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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

クリーニング店の女房

2012年04月02日(Mon) 08:08:18

吸血鬼と公然と同居を始めた、とある街での出来事です。


街のクリーニング店は、多くの場合は集配専門で、いまどき、自前でクリーニングをしているところはとてもすくない。
ところがこの街の大通りに面したその大きなクリーニング店は、いまでもカウンター越しに並ぶアイロン台から、熱気がぷんぷん漂い流れてくるのだった。
昭和四十年代から抜け出してきたような、陳腐な街並みの一角だった。

店先にぶらりと現れたその男は。
痩せ身で干からびていて、血の気のない蒼い顔をしていて。
濁ったまなこでしばらくのあいだ、カウンターの向こうで大汗かいて作業をしている中年の夫婦を見つめていた。
らっしゃい。
親父がぶっきら棒に、声をかけると。
表情のない、意外に整った口許から、聞き取りにくいほどの低い声が漏れてきた。
え?
相手が思い切り小声なのが気に食わない、というように、親父が大仰に耳に手をあてがうと、
男はもう一度、おなじ言葉をつぶやいた。
―――奥さんの血が飲みたい。用意させてくれ。
・・・ゥ。
さっきまで威勢よく、乱暴なほどに体を動かして。
周りに汗を振り飛ばしながら、LLサイズのワイシャツ相手に取っ組み合うように、ひっくり返しとっくり返してアイロンをあてがっていた逞しい身体が、一瞬凍りついたように立ちすくむ。
けれども親父は、こういう挨拶を受けるのは初めてではなかったらしい。
招かざる客に応える代わり、やはり大汗かいて作業を続けている連れ合いのほうを振り向きざまに、
―――オイ、お前に客だ。血を吸いに来たってよ。
さっきまでと同じように荒っぽくぶっきら棒に、支度をしろや、とあごをしゃくった。
太っちょのおかみさんは、頭に結わえた頭巾をむしり取ると、むしり取った頭巾で広いおでこに浮いた汗をグイッと拭い、頬ぺたをふくらませて親父を睨んだ。
もともと頬骨の張った顔をしていたから、不平そうに見えたのはそうではなくて、たんなる労働の疲れが表情に浮いただけだったのかもしれない。
女は旦那そっくりのぶっきら棒な目色でカウンターの向こうの男を値踏みするように見つめると、
―――だいぶ、喉渇いているみたいだね。
ちょっと同情するようにつぶやくと、ふたたび旦那に睨むような視線を返して、
―――あいよ。
とだけ言うと、たすき掛けにした着物姿をひるがえして、引き戸の向こうへとそそくさと消えた。

シュウシュウ・・・シュウシュウ・・・
アイロンの放つさかんな蒸気のかすかな音が、残ったふたりの男の間に流れた。
女の身づくろいを待つあいだ。
吸血鬼は腕組みをして、帽子を目深にかぶったまま表情を消していたし。
クリーニング店の主人もまた、さっきまでと同じように大汗をかきながら、お客の服をアイロン台に組み敷くようにして、シュウシュウとアイロンを這わせつづけた。

できたよ、用意。
ふたたび引き戸をがらりと開けたおかみさんは、見るからに着慣れないスーツ姿。
新品らしい真っ白なブラウスの胸許のタイを、きゅうくつそうに結び合わせて、
太っちょのウェストにいっぱいいっぱいの緑のスカートの腰を、ぐいぐいと手直ししていた。
二階でさぁ・・・
太っちょのおかみさんは、頬骨の張った横顔に、感情ひとつ示さずに、男へとも旦那へともなく、引き戸の奥の階段のほうを指差した。
ほら、階上(うえ)にあがんな。
親父はやはりぶっきら棒に男にそういうと、階段を軋ませてゆく男女のほうへは目もくれずに、アイロン台の傍らで汗を振り飛ばしてゆく。

