淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
いただかれちゃいました。 ~満月の夜空の下で~
2013年09月20日(Fri) 06:09:51
―――いただきました。
男の声色は、にんまりと笑んでいた。
―――・・・いただかれてしまいました。
少女の声色は、消え入りそうにひっそりとしていた。
さいしょの声の主は、もうひとりを組み敷いた姿勢のまま。
さっき吸い取ったばかりの血潮を、持ち主の胸元にぼたぼたとしたたらせていった。
組み敷かれた少女は両肩を抑えつけられたまま、セーラー服の胸を狙ったしたたりを避けようと、むなしくいやいやをくり返した。
けれどもそんな努力も虚しく、制服のえり首に走る真っ白なラインにシミをつけられてしまうと、
身体の力を抜いて、「もう」とふくれ面をみせただけだった。
「月を観ようか」
男は少女の身体のうえから身を躍らせると、彼女の傍らの草地に腰を下ろした。
少女は仰向けの姿勢で横たわったまま、滲んだ涙をしばらくのこと、こらえていた。
「ほら、綺麗だよ。今夜は中秋の名月だ」
優しく諭すような声色に誘われるように、少女はけだるそうに身を起こすと、
こうこうと照り輝く月に、魅入られるように視線を吸いつけた。
月の光に蒼白く染められた少女の頬からは、失血の度合いを窺うことはできなかった。
虚しく草地を掘り返す少女の指先を、男の掌がゆっくりととらえた。
「制服汚しちゃったの、母さんになんて言い訳しようか」
「だいじょうぶ。きみの母さんもきっと、身に覚えのあることだから」
「うそ!」
肩をひっぱたかれた男は、くっ、くっ、っと、おかしそうに忍び笑っている。
「夏服のときなんかに履かないんだよ、黒のストッキングなんか」
拗ねた声色を作ったまま、少女は墨色に染まった脚をみせびらかした。
「破くの好きなんでしょー?いやらしい」
ひくく囁いた声色にかすかに甘えが滲むのを、男は聞き逃さなかった。
「ずいぶんと意地汚く破くんだよね?ゆう子ちゃんも、咲良ちゃんも、こないだ破かれちゃったって、見せつけられちゃった」
「きみの番が待ち遠しかった」
足許に近寄せられた不埒な唇を、いったんは押し返したけれど。
二度めのトライには、手出しをしなかった。
くちゅうっ。
わざとのようによだれのはぜる音を立てて、「お行儀悪い」と少女がたしなめるのにみ耳を貸さないで。
ちゅうちゅう・・・ぴちゃぴちゃ・・・
露骨な音を立てて、肌の透けるナイロン生地をじりじりとしわ寄せていった。
「まあ、いやらしい」
少女は眉をしかめながらも、脚に通した礼装が辱められてゆくのを、そのじつ面白そうに見おろしている。
ぱりぱり・・・っ。
かすかな音を立てて薄手のナイロン生地がはじけ、薄っすらとした裂け目がつつーッと、涙の痕のようにつま先まで拡がった。
「もう」
少女は口を尖らせたが。
あとは荒々しい唇と掌にまさぐられる足許から、ストッキングをちりちりに引き剥かれてしまうのを、男の好きにさせていった。
ひたすら月の輝きに視線を寄せる少女の足許から、薄手のナイロンのゆるやかな束縛が取り去られてゆく。
小気味よい解放感が、いつか少女の胸の奥を浸しはじめていた。
「ひどーい」
ところどころむき出しの脛を露出させた凄まじい眺めに、少女は一瞬口ごもり、
男の頬に平手打ちをくれた。
わざと力を抜いた掌は、男の頬を軽く撫ぜただけだった。
頬に撥ねていた血が、少女の指先に着いた。
「舐めてみな」
「やだ」
「いいから・・・さ」
おそるおそる指先を含んだ唇が、ニッと笑んでいた。
「おいしい?」
男が訊くと、
「おいしい」
少女が応える。
さっきと逆方向のやり取りだった。
「送るよ」
「ウン、家の前までね」
手にした少女の鞄の重たさに、男は「重てぇ。なにが入っているんだ?」と訊いた。
