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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

連れ込み宿 六ーい

2008年02月23日(Sat) 05:52:17

夕暮れ刻が近づくと、いつになくそわそわと落ち着かなくなる妻。
なににかこつけようか。どんなふうに、切り出そうか。
逡巡している空気の揺れが、横っ面にくすぐったい。
あの・・・
生唾を飲み込む音がしたのは、気のせいだろうか?
さんざん考え、練り直したはずの科白は、いとも短かった。
ちょっと・・・出かけてまいりますわ。
わたしは何食わぬ顔をして、新聞紙に貼りつけていた視線を妻に向ける。
濡れるように光る口紅が。
心なしか、妖しく輝いたようにみえたのは。
きっと、気のせい・・・
窓から射す夕陽が、きみの唇を照らしただけのことなのだろう。

いちど、切り出してしまうと。
あとは・・・もう、すべるようによどみがなかった。
帰り・・・遅くなりますわ。夕食のしたくはできていますから。
テルヤやミカといっしょに、召し上がっていてくださいね。
ああ、わかったよ。気をつけていってらっしゃい。
あまり遅いようなら、さきに寝んでいるから。
どちらもよどみがない、一連のお芝居。
互いに秘めた黙契に、薄っすらとした笑みを交し合う。
あの子たちには・・・そうね。クラス会だって、言っておいてくださいな。
いや・・・
わたしはちょっとだけ、ためらったけれど。
私も出かけるから。
ふたりで出たことにしておこうじゃないか。

なにも知らない子どもたちに、見送られて。
肩を並べて、家を出て。
商店街に出るさいしょの交差点で、ふたり目を見交わして。
からみ合う、視線と視線。
妻はふと、なにか言いかけて。
そのしぐさに、わたしはなぜか、狼狽をおぼえて。
あでやかに紅を刷いた唇は、けっきょく開かれずじまいだった。
居ずまいをただし、よそよそしく会釈する妻。
これからほかの男のものになってまいります。
淑やかなお辞儀の裏で、きみはわたしにそう告げている。

では・・・
どちらから言うともなく、声を交わして。
それぞれ、正反対の方角に、脚を向ける。
ちょっとだけ振り返った、妻の後ろ姿。
楚々とした黒ずくめのフォーマルウェアのすそから覗く足首が。
薄手の黒のストッキングに、なまめかしく透きとおっている。
貴婦人の足どりは、何処で娼婦のそれに変わるのだろう?
遠目に見送った巷の灯りのなか。
華奢な身体つきはすぐさま埋没して、見えなくなっていた。

単身赴任を終えて、家に戻ってきたとき。
妻はわたしの識っている淑女から、見違えるほどの牝犬になりかわっていた。
表向きは、どこまでも。
所帯持ちのよい主婦。絵に描いたような、良妻賢母。
けれども地味な濃紺のタイトスカートからはみ出したひざ小僧は。
秘めつづけてきた淫蕩な日常を、しらじらとにじませていた。
淑やかに装われた薄手のナイロンに、妖しい色に染めあげられて。

戻ってきてから。
夫婦仲は、以前よりもむつまじくなった。
年頃になった息子や娘をはばかりながらの夜の営みも、いっそう濃いものになっていた。
妻は浅ましいほどに乱れ惑って、わたしの一物をおねだりして。
みずからすすんで、大人しやかな唇に咥えこんでゆく。
そんな振る舞いは・・・以前の彼女にはなかったことだった。
正直なものだった。
夫婦のあいだの、濃いまぐわいは。
そのまま、夫婦仲のこまやかさに直結した。
週末には、なにがしかのおみやげを持ち帰るようになって。
妻はにこやかに受け取ると、その夜の夕餉に腕をふるうのだった。

けれども、土曜日の夕方と夜は。
最愛の妻は。子どもたちの母親は。
わたしとは別の男の支配下に入る。
いや、たぶん。そう・・・きっと。
平日の真っ昼間も、おなじように。
その男の影響下に置かれているはず。
その男こそ。
単身赴任がきまったとき。わたしが黙契を交わした男。
妻を誘惑する権利え得、
やがて堕とした妻の支配権までかち獲ることになった男。
彼とわたしの予定がかち合うときは。
いつもわたしが彼に、優先権を譲り渡すのがつねだった。
行ってまいりますわ。
薄っすらと笑んだ、あの気品漂う唇の裏に。
どれほどのものが、隠れ棲んでいるのか。
夜出かけるとき。
妻が決まって引く、真っ赤なラメ入りの口紅は。
きっと、あの男の好みなのだろう。
鮮やかに刷いた唇を、受け口に差し出して。
そう。なぞるように、愛でられて。
古びた密室のなか、妻は夜の蝶に生まれ変わる。

