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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

夕餉。

2015年06月27日(Sat) 10:14:39

三日にいちど。
彼はそんなふうに、決めているらしかった。

戸締りの不要なくらい平和な日常の漂うこの街で。
夕暮れ間近の刻限になると、施錠してない玄関の引き戸が、ガラリと音を立てる。

すまないね。馳走になるぞ。
男の声はしわがれて、くぐもっている。
我が家を訪れるときには、老いさらばえた銀髪で。
けだるく目を瞑った妻と娘を背に立ち去っていくときには、憎らしいほど若さをみなぎらせていて。
いったいこの男がいくつなのかは、生身の人間であるわたしには、わかりようもなかった。

はい、はい・・・
妻がスリッパの音を響かせて玄関に出迎えに行く。
わたしのもとには、淹れたての一杯の紅茶。
どうぞ、娘は二階の部屋です。
廊下から響いてくる妻の声は、渇いた吸血鬼に娘の居所を教えていた。

真っ赤なチェック柄のプリーツスカートを穿いた娘は。
空色のブラウスの襟元をくつろげて。
勉強机のすぐ傍らに、おとなしく仰向けになった。
どうぞ・・・とだけ呟いて、そのまま目を瞑る。
まつ毛をかすかに、震わせながら――
男は牙をむき出しにして、娘のうなじにかぶりついた。
アッ・・・とひと声、ちいさな叫びをあげただけで。
娘は黙りこくったまま、キュッと口許を引き締める。

ごく・・・ごく・・・ごく・・・
血を飲み耽る露骨な音に、けだるげに眉をひそめながら、
心細げに立て膝になった脚が、交互にすり足をくり返す。
たっぷりとしたふくらはぎを包む真っ白なハイソックスが、父親の目にも眩しく映る。

ひとしきり娘の血を吸い取ると。
男は顔をあげ、周囲を窺うと。
ぐったりとなった娘の身体をうつ伏せにひっくり返して。
白のハイソックスのふくらはぎに、そのまま唇を吸いつけてゆく。
ひときわ力を籠められた口許に、かすかなバラ色のほとびが散った。

周囲を窺っていたやつの目と、目が合ったとき。
不覚にも、かすかにうなずいていた。
首すじににつけられた疼きが、わたしにそう仕向けたのだ。
わたしは居所を失くしたように、階下に下りてゆく。

リビングで出迎えた妻は、ちょっとだけ緊張をした面持ちで。
――わたくしも、お相手しますね・・・
とだけ、囁いた。
いつの間にか着替えた、よそ行きのワンピース姿。
わたしは、「たばこを買いに言ってくる」としか、言うことができなかった。

娘の血を飲み耽る吸血鬼をまえに、妻は勉強部屋の敷居のまえで三つ指ついて。
ここからはわたくしが・・・とでも、言っているのだろう。
ふたりは階下に、降りて来て。
庭に面したお茶の間で、第二の饗応が始まる。
抱きすくめられた妻は、吸い上げられた自分の血で、情事の相手がゴクゴクと喉を鳴らすのに身震いしながら。
引き抜かれた牙から滴る血潮で、真新しいワンピースをむざむざと汚されてしまう。
白のハイソックスを汚した唇は、肌色のストッキングも欲していた。
ぬめりつけられるなまの唇を、苦々しげに受け容れながら。
娘にはまだ訪れないもうひとつの欲求に、身を固くしていた。

五回・・・六回・・・七回・・・八回・・・
若かったころ。
何よりも代えがたかった忘我の刹那を、べつの男に与える妻に。
わたしは窓ガラス越し、息を押し殺して――恥ずべき昂ぶりに身をゆだねていた。

別れぎわ。
男は妻に、囁いていた。
ご主人が風邪を引くといけないからね。
妻も素直に、頷いていた――


あとがき
2~3日前にふと浮かんだお話ですが。
ちょいと彫りが浅かったような・・・ 苦笑

躊躇(ためら)う吸血鬼

2015年06月27日(Sat) 09:41:10

第一幕 第一場

勤務先のデスクに腰かけたわたしを、背後から襲いながら、男は聞き取れないほどかすかな声で囁いた。
言葉の響きの妖しさが、鼓膜を衝いた。

さっき、あんたの奥さんを襲ってきた。
奥さんの血は、美味かった。

・・・死なせたのか?
いちばん怖れていた問いを、男は即座に否定した。
・・・犯したのか?
つぎに怖れていた問いに、男はわずかに口ごもった。
・・・肯定するのか?
半ばすべてをあきらめかけたとき、男が口ごもったのがべつの理由だと知れた。
襲った相手がセックス経験のある婦人の場合。
ほぼ例外なく、それも躊躇なく犯すと知っていたのは。
それだけわたしが、彼らと近い立場に身を置きつつあったから。
彼はちょっとだけ口ごもると、こたえてくれた。

犯さなかった。犯せなかった。
両手を合わせて、「それだけは堪忍」って言われた。
ふつうならそれくらいのことで引き下がるようなオレじゃない。
○んちんだって、じゅうぶん勃っていた。あんたの奥さん、いい女だしな。
なのにどういうわけか、見逃してしまった。
まったく、オレらしくもない・・・

男は己が躊躇したことを、心から恥じているようだった。
絶好のエモノを見逃すなど、彼らの中ではあってはならないことなのだろう。
彼を苛んでいる激しい自己嫌悪が、わたしの肩を掴んだがっちりとした掌から、ありありと伝わってくる。
――この掌が、妻のことを抑えつけたというのか。
――この掌からの支配を、妻はかろうじて免れたというのか。
わたしは安堵を覚えながらも、男の様子が気になった。
そのぶんよけいに、吸いなさいよ。それで、あんたの憂さ晴らしになるのなら。
ふたたび差し伸べた首すじに、男は「すまないね」と言いながら、もう一度喰いついた。
濃い眩暈が視界をよぎり、咬まれた痛みを忘れるほどに陶然とした心持ちに堕ちてゆく・・・

「咬んで血を吸わせてもらうんだからな。ちっとは相手に、いい思いさせてやんなくちゃな」
男の口癖だった。
襲った相手を決して殺めようとしないのが、彼らの暗黙のルールらしい。
そのルールゆえに、この街の人間たちは彼らの存在を許し、すすんで献血に応じたり、家族の血を吸わせたりさえしているのだった。

――明日は会社、休んでいいからね。
物分かりの良い上司は、そういってくれていた。
着任してから五年になる彼は、歓迎会の席上夫婦ながら初めて襲われている。
永年連れ添った家内を目のまえでひーひー言わされちゃ、たいがいのことは乗り越えちゃうよね。
初めて咬まれた痕をじんじんさせながら聞かされた打ち明け話は、やけにリアルだった。
ノーブルな顔立ちと優雅なしぐさで知られた夫人からは、想像もつかない有様だったけれど。
おなじことがいま、わたしと妻にも、ふりかかろうとしていた。

