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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

転入生の告白

2020年07月31日(Fri) 08:07:46

変な制服だと思った。
半ズボンにハイソックス。
およそ、中学生の男子が身に着けるものではない。
これでは小学校の低学年か、女の子みたいだ。
そんな羞恥心をよそに、親たちは、これからは生活が何もかも変わるのだから・・・と言ってきかなかった。
まあ・・・こういうことでもなければ、いまごろは一家心中をして、
既に人間ではなくなって物体になってしまっていただろうから。
別段、小学校からやり直したところで、女の子になったところで、
文句のない話だった。

それでも学校に行く道々、すれ違う人が自分のことを見てやしないかと、
羞恥心でいっぱいになりながら、学校に向かった。
迎え入れてくれた同級生たちは、みんなおんなじ制服を着ていて、
だれもがそのことに、最初から疑問を持っていないようだった。
地元の子と半々くらいの割合で、都会育ちの子もいたけれど、
今ではすっかりなじんでいる、という感じだった。
むしろ、そんなことを気にしているぼくのほうがよっぽど、おかしいのかもしれなかった。

それどころか、教室にはなん人か、女子の制服を着ている男子もいた。
希望によっては、女子の制服で登校することもできるのだそうだ。
もっともさすがに、体育の時間は、女子といっしょに着替え・・・というわけにはいかないらしかったけれど。

女子も、男子と同じねずみ色のハイソックスを履いていた。(女子のほうが選択の幅が広かったけれど、大多数がそうだった。後述)
おそろいのハイソックスの脚を並べて教室の席についていると、ぼく自身もすぐに女子に早変わりできそうな錯覚に襲われた。

男子がハイソックスを履いていたり、女子の制服を着て登校することができたりするのには、理由があった。
この街には、吸血鬼がおおぜい、棲みついていた。
学校の先生も、なん人の吸血鬼がこの街にいるのかわからないと言っていた。
無理もなかった。
吸血鬼は日々、増えていっているらしいから。
そして、その吸血鬼たちは、若い男女の血を求めて学園を徘徊しているのだけれど、
ぼくたちは彼らに血液を提供する義務を負っていたのだ。

都会に住んでいるとき、父さんがリストラにあった。
阿波や一家心中というところまで追いつめられたとき、いまの会社の求人を見つけて応募したところ、種々の性格検査だけで採用となった。
性格検査には、ぼくたち家族も対象となっていたので、すこし緊張したのを覚えている。
給料はいままでよりも高くて、仕事の負担も少なく、
まえの会社のように深夜にタクシーで帰ってきて、
タクシー代だけで家計が圧迫されたりとか、
会社に泊りになって翌々日にやっと帰ってこれたりとか、
そういうでたらめな忙しさとも無縁で、まだ明るいうちに帰ってこれて、毎日のように家族で食事をできる、夢のような生活がここにはあった。
「血液の提供義務」というのも、献血だと割り切れば良いのだ・・・と、自分に言い聞かせていた。
直接肌を咬まれて血を吸われるという不気味な方法による採血だということは、あえて考えないことにしていた――どうせそのときがくれば、嫌でも経験するわけだから。

採血される機会は、案外早かった。
それは、当地に引っ越してきて間もなくのことで、学校帰りのときのことだった。
何気なく通りかかった公園に、誘蛾灯に吸い込まれるようにして寄り道をしていたら、
キュウキュウという異様な音が生垣の向こうから洩れてくるのに気がついて、
何気なく覗いてみたら、そこにはぼくと同じ制服姿の男子が、うつ伏せになって倒れていた。
最初はその男子を、大人の人が開放しているのかと思った。
けれどもちがった。
その大人の人は、男子の首すじに唇をあてがって、生き血を吸い取っていたのだ。
キュウキュウという音は、その大人の男性の口許から洩れてくる音だった。
ぎくりとして立ちすくむぼくの気配に気づいて、男はぼくの方を振り返った。
男は初老の、風采の冴えない男で、口許には吸い取った血のりを転々と散らしていた。
血のりは、男の犯罪を訴えるかのように、無音でテラテラと輝いていた。
どうしたの?――と、その男子は起きあがり、やはりぼくのほうを見た。
ぼくはその時になって初めて、血を吸われていたのは同じクラスの江利川貴志くんだとわかった。

ふたりの様子が密会であることは、カンの鈍いぼくにもすぐわかった。
江利川くんが吸血鬼に襲われて暴力的に生き血をむしり取られているわけではなくて、
ふたりであらかじめ示し合わせて公園で落ち合って、
人目を忍んでこうして、生き血を提供しているのだ。
江利川くんはただ、「視ていく?それでもいいけど」とだけ、言ってくれた。
「何の用?」とか「邪魔するなよ」とか言われていたら、気の小さいぼくはすぐに引っ込んで、そそくさと家路に戻ったに違いない。
あとできいたら江利川くんのほうでもそう思って、ちょうど気の乗ってきたところでぼくが邪魔をしたことを、わざと咎めなかったのだそうだ。
江利川くんの問いに、ぼくはだまって頷いていた。

いずれはぼくも吸血を受ける立場なのだと、わかっていた。
ただそれがいつで、だれから吸血されるのかはわからない――と、父さんが教えてくれていた。
父さん自身も、だれかに吸血されるはずだけれども、それがいつで相手がだれなのかもわからないのだそうだ。
ぼくは、江利川くんさえよければ、いま江利川くんの血を吸っている男でも良いと思い始めていた。
いちど起きあがった江利川くんはふたたびうつ伏せになって、男は今度は江利川くんの足許にかがみ込んでいって、ねずみ色のハイソックスのうえから、ふくらはぎに唇を吸いつけていた。
その様子は、ひどくSexyに、ぼくの目に映った。
ユニセックスな印象を与えるハイソックスごしに唇を吸いつけられて吸血される――
自分が女の子になって襲われているような錯覚に襲われたのだ。
男は暫くの間、江利川くんのハイソックスの舌触りを愉しむように、ハイソックスの脚をくまなく舐め抜いていた。
そしておもむろに、ふくらはぎのいちばん肉づきのよいあたりに、牙を埋めていったのだ。

「どう?感想は」
江利川くんが乾いた声でふたたびぼくに話しかけたのは、
ひとしきり吸血行為がすぎたあとのことだった。
ぼくたちは3人、草地に腰を下ろして車座になっていた。
襲うほうと襲われるほうとの関係なのに、
吸血鬼の男の人も、どこかそんな状況を許せるような、ひっそりとした印象を受けた。
「どうって訊かれても困るか」
ははは・・・と、江利川くんは笑った。
邪気の無い笑いに釣り込まれて、ぼくもちょっとだけ、笑った。
「きみも知っているだろうけど、ここの生徒はみんな、吸血鬼の彼氏がいるんだ。
 男女を問わず」
「そうなんだね」
ぼくも相づちを打った。
ぼくの相づちに、吸血鬼の男の人は、ほっとしたような気配を泛べた。
彼のことをぼくが、一方的に忌み嫌うかと思っていたらしい。
「ぼくたちは若い血で、彼らをなんとか癒してあげようとしているんだけど、
 彼らの仲間もこの街のことを聞いて集まって来るから、
 街はいつでも血液不足――」
江利川くんは謡うようにうそぶいた。
「彼らひとりを養うのに、健康な大人がだいたい七人くらいつけば、
 人間も死なず、吸血鬼も穏やかに暮らせる。
 ――あ、そうそう。彼らは人を殺めないからね。基本的に。
 それで、ぼくの彼氏のこのひとのばあい、まだぼくとぼくの両親だけしか、
 ”お客さん”がいないんだ」
”お客さん”って、どういう意味か分かるよね?
もちろんわかるよと、ぼくはこたえた。
江利川くんの説明は分かりやすかったし、落ち着いた声色にも好感が持てた。
それに、自分が勝手に話すだけではなくて、ぼくのわかり具合にまで気をまわしてくれるのが、無性にうれしかった――都会では、ぼくには友達らしい友達がいなかった。
「3人だとたいへんだね」
「よかったら――」
そのときだけ少し口ごもった江利川くんのあとを、ぼくが引き取った――自分でもびっくりするくらい、すらすらと。
「ぼくも、この人の”お客さん”になることはできるのかな」

その晩ぼくたちは、おそろいのねずみ色のハイソックスの脚を並べて、
二人して吸血鬼の小父さんを満足させた。
少し貧血で眠くなったりしたけれど。
初めて体験する頭の重ささえ愉快に思えるほど、ぼくは満足を感じていた。
小父さんと江利川くんとの、記念すべき出逢いの夜だった。

3人の花嫁候補

2020年07月29日(Wed) 08:27:00

パパが吸血鬼の小父さんと仲良くなって、
ママが小父さんの恋人になると、
小父さんにサービスしてあげてきたハイソックス代を、出さずに済むようになった。
いつものお小遣いとは別枠で、ママが出してくれることになったからだ。
これは、じつにラッキーだった。

ママがパパ以外の男の人の恋人になることを、
まだ子供だったぼくは、軽く考えていたけれど。
それでもパパのことを、ちょっと気の毒だと感じたものだ。
けれどもパパは、小父さんとすっかり打ち解けた関係になっていて、
人間の血と女の人の身体に飢えていた小父さんのために、
最高のプレゼントをしてあげたんだとぼくに語った。

けれども、それで問題のすべてが解決したわけではなかった。
吸血鬼と人間が、お互い健康に共存するためには、七人の人間が必要らしい。
ぼくたちは、まだ三人だった。

けれども、ぼくの周囲の人間に、ぼくたちと同じ体験をさせてあげる作業は、とても楽しかった。
パパは勤め先の若い女の子を小父さんに紹介したし、
ママは子供の頃からのお友だちで未亡人している人を択んで、
母娘ともに遊びに来てもらって、そこで小父さんの遊び相手を務めてもらった。
ぼくはといえば、ぼくより少し遅れて同じクラスに転入してきた男子を誘惑して、
半ズボンのすその下の太ももに、小父さんの牙をざっくりと埋め込んでもらうことに成功した。

その子はぼくのいちばんの友達になってくれて、
お姉さんのことをぼくに紹介してくれた。
ぼくのガールフレンドに ということだった。
自分に彼女もできないうちに・・・?と思ったけれど、
ぼくはよろこんで彼の好意を受け取った。
自分に彼女もいないのに?というぼくの疑問は、すぐに解けた。
ほんとうは、彼はかなりのシスコンで、
お姉ちゃんがだれかに姦られちゃうのを視てみたいという願望の持ち主だったのだ。
ぼくは自分の彼女を小父さんに紹介し、
小父さんはパパやママの紹介した子に引き続き、三人目の処女の生き血をゲットした。
吸血鬼に生き血を吸い取られて目をまわしてゆく制服姿のお姉さんを見て、
ぼくの親友が大いに昂奮してくれたことは、いうまでもない。

ところで、ひとつだけ問題が残った。
パパが選んだ勤め先の女性は、ぼくの花嫁候補だったのだ。
ママの選んだ未亡人の娘さんも、ぼくの花嫁候補だったのだ。
親友のお姉さんはすでに、ぼくの恋人になりかかってくれていた。
みんなみんな、ぼくのことを考えてくれているから、いいんだけど。
ぼくの花嫁がだれであれ、吸血鬼に狙われて犯される運命なのだと、
今さらのように思い知ったぼくは、
マゾな心をゾクゾクと昂らせてしまっていた。


あとがき
カテゴリ的には「嫁入り前」あたりなのですが、前々話から引き続いての話なので、「少年のころ」に分類しました。

【寓話】姦の系譜

2020年07月29日(Wed) 08:03:50

長男の嫁は、吸血鬼に魅入られて、純潔を捧げた。
次男の許婚も、吸血鬼に洗脳されて、純潔を捧げた。
三男は幼なじみを吸血鬼のところに連れてゆき、想い人の純潔を捧げた。
三組の夫婦は想い合いながら、幸せに暮らした。

長男の妻はその後も吸血鬼に愛されて、不倫をつづけた。
次男の嫁も吸血鬼になじまれて、不貞を愉しんだ。
三男の夫人も吸血鬼に気に入られ、寵愛を受け続けた。
夫たちは苦笑いしながらも、妻たちの不倫を黙認した。

長男の跡取り娘は、吸血鬼の訪いを受けて、処女を捧げた。
次男のまな娘も、吸血鬼に狙われて、処女を捧げた。
三男の令嬢も、吸血鬼に誘惑されて、処女を捧げた。

少し待て。
吸血鬼は近親相姦を、3回犯している!


あとがき
当話のカテゴリについて
さいごのオチは「近親」なのですが、お話の流れからすると「嫁入り前」かな?と思い、そのように分類しました。

「素晴らしき日常」一人称バージョン

2020年07月28日(Tue) 07:55:22

前作「素晴らしき日常」を、夫目線の一人称バージョンで描き直しました。
表現も多少、こちらのほうがこなれているかも。
読者の方には、どちらのほうが、共感いただけるでしょうか?


その日は日曜日でした。
週末、金曜の夜にわたしとわたしの家族全員が自宅近くの公園で吸血鬼に血を吸い取られると、
わたしは二日酔いのようにガンガンとくる頭痛を抱えながら食卓に向かいました。
そして、血を吸われたものにして初めて見分けがつくという傷口の咬み痕を、妻と息子の首すじにもくっきり浮いていることを認めたのです。
お互い、だれもが無言でしたけれども、各々が各々の首すじの咬み痕を確かめ合って、
お互いの身になにが起きたのかを察し合ったのです。

吸血鬼は、わたしたちの健康に一定の配慮をしていました。
いや、獲物を「もたせる」ことを考えていただけかもしれません。
いずれにしても、彼はわたしたちから生き血を得るのに、「なか二日」を置くようにしていたのです。
けれども、”中毒”してしまったわたしたちは、その「なか二日」を待ち遠しく感じる身体にされてしまっていたのです。
彼の渇きは、「なか二日」を待つことなくピークに達し、
わたしたちの忍耐力もまた、限界に達していました。
どうやらわたしたち意外に生き血の提供源を持たないらしい彼のために、
わたしたちは順繰りにでかけていって、すすんでその餌食となっていったのです。

吸血鬼もわたしたちも、お互いの思惑で悶々とした土曜日の夜を過ごすと、
その忍耐は早朝のわが家に鳴り響く電話の呼び出し音で中断しました。
「すぐに来てもらいたい」
受話器を握りしめるわたしは、家族が寝静まっているのを確かめると、そそくさと用意をして、自宅を出ました。
足許は、彼の好むストッキング地の薄い靴下で薄墨色に染めていました。

真昼間に血を吸われることに、抵抗は感じませんでした。
むしろ日光が彼に害をなさないと聞いて、ほっとしたくらいです。
「すまぬが血をいただく」
吸血鬼は手短かにそういうと、わたしの首すじに、否応なく咬みきました。
「ああああああ!」
あまりにもだしぬけだったので、わたしは思わず叫びました。
牙の食い込んだ傷口から、血潮がヌルヌルっとほとび出てきて、
執念を熱く滾らせた唇が、そのほとびに覆いかぶさりました。
働き盛りの血潮が、容赦無く吸い上げられるのを、
身体じゅうの血が傷口めがけて逆流するのを、わたしは感じました。

吸血鬼はベンチに腰かけたわたしのスラックスを引き上げると、足首に咬みついてきました。
そして、靴下の舌触りを上から下までくまなく楽しむと、
スラックスをさらに引き上げて、
貧血でその場に突っ伏したわたしのふくらはぎのあちこちに食いついて、
筋肉の咬み応えを愉しみながら、
四十代の働き盛りの血を漁り尽くしていったのです。

向こうから、妻がやって来るのが見えました。
いつの間にやら、彼に呼び出されたのです。
彼女はたちまち、貧血を起こしてぶっ倒れているわたしのすぐ傍らに抑えつけられ、
わたしと同じような経緯で、首すじをがぶりと咬まれてしまいました。
「アアーーッ!」
彼女もまた、わたしと同じように叫び声をあげながら、血を吸い取られていったのです。

妻が貧血を起こしてその場に倒れ臥してしまうと、
吸血鬼は彼女の足許に這い寄っていきます。
わたしが薄い靴下を穿いてきたのと同じように、
彼女もまた、吸血鬼の目を惹くようにと、
ツヤツヤとした光沢を帯びたストッキングを脚に通していました。

吸血鬼は、わたしの靴下にそうしたように、
クチャ、クチャ、ピチャ、ピチャと、生々しい音を立てて、
ストッキングをよだれで意地汚く濡らしながら、その舌触りを愉しんでいきました。

半死半生となったわたしのまえ、
妻のストッキングはみるもむざんに咬み破られ、脱がされて、
無防備に開かれた股間に、吸血鬼の逞しい腰が沈み込んでいきました。
すべてが、わたしの眼の前で行われたのです。
わたしは恥ずかしいことに、激しく射精しながら、
妻がその肉体を愉しまれる有様から目線を離せなくなっていきました。

吸血鬼はこれ見よがしにわたしの妻を愛し抜いたのですが、
私はむしろ、その様子に不思議な満足感をおぼえていました。
妻を通して、あるいはわたしに対する吸血行為を通して、
彼とは不思議な友情と好意とが、育っていたのです。
わたしは彼が夫婦の生き血を愉しみ、妻の貞操をも共有することに、
深い歓びを覚えるようになっていたのです。

夫婦ふたりの血が仲良く織り交ざりながら、
いまは親しい友となった吸血鬼の干からびた血管を潤してゆくことに、
わたしたちは、限りない満足を感じていました。

自分の妻を寝取った男は仇敵ではないのか?という疑問は、ごもっともだと思います。
しかしわたしは、妻の生き血を吸い、犯しまでした男が、
実は妻をしんそこ愛し、彼なりの敬意を交えて鄭重に扱っていることを感じ取っていました。
彼の敬意は、その真剣さと同じくらい手荒に妻を組み敷いて、
がつがつと性急にその血を求め、
衣装を荒々しく剥ぎ取りながら凌辱するという、荒っぽいやり方で発揮されました。
さいしょのうちは妻の惨状を心配しぃしぃ窺っていたものですが、
妻に対する彼の荒々しさは、恋情と敬慕の情の裏返しなのだとわかると、
むしろ安心して、最愛の妻を彼のなすがままに委ねていくようになりました。
妻自身も、本能的に、自身が激しく愛されているのを感じ取っていたようです。
そして、あえて手出しをしようとしないわたしのほうを、申し訳なさそうにチラチラと盗み見ながらも、
本能的に発してしまう随喜のうめきを、どうすることもできなくなってゆくのでした。

男二人は、妻を通して結ばれていました。
同じ女性を好きになったもの同士の連帯が、そこにはありました。
わたしは、江利川家の名誉が妻の不貞で損なわれることを厭わなかったし、
彼もまた、わたしのもとから妻を完全に奪い去ってしまうことはせずに、
あくまでわたしの妻であることを尊重しながら、
妻のことを江利川夫人として犯しつづけたのです。

金曜の夜、男でありながら彼に犯されたとき、
彼が股間に秘めた一物がわたしのそれよりもよほど大きく、大きいという以上にいかに歓びを含ませるものなのかを、体験してしまっていました。
その一物の物凄さのまえには、いかに貞操堅固な人妻であっても、いちころになってしまうと、わたしは確信していたのです。

彼がわたしたち夫婦をわざわざ公園までよびだしたのは、意味がありました。
真昼間の公園で妻を犯すことで、周りにわたしたち夫婦が彼の支配下に置かれたことを広めてしまおうとしたのです。
当家の恥はたった半日にして周囲に公になり、自家の不始末をさらけ出す羽目になりました。
けれども、そうした”事情”を抱えた家はじつに多かったので、
わたしたちは無責任な好奇の視線にさらされることは、ほとんどありませんでした。

