淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
謎のハーモニー 2
2020年09月28日(Mon) 19:02:24
フランスのサン・モール侯爵家に古代から伝わる、不可思議な宗教曲。
それは”封印された哀歌”とも、”禁じられた哀歌”とも呼ばれる。
なによりも不思議なのは、
さいしょはソプラノ、アルト、テナー、バリトンの四声であるのに、
曲の後半からワンパートずつ減っていって、最後はソプラノの独唱で終わるのだ。
「え、それって大役じゃないですか」
引っ込み思案な下級生でソプラノの水橋日奈が思わず尻込みすると、
「曲を知った人が尻込みして歌わないと、世にも怖ろしい辱めを受けて殺されちゃうらしいよ」
と、部長は後輩を脅かした。
「そ、そうなんですか・・・?」
「そうらしいけど、あいつが言ったことだから、よく知らない」
部長は横着にも、しらばくれた。
「でもいい曲じゃない。さっそく歌ってみようよ」
「パート練習が先よ」
部長はどこまでも、堅実だった。
どのパートも、それぞれ一曲の曲として独立していて、謡い映えがすることがわかった。
それぞれの部員が、自分のパートを気に入ったのも、練習に熱の入る原因になった。
だれもが気になったのは、やはり風変わりな終わり方だった。
まずバリトンが歌いやめて退場、それからアルト、テナー、ソプラノの順で歌が終わり、
歌い終えたパートは舞台から退場して、さいごはソプラノ一人の独唱で終わるのだ。
「13世紀には間違いなく存在した曲らしい」
部長はもっぱら吸血鬼の受け売りで曲のことを語るのだが、
自分なりに情報を整理しているらしく、
曲の理解を深めるためタイムリーにほかの部員に情報を伝えることができていた。
なによりも。
吸血鬼が彼女たちの練習に多大な協力をしてくれたことが、仕上がりの進度を速めてくれた。
毎日一人ずつ餌食にしていた吸血行為を、二日に一ぺん、二人ずつにしてくれたのだ。
全員が声を合わせる機会は、ウィークデー5日間のうち3日にものぼった。
「いままでの3倍練習できるね」
数学が得意の佐奈川百合絵が、そういって笑った。
9月21日着想
あとが続きそうにないのですが、取り合えず、あっぷしてみます。^^;
謎のハーモニー
2020年09月28日(Mon) 18:58:23
部室のドアを開くと、妙なる歌声が折り重なって、
いままで聞いたことの無いハーモニーをかもし出していた。
きょうは週一回、四人の部員が全員そろう日。
だれかが週一で吸血鬼のお相手をつとめて、
その次の日は学校を休むほど若い血を気前よく振る舞ってしまうこの合唱部では、
四人全員がそろうのは、水曜日しかなかったのだった。
きょうはきっと――やつはどこか別のクラスで女の子漁りをしているに違いない。
合唱部の部室で女の子の妙なるソプラノやアルトを響かせることの好きな男は、
教室で「ひー」とか「きゃー」とかいう叫びをあげさせるのも、大好きなのだから。
それはともかく、先着の三名が醸し出している、妙なる歌声のほうである。
いままで聞いたこともない、風変わりな和音だった。
前衛的な現代曲?それともどこか外国の土俗信仰の産物?
いやいや、この研ぎ澄まされたような清澄な和音は、もっとかけはなれたもののよう。
古い宗教曲かもしれない、と、水橋日奈はおもった。
遅れて入ってきた水橋日奈に、部長の日高晶子が声をかけた。
「ああよかった、やっとソプラノが来た」
これで全員で音合わせができるね、という顔つきだった。
ソプラノ、アルト、テナー、バリトンの四声の楽曲を女子だけで歌うには、無理がある。
ひとりだけ1年生の水橋日奈がソプラノ。
副部長の佐奈川百合絵がアルト。
部長の日高晶子がテナーの代わり。
そして、もと男子の餘部貴恵がバリトンの代わり。
どこの学校の合唱部でも、男子不足が構造的な問題になっているので、
貴恵のような子はこういう世界でも歓迎されることがある。
それにしても、
どういう曲――?
