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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

連れ込み宿 五―い

2007年10月22日(Mon) 23:48:32

場末の盛り場の、そのまた果てに。
闇夜にひっそりとうずくまるその宿は。
破れ障子に、傾いた軒。
古びたままに、人から忘れ去られたようにして。
それでも夜更けになると、「営業中」の灯りが、ひっそりと点される。
門前を行き交う男や女たちは。
寄り添うでもなく、よそよそしく隔たるでもなく。
人目を避けて。互いの視線までも、交えずに。
いかにもわけありげに、不自然なさりげなさを装って。
言葉も交わさずに、門をくぐる。
すべては古びた雨戸のなかに秘められてゆく、一夜。
人はそこを、「連れ込み宿」と、呼んでいた。

主人が留守のうちだけよ。
そういう約束だったはず。
それなのに・・・今でも、逢いつづけている。
夫が三年の単身赴任を終えて戻って、もう三ヶ月になるというのに。

田舎に転勤していった夫。
都会の家に残ったのは、年頃になった娘と息子と、わたしだけ。
そんな気の張る留守宅に、いつの間にか溶け込むようにして。
男はわたしの隣に立っていた。
あるとき突然、つかまえられて。
畳の部屋に、連れていかれて。
ねじ伏せられ、身動きもままならぬまま、すべてを奪い尽くされていた。
貞操ばかりか、理性と罪悪感までも・・・
畳に抑えつけられた背中が、ひりひりするのを感じながら。
見慣れた古い箪笥が、薄っすら洩れた涙の向こう側に滲んでいた。
ふたたび起き上がって、身づくろいするころには。
清楚なワンピースの持ち主には不似合いな、大胆な娼婦になっていた。
こんどは、いつ逢ってくださるの?
知らず知らず、上目遣いに滲ませた媚態に。
男はくすぐったそうに、そっぽを向いた。

逢うのはいつも、昼間だった。
昼間の盛り場は、毒々しい夜のすさんだ名残りを、そこかしこにのこしたまま。
まだ、白茶けた空気をよどませている。
そのなかを、人目を避けるように、場末まで歩いていって。
ひっそりと佇む民家のような隠れ家に。
導かれるまま、入っていった。
あのときと、同じようにして。
畳のうえに、組み伏せられて。
古びた畳の、日焼けしたような匂いにむせ返りながら。
夫を裏切る行為のまがまがしさ、息詰まるようなときめきに。
われ知らず胸を、はずませていた。
目の端に映った古びた箪笥は、こんどははっきり瞼に灼きついていた。
濃い闇のなか。
せめぎ合う、息遣い。
もつれては放れ、放れてはもつれる、腕と腕。
ドクドクとめぐる、狂おしい血。
破れたストッキングが頼りなくずり落ちてゆくふしだらな感触を、脛に心地よく覚えながら。
スカートの奥で暴れまわる剛(つよ)い筋肉の塊に、ずずずんと小気味よく、貫かれてゆく。
あられもなく、うめきながら。
口の端には、よだれまで浅ましく、垂らしながら。
日ごろ装った良妻賢母とは別人の、ひとりの牝に、かえってゆく。

そんなひと刻と、離れがたくて。
子供たちが学校に行っているとき。
刻を盗むようにして、男と逢った。
自宅の夫婦の寝室で、あられもなく乱れ果てているときに。
玄関先で、帰ってきた子供がもの音を立てたときには。
さすがに、縮み上がってしまって。
それからは、あの隠れ家で逢うことがもっぱらになっていた。
限られた家計から、宿賃を工面するのが骨になるほどに。

