淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
招く喪服。~穏やかな竜巻。~
2022年01月31日(Mon) 23:24:50
そのつぎに雅恵と会ったのは、父の四十九日のことだった。
虚しい四十九日だった。
なにしろ、弔われているはずの本人は、とうに墓場を抜け出して、半吸血鬼として”大活躍”をしているのだから。
もともとの寝取り魔、犯し魔が、さらにパワーアップしただけじゃないか。
口さがない親族は皆、そういった。
彼等のだれもが、妻や娘を父に犯されていたし、
彼女等のだれもが、父にスカートを脱がされていた。
半吸血鬼になった父は、モノにした女たちの巡礼を始めて、
情婦にした女たちを一人残らず、生き血を味わってしまったのだ。
わが父ながら――もうどうしようもなかった。
通夜の晩、唇をかんで泣き腫らしていた母は、父との別離が悲しかったわけではなかった。
ひとしきり弔いが済んだ後、妻の仇敵、娘を犯した男と怨みを抱いた男どもに償うために、
夜這いを挑んできた男どもの相手を、義理堅くも一人残らずし尽くして、
夫を弔うために装った漆黒のブラウスやスカートを、劣情にまみれた掌に引き裂かれたくし上げられて、
比較的堅固であった貞操を、恥知らずなあしらいにゆだねることを余儀なくされたからだった。
償うと決めたのは母だったから、息子のわたしがどうこう言うことはできなかった。
「あんたも視るんだ。視る義務がある」
母の肉体を欲しがる男どもに要求されるままに、婦人ものの喪服姿で縛られたまま、
凌辱を耐え忍び、戸惑いながらも感じはじめ、さいごにはよがり狂ってしまう母のありさまを、逐一見届けさせられたのだ。
「あたしも償わせてもらうわね♪」
すっかり淫らに堕とされてしまった妻までもが、黒のハンドバック片手に現場に現れて、
喪服のうえからむしゃぶりついてくる男どもの花息の荒さにあきれながらも、
「お義母様おすそ分けをいただきますね」
と母にことわりまで入れて、淪落の淵に溺れていった。
乱脈の悦びに耽った父の報いを受けて、自分の妻と息子の嫁とが償わされるのを、父はどう思っただろうか。
あのでたらめな父のことだから、案外悦んでふたりの痴態に見入ってしまったかもしれない。
前置きが長くなった。
そういう父の四十九日に、雅恵は夫と娘を伴ってきていた。
故人がそういう人物だとは、雅恵の夫もよもや知るまい――と思っていたのだが。
不義の血がつながった娘の婚礼を、
父はあろうことか、雅恵の義妹になる少女たちを犯して祝ったという。
うちの一族、きっと伯父さんのおかげで吸血鬼に狙われるようになったのよ。きっと。
雅恵は、いつものどこまでも穏やかで怜悧な言葉つきで、おそろしいことを口にした。
因縁ね。
そうつづける雅恵の言い草を、わたしは否定しなかった。
どうして本人に報いないんだろう?
そういうわたしの問いを、彼女は鼻で笑って受け流した。
世の中、そういうものじゃない。
私ね――と、雅恵はつづけた。
目線の向こうでは、まだ幼い彼女の娘が、夫の妹たちにお洋服を褒められて無邪気に笑っている。
娘が大きくなったら、あのひとに襲わせてあげようと思っているの。
ゆくゆくはあの学校に行かせたい――そんなふうな、ごくしぜんな口ぶりで、雅恵はまな娘に、呪わしい未来を与えようとしている。
無邪気に跳ね回る足許は、フリルのついたアミアミの白のハイソックスが、稚ない脚の輪郭を華やがせていた。
あのひと――って、どっちの?
わたしの問いをもっともだと思ったのか、雅恵は真顔でこたえた。
もちろん、吸血鬼のほうよ。
そう言いかけて――そうか、お父さんも吸血鬼になっちゃったのよね。と、つづけた。
ふたりで話しているとき、雅恵は父のことを、「お父さん」と呼ぶようになっていた。
血のつながっている父親だから、無理はない。
夫ばかりか、どうして夫の妹たちまで連れてきたのか?
もちろん、義妹たちは故人に、処女を捧げた関係だから。
あなたはどうするの?子供ができたら、やっぱり襲わせてあげるんじゃなくて?
真綿で首を絞めるような問いを発する雅恵の声は、しかしどこまでも優しげで、穏やかだった。
怖い女だ、と、はじめて思った。
けれども雅恵は、そんなわたしの顔色にはとんじゃくなく、つづけた。
でも、真紗湖さんたら、彼の子どもを産んじゃうかもね。
なにもかもを、知っている口調だった。
真紗湖――わたしの妻――が吸血鬼の子を産んで、彼がその子を襲ったとしたら・・・
それは近親相姦じゃないのか・・・?
わたしが問いを発する前に、それと察したのか、雅恵はいった。
むしろ悦ぶかも知れないわ・・・ね?
こないだ、母が襲われたわ。
あたしと似ているから、どうしてもモノにしたいって頼まれて、
逢引きのときに、母も誘ったの。
娘と同じひとと、セックスしない?そう誘われて応じる母も母だと思うけど――でも、相性はとても、よろしかったわ。
母娘で、真紗湖さんのライバルになっちゃったわね。
ライバルはいくらいても、構わないんだろう。
彼の喉の渇きは、たった数人の善意では、癒しつづけることはできなかった。
あたし、招く人なのかもしれない。
雅恵はいった。
嫁入り前に、貴男を招いて。
主人と結婚して、主人の妹さんたちを、お父さんのために招いて。
女物の喪服を着た貴男を、あたしのなかに招いて。
だから母を招くことも、娘を招くことも、たぶん許されていると思うの。
そういえば――
人の生き血を好むあの男までも、招いてしまったわね。
貴男との逢瀬の、すぐあとに・・・
咬まれる喪服。~不倫の逢瀬の、忌むべき帰り道~
2022年01月31日(Mon) 22:49:17
雅恵は、通夜の席にひとりでやって来た。
夫は仕事の都合で、来れないという。
誘いかけられた――そう感じたわたしの感覚は異常だったかもしれないが、
それは、雅恵の思惑を外さないものだった。
女学校に通っていた雅恵のところに、遊びに出向いた時。
わたしはいつも、彼女の下向よりも少しだけ早く、雅恵の家を訪れていた。
まだ少年だと見なされていたわたしは、雅恵の部屋に自由に出入りすることができた。
そこでわたしは、雅恵のスカートを腰に着け、
いつも雅恵が学校に穿いていく黒のストッキングを脚に通して、
しばしいけない昂奮に耽るのだった。
ある日、わたしは雅恵の帰宅に気づかずに、雅恵の服を身に着けて、自ら戯れていた。
つい昂りすぎて、雅恵の気に入りのチェック柄のスカートに、白濁したしずくを滴り落としてしまったとき。
わたしは細目に開かれたドアのすき間から、怜悧な視線が静かに注がれていることを初めて自覚した。
冷や水を浴びせられたように慄(ぞっ)と身をこわばらせたわたしに、雅恵は「シッ!」と鋭い囁きを放って、
「声をあげたらだめ」とだけ、いった。
そしてスカートに落ちたしたたりを素早くぬぐい取ると、
「悪戯は良いけど、汚されるのは困るから」とみじかくいうと、
「いまからその恰好で、おうちに帰りなさい。その代り、その服はあんたにあげるから」
潔癖な批難と嫌悪を籠めた視線の代わりに、
事態を面白がっているような悪戯っぽい笑みが、彼女の控えめな目鼻立ちをよぎっていた。
「あれで懲りたと思ったんだけど」
さいしょの通夜の席で、雅恵はいった。
結婚を控えたあたしを押し倒すくらいだもの、そっちには絶対、いかないと思い込んでいた――と。
両刀使いかもしれないわよ。
わたしはわざと女言葉をつかって、雅恵の耳を囁きでくすぐった。
そのときにはきっと、雅恵はわたしに抱かれる気持ちになっていたに違いない。
なにも、親のこういう日を択ばなくたって。
咎めるわたしの囁きを、雅恵は軽く受け流した。
熟しかけた女の不純な手際の鮮やかさを、頼もしいと感じた。
これではまるで、百合の園だわ。
言い得て妙だった。
お互い婦人もののブラックフォーマルを着崩れさせていたし、
二着のスカートは見境なくしぶいた透明な粘液をほとばしらせて、
謹直な衣装の意図と正反対の、淫らな彩りに濡れていた。
時々逢いましょ。
雅恵の提案に、わたしは無言で肯いていた。
結婚しなければ、問題ないから――
なぜか女は寂しげに、ぽつりとつぶやいた。
情欲にやつれた蒼白い頬が、ひっそりと輝いていた。
着崩れた喪服を身に着けたまま、雅恵がふらふらと家の裏口から抜け出してゆくのを、
わたしは二階から見送っていた。
「ああッ!!」
だしぬけな叫び声が突如、雅恵の口を突いて出た。
あっ、とおもった。
あいつが。
妻を弥陀fらな情婦に塗り替えてしまったあの男が、
背後から忍び寄って、雅恵を咬んだのだ。
この街では、夜に女の酒ぎ声が聞こえても、だれも助けに行こうとしない。
なにが起こったのかを、察するからだ。
夫でさえも、行こうとしない。
妻に向けられた吸血鬼の恋情を受け容れさせられて、
長年連れ添った妻の肉体を、無償で提供させられてしまう。
それがこの街に残った夫たちの務めだから――
夫ならぬ愛人であるわたしが、雅恵と彼のためにするべきことはひとつだった。
首すじを咬まれ、喪服を血潮に濡らしながらうろたえよろめいてゆく雅恵が路上で犯されてゆくのを、
わたしは昂りながら、見届けてゆく。
かつて、自分の母親が、雅恵の父に迫られて、そうされていったときのように・・・
告げ口をする喪服。~絡まり合う、相姦の糸。~
2022年01月31日(Mon) 22:26:42
雅恵につぎに会ったのは、父の通夜の席だった。
街に棲みつく吸血鬼に魅入られた父は、血を吸い取られたうえに吸い尽くされて、いまは腑抜けのようになってひつぎのなかに収まっている。
――あのひともきっと生き返って、半吸血鬼におなりになるだろう。
だれもがそう、囁き合っていた。
父は好色家だった。
通夜の席に参列した女性のいくたりもが、彼にブラウスを剥ぎ取られ、ストッキングを脱がされた経験を持っていた。
有夫・未婚の見境もなく、父は目に留まった女性に手を伸ばし、
未婚の娘を親たちの前で犯すことも、
堅実な主婦を夫の前で蕩かすことも、
まるでそれがライフワークでもあるかのように、余念がなかった。
それが親族や友人の妻や娘であっても、むしろそのことにそそられるようなひとだった。
もしもかりに吸血鬼にならなかったとしても、じゅうぶん充たされた人生といえた。
母は目を腫らして祭壇近くに侍っていたが、父を想ってのっことだったかどうか。
夫の艶福は妻の禍い――そのことで親族のなかでも、友人たちにも、責められたことがたびたびあった。
見返りにあんたとやらせろ――そんなふうに迫られたこともあったという。
堅実で、貞操堅固な母は、めったなことではそうした欲求に応じることはなかったが、
ただいちどだけ、許してしまったことがあるという。
それも、雅恵に聞かされたことだった。
父は実の妹を犯していた。
初心だった彼女は、父に完全にイカされてしまい、
もとめられるまま、学校帰りの三つ編みのセーラー服姿を抱きすくめられて、
嫁入り前の身体を、恥を忘れて淫らな血潮に火照らせていったという。
新妻のなした一人娘が、義兄の胤だと知ったとき、叔父は怒り狂ったという。
