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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

汚され抜いて。

2023年09月23日(Sat) 23:49:18

妻がエプロンを着けたまま食卓に座るのを、比留間は見るともなしに見ていた。
相変わらず活発に座を切り盛りして、娘の差し出すお替りにも腕まくりをして応じていった。
4人のなかで男ふたりはむしろひっそりとしていた。
特に怪人は、気配を感じさせないほどに、ひっそりしていた。
人間の食するものも、少しは口にするようになっていた。
監獄での経験がそうさせたのだが、それ以上にこの家に迎え入れられてから、艶子の作る食事が口に合ったのがおもな理由のようだ。
艶子も、ほんらい人間の血しか口にしないはずの男が、自分の作った食事を――ほんの少しにせよ――口にしてくれることにまんざらではないようすだった。

娘の真由美が箸を置いて起ちあがった。
「そろそろ学校行く」
いつも通りのボソッとした声色だった。
ちょうど食事を終えた怪人が、同時に起ちあがった。
「え・・・なによ」
真由美はちょっとたじろいだ様子で怪人とにらみ合った。
「頼むから――」
怪人は真由美以上に低い声色で、なにかを請うた。
「・・・・・・しょうがないなぁ」
真由美はいかにもイヤそうに口を尖らせると、
それでも白のハイソックスを履いた足許に相手がにじり寄ってくるのを遮ろうとしなかった。

男の唇が、真っ白なハイソックスのふくらはぎに、ニュルッと吸いついた。
そしてそのままジリジリと唇をせり上げるようにして、真由美のハイソックスを唾液で濡らすことに熱中し始めた。
「ねえ――ほんとに濡れたまま学校行かなきゃダメなの?」
戸惑ったような声色が、ここ数年不貞腐れ続けていた真由美に似つかわしくなく、両親の耳に新鮮に響いた。
「ああ・・・頼むよ」
男は上目遣いに真由美を見、嬉し気に白い歯をみせた。
「いけすかないっ」
真由美はむくれながらも、鞄を手に取った。
男のよだれのしみ込んだハイソックスのまま、学校に行くということらしい。

夕べは夫婦ふたりきりの寝室だった。
怪人が真由美と同衾を願ったためだった。
真由美も、「いいじゃん別に」と、他人ごとみたいな顔つきで、怪人を自室に受け容れてしまっている。

いったい何があったんだ――
両親の懸念は当然だった。
けれども艶子も比留間も、娘がいつものように起き出してくると、なにも切り出せなくなっていた。
夕べと今朝とで、娘と怪人との距離は、明らかに縮まってた。
歯を磨いている間も、怪人は馴れ馴れしく真由美の肩を抱きつづけていたし、真由美はそれを拒むふうもなかった。
制服に着替えるときも、怪人は真由美の部屋から出なかった。
なにをしているのかはわからなかったけれど、時折娘がキャッキャとくすぐったそうな声をあげるのを頭上に聞きながら、
両親はただ顔を見合わせただけだった。

娘が学校に行くと、それからすぐに比留間も勤めに出ていく時間になる。
比留間はいつものように妻に見送られて玄関を出ると、家の周りを一周して自宅に戻り、
家の中には入らずに庭の植え込みの陰に身を隠した。
「いったい、うちの娘になにをしたのよ?」
窓越しに、妻の声がした。
妻の懸念はもっともだった。彼自身もっとも訊きたいことだった。
「安心しなよ、ヘンなことはしちゃいねぇから――」
怪人の声色は、落ち着き払っていた。
「ヘンなことって――」
艶子が言いよどんでいる。
「あの子の血は旨いな」
男はうそぶくように、そういうと、ちょっとめんどうくさそうに、
「安心しなって。処女の血は貴重品なんだから」
といった。
艶子の安堵が、窓ガラスを通して伝わってきた。
「だけどさ」
艶子はもはや、怪人相手にため口である。
「ほんとうに、なんにもしなかったのかい?」
「あの子はくすぐったがってただけだぜ」
男はいった。
何ということか――
ひと晩じゅうかけて、娘の首すじや胸もと、それに太ももや股間に至るまで、舐め尽くしたというのだ。
「え――」
さすがに艶子が絶句したその唇に、男は自分の唇を重ねてゆく。
窓越しに映る妻は、身を揺らして戸惑いつづけ、それでも結局、男の口づけを受け容れていった。

ちゅっ、ちゅっ、ちゅちゅうっ。
吸血を伴わない口づけ。
だがそれは、夫の立場を脅かすに十分な熱さと深さを帯びていた。
「ちょ――主人出かけたばかりだよ、そんなこと・・・っ」
艶子は男の唇の追求を避けようとしながらも、そのつど頬を掌の間に挟まれて、けっきょく口づけを許してしまう。
狎れきった男女がそうするように、2人はつかず離れずしながら、キスを求めたり、拒んだり、強引に奪ったり、愉しみ合ったりし続けた。

窓の外では、比留間がひたすら、懊悩している。
なんということだ・・・ああ、何ということだ・・・
一夜にして犯されてしまった妻。
その妻は昨晩の交接を辱めとは受け取らず、いままたなんのためらいも見せずに再演するばかりの気色である。
俺の目がないと、ここまで許すのか。乱れるのか――
そう思いながらも、出ていって2人を制しようとするような無粋はするまい――と、なぜか思ってしまう。
邪魔をしてはいかん。そういうことは男としてよろしくないことだ。
人の恋時を邪魔するやつは――というけれど。
比留間は自分の妻のアヴァンチュールにすら、そんなことを考えてしまうような馬鹿律義なところがあった。
蹲る彼の頭上で、浮ついた口づけの微かな音が交わされて、夫の心を掻きむしるのだった。

「ね、、いいんだよ。姦っても。構やしないわよ」
なんということだ。
妻は自分から、身体を開こうとしていた。
「昨夜は引っぱたいたりして、悪かったね。亭主の手前、そうしなくちゃいけないかなって思っただけ。本気で叩かなかったろ」
という艶子に、怪人はいう。
「じゅうぶん痛かったぞ。憂さ晴らしにわざとやったな」
「ふふん、バレた?」
妻は自分を犯した吸血怪人すら、手玉に取っている。

艶子はまだエプロンをしていた。
男がエプロンに欲情するのを、よく心得てのことだった。
「あ!よしなさいよっ」
ドタッと押し倒す音がした。
激しくもみ合う音が、ガラス戸を通してやけにリアルに伝わってくる。
「ちょっと、ダメだよ。あっ――」
妻の声が途切れた。
ぐちゅっ。きゅううっ。
吸血の音が生々しく響いた。
比留間はたまらなくなって、植え込みから起ちあがった。
ガラス戸の向こうでは、組み敷かれた妻が、首すじを咬まれて目をキョロキョロさせている。
そんな妻の狼狽におかまいなく、男は自分の欲求を充たすことに熱中していた。
口許に散った血が、バラ色に輝いていた。
そして、そのしたたりが、はだけかかったエプロンに、そしてその下に身に着けた淡いピンクのブラウスにしみ込んでゆく。
「あ、あっ・・・なにすんのよっ」
ブラウスにシミをつけられながら、妻が抗議した。
血を吸い取られるよりも、服を汚されるのを嫌っているようだった。
比留間にとっても、想いは妻と同じだった。
あのブラウスは、やつが出所する前に迎えた妻の誕生祝いに買い与えたものだった。
夫婦愛の証しが、不倫の愉悦にまみれて汚されてゆく――なんという責め苦だろう?
始末の悪いことに、そんな状況が妻を悦ばせてしまっていた。
「きゃっ、やだっ、なにすんのよっ」
声では抗いながらも、吸い取った血潮を唇からわざとブラウスの胸めがけて滴らせてくる男の悪戯に、興じ切ってしまっている。
「ちょっと、やだったら――ほんとに失礼な人よねえ!」
身をよじって歯をむき出して抗いながらも、そうすることが男をよけいに楽しませることを、彼女は心得ていた。
男はなん度も女に咬みついた。
首すじに、胸もとに、わき腹に、ふくらはぎに――
艶子はわざわざ真新しいストッキングを穿いて、男の相手を務めていた。
肌色のストッキングは男の卑猥ないたぶりに触れるとフツフツとかすかな音を立てて裂け、
ふしだらに広がる裂け目が、男の欲情をいっそう駆り立てた。
「だっ、だめえ・・・」
そう声を洩らした時にはもう、破れ堕ちたストッキングはひざ小僧の下までずり降ろされて、
無防備に剥かれた股間に男のもう一つの牙を受け容れてしまっていた。
「あ・・・ぅ・・・うぅん・・・っ」
荒っぽいしぐさで男の吶喊に応えながら、女はもはや恥を忘れて、股間に渦巻く激しい疼きに身をゆだねていた。
「上手・・・もっとォ・・・」
妻の唇から、さらなる情交を求める声が洩れた。
組み敷いたブラウス姿から顔をあげて、男が窓越しにウィンクを投げてきた。
そんなもの――どうやってあいさつしろというのだ?
比留間は戸惑うばかりだったが、悩乱してゆく妻の様子から、もはや目が離せなくなっている。

「あ・・・ううん・・・」
意味のないうわ言をくり返す妻にのしかかり、怪人は囁きかける。
「だんなとどっちが良い?」
「あんたに決まってるじゃない」
ああ――なんと呪わしい返答・・・!
「別れてわしといっしょになるか?」
「ううん、それはしない」
「ほほー」
「あんただって、あいつの嫁を辱め抜きたいんだろ」
「よくわかってるな」
「あたしも、あいつの奥さんが犯され抜くのが楽しいの」
だって私――主人を愛してるから。

さいごのひと言は、窓の外からの視線の主へのものだった。
「時々さ――こんな感じで楽しもうよ」
彼女のひと言kは、どちらの男に向けられたものだったのだろう?


あとがき
前作の続きです。
そろそろ種が切れたと思ったのですが、まだ少しだけ残っていたみたいです。(笑)

出所した怪人、看守一家を征服する。 副題:チョイ役一家の意気地

2023年09月14日(Thu) 01:31:55

それはいつも決まって、食事のあげさげをするときだった。
看守の比留間湊(46)はお盆を受け取るとき、そっと指を差し出してやる。
檻の中の男は「いつもすまないね・・・」とひっそりと囁いて、比留間の指を口に含んだ。
ナイフを軽く擦った指先からは、血が滲んでいた。
囚われた男は、もと吸血怪人だった――

こんなことが、なん度続いたことだろう。
さいしょは、囚人が暴れないための予防策のつもりだった。
ほんの少しだけで良いから、人の血がもらえればな――
刑務所のなかの作業場で男が呟くともなく呟くのを耳にして、他の囚人への影響を心配した彼は、上役に相談した。
「あの男にほんの少しだけ、血を飲ませてやった方が良いんじゃありませんか」
「誰がそんなことを??」
尖った声の上役に向かって、私が自分の責任でやりますから――と告げると、責任問題に巻き込まれずに済む安心感からか、
案外あっさりと許可がおりた。
入所してすぐのころは、壁が破れんばかりにぶっ叩くわ、鉄格子をねじ切るわ、大変な騒ぎだったのが、
怪我をした看守の血が床に滴るのを舐めただけで、男はようやく落ち着いたのだった。

「気をつけろよ、相手は怪人なんだからな」
上役は看守に注意を促すことを忘れなかった。口先だけだったとしても。
しかし、彼の懸念は正しかった。
さいしょのうちは気づかなかったけれど。
摂取した血液と入れ替わりに、男は淫らな毒液をひっそりと、看守の体内にしみ込ませていったのだ。

「あなた、顔色がよくないわ」
妻の艶子(42)がそういうのを、看守は上の空で受け流した。
「ね、顔色が良くないって言ってるのよ!?」
気丈な妻は声を励まして、夫を正気づけようとした。
「わかってる――わかってるって・・・」
看守はフラフラと起ちあがると、その日も勤務先に出かけていった。

指先がジクジクと疼いた。
身体もどことなく、熱を帯びているような気がした。
きょうで三日、やつに血を与えていなかった。
そういう日が続くとどういうわけか、指先が疼き身体じゅうがゾクゾクと熱っぽくなるのだ。
男がいちどに摂取する血の量も、気のせいか少しずつ増えているような気がする。
突き出した指先が生温かい分厚い唇にくるまれて、ニュルッと舌を巻きつけられて、傷口にわだかまる血潮をキュッと抜かれる。
そんな仕草を忘れられなくなってしまったことを、彼はまだ上役に相談していない。

「いつもすまないな」
囚人はいつものようにひっそりと囁いた。
その囁きがいつになく、熱を帯びているのを彼は感じた。
キュウッ・・・
差し伸べた指先を口に含めると、男は比留間の指を強く吸った。
くら・・・ッと眩暈がするのを、比留間は感じた。
「出所が決まった」
男がいった。
言葉の内容ほどには、嬉しくなさそうな声色だった。

さっきまで。
もう少し・・・もうちょっとだけ舐めさせてくれ・・・
男に請われるままに指を差し伸べつづけていた比留間は、手に持っていたカミソリで、もう片方の人差し指を傷つけていた。
二本目の恩寵を享けた男は、どうやら心かららしい感謝の呟きを口にすると、
こぼれ落ちようとする赤いしずくを、素早く掬(すく)い取っていた。
ごくり・・・
自分の血が男の喉を鳴らすのを、比留間はウットリと耳にした。
そんなに旨いのか?
比留間は男が自分の血を旨いと褒められることに、深い満足感を見出していた。
男が出所すれば、このささやかで密かな愉しみも終わりを告げる。
そんな当たり前のことに、今ごろになって気がついた。
明日が出所という日に、さいごに自分の指を五本も舐めさせた後、
困ったらわしの家に来い――といって、妻や娘の住む家の住所を書いたメモを手渡していた。

「もしもやつが来たら、家にあげてやってくれ」
勤め先から戻るなり、比留間は妻にそう告げた。
「え・・・?」
艶子は怪訝そうに夫を見た。
「だって・・・吸血怪人なんでしょ?そんな危ないのを家にあげるわけにはいかないわ」
色をなして反論する妻をみて、こいつもすっかりやつれた――と比留間はおもった。
四十の坂を越えたあたりから、妻の容色は目に見えて衰えていた。
それは、受験やら進学やら、パート先でのいざこざやらで神経をすり減らす毎日が、
彼女の髪や肌の色つやを、粗砥(あらと=粗いやすり)で削り取るように殺(そ)いでいったためだった。
肩まで伸びた黒髪が、カサカサに乾いていた。
頬の輝きもかつてミス〇〇候補と言われたころにはほど遠く、
かつての面影を知らないものの目には、並以下のおばさんにしかみえなくなっていた。
俺たちはこうしてすり減っていくのか――比留間はおもった。

「たぶんな、若返るぞ」
「え?」
なにを言うの?という目で、艶子が彼を見あげる。
「言ったとおりの意味だ」
「信じられないわ」
「どうして」
「だってあなたを見ていたら、あの男に血を与えるようになってから、ずっと顔色悪いんだもの」
「少し過度になっていたのは認める」
夫は譲歩した。
「血は与えすぎても良くないのだ。だが、あそこでは俺以外、やつに血を与えるものがいなかった」
「なにを仰りたいの・・・?」
「なにも言わないで、やつに求められたらお前の血を吸わせてやって欲しいんだ」
自分で口にして、自分で驚いていた。
やつに居所がなかったら、俺のところに招んでやろう。
どうしてそんな仏心をおこしたのか。
やつを家に招んで、なにをどうするつもりだったのか。
それがいまになって、やっとわかった。
俺は・・・俺は・・・女房や娘がやつに血を吸い取られるところを視たいのだ。。。

やつは「現役」のときも、吸血行為は冒したが、人の生命は奪っていない。
だから、血を吸われたからと言って死ぬ心配はない。絶対にない――
そんなふうに力説する夫の言をどこまで信用したのか、艶子は「わかりました、仕方ありませんね」と折れていた。
「そのひとが私の血を吸いたがったら、ちゃんと吸わせてあげます」
まるで変なペットを連れ帰った家族に対するように、艶子は根負けしたように言ったのだった。


男が出所した後、一週間はその姿を見かけなかった。
案外、自分がかつて洗脳したものを見つけて、「感動の再会」を果たしているのかも知れなかった。
けれども比留間は、勤め先と自宅との行き帰りの間、どこかであの男を見かけないかと、心のどこかで期待していた。
そして一週間後の帰り道、男が寒々としたようすで家の近くの路地に佇んでいるのを見つけた。
「よう」
すすんで声をかけた比留間に、男は首をすくめてみせた。
「出所おめでとう。でも景気悪そうだな」
比留間の声はガラガラ声だったが、人柄の温みは男にも伝わっていたようだ。
見知らぬ雑踏のなかで知己に出逢えた歓びを、男は素直にはにかんだような笑みで伝えてきた。

自宅近くの公園で、凩に吹かれながら、男ふたりは寒そうにコートの襟を立てていた。
「悪いけどさ・・・」
男が遠慮がちに口火を切る。
「血が欲しいんだろ」
比留間がむぞうさにこたえた。
指か?と訊く比留間に、「脚でもいいか」と、男が問うた。
そういえば――
男が現役の吸血怪人のときには、人妻のパンストや女学生のタイツばかりではなく、
男の子のハイソックスまで血に染めながらかぶりついていた。
そんな過去の「活躍」を、すぐに思い出していた。
比留間は自分のスラックスのすそを、引き上げていた。

