淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
交錯する交わり。
2020年01月24日(Fri) 05:38:39
若い血を求めてむらがる吸血鬼たちに身をさらして、
わが身をめぐる血潮を捧げることに、えもいわれない歓びを感じる。
仲良しの達也と誘い合わせて、同じ吸血鬼の舌を悦ばせ喉を癒す日常に、保嗣もまた歓びを覚えていた。
濃紺のブレザーに半ズボンの制服姿で肩を並べてうつ伏せになり、
おそろいのハイソックスを順ぐりに咬み破られながら吸血されるとき。
制服を汚すことを悦びながら足許を冒されてゆくことを。
吸血鬼の小父さんの体内で達也の血液といっしょになることを。
ひどく悦ばしく感じた。
ふたりの熱い血が仲良く織り交ざって、小父さんの干からびた血管を潤すようすを、ありありと想像することができたから。
破けたハイソックスを履いたまま下校してきても、母親の安江はなにも言わなかった。
たぶん、ご近所の奥さん仲間から、息子の身になにが起きるのかを聞かされているのだろう。
父もまた、そういう土地だと知りつつ、暮らせなくなった都会を捨ててこの街に身を投じたはずだ。
やがて保嗣は、達也を伴い自宅にもどるようになった。
息子の親友として家に上がり込んでくる若い吸血鬼のことを、安江はさいしょのうち、気味悪そうに遠目に窺うばかりだった。
女の本能は、するどい。
きっと彼が、女としての名誉を汚す行為に関与することを、本能的に悟っていたのだろう。
案の定、達也の手引きで安江を訪れた吸血鬼は、彼女を襲って血を吸い、犯した。
そのありさまを保嗣は、隣室で達也と乱れあいながらのぞき見して、ひたすら昂りつづけていた。
いけない息子だ、と、保嗣はおもった。
けれども、うちでもそうだよと耳打ちしてくる達也に、乳首をまさぐられながら、頷き返してしまってもいた。
躾けに厳しい母親が、保嗣の血を吸った吸血鬼を相手にうろたえながら、
保嗣の穿いている通学用のハイソックスを咬み破ったのと同じ牙に、肌色のストッキングを咬み破られてゆく光景が、ひどく小気味よく網膜を彩った。
やがて理性を奪い尽くされた母親が、あられもなく乱れてしまうありさまに、ゾクゾクしながら見入ってしまっていた。
保嗣は、自分の血を吸った男が母親の生き血に満足することを嬉しく思い、誇りに感じた。
保嗣の血を気に入った吸血鬼の小父さんは、保嗣の母親にも興味を抱いたのだろう。
母親の生き血の味は、きっと小父さんの期待を裏切ることはなかったはず。
――小父さんが母さんの血を気に入ってくれて、嬉しい。
保嗣は自分のうえにのしかかってくる同性の恋人に、そんなふうに熱く囁いていた。
吸血鬼の小父さんが、親友の達也とぼくの血を飲み比べしてくれる。
そしていまは、母さんとぼくの血を、いっしょに味わってくれている。
今ごろ達也が父までも襲って、親子ながら血を愉しんでいるなどとは、さすがに想像が及ばなかったけれど。
幾重にも重なり合う吸血の交わりを、保嗣はとても好ましく感じていた。
独り寝の夜
2020年01月24日(Fri) 05:37:31
独り寝の夜だった。
静かな夜が保嗣に訪れるのは珍しい。
たいがいは。
吸血鬼の小父さんか、最近は達也がしのんできて、
保嗣の身体におおいかぶさり、ひっそりと血を吸い、股間をまさぐり、冒してゆく。
お互い熱気を弾ませ合って、嵐が過ぎ去った後、安らかな眠りに落ちてゆく。
今夜は母の安江が、吸血鬼の小父さんに逢うために、エプロンをはずして出かけていった。
どうやら達也も、訪れないらしい。
まさか保嗣自身の父親と勤務先のオフィスで乱れあっているとは、さすがに思いもよらなかったけれど。
今夜はわが身に脈打つ血液を大切に過ごそう。
明日存分に、愉しんでもらうために――
父の帰りが、遅かった。
いっそ、帰ってこないほうが望ましいとさえ、おもった。
母が浮気に出かけている最中に帰宅してくるというのも、なんだか気の毒な気がした。
もしも自分が父さんの立場だったら――
けれども理性を汚染されてしまった保嗣の脳裏には、妻の浮気さえ悦んでしまう異常な夫の姿しか、思い描くことができなかった。
血が騒ぐのを抑えきれない夜。
明日吸血鬼のために捧げる血液がわが身のうちでうずめくのを、保嗣はけんめいに鎮めようとしていた。
ふたたびオフィス。
2020年01月20日(Mon) 07:30:46
きょうも全員、帰りが早いな・・・
がらんとしたオフィスのなか。
畑川由紀也は、空々しく明るい室内の照明のなか、独り立ち尽くしていた。
独りきりになると。
夕べの”情事”の記憶が、ありありとよみがえってくる。
息子の親友を相手に、息を弾ませ交し合ったあの熱情の交錯は、
やはり”情事”と呼ぶべきものだったのだろう。
齢に似ない手練手管にひかかって、親子ほど離れた齢の差はあっけなく崩れ去り、
理性のたがをやすやすとはずされてしまった。
まるでレ〇プされたあとのような。
けれども、後味の悪い記憶では、本人もびっくりするほど、なかった。
爽やかな敗北感というものがあるということを。
妻を犯されたことで、初めておぼえたけれど。
今回の記憶も、同じ種類の匂いがあった。
ふと振り返ると。
自分を犯した少年が、そこにいた。
夕べと全くおなじように、ひっそりとした雰囲気をたたえて。
濃紺の半ズボンに、おなじ色のハイソックス。
きのうのハイソックスは、たしかねずみ色だった。
色を選べることは、息子の足許からそれとわかってはいたつもりだったが。
きのうとはわざと色違いのハイソックスを履いてきた理由が、彼なりにあるのだろう。
それは由紀也のことを意識してのものではなかったか――?
