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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

同期の妻

2023年11月29日(Wed) 01:34:11

はじめに

連載?の途中ですが、別プロットのお話がさらっと描けちゃったので、そっちからイキます。^^


吸血鬼を受け容れたこの街には、都会のオフィスの支店がある。
街の出身者であるこの会社の社長は、故郷に錦を飾るため、
吸血鬼に血液を供給することを目的にこの支店を立ち上げ、社員たちを家族帯同のうえで赴任させていた。

初代の社員たちは、あっという間に食い尽くされて、
たった一週間で家族を含めて全員が捕食され、街の住民と全く同化していた。
そのつぎの一団も、すぐに同じ運命をたどった。

第三次として派遣された社員たちも、同様だった。
すこしだけ異なったのは、家族もろとも血液を善良提供する羽目になった第一次第二次の社員たちには、新たに動員された第三次の社員やその家族に対して、優越権が付与されていることだった。
表向きの日常生活を人間として生き、夜は半吸血鬼として人の生き血を楽しむ習慣を植えつけられた彼らは、
同じ会社の社員として、新来の同僚たちを淫猥な吸血の世界にいざなう役割を果たしていたのだ。

「きょうはこれで終業なのかな?」
三日前に着任したばかりの早勢貴之は、同期入社のノリカワをかえりみた。
「うん、拍子抜けだろうけど、ここの仕事はこんなもんさ」
ノリカワはのんびりとそう応えると、こんな早くに帰ったら嫁さんにうるさがられないかい?と冗談を言いながら、貴之を行きつけのラウンジに誘った。
ラウンジは街では唯一の五階建てビルの最上階にあった。
スーツの肩を並べて見晴らしの良い眺望を楽しみながら、
「こういうところは女を誘ってくるべきだったなあ」
と、ノリカワはのんびりと笑う。
「あはは。そんなことしたら嫁さんにぶっ飛ばされちまうよ」
結婚して1年の貴之は、まだ独身の同僚の冗談を、軽くかわした。
ノリカワに従(つ)いてくる女なんて、いるんだろうか?
貴之はひそかに思った。
どうみても風采の上がらない、人の好いだけが取り柄で、いかに生真面目な努力を重ねたとしても上司にすんなりと見過ごされてしまうタイプの男――貴之は悪意の持ち主ではなかったが、ノリカワのことをそう見ていたし、実際ノリカワはそういう男だった。

けれどもたしかに、夕陽に染まるがじょじょに暖色を喪ってゆくその光景はなかなかドラマチックで、ノリカワの言い草ももっともだと思わずにいられなかった。
貴之の妻・憲子は、ノリカワと面識があった。
面識があるどころか、3人は同期入社だった。
憲子は名門女子大を優等で卒業した才媛で、入社当初から同期からはもとより、周囲から注目された存在だった。
そんな憲子にノリカワが密かに想いを寄せていたことを、貴之はまだ知らない。
憲子と結婚すると告げられたノリカワは、無念そうな表情をとっさに隠し、親友の幸運を祝った。
風采のあがらないノリカワにとって、意中の女性をほかのだれかに攫われる経験は、初めてのものではなかったから、
貴之はノリカワの無念にまったく気づかずに、披露宴の友人代表まで彼に依頼したのだった。
ノリカワの無念、思うべし・・・

妄想のなかで、なんど反すうしたことだろう?
いつもの生真面目な表情など忘れたように、好色な色もあらわに迫って来る貴之をまえに、
純白のウェディングドレス姿の憲子が怯えながら後ずさりしてゆく光景を。
憲子を追い詰めた貴之はわが物顔で彼女を抱きすくめて、量感たっぷりなドレスのすそを大胆にまくり上げると、同時に彼女の身体を力まかせに押し倒していくのだ。
倒れ込んだ拍子にあらわになった太ももは、ひざ上までは真っ白なストッキングにピンク色の脛を滲ませながらも、健康そうな素肌を覗かせる。
脚に通した純白のガーターストッキングをふしだらに皺寄せながら、
ものなれた貴之の上下動に腰の動きを支配されながら、
おずおずと動きを合わせてゆく憲子――
その羞恥に赤らんだ頬にはいつか、淫らな色さえよぎらせてゆく・・・
淫らなものが清純なものを支配するとき、淫らなものは自身の淫猥で、相手をも淫らに染め抜いて狂わせてゆく――
そんな情景が、まるで焼きごてのように呪わしく、ノリカワの脳裏に刻みつけられた。

「おいおい、次なんにする?」
次のドリンクを貴之に促されて、ノリカワははっとわれに返った。
「アハハハ、ぼーっとしているところは相変わらずだな」
貴之は他愛なくわらった。
けれどもノリカワは、いままでの自分をこばかにされたような気分をひそかに味わった。
片田舎にありながら、社長の特命で創設されたこの部署を希望するものは多い。
けれどもそれには身体検査や心理テストを含む数々のハードルをクリアしたものにしか、開かれていない。
エリート感覚を人並み以上に身に着けていた貴之が、そういうポストに目をつけないわけはなかった。
そして、自分よりも早い段階でそのポストに、お間抜けで人の好いあのノリカワが、当たり前のように先着していることが、不思議でならなかった。

いつの間にか、男2人の隣には、ドレスに着飾った若い女性がついていた。
「こういう店なのか?」
貴之が訊くと、
「まあいいじゃないか」と、ノリカワはかわした。
「奥さんには黙っておくよ」ノリカワはのんびりと笑った。
相変わらずお間抜けなやつだ――貴之はおもった。
こんなお間抜けなやつがどうして、俺の狙ったポストに先に就いているんだ?
素朴な疑問は、嫉妬に満ちていた。
エリート社員にありがちな、すべてにおいて競争相手よりも優位でなければならないという意識を、貴之は当然のように持ち合わせていた。
貴之の隣に来た女性は、ピンクのドレスが良く似合う、はたちそこそこの娘だった。
目鼻立ちは秀でていて、ちょっと交わした会話で、彼女がまれに見る才気の持ち主だということも分かった。
一方、ノリカワの隣に控える水色のドレスの女はすこし年増で、それ以上にくすんだ印象で、どうみても30代後半だった。
まったく――こういうところでつく女の格でさえ、やつは冴えない。
貴之は心の中でほくそ笑んだ。
とはいえ、多少の軽蔑は感じるものの、ノリカワは当地では唯一の同期であり、警戒心を必要としない(つまり出世レースでの競争相手ではない)貴重な仲間だった。
貴之はそういう意味で、ノリカワに対して友情と親愛の情をもっていた。
彼は自分でも知らないうちにノリカワの恋する女を奪っていたが、もしその真相に気づいたとしても、彼は自分の自尊心を満足させただけだっただろう。

知らないうちに杯を重ね、刻が過ぎていった。
さあそろそろ――と起ちあがったときにはもう、9時を過ぎていた。
「アラ、もうお帰りになっちゃうんですか?」
ピンクのドレスの女が、軽い失望をあらわに上目遣いの秋波を送ってくるのが小気味よい。
「うーん、家では嫁さんが待ってるからね」
貴之はそういって、お会計を・・・と言いかけた。
その瞬間。頭と足許とが真っ逆さまになった。
のんびり屋のノリカワが、「おい、おい!」と、いつにない切迫した声をあげる。
「アラ、いけない!」
ピンクのドレスの女がとっさに貴之を抱きかかえ、冷たく絞ったタオルを額に当てる。
水色のドレスの女は視界の隅っこで、病院に連絡でもしているのだろうか、それまでの遅鈍な応対とは裏腹になにやらテキパキと手配していた。
飲み物になにか入っていたのか??と思う間もなく、貴之は意識を失った。