「分厚い参考書。図書館から借りた文学全集。それと・・・女性雑誌」
どうやらさいごのだけが、本音らしい。
あははははっ・・・と、あっけらかんとした笑いが闇に響いた。
「また吸わせろよ」
「もう嫌よ」
「つぎの週末はどう」
「無理強いしないって約束してくれたら」
「抵抗しないって約束してくれたら」
「ばか」
少女は男の尻を、後ろ手で叩いた。
素足の脛が、闇になまめかしく透けていた。
少女の脚から抜き取った黒のストッキングが、男のポケットからはみ出している。
目ざとく見つけた少女はさりげなくそれを、ポケットの奥へと押しやると。
「バイバイ!いやらしい吸血鬼さん」
「おやすみ、ふしだらでかわいいお嬢さん」
「ふしだらってのが、余計っ」
少女は別れぎわもういちど、男をぶつまねをした。
中秋の名月の下。
男は獲たことに。
少女は与えたことに。
ひどく満足を覚えていた。
あとがき
珍しく甘々なお話になっちゃいました。(^^ゞ
血なし人の街
2013年09月15日(Sun) 07:16:07
周りの人のほとんどが、持っていなくて。
僕だけが珍しく、それを持っている。
そういう状況って、ふつうなら優越感だけを感じるはずなんだけど。
いまの僕の場合。
優越感と。
後ろめたさと。
半々のような気がしている。
周りの人のほとんどが、持っていなくて。
僕だけが珍しく、それを持っている。
他人から珍しがられる、僕の所有物。
それは―――血液だった。
街には“血なし人”が、あふれている。
ごく最近までは、どこにでもあるような、ふつうの街だった。
ところがある日、顔色のわるい年配の男がひっそりと移り住んできてから、
その男と同じ鉛色の顔をして街をうろつく人が増えていった。
ひと晩で生き血を抜かれ、顔色を消してしまう者。
数日がかりで血を全部吸い取られて、顔つきがうつろになってゆく者。
お弔いまで出す人もいれば、そうでない人もいる。
おかしいな。つい先週あの人のお弔いがあったはずなんだけど。
そんなふうに思った人が、街をふつうに歩いていて。
その人の周囲の人たち―――たとえば黒のストッキングを穿いた弔問客のおばさんとかが、次々と―――ストッキングに噛み痕をつけて、街を闊歩するようになっている。
お弔いを出さない人は、さらに始末が悪かった。
顔色以外に、見分けがつかないからだ。
姉妹のように仲良く登校してくる三人組の女子生徒。
連れだって並ぶ順番まで決まっている彼女たちが、左端から順々に、顔色を悪くして。
さいごの一人は、首すじの両側に赤い斑点を滲ませて登校してきた。
「仲良く、山分けにしたんだね」
目撃者と称する同級生は、さいごの一人にほかの二人がにじり寄っていって、肩でも組むように抱きついていったと、証言するのだった。
「なんか、後ろめたそうだね」
同級生のトモヤが、くったくなげに白い歯をみせた。
「ほんとうなら、俺たちのほうが後ろめたいはずなのに・・・ね」
トモヤは二ヵ月くらい前から、顔色を悪くしている。
死人のような鉛色の頬を引きつらせるように笑うと、赤紫に色褪せた口許から覗いた歯ぐきだけが、瑞々しいピンク色をしている。
「だれの血を吸ったんだ?」
僕が訊くと、彼は「ナイショ」とおどけて、唇に一本指を立てた。
「悪いけど・・・もっとましな顔色になりたい」
トモヤはそういうと、目つきをぎらぎらさせて、迫ってくる。
ああ・・・僕の顔色は、あといったいなん日、もつというのだろう・・・?
静かな刻が、ひっそりと流れた―――
軽い眩暈を覚えて首すじを押さえる僕に、トモヤは「サンキュー」と、軽く口笛を鳴らした。
首のつけ根に並んでふたつつけられた傷口が、ジンジンと響くような疼きを帯びている。
血を抜かれる感覚。
慣れてしまうと、さほど不快なものではない。
いやむしろ、ウットリさえしてしまうのは、いったいどういうことなんだろう?