スカートの裏側の淫らな汚れを隠すようにして、いつものようにお代を支払うと。
いつも表情を消している宿の女将が、そのときにかぎって、ふと目を留めてなにか言いたげにした。
その老女は、みごとなまでの白髪を、きれいに頭の後ろにキリリと結いあげて。
枯れ木のように痩せこけた和装の上背を、いつもしゃんとさせていて。
それでも細面の顔には時おり、まだ枯れ切ったとは思えない艶を滲ませている。
おつり銭を数えるほっそりとした指を止めて。
あの・・・
呟くような声色に、
なにか・・・?
思わず、尖った声を返していた。
女将はそれでも、臆する風もなく。
お得意様だけに、ご紹介しているのですが・・・特別料金のお部屋があるのですよ。
手短かに、さりげない言葉をついでゆく。
お得意様。
わたしはそういう、立場なのか・・・
犯してきた悪事の累積に、ハイヒールの下踏みしめた土間が、ぐらぐらとした。
けれども老女の見あげる視線は、どこまでも自然で。
変わった女、罪深い女を視る目ではなかった。
みごとなまでの白髪の裡に、どれほどの密事を見てきたのだろう?
身分の高い奥女中のように、しずしずと廊下をわたる物腰に。
おなじ女・・・というよりも。
気おされるほどの風格をさえ、漂わせている。

こちらのお部屋でございます。
案内された部屋は、大名の奥御殿のように広く、豪奢な造りをしていた。
こんな古びたこの宿に。こんな部屋があったのか。
男もわたしも、しばし言葉も交わさずに。
それでも整えられた金襴の褥のうえ、痴態をかわす互いの姿を思い浮かべてしまっている。
こちらに・・・
老女は目で促して。部屋の裏手へとまわってゆく。
そこにはべつに、息が苦しくなるほど狭苦しい玄関がしつらえられていて。
ひとりかふたり分しかない土間の沓脱ぎ石には、打ち水がされていた。
壁に大きく貼られた紙には、墨くろぐろと、描かれている。
「覗き部屋 お一人様三十分 参千円也」
堂々と貼り出されたあからさまな言葉に、ふたりがしばし口を噤んでいると。
どのお客様も、そうなのですよ・・・
老女はそんなふうに、言いたげに。それでも言葉を呑み込んで。
ごく事務的に、あとをつづけた。
プライバシイは厳守の、お部屋なのですよ。
もちろん撮影などは、お断り。
顔も見えない工夫がございます。
どこのだれとも知れない殿方に。
どこのだれとも知れない男女が、むつまじくまぐわって見せる。
お互い、行きずりのもの同士・・・
お愉しみがすんで、宿を出たら、もう赤の他人様でございます。
そこをご承知いただけるなら・・・お代はいただくことがございません。
格安料金で・・・ございましょう?

部屋に案内されたとき。
さすがに、息が詰まっていた。
もうお客様は、お見えでございますよ。
女将の声に、むやみやたらと緊張してしまって。
帰ろうかしら。
思わず口走ったとき。
女将はなにかを、握らせてくれた。
よいお薬でございますよ。なにもかも、お忘れなさいませ。
いまさら・・・恥ずかしいもなにも、ありゃしないじゃないですか。
気品のある物腰とは裏腹な、伝法な口ぶりに。
わたしははっとなって、女将を見つめると。
ふふふ・・・
人の悪そうな含み笑い。
眼は決して、笑っていなかった。
整った目鼻立ちが、なにもかも見透かすように、こちらを見すえてくるばかり。
毒に当てられたようになったわたしは、言われるままに薬を嚥(の)んでしまっていた。
男に手を引かれるまま、ふらふらとよろめくように歩みを進めた狭い廊下。
まるで楽屋から舞台に出るような張り詰めたものは、いつかほどけていた。
お客様は、お待ちかねでございます。
さっきとおなじことを言われたはずなのに。
もう・・・余裕たっぷり。出番のきた本職の女優のように、頷きかえしてしまっていた。
お客様。
それは、覗きに来る人たちのこと。
ひっそりと、裏の木戸を押し開いて。
狭いあの空間に、すし詰めになって。
互いに口ひとつ開かずに、いちぶしじゅうを見つめてゆく。
その人たちのまえ、わたしは服を乱され、身体を開いてゆく。
覗かれる。覗かれる。
犯されるところを。もだえているところを。
覗かれる。覗かれる・・・