寒気に似た昂りが、ぞくりと背すじを突き抜けた。
「小父さん、いい?」
ツカツカと革靴の足音を響かせて近寄ってきた少年は、そのまま由紀也の方に腕をまわして、唇を圧しつけてきた。
なんのむだもない、ごく自然なしぐさだった。
由紀也も同じくらいすんなりと、達也と唇を重ね合わせてゆく。
接吻は、長時間続いた。
舌でなぞる歯のすき間から、錆びたような芳香が洩れた。
なんの匂いだか、察しがついたけれど。
由紀也は憑かれたように、その芳香を愉しみだした。
彼の舌は達也の歯茎をなん度も行き来し、ついさっき彼が体験したばかりの交歓の残滓を探りつづけた。
「わかる?」
唇を離すと、達也が笑った。
由紀也も笑った。
「息子の血を、喫ってきたのだね?」
「はい、そのとおり」
会話の内容のおどろおどろしさとは裏腹に、白い歯をみせたその笑いは、爽やかで人懐こくさえあった。
「息子さんの血の香り、いいでしょう?」
「なんのことか、よくわからないな」
「じゃあ、そういうことにしておきましょう」
達也はあっさりと譲ったが、媚びを濃厚に滲ませたしぐさで由紀也にすり寄ることはやめなかった。
「座りたまえ」
「エエ」
向かいのソファを進めたのに、達也が腰かけたのは由紀也のすぐ傍らだった。
「ぼくの”也”と小父さんの”也”――同じ名前なんですよね、ご縁を感じるな」
「ひとの家の息子の血を吸っておいて、あつかましい」
口の利き方が対等になってきたのを感じながらも、由紀也は達也の差し伸べる太ももをさすり始めた。
半ズボンの舌から覗く達也の太ももはツヤツヤとしていて、女の子の膚のように滑らかな手触りがする。
運動部で鍛え抜かれたことは、滑らかな素肌を傷つけることがなく、むしろ輝きを増す結果をもたらしていた。
吸い取った血液が達也の膚の輝きに作用していたのだが、まだそこまでのことを由紀也は知らない。
「手触りの良い肌だ」
「小父さんに触られるのは愉しい」
達也も拒否しなかった。
むしろすり寄るように身を寄せて、太ももを中年男の欲情にゆだねていき、
年端のいかない子供が頑是なくおねだりをするようなしぐさで、彼の口づけをせがんだ。
熱い口づけが、なん度もなん度も交わされた。
「息子の血はお口に合ったかね」
由紀也が訊いた。
達也はそれには答えずに、鞄から紙包みを取り出した。
包みのなかには、ハイソックスが二足入っていた。
どちらも履いたあとのもので、少年の指につままれて、ふやけたようにだらりと床を指してぶら提げられる。
片方はねずみ色の、息子が朝登校するときに履いて出たものだった。
もう片方は濃いグリーンに黄色のラインが入った、達也のユニフォームの一部だった。
こちらも由紀也には見覚えがあった。
息子といっしょに観戦した試合で、達也は短パンの下にこのストッキングを履いていた。
「どちらもヤスくんの血ですよ」
達也はニッと笑う。
「ぼくのストッキングも、ヤスくんに履いてもらったんです」
自分の愛用しているストッキングを保嗣に履いてもらい、ふくらはぎを咬んだのだという。
「そういうことをして、楽しいの?」
真面目な顔をして問う由紀也に、達也は声をあげて笑った。
「やだなあ、小父さん。楽しいに決まってるじゃん。ぼくとヤスくんとがいっしょになった記念に、永久保存するつもりなんだから」
息子の恥ずかしい証拠が、目のまえの少年の手に握られている。
「これをねたに小父さんを脅迫して生き血をねだる――なんて、どう?」
達也の顔は笑っていたが、目にはしんけんな輝きをたたえている。
さっきから達也は、息子のことを「ヤスくん」と呼んでいた。
由紀也はまたひとつ、達也との距離が近まったのを感じた。
「じゃあ、悦んできみの脅迫を受けるとしようか」
由紀也が寛大にもそう告げると、達也は「やったぁ」と、無邪気な声をあげた。
「まだ家に帰らないほうがいいですよ」
達也はいった。
「吸血鬼の小父さんが、和江のところに行っているから」
耳もとに囁いたみそかごとが、由紀也の鼓膜を妖しくくすぐる。
自分の妻を呼び捨てにされたことにも、不愉快を感じない。
それだけ彼との距離が近まったということなのだろう。
いまわしいはずの事実をむしろつごう良く受け止めた彼は、達也を抱きしめながら、こたえた。
「じゃあ、すこしゆっくりしていこうね」
「悦んで♪」
達也は由紀也にしなだれかかるようにして、なん度めかの接吻をねだった。
「ぼくの血を吸いに来たんだろう?」
「小父さん、鋭いな」
達也がわざとらしく由紀也をもち上げた。
「きのう小父さんの血を吸って、ヤスくんの血がどれほど美味しいか、想像がついたんだ。親子の血は似るからね」
「それはなによりだった」
「あと、小父さんの靴下の咬み応えも♪」
達也はウフフと笑った。
「じゃあ、今夜も咬み剥いでもらおうかな。きみが来ると思って、新しいのをおろしてきた」
さりげなくたくし上げられるスラックスから、愛用しているストッキング地のハイソックスに透けた脛を覗かせた。
きょうのハイソックスは、黒だった。
「色違いだね」
「黒は嫌いだったかな?」
そんなことはない、と、達也はつよくかぶりを振った。
「小父さんの靴下の色と合わせようと紺を履いてきたけど、行き違いだったなって思って」
「それは残念なことをした」
由紀也は、いつか達也と示し合わせて同じ色の靴下を履こうとおもった。
「でも、きょうの和江さんも、黒のストッキング穿いてたよ、夫婦でおそろいだね」
達也はこんどは、由紀也の妻のことを和江さんと呼んだ。
そんな濃やかな気遣いにもかかわらず、無邪気に笑う達也が打ち解けた表情と裏腹なおそろしいことを告げるのを、由紀也は聞き流すふりをしようとした。
けれども想像力が彼の努力を突き崩した。
目のまえで神妙に控えているこの息子の親友は、吸血鬼が妻を犯すときの手引きをし、吸血後の後始末までするアシスタントを勤めているという。
「どんなふうにやっていたか・・・きみは視たの」
「うん、ヤスくんといっしょに」
「じゃあ、どんなふうにしたのか、再現してみてくれる・・・?」
由紀也がたくし上げたスラックスを、ひざ下を締めつける口ゴムがみえるまでさらにいちだんとたくし上げると、達也はフフっと笑った。
「じゃあ、するね」
「ウン、どうぞ」
淫らな唾液を帯びた唇が、通勤用に履いた薄手のナイロン生地越しに圧しつけられるのを、由紀也はぞくぞくとしながら見守った。
圧しつけられた唇は、たんねんに唾液をしみ込ませながら、薄いナイロン生地のうえを這いまわり、いびつに波立てて、くしゃくしゃにずり降ろしてゆく。
くるぶしまでずり降ろされた靴下を、由紀也がふたたびひざ下まで引き伸ばすと、達也の唇がふたたび、凌辱をくり返してゆく。
二度、三度とつづけられた前戯のすえ、由紀也のハイソックスは破られた。
「なるほど・・・いやらしいね・・・」
ぽつんと呟く大人の声に、「もっと・・・」とせがむ囁き。「いいよ」と応える呟き。
ふたつの影はひとつになって、じょじょに姿勢を崩してゆく。
ジッパーをおろされて前を割られた半ズボンから、赤黒く逆立った茎をつかみ出すと、由紀也は唇で押し包むように咥え、露骨にしゃぶりはじめた。
「ああああああ・・・」
眉を寄せて呻きながら、達也は由紀也のなかに白熱した粘液を放出した。
親友の父親に対する遠慮は跡形もなく消し飛んで、びゅうびゅうと勢い良く、注ぎ込んでいった。
女子の制服を買ってほしい。
2020年01月20日(Mon) 07:09:32
「女子の制服を買ってほしい」
保嗣からそう打ち明けられて、母親の和江は戸惑った。
「女子の制服なんか買って、どうするの?」
「達也君のために毎日着ていく」
え・・・?
どういうこと?と問う目線のなかに保嗣は、
すでに和江が答えを理解していることを直感した。
「ぼくは、達也君の恋人になる。だからこれから毎日、女子の制服を着て登校するんだ」
思いがけない息子の言葉に、和江は息をのんだ。
息子の通う学校に、そういう生徒がなん人かいることを、和江は知っている。
女子になりたくて、女子の制服を着て通学することを、この街の学校は許容していた。
吸血鬼と同居するこの街で、女子生徒の生き血は不足ぎみである。
ある男子生徒が、自分の彼女の身代わりに彼女の制服で女装して身代わりに咬まれたのが発端らしいが、
それが男子生徒たちの女装熱に火をつけて、彼女の身代わりだけではなく、いろいろな事情から女装する子が増えたのだという。
学校が女装生徒に優しいのには、そんな事情も見え隠れしているらしい。
けれどもそれは、身近な話と聞かされながらも、どこか別世界のことのように、和江は感じていた。
まさか目の前の息子の口から、そのような言葉が発せられるとは、思ってもいなかった。
こちらに越してきたすぐのころから友達付き合いをしている達也という少年が、
息子と男女交際のような関係になっていることも、薄々察していたはずなのに。
「お父さんがなんて仰るかしら」
和江はけんめいに逃げ道を探しているようだった。
けれども保嗣は追いすがるようにして、いった。
「案外、だいじょうぶかも」
「どうして」
「だって父さん、母さんと吸血鬼の小父さんが交際しているの、薄々知っているみたいだもの」
和江は痛いところを突かれた、とおもった。
彼女が吸血鬼に襲われたのは、この街に来て間もないころ、まだひと月と経たないうちのことだった。
脚を咬むのが好きな吸血鬼だった。
首すじを咬まれて貧血を起こし昏倒すると、
穿いていた肌色のストッキングをみるかげもなく咬み破られながら吸血されて、
理性を奪い尽くされた彼女は、夫のいる身であることも忘れ果て、恥を忘れて乱れあってしまった。
それ以来。
手持ちの肌色のストッキングを破り尽くされて、
夫の稼いできた給料のなかから高価な黒のストッキング代を差し引くようになって、
相手の望むまま、毒々しく輝くストッキングを何足愉しませてしまったことだろう?