目をあければ、着任して一か月、ようやく目になじみ始めた勤め先の風景がいつものようにひろがっている。
なんのへんてつもない風景のなか、息づいている人影はわたしたちだけだった。


帰宅すると、妻は放心したように脚をおっ拡げたまま、壁にもたれて尻もちを突いていた。
やつが出ていったときから、身じろぎひとつしていないようだった。
髪はほつれ、頬は蒼ざめ、半ば唇を開いてぼう然とした様子に、さすがに言葉を喪った。
まるでレイプの後のような生々しさが、部屋じゅうに渦巻いていた。
夫の帰宅をうつろなまなざしで迎えた妻は、おずおずとした低い声で、「おかえりなさい」とだけ、言った。
ワンピースのあちこちには血が撥ねていて、ところどころ破れていた。
妻がまだストッキングを穿いているのをみて、わたしは男の告白が真実だと察した。
脱がされたストッキングを穿きなおす気力を、そのときの妻が持ち合わせているようには見えなかったから。
もっとも・・・しつようにいたぶられたらしい足許には、露骨な裂け目が滲んでいて。
血液とも唾液とも・・・あるいはもっとまがまがしい体液とも見分けのつかない半透明の粘液を、あちこちに粘りつけられてたけれど。
そんなことを気にしているゆとりなど、わたしにはなかった。
わたしは妻に肩を貸して起き上がらせ、そのままよたよたとリビングに連れて行ってソファに腰かけさせた。
やつの食事の場がダイニングだったのは、たんなる偶然だったのだろうか。

小柄な身体を荒い息であえがせながら、彼女はほっとしたようにソファに身を沈めた。
なんにもありませんでしたから、と、彼女はやっとの思いでわたしに告げた。
よくがんばったね、と、わたしは言った。
信じてくれるの?――力のないまなざしが、しんけんな色をたたえた。
直接聞かされたから。淡々と応えるわたしに、彼女は目を瞑った。
彼女はわたしの首すじを見、あっとちいさく叫んで、そのまま口を閉ざした。
いままで見えなかったものが見えた――夫婦ながらおなじ境遇にあることを、彼女は初めて知った。

いつからなの?
こっちに来てすぐさ。
お相手はどんなかた?
取引先の工場主さ。そいつがきみまで欲しがった。
あなたが仕向けたの・・・?
いや、それはない。
でも、男が家に入れたのは、妻のいないときにわたしが彼を家にあげたからだった――いつでも家に入れるように。だからわたしも、しょせんは共犯。
妻もすぐに、それを察したらしかった。
べつべつのひとに咬まれるよりは、よかったかも。
彼女の言葉の選択は、このさいもっとも適切だった・・・と、いまでも思う。
わたしはただ、そうだね、とだけ、応えていた。
ややこしいことは、お互い苦手な質だった。
ややこしいことが苦手なわたしは、やはりややこしいことが苦手な妻に、言った。

きみさえよければ、時々やつと逢って、血を吸わせてあげてくれ。
ぼくに言いにくかったら、なにも言わないでいいし、
言いたかったら、素直に言って。
ぼくは決してきみのことを怒らないし、話も聞いてあげるから。

うつろな瞳は、見据える視線だけがまっすぐだった。
視線の行先は、薄闇の支配する虚空。
目に見えない何かを見据えながら、身体を守り通す自信がない、と、彼女は告げた。
そういうことも、あり得るだろうね、と、わたしは応えた。

すでに奪われていてもおかしくない、いや奪われていて当然だった、女の操――
けれどもやつは、彼女が手を合わせただけで、なぜか見逃してくれた。
私が魅力的じゃなかったから?という妻に、かすかな嫉妬を感じながら、即座に否定する。

やつはきみのこと、いい女だと言っていた、と。
それなら、二度目はなおさら自信がない――それはそうだろう。
彼女も素肌につけられた咬み痕を、ジンジンと疼かせる身になってしまったのだから。
いまわたしを心地よく苛んでいる皮膚の疼きを、同時に彼女も感じているのか。
彼女のうなじには、わたしを咬んだのと同じ牙が残した痕が、赤紫の痣になって、くっきりと刻印されていた。
じりじりとするような危機感と。おなじ異常体験を共有するもの同士の共感と。
どちらがわたしのなかで、色濃いものなのか。

ぼくはきみを、責めないよ。彼とはもう、だいじなものをあげても構わない関係だから――
わたしは彼女の気分を楽にさせるためだけに、そう言った。
あとは大人の男女であるふたりを、信じるしかないのだろう・・・


第一幕 第二場

奥さんが、逢いに来てくれた。
わたしを背後から襲いながら、男はくぐもった声色で囁きかけてきた。
けだるい眩暈にうなされながら、わたしはただ、そうなんですね・・・と応えたきりだった。
あの小柄な身体から、生き血をたっぷりと吸い取らせていただいた。
きっと、目いっぱい吸い取らせてくれたんだと思う。
貧血で頭を抱えているのが痛々しくて、家まで送っていった。
家にあがって、布団を敷いて寝かせてやった。
このまえは、食事のしっ放しでほうり出してしまったからな。わるいことをした。

ここは勤め先の事務所。いまは定時を過ぎてわたしだけの夕刻。
さかのぼって察するのなら、妻が吸血されたのは午後の早い刻限だったのか。
いずれにしても、白昼のことだった。
彼らは昼間でも、活動できるのだ。
いや、そんなことよりも。
妻が吸血鬼と逢って、家まで送ってもらえる間柄なのだと――ご近所という狭い世間ではもう、知られてしまったということだった。
もっとも。
あのときだって、妻は誰か、誰かあっ!と必死に叫んで家じゅうを逃げ回ったというから、すべては筒抜けだったに違いないのだけれど。

――犯さなかったのか?
いちばん怖れていた問いを、男は即座に否定した。
手を合わせられたからな。それだけは堪忍って。
男は身振りで、妻の振る舞いを伝えてくれた。
男のしぐさに、しんけんに手を合わせて憐れみを乞う妻のしぐさが重なった。
――また、見逃してくれたのか?
ああ。オレもまったく、ヤキがまわったものだ。
男は己の情けなさを、しんそこ恥じているようだった。プライドが傷ついてもいるようだった。
――夫としては、感謝するよ。
さり気なく言ったつもりの言葉が、男の胸の奥には鋭く突き刺さったらしかった。
男はかすかに、顔を歪めた。
かすかな狼狽を、わたしはおぼえた。
つぎの瞬間。自分の唇がひとりでに動くのを感じた。
けれども、言ってはならない言葉が洩れるのを、止めようとはしなかった。

