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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

輪廻

2020年06月29日(Mon) 07:51:28

  1.帰宅後の習慣

「薄い沓下を履いてくれませんか」
男はわたしに、そう頼んだ。
「ほら、御出勤のときに時々履いていらっしゃる、ストッキングみたいに薄いのがおありでしょう。
 あれを履いてほしいのです」
男の無心は、いかにも風変わりだった。
けれどもわたしには、男の気持ちが手に取るように分かった。
男は吸血鬼で、すでにわたしたち夫婦は、夫婦ながら彼の餌食になっていた。

彼はわたしの知らないところで真っ先に妻を襲い、
洗脳した妻に手引きをさせてうちにあがりこんで、わたしのことを襲ったのだ。

その吸血男は好んで脚を咬む習性があって、
妻は彼に逢うたび、ストッキングをビリビリと咬み破られながら吸血されたのだ。
相手が男では色味がないものだから、
せめて通勤のときにわたしが履いているストッキング地の沓下でわたしの脚を愉しもうというのだろう。
「わかった、履くよ」
わたしはそういって、ひざ丈の沓下を取り出して、脚に巻きつけるようにしてむぞうさに履いた。
男はわたしがわざとぞんざいに履いた沓下のよじれを丁寧に直して、
それからおもむろに、唇を這わせてきた。

ぞくっ・・・とした。

洗脳されてしまった妻の陶酔が、わかるような気がした。
男は妻の脚を咬むときにストッキングの舌触りを愉しんだその手口そのままに、
わたしの脚を舐めまわし、沓下の舌触りを愉しみつづけた。
「あ~」
思わず不覚にも洩らしたため息に、男は満足したようににんまりと笑むと、おもむろにふくらはぎに牙を埋め、食いついてきた。
埋められた牙の周りが、痺れるように痛痒い。
牙が分泌する毒液が、わたしの感覚を麻痺させているのだ。
ちゅっ・・・
かすかな音を立てて、わたしの血が吸い上げられた。
にわかに漂いはじめた血の香気に男は目の色を変えると、
そのままいっしんに、傷口からあふれ出るわたしの血を啜り始めた。
沓下がぱりぱりと裂け目を拡げ、薄地のナイロンの緩やかな束縛がほぐれてゆくのがわかった。


  2.なれ初め

この街は吸血鬼に汚染されている。
そんな妙なうわさを耳にしたのは、すでに住居を定めた後の事だった。
そして、住み始めて一週間と経たぬうちに、買い物帰りの妻が襲われた。
男は妻の着ているワンピースを剥ぎ取ると、裂けた服にわざと血潮を散らばしながら、妻の生き血を啜りつづけた。

既婚の婦人を襲うときには、男女の交わりを遂げてしまうのが、彼らのやり口だった。
そうして口封じをしておいて、女と逢いつづけ、生き血を愉しみつづけるという寸法なのだ。
こんな相手に接するのが初めてな妻は、むろん男の言いなりになった。
妻はわたしが勤めに出ている間に男に呼び出され、二度三度と血を吸われ、
とうとう男に洗脳されてしまったのだ。

けれども妻に言わせると、男にもお人好しなところがあるというのだ。
さいしょに買い物帰りを襲われたとき。
こと果ててしまうと男は頭を掻いてぶきっちょにわびを告げると、
散らばった買い物かごの中身を集めて、妻に手渡してくれたという。
そして、砕けてしまった豆腐や玉子、泥にまみれた野菜は後で届けるからといって、
律儀にもメモさえ取って、あとで家に届けてくれたという。

家を聞き出すための口実じゃないか、とわたしがいうと、妻は男のために反論した。
私が襲われたのは家の真ん前で、家に入ろうとするときに後ろから襟首をつかまえられて引き倒されたのだと。
哀れにも、妻は自宅前の路上に組み伏せられて吸血され、犯されたというのだ。

ご近所にもまる見えではなかったか。
ええ、みなさん何もかもご存知のはずよ。
身の毛もよだつようなわたしの想像を、妻は恐れげもなく肯定した。
周囲の家々は、なにごともないかのように静まり返っている。
昼間も、無人ではないかというほどひっそりとした家なみなのだ。
たまに人が佇んでいても、だれもが生気のない感じで、
あいさつをしても聞こえているのかいないのか、いっこうに張り合いの無い人たちだった。

それがね、襲われてからなんですの。
皆さん、とても愛想がよろしいのですよ。
同じ秘密を共有しないと、新しい人には怖くて話しかけることができないのですって。
妻はそういうと、おっとりとほほ笑んだ。

わたしが妻と男の関係を知ったのは、だいぶ後になってからだった。
勤めから帰宅したときのことだった。
その晩、インターホンを押しても返事がないのを怪しんだわたしは、
灯りのともったリビングの窓を横目に自分で鍵を開け、家に入った。
そして灯りのついているリビングに入っていくと、
妻が見知らぬ男にじゅうたんのうえに抑えつけられて、ふくらはぎを吸われていたのだ。
人の気配に身を起こした男の口許がべっとりと血に濡れているのを視ても、状況がすぐには呑み込めなかった。
けれども男は、わたしが唖然として立ち尽くすのをみとめると、
ふたたび妻の脚に唇を吸いつけて、チュウチュウと音を立てて妻の血を吸いはじめたのだ。
――この街には吸血鬼がいる。吸血鬼に汚染されているんですよ。
同僚の耳打ちが記憶によみがえったとき、男はふたたび顔をあげると、身をひるがえして開け放たれた窓から逃げ去った。
妻はワンピースを剥ぎ取られて半裸の状態。
穿いたままのストッキングは、みるかげもなく咬み剥がれていた。
むざんに裂けた衣類が、妻に対する吸血鬼の所業のすべてを物語っていた。
やって来る吸血男のために、妻がわざわざストッキングを脚に通して待っていたなどということは、
そのときにはまだ、思いもよらないことだった。
吸血鬼の逃走を許したあとに残された夫婦が、どのような会話で事実を伝え、知ったのかは、ご想像にお任せしたい。

次の日の夕方、わたしは身構えるようにして帰宅した。
妻は吸血鬼の来訪を許していると言ったからだ。
なん度も呼び出され血を吸われているうちに、意のままにされてしまっている、とも言っていた。
案に相違して、妻は一人でリビングにいたらしく、インターホンに応じて玄関まで迎えに出てくれた。
やつは来なかったのか?と訊くわたしに、エエ、まあ・・・と、妻はあいまいな返事をした、
白昼に情事を愉しんだのか?
わたしは妻を責めなければならないと思った。
その時だった。
背後から迫った吸血鬼がわたしを羽交い絞めにして、首すじに食いついてきたのは。

気がついた時には、ワイシャツを血で濡らしながら、わたしは吸血鬼相手に生き血を気前よく振る舞ってしまっていた。
夏場に好んで履いていたストッキング地の沓下の足許をやつが気にしていると気づくと、
自分のほうからスラックスのすそを引き上げて、咬み破らせてしまっていた。
こうしてわたしたちは、この家に棲みついてひと月と経たぬうちに、夫婦ながら吸血鬼の奴隷と化していた。


  3.日常

それ以来。
男は三日にあげず、人の生き血を求めてわたしの家を訪れた。
専業主婦の妻は相変わらず買い物帰りを狙われたが、
帰宅の道すがら男に声をかけられると、買い物かごを傍らにおいて吸血に応じていった。
最初の時と違って、うろたえて必死で抗うようなことはなかったから、買い物かごの中身はいつも安全だった。
男とよほど打ち解けた関係になっても、
また、ご近所のほとんどが吸血の習慣を受け容れていて、彼女の対応を好意的に認めていたとしても、
やはり路上での辱めには、抵抗があったのだろう。
多くの場合彼女は、自宅に男をあげて逢瀬を過ごすようになっていた。
男のほうでも、「ここではなんですから・・・」としり込みする彼女の言い分を認めて、
招かれるままにわたしの留守宅の敷居をまたぐようになっていた。
もちろん――外での辱めをこれ見よがしに愉しむという、とてもいけない行為を、あえて愉しむことはあったのだが。

