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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

あぶれちゃった吸血鬼 ~善意の父と子~

2010年11月04日(Thu) 08:11:52

―――また、若い女にあぶれちゃったんだ。小父さん要領悪いね。
ハヤオは自転車を降りると、ベンチに腰かけて頭を抱えている男に駆け寄った。

男は、初老の紳士。
真っ黒のスーツのうえに、いかにもそれらしく、黒のマントまで羽織っている。
マントの裏地の真紅が、薄暗くなりかけたこの時分でさえも鮮やかだ。
―――あー、坊やか。。。
精いっぱいの苦笑いも、どこか寂しそうだ。
―――坊やはないだろ、もうじき中学にあがるんだから!あんまり子供あつかいするなよな。
ハヤオはあくまで、ため口だった。
相手は自分よりずっとずっと年上で、そのうえ吸血鬼なのに。
―――ドジばかり踏んで、若い女にあぶれるからだよ。ボクにまでため口なんかたたかれるの。
あくまでも、へらずぐちを絶やさない。

ハヤオは都会育ちの少年で、この村に来てまだ一カ月と経っていない。
それでも引っ越してくるとすぐに、地元のスポーツクラブに入っていて、
明るく物おじしない性格から、周りの子供たちの人気者になっていた。
この村に吸血鬼が棲んでいること。村の人たちと平和に共存していること。
手頃な女のひとに頼んで、時々血を吸わせてもらっていること。
相手が結婚していたり恋人がいたりしても、夫や彼氏もとやかく口出しをしたりはしないこと。
齢よりも少しおませなハヤオは、そんなことまで識っている。

少年はハーフパンツの下、スポーツ用のハイソックスを履いている。
鮮やかなブルーに、白のラインが二本、ふくらはぎのいちばん肉づきのあるあたりをきりりと引き締めていた。
吸血鬼の小父さんが、若い女のひとをつかまえると。
好んでふくらはぎに噛みついて、ストッキングやハイソックスを破ったり赤黒いシミをつけたりするという、いけない趣味をもっていることまで、少年は心得ていた。
―――ほら、早く吸いなよ。小父さん女のひとのストッキングとかハイソックス、好きなんだろう?
うん?
小父さんはびくっと、頭をもたげた。
―――ボクのハイソックスじゃ、つまんないだろうけど。わざわざ練習の後、履き換えてきてやったんだぜ?
恩着せがましく、からかうように。
少年は、ハイソックスの脚を見せびらかした。
照りつける夕陽に、縦のリブがツヤツヤと浮き彫りになっている。
練習の時泥だらけになったやつは、きっとあのバッグのなかに忍ばせてあるのだろう。
小父さんはガマンできない、というように、差し出されたハイソックスの足許に、すうっと手を伸ばした。

やらしい・・・なぁ。
けだるそうに、かぶりを振りながら。
少年は、伸ばした髪をうるさげに掻き除けた。
ずり落ちかけたハイソックスを、もういちど引き伸ばすと。
白のラインに、赤黒いシミがべっとりとしみ込んでいる。
ちぇっ、食欲だけは、旺盛なんだから。
家に帰さないぞ・・・
小父さんの言い草が、嘘だとわかっているらしい。
うなじに吸いつけられて来る唇を、少年は避けようとしなかった。
柔らかい皮膚に、鋭利な牙がずぶりと埋められて。
玉子の黄身を吸い出すように、チュウチュウと音を立てて。
飢えた吸血鬼は、少年の生き血に酔い痴れる。

おい、ハヤオ。だいじょうぶか?
大人の男の声に、ハヤオははっと頭をあげた。
―――あ、父さん・・・
公園の入り口から声をかけてきた男に、少年の声はあくまで無邪気だった。
息子のほうが気難しい年代になると、仲の遠くなりがちな年代のはずなのに。
どうやら打ちとけ合っている父子らしい。
なぁんだ、また悪戯してたのか。
吸血鬼に血を吸わせている少年の、血の撥ねたTシャツをつかまえながら。
父親のタカヒロは、ひどくのん気な言葉づかいをつかっている。
ばれたらママに、叱られるぞ~。
―――大丈夫だい。着替えならちゃんと、用意してきたからね。
少年も負けずに、言い返している。
大きな鞄のなかにはきっと、着替えがひとそろい、用意されているのだろう。
さいごに血に濡れたハイソックスも、練習の時の泥だらけのやつに履き替えていくのだろうか。
だんなさん、すまないね。
くぐもった声に戻りかけた吸血鬼に、お父さんはなおもおだやかだった。
こいつの血、お口に合いますか?
ああ、とっても佳い血だね。
じゃあわたしも少しだけ、協力させてもらいますよ。まだ喉渇いているんでしょう?
息子の顔いろと、吸血鬼の顔いろを見比べたらしい。
明日は試験だろ?おまえ。
タカヒロは父親の顔に戻ると、こんどは自分の番とばかり、スラックスのすそをひきあげた。
濃紺のストッキング地の靴下は丈が長く、ひざ下までじんわりと、淡い脛毛のふくらはぎを染めていた。

