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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

隣の街

2012年07月09日(Mon) 07:18:34

隣の街といえども、油断はならない。
吸血鬼という存在に対して心を開いている街など、ありはしないのだから―――

人けのなくなった夜更け。
ふとすれ違った少年は。
街灯に照らしだされた面差しに、ありありと驚愕の色を浮かべていた。
不思議だ。
この子には、ひと目で相手を見抜くことができるのか?
半歩踏み出しただけで、彼はちいさな声で、「血を吸わないで」と言ったのだ。

本能的に歩み寄った数歩のあいだに、俺は少年を抱きすくめていて。
本能的に抵抗をみせた少年は、とっさに俺を隔てようとした腕を引っ込めた。
不可解な行動に、俺はふと手を止めて。
「どうしたんだ?」
そう訊かずには、いられなかった。
この街に漂う、一種独特の親近感と空疎感とが、俺をそうさせたに違いなかった。
少年の応えは、いちいち納得のいくものだったから。

この街には昔、吸血鬼が棲んでいたんだ。
吸血鬼は見境なく人を片っ端から襲って、血を吸って命を奪っていったんだ。
ぼくの兄さんも、そうした一人だったんだ。
生き返った兄さんは、ボクの血を欲しがったけど。
父さんも母さんも、かたくなに首を横に振るだけだったんだ。
兄さんはそのまま、家に入ることもできずに、翌朝干からびた姿で、ほんとうに死んでいた。
けれどもまだ、家族の身近で死ねた兄さんは、倖せだったに違いない。
だって、多くの吸血鬼たちは、肉親の手で杭を打たれて滅ぼされてしまったのだから。

兄さん・・・兄さん・・・
泣きむせぶその子のまえで、俺も涙せずにはいられなかった。
大きな代償を払って吸血鬼との縁を断ったこの街に、俺の居場所はない。
渇いた喉と飢えた胃袋、絶望的な心を抱えて、俺は少年に背を向けた。
血を吸わないの?
問いかける少年を無視して通り過ぎようとしたら、
彼は小走りに駆け寄ってきて、通せんぼをした。
兄さんの代わりに、ボクの血をあげる。
精いっぱいの勇気を振り絞って、彼はそう囁いたのだ。

人けのない公園には、街灯ひとつ点されていなかった。
その闇のなかで、俺はクチュクチュと舌を鳴らしながら、少年の血を飲み耽る。
不当利得を得てしまったような後ろめたさは、久しぶりに味わった人の生き血への快楽が、うまいことごまかしてくれていた。
すまない。すまないね・・・
俺は何度も少年に礼を言いながらも、首すじを吸い、ハイソックスのふくらはぎに唇を這わせていった。

殺さないんですね。
そういう無知で横暴な種族は、真っ向対立して滅ぼされてしまうからな。
おっと、言い過ぎた。
彼の愛してやまないい兄を誹謗しかねない言葉つきを、俺は飲み込もうとしたけれど。
いいんだよ。
少年は寛大に、そういった。
共存できそうだね。ボクたち―――
一週間後、事態は少年のいうとおりになっていた。

家族のだれもが、血を吸わせなかったことを悔いていた。
そういう家族は、この街に多いようだった。

だれもがあなた方に応じるとは思いません。
けれども、飢えている人を施すことで慰めを見出すものは、案外いると思います。
少年の父親はそういうと、俺が首すじを噛みやすいようにと、神妙に頭を垂れていた。
酔い酔いになった彼は、長年連れ添った妻が、俺の手で組み伏せられるのも淡々と見守りながら、
悩乱してスカートを乱してゆく妻の不貞をさえ、寛大に許していったのだ。

以後、しばらく経って。
いくたりかの吸血鬼が、この街を訪れるようになっていた。
少年は、俺との逢瀬をいちばんに想っていて。
もうなん足めかになるハイソックスに血のりを光らせながら、まるで恋人同士のように唇をねだっている。
兄さん・・・兄さん・・・
そう呟きながら。


追記
7月13日 07:29新稿
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