部屋のなかは、こうこうと明るかった。
灯りを・・・消して。
わたしは男に願ったけれど。
男は耳を貸そうとせずに、わたしの背中をなぞるように、後ろから撫でおろしていった。
薄いワンピース越し、男の指が。秘めた欲情を滲ませて、食い込んでくる。
ぁ・・・
声にならないうめき。
わたしはすっかり、男の指に感じてしまって。
向こう側からひそめられているであろう視線のことなど、すっかり忘れてしまっている。
男はなおも、いたぶるように。
わたしの首筋を。二の腕を。腰を。
服のうえから、なぞってゆく。
むやみに撫でつけられた首筋に、わたしは血潮を沸きたたせてしまう。
しゃらり。
かすかな音を、響かせて。
夫の贈り物のネックレスが、畳に落ちた。
ああ、そういえばこの服も。
結婚記念日に買ってもらったんだっけ。
鮮やかに走るストライプ柄が、身体の曲線に沿ったカーブを描いていたけれど。
それが不自然にくしゃくしゃに折れ曲がるのは・・・たぶんわたしのせいではない。

思わず立ちすくみ、そしてしゃがみ込んで。
ストッキングの上から、ひざ小僧をなでられて。
あまりのいやらしさに、男を突き飛ばそうとすると。
あべこべに張られた平手打ちに、頬を痺れさせてしまっている。
いつもより、ねちっこく責められながら。
清楚に装った衣装の内側を、狂おしいほど熱っぽくほてらせてしまっていた。
畳のうえ・・・?
こんなところでも。
傍らに延べられた金襴の褥を、恨めしそうに見やりながら。
それでも男をはねのける力は、残っていなかった。
このまま、凌辱されてしまう・・・
今まで意識しなかった隣室からの視線が、まるで囲み込んでくるように息苦しく、ひたひたと身体を突き刺した。
声を出せ。
男のささやきが、鼓膜を刺した。
ダンナの名前を言え。ごめんなさい。許してくださいと言うんだぞ。
命じられるままに。
わたしは夫の名を口にする。
セイジさん、ごめんなさい。許してください。
あとはひとりでに・・・それはよどみなく、続いていった。

わたし、ほかの男に抱かれてるんです。
とっても、キモチいいんです。
単身赴任のあいだだけ・・・って思ったんだけど。
忘れられなくなっちゃった。
離れられなくなっちゃった。
あなた・・・あなた・・・ごめんなさい。
あなたの奥さんは、とてもいやらしい女になっています。
ほかの男と、エッチするなんて。
結婚したてのころには、想像もできなかったのに。
でも・・・キモチいいんです。
とっても、キモチよく、されちゃっているんです。
この人になら。
貴方のプレゼントのネックレスを、取り去っても。
貴方と交わした結婚指輪を、隠しちゃっても。
貴方に買ってもらったワンピースを、ナマナマしい体液で汚されても。
貴方のために装っていたストッキングを、むぞうさに破られてしまっても。
わたし、惜しくはないんです。
こんなわたしを・・・許してくださるかしら?

みしみしと、廊下のきしむ音がする。
二人だろうか。三人・・・だろうか。それとも、もっと・・・?
壁一枚隔てた向こう側。
殿方たちの視線は、わたしたちの痴態に釘づけになっているはず。
不自然に、身体をこわばらせて。
初めてのときみたいに、強引にねじ伏せられて、奪われてしまった。
凌辱・・・
そんなことばがひらめいたのは。
男の荒々しさに、感じてしまったからだろうか。
淑徳を奪い去られたあの瞬間から、忘れかけていた言葉だった。
思わず身体を折ってしまって。
感じている・・・って、態度で告白してしまっていた。

お客様は、満足してくれたかしら?
まさかそんな恥ずかしいことを、だれに質すことができるわけもない。
わたしはただ、男の横顔を、さぐるように。
もの問いたげに、見あげるばかり。
けれどもあのひとは、黙っているだけで。
戸惑うわたしを、横目で愉しんでいるようだった。
自分までもが見世物になった・・・などという羞恥心とは無縁なひとは。
己の情事を見世物にした人妻を、愉しんでいたのだろうか?
こんどはいつに、なさいます?
わたしはとうとう、いつもと同じ問いを、男に向かって投げていた。