穿いていた靴下は、瞬く間に血浸しになった。
濃紺の靴下に縦に流れる白のラインが、隠しようもなく赤く染まっていた。
「このまま家に帰ったら女房がびっくりする」
苦笑する比留間に、「奥さんの血ももちろん要りようだ」と、怪人はあつかましい要求を突きつけた。
「良いだろう、ちゃんと話はつけてあるから――」
男ふたりがベンチから起ち上がったときにはもう、あたりは暗くなり始めていた。

「いらっしゃい――え?このひとが?」
艶子は目を丸くして、怪人を見た。
案に相違してごくふつうの中年男だったので、拍子抜けしてしまったのだ。
齢のころは、夫よりも五つ六ついっているだろうか?
白髪交じりに冴えない顔色、背丈も手足もずんぐりしていて、魅力のかけらもない男だった。
「まあ、まあ、お寒いですからどうぞ、おあがりになってください」
狭い敷居の奥に客人と夫を通すために後じさりするつま先が肌色のストッキングに透けているのを、怪人は見逃さなかった。

こたつを隔てて顔を見合わせている同年配の男ふたりに、艶子はお茶を淹れている。
なんということはない、だだのおっさんじゃないの。
艶子のなかには、相手をちょっと軽んじる気分が生まれていた。
ただ、ひとつだけどうにも、解決しておかなければならないことがある。
「あなた、ちょっと――」
艶子は頃合いを見計らって、夫を廊下に呼び出した。
(なんだい?)
妻の顔色を察して小声になる夫に、艶子はいった。
(あたしは仕方ないけれど、真由美にまで手を出さないでしょうね?)
今さらながらの心配だった。
(だいじょうぶだ、ちゃんと言ってある。本人とお前の了解なしに、そんなことはしないってさ)
(なら良いんだけど・・・)
艶子は熟妻らしく、新来の男に対する警戒を完全には解いていなかった。

「ちょっと表出てくる」
比留間はとつぜん、艶子にいった。
「真由美は塾だろ?どうせ遅せぇんだよな」
「ええ――晩ご飯まで帰らないけど」
比留間家の夕食は、真由美の帰りに合わせて晩(おそ)かった。
その前に――やつが自分の夕食を欲するに違いない。
さすがにその場に居合わせることに忍びなかった彼は、妻を怪人の前に残して、ちょっとだけ座をはずしたのだった。

「あの――」
艶子は恐る恐る、怪人に話しかけた。
「うちには年ごろの娘がいます。真由美と言います。大事な娘なんです。だから――」
緊張でカチカチにこわばった声を和らげるように、怪人はいった。
「どうぞご安心を。ご主人の血だけで生き延びてきたわしですから――そんなオーバーに心配しないでいただきたい」
「そうですか・・・?」
2人きりになった気まずさから、艶子はまるで生娘みたいに縮こまっていた。
「だいじょうぶです。血を吸うときもほんの少し――
 ご主人のときには少し吸い過ぎました。あの人しかいなかったから・・・
 でも貴女が協力してくれたら、ご主人もすぐに元気になりますよ」
「あ――」
艶子は絶句した。もうすでに、彼女の血液は彼の計算に入ってしまっているのだ。
思わず腰を浮かせかけたのが、呼び水になった。
怪人は目にも止まらぬ早業で、部屋から逃れ出ようとする艶子を、後ろから羽交い絞めにしていた。
「ひいッ!」
艶子はうめいた。
男の唇が、はだけたブラウスからむき出しになった肩にあてがわれたのを感じた。
生温かい唾液が自分の素肌を濡らすのを感じた。
おぞましい――思った時にはもう、咬まれていた。
ググッと咬み入れてくる鋭利な牙に、艶子ははしたなく惑乱した。
空色のブラウスを赤黒く染めて、看守の妻は血を啜られた。

怪人が熟妻の豊かな肢体を畳のうえに組み敷いてしまうまで、数分とかからなかった。
艶子はまだ意識があり、男の腕のなかでひくく呻きつづけていたが、
さっき咬まれた肩とは反対側の首すじに牙の切っ先を感じると、身を固くして押し黙った。
女が言葉を喪ったのをよいことに、怪人はふたたび艶子の膚を冒した。
ズブズブと埋め込まれる牙に、赤黒い血が勢いよく撥ねた。
ぐちゅう・・・っ!
露骨な吸血の音に、女は失神した。

玄関ごしにガシャーンとお皿の割れる音が聞こえて、比留間は思わず振り向いた。
自宅の灯りはなにごともないように点いたままになっている。
しかし、ガラス戸にかすかな赤い飛沫が撥ねているのをみとめて、思わずドアを開けて家のなかへとなだれ込んだ。

居間はしんとしていて、だれもいなかった。
恐る恐る覗き込んだ夫婦の寝間に、艶子は畳のうえにあお向けに大の字になって手足をだらりとさせている。
男は気絶している艶子にのしかかって、首すじに唇を吸いつけて、生き血を吸い取っている。
妻の生き血が吸い上げられるチュウチュウという音が、比留間の鼓膜を妖しく浸した。
男は身を起こすと、静かな顔つきで比留間を見あげた。
「シッ!」
とっさに唇に一本指を押し当てた吸血怪人を前に、比留間は逡巡した。
「見逃してくれ・・・」
男はひくく呟くと、比留間の返事を待たずにもう一度艶子に覆いかぶさり、こんどは胸もとに牙を当てた。
久しぶりに目にした妻の胸もとは思ったよりも白く透きとおり、痴情に飢えた男の唇にヌルヌルと嬲られてゆく。
突き立てた牙をそのまま無防備な素肌に沈めると、鮮血がジュッと鈍い音をたててしぶいた。
「おい――」
やり過ぎだろう?と咎めようとしたとき。
比留間はジワッとなにかが体内で蠢くのを感じた。
蓄積された毒素が、妻の受難を目にして目ざめたマゾヒスティックな興奮を掻き立てたのだ。
「ウーー!」
比留間は絶句してのけぞった。
「悪く思うな。俺は俺のご馳走にありつく・・・」
はだけかかった艶子のブラウスを、男はむぞうさに引き裂いた。

いつも見慣れた地味な深緑のスカートが、いびつな皴を波打たせて、じょじょにたくし上がってゆく。
肌色のストッキングに包まれた艶子の太ももが、少しずつあらわになってゆくと、
男は嬉し気に彼女の脚を掴まえて、ストッキングの上から唇を這わせていった。
そうなのだ。熟妻のストッキングはこいつの大好物だったのだ。
貪欲なけだものを家に入れてしまったことを、比留間は今さらのように悔やみながら、焦れに焦れた。
下品な舌なめずりが、艶子の足許になん度もなすりつけられた。
そのたびに、微かにテカテカと光るパンストが少しずつ、ふしだらに皴寄せられてゆく。
男は明らかに、艶子のパンストの舌触りを愉しんでいた。
「やめろ・・・やめてくれ・・・」
比留間はうめいた。
「あんたには良くしてやったじゃないか。恩を仇で返すのか?」
男はなにも応えずに、艶子の下肢のあちこちに牙を当てて、パンストをブチブチと食い破りながら、血を啜った。
ひと啜りごとに得られる血の量はさほどではなかった。
こいつ、ひとの女房の血の味を楽しんでやがるんだ。
比留間は相手の意図をありありと悟った。
まるで腑分けでもするようにして。
男は艶子のスカートをむしり取り、ブラジャーを剥ぎ取り、ペチコートを引き裂いてゆく。
「わ、わかった・・・わかった・・・艶子はあきらめる。全部渡してやる。だが、娘には手を出すな、絶対手を出すなよ――」
比留間は念仏のようにそうくり返しながら――艶子の腰周りに手をやって、自分の手で妻のショーツを脱がせていった。
「すまないね、だんなさん。恩に着る。悪いようにはしねえ」
怪人は比留間にそう囁くと、なん度目かの牙を艶子のうなじにお見舞いした。
サッと撥ねた血潮が、寝間の畳を濡らした。

むき出された怒張はみるからに逞しく、自分のそれよりもはるかに威力がありそうだった。
赤黒く膨れあがったその一物が、妻のふっくらとした下腹部に押し当てられ、そしてもぐり込んでゆく――
「あうううっ」
艶子が白い歯をむき出して、顔をしかめた。
それから「ひーーっ」と呻いて顔をそむけようとすると、それすらも許されず、男の唇をまともに受け止めさせられていた。
「あう・・あう・・あう・・」
もはやどうすることもできずに、艶子はただ、喘ぎつづけている。悶えつづけている。惑いつづけている――
ロマンチックではまるでない。絶対にない。
女房は実に見苦しく、芋虫みたいに転げまわっているし、呻き声だって可愛くなかった。
けれども、必死に手足を突っ張り、吸血に耐え、身もだえをつづけながら
ケダモノのように爆(は)ぜ返るペニスを受け止めてゆくその光景は、ひどく淫らで、底抜けにイヤラシイ――
四肢を引きつらせて受け留めた怪人のペニスが妻を狂わせるのを、比留間は目もくらむ想いで見届けてしまっていた・・・


「ただいまぁ」
いつもの投げやりな声色で、娘の真由美(16)が帰宅してきた。
制服のブレザーをむぞうさに脱ぎ捨てると、「母さん、水・・・」と、ぞんざいに言った。
いつものようにすぐに反応が返ってこないので、不平そうに部屋を見回して、真由美は初めて異変に気づいた。
家じゅう、いやにひっそりしている。
壁のあちこちに撥ねている赤い液体は・・・えっ?うそ。人間の血??
なにが起きたの!?
白のハイソックスのふくらはぎが、緊張に引きつった。
夫婦の寝間に、なんとなしの人の気配を感じて、白のハイソックスの脚は抜き足差し足、引き込まれるように部屋の奥へと歩みを進めた。
真由美は再び、足取りを凍りつかせてしまった。
寝間にはほとんど全裸に剥かれた母が、血に染まって倒れていた。
父もその傍らに気絶して倒れていた。
両親の首すじには、咬み痕がふたつ、同じ間隔でつけられている。
母の足許には、見慣れぬ黒い影がうずくまっていた。
黒い影は、母のふくらはぎを、いじましそうに舐めつづけていた。
ひざ小僧の下まで破れ堕ちてずり降ろされたパンストに、皴を波立てるのを愉しんでいた。
経験のない真由美にも、母親の身に起こったことがなんなのか、すぐに察しがついた。
「あ、わわわわわっ・・・」
さっきまでの投げやりな態度はどこへやら、真由美はガタガタ震え出した。
逃げようとしたけれど、脚が思うように動かない。
背後から伸びてきた掌が彼女を掴まえ、居間のじゅうたんの上に引き据えた。
なんとか逃れようとジタバタしたけれど、身じろぎひとつできなかった。
母のパンストを引き破った男は、こんどは娘のハイソックスに目が眩んでいた。
同じようにされる――本能的にそう察した真由美は声をあげて助けを呼ぼうとしたが、喉が引きつっていて声は満足に出なかった。
母親から吸い取った血に濡れた男の唇が、そのままふくらはぎに吸いつけられるのを感じた。
ひざ下をほど良く締めつけているしなやかなナイロン生地を透して、ヌルヌルとした唾液が生温かく、素肌にしみ込んでくる。
あっ――と思った時には、圧しつけられた唇にいっそう力が込められていた。
両親の首すじを咬んだ2本の牙が、ハイソックスを咬み破って、真由美のふくらはぎを激しく冒した。
十代の若い血潮がしたたかに、男の唇を濡らした。
学校帰りのハイソックスを真っ赤に濡らしながら、真由美は十六歳の生き血を吸い取られていった――
男はうら若い血を強欲にむさぼり、そして魅了されていった。
淡い意識をたぐり寄せながら、比留間は眠りこけた娘の横顔を見守った。
娘は自分の血の味を誇るかのようにほほ笑んでいるように見えた。
「あたしの血美味しいのよ、たっぷり吸い取って頂戴」
そんなふうに言っているように見えた。


1時間後。
ともかくも夕食を終えた3人は、吸血怪人を囲んでひっそりと俯いている。
部屋じゅう鮮血をまき散らして3人の血を喰らった男は、至極満足そうだった。
頭からは白髪が消えて、褐色に萎えていた顔色にも血色をみなぎらせている。
その「血色」は、自分たちの体内から獲られたものだと、3人とも知っていた。
真由美は怪人の横顔を精悍だとおもった。
自分の身体から吸い取られた血液がそうしているのだとしたら、ちょっと自慢したいような、不思議な気分に囚われていた。
艶子も同じように感じていた。娘まで牙にかけられたのはなんとしても悔しかったけれど、
自分が喪った血がむだになっていないのは良いことだと、想いはじめていた。

「ともかく飯を食いなさい」と言ったのは、怪人のほうだった。
乱雑に散らばった座布団やら、ひっくり返ったちゃぶ台やら、撥ねた血潮が滴る洗濯ものやら――
怪人は慣れた手つきでそんなものを取り片づけて、着られそうな洗濯物をふたたび洗濯機に放り込むと、
艶子は自分を襲った怪人を無視するように、血の気を失った無表情のまま晩ご飯を用意していた。
親子3人がひと言も言葉を交わさずに食事をしている間も、怪人は部屋を片づけ、壁に飛び散った血を雑巾でぬぐい取っていた。
真由美が箸を置くと、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
ふだんなら投げ出すように箸を置いて部屋に引きこもってしまう子が、珍しく殊勝なしぐさを見せたことに、母親は優しく反応した。
「疲れたでしょ?今夜は早く寝ましょうね」
「うん、そうする。明日も部活で早いし――怪人さんもおやすみ」
真由美は自分の血を吸った怪人にまでおやすみを言って、部屋に引き取っていった。


「これからどうするつもりなのですか?」
娘が姿を消すと、待ち構えていたように艶子がいった。
目つきは鋭く、詰問口調。相手は怪人のほうにだった。
もうこの家の主導権を握っているのは夫ではないと悟ったようすだった。
「ここのお父さんはこの人だからね――」
怪人は控えめにこたえた。
あんたのご主人は俺でなく、あっち――と言いたげにみえた。
この期に及んで亭主を立てたのは、自分によって初めてしたたかに血を吸い取られた比留間の気持ちを確かめておきたかったのだ。
もしも出て行けと言われたら、出ていくつもりだった。
その代わり、家人のだれもを死なさない程度に、致死量ぎりぎりまでの血を3人から頂いて立ち去るつもりだった。
「あんた、ひどいこと考えてるよな?」
比留間は相手の思惑を見抜いたようにいった。
「ウン、でもその代わり、俺は二度とここには寄り付かねえよ」
怪人はいった。

比留間は傍らの妻の横顔を見た。
覚悟していた吸血を予想以上のしつようさで受け容れさせられたばかりではなく、案に相違して犯されてしまった妻。
そのうえ気絶しているうちにとはいえ、「決して手は出させない」と力説していた娘の血まで吸い取られてしまった今、
裏切られたといちばん感じているのは妻のはずだった。

これがドラマだったらきっと、俺たち一家3人は、ただの雑魚(ざこ)に過ぎないはずだ。
出獄した吸血怪人の第一の犠牲者で、女房にも娘にも、役名すら与えられず、
お人好しな夫が仏心を起こして家に引き入れた怪人を相手に、続けざまに首すじを咬まれて、服を血に染めて倒れてゆく。
ただそれだけの役なのだ。
でも、そんな無名のチョイ役にだって、意地もあれば、プライドもある。
数十年積み重ねてきた人生の苦楽だってある。
俺は二十年以上いまの仕事を続けてきたし、
おととしは俺の勤続20周年を祝って、家族旅行で温泉に浸かってきた。
女房だってパートに精を出して家計を支え、なにより家族に飯を作って送り出してくれている。
娘が高校に受かったときにはみんなでよろこんで、街でいちばんのレストランで食事会をやったっけ。
そんな家族の積み重ねは――飢えた怪人に咬まれて血を流して倒れてしまうワンシーンだけで片づけられてたまるものか・・・

「まず、女房に謝ってくれ」
比留間はいった。
え?と振り向く2人のどちらに向けてともなく、彼はつづけた。
「俺はお前に指を切って血を吸わせてやった。
 そのうえで、お前が出所したら行く当てがねえだろうからって、良ければ家(うち)に寄って行けとも確かに言った。
 俺に淫らな薬を仕掛けて血を吸う歓びに目ざめさせたのはまだいい。
 でも、女房は自分が血を吸われることには乗り気じゃなかったんだ。
 そりゃそうだろう?
 だんながいる身でほかの男に肌に唇を当てられて血を吸われるんだぞ。
 おぞましいだけじゃ済まねえよな?
 でも女房は、なんとかがんばって、お前ぇさんに血を分けてやった。
 そのうちこいつもどうやら・・・乗り気になっちまったみたいで――その後のことはもういい。
 行きがかりとはいえ、あんなことをしてれば流れでそういうことにだってなるかも知れねえものな。
 女房の血を吸わせてやろうなんて思いついた俺がいけねぇんだ。
 でも、女房には頭を下げてくれよな。男女のことだから、亭主の俺でも立ち入れねぇかもしれないけれど――
 本気で嫌だったのなら、それは女房の問題だ。
 なにより許せねえのは――娘のことだ」
怪人はビクッと肩を震わせた。
言葉が静かなぶん、身に染みているらしかった。
「両親どちらも、娘に手を出して良いとは、ひと言も言ってねぇ。
 人の好意を踏みにじって、約束をほごにした。
 お前がこの家から出ていっても、そんなことを重ねていたら、きっとろくな死に方はしねぇだろうよ」
比留間は言葉を切ると、思い切ったようにつづけた。
「お前がろくな死に方をしなかったら、吸い取られた俺たちの血は無駄になるってことじゃないのかい?」