血相を変えて義兄の家に向かったとき、不幸にもわたしの父は留守だった。
披露宴の席で見染めた姪の同級生を、押し倒しに出かけていたのだった。
叔父は母に迫って、父に妻を犯されたほかの男と同じ要求をした。
そのときにかぎって、迫ってくる叔父の手を逃れることができず、母はスカートを脱がされていった。
あなたのお母さんとね、あたしのお父さん――あなたの生まれる前からずっと、仲良しなのよ。
あなたのお父さんと、あたしのお母さん――ふたりもずっと昔から、仲良しなのよ。
そう、それってとっても、いいことじゃない。
まだなにも識らなかったころのわたしは、雅恵の囁きにそんな無邪気な反応しかしていなかった。
けれども色気づいてきたころには、すべてを知ってしまっていた。
雅恵の告げ口という緩衝材がなかったら、わたしはどれほど傷ついていただろう。
けれども彼女の囁きは、毒液のようにわたしの心の奥底にわだかまり、潔癖な理性を痺れさせて、
厳しかった母がみせる”女”の刻を目にしたい願望を募らせるようになっていた。
父の留守を狙って、母を口説いて、組み敷いていく叔父と、
ふすまのすき間から、なかの様子を垣間見ながらも、父へは告げなかったわたしとの、
淫らな黙契が成り立つのと並行に、
父の度重なる悪業に、罪悪感を消した母が、叔父の欲求にすすんで応えるようになったことを、
わたしはむしろ、悦んでいた。
なにしろ――生の濡れ場を、観覧料を支払うことなく目の当たりにできるのだから。
妻が吸血鬼に襲われても良いと告げたあの晩に。
わたしの情夫となった吸血鬼が、うら若い人妻の生き血を欲することを妨げなかったのは。
もしかすると――そのころの記憶がわたしの背中を押し、理性の力を奪ったからかもしれなかった。
怜悧な喪服。~「相姦」の罪。~
2022年01月31日(Mon) 22:25:42
妻の貞操を惜しげもなく与えてしまったあのお通夜の席で。
わたしは、隣町に嫁いでいった従姉の雅恵に出会っていた。
お久しぶりのひと言を、彼女の唇から省略させるくらい、
わたしのいでたちに、彼女の目線は吸いつけられていた。
幼なじみに従弟が、婦人もののブラックフォーマルに装った姿で現れるとは、思いもよらなかったのだろう。
びっくりしたわ。
そんな言いぐさには不似合いなほど、雅恵の口調は穏やかで、落ち着いていた。
もともとそういう女だった。
虫も殺さないような顔をしたああいう娘(こ)がね、男を刺すのよ。
母はそういって、忌まわしいものでも見るように、姪を睨んでいた。
どういうわけか昔から、母は雅恵を毛嫌いしていた。
でもわたしは、姉のように気品のある落ち着きをまとった従姉に、密かな憧れを抱いていた。
まさか、あなたにそんな本能があるとはね。
趣味、とはいわずに、本能、といったあたりに、彼女がわたしの女装に対する感情をこめているような気がした。
良い感じよ。似合ってるじゃない。
雅恵はどこまでも穏やかな顔つきと眼差しで、洋装のブラックフォーマルに装ったわたしを見た。
憧れの女性と肩を並べ、黒のストッキングに染まった脚を並べて和やかに語らう日が訪れるとは。
わたしを初めて咬んだ吸血鬼は、わたしをどこまでも、”女”として扱ってくれた。
なので、生き血を吸い取られたいまでも、彼のことを怨みには思っていない。
妻を襲われ、生き血を吸われ、犯されたことさえも。
最愛の妻を気に入ってくれたこと、彼女の生き血に酔い痴れてくれたことを、誇りにさえ感じていた。
雅恵が隣町に嫁いでいく直前。
彼女はわたしを呼び出して、告げた。
ほんとうは、貴男に初めて犯されたかった。結婚したかった。
けれどもね――それは現世ではかなわないことなの。
だって。
あたし、貴男のお父さまと母との間に生まれた子供なんだもの。
いっしょになれば、姉弟婚になる――なにかを怨むような目で、雅恵はわたしにそう告げていた。
彼女の母は、父の妹だった。
兄妹の契りで生まれたことを、雅恵はもうひとりの自分を見つめるような冷やかな言葉つきで、ひっそりと語った。
そのうえで、わたしを夫としたら・・・どれほどの相姦の罪を犯すのだろう。
そのころはまだ若く、汚れを識らない年頃だった・・・はずだ。
けれどもわたしはむしろ、雅恵との距離が近まったという、奇妙な錯覚にとらわれていた。
わたしはこたえた。
結婚できなくても――犯すことならできるさ。
渾身の力を籠めて押し倒されたピンクのスーツ姿は、抵抗を忘れたように、草むらの褥に淪(しず)んでいった・・・
ひとしきり嵐が過ぎ去ると。
わたしの下に組み敷かれた女は、他人ごとのように囁きかけてきた。
「姦(や)っちゃったわね」
結婚前の身を汚つ罪を犯した自分の罪ではなく、相姦の罪を犯したわたしのことをいっているのだと、すぐにわかった。
見あげてくる怜悧な目線が、わたしの心の焔を、いっそう掻き立てていた。
「遅くなるわ」
怜悧な女が再びつぶやいたときにはもう、夜中近くになっていた。
あのとき姉が脚に通していた白のストッキングを、
ぼくの精液と彼女の初めての血しおとで彩ったことは、いまでも後悔していない。
喪服の宴。~痴態の刻。~
2022年01月31日(Mon) 21:35:42
捧げ尽くしたがゆえの貧血に惑ってはいるものの。
ドアの向こうに躍り出ようとして、出られないことはなかった。
やめてくれと叫んで留め立てをしたら、男は半分興ざめし、半分わたしを憐れんで、行為を中断したに違いなかった。
けれどもわたしは、そうしようとは思わなかった。
妻がわたしの家の体面を、くまなく汚し抜いてしまうまで。
男の精液が、妻の秘奥をこれ以上はないというまで、濡らし果ててしまうまで。
妻の生き血が、男の干からびた血管を、わたしのそれと織り交ぜられて染め抜いてしまうまで。
男の舌が、唇が、妻の素肌の舌触りを、くまなく味わい尽くしてしまうまで。
あなただけよと叫ぶ妻のよがり声が、わたしの鼓膜を浸し抜いてしまうまで。
さすがはあいつの女房だ、生き血も身体も実に美味い・・・と、やつが惜しみない賞讃で、妻を浴びせ倒してしまうまで。
ふたりが満ち足りて、飽くまで焦がれ果たすのを待ちながら、
わたし自身も、嫉妬と惑いと、えもいわれない誇らしさとに、焦がれ抜いてしまっていた。
ドアを静かに開いた時。
妻のあわてようったら、見ものだった。
目を大きく見開いて、大胆にさらけ出したおっぱいをもろ手で押し隠しつつ、
「視ていたの?」
淫らな吐息も収まりきらず、肩を弾ませながらわたしに訊いた。
「いちぶしじゅう、視ていたよ」
わたしは妻の期待に、こたえてやった。
「なのにあなたは、止めなかったのね!?」
わたしを問い詰めるその声色に、喜色がよぎるのを、男もわたしも、聞き逃さなかった。
親友の愉しみを邪魔するのは、無粋だと思ってね。
そう告げるわたしに、妻は抱きついてきて、いった。
「さすがあなただわ」
結婚を直前にひかえたあのとき、花嫁の純潔をほかの男にむさぼらせてしまったときの、
あの罪深くも毒々しい喜悦が、わたしの胸を稲妻のように切り裂いた。
「観てて頂戴。あなたは観る義務があるのよ」
ひるがえした黒髪は、毒蛇のうねりのように禍々しい輝きをよぎらせて、男ふたりの目線を釘付けにした。
引き裂かれたブラウスが、腰周りまで垂れ堕ちるのも。
片脚だけ脚に通したストッキングが、ふしだらに弛み堕ちるのも。
精液に濡れた重たげなスカートが、塗りつけられた精液をボタボタと滴り堕とすのも。
意に介さないというように、妻は自分から男に挑みかかった。
男はあお向けになると、妻のスカートを剥ぎ取って、
剥きだされた腰を抱くようにして、自分のうえへとまたがらせた。
はだけた両肩を惜しげもなくさらけ出し、その上に重たい黒髪をユサユサと揺らして、
妻は蒼白い吐息を洩らしながら、男のうえに馬乗りになると、
腰と腰とを憎たらしいほど密着させて、ずんずんと身を弾ませる。
ユサユサと揺れる黒髪。
はぁはぁと生々しい悶え。うめき。
サワサワと衣擦れをする、漆黒のスカート。
秀でた眉の下、大きな瞳を見開いて、
蕩けた目線を恍惚と宙にさまよわせながら、
女は悩ましく、吐息をはずませる。
吐息・・・吐息・・・また吐息・・・
ひたすらに、ただひたすらに――
男との交わりに熱中し、溺れこんで。
夫の前だとか、不倫の交わりだとか、そんなことはいっさい、おかまいなしに。
姿勢を入れ替え、上になり、下になり、組んづほぐれつ、
弛んだ口許からは、だらしなくよだれを垂らし、
夫のまえもはばからないディープ・キッスにうつつを抜かし、
ひたすら、ひたすら、乱れ狂ってゆく。
男もいつか、夢中になっていた。
わたしももちろん、夢中になっていた。
妻の痴態に。不倫の恋に。
恥知らずな賞讃と祝福とを、送りつづけていた。
喪服の戯れ。 ~夫婦は似るもの。~
2022年01月31日(Mon) 21:15:01
さっきまで。
男はわたしの足許を、舌と唇とペ〇スとで、辱め抜いていた。
いまはわたしは、貧血に干からびた身体を横たえて、
乱れ髪に、乱れ衣装。
はだけた漆黒のブラウスに、たくし上げられた同色のスカート。
そして、みるかげもなく咬み破られた、黒のストッキング。
そんなふしだらななりで、ベッドに身を淪(しず)めている。
礼装というきちんとした服装ほど、乱れ堕ちるとふつうの服よりも妖しさを増す。
そう感じるのは、わたしだけであろうか――
いや、少なくとも、もうひとり。
わたしと同じことを感じている女がいる。
ほかならぬ、わたしの妻である。
ドアの向こう。
呼び出されるまま、誘い出されるままに、
さっきまでわたしの血を旨そうに啜り取った男をまえに、妻は艶然とほほ笑んでいる。
「待った?」
「待ちかねたぞ」
「お化粧に時間がかかったのよ」
「それなら納得だ」
「どうせ・・・血しぶきで汚してしまう癖にぃ」
「あんたの喪服には、持ち主のバラ色のしずくが良く似合う」
妻はフフッ・・・と、笑い返した。
まだいちどしか、抱かれていないはずなのに。
ぴったりと息の合ったやり取りを、小気味よげに交し合う。
「今夜は主人、帰りが遅いのよ。だいじょうぶ。二時間はお相手できるから」
妻はそういうなり、男に背を向けて、ネックレスをはずしにかかる。
男はそんな妻の後ろ姿に、寄り添うように近寄って、器用な手つきでネックレスをはずしていた。
「ありがと」
「男にネックレスを外されると、旦那の束縛からほどかれた気分がするだろう?」
「そんなの、とっくにないわ」
わたしの目があるとは知らず、妻は傍若無人にそうこたえた。
「だれか・・・浮気相手探していたの。まさか吸血鬼に襲われるとは、思ってもいなかったけど」
どうやら後半は、独り言のようだった。
ソファにゆったりと腰を掛ける女の足許にかがみ込んで、
男は舌をピチャピチャと鳴らしながら、黒のストッキングに包まれた脛に、唾液をはぜている。
女は悔しげに、けれども少しくすぐったそうにして、男の所作に目線を落とした。
「どお?新しいのおろしてきたのよ。喪服にはちょっと、光沢が濃すぎるかしら」
きっとそれが、狙いなのだろう。
今夜の妻は、喪服の娼婦。
