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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

七夕の夜

2008年07月08日(Tue) 06:00:50

ああ・・・やっぱりダメだった。
あのひとがいなくなって、三か月。
今夜は愛し合う女と男が年に一度だけ、出逢える日だというのに。
手の届かない世界に旅立ってしまった夫は、今夜も夢枕に立たなかった。
窓の外を見ると、雨―――。
ひろ子はネグリジェ一枚の身体を上向けると、フッとため息をついた。

―――?
部屋の片隅で、物音がしたようだった。
思わず耳を澄ませると、しばらくしてふたたび、ごとり・・・。
だれかが外から、雨戸に手をかけているらしい。
慄っ、とした。
いまは夜中の三時。
ふつうの人間が出歩く刻限ではない。
縮みあがった女がもういちど耳を澄ませると。
庭先の人影のつぶやきは、意味のある言葉になっていた。
ひろ子・・・ひろ子・・・
彼女の名を呼ぶその声に、懐かしい響きを聞き取って。
無気味な状況への怯えも忘れて、女は涙をしたたらせた。
待ちに待った夫の声―――。
もういないはずの人の声が、どうして耳に届くのか。
常識的すぎる疑問は、彼女にとって無意味だった。

ごとり・・・ごとり・・・
外から雨戸をためす音に。
中から閂(かんぬき)を外す音が重なった。
這うようにして縁側からあがりこんできた人影に。
マサキ・・・
女は口許を覆い隠して、むせび泣いていた。

愛する夫の口の端から覗いているのは、かすかにきらめく牙。
けれども女は怖れ気もなく、ふり仰いで。
吸血鬼になっちゃったの?
ああ。若い女の血が欲しくて、ここまで忍んできたんだ。
いいよ。わたしの血でよかったら。吸って・・・
目を瞑った女の肩を抱きかけて、男は自ら強いるようにかぶりを振る。
どうして?
訝しそうな上目遣いに。
まだ、慣れていないんだ。お前を死なせるわけにはいかない。
首筋を噛むことに躊躇しているかつての夫に。
もう・・・いつまでたっても、優しいんだから。
拗ねて夫を小突く妻は、いままでどおりの夫婦の会話にまだ涙した。
庭に出てきてくれる?喪服を着て・・・
わかった。待ってね。消えちゃったらダメよ。
男の言うなりに、女はいそいそと身支度を整える。
漆黒のスカートの下、格好のよいふくらはぎに通した黒のストッキングは、
いつものよりグッと薄く、素肌を透きとおらせていた。

縁側に腰かけて。
ふくらはぎを狙う牙のまえ、黒のストッキングの脚を惜しげもなく差し出して。
熱っぽく吸いつけられた唇に、ひろ子は陶然となって。
礼装の一部が本能のままに蹂躙されてゆくありさまを、
面白そうに、見おろしていた。

出かけよう。
え・・・?こんな時間に?
血を欲しがっているの。オレだけじゃないんだ。
すまなさそうに口ごもる夫は。
自分の血を吸った吸血鬼が、彼の生命を断たなかったのと引き換えに。
その妻の生き血を要求している・・・と、告げていた。
死んじゃうわ・・・
はじめて怯えをみせた妻に。
だいじょうぶ。オレがついているから。やつらはきみを死なせない。
でも・・・無理にとはいわないよ。
きみを仲間に加えてしまうのに、オレはまだ少し迷っている。
立ち去りかけた夫の肩に、こんどは妻がすがりついていた。

ストッキングが、破けているわ。
まだ躊躇を残した妻に。夫は自ら噛んだ脚の線をなぞりながら。
ちょうどいい破け具合だ。色っぽいよ。
もぅ。
夫の悪ふざけに口を尖らせながら、ひろ子はショルダーバックを振りあげている。
雨なのに、傘もさしていないのに。
なぜか、服が濡れることはなかった。
水気を含んだ夜風が、頬に心地よいばかり・・・

酔客たちの立ち去った盛り場は。
消え残ったネオンもうらぶれていて。
初めて見る明け方の巷の風景を、ひろ子は珍しそうに見回した。
その片隅の、暗がりに。
ほんのりひとつだけ灯された照明だけが。
其処にバーがあるのを、ひっそりと知らせていた。
ギィ・・・
夫がおもむろにドアを開いたとき。
いよいよ・・・
ひろ子は身を固くして、夫の影にかくれるように、店内に入っていった。
いつの間にか、黒のブラウスのひじを夫に支えられながら。

