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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

部屋のなかにもう一人・・・?

2006年04月10日(Mon) 08:25:31

「あのう・・・」
めったに人のこないこの部屋のドアをノックしたのは、マンションのオーナーだった。
白茶けたタートルネックのセーターに、黒っぽいパンツルック。しょぼしょぼとした顔つきをした、初老の女性だった。
たまに道で会っても、眉毛をいつも八の字にしている、いかにもさえない感じの老女である。
女は、意外なことをいった。
「入居されてもう、三ヵ月ですよね?」
「エエ、そうですけど」
「なにか、変わったことはありませんでしたか?」
え?
変わったこと・・・?
いや、なにもないですよ。
そう答えると女は納得のいったような、いかないような顔をして、
相変わらず眉を八の字にして辞去していった。
勤め先と家との行き帰りだけの毎日。
戻ってくるのは夜遅くだったので、ほとんど寝に帰るような日々だった。
「変わったこと」など、起こりようのない日常。
そんなの毎日はずだった・・・

インターネットをするだけが、唯一の趣味。
まともに就職しなかったら、きっと迷わず引きこもりになっていたであろう。
じっさい、職場でも気の合った同僚というものがほとんどいない。
残業にくたびれ果てて家に戻って。寝るまでのほんのひとときのあいだ。
日常とはかけ離れた世界をかけ抜ける。
それが気晴らしになるのか、あとの寝つきだけはよいほうである。
ふと、妙なタイトルが目を引いた。
「妖子の献血な毎日」
管理人は、吸血鬼フェチな若い女性らしい。
ブログの形式で毎日、その日に思い浮かんだ妄想などを綴ってあった。
夜ごと訪れる吸血鬼にドキドキしながら抱かれ、血を吸われている・・・
要約すればまず、そういった内容だった。
彼氏のいない女のたわごとかな?
そんなふうに思いながらも、目はひとりでに敷きつめられた小さな文字を追っていた。
もう読み捨てようと思いながら読みつづけた他愛ない妄想の果てに、こんなことが書いてあった。
「今夜も妖子は制服に着替えて、あのかたに血を捧げます」
画像も、添えられていた。
本人のものらしい、脚だけの写真。
すこし日焼けのした畳のうえに伸べられた、黒いストッキングの脚。
のびやかなふくらはぎが、光沢をちょっと滲ませたナイロンごしに青白く透けている。
きれいだ・・・
思わずごくん、と生唾を呑みこんでいた。
そして、ちょっとびっくりした。
端のほうだけ写っている押し入れのふすまの模様が、この部屋のそれとまったく同じだったのだ。

ブログの主は、このマンションのなかにいる?
かけめぐる疑念に駆り立てられるようにページをめくると、
脚だけ、制服の後ろ姿だけの写真の端々に、室内の様子が窺えた。
画質が粗いので判別できないものも多かったけれど。
台所の造りも、バスの内部も、玄関先のタイルまでそっくりだった。
真夜中をはるかに過ぎるまでページをたぐるうちに、疑念は確信に変わっていた。
いったい、どんな女なのだろう?
うかつにも、マンションにどんな人間が住んでいるのかまったく知らないでいた。
もっとも、それが普通だろう。
近所づきあいという相互干渉をいっさい遮断した密室空間。
隣に誰が住んでいるかもわからないほどの機密性。
それがマンションのウリでもあるのだから。

それ以来、マンションの玄関を往来する人に注目するようになっていた。
ほとんどが寒々とした顔をして古ぼけた鞄を抱えたサラリーマン風の男たち。
ワンルームマンションだから、単身赴任族が多いのだろう。
まれにいる女性の住人らしきものも、年配の女性がほとんどだった。
ほとんどが男たちと同様疲れた顔つきの、化粧の消えた面差しに貧しい品性をあらわにしているような老女ばかりだった。
女学生、と書かれていたが。
もちろん、実体がそうであるとは限らない。
むしろそうでない可能性の方が高いのだろう。
だって、他愛ない妄想のなかに散りばめられた言葉はちょっと古風な言葉つきで、いまどきの女子高生のそれではなかったから。

他愛のない推理は、他愛なく頓挫・・・するはずだった。
周囲におなじタイプのマンションが三軒。
それぞれが三階建てで、部屋数はゆうに百はあろうというマンションの住人を逐一把握するなど、とうていむりなことだったから。
ところが・・・
え?
あるときサイト上に掲載された写真をみて、わが目を疑った。
伸べられたつま先の向こうに写っているふすまの縁が、すこし破れている。
その破れかたが、自分の部屋のそれと瓜ふたつなのだった。
・・・?・・・?・・・?
少しかぎ裂きになった破れ目は、おなじものをもうひとつ作ろうとしても容易ではないはず。
これはいったい・・・?

