淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
女のひとの服を着る。
2014年03月31日(Mon) 02:34:38
血を吸われることが、愉しくなってきた。
耳たぶに熱っぽい息遣いを当てながら、小父さんがぼくの首すじに唇を迫らせて来ると、ドキドキするようになっていた。
そのドキドキも、恐怖のドキドキではなくて、ときめくような昂奮に似たようなものだった。
学校に履いていく紺のハイソックスをよだれでびしょびしょにされたり、咬み破られてしまうことにも、抵抗を感じなくなってきた。
小父さんの唇がぼくの素肌を這い、チカリと刺し込まれた牙がずぶりと皮膚に食い込んでくる。
皮膚を破られてじわじわとほとび出る血潮を、くまなく舐め取るようにして。
小父さんはグビリグビリと喉を鳴らして、ぼくの生き血を飲み味わってゆく。
おしっこを洩らしてしまいそうな気持ちよさ!
ぼくはハイソックスの脚を立て膝にして、わきあがる快感をこらえつづける。
咬み破らせてしまうハイソックスのしなやかな締めつけを、ふくらはぎにありありと覚えながら―――
さいしょのうちこそ・・・ハイソックスをよだれにまみれされてしまったり、咬み破られてしまうことに、おなじハイソックスを履いて学校に通っている同級生たちに対するうしろめたさのようなものを感じていたけれど。
むしろそうした行為を許すことで、小父さんが満足してくれることのほうが、より重要になっていた。
ぼくは小父さんの気の済むようにと、自分から望んでハイソックスの脚を差し出して、いたぶりや辱めを嬉々として甘受するようになっていた。
週明けの学校の購買で買った四足のハイソックスは、週末までに一足しか手許に残らなかった。
ほかの三足は、下校途中や登校前にぼくを待ち伏せしていた小父さんに、たっぷりよだれをしみ込まされた挙句、穴だらけにされてしまっていた。
ぼくもまた、小父さんの相手をするときには、制服の一部であるハイソックスを、惜しげもなく噛み破らせてしまっていた。
ときには公然と、授業中に呼び出されて。
「きみは数学は苦手だろう?だから抜け出させてやったんだよ」
などと、恩着せがましいことを口にしながら、ぼくの足許に唇を這わせて来るのだった。
火、水、木、金。と・・・
そんなふうにして、過ぎていった。
そのころにはもう、校内には“吸血病”がまん延していて、クラスでは顔色をわるくしているものがなん人も出て、なかには授業中保健室に行ってしまうものもすくなくなかった。
ぼくたちのあいだでは、半ズボンから剥き出しになった太ももにつけられた咬み痕を、お互い見せ合って自慢し合うのが新しい習慣になっていた。
その太ももの傷も、人目にたたなくなる機会が増えてきた。
半ズボンをやめたからではない。
ぼくの足許が、女子学生用の黒のストッキングに覆われるようになる機会が増えたからだ。
週明け初めて、クラスメイトからもらった黒のストッキングを脚に通したとき。
小父さんは下校途中にぼくをつかまえると、目ざとくぼくの足許の変化に気づいていた。
「ウフフ。やるじゃないか。きみはなかなか、素質があるね」
そんなことをいいながら、連れ込んだ公園のベンチにぼくを腰かけさせると。
小父さんはぼくの足許にかがみ込んで来て、
肌の透けるストッキングのうえから唇を這わせて、
よだれをじわじわと、しみこませてきて。
しまいには、ブチブチと音を立てて、はじけさせていったのだ。
薄手のナイロン生地に走った伝線は、ぼくの足許に縦のストライプもようを描いた。
いびつによじれた伝線から露出したむき出しの脛は、自分自身の目にも、露骨ないやらしさを帯びていた。
「面白かろう?え?」
畳みかけるように訊いてくる小父さんの上目づかいに、ぼくはためらいもなく、強く頷きかえしていた。
女の子の服を着て、小父さんに血を吸われてみたい。
そんなぼくの願望も、かなえられるときがきた。
土曜日のことだった。
家にやって来た小父さんは、父さんや母さんの血を吸い終えると、ぼくの部屋にも入ってきた。
ぼくは畳のうえに大の字になって、階下から洩れてくる吸血の音を、聞くともなしに聞いていた。
聞こえてきてしまう・・・といったほうが、適当かも知れない。
小父さんが部屋に入ってきたとき、ぼくはデニムの半ズボンに一足だけ残った紺のハイソックスを履いたまま、畳のうえでまだ、大の字になっていた。
「愉しませてもらうよ」
小父さんは臆面もなく畳の上に座り込んできて、ぼくのむき出しの太ももに唇を這わせてきた。
圧しつけられてくる頬ぺたは、吸い取ったばかりの父さんや母さんの血で、べっとりと濡れていた。
両親の血潮を見つめながら、ぼくは「ホラーだね」と、のんきなことを口にした。
おっと、いけない。
小父さんはぼくのTシャツに頬ぺたをこすりつけて、血を拭い取った。
「ひどいなぁ」
ぼくが口をとがらせると、小父さんは身を起こすと、いった。
「ついて来なさい。約束を果たしてやるから」
出がけに父さんと目が合った。
父さんはひとりで、リビングのソファに寝転がっていた。
出勤のときみたいに髪をきちんと分け、ネクタイとワイシャツ姿だった。
そのくせズボンは脱がされていて、ストッキングみたいに薄い長靴下を、片方だけくるぶしまでずり降ろされていた。
きちんとした上半身と、ふしだらにむき出された下半身とのコントラストが、目に灼きついた。
ぼう然となった蒼白い頬に、無感情な視線。
「行くのか?」と訊かれて、「うん」とだけ、応えた。
「そう、じゃあ気をつけて」「サンキュー」
まるっきり、ふだんの親子の会話だった。
半開きになったふすまの向こう、夫婦の寝室には、母さんがいるらしかった。
もの音ひとつ、しなかった。
きっといつものように犯されて、気絶でもしているのだろう。
夫婦ながら血を吸われ、おまけに妻を犯された彼は、息子を女装させるために連れ去ろうとする吸血鬼を、どうすることもできないでいる。
父さんのことを笑う気も、軽蔑する気も、ぼくにはない。
ただ、容認してくれさえすれば、いつものうわべの平穏を演じつづけてくれさえすれば、なんの不満もなかった。
連れていかれたのは、街はずれの洋館だった。
小父さんの家ではなかった。
言われるままにインタホンを押すと、門から数メートル離れた玄関のドアが開いて、女の人が白い顔をのぞかせた。
そして、小父さんと目が合うとゆっくりと丁寧に頭を下げた。
頭の後ろで結わえた長い黒髪が、女の人の肩先に揺れた。
彼女はこの家の主婦らしかった。
母さんよりもすこし若いけれど、落ち着いた物腰が、いかにも主婦然としていた。
子供はいるのだろうか?