けれども逢瀬を遂げる日に限って夫の帰りは遅く、ちょうど情夫を送り出し、身づくろいを終え、周囲の痕跡を消し去った直後に、夫の帰宅を迎えるようになっていた。
夫の不在はむしろ彼女にとって都合が良く、吸血鬼に促されるままに情事を重ねていった。
「もしもご主人が途中で帰ってきても、わしを愉しませてくれるかね」
そう囁かれたときにためらいもなく、「もちろんそのつもりです」とこたえてしまったのは、つい昨日のことだった。
息子が咬まれるようになったと知っても、息子を咎めることも、いまは情夫となった吸血鬼を制止することもなく、新しいハイソックスを何足も用意してやるなど協力的に振る舞っているのは、夫に対する後ろめたさからか。
それとも、吸血鬼が息子の血までに気に入ったことに歓びや満足を覚えたためか。
「わかったわ。保嗣の制服のこと、父さんに相談してみましょうね」
和江はそう言わざるを得なかった。
げんにきょうも、息子が下校してくる直前まで、夫を裏切る行為を続けてしまっていて、
息せき切った交歓の残滓が、スカートの奥深く押し隠された秘所の周りに、まだとぐろを巻いている。
まだやり足りない――浅ましいと思いながらも、その想いを振り切れなかった。
和江はソファから起ちあがると、エプロンを外しながら、いった。
「母さん、用事を思い出したから、ちょっと出てくる。制服のことは任せて頂戴」
「いいよ。父さんが戻ってきたら、上手く口裏を合わせておこうね」
物分かりのよい息子は、なにごともなかった都会のあのころのように、爽やかすぎる笑みを返してきた。
一見物分かりの良い息子だったけれど。
そのくせ夫婦の寝室までついてきて、彼女の着替えを見たいとせがんだ。
情事を遂げるまえにおめかしするところを、見せてやるのが習慣になっていた。
彼女はわざと寝室のドアを開けっぱなしにして、息子の好奇の視線をまとわりつかせながらふだん着を脱ぎ、おっぱいをさらしながらブラジャーを真新しいものに取り替え、スリップを取り替えてゆく。
きょうの息子の目線は、好奇心だけのものではないのを和江は感じた。
女性の着替えのお手本を見せるつもりで、余裕たっぷりに彼女は着替えた。
おっぱいをさらす時間を少し長めて、いちばん視良い角度でさらすことも忘れずに。
「制服を女子用にするなら、下着も女の子のものをそろえなくちゃね」
一瞬主婦の声色にもどってついた独り言に息子が露骨に喜色を泛べるのを横目に、
黒のストッキングをひざからスカートの奥へと引き伸ばしていった。
息子も明日から同じしぐさで、女になってゆく――
自分が吸血鬼の情婦となるために装うように、息子も同性の親友の恋人となるために、装ってゆく。
そういえば、息子の彼氏にも、嗜血癖があるらしい。
母子で肩を並べて互いの恋人を取り替え合いながら血液を捧げ抜く。
そんな日も、もしかしたら訪れるのかもしれない。
年頃になってから生じた息子との距離感が、べつの意味で縮まろうとしているのを、和江は直感していた。
あとがき
どこまで続くかわからない、柏木には珍しい同性のシリーズです。
12日掲載の「競技のあとで」以来続いています。
ほぼ同性の絡みしか出てこない。なのに、不思議とすらすらと描けます。
親友の父親。
2020年01月14日(Tue) 08:09:30
畑川くん、ちょっと。
畑川由紀也(40、仮名)を表情を消した上司が呼び止めたのは、その日の夕刻だった。
「息子さんの友だちという人が、きみを訪ねてきているよ」
そう言い捨てて立ち去った上司の陰に隠れていた少年は、由紀也を見てうふふ・・・と笑った。
ふたりはもちろん、面識がある。
達也はしょっちゅう、保嗣の家に遊びに来ていたから。
息子の親友と名乗るこの少年がじつは半吸血鬼で、息子の血を狙っていることを、由紀也は知っている。
都会育ちの畑川家に、周囲の人たちは遠慮がちだったけれど。
吸血鬼社会では畑川家の家族全員の血液をだれが獲るのかは、すでに転居した時点では決められてしまっていた。
もちろん、本人たちの同意もなしに。
達也は息子の保嗣と仲良くなると、友人の一人として家に上がり込むようになり、
やがてその手引きでまず妻の和江が吸血鬼に襲われてたらし込まれてしまったことも、由紀也は視て視ぬふりをしていた。
この街に棲む以上、妻を吸血鬼に襲われて犯されることは、避けては通れない道だった。
家族の血と引き替えに安穏な日常を得ていることに、由紀也は一片の後ろめたさを覚えている。
けれども、都会での暮らしに失敗した彼には――いや、彼の家族全員にとっても――もはや今の安穏さだけが、この世で唯一の居場所になっているのだ。
眼の前に現れた達也は、学校帰りらしく、制服姿だった。
半ズボンにハイソックス――年端もいかない子供の服装だと思い込んでいたけれど。
背丈の伸びた年頃の少年が身にまとうと、こんなことになるのか・・・
由紀也は、ハイソックスに包まれた達也の、女の子のようなしなやかな足許に、ふと欲情をおぼえた。
達也は由紀也の顔色を、気になる男の子の些細な態度の変化を見逃さない女子生徒のような目線で見守りつづけていた。
「どうしたの?まだ仕事中なんだけど」
こうした訪問で、吸血鬼が留守宅に上がり込んでくるタイミングをさりげなく教えてくれることを、由紀也は今までの経験で知っている。
きょうも和江は冒されるのか――
淡い諦念を噛みしめかけると、達也は意外なことをいった。
「きょう伺ったのは、ご挨拶です」
「え?どういうこと?」
「保嗣くんを正式に、ぼくの彼女にすることに決めました」
「えっ」
「明日、保嗣くんの血を吸って、ぼくの奴隷になってもらいます」
息子さんを奴隷にする前に、お父さんに御挨拶に伺ったのです・・・という目の前の少年に、由紀也はいっぺんで理性を奪われた。
いずれはそうなる・・・と、わかってはいたつもりでも。
息子が同性の同級生に彼女にされると宣言されるのは。
魂を抜かれるほどの衝撃だった。
「それはとても迷惑なことだね」
由紀也はわざと傲岸な態度でこたえた。
「きみもよくわかっていると思うけど、保嗣は男の子なんだ。ゆくゆくは彼女ができるものだと思っている。
なのに、きみも男子だろう?息子を女の子扱いされるのは好ましくないね、先生に相談した方が良いのかな。
保嗣はうちの跡継ぎなんだし、きみも自重したらどうかね?」
彼のもっともらしい意見を、達也はしゃあしゃあと受け流した。
「きょうはそのお礼に、ぼくが小父さんの相手をしに来てあげたんですよ。上司の人も・・・ほら、帰っちゃったみたいだし」
気がつくと。
勤務先のオフィスにいるのは、由紀也と達也だけになっていた。
ワイシャツの釦を自分から外しはじめた達也の手許を抑えつけて「やめたまえ」といったはずだった。
所がいつの間にか、達也を腰かけていたソファから引きずりおろしてしまっていて、
床のうえで組んづほぐれつをくり返してしまっている。
制服の濃紺の半ズボンを自分の股間から分泌した粘液で濡らしてしまったとき。
息子を犯しているような錯覚を覚えた。
その錯覚が、むしろ由紀也を罪深く刺激した。
彼は女性に対するのと同じような吶喊を、息子の親友であるこの少年に対してくり返していった。
「お掃除、手伝うよ」
達也は気品のある少年の顔つきに戻ると、自分を女として扱った中年男にそういった。
「モップと雑巾はどこ?あ、知ってるわけないよね?ぼく探すから」
そういって達也は素早くモップと雑巾を探してくると、床に散った粘液と血液とを、器用に拭き取っていった。
慣れた手つきだった。
この手で息子の血も拭われたのか。
情事を済ませた後の妻の血も、自宅のフローリングから拭い去られたのか。
この少年が、吸血鬼が和江を犯すときにしばしば立ち会って、アシスタントをしていることも、彼は当の吸血鬼から聞かされていた。
粘液は彼自身のもの。
そして、血液もまた、彼のものだった。
欲望を果たしたあと。
ひと息ついている由紀也にのしかかってきた達也は、首すじに咬みついて由紀也の血を吸った。