吸血鬼は、わたしを不愉快にしない配慮をするために、
わたしが自宅を不在にしているときに奥さんをいただくと告げていた。
いわば、妻と密会を遂げると宣言されたのです。
わたしはそれを、受け容れざるを得ませんでしたし、むしろ厚意を感謝しつつ諒解を与えたのです。
けれども逆に、彼がわたしに、ふたりの熱々なところを見せつけたいと願うときにはいつでも、
これ見よがしに妻の放埓な痴態、媚態を目の当たりにさせられる羽目になりました。

吸血鬼氏の邸には、一家のだれもが自由に出入りすることができました。
たちのよくない含み笑いを泛べた彼に、わたしが招待されたときには、
妻と密会を遂げたときに必ずもらい受けるというショーツやストッキングのコレクションを見せつけられる羽目になりました。
その量の多さにへきえきさせられましたが、
同時にそれは、吸血鬼の妻に対する寵愛がひととおりではないことを示すものであったので、
わたしはむしろ満足を覚えました。
自家の名誉を破たんさせてまで与えた妻の貞操を好もしく思われていることで、
犠牲を払った甲斐があると感じたのです。

「素晴らしき日常」

2020年07月28日(Tue) 07:19:17

その日は日曜日だった。
金曜の夜に江利川家の家族全員が自宅近くの公園で吸血鬼に血を吸い取られ、
土曜の朝には各々が、首すじの咬み痕を確かめ合って、お互いの身になにが起きたのかを察し合った。
吸血鬼は自分の獲物を「もたせる」ために、生き血を得るのになか二日を置くことにしていた。
けれども彼の喉の渇きは、このころピークに達していた。
街に来て日がない吸血鬼を救うための血液を提供しているのは、まだこの家族だけだったからである。

吸血鬼は土曜日の夜を悶々とした気分で過ごし、朝が明けると、
まず主人である江利川氏を例の公園に呼び出した。
白昼のことだった。
江利川氏は、会社から支給されていた薄い靴下を脚に通して、公園に向かった。
「すまぬが血をいただく」
吸血鬼は手短かにそういうと、江利川氏の首すじに、否応なく咬みついた。
「ああああああ!」
働き盛りの血潮が、容赦無く吸い上げられた。
身体じゅうの血が傷口めがけて逆流するのを感じた。
江利川氏は強いられた血液提供を、声をあげながら受け止めた。
けれども、彼は彼なりに、妻を寝取った吸血鬼にじつは好意と友情を感じていたので、
彼のなすがままになっていった。

吸血鬼は江利川氏のスラックスを引き上げると、足首に咬みついた。
そして、靴下の舌触りを上から下までくまなく楽しむと、ふくらはぎのあちこちに食いついて、逞しい筋肉の咬み応えを愉しみながら、四十代の働き盛りの血を呑み耽った。
江利川氏は、吸血鬼が自分の血に満足していることを感じ、
むしろすすんで気前よく、生き血を振る舞いつづけた。

やがて江利川氏の妻も呼び出され、
貧血を起こしてぶっ倒れている江利川氏のすぐ傍らに抑えつけられ、首すじを咬まれた。
江利川夫人は、吸血鬼の好みを慮って、
夫が薄い靴下を穿いて家を出たのと同様に、
ツヤツヤとした光沢を帯びたストッキングを脚に通してきた。
吸血鬼は夫人の好意をありがたく受け止めて、
さっき彼女の夫のストッキング地のハイソックスにしたのと同じように、
ストッキングをよだれで意地汚く濡らしながら、その舌触りを愉しんだ。

半死半生の夫のまえ、夫人のストッキングはみるもむざんに咬み破られ、脱がされて、
無防備に開かれた股間に、吸血鬼の逞しい腰が沈み込んでいった。
夫は激しく射精しながら、夫人がその肉体を愉しまれる有様から目線を離せなくなっていった。
吸血鬼はこれ見よがしに夫人を愛し抜いたが、江利川氏はむしろ満足気であった。
夫婦ふたりの血が仲良く織り交ざりながら、
いまは親しい友となった吸血鬼の干からびた血管を潤してゆくことに、
限りない満足を覚えていた。

自分の妻を寝取った男は仇敵ではないのか?という疑問はもっともである。
しかし江利川氏は、妻の生き血を吸い、犯しまでした男が、
実は彼の妻をしんそこ愛し、彼なりの敬意を交えて鄭重に扱っていることを感じ取っていた。
彼の敬意は、その真剣さと同じくらい、手荒に妻を組み敷いて、がつがつと性急にその血を求め、衣装を荒々しく剥ぎ取りながら凌辱するという、荒っぽいやり方で発揮された。
さいしょのうちは気づかわし気に妻の惨状を窺っていた江利川氏であったが、妻に対する彼の荒々しさが、恋情と敬慕の情から来ることを察すると、自身の愛妻を彼のなすがままに委ねていった。
妻自身も、本能的に、自身が激しく愛されているのを感じ取っていた。
そして、あえて手出しをしようとしない夫に申し訳なく思いながらも、本能的に発してしまう随喜のうめきを、どうすることもできなくなっていった。

江利川氏は、妻に対する吸血鬼の好意を、認めることにした。
ともに同じ女性を好きになった同士として認め合い、
江利川氏は妻の不貞で損なわれる家の名誉を犠牲にすることをいとわなかったし
吸血鬼は彼の夫としての立場を尊重し、彼から妻を奪おうとはせず、
彼の妻をあくまで江利川夫人として犯しつづけた。

もしかすると、金曜の夜に男でありながら吸血鬼に犯されたことも、小さくはなかったのかもしれない。
吸血鬼が股間に秘めた一物が彼のそれよりもよほど大きく、大きいという以上にいかに歓びを含ませるものなのかを、体験してしまっていたから。
その一物の物凄さのまえには、いかに貞操堅固な人妻であっても、いちころになってしまうことを、彼は知り抜いていたのだ。

吸血鬼が江利川夫妻をわざわざよびだしたのは、意味があった。
彼はすでに夫人や息子の手引きで、江利川家には自由に出入りできたのだが、
ふたりをあえて白昼の公園で襲うことで、
近所のものたちに彼がこの両名を支配下に置いたことを広める意図があったのだ。
江利川氏は自家の不始末が公になる羽目に陥ったが、
そういう恥――というよりも事情――を抱えた家は実に多かったので、江利川氏が懸念したほど、彼や彼の家族は、無責任な好奇の目にさらされて不愉快な思いをすることはなかった。

吸血鬼は、江利川氏を不愉快にしないために、彼のいないときに夫人をいただくと告げていた。
いわば、密会を遂げると宣言したようなものだった。
けれども逆に、江利川氏に見せつけたいと願うときには、
江利川氏の意向は顧慮されることなく、
これ見よがしに夫人の放埓な痴態、媚態を目の当たりにさせられる羽目になった。

一家のだれもが吸血鬼の邸に自由に出入りすることができた。
江利川氏が招かれたときには、夫人と密会を遂げたときに必ずもらい受けるというショーツやストッキングのコレクションを見せつけられる羽目となった。
江利川氏はその量の多さにへきえきさせられたが、
同時にそれは、吸血鬼の夫人に対する寵愛がひととおりではないことを示していたので、
江利川氏はむしろ満足を覚えた。
自家の名誉を破たんさせてまで与えた妻の貞操を好もしく思われていることで、
犠牲を払った甲斐があると感じたのだ。

お約束の営み

2020年07月25日(Sat) 21:43:55

カーテンを開けると、アサヒがやけに眩しい。
ドラマなら、わたしも吸血鬼になって、灰になって崩れ落ちてしまうところだろう。
けれどもわたしは相変わらず人間であったし、しかも夕べからひどい貧血に悩む人間だった。

妻はわたしの隣のベッドにいた。
私たちが手分けして、ふたりを家まで運んだのだ。
最初は私が息子を、彼が妻を介抱した。
彼は妻をお姫様抱っこして、キスをしたり傷口を舐めたりしていた。
嫉妬でじりじりとしてきたわたしは、代わってほしいと彼に願った。
彼はふたつ返事で引き受けると、今度は息子にキスをしたり、傷口を舐めたりしていた。
彼は、彼流のやりかたではあれど、間違いなくわたしの家族を愛していた。
迷惑なやり方に違いなかったけれど

妻は、夕べの記憶がほとんどないようだった。
けれども肝心のことは覚えているらしく、わたしの前では後ろめたそうに、言葉を控えていた。
ただ、朝の支度があるので、彼女はそそくさと逃げるように、キッチンへと向かっていった。
息子もまた、どんよりとした顔をして降りてきた。
すでに制服に着かえていた彼は、首すじに咬み痕をくっきりと滲ませていた。
咬まれた者だけが見える傷口・・・と、吸血鬼は言っていた。
息子の傷口が見えるということは、息子もわたしの傷口がみえるということ。
妻にしても同じだった。
向かい合わせに食卓に着くと、
「いただきます」の前に、お互いがお互いを窺って、
それぞれの首すじに自分のものと同じ痕を見出すと、
それ以上なにも言わずに、黙って朝ご飯に取りかかった。


「どこまでご存じなの?」
息子が学校に行ってしまい、夫婦の部屋で二人きりになると、妻が訊いた。
「きみに恋人ができたことまでさ」
わたしはいった。
「あなたがとりもってくれたというわけね」
「・・・そういうことだ」
事実と違うことをいうときにどもる癖を、わたしはこのときも発揮した。
「ありがと」
妻はわたしの癖にはおかまいなく、言葉だけを素直に受け取った。
「あくまできみは、ミセス江利川だと言っていたぞ」
「そうね、江利川家の名誉を穢す不貞妻・・・」
妻は薄っすらと、誘うように笑った。
わたしは妻に飛びかかった。
ベッドのうえに押し倒された妻は、ちいさく叫んで、そのまま無言になった。

ふたたび体験談

2020年07月25日(Sat) 21:31:36

男はなかなか、その太い一物を抜かなかった。
そして、いちど抜いてもまたすぐに、埋め込んでいった。
女は叫びながら、男をめくらめっぽうにげんこで叩いていたが、
もちろん男のダメージにはならなかった。
やがて叫び疲れた女は、ぜぃぜぃと荒い息を洩らしながら、男のいうなりになっていった。
男は女を仰向け大の字にして、何度も腰を沈めていって、
それから女を四つん這いにして、何度も腰を沈めていって、
さらに女を腹の上に載せて、何度も腰を突き上げていった。
女は髪を振り乱しながら、今や唯々諾々と、男のいうなりにプレイに応じた。
目の前の女が自分の妻とは思えなかった。
けれども妻はそんなふうにして、男に身体をなじませていった。

さいしょは嫉妬、それにかすかな憎悪。けれども憎悪は、すぐに消えた。
血管に注入された牙の毒は、わたしの血液のなかに淫らに織り交ぜられてゆき、
やがてやり場のない昂りは、男への称賛と目の当たりにするセックスへの陶酔に塗り替えられていった。
たちのよくない注射を十数発も食らうと、女はノックアウトされた。
息を弾ませ過ぎて絶息して、大の字になって伸びてしまったのだ。

「どうかね?」
男はわたしのほうに這い寄ってきて、訊かずもがなのことを訊いた。
「最高だね。」
わたしはこたえた。
きみのファックは妻を狂わせた。妻はもうきみのものだ。と、わたしはいった。
いいや、と、男はいった。
「きみの奥さんはあくまでも、ミセス江利川だ。
 そしてわしは、そのミセス江利川を寝取る男だ。
 そういう関係で、どうかね?」
きみの好きなようにするさ、と、わたしはこたえた。
では、そのようにさせてもらおう――男はそういうと、やおらわたしにのしかかってきた。
首すじを狙っているのがわかったので、目を瞑ってそのまま許した。
すこしだけ戻ってきた血潮が容赦なくむしり取られるのが、分かった。
それだけではなかった。
わたしはいつの間にか全裸に剥かれ、薄地のハイソックス一枚だけを身にまとっていた。
男はわたしを、さっきわたしの妻にしたのと同じやり方で、わたしを愛したのだ。
「そ、そ、そ、れ。は・・・っ・・・」
わたしはどもりながらも、黙ってはいけないと感じた。
けれどもすっかり血液をむしり取られてしまった身体はいうことをきかず、
彼のなすがままにされるよりほかなかった。
妻を再三犯した肉が股間に侵入し、ぬるりと熱い粘液を洩らした。
粘液はじわじわと身体の奥に拡がり、わたしの理性を痺れさせながらさらに奥へとしみ込んでいった。
そんなことを七度もされて、理性を喪わないものがいるだろうか?

その次は、息子の番だった。
幸い息子はまだ、寝入っていた。
けれども彼はあえて息子の頬ぺたを叩いて気を取り直させると、これからすることをこう告げた。
「今からきみを、わしの奴隷にする儀式を行う。
 母さんと父さんは、さっきわしの奴隷になった。
 きみにも、おなじようになってもらう。良いね?」
息子はあろうことか、お願い――といった。
お願いやめて、ではなくて、お願い、奴隷にして、という意味だった。
息子の頭は向こうを向いていた。
男がのしかかると、顔が見えなくなった。
ねずみ色のハイソックスの脚が開かれ、立て膝になった。
こうこうと輝く街灯が、純情で汚れを知らない少年の装いを、淫らな光沢に染めて照らし出していた。

体験譚・目撃譚

2020年07月25日(Sat) 21:11:22

ワイルドな飲みっぷりだった。
足許からあがるキュウキュウという生々しい吸血の音に、わたしの鼓膜は痺れた。
傷口に蠢く唇の触感がじわじわと痛痒く、脳裏の奥までも伝わってきた。
それ以上に、体内の血液が急速に減ってゆくのが、身を刻むような感覚でわかった。

わたしだけは吸い殺されてしまうのか――そんなまがまがしい想像が胸を占めたが、
男はちがうと断言した。

牙を通して意思が伝わってくるのだ。
同時に、吸い上げられる血を通して、わたしの意思も伝わってゆくのだ。
嘘をつけない。けれども、いまさらその必要もない。
狂わされたわたしの理性は、家族と自分の血が等しく愉しまれることを、強く望んでいた。
わたしははっきりと、声に出して告げていた。妻の操を差し上げます――と。

それからは、一転して、吸血鬼映画がポルノ映画に早変わりした。
男は身じろぎひとつできないほどに失血したわたしを放り出すと、
倒れている妻のほうへとにじり寄った。
なんと間の悪いことか――妻はちょうど血を回復して、目覚めたところだった。
鼻息荒くのしかかってくる男がなにを求めているのか、彼女は瞬時に察した。
決して勘の鈍い女ではなかったから。
そして、腕を突っ張って、男の身体を引き離そうとした。
けれども、血の失せた細腕は、男の劣情を支えきることはできなかった。
気丈に突っ張った腕はあっさり折られ、妻は唇を奪われた。
彼女はわたしが気絶していると思ったらしい。

したら、助けてくれるの?と、小声で訊いた。
しなくても、もちろん生命は奪らないと、彼はいった。
主人に悪いわ、と、妻。
そんなことは良いではないか、と、男。
でも、どうしてもだめ、と、妻。
だが、どうしてもいただく、と、男。
言葉が切り結ぶあいだにも、腕と腕とはせめぎ合い、男はずいずいと勝ちを占めてゆく。
妻はとうとう、ブラウスを引き破られて、胸をあらわにされてしまった。
そして、ストッキングのガーターが丸見えになるほどスカートをたくし上げられ、犯されていった。
「あああ!あなたぁ!」
断末魔のような叫び声に、わたしは恥ずべきことに射精していた。

体験譚 ~ ご主人も。^^ ~

2020年07月25日(Sat) 21:00:37

息子のタカシが吸血鬼を愉しませるために
半ズボンの下に穿いていった妻のストッキングを脱がされて。
妻が手渡した、通学用のハイソックスに履き替えて。

ふたりは息せき切ってはずむ肩を並べて、手近な芝生の上にうつ伏せになって。
妻は艶やかな光沢を帯びたストッキングのうえから、
息子は通学用のねずみ色のハイソックスのうえから、
それぞれ、吸血鬼の欲情衰えぬ唇を、容赦なく吸いつけられてゆく。

ふたりは各々、唇をふるいつけられるたび、
顔をあげて足許を省みては、眉を翳らせ唇を歪めて、
自分たちの足許を辱め抜く吸血鬼の意地汚いやり口に、非難のこもった目線を送った。
けれどももはやそれ以上は抵抗をせずに、
その喉の渇きを癒すため、自らの生き血を許しつづけて、
その嗜虐心を満足させるため、足許を辱め抜かれて、
やがてどちらからともなく眠そうに目をこすり始め、
深い眠りに落ちていった。

さいごに妻が、頭をガクリと垂れてしまうと。
わたしは生垣から顔を出し、吸血鬼のほうへとまっすぐに歩みを進めた。
息子が何度もこのような奉仕をしているのだから、
ふたりが血を吸い尽くされたわけではない――と、わかっていた。
男はふたりの上に、なおも代わる代わるのしかかり、
獣が自分の児をいとおしむようにその身をなぞるように撫でながら、
なおも血潮を舐め、生々しい音を洩らして啜り取っていた。

どうやら彼は、わたしの家族を、彼なりのやりかたで愛している――
わたしはそう思わずに、いられなかった。


家族が吸血鬼に生き血を吸われているとき、夫や父親がなすべきことは、
まず家族を彼らの魔手から、救い出すことだろう。
それができない場合にはどうすべきか?
家族のために死を選ぶ・・・という道も、否定はしない。
けれどもわたしが選んだのは、
家族ともども血を吸われ、妻や息子の強いられている負担を分かち合う――ことだった。


「やっと出てきてくださったな」
吸血鬼はわたしにいった。
わたしが様子を窺っていることを、先刻承知のうえだったらしい。
それでいながら。これ見よがしに。
彼は息子の制服姿を、文字通り足のつま先まで愉しみ尽し、
妻のブラウスを持ち主の血で彩り、ストッキングを咬み剥いで愉しんでいた。
「妻と息子はだいじょうぶなのか?」
わたしは訊いた。
その気遣いを承りたかった――男はいった。
そして、奥さんも息子さんも、勿論だいじょうぶだ、と、彼はこたえた。
「まだ血を吸い足りないのか?」
わたしは訊いた。
「まことに申し訳ないのだが――」
男ははじめて、わたしのほうへと、向き直った。
「息子さんにはすでにたびたび、奥さんにはきょうはじめて、
 喉の渇きを助けていただいた。
 ぢゃが、今夜に限ってどういうわけか、ひどく喉が渇いてならんのだ。
 いましばらく、お目こぼしをしてくださるまいか」

男はあくまでも、慇懃だった。
そして、体調が切迫していることは、平静を装いながらも急迫する息遣いでそれと知れた。
彼はそれでも、二人に対する気遣いを忘れてはいないらしい。
いとおし気に、気づかわし気に、息子の頭を撫で、妻の肩をさすった。
ふつうの献血のときでも、たまに貧血を起こすものがいる。
そうした場合、しばらく横になっていると血が戻ってきて、元気を取り戻すのがつねだった。
吸血鬼も、それを期待しているのだろう。
わたしはいった。
「貴男の獲る血に、わたしのものも加えてもらえないだろうか?
 男の血ではつまらないだろうけれども、
 夫として、父親として、ふたりのの負担を、少しでも減らしたいのだ」
わたしは恭順のしるしに、スラックスのすそを引き上げた。
男は目を光らせて、墨色に染まるわたしの足許に見入った。
わたしがその晩、妻の後を追って家を出る時脚に通したのは、
会社から支給されていたストッキング地のハイソックスだった。

勤務中はこれを着用するようにと渡されたときは、なんのことかわからなかったけれど。
事務所にも出没する吸血鬼は、しばしば社員の生き血を狙った。
その都度会議室や打ち合わせスペースに連れていかれた社員たちは、
首すじはもちろん、薄いナイロン生地を咬み破られながら、ふくらはぎからもしつような吸血を受けて気絶し、
しばしば救急車のお世話になるのだった。

