
そんなことを、思い出していた。

下着を自分で洗う習慣にしていたのを、つくづくよかったと思った。
スカートの泥は、濡れたタオルで拭っただけで、きれいに取れた。
血で汚れたハイソックスは別に洗って、あたしの部屋に陰干しにした。
意外なことに。
パンティが、ぐっしょりと、濡れそぼっていた。
お尻の憩後地の悪さの正体を知ったとき。
ふくらはぎに残るズキズキとした疼痛が、ひどくしっくりと皮膚の奥まで染み入ってくることに、
あたしは戸惑い、心の奥底まで、疼かせてしまっていた。



再びその男に遭ったのは、つぎの日の学校帰りだった。
「昼間もいるの、あなた」
びっくりして大きな声をあげたあたしに、男は苦笑を泛べると、
早くも後じさりして背中にコンクリートの塀を背負い込んだあたしに手を振って、それ以上近づいてこなかった。
「そんなに年中は、やらないよ。あんたにも悪いから」
眉の間に滲ませていた険悪な色合いは、どこかに消えていた。
「でも灰になっちゃうんでしょ」
あたしは口早にいった。こいつと話しているところをだれかに視られるのが、怖かったから。
「ひと月に3度はしないとね」
男は物騒なことを口にしたけれど、あたしは自然に受け止めて、「3度なんだね」とくり返した。
「意外に少ないんだね」とも、、つけ加えた。
男は黙って、手を差し出した。なにかをよこせ、というように。
鞄のなかみを当てられた気がして、思わずビクッとする。
捨てるつもりで持ち歩いていたのは、夕べ咬み破られた白のハイソックス。
紙包みにくるんだそれを手渡してしまうと、「イタズラしないで頂戴ね」。
憎まれ口に、潔癖な色を表に滲ませて、ちょっと気色ばんでいた。
男はあたしを冷やかすでもなく、かといって礼を言うでもなく、相変わらずうっそりとしていた。
「連絡の取り方がわからない」
「まだ、つきまとうつもり!?」
「嫌なら、無理じいするつもりはない」
「じゃ、あたしから行く。住所教えなさい」
居所を知られたがらないだろうと思っていたのに、男は案外あっさりと、自分の居場所を口にしていた。


街はずれの古い洋館。
枯れかけたツタに蔽われた壁がレンガ造りだというのが、かろうじて見て取れる。
ふだん通る道とはすこし離れたところにあるのに、あまりにウッソウとしたその佇まいには見覚えができていて、
あたしたちの仲間うちでは、「お化け屋敷」って、呼んでいた。
まさかその「お化け屋敷」に、そこの正体が文字通り「お化け屋敷」だとわかってしまったというのに、
数日後、あたしは制服のスカートを、その家の門前でそよがせていた。

「お入り」だれかにそう言われたような気がして、門扉のない門を通ると、重々しい木の扉のドアノブに手をかけた。
ドアは施錠されてなく、かんたんに開いた。
「入んなさい」
こんどはほんとうに、声がした。
声は、右奥にちょっと入ったところの、ドアの開いた広間から響いていた。
あたしが部屋のなかに入ると、男はいちばん奥のソファで足組みをして、あたしの制服姿に目を細めていた。
「咬まれたくて履いてきたわけじゃないからね」
紺のハイソックスの足許にかがみ込んでくる男から目をそらしてあたしがいうと、
「わかってる。お嬢さん。あんたの厚意に感謝する」
男はめずらしく殊勝なことをいうと、ハイソックスのふくらはぎに、唾液を滲ませてきた。
さいしょ、男はあたしのハイソックスをずり降ろそうとしたのだけれど。
あたしのほうから、咬んでもいいって、告げていた。

ちゅう、ちゅう、きゅう、きゅう・・・
ひとをこばかにしたような音をたてて、吸い上げられ呑み込まれてゆくあたしの血―――
痛いほどギュウッと握り締められた足首に、すがりつくような甘えを感じたことに、あたしはちょっと満足していた。
卒業は、再来年の春。
それまでに、なん足破られちゃうんだろ。
思わず口に出したあたしに、男はさりげなく応えてくる。
十足破るころには、あんたは俺の女になっている。