夫の血を啜った男を相手に、汚された貞操をなおも恥辱にまみれさせて、夫の家名を貶めてゆく。
ばりばりッと音をたてて、ブラウスが裂かれた。
裂けたブラウスのすき間から、珠のように輝く白い肌を覗かせて、
目を細めて乳房にしゃぶりつく情夫に、乳首を好きなだけ、弄ばせていた。
股間がじわり・・・と逆立つのを、わたしは感じた。
さっきまで。
わたしを犯し抜いた一物が、妻のスカートのすそをかすめて、その奥深くをに狙いを定めている。
なん年ものあいだわたしが堪能したあのなめらかな肌を、彼と共有することに、もはやためらいは感じなかった。
けれども、恥を忘れて悶え狂う妻の痴態は、さらにわたしを悩ませ、焦がれさせる――
引き剥がれた黒のストッキングを片脚だけ通したまま、
妻はあらぬ方に目線をさまよわせつつ、
「もっと、もっとォ・・・」と、せがみつづけた。
先刻わたしがあげた呻きと、おなじ言葉を、おなじ声色で。
やつはきっと、思っているに違いない。
「夫婦は似るものなのだ」 と。
喪服の帰り道。
2022年01月27日(Thu) 07:57:20
男なのに。
婦人ものの洋装のブラックフォーマルを身に着けて、知人の通夜に参列した。
会社の同僚宅だった。
この街に増え始めた吸血鬼に遭って、血を吸われて亡くなったのだ。
奥さんは泣き濡れていたけれど、さいしょに咬まれたのは奥さんのほうだった。
ご主人である同僚は、奥さんを日常的に襲われながらも、相手の吸血鬼の所業を受け容れていて、自らも血を与えるようになっていた。
むしろ、男盛りの吸血鬼が、自分の妻を見染めたことを、誇りに感じているふしさえあった。
彼が亡くなったのは、半吸血鬼になるためだと――だれもが感づいていた。
参列した女性の同僚や同僚の妻たちの少なくとも半数は、土葬された後蘇生するであろう彼に襲われることを予期していた。
今夜、喪主である奥さんが脚に通した黒のストッキングは、
夫の仇敵の舌を愉しませ、むざんに咬み破られてしまうのだろう。
奥さんもそれを、夫婦の床で、嬉々として許すのだろう。
そんなお弔いに、女ものの喪服を身に着けて参列した。
勤め先のものもなん人となく来ていたし、はっきりと見とがめられもしたけれど。
それでもかまわなかった。
チクチクと刺さる視線を、むしろ小気味よく感じていた。
革製の黒のパンプスが、足をかっちりと締めつけるのを、
薄くしなやかなナイロン生地が、ふくらはぎをぴっちりと束縛するのを、
酷く心地よく、感じていた。
コツコツとパンプスの足音を響かせながらたどる夜道を、さえぎる翳がいた。
翳はわたしのまえに立ちはだかると、フフフッと嗤った。
吸血鬼に狙われたこの街の人妻が、戸惑いながらもそうするように、
わたしも彼の欲望に従おうと、おとがいを仰のけて、目を瞑った。
相手は数か月前から、わたしの血を吸うようになっていた。
深夜に自宅をまぎれ出て、女の姿でさまようわたしを掴まえて、
けれども彼は、わたしのことを女として扱ってくれた。
それ以来――ブラウスをなん着、持ち主の血で染めたことだろう。
ストッキングをどれほど、卑猥な舌にいたぶらせたことだろう。
「そういうことだったのね」
冷やかな声色が背後からあがったのは、
首すじに埋め込まれる牙に陶酔させられて、しばらく経ったころだった。
思わず振り向くと、そこにいたのは妻の瑞恵だった。
瑞枝も洋装の喪服姿――夫の同僚の弔いに、今夜は参列するといっていた。
入れ違いになるかも知れない。ばれてしまうかもしれない。でも、もうばれてもかまわない――
そんなふうに思えたのは、同僚がたどった末路をみたためだったのだろうか。
「お似合いじゃないの」
半ば軽蔑したように、半ば意地悪な悪戯心を秘めた笑いが、白い頬をよぎった。
彼は妻のまえ、臆面もなくわたしを女のようにあしらって、
ベンチに腰かけて、すらりと流した黒のストッキングの脛に、器用に舌をヌメらせてくる。
妻は面白そうに、わたしたちの所作を見守っている。
「ストッキング、破いちゃうんだ」
彼がわたしの穿いているストッキングをなぞるように舐めつけたあと、
ふくらはぎに牙を差し込んで、脚の周りに張りつめた薄いナイロン生地をチリチリと咬み剥いでゆくのを、
瑞恵は嬉し気に、見守っている。
「あたしも・・・破ってもらっちゃおうかな~」
いつもののんきな口調で、彼女は軽くハミングするようにして、そう呟いた。
有夫の婦人が吸血鬼に血を吸われたら、犯されてしまう。
この街の人妻なら、だれでも知っていることなのに。
彼女はあえてわたしのまえで、吸血鬼にストッキングを破らせたいと呟いていた。
破ってもらうと良いわよ――わたしは女口調で、妻にいった。
「じゃあ、そうするわね♪」
妻はスキップするような軽い足取りで、わたしの血を吸っていた吸血鬼のほうへと歩み寄ると、
「どうぞ――」
と、さすがに少しだけ声を固くして、告げた。
わたしの穿いていたストッキングをいたぶっていた唇が、妻のストッキングのうえに吸いつけられて、
よだれを滲ませながら這いまわり、薄地のナイロン生地の舌触りを愉しみはじめた。
わたしは自分の妻の足許に咥えられる凌辱を、ただうきうきとした目線で、追いかけてしまっていた。
妻のストッキングハ、ふしだらによじれ、いびつな裂け目を走らせて、みるかげもなく咬み剥がれていった――
礼装の足許を狙わせて、黒のストッキングを気前よく剥ぎ降ろさせてしまうと、
漆黒のスカートのすそから、太ももの白さをさらけ出しながら、吸血鬼を誘った。
「貴方への罰よ。貴方のお嫁さんは今夜、他の男を識るの」
二ッと嗤った口許から、歯並びの良い白い歯をのぞかせると、
鮮やかな朱を刷いた唇を、呑み込まれるようにして、しつような接吻に応じていった。
漆黒の衣裳を剥ぎ堕とされて。
白い肌を闇夜に浮き立たせながら、
柔らかな肢体がわたしのまえで、不倫の交尾を遂げる――
おめでとう。
わたしの情夫と妻との恋が成就したことを祝福しながら、わたしは火照った身体を夜風に晒しつづけていた。
【管理人の独り言】つむじ風
2022年01月19日(Wed) 20:40:41
突如として。
どす黒い”魔”が降りてきて、柏木の脳裏のなかをつむじ風のように、荒れ狂っていきました。
それが、先刻来あっぷしてきた、一連のお話しです。
それぞれ登場人物は別人、同性のケのあるもの、ないもの、さまざまですが、
どうもひとつの共通項が、あるみたいです。
折り目正しい家庭が、吹き荒れる吸血の嵐のなかにさらされて、
それなのになぜか皆さん嬉々として、状況にすすんで対応、堕落の一途をたどっているのです。
目の前で妻を犯されながら、相手の自分の妻に対する一途な想いに感じ入って、姦通を許す夫。
(妻にも、息子にも、そして自分にも・・・彼氏が。)
婚約者の生き血を吸い続けている男に、自らの若い血を吸い取らせ、半吸血鬼になってしまう花婿。
(生き血を吸われる婚約者 (副題:花婿の実家、崩壊す))
花婿になるはずが半吸血鬼として里帰りしてきた息子迎え入れ、妻や娘を促してつぎつぎと血液の提供に応じさせる一家の長。
(生き血を吸われる婚約者 (副題:花婿の実家、崩壊す))
不倫の現場を抑えながら、妻の情夫の吸血鬼に咬まれあの世送りになったのに、ふたりの逢瀬をなぜか手助けする夫。
(喪服の悪妻。)
まあ、ココでいがい絶対あり得ないシチュなのですが、
一貫描かれているのが、「自分の仇敵にすすんで生き血なり、妻なり娘なりを分け与えてしまう行為」です。
潔く妻や娘を提供された吸血鬼たちは、感謝のしるしに彼女たちに容赦なく襲いかかり、したたかに汚してしまうのですが、
仇敵の関係のはずなのに、襲う側、襲われる側双方に、ある種のシンパシーが感じられます。
そのシンパシーがなにによるものなのか・・・は、まだ謎です。
個人的によく描けたとおもうのは、「生き血を吸われる婚約者 (副題:花婿の実家、崩壊す)」に登場する、主人公のお父さんです。
自分の妻や娘の血を吸いに現れたのは、息子の婚約者の情夫。
そんな幾重にも仇敵の間柄のはずなのに、「一家の長らしく」振る舞い、
妻や娘に正装させてコトに臨む段取りをするのです。
妻はそんな夫の想いを察してか、華奢な身体いっぱいに巡る自身の生き血を余すところなく啜り取らせて、
自家の血液の魅力を誇りながら与えることに、「女の意地」を見出しています。
それに対して、血を獲た男は一定の敬意を払い、
けれども花嫁は容赦なく、姑や小姑を追い詰めます。
彼女こそが、まさしく「侵略者」だったのかもしれません。
さいごの一作は、異色です。
夫をかけらも尊敬しない、しかも裏切り抜いた挙げ句無同情に罵っている。
しかも言葉遣いが下品。
前作の、丁寧な言葉遣いと物腰で、婚約者を公然と裏切る花嫁とは、裏腹なキャラクターです。
こういうタイプの人妻は、ココでは珍しいです。
けれどもさいごの一行にたどり着いたとき、彼女の真意がほの見えます。
あの一行――
りあるな柏木には、想像することのできないフレーズです。
まさに、”魔”が描かせた一行でした。
喪服の悪妻。
2022年01月19日(Wed) 20:24:32
喪服の下に、ガーターストッキング。
主人の喪が明けて、今夜は黒一色の装いをまとわなければならないさいごの夜。
あたしはハンドバッグに必殺の武器を仕込んだ女スパイよろしく、重たい漆黒のスカートの裏側を、そんなふうに武装した。
忍んできたのは、主人をあの世に追いやった、吸血鬼。
デキてしまったあたしたちのことを、あまりとやかく言うからこんなことになるの。
すべて、貴方がいけないのよ・・・
夫婦のベッドで半裸になって彼とくつろいでいるとき。
主人は出し抜けに現れて、不倫の現場を抑えたとばかり、はしたなくわめきたてた。
そして、あのひとの餌食になった。
刻一刻と血色を奪われてゆく主人の顔を、あたしは余裕綽々、腕組みをして見守ってあげた。
「顔色がよくないわよ、あ・な・た♡」
冷やかすあたしに返す言葉もなく、主人は自分の奥さんの貞操を奪った男に、生き血を啜り獲らせてしまっていた。
主人にとっては仇敵であるはずの彼のほうがまだ、思いやりがあった。
「ご主人の血はなかなか旨い。なろうことなら生かしてあげても良い」
とまで、言ってくれたんだもの。
それでも彼は、喉の渇きに耐えかねたのか、ついに主人の血を吸い尽くしてしまったのだけど。
地元ではそこそこ大きな商売をしていた主人の家は、後継ぎの現職専務の急死に騒然となり、
その騒ぎは毎日遊び歩いているだけの主人の弟が、渋々後継を引き受けるまで続いた。
どちらもだめな兄弟で、この愚鈍で無能な義弟は、葬儀の席もわきまえず、薄い墨色のストッキングを穿いたあたしの脚に発情した視線を巻きつけて来、もらったばかりの嫁を嘆かせていた。
主人の家は旧家だったから、さすがに葬儀は盛大で、はげ頭の義父も業突く張りな姑も、
息子の不審死の真相究明なんかより、お葬儀に粗相がないかのほうに、よほど気を使っていた。
あたしの愛人は、目だたぬようにひっそりと、それでも間近にいてくれた。
あたしを庇うためじゃないのは先刻承知だったけれど、まあ心強いには違いなかった。
彼の真の目的?