トモヤはこちらの反応を見越しているようだった。
それはそうだろう。
かつて、彼もだれかに血を吸われたときに、たどってきた道のはずだから。
「もうちょっとだけ、いいかい?」
トモヤは遠慮がちに、問いかけてきた。
「わかったよ」
僕は半ばやけくそになって、半ズボンの下から覗いた紺のハイソックスのふくらはぎを、投げ出すようにして差し伸べていた。
「ふふふ。悪いね」
トモヤはすでに、僕の足許にかがみ込んでいる。
くぐもった声を含んだ呼気が、ひざ小僧のあたりを撫でた。
「僕の血、そんなにおいしいの・・・?」
放った声が、我ながら、投げやりに響いた。
応えのかわりに、ハイソックス越しに刺し込まれた犬歯が、濃い疼きを伝えてきた。
圧しつけられた唇の下、ハイソックスの生地を濡らすのは―――
さいしょのうちは、トモヤの唾液。
それにやがて、僕の血潮が入り混じる。
そのどちらもが、ない交ぜになって、トモヤの喉の奥へと飲み込まれてゆく。
トモヤは、両脚を、かわるがわる、咬んできた。
咬むまえに、飢えを含んだ唇が。
真新しいリブをツヤツヤとさせた厚手のナイロン生地のうえを、しつようにねぶりつけられてくる。
「いい舌触りだね」
からかうような、上目使い。
見おろした口許は性悪に弛んでいて、頬には僕の身体から吸い取ったばかりの血が、赤黒く光っている。
「いつも学校に履いていくハイソックスが、こんなにいい舌触りをしているなんて。俺のときも、しつっこく舐められちゃったけど・・・いまならあいつの気分が少しはわかるような気がするな」
そのときを再現しようとするように、トモヤはしつっこく僕のハイソックスに舌なめずりを這わせてきて、足のラインに沿って整然としたカーブを描いたリブを、わざとぐねぐねと歪めていった。
「ああ、悪いね―――貧血・・・?」
やっと気遣いをみせたトモヤに、僕は額に手を当ててうずくまりながら頷き返していた。
「身体が軽くなったような気がしたな」
トモヤは遠くを見ながら、そううそぶいた。
血なし人になるのって、どういう気分?何気なく訊いた問いに、彼はまじめに応えようとしてくれた。
「でも、すぐに慣れちまったから。なんでもない。何も変わらない」
いや、見るからに変わっているって・・・顔色ひとつ取ったって。
そう言いたいのを、僕はかろうじてこらえていた。
戻ることができない旅路についてしまった者に対して、そのひと言は残酷なような気がするから。
さいしょに襲われるときには、うんと抵抗するのだという。
それは当然だろう。吸血鬼に襲われるんだから。
けれども、いちど自宅の部屋とか路上とかで抑えつけられて、生き血をぐいぐいと抜き取られてしまうと、その時の記憶はおぼろげにしか残らなくなる。
トモヤも、よく憶えていないと言う。
僕のときだって、その実記憶が飛んでいる。
さすがに、だれに吸われたのかだけは、ちゃんと憶えているけれど。
さいしょの相手―――それは父さんの弟にあたる、実の叔父だった。
とにかく喉が渇いていたらしい叔父は、うちへやって来ると、すぐさま僕の勉強部屋に入り込んできて、ものも言わずに押し倒されていた。
「同性のケがあるわけではない」そう断言する叔父は、それでも下校してきた僕の半ズボン姿に惹かれて家にあがりこんだことは、否定しなかった。
ご丁寧に、両方咬むんだね・・・
そのときも、ハイソックスのふくらはぎに両脚ながら食いついてきたのを、僕は後から皮肉交じりに叔父に言ったけれど。
叔父は無言の苦笑で応えるだけだった。
トモヤは、二人目の相手だった。
「京太は、まだ血を持っているんだよね・・・?」
遠慮がちにひっそりと呟いてきたトモヤが、なにをしたがっているのか。
僕はもう、わかり過ぎるほどわかる身体になってしまっていて。
無言で頷くと、あとは身体を固くして、首すじに咬みついてくるトモヤのために、じっとしていた。
すり寄せられてきた唇が囁いたことは、僕を呪縛にかけていた。
「俺の血を吸ったの、きみの叔父さんなんだぜ」
叔父の手によって血なし人にされてしまうまでに、トモヤはハイソックスを軽く1ダースはだめにしたという。
僕が咬み破らせてしまったのは、彼の場合の半分くらいになるだろうか?