秋の深い青空は、どこかそらぞらしくて。
いけないことをしに出かける身には、気恥ずかしいほどあからさまだった。
わたしはいつものように、お気に入りの黒のハンドバッグを手に、
冬ものの紫のスーツに袖を通していた。
足許だけは、あのひとの好みどおり、肌の透ける薄々のストッキングで装わなければならない。
フェミニンなスリップやインナーも、手抜きすることは許されない。
だから・・・よけい厚手のものを、選んでしまったようだった。
濃い紫のスーツは、しっとりと落ち着いていたけれど。
それを着ると、きみもセクシーに見えるね。
このスーツで初めて装った三年前、冷やかすように囁いたのは、単身赴任がはじまったばかりの夫だった。
あのときはまだ、浄い身体だった。
やぁね。って。子供の手前、口を尖らせてみたけれど。
セクシーに見える
そんなふうに言われることが、わたしのなかの“女”に、人知れず火がついたみたいだった。
ほてった肌を。熱した血を。
だれかに癒してもらいたい。
たとえそれが、夫でなくとも・・・
そんな妖しい想いが、闇のなかの焔のように、ぽっと灯ったのは。
たぶん、そう。きっと・・・あの晩のことだった。
あの男と、はじめてひとつになった昼下がり。
脳裏をかけめぐったのは。いいようもない充足感。

男は約束の時間よりも、早く来ていたようだった。
木枯らしの通り過ぎるなか、すこし寒そうに、コートの襟を立てていた。
夜には盛り場になるその界隈は、昼下がりでもよどんだ空気をしている。
人どおりも、まばらなのに。
夕べのけだるさだけは、まだ人の気配の名残となって、そのまま残りつづけているようだった。
男は、吸いさしの煙草を、むぞうさに投げ捨てて。
人目もはばからずに、キスを重ねてきた。
夫は煙草を吸わない人だ。
ほろ苦い煙草の匂いが、違和感となって鼻について、わたしは男をへだてようとしたけれど。
男はこれ見よがしにとばかり、強引に。わたしの唇を奪っていった。
まばらに行き交う人々は、見てみぬふりをして、通り過ぎてゆく。
彼にとっては、ほんのささやかな羞恥プレイ。
頬をほてらすわたしを、かわすようにして。
さて・・・と。行こうか。
これからひと仕事だな・・・とでも言うように。帽子を目深に、かぶり直して。
からかうような視線で、舐めるようにわたしを見る。
濃い紫の、エレガントなスーツのすそと、黒のパンプスの間。
濃紺のストッキングが脛を透き通らせているのを目にすると、にやり・・・と得心がいったように笑んでいた。
憎たらしい、下品な笑い。
もう逃れようのない、嘲り笑い。
憎くても、焦がれるほどいとおしく。
逃れられなくても、逃れようとさえ思わなかった。

ダンナとは、うまくやっているかね?
声を忍ばせた問いの裏を読むように、わたしは男の横顔を見つめていた。
夫婦仲はうまくいっているのかね?
セックスのほうは、だいじょうぶ?
ばれずにうまく、あしらっているんだろうな?
いろんな問いに、いっぺんに応えることができるのだろうか?
さいきんは、後ろめたささえも忘れ果てて、ただ男との時間を盗むことばかり考えているわたし・・・
毎晩主人に、求められるんですよ。
ほぅ。そうかね。
男は他人ごとみたいに、うそぶいていた。
わたしがほかの男に抱かれても、貴方は平気なんですか?
その問いは・・・夫にこそするべきものなのだろう。
夫ではない男とセックスに耽り、なに食わぬ顔をして、帰宅して。
もっともらしい母親の顔に戻って、子供たちを迎え入れて。
なにもなかったころと、まったく変わらない態度で、夫婦のやり取りをつづけている。
こんなことができるだなんて。
かつては、想像することさえなかった。
毎晩求められる、ってことは・・・
男の声が、わたしを現実に引き戻した。
それだけあんたが、魅力的だということだろうね。
やっぱり他人ごとのように返してきながら。
だれのおかげで、その魅力を取り戻すことができたのかな。
きっとそんなふうに、思っているはず。
憎たらしい。
けれども、憎みきる資格は、いまのわたしにはもうない。