それ訊くの?訊いちゃうの?
決まってるでしょ。
人妻に目のないやつのことだもの。
お通夜の晩には、姑が襲われた。
和服の喪装にクラッときたとか抜かしていたけど、
わざわざあたしのまえで御披露に及んでくれたのは、あたしとしては溜飲がさがったかな。
土葬の帰り道では、バカな義弟の嫁が咬まれた。
いつも居るのか居ないのかわからない、存在感のかけ離れて無い女だったから、
黒のストッキングを脱がされ喪服のスカートにベットリ精液を塗りたくられても、旦那を始めだれも気付かずじまいだったのには笑えた。
でもそれ以来、義弟の嫁は毎晩のように、あいつの呼び出しに応じているという。
不景気な顔してるくせに、案外あなどれないのかも。
初七日までのあいだ、あたしは禁欲を通した。
あの口うるさい婆ぁは、あいつに犯されてからすっかり大人しくなっちゃったから、
姑の目を盗んで主人の仇敵とエッチするくらい朝飯前だったけど、あいつが望むのだから、まあ仕方ない。
そのあいだ。
あいつはあいつで、弔問に訪れた人妻たちを、片端から食い散らしていたのだから世話はない。
主人が土葬に付されたのは、お寺の裏手にある墓地だった。
あたしはその本堂であいつと示し合わせて、顔をあわせた。
本堂には、主人の位牌と遺影とが、まるでお寺の主であるかのように威厳たっぷりにしつらえられていた。
その前で、ヤろうというのだ。
まことに、神をも恐れぬ所業だった。
「この度は、どうもご愁傷さまで」
あいつは滑稽なくらい型通りの挨拶であたしを笑わせると、
あたしはわざとらしくしおらしく、
「主人がいなくなって、寂しゅうございます~♪」
とか言って、やおら喪服のスカートをたくしあげたのだ。
それが冒頭の光景なのです。
あいつったら、主人の位牌と遺影のまえで、あたしを本堂の板の間に抑えつけて犯そうとした。
あたしは懸命に脚をばたつかせて、暴れてやった。
これだけ抵抗したら、だんなかもきっと、成仏するだろう・・・ってくらい、思いきり思いきり、暴れてやった。
主人を咬んだあいつの牙が、あたしの首すじをかすめた。
切れ味の良い切っ先が引っ掻いた痕を、なま暖かい血がかすかに滲む。
あいつはすかさず、舌を這わせてきた。
さいごに喪主である奥さんを成仏させるのが、楽しくってね・・・
あいつはあたしの耳許でくすぐったく囁き、
あたしはあいつを変態変態と罵りながら、なおも脚をばたつかせていた。
広々とした本堂は陰にこもって薄暗く、這いずり回った床は冷え冷えとしていたけれど。
火照りを帯びたあたしの身体には、ちょうど良かった。
とうとうあいつは、あたしを仰のけに抑えつけて、喪服のブラウスを引き裂いた。
スリップの吊り紐を引きちぎり、ブラジャーまで剥ぎ取って、主人の血を吸ったあのなま暖かい唇で、あたしの乳首を含んでいった。
男の舌に玩ばれて、乳首がそそり立つのをおぼえたとき・・・
組んつほぐれつするあたしの腕を、あいつじゃないだれかが抑えつけた。
その掌には強い意思が籠められていて、あたしを絶対に放すまいとしていた。
あたしが身動きできずにいるあいだ、
あいつは薄い墨色のストッキングを穿いたあたしの脚をくまなく舐めて、
夫を弔おうとすりあたしの形式的な意図までも、蹂躙し抜いてしまっていた。
内股にまで舌を這わされて、くすぐったさにへらへら笑った。
あたしのへらへら笑いに合わせるように、虚ろな嗤いが頭の上から降ってきた。
嗤いの主を見あげると、あたしは思わずゾッとした。
・・・死んだはずの主人だった。
鉛色の掌が、あたしの両肩を抑えつけ、
そのあいだじゅうあいつは、あたしの喪服姿を辱しめるのに余念がなかった。
あたしのはたらいた不倫の営みを呪わしげに睨みつけ、
妻の仇敵に自分の生き血を気前よく振る舞うはめになったあの横暴でばかな主人が、
あたしを辱しめて愉しむ間男のために、手助けをしている。
意味がわからない‼
思わず叫んだ声が、本堂に虚ろに響いた。
あいつは主人に抑えつけられているあたしに馬乗りになって、物凄くぶっとくなった一物を、あたしの股間に埋めてきた。
あー、うー、くうぅぅ・・・っ。
あとは、いつものくり返し。
ただいつもとちがうのは、主人があいつのお楽しみを手伝っていること。
あいつ、あたし、それに主人――。
三人が三人とも、勝手な想いを込めて、未亡人スタイルのあたしを凌辱することに熱中していた。
午前2時。
さんざんな交尾の果てに力の抜けた身体を大の字にしたまま、あたしはかつての夫をみた。
あんた、幽霊なの?
まあ、そんなとこだな。
主人らしき男は、フフッと笑った。
いままで見たことのない、ニヒルな嗤いかただった。
戸籍はお前に消されちまったし、あんなに盛大な葬式しちまえば、そんな手前生きてますとは言いにくいよな。
俺は叔父貴のいた、隣町に行く。
あそこはここよりも吸血鬼が多くいて、叔父貴の家もあらかた血を吸い尽くされちまったみたいだが。
叔父貴は叔母や従妹や、家族の血を気前よく振る舞ったから、やつらに感謝されて、一家全員死なずに済んでいるらしい。
俺は半分、吸血鬼になっちまった。
だれかさんのお陰でな。
いや、そのだれかさんのお陰で息を吹き返したわけだから、もう悪口は言えないな。
だからあの街に行って、だれかの血を分けてもらうんだ。
お前とはここでお別れだ。
俺の血を景気よくむしり獲ったあいつと、仲良く暮らすことだな。
おい。あんた。この女をよろしくな。
言い忘れたが、あんたの牙はこの女によく似合う。
結ばれておめでとう。
憎たらしいけど、敗けを素直に認めた男らしい態度だった。
あたしはだれに促されるともなく、言い返していた。
いっしょについていくわよ。
べつにあんたなんかに、惚れ直した訳じゃない。
ただ、見せつけてやりたいだけよ。
あんたの奥さん、淫乱なんだから。
朝も昼間も鼻を鳴らして、ビッチのように男を欲しがるんだ。
あんたはそれを、指でもくわえて視てりゃいい。
なにせ、もうこの世にいないひとなんだからね。
分をきちんとわきまえるのよ。
そうしたら・・・
今度実家から、妹を連れてきてあげる。
あたしと見合いしたときから、あの娘に色目使ってたよね。
あたし――それが許せなかったんだ。
生き血を吸われる婚約者 (副題:花婿の実家、崩壊す)
2022年01月19日(Wed) 19:47:53
婚約者の喜美枝さんには、吸血鬼の彼氏がいる。
女学生のみぎりから血を吸われ初めて、彼らの好物である処女の生き血を提供し続けているという。
初体験は、小学校の卒業式の帰り道。
謝恩会帰りの晴れ姿を襲われて、真っ白なハイソックスを血に浸したのがさいしょだった。
服フェチな吸血鬼の嗜好に合わせて、いまは勤め帰りのスーツ姿を好んで襲わせているらしい。
じっさい、ぼくも視てしまった。
夜の公園の街灯の下。
ピンクのスーツ姿の喜美枝さんが、
吸血鬼と思しき男に立ったまま抱きすくめられ、首すじに唇を吸いつけられていた。
男の齢はわかりかねたが、白い首すじを這いまわる唇はヌメヌメといやらしく、
喜美枝さんは初々しい頬に薄っすらと羞じらいを過【よぎ】らせつつも、
ぴったりとあてがわれる男の唇を厭うふうもなく、喉を鳴らしてうら若い血潮を飲み味わわれてゆくのだった。
すき間のないほどに密なこのふたりのあいだに、ぼくが割り込む余地があるのだろうか?
少なからず意気沮喪したぼくは、仲人である叔父を訪ねてみた。
この街は、吸血鬼との親和を標榜している。
吸血奉仕条例なるものを発した当地では、市を中心に、彼らに提供可能な血液の供給を増やそうとする動きが活発化している。
市役所職員は、吸血鬼に望まれれば本人および家族を対象とした吸血行為を受け入れることを義務付けられていて、
すでに職員の半数近くが、何らかの形で自身の家庭に吸血鬼を迎え入れている。
ぼくの縁談も、その一環だった。
いかに喜美枝さんが清楚な美人でスタイルも良く、真面目で堅実な女性だとしても、
吸血鬼に魅入られた娘を嫁に迎えるなど、想像するだにおぞましいことではないか。
「大丈夫」
叔父は拍子抜けするほどあっさりと、ぼくの懸念を打ち消してくれた。
「先方は、喜美枝さんが人妻になることを望んでおいでなんだ」
これほどの娘が一生独り身とはあまりにも不憫。
婿を持たせて家庭をつくり、いずれは子供たちを導いて家族をあげての献血に励むことになるだろう・・・というのだった。
そうすると、ぼくの子供たちは皆、吸血鬼の餌食ということになるのですね?