ガタ・・・とその時、比留間の背後でガラス戸がきしむ音がした。
建付けの悪いガラス戸は、ちょっと手をかけただけで耳ざわりな音を立てるのだ。
3人が振り向くと、そこには真由美が佇んでいた。
高校に入ってからテストテストで荒みかけていた頬が、いつになく透きとおっている――と両親はおもった。
真由美はおずおずと言った。
「あたし――いいよ。別に血を吸われても」
「真由美!」
艶子が声を張りあげた。
「あなた、勉強だってあるんだし、部活も頑張ってるんだろ?
 怪人さんに血なんか吸われていたら、テストで良い点取れなくなるよ?
 試合にだって出れないだろう?ずっと補欠じゃやだってこの間言ってたじゃないの」
「うん。そうだけど・・・いい」
真由美の声は、きっぱりしていた。
「あたし、父さんや母さんといっしょに、この人に血をあげたい・・・だって、楽しいんだもの・・・」
「俺の・・・勝ちだ!」
怪人は嬉し気にいった。けれどもすぐに神妙な顔つきに戻って、艶子にいった。
「あんたには詫びる、いろいろとすまなかった。
 でも、あんたの血は本当に旨かった。ありがたかった。久しぶりに、人妻の熟れた血を愉しませてもらった。
 刑務所でのお勤めの辛さが、吹っ飛ぶくらいのものだった――」
「ちょっと――」
艶子は真顔のまま、怪人と顔を突き合わせた。
次の瞬間、
ばしいんっ。
艶子の平手打ちが、怪人の頬を打った。
「これでおあいこに、してあげる。いいよねあんた?」
後半は、夫に対する念押しだった。


狭い家だった。
玄関を上がってすぐに居間があり、その向こうが台所。二階は娘の四畳半の部屋がひと間だけ。
あとは居間の奥に、さっき濡れ場と化したばかりの夫婦の寝間があるだけだった。
「怪人さんをどこに寝かせるの?」
艶子は所帯持ちの良い妻らしく、明日からの切り盛りが気になる様子だった。
「あたしと寝る?」
真顔でそういう真由美を、さすがに母親は「ちょっと・・・」と制した。
「あんたがガマンするんだね」
艶子は夫に向かって、フフッと笑う。
「そうだな――そうするよりないな」
俺は居間に寝るよと、比留間はいった。
艶子と怪人のために気前よく、寝間を明け渡すというのである。
「じゃあさっそく今夜から――」
怪人はにんまりとした笑みを艶子に投げた。
「まったくもう、いけすかない」
艶子は反撥しながらも、まんざらではなさそうだった。
さっき襲われていたときの艶子の腰遣いを、比留間はありありと思い出していた。
さいしょのうちこそさすがにためらっていたけれど――
あれは間違いなく、悦んでいるときの腰遣いだ。
服を破られまる裸にされて、股間にズブリと突っ込まれちまって。
それからあとのあいつの乱れようったらなかった――と、
失血で遠のく意識が妻のよがり声でなん度も引き戻されたのを、ほろ苦く思い出していた。

「あたし、明日学校休む」
真由美がみじかく告げた。
「制服濡れちゃったから学校行けないし、どうせだったらこれ着てもう一度楽しませてあげようか」
ハイソックスも履き替えてきたよ――少女は真新しいハイソックスに眩しく包んだ足許を、吸血鬼に見せびらかした。
「あたしも、真由美に負けないように頑張らなくちゃね」
 パンストはなに色がお好き?網タイツとかもあるんだよ?
 だんなが出かけてから楽しもうか?それともさっきみたいに、見せつけるのが好きなのかい?
 とっておきのよそ行きの服があるの。特別に着てあげようじゃないか。あたしの血で、タップリ濡らしておくれよ・・・」

女どものはしゃく声が部屋を明るくし、比留間家にはようやく平和が戻った。


朝の明るさが、雨戸のすき間から洩れてくる。
はぁ・・・はぁ・・・ふぅ・・・ひぃ・・・
寝間から洩れてくるうめき声に、きょうも比留間はひと晩じゅう悩まされた。
ふすまの向こうで妻の艶子が、見慣れたこげ茶色のワンピースを着崩れさせて、
あお向けに寝そべる怪人のうえに太もももあらわにまたがっている。
太ももを覆うパンストは見るかげもなく裂け目を拡げて、
そのうえ男の舌が存分にふるいつけられた名残に、唾液に濡れ濡れになっていた。
ああ・・・くうっ・・・おおおっ。
激しく擦れる粘膜の疼きに耐えかねたよがり声が、ひと晩じゅうだった。
あー、寝られねえ、寝られねえ・・・
もっとも昼間も、事情を知った上役から、長期の休みをもらっていたのだ。
「寝不足でやってられないだろう」という配慮だった。

うちの一家はたぶん、「モブキャラ」だ。
「吸血怪人物語」では、いの一番に狙われて、家族全員が血を流してぶっ倒れてしまう、
たぶん役名もつかないようなチョイ役だ。
でもそのチョイ役にだって、意地がある。いままで生きてきた人生がある。
勤続二十年以上の真面目なだけが取り柄の男に、所帯持ちの良いしっかり女房。
あれ以来肌をよみがえらせて、すっかり若返った熟妻は、亭主の残業代で買った色とりどりのストッキングを穿いて。
学校の制服が似合うようになった、年ごろの娘、白のハイソックスを紅い飛沫でド派手に濡らして。
だれもがたいせつな、ひとりひとりなのだ。
「あんたの奥さん、つくづくいい身体してるな。相性が好いのかな?
 わしは気に入った。気が向いたらいつでも抱かせてもらうからな」
などと。
やつは勝手なことを抜かしているが。
女房にはさすがにいえないけれど――
俺はやつに女房を犯されるのが、このごろ無性に嬉しくなる。
女房の良さを、やつはちゃんとわかってくれている。
かいがいしくかしずく女房を、ちゃんと可愛がってくれている。
女房のあそこが、やつの精液で濡れ濡れになっても。
喉の奥まで、おなじ粘液をほとび散らされても。
ボーナスで買ったばかりのよそ行きのワンピースが台無しになるまでふしだらに着崩されても。
艶子のことを分かってくれるんだったら――
やつが俺に見せつけたいという愉しみとやらに、よろこんでつき合いつづけてやるんだ・・・
「女房を犯すのはやめてくれ~、ああお前、またそんな声出して、ダメだ、ダメだ。夢中になったらいけねぇって・・・」

吸血怪人を家庭に受け容れた男

2023年09月12日(Tue) 22:10:30

ぁ・・・う・・・
吸血怪人に背後から抱きすくめられて、篠浦恵子は顔をしかめてうめいた。
厚ぼったい唇が歪んで、白い歯をかすかに覗かせている。
引きつったおとがいのすぐ下に、男の唇がヒルのように吸いついていて、
唇に覆い隠された鋭利な牙が彼女の素肌を抉るのを視界から遮っている。

咬みついた瞬間飛び散った血が、恵子の着ている空色のブラウスのえり首を濡らした。
唇のすき間から洩れた一条の血が、そのブラウスのえり首から胸もとへとしたたり落ちて、彼女のブラジャーを濡らした。
透けない生地のブラウスに遮られて外からは見えなかったが、恵子は黒のレエスのブラジャーを着けていた。
毎晩のように彼女との交わりを遂げようとする夫を悦ばせるためではなく、
今夜訪れると予告してきた怪人のために着けたブラウスでありブラジャーだった。

唇が、素肌のうえをせわしなく、蠢いている。
ぴったりと密着した唇が大きくうねるたびに、
恵子の血がひと掬(すく)いずつ、飢えた怪人の喉の奥へと送り込まれるのだ。
襲われはじめたさいしょのうちこそ、身の毛もよだつ想いだった。
いまでも、生命の危険と背中合わせのこの「遊戯」に恵子の胸は不吉に騒ぐのだが、
いまでは、彼女の生命の源泉をひたむきに需(もと)めてくるこの唇を、いとおしくと感じるようになっている。

彼女は腕をだらりと垂れて、とうに抵抗をあきらめていた。
手向かいに対応する必要のなくなった男の腕は、彼女の豊かな身体を、想いを込めてしっかりと抱きすくめている。
切実に慕う恋人を抱くときの力の籠めかたが、恵子の胸を強引に過ぎず緩すぎもせずに、ほど良く締めつけていた。
貧血を覚えた恵子は、ひざから力が抜けるのを感じた。
恵子は姿勢を崩して、赤いじゅうたんに膝を突いた。
肌色のストッキングに包まれた膝だった。
そのストッキングさえ、愛人を悦ばせるために脚に通しているのが、いまの恵子だった。

そのまま身を横たえてしまうと、
彼の関心がそのまま自分の下肢に向けられるのを恵子は感じた。
生温かい唇がストッキングのうえから太ももに圧しつけられるのがわかった。
薄手のナイロン生地ごしに、なまの唇が露骨に蠢き、唾液をヌルヌルと粘りつけてくるのを、ありありと感じた。
もの欲しげで、好色な唇だった。
その唇がまだ、30代半ばを過ぎたこの女の、熟れた血潮を欲している。
「破かないで・・・」
恵子はうめいたが、願っておきながら男が彼女の言を容れないことを知っていた。
ストッキングを穿いた婦人の脚に好んで咬みつくのが、彼の習性だったから。
そしてそうする前に、いやというほどいたぶりを加えるのも、彼の習性だったから。
男の牙が恵子の皮膚を突き通し、生温かい血潮がストッキングを浸すまで、かなりの時間が経った。
刻が過ぎる長さは、自分の情夫が彼女の装いに満足し、愉しみ抜いた証であることを、すでに彼女は知っている。
足許をゆるやかに締めつけていたナイロン生地が緊張を失い、裂け目を拡げるにつれて頼りなくほどけてゆくのを、
彼女は小気味よげな含み笑いで受け流すことができるようになっていた。

貧血が理性をより深く惑わせるのを、恵子は感じた。
見えるのは天井と、視界の隅に滲んだ近すぎる頭髪――
パンストを片脚だけ脱がされて。
スカートは腰までたくし上げられていた。
ショーツは自分で、引き裂いていた。
「欲しい・・・あなたが、欲しい・・・」
はしたないお願いを声をあげて発してしまったことに、かすかな羞恥をおぼえた。
けれども、それが本心であることを、言葉を発することでより強く自覚してしまったのも確かだった。
声を発したことが、却って恵子の激情に火をつけた。
「ああっ、お願い!犯して・・・私を犯して!うんと苛め抜いてちょうだい!」
想いの赴くままに、声はしぜんと彼女の口を突いて出た。
あなたがいけないのよ・・・
さんざ淫らな言葉を口にしてしまいながら、恵子はおもった。
恵子が声をあげることは、夫の希望だったのだ。


「怪人と逢っているのだろう?」
夫の唐突な問いに、恵子は言葉を失った。
「彼」とは、誘拐されて以来始まった関係だった。
あのときは、いっしょに囚われた息子の機転で首尾よく彼女は救出されたが、
一夜を共にする間、身を揉んで嫌がる身体を開かされて、怪人の一物を受け容れてしまっていた。
いちどならず、なん度もくり返される吶喊に、しだいしだいに身体が反応し始めるのを、どうすることもできなかった。
厳重な包囲のなかにあって、突入をためらう当局や夫たちをよそに、彼女の操は破られ、汚され、淫らに変えられていった。

正義のヒーローに撃破された怪人は、悪の組織からも破門されたと聞いた。
どうやって生きていくのか。どうやって血を得るのだろうか?と、ふと思った。
もちろんその時点では、自分に辱めを与えた暴漢に対する同情などなかった。
けれども人の生き血を欲しがる輩が街を徘徊するのはどういうものだろうと、懸念を感じただけだった。

年月が過ぎて、その怪人が再び目の前に現れたとき、
怪人を出し抜いて自分の救出に貢献した息子が、先に咬まれていた。
白のハイソックスを血に浸して帰ってきた息子から事情を聴くと、彼女は当然のように憤慨しかつ恐れたが、
息子は母親を見あげていった。
「苛めちゃダメ。いまはかなりかわいそうな状況だから」
整った眼差しは冷静で、同情に満ちていた。
息子のはからいで路地裏にうずくまっていた怪人は、かつての面影がなかった。
彼なりに、反省し悔悛したのかも知れないと、恵子は思った。
どうしてそこまでする気になったのか、いまの恵子にもわからないけれど、
気がつくと自分からスカートをたくし上げて、自分の太ももを咬ませ、息子につづいて血を啜り獲らせてやってしまっていた。
でも――と、恵子は思う。
家事に追われて身なりに頓着しないでいた彼女は、路地裏に出る前にスカートに穿き替え、
ふだん脚に通すこともなくなったパンストまで、わざわざ新しいものをおろして穿いていたのだ。
怪人がストッキングやハイソックスを履いた脚を好んで咬む習性を憶えていたからだった。
もうその時点では、咬まれる覚悟を決めていたのだろう。
きっとそれは、彼女を訪ねてやってきたときから、もうそのつもりになっていたのだろう――
何しろそのあと彼女はまな娘にまでも言い含めて、まだ稚なさの残る首すじを咬ませてやってしまっていたのだから。
子どもたちの血まで吸わせたのはきっと、彼女なりの同情だったのだろう。
まだその時点では、男女の感情はなかった。
きっとそのあとだ。
そうだ、いちど咬まれた女は淫らな想いに理性を侵蝕されて、怪人の思うままにされてしまう――
私は彼の術に、まんまと嵌(はま)ってしまったのだ。

術に嵌められたことを、自分は必ずしも悔いていなかったと思う。
夫に黙っているという選択肢は、正直すぎる性分の彼女には、耐えがたいものだった。
彼女は怪人をそのまま家にとどまらせ――家のなかでさんざ犯されてしまうという代償付きだったが――ともかくも一緒に謝ってもらった。
肩を並べて頭を下げるふたりに、夫がなにを思ったのかはわからない。
もとより、帰宅直後の夫を怪人が急襲して、首すじを咬んだ「御利益」に他ならなかったに違いないのだが・・・
夫の言い草こそ、ふるっていた。
「うちにも近所の評判ってものがある、こんど来るときは、ちゃんと家にあげてお相手しなさい」――
はたしてそれは、どこまで夫の本心だったのだろう?

