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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

母を連れていく。

2020年08月26日(Wed) 20:22:30

薄らぼんやりとした記憶なのだ。
周りじゅう、もやがかかっているなか、わたしは母といっしょに歩いていた。
もやのなかの、村はずれ一本道だった。
”いっしょに”というよりも、先導して歩いていた。
まだ年端も行かぬ頃のことだ。そんなことができたのだろうか?
一本道のことは、たしかに灼けつくくらいに、よく憶えていた。
だいぶ歩いたところに、荒れ果てた祠のようなものがあった。
そのなかにうっそりと、人の影が、こちらに背中を向けて座り込んでいる。

母はわたしに、「覗いてはいけないよ」と必ず念押しをして、祠のなかへと入っていく。
けれども、年端の行かない子どもにとって、
「覗くな」という命令はあまりにも守ることが難しいものだった。
母の禁を破って覗き見をした彼方。
こちら向きに立ちすくんだ母は、ひょろ長い男の猿臂を巻きつけられて、
うなじを咬まれて歯を食いしばっていた――


それから二十年近くの年月が過ぎた。
母と一緒に都会に出てきたわたしは、勤め帰りの家路を急いでいる。
連れの男に母を引き合わせるためだ。
二十数年ぶりの再会。
それはきっと、床に血のりをまき散らすほど、嬉しく愉しいものに違いない。

形ばかりでも。
わたしはあのとき、母の生き血を吸わせるための、手引きをしていた。
そしていまは、その意味をはっきりと自覚して、同じことをくり返そうとしている。
首すじにつけられたばかりの咬み痕を、じわじわと疼かせながら。

三人の妻。

2020年08月26日(Wed) 18:32:55

一、一人めの女

「お願い!咬まないで!血を吸わないでっ!死にたくないんです!私来月結婚するんですぅ」
夜道で吸血鬼に迫られたその女は、髪振り乱しいやいやをして、必死になって哀願した。
吸血鬼は女を壁に抑えつけながら、いった。
「わかった。死なさない。だがちょっとで良いから血を分けてくれ」
「ほんと・・・ほんとね?絶対殺さない?約束する?」
不覚にも女が油断して、腕から力を抜いたとき、男は女の首すじをがぶり!と咬んだ。
「ああーッ!」
女の絶叫があたりに響いたが、吸血鬼に襲われることが珍しくないこの街では、だれも出てこようとはしなかった。

ちゅぱ、ちゅぱ、ちゅうううっ。。。
嫌らしい音を立てながら、意地汚く血を啜られて。
女はいつか慎みを忘れて、愉しみ始めていた。
咬まれることの快感に目覚めてしまったのである。
男は変態だった。
ストッキングを穿いた脚を舐めさせろとせがまれて、
おずおずと差し伸べた足許に、物欲しげな唇をぬるりと這わされていた。
薄地のナイロン生地の舌触りを、たっぷりと愉しまれて。
それがイヤラシイ行為だと、百も承知でいながら、許しつづけて――
しまいに女は、吸血鬼に身体を開いて、勤め帰りのスーツ姿のまま、犯されていった。

「お願い!そんなこと言わないで!私貴男が好きよ。来月結婚するんでしょう?」
女は男にとりすがる。
しかし、思えば無茶な相談だった。
ーー私、吸血鬼に襲われたの。あの人たちったら、セックスを識ってる女の人を犯すのよね。
  私も犯されちゃった♡
  でも私、貴男が好きよ。
  予定通り式を挙げて、でも時々あのひとに逢わせてね。

男は婚約を破棄し、女は泣く泣く吸血鬼の邸を、訪ねていった。


二、二人めの女

「おやめください、なになさるんです、あ、あ、あ、あうう~っ!」
新婚三か月の新居のなかで。
新妻はうろたえながら、逃げ惑う。
どこから入って来たのか、目のまえには牙に血をあやした吸血鬼。
そう、第一の獲物だけでは飽き足らず、ほかの獲物を探していたのだ。
長い黒髪をユサユサと揺さぶりながら、痛みに耐えて歯を食いしばり、
抱きすくめられた上体を、なんとかふりほどこうとする。
けれどもそうしている間にも、男は女の生き血をずいずいと啜りつづけて、
女の頬は貧血にみるみる曇ってゆく。

行儀のよい女だった。
いえにいる時も、スカートにストッキング。
それが、吸血鬼の目を惹いたらしい。
気絶した新妻の足許に這い寄ると、ストッキングに包まれた太ももに、ちゅうっ・・・と唇を吸いつけた。
まだまだ、吸血の欲情は終わりを迎えないらしい。

「きみって女は、まったくけがらわしいよ!」
剥ぎ取られたブラウスで胸を隠し、うなだれている新妻を、帰宅してきた夫は無情に面罵した。
女にももちろん、非はあった。
彼女の言い草は、思えば無茶な相談だった。
――お昼にね、吸血鬼が来たの。
  それで私、喉が渇いていたみたいだから血をあげちゃって・・・あとはわかるでしょ?
  それでね、恥ずかしいけど、イッちゃったの。
  時々あのひとと、逢ってもいいかな・・・?
女はどうしてこうも浮気心ばかりなんだ?
男は無情にも、言い捨てた。
「出ていってくれ」


三、三人目の女

数年後。
男の勤務先で、両銃乱射事件が起こった。
相手は、頭のおかしくなった中年男だった。
犯人は、婚約者と新妻を捨てたその男を人質に、事務所に立てこもった。
ワンワンと鳴る赤いサイレンを横目に、吸血鬼が現れて、署長にいった。
「中にいる人の身代わりになれないか?」
男は枯れ木のように痩せこけていて、見るからに弱そうだったから、
犯人はなんなく人質交換に応じ――そしてなんなく逮捕された。

吸血鬼も、捕り物の最中に大けがをした。
この男に女を二人も寝取られたのかと思うと我慢ならなかったが、
恩義もあるのでと思い直した男は、吸血鬼に自分の血を吸わせた。
・・・・・・。
自分の女が堕ちたのを責めた自分は、どうかしていたと思った。
牙の毒が、男の血管のすみずみにまでいきわたるのに、さほどの時間はかからなかった。

「どういうことなのだ?」
「あんたと俺が不幸にした女を、俺が囲っているということだよ」
吸血鬼はいった。
「だが、二人ともあんたを忘れかねとる。時々逢ってやる気はないかね?」
「俺にはもう別の妻がいる」
「簡単なことだ」
「それだけはやめてくれ!」
やめる相手ではないと、男はすぐに観念した。

男は自分のいまの妻を紹介し、その場で襲わせた。
最初は戸惑い、気丈に抗っていたものの。
いちど首すじを咬まれてしまうと、ほかの女たちといっしょだった。
ワンピースのすそをたくし上げられて、
パンストを片方穿いたままの脚をじたばたさせながら、ひたすらよがり狂っていった。


四、降参!

「女がみんな同じだと、わかってしまったよ」
「すべての女がこうだとはいわない」
吸血鬼はいった。
「でもどうやら、あんたのところにはそういう女が集まるようだな」
「いまの家内も、きみに捧げよう」
吸血鬼は鄭重に礼を言った。
そしてつづけた。
いっそ、ほかの二人も交えてみては?

吸血鬼が血を吸う。
貧血から回復する。
そして夫の家で人間の人妻として暮らす。

その繰り返しをするのに、三人というのは都合の良い数ではないか?
「女たちが妬かないかな」
男は考え込んだ。
「その用心深さがあれば、たいがいなんとかなる」
吸血鬼は請け合った。

こうして、三人目の女も、男のもとからめでたく?略奪され、
入れ代わりに最初の女がやって来た。
「Hもいいけど、美術館に連れてってくださる?昔みたいに」
「それはいいね、じゃあ帰りはいつものレストランで食事をしていこうか」

老婆を訪問。

2020年08月21日(Fri) 07:22:21

放課後。
友達同士でいっしょに帰ろうと声を掛け合うもの。
運悪く掃除当番で、掃除用具入れからホウキやちり取りを引っ張り出すもの。
運動部の部活に出るために支度をするもの。
てんでんばらばらの動きになる雑然とした空気の中で、
ぼくはまだ薄ぼんやりと、前の授業の板書の残った黒板を、見るともなしに見つめていた。