父さん、意外に平気そうだね。
ずり落ちた泥だらけのハイソックスを引きあげ引きあげしながら、息子は父親の脚に歩調を合わせようとしている。
どうってことないさ。
スラックスの裾から見え隠れする靴下は、真新しいものに変えられていた。
派手に伝線したやつを、むぞうさに屑かごに放り込むと。
かねて用意の新品に、スッと脚を通していったのだ。
でもそのうちに、ママや京子にばれるよな。
ウン、そうだね―――
少年はこっくりとうなずいたが、ちょっと考え深げな顔つきになった。
考え込むと、童顔のなかに大人びた翳りがみえてくる、
父さん―――?
うん・・・?
ママや京子姉ちゃんを、小父さんに紹介しちゃ、ダメかな・・・
じつはね。父さんもそれを考えはじめていたのさ。
父親もいつか、息子の共犯の顔つきになっていた。

姉さん、早く早く。
時折脚の襲い姉のために立ち止まっては、手招きをくり返す弟に。
中学三年になる京子は、舌打ちしながら、ついて行った。
まるで、鬼ごっこでもしているみたい。
姉に捕まるまいとするように。
姉との距離が縮まると、小憎たらしい弟ははぱっと走りだすのだ。
真っ白な夏もののセーラー服が、夕闇せまる公園に眩しかった。
ここって、暗くなったら来ちゃいけない公園だってきいたけど・・・
京子はふと、不安そうにあたりに視線をめぐらした。
ウン、そうだよ。吸血鬼が出るんだって。
弟はあくまでも無邪気に、白い歯を見せる。
ボクも、吸血鬼になっちゃったんだ。お姉ちゃん、血を吸わせてよ~。
わざと怪物めかして、両手をあげて迫って来る弟に。
バッカねぇ。いい加減になさいよ。
言いかけた声が、ふと途切れていた。
だれ・・・?
自分の背丈を覆い尽くすような人の陰に、少女は生唾を呑み込んだ。
きゃーっ!!!

母さん、今夜は気合いを入れて用意を頼むよ。
タカヒロは客人に、ウイスキーのグラスを渡しながら。
妻のしず江に上機嫌な声を投げた。
いきなりお客さまなんか連れて来て・・・
しず江は急な来客にあわただしく、エプロンを着けはじめる。
貴方、エプロン妻って好きだったんだよな?
夫が客人にそんな話をしかけるのが、耳についたけど。
しず江はいそいそと、台所に向かっていった。
ああ、黒のストッキングも好みですな。
エプロンの下は、紫のブラウスに緑のスカート。
ひざ丈のスカートの下には、黒の薄々のストッキング。
出先から電話をくれた夫は、客人を迎えるときの服装まで指定して来たのだ。
日ごろ奥さんの身なりには、まったく無頓着だったのに。
黒のストッキングが、好き・・・?
ふしんそうに小首をかしげるしず江の足許に、出し抜けにぬらりと生温かいものが這わされた。
軟体動物のような感触に、しず江がきゃっ、と、声をあげると。
いつの間にかしず江の足許ににじり寄っていた客人は、ツタが木の幹に絡まるように、
しず江の身体に添ってわが身をせり上げると、上半身まで羽交い絞めにしていった。
首のつけ根に圧しつけられた堅い異物が、皮膚を突き破る。
ブラウスの襟首とエプロンに、赤黒いほとびが散るのをかんじて、しず江は思わず声をあげる。
ひいいいいっ・・・

二階の勉強部屋。
母に見つからないように帰宅した娘は、うつろな瞳にうすら笑いを浮かべていた。
首すじにはくっきりと、ふたつ並んだ赤黒い痕―――
いま母がつけられているであろうのとおなじ痕を、指先でなぶりながら。
吸い残された血がついた指先を、お行儀悪くチュッと吸った。

一杯食わされちゃったね、父さん・・・
全くだよな。
招かれた村の衆が、にやにやと笑うなか。
父と子は苦笑を交わし合っている。
にやにや笑いの主たちに、悪意はなかった。
やっとあんたらも、身うちになってくれたのだな。
そういう打ち解けた雰囲気が、リビングのなかを明るくしている。
息子の青のハイソックスにも。
珍しくハーフパンツ姿の父親の、濃紺のストッキング地のハイソックスにも。
持ち主たちの血で、濡れた輝きを帯びていて。
お料理を持ち運んで来るしず江の髪は、寝乱れたようにほつれを残している。
京子までもが、セーラー服の襟首を赤黒く汚したまま、クラスメイトのなかにまじって、無邪気に笑いこけていた。
村に棲みつく以上は、村のしきたりのなかに入らないと。
吸血鬼はそのために、女にあぶれた役を演じて、
妻や娘は、なにも知らないふりを演じて、
夫や弟に、手引きをさせて。
襲われる淑女を、演じたのだ。
愉しくなりそうだから、まあいいか。
お父さんが能天気に、ほほ笑むと。
ウン、面白そうだもんね。
息子も白い歯をみせて、応えていた。


あとがき
ほとんど・・・男子の吸血話になっちゃいましたね。 苦笑
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