洋館の部屋数からするといるようにも思えたし、あまりにも片付き過ぎているリビングのたたずまいをみると、すくなくとも小さい子はいないようにも思えた。
彼女は黒のノースリーブのブラウスに、薄紫のロングスカート、それに濃紺のストッキングという装いだった。
「ようこそ。いらっしゃい」
すこし陽灼けした丸顔は穏やかな目鼻立ちをしていて、ほほ笑むと口許にフレンドリーなえくぼが浮いた。
落ち着いていて口数はすくなく、よけいなことは口にしたくない、という感じだったけれど。
歓迎されてない、というわけでは、ないようだった。
彼女は手拭き用のおしぼりと、煎じたばかりのお茶を用意してくれた。
おしぼりは彼女自身が絞ったものだと、すぐにわかった。
ぼくたちが応接間のソファに並んで座り、彼女は反対側のソファに腰を下ろした。
小父さんはおもむろに口を開いて、あいさつ抜きにこういった。
「あんたの着ている服を、この子に貸してもらいたいんだ」
女の人は、え?と一瞬小首を傾げたが、それでも小父さんの言い草にそれ以上問いかけるそぶりもみせず、「わかりました」とだけ、いった。
そしてぼくと目線を合わせて、「同じくらいの体格、ですね?」といって、クスリ、と笑った。
ぼくはこの家に入って来て、初めて彼女の笑みをみた。
えくぼが素敵だ、と思ったのは、そのときだった。
では、と、彼女はいすを起って、ぼくたちのことを隣室へと促した。
隣の部屋は、洋間だった。
リビングのような凝った家具調度もなく、木製のクローゼットばかりがめだつ、冷え冷えとした感じの部屋だった。
「お召替え用の部屋だよ」
小父さんはにんまりと笑っていった。
「では、失礼をして・・・」
女のひとはそういうと、目を伏せながら服を脱いでゆく。
思わず目線を逸らそうとしたぼくを、小父さんが咎めるようにいった。
「よく見ておけ。女の服の着かたなんて、初めて見るんだろう?この人が着ていたように着るんだぜ」
女の人の動作はゆっくりとしていたが、それはためらいからではなかった。
ぼくによく見せるためだった。
時折手を止めて、「ここはこんなふうに」と、ボタンの留め方やファスナーのありかを、教えてくれた。
自分の着ている服を、若い男の子に着られてしまうことへの嫌悪感は、ないのだろうか?
彼女の身に着けている服は、ふだん着というには洗練されていて、簡素だけれど気品の漂う装いだった。
その場限りの服にしては着なれている感じがしたし、使い捨てにしてしまうほど愛着のない装いにもみえなかった。
あの・・・ほんとにいいんですか?
なんども訊こうとして、訊けなかった。
女のひとは淡々として服を脱ぐと、下着だけになった。
ぼくがふたたび目をそむけようとするのを、押しとどめたのは彼女のほうだった。
「ここからが肝心。男のひとは、知らないでしょう?」
彼女は前開き(フロントホックというらしい)のブラジャーのまえをはずした。
ぷっくりとした乳房が、あらわになった。
女の息遣いが、そこにあるような気がして、目の前がクラクラとした。
それでも彼女は淡々とブラジャーを取り去り、こんどはショーツを下げてゆく。
股間の淡い茂みから、目を離そうとして、離せなかった。
「正直ね」
彼女はゆったりと笑いかけると、「ではごゆっくり」。
そういって、小父さんを促してリビングへと消えた。
あとに脱ぎ捨てられた彼女の服が、きちんと折りたたまれて、ぼくの前に残されていた。
ふたりはリビングを素通りして、二階にあがっていったらしい。
そこでなにをするのか―――たぶん吸血行為だろう。
そしてそのあとは・・・ぼくは初めて、あの女の人が人妻だということに気がついた。
震える手を伸ばして、彼女の脱ぎ捨てたブラジャーを取り上げる。
ご主人はもちろんのこと、小父さんも見慣れているに違いない下着。
ぼくはそれを上半身に巻きつけるようにして、胸の前でホックを留めた。
男子のぼくには、ブラジャーはぶかぶかしていて、張り合いなさそうに肩から垂れ下がっていた。
それから、ショーツ。
腰回りにこのショーツをさっきまで身に着けていた女(ひと)の体温が、じわっと伝わり、しみ込んできた。
下着を身に着けてしまうと、どういうわけか気持ちが軽くなった。
度胸が据わったのかも知れなかった。
黒のブラウスをつまみあげる。
ノースリーブのブラウスは、思いのほか着やすかった。
小父さんがわざわざ、脱ぎ着のしやすい服を指定したのだろうか?
スカートを腰に巻くと、ロング丈のすそがふわさっと、ぼくの脚にまとわりついた。
ふしぎな感覚だった。
女が、ぼくの身体にまとわりついている。
いや、ぼく自身が、女になってしまった・・・そんな錯覚が甘美に胸をさすのだった。
足許にぴったりと密着した、濃紺のストッキングの影響も深かった。
しんなりと貼りついたナイロンは、ぼくのふくらはぎや太ももをほどよく締めつけて。
しっとりとした感覚が、皮膚の奥深くまでしみ込んできた。
ぼくはブラウス越しに胸をまさぐり、襟首から手を差し入れて、ブラジャー越しになおも乳首をまさぐった。
もう片方の手は、はぐりあげたスカートの奥深くに忍び入り、ショーツの周りから股間を抑えつけていた。
静かにこみ上げる昂ぶりと。失血からくるうっとりとした気の迷いと。
その両方がかわるがわる、ぼくの理性をとろかしていって・・・いつか深い眠りに、堕ちていた。
小父さんがぼくの胸をまさぐりながら、抱きすくめてきて、
ブラウスをびしょびしょにしながら、首すじになん度もかじりついてきて、
濃紺のストッキングをパチパチはじけさせながら、薄手のナイロン生地に裂けめを拡げてゆくのを。
けだるいうめき声を洩らし畳のうえを転がりながら、しきりと顔をしかめつづけていた。
初めて黒のストッキングを穿いて、学校の授業に出る。
2014年03月27日(Thu) 05:38:50
ぼくが学校に行くとき、母さんはひどく顔色がわるかった。
ほつれたままの髪の毛が、面やつれした頬に垂れているのが、いかにも気分がすぐれないようにみえた。
さいごにおじさんに逢ったのは、おとといの夜のはずだった。
ふつか経っても快復し切らないほどに大量の血を、母さんはあのひとに吸い取らせてあげたというわけだ。
そんなにおじさんと仲良くなっちゃったの?ぼくの胸の奥をチカリと突き刺したのは、たぶん嫉妬という感情なのだろう。
口にするのが恥ずかしくなるその想いを、ぼくは即座に追い払った。
そんなことを思い浮かべるのは第一男らしくないし、おじさんにも母さんにもすまないような気がした。
母さんは早起きして作った弁当をぼくに手渡すと、帰りは遅いの?と訊いた。
どうかな・・・とぼくがなま返事をすると、母さんは視線をチラと俯けた。
半ズボンの太ももに、視線を感じた。
夕べおじさんに咬まれた痕が、まだ乾ききっていない血のりをあやしている。
こんな咬み痕を人目にさらしながら学校に通えるような子に、ぼくはなってしまっていた。
「いいわねえ・・・まだ余裕があるんだね」
母さんは、ぽつりと呟いた。
同じ吸血鬼に血を吸われるもの同士の共感と羨望とが、ありありと滲んだ声色だった。
その声色に思わずゾクリときたのを押し隠すため、ぼくは受け取った弁当箱を鞄のなかに押し込んだ。
俯いた視界に、紺のハイソックスを履いた脚がよぎった。
「靴下、足りなくなってきた」
ぼくがふと口にすると、母さんは財布から千円札を二枚引き抜いて、ぼくに渡した。
「学校の購買で買ってお出で」
それからちょっとためらうそぶりをみせると、ふたたび財布に手を戻して、千円札をもう二枚引き抜いた。自分の財布なのに、人目を盗むような、後ろめたそうな手つきだった。
「ついでにこれで、母さんのぶんも」
母さんが、ぼくとお揃いのハイソックスを・・・?
