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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

娘か 妻か・・・?

2010年10月06日(Wed) 05:54:30

早く吸いなよ。かまわないから・・・
真緒の声色にかすかな諦めににたものが漂うのを。
母親の美緒は、聞き逃さなかった。

夫が奇病にかかってから、すでに一か月が経っている。
”吸血病”という、現代の医学では封印された病。
どこの病院でも、名医さえも。
白衣の先生がたは、暗い顔をして、ゆっくりとかぶりを振るばかりだった。

―――ご家族で、なんとかされるしかありませんな。
・・・周囲のかたがたに知られないようにするために。
夫の病を治せなかったとある”名医”は、悪魔のように囁いていた。
外聞のたたぬよう、身内だけで。
人の生き血を吸いたいという夫の願望をかなえてやるしかない。
夫婦連れだって病院から戻ってきたその夜に。
美緒はだまって、じぶんの首筋を差し伸べていた。

人の生き血を欲する人間のために。
その欲求を、ひとりの人間の血液でまかなうことは。
体力的な限界が、つきまとう。
美緒はみるみる、痩せおとろえた。
秘密を知ってしまった娘の真緒が、母の身代りに父親の書斎のドアを叩いたのは。
日に日に蒼ざめてゆく母の身を気遣ってのものだった。

制服姿の娘をまえに、父親は欲求を必死に耐えた。
けれどもそれは、むなしい努力だった。
ものの五分と経たないうちに。
男はまな娘の細いうなじに、自らの猿臂を巻きつけていた。
―――これで、いいんだよ。
必死に涙を見せまいとして、強いてつくった笑顔の下。
したたる血潮を、娘はハンカチで拭き取っていった。
べつべつの部屋で、べつべつの苦痛を歯噛みしてこらえる父と母のあいだに。
―――もうやめて。
勇気のある少女は悲鳴に似たちいさな囁きで、均衡を破って割り込んでいった。

幾晩経ったことだろう。
今夜も腕のなかにいるのは、娘の真緒だった。
紺色のカーディガンに、青系のチェック柄のプリーツスカート。
ひざ小僧のうえまで引き伸ばされた、黒のオーバーニーソックスには、
父親に噛まれたところどころに、穴が開いていた。
いいんだよ。ダイエット中だから。
娘は強いて、今夜も笑顔をつくっていた。

娘の立ち去ったドアの向こうには、暗闇が広がっている。
もう、午前二時をまわっていた。
血不足、寝不足―――
娘はあしたは試験だといっていた。
いなくなっちまったほうが、いいんだろうな。俺―――
ぽつりと呟く声を、聞きつけたのだろう。
そんなことない。
ドアの向こうから、若い声がかえってきた。

キッと睨むように見据えてくる、まなざしは。
いつも温和な娘とは、別人のようだった。
白い丸顔が、長く長く伸ばした黒髪に、いっそう映えている。
こうごうしいほどに、少女は美しかった。
汚してしまった制服を、着かえてきたのだろうか?
肩先にちょっぴり、したたらせてしまったしずくのことを。
父親はひどく、気にかけていた。
どこのお店にもっていこうかな・・・
わざとのからかい口調で、取り繕いながら。
妻は血を滲ませた衣装のかずかずを、それぞれべつべつのクリーニング店に持ち込んでいるらしい。
娘もきっと、そうしているのだろう。

娘は彼のことを、まっすぐ見据えたまなざしをはずそうとしないまま。
ゆっくりと歩みを、進めてくる。
真っ白なハイソックスのふくらはぎが、ひどく眩しい。
ね。血を吸って。あたし、だいじょうぶだから。怖くないから。
吸血鬼と化した父親のまえ。
初めて身をさらすときに、娘が口にしたことばそのままだった。
目を・・・つぶっているんだよ。
男はあのときとおなじ言葉を、囁いて。
自分のまえ椅子に腰かけた娘の足許に、そうっ・・・と、身をかがめていった。

真っ白なハイソックスを、ゆっくりと引きおろして。
ためらうように吸いつけた、唇の下。
少女の柔らかなふくらはぎが、ぴちぴちとした生気を伝えてくる。
―――?
訝しそうに見あげる男に、少女はゆっくりとかぶりを振って。
早く。
白い歯のこぼれる初々しい唇が、むしろ愉しげに促していた。

お前・・・誰なんだ?
思わず、周囲に聞こえるほどの大きさの声になっていた。
娘とうり二つだが、決して娘ではない少女のまえで。
忘れたの?わたし、美緒よ。
み・お。
イタズラっぽい語調は、遠い昔恋人だったときの、妻そのものだった。

身代りに来たの。
ずっと遠くの世界から。
あなた、ガマンして、手加減をして血を吸っていたでしょう?
でも、ひとりじゃ無理なんだ。
真緒ちゃんが加わっても、それでも無理。
だからわたし、遠くの世界から来たんだよ。
真緒ちゃんと、あなたの奥さんになったあたし自身を、応援するために。
だから、遠慮はいらないの。
もっと襲って頂戴。
あなた・・・制服好きだったよね。昔から・・・
いまのあたしが、くたびれちゃったら。
もっと若いあたしになって、身代りになってあげる。
中学校では、セーラー服だったんだよ。あなた見たことないでしょう?
それより若いと・・・犯罪だぞ?
面白そうに頬を突いてくる指が、ツンツンと痛かった。

紺のプリーツスカートのひざ小僧に、顔を埋めて。
男はおいおいと、泣きむせんでいる。
だいじょうぶ。だいじょうぶ。
かつて恋人同士だったとき。
気弱な青年だった彼を慰めた、あのときの語調そのままに。
少女は父親ほどの齢になった恋人を、力づけようとしている。

じゃあね。
朝になったらあなたの奥さん、きっと元気になっているから。
透きとおる笑みで、手首をちいさく振ってバイバイをする少女に。
男もおなじ手つきで、応えていった。
不治の奇病とおもわれた病から、男が解放されたのは。
それから一週間経ったころだった。


あとがき
タイムスリップした男が、若いころの母親に出逢って、惹かれる話を。
そういえばだいぶ以前に、描きました。(どこだったっけ?)
ちょっとだけ、似ているような。似ていないような。 笑
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援けを呼ぶ声
次の記事
三組の女子は、全員残るように。

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