それ以来なん度となく訪れる彼の誘いには、最優先で応えてしまっていたし、
「怪人さん遊びに来てるの?いっしょに遊ぼうよ」と無邪気に言い募る子供たちを交えて、
ゲームをしたり勉強を見てもらったりしたことで、怪人は子供たちにも愛着を感じ始めていたに違いない。

さて、目の前の夫のことである。
2人そろって謝罪をして叱り飛ばされた痕、彼と逢いつづけていることは特段夫には告げていない。
けれども、なんとなくそれを悟っているような夫のそぶりは、おりおり感じていた。
ひと頃途絶えていた夫婦の営みは、あの夜を境に復活した。
けれどもそれは、恵子を下品に虐げるような、荒々しく一方的にむさぼるようなセックスだった。
お前の夫は、俺だ。お前は俺に服従しなければならない。それがこの家に嫁いだ、お前の務めなのだ――
身体でそう言いつづけているようなセックスに思えた。
夫権というものは、セックスだけで片づけられてしまうような、単純なものなのだろうか?ふとそんな疑問が、彼女の胸の奥をかすめていた。
恵子はまっすぐに夫を見て、いった。
「お逢いしています。翔一ややよいとも遊んでくれていますし、私も――」
それ以上言うな、というように、夫は手を振って恵子を遮った。
「いちど、視てみたいんだ。きみがどんなふうにあいつと接しているのかを――」
夫はあのとき、怪人のことを「あいつ」と呼んだ。
まだ認めているわけではない。きっと、憎くて仕方ないのだろう。
「乱暴はしないで」
という恵子に、「そこまで野暮じゃない」と言い切ってくれはしたけれど・・・


何十年ものローンを組んでやっと手に入れた自宅が、不倫の濡れ場となって汚されるとは――
篠浦俊造は、あらぬ声を洩らして愛人と乱れあう妻を覗き見て、どす黒い想いを滲ませる。
少し前まで。
自宅に情夫を引き入れながらも、
「ねえ、やっぱりよそうよ。ここで今するのは良くないわよ」
と言い募っていた妻。
それが彼女に残っていた最後の倫理観と理性だった。
少なくともそこまでは、恵子は彼の妻らしく振舞っていた。
けれども、ちょっと背を向けた隙を突かれて怪人に後ろから抱きすくめられてしまうと、事情はあっさりと変わった。
「あ!ダメ!」
と叫びながらも妻は、男の抱擁を受け容れてしまっていた。
本人がそれを自覚していなかったとしても・・・
心ならずも抱かれたのか、そうでないかは、はた目にもわかった。
もしも前者であったなら、嫌悪に身震いしながら身を揉んで、あるいは相手の男を振り放していたかもしれないのだから。
逡巡する妻の首すじに男の唇が這ったのが、とどめだった。
たまたまこちらに向けられた妻の顔。そして男の唇――
男はしんけんに、妻を需(もと)めていた。
白い肌にヌメるようにあてがわれた、赤黒く爛れて膨らんだ血の気の無い唇が、
相手が常人ではないことを告げている。
そう――妻を襲っているのは、吸血怪人だったのだ。
すでにいちどは退治済みの怪人だった。
正義のヒーローにあっけなくのされてしまい、刑務所で服役までしたという。
だが、模範囚として出獄した彼に、反省の色は果たしてあるのだろうか?
男は本能のままに妻の首すじに喰いついて、血を啜りはじめていた。
赤い血のすじがブラウスの胸もとに這い込んで、
それがひとすじのしずくであったのが一条の帯になってゆくのを、いやというほど見せつけられた。

ひざ小僧を突いてしまった妻が堕ちるのに、さほどの刻は必要なかった。
男はなおも容赦なく恵子の血を啜り、恵子は首すじを、そして脚を差し伸べて、男の欲求に応えつづけた。
恵子の胸から空色のブラウスを剥ぎ取ると、男は自分の唇を恵子の唇に熱烈に圧しつけてゆく。
自分の血をいやというほど吸い取った唇に、妻の唇は応えていった。
好きよ・・・好きよ・・・といわんばかりに。
そして妻の想いは、とうとう声になってあらわにされた。
「欲しい・・・あなたが、欲しい・・・」
うわ言のような声が、だんだんと大きくなって、しまいにははしたないほどの大声になっていた。
「私を犯して!うんと抱いて!」
「もっと、もっと苛め抜いてええっ!」
「ストッキング破くの、だめぇ・・・」
ふだんの思慮深く大人しい妻からは窺いようもない、あられもない淫らな言葉――
恵子は娼婦に堕ちた。そう思うしかなかった。
もとより、2人の関係はすでに知っていた。
妻は正座までして、相手の男と肩を並べて謝罪をくり返した。
けれども、「もうしません」とは、決して言おうとしなかった。
男のほうも、「奥さんのことは諦めます」とは、絶対口にしようとしなかった。
つまり、2人の意志は固い・・・ということなのだと、勤務先では「賢明課長」とあだ名された彼にも良く理解できた。

さいしょは家に入れるつもりがなかったという妻は、
男がさいしょに訪ねて来たとき、わざわざ家の外の路地裏で顔を合わせたという。
いちどは自分を拉致してアジトに連れ込んで、吸血行為にとどまらない暴行をはたらいた男である。
当然の警戒心だった。
けれども、いま男が置かれている状況に同情した妻は彼に自分の生き血を与え、
さいごにはほだされて家にあげてしまった――というのである。
なん度も逢瀬を重ねて一線を越えたという奥ゆかしさは感じられない。
衝動の赴くままにずるずると関係を発展させて、しまいに子供の目に触れかねない状況で濡れ場に及んだというのである。
いったい妻は、いつからそんなふしだらな女になってしまったのか。

かつて怪人の手で拉致されたとき。
いっしょに連れ去られた息子の機転のおかげで、正義のヒーローは彼のことを撃ち倒した。
けれども妻は、その憎むべき怪人と、一夜を共にしてしまっている。
あのとき拉致された妻は、吸血怪人と一夜を共にしている。
関係者は口を閉ざし、妻本人もなにも告げようとはしなかったけれど、ことが吸血行為だけに収まったとはとうてい、思えない。
そのときに身体を開かれた記憶が、それほどまでに好かったのか?
あのとき。
解放された妻は、嫌悪の情もあらわに身をうち震わせて、夫に身を寄り添わせた。
とっさの行動だったとはいえ、二児の母となってから疎遠になりがちだった妻の愛情を久しぶりに感じたものだ。
あのときの妻の振舞いは、嘘だったのか?衆目を取り繕うためのボーズに過ぎなかったのか?

いま妻は、やはり身をうち震わせて――
「夫」ならぬ「情夫」の逞しい腕のなか、恥ずかしげもなく裸身をさらけ出している。
太ももまでずり落ちた肌色のストッキングだけが、着衣を引き剝かれるまえの妻の品格の名残りとなっていた。
それですら――男の舌でネチネチといたぶり抜かれ、たっぷりと唾液をしみ込まされてしまった、情事の痕をありありと留めているのだ。
ああ、またしても突っ込まれた。これでなん度めだろう?
さいしょは押し倒されてすぐ、スカートをたくし上げられて犯された。
そのときも妻は、信じられないことに、
男の恥知らずな舌から頼りなくも貞操をガードしていたショーツを、自分の手で引き裂いていた。
それからじゅうたんのうえで身体をひっくり返され、バックから需(もと)められた。
額に汗をしたたらせ、四つん這いになりながら喘いでいる妻の姿は、屈従的で、
なにもかもを夫以外の男の手で教え込まれてゆく女奴隷のそれだった。
セックスの頻度さえもが、凄い。絶倫だ。
いや、それ以上に・・・
妻への執着の強さを感じさせる。いやというほど、感じさせる。

俺の妻が。
俺だけの妻が・・・
ほかの男の餌食になり、しつけられ、覚え込まされ、支配されてゆく。
俺の権利はどうなるのだ?
妻に対する俺の権利は、完全に取り払われてしまうのか?
このままでは、かけがえのない家庭が崩壊してしまうではないか!?
俊造は焦れに焦れた。
一刻も早く妻を救い出さなければ、妻は完全に男のために汚し抜かれ、骨の髄まであいつのものになってしまう。
そんな焦りがズキズキ高鳴る心臓を、とろ火で焙りたてた。
腰の上下が一回あるごとに、相手の精液が飛び散り妻の膣を濡らし、さらにその奥へとそそぎ込まれてゆくのを、ありありと思い浮かべてしまう。
やめろ、やめてくれ。話が違う!
しかし、懊悩する俊造の想いとは裏腹に、
彼のペニスが鎌首をもたげ、怒張をエスカレートさせて、先端がほころびて淫らな粘液を徐々に洩らしてしまうのを、彼はどうすることもできなかった。

妻が犯されているのに。
俺の名誉が踏みにじられているというのに。
どうしてこんな?勃起?そんな場合じゃないだろ!?
自問自答しながら、俊造は焦れた。焦れつづけた。答えは出なかった。
ズボンをしたたかに濡らした彼は、脱衣所に走り、脱ぐ手ももどかしくズボンを脱いで洗濯機に放り込んだ。
そして、片時を惜しむようにふたたび、不倫の現場に取って返した。

「あれぇ~、許して・・・」
妻は相変わらず、声をあげている。
もはやその表情に、苦悩や自責の翳りはない。
そんなものはとうに捨て去ってしまっていて、いまあるのは女の身としての歓びを全身に沁みとおらせた、愉悦に弾む熟れた肉体だけだった。
はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・
全身に愉悦を滲ませて。
女は黒い髪をユサユサと揺らしながら、うわぐすりを塗ったように滑らかな肌を、バラ色に上気させている。
これが妻か?本当に妻なのか?
いつもの所帯持ちの良い、しっかり者のお前はどこに行った?
「あぁん、もっとォ・・・」
なにを言っているんだ?それじゃあ場末のキャバレーの淫売女と変わりないではないか?
「ひいぃ・・・ひいぃ・・・あなた、すごぉい・・・っ」
やめろ、やめてくれ。お前はほんとうに、俺の妻なのか?「篠浦」恵子なのか?
男を抱き寄せる妻の指先にキラリと、なにかが光った。
結婚指輪だった。
指輪をしたまま俺を裏切っているんだ・・・
俊造は、完全な敗北を感じた。
妻は、頭のてっぺんから脚のつま先まで塗り替えられてしまったのだ。
夫ならぬ男の支配を受け容れて、ふしだらに腰を揺らしてヒイヒイ喘ぐ女になってしまったのだ・・・

さっきから。
男はなん度も、妻にキスをくり返している。
こんなに熱烈なキスを交わしたことは、果たして俺たちの間にあっただろうか?俊造はおもった。
新婚のころはいざ知らず、出産、引越し、人並みの出世を賭けたせわしない日々――
それらのなかで、そうしたことはすべておざなりにされてきてしまった。
今さらながら、それに気づいた。遅い。遅すぎる・・・
男はほんとうに、妻のことが気に入っているらしい。
片時も手放さず、身体を密着させて、それだけではない、そこはかとない妻に対する気遣いが、そこかしこに見え隠れする。
たぶん自分の性欲の発露だけではなく、相手の女が感じているのか、苦しいだけなのか、相手の身になって見極めようとする視線がそこにあった。
俺はそんなこと、考えもしなかった――
相手の男は、妻を得て嬉しいのだろう。幸せでたまらんのだろう。
妻の熟れた身体を楽しんでいるだけではなく、本能のままに生き血をむさぼる行為に溺れているだけではなく、
妻を気遣うことすら、この男にとっては歓びなのだろう。
そして、男を満足させることが妻の歓びになっている・・・

俊造はたまりかねて、とうとうドアを押し開いていた。

ちょうどふたりは、一戦を終えてお互いの息遣いを確かめ合っているところだった。
入ってきた俊造に対して、2人はゆっくりと顔を向けた。
男の顔にはなんともいえぬ親しみがよぎり、
女は謝罪するように首を傾げ、はにかむような照れ笑いを浮かべていた。
傾げた首すじには、咬まれた痕がくっきりと刻印されていて、傷口にはかすかな血潮がまだあやされていた。
「美味シカッタ・・・」
男が妻の髪を、血に濡れないよう掻きのけた。
怪人らしい機械的な声色だったが、妻に惚れている男の声だと俊造は感じた。

「素敵ナ時間ヲクレテ、ワタシハ感謝シテイマス」
男の言葉にてらいはなかった。
「あなた、ごめんなさい。でも嬉しいです」
女の言葉にも、真情があふれていた。
「ずいぶんと仲良くなったんだね・・・・・・おめでとう」
さいごのひと言に自分で驚きながらも、声にしてしまうとむしろ、いまの気持ちに正直になれた。
「さいしょは家内をモノにされたと聞いて、気が狂うくらいに腹立たしかったんだ。でも――」
俊造は言葉を切った。
怪人が、しんそこ申し訳なさそうなまなざしを、自分に向けている。
「子供たちもきみに懐いている。俺の居場所はここにあるのか?」
「ほら、ごらんなさい」
妻が、情婦をたしなめている。
「うちの人ったら、まじめなのよ。だから絶対、そう思われちゃうって言ったじゃない」
「真面目デ責任感ノアル、ゴ主人――自分ノ奥サンヲ辱メラレテ、イイ気ガスル訳ハナイ」
怪人は妻の言に相槌を打つように、あとをつづけた。
「必死ニ守ッテキタゴ家族。一生懸命働イテ、家ヲ建テテ妻子ヲ住マワセテ、ソレナノニ裏切ラレテシマウ。
 気ノ毒、カワイソウ」
うめくようなうわ言のように続けた後、彼はいった。
「ダカラ、ココハ貴方ノ居場所。居場所ガナイノハ、ワタシノホウ」
「でも、出て行きたくはない。そうだね・・・?」
怪人は、素直な少年のように頷いた。
「私の主人は、あなたしかいません」
そう告げる恵子の目線は、まっすぐ夫に向けられていた。きっぱりとした口調だった。
「俺の妻でいてくれるんだね?」
念を押すように訊く俊造に、
「コノ人ハ元カラ、アナタノ奥サン。ワタシハ、タダノ”オ邪魔虫”」
俊造は思わず噴き出した、
「怪人のきみでも、お邪魔虫なんて言葉を知っているんだね」
聞いて頂戴・・・というように、恵子が夫に向けて目で訴える。
「この人ったら、人妻を犯すのが好きだって言うの。いけないひとだと思いませんか」
「で――きみがこの街の人妻の代表として狙われてしまったということなのだね?」
拉致されてアジトまで攫われてしまった女性は、そういえば自分だけだった――恵子はいまさらながらのように思い出す。
「ほかの家の奥さんはその場で襲われただけで帰されたのに、きみだけは戻ってこなかった。とても心配だった」
「アノ時ノワタシハ、本当ニ悪カッタ。
 子供タチニモ心配サセタ。アナタノ気持チモ考エナカッタ。謝ル。改メテ謝ルーー」
男の頬は慙愧の想いに翳っていた。
「人妻代表さん」
俊造に、いつもの快活さが戻って来ていた。恵子のことをおどけたようにそう呼ぶと、
「長年尽くしてくれたご褒美にきみに愛人をプレゼントするよ。
 ぼくが決心して、きみに愛人を持たせることにした。せめて、そういうことにしてくれないか?
 きみのことが気に入ったこの男(ひと)を、ぼくは自分の家庭に受け容れる。
 子供たちもきっと、よろこぶだろう――」
恵子の目から涙があふれた。
「あなた、ありがとう・・・ありがとうございます。
 代わりに精いっぱいお尽くししますから、どうぞ恵子のふしだらをお許しください」
だれに教わったわけでもなく、三つ指ついて平身低頭していた。
俊造は、怪人に手を差し伸べた。
「貞淑な家内をここまで堕とされるとは、男として不覚でした。貴男の熱意が優ったのでしょう。
 家内を誘拐されたときには心配したけれど、きみのお目が高かったということだね。
 家内を択んでくれて、家内を狙ってくれて、夫として礼を言います。
 もういちど言わせてもらう。おめでとう」
物堅い夫が自分の妻を犯した男に握手を求め、お互いの掌を固く握り合わせるのを、恵子は感無量の眼差しで見つめていた。
「お祝いに、今夜は明け方まで、家内のことを明け渡すよ。ふたりで楽しんでくれたまえ。
 それから――きみが来たい時はいつでも言ってくれたまえ。家内のこと、独り占めさせてあげるから」

男と女は嬉し気に、しかし少しだけイタズラっぽく、ウフフと笑み合った。
「じゃあお願い」
恵子がいった。
「服を1着選んでくださらない?
 このひとのために装いたいの。
 貴方が択んでくれた服に着替えて、それを私のお嫁入り衣装にするわ」
え――?
俊造はゾクッとした。
心を読まれた想いだった。
着飾った恵子が目の前で征服される――
誘拐事件以後、彼の脳裏に灼きついた想いがこみ上げてきた。
吸血怪人とおぞましい一夜を過ごした妻。娼婦のように淫らになったかもしれない妻。
そんな恵子を想って、かつてなん度となく思い描いてきた淫らな光景が、いま目の前で現実のものになるのだ――
「じゃあ・・・
 怪人さんに誘拐されたときの服はどうだろう?
 いまでもきみが結婚式の時に着ている、薄いピンクのスーツ、それにネックレス。
 ちょうどぼくが買ってあげたイヤラシイ下着があっただろう?あれも一緒に着けたらどうかね?」
恵子はウットリとした目で、夫をみた。
「この人のこういうところが好きなの」
真面目なくせに、けっこうエッチなのよ――
それは愛人に対する、明らかな夫自慢だった。

10数分後、着替えて出てきた恵子は、目を見張るほど艶やかだった。
ひざ丈のスカートを少し短めに穿いて、太ももが微かに見え隠れしていた。
スカートのすそから伸びた豊かなふくらはぎは、純白のストッキングにピンク色に透けている。
犯される女の品性を示すように、ストッキングには微かな光沢がつややかによぎり、高貴さと淫靡さとを際立たせていた。

怪人は、ものも言わずに恵子夫人の胸を、背後から腕に巻いた。
「あれえっ」
芝居がかった夫人の声に、俊造はまたも激しく怒張をみなぎらせた。
「ボクノ後ニ、奥サンノ肉体、タップリ楽シムト良イーー」
怪人はそう言いざま、恵子を荒々しくじゅうたんの上に引き倒した。
きゃあっ・・・恵子はまた叫んだ。
子供たちが起き出して、ドアのすき間からそうっと中を窺っているのを俊造は背後に感じたが、
もはやそれでも良いと思った。
安心しなさい。お母さんは怪人さんと仲良くなるためにちょっとおイタをしているところだから――
彼は背中で、子供たちにそう伝えた。

真珠のネックレスが光る首すじにふたたび艶めかしい血をあやし、
逞しい猿臂に巻かれ、スカートごしに逞しい怒張を感じつつ、
引き裂かれたストッキングのたよりない感触を噛みしめながら、恵子は怪人と熱い熱いキスを交わす。
夫がプレゼントしてくれた真っ赤なブラジャーは男の手で、同じ色のショーツは恵子の手で引き裂かれた。
自分のプレゼントを引き裂きながら興じる二人を前に、夫が手で軽く拍手をするのが、視界に入った。
「あなた、私幸せ――」
そう心の中で叫んだ時、
夫の数倍は勁(つよ)い黒ずんだ肉塊が、自分の膣にもぐり込み力強く抉るのを感じて、
恵子は思わず、身を仰け反らせていった。