いぶかしそうに見返すぼくの視線をまともにはね返すような目をして、
「帰りにスーパーで買ってきて。肌色でも黒でも、あなたの好きなやつでいいから」
切り口上な早口になったあと、「母さん、具合がわるいから」と、言い訳がましくつけ加えた。
ふすまのすき間から覗いてしまったあの光景の記憶が、ありありとよみがえる。
うつ伏せになったまま気を失った母さんのふくらはぎに唇を吸いつけた小父さんが、母さんの穿いているねずみ色のストッキングをブチブチと咬み破りながら生き血を吸い摂っていった、ぞくぞくとするほど忌まわしいあの光景を。
ふとまともに視線を合わせてしまい、ふたりともあわてて視線を逸らせていた。
「わかった」
ぼくはつとめて感情を消して乾いた声をつくってそう応えると、手渡された千円札をろくに確かめもしないでポケットにねじ込んだ。
学校では、いたってふつうな日常がくりかえされていた。
ホームルームを告げる学級委員の空疎な声。退屈な授業。社会の先生のつまらない駄洒落。なにかにつけて冷やかされる、クラス公認の彼氏と彼女・・・
その合い間にも、ぼくはいままで気にも留めていなかったクラスメートたちの足許を始終視線にとらえつづけていた。
男子の半ズボンに紺のハイソックス。
女子のプリーツスカートの下にすき透る黒のストッキング。
男子のハイソックスは、真新しいのも履き古しもあった。
おろしたばかりらしいハイソックスに流れるリブをツヤツヤさせているのを目にしては、同性ながらもうっとりと盗み見てしまったし、
たるんでずり落としたまま気づかないでいるやつの足許を盗み見ては、なにかだらしなく手を抜いているようにみえて焦れったくなった。
女子の足許はそれ以上に、ぼくの視界を悩ませた。
面と向かえば、くだらない冗談を気軽に飛ばし合う同士だった。
それなのに、あいつらはどうして、あんなにイヤラシイものでふくらはぎを平気で染めていられるのだろう?
万年学級委員の尾形も、ハキハキしたスポーツ少女の橋田も、こうやって知らず知らずのうちに、大人の女という妖しい生きものになってゆくというのだろうか?
アイロンのきいたプリーツスカートの下で淑やかでなまめかしい彩りを秘めている、彼女たちの黒ストッキングと。
ブチブチと咬み破られて、妖しい裂け目を拡げていった、母さんのねずみ色のストッキングと。
どちらもほんとうに、等質のものなのだろうか?
昼の休み時間に、購買で吊るしで売られている学校指定のハイソックスに手を伸ばしていると、だれかに後ろから、お尻をどん!と叩かれた。
振り向くと、同じクラスの岡間カツヒコだった。
かれもぼくと前後して、先生の呼び出しを受け首すじやふくらはぎに噛み痕をつけられていた。
岡間はぼくの隣で買い物をさがすふりをしながら、そっと囁いた。
「咬まれましておめでとう」
冷やかすようなおどけた調子だったが、本音では吸血を許したぼくの選択を歓迎しているのが伝わってきた。
「何足買うのかな?」
岡間はぼくをためすように訊いた。
「ん・・・四足」
ぼくは正直に答えた。
2千円のお金で、一足500円だから、4足。
母さんがくれた額どおりだった。
「今週のぶんかな」
火、水、木、金・・・と、岡間はこれ見よがしに指折り数えてみせる。
通学用の紺のハイソックスを毎日咬み破らせて、生き血を吸われる。
そんなことを習慣にしてしまって、はたして身体がもつのだろうか?
けれどもそうした当然の危惧も、吸血されることが愉しい日課となるという想像のもたらすどす黒い歓びに、他愛なくかきけされてしまう。
「そうだね。それくらい、身体がもてばいいけど」
「きみならもつさ。じょうずにやりそうだもの。ボクのとこなんか、いまはとりあえず両親とボクだけだから、ローテーション大変」
岡間はわざと大げさに、首すじを抑えてみせた。
うちだって、いっしょだよ・・・そう応えかけたとき。
「お金、まだ持ってるよね」
岡間は、ぼくの財布の中身を目ざとく見すかした。
まるで「かつあげ」をする不良少年のような目つきだった。
「これは母さんのぶん」
ぼくがそういうと、
「きみの病気は、母さんからの遺伝だもんね」
岡間は憎らしいほどすらすらと相づちを打った。
受けた誤解をいちいち打ち消す努力をあきらめて、「好きに言うさ」とだけ応えると、彼はそれを肯定と受け取ったらしい。
「はい、これお祝い」
と、自分用に買ったはずのハイソックスを一足、むぞうさに押しつけた。
「その代わり、毎日咬ませてきみのカレシ殿を悦ばせてあげること」
「冗談キツイよ」
ぼくは思わず白い歯をみせて笑った。
岡間もけらけらと、笑っていた。屈託のない笑いだった。
まだ咬まれていない姉貴のぶんにしようかな、と言いながら買い求めていた黒のスクールストッキングまで譲ってくれたのには、ちょっと面喰らった。
姉貴はまだなんだけど、彼氏を仲間に引き入れてからのがいいや、と、恐るべき計画をさりげなく口にすると、
「午後はそれ穿いて授業出ろよ。じゃあな」と言い捨てて、足早に立ち去っていった。
五時間目の授業を、岡間は欠席した。
ぼくはそうなるのを、なんとなく予感していた。
昼休みの別れ際、彼が足を向けたのは保健室の方角だったから。
最近の保健室は、保健室とは名ばかりで、男女の生徒と吸血鬼たちの、逢引き部屋と化していた。
ときには淑やかな笑顔が評判の養護教諭の佐久間先生が、白のストッキングの脚を咬ませてくれると、彼らの間ではちょっとした評判になっているらしい。
彼が置き土産みたいにぼくに押しつけた一方的な約束を、ぼくは律儀に守っていた。
人のいない男子トイレの個室でおそるおそる脚に通した女子用のストッキングは、なよなよとしたたよりない感触でぼくの足許をぬらりとくるんでいた。
女子になってしまったような気恥ずかしさに、すこし顔がほてっていたけれど。
だれもぼくのほうなど、振り向きもしなかった。
クラスには、そっくり女子の制服を着て登校してくる男子もいた。
そういう男子は、先生の特別指導を受けていて、地毛を肩まで伸ばしたりウィッグを着けたりして、なるべく女子に似せた姿をしていた。
副担任の高嶋先生から、初歩的なメイクのし方の手ほどきを受けた子もいた。
クラス全体がそんなふうになってしまっているものだから、半ズボンの下に女子学生用のストッキングをまとったくらいでは、だれもいちいち目を向けたりはしないのだ。
トイレの個室から身を乗り出すように表に出、薄々のストッキングごしに脛をさらした外気のそらぞらしさに昂りを覚えながら教室に一歩足を踏み入れたとき、宝田君といきなり目が合った。
薄黒く染まったぼくの足許に目を留めると、彼だけはさすがに目をちょっと丸くして、それからにやりと笑いかけてきた。
彼とは、初めて血を吸われたときに、同じ体験を過ごした間柄だった。
初めて二人ながら吸血鬼に接遇体験をして紺のハイソックスを咬み破られたときのような屈辱感や後ろめたさのようなものは、お互いのなかにはもうなかった。
訳も分からずに、ハイソックスのふくらはぎを咬ませてしまった一回め。
高嶋先生に背中をどやしつけられながら逢引き部屋に入っていって、宝田君と並べた肩を弾ませながら咬み破らせていった、二回め。
どちらのときも、なんとなく、おなじ靴下を履いて学校生活をともにしているクラスメートたちを裏切ってしまうような後ろめたさを感じたのだけれど。
そうした後ろめたさは、二足めくらいまでは、たしかに心のなかに存在していた。
けれども、三度めに思い切ってふたりで示し合わせて吸血鬼たちに逢いに行ったとき、揃って脚を並べて三足めを咬み剥がせてやってしまうともう、そうした想いは跡形もなくなっていた。
そう、小気味良いほどに、跡形もなく。
初めて女子の黒ストッキングを履いて教室に入ったときに目が合った宝田君に、ぼくはニッと笑い返すと、彼の目の前を、黒のスクールストッキングの脚を見せびらかすようにして横切って、なにごともないようすをとりつくろって自分の席に腰をおろした。
こめんと
ほんとはね。先週の週末に、このくだりから描いたんですヨ。^^
どうやら話のつじつまをつけられたような。そうでもないような。^^;
あとがつづくかどうかは、未定ですww
2度目。
2014年03月27日(Thu) 05:21:33
おっ、覚悟決めたの?えらいね!