店内は、薄暗がりが支配する、異形の場。
こちらから奥までまっすぐに伸びたカウンターは、
すみずみまできれいに拭かれ、ぴかぴかになっている。
よほどきれい好きな店主なのだろう。
床さえもが、たった今しがた、ワックスかけをしたように。
鏡のように、女の足許を映し出していた。
カウンターの彼方にわだかまっていた一陣の闇が、むくむくと身を起こして。
鎌首もたげた蛇のように、女を見据えたとき。
さすがに女は身がまえるようにして、夫に寄り添っていた。
夫は妻の肩を優しく抱いて、むしろのびやかに、影たちのほうへと足を向ける。
紹介しよう、家内のひろ子。齢は28、いまは漆黒の未亡人さ。
ふふっ・・・と笑う夫は、
まるでつれてきた獲物を、自慢しているよう。
けれどもかりに、夫が吸血鬼の本能のままに、
かつての妻をまんまと家から誘い出したに過ぎなかったとしても。
ひろ子はじゅうぶん、満足だった。
ほほぅ。これはお美しい。さすがに古宮さんご自慢の奥様ですな。
影のなかでも頭だったものが、ほかの連中を従えて、
長身の背すじをぐっとそらせた。
このかたが、オレの血を全部吸い取っちゃったんだよ。
あ。だいじょうぶ。
きみのことは、手加減するよう頼んであるから。
いつにも似ない、そつのなさだった。
日常家ではのんびりとしていて、キビキビとした妻の尻に敷かれている夫とは、別人のよう。
ひろ子は引き合わされるがままに、恐る恐る会釈を返し、手の甲に接吻を受けた。
ではー――
おもむろに、引き寄せられて。
背後に回った夫は、ためらう妻の背中を押すように、両肩を支えている。
目のまえの薄い唇が、みるみる弛んで。
その両端から、ちょうど夫が生やしたのとおなじような牙を、チカリと覗かせた。
銀色のきらめきは、ふしぎなときめきを秘めていて。
ひろ子はうっとりと見つめながら、抱き寄せられて。
身を重ね合わせられたせつな、うなじを噛まれていた。

あ・・・あ・・・あ・・・
ちゅう~っ。
夫に聞こえよがしに、わざと音を立てて。
ひろ子の生き血が、吸い上げられてゆく。
夫は妻が襲われるさまを、昂ぶった瞳で見つめつづけて。
礼装に身を包んだ未亡人が、堕ちてゆくのを、
あまさず見届けるつもりらしい。
ふらふらとよろけかかったひろ子を、抱きとめる腕の向こう側。
黒の礼服に映える乳色の首すじに。
バラ色のしずくがひとすじ、涙の痕のように伝い落ちてゆく。
夫の生き血をあまさず吸い尽くした男は、
その妻の生き血をも、むさぼりはじめている。

さあ、次はきみ。そのつぎは、あんた。
まるでワインのテイスティングのように。
つぎからつぎへと、相手を代えさせられて。
よろける足許も覚束ない妻は。
はらはらと見守る夫のまえ、かわるがわる吸いつけられる唇に、うなじを許していって。
数人の吸血鬼は、まるで回し飲みを愉しむように。
マサキの妻を、味わっていった。
ふんわりとリボンを締めた胸許も。
きりりと結わえられた、黒髪も。
裂け目をひとすじ伝い落とした、黒のストッキングの脚も。
蹂躙をまぬかれることは、できなかった。
男の影に取り巻かれた美しい獲物は。
その場に倒れ臥すことも、許されず。
ひんぱんにパートナーの入れ替わる淫靡な舞踏に、
われとわが身をゆだね果てて。
鏡のように磨きあげられた床に、バラ色のしずくを散らしてゆく。

はぁ、はぁ、はぁ・・・
失血のあまり、肩で息をしながら。
やっとのこと、身を横たえることのできた安堵感に。
ひろ子は、浸りきりながら。
なおもしつように、足許に唇をねぶりつけようとする影のひとつから逃れようとして。
けだるそうに、脚をくねらせていた。
淡い照明に光沢をよぎらせた黒のストッキングは。
夫を弔うための礼装・・・という用途を越えて。
妖しい濃度のなまめかしさに、白い脛を透きとおらせていて。
薄々の衣裳に引き込まれるようにして寄り添ってくる、
欲情にたぎる脂ぎった唇を、ヒルのように這わされてゆく。