それから数時間。夜が明けるまで。
息せき切ってかわし合わされる呼気が絶えることはなく、
感謝と幸福感に打ち震える愛人の腕の中、恵子は恥を忘れて夫を裏切りつづけ、
俊造は物堅い課長夫人であったはずの妻がはしたなく堕落して、
篠浦家の主婦の操をほかの男の精液に濡らしてゆく有様に、惚れこんだように見入りつづけていた。


あとがき
これまた、一気に描いてしまいました。。
いうまでもなく、前作の続きです。
さいしょはヒロインをどの女性にしようかとあまり考えずに描いていたのですが、
そのわりにブレはほぼないと思っています。
じつは前作を描くときに、いちばん最初に思い浮かんだのがこちらの家庭なんですね。
昭和の家屋に住む、堅実なご家庭。
生真面目な夫に、控えめでしっかり者の妻。
無邪気でわけへだてのない視線を持っている子供たち。
どこにでもありそうなそんな家庭を襲った、小さな(小さくない?)嵐のてんまつです。
すみずみの表現も、いままでにない感じのをちりばめたつもりです。
どうぞお楽しみください。・・・って、あとがきだったんですよね、これ。(笑)

正義のヒーローに退治されながら生き残った、怪人のその後

2023年09月12日(Tue) 22:09:39

正義のヒーローに退治された吸血怪人がいた。
ふつう怪人が征伐されると爆発を起こして四散してしまうのであるが、
幸か不幸かこの怪人は爆発を免れ生存してしまった。
しかし、使命を果たせなかったことから悪の組織からは破門され、路頭に迷うことになった。
妊婦や幼児を連れた母親、それに病気の老女の血を吸わずに見逃していたことも露見して問題視されたのだ。
目にした女はことごとく襲って生き血を吸うことが彼に課せられた任務だったのだ。

飢えた怪人は切羽詰まって、路頭で一人の女性を襲った。
勤め帰りのOLだった。
そのため傷害罪で逮捕され、刑務所にぶち込まれることになった。
食を欲すればそれだけで罪になる。
怪人は必死になって、人間並みの食事を覚えようと努めた。そうでなければ餓死の運命が待っていた。
どうにか人間並みの食事を摂取できるようにはなったものの、
人の生き血を飲まなければこの人造人間の身体は急速に衰え死に至ることまでは変えられなかった。
いっそ死んだ方が良い――と思っていたところ、
またもや幸か不幸か、怪人は模範囚として刑期を短縮されて出獄することになった。
人間並みの食事を摂取することから、再犯の危険なしと判断されたのだ。
俺を野に放つのはまずい、終身刑を果たしたいと怪人は主張したが、手続きの関係で予定通り出獄させられた。

刑務所には1人だけ、親切な看守がいた。
彼は人間の血を欲する怪人の欲求に理解を示し、時折自分の指をナイフで傷つけて、怪人に血を吸わせていた。
怪人がどうにか所期の能力を維持できたのは、彼の血のおかげだった。
行き場のない怪人の身を案じて、看守は自分の家に彼を引き取った。
看守には30代の妻と、10代の娘がいた。
「2人にはよく言い聞かせてある。でも私にとっては大切な家族だから、どうか手加減してもらえないか」
怪人は、吸血した相手を洗脳することができた。
看守も少しばかり洗脳されてしまっていたので、こんな破格の善意を示してくれるようになったのだが、
まだ血を吸われていない身体のままで夫の言を信じた妻や、両親の言いつけに従った娘が立派だった――ともいえるだろう。
引き取り先となった看守の自宅では、一夜にして、妻も娘も吸血された。
2人の女は、自分たちの血が怪人の喉を愉しませるのを悦ぶ身体になってしまったし、
看守もまた、服を血に染めながら横たわり怪人の意のままにされてゆく妻や娘の甘美な受難を目にすることに、性的な歓びを覚えるようになっていた。
この3人の心の中では、自分たちが不幸になったという実感はまるでなかったのである。

怪人は看守の妻を自分の愛人どうぜんにあしらっていたが、看守はそれに対して苦情を言い立てることはなかった。
むしろ、怪人に愛されることで、自分の妻が生き延びられる見込みを持ったことに、安心しているようすだった。
怪人は看守の妻をまじめに愛した。
性欲を発散するだけの掌と、自分の身に真心を込めてくる掌とが違うことを、彼女はよくわきまえていた。
夫に対しては、切羽詰まった欲求に応えるすべも身に着けていたが、
怪人からは労りと慈しみに似た感情を帯びた掌を当てられることを、むしろ悦ぶようになっていった。
さいしょは寄る辺のない身の上に同情して意に染まぬセックスの相手をするだけの関係が、
心の通い合う文字通りの「情交」になってゆくのを、彼女はせつじつに感じていた。

怪人は夜中に夫婦の寝室を冒すことはあえてしなかったが、
看守が出勤していくと、送り出したその妻の首に腕を回して家の中に引きずり込んで、
もうたくさん!と言わせるまでスカートの奥を汚す行為をやめなかった。
そのうち看守も、怪人が夜這いどうぜんに夫婦の寝床に侵入してくるのを妨げずに、
自分の欲求を散じてくれた妻が時間差のある輪姦を遂げられてしまうのを、悦んで目にするようになっていた。

しかし、いつまでも看守一家の恩情にばかり甘えているわけにはいかなかった。
彼の必要とする血液は、看守や女2人から摂取できる血液量を、はるかに上回っていたためだ。
看守は娑婆に戻った怪人が「お礼参り」をしないかと恐れていた。
「そんなことはしない」と、怪人は誓った。
あくまで自分の催淫能力の虜になったものだけを餌食にして生きていくつもりだった。
彼の催淫能力には限界があって、だれでも彼でも誘惑できるわけではなかった。

まず手始めに、悪の組織に所属して任務を遂行していたころに餌食にした女たちを物色した。
彼女たちが、いちどは彼に洗脳された「実績」の持ち主だったからだ。


看守の家を出て数日が経っていた。
道行く人たちを無差別に襲うことだけはすまいと誓って出たのだが、
彼によって吸血の被害を受けた女性たちはほとんどが転居してしまっていた。

牙にかけた女性はたったの1人だった。
彼女はキャバレーのホステスで、かつて怪人が「現役」だった時、未明になった帰り途を怪人に襲われ餌食にされたのだった。
怪人の思惑に外れて、彼女の身体からはすでに「毒気」が去っていた。
いきなり襲った相手が本気で抵抗してきたことで、すぐにそれとわかった。
あわてて手を引っ込めようとしたときに、女は怪人の顔を見、相手の正体に初めて気づいた。
「なあんだ、あんたか」
女はそういって、紫色の派手なドレスをたくし上げ、太ももをさらけ出した。
「おやりよ、あんただったらかまわない」
女は怪人の魔力の影響を免れていたが、彼が女性の太ももに好んで咬みつくことはまだ憶えていた。
怪人は有無を言わさず彼女を抑えつけ、太ももに喰いついた。
ウッ・・・
女は甘くうめいて、生き血を吸い取られていった――

引きずり込まれた草むらのなかから身を起こすと、
女ははだけたドレスをむぞうさにつくろって、いった。
「服を破らないでくれてありがとね。何せ商売道具だからね。時々だったら声かけなさいよ」
明日は仕事の日じゃないから、少し多めに吸わせてあげるといった彼女の頬は、蒼かった。
自慢じゃないけど、気に喰わない男には身体を許したことなんか一度もないんだ――
女はわざと聞こえるように言い捨てて、ふらふらとよろけながら、通りに戻っていった。

ホステスの身体から摂った血が彼の干からびた血管から消えかかった、その日の夕刻。
怪人は薄ぼんやりとなりながら、とある大きな家の前に佇んでいた。
背後で、ハッとして脚をすくめる気配がした。
怪人が振り向くと、ピンクのスーツを着た若い女が1人、立ちすくんでいる。
かつて襲ったことのある、社長令嬢だった。
「現役」のときには人質に取って、アジトのなかでは度を重ねてうら若い血を愉しんだ相手だった。
たしか、父親が社長をしている中堅企業に勤めていたはずだ。
お互い見つめ合った目と目の間に、敵意はなかった。
「入りなさいよ」
女は言い捨てるようにして、インタホンを鳴らした。
「はい・・・」
インタホンの向こうから聞こえる落ち着いた声に、女はいった。
「あの時の吸血怪人さん、来たの。ママも逢うわよね?」
母親とは初対面だった。
けれど彼女は、娘を襲った憎い怪人との対面を希望していた。
ひと言詰ってやりたかったのだ。
誘拐事件のおかげで、娘の縁談が破談になっていたためだ。
「娘の将来を台無しにして、どういうことなのかしら!」
母親は土間から怪人をあげようともせずに、詰問した。
力づくならかんたんに籠絡できるはずの母親相手に、オドオドと接し、ぶきっちょに謝罪の言葉まで口にする怪人に、娘は好意を持った。
「ママったら、そうムキにならないでよ。私にしてみれば感動の再会よ。
 このひと、外であたしを襲って服を破いたりしたら近所の評判になると思って、ガマンして家の前で立ちんぼしてたの」
娘は怪人が昼間からずーっと外で待ちぼうけしていた怪人の本意を見抜いていた。
あの時のお見合い相手はその後別の女性と結婚したが、とんだ暴君でおまけに放蕩者だった――と娘は打ち明け、怪人を笑わせた。
久しぶりに、心から笑った気がした。
「勤め帰りのきちっとした服装、お好きだったわよね?」
娘はそういうと、怪人を自室にいざなった。
ここなら多少着衣を乱されても問題じゃない。
声さえあげなければ、ご近所の評判にならないから。
娘の囁きが怪人の耳たぶに暖かく沁みた。

遠慮しいしい咬み入れた首すじは以前と同様引き締まっていて、ほとび出る血潮の美味さも変わりなかった。
「ドラキュラ映画のヒロインに見えるかしら?」とおどける娘に、「すごく魅力的だ」とこたえて抱きしめていた。
知らず知らずお互いの唇を求めあって、重ね合わせていた。
娘が貧血を起こして畳のうえに倒れると、彼女の下肢に覆いかぶさって、ストッキングを穿いた脚に舌をふるいつける。
薄いナイロンのなよなよとした感触が、唇に心地よかった。
ストッキングに裂け目を拡げながら、自分のふくらはぎに牙を埋めてくるのを、娘はウキウキとしながら許していった。

往きがけの駄賃というわけではなかったが、母親も餌食になった。
リビングに降りてきた怪人が娘から吸い取った血に唇を浸しているのを目にした母親は、「人でなし」と罵った。
けれども、娘の安否を確かめようと母親が自室に入ると、
貧血を起こした娘は服を部屋着に改めて、伸べられた布団の上にちゃんと寝かされていた。
折り目正しいことを何よりも重んじる母親は、「礼儀は心得ていらっしゃるのね」と、気色を改めた。
「ママ、この小父さん――あたしの血だけじゃ足りないみたいよ」
娘はイタズラっぽくウィンクをした。
母親は大仰に吐息をついて、怪人にいった。
「お好きになさいな」
つぎの瞬間、痺れるような痛みが、社長夫人の首のつけ根に走った。
これと同じ痛みを、この娘(こ)はなん度も愉しんでしまったのだなと彼女はおもった。
怪人の持つ洗脳能力によって酔わされていると自覚していながら、
女は自分の血液を侵奪してゆく男の掌を、ブラウスのうえから取り除けることができなくなっていた。
したたる血潮がブラウスのえり首から入り込んでブラジャーを生温かく濡らすのを感じながら、
娘が吸血されるとき、自分の服を濡らして台無しにしてしまっても構わないと思ったのももっともだと感じ始めていた。
40代後半になろうとしている分別盛りの年配なのに、年ごろの娘のようなときめきを抑えきれなくなっていた。
自分の気持ちが若返ったことにほろ苦い歓びを感じながら、
社長夫人は娘に続いて、パンストを引き裂かれショーツを荒々しくむしり取られるのを許してしまっていた。

朝になるとこの家のあるじである社長が出張先から戻ってくる――という母娘の手で、怪人は追い立てられるようにして家を出た。
母親は、忘れた頃におととい来なさい――と、拒んでいるのか受け容れてくれるのかわからないことを言った。
娘のほうは、母親の言い草のあいまいさをはっきりさせるように、「待ってるから」とハッキリ言った。
いまの縁談がだめになったら別のくちを考えるわ、とも言ってくれた。
その日の朝に洗濯機に投げ込まれた娘のショーツが初めての血で濡れているのを、母親は見逃さなかった。


つぎの訪問先が夕刻になったのは、なんとかその家だけは立ち寄るまいと逡巡したせいだった。
夕べ訪れた社長の邸宅に比べると、古びているうえにふた周りも小さい一軒家だった。
そこは、堅実に暮らすサラリーマンの家だった。
バタバタと急ぎ足の小さな足音がした。
怪人が目を向けると、そこにはその家の息子が佇んでいた。
初めて襲った時と同じ、半ズボンに白のハイソックス姿だった。
「え?来たの?」
息子は目を見開いて怪人を見た。
「脱獄?」
「残念ながら、刑期が短縮になったのだ」
「それって、良かったってことじゃない」
「わしの身の上をわかっているだろ・・・」
怪人はさえない声で呟いた。
ああそうだね――と息子は、まだ幼さの残る声でこたえた。
彼は、怪人が人の生命を奪うのを忌んでいることを知っていた。
「殺人罪じゃなくて傷害罪だったから良かったんだね」
息子は晴れやかにそういった。ボクだって勉強してるんだよ――と言いたげな口ぶりがほほ笑ましかった。
「婦女暴行も絡んでいるから、厳罰だったがな・・・」
怪人はそう言いかけて、言葉を飲み込んだ。子供にまだきかせる内容ではないと思ったからだ。
「ここに来たってことは、血を吸いたいんだろ?
 ボクで良かったら、いいよ」
少年はハイソックスを履いた脚を、怪人のほうへと差し伸べた。
目のまえで怪人が、母親の穿いているストッキングを嬉しそうに咬み破るのを見ていた少年は、
男が長い靴下を汚しながら吸血する変態趣味の持ち主だと知っていた。
「ここでかい?」
「へえ~、周りの目を気にするんだ。進歩したじゃん」
少年は無邪気に声をはずませて、怪人をからかった。

少年に対する吸血は、路地裏で実行した。
真っ白なハイソックスに着いた血のりが赤黒いシミを拡げてゆくのを、少年は面白そうに見おろしていた。
「だいぶ体力がついたようだな」
怪人がいうと、
「もともと強い子だったけどね」
と、少年は負けずにこたえた。
逃げた人質を庇おうとして少年が機転を利かせたおかげで、正義のヒーローの到着が間に合ったのだ。
「だから、仕返しに来たのかとおもった」
「そうではないが・・・」
口ごもる怪人を見て、少年はアハハと面白そうに笑った。
少年は、怪人が家のまえでためらっている理由に心当たりがあるようだった。
「待ってな、母さん呼んできてやるよ」
怪人が心から望む再会をかなえてやるとあっさり口にすると、
少年はさっきと変わらぬ急ぎ足で、バタバタと自宅に駆け込んでいった。

10分ほどして、少年の母親が路地裏に現れた。
人目を気にしぃしぃ玄関から出てきたのを、怪人はよく見ていた。
この家で長いこと主婦をやっていかなければならない彼女にとっては、近所の評判がどうしても気になるのだろう。
「息子から聞きました。仕返しにいらしたの」
真顔になっている母親を前に、怪人はうろたえた。
なんということだ。ちっとも伝わっていないではないか――と、怪人は切歯扼腕した。
そうじゃなくて・・・と言いかけると、ムキになった顔つきが可笑しかったのか、母親はクスッと笑った。
「そういってからかってやれば面白いって、ショウくんが言うから――」
と、母親はいった。
あの子にはやられ放しだな――怪人は本音でそう呟いた。
「お時間あまりないの。子供たちに晩ご飯食べさせてあげないといけませんので――」
うちの人もそろそろ帰ってくるし、家にあげてあげることもできなくてごめんなさいね、と、母親はいった。
そして、穿き替えてきたばかりらしい紺のスカートをめくって、肌色のストッキングに包まれた太ももを、怪人の前にさらけ出した。
「悪いね、奥さん」
「うちの子がご迷惑をかけたので――あうッ!」
太ももに食い入る牙の鋭い痛みに、母親は言葉の途中で声を失った。
初めて噛まれたときの記憶が、いちどによみがえった。

あのときもこんなふうに、ストッキングもろとも食い剥かれていったんだっけ――
母親は反すうした。
あのときもこんなふうに、
スカートたくし上げられて、ふだん穿きのショーツを視られたのが恥ずかしかったんだっけ――
あのときもこんなふうに、
ショーツを引きずり降ろされて、お外の空気ってこの季節でも意外に肌寒いのねなんて、のん気なこと思ったんだっけ――
あのときもこんなふうに、
ハァハァと血の匂いの交じった息を嗅がされて、キスを奪うなんてひどい、うちの人としかしたことないのにって思ったんだっけ――
あのときもこんなふうに、
ショウくんややよいちゃんや私の血の匂いだから、決して嫌な匂いじゃないのよって、思おうとしたんだっけ――
あのときもこんなふうに、
主人に悪い悪いって思いながら、いつもより大きなモノを突っ込まれて、思わずドキドキしちゃったんだっけ――
あのときもこんなふうに、
絶対こんなのダメよって思いながら、いつの間にか怪人さんの背中に腕を回してすり寄ってしまっていたんだっけ――
あのときもこんなふうに、
このひと私の血を美味しそうに吸ってるなって、ちょっと嬉しい気分になっちゃったんだっけ――
あのときもこんなふうに、
もぅ、なん回姦ったら気が済むのよ、そんなに私のこと気に入っちゃったの?なんて、いけないことに夢中になってしまったんだっけ――
――そして怪人は、若い母親が自分の凌辱に酔ってしまったことを、とうとうだれにも打ち明けなかった。