「だあーいじょうぶかあー?」
聞き覚えのあるのんきな声が、意識を取り戻したばかりの耳に飛び込んできた。
あお向けに寝そべった真上には、病院のものらしい無機質な天井が広がっている。
声のしたほうをふり返ると、ノリカワが気遣わしそうに自分のほうを見ていた。
ノリカワは黒いマントを羽織っている。勤め帰りのワイシャツの上からだから、どうにも不自然で、不格好にみえた。
「どうしたんだその恰好!?」
自分が倒れ込んだのも忘れて、貴之は怪訝そうにノリカワを見返した。
「あー、これかい?献血のご褒美だよ」
ノリカワは相変わらず、のんびりとこたえる。
「献血?」
訊き返す貴之に、ノリカワは真顔になってこたえた。
「そう、献血」
ノリカワの表情が微妙にくすんで、真顔になる。
「どうした――?」
もう一度訊き返すいとまもなく、ノリカワは身を乗り出してくる。
彼の口許が視界を離れたと思うとすぐに、首すじに鋭い痛みが走った。
「悪い!かんべんしてくれや」
咬みついてきたはずのノリカワがしんそこ済まなさそうに、手を合わせる。
ど・・・どういうことだ・・・っ!?
ノリカワとは反対側にいる誰かが、貴之の両肩を痛いほど強く抑えつけてくる。
そしてそちらの側からも、首すじのもう片側に同じ衝撃を加えられるのを感じた。
いったいなんなんだ?なにが起きているんだ?
貴之は混乱した。
ベッドの上に横たわる両方から抑えつけられて、首すじを咬まれている――それだけはどうにか知覚できたけれども・・・
なによりも、首すじの感覚が不気味だった。
ジンジンと痛みを滲ませる首すじに、生温かく湿ったものが圧しあてられてきたのだ。
そいつはにゅる・・・っと這いまわりながら、噴き出てくる血潮を、ゆっくりと、ネットリと、舐め取ってゆく。
人間の唇・・・?
ぎょっとしてふり返った。
え・・・?
貴之は信じられないという顔をした。
さっきのピンクのドレスの女が、ニタニタと笑っている。
うら若く知的で落ち着いたイメージを跡形もなく払いのけて、下品で強欲そうな色を泛べていた。
はたちそこそこ、と思っていたのは、どういう錯覚なのだろう?
女は六十はとうに越えた老婆だった。
そのうえ口許には、貴之から吸い取った血液を、ヌラヌラ光らせている。
女が貴之の血を喫(す)ったことは、疑いなかった。
「ど、どういうことだ!?なんなんだよこの女!?」
貴之は叫んだ。
「もう少し辛抱して・・・じきに憲子さんも迎えに来るから――」
ノリカワは相変わらず、のんびりとした声色だった。
ベッドのうえ、四つの掌に抑えつけられて、貴之はひたすら、二人に首すじを吸われつづけていった。
ノリカワと老婆とが、自分の血で喉を鳴らして旨そうに飲み味わってゆくのを、どうすることもできなかった。
「若いっていいわね」
ピンクのドレスの女がいった。
女の口許には、貴之の身体から吸い取った血潮が、生々しく輝いている。
「こいつ、スポーツ万能で女にモテたんだ。ぼくとは大違いだろう?」
「アラ、貴方だって良いところあるわよ」
女がいった。
自信もちなさいよ――と言われながらノリカワは、
「あんた優しいな、お世辞でも気がまぎれるよ」
と、まんざらでもなく感謝している。
「あんたも飲みなさいよ。恋敵の血は旨いわよ」
女がいった。
「ど・・・どういうことだっ!?」
恋敵という言葉を聞きとがめて、貴之が声をあげた。
ノリカワは女の誘いにウンと頷いて、起ちあがった。
そして、布団をめくると、貴之の太ももにかじりついた。
食い込んできた犬歯は尖っていて硬く、貴之は悲鳴をあげた。
「まだ効いてなかったのね」
女がいった。
「構わないから、思う存分やっちゃって」
女の指示に応えるように。
ズブリと食い込んできた犬歯は、皮膚の奥に脈打つ太い血管を食い破った。
じゅわっ。
大量の血が撥ねた。
布団に生温かい液体が飛び散るのがわかった。
「なっ、なにを――」
絶句する貴之におかまいなく、ノリカワはほとび出る貴之の血を嚥(の)んでいった。
そのうちに。
咬まれた傷口の痛みが鈍磨してきて、痺れを帯びた疼痛に変わってゆくのを、貴之は感じた。
「うふふふふふっ。効いてきたわね。あんたもやるじゃない」
女は、自分の相方を褒めた。

時間が経った。
首すじや太ももから流れる血の勢いが、さいしょのころよりはずっと、緩慢になっている。
失血のせいなのか、手心を加えた咬み傷が、自然に止血に向かっているものなのか。
「な、なんなんだよお前――」
ぼう然と呟く貴之に、
「うん、いきなりで悪りぃな」
と、ノリカワはなん度めかの詫びを入れる。
「あんた、謝り過ぎだよ」
ピンクのドレスの女が突っ込んだ。
「悪りい。ぼくの悪い癖だね」
ノリカワは従順に受け答えした。
「そうだな、今夜から貴之の血はぼくのものなんだもんな」
貴之はとびあがらんばかりに驚いた。
そんな貴之に応えるようにノリカワは、
「これ・・・」
と、ワイシャツのうえから不格好にまとった黒マントをちょっと持ち上げた。
「いまのぼくの正体」
ノリカワはみじかく告げた。


半年ほど前のこと。
ノリカワが赴任した最初の日だった。
所属長に招ばれて所長室に入ると、そこには見慣れぬ女が控えていた。
「ああ、ノリカワくん?この人ね、きょうからきみの女あるじだから」
所属長は事務的な口調でそういうと、スッと事務所から出ていった。
どうみても還暦過ぎの老婆は、無言で迫ってきた。
痩せこけた体格に似合わず、万力のように強い力で、ノリカワのことを押さえつけると、カサカサに干からびた唇を、その首すじにあてがった。
ノリカワが女の正体を自覚するのに、数分とかからなかった。
女はノリカワの血で、ゴクゴクと喉を鳴らした。
自分の血を愉しまれているのを、ノリカワはすぐにさとった。
死なす気なのか?それとも、たんに血を楽しんでいるのか?判断がつかないままに、女は自分の血を貪欲に含んでいった。
「あー、うー、こ、降参・・・」
ノリカワがそういうと、女は嗤った。
「あんた呑気なのねえ」
身体の力を失って足許に転がったノリカワは、言い返す気力もなかった。
「だいじょうぶ。あんたの若い血は、ぜんぶ飲んであげるから」
女はそういうと、軽くハミングしながらノリカワを抑えつけて、
ワイシャツから覗く首すじに、もういちど唇を吸いつけてきた。
「あ、あ、あ・・・」
うろたえているうちにも、血液はズイズイと、抜き取られてゆく。
「ぼく死んじゃうんですか」
ノリカワは訊いた。
「あなたしだいだね」
女はこたえた。
「まだ四十代のお母さんと、中学生の妹さん、いるでしょ?」
耳たぶに圧しつけられた囁きが、くすぐったい。
「お二人を招んで。だいじょうぶ、死なせない。
 招んでくれたら感謝する。とっても嬉しい。というよりか、援けてほしい。
 私のこと――」
女はそういうと、こんどはノリカワのズボンを脱がせて、太ももに喰いついてきた。
「若いひとの身体って、咬み応えがいいわ。あんたの身体って最高――」
女はいった。
貧相な体格をしたノリカワは、自分の体躯を褒められた経験がなかった。
「ぼく、運動音痴だし、全然ダメなんですよ・・・」
ノリカワは、やっとの想いでいった。
「あんたって、ほんとうに良い人だね。私、あんたの血を吸い尽くしちゃうかもしれない女なのよ」
女はいった。
「でも・・・でも・・・なんか話が通じそうな気がするから・・・」
ノリカワは、懸命につづけた。
「血をあげれば助けてくれるってことで、とりあえず良いですか?」
女は無言でうなずいた。
「でも、家族にはやっぱり、手を出さないで欲しいです」
それするくらいなら、ここで死んだほうがましだから・・・
生きるか死ぬかの瀬戸際でさえ、そう口にする気持ちがノリカワにはあった。
「もったいないなぁ――」
女はいった。
どうやら、獲られる血液の量と自分の生命とが、両てんびんにかけられているらしい。ノリカワはおもった。
でも――やっぱり家族は犠牲にできないよな――ノリカワは、覚悟を決めた。
女は意外に、寛大だった。
「わかった。助けてあげる。家族招びたくないなら、それもいい。でも、私のことも援けてほしい。これはお願い」
「ど・・・どうやって?」
女はノリカワの背中を抱き起して、彼の上体をひざで支えながら、いった。
「あんたの血を頂戴。くれられるだけで良いから。やっぱり若い血っていいな。あんたの血を吸って、改めてそう思った。
 生きるために欲しいし、楽しむためにも欠かせない。
 時々でいいからさ――」
「褒められているの?それとも、ぼくってあなたにとって、ただの獲物なの?」
ノリカワは呟いた。
「褒めているんだよ。家族を拘わらせたくないって言うあんたの心意気も素敵」
女はいった。
「でもあたしたちも、人間の血が要るの。こんなこと、都会では絶対無理。だからここの人たちといまは、仲良く暮らしてる・・・」
そういう街なのよ、ここは――と、女はつづけた。
わかったよ・・・
ノリカワは、とうとう観念した。
そして、人間の生き血がなければ生きていけないという女に同情した彼は、
「ぼくので良かったら、いいですよ」と――
自分の血液を提供することを約束していた。