ぼくの目のまえで、淡いブルーのスカートスーツが揺れた。
副担任の高嶋先生は、見かけのエレガントさからはかけ離れたボーイッシュな声で宝田君を励ますと、背中をどやしつけて、空き教室に送り込んだ。
ひざ丈のスカートのすそから覗いたふくらはぎが、透明なストッキングに包まれている。
高嶋先生は、血色のよい脚をしていた。
先生も、もう血を吸われちゃっているのかな。
そんな想いが一瞬よぎったとき。
お次はどなた?と言いたげな高嶋先生が、ぼくのほうを振り向いた。
おや、秋尾くんも血を吸われちゃったの?
高嶋先生は、意外そうな顔をした。
たむろしていた不良グループのなかに、まじめな子を発見したときみたいな目をしていた。
ぼくは黙ってうなずいて、「宝田君といっしょです」と、こたえた。
そう。
先生は俯いた視線をすぐに戻して、ぼくの腕をつかまえると、「じゃあ親友同士、仲良くねっ!」と、やけに明るかったさっきの調子を持続して、ぼくに親友の後を追わせたのだった。
ここに来る前、宝田君とはほとんど、言葉を交わすことができなかった。
放課後待ち合わせた校舎の裏手に宝田君が現れたのは、高嶋先生との約束の直前だったからだ。
「よう」といつものように低い声をかけてきた宝田君は、遅れてきたことの言い訳も口にせずに、「急ごうぜ」とだけ、ぼくにいった。
ぼくたちはおそろいの紺のハイソックスの脚を、指定された教室へと向けた。
宝田君は、自分の小父さんを、家に連れて行ったのだろうか?
あの日のぼくみたいに、自分の母さんを襲わせて、生き血を吸わせちゃったのだろうか?
それに――宝田君の母さんも、侵入してきた吸血鬼相手に、セックスをしたのだろうか?
―――うちの母さんが、ためらいもなくそうしたみたいに。
あからさまに視たわけではなかったけれど。
そういうことが行われていたのは、ほぼ確実だっただろう。
失血のあまり眠りこけてしまったぼくは、じつは“真相”を知らない。
気がついたときにはもう、小父さんは引き上げた後だったし、
母さんはいつものようにエプロンをつけて、台所で晩御飯の支度をしていた。
薄ぼんやりとなったぼくの耳の奥には、まな板のうえで包丁をトントンさせる単調に落ち着いた音が聞こえてくるだけだった。
帰ってきた父さんともふつうに接している母さんをみて、ぼくは、女は油断ならないな、って、自分がなにをしたのかも棚に上げて、そんなことを思ったりしたのだった。
高嶋先生は、男を識ってるのだろうか?
男を識っている女性が吸血鬼に血を吸われるときは、例外なく犯されるってきいているけど。
高嶋先生も、ぼくたちのことを襲った吸血鬼みたいな年配のおっさんに組み敷かれて・・・犯されちゃったのだろうか?
そんなことを考えながら教室に入ると、小父さんはぼくのことをにんまり笑って迎えてくれた。
小父さんの薄笑いに、ぼくは共犯者の照れ笑いで応えていた。
母さんのことが、目当てだったんだろ?
図星を指したつもりだったけれど、小父さんはゆっくりとかぶりを振る。
もう・・・ぼくのハイソックスの脚に、執着し始めていた。
舌のはぜるときの、ピチャピチャという化け猫みたいな舐め音に、ぼくは身震いしながらも、いつの間にか聞き入ってしまっていた。
左右の脚を、かわるがわる。
内側のふくらはぎを2回、外側から1回咬まれた。
測ったように・・・という感じではなく、見境なくしゃぶりついてくる感じだった。
まるで恋人同士の接吻みたいに、熱っぽかった。
あんたがただの道具なら、ここまでしないぜ?
半ばずり落ちたハイソックスを、ふたたびひざ小僧のあたりまで引っ張り上げながら、ぼくは「わかったよ、納得」とだけ、応えた。
すでに失血で、けだるくなっていた。
隣で肩を並べていた宝田君も、自分の小父さんにハイソックスをしつっこくいたぶられて、やはり失血で肩をはずませていた。
もっと吸っても・・・いいですよ。
宝田君は覚悟を決めたように、自分の小父さんに話しかけた。
ぼくも宝田君と肩を並べたまま、「ぼくも・・・」と、口走っていた。
そんなに済まながることは、ないのさ。
小父さんは、ぼくの心の中を見透かすように、そういった。
でもまあ・・・きみがそう言うなら、遠慮はしないがね。
えっ・・・
小父さんは有無を言わさず、ぼくのふくらはぎに唇を這わせた。
あー・・・
いけない陶酔に頭をくらくらとさせながら、ぼくは喉の奥からかすかな悲鳴を洩らしつづけていた。
差し伸べた足許に・・・
2014年03月27日(Thu) 04:49:50
差し伸べた足許に、男はかがみ込んできた。
わたしは男のためにスラックスを引き上げて、脛をあらわにしてやった。
紺色の長靴下は生地が薄く、女もののストッキングのように脛が透きとおってみえる。
男は嬉しげにウフフ・・・と笑って、笑んだままの唇を、靴下のうえから吸いつけてきた。
ぬらりとした唾液が、薄い靴下ごしに生温かく、ふくらはぎを染めるようにしてしみ込んでくる。
悪いね。いつも。
男はそういうと、唇のすき間から舌を覗かせて、わたしの履いている長靴下をねっちりと舐めた。
いえ、いいんです。
つとめて感情を消した声。
けれどもわたしは、男の応えを待っていた。
きょうね、息子さんの通っている学校に行ってきた。
そうですか。
息子さんのこと、担任の先生に呼んでもらってね。生き血を吸ってきた。
そうですか。
若い子の血は、いいねえ。とても活きがよかったよ。
そうですか。
たっぷり、たんのうできた。
それは・・・なによりでした。
親としてあるまじき言いぐさだって?
けれども吸血鬼に占領されつつあるこの街では、家族を吸血鬼に紹介することが、勤め先ではちょっとした流行りになっている。
男は思い出したように、いった。
そうそう。きみの血の味に、すこし似ていた。
よかったのでしょうか。それとも・・・
いいに決まっているさ。
男はわたしのためらいをさえぎるようにそういうと、ふたたびわたしのふくらはぎに牙をうずめた。
ああ・・・美味い。働き盛りの血も、またいいぞ。
それは、うれしいですね。
うれしいかね?
エエ、せっかく痛い思いをして差し上げるのですから、おいしいといわれる方がいいいに決まっています。
それはそうだな。ごもっともだ。
男はなおもつづけた。
そのあとね。
ええ。
わたしの声色は、どこかひっそりとトーンを落としていた。
息子さんのご厚意で、お宅にあがらせてもらった。
はい。
女の血が欲しかったのでね。奥さんを襲わせてもらった。
はい。
うめぇ血だった。
男は下卑た声色で、そういった。
そうですか。
押し倒して、気絶するまで吸っちまった。
そうですか。
若けぇ血をしていなさるの。高校生のお子さんがいるとは思えなかった。
おほめにあずかって、なによりです。
さっきから胸の奥が、ずきりずきりと、疼いている。
男はまたもや、わたしの脚をねっちりと噛んだ。
失血から、身体の芯がすうっと冷えた。
けれどもわたしの胸の奥には、けしようのない嫉妬のほむらがくゆらぎ始めていた。
そのあとは、もちろん、ウフフ。ご賢察のとおりとあいなった。
いかが・・・でしたでしょうか?
気になるかね?奥さんの女ぶり。
ええ・・・まあ・・・
わたしが言葉を濁すと、男はいった。
あんたの嫁だと思うと、なおさら美味だった。
わしの女になれといったら、素直にうなずいとったぞ。
羞ずかしいことに、勃起していた。
男はそれを見透かすように、またもわたしの脚を、ねっちりと噛んだ。
ずきりとした疼きが、妖しい歓びとともに、胸をよぎる。
こんなことが・・・こんなことが・・・どうして歓びにつながるのか。
理解できない自分自身に戸惑うわたしの気持ちなど、素通りをして。
男はなん度も、わたしの脚をねっちりと噛む。
そのたびに、薄いストッキング地の靴下は妖しく裂けて、
いびつなストライプもようを、拡げてゆく。
妻の穿いているストッキングも、このようにあしらわれたのか・・・
わたしの懊悩などに、おかまいもなく。
男はなおも、ひとりごちている。
ええおみ脚をしていなさる。
あんたも女に、化けてみるかね・・・?