そんなぼくの傍らに、すっと人の気配が立った。
あのときいっしょに血を吸われた彼女だった。
色白の頬。長い黒髪。
他の生徒よりもぐっとあか抜けた、女の子のファッションとは無縁のぼくが眺めても洗練された服装。
その子のまなざしはあくまでもそっけなく、気品にあふれた冷やかさで、暗い色をしていた。
そのどす黒くて暗いまなざしが、獲物を狙う鷲のように、ぼくに照準を定めてくる。
「連れてってくれるんでしょう?」
高飛車な語気。虚ろな声色。
それを教室のみんなが聞いている。
なにしろ彼女は、学年で一、二を争う美少女だったから。
虚ろな声が、まだも続いた。
「おば様の住処――道はあたしが知ってる」
いったい、どちらが連れていくのだろう?
戸惑うぼくをさらに戸惑わせて愉しむかのように、少女はスカートの下の足許を見せびらかした。
「ライン入りのやつ。あなたとおそろいにしたのよ」
彼女のひざ下には、ぼくと同じ黄色と黒のラインが入ったハイソックスが、
ぴっちりとお行儀よく引き伸ばされていた。

「うひひひひひっ。約束をたがえずに来たわいの」
老婆は相変わらず、下品だった。
「彼氏さんに、彼女さん。そういうことでよかろうの?」
さあ、ぼくたちの関係はどうなのだろう?
戸惑うぼくを打ち消すように、彼女はいった。
「そう、あたしの彼氏。自分の彼女の生き血を吸血鬼の婆さんに吸わせに来たのよ」
ぼくを無理に引き寄せるように腕を組んだかと思うと、
「もう、あなたったら、最低!」
と、不意打ちの平手打ちが、ぼくの頬を横切った。
「ふはは。痴話げんかは他でおやりなされ。で、どちらが先に喰らわしてくださるのかな」
「もちろんぼくです」
ひりひりする頬をガマンしながら、ぼくは彼女と老婆のまえに立ちはだかった。

お揃いのハイソックス越しに、老婆の汚らしい唇が圧しつけられる。
そいつはヒルのように意地汚く這いまわり、しなやかなナイロンの舌触りをたっぷりと愉しんで、
さいごに、ふくらはぎの肉づきのいちばんよいあたりに、
黄色く薄汚れた牙をあてがって、
縫い針を刺し込むように、グイッと食い込まされてくる。
貧血を起こしたぼくは、姿勢を崩して尻もちをついたまま、
お揃いのハイソックスを辱められてゆくありさまを、ただぼう然として見守っていた。

「行きましょ」
彼女はそっけなく、ぼくに声をかけた。
老婆に辱められた悔しさが、乾いた語気ににじみ出ているような気がした。
実際、どう感じているのだろう?
すでに彼女は、ここに来て老婆に咬まれるのを習慣にしていた。
衣装もろとも辱められて、ハイソックスやストッキングを穿いた脚をいたぶられるのも、
二度や三度の経験ではないはずだった。
でも、老婆にいわせると、男連れは初めてだという。
でも、終始そっけない態度は、ぼくを戸惑わせ、怖気づかせさえした。
ぼくは彼女にとって、どういう存在?
何やら自信がなくなってきた。

「送ってくれるんでしょ?」
彼女は「家まで送りなさい」という代わりに、ぼくにうつろな声をかけた。
お揃いのライン入りのハイソックスは、老婆のさもしい手つきで、脚から抜き取られてしまっていた。
ぼくは通学用の紺のハイソックスを、彼女は白の無地のものを別に用意して、
もういちど老婆を欲情させて、ようやく解放されたのだった。
ぼくはともかく、彼女の真っ白なハイソックスには、派手な赤い斑点が、大小いびつに滲んでいる。
「家まで送ってって頂戴」
ぼくの尻込みをあくまで鉄火な調子ではね返すと、
彼女は後をも振り向かず、すたすたと歩きだした。
「くふふふ。ご苦労なことだね。しっかりおやり」
老婆はぼくを応援してくれるのか。いやきっと、からかわれているだけなのだろう。
ぼくは老婆に一礼すると、あわてて彼女の後を追った。

「昂奮、してたでしょ?」
「・・・え・・・?」
「昂奮してたよね?」
説明抜きでの問いかけの後、今度はわざと露骨な言い方をした。
「あたしがハイソックスの脚を咬まれて悔しそうな顔してるとき、あなた昂奮してたでしょう?」
あ・・・ごめん・・・
声に出す間も与えずに。
ぱしぃん!
平手打ちが再び、ぼくの頬を鋭く横切っていた。

廊下越しの誘惑。

2020年08月20日(Thu) 18:47:46

だだだっ・・・と、廊下を駆け抜ける足音がした。
教室はいつになく、静まり返っていたから、寒々とした窓ガラスひとつ隔てた向こうの物音は、よけいに響いた。
かなり走ったところで、「アアアッ」と声があがった。
あー・・・
教室の中で、だれかがため息をした。
つかまっちゃったみたいだね・・・と、前の席の女子二人が、囁き合った。
そう。この学校には、吸血鬼が出没する。
直太くん、興味あるんだったら、見てきたら?
前の席の女子の一人が、そういってぼくのことを焚きつけた。
え?でも授業が・・・と言いかけた途端、チャイムが鳴った。

廊下の彼方から、キウキウ・・・と、血を吸う音と思しき音が続いていた。
獲物を掴まえた吸血鬼は空き教室で愉しむつもりらしい。
ガラガラと、机やいすを移動する音が聞こえた。
男女を問わず、ハイソックスの脚に咬みつく習性をもっているから、
きっと獲物を教室に横たえて、足許を愉しむつもりなのだろう。
この街に越してきて三か月ほどになるぼくにも、それくらいの知識はついていた。

おっかなびっくり、物音や声のするほうに行ってみた。
やはり空き教室がひとつ占拠されていて、
違うクラスの女子が一人、吸血鬼に組み敷かれている。
意外なことに、吸血鬼は男ではなくて、白髪交じりの老婆だった。

くふふふふふうっ。旨え。旨え生き血ぢゃあ。

女はひとりごちて、女子の首すじにつけた傷口に、唇を吸いつけてゆく。
ちゅうっ。ごくり・・・
際限のない吸血――けれども決して、死なせることはない、という。
でもこのままでは・・・と戸惑うぼくのことなどてんで無視して、
老婆は女子の足許に這い寄った。
薄いピンク色のハイソックスを愉しむつもりなのだろう。

ぼくが仕方なく教室に入っていったのは、
老婆が少女のハイソックスをくまなく舐め尽くし、かぶりついて血浸しにしてしまってからのことだった。
それ以上吸ったら、危ないから。
振り向いた老婆に、ぼくはやっとの想いでそういった。
ぢゃあ、わしの命が尽きてもエェと?
ぼくは、二の句が継げなかった。
血を吸わせ放題にしておいたら、人が。
人が血を吸うのを禁じてしまえば、吸血鬼が。
どちらか片方が滅びてしまうのが、世の習いだったはず。
でもこの街の習慣は、そうではなかった。
ぼくは、母さんまでが随いはじめたこの街の習慣に、初めて身をゆだねることにした。
代わりにぼくの血でよかったら・・・
多分老婆は、良い返事をくれるだろう。
だってそのときのぼくは、制服の半ズボンの下に、
スポーツ用のライン入りのハイソックスを履いていたから。

くふふふふふっ。
老婆はいやらしい含み笑いを泛べると、
ぼくの足許へと這い寄ってきて、すぐに足首を掴まえると、ハイソックスの上からふくらはぎを咬んだ。
「ああッ!」
思ったよりも痛かった。そして、遠慮がなかった。
ちゅうううううっ。
血液が急速に逆流して、老婆の口許へと含まれてゆく。
目の前が真っ暗になって、ぼくはその場に倒れてしまった。
「そもじの脚も、美味じゃぞい」
老婆はそういうと、今度はぼくの上半身にのしかかってきた。
首すじを狙われているのがひしひしと伝わってきたが、身体が痺れてどうすることもできない。
老婆はぼくのうなじを口に含んで、いちばん柔らかそうなところを探り当てると、
ぎゅうっと牙を埋め込んできた――
ぼくの周りの床は、血浸しになった。
ちょうど、少女が静かに横たわっている周囲の血だまりのように。
「ああーーッ!」
絶望的な叫びは、ぼくの教室まで届いたはずだが、だれも助けに出ては来なかった。

「美味しかった?よかったね。
 あたし以外にも、モノにできちゃったね。ラッキー」
あどけない少女の声が、ぼくの鼓膜を酔わせていた。
「わざとでしょ?この子、あたしのこと気にしてたんだもん。
 教室の前で声あげたら、絶対出てくるって。
 あたしが咬まれているところを視たら、絶対昂奮しちゃうって」
なにを言っているんだろう?
これはこの少女の狂言だったのか??
「わしはそもじを襲うことしか頭においておらなんだ」
老婆はそう独り言ちて、少女の首すじに指先を圧しつけると、
まるでマニキュアのようにして、赤く輝く血のりを爪に塗り込んでゆく。
そのうちぼくのほうにも手を出して、
首すじの傷口をさっと撫でると、撫で取った血を同じ爪に塗り込んでゆく。
「そもじら、相性はよさそうじゃの」
「爪でわかるの?」
少女は訊いた。
「うんにゃ、腹具合でようわかる」
そう、老婆の貪欲な胃袋は、いま彼女の血とぼくのとで、充ち満ちているはずだ。

