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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

死霊に捧げる恋

2006年01月10日(Tue) 13:29:02

―――主人の作品を聴いていただきたいんですの。
そういって老女が取り出したのは、真っ黒なラヴェルの一枚のレコードだった。
老女の訪問を受けた男はもういい中年になるのに、まだ嫁をとらずに独りで暮らしている。
―――ああ・・・そうですか。この家には私ひとりしかいませんが。
男はさらにもの問いたげな顔をしたが、老女を拒むふうでもなく、なかに招き入れていた。
室内はひんやりと薄暗く、男の独り住まいにしてはよく片づいている。
ぴかぴかと冷たい光を帯びたフローリングに、薄い黒のストッキングを履いた女の脚が寒々と映えて、
あたりの薄暗がりのなかでただの黒よりもいちだんと深みのある色合いを伴っていた。
居間に置かれたレコード・プレーヤーは、かなりの年代ものだった。
楚々として歩みを進める鶴のように気品のある痩身を、男はなかばうっとりとして見守った。
―――ひと晩、かかりますことよ。よろしくて?
小首をかしげて、少女のように悪戯っぽく笑みかける老女に、男は黙って頷いた。

音楽が、始まった。
妖しく、ねっとりと耳の奥に沁みこんでくるような音色だった。
男は浮かされたように立ちあがり、落ち着きをなくして室内を歩き回る。
老女はそんな彼の様子を、含み笑いしながら見守り続けた。
―――本当に、よろしいのですか?
女の問いに、男は振り返った。
さっきまでまっ白だった髪はわずかに艶を帯びはじめ、
ゆるみかけた朱唇はぬめるようになまめかしく、
ならびのよい前歯の両脇からのぞく犬歯はふだんより尖ってみえた。
男はすっと彼女の傍らにすり寄ると、ちょっとのあいだためらうようにして、
やがておもむろにもういちど身を近寄せて、耳もとになにかを囁きかけた。
―――まぁ。
女は恥らうように肩をそびやかせ、
―――そんなことでよろしいの?わたくしは、よくってよ。
そういうと、奥ゆかしいしぐさでそろそろと、身にまとうワンピースのすそをせり上げた。
ストッキングのガーターがみえるまですそをたくし上げると、女は上目遣いで男に笑いかけた。
女の太ももを締めつける帯のようなゴムの部分が、
むき出しの白い肌と薄黒く染まったひざ上とをあざやかに区切っている。
媚態を含んだウキウキとした視線を、男は眩しそうに受け止めた。
ほっそりとした女の指が、太ももとストッキングの隙間に差し入れられて、
その指に絡みつくように、女の脚もとを彩っていた薄いオブラアトは崩れるように皺を波立たせながら踝へと引きおろされていった。
音楽は粛々と、続いている。
指先からだらりと垂れ下がる黒の薄絹は、かすかに揺らいだ空気に乗ってふわりとそよいだ。
女の手からそれを押し戴くようにして受け取ると、男はそれをみずからの脚へと通してゆく。
男の指は、密かな昂ぶりにふるえていた。
女の衣裳がごつごつとした筋肉質のふくらはぎを蔽って、無器用にひざの上までぴっちりとまとわれるころ、
彼女は手早く、代わりを脚に通していた。
黒とみえたナイロンのストッキングは、男のふくらはぎの周りでいつしか深紅の色合いを放っている。

いく度、やり取りされたことだろう。
女が脱ぎ、男がまとう。脱ぎ捨てられたストッキングはどれも、黒の生地になまなましいほどの薔薇色を帯びていた。
曲も終りに近づくころ。
女は抱かれて、じゅうたんの上に仰向けにされていた。
男の腕のなか、女は優しく男の背中をすうっと撫であげながら、
―――わたくしなどで、よろしかったの?
心から恋していた・・・
男は初めて、自分の心の奥を明かしていた。
秘め続けた想いを告げることのできた男は、安らかな顔で女を見おろしている。
曲は軽やかに諧調を帯びて、淫らなほどになめらかな旋律を謡っていた。
―――主人も、悦んでいますわよ。
女は悪戯っぽく、くすっ、と笑うと、神妙に目を瞑り、男になされるがまま、ワンピースをせり上げられていった。

一夜が明けるころ。
男は冷たくなって、フローリングのうえに身を横たえていた。
死に顔には、満ち足りたような笑みが色濃く、刻まれている。
彼を発見した者たちは、永く独身だったこの男がどうして女もののストッキングを身に着けているのかと、不思議そうに首をかしげていた。

あとがき
老音楽家の夫から託された秘曲を携えて、老女は今宵も犠牲者を求めて街を彷徨いました。
多くは家族もちの邸であったため、彼女がじゅうぶん満足のいく量の血を獲たとしても、
彼らは生命を脅かされることもなく、一夜明けると全てを忘れたようです。
しかし独りで暮らしながら人生の半ばを終えた男は、彼女を迎え入れるとき、
すでに死を覚悟していたものでしょうか。
それでもためらいなく彼女を招きいれた彼。
かつて音楽家の妻であった彼女に恋していたから。
ひととは変わった嗜好を持ち、己を隠した人生を生きつづけた彼。
名もない一生のしめくくりに彼は彼女への想いを打ち明け、彼女の身に着ける衣裳をねだり、
受け容れられたことに満足してすべての血を捧げます。
前作では亡夫の化身らしきヒルのような生物を介して血を採り、
今回は牙ににた犬歯、吸血性のあるらしい衣裳を使っています。
柏木ワールドではかなり変り種の吸血鬼といえましょう。
でもやはり、夢からさめる間際に耳にした歌はやや色あせて、
しょうしょう前作よりも興趣が落ちたのではないかと気にしております。
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