母さんの鬼ごっこと、力比べ。
2014年03月26日(Wed) 05:21:41
隣のリビングで、母さんがきゃーきゃー声をたてながら、小父さん相手に鬼ごっこを演じている。
つかまえられた子は血を吸われてしまう、あの恐怖の鬼ごっこ。
学校から戻ってくる、すこし前。
ぼくはおなじ鬼ごっこを、空き教室で楽しんで。
ものの15分とガマンできずに、小父さんの欲求に屈服してしまっていた。
きみの母さんは、きみ以上にガマンづよいだろうかな?
小父さんの言い草に、たぶんそうだと思います。って、ぼくは応えていた。
母さんにもねばってほしいけど・・・小父さんもがんばってね。
帰る道々、話しかけてくる小父さんに。
思わず出た本音を、ぼくはえへへ・・・と、笑って誤魔化していた。
ぞんぶんに血を抜かれてぶっ倒れた、リビングで。
天井の木目が、ゆがんで見えた。
ふすまの向こう、母さんは寝室に小父さんを誘っていって。
ああっ!って声がした。
ああ、捕まえられちゃったんだ。って、ぼくは思った。
あっ!痛ううっ・・・!って叫びがあがった。
ああ、咬まれちゃったんだ、って、ぼくは思った。
ひい~って、悲鳴があがった。
ああ、生き血を吸われちゃっているんだ、って、ぼくは思った。
母さんはそれはしんけんな声をなんどもあげて、
吸血鬼の小父さんに降参していった。
あー、母さんまでヤラレちゃった。
ちく生。悔しいな。妬けるなあ・・・
だんだんトーンをさげてゆく母さんの悲鳴に耳を澄ませながら、
失血でぐんなりとなったぼくの身体は、じゅうたんの上に貼りついてしまったように、身じろぎひとつできずにいた。
母さんを紹介して、熟女の生き血をゲットするチャンスをあげたぼく。
うちのお袋、ブスですからって、ちょっとだけためらっていた宝井君よりも、すくなくともちょっとだけ早いはずだ。
自慢しても、いいのかな・・・
このごろ、
2014年03月25日(Tue) 07:05:12
男子が吸血される話ばかりつづいちゃって、スミマセヌ。
自分のなかに流行りみたいなものはあるので。
お話が浮かんでくるときには割り切って、描きたくなったお話を描くようにしています。
芋づる?
2014年03月25日(Tue) 07:03:32
小父さんたちが芋づる式に獲物をあさっていくって、本当?
ぼくの身体から吸い取った血で、頬ぺたを真っ赤にしている小父さんのまえ。
開き直った気分になっていたぼくは、臆面もなく訊ねていた。
芋づるしきか・・・ちょっとうれしくない言い方だな。
小父さんはちょっぴり困った顔をして、それでもぼくの質問に、まじめに答えてくれようとした。
きみと先生の関係だって、芋づる式といえるのかどうか・・・
小父さんに振り返られた担任の赤井先生は、ちょっときまり悪そうな顔をして、視線をそらしていった。
「放課後に相談があるから、きみと宝井君は444教室に来てくれる?」
先生の言うとおりにしたら、吸血鬼に襲われちゃっていたからだ。
この学校は、吸血鬼のたまり場だからねえ。
小父さんは気の毒そうな顔をして、ぼくと宝井君とを見比べた。
宝井君はやっぱり気まずそうな顔をして、彼の血を吸い取ったべつの小父さんをまえに、咬まれた首すじをしきりに気にしていた。
ぼくが相手をした小父さんが饒舌なのに対して、あちらの小父さんは無口な人のようで、やっぱりきまり悪そうに、黙りこくっていた。
芋づるっていわれりゃ、たしかにそうなのかな。
ぼくの相手の小父さんが、宝井君の血を吸った小父さんに話しかけた。
どうやらあちらの小父さんのほうが、吸血鬼としては先輩らしい。
きみの友達を吸った小父さんはね、わたしとわたしの家内の血も吸ったんだよ。
それからわたしを、この学校に誘ってくれたんだ。
若い人たちの血はおいしいから、ってね。
ぼくの血、おいしかったですか?
ついまじめな口調で、訊いていた。
言下に肯定の返事が、態度とともにかえってきた。
ちょっぴり誇らしいような、くすぐったいような、奇妙な満足をぼくはおぼえた。
ほんとうは、女子の血のほうが、よかったんじゃないですか?
それはおいおい、いただくのさ。
宝井君の小父さんが、初めて口をひらいてくれた。
たとえば、君たちの彼女とか。
残念でした。ぼく、彼女いません。
ぼくはあっけらかんと、笑った。
ぼくの小父さんも、宝井君たちも、声をあわせて笑った。
四人のあいだではじめて、明るい空気が広がっていた。
担任の赤井先生は、無責任にももう、いつの間にかいなくなっていた。
若い血をまだたっぷりと身体に宿したぼくたちを、飢えた吸血鬼のまえに置き去りにして。
きみは彼女、いるの?
ようやく口の軽くなったらしい宝井君の小父さんが、宝井君に訊いた。
はい、います。同じクラスの子です。
宝井君は悪びれもせず、そう答えた。
よかったなあ。
ぼくの小父さんは本音で、仲間の幸運を祝福した。
えっ、だれなの?
宝井君につきあっている女の子がいるなんて初耳だったぼくは、びっくりして訊いた。
佐野原ナツミだよ。って、クラスで一番気の強い子の名前を、宝井君は口にした。
いきなり血を吸おうとしたら、ひっぱたかれちゃうかも。
宝井君はまじめに、自分の小父さんのことを心配しているようだった。
まあ、おいおいトライするさ。
宝井君の小父さんは、すまないねえ、という顔で自分のパートナーの横顔を窺った。
でも母は、美人ですよ。
宝井君だけが災難に落ちるのは、なんだか気の毒な気がして、ぼくは思わず母のことを口にした。
家族を売るわけじゃない。仲良くなったひとを紹介するだけなんだ。
ぼくは自分に、そう言い聞かせた。
昔はミスコンに出たことも、あるんだって。
いまはちょっと太めだけど・・・でも血がいっぱい摂れれば、小父さん的にはいいんだよね?
もう、自分がなにを言ってんだか、よくわかっていなかった。
でも・・・ミセスの女性の血を吸うと、犯しちゃうんだよね?
恐る恐るぼくが言うと、ぼくの小父さんはぼくの両肩に手を置いて、そんなことは気にかけなくても平気だよ、って言った。
あの小父さんはぼくの女房の血、吸ったんだけどね。
小父さんは低い声でそういうと、陰気に笑った。
でもそんなに、気分のわるいものじゃない。
小父さんの言い草は深くて、ぼくはまだまだ、ついていけそうになかった。
脚も咬みたいんだったよね。
宝井君は、話題を変えたいみたいだった。
そうだったっけ。そうだよね。じゃあぼくたちも、協力しなくちゃ。
ぼくたちは思い思いに椅子に腰かけ、足許をくつろげて、半ズボンの下にはいていた紺のハイソックスをずり降ろしていった。
小父さんはぼくの足許にかがみ込むと、軽くかぶりを振って、ハイソックスきちんと伸ばしてくれる?といった。
え?と小首を傾げるぼくに、咬み破って愉しむから、といって、小父さんはちらりと笑う。
なんだかわかんないけど、まあいいや、と、ぼくは小父さんのために、紺のハイソックスをきちっと引き伸ばしていた。
厚手のナイロン生地ごしに、小父さんの唇が吸いつけられるのを感じながら。
なんとなしのいやらしさが伝わってくるのを、自覚しないわけにはいかなかった。
ハイソックスのうえから吸い付いた小父さんの唇が、なま温かい唾液を、じわりとしみ込ませてきた。
かりり。きゅうっ。
さっきとおなじ経緯で、ぼくたちは肩を並べて、小父さんたちに生き血を吸われた。
さっきとおなじじゃなかったのは、もう追いかけっこも力比べもぬきにして、ハイソックスの脚を素直に並べていることだった。
つのる失血に息をはずませながら、けれどもぼくたちは、小父さんが満足するまで、くり返し咬みついてくる小父さんたちのために、ふくらはぎを吸いやすいようにと、脚のくねらせつづけていた。
ぼーっとなってしまったぼくの耳もとに、小父さんは小声で囁きかけてくる。
ありがとう。こんどはきみの母さん、紹介してくれ。
ウン、よろこんで。いつがいい?