ぼくは訊いた。
なんという輝かしい未来図だろうか。
「この街に残った以上仕方がないよ」
叔父はぼくを慰めるようにいった。
「うちの繁子叔母さんも奈々枝のやつも、毎週相手を変えて、吸血鬼と愉しんでるぜ」
叔父の慰めは、もはやなんの慰めになっていなかった。
従妹の奈々枝は17歳。
この縁談がなかったら、もしかするとぼくと結婚していたかもしれない娘だった。
それがいまは、学校帰りの制服をはだけられて乳房を吸われ、紺のハイソックスの脚を大きく拡げ、
好色な年配の吸血鬼を、娼婦のように迎え入れているという。
どのみち、ぼくの花嫁となるひとは、彼らに犯される運命にあるらしい。
お見合いの席には、地味なチャコールグレーのスーツで現れた喜美枝さん。
鮮やかな朱をはいたノーブルな薄い唇を開いて告げてきたのは、残酷な事実だった。
「すでにお聞き及びのことと存じますが、わたくしには吸血鬼のお相手がおりますの。
十代の初めからそのかたに、処女の生き血を差し上げてまいりました。
貴方との結婚を控える身になったとしても、それは続けるつもりでおります。
女としての初めての経験も、そのかたにお許ししようと思います。
つまり貴方はわたくしの夫でありながら、そのかたに花嫁の純潔を盗られ、
新居のじゅうたんに新妻の不義の相手の精液を沁み込まされてしまうことにおなりです。
お気の毒には存じますが、いまからそのお心積もりでいらしてくださいませ」
大丈夫・・・そう告げた叔父の横顔が思い浮かんだ。
でもこのひとは、夫を求めているのだ、と。
ぼくはこたえた。
「ご事情は承りました。そのかたは、貴女にとってとても大切な男性・・・と受け止めても宜しいのでしょうか?」
「エエ、あのかたに求められるのなら、先々夫となる貴方を裏切ることも、躊躇うことも厭うこともなくし遂げることと存じます」
目の前のひとは、気品のある目鼻だちに、微かな微笑みさえ浮かべ、
夫となるぼくのことをも、躊躇なく裏切るといった。
ぼくの心の奥底に眠るマゾの本能に火がついたのは、そのときだった。
ぼくはこたえた。
まるで自分ではないかのような、すらすらと流暢な言葉つきで。
「そのかたに、逢わせてください。
貴女を伴侶とする以上、そのかたはぼくにとっても重要な存在になるはずです。
ぼくの意思で、結婚を控えた婚約者と二人きりで逢わせて処女の生き血を愉しませたり、
花嫁の純潔を捧げたり、夫婦のベッドも自由に使っていただくのですから、
両親以上に尽くす相手となるはずです。
できればいまから、良い関係を作りたいのです。・・・間違っていますか?」
彼女は婉然と微笑んだ。
「願ってもない、ご立派な態度だと存じます」
初対面のぼくに、彼は相好を崩し、ごく好意的に接してくれた。
ぼくよりも、ほんの少しだけ年上の感じの彼は、血を吸われて吸血鬼になったときに、齢の進行が止まったのだと教えてくれた。
彼女を吸血しているところを視てしまったと伝えると、それなら話が早いなと、喜美枝さんを見ていった。
そうね、と、喜美枝さんは応えると、
ぼくの隣からスッと立ち上がり、招き入れられたドアに閂【かんぬき】を下ろした。
花嫁を吸血鬼の自由にされる哀れな男の運命は、こうして定まった。
ぼくは喜美枝さんの目の前で、彼に一対一で襲われて、与えることができる生き血を、一滴余さず啜り採られた。
仲良しのきみに、未来の花嫁を紹介するよ。
そのまえに、からからに渇いたきみの喉を、ぼくの血で潤してあげよう。
白いワイシャツを彼女のブラウスみたいに真っ赤に染めて、
紳士用の薄い靴下を、彼女のストッキングみたいに咬み破かれて、
抱きすくめる猿臂のしつようさに、きみの好意を感じながら、
ぼくの刻を止めてくれ。
ぼくの血を旨いと言ってくれたきみの好意に報いたいんだ・・・
体内をめぐる血液が刻一刻と喪われてゆくことに、妖しい充足感を覚えながら、ぼくは意識を途切らせていった。
両親と妹のいる実家に顔を出したのは、その約一週間後のことだった。
ぼくの顔色と、首すじに鮮やかにつけられた吸血の痕跡に、三人は色を失った。
さすがに父だけは、一家の長としてどう振る舞うべきかを、すぐに察した。
「後悔はしてないね?」
念を押すようにぼくに問い、
「ぼくの血は、このかたのお口に合ってしまったようです。
なので、父さんの息子として恥ずかしくないよう振る舞いました。
いまの境遇を与えてくれたことに、感謝しています。
それから彼は、ぼくと同じ血を宿しているひとの生き血をお望みです」
ぼくがそうこたえると、納得したように笑った。
父は喜美枝さんにも問いを投げた。
「家内や娘は、見逃してもらえないのだろうね?」
喜美枝さんは美しい頬に冷然とした笑みをたたえて、
「お義父さま、それは難しい相談ですわ」
とこたえた。
切って捨てるような態度だった。
「・・・そのおつもりで、お揃いで見えられたということですな」
父はいった。
「このひと、自分がモノにした花嫁のお姑さまは、ご自分の所有物だと思ってますの。
それに、お嫁入り前にわたくしを犯してしまうおつもりなので、代わりの処女を確保したがっておりますの。
お宅であれば、そのどちらも叶えてくださりそうですわね」
「わたしも市役所の職員です。
吸血鬼と懇親することがわたしどもの役割です。
貴男を慶んで、わたくしの家庭にお迎えしましょう。
当家でできる限りのおもてなしを致しましょう。」
母と妹の奈美は、顔を蒼白にしながら、父とぼくの花嫁とのやり取りを聞いていた。
「せめて奈美だけでも!」
母はそう言い募ろうとしたが、父がそれを制した。
「進一郎の血がお気に召したのだ。もはやだれも逃れられないよ」
父はぼくを見て、
「親子で女房を同じ男に獲られることになるとは思わなかったネ」
と笑い、
「支度をするので、すこし時間をください」と、自分の妻や娘を犯しに来た男に告げると、
「跡取りが亡くなったのだ。盛大に弔いをしよう。母さんは喪服。奈美は学校の制服に着替えてきなさい」
と、一家の長らしく促した。
いまはこれまでと、母がいつもの気丈さを取り戻して眉をあげると、
「では、当家の女たちの振る舞いを、とくと御覧くださいね」
と、家庭内に忌むべき吸血鬼を引き入れた嫁を、屹【キッ】と睨みすえるようにして、形ばかりほほ笑んだ。
「この方々は、ご婦人の黒のストッキングがお好みだ。
母さんは肌の透ける薄いのを履くように。
奈美は・・・紺色のハイソックスですが、お気に召しますかな?」
と、吸血鬼に声を投げていた。
突然切り出された献血の要請に驚きながらも、父の振る舞いは善意に満ちていて、
自分たち家族全員の血を吸いたがる訪問客を満足させようと心を砕いているようだった。
そんな父の応対を、ぼくは心から誇りに感じた。
これから吸血鬼に取り憑かれた嫁をもらうぼくに、どのように振る舞うべきかを訓えようとしてくれたのだろう。
女ふたりが正装に着替えて戻ってきたとき、父はすでに首すじに毒牙を埋められていた。
声を呑む母に、騒がずにいなさいとたしなめると、息子に続いてそのまま、働き盛りの血潮を一滴余さず吸い取られていった。
吸血鬼は少しのあいだ、絶息した父に掌をあわせて、敬意を表してくれた。
わたくしを先に・・・と娘を庇った母が、次に犠牲となった。
ぼくを弔うために身に着けた漆黒のブラウスを、首すじを咬まれて撥ねた血でびしょ濡れに濡らしながらも、
奥ゆかしい令夫人としての気丈さを失わずに、夫の仇敵を悦ばせるために、華奢な身体に脈打つ血潮を舐め尽くされてゆく。
まだ若さを宿した血潮を誇るように首すじを差し伸べて、漆黒の喪装に潔く、真紅のしぶきを散らしていった。
がっくりと倒れ臥す彼女がかたくなに引き結んだ薄い唇からは、ただ辱められるわけではない――という、女の意地が見てとれた。
「怖くはないから・・・ね」
奈美にひと言笑いかけると、あとは極度の失血に促されるまま自然の摂理に身を任せ、意識を遠のかせてしまった。
「大丈夫よ、女のひとは殺さないの」
喜美枝さんはひとり遺された奈美に弄ぶような視線を投げて、無同情に嗤った。
そして、思わず後じさりをする奈美の背後にまわり込むと、羽交い締めにしておとがいを仰のけさせた。
怯える妹の胸元に、吸血鬼は力を込めて食いつくと、容赦なく奈美の身体からも血をむしり取った。
ぼくは恐怖に震える奈美の手を握りしめて、大丈夫だから、と、慰めるように囁いた。
残りわずかとなった羽根田家の血をがつがつとむさぼる吸血鬼の頬には、
父の、母の、そして奈美の血潮がほとび散り、目も当てられない有り様・・・
それなのにぼくときたら、三人が三人ながら、羽根田家の血を気前よく供給したことに、心から満足を覚えていた。
羽根田家の血は、気に入ってもらえたのだ。
ごくりごくりと生々しく喉を鳴らす音さえもが、彼の満悦を伝えてくるようだった。
まな娘の惨状を知らずにうつ伏している母は、このあと黒のストッキングをチリチリに咬み破られながら再び吸血されて、
漆黒のスカートの奥を我が物顔にまさぐられ、
父のために守り抜いてきた貞節を、一時の劣情を紛らすためだけに辱しめられてしまうのだろう。
ぼくと同じ半吸血鬼に堕ちた父は、やがて息を吹き返して、
淫らな悦びを覚え込まされてしまった妻が、日ごろの淑やかさとは裏腹な淫欲の虜となって、
破れ堕ちた黒のストッキングをひざまで弛ませたまま嬉々として下品な交尾をくり返すのを、ただの男として堪能してしまうのだろう。
そして潔癖な奈美さえもが、濃紺のハイソックスに淫らな唾液を沁み込まされる恥辱になれてしまって、
もう片方の脚までもおずおずと差し伸べていってしまうのだろう。
ぼくにこの縁談をすすめた叔父は、
吸血鬼に気前よく首すじを許した見返りに家庭を崩壊させられて、そうされたことへの歓びに目ざめてしまい、
同じ歓びを兄の家庭にももたらそうとしたに違いない。
いまは喜美枝さんとの新居をかまえ、夫を裏切る新妻の痴態を覗き見してドキドキ、ズキズキと昂りながら、
家族ぐるみで供血できたことを嬉しく誇らしく想いながら、幸せな日常を過ごしている。
ショートショート・だれよりも。
2022年01月19日(Wed) 19:23:29
妻が吸血鬼に犯された。
相手は、妻のまとう都会ふうなワンピース姿に魅せれた、年配の男だった。
道ばたの草むらの中、たっぷりと愛し抜かれたうえ、
ほだされ、感じ、意気投合し、
淫らに浮いたひと刻の愉しみを、植えつけられてしまっていた。