「ノリカワくん、きみの査定をあげるからね」
翌朝出社すると、所属長はやはり事務的な口調で、ノリカワの昇給を約束してきた。
「夕べのことですか?」
ノリカワはいった。
「わかってるだろうけど」
所属長は乾いた声でこたえた。
「だったらいいです」
え・・・?
怪訝そうに見返す所属長の視線をはね返すように、ノリカワはいった。
「あのひと困っているみたいだから、自分の意思でそうします。
 でも、親からもらった血と引き換えに金をもらうなんて、あり得ません」
ノリカワの言い草に、所属長はグッと詰まったようだった。
「感心だね、きみは――」
うわべの言葉だけではなく、本音で感心したようすだった。
「そう言ってくれるのなら、きみは本当の意味での仲間だ」
所属長はいった。
「じつは私も、ここに来たばかりの時にはびっくりした。
 わたしも、妻と娘ともども、あの人たちに献血しているんだ。
 さいしょは自分のめぐり合わせを呪ったが、
 いまでは家族ぐるみで、仲良くやっているんだ。
 きみのような人が増えると、とても助かる。
 なにしろ・・・困っているひとが多いものでね」
自分の妻がモテるのって、夫としては嬉しいものだよ――と、所属長は小声でいった。


すべてが信じがたい話の連続だった。貴之はただ、お人好しな同期の顔を、穴のあくほど見つめ続けていた。
「それからね、しばらくしてぼくは、母さんと妹を招んだんだ。
 処女の血は重宝されるから、死なせることも吸血鬼にすることもないけど、
 セックス経験のある女のひとって、みんな迫られちゃうんだ。
 だから、母さんのことはあらかじめ父さんにも話さないと――って思っていた。
 父さんはね、なにか予感したんだろうね、ふたりを招んだときに、いっしょについてきたんだ。
 ぼくは3人のまえで、いまの状況を正直に伝えた。
 母さんに浮気してくれって頼むようなものだから、ひどい息子だと思われるとおもった。
 親子の縁を切られてもしょうがないかなって思ってた。
 それでもぼくは一人でこの街に残るから――って言ったら、
 母さんが号泣したんだ。
 あんた一人でなに悩んでるのよって。
 それから、『お父さん・・・良いですか?』って、父さんに訊いてくれたんだ。
 父さんは間違いなく、母さんに気おされていた。
 自分の妻が吸血されて犯されるなんて、ふつう受け容れられないよね?
 父さんもさすがに、かなりためらっていたけれど、さいごには、
 『ユウキを独りにするわけにはいかないもんな』って、言ってくれた。
 うちの一家が家族そろって献血するようになった功労者は、ぼくじゃなくて父さんだね。

長い時間かかったはずの打ち明け話なのに、ものの数分と経っていないように、貴之は感じた。
「え・・・じゃあ、いまはご一家でこっちにいるのか?」
「ウン、さいしょは一泊のつもりだったけど――妹の学校もあるしね――結局三泊していったんだ。
さいしょのうちは、沙織だけはよしましょうよ、将来があるんだから家に帰してあげようよって母さん言ったんだけど、
 沙織はみんなそうなるのに私だけ仲間外れなんて嫌だって言って・・・
 母さんには、七十過ぎの痩せこけたお爺さんがついて、
 父さんは母さんを襲う前に、自分を何とかして欲しいってそのひとにお願いして、さきに吸われて、気絶寸前までなって、
 その目の前で、母さんも首すじを咬まれていったんだ。
 母さんの血が美味しそうに吸い出されるのを見て、このひとたちに家族を紹介できて良かった――って思ってしまっていた。
 沙織は、そのお爺さんとはべつの男が欲しがって・・・
 希望者が3人いたんだけど、母さんは自分が咬まれる前にその人たちとお話してみたいっていって、
 でも、3人とも若い子の血が欲しいって必死な様子で――母さんも決めかねちゃって・・・
 それを見ていた沙織が、みなさんでどうぞって――
 沙織のやつ、制服着てきたんだけど・・・
 相手の男のうち、沙織に真っ先に咬みついたやつは、
 初めて好きになった子の制服が紺のジャンパースカートだったんだって、嬉しそうに言ってたっけ。
 ほかの1人は白のハイソックスが大好きだって、
 沙織の脚を咬んで、ハイソックスを真っ赤にしながら血を吸い取って、
 もう1人は、オレわき腹が好きなんだって、制服に穴をあけてごめんねって言いながら、
 沙織のジャンパースカートのうえから、わき腹に喰いついていた・・・
 母さんの希望者も、4人いたんだ。
 「沙織に勝っちゃったみたい♪」って、父さんのまえでわざと陽気に振舞って見せて、
 父さんは、気絶寸前まで失血しながらも、ずうっと意識を保とうとしていて、
 「殿方大勢にモテモテになって困っちゃう」って笑う母さんが堕ちていくのを、さいごまでしっかりと見届けたんだ。
 ぼくは一期生だったから、家族の血まで気前よく与えたお礼をもらえることになった。
 その後に赴任してくる同僚やご家族のなかから、好きな人を選んでいいって。
 ほんとうは、そんなの要りません――って言ったんだけど。
 無欲なのもいいけれど、きみも血を提供するんだから、少しは健康を維持することを考えなくちゃいけないよ――って、
 所属長に勧められて・・・
 ぼくの隣に座っていた、水色のドレスの人、いただろ?
 あの人じつは、次長の奥さんなんだ。
 次長は二期生で、ぼくは一期生だからね。
 当然ぼくのほうが、優越するルールなんだ。
 やって来た女の人たちのなかで、いちばん惹かれたのがあのひとだったんだ。
 あのひと、47なんだよ。若く見えるけど。
 でも、ああいう人好みなんだよね。こんなことだから、結婚できないんだろうけどね。
 次長は愛妻家だから、気の毒だよねって思ったけど――
 いまは、それなりに仲良くやってる。
 赴任中にだれにも咬まれないことは不可能って聞かされていたから、
 どうせだれかに咬まれるのなら、妻を好いてくれる人のほうがまだましだ・・・って、思ってくれて。
 「家内に目をつけるなんて、きみは目が高いね」って笑ってくれて。
 同じ女性を好きなもの同士、よろしく頼むよ――って、言ってくれたんだ。

「と・・・いうことはさ・・・つまり・・・」
貴之はあえいだ。
標的は自分だけではない。憲子が危ない。
そう実感した矢先、病室のドアが開いた。
「あなた、だいじょうぶ?」
憲子が心配そうに、ベッドの上の夫を見ていた。

そのあとのなりゆきを、貴之はずっと忘れない。
「アラ奥さん、よくいらしたわね」
ピンクのドレスの妖怪が、憲子に声をかけた。
なにも知らない憲子は礼儀正しくお辞儀して、
「主人がご迷惑をおかけしました」
といった。
「イイエ、そんなことないわよ」
とこたえる老婆の言葉は、本音と裏腹だった。
――これからたっぷり「ご迷惑」をかけるのは、こっちのほうなんだから――
横顔にそんな想いがありありと刻まれていた。

連れて帰れる状態なのですか?と訊く憲子に対して女は、
「ご夫婦でひと晩泊まれば良いじゃないですか」
と、わざとらしく笑った。
え・・・?
怪訝そうに首をかしげる憲子の背後に、ノリカワが迫った。
いけない・・・ダメだっ。
貴之は叫ぼうとした。
憲子、後ろっ。そいつにつかまるなっ。
――そう叫んだつもりだった。でも、声にならなかった。
その次の瞬間、後ろからノリカワに羽交い絞めにされた憲子が、首すじを咬まれて悲鳴をあげた。
悲鳴のすぐあとに、ノリカワの突き立てた牙が根元まで埋ずまるのを、貴之は視た。
妻の首すじに密着した頬にバラ色のしずくが大量に撥ね散るのも、貴之は視た。
じゅるうっ・・・と、ノリカワの喉が旨そうに鳴るのを、貴之は聞いた。
や、やめてえっ!と叫ぶ憲子が、吸血が進むについれて動作を緩慢にしてゆく。
自分の母親が父親の前で犯されたように。
ノリカワは俺の前で、憲子をモノにしようとしている――
貴之は、目のまえが真っ暗にまる想いだった。
エリートコースをひた走っているはずの俺が、どうして?
同期きってのエリートと結婚したはずの憲子が、どうして?
うろたえる貴之に向かって、ノリカワが声を投げた。
「貴之、悪りい。ぼく、憲子さんのこと好きだったんだ」
え?貴之は耳を疑った。聞いてないぞ、そんな話・・・
「でもそういったら所属長が、『じゃあ早勢くんの奥さんは、きみが面倒を見ると良いよ』って言ってくれたんだ。
 所属長も、自分の奥さんの相手は、奥さんのことを気に入ってくれたひとを選んでいたからね――
 次長だって、ぼくが奥さんのこと気に入ったから、吸血を許してくれたからね――
 ぼくに憲子さんはもったいないって、自分でも思うけど――
 できるだけのことをしてあげるつもりだから・・・・・・」
言葉も終わらずに、ドクドクと噴き出る憲子の血を、ノリカワはけんめいに口に含んでゆく。