どうしてこんな、男には不似合いに薄い靴下を身につけさせられるのか、
いまにしてやっとわかった。
支給された靴下の色は、紺と黒だった。
ふだんは紺を身に着けていたが、
今夜にかぎって黒を履いてきたのは、
決して間違った選択ではなかったはず。
喪を弔うとき、女たちは黒のストッキングを脚に通す。
妻の貞操の喪を弔うには、男にも黒のストッキングが必要なのだ。
有夫の婦人が吸血鬼の相手をするときは、貞操までもものにされるのだから――

男は例を言うのもそこそこに、わたしの足許に這い寄ると。
足首を抑え、くるぶしに唇を吸いつけて、
牙でくるぶしをこすると、噴き出た血を啜り始めた。
妻と息子の血に浸された淫らな喉を、こんどはわたしの血が浸していった。


飢えた吸血鬼を救うのに、さいしょに息子が血を与えた。
息子の貧血を救うために、妻もその身代わりとなった。
ふたりの健康を損ねぬために、夫のわたしも男の渇きを自分の血で救おうとした。


快感が、牙を通して伝わってきた。
根元まで刺し込まれた牙を、どうか抜かないで欲しいと、本気で願った。
息子と、そして妻までもが、
唯々諾々とうら若い血液を惜しげもなく吸い取らせてしまった理由(わけ)が、
身に沁みるように納得できた。

目撃譚2 ~妻の献血~

2020年07月22日(Wed) 07:22:45

その晩は、ひどく静かな夜だった。
傍らを見ると、隣のベッドに妻の姿はなかった。
息子の後をついていったに、違いなかった。
わたしはすでに、知っているのだ。
息子の血が、吸血鬼によって愛されていることを。
けれども妻にとっては、まだそれは疑念に過ぎないはずだ。
なにが妻をかりたてたのかはわからないが、
息子の行動に疑念を持った妻は、
その疑念を解決する試みをためらわなかった。
そこに邪悪な罠が待っているということを、
彼女はたぶん、まったく意識していなかった。
わたしはひと呼吸、ふた呼吸、そしてもう少しだけ――間をおいてから、
わたしはベッドを抜け出した。

妻がどこに脚を向けたのかは、よくわかっていたから、
わたしは真っ暗な一本道を通り抜けて、なんなく公園にたどり着いた。
夜の公園は、先日訪れたときと同じように、周囲の暗黒の中でただそこだけが、
まるでナイターか劇場の舞台のように、街灯にこうこうと照らし出されていた。
生垣の外から、公園のなかを窺ったとき、一歩遅かったと思わずにはいられなかった。
妻はあの男に抱きすくめられて、首すじを咬まれ、
ちょうどわたしが”舞台”の上を覗き込んだとき、
純白のブラウスに赤黒い血のほとびを撒き散らしてしまっていたのだ。

二人の姿は、映画のラヴ・シーンのように、わたしの網膜を染めた。
それくらいぴったりと二人は寄り添い合って、
片方はひたすら慰めをむさぼり、
もう片方は望まれるままに施していた。
それが血液の採取という、おぞましい手段によるものだったとしても。
あの瞬間二人はすでに愛し合い、いたわり合い、求め合っていたのだ。
もはや夫であっても、出る幕はない――わたしはそう観念した。
そして、目線をはずすことさえ忘れた夫の前、
視られていることに気づかない人妻は、口づけさえも交えながら、
吸血鬼の欲するままに、三十代の人妻の生き血を採られつづけていったのだった。

愛する妻と一人息子の生き血をむざむざと、吸血鬼の喉の渇きのままに吸い取られてしまいながら、
わたしは彼の所業を妨げることができなかった。
夫であり父親であるわたしとしては、
まず妻や息子の体内をめぐる血液を抜き取られてゆくその現場に割り込んででも、
そのおぞましい行為を止めさせるべきだった。
ところがわたしときたら、二人が代わる代わる献血に励むのを目の当たりに、
家族の生き血が彼を慰め愉しませることに誇りと歓びさえ感じながら、
むしろ、夫としての責務を放棄することで、彼らの献血に間接的に協力してしまっていたのだ。

なんとでも、罵ると良い。
あの場に居合わせたことのないものに、いまのわたしの心情は、とても理解できないだろうから――

目撃譚・1 ~息子の献血~

2020年07月22日(Wed) 07:22:32

あのとき、どうして表に出ようとしなかったのか。
目の前で、息子が吸血鬼に生き血を吸い取られようとしているときに――
目の前で、同じ吸血鬼に、わたしの妻が犯されようとしているときに――
わたしの不作為は、父親として、夫として、男として、きっと恥ずべき行動だったに違いない。

たしかに、赴任する際に説明はうけていた。
息子はなにも知らないでいたが、妻は明らかに知っていた。
けれどもそれは、言い訳にはならないだろう。
いったいどうして、わたしはあのとき、不作為に徹することができたのだろうか?

その晩は、けだるい湿気に支配された闇が、どこまでも広がっていた。
取引先に引き留められて、思いのほか遅くなった帰り道。
いまだかつて、暗くなる前に家に戻れない日はないほどだったので、
あらゆることが勝手が違っていた。
自宅に通じる田舎の真っ暗な一本道を、
微かに指す遠方の光をたよりに足許を確かめながら歩きつづけると、
家の近くまで来た証拠に、見覚えのある公園の生垣が若葉を光らせているのが見えた。
公園のなかには街灯があり、そこだけがまるでスポットライトに照らされた舞台のように、明るく浮き上がって見えた。
その”舞台”のいちばん奥まった隅っこにベンチがしつらえられていて、
人影がひとつ、ベンチに腰かけているのがなんとなく目を惹いた。
息子だった。
息子は一人ではなかった。
背後の、ベンチの背もたれごしに、寄り添うようにして。
黒い影がひっそりと、息子を羽交い絞めに抱きすくめていた。
わたしはぎょっとして、足を止めた。
黒影の主の目線がわたしをとらえ、わたしも彼と目線を合わせ、
そして、痺れたように、その場に立ち尽くしてしまったのだ。
男はわたしを金縛りにかけてしまうと、
そろそろと息子のシャツのえり首からむき出された首すじに目線を転じ、
転じたかと思った刹那、食いついていた――

ちゅう・・・っ。
ひそやかにあがる吸血の音にわたしが感じたのは――あろうことか、恍惚と陶酔だった。
わたしと同じ血が、吸血鬼によってむさぼられている。愉しまれている。
そんな彼の感情が、ありありと伝わってきたのだ。

息子はといえば、甘苦しい翳りを帯びた眉をピリピリとナーバスに震わせて、
ただ、相手の意のままになっていた。
決して歓迎しているわけではないけれども、
決して忌み嫌うわけでもないのだった。
ひざ小僧をギュッと合わせ、ハイソックスの脚を女の子みたいに内またにして、
えもいわれない快感がわきあがり、それに歯噛みをして耐えていた。

ひとしきり血を啜り取ると、息子はぐったりとなった。
黒影は息子をいたわるように後ろから撫で上げて、しばらくのあいだ様子を窺っているようだった。
獲物の弱り具合を見つめる獣のような冷酷さはそこにはなく、
身内の容態を気にかけるいたわりに満ちた目線がそこにはあった。

やがて息子が落ち着きを取り戻すと、
黒影はベンチの陰から這い出てきた。
男は、吸血鬼はこういうものだ、と、いわんばかりの、クラシックな黒マントを帯びていた。
彼は息子の足許にかがみ込むと、息子は白い歯を見せて笑った。
打ち解けた笑いだった。
もうすでに、なん度もこうした逢瀬を愉しんでいるのだろう。
灰色の靴下ごしに唇を吸いつけてくる男を拒もうとはせず、
靴下の舌触りを愉しんでいるのか、学校の制服を辱めて愉しんでいるのか、
きっとその両方に違いないのだが、
男はひたすら夢中になって、息子の下肢に唇や舌をふるいつけていった。
そうして、しばらく間が経って、息子の顔に血色が戻ると、
靴下のうえから唇を這わせて、グイッと牙を埋め込んでいった。
「ぁ・・・」
息子がひそかな声を洩らした。
そのうめき声には、間違いなく随喜の色が含まれていた。

ちゅう・・・っ。

ふたたび吸血の音が、今度は息子の足許からあがった。
黒影の男は夢中になって息子の血を吸いつづけたが、息子を吸い殺す意図を持っていないのが、今までの振舞いから察することができた。
わたしは力の抜けた足取りで、その場を離れた。

どうして吸血鬼の、息子に対するいかがわしい行為をやめさせなかったのか?
どうして息子の、吸血鬼のための献血を押しとどめなかったのか?
わたしにはごく当たり前のその問いに、うまく応えることができない
けれどもーー
あの時息子は、明らかに悦んでいた。
二人の間には、通い合い想い合う温もりを持った感情が行き交い、余人の入り込む余地はなかった。
いまでもそれは、確かにいえることだった。
もとより、父親としての応えにはとうてい、ならないだろうけれど――


黒影の主とはその後いちどだけ、顔を合わせた。
そう、赴任先の数少ない取引先のオーナーとして。
男は初対面のころからの乾いた無表情を年老いた目鼻立ちに漂わせ、
いつも通りに契約書にサインをして、律儀なぶきっちょさで契約書を折りたたみ、封筒に入れて渡してくれた。
永年ひとりで営業してきた印刷工場の一角でわたしと向き合うその男は、
一国一城のあるじの矜持と、仕事に対する謙虚な律儀さと、隣り合わせに座っていた。

さいしょは私も、気づかなかった。
度重なる労働で擦り切れかけたような古ぼけた作業委を着て、齢不相応に老け込んだ初老の男と、
大時代的な黒マントを羽織り、年頃の息子を手玉に取って、つややかな唇でその生き血を口に含んでいった男と、
まさか同一人物だとは、思いもよらなかったのだ。
その男があの言葉を囁かなかったら、わたしはわからずじまいでその工場を立ち去っただろう。
男が黙っていなかったのは、わたしを愚弄するためではなくて、ただ律儀だったからに違いなかった。

息子さんは、佳い血液をお持ちだ。
いつも感謝しております。

ただそう告げると、ぼう然となったわたしを置いて、輪転機のけたたましくまわる、彼の持ち場へと戻っていった。
男は作業衣の下に、齢不相応に半ズボンを履いていた。
半ズボンの下、ひざ下までの靴下は、息子のものと同じ柄だった。
男は息子からせしめたハイソックスを見せつけながら、わたしの前から姿を消した。


〇△事務所に、転勤を命ずる。
・赴任地での業務 休養および自己の趣味に基づいた活動
・支給される手当 血液提供手当
 見返りに、赴任地に棲む吸血鬼を相手に、血液の提供を義務づける。
・必ず家族を帯同されたい。
 血液提供の対象は、家族全員が含まれる。
【備考】既婚女性および性行為の経験のある者は、
     血液を提供する際、吸血鬼との間に性的関係を結ばなければならないことを諒解すること。

都会で暮らせなくなったわたしたち一家は、
すんでのところで一家心中の危機を脱した、
その代わりに与えられた辞令は、妻にも事前の閲覧を義務づけられ、自署で諒解の回答を提出している――
都会で生活の場を失ったわたしは、自分と家族の血液を提供することを、了解していた。
もちろんそれが、これから語るわたしの振舞いを弁解するものにはならないだろう。
わたしはどこまでも、妻を、息子を、守るべき存在なのだから――

塗り替えられた記憶に基づく日記。

2020年07月20日(Mon) 07:38:47

7月15日 曇
(中略)
夜22時、約束を守って外出。(制服着用)
いつもどおりに、ご奉仕。
人助けをする満足感。そして、えもいわれない快感。
制服着用にまつわる、ほんの少しの後ろめたさ。(詳しくは書けない)
自分の血をその人と共有することに、不思議な歓びを感じる。

深夜の未成年の一人歩きは、法律的に良いことではないらしい。
後ろめたいことはなにもないつもりだけれど、家の近くまで送ってもらう。
家に入れてもらいたいと言われるが、深夜なので謝って断る。
あとで調べたら、いちど彼を家にあげてしまうと、いつでも出入りできるようになるらしい。

家族を起こさないように部屋に戻り、就寝。


7月18日 晴時々曇 この季節にしては涼しい一日。
(中略)
夜22時、小父さんと約束した公園に行く。ぼくの生き血を愉しんでもらうために。
こんなふうに、日記にもあからさまに書くことができるようになったのが、心から嬉しい。
詳しくは書けないでいたけれど、今夜はすべてを描いてしまおう。
もはや、ママにこの日記を見られてもだいじょうぶなのだから。

このところずっと、3日に一度、
この街に棲みついて間もない吸血鬼の小父さんを相手に、
ぼくは献血活動を行っていた。
家族に心配をかけたくなかったので、黙って深夜に家を出て、小父さんに逢っていた。

小父さんはぼくの通っている学校の制服を気に入っていたので、
いつも制服を身に着けて、いつも学校に履いていく通学用のハイソックスを履いた脚を咬ませてあげていた。
小父さんは、首すじも大好きだけれども、
丈の長い靴下を履いたふくらはぎや太ももを咬むのも好きだから。

ハイソックスを咬み破られることは、クラスメイトを裏切るような、後ろめたい気がしたけれど、
逢瀬を重ねるにつれて、それがえも言われない快感になっていた。
むしろ、禁忌を侵すことが小父さんを満足させることで、
ぼくも歓びを覚えるようになっていた。
ママに知られないようにハイソックスの入手先を調べたことも、
少しばかり社会勉強になったかも。

そして今夜は、小父さんが以前から欲しがっていた、
ママが一度脚に通したストッキングを制服の半ズボンの下に穿いて、逢いに出かけた。

夜風が薄々のストッキングの脚にそらぞらしくて、歩いているだけでドキドキした。
ママのストッキングにまつわる後ろめたさと、初めて脚に通した薄地のナイロンのしなやかさとが、
ぼくの心のなかで、きょうの行為をよしとするかどうかの、綱引きをしていた。
どこかで、ママといっしょに夜歩きをしているような錯覚も芽生えて、ゾクゾクとした昂りさえ感じていた。

小父さんはぼくが貧血を起こすと、自分がまだ満足していなくとも、しいて血を摂ろうはしない。
自分の顔色が蒼いままでも、ぼくをかばおうとするのだった。
だから、小父さんの希望は可能な限りかなえてあげたくなるのだ。
ママのストッキングを咬み破らせてあげることは、
ママを小父さんに売るようでドキドキしたけれど、
むしろそんな気分が、言葉に言い尽くせないほどの快感になった。

このごろのママは、ぼくが内緒で小父さんに献血しているのを、なんとなく感づいているような気がした。
小父さんに若い血を愉しんでもらう行為は慈善事業だとぼくは思っているけれど、
ママに打ち明けることはできずに、心の中でひっかかっていた。
不行儀なことを嫌うママのことだから、夜の外出を禁止されてしまいそうで。。

いくらぼくのお小遣いで買っているからとはいえ、
学校指定のハイソックスに赤黒い血のまだら模様を着けてしまうことには、
きっと露骨に顔をしかめるだろう。
あのじんわりと血が滲むときのなま温かさですら、いまのぼくには快感になっているのだけれど。

小父さんは小父さんで、どうやらママに逢いたがっているようだ。
あからさまに口に出してはまだ言われていないけれど。
それできっと、ぼくにママのストッキングを穿かせて、愉しんでみたくなったのだろう。
ぼくはママの身代わりになったつもりで、ストッキングの脚を小父さんのまえに差し伸べた。
小父さんは舌をふるいつけて、ママのストッキングを唾液で濡らし、
くまなく唇を吸いつけて、ヒルのように蠢かせて、薄地のナイロン生地をよだれまみれにしていった。
ぼくたちはふたりして、ママを辱める遊戯に熱中した。

血を吸い取られた後、ぼくたちは初めての口づけを交わした。
ぼくの身体から吸い取られた血潮の錆びたような芳香が、ぼくの鼻腔の奥まで浸して、
小父さんはこんな味のするぼくの血を愉しんでいるんだと実感した。
いい匂いだね、と、ぼくがいうと、小父さんは嬉しそうに笑い、きみにもそれがわかるようになったのだね?と、いった。
ぼくはぼくの血をいちど吸ってみたいと、ふと感じた。
男女を通じて、キスをするのは初めてだった。
ファースト・キスの相手が小父さんであることに、ぼくは誇りと嬉しさと、両方を感じた。
まるで恋人同士の男女の口づけのように、ぼくたちはなん度も、口づけを交わした。
小父さんも、きっと、夢中になっていたと思う。
それは血を吸われるのにもまして、ぼくたちにとって至福のひと刻だった。

「あなたたち、なにをなさっているの!?」
誰何の声が、鋭い稲光のように耳を突き刺したのは、そんな最中のことだった。
振り向くと、そこにママがいた。
ママは目を吊り上げていて、明らかに怒っていた。
ぼくはヒヤッとして、小父さんの背中に回していた腕を慌ててほどいた。
そのときはじめて、ぼくは小父さんの背中に腕をまわしていたことに気づいたほど、ぼくは夢中になっていたのだ。

小父さんの動きは、素早かった。
すぐさま身を起こしてママに飛びかかると、黒マントでママを包み込むようにして、抱きすくめてしまったのだ。
ママはいつも家で着ている純白のレエスのブラウスに、空色のロングスカートを穿いていた。
その姿がすっかり隠れるくらい、小父さんのマントは大きかった。
まるで、ママの姿ぜんたいが、闇のなかに埋没したようだった。
小父さんは目にもとまらぬ素早さでママの首すじを咬んで、じゅるうッ・・・と音を立てて血を吸った。
そして牙を引き抜くと、バラ色のほとびがびゅうッと飛び散った。
ママの身体から吸い取られた血潮は、純白のブラウスに点々と散って、不規則なまだら模様を描いた。

ママは口許を抑えてうろたえたが、小父さんは容赦しなかった。
もういちど、首すじにつけた傷口に唇を吸いつけると、さらにキュウッ・・・と音を立てて、ママの血を吸った。

キュウッ、キュウッ、キュウッ・・・

ひとをくったような音をたてて、ママの生き血は吸い上げられ、むしり取られた。
小父さんはさりげなくママの立ち位置を移していって、
貧血を起こしたママが尻もちをつくと、そこはベンチの上になっていた。
「お召し物を汚すといけませんからな」
小父さんはいつもの落ち着いた、紳士の声色に戻っていた。

ぼくは、ママに手を出さないで!死なせないで!と、小父さんの背後に取り付いて訴えていた。
けれども、その心配はなかったのだ。
小父さんは、ママを死なせるどころか、着ている服を汚すことにさえ、気を遣ったのだ。

「でも、ブラウスは汚れてしまいましたわ」
「赤の水玉もようが、チャーミングだ」
小父さんの言い草は詭弁だと思った。
真っ白なブラウスに不規則に散らされた血潮はむしろ毒々しく、ホラーな感じがしたからだ。
けれどもママはゆったりとほほ笑んで、
「貴男がそうおっしゃるのなら、きっとそうなのでしょうね」
と、あえて異を唱えようとはしなかった。
いつもの気が強くて潔癖で、少しでも気に入らないことがあると眉を逆立てるママだったけれど、
この穏やかさ、従順さはきっと、よそ行きの態度に違いないと思った。
親戚の結婚式などでは、別人のように優雅にほほ笑んで、やさしい声色でころころと笑ったりするくらいだから。

ママはぼくのほうを振り返ると、破けたストッキングを通したままの足許を見つめた。
ぼくはどぎまぎとしてしまった。
けれどもママはそれでもゆったりとしたほほ笑みを消さずに、いった。
「いいのよ、タカシ。ストッキングがよくお似合いね。時々ママのを穿くと良いわ」
いいの?と、ぼくが訊くと、
「その代わり、ママの箪笥の抽斗に、黙っておイタをするのは止して頂戴ね」
といった。ぼくは、一言も無かった。

「あなたは学生らしく、ハイソックスを。
 ママは女らしく、ストッキングを。
 脚に通して、その脚を並べて、しばらくご奉仕しましょうね。」
ママは用意の良いことに、通学用の真新しいハイソックスを携えてきていた。
破けたストッキングは、小父さんが脱がせてくれた。
自分がせしめるために――とわかっていたけれど、ぼくはありがとうを言いながら、唯々諾々と脱がされていった。

ママと2人、肩を並べて芝生にうつ伏せに寝転がると、ママはぼくの掌を、自分の掌で包み込むようにして、握った。
温かな体温が伝わってきた。
「冷たい手をしている」
と、ママはいった。
「まだ大丈夫?」
とも、気遣ってくれた。
「ぼく、小父さんにぼくの血をあげたいんだ」
ぼくがそう応えると、
「あのひとも、そのつもりのご様子ね」
と、いった。

さいしょに、ぼくのハイソックスのふくらはぎに。
それから、ママのストッキングの足許に。
小父さんのしつような唇が吸いつき、舌が這いまわる。
空色のロングスカートをゆっくりとはぐり上げ、ママの足許に唇を吸いつけるのを目にして、
そしてその唇が、薄いナイロン生地を咬み剥いで、裂け目が上下に走り、拡がってゆくのを目にして、
ぼくは失禁しそうなくらいに、昂りを覚えていた。
ぼくがはっきりと記憶しているのは、そこまでだった。

まさかとは思うけれど。
そのあと、ぼくはたしかに、
ママのはだけたブラウスのすき間から、
なだらかな乳房の隆起をかい間見たような気がする。
そんなはずはないと思いながらも、いまもその幻影に悩まされている。

小父さんは、それから先、ママになにをしたのだろう?
けれどもぼくはいつの間にか家のベッドのなかにいて、
階下のリビングに降りてゆくと、ママがいつものように、パンケーキを焼いていた。
「早くおあがりなさい。学校に遅れてしまうわよ」
という口調も、いつものままだった。
確か夕べも、「たっぷりとおあがりください」と、小父さんに言っていなかったっけ?
でも、新聞を片手に無表情に朝ご飯を食べているパパの様子をみていると、
とてもそんなことは口にすることはできなかった。

パパが出勤してしまうと、ママがその時だけは、いつもと違うことをいった。
「さっきもパパの前でなにも仰らなかったから、わかっているとはおもうけど――
 夕べのことは、パパには内緒ですよ」
ママは艶やかに笑っていたけれど、目だけは笑っていなかった。

善意が生んだ”悪果”

2020年07月19日(Sun) 14:39:15

デートに誘われた女の子が、彼氏を悦ばせるためにミニスカートを穿いていくというのは、よくあることだろう。
同性愛嗜好の男子生徒が、やはりパートナーを悦ばせるために学校に申請をして、女子生徒として通学することも、
まあ良いだろう。
ところで、ぼくの場合、相手は吸血鬼。
彼が欲しがる若い血を摂らせてあげるのに加えて、その時彼の気に入るように制服を着ていくことは、
前の二者と同じように褒めてもらうことができない行動なのだろうか?