訪問は遠慮がちに、三日に一回だったけれど。
抜き取られる血液の量からすると、僕の若い身体がひからびてしまうのも、時間の問題のような気がしてきた。
それでも彼から呼び出しがあると、僕は家を抜け出してきてしまうのだろう。
そして、ハイソックスのふくらはぎを両脚ながら、きっと咬ませつづけてしまうのだろう。
「菜穂ちゃんのこと、連れて来てくれないか?」
あるときトモヤは、僕の妹の名前を口にした。
「もう・・・だれか相手できちゃったかな?きのう見かけたときには、まだ顔色よさそうだったけど」
妹の幸せを考えるのなら、兄としては断らなければいけない―――はずだった。
けれども僕は、無機質に頷き返してしまっていた。
「いつがいい?」
「はやいほうが」
トモヤの目の色に、焦りが感じられた。
「男の血ばかりじゃ、面白くないもんな」
「そんなことはない」
トモヤは憤慨したように、言い返してきた。
―――俺、男の血のほうが好みなんだ。
初めてトモヤに咬まれたとき、彼はそんなふうにうそぶいていたのだった。
それも、嘘ではないらしい。
さっきから。
ごくっ、ごくっ・・・と僕の血を飲み味わう喉の鳴りかたが、ひどく嬉しげだったから。
咬み破られてずり落ちたハイソックスを、僕がもういちど引き伸ばしてやると。
だらしなく口許を弛めてにじり寄ってきて、さっきからにゅるにゅると、いたぶり抜いて愉しんでいる。
「お前、そのケあるだろ~?」
からかってみたけど、本人はいたって真面目に、「そうかも」なんて言っている。
それでもきっと、血なし人の本性の中には含まれているのだろう。
処女の生き血というものに対する、特別な感情が・・・
真新しいチェック柄のプリーツスカートの下に眩しい白のハイソックス。
いつもサバサバとした大またで登校してゆく菜穂の下半身だけが、妙に記憶の隅にちらついていた。
「そうねー。知らない人にやられちゃうよりか、いいかも」
トモヤが逢いたがっている―――本人には前もって正直に、打ち明けてみた。
嫌悪に顔をしかめるのか。
恐怖に口許を抑えるのか。
そのどちらの予想も、おおきくはずれていた。
菜穂のやつは、いともあっけらかんと、血を吸われることを承諾したのだ。
「お友だちがみんな、顔色悪くなってきちゃったの。あたしも早く済まさないと、乗り遅れちゃう」
まだ稚なさが残る唇から洩れてくる舌足らずな声色が、なぜかなまめいた語調を帯びていた。
「悪いね、わざわざ・・・」
いつもよりグッと顔色を悪くしたトモヤが、表情を和ませたのは。
「わざわざ来てくれて」というだけではなかった。
「わざわざ制服を着て来てくれて」という意味だと、兄妹ともすぐに理解した。
濃紺のベストに、紺と緑のチェック柄スカート。それに、白のハイソックス。
菜穂にとっては、指折りの「とっておきスタイル」なんだという。
妹を吸血の輪のなかに引きずり込む。
そんなまがまがしさは、あまりなかった。
むしろ、仲間うちのグループに新入会員が入る・・・というくらいのノリだった。
はたから見たら、兄貴が同級生とやっているサークルに、妹が加入するときのようにしか見えなかっただろう。
それくらい、だれもがふつうに振る舞っていて、時には笑い声さえ、たてていたのだ。
「兄妹で、ハイソックス咬まれちゃうんだね」
色白の丸顔が、ニッと笑った。
すでに、革靴の足首を掴まえられていた。
「きゃー、襲われちゃうっ」
菜穂はおどけて口許を両手でふさぎ、ちょっとだけ身を固くした。
屈託なく差し伸べられた肉づきのよいふくらはぎに、トモヤの唇が吸いつけられてゆく。
いつも僕の脚に、そうするように。