「できるだけのこと」って、・・・なんだ・・・?
貴之はぼう然として、もみ合う二人を見つめていた。
血を抜かれた身体はぴくりとも動かなかった。
かつてノリカワの父親が先に血を抜かれて、自分の妻が犯されるのを見届けるはめになったときみたいに、
最愛の妻が凌辱されるところを目の当たりにするのを強制されるというのか・・・っ。
無念だった。理不尽だとおもった。
でも――ノリカワの牙は着実に憲子の素肌に肉薄して、首すじから肩先、わき腹と、なん度も喰いついていって、
そのたびに憲子は悲鳴をあげ、抵抗の力を弱めてゆく。
「憲子さんはおしゃれだなあ。いつも身ぎれいにしているから、憧れていたんだ――」
ノリカワは、真顔で告げた。
お前・・・ほんとうに憲子のことが好きだったのか・・・?
ハハ・・・
ノリカワは、乾いた声で笑った。
「きみとぼくじゃ、勝負にならないって。
 だからみすみす、お前が彼女に近づくのを、横目で見ているしかなかったんだ。
 無念やる方なかったけど、優れた男にはそうする権利があるんだものな・・・」
ノリカワの告白は、哀調を帯びていた。
ぐんぐんと上昇することしか視野になかった貴之のまなざしが、周りと、自分の後ろにも向けられてゆく。
そういうことだったのか――
貴之にも、非力だった幼年時代があった。
それから発奮してスポーツに励み、要領よく学歴も重ねて、いまの自分がある。
その積み重ねのうえに勝ち得たものに対して、後ろめたいなどとは思わない。
けれども、どうあがいてもどうすることもできないやつだっているんだ。
ノリカワは、そういう悲哀を30年以上、味わいつづけていたんだ。
貴之は、ノリカワがぶきっちょな努力家であることを知っていた。
同期で一番努力するやつだった。
なんて要領の悪い――だからいっつも、おいしいところを取り落とすんだ。
軽侮していたころのことを、遠く思い出す。
でも、立場が逆転したいまは、どうだろう?

「憲子・・・憲子・・・」
呼びかける妻は、もうこちらを視ていない。
憲子さんはおしゃれでいいなあ・・・こういうときでも、こぎれいなワンピースなんか着てくるんだもんなあ・・・
ノリカワの賛辞はきっと、本音なのだろう。
ひとを弄んで侮辱するやつでは、昔からなかった。
憲子はそのこぎれいなワンピースを、咬まれるたびに血浸しにしながら、
のけ反ったり、悲鳴をあげたり、お願い止してと哀願したりしている。
そのたびに。
ノリカワはゴメン、悪い・・・とぶきっちょに謝罪を重ねながら、
血に飢えた本能をそのまま、憲子に対してぶつけてゆくのだ。
「私の血、そんなに美味しいんですか!?」
とうとう憲子はそう叫んだ。
「あ、ハイ・・・!」
ノリカワは、叫び返した。
「私のことが好きなの!?」という叫びに、「好きです!」と応えるように。
憲子は困ったように佇み、夫を見た。
「大人しく飲ませてあげたほうが良いのかな・・・」
謝罪するような眼差しが、じわじわとくすぐったかった。
憲子が愉しみ始めていると、貴之は感じた。
咬まれるたびに。
着衣に血が拡がるたびに。
憲子は思い切り叫び、きゃあきゃあと騒いだ。
けれどもその声色に、いつかくすぐったそうな愉悦が混ざり始めているのを、貴之は聞き逃さなかった。
「私の服を濡らすのが楽しいんですか?」と訊き、はい・・・と答えられるとすぐに、
「もうびしょ濡れだけど、よかったらどうぞ」と、ワンピースのすそをたくし上げて、スリップのうえからお尻を咬ませてしまっている。

いままでなん人もベッドの上に押し倒してきた娘たちがあげるのと同じ声色を、目の前の妻があげ続けていた。

「少しなら。。。献血しても良いんじゃないかな・・・」
いかにも気の進まなそうな声色で、貴之は妻にこたえた。
「ノリカワは同期だから、きみがほんとうに困ることまでしないだろうから・・・」
言い添えた言葉に思わず本音を含んでのを、貴之は感じた。
「う、うん。そうするね」
憲子はかろうじてこたえて、ノリカワのほうを振り向いた。
「お洋服濡らすのが好きなんですか?」
「あ、ハイ。いけない趣味ですよね?」
「良くない趣味だと思います。女の人は怖がりますよ」と言いながら憲子は、
私はだいじょうぶだけど――とつけ加えていた。
ノリカワもその呟きを、訊き逃さなかった。
憲子はきれいな瞳で、ノリカワを見つめた。
「同期のよしみで、今夜はお付き合いしますから――」
それは、ノリカワがずっと待ち焦がれていた声だった。
差し伸べられたすらりとしたふくらはぎを、淡い光沢を帯びたナチュラルカラーのストッキングが包んでいた。
恐る恐る吸いつけた唇の下、うら若い血液を脈打たせる血管の気配にときめきを覚えながら、
ノリカワはむき出した牙に力を籠めて、憲子の素肌を食い破っていった――


あとがき
異常なお話ほどさくっと描けちゃうのは、どういうものなのだろうか?と、いつもながらに思います。(笑)

実現された妄想

2023年11月21日(Tue) 23:51:39

母さんを殺さないで――
清彦少年は、失血で自由の利かなくなった身体をジタバタさせながら、叫んでいた。
かなわぬ願いになるに違いない、と思っていた。
ところが、母親を掴まえて首すじを食い破り吸血に耽っていたその怪人は、信じがたい反応を示していた。
目が覚めたようにこちらに目を向けると、清彦少年の瞳をじっと見つめた。
深い瞳だ、と、少年はおもった。

代わりにボクの血をもっと吸っても良いから・・・
清彦少年はそういって、ふたりのほうへと身を近寄せようとする。
怪人は、気絶してしまった母親を放すと、少年のほうへとおもむろに這い寄ってきた。
「悪イガ、ソウサセテイタダコウーー」
くぐもったような声で怪人は少年の想いに応えると、
さっきからたっぷりと血を吸い取った首すじにもう一度唇を近寄せてきた。
清彦少年は、観念したように目を瞑った。

尖った牙が容赦なく、うなじの傷をもう一度抉ってくる。
新たな血が噴き出すと、怪人は心地よげに喉を鳴らして、少年の血に飲み耽った。
「美味イ・・・ジツニ美味イ・・・」
時おり傷口から口を放しては、怪人はなん度もそう呟いた。
二の腕の周りからギュッと抱きすくめる触手に込められた力は強く、清彦少年は時おり苦しそうに呻いた。
少年が呻くたびに怪人はわれに返ったように彼の顔を見、触手の力を弛めた。
頬を血塗れにさせながら、少年はいった。
「男の子でも、ハイソックスが好きだったんだよね?小父さん」

つい昨日のことだった。
少年の友人が3人ながら公園で襲われて、気絶したまま、白のハイソックスを履いたふくらはぎを舐めまわされていったのは。
あまりにおぞましい光景を前に、清彦少年はあわててその場を逃げ去り、かろうじて魔手を逃れていた。
けれども、前島君が穿いていた赤ラインが2本のハイソックスや、公原君が気に入っていたブルーのラインの上下に黒のラインが走ったハイソックスや、多田鳥くんが部活のときに履いていた紺のストッキングが順繰りに犯されて、唾液まみれにされた挙句咬み破られて濡れた血潮を拡げてゆく光景が、清彦少年の脳裏から去らなかった。
きょうの清彦少年は、赤のラインの上下に黒のラインが走ったハイソックスを履いていた。
公原君の履いていたハイソックスの色違いだったのは、偶然ではない。
怪人が三本ラインのハイソックスをいたく気に入って、いちばんしつこく舐めまわしていたのを、清彦少年は目の当たりにしていたのだった。

