淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
吸われる彼女。
2015年02月21日(Sat) 12:10:09
ねー。タカコとエッちゃんに、あたし誘われちゃった♪
麻由子がいつになく甘えた口調で、ぼくにしなだれかかってきた。
そのつぎに彼女が発した言葉に、思わずぎくり!とした。
お嫁に行けなくなる公園に~。
お嫁に行けなくなる公園。
それは通学路より一本はずれた通りに面した、緑の豊かな公園だ。
昼間はなんのへんてつもないただの公園なのに。
夕闇が迫ってくると、そこは異形の空間になる・・・といわれている。
通りかかる女の子たちは、例外なく吸血鬼に襲われて・・・中には”女”にされてしまうことさえ、あるという。
タカコとエッちゃんというのは、麻由子の幼馴染だった。
ぼくが麻由子と付き合うようになる前には、いつも三人連れだって登下校している仲だった。
それとほとんど同時に二人にも彼氏ができて・・・
初エッチはいっしょにしようね♪なんて、おバカな約束までしているらしい。
きけば、タカコの彼氏が吸血鬼にやられて、その彼氏の紹介でタカコも吸われるようになって・・・
こんどは友達を連れてこい・・・ってことになったんだという。
選ばれちゃった♪選ばれちゃった♪どうしよ~あたし血を吸われちゃうんだ・・・
どこまでも無邪気な麻由子に、ぼくも苦笑するばかり。
ぼくには彼女を止める権利がない。
この街に棲む娘のほとんどは、遅かれ早かれ咬まれてしまうのだから――
明日の6時だよっ。気になるんだったら、見に来てもいいからね~。
バ~イっ。
いつものように大きく手を振って、麻由子は自分の家路をたどる。
いつの間にか上背の伸びた制服姿が、妙にオトナっぽくみえた。
お前、行くのかよ。
そう言うお前こそ、どうすんだよ。
男三人はぐだぐだと、どうしようもない会話で相手をつつき合いながら。
結局三人連れだって、おなじ方角へと脚を向ける。
通学路をひとつはずれた、「お嫁に行けなくなる公園」へ。
三つのベンチが少しずつ距離を取って、向かい合わせの三角形を作っている。
もともとこうなっていたのか、きょうのためにだれかがそうしつらえたのか、それはだれにもわからない。
三人の女子は一人ずつ、ベンチに腰を下ろして、夕風に吹かれながら時おり言葉を交わし合っている。
風に乗って聞こえてくる話の内容は、なんとも他愛のないことばかり。
ぼくたちはいつの間にか、それぞれに距離を取って、離れ離れになっていた。
自分の彼女が吸血鬼に血を吸われるところなんて・・・仲間と共有するもんじゃない。
やがて、うっそりとした影が三つ、公園の奥の茂みからぬっと姿を現した。
女の子たちはさすがにいずまいをただして、柄にもない神妙な会釈を投げていく。
影たちはお互い顔を見合わせて、女の子たちを見つめて、またお互いに顔を見合わせる。
誰がどの子を択ぶか・・・品定めをしているのだ。
ぞくぞく。
ぞくぞく。
わけのわからない慄(ふる)えが、ぼくの身体を貫いた。
自分の彼女の運命が決まる一瞬一瞬に、息も停まる思いだった。
やがて影たちは、各々が選んだ子の前に身を移していって、
それぞれの子の足許にひれ伏すようにして、うずくまった。
麻由子の足許にかがみ込んだのは――酒屋のご隠居のおっさんだった。
あのおやっさん、吸血鬼だったのか・・・
いつも父さんの使いで一升瓶を買いに行かされるので。
しわくちゃな赤ら顔も、開けっ広げで気さくな感じも、よく知っていた。
でも、でも、あのおやっさんが麻由子の相手だなんて・・・考えられないっ!
思わず起ちかけるぼくのことを、傍らから手で制したやつがいる。
一緒に来たタケシだった。
そのタケシがこんどは、自分の彼女のタカコの様子に、思わず起ちかけた。
タカコは紺のハイソックスの脚を見せびらかすようにぶらぶらさせて、自分の相手の小父さんを積極的に誘っている。
起ちかけたタケシを、こんどはマサオがなだめた。
そのマサオが起ちかけるのを、こんどはぼくが「やめとけ、やめとけ」って、小声でたしなめている――
麻由子は紺のハイソックスの足許ににじり寄ってくるおやっさんに、早くもふくらはぎを舐められていた。
ぼくと目が合った彼女は、きまり悪そうに、照れ臭そうに、ピースサインなんか送ってくる。
ぼくもまた、ばかげたことに・・・ピースサインを返していた。
だいじょうぶだからね・・・って、かすかにうなずくのが見えた。
ちゅうっ。
唇の吸いつけられるそんな音が、聞こえるわけもない。
なのに耳もとで聞こえたように、リアルにそれが伝わってきて――
あとはいちぶしじゅうが終わるまで、ぼくはぼう然と立ち尽くしていた。
ちゅうっ、ちゅうっ、ちゅうっ・・・
ハイソックスのふくらはぎを咬まれて血を吸い取られてゆく麻由子は、
さいしょはきまり悪そうに視線をあちこちに迷わせていて。
そのうちだんだんと、身体を傾けていって。
しまいにくたり・・・と、ベンチのうえに横倒しになっていった。
おやっさんは口許についた麻由子の血を手の甲で拭うと、
こんどは麻由子のうえにのしかかっていって、首すじを吸った。
ちゅうっ・・・
唇の吸いつけられる音が、また聞こえたような気がした。
すでに他の男子二人は、近くにいなかった。
それぞれが自分の彼女が吸われている光景を、呆気に取られて見つめるばかり。
知らず知らず起ちあがっていたぼくは、一歩、二歩と、ふたりのほうへと近づいていった。
おやっさんと目が合った。
「悪かったね」
おやっさんは開口一番、そういった。
「ユウキは麻由ちゃんと、つきあっていたんかい」
今はじめて知ったような口ぶりだったけど。
このごろは連れだって酒屋に一升瓶を買いに行ったりしたこともあるのだから、
ぼくたちの関係を知らないわけはなかった。
いつも父さんの使いで酒を買いに来る、同じ町内の息子の彼女。
そうと知りながら、麻由子を択んだにちがいない――
ぼくはおやっさんの頬に撥ねた麻由子の血を、ハンカチで拭ってやった。
「そのハンカチ、大事にしなよ」
おやっさんは、ぼくの気持ちを見抜いたようなことをいった。
「もう少しだけ、愉しませてな」
おやっさんがまだ咬んでいないほうの麻由子のふくらはぎに唇を吸いつけるのを、ぼくは止めようとはしなかった。
向かいではタケシが、タカコの胸を揉みたがる白髪おやじのために、ブラウスの釦を外してやっていたし、
その隣ではマサオが、エッちゃんの履いている真っ白なハイソックスを片方ずり降ろして、むき出しの脛を舐めさせてやっていた。
紺のハイソックスのうえから押し当てられた唇は、麻由子のふくらはぎをねちねちといたぶって、ネバネバとしたよだれをなすりつけてゆく。
かすかに意識があるらしく、麻由子は「んもう~」って低く呻きながらも、おやっさんが脚を吸いやすいようにと、時おり脚の向きを変えてやっていた。
やがて唇の両端からにじみ出た牙が、麻由子のふくらはぎを冒した。
ずぶ・・・っ。
もぐり込んだ牙に、麻由子は「うっ」と呻いて、白い歯をみせた。
思わず彼女の掌を握りしめると、彼女もギュッと握り返してきた。
ちゅう、ちゅう、ちゅう、ちゅう・・・
吸血の音は、しなだれかかる麻由子をベンチに座って支えるぼくにまで、おおいかぶさった。
首すじにジンジンと響く疼きに、麻由子がどうしておとなしく応じていったのか?がわかったような気がした。
気がつくと、もうふた組みのカップルは、姿がなかった。
「ふたりで送ろうぜ」
おやっさんはいつものざっくばらんな調子を取り戻すと、ベンチのうえで姿勢を崩した麻由子の身体を支えにかかった。
ぼくもそれを手伝って、起とうとする彼女を両側から支えてやった。
「大丈夫。歩けるから」
気丈にもそういいながらも、麻由子はかなりへばっているらしい。
「また吸ってね~」
なんて、小手をかざしてバイバイをするほど自分を取り戻しながら、ぼくの方に廻した腕に身体の重みを託してきた。
りぃん、ろぉん・・・
つきあうようになってからは、麻由子の家とはむしろ遠くなっていたから。
久しぶりの訪問だった。
家から出てきたお母さんは、どういうことが起きたのかをすぐに察した。
「ユウキくんがついてくれていたんなら、安心だね」
お母さんは何事もなかったように、そういっただけだった。
「相手は酒屋のおやっさんです。
ぼくのほうから、麻由子の血を吸ってほしいって頼み込んだんです。
おやっさんはよろこんで、相手を引き受けてくれて――
麻由子の血が、とても気に入ったみたいです。
こんなにふらふらになるまで、吸い取っていったくらいですからね。
お母さんは安心してください。今度からぼくが、麻由子さんを連れて行きますから」
事実とも違うことを、ひと息にそう口走ってしまったとき。
自分の体内にそそぎ込まれた毒が、身体じゅうを冒していることに、初めて気がついていた・・・
約束どおり。 ~婚礼の帰り道~
2015年02月16日(Mon) 07:50:34
かっ、・・・勘弁してくださいっ!
壁ぎわに追い詰められたその若い女は、うろたえながらも慈悲を乞う。
これから友達の結婚式なんです。
ストッキング破かれたら、すごく恥ずかしいです。
お願い、恥ずかしい思いをさせないで!
どうやらこの娘は、ルールをわきまえているらしかった。
うろたえかたからすると、実際に襲われるのは初めてのようだったが。
首すじを咬まれて生き血を吸われ、貧血でふらっ・・・と姿勢を崩すともうそれまで。
穿いているストッキングに舌を這わされ、ブチブチと咬み剥がれてしまう。
そんな不埒なルールを、この街の住民の多くが聞き知っている。
すでに咬まれてしまった首すじを、抑えながら。
早くも舌を這わされ始めた足許から、息遣い荒く迫ってくる男の劣情を、必死になって遮ろうとしている。
思うさま舌で舐めくりまわして、よだれをたっぷりとなすりつけてしまってから。
男は残り惜しげに、女を放した。
女のしんけんさに、毒気にあてられたかのように。
いいだろう。じゃあ約束だ。
帰り道にはかならず、この道を通ってくれ。
夕方の6時なら、ゆっくり間に合うだろう?
女はしんけんな顔をして、こくりと頷いた。
ありがとう。必ず寄るから。約束守りますから。
悲壮な顔をしてそういうと。
よだれのしみ込んだストッキングの足取りを、駅に向かって急がせていた。
ばっかじゃないのお・・・
着飾った女友達らは、宴席のテーブルに自堕落にひじを突きながら梨恵の話を聞くと、
こぞって梨恵を嘲笑った。
それであんた、約束守って咬まれにいくの?