由紀也がその場に昏倒すると、スラックスをたくし上げられる感覚を覚えていた。
ふくらはぎを覆う、ストッキング地の濃紺のハイソックスが、淡い毛脛に包まれた中年男の脚を覆っている。
そのうえからまだ稚なさの残る唇が吸いつけられて、舌触りを愉しみ始めるのを自覚すると。
あろうことか彼は、達也が少しでも愉しめるようにと、自分から脚の向きを変えて、応えはじめていったのだ。
貧血になるほど血を吸い取られながらも。
喪われた血の量に、彼は満足を覚えた。
「だいぶ、口に合ったようだね」
「なにしろ、保嗣君のお父さんの血ですからね」
悧巧そうな目の輝きが、いっそう妖しさを増していた。
「いちど、小父さんの靴下を破ってみたかったんです。ストッキングみたいに薄い紳士用の靴下って、初めてだったから」「
「どうだったかね」
「いい感じです。息子さんにも履いてもらいたいです。彼がお父さんの箪笥の抽斗をさぐっても、視て視ぬふりをしてあげてくださいね」
白い歯をみせて笑う少年に、由紀也も笑い返していた。
「気に入ってもらえたのなら、破らせてあげたかいがあるかな。よかったら、もう少し愉しむかね?」
由紀也は用意よく、カバンのなかから穿き替えを取り出しかけている。
引き揚げられたスラックスのすその下。
筋肉の起伏を艶めかしい濃淡に彩ったストッキング地の長靴下が、中年男性の足許を染めている。
笑み崩れた少年の唇が、通勤用の靴下の上を這いまわり、牙で侵して、容赦なく裂け目を拡げてゆくのを、
由紀也はただ、へらへらと笑いながら、嬉し気に見入っていた。
家族で彼の奴隷に堕ちるのも悪くない――
薄れてゆく意識を愉しみながら、彼はさいごまで、口許から笑みを絶やすことはなかった。
授業中。
2020年01月14日(Tue) 07:30:09
授業の最中に、先生の声を遮るように、挙手の手が一本静かに挙げられる。
教師が無表情に目を向けると、達也がいった。
「気分が悪いので、保健室行きます。畑川君に、付き添いをお願いしたいです」
ああどうぞ、と、教師は目で応えると、もうふたりの方への注意を消して、無味乾燥な授業へと戻ってゆく。
「あ、ここで済ませますのでだいじょうぶです」
後を追うように上がった保嗣の声に、教師はもう振り向かなかった。
真後ろの席に座る達也が自分の足許にかがみ込んでくるのが、がたがたという物音でわかった。
保嗣が脚に通しているのは、濃紺のストッキング地のハイソックス。
父親の箪笥の抽斗から、通勤用の靴下を一足、無断で借りてきたのだ。
「保嗣の父さんの履いている靴下、色っぽいよね」
いつだか達也がそういっていた。
紳士ものとは思えないくらいの透明感、光沢。いったいどういう意図で履くのだろう?と、息子の保嗣も感じていた。
指定のハイソックス以外を着用して登校してくる生徒は、意外に多い。
だから教師たちも、彼の足許に気づいても、生徒の異装を咎めようとはしなかった。
そんな保嗣の足許に、達也は欲情したのだ。
そうしたことは管轄外と言いたげな顔つきで無表情な授業を続ける教師の態度をよそに、
咬む者と咬まれる者とは、身を引き寄せ合ってひとつにある。
ずずっ・・・じゅるうっ。
露骨な吸血の音を、クラスメイトのだれもが聞こえないふりをしてくれたけれど。
さすがに保嗣は席を起って、教師にいった。
「やっぱり保健室行きます」
2人が保健室までがまんできないのを、誰もが知っている。
隣は幸い、空き教室だった。
「お掃除はちゃんと済ませておいてね」
教師の声を背後でやり過ごしながら。
床に散らされる真っ赤な血潮と白く濁った粘液のヌメりの生々しさとを予感して、
ふたりは抱き合うように手を取り合って、空き教室へと身を沈めてゆく。
初会。
2020年01月14日(Tue) 07:20:50
授業中の保嗣を空き教室に呼び出した吸血鬼は、きょうは彼のことを咬もうとしなかった。
保嗣を引率してきた教師がへどもどと媚びるような薄哂いを残して立ち去ると、
彼は一歩だけ保嗣のほうへと近寄って、紙包みをその手に手渡した。
吸血鬼はなにも言わなかったが、いつもよりもすこし厳粛な顔つきが、保嗣はなにが起きたのかを察することができた。
「ここで待ちなさい」
そう言い残して吸血鬼は立ち去っていった。
きょうはぼくの代わりに、だれを襲うのだろうか?
両刀使いで知られた彼のことだから、相手が男子生徒とは限らない。
同級生の女子生徒だろうか?それとも隣のクラスの担任を受け持っている女教師だろうか?
よけいな想像は、入れ代わりに開かれる教室の引き戸の音で破られた。
引き戸の向こうには、達也が立っていた。
ひどく顔色が悪かった。
保嗣の足許を彩るのは、達也の履いていた濃いグリーンのスポーツ用ストッキング。
脚のラインに沿って流れるリブはまだ真新しく、教室に射し込む陽の光を受けてツヤツヤとした微かな輝きをよぎらせている。
色白で豊かな肉づきの太ももが、血に飢えた達也の欲情をそそった。
アッと声をあげるいとまもなく、達也の唇は保嗣の太ももに吸いつけられていた。
唇の裏に隠された鋭い牙が、白い皮膚を切り裂いて、奥深く埋め込まれた。
達也の自分にたいする情愛と執着とを自覚しながら、保嗣は親友の吸血行為を受け容れてゆく――
数刻後。
うつ伏せの姿勢のまま、保嗣は呟いた。
「満足できた?」
達也が無言でうなずくのを気配で察すると、また訊いた。
「ぼくの血は美味しい?」
やはり無言の肯定がかえってきた。
自分の履いていたスポーツ用のストッキングを保嗣に履かせて、咬んでゆく。
一種のナルシシズムだろうか?
保嗣にたいする形を変えた執着だろうか?
多分その両方なのだろう。
達也の愛用のストッキングを履いた保嗣に自分の影を重ねて、保嗣の血を吸う。
そうすることで、自分自身の血を吸っているような錯覚に囚われたのだろう。
それと同時に。
装いを変えることで達也に近寄せた保嗣を抱くことで、ふたりの距離感をいっそう縮めようとしたのだろう。
もっと・・・
保嗣はうめいた。
達也の唇が保嗣のむき出しの素肌に這い、再び吸いはじめた。
唇はじょじょに身体の上のほうへと這い進んでいって、
さいごに保嗣の唇をとらえていた。
ふたりはむさぼるように互いの唇を吸い合った。
まるで吸血鬼の兄弟のように。
親友の血。
2020年01月14日(Tue) 07:06:12
「顔色、良くないな」
背後から吸血鬼の声がした。
達也がふり返ると、彼は口許から、まだ吸い取ったばかりの血のりを生々しく滴らせている。
保嗣を襲ってきたのだろう。
「顔色良くなったね、小父さん」
達也はそういって、吸血鬼をからかった。
吸血鬼は乾いた笑い声で、達也の揶揄に応じてゆく。
ふたりの間に流れる気安い空気が、そこにはあった。
「昨日は吸い過ぎだよ」
達也は人間の血を好む同性の恋人をたしなめた。
試合の直後に襲われて、思う存分むしり取られたのだ。
「プレー中の動きが凄く良くてな、つい、試合後のプレイにまで、熱が入ったのだよ」
草むらに引きずり込まれて、濃いグリーンのストッキングの脚をじたばたさせながら、自身も快楽の坩堝に溺れていった記憶が、
小気味よく脳裏によみがえる。
「ちょっと唇を貸せ」
吸血鬼はいった。
接吻をするときのぞんざいな言い草に、達也は従順に応じる。
迫ってくる口許には、まだ保嗣の血の芳香がほのかに漂っていた。
うっ・・・
むせ返るような衝動に、達也はうめいた。
そして、重ね合わされてくる唇を、夢中になって吸い返していた。
圧しあてられた唇を通して、吸い取られていったばかりの保嗣の血が含まされてくるのを、達也は陶然としながら飲み込んでいった。
初めて喫った保嗣の血は、ひどく美味に感じられた。
「今度は、本人から直接もらうと良い――許可は得ているのだろう?」
エエもちろんですよ。
悧巧そうな瞳に艶やかな輝きをよぎらせながらそう応える達也は、すでに別人のように生き返っている。
脚と唇。
2020年01月14日(Tue) 06:57:21
達也の顔色が、日ごとに悪くなってきている。