ガマンならなくなったら、すこしくらい強引に迫っちゃっても、いいんだぜ。
そうなのか?
うん、あんたなら。

あとはもう、スムーズだった。
言葉に自分の気持ちが重なっていたから。

でも、あんまり手荒にしないでくれよ。かわいそうだから。
わかってる。あんたの奥さんはいいひとだ。オレと逢うのに苦しんでいる。
咬まれたくなっちゃったのかな。ぼくのように。
そうかもしれないけれど、ちがうかもしれない。あのひとは、やさしいひとだから。
きっと、血が足りなくて困っているオレに、血を吸わせてくれようとしたんだろう・・・と、男は言った。
覗きに行こうかな。ふたりが逢っているところ。
思わず漏らした本音に、男は、かまわないさ、と、言った。


第二幕 第一場

切ない吐息の重なりが、半開きのドアのすき間を満たしていた。
よそ行きのワンピースを着た妻が、男と逢っている。
立ったまま抱きすくめられ、もう首すじを咬まれていた。
失血に息を弾ませ肩を揺らしながら、男の抱擁のなかにいた。
白いうなじにぴったりと這わされた唇は、ヒルのように赤黒く膨れあがっていて。
キュウキュウと、ひとをこばかにしたような音を洩らしながら、妻の血を吸い取ってゆく。
あさましいほどあからさまな吸血の音に合わせるように。
妻はけだるげに目を瞑り、華奢な身を左右に揺らしていた。
流れるような黒髪が、身体の動きに合わせてユサユサと揺れていた。

妻は、夫の知人に対する善意の献血だといっていた。
男は、おぞましい吸血行為に過ぎないと自虐していた。
そのどちらでもないように、わたしの目には映った。
そう――それは挿入行為を伴わない情事なのだと。
妻と他の男とに交わされる情事を、わたしは遮りもせず見つめつづけていた。
妻も男も、わたしに覗かれていると薄々知りながら――情事に耽りつづけていた。
いつか・・・わたしは股間が昂ぶりに逆立つのを感じていた。
夫としては感じてはならない、禁断の昂ぶりだった。
世の夫がかなりの割合でその昂ぶりを自覚してしまうのだと――それも上司や同僚の告白から、そうと知らされていた。
わたしの職場に勤める、妻ある同僚たちは全員、その経験を持っていた。
転任してきたこの街は、そういう街だった。
情事に耽るふたりをまえに・・・妻に悟られるのを恥じながらも、自慰に耽ってしまっていた・・・

ふたたび妻と、顔を合わせたとき。
わたしはきっと、このごろ習慣になっている言葉をまた、口にするのだろう。
情事の現場を見たなどとは、おくびにも出さないで。
――よくがんばったね。 と。


第二幕 第二場

わたしを背後から襲いながら、男は囁きかけてきた。
きょうも、奥さんが訪ねてきてくれた。
今週になってから、やつと三回も逢っていることになる。
わたしが勘定するよりも早く、男はいった。
このごろはあんたが勤めに出かけるとすぐにオレのところに来て、身の回りの世話まで焼いてくれるのだ、と。
わたしは初めて、夫としての立場に危機感を抱いた。
そう。妻もわたしも、ややこしいことが苦手な性分だった。

わかっている。いまあんたが考えていること。
やつはわたしの首のつけ根をかじりながら、そう言った。
血がビュッと撥ねて、ワイシャツにシミを作った。
奥さんもこんな感じで、もてなしてくださるんだよな。
やつは、エモノの着衣を持ち主の血で汚すことに、けしからぬ執着を感じているようだった。
きょうは深緑の、ベーズリ柄のワンピース。
きのうは藤色のブラウスに、純白のスカート。
そのまえは――真っ白なブラウスに、赤いスカートだった。
浮気の現場から帰宅した妻を出迎えたわたしのまえ。
真っ白なブラウスに撥ねかる血は、純白のスカートのすそに映えるしたたりは、じつに目に鮮やかだった。
どれも見慣れた、妻の外出着だった。
それらは次々と、葬り去られていった。
手持ちの衣装が入れ替わるたび・・・妻とわたしとの結婚生活じたいが、塗り替えられてゆくような心持がした。

妻の帰宅はしばしばわたしの帰りよりも遅くって。
ほつれた髪に、蒼い顔。
よろけた足どりで、玄関のドアを開けて。
ついさっきまでいっしょだったはずの男(ひと)をうつろな目で追いながら、「ただいま」を告げるのだった。
純白のブラウスの肩先には、真紅のシミがコサアジュのようにあからさまに拡がっていたし、
藤色のブラウスはいちど剥ぎ取られでもしたのか、ブラジャーの肩ひもがあらわになるくらい破かれていたし、
白無地のスカートにもべっとりと、赤黒い血のりが不規則な水玉もようを描いていた。
「よくがんばったね」
そんな凄まじい身なりに内心胸をとどろかせながら、それでも見てみぬふりをして、わたしはそういって妻を迎え入れていた。
自分の身なりを棚に上げて、ワイシャツを紅く汚したわたしに、彼女はからかうような言葉を向けた。「まるで勲章みたいだわね」
勲章――たしかに受章するだけのことはしていたはず。
夫婦ながらに、おなじ吸血鬼を相手に、「善意の献血」に励んでいたのだから。
自分自身の乱れた着衣を気にも留めずに、彼女はわたしの着替えを手伝ってくれ、
わたしはブラウスやワンピースのすそから覗く足許の、肌色のストッキングの伝線に目を留めつづけていた。
いやがるふくらはぎに吸いつけられる、ヒルのように膨れ上がったあの赤黒い唇を思い描きながら・・・

男は去りぎわに、言い残した。

あんたの奥さんだから、よけい愉しいんだろうな。

奥さんを、蔵野夫人のまま犯したい。
やつはきっと、そう言いたかったはず。
果たして妻に、そんな器用なまねができるのだろうか?
妻もわたしも、ややこしいことは苦手な性分だった。


第二幕 第三場

やめて。いけません。主人のまえですっ!
縛られて身じろぎひとつできないわたしの前で。
妻は戸惑いながら、髪を振り乱して抗いつづけた。
男を公式に家に招いたのは、今夜が初めてだった。
三人が公然と席を同じくするのも、じつは今夜が初めてだった――ひそかに同席したことは・・・すでになん度もあったことだけれども。
わたしは妻に男を紹介し、妻ははじめまして、と、男に言った。
そらぞらしいやり取りは、そこまでだった。

わたしは男が吸血鬼なのだと妻に告げ、妻は存じています、とだけ、応えていた。
この街には、吸血鬼がおおぜいいるそうですものね、と。
このひとはぼくの血を気に入ってくれていて、きみの血も吸いたがっている、と、わたしは言った。
そうなんですのね。でも、私怖いわ。妻はそう言った。
ぼくがお手本を見せたら、怖くなくなるんじゃないかな、と、ぼくが言うと、そんな勇気があなたにおありになるの?と、妻はからかうように言った。
和やかに打ち解けた笑みが、そこにあった。
じゃあ試してみよう、ということになって・・・わたしは初めて、彼女のまえで首すじを咬まれ、血を吸い取られ、その場に尻もちを突いた。
いつも以上の素早さに、眩暈がした。
やつは手にしていた鞄のなかからロープを取り出すと、わたしをぐるぐる巻きに縛って、部屋のすみに転がした。
慣れたやり口だった。
このやり口に、なん組の夫婦が、堕ちていったのだろう?と、自分がおかれている立場を忘れてふと思った。
男はこれ見よがしに舌なめずりをすると、
悪りぃな。奥さんいただくぜ。
わざと悪っぽく宣言をして。
そのうえで、妻に迫って、狼藉に及んだ。