みんながいちように、日高晶子のほうをみた。
この曲をもちこんだのは、彼女だったから。
日高晶子は、暗誦するように、曲の由来を説明し出した。
フランスのサン・モール侯爵の邸宅に古くから伝わる曲集、プルミエ写本のなかで、
一曲だけ楽譜を袋詰めにされ、厳封された形で発見された曲。
題名は楽譜に書き入れられていない。
発見された状態から”封印された哀歌”とも、”禁じられた哀歌”とも呼ばれる。
古代ケルト語か古代アラム語で描かれたと言われているが、
歌詞の内容は一切不明。
そして、内容があまりにも異端的であるので、翻訳することを禁じられているという。
もしも翻訳をした場合には、悪魔が現れて居合わせた全員を取り殺すとさえ伝わっている。
吸血鬼がヨーロッパ大陸に滞在していた時、
不遜にもそれを写し取ってきて、ここにもたらして来た――
「あいつ、ろくなことしないよね」
副部長の佐奈川百合絵が思わず口走ると、
「だめだって」
と、餘部貴恵がたしなめる。
「いけねぇ」
部長の尽力?に敬意を表することを忘れた副部長は、
大げさに舌を出して自分の失策を恥ずかしがった。
「これ、こんどの文化祭で四人で歌うから」
「えーっ!?」
全員が、声をあげた。
文化祭まで、あと一ヶ月もない。
「ただし、訳しちゃだめだよ」
日高晶子が三白眼になって、念を押した。
「だいじょうぶだよ、あたし、英語だって苦手だし」
「ほんと、何語なんだろうね」
「発音は、ローマ字読みでかまわないそうよ」
「でも、独特でいい曲じゃん」
いちばん積極的なのは餘部貴恵で、
早くもエキセントリックな曲調に興味を覚えたらしかった。
「この楽譜、家に持って帰ってもいい?」
「だめ、部室からは持ち出し禁止だから」
部長はあくまでも、曲の取り扱いには厳しかった。
家での練習も禁止と言われて、副部長がいった。
「時間ないじゃん~」
9月21日着想
入学の条件
2020年09月21日(Mon) 08:45:17
ぼくが女学校に入ると決まったのは、
小学校六年の、秋のことだった。
中学にあがるのに制服を作ることになったとき。
何年もまえからの願望を、両親のまえ、つい口走ってしまっていた。
女子生徒の服を着て学校に通いたい。
意外にも。
両親は理解を示してくれた。
ママはぼくに言った。
「ママの交際相手のかたがいらしている学校でもいい?」
ママが吸血鬼と浮気していることは、だいぶ前から知っていた。
パパも薄々感づいていて、でもそのことには触れないようにしているみたいだった。
ママはお行儀がよくて、家のなかでもスカートにストッキングを穿いていた。
上品な身なりだなあと、子供心に思っていた。
そのストッキングを、片脚だけ脱がされて。
夫婦のベッドのうえ、吸血鬼の小父さん相手にはぁはぁと息を弾ませていた。
浮気とはどういうものか理解できなかった年頃のぼくにさえ、
それがイヤラシイ行為なのだと、察しが付くほどだった。
それ以来、ママのストッキングは、ぼくの中では、イヤラシイ装いに変化していた。
あのイヤラシイ、ストッキングを穿いて学校に通いたい。
女学校のお姉さんたちが腰に巻いている、
濃紺の、あるいはカラフルなスカートを、
ぼくも腰に巻いて、通学したい。
街の女学校には吸血鬼が出るというけれど。
吸血鬼に制服姿を襲われてもかまわない。
ぼくは女子生徒として、女子の制服を着て通学したい――
念じつづけていたら、吸血鬼の小父さんが我が家にやって来た。
パパも顔見知りだったから、「やぁ、いらっしゃい」なんて、親し気に声までかけている。
自分の妻を浮気に誘う男と知りながら。
「いくつか条件があるよ」
小父さんはいった。
「女学校に入ったら、必ず女子の彼女を作ること」
「彼女ができたら、まだ処女のうちに私に遭わせること」
「私が彼女になにをしても、きみは手を出さずに一部始終を見守ること」
「私ときみの彼女がデキたあとは、きみも彼女を好きにして良い」
「けれども、彼女にアプローチをしてくる男子がいたら、彼女の浮気を応援すること」
「彼女を男に寝取らせたら、すべての条件を満たしたことになる」
一気に話す内容が、いちいちぶっ飛んでいたけれど。
「ぜひそうなさいよ」
と、ママもパパもすすめてくれたから、
ぼくはウンと頷くしかなかった。
制服を作りに制服店に行ったときの記憶は、まだ鮮明だ。
「男子の制服ですね」
肩にメジャーをぶら提げたおばさんが事務的にそういうと、
ママが口添えしてくれた、
「イイエ、男の子なんですけど、制服は女子なんです」
おばさんは一瞬あっけにとられたような顔をしていたが、