頻繁な吸血を受けながらの日常――それはスポーツ少年である彼にとっても、かなりの負担を強いられる行為だった。
「顔色、蒼いぜ」
保嗣にそういわれても、達也は笑ってこたえるだけだった。
おそろいの制服の半ズボンの下は、おそろいの濃いグリーンのストッキング。
通学用のグレーや紺のストッキングではなく、きょうは達也の試合用のストッキングを履いて、2人ながら吸血鬼に奉仕をしたのだ。
筋肉質で引き締まった達也の脚も。
透き通るように色が白くきめ細やかな皮膚に覆われた保嗣の脚も。
代わりばんこに咬まれては、吸血鬼の牙と唇とを愉しませてゆく。
わざとあげるうめき声も、吸血鬼の耳に小気味よく響いたはず。
「まるで、娼婦になった気分だな」
達也はそういったけれど、それは保嗣の実感でもあった。
血を抜かれたあとの身体はひどくけだるかったが、
それでも美味しそうに吸い上げられるときのあのえもいわれない感触は、
抱きすくめられまさぐり尽くされたときのあの掌のいやらしい感触は、
まだ二人の若い肢体に淡い疼きとともに残っている。
ふたりは自然に、身体を重ね合わせていた。
「きっと、ぼくのほうが先に吸い尽くされるな」
達也はいった。
保嗣も、たぶんそうなるだろうと内心おもった。
「スポーツで鍛えた血は、美味しいんだろうね」
保嗣は達也の不吉な予言には直接こたえずに、そういった。
それからちょっと考えて、つけ加える――
「もしも達也が吸血鬼になったら、ぼくの血を吸っていいからね」
ふたりは顔を見合わせると、どちらからともなく唇を近寄せ合って、重ね合わせてゆく。
初めての接吻だった。
吸血鬼に強いられたことは、いままでなん度もあるけれど。
重ね合わせた唇は、結び合わされたように密着して、いちど離れてもまた残り惜しげに、再び吸い合ってゆく。
股間の疼きをこらえかねて、お互いに相手の半ズボンのチャックを降ろし、ショーツの中身をまさぐり合うと、
先に保嗣が達也の勃った一物を口に含み、つぎに達也が保嗣のそれを強く吸った。
吸血鬼に吸われるような感覚だと、保嗣は白く濁った熱情を口に含まれながらおもった。
近い将来。
達也は吸血鬼となって、保嗣を襲うのだろう。
その日が楽しみだ――失血に蒼ざめていた白い皮膚に赤みを取り戻しかけた少年は、せつじつにそう思っていた。
親友からのプレゼント。
2020年01月14日(Tue) 06:43:45
時おり達也から、吸血鬼を通じてプレゼントがある。
いつも紙製の袋に包まれていて、中を開くとスポーツ用のストッキングが一足、入っている。
達也が部活のときに履いている、試合用の濃いグリーンのストッキング。
口ゴムの近くに鮮やかに引かれた黄色のラインが、人目をひいた。
手渡されるストッキングはほぼ新品に近かったが、いちどや二度は達也の脚に通されたものだった。
達也はプレゼントを受け取ると、吸血鬼のまえでそれを脚に通し、餌食になってゆく。
若い血液をむしり取られてゆきながら、足許になん度も牙を刺し込まれるのを感じる。
チクチクとした程よい痛みが、保嗣のマゾヒスティックな気分に彩りを添えた。
こうして達也の履いていたストッキングをまといながら咬まれていると、
達也といっしょに咬まれているような錯覚を覚える。
それは保嗣にとって、幸福な錯覚だった。
試合の直前とか、吸われ過ぎて貧血を起こしたとき、保嗣は達也のストッキングを引き継いで脚に通し、
身代わりのように吸血鬼に咬まれてゆく。
ぼくといっしょに咬まれたかったのか。
身代わりのぼくを慰めようとしているのか。
それとも本当は、ぼくの身体を通して、自分が咬まれたかったのか。
どれもが本心なのだと思う。
文化部所属の保嗣にとって、グリーンのストッキングを履くことは、運動部の生徒の特権だった。
運動部の生徒しかおおっぴらに履くことのできないグリーンのストッキングを履いて吸血鬼の牙に侵されるとき。
彼は異常な昂りを感じた。
その昂りに身を弾ませながら、彼はひたすら、自身の体内をめぐっている若い血液を、惜しみなく捧げ尽くしていった。
親友のストッキングを身代わりに履いて、足許を辱め抜かれながら。
文化部生徒の献身。
2020年01月12日(Sun) 10:00:46
「ゴメン、明日試合なんだ」
間島達也(17、仮名)は、自分の血を欲しがって現れた吸血鬼を前に、手を合わせた。
「明日だったか――それではしょうがないな」
吸血鬼はあきらめ良く、懇願する少年から目線をはずした。
「すまないね、明日の試合のあとなら、相手するから」
達也は手にしていた紙袋を吸血鬼に押しつけると、足早に立ち去っていった。
「振られちゃったね、小父さん」
穏やかで温かい声色が、背後からあがった。
吸血鬼が振り向くと、そこには達也のクラスメイトの畑川保嗣(17、仮名)がいた。
保嗣は制服姿だった。
濃紺のブレザーに、グレーの半ズボン。その下は半ズボンと同じ色のハイソックスといういでたち。
この街に吸血鬼が現れるようになってから、学校の制服が一新されて、男子もハイソックスを着用するようになっていた。
文化部所属の保嗣の足許は、肉づきがたっぷりとしている。
達也のもつ無駄のないしなやかな筋肉とは違って、女のようなふくよかさをたたえていた。
――この子なら、女子の制服も似合いそうだな。
吸血鬼はふと思った。
「教室、行こうか」
「いや、君の家がいいな」
評判の美人である保嗣の母親を思い浮かべて、吸血鬼はにんまりと笑う。
色白で透き通った皮膚は、母子共通のものだった。
「いやらしいね、小父さん」
保嗣は露骨に顔をしかめたが、いやだとは言わなかった。
「ただいまぁ」
間延びした息子の声色の背後に、黒影のように付き従ってきた男の姿を横目にして、
保嗣の母はただ、おかえりなさい、と返しただけだった。
「あとでお部屋に、お紅茶持って行くわね」
「紅茶が入るのに、数分くらい・・・か」
保嗣の勉強部屋でひとりごちる吸血鬼に、「15分かな」と、さりげなく訂正した。
数学の得意な彼は、こういう訪問に慣れてくると、献血をしながら頭上の壁時計に目をやって、平均時間を測っていたのだ。
自分の体調と提供可能な血液の量、それに一分間あたりに吸い出される血液の量を割り算して、所要時間を計算する。
几帳面なのかもしれないが、その几帳面さはどこかいびつだ――と、吸血鬼はおもった。
もちろん、自分のことは棚にあげて。
「さ、いいよ。十代の男子高校生の生き血、たっぷり愉しんで・・・」
保嗣は腹這いになると、グレーのハイソックスの脚を吸血鬼の前に差し伸べてゆく。
放課後、真新しいハイソックスに履き替えたらしい。
脚のラインを映して微妙なカーブを描く真新しいリブが、ツヤツヤとしている。
うふふふふふっ。
男はくすぐったそうに笑み崩れると、笑みに弛緩した唇を、ハイソックスのうえから擦りつけてゆく。
足許を緩やかに締めつけるしなやかなナイロン生地に、生温かい唾液がおびただしくしみ込んでくるのを、
少年は苦笑いしながら迎え入れた。
達也のやつも、こんなふうにされているんだな――と、吸血鬼のもう一人の恋人のことを思い浮かべながら。
20分後。
保嗣は失血に蒼ざめて、息も絶え絶えになっていた。
ひざ下までぴっちりと引き伸ばされていたハイソックスは半ばずり落ちて、吸い残された血潮に濡れている。
あちこちにつけられた咬み痕は、赤黒い斑点をあやしていて、吸血鬼のしつようさを母親の視線にあますところなくさらけ出している。
息をのんだ母親は、すでに首のつけ根に食い入る牙のために、ひと言も口をきけなくなっていた。
侵入者は、息子のハイソックスだけではなく、自分がいま脚に通している肌色のストッキングまで狙っている――
そうわかっていながら、もうどうすることもできない。
「ヤスくん、視ちゃダメよ・・・」
ひそやかな声を無視して、保嗣は姿勢を崩していく母親から、目線をそらそうとはしなかった。
競技のあとで。
2020年01月12日(Sun) 09:41:23