ぎし・・・
天井がかすかに軋んだのを、親父は明らかに聞きとがめたようだったけれど。
それには目もくれず黙々と、女房のぶんまでアイロンかけに精を出しつづけた。

小一時間もしただろうか。
ふたたび開いた引き戸の向こうに立ったのは、あの痩せ身の男。
干からびていた頬には、色つやを帯びていて。
帽子からはみ出してしょぼくれたように伸びていた白髪まで、ピンとはずんでいるようだった。
口許にちょっぴり浮いた赤いしずくが、女の身体から吸い取ったばかりの生気を秘めて、チラチラと輝きを帯びている。
親父は男の口許を見ないようにして、「血、ついてるぜ」と他人事のようにうそぶいて。
男はああ・・・と気づいたように、手にしたハンケチで彼の妻から吸い取った血を拭い取ると。
―――いくらだね?
ハンケチのクリーニング代を訊いていた。

遅れて出てきたおかみさんは、別人のようにやつれた顔をしていて、頬骨の張ったいかつい顔までがひと周り小さくなったように見えた。
上半身は、ブラジャー一枚。むき出しの肩は意外なくらいなめらかな色つやを放っていて。
もっちりとした柔らかな筋肉に覆われた白い腕を惜しげもなくさらしながら、手にしたブラウスを洗濯物の山のなかに放り込んだ。
肩先にべっとりと、赤いシミが着いていた。
落とすのに時間かかるね。
あくまで業務的な口調に、ああ、そうだな、と、親父も業務的に応じていった。
しつような吸血を受けた後らしい。女は体までも痩せこけたようになっていて、
ぴっちぴちだったスカートのウェストを、ずり落ちないようにと抑えつづけている。
緑のスカートのお尻に黒っぽくにじんだシミを見咎めた親父は、「見栄張るなって」といいながら、女房の腰周りを解いてやると、肌色のストッキング一枚の太ももを寒そうにすくめた女をしり目に、スカートも洗濯物の山へと投げ込んだ。
うちはクリーニング屋だからよ。
親父は妙に、自慢気だった。
スカートをほうり上げるとき。
手にした女房のスカートを、親父はちょっとだけふしんそうに見つめて。
おかみさんはそのあいだ、やはりちょっとだけきまり悪げに、目をそらして。
裏地にべっとりついた粘っこい透明なものに気づかないふりをして、親父がスカートを洗濯物の山のいちばん上の、血の付いたブラウスの上へと放り投げると、
おかみさんはまたちょっとだけ、ほっとした表情を見せた。

「パンストはどうしようもねえな」
おかみさんの太い脚にはあちこち、噛み痕が浮いていて。
肌色のパンストは、見る影もないほどびりびりに破けていた。
ストッキングを脱がす手間も惜しんで、女の脚を噛みつづけたらしい吸血鬼は、ほくそ笑みながら口許を撫でていた。
「脱げ。みっともねぇから」
親父にいわれるままに、おかみさんはパンストを脱ぎ捨てると。
男はちょっとだけもの欲しげな色をよぎらせて。
すぐに気づいた親父は、女房にあごをしゃくって。
女房は、ほれ、と言うようにして、指先でつまんだパンストを、汚いものでも投げ捨てるように、男のほうへと放り投げた。
ふやけたパンストがふわりと宙を舞って、男の掌に掴み取られると。
「ナイスキャッチ」
親父がからかうように、おどけた声をあげた。
男は照れ笑いを返しながら、おかみさんのパンストをむぞうさにポケットに突っ込むと。
ハンケチはいつでもいいよ、と言い置いて、がらりと店のガラス戸を引いた。

くすんだ街の風景に埋没するように、男の陰が消えると。
ブラとパンティだけになった女房は、さすがに肌寒そうにしていて。
ふたたびアイロン台へとやろうとした目が、もう弱っていた。
―――無理すんねぇ。
親父は軽く舌打ちをすると、よろけかけた女房を抱き支えて、
そのまま引きずるように、奥の部屋へと連れ込んだ。
ほんの休憩のときに座り込むその畳部屋は、引き戸を閉められることもなく。
脚だけ土間におりたおかみさんの太っちょな脚だけがはみ出ていて。
しばらくのあいだ、じたばたと居心地悪そうに、白い太ももを上下させていた。

裸電球の照らす、殺風景な作業場のなか。
客足はぱったりと、途絶えていた。
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