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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

インモラル・バー

2006年04月11日(Tue) 00:27:30

からん・・・。
中身を空けてないワイングラスが横倒しになり、カウンターを転がって下に落ちた。
ぱしゃん・・・
小さな音が硝子の破片とともに、ハイヒールの足許に飛び散ったが、女はそんなことに気づきもしないまま突っ伏している。
「閉店」
向こう側でお皿を洗っていたマスターが、乾いた声で呟いた。
表情を押し隠した、黒のサングラス。
客席の向こうからつかつかと歩み寄る、ふた色の陰。
客人の立ち去らないままに出入り口に鍵をかけ、照明を落とす。
ふたりは女性客の肩を捕まえて軽く揺すった。
気づかせようとするのではなく、むしろ気を喪ったことを確かめるために。
反応がないのを見定めると。
マスターと三人、顔を見合わせて。
にやりと冷たい笑みを交わし合う。
ひとりはそのままうなじのあたりに。
もうひとりはかがみ込んでふくらはぎに。
思い思いに唇を吸いつけていった。
かたり。
ハイヒールの脱げ落ちる音。
ぶちち・・・っ
ストッキングの裂ける音。
きゅうっ・・・ごくん・・・
生き血をむさぼる吸血鬼をよそに、マスターは相変わらず表情を消したまま、皿を磨きつづけている。

あまり多くはもらわなかったんだ。酔っぱらいの血はまずいからな。
男の口許にはまだ、生々しい芳香の片鱗を漂わせている。
夕べの閉店後、酔いつぶれた女性客にどのような運命がおおいかぶさったのか。
乾いた声が、簡潔すぎる描写をつづけていた。
介抱して。床に寝かせて。
ワンピースの胸をはだけて。呼吸を楽にさせてやって。
もっと、ラクになれるように。
血液と引き換えにたっぷり注ぎ込んだ毒液に痺れた肌を愛撫して。
ワンピースのすそから、不埒にそそり立つものを忍び込ませて。
昇天させた。
ガーターストッキングだったからね。脱がせる手間が省けたよ。
乾いた口調で、たんたんと続けられる。
  あくまで静粛に、紳士的に。
誰に向けたものか、サロンにはそんな文句が掲げられていた。
聞き手の男もまた、その場のルールを守ってか、
感情を消したまま相手の話に聞き入っている。
凌辱劇のヒロインは、ほかならぬ彼の妻だったのだが。

「遅くなるからここの店に先に行って、飲みながら待っていてくれないか?」
妻に手渡した、店の地図の書かれた紙片。
それは淪落への招待状。
夫が現われたのは、すべてが終わったあとだった。
ぐったりとなった妻を抱き上げて車に乗せ、帰宅して。
夕べの名残りをかけらもとどめぬように身づくろいをさせて。
あくる朝自宅で目覚めた妻はもとより、なにも憶えていなかった。

「そろそろだぜ?」
奥さんは、間違いなく現われる。
男はそう、断言した。
妻の血を吸い犯した男は薄暗い店内を見回すと、あたりに立ち込める闇のもっとも深いほうを指さした。
「ちょっと動くだけでいい。奥さんはあんたに気がつかないはずだから」
夫はいわれるままに、カウンターの一番隅に席を移している。

ギイ・・・
扉が開かれると同時に、ゆったりとした音調のBGMが、流れはじめた。
ずっと前から鳴り続けていたかのようなふりをしてそらぞらしく回転する、黒い艶を帯びたレコード。
「いらっしゃい」
ひくく落ち着いたマスターの声は、美しい客を歓迎する慇懃さを含んでいる。
開かれた扉の向こうに佇むのは、小粋に着飾った女。
カウンターの隅に腰かけている男の、妻だった女。
「マティーニ」
女は短くオーダーを告げると、男の隣に腰を下ろす。
「夕べは、愉しかったわ」
性急に肩を捕まえてうなじを吸おうとする男を受け流しながら。
それでも熱烈に圧しつけられてくるキスに自ら唇を合わせてゆく。
店内にくゆらぐ、あくの強い煙草の香り。
霧のたったその彼方で戯れに耽る妻と情夫。
夫はそれでも無表情にグラスを重ねていた。
相手がふたりになり、女は注文した酒を断って止まり木から降りた。
壁際のゆったりとしたソファに腰をかけ、
ひとりには首すじを。
もうひとりには脚を。
おしげもなくさらけ出して。
なまの唇や舌を這わされて、ぴちゃぴちゃと音を鳴らしながらすりつけてくるのを厭うふうもない。
二度目の入店からはお酒を口にするのではなく。
むしろ自ら秘めた美酒を馳走する。
無言の裡にそうしたルールを読み取った女。

マスターと目が合った。
絶え間なく続けられる無言の動作の合い間に、いつの間にか間近になっていた。
「サービス」
みじかく素っ気ない声とともに差し出される、深紅のグラス。
「血の抜けた身体には、よく効きますよ」
奨められるままに口にした液体は喉から胃の腑へとぬるぬると伝い落ち、
火花がはじけるように、身体の奥をほてらせる。
「ここの最初の客は、おれの女房と娘だったのさ」
ぼう然とした男を残して、マスターはまたもとの位置に身を移している。

あら。ダメよ。そんな。
テーブルとソファの谷間から、のどやかな声だけが聞えてくる。
とうに脱げ落ちたハイヒールは床に転がっていて、
どす黒いエナメルの冷たい輝きを衆目にさらしていた。
おおいかぶさる欲情。
皿を拭いているマスター。
何事もないように、グラスを重ねる夫。
澱んだ空気と猥雑な声。
不条理の夜は今宵もまた更けてゆく。


あとがき
まとまりのないお話になりましたね。^^;
血を吸い尽くされた夫がそれとなく、彼らの巣窟であるバーに妻を呼び寄せて、首尾よく?餌食にさせた。
さらりといってしまえば、そのていどのお話です・・・
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コメント

バーという空間
どなたかともわからない方と隣り合い
時に親しく会話を交わす場所
ゆっくり過ごすというよりも
待ち合わせのために・・・夜を迎えるために
ほんの少しだけの時間を過ごす場所
だからバーは邂逅の場として最適なのかもしれません
知った相手と知らない相手・・・との

こちらを読んで
あぁ柏木様の文章は<詩>なのだなと
改めて感じました
小説なのに・・・詩のテイスト
意図されたものなのでしょうか
by 祥子
URL
2006-04-14 金 00:39:50
編集
やはり、さすがでいらっしゃいますね。
オトナの香気あふれる、バアの描写。
お話の雰囲気を読み取っていただけて、嬉しいです。

<詩>だなどと持ち上げられてしまいますと・・・
照れます。(^^ゞ
目にしてくださる方々にとってすこしでも読みやすければ・・・と、
一文一文を短かめにして、切れ味よさげに見せようと心がけてはいるつもりなのですが。
心のなかの囁きを、詞(ことば)に置きかえ訥々と、奏でるごとく語ってゆければ・・・と思っています。
by 柏木
URL
2006-04-14 金 07:04:24
編集

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