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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

あの世に捧げる操

2006年04月18日(Tue) 07:48:27

申し訳ございません。
貴方のご好意は、まえからずっと存じておりましたの。
けれども女のわたくしから、胸に秘めた心のたけをお伝えするわけにはまいりません。
ですからずっと、お待ち申しあげておりましたの。
それなのに・・・
そんなわたくしの心になど、なんの心配りもないあの男は、
さっさとわたくしの両親に話をつけて、
穢れをしらないこの身を、汚れた褥に放り込んでしまったのですわ。
こうなってしまいましてはもう、貴方に合わせる顔はございません。
悲しいさだめではございますが。
しきたりどおり、初めて操を捧げたかたのもとへ参りとう存じます。

瞼の裏に隠した熱いものをけっして滴らせまいとして。
俯きかげんの令嬢を、じいっと見つめていた。
乱れのない、静かに落ち着いた声色。
昨日までと変わらない、透きとおるような白い肌。
そんな造られた静謐を裏切るかのように、
白いスカートの膝のうえ、ギュッと握りしめられたハンカチーフだけが、
持ち主になりかわるようにして。令嬢の乱れた意思を告げている。
お別れに、そのハンカチーフを・・・
青年のさいごの願いに、令嬢は初めて我に返ったように、
恥じらいに染めた頬を見られまいとして顔をそむけていた。

明け方に、あの子は亡くなりました。
上品な和服姿が、生まれついての貴婦人らしい物腰にしっとりと寄り添っていた。
ハッと見開かれた令嬢の眼に閃く、悲痛の色。
追い打ちをかけるような悲報だった。
どこで手に入れたものか、毒蛇に咬まれて・・・いえ、自ら咬ませて。
あの子はなにも語らずに、黄泉路に旅立ってゆきました。
心を抑えた声色を、握りしめたハンカチーフが裏切っている。
ことさら告げられなくても。
昨日までの持ち主が他ならぬ自分であったことを、令嬢はよく知っている。
あの子がこの世に遺したさいごの名残りです。
さし広げられたハンカチーフの片隅に、赤黒い飛沫がかすかに滲んでいた。

本来でしたらお伺いするところなのですが。
わざわざお越しいただきましたのは・・・
いったい、どうしたことでございましょう。
もう貴女さまは・・・当家とはなんのかかわりもない方なのに。
ですからどうぞ、これからさきなにかを目にされたとしても、
見なかったことにして、お邸にお戻りあそばせ。
そしてどうぞわたくしどものことなど一日も早くお忘れになって、
お幸せにお暮らしになって下さいませ。
老婦人はすうっと立ち上がり、痩せこけた身体を隣室に忍ばせる。
もしかしたら母になったかもしれないそのひとは、
足音を消したきり、とうとう戻ってこなかった。
はしたないと思いながらも、令嬢は隣室の様子を窺った。
倒れた和服姿の傍らに、極彩色をした蛇が、ぬらぬらと輝く肢体を誇るように、とぐろを巻いていた。

おかあさま・・・っ
我知らず叫んだ令嬢の声に、意識も遠くなりかけた老婦人は満足そうに微笑んだ。
母と呼んでくださるのですね?かりそめにも・・・
貴女のそのお気持ちを耳にできたこと、嬉しく思いますわ。
あの世で息子に伝えたら、さぞや喜ぶかと存じます。
薄っすらとなってゆく目の前に。
令嬢は蛇をわしづかみにして、差し出していた。
うなじにあてがった蛇の頭部から伸びた舌は、
ちろちろと妖しく、柔らかなうなじをくすぐっている。

戯れに令嬢を傷つけ、哀れな母子ともども死に追いやった男は、それからも栄達の道を歩みつづけた。
幸運というものにもっともふさわしくないはずの男は、
不当な利益をむさぼり続けるかに思われた。
あの令嬢の親たちも、自分たちの軽率な決定を悔やみながら、とうの昔にいなくなっていた。
男はそれからいくらもたたないうち、とある大富豪の令嬢と結ばれて、
そのあいだに生まれた一人娘は前途有望な青年の婚約者となろうとしている。
青年は旧家の出で、妻の実家に負けず劣らずの大富豪であるという。
青年にも、その身内にも、会うのはきょうが初めてだった。
男の母親も、妹も、かなりの美人と聞いている。
うまくすればまたいい女が抱けるかもしれない・・・
いままで権力ずくで奪ってきた女たちがそのたびに抱えて帰った怨みや屈辱になど思いも及ばずに、
男はそんな空想に満悦していた。
娘は幸運と獲物を招き入れてくる。
許婚の母と、妹とを。
丁寧なお辞儀の下からみえる美貌にズキズキとした期待を押し隠していた男は、
アッ!と叫んでいた。
あのとき自害した老女と、そして令嬢。
そして娘の許婚はほかならぬ、己が死に追いやったはずの男だったから。
振り返ると奇妙な薄笑いを浮かべた自分の娘は、うなじに奇妙な咬み跡を滲ませている・・・

あとがき
娘さんももしかしたら、過去に無理やり抱いた女だったのかもしれませんね。
凌辱、という言葉はこういう場合、なんの愉悦も含まないようです。
(8月14日、一部を改作)
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コメント

珍しく、寝取り男が完全な悪党ですね。作品後半部分はやや嫌悪感が。

しかし、直接の濡れ場はないのに、女にされてしまったヒロインと青年の別れのシーンにはグッとくるものが…いったいどんな風にされたのかと…い、いかんいかん、落ち着け自分。
by うむむ
URL
2009-09-15 火 02:10:42
編集
ご訪問、ありがとうございます。
はじめまして、でしょうか?
旧作に目を留めていただき、ありがとうございます。
やや怪談じみたどんでん返しな結論は、ちょっと唐突過ぎましたでしょうか?
(^^;)
それとも、悪いやつがいい思いをしつづけるくだりのほうが、少し目にあまったでしょうか?

令嬢が青年の愛を拒むときのことばは、
どういうわけかするすると、流れ出るように思い浮かんだのです。
一部に柏木女性説が流れたのは、このお話を描いたころだったような気がします。(笑)
by 柏木
URL
2009-09-15 火 07:34:42
編集

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