宿の女将はいつものように、痩せた枯れ切った身体を和装に包んで。
鶴のように、上背をしゃんと伸ばして。
つくねんと帳台に、腰かけていた。
いらっしゃい。いつものお部屋ですね?
いつものように、そつのない物腰だった。
さいしょに男に伴われて、此処に引き入れられたとき。
思わず足許をすくませてしまったときも。
この、さりげない物腰が、その場を救ってくれていた。
わたしは男に手を預け、ハンドバッグを手渡して。
まるで女王様のように、薄手のストッキングのつま先を、よく磨かれた廊下にすべらせてゆく。

よく見ると、古びてはいるものの、手入のゆき届いた床も柱も、ぴかぴかに磨かれていて。
まるで御殿のような、上質ななまめかしさを漂わせている。
奥女中のように楚々とした物腰で。燭台片手にわたしたちの前に立つ老女。
きりりと結い上げた白髪に、しゃんと伸ばした背筋。
わたしもいつか、知らず知らず・・・口許をきりりと、引き結んでしまっている。
招じ入れられた部屋は、あれ以来定宿になってしまった「殿様部屋」。
すこし下世話な響きが気になったけれど。
男の命名が的はずれではないくらい、そこは仰々しく飾り立てられていて、
すべてがこそばゆいほどに、あからさまだった。

灯りを・・・消して。
わたしはいつものように、演技に入る。
脱がされたジャケットが、畳に落ちる。
あとを追うように、髪にさした櫛が。胸元のコサアジュが。腕時計が・・・
夫から贈られた、ネックレス。結婚指輪。
まるで花びらを散らすように、ぱらぱらと。
わたしが夫の所有物であることを裏づける装身具が、取り払われてゆく。
ひとつひとつ、念入りに。
大名の姫君が、初夜のとき。
打掛を。櫛を。懐剣を・・・
こんなふうにして、畳の上にまき散らされるのだろうか?
ひょっとして、あの老女も若いころ・・・?
ふと流れた意識を、よび覚ますように。
男はブラウスの上から、荒々しくわたしの乳房を揉んだ。
夫ですら・・・ここまで我がもの顔には振舞わなかったものを。
純白のブラウスが、くしゃくしゃになるほどに。
男は無理無体な凌辱を、わたしの胸にまさぐり入れた。
華やかに結んだボウタイを、ほどかれて。
けだものが獲物を虐げるように、抑えつけられて。
ブラウスを花びらのように裂き散らされてゆくのが、むしょうに小気味よかった。

あなた。あなた。
あなたの奥さんは、こんなふうにして。
よその男の食い物にされているんだわ・・・
口をついて出てくる台詞は、かすかに震えを帯びながら。
われながら、よどみなくつづいていった。
ああ・・ああ・・ああ・・
悩ましくかぶりを振るわたしの上にまたがって。
こうこうと照りわたる灯りの下。
男はわたしの肌を、掌を這わせるようにして賞玩しつづける。
ときには唇や、舌さえもまじえながら・・・
まるで肉食動物が獲物に群がるような貪婪さで、わたしを食い尽くしてゆく。

ぎし・・・
雨戸の向こうの人の気配。
覗かれる情事には、もうすっかりなれてしまっていて、むしろ男たちの視線が絡みつくのが快感にさえ思えていた。
きょうは一人・・・なのだろうか?
けれどもはぜるような熱情の焔は、壁一枚へだてたこちら側にまで伝わってきて、
わたしはあらぬ想いに惑いながら、いつも以上にもだえていた。
視線が、気になるかい?
秘められた囁きに、かぶりを振って。
ううん。愉しいわ。
雨戸の向こうにまで聞こえる声で、応えてしまっていた。
濃い紫のスカートを、腰周りに着けたまま。
秘められた太もものすき間に、びゅびゅっ・・・とほとばされる淫らな熱い粘液が。
わたしの肌をいっそう濃く熱く、染めていった。
白く濁った濃密なほとびの名残りが、スカートの裏地をぬらぬらさせるているのさえ、好ましくて。
わざとおねだりして、よけいにすりつけ、巻きつけて。揉みしごいて・・・
じっとりと・・・しみ込ませてもらっていた。