じゅーぶん貧血になったじゃない。約束破ったって、それでもうおあいこだよ。
さ、二次会行こ。男あさり男あさり・・・
披露宴が終わるのもそこそこに、女どもはばたばたと騒々しく席を起つ。
梨恵はそんな友人たちを見あげながら、控えめな声でいった。
やっぱりあたし、約束守る。
ばーかだよねえ。あの子。ほんとうに帰ったんだ。
一見目を惹くその横顔は、けばけばしい厚化粧をいつも以上に塗りたくられている。
彼女の相方も行儀悪く脚を組み、男が席に寄りつかないのを察してバッグから煙草を取り出しながら応じていく。
ほんとだよねー、なに考えてんだろ。
でもさー、正解かもしれない。梨恵。
どーして?
女はひじを突いた格好のまま額に手を当てて、呟いた。
あたしも約束破ったことがあるんだけど・・・あとで見つかって、半死半生の目に遭わされた・・・
そお。
相方はさして同情するふうもなく、タバコに火を点けた。
6時を10分まわっていた。
息せき切ってやってきた梨恵は、そこにあの時と同じ黒い影を見出すと、
来ました、あたし。
やっとの思いで、そういった。
遅れてごめんなさい。
ばか律儀に、頭までさげて。
ほんとうに来たのだな。
男は感心したように、女をみた。
こんなことだから、いっつも損ばっかりするんですよね。ばか正直だから・・・
女はべそを掻いているらしい。
それでも男を受け入れる用意があるのか、真新しい黒のストッキングの脚を、スッと差し伸べてゆく。
済まないね・・・
婚礼のテーブルの下、自分のよだれがしみ込んだストッキングを、この女はまといつづけていた。
不埒な想像が淫らな劣情を伴って、男の舌先を滾らせた。
男は女のひざ小僧を押し戴くようにして抱きすくめると。
にゅるっ。
見せつけるような露骨さで、舌を這わせた。
・・・?
男はちょっと首を傾げ、女を見あげる。
わざわざ家に戻ったのか?
わかるの・・・?
女は薄ぼんやりとした目で、男を見おろす。
舌先をよぎった薄手のナイロンには、昼間に出会ったときとおなじくらい、よごれもひきつれも認められなかった。
くたびれたものを穿いていたら、悪いと思って・・・
そういってうつむく女の肩を、そのすぐ傍らに起ちあがった男は抱き留めている。
もうすこしだけ、すまんね。
首すじに吸いつけられた唇のすき間から、尖った牙がにじみ出てくる。
すこし吸われると、楽になるぜ。
男の言い草を、ずるい、と感じながら。
ちゅーっ。
自分の血を吸い取られてゆく音に、うっとりと聞き惚れていた。
いいわよ、もう。
宴席のお酒が、いまごろまわってきたのか・・・
ほんのりと頬を染めながら、這い寄ってくる男のまえ、
真新しいストッキングのつま先を、含み笑いしながらすべらせてゆく。
あー、ひどいわ。ひどいわ・・・
女はわけもなく口走りながら。
くまなく唾液をしみ込まされた薄衣が、見るかげもなく咬み剥がれてゆくのを見守って。
無作法だわ。礼儀知らずだわ・・・
口だけは相手を非難しながら、男が自分の脚を吸いやすいように、角度を変えてやっている。
すまないね。すまないね・・・
男はしきりとわびながら。
それでも女の脚に魅せられたように、舌を慕い添わせ続けていった。
あとがき
吸血鬼との約束を、ばか律儀に守るぶきっちょな女。
そんな女に甘えてゆく男。
甘々な話も、好きなのです。^^
6時。
2015年02月15日(Sun) 08:01:20
目が覚めて、枕元の時計をみたら、朝の6時。
きょうは日曜。
もっと寝ていたってかまわない。
起きあがってカーテンをあけると、夜の闇が薄蒼いあけぼのの縁取りを帯びていた。
あたしは迷わず制服に、着替えていた。
学校がある日でもないのに。
ドアの外は、寒気に支配されている。
黒のストッキングの足許にも、容赦なくそれは肉薄してくる。
柔らかで薄いストッキングは、意外なくらい有効に、あのゆるっとした束縛感で、寒気を遮ってくれる。
あたしは肩をすぼめて、駐車場へと脚を向ける。
肩をすぼめるのは、人目を避けたいからなのか。たんに寒いからなのか。
たぶんきっと、その両方なのだろう。
まだ黒ずんでいる街なみは、全体が群青色に変わった空の下、まだ眠っているようだった。
通りかかる人もまれな、表通り。
たまさか行き過ぎるウォーキングの人も、黒や紺の防寒着を厳しく着込んで、俯きながら、寡黙に通り過ぎてゆく。
女子高生にしては背たけのある、ひと目みればそれとわかる女装姿に、関心を示すものはいない。
こちらも努めて、通り合わせた人たちに関心を投げずに、スルーしていく。
わざわざ遠出してまで来るほどの意味はない、なんの変哲のない街なみに、ただ埋没しながら。
ウィッグの髪をユサユサ揺らし、
胸のリボンをそよがせて。
穿きなれたスカートを、ふぁさふぁさとさばきながら。
黒のストッキングに染まった脚を、外気にさらしつづける。
無言のうちにすぎるそのひと刻は、満ち足りた瞬間。
夜よりも明るみがあるはずのこの時間帯は、
写真写りがひどく悪くて、
あとに残るものなど、ほとんど撮れないのだけれど。
そんなことは、さほどの問題でもない。
ひとしきり歩いて気が済むと、
あたしは脚を止め、来た道を引き返す。
今朝の登校は、これでおしまい。
本物の学校に登校するわけでは、もちろんない。
そんな日が、来るはずもない。
家に戻ると、窓の外はすっかり明るい。
きょうも一日が始まる。
そして、あっという間に、終わっていく。
あとがき
とある女装者のつぶやきです。^^
登校前の儀式。
2015年02月15日(Sun) 07:34:16
シャワーからあがると真新しいブラにショーツをつけて。
そのうえから、白のブラウスを身に着けて。
それから、重たるい濃紺のプリーツスカートを、腰に巻きつけて。
お気に入りの濃紺の、ワンポイント入りベストを、頭からかぶって、
やっぱり重たるいジャケットを、ばさっと羽織って。
生徒手帳は胸ポケットに、夕べから残ったまま。
いけねえ、型崩れするとやだなあ・・・って思ったり。
でもあたし胸ないから、ちょうどいいや・・・って思ったり。
Dカップみたいなかっこに型崩れするわけないでしょう・・・って、
しっかり者のミチコに叱られたのを思い出したり。
そんなことは、どうでもいいんだけど。
枕元に畳んでおいた濃紺のハイソックスにちらっと目をやりながら。
ほんとに、もうっ!
わざと口を尖らせて、頬ぺたをふくらます。
それは、自分を勇気づけるための、ひとつの儀式。
箪笥の抽斗のなかに手を突っ込んで、黒のストッキングのパッケージを切る。
ストッキングを穿くのは、苦手。
穿いている最中に破けちゃったことも、一度や二度ではない。
足首から脛へ、脛からひざ小僧へ、それから太ももへ。
ぐーんと伸びる薄手のナイロンが、太ももをじんわりと淡く染める。
ゆるっとした束縛感が、ほのかな暖気とともに、足許を包む。
ふーっ。今朝は破かずに、うまく穿けた・・・
階段を降りると、母さんが背中で、おはよう、って言った。
あたしも横っ面で、うんおはよう、って答えた。
ちょっと、出かけてくるねー。
さりげなく言ったつもりでも。
隠しきれない声の震えで、行先を悟ったらしい。
気をつけてね~。
母さんの声色は、いつもと同じく穏やかだ。
こちらに向き直って、真向いで、だいじょうぶ?って言われた時は、さすがに嫌で。
露骨に顔しかめて以来、母さんはこちらを向かなくなった。
母さん、ゴメンね。
心のなかでちらっと呟くと、黒のローファーを墨色に染まったつま先で引っかけた。
スクールバッグを肩にドアを開けると、まだ薄暗く肌寒い、朝の空気。
公園までは、歩いてすぐだ。
もっと距離があればいいのに、と思う。
そうすれば、少しは身体もあったまるだろうから。
でもやっぱり、公園は近いほうがいいと思う。
破けたストッキングで街を歩くのは、やっぱり羞ずかしいから。
人目のないこの時間帯でも、だれも通りかからなければいいって問題じゃない。
乙女心はもう少し、フクザツなのよ。
黄色く塗られた車止めをすり抜けて、鍵に折れて、
いちばん奥の雑木林の傍らに、目指すメンチはあった。
ペンキ塗りたてになったときには、往生した。
それでも公園に来ないわけにはいかなかったから、
ブランコに揺られながらとか、
すべり台のいちばん下に腰かけてとか、
ちょっとやりにくい格好で、脚を伸ばした。
幸い、もうベンチのペンキはとうに乾いている。
小父さんは先に来て、待っていた。
相当早くから、あたしのことを待っているみたいだった。
どれくらい待ったの?って訊いても、教えてくれない。
2時間だの3時間だのって答えたら、あたしが引くと思っているらしい。
小父さんは、いつも黒いマントを羽織っている。
逢ったあと具合が悪くなって、家まで送ってもらったことがあるけれど。
古くさいマントは、街のたたずまいとぜんぜんなじんでいなかった。
公園のなかにいても、そこだけがことさらひっそりと、不吉な空気を漂わせている。
それじゃあ、生きづらいだろうね。小父さん。
小父さんはいつも、よう、って顔をあげてあたしを迎える。
あんまりハッキリした声で存在を認められるのは、いい気がしない。
あたしだって、人目を忍んでここまで来るのだ。
そんな想いが、台無しになるじゃない。
今朝の小父さんの声は、いつもよりも低くて小さかった。
喉渇いているんだ・・・そう感じると、あたしはとっさに身を固くする。
穿いてきてあげたよ。ほら。
ベンチの隣に腰を下ろすと、
あたしは脚を伸ばして、黒のストッキングに染まった脛を見せびらかした。
うふふ。綺麗だね。公園に入って来るところから、ずっと見ていた。
知ってるよ。わかっているよ。
小父さんのやらしい視線には、とげがあるもの。
そのとげが、歩いている時から、チクチク刺さって痛いんだもの。
小父さんはあたしのことを抱き寄せて、
首すじに熱い吐息を迫らせた。
そうっと咬んで。
あたしは予防注射の直前みたいに身を固くして、目を瞑る。
注射だって大嫌いなのに・・・
首すじに露骨にぬめる唇は、生温かいよだれにまみれていた・・・
ちゅうっ。
露骨なおとがあがった。
周りに聞こえるほどの、大きな音に、あたしはいつものように縮みあがる。
咬まれた首すじから、血液がスッと引き抜かれ、くらっとめまいがする。
悪いね。強すぎた?