競技場へ入っていく女学生たちの、グレーのハイソックスに包まれピチピチはずむふくらはぎよりも。
交通整理に熱中するスタッフのお姉さんたちのタイトスカートのすそから覗く、肌色のストッキングの脚たちよりも。
きょうの”彼ら”の興味を惹くのは、グラウンドを駆け回る選手たちの、短パンからむき出しになった脚、脚、脚。
当校のユニフォームは、緑。相手校のそれは、赤。
どちらにも目移りするのは、ユニフォームカラーと同じ色のストッキングに包まれた、筋肉質の脚だった。
脚に咬みつく習性をもつ吸血鬼たちの嗜好に従う相手は、男女を問わなかった。
よく見ると。
選手たちは当校の生徒だということがわかる。
逞しさのなかにもどこか童顔を残した目鼻立ち。
ストッキングに包まれた筋肉も、どこか伸びやかで柔らかそうだ。
それを彼らはすでに、口許の奥に隠した牙で識っている。
行き交う彼我の選手たちへの喝さいをよそに、
スポーツに鍛えた身体をめぐる血潮に飢えた喉が欲望にはぜるのを、彼らはじりじりとしながらこらえている。
「だれがお目当てなんだね?」
間島幸雄(42、仮名)は、傍らの吸血鬼を振り返る。
スラックスの下に履いた通勤用の薄手の長靴下は、すでに彼の餌食になって、
肌の透けるほどの裂け目をつま先まで走らせてしまっている。
軽い貧血を憶えながらも、間島は相棒をからかわずにはいられなかった。
「もちろん、あんたの息子さんさ」
吸血鬼はくぐもった声でそう応えると、にやりと笑った。
間島は露骨に顔をしかめてみせる。
「泥だらけのストッキングにご執心とは思わなかったな」
「いや――履き替えてくるよ、きっと。俺に咬まれるのを予期しているからな」
選手たちのほとんどは、すでにいちどは咬まれた経験を持っている。
そして、自らの足許に注がれた熱い視線を、試合の合間合間に露骨に感じ取っては、スタンドを振り返り、尖った視線を送り返すのだ。
「試合の邪魔はしないでくれ」と言いたげに。
試合後。
間島は連れだって歩く悪友の目が異様にぎらつくのを感じ取った。
向こうから、ユニフォーム姿の息子が歩いてくる。
ジャージに着替えることもなく、短パンから覗く太もももあらわに陽の光に曝して、帰り道を急いでいた。
吸血鬼の予言どおり、少年が脚に通したストッキングは、真新しいリブを陽に当てて、ツヤツヤと輝いていた。
「じゃあな」
吸血鬼は間島に一瞥をくれると、待ちかねたように少年の方へと走ってゆく。
視界の遠くで、少年をつかまえた吸血鬼が性急になにかを囁くのを、
囁きを耳にした少年が、露骨に嫌そうな顔をするのを、
そのくせ促されるままに、近場の物陰へと姿を消してゆくのを、
間島はじいっと見つめ、それからため息をつく。
家にまで行く気だな――と、間島は直感した。
吸血鬼が彼の留守宅を訪れるようになって以来妻は彼に対して優しくなり、
冷え切っていた夫婦の関係に、好転の兆しが訪れている。
競技場の近くにそびえる廃工場の裏庭は、かっこうの場所だった。
すでに先客が何組か、一定の距離を隔てて横たわったり抱きすくめたり、絡み合ったりしていた。
そのなかの半数はチームメイトであるのを見届けると、間島達也(17、仮名)は、男を見あげた。
「なかなか良いプレイだった」
「小父さん、スポーツのことわかるの?」
「いや、全然」
「なんなんだよ」
「フォームがきれいかどうかは、スポーツなど知らなくても、観ればわかる」
なおもなにか言おうとした少年の唇を、吸血鬼の飢えた唇がふさいだ。
長い口づけは、どのカップルにも共通らしい。
すでに横たわっている傍らでも、すこし離れた立ち姿も、秘めやかな沈黙を保っている。
毒気に当てられたような少年の顔つきを面白そうに見守ると、
「横になってもらおうか」と、吸血鬼はいった。
「こう、かい・・・?」
陽の光を吸った草地が、背中に暖かかった。
少年があお向けになると、それを追いかけるように、吸血鬼が覆いかぶさる。
ユニフォームのシャツをたくし上げると、下に着ていたランニングを性急に引きちぎり、乳首に唇を這わせてゆく。
「アッ、ひどいな・・・」
抗議しようとした少年は、ふいに黙った。
そして、長い沈黙が訪れた。
「小父さん、家に来るんだろ。母さんも待ってるよ。おめかしして家にいるからって言ってた。
欲張りだよね?母さんのストッキングも、咬み剥いじゃうんだろ?
そのあとなにをしているのかも、ぼくはよく知っているからね。
今度、いつかは、父さんに言いつけちゃうからね・・・」
小さくなっていく抗議をくすぐったそうにやり過ごしながら、
すでにじゅうぶんに舌触りを楽しんだストッキングをもうひと舐めすると。
擦りつけた唇に隠した牙を、しなやかなふくらはぎの肉づきに、グイッと力を込めて刺し込んでいった。
許された逢引き。
2020年01月07日(Tue) 08:07:30
くぐもったような電話機の音が、部屋に鳴り響いた。
「あなたじゃない?」
母の気づかわしそうな声。
エプロンの下のスカートは、裏地を父以外の男の粘液で濡らされているはず。
その相手が誰だかを、父も俺も良く知っているけれど――あえて口には出さない。
受話器を取ると、父も俺もヤツの仕業――と思っているその本人の声が響いた。
「お袋さん、ご馳走様。久しぶりのよそ行きのスーツ、美味しかった」
「よけいなこと言うなよ」と、わたし。
「ところでさ」
彼は改まった声で、いった。
さっき、俺がこの街に初めて連れてきた婚約者の首すじを、咬んだばかりの男。
今朝お袋を襲って、夕方には彼女を咬んでいった。
お風呂と妹で母娘丼を楽しんだ男は、こんそは嫁姑を二人ながら愉しもうとしている。
そんなシチュエーションに昂りを憶えて、協力者になってしまう、不埒な俺――
「夜10時。〇時△分、ホテル××801号室。来てほしい」
それは、遠方から訪問してきた彼女が独り泊った部屋だった。
わざと半開きにされている、部屋のドアごしに。
「ああ・・・っ、ああ・・・っ、ああ・・・っ・・・」
悩ましい声がひめやかに洩れてくる。
ドアのなかを恐る恐る覗くと、そこに佇むのは昼間のワンピース姿のままの彼女。
吸血鬼の熱っぽい抱擁に身をゆだね、まつ毛を震わせて、
だらしなく半開きにした可愛い口許から、悩ましいうめき声を洩らしている。
「えっ・・・?」
抱擁を解かれてこちらを見た彼女は、俺を見て身をすくめた。
「わかってくれてるから大丈夫」
ヤツはもの慣れたようすで、とっさに彼女を黙らせる。
友人の彼女や婚約者、妻を次々と堕とした男だ。
俺のフィアンセは、なん人めになるのだろう?
足許に唇を近寄せるヤツを前に、おずおずと脚を差し伸べる彼女。
ストッキングを破らせながら、吸血される歓びに目ざめていった。
そして俺も、彼女を吸血される歓びに、目ざめていった。
未来の花嫁の純潔さえ捧げ抜いた一夜。
代わりばんこに血を吸われた俺たちは、幼なじみの奴隷と化して、朝を迎える。
ライン。
2020年01月07日(Tue) 07:55:56
婚約者を伴っての里帰り。
吸血鬼の幼なじみに襲われた彼女は、その場でラインを交換してつながった。
現代はとても便利だ・・・と、のんきなことを考えてしまった、不覚なわたし――
わたしは実家に泊り、彼女はひとりホテルに泊まる。
何しろここは、都会から遠く離れた土地だから。
ホテルのロビーで彼女と別れてすぐ、ラインが鳴った。
ヤツからだった。
「彼女が俺と密会したがってる。夜這いをしても好い?^^」
好いわけがない――そう返答しようとした手の指がとまる。
いったいいつの間に、彼女はヤツと連絡を取ったのか?
それともヤツの嘘なのか?
逡巡する間もなく、彼女からのラインが入る。
「今夜、さっきの方に誘われました。私の血を吸いたいと仰るの。お逢いしても良いですか?もしOKなら、心細いので一緒にいてほしいです」
「きみは血を吸われても平気なの?」
「あなたの街の風習ですよね」「大丈夫です」
わたしはひと呼吸置いてから、レスを入れる――
「彼を連れてきみの部屋へ行きます」
いったい、どういう夜になるのだろう・・・?
