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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

潜入。

2008年12月19日(Fri) 04:48:54

「慰安旅行の21人、全員不明?」
そんな新聞記事の小見出しが、ある日ひっそりと紙面の片隅に掲載された。

深い眩暈の末―――
目覚めた視界の向こう側に、見慣れた妻の心配そうな顔があった。
あぁ、よかった。どうやって戻ってきたの?
迫村は頭をゆるく振って、けれどもなにも応えることができなかった。
あの晩。
山奥の村の旅館に泊って、宴会がいつになくコアな盛り上がりをして。
突然灯りが消えて、それから・・・
うわついた視線が舐めまわすのは、古ぼけた天井のはめ板。
もうそろそろこの家も、いろいろ手を入れなくちゃいけないな・・・
脈絡のないことを思い浮かべたとき、妻は気を利かせたように話題を変えた。
いいわいいわ。疲れているんでしょ?
いまおいしいもの作ってあげるから・・・
どうやって家に戻ってこれたのか、どうしても思い出すことができない。
けだるい疲労感が心地よく、ふわふわとなってきて、
喉に異様な渇きを覚えると、迫村はふらふらと立ちあがった。
自分の身体が、まるで自分のものではないようだった。

ダイニングに向かうと、妻の後ろ姿がいそいそと、台所仕事に熱中していた。
だいぶ近寄っても、こちらの気配に気づかないらしい。
思わずすり寄るようにして、いきなり後ろから抱きすくめていた。
あら、あら・・・
突然の抱擁に、妻はちょっとびっくりして、かすかなはしゃぎ声をたてた。
真美がもうじき、戻ってくるのよ・・・
かすれかけた声色が、首筋に押しつけた唇ごしに甘く響いた。
そのまま力まかせに、尖った犬歯を突き立てていた。
―――・・・・・・。

じゅうたんにぺたんと腰を落としたまま、妻は首筋についた血をエプロンで拭っている。
ほつれた遅れ毛が。投げ出した脚が、ひどく自堕落に映った。
真美が戻ってきたら・・・そうするの?
きみとおれとの娘だ。合うにきまっている。
己の意図をはっきりと自覚した男が声を震わせたのは。
かすかに残っている逡巡のせいなのか。それとも単なる渇きのせいなのか。
疲れている・・・わけではなくて。憑かれている。
おいしいもの・・・は、わざわざ作ってもらう必要はない。
吸血鬼に堕ちたいま、どんなふうにして生き延びていくのか?
さしあたって得られた答えは、たったひとつだった。

三十分後。
なにも知らない真美は、いつものようにお昼ごはんの食卓に腰かけて、
大好きなパンケーキをぱくついていた。
デニムのミニスカートから覗いた血色のよい太ももが、いつになく眩しく映る。
迫村はじゅうたんに落ちたものを拾うふりをして、娘の足許ににじり寄って、足首をつかまえる。
ハイソックスを履いたふくらはぎに噛みついた時。
娘の口もとから洩れた悲鳴は、意外にちいさかった。
厚手のハイソックスは妙に舌触りがよくて、
しなやかなナイロンごしに感じる皮膚のぴちぴちとした若々しさが、男をうっとりとさせる。
ごくごくと喉を鳴らして嚥(の)み込んだ血は、たしかに若い女のものだった。

よう。
玄関口、顔を出したのは。
直属の上司のY部長だった。
いつものように背広ネクタイの姿だった。
家に招んだのは、新婚当時のことだったろうか?
この家も、だいぶ古くなったね。
気さくに妻に声をかけるようすは、いつもの部長と変わりなかったが、
周囲を見回す目つきは隙がなく油断をしていなかった。
目と目を見つめ合って。
きみもそろそろ、出社しないか?
問いかけてきたときには、お互いの正体をわかり合ってしまっている。
もう、奥さんも娘さんも、吸っちゃっているようだね。
きみが戻ってきていなかったら、おれがいただこうと思っていたのさ。
フフフ・・・
容赦のない声は、すでに自分の家族を牙にかけてきた・・・そう告げていた。
きみんとこは、若くていいな。
うちは古女房と、息子夫婦。
まぁ、さいごに襲った息子の嫁のときには、ちょっとどきどきしたがね。
娘さんは、これからが楽しみだね。
あんまりやせ細るまで、ヤり過ぎるなよ。
さりげない言葉つきが、妙なくらいに卑猥なニュアンスが含まれている。

みんな、戻ってきているらしいんだ。
どうやってって・・・きみだってわかっちゃいないんだろう?
全員、この世から消えたことになったまま。
吸血鬼にすり替えられて、自宅に戻っている。
長く暮らすには、もうひと家族くらいは巻きこまなくちゃならんだろうな。
さいごのひと言をつぶやいたときは、まるで経営計画を部下に告げるときのようにおごそかだった。

弟夫婦は、新婚だった。
部下のエミに気があるらしい弟を家に誘いあげるのは、容易だった。
弟のほうはエミに任せて、迫村は弟の新妻に迫っていた。
薄ぼんやりとなってしまった弟は、新妻が兄に襲われるのを、へらへら笑いながら見守っていた。
若い人だと、ノルようね。
週末に家に招ぶと約束して弟夫婦が立ち去ると。
妻はちょっとだけ不平そうに口を尖らせた。

「法事」と称するものがあの村で執り行われたのは、
それから三か月ほど経ってからだった。
ざく、ざく、ざく、ざく・・・
朝もやの立ち込めるなか。
村はずれの寺に通じる砂利道を踏みしめる音がつづいていた。
草むらの影から、餓えた視線を覗かせているのは。
あの日に難に遭った、化生のものたち。
男は、背広ネクタイ。女は、会社の制服姿。
だれもがひっそりと声をたてないで、自分たちの家族が寺に向かっていくのを見つめている。
参道の女たちは、いずれも黒いスカートに黒のストッキング。
濃淡とりまぜたナイロンごし、白く滲ませた脛に、男どもは悩ましい視線を迷わせていたけれど。
きょう、餌にありつくのは、村の男どもだった。
己の血を吸い尽くしたやつが、きょうは妻や娘に迫ってゆく。
本番は、寺の離れの大部屋だった。
あの晩とおなじように振る舞われた料理に、一同がようやく空気をほぐしたころ。
庭先から這い込んだ黒い影が、ひとつ、ふたつ・・・
まるで夜這いをしかけるようにして、細めにひらいた障子の向こうに消えてゆく。
きゃあっ・・・
聞こえてきた悲鳴はどこか嬉しげで、くすぐったそうな響きを帯びていた。

おや、お詣りに来たのかね?
部長の言葉に照れながら。
女子事務員のエミは、エンジ色の制服姿を立ち止まらせる。
母と、妹なんです。
ご精が出るね。
娘の上司のからかい文句に、エミとよく似た面ざしが、少女のようにはにかんでいる。
淑やかに装った黒のスーツの下、薄墨色のストッキングが、派手に裂けていた。
学校の後輩が3人、おなじ学校に入るんです。
わたしがどうなったのかを、まだ知らないうちに。
此処に連れて来てあげようと思うんです。
お嫁さんを欲しがっている若いひと。
愛人を欲しがっている人たちと同じくらい、いらっしゃるんですよ。
アナタモ奥サマヲ、愛人ニサレチャッタンデスヨネ?
エミの無言の問いかけを、くすぐったそうに受け流して。
部長は連れの迫村夫妻をかえり見て。
こんどは奥さんの妹夫婦だったね?
さっそくお連れしようじゃないか・・・
まだなにも知らずにいるふたつの人影が朝もやにけぶるのを、
小気味よさそうに、見透かしていた。
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