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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

古屋敷の女あるじ 2

2011年01月03日(Mon) 07:39:15

お墓参りは、お済みですかえ?
黒の紋付を着た老女は、痩せこけていたが、鶴のような気品を滲ませていた。
おかげさまで。
腰を折るほどに慇懃な挨拶を返すのは、黒の礼服姿の女。
物腰こそ礼儀正しくはあるものの、その挙措動作はどことなく他人行儀で形ばかりのものだった。
齢は、三十半ばくらいだろうか。
いや、高校生らしい息子に中学生くらいの娘を連れたようすからは、もっと年上なのは瞭然だったが。
漆黒の礼服姿はツヤツヤと若々しく、どきっとするほど華やいで映る。

薄墨色のストッキングに染まったつま先が、赤いじゅうたんの上肌寒げに映えていた。
母親と少女は、申し合わせたように。
洋装の喪服や濃紺の制服のスカートの下に装うのは、おなじ薄さのストッキング。
目を惹いたのは、少年のいでたちだった。
白のセーターに襟だけ出したおなじ色のワイシャツはよいとして、
濃紺のハーフパンツの下、ひざ小僧のすぐ下まで引きあげられたハイソックスは、脛が透きとおるほど薄かった。
お父さんのものなのですよね?
息子の足許に老女が目を留めたのを察して、女は座を取り繕うように息子に水をむけた。
表向きとりなすような口調だったが、かすかな侮蔑が隠しようもないほど滲んでいる。

少年はどちらかというと端正で、男子としてはもの足りないほど大人しめな目鼻立ちの持ち主だったが、
母親は濃い眉の下二重まぶたの大きな瞳の持ち主である。
豊かな頬には肉感的な輝きを持っていて、年若いはずなのに枯れ木のような気品をもった息子とは正反対の魅力を備えている。
母親似の娘とちがって、息子とのあいだに相貌の共通点が見いだせないのは、ふたりがいわゆる”なさぬ仲”だったから。
―――いや、いや。お揃いなのは脚だけと見ゆる。
老女は心のなかで、ほくそ笑んだ。
―――いずれどの脚も、わらわの好きにいたぶってつかわそうほどに・・・

振る舞われたコーヒーは、少年の舌にひどくほろ苦く感じられた。
なんだか毒気がまわるほどの、くどさだった。
目の前で表向きばかりの談笑をしている母や妹には、この苦さが伝わらないのだろうか?
雨に打たれていた父の墓石に、義務感だけで形ばかりに手を合わせると。
この母娘はそそくさと、その場を離れたのだった。
血の繋がっていない母には、この苦さは伝わらない。
少年は心の底から、じぶんが独りきりになってしまったのをいやがうえにも実感した。

すこし、ゆっくりしていきますから。
屋敷にとどまろうとする少年を、女たちは強いて連れ帰ろうとはしなかった。
どうぞ、ごゆっくり。
慇懃無礼なほど思いやりのない声を投げつけるようにして、女はそそくさと座を起った。
それと。
女は少年をちらと見返して、スケスケに薄いストッキングのような靴下を穿いた脚に視線を落とすと。
一瞬言いよどみ、それからおもむろに口を開いた。
そういう女の子みたいな恰好、外では止めてくださらない?
うちが恥を掻くんですから。
投げつけた言葉の効果を確認しようともせずに、ぼう然と立ちすくむ少年を背に、女は愛娘をひきたてるようにして玄関に向かう。
それまで無表情だった少女は、兄にむかって初めて、笑みを洩らした。
大きな瞳に、柔らかな頬。
可憐な花がぱっと咲くような、目のさめるほどの笑みだった。
お兄ちゃん、気にしないでね。そういうのとても似合うから。
娘の言い草に、母親は一瞬目を見開き、かすかな狼狽をみせたが、
自分が一瞬でも狼狽したことを恥じるように、邪険に娘の手を引っ張って玄関に向かった。
本気で口にしたのか。皮肉であてつけただけなのか。
少女の真意は、言葉を発した本人いがい、だれにもわからない。

女たちが玄関から辞去するとき、がたがたとあわただしく立てるもの音を。
少年はひとり応接間に残って耳にしていた。
美しく着飾りながら内面の妍を隠せない母親の、とげとげしい品性を伝えるような、がさつなもの音だった。
行ってしまったのぅ。
喧騒が去って、静まり返った部屋のなか。
老女はおっとりと、ため息交じりな微笑を洩らす。
少年もまた、微笑で応えていた。
父ごがおらんようになると、いちだんと心細かろうの。ちひろ殿。
老女はどちらかというと、少年の味方らしい。
もっとも敵か味方かを推し量れるほど、少年は老女のことをよく知らされていない。
なん度か父に連れられて、旧知の関係と言うだけで家族ともどもの時候の挨拶のお伴を仰せつかっただけの関係だった。

