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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

蚊帳のなか

2006年01月29日(Sun) 06:18:19

吸血鬼が若妻に恋をした。
アプローチのしかたがひどくぶきっちょで、
周囲のものたちはほほ笑ましく見守っていた。
見守る目のなかには、夫のものさえ含まれていた。

彼は善人で、血を吸っても人を殺めたりすることがなかった。
ところが町に、血を吸われて死ぬものが出はじめた。
べつの吸血鬼が町に現われて、いままでひっそり暮らしていた彼に罪をなすりつけようとしたのだった。
恋する若妻も、狙われるときがきた。
彼女を気遣う吸血鬼は、しじゅうつかずはなれずに彼女を見守っていた。
ある晩夜道を歩く若妻は、非道な吸血鬼に襲われた。
あやうく餌食になりかけたのを、恋する吸血鬼は必死で彼女を守り抜いた。
やっとのこと敵を追い払った吸血鬼は、瀕死の重傷を負っていた。

若妻の夫は彼を家にかつぎこみ、妻の命を救った男を介抱した。
妻への想いを謝罪とともに告げる吸血鬼に、夫は優しく寂しい微笑を返した。
彼は大怪我をしていて、若くして妻を抱けない体になっていた。
「部屋にいっておやりなさい」
夫は妻にそう告げた。
「私も抱かれてきたのですよ」
未亡人になっていた姑も、少なからず恥じらいながら嫁に言った。
貴方だけのものでいたい・・・涙ながらに訴える妻を、夫は優しく抱きとめた。
心からの抱擁のなか、震える涙に温もりが混じっていった。

見られるのは恥ずかしい。けれども貴方にそばにいてほしい。
そう訴える妻のため、夫と姑は病室に蚊帳を吊っていた。
いぶかしそうに見あげる彼に、夫は告げた。
佳い夢を結ぶように、と。

蚊帳のなかには、吸血鬼に抱かれる若妻。
蚊帳のそとには、褥をひいてそれを見守る夫。
淡くけぶったとばりをへだてて握り合う、ふたつの掌。
庇うように、慰めるように。そしていとおしみ合うように。
情事のさなか、ふたつの掌は言葉を交わすように指をもつれ合わせていた。
つかの間訪れる熱狂に時には解かれることがあっても、
すぐにまたすがり合うように重ねあわされ握りしめ合う、ふたつの掌。
妻は夫のために、形ばかりのはかない抵抗をこころみる。
そうやって、獲させるものの値打ちの深さを身をもって示したのだ。
熱し始めた肌のほてりに耐えかねた華奢な身体が動きを鈍らせると。
やがて夫の掌は妻の腕を優しく撫して、その腕をたくみに情夫の背中へと巻きつけてやった。
蚊帳のなか、蒼白い焔があがるのを眩しげに目にした夫は、
己の下肢を久しぶりに訪れた昂ぶりに歓悦の疼きを感じていた。

昏くしずかに燃えあがった一夜。
朝が訪れると妻はなにごともなかったように褥を去って、
夫ならぬ身を受け入れた腰に、エプロンを巻いて、
かいがいしく朝餉の支度をする、いつもの主婦に立ち戻っている。
夫婦の営みが戻ったのは、その日の夜からのことだった。
いつまでも。いつまでも。
それまでの空閨を埋めるように、激しく愛し合うようになった。
夫のいない夜。勤めに出たあとの昼さがり。
そんなときにだけ訪れる吸血鬼が、恋いわたるその若妻と歓楽の刻を共にするのを、
もはや誰も咎めようとすることはなかったという。


あとがき
寝室に蚊帳というものが吊られることがなくなって久しいです。
「蚊帳の外」ということばも、いずれは姿を消してしまうのでしょうか。
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