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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

斜陽族の狂気

2006年04月17日(Mon) 05:08:54

射し込んでくる夕陽が、にわかに昏さを深めてくる。
それでもこの家のなかには、灯りがつけられないでいる。
電気は先週から、とめられていた。
時代遅れのイブニングドレスに身を包んだ侯爵夫人は、じいっと庭先に目をやっていた。
かつては贅をこらした風情漂う庭園が、いまでは荒れ放題になっている。
桜の花も、菜の花も。
ほうぼうに好き勝手に咲いていて、それはそれで野趣があるのだが。
庭本来の意図はとうに雑草のなかに埋もれきってしまっていた。
籐椅子に腰を下ろして庭を見やる侯爵夫人は、長い黒髪を丸髷に結っている。
濃いオレンジの夕映えが、すっきりあらわになった首筋に掘りの深い陰翳を投影していた。
息子の目をさえ釘づけにするほどの気品となまめかしさ―――

母はなにかを口ずさんでいるようだった。
少女のころの唄であろうか。
その調べがふと止まると。
低い声色がそれに取って変わった。
艶を帯びた声は、押し殺すような強さを秘めている。
「貴子さん、どちらにいらしたの?」
―――さぁ、なにも言わないで、出かけていきましたよ。
「アラ。貴方にも黙って?お珍しいわね」
口調はあくまで丁寧だったが、その裏に含まれた毒に気がつかないほど、息子ももう幼くはない。
「どうしてお断りになったのかしら。鈴原のおじさまが桜を見に行こう・・・ってお誘いになったのに」
え?
息子は意外そうな面持ちで、母の横顔を見つめていた。
鈴原のおじさま。
父の義弟、とも。母の従兄弟とも。
どういう係累に当たるのか、なんとなくはぐらかされたようにしか聞かされていない、長年関係のある年上の男。
婚約者である自分にも断りなく、貴子をどこに連れていこうとしたのだろう?
奇異の感に打たれている息子のようすに、侯爵夫人は初めて籐椅子をめぐらした。
丸髷の下の表情は、まばゆいばかりの逆光に包まれてまるでうかがえない。
「貴方もよく御存知のように・・・鈴原のおじさまはね。身内で唯一羽振りがよろしいのよ。この家をたて直すも滅ぼすも、あのひとの意向ひとつで決まってしまうの」
棒読みするような、生気のない声。
これがかつて社交界で才智と美貌をうたわれた貴婦人と同一人物なのだろうか?
そんな疑念さえかすめる面差しのまえに、侯爵夫人はだしぬけに、ぐっと乗り出してきた。
襲いかかる白刃のように、なまめいた吐息が息子の眼前に迫ってくる。
「ご執心なのですよ、貴子さんに」

ええ、気づいていましたよ・・・
夕陽は遠くなっている。
なにもないがらんどうの部屋のなか。
間近に嗅ぐ畳の匂いだけが真新しかった。
身代の揺らいだ旧家がお金のために息子の婚約者を人身御供に供する。
そういうこともたしかにあるだろう。
けれども家の恥につながるそのようなたぐいのことに、なぜ母親はこうも熱心になれるのだろう?
まるで、女衒のような。
いま彼女が寝取らせようとしているのは、ほかならぬ息子の婚約者なのだ。
わかっているくせに。
だから、気づいていたって言っているではないですか。
鈴原が自分の婚約者に執心だということ。
そして。
母そのひとが、実の息子に執心だということも。
畳に寝そべった彼の傍らで、侯爵夫人は彼の手をイブニングドレスのすその奥へと導いている。
太ももをおおっているストッキングは、思いのほかすべすべと居心地のいい感触を伝えてきた。

彼は、貴女の情人のはず・・・でしたよね。
ご存知でしたの、そのことも。
えぇ、彼、私にそれとなく語ってくれていましたから。
それにね。見てしまったんですよ。
別荘での夜ね?
ええ、お父様がもういなくなったあとだというのに。
おなじお声が夜更けの寝室から・・・
まだ中学生でしたからね。ちょっぴりショックでした。
深刻な話題をいなすように、息子は軽くフフッと笑みを洩らす。
その彼に、どうして貴子さんを抱かせる気になったのですか?
決まっているじゃありませんか。
貴方を・・・わたしのものにしたいから。

侯爵夫人の手が、青年のズボンをたくし上げてゆく。
ひざ下まである薄い長靴下を、すうっ・・・と引きおろして、
ツヤツヤとした脛をいとおしげに撫でさする。
あのひとも、気づいているんですよ、きっと・・・
母は初めて、貴子のことを口にする。
どこまで逃げても、鈴原は追ってゆきます。
わかっていますよ、それも。
彼は貴女にとりついて、そして貴子のことも毒牙にかけようとしている。
のがれるすべは、ないのですね・・・
そうよ。でも、のがれることもないじゃありませんか・・・
侯爵夫人はいとしげに、青年の肩に手を添えてくる。
行儀のよい母がふきかけてくる初めての求愛に、青年はちょっと怯えたような顔つきになる。
ホホ・・・
まだ、子供なのね。
そう言いたげな優越感が、濃艶な媚びに包まれていた。
媚態は息子の顔におおいかぶさっていって、
あわせた唇のすき間から、まるで毒液を注ぎ込むように入念に、女の息吹を含ませてゆく。
ぴりっ・・・
スカートのなかで、息子の手がストッキングを裂いていた。
おいたは、ダメよ。
自分の下の青年の耳朶をくすぐるように柔らかい声を発すると、
女は豪奢なドレス姿を半裸の青年に覆いかぶせていった。
過去の遺物であるはずの綺羅錦秋が、蘇えるようにきらびやかな光を放っている。