いけない!いけないっ!あなた!あなたあっ!
妻は身を揉んで抗い、叫んでいた。声はご近所にも、届いていたはず。
家の外に人の気配がわらわらと群がって、庭先に回り込む。
隣家の異常を察知して、救いの手を伸べようという意図は、感じられなかった。
そんなことをするのなら、もっと前の段階で救いの手は差し伸べられていたはず。
ある段階までは、見て見ぬふりをすること。
そのあとは、じっくり視て愉しみ合ってしまうこと。
救いの手っていうのは、そういうものなんですよ――
隣家のご主人がわたしにそういってくれたのは、だいぶあとのことだった。
庭に面した窓ガラスからは、意図したようにカーテンが取り払われていた。

茂みに隠れながらのあからさまな好奇の視線に、気づかないふりをして。
わたしは無念そうに、歯がみをするばかり。
血を抜き取られた身体は薄ぼんやりと力を喪って、激しい意識だけが火の玉のように、胸の奥をかけめぐる。
嫉妬と狼狽と、悩乱と・・・なにかを飛び越えてしまうときにいつも感じる惧れと後ろめたさ――そして昂奮。
それらがいっしょくたになって、わたしのなかをかけめぐった。

昨日やつと逢ったとき。
やつは妻に本気で迫っていって。
妻は「それだけは堪忍」を、いつものようにくり返して。
無理に唇を奪われてしまうと、たまりかねたように口走っていた。

なさるなら、主人のまえでなさって!と。

それなら不服はないのか?と重ねて問う男に、無言のままうなずくのを。
わたしは半開きのふすまの陰で、心震わせながら、見守っていた。


ビリッ!ビリッ!ブチチ・・・ッ!
悲鳴のような音をたてて引き裂かれてゆく着衣は、去年の結婚記念日に買ったワンピース。
夫婦愛の記念品はそっくり、男への贈り物として、他愛なく慰まれていった。
スリップをくしゃくしゃにされ、するどい爪で真っ二つにされて、
肌色のストッキングを穿いた脚には、唇がヌメヌメと這いまわる。
いやっ!いやっ!あなたっ!視ないで・・・御覧にならないで・・・っ
たまぎるような悲鳴は、半ばは演技、半ばは本気。
じたばた暴れる身体から衣装のすべてを剥ぎ堕とされると。
脱げかかったスカートの奥、どす黒くそそり立った一物が差し入れられてゆくのを、
わたしは目の当たりにする羽目になる。

ずぶ・・・
音がしたように感じたのは、錯覚だったのだろうか?
血を吸った婦人にセックス経験がある場合には、躊躇なく犯す。
彼らのなかでは通り相場な仕打ちが、今はじめて、妻の身に訪れる――

ひくっ。
その瞬間。妻は身体を硬直させて。
喘ぐ唇は求める唇を重ねられて、悲鳴を封じられてゆく。
引きつった立て膝が、じれったそうにうごめいて・・・妻の潔い処は、蹂躙を受けていた。

感じている。
そう受け取らざるを得なかった。
身をしならせて、素肌を密着させ合って。
もっと・・・もっと・・・と、自分から求めはじめていた。
あなた、視て・・・御覧になって・・・とまで、妻は口走っていた。
あなたの奥さん、犯されちゃってるのよ。それだのに、感じちゃってるのよ。
そんなあたしでも、許してくださるの?あなた以外の男に、感じちゃってもいいの?

支配されてしまった。
そう感じざるを得なかった。
男は自分の好みの体位を要求し、逃げることも可能なくらい妻を自由にしていたのに。
妻は四つん這いの姿勢になって、男の器を口に含んで、根元まで唇で賞玩し、愛し抜いてゆく。
それは屈従のポーズ。
蔵野家の主婦としての立場をかなぐり捨てて、男の劣情に屈して、ただひたすら奉仕してゆく。

完敗だ。完膚なきまでの完敗だ。
虚ろな敗北感をゾクゾクとした昂ぶりのなかで受け止めながら、わたしはなぜか妖しく深い歓びに胸をわななかせていた。

幸せなふたりのために・・・乾杯・・・


エピローグ

ややこしいことが苦手なふたりだった。
妻に備わる華奢な身体と生真面目な心とは、多くの男を受け容れるには、ふじゅうぶんだった。
妻はその場で手を突いてわたしに謝罪をくり返し、どうか私をこのかたの愛人として家から追い出してほしい、と言った。
わたしは彼女に、罰を与えた。
ややこしいことが苦手な彼女に、二人の夫を持たせるために。
やつは言っていた――きみの奥さんだから、愉しいのだ――と。
わたしは妻に告げた。
わたしはこの方に、当家の最良のものを差し上げると約束をした。
その約束を果たすため・・・きみは蔵野夫人のまま、このひとに犯されつづけなければならないと。
その夜から・・・妻はふたりの夫に奉仕する身となっていた。
新たな同居人は、わたしが勤めに出てしまうと、ほしいままに妻を、もてあそんだ。
もちろんわたしの在宅中でも、気が向けばわたしの前で妻の血を吸い、犯していった。
妻もそれまで守り通してきた操を、もはや惜しげもなく蕩かせていった。
それだけではなかった。
やつは自分がモノにしてきた人妻の夫たち――ご近所の家々のすべてのご主人たちを含んでいた――をうちに招いて、妻のことをわたしに無断でまた貸しするようになっていた。
夜にもなると、わたしの家の門前は、夜這いをかける男たちの黒い頭が、列をなした。なかにはわたしよりもずっとご年配のごま塩頭や、禿げ頭さえ混じっていた。
それらのすべてを妻は招き入れ、隣室で息をひそめるわたしを憚りながらも、抱かれていった。
情事に耽る妻の気配に欲情するのが、わたしの日常になっていた。

きみの奥さんは、ひとりを守るのが賢明なのだろうね。
あの上司はそういった。うちの家内は、いまじゃおおぜいの男とつるんじゃってるけど。
お宅の奥さんには、無理じゃないかな。
でもきっと、お相手もちゃんとそんなところは見極めて、うまくやってくれるだろうよ――
そんなことを言っている上司さえもが、妻の相手のなかに含まれていた。
けれどもわたしは、何食わぬ顔で出勤し、妻の情夫となっている上司や同僚と言葉を交わし、帰宅してゆく。
これがわたしの得た日常。
きょうも家では、輪姦の果てに放心した妻が、脱げかかった黒のストッキングを片脚だけ穿いた脚を大の字に伸ばして、わたしに「おかえり」を言ってくれるのだろう。