男は確かに、人が好かった。
妻の血を吸いに来るときには、あらかじめわたしが不在の時を択んで訪れてきた。
わたしが居合わせたとしても、彼の行為を止めることはできなかったから、
あえてそういう羽目に陥らせないようにと気を使ったのだ。
男が家に電話をかけてきたとき、ウッカリわたしが出てしまうことも時々あった。
そのときには彼は悪びれず、電話の糸を告げると、妻への取り次ぎを願ってきた。
さすがのわたしも気分が悪くなり、かけ直してくれと断っていたのだが、
考えてみればかけ直すこと自体は認めていたわけだから、
それ以後は思い直して、妻あての電話は必ず取り次いでやることにしていた。
わたしもわたしで、人が好かったのかもしれない。

わたしが在宅の時に妻の血を吸いに来るときには、彼は律儀にも、わたしのために地酒を持ってきてくれた。
亭主が酔っ払って、前後不覚になっている隙に妻をいただこうという寸法なのだ。
男が弄する見え見えの手に、わたしはわざと引っかかって地酒を楽しみ、
彼は彼で、おなじリビングのなか、エプロン姿の妻に迫って、欲望を遂げていた。

男の持ってくる酒は決まって最上級の酒で、地元でもなかなか手に入らないものだった。
わたしは男に、先にわたしの血を吸ってからにし給えといい、
男はわたしの言にしたがって、わたしを咬んでから妻を餌食に組み敷いていった。
妻を庇って先に血を吸われ、抗拒不能になってからなら、妻を襲われても言い訳が経つという、
姑息な言い訳が欲しかったのだ。
けれども男は明らかに、わたしの血にも魅せられていた。
三十七歳の働き盛りの血が男を魅了することに、わたしのほうでも、ひそかな満足感を見出していたのだ。


  4.遺言

  遺言状

わたしは、わたし自身の体内をめぐる血液の全量を、親愛なる貴兄によろこんで進呈します。
条件は、貴兄に美味しい美味しいといって飲み味わっていただくこと、それだけです。
わたしの死後は、長年連れ添った家内の貞操を、貴兄にゆだねます。
家内の生き血を愉しんでいただくことは、入居以来の念願でしたが、
わたしからあらかじめ希望した家内に対する吸血行為を好意的にかなえていただいたことに対する感謝のしるしとして、
家内を貴兄の愛人の一人に加えていただくことをお願いする次第です。
かなうことならば、わたしに対する最期の吸血の際、貴兄が家内の肉体を愛するようすを確かめてから逝くことを希望します。
この切なる願いを、どうぞ叶えてくださいますように。

こんな願いをする夫が、どこの世界にいるだろうか?
おかしい。なにかが間違っている。;
わたしは心の中の葛藤と戦いながら、それでも男のメモ通りの遺言状を自筆でしたため、署名をしてしまっていた。
首すじや足許につけられた傷口に帯びる妖しい疼きが、理性を忘れさせたためである。

ウフフ。
彼はわたしの耳もとで、耳ざわりな含み笑いをする。
そしてわたしの手から遺言状を取り上げると、ポケットのなかにねじ込んで、
やおらわたしの首っ玉を掴まえると、首すじにがぶりと食いついた。

キュウッ、キュウッ、キュウッ・・・
強引な吸血の音が果てしなく続き、わたしは身体のなかが空っぽになったような気がした。
血を一滴余さず吸い尽くされたわたしは、横倒しになったまま、
目のまえで男が妻を引き寄せてディープ・キッスを迫り、
妻もまた引き寄せられるまま、わたしの”亡骸”を横目にディープ・キッスに応じ、
二人はお互い慕い合うように身を寄せ合って抱き合い、濃密なセックスを遂げるいちぶしじゅうを、見届ける羽目に遭っていた。
くたばってしまったはずのわたしは、激しい射精にズボンが生温かく濡れるのを感じながら、
血を抜き取られて身じろぎひとつできなくなったのを、ひたすらもどかしがっていた。


  5.輪 廻

わたしを弔うために脚に通された黒のストッキングが、家内の細い脚を薄墨色に透き通らせている。
片方だけ穿かれたストッキングは、ふしだらにソファの背もたれに絡みついていたが、
脚の主は背もたれの向こう側にいて、情夫の愛撫にひたすら酔わされている。
法事帰りの喪服姿のまま、妻はソファに押し倒されて、
夫の恨めし気な視線を意識しながらも、不倫の愉悦に耽っているのだ。

いまの身分も、わるくないと思い始めている。
吸血鬼に生まれ変わったわたし。
さいしょに口にしたのは、妻の生き血だった。
せめてもの罪滅ぼしにと、妻は自分の血を惜しみなくあてがってくれた。

けれども、妻はあくまでもあの男の獲物である。
わたしは男から人の狩り方を教えられ、
手始めにお隣の五十年配の奥さんを襲って血を吸った。
口許に散った生温かな血潮の歓びを覚えてしまうと、
突き上げる支配欲がわたしの行動を規定した。
お隣の奥さんは、かつてわたしたち夫婦がされていたように、ご主人の視ているまえでの吸血行為を強制されて、
もちろん、不倫の悦びに耽る恥ずかしい有様まで、ご主人のまえでさらけ出してしまった。

ご主人はこうしたことには慣れていて、寛大にもわたしの所業を許してくれた。
そして、わたしが地酒を提げてお邪魔するときだけは、歓迎してくれた。
地酒は当地でもなかなか手に入らない、最上級のものにしていた。

意外。。。

2020年06月27日(Sat) 09:26:52

この街に住むようになったなら。
自分はもちろんのこと、家族全員が吸血されると聞かされていた。
母は48。妻は24。
当然妻の身辺に、神経をとがらせていた。
けれども意外や、さいしょに狙われたのは母だった。
それも相手は、わたしと同年代の吸血鬼。
勤務先の、取引相手の社長の息子だった。

「いえいえ、お取引とはまた別問題ですから」
むしろそのことは、気にしなくて良いとまで言われた。
「気にしなくてッて言われても、ねぇ・・・」
父と2人で、顔を見合わせた。
定年を前に楽隠居を決め込んだ父は一日じゅう在宅しているから、
長年連れ添った妻が息子と変わらない齢の男に抱きすくめられるのを、始終見せつけられる羽目になっていた。
わたしはわたしで、
「母親を征服した男」
と、毎日顔を合わせる羽目になっていた。

この街の吸血鬼は、既婚女性を襲うと男女の関係まで交えるという。
けれどもしり込みする母を、彼は無理強いしようとはしなかったという。
償うつもりになったのか、せめてものことと、母は彼の気に入るように、よそ行きのスーツ姿で彼と逢うことにしているという。
ストッキングを穿いた脚に好んで咬みつく習性を持つ吸血鬼のために、
真新しいストッキングを毎日のように、脚に通すようになっていた。

「認めてやることにしたよ」
一カ月経って、彼と母との交際を許すと宣言した父は、むしろ晴れ晴れとした顔をしていた。
彼好みの若作りをするようになって、母はみるみる若返っていった。

彼の父親が妻に目を付けたのは、それからすぐあとのことだった。
じつは、最初の顔合わせの時以来ご執心だったという。
けれども慎重な彼は、自分の息子がうちの母にアタックして成功するまで、満を持していたという。
嫁の浮気について夫のつぎにうるさいはずの姑は、浮気相手の息子のために、とっくに”陥落”してしまっている。
ここまで腰を据えられて、敵うわけがあるだろうか?
そもそも、彼らへの献血を承知することを条件に、この街に逃れてきたのだから。