「あなたも逢ってあげなさい!」
母親に送り出されて招び入れられた路地裏で、
やよいちゃんはピンクのブラウスに血を撥ねかせながら、柔らかい首すじを牙で冒されていた。
座り込んでしまったやよいちゃんを後ろから優しく抱きしめながら、怪人は首すじから唇を離そうとしなかった。
新鮮な血潮が自分の喉だけではなくて、心の奥底まで暖めるのを感じていた。
咬まれる前やよいちゃんは、母さんやショウ兄ちゃんの血に濡れた牙を見せつけられたけど、怖いとは思わなかった。
むしろ、家族の血を帯びた牙にあたしの血も混じるんだなってほっこりとした気分になるのを感じた。
このひとがもっと兇暴だった時にいちどだけ吸われた体験が、やよいちゃんの心を柔らかく和ませていた。
咬まれるのはちょっと痛かったし、血を吸われるのは怖かったけれど、
怖がる自分を怪人が終始なだめすかして、なんとか落ち着かせようとしてくれたのを、やよいちゃんはまだ鮮明に憶えていた。

子どもたちが食卓に顔を合わせた時、母親はまあとあきれた顔になっていた。
息子は血に濡れたハイソックスをそのまま履いていたし、
娘はやはり、えり首に血の撥ねたピンクのブラウスをそのまま着ていたからだ。
怪人が私を誘拐したときといっしょだ――と母親は思い出した。
ショウくんは赤く濡れたハイソックスを見せびらかすようにして、
ボクたち、あの小父さんの仲間にされちゃった――と言って、彼女が気づかないうちに背後に立った怪人を指さしてくれたのだった。
「父さんに見られたらどうするの」
咎める母親に、息子はいった。
「父さんに内緒にするのは良くないよ」
そういう母親もまた、みるもむざんに食い剥かれたストッキングをまだ穿いていた。

「やよいはいいなぁ、首すじ咬んでもらえて。やっぱ吸血鬼っていったら、首すじだよね?」
ショウ兄ちゃんがそういうと、
「お兄ちゃんだって、ハイソックス濡らしてカッコいいじゃん。
 母さん、晩ご飯終わったらやよいもハイソックスの脚を咬んでもらいたいけど、いいよね?」
やよいまでそんなことを言い出した。
そうね・・・そうね・・・
失血で蒼ざめた母さんは、首すじにもふくらはぎにも、いくつも咬み痕をもらってしまっていた。
それらのひとつひとつがジンジンと好色な疼きを素肌の奥にしみ込ませて来るのを、どうすることもできなくなっていた。

背丈の違う肩を並べた兄妹を前に、怪人は2人を代わる代わる抱きしめた。
遠目にそのようすを見た母親は、あの人は血だけじゃないのねと、改めて思った。
いつもの夫の、ただ自分の性欲をぶつけてくるだけのセックスではないものを、怪人は短時間のうち、彼女の膚にしみ込ませていった。
やよいの穿いている白の縄柄のハイソックスがいびつに滲んだ血のシミを拡げてゆくのを見守りながら、
子どもたちの番が済んだら私がもういちど相手をしよう――と決めていた。

「なんてことだ!」
帰宅した亭主は、神妙に正座してすべてを告げる妻を見おろし、不機嫌そうに怪人を睨みつけた。
「あんた、この前で懲りて服役までしたんじゃないのか??」
亭主の怒りはもっともだった。
そういうえばこのひとにだけは、まだ謝る機会がなかったのだと怪人は思い出した。
いまさらながら・・・と頭を下げる怪人と、そのすぐ傍らで正座の姿勢を崩さない妻を等分に見て、亭主はいった。
「いちばんよくないのは――」
その後を口にしようかどうか、ちょっとだけ逡巡したが、帰宅そうそう咬まれた痕に疼きを覚えると、そのまま吐き出した。
「家内や子供たちを、家の外で相手をさせたことだ。うちにも近所の評判ってものがある・・・」
それは私がいけなくて――と言いかけた妻を亭主は制して、いった。
「これからは、ちゃんと家にあげてお相手しなさい」
返す刀で、亭主はさらにいった。
「あんたもあんただ。家内を口説きたかったら、こんな時間ではなく昼間に来なさい」
おれはそういうところを視る趣味はない――と、亭主はいった。
その晩、夫婦の交わりはいつにもまして濃く、
彼女は久しぶりに満ち足りた刻を、相手を変えて2度も過ごすことになった。


いったい、なん人”征服”したのだろう?
看守夫妻とその娘。
キャバレー勤めのホステス。
社長夫人と令嬢。
サラリーマンの一家4人。

それ以外にも。
刑に服する前に襲った勤め帰りのOLは、彼の出所を聞きつけて、婚約者を伴ってやって来た。
彼も納得しているので、私も仲間に加えてくださいと、彼女は懇願した。
彼女の体内には、初めて咬まれたときに植えつけられた淫らな衝動が、まだ色濃く残留していたのだ。
婚約者は自分の未来の花嫁を襲った牙を自らの身体に受け容れたうえ、
最愛の彼女の純潔をあきらめるという譲歩をしてくれた。
ただ――彼女が「初めて」を捧げるところは見届けたいと懇願した。
婚約者の処女を奪って欲しいという破格の申し出を、受け容れないわけはなかった。
秘められるべき「初めて」を共同体験したいという彼の本心を見抜いた怪人は、彼の希望に快諾した。
花嫁は華燭の典でまとうつもりだった白のストッキングを血に染めて、
「素敵・・・凄く素敵・・・」とうわ言をくり返しながら、
花婿の目の前で彼のことを淫らに裏切りつづけた。
人生最良のはずのその日に、花婿はもうひとつの災難に見舞われた。
披露宴がはねた後、独り身で自分を育ててくれた母親まで牙にかけられてしまったのだ。
若い身空で夫に死別した彼女は、怪人相手に青春を取り戻すために、嫁の身代わりを務めると言い、
自分の喪服姿を花嫁衣裳代わりに提供し、怪人に黒のストッキングの太ももをゆだねるようになった。

社長令嬢はその後、吸血怪人を自宅に引き入れたのが明るみになって家を出され、縁談も破談になりかけた。
けれども、縁談の相手は彼女に手を差し伸べた。
たまたま彼は、自分の母親をかつて怪人に襲われた男性だった。
「お母さんを殺さないで」という懇願を聞き入れてくれた怪人が、
「きみの婚約者をモノにしたい」懇願するのを、彼は素直にも受け容れた。
裁判のときにも彼は出廷して、「いうことをきく相手には終始親切だった」と、怪人に有利な証言をしていた。
そんな彼のことであったので、結婚を前提に交際中の彼女が吸血タイムに耽るのも、
おそらくはそのあと淫らな情事に発展しているあろうことも、すべて察しをつけながらも、
婚約者が怪人と交際を重ねることに嫌悪を抱かず暖かく見守りつづけていた。

社長夫妻は娘を許し、2人は晴れて結婚――
「お母さんの黒留袖姿を襲いたい」という卑猥な欲求さえも、花婿は好意的に叶えてやった。
感動の再会に、新郎の母親は感涙にむせび、見て見ぬしてくれた夫に感謝しながら、あのときと同じように脚を開いていった。
人知れず妻と娘を食い物にされたことにさいしょはご立腹だった社長もいまでは、
「堂々と来るなら、許す」と告げて、
自分の妻を目当てに時おり自宅を襲いに来る怪人に、もはや悪い顔はしないという。


俺には世界征服なんて、どだい無理だった――と怪人は思う。
けれども彼の「征服」したおおぜいの人の血が、自分の生命を支えてくれる。
彼らのことを守るのが、俺の新たな任務なのだ。
怪人はそう誓った。

その後の彼は、社長の運転手として雇われた。
運転手としては社長の再三の危機を救ったし、
悪だくみをしていたころに培ったデータ管理能力は、スパイの危険に曝された特許を守った。

社長から得た給与で、キャバレーを追い出された女を自分のもとに囲って養うようになり、
女はそのころに着た派手なドレスを、1着1着惜しみながら男の手に引き裂かせていった。

激務で健康を害した看守には、いまの会社に再就職の途を開いてやった。
出獄後初めて相手をしてくれた看守の妻と娘には、格別な愛着を感じていた。
看守の妻は家事の合間を縫って怪人の家を訪れて、奥さんに気兼ねしながらも激しく身をくねらせ呻き声をあげていったし、
娘のほうもまた、処女を奪われたことを口先では恨み言を言いながら、学校帰りの制服の裏に秘めたうら若い肢体を弾ませていた。
ふたりはキャバ嬢あがりという怪人の妻に分け隔てなく親しんだので、
時には男1人女3人での戯れに、時を過ごすこともしばしばだった。

いちばん悩みの多い時を迎えたのは、サラリーマンの一家だった。
パートに出た妻はその容貌のおかげでさまざまな誘惑にさらされたが、怪人の存在が不心得な男どもを遠ざけていった。
いじめに遭ったショウ兄ちゃんを救い、美しく成長したやよいちゃんには性の手ほどきをした。
さいごのひとつは、同等に言えることではないけれど――
いまでも週に一度は怪人に抱かれている母親が、たっての願いでそうしたことは、
きっと彼との情事がそれほど良い――ということなのだろう。
サラリーマンをしている亭主も、自分勝手な性の日常を反省して、妻を怪人に奪われないように思いやりのある夫になりつつあるという。

歪んだ形ではあるものの。
怪人は彼らのなかで、「正義のヒーロー」になっていた。


あとがき
凄く長々としたお話になりました。 苦笑
昨日あっぷをしたお話は、春頃から構想して書き溜めていたやつを仕上げてあっぷしたものですが、
これは久々に、入力画面にじか打ちで書き上げたものです。
案外こうするほうが、すんなりまとまるのかも知れませんね。(笑)

狩られた一家

2023年09月12日(Tue) 19:06:52

――公原亘 42歳 サラリーマン の家族構成――

公原まどか 39歳 専業主婦  亘の妻
公原理央  14歳 〇学二年生 亘・まどかの娘
公原鈴江  64歳 専業主婦  亘の母

連れ立って歩く三人の女とは距離を置いて、
三人の男吸血鬼がひっそりと、あとを尾(つ)けてゆく。

「理央ちゃんの白のハイソックス・・・」
そう呟いたのは、肥塚羊司、34歳。いわゆる、「きもおた」の独身中年。
「鈴江さんの黒のストッキング・・・」
そう呟いたのは、円藤静雄、42歳。公原亘の同期で元エリート・サラリーマン。
「まどか殿の肌色のストッキング・・・」
そう呟いたのは、烏鷺長生【うろ・ながお】、61歳。
肥塚・円藤ふたりの血を吸った、生粋の吸血鬼。
3人が3人とも、亘の家族の生き血を狙っていた。

――亘の述懐――

真っ先に三人がかりで血を吸い取られ、失血にあえぐわたしの前で、
まず太っちょの肥塚氏が、娘の理央にむしゃぶりついていきました。
理央は涙も涸れんばかりの顔つきで、憐みを乞うようなまなざしを自分を狙う吸血鬼に投げるのですが、
悲しいかな、それはなんの効果も同情ももたらさなかったようです。
彼女の柔らかいうなじは瞬時に喰い裂かれ、
噴き出る血潮が理央の着ている紺のワンピースを濡らしました。
肥塚氏は好みの年ごろの少女というご馳走を前に、少し焦っているようでした。
わなわなと手を震わせて理央の胸をワンピースのうえからまさぐると、
その手を体の線をなぞるように降ろしていって、こんどはワンピースのすそを引き上げてゆくのです。
「お願いです、やめていただけませんか。
 まだ子供なんですから、娘の名誉まで奪うのは止してください」
わたしの識る肥塚氏はいつもオドオドとしていて、根は素直で純朴な男でした。
けれどもその時の彼は、血の欲求に昂った狂った目つきになっていて、
わたしの訴えは耳に入らないかのように無反応だったのです。
肥塚氏は、理央の太ももに咬みつきました。
手かげんのまったくない咬みかたでした。
咬むまえに、ネチネチと唇を這わされて、あまりの気味悪さに理央はもう一度、悲鳴をあげました。
切なくなったわたしはもういちど、
「わかってください!
 きみが理央を気に入ってくれているのはよくわかりました。
 だから、その理央を悲しませるようなことはしないでもらえませんか?」
きみの気持ちが真面目なものなら、理央を嫁にと考えても良い・・・とまで、わたしはいったのです。
さいごのひと言は、彼の耳にも刺さったようです。
一瞬彼は嬉し気に白い歯を見せました。
けれど、すぐにその歯を理央の太ももに埋めてゆくのです。
もういちど、鋭い叫びがあがりました。
肥塚氏が理央の血をガツガツと食らって、食欲を充たして大人しくなったときにはもう、理央は気絶していました。
理央の履いていた白のハイソックスは、肥塚氏が執着するあまり、真っ赤に染まってしまっていました。
潔癖な理央がこのキモオタ中年と交際を深めて処女を捧げるのは、これよりもう少しあとのことでした。

「ふん、気色の悪いロリコンめ!」
気絶した理央に向かってなおも舌をふるいつけてゆく肥塚氏に、
わたしと勤務先で同期の円藤はそう、毒づきます。
「うちの娘と同じようにあしらいやがって。どこまで変態なんだよ!」
そうはいいながら。
彼もまた、我が家に女の生き血を求めてあがりこんできた輩です。

円藤はさすがに、同じ年頃の娘を持つ親でした。
なのできっと、すこしは理央のために同情してくれたのでしょう。
自分の娘を肥塚氏に狩られたことへの嫉妬も、少なからずあったのかもしれません。
肥塚氏は、ロリコンでした。
円藤の家が肥塚氏の侵入をうけたとき、肥塚氏はその牙をぞんぶんに振るって、
彼のまな娘のブラウスを真っ赤に濡れそぼらせられたにちがいないのです。
けれどもそんなふうに肥塚氏の吸血行為を批難しながらも、
円藤の口許にもすでに、女の血が散っていました。
抑えつけた掌の下には、わたしの母である鈴江が気丈にも腕を突っ張って、その肉薄を拒み続けていたのです。

円藤は、マザコンでした。
自分の母親が吸血鬼に襲われたとき、
よそ行きのブラウスやスカートに血を撥ねかせながら生き血を吸い取られ姿勢を崩してゆく様子を目にして、
それが胸の奥に灼(や)きついてしまったそうです。
どこのお宅にお邪魔しても、その家でもっとも年配のご婦人を襲うことで知られていました。
なので、円藤が母を狙ったのも、当然のことだったのです。
鶴のように細い首すじに、円藤が唇を這わせ、這いまわる唇の端からかすかに覗いた牙が皮膚を冒すのを、
わたしはなぜか、ゾクゾクしながら見届けていました。
血を吸われるものの愉悦を覚え込まされた身体は、同時に血に飢えた身体にもなり果てていて、
人を襲って血を獲るものの快楽が、まるで自分のことのように感じられるようになりかけていたのです。
咬まれた瞬間、母はウッ・・・とひくく呻いて歯を食いしばり、
自分の血がチュウチュウと聞えよがしに音を立てて啜りあげられるのに聞き入る羽目になっていました。
さっき息子であるわたしが散らしたように、
母もまた同じように、ブラウスに生き血をぶちまけながら啜られ続けたのです。

母を「供出」することに、父は当然ながら激しく反対しました。
そして、どうしてもそうせざるを得ないと知ったときにも、妻の仇敵に自分の血は吸わせまいと言いました。
結局父は、吸血鬼どもからもらった睡眠液で、そのあいだじゅう眠りにつくことにしたのでした。

円藤は強欲でした。
母が絶息して静かになると、ふくらはぎに唇を押し当てて、
黒のストッキングのうえからネチネチ、ネチネチと母の脚をなぶり抜くのです。
けれどもわたしには、その行為がたんに母を侮辱するものとは映りませんでした。
円藤の口づかいはどことなく、母親というものを慕っているような感情を帯びていたからです。
たしかに母のストッキングは唾液にまみれ、ふしだらにずり降ろされて皺くちゃになっていくのです。
でも――
彼がわたしの母に抱いている敬意はそこはかとなく感じられ、
わたしは彼が母を蹂躙してゆくのを許容することができたのでした。
脛の下までずり降ろされたストッキングを足首にたるませたまま、
母は女としての愉悦を、全身にしみ込まされて行ったのです。
後に父の許しを得て晴れて円藤との交際を許された母は、
同年代の婦人会の幹部となって、熟女たちの血液を差配する役に就くことになりました。