保護者同伴で堂々と、男の子だけど女子の制服を希望していると聞かされると、
納得したような顔つきになって、
「ああ、そうだったんですね。わかりました。ではご用意しますね」
そういって倉庫に行きかけると、ぼくに耳打ちをした。
「きみ、良かったね、お母さんがわかってくれる人で」
その日に買ったのは、標準服と呼ばれるブレザーとジャンパースカートの組み合わせだった。
けれども、たまにはお洒落をしたいでしょうと言い出したママは、
入学祝いにと、カラフルなスカートのついたブレザーの制服も買ってくれた。
そして、入部した合唱部がセーラー服の着用を義務づけていたので、
セーラー服も買ってもらった。
「だいぶ出費がかさんだわね」
ママはそういいながらも、もの分かりの良い主婦を演じてくれた。
その日もベッドのうえで、吸血鬼の小父さんとはぁはぁ息を弾ませていたから、
お願いするタイミングが偶然、よかったのかもしれなかった。
学校に入ったぼくは、合唱部に入って、そこの副部長格の子と仲良くなった。
明るくて屈託のない、良いトコ出のお嬢さん――佐奈川百合絵さんだった。
「そろそろ紹介してもらおうか」
小父さんがそう言いだしたのは、
「もう一ヶ月待って!」
と言いたいタイミングだった。
でも、その一ヶ月が過ぎたときには、なにもかもが終わっていただろう。
男ふたりはそれを分っていたから、ぼくはつぎの日の放課後、佐奈川百合絵を体育館の裏へと連れ出した。
騒ぎにはまったく、ならなかった。
処女の勘は鋭いらしい。とくに吸血鬼に対しては。
相手の正体に一瞬で感づいた百合絵さんは、アッとちいさく叫んで口許に両手をあてて怯えたけれど、
小父さんはそんな彼女のセーラー服の肩を容赦なく掴まえて、
白い首すじに赤黒く爛れた唇を吸いつけると、がぶりと咬みついていった――
着用を指定された黒のストッキングに、いくすじもの伝線を走らせながら、
百合絵さんはいつもの快活な少女に、戻っていた。
「きょうのストッキング、穿き古しなんだからね、恥かいちゃったじゃないの!」
彼女はぼくの背中をどかん!とどやしつけ、
破けたストッキングをねだる吸血鬼には気前よく振る舞って、
スカートのなかに手を入れられて、脱がされるままにくしゃくしゃにしわ寄せながら、
ストッキングを引き下ろされていって、
しまいに脚から抜き取られていった。
彼女は処女だった。
吸血鬼の小父さんは、甘い果物にありつくように、
三日にいちどは彼女のまえに現れた。
合唱部の副部長は逃げ惑いながらも部室を出ようとはせず、
部室のなかで頭を掴まれ、肩を抑えつけられて、
激しく食いつかれた首すじから撥ねた血で、襟首を赤黒く汚されていった。
養護教諭に耳打ちされたのは、それから一週間後のことだった。
百合絵さんが養護教諭に匿われた保健室のベッドのうえ、
小父さん相手にはぁはぁ息を弾ませているのを目の当たりに、
ぼくは不覚にも、スカートのなか、自分のショーツにびゅうびゅうと射精してしまっていた。
彼女の浮気にも、腹は立たなかった。
やがて彼女の上に乗っかるのが小父さんだけではなくて、
運動部のキャプテンが、のしかかるのも、見せつけられていた。
百合絵さんの黒のストッキングは破かれ引きずりおろされて、
薄々の黒のストッキングの脚は、
運動部のユニフォームの真っ赤なリブ入りハイソックスの逞しい脚に挟まれ蹂躙されていった。
ぼくは、男の子としてはもう、終わってしまったのかもしれない――
そう思ったとき、百合絵さんはいつものように、背中をどかん!とどやしつけてくる。
なに黄昏てるのよ。あたしたち、彼氏と彼女なんでしょ?
そして小声でささやくのだった。
あんただって、愉しんじゃってるくせに――
8月19日 8:12構想
第四の部員
2020年09月21日(Mon) 08:39:06
あたしの通う学校は、制服が自由である。
自由というのは、制服の着用義務はあるけれど、
制服であればどこの学校の制服でもOKということ。
セーラー服も、ブレザーも、ジャンパースカートもOK。
さすがに姉さんの通勤している信用金庫の制服を申請した子がいたけど、それはNGだった。
きょうもあたしは、ブレザーの制服にハイソックスを履いて、学校に通う。
ふだんどおり授業に出て、発言も積極的にやって(発言するのがとても楽しい)、
それからおトイレでセーラー服に着替え、ハイソックスを黒のストッキングに穿き替える。
所属している合唱部では、セーラー服に黒のストッキングの着用が義務づけされているのだ。
歌はそんなに上手じゃないけれど、あたしにしか出せない低音のおかげで、部員のみんなは重宝してくれる。
それがとても嬉しい。