差し伸べられた清彦少年の足許に、怪人はもの欲しげに舌をふるいつけてきた。
ああ――
少年は無念げに眉をひそめた。
イヤらしい舌なめずりが、しなやかな厚手のナイロン生地ごしに、生温かく浸されてくる。
「本当に・・・ほんとうに母さんのことを助けてくれるんだね!?」
少年は怪人に念押しをした。
怪人は黙って肯くと、少年のふくらはぎの一番肉づきのよいあたりに、鋭利な牙を喰い入れてきた。
じゅわっ・・・
はじける血潮の生温かさを感じながら、少年はうめいた――


それが、十数年前のことだった。
いまでも清彦は、そのときのことを時折、胸に思い描くことがある。
そして、なぜかときめいてしまう自分に、自己嫌悪のようなものを覚えるのだった。
少年のか細い身体から提供可能な血液をむしり取ると、怪人はふたたび、彼の母親を襲った。
母親の光枝が着ていた白地に紺の水玉もようのワンピースは、赤黒い飛沫を不規則に、その柄に交えている。
ガッと喰いついた口許から撥ねた血が、ワンピースの柄をさらに塗り替えてゆく。
清彦の懸念を読み取ったように怪人は、彼のほうを振り向くと。
「安心しろ。きみのお母さんの生命は奪らない」――そう約束していた。

頬を血に濡らしながら、清彦の母・光枝は、咬まれていった。
肩や二の腕、わき腹、太ももと、ワンピースのうえから咬まれていった。
そのうえで。
清彦の識らない世界がくり広げられた。
セックス経験のある婦人を餌食にするときに、必ずといっていいほど行われる「儀式」だった。
たくし上げられたワンピースから覗く白い太ももを眩しいと、少年はおもった。
怪人は、母親の脚から肌色のストッキングを音を立てて引き裂くと、ショーツを脱がせ、それで鼻を覆った。
いやらしいやつだ、と、少年は感じた。どこか、嫉妬ににたような感情も波立った。
母親は、すっかり観念してしまったらしい。
手足をだらりと伸ばして、身動きひとつしなかった。
まだ意識があるのは、胸もとがかすかな鼓動を伝えて上下するのと、
男の非礼を咎めるように、時折瞬きしながら緩慢にかぶりを振るようすから、それとわかった。
けれどももはや、無抵抗に伸べられた太ももの間に男が入り込んでゆくのを、止め立てするものはいなかった。
激しく上下動する逞しい腰の下、母親が大切なものを穢されてゆくのを、彼は直感で感じ取っていた――

だいぶ経ったある日、怪人が捕らえられたことをニュースで知った。
父親は、被害届を出すのはよそうと母親に告げて、母親も黙って肯いているのを記憶している。
怪人が母親にしかけたことが不名誉なことだったということを識るには、まだ清彦少年は稚なかったが、
それでもめくるめく光景のなかで行われた儀式がただことでなかったことは、直感的に感じ取っていた。

怪人が解放されたと知ったのは、それからさらに数年後のことだった。
清彦は、どこかで怪人との再会を夢想していた。
母をむたいに襲い、自分たち親子の血をほしいままにむさぼった、おぞましい存在――
そう思い込もうとしたけれど。
母親の助命を訴える必死の叫びを受け容れてくれたこともまた、彼の記憶からは去らなかった。
話せばわかる相手。
けれども、人間の血液を摂取せずにはいられない存在――
そんなものと、また関わることは、自分にとって不名誉や不利益以外のものをもたらさないと分かってはいたけれど。
彼と共存する生活を、なぜか時おり、夢想してしまうのだった。
きっと、血を吸い取られたときに注入された毒液のせいだ、とわかっていたけれど。
そのことすらも、呪わしいことだとは、感じることができなくなっていた。

もしも自分に恋人ができたなら、あの怪人はうら若い処女の生き血で舌づつみを打ちたいと願うだろうか?
きっとそうに違いない。
けれども彼は、暴力的に襲われた彼の恋人が泣き叫び惨めに堕ちてゆくというような、悲惨な情景を想像することはなかった。
むしろ彼の恋人が初対面の怪人に恐怖しながらも、一定の理解を与えて、
羞じらい戸惑いながらあの容赦のない吸血管をその胸もとに受け容れてしまうところを、胸をときめかせて想像してしまうのだった。

俺は変態だ。
そう思わずにはいられない。
そのことが、彼の婚期を遅くしたし、彼が異性に近づくことをためらわせる原因になっていた。


地元の大会社の社長令嬢との縁談が降ってわいたように起こったのは、そんなときだった。
父が務める銀行の取引先という触れ込みだった。
30を過ぎたらさすがに身を固めないわけにはいかない。
そういう常識まみれの選択を考えるほどに、清彦は律義な社会人として暮らしていた。
現れた女性は、眩いほどの白い肌と、澄んだ大きな瞳の持ち主だった。
女性経験のない清彦は、気後れしつつも彼女に応対した。
ぶきっちょだが素朴な態度が却って好かったのか、女性の側からは色よい返事が寄せられた。

穂乃村悧香というその24歳の女性は、父親の経営している会社でOLとして勤務しているという。
いちど転職をしているのだが、その時にも縁談があったものの、なにかの事情で見送りになった――とも聞かされていた。
品行方正な母親に厳格に育てられた、箱入り娘という触れ込みだった。
たしかに、見合いの席に現れた母親は、美しいがいくらか妍のある婦人だった。
清彦はいくらかの気づまりを覚えながらも彼女とも接し、幸い悪からぬ心証を抱かれることに成功した。
このまま結婚するのだろうか?
怜悧に取り澄ました相手の女性との、なかなか縮まらない距離感に悩みながらも、
交際期間はだらだらと続いていく。
特に結論を急かされることもなく、初対面からすでに3ヶ月が経過しようとしていた。

その悧香に呼び出されたのは、とある週末のことだった。
「どうしても急に逢いたい」悧香からのたっての希望だった。
いつもは清彦のおずおずとしたオファーに悧香が無表情で応じる――そんなことのくり返しだったので、
彼は相手の珍しい反応に驚きながらも、よろこんで面会に応じたのだった。

通されたリビングには、豪奢なデザインのじゅうたんの上に、いかにも高級感のあるソファーセットが置かれていた。
通された部屋で肘掛椅子に腰かけるよう求められた彼は、テーブルを挟んで悧香と対座した。
「さっそくなんですけど――」
悧香はいつになくそわそわとした様子で、口火を切った。
「私――あなたのお嫁さんに、相応しくないと感じるんです」
大きな瞳に吸い込まれるように、清彦は彼女の目を凝視した。
「ああやっぱり・・・」
思わず口を突いて出た言葉を、悧香が聞きとがめた。
「あら・・・どうしてですの?」
いや、だって――
声にならない声が、清彦を硬直させる。
なかなか距離の詰め切れない、そのくせ自分との交際を断ろうともしないこの美少女の真意を測りかねて、彼は戸惑った。
「自分がモテない・・・と思うからです」
清彦は正直にこたえた。
「あら――」
悧香は目線を笑いに和ませて、清彦を見た。
「合わないと思ったら、すぐにお断りしているところです」
悧香はいった。
「ではどうして・・・?」
上ずる清彦の声を受けて、悧香は言いよどんでいたが、やがておもむろに口を開いた。
「わたくし――」
一瞬笑みを含んだ頬がふたたびこわばって、目線を下に落としている。
「貴方に対して申し訳ないことをしてしまったの・・・」
「それは・・・どんな・・・?」
ザワザワとした予感に、不思議な昂ぶりを覚えながら、清彦は訊いた。
「この街で暴れていた怪人の話ご存じですか」
それは地域でも有名な話だった。
なん人もの人妻が襲われて憂き目をみていたし、結婚前の娘たちも襲撃の対象となっていたのだから。
「あ・・・ハイ」
「わたくし2年まえ、あの怪人に襲われているんです・・・」
「え・・・」
清彦が顔をあげた。
「あの怪人が釈放されたこともご存じですか」
「エエ、ニュースでみました」
「――再会してしまったんです・・・」
「・・・と、いうことは・・・?」
「求められるままに血液を提供して――わたくし男のひとを識らずにいたのですが、つい先日識ってしまいました・・・」
・・・・・・ぇ。
声にならない声を、清彦はかろうじて飲み込んだ。
「怒ってもらって良いのだけれど・・・自分から求めて、あの男の身体を受け容れてしまったの」
「・・・・・・」
でもね、と、悧香はつづける。