赤紫に爛れて、ヒルのようにぶよぶよと膨れた唇が、真っ白なおニューのハイソックスの生地のうえに這った。
「・・・ぁ。」
咬まれた瞬間、さすがの菜穂も眉をキュッと引きつらせたけれど。
痛みには、すぐに慣れたらしい。
「貧血ぅ~」
とか、口では言いながら。
真っ白な生地に赤黒いシミがじんわりと滲み拡がってゆくのを、面白そうに見おろしていた。
「平気?」
「ウン平気。一人で帰れる」
菜穂は僕の付き添いも振り切って、濃紺のベストの背中をみせて、スタスタと歩み去っていった。
白のハイソックスを、赤黒いシミでべっとりと濡らしたままだった。
「きみの叔父さん、狙ってたんじゃないのかな?菜穂ちゃんのこと」
声が聞こえない距離まで菜穂が離れると、トモヤは初めて本音を漏らした。
「ばかだなぁ。それで焦ったの?」
正直に頷くトモヤに、僕は声をあげて笑ってしまった。
だいぶ離れたとはいえ、菜穂の後ろ姿はまだ見えていたから、僕の笑い声くらいは届いたかもしれない。
「叔父貴はね、相手のいる女が好みなんだ。いまはうちの母さんに首ったけ。父さんに断って吸っているから、平気なんだってさ」
「へえー、変わってるね。きみん家(ち)も」
口ではそう言いながら、トモヤのやつも身に覚えはあるらしい。
「きみの叔父さん、きみん家に行かない時には、うちに来てるよ」
うちのお袋も姦(や)られてるんだ・・・トモヤは暗にそう言っていた。
婚礼帰りに叔父を家に迎えた母さんが、着飾ったワンピースのまま押し倒されて、首すじを吸われている―――
見慣れた光景のはずなのに、僕はふたりの下半身に、視線を釘づけにしてしまっていた。
からみ合うようにくっつき合った腰と腰は、不自然なくらいに激しい上下動をくり返して。
そのたびに、母さんのワンピースのすそやストッキングの太ももに、透明な粘液が飛び散るのだった。
母親を犯されることは、きっと屈辱というのだろう。
それも、近親相姦に近い不倫の関係というのは、たぶん不名誉というのだろう。
けれどもそのどちらも、いまの状況にはそぐわないと思っていた。
父さんは母さんが血を吸い取られて顔色を悪くしていくのを、見て見ぬふりを決め込んでいたし、すでに当人がすっかり顔色を悪くしてしまっていた。
それが、男の相手も好んでする叔父のせいなのか、それともべつのだれかのせいなのか、僕は知らないし、関心もなかった。
母さんがリビングで、豊かな黒髪を娼婦のようにユサユサと揺らしているのは、視てはいけない秘密を目の当たりにしているようだった。
実の母親の不倫を目にしながら、むしろ僕は胸の奥をズキズキさせて、いちぶしじゅうを見守っていた。
半ズボンの股間が濡れてしまうのにさえ、不覚にも気づかないで。
「トモヤに逢うの?べつにいいけど・・・」
婚約者の倫世さんは、ちょっとだけ考え深そうな顔をして、遠くの虚空を見つめていた。
「トモヤ、血なし人になっちゃったんだ」
おずおずと口にする僕に、倫世さんは「知ってるわよ」とかんたんにいうと、
「叔父さんの次は、お友だちとか・・・」
からかうように、僕のことをじっと見つめた。
「すまないね」
「ううん、いいの。あのひとも、いろんな男を経験するといいって言ってるし」
叔父のことを「あのひと」と、気軽に口にするようになってしまった僕の彼女―――
「倫世さんを連れてきてほしい」
叔父にそんなおねだりをされたとき、どうして僕が断らなかったのか―――
そう、あれはたしか、初めて血を吸われたつぎの日のことだった。
ジンジンと響くうなじの傷口の疼きに急かされるように、不覚にも頷いてしまったあのとき―――頷いた瞬間、えも言われない深い歓びが胸の奥を衝いたのを、忘れることができない。