濃紺のプリーツスカートを穿いた後、
黒のストッキングをつま先から脛へとグーンと引き伸ばすとき、ふと思う。
薄っすらとした墨色のナイロンに包まれたふくらはぎを見るのが、あたしは好きだ。
透け具合がなんともいえず、なまめかしい。
ひととおり身づくろいを済ませて、おトイレの鏡に自分の姿を映し、
納得がいくと、両掌で頬ぺたをピンと抑える。そう、あたしは合唱部の女子部員。
あたしは胸を張って、胸もとのリボンを心地よく揺らしながら、部室へ急ぐ。
部室に入ると、部屋を圧するような機械的な発声練習の代わりに、
白髪交じりの小父様がふふっと笑って声をかけてくれる。「よく来たね」
あたしはにっこりとほほ笑んで、お姫様めかして、
太ももがチラ見するていどにさりげなく、
スカートのすそをちょっとつまんで見せた。
「ほかの子はまだなの?」
あたしが訊くと小父様は、「帰ったよ」と、意外な返事。
でも、考えてみれば意外でも何でもない。
いつもは練習の後にすることを、喉の渇いた小父様はちょっとは辞めてみたくなったのだ。
あたしは目を大きく見開いて、わざと怯えたふりをする。
「じゃ・・・すぐに血を吸うのね・・・?」
「ご明察」
小父様はにんまりと笑んで、あたしのほうへと近寄ってくる。
でも、それでいいんだ。
このセーラー服は襟首のラインに血を撥ね散らしてもらうため着てきたのだし、
黒のストッキングは破けた蜘蛛の巣みたいになるまで存分に咬み剥いでもらうために穿いてきたのだ。
小父様は女子生徒として入学した元男の子のあたしを、女の子扱いして襲ってくれるのだから。
四重唱(カルテット)
2020年09月18日(Fri) 08:59:18
ひざ下まで丈のある濃紺のプリーツスカートのすそから、
黒のストッキングに艶めかしく染まった発育のよい脚が、にょっきりと伸びている。
スカートのすそは少女の機嫌を損ねない程度にちょっとだけたくし上げられて、
肉づきのよい太ももが、ちらっと覗く。
その太ももを掌で軽く抑えつけ、
もう片方の掌で、足首をやはり軽く抑えつけ、
男はふくらはぎのいちばん肉づきのふっくらとしたあたりに唇を吸いつけて、
少女の血をチュウチュウと吸い上げていた。
少女は、正気である。
おかっぱに切りそろえた黒髪の前髪に見え隠れさせた濃い眉の下、
黒く大きな瞳を見開いて、男の狂態をまじまじと見つめている。
体内から喪われてゆく血液よりもむしろ、
他愛なく破かれてしまったストッキングのほうが気になるようだ。
男が「あぁ」とウットリとした声を洩らし、少女の脚から唇を離すと、
少女は初めて身体から力を抜いて、「あぁ」と声をあげた。
気の強い少女だった。
プライドのほうも、一人前以上らしい。
「どうしてくださるのよ」
破けたストッキングに縦に走ったいびつな裂け目は、
蒼白い肌を鮮やかに滲ませていた。
相手が無法にも自分の身体から血を啜り取った男でも、丁寧語を使うあたりに、
少女は育ちのよさを滲ませている。
顔をあげた男は、漆黒の黒髪をツヤツヤさせている。
たしか、少女の脚に咬みついたときには、総白髪だったはずだ。
若返った男は、きげんがよかった。
「こうするのは・・・どうかね?」
と応えるやいなや、少女の脚を掴んで、破れ残ったストッキングを余さず引き剥いでゆく。
少女は男の狂態を、やはり冷やかに見守っていた。
男がスカートの奥に手を突っ込んで、腰周りに手をまわして、
ストッキングを脱がそうとしても抵抗ひとつせず、
むしろ腰を浮かせて脱がせやすいようにしてやった。る
「用が済んだら、帰っ下さる?わたしもう疲れました」
少女はどこまでも丁寧で、しかし冷やかな口調であった。
それでも男が素直に部屋のドアを外から締めようととするとき、
目線を合わせてクスッと笑い、「じゃね」と軽く手を振った。
ふたたび閉ざされたドアを、少女は睨みつけていた。
そしてさっきとは違うぞんざいな声をあげて、
「そこのだれか。こそこそしてないで入ってきなさいよ」
といった。
叱りつけられた相手はおずおずとドアを開けて、顔だけを覗かせた。
同じ年恰好の少女だった。
「ばれてた?」
「当たり前じゃん」
ちょっとはリラックスした声色にかえって、室内の少女は横っ面で応えた。
「サナ、入りなさいよ」
「ごめんネ、あきちゃん」
サナと呼ばれた少女は部屋の中に入ってきて、
ドアの外で聞き耳を立てていたことをさほど反省していない口調でそういった。
「身づくろいするくらいの時間は欲しかったな」
日高晶子は首すじの傷を撫でながら、いった。
「入って来いって言ったのは、どなた?」
佐奈川百合絵はすかさず、一本取った。