「オイお前、わざわざ授業中の教室を出て身代わりになろうとは、男気があるの。
 いっそこの子の、彼氏にならんかの?
 彼氏になって、この子をわしの家まで送り届けるもんが要るんぢゃ。
 時おり正気にかえって、わらはに血を摂られるのを嫌がって尻込みすることがあるでのう」
老婆の誘惑に、ひどくそそられた。
「よいご返事ぢゃわい」
老婆の手が、半ズボンの股間に添えられた。
幸い、少女はその方面は奥手ならしく、老婆の言い草を理解していなかったのが、救いだった。

派手な嫁と地味な娘

2020年08月19日(Wed) 21:12:00

娘は、母親よりも祖母に似ていた。
臆病そうな真ん丸で小さな目を持ち、容色は母親に各段に劣るけれども、
むしろ祖母やわたしに似た、豊かな黒髪と色白の肌をもっていた。
少なくとも、吸血鬼に血を吸われるまでは処女だった。
そして、処女の生き血を貴重品扱いする彼らのおかげで、
きっとまだ身持ちを正しく守っているはずである。

自室で初めて襲われたとき。
真っ白なハイソックスを血浸しにしながらも、歯を食いしばって献血に応えていた。
母親の留守中に訪れた吸血鬼の応接を言いつかったからだ。
ゆかりにとって、母親の言いつけは絶対だったので、う
ら若い血を啜られるというおぞましい行為さえ、耐えなければいけないものになっていた。

二度目に逢うとき、彼女はやって来た吸血鬼に、ロープで縛ってくれと懇願した。
痛さのあまり暴れてしまいそうなので――というのが、彼女の言い分だった。
吸血鬼は舌なめずりをして、まだ稚なさの残る少女を縛った。
縛られた少女の怯えた顔つきも、その好むところだったからである。
そして娘が甲斐甲斐しくも自分で用意したロープでブラウス姿をぐるぐる巻きにしてしまうと、
首すじに食いつき、二の腕に食いつき、太ももに食いついて、血を啜った。
さいごに、彼女が吸血鬼への馳走にと脚に通した、
気に入りのハイソックスのふくらはぎに唇を吸いつけて、
思う存分ハイソックスを舐めいたぶり、舌触りを愉しんで、
それからじっくりと咬み破った。
ハイソックスを血浸しにしながらの応接は先日につづいてのことだったが、
少女はべそを掻き掻き、吸血鬼の欲望に従った。

後出しをするようだが、この吸血鬼は女だった。
嫁と姑を食い散らしている兄弟の、そのまた叔母にあたる女性で、
兄弟に襲われて吸血鬼になったのだった。
女は稚ない女の子の血をことのほか悦び、兄弟が獲物をモノにしたと聞くと、
当然のように分け前を主張した。
処女の生き血は貴重だから、
あとで回し飲みをする条件で、
兄弟は少女を女に襲わせることにした。

女は気絶した少女の傍らで、
首すじからしたたり落ちる血をマニキュアのようにして爪に塗り、
傷口になん度も口を着けてはチュウチュウと血を吸い取った。
そして少女の服を脱がせると、わざとスリップだけをせしめて、帰っていった。
ああもちろん、血に濡れたハイソックスも、ついでのようにぶら提げて――

娘が兄弟に処女の生き血を啜られる日がやって来た。
朝から兄弟は、わたしに挨拶に出向いてきた。
夕方には迎えの馬車がやって来て、
怯えて戸惑う娘は吸血老婆に手を引かれて、無理強いに馬車に乗せられていった。
母親は、味方になってくれなかった。
むしろ、自分の血を半分享けた子が生き血を愉しまれるのを、歓びに感じていたためである。

帰宅したわたしは妻から事情を聞くと、家にあがることなく吸血鬼の邸に出向いていった。
渇いた吸血鬼三人を相手に、
すでに娘は身体じゅうの血潮を舐め尽くされて、
哀れ正気を喪っていた。
「帰らない!残る!もっと吸ってもらいたいんだもん!」
迎えに来たわたしのことを邪険に振り放そうとした娘はしかし、
「今度うちに泊ろうね」
と、親切なおばさんごかしに宥める吸血老婆の言に従って、渋々帰りの馬車に乗り込んだ。

一夜明けて目が覚めると、娘は正気に戻っていて、
「父さんが迎えに来てくれて、本当にほっとした」
と言ってくれたので、まだしも泛ばれたのだが。

けれども迎えの馬車は毎週のように週末わたしの家を訪れて、
娘は怯え戸惑い、尻込みしながらもその馬車に乗り込んで、
ひと晩じゅうもてあそばれ、血を啜られて、
明け方になると送りの馬車で朦朧となったまま、帰宅してきた。
「お父さまただいま」
と、礼儀正しくわたしにお辞儀をする娘は、
母親にはツンとして、あいさつひとつ投げようとはしなかった。
「じきにわかるわよ」
妻は泰然として、時代遅れになりつつある光沢入りのストッキングの脚を、ツヤツヤと輝かせていた。

派手な嫁と地味な母 ~羞じらいと戸惑いと~

2020年08月19日(Wed) 20:56:54

海に行って水着になるのにパンツを脱ぐのと同じくらい無造作に、
少女たちの純潔は本人の軽い意思のもと、惜しげもなく捨てられていった。
バブルという時代は、そういう時代だった。
独身時代の妻は――いまでもそうだが――服装に十分すぎるほど投資していた。
かっちりとした肩パッドの入ったジャケットに、
腰のラインがぴっちりとしたタイトスカート。
いわゆる、ボディコンシャスというやつである。
母のたしなんでいたスーツとは、ジャケットにスカート、ブラウスという組合せは同じでも、
似ているようでまるきり似ていなかった。
脚に通しているストッキングも、妻のそれはどこか下品でいぎたない雰囲気が漂っていた。
肌の透ける、まったく同じような薄衣に過ぎないのに、
どうしてあれほどの風情の差が生まれてしまうのだろう。

仕事のできるキャリアウーマンが身に着ける、ばりっとしたスーツ。
そう呼んでも差し支えないのだが、
少なくともわたしの周りにいた女たちの大半は、
勉強も仕事もせずに、スタイルだけはファッショナブルで、
要は楽をしていい給料をもらうことしか、念頭になかったようにしか思えなかった。
ちょうど、米兵のキャンプの周囲に出没する、ある種の女たちと似たような雰囲気だった。
下品で、知性など薬にもしたくなくて、ただ無目的に、毎晩のように遊び歩いていた。

妻を含めた当時の女性全般に対してまともな貞操観念を要求することを断念していたわたしは、
妻に対しては、せめて自分の血の入った子を産んでくれればそれで良いと思うことにしていた。
かりに婚外恋愛をど派手に繰り広げてくれたとしても、
表ざたになって家の評判に傷がつかなければ、それでよしとするつもりだった。
三十までに結婚をと両親からせかされていたわたしにとって、
当時の女性一般に期待できる貞操観念に沿うとしたら、
そこまで譲歩することがどうしても必要だった。
親たちは自分のころの世界観しかもっていなかったので、
そのあたりはまるで夢物語みたいに都合の良いことしか考えていないようだったが――
もはやわたしにとって、彼らが何を考えていようが、それはもうどうでもよいことだったのだ。

とはいえ、吸血鬼との夜に付きあわされている母の姿は、どこか痛々しかった。
いまどき流行らない、肩パッドなしの、
若いころから着倒している、スタイルも色も地味なスーツをきょうも身にまとって、
かつて米兵がパンパンと呼ばれたある種の女性を連れ歩いていたように、
わがもの顔に腰や肩に腕をまわしてくるのを拒みもせずに、出かけていった。
父にはカラオケといっていたが、実際に訪れるのはきっと、ベッドのある「カラオケ」だったに違いない。
そして歌うのは――いや、自分の親についてそれ以上の想像力を働かせるのは、さすがにやめておこう。
もっとも、吸血鬼である母の彼氏は古風な男で、
もちろん母の生き血や身体めあての付き合いには違いないのだが、
母の地味なスーツ姿も、飾り気のない髪型も、きちんとした挙措動作も、大いに気に入ってくれていた。
相手がどういう意図で近づいてきているにせよ、それを拒むことができないものであるのなら、
そういう彼が母に対して一片のリスペクトを抱いていることを嬉しく感じていた。