シンと静まった、夜のとばり。
あしたの朝の冷え込みは、いっそうきついものになりそうだった。
遅かったね。
子供たちはもう、寝んでいるよ。
風呂あがりらしい夫は、暖房のきいた部屋のなか。身軽ななりでくつろいでいた。
わたしの帰りが遅かったのも、咎めずに。
いつものように、優しく迎え入れてくれた。
宿を出たときには、もうあたりは暗くなっていた。
驚いて脚をすくませるわたしを、彼は珍しく優しく包んでくれて。
だいじょうぶ。きみさえしらばくれていれば、誰にだってわかりっこないのだから。
励ますように、肩を抱いてくれたのだった。
根拠のない言い繕いを真に受けて、それでも彼の予期は裏切られることがないと、なぜか確信していた。
根拠のないままに・・・
けれどもそれは、正しかったのかも知れなかった。
さきに寝むよ。
そういい置いて、夫がわたしを置き去りにすると。
わたしはリビングを、片付けはじめた。
読みさしの新聞は、広げられたままになっていて、
三つ並んだ夫や子供たちのコーヒーカップも、台所にさげられないままこげ茶色になって乾いていた。
ふだんは几帳面なわたしにとって、我慢のならない光景だったが。
文句も言わずに片付けるようになったのは、夫が戻ってきてからのことだった。
テーブルのうえ、さいごに置かれた一片の紙きれ。
読んでもいいと言わんばかりに、わざとむぞうさに置かれているように見えたけれど。
ひとのものを盗み見る習慣は、厳格な親をもったわたしにはなかった。
あんなことを、繰り返していてさえも。
ふだんのわたしは、まだまだ潔癖だったのだ。
だれのものかもわからないまま、捨ててしまおうか、テーブルに載せたままにしておこうか、ちょっとだけ迷った。
軽く丁寧に折りたたまれた便箋大の紙は、部屋のなかのかすかな風に吹かれて、わたしの指の間からこぼれ落ちて、床に落ちたはずみにはらりと開いた。
なよなよと細い夫の字が数行、書き連ねられていた。

妻を誘惑してください。
もしも妻を堕とすことができたなら。
単身赴任期間中は、最愛の妻を貴方のために捧げます。
もしも戻ってきてからも、妻が貴方との交際を望むなら。
私はただ、見守ることだけを愉しもうと思います。

誘われるままにみずから堕ちて、夫を裏切っていたつもりだったのに。
すべては仕組まれていたシナリオだったのか。
けれども、「売られた」という想いはわいてこなかった。
なよなよとした字体のなかで「最愛の」と書かれたところだけ。
やけに力がこもっていることに。
わたしはチラ、とほろ苦く笑みながら。
置きっぱなしになっているあのひとの営業鞄のなかに、紙片をそっと差し込んだ。

お客様が、お待ちかねですよ。
女将はいつものように、そっけなく告げていた。
けれどもその瞳は少女のようにイタズラッぽく、輝いていて。
壁越しの情事に昂ぶる客人の素性に、とっくに気づいているようだった。
あら・・・そうですか。
わたしがよそよそしい戸惑いを装うと。
彼はわたしの肩を抱いて、ぽんぽんと励ますように、背中を叩いてくる。
じゃあ気を入れてがんばるかな。ウデの見せどころだね。
もぅ・・・
わたしは口を尖らせて、彼を優しく睨んでいる。
ウデだなんて・・・うちのひとはとっくに、見せつけられちゃっているんですから。
見せつけるほど、乱れちゃいますよ。
小声の囁きは、羞恥と昂ぶりに震えている。
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