処女だから血を吸うんじゃない。甥っ子の許婚だから、血を吸うんだ。
叔父の勝手な言いぐさに、なぜか深く頷きながら。
倫世さんの白いうなじに、鋭利な犬歯が食い込んでゆくのを、僕はさいごまで目を離せずにいた。
路上に押し倒された倫世さんは、上におおいかぶさる吸血魔に終始顔をしかめながらも、気丈にも声ひとつ洩らさなかった。
制服の濃紺のスカートから、黒のストッキングを穿いた両脚が、にょっきりと覗いていた。
かっちりとした黒革のローファーとは対照的に、なよっとした感じのする薄手のナイロンが、しなやかに伸びるふくらはぎをなまめかしく染めていた。
母さんが家のリビングで、おなじ姿勢で押し倒されているのを目撃したのは、その次の週のことだった。
「どうぞ」
教室でいつも顔を合わせているトモヤに、倫世さんはそっけなくそういうと。
両頬にそよいだ黒髪を掻き退けて、目を瞑った。
ツンと澄ましたような横顔に、さすがのトモヤも、もちろん僕も、ちょっとの間近寄りがたいものを感じていた。
「早く」
倫世さんが、苛立たしげに呟く。
義務的なことを早く済ませてしまいたい。
なぜか、そんな感じがした。
「処女の生き血、二人目ゲット♪」
トモヤはわざとらしくおどけて、倫世さんの制服のベストの背中に、腕を回す。
う・・・また獲られてしまう。自分以外の男に、自分の恋人を。
なぜか股間が、しくっと疼いた。
硬くなって鎌首をもたげた一物の先端が緩んで、微かな湿りを帯びている。
情けない昂ぶりが頂点に達したのは、トモヤが倫世さんの首すじに咬みついた瞬間だった。
「く・・・っ」
冷静な倫世さんが、声をあげた。
ちゅっ、ちゅう~っ。
倫世さんの血を吸い上げる生々しい音に、こんどは僕が失禁をおぼえた。
離れようとする少女。放すまいとする少年。
二対の腕の緩慢な交錯は、ほんの一瞬のことだった。
路上に横たわる倫世さんの足許を、トモヤの好色な唇が狙った。
這わされた唇の下。
清楚な黒のストッキングが、トモヤのよだれに汚されてゆく。
未来の花嫁の礼節が、人知れず穢されてゆくのが・・・僕の網膜を狂おしく彩って。
凌辱されてゆく制服姿に・・・マゾヒスティックな歓びが、僕の脳裡を駆けめぐった。
倫世さんを放したトモヤは、ちょっとだけ考え込んで、それからすぐに倫世さんを抱き起すと、かんたんに「ありがとう」といった。
倫世さんもそっけなく、「どういたしまして」とだけ、言った。
「どうしたの?」
ふたりのよそよそしい雰囲気を感じて、僕はどちらにともなく訊いたけれど、返事はかえってこなかった。
「来いよ。いいもの見せてやるから」
トモヤは僕を誘って、学校の裏門を通り抜けた。
まだ授業中だったけれど、そんなことはもう、どうでもよくなっていた。
若い男女の血を吸いたい連中は、昼間から平気で学校に出入りをしたし、
教室で授業をやっていたって、そうした連中に呼び出しを受ける生徒が、後を絶たなかった。
教師たちは淡々と生徒を呼び出しに応じさせて、時には彼らの待つ空き教室に、受け持ちの生徒たちを自ら引率さえしているのだった。
トモヤが連れて来てくれたのは、叔父の家だった。
玄関には鍵がかかっておらず、それどころか、扉が半開きになっていた。
「視てもかまわない、ってことだな」
トモヤはひとり言を呟くと、僕を促して敷居をあがった。
古い家が持つ独特の匂い―――黴臭い古い木の香りが、そこかしこに漂っている。
トモヤはまるで、家の中の様子を知り抜いているように、階段をきしませて二階に上がっていった。
叔母は留守らしい。
叔父といっしょに夫婦ながら血を吸われた叔母は、それ以来家には寄り付かず、だれかの囲い者になっているといううわさを聞いたことがある。