母も極力、彼とのアヴァンチュールに自分の予定を合わせるようにしていた。
そして、父に謝罪の視線を投げながらも、淫らな破倫の床の待つアヴァンチュールへと、地味なストッキングに包まれた脚を差し向けてゆくのだった。
周りの吸血鬼仲間が、わたしの妻のような女たちを得意げに連れ歩いているなか、
かの吸血鬼氏は奇特にも、地味で時代遅れなスーツの母を誇らしげに連れ歩いていて、
その行き先は、獣じみた声の咆哮するカラオケバーや、下品なインテリアをてんこ盛りにしたあからさまなラブホテルなどではなくて、
むしろ会話を楽しむための音楽喫茶や、母の知性を垣間見るための美術館だったりすることが多かったらしい。
もちろん、干からびた血管の欲する本能や、若い男としては当然すぎる欲求から、
母にふしだらなことを強いる機会は、デートの数だけあった。
そういうときに母が必ず父の名前を口にして謝罪の言葉を呟く習慣を持つことが、
彼にはかえって魅力であったらしかった。

「お父さん、ちょっとカラオケ行ってきますね」
きょうも夕方になると、母はいそいそと着替えをして、
少しでも良い服を、そして良い服の下には少しでも男をそそりそうなスリップを身に着けて、
きっと男に破かれてしまうと知りながら、真新しいストッキングを脚に通してゆく。

父が母のことを気遣った。
「母さんは不当に扱われていないだろうか。
 虐められたり、侮辱されたりして、心が傷ついてはいないだろうか。
 それならばまだしも、愉しんでくれているほうが気が休まるのだが」
父は寛大な夫だった。
拒み切れずに過ちを犯してしまいましたと三つ指ついて謝る妻に、
「きみに悪いところはなに一つない、女としてこらえ切れないのは当然だ、
 だから今度のことは、わたしのほうから彼に話をしよう――
 きみに対する彼の恋に男として同情して、きみを誘惑する許可を与えたことにするから」
とまで言った人だった。

彼は自分の妻のことを吸血鬼に訊きさえしたものだ。
きみは彼女に満足してくれているのか、そして、彼女は傷ついたりしていないだろうか と。
彼はこたえたものだった。
「エエ、私は佳世子さんと交際を結べてとても嬉しいです。
 少し古風な、羞じらいを知るくらいの奥ゆかしいご婦人が好みなので――
 彼女のほうですか?さて、女心はなかなか測りがたいものがありますからねえ。
 でもね、私が迫ると必ず、貴方の名前を口にして、助けを求めるのです。
 ”あなた、あなたあっ、助けてえっ”
 と、脚をじたばたさせて、激しくかぶりを振って。
 そしてさいごは
 ”ごめんなさい、きょうもわたくし、守れなかった”
 と、涙ぐまれるのです。
 エエもちろん、行為の最中は戸惑われながらも抵抗は控えめにして、
 しまいにはご自身から腰を振って、”もっと、もっとォ・・・”なんて、仰られます。
 奥さまに非礼をはたらく機会をお与えくださり、男として感謝に耐えません」
ウ、ウーム・・・
父はひと声うなって、黙ってしまった。
その想い、推して察すべし。

その後父が、母と吸血鬼の逢瀬を覗きに、たびたびかの邸を訪問し、
吸血鬼もそれを許したといううわさを、風のたよりに耳にした。

派手な嫁と地味な母

2020年08月18日(Tue) 06:50:27

日経平均株価が大きく値下がりをしてそれまでの半値になってしまったころ。
世間はそれでもいい気になって、バブルの余韻に浸っていた。
光沢入りのストッキングを穿いた脚がそこらじゅうを闊歩していた、最後のころだった。

背中を向けたソファーの向こうから、
ツヤツヤとした光沢をよぎらせたストッキングの脚だけが、
ふしだらにこちらにぶら下がっている。
「あ、あ~ん・・・んんっ・・・」
南都かひそめようと抑えつけた声だけが、夫であるわたしの想像力を増幅させた。
そう、妻の美智留は他の男と、自宅のソファのうえで戯れているのだ。
薄手のナイロンのつま先のなかで、美智留の足指が反り返り、反対に丸まったりする。
本人も意識していないしぐさのひとつひとつが、
彼女の身体をめぐる若い血潮が淫らに燃え上がり、血管という血管を灼きつかせているのだと伝えてくる。

押し入ってきた男は吸血鬼。
この街ではだれかれとなく、人妻を抱くことを許された人々。
彼らにもある程度の礼儀作法があるらしく、
自分がものにした人妻の秘密やその夫の名誉は守るべきものとされているらしい。
すでに夫婦ながら首すじに咬み痕を付けられてしまっているわたしたちに、
もはや抵抗の余地は残されていないのだ。
それでも果敢に彼らに抵抗しようとしたものがいた。母だった。

「何をなさっているのです!?美智留さん、これ一体どういうこと!?
だしぬけにリビングに入ってきた母の永江(ながえ)は、目を三角にしてふしだらな嫁を叱り飛ばした。
ソファのうえからしぶしぶ起きあがった美智留は、ろくに口もきけない状態らしい。
乱れた髪をけだるげに手で梳(す)いて、
「のぞき見とか、やめていただけません?」
と、あくまでもふてぶてしく居直った。
本人は内心、母にみつかったことでビクビクものなのだが、
それでも恐れ入ったふうを見せると女同士の争いでは負けになるということらしい。
「まあっ、なんて言い草――貴男も貴男です。ここはこの人の夫の家です。なさることに気をつけてくださいまし」
どうやら陰部をあらわにしているらしい吸血鬼のほうには視線を据えないでそういうと、
「早く!」と嫁を急かしておいてリビングの扉を閉めた。
きっと仏間にこもって、念仏でも唱えるつもりなのだろう。

その母が、一夜にして変わった。
「お義母さん、なんとかしなくっちゃ」
そう耳打ちしてくる悪い嫁に乗っかって、かねて母にご執心だという吸血鬼――彼女の恋人の兄さんなのだが――を家にあげたのだった。
初めて咬まれたのは、仏間だった――らしい。
わたしの留守中あがりこんだ彼は、絶望的な叫びをあげる母の首すじに咬みついて、存分に血を吸った。
セックス経験のある女性をものにしたときは、ほぼ例外なく犯していくという。
母も例外では、あり得なかった。
まして、ストッキングを穿いた脚を好んで咬むというけしからぬ習性をもつ彼らのまえに、
母はいつもスカートスーツの姿をさらしていた。
そして、地味な――もちろん光沢もテカリもない――ストッキングを穿いた自分の脚にまで、
欲情に満ちた視線が注がれているなど、夢にも思っていなかった。
貧血を起こして母が倒れると、侵入者はうつ伏せになったふくらはぎを抑えつけ、ストッキングの舌触りを確かめた。
地味なストッキングの好きな男だったから、すぐにお好みにあったのだろう。
母の履いているストッキングはたちまち不埒な舌によって舐め尽くされて、よだれまみれにされていった。
自分に対してなされる淫らな振る舞いを声もなく受け容れつづけた母は、
妻が光沢入りのストッキングを、夫に内緒の客人に愉しませるときと同じように、
自身の品格を損なわないための装いを、足許から咬み剥がれていったのだ。

わたしが帰宅してくると、妻は口許に一本指をあてがって、「しーっ」といった。
おどけた調子だった。
ずっと締め切りになっている部屋でなにが行われているのか、察しないわけにはいかなかった。
仏間で咬まれ、父の写真のまえで犯された母は、いまは夫婦の寝室で女が男にする奉仕に耽り抜いていた。
「彼、お義父様と同じ立場に格上げにしてもらえたみたい」
妻はイタズラっぽく片目をつぶり、ウフフと笑った。
永いことずっと父のために守り抜かれた貞操は、夫をウィンクひとつで黙らせる嫁のはからいで、あっけなく奪われていったのだ。

「カラオケ、行ってくるわね。今夜は帰らないかも」
母はのんびりとした声で、嫁にいった。
「は~い、ごゆっくりしてきてくださいね」
妻の声も、ウキウキと明るい。
いまはすっかり嫁姑の仲もよくなって、家の空気ははるかによくなっていた。
妻の声が明るすぎる時は、要警戒である。
この家の主婦が姑の留守をねらって淫乱ぶりを発揮して、当惑する夫の前で、これ見よがしと娼婦のように喘ぐ夜が訪れるから。