「来てたんだったら、助けてくれればよかったのに」
この場合助けるとは、いっしょになって血を吸われることだと、百合絵は良く察していた。
「やだもん。だって、あしたはあたしが当番なのよ」
百合絵は親友の急場を救うよりも、自分の体調を優先したのだ。
「破けたストッキング、良く似合ってるよ」
と、晶子の足許をまじまじと見ながら、いった。
真新しいストッキングを穿いた脚を、これ見よがしにぶらぶらさせて。
まんざら、からかっているわけではなさそうだ。むしろ本音なのだろう。
晶子の足許を覆っていたストッキングは、むざんに咬み剥がれて、
縦縞の伝線を幾筋もいびつに走らせ、ひざ小僧がまる見えになっていた。
「レイプのあとみたいだね」
百合絵はふふっと笑った。
釣り込まれて晶子までもが、はははっと笑った。
二人の少女はしばらく、虚ろな声をたてて笑いこけていた。
ドアの廊下側には、「合唱部」という表札が出ている。
その表札を見あげた第三の少女は、おずおずと軽くこぶしを握り、
やっと聞こえる程度の音でドアをノックする。
「日奈でしょう?入んなさいよ」
晶子が新しいストッキングに片脚だけ突っ込みながら、ぞんざいに声をあげた。
水橋日奈はおとなしい少女だった。
下級生らしく「失礼します」と敬語を使って、やはりおずおずと部室に入ってくる。
「なあに?どうしたの?」
鉄火な調子の晶子にとりなすように、百合絵が声をかけた。
そして、日奈の足許を見てアッと声にならない声をあげた。
日奈は真っ白なハイソックスを履いていた。
合唱部の部員は、部活の時には黒のストッキングを着用することになっていた。
だから、晶子も百合絵も、夏服の白いセーラーの足許を、薄地の黒のストッキングで墨色に染めている。
(真冬でも、「黒のストッキングは女学生の本分」といって、彼女たちは肌の透ける薄地のストッキングで通していた)
だから、部室にハイソックスで入ってくるということは、あり得ないのだ――部員であれば。
「私、合唱部辞めます」
日奈がそういうのをさえぎるように、
百合絵は両耳をふさいで、「あ~聞こえない聞こえない!私なんにも聞こえない!」
といって、同級生の退部の意思を拒もうとした。
晶子は対照的に冷静だった。
「そ。じゃ、退部届、そこに置いてって」
とだけ、いった。
「やだ!晶子ったら、止めないの??1人減ったら部員が4人から3人になるのよ?
アルトはだれが歌うのよ?」
「いいじゃないのよ、なるようになるわ」
晶子は部の将来など無関心なように言い放ち、そっぽを向いて外の景色を眺めた。
「は~、部長がこれじゃ、しょうがないわ。気が変わったらまた戻って来てね」
百合絵はとうてい意思を変えそうにない硬い表情の日奈に優しく声をかけて、
「受け取りたくないけど、あずかっとくね」
と、日奈の持ってきた退部届(大仰にも筆で書かれていた)を受け取った。
「ばかな子ね」
晶子がいった。
「そんな言い方、するもんじゃないわ」
百合絵が返した。手にはまだ、日奈から受け取った退部届を未練がましく持っている。
手放したら日奈が永久に戻ってこないような気でもしているんだろう、と、晶子は思った。
「だいたい、わかってる。血を吸われるのが厭になったんでしょう?」
合唱部の部員は4人いて、4人が交代で、学校に出没する初老の吸血鬼に血を吸わせていた。
黒のストッキングの着用義務も、その吸血鬼の好みに合わせたものだった。
吸血鬼が少女たちの身体から吸い取る血の量はわずかで、
そのかわり制服姿をたっぷりと愉しむのがつねだった。
さいしょ20人いた合唱部員は次々と辞めて、いまや4人が残るだけだった。
もうひとりの部員、餘部貴恵は、昨日”お当番”をつとめ、きょうは体調不良で学校を休んでいる。
10人目が辞めるくらいまでは、「また1人死んだ~!」と面白がっていた部員たちも、
だんだんと”絶滅”の恐怖に駆られてきて、
とうとう4人になったとき、
ただひとりのアルトになってしまった日奈が辞めようとしたのを、
3人がかりでなだめすかして翻意させたのがついこのあいだだった。
「でもどうするう?日奈辞めちゃったら、ワンパートの歌しか歌えないよ~」
百合絵はのんびりとした口調でいった。
「そうねえ・・・でもその心配はたぶんご無用よ」
どこまでものんびりしている百合絵に対して、晶子はどこまでも、冷静だった。
白のハイソックスの足取りは、来るときと同じくらいおずおずとしていた。
もうこれからは、部活で放課後残ることはない。
そう思うとちょっと寂しかったし、空白になった時間を手持無沙汰にも感じる。
これからいったい、なにをしよう?受験勉強?
