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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

どらやき。

2011年10月15日(Sat) 07:23:36

はじめに―――さいきんにしては珍しく、小説タッチです。


獣のように熱く、むさぼりあって。
蜜のように甘く、からみあって。
ことが果てると美知子はベッドから起きあがり、
傍らの水差しを逆さにして、中身をぐっと飲み干した。
男は女のそうしたいちぶしじゅうを、けだるい目線で追っていた。

さいしょのときには、
「ミチオさんに悪い。ミチオさんかわいそう」
と、夫の名前を口にしながらあれほど情交を拒み羞じらったはずの人妻が、
いまはむき出しの裸体を、むぞうさにさらしている。

あっ、どらやきだ!
美知子は頓狂な声をあげ、こたつの上のお皿にひとつだけ残ったどらやきを、かっさらった。
喰いたきゃ喰えよ。
うん・・・でも、あのひとのお土産にする。
女の口をついて出る夫の名前が、いまは「あのひと」という代名詞になっていた。
けれどもそれは、決して他人行儀なよそよそしいものではなくて、
近しいひとをあえて名前で呼ばないのと同じことだった。
彼女が「あのひと」と、夫のことを口にするときによぎらせるかすな羞じらいを、男は的確に読みとっている。
この部屋で夫の名前を口にするのを、女はあえて避けていた。

こんなところから持ち帰ったもの、だんなが喰うかよ。
男は呆れたようにつぶやいた。
まさか。言うわけないじゃない。
口を尖らせる女に、男は「好きにしな」といっただけだった。
寝そべったままライターを点けようとすると、
女は「寝たばこはだめ」といった。
起きあがってふたたびたばこを口にくわえると、
女は「たばこは匂いがつくからだめ」といった。
男は女の言い草を、いちいちうるさそうに受け流しながら、
それでもたばこをテーブルのうえに転がした。
転がったたばこを、女はほっそりとした指で受けとめて、
そうっと灰皿に立てかけてゆく。

帰るね。
身づくろいをしてショルダーバックをぶら提げた女を、男はひきとめなかった。

翌週も約束の時間に、美知子が男のアパートにやってくると。
男は「あがんな」と、ぞんざいにあごで指図した。
「散らかしちゃってぇ」
お母さんが下宿先の息子をたしなめるようなため息をついて、女は玄関でパンプスを脱いだ。
あがりこんだ床の冷たさに、肌色のストッキングのつま先のなかで、綺麗に並んだ足指が寒そうに縮こまる。
「ストーブ点けるね」
いそいそと立ち働く女をうるさがりもせずに、男はベッドのうえに寝そべったままだった。

テーブルのうえに、白い箱が置かれている。
箱にはシールで封がしてあって、シールには駅前の洋菓子店の名前があった。
「だんなと二人で喰いな」
男がぶあいそにうそぶくと、
「ショートケーキね?冷やしておくわ」
女は白い箱の封を切らずに、冷蔵庫に仕舞い込んだ。
滞在時間の長さを、予告するように。

「こらー、寝てばかりいちゃ駄目」
女は服のまま、あお向けに寝そべったままの男のうえに四つん這いになった。
ふんわりとしたロングのプリーツスカートが、むき出しになった男の腰にまとわりついた。
「いいのかい?スーツ汚すぜ?」
「きょうはあのひと夜勤だから、だいじょうぶ」
女は思い出したように身を起こし、手早くジャケットを脱ぎ捨てると、
ブラウスの胸もとからボウタイを垂らしながら、ふたたび男にかがみ込んでいって、唇に唇を重ねてゆく。

しつようなほどの口づけに、舌まで入れて応じたあと。
「お前からするなんて、珍しいな」
自分のうえでまだ四つん這いになって顔を覗き込んで来る女の頬をつねると、
男はスカートを穿いたままの女の腰に、さりげなく腕をまわしていた。
「だって、こういう仲じゃない」
「そりゃそうだ」
男は女を傍らに転がすと、こんどは自分が上になって、女を責めた。
「あっ!駄目!スカートがしわになる・・・」
さっきとは裏腹のことを口にしながら、
女は自分のうえにおおいかぶさる嵐を、身もだえしながら受けとめていく。

「スカートに、しみがついた」
女は男の頬を、軽くひっぱたいた。
「ストッキング、破けた」
女はもういちど、男の頬をひっぱたいた。
「髪の毛、ぐしゃぐしゃになった」
女がさらに、手を振り上げると。
男は女の手首を掴まえて、ねじ伏せた。
嵐がもういちど、女のうえを通りすぎた。

「あのひと、感づいたみたい」
女が口にした、容易ならざる情報を。
男は煙草をくゆらしながら、受け流した。
「聞いている?」
女の声が、すこし尖った。
「まあ・・・な」
男はわざと、女の嫌うたばこの煙を、女のブラウスに吹きかけたけれど。
女は身じろぎもせずに、それを受けとめていた。

男はまじまじと女を視、女はそういう男をまともに見返している。
「離婚されたら、ここに来るさ」
男の言い草に、ほっとしたように肩を降ろすと。
「あのひと、離婚なんかしないわ」
声はまだきつさを、残していた。
「どうしてわかるんだ」
「だってあのひと、わたしに惚れているんだもの」
「自信あるんだな」
「わたしも、あのひとに惚れているんだもの」
「それはまた・・・ごあいさつだ」
男は苦笑いをしながらたばこを灰皿にもっていって、ぐりぐりとこじつけて火を消した。

「わたし、どうすればいい?」
「なるようになればいいさ」
「あなたはのん気ね」
「おれはいつもこのでんだ」
「うらやましいわ」
「おれはまっとうなあんたのほうが、うらやましい」
「なに言っているんだか」
「まったくだね」
女のまなざしに、はじめて翳りがよぎった。