わたくし、後悔してないんです。
勤め帰りにやって来たのを、わたくしのほうからこの家にお招きして、血を差し上げたの。
ご存じでしょう?吸血管がニュッと出て、胸をブスリと刺して吸血するの。
そのうちに相手の女性が気に入ると、擬態が解けてしまって、ただの男になって――醜く痩せこけたお爺さんなのよ――
そんなひとに、勤め帰りのスーツ姿をまさぐられながら、血を啜り獲られてゆくの。
さいしょはおぞましかったけど――わたくし、それが嬉しくなっちゃって・・・
貴方のことももちろん、考えたの。思い浮かべたの。ごめんなさいって心の中で謝ったの。
それでも、知らず知らず身体を開いてしまっていたわ。
強引に突っ込まれたペニスは、さいしょのうちこそ痛くてたまらなかったけど、じきに慣れたわ。
むしろ、激しく求められることで、ヒロインになった気分まで味わっちゃって――わたくし、最低の女ですね。
貴方との結婚を控えながらも、ほかの男に身を許してしまったんです・・・
ええ、それでも――後悔はしていません。貴方以外の方に処女を捧げたことを。
そして、これからもたぶん、あの方とのお付き合いは止められそうにない――
貴方と婚約しても、きっとセックスしてしまうし、貴方と結婚しても、きっと貴方を裏切って逢いつづけてしまう――そう確信しているんです。
そんな不埒な女を嫁にして、貴方にどんな得があるかしら?
ですから、お別れしましょう。
わたくし、一生独身で過ごします。
でも、彼がいればきっと、楽しい人生になると思っています。確信しています。
彼の奴隷になるのが、いまではとても、楽しいの。
そんな女と、貴方の幸多いはずの人生を、リンクさせるべきではない――貴方もそう思われますよね・・・?

さいごのほうでは女は俯き、顔を覆って涙ぐんでいた。
きっとだれとも結婚できない。
こんな恥ずかしい告白をしているいまでさえ、爛れた秘奥をヌラヌラ滾らせて、強引な吶喊を求め始めている自分がいる。
でも、わたくしはあの方に支配されるのが好き。楽しくってしょうがない――
婚約者を失う悲嘆に泣き濡れながらも、女の胸に後悔はなかった。

俯く肩に置かれた掌を感じて、女は顔をあげた。
間近に、清彦の顔があった。
「どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか・・・?」
清彦の唇が、目の前でそう動いた。
「え・・・でも・・・」
ためらう悧香の両肩に、清彦は手を置いていた。
「じつは・・・」
清彦は初めて、自分の過去を語った。
同じ怪人に襲われて、母親ともども生き血を吸い取られたこと。
身じろぎできないほど血を啜られたうえ、目の前で母親がメイク・ラブされてしまったこと。(彼はそういう表現で語った)
それ以来母親は、父親の理解を得ながら怪人と逢いつづけたこと。
そんな母親の逢瀬を、自分はよく目にしては、不思議な昂ぶりを感じたこと。母親を責める気には全くなれなかったこと――

「どういうことかというと」、清彦は言葉を切った。
見つめなおした悧香の顔つきは、同じ高さの目線にある。
澄んだ大きな瞳が、いままでになく間近に感じられた。
「同じ怪人に血を吸われていたんですね」
憑き物が落ちたように、悧香は声色を和ませている。
「貴女に、ただならないご縁を感じます」
清彦はいった。

もしも自分に恋人ができたなら、処女の生き血を吸わせてやろうと思ったこと。
その時も、恋人は泣きじゃくって激しく抵抗するわけでもなく、羞じらいながら血を吸い取られてゆくのを妄想したこと。
その妄想が決して不快なものではなかったこと・・・

「むしろ、悧香さんが自分から彼に処女を捧げたことを、ぼくは嬉しいと感じます」
清彦はいった。
「母もきっと、貴女を杉川家の嫁として歓迎すると思います」
そういって悧香をほっとさせると、清彦はさらに言った。
「これからご一緒しませんか?ぼくも――久しぶりに彼に血を吸わせてあげたい。
 それに、ぼくの未来の花嫁を支配してくれたお礼を伝えたい。
 婚礼の後の初夜には彼を招いて、目の前で花嫁を奪ってもらいたい。
 彼のことは真っ先に新居にお招びしたい。
 これを結婚の条件にしてくれますか・・・?」
悧香は羞じらいながら、こくりと頷いた。
過去に幾度となく妄想してきた、羞じらいながら血を捧げる彼女の面影に、そっくりと重なるのを彼は感じた。


あとがき

これは一気呵成に描いちゃいました。
どう考えてもヘンなお話なのに、すらすらと紡いでしまいました。 苦笑

社長令嬢が堕ちた夜

2023年11月21日(Tue) 22:35:37

やはりホットコーヒーは、ブラックにかぎる。
オトナのブラック。
自分で淹れたホットコーヒーがくゆらせる湯気の香りを楽しみながら、
穗乃村悧香(ほのむら りか)は、濃いブルーに金の縁取りの入ったコーヒーカップに口をつける。
外出の予定はないのに色濃く刷いた口紅が、金の縁取りを塗りつぶした。
悧香はかすかなため息を洩らしてカップについた口紅を拭うと、
傍らの口紅をもう一度、念入りに刷き直した。

硝子戸がガタンと、風が当たる音にしては不自然な音をたてた。
悧香はその音に振り向くと、腰かけていたソファからそっと腰をあげて、窓辺に立った。
「やっぱり来たんだ」
ひっそりとした微かな声色は幾分の冷笑を含んでいた。
名前のとおり怜悧な令嬢にに育った彼女の口から暖かみのある声が洩れることはふだんあまりなかったのだが、
いまの呟きには幾分のもの柔らかな感情が込められているのが、彼女の母親だったらわかっただろう。
悧香は白い手を伸べて、硝子戸をからからと引き開けた。
「また来たのね、イヤらしい怪人さん」
嫌悪と蔑みをあらわにしながらも、透きとおったその頬には愉快そうな感情も窺うことができた。
本人がそれをどこまで意識しているかは別として。


2年ほど前のこと。
初めて悧香の前に初めて姿を現した怪人は、気の弱い人が見たら即時に気絶するレベルの、おぞましくグロテスクな「なり」をしていた。
胸もとから伸びた透明な吸血管は直径数cmはあり、数m遠方の獲物に巻きついてからめ取ることができた。
勤め帰りのピンクのスーツ姿にツタのように巻きつけられた吸血管は、悧香よりひとり前の犠牲者の血液を留めて、まだ赤黒く半透明に染まっていた。
恐怖に立ちすくむ悧香は声をあげる間もなく、真っ白なブラウスごしに、吸血管の尖った先端をズブリと突き通されてしまった。
皮膚を強引に突き破ってくる異物をどうすることもできないまま、
急速に抜き取られる自分の血液が半透明の管を浸してゆくのを目の当たりにして、
彼女は目を大きく見開き、絶句し、さいごに目をまわしてその場に倒れ臥してしまう。
怪人の擬態は不完全で、性的欲情を覚えるとたちまち解除されてしまうのがつねだったが、
悧香のときも、その例外ではなかった。
醜く痩せこけた老人の実体に戻ると彼は、うつ伏せに倒れたこの若いOLの足許にうずくまると、
ヒルのように爛れた唇を恰好のよいふくらはぎに吸いつけた。
肌色のストッキングを皺くちゃに弄びながら。
劣情にまみれた唇や舌を無骨になすりつけて、悧香の下肢に凌辱を加えたのだった。
そのまま怪人のアジトに連れ込まれた彼女は、連日連夜、その身をめぐるうら若い血潮を、怪人の餌食にされたのだった。

正義のヒーローによって救出されたとき、彼女の理性は半ば崩壊しかけて、言葉を紡ぐことさえ覚束ない有様だった。
人質に取られた娘のために家族から差し入れられた服はことごとくが、擬態を解いた男の唾液に浸されて、
男が特に執着した通勤用のストッキングは、拘束された日数にまさる本数だけ、同じ憂き目をみていた。
この件が表ざたになって彼女は公私の両面で評判を落とし、親たちによって進められていた縁談も破れた。
もっとも縁談が破談となったことについては、悧香はむしろある種の解放感を感じていた。
彼女は勤め先を、自分の父親の経営する会社に変えはしたものの、今までと変わらぬOL生活を享受していたのだった。