息子が母親を狙い、父親が息子の嫁を狙う。
「ああ、なんといやらしい」
父とわたしは苦笑いを交わしながら、
それぞれの情夫に伴われて夫婦の寝室に引き取る女たちの背中を見送っている。

朝の散歩。

2020年06月27日(Sat) 08:18:08

朝。
犬を連れて、散歩に出かける。
このごろは暑い日中が続いていたけれど、
梅雨空もまだ折々顔を出していて、今朝の空も、薄どんよりと高い雲に覆われている。
ハーフパンツの下には、太めのリブが流れるねずみ色のハイソックス。
背すじを伸ばして、リードを提げ、いつものとおり近くの公園に出かけていった。

妻は犬とおそろいのリードを提げて、夕べ遅くに出かけていった。
夕べは漆黒のワンピースに、黒のストッキング――そう、喪服姿で出かけていった。
べつにお通夜というわけではない。
上品なスーツ姿に首輪をされて、吸血鬼の男友だちと、ひと晩愉しい夜を過ごすのだ。
愛犬とお揃いのリードでつながれた妻は、いろんなことを教え込まれて・・・
帰宅すると、若いころの驕慢さを忘れたように、従順な専業主婦にすり替わっている。

犬を放してやると、嬉し気にしっぽを振って、芝生の上を駆けていった。
ベンチに独り腰かけていると・・・やはり今朝も現れた。
この街の吸血鬼は、朝日を浴びても平気なのだ。
脛毛を見せるのが嫌で、ハイソックスを履く習慣を持っていたけれど。
彼らはハイソックスを履いた脚に好んで咬みつく習癖を持っていた。
「いつも悪いね」
と言いながら。
そいつはわたしの足許にかがみ込んできて、
ふくらはぎに痛痒い一撃を加えて、牙を埋め込んできた。
ちゅうっ。・・・
ひそやかに洩れる吸血の音を、
吸うものも、吸われるものも、シンと押し黙って聞き入っていた。
行為の最中。
駆けまわるのを止めた飼い犬は、わたしから数メートル離れた正面で、お行儀よく「お座り」をして、
飼い主の愉しみを見守っている。
這わされた唇に浮いた血潮がハイソックスにじわっとしみ込んで、
濡れた生温かさが、じわじわと拡がっていった。

家に戻ると入れ違いに、制服姿の娘が出てきた。
「お、早いね」
わたしが声をかけると、娘は口をとがらせて、いった。
「きょうは学校じゃないから」
あ、そう。
わたしは間抜けな顔をして、出かけてゆくセーラー服の後ろ姿を見送った。
濃紺のプリーツスカートのすその下、
肉づきの良いふくらはぎを包む真っ白なハイソックスが、真新しいリブをツヤツヤとさせていた。

娘とすれ違って、あの男が追いかけてきた。
やっぱり・・・と思った。
家の門の前で待ち受けると、男はわたしの足許にかがみ込んで、ハイソックスを抜き取ってゆく。
今朝の戦利品をむぞうさにポケットに突っ込むと、
遠ざかってゆくセーラー服姿を追いかけていった。
やつの唇を通して、わたしの血と、娘の血とが、織り交ざって。
干からびた血管を生温かく染めるのだろう。

失血の招いた眠気が、わたしの脳裏を染めてゆく。
さて、もうひと寝入りしようか。
そのあいだに、妻も、娘も、帰ってくる。
二度寝から目覚めたら。
昨夜過ごした淫らな記憶を消し去った顔つきの妻に、いつものようにおはようと挨拶を交し合う。

【寓話】喪服の好きな吸血鬼

2020年06月26日(Fri) 08:56:26

喪服のご婦人を好む吸血鬼が、あるご夫婦を狙っていた。
そのご夫婦は、彼が永年棲みついたその街に、つい最近引っ越してきたばかりだった。
亭主の血を残らず吸い取って奥さんを未亡人にし、その喪服姿を狙おうと、物騒なことを思いかけたが、
そんな凝ったことをするまでもなく・・・
ある晩とうとう、法事帰りの奥さんを襲って、欲望を成就させた。

亭主を死なせてお前を独り占めにしてしまおうか?とうそぶく吸血鬼に、奥さんは、
「良い人なのでどうか死なさないで。その代り私が毎晩、お相手しますから」とこい願った。
吸血鬼は、奥さんの脚から黒のストッキングをビリビリと咬み剥ぎながら、それでよろしいと頷いた。

ご主人は、奥さんが毎晩喪服で出かけてゆくのを不思議がって、
ある晩あとをつけてみた。
奥さんが首すじを咬まれ、黒のストッキングを穿いたふくらはぎを咬まれて吸血されるのを見たけれど、
あまりにも仲良く調子を合わせて、ウットリとして相手をしているのに気がつくと、
調子に乗った吸血鬼が奥さんの喪服を引き剥いで、白い肌もあらわに愛し抜くところは見てみぬふりをして家に戻った。

寵愛のあまり毎晩誘われた奥さんが貧血になると、
ご主人は奥さんの喪服を身に着けて、吸血鬼に逢った。
女装好きなご主人のために、奥さんは自分の服を自由に着て良いと、以前から許していたのだ。
「わたしが身代わりになるから、どうか家内を死なせないで欲しい」とこい願うご主人を、
吸血鬼はどこまでも淑女として扱った。
ご主人の意外にスマートな脚から、奥さんの黒のストッキングをビリビエリと咬み剥いで、
女どうぜんに愛したのだ。

それ以来。
夫婦は代わる代わる婦人ものの喪服を身にまとい、吸血鬼の相手をするようになった。

唐突なる「なん年か後」。

2020年06月15日(Mon) 19:05:50

前作をもって、1月12日あっぷの「競技のあとで。」以来ずっと続いてきた一連のお話の、一応の大団円といたします。

長かった。。。

異様な愛情表現の連続でしたが、
たんに奇をてらう目的ではなくて、
異性か同性か
ということも。
近親かそうでないか。
ということも。
場合によっては障害とはならないというお話にしてみたつもりです。
こだわりを忘れて愛し合った彼らに、幸いあれ。

ひとつのシリーズで5カ月も引っ張ったというのは、本ブログ始まって以来のことでしたし、
同性どうしの関係をこれほど前面に出すのも、初めてだったと思います。
いままでよりも嗜好が特段変わったわけでもなんでもないので、
(いつもどおり”お約束”な姑崩しも出てきましたし 笑)
どうしてこういうお話ばかりが連続したのか、自分でも説明に困るのですが。。。
ここの読者の方は、「いつものこと」と、さして気に留めずに流してくださるものと信じます。

このシリーズが時に復活したとしても、
いままで描いてきたお話同様、
相互の関係は他の話を読まなくてもわかるよう、描き進めるつもりです。
細かい矛盾点や齟齬はいままでのお話同様、きっと出てくると思いますので、
いまは過去となったこれらのお話をわざわざ念頭に置かずに読んでいただけてもだいじょうぶな造りになると思います。

なん年か後。

2020年06月14日(Sun) 11:56:01

なん年か後。
保嗣が、とびきりの美人と結婚した。
相手は、畑川家よりだいぶあとにこの街に赴任してきた家族の長女・優香である。
披露宴の日。
新郎新婦に真っ先にビール瓶を持って行ったのは、いうまでもなく達也だった。
「おめでとう。とうとうミス●●を花嫁にしたね」
達也に少し遅れてお酒を注ぎに来たのは、達也の次に親しい友人と、彼に連れられたそのまた友人。
いずれも父同士が同じ勤務先という間柄だ。
新来の彼は、達也とは初対面である。
保嗣は気楽に、達也を紹介する。
「こちら、間島達也君。中学から同級でね、じつは花嫁の純潔も彼がゲットした」
「え・・・?」
不得要領な顔をした新来の彼はとっさに保嗣の隣席を見やったが、新婦はお色直しのため中座していた。
「お色直しの最中はね、高校時代の同級生にお祝いされているんだよ」
「純白のウェディングドレスに憧れるやつは、やっぱり多いからな」
達也は物分かりの良い顔つきをした。