「どうしたの?」
「あのひと、変態らしい」
「そりゃ、よかった」
「どうして?」
「仲良しになれるかもしれないからな」
男は余裕をみせるように、わざと大きな欠伸をした。
「さすがにあんたとおれの仲を知ったら、そうはならないか?」
「どうかしら」
女はあいまいに頷くと、思い切ったように言った。
「あたしがあなたに抱かれているところ、あのひと視たら悦ぶかもしれないの」

男の反応は、女の予想に反して静かだった。
二本目のたばこを手にとって火を点けたのを、女はとめようとしなかった。
しばらく考え深げに、男はたばこを口に持って行き、吸うともなしに吸って、
女にたばこをあずけると、口から白い息を吐いた。
「そういうだんな、珍しくないんだぜ」
男を識るまで、夫の身体しか識らなかった美知子より、
男は深いところまで見とおしていた。

身づくろいを済ませた美知子を、玄関まで送りかけて。
「冷蔵庫に忘れ物しているな」
男がそう言うと。
女はわざと、冷蔵庫の中身を忘れていたらしい。
「持って帰るの、よそうかな」
冗談とも本気ともつかない口調だった。
「甘いものは嫌いじゃないが」
男の声色は、あくまで静かだった。
「独りでふたり分のケーキを喰うのは、ちょっと切ないかな」
女はちょっとのあいだ、黙っていたが、
「う・そ♪」
さっきとは打って変わって晴れやかな顔で、
「おいしくいただくわ」
きびすをかえして、冷蔵庫の扉を開いていった。

「ねえ」
玄関先で靴を穿くまえに、女は男に背を向けたまま。
「ストッキング、破ってくれない?」
なにかを決意したような、力をこめた声だった。
「え・・・?」
聞きちがえをしたのかと訝しむ男に、女はもういちど、言った。
「ストッキング、破って頂戴」
「そいつは嬉しいね」
男は女の足許にかがみ込んで、
折り目正しく装ったスーツのすその下から覗く、すらりとしたふくらはぎに手をかけた。
女の脛を覆っていた薄手のナイロンは、節くれだった指を圧しあてられて、
ふしだらな弛みを波打たせ、他愛なくねじれてゆく。
ストッキングが裂けるぱちぱちというかすかな音を、女は目を瞑って耳にしていた。

このまま家に帰るの。
あなた車で送っていって。
そして家のまえで、わたしを降ろして。
そのまま帰っちゃっていいから。
あたし、なにもいわないで、だんなにあたしのなりを見せつける。
髪の毛がぐしゃぐしゃになって。
ブラジャーの吊り紐が切れていて。
はだけたブラウスから、おっぱいがまる見えになっていて。
スカートの裾に、あなたのつけたエッチなネバネバが、シミになっていて。
ストッキングまで破けて、足首までたるみ堕ちていて。
それでもあのひと、あたしのことを抱くかしら・・・?

六時を過ぎても帰ってこない妻を案じて、夫は妻の用意した夕食にも手をつけず、彼女の帰りを待っていた。
出かけるときには折り目正しく装っていたスーツを派手に着崩れさせて帰宅した妻を迎えて、
エンジン音を轟かせて走り去っていく車を遠目に認めて、
夫は一瞬はっとしたけれど。
なにごともなかったように妻の手からケーキ箱を受け取って、
「お風呂が沸いているよ」
と、声をかけて。
湯上りの妻のため、紅茶まで淹れて。
なにごともなかったように、妻が情夫のアパートから持ち帰ったケーキまで、一緒に食べた。

「ひとつだけ、いい?」
ひたと見つめる女の視線を、夫はおだやかなまなざしで受けとめて。
ひと言「いいよ」といった瞬間、夫の頬に、平手打ちの音が鋭く鳴った。
「いつからそんな、女々しいひとになったの!?」
いままで聞いたこともないような、激しい声だった。
夫は静かに妻を見返して。
やはりなにごともなかったような静けさを、かえしていく。
女は知らず知らず、夫の視線を返せなくなっていた。

きみの浮気を知って、それでもきみがいとおしいと想えたとき。
ぼくのなかに、悪魔が宿った
淫らな悪魔は、ぼくに囁いた。
女はふたりの男を愛せるのだと。
ぼくは彼の囁きは、ほんとうなのだと思っている。

しばらく冷え切っていた夫婦のあいだに、熱い夜が戻った。
新婚のころの熱さとは彩りを変えた、妖しい色合いを秘めながら。

つぎの週も、そのまたつぎの週も。
女は男の棲むアパートに、通い妻をつづけていた。
ときには夫が夜勤だから・・・と、自宅にさえ男をあげるようになっていた。
ほんとうに夜勤だったのか?
夫婦のベッドをぎしぎしときしませながら。
男はどこからかそそがれる熱い視線を感じていた。
その視線の厚さは男のなかに入り込んできて、
自分の下で、もっと・・・もっと・・・とおねだりをくり返す女が、理性を忘れて悶えるのを。
さらに手助けしているような気がしていた。

三人で一体のセックス。
女の家を独り出た男は、ひと言そう、ひとりごちた。
異常なはずの言葉が、いまはそんなにアブノーマルなものではないような気がしてくる。
写真でしか見たことのない、端正で清潔そうな彼女の夫と、
お互いに識っていることを隠し合いながら言葉を交わしても、「仲良し」になれるような気がした。
男は眩しげに目を細めながら、リビングの灯りをもういちどふり返る。
夜道に妖しく浮かび上がる灯りは、まだ淫らな輝きをつづけているようだった。
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