6月19日脱稿 同27日加筆

クリストファー・リー死去。

2015年06月12日(Fri) 08:03:54

時事ねたは意識してパスする柏木ですが。
やはりこれだけは、描いておきます。

クリストファー・リー死去 93歳

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150611-00000040-jij_afp-ent

歌手としても知られていたそうですね。
ご冥福を、心からお祈りします。

彼女ができたら、わしに咬ませろ。 12 ――見返り。――

2015年06月05日(Fri) 07:19:11

――人はなにかを喪うと、かわりになにかを得るものらしい――

さっきから小父さんは、紺のハイソックスを履いたボクのふくらはぎに、
夢中になってむしゃぶりついている。
なすりつけられる唇とべろとが、よだれをたっぷりとなすりつけて、ボクの制服の一部を汚してゆく。
やがてガマンしきれなくなったように、這わされる唇のすき間から、尖った牙がむき出しにされて・・・
グググッ・・・と、皮膚を突き破ってくる。
ハイソックスのしなやかな生地にしみ込まされたよだれに、ボクの血潮が交わってゆく――

咬まれた痕は、ものの2~3日で消えてしまう。(もっとも週3くらい咬まれているボクの身体には、咬み傷が絶えないけれど)
さいしょにつけられた首すじの痕だけは、いまだに残っているけれど・・・
伸ばし始めた髪の毛が、とっくに覆い隠していて、わざわざ見せびらかしデモしなければ、だれも気がつかない。

さいしょに咬まれた時。
しばらくのあいだ痛みをガマンしていると・・・
そのうち全身がほてって来て、咬まれたところがジンジンと、激しく疼いてきて・・・
喪われた血潮の見返りに、ボクはえもいわれない快感を小父さんからもらっていた。
それ以来。
真新しいハイソックスを愉しませてあげるたび。
小父さんはボクを、キモチよくしてくれるようになっていた。

あー、すごい貧血。
頭がくらくらする。眩暈がいつもより、ディープな感じ。
小父さん、きょうはどうしたの?ボクにこれ以上の快感をくれるというの?
そうすると小父さんは、くぐもった声で囁いた。
きょうはきみから、もっとだいじなものをおねだりしよう――
ボクの血よりも、たいせつなもの・・・?
訝しげにたたみに落とした視線が、ぴたりと止まる。

此処に、翠を呼んでおる。

小父さんのひと言で、すべてがわかった。
ああ・・・
きょうなんだね。
きょう、ボクは自分の婚約者の純潔を、仲良しの吸血鬼の小父さんにプレゼントすると・・・いうんだね・・・?

見返りに、歓びをあげよう。
昏(くら)くて深い、居心地の良い歓びを・・・・・・


お邸に向かう道すがら。
翠はいつものように感情を消したしかめ面を俯けて。
重たそうな鞄を両手に抱えて、歩いていた。
ザクザクという砂利道の足音が、いやに耳につく。
きょうの行く先になにが待ち受けているのか――
少女の敏感な本能は、自らにその行く末をすでに囁きかけていた。
それでも翠は――踵を返そうとも、歩みを止めようともしなかった。
少女としては朴訥すぎるほど、まっすぐに。
淫らな誘惑の待ち受ける密室へと、制服姿を歩ませつづけていた。

彼女ができたら、わしに咬ませろ。  11 ――黒のストッキングで。――

2015年06月02日(Tue) 07:57:25

夏服に黒のストッキングなんて、見たことがない。まるで戦前の女学生みたいだ。
そんな風に漠然と、想っていたけれど。
小父さんにとっては、思い入れのある取り合わせらしい。
じっさいに。
遠い昔、上流階級の令嬢を襲ってモノにしていったころの小父さんは、
そういうお嬢さんの制服姿を好んでしたという。

翠さんが夏服のセーラーを着て、重たそうに揺らす丈長の濃紺のプリーツスカートのすその下、脛を薄黒く染めてきたのは。
ボクにナイショで小父さんに逢ったときのことだった。

履いてきてあげたわよ。約束どおり。
後ろ手に手を組んで、背すじをピンと反らせた翠さんは、
いつものようにちょっとすねたようなふくれ面。
相手を軽蔑するような、冷ややかな視線で、小父さんを見返していた。

ええ娘(こ)ぢゃ。
小父さんはいつものように翠さんにすり寄って、影と影とを重ねてゆく。
唐突に距離を詰められると、いつも反射的に後ずさりする翠さんが、
小父さんの急な歩調に合わせかねて、あっという間に猿臂のなかにくるまれてしまっていた。
すり寄るように首すじにあてがわれる唇が、白い素肌の一角を、こともなげに冒すのを。
ボクは息をつめて、見守ってしまっている――

どれほどの刻が流れたのか。
貧血になったのか、翠さんがふらりと身体を揺らし、そのままたたみのうえに姿勢を崩してゆく。
いつもより多い、吸血の量――
ボクはまがまがしい想像に、またもや胸をわななかせる。

仰向けになったまま、立て膝をして。
黒のストッキングのひざ小僧をピチャピチャお行儀悪く舐めはじめる小父さんのために。
翠さんは脚の角度をゆるやかに、変えてゆく。
紺のハイソックスの時も。白のハイソックスのときも。そうさせていったように。
淡くてしなやかな見栄えのする墨色に透けるストッキングにも、くまなくよだれを塗りたくられてゆく。

こんなことが愉しいの・・・?
皮肉そうな笑みを泛べた翠さんは、なぜかまなざしだけはいつになく鋭くて。
やはりいつになく熱っぽく自分の脚をいたぶりつづける小父さんのしぐさを、
逐一見逃すまいとするかのようだった。

もう耐えられない・・・というように。
小父さんはもういちど、翠さんの首すじに咬みついていった。
おおいかぶさる背中越し。
眉をひそめる翠さんの横顔が、ちらと見えた。
こちらを向いた墨色の脚が一対、妖しいくねりをボクのまえに、さらしてゆく――
薄黒のナイロン生地によぎる、微妙な濃淡が。
翠さんの脚のラインを、必要以上にきわだたせていて。
ああ・・・ああ・・・ああ・・・っ。
聞えよがしなうめき声とともに、乱れ舞う。

ガラス窓に顔を擦りつけるようにして。
淫靡にくねる翠さんの脚から、目が離せなくなってゆく・・・・・・




夏でも黒のストッキングを履く子は、この学校では珍しくない。
たいがいが・・・吸血鬼の餌食になっている子。そうでなければきょうはじめて、餌食になろうとしている子。
だから。
黒のストッキングは、ひとつの意思表明のようになっている。
白のラインが三本走った襟首たちのなかに立ち交じりながら。
翠は淫靡な風習の垂れこめるこの名門校の校門から、外に出た。