「女になる」

どきりとした。
とっさにすくめた足許で、男はあたしの反応を察した。
けれども男は意地悪にも、あたしの反応には知らん顔をして、
こんどはもう片方のふくらはぎにも、よだれをべっとりとなすりつけてくる。
「下品なまねしないで」
あたしが顔を、しかめると。
「迷惑なんだろ?我慢してくれることに感謝している」
男は淡々とそういうと、なおもあたしのハイソックスに、よだれをべっとりと、なすりつけてくる。
それが愛情表現なのだとわかると、「すごく迷惑」。
あたしはわざと、必要以上に口を尖らせていた。

窮余の誠

2013年05月08日(Wed) 06:10:14

~はじめに~
ちょっぴり童話風に、まとめてみました。^^



夜道で吸血鬼が、女学生の御嬢さんとランデブーします。
もとより御嬢さんのほうから望んでそうなったわけではなく、本当に不幸な偶然が重なってこうした不幸が生じたのですが。
いちど出逢ってしまった吸血鬼には、礼儀を尽くして血を吸わせなければばらないというこの街のルールをよく弁えている御嬢さんは、戸惑い、わが身の不幸を嘆きながらも、吸血鬼の意に従うことに同意します。
彼女はちかくの公園に入ると、できるだけ目だたない場所にしつらえられたベンチを選んで腰を下ろし、観念したように目を瞑ります。

吸血鬼は舌なめずりをして、御嬢さんの背後に近寄ります。
「ウフフ。従順なよい娘だ。わしの牙に隠した毒で夢中にさせて、淫らに堕としてやろう」
彼はそんなけしからぬ画策を、御嬢さんに対して抱くのです。
柔らかな白いうなじに、彼の邪悪な牙が食い込むと、御嬢さんは痛そうに顔をしかめます。
ひきつったおとがいの下、乳色の素肌に深紅の血潮が滴りはじめます。

ところが、あにはからんや、吸血鬼があの手この手・・・と御嬢さんをいたぶりにかかり、さんざんに辱しめ、淫らな誘惑に駆りたてるのですが、どういうわけか御嬢さんは、期待するような反応を示しません。
ますます困ったような顔をして、ひたすら申し訳なさそうに身をすくめるばかり。

小父さま、ごめんなさい。
わたくしが居心地よくなるようにって、いろいろしてくださるお気持ちはわかるんですけれど、どういうわけか気分が乗らないの。
遠慮なさらなくてよろしいですから、どうぞ気の済むまで、わたくしの血を吸ってください。
わたくし、我慢して、あなたが終わるのをお待ちしていますから。

そんな情けないお言葉まで、頂戴してしまったのです。


吸血鬼は困り果ててしまいます。
彼の持ち手はすっかり使い果たしてしまい、御嬢さんを淫らな歓びに導くことのできそうな手練手管は、もうこれ以上なにも残されていなかったのです。

彼は初めて、激しい悔恨に襲われます。

ああ、俺はなんということをしてしまったのだろう?
この娘を堕として、ひと晩いけない夜の愉しみを、共にしようと願ったのに。
彼女は真心から俺の献血に応じてくれて、咬まれる苦痛や淫らなあしらいをされる屈辱を、苦痛や屈辱のままに受け止めようとしている・・・

清楚な濃紺の制服姿に装われた彼女は、血の気の失せた蒼白い頬を月の光りに浮き上がらせて、いっそうか細く、頼りなげにうつります。

ああ、俺たちはなんと悲しいカップルなのだろう?
もう長いこと若い娘たちの血を吸って、淫らに堕とすことには長けていたはずなのに、年端もいかぬ小娘をたぶらかすことさえできないなんて・・・

吸血鬼は、御嬢さんへの同情でいっぱいになりました。
不埒な愉しみを獲たいがために近づいたこの男に、彼女は真心をもって接してくれていたからです。

「さ、どうぞ・・・お好きなだけ召し上がれ」
御嬢さんは目にいっぱい涙をためながら、それでもけなげにも無理にほほ笑んでさえみせるのです。
「貴女のために、なにもしてやることはできないのがとても残念だ。せめて心からの敬意をもって、貴女と過ごしたい」
吸血鬼はそう呟くと、御嬢さんの傍らに腰かけて、彼女の肌の冷えが伝わるほどぴったりと身を寄り添わせ、心からのいたわりを込めて抱きしめながら、御嬢さんの首すじを吸ったのです。