その晩は妙に寝つかれなかった。
まぁいい。明日はどうせ仕事は休みだ・・・
こうなったら開き直って、眠れるも眠れないも、なりゆきにまかせるよりないだろう。
そんなふうにまんじりもしないでいると。
すうっ。
ひとりでに。
自分の腕が布団をつかんでいた。
あれ?何してるんだろう?
そう思ういとまもないままに。
ゆらり。
起き上がっていた。
かぎ裂きの入ったふすまに手をかけて、ふだんは絶対手を伸ばさないような奥のほうを探り始めていた。
おい、おい・・・
おれ、おかしくなっちゃったのかな?
そう思ったのがさいごだった。
なにかがスッ・・・と、身体のなかに入り込んできた。

慣れた手つきで取り出したのは、見慣れない古ぼけた衣裳ケース。
紙製のそれは、とある有名百貨店の名前が入っている。
ロゴが古すぎる・・・
こんなもの、持ってきたっけな?
そんなことを思う間もなく、手はひとりでに動いて、なかを開けている。
出てきたのは、濃紺のセーラー服だった。
胸のホックをはずして、わき腹のジッパーを引きあげて。
かぶるようにして上体に通したとき、ほのかな防虫剤の匂いがツンと鼻を突く。
スカートのウエストも、あつらえたようにぴったりだった。
布団の中でぬくぬくと暖かかった股のあいだに、妙に空々しい冷気が入り込む。
箱のすみには、なんどか脚を通した形跡のあるストッキングがふやけたようになってとぐろを巻いていた。
つま先をさぐる手が、かすかに震えを帯びている。
慣れないための不器用さからくるものではなく、あきらかに昂ぶっているのだった。

ドキドキと、胸をはずませながら。
黒のストッキングを脚に通し、純白のタイで胸元をきりっと引き締める。
ストッキングなど、履いたこともなかったのに。
まるで毎日しているかのような、なれた手つきだった。
ひんやりとした薄手のナイロンの、しなやかな感触が素肌を打つ。
いつの間にか。
傍らに、人影がたっていた。
おなじタイプのセーラー服。
胸元にもおなじ、純白のタイをふわりと流している。
「わたしを呼んだわね?」
少女、と呼ぶには落ち着いた、大人びた語調。
けれども、声色のみずみずしさはやはり少女のそれだった。
古風な結びかたをした黒髪が、窓から差し込むわずかな月の光につやつやと輝いている。
豊かな髪に囲まれた顔だちはおぼろにしか窺えなかったが。
慄っ、とした。
両の瞳は焔のように、青白く輝いていたから。

魔性の焔・・・
そう感づいたときには二の腕をつかまれていた。
長袖のセーラー服のうえからぎゅっとつかんでくる握力は、痛いほど強い。
か細い少女の腕に秘められたものとはとても思えないほどだった。
「これからわたし、血を吸われるの。あなたもいっしょに、吸われて頂戴。お友だちでしょう・・・?」
一滴一滴と毒液を沁み込ませてくるような、たたみかける声色。
逆らうことはできなかった。
匂いたつような少女の気配が込められたセーラー服のなか、身体はがちがちに硬直してしまっている。

「ああ・・・」
少女が肩のあたりを抑えて、にわかに切なそうな声を洩らす。
背中からおおいかぶさるようにして。
ひとまわりも大きい黒い影が少女に迫って、うなじをくわえている。
「つ、痛う・・・っ!」
痛そうに眉を寄せて、少女は身もだえした。
少女ばなれした濃艶な生気をあたりにまき散らし、それが眩暈するように襲ってくる。
恋人の接吻を受けるように。
いつか少女は影と向かい合わせになって、鋭い牙をうなじに埋め込まれていた。
「さあ、つぎはあなたの番」
白い夏服の襟や胸元に赤黒い飛沫を光らせたまま。
少女は笑みさえ浮かべて、つかんだ二の腕を離さない。
「や、やめて・・・」
いつか、少年のように怯えていた。
やめて・・・やめて・・・
そんな怖ろしいことは・・・
ほんとうに少年に還って、独り夜道に迷っているような錯覚に押し包まれる。
がりり・・・
首のつけ根のあたり、ちから任せに突き入れられた鈍い痛みが、眩暈をいっそう激しくさせた。

うふふ・・・ふふ・・・
傍らの少女はくすぐったそうな含み笑いを洩らしながら、黒のストッキングの脚にまとわりついてくる陰をソツなくあしらっている。
避けてくねらせたり、振りほどいたり、逆にすうっと差し伸べてやったり。
そんなふうにしがら、いつか太ももを身動きできないように抱きすくめられてゆく。
ぴちゃぴちゃというなまなましい音の下。
薄墨色の翳におおわれた太ももに、唾液をはじけさせて。
もう、ダメよ。そんなこと・・・
少女がたしなめるほどに、気をそそられたように。
陰はなおもしつように、少女の脚をいたぶりつづけていた。

もうどれくらい経ったのだろうか?
うつ伏せにされて抑えつけられたふくらはぎに深々と埋められた牙が、じんわりと痺れるような鈍痛を滲ませてくる。
もはやけっして不快ではなくなった、その感触。
傍らの少女はもう静かになっている。
腰までたくし上げられたプリーツスカートからあらわになった脚もとを、滲むような裂け目をいくすじも帯びたストッキングを履いたまま・・・

このお部屋にはね。
昔、娘が住んでいたんです。
独り住まいをしてみたいから。
そんな言い分、耳を貸さなければよかったのに・・・
それから三月ほど経ったころから、娘はだんだん顔色がわるくなってきて。
どうしたの?ってきいても黙って首を振るばかりで。
しまいに、学校にも行かなくなって。
とうとうその年の秋のおわりに、はかなくなってしまったんです。
でも、寂しくはないんですよ。
だって、毎晩のように来るのですもの。あのときのままの初々しさをもったまま。
世間話の繰り言のように。
きょうも玄関先で呟く老女。
もうだいぶ陽気もよくなった時分だというのに相変わらず、
白茶けたタートルネックのセーターにパンツルック。
まるでなにかを隠すかのような厚着をしていた。
ところであなた、あれから特にお変わりは?
なにも変わったことなんて、ないですよ。
口をついて出てくるのは。
いつもと変わりない、当たり障りのない答え。
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