あっ。
首すじにぬるりと這わされたものが、痺れるような痛みをしみ込ませてきた。
少年は細い眉をキュッとひきつらせ、薄黒のハイソックスのふくらはぎの筋肉をこわばらせた。
ソファに腰かける少年の背後から。
いつの間にか忍び寄った老女が、首すじにヒルを圧しつけてくる。
血吸いヒルなのだとわかるまでに、ちょっとの時間がかかった。
ほんの数瞬のことだったが、それが少年の命取りになっていた。
ほ・・・ほ・・・ほ・・・
薄れゆく意識の向こう。
老女はいままで耳にしたこともないあでやかな声色で、ころころと笑いこけている。

意識が戻ったのは、ひんやりとした畳部屋だった。
奥座敷と呼ばれているところらしい。
先刻の応接間のある母屋からは、独立した離れになっていて、
いちどだけ父とふたり、招き入れられた記憶があった。
気がついたかえ。
般若のように引きつった、老いさらばえた女の顔がそこにあった。
白髪を振り乱し、目許は裂けるばかりに見開かれ、耳まで達するかと思うほどの唇の端からは、尖った犬歯を覗かせている。
まさに鬼婆の形相だった。
老女はそれまでの上品さ、慇懃さをかなぐり捨てて、少年の首すじに牙を迫らせ、突きたてようとする。
悲鳴をあげて抵抗して、たたみの上を転げまわって。
迫って来る牙を首すじから隔てようとして、もう無我夢中で腕を突っ張った。
信じられないほどの腕力だった。
老女は少年の腕をねじ伏せて、手首を痛いほど畳のうえに抑えつけたまま、牙を迫らせた。
ずぶり・・・じゅぶっ。
いやな音がして首すじの皮膚が破れ、血潮がぬるりとほとび出る。
ごく、ごく、ごく、ごく・・・
傷口から洩れる血潮を、無理無体に呑み込む音に、少年はゾッと鳥肌を立てた。
旨めぇ。あぁ~、旨めぇ。甘露、甘露・・・
老女は謡うようにして、少年の血潮の味を褒めながら。
半ば気を喪いかけた少年におおいかぶさって、首すじにつけた傷を愛でつづけた。

父ごに逢いたかろう?
顔を覗き込んでくる老女の頬は、吸い取ったばかりの生き血にべっとりと濡れていた。
血しぶきがあがるほどの、劇しい傷ではない。
少年を怯えさせるために、あとから塗りたくったのだろう。
けだるい失血が、かなりの血が喪われたことを自覚させたが、
周囲はもとより着衣にも、血のシミがほとんど認められないのでそれと知れた。
傷そのものは浅かったが、しつような吸血は少年の体内からかなりの量の血液を喪失させてしまっている。
まさか・・・父さんのことも・・・?
怯えた目に、老女はかすかに頷くと。
安心せよ。そもじをあやめとうはない。三途の川を渡らずとも、父ごにはいずれ逢えようからの。
妙なことを言う、とは思ったけれど。
思考力が全くと言っていいほど、働かなくなっていた。
あやめとうはない、ということは、殺さない ということか。
どうやら老女に、殺意はないらしい。
そこまで理解するのに時間がかかるほど、少年の失血は重かった。
どうやら父の仇敵らしい老女は、まだ少年の血を欲している。
命の恩人と呼ぶにはほど遠い関係のこの老女に、みずから血を啜らせることに抵抗はあったけれど。
理性も思考力も喪失し切った彼は、老女のなすがままになっていった。

ええ舌触りじゃのう。
老女の唇を、足許に這わされて。
ストッキング地のハイソックスに、ふしだらなしわを広げてられていた。
すべっこい靴下じゃ。ちぃと、愉しませていただこうかのぉ。
生き血を獲るというよりも。むしろ、少年の装いを汚し辱めるほうに、気が入っているらしかったが。
もはや、どうすることもできなかった。
婦人もののストッキングのように薄い靴下のうえから、卑猥な唇を擦りつけられて。
まるで男女逆転したようないたぶりに、少年はなまめかしく染まった脚を老女のまえにさらしていった。
よだれを塗りたくられて、しわくちゃにされて。ずり落ちていって。
傍らに横たえられた姿見が、少年の足許に加えらるむざんな凌辱を、いやがうえにも見せつける。
もてあそばれる屈辱が胸を噛んだが、圧しつけられて来る舌舐めずりは手心加えることなく迫って来る。
ぬるり・・・ぬるり・・・
血吸いヒルよりもはるかにしつようにまとわりついてくる老女の舌が、
少年の心の奥に、火を点した。
淫らで妖しい焔だった。
もっとして欲しい。もっと辱め抜いて欲しい。
自分でも信じられないことを口走るのを、止めることができなかった。
こっちの脚も・・・愉しんで・・・
姿見のなか。
よだれを光らせてしわくちゃになってゆく薄手のナイロンが、少年の網膜を妖しく染めはじめていたのだった。
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