どちらの意図で・・・?
2020年01月07日(Tue) 07:48:28
婚約者を伴っての里帰り。
俺は彼女を幼なじみに引き合わせていた。
彼の正体は吸血鬼。
かつては俺の血を吸い、お袋の血を吸って、ついでに筆おろしまでしてしまった間柄。
俺は一体、何をしに来ているのだろうか?
幼なじみに婚約者を紹介するため?
若い女の血を欲しがる悪友に、獲物をあてがうため?
きっとそのどちらでもあるのだろう。
まだなにも知らない彼女は、よそ行きのスーツのタイトスカートのすそから、
健康そうなひざ小僧とふくらはぎを、なまめかしいストッキングごしに美味しそうに透き通らせている――
チャレンジャー
2020年01月07日(Tue) 07:32:02
里帰りをしてひさびさに、幼なじみの吸血鬼に会ったときのこと。
彼が突然、獣めいた目つきになった。「見慣れない若い女がいる」
まさか、血を吸いたいとか言い出すなよ・・・と思ったが、案の定だった。
街の女たちなら、彼の正体も欲求のほども知っていて、ほどほどに相手をしてくれるのだが、
他所から来た女では、なかなかそうはいかないはず。
「全くお前は、チャレンジャーだな」
あきれてみせる俺のまえ、
「けれどあの女なら、すべてを失うリスクを取っても良い」
なんて言い出しやがった。
「ちょっと待ってくれ、話をつけてきてやるから」
踊り出そうとする彼をとっさになだめて、女のところに飛んでいった。
駆け戻る俺の背中を見つめながら女は佇みつづけていて、
ふたたび彼を伴い取って返すと、
あいさつもそこそこに彼は女の首すじを噛んでいた。
路上で組み伏せ抑えつけ、気絶した女のうえから起きあがると、彼はいった。
「お前の婚約者だったのか!?」
血を吸った相手の意識を読み取る能力が、困ったところで発揮された。
「お前こそチャレンジャーだな」
彼女の血をしたらせながら感心してみせるヤツの頬ぺたを、俺は軽くひっぱたいていた。
「愛する女(ひと)」が「信頼できる女」に ~里帰り~
2020年01月03日(Fri) 08:51:16
高校を出るまで棲んでいた故郷の街に、彼女を伴って帰ったのは、結婚の約束をしてすぐのころだった。
「あなたのすべてを知りたい」と望む彼女に、故郷のことを打ち明けるのは勇気が要った。
彼女に嫌悪されて、せっかく得た恋を喪ってしまうのが怖かったから。
けれども彼女は、ぼくが思っていたよりもずっと、強いひとだった。
「なあんだ、そんなことか。面白そうじゃない」
ふつうの女性なら、卒倒するかもしれないことを軽々と乗り越えてくれたのは、彼女の強さのおかげだと、いまでも思っている。
そんな彼女が、都会ふうのワンピースを身にまとい、ぼくの傍らで背すじをシャンとひき立てて、ハイヒールの音を響かせている。
胸ぐりの深いワンピースから覗く肌は滑らかで白く、クリーム色のストッキングに包まれた足許は艶やかに輝いている。
「タカシが美味しそうな女を連れて戻ってきた」
そんな声にならない声が、街のあちこちからあがるのを、ぼくは感じた。
ごくふつうの閑静な住宅街のそこかしこに吸血鬼が潜み、人間と穏やかに共存しているこの街では。
人妻が襲われて生き血を吸われ、ことのついでに犯されてしまうことが、ごく日常的にくり返されている。
結納の席で顔を合わせた両親のところには、まっすぐ目ざす必要はない。
ぼくたちが実家よりも先に訪れたのは、ぼくの幼なじみの棲む邸だった。
濃いツタに覆われた古びた壁を持つこの邸で、彼は独りで喫茶店を営んでいた。
「こちら、新藤佳世子さん。学生時代からの付き合いで、こんど結婚することになったんだ」
ユウと呼ぶこの幼なじみは、吸血鬼。
物心ついたころから一緒に遊んできたので、気がついた時にはもう、血を吸われる関係になっていた。
「脚に咬みつく癖があってね。おかげで中学のころは、ライン入りのハイソックスを何足も汚されて困ったっけ」
ぼくがそういって苦笑いすると、寡黙な彼も同じような苦笑いを恥ずかし気に浮かべて、
照れ隠しに熱心にコーヒー豆を挽きつづけた。
彼がちょっとはずしたとき。
「ぶきっちょそうだけど、悪い人ではないわね」
と、佳世子さんはこっそりと、ぼくに囁いた。
長男の嫁は最低一人は吸血鬼の相手をしなければならない――
彼女には当地のそんな風習を打ち明けてたうえでプロポーズした。
奇妙な風習の存在に戸惑いながらも、彼女はその場で結婚のOKをくれた。
いちおうお店だから、支払いはしてもらうけど――と、彼は前置きして、意味ありげに訊いた。
「支払いは現金?それとも・・・」
濁した語尾に物欲しげな風情を隠しおおせたことを、あとで佳世子さんは「さすが」と感心してみせてくれた。
「エ、エエ。御挨拶代わりに、私もタカシくんと同じくしてもらおうかな」
ボーイッシュにそう応えると、
佳世子さんはクリーム色のストッキングを穿いた脚を見せびらかすようにして、さりげなく前に差し伸べた。
佳世子さんの傍らにかがみ込んだユウの唇が、クリーム色のストッキングの足許にゆっくりと近寄せられてゆく。
時間を止めてしまいたい衝動をこらえながら、ぼくはドキドキとした視線を彼女の足許に這わせていた。
「あなたの視線のほうが怖かった」と、あとで佳世子さんは笑ったけれど――ぼくはぼくなりに、しんけんだった。
最愛の彼女の生き血を、幼なじみに捧げる神聖な儀式だったから。
彼の唇がストッキングの上に吸いついて、心持ち舐めるように這いまわり、それからギュッと力がこもる。
「ぁ・・・」
その瞬間。
佳世子さんはわずかに顔をしかめて、額に手を当てて俯いた。
ちゅうっ。
静かで薄暗い店内に。
佳世子さんの血を吸い上げる音が、ひっそりと洩れた。
白いワンピースのすその下。
佳世子さんのふくらはぎを吸いつづける唇のうごめきが、整然と織りなされたナイロン生地に唾液をしみ込ませ、
真新しいストッキングがじょじょに裂け目を拡げ剥がれ堕ちてゆくありさまを、
ぼくはただぼう然と、見つめていた――
きちんと装われた都会ふうのワンピースの下、ストッキングだけがむざんに破け、ふしだらな裂け目を拡げている。
吸い残された血潮が傷口を薄っすらと彩っている。
「思ったほど痛くなかった」
佳世子さんは、白い歯をみせて笑った。
愛するひとが、信頼できるひとになった瞬間を実感した。
1時間後。
ぼくと佳世子さんを出迎えた母は、「あらあら」といった。
彼女の脚に通したストッキングが、ひきつれひとつないのを見て取ったのだと、ぼくも彼女も察しをつけた。
「穿き替えくらい用意しているからね」
あけすけにそういったぼくのお尻を、佳世子さんはいやというほどつねっていた。
帰る道々、佳世子さんはいった。
「あたし思うんだけど――結婚式もう少し延ばさない?」
やはりきょうの経験は重すぎたのか・・・ドキリとしたぼくの顔色をすぐに察して、彼女はつけ加えた。
「ううん、タカシくんと結婚するのをためらっているわけじゃないの。
ユウくんが私の血を気に入ったみたいだから、処女のうちに一滴でも多く血を吸わせてあげたいなって」
佳世子さんのふくらはぎに咬み痕がふたつ、綺麗に並んで刻印されているのが、透明なストッキングごしに鮮やかに映る。
「そうしてもらえると嬉しい・・・かな」
ぼくは即座に応えていた。
それ以来。
週末になるとぼくたちはユウの喫茶店を訪れてひとときを過ごし、
彼女のうら若い血液で支払いを済ませた。
ぼくの血も、懐かしがってよく飲まれた。
お互い貧血になりながら。彼女はいった。
「ねーえ。あたしたちの血。いまユウくんのなかで仲良くひとつになっているんだね」
「ふたりは相性が良いと思うよ」
カウンターの向こうからユウくんに合いの手を入れられて、ふたり顔を見合わせて照れ笑いをした。
結婚後、ぼくたちは実家のそばに新居をもった。
就職先も、地元になった。
佳世子さんは都会を捨てて、この街の人になることになった。
