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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

・・・悔しい。

2011年01月31日(Mon) 03:04:36

・・・悔しい。
首筋に噛みついたとき、
ひと言、その少女はうめいた。
唇にしみ込んでくる血潮の暖かさにむせかえって、
しばしはものも云わないで、少女の生き血をむさぼった。
ごくりごくりと、喉を鳴らして。
飢えた本能が、和らぎをおぼえると。
少年はぎくりとして、腕に込めた力を抜いた。
少女の身のこなしは、瞋恚(しんい)をにじませていたから。

・・・すまない。
声を落とした少年のつぶやきに。
こんどは少女がびくりと身を震わせた。
吸血鬼が血を喫(す)って、いちいち謝るの?
少年はあらためて、思い知らされた。
少女の声を震わせているのは、やはり怒りだったのだと。

かりにきみの云う通りだとして。
きみはふだん、お魚を食べるだろう?
そのお魚がもし、母さん助けて とか。 ぼくを食べないで とか。
そんなふうに、声をあげたとしたら。
きみはそれ以上、箸をつけられる?
お魚がそんなこと、云うわけないじゃない。
少女の声はやはり、怒りに震えていた。
げんにそれにちかいことが、ここで起きている。
少年の声は静かだったけれど、どこか重みを取り戻していた。

ぼくはもともと、吸血鬼じゃない。
父さんの友だちに、そういう人がいて。
ある晩、家族全員が血を吸われた。
ふだんはふつうに、暮らしているけれど。
週にいちどくらい、どうしても。
人の血を口にしないではいられない身体になっちゃった。
ぼくの父さんがきみの父さんと、仲良しで。
きみの父さんから理性を盗んで、きみの家族を紹介してもらった。
どうしてもひとの血が、要りようだったから。
ぼくの父さんはきみの母さんの血も吸って、
きみをこの家に、連れてきた。
まるで、子供のために素晴らしいお土産を買ってきた父親みたいにね。

ぼくの母さんは今夜、ぼくの家族の血を吸った男のところにいる。
仲良くしてもいいんだって、父さんは笑っていた。
たぶらかされているには、違いないけれど。
たぶんそのほうが、彼は幸せなんだと思う。
奪われたのではなくて、プレゼントしたのだからって、そう思っているみたいだから。
じじつ彼のほうにしても、そうだと思い込んでいるふしがある。
おなじ女のひとを、好きになっただけだって。
・・・まがまがしいと、思うだろう?

・・・どう応えていいのか、わからないわ。
少女はけだるげにうめくと、ずっと絡み合っていた少年の腕をほどいた。
ほどかれるまでもなく、少年は自分から、身を添わせてはならないひとから、己を遠ざけている。
うちに帰るの?
そうね。帰りたい・・・でもいま帰っても。
目のまえの少年が、かりにほのかな同情を添えてくれたとしても。
少女の留守に、少年の父が、少女の母を相手に食事に耽っているのは、まちがいない。

まだ欲しいんでしょ?人の生き血を。
軽蔑するような声色に、少年はかぶりを振った。
うそ・・・
目のまえの少年の瞳は、あきらかに渇きを秘めている。
わたしを家に帰してくれたとしても、あなたはこの家からさ迷い出て。
・・・だれかを襲うにちがいない。
少女の予言が正しいのだと、少年はしずかに肯定している。

吸いなさいよ。かまわないから。
遠慮しないで。・・・少なくともいまはもう、軽蔑はしていないから。
少女は目をそむけて、すすり泣いている。
弱みを見せるだけのゆとりだけは、ようやく取り戻すことができたように。
なんて慰めたらいいのか、わからないよ。
慰めなんて、いらないから―――
せめてぼくが、そういう気分でいることだけは、わかってくれる?
わかってあげたって・・・どうにもならないんでしょう?
少年が同情を添わせてくるたびに、少女は厭わしげにそれを避けつづける。
まるで、触れてはならないものが、間近にあるように。

ねぇ。吸って。
しばしの沈黙のすえ、口を開いたのは少女だった。
あなた、善人なのね。それだけはよく、わかったわ。
だって、やることが中途半端だもの。
中途半端なひとは、だれを救うこともできないのよ。
少女の声は、すこしだけうるおいを取り戻したけれど。
含まれている毒が、消えたわけではなかった。

さあ、吸って。はやく。
布団にしみ込んでしまうくらいなら、なにかの役に立てたほうがいいわ。
だってあなた、喉が渇いたままだったら、ほかの女の子を襲うんでしょう?
それだけは我慢ならないの。
そう言いたげに少女がこぶしを握りしめるのを、触れつづけた腕が伝えてくる。
わるいね―――
仰向けの人影に、覗き込む人影が、ふたたび重ね合わされていった。

ぁあ・・・
ずっとそのままの姿勢でいたふたりのどちらかが、ため息を洩らす。
あるいは、ふたりが同時にため息したのかもしれない。
ひとりは起きあがり、ひとりはそのままの姿勢でいた。
起きあがった少年は、少女の足許に、唇を添わせてゆく。
まるで、貴婦人の足許に、接吻を重ねるようにして。
痛っ。ストッキング破ったわね。これ、学校に履いていくやつなのよ。
少女の非難は、さっきとは打って変わって、くすぐったげだった。

たぶらかされたわけじゃ、ないんだからね。
あなたが気の毒だから、つきあってあげただけ。
あなたのお父さんが、わたしの母にすることを、やっぱりわたしは受け入れられない。
せめて、なにも知らないことにさせてちょうだい。
あなたの父さんがそうしているみたいに、父が母の相手としてあなたの父さんを受け入れたとしても。
わたしはそういうの、だめだから。
云ってる意味、わかってる?
あなたにだけなら、時々逢ってあげてもいいって云っているのよ。
さいごは、察しのわるい少年を、叱るようなきつい声―――
少年はなにやら小声で、ぼそぼそと、彼女に応えていった。
それは決して、彼女ほどはっきりしたものでもなく、気のきいたあいさつを返したわけではなかったけれど。
少女はそれでじゅうぶん、満足したらしい。

結婚するかも、ね―――
寝入った少年をかたわらに、少女は独り呟いている。
少年に噛まれた脚を、さすりながら。
恋人になったばかりの男が、悪戯心のままに噛み破ったストッキングの裂け目に、
大人びたほろ苦い笑みを、滲ませてゆく。
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