母はいつものえび茶の地味なスーツに、やはり地味な無地の肌色のストッキングを脚に通して、夜の街へと出かけていった。
「きょうはね、真面目な主婦のかっこが好いって言われていつものスーツなんだけど」
妻は言い出した。
「このごろ、黒や紺のストッキングの愉しみも、覚え込まされちゃったみたい」
毒液のような囁き声が、わたしの鼓膜をじんわりとした淫らなもので浸した。
「でも、ちょっと無理があるかしら。お義母さま真面目だから――
 彼が付きあえと言ったら付き合うし、抱かせろと言ったら黙って目を瞑って仰向けにおなりになるけれど、
 そのあといっつも仏間にこもって念仏唱えて、お詫びしてるのよ。根が真面目なひとだから」
いっそ、結婚しちまったらどうなのかなあ・・・
私の言い草に妻ははっとして、すぐに頷いた。「それ、良いかも」

「永江さん、貞操喪失おめでとう!僕も狙っていたんだけど、先を越されました 義弟より」
「永江さん、まだまだ若いんだし、がんばってね!(何を? 笑) 義妹より」
「お母さん、吸血鬼とのお付き合いは、真心が肝心ですよ。お父さんもきっと、慶んでいるはず 娘より」
仏間のお仏壇は、そのままにしておくことになった。
夫の写真のまえで未亡人を崩したがる吸血鬼の愉しみのために、とはわかっていたが。
彼は律儀にも、朝晩かならず線香をあげて、覚えたての念仏を唱えるのだった。

「あのひとと上手く言った理由、わかったわ」
「そうだね」
律儀な吸血鬼は今朝も、黒のストッキングに装われた母の足許にチラチラと目線を落として、
食い破りたそうに舌なめずりをしているのだった。

少女ヴァイオリニストの”受難”

2020年08月09日(Sun) 17:26:06

追い詰められたホテルの一室の隅で、ひろみはそれでも相手を睨んで、「だめ」と言いつづけていた。
相手の正体は分かっていた。吸血鬼なのだ。
吸血鬼の多いこの街では、ひろみの母もすでに、その毒牙にかかっていた。
信じたくない噂だが――おなじヴァイオリンの学校に通う本条洋子がいうには、
ひろみの母はひろみがまだ幼いころ、浮気相手の吸血鬼に、邪魔な夫を始末させたのだという。
その吸血鬼と同じやつではないことは、わかっていた。
ひろみは母の浮気相手の顔を、なん度も見ていたから――


母の浮気相手がまだひろみを襲わないでいるのは、理由があるはずだ。
ひろみの母親がいっていた。
私が襲わないようにって頼んでいるから、あなたは大丈夫――
そんなこと、あてになるものか。
ひろみは思っていたし、自分の直感は正しいと感じていた。処女の直感は、鋭いのだ。
きっと、卒業祝いか入学祝いを名目に、あたしのことを母親に無断で襲うつもりに違いない。
一定の年頃にならないと、血の味が熟成しないのだと、そいつは閨がたりに、母親にうそぶいていたっけ。


「すまないが、少しだけ吸わせておくれ」
ホテルの一室で、その年老いた吸血鬼はひろみに懇願した。
「やだって言ったら・・・?でもどうせ吸うんでしょう?」
ひろみはすっかり、意地悪い気持ちになっていた。
覗き見した母親の情事を通して、ひろみは彼らのやり口を知っていた。
ストッキングを穿いた脚に食いついて、ストッキングを破りながら吸血するのだ。
おおかた、ひろみが履いているストッキング地の真っ白なハイソックスが、男の目を惹いたに違いない。
「勝手になさって」
ひろみは大胆にも、自分からベッドのうえにうつ伏せになった。
「この街で吸血鬼が人間にどんなことをするか、知らない女の子はいないんだからっ」
男の掌が自分の太ももと足首を抑えつけてくるときに、どうしてドキドキしてしまったのか。
ひろみは自分の醜態を恥じた。
冷たい唇が、薄地のハイソックス越しに圧しつけられて――
けれども彼は、必要以上に少女を辱めようとはしなかった。
ほんの少し滲んだ唾液に、彼女はとび上がるほど動揺したけれど、
その動揺を唇で感じると、すぐに牙が彼女の素肌に埋め込まれた。
緊張に硬直したふくらはぎを、たんねんにほぐすように、毒液を含ませて力を抜かせて、するりと忍び込ませるようにして。
破けたハイソックスに、うら若い血のりがじわっとしみ込むのを、ひろみは感じた。

「テスト・・・」
「え・・・?」
思い出したように呟いたひろみに、吸血鬼は顔をあげた。
ひじ掛け椅子に行儀よくおかれたヴァイオリンのケースに、ひろみの視線がいった。
「ヴァイオリンのテストがあるのかね?」
「え?あ・・・はい・・・」
温かで穏やかな声色に、ひろみは自分でもびっくりするほど従順に、肯定の意をつたえていた。
「それは、いつなのかね?」
「明日の午後」
「しまったな」
吸血鬼はそう呟くと、少女にいった。
「待ってて御覧、もう少し」
そして、少女のふくらはぎにつけた咬み痕にもういちど唇を吸いつけると、
吸血鬼の唇を通して、暖かなものが戻ってくるのをひろみは感じた。

「吸った分、ほとんど返してくれたんじゃない?」
「明日の試験はがんばりなさい」
吸血鬼は、父親のようなことを言うと、少女を促して部屋を出た。

「ハイソックス、汚しちゃったね」
自分でそんなことをしておいて、今さら何をと思ったが、ともあれ彼女は
「うん」
と言って、うなずいた。
「小父さんが代わりを買ってあげようか」
といわれたが、もうこれ以上いっしょにいたくなかったので、
「ううん、このまま帰る」
といった。語尾が自分でも驚くくらいはっきりしていたのは、
吸血鬼といっしょにいたくないというよりは、
血の着いたハイソックスを母親や彼氏に見せつけてやりたいという気持ちになったからだ。

もともと、吸血鬼はそのつもりだったのだろう。
真っ白なハイソックスに血が撥ねた状態で少女を帰すことをためらうのなら、
最初から履き替えのハイソックスの用意をしておくだろう。
急にそんなことを言い出したのは、
少女に情が移ったのか、
少女と少しでも同じ刻を過ごしたかったのか――


十年の月日が流れた。

追い詰められたホテルの一室の隅で、ひろみはそれでも相手を睨んで、「だめ」と言いつづけていた。
相手はあのときの、吸血鬼だった。

十年前のあの日の夕刻、血の着いたハイソックスを履いて帰宅した娘を、
愛人との情事に耽っていた母親は驚いて迎え入れ、
「この子に手を出すな」というメッセージを読み取った母親の愛人は、
年頃になった娘をみすみす横目で見逃しながら、母親との情事だけに耽っていった。

十年のあいだに、ひろみの姿恰好も、別人のように変わった。
ただ、気の強そうな大きな瞳と、抜けるような白い肌だけは、あのときと同じだった。
そのときも、彼女はレッスンの帰りだった。


「わかりました。喉が渇いているんですよね!?」
ひろみはやけくそな言葉を相手に投げつけると、自分からベッドのうえにうつ伏せになった。
そして、つぎの瞬間、しまったと思った。
この街の吸血鬼は、セックスを識っている女のことは、吸血したあとに犯す習性があったからだ。
(ツトムくん、ごめんなさい・・・)
彼女は胸の中で恋人の名前を反芻し、キュッと閉じた瞼を震わせながら切実に詫びた。
そして、無駄だと思いながら、男にいった。
「できれば、犯さないでほしいんだけど――彼氏を悲しませたくないの」
吸血鬼は意外にも、
「安心しなさい、その気はない」
というと、ひろみを起きあがらせ、優しく抱いた。
男女の関係を迫るような、強引な抱き方ではなかった。
そして、立って抱かれたまま、ひろみは首すじを咬まれていった。
あのときも実は感じていた官能の疼きを、
恋人に対する後ろめたさも忘れて、ひろみは陶然と受け止めた。
相手を充たしているということへのえもいわれない歓びが、身体に満ちるのを覚えた。

「あ・・・」
吸血鬼の腕の中、ひろみは声を洩らした。
官能の声色ではないことに、吸血鬼は気づいた。
「何かね?」
と問う吸血鬼に、
「演奏会・・・」
と、ひろみがこたえた。
牙を引き抜いた吸血鬼の口許に目をやる遑もなく、
ひろみの視線はひじ掛け椅子に行儀よく置かれたヴァイオリンのケースに注がれていた。
「ヴァイオリンの演奏会があるのかね?」
「はい。チケットいっぱい売っちゃったから・・・どうしよう」
「いつなんだね?演奏会は」
「今夜の6時から・・・少し休ませてくださいませんか?」
「ああ、構わないよ。いや、それよりも――」
吸血鬼はひろみをベッドに腰かけさせると、
ひろみの首すじにつけた咬み痕にもう一度唇を吸いつけると、
あのときと同じように、ひろみの身体に暖かなものを戻してゆく。