小父さんはいちおうの気遣いはみせたものの、
もういちど唇を吸いつけて、あたしの血を吸った。
くらあ・・・っ。
目のまえに真っ黒なスプレーを噴きつけられたみたいに、
めまいが幾度も、炸裂した。
喉渇いているんだ・・・身体でそう感じながら、とっさにあたしは身を固くする。
引き抜かれてしまう血が、一滴でも少なく済むようにって思いながら。
頭を抱えてうなだれるあたしを、小声でなだめながら。
小父さんはやっぱり、あたしを放してはくれなかった。
あたしの前に、しゃがみ込んで。
黒のストッキングのひざ小僧を、いじいじとさすりながら。
ふくらはぎにじんわりと、唇を添わせてくる。
黒く染まった脚の輪郭をなぞるように、にゅるーっと這い上がり、這いまわされてくる唇に。
あたしはただただ、頭を抱えながら、かぶりを振りつづけていた。
黒のストッキングは、式典のときだけ穿くことになっていた。
終業式とか、卒業式とか、そういう大事なときだけのはずだった。
登校前に待ち合わせた公園で。
吸血鬼の小父さんに迫られることは、大事な式典のひとつなのだろうか?
悪いね。咬むよ。
引導を渡すみたいな言いかたをされたった、どう答えれば良いのだろう?
好きにして。
あたしはやっと、それだけ言った。
ぱちっ。
薄手のナイロンがはじける、かすかな音――
ブチブチブチッ・・・
小父さんは牙の切っ先を器用に引っかけて、
あたしの穿いているストッキングを、むざんに咬み破っていく。
裂け目が太いすじになって、脛をあらわにさせていって・・・
つま先からスカートの奥にまで、その太いすじは拡がってゆく。
うひひひひひっ。
本性もあらわに、あたしの制服の一部を、よだれで濡らしながら咬み剥いでいった。
泣いたり嘆いたりはしないけど。癪だから。
でも頭を支えるために顔を当てた掌を、あたしは外すことはなかった。
そのかわり。
指のすき間から、いたぶる舌が見え隠れするのを、無理に視界から追いやろうともしなかった。
おいしかった。助かるよ。
別れぎわ、ふらふらになったあたしのことを、しっかりと抱き留めてくれた。
あたしの首すじを残り惜しげになぞる指には、
ほんの少しだけど、ぬくもりが宿っているようだった。
もう、行くから。
目を合わせようとしないで、あたしは公園を出た。
小父さんの目線が追いすがってくるのも、無視した。
ふり返って手ぐらい振ってあげれば、かわいい子なんだろうけれど。
もう少し時間をくださいね。まだ、そこまで器用にはなれないから。
お帰りぃ。
家を出るときと同じく、割ぽう着を着けた母さんは。
家を出るときと同じように、背中であたしに声をかけた。
ただいまぁ。
家を出るときと同じく、あたしは横っ面で、返事をした。
あらあらまあまあ、派手に破けたわねえ。
母さんのストレートな言いかたに、あたしはやっと緊張が解けて。
そお?って。
あたしは脚を伸ばして、ストッキングを伝線させた脛を見せびらかした。
縦の太いすじをいくつも走らせながら。
真新しかったストッキングは、けなげにもまだ、持ち主の脚にへばりついていた。
まあまあ、この子ったら・・・
あたしの留守中、母さんの血を吸わないでね。
わざと口を尖らせて、頬ぺたをふくらませて。
吸血鬼の小父さんに願ったことは、きっとかなえられないのだろう。
白の割ぽう着に、見え隠れしながらも。
首すじにつけられた赤黒い斑点は、きのう咬まれたばかりの痕跡をとどめている。
母さんの身代わりに吸われるほど、けなげな子じゃない。
母さんも、娘に自分の身代わりをさせるほど、冷酷じゃない。
けれどもどうして、母さんの血を吸わないでって願うのだろう?
憎ったらしいあの小父さんが、良い思いをするのを、すこしでも邪魔したいだけなのだろうか?
それが嫉妬だということを、幼かったあたしは、だいぶあとになって知る―――
あとがき
少女になり切って、描いちゃいました。 ^^;
長い割に、内容がなかった・・・でしょうか・・・?
帰宅。
2015年02月09日(Mon) 08:05:13
ただ~いま。
丸芝が間抜けな声をつくって、玄関口に立つと。
・・・はぁい・・・
インタホンの向こうから、妻の弓枝の声が華やいで響いた。
ふつうの声でインタホンに応えるときは、なにもないとき。
間抜けな声色で戻った時は、吸血鬼つきで帰宅したとき。
夫婦の間でいつの間にか始まったそんな決めごとを、同伴の赤桑もよく心得ていた。
腕の良い職人だった赤桑が、吸血鬼になったのは。
女房の浮気相手がたまたま吸血鬼だったからだった。
都会の事務所から仕事を請け負うことが多かった赤桑は、すでになん人か、社員の妻を襲っている。
仕事の窓口の部署にたまたま居合わせたのが、丸芝とのご縁だった。
十五歳年下の丸芝の女房と睦み合うようになったのは、ごく自然ななりゆきというわけ。
丸芝こそいい迷惑だったが、もうこの年輩になるとあまりそういうことは気にならなくなるものか、
あるいは女房が生き血を吸い取られながらウットリするのを見て昂奮してしまっている丸芝がただの変態なだけなのか。
そんなことはもう、彼らの間ではどうでもいいことになっていた。
いちど汚された貞操は、最早もとには戻らないのである。
あら、あら、まあ、まあ・・・
スラックスを脱いだ夫が履いている靴下の破け具合に目をやった弓枝は、大仰な声をあげて夫を揶揄している。
泥んこで帰ってきた男の子を、「まあしょうがないわねえ」と言って迎える母親のような口調だった。
娘の結花が、二階から降りてきた。
中学二年生の結花は、まだブレザーの制服のままだった。
「こんばんは、小父さん」
生気に満ちた結花の声色に、赤桑は眩しそうに会釈でこたえた。
「母さんね、用意がまだなんだって。父さんもこれからお着替えだし、結花が相手してあげるよ」
早くも濃紺のプリーツスカートの下から、紺のハイソックスの脚を見せびらかしている。
誘惑に弱い赤桑が腰を浮かせるのと、「結花、いいかげんになさい!」と母親の叱声が飛ぶのとが同時だった。
「んもう~、母さんだけズルイ」
ふくれる結花の両肩に、赤桑は手を置いて囁いた。
「母さんには母さんの役目があるのさ」
どういうこと?結花の白目が後ろを仰ぎ見たが、男はその視線をかいくぐるようにして、結花の首すじに顔を埋めた。
リボンで結わえたおさげ髪と白のブラウスのすき間から覗いたうなじに、赤黒い唇がヒルのように吸いついた。
きゃー。
ふすま越しに聞こえる娘の声には耳も貸さずに、弓枝はパンツを脱いだ夫の一物を咥えている。
はずした口許から、白い粘液がぼとぼととこぼれた。
「もう、汚れるじゃない」
奥さんはそつなく夫の処理を済ませると、「はい、貴男も結花の代わりに血を吸われていらっしゃい」
夫の肩をポンとたたいていた。
丸芝が応接間に戻ると、ちょうど、
紺のハイソックスのふくらはぎを侵された娘が、白目を剥いてその場にくずおれるところだった。
あーあー。
丸芝は嘆かわしそうに声をあげ、男は横倒しになった娘の身体になおものしかかって、首すじを吸いつづける。
うちの娘の血は、そんなにいけてますかね?
「だいじょうぶ。あたし保健委員だから。具合が悪くなった子の面倒見るのが役目だから」
寝ぼけた声で呟く娘の髪を、丸芝は優しく撫でてやった。
「将来は世話女房になりそうだねえ。お母さんに似て。」
赤桑は傍らから、揶揄交じりの口調でそういった。
もっともそれが本音からの言葉だと、お互いに通じ合っていたけれど。
首すじの疼きが、じんじんと響く。
事務所の広い応接室で、ストッキング地のハイソックスを咬み破らせてしまったときから。
「女房のパンストもこんなふうに破かれちまうのかなあ・・・」と呟いていた丸芝だった。
予想通り・・・布団の上に寝かされた妻は、肌色のストッキングをチリチリに喰い剥かれてしまっている。
夫婦の寝室の布団のうえでは。
赤桑と丸芝の妻とが素肌を合わせ、セックスに熱中して、急いた息を交わし合っている。
ワンピースを着たまま犯されるのが好き。それも、ダンナのまえで。
そんな不敵なことをうそぶいていた妻は、赤桑の腕のなかで、可愛い女になりきってしまっている。
あーあ。
ため息をつきながらも丸芝は、自分の首すじに咬みつく直前囁かれた赤桑の言葉が忘れられない。
――こぎれいなかっこをしたおなごを襲うのが好きでなあ。あんたも奥さんの服着て、儂の相手してみるかね?
2月12日6:18脱稿。
2月14日0:05あっぷ☆
かえり道。
2015年02月09日(Mon) 07:46:22
家に帰る途中、連れの五十男の仲間に行きあった。
男は竹ノ内よりも少し年上の三十代くらいで、たしか小さな息子が二人いるはずだった。
「よう、宮成さん。久しぶりだね」
三十男は五十男を苗字で呼んで、親しげに手で会釈した。
「このごろうちに寄ってかないって思ったら、この人かい、あんたに若いお嫁さんを世話したのって」
五十男――宮成が「まあ、まあ」とはぐらかしたのは、竹ノ内に気を使ってのことだろう。
あまり気を使わせちゃわるいな・・・と思った竹ノ内は、「どうも」とはっきりした声色で、三十男に挨拶を返した。
「ああ、もう平気なんだね」三十男は初めて、竹ノ内に打ち解けた態度を示した。
「都会から来た人は、こんな習慣ないだろうから、面くらうよね。でもまあ、慣れてくれてよかった。あんたがたのほうからふつうに考えたら、ぞっとしないだろうね――嫁さんを吸血鬼に喰われちまうなんてさ」
さいごのひと言はさすがに露骨だったと思ったのか、三十男はあわてたように言った。
「ああ、うちもお宅といっしょだから。このおやっさんも、うちの女房のお得意さん」
あはは・・・と笑う乾いた声に、邪気はなかった。
妻と宮成との初めての逢瀬も、たしかこんなふうに寒い午後のことだった。
あれはたしか三回目だっただろうか。
社内で上司に呼び出され、奥の会議室で初めて宮成に血を吸われて――それからたしか二度ほど、宮成は竹ノ内を訪ねて来社していた。
別れ際宮成は、「帰り道の途中に、公園あんだろ。奥の雑木林のなかにベンチあるの知ってる?そこで待ってる」
そんなふうに言って、まだ勤務時間が終わらない竹ノ内を残して、悠然と立ち去っていった。
寒気に支配された帰途に寄り道をするのはおっくうだったが、竹ノ内は律儀に公園の雑木林を訪ねていった。
そのときの光景は、忘れない。
白のタートルネックのセーターに、地味なグレーのパンツスタイル。
見慣れた服装に身を包んだ妻の美佳子は、虚ろな表情を凍りつかせて、ベンチにあお向けになっていた。
その顔を覗き込むようにして、宮成は美佳子の首すじに唇をまだ圧しつけたまま、頬に血のりを光らせていた。
悪いですね。
そういって起き上がる宮成の頬を。
竹ノ内は二度、三度と、平手を見舞っていた。
向かってくるかと思った相手は、何事もなかったような顔をしていた。
竹ノ内は初めて、負けた、と、思った。
家に帰りましょう。手伝ってください。
男の言うなりに、男に負ぶわれた妻の背中をさすりながらたどった家路は、いつもと違った景色に見えた。
家に着くころには妻は息を吹き返し、送ってもらったことにしきりに恐縮していたけれど。
始終手を伸べて気にしていた首すじには、もう消すことのできない疼きが、肌の奥深くにまでしみ込んでいるはずだった。
それは、竹ノ内自身が、宮成の牙を通して体験済みのことだった。
そんなに召しあがっていらっしゃらないんでしょう?初めてだとしても、申し訳なよね?