幸いぼくのパートナーは、ぼくの制服姿を気に入ってくれていて、
その制服も日常身に着けているものだったから、
ぼくはただ学校帰りに彼に咬ませるための真新しいハイソックスを鞄にしのばせて下校の道をたどるだけでじゅうぶんだった。

あれからひと月が経とうとしている。
ぼくは通学用のハイソックスを家族に隠れて入手する手づるを覚えて彼と逢瀬を重ね、
血を吸われる愉しみ、制服姿で辱めを受ける歓びを覚え込まされてしまっていた。

彼はそのうちに、もっと違うことをぼくに要求し始めるようになっていた。
妹さんの紺のハイソックスも、美味しそうだね・・・と、
なにも知らない妹が公園でボール遊びをやっているのを横目に見て囁きかけてきて、
あの細っそりとした首すじや、発育のよろしい太ももに咬みついてみたいものだと、おねだりに近いことを呟いたり、
ママのストッキングも、面白そうだね・・・と、
法事の帰りにぼくだけ家族と別れて公園に行って、制服姿を愉しませてやったときも、
黒一色の喪服のすその下から覗く、薄墨色に染まったふくらはぎを遠目に見やりながら唸ったり、
そんなことがつづいたのだった。

べつだん、ぼくに飽きたから、目先を変えてやろうという魂胆ではなかったらしい。
彼はぼくの健康には必要以上に気を使っていて、
どんなに頻度が高くても、三日にいちどしか、吸血の機会を創ろうとしなかったのだ。
そして彼自身はこの街に来てからそう長くは経っていなかったので、
ぼく以上に協力的な血液提供者にはまだ、恵まれていなかった。
若い血液を得るのにぼく以外をあてにするとしたら、
ぼくに最も近い、ぼくの家族くらいしか、お互いに思いつかなかったのだろう。

「お互いに」――そう、本当に「お互いに」だった。
ママは持ち前の勘の鋭さから、ぼくの背後に誰か胡散臭い人影を見出すようになっていた。
ハイソックスの数が減っていないというだけでは、ママの目をごまかすことはできなかったのだ。
始終ぼくと接して、食べるものの多い少ない、疲れの深い浅い、すべてを知っている相手だったから、
心の中まで見通せるほどに鋭く、ママはぼくのことに感づいていた。

ぼくは小父さんにせがまれるままに、
ママの留守中夫婦の寝室にある箪笥の抽斗を開けて、ストッキングを一足盗み出していた。
それは残念ながら法事の時に脚に通していた黒ではなく、ふだん履きの肌色のものだった。
ママはふだん家にいる時も、スカートの下にはストッキングを着ける習慣を持っていたのだ。
「いちどは母御がおみ脚を通されたものがよい」というコアな条件がつけられていたので、
心臓をドキドキさせながら、震える手で引き出すことのできた唯一の成果だった。

震える手で、脚の形をした薄い肌色の薄絹を手に取って、
ぶきっちょなやり口でつま先をたぐり寄せて、
爪の先とストッキングのつま先とをぴったりと合わせると、じわりじわりと引き伸ばす。
ぼくの脚は一瞬にして、淡い光沢を帯びた薄地のナイロン生地のしなやかさに、なまめかしく染まった。

くくくくく・・・
小父さんは嫌らしい含み笑いを泛べると、ぼくの足許に這い寄って、ちゅうっ・・・と唇を吸いつけた。
ママのストッキングが唾液に濡れるのを感じて、ぼくは股間を昂らせてしまった。
いけない、変な粘液で汚してしまったら、取り返しがつかなくなる――
けれども小父さんはそんなぼくの懸念にはお構いなく、ぼくの足許に夢中になっている。
前歯で甘噛みをしながら、薄地のナイロン生地をサリサリと歯がかすめた。
アッ、いけないッ・・・
と思う間もなく、ストッキングの生地が破けた。
じわっと裂けた薄い生地は、ぼくが焦って身じろぎするたびに、無音で裂けめを拡げてゆく。
あとはもう、お構いなしだった。
いつもと同じように、彼はぼくの脚のあちこちに咬み痕をつけて、吸血というよりも、”凌辱ごっこ”を愉しんでいたのだ。


ママが汚される。
ママが辱めを受ける。
足許にまつわりつく、いちどはママの脚に接したナイロン生地が、
吸血鬼の小父さんのあくなき容赦ない責めに耐えかねて、
引き破れ、咬み剥がれ、唾液に濡れてゆく。
ぼくは自分の下肢を見おろす視線を、それでもそむけることができなかった。
いま一度、背徳の実感がぼくの胸を衝(つ)いた。
――ママが侵される!!

小父さんの身体がぼくの下肢からせりあがってきて、
たちの悪い意地悪そうなほくそ笑みを泛べて、迫ってきた。
口許といわず、頬ぺたといわず、
ぼくの身体から吸い取った血潮が、テラテラと光っている。
くくくくくく・・・っ
小父さんはたち悪く笑みながら、ぼくの血で血塗られた唇を、ぼくの唇に重ねてこようとする。
いちどはそむけようとした唇は、なんなく捉えられてしまった。
軽く離され、ふたたび重ねられてきた唇に、
こんどは自分から応じていった・・・
錆びたような血の芳香がぼくを酔わせ、夢中にした。

「あなたたち、何をなさっているの!?」
厳しく鋭く尖った声が、闇のなかに響いた。
声の主を同時に見すえた視線の彼方に、いてはならない人がいた。
見慣れた白のレエスのブラウスに、薄青のロングスカート。
肩先に優雅にウェーブする栗色の髪を逆立てんばかりにして、
その人は憤怒の様相で、ぼくたちを見すえていた。
ママだった。


小父さんの行動は素早く、容赦なかった。
ぼくの上にのしかかっていた体重がだしぬけに去るのを感じた。
なにも知らずにぼくたちのいけない行為を厳しく咎めようとしたママに、
小父さんはムササビのように飛びかかった。

そのあとの記憶は、きっとどこかで歪められているような気がしてならない。
記憶そのものが頼りなく、たどたどしく、自分にとって好都合に展開し過ぎているような気がする。
けれども、それならそれで、いまは構わない。
ともかくも、記憶するままを、描いてみる。

小父さんはママに飛びかかると、黒いマントで白ブラウス姿のママを押し包んでしまった。
そしてなにが起きたのかも自覚できないまま、抵抗する事すら忘れたママの首すじに咬みついたのだ。
ググッと刺し込まれる牙を。
アッと叫ぶ赤い唇を。
口許からほとび出る血しぶきを。
キュウッと吸い上げられる吸血の音があがるのを、
ぼくは茫然となって、見つめていた。
ぼくは恍惚となって、見守っていた。

ママの首すじに吸いつけられた唇が離れ、
ほとび散る血潮がママの白いブラウスを真っ赤に染めるのをみて、
ぼくは、はっとわれに返った。
「だめ!だめ!だめだったらっ!!」
ぼくは叫びながら飛び出して、小父さんの背後に組みついた。
「ママには手を出さないで!」

小父さんはぼくを突きのけた。
ぼくは腰砕けになってその場に倒れそうになった。
かろうじて持ちこたえてふり返ると、
小父さんはもういちど、ママの首すじを咬もうとしていた。
「だめだったらっ!」
ぼくはもういちど、小父さんの背後にかじりついた。

「いいのよ、タカシ」
思いのほかゆったりと落ち着いた声が、ぼくの動きを麻痺させた。
声色にはいつものケンの鋭い棘がなく、表情を失った声だと思った。
そうだ、ママは咬まれちゃったんだ。
だとすると、いまのぼくと同じように、小父さんに尽くすことを最善だと感じているのかも――

小父さんはママを放した。
ママは貧血を起こしたらしく、ちょっとだけよろけたけれど、すぐに気丈に立ち直った。
小父さんはうやうやしくママの手を取って、手の甲にキスをした。
紳士の貴婦人に対する振舞いだと、ぼくはおもった。
「唐突に、まことに失礼しました」
小父さんはいった。
慇懃な謝罪に、ママは立ち直る余裕を掴んだようだ。
「あの・・・うちの大事な息子に、どういうことなんですの?」
ママらしい切り口上が戻ってきた――
でも、安堵してはいけない。
ママが正気を取り戻した以上、ぼくもまた小父さんといっしょに、咎めを受ける立場なのだ。
「この街は吸血鬼と共存しているとききましたが――」
「え、あ、はい」
ママが小娘のように、たじたじとなった。
「じつはこの街に来て間がないのです。
 そこで、たまたま通りかかったご令息に無理を申し上げて、血を頂戴するようになったのです」
「ずいぶん、お仲がよろしくなられたようね」
キスをしているところを視られたのだ。ぼくは腹の底がヒヤッとするのを感じた。
「最初は当然厳しく拒まれましたが、いまは事情を分かって下すって、寛大に接してくださっております」
「そ――そうですか」
ほんのちょっとの間だったけど。ママはまたも、小娘のようなうろたえを見せた。
「おつきあいを続けるつもりなのね?」
そういってぼくを見つめる眼差しには、悩ましい翳りを帯びていた。
その翳りがなにを意味するのか――ぼくにははかりかねた。
とまどい?うろたえ?
失望?怒り?
屈辱?悲しみ?
これから自分を襲う運命へのあきらめ?それとも――

歓び・・・?


ママはくすっと笑った。
そして、小父さんを見あげると、いった。
「息子の血を気に入っていただいて、育てた親としてはとても名誉に感じますわ。
 でも、大切な一人息子なので――大丈夫とは存じますが――死なさないでやってくださいませ」
もちろんです、と、小父さんはいった。
私にとって、この街で得られたまだ唯一の理解者ですからね、と。
「唯一ではございませんよ」
ママは意外なことを言った。
「わたくしも、理解者の一人に加えさせていただきます」

ママはぼくにいった。
「いけないじゃないの、ひとりでこの人の相手をするなんて――とてもじゃないけど、吸い殺されてしまうわ
 三日に一度以上吸われたら、体を壊します。
 だから三日経つと、呼び出されてここに来ていたのね。
 この方は、学校に届けも出されて、校長先生にもお会いにになっています。
 ちゃんと手続きを踏まれている方だから、安心して大丈夫。でも、一人ではだめ。
 ママが協力しますから、これからは軽はずみは慎むように」
「ママ、ごめんなさい」
素直にうなだれるぼくの頭を抱くようにして、ママは囁いた。
「キスくらいなら、構わないけど」


どうやらぼくは、ママを巻き込んでしまったらしい。
それが良いこととは、とても思えない。
さいしょは人の生き血を欲しがる小父さんに、善意の献血をしているつもりだった。
それが、多少エッチなやり方であったとしても、ふたりで愉しめる分には、内緒のいたずらで済むと思っていた。
けれども今、それがママの目に触れて、二人の関係を継続するのに突然の危機が訪れて。
ぼくを手放すまいとした小父さんはたぶん、催眠術のようなものをママに施すことで――たぶらかしてしまった。

あの一瞬、間違いなくママは悪役だった――ぼくたちふたりの仲を引き裂くという。
けれども小父さんの熱情は、ママの張った倫理的な予防線を、力ずくで突破してしまった。
小父さんのやったことはフェアではなかったかもしれない。
けれどもママは穏やかに状況を受け容れて、協力を約束さえしてくれたのだ。

ぼくの献血という善意は、ママの堕落という悪果を生んだ。
小父さんのママに対する悪意は、ママの寛容と宥恕、それに三人の関係から緊張を取り去るという善果を生んだ。
なにが善で何が悪なのか。
哲学的な命題は、十四歳のぼくにはあまりにも難しすぎた。
いやきっと、四十ちかいママにすら、難解過ぎるのだろう。
ぼくとママのするべきことは、厳粛な命題を放棄して、どうやらいまを愉しむことのようだった。

風変わりな”愛”

2020年07月19日(Sun) 09:19:13

一週間が経った。
ぼくは約束通り、前回逢ったあの公園に、制服姿で佇んでいた。
ねずみ色の半ズボンの下に、同じ色の真新しいハイソックスを、ひざ小僧のすぐ下まできっちりと引き伸ばして。
天気の良い一日がくれようとしていた。
夕方の弱々しい陽射しを受けて、ぼくのハイソックスはリブをツヤツヤと輝かせていた。
吸血鬼の小父さんが咬みたがるのも無理はない――と、不思議な共感に囚われていると、
背後から人の気配がした。
「目をつぶって御覧」
背後の気配が囁いた。
相手が小父さんだということがすぐにわかったので、ぼくは素直に目を瞑った。
デートを待ち合わせた恋人の指図に従順に従う、年頃のお嬢さんみたいに。
首のつけ根の一角に冷たく研ぎ澄まされた牙が突き立ち、ググッ・・・と刺し込まれてきた。

さいしょにひと咬みでぼくのことを酔い酔いにしてしまうと、
小父さんはぼくを促して、芝生のうえにうつ伏せに横たわらせた。
先週初めて脚を咬ませたときは、うつ伏せになった木製のベンチがごつごつと痛かった。
草地に寝転んで、制服が汚れないかと気になったけれど。
乾いた草地には意外なくらいに泥がなく、
帰宅したときにもまったく、家族によけいなことを知られるということはなかった。

お目当てのハイソックスのふくらはぎを、小父さんは愛でるように数回、手でなぞると、
こんどは容赦なく、唇をなすりつけてきた。
ぼくは覚悟のうえだったから、むしろ積極的に小父さんの愉しみに協力した。
ハイソックスのうえからふくらはぎを、くまなく舐められていったのだ。
ぼくの脚を舐め尽くすと、小父さんが牙をむき出しにしたのが、気配で分かった。ぼくは目を瞑った。
右のふくらはぎに、さっきぼくのことを咬んだ牙が突き立てられて、
ハイソックスを破ってずぶりと刺し込まれてきた。
ちゅうっ・・・
さっき首すじを吸ったときよりも、いやらしい音がした。
小父さんはぼくのハイソックスを、いやらしく愉しんでいる――そんな様子がいやでも伝わって来たけれど。
ぼくは小父さんの好きなように、通学用のハイソックスを愉しませてしまっていた。
どこか、同級生を裏切るような後ろめたさも感じないではなかったけれど。
そんな後ろめたささえもが刺激に変わってしまうほどの歓びが、ぼくの胸を占めつづけた。

いったいどうしてなのだろう?
制服を辱められることが、嬉しいだなんて。
ぼくが通っていた学校は、当地では名門校で通っていた。
だれでも着られる制服ではなかったのだ。
特に男子生徒の履くハイソックスは、良家の子女のシンボルのようなものだったから、
私服の時でも誇らしげに半ズボンの下に履いている男子がけっこういた。
ユニセックスな色気を感じた先生に告白をされて、教師と生徒との間で付き合っている・・・なんてうわさも、再三耳にしてきた。
同級生が誇りにしているものを、こんな辱めに曝してしまっていながら、
ぼくはなぜか、誇らしい気分になっていた。
彼の好意がたんなる喉の渇きを満足させるためだけではなくて、
また、ぼくの若い身体だけに執着しているわけではなくて、
ぼくの態度に感応して湧き上がったいたわりと、行きずりの吸血鬼に若い血を振る舞った潔さへの敬意とが、
彼の胸を満たしているのを実感していた。

彼は必要以上に、ぼくの体調を気遣ってくれた。
顔色があまりにも変わると、どんなに欲していても吸血行為を中止して、ぼくが落ち着くのを待ってくれた。
ぼくは彼の顔色で
――先週満足しきったときにどれほど彼が恢復を遂げたかを知っているので――
まだ満たされていないのを知っていたから、
もっとぼくの血を吸って、と、ぼくのほうから頼んでいた。
彼の罪悪感は救われて、ぼくの善意はうら若い血の流れとなって、彼の干からびた血管を充たしていった。

吸血鬼と人間の間柄であったけれど。
同性同士であったけれど。
ぼくたちは確実に、愛し合っていた。


あとがき
昨日、この章を相当長く書いたのですが、不注意によって全文を消してしまいました。
それはもう、どこにも残っていません。
なので、構想も全く改めて、描き直しました。
消してしまった話では、主人公に共感を覚える美少年が登場しますが、まだそこまでもたどり着いていない感じです。

お話の展開は展開として(続くという保証も、じつはありません・・・笑)、
人と吸血鬼。
男性同士。
そうした障壁を乗り越えての愛情を描いてみたかったのだと思います。
彼はハイソックスを履くのが好き。
彼はハイソックスの脚を咬んで吸血するのが好き。
不思議なご縁で結ばれているようです。

”決して悪知恵ではない。”