「支配するみたいに、強引に迫りたい」
保嗣の花嫁の純潔を欲しがる達也は、そういって親友に迫った。
さいしょは保嗣が未来の花嫁として達也の家に同伴したときのこと。
ピンクのスーツを半脱ぎにされながら、優香は強引に達也に血を吸い取られ、虜にされた。
それからしばらくの間は、保嗣に同伴されながら、達也に処女の生き血を捧げ続け、
時には保嗣に黙って二人きりで逢瀬を共にした。
処女喪失は、血を吸い取られた保嗣の眼の前で。
それが、保嗣が花嫁の純潔を譲り渡す条件だった。
「きみの花嫁だからこそ、襲いがいがあるんだよ」という達也に、
「きみが彼女を犯すところをぼくが視ていれば、三人で初体験を共有できるね」とこたえる保嗣。
さいしょは女装姿のまま達也の嫁になろうとさえ想っていた彼にとって、
男として結婚式を迎える前に未来の花嫁の純潔を彼に捧げることに、なんの抵抗も抱かなかった。

保嗣の結婚相手は、二転三転している。
さいしょは達也。
達也の嫁として、支配されながらの新婚生活を夢見た時期もあった。
ところが達也が、「保嗣の嫁を寝取りたい」と言い出したことから、計画は変更に。
つぎに白羽の矢が立ったのは、達也の彼女だった月川ヨシ子だった。
すでに達也の彼女だった段階で、吸血鬼に処女を捧げていた。
もちろん、達也のはからいだった。
もとは達也の彼女。
達也が吸血鬼に捧げたあと自分のものにして、
そのうえで保嗣のところに嫁入りをする――
結婚後はもちろん、吸血鬼とも達也とも、不貞関係を継続する。
そんな隷属的な立場に、保嗣はマゾヒスティックな歓びを覚えた。
「楽しい新居になりそうだね」
そういって目を輝かせたけれど。
ヨシ子はどうしても達也に責任を取らせたいと言い張って、つい先日達也と婚礼をあげたばかりだった。
やがて保嗣の前には、決定的な女性が姿を現す。
それが優香だった。
※月川ヨシ子・・・前作「女装で登校。」(3月15日あっぷ)に登場。

吸血鬼が達也の未来の花嫁の処女をいただき、
達也が保嗣の未来の花嫁の処女を愉しむ。
「まるで食物連鎖だね」――そういいながら、目のまえでくり広げられた、目のまえの花嫁の処女喪失の儀式。
昂りのあまり鼻血を抑えながら、
「おめでとう。すっかり見せつけられちゃったよ」
という保嗣に、
「少し硬いけど、優香さんはいい身体してるよ」
と応える達也。
嬉し、羞ずかしの初体験に舞い上がっていた優香は、細い腕を達也の肩に回して、
「私、もっと花嫁修業したいわ、保嗣くんのまえで見せつけてあげて」
と、自ら大胆に誘っていった。

新郎新婦の席に挨拶にやって来た新来の彼は、そんなことは夢にも知らない。
けれども新来の彼を連れてきた高校の同級生は、あらかたを知っている。
達也と保嗣が男女の契りを結んでいることも。
保嗣が達也に、未来の花嫁を捧げたことも。
そして新婚生活も、不貞の連続に彩られるだろうことも。
なぜなら同級生のほうの彼は保嗣に、自分の彼女を紹介してしまっていたから。

しまったと思ったときには、もう遅かった。
彼女は嗜血癖を身に着けた保嗣の腕にその身を巻かれ、
あっという間に首すじに忌むべき接吻を受けていた。
そのまま親友のまえで、彼女の血をチュウチュウと音を立てて吸い取ると、
「このひとを誘惑する権利をぼくにください」と、目力で親友を説き伏せて、
「い・・・いいだろう」と言わせてしまっていた。
ぐるぐる巻きに縛りつけた親友のまえ、純白のスーツ姿の彼女を犯したのが、つい先週のことだった。

何も知らない新来の彼も、近々結婚が決まっている。
「彼の花嫁の身持ちも、確かめないとね」
親友は、保嗣にそっと囁く。
「今度は、達也にまわしてあげなよ。彼、このごろ処女旱(ひで)りだから」
保嗣の言うとおり、達也は同級生や親友の彼女、従姉妹や従兄弟の婚約者と、
ありとあらゆるつてをたどって処女の生き血を獲てきたけれど、
手近につかまえられる範囲の女性たちは、どうやら姦(や)りつくしてしまったという。
「ウン、そうだね。彼はなんにも知らないみたいだから」

キャンドルサービスで友人席をまわったとき。
達也はそっと、囁いた。
「彼女のカクテルドレス、お似合いだね」
「式が終わったら、襲わせてやるよ」
友人代表と新郎との、おだやかならぬやり取りを、新婦は黙って聞き流してゆく。

「なにも知らない人なら、経験豊富な人の方がいいわよ」
来客の見送りのために立った金の屏風のまえ。
だしぬけに新婦が保嗣にいった。
どうして話を知ってるの?
びっくりしている保嗣はこたえずに、新婦はいった。
「私を篭絡する前に、父も母も達也さんが支配してしまうんだもの。
 言うこときくしかないじゃないの。
 でも、いけない貴方の願望どおり、貴方の眼の前で処女を奪われたとき、
 なんだかちょっと、スッとした。
 だから許してあげるの。
 これからは、いいお嫁さんになってあげる。
 不貞の許可と引き替えに・・・ね♪」
さいごのひと言をきいたのは、真っ先に出てきた達也だった。そして、
「新床で待ってる♪」
という保嗣の囁きに軽く頷いて、素知らぬ顔をして通り抜けていった。

間島夫人(嫁)の愛人契約

2020年06月13日(Sat) 20:37:19

(作者より)
ついでに悪い嫁の契約も曝しておきましょう。^^

    ―― 間島夫人さと子の体内に蔵せる血液と貞操に関する契約 ――

第一条 (総則)
 この契約は、間島幸雄(以下甲と呼ぶ)・さと子夫妻(以下乙と呼ぶ)および(吸血鬼、以下丙と呼ぶ)との間に適用される。

第二条 ~ 第五条
 (間島浩之・柳子夫妻と同内容)

第六条 (夫の隷属)
 ①甲は、丙が望む場合には、女性の衣裳を着用し、その身を丙の欲望に委ねなければならない。
 ②甲は、自身の妻であるところの乙を、丙の愛人として認め、かつ自身も丙の愛人として奉仕しなければならない。
 ③甲は、自身の希望により、日常的に女性の衣裳を着用し、女性として生活する事が出来る。
 ④③の場合、甲は、父親、兄弟、息子等家族を含む男性に対して女性として接し、性的交渉を持つことを妨げない。
 ⑤甲がその生活の全部ないし一部を女性として生活する意思を有する場合、乙を含む周囲は甲の意思を
  尊重し、これを妨げてはならない。

第六条 (貞操の公開)
 ①乙は丙との交際を開始する以前から淫乱であったと見做されることにかんがみ、乙は月1回以上、丙の指定する
  不特定の男性と性的関係を結ばなければならない。
 ②丙が自身以外の男性と乙とを関係せしめる場合、甲に対する事前の承諾を要しない。
 ③甲は、丙の求めに応じて、妻であるところの乙を、書面による予告を伴って地域の男性に公開し、
   乙の血液を提供し、また貞操の提供を行わなければならない。
 ④甲が妻であるところの乙の貞操を公開する場合、吸血鬼・人間ともにその対象としなければならない。
 ⑤上記貞操公開において乙を支配する恩恵に浴する権利を得るものは、
  すでに自身の母、姉妹、妻、処女である婚約者、娘等、自己の家族およびそれに準ずる者一名以上を
  吸血鬼の欲望に従わしめた男性に限ることとする。