妻はそう言いながらいそいそと寝室の奥に入っていって、箪笥の抽斗からワンピースを取り出してきた。
こちらに赴任する前、よそ行き用に新調したものだった。
まだ袋に入ったままのワンピースを胸にあてて男に見せ、
「こんな服でお相手しますが、よろしいですか?」と訊き、
男が「すみませんね、気を使わせちゃって」というと、
「じゃあちょっと用意してきますので」と、そそくさと座を起っていた。
夫婦の寝室に伸べられた、せんべい布団のうえ。
花柄のワンピース姿を仰向けに横たえた妻は、首すじに迫る唇を目にすると、それに応じるように目を瞑った。
自分が着替えている間相手をしていた夫が、失血で身動きできなくなっているのをみとめると。
伸ばした手で夫の手を握りしめ、大丈夫、というように軽く揺すった。
差し伸べられた掌は、夫の掌のなかでじょじょに力を消していって・・・
やがて夫の掌を払いのけると、のしかかってくる吸血鬼の背中に、腕をまわしていった。
侵入者の太ももは丸太ん棒のように太く、毛むくじゃらだった。
そのごつごつとした脚に、白蛇のように巻きついた妻のすらりとした脚は、チリチリに引き剥かれた肌色のストッキングを、まだひらひらとさせていた。
破けたナイロン生地が虚空に揺らぐ様子が、まだ竹ノ内の網膜から離れない。
帰宅した竹ノ内にかわって、宮成が訪いをいれると、美佳子はおずおずと家のドアを開けて顔を出す。
すでに訪問が予告されていたのか、きょうは紺のスーツに黒のストッキング姿だった。
運動部出身で上背のある美佳子は、夫とさして背丈がかわらない。
もともとしぐさも言葉遣いも男っぽかった美佳子は、日ごろパンツスタイルで通していたが、
この街に来て吸血鬼に襲われるようになってからは、スカートで脚をさらすことが多くなった。
しなやかな筋肉に覆われたふくらはぎは薄手の墨色のナイロン生地に覆われて、充実したシルエットをきわだてている。
いちど奥さんが、黒のストッキングを穿いているところを襲ってみたくてね。
宮成はにんまりと、人のわるい笑みを泛べた。
どうぞ・・・
人目をはばかるように妻は声を潜めて、ふたりを家のなかに入れた。
あ~・・・
白のブラウスの肩を真っ赤に染めて、妻は顔をしかめていた。
巻かれた逞しい腕はわが物顔に妻を抱きすくめ、猛禽類が獲物を貪るように、その首筋を咬んでいる。
黒のストッキングに透けたつま先の周囲の床に、赤い斑点がぽたぽたとしたたった。
「へへへ・・・」
宮成のなかでは、骨抜きになっただんなのまえでは、なんでもありらしい。
美佳子をソファに投げ入れると、すくめた脚を抑えつけ、黒のストッキングのうえから露骨に舌を這わせてゆく。
思い切り血を抜かれてじゅうたんの上にころがされた竹ノ内はただ、なりゆきを見守るしかなかった。
二人の熱いところ、たっぷりお見せしますよ。
宮成は竹ノ内にニヤッと笑いかけると、素早くシャツを脱いだ。
下着を着けない逞しい胸が、黒々とした剛毛に覆われている。
宮成は、美佳子のブラウスをこともなげに引き裂いた。
チャッ、チャッ・・・
ブラウスの裂ける音が、女の悲鳴のように、部屋に響いた。
胸もとの歯形が、痛々しい。
かすかに血をあやし、その周りには唾液が光っていた。
熱病にうかされたように悶えながら、美佳子は足許をいたぶられてゆく。
しなやかな墨色のナイロン生地は、男の舌のいたぶりに耐えかねたように、じわじわと裂け目を拡げていった・・・
うふーん、似合うじゃないの♪
いつも出勤前には、スーツを着るのを手伝ってくれる美佳子だったが。
今朝はとりわけ、ウキウキとしている。
竹ノ内が身にまとっているのは、美佳子自身の服――
濃いピンクのジャケットに、黒のスカート。足許は、黒のストッキング。
しっかりとした肉づきのふくらはぎは、男らしいごつごつとした輪郭をまだ保っていたが、
柔らかなナイロンに縁取られて、不思議ななまめかしさをかもし出している。
背丈がほとんど変わらないことが、幸いしたのか、不幸だったのか。
女のかっこうで、初出勤ね。
悪戯っぽく笑う美佳子は、会社で宮成の面会を受ける夫のことを想像しているらしい。
貴男の顔をしたわたしが、会社で宮成さんに襲われているみたい。
妻の奇妙な言い草が、なぜかしっくりと胸に響く。
外気に初めてさらした、女の姿。
いってらっしゃい♪
妻の声を背中に受けて踏み出した足取りを、ナイロンストッキングのゆるやかな肌触りがぬらりと滑らかに包んでいた。
あとがき
カテゴリは、「女装」でもよかったのかもしれないですね。^^;
ストッキング地の靴下。
2015年02月09日(Mon) 06:42:23
丸芝ちゃん、竹ノ内さん。お客さんだよ。もてなし部屋・・・いや、応接室。
分厚い眼鏡がなおさら無表情にみえる重光次長が、向こうの扉を開けて部屋に入って来るなり、いつもの手短でてきぱきとした口調でそう告げた。
竹ノ内は、やれやれ・・・と思った。
斜め向かいの席の丸芝は、いつものことだといわんばかりにすぐ席を起つ。
一瞬もたもたした竹ノ内に重光は畳みかけるように、「竹ノ内さんもだよ」って、声をかけてくる。
高飛車な口調のわりに、重光は人懐こそうにニマニマと笑いかけてきた。
自分もさっきまで、その応接室・・・いや「もてなし部屋」にいたのだろう。ちょっと蒼い顔をしていた。
「もてなし部屋」。
社員のあいだではもっとストレートに、「吸血部屋」と、呼ばれていた。
ひと足さきに部屋に入った丸芝は、ソファのまん中に腰をくつろげていた。
ソファは四つ。
部屋のまん中の低いテーブルを四方から囲むように、しつらえられてあって、竹ノ内は丸芝の向かいに腰を下ろした。
客人はどこにいるのか、まだ姿をみせなかった。
部屋のドアから重光次長が顔をのぞかせて、
「きょうはお客さん、多いから。会議室は満杯なんで、きょうは会議は無しね」
そういって、ドアを閉めた。
さっき通ってきた打ち合わせ用の個別ルームも満室のようだった。
そこはきっと、女子社員の応接用に使われているのだろう。
この部屋もそういう用途に供されることもあるらしく、背の高い衝立がいくつも、部屋の隅に並んでいた。
そういえばきょうの事務所には、やけに女子社員が少なかったな・・・竹之内はぼんやりと思った。
「竹ノ内さんとこは、もう済んだの?こっち来てもうひと月になるよね?」
四十男の丸芝が、さえない顔色をしながら、話しかけてきた。
「ええ、もう、とっくですよ」
竹ノ内は苦笑しながら答えた。
「そうだよねえ。お宅の奥さん若いもんねえ」
丸芝は露骨な言い方をしたが、竹ノ内は腹が立たなかった。
みんな同類項だもの・・・
初めて訪れた夜が明けて、腫れぼったい顔をして出社した時に。
あの無表情で謹厳そうな重光次長はそんなふうに言って、彼に対して初めてにまっと笑った。
いかつい顔に似合わない、人懐こい笑みだった。
竹ノ内持ついつり込まれて、笑い返してしまったくらいだった。
さっきまで。
夫婦ながら畳にころがされて、吸血鬼に生き血を吸われて。
あまつさえ妻などは、凌辱まで受けてしまっていたというのに。
丸芝が「もう済んだの?」と訊いたのは、街に棲み着いている吸血鬼の訪問をもう受けたのか?という問いだったのだ。
ドアがあわただしく開け放たれると、男がふたり、なだれ込むような勢いで入り込んできた。
一見してどちらも、社員ではない。
特に丸芝のほうに向かっていった男は目が寄っていて、酔っ払ったみたいに千鳥足だった。
薄汚れたコートを着込んだその男は、禿げた頭をてかてかと真っ赤にテカらせていた。
禿げ頭の周囲を取り囲むように、抜け残った白髪がいじましそうにチリチリととぐろを巻いている。
「丸芝ちゃん、いつも悪いね」
男は妙なしゃがれ声でそう呼びかけた。
「ああ、いいからいいから。待ってたよ」
明らかに「ラリっている」感じのその男に、丸芝は手をあげて男に応じた。
いつもの不愛想な態度とは打って変わって親しげな態度だった。
紺のスラックスを片方、予防注射のまえに腕まくりするみたいに、たくし上げている。
黒革の革靴の足首が、薄地の濃紺の靴下に透けてみえた。
ちょっとずり落ちていた丈長の靴下を、丸芝がひざ下まできちっと引き伸ばすと、
禿げ男は自身の千鳥足に耐えかねたように、丸芝の足許にへたり込んだ。
「丸芝ちゃん、ふだんの俺のこと知ってるよね?」
哀願するような口調だった。
いまの自分の異常な風体を、じゅうぶん認識しているらしかった。
きっと本人にとっても、不本意な状態なのだろう。
「知ってる知ってる。朝から晩まで律儀に働く、腕の良い職人さんだ」
丸芝の口調は、とりなすように優しい。
「いったいどうしてそんなになるまでガマンしたの」
「だってサ。いつも世話んなってる高校や中学に通ってる女の子たちが、そろって受験なんだもの」
「ああ、そうだね。いまごろはそういう季節だよね」
「お母さんたちがサ、気ぃ遣ってくれて。ちっとはよけいに吸わせてくれるんだけど、どうしても足りなくって」
「そうかそうか、おっちゃん優しいからな」
吸血の習慣を持つこの禿げ男は、年頃の少女たちをお得意さんに血を吸っていたが、受験シーズンに入って遠慮しているうちに血が足りなくなって、おかしくなってしまったらしい。
「ほれ、早く吸いなよ。俺は構わないからさ」
丸芝は気前よく、スラックスをたくし上げた脚を差し伸べた。噛んでいいということなのだろう。
突き出されたふくらはぎは、ストッキング地の長靴下に染まって、男のそれとは思えないくらいなまめかしく映った。
飢えた唇がヒルのように、薄いナイロン生地のうえを這った。
竹ノ内のほうに寄ってきた男は、顔見知りの五十年輩の男だった。
草色の作業衣はやはり薄汚れていたが、こちらは丸芝の相手の男ほど、おかしな状態ではなかった。
「お仕事ちゅう、すいませんね」
男は尋常に頭を下げると、お向かいの男と同じように竹ノ内の足許にひざをついた。
竹ノ内がたくし上げたスラックスの下は、ひざ下丈の靴下だったが、普通に厚い生地だった。
「薄い靴下のほうが、よかったですかね・・・」
向かい合わせのソファで、女みたいなストッキング地の靴下に嬉しそうに舌をなすりつけている吸血鬼を横目に、竹ノ内はぼそっと言った。
あの見慣れない薄い靴下は会社から支給されていたが、どうにも気色が悪くて履く気になれなかったのだ。
「いや、気にせんでええですよ。女子高生の紺の靴下のつもりでいただきますから」
男は丁寧な言葉つきをのみ込むと、入れ替わりのように口の端から尖った犬歯を覗かせた。
素早くすりよた男がぶつけるように足許に顔を圧しつけてくると、
ふくらはぎの一番肉づきのよいあたりに、チクッと刺すような微痛が走った。
どれほど時間が経っただろうか?もう30分ほども経ってしまっただろうか?