2020年07月18日(Sat) 05:52:16

さいわい、素足に革靴で歩いているところを、ひとに見とがめられることはなかった。
ぼくは家に戻ると、大急ぎで箪笥の抽斗から履き古しの通学用ハイソックスを一足取り出すと、
朝からそれを履いていたような顔をして、脚に通していった。
ママが戻ってきたのは、それからしばらく経ってからのことだった。
いつものようにだしぬけに勉強部屋に入ってくると、
ぼくがちゃんと勉強しているか?姿勢や行儀はよろしいか?身なりはきちんとしているか?を厳しくチェックする視線で見回して、
それから、学校に履いていくハイソックスを早く脱ぎなさいといった。
学校指定のハイソックスは1足2千円もするとかで、ふだん履くことを禁じられていたのだ。
それでもぼくは、くるぶし丈の普通の靴下よりも、ハイソックスを好んで履きたがったので、
ママの目を盗んでは、学校帰りのハイソックスをなるべく長いこと脱がずにいるのがつねだったのだ。
ぼくは不承不承、ママの命令に従うふりをして、ハイソックスを脱いだ。
完全犯罪をやり遂げたような密かな充実感が、あとに残った。

けれども、しまり屋のママはそのうち、ハイソックスが一足少なくなっていることに気がつくだろう。
遅くともあす中くらいまでに何とかしなくちゃいけないと、ぼくは思った。
課せられた2時間の家庭学習を終えると、そのあとのぼくは比較的自由だった。
ぼくは遊びに行ってくるからといって家を出ると、学校に戻り、購買でハイソックスを買った。
校内には頻繁に吸血鬼が出没していたし、
そのなかにはハイソックスを履いた男子の脚に好んで咬みつくやつも多かったから、
履き替えを持ち歩いていない男子生徒が購買でハイソックスを求めるのは、珍しいことではなかった。
購買のおばさんは、おや●●君珍しいわねと言いながら、Lサイズのハイソックスをふつうに売ってくれた。
1足2000円は痛かったけれど、裕福な家の息子として潤沢なお小遣いをもらっているぼくに、払えない金額ではなかった。

それからぼくは、制服を創るときに言った覚えのある制服専門店と、友達が制服のシャツを受け取りに行った百貨店とをまわった。
そして、そのどちらでもハイソックスを手にいれることができると分かると、
今度からは学校の購買だけでなく、交互に購入しようと考えた。
それを悪知恵だとは、ぼくは思わなかった。
喉の乾いた吸血鬼に血液を振る舞うときに、彼の好みに合わせてハイソックスをイタズラされる。
ママに余計な心配をかけないために、その事実を内緒にする。
だれもが不幸にならず、丸く収まるためにぼくは動いているのだ。
もしかすると――だれかのために物事を筋道だって考えたのは、これが初めてかも知れなかった。
ぼくはその気づきに、独りで満足を覚えた。

きみの履いているハイソックス、好い色をしているね。

2020年07月18日(Sat) 03:55:01

学校帰りのときのことだった。
授業はいつも通り退屈で、つまらなかった。
ぼくは濃紺のブレザーにグレーの半ズボンの制服姿で、家に向かって歩いていた。
途中で一人の男の人に声をかけられた。
「ぼく、ちょっといいかな?」
自分のことを「ぼく」なんて呼ばれる年頃じゃなかったから、ちょっとだけ反撥を感じたけれど。
かけられた言葉の調子の深みのある柔らかさに、なんともいえぬなつかしさ・・・のようなものを覚えて、立ち止まった。
「なんですか?」
わざと他人行儀に、接してみた。
ことさらなれなれしくつきまとうようなやつなら、たいしたことないって思った。
男の人はみすぼらしいなりをしていて、うらぶれた齢かっこうに見えたけれど。
瞳だけがきれいに、輝いていた。

男のひとは、だしぬけに、ぼくの思いもよらないことをいった。
「きみの履いている靴下、いい色をしているね」
え?と思って足許を見おろした。
毎日、制服の一部として履いている、ねずみ色のハイソックスだった。
その日に限って弛んでずり落ちたりもせず――
ぼくはそういう行儀にふだんは無頓着だったから、良くずり落ちていては先生に注意されていた――
ひざ小僧のすぐ真下まで、ぴっちりと引き伸ばして履かれていた。
そうだろうか?と思って、まじまじと足許を見おろした。
彫りの深い縦じま(リブと呼ぶらしい)が脚の形に合わせて微妙にカーブを描いていて、
それが夕陽の陽射しを受けて、彫りの深い濃淡を受けていた。
「ねずみ色だと思うけど――青みがかっているような、好い色をしているね」
男はもう一度、そうくり返した。
学校の制服なんです、と、ぼくはこたえて、制服を褒めてくれて嬉しいです、と、つけ加えた。

「お願いがあるんだ」
男の人はいった。
大人の人が声をかけてくるとき、必ずそこには意図がある。
見知らぬ人ほど好からぬ意図で声をかけてくるから注意するように――父さんがそんな風に、いつだか訓えてくれたのを、
ぼくはなんとなく、思い出した。
けれどもぼくは、訊き返していた――どんなことでしょうか?って。
彼はいった。
私、吸血鬼なんだけど・・・怖くない?

「怖くはないですよ」と、ぼくはいった。本心だった。
男の人は丁寧だったし、なによりもぼくと同じ目線で話をしようとしていた。
そして、自分の存在に、どこか負い目を感じているのが、子供心にも伝わって来ていたから。
そういう人は、一見けしからぬことをしているようにみえても、決してそうではないのだと・・・
そこまで言葉にする力は、ぼくにはまだなかったけれど、
要約すればそんなようなことを感じたのを、いまでもよく憶えている。

男の人はいった。
「きみの履いているハイソックスを咬み破って、きみの血を吸いたいんだ」
エッ、そうなんですか?痛そうですね。。。と、ぼくはこたえた。
「なるべく痛くないようにするから――何とかお願いできないかな」
ふつうなら、行きずりの男が吸血鬼で、自分の血を吸おうとしていたら、
こちらは逃げるし、向こうは追いかけてくるだろう。
間違っても言葉を交わし、相手を理解しようなどとは、しないはずだった。
けれどもぼくたちは、不思議に落ち着いた気持ちのなかで、お互い言葉を重ね合っていた。
「喉が渇いているのですか?」
「明日の朝までにだれかの血を吸わないと、灰になるらしいんだ」
人に悪さをすることしかできないのだから、そうでも構わないんだけど――と、少しばかり投げやりに言いながらも。
きみのハイソックスの色を見ていたら、身近なところにもきれいなものがあるんだなと思って、
もう少し長生きしてみたいと思ったのさ。
ぶきっちょなぼくは、大人の人と話をするときは、いつもあがってしまうのに。
そのときにかぎって淀みなく、応えていた――
「ぼくのでよかったら、どうぞ」

男の人は、びっくりしたような顔をして、ほんとにいいの?って訊いてきた。
そう訊かれるとかえって怖くなっちゃうけれど・・・と言いながら。
いちど好いって言いだしたことを引っ込めるのは、男の子としてかっこ悪いから、
ぼくは「早く咬んで、済ませて下さい」といった。
相手の男の人はゆらっとしていて、背が高くて、見おろされて見おろす関係だったけど。
ぼくはむしろにらむような強い目で、男の人を見返していた。
「良い気性の子だ」と、彼はぼくのことをほめた。
気性が良いなんて言われるのは、初めてだった。
どちらかというと、意気地なしとか、だらしがないとか、そんなふうにしか言われない子だったから。
でも、口先のおだてでそういっているわけではないのだと、直感的に思った。
もしかすると、本当は持っていた「気性の好さ」を、彼がぼくの内側から、引き出してくれたのかもしれない。

「ちょっと待ってね」
さすがに切羽詰まってしまったぼくを、
「そこのベンチに座ろうか、落ち着くから」
と彼は促してくれて。
どうやらハイソックスが好きらしい彼のために、
ぼくはすこしだけずり落ちかけていたハイソックスを、両脚ともきちんと引っ張り上げていた。
「ありがとう」
かれはそういうと、まじまじとぼくの足許に目を落として、
両手でぼくのひざ小僧と足首とを抑えつけて、
ハイソックスの上から、ふくらはぎに唇を吸いつけてきた。

すぐには咬みつかないで、男は吸いつけた唇を、ヌルヌルと這わせてきた。
ハイソックスの生地の舌触りを愉しんでいるんだ――ぼくはすぐにそう直感したけれど。
彼の無作法なやり口をやめさせようとはしなかった。
「小父さんは、ほんとうにハイソックスが好きなんだね」
ぼくがそういうと、わかってくれてうれしい、感謝すると、彼はぼくの足許にかがみ込んだまま、そういった。
大人同士の会話みたいだった。
彼は同じ高さの目線で、ぼくと話をしてくれたし、
ぼくは支配される獲物ではなくて、善いものを施し与える善意の人として、彼に接していた。

やがて彼は、「少し痛いよ」と告げて、ぼくはどうぞと応えていた。
ずぶり・・・
食い込んでくる尖った異物――吸血鬼の牙が、ぼくのふくらはぎにめりこんできた。
ちゅうっ・・・
奇妙な音を立てて、傷口からほとび出た血が、吸い上げられてゆく。
ぼくはアッと思ったけれど、口には出さずに、
自分でもびっくりするほど静かな目線で足許に執着する男の狂態を見つめていた。

ちゅうっ、ちゅうっ、ちゅうっ・・・
キュウッ、キュウッ、キュウッ・・・
人も無げな吸血の音が、夕やみの迫る周囲の景色を支配していた。
やがて頭がふらっとして、ベンチのうえからずり落ちるようにして、ぼくは尻もちをついていた。
男はなおものしかかってきて、こんどはぼくの首すじを舐めた。
そして、獣が獲物をむさぼるような貪婪さで、ぼくの首すじに咬みついた。
ワイシャツの襟首に血を散らしながら、ぼくは彼の吸血に応じていった。

ありがとう。
もう片方の脚も咬んで、ずり落ちたハイソックスをぼくの脚から抜き取ると。
男はさいしょのひっそりとした声色に戻って、礼を告げた。
気分はどう?一人で帰れそうかな?
顔色まで気遣われるのがちょっとてれくさくて、ぼくは大丈夫ですと応えていた。
きょうは母も家にいないので、ハイソックスを汚されて取られたことも、うまくわからないようにしておくからねとまで、告げていた。
つぎに逢うのは、一週間後――
そんな約束に、指切りげんまんまでしてしまっていた。

家路をたどるぼくは、学校に通うことを初めて楽しみに感じはじめていた。

【寓話】一家の歴史

2020年07月17日(Fri) 20:48:21

同性愛の嗜好を持った青年がいた。
彼は父親に人を愛するすべを教わったので、しぜんとそういうことになった。
青年は一人息子だったので、両親はともに、婦人にも目を向けるようにと息子に願った。
息子は唯一、自分の母親となら寝ても良いと告げた。
一番身近な女性になら、自分をさらけ出すことができるというのだった。
父親は少しばかり躊躇を覚えたものの、
息子の婦人に対する好みが自分と同じなのだと割り切って、
妻に息子の寝室に行くように勧めた。
妻はめでたく妊娠し、第二子を、その翌年には一人娘を生んだ。

次男坊も、同性愛の嗜好を持って育った。
彼もまた、父親に人を愛するすべを教え込まれてしまっていたのだ。
やがて成長すると、両親は彼に結婚することを望んだ。
年配になっていた長男は、自分の嫁と寝ても良いとまで言ってくれた。
兄もまた、父が弟にそうしたように、年の離れた弟に人を愛するすべを教えていたのである。
次男は兄の好意を鄭重に断ると、妹となら寝ても良いと告げた。
一番身近な女性になら、自分をさらけ出すことができるというのだった。
周囲は少しばかり躊躇を覚えたものの、
血を分けた妹がいちばん相性が良いのだろと割り切って、兄妹で寝室を共にすることを許した。

父親は長男が自分の妻のところに通ってくるときには、
長男の嫁のところに行くようにしていた。
三組の夫婦は互いに行き来して、幸せに暮らした。

※中世西洋の説話集に”エプタメロン”というのがあります。
 そのなかで、こんなお話があります。
 侍女に通おうとした息子をたしなめようとした未亡人が、侍女の身代わりに寝所に入ったまでは良かったのですが、
 迫ってくる息子を相手に欲望に負けて、息子と契ってしまい、
 息子は武者修行に旅質せ、生まれた娘は他所へ預けたのですが、
 武者修行から戻った息子が連れてきた美少女は、なんと自分と息子との間に生まれたあの娘!
 賢明な母親は事実を告げずに、息子は妹でも娘でも恋人でもある女性と、仲良く暮らしました。
 めでたしめでたし。

 こんかいのお話は、たぶんこの”エプタメロン”の一挿話が無意識に下敷きになっているような気がします。
 話の出所をばらすのは墓穴を掘るようなものですが、
 お話そのものが面白いので、紹介しておきます。
 
※昨日脱稿、本日あっぷ

【寓話】恋慕の証明

2020年07月17日(Fri) 20:37:04

ある男の婚約者が、吸血鬼に襲われた。
彼女は処女の生き血をたっぷりと摂られて、
そのうえ初体験まで遂げられてしまった。
彼女は婚約を解消してほしいと愛する人に願ったが、
男は相思相愛の恋人を手放そうとは思わなかった。
そして吸血鬼に直談判をして、
「婚約者の純潔はわたしのほうから差し上げたことにするから、
 これ以上彼女に構わないで欲しい」
と願った。
吸血鬼は律儀に約束を守り、第一子ができるまでは女に手を出そうとはしなかった。

二人の間に生まれた娘は、美しく成長した。
彼女は母親とうり二つだった。
吸血鬼はその娘に執着し、十六の齢に初めて血を吸った。
娘は両親に、吸血鬼に襲われたことを話したが、相手のことを嫌いではないので、どうか怒らないで欲しいと頼んだ。
母娘ながら血を吸われてしまった男は、しかし吸血鬼が心底自分の妻に恋慕していることを知り、
娘の婚約者には吸血鬼が通って来たら見てみぬふりをすることを勧めて、
自分も手本を見せるため、吸血鬼と妻との交際を許し、夜になると自由に通わせるようになった。

※昨日脱稿、本日あっぷ

【寓話】取り違えられた”礼儀”

2020年07月17日(Fri) 20:24:22

吸血鬼の棲む街に隣りの街から越してきた夫婦が、吸血鬼に襲われた。
先に咬まれた夫が半死半生になりながらも妻を庇おうとするのを押しのけながら、
吸血鬼は律儀にも約束した。
「すみません。どうしても奥さまの生き血を申し受けねばなりません。
 そのつぐないに、奥さまには真面目に接します」
力尽きて気絶した夫の傍らで、妻は悶絶するまで可愛がられ、数か月後めでたく妊娠した。

※昨日脱稿、本日あっぷ

吸血鬼出現経緯

2020年07月15日(Wed) 19:24:45

若い兄弟がいた。
二人は年頃になると、異性には興味を示さずに、兄弟で男女のように愛し合うようになった。
兄が女になって弟が男になることもあれば、
弟が女になって兄が男になることもあった。
どちらの場合でも、ふたりはそれぞれに、満足することができた。

やがて二人の関係は、両親の知るところとなった。
常識的な両親のだれもがそうであるように、彼らもまた、兄弟の関係を忌んだ。
兄は24歳、弟は19歳のころだった。
父親は、嫁を持たせてしまえば、男に興味がなくなるだろうと安易に考え、兄に嫁を持たせることにした。
弟はまだ未成年だったので、学業に専念するように命じた。
けれどもこの安直な思惑は、かんたんに裏切られることとなる。
実家から独立した兄は、むしろ弟との時間を作りやすくなり、二人はしばしば逢瀬を遂げた。
兄は新妻の服を持ち出して身に着けて、弟の嫁替わりをつとめてやった。
弟はこの兄の心遣いを悦んで、しばらくのあいだは兄が女、弟が男になって愛し合った。
街に出没する吸血鬼が兄弟を狙ったのは、そんなときだった。

その夜はいつものホテルが満室で、ふたりは愛し合う場所を探しあぐねて、
弟の乗ってきた車のなかでことに及んでいた。
吸血鬼は最初、本物のカップルだと思って、助手席を倒して折り重なる兄弟の弟のほうの首すじに、まず咬みついた。
手ごわい男を先にわがものにしてしまおうと思ったのである。
弟はあっという間に血を吸い取られ、その場に倒れ伏した。
弟の様子の変化に驚いた兄が顔をあげると、目のまえに吸血鬼が牙を光らせ、たった今弟から吸い取った血を滴らせていた。
なにが起きたのかを知った兄は、弟を殺さないで欲しいと願い、自ら進んで首すじをゆだねた。
行為の途中から、吸血鬼は相手が女装した男性で、ふたりが兄弟だということを血の味で知ったが、
それでも女装した兄のことを終始女として扱った。
彼が既婚婦人やセックス経験のある女性を襲うとき、必ず男女の交わりを遂げる習性を持っていたが、
兄に対しても同じようにしたのだった。

もっともこの吸血鬼は、男の血も、男の身体も好んでいた。
そのため、交わりを持ったのは兄のほうだけではなく、弟も同じように行為をされたのだった。
弟はそのうえでなおかつ、生き血を吸い尽くされてしまった。
吸血鬼はこの街に来て間がなかったので、非常に飢えていたのである。
弟の体内に脈打つ血液をすべて吸い取ると、吸血鬼は初めて満足を覚え、その場を立ち去った。

弟の葬儀を兄は、婦人ものの喪服を着て弔った。
両親も兄嫁も、本心はともかくとして、ふたりの関係をよく心得ていたので、
兄の意思を尊重することにした。
弔いが終わると、兄は独りにしてほしいといって、喪服姿のまま自宅近くの公園に出かけていった。
そこは、まだ二人がホテル代にこと欠いていた時、愛し合うために使った場所だった。
生垣を終えて公園のいちばん奥まった雑木林に入り込むと、兄は愕然として脚を止めた。
夕べの吸血鬼が、あとをつけてきたことに、初めて気づいたのだ。
吸血鬼は、兄の足許を染める薄墨色のストッキングに欲情していた。
そして、見境なく兄に襲いかかった。
弟の仇敵を相手に兄は抵抗したが、みるみるうちに羽交い絞めにされ、押し倒され、地面に抑えつけられた。
首すじにはたらたらと、熱い唾液がふりかかった。
牙から分泌する毒が、若い皮膚を痺れさせてゆく。
この唾液が、弟の血管に入り込んだのだ。
そして理性を喪った弟は見境なく自分の血潮を気前よく与え続け、致死量をわきまえずに吸い尽くされてしまったのだ。
弟の仇敵に咬まれることに、兄は不思議な歓びを感じていた。
どうせ吸血鬼の牙にかかって最期を遂げるのならば、弟を咬んだ男にわが血を捧げたいと感じたのだ。
やがて首すじに飢えた唇がヒルのように吸いつき、這いまわり、鋭利な牙がその柔らかな一角に突き立てられた。
太い血管を断たれたのを感じ、兄は観念して目を瞑った。

ほとび出た血潮が、頬を生温かく濡らした。
同じ温もりを、のしかかってくる獣が悦ぶのが、躍動する身じろぎとして伝わってきた。
身じろぎひとつできぬように抑えつけられ、さも旨そうに血を啜り取られてしまうことに不思議な歓びを覚えた。
自分を支配する男の血管のなかで、弟の血と自分の血とが織り交ざって脈打つのが、無性にうれしかったのだ。

ふと気がつくと、傍らに弟がいるのに気がついた。
ここはあの世なのか?と問う兄に、そうではない、と、弟はこたえた。
兄はなによりも、弟が無事なのを悦んだ。
兄さんが僕を土葬にしてくれたおかげだよ、と、弟はいった。
吸血鬼が弟の血を吸い尽くして立ち去る間際、
土地の風習に従って弟を必ず土葬をするようにと念押しをしたのを、
兄はよく憶えていたのだ。
ぼくたちは吸血鬼になったんだ、と、弟が教えてくれた。
ただし一家で二人が真正の吸血鬼になることはできないので、
まだ体内に血が残っている兄さんはこのまま家に帰れるのだという。
兄は初めて、自分の役割を自覚した。