薄黒く染まった脚を、まっすぐに向けたのは。小父さまのお邸。
きょうも、ヒロアキくんには黙って脚を向けた。

黒のストッキングを履いて、一人で遊びにお出で。

小父さまに指定されたそのままの格好で。翠はいつものように背すじを伸ばし、大またで歩みをすすめた。


黒のストッキングを脚に通したのは、始業式以来だった。
こんななよなよとした、頼りない靴下・・・どこがいいんだろう?
どちらかというと、翠にとって。
ストッキングというものは、印象がよくない。
ママが小父さまと逢う時に、必ず身に着けるもの。
そして、パパが視ているのもわきまえもなく、
小娘みたいにきゃあきゃあとはしゃぎながら、咬み破らせてしまうもの。

やってきた翠の足許にチラと目をやると。小父さまは満足そうにほくそ笑んだ。
いや・・・
とっさに目を逸らしたすきに、小父さまはすっとすり寄って来て。
いつもより素早く、あっという間に翠を抱きすくめてしまっている。
首のつけ根にチカリと閃く、尖った異物に。
素肌をズブズブと侵されながら――

これだけは快感。

いつか目ざめてしまっている自分を、いやというほど実感していた。

ああ・・・ああ・・・ああ・・・っ。
もっと・・・もっと咬んで・・・っ。

羞ずかしいけれど。
これだけは、癖になってしまった。
小父さまに首すじを咬まれて、生き血をチュウチュウ吸い取られるこの感覚。
三半規管が麻痺したような、無重力な感覚のなか。
翠は夢中になって、黒ストッキングの脚をじたばたさせていた。

窓越しに、自分の婚約者の息詰まる視線を感じながら――それすらが、快感になりかけていた。

彼女ができたら、わしに咬ませろ。  10 ――窓辺の外と中――

2015年06月01日(Mon) 08:07:31

週にいちどか、二度くらい。
翠さんはボクに黙って、小父さんに逢いに行く。
そういうときには決まって、「ご用があるから」「きょうはごいっしょできないの」って。
詳しいことはなにも告げずに、背中を向ける。
あとを尾(つ)けたりなんかするのは、いけないことだ。決してするまい。
自分で自分にそう言い聞かせながら。
誘惑に勝てたためしなど、じつは一度もなかったりする。

裏口をあけてくれる執事さんに、お礼の印にちょっとだけ血を吸わせてあげて。
小父さんと趣味が同じな執事さんに、ハイソックス越しに咬まれた痕を、ひりひりさせながら。
足音を忍ばせて、庭先に回り込む。
小父さんはどこまで、ボクの行動を知っているんだろう?
行為はいつも、窓辺の広間でされるのだった。

翠さんは小父さんと二、三歩距離を置いて、なにか話をしている。
会話の通じる吸血鬼。
だから気を許したのかも――翠さんでさえ、いつだかそんなことを言っていたっけ。
そう。
いきなり襲い掛かって咬みつくことなど、小父さんはいちどもしたことがない。
ボクを初めて襲った、あの日を除いたら。

「制服汚さないでね」
窓ごしに聞こえるのは、翠さんの声。
いつもと同じ、ツンと取り澄ました冷たい響きに、ボクは胸をぞくりと騒がせる。
「きょうはヒロくんには内緒で来たんだから」
ちょっと目を伏せ、口ごもるのは、翠さんにしては珍しい態度だった。
すこしは、ボクを裏切ることを、後ろめたく思ってくれているのだろうか?

翠さんはためらいもなく、真っ白なセーラー服を脱いでいった。

透けるような白い膚が、広間の薄闇になまめかしく映る。
白無地のブラジャーのストラップが、肩先をきりりと引き締めていて・・・けれども目に痛いほどの白い素肌は、隠しようもなかった。
あの身体が、ボクのものになる。
一瞬、ほんの一瞬だったけど。そんなフラチな想いが、胸をかすめた。
けれども、ボクのものになるはずの翠さんは、
ボクにナイショで小父さんに逢って。
あの白い素肌をこんなふうにして、惜しげもなくさらしてしまっていた。

ククク。
ええ心がけぢゃ。
小父さんは翠さんの黒髪をあやすように撫で、スッとにじり寄る。

あっ・・・
ダメ。ダメダメッ・・・

思わず自分で自分の口をふさいでいるすきに・・・

小父さんは翠さんのおとがいを仰のけて――唇で吸っていた。そう、唇を重ね合わせて。

ボクだって・・・ボクだってまだの口づけを。
小父さんはボクの盗み見ている目のまえで、こともなげに奪っていった。

離れた唇はそのままおとがいを伝うように降りてゆく。
ねっとりと添わされた唇が、首のつけ根まで流れると。
その唇に、やおら力を籠めていった。

ァ・・・

ボクか、翠さんか・・・
声を洩らしたのは、どちらだっただろう。

むき出しの肩を抑えられながら、立ち尽くす翠さんは凛として背すじを伸ばして――
小父さんの吸血を、受け容れてゆく。

キュウキュウ・・・ちゅぱちゅぱ。じゅるうっ・・・

生々しい音を立てて啜るのは、ボクに聞かせるため?
聞えよがしな吸血の音が、ボクの鼓膜をチクチク刺した。

「制服は汚さないで。ハイソックスは、咬んでもいい」
翠さんは顔色ひとつ変えないで、ボクを抜きにした奉仕をつづけていって。
さいごにはソファに腰かけたまま、紺のハイソックスをためらいもなく、咬み破らせていった―――


ヒロアキくんに黙って此処にお邪魔するのは、なん回めだろうか?
お邸の扉のドアノブに手をかけながら、翠はひっそりと、そう思った。
さいしょのときには、まるで魂を売り渡すような心地がしたものだった。
母にそそのかされて、その気になったこととはいえ。
いざ実行に移すと心が震えてしまうのは――やっぱり十代という若さのせいだろう。
いつものように優しく迎え入れてくれた小父さまは、優しく優しく翠のことを咬んでくれた。

制服を汚されたくないのなら――脱がなくちゃいけないよ。
イタズラっぽく笑う小父さまに、翠もフフフ・・・と笑いを返して。
黒のネクタイをほどいてしまうと、あとはかんたんなことだった。
下校してきて自室で着替えるしぐさとおなじことを、この場で遂げてしまうだけ――
手指が意思を持っているように、いつものようにすらすらと脱いでしまったのが、自分でも訝しいほどだった。

部屋の冷気が素肌を打つのを、かばうように。
小父さまは翠を抱き寄せて、そっくり猿臂のなかにくるんでいった。
肩先に、いちど。首すじに、二、三回――
チクリと突き刺された感触が、翠の心を震わせた。

ちゅうっ・・・ちゅうっ・・・ちゅうっ・・・

押し殺すような吸血の音が、いつになく重苦しい。
しつような吸血に、翠は気丈にも立ったまま、応じつづけた。

ソファに腰かけたときに、ちょっとだけ血の気が戻ったような気がした。
小父さまが手加減してくれたのか。
もしそうだとしても――それは翠の身体から血を吸い取る愉しみを、もっと引き伸ばしたいからにちがいなかった。
翠は、応えてやるつもりだった。
ヒロアキの嫁になる女の務めとしても・・・