目のまえがかすんでいるような気がする。
男はまだ竹ノ内の脚に取りついて、血を吸いつづけていた。
咬み傷は浅く、ひと口ごとに吸い取られる血は微量だったが、長いこと許していたのでもうかなりの量を抜き取られてしまっていた。
男は、初めての夜妻を組み伏せていった相手だった。
恐怖の色を泛べる妻の首すじに、やおら牙を突き立てて、
失血で身動きもままならない竹ノ内の目のまえで、生き血を吸い取っていった。
かなり喉が渇いていたんだろうな・・・そんな感想をあとで持ったのは、夫婦でなん人もの吸血鬼の相手をした後のことだった。
妻がわざわざ着込んだ、新調したばかりの花柄のワンピースの胸に、
吸い取ったばかりの血潮をわざとぼとぼととほとび散らせると、
こんどは足許にかがみ込んでいって、
肌色のストッキングがくしゃくしゃになるほどふくらはぎをいたぶって、
挙句は、唾液に濡れたストッキングをむしり取るようにして、咬み破っていったのだった。
セックス経験者の女性は、覚悟しなけりゃいけないよ。
あいつら、血を吸った女のことをその場で好きになって、セックスしたがるんだから。
その晩を迎えるまえ、退勤間際にそんなことを耳打ちしてきた課長補佐は、
「もしそうなっても、気にすんな。うちもそうだし、ほかのもんもみんなそうなんだから」
と、言ってくれた。
あの耳打ちがなかったら、頭がおかしくなっていたかもしれなかった。
向かいの丸芝も、正気を失いかけていた。
「参ったなあ・・・困ったなあ・・・今夜うちの女房のパンストも、あんたにこんなふうに擦り剝かれちまうのかなあ・・・」
スラックスの下の薄い靴下は、幾すじも裂け目を走らせていた。
裂け目からにじみ出た、男にしてはやけに白い膚が、丸芝の妻が今夜受ける恥辱を連想させた。
参った、困った・・・と愚痴りながら、丸芝のなかでもそれはもう、既定路線なのだろう。
一対一だと女房のやつ気づまりだっていうから・・・と。
丸芝が迎えた初めての夜は、乱交の場だった。
経験済みの同僚の奥さんたちと連れだって三人で、同時に三人の吸血鬼に襲われて・・・
申し合わせたように肌色のストッキングをまとった三対の脚が、薄手のナイロンを咬み散らされながら侵されてゆくのを、
丸芝はいまでも鮮やかに記憶している、という。
おおぜいのなかの一人・・・みたいな、取るに足らない存在として。
自分の妻が生き血を吸い取られ、三人の男に同時に犯されてしまうのを目の当たりにして。
以来「頭の中身が入れ替わってしまった」という丸芝は、彼らの催す乱交の宴にしばしば妻を伴ったと言っていた。
とてもそんな勇気はないけれど。
今夜もどうやら、二人の熱いところを見せつけられてしまうんだろうな・・・そんな予感に慣れ始めた自分が、怖い。
貧血でふらつく足取りで、早めの退勤をした。
傍らには妻目当ての五十男が、自分から吸い取った血をまだ口許に光らせている。
事務所の玄関を出るときすれ違った相手に、竹ノ内は危うく声をあげるところだった。
「は~い♪」
胸を大きくはだけた白のブラウスに、黄色と黒の大ぶりなスカーフを巻いて。
真っ赤なミニスカートの下は、濃紺の薄手のパンティストッキング。
どこの飲み屋の女?と思ったその相手は、同僚の吉井だった。
もちろん、男の同僚だった。
「女房が相手の男に買ってもらったやつ。あいつ大柄だから俺も着れるかな?」って。
そういえば。
女装して出勤してくる社員が、毎日きまって数人はいた。
吉井とどんな会話を交わして別れたのかは、よく憶えていない。
ただ記憶しているのは。
男もののストッキング地の靴下が気持ち悪くて履けなくても、
いっそ女の姿になってしまえば、いまの相棒をストッキング地の靴下で愉しませてやることができるのかな・・・って、薄ぼんやりと感じたことだけだった。
特定の彼氏を迎え入れる場合。~法事の夜~
2015年02月06日(Fri) 07:11:20
今夜、わしがこれ以上のことをしなかったのを、あんたは憶えているべきですよ。
男の不思議な言葉を耳にして、一昼夜が経ちました。
夜からの法事というのは妙なものだな・・・と思ってはいたのですが。
夕べ体験してしまったことで、法事のほんとうの意味を知ってしまった私たち夫婦は、
むしろ淡々として、席に臨みました。
集まった男女は、数十人。
街の人が大勢集まる大事な集い・・・という息子の誘い文句に、嘘はなかったようです。
その息子は夫婦連れで、私たちよりもだいぶ遅れて到着し、かなり離れたところに席を択びました。
下の息子も彼女を連れて、兄夫婦のすぐ隣に席を取ります。
息子ふたりがよそよそしく、きまり悪げに目を逸らしがちにするのに対して。
嫁たちのほうは悪びれもせず、尋常に目であいさつを投げてきました。
こういうときには、女のほうがしっかりするものでしょうか。
愚妻もまた、私の隣でそれらの目線に、丁寧に応えてゆきます。
そういえば。
黒一色の喪服のスーツで装うときの愚妻の様子は、
どことなく、娼婦が派手な服に袖を通すときの風情と相通じるものがあったようです。
そう。
法事の夜、女たちの喪服は、獣どもの劣情にまみれてゆくことになるのですから・・・
型通りの読経のあと。
僧侶が退出すると、席が一斉にざわつきました。
街のご夫婦連れらしいひと組の奥さんのほうに、隣の男性が抱きつきます。
あらかじめ目をつけて、わざと隣に座ったのでしょうか。
咬みつかれた首すじからほとび出る真っ赤な血が、黒のブラウスの襟首に滑り込んでいくのが見えました。
ご主人のほうは奥さんをかばおうともせずに、べつの女性の足許に這いつくばって、黒のストッキングの脚を唇で吸い始めています。
そんな光景が、あちらこちらに・・・
みると、息子たち夫婦は互いに相手を交換し合って、唇を合わせているではありませんか。
「あなた、こちらへ」
愚妻の声でわれに返ったわたしは、障子を押しあけて本堂を出、廊下に逃れました。
数歩と歩かないうちに――はち合わせた人影に、愚妻は深々と頭を下げました。
夕べのあの方が、いらしたのです。
どうやって示し合わせたのか、いまとなってもわかりません。
愚妻は自らの意思であの方を今夜のお相手に選んで、本堂の外の廊下で・・・と、約束を交わしていたのです。
墓村さんと仰るそのかたは、私たち夫婦を、本堂に隣接した小部屋へと促します。
いざなわれるままに入ったその部屋は、四畳半ほどの狭いところでした。
まずご主人から。
熱い吐息が否応なく迫り、首のつけ根にあの鈍痛が走ります。
じゅう~っ・・・
一瞬のあいだに、どれほどの量を喪ったものか。
私は意気地なくも、その場にぺたりと尻もちをついてしまいました。
謝罪するような眼差しに応えるように、私はうわ言のように、口走っていました――
家内をどうか、お願いします。ふつつか者ですが、ぞんぶんに愉しまれますよう・・・
承知しました。
墓村さんはそう仰ると、両手で顔を覆って恥じらう愚妻の両肩を掴まえ、首すじをがぶり!とやってしまいます。
赤黒い血潮が、喪服の肩先にほとび散って・・・でもそんなことはお構いなしに、墓村さんは愚妻の生き血をゴクゴクと喉を鳴らして飲み耽っていかれました・・・
いちど血を吸われた人妻は、その場で犯される――
そんな通り相場を身をもって知らされたのは、そのときのことでした。
そう。身をもって。たっぷりと――
わし一人に奥さんをくれるかね?それとも、みんなと分け合うかね?