ああ・・・

どちらからともなく洩らされたうめき声は、闇の彼方へと溶けていきました。
なんとしたことか、御嬢さんは息をはずませ、初めて夢中になっていたのです。
「小父さま、愉しいですわ。
 ほんとうに、いけないこと、わたくしに対してなさっておいでですけれど・・・
 わたくしの、黒のストッキングを破いて、脚まで咬んでおしまいになりたいのでしょう?
 そうしたいけないこと、肚の底からお望みなのでしょう?
 どうぞ、お好きなようになさってください。
 ストッキングを破かれるのは、辱しめを受けるようで気が進まないのだけど。
 貴男が愉しんでくださるのなら、我慢してあげてもいいわ・・・」
御嬢さんは黒のストッキングになまめかしく染めた脚をすらりと差し伸べると、吸血鬼は彼女の足許に跪くようにしてかがみ込み、彼女の両脚を代わる代わる、吸いはじめました。
いやらしいよだれが薄手のナイロンの生地を淫らに染めるのを、御嬢さんは眉をひそめながらも、むしろ面白そうに見入っていったのです。

窮余の誠、無欲の気遣いが、二人を心から結びつけました。
うふふ・・・ふふふ・・・
セーラー服の肩先に三つ編みのおさげを揺らして、お嬢さんはくすぐったそうに笑います。
気を許し合ったふたりは初めて真心を込めて抱き合って、口づけを交わしました。
まだ口づけを体験したことのない可愛らしい唇に、吸い取った血潮の芳香をよぎらせた唇が、心からのいたわりと気遣いを交し合っていったのです。

薄闇に包まれた人っ子一人いない公園の片隅で。
御嬢さんの愉しげな含み笑いが、いつまでもつづいていくのでした。


あとがき
副題は案外、「正しい男女交際の心得」だったりして。^^

血を吸いたい 吸わせたい

2013年05月05日(Sun) 08:05:53

あっ!痛いっ!嫌だっ!だめ・・・っ。
夜のかえり道、初めて出逢った吸血鬼の小父さんを相手に、ぼくは戸惑いあわてていた。
けれども小父さんは、それは慣れたようすでぼくにすり寄ると、
ぼくの身体を頑丈な紐できっちり結わえるように、丸太ん棒みたいな逞しい腕でがっちりとつかまえて。
うなじを吸って、ほどよい痛みをしみ込ませ、ぼくの抵抗する意思を奪ってしまうと。
半ズボンの太ももに手をさ迷わせ、
通学のときいつも穿いている濃紺のハイソックスのうえからふくらはぎに吸いつけられた唇に、
しなやかな生地をよだれでじっとりと、濡らされていった。

貧血だよ。たまらないよ。小父さん、ひどいことするね。
ぼく、吸血鬼になんか、なりたくないんだからね・・・

こんな仕打ちをした小父さんを散々に非難しながら、
けれどもぼくは、約束してしまっている。

逢うのは今度だけだからね。いちどだけだからね・・・


毒が脳にまわって、ボクの理性を鈍らせるのには、二、三日とかからなかった。
そのあいだにぼくは、通学用の紺のハイソックスをなん足も小父さんに咬み破らせていたし、
女の血を欲しがる小父さんのために母さんを紹介してからは、
長靴下に穴をあけ、血で濡らして家路をたどるぼくのことを、母さんはもう咎めなくなっていた。

血を吸いたい。
そんな衝動にとり衝かれたのは、血を吸われるようになって、一か月もしたころだろうか?
小父さんがぼくや母さんだけではなくて、
クラスの男女をだれかれとなく襲って血を吸っていると知ったころ。
まだなにも知らない友だちよりも、
小父さんを家にまであがりこませている男女との付き合いのほうが、ずっと親しくなっていた。


やだよ・・・やだよ・・・
表向きぼくは、初めての頃と同じくらい、血を吸われることを嫌悪して、
靴下を破られるときなんか、すごく迷惑そうに激しくかぶりを振って、
身体の下肢に密着したしなやかなナイロン生地に意地汚くよだれをしみ込ませてくる小父さんのことを、それは口汚く、罵っていた。
けれども小父さんは、そんなことは頓着せずに、「気がすむまで言うんだね」って、平然としていて。
いつも決まった量だけの血をぼくの身体から吸い取って、
うっとりとしたぼくのことを、大人しくさせてしまうのだった。
だんだんと・・・血を吸われることの楽しみが、わかってきた。
そしてだんだんと、ぼく自身も、人の生き血を吸ってみたくなっていた。