第七条 (妻の娼婦化)
 ①甲の妻であるところの乙は、自身の責において、月最低四回は町内に所在する予め指定された公共施設に赴き、
   既婚婦人との性行為を求める男性の欲求に無償で応える義務を有する。
 ②上記公共施設において娼婦として勤務する婦人と性的関係を結び得る者は、
  すでに自身の母、姉妹、妻、処女である婚約者、娘等、自己の家族およびそれに準ずる者一名以上を
  吸血鬼の欲望に従わしめた男性に限ることとする。

第八条 (輪姦の許容)
 ①第六条における貞操公開および第七条における娼婦化において、乙が同時に複数の男性と性的関係を
   結ぶことを妨げない。
 ②甲は、第六条・第七条によって、自身の妻であるところの乙が、自身以外の男性と交わる現場に立ち会うことができる。
   当該立合い行為は、月2回を義務とし、それ以上は甲の希望によってこれを行う。

第九条 (不倫の許容)
 ①第六条・第七条によって甲の妻であるところの乙と性的関係を結んだ男性は、乙と継続して性的交渉を遂げる
  ことを妨げない。
 ②①における性的関係の継続の可否は、乙の意思によって決定し、甲は乙の決定に同意を与えなければならない。
 ③乙は、複数の男性と不貞関係を結ぶことができる。この場合、甲は乙の意思を妨げてはならない。

第十条 (特則)
 丙と乙との関係は、甲に事前に周知される以前である昭和××年11月9日に生じたため、
 上記規定と反する一部事象につき、下記のとおり定める。

 ①甲はその妻であるところの乙の体内に蔵する血液および貞操を、自発的意思に基づき丙に
   無償にて譲渡したものと見做す。
 ②甲による丙に対する、乙の貞操に関する権利の譲渡は、丙と乙との関係が生じた時点に
  さかのぼって行われたものと見做す。
 ③上記①・②によって、丙による、乙に対する強姦類似行為は正当化され、当該行為は
  夫であるところの甲の希望により行われ、なおかつ乙も歓び受け容れたものと見做す。
 ④当該行為が初めて行われた11月9日をもって、乙の貞操喪失記念日とし、
  甲が乙に対する丙および丁の権利を認めた12月13日をもって、丙と乙との結婚記念日とする。

間島夫人(姑)の愛人契約。

2020年06月13日(Sat) 19:16:32

(作者より)
これはさっき思い付きで書きました。
もっともらしい正式な文章って、時にエロティシズムを誘発すると思うのです。^^


      ―― 間島夫人柳子の体内に蔵せる血液と貞操に関する契約 ――

第一条 (総則)
 この契約は、間島浩之(以下甲と呼ぶ)・柳子夫妻(以下乙と呼ぶ)および(吸血鬼、以下丙と呼ぶ)との間に適用される。

第二条 (乙の婚外交際について)
 ①甲は妻である乙と丙との間の交際を許容する。
 ②甲は乙と婚姻関係を維持することを得、またこれを義務とする。
 ③乙は甲の夫人の立場のまま、丙の吸血・性交を受け容れるものとする。
 ④甲は自身の妻と丙との交際を認め、妻であるところの乙を丙の食欲および性的欲求に供する
  ことにより、丙への友誼を結ぶこととする。

第三条 (丙の乙に対する血液摂取、および性的行為について)
 ①丙が乙の血液を摂取することを望んだ場合、甲は無条件でその要求に応じなければならない。
 ②丙は乙の体内に蔵せる血液を、その致死量未満まで獲る権利を保障される。
 ③丙が乙に対して吸血行為を行う際、丙が乙との性行為を望む場合には、
  甲は妻であるところの乙の貞操を丙の欲求に委ねることに応じなければならない。

第四条 (許容された行為の無償性)
 乙による丙のための血液および貞操等の供与は、無償で行われる。

第五条 (乙の着衣の毀損・汚損について)
 ①甲は妻であるところの乙に対し、一定以上の品質の衣装を与え、清楚に装わせなければならない。
 ②甲は妻であるところの乙が丙と交際を遂げる際、その衣装の毀損・汚損された場合、
   丙に責めを負わせることができない。
 ③丙が自己の嗜好に基づく衣裳を乙に供与する場合、甲は乙が甲と営む家庭内において
   乙が丙に供与された衣装を着用することを妨げない。

第六条 (乱交の禁止・乙が吸血・性交される者の範囲)
 ①乙が丙との交友を開始するまで貞淑な婦人であったことに鑑み、乙は不特定の男性との性行為を
  強要されてはならない。
 ②丙が自身以外の男性と乙とを関係せしめることを欲する場合には、事前に書面により、
  甲の承諾を得るものとする。
 ③甲は、丙が自身以外の男性と乙とを関係せしめることを欲し、書面による要請を行った場合、
   これを拒むことはできない。
 ④丙は、甲の承諾に依らず、一名に限り自己の代わりに乙への吸血行為・性的行為を結ばせることができる。
 ⑤丙が認めたもの(以下丁)は、丙と同等の権利を有する。

第七条 (夫の協力)
 ①甲は、丙が乙に対して欲するいかなる行為についても、拒んではならない。
 ②甲は、丙と乙との間に結ばれる不貞関係に関し、善良な協力者となるべき義務を有する。
 ③甲は、妻であるところの乙の健康状態を維持するため、丙および丁のために、自己の血液を提供
  する事が出来る。
  なお、 経口的な吸血行為を希望しない場合、「輸血パック」による献血行為を行うことができる。

第八条 (特則)
 丙と乙との関係は、甲に事前に周知される以前である昭和××年3月22日に生じたため、
 上記規定と反する一部事象につき、下記のとおり定める。

 ①甲はその妻であるところの乙の体内に蔵する血液および貞操を、自発的意思に基づき丙および丁に
   無償にて譲渡する。
 ②甲による丙および丁に対する、乙に関する権利の譲渡は、丙および丁と乙との関係が生じた時点に
  さかのぼって行われたこととする。
 ③上記①・②によって、丙および丁による、乙に対する強姦類似行為は正当化され、当該行為は
  夫であるところの甲の希望により行われ、なおかつ乙も歓び受け容れたものと見做す。
 ④当該行為が初めて行われた3月22日をもって、丙および丁と乙との貞操喪失記念日とし、
  甲が乙に対する丙および丁の権利を認めた6月13日をもって、丙および丁と乙との結婚記念日とする。

吸血されてきた妻を迎える夫の呟き。 ~姑崩し。~

2020年06月13日(Sat) 18:27:32

今回も長いですね。。
なん日もかけると、表現したいことが山ほど出てきて困ります。
息子宅で吸血され犯された姑さんが、玄関からあがらずに夫に許しを請い、
すべてを聞き尽くしたご主人は奥さんと吸血鬼との交際を受け容れることにした・・・という、いつもながらの(笑)お話です。


十数年前に、息子の幸雄が独立するとき。
「人さまに迷惑をかけるようなことはしないように」
といって、送り出した。
息子の幸雄はそれ以後、ほうぼうに迷惑をかけ、都会にいられなくなって、遠くの街に引っ越した。
そしてさいごに、これから告白するように、わたしさえもが、多大なる迷惑をこうむった。

つい先月、家内が幸雄の家を訪問するとき。
「気をつけて行ってらっしゃい」
といって、送り出した。
家内は息子の住む街に二度も出かけて行って、
二度目にひっそり戻ってきたときには、
よそ行きのスーツの裏地にほかの男の粘液のシミを隠す、はしたない女になっていた。
自分の不貞を夫に認めてもらおうと試みる、妖しい女になっていた。


