淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
夜盗。
2015年08月17日(Mon) 07:56:56
その昔、村の近くには夜盗が一人棲みついていて。
追い剥ぎをしたり、女をかどわかしたり、悪さのし放題をしていた。
ある旅の商人は身ぐるみ剥がれたうえに、いっしょにいた女房を目の前で犯されたし、
村いちばんの裕福な商家はなん度も押し入られて、そのたびに女房も娘も手ごめにされて、色とりどりの高価な着物のすそを、太ももが丸みえになるほどに割られていったし、
お代官の奥方までもがかどわかされて、身代金をせしめるまで弄ばれたりしたのだった。
金も奪ったし、女も犯した。
けれども男は絶対に、人を殺めることだけはしなかった。
それがためにお目こぼしにあずかっていたのだと、村のものたちは噂し合った。
お代官の奥方をかどわかして辱めをみたことだけは、
夜盗は決してひとに吹聴することはなかったので、
世間体をつぶされずに済んだ代官が、なんとなしの引け目を感じていることなどは、
村の者たちもさすがに、知らないでいた。
ある晩村はずれの百姓家に押し入った夜盗は、その家の女房をさらっていって、
なん日ものあいだ、自分のねぐらで慰みものにした。
女房は涙ながらに、旦那のところに帰してくれと訴えた。
いまさら汚れた体では戻れまい――夜盗は女房を嘲ると、すっかりなじんだ素肌を求めて、またも体を重ねてゆくのだった。
刈り入れはひとりじゃできねえだ。かんにんしてくだされよお・・・
女房は亭主のことを想って、ひたすら泣き濡れた。
百姓家に押し入ってから十日も経って。
夜盗は夜中に、その女房を連れて百姓家の扉をたたいた。
その晩のまんじりともできずにいた亭主は、そこにいる女房をみて、しっかりと抱き留めていた。
どうしても帰りたがるんでな。帰してやる。
夜盗の言い草は横柄だったが、どことなくきまり悪げだった。
まだ秋だというのに、外は凍りついたような底冷えだった。
百姓は夜盗にいった。
外は寒かろ。ひと晩だけ、泊まってけ。
ひと晩だけじゃぞ――そのはずが、幾晩にもなった。
夜盗は持ち前の腕っ節の強さで、百姓夫婦の手で刈り入れられた稲の束を引っ担ぎ、
おかげで刈り入れははかどって、百姓は女房ともども豊作を祝うことができた。
夜百姓が寝入ってしまうと女房は、夜盗が独り寝している納屋に忍んできて。
だまって肌身をさらして、体をあずけていった。
から寝入りしていた百姓は薄々そんなことにも気づいていたが、
他国に売り飛ばされていたかもしれない女房を、黙って返してくれた夜盗に口うるさいことを言いたくなかったのか、なにも言わずに見過ごしていた。
時には二人が睦んでいるところをこっそりと覗きにくるのを、
女房も夜盗も気づいていたけれど。
亭主のひそかな愉しみにけちをつけるでもなく、お互いに息をはずませ合っていた。
夜盗はすっかり、村に居つくようになっていた。
腕っ節は強かったので、どこの百姓家でも手伝いに重宝された。
盗品を売り飛ばす商才があったから、不景気で困窮した商人たちに、独自に見つけた逃げ道を算段してやった。
剣術はお手の物だったから、代官のお坊ちゃんの剣術の指南まで引き受けていた。
夜盗はやがて、押し入り強盗のお得意先だったあの商家の婿に収まった。
生娘のまま汚されたはずの商家の娘は、あの晩お嫁入りをしたことになっていた。
時には義母になった商家の女房にまで、手を伸ばすこともあったけれど。
強盗に遭うよりは・・・と観念をした主人は、小言ひとつ言うでもなく、
納屋に引きずり込まれた女房が、高価な着物を草切れだらけにして戻ってくるのも、見て見ぬふりをするのだった。
坊ちゃんの読み書きから剣術まで教える夜盗に、お代官は「ご苦労である」と、格式ばって声をかけたが、
たまに奥方がかんざしを買いに商家を訪れて、夜盗と不義密通を重ねるのを、やはり見て見ぬふりをするのだった。
坊ちゃんが年ごろになると、母上を迎えに行くと称して屋敷を出、日ごろ厳しい訓育を受けている母上の、あられもない有様に息をのんで夢中になっていたという。
旅の商人だけは、見て見ぬふりをするということでは済まさなかった。
行きずりに襲われて女房を強姦されていた男は、着物を剥がれて犯されてゆく女房が、歯を食いしばって抗って、さいごにいかされてしまうあで姿に惚れ直してしまって――
金品は奪らなくなった夜盗のために、わざと帰り道をおしえてやるのだった。
案の定あらわれた夜盗に、女房はから騒ぎをして手足をばたつかせ、男ふたりを悦ばしていた。
夜盗の商才にあずかった商人は、商家とも取引を許されるようになって、小さなお店(たな)をひとつ持って、村に落ち着くことになった。
それでも時に夫婦で外商に出向くのは――途中の山道で夜盗に待ち伏せされて、女房を目の前で強姦される――あのころの再現をするためだった。
犯される女房の姿に昂ぶった亭主は、夜盗が済ませた後の女房にまたがっていって・・・陽射しに包まれる女房の肌を、男ふたりで愉しむのがつねになっていた。
腕っ節と商才と、剣術の腕前と。
すっかり村のものになり切った夜盗は、己の才をはたらかせて、村を豊かにしていた。
女ぐせの悪さだけは終生おさまらず、
上は代官所から下は水呑み百姓まで。
あらゆる家で歓迎されながら、
うえは代官所から下は水呑み百姓まで。
あらゆる女房たちの着物のすそをまくり上げ、
あちらこちらに子種を落としていったという。
男の血を受け継いだ子供たちは、あるものは腕っ節が強く、あるものは算術にたけていて、ますます村を、富ましていった。
けれども同じくらい濃く流れる好色な血もまた、受け継がれていって。
いちど日が暮れてしまうと――村では和気あいあいの夜這いの風習が、蔓延していったと伝えられている。