そう思いながら教室に鞄を取りに行く途中のことだった。
空き教室から人影がふらりと現れて、日奈の前に立ちふさがったのは。
「っ!」
日奈は口許を抑えて、怯えた。
吸血鬼だった。
さっき吸い取ったばかりの晶子の血で、まだ口許を濡らしていた。
むき出した牙も、晶子の血に濡れていた。
その、クラスメイトの血に濡れたままの牙が、日奈の白い首すじを狙ってむき出しになって迫ってきた。
「うそっ!」
立ちすくむ日奈がなにもできずに、猿臂に巻かれてゆく。
「部活を辞めれば、狙われずに済むと思っていたのかね?」
吸血鬼の声は押し殺すように低かったが、からかうような笑みを含んでいた。
三つ編みのおさげをかいくぐるようにして、
セーラー服の襟首から覗いた白い首すじに、黄ばんだ犬歯がずぶりと突き立った。
「ああーッ」
廊下に悲鳴がこだましたが、だれも日奈のことを救いにかけつけることはなかった。
30分後。
おずおずと軽く握られたこぶしが、
やっと聞こえる程度の音で、ドアをノックする。
「日奈でしょ?お入んなさいよ」
晶子がさっきと寸分たがわぬぞんざいな口調で、ドアの向こうの下級生を招き入れた。
日奈は相変わらず白のハイソックスだったが――
ふくらはぎのところどころに血を滲ませていた。
「あら、あら」と言いかけて、百合絵は口をは。
「遅れちゃってすみません」
日奈はいつもの従順な下級生に戻っていた。
「部活のときは、黒のストッキングだよね?」
晶子がいった。
「あ、すみません、きょうお当番じゃなかったんですけど、
吸血鬼さんが喉をカラカラにしていらして、
たまには気分が変わるからって、ハイソックスを履くようにおねだりされちゃったんです」
日奈の言うことは、180度変わっている。
首すじには吸い残された血があやされて、セーラー服の襟首には、撥ねた血が白のラインに点々と散っていた。
目つきはしょうしょうラリっていて、健康的な白い歯がやけに眩しかった。
「いまごろあのかたの血管に、晶子先輩の血とあたしの血が織り交ざってめぐっているのかと思うと、ちょっと嬉しいです♪」
日奈はニコニコと笑って、百合絵の隣に腰を下ろした。
百合絵はいまとは別人だったころの日奈が書いた退部届をまだ手に持っているのに気づき、
みんなに見えるように両手に掲げると、ばりばりと音を立てて破り捨てていた。
タイツ、タイツ、タイツ
2020年09月12日(Sat) 09:01:25
長い靴下の脚を咬むのが好きな吸血鬼と、仲良くなった。
スポーツ用のライン入りのハイソックスを履いた脚を咬ませてやったら、
ストッキングを穿いたご婦人の脚を咬みたいとほざかれた。
それで彼女を呼び出して、黒タイツのふくらはぎを咬ませてやった。
さいしょは嫌がっていた彼女も、予想通りウットリとした顔つきになって、
穿いてきた真新しいタイツを、存分に破かせてしまった。
つぎにバレエをしている妹の、白タイツの脚を。
それからいつも地味ーな服装のお袋の、肌色のタイツの脚を。
少しイカレたいとこの、緑色のタイツの脚を。
さいごにしっかり者の伯母の、ねずみ色のタイツの脚を。
順繰り順繰りに、咬ませてやった。
やつは彼女と妹の身持ちの良さを保証してくれて、
イカレた従姉はわしで4人目だとほざきやがった。
そして地味ーなお袋は意外にも7人も経験していて、
しっかり者の伯母までも、お袋よりも多い11人だときかされた。
いまは四人の女たちは、そろいもそろって、申し合わせたようにして。
薄いスケスケの、黒のストッキングにふくらはぎを染めて、
順繰り順繰りに、吸血鬼のお邸にご機嫌伺い。
経験者の伯母と従姉とお袋は吸血鬼の愛人にされてしまって、
妹も黒のストッキングを引きずりおろされて、
まだ男を識らなかった彼女までも、
処女の生き血をたっぷり吸い取られたあと、モノにされてしまっていた。
父と伯父とは、お前のおかげで女房を寝取られたと、笑いながらぼくを責め、
ぼくはぼくで、婚約者の純潔を捧げた男の悲哀を自慢する。
きょうも四対の薄黒く濡れた脚線美が、ぼくの目線を誘惑しながら、
ひとり、またひとりと、吸血鬼の邸へと姿を沈めていった。
写真の修行
2020年09月05日(Sat) 14:10:50
パパ!