なんならきょう、これからはどうだい?
学校で気分の悪くなった子を送っていくんだ。母さんも、お紅茶の一杯くらい淹れてくれるつもりはあるだろう?
お紅茶にしては、濃すぎるよ。
そういうぼくに、気の利いたことをいうんだねって、小父さんは笑った。
ぼくのかたわらでも、相談はまとまっていくようだった。
彼らはぼくたちのハイソックスを咬み破ったみたいにして、母さんたちの穿いている薄々のストッキングを狙ってるみたいだった。
あのひとたちの穿いてるやつは薄々だから、すぐ破けちゃうよー。
ハイソックスの生地にふたつ並べて綺麗につけられた噛み痕に小指を突っ込みながら、ぼくは小父さんをからかうように、ひとりごちた。
いい眺めだと、思わない?
そういう小父さんに、思わなくもないけど・・・なんて、応えちゃっているぼくがいた。
自分でもびっくりするようなことが次々と、本音の願望になって、ぼくの口から洩れた。
ぼくも女の子の格好をして、血を吸われてみたいな・・・
思わず口にして赤面してしまったそんな願望に、小父さんは真顔で応えてくれた。
それって、べつにヘンなことじゃない。
きみが思っているほど、ヘンなことじゃない。
そうだね、こんど都合してあげよう。
その代わり、きみに服を着られる女のひとには、きちんと挨拶してくれるよね?
頑是ない子供にマナーを教え込む親みたいな顔をして、小父さんはぼくの顔を覗き込んだ
わかってるって。
ちょっぴりうるさそうにそう答えたぼくは、ひそかな予感に胸を震わせた。
服を貸してくれる女の子のなかには、ぼくの彼女になる子がいる―――
思わず黙りこくったぼくの気持ちを見透かすように、小父さんはぼくの肩をぽんと叩いた。
さあ、どっちが芋づるか、わかんなくなってきた。
ぼくは照れ隠しに笑いながら、そうだね、って答えて。
ぼく、まだ平気だよ・・・って、小父さんのためにもういちど、ハイソックスを引っ張り上げていた。
夫の理解
2014年03月10日(Mon) 08:05:04
いつもいつも、済まないですね。
口先では慇懃なことをいいながら、男はウッソリと、玄関をくぐってくる。
勤め帰りのわたしは、まだスーツを着ていて、靴下だけを履き替えていた。
どういうわけか脚に執着するこの吸血鬼を、ほんのちょっとだけ、愉しませてやるために。
透ける足首に目ざとい視線を投げた男は、「いつもいつも、お気遣いをいただいて」
そういいながら、指で自分の唇を撫でていた。
渇いているときの、癖だった。
さいしょに妻が襲われ、それから娘までもが生き血をすすられて。
もはやわたしに残されたのは、一刻もはやく彼と”和解”をすませて、家族の生命だけでも確保することだけだった。
「脚がお好きみたい」
そういいながら、いつもスカートの下でストッキングをチリチリに咬み破られて帰宅する妻。
わたしはある晩訪れた彼のまえに立って、黙って自分のスラックスをひきあげた。
紳士用ですから、お笑い種にもならないでしょうが・・・
よほどうれしい記憶なのだろう。
いまでも彼は、わたしのまえで、その言葉を口にしてみせる。
わたしの口まねまで、たくみにまねて。
彼の好みに合わせて履いたのは、ストッキング地の紳士用ハイソックス。
すべらされてくる彼の舌は、彼がわたしの応対に満足していることを伝えてきた。
欲情にまみれた淫らな唾液を、たっぷりと含ませながら。
「いいですね。じつにいい舌触りです・・・」
寝そべるわたしの足許にかがみ込んで、男はいつものように、薄いナイロン生地のうえから、舌をふるいつけてくる。
「あなたを侮辱している気分になれるのが、まことに愉しい」
そんな腹立たしいことまで口にされながら、わたしは不平そうに舌打ちをしてみせるだけ。
かつての貞淑妻は、淫らな恋に酔いしれて。すっかり男の情婦に成り下がっていた。
そんな妻を、娼婦のようにもてあそび、
ましてや娘の純潔までも、むしり取って行って。
いまでは娘の制服のスカートの裏側は、男の粘液で白ぱくれているという。
それほどまでに、されながら。
どういうわけか伝わってくるのは、男がわたしの妻と娘に抱く情愛の深さばかり。
おなじ女を、好きになったのだ。
おなじ娘を、いとおしく思っているだけなのだ。
たぶんきっと、そのとおりなのだろう。
ただ、愛しかたの流儀が、常識とかけ離れているだけ―――
「嬉しいですね。このなめらかさ。このツヤツヤとした光沢・・・」
男はまだ、わたしの足許にとりついたまま。
ふしだらにしわくちゃにされ、くしゃくしゃにずり落ちてしまった紳士用のハイソックスを、賞玩してやまない。
チクリ、チクリ・・・と、時折牙を忍び込ませて。
みるかげもなく破いてしまうまで、たっぷりと愉しんでみせる。
どうせなら。
愉しみ抜くのが、礼儀というものでしょう?
そんな身勝手な言い草に。
わたしは深く頷いてしまっている。
妻以外の女を抱くのは、たんに血を獲るためだという見え透いた嘘さえも、
妻の身体を気遣ってくれるのだと受け取って。
きみのまえで奥さんを辱め抜くことができるのが、最高のもてなしなんだよ、という要求も、
嫉妬の歓びをわたしに植えつけようとする企みなのだと理解して。
せっかくできたご縁なのですから、妻のことを見捨てないでくださいね、なんて、懇願してみせている。
「あんたの生き血は、オードブルだ。メインディッシュが奥さんと娘さんだ」
そんなことを、いわれながらも。
男がその実、わたしの血を愉しみにしてくることも、気づいてしまっている。
「きみの生き血を吸い取った後、勤め帰りの奥さんをきみの前で襲うのが、なによりも愉しい」
そんな無礼さえ、楽しげに口にする男のために。
わたしは男を悦ばせるために、きょうも薄い靴下を脚に通してゆく。
ちょい役の宿命。
2014年03月10日(Mon) 07:46:06
きのうあるかたとチャットで話していたんですが、
ちょい役の人のことって、よく考えちゃうんです。
たとえば吸血鬼ものでいいますと、
さいしょに登場する、第一の犠牲者みたいな人。
登場した途端吸血鬼に襲われて、ひと声「キャー」と叫んで倒れて、そのまま死んでしまう。
じつに、はかないです・・・
その人にだって、両親がいて、育ってきた青春があって、周りの友達とのかかわりや語らいや悩みもあるはずなのに。
いっさいが切り捨てられて、「キャー」のひと声で終わっちゃう。
襲っている吸血鬼が捕食系だったらそれまでなのですが、
吸血行為というものに多少なりともエロスやロマンを感じるタイプの彼らだとしたら、
記念すべき?第一の犠牲者である彼や彼女の血潮の味は、どんなだったのでしょう?なんて、コアな想像をすることもあります。
夜道で出くわしたみたいな一瞬の邂逅であったとしても、袖すりあうもなんとやら。
「きみの血は美味しい。もういちど吸いたいから、きょうは家に帰してあげる」
果たしてそんな配慮は、期待できないものでしょうか・・・ 笑
補欠選手。
2014年03月10日(Mon) 07:36:07
1.