家内のまどかを襲ったのは、最年長の烏鷺(うろ)氏でした。
烏鷺氏は肥塚氏と円藤の両名を家族もろとも血を吸い尽くした張本人です。
先に襲われた肥塚氏は、円藤の娘をモノにする幸運に恵まれたのですが、
それだけでは飽き足らず、円藤の娘と仲良しであるうちの娘にまで魔手を伸ばしてきたのでした。

三名の吸血鬼のなかでいちばんのヴェテランの相手を仰せつかったまどかは、
恐怖に顔色を白くしながらも気丈に応対していきました。
もともと烏鷺氏はまどかのことを気に入っていました。
いつも「まどか殿」と敬称を着けて呼んでいて、
はた目にはほほ笑ましい関係のはず――でした。
けれども、血を吸う側と吸われる側に別れてしまうと、もうどうにもなりません。
烏鷺氏は、娘を庇ういとまも与えずにあっという間にまどかのことを掴まえると、
うなじにガブリと食いついたのです。
まどかのうまじから、赤い飛沫がサッと撥ねて、薄いピンクのブラウスを帯のように塗りつぶします。
彼女はなにかをいおうとしましたが、それは言葉にならず、
体内の血液を急速に喪い、顔色を色あせさせていったのでした。

安心せよ、生命は奪らぬ。
ただともかくもご婦人がたにはわしらの渇きを充たしていただかねばならんのぢゃ。
先日円藤の一家を襲った後、吸い取ったばかりの血を口許にあやしながら、
烏鷺氏はそうわたしに告げました。
烏鷺氏が家内の生き血を気に入ったのは、はた目にも明らかでした。
家内の体内をめぐる血液は、素晴らしい速さで烏鷺氏の喉の奥へと経口的に移動したのでした。
ほかの2人が各々の獲物の足許にかがみ込んで、
母のストッキングや娘のハイソックスを辱めることに熱中しだすと、
烏鷺氏もまた、家内の足許に舌を這わせ、肌色のストッキングを皺くちゃにしていくのでした。
旨めぇ、うんめぇ・・・なかなかのものぢゃ。
烏鷺氏は随喜の呻きを洩らしながら、ひたすら家内の足許を蹂躙してしまいます。
きちんと脚に通した肌色のストッキングを、ひざ小僧が露出するほど剥ぎ堕としてしまうと、
烏鷺氏はいよいよ家内に対して、男としての本能を発揮してしまうのです。
折り目正しい紺のタイトスカートを後ろから剥ぎあげると、
家内のショーツをむぞうさにむしり取り、気絶寸前の家内を背後から交尾したのです。
「奥さんどうやら、ア〇ルは初めてのようぢゃのお」
烏鷺氏は酔い痴れたものの呂律のまわらぬ口ぶりで満足の意を洩らしながら、
家内の秘められた初体験を根こそぎ奪い取ってしまったのでした。

失血量がいちばん多く、最後に眠りから覚めたまどかはその後、
烏鷺氏が自分の血を非常に気に入ってくれたことに満足し、
3日にあげず烏鷺氏宅を訪問しては、熟れた血潮を提供するようになったのでした。

ガツガツと乱暴にむしり取られた家族の血潮――
けれどもそれは、わたしたち家族をこの街に強く結びつける絆になったのでした。


あとがき
ひとつの家族が老若の区別なく同時に襲われて、血液を吸い取られてゆく――
まあそんな情景を描いたつもりなのですが、どうも本編は座りがよろしくないです。
吸血シーンも、ちょい残酷めかもしれませんね。。

ヴィンセントの花嫁

2023年09月11日(Mon) 16:26:23

ヴィンセントは勤め先からの帰り道、アリーとタマコに血を吸われた。
二人がかりの吸血は、はたちそこそこの若さを持つ彼にとってもハードだった。
彼の体内に蓄えられた血液の量は、みるみる減ってゆく。
微かになってゆく意識のかなた、ヴィンセントは喘ぎながら、
どうして自分が死に至るほどの吸血を享受しなければならないのかを反芻した。
理由は明らかだった。
彼のフィアンセであるナンシーを、アリーが欲したからだ。
ナンシーは19歳の女子大生で、来年の6月に晴れてヴィンセントと結婚することになっている。
碧い瞳に抜けるような白い肌、そして見事なブロンド髪の持ち主だった。
しかしアリーはナンシーを見初めて、彼女の血を吸い、その若い肉体をも手に入れたいと念願していた。
アリーはヴィンセントに、ナンシーの貞操を譲ってもらえまいかと持ちかけた。
ヴィンセントはナンシーを愛していたし、家名に瑕がつくことも恐れていた。
彼はアリーの申し出を断った。
もはや選択の余地はなかった。
アリーは仲間のタマコを語らって、ヴィンセントを夜道で襲い首すじを咬んだのだ。

この街は昨年から、吸血鬼と市民との共存を目ざすために、吸血鬼を受け容れると宣言していた。
外国から多数受け入れていた留学生たちも、血液提供の対象とされていた。
血に飢えた吸血鬼がおおぜい、この街に流れ込んできて、
市民たちを片っ端から襲うようになっていた。
市の当局は吸血事件については一貫して不介入の態度を示したので、
事件の被害者は放置――つまり吸われっぱなしになるのだった。
むしろ吸血鬼の側のほうが、ヒエラルキーを発揮して、混乱を収拾するのに有効な動きをとっているありさまだった。
そういうなかで、美少女として知られたナンシーが狙われたのは当然のなりゆきだった。

刻一刻と血液が喪われてゆくのをひしひしと感じながら、ヴィンセントはひたすら、耐えようとした。
なんとしても生き延びるんだ。彼らの食欲が去れば、手荒く解放されるのだから――
体内をめぐる血液を一滴でもよけいに喪うまいとして、彼は身を固くした。
しかし、そんな努力は無意味だった。
彼らははなから、ヴィンセントを殺害するために血を喫っているのだから――
その意図に気づいたときにはもう、遅かった。

頭がふらふらだ――
うっとりとした頭で、ヴィンセントはおもった。
もう・・・なにがどうなっているのか・・・よくわからない・・・
血を吸い取られてゆくときの唇の擦れる音が、耳もとに忍び込み、鼓膜をくすぐった。
美味しいのか?美味しそうだな・・・ボクの血・・・
ふと、そんなことを想った。
すると、まるでそれを聞いていたかのように、
「美味いぞ」
そう囁く声がかえってきた。
ああ・・・そうだよね・・・ボクもそれを感じる・・・きみが美味しそうに飲んでいるのがわかる・・・
ヴィンセントはその声にこたえた。
「でもまさか――吸い尽くしちゃうつもりじゃないだろうね??」
「いやふつうに、そうするつもりですが??」
ヴィンセントは、男がふざけているのかと思った。
「ちょ、ちょっと待って!ボクまだ死にたくないんだよ!!」
声をあげようとして、自分におおいかぶさる失血の倦怠感が、思った以上に大きいことを感じた。
ヴィンセントは、はっとした。
「・・・ボ、ボクのことを吸い殺して、ナンシーを奪う気だな?」
「・・・ご明察」
男のこたえは、冷酷なくらい穏やかだった。

すまないとは思っている。
卑怯な方法なのも、申し訳なく思っている。
でも俺はどうしても、ナンシーの肉体が欲しいのだ。
あの娘(こ)があの恰好の良い脚にまとっているグレーのストッキングをみるかげもなく咬み破って、
趣味の良いブラウスやスカートもろとも血浸しにして辱めたいのだ。
服という服を剥ぎ取った末に、あの娘の若々しい肢体を、自由にしたいのだ。
白く濁った精液を、身体の奥からあふれ出るほど、注ぎ抜いてやりたいのだ。
キミだって彼女をそうしたいのだろう?
だったら俺の気持ちも、わかってもらえないか?

そこまでいうと男は、ヴィンセントの首すじに這わせた唇にいっそう力を籠めて、血潮を啜り獲った。
なんという勝手な言い草だ。
ヴィンセントの憤慨をしり目に、男はなおも彼の生き血を啜り味わう。
キュキュキュッと鳴る唇が、傷口をくすぐったく撫でた。
「若い・・・うら若い・・・実に佳い血だ・・・」
男がヴィンセントの血に心酔しているのは、もはや疑いない。
彼はこの数少ない人間の友人の生き血の味を称賛し、彼の気前良ささえも褒め称えた。
「きみならではだ。大事な血をかくもたっぷりと馳走してくれるとは・・・」
違う!違う!そんなんじゃないっ! ヴィンセントはうめいた。
なんとかこの鉄のように硬い抱擁から抜け出して、自分の身の安全を確保しなくては!
「だったら・・・だったら・・・」
ヴィンセントはあえいだ。
「そんなに美味しいのなら、ぜんぶ吸い尽くす手はないだろう?そうだろう?」
「どういうことだ?」
「もし、もしも生命を助けてくれるなら・・・ナンシーを見逃してくれるなら・・・」
眩暈に心がつぶれそうになりながらも、ヴィンセントは言った。
「ボクの血をなん度でも、吸わせてあげるから!きみの好きな時に楽しませてあげるから!」
だから・・・だから・・・
息せき切って口走るヴィンセントの唇を、男の唇がふさいだ。
「あ・・・あ・・・」
知らず知らず、吸われる唇に唇で応えながら、ヴィンセントは激しく身もだえする。
「殺さないで!殺さないでくれ!なんでも言うことをきくからっ」
「ではこうしよう・・・
 わしはきみの血をほとんど吸い尽くす。全部ではない。あらかただ。
 きみはいったん墓場送りとなるが、七日間で生き返る。
 生き返った後、きみはわしの好きな時、ありったけの若い血液をわしに馳走する。
 それから――きみが墓場にいる間だけ、わしはナンシーを誘惑することができる。
 良いか、たったの七日間だ。
 その間にもしもナンシーが落ちなければ、わしは二度とナンシーに手を出さない。永遠にだ。
 これは賭けだ。お前はナンシーの身持ちを信じることができないのか?」
え・・・?
ヴィンセントは顔をあげた。
意識がもうろうとして来、視界が定まらない。
それでも男は、だいぶ緩慢になったとはいえ、まだ傷口に唇を吸いつけて、そこからさらに血を啜り獲っている。
これでは血の全量を費消してしまうのは時間の問題だったし、男はそれを容赦なくやり遂げようとしている。
だいじょうぶだ・・・たったの七日間だ・・・
と思ったのもたしかだった。
けれどもそれ以上に、
アリーがナンシーにどんなふうに挑もうとするのか?
その様子を想像した時にサッとよぎった妖しいときめきに、気づかざるを得なかった。
血を吸われ過ぎたのだ――と、ヴィンセントはおもった。
だから、吸血鬼ふぜいに同調する気分が芽生えたに違いない・・・彼の想いは、正しかった。
首すじに喰いつく牙の尖り具合をありありと感じながら、ヴィンセントは血を吸い尽くされてゆき、意識を遠のかせていった。


墓の中にいる間、魂は身体から離脱している――と聞かされたのを、なんとなく記憶している。
じじつ、ヴィンセントはいま、街灯の点る夜の通りを独りでいた。
目のまえでナンシーが、家の壁に抑えつけられていた。
どうやら学校からの帰り道らしい。見慣れたグレーのスーツ姿だった。
相手はいうまでもなく、アリーだった。
褐色の掌がナンシーの白いブラウスの胸に食い込んで、深い皴を波打たせていた。
アリーはいつものように、ほとんど半裸である。
襲った獲物をすぐに犯すことができるよう、余計なものは身に着けない――という主義なのだ。
赤黒く爛れて膨れ上がった唇から覗く長い舌が、ナンシーの白い首すじにからみついている。
19歳の素肌のうえ、ピチャピチャと音を立てながら、舌なめずりをくり返していた。
気の弱いナンシーはべそを掻きながら、男の蛮行を許している。
「な、なんてことを・・・・・・ッ」
自分の恋人に対するむごい仕打ちに、ヴィンセントは憤慨した。
「そう嘆くな。おとなしく舐めさせてくれれば、ひどい食いつき方をしたりはせん」
アリーは囁いた。
嘘だ。嘘に決まってる・・・ヴィンセントはなおも憤った。けれども彼の声は2人に届かなかった。
「ほんとうですね・・・?おとなしくしてれば、ひどいことなさらないんですね?」
ナンシーは頼りなげなまなざしを、アリーに投げた。
だめだ、信じちゃいけない・・・!そんな叫びも、2人には届かない。
「じゃ、じゃあ・・・どうぞ・・・」
やっとの想いでナンシーはそうこたえると、
再び首すじをヌメりはじめた舌の気持ち悪さに耐えかねたのか、静かにすすりあげていた。
「あまりなぶりものにしては、ヴィンセントのやつに悪いな」
アリーはそう呟くと、やおら牙をむき出して、ナンシーの首すじにザクリと食いついた。
白のブラウスに、紅い飛沫がサッと走った。
「キャアッ!」
鋭い悲鳴が、涙に濡れている。
なんということだ。なんということだ・・・ヴィンセントは自分の失策にほぞを噛む思いだった。

ごく・・・ごく・・・ごく・・・ごく・・・
アリーはナンシーの血を、喉を鳴らして飲み耽る。
もはや、もはや・・・とめようもなかった。
そして、ヴィンセントのなかでも、なにかが変わろうとしていた。
喉が渇いた。カラカラに渇いた。これはきっと――血で潤さないと満ち足りないのだ。
本能的に、それがわかった。
そうなると、目の前で旨そうに人の生き血を飲み耽るアリーのことが、うらやましくなる。
アリーのしていることを、肯定したくなってくる。
そうだ、やつはボクの花嫁の生き血が気に入ったのだ。
満足そうに喉を鳴らして、美味しそうに飲み耽ってるじゃないか!
悔しいけれど、嬉しいし、誇らしい・・・
ナンシーは自らの血で、アリーの渇きを癒している。
無二の親友の、アリーの渇きを。
アリーの逞しい腕に抱きすくめられながら、ナンシーは身体の力を失ってよろめき、身をゆだね、
そしてずるずると壁ごしに姿勢を崩し、尻もちを突いてしまった。

すでに意識はもうろうとしているようだった。
アリーは余裕しゃくしゃく、ナンシーの足許にかがみ込むと、
彼女の脚をおしいただくようにして、舌で舐め始めた。
ナンシーの穿いているグレーのストッキングを愉しんでいるのだと、すぐにわかった。
ほっそりとした脚を染めるグレーのストッキングはみるみるよだれにまみれ、皺くちゃにずり降ろされてゆく。
舌が躍っていた。ふるいついていた。じんわりといやらしく、ネチネチと意地悪く、這いまわっていた。
妨げる手だてもないなかで、アリーがナンシーのストッキングをあらゆる舌遣いで愉しむのを、見せつけられていた。

悔しい・・・悔しい・・・
ナンシーを無体にあしらわれたことに、ヴィンセントは当然屈辱を感じて悔しがった。
けれども彼は、自分のなかにべつな感情が芽生え始めていることを、いやがうえにも思い知ることになった。
ヴィンセントの血管からは血の気がひいて、干からびかけていた。
だから、血管の干からびた男がどれほど若い女の生き血を欲するものなのか、身に染みてわかるようになっていた。
だから、アリーがナンシーの首すじを咬んで、ゴクリゴクリと喉を鳴らし、美味そうに血を啜るの情景に、知らず知らず自分を重ねてしまっていた。
ナンシーの生き血、美味しそうだな。羨ましいな。欲しがる気持ちは分かってしまうな。
イヤだけど・・・わかってしまうな・・・
ボクだったら、もっと美味しそうに飲んじゃうだろうな・・・
悔しいけれど・・・嫌だけれど・・・ナンシーの血がやつの気に入ったことを、
どうしてこんなにも好ましく受け取ることができるのだろう・・・?