弟が生家を襲ったのは、それから数日後のことだった。
真夜中の訪客に父親は玄関を開き、
息子が妻を襲うのを止めようとはしなかった。
母親もまた、息子のことを温かく迎え、
喉をカラカラにした息子のために自分の生き血を惜しげもなく与えた。
相手が母親でも、吸血鬼が既婚婦人に行う行為に変わりはなかった。
父親は長男によく言い含められていたのでそれとなく座をはずし、
母親は夫のために永年守り抜いてきた貞節を、息子のためにためらいもなく散らせていった。

つぎの週末は、兄の家の番だった。
吸血鬼は訪ねたことのない家に入り込むことができなかったので、弟は玄関を叩いて、兄を呼び出した。
兄は妻の服を身にまとい、弟に誘われるままに庭に出た。
そして、女どうぜんに弟に愛されて、生き血を吸い取られていった。
兄は弟に、妻を紹介してやろうといった。
いままでお前がぼくを女として愛したときに身に着けていた服の持ち主だ――と告げて。
兄の妻もまた、夫によく言い含められていたので、その若い肉体を吸血鬼の前に惜しげもなくさらけ出した。
そして、夫の両親とは違って、愛する夫の前でこれ見よがしに不貞に耽った。

それ以来。
二人は吸血鬼として、行動を共にした。
兄弟が母親を共有することを、父親はこころよく許してやった。
ふたりの関係に安易な態度をとったことを、負い目に感じていたためだった。
兄嫁もまた、兄弟の共有物となった。
彼女はやがて身ごもったが、父親がどちらであるのかはわからなかった。
ただ、間違いなくこの家の跡取りに違いないと、舅も姑も、彼女の妊娠を心から祝った。

兄弟は手始めに、街の少年たちを狩り、学校帰りを狙っては半ズボンの制服姿を押し倒し、
ピチピチとしたむき出しの太ももや、ハイソックスのふくらはぎを愉しんだ。
そして気に入ったなん人かとは、男女のように愛し合う仲となった。

少年たちを手なずけてしまうと、母親や妹を連れ出して来させ、餌食にした。
目の前で侵される母親やブラウスを濡らして生き血を吸い取られる妹たちの姿に、
少年たちは昂奮を覚え、こんどはガールフレンドを紹介してあげると約束するのだった。

兄のほうは冒される嫁の姿に昂奮した夜が忘れられず、好んで若妻を襲った。
さもなければ、好みの若妻を弟に襲わせて、視て愉しんだ。
弟のほうは初めて犯した母親との夜が忘れられず、好んで年配の婦人を襲った。
さもなければ、好みの年配女性を兄に引き合わせて、視て愉しんだ。
そして最後は、息も絶え絶えになった獲物を傍らに、ふたりながら熱くなった体を交え、愛し合うのだった。


あとがき
つい先日、数か月がかりでこさえた同性愛ものの長編で登場した吸血鬼が、
どんなふうにして吸血鬼となったのか?を描こうとして、頭の中に構想だけがあったのが、
今ごろになって突然噴出しました。
さいごのほうでは、達也の母と祖母とに、吸血鬼の兄弟が迫っていましたが、
もしかしたら兄と弟が、このお話とは逆かもしれませぬ。(笑)
独立したお話として描きましたので、どちらともお好きなように解釈してください。^^

【挿絵】嫁の献血。

2020年07月15日(Wed) 17:58:02

前作・「嫁の献血」の挿絵を描きましたので、参考?までにあっぷします。
下手な絵なので妄想の情景を必ずしも再現しきれていませんが、
おおむねこんな状況を思い描きながらキーを叩いていたと思し召せ。^^

われと思わん方は、柏木作品をもっと上手な絵を描いてくださると嬉しいです。
(^^)

【注意:その1】下手ですが、著作権は私にありますので、無断転載・複製等は禁止とさせていただきます。
【注意:その2】この画面ですと、でか過ぎますので、画像をクリックした方が見やすいと思います。

200715045.jpg

嫁の献血。

2020年07月15日(Wed) 08:31:56

切れ長の大きな瞳に、ながいまつ毛。
起伏のある整った顔だちは、姑の花世とはべつの風情をたたえていた。
なによりも、みずみずしい若さが、新妻の初々しさと重なり合っている。
こげ茶の徳利セーターに、白と黒の格子縞のタイトスカート。
地味な濃いめの肌色のストッキングは、それでもめいっぱい生地の薄いタイプで、
真新しい生地のもつかすかな光沢感が、ほどよい肉づきのふくらはぎに、うっとりするような彩を与えている。

「ったくっ、どうしてほんとに来るんだよっ」
ダンナは娘の時とはまたべつの、切羽詰まった声を潜ませている。
「そんなこと、知りませんよ。朋佳さんのほうから勝手に来たんですから」
妻の花世も珍しくダンナに敬語を使うほど、うろたえている。
それもそのはず、今朝になって朋佳のほうからご挨拶に伺いたいと連絡がきたのだ。
「あらぁ、御挨拶だなんてそんな、改まっちゃってどうしたの?」
年長者のゆとりをひけらかすようにありありと滲ませながら花世が訊くと、朋佳は言ったのだ。
「ご実家は、吸血鬼のかたと交際されているって聞きまして。
 ですから、ご家族のなかに加えていただく以上、わたくしも献血したいと思ったんです」

「それでまさか、ほんとに招(よ)んだんじゃないだろうな!?」
「エエ、声かけましたよ、だってせっかくあちらから来てくれたんですから」
来意を告げられた花世は驚きながらも、「和樹がそんな話をしたんですか」と訊くと、
朋佳は言ったものだった。
「いやですわ、お義母さま。お義母さまがお手紙で当家の風習を教えて下さったから、
 こうして出向いてきたんじゃありませんか」

「それはたしかに、手紙は出しましたよ。
 ”拝啓 朋佳様
  じつはご成婚の時にはばたばたとして申しそびれておりましたが、
  当家の女子には必須の習わしがございます。
  ご承知のとおり、わたくしどもの在籍する●●市では吸血鬼と人間が共存しているのですが、
  既婚未婚を問わず女性はだれもが献血に協力しております。
  隣町にお住まいとはいえ、朋佳様もわが家の一員。
  一度ご経験を積まれては如何でしょうか?”」
手紙の下書きを棒読みする花世に、「どうしてそんなもん出したんだ!?」
とダンナは咎めたが、
「だってあなたが話をしろって私に仰ったじゃないですか」
と言われ、「あちゃ」と自爆なんかしてしまっている。
「一家の長として、朋佳さんにきちんと挨拶してくださいね」
しっかり者の女房にくぎを刺されて、「うぅむ」とうなりながらも、ダンナは覚悟を決めた。
「きょうの朋佳さん、スカートの丈短いな」
「どこ視てんだか」
花世はやはり、いけ好かないという顔つきで、ダンナを睨んで見送った。

「――そういうわけで花世が手紙で書いたとおり、我が家も全員、献血に応じているのですよ」
「・・・で、きょうは、先様のご都合のほうは?」
目を見開いて問いかける若い顔にどぎまぎしながら、ダンナは、
「エエ、そりゃもう、若い嫁と聞いただけでもぅすっ飛んで」
正直すぎる答えを並べかけて、いつの間にか傍らに控えた花世に手ひどいひじ鉄をくわされている。
「で、和樹はきょうのこと、知らないのですね?」
花世はさすがに同じ女である。
だんなに内緒で婚家の淫らな風習に身を染めようとする嫁を前に、
親身に、朋佳の身の上を心配する気になったのだろう。
「あ、エエ・・・はい」
口ごもる朋佳をまえに、花世はダンナの方に向き直り、いった。
「あなた。いまのことは全部忘れて」
「え?あ?はい」
間抜けな返事をかえしたダンナに、花世は目を吊り上げて、さらにいった。
「で、いますぐここから出ていって、何も知らないことにする。いいですね」
「ウ、ああ。もちろん、そうだな」
わしがここにいたのが失敗だった・・・そうひとりごちてダンナは神妙な顔つきで席を起った。
「じゃあ、あとはよろしく」とまずい挨拶を嫁に投げようとして、
「いいから、あなたは最初からこの場にいなかった。何も知らなかった。これからも一切、何も知らない!
 良いですね!?」
手厳しい言葉にたじたじとしながら、転げ出るようにして今から抜け出した。
場違いな夫婦のコントに、思わず朋佳がくすっと笑うと花世も、
「恥ずかしいとこ見せちゃいましたね。でもちょっとくらい見せ合うのが身内かもしれないですものね」
嫁の同意も求めずに勝手にそうひとりごちると、
「今招(よ)んできますから。貴女はふつうにしていらして。困ったら声かけてくださいね」
と、もの慣れた様子で次の間に立ってゆく。
ぶきっちょなダンナとしっかり者の姑のコンビは、上首尾に嫁を堕としにかかっていった。

坊主はいつも以上に小さくなって、もたもたとした態度で居間に現れると、
行儀よく静まり返った若い嫁にへどもどとあいさつをした。
そして、挨拶もそこそこに、早いとこ自分の得意技を発揮するに限ると割り切ったものか、
「ごめんなさい」とひと言だけ口走ると、
朋佳との距離をスッと縮めて、ソファに腰かける若い嫁の足許にかがみ込んだ。

そして、ひざ小僧を覗かせた短めの丈のタイトスカートを遠慮がちにたくし上げると、
ストッキングに包まれたひざ頭の少し上、太ももの一角にチュッと唇を吸いつけたのだ。
柔らかな皮膚と、その上の薄地のナイロン生地を破って、しなやかな筋肉に牙が刺し込まれる。
さすがに息をのんだ朋佳には構わず、うら若い血を、ちゅうっ・・・と音を忍ばせて啜り始めた。

ちゅうっ、ちゅうっ、ちゅうっ、
キュウッ、キュウッ、キュウッ
若い嫁の生き血が、勢いよく、リズミカルな音をあげて、吸い取られてゆく。
朋佳はうろたえた様子をみせまいと必死にこらえ、
それでも大きな瞳を見開いて、ストッキングの裂け目が拡がる自分の足許から視線をはずさないでいる。

「ちょっとちょっと、大丈夫?」
ふすまのすき間から様子を窺う花世のひそひそ声に、
「なわけないだろっ」
と、ダンナはさらに声をひそめた。
「たしかにそうだね」
ダンナの股間にそっと触れた花世が見当違いの解釈をすると、
それも却って図星だったらしく、ダンナは決まり悪そうに黙り込んでしまった。

「貧血、だいじょぶですか?」
坊主にそう問われて、「あ、はい」と返事を返しながら、
”私、案外冷静・・・”と、朋佳は感じている。
そして、息をはずませのしかかってくる年下の若い男に体を預け、
そのままずるずると、ソファからすべり落ちていった。

ストッキングを片方だけ穿いた脚をじたばたさせて、
ぎゅうぎゅうと強引に押し付けられた腰の下で新婚妻の貞操が汚される。
すべてが白昼の出来事だった。

「どうもお騒がせいたしました」
身づくろいを済ませた朋佳は、何事もなかったかのように、姑の見送りを受けて婚家を辞去した。
用心深く穿き替えを用意していた彼女の足許は、
来訪したときと同じ色のストッキングが、うら若い下肢をコーティングしている。
なにも起きず、なにも汚されなかったような、健全な若さだけがそこにあった。
「はあ、どうも、おそまつでした」
柄にもなく平身低頭する花世に、朋佳は声をひそめて、いった。
「”お仲間”になっちゃいましたね」
朋佳はイタズラっぽく笑った。
「そのようですね」
花世も笑った。
「また近々、来て頂戴ね。ダンナの留守に」
「エエそうします」
当家のふたりの嫁は仲良く小手をかざして手を振り合って、別れていった。

「和樹は帰った?」
「ウン、帰った」
「ったく、この父親にしてあの子だねえ」
けしからぬ覗き見を咎める花世の声色は、夫に対するときよりはいたわりがあった。
「最近忙しくって、ご無沙汰なんだとさ。新婚でそれはないよな」
「でも、男はみんなそうでしょ」
釣った魚に餌はやらないんだから――という致命的な文句はかろうじて飲み込むと、
花世は洗い物が待っている台所へと足を向けた。

「お前もきょうは、スカート短いな」
ダンナの言い草がよく聞こえなかったのか、
「え?」
と問い返した声の語尾が震えた。
「だしぬけに、何よ・・・」
後ろからしがみついてきたダンナを振りほどく努力を、花世はたちまち放棄した。
「じゅうたん、汚さないように・・・うむむっ」
ダンナというものは、つねに主婦の都合を無視する生き物らしい。


あとがき
勢いで描いちゃいました。「若い嫁」編。
けっこう気分よく描けましたが、できの程はいかがなものか。。。(笑)

吸血鬼が出入りする、とある家庭の日常

2020年07月15日(Wed) 07:28:36

吸血鬼が通りをふらふらと歩いていると、主婦の枝松花世とすれ違った。
花世は近所に住む五十代の主婦で、吸血鬼に血を摂られるようになって久しい。
おでこの広い、彫りの深い顔だちで、齢のわりには若くみえる。
彼女は自分の血を吸う吸血鬼のことを、”坊主”と呼んでいた。
「アラ、坊主じゃないの。顔色悪いわね、
 おばさんでよければ相手しようか?いまなら亭主留守だから」
亭主が留守だということは、このさいかなり重要だった。
有夫の婦人を襲うとき、彼は必ずと言っていいほど、男女の交わりをも欲するからである。
そうなると――
ふつうはやはり、亭主がいないほうが、好都合なのであった。
”坊主”は、花世の好意に甘えることにした。
「素直でよろしいね」
花世はぶっきらぼうにそういうと、先に立って家へと足を向けた。


家のリビングの真ん中で、花世はあお向けにひっくり返っていた。
向かい合わせに置かれたソファや、真ん中のテーブルは大きくずらされていて、
彼女がひっくり返るためのスペースが不自然に形作られている。
そのど真ん中に、着衣をはだけた彼女はじゅうたんを背にして、
酔っ払ったみたいな目をして天井を眺めていた。
薄茶のスカートがはだけて、あらわになった太ももに、肌色のストッキングが破れ残っている。
片方だけ脚に穿かれたストッキングを直そうとしかけて、
救いようのないほど広がった裂け目を目に入れると、
花世はあべこべにそれを引き裂いていた。
「ほんとにもう!いけ好かないんだから」
そういいながら、傍らのティッシュを二、三枚ぞんざいに引っ張り出すと、
ぬらぬらとした精液に濡れた太ももを無造作に拭った。
吸血鬼はうずくまるようにして一足先に身づくろいを済ませた後、
申し訳なさそうに女のしぐさを見ていた。
「いちいち見ないでいいから」
照れ隠しに口を尖らせると、
男はぶすっとした顔つきのまま頭だけは下げて、女に背を向けた。
「はい、さようなら」
女の言い草は、どこか「一丁あがり」といわんばかりの気安い響きを秘めていた。

女の脚から抜き取ったストッキングをぶら提げて、男が出ていったのを見届けると、
花世は奥の部屋に声をかけた。
「ほら、もう行っちゃったわよ」
「ん」
奥からくぐもった男の声。声の主は花世の夫だった。
「まったく、いけ好かないったらありゃしない。
 自分の女房がほかの男にヤられて、昂奮する男がいるかね」
鼻息荒く憤る花世に、彼女の夫は無言でのしかかってきた。
「あら、あら・・・」
当惑気な声は、すぐに途切れた。
さっきと同じくらい、いや、もっと大げさに盛った作り声が、
昼下がりの庭先まで洩れてゆく。


ダンナはぼんやりと縁側に座って、庭を見ていた。
狭い庭の向こうには通りが見える。ちょうどT字路の突き当りになるので、
庭からは人通りが良く見て取れた。
これはこの家にはちょうど都合がよくて、
浮気帰りの妻が家路をたどるのも、
勤め帰りの亭主が、自分の女房が寝取られているとはつゆ知らず家路をたどるのも、
家にいる者は容易に見とおすことができるのだ。

「初美は遅いな」
と、娘の帰りを気にして呟くダンナの背中越し、
「初美だって、友達と遊ぶでしょうよ」
と、ふだんの声に戻った花世は、洗濯ものをたたみながらこたえた。
えり首に血の着いたブラウスはすでに着替えて、
襟なしの半袖のTシャツの胸を横切るボーダー柄が、乳房のうえを豊かな曲線を描いて横切っていた。
「それとさあ、あの話は和樹にしたの?」
妻に背中を向けながら、ダンナが訊いた。
「できるわけないでしょ、そんなこと」
「でも、彼は欲しがっているみたいだけどな」
「彼が欲しくたって、和樹だって朋佳さんだって、嬉しくないはずよ」
花世は口を尖らせてそう応えた。
吸血鬼との情事のあと、ダンナに挑まれたときと同じくらい、ぶあいそだった。
隣町に棲む長男の和樹が嫁の朋佳を連れて家に来たのを見かけた吸血鬼が、
新婚妻の朋佳を欲しがったのだ。
和樹とも知らない仲ではなかったけれど、
新婚三か月の新妻を面と向かって欲しいとは言いづらかったらしく、
あとからダンナに本音を洩らしたのだ。
「あたしや初美ならともかく、他所の家のお嬢さんにそんなこと言えないわよ」
というのが、花世のもっともな言い分だった。
他所の家のお嬢さんだから、やつは欲しがるんじゃないか――
そう言いかけて、ダンナはむっつりと黙り込んだ。
なんとなく、自分がなにも手を下さないでも、
自分と無関係なところで事態は進行して、
やつはお望みのものを手に入れる――そんな気がしたからだ。

「あっ」
だしぬけにダンナが、声をあげた。
ただならない声色だったので、思わず花世も振り返ってくらいだ。
声をあげるわけだった。
「おいっ、あいつ、初美まで狙いやがって」
ふたりの視線の彼方には、通りを連れ立って歩く制服姿の女子生徒たちの姿があった。
おそろいのセーラー服を着た彼女たちは、困ったようにほほ笑みながら、顔を見合わせ合っている。
それもそのはず、さっき花世を犯した吸血鬼が、白のハイソックスに包まれた彼女たちの足許を狙ってかがみ込んでいるのだった。
やがて男は、初美ひとりに狙いを定めたらしい。
ハイソックスの上からふくらはぎに唇を吸いつけると、初美は困ったような顔をして俯いた。
彼女の周りにいた女の子たちは薄情にも、バイバイをして離れてゆく。
初美は泣き笑いとも照れ隠しともつかない顔つきで、
足許に吸いつくけしからぬ誘惑に眉をしかめながらも、
友人たちのお別れに手を振って応えた。
そして男と2人きりになると、彼の頭を宥めるようにして撫でると、
男は得心したらしく顔をあげ、初美を公園の中へと促していった。
足許にじゃれついた飼い犬を手懐けるような、もの慣れた態度だった。

「あいつぅ・・・」
女房を抱かせたときにはむしろ率先したくせに、
こと娘の場合となると、ちょっと違うらしい。
ダンナは頭から湯気を立てんばかりにして起ちあがった。
「しょうがないでしょ、ほら、行ったらだめだってば」
と、奥さんが口だけで制止するのも構わずに、玄関にまわった。
「・・・っとにまったくもう・・・っ」
花世は洗濯ものをたたむ手を止めずに苦笑して、ダンナの背中を見送った。

初美が父親に伴われて帰宅したのは、それから30分もしてからだった。
「ったくもう、しつこい野郎だった」
ダンナが負け惜しみを口にするのを、娘のほうが
「父さん、もういいからさぁ」
と、むしろ自分が親のようになって、父親をたしなめていた。
素足に革靴は、首すじやふくらはぎの咬み痕よりも痛そうにみえた。
真っ白なハイソックスに赤黒いシミは親たちには濃すぎる見ものだと思っていたので、
脱がされてきたことに花世はむしろほっとしていた。
「いじましい野郎で、こいつ初美のハイソックスをねだって、脱がそうとしやがるんだ。
 汚れて履けなくなったやつだから仕方なしにやったけど、なんか悔しいなあ」
正直すぎる本音に、花世も初美も笑った。
「なにがおかしいんだ!?」
照れ隠しな大きな声は、ふたりに無視された。
花世が予期したとおり、初美のスカートは精液に汚れていなかった。
高校にあがるくらいまでは大事にしといたら?と忠告したのを、忠実に守っているらしい。
花世はお風呂湧いてるわよと初美に告げた。
「お疲れ様」のつもりだった。
賢い娘だから、母親が先に湯に浸かったことで、家でなにがあったのかを察することだろう。
父親の屈折した好みを知らせるのは、十四歳の小娘にはまだ早すぎるかな?と花世は思った。
「母さんのエッチなところ、視たがるんだぁ」と、案外平気で受け止めるかもしれないけれど――


おいおい、いくら長い靴下が好きだからって、男のやつにまで手を出すやつがあるかよ。え?
いや、べつにかまわないけどさ、初美のやつのに手を出されるほど悔しかないから。
でもよ、俺の脚にしゃぶりついたって、つまんねぇだろ。な?
なに、女房を寝取った亭主を襲うから愉しいだと?
ったく、お前ってやつは、どこまで性根が意地汚いんだ?
働き盛りのお琴の血は精がつくだと?
お前――このあとまた、花世を襲う気でいやがるな?こんちく生。
ひとの女房をなんだと思ってやがるんだ!?
花世はお前の餌でも、女を姦りたくなったときのはけ口でも、ないんだぞ!?
行いのちゃんとした、課長夫人なんだ。
え?わかってるって?だからよけいに愉しいだと?
で、口うるさい俺を黙らせるために、俺にまでちょっかいを出すんだと?
やめろ、やめとけって。こら!
そんなに気を使って、くまなく舐めるこた、ねぇだろ?え?