彼女が怪人と”再会”したのは、彼が刑期を繰り上げて出獄してすぐのことだった。
人の生き血を求めて徘徊する怪人は、
さいしょは自身を日常的に看護していた看守の家に入り浸っていたのだが、
看守とその妻や娘の血液だけでは足りずに、かつて暴れた街へと舞い戻ってきたのだ。
かつてなん度も襲った「実績」のあるキャバレーのホステスの血を吸い取ると、つぎに向かったのが悧香の住む邸だった。
真っ白なブラウスの胸から毛むくじゃらの胸もとへと直接送り込まれた若い血液に、彼は少なからぬ恋着を抱いていたのである。
そして、彼女が装った生真面目なOLらしいお堅いお勤め用のスーツ姿もまた、けばけばしく刺戟的なホステスのそれと同じくらい、彼の恋着を誘っていた。

ウッソリとうずくまりながら自宅の様子を窺っている怪人をみとめて、悧香はハイヒールの歩みを止める。
その白い首すじに付けられた古傷が破れ、ひとりでに血に濡れてくるのを、悧香は感じた。
あいつだ――すぐにそうわかったけれど、もはや辱められた憎しみは湧き上がってこなかった。
ただ、うなじを伝い落ちた血が勤め帰りのブラウスの襟首を濡らす生温かい感触だけが、彼女の感覚を淫靡に彩った。
これはもう逃れられないな――と彼女は直感して、むしろその直感にある種の安堵さえ覚えていた。

掴まえた獲物に劣情を覚えるたびに、怪人の擬態は解かれてしまい、無力な老人の実体に立ち戻る。
悪の組織がこの怪人を「製造」したときの、致命的欠陥だった。
そして彼が欲情のままに人質の生き血を楽しんでいる最中に、正義のヒーローに付け入るスキを与え、征伐されてしまったのだ。
悧香は男が、強力な怪人の姿ではなく、街にとけ込みやすい実体の姿で現れたことに好感を持った。
そして彼に声をかけると、自宅にあげてしまっていた――
そこには彼にとって美味しい果実になりかねない、47歳の熟妻である彼女の母もいることも知りながら・・・。

出迎えた母親の由香里は蒼白になり、立ちすくんだ。
47歳の人妻の、肌色のストッキングに包まれたふくらはぎに、怪人はあからさまに欲情している。
絶句する母親に、娘はいった。
「ママったらいつも、こいつにひと言言ってやりたいって言ってたじゃないの」
24歳のあたしの、うら若い血潮に、47歳の熟妻であるママの生き血。
悦んでくれたら嬉しいわ――
悧香は心のなかで、ほくそ笑んでいた。



2年まえのこと。
「私――おかしくなっちゃったのかな・・・」
ブラウスを真っ赤に濡らしながら、悧香は呟いていた。
傍らに寄り添う怪人に向けて呟いているようでもあり、
ただうわ言のように独り言をしまだけなのかも知れなかった。
「こんなにいっぱい血を吸われちゃうのが嬉しい・・・なんて。やっばりおかしいわよね?」
ふた言めめは明らかに、怪人に話しかけていた。
貧血に顔は蒼ざめ、紫色になった唇には、蕩けたような笑みが泛んでいた。
怪人は悧香の背中を労るようやなさすりながら、
それでも一方で、彼女の首すじに食い入れた傷口に唇をあてがい、
ごく緩やかな調子で、しかし冷酷なくらい単調な音を漏らしながら、
彼女の血しおをしつように口に含みつづけている。
悧香に気遣いをしているようでなお、
捕らえた獲物から養分を摂取することには、あくまでも貪欲なのだ。
「ありがとう。楽になるわ・・・」
悧香はそれでもほほ笑みを絶やさずに怪人の掌を握りしめて、従順に己のうなじをゆだねつづけた。
眩暈が視界を遮るほどに拡がり、頭をふらつかせながら、
自分の血が啜り取られてゆく喉鳴りを、
しつように擦りつけられて来るかすかな舌なめずりを、
鼓膜で楽しみはじめていた。
男のなまの唇がべっとりとふくらはぎに吸いつけられると、白い歯をみせて咲った。
「おイタさんね・・・私のストッキング、よっぽど気に入ったのね?」
と、イタズラっぽい流し目で、相手を睨んだ。
応えの代わりにその唇が強く圧しつけられて、チクリと鈍い痛みが刺し込まれると、
ストッキングがチリチリとかすかな音をたててはじけた。
ふくらはぎ周りに感じていた緩やかな束縛がじょじょにほぐれてゆくのを、彼女は感じた。
ストッキングを破られる。
これで、なん足めなのだろう?
さいしょは侮辱に感じていたその行為がいまでは、
意志疎通が不器用な怪人なりの、自分に対する愛情表現にさえ感じられてくるのはなぜだろう?
錯覚に過ぎないのだろうか?きっと、そうに違いない。
けれども、しつように圧しつけられてくる唇を、悧香はもはや避けようとはせずに、
薄いナイロン生地の舐め心地を悦ぶように擦りつけられてくる唇に、舌に、
むしろそうされることを誇らしく感じているかのように、すすんで自分の脚をゆだねてしまうのだった。
そして、自分の穿いているストッキングが引き破られて、
脛の途中までずり落ちてしまうのを、面白そうに見届けていった。
囚われの姫は衣装を辱められながら、理性を忘れた堕落の淵へといざなわれていった――

「なぞなぞ。」
と、女はいった。
ブラウスの胸もとには撥ねた血が不規則なまだら模様を作り、
脚には破れたストッキングを片方だけ穿いているという自堕落ななりだったが、
女は気にしていなかった。
「私のブラウス、なん着汚した?」
「7着。」
男の答えは正確だった。
「囚えた日数分以上に愉しむと、度を越えるからな」
ウッソリとした言葉つきだけは変わらなかったが、声色そのものは別人のような色艶を帯びている。
捉えた女がその身にふさわしい品位を確保できるよう、
入浴の機会や化粧の時間も、じゅうぶんに与えられた7日間ではあった。
「きちんと装った女の人を虐めるのが、そんなにお好き?」
女はなおも言葉を重ねる。
はた目には気になる男に愛らしく絡んでいるようにしか見えないほどだった。
怪人は無言でうなずいた。
「どうせあなた、つかまるわ。もしかしたら、死んじゃうかもしれない」
悧香は冷徹に、自分を餌食にした獣の将来を予告する。
「そうだろうな」
怪人の応えは意外に素直だった。
「こういう害毒しかまき散らさないやつは、そうなったほうが良いのだ」
「そんなふうに考えていたのね」
失血による眩暈が、少し明るくなったような気がした。
悧香は怪人にいった。
「でもそうなるまでは――どうぞ私の血を楽しんで頂戴ね」
怪人が征伐されたとき。
与えることが可能な血液を一滴余さず提供した彼女は、口もきけないくらいの状態で保護されていた。


解放されて2年が過ぎて、けれども怪人に対する記憶は摩耗することがなく・・・
だが、悧香は不思議と、自分の血を吸い服を汚した怪人に対して、悪感情を抱かなかった。
ウッソリと蹲る老人の姿をした怪人を見つけると、なんのためらいも抵抗もなく、自宅に誘っていた。

悧香にとっては2年ぶりの再会だったが、母親にとって怪人をじかに視るのは初めてだった。
自分よりも明らかに齢が上の、こんなにもみすぼらしい老人が、よりにもよってうちの悧香を――
「ひと言言ってやりたかったんでしょ」という娘の挑発のままに、由香里は怒りと悔しさとを新たにした。
「どういうつもりで、うちにいらしたのよ!?」
悧香が飛び上がるほど大きな声で、由香里は怪人を罵った。
「娘の将来を台無しにしてくれて、どういうことなのかしら!?」
由香里は本気で、怒っていた。
娘の将来が壊された・・・ということではなく、自分自身の見栄が根こそぎにされたという怨みのほうが大きかった。
破談となった縁談の相手は、母親が自信をもって見つけてきた男だった。
もっとも彼はその後他の女性と結婚したが、かなりの暴君であるということは、この母娘の耳にも入っていたけれど。
自分の見栄を破壊されたことに、変わりは無かったのだ。
凄まじい罵声をふた言、無抵抗な怪人に浴びせると、由香里は大きく息をついた。
ふだん落ち着いた賢夫人として知られた彼女にとって、大きな声をあげることは意外に高いハードルだったのだ。
「ママもう気が済んだわ。お引き取りいただいて」
別人のように声の調子を落とした母親に、悧香はこたえた。
「私の血を差し上げたら帰ってもらうようにするね」
「え・・・?」
娘の意外な答えに、由香里は顔をあげた。
「血液不足なんですって。なんとかしてあげなくちゃ。
 管を豪快にブスリと刺されても良いし・・・口で直接飲んでもらうのも楽しいかも。
 こいつ、私のスーツ姿気に入っているのよ」
悧香は不敵に笑った。
そして、怪人のほうをふり返ると、
「勤め帰りのきちっとした服装、お好きったわよね?」
と、念押しまでしてしまっている。

