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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

初恋の女(ひと)の血の味は、処女の味

2010年04月28日(Wed) 07:13:33

転校間際のことだった。
いつも気になっていたあの女(ひと)が。
僕とふたりだけ、月明かりの下にいる。
肩先までの長い黒髪を、静かな夜風に流しながら。
はっきりとした澄んだ瞳で。
あのうっとりするくらい、鋭いまなざしで。
僕のことを、正体を見透かすようにじいっと見つめて。
あの・・・
さいしょはためらいながら・・・口を開いて。
わたしの血、吸ってもいいよ。
語尾はいかにも彼女らしく、しっかりとしていた。

え?
僕がためらいの色を浮かべると、ちょっと軽蔑したように。
あなたが吸わなくても、べつのだれかが吸っちゃうんだよ。
この街ではだれもが暗黙裡に理解しているとうぜんのルールを、彼女は口にした。
制服姿の両肩を、初めて抱いていた。
震える息遣いが僕の頬を撫で、
うっとりとするほど白いうなじが、すぐ眼のまえにあった。
どきどきするような一瞬―――
ひた隠しにしていた本能が、ささやかな理性や安っぽい正義感を裏切っていた。
優等生の彼女の血は、とくべつな味がした。

痛みを感じただろうことは、ビクッとした身じろぎでそれとわかったけれど。
彼女はさいごまで、痛いとは口に出さなかった。
もう少しだったら、いいよ。って。
傷口の血をハンカチでぬぐいながら、そういうと。
僕は彼女の足許にかがみ込んでいて。
ラインの入ったハイソックスのふくらはぎを、つかまえていた。
以前の僕ならそんな大胆なこと、当然できなかったはずなのに。
彼女はちょっとだけ脚をすくめたけれど。
靴下ごしに脚の輪郭を撫でてくる唇を、それ以上避けようとはしなかった。

××くんがね、○子に告白したんだって。そしたらさ・・・
夜風のなかの彼女の声は、くすぐったそうな響きを秘めて、あたりの闇に溶けてゆく。
血のついたハイソックスの脚を、ぶらぶらさせながら。
並んで座ったベンチのうえ。
まるでブランコにでも乗るように、リズミカルに身体を揺らしていた。
いつもと同じような、クラスメイトのうわさ。読んだ本のこと。ありきたりの話題。
それらは決して、僕に向けられることはなかったはずなのに。
彼女は親しげに、僕を話し相手にしてくれたのだった。
どんなに他愛のない話でも、ひと言も聞き洩らすまいとするほどに。
それはうっとりとするほど、貴重なひと刻だった。

気に入りだったんだよ。このハイソックス。
じぶんの足許を見つめたときだけ、彼女は恨めしそうに僕を睨んだ。
そうだろうね。よく学校に履いてきていたもの。
そんな受け応え、できるはずもなく、決まり悪げに黙りこくっていると。
彼女は思い切りよく、ハイソックスをずり降ろし、僕の掌に乗せてくれた。
今夜の記念。
ふふっ・・・と笑って。
じゃあね。
決して送らせては、くれなかった。

あれからなん年、いやなん十年経ったことだろう?
大宴会場のなかは、雑踏にまみれていた。
経過した長い時間が、幼馴染を初対面の紳士婦人にすり替えていた。
まだ独身なんだって?
背後から響いた、冷たく澄んだ声。
表向きの素っ気なさにくらべると、はるかに深い真実味を秘めていることを、
僕はあの夜から、思い知っていた。
おそるおそるふり返ると。
見知らぬご婦人が、目許をアイシャドウに染めている。
長い黒髪は、ふさふさと波打つ茶髪になっていて。
けれどもあの清楚に理知的な目鼻だちは、以前を彷彿させている。
忘れた・・・?
彼女自身のことを、言っているのか。
あの晩の出来事を、問うているのか。
僕はあわてて、かぶりを振っている。

ちょっと、このひととは特別な話があるんだ。
周りのお化粧小母さんたちの揶揄には耳を貸さないで。
彼女は僕を、部屋の隅っこの屏風の陰に呼び入れる。
ストッキング、初めてだっけ?
脚に噛みつく好みを、彼女は憶えてくれていた。
なん度も破らせてくれたじゃない。
とてもそんなことは、いまでも口にできなかったけれど。
まだ・・・うぶなんだね。
彼女は半分、僕のことを誤解していた。
あれからなん人もの少女を、少女ばかりかその母を、兄嫁を。
言葉巧みにたぶらかしていることを、彼女はきっと見抜いているはずなのに。

すらりとした脚を薄っすらと染める、薄茶色のストッキングは。
いまどきのものらしく、すべすべとよそよそしい舌触りがした。
あれから彼女とは、幾度も逢って。
限られた夜をともにしたとき、履いていたのは、
彼女が唯一持っていた、通学用の黒のストッキング。
あのざらざらとした舌触りと、はかないほどのもろさ。
いま舌をすべらせているナイロン製の被膜は、それとは別もののしなやかな魅力をもっていた。
あのときの彼女は、今みたいなピンクのパンプスなど履くひとではなかった。
あのころの彼女は、今みたいなきらきらとしたスーツを着るひとではなかった。
いまのありようから遠い日の記憶を探る、もどかしいしぐさを、
彼女はどんな視線で、見おろしていたのだろう?

破かないでよ。恥かいちゃうから。
彼女の呟きに、ふと我にかえって。
ブラウス、汚さないように咬めるよね?
そっと身を寄り添わせてきたひとの、うなじをしくっと咬んでいた。
鼻を突く香水が、追憶のなかのあのひととどうしても重ならない。
けれどもこれがまごうことなき、僕の初恋の人―――

咬み入れた切っ先に滴る、ばら色の液体は。
昂りに乾いた唇に、びっくりするほど大胆にしみ込んできた。
ちゅー・・・
周りに聞こえたって、かまうものか。
僕は無我夢中で、しがみつくように抱きついて。
数秒間許された吸血に耽る。
びっくりした。
彼女の血の味は、あの時と変わらない、処女の香りを秘めていた。

唇を放して彼女を見つめる僕を、からかうように。
血がついているよ。
僕の唇のうえを、彼女のハンカチが通りすぎた。
なにか言おうとする僕を、軽く受け流して。
二児の母よ。
くるりと背を向けて、喧騒のほうへと戻っていった。
堅く冷たいパンプスの音を、会場の床に響かせて。

―――彼女はほんとうに、あの会場に来ていたのだろうか?
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