遠くから自分を呼ぶ声がした。
息子の保嗣(14)の声だった。
息子にしては、いつもより甲高い声だと思った。
畑川由紀也(38)が振り向くと、
保嗣は、同級生の達也の父親、間島幸雄(42)といっしょにいた。
保嗣はスカートを穿き、女の子の格好をしていた。
父親の前に、女の子の格好をさらすのが照れくさいのだろう。
長く伸ばし始めた髪の毛に縁どられた彫りの深い顔だちに、
くすぐったそうな笑みを泛べていた。
ピンクのカーディガンに、オレンジ色のブラウス。真っ赤なスカート。
ミニ丈のスカートの下には、紫のラメ入りオーバーニーソックスが、足許を華やがせている。
薄いメイクをした保嗣の面ざしは、妻に似ていて、思わず男として、はっとなった。
そしてつぎの瞬間、そんな自分を恥ずかしく思った。
保嗣の着ているその服は、見慣れない服だった。
「ああ、、これ?小父さんに買ってもらったんだ」
すこし上ずった声色は、どことなく女っぽくさえある。
女の子の服装をすると、声までそうなるのか。
まだ経験のない由紀也には、そこまでの想像力を持っていない。
わかることは、妻だけではなく息子までもが、
家族のなかに侵入しつつあるこの男の色に染められ始めている――ということだった。
「あんまりおねだりするもんじゃないぞ」
連れの男に聞こえるようにそんなふうにいうのが、精いっぱいだった。
こちらが気遣っていることを、それとなく伝えたのだ。
あと、息子をデートの相手として連れ歩いていることを、
父親として気にしていないということも。
「息子さん、お借りしますよ」
という男に、
「エエどうぞ、ご遠慮なく」
とまで、こたえてしまっていた。
妻を犯し、息子までも犯している男に、会釈をしてしまった。
その事実になぜか、勃ってしまうほどの昂りを感じた。
こんなことがつい最近、妻を交えてあったのを思い出した。
通りを歩いているとだしぬけに、キッとブレーキ音を響かせて停まった外車。
助手席に座った妻は、イタズラっぽい笑みを浮かべて、小手をかざして手を振った。
運転席の男は、「奥さん、お借りしますよ」と、あのときとおなじことを言っていた。
「帰り、遅くなるから」
悪びれずそういう妻に、
「泊りでもかまわないよ」
と言ってのける。
「お昼までにはお送りしますから」
と、調子のよいことを言う、息子の親友の父。
そのときのことを後から思い出して、
やはり勃ってしまうほどの昂りを覚えた。
妻だけでなく、息子まで。
彼におかされ、彼の色に染められてゆく。
家庭を侵蝕されてゆくことに、歓びを感じこそすれ、
そこには家長としての威厳を犯されたことへの嫌悪感はまったくない。
伝わってくる心からの敬意が、そうした憎悪の感情を、完全に封じ込めてしまっているのだ。
彼に任せておけば、少なくとも血を吸われる気遣いだけはない。
吸血鬼や、彼に咬まれて吸血鬼化した達也とは違う。
達也の父は、あくまでも自分よりも年上の、心優しい親父だった。
そう、ついこの間までは、同級生同士の下校の道々、
息子はうなじを咬まれ、ふくらはぎを咬まれして、
貧血でふらふらになりながら帰宅したものだった。
そうするときょうあたりは――
嫌な予感が、頭の隅をかすめる。
美紀也は家への帰りを急いだ。
あうううううっ・・・
目の前で妻が達也に襲われているのを、
リビングの床に転がった彼は歯噛みをしながら見守るばかり。
さきに吸い取られてしまった大量の血液が、
いまごろ吸血鬼のエネルギーになって、のぼせ上らせているに違いない。
妻は、吸血鬼の腕の中。
喘いでももがいても、その猿臂をほどくことはできなかった。
ふと、背後から肩を叩くものがいた。
見覚えのある顔だった。
それが街はずれの写真館、緑華堂だと気づくのに時間がかかったのは、
失血のおかげで記憶力が薄れてしまっているせいかもしれなかった。
「良いチャンスですね」
チャンス――?
美紀也はいぶかしげに緑華堂を見返した。
そして、すぐにおもった。
ああ、そういうことか。
いまなら撮り放題というわけだ。
被写体はむろん、犯され抜いている妻――
「これをお使いなさい。デビュー記念に差し上げます」
渡されたカメラは一眼レフ。
初めて持つ手には、ずっしりと重たかった。
震える手でなん枚も撮った、。
妻は撮られまいとして、顔を背け、やめてと懇願し、
けれどもどうすることもできないとわかると、
こみあげる性欲の虜になって、
当てられるフラッシュの閃光に身をゆだねるように、
本能のままに腰を振り、喃語を洩らし、耽り抜いてしまっていた。
やっぱり手振れがひどいね。
緑華堂は、できあがった写真を一枚一枚を丹念に点検しながら、いった。
穏やかで丁寧な話しぶりは、初めて本格的なカメラを持つものへの労わりに満ちていて、
美紀也はつられるように、つぎにはどんなふうにすればよいか?と訊ねていた。
まずは慣れることです。
愛する奥様が狼藉に遭っている。そこを堪えて撮るのですから、自分との闘いです。
でも、ご夫君にしか撮れないものが撮れるはずです。
私が撮って差し上げても良いのだが、
技術的には良くても、愛情の薄いものにしかならないでしょうから――
そこまで聞いて、美紀也はふと訊ねてみた。
どうしてそこまでして、妻が侵される写真を撮らなければならないのでしょうか?