三度目に息子の家に向かうとき。
「行ってきますね。2、3泊のつもりだけれど・・・もっと長くなるかも」
洋装のブラックフォーマルを着込んだ家内はそういって、イタズラっぽくわたしに笑いかける。
私も同じように笑いかえして、応えてやる。
「衣裳が足りなくなったら、連絡しなさい。送ってあげよう」
「貴方の血も、忘れずに持って行くわ」
家内のバッグのなかには、わたしの身体から採血された血液が、ずっしりと重く匿われている。
経口的に摂取されることをためらいながらも、家内の負担を少しでも軽くするために、
いまは血液の提供にも応じる身。

行き先は、息子夫婦の住む遠くの街。
その街では吸血鬼が人間と共存していて、息子夫婦もすっかり彼らとなじんでいるという。
息子と親しい吸血鬼が、
「喪服を着た年増の女の血を吸いたい」
そんなリクエストがあったから。
家内は喪服を着けて、遠くの街へとでかけてゆく。

既婚の婦人が彼らに生き血を吸われるときは。
ほぼ例外なく、男女の契りを結ぶという。
さいしょに出かけていったときの家内も、やはり例外ではなかった。
その時は無断で。
今回からは公認で。
妻は嬉し気な照れ笑いを泛べながら、不倫相手の待つ街へと向かうため、
ぴかぴかに磨いた革靴に、ストッキングに包まれたつま先をすべり込ませた。

嫁の手引きで挑まれた家内は、わたしに操を立てるため、必死に抵抗したという。
それだけで、もう充分――。
彼女は夫に対してさいごまで忠実だったわけだし、
わたしの間男は、貞淑な女の操を勝ち得たのだから。

         ――――――――――――――――――――

二度目の訪問から戻っきたとき。
家内は玄関からあがろうともせずに、迎え入れたわたしに言いました。
「貴方、ご報告と、おわびを申し上げなければなりませんの」
「アア、何だね?」
気軽に応えたわたしに、家内はストレートにこう告げました。
「わたくし、幸雄の家で、吸血鬼に血を吸われてしまいましたの」
えっ・・・と愕(おどろ)くわたしの様子にはお構いなく、家内は一気にこんな風にまくしたてました。

「幸雄の街には、吸血鬼が棲んでいます。でもその方たちは、人間と仲良く暮らしています」
「幸雄にも吸血鬼のお友達がいて、家族ぐるみで血を飲ませてあげているんですって」
「あちらの殿方はミセスの女性の血を吸うときは、肉体関係も望まれます」
「さと子さんもその方とそういう関係になっているけれど、幸雄が自分から結びつけてあげたそうですよ」
「咬まれて痛い想いをしてまで血を吸わせてくれるそのご婦人がいとおしい、そういう趣旨とはきかされたものの――」
「わたくしも、お相手した殿方のお情けを、否応なく頂戴することになってしまいました」
「貴方しか識らない身体だったのに、本当にごめんなさい――
 もちろん初めて奪われたときは腕づくでしたし、貴方への申し訳なさやためらいもございました。でも・・・」
「最初の一度だけでしたら、行きずりの過ちとして、
 貴方にも御報告をせずわたくし独りの胸に収めるつもりだったのですが――」
「二度目に伺ったときには、とうとう身体を手なずけられて、しまいには心まで奪われてしまいました」
「先方は、貴方とわたくしとの離婚は望んでおりません。
 ふつうであれば、ものにした女性は自分の独り占めにしたいもの――けれどもあのかたはそうではないと仰います。
 吸血鬼ですから、なん人ものご婦人を牙にかけなければ生きていけないお身体――
 ですからわたくしは、先様にとって、そうした情婦のなかのあくまで一人に過ぎなくて、
 むしろ間島夫人の立場のまま、献血を伴う交際とを続けたいとお望みです。
 わたくしも――それが最良の道だと思っています。
 そうすることで、貴方も世間体を保つことが出来、だれも傷つくことはございませんもの。
 けれども貴方の許しも得ずにほかの殿方と情を交わしたことは、貴方の妻としてどこまでも申し訳なくおもので、
 こうして玄関をまたぐことを、ためらっているのです」

もう、わたしときたら、仰天するやら、混乱するやら。
吸血鬼がこの世にいるという話を信じるのにも時間が要りましたし、
幸雄はいったい、自分の母親の貞操の危機に立ち会いながら、いったいどうしていたことかと思ったのです。
わたしの混乱を、家内は正確に察しました。
「幸雄はすでに、吸血鬼の仲間です。
 イエあの子が吸血鬼になったわけではないですが、
 すでにさと子さんも、とっくにその方と、夫婦どうぜんの関係になっていて、
 幸雄もそれを、歓迎しているそうですわ。
 達也も含めて、一家三人で、その方に血を差し上げているそうよ」

そのうえで家内は、いいました。
貴方に対しては、まことに申し訳なく思っている。
当家の名誉を穢す行為だということも、自覚している。
貴方には私を、一方的に離婚する権利があるし、
もしも貴方がわたしの不貞を咎め夫婦の縁を切るのであれば、もはやこの家の敷居をまたがずこのまま家から出ていく と。

唐突な家内の申し出に愕然としながらも、
そのいっぽうで、なんとまあ、潔いことかと思い、しょうしょうあきれながら、詳しい事情を訊くことにしました。
もちろん、躊躇う家内を家にあげて、リビングでくつろいでもらいながら。


さいしょに襲われたときには、必死で抵抗したそうです。
けれども相手は壮年の男で、どうにも抗いがたくて、つい許してしまったのだと。
股間を冒されるという物理的行為を伴いながらも、その時点では家内の気持ちはまだ堅く、しっかりしていました。
その時には、気持ちまでもを許したわけではなかったから、
狂犬に咬まれたと思うことにして、息子の顔も見ないで帰ってきたというのです。

けれども咬まれた首すじの痕――これは咬まれたもの同志にしか目に入らないのだそうです――が、
夜になるとじんじんと疼いて来、ついに我慢が出来なくなって、
あくる朝わたしに、「忘れ物を取りに戻りたい」と嘘をついて、再度息子の家に出向いたのでした。
そこでは嫁のさと子さんがしっかり手をまわしていて、
――何しろ彼女はすでに夫である息子を裏切って、息子も納得のうえで吸血鬼の情婦の一人になっているわけですから――
あらかじめ家内から連絡を受けた刻限に合わせて、
家内がお相手をしたという吸血鬼と、その兄さんだという半吸血鬼とを呼び寄せておいたというのです。

半吸血鬼というのは、ふだんは普通の人間として暮らし、望まれれば吸血鬼に血を与えることもあるけれど、
嗜血癖をもっていて、しばしば好んで人を襲い生き血を愉しむ習性があるのです。
咬まれた人のうち、一家に一人くらいの割合で、そうした人が出るということです。
半吸血鬼には、その街の人たちは寛大で、
望まれれば自分の妻女や娘、はては自分自身までも、惜しげもなく咬ませることになっているとか・・・

家内はまず、先日自分の血を吸った吸血鬼に首すじを咬まれ、昏倒して、
なんと十三回も犯されて、
十二回までは理性を保っていたものの、さいごの十三回目には、家内の口を借りれば、
「身も心も焦がれてしまい、とうとう夢中になってしまった」
という仕儀に陥ってしまったのです。
吸血鬼氏には、
「十三回も粘った奥方は、この二十年で貴女が初めてだ」
と、お褒めの言葉を頂戴したとのこと。
気丈な家内の事ですもの、それは懸命に抗って、
相手が自分の劣情を成就させているあいだといえども、しっかり気持ちを保っていたに相違ありません。

