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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

だれかが、視てる・・・

2010年09月07日(Tue) 07:53:30

1.
だれかが、視てる・・・
女は急に身を離すと、低い声でそう囁いた。
そわそわとして周囲のあちこちに目線を散らす彼女の肩を、男はしっかり抱きとめて。
だいじょうぶ。
耳朶に触れるほど間近な唇が、女のおくれ毛をくすぐった。
だいじょうぶ・・・って。
女はまだ、落ち着かないらしい。
それでも、おもむろにハンカチを取り出して。
いま吸われたばかりの首筋を拭うだけの心のゆとりは、まだ持ち合わせていた。
すうっ・・・と撫でつけた真っ白なハンカチは、バラ色のしずくで濡れていた。

男は女と示し合わせるように、自分のハンカチで口許を拭っている。
しずかに。念入りに。
男は女のハンカチを濡らしたのとおなじしずくに、恭しく口づけをした。
女は男のそうした所作を逐一見守っていて。
行こ。
自分から掌を差し出して、男をいざなった。

こと果てて、女が立ち去った後。
傍らの茂みの影に、男はふと目を落とす。
濃紺の小さな布地が一枚、下草に埋もれかけていた。
布地には、白の三本線。
セーラー服の胸あてなのだと、すぐに察しがついた。

2.
笑いさざめく少女たちは、折からの風に流されかけた長い黒髪を抑えながら。
長めのスカートのすそをさばいて、大またの歩みを進めてくる。
唇に含んだ草笛を手放すと、男は三人連れの少女たちを、見るともなしに見守っていた。
胸もとを引き締めるのは、光沢を帯びた青いリボン。
それが、横なぐりの風にはたはたとなびいている。
真ん中を歩く少女はひとりだけ、セーラー服の胸あてをつけていなかった。

互いに手を振り合った、わかれ道。
男は胸あてをなくした少女のまえに、すうっ・・・と現われて。
田んぼのなかの狭い泥道を、遮るともなく遮ってゆく。
けげんそうな少女の目のまえに突き出された、濃紺の布地に。
少女は目を見張っている。
落ちてたぞ。

少女はちょっとだけ、息を詰めて、瞳を張りつめて。
それでもすぐに、態度をあらためると。
ありがと。
いつもの稚なさをこめた小声で、男にお礼を返していた。
怖くないのか?おれが。
矢のように注がれた男の囁きにも、少女は動じない。
だって。お姉ちゃんのお友だちなんでしょ?
てらいのない応えに、こんどは男が黙る番だった。

その晩―――
昼間はまだ暑さの残る陽気なのに。
真夜中ともなると、寝静まった街の空気は涼しげな静寂をたたえていた。
気配を消して佇む男のまえにあらわれたのは、昼間の少女。
こんどは、夏服のセーラーに、濃紺の胸あてをつけていた。
こんばんは。
小首をかしげるようにお辞儀をしかけてくる少女は、口許に姉ゆずりの笑くぼを滲ませている。
今夜はお姉ちゃん、身体の具合悪いんだ。
無邪気な白い指先が胸あてを取り去る、まだ子供っぽい手つきを。
男はどうしたものかと手を出しかねている。
いいんだよ。
少女は木陰から見守って覚えたしぐさを、男に投げた。
両肩に手を置いて、しなれかかるようにして。
目を瞑り、おとがいを仰のける―――

下草の夜露が、思わず尻もちをついた少女のスカートを濡らしていた。
もう。
ふくれ面を作った少女は、スカートのすそについた草混じりの泥をしずかに払い落とすと、
傍らのベンチに、腰かける。
ストッキング、履いてきてあげたよ。いつも学校に履いてくやつだけど。
少女は、夏服のセーラーの下に、黒のストッキングを履いている。
薄墨色のナイロンが涼しげに、少女の脛を蒼白く透きとおらせていた。
お姉ちゃん、いつも勤め帰りのストッキング、あなたに愉しませているんだよね?
今夜はあたしが、お姉ちゃんの代役―――。
男はちょっとだけためらったけれど、本能には勝てなかったらしい。
いつも少女の姉にそうしているように、ストッキングのふくらはぎに唇をなすりつけていた。

お行儀、悪いなぁ・・・
びりびりに破けたストッキングの裂け目から、白い脛をあざやかに覗かせて。
少女は男をからかっていた。
もう少し、吸う・・・?それとも、あっちへ行く?
少女の指す指先は、奥行きのありそうな茂みに向けられていた。

だめっ。
横合いからふたりの間に割り込んだ声は、ちいさくそして鋭かった。
年長者の目線で咎める姉に、
妹は頭に手を置いて、えへへ・・・と照れ笑いを返している。
だってお姉ちゃん、毎晩だと体持たないよ~。
よけいなお世話・・・といわんばかりに、姉娘は吸血鬼の掌を握り締める。
あたしのものよ・・・と、主張するように。
けれども制服姿の少女はニコニコと、ふたりのようすを見比べていた。

だいじょうぶ。あたしがあげるのはショジョの生き血だけなんだから。
お姉ちゃんは心配しないで。
心配しないでもいいか―――少女は心のなかでおもった。
男は女を庇うように抱きしめて。
無理をするなよ。
心からのいたわりで、恋人を包み込んでいた。

3.
おめでとう。おめでとう。
華やかな結婚式だった。
夜勤つづきで昼間はつごうがつかない。
そんな新郎のつごうにあわせて、披露宴もまた夜中からだった。
新婦に花束を渡した、友人代表も。
新婦から花束を受け取った、その母親も。
セーラー服姿の、新婦の妹も。
そろって首すじに、赤黒い痣を滲ませている。
よく注意してみないと、見落とすほどに目だたなく。
ごく身近なものたちだけが、新郎の正体を告げられていた。

向こうから、新郎の母親が、新婦の母親に、感謝のまなざしを送って来る。
新婦の母親は、目もとで笑ってそれに応えた。
おだやかな面ざしの下。
黒のストッキングに滲ませたふくらはぎにも、目だたないほどの痕がふたつ、並んでいた。
挙式を一週間まえに控え、初めて逢った花婿は。
義母となるその女(ひと)とちょっとのあいだだけ二人きりになることを希望した。
永年連れ添った妻が遅れて帰宅して。
真新しい黒のストッキングに伝線を滲ませているのを、
彼女の夫は気づかないふりをして出迎えた。

新郎の新しい父親も。
セーラー服姿の新婦の妹も。
その隣にひかえた、学生服姿の彼氏も。
訳知り顔に、ほほ笑んでいる。
ベッドまでお伴するのは、わたしだけ―――
誇らしげな花嫁は、花婿の掌をしっかりと握りしめていた。
真夜中の二人きりの逢瀬で、そうしていたように・・・


あとがき
8月23日 5:19作成 後日補正
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