狭い空間は、暗闇に仕切られていた。
古びた壁の醸し出す、ぷーんと黴臭い木の香りが。
この空間を通り過ぎた永い年月を、物語っている。
いつもきまって、五、六人。
どこからともなく、ひっそりと現れて。
お互い、言葉も交わさずに。
けれども申し合わせたように、似たり寄ったりの姿勢をとって。
並んでしつらえられた、覗き穴から。
ひとつの情景に、見入っている。
壁の向こう側は、殿様部屋と呼ばれる豪奢な日本間。
そのうえに敷かれた金襴の褥のうえ。
今夜も濃密な演劇が、繰り広げられるのだ。
覗き穴の向こう側。熱っぽく演じられるのは。
女と男がせめぎ合う、ひとつの営み。
連れ込み宿と呼ばれる、その家は。
ひっそりと古びながらも、木目のひとすじひとすじにさえ、
長い年月営まれてきた熱情がしみ込んで、艶めいたものをたたえている。

はぁ・・・はぁ・・・
あ・・・。うっ!
声はひそめられるほど、ゾクゾクと鼓膜に響くものだろうか?
間歇的に洩れる、呻き声。
ピクッと仰け反る、あらわな肢体。
脱げかかった衣裳が、全裸よりもかえって淫猥な趣を漂わせ、
人妻であることをうかがわせる、落ち着いた服装の、
ふしだらに乱れたそのそこかしこからこぼれる、白い肌は。
こちら側の住人たちの視線を、息詰まるほど釘付けにする。
柔肌にくるまれたしなやかな筋肉は、あるときはキュッと引き締まり、そして弛緩する。
緩急自在の舞いは、女のうら若さと熟した老練さを同時に見せつけてくる。
女が着ている衣裳は。そう。いっしょに家を出た妻が着ていたのとおなじもの。
けれども褥のうえ、大胆に振舞っているのは、わたしの妻とは別人になった女。

はじめはたしかに・・・羞恥の色があった。
夫のある身体です。どうか、お許しを・・・
殿方のお相手など、どうか、どうか・・・
嫌!嫌!見られながらするなんて・・・っ。
けれどもつかの間の抵抗は、あっさりと封じられていって。
目のまえで、わたしのため守ろうとした貞操は、いともあっけなく陥落する。
あなた・・・ごめんなさいっ。
共演者の巧みなまさぐりに感じてしまっていることを、とっくの昔に白状している素肌は。
目の覚めるほどあざやかなピンク色に染まっていた。

どうして。どうして。
妻の情事の現場を目にしながら昂ぶるのか。
人妻の痴態に見入る、無責任な目ばかりが、周囲を取り囲む。
まるでハゲタカのように、妻の柔肌に、視線を食い入らせていく。
劣情と、好奇心だけの視線に包まれて。
情事のヒロインは、いっそう濃く、牝の演技に耽ってゆく。
犯している男。観ている男たち。
それらすべてが妻の肢体に注いでゆく強烈な情念に。
わたしは自らの昂ぶりを、輻輳させてゆく。
無言の夜。
いつ果てるともしれない、宴。
見世物になり果てた妻は、それをみずからの分と心得るかのようにして。
許して、あなた。
あっ、感じてしまう・・・
演技なのか。本気なのか。
ひたすら、濡れた呻きを洩らしつづける。

明け方が近づく頃。
ふと気がつくと。周囲の人影はすでに散っている。
妻はけだるげに、男と身体を絡み合わせて。
うつらうつらとしながらも。
男が思い出したように、我が物顔に抱きすくめてきて。
絶倫な精力を浴びるたび、女もまたわれにかえって。
それは熱っぽい返しで、応じてゆく。
夫の視線を、じゅうぶんに意識しながら。
まるで、ひけらかすように。自慢するように。
痴情のうわぐすりにしとどに濡れた身体をくねらせて。
自らの肢体をあらわにさらけ出し、牝犬に成り果ててゆく。

おはよう。
おはようございます。
家族の声が、行きかうわが家。
朝起きたら、きちんとあいさつすること。
几帳面な妻の決めた日常は、つねに忠実に守られている。
朝食をすますと、そうそうに出かけてしまう子どもたちを見送ると。
あの・・・
妻は口ごもったように、切り出してきた。
出かけるんだね?
ええ・・・夕方には戻りますから。
ああ、行って来なさい。気をつけて・・・
彼によろしく。思わずそう口走りそうになって。
はっとわれにかえって、語尾を濁していた。
なにもかも見通しているような白い頬は、イタズラっぽくほほ笑んで、
わたしの失態から、わざと目をそらしてゆく。

男は節度を心得ていて。
朝帰りになるときは、近くまで車で送ってくれるという。
そしてまた。
日曜日には、家族の夕食を優先させるため。
必ず午後三時には、妻を解放するという。
たしかにいちどなりとも、そのルールが破られたことはない。
妻とわたしの黙契。
彼と妻との黙契。
そして、妻を通しての彼との黙契。
それらいずれもが、なんのへんてつもない日常に埋もれながらも。
夜も昼も・・・わたしを侵蝕しつづけている。


あとがき
「連れ込み宿 五ーい」の続編です。
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