いかが?
未亡人の脚を彩る、黒のストッキングの味わいは?
ひろ子の二の腕を、なぞるように優しく撫でながら。
夫は仲間の吸血鬼を、促している。
ぬらりとした薄墨色に女の脚を染めている薄手のナイロンが、
牙が通り過ぎるたび、ぱちぱちとかすかな音をたててはじけてゆく。
広がってゆく裂け目から洩れる白い脛に、
男どもは夢中になって、競うように唇を吸いつけてきた。
夫を弔う礼装に、踏みしだかれるように凌辱を受けながら。
女はいつか、若い身空で忘れかけていた官能を取り戻しかけている。

馳走になった。
白皙の男は、長身の背すじをぴんと伸ばして。
あくまで紳士的に、礼を述べていた。
男の背後の影たちも、男の態度にへだたりなく。
視線を避けあっている若夫婦に、慇懃な謝意を無言のうちにそそいできた。
さあ、お発ちなさい。夜があけるまえに・・・
男に促されるまま、開かれた扉の向こう。
はや闇の去りかけた街なみが、広がっていた。

かかとの折れたハイヒールを、ぶら下げて。
ショルダーバックを肩から提げて。
夫に手を引かれるまま、放心状態で店を出た。
薄いストッキング一枚の足の裏に。
ごつごつと硬いアスファルトを、じかに感じながら。
堕とされてしまった歓びに目ざめた女は、
耳の奥に残る囁きを、繰り返しよみがえらせている。

夜な夜な、相手をかえて。
きみの奥さんを、誘惑に伺う。
だれかがはっきりと、主と定まるまで。
夜這いの絶えることはない。
奥さん。ご主人以外のだれかをお選びなさい。
そしてそのものの、奴隷となりなさい。
毎晩奥さんを覗いているであろうご主人のまえ、
このひとの支配を受け入れます、永遠に服従しますと、誓いなさい。
貴女はこの男の妻のまま、犯されつづけ、辱め抜かれるのです。

謝罪するように上目遣いをする妻に。
夫はイタズラっぽく、笑いかけて。
さあ・・・だれがきみを、堕とすのかな?
まるでゲームのなりゆきを、愉しむようだった。
輪姦にも似た吸血を体験してしまった妻の肌には、
無数に遺された、牙の痕。
その痕跡のひとつひとつに、沁み込まされた毒が、
とぐろを巻くように、疼きをあやしている。
そうね。幾晩あなたのために、ガマンしようかしら?
妻もまた、ショルダーバックをぶらぶらさせながら。
挑発的な視線を、夫に投げ返していた。
そろそろ、六時。
出勤してゆく、背広姿。
散歩を楽しむ、ラフなかっこう。
ちらほらと出てきた人影をまえに、
破けた黒ストッキングの脚を、ためらいもなくさらしながら。
女はこれ見よがしに、腕を組んで、家路をたどる。

・・・?
ふと、目ざめてみれば、そこは独り寝のベッドのうえ。
開け放たれた窓からは、すでにあからさまに明るい青空が広がっている。
夕べの雨が、うそのようだった。
いつの間にか、就寝のときのままのネグリジェ姿に戻っていた。
うそみたい。
いまのは、夢?
戸惑いは一瞬のこと、
ひろ子さん、まだですか?
朝食の食卓を整えようとしている義母の咎める声が、
ひろ子を日常に、引き戻していた。
はぁい。
女ふたりの住まいには、大きすぎる声を投げ返して。
ひろ子はばたばたと、部屋を出ていく。
お勤めに遅れますよ。
無防備なネグリジェ姿を、いちぶの隙もない礼服姿が出迎えた。
息子がいなくなってから喪服を脱ぐことのなくなった義母は、
きょうも漆黒の洋装だった。
勤めに出てゆく嫁が色鮮やかなスーツを装うのも、うらやましいとは感じないようだった。
す、すみません・・・
鏡のまえ、口紅を塗りながら。
ひろ子はふと、鏡のなかの自分と顔を見合わせる。
一瞬こわばった薄い唇が、ふふふ・・・とゆるく笑んでいた。
やっぱり、来てくれていたんだね。
うなじの一角にかすかに滲んだ、黒っぽい痣のような痕。
すべてを引き抜かれてしまうような快楽の坩堝が、ありありとよみがえった。
女は秘められた傷口を軽く撫でながら。
きっとどこかからこちらを窺っているにちがいない人に、語りかけている。
こんどはお義母さまも、誘ってあげようね。
まだお若いうちに、あの愉しみに目ざめさせてあげようよ。
そういえばお義母さま、わたしよりも薄いストッキングをお召しになるのね、。
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