「二度とも、吸いそこなっちゃいましたね」
ひろみはすまなさそうに笑った。
「きみの血が、わしの干からびた血管をひとめぐりしただけで、もう充分なのだよ」
吸血鬼は静かにこたえた。
首すじの傷は・・・咬まれた人しか見えないから良いか。
いや、聴衆の中にも、きっとそういう人はいる。
ファンを失望させないために、髪型で隠そう――
そんなことを思いながら、
「お礼、させてくださいな」
ひろみがいった。
「ストッキング、破いても構いませんよ」
え――?
と怪訝そうに訊きかえす吸血鬼の前、ひろみは自分から、ベッドのうえにうつ伏せになった。
ためらいは、数秒に満たなかった。
本能のままにこみあげてくる随喜に満ちた唇が、ひろみのふくらはぎにあてがわれた。
発達した筋肉に沿って食い込まされる牙の痛みは、引き抜かれたとたんに消えるだろうと直感した。
女の子の脚を咬み慣れた牙は、さしたる痛みを与えずに、引き抜かれてゆくに違いない。
その時履いていたストッキングが安物の消耗品ではなくて、
演奏会のために穿いてきた、とっておきのものだったことに、ひろみは安堵していた。
吸血鬼を十分に愉しまてやれるだろうということが、ひろみを満足させたのだ。
本番には、予備のストッキングに穿き替えていけばいい――

吸い取られた血は、ごく少量だった。
そして吸血鬼は、ひろみを犯すことなく、彼女を外へと促していた。

「穿き替えてきますね」
トイレに向かったひろみを吸血鬼はデートの後の恋人のためにそうするように、
さりげない距離をおいて待った。
「恥を掻かせなかったかな」
演奏会のことを気にする吸血鬼に、「脚はドレスに隠れるから大丈夫」とひろみはこたえ、
ありあわせの紙袋に入れたストッキングを手渡した。
「これからも付きあってほしい吸血鬼には、こんなふうにするんでしたよね?
 彼氏にも話します。時々なら、逢ってあげてもいい」
ひろみは少女のころの目線に戻って、あっけにとられる吸血鬼を眩しげに見つめた。
「演奏会、がんばるからね――お父さん」


あとがき
ひろみがまだ幼いうちに、お父さんはお母さんの浮気相手に血を吸われ、吸血鬼になっていた――という設定です。
吸血鬼さんが大人になったひろみを犯そうとしなかったのは、
父娘姦になってしまうからなんですね。
でも、ひろみのほうでは、そういう関係を必ずしも嫌がっているふうではありませんでした。
まだ生硬な少女だったころ、父親は不在、母親は不倫という孤独の中で、
ヴァイオリンだけを頼みに生きていた少女は、
彼女の都合を優先して、せっかく得た血を戻してくれた好意を忘れなかったのかもしれません。

少女のころはテストのことを、
大人になってからは演奏会のことを、
自分の渇きよりも優先してくれたとき、
彼女は吸血鬼と自分との縁故に気づいたようです。

今回は珍しく、ちょっとストイックな吸血鬼像になりました。

自宅に侵入した吸血鬼に、ストッキングを穿くよう願われた。

2020年08月09日(Sun) 17:03:57

美憂は、聴き間違いかと思った。
彼女の生き血を目当てに自宅に上がり込んできた吸血鬼は、こう言ったように聞こえたのだ。
ストッキングを穿いてくれないか?
え――?
美憂は仕方なく、訊き返した。
ストッキングを穿いてほしいんだ。
男は繰り返し、そういった。
ストッキングを穿いて、どうすれば良いのですか・・・?
美憂はさらに訊いた。
ストッキングの舌触りを愉しみながら脚を舐めまわして、それから咬んで愉しむためさ。
吸血鬼は薄ら笑った。

この街は、吸血鬼に満ちている。
都会で暮らせなくなった夫との話し合いで、この街で暮らすことになって以来、
いつかはこうなると覚悟はしていた。
なにしろ、自分たちの生き血と引き替えに、豊かで自由な日常を買ったのだから。

引っ越してきて一箇月、何の音さたもなかったけれど。
そのうちに彼らは彼らなりに、相性だのなんだのを、調べ尽くしていたらしい。
そういえば、市民課から郵送されてきた不思議な性格検査にも回答したし、
血液検査もやったっけ・・・

ともあれ、美憂は仕方なく、ストッキングを穿くことにした。
運よく、封を切っていないやつがあったので、それを脚に通した。
あまり穿き古したやつではかっこ悪いと、なんとなく感じたからだ。
考えてみれば、一回で破かれてしまうのだから、
新しいのをおろすのは、もったいなかったはずなのだが。

美憂がストッキングを穿くところを、吸血鬼はじいっと見ていた。
穿きなれないストッキングを穿くために、
ナイロン製のつま先をぶきっちょにさぐるところ。
ストッキングのつま先に自分のつま先を重ねたあと、
くるぶしを包み、破れないように用心深く引っ張り上げるところ。
脛のうえを濃いめの肌色のナイロン生地がぐーんと伸びるところ。
男は舌なめずりせんばかりの様子で、美憂のしぐさを窺っている。
美憂はそれと気づきながらも、わざと放っておいた。
どのみちいまは、美憂の身体は美憂のものであって美憂のものではない。
この年配の侵入者が満足して出てゆくまで、その状況が続くのだから。

美憂がストッキングを穿き終えると、男は美憂に、じゅうたんの上にうつ伏せになるようにいった。
慣れれば立ってても良いのだがね・・・
未知の男のまえで身を横たえる危険に敏感になり過ぎて、
咬まれたときに姿勢を崩してしまう危険を意識しないでいた。
言われてみれば確かにそうだ。
立ちすくんだまま血を吸われるなんて、しんどい以外のなにものでもなさそうだった。
美憂はおとなしく、じゅうたんの上にうつ伏せになった。
真新しい化繊のじゅうたんのツンとした芳香が、彼女の鼻腔をさした。

うふふふふうっ。
男は本省もあらわに、美憂の足許にかがみ込むと、ふくらはぎにしゃぶりついて、唇を這わせてきた。
あっ。
声にならない声をあげて、美憂は身をよじろうとしたが、
すでに太ももの上に乗せられた掌がじゅうぶん過ぎるほどの力で、
彼女の身の自由を奪っていた。
じわじわと物欲しげに這わされる舌が、
ふくらはぎを包むナイロン生地を舐め尽くし、いたぶり尽くして、
唾液まみれにしてゆく。
よそ行きの衣装を辱め抜かれる悔しさを、美憂は歯噛みをして耐えた。

彼女の忍耐は、ごく短時間で済んだ。
男はくまなく舐め尽くしたふくらはぎに咬みついて、血を吸いはじめたからだ。
咬まれた瞬間、きゃあっ!と叫んでしまった。
静まり返った隣家を含め、どこからも救いの手は伸びてこなかった。
閑静な住宅街に時おり主婦の短い叫びが聞こえ、やがて静かになってゆく。
そんな状況に慣れ切っているのだと、すぐに感じた。
まるで喉の渇いた子供がオレンジジュースをむさぼるようなスピードで、
美憂の血は美憂の皮膚の下から男の唇を経由して、男の胃の腑に移動していった。

眩暈がした。痛みが疼きに変わった。身体じゅうがけだるかった。
血液と入れ替わりに注ぎ込まれた毒液が、全身を駆けめぐり、官能が渦を巻いて美憂を圧倒した。
のたうちまわるうちに、吸血鬼が上体にのしかかってきた。
がぶりと首すじを咬まれて、生温かい血潮が、着ていたシャツの襟首に撥ねた。
襟首にしみ込んだ血潮は、ブラジャーのストラップを伝って背中に流れた。
男はなおも彼女にのしかかったまま、無作法な”食事”を続けていった。
ただ、美味しそうな喉鳴りだけが、彼女の記憶に残った。

行為は、当然のように、つぎの段階に移行した。
ヒルの貪欲な唇が、左のうなじにつけた傷口から、右のほうへとうつるとき、
さりげなく唇を奪われた。
折り返し、右から左に移るときは、
もっと長い時間、唇を重ねて、こんどは舌をからめてきた。
女が拒まないとわかると、スカートをたくし上げ、ストッキングを片方だけ脱がせると、
ショーツを引き抜いて部屋の隅に投げた。
ちらと視界をかすめた男の股間は、天狗の鼻のように勁(つよ)く逆立っていた。