息子夫婦に投げられたのと同じ問いを投げられたとき。
美枝さんはこたえたそうです。「特定の相手を作るつもりなんか、ありません」と。
まだあのときは、純だったんですね――あとからその話題を振ったら、美枝さんは照れていましたっけ・・・
私はとっさに、愚妻と目を合わせました。
愚妻はうなずき返してきて、私はこたえていました。
どうぞ、貴男ひとりのものになさってください。
それが夫婦別れを意味することではないと知った上での答えでしたが。
妻の血を吸ったり犯したりすることをする権利を持つのは、貴男だけです。
そう告げた・・・ということは。
永年連れ添った最愛の妻を、相手の男の自由にされてしまう。
そんな所有権に似たものを、夫として認めてしまうことにほかなりませんでした。
墓村さんは、私の応えに満足がいったようでした。
「・・・ということは、奥さんとは末永い交際を願えるということですかね?」
服従の意思を、ぞんぶんに私の口から引き出したいのだ。
そして、愚妻もそれを聞きたがっている――なぜかそう直感できた私は・・・問答を続けてしまいました。
想いのことごとくを吐き尽そうとするかのように。
「はい、ふつつか者ですが、長年連れ添った最愛の妻です。あまり多くの恥を見させたくはありません。お察しください」
「そうですね。素晴らしい奥さんですね。だんな以外の身体は、識らなかったようだ」
男は愚妻の首すじから流れ出る血をひと舐めふた舐めしながら、言いました。
「いただいた血の味で、そうとわかったですよ。こりゃあ上玉だってね。守り通した操をいただけるなんて、人妻喰い冥利に尽きるってもんですよ。ご主人としては、無念でしょうけどねえ」
言葉のひとつひとつが、胸の奥に突き刺さり、ササラのように掻きまわすのが・・・不可思議な歓びとなって、稲妻のように閃きます。
昏い閃きの一閃二閃が、私の理性をかき乱し、心の奥を塗り替えてゆくのを、どうすることもできませんでした。
「初枝、良いね?これからはこのかたに、私にしたのと同じようにお尽しなさい」
「は、はい・・・っ」
愚妻は新婚初夜の花嫁のようにカチカチになりながら、それでも墓村さんに応えていこうとしました。
強引に迫ってくる唇のまえに、自分の唇をおずおずと、開いていったのでした。
墓村さんは愚妻の頭を掴まえると、ディープ・キッスを強要しました。
私の目のまえで・・・ねっとりと・・・いやらしく・・・それはそれは、しつように・・・
くり返される口づけは、せめぎ合うように交わり合って。
いつしか愚妻も、積極的に応えはじめていったのです。
それが、初枝の支配された瞬間だと、私は直感しました。
理性もろとも生き血を吸い取られていったときでもなく、
強いられたセックスに激しく応えてしまったときでもなく、
わたしの前でのディープ・キッスには、それだけの意味があったのです。
愚妻は身体の力を抜いて、はだけたブラウスもそのままに、むき出しのおっぱいを震わせながら・・・ふたたびおおいかぶさってくる墓村さんにh、すべてをゆだねていったのでした。
だいじょうぶ。だいじょうぶ。だいじにしますよ。奥さんのこと。もちろん、あんたのこともね・・・
墓村さんは愚妻の身体をすみずみまでいつくしみながら、そんなことを口走っていました。
私を大事にする、ということは。世間体を守ってやるということなのだと。
それなりの地位を築いている私を慮っての言い草だったのでしょうけれど。
都会の大会社の重役夫人を犯す・・・という、その趣きを大切にしたいという下心も、あったに違いありません。
世間体を守りたい、という下心。
貴婦人をレディのまま辱め抜きたい、という下心。
下心には下心・・・そんなことわざは、聞いたことがありませんが。
墓村さんは、ほんとうに愚妻のことを気に入ってくれたようでした。
それからも。
紅葉を見せてやる、とか、封切られたばかりの映画を観に行こう、とか、お誘いはひっきりなしに舞い込みます。
そのたびに愚妻は、よそ行きのワンピースやスーツを淑やかに装いながら、いそいそと出かけてゆきましたし、
私もにこやかに、送り出してやりました。
映画や観劇で愚妻を愉しませた後には、決まって彼自身のお愉しみがあります。
純情な奥さんですね・・・
たまに私までつきあわされて、二人の情事を見せつけられたとき。
なぜか私のまえで肌をさらすことを羞じらう妻を、面白がって。
墓村さんはいつも以上にねっちりと、恥辱まみれにされてゆくのです。
夫である私自身も愉しんでしまっている・・・
口に出さなくとも、三人が三人とも、すでに察してしまっていることでした。
連れ込み宿で失神した愚妻をふたりして病院に担ぎ込んだことも、二度や三度ではありません。
それは失血のせいでもありましたし、刺激の強い濃厚なセックスを強いられた末のことでもあったようです。
吸血鬼に妻を犯された男性は、見返りに他の女性を襲うことが黙認されていました。
墓村さんはなん度か私にそういう誘いを投げても来ましたし、具体的な相手をさりげなく引き合わせることさえありました。
そのなかには墓村さんご自身のお嬢さんや姪御さんも含まれていましたし、
じつは息子たちの嫁さえ先方も納得づくでの話があったのですが・・・
とうとう今に至るまで、愚妻以外のご婦人と交渉を持つことはありませんでした。
そこがあんたのえらいところだね。
墓村さんはそういって、私の純情を決して小馬鹿にはなさいませんでしたが。
愚妻への情愛は一層増したらしいのが、目に見えてそれと分かりました。
それほどの奥さんをいただけるということは、人妻食い冥利につきるのだよ。
のしかかるその身の下で愚妻のことをヒーヒー言わせながら、彼は余裕綽々と片目をつぶって見せるのです。
墓村さんが愚妻を誘うのは、私が勤めに出ている真っ昼間がほとんどでした。
夜は夫婦でお過ごしなさい、という配慮でした。
配慮をされた私が、どうしてそのままでいられるでしょうか?
「夜でもどうしても初枝が欲しくなったら、遠慮せずに訪ねてきなさい」
口走ってしまった私は、しばらくのあいだ、後悔することになります。
―――彼の訪問は、毎晩のように続きましたから。
そんな相性のよい二人(墓村さんと愚妻ですよ)ですが、ひとつだけ破られた約束があります。
彼一人のものにしてほしいと願った愚妻の操が、他の男たちにも分け与えられたことです。
半年ほどの間は、愚妻は彼一人のものでした。
それは、この街では異例な長さなのだと――教えてくれたのは、嫁でした。
やがて墓村さんは、昼間の法事に愚妻を連れ歩くようになり、愚妻はそこで初めての――乱交を体験したのです。
ふた晩、愚妻は家に戻ってきませんでした。
事情のすべてを私に告げた墓村さんは、奥さんの機嫌を取り結びたいのでという言い草で、二泊三日、愚妻をひたすら食い物にしたのです。
帰宅した愚妻は、サバサバとしていました。
「ごめんなさい。わたし、娼婦になってしまいました」
離婚してくださる・・・?とまで、彼女は言いました。
もちろん言うまでもなく、初枝はいまでもちゃんと私の苗字を名乗っています。
いろんな男性を経験して。
墓村さん抜きで逢う男性も、なん人か作りながらも。
それでも愚妻のなかで唯一”愛人”といえるのは、やはり彼一人のようでした。
初めて愚妻が他の男のものになった夜。
私は妻を犯した男性に、「貴男ひとりのものにしてください」と願いました。
やっぱりあなたの仰る通りになったわね。
愚妻は私の傍らで、ひっそりと笑います。
そういうきみも、自分で言った通りの女でいられたね。
私は心のなかで、応じています。
――一生、あなたの妻として添い遂げます。
遠い昔初夜の床で私に誓った言葉を、最愛の妻である初枝は、いまでもきっと憶えているはずですから・・・
あとがき
2月になってから本作まで、一連の続き物になっています。
それぞれが独立したお話なので、単独でも愉しめるように描いたつもりですが。(^^ゞ
吸血鬼の棲む街に、長男が妻を伴って赴任して、夫婦ながらやられてしまう。
兄嫁を兄貴公認でモノにしている弟くんが、婚約者を連れて来て、処女を喰われてしまう。
息子ふたりが示し合わせて母親の血を吸わせようとして、父親の理解のもと欲望成就。
妻の日常的な不倫を許容しながらもフクザツナ長男を、うちも一緒だとたしなめる上司。
永年連れ添った妻に向けられた老吸血鬼の慕情を理解して、乱交に応じるようになった妻を許しつづける夫。
要約すると、こんな展開でしょうか。
若い二組の夫婦について。
兄嫁を公認でモノにしている・・という設定は、第二話のさいごのくだりを描いている時に思いつきました。
弟の婚約者は結婚後犯される設定にしようかと思っていたのですが、
そんなえぐいところのある弟ですんで、話の流れで処女を奪うのは吸血鬼氏にしてしまいました。
いや、愛妻を弟にプレゼントしたお人好しお兄さんが二番目の男で・・・
弟くん、花嫁にとっては三番め以降の男になり果ててしまいました。^^;
この二組の夫婦は息が合うようでして、母親のための法事のさいにも相手を取り換えっこして乱れ合ってしまっております。
初老のご夫婦について。
息子たちが示し合わせて、奥さんを襲われてしまうのですが。
「裏切られた感」はほとんど、ありませんね。
50になる前に吸わせてやろうよ、とたくらむ息子たちのくわだてを。
40代にぎりぎり間に合ってよかったと感じるお父さん。
この親にして・・・という感じもなきにしもあらずですが。
永年連れ添った奥さんを奪われるご主人への老吸血鬼の気遣い。
奥さんに寄せる慕情に対して一定の理解を与え夫人との交際を認める夫。
三者三様の気遣いかたは、やはり年配者のそれなのかと。^^
まあ、例によってそんなイカレたことを考えながら、愉しく描かせてもらいました。
(^^)
味見。
2015年02月06日(Fri) 06:02:56
あなた~あ!
弾けるように明るい声が、わたしを呼んだ。
ふり返ると小高くなっている丘のうえから、妻が大きく手を振っていた。
あ、ちょっと・・・
わたしは同行していた上司を置いて、妻のほうへと小走りをしかけて、
妻の間近まで来ると、立ち止まってしまった。
彼女の背後には、見知った顔の四十男。
男は言った。
「すいませんね、奥さん借りてます」
丘のてっぺんから見おろせる向こう側には、男のものらしき車。
「ドライブしてたら奥さんがご主人のこと見つけましてね。どうしてもっていうもんだから」
ああ、そういうことですね・・・
ちょっと気勢をそがれてたじろぐと、それを見透かしたように妻が言う。
「ばっかねえ、まだ気にしてんのお?」
思いきりどやされた肩をすくめると、三人は三人ながら、声をたてて笑いこけていた。
こうもあからさまにやられてしまうと、暗い嫉妬などする余地もなかった。
セックスだけが夫婦のすべてだったら、とっくにあなたとなんか別れてるわ。
そんなふうに言われたのは、ついこの間だっただろうか。
この街に棲む吸血鬼たちはだいたいが好色で、人妻の血を吸った後は必ず一戦交えてゆく。
それをいちいちこだわっていては、この街では暮らせない。
そうと知りながら、行き詰った都会の生活に見切りをつけて、この街への赴任を願ったのではなかったか。
(じつをいうと、妻を抱かれてしまう・・・とまでわかったのは、赴任してからのことなのだが)
「今夜はお愉しみの法事ですよね?私も行きますから」
男はからりと笑うと、妻を促して車に乗り込んでいった。
さりげなく肩を抱かれたりお尻を触られたりしながら、ほかの男の車に乗り込んでゆく妻――
こんな情景を、新婚のころに果たして想像していただろうか?