あとがき
さいごはおまけです。(笑)
つい先日ですかね、通りを歩いていて、ちょっとこぎれいな50がらみの主婦さんをお見かけして、
ふとお話のきっかけが頭に浮かびまして。
きのうの朝に、あらかた描いたのです。
とくに盛り上がりのあるお話ではないのですが、
この家の日常をありありと思い浮かべながら、つらつらと気分よく描いてしまいました。
でも、もう少し描き込みたくて、夕べと、今朝、手を加えて、あっぷしてみました。

奥さんの肌色のストッキング、娘さんの白のハイソックス、ダンナの通勤用のハイソックスと三足せしめて、
そこまでやって初めて満足がいったらしく、嬉し気にその家から出ていったようです。

雨の日のホームルーム

2020年07月14日(Tue) 05:20:14

梅雨時というのは、うっとうしいものである。
人間にとっても。吸血鬼にとっても。

雨の中学校に出てきた少年たちは、半ズボンの下の太ももまで濡らすほどの雨に、すっかり閉口していた。
クラスのだれもがそう感じていたらしく、ホームルームの始まる前の空き時間の喧騒は、ほとんど雨の話題だった。
女子の多くは、履き替え用の白のハイソックスを持ってきていた。
たしなみのある子はいつのまにかトイレや物陰に立って行って、
そうでない子はその場でハイソックスを履き替えていた。

輝夫はふたつ後ろの席に座っている加奈のほうを振り返った。
几帳面な加奈のことだから、もちろんのこと穿き替えを用意しているだろうと思ったのに、
いっこうに座をはずす気配がなかったからだ。
案に相違して、加奈の足許にはまだ泥が撥ねたままだった。
濡れの激しい白のハイソックスは、彼女のピンク色の脛を、容赦ないほどに透き通らせてしまっている。
風邪をひかないか?と、むしろそちらのほうが気になった。

加奈の眼の前に、一人の男子がおずおずとやって来た。
輝夫の幼なじみの、ヨウタだった。
ヨウタは吸血鬼の生まれだったけれど、てんからの意気地なしで、いつも血液不足で顔色がわるかった。
人一倍周りのものに気を使い、人一倍報われないタイプの男子だった。
輝夫が、加奈をヨウタに紹介したのを、クラスのだれもが意外に思ったけれど。
加奈の貞操の危機を予感するものは、だれもいなかった。
気の強い加奈とヨウタとでは、男女の感情は生まれようもないと誰もが思っていたからだ。

加奈のまえに現れたヨウタは、手にした紙袋をおずおずと加奈に差し出した。
「よかったら、これ・・・」
加奈はじろりとヨウタを見あげると、いった。
「一足だけ?」
「え?ああ・・・そうだけど・・・」
ヨウタは自分が気の利かないことをした理由を、よく呑み込めないでいた。
「ちょっと!」
癇の強さを整った顔だちに走らせると、加奈はじゃけんにヨウタの手を引いて、教室の外に出た。
「おいおい、お二人さんまたケンカかよ」
だれかが冷やかそうとしたが、「よしなって」と、べつのだれかにたしなめられていた。
クラスのだれもが弱いものにいたわりを持っていることに、輝夫はほっとする想いになった。

ヨウタは加奈の足許を心配して、ハイソックスを携えて学校に来たのだろう。
けれども加奈に言わせれば、
用意してくれたハイソックスを履いてお礼に脚を咬ませてしまったら、何にもならないではないか?
ということなのだろう。
せめて二足用意しておくくらいの配慮はできないものか?というのが、加奈の言い分。
気になったので、輝夫は廊下に出た。
ちょうど、ヨウタがひと言呟くところだった。
「俺、その濡れたほうので良いから」

え?こんなんで良いの?
こんどは加奈が、うろたえる番だった。
輝夫はみなまで聞かず、まわれ右をして教室に戻った。
加奈とヨウタだけが、廊下に残った。

ふたりが教室に戻って来るのに、十分くらいかかった。
加奈の足許は、乾いた真新しいハイソックスに包まれていた。
ヨウタが手にした紙袋をカバンのなかに大事そうにしまい込んだ時、加奈が小さな声で「ばーか」というのが、聞こえた。
どっちもどっちだよ、と、輝夫が思ったとき。
先生が教室に入ってきた。
「起立!礼!」
級長の輝夫の声がいつになく大きかったのは、なんのせいだったのだろう。
輝夫の声の調子に敏感過ぎる反応を示して、ヨウタが直立不動の姿勢をとって、
あまりにもしゃちこばった姿勢のせいで周りの失笑を買っているのを背中で感じ、
輝夫も思わず「ちゃくせき・・・」と声を揺らしてしまっていた。

【寓話】太っちょな少女の純情

2020年07月14日(Tue) 04:25:43

クラスに吸血鬼になった男子がいた。
彼の親友の一人が、血に飢えた幼なじみのために、自分の彼女を提供した。
ふたりはまだ清い交際で、彼女は処女だったから、犯される危険がなかったのだ。
その少女はきちんとした娘で、恋人の親友と逢瀬を重ねても、心を動かすことはなかった。

同じクラスに、もうひとりの少女がいた。
彼女は太っちょで、自分の容姿に自信を持てずにいた。
けれども、親しくしている美少女の悩みを打ち明けられると、心から同情するようになった。
美少女は近々、彼氏と結ばれるとになっていた。

吸血鬼になった少年が、ハイソックスを履いた女子の脚に好んで咬みつくのだと聞かされると、
太っちょの少女は心を決めて、真新しい真っ白なハイソックスをきっちりと引き伸ばして、吸血鬼の少年に逢いに行った。
そして、私は美しくもないし、スタイルも悪いけれど、太っているぶん貴男によけいに血をあげることができますといった。
彼女の必死な面持ちを見て、吸血鬼の少年はすべてを察した。
そして、親友の恋人と別れると、彼女だけを愛するようになった。
第二の少女の暖かな心遣いが、彼の冷えた心に温もりをよみがえらせることができたためである。

【寓話】長男の”勇気”

2020年07月14日(Tue) 04:11:13

街が吸血鬼を受け容れた。
その家の夫婦は、そうなる以前から、同じ吸血鬼に夫婦ながら血を吸われていた。
その吸血鬼は、既婚の女を相手にするときは、男女の関係を結ぶのを常としていた。
その事実を知ったとき、初めて血を吸われた妻はうろたえて、夫もやはり困惑した。
けれども夫婦とも心を決めて、夫は妻の不貞を受け容れるようになった。
すでに子どもたちが大きくなっていたので、跡継ぎの不安がなかったためだった。

ふたりの間には、独立して隣町に住んでいる長男と、まだ女学生をしている長女がいた。
長女は両親と吸血鬼の関係を知ると、自分も処女の血を与えるようになった。
そして女学校を卒業して同じ街の幼なじみと祝言を挙げると、
それでも嫁入り前からの交際を重んじて、吸血鬼とも逢いつづけた。
新しい夫は気の良い男で、時おり嫁と吸血鬼が睦み合うところをのぞき見しては、
逢瀬を遂げた後の妻を抱いて、激しく愛するのだった。

隣町に出た長男が事情を知ったのは、だいぶあとになってからのことだった。
自分の嫁は隣町の出身で、吸血鬼とは無縁で過ごしていた。
両親も妹夫婦も、長男には多くを告げようとはしなかった。
吸血鬼もまた、長男とは顔見知りだったけれど、ほかの者たちと心を合わせ知らん顔を決め込んでいた。
長男の婚家が混乱することを避けようと考えたのだ。

しかしやがて、長男は同じ町の幼なじみから事情を知って、自分の実家も吸血鬼と懇親していることも知ってしまった。
少しばかり悩んだ彼は、嫁と相談して、自分たちの息子が小学校に上がるのを機に、実家に戻ってきた。
貧血に悩む両親と妹夫婦に同情したのだ。
跡取りができたので、家の存続にも問題はないというのだった。
だれもが長男の帰宅を歓迎した。

初めての夜、長男の嫁は気丈にも、ひと晩かけて吸血鬼の相手を務め、
骨の髄まで焦がれるほどに、愛されてしまった。
相手をしてくれた女性に親身に接するのが、彼らの礼儀だったためだった。
長男の嫁は戸惑いながらも相手を務め、
やがて吸血鬼の腕の中で悩乱をこらえ切れなくなって、
明け方にはすっかり、恋の虜になっていた。
そんな嫁を長男は許して、いままで以上に嫁を愛するようになったという。

長男が嫁への愛情を深めたのは、のぞき見する愉しみに魅入られてしまったからだというものもいたが、
長男とその嫁の行いを、それ以上非難するものは、だれもいなかった。

【寓話】許婚を吸血鬼に逢わせた男のジレンマ

2020年07月14日(Tue) 03:51:11

幼なじみに吸血鬼がいた。
処女の血に飢えていたので、許婚の血を吸わせてやった。
許婚は気丈な娘で、事情を聞くと、正装のつもりで女学生の制服を着け、吸血鬼に逢いに行った。
そして、同行した未来の夫を前に、セーラー服のえり首のすき間から唇を吸いつけられて、うら若い血を吸い取られていった。
吸血鬼は、親友の許婚に遠慮をして、親友のいるときでなければ許婚に逢おうとはしなかった。
それで、週に一度は許婚を連れて、吸血鬼に逢いに行った。

ふと怖ろしいことに気づいたのは、それからすぐのことだった。
相手が処女のときには血を吸うだけの吸血鬼は、
男を識った女を相手にするときには、男女の契りを結ぶのをつねとしていた。
ということは、許婚と結ばれてから吸血鬼に逢わせてしまうと、
新妻の貞節が危機に陥ってしまうのだ。

挙式を二度も日延べをすると、許婚がいった。
「貴男の危惧は分かっている。それでも貴男はあのひとを助けようとするはず」だと。
三度目に申し出た日延べを許婚は肯ぜず、ふたりは祝言を挙げた。
そしてさいしょの一ヶ月は幼なじみに逢わずに過ごし、
それから新妻は独りで夫の幼なじみを訪れた。

新月の夜、新妻の貞操は吸血鬼によって喪われた。
けれども、吸血鬼も、新妻も、良人さえもが得心をした。
三人は末永く、仲良く暮らした。

【寓話】中身も愛して。

2020年07月13日(Mon) 08:31:16

着ている服を剥ぎ取って女を愛することを好む男がいた。
身近にお洒落な女がいたので、用途を告げずに彼女が要らなくなった服を高価に買い取っていた。
そして、買い取った服を行きずりの女に着せては、服を剥ぎ取って愛した。
都会とは便利なところで、そういう欲求を金次第で満たしてくれる女がいるのだった。
 
服の持ち主の女はお金持ちで、センスが良くて、飽きっぽかった。
いちど着た服は二度と着ないということがよくあったので、男は贅沢な買い物に十分、満足をしていた。
女は移り気で飽きっぽかったが、賢くもあったから、
どうして男のくせに女の古着を求めるのか?などとよけいな問いなど発せずに、ご綺麗な服を提供し続けた。

ある日女は、男に言った。
お洋服の中身ごと買い取るつもりはありませんこと?
イイエ、厳密にいえば中身はレンタルだけど。
主人もいいって、言ってくれてるの♪

有志のご婦人3名。

2020年07月08日(Wed) 07:35:54

「貴女の善意に感謝する」
その初老の男は目の前の婦人と差し向かいになると、厳かな声色でそう告げた。
婦人は整った目鼻立ちをしており、齢よりも若く見えたが、たぶん実年齢は40歳から50歳の間くらいなのだろう。
有志の未亡人なのだそうだ。
この街は吸血鬼に支配されていて、女たちがその意思に反して汚辱を被る機会が増えていた。
その防波堤になるために、自ら吸血されることを択んだ女性である。
婦人は紫のブラウスに黒のスカート姿。
足許を染める黒のストッキングは、未亡人の証しのように、ふくよかな足許を清楚に彩っていた。
婦人はこうした応接には慣れているようだ。
「どうぞ、お過ごしくださいませ」
淀みなくそう言うと、静かに目を瞑り、狂おしい抱擁が彼女の身の自由を奪うに任せた。

咬まれた瞬間、ぴりりと眉をあげたが、やがて感情を消した元どおりの表情に戻って、
さすがに貧血にこらえられなくなったのか、傍らのベッドに腰を下ろし、身を沈めた。
男はなおも女の首すじに接吻をくり返した。
目の前の事態を説明されていなければ、たんなる情事の一齣だと感じたに違いない。
熱っぽく愛情のこもった接吻が、左右の首すじに交互にくり返された。

やがて男は顔をあげた。
頬にも口許にも、吸い取った血潮が飛び散っている。
目を背けようとしたわたしを、連れの男は見つづけるようにと促した。
「恐れることはない。きみにとっては赤の他人だ」
たしかに、そのとおりには違いないのだが――
やがてわたしの視線は、ふたたび二人に向けられ、
愛情表現としか思えない態度での接吻の嵐をとらえつづけた。
男の注意は、女の下肢に移っていた。
さりげなくたくし上げられたスカートから、肉づきのよい太ももが、あらわになっている。
ストッキング越しに吸いつけられた唇が、さかんに皮膚を撫でまわしている。
薄地のナイロン生地の舌触りを愉しむかのように、くまなく這わされてゆく。
女は涙ぐんだ目を背けて、唇を噛んでいる。
それが彼女の本音なのだろう。
やがて男がパリパリとストッキングを咬み破りながら吸血を再開すると、
力を込めて握られたシーツが鋭い皴を走らせた。
同時に、黒のストッキングにいくすじもの裂け目が走り、拡がって、白い素肌が露わになってゆく――

「どうかね?感想は」
わたしを伴ったのは、職場の上司であるE副室長だった。
職場――といっても、まだ赴任してきたばかりで、勝手もわからない。
田舎町である当地では、仕事らしい仕事はほとんどなく、
社員たちはたまに来客との面会時間に席を外す以外は、
おおむね手持無沙汰にオフィスで時間を過ごし、定時に帰宅していった。
「驚きました」
わたしは正直に感想を告げた。
女は衣裳を引き剥がれてしまうと、肉づきのよい肢体もあらわに乱れて、濃密な交接を何度も遂げていったのだった。
覗き穴の向こうでは、独り居残った男が、頬に撥ねた血をハンカチで拭い、拭ったハンカチに接吻していた。
彼女の善意に感謝しているのも、彼女を女として愛しているのも、きっと本音なのだろう。
「彼は最低1日3人の女から血を吸っている」
つぎは2人めだ、と、E副室長はいった。

入ってきた婦人は、品の良いクリーム色のスーツを身に着けていた。
いかにも重役夫人といった、威厳たっぷりの挙措で部屋に入ると、傍らの椅子にハンドバッグを置いて、
男に向かってにこやかに一礼した。
男の頬には、さっき吸い取ったばかりの血のりが、まだ少し残っていた。
婦人は(仕方ないわネ)といった笑いを浮かべると、男のほうへと脚を向けて、自分のハンカチで頬を拭いてやった。
男は照れ笑いを浮かべながら、本気で恥じているようだった。
「悪い奴ではないのだよ」
E副室長は、なぜか自分に言い聞かせるように囁いた。

経緯はまったく同じであった。
男は婦人の首すじに咬みつくと、静かな音を立てて血を啜りつづけ、
貧血を起こした婦人がベッドに腰を下ろし、やがて身を沈めると、
獣がじゃれ合うようにして、なおも首すじを吸いつづけた。
やがて男の関心がスカートのすその下に注がれると、
両方の首すじに血をあやした彼女は少しだけ悔しそうに涙ぐんで、口許を手で覆い、
それでも気丈に男の相手をつづけた。
男は婦人の腰に巻かれたクリーム色のタイトスカートを太ももまでたくし上げると、
肌色のストッキングに包まれた肉づきふくよかなふとももに、牙を沈めた。
黒のストッキングほどには、露骨な眺めではないにせよ。
パリパリと咬み剥がれてゆくストッキングが皺くちゃにされてゆくのを、あらわに見て取ることができた。
「悪い奴じゃないんだ」
E副室長が再び呟いたが、わたしは目の前の情景に夢中だった。
辱められたストッキングが剥ぎ降ろされてしまうと、
婦人はふたたび胸もとを狙ってくる吸血鬼に無抵抗に身体をゆだねた。
スカートを巻いたままの吶喊は性急で、かつ執拗だった。
おなじ男として、彼の性交能力に感心しないわけにはいかなかった。
傍らのE副室長の様子が目に入らないくらい、わたしは昂りを感じて、
目のまえのポルノシーンに熱中してしまった。

情事が終わると、女は乱れ髪を整え、着崩れしたスーツを念入りに身づくろいした。
足許にまつわりついているストッキングは、吸血鬼が破り取るのに任せていた。
彼がせしめた戦利品は、ベッドの傍らのテーブルに、先刻の未亡人のものと並べて拡げ置かれた。
女が身づくろいを済ませると、男は女の肩をいたわるように抱いて、髪を撫で、しっかりと抱き寄せた。
男が相手の婦人をたんなる餌だとは見做さず、むしろ愛情をこめて吸血したことを証しているようだった。

「うちの家内なんだ」
E副室長は、意外なことをいった。
「赴任してすぐに見染められた。もちろんさいしょは断ったが、このとおりにされてね」
首すじの咬み痕は、初対面のときには気づかなかった。
咬まれたものの痕跡が目にとまるようになったのは、わたし自身が咬まれたあとのことだった。

咬まれたのは、きょうがはじめてだった。
暗がりの中で、相手がだれなのかもわからないまま、首すじに衝撃が走り、
傷口を多量の血液が通り抜けるのを覚えた。
決していやな感覚ではなかった。
牙が引き抜かれ、「もう少し良いか?」と低い声で問われたとき、無我夢中で頷いてしまったほどだった。
部屋を出てE副室長と顔を合わせると、彼の首すじにも同じような咬み痕があるのに気づいた。
共犯同士のような共感が、ふたりのあいだに行き来した。
それが、つい30分前だった。

「もうひとりだけ、咬むはずだ」
見ていく?と訊かれ、エエそうしますといった。
仕事のない退屈な執務室で退社時間までをすごすより、ずっと刺激的だった。
ドアを開けて第三の女が部屋にストッキングに包まれた脚を踏み入れた。
わたしは愕然とした。
それは妻だった。