キツいのかあ・・・?
だれもいない放課後の教室の隅っこで、しずかにうずくまる力武を見て、
武本は気づかわしそうに、声をかけた。
ふたりはおなじ運動部の部員で、力武は主力選手でキャプテンだった。
苗字がよく似ているということもあって、ふたりは入部してからすぐに親しくなり、
試合でも力武はチームの中心で武本はしのアシスト役だった。
見かけは粗野で腕っぷしも強いのに、決して弱い者いじめはしない男―――それが周りからの力武の評価であり、同時にクラスのなかでもこわもてする存在。
けれども最近は、事情が変わりつつあった。
隣町から伝染してきたらしい「吸血病」が、街のすべてを塗り替えようとしていた。
今朝のことだった。
きのうまでふつうに登校してきたクラスメイトが、蒼い顔をして姿をみせた。
夕べだれかに血を吸われて、まるで別人のようにやつれた顔になっていた。
枯れ木のようになってぶっ倒れそうなクラスメイトに、力武はいつもの男気を発揮した。
「身体、キツいんだろ?よかったらオレの血を吸え」
朝練を終えたあとの力武は、ユニフォーム姿のまま首すじをくつろげたが、
クラスメイトは遠慮がちにかぶりを振った。
わけを訊いたとき、力武の顔つきが同情にゆがんだ。
うまく噛むことができないから・・・というのだ。
大事なユニフォームを汚してしまうだろう?
健気な言い草に、力武は気前良く、脚を差し伸べていた。
筋肉質でごつごつとしたふくらはぎは、いつもの派手な赤と黒のラインのストッキングに覆われている。
「気にすんな。破いてもいいんだからよ・・・」
ストッキングに真っ赤なシミを拡げながらしたたかに生き血を吸い取られた力武は、放課後の特訓までに十分に回復することはできなかった。
こちらの体調を気遣うクラスメイトに
「いいって、いいって。気にするんじゃねーよ!」
と肩をどやしつけて家路につかせた力武だったが、特訓の後半にはまじに苦しそうな顔をしていた。
見かねた武本が「オレの血を吸うか?」と言ったが、
「バカ、キャプテンがサブの血吸ってたら、チームが自滅するだろうが」
といって、取り合おうとしなかった。
夕方から、試合である。
けれども力武の顔色はわるく、表情にいつものみなぎる力は感じられない。
「わかった。補欠のやつ連れてくる」
武本は有無を言わせず、がらんとした教室に力武を置き去りにして飛び出していった。
2.
武本先輩に呼び出されたのは、放課後のことだった。
補欠のぼくには、当然試合に出る権利はない。
けれどもレギュラーの活躍はよく見ておけということで、夜の試合には出してもらえることになっていた。
部活が終わった後もユニフォームのままで時間をつぶしていたぼくのところに来た先輩は、いつになく重苦しい顔つきをしていた。
「悪りぃけど、ちょっと早めに抜けてくれ」
先輩はいつになく声をひそめて、そういった。
まだ半分くらい残っている同級生たちに、聞かれまいとしているような感じだった。
ただならぬ先輩の態度に、ぼくはキャプテンの具合がよほどよくないんだろうとおもった。
いつもは絶対に手を抜かないはずのキャプテンが、練習の途中でリタイアしたのだ。
ぼくたちは全員、そのことを気にしていた。
だいじょうぶかあ?きょうの試合・・・
先輩たちが先にあがってしまうと、ぼくたちは誰言うともなく、口々にそういった。
「お前、もうだれかに血を吸われちゃった?」
校舎の裏手で立ち止まった先輩は、いきなりぼくにそう切り出した。
「えっ、まだですけど・・・」
妹が担任の先生に噛まれて泣きながら下校してきたのが、おとといのこと。
抗議に出かけた母さんが、やっぱり蒼い顔をして帰ってきたのも、おとといだった。
夕べは勤め先から戻ってきた父さんが、ひどくけだるそうにしていたっけ。
だからぼくは、付け加えなければならなかった。「でも、時間の問題だと思いますけど」
「きょうの試合、見学だったよな」
「はい、そうですけど」
「そしたらさ、悪りぃ、本当に悪りぃけど・・・キャプテンが血を欲しがってるんだ」
えっ?
ぼくは自分の耳を疑った。
キャプテンまで、吸血病に侵されていたのか・・・
「べつにお前じゃなくてもいいんだけど、オレも試合出るからさ・・・」
なんという勝手な言い分・・・
でも、ぼくにはうなずくことしか、できなかった。
先輩たちの教室に入るのは、初めてだった。
ぼくのほかにもうひとり、秀原が連れてこられていた。
おなじ学年の補欠だった。
「武本、ナイス!」
秀原を連れてきた須々田先輩は白い歯をみせて、武本先輩とハイタッチをする。
「お前が一人確保できたっていうから、もういいかなって思ったんだけど」
「多いに越したこと、ないじゃん」
「そうだよね。これからも試合のあるときは、補欠を何人か確保しとかなくちゃいけないな」
ぼくたちの運命は、先輩たちの手で、すごく安直に決められてしまっていた。
3.
入部の動機は、オリエンテーションのときのデモで見た華麗なプレイだったけれど。
力武先輩にあこがれて、入部して、きつい練習に耐えてきたのだけれど。
血を吸われるためなんかに、入部したんじゃない。
そういいたい気持ちはむろんあるし、
特に自分の血を求められた、というわけじゃなくて、だれの血でもかまわなかった・・・というのがすこし、物足りなかった。
先輩たちからすれば、ぼくなど頭数のうちの一人に、過ぎなかったのだろう。
秀原は、いつものストッキングを履いていた。
紫のラインが2本入ったやつだった。
新しいのをおろしたばかりなのか、いつものよりも鮮やかに白い生地が、陽灼けした太ももと鮮やかなコントラストをなしていた。
ぼくは、赤と黒の三本ラインのストッキングを履いていた。
力武先輩がいつも履いているのと、おなじタイプのやつだった。
血を吸うときには、首すじを噛んだあとで、ストッキングを履いたままのふくらはぎにも噛みつくらしい。
先輩、気づいてくれるかな・・・って、ふと思った。
4.
連れてこられた補欠は、2人いた。
それぞれ武本と須々田に引き据えられるようにして現れた。
2人ともまだガキっぽい顔をしているな、と思った。
学年がひとつ下で、まだ身体のできてない連中だった。
試合にはまだまだ当分、出れそうにない。
どんなに身体のできてないやつでも、2年のおわりまでがんばれば、最低一度は公式戦に出してやることにしていたけれど、
彼らはたぶん、同学年のなかでも出場できるのはさいごのほうだろう。
「きょうは悪りぃな」
なんて声をかけたものか、すぐには思い浮かばなくて。
そんな間抜けなあいさつを、ついしてしまった。
パワーを得るためとはいえ、試合に出れない後輩の血を吸うなんて、気が咎めて仕方なかったけれど。
「みんなのためだから」と、武本も須々田も、譲らなかった。
ふたりの太ももにも、2つ3つ噛み痕がついている。
俺がつけたものだった。
「代わりに、きょうは絶対勝つからな」
「あ、はい!自分は大丈夫です」
須々田が連れてきた秀原という後輩は、「先輩たちの役に立てて、うれしいです」と、気丈にもそんな模範解答を口にした。
「じゃあ、ちっとだけ辛抱な」
俺が正面に立つと、秀原はさすがに困ったような顔をして、目をそむけた。
5.