しくじった・・・
アリーは頭を抱えている。
ナンシーの血を飲み過ぎた、というのだ。
向こう三日は、立ち直れまい。
許された七日間のうちの、三日間だ。さいしょの一日も入れれば、すでに半分以上経過というわけだ。
なん度も咬まなければ、いくらわしといえども、ナンシーをたらし込むことはできない・・・
そういう悔しがり方だった。
気持ちはわかるけど・・・七日間の約束は譲れないよ。
ヴィンセントはいった。
「きみのナンシーに対する態度は、まずまず立派だった。
 ずいぶん強烈に食いつかれちゃったけど、
 きみはそうまでしてナンシーの血が欲しかったんだね。
 彼女の血は口に合ったのかい?」
「ああもちろんだ、期待以上だ。そこは悦んでくれていい」
「嬉しくはないけどさ――」
ヴィンセントはいった。
「ぼくにとっては、大事な彼女なんだ。
 必要以上に苦しめることだけはしないでくれよ」
「わかった――
 わしも初めてあの娘(こ)を襲って、いまのお前の気持ちが少しは理解できたつもりだ。
 チャンスは減ってしまったが、もう少しトライさせてもらうぜ」
アリーは不敵に笑った。
ヴィンセントは清々しく笑い返し、重ねられた唇にも熱っぽく応えてしまっていた。
それでも内心、自分の恋人を堕とされてしまうのではと、焦る気持ちで胸を焦がしてもいるのだった。


驚くべきことに。
四日かかるとアリーが請け合ったナンシーの容態は、翌々日には持ち直していた。
「来れるようになってからで良い。またお前の血を楽しませてくれ」
別れぎわ囁かれた約束に、ナンシーは律義に応じようとしていた。
その日は若草色のワンピースだった。脚にはあの夜と同じ、グレーのストッキングを脚に通している。
さすがにいつもより蒼い顔をしていることに、ヴィンセントの胸は痛んだ。
けれども、無理をおして出かけてきたナンシーに、目を見張る思いでもあった。
そんなにしてまできみは、あの男のために血を吸わせようとしているのかい?
心のなかでそう思わずには、いられなかった。

「あの・・・やっぱり破ってしまうのですか・・・?」
足許に唇を擦りつけようとするアリーに、ナンシーは脚を引っ込めながら、おずおずと訊いた。
「わしに楽しませるために穿いてきてくれたんだろう?」
アリーはヌケヌケとそういって、ナンシーをからかった。
「そんな・・・」
ナンシーは口ごもり、けれどもそれ以上はアリーの唇を拒もうとしなかった。
「あまりイヤらしくしないでくださいね・・・」
か細い声でつぶやくナンシーをよそに、アリーは舌をピチャピチャと露骨に鳴らしながら、
彼女のストッキングをもう、楽しみはじめている。
ぴちゃ・・・ぴちゃ・・・くちゅ・・・くちゅううっ。
聞えよがしな下品な舌なめずりに、
ナンシーはべそを掻きながら唾液に濡れそぼってゆく足許を見つめ続けている。
はた目には。
本人が意識するしないに拘わらず、
ナンシーが彼らのふしだらな愉悦に寛容な態度で接しているようにみえた。
学園のなかで、ナンシーが自分の婚約者の仇敵のための熱心な血液提供者であるとの評価が、たった一日で定まっていた。
男はナンシーの金髪に輝く頭を抱きすくめ、時折髪に口づけをした。
血に染まった唇は彼女の金髪に不気味な翳りを与えたけれど、
彼女はもうそんなことは気にかけようとしなかった。


ヴィンセントの蘇生を明日に控えた夜――
例によって墓場を抜け出したヴィンセントは、蒼白い頬をこわばらせ、ナンシーの家へと向かっていた。
3回咬まれてしまえば、ナンシーはアリーの所有物(もの)になる――
さいしょのひと咬みは強烈で、ナンシーは数日間は起き上がれないはずだった。
にもかかわらず彼女は三日目には再びアリーと時間を持ち、グレーのストッキングを咬み破らせていた。
アリーはナンシーの血を嬉し気に飲み、ナンシーもアリーが自分の血を敬意をこめて吸い取るのを感じ取っていた。
ナンシーは再び、病床に沈んでいた。
周囲のものはナンシーを吸血鬼に逢わせまいと考えた。
けれども意外にも、そうした彼らの動きを無にしたのは、ナンシー本人だった。
彼女がアリーと3回目のアポイントを取ったと知ると、ヴィンセントはもういてもたってもいられなくなった。
彼はいったん死んだことになっているので、昼間は大っぴらに活動できない。
けれども、アリーがナンシーを誘惑するのもまた夜であったから、
ヴィンセントはナンシーを引き留めることができればゲームに勝つことができるのだ。
すでに、3回目のアポイントをナンシーがアリーに許した段階で、彼の勝ち目はなくなっていたのであるが――


その晩アリーは、ヴィンセントの母ローザのもとに訪れていた。
ローザは緋色のドレスを着て、アリーの腕のなかで夢見心地になっている。
ヴィンセントの血が美味かったのは、きっと母親の血筋なのだろう――
そうあたりをつけたアリーは、恥知らずにも、息子を奪われた母親の首すじを狙ったのだ。
ローザは抗議し、身もだえし、絶叫してアリーを拒んだ。
けれども、それだけでは彼女の静脈が吸血鬼の牙を免れるには十分ではなかった。
夫のアーサー氏の嘆きをよそに、ローザは自らのドレスを血に浸して、
ドレスのすそをたくし上げられると、脚にまとったタイツの噛み応えまでも楽しませてしまう仕儀となったのだった。
ガーターをほどかれてだらりとずり落ちたタイツが脱げかかる脚を足摺りさせながら、
ローザは息子の仇敵によって、その貞操を汚されていった。
翌朝――アーサー氏はアリーの訪問を受け、アーサー夫人の肉体は夕べの訪問客を存分に満足させたこと、
ローザは今後もアリーの訪問を受ける義務を持つことが告げられた。
アーサー氏は観念したようにアリーと夫人との前途を祝う言葉を口にするのだった。


今宵もローザは、その身をめぐる血潮で、息子の仇敵を満足させていた。
「いかが――?わたくしの血がお口に合うようなら、とても嬉しいですわ」
ローザは人が変わったようにウットリとした目で、アリーを上目遣いに見た。
その目線には、艶めかしい媚びがにじみ出ていた。
ヴィンセントはやり切れない想いだった。
婚約者かばりか、母親までも堕落させられてしまったのだ。
「どうぞこちらへ」
ローザは艶然とほほ笑むと、吸血鬼を庭園の奥へといざなった。
ヴィンセント邸の庭園のもっとも奥まったベンチに、白い影が浮かんでいる。
確かめるまでもなかった。ナンシーがそこにいた。

「ああ――」
ヴィンセントは絶望の呻きを洩らした。
「賭けに負けたな、親友よ」
アリーは嬉し気に呟いた。
敗者となった親友を必要以上に傷つけまいという配慮が、そこにはあった。
そうはいっても、彼はすべてを奪われてしまうのを、いま目の当たりにする義務を負ってしまっていたのだが・・・

ナンシーは純白のドレスのすそをちらと引き上げて、つま先を覗かせた。
高貴な白のストッキングが、か細い足の甲に透けていた。
ヴィンセントは、それがナンシーのウェディングドレスなのだと気づいた。
彼との華燭の典にこそまとわれるべき衣装が、いま吸血鬼との密会の場に着用されている。
これを完敗といわず、なんと表現すれば良いのだろう?
そして、ナンシーのもとまで吸血鬼を案内したのは、ほかならぬかれの最愛の母親だった。

意を決して、ヴィンセントは脚を一歩踏み出した。
ヴィンセントの出現にナンシーは目を見張り、なにかを言おうとした。
その瞳にかすかな逡巡や、後ろめたさがあるのを、彼は見逃さなかった。
ヴィンセントは穏やかに笑って、ゆるやかにかぶりを振った。
「彼の牙はどうだい?ナンシー?」
生前と変わらぬ声色に、ナンシーは思わず涙を泛べた。
それでじゅうぶんだった。
アリーが言った。
「ナンシーはヴィンセント夫人となるに相応しい」
「式の日取りは変えないわね」
ナンシーがほほ笑んだ。
街灯に照らされた彼女の金髪がかすかになびき、夜風に流れた。
「それから――彼の牙は最高よ」
「同感だ。ボクはどうやら夢中になって、吸わせすぎちゃったらしい――」
「ばかね」
ナンシーが笑った。
「まったくだよ」
ヴィンセントはこたえた
「おかげで彼と、不利に決まっている競争をする羽目になっちゃった。
 きみが、ぼくの一番の親友と仲良くなってくれれば嬉しいと心から――」
ヴィンセントの言葉は途切れた。
音もなくそう――っと近寄ったアリーがナンシーを抱きすくめ、首すじを咬んでしまったのだ。
「おいおい」
ヴィンセントは困惑顔。けれどももはやナンシーは迷いもなく、
自分のほうから首すじをアリーの顔に添わせるようにして、
ただひたすらうら若い血液を、渇いたアリーの飲用に供してしまっている。
アリーが唇を離すと、ヴィンセントは感嘆の声を洩らした。
栄えある日のために用意された純白のドレスには、一点のシミも残されていなかったのだ。


いまでも彼の家に保管されているふたりの婚礼の際に着用された純白のドレスは、
裏地が真紅になっている。
けれどもその濃過ぎる裏地は表面の白を汚すことなく、あくまでも裏側に秘められている。
未来の花婿の面前でナンシーの首すじを咬んで彼女を征服した吸血鬼は、
邸のなかにナンシーを連れ戻すと彼女をベッドに横たえてドレスのすそを掲げると、
純白のストッキングに包まれた太ももに再び、牙を咬み入れた。
ストッキングはみるかげもなく破れ、血に染まった。
ドレスの裏地が真紅に染められたのは、そのときのことだった。
ウェディングドレスをまとったまま、ナンシーはアリーの手で犯された。
血を抜かれた身体を木偶のように横たえて、ヴィンセントは花嫁の処女喪失を見届けた。
「花嫁の純潔は、きみからもらったようなものだな」
アリーがそういうと、ヴィンセントは失血にこわ張った頬をかすかに弛め、
「我が家の花嫁を、ぞんぶんに楽しんで欲しい――」と呟いた。
花嫁は恥を忘れて、ひと晩ベッドのうえで狂い咲いた。
ドレスの裏地を染める真紅には、このとき流された花嫁の純潔の下肢もいくばくか、秘められているという――


あとがき
外人さんを主人公にすることは、めったにないと思います。
ここはブロンドの女性をヒロインにしたかったので・・・(笑)
血を吸い取られた後のヴィンセントが、自分の婚約者を誘惑しようとする吸血鬼の心情にじょじょに惹かれてゆくあたりは、新機軸かもしれません。
ドレスの裏地の件は――ほぼ思いつきですね。(笑)

母の献血。

2023年09月11日(Mon) 16:25:40

欲しいな。
とうとつに口にする彼に、ぼくはとっさに自分の首すじ寄せていた。
1週間前、彼はぼくの血を初めて吸った。
とうとつに襲われたぼくは、彼の腕の中でもがきながら首すじを咬まれ、
ドロドロと流れる血を、ゴクゴクと威勢よく喉を鳴らしてむさぼり飲まれ、
貧血にくらくらした頭を抱えながらズボンのすそをたくし上げられ、
靴下のうえからふくらはぎまで咬まれていった。

首を咬まれている時点では必死に腕を突っ張って、
彼をこれ以上寄せつけまいとしていたけれど、
脚を咬まれた段階では、あまりにもキツい貧血で、頭を抱えてへたり込んでしまって、
足首を舐められているときには余裕で靴下の舌触りまで愉しまれてしまっているのに、
もうそれ以上姿勢を崩さずに、座りこむのがやっとのことだった。

けれどもぼくは、彼に血をあげたことを後悔していない。
それくらい、彼の咬みかたはキモチ良かったのだ。
首すじに食い入った一対の牙は、ぼくの理性をきれいに塗り替えてしまっていた。

欲しいな・・・
そういわれるたびにぼくはドキドキして、首すじの咬み痕をさらしたり、スラックスのすそを引き上げたりするようになっていた。
でも、きょうの「欲しいな」は違っていた。
彼はぼくにいったのだ。
まるで初恋の告白をするみたいに!
「こんどは、お前の母さんの血が欲しい」って――


家に帰るとぼくは、母に正直に彼の希望を伝えた。
「あいつ、母さんの生き血を欲しがってる」
ごくシンプルに、そういった。
母さんはびっくりしたように目を見開いて、でも意外に冷静だった。
あとで聞いたら、ぼくが初めて噛まれたときに、こういうことになるような気がしていた――って教えてくれた。

事前に伝えたのだから、母が本当に彼に咬まれるのが厭だったら、対策の立てようはあったはずだ。
父に相談しても良いし、街から一時的に逃げてしまうことだって、できたはずなのだ。
けれども母は、そのどちらもしなかった。
飢えているんでしょ?かわいそうじゃない――
どうするの?って訊いたぼくに、母はそうこたえてくれた。
優しい母らしいな・・・と、ぼくはおもった。
声は虚ろだったけど・・・そこはぼくが心配することじゃない。
母はあの瞬間、自分の息子の悪友の”女”になることを自ら択んだのだ。


学校で会った彼は、「きょう、お前ん家(ち)行くから」と、ぼくにひっそりと耳打ちした。
いつも家(うち)に遊びに来るときと同じ言い草だった。
ただ、いつもと違って、「お前はちょっとだけ遅れて来い」と、つけ加えた。


家に帰ると、リビングの空気が明らかにおかしかった。
思わず股間を疼かせながら、ぼくはリビングの扉を開いた。

あお向けに倒れた母に彼が馬乗りになって、雄々しく逞しく、抑えつけていた。
飢えた唇を母の足許に吸いつけて、
吸い取った血潮を頬ぺたに勢いよくしぶかせて、
肌色のストッキングを咬み破りながら血を吸い取っていた。
母は観念したように目を瞑り、なりゆきに任せているようだった。
キュウキュウ・・・チュウチュウ・・・というリズミカルな吸血の音が、
静かになった母のうえに覆いかぶさっていた。

父が気の毒だと、とっさに思った。
けれどもその思いは、彼の欲求を遂げさせまいと僕に決心させるには至らなかった。
ぼくに一度ならず突き刺さった彼の牙の記憶が、ぼくから理性を奪っていた。
吸血鬼を受け容れたこの街では、彼らに人の生き血をあてがうことが善良な市民の務めなのだと、
ぼくの新しい理性がぼくに囁きかけていた。

新しい理性によれば、いま母が許していることは崇高な行いであり、
彼女が数十年かけて熟成した最良の美酒で客人をもてなす行為だった。
母は自らの血を誇りながら、彼に飲ませていった。
彼も母の血にじゅうぶんな敬意を払いながら、飲み耽っていった。
そこには呼吸のぴったりと合ったふたりの心の動きがあって、
母はせわしない息遣いで肩を弾ませながらも、
みずからの熟れた血潮を楽しませる行為に熱中しつづけていた。

彼が母の首すじに牙を突き立て熱烈に咬み入れると、
母もそれに応えるように、ニッと笑った。
もぐり込んだ牙の切っ先から、微かにジュッとしぶいた血潮が、着ていたブラウスの襟首を濡らした。
艶やかな色だ――と、ぼくは感じた。
白い歯が、みずみずしい輝きを帯びていた。

数日前、彼女の娘――妹の柔肌をザクザクと切り裂いた牙が、
いま母の静脈に迫っている。
ぼくの血を、妹の血をもたっぷり味わった舌が、
鮮やかに切り裂いた傷口の周りをうねっている。

母が初めて血を吸われるところを目にすることができてラッキーだと思った。
妹がいっしょにいないのが、残念ですらあった。(彼女はまだ学校に残って部活に熱中しているはず・・・)
父もいまの母のもてなしぶりを見ておくべきだと感じた。(父はまだ会社にいて勤務に専念しているはず・・・)
家族全員の祝福とともに、母の生き血はズルズルと啜り取られるべきなのだ。

ジュルジュル・・・ごくん。
母の血潮で彼の喉がワイルドに鳴った。
いつまでも喉を鳴らしながら、彼は母の生き血をむさぼった。
それは素晴らしい眺めだった。
母は白のブラウスの胸に血を撥ねかせて、
はだけた胸もとから覗くブラジャーを血浸しにしながら、
彼の喉鳴りを聞くともなしに聞いていた。
胸に意図的に伸べられた掌が卑猥にまさぐるのを、かすかに頷きながら許していた。

ぼくはたまりかねて、母のうえに覆いかぶさる彼の腰に取りついて少し浮かせると、
ズボンをずるずると引きずり降ろしてしまった。
パンツを脱がすのは、少し難儀だった。
なにしろ彼の逞しい腰周りを覆う薄いパンツは、
ペニスの兇暴な膨らみで、テントのように張りつめていたからだ。
力まかせにパンツをずり降ろすと、入れ替わりに彼の一物がピンと突き立った。
赤黒くそそり立ったペニスは、蛇の鎌首のように、母のスカートの奥に狙いを定めていた――

スカートの奥に迫った彼のもうひとつの”牙”が、母の陰部にズブリと突き立った。
衣類に隠れて見えない行為が、母が歯ぐきを見せて顔をゆがめたことで、それと伝わった。
ユサ、ユサ、ギシ、ギシ・・・
フローリングの床をかすかに軋ませながら、
彼は母を相手に、しつような上下動をくり返した。
なん度となく息を接ぎながら、それは粛々と続けられた。
父だけもののであった操は、あっけなく汚辱にまみれ、
獣じみた息遣いとともに、他愛なく突き崩されていった。


振り向くと、そこには父がいた。
父は目のやり場に困りながら、微苦笑を浮かべていた。
ドアの向こうからは、妹が半身を乗り出して、こちらを窺っている。
いま母の身に加えられている”儀式”がどんなものなのか、
彼女も身をもって識り尽くしている。
真っ白なハイソックスを帯びたふくらはぎに流れる血が微かに淫らに染まっているのを、ぼくは知っている。
一家にとって重要なこの儀式に、みんなが間に合ったことが嬉しかった。
母も嬉しいらしく、頬に決まり悪げな、けれどもじつに小気味よげな微苦笑を泛べ、
豊かな腰をうねらせながら、自らの堕落ぶり、淫女ぶりを、衆目にさらしていった――


あとがき
吸血鬼の幼馴染に母親を征服されるお話ですが、
母親が彼の求愛から逃げずに受け止めるところとか、
息子が彼のズボンを脱がせて、自分の母を犯す手助けをするところとか、
さいごに家族全員が間に合って、一家の主婦の堕落を祝うところとか、
随所に新機軸を入れてみました。^^