貴子さんはいまごろ、桜の下でしょうね。
身づくろいしている母に、青年のうつろな声がひびいた。
嘘。断られた・・・っておっしゃっていたのですよ。
イイエ。鈴原はいまごろ、貴子さんを抱いておいでです。
散りしきる花びらの渦のなか。
か細い白い肩をむき出しにした貴子が目を閉じて、年長の男のなすがままに身をゆだねているのが見えるようだった。
たったいま夫人を熱く貫いたばかりのものが、ふたたび剛くそそり立ってゆくのを目の当たりにして、
女はそれをじっとりと、唇の奥へと含んでゆく。
ご存じなかったのですね?お母様。
青年は天井を見あげたまま、乾いた嗤いを放つ。

まっ白な褥のうえ。
横たわっている彼は半裸に剥かれていて。
傍らに乱れた衣装は、女学校を出るか出ないかの年恰好の、若い娘が身に着けるもの。
素肌にまだ残っているスリップは、気品ある肌触りを青年の皮膚の奥にまで滲ませている。
剃りあげられた脛には透けるほどに薄い黒のストッキングがなまめかしい翳をおとして、ほんとうの女の脚のように染めあげていた。
ストッキングをひざ上まで引きおろされてむき出しになった青年の太ももには、
白く濁ったふた色の粘液が織り交ざって、ぬらぬらとした光をたたえている。
かたわらの絨毯に寝そべっているのは、一対の男女。
鈴原と貴子だった。
秋に苗字を変える。
その予定に変更はないまでも。
嫁となる女には、姑の果たしてきたつとめがそのまま課せられる。
乾いた声で告げられる宣告に。
婚約者は京人形のように無表情にこっくりと頷いて、
椅子に腰かけた背後に男が回りこむのも、
後ろから羽交い締めにしてくるのも、
行儀よくきちんと組み合わされた膝のうえの掌を解くことはなかった。
束ねられた長い黒髪はなまめかしい艶を放ちながら、蛇のようにとぐろを巻いてのたうっている。
身に着けていた純白のストッキングとワンピース。
どちらにも薄っすらと、薔薇色の飛沫を滲ませて。
悔しげでもなく、心地よげでもなく。
ただ無表情に夫ならぬ身の精を享けてゆく。
まるで公的行事に参列するときのそっけなさで、
彼女は着飾り、純潔を散らしていた。

フフ・・・
青年は母の上、溶け込ませるようにして己の裸体を埋めてゆく。
乱れたイブニングドレスがかれの演じた狂乱を色濃くうつしたまま、
女は男を受け入れてゆく。
母さんはボクが欲しくって、貴子さんをかれに渡したおつもりでしょうけれど。
私も貴女が抱かれ、貴子さんが抱かれることに。
とても、欲情してしまったのですよ。
よいでしょう。
貴女の望むとおり、貴子さんを彼に捧げつづけましょう。
あのかたが貴子さんの衣裳を破り、貴女のストッキングも裂いてゆく。
そんなことに、ボクはとても昂ぶってしまうのですから・・・
こんどはおそろいでお出かけになってくださいね。
わたしももちろん、お供しますから・・・


あとがき
狂気に堕ちた斜陽族の母子を描いてみました。
息子と契りたいために、息子の婚約者を人身御供にさらそうとする母親。
そんな邪悪な意図を越えて、もっとまがまがしいものに身を浸していた息子。
おどろおどろしいですね。いつもながらのことですが・・・
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コメント

斜陽という言葉
この時代のこの身分の<親>。
息子にとって一番身近な存在のはずなのに、実は最も遠い憧れの存在。
彼は乳母に育てられ、母と過ごすこともほとんどなかったのでしょうね。
だから・・・こんな関係に溺れてゆける。
婚約者よりも、生まれてからずっと恋いこがれた相手が<母親>なのだから。

と、俯いた母親の瞳の翳りを思い浮かべながら考えました。
by 祥子
URL
2006-04-18 火 01:58:07
編集
うっとりと・・・
それこそうっとりと。
貴女の言葉に目線を重ねてしまいました。
同じ血が呼び合うことで結ばれた昏い熱情は、
世間体という名の壁をいともむぞうさに突き崩してしまったようですね。
母親の瞳に宿る翳。
その翳ゆえにこそ、このお話は生まれたのかもしれません。

久しぶりに、リキの入ったお話でした。
by 柏木
URL
2006-04-18 火 07:14:29
編集

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