乱雑に散らかった部屋の状態が、うわさを裏書していた。
ああ・・・・・・っ
階段の上から聞こえたのは、たしかに若い女の声だった。
それも・・・アレをしているときの声。
聞き覚えのある声だった。
階段を昇り切ったすぐのところで、ドアが半開きになっていた。
なかの様子を見てくれ・・・と、言わんばかりの無防備さだった。
「だれにも言うなよ」
トモヤが囁いたが、それはむしろ、僕が口にするべき台詞だった。
予想通りだった。
なかの畳部屋で組み敷かれているのは、倫世さんだった。
白い頬を軽く上気させて、淡いピンク色に火照らせながら。
いつもきちんと着こなしている濃紺の制服を、ふしだらに着崩れさせていた。
白のブラウスは、釦がふたつ三つ、撥ね飛んで散らばっていた。
フロントホックのブラジャー~もっともそのころは、まだそんなしゃれた用語は知らなかった~は外されて、吊り紐が両肩から浮き上がっている。
思いのほか豊かな乳房の頂上には、ピンク色の乳首がピンと勃(た)っていた。
「女も勃(た)つんだな」
トモヤが囁いた。
その、勃った乳首が、赤黒い唇に呑みこまれた。
舌先でクチュクチュと、いたぶっているのが、女の反応でそれとわかった。
立て膝をした黒ストッキングの太ももは、ずり落ちたプリーツスカートから露出して、むき出しになっている。
そのいちばん肉づきの良いあたりには、あの噛み痕がふたつ―――
薄手のナイロン生地の表面には、拡がった裂け目が、ひこうき雲のように伸びていた。
ガーターストッキング?と思ったが、さすがにちがった。
太ももの口ゴムから上は、白い腰周りがあらわになっていた。
薄黒く染まった下肢とはっきり分かれた境界線が、肌の白さを残酷なまでにきわだたせていた。
いつも顔を合わせている叔父が、僕の婚約者のうえにのしかかっている。
婚約者の倫世さんは、人もあろうに僕の叔父と契りを結んでしまっている。
ふたりとも、恥を忘れて、はぁはぁと荒い息を、、交し合っている。
裏切られている・・・その実感が、堪えがたい屈辱や絶望にならないのはなぜだろう?
むしろ二人の共同作業の風景を目の当たりに、たまらない刺激に胸を衝かれている自分がいた。
「菜穂ちゃんはお前のおかげで食えたけど、倫世さんはしてやられたなー」
トモヤの声色は、悔しさよりは羨望に満ちていた。
あのときトモヤがヘンな顔をしたのは、倫世の血がすでに処女の香りを喪っていたから。
倫世がひどくそっけなかったのは、トモヤに見破られたことを察してしまったから。
「だからお前は、黙っていろよ。倫世さんは婚礼の夜まで、あくまで処女なんだからな」
トモヤはなぜか、意地を張るようにそういった。
そのくせ、僕の脇腹をつついて、言うのだった。
「よく見ておけよ。未来の花嫁の濡れ姿―――」
マゾヒスティックな歓びに、僕は彼の思惑どおりに半ズボンを濡らし、透明な粘液はひざ小僧の下まで伝い落ちて、濃紺のハイソックスにまで浸みてゆく。
きょうのハイソックスは、彼の要望に応えて、ストッキング地の薄いやつだった。
みんなが「裏制服」と呼んでいる、ストッキング地のハイソックス。
噛み痕を派手な伝線にして下校していくのが、血を吸われる快感に目覚めた男の子たちのあいだで、ひそかな流行になっていた。
「たまらないんだろう?こういうときに咬まれるの」
薄いハイソックスを舌でいたぶりくしゃくしゃにしながら、しまいにはびりびりと咬み破って。
トモヤは小憎らしいほどの小気味よさで、僕の素肌を蹂躙してゆく。
声を出せない状況のなか、激しい射精が半ズボンをさらに深く浸すのを、ありありと感じ取ってしまっていた。