さいごには母も、堕ちてくれた。
処女喪失の痛みはきつく、気絶してしまうほどだったけれど。
なん度も突っ込まれちゃっているうちに、痛いだけではない行為だとすぐに気づいて。
すこしでも早く痛みに慣れよう・・・快感とやらを味わってしまおう・・・そんなことを考えて。
覆いかぶさってくる怪人の性急な求愛から逃げようとはせずに、
スカートを着けたままの腰の奥に、魔力に満ちた棒状の肉塊を、
なん度も受け容れてしまっていた。
悧香にはふたたび、縁談が進行中だった。
相手の男性とも、なん度となく顔を合わせて、デートを重ねる間柄だった。
彼に対して申し訳ないという想いも、チラとはよぎった。
けれども、圧倒的な力で彼女を圧し伏せる欲情の強さのまえには、
氷のように堅い貞操観念も、あっけなく蕩かされてしまっている。
ごめんなさい、清彦さん。
悧香は、自分の夫となるかも知れない見合い相手に、心のなかでそういった。
けれどもそのあとすぐに、
でも――悪いけどひと足先に体験しちゃうわね。あとはなんとでもなるはずだわ。
という不逞な考えが、彼女の頭を支配していた。
身を擦り寄せてくる暴漢の逞しい胸に圧倒されながら、彼女は股間に溢れる歓びを感じないわけにはいかなかった。

次は、由香里の番だった。
リビングに入る母親をその場で餌食にするのかと思ったが、
降りていった怪人は、ほどなく母を伴って戻ってきた。
母は、怪人を出迎えた時と同じスーツを着ていた。
行儀の良い人で、家のなかでもスーツやワンピースにストッキングを嗜む婦人だったのだ。
同じスーツ ということは。
まだ彼女が暴行を受けていない、なによりの証拠だった。

血を吸い取られて貧血を起こした悧香は、怪人の手で伸べられた布団に横たわっていたが、
その様子を見て母親は少しだけ、安堵したようだった。
娘の気持ちも健康状態も考慮に入れない相手だったら、絶対しないだろう対応だと感じたためだ。
もっとも、タオル一枚かけられただけの娘は着崩れたスリップ一枚の半裸の姿だったから、
部屋に入ってきた由香里は、肌色のストッキングの脚をこわばらせ、立ち尽くした。
娘が処女を奪われたことが、残酷なくらいに明白だった。
嫁入り前の娘の不始末から目をそらしつつも由香里は、
礼儀だけは心得ていらっしゃるようねと呟いた。
悧香は、母の背中を押すべきだとおもった。
そして、この小父さん私の血だけじゃ足りないみたいよ、とそそのかすようにいった。
母親の反応は、意外なくらいにあっけなかった。
「お好きになさいな」
由香里はあきらめたように目を瞑ったのだ。
娘を疵物にされてしまった以上、もはや万事休すと覚ったらしい。
長年守り抜いてきた貞操を汚辱に塗れさせることを、ためらいもなく受け容れてしまっていた。

後ろから羽交い絞めにされながら首すじに牙を突き入れられる母親の姿を、
悧香はドキドキしながら見守る。
尖った牙が母親の白いうなじにもぐり込むと、赤黒い鮮血が鋭く撥ねた。
あ・・・あっ・・・
気丈にも悲鳴をこらえた母の様子が、娘の目にもいじらしく映る。
それでも朱を刷いた薄い唇はかすかに歪み、歯並びのよい前歯を覗かせた。
これがあの娘の感じた痛み――由香里は脳天が痺れる想いで、娘と同じ痛みを体験し始める。
首すじに圧しつけられた怪人の唇のすき間からは、ぬるりとした血の帯がひとすじ、どろりと伝い落ちて、
ブラウスの襟首を、そしてその奥のブラジャーを濡らした。
「もうじきママの誕生日だから・・・私ママに替えのブラウス買ってあげるね」
孝行娘がそう呟くのに頷きながら、由香里はお願いね、というのが精いっぱいだった。
姿勢を崩した由香里は、座布団のうえに膝を突いた。
ひざ小僧を包む肌色のストッキングが、かすかに波打ち、いびつによじれてゆく。
その上から脂ぎった唇が圧しあてられて、ストッキングの引き攣れが深くなった。
母親の着用するストッキングが、自分のそれと同じように淫らにあしらわれ、卑猥な口許を愉しませるのを、悧香は面白そうに見守っていた。

ママったら、案外ウブなのね。
悧香はおもった。
由香里はうろたえながらブラウスを剥ぎ取られ、強引に迫られた口づけにおずおずと応じていった。
ひざを突いて四つん這いになったふくらはぎに唇を這わされて、
ストッキングを皺寄せながら、失礼なことなさらないでください――と相手を制しようとするのを遮って、
「怪人さん、ママの穿いてるストッキングもたっぷり楽しんでね」
と言い添えていた。
「もう・・・あなたったら・・・っ」
由香里は目で娘を咎めたが、態度が言葉を裏切っている。
劣情もあらわな舌舐めずりの前に、評判の賢夫人と評されたこの熟妻は、
ストッキングで装った脚をすすんで差し伸べて、みるみるうちによだれまみれにさせてしまっていた。


「私――おかしくなっちゃったのかな」
2年まえのあのときと同じように、悧香は呟く。
ブラウスは血浸しにされて、生温かく胸もとを染めている。
スリップにまでしみ込んだ血潮のベトベトとした温もりを、悧香はいとおしいと感じた。
指先で首すじの傷をなぞり、あお向けになった目のまえにかざしてみる。
バラ色をした自分の血潮を、綺麗だとおもった。
そのまま指先を自分の口のなかに突っ込んで、自分の血を舐め味わっていた。
錆びたような甘酸っぱい味に、いつにない昂ぶりを感じた。
失血が、彼女のなかに半吸血鬼としての萌芽をもたらしていた。
自分の血を美味しい――とおもった。
だとすると、彼にとっても私の血って美味しいはず。
そして、ママの生き血も楽しんでくれているはず・・・
母娘ながら生き血を味わわれている受難を、悧香は楽しいと感じていた。

傍らの母親も、夢中になってあえいでいた。
顔の半分は、バラ色の血を光らせていた。
念入りに刷いた化粧が見苦しいまだら模様に剝げてしまうほど、
情夫の舌なめずりに惜しげもなく、頬をさらしていた。
破れ堕ちたストッキングを脛の途中までずり降ろされた脚を緩慢にすり足しながら、
血浸しにされたブラウスを大きくはだけ、豊かな乳房を誇らしげに露わにして、
娼婦のように大胆に大股を開いて、そそり立つ怪人の男根を、股間に咥え込んでしまっている。
令夫人と称えられたその身を恥辱にまみれさせても、もはや惜しげもなく、後悔もなく、
ただひたすらに、そそぎ込まれる精液の奔流に夢中になってしまっていた。
あなただけよ、あなただけよ・・・と、あらぬうわ言さえ口走っていた。
激しい精液の奔流が母親の体内に流れ込む有様を、娘はありありと想像していた。
彼女は手を伸ばして、だらりと床に伸びた母親の手を握っていた。
ママ、貞操喪失おめでとう――
娘がそう囁くと、由香里は無言で彼女の手を握り返してきた。

母が長年守り抜いた貞操と引き換えに、懸命になってお手本を披露してくれている。
つぎはもういちど、私の番ね・・・
悧香は口辺に嗤いを滲ませて、スリップ一枚に剥かれた自分に怪人がのしかかってくるのを、受け容れていった。
すぐ傍らで自分の母親が、
悧香さん、いけないわ、まだお嫁入り前じゃないの――と形ばかりの叱責を続けるのを、
薄笑いした頬で受け流しながら――


あとがき
まとまりは良くないのですが。
ここしばらく書き継いでいたモノをあっぷしてみます。
前作の続きです。