手荒に腰を上下させて股間にうずめ込まれた一物は、美憂の理性を突き崩した。
真昼だというのに。
自宅のリビングだというのに。
彼女はだれもこないのを幸いとばかりに、随喜の声をあげていた。
片方だけ脱がされたパンストの脚をばたつかせ、
ブラジャーを剥ぎ取られたおっぱいをぷるんぷるんと震わせながら、
股間の疼きをもはやこらえようともしないで、夫との間にだけ許されたはずの行為を、
この初対面の闖入者の満足いくまで許し尽くしていった。

吸い取られた血の量が一定限度に達したらしい。
彼女の意識は真っ逆さまに、昏い彼方へと堕ちていった。


「いかがでしたか?」
静かになった美憂の傍らにうずくまって、彼女の生存を確かめると、美憂の夫はいった。
「良い味だ。予想以上だ。わしは悦んでいる」
「それはなによりでした」
「あんたも満足したようだね」
「そうですね、パンストを穿いてプレイするのを彼女、すごくいやがっていましたから」
「先にあんたの血を吸ってよかった。あんたの好みどおりの堕とし方をできたようだからな」
「亭主を味方につけてしまうとは、貴男も凄腕ですね」
「なぁに、慣れているからね、こういうことには。けれども、
 ”パンストを半脱ぎで家内がセックスをするのなら、相手はぼくじゃなくてもいいんです”
 って言われたときには、どきりとしたよ」
「あはは・・・本音ですからね・・・」
「これからは、たぶん君ともしてくれるのではないかな」
「たぶん、してくれないでしょう」
「どうして?」
「貴男にだけ許した行為だからですよ」
「じゃあこれからも・・・わしが姦っているところを覗き見して、愉しむことだな。きょうのように」
「エエ、そうさせていただきます」
美憂の夫は、妻を売ったことになんの罪悪感もなかったらしい。
けれども、真相を知っても妻は、おそらく怒りはしないだろう。
さりげなくそれと気づいて、わざと声をあげ、夫の名を呼び、わざと拒みながら、
熱々の媚態を見せつけるに違いない――彼はそう確信していた。

【寓話】夫の寛容 未亡人の機智

2020年08月06日(Thu) 08:19:56

ある吸血鬼が、美しい人妻を狙った。
そして、人妻を襲う前にその夫を襲い、血を吸い尽くした。
夫は血を吸われながら陶然となって、
もう少し生かしてくれたらきみにはもっと血を吸わせてやりたいといった。
けれども吸血鬼は、ひどく喉が渇いていたので、そのまま夫を吸い殺してしまった。

未亡人は夫の死をひどく悲しみ、喪服姿でいつまでも夫のひつぎの傍らにいたが、
夜も更けて弔問客が帰ってしまうと、
かねて彼女に狙いを定めていた吸血鬼が姿を現した。
未亡人は声をあげて逃げ惑い、必死に抵抗したが、
首すじを咬まれ、黒の靴下を咬み破かれながら、うら若い生き血を吸い取られていった。
さいごに犯されてしまうと、彼女は泣いて怒って言った。
「あなたはなんということをなさるんです。せめて夫をわたくしに返してください」

美しい人妻に柳眉を逆立てられて、すっかりしょげてしまった吸血鬼は、
棺を開けて夫を生き返らせた。
さいしょの晩に夫の血を美味いと思ったし、かなうことならまた吸いたいと思っていたので、
その余地を残しておいたのだ。
妻は驚喜し、夫を介抱して寝かしつけると、
お礼をしたいと言って、着崩れた喪服姿をもういちど、吸血鬼の猿臂にゆだねていった。

妻と夫はそれまで同様仲睦まじく暮らしたが、
生き返ったときに目にした妻の喪服姿が忘れられず、
毎週金曜の夜になると、妻に喪服を着せて吸血鬼の邸を訪れるようになった。

【寓話】この妻売ります

2020年08月06日(Thu) 08:11:53

吸血鬼が一人の人妻を襲って犯し、モノにしてしまった。
人妻の肉体に吸血鬼はいたく満足したが、自分一人でモノにしてしまうにはもったいないと感じた。
それで、一晩一万円で、密かにその人妻を売りに出した。
人妻は吸血鬼にぞっこんになっていたので、彼の小遣い銭稼ぎによろこんで協力した。

人妻にはすぐに買い手がついた。
最初の晩は、ほかでもない彼女の夫だった。
その次の晩も、ほかでもない彼女の夫だった。
その次の晩も、ほかでもない彼女の夫だった。
人妻の夫は名誉を重んじる人で、なおかつ妻を愛していた。

吸血鬼は頭を抱えて夫の前に現れると謝罪して、二度とこのようなことはしないと誓った。
夫は、「なんでも良いからもう、二度とわたしの前に現れないでほしい」と、吸血鬼にいった。
吸血鬼は夫の言い分を守って、
人妻を売りに出すことはしなくなったし、
二度と彼の前に現れることはしなかったけれど、
人妻とは気が合ったので、その後も逢いつづけた。

夫がおめでたくも裏の事情に疎く、妻を守り通したことに満足したか、
ふたりの仲を知りながら知らん顔をして許したのかは、不明である。

【寓話】娘の味 母親の味

2020年08月06日(Thu) 08:02:46

七人の吸血鬼が女学校に侵入して、七人の女学生を掴まえて玩んだ。
女学生のうちの一人の父親が、吸血鬼のうちの一人をつかまえて叱責した。
「いったい、どうして娘を犯したのだ!?」
吸血鬼はこたえた。
「お嬢さんがすでに男を識っていたからだ」
父親はいった。
「娘の味はどうだったというのだ!?」
吸血鬼はこたえた。
「七人もいたから、よく憶えてはいない」
激怒した父親に辟易して、吸血鬼は逃げていった。

数日後、
同じ七人の吸血鬼が女学校に侵入して、学校に抗議をしに来た女学生の母親たちを襲って玩んだ。
さきに吸血鬼を叱責した父親が、同じ吸血鬼をつかまえて、またまた叱責した。
「いったい、どうして家内を犯したのだ!?」
吸血鬼はこたえた。
「人妻は犯して味見をするのが、われわれの礼儀なのだ」
父親はいった。
「家内の味はどうだったというのだ!?」
吸血鬼はこたえた。
「とても良かった。同じ男として、あんたが羨ましい」
吸血鬼は微に入り細を穿つて、妻の性癖や感度を称賛した。
父親は機嫌を直して、吸血鬼が自分の妻を誘惑することを許した。

オフィスに行って、男の子の生き血を吸った記録。

2020年08月05日(Wed) 07:16:10

「男の子の血に興味はありませんか
室長補佐はそういって、えせ笑いを浮かべた。
この男は、あまり好きになれない。
自分が血を吸われたくなさに、おためごかしにほかの者のことを紹介したがる。
もとより、彼から血を獲ようなどとは思ってもいなかったが、
大人ばかりの職場に男の子がいるというのが気になって、「逢ってみよう」といった。
室長補佐は私に相づちを打つのさえ省略して、
「ああきみ、タカヤくん連れてきて」
と、若い女の子に指図をしていた。
紹介すると言いながら、連れてくるのさえ人任せである。
こんな男とは早く別れたいと念願しながら、その男の子とやらの出現を今や遅しと待っていると、
こっちの気分を見透かすかのように、室長補佐がいった。
「待ち遠しいですか?」
ことごとに、嫌な奴だ。
だがこの男は知るまい。
私と自分の妻とが、好い仲になってしまっているのを。
そのうえ、長男が私に、女のようにして愛されてしまっているのを。
二人は室長補佐の悪い性格を補って余りあるくらい、善良な人たちだった。

連れてこられた少年は、まだローティーンもいいとこだった。
清潔な感じのする五分刈りの髪型の下に、人懐こそうな整った目鼻立ちがあった。
グレーと白のボーダー柄のシャツにデニムの半ズボン、
ひざから下は、グレーとピンクのボーダー柄のハイソックスを履いている。
泥で汚れた運動靴なのが、バランスを欠いていて、しょうしょう惜しまれた。
「運動靴なんだね」
うかと口に乗せてしまうと少年は笑って、
「逃げるのに便利だから」
といった。
「誰から逃げるのか」と訊くと、「嫌な吸血鬼には、血を吸われたくないもの」と、正直にいった。
「嫌な奴もいるのかね」
「ママの血を吸ってるやつ。あいつ、ママの事イジメるから嫌いなんだ」
ほんとうにいじめているのだろうか?と、私は反芻する。
性行為のときのある種の体位が、年頃になりかけた子供たちの目には、女をイジメているようにみえるという。
「でも小父さんはいい人ぽいから、構わないよ」
どこまでも、人の考えていることを見透かす子だな、とおもった。
そういえば、室長補佐もさっき、待ち遠しいですかなどと、人の先回りをするようなことをほざいた。
どうやら、わかりやす過ぎる私の態度にも、問題があるらしい。