見慣れたラフな白のTシャツに、デニムのスカート。
いつもは生足なのに、きょうにかぎって肌色のストッキングを脚に通している。
ばかだな。デニムのスカートにストッキングなんて――と言いかけて、ふと思い返した。
「急な呼び出しだったから、おしゃれをする時間がなかったのだね」
E副室長の開設は、たぶん当たっている。
ふだんは穿かないストッキングが、相手を積極的にもてなすという意思表示のしるしなのだろう。
むしろ妻が見慣れたふだん着であることのほうが、わたしの網膜を狂おしく刺激した。
彼女の首すじにつけられたどす黒い咬み痕にも、気づかないわけにはいかなかった。

それから先のことは――
まったく同じ経緯だった。
妻は立ったまま抱きすくめられ、左右両方の首すじを咬まれ、
貧血を起こしてベッドの端に腰を下ろし、そして身を沈め、
ストッキングの足許にかぶりつかれて、チリチリに引き裂かれるまで太ももやふくらはぎを愉しまれ、
さいごにベッドのうえに上がり込んできた男に抱きしめられて、熱情のひと刻を過ごしたのだ。

はじめからさいごまで。
わたしの狂ったまなこは、覗き穴から離れることはなかった。
E副室長夫人の場合は、まだしものためらいを感じさせた。
のしかかってくる逞しい胸から、わが身を隔てようとしていた。
けれども妻の場合は、自分のほうからむさぼり始めていた。
「なんて無作法な」
「気にしなさんな」
E副室長はそういって慰めてくれたが、
(ぼくがそういっても君は気にするのだろうね)
というあきらめ感も、いっしょに伝わってきた。
「ぼくからいうのもなんだけど」
E副室長はいった。
「奥さんと彼の相性が良くって、なによりだ。
 いちおう彼らも考えて”配分”をしているようだけど、
 じっさいにベッドを共にしてみないとわからないのは、人間の男女も同じことだからね」
副室長は認めていらっしゃるのですか?と訊くと、それにはこたえずに、
「むつかしいようなら、当分見てみぬふりをすることだね」
とだけ、こたえてくれた。

オフィスを出たときには、まだ陽は沈み切らずに、昼間の明るさが残っていた。
いつもと同じのどかな帰り道。
妻もきっと、なにごともなかったかのように、おかえりなさいを言うのだろう。
せめて、こんど誘われたときには、よそ行きのスーツを着ていくように言ってやろうか・・・

驕慢な娘(ひと)の身代わり

2020年07月02日(Thu) 08:12:24

「身代わりになって血を吸われてくださるんですって?」
唐突に声をかけてきたのは、同級生の御園薫さん。
クラス一の美人で、ぼくが所属する運動部のキャプテンであるユウスケ先輩の彼女だった。
ほんとうなら、決してぼくになど声をかけてくれるはずのない人。
それが、何の間違いだろう?ぼくに声をかけてくるなんて。
なんの間違いだろう?彼女の身代わりになるなんて。

ぼくは運動部の補欠選手。
ハイソックスやストッキングが大好きで、
柄にもない運動部に所属した理由(わけ)は、
チームのユニフォームであライン入りのストッキングをおおっぴらに履けるから・・・という不純な動機から。
以来、学校に出没する吸血鬼が部員の首すじや足許を狙うとき。
レギュラー部員の身代わりになって、ストッキングの脚やうなじを差し伸べて、
皮膚を破られ、うら若い血を啜られて――
いまは、吸血される歓びに目ざめるようになってしまっていた。

「服を貸したら、身代わりになってくださるんですって?」
馨さんの質問は、容赦なくあからさまだった。
並みいるクラスメイトたちが、聴き耳をそばだてているのを、十分意識しながら。
「女子の履いているストッキング、お召しになりたいそうね?」
責めるような鋭い語調が、冷やかな響きを帯びて、
――恥ずかしい趣味をお持ちだこと!
むしろ目の前の無抵抗な獲物をいたぶる愉しみに酔うように、言葉を続けてゆく。
じゃあ、趣味と実益ということで・・・わたくしの身代わりになって下さらない?
とどめを刺すようにそう言うと、勝ち誇ったような麗しい笑みを、満面に湛えてぼくを睨んだ。

狙われているのよ。校内を徘徊する奴らの一人に。
初めて真顔になって声をひそめると、ああおぞましい・・・と言わんばかりに身をすくめた。
わたくし、ユウスケさんのために、操を守らなければならないの。
言っている意味、わかるでしょ?
そこは、だれにたいしても大秘密であるはず。
いつの間にか廊下に引っ張り出されていたぼくだけが、初めて耳にする真実。
馨さんは、ユウスケ先輩とは「できて」いた――

襲った相手が処女ならば、処女の生き血を愉しむだけ。それも、目いっぱい愉しむ――
襲った相手が処女でなければ、男女の交わりまで遂げてゆく――
それが、彼らのやり口だった。
すでにユウスケ先輩に処女を捧げていた馨さんは、絶対に彼らに襲われるわけにはいかないのだ。

そんな大秘密まで、口にして。
ハッキリとした目許を蒼ざめさせた真顔は、ドキドキするほど真に迫って美しい。
男子ならだれでも、いともやすやすと彼女の虜になるだろう。
そのしんけんな眼差しに、射すくめられるようにして――
ぼくは周りで聞き耳を立てているものがいないのを確かめてから、いった。
「ストッキングは、きみがいちどは脚を通したものにしてくれる・・・?」

つぎの日は、半日授業の土曜日だった。
家で朝食をすませると。
ぼくは自分の部屋に引き取って、大きな紙箱に収められた馨さんの制服一式と差し向かいになる。
夕べ、馨さんのお邸の使用人の人が持ち届けてきたものだった。
開けられた紙箱にはお行儀よく、濃紺のセーラー服と、その下にアイロンのきいたプリーツスカート。
スリップやショーツ、ストッキングといった、人目に触れさせたくないもの一式は、
無地の紙袋に収められて、宛名を書くようにして、
「蒼川美紀也様」
と、きれいな字で書かれてある。
いつもなら、名前なんか呼んでもらえず、ただの「補欠君」なのに。
(彼女はぼくのことをあくまで、彼氏であるユウスケ先輩の目線でしか、見ていなかった)
改まったフル・ネームと、几帳面に書かれた字体とが、彼女の本気度を物語っていた。
彼女のしんけんな眼差しの行く先は、ぼくではない。
ユウスケ先輩という、校内のヒーローである恋人に操を立てるという目的だけためのしんけんな思いに、
ぼくは誠実に応えなければならなかった。


ミニ・スカートみたいな丈のスリップを身体に通して。
可愛らしいフリルとリボンの柄とに、彼女の隠れた趣味を視た思いに駆られた。

サイズが小ぶりなショーツも、いちどは身に着けたものらしく、
彼女の痕跡がそこはかとなく残されているのに息をのんで。
ちょっぴりきつめの腰周りの感覚が、
これでがんじがらめに彼女の意図に服さなければならないと、ぼくに告げる。

太もも丈のストッキングには、ふっくらとした優美な脚周りの輪郭がありありと写されていて、
ひざ上丈にしかならない寸足らずのサイズで、そのぶんきつめの束縛感で、足許を引き締めて、
淡い脛毛を薄闇のようにまぎらせて、別人の脚のようになまめかしく染め上げた。

腰に巻いたスカートのすそが、重たくユサユサと揺れる感覚。
セーラー服をかぶったとき、鼻腔によぎる生地の芳香。
胸元に巻きつけるスカーフの結び方がわからなくて、いまひとつ決まらないもどかしさ。
用意したかつらをつけ、マスクで顔の下半分を隠すと、
箪笥の開き戸の鏡の中を、恐る恐る覗き込んでいた。


教室に入ると、みんながいちように、チラチラと振り向いて、
ぼくの様子を見るとクスッと笑いをこらえて、そっぽを向くようにして前に向き直る。
馨さんだけが、しゃなりしゃなりとこちらに歩みを進めてきて、蒼川さんおはようと声をかけてきた。
彼女がぼくに朝の挨拶などをするのは、同じクラスになって以来初めてのことのはず。
馨さんだけではない、女子のだれもが、ぼくのことなど問題にしていなかった。
これも、彼女の制服のまとう魔力だろうか?

なみいる女子のなかでも、出色の容貌を誇る馨さん。
彼女が身にまとう制服さえも、生地の造りがほかのだれとも違うのではという錯覚さえ起こさせる。
同じ制服を身に着ける誇らしさを、羞恥心を忘れて、初めてかけらほどに感じた。

馨さんはだまってぼくの胸もとに手を伸べると、
「こうではない」と言わんばかりに、純白のスカーフをいちどほどいて、それから丁寧に結び直してくれた。
――きょう一日は、わたくしの身代わりなんですからね。きちんとしていただかないと。
そう言わんばかりの白い目でぼくのことを睨(ね)めあげると、くるりと背中を向けて、自分の席へと戻ってゆく。
これで身代わりに対する一定の礼儀は果たした、といわんばかりに。


吸血鬼は、いつ出没するかわからない。
喉が渇いたら、学校の裏門から侵入して、授業中といわず休み時間といわず、廊下や校庭を徘徊するのだ。
授業は滞りなく、いつもと同じように進められた。
ぼくの身なり以外、なにも変わったことはないのだ。
先生方は、教室に入ると、異装届を受け付けた担任経由であらかじめ聞かされているらしい――
ぼくのほうをチラと見ると、ちょっとだけ表情を変え、
そして表情を変えたことを気取られまいと不自然に元の顔つきに戻り、
ことさらに表情を消すと、「起立、礼」の号令を級長に求めるのだった。

そのあいだじゅう。
視界の片隅をよぎる純白のスカーフのふんわりとした感じと、
起立、礼のたびにユサッと揺れるスカートの重たいすそと、
授業中も始終感じる、足許を引き締めるストッキングのしなやかさと、
それらすべてに支配されて、むせ返りそうになっていた。


やがて、”彼”はやって来た。
2時限と3時限のあいだの、10分間の休み時間。
声にならない声を洩らして道を避ける女子生徒たちの動きで、それとわかった。
馨さんはぼくのほうへと駈けてきて、
救いを求めるようすなど気振りほども示さずに、
「お願いするわ」と冷ややかな囁きをぼくの耳に流し込むと、
罪人を引きたてるような性急さで、ぼくを廊下へと導きだした。

隣の教室は、空き教室だった。
”彼”は馨さんの制服を着たぼくを認めると、まっすぐにこちらへと歩み寄ってきて、
無造作にぼくの手をとると、空き教室へと促した。
狙いが自分でなかったと知ったものたちの安堵のため息を背中に感じながら、
ぼくは狙われた乙女がそうするように、観念したようにうなだれて、手を引かれるままに空き教室の入口をくぐった。
隣の教室がシンと静まり返るのがわかった。
クラスメイトとしての同情心をいちおうは持ってくれていることが、なんとなく伝わってきた。

”彼”は、ぼくが身代わりなのだと最初から気づいているようだった。
よしよし、よく来たといわんばかりに、あやすようにセーラー服の二の腕に触れると、
席の一つに腰かけるようにと促した。
促されるままに席に着くと、”彼”はぼくの背後にまわった。
あくまでもぼくのことを、女子生徒として扱う意思を感じながらも、
打ち首になる罪人のように身を縮めて、ぼくは”彼”からの一撃を待った。

おずおずとした腕が背後から回り、セーラー服の胸を求めるようにして、巻きつけられた。
いちおうこれは、愛情表現なのだということを伝えようとするかのように、
まるで本物の女子に与えられるような接吻が、首すじに吸いつけられた。
ヒルのような唇は、皮膚の下の鼓動を確かめるかのように念入りに這わされて、
けれども下品な感じはまったくなかった。
しいていえば。
獣が自分の子を舐めてあやすような・・・そんな感じが伝わってきた。
かつらを通して優しく撫でる掌に黒髪をゆだねたときには、
これが本物の髪の毛でなくて惜しいことをしたとさえ、感じていた。

そろそろ始める気になったらしい。
”彼”は足許にかがみ込むと、「楽にしていなさい」と低い声で話しかけてきて、
それから脚の甲をギュッと抑えつけた。

馨さんになり切りかけたぼくは、
この教室にひとりでいるのがぼくではなく本物の馨さんのような錯覚に陥っていた。
クラス一の美人が、喉をカラカラにした吸血鬼に狙われて。
空き教室に呼び込まれて、セーラー服姿を襲われている。
だれもさえぎるものもなく、制服姿を自由にされて、
知的で上品な黒のストッキングの足許に、無作法で物欲しげな舌を這わされ、侵されてゆく――
その想像が思わず、ぼくのことを昂らせた。

行為が果てたとき。
ぼくは仰向けに倒れたまま、頭上の古びた天井と向かい合わせになっていた。
片方だけ立て膝をした脚が、視界に入った。
黒の薄々のストッキングに、ひとすじ太い裂け目が走り、
ふくらはぎの肉づきがいちばん良いあたりに、赤い斑点がふたつ、つけられている。
首すじにもおなじものが、一対――そのふたつに由来するけだるさと、頭の重さとが、ぼくの理性をへんにしていた。
「三日後のこの時間」
”彼”は短くそういうと、ぼくに背を向けた。
「身体をいといなさい」
と、父親が息子をいたわるような言葉さえ、口にして。

”彼”が立ち去ったあと。
馨さんから預かった大きな紙箱の片隅に忍ばされた紙袋を手に、ぼくはやっとの想いで起きあがった。
紙袋には、封を切っていないストッキングが二足。
一足は、履くのに失敗したときの予備のつもりだろう。
「ご褒美よ」
心の中に泛んだ馨さんが、驕慢な顔つきでそういうと、嘲るように声をたてて笑った。
嘲りながらも、小気味よげで、愉快そうな笑いだった。
きっと彼女は、こんなふうにされているぼくを想像して、いまごろそんなふうにほくそ笑んでいるのだろう――
優等生の神妙な顔つきでカムフラージュすることを忘れずに。

咬み破られたストッキングは、家で洗って、次に会うときに”彼”に手渡すのが習いだという。
それで彼の好意を承諾したことになり、交際が始まるのだ。
乙女のだれもが、おぞましいと感じる交際が。
ユウスケ先輩に処女を捧げた馨さんにとっては、ぜひとも避けなければならない関係が。

だれかの身代わりになって女学生に扮し、吸血鬼の餌食になる男子生徒が、この学校にはなん人もいるという。
明日から、いや、この時間がすぎたあとは、
クラスのだれもが、セーラー服を着ているときのぼくのことを、女子として接するようになる。
それは案外、ぼくが心の奥底で求め願っていたことに違いなかった。

ほけつ

2020年07月01日(Wed) 08:44:50

グランドの隅っこで、レギュラー部員たちがまるでスクラムを組むように、円陣を作っている。
まだ練習前の白と紺のユニフォームが、ひどく眩しい。
短パンから覗いた太ももは誰もが、鍛えあげられた筋肉に鎧われて、ぱんぱんに腫れ上がったように隆起している。
ひざから下を覆う白のストッキングには、濃紺のラインが三本、鮮やかに走っていた。
そこからかなり離れたところにぼくは、同学年のタカシと2人で、手持無沙汰に用具の手入れをしていた。

「おぉーーい!補欠ぅ!頼むわぁ!」
先輩方の円陣のほうから、声がかかった。
見ると、円陣から少し離れたところに人影が二つ、漂うようにふらふらとうろついていた。
まるで酔っ払ったように、足許もさだかではなかった。
「うわ!”お当番”だよ。参ったな・・・」
先に反応したタカシは頭を掻き掻き、円陣のほうへとダッシュをした。
ぼくも遅れまいと、全力疾走する。
運動部にしてはどちらかというとユルいうちの部でも、
先輩に呼ばれたらダッシュが鉄則だ。

「この人たちの相手、頼む」
キャプテンが先輩らしからぬ神妙な顔つきでぼくたちを見つめ、両手を合わせる。
あーあ、しょうがないな・・・という気分が、ぼくたちだけではなくて、
円陣を崩さずにこちらを視ている先輩たちの、同情に満ちた視線からも漂ってきた。
二個の人影は、年配のみすぼらしい男のなりをしていて、
指さされたぼくたちのほうを、物欲しげに見つめていた。
この学校に出没する、吸血鬼たちだった。

この学校が吸血鬼のために解放されて、はや一年が経っていた。
そのあいだに、目ぼしい生徒も先生も、いちように咬まれて生気を喪って、その支配下に甘んじている。
けれども試合前のレギュラー部員だけは、”お当番”と呼ばれる彼らへの奉仕を免除されていた。
彼らの逞しい両肩には、母校の名誉がかかっているのだ。
対するぼくたち補欠は、もしかすると母校の不名誉かも知れなかった。
力の強さも体格も段違い。
なにしろぼくたちは、レギュラー部員を吸血鬼から守るための、血液提供用に入部を認められた部員なのだから。

「坊ちゃん、いつも済まないねえ」
取り残されたぼくたちを見て、ふたりの吸血鬼は気の毒そうに哂った。
虚ろな哂いだった。
彼らの笑い声が虚ろであればあるほど、摂られる血の量は多い。
ぼくたちは仕方なさそうに観念した。

もっともぼくたちは、完全な被害者ではない。
ハイソックスフェチなぼくがこの部を択んだ理由は、ひざ下まであるストッキングをおおっぴらに履けるから。
神聖なユニフォームの一部を吸血鬼の欲望のために提供するのは、
筋金入りの部員たちにとっては耐え難い屈辱だったけれど。
その部分をぼくたちがしっかり担うことが、入部の条件だったのだ。

「すまないねえ」
「すまないねえ」
彼らは虚ろにけたけたと哂いながら、
ベンチに腰かけ神妙にストッキングの脚を伸ばすぼくたちの足許に、かがみ込んでくる。
足首を掴まれ、太ももを抑えつけられて、
そこだけはギラギラと脂ぎった唇を、ストッキングのうえからヌルリとなすりつけられる。
あ、うっ。。。
傍らのタカシが痛そうに声をあげた。
咬まれたのだ。
見ると、タカシの履いているライン入りの白のストッキングに、飢えた唇が圧しつけられて、
その唇の周りが早くも、赤黒いシミが拡がり始めている。
そちらに気を取られた瞬間、ぼくの足許にも尖った異物がずぶりと刺し込まれていた。
痛痒い感覚がじわじわと、理性を狂わせてゆく。
彼らの持つ牙に秘められた毒液が、十六歳の血液に、織り交ざってゆく刻一刻。
やがてぼくたちは、彼らの毒液に、理性を支配されてしまう。

彼らの言い草によると、レギュラー部員たちよりもぼくたちのほうが、好みなのだという。
発達し過ぎた筋肉は咬み応えがあり過ぎてかなわんというのだ。
もっとも、キャプテンの生き血だけは飛びぬけて美味いらしく、
オフになると時々、お呼びがかかるのだ。
もっともその時には、ぼくたちも強制的に同伴させられて、
彼らを満足させるための”量”の部分を補うはめになる。

「あはあっ・・・」
先に咬まれたタカシのほうが、毒の廻りが早かったらしい。
声が上ずって、能天気な明るさを帯びている。
「やだ!やだ!やめてくれよお!」
言葉では拒否しながらも、まだ咬まれていないほうのふくらはぎも、惜しげもなく咬ませてしまっている。
ぼくも同じことだった。
左右の脚に代わる代わるに咬みついてくるのを避けようともせずに、むしろ脚を差し伸べて誘ってしまっていた。
眼の前をぐるぐると、目まぐるしいどす黒いものが渦巻いている。
ぼくたちはタカシ、ぼくの順に、ベンチからすべり落ちるようにして尻もちを突くと、
今度は首すじを咬まれてしまっていた。
勢いよく撥ねた血潮が、ジュワッ!と生温かくユニフォームを染めた。
ちゅうちゅう。
ちゅうちゅう。
ひとをこばかにしたような吸血の音が、あお向けになったぼくたちの上におおいかぶさっていった。