ユウくんは、そんなぼくたちを、1年間待ってくれた。
「行ってくるわね」
出勤前の身支度をしてくれた佳世子さんは、いつになく化粧を濃いめに刷いている。
みると、初めてユウくんの喫茶店を訪れたときの、白いワンピース姿だった。
「彼のリクエストなの」
照れ笑いを浮かべる佳世子さんが、なにを言おうとしているのかわかっている。
結婚して初めて、ユウくんに血を吸われに行くのだ。
まだ処女だったころとはちがって、ユウくんは佳世子さんのことを、既婚の婦人として接するだろう。
セックス経験のある女性を襲った吸血鬼が、性行為まで遂げてしまうことを、佳世子さんは結婚のOKをする前から知っている。
「ついてきちゃダメよ。ご主人さまは真面目にお仕事に励んで頂戴」
佳世子さんはひっそりと笑っている。
「すみません、きょうちょっと体調不良で・・・」
ごもごもと嘘の言い訳をする電話口、ぼくの上司は如才なくOKをくれた。
「体調不良じゃしょうがないな。奥さんを大切にね」
彼の奥さんには吸血鬼の恋人がいたっけ。
そう、ぼくの職場では、そういうことは決して珍しいことではない。
喫茶店は表向き、「都合により閉店」となっていた。
ぼくはためらわず、裏庭にまわる。
全面ガラス張りで陽あたりのよい、南向きの応接間――。
佳世子さんの貞操は、そこで喪われるはず。
決して最後まで止め立てしないで、さいごまで見届けるつもり。
ぼくはいちぶしじゅうを見せつけられながら、我慢できずにきっと、昂ってしまうのだろう。
母の時や、妹の時がそうだったように・・・・・・
喫茶店の兄弟
2020年01月03日(Fri) 07:56:14
茶川家の次男坊である誉は、吸血鬼だった。
母親が吸血鬼に襲われて産んだのが、誉だった。
寛大な父親は、四十にもなって出産をした妻をねぎらい、「うちに授かった栄誉だよ」と慰めた。
そして、次男坊に「誉」という名を授けたのだ。
齢の離れた兄は勤勉な青年で、すでに父の家業である喫茶店を手伝っていた。
寡黙で厳しい性格の兄は、母の不貞も弟の存在も、受け容れる事が出来なかった。
「親父がいなくなったら、お前にはこの家から出てもらう」とさえ、言っていた。
父親は長男のかたくなな態度を困ったものだと思っていたが、あえて矯めようとはできずにいた。
学校を出ると誉は、それでも父親の言いつけで、家業を手伝った。
この街では吸血鬼はふつうに人間と同居していたので、
吸血鬼の彼を雇おうという人もいないではなかったが、父親が家業を教えるといって譲らなかったからである。
兄は相変わらず弟につらく当たった。
弟はそれでもおとなしく、力仕事や汚れ仕事を積極的に手伝った。
兄嫁は優しい女で、しばしば兄に隠れて義理の弟に血を与えようとした。
この街で家族に吸血鬼を抱えた家では、ありがちなことだった。
けれども、吸血鬼が既婚の女性の血を吸うときには、相手の女性を犯す習性をもっていたので、
誉は遠慮して、いちども兄嫁の血を愉しもうとはしなかった。
兄もその経緯はそれとなく察していたけれど、弟を厳しく導くことをやめようとはしなかった。
真面目で勤勉な男なので、良い感情を持てない弟につらくは当たっていたけれど、曲がったことだけはしなかったのである。
2年ほどの苦労と引き替えに、弟は家業の手伝いを満足にできるようになっていた。
兄が交通事故で働けなくなったのは、そんなころのことだった。
運転も几帳面だった兄は、事故を起こすような男ではなかったけれど、もらい事故ではいたしかたなかった。
父も年老い、兄の代わりを十分に勤める事が出来なかったので、いちど店を閉めようかという話になった。
唯一反対したのは、誉だった。
誉は家業の店が街の人の憩いの場になっているのを知っていた。
苦労して働きつづけたうえで隠居して手持ち無沙汰になった老人の格好のたまり場だったし、
嫁は姑の、姑は嫁の悪口をひっそり語るための、薄暗い空気もそこにはあった。
受験に失敗して鬱々としている青年を慰めたり、外商に疲れた勤め人のひそかな憩いの場にもなっていた。
幸い誉はコーヒーを挽くことが出来たので、兄が退院するまで店を閉めないという意見には、
父も義姉も、負傷した兄までも同意した。
誉の苦労はそれから倍加したけれど、彼はめげずに働きつづけた。
店をしょって立っていた兄の労苦を思い知るひとときだった。
傍らにいただけではわからない、察することのできない労苦が、そこには潜んでいた。
兄嫁は気を使って、誉に自分の血を吸わせようとしたけれど。
兄の留守中にそういうわけにはいかないと、誉はかたくなに義理立てをした。
本心は優しい義姉のことを慕いながらも、
注意深い兄が戻ってきてすべてを明らかにしてしまうことで、義姉に迷惑をかけるわけにはいかないと思ったのだ。
人間の母親を持った誉の欲する血液の量は多くなかったので、いつも母親が誉に血を与えていた。
穏やかな父親は、誉に我慢をさせることを好まなかったので、誉が自分の妻の血を吸っている間は、長い散歩に出かけていた。
兄はやがて全快して、店に戻った。
誉は何事もなかったように、いつもの雑用のポジションに戻った。
身体の癒えた兄は相変わらずぶっきらぼうに弟に接したけれど、
時おり「代われ」といって、コーヒーを挽く役割を弟に譲った。
狭い街だったので、店に来る人は兄が入院していたことも、腕をあげた弟がなんとか店を守り切ったことも知っていた。
店に来ない人も、店に来る知人を通して、喫茶店の評判を耳にしていた。
それまでは時の流れに見捨てられかけていたような古びた店だったが、
喫茶店はささやかながらも、客の切れない程度に繁盛するようになっていた。
お客のほとんどいないとき、兄が誉に声をかけた。
いつものぶっきら棒な調子だった。
兄に引っ張られるようにして店の裏に行くと、兄はいった。
そこにはウェイトレスとして働いている兄嫁が、まだエプロンをしたまま佇んでいた。
「田津子の血を吸わせてやる」
母さんもいつまでも若くはないからな、と、兄はつけ加えた。
「一時間休みをやる。いまはお客の少ないときだから、店はおれ一人でも回る。
二階が空いているから、そこを使え」
仕事の指示をするときのいつものそっけなさでそういうと、彼は「はい、いらっしゃい」と、新来の客を愛想よく迎え入れていた。
あっという間の一時間だった。
義姉の血で生き返った弟は、前にもましてきびきびと働いたし、
若い義理の弟の熱っぽい抱擁を受け容れた義姉もまた、顔色を少し白くしながらも、活き活きとした立ち居振る舞いをつづけた。
「よくガマンしたな」
ねぎらう父に、兄はいった。
「はまりそうです」
それと察した客に促されて、彼がひとときカウンターを離れたことは、だれも口にしなかったけれど。
居合わせた客と父親ばかりか、当の兄の妻や弟までもそれと察していた。
兄は妻と弟に、1日1時間の休憩を2回与えることにした。
半年後。
頬ぺたの赤い少女が、お店で働きたいと入店してきた。
誉の同級生だった。
働きに出ていた工場が閉鎖になって困っているのだといっていた。
彼女は終始どぎまぎしていたけれど、その理由を兄はすぐに見抜いた。
誉は彼女の意思をいつまでも見抜く事が出来なくて、彼女の勤め先がつぶれたことを本気で信じていた。
兄は誉のぶきっちょさがよほどおかしかったらしく、いつもの渋面を解いて朗らかに笑った。
邪意のない笑いに、事情を知るものも知らないものも、声を合わせて笑った。
少女はすぐに、受け容れられた。
入れ違いに、兄嫁が妊娠した。
どちらの子だかわからないという。
日頃のおとなしさとは裏腹に、決然と「生みます」と目をあげる彼女に、兄もまた「生んでくれ」と力強くこたえていた。
吸血鬼は一生独身でいなければならないんですよね・・・と、少女は憂い顔で兄に囁いた。
「女房や俺のことはいいから」と、兄はいつものぶっきら棒な調子でこたえた。
喫茶店は、その後もずっと繁盛をつづけたという。