半裸に剥かれた姿で連れまわされて、帰宅したのは夜だった。
母も吸血鬼に犯された。
相手は、奥ゆかしく着つけた着物姿に魅せられた、年若な男だった。
帯をほどかれ下前をはね上げられて、
人通りのある道ばたで犯され抜いて、
いまはなき父への謝罪を口にしながら、
もろ肌もあらわに手を引かれ帰宅したのは夜だった。
相次ぐ女たちのご帰館に、
怒りも忘れてあきれ果てたぼくの前。
ふたりの吸血鬼はにんまり目配せ交わしあい、ぼくに襲いかかる。
彼等はぼくを手際よく引き倒すと、思い思いに咬んできた。
働き盛りの男の生き血は、不幸にも彼らを魅了して・・・
ワイシャツを血で濡らし、靴下を咬み破かれながら、
妻と母とを狂わせた逸物を代わる代わる突き込まれ、
きょうの出来事に対するお礼を言わされていた。
否、心からの悦びをさえ、覚え込まされてしまっていた。
その日、いちばんもてたのは、男であるはずのぼくだった。
妻にも、息子にも、そして自分にも・・・彼氏が。
2022年01月19日(Wed) 19:17:19
祥一郎が目をさましたのは、薄暗い小部屋だった。
自宅でもっとも狭い、物置どうぜんになおざりにしていた部屋である。
頭をあげると、倦怠感に襲われた。
血液を多量に抜かれたあとの、頼りない気だるさだ。
勤務先から帰宅した直後、背後から羽交い締めにされ、首のつけ根に鈍痛をもぐり込まされたところまでは覚えている。
そのあと、つけられた傷口から旨そうに血液を啜り出される感覚も、かすかに記憶に澱んでいた。
もう、慣れっこになっていた。
そして、いま覚えている気だるさも、決していやなものではない。
足腰立たなくなるまで吸われたということは、それだけ相手が自分の血に満足したということだ。
俺の血は旨いらしい。
それは密かな誇りにさえ、なり始めている。
間近に、夫婦の寝室がある。
自分がそこに寝ていないということは、
代わりにだれかが妻と寝ていることになる。
祥一郎を襲った吸血鬼はそのあとに、妻の早苗までも餌食にしたことになる。
彼らは人を、殺めない。
その代わり、日常的に襲い続けて、生き血を愉しむのだ。
処女の生き血はなによりも貴重視されたが、セックスの経験のある女たちは、より淫らな応接を強いられた。
人間の女とのセックスに憧れる彼らの願望を満足させるために、多くの既婚女性が貞操を喪失した。
早苗も、例外ではあり得なかった。
夫よりも十歳も年上の吸血鬼に見初められ、無理やり情婦にされたのだ。
狙いをつけた人妻を落とすため、
まず夫である祥一郎を襲って足腰立たなくなるまで生き血を吸い取ると、
目の前の惨劇に度を失った早苗を抑えつけて、夫のまえで犯したのだ。
半死半生になりながらも、むごいことに祥一郎は意識を保っていた。
そして自分の妻が夫と同じように生き血をむしり取られ、
着ていたワンピースを引き裂かれながら凌辱されてしまうのを、目の当たりにする羽目になったのだ。
さいしょはいやいやをくり返していた妻が、
やがて上にのしかかる男の背中に、ためらいながら腕をまわしてゆくのを、どうすることもできなかった。
男の腰さばきはじつに巧みで、同性の祥一郎さえもが心密かに感嘆を覚えてしまうほど、女の愛し方がたくみだった。
いまのこの街の風潮では、呪いの言葉を毒づくよりも、理解ある夫を装って、おめでとうと伝える雅量が求められていた。
その男はいまごろ、夫婦の寝室で、早苗を我が物顔に抱きすくめ、玩んでいるはずだ。
なかなか嫉妬深い男で、他の仲間には自分の女を触れさせなかったことから、
早苗は輪姦の憂き目をみたり娼婦のように夜ごと男を代えさせられたりすることからは免れることができた。
早苗は、いまでは情夫の保護を感謝しているし、
祥一郎もまた、妻に対する相手の男の一途な態度に理解を覚え、
まだうら若さを宿す妻の肢体を吸血鬼の欲望にゆだねることを渋々にせよ――許してしまっている。
この街が吸血鬼に乗っ取られて、まだ一年と経っていない。
市は吸血奉仕条例なるものを発して、一般市民に吸血鬼との共存を目指すことを宣言した。
外部には厳秘の条例に、難を避けたいものは街を去り、そうでないものが取り残された。
それ以来、自身や家族の血液を自発的に提供することが奨励され、献血に応じた家庭には褒賞金が支給された。
祥一郎の勤務先は会社ぐるみで彼らに血液を供給することを決め、一家族に一人~二人の割合で吸血鬼を割り当てられた。
年ごろの娘のいる家や、新婚家庭などは人気が高く、生娘や新妻めあてに群がる彼らのために、より多くの血液を供給させられた。
この街の新妻たちはすべて、夫黙認の不倫に歓びの声をあげる仕儀となった。
祥一郎の家には中学生の息子がいたが、早晩親たちと同じ運命をたどるのは明白だった。
濃紺の半ズボンに、同じ色のハイソックス。
男子の制服がそんなスタイルに変更されたのは、吸血鬼側からの要望によるものだった。
吸血鬼のなかには、男性を女のように愛する性癖の持ち主が一定数いて、
そうした彼らの要望に応えることを、この少年たちは期待されたのだ。
一人の老吸血鬼が、そうした少年たちに囲まれているのを、祥一郎は遠目に見ていた。
半ズボンの下、しなやかな下肢をさらけ出した少年たちは、
同年代の女子生徒たちと同じように濃紺のハイソックスのふくらはぎを、競い合うようにツヤツヤと輝かせている。
その少年たちの輪のなかに息子の寛祥(ひろなが)がいることに、祥一郎は不吉な予感を募らせた。
「佳いじゃないの」
傍らに歩み寄ってきた早苗がいった。
「あの方、あのひとのお父様ですものね。同じ血を欲しがって当然よ」
どうせなら、うちの息子を真っ先に襲ってほしいわ・・・
そのような、以前の早苗なら身の毛もよだたせるようなことを、女は平然と口にするようになっていた。
「あの子に、女子の制服を買ってやれ」
物置部屋の薄暗がりのなか、老吸血鬼は祥一郎にいった。
祥一郎は、声もなく頷きかえしていた。
引き剥がれたスリップや玩ばれたストッキングは、愛し抜かれた四肢に、まだ絡みついていた。
とっさに借用した妻の衣裳が相手の男をより夢中にさせたことを、祥一郎は嬉しく思った。
その気持ちを、女の感情のようだと彼は思った。
身にまとった妻のブラウスやスカートが、そして股間にしたたかに注ぎ込まれた大量の精液とが、祥一郎を"女"にしていた。
重ねられてくる唇に、かつて妻が自分にしてくれたように、受け口をして応え続けていった。
妻の仇敵は、祥一郎の血には通りいっぺんの関心しか示さなかった。
夫たちの生き血は彼にとって、その妻を玩ぶ前に必要なエネルギー源にすぎなかった。
彼の欲求は、もっぱら婦人たちに向けられていたのである。
同性愛者である自分の父親が祥一郎親子に惹かれたと知ると彼は、さっそく「親孝行」に励むことにした。
祥一郎は妻の情夫に望まれるまま、その父親の相手を強いられたのである。
同性を相手にする抵抗は、すでになかった。
男の唇が祥一郎の身体に這うのは、いまさら珍しいことではなくなっていたのだから。
勤務先から戻った彼は、息子の勉強部屋から洩れる物音に誘われて、二階にあがると、
半開きになったドア越しに、見てはならないものを視てしまった。
それは、妻が他の男と恥を忘れて戯れあう光景と同じくらい、まがまがしいはずの絵図だった。
寛祥は制服姿のまま、老吸血鬼の前伸びやかな脚を差し伸べて、
制服の一部である濃紺のハイソックスを惜しげもなく、淫らな唾液にまみれさせていた・・・
妻ばかりか息子までも吸血鬼に寝取られた男は、
うら若い肢体に舌舐めずりをくり返す老吸血鬼が息子の血を吸い終わるまで、
物音を立てて恋人たちの戯れを妨げまいと、昂る想いをこらえながら沈黙を守り続けていた。
祥一郎の気遣いを気配で察した老吸血鬼は、寛祥が眠り込んでしまうまで血を吸い取ると、祥一郎に手招きをして物置部屋に招き入れた。
股間の奥深く、猛り勃った男の逸物が弾むように躍動していた。
早苗は身も心も揺らぐ想いで、不倫の営みに身を委ねきっている。
かつて従順な妻であった彼女からは、想像できないほどの大胆さだった。
男の意図が愛情によるのか、ただの性欲処理なのか、もうどうでもいいことだった。
長年夫に捧げ抜いてきた節操を、他愛もなく蕩けさせられ汚されてしまうことが、むしろ小気味良かったのだ。
早苗を奪われることを、夫さえもが悦んでいる。
恥知らずなその態度さえ、いまの早苗には許せるような気がした。
なによりも。
生き血を吸い取られるときのドキドキ感や、
折り目正しい装いを血しぶきや精液で濡らされる小気味良さ、
それに夫のまえでさえすべてをさらけ出し乱れ抜いてしまうこのときめきを、失ってはならないと感じていた。
行為の最中、足音を忍ばせて入ってきた夫が、早苗の洋服箪笥の引出しを開け、いくばくかの衣類を盗み取るのを、面白そうに盗み見た。
夫は私の服を着て、男に犯される。
早晩息子のことを女のように愛することになる老吸血鬼の、慰みものになるために・・・
息子さんの"処女"は、美味だった。
老吸血鬼はそういって、息子を女として犯したことを祥一郎に告げた。
ありがとうございます。
祥一郎は神妙に頭をさげる。
肩まで伸びた黒髪のうねりに合わせて、首の周りのネックレスが揺れた。
完全に、女の扮装だった。
いまでは勤務先にも、女性社員として在籍している。
ここは、市内のラブホテル。
同性のカップルも受け入れてくれる、貴重なデートの場だった。
勤務先は女性社員が勤務時間中にラブホテルで春をひさぐことを奨励するらしく、
部屋に着くまでにもう3組、結婚を控えたOLが別の男と肩を並べる姿に出くわした。
昨日、授業中に寛祥を呼び出して保健室のベッドを占拠すると、
ハイソックス以外の衣類一切を、少年の身体から取り去った。
ワイシャツも、半ズボンも、ひとつひとつベッドの下へと脱ぎ落とされて、
恥ずかしがる少年を組み敷くと、
単刀直入にズブリとひと息に股間を冒したという。
家に帰れないと訴える寛祥をひと晩じゅう保健室のベッドであやすように玩び、
引き抜いては挿し入れ、引き抜いては突き込んで、
かたくなだった通り道を、しっくりと通りがよくなるまでに愛し抜いてきたという。
初めての汗がたっぷりと沁み込んだハイソックスを脚から引き抜いて戦利品としてせしめると、
一糸まとわぬ姿で夜明けの街を付き添って家まで歩き通した・・・と、彼は自慢げに恋の成就を語り尽くした。