きょうのハイソックスは、通学用の紺の無地のやつだった。
小父さまは翠の足許に這い寄ると、片脚をつかまえて、唇を這わせて来る。
しなやかな厚手のナイロン生地の舌触りを愉しむように、二度、三度と、翠のふくらはぎを舌で舐めつけてくる。
わざとたっぷりとよだれをしみ込ませて来るのに淡々と応じながら、脚を差し伸べてゆくと。
小父さまがだしぬけに、言った。

ヒロの友達の妹ごが、土曜日に誕生会を開いての。
半井くんのことだ。きっと。
婚約するまでいつもいっしょに登下校して、おそろいの紺のハイソックスを並べて血を吸われていたというクラスメイトとは、面識があった。
妹ともいちどだけ、なにかの機会に顔を合わせたことがある。
可愛い子だったな。あの子も血を吸われているんだろうか――たしかそんなことを、思ったっけ。
どうやら図星だったみたいだけど。

それで・・・
冷然と訊きかえす翠に、吸血鬼も淡々と言葉を継いだ。

処女を三人、モノにした。

モノにしたって・・・

戸惑う様子を面白がられていると感じた翠は、わざと冷やかに訊いた。

犯しちゃったの?

ふん、さすがに賢いの。

問いのなかに含まれた否定に、吸血鬼は満足そうだった。

せっかくありついた処女の生き血じゃ。なん度も愉しませてもらうのがすじというもんぢゃろう。

それはそうね。
妹さんに、お友だちを招(よ)ばせたというわけね。

ああ、まだまだ年端もいかぬ子たちゆえ、怖がらないようにそっと咬んでやったが・・・
ふだん着のハイソックスというのも、エエもんじゃな。
ピンクのリブ編みに、
フリルのついた白いやつ、
さいごは赤と紺のしましま模様。
女の子たちも、心得たもんでの。
きゃーきゃー騒ぎながらも、気前よう咬み破らせていただいた。

それから、三人を家まで送りながら、ご両親にご挨拶をして。
――どんなご挨拶だか。と、翠は思う。
これからも時おり馳走になりたいとお願いしたら、皆が皆娘をお願いしますという始末ぢゃ。
それって、自慢?くだらない。
言いかけた翠は、ふと口をつぐんだ。

処女のストックは確保した・・・ってことよね?小父さま・・・

彼女ができたら、わしに咬ませろ。 9 ―どうして・・・?―

2015年06月01日(Mon) 06:09:59

どうしてあたしが辱められていないのか、ヒロアキさんにはわかって?

翠の問いに虚を突かれたヒロアキは、棒立ちになったまま口をぽかんと開けていた。
まだ十代の男の子だわ。
自分だって同い年のくせに、翠はそんなことは棚に上げて、いつものように怜悧に相手を観察してしまっている。

ばかねぇ。
感情が顔に出るのもかまわずに、翠はつづけた。

処女の生き血がお目当てだからよ。
誇らしげにピンと反らせた胸もとが、真新しい白の夏服に包まれていて眩い。
きちんと襟首を引き締める黒のネクタイまでもが、誇らしげにみえた。

あのひと、いつも2~3人は処女をキープしてるみたいよ。
だから、うちの学校に出入りしてるんだわ。

翠はすっかり、訳知り顔。
なにもわかってないのね・・・と、わざと小ばかにした態度をことさら取るのは。
知らず知らずこの小心な婚約者の存在が、彼女のなかで意外に大きくなりつつある証しだということに、彼女はまだ気づいていない。

もうひとりかふたり、余分にキープできたら。
次あたり、きっとあたしの番ね。

なにが・・・?

おずおずと訊ねる声に、「ばかじゃないの?」翠はわざと冷たく言って、ヒロアキに背を向けた。
もちろん、あの男がいま獲ている以上のものを欲しがっていることに、気づいていないふたりではなかった。
「あたしを犯したがっている」なんて、わざと言わせようとするほどのしたたかさを、ヒロアキが持ち合わせていないことも、翠にはよくわかっていた。
たぶんあの問いは、ぶきっちょな彼そのものなのだろう。

数歩離れてふり返ると、彼女のご機嫌を損ねた少年は、立ち尽くしたまま彼女の行く手を見守っている。
あくまで忠実な婚約者に、翠はふふん、と、鼻を鳴らした。
満足げな笑みが口許にこぼれるのを、ヒロアキは不思議そうに見つめている。

ううん、なんでもない。
けっこう似合うな・・・って、思っただけ。

珍しく履いてきた白のハイソックスに、赤黒い飛沫が派手に散っている。
あの男が無造作に、べっとりと塗りたくっていったのだ。

真っ白なハイソックスを血で濡らしたまま、ふたりはいつものように街なかを通り抜けて、家路についたのだった。
周囲の目線など、もうどうでもよかった。
これ見よがしな小気味よさに心震わせながら、翠はヒロアキの傍らを歩みつづけた。

すぐ隣を歩いていたら、あんまり盗み見れなかったでしょ?

そう言いたげに、翠はフッと笑みを泛べた。
改めて見せつけられて、大きく目を見開いたヒロアキの反応に満足すると。
スカートの前で手を揃えて、ことさらお行儀よく、お辞儀をする。

じゃあまた明日。御機嫌よう。

背すじを伸ばして、赤黒い血を滲ませたハイソックスの脚を恥じらいもせず、大またの歩みを進めてゆく翠を、ヒロアキはぼう然として見つめつづけた。

彼女ができたら、わしに咬ませろ。 8 ――じゅうたんのうえ。――

2015年06月01日(Mon) 05:52:28

ソファからすべり落ちた翠さんが、紅いじゅうたんのうえに仰向けに寝かされて。
いちど引き抜いた牙に、吸い取った血潮を散らしたまま、
小父さんはもういちど、翠さんの首すじに、咬みついてゆく――

アア~ッ!

ひときわ高く響く、みどりさんのたまぎる声――
ボクは危うく、失神しそうになった。

受難。
という言葉がそのまま、目の前の光景におおいかぶさっていった。

いつの日か、こんなふうにして。
翠さんは、純潔までも奪われてしまうのでは・・・?

そんなまがまがしい想像さえもが、ごくしぜんにわき出て来て。
そんな妄想に対する自分自身の反応に、ボクは思わず、ハッとする。

紺のハイソックスの両脚を、かわるがわるにすり足をして。
血を抜かれるにつれ、そのすり足さえもが、だんだんと緩慢になっていって。
いつも怜悧な緊張感に包まれているはずの、取り澄ました目鼻立ちが、惚けたように弛んでいる。
たたみ部屋に引きずり込まれていった翠さんは、別人になってしまったのだろうか・・・?