血を吸われてしまうことが、華絵さんに対して済まないって思うようになったのは、いつのころからだっただろう?
ぴちぴちとした生気をたっぷり含んだ血液を口に含んでいくときに、
小父さんは時おり牙を引き抜いて、ぼくの顔を見あげると、ひどく眩しそうな顔をして目を細めていた。
そうなんだ。
ぼくの身体をめぐっているのは、若々しい魂―――
それは、華絵さんとこそ共有したいと願っていたもの。
家と家の習慣で、ぼくたちは早くから夫婦になるときまっていて。
お互いそれを意識し合っていて、クラスメイトのなかで盗み見るように、互いを眩しく見つめ合う関係だった。

華絵さんのこと、想っているな―--?
小父さんに図星を刺されたとき、ぼくはのしかかってくる彼の下、
吸い取ったばかりの血潮をわざと滴らされて、気に入りのTシャツをなま温かく濡らされてしまった時だった。
どうしてわかるの!?
思わず口をついて出たのは、非難の声。
けれども小父さんは、ぼくのことなんかすっかり手玉に取ってしまっていて、
髪の毛を心地よく撫でまわされながら、血のついた牙を隠そうともせずに、こともなげにいったのだった。
彼女、時々夜の教室に来ているよ。
友だちに誘われたんだ。

夜の教室に来る。
知っている。ぼくだって、なん度も招ばれて出かけて行ったから。
血を吸われる少年少女はそこで、教室の板張りの床に、自分の血を滴らせてから家路をたどるのだ。

えっ。
ぽかんと口を開けたぼくのことを、小父さんは、へへっ、と、ちょっと得意げに見回すと。
彼女の血、おいしいぜ。きみの血と、いい勝負だな。
そんなことをいうと、照れ隠しに顔を隠すようにして、牙をぼくの太ももに埋めてきた。

ああ・・・

嫉妬に焦がれてのけぞったのは、それが初めてという夜だった。

豊かな黒髪をおさげに結って肩まで垂らした、色白の丸顔は。
いつもぼくのためにばかり、ほほ笑んでいるのだと思い込んでいた。
けれども彼女の気持ちも、ぼくはすっかり、わかってしまっている。
そう。
血を吸われるのって、とてもうっとりする行為だから。
いちど慣れちゃうともう、抜けられなくなるはずなんだ。
彼女はきっと、軽い気持ちで、友だちの誘いに乗ったのだろう。
さいしょの夜。
どんな思いで、血を吸い取られていったのだろう?
ぼくのこと、少しは思い出してくれたかしら?
さいしょに咬まれた脚に履いていたのは、あの真っ白なハイソックス?
それとも始業式のときに履いてきた、あの大人びた薄黒のストッキング?
純白の生地に撥ねるバラ色のしずくやチリチリと伝線を拡げ素肌を露出させてゆく淡いナイロン生地のありさまが、
ぼくをあらぬ妄想に誘っていた。

きみにごめん、って言っていたぞ。
引導を渡すように、小父さんはぼくにそういった。
タカシくん、ごめん、ごめんなさいッ!
目をキュッと瞑って、両手を合わせて。
ひざ小僧の下まできっちり伸びた白のハイソックスのふくらはぎの輪郭を侵されていったという。
でもな、いまはもう、彼女すっかり慣れたから。
こともなげな言いぐさが、ぼくの脳裏を白々とさせた。

どちらの気分も、わかるんだ。
ぼくだって、血を吸いたいって思うときがあるくらいだから。
小父さんはきっと、喉がからからにかわいてどうしようもないときに、
華絵さんの自宅に電話を入れて、
すでに血を味わってしまったであろう彼女のお母さんに電話を代わってもらって。
いついつ、どこそこへ来て・・・って、無駄口ひとつたたかずに、命令をして。
彼が希望すれば、空色のブラウスにお気に入りの緑のチェック柄のスカートを履いて。
彼が望んだら、濃紺の制服を着て。
ふたりきりの約束の場所にあらわれる。
そうして、その晩ひと晩・・・
白のハイソックスに血のシミが撥ねたり、
墨色のストッキングに派手な裂け目を拡げられたりしながら、
きゃっきゃとはしゃぎながら、うら若い血を啜らせているんだ。
血の歓びに興じているとき、華絵さんはぼくのことを、思い出すのだろうか?
小父さんはそのとき、ぼくのことを、どう思っているのだろうか?