そういえば、妻の早苗が初めて情夫のねぐらにお泊まりをしたときも、彼に付き添われて朝帰りをしたっけ。
早苗は小憎らしくも、祥一郎が結婚記念日にプレゼントしたよそ行きのワンピースをわざわざ身にまとって、操を捨てに出かけていった。
吸血鬼は夫の見立てたワンピースをいたく気に入り、身に着けさせたまま狼藉に及ぶ。
出迎えた彼女の夫は、引き裂かれたワンピースのすそから、ストッキングをひざまでずり降ろされたなりをした妻を、目の当たりにすることになったのだ。
親子ですることは、似るのだろうか。
息子のほうは半裸に剥いた情婦を夫に出迎えさせて、
親父のほうはモノにした男の子を、生まれたままの姿で歩かせた。
ハデにやられたね。
淫姦の痕跡あらわな妻をそういって迎えたように、
妻も息子を迎えたのだろうか。
大胆じゃない・・・と、笑いながら。
同性不倫。
2022年01月19日(Wed) 18:53:26
出張先のホテルが、そのまま逢い引きの場となった。
相手は男性だった。
妻がいながら同性の相手と不倫をすることに、不思議と罪悪感は覚えなかった。
こっそりと盗み出した妻のブラウスやスカートは、スーツケースのいちばん奥に隠されている。
妻の服を身に着けて、同性の恋人にすべてをゆだねる。
股間の奥の切なる痛みは、いつか無上の歓びに塗り替えられていた。
初めて家から持ち出した妻の服を着て、息荒く迫られたとき、
妻もろとも犯されるような錯覚に落ちた。
それでも構わないと思い、重ねられてくる唇にすすんで唇を重ね合わせてしまっていた。
爽やかなライトイエローのスカートのすそをベッドの上いっぱいに拡げて、
まるで展翅板の上の蝶のように無抵抗になって、四肢をくつろげていった。
スカートの奥にほとび散る熱情のしたたりが、かすかな光沢を帯びたしなやかな裏地を濡らすのを、小気味良くさえ感じていた。
持ち出した妻の洋服は、”妻”そのものだった。
その”妻”を汚されることが、ノーマルであるべきものをいびつに歪める快感を、もたらしていた。
身をすり合わせ息を弾ませあうその営みに、
かすかに脳裡をかすめる罪悪感がうっすらと折り重なって、
むしろその後ろめたさに心を震わせていた。
彼がどんな気持ちで身体を重ねてきたのか、それはわからない。
けれどもそれが単なる性欲の処理だとしても、構わないと思った。
長い黒髪のウィッグを揺らし、流れ落ちるそのひと房を口許に咥えながら、
ほんとうの女のように身もだえをして、怒張に猛る一物を、なん度もなん度も迎え入れた。
女の名前で呼ばれながら、耳許をくすぐるその熱っぽい囁きに、酔い痴れていた。
たとえ性欲処理であっても構わない。
心の底から満足してもらえればと、求められるままに身体を開き、
猛り勃つ一物を恥ずかしげもなく口に含み、先端から根元まで、そして股間の隅々までも舌を擦りつけ舐め抜いていた。
女の姿で甲斐甲斐しくかしずくときは、どこまでもけなげな男妻でいられた。
時には彼に、妻の名で呼ばれることがあった。
そのたびになせが、ドキドキがいっそう高まった。
奥さんの後ろ姿によく似ているといわれたときは、また一歩女になれたと思えた。
不覚にもスカートのなかで自分の一物を逆立ててしまったことは、隠しごとのすくない彼に対してさえも、恥ずかしい秘めごとにしている。
そう、彼のまえではどこまでも、"女"でいたかったから・・・
長い黒髪のウィッグに指をからめて可愛いねと囁かれ、小娘のように舞いあがる。
時には嫁入り前の初々しい処女のように、
時には夫を裏切る妖艶な人妻のように、
あるときは初々しい羞じらいをうかべ、
あるときは毒々しい媚態をよぎらせて、
ひと刻ですら惜しんで、限りある刻をむさぼりあった。
きみの妻を欲しいとねだられたとき、
決して嫌な気持ちにはならなかった。
妻のことは愛していた。
けれど、愛しているからこそ彼に捧げたいと、ごくしぜんに思えていた。
奥さんをきみの妻のまま犯したい。
そんなふうに迫られたとき、
まるで不倫を冒す人妻のように、もの狂おしく乱れ抜いてしまっていた。
その夜の営みの激しさを承諾と受け止めてくれた彼は、妻へのアプローチを、あの一途な熱情を込めてくり返すようになった。
妻を誘惑する権利を認めてしまったことは、決して後悔していない。
ふたりでベッドをととにするとき、彼は額に額を重ね合わせて、かき口説くように囁いた。
きみが好きになった女性を、俺も好きにしたいのだと。
妻の服を身に着けて彼と逢い続けてきたほんとうの意味を、初めて理解した。
好きになりたい ではなくて、好きにしたい と言われたことにも、不快感はなかった。
彼の荒々しい性欲処理のために、妻を踏みしだかれても構わない。
むしろ夫婦でかしずきたいと、心から思った。
とうとう頂くことができたよ、と。
ベッドのうえで告げられたときも、
イタダカレちゃったのね?
奪われちゃったのね?
と、ウキウキしながら問い返し、
じぶんでもびっくりするほど素直な気持ちで、おめでとうとさえ応えていた。
彼との想いをこういうかたちで妻とも共有している――そんな実感が、心の奥底を、乙女のように震わせた。
彼が妻へのアプローチを開始してから経過した日数の長さにも、満足を覚えた。
それはイメージしたよりも、長すぎず短すぎなかった。
妻が堕ちるまで短すぎなかかったことは、
彼女が夫を裏切るまいと潔癖な抵抗を続けたことを意味したし、
妻が彼が満悦させることを過度に長く躊躇わなかったことは、
彼の手管が妻に対しても、遺憾なく容赦なく発揮されたことを告げていた。
旅行に出かけましょ。
妻はいつものサバサバとした口調で誘いかけてきた。
一人で浮気するのはズルイわ。
これからはあたしにも愉しませてくださいね。
自分の服を夫が持ち出すのを見てみぬふりを続けた賢明なひとは、
夫と愛人とを歓ばせるために、スカートのすそを淫らな不貞の粘液に濡らすことを、自ら選び取っていた。
今夜、夫婦で旅に出る。
おそろいの黒のストッキングを通した脚を連れ立たせ、
想い想いに択んだ色とりどりのスカートをそよがせながら。
同じ男性にかしずいて、競いあうように愛し抜かれる日常に、
夫婦そろって、躊躇いもなく、踏み出してゆく。
魅入られた花嫁の一家
2022年01月09日(Sun) 22:17:47
吸血鬼だと自分から名乗る中年男をまえに、ウキウキと瞳を輝かせる女学生――
そんな妹には、すでに別の魂が宿っている。ぼくはとっさに、そう感じた。
あの男、道行く女学生を待ち伏せては、黒タイツの脚に咬みついていたやつだ。
父は苦々しそうに、そう語った。
自分の娘の求婚者の蔭口をいうものではないと、めずらしく父のことを、たしなめていた。
いつもは気難しいぼくが、父にたしなめられているというのに。
それもそのはず、ぼくの首すじには、いちど血を吸われた者しか視ることのできない咬み痕が、くっきりと着けられていた。
妹がすでに着けられてしまっているそれと、サイズは同じはずだった。
この頃寛大になったね。と。
職場の同僚から、いわれるようになった。
それはそうかもしれない。
勤め帰りに襲われて、首すじを咬まれてがぶがぶと生き血を飲み耽られて、ぼくはすっかり、変わってしまった。
ワイルドな飲みっぷりが、むしょうに気に入ってしまって、
いきなり咬んだことを咎められ神妙に頭を垂れる彼に向って、もう一度逢う約束をしてしまっていた。
彼は、薄い沓下を好んでいた。
だから彼が好んだのは、父のいうように、黒のタイツ ではなくて、黒のストッキングだと、ぼくにはわかっていた。
ちょうどその時分には、年配の男性を中心に、ストッキング地の紳士用ハイソックスが、密かに流行していた。
くるぶしが透けて見えるような靴下を履くなんて、とても恥ずかしいとおもっていたぼくが、
彼の好みを受け容れて、そういうものに脚と通すようになったとき。
きっとぼくは、人間と吸血鬼との境目を、くぐろうとしていたのだろう。
ストッキングを穿いた脚に咬みつくのを好んだ男は、相手が男性であっても同じ満足を味わうのだと知ると、
喉をカラカラにしてぼくの勤め帰りを待ち伏せる彼のため、その種の沓下はもう、必需品に格上げされていた。
道行く女学生が戸惑いながら、制服のスカートの下、薄黒いストッキングを咬み剥がれていくように。
待ち合わせた公園の外套の下で、引き上げたスラックスの下、
ぼくは惜しげもなく、濃紺のハイソックスの脚を吸われ、惜しげもなく咬み破らせていった。
きっと二時間前には、下校途中の妹が、そうされたのだと確信しながら。
お前もだったのか。
父さんも、されちゃったんですね。
親子でそんな会話をする日がくるまんて、もの堅かった若いころには、ついぞ予想だにしていなかった。
父の着けられた痕もまた、ぼくや妹のそれと、同じサイズのはずだった。
そういえば父も、出勤するときには薄い沓下を履くようになっていた。
吸血鬼と人間との縁組は、ど派手な華燭の典で結ばれることになる。
その夜、一族同士の懇親も兼ねたその宴で、
花嫁の母親の貞操は最高の引出物とされ、人間の側の出席者の男性は一人残らず、自分の妻を襲われることになる。
彼等の婚礼は、たったひと組の男女を結び合わせるとは限らなかったのだ。
それと知りながら、父は一人娘が吸血鬼に嫁ぐことを、諒承した。
それと知りながら、母は父の決めたことに、異議を唱えようとはしなかった。
それと知りながら、ぼくさえも、新婚三か月の新妻を連れて参列すると、約束してしまっていた――
吸血鬼が気に入ったのは、妹だけではなかった。
父やぼくの血で食欲を日常的に満たすようになった彼は、母やぼくの妻にまで触手を伸ばそうとしていた。
一家全員が、彼に魅入られてしまったのだ。
おなじ咬み痕を着けられたもの同士の、不思議な連帯で。
父は「さきに、母さんを逢わせるからな」といい、
ぼくは、「そのあと必ず美津江を襲わせるからね」と約束していた。
挙式当日は無礼講で、だれとかけ合わせになるかもわからない状況と聞かされて、
ぼくたちは自分の妻の初めての相手として、一家に婿として迎える彼を選ぶことにしていた。
妹はすでに――とうの昔に処女を捧げ抜いてしまっていた。
その母と兄嫁とが、後を追うのは当然のように感じられた。
そろそろ席が、ざわついてきた。
新郎側の顔色のわるい男性たちの雰囲気が、ぐっとケンアクになってきたのだ。
そろそろ始まるね。
同僚のひとりが、ぼくにそう耳打ちをした。