けれどもお相手は、無体に貞操を奪い取ったことを除けば、存外紳士だった――と、家内は申します。
着ているものに襲われた痕跡を残したくないと望めば、
襟首にも血が撥ねないように入念に咬んでもらえたし、
どうして辱めまで受けなければならないのか?と問えば、
さきの告白通り、痛い想いまでしながら血を与えてくれたご婦人がいとおしく思えるため と返されたし、
滞在中は街を案内されたり、お邸に招待されて上質なワインをご馳走になったり――と、
ごく行き届いた、紳士的な扱いだったとか。

それでついほだされて、
ストッキングを穿いた脚を咬みたいというお相手の望みを容れて、
脚に通していた肌色のストッキングを咬み剥がれながら吸血させたり、
貴女を手に入れた証しに、どうしてもお召し物を汚したいという意向に従って、
スカートの裏地を男の吐き散らす粘液にまみれさせることを許してやったり。
そんなことまで許し始めたころにはもう、家内の心は一方的に、相手の吸血鬼へと、傾いてしまっていたのです。

「そうなんです。
 わたくしの身体はもう、あのかたのもの。
 わたくしの心ももう、あのかたのもの。
 その気持ちに、もう変わりはございませんわ。
 首すじに残された咬み痕が消えないように、あのかたとの営みの記憶も、もはや消えることはございませんの。

 さいしょにお逢いしたとき血浸しにされたブラウスは、あの方のためにはわたくしの婚礼衣装。
 あの方もきっとそのつもりで、念入りにわたくしの血で染められたのですわ。
 さいしょは気味が悪かったはずの胸許の血溜まりは、濃ければ濃いほどあの方の愛情のまま。
 もっと浸して・・・もっと汚して・・・と、口走るべきでした。
 存分に汚されてしまうと、真っ赤に染まったブラウスを、あのかたに求められました。
 持ち主の血に浸ったブラウスは、戦利品としてせしめるのがならわしなんですって。
 エエもちろん、惜しげもなく剥ぎ取らせて差し上げましたわ。
 嫁のさと子さんのブラウスをせしめたときから、姑であるわたくしのものもせしめるつもりでいらしたそうよ。
 だから、さいしょに帰宅したときのブラウスは、さと子さんが貸してくれたものなのよ。
 貴方の目を誤魔化すために――

 たまたまでしたけど。
 そのとき穿いていたストッキングは、新しくおろしたばかりのものでした。
 穿き古しだったりしたら、とんだ恥を掻いていたはず。
 わたくしは、足許にふるいつくあの方の前、
 間島夫人としてのたしなみを忘れて、
 薄手のナイロン生地の舌触りを試され、くまなく唇を這わされ、よだれをしみ込まされて、
 さいごはみるかげもなくなるまで、裂き取らせて差し上げたのですよ――

 貧血になった後に抱かれてしまったけれど。
 あの方の愛し方は、最高――!
 胸を掴まれたときの掌の強さ。
 初めて沈み込まされた腰の逞しさ。
 恥ずかしい処(ところ)をなん度も抉り抜くしつようさ。
 お互い身体に浮いた汗を吸い合い舐め合って、そうしてなじませ合った唇を重ね合わせて。
 男の匂いを喉の奥まで嗅がされて、わたくしの匂いも嗅いでもらって。
 なにからなにまで、素晴らしい記憶ですのよ」

家内の言い草はどんどんエスカレートしていきました。
恥辱に充ちていたはずの初めて吸血されたときの記憶さえ、いつか露骨に美化されていたのです。

 「わたくしの不貞を貴方が許して下さるのなら、
 そのことを一生の恩に感じて、終生妻としての務めを果たします。
 けれどもわたくしは貴方の妻のまま、あの方に生き血を捧げ、人妻の操を愉しむことを許します。
 あの方とわたくしの交際を、どうぞお許しくださいな」

家内の告白は、常識をわきまえた良家の夫としては許しがたいものでした。
けれども、その声色と、その話自体とは、えも言われずわたしを惹きつけずには、おかなかったのです。

「きみはその男に、無礼をはたらかれたとは感じていないのか?」
と、わたしが問うと、
「素肌を食い破って喉を鳴らして生き血を啜られたり、
 恥ずかしい関係まで強いて結ばされたり、
 もちろん、あの方の仕打ちは、無礼だったと思います。
 けれども今思えば、あのかたはそうすることが必要だったし、
 渇きに火照った喉を潤すのに私の血が役に立ったのならば、やむを得なかったとも思いますわ。
 そのあと強いられた男女の交わりをも含めて、わたくしはいっさいを受け容れました」
「きみの名誉と同時に、わたしの名誉も汚されたのではないのだろうか?」
「エエ、きっとそうですわ。
 間島家の名誉は泥にまみれたのです。
 貴方の想いに同感ですわ。
 そのうえわたくし、すすんで身体を開いて、愉しんでしまいましたもの。
 そうしたことで、間島家の名誉には、さらに傷が付いたと存じますわ」
「お相手のあしらいを、きみ自身の意思で進んで受け容れたというのだね?」
「ハイ。さいごはほだされて、悦んで受け容れてしまいました。
 最初に貴方に謝りたかったのは、まさにその点なのですよ」
「彼の暴力に馴らされて、生理的に快感を覚えてしまったと?」
「身体が反応したのもそうですけれど――
 あのかたがわたくしを慈しまれているお気持ちに、ほだされてしまったことのほうが、重要ですの」
「きみは、わたしの妻でありながら、わたし以外の男と身体をなじませることに罪悪感を感じないというのかね」
「罪悪感はございます。けれども、止めることができない身体と心になってしまいました。
 結婚前も含めて、わたくしが存じ上げた殿方は貴方お一人でした。
 四十年間守り抜いた節操を汚されて、初めのときはとても悔しうございましたが、
 けれどもいまでは、大切に守り抜いた貴いものをあの方に捧げることが出来たことを、誇りに感じておりますの」

もう少し詳しく話してくれないか――震える声で伝えると、家内はもちろん、と、深くゆっくりと頷きました。


「咬まれるのは、さほど痛くはないのですよ。ちょっとむず痒いかんじかしら。
 さすがにあれほど尖った牙ですもの、初めは痛かったと思いますけど・・・記憶があいまいなのです。
 新婚旅行先のホテルで初めて夫に抱かれ、処女を捧げた痛みは、いまでも記憶に残っているけれど――
 ただ、吸血鬼氏に初めてお逢いした後、帰宅してからの傷口の疼きは、ただごとではありませんでした。
 そのひりひりと疼く場所に、もう一度あの尖った牙を埋めてもらいたい。
 疼きが自ら牙を差し招いているような、不思議な感覚に囚われながら、わたくしは眠れない一夜を過ごしました。
 そしてその晩のうちに、忘れ物を取りに息子の家を再訪したいと嘘をつこうと、
 夫の寝んでいるすぐ傍らで決めてしまったくらいです。
家内はなおも、つづけます。
「白状してしまいますと、操を奪われた悔しさと敗北感に苛まれたのも、その晩かぎりのことでした。
 わが身に刺し込まれた牙が分泌する毒液は、
 良くも悪くも、傷つけられた自尊心や怒り、屈辱感を和らげ、宥め、誤魔化していったのです。
 そう、いまではわたくしにはもう、歪曲された記憶しかございません。

 初めて咬まれたときのことを、もう一度思い出してみましょうか?
 あの日、わたくしは息子に招ばれて、息子夫婦の家に参りました。
 すでにその家が、吸血鬼に屈服させられてしまったとは、夢にも知らないで。
 さいしょに中学生の孫が咬まれ、仲良くなったそうです。
 通学の時半ズボンの下に履く紺のハイソックスや、部活の時に履くストッキングの脚に欲情する性癖を持つと知ると、
 学校の行き帰りや部活帰りのときに待ち合わせ、唇で吸わせ咬み破らせてやるようになったそうです。
 男子中学生の長靴下に欲情する吸血鬼は、その母親が脚に通すストキングにも関心がありました。