彼が欲しがっているのです。
――ああ、それはわかるような気がするな。
美紀也はふと相手の立場になってそう思った。
夫でありながら、なんともうかつなことであったが、
妻を日常的に犯している男が、現場の写真を欲しがる心理がなんとなく理解できたのだ。
ところが緑華堂は、さらに奥深いことを口にする。
「どうして欲しがるか、わかりますか?」
「戦利品にしたいのでしょう」
「よくおわかりですね、と申し上げたいところですが、もうひとつわけがあるのです」
「わけ――というと・・・?」
「貴方を脅かすためですよ」
人妻を犯すところをその夫に写真を撮らせ、
撮った写真を巻き上げて、「女房の恥をさらしたくないだろう?」
と、人妻との継続的関係を迫る――などと。
どこまでもあつかましいのだろう。
けれども、どこまでも恥知らずなのだろう。
彼ではなく、自分が、である。
あまりのことに勃ってしまっている自分自身を自覚しながら、
その自覚を目の前の男が「わかりますよ」といわんばかりににんまりと笑むのを見ながら、
美紀也はこらえきれずに、ズボンのなかに射精してしまっている。
8月31日構想 さきほど脱稿。
写真術
2020年09月04日(Fri) 08:28:30
あ・・・う・・・っ!
妻の和江が痛そうに顔をしかめた。
痛そうではあるが、かすかに陶酔の色がよぎるのは、おそらく見間違いではない。
和江を背後から羽交い絞めにしている吸血鬼が、
肩までかかる髪の毛を掻きのけて、首すじにかぶりついていた。
流れ落ちる、ひとすじの血。
それは赤黒い直線となって、白いブラウスに点々と滴り落ちた。
ちゅーっ。
男は聞こえよがしに、音を立てて人妻の生き血を吸い上げる。
和江と向かい合わせに立ちすくむ、夫の美紀也に聞かせるために。
前のめりに倒れ込みそうになる和江を支えようと、
幹也はとっさに歩み寄って、すがりつく腕を抑えつける。
夫婦はとっさに口づけを交わし、美紀也は夫として言うべきではないひと言を口にする。
――好きなだけご馳走してあげなさい。彼はきみの血を気に入っている。
夫の指示に応えるように、和江はその場に昏倒した。
じゅうたんのうえにあお向けになった和江のうえに覆いかぶさって、
吸血鬼はなおもしつような吸血を遂げてゆく。
ちゅうっ、ちゅうっ、ちゅうっ、
意地汚い吸血の音が、夫の、妻の鼓膜を、淫らに浸していった。
血液という液体は、生命の源泉であるのと同時に、
淫らな想いを掻き立てるものでもあるらしい。
和江は夫の言いつけにそむくまいと、途切れ途切れに口にする。
「お願い、どうぞ、お好きなだけ、召し上がってください・・・
貴男にわたくしの血を気に入っていただけて、とても嬉しい・・・」
失血のあまり女が絶息すると、吸血鬼はにんまりと笑って、
乱れたスカートのすそに目を落とす。
黒のストッキングがじんわり滲んだ太ももが、男の欲情をそそったのだ。
うひひひひひっ。
男は野卑な声をあげると、和江のひざ頭の少し上のあたり、
むっちりとした肉づきのふとももに、唇を吸いつける。
欲情に満ちた唇の下、ストッキングがパチパチとかすかな音をたててはじけていった。
「だいぶ、ご執心のようですね」
妻の受難をいっしんに見守る美紀也に、先客がからかうようにいった。
「エエ、家内の血を気に入ってもらえて、嬉しいです」
こうした光景をよほど見慣れているのか、美紀也が取り乱すことはなかった。
妻のほうへと身を寄せて、あやすように頭を撫でて、乱れた髪を整えてやっている。
先客は、息子の友人の父、間島幸雄(42)だった。
彼の一家もまた、家族全員が、吸血鬼の難に遭っている。
息子が食われ、妻が食われ、自身までもが吸血鬼との和解と引き替えに食われていったことは、
やや後発ながら同じ運命をたどった畑川家とすこし似ている。
さあ、吸血鬼の宴は、最高潮に達しようとしていた。
血に昂った吸血鬼は、獲物にした人妻のブラウスを剥ぎ取って、乳首を口に含んでいた。
畑川夫人を、男として愛するためである。
ストッキングを片脚だけ脱いで、闖入者の行為に熱心に応えてゆく妻のことを、
由紀也は満足げに誇らしげに見守っている。
だしぬけに、間島がいった。
「あんた、写真術を習いませんか」
「写真術?」
「エエ、この街の街はずれに、緑華堂という写真館があるのをご存知か?
そこのあるじが、こういうところを画にするのが巧みでしてね。
家内が愛されているところを記念に撮りたいのですが、
わたしはどうしても、手が震えてしまう。
緑華堂に頼めば、綺麗に撮ってくれるのですが、
少し何かが違うと感じるのです。
それは、被写体に対する愛です。
妻の裸体を愛情をこめて撮ることのできるのは、夫か愛人に限られる――緑華堂自らが、そういっていました。
あなた、写真術を習いませんか?
そして、いまの奥さんの幸せな瞬間を、画にして残しておやりになりませんか・・・?」