彼もまた、妻を同伴していた。飢えた吸血鬼に、三十代の人妻の生き血を提供するために。
ぼくももはやと、覚悟を決めた。
父は新郎に耳打ちをして、ホールから出ていった。
後を追うように廊下に出たぼくに、会話が筒抜けになった。
――いよいよだね。
――そうですね。
――家内も、娘も、犯されてしまうのだね。
――エエ、ぼくの新婦と姑は、なによりのご馳走になりますからね。
――やはりその場は、視たくはないものだね。
――お義母さんとわたしの密会は、たっぷり御覧になったくせに、そうなんですね。
――冷やかさないでくれたまえ。
――お義母さん、黒留袖が良くお似合いですね。着乱れたお姿も、うるわしいと思いますよ。
お義母さんのことは、悪友仲間によく頼んでありますから、あとでこっそりのぞいて愉しみましょう。
――ああ、そうするよ。そのまえに・・・
――わかっています・・・
声は途切れた。
タキシード姿の男ふたりが抱き合って、口づけを交し合っているのが目に入った。
おぞましい、とは、おもわなかった。
同性でもいいじゃないか、と、思っていた。
父は花嫁を寝取られる新郎のために、薄地の紺のハイソックスで、足首を染めていた。
別室へと急ぐふたりを、ぼくはやり過ごした。
新婦が純白のストッキングを咬み破かれる刻、
新郎は新婦の父親の靴下に、唾液をたっぷりしみ込ませ、じわじわと咬み剥いでゆくのだろう。
ぼくはそのあとか・・・
そう。
ぼくもまた、スラックスの下、黒のストッキング地の紳士用ハイソックスで、父と同じようにくるぶしを染めていた。
あとがき
正月にふさわしく(ふさわしくないかも)、めでたい席のお話しなどを。^^
前作の関連作です。
遠い昔の追憶
2022年01月09日(Sun) 20:41:27
なん年、なん十年昔の記憶だろうか。
白く乾いた路上を、セーラー服の冬服を着た女学生がひとり、こちらに向けて歩いてくる。
三つ編みのおさげを肩に揺らして、良家の子女らしい楚々とした足どりだ。
丈の長めな、ひざ下まである濃紺のプリーツスカートが、微かな広がりをみせて足どりに合わせて揺らぎ、
スカートのすそから覗く脛は、肌の蒼白く透ける薄黒のストッキングに包まれている。
そのころは、黒のストッキングは女学生のステータスだった。
そして、まだ稚なかった彼にとって、年上のお姉さんの足許に舌を這わせるのは、なによりも楽しいイタズラだった。
「お姉ちゃん、お帰り」
彼はわざとらしく神妙な顔を作って、彼女を迎えた。
三つ編みのお下げに挟まれたおとがいがほのかに笑んで、少女はイタズラっぽく白い歯をみせた。
「また、あたしの足許狙ってるのね?」
人間の少女にとって、いかに年下とはいえ、吸血鬼の少年は脅威のはずだった。
処女の生き血を吸い取られ、いいように弄ばれてしまいかねないのだから。
ところが彼女はそうした分け隔てなく、まるで姉弟のように彼と親しんだ。
そして、色気づいて彼女の履いている黒のストッキングをイタズラしたがる彼の前、
むき出された稚ない牙に、黒ストッキングの脚を圧しつけるようにして、惜しげもなく破らせていった。
年上のお姉さんの履いているストッキングを咬み剥いでいくのは、
色気というものをなんとなくわかりかけた少年にとって、冒瀆的な愉悦をもたらした。
誇り高く気高いナイロン生地は、ほんのちょっと触れただけで、パリパリと裂け目を拡げ、
白々と滲んだ素肌をいっそう、妖しく引きたてるのだった。
「やだ、またすぐ破っちゃうのね?」
少女は批難を籠めて彼を睨んだが、その目線に毒気はない。
「こんなこと、他の子に無理やりしちゃダメだよ」
とたしなめながらも、軽い貧血にぼうっとなりながら、見る影もなく破り取らせてしまうのだった。
若い女性が節操を重んじた時代だった。
彼女はやがて大人になり、近隣の街の開業医の跡継ぎのもとに、嫁いでいった。
齢の離れた彼女の妹がセーラー服を身に着けるようになったのが、ちょうど入れ違いだった。
「いけないお兄ちゃん、またあたしのストッキング破きたくて、待ち伏せしてたのね」
姉とよく似た言葉遣いと声色で、少女は白い頬を潔癖そうにこわばらせたけれど、
それでも健気にも黒のストッキングの脚を差し伸べて、
引っ掻くように圧しつけられる牙の好むまま、薄地のナイロンを引き破らせていった。
少女が脚に通すストッキングをなんダース台無しにしたことか、もはや記憶にない。
妹娘は街に残って、短大を出ると地元企業のOLになった。
その勤め帰りを、彼はしばしば待ち伏せをした。
就職した彼女の帰りは遅く、しばしば深夜になったけれど、
彼はそれをもいとわずに、獲物を待ちつづけた。
「まだいたの?だれも獲物にできなかったんだ~」
妹娘はパッドの入ったスーツの肩をそびやかし、自分を待ち伏せた吸血鬼をからかいながらも、
ショッキングピンクのスカートのすそから覗く、肌色のストッキングに包んだ脚を、むぞうさに差し伸べてゆく。
ほんの数年の違いだったが、その間に技術は進歩して、サポートタイプのストッキングが全盛を迎えていた。
カリカリと引っ掻く牙を通して伝わってくるナイロン生地の感覚が、目だって硬質なものになっていて、
淡い光沢をよぎらせたルックスともども、男を刺激的な想いへと駆り立てた。
「あっ、イヤだ・・・」
昂奮のあまり押し倒した彼女に馬乗りになって、首すじにがぶりと食いついてしまったとき。
うっかり、白いブラウスにバラ色のしずくを撥ねかしてしまっている。
「いけねぇ――」
吸血鬼は自分の撥ねかした血潮に、頓狂な声をあげた。
「ばかじゃないの?」
女はいった。
どちらが吸血鬼かわからないような不敵な目線が、押し倒された下から睨(ね)め上げてくる。
「あなた吸血鬼でしょ?血が怖くてどうすんの」
「怖いわけじゃない」
吸血鬼は弁解した。
「新調したばかりだろ、そのブラウス」
「新しく買えばいいわよ」
景気の良い時代だった。
勤めていくらも経たないOLでも、かなりの贅沢が許されていた。
「そういう問題じゃないだろう」
男はなおも言い募った。
どちらがブラウスを汚したのかも、もうよくわからない。
「いっそ、さぁ・・・」
女はいった。
「このままもっと、しちゃっても好いんだよ」
女は白い歯をみせて、笑った。
スカートに圧しつけられた股間が、びっくりするほどの勁さを帯びつつあるのを、女は敏感に感じ取っている。
「あたし、6月には結婚するんだ」
そうなのか?男は女を抑えつける手をゆるめた。
ではなおさら、そうはいかないだろう・・・
男がそう言おうとしたのを、女の掌が制した。
したたかに血を吸い取られた女の掌は、冷たかった。
その冷たさに男が言葉を失っていると、女はいった。
嫁ぎ先は、姉の弟のところなのだと。
弟は都会住まいの勤務医で、嫁いだらとうぶん、ここには戻れないという。
「しかし、嫁入り前の身で・・・」
男がいいかけると、女はいった。
「ばか律儀もほどほどにしなさいよ」
応える代わり、男は女のブラウスを、剥ぎ取っていた。
二人はどちらからともなく身体をからめ合い、ひとつになっていった――
――女がむぞうさに、処女を捨てる時代だった。
渇いた道はいつか舗装道路となり、周囲の邸はみなお二階をあげ、やがてマンションに建て替わっていった。
吸血鬼でも年老いるのか。
男はすでに、孫がいてもおかしくない齢だった。
その後人間の娘と恋愛し、両親の許しのうえで結婚した。
吸血鬼と人間との婚礼の席がどうなるか、両親ともに承知しながら。
一族同士の懇親を兼ねた華燭の典は、後半は淫らな絵図へとなだれ込んでいく。
新婦の母親の貞操は、吸血鬼の客たちのための、いちばんの引出物とされた。
参列した人間の身内の既婚婦人たちは例外なく、同じ憂き目を見た。
晴れ着を脱がされ、ストッキングを片脚だけ脱がされた格好で犯されてゆく妻たちを、
すでに妻の仇敵と意気投合してしまった夫たちは、うわべだけは制止しようとしながらも、いちぶしじゅうを昂りの目で見守っていた。
やがて歓びに目ざめた妻たちが、自分から腰を振って夫を裏切るようになるまでを。
その席には隣町の医者の兄弟も連なっていて、
その夜はかろうじて新郎に純潔を捧げ得た新妻の肉体も、新居を構えるそうそう、仲間うちで分かち合われた。
獣の兄弟が獲物を分け合うように、和気あいあいと、ピンクのスーツを剥ぎ取られていった。
街並みは現代的になったが、この街には吸血鬼が増え、人間と交わるものもまた、増えていた。
「おかえりなさい」
ふと投げられた声色は甘く、おだやかないたわりに満ちていた。
振り向くと、声の主がいた。
かつての姉妹がそろって、佇んでいた。
「あ――」
と声をあげかけると、
「しーっ」
とふたり、似通った顔を並べて、イタズラっぽく笑み返してくる。
進歩ないね、どこまでも律儀なんだから。
「あなたのために、取っておいたの」
二人はそれぞれの方角に、小手をかざしておいでおいでをした。
母親たちの手招きに従って現れたのは、いまどきのブレザー制服姿の少女たち。
「この子は姉さんの娘、今年中二になるの。こっちはうちの娘、中学にあがったばっかりなのよ」
それぞれ違う、都会仕立ての制服は、かつての女学生とは違ってスカートの丈も短めで、
色とりどりのチェック柄のプリーツスカートの下には、
姉の娘は濃紺のハイソックス、
妹の娘は黒のオーバーニー、
引き締まった脚のラインをびっちりと縁どる長靴下が、欲情に満ちた男の目を射た。
「この子たちは、街の子じゃないから。あなたが独り占めしていいんだからね」
「でも召し上がる順番は、齢の順にしてくださいね。この子たちにも、プライドあるから♡」
自慢の娘を差し出す姉妹は口々にそういって、ではごゆっくり、と、その場をはずしていった。
残された二人の少女ははにかみながらお互いを見つめあい、
姉の娘のほうが、「では私からお先に――」と、
紺のハイソックスの脚を差し伸べてくる。
いきさつはすべて、母親から言い含められているのだろう。
「大人の女にしちゃっても、かまわないのかね?」
吸血鬼の言い草に、「やだ・・・」と、羞ずかしそうに口を掌で覆いながら、
「ご自由に」といったのは、妹の娘のほうだった。
あのときの強気な白い頬を、男はもういちど、思い出していた。
あとがき
新春の一話は、ずいぶんと遅くなってしまいました。
でもまあ、少しは華やかなお話になったかどうか?
いや、相変わらず、歪んでおりますね・・・ 苦笑