 孫が咬まれ、さと子さんが咬まれ、息子まで咬まれてしまうと、
 彼らは仲間を増やすことに夢中になりました。
 孫は後から越してきた同級生やその家族を、
 嫁は自分の母親を、
 そして息子はわたくしに、狙いを定めたのです。

 そういえば、その昔――
 女学校のころ、はしたなくも嫁入り前に殿方と過ちを犯してしまった子が、
 ”痛いんだよ、でも、愉しいんだよ”と囁いて、仲間を殖(ふ)やそうとしていたことがありますの。
 いまの彼らは、そのひとと同じ気分になっているのかもしれません。
 ちょうど、わたくしもそうなってしまったように。

 息子の家に着くと、息子は不在にしておりました。
 嫁のさと子さんはぬかりなく、自分の情夫を家のなかに引き入れていらして、
 わたくしがソファに落ち着くや否や、あのかたをリビングに招いたのです。
 2~3日、貧血に顔をしかめる周囲をおもんぱかって禁欲してきたというあの方にとって、わたしは絶好の獲物でした」

「彼の獲物となったことに、後悔はないのだね?」
わたしは念を押すように、訊きました。
「エエ、後悔はございませんし、むしろ誇りに感じてますわ」
わたしは肩を落として、自分の敗北を認めざるを得ませんでした。
けれども、いったんわたしの耳朶を浸した毒液は、鼓膜に沁み込み、脳裏に沁みわたり、
いつかわたしの身体じゅうを支配していました。
わたしは意を決して告げました。
「きみが自分のしたことに誇りを感じたというのなら、ぼくもそのことに誇りを感じよう」
「と 仰いますと・・・」
「潔く負けを認めて、きみたちの交際を認めようと言うのだよ」
家内の顔に、安堵の色と、欣びの輝きがうっとりと泛びました。
こうして彼女は、わたしの家に留まることを択んだのです。


6月4日 19:23:32 原案
6月13日 18:27 あっぷ

選択肢 ~姑崩し。~

2020年06月13日(Sat) 17:36:38

まえがき
何日もかけて描いていたら、しょうしょうくどくなりました。^^;
飛ばして次に移っても差し支えはありません。(笑)
要約して言っちゃえば、帰宅した姑さんの意思形成にかかわるくだりです。


久しぶりに息子夫婦の家を訪問してみれば、
そこは吸血鬼に支配された家庭と化していた――

中学にあがった孫の達也が真っ先に咬まれ、
その達也の手引きで嫁のさと子が咬まれ、
さと子は年端も行かぬ息子の意のままに、
当家の嫁としての名誉を振り捨てて吸血鬼の情婦となり果てて、
いっとき吸血鬼の館に略奪されたあと、
さいごに一家の主人であるべき息子の幸雄までもが、
妻敵(めがたき)の毒牙に淫して、
恥を忘れて愛妻の貞操喪失を歓び、
帰宅した妻と間男との交際を追認する血の奴隷に堕ちていた。

人妻が吸血鬼の相手をするときは、
いかなる貞淑な婦人であれ、吸血鬼の愛奴に堕ちるこの街で。
さと子もこの街の主婦としての人並みの役割を果たしていた。

そんな事情を夢にも知らずこの街を訪れた姑は、
未だ微かに若さを秘めた生き血を求められ、
折り目正しく着こなした正装を無体に弄ばれて、
この街の主婦が強いられる義務を、心ならずも果たす羽目に陥った。

いちどはすべてを秘して帰宅を果たしたものの。
人知れず首すじに残された痕は妖しく疼き、
恥知らずにも二度目の逢瀬を欲する想いに抗し得ず、
一週間と経たぬ間に、良人に偽り街を再訪。
嫁に侮られまいと取り繕った高飛車な態度とは裏腹に、
別人のようにおどおどとした物腰で想い人と再会を果たし、
夫に対する後ろめたさにためらいつつも、
素肌に許した牙にすべてを忘れ、陶酔の淵に酔い痴れてゆく――

女の残された選択肢は、ただふたつ。
吸血鬼はその机下に女をいざない、唆す。
眼の前に拡げられた紙片に、恥ずかしいほどハッキリ描かれる選択肢に、
良人に対して犯した罪に怯える女は、半ば目を覆いつつも、応じていった。

①都会に帰る貴女についていってご主人の血を吸って殺害、
 弔う貴女の喪服姿をもう一度襲う。
②やはり、ご主人は生かしておく。

柳子はためらいなく、①を棒引きして、②にマルを付けた。
「柳子さんは、やはりご主人想いなのだな――身体は奪われても」
「よけいなことをおっしゃらないで」
柳子は柳眉を逆立てたが、
力づくなやり取りが過ぎた後、ふたりのあいだではかろうじて会話が成立している。
「では、つぎの選択肢と参ろう」
さっきのメモ紙を吸血鬼は惜しげもなく破り捨て、つぎのページにペンを走らせる。

①ご主人には黙秘して、熟女の血を愉しまれ犯されるという服従関係を、
 このまま楽しく継続する。
②やはり、黙って良人を裏切りつづけるのは、良くないと思う。

柳子はためらいなく、①を棒引きして、②にマルを付けた。
「”楽しく”は、よけいですわ」
「事実であろう」
露骨な指摘に女は諾とも否とも答えなかった。
「貴女は善い方なのですネ。ここはご婦人によって、考えが分かれるところなのですよ」
吸血鬼はいった。
修羅場になるのが怖いご婦人、気の小さいご婦人は、話さないほうを択ぶのだと。
そういうご婦人は自分の期の血ささに逃げ込んで、良人に対する不実を重ね、
最初は少額だった借金が利子をつけて支払い不能に至るように、
戻れない下り坂を転げ落ちてゆくものなのだと。
さりげなく口にした言い草だったが、
意外に真心がこめられているのを、敏感になり過ぎた鼓膜が感じ取った。

けれども――と、彼はいう。
②を択ぶものには、別の試錬があるのだと。
「ご主人は健在。
 そして愛する妻の不貞行為を告げられている。
 しかもその不貞行為を受け容れ承知しながらも、
 妻が自らを裏切りつづけることを、阻むことは許されぬ。
 これはひとつの、生き地獄ではありますまいか」
吸血鬼はにんまりと笑う。
「あまり露骨なことをおっしゃらないで」
柳子がふたたび柳眉を逆立てるのを、吸血鬼は完全に無視した。
反対に、柳子の厚くのぼせ上った脳裏には、
吸血鬼の冷やかな声色が、なぜか心地よく沁み透る。
柳子の動揺には目もくれず、吸血鬼はまたも選択肢を書き出した。

①ご主人には自分の口から話をする。
②自分で言うのは恥ずかしいので、だれかに告げ口してもらう。

柳子はしばらくためらってから、②を棒引きして、①にマルを付けた。
「そうだとすると、ご主人の判断が問題だ。いったいどう出てくるだろうか」
吸血鬼はそういうと、さらに選択肢を書き出した。

①ご主人は立腹、柳子は家を出てこの街に移り、献血奉仕をする娼婦となる。
②なんとかご主人に納得してもらうような努力をする。

柳子はもはやペンを握っていなかった。
「もちろん、主人に承諾していただきますわ」
とっさに出た声だった。
「さすれば、ご主人に御身の重ねる不倫を納得させると仰せになるのだな」
「エエ勿論でございます」
売り言葉に買い言葉。
思わず返した切り口上に、さすがに言い過ぎたと後悔しながらも。
その後悔の念のよぎる面差しを面白げに見つめる視線に、尖った視線をぶつけ返していた。
もう、後には引けそうにない――
そう思い詰める夫人に救いの手を差し伸べるように、吸血鬼は口を開く。
「もしも不幸にして、ご主人の説得が不首尾のときには――どうぞこの街にお戻りになって、此処にお住まいになられるがよい」
吸血鬼はおだやかに、女の逃げ場所を確保してくれた。