「どうぞ、どこからでも」
男の子はそういって、脚をぶらぶらさせた。
首すじか、足許か。
彼は吸血鬼の性癖を良く心得ているらしい。
私は迷わず、彼の足許に唇を吸いつけた。
ボーダー柄のハイソックスのツヤツヤとしたリブが、目に眩しい。
靴下の生地のしっかりした舌触りが私を夢中にさせて、不覚にも洩らした唾液が、少年の靴下をよけいに汚した。
「あ、気にしないで」
男の子はそういうと、私の両肩を抑え、なぞるように掌をせり上げて、私の頭を抱いた。
「ぼくのことは気にしないで、楽しんでね」
どこまでもサービス精神旺盛なやつだった。
気がつくと私は、少年の履いている女の子が履くような色のハイソックスを、
すみからすみまで舐め抜いて、辱め尽くしてしまっていた。

気がつくと、ハイソックスごしに牙を埋めていた。
こんなに夢中になったのは、久しぶりだった。
喉がさほど渇いているわけではないのに。
一時間前に襲った室長補佐の夫人は、自宅のリビングでまだ、あお向けに伸びていることだろう。
少年の靴下を汚しながら摂る血の味は、ひどく良く喉になじんだ。
両方の脚からかわるがわわる、血をいただくと、身体をせり上げて少年の頭を抱き、首すじに舌を這わせていた。
「ぁ・・・」
さすがに少年は声をあげ、けれどもなんの抵抗もしようとはしない。
私は少年を床に押し倒して、柔らかな首すじにずぶりと牙を埋めた。
この子の血は身体に良くなじむ。きょうの出逢いは良き出逢いだ。

少年が静かになってしまうまで血を摂ると、
私は血の気の失せた唇に、自分の唇を重ねていった。
少年はまだ意識が残っていた。
そして、嗅がされる自分の血の匂いに敏感に反応して、少しもだえた。
けれども、頭を撫でながら接吻を続ける私のいうなりになって、
自分のほうからも舌を入れてくるほど積極的に、私の欲望に応えてきた。

帰り際、受付の女性に訊いた。
あの子はどこの家の子なのかね?と。
女性は入社十数年のベテランで、首すじにはお約束のように、咬み痕を露出させている。
女性は艶やかに笑った。
そして、笑ったことについて失礼しましたと丁寧に詫びて、名前と連絡先ですといって、一片のメモ用紙を手渡してくれた。

どうして彼が親しげで、血の味が舌になじんだのか、やっとわかった。
十年間顔を合わせていなかった、私自身の息子の名前が、そこに書かれていた。

親友のお父さん

2020年08月01日(Sat) 20:06:36

喉が渇いた。
身体じゅうがざわざわと騒ぎたち、
ひたすら人の生き血が欲しくなった。
女も抱きたかった。
こういう時に限って、両親は熱々だった。
ぼくは家をふらふらとさまよい出て、気がついたら保嗣の家の前にいた。
保嗣は、ぼくの親友だ。
けれどもきっと部活で、まだ家には戻っていないだろう。
目当てはもちろん、保嗣のお母さんだ。

玄関の鍵は開いていた。
一家が吸血鬼に支配されてから、
保嗣のお父さんは、家に鍵をかけないことにした。
だれでも家に入ってきて、血を吸ったり、
奥さんを抱いたりすることができるようにって。
ぼくは玄関から中に入った。

ツンと鼻を衝く匂いがした。
嗅ぎ憶えのある匂いだった。
錆びたような、生々しい芳香――
数か月前、ぼくがぼく自身の体から吸い取らせた液体・・・
人の生き血の匂いだった。
「家内(を目当てに来たの)?」
傍らから保嗣のお父さんが、声をかけてきた。
ぼくはこっくりと頷いた。
「残念だったね、先客が来てるよ」
半開きのふすま越し、組み伏せられた保嗣のお母さんの姿がみえた。
ふすまを半開きにしてあるのはきっと、お父さんに見せつけるためだろう。
お母さんの相手は、背中でだれだかわかった。
そしてだれだかわかった瞬間、ぼくはあきらめた。
ぼくの血を吸った吸血鬼だった。

保嗣のお母さんは、喪服を着ていた。
ダンナさんの前で抱かれるときには、喪服のことが多いという。
悲しい気持ちを服で示しているのだというけれど、
白い肌の映える漆黒のスーツに、
脛をなまめかしく透き通らせる黒のストッキングは、
むしろ吸血鬼をそそらせるための衣装としか、思えなかった。

そういえば。
お父さんもこういうときはいつも、
スラックスの下にストッキング地の黒の靴下を履いている。
出勤するときに着用するようにと指示された、ストッキング地の靴下は、
吸血鬼を相手に女の人の代わりを務める時に必須のアイテムだった。
色は黒とコンの二色。
保嗣のお父さんは、大概は好んでコンを履いていた。
ぼくが咬み破らせてもらったのも、コンのほうが圧倒的に多い。
そう、保嗣だけではなくて、ぼくは保嗣のお母さんも、お父さんまでも”支配”していた。
いつでも血を吸える関係になることを”支配”すると呼ぶ秩序のなかで、
世間的には年上で目上であるひとも、奴隷にすることができる。
ぼくは自分の血のほとんどと引き替えに、そういう特権を得ていたのだ。

「ぼくので良かったら、吸う?」
お父さんは、いつも優しい。
保嗣の優しさもきっと、お父さんに似たのだろう。
ぼくはお礼を言って、お父さんの好意にしたがうことにした。
「きょうはどうして黒なの?」
「コンのほうが良かったかな」
「ううん、そんなことない。ただ訊きたかっただけ」
「家内が抱かれているときはね、家内の操を弔っているんだよ」
なるほど・・・
黒は確かに、弔いの色だ。
けれども同時に、人をそそるなにかを秘めている。
じゃあさっそく・・・
ぼくはお父さんの足許に、かがみ込んだ。

吸いつけた唇の下、
薄地のナイロン生地のなめらかな舌触りが愉しかった。
いつも以上にいたぶったのは、
お母さんの代役を務めてもらっているのだからという意識があったから。
お父さんはそれでも、嫌な顔をせずに、ぼくの行為を受け止めてくれる。
ずぶ・・・
犬歯を埋め込んだ時、痛いだろうな、と、おもった。
けれどもお父さんは、ちょっとだけふくらはぎを引きつらせただけで、ぼくの牙を受け容れてくれた。
ちゅうっ。
ひそやかな吸血の音があがった。
ぼくの鼻腔に活き活きとした、働き盛りの血液の芳香が、心地よく充ちた――

リビングのじゅうたんのうえ、お父さんはあお向けになって倒れていた。
ぼくに血を吸い取られたせいで、貧血を起こしたのだ。
お父さんは顔を覆っていたが、
「まだ欲しいようなら、構わないよ」
と、いってくれた。
ぼくは遠慮なく、好意に甘えた。
今度は首すじに、食いついたのだ。
ジュッと撥ねた血潮が、お父さんのシャツのえり首に撥ねた。

「したいんだろ?」
お父さんがぼくに言った。
なにを――?答えは決まっている。
ぼくは無言でうなずいた。
「わたしで良かったら、相手をするよ」
「お願い」
言下にこたえた声が、切羽詰まっていた。
じっさい、ぼくのお〇ん〇んは、爆発しそうだった。
お父さんは素早くスラックスを脱ぎ、パンツを脱ぐと、無防備な股間をぼくの腰にあてがった。
ぼくは保嗣のお父さんを、三回犯した。
引き抜いた一物をいちどウェットティッシュで拭うと、こんどは口にまでもっていく。
お父さんはそれすらも、嫌な顔をせずに受け止めてくれた。
根元まで、ずっぷりと、含んでくれて。
爆発したぼくの粘液を、残らず舐め取ってくれた。
お父さんの身体から摂った血液が、ぼくを”元気”にしていた。
ぼくはもういちどお父さんの足許に咬みつくと、
薄い靴下を見る影もなく咬み破りながら、血を吸い取っていった。
お父さんが気絶して、静かになってしまうまで。

ただいまぁ。
のんきな声が、玄関に響く。
お母さんが侵され、お父さんまでおなじ目に遭っていると知らない、のんきな声だ。
ぼくはべつの欲求が咬ま首をも経て下来るのを感じた。
そう、吸い取ったばかりのきみのお父さんの血が、きみの血を呼んでいるんだ。
はやく、リビングに入っておいで。
部活帰りのハイソックスが真っ赤になるまで、楽しんでやるから。


あとがき
5月ころまで描いていた、同性ものの後日談です。
↓このあたりから、始まっています。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-3933.html