その妻のお尻は、この街に来るまでは目にしたこともないほど丈の短いミニ・スカートを着けている。
きっと、きょうの男の趣味なのだろう。
「夜の法事は、ちゃんと行くわね。たっぷり血をあげないといけないから、この人とはセックスだけ♪」
あっけらかんとそう言い残して、妻は車上の人となる。
なんだかなあ。ちょっぴりだけど、やりきれない・・・
二人の車を見送って丘を降りると、父と同年輩の上司は律儀にわたしのことを待っていてくれた。
「奥さんかい?なかなかがんばるねえ」
いえ、いえ、お恥ずかしい限りで・・・
わたしがそう言おうとすると機先を制するようにして、
「いや、ご立派なもんですよ。都会からきてこの街の風習になじむのは、並大抵じゃないからねえ」
・・・といいながら、私も都会もんだけどな。
乾いた声で笑うこの上司も、なにかをサバサバと割り切ってるみたいだった。
この近くに私の家があるんだがね。ちょっと寄っていかないかい?取りに行きたいものがあるんだ。
上司に言われるままに、わたし達はちょっとだけ、寄り道をする。
勤務時間中なのに・・・とはいえ、夫の勤務時間中に情事に耽る妻だっている。
ただいまあ・・・
上司の声は、だれもいない玄関口にうつろに響いた。
いないのかな・・・上司は独り言をつぶやいて、それでもわたしのことを家にあげてくれた。
「あー、やっぱり真っ最中なんですね」
上司は頭に手をやり、情けなさそうにこちらを振り向いて。
洒脱な笑いで、すべてを誤魔化した。
いちばん奥が、夫婦の寝室になっているらしい。
その一隅からは、悩ましい声色――
わが弓岡家とおなじ光景が、この家でもくり広げられていた。
女房のやつ、あのトシで意外にモテるんだよ・・・というか、年寄りの吸血鬼さんからすると、うちの女房あたりでじゅうぶん若いと言ってくれるんだよね。
上司はそんなことをこともなげに口にしながら、手ずからお茶を淹れてくれた。
長い時間外歩きをしてきただけに、お茶の潤いが喉に沁みた。
こういうときのお茶は、渋いねえ・・・さすがに上司殿も、苦笑を隠しきれない。
キミだけじゃないんだよ。
そういいたくて、この人はわざわざ家にあげてくれたのか。
やがて、奥から足音が聞こえてきた。
「まあ、まあ・・・いらっしゃい。」
奥さんが戸惑ったような声をあげる。
「あなたもまあ、部下のかたをお連れになるんだったら、前もって言って下さればよろしいのに。」
器用にも、こちらに申し訳なさそうな目色を使いながら、同時に夫に対して口を尖らせていた。
もっとも、自分の身なりにまでは、手が回らなかったらしい。
寝乱れた黒髪やはだけたブラウス、太い裂け目の浮いた黒のストッキング――上司夫人のそうしたものから目を逸らすのは、オトナの配慮というものだろう。
遅れて出てきたのは、墓村さんだった。
墓村さんは還暦過ぎになる村の長老の一人だった。
白髪の後退した禿げ頭が、好色そうに赤らんで、てかてかと光っている。
人妻喰いで名が通っていて、うちの社員の奥さんも何人となく、布団に引きずり込まれているといううわさだった。
うわさがほんとうであることを、今日見てしまったけれど。
この人が・・・今夜、実家から呼び寄せた母を犯すことになっていた。
居合わせたわたしに気を使うように、
準備運動を、ちょっとね。
墓村さんの照れ笑いは、罪がなくって、憎めない。
弟と二人、母の相手に選んだのは、そんな人柄からもあったけれど。
母の写真をひと目見て、「不覚にもこの齢で、ひと目惚れした・・・」と言ってきたのは、ほかならぬ墓村さんでもあったのだ。
まあ、両想いということにしておこう。
それと、忘れちゃいませんか?
準備運動は弟の彼女やうちの妻ともやりましたよね?
姑さんを堕とすまえに、嫁ふたりをモノにするんじゃ・・・とかなんとか言いながら。
墓村さんと妻とのセックスに対してこうもあっさりできるのは、年齢差だろうか。
さっきの車の持ち主は、わたしより年上だったけど、まだ十歳ほどしか離れてないようにみえる。
そうそう、夕べね。
墓村さんは、上司夫婦の前でも構わず、にんまりとした。
お母さんのこと、味見しちゃったよ。
えっ。
予想できたことだった。夕べから、両親は街はずれのお寺に泊まっている。
でもね、セックスはしていないから。血を吸っただけ。
そういう問題じゃなくて・・・
私が言いかけると。
お母さんの血は、美味しいね。いや、きみからもらった血でなんとなく、予想してたけど。
そういうことだけじゃなくって、あれはご主人しか知らなくて身ぎれいに暮らしていた証拠だ。
嫁入り前の生娘のような、楚々とした味わいだった。
墓村さんは、母の生き血の味を褒めちぎってやまない。
上司さん夫婦も「よかったじゃないか」と言って下さるし・・・こういうときにどういう顔つきをしていれば良いのか、まだわきまえがついていない。
そういうわけで。お父さんもわかってくれたから。
今夜の法事は、なにも気遣いしないで愉しむように。
ああ、それが言いたかったんですね・・・
上司宅を辞去しぎわ、奥さんはラベンダー色のスカートを脱いでしまって、
ご主人に、まだヌラヌラしている粘液を見せつけながら「クリーニングに出すわね」なんて言っているし。
あいまいに頷くご主人を尻目に、墓村さんは破けたパンスト一枚になった奥さんのことを引き倒しにかかるし。
いつか都会から来たばかりのご夫婦に、我が家もこんな風景を見せつけることがあるのだろうか?
ちょっぴり複雑な気分になって、外に出る。
外はまだ、眩しいばかりの晴天・・・
妻はいまごろどこで、「主人のヤツよりおっきいわあ」なんて、のたまわっているのだろう?
特定の彼氏を迎え入れる場合。 ~初夜~
2015年02月06日(Fri) 05:23:48
ええ、うちの場合は・・・愚妻には特定の男性がいるんです。
なにしろ、かなりの年になってからこの世界に来ましたからね。
おおぜいの男性をお迎えするには、愚妻にも負担が大きかろうと思ったのですよ。
息子たち夫婦は、夜ごと好き好きにそつなく相手を取り替えているようですし、
互いに夫婦交換までしているようですから・・・若い人というのは羨ましいですね。
そうです。
私ども夫婦がこの世界に入ったのは、息子たちの紹介が理由なんです。
ふたりとも大した孝行息子で・・・私はともかくとして、自分たちの母親のことを真っ先に考えたそうです。
「母さんのこと、一日でも若いうちに襲わせてあげたいね。せめて五十になる前に」と。
初めて夫婦ながら血を吸われたとき、私は53歳、愚妻は49歳・・・ぎりぎりで間に合ったというわけです。
いまでは私も愚妻も、こちら側の人間ですから・・・
息子たちの配慮には、いまではとても感謝しているんですけどね。
ええ、初めての夜は、街はずれにあるお寺に一泊した時のことでした。
この土地に縁故のない私たちを、どうやって引き込むか・・・息子たち夫婦も、いろいろ考えてくれたようです。
けっきょく、上の息子がお世話になっている土地の長者様の法事だとかで、招ばれて行きました。
こちらには温泉もあるし・・・と誘われましてね。
いや、とんだ温泉旅行でした。
法事のまえの晩は、法事に出るものは全員、お寺に寝泊まりするとかで・・・
私ども夫婦にも、落ち着いた和室がひと部屋あてがわれました。
村のかたがたは、それは暖かく迎え入れてくださいまして・・・
「やって来た奥さんがおきれいだったからねえ」とは、あとで聞かされたものですが。(苦笑)
軽く一杯いただいて、長旅の疲れからかすぐに寝入ってしまいました。
もしかすると、酒の中になにか入っていたのかもしれませんね。
気がついたときにはもう、咬まれちゃっていました。私の場合。
首のつけ根に鈍痛が走って・・・とっさに身じろぎしようとしたけれど、動けない。
布団のうえにだれかがのしかかってきて、抑えつけているんですね。
そのままゴクゴク、クチャクチャと・・・露骨な音をたてながら、血を吸い取られてしまいました。
ぐったり、茫然となっている私の傍らで、そいつはこんどは愚妻にのしかかっていって・・・
ええ、とっさのことで。寝入っている愚妻には、なにも知らせてやることができなかったのです。
愚妻が必死に抵抗しているのが、ありありとわかるのに。
手足には力がまったく入らず、私はただ薄ぼんやりとなって、大の字になっているばかりでした。
そのうちに、力尽きた愚妻もまた、首すじを咬まれてしまいました。
こんどは愚妻のうなじから、ちゅう~っという音が・・・あえなくふたりとも、血を吸われてしまったというわけです。
相手は私より、ひとまわりほど年配の男でした。
迎え酒の一座の隅っこにいたのをなんとなく憶えていました。
そういえば私も愚妻も、一度ずつその方にお酒を注いでもらいましたっけ。
その時点でもう、向こうはすっかりその気だったのですな。
愚妻の写真を見てひと目惚れした・・・そのあと本人の顔を見て、早く逢瀬が遂げたくなった。
そんなことだったようです。
ほんとうは、つぎの日の法事のさいちゅうが”本番”だったようなのですが。
待ち切れなかったんでしょうね。
その場で相手がわかったのは・・・
ふたりの血を吸い取ったあと、彼が部屋の灯りを点けたからです。
古びた黄色い裸電球だったのですが・・・失血のせいか、ひどく眩しく感じました。
愚妻も同じだったようです。
「あなた・・・」
蒼ざめてこちらを覗き込む愚妻のネグリジェの肩先は、飛び散った血のりに濡れていました。
彼女もまた、血を吸い取られた身体を重たげに寝そべらせていて、布団の上からしっかりと起き上がれずにいたのです。
男は「いきなりの訪問、申し訳ない」と、私たちに謝りました。
落ち着いた声色でした。
それから、順を追ってかいつまんで、今までの経緯を話してくれたのです。
この街の住民は、吸血鬼と共存していること。
血を吸われることはあっても、生命に危険は及ばないこと。
上の息子はなにもかも承知のうえで、勤め先の創立者の出身地であるこの街に赴任してきたこと。
赴任してすぐに今夜の私たちのように、夫婦ながら咬まれてしまい・・・
それから吸血鬼たちとのおぞましい交際を受け入れていったこと。
その後下の息子も婚約者もろとも巻き込まれて、血を吸われるようになったこと。
相手選びはある程度自由であること。
つまり、最初に吸われた男にだけ吸血を許すか、特定の相手を作らずに血を提供するかを択べること。
息子たちは自分の妻に特定の相手を持たせずに、入れ代わり立ち代わり、大勢の男たちに妻の血を吸わせていること。
などなど・・・
どれもが驚くべき内容でした。
けれども、すでに血を吸われてしまった私たちもまた、その毒液を知らず知らず、わが身にしみ込まされてしまっていたのです。
「御懇意になれたしるしに・・・今少し奥方の血を頂きたい。よそ行きの服に着替えてくださらんか」
男の言うなりに、愚妻は早くも、身づくろいするために腰を浮かして。
私のほうも、部屋の隅にあった衝立で、自ら視界を遮っていって。
男もまた、ご婦人のお召替えの場にいるのは失敬といって、いったん部屋を出たのでした。
逃げるチャンスだと、思う・・・?