あー、でも・・・
吸いたいよね。吸われたいよね。わかるんだ、ぼく・・・

ほれ。
むぞうさに差し出されたチャンスに、ぼくはもうびっくりとしてしまって、
感情さえわすれたような、薄ぼんやりとした顔つきをして、
---華絵さんのまえに、立ちつくしていた。

きょうの相手は、だれ?
華絵さんは白目の多いよく輝く瞳をくりくりとさせて、
おさげに結った黒髪から見え隠れする首すじを、さりげなくあらわにしていった。

こいつ、あんたの血を吸いたいんだって。

いきなりぼくを、指し示されて。
それでも、あらかじめ言い含められていたのだろうか?っていうくらい、華絵さんのぼくに対する態度はしぜんだった。
あら。今夜はタカシくんなの?
寛大なほほ笑みが、満面にひろがった。
いいよー、これ、おうちで履き替えてきたの。タカシくんも破る趣味あるの?
重たい濃紺のプリーツスカートをちょっとたくしあげると、
黒のストッキングに包まれたひざ小僧が、なまめかしく映えていた。

公園のベンチで、背すじを伸ばして、きちんと腰かけるきみの足許に。
ぼくは小父さんがいつもそうするみたいな、もの欲しげなかっこうをして、屈み込んでいって。
きっときみは、目を瞑っている。
そんな想像をして、むしろそう願いながら。
やんわりとした薄手のナイロン生地が染める、きみの脛へと唇を添わせていく。
はじめて口にしたストッキングの感触は、ひどくたよりなげで、なよなよとしていて。
ぶちゅっ・・・とお行儀わるくなすりつけてしまった唇の下、か弱げにねじれていった。
ああっ、もうっ、ガマンできない・・・っ。
喉の奥から衝きあげてくる、渇き。
ぼくは、華絵さんのふくらはぎを、思い切り咬んでいた。

きゃあ・・・っ

夜空にこだまする、乙女の叫び。
それはぼくのために、あげられたもの。
ぼくはもう夢中になって、ごくごくとむさぼっていた。

翌日、登校してきた華絵さんの顔色は、ちょっぴり蒼ざめていた。
ぼくと目を合わせるなり、「ひどいわね」って笑って、さりげなく脚を差し伸べて見せびらかした。
昨日破いたままのストッキングが、ふしだらなよじれときわどい裂け目を滲ませたまま、彼女の脚に履かれていた。
きょう一日、このかっこうで過ごすの。おじさまの命令なのよ。

一週間が過ぎ、十日が過ぎ、ひと月が経った。
ぼくたちはいつも連れだって登下校をくり返して、
途中で立ち寄る公園で、いつも彼女は笑いながら、ストッキングを破らせ、ハイソックスに真っ赤なシミを拡げさせてくれた。
相手はもちろん、ぼくだけじゃない。
クラスメイトのマリちゃんも、華絵さんの血の熱烈なファンだった。
おじさんはいつも、ぼくにたいして優先権を主張して、ぼくは苦笑いしてそれを受け入れていた。

ぼくたちカップルは、吸血鬼たちのまたとない協力者。
家族を紹介し、パートナーの吸血を許し合う。
血を吸い取られてうっとりとなったぼくの傍らで。
華絵さんも羞じらいながら、だれかに抱きすくめられてゆく。
ちゅう・・・っ。
旨そうに彼女の血を啜る音がするだけで、ぼくはゾクゾクとした震えを感じてしまう。
彼女が愉しまれている。彼女の体内をめぐるたいせつな血潮が、だれかに悦ばれてしまっている。
嫉妬と情愛と同情とが織り交ざった、不思議な感情。

「血を吸いたい」という欲望がぼくから消えて、
もっぱら「血を吸わせてあげたい」という願いにすり替わっていったのは、それからのことだった。