付記
ラストシーンは、とある動画サイトで見かけたワンシーンにヒントを得ました。
というか、とても印象的だった。
少女のベッドを襲う吸血鬼が、首すじを咬んだあとは、脚だけが写っているんです。
少女は両脚を交互に激しくすり足をして、吸血に耐えるのですが。
だんだんとその動作が緩慢になっていって、さいごにはスッと伸べられたまま動かなくなっていくんです。
血を吸い取られるシーンを脚の動きだけで表現するというのはアリだなって思いました。

彼女ができたら、わしに咬ませろ。 7 ――訪問――

2015年06月01日(Mon) 05:42:50

ずり落ちたハイソックスを引っ張りあげて、ふくらはぎの咬み傷を隠してしまうと。
薄ぼんやりとジンジンする頭を抱えながら、ボクは目のまえの光景に視線を吸い寄せられていた。
向かい合わせにしつらえられた、ソファーのうえで。
翠さんはまつ毛をピリピリ震わせながら、しつような吸血に耐えていた。
いつもお行儀よく引き結んでいた唇が、ほのかに開いて。
歯並びのよい白い歯を、ちょっぴり覗かせながら。
小刻みで切なげな吐息を、熱く継ぎつづけていた。
セーラー服の襟首を走る真っ白なラインに、きょうもまた、バラ色の飛沫が散らされていた。
「制服は汚すまい」
いつも誓われて、そのつど破られる約束を。
なにごともきちんとしなければ気の済まないはずの翠さんが、いちども咎めだてしようとはしなかった。

形ばかり抗っていた細い腕が、力を失ってだらりとなって。
けんめいに相手の肩をつかんでいた掌が、紺のスカートのうえにぽとりと落ちた。
ククク・・・
小父さんはほくそ笑みながら、翠さんをソファの足許のじゅうたんに、仰向けに横たえてゆく。
いちど放した唇を、ふたたび彼女の首すじにあてがって。

ちゅう~っ・・・

聞えよがしな、血を吸い上げる音に。
ボクはふがいなくも、半ズボンの中身をピンと逆立ててしまっている。

ふたりきりにさせてもらうぞい。

小父さんの言うままに、ボクは肯くともなく肯いてしまっていて。
左右の脇の下を抱きかかえた小父さんは、翠さんを隣室のたたみ部屋へと、引きずってゆく。
ひざ小僧の下まできちんと引き伸ばされた紺のハイソックスの脚が、
だらりと伸びたまま、じゅうたんの上を流れていった。

ごくっ、ごくっ、ぐちゅうっ・・・

隔てられたふすま越し。
汚らしい音だけが、ボクの鼓膜をジンジンと打つ。
どんなふうに、あしらわれてしまっているのか。
黒い想像だけが旋風のように、ボクの胸の奥底を、かけめぐった。



そわそわと座をはずそうとしたヒロアキの腕を、翠はつかんで放さなかった。
かたくななくらいの力を込めた両手に、ヒロアキは戸惑うように腰を下ろして、翠を見た。

行かないで。

翠は横顔で、そうこたえた。

行かないで。そばにいて――心細いから。

さいごのひと言に納得したのを、つかんだ腕越しに翠は感じた。
――このひともやっぱり、男の子なのね。
ゆるめた口許から覗いた白い歯の怜悧な耀きに、ヒロアキは気づいていない。
自分の彼女をこんなところに連れて来て。
制服もろとも、辱められてしまうというのに、置き去りにするといことがあるのだろうか?
――男なら、さいごまでけじめつけなさい。
そんな思いもあった。
けれどもそれ以上に、翠の胸の奥深く宿っていたのは――もっとどす黒い呟きだった。

視たいんでしょ?ほんとは、視たいんでしょ?
ただ、そう口にする勇気がないだけなのよね?
自分の婚約者が生き血を吸い取られて、辱められてしまう。
そんなところを視たいだなんて。
そんなこと、男の口から、いえないよね?
だからあたしが、言ってあげる。
恥ずかしいあなたの代わりに、言ってあげる。
心細いから、いっしょにいてって。
いっしょにいて、あたしが辱めを受けるところを、見て頂戴って。
あたしが小父さまに気を許して、あられもなく乱れてしまうの、全部あたなのせい。
だからあなたは、すべてを視る権利があるの。義務があるの。

先にヒロアキの血を吸い取った唇が、
おそろいの紺のハイソックスを履いた自分の足許に迫って来て。
ねっとりと這わせて来るのを、ヒロアキは息をつめて見つめていた。
つなぎ合った掌ごしに、翠は相手の羞ずかしい昂ぶりを感じながら。
男が吸いやすいようにと、狙われたほうの脚をスッと静かに差し伸べた。

くちゅっ。

唾液のはぜる音に、傍らの少年がビクッとする。
咬み入れられたときのかすかな身じろぎが、擦り合った二の腕越しに伝わって――
彼はなおさら、ズキッとした。
逃げかかった上体に、か弱い体重をあずけていくと。
戸惑いながら、それでもしっかりと、支えてくれた。

男ふたりが、あたしのことを嬲りものにしている——
あたしの両肩をつかまえる彼氏と、ハイソックスを汚し抜いてゆく吸血鬼。
忌まわしい、と思ったのは、さいしょのうちだけだった。
いまではその清々しい感性が、懐かしくさえあった。
ふたりして、あたしの血を、品性を、穢そうとしている——
ひとりは、セーラー服のうえから二の腕をつかまえながら。
もうひとりは、スカートのすそにお行儀悪く血を撥ねかせながら。
パパとママから伝えられた血を、こんなふうにして辱められてしまうことに。
いまでもかすかな憤りは忘れていないつもり――
けれどもそのパパやママですら・・・この男の手に堕ちている。
だとしたら・・・
あたしの血が飲まれるのは、順当なあしらいなのだ。
むしろそうされるのが、ふさわしいのかも――

未来の花婿となるはずの男のまえで、セーラー服に包んだ胸を抱き寄せられながら。
ギュッと掻き抱かれて、首すじを咬まれる。
そのうえもういちど、こんどはとどめを刺すように――
紅いじゅうたんのうえ、組み敷かれて。
のしかかられながら、咬まれてゆく。
セーラー服の襟首に。肩先に。
ジュッと重たくて鈍い音をたてながら散らされてゆく、若い血潮――
ああ、また眠くなってきた。
隣の和室に引きずり込まれてゆくのが・・・
鈍く霞のかかった脳裏に、気配で伝わってくる。
だらりと伸ばしたハイソックスの脚が、じゅうたんを擦るようにして尾を引いていくのが。
なぜだかとても、心地よかった。
あそこであたしは、また獣のようにむさぼられる。
ヒロアキくんは、物音だけで感じてしまうはず・・・

小父さまの家を失礼したあとの帰り道。
あたしたちはきょうも、視線を交えまいとしながら家路をたどるのだろうか?