声をひそめる愚妻の顔は、半分影になって表情が良く見えません。
本気で逃げようとしたのか。私の気持ちを試そうとしたのか。たぶん後者であったのでしょう。
街ぐるみでの吸血の儀式から、のがれるすべなどない――そんな計算をするよりもさきに。
「着替えのためにわざわざ出ていかれたんだ。信用を裏切るのも、どんなものかな」
自分でも意外なことを、私は口走っていました。
「そうよね。ちょっとびっくりしたけど・・・子供たちも納得しているようですから、きちんとお相手しましょうね」
いつも控えめな愚妻にしてはひどく思い切りよく、自分自身に言い聞かせるようにそういうと、
そそくさと衝立の陰へと入っていったのでした。
どうぞ。
衝立のなかから、愚妻の声がしました。
声に応えるように、いったん閉ざされた障子がからり・・・と披かれ、男が再び入ってきました。
お邪魔しますよ。
いらっしゃい。
私も頭を下げて、男を迎え入れます。
敵意はない。拒んでもいない。そういう意思を伝える必要を感じたので。
生命の危険はない・・・と言ってくれても、げんにかなりの量の血を吸っています。
兇暴化しそうな様子はなかったのですが、いちおうの用心をしたわけです。
愚妻は昨日着ていた薄茶のスーツを着込んでいました。
髪をきちんと整え、薄く化粧を刷いて・・・
行儀よく畳の上に折りたたんだ脛は、真新しい肌色のストッキングに包んでいました。
――なぜだかわからないけど、きちんとしなくちゃって思ったの。
のちに愚妻は私にそう言いましたが、身ぎれいにした愚妻の様子は男をひどく満足させたようでした。
ではご主人、御免を蒙って…
男は禿げかかった白髪頭を丁寧にさげると、正座して目を瞑る愚妻の背後にまわり―――
髪をあげてあらわになった首すじを、かりり・・・と咬んだのでした。
うっとりするような、献血の風景でした。
男がひと口ひと口、嚥(の)み込むたびに、愚妻は微かに肩を震わせて。
わざと私のほうから逸らした視線を、あらぬかたに向けながら。
声もたてず、失血に萎えかかった身体を懸命に支えつづけていました。
相手の男は、強奪するような荒々しさも、侮辱的なしぐさも微塵も見せないで。
吸い取った愚妻の血を、豊潤なワインでも味わうように、舌で転がし、ゆったりと賞玩してゆくのです。
力なくしなだれかかる愚妻の華奢な上背を、男はなんなく支えながら、
うなじに這わせた唇で、愚妻の素肌をじわじわと冒してゆくのです。
口の端から覗く、2本の牙は。
柔らかなうなじに、深々と咬み入れられていて。
そこだけは酷く貪婪に映るのですが。
白のブラウスに沁みとおる真紅のほとびも、密やかな吐息に似た、愚妻の息遣いも。
鮮やかに朱を刷いた唇がいつしか半開きになって覗かせた、前歯の白い歯並びも。
冷酷に刺し込まれた牙を支点に愚妻がその身を揺らがせて、
かすかな呻き・・・迷った目線。
なにもかもが、愚妻が愉しみ始めていることを、告げているようでした。
なによりも。不覚にも・・・
私自身が、愚妻の受難の光景を、悦びはじめてしまっていたのです。
ひとしきり血を吸い取られてしまうと・・・愚妻は力なくくたりと、くずおれてしまって。
男は愚妻の身体を長々と、布団の取り片づけられた畳のうえに寝そべらせて。
切ない呼吸を楽にしてやろうとしてか、ブラウスの釦をふたつ三つ外して、衣服を弛めていきました。
さりげなく・・・でしたが。
ブラウス越しに乳房の縁をなぞるのを、私は目にしてしまいましたが。
咎めだてひとつせずに、見過ごしにしてしまいました。
彼はきっと、気づいていたと思います。
もういちど。
さきほどよりはあからさまに、愚妻の胸もとをまさぐると。
こんどは愚妻の足許を狙っていったのです。
薄茶のスカートのすそから覗くふくらはぎも、無事では済みませんでした。
赤黒い唇がヒルのように膨れあがって。唾液をヌラヌラと、光らせていて。
欲情を滾らせたその分厚い唇が、肌色のストッキングのうえから愚妻の脚に吸いつけられます。
くちゃ、くちゃ、くちゃ・・・
あからさまな舌なめずりの音を、私は夫として堪えなければなりませんでした。
それはかなり長いこと続けられ、家内の足許を彩る薄手のナイロン生地の舌触りを、男が愉しんでいることに、気づかずにはいられませんでした。
愚妻の穿いているストッキングをくまなく汚してしまうと。
ひときわつよく吸いつけられた唇の下。
淡い色合いのストッキングは、ブチブチと音を立てて咬み破られて・・・
男は再び、愚妻の生き血に酔い痴れていったのです。
部屋を出ぎわに、男は妙なことを言いました。
今夜、わしがこれ以上のことをしなかったのを、あんたは憶えているべきですよ。
男の残した言葉の意味を知るのに、さして時間はかかりませんでした。
私はオロオロと布団を敷き伸べて、そのうえに愚妻をスーツのまま寝かせると、
私自身もまた、失血のけだるさから解放されないままに、その場にぺたりと尻もちをついてしまいました。
こうして長い長い初めての夜は、明け方に向かったのでした。
妻交換。
2015年02月02日(Mon) 08:11:00
肥沼さん、洋子さんにご執心らしいね。
訪ねてきた弟に。わたしにしては露骨な話題をふったとき。
弟はさして嫌そうな顔もせずに、そうみたいだね、って応じてきた。
ひと目ぼれで、ぞっこんだって言われちゃったよ。兄さん、どうしたらいいだろう?
母親譲りの利発そうな目の輝きが、誘いをかけるようにわたしに注がれた。
どうしたら・・・って、この街に来ちゃった以上、しょうがないんじゃないかな?
毒を食らわば皿まで。
吸血鬼の棲むこの街に赴任してきて、妻を襲われて。
妻は従順に吸血に応じ、わたしの姓を名乗りながら悪びれもせず、相手の男とのセックスに耽るようになっている。
彼女の相手の男性でま人間なのは、わたしと――弟だけだった。
洋子のまだ処女なんだ。洋子のもってる処女の生き血、肥沼ちゃんに吸わせちゃおうかな♪
弟は鼻唄交じりに、未来の花嫁の運命に重大な影響をもたらすようなことを口にした。
一週間後。
洋子は弟に連れられて、ピンクのスーツ姿でわたしの家を訪れた。
兄さんの家を借りるよ。義姉さんがうまくやってくれるってさ。
妻が肥沼に逢っているところを洋子に見せて、立ちすくむ洋子はその場で抱きすくめられて首を咬まれ、純白のブラウスを真っ赤に染める――色彩感豊かな想像が現実のものになるのに、たった一時間とかからなかった。
す・・・すんげぇ・・・
弟は腰を抜かしたように惚けてしまって。
首すじにつけられた傷を撫でながら、ひと言呟いた。
兄さんが夢中になった理由が、よくわかったよ。
洋子は肥沼の太い猿臂のなか、きゃあきゃあとはしゃぎながら首すじを咬まれ、念入りに化粧を刷いた頬を、己の血のりでべったりと浸していった。
弟は、ただ、ただ、もう夢中・・・
洋子がねずみ色のストッキングを穿いたふくらはぎを咬まれても。
ストッキングに走る裂け目が、ひざ小僧をまる見えにさせるほど咬み剥がれても。
ピンクのタイトスカートをたくし上げられて、足首から引き抜かれたショーツを部屋の隅に投げ捨てられても。
しまいに調子に乗った肥沼が、褐色に陽灼けした逞しい腰を、洋子の股ぐらの間に沈み込ませて、くり返しくり返し上下動でゆさぶっても。
そのたびに洋子が歓声をあげながら、豊かな黒髪をユサユサとさせても。
弟も、ただ、ただ、もう夢中・・・
わたしさえ、昂ぶりに頬を火照らせて、目も当てられないようす。
わたし代わるわね。
賢明な妻は真っ赤なスカートの腰つきを、弟のすぐ傍らにおろしていって。
弟にぞんぶんに唇を吸わせると、虚ろな声色で呟いた。
これで弓岡家の嫁はふたりとも、肥沼さんに汚されちゃう訳ねぇ・・・
妻の口ぶりにゾクッと来たらしい弟は、わたしが見ているのも返り見ず、妻のことを押し倒した。
わたしはよたよたと、隣室へと這いずり込んでゆく。
肥沼は、待っていた、という顔をして。わたしに手招きをして。
精液まみれの柔らかな股間に、逆立ったわたしのペ〇スを誘導していった。
兄さんの気持ち、よくわかる・・・
弟は妻の胸のはざまに顔を埋めながら、何度も何度も激しく射精をくり返していったという。
特定の彼氏を持たない場合。
2015年02月02日(Mon) 07:53:07
この街に赴任するときには、夫人同伴が鉄則だった。
社の創立者の出身地であるこの街は、吸血鬼の巣食う街――
そうと知りながら会社のオーナーは、適格者と認めた社員をこの街の事務所に赴任させて。
赴任させられたものはすぐに、己の妻や娘や母親を。
渇いた者たちに提供する歓びを、植えつけられてゆく。
特定の人を作るつもりなんか、ありません。
妻が初めて生き血を吸われた夜。
引き裂かれたブラウスを抱えて、あらわになった胸を隠しながら。
自分の血を吸った吸血鬼に、妻ははっきりとそういった。
長い睫と大きく見開いた瞳とが、まるでいつもとは別人のように輝いていた。
しんけんな訴えと受け取ったのだろう。
男は素直にうなずき、もういちどだけ妻の首すじを吸って、
力の抜けた肢体がわたしの傍らに、くたりとくずおれるのを見届けると、
俯きがちに黙りこくって、去っていった。
それからは。
毎晩違うものが、妻を訪ねてきた。
あらかじめ予告があるらしく、そういうときには妻は、よそ行きの服で着飾って相手を迎えた。
処女の生き血は貴重視されていたから、それ以上の災厄はたいがい免れるというのだが。
相手の女が、セックスを経験した身体であれば。
ことのついでにと、必ずと言っていいほど犯してゆくという。
わたしが在宅していてもいなくても、結果は同じことだった。
折悪しく家に居合わせたときには、さきにわたしが手本を仰せつかる。
咬まれた首すじに浮いた疼きに、薄ぼんやりとなった理性を浸しながら。
生き血を吸い取られたあとの妻が、服を剥ぎ取られてゆき、第二の恥辱にまみれてゆくのを
ふすま越しに浅ましく昂ぶりながら、かいま見るのがつねだった。
法事の手伝いと称して、呼び出されることもしばしばだった。
黒一色の喪服に身を包んだ妻は、後ろで結わえた長い黒髪をゆらゆらさせながら、
ひっそりと出かけてゆく。
いちどになん人の男の相手をさせられるのか。
同僚たちには、行かない方がいい、と、とめられたが。
あるとき好奇心をこらえきれず、お寺の裏庭からいちぶしじゅうを見届けてしまっていた。
朝から夕方までで、六人―――
頭数よりも。一人あたりのセックスの密度が、半端じゃなかった。
わたしは家に帰ると何食わぬ顔で妻を出迎えて――息荒く激しく、押し倒していた。
やっぱり相性というものが、あるんでしょうな。
きょうの来客は、さいしょの夜の吸血鬼。
わたしよりひと回り年上の彼は、気がついてみたら、妻としばしば逢う仲になっていた。
あるていど刻が経つとね。
女の側にも、選ぶ権利ができるんですよ。
そうするとね。やっぱり「して」いて、居心地の良い相手を択ぶものなんですな。
どこがどうってわけじゃないんですけど・・・って、奥さん言っていたっけ。
でも法事の時にはたいがい、気がついたら二人きりになっていたし。
お宅に伺う男の数も、前よりか減ったでしょ?
いまだとわし以外だと、お隣のご主人と、長老のはげ親父どのと、あとはダンナさんの弟さんかな?
ぎくり、としたのは。身内の人間の名前を、彼がこともなげに口にしたから。
妻と弟の関係は、夫のわたしも認める仲だった。
奥さんの彼氏は、複数いたほうがいいですよ。
何かと心強いもんですからね。
それと、いい話をひとつだけ。
こんどね、弟さん婚約者のひとを紹介してくれるって言っているんですよ。
ダンナさんもいっしょに、どうですか・・・?
背すじにぞくりと、ふたたび悪寒を走らせたわたしは・・・それでもわれ知らず、頷いてしまっていた。