目のまえで。
同級生の秀原が先輩たちに捕まえられて、力武先輩に血を吸い取られてゆく。
ふたりの先輩は、秀原が暴れないようにと左右に立って、両肩を抑えつけていた。
口では「先輩たちの役に立ててうれしい」なんて、言ったけれど。
秀原が怯えているのは、はたで見ていてもよくわかった。
気の小ささまる出しにして、立っている両足をガクガク震わせて、いよいよ噛まれるときにはギュッと目をつぶっていた。
短パンのすそから、たらーっと、黄色っぽい透明な液体が、したたり落ちてきた。
緊張のあまり、失禁したのだ。
「笑うなよ。かえぇそうだからな」
須々田先輩が、ぼくをにらむようにして、そういった。
笑うどころの騒ぎではなかった。
獣の躍動といわれたプレイを演じる憧れの先輩が、おなじユニフォームを着た後輩の首すじを噛んで血を吸っている。
そのつぎはぼくの番なのだ。
秀原の失態を笑うようなゆとりは、どこにもなかった。
ごくり、ごくり・・・と、あからさまな音をあげて血を飲まれた秀原は、だんだん顔色をわるくして、
黒板の隣の壁にもたれかかって、そのままずるずると、姿勢を崩していった。
先輩は秀原の片脚を抑えつけて、紫のラインが2本入ったストッキングのうえから、なおも唇を吸いつけてゆく。
吸い取ったばかりの真っ赤な血に濡れた唇が、真新しい白のナイロン生地のうえを、ヒルのように這った。
6.
補欠だろうが、即戦力にならなかろうが、さすがに14歳の男子の生き血はエネルギッシュだった。
喉の奥にはじける赤黒い血液は豊かな熱さで力武の身体の芯を浸してゆく。
真新しいストッキングも、なかなかよかった。
噛まれるまえ、秀原はとっさにずり落ちかけたストッキングをひざ下まで引き上げた。
血を吸われるためにわざわざ履き替えたわけではないのだろうけれど、真新しいストッキングを見せびらかすようにみえた。
力武は遠慮なく、秀原のもてなしを愉しんだ。
しなやかなナイロン生地の舐め心地の向こう側に、熱い血液を秘めた柔らかな皮膚を感じて、
疼いた糸切り歯をがりり・・・と、埋め込んでいた。
密着した身体と身体。
ユニフォームを通して、じかに感じる身じろぎに。
失血のために肩で息をしている後輩がいとおしくなって、思わず抱きしめてしまっていた。
7.
秀原が息を詰まらせて床に転がると、次はぼくの番だった。
「わかるな?」
ぼくをここに連れてきた武本先輩は、同情のまなざしでぼくを見、同時に力武先輩を促していた。
力武先輩は、秀原から吸い取った血で濡れた頬を、タオルでむぞうさに拭っていた。
「試合。どうしても観たいんですけど・・・」
魂が抜けたみたいに転がっている秀原の様子に狼狽して、ぼくは思わず口走っていた。
「でぇーじょうぶだよ。お前ら2人はオレたちが担いででも、つれてってやっから」
「じゃあ安心です」
ぼくは平静を取り繕ってそうこたえた。
8.
もうひとりの補欠は、血を吸われる間際に、どうしても試合を観たいと、自分を連れてきた武本に訴えた。
気絶するまで吸血されたくないという想いが見え隠れしているのはよくわかったけれど、
残念!きみの血を心ゆくまで吸わないと、きょうの試合には勝てないんだ。
おどおどとうろたえている2人めの補欠ににじり寄った俺は、すぐに自分の手で彼の両肩を抑えていた。
武本も須々田も、もう手を貸す必要はないと思ったのだろう。
こっちの様子をちらと窺うと、すぐに秀原の処置に取りかかっていた。
前もって保健室から借り出していたふたつの担架―――そのうちのひとつに、秀原を担ぎ入れにかかったのだ。
握りしめた二の腕が、とっさに力を込めて反発してくる。
孤立無援の反発―――俺はなんなく彼の抵抗をねじ伏せると、彼は抵抗しようとしたこと自体を恥じるようにして、体の力を抜いた。
9.
力武先輩が、息荒くぼくにのしかかってきたとき、
不覚にもちょっとだけ、抵抗してしまった。
先輩はぼくの両腕を痛いほど捕まえて、ぼくのことを壁に抑えつけた。
いけない。はむかうつもりなんか、なかったのに。
激しい後悔をおぼえて、ぼくはすぐに抵抗をやめた。
秀原の血に濡れたままの先輩の唇が、首すじに吸いつけられた。
唇についた血は、ぬるりと暖かかかった。
10.
この一年生、たしか武井っていったっけな。
名前を思い出すより先に手が伸びたのは、俺の記憶力がどうかしてしまったからなのか?
とにかくそれくらい、目立たない部員だった。
けれどもいまは、彼は俺のまえで、圧倒的な存在感を誇っている。
生き血を獲るための、エモノとして。
俺は見境なく、彼の首すじをがぶりとやっていた。
オレンジ色のユニフォームに、持ち主の血潮が飛び散るのも、かまわなかった。
パワーが欲しい。相手チームの連中のたくましい心臓の動きに克てるパワーが。
きみたちの身体は、それを秘めている・・・
口のなかいっぱいに、むせ返るほどあふれた14歳の血潮は、いとおしいほど美味で、
胸の焦げるほどの感動を、俺は味わっていた。
ホモでは決してなかったけれど、つい抱きしめて、髪を撫でていた。
11.
先輩の手が、ぼくの髪の毛を、幼な児でもあやすように撫でつけてゆく。
きっと、慣れているんだ・・・
髪を愛撫されるなど、とうに忘れかけた感覚だったけれど。
ぼくの血をちゅるちゅると、いいように吸いあげてゆく先輩に、まんまとせしめられてゆくのが、むしょうに嬉しくなっていた。
秀原も、こんな気分だったのかな?
あいつそういえば、意識を失う寸前に、薄ら笑いをしていたっけ。
ということは、ぼくもそろそろ・・・お陀仏?
いつの間にか床に寝そべってしまっていたぼくの足許に、先輩はそろそろと、にじり寄っていく。
「俺のとおなじやつ、履いてるんだな」
嬉しげな声色が、息遣いになって、ぼくの足許に吹きかけられた。
それは、しっかりしたナイロン生地を通して、ふくらはぎの皮膚まで浸すほどだった。
12.
お前にあこがれて入部したんだってさ。
武本がぞんざいにいう。
忘れかけていた罪悪感が、ふと心の奥を刺したけれど。
どんらんにふくれあがった支配欲は、もうどうすることもできなかった。
赤と黒のラインの走るストッキングを履いたふくらはぎに、俺はがりり・・・と、前歯を突き立てた。
やっぱり下級生はまだ、身体ができていない。
皮膚が柔らかすぎる―――ふとそんなことを思いながら、俺は2人めの補欠のふくらはぎを、侵していった。
自分とおそろいのストッキングが、目の前でみるみる、血浸しになってゆく。
初めて俺が咬まれた時も、こんな感じだったのか・・・?
噛んでいるのか、噛まれているのか、ほんのちょっとだけど、わからなくなっていた。
13.
試合は圧倒的な勝利だった。
力武キャプテンも、武本先輩も、須々田先輩も、それは素晴らしい動きをしていた。
あのあと2人の先輩は、それぞれ好みの後輩を呼び出して、血を吸っていた。
12人いるチームメイトのうち4人が、ストッキングに赤黒いものを撥ねかしていた。
体育館に入って整列した時に、他校の連中の目を惹いたはず。
なにか得体のしれないものを感じ取ったらしい彼らは、ビビッていて、終始先輩たちの肉薄に圧倒されていた。
横倒しにぶっ倒れたままの観戦だったけれど。
先輩たちの動きは、まばゆいほどに素晴らしかった。
なかでもキャプテンの動きは、うっとりするほど伸び伸びとしていた。
あのしなやかな動きを、ぼくから吸い取った血液が支えている―――ふと気づいたそんなことに、ぼくは限りない満足を覚えた。
よかったらこれからも、血を吸ってください。
ぼくの身体から吸い取った血で得たパワーで、伸び伸びとしたカッコいいプレイを、見せてください。
先輩が卒業するまで、恋人みたいに付き添って。
試合のたびに、生き血を飲んでもらう。
そんな想像に胸を震わせて、思わずのぼせあがっていた。
だれかが、「武井復活したな」